FGO ANOTHER TALE (風仙)
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炎上汚染都市 冬木
第1話 英霊召喚


 1人の少年が夜の街を走っていた。

 それも普通の街ではない。赤々と燃える炎に包まれ今まさに焼け落ちようとしている廃墟で、冥府から這い上がってきたかのような骸骨の群れに追われているのだ。

 骸骨たちは十数体もおり、しかもなぜか手に手に剣や槍といった武器を持っている。彼らの走る速さは少年と同程度、つまり身体能力は同じくらいであったが、素手で格闘技の経験もないごく普通の高校生が立ち向かえるわけがなかった。

 

「ぜぇ、ぜぇ……畜生、いったい何だってんだ!? ゲームやマンガじゃあるまいし」

 

 走りながら、思わず悪態が口をつく。

 人理なんたらカルデアとかいう会社の勧誘員に適性があるとか言われてしつこく勧誘されたあげく、拉致同然の方法で連れて来られたと思ったら、入社(?)説明会の最中に爆発事故だか爆破テロだかが起こって後輩と一緒に手を握り合って死ぬ覚悟をした……のだが、気がついたらこの地獄のような所にいたのだ。いったい何事が起こっているのだろうか?

 

「って、そういやあの子もここに来てるんかな?」

 

 この街―――おそらく2004年の冬木市だと思われる―――に来てからいまだ生きた人間を見ていないが、彼女が来ている可能性はある。

 名前はマシュ・キリエライト。会社の建物に入ってからの知り合いで、同年代の彼をなぜか先輩と呼んで慕ってくれるちょっと不思議な少女だ。

 

「いるかどうかわからんってのがつらいとこだよな」

 

 いるならどこまでも探すし、いないなら自分のことに専念できる。しかしそれが分からないのでは行動の指標が立てづらい。

 

「まあ、逃げながら探すしかないか……他にすることもないしな」

 

 一応、光己はその気になれば戦うことはできる。彼はド素人だがカルデアがくれた制服は特殊な仕掛けがしてあって、これを着ていると「応急手当」「瞬間強化」「緊急回避」という3つの魔術が使えるのだ。

 もっとも魔術師にしか使えないという話だったから光己には無用の長物になるはずだったが、試してみたら()()()()()()使いこなせたので、あとはそれなりの武器があれば「瞬間強化」でパワーアップすれば何とかなるというわけだ。

 疲れたりケガしたりしそうだからむやみにやる気はないが。

 

「魔術がどうとか頭大丈夫かと思ってたけど、こうなると本当に魔術はあって魔術師も実在するんだろうなあ」

 

 それはともかく、今は追手を撒いて生き残るのが先決だ。光己は心臓がバクバク鳴って苦しいのをこらえつつ、ふと気がついて「瞬間強化」を使ってスピードアップし、角を曲がったところで塀を飛び越えてその武家屋敷のような広い家の庭に入った。

 

「無断侵入だけど、どうせ誰もいないだろうしな。むしろいてほしいくらいだけど」

 

 さてどうするか。光己はさっと周りを見渡すと、なぜか土蔵が気になってそちらに向かった。

 運良くカギがかかっていなかったので、遠慮なく中に入る。

 

「木刀か金属バットでもないかなあ?」

 

 暗くてよく見えないが、呼吸を整えつつ雑多な室内を探して回る光己。武器は見当たらなかったが、代わりに直径1メートルほどの魔法陣が床に描かれているのを見つけた。

 普段の彼なら子供の遊び程度に思っていたところだが、今は状況が状況だけに妙にリアリティを感じてしまう。

 

「まさか街がこうなってるのはこれで悪魔を召喚したせい……なんてことはないよな」

 

 光己は思わずごくりと生唾を呑んだが、いやそれは神経質になりすぎだろうと首を振ってその妄想を振り払う。実はあながち間違いでもないのだが、それを指摘してくれる者はここにはいない。

 そこでふと物音が聞こえたので、土蔵の扉を少しだけ開けてそっと外を覗きこむ。

 

「……な、何だありゃ!?」

 

 庭には先ほどの骸骨たちに加えて、全身が真っ黒い瘴気でできているかのような禍々しい人影が1体あった。彼が骸骨たちの大将で、光己を仲間に引きずりこもうとしていることは誰が見ても明らかだった。

 しかもその人影とバッチリ目が合ってしまう。

 

「や、やば」

 

 あわてて扉を閉めたがもう遅い。人影と骸骨たちが近づいて来るのが扉越しでも分かる。

 

「ど、どうする!?」

 

 もはや逃げ道はない。こうなったらその辺に置いてある木箱を振り回して敵中突破をするしかなさそうだ。どう考えても成功率は文字通り死ぬほど低かったが、何もせず黙って殺されるよりはマシである。

 光己はもう1度生唾を呑みながら手頃な箱に両手をそえたが、その時またさっきの魔法陣が目に映った。

 

「……そういえばさっき『これのせいかも』なんて思ったよな。もしかしたらもしかしてくれたりしないかな。

 えーと、エロイムエサイム、だっけ。神でも悪魔でもいい、何でもするから助けてくれ!!」

 

 光己がなかばヤケになって怒鳴ると―――。

 

 

 

 

 

 

「ええと、今何でもするって……じゃなくて。

 はい、お呼びがかかるのを待っていました!」

 

 

 

 

 

 

 まだ年若そうな女性のいっそ嬉しそうとさえいえる返事とともに、魔法陣からまばゆい光の柱がそそり立つ。なんと、本当にこの魔法陣は何者かを召喚するためのものだったのだ。

 

「な、何だ……まさか本当に……!?」

 

 光己は開いた口がふさがらなかったが無理もないことだろう。その間に右手の甲に火傷のような痛みとともに赤い紋様が浮かび上がっていたが、それに気づく余裕もない。

 やがて光が消えた後には、1人の少女が立っていた。

 年の頃は14~15歳、一言で形容するなら「白百合のごとき可憐な少女騎士」というところか。明るく素直そうな金髪碧眼の美少女で、白いドレスの上に銀色の胸甲と籠手をつけ右手に一振りの長剣を持っている。

 惜しむらくは外にいる黒い人影と骸骨たちを倒せそうな強者には見えなかったが、少女は何も気にした様子はなく初対面の挨拶をしてきた。

 

「はじめましてマスター。まだ半人前の剣士なので、セイバー・リリィとお呼びください。これから、末長くよろしくお願いします」

「あ、ああ……!?」

 

 光己にとってまさに希望通りの事態だったが、予想外すぎて茫然として、いや少女のあまりの綺麗さに見とれていると、少女は外の喧騒に気づいて表情を改めた。

 

「どうやらお話をしている場合ではなさそうですね。初仕事がんばります!」

 

 言うなり少女は扉を開けて、自分から敵のただ中に飛び込んだ。まあ狭い土蔵で待ち受けるよりは賢明かも知れない。

 光己はそう判断して、少女の後ろから声をかけた。

 

「わかった、頼むリリィ! とりあえずこれを」

 

 光己は今の召喚(?)で何だか生気を半分くらい抜かれたような感じがしていたが、それでも気力を振り絞って「瞬間強化」をリリィの後ろから施した。女の子だからどうこうなんて言う気はないが、初対面の人にあんな化け物と戦ってもらうのだから、何もしないではいられなかったのだ。

 

「これは……ありがとうございます!」

 

 リリィは光己が何をしたのか分かったらしく、ぱーっと嬉しそうに微笑みながら礼を言った。そして剣を構える。

 

「いきますよ! はぁぁぁぁーーーッ!」

 

 リリィが剣を振るうたびに、骸骨が真っ二つに両断されて倒れていく。黒い人影と対決するのは後回しにして、まずは取り巻きを一掃する方針のようだ。

 それはあっさりと終了し、いよいよ黒い影との一騎打ちが始まる。

 

「グォォォォーーーッ!」

 

 黒い影が咆哮し、手に持った槍を振りかざす。素人なら腰を抜かしそうな迫力だったが、リリィはさすがに動揺せず落ち着いて迎え撃った。

 まっすぐ突き出された槍を剣で大きくはじくと、素早く斜め前に踏み込んで彼の腰を横薙ぎに切り払う。

 

「グゥッ!?」

 

 リリィの剣は相当な業物らしく、常人よりはるかに強靭なはずの彼の腰部は豆腐のように切り裂かれていた。黒い影が痛みによろめいたところへ、リリィが背後に回って心臓に突きを入れる。

 

「ウガァッ!?」

 

 それがとどめとなり、黒い影はドライアイスが気化するような感じで霧となって消え去った。どうやらリリィは光己が思ったよりずっと強かったようだ。

 

「それはよかったけど、この実力差だともしかしてさっきの魔術無駄撃ちだった……!?」

 

 助かった安心感で気が抜けたのもあって、光己はふっと目の前が暗くなって意識を失ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 光己が目を覚ました時、彼は座り込んで土蔵の壁にもたれていた。

 

「あれ、俺はいったい……!?」

「あ、気がついたんですね! 心配しました」

 

 リリィが嬉しそうに顔を覗き込んでくる。どうやら彼女が介抱してくれたようだ。

 

「ありがとな。いろいろあって疲れててさ」

「どう致しまして。多分サーヴァント召喚で魔力を使ってしまったせいでしょう」

「サーヴァント……!?」

 

 耳慣れない単語に光己がおうむ返しに聞き返すと、リリィは逆に首をかしげた。

 

「おや、サーヴァントを知らないということは魔術師じゃないんですね。わかりました、私もそんなに詳しくはありませんが、簡単にご説明しましょう」

 

 それによると、サーヴァントとは歴史上の英雄や著名人の1つの側面を「クラス」という枠に当てはめて召喚する使い魔のようなものらしかった。

 並の使い魔や式神とは一線を画する強力な存在で、たいていは「聖杯戦争」のために召喚される。これは「聖杯」と呼ばれる万能の願望機を奪い合うバトルロイヤルで、それこそ今この街で起こっているような大災害が発生するケースもあるという。

 

「うーん、まさかあの想像が当たってたとは……。

 じゃあリリィも聖杯を求めて来たのか?」

「いえ、私は特に願いはないのですが……どうも私の別側面がいろいろ人に迷惑をかけているらしいので、その解決の手伝いをしたいと思いまして」

 

 そのためにわざわざド素人の光己の呼び声に応えたというのか。何という立派な志、光己は大いに感動した。

 

「そっか、命助けてもらったことだし、俺もできる限り協力するよ。

 でもその前に、この街に知り合いがいるかも知れんから探すの手伝ってくれたら嬉しいんだけど」

「え、この街にですか? わかりました。でもまだ5分くらいしか経ってませんが、マスターはお体大丈夫ですか?」

「ああ、歩くくらいなら何とか」

 

 光己はよろめきながらも立ち上がると、土蔵の外に歩き出した。リリィは心配そうな顔をしているが、異を唱えるつもりはないらしく斜め後ろについてくる。

 

(……それにしてもリリィはいい子だな)

 

 綺麗で素直で明るくて純真でやさしくて、スタイルはまあぼちぼちだがおそらく将来はバインバイン、しかも武装しているのに肩と腋と背中の上部まで惜しみなく見せてくれるサービスの良さ。今日はさんざんな目に遭ったが、こんな可愛い娘にマスターなんて呼ばれる仲になれたのだから悪い日ではなかったと思える。何とかこの苦境を切り抜けて、ぜひもっと親しくなりたいものだ。

 

「ところでこの街で聖杯戦争が起こってるってことは、リリィ以外にもサーヴァントがいるってことか?」

「そうですね。悪い人でなければ戦いは避けたいところですが」

「だよなあ。俺もまだくたくただし」

 

 そんなことを話しながら燃え続けている街を歩く2人。相変わらず生きた人間の姿はない。

 

「そういえばリリィの本名ってまだ聞いてなかったな。あ、俺は藤宮光己っていうんだけど」

「藤宮さんですか。私はブリテンのアーサー王……の、王を選定する剣を抜いたあと王位に就く前の身というところですね。ですからこの剣も星の聖剣(エクスカリバー)ではなく選定の剣(カリバーン)なんです」

「ぶふぅっ!?」

 

 光己は噴き出した。アーサー王といえばはるか未来の外国人である彼でさえ知っているビッグネームではないか!

 光己がそう言って称えると、リリィはちょっと困った様子で肩をすくめた。

 

「いえ、私は今申し上げた通り王位に就く前の修業中の身ですから、そんなに持ち上げないで下さい。実際半人前ですし」

「うーん、そうなのか……まあ俺も半人前どころかド素人だから、人のことは言わないよ。

 それよりアーサー王が女性だったことにびっくりした」

「当時は女性が王になるのはあまりないことだったので男装してましたから。400年くらい昔だとブーディカっていう有名な女王もいるんですけど」

「へー」

 

 そんなことを話して2人はだいぶ打ち解けてきたが、その時道端にこんもりしたボロ切れのかたまりのようなものが落ちているのを見かけた。

 いや端から出っ張っている金色のものは人間の髪の毛だ。ついに生身の人間を発見したのか?

 

「生きてるなら助けたいけど……」

「? どうかしたんですか?」

「いや、こんな状況だからうかつに近づいたら危ないかもと思ってさ。悪いけど見てきてくれる? なるべく慎重に」

「はい、承知しました」

 

 なるほど彼が言うことは実に妥当だ。リリィは頷いて、そろそろと用心深くボロ切れ、いや倒れている人影に近づいていく。

 すぐそばまで近づいても人影に動きはない。しかしリリィは彼(あるいは彼女)は人間ではなくサーヴァントであることに気づいた。

 

「マスター、この方はサーヴァントです。魔力が尽きて動けなくなったんだと思います」

「へえ!? うーん、どうしよう」

「放っておけば本当に魔力が切れて退去するでしょうけど、マスターが魔力を送れば蘇生はできると思います。

 そのくらいならサーヴァント同士の戦闘は無理ですので問題はないかと」

「そっか、じゃあ助けよう」

 

 即断だった。光己自身まだ全然回復などしていないのだが、この少年は天性のお人よしなのだ。

 彼(あるいは彼女)の傍らに膝をついて手をかざし、制服の「応急手当」を使用する。

 

「……」

 

 制服の機能を使う時は魔力だか生命力だかを消費するため、光己はまた頭がくらくらしてきた。しかしここで倒れられない理由がいくつもあるので、もう1度気力を振り絞って魔力を送り続ける。

 そして1分ほども経っただろうか、彼(あるいは彼女)は光己の献身的な看護によりついに息を吹き返した。小さく身じろぎしながら、人の気配を感じてそちらに顔を向ける。

 

「う、うーん……水……パン……」

 

 サーヴァントは物質的な食事はいらないのだが、魔力不足というのはよほどつらいのだろうか。あるいは生前は食料不足が深刻な暮らしをしていたのかも知れない。

 まあその辺は今の光己には関係のないことで、とにかく彼、いや声が女性的な高い声だったので彼女の意識が戻ったことを喜んだ。しかもこちらを向いたその顔が、光己と同年代の金髪ツインテ美少女だったとは!

 それに加えて体を起こして上半身のボロ切れを外した彼女の服装は、カラフルなレオタードのようだった。肩と胸元を大胆に露出し、豊かにふくらんだバストの形もはっきり分かる。

 

(サーヴァントってサービスがいい美少女ばかりなのか!? もしかして聖杯戦争ってガチバトルじゃなくてミスコン的なイベントだったりするのか!?)

 

 疲労のためか少女2人の美貌のためか、かなり間の抜けたことを考えてしまう光己なのだった。

 




 少女騎士っていい響きですよね(挨拶)。
 リリィは当然ながら黒王や槍オルタや獅子王より非力ですが、代わりに宝具に男性特効がついてます。つまりブラダマンテと組むことで目潰しからの股間攻撃という極悪コンボが実現するわけですな!


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第2話 再会

 サーヴァントは目の前にいる者がサーヴァントかそうでないか識別することができる。なのでレオタードの少女は、目の前にいる2人のうち少女はサーヴァントだが少年の方は違う、つまり少女のマスターの魔術師であろうと判断した。

 レオタードの少女は魔術師は嫌いだったが、今回はどうやら命を助けられたようだし、2人とも善人そうに見えるので失礼な態度は取れない。まずは普通に礼を述べることにした。

 

「貴方がたが助けて下さったんですか? ありがとうございます」

「どう致しまして。見たとこケガはしてなさそうだけど大丈夫?」

「はい、戦闘したわけじゃありませんからケガはありません。というか貴方の方こそ大丈夫ですか?」

 

 見れば少女の方はごく普通にしているが、少年は顔が真っ青で今にも倒れそうである。初対面の行き倒れをそこまでして助けてくれたとなると、感謝を通り越してちょっと申し訳なくなってくる。

 

「あんまり大丈夫じゃないけど、やりたくてやっただけだからそんなに恐縮しなくていいよ。でも今あげた分だけで足りた? また力尽きて倒れたりしない?」

 

 光己としてはせっかく苦労して助けたのにすぐ死なれてはたまらない。ずっと面倒見るとまでは言わないが、しばらく動ける程度までは回復してほしかった。どうやら悪党ではないみたいだし。

 もちろん彼女がサービスがいい美少女だからなんてのは理由の10%程度に過ぎない。過ぎないんだったら!

 レオタード少女はそこは正直に答えざるを得ない。

 

「うーん、意識が戻ったという程度ですからこのままでは正直……。

 やはり何か恒常的な魔力供給源がありませんと」

 

 本来サーヴァントが召喚される時は、マスターなり聖杯なりからちゃんと供給を受けるものなのだが、彼女は気がついたらこの街にいた身で、聖杯からの供給もなぜか無かったのである。少年の行為は嬉しかったが、これだけではわずかに延命したに過ぎない。

 

「うーん、なるほど」

 

 つまり彼女を助けるにはその手のマジックアイテムを与えるか、光己がサーヴァント契約を結ぶしかないということのようだ。しかし光己はそんな便利な物持っていないし、リリィを召喚した時のことを思い出すに、彼女と契約したら本当に死んでしまいかねない。

 光己は立ち往生したが、幸い今回はそこまで深刻な話ではなかった。

 

「いえマスター。すでに現界しているサーヴァントと契約するのであれば、1から召喚するより負担は少ないですよ。

 この方かなり枯渇してるようですので、それなりにはきついと思いますが……」

 

 もっともリリィが気まずげに顔をそらしたあたり、結構な覚悟が要りそうではあったが……。

 しかし命に別状がないならやってもいいが、その前に彼女がここにいる理由と目的は聞いておくべきだろう。

 

「ところで貴女はここで何を? って、そういえば自己紹介もまだだったな。俺は藤宮光己、こっちはセイバーのリリィさん」

「アルトリア・ペンドラゴンと申します。ですが王位に就く前の修業中の身ですので、リリィとお呼びください」

 

 リリィがそう名乗って軽くお辞儀をすると、レオタード少女は思い切り目の色を変えた。

 

「アルトリア……!? ということは聖剣の騎士王、アーサー王……!? あの名高きお方が今目の前に!? サ、サイン下さい」

「サイン!? い、いえ私はそんな大層な者ではありませんから……」

 

 いきなり両手を握られサインをねだられてリリィは閉口した。王の責務を終えた後の自分ならともかく、今はサインを書くような身分ではないと本気で思っているのだ。

 ここは話をそらそうと彼女の名前を訊ねると、レオタード少女は自分の非礼に気づいてあわてて謝罪した。

 

「こ、これは名乗りもせずに不躾を! 私はシャルルマーニュ十二勇士が一人、白羽(しらは)の騎士ブラダマンテと申します。

 聖杯は尊いものだと聞いていますが、私はそれで願いをかなえたいというわけではありませんので、何故ここに現界したのかはわからないのですが、アー……いえリリィ様が正義をなすならば、お手伝いするのはやぶさかではありません」

 

 やぶさかではないどころか、積極的についてくる気満々にしか見えない。その曇りない純真な瞳に光己は抗弁するすべを持たなかった。

 

「まあリリィが悪いことするとは思えないし、問題はないか……」

「ああ、そういえばリリィ様はどうしてここに?」

 

 ブラダマンテがまた顔を向けてきたので、リリィは光己に話したことをもう1度説明した。アーサー王が人に迷惑をかけていると聞いた少女騎士が首をかしげる。

 

「うーん、別側面とはいえアーサー王がですか? しかし王なら、短期的には悪いことに見えても大局的には差し引きプラスというようなことなのかも……」

 

 たとえば生前のアーサー王には軍を維持するために村1つを干上がらせたという故事があって、それだけを見れば暴君の所業だが、そのおかげで敵を撃退できたのなら悪政とはいえない。だって戦に負けたら軍の後ろにいる街や村も略奪狼藉を受ける、つまりただ干上がるより酷いことになるのだから。

 いやまあそんなことにならないよう常日頃から備蓄を準備しておくべきだとか言って非難するのは簡単だが、当時のブリテンは侵略と凶作が続いていたというからそんな余裕はなかったのだろう。

 

「どちらにしても私がリリィ様に同行するのに問題はありませんね!

 では契約をお願いします!」

「お、おう」

 

 この娘明るくて元気で真っ直ぐで正義感が強くて行動力もありそうなのはいいが、その分単純で猪突猛進タイプで騙されやすそうな感じがする。しかも美少女だからなおさら危険だ。そんな印象を受けた光己は、少なくともここでは俺がどげんかせんといかん!と妙な使命感にかられて、彼女の希望通り契約することにした。

 考えてみればリリィも同じタイプだし。

 

「で、契約ってどうやるの?」

「あ、それを知らないということは魔術師じゃないんですね!」

 

 ブラダマンテにとっては喜ばしい話だったがさすがに口には出さず、契約の手順だけを教えた。といっても両者に合意があるなら特に難しいことはなく、向かい合ってある文言を唱えるだけである。

 座ってやるのも何なので、2人は立ち上がって向かい合った。

 ブラダマンテは女性としては背が高く、光己より数センチほど低いだけである。またレオタードの股間のVカットがかなり際どく、それにしても臀部が良い! 鼠蹊部と太腿も実に素晴らしかった。つまり頭の天辺から足のつま先まで抜群ということかさすが聖騎士!と光己は改めて感嘆した。

 口に出すとセクハラになるので沈黙を保ったが。

 

「それじゃ、えーと。

 ―――告げる!

 汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に! 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう!」

「はい、マスター!」

 

 光己の言葉にブラダマンテが応えた直後、彼の右手の甲に再び熱い痛みが走る。契約は無事成立したようだが、この紋様(令呪というらしい)は共用になるらしい。

 同時にまた生気を大量に吸い取られて、光己が膝からぐらりと崩れ落ちる。

 

「危ない!」

 

 しかしリリィとブラダマンテは強力な戦士だけあって反応は速く、彼の前と後ろから身体をささえて彼が倒れるのを防いだ。

 

「……っと、あ、ありがとな」

 

 光己はとりあえず礼を言ったが、背中に当たっているリリィの胸甲はともかくブラダマンテの乳房が自分の胸板でたわんでいる感触は至高だった。事情が事情とはいえ、こんな美少女2人が前後から抱きついてくれるとは!

 

(それにこう、何ていうかいい匂いがする……!)

 

 光己は別の意味でくらくらしてきたが、ブラダマンテに「大丈夫ですか?」と声をかけられると我に返った。

 もちろん、ここでどさくさ紛れに彼女の体をさわるとか、そんな心躍ることは……しない。

 

「あ、ああ。やっぱり生気抜かれちゃってな。何とか立てるからもう大丈夫だよ」

「はい」

 

 すると2人は離れてしまったが、まあ仕方がない。

 

「でも本当にありがとうございます。偶然見かけただけの行き倒れにここまでしていただいて」

「いや、ブラダマンテがいい娘だからしただけだから、そんなに気にしなくていいよ」

 

 実際彼女が聖杯とやらで悪しき欲望を満たそうとする反英雄だったなら、逆にとどめを刺すことだってあり得たのだ。光己とてやることがある身、悪党を助けるために生気をささげて動けなくなるわけにはいかない。リリィにも迷惑がかかるだろうし。

 

「はい。それでマスターはここで何を? 魔術師じゃないのなら、聖杯戦争の参加者ではないと思うのですが」

「ああ、もちろんそんなんじゃなくて事故で来ただけだよ」

 

 と光己は初対面だけにカルデアという固有名詞は伏せつつ、爆発事故で失神して気がついたらこの街にいた旨を説明した。

 よく考えたらマシュは下半身を大きな瓦礫に潰される大ケガをしていたから見つけてもすでに死んでいるかも知れないが、それならそれで彼女の最期の願いをかなえてやれなかったのだからせめて遺体に手を合わせるくらいはしてやりたい。

 

「といってもここに来てるかどうかはわからないから、いつまで探すのかってのはあるんだけど」

「なるほど、それは大変でしたね……」

 

 ブラダマンテも実は人を探している身なので、光己が言うことはよく理解できた。

 ただ彼はもう顔色真っ白なので、あまり無理はさせられない。

 

「では私がマスターを抱っこしてしばらく歩いてみるというのは?」

「うーん、そうするしかないかな」

 

 現状では骸骨はともかくあの黒い影や正規サーヴァントと遭遇したらすぐ逃げるべきなので、光己がのたのた歩いているのは好ましくない。男子としては気恥ずかしいが、やむを得なかった。

 そして3人がしばらく歩いていると、何やら硬い物がぶつかり合うような音が聞こえた。

 

「これは剣や槍や盾で戦っている音ですね。見に行きますか?」

 

 ブラダマンテは現役の騎士だけあって、この種の識別は早かった。光己としては悩ましいところで、とりあえず遠くからこっそり覗いてみることを提案する。

 

「うーん、まずは様子を窺うべきかな?」

「はい、わかりました」

 

 少女2人も光己の体調を考えれば正々堂々にこだわれないので、まずはリリィが偵察に出る。

 そこでは黒っぽい軽甲冑を着て大きな十字型の盾を持った少女が、例の骸骨たちと戦っていた。自身の背より大きな金属盾を軽々と振り回している時点で人間ではなくサーヴァントであり、骸骨たちはかんたんに叩き割られ吹っ飛ばされて、当初は10体ほどもいたのがすぐに全滅してしまった。

 周囲に動くものがないことを確認して、ふうっと息をつく。

 

「戦闘終了。何とかなりました……しかし先輩はここにいるのでしょうか。いるのなら早くみつけないと……」

 

 物憂げにつぶやきながら、もう1度周りを見回す。しかしやはり人影はない。

 何しろ彼女の「先輩」は、この骸骨1体倒すことすら難しいだろう、まじり気なしの一般人なのだ。早く見つけないと殺されてしまうのは確実、いやもうすでに殺されているのではないかと思うと、気が重くなるばかりなのだった。

 リリィはその様子を気配を殺してじっと観察していたが、盾の少女がこちらに向かって来るのを見ると、光己のところに戻って彼女の容貌などを報告した。

 

「うぅん……?」

 

 それを聞いた光己が首をかしげる。

 背格好や髪の色などはまさに彼が知っているマシュなのだが、彼女はケガをしていたはずだし、まして盾を振り回せる腕力など持っていない。おそらく別人だろうが、ただスルーするのは気が引けた。

 

「…………そうだ、物陰からその娘に向かって俺の名前を連呼してみてくれ。それでマシュかどうかわかるだろ」

 

 この方法なら、顔を合わせて誰何しなくても、盾の少女が光己の知人かどうかすぐわかるというわけだ。今は知らない人との接触は避けたいので、こんな策を考えたのである。

 自力で歩けないほど弱っているわりにはなかなか知恵が回るようだ。あるいは先ほどの使命感のおかげかも知れない。

 

「なるほど、では行ってきます」

 

 リリィが素直に承知して彼の策を実行すると、盾の少女は実に分かりやすく狼狽した。

 

「えええっ、先輩!? どこのどなたかは存じませんが、先輩のこと知ってるんですか?

 あの、私はマシュ・キリエライトと申しますが、先輩のことをご存知ならぜひ教えていただきたいのですが……!」

 

 しかもご丁寧に自分の名前も名乗ってくれたので、盾の少女の正体は明白となった。

 こうして、光己とマシュは無事生きて再会することができたのだった。

 




 オルガマリーは出て来ない方が幸せのような気がするんですよねぇ。原作通りならアレですし、仮に生き残っても腹心に裏切られて傷ついてるでしょうし職員には好かれてませんし、人理修復に成功しても認められるどころか査問くらって爆破テロの責任問われるのは確実という……。
 でも彼女が生きてればコヤンスカヤたちがカルデアを乗っとるのは難しくなりますから、全体的には生き残る方が望ましいという考え方も。むむむ。


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第3話 休息

 光己はマシュの声を聞くと、女の子にお姫様抱っこされているというちょっと恥ずかしい姿を見せるのを避けるため、ブラダマンテの腕から飛び降りて自分の足で後輩に会いに走った。

 しかし彼女の無事な姿を見た直後に安心感で気が抜けて前に転んで、そのまま顔を地面に打ちつけて気絶してしまう。

 そして目を覚ました時、彼は見知らぬ民家の一室で横になっていた。

 

「知らない天井だ……」

 

 お約束のネタをつぶやいた後、周りを見回して少女3人がちゃんといるのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。

 のっそりと体を起こすと、まずは後輩に声をかけた。

 

「マシュ、無事でよかった」

「はい、先輩もご無事みたいで安心しました。先ほど先輩が気絶してしまいましたので、悪いとは思ったのですが、そばの民家にお邪魔させてもらったんです。

 あ、リリィさんとブラダマンテさんとはお互い自己紹介しましたので大丈夫です」

 

 こんな状況でもきちっと解説してくれるマシュは本当にできた後輩だと思う。

 

「そっか。でもごめんな、はぐれちゃったってことはあの時手を離しちゃったってことだもんな。心配させて悪かった」

「いえ、そんな! 私の方こそ、戦えない先輩を1人きりにしてしまってすみませんでした」

「ああ、それじゃお互い様ってことで」

 

 お互い一言ずつは言っておくべきにしても、いつまでも頭を下げあっていても仕方ないので、光己はこの話はここまでにすることにした。それより気になることがあるのだ。

 

「でもマシュ、さっきは鎧みたいなの着てなかったっけ。お腹と太腿むき出しにした破廉恥なやつ」

「も、もう先輩意地悪です!」

 

 顔を真っ赤にして手のひらでぱたぱた胸をたたいてくるマシュは本当に可愛くて、光己は体の疲れを忘れるくらい頬がゆるんでしまった。

 しかしあまりふざけると怒られそうなので、真面目に訊ねることにする。

 

「で、実際のところ何だったんだ? いや話したくなかったら別にいいんだけど」

「いえ、こんな状況ですから、むしろ先輩にはきちんとご説明しておくべきかと思います。

 といっても細かく話すと長くなってしまうので要点だけかいつまんでいいますと、私は普通の人間ではなくて『デミ・サーヴァント』なんです」

 

 デミ・サーヴァントとは要するに生身の人間に英霊が憑依・融合した存在で、マシュの場合は人為的にデミ・サーヴァントをつくるための実験体だった。カルデアはマシュの体内に英霊を召喚することには成功したが、その英霊はマシュとの融合も退去することも拒んで彼女の中で眠りについていた。しかし今日の爆発事故でマシュが瀕死になった時、「過去の異変の排除」を条件に力を譲渡し、ケガも治して消滅したのである。

 

「なるほどなー。それで、その英霊の名前と異変の具体的な内容とか解決方法ってわかる?」

「いえ、それは……」

 

 光己の当然の質問に、マシュは困り顔で小さくうつむいた。彼女に力を譲った英霊は情報公開には消極的な性格だったようだ。

 しかしそこに救い主が現れる。

 

「あ、私その英霊の名前わかりますよ。マシュさんの鎧は女性用に調整されてるみたいですけど、あの盾は知ってますから。よろしければ教えますが」

「ぜひお願いします!」

 

 マシュとしては英霊の名前が分からないと宝具―――サーヴァントにとっての象徴、切り札、必殺技のようなものだ―――が使えないので当然の返答だった。

 それはリリィにも分かっているので、もったいぶらずに答えを明かした。

 

「はい、では。

 ……あの盾は円卓の騎士の1人、ギャラハッド卿が持っていたものです。あの人は盾の騎士でしたので、クラスは多分『シールダー』、宝具も守護障壁を展開するものだと思います。宝具の名前はまあ、マシュさんのお好きなように決めればよいかと」

「あ、ありがとうございます!」

 

 ここまで明快に断定してもらえればマシュも自信が持てる。しかもギャラハッドといえばかの円卓の騎士の中でも最優格で、聖杯を発見したあと神のもとに召されたという穢れなき人物だ。

 ただそのような偉人に力を授けられたとなれば、こちらも相応の活躍をしなければならないだろう。さしあたっては「異変の排除」であるが……。

 

「つまり、この聖杯戦争を終わらせればいいのでしょうか?」

 

 もともとカルデアはここ2004年の冬木市を特異点と判断して調査班を送り込むつもりだった。おそらく聖杯戦争の最中に何らかのアクシデントが発生して特異点になったものと思われる。

 

「そうですね、私もそのために来たわけですし。

 ですがマスターの体調がまだご覧の通りですので、行動に移るのは明日からの方がいいかと」

「はい、できればカルデアと連絡を取ってからにしたいですし」

 

 マシュは特異点からでもカルデアと連絡を取れる通信機を持っているのだが、現在は不通であった。爆発事故からまだ数時間も経っていないのでそれどころではないのだろう。気にはなるが、今は通信が回復するのを待つしかない。

 しかしこちらの今後の方針は決まったので、光己はリリィが配慮してくれたように休息を取ることにした。

 

「いやその前に風呂入りたいな。汗かいたし」

 

 するとマシュがちょっと不安そうな顔を見せる。

 

「お風呂、ですか? 過保護とは思いますが、今の先輩の顔色だと足を滑らせたり溺れたりしないか心配です」

「じゃあ誰か一緒に入ろう!」

 

(……しまったぁぁぁ!!)

 

 疲労のあまりつい理性の抑えが利かず本音を口に出してしまい、心の中で後悔の泣き声を上げる光己。

 しかしマシュは怒ったりせず、ぼっと顔を赤らめただけだった。

 

「あ、い、いえ……今はこんな状況ですからあんまり気を抜くのはまずいんじゃないかと……」

「そ、そうだな。今のはジャパニーズジョークというやつで」

 

 光己も顔を赤くして目をそらす。傍からは初々しいカップルに見えたかも知れない。

 一方リリィとブラダマンテはちょっとびっくりしたようだが、特に目くじらを立てたりはしなかった。2人は現界した時に21世紀の常識は与えられているが、あくまで知識であって感性は生前のままなのだ。

 光己はこの隙に話題を変えた。

 

「それじゃタオルで体拭くかな。ついでに服も洗っとくか。

 その後でごはん作るからみんなで食べよう。いやこの家の人には悪いと思うけどさ」

「体を拭くんですか? では私にお任せ下さい」

 

 するとマシュがサービスがいいことを言い出した。ジョーク扱いとはいえ先輩の希望を断ってしまったので後ろめたさがあったのかも知れない。

 しかもブラダマンテも腰を上げる。

 

「では私もお手伝いしましょう。マシュさんだけにさせるのは申し訳ないですし」

「ええっ! いや別にそこまでしてくれなくても」

「いえいえ、私がしたくてするだけですから気にしないで下さい!」

「そ、そっか。じゃあお願いするよ」

 

 自分が使った言葉で返されては断り切れない。光己は素直に少女騎士の善意を受けることにした。

 それを聞いたリリィが彼の背後に回る。

 

「ではマスター、服をお脱がせしますね」

「ええっ!? いやそれは自分で」

 

 光己はこれは本気で辞退しようとしたが、サーヴァントの腕力にはかなわなかった。あっさりパンツ1枚にされてしまう。

 

「ではこれは洗濯機に入れて来ますから。それとえーと、腰のあたりは後でご自分で拭いて下さいね」

「そ、そだな」

 

 頬を赤らめて顔をそらしたリリィに、光己もあいまいに頷いた。

 そこにマシュとブラダマンテが戻ってきて、マシュが彼の背中の後ろに、ブラダマンテが脚の傍らに座る。リリィは腕の辺りだ。

 

(ええと、何でこんなことに……!?)

 

 ただでさえ外は夜の闇に炎上する知らない街という非日常な状況に、美少女3人が取り囲んで体を拭いてくれているという非日常な体験が重なって光己の頭はいろいろとゆだっていた。

 マシュの姿は後ろなので見えないが、リリィは屋内なので武装を解除しており下のドレスは胸元がかなり開いているデザインなので光己視線だとバストの谷間がチラチラ見えてしまう。ブラダマンテに至ってはレオタードかつLサイズなのでなおさらだ。

 それ自体は思春期男子として喜ばしいことだったが、ここで股間の辺りで男子な反応をしてしまっては非常にまずい。欲求に従って少女2人を交互にチラ見しつつも、「ソワカソワカ」と心の中で経文を唱えて平常心を保つしかなかった。

 

(いやこの経文はヤバいだろ!?)

 

 などとセルフツッコミしつつ、光己は試練を乗り越えて一段と成長……なんて少しもしてはいないが、ともかくマシュがタンスからあさってくれたパジャマっぽい服を着る。

 3人とも恋のアピールとかそういうのでは全くないが、弱っている時にかいがいしく世話してくれるのは本当にうれしかった。

 

「というわけで、お礼に夕ご飯は俺がつくるよ。3人とも日本の料理は詳しくないだろ?」

「確かに詳しくはありませんが……正直まだ心配ですが」

「いやあ、根性出せば大丈夫……おおっ!?」

 

 安請け合いした光己だが、立ち上がって1歩足を前に出したところでまたよろけてしまう。ある程度予測していたマシュが前に立って支えてくれたが、その雰囲気は少々不穏になっていた。

 

「だから心配だと言いましたよね!?」

「い、いえす、まむ」

 

 少女の声が普段より2オクターブほど低かったので、光己はすごすごと引き下がって腰を下ろした。マスターとしての威厳や体面ががらがらと崩れていくような気がしたが、よく考えたらパンピーの高校生がそんなもの初めから持っているはずがなかった。

 

「侘しい……侘しくない?」

「あ、その……マスターがお疲れなのは仕方ないことですから、そんなに落ち込まなくてもいいと思いますよ」

「うう、ブラダマンテはいい娘だなあ……俺がこんな体でなきゃ、おまえにも楽をさせてやれるんだが」

「それは言わない約束でしょマスター」

 

 ブラダマンテは意外とノリがよかった。しかしリリィが首をかしげているところを見ると、サーヴァントが現界する時に受け取る知識には個人差があるようだ。

 それはそうと、日本の調理器具の扱いについては、知識をもらっているこの2人の方がマシュより上である。なのでマスターの看護はマシュに任せて、2人が台所に立ち、あるものを使って夕食をつくった。

 レトルトのパックには甘口と書いてあったのになぜかやたら辛い麻婆豆腐のせいで大量の麦茶を消費しつつ、光己は作戦会議、とまではいかないが戦闘時のフォーメーションについて話しておくことにする。何しろあの怪物たちが今この家を襲って来ないという保証はないので、これだけは早いうちにやっておく方がいいのだ。

 

「俺はみんな知っての通り素人だから、後ろから援護するってことでいいよな。問題は相手が飛び道具持ってそうな時だけど」

「その可能性が少しでもある時はマシュさんはマスターの前にいるべきですね。私とブラダマンテさんはマスターが死んだら現界できなくなってしまいますから」

「そっか、じゃあそうしよう」

 

 守ってもらう側として自分からは口にしにくいことをリリィが言ってくれたので、光己はそれに乗ってすぐ同意した。

 これでよほど強いサーヴァントが敵対してこない限り、身の安全は保証されたといっていいだろう。メンタル強度一般人の少年はふうーっと大きく息をついた。

 

「じゃ、あとはリリィとブラダマンテが状況に合わせてコンビネーションを組んで戦うって感じかな?」

「そうですね。リリィ様と肩を並べて戦えるなんて光栄です!」

 

 ブラダマンテはやる気十分だった。一般人にとっては実に頼もしいことである。

 

「それで、マスターはもし聖杯が手に入ったら何を望むつもりなんですか?」

「ん? そうだな。万能の願望機とかいわれたら色々俗なこと思いつくけど、そういうのって何か怪しい気もするんだよな。『猿の手』みたいにひどい代価払わされるとか」

「なるほど。しかし先輩、この国には『マヨヒガ』のようにリスクなく富を得られる話もありますが」

「おお、マシュは物知りだなあ」

 

 確かにその通りなので、どうやら実物を見てから判断した方がよさそうだ。

 サーヴァントが現れるくらいだからすごいマジックアイテムではあるはずだが、この街がこんな有様になっている以上、たとえば世界平和を願ったら人類絶滅で応じるとかそんな代物である可能性だってなくはないし。

 

「うーん、マスターはなかなか慎重ですね。頼もしいです!」

「そ、そうか? まあそう思ってくれるならうれしいよ」

 

 そんなことを話しながら食事を終えると、光己は疲労のためかすぐ眠くなってしまった。しかし襲撃の可能性がある以上、彼が男性だからといって1人で別室で寝るのは好ましくない。

 

「電気を消しても、気配察知に長けたサーヴァントなら私たちの存在に気づいてもおかしくありませんから、やはりみんな一緒にいるべきかと。というか私とブラダマンテさんは眠る必要ありませんし」

「な、何だとぉぉぉ!?」

「え、ど、どうかしたんですかマスター?」

 

 ピンク色っぽいイベントの予感をあっさり壊された光己は思わず声を上げてしまったが、リリィにびっくり顔で見つめられると、「あ、いや、寝なくていいなんて贅沢だなと思って」とごまかした。リリィは素直に信じてくれたが、ここにもっと鋭い人物がいたらあっさり看破されていたことだろう……。

 もっとも光己は布団の中に入るとわずか数秒で眠りの園に旅立ってしまったので、どう転んでもピンク色なルートになどならないのであったが。

 




 ボックスガチャは60箱でした。100箱とか開けるガチ勢の方々には及びませんが、カルデア・ティータイムを凸できましたのでやはりボックスガチャは良い文明ですね。
 ブラちゃんをスキルマにするには証やオーロラがまるで足りないのが困ったものですが。


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第4話 死者とその魂を運ぶ者

 幸い危惧されたサーヴァントや怪物による襲撃はなく、光己たちは無事翌日の朝を迎えることができた。

 街はまだ燃えているが、さすがに火勢はだいぶ衰えている。空は灰色の厚い雲に覆われているが、すぐ雨が降る様子はなさそうに見えた。

 これなら予定通り街の調査ができそうである。

 

「先輩、お体は大丈夫ですか?」

「ああ、もうバッチリだよ。これでもう迷惑かけずにすむ」

 

 あとは朝食をとったら出発だ。家を出るときに一宿二飯の礼を言ってから、燃える街の中に足を踏み出す。

 目当ては聖杯戦争に参加しているだろう正規サーヴァントだけだ。それ以外のシャドウサーヴァントや骸骨は回避しつつ、といって特に何か目星がついているわけではないので適当に歩いて回る―――より前に、高い建物の上から周囲の様子を見ておくことを思いついた。

 

「では私が!」

 

 するとブラダマンテが元気よく立候補して、光己が返事するより早く野生の猿や猫も顔負けの身軽さで民家の塀や屋根を跳び伝って、5階建てくらいのマンションの屋上まで到達する。

 おそらく、即位前とはいえアーサー王に斥候の真似事はさせられないという意向だろう。

 

「おお、サーヴァントってやっぱすごいな……」

 

 その様子を見て光己はいたく感心した。

 オリンピックの体操選手でもこんな芸当はとてもできないだろう。ブラダマンテが生前からこれほどの身体能力を持っていたのか、それともサーヴァントになることで強くなったのかは失礼になりそうなので聞けないが。

 

「しかし敵もこれくらい速いんだとしたら、サポートするのも難しいかも知れないな」

 

 まあ制服の機能は味方を援護するものばかりなので問題はないのだが。うかつに敵サーヴァントを直接攻撃するようなマネをして目をつけられたら怖いし!

 などと光己がチキン、いやお互いの戦力差を見れば残念ながら当然のことを考えていると、やがて少女騎士が慌てて戻って来た。

 

「大変です! ちょっと先でサーヴァントとシャドウサーヴァントが戦っているようです。

 遠目なのでさだかではありませんが、動きの速さを見る限り一般人や並みの怪物とは思えません」

「マジで!?」

 

 それなら急いで駆けつけねばならない。4人はブラダマンテを先頭に、脚力が常人並みである光己はマシュが抱っこして現地に走る。

 そこはちょっと広めの駐車場だった。まだ戦いは続いていたがさいわい4人の接近はまだ気づかれていないようなので、いきなり割って入らず少し観察することにする。

 

「うーん、あれは確かにシャドウサーヴァントだな……」

 

 大柄な女性とおぼしき体形の黒い影が、白い服を着た桃色の髪の少女と戦っていた。白服の少女の後ろにはもう1人少女がいて、こちらは戦えないらしく座り込んで震えながら何か繰り言を並べていた。

 白服の少女は右手に白く輝く槍を持ち、左前腕に丸い盾をつけている。頭の上に髪と同じ色の羽根飾りのようなものを付け、ノースリーブの上衣の上に白いショールを羽織っているのはいいが、下腹部の辺りになぜかくり抜きがあって素肌を出している上に、スカートのスリットがやたら深く広くて太腿がかなり見えている。

 見た感じ、元気で明るいはつらつとしたタイプのようだ。

 

「おお、これはまた可愛い……てか出会うサーヴァントがみんな美少女ばかりとなると、聖杯戦争はミスコンだっていう俺の想像が現実味を帯びてきたな。

 あの服からして『ピンクは淫乱』が当たってそうだしできれば仲間にしたいけど」

「先輩、初対面のサーヴァントにそんなこと言ったら殺されますよ……!?」

「いや聞こえるようには言わないって」

 

 それはそうとシャドウサーヴァントも見ないといけない。得物は両手に持った短剣だが、よく見ると柄が長い鎖でつながっていた。普通に戦うと白服の少女より間合いが狭いためか、近づかずに短剣を鎖鎌のように使って中距離からの投擲で戦っている。

 白服の少女は背後に戦えない者をかばっているため、うかつに動けず防戦一方だった。いや時々槍の先端からビームを打ち出して反撃しているが、シャドウサーヴァントはなかなか身軽でうまく避けている。

 さしあたって、今すぐ勝負がつく気配はなさそうだ。

 ……ビームが当たった建物は大きな穴が空いていたが、そこは見て見ぬフリすることにした。

 

「真面目な話、悪い娘には見えないけど、助けたからって共闘できるとは限らんしな。さてどうするか……」

「後ろにいる女性はマスターなのか、それとも通りすがりの一般人……って、あれ所長じゃないですか!?」

「mjd!?」

 

 両手で頭を抱えて座り込むかりちゅまポーズだったから考えもしなかったが、体格や髪型や服装は昨日カルデアの社屋(?)で会ったオルガマリー・アニムスフィア所長だ。あの時は説明会で居眠りしたとはいえ、大勢の前で平手打ちするというパワハラをしてくれたからよほどの強面だと光己は思っていたが、どうやらあれは若くして大組織のトップになったという重圧に押しつぶされないための強がりだったようだ。

 

「じゃあ助けにゃならんな。リリィにブラダマンテ、頼む!」

「はい!」

 

 少女騎士2人が頷いて横から戦いに加わると、シャドウサーヴァントはすぐそれに気づいて機敏に対処した。

 

「こっちの味方には見えませんね。4対1では処置なしです」

 

 なんと一太刀も刃を交えずあっさり逃げ出したのだ。しかしそうは問屋ならぬ白服の少女が卸さなかった。

 

「今さら逃がさないわよ!?」

 

 こうもあっさり逃げるからには、逆に隙を見せたらまたいつ襲ってくるかも知れない。少女が追いかけたのは当然だったが、まさか翼もなしに空を飛ぶとはその場に全員にとって意外だった。

 逆にシャドウサーヴァントの方は塀や屋根を伝って逃げようとしたものの、空中にいる間は軌道や速度を変えられないので、少女が背後を取るのは容易なことである。それでも用心深く槍の間合いには入らず、ビームを背中にぶつけて撃ち落とした。

 

「ぐうっ!」

 

 シャドウサーヴァントがアスファルトの路面に落ちて、鞠のようにバウンドする。いくらサーヴァントが強靭でもこれは効いただろう。

 光己はこの新しい戦況にすぐ反応して次の指示を出した。相手はアーサー王やシャルルマーニュ十二勇士だが、作戦は俺がどげんかせんといかん!という使命感はまだ残っているのだ。

 

「リリィとブラダマンテはこのまま奴を倒して! 俺とマシュは所長のカバーだ」

「はい!」

 

 実際シャドウサーヴァントは何とか立ち上がると、ここから逃れる最も確実な方法―――回れ右してオルガマリーを人質に取ろうとしたが、それより早くマシュが盾をかざして立ちはだかったため断念して90度曲がると普通に走って脱出を図る。

 しかしダメージのためあまり速くは走れず、結局追いつかれて3人がかりで倒されてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 その間に光己とマシュはオルガマリー(と思われる女性)と接触していた。

 女性はやはり2人が知るカルデア所長だったが、2人の顔を見ると、いや黒い影がいなくなって安全になったと判断するといきなり怒り出した。

 

「なんでもっと早く来なかったのよ! あれからもう一晩たってるのよ。レフならもっと手際よくしてるわ」

「レフってあの緑の服のもじゃ髪の人? でもここにいるのは俺とマシュだけでしょ」

「ぐ」

 

 所長たる者が素人の一般枠の新人ごときに抗弁されてしまったが、レフ・ライノールがここにいなくて連絡もないのは事実なので反論できなかった。やむを得ず話題を変える。

 

「まったく、何なのよアイツら!? なんだって私がこんな目に遭わなくちゃいけないの!?」

「むしろ俺の方が被害者なんですけど……」

 

 光己はもう1度抗弁してみたが、オルガマリーの耳には入っていないようだった。

 

「でもどうして来たのがレフでもAチームでもない、数合わせの貴方なの? 部屋にいろって言ったはずよね。それにマシュ、貴女サーヴァントの力を出せてるわね? あとあの2人もサーヴァントみたいだけどどういうことなの? ……ってその手の令呪、まさか貴方がマスターなの? 私にさえ適性がなかったのに素人の貴方が? まさかマシュに乱暴したわけじゃないでしょうね? どうしてどうして、説明しなさい」

 

 オルガマリーはいろいろとため込んでいたのか、光己の胸元をつかんで堰を切ったようにしゃくり始めた。目の端に小さな涙の粒が浮かんでいる。

 よほど怖かったのだろうか、ずいぶんと情緒不安定になっているようだ。

 

「所長、落ち着いて下さい」

 

 みかねたマシュが割って入って2人を引き剥がしたが、その時マシュはオルガマリーの右手の甲にも令呪があることに気がついた。

 

「あれ、所長? 今マスター適性はなかったって……」

「ええ、『なかった』わ。それについては話したくないから、あのサーヴァントに聞いてちょうだい」

 

 オルガマリーにとって、マスター適性があってサーヴァント契約ができるのは喜ばしいことのはずなのに、なぜか少女はうつむいて口を閉ざしてしまった。仕方なく、光己とマシュはリリィたちが戻って来るのを待って、白服の少女に声をかける。

 

「いや、その前に自己紹介だよな。俺はアニムスフィア所長の部下の藤宮光己」

「マシュ・キリエライトと申します。よろしくお願いします」

「ミツキにマシュね。あたしはワルキューレ、個体名ヒルドだよ。よろしくね」

「ワルキューレ……北欧の戦乙女だよな。ゲームで有め……げふんげふん。勇士の魂をヴァルハラに招くんだっけ」

「うん、そのワルキューレだよ。遠い外国の人なのに知っててくれてうれしいな」

 

 ヒルドは外見の印象通り、快活で親しみやすい娘だった。光己はさっそくオルガマリーの件……の前に、ワンクッション置いてあのシャドウサーヴァントについて訊ねることにした。

 

「それで、あの黒い奴はどうなった?」

「うん、キミたちのおかげでケガせずに倒せたよ。ありがとう」

「こちらこそ、所長守ってくれてありがとな。リリィとブラダマンテもお疲れさん。

 2人はヒルドとは自己紹介した?」

「はい」

「そっか。じゃあいよいよ本題……なんか所長が、サーヴァント契約できた理由を自分では話したくないって言うんだけどどういうわけ?」

 

 するとヒルドもちょっと眉をひそめたが、隠し立てはせずに教えてくれた。

 

「まあ要するにね。その人はもう死んじゃってて……今そこにいるのは幽霊なの」

 

 魔力と自意識が強いから生前と同然に見えているが、それもこのままでは長くはもたない。いずれ意識も記憶も欠落して、あの世に行くか浮遊霊の類になり果てるかだろう。

 しかし生前はマスター適性もレイシフト適性もなかったのに、死んで霊体になってようやくそれを手に入れるとは何とも皮肉なものだった。

 

「でも私と契約すれば大丈夫ってわけ! これでもワルキューレだから」

 

 ワルキューレの仕事は勇士の魂をヴァルハラに連れて行くことだが、それはつまり死者の魂が「ほかのあの世」に行くのを止めることができるということでもある。

 さすがに何ヶ月も何年もというわけにはいかないが、カルデアに帰ってから成仏するか何か適当な依代に宿って延命するか考える時間くらいは十分に取れる。ただし特異点を修正すると「この」聖杯戦争に参加したサーヴァントは強制帰還させられるが、その前にオルガマリーと一緒に元の時代に帰れば別れずに済むというわけだ。

 ヒルドの方もマスターを失ってこのままでは何も成すことなく消滅するところだったので、両者の利害が一致してサーヴァント契約と相成ったのである。

 

「なるほどなあ……それなら取り乱しても仕方ないか」

 

 光己は素人だけにヒルドの話が完全に腑に落ちたわけではないが、オルガマリーの気持ちを多少想像するくらいはできた。まだ彼より2~3歳年上なくらいの若年だというのにそんなことになったのなら、むしろ冷静さを保てている方だろう。

 

「……うん。それでマスターはとりあえずカルデアと連絡を取ろうとしたんだけど、服は形成できても通信機までは作れなくて立ち往生してたんだよ」

 

 幽霊はハダカである場合もあるが、生前に着ていた服をまとっている場合もある。しかし特異点からカルデアに通信できる通信機なんて高度な機械を再現できるわけがなかったのだ。

 

「そっか。でも俺たちもさっきマシュの通信機で連絡取ろうとしたけどまだ不通だったからなあ。向こうもまだバタバタしてるのかも。全滅ってことは……ないといいんだけど」

 

 何しろひどい事故だっただけに、職員全員死亡あるいは重傷なんてこともあり得る。光己とマシュは困り顔を見合わせたが、まさにその時マシュがつけている腕時計型の通信機が呼び出し音を発したのだった。

 



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第5話 異変解決への道筋

 その呼び出し音はカルデア所属の3人が首を長くして待ち望んでいたものだった。マシュが期待のあまり震える指先で通話キーを押す。

 すると空中にTV画面のような映像が投影された。画面には温和だが気弱そうな青年の顔が映っている。

 

《ああ、やっと繋がった!

 もしもし、こちらカルデア管制室だ、聞こえるかい!?》

「ドクター!」

 

 マシュが満面に喜色を浮かべて青年に声をかける。どうやら彼はあの大事故の中を無傷で生き残ってくれたようだ。

 

《おお、無事だったんだねマシュ! 本当に良かった。しかしやっぱり、藤宮君もレイシフトに巻き込まれたのか……》

 

 ロマニは昨日来たばかりの素人の少年をこんな大事故に巻き込んでしまったことに申し訳なさそうな顔を見せたが、今はそんな場合ではないと己を奮い立たせて続きを話し始めた。

 

《通信がまだ不安定だから今は最低限の用件だけ……まずはそこから2キロほど東に移動した先に、霊脈の強いポイントがあるから1度そこへ行ってほしい。そうすればこちらからの通信も安定する……っひゃぁぅぁ、しょ、所長!?》

 

 ロマニにとってここにオルガマリーがいるのは想定外のことだったのか、彼女の存在に気づくとまるでお化けでも見たかのように裏返った悲鳴を上げた。

 何しろオルガマリーは爆発事故の時まさに爆心地にいたのだから、その身体は跡形なく吹っ飛んでいたはずなのだ。なのに五体満足で、しかも特異点にいるのはありえないことで、幽霊と思っても不思議ではない……というか幽霊で正解なのだが。

 当のオルガマリーはロマニがなぜ悲鳴を上げたのか頭では理解できたが、感情では収まりがつかなかった。とりあえず、失礼な部下をできる限り嫌味ったらしくとがった口調で叱りつける。

 

「人の顔を見るなり悲鳴を上げるなんて、上司に対する礼儀をもう1度指導し直さないといけないかしら? というかなぜ貴方が仕切っているの。レフを出しなさい、レフを」

 

 するとロマニは一瞬口ごもったが、やがて小さく首を振りつつも報告を始めた。

 

《……管制室で起こった爆発事故のため、生き残っている職員はボクを含めて20人にも満ちません。レフ教授も管制室にいましたので生存は絶望的です。

 現在はボクが1番階級が上ですので、暫定的にボクが指揮を執っているのです》

「そんな、レフが……」

 

 自分に続いて1番の腹心までもが。オルガマリーは胸の中にわずかにあった希望ががらがらと音を立てて崩れていくのを感じたが、だからこそと気力を振り絞って口を開いた。

 

「……それじゃ、他の47人のマスターは? コフィンはどうなったの?」

《全員が危篤状態です。医療器具も足りません。何名かは助けることはできても、全員は……》

「ふざけないで!」

 

 オルガマリーは反射的に怒鳴っていた。

 

「すぐに凍結保存に移行しなさい! 蘇生方法は後回し、死なせないのが最優先よ!」

《ああ、そうか! コフィンにはその機能がありました。至急手配します》

 

 そう言うとロマニはその手配のため駆け出していった。作業にはそれなりに時間がかかるため、その間にオルガマリーたちは霊脈地に移動すれば無駄がない。

 ただその道中オルガマリーはずっとうつむいて暗然とした雰囲気を全開にしていたが、さすがに咎める者はいなかった。マシュは本人の許諾なく凍結保存を行うことは犯罪行為だと知っていたが、それを指摘する気にもなれない。

 

(むしろ成仏して楽になりたいとか言い出してもおかしくない状況だもんな)

 

 まして昨日知り合ったばかりで彼女からの評価も低い光己に口をはさめる訳がなかった。

 事故の原因が何であれ、彼女がトップである以上責任を問われるのは避けられない。人道的な面は別としても、原因の究明から始まって関係各所や死亡者の遺族への謝罪や労災(?)の支払い、施設の修繕、新規職員の採用と教育、それらにかかる費用の調達と、高校生の光己がすぐ思いつくだけでも神経が削れそうな難題が山盛りなのだ。

 

「……まだ死ねないわよ。絶対に」

 

 しかしオルガマリーは光己の内心の声が聞こえたわけでもあるまいが、ぼそっと小声で独り言をつぶやいた。

 オルガマリー自身ももちろん、光己が考えたくらいのことは百も承知している。しかしここで楽な道を選ぶわけにはいかないのだ。

 オルガマリーは魔術の名門に生まれ素質もあり、ついでにいえば容姿もよくて、傍から見れば恵まれた境遇のお嬢様である。しかし残念ながらマスター適性だけはないのもあって、ずっと以前から「誰も自分も認めてくれない、褒めてくれない」という根深いコンプレックスをかかえていた。

 だからせめて、オルガマリー所長は最後に1つ大役を果たしたと記録に残されたかったのである。でなければ、何のために今まで苦労してこんな荷が重い仕事をしてきたのか―――!

 

「…………所長、レイポイントに到着しました」

 

 霊脈地に着いて具体的にやることができたため、一行の雰囲気が少し変わった。

 地面にマシュの盾を置くと召喚サークルを設置でき、カルデアとの通信や物資の補給ができるようになるのだ。

 するとまたロマニから通信が入った。

 

《よし、空間固定に成功してるみたいだね。

 知らない顔もいるけど、まあ後でいいや。所長、報告いいですか?》

「ええ、お願い」

《はい。まず凍結処置は無事終了しました。それとカルデアの状況ですが―――》

 

 それによるとカルデアは機能の8割を喪失し、残されたスタッフも少ないので、できることには限りがあった。そこで最重要と思われるレイシフト装置の修理とカルデアス、シバの維持に人員を割いている。

 外部との通信が回復したら、補給要請して全体の立て直しというところだった。

 

「結構よ。納得はいかないけど、私が戻るまでその方針でお願い。

 私たちはこの街……特異点Fの調査を続けます。どのみち装置の修理だって多少の時間はかかるんでしょう?」

 

 その後オルガマリーとロマニはいくらかのやり取りをしていたが、ともかくオルガマリーの主張通りの方針で動くことになった。

 ただオルガマリーとマシュと光己はこの手の現地調査の経験がないのと、オルガマリーは特異点が修正される前にいったんカルデアに帰る必要があるということもあって、今はとりあえず原因の発見にとどめる予定である。

 

「――――――いえ、実は原因はもうわかってるんだけどね」

 

 通信を終えた後、オルガマリーはまた小声でつぶやいた。

 

「え、そうなんですか?」

 

 それが耳に入った光己とマシュの驚きの声が唱和する。さすがは所長!と尊敬のまなざしを向けたが、実はこの件についてはオルガマリーは称賛を受けられるようなことをしていないので、正直に事実を語った。

 

「ええ、といってもヒルドに教えてもらっただけなんだけど。だからちょっとは自分の目で見ておかないとちゃんとした報告にならないから、ここで救助を待つなんてのんびりしたことはしていられないってわけ。

 ヒルド、教えてあげて」

「うん。あたしはもともとここの聖杯戦争の参加者だったから、事情を全部とはいかないけどある程度は知ってるんだ」

 

 ヒルドの説明によると、ここ冬木市で行われた聖杯戦争は最初はごく普通だったが、ある夜突然街が炎に包まれ、生きた人間は1人もいなくなってしまった。残ったのはサーヴァントとあの哀れな骸骨たちだけである。

 そこで最初に動き出したのはセイバーだった。なんとヒルド以外のアーチャー・キャスター・ライダー・バーサーカー・アサシンの5騎を1騎で倒してしまったのだ。

 それだけでも十分変だが、倒された5騎はさっきのシャドウサーヴァントのように黒く染められていた。しかし異変の発端がセイバーなのかそれとも異変に乗じただけか、そしてセイバーが何を考えているのかまではヒルドにも分からない。

 

「それでもセイバーを倒せばこの特異点は消滅すると思うけど、あたし1人じゃちょっとキツい相手なんだ。だから今までマスターも動かなかったんだよ」

「へえ、戦乙女にそこまで言わせるってことは相当な強者だな。名前は知ってるの?」

 

 サーヴァント同士の戦いでは、名前(正確には真名というらしい)を知っているかどうかで戦術がだいぶ変わると昨日聞いていた光己が軽い気持ちで訊ねる。するとヒルドは、リリィの方に目を向けてちょっと気まずそうな顔をしたが、知っていて隠すわけにもいかないので洗いざらい話すことにした。

 

「……うん。アーサー王……つまりリリィが即位した後の姿だよ」

 

 

 

 

 

 

「な、何だってーーー!?」

 

 光己とマシュ、そしてオルガマリーが驚きの声をあげる。なお光己とマシュが驚いたのは異変のキーパーソンが仲間の未来の姿だったことにだが、オルガマリーの場合はこの白百合の少女がアーサー王だったことにである。他のことにかまけていて、まだこの2人の名前を聞いていなかったのだった。

 

「そ、それじゃ貴女もアーサー王なの?」

「はい、まだ即位前で修業中の身ではありますが。『未来の私』がどういうつもりかはわかりませんけど、私は異変解決に協力しますから!」

「えーと、貴女がマスターの上司というわけですね。シャルルマーニュ十二勇士が1人、ブラダマンテと申します! 私もリリィ様と同じ考えですのでご安心を」

「え、大物じゃない……それにちゃんと手伝ってくれるのね」

 

 リリィとブラダマンテの自己紹介を聞いたオルガマリーは、思わずごくりと生唾を呑んでしまった。

 このメンツなら調査といわず、アーサー王を倒すところまでいけるかも知れない。カルデア、いやオルガマリーの都合でいえば、調査だけで帰るより異変解決までやった方がいいわけで、ちょっと私欲が頭をもたげてきたのである。

 とはいえ仮にも伝説の騎士王と戦うのに、オルガマリーだけならまだしもヒルドという重要な戦力を引っこ抜いて帰ってしまうのはまずい。司令官が最前線に出る必要はないと強弁はできるが、1度来ておいて決戦前に部下を残して逃げたとあっては、カルデア全体としてはともかくオルガマリー個人の立場や名誉は大幅に悪化する。そして何より、肝心の騎士王に勝てる確率が下がってしまうのだから。

 

(アーサー王を倒してからサーヴァントの強制帰還までにしばらく時間があればいいんだけど、そんな期待はできないしね。

 ……そうだ! 途中まで一緒に戦って、確実に勝てるところまで持って行ったら私とヒルドだけ退くというのはどうかしら)

 

 これならオルガマリーの生命と名誉、そして任務達成の成功率を並立させることができる。少女は自身のアイデアに満足した。

 

「よし、これでいきましょう!

 あ、でも報告というなら写真も撮っておきたいわね。誰かカメラ持ってる?」

「カメラですか? 持ってませんけど、確かに写真は欲しいですね。せっかく粒ぞろいの娘たちが揃ってるんですし、その辺の電器屋で調達しましょう」

 

 光己の脳天気な返事にオルガマリーはピンッと眉を跳ね上げた。

 

「粒ぞろいの娘って、貴方何考えてるの?」

「何って、聖杯戦争ってミスコンみたいなもんなんですよね? だから審査員は所長に譲るにしても撮影班は必要かなと」

「んなわけあるかぁぁぁーーーッ!!」

 

 久しぶりにオルガマリーは渾身の大声で叫んでいた。それはもう、この一言でのどが嗄れて痛くなったほどに。

 

「どっかで言わなかったかしら? これは人類の存亡にかかわる重大な仕事だって」

「聞きましたけど、そんなのただの高校生には重すぎるじゃないですか」

 

 だから光己はそういうことはなるべく考えず、命の恩人であるリリィの手伝いだとかマシュを助けてくれたギャラハッドへの義理だとか、そういうお題目で行動していたのだった。

 

「それに所長だってほら、さっき『47人の命なんて背負えるはずない』とかぼやいてませんでしたっけ」

「ぐ!? む、ぐぬぬ」

 

 そういえば凍結保存を指示した時にそんなことを思ったような気がする。なるほど所長が「たった」47人の命を背負えないのに、新入りの一般人に全人類の命を背負えなんて言えない。オルガマリーは言葉に詰まった。

 

「―――仕方ありません。確かに貴方は一般人、このような状況では気晴らしも必要でしょう。手があいた時に人物写真を撮るくらいのことは許します。ただし、当人の許可は取るように。

 ……それと、『粒ぞろい』の中には当然私も入ってるんでしょうね?」

 

(……許してくれたのはいいけど、もしかしたらこのヒト結構チョロいのかも)

 

 微妙に頬を赤らめてぷいっと顔をそらしたオルガマリーに、光己はそんなことを思うのだった。

 




 キャスニキの出番は犠牲になったのだ……所長の生存フラグ、その犠牲にな……。いやこれ以上味方が増えるとさすがにパワーバランスがががが。
 ついでに所長は最初のとっつき悪ささえ乗り越えればチョロい方、そんな説を提唱してみる。もともとレフに依存してますし(ぉ


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第6話 サーヴァント撮影会

 ヒルドによれば、アーサー王はある山の麓の大きな洞窟の奥にこもっているらしい。またその入り口近くで何ゆえかアーチャーが門番をしているという。

 しかし、これはうまく動けば1人ずつ別々に戦えるというわけで、2人一緒にいるよりは喜ばしいことだった。

 ここから洞窟までは一般人基準だとかなり歩くが、レイシフト装置の修理を待つ時間も兼ねるから大した問題ではない。

 道中の本屋で手に入れた地図を見て現在地を確認しつつ、電器屋で調達したデジカメで街の様子を撮影しながら慎重に歩を進めるカルデア一行。むろん窃盗だが、人類の存亡がかかっているのだからやむを得ない、とこういう時だけ都合よく大義名分を持ち出していた。

 そこでふと、あまり被害を受けていない小さな公園を見かけた。

 

「それじゃ所長、約束の撮影会をしましょう!」

「本当にやるつもりなの? ……まあいいけど」

 

 オルガマリーはあきれた顔をしたが、声色に険はなかった。

 光己は新入りの素人のくせに時々抗弁してくるが、オルガマリーを感情的に嫌っている様子はない。それに好意的に解釈するなら、おバカな言動も彼自身の助平根性だけではなく、オルガマリーとマシュの気分転換を彼なりに考えてのことではないかとも思えるのだ。

 それはそれとして、オルガマリーも魔術師とはいえ年頃の女の子だから、こうしたことに興味が全くないわけではないし。

 サーヴァントたちも特に異議は出さなかった。光己は昨日巻き込まれたばかりの一般人しかも未成年という話だから、リリィたちの時代に例えれば、農家の子がある日いきなり訓練もなしに戦場に駆り出されたようなものである。錯乱したり逃げ出したりする様子がないどころか、ちゃんとした指示を出してくれるのだから十分合格点というもので、多少のお遊びで気分が晴れるなら文句はなかった。

 それにこの仕事が終わったらおそらくお別れになるのだから、記念になるものを欲しがってくれるのはちょっと嬉しいというのもある。

 

「じゃあまずは所長からですね! 審査員ですが飛び入り参加という設定で」

「だからなんで聖杯戦争がミスコンになるのよ……」

 

 と言いつつ、体裁上とはいえ自分を最初に呼んでもらえたことにちょっとだけまんざらでもない表情を浮かべるオルガマリー。光己に乞われるがまま、立木の傍らにしゃなりと立った。

 彼女の服は光己やロマニが着ているカルデアの制服とは違って、黒とオレンジを主体にした高校の制服のようなデザインである。脚には茶色っぽいストッキングを穿いていた。

 

「じゃあまずは普通に、笑顔でー!」

「この状況で笑えって、すごいこと言うわね……」

 

 オルガマリーはあきれていたが、光己はわりとノリノリだった。

 女の子の写真を撮るのは初めてだが、超抜級コスプレ(?)美少女、それも歴史上の英雄たちの独占撮影会なんてこの先の人生でまたあるとは思えない。それにアーサー王と戦うことになったらこちらが殺されてしまうことだってありえるわけで、それなら最後にちょっとくらい良い事があってはじけてもいいんじゃないかと思うのだ。

 

「いやあ、所長は絶対笑顔の方が可愛いですから! さあ笑って笑って、ポーズとって!」

「も、もう仕方ないわねえ」

 

 もとより劣等感と承認願望が強いオルガマリーだけに、容姿だけのこととはいえ手放しで褒められるとつい頬が緩んでしまう。彼女にとって光己やマシュたちは立場や性格や年齢の関係で比較的肩肘張らなくていい相手なので尚更だった。

 それでつい気分が乗ってきて、ファッション雑誌で見たポーズをとってあげたりしていたのだが……。

 

「いいよいいよ! それじゃ次はスカートの左右の端を指でつまんでちょっと持ち上げながら、軽くかがんで会釈するポーズなんてしてみようか」

「…………なんでトップがそんな媚びたことしなきゃならないのよ!」

 

 はっと我に返ったらすごく恥ずかしくなってきたので、不埒な部下を軽く小突いておしまいにしたのだが、しかし本当に久しぶりに「楽しい」と思えたのは確かなのだった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃ次はマシュ、やってくれる? まずは鎧外した格好から」

「は、はい」

 

 マシュは人物写真の被写体になるなんてのはかなり恥ずかしいのだが、敬愛する先輩のたっての頼みとあって顔を真っ赤にしながらも承知した。

 ただ彼女が鎧を外した下のインナーはブラダマンテの服と似たような感じの厚手のレオタードにしか見えないのに、それはあまり気にしていないようである。なぜか胸元にくり抜きがあって大きなバストの谷間が見えたり、お腹も同様で可愛いおへそを出しており、股間のVカットもけっこう角度がきわどいのだが。

 

(実にけしからん……あれじゃ見た男があのでっかいマシュマロをマシュマシュしたくなるのは確実だろ。お尻もぷりぷりしてるし。デザインした奴GJ!)

 

 などと光己は内心でそれこそけしからんことを考えつつ、態度は平静を装って写真を撮っていく。最初は単に立ってるだけとか片手を腰に当てるだけとかごくおとなしいものだったが、そのうち木に両手をついてお尻を後ろに突き出すとか、脚を開いて地面に膝をついて両手を頭の後ろに組んでちょっとのけぞるとか、だんだん過激なポーズになってきた。

 

「うん、いいよマシュ! 恥ずかしがってるのがまた可愛い」

「も、もう先輩ったら」

「……ってアナタいい加減にしときなさい! どう考えても記念写真の域超えてるわよこれ」

「いやこのポーズはV〇的に考えてOKのはず!」

「いいからやめなさい!」

 

 マシュは恥ずかしがりつつも先輩の煽りに乗って彼の言うなりのポーズをとっていたのだが、やがてみかねたオルガマリーが止めに入ったためお開きとなった。

 ただ、マシュは特に激しい動きをしたわけでもないのに、顔が赤いだけでなくちょっと息が荒かったが、理由は不明である。

 

「所長は人の心がわからない……」

「わかってるから止めたんだけど?」

 

 実に残当な言い分であった。

 それでマシュの番は終わってしまったので、次はリリィである。普段は純真そのものの少女だが、武装して剣を構え表情を引き締めると、さすがに未来の騎士王だけあって凛々しさを感じさせる。

 光己も今のリリィにはあまりハレンチな要求はできず、普通に剣を中段に構えたところとか横に振り抜いたところとか、無難なポーズにとどまっていた。

 

「じゃあ次は武器外して、カワイイとこいってみようか!」

 

 しかしリリィが武装解除して普段の清純派に戻ると多少大胆になった。公園の外ではまだ街が燃えているのだが、慣れてきたのか、あるいは気にしないようにしているだけか。

 

「は、はい」

 

 リリィは写真撮影なんて当然初めてなので「カワイイとこ」なんて言われてちょっと当惑したが、それでもオルガマリーとマシュがしていたポーズを参考にして、片手を腰にもう片方の手を側頭部に当ててみたり、上体を90度近く曲げてから彼の方を見て微笑んでみたりといろいろ試行錯誤してみる。

 なおリリィのドレスは胸元がかなり開いている上に肩紐がないので上体を曲げるとバストの谷間がバッチリ見えてしまうのだが、光己は注意したりせず狙い撃ちで激写していた。後で見られた時のことなんて考えていないのだ。

 

(てかこの感じだとブラジャーもつけてないな。まあ時代的に当然だけど激しい運動したら胸が痛く……いやサーヴァントなら大丈夫か)

 

 それでも一応彼女たちへの配慮はあるようだ……。

 

「よし、映せる枚数に限りもあるしこんなとこか。ありがとなリリィ。

 それじゃ次、ブラダマンテもやってくれる?」

「はい!」

 

 少女騎士は写真撮影会でも元気いっぱいでノリがよかった。思春期男子としてはとても喜ばしい。何しろ彼女は美人でスタイル抜群の上、戦闘服と普段着の区別なくレオタード姿という素晴らしいサービスの良さなのだ。

 

「ええと、リリィ様たちがやっていたようにすればいいんですよね?」

「うん、それでお願い」

 

 ということでブラダマンテの写真をパシャパシャと撮っていく光己。彼女はどこもかしこも良いが1番の売りはやはり臀部だと思われるので、他の3人より後ろ姿比率多めである。

 そういえば彼女のレオタードは青白赤でとてもカラフルだが、もしかしてフランスの国旗を意識し……いやあれはフランス革命がどうこうという話を聞いたことがあるから偶然か。

 とにかくいろんなポーズを取ってもらって、中には脚を90度くらい開いてもらったところをローアングルで撮ったものもあるのでこれはもう家宝になりそうな勢いだった。すっかりご機嫌で、この後に控えている命がけの戦いのことなど完全に忘却している模様である。

 あとブラダマンテは武装しても鎧はなく、右手に短い槍、左手の甲に星型の盾がつくだけだった。この盾を光らせて目眩ませをして隙をつくったところに短槍で刺すのが彼女の得意技だそうで、光己はティン〇ーとロー〇ンの基本的戦法を思い出したが、彼女の槍はビームを出せるし、盾も回転して星の先端で敵を切り裂くこともできるそうで、さすが聖騎士ともなるとえぐい武器持ってるなあというのが彼の素直な感想だった。

 

「……うん、これだけ撮れば十分かな。お疲れ様。

 ヒルドもやってくれる?」

 

 ヒルドは光己のサーヴァントではないので、頼み方がちょっと丁重であった。

 しかし当人は何も気にした様子はなく、あっさり彼の希望を聞き入れてくれた。

 

「うん、いいよ。ブラダマンテたちのマネすればいいんだよね?」

「うん」

 

 ヒルドもまた1から10まで良いが、最推しはやはり下腹部から太腿にかけてだろう。

 しかもショールを外した下の服は胸元がかなり大きく開いていて、大きな丸いふくらみの谷間がしっかり見えている。その上ノースリーブで背中も大きく露出しているというサービスの良さなのだ。

 このあざといデザインは勧誘する勇士に対する色仕掛けに違いない。さすがオーディンは最高神だけあって男心が分かっている!

 

「でもヴァルハラって夜は歓待してもらえるけど昼間は死ぬような、っていうか本当に死んでは生き返ってまた戦うっていうルナティックな訓練するんだよな。いくらヒルドたちが可愛いからって、来る人そんなにいるの?」

「あははは、確かにこの時代の人には厳しいかもね。でもあたしたちが生きてた頃の北欧は生活が苦しかったし、ヴァルハラに来るのは戦士として名誉なことだとされてたから、勧誘するのに苦労はなかったよ」

「なるほど、あの辺寒いだろうしなあ」

 

 などと雑談をまじえて気分をほぐしながら撮影を進める光己。ヒルドも脚を開くと股間がかなり刺激的な絵面になるので実に目の保養と気分高揚になった。

 しかしあまり時間をかけると待たせているオルガマリーたちに悪いので、光己はそろそろお開きにすることにした。

 

「うん、このくらいかな。マジで気分転換できたしいい記念品になった。みんな本当にありがとな。

 それじゃずいぶん待たせちゃったし、そろそろ行こうか」

「はい。でも先輩、どんな写真を撮ったのか興味がありますので見せていただけませんか?」

「はうっ!?」

 

 光己は思い切り困惑した。何しろ本能的欲求に忠実に撮影したので、女性には見せられないブツもかなりあるのだ。

 

「いや、これは俺の記念の品だから人に見せるようなものじゃ」

「……怪しいわね。マシュ、取り上げて確認しなさい」

「はい、所長!」

 

 オルガマリーが素早く光己を後ろから羽交い絞めにして、彼が背中に当たった意外に豊かな胸のやわらかな感触に一瞬気が取られた隙にマシュがカメラを奪い取る。その当人はまったく意識していないが見事な連携プレイにより、彼が隠そうとしたことは白日の下にさらされた。

 

「せ、先輩えっちです、ハレンチです、ご禁制ですーーー!」

 

 こうして写真のデータは全て破棄され、光己は絶望のあまり地面にうずくまってしばらく悶絶したのだった。

 




 あけましておめでとうございます。まさか本当に撮影会を書いてしまうとは自分でも思っていませんでした(ぇ
 福袋はえっちゃんでした。スカディ様かマーリン狙いだったのですが、実はこれでアルトリアズが全員そろったのでこの作品はアルトリアズ総出演にしろというお告げなのかも<ナイナイ


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第7話 洞窟の番人

 いろいろあったが、ともかくカルデア一行は無事洞窟が見えるところまでたどり着いた。アーチャーの姿は見えない。洞窟の中にいるのだろうか。

 

「そういえばさ、ヒルドはアーチャーの真名って知ってる?」

「うーん、それがまったく想像つかないんだよね。アーサー王に従ってるんだから円卓の騎士かなとも思ったんだけど、それっぽい人はいないし」

 

 アーチャーはそのクラスが示す通り弓を持っていたが、普通の矢だけでなく、当たると大爆発する剣のような形をした「矢」も射ることができた。円卓の騎士の中で弓兵といえばトリスタンだが、彼の得物は妖弦の弓「フェイルノート」だから多分違う。

 

「うーん、そうなのですか。円卓の騎士と戦わずにすむのは私としてはうれしいですが、相手の正体がわからないのは不安ですね」

「でも正体がわからないのは向こうも同じですから、こっちが不利というわけではないと思いますよ!」

 

 ちょっと憂い顔になったリリィをブラダマンテが元気づける。確かにその通りなので、リリィも愁眉を開いた。

 

「じゃ、そろそろフォーメーションを組んでいきましょう。みんな、油断しないようにね。

 特にそこの煩悩まみれな一般人」

 

 伝説の騎士王の本拠地の目の前まで来たとあって、オルガマリーは実力に見合わず怖がりなだけに、手がかすかに震えていた。それでもカルデア所長として懸命に虚勢を張って、まずは侵入前に隊形を取ることを指示する。

 今回アーサー王やアーチャーと戦うのは彼女個人の事情が多分に含まれているので、せめて己の役割くらいはまっとうしようと思っているのだ。ただ最後に新入りへの皮肉が混じったのは、彼の流儀に合わせて過度の緊張はほぐしておこうという彼女なりの気遣いであった。

 

「いや、俺だってここで気を抜くほどお花畑じゃないですよ!?」

 

 光己もオルガマリーが本気で彼に不快感を抱いているわけではないことは承知しているので、軽い口調で抗議してみせただけである。

 フォーメーションはまず人間であるオルガマリーと光己はマシュの後ろに控え、リリィとブラダマンテがその右前と左前で前衛を務める。ヒルドは最後尾で背後の警戒と「原初のルーン」による支援という役割だ。特にクセのない、順当な布陣といえよう。

 

「では、いきましょう!」

 

 ブラダマンテが槍をかかげて、彼女らしい元気の良さで出発を促す。その直後、暗い洞穴の奥からヒュンッと小気味いい風切り音をあげながら1本の矢が飛んできた!

 

「!!」

 

 ブラダマンテがとっさに盾をかざすのとほぼ同時に、すでにこれを予測していたヒルドが左手の指先を舞わせて「矢避けの加護」のルーンを起動する。すると矢は強風に煽られたかのように軌道が曲がって、あさっての方向に飛んで行った。

 しかし、息つく間もなく数本の矢が追加で飛んできたが、同様に逸らしてやる。

 だが都合6本めの「矢」はわけが違った。矢というより細い槍のような形をしたそれは、1度は「矢避けの加護」で逸らされたものの、空中で回れ右して再び向かってきたのだ。

 

「無線……じゃないよな。思念で誘導とかしてるのか!?」

 

 見た目からしてただの矢とは違う迫力に光己は腰を抜かしそうになったが、幸い加護の力はパーティ全員に有効で、「矢」は彼らを捉えることはできなかった。しかし同じ矢が2本3本と追加されてきたため、光己よりもオルガマリーが恐慌し始める。

 

「ちょ、ちょっとどうにかしなさいよ!」

「ええっ!?」

 

 オルガマリーが腕にしがみついてきたので、光己はまたおっぱいの感触が大変気持ち良かったが、さすがに今はそんなこと言っていられない。実際自力飛行する矢に囲まれているのは怖いので、早急に対策を考えることにした。

 

「じゃあバリアが保っている間に吶喊……いや」

 

 そのくらいのことはアーチャーも考慮済みだろう。彼はここで待っていたのだから、トラップの1つや2つ仕掛ける時間は十分ある。やみくもに突撃するのは危険だ。

 

「じゃあどうしよう……そうだ! ブラダマンテ、ビームを洞窟のちょっと上くらいのとこ撃って入口ふさいでくれ」

「はい!」

 

 なるほど時間稼ぎとしては悪くない。少女騎士は槍の穂先からビームを連射して、岩崩れを起こして入口を岩塊で閉じてしまった。

 

「ええと、次はこの矢がどうやって俺たちを追ってるかだな」

 

 射手が目視で矢を動かしているのならこれで追尾できなくなるはずだが、しかし矢はまだ光己たちを狙い続けていた。するとこれは矢が自律駆動しているということになる。

 サーヴァントだけならいったん遠くに逃げるとか適当な硬い物を盾にして動きを止めるとかして対処できるだろうが、光己とオルガマリーが一緒では厳しい。

 

「無駄に高性能だな! どうすりゃいいんだ」

「ううん、ナイスアイデアだよミツキ!」

 

 光己は思考を言葉に出してしまっていたらしく、ヒルドがぱっと明るい顔を見せてまた左手を宙に舞わせる。その直後、一行の周囲にいくつもの大きな氷塊が出現した。

 矢はぐさりと氷塊に突き刺さったが、通り抜けることまではできない。すると重心のバランスが崩れてまともに飛べなくなり、へろへろと地面に墜落した。

 

「おお、すげえ! さすが戦乙女っていわれるだけはあるな」

 

 感嘆した光己が手を拍って称賛すると、ヒルドはえっへんと胸を張った。

 

「それはもう、あたしたちのルーン魔術はお父様直伝だからね! もっと褒めてくれてもいいんだよ?」

「お父様っていうと北欧神話の主神のオーディンか? そういえば矢が逸れてくバリアー(?)も役に立ったし、ヒルドは当たりサーヴァントだな!」

「えへへー」

 

 ヒルドは見た目も中身も可愛いのもあって光己が調子よく持ち上げると、ヒルドも機嫌よく笑顔を見せた。しかしその時、光己は横からちょっと剣呑な視線を感じた。

 

「ん?」

 

 そちらに目を向けると、マシュたちが少し不機嫌そうに彼の顔を見ているではないか。光己は不審に思ったが、すぐ謎は解けた。

 

(ああ、ヒルドばかり褒めてたからか)

 

 いくら活躍したからといって、自分のサーヴァントを放置して他者のサーヴァントばかりちやほやするとは何事かとスネているのだろう。いや役に立ってくれたなら感謝や称賛の気持ちを示すのは当然だが、それはヒルドのマスターであるオルガマリーの役目なわけだし。

 こんな美少女3人がかわいくヤキモチを焼いてくれるとは実に光栄だが、ここはきちんとなだめておかねばなるまい。

 

「あー、ごめんな。本物の魔術なんて初めて見たからついさ。

 でもこれはモテ期ってやつか? まあ俺もできる範囲でがんばって貢献してるしなー」

「いえ、そういうわけではないのですが……私恋人いますし」

 

 しかし彼の最高というほどでもないがハイ!な気分は、ブラダマンテの正直なカミングアウトによりあっさり標準以下まで急降下した。

 

「んー、まあ確かにブラダマンテほどのイイ娘だったら彼氏いても当然だよなあ……。

 ところでこんな世界継続する意味あるのかな?」

「先輩!?」

「いや冗談だって! イッツアジャパニーズジョーク」

「ふざけてないで真面目にやりなさい。まだアーチャー倒したわけじゃないんだから」

 

 そしてバカを言ってマシュに睨まれ、ついでにオルガマリーにも叱られたので光己はそろそろ瘴気に、いや正気に戻ることにした。

 

「それじゃブラダマンテ、次は入口の手前の地面にビーム撃ってくれる? そればっかで悪いとは思うけど」

「いえ、別にかまいませんが……でもどうして?」

「いや、俺がアーチャーだったらあの辺にトラップ仕掛けるってだけだよ。だからさっきも突っ込まなかったんだ」

 

 弓兵だからといって接近戦がまるでできないということはあるまいが、その専門家の剣士や槍兵複数に囲まれたらお手上げだろう。だからこそ彼は堂々と姿を見せて「ドーモ、アーチャーです」なんて律儀にアイサツしたりせず、暗闇からアンブッシュしてきたわけだ。

 それなら当然、入口にも何か仕掛けがあるだろう。実際、人類は古くから落とし穴などのトラップを戦争や狩猟に使ってきたのだ。

 光己がその旨を簡単に説明すると、ブラダマンテはいたく感銘を受けたようだった。

 

「なるほど! マスターは本当に用心深くて配慮がいきとどいてますね!

 私は生前は魔術師の奸計で何度も煮え湯を飲まされたものですから、実に心強いです」

 

 だからもし光己が魔術師で魔術的な罠に詳しいというのなら正直好きになれないところだったが、今彼が語った罠談義は魔術と関係ない。恋愛感情は抱かないが、信頼度はアップである。

 アーチャーが罠を仕掛けていない可能性はもちろんあるが、そうだったとしてもこちらに実害はない。ブラダマンテはマスターの指示通り、洞窟の手前の地面にビームを何発かぶっ放した。

 爆音とともに土塊がはじけ土煙があがるが、罠らしきものは見えない。

 

「うーん、心配しすぎだったかな?」

「そうみたいですね。どうしますか?」

「そうだな。もう少し深く掘って、落とし穴とはいかなくても足を取られてよろめく程度の穴をつくるってのはどう?」

「なるほど、マスターは面白いことを考えますね!」

 

 ブラダマンテは聖騎士とはいえそこまで一騎打ちとか正々堂々とかにこだわるタイプではないらしく、悪戯を思いついた幼児のような顔で地面に穴を穿っていく。

 しかしそれを察して妨害するかのごとく、洞穴をふさいでいた岩塊がこちら側にはじけ飛んだ。

 

「!? な、何だ!?」

「こちらが乗り込まないので痺れを切らしたのでしょう。気をつけて!」

 

 リリィが剣を構え直し、マシュも盾をかざす。ブラダマンテはアーチャーが出てきたところを狙い撃とうとしたが、ヒルドが前に出てそれを制した。

 

「ヒルドさん?」

「……少し彼と話してみようよ」

「……わかったわ、とりあえず任せる」

 

 一応は彼と面識があるヒルドがそう言う以上、何か考えがあるのだろう。オルガマリーは一瞬は躊躇したが、思い直して彼女に任せることにした。

 やがてアーチャーが洞穴の入り口の際まで現れる。

 シャドウサーヴァント化しているので顔の細かい輪郭は読み取れないが、日本人ぽい容姿のようだ。かなりの高身長で、ぱっと見でも相当鍛えてそうな体躯である。なぜか弓ではなく、両手に短い剣を持っていた。

 

「……って、男じゃねーか! 聖杯戦争はミスコンじゃなかったのかよ」

「いえ先輩。彼はミスターコンの参加者という可能性も」

「む。確かにあいつなかなかイケメンぽいし、女の子何人もコマしてそうな雰囲気出してるからあり得るな……」

「2人とも黙ってなさい」

 

 光己のボケに珍しくマシュが乗ったが、まとめてオルガマリーに黙らされた。

 アーチャーは3人の話が聞こえたのかちょっとあきれた、いや何か痛い所を突かれたような顔になったが、その間にヒルドが声をかける。

 

「相変わらず熱心だね。円卓の騎士ってわけでもないのに、なんでそこまで義理立てしてるの?」

「また君か。確かに私は生前の彼女とは無関係だが、ちょっとした縁があってね」

「へええ。ならこの娘の邪魔はできる?」

「何!?」

 

 アーチャーがヒルドの手が向いた方に油断なく視線を向けると、そこには彼の背後にいるアーサー王とそっくりの姿をした少女がいた。いや顔形や体格は同じだが雰囲気がだいぶ幼く純真そうなので、王位に即く前とか王にならなかったとかそういうイフの姿なのだろう。

 今の泥に染まった身からは、まるで太陽のように眩しく見えた。

 

(こ、これは……斬れん!!)

 

 アーチャーはアーサー王と縁があると言っただけに、この純白の姫騎士を斬り倒す気にはとてもなれなかった。といって話し合いで追い返せるわけもなし、ならどうするか……。

 

「君は……アルトリア・ペンドラゴンなのか?」

「はい。まだ王位に即く前の半人前の身ではありますが」

「なるほど、やはりな……本人同士の対決を邪魔するのも無粋だ、案内してやろう」

「え、本当ですか!?」

「ああ。別に洞窟の外に去ってもいいのだが、私が背後にいては君たちは気が気でなかろう?」

「確かにそうですね。ありがとうございます!」

 

 リリィが無邪気にも、ついさっきまで命の取り合いをしていた相手に心からの謝辞と笑顔を向ける。

 こうして、カルデア一行はアーサー王が待つ洞窟最奥に向かって駒を進めたのだった。

 




 戦わずして勝つ、これがベストよ!byヒルド(いつわり)


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第8話 黒幕

 洞窟の中は当然ながら日がささず真っ暗だったが、ヒルドがルーンで小さな火の玉をいくつか頭上に作り出すと明るくなった。

 

「ルーンってホントに便利なんだな。俺でも習えばできるかな?」

「え? う~~ん、そうだねえ……魔術回路はあるからまったくできないわけじゃないけど、あんまり向いてないと思うよ」

 

 ワルキューレは職務柄、人間の能力や素質をある程度見抜くことができる。光己は今は素人でも将来は勇士たりえる天分はあるとヒルドは見たが、その系統はルーン使いや宝石魔術師、あるいは剣士や槍兵といった一般的なものではないように思えた。

 

「うーん、そっか……厨二回路が刺激されるんだけどなあ」

「何それ?」

 

(……Montjoie(よかったー)!)

 

 ブラダマンテは魔術師嫌いだけに光己にルーン使いの素質はないと聞いて内心で喜んでいたが、それを悟られるのはよろしくない。気分を変えるため先頭を歩いているアーチャーの方に目を向けたが、彼はブラダマンテたちの気が変わって後ろから攻撃してくるかも知れないなんてこと気にもかけてないかのように泰然としていた。

 背後から奇襲されても対応できる自信があるのか、それともそんなことしてこないという確信があるのか?

 

(どちらにしてもたいした胆力ですね。それにさっきの矢といい、このサーヴァント、相当な実力者です)

 

 実はこのアーチャー、とある時空ではかのクーフーリンとほぼ互角に戦ったり、狂化したとはいえヘラクレスを6回も殺したというとんでもない実績があるので、この高評価でもまだ不足気味なのであるが、ブラダマンテはそんなことは知らなかった。

 そして歩くことしばし、一行は広い空洞にたどり着いた。中央部には高台があり、そこからは不思議な色をした太い光の柱が立ち昇っている。その周囲は、素人の光己でも感じ取れるほどの濃厚な魔力が渦巻いていた。

 

「あれが大聖杯……!? 間違いなく超抜級の魔術炉心だわ。何でこんな極東の島国にこんなモノがぽつねんと置いてあるのよ」

「いやあ、日本だってそれなりに歴史のある国ですよ? それに地理的条件ならイギリスも似たようなもんだと思いますけど」

「そういう問題じゃないの!」

 

 例によって光己のボケにオルガマリーがツッコミを入れていたが、むろん今はそんなことをしている状況ではない。高台の麓に、恐ろしいほどの存在感と威圧感を放つ1人の少女がいるからだ。

 

「あれが、アーサー王……!?」

 

 リリィとブラダマンテが信じがたげな顔で息を呑む。

 なぜならその少女は、なるほど顔や身体の造形はリリィにそっくりだが、肌は死人のように青白く、まさに騎士ならぬ死霊の王のような暗く冷酷な雰囲気を暴力的なまでに放出しているのだ。剣と鎧も闇のような漆黒色に染まっている。

 これが本当にリリィの未来の姿だというのだろうか? 正直目を疑うほどショックだった。

 光己とオルガマリーとマシュはその迫力に圧倒されて声もなかったが、アーチャーは慣れているのか気にした様子もなく、ぱっと跳躍してアーサー王の前に立った。

 

「悪いが今回の客は追い返せなかった。理由は自分の眼で確かめてくれ」

「ふむ? まあこちらから番人を頼んだわけでもなし、別にかまわんが」

 

 アーチャーはアーサー王の返事を聞くと、横に跳んで空洞の端まで退いた。あくまで中立を貫く気らしい。

 アーサー王がずいっと1歩前に出る。光己たちは恐怖で思わず後ずさりしそうになったが、懸命にこらえた。

 一方リリィは怖がってなどいられない。震える拳をぐっと握ってこちらも前に踏み出し、大声で彼女に訊ねる。

 

「待って下さい! 貴女は本当にアーサー王、私の未来の姿なんですか?」

 

 すると黒い暴君は彼女の方にちらっと目を向けて―――ああ、と得心がいったような顔をした。

 

「なるほど、アーチャーがわざわざ案内までしたのはそういうわけか。珍しいこともあるものだ。

 見ての通り、私は貴様と違って王の務めを終えた後の姿だ。この剣を見ればわかるだろう?

 もっとも今の私は『呪い』で属性が反転しているから、貴様が思い描く理想の王とはほど遠いかも知れんがな」

 

 確かにアーサー王が持っている剣は「選定の剣(カリバーン)」ではなく黒化しているとはいえ「星の聖剣(エクスカリバー)」だから、彼女の言うことは嘘ではないようだ。

 しかし呪いとやらで人格や霊基などが変質してしまっているというのなら、本来のアーサー王はこんな恐怖と暗黒の具現みたいな存在ではないということになる。リリィとブラダマンテはちょっと安心した。

 

「そうですか、ではあと1つだけ。この街を炎上させたのは貴女なんですか?」

「……いや、違う」

 

 するとアーサー王は不自然に言葉を切り、大聖杯の方に目をやった。光己はなぜかそれが妙に気になって、怖いのを我慢して訊ねてみた。

 

「王様、何か言えないワケでもあるの?」

「む? ああ、そうだな。何を語っても見られている。故に案山子(カカシ)に徹していたのだ」

「見られてる? 覗きとかストーカーとかってこと? でも王様くらい強いならやっつけちゃえばいいのに」

 

 光己の感覚は完全に平和な国の一般人のものだったが、アーサー王はそれを聞くといかにも驚いたといった様子で目をしばたたかせた。

 

「いや、性犯罪の類ではないのだが……しかし、そうだな。

 貴様たちにとっても敵だ。手伝え」

「へ!?」

 

 光己とオルガマリーたちは一瞬ぽかんとしたが、アーサー王はかまわずいったん後ろに大きく跳ぶと、ついで高く跳んで高台の上、光己たちから見て大聖杯の裏側に回り込んだ。

 手に持つ黒い聖剣には、すでに膨大な魔力が注入されている。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)ーーーッ!!」

 

 アーサー王が剣を斜めに振り上げると、その前方に黒い濁流がほとばしった。強烈無比な破壊の力が、その方向にいた何者かに襲いかかる。

 

「!?」

 

 その何者かにとってはまったく予想外のことだったらしく、防御も回避も、口を開くことすら間に合わない。濁流に飲み込まれて、そのまま岩壁に叩きつけられた。

 岩壁に大きなクレーターができ、空洞全体が地震でも起きたかのように細かく揺れる。さすが名高い聖剣だけあってとんでもないパワーだった。

 

「ぐはっ!? セ、セイバー貴様!?」

「奴はこの程度では死なん! アーチャー、貴様もかかれ!」

 

 アーサー王の宝具は放出する魔力量が膨大なだけに、1度使うと再充填に多少の時間がかかる。その間の隙を埋めるため、彼女を糾弾する声を無視してアーチャーに出動を命じた。

 

「応!」

 

 アーチャーもその何者かのことは好いていなかったらしく、むしろ積極的に戦線に加わった。あの黒い矢を次々に作り出しては射ち出していく。

 

「!?」

 

 矢が飛んでいく先にいたその何者かは、緑色を主体にしたスーツを着てシルクハットをかぶった男性のようだった。傷ついてはいたが頑強にも五体が無事にそろっており、今はクレーターから抜け出そうとしているところである。

 矢が飛んでくるのに気づくと身をよじって避けようとしたが、むろん避けられはしない。顔や心臓といった急所に突き刺さったが、人間ではないのかそれでもまだ生きている。

 

「おのれ、サーヴァント風情が……」

 

 低くこもった声で呪詛の言葉を吐きつつ、いったん地上に降りて態勢を整えようとする謎の男性。しかしそこに黒い聖剣の第二撃が襲いかかった。

 

「ぐわーーーっ!?」

 

 再び濁流に呑まれて岩壁に叩きつけられ、絶叫をあげる。それでも生きている辺り、アーサー王も容赦ないが男性も実にタフだった。

 そこに回り込んできたカルデア一行が到着する。光己たちは謎の男性の姿に見覚えがあるような気がしたが、ただの人間が「約束された勝利の剣」を2回もくらって生きているはずもなし、似ているだけの別人だろうと判断した。

 それでもオルガマリーは攻撃を躊躇して名前を聞こうとしたが、光己はかまわず追撃を指図する。

 

「おおぅ。あいつのあの雰囲気、絶対なんかヤバいことやる気だぞ。リリィ、思いっ切りやってくれ!」

 

 実際男性はもう全身傷だらけでボロボロだったがそれでも己の両脚で立っており、何やら怪しげな魔力に満ちて憤怒の相で危険なオーラを振りまいている。光己でさえ感じたそれにリリィが気づかないはずはなく、指示通り全力で宝具を行使した。

 

「はいっ!

 ……選定の剣よ、力を!  邪悪を断て、『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』!!」

 

 リリィの宝具はアーサー王のそれとは打ち出し方が違っており、まず剣を胸の高さで横に持ち突きの構えを取った後、剣を前に突き出すと同時にその先端から金色の細いビームを発射するというものだった。対単体用に見えるが着弾すると周囲にいくつもの爆発を引き起こすので、集団を攻撃することもできる。

 リリィはそのビームを男性の胸を狙って撃ったのだが、なぜか軌道がそれて彼の股間に命中した。

 

「をっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 男性は光己の予想通り、今まさに「本来の姿」を現わしてアーサー王と光己たちをなぶり殺しにしようとしていたところだったのだが、その直前に宝具で急所を強打されてはたまらない。身も世もない悲鳴をあげながら地面をのたうち回った。

 

「あああっ、そんなつもりでは……だ、大丈夫ですか?」

「はははは! 王位に即く前の私は甘ちゃんそのもののように見えたが、まさかこれほど容赦のない性格だったとはな!

 面白い、私も見習わせてもらうとしよう」

 

 リリィはすっかりあわてて謝罪まで始めたが、逆にアーサー王は面白がって真似しようとしていた。リリィと同じ構えを取って、聖剣の先端から黒いビームを発射する。

 男性はそれに気づくと転がって避けようとしたが、例の黒い矢がまた突き刺さったため身動き取れなくなってしまう。

 

「くぁwせdrftgyふじこlp!? ~~~~ッ!? ……(がくっ)」

 

 そして集束された黒い奔流が股間に命中し、あまりの激痛に男性は哀れにも肉体より先に精神が崩壊してしまった。

 それにより肉体の方も維持できなくなり、全身が黒い霧となってこの世界から消え去るのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふむ、終わったようだな」

「それで、今の男誰なの?」

 

 いかにも気分すっきり!した様子の黒い王様に光己がそう訊ねると、アーサー王はわりと気軽に、ただし重大な秘密を明かしてくれた。

 

「ああ、あれは『魔術王』の使徒の1人だ。私でも1対1で真っ向勝負では厳しいが、大勢で不意打ちすればこの通りだな」

「魔術王?」

 

 その大仰な二つ名にオルガマリーは震え上がったようだが、光己には心当たりがない。詳しい説明を求めたが、それは差しさわりがあるらしくアーサー王は教えてくれなかった。

 

「知らないなら知らないままにしておけ。

 話を戻すが、あの火災を起こしたのとこの土地を特異点に変えたのはあの男だ。この特異点は私かそこのランサーが死ねば消滅するが、しかし貴様たちが人類を救おうというのならここはまだ序章に過ぎない。

 グランドオーダー……聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだという事だ」

 

 グランドオーダーという単語にオルガマリーがまた体をびくっと震わせたが、アーサー王はちょっと視線をやっただけですぐ話を続けた。

 

「それもこれも、私を倒すことができればの話だがな。貴様たちもまさか、私が戦いもせずに退去してくれるなどとは思っていまい?」

 

 アーサー王が再び剣を構える。その魔力と迫力は圧倒的で、小柄な体が熊のように大きく見えた。会話の時間はもうおしまいのようである。

 

「そりゃまあこっちも『自害せよ、ランサー』なんて言えんしなあ。そうすると所長が助からなくなっちゃうし。

 所長、どうします?」

「どうするも何も、戦うしかないでしょ?

 まだ聞きたいこといろいろあるけどもう教えてくれなさそうだし、ましていったん帰るなんて許してくれそうにないもの」

 

 実際オルガマリーとしてはあの謎の男性のこととか、「魔術王」「グランドオーダー」という重大なキーワードとかについて詳しく訊ねたいのだが、とてもそんな空気ではないのだ。まったく、ここまで言っておいてなぜ出し惜しみするのか!

 

「……そうですね。それじゃマシュ、リリィ、ブラダマンテ、それにヒルド。頼む!」

「はい!」

 

 4人が応えて武器を構える。こうしてこの特異点での最後の戦いが始まった。

 




 筆者はカルデア一行と黒王の問答を書いていたと思ったら、いつのまにかレフがフルボッコされて退場していた。な……なにを言っているのか(ry
 ところで聖杯が願望機として使えるなら、マスター47人を治療するという選択肢があるんですよねー。カルデアとしては喜ばしいですが、主人公はお払い箱になるという……。
 やはりカルデアに持ち帰った聖杯は魔力リソースにしかならないということにしておくべきなのだろうか。


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第9話 決着

 マシュたちは臨戦態勢に入ったが、自分から突っ込む気にはなれなかった。剣や槍の間合いに入る前にあの宝具を放たれたら、一撃で倒されてしまうのは明白だからだ。

 しかし逆にそれを先に使わせれば、その直後の脱力時間に一斉攻撃することも可能だろう。

 

(でもそれは、私が耐え切れればの話ですよね……)

 

 今までこれといった活躍がなかったマシュに、最終盤になってついに重要極まる役目が回ってきた。緊張のあまり歯の根が合わない。

 しかも敵はマシュとの一騎打ちを望んでいた。

 

「なるほど、そちらからは来ぬか。

 それはむしろ幸いだな。名も知らぬ盾の娘よ、私は貴様に興味がある」

 

 リリィと同じく、アーサー王もマシュの盾を見て彼女に力を与えた英霊の正体を見抜いたからだ。黒い聖剣を脇構えにして、膨大な魔力をこめていく。

 その間、マシュも宝具の発動準備を整えつつ必死で気を鎮めようとしていた。

 

(……ギャラハッド卿。「過去の異変の排除」を求めた以上、こうなることは承知の上ですよね。ならば、たとえ王が相手でも城を守り切れるよう、私に力を貸して下さい……!)

 

 リリィに聞いた話によれば、この盾の宝具の守りの力は魔力の量や強さより担い手の心のありようが大事らしい。その強度は担い手の精神力に比例し、心に穢れや迷いや敗北感の類がない限り決して崩れない無敵の城壁になるという。

 ただそれは、マシュがアーサー王の力に恐れを抱けばその分弱体化するということでもある。それでマシュは宝具の初の実戦使用となるこの戦いで、力を与えてくれた英霊に祈っているのだ。

 

「ではいくぞ。その守りがどれほどのものか、この剣に示してみろ!

 ……『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』ーーーッ!!」

 

 黒い波涛がマシュたちに迫る。すでに何度も見たとはいえ、いざ自分たちに向かって来られると、やはり心を圧し潰されるかのような凄みを感じてしまう。

 しかしむざむざとやられるわけにはいかない。マシュは盾の取っ手を握り直し、波涛をきっと睨み据えた。

 

「耐えて、見せます! うぁあ、ああぁあぁーーーーー!!」

 

 自分を鼓舞するために大きく吠え、そして心に浮かんだ真名を高らかに唱える。

 ギャラハッドからの言葉による返事はなかったが、今自分がどうあるべきで何をすればいいのか、マシュは完璧に理解していた。

 

「真名、開帳……! 『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』!!」

 

 マシュの周囲にキャメロットの城壁の幻像が出現し、波涛を正面から受け止めた。

 宝具の開帳は成功といえたが、しかし彼女が未熟なのかそれとも敵の力が強いのか、壁はみしみしと軋む音を立てながら少しずつ後ろに押されている。

 

「くくっ、何てパワー……!」

 

 しかしマシュとしては死力を振り絞って耐えるしかない。洪水のように押し寄せる重圧に対してマシュの城壁は(少なくとも今は)斜め後ろに受け流すとかそういう器用なことはできないので、波涛の運動エネルギーがゼロになるまで止め続けるしかないのだ。といってもそう長い時間ではないはずだが、マシュにはそのほんの何秒か程度の時間が5分にも10分にも感じられた。

 

「うぅう……!」

 

 それでも折れるわけにはいかない。だって後ろには守るべき先輩と所長がいるのだから。

 守られている側の光己とオルガマリーも、ただ立ちすくんでいるわけではない。何か手助けでもできればと知恵を絞っているのだが、マシュの城壁の強度は本人の心のありようが重要であるため、たとえば令呪によるブーストなどは効果が薄いのだ。

 ゆえに、2人にできることといえば。

 

「マシュ、がんばれ! 俺はこんなとこで死にたくない、じゃなかったマシュなら絶対踏ん張れる……なんて言い切れるほど長い付き合いじゃなかったぁぁぁ!?」

「この切所で何でアナタはボケに走るのよ!? とにかくマシュ、貴女にすべてがかかってるんだから全力で耐えなさい!!」

 

 後ろから応援することくらいなのだが、昨日知り合ったばかりのメンタル一般人と付き合いは長いが高慢チキ&怖がりだけに激励としては今イチだった……。

 もっとも彼も本当にやるべきことはすぐ理解していた。マシュの横について、そっと彼女の手を握る。

 

「……昨日は離れ離れになっちゃったけど、今日は最後まで手握ってるからさ」

「!? ちょ、藤宮アナタ何1人だけカッコつけてるのよ!?」

 

 ここで1人だけ後ろに隠れたままでは所長としてメンツが立たない。オルガマリーもあわててマシュの隣に移動した。

 

「―――! はい、お2人ともありがとうございます!!」

 

 マシュの顔がぱーっとほころぶ。この2人は人生経験が少ないマシュの目から見ても分かりやすい欠点があるが―――欠点がない人間などこの世にいないと思うが―――それでもこんな風にとても人間的で、半人前のデミ・サーヴァントを気づかってくれるのだ。

 オルガマリーが言ったようにまさに戦闘の切所なのに、胸の奥がほんのり温かくなるのを感じた。

 それと同時に、黒い波涛に押されて今にもヒビが入りそうだった城壁が強度と輝きを大きく増し、ついに波涛を受け切って蒸散させる!

 

「やった……! 耐えたんですね私!」

 

 といってもあくまで初撃を防いだに過ぎず、このままでいれば二撃、三撃とくらっていずれはいかに堅固な城壁も崩れ去るだろう。勝つためにはこちらから攻撃せねばならないが、それはマシュの仕事ではない。

 光己は左手はマシュの右手を握ったまま、右手を上に掲げて大声で叫んだ。

 

「リリィ、令呪三画を以て命じる! アーサー王をブチのめせ!

 ブラダマンテはサポート頼む」

 

 これでこの特異点での仕事は終わりということで、令呪を全部使う大盤振る舞いであった。リリィに三画とも回したのは、決着をつけるのはやはり彼女の役目だろうという趣旨だ。

 

「わ、私もやらなきゃ……! 令呪三画を以て命じる、ヒルド、リリィを援護しなさい!」

 

 続いてオルガマリーも令呪ブッパしたが、攻撃ではなく援護をさせたのはもしヒルドの攻撃でアーサー王が斃れてしまったらヒルドをカルデアに連れ帰るのが間に合わなくなるかも知れないという思惑からである。せせこましいという見方もあるが、なにぶん己の命がかかっているのだからやむを得ないだろう。

 

「はい!」

「うん!」

 

 リリィのパワーが段違いに膨れ上がっていく。10メートル以上離れてなお体を強く押しのけてくるような魔力を前にしてはさすがの黒い暴君もそちらに注目せざるを得なかったが、攻撃の気配は別の方向から来た。

 わずかに注意を向けてみると、ブラダマンテとかいう女騎士がどこぞの金ピカよろしく腕を組んで仁王立ちしているではないか。どうやらリリィの露払いを務める気のようだ。

 そして彼女の全身が光の柱に包まれたかと思うと、なぜか衣替えしてセパレートの水着のような服になっていた。

 

「おお!」

 

 これは光己が思わずガッツポーズを取ったのもやむなしと言えるだろう。ブラダマンテはただでさえ露出が多いのに、海水浴場ではなく戦いの場でさらに服をパージして、白いすべすべした背中の肌まで見せてきたのだから。

 もっとも当人は何も意識してない様子で、槍と盾を構えて宝具を開帳した。

 

「螺旋、拘束!」

 

 突き出した槍から2本の光の帯がちょうど新体操のリボンのように回転しながら前に飛び、アーサー王に巻きついて動きを封じる。さらに盾から強烈な魔力の光を放ってダメージを与えつつ目を眩ませた上に気絶させる効果もある―――のに加えてブラダマンテ自身が突進して盾で殴りつけもするという盛り沢山な宝具である。

 なお突進時には体がかなり前傾姿勢になるので、後ろにいる光己からは張りのいいお尻に加えて股間までばっちり見えるというサービスのいい宝具でもあった。

 

(しまった、カメラ出しとけばよかったぁぁぁ!!)

 

 光己の実に思春期男子な嘆きはともかく。アーサー王は本来ならブラダマンテの槍や盾より間合いが広い剣で迎撃できるところだが、今は帯で縛られているので避けようがない。

 

「全身、全霊! 『目映きは閃光の魔盾(ブークリエ・デ・アトラント)』!!」

 

 ブラダマンテがアーサー王を盾で殴った直後、放出された光の波動が竜巻のように渦を巻いて立ち昇る。相当な威力のようだ。

 実際アーサー王の鎧や服はかなり損傷を受けていたが、当人は傷つきはしてもまだまだ戦えそうに見えた。もっともブラダマンテ自身これで彼女を倒せるとは考えていなかったので、深入りせずさっと後ろに跳び退く。

 

「うっ……ぐぐぐっ。なかなか面白い見世物だったが、その程度では私は倒せんぞ」

 

 アーサー王は光の帯を引きちぎると、目が痛いのか手でこすりつつも剣をしっかり握ってブラダマンテに突きつけた。その構えに隙はなく、騎士王と称えられているだけに耐久力も一品のようである。

 もっとも彼女が攻撃したのはリリィの方だった。今攻撃力が高いのはそっちなのだ。

 とはいえ宝具は無論使えないので、片手を向けて魔力の波動を撃ち出しただけである。それでも牽制としては十分な威力があったが、ヒルドが張っておいた結界であっさり霧散してしまった。

 

「チッ、それがあったか……!」

 

 その間にリリィが宝具開帳の準備を終え、アーサー王に剣の切っ先を向ける。

 

「未来の私。貴女がなぜこの大聖杯を守っていたのか、もはやここでは聞きません。

 ですが、この状態を続けていても未来が良くならないのはわかっています。なので私は、貴女を倒して先に進ませてもらいます!

 ―――『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』ーーーッ!!」

 

「これなら決まるわね! ロマニ、私とヒルドだけ超特急で強制帰還、急いで!」

《はいはい、準備は万端ですよ!》

 

 その後ろではオルガマリーとロマニが必死の形相で退避の作業を進めていたがそれとは関係なく、先ほどよりはるかに強烈なビームが正確にアーサー王の胸を襲う。もとより「光」のビームだから撃たれてから回避するのは不可能だが、アーサー王はリリィがビームを撃つその瞬間にわずかに身をよじって胸部への直撃は避けていた。

 それでも肩口に命中し、左腕がちぎれてはじけ飛ぶ。続く連続爆発で体ごと吹っ飛ばされた。

 高台の岩壁に衝突し、そのまま地べたにずり落ちる。ピクリとも動く様子はない。

 

「す、すげえ威力……これはいくら何でも死ぬだろ」

「はい、おそらくは……ですが油断はしないで下さい」

「そ、そうだな。じゃあ倒れてる隙に追撃するか?」

「う、うーん」

 

 今なら彼女が生きていようがいまいが確実にとどめを刺せるが、そこまでするとアーチャーが怒って割り込んでくるかも知れないと心配になってついためらってしまう光己とマシュ。しかしその間に、アーサー王は片手で剣を杖にして立ち上がった。

 

「ま、まだやる気なのか……!?」

「いえ、あれはもう致命傷です。倒れたまま消えるのを潔しとしなかったのでは」

 

 光己の言葉に答えたのはマシュではなく、生前は戦闘経験豊かだったブラダマンテである。なるほど確かにアーサー王はもう全身ボロボロで、しかも体が少しずつ金色の粒子に変わって虚空に溶けるかのように消えていっている。

 サーヴァントは生身の生物ではないので、死ぬ時に遺体や遺物は残さないのだ。

 

「……フン、未熟者がよくぞ吠えた。ならばせいぜい、貫いてみせるがいい」

 

 おそらくこれを言いたかったのだろう。アーサー王は言い終えると力が抜けたのか急速に粒子化が進んで、やがて何の痕跡も残さずに消え去った。

 

 

 

 

 

 

「これで……終わった……のか!?」

 

 アーサー王の言葉が正しいなら、これでここの特異点は修正されるはずである。しかし何も起こらない、と光己が思った直後に空洞全体がぐらぐらと揺れ始めた。

 

「ちょ、地震か!? どうなるんだ?」

 

 何しろ特異点の崩壊なんて見たことも聞いたこともないので、具体的に何が起こるのかさっぱり分からないのだ。そして次の現象は、サーヴァントたちの強制退去だった。

 リリィとブラダマンテ、そしてアーチャーの体が光の粒子と化していく。

 

「え、2人とも消えちゃうのか?」

「そうみたいですね。ですがこれは『英霊の座』に還るだけで、死ぬのとは違いますので悼まなくてもいいですよ。

 短い間でしたが、楽しかったです。もしよかったらまた呼んで下さいね」

「私も楽しかったです。ぜひまた一緒に正義を成しましょう!」

 

 2人が微笑みながら消えていく。アーチャーも一応納得できる終わり方だったのか、最後に微笑を浮かべて去って行った。

 残った光己とマシュに、カルデアから通信が入る。

 

《所長とヒルドさんの帰還は無事終了したよ! そっちはどうなってる、ってもう崩壊寸前じゃないか!

 ええと、2人とも帰還ってことで大丈夫なのかい?》

 

 今の今までオルガマリーとヒルドをカルデアに帰還させる作業に従事していたロマニである。ひと目で限界と分かる状況に、さっそくレイシフトによる脱出を提案した。

 

「はい、敵性存在は全滅しました。私以外のサーヴァントは全員退去しましたので、私たちも急いでレイシフトを」

《わかった、それじゃはぐれないよう手をつないで……!》

 

 ロマニとマシュが話している間にも崩壊は進み、地震はますます激しくなり天井からは岩塊が落っこちてくる。

 確かに急いで退去するしかなかったが、その時高台の上でまだ光を放っている大聖杯が光己の目に映った。

 

「マシュ、大聖杯はどうするんだ!?」

「……残念ながら、取りに行く暇はないかと」

 

 いかに超抜級の魔術炉心とはいえ、取りに行っている間に特異点が完全に崩壊したら死んでしまう。マシュも残念そうだったが、置いていくしかなさそうだ。

 ―――ならばせめて、今思いついたことを。

 

「それじゃ大聖杯! オルガマリー所長を『受肉』させてやってくれ!!」

 

 昨日まで素人だった光己が「受肉」なんて専門用語を知っていたのは、マシュやリリィたちと食事中などに雑談していた時に、サーヴァントが召喚に応じる理由についての話題で出たからである。オルガマリーも似たような状態だから、もしかしたらできるかも知れないと思ったのだ。

 しかし大聖杯に反応はなかった。声が届かなかったのか、光己が聖杯戦争の勝者と認められなかったのか、それとも何か別の理由なのか……。

 やがて目の前が真っ暗になり、光己は意識を失った。

 




 リリィとブラダマンテは退去しましたが、ブラダマンテはわりとすぐ再登場する予定です(ヒント:彼女の故郷)。リリィはどうするか、ローマ編でブーディカと一緒にとか!?
 それはそれとして北斎ちゃんキター! これでフォーリナー2人目、ヌルゲーマーの筆者もだいぶ対狂戦がやりやすくなりました。いぇーい(ぇ


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邪竜百年戦争 オルレアン
第10話 新たなる使命


 光己が目を覚ましたのは、カルデアであてがわれた私室のベッドの上だった。どうやらマシュか誰かがここまで運んでくれたようだ。

 しかしベッドの傍らで彼を見てくれていたのは、マシュではなくオルガマリーのサーヴァントであるはずのヒルドだった。とりあえず、上体を起こして声をかける。

 

「あ、ヒルド。いてくれたのは嬉しいけど、何でここに?」

「話は後で。先にあたしとサーヴァント契約して!」

「へえ!? あ、ああ」

 

 真顔でせかしてくるヒルドは、どうやら本当に急いでいるようだ。光己は事情は皆目わからなかったが、彼女の希望通り彼女とサーヴァント契約を結んだ。

 魔力パスがつながったのを確認したヒルドが、ほーっと肩の力を抜いて安堵の息をつく。

 

「よかった、これでまだ現界していられるよ。

 マスター、じゃないオルガマリーが生き返ったんだからあたしにいつまで用があるかわからないけど、最後まで見届けずに退去したんじゃ尻切れトンボすぎるもんね」

「へー」

 

 光己はとりあえず相槌を打ったが、今ヒルドはとても重大なことをいくつも言わなかっただろうか?

 

「じゃあ聞いていい? まず所長が生き返ったってマジ?」

「本当だよ。というかマスターが大聖杯にそう願ったんじゃない」

「ああ、そうなんだけど大聖杯に目に見える反応がなかったから、声が届かなかったのかと思って」

 

 そこまで言うと光己は体の力が抜けて突っ伏してしまった。

 なんだ、大聖杯は返事をしなかっただけで願いはちゃんと叶えてくれていたんだ。

 

「でもマスターはやっぱりいい人だったんだね。あの状況で、自分のことより昨日会ったばかりの他人のために願い事をするなんて」

 

 カルデア一行は特異点修正なんて仕事は今回が初めてだったのと、オルガマリーが死亡して幽霊になっていたのと、「伝説の騎士王」のネームバリューの大きさのせいで、アーサー王を斃した後大聖杯をどう使うかについてまでは考慮が及んでいなかった。なのにあの土壇場で大聖杯を自分のためより他者のために使った、使うことを思いついたという彼の心優しさと気の回りぶりに、ヒルドは感心したのだった。

 

「いやあ、洞窟に入る前に、所長が『まだ死ねないわよ。絶対に』って執念丸出しでつぶやいてたからさ。そうじゃなかったら何か私利私欲に走ってたかも知れないけど」

 

 手放しで褒められた光己が照れ隠しにそんなことを言うと、ヒルドは「ああ、そういえばそんなことあったね」と鷹揚に頷いた。

 そしてそれはそれとして、光己が次の疑問を訊ねる。

 

「で、なんでわざわざ俺と契約したの?」

「なんでって、オルガマリーはもともとマスター適性なかったからだよ。霊体だった時はあったけど、肉体ができちゃったら元に戻るよね。

 マスターがいなくなってもその瞬間に退去になるわけじゃないけど、そう長くはもたないから」

「ああ、そりゃそっか」

 

 言われてみればその通りである。オルガマリーにとっては残念なことだろうが、死んだ人間が生き返るという奇跡を享受したのだから、そのくらいは受け入れてもらうしかないだろう。ヒルドが言うように元々無いものだったのだし。

 

「……まあ何にせよ、ハッピーエンドとはとても言えないけど仕事は無事終わったってことでいいんだよな。正直まだ疲れてるから、もうちょっと昼寝するよ。

 よかったらヒルドも一緒に寝ない? この部屋って1人用なのに、なぜかベッドは大型で枕も2つあるんだよな」

 

 まだ昼間とはいえ昨日知り合ったばかりの女性をナチュラルに同衾に誘うとは、どうやら光己は自分で言った通りまだ疲れているようだ。

 ヒルドの方は職務に「勇士の歓待」があるだけあって神経質に怒ったりせず、軽い口調で受け流した。

 

「んー。嫌じゃないけど、今はマスターが目を覚ましたら呼んでくるように言われてるから、また今度ってことで」

「あ、そうなんだ」

 

 ヒルドがこの部屋にいたのはその用件も兼ねていたというわけか。光己は失神はしていてもケガはしていないことは、この部屋に連れ込む時に確かめただろうし。

 しかしオルガマリーたち幹部はまだ忙しいだろうに、昨日入社したばかりの素人に何の用があるのだろうか? 聞けば優れた魔術師は割れたガラスを元に戻したりできるというから、施設の復旧作業に光己の手は要らないと思うが。

 

「ああ、特別ボーナスか何かくれるって話だな、きっと」

 

 今回の光己の手柄は、数合わせの一般人の新入社員が立てたものとしては非常に大きい。口先で褒めるだけではダークマター企業扱いは必定だから、相当な金額が期待できるだろう。実に楽しみである。

 

「といっても独り占めはできんよな。

 よし、それじゃ今度休みの時にでも何か美味しいものごちそうするよ。もちろんマシュにも。……って、そういえばヒルドも給料とかもらえるの?」

「ん? サーヴァントはお小遣いくらいはもらえても給料が出るって話は聞いたことないけど、マスターがごちそうしてくれるならうれしいな」

 

 そう答えてにっこり笑ったヒルドの笑顔は向日葵のように明るくきれいで、光己は一瞬見蕩れてしまった。

 やっぱいい娘だなー、と内心で再確認しつつ、ふと思い返して元の話に戻る。

 

「それで、誰がどこで呼んでるの?」

「うん、オルガマリーとロマニとダ・ヴィンチって人が管制室に来てくれって。マシュもいるよ」

「ダ・ヴィンチ!?」

 

 確か有名な芸術家で、いろんな方面の学者でもあった歴史上の人物だ。いやルネサンス時代の人間が今ここにいるわけもなし、同じ名前の別人か?

 と光己が驚いていると、ヒルドが種明かしをしてくれた。

 

「サーヴァントだよ。技術顧問なんだって」

「ああ、そういえばここってそういう所だったか」

 

 カルデアは歴史上の偉人の一側面を「サーヴァント」として召喚し、戦力にしている組織である。ならば、レオナルド・ダ・ヴィンチを召喚して技術顧問になってもらったとしてもおかしくはない。

 

「うん、それじゃいこっか」

「ん」

 

 ということで2人は管制室に移動した。ある程度修繕されているように見えたが、まだ壁が焦げていたりヒビが入っていたり、ところどころに瓦礫が転がっていたりしていて完全復旧には程遠いようだ。

 その一角で、オルガマリーたちがテーブルについてお茶していた。手前側にマシュが、奥の方にロマニ、オルガマリーと何やら有名な絵画で見たことがあるような美女が座っている。

 

「モナ・リザ……!?」

 

 はて、召喚されたのはその絵を描いた人物であって、描かれた側ではなかったと思うが。光己が首をかしげると、美女はぱっと手を挙げて気さくな口調で声をかけてきた。

 

「やぁ、君が藤宮君か。初めまして、私がレオナルド・ダ・ヴィンチだよ。気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれたまえ」

「へえっ!?」

 

 いや、確かダ・ヴィンチは肖像画が残っていてヒゲの男性だったはずだが。もしかして性転換手術でもしたというのだろうか?

 光己は少々当惑してしまったが、すると彼女(?)は「万能の天才」と称えられただけあって、彼の心理を簡単に看破して解説を入れてきた。

 

「ああ、確かに私は生前はあの肖像画の通りの姿だったよ。でも私は美の追求者だからね、せっかくの機会だから自分が最も美しいと思う姿になったのさ!」

 

 フンス!と鼻息を荒らげながらドヤァ!と胸を張るダ・ヴィンチ。色メガネ抜きで見れば美人なのは確かだが、光己の感覚だと色々痛い。頭の中身が。

 

「さ、さようですか」

 

 しかし、一応ダ・ヴィンチはカルデアの幹部であり、偉大な芸術家にして学者である。それなりの敬意は払うべきと思われるので、光己は無難な挨拶をするにとどめた。

 

「じゃあ俺も整形とかしてくれませんか? マシュやヒルドがメロメロ、いやイケメンっぷりが歴史書に書かれるレベルにしてくれると嬉しいです」

 

 うまく取り入ればメリットがありそうだし。

 

「ほぅ? それを私に頼むとは、なかなか目端が利くじゃないか。でもそれは面白くないって人がいるみたいだよ?」

「へ?」

 

 ダ・ヴィンチが目線で示した方を光己が見ると、なぜかマシュが頬をふくらませていた。

 

「ダメです先輩! 見た目をいじくって異性の気を引こうなんて良くないと思います」

「え、でも女性だって整形する人はいるし、おしゃれや化粧なんてしない人いないくらいだろ」

「そ、それは」

 

 マシュは口が立つ方ではないので、はたと返事に困ってしまった。しかしだからといって納得できるわけではない。

 

「と、とにかく先輩はそういうことしちゃダメなんです!」

「あはははは。まあ~私も今は忙しいからね、仕事と関係ない依頼は受け付けられないよ」

「ちぇー」

 

 理由が何であれ当人に断られては仕方がない。光己は諦めて、とりあえずマシュの隣の席に座った。その隣にヒルドが座る。

 そして光己が用件を訊ねると、オルガマリーは所長ぽい威厳でも出そうとしたのか、一呼吸置いてお茶を一口飲んでから、おもむろに語り始めた。

 

「……そうね。いろいろあるけど、まずは。冬木での活躍、見事でした。貴方がいなければ、あの特異点はまだ修正できていなかったでしょう」

 

 光己自身が実際に戦ったわけではないが、彼がリリィを連れて来なければアーチャーは道を空けてくれなかっただろうし、アーサー王も「魔術王の使徒」を先に倒すという判断をしなかっただろう。仮にオルガマリーがマシュとブラダマンテに会えて味方にできていたとしても、無事特異点修正に持っていけたかどうかは怪しい。光己の功績は大きいと言わねばなるまい。

 

「……それと、私のために願い事を使ってくれてありがとう」

 

 目を合わせてお礼を言うのは照れくさいのか、オルガマリーは顔を真っ赤にして目もそらしていた。

 彼は別にオルガマリーに特別な感情を抱いているわけではないから、もしあの立場になったのがオルガマリーでなかったとしても同じ判断をしただろうが、それでも「万能の願望機」にかける願いを自分のために使ってくれたのはとても嬉しかったのだ。少なくとも、それに値する存在と思ってくれたのは確かなのだから。

 

「どう致しまして。所長大変でしたから、ちょっとは力になりたいって思っただけですよ」

 

 光己の方も照れくさくなって、そんな風に答えた。

 ただ何となくボーナス支給っぽい流れじゃないような気がしたが、やはり現実はシビアであった。

 

「……ただ、ね。これで万事解決とはいかないのよ。貴方も聞いたでしょ、『魔術王の使徒』っていう言葉」

 

 オルガマリーの顔色と口調が一転して重くなる。

 正直、ここからの話題は数合わせの一般人にして命の恩人に語るにはハードすぎる事柄なのだ。光己も雰囲気でそれを悟って、反射的に体を固くする。

 

「冬木の特異点が消滅したのは間違いないわ。ちゃんと計測できてる。

 でも人類はまだ滅亡したままなのよ。外部とはいまだに連絡を取れないし、カルデアスも暗いまま。それでもう1度調べ直してみたところ、冬木よりはるかにひどい時空の乱れ、つまり特異点が7つも観測されたのよ。

 どう考えても、アーサー王が言った『魔術王の使徒』の仕業ね。彼が何を考えているのかは見当もつかないけれど」

 

 オルガマリーがいったん話を切ってカルデアスを指さす。その先では、大きな光の点が7つほど灯っていた。

 ヨーロッパ、アメリカ、中東など世界中に散らばっている。

 

「……もうわかったと思うけど、人類を救う方法はただ1つ。冬木の時と同じように現地に行って、乱れの原因を取り除くしかないわ」

 

 オルガマリーはそこでもう1度言葉を切った。

 これはつまり光己に冬木と同じ、いやそれ以上に難しい仕事を7回やれという意味なのだ。彼が事態をのみこむ時間が必要だろう。

 

「…………つまり、それを俺にやれ、と?」

 

 あえて光己だけを呼んでトップを含む幹部3人がかりで説明したとなれば、誰でも結論はすぐわかる。彼の顔色は真っ青を通り越して白っぽくなっていた。

 

「ええ、本当に心苦しいんだけど、それしかないの。貴方以外の47人は、昨日私が指示した通り凍結中で、凍結はロマニでもできたけど、解凍ができる技師はあの事故で死亡したから今は無理。私はマスター適性もレイシフト適性もなくなったから行けない。つまり行けるのは貴方だけだから」

「…………」

 

 逃げ道をふさがれた光己には反論の材料がない。大聖杯に願った時に「マスター適性とレイシフト適性付きで」と言っておけば、素人の彼ではなく所長を務めてきたオルガマリーがやることになったというのに、何て迂闊! 彼自身の私情に加えて任務成功率という意味でも。

 するとオルガマリーは彼の心中を察したのか、申し訳なさそうに小さく頭を下げた。

 

「いえ、貴方のせいじゃないわ。本来なら私が考えておくべきだったことを、貴方は半分だけでもやってくれた。150点取ってくれたのが200点じゃなかったからってケチつけるほど、私は意地汚い人間じゃないけど、でも私が特異点に行くことはできないの」

「…………」

 

 なおも沈黙を続ける光己に、オルガマリーはさらに言葉を重ねた。

 

「人類の過去と未来のため……なんて言っても普通の人には実感わかないかも知れないわね。貴方の家族や友人のため、何なら貴方自身が死にたくないからっていうだけでもいい。人類史と戦ってくれないかしら?」

 

 オルガマリーはこれで口で言うべきことは全部言ったと判断すると、テーブルに額がつくまで頭を下げた。

 プライドの高いオルガマリーにとっては屈辱的なことなのだが、光己は元々のカルデア職員ではなく、協会から派遣されてきた魔術師ですらなく、昨日来たばかりの一般人で、しかも「貴方にはここにいる資格がない」とまで罵ったのに命を助けてくれた恩人なのだ。己は安全な場所に残りながらそんな彼を死地に送り出すというのに、「私の指示は絶対」「貴方たちは道具にすぎない」などと猛々しく強要する方が、アニムスフィア家当主としての誇りにかかわる。

 ゆえに、こうして思いつく限りの誠意を示すしか方法はなかったのだった。

 

「え、ちょ、所長!? そんなことしなくてもやりますんで頭上げて下さいよ」

 

 光己としてはこう答えるしかない。人類の過去と未来なんて背負えないし、アーサー王みたいな化け物と戦うなんて嫌すぎるが、新入社員が社長に理と情を尽くして説得された上に深々と頭を下げられて、どうやって断るというのか。

 そもそもオルガマリーの言うことが事実なら、断ってもそのうち食料がなくなって死ぬだけなのだから。

 

「……本当に!?」

 

 ついっと頭を上げたオルガマリーがいくぶん上目遣いだったのは、彼女が職員に好かれていない、認められていないと自覚していることからの無意識の反応だろう。光己はちょっとどきっとしたが、さすがにそれは口にしなかった。

 

「そりゃまあやりたくはないですけど、やらなきゃ俺も所長もマシュも、ここにいる人たちみんなも一緒に無理心中ってことになるんですよね? じゃあもう断る選択肢がないじゃないですか」

「まあ、そうなんだけどね」

 

 確かにその通りなのだが、光己の方からそれを言ってくれたことでオルガマリーはいくぶん気が楽になった。

 

「ありがとう、これで私たちの運命は決まったわ。

 もちろん後方支援は惜しまない。まずはこれを受け取って」

 

 そう言って虹色に光る星型の宝石のようなものを6個ほど、大事そうに布の上に並べる。

 

「これは?」

「サーヴァントを召喚するために必要な魔力リソースよ。これで2騎呼べるわ。

 本来はAチームが1騎ずつ呼ぶためにもっとたくさん用意してたんだけど、半分以上はあの事故で砕けちゃって無事なのはそれだけなの」

 

 もっとも素人の光己がいきなり大勢召喚しても指揮しきれないという事情もあるし、これで冬木の時と同じ4騎になるから初動としては妥当というところだろう。

 

「うん、確かに俺とマシュとヒルドだけじゃ冬木の時の半分だからなぁ……。

 ……って、マシュとヒルドは来てくれるってことでいいの?」

 

 光己が今更ながら隣の2人に訊ねると、マシュとヒルドは当然といわんばかりに頷いた。

 

「はい、先輩が行くところならどこにでも!」

「うん。なんか大仰な話になったみたいだけど、もし本当なら戦乙女として放置できないからね。マスターが行くんなら、喜んでついてくよ」

「そっか、2人ともありがとな!」

 

 2人の明るい返事を聞いて、光己もちょっと気分が軽くなった気がした。

 そうだ、1人で行くわけじゃない。マシュとヒルド、それにこれから呼ぶ2人もいるのだ。

 

「で、今からすぐ召喚するんですか?」

「そうね。召喚してすぐ現地行きというのも失礼だし、先に呼んで親睦を深めておいた方がいいかもね。

 貴方はまだ疲れてるだろうから今すぐとは言わないけど、召喚する時は私に声をかけるように」

「うーん。これ置いといて休憩するのは落ち着かないし、先に召喚してからにしようかな」

「そう、じゃあせっかくだからみんなで行きましょう」

 

 そういうわけで、光己たちはそろってカルデアのサーヴァント召喚ルームに向かうのだった。

 




 オルガマリーにマスター適性とレイシフト適性を残して光己と一緒に特異点に行くルートも考えたのですが、そこまですると都合が良すぎかと思ってカルデア残留となりました。
 まあ後の方の特異点には行く可能性も微レ存?


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第11話 英霊召喚 2回目

 召喚ルームに向かう道すがら、ロマニは先頭を歩くオルガマリーの背中を見て少々物思いにふけっていた。

 

(あの気位の高い所長が、まさか新入りの藤宮君に頭を下げるなんてね)

 

 間違っているとは思わない。ロマニが彼女の立場でもそうしただろう。よくやったものだと感心しているのだ。

 普通に考えれば、ここまでの展開で1番精神的に痛手を受けたのはオルガマリーだろう。あの爆発事故による、腹心のレフ教授を含む人員と資源の喪失というだけでも大ショックだろうに、その直後に「魔術王の使徒」と7つの特異点が出現し、その問題を解決する責任まで背負ったのだ。それが20歳前の若さで、しかも職員に好かれてないのを自覚しているときている。

 ここまでマイナス材料がそろってしまっては絶望して精神を病むか、最悪自殺してもおかしくないのに立派なものだと思う。

 

(やはり、彼が精神的な支えになっているのかな?)

 

 アニムスフィア家の使命というだけでは無理がある。命の恩人でもある素人を特異点に向かわせるのに所長たる自分が塞ぎこんではいられない、そういう心理があると見てほぼ間違いないだろう。

 さいわいオルガマリーと光己は性格的な相性は良い方みたいで、オルガマリーは彼には比較的柔らかい態度を取っている。これを機に他の職員に対してもそういう風に接するようになれば、お互いにとって良い結果になると思われるが、口にするタイミングは難しそうだ。

 

「さて、着いたわよ」

 

 ロマニがそんなことを考えている間に、一行は召喚ルームに到着した。

 隅の一角にコンソールがある他は飾り気も備品もない殺風景な部屋で、床の中央には魔法陣が描かれている。

 

「難しいことはこの部屋に敷設された術式がやってくれるから、貴方はただサーヴァントを呼びたいと念じながら、さっき渡したカンペ通りに呪文を唱えるだけでいいわ。ただし真剣にね」

「どこの誰を呼びたいか指定はできるんですか? たとえばリリィに来てほしいとか」

「残念ながらそれは無理ね。縁は結んだから来てくれるのを期待はできるけど、絶対じゃないわ」

 

 もしくは召喚したいサーヴァントゆかりの遺物があれば高確率で召喚できるが、残念ながらカルデアにそんな物はなかった。

 

「そういう特別な条件がない場合は、召喚者と性質が近いか相性がいいサーヴァントが来ると言われてるから、逆にその方が付き合いやすくていいかも知れないわね」

「なるほど、つまりガチャですね!」

「仮にも英霊の召喚をソシャゲにたとえるのやめなさいよ……」

 

 オルガマリーはちょっとあきれた顔を見せたが、それほど深刻に怒りはしなかった。

 光己は普段はおバカなことをよく言うが、やる時はやってくれる人物だという信頼ができてきたのだろう。

 

「いや、冗談ですって」

 

 光己もさすがに、これから共に7つの特異点を修正してもらう仲間を招く儀式がどれほど大事かは理解している。

 それを踏まえて来て欲しいサーヴァントについて考えるに、まず単純に強い、もしくは魔術や忍術(諜報、サバイバル等含む)といった特殊技能を持っていることは必須だろう。また光己はマスターといっても会社の上司のような命令権や懲戒権はないし、サーヴァントたちに腕力で勝てるわけでもなく、カリスマ性やコミュEXや鋼メンタルといったリーダースキルも持っていないので、サーヴァント側は人格にクセが少なくやる気と協調性がある者が望ましい。逆にいくら有能でも、某フハハハハ!やアララララ~イ!みたいな破天荒で自己主張が強いタイプは扱い切れないので敬遠すべきだろう。

 

「その上で美女美少女なら文句なしだな、うん!」

「先輩!?」

「いや、ジャパニーズジョークだから!」

 

 マシュが真後ろに立って圧をかけてきたので、光己はとりあえずごまかした。

 やはりマシュは箱入りだけに、ちょっと潔癖というかマジメすぎるところがあるようだ。ヤキモチとかだったら嬉しいのだが。

 

「私としてはちゃんと監督してくれれば文句ないんだけどね」

 

 一方オルガマリーは実益優先であった。

 英雄豪傑勇者といえばほとんどは男性だが、女性でも冬木で会ったアーサー王やワルキューレやブラダマンテ、あるいはキルケーやメディアといった強者はいる。彼女たちが来ることで「最後のマスター」のモチベーションが上がるなら、むしろ喜ばしいという趣旨だ。

 

「まあどっちにしてもこちらで指定はできないから、結局は貴方の運次第よ」

「運ですか……じゃあガチャの神といわれるリヨグダコ神にでも祈っとくかな」

「その神だけはやめときなさい! いえ初めて聞く名前だけど、本能的にかかわっちゃいけない気がするわ」

「そ、そうなんですか!? 超強いっていわれてるんですけど所長がそういうなら」

 

 などという意味不明なやり取りがあったりしたが、ともかく光己はまず1回目の召喚を行うため、聖晶石を3個魔法陣の中央に置いた。

 いったん魔法陣の外に出てから、全神経を集中して召喚の呪文を詠唱する。

 

「―――告げる!

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 詠唱が終わった直後、魔法陣の上に青白い稲妻のような光がほとばしる。やがて回転する3つの輪に変わったかと思うと、まばゆい光の柱が立ち昇った。

 

「おおおっ、何かすげぇ……!?」

 

 膨大なエネルギーが発生しているのが素人の光己の感覚でも分かる。しばらくして光が薄れてくると、彼らの期待通りそこに人影があるのが見えた。

 

「召喚は成功みたいね。問題はどんな人が来るかだけど……!」

 

 オルガマリーたちも注意深く魔法陣の上を注視している。そして完全に光が消えた時、その場にいたのは―――。

 

 

 

 

 

 

「ワルキューレ───個体名、オルトリンデです。え……あなたは人間、ですか……?

 いえ、少し驚いてしまって。まさか人間に召喚されるなんて……安心してください、契約は正式に結ばれています。あなたをマスターとして認証します。以後、人理を守るために私たちを使ってください」

 

 なんと、ヒルドの同僚だった。そういう縁召喚もあったのだ。

 雰囲気はヒルドよりおとなしめで髪の色と槍の形状が違うが、全体的に見れば彼女とよく似た感じである。光己的には、服の下腹部のくり抜きとスカートのスリットの深さが同じだったので、とりあえず不満はなかった。

 

「オルトリンデ! まさかあなたも来てくれるなんて思わなかったよ。ありがとう!」

「ヒルド!? 何か縁を感じましたが、あなたがいたんですね。何やら大変なことになっているそうですが、心強いです」

 

 やはり2人は同僚、それもかなり仲がいいようだ。性格も善良そうだし、当たりといってよさそうである。

 

「そうだ、マスター! せっかくだからあと1人もワルキューレにしようよ。何人かいるけど、スルーズあたり、あたしたちと特に仲がいいからお勧めだよ」

「へえっ!?」

 

 いきなりの推薦に光己はちょっと困惑した。それはまあ、メンバーの仲が良好というのは非常なプラス要素だけれど……。

 

「でもみんなやれることが同じっていうのは引き出しが少ないってことだからなあ。それはよくない気がする。

 いや俺が指定できるわけじゃないから、来てくれたなら歓迎するけど」

「なるほどー、やっぱりマスターはいろいろ考えてるねえ」

 

 光己はあえて心にもないリップサービスはせず思ったことを正直に述べたのだが、今回はそれで正解だったようだ。ヒルドは気分を害するどころか、彼を思慮深い人物として評価を高めてくれていた。

 

「ま、俺ができることっていったらそれくらいだからさ。

 それじゃオルトリンデの紹介の前に、もう1人も呼ぶとしよっか」

「うん」

 

 というわけで光己はもう1度聖晶石を魔法陣の上に置き、召喚の呪文を唱える。先ほどと同じように光の輪が回って光柱がそそり立ち、やがて消えた。

 その後に立っていたのは―――。

 

 

 

 

 

 

 光己にとって喜ばしいことに、今回も若い女性のようだった。年齢は20歳くらい、和風のきりっとした感じの美女である。

 濡れ羽色の長い髪を濃い赤色のリボンでポニーテールにまとめ、同じ色の長いマフラーを巻いていた。黒と濃紫色のレオタードを着て、腕にはよく分からない材質の黒い籠手らしきものを付け、脚には黒い脚絆を穿いている、ように見えた。

 

「───加藤段蔵。ここに起動。入力を求めます、マスター。段蔵は忍なれば、あらゆる命令に従いまする」

 

 彼女はやはり日本人だったようだ。そして実に幸いなことに、光己は彼女の名前と経歴を知っていた。

 

「加藤段蔵? っていうとアレか、風魔の飛加藤か!?」

 

 自分のことを知っていてくれたとなれば、誰でも嬉しく思うものだ。段蔵はわずかに口元をほころばせた。

 

「マスターは段蔵のことをご存知でありましたか。現界の時に得た知識によれば、今はワタシが稼働していた時より400年以上も未来。そんな遥か遠い世の、それも段蔵が仕えるべきマスターが名を知って下さっていたとはまことに光栄に思いまする」

「へ!? いやいや、そんな大層なことじゃないって。たまたま読んだ歴史小説で見ただけだから」

 

 つまりちゃんとした歴史書で読んで正確かつ詳しい知識があるというわけではないので、大げさに喜ばれて光己は逆に恐縮してしまった。

 しかし彼女は少なくともマスターへの忠誠心は持っていてくれそうなので、特異点での情報収集や敵対者への搦め手技などでは役に立ってもらえそうである。それに外見年齢は大人だから、見た目16~17歳=未成年の光己たちと違って、現地人との交渉や宿屋に泊まる時などにも、無用な勘繰りは受けずに済みそうなのも助かる。

 

「……って、ちょっと待てよ。現地で宿屋?」

 

 冬木では生きた人間が誰もいなかったから民家に無断で宿泊させてもらったが、次以降の特異点がそうでなければ、普通の旅行者と同じようにどこかの街で宿屋に泊まることになるだろう。そうなれば当然、いやそれ以外でもいろいろと現地の通貨が必要になるはずだ。

 

「……所長、ちょっと質問いいですか?」

「え、今? いいけど何?」

 

 突然険しい視線を向けられてオルガマリーは困惑したが、光己はそれで引くわけにはいかない。

 

「レイシフトでいろんな時代のいろんな場所に行くっていいますけど、そこのお金は当然たっぷり渡してもらえるんですよね!?」

「…………」

 

 どうやらその点はまるで考えていなかったらしく、オルガマリーは脂汗をだらだら流しながら目をそらした。

 

「……げ、現地調達!?」

「ザッケンナコラー! スッゾオラー!!」

 

 ただの高校生が人類の命運にかかわる命がけの重大な任務を無一文でやれと言われたのだから、錯乱して上司につかみかかってもまあ致し方ないといえるだろう……。

 オルガマリーも罪悪感が大きいらしく、胸元を掴まれて揺すられるままになっていたが、さすがにロマニとマシュが割って入った。

 

「ま、まあまあ藤宮君! 怒るのはもっともだけど、食料や着替えや野営の道具はこっちから送れるから大丈夫だよ。少なくとも飢え死にの恐れはないから安心してくれ。

 それにほら、今召喚したのはジャパンのニンジャなんだろう? ボクは詳しくないけど、そっち方面ではいろいろ頼りになるんじゃないのかい?」

 

 ロマニが援護を求めて段蔵に視線を送ると、ニンジャ娘はこっくり頷いた。

 

「そうでございますね。現界の時にいろいろ知識をいただいておりますので、日の本以外の地域でも、野草や山菜の類が食べられるものかどうかの見分けはつきまする。

 もっともそんなことをせずとも、マスターのためとあれば悪代官や高利貸の類の屋敷から軍資金を頂戴してくるくらいは容易でありますが」

 

 さすが高名な忍者だけあって、生存のためのスキルは優秀のようだ。

 しかもお金を盗む相手を限定している辺り、まったくの非情というわけではないのは光己やマシュのようなお人好しにとっては好ましいことだった。あるいはマスターが善人そうなので合わせてくれているのかも知れない。

 光己もそういうことならいつまでも怒り続けることはない。

 

「あー、そういうことでしたらまあ。

 それじゃえーと、年上ぽいし加藤さん、とでも呼べばいいのかな?」

「いえ、ワタシは忍びの者で貴方様はマスターですので、段蔵とお呼び捨て下されば」

「そっか、じゃあ遠慮なく。これから大変なことになるかも知れないけどよろしくな」

「はい、段蔵をいかようにもお使いください」

 

 何はともあれ、こうして光己は無事サーヴァント召喚を成功させ2人と友好的な関係を結ぶことに成功した。

 あとは特異点の詳細が判明してレイシフトの準備が整うまで、サーヴァントたちとの親睦とか現地の社会情勢についての勉強とか、そもそもカルデアとはどういう組織かという勉強とかいろいろするべきことがあるのだが、今日のところはこれでお仕事おしまいとなったのだった。

 




 ニンジャってロマンですよねぇ、というわけで4人目は段蔵ちゃんでした。カラテやクビキリは使えるのだろうか(ぉ


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第12話 第一特異点

 その3日後、諸々の準備が整って、ついにカルデアは7つの特異点を修正して人類を救うための第1歩、第1特異点たる1431年のフランスへのレイシフトを実行することとなった。

 目的は歴史が狂わされた原因を発見し排除、そして原因の大元であると思われる「聖杯」を破壊ないしは持ち帰ることである。

 

「そのあたりはこの3日間でしつこいくらいやったから、今さら詳しく話すことはないわよね」

 

 管制室の真ん中に並んだ光己たち現地班の前で、オルガマリーが出発前の訓辞を述べる。これも様式美というか、精神安定に必要な儀式というやつである。

 

「それでも1番大切なのは、たとえ失敗しても生きて帰ってくることよ。

 まだ1年4ヶ月あるんだから、命さえあればまた挑戦できるんだから」

 

 この人命最優先、言い換えれば部下への配慮あふれる姿勢に同席していた古株職員たちはちょっと驚いて、中には顔に出してしまった者もいたが、幸いオルガマリーは彼らの前に立っているのでそれは見られずにすんだ。

 

「現地に着いたら、まずは冬木の時と同じように霊脈地を探しなさい。そうすればこの前話したように補給物資を送れるようになるから。

 ……私からは以上です。何か質問はあるかしら?」

 

 手を挙げる者はいなかったので、儀式は終了していよいよレイシフトが行われることになる。

 

「それでは現地班はコフィンに入りなさい。レイシフト担当班は席について」

「はい!」

 

 こうして、光己たちカルデア現地班は600年前のフランスの地に飛んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 光己たちがはっと気がついた時、そこは特に何の変哲もない平原だった。

 幸い天気は良く、気温も日本の夏よりはだいぶ低いが寒いというほどではなく、行動に支障はなさそうだ。うららかな日差しはとても暖かく、ここが人類滅亡の原因の1つになっているとはとても思えないのどかさである。

 いや上空には露骨に怪しい巨大な光の輪があるのだが、それは光己たちの手に負えるものではないので、とりあえずロマニ達カルデア残留班が解析することになった。

 

「それじゃ作戦開始だな。ええと、まずは霊脈地を探すんだったっけ。それとここがどこなのか調べなきゃならんか……」

 

 何しろこの特異点は「冬木よりはるかにひどい時空の乱れ」というだけあって広さが違い、ほぼフランス全土に渡っている。なので、本格的に動く前に地図に載っている程度の大きさの街を見つけて現在地を確認する必要があるのだった。

 

「ヒルドとオルトリンデは空飛べるんだっけ? 出発の前に周りを見て来てくれるかな」

 

 せっかく上空から偵察できる者がいるのだから、あてもなく歩くより目星をつけてからの方がいいだろう。ごく順当な話なのでワルキューレ2人も承知して、北と南に手分けして飛び立って行った。

 待つことしばし、2人は妙に慌てた様子で戻って来た。

 

「大変だよマスター! ここから3キロほど西に行ったところにある砦をワイバーンの群れが襲ってる」

「ワイバーン!?」

 

 ワイバーンというのはゲームによく出て来る架空の生物で、ドラゴンの亜種で足が2本しかない代わりに皮膜の翼があって空を飛べる。各種ブレスは吐けないが、強靭な肉体と硬い鱗を持つので侮れない敵だ。

 ―――というのが光己の知識なのだが、それが15世紀のフランスに実在したというのか?

 

「いや居たわけないよな。てことは早くも異変に出くわしたってわけか」

「先輩、どうしますか?」

 

 マシュが気ぜわしく訊ねてくるが、そんなことは決まっている。

 

「助けに行くぞ!」

 

 人道的な見地からはもちろん、砦の住人を助ければ何らかの情報は得られるだろうし、あわよくばお金や食料や今夜の宿もくれるかも知れない。見捨てる理由はなかった。

 

「はい! それじゃ先輩、失礼しますね」

 

 急ぐ時は光己の足に合わせていられない。マシュは彼をお姫様抱っこして駆け出した。

 この辺りは3日間の準備期間中に相談して決めたことである。光己はちょっと恥ずかしかったが、まあ仕方がない。

 途中でフランス軍の斥候らしき兵士数人を見かけたが、今はスルーである。マシュたちの足の速さに驚いているのが分かったが、追ってくる気はないようだ。

 砦はまるで大きな戦闘の直後のように損壊が激しく、まして空から来るモンスター相手では防御の役には立たなさそうに見えた。20頭ほどに見える翼竜に向かって兵士たちは怯えつつも弓を射るが、ほとんど効いていなかった。

 あっさり地上まで乗り込まれ、やむを得ず剣や槍で格闘を始める。ワイバーンは体長が6~7メートルほどもある巨体だが、空を飛ぶ生物の常として見かけより軽いので、一般の兵士たちでも体重をかけて思い切り突けば鱗を破れるかも知れない。

 もしくは大砲があれば確実にダメージを与えられるのだが、空中を飛び回る敵には当てにくいからか今は使っていなかった。

 

「マスター、どう戦いますか?」

 

 砦の真ん前でいったん足を止めたオルトリンデが光己に訊ねてくる。はっきり言って光己は彼女より戦闘経験は少ないのだが、マスターの責務として知恵を絞った。

 

「そうだな。アレがどのくらい強いかわからんから、まずは慎重にいこう。

 ヒルドとオルトリンデでコンビ組んで、2人がかりで1頭ずつ倒してくれ。段蔵は2人の援護頼む。マシュは俺の護衛ってことで」

「はい!」

 

 どうやらサーヴァントたちにとって異議を唱える必要はない程度にはまっとうな作戦だったらしく、まずワルキューレ2人が再び宙に舞い上がる。

 光己が何気なくそれを見上げると、スカートのスリットが深く広いおかげで2人のすらっと伸びた美味しそうな脚の内股がチラチラ見えた。

 しかし残念ながらパンツまでは見えない。

 

(むう、惜しい! いやそもそもあのスリットで見えないってことは穿いてないという可能性も……!? ならなおさら見たい! でもあんまり凝視するとマシュにバレるか)

 

 このたびも色ボケしている光己だが、これには理由がある。

 今回は冬木と違って生きた人間が戦いに参加しているため、彼らが怪物に食い殺される光景を直視するという精神的なショックが大きそうな事態が起きることを本能的に予見して、無意識に気をそらそうとしていたのだ。

 しかしモラトリアムは長くは続かない。マシュと段蔵は城門を叩き破るのは気が引けたので、サーヴァントのジャンプ力で光己をかかえたまま城壁の上の通路に飛び乗る。

 

「……うぷっ」

 

 そして砦内の光景を見た光己は、予想した通り吐きそうになって口元に手を当てた。

 兵士たちは100人ほどはいようか。しかし指揮官がいないらしく統率が取れていなくて、個々に戦ってはワイバーンの尻尾にはたき倒され爪で掴まれ、そして恐るべき顎に咬みつかれては食い殺されていた。血と肉片が飛び散り、生々しい咀嚼音と兵士たちの怒号が響く。

 そのむごたらしい地獄絵図に、光己は一瞬脚の力が抜けてうずくまりそうになったが、ぐっと己を叱咤して立ち上がった。

 

(マシュが気張ってるのに、俺だけ萎えてるわけにはいかんからな……!)

 

 他のカルデア職員やサーヴァントたちはともかく、マシュの修羅場経験値は光己と同じかそれ以下だろう。なら彼女より先にへたれるわけにはいかない。

 

「先輩、大丈夫ですか……!?」

「ああ、もちろん。マシュの方こそ無理しないように……とは言えないから、とりあえず戦いが終わるまでがんばってくれ」

「はい……!」

 

 まして彼女の方から気遣われては尚更なのだ。

 そこにカルデアから通信が入り、空中にスクリーンが投影されロマニの顔が映った。

 

「大変だ! そっちにサーヴァントが2騎かなりの速さで近づきつつある、というかもうすぐそばまで来てるよ。敵か味方かはわからないけど気をつけて!」

 

 光己たちが特異点にいる間はカルデアで常に存在証明をしていなければならないので、職員たちは交代で管制室に詰めて、周囲の警戒や相談の受け付け等も兼ねて彼らとその近辺をチェックしている。今はたまたまロマニの番だったというわけだ。

 戦闘中なので邪魔にならないようロマニがすぐ通信を終えると、光己たちはきょろきょろと周囲を見回した。

 

「あれは……!?」

 

 見れば鷲の前半身と馬の後半身が合体したような、見たこともない動物がかなりの速さでこちらに飛んで来ているではないか。サーヴァントはおそらくアレの背中に乗っているのだろう。

 あのキメラめいた動物はヒポグリフといって、雄のグリフォンと雌の馬の間に生まれる非常に珍しい幻獣なのだが、今現在の光己たちには関係ない。大事なのは、乗っているだろう2騎が敵か味方か中立かだけだ。

 

「ヒルド、オルトリンデ、いったん戻って!」

 

 2人は危なげなくワイバーンたちを槍で次々と撃墜しているが、もし接近中の2騎が敵なら危険だ。ここはマスターと段蔵の援護が確実に届く距離にとどまるべきという趣旨である。兵士たちには申し訳ないが、苦渋の決断だった。

 しかし幸い、謎の2騎はサイズの差もあってか光己たちなど文字通り眼中になかったようで、迷わずワイバーンたちを攻撃し始めた。しかもすでに戦った経験があるようで、ただ闇雲に攻撃するのではなく、ワイドなビームを彼らの長い首にぶつけてへし折るという特定の戦術を使っている。

 

「おお、味方なのか!?」

 

 少なくとも、この異変を起こした何者かの一味ではないことは確かだ。こちらがワイバーンと戦う姿勢を見せれば攻撃はされないだろう。

 

「2人とも、戦闘再開! ただしあの2騎にはあまり近づかないように」

 

 それでも光己の指示は実に慎重だった。ヒルドとオルトリンデは仮にも戦乙女である自分たちへの評価が低いのではないかと思わないでもなかったが、自分たちの安全に配慮してのことなので不満は言わなかった。

 

「はーい!」

「了解」

 

 ただ謎の2騎がどんな人物かは先に見ておきたかったので、さりげなくヒポグリフの横に回って背中に乗っている2騎の様子を窺う。

 前席にいるのは中世的というかファンタジーっぽい軽装の金属鎧を着た、15~16歳くらいの少年か少女か判断がつかない中性的な人物だった。彼(彼女?)がヒポグリフを操っているようだが、残念ながら見覚えはなく真名の推測もできなかった。

 しかし後席の17~18歳くらいの少女は、驚くべきことにほんの数日前に会ったばかりの知人であった。少しだけ近づいて大声で呼びかける。

 

「ブラダマンテ!」

「え!? まさかヒルド!?」

 

 しかも喜ばしいことに、先方もヒルドのことを覚えていた。一般的にはサーヴァントは他の所で現界した時の記憶を持っているケースは少ないのだが、ブラダマンテは魔術師嫌いで普通の聖杯戦争に参加することはほぼ無いからか、それとも今は人理が焼却されている異常事態だからか、冬木でのことをしっかり覚えてくれていた。

 

「じゃあもしかして他の皆さんも来てるんですか?」

「うん! オルガマリーとリリィはいないけどマスターは来てるよ」

「そうなんですか。じゃあとりあえず、ワイバーンたちを倒してからお話しましょう!」

「うん!」

 

 ヒルドとブラダマンテはすぐ合意に達したが、前席の少年(少女?)はヒルドのことを知らないので説明を求めた。

 

「ブラダマンテ、知ってる人なの?」

「うん、他の所で一緒に戦ったことがあるの。みんないい人だったよ。マスターも頭良くて頼りになったし」

「へえ、キミがそう言うなら仲良くできそうかな。ボクは理性が蒸発してるし、キミはロジェロのことになるとIQ下がるから、頭いい人は嬉しいよね」

「誰のIQが下がるって!?」

 

 少年(少女?)は軽口を叩きつつも、光己たちと交渉を持つことには賛成のようだ。

 こうなればサーヴァント4人で連携を取れるので、ワイバーン20頭など問題にならない。あっさり全滅させた。

 一応動く者がいないことを目視確認してから、光己たちの所に戻って来る。

 

「マスター、終わったよ! それにそれに! なんとブラダマンテがいたんだよ!」

「マジで!?」

 

 信じがたいほど喜ばしい報せだ。光己のその感動を実現すべく、レオタード姿の少女がヒポグリフの背中から飛び降りて、彼の目の前に降り立つ。

 

「はい! 久しぶりなのか最近なのかはわかりませんけど、また会えて嬉しいですマスター!」

「おお、本当にブラダマンテじゃないか!」

 

 まさかフランスに来て1時間も経たぬうちにスタイル&サービス抜群の美少女、もとい頼りになる聖騎士と再会できるとは!

 両手をぐっと握り合って喜びを分かち合う2人。光己は現金にも、先ほどまでの沈鬱ぶりから一転してすっかりハイテンションになっていた。

 

「それで隣の人は?」

「あ、はい。アーちゃん……アストルフォっていいまして、十二勇士の同僚なんです。女の子みたいに見えますけど、れっきとした男ですから気をつけてくださいね」

「マジで? ってことはあれか、フランスのピンチにかつての聖騎士が2人も駆けつけたってことなんだな。うーん、これは希望が出てきたな」

 

 そういうことならこの先の特異点でも現地で味方が現れるだろう。実に心強い話だ。

 

「そうですね! 私もアーちゃんも冬木の時みたいに気がついたらここにいたって感じで、普通の聖杯戦争で魔術師に召喚されたのとは違いますから。

 それで、マスターたちはやっぱり特異点修正のために来たんですか? もしそうなら、私たちにはマスター……召喚主がいませんからまたご一緒できますけど」

「おお、それそれ。実際冬木の時の続きだから、2人が来てくれたらすごく嬉しい。

 それじゃさっそく詳しい話……いやその前に、兵士さんたちと話しといた方がいいか」

 

 光己たちは城壁の上の通路にいるのだが、その下には無事だった兵士たちがもう何十人も集まってきているのだ。今内輪で長話するのは良くないだろう。

 というわけで光己たちはとりあえずお互いに簡単な自己紹介だけしながら、通路に付けられた階段を下りて兵士たちのもとに向かうのだった。

 




 予告通りブラちゃんさっそく再登場であります。せっかくなので同僚も出てもらいました。
 ジャンヌがいつ出るかは未定です(ぉ


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第13話 ジャンヌ・ダルク

 光己は階段を降りるまでに、自分達が何者で兵士たちにどう接するか、ごく短い時間ではあったが何とか考えついて、見た目最年長かつ情報収集のプロである段蔵に折衝を依頼していた。

 

「―――流れの傭兵団を名乗るわけですか。なるほど、今まさに武力を見せつけたところですから実に自然でありまするな」

 

 それに傭兵団なら、社会情勢を詳しく訊ねたり戦闘が激しい地域に出向こうとしたりしてもおかしくない。ついでに光己が気にしていた現地のお金にこだわっても当然だし、なかなか良い建前だと思われた。

 

「うん、よろしく頼む」

 

 ただ光己はもう1つ「ケガをした兵士を魔術で治してやる」というボランティアも思いついていたがこれは口にしなかった。

 というのも、すでに人が空を飛ぶとかビームを撃つとかいう不思議芸を見せているのに、これ以上怪しい術をひけらかしたら魔女扱いされかねないと危惧したのだ。

 もっとも武力の差は歴然だからいきなりひっ捕らえようとはしないだろうが、だからこそ何をしてくるか分からない。指名手配とかされたらたまったものじゃないのだ。

 心配しすぎかとも思うが、何しろ1431年といえば、かのジャンヌ・ダルクが出来レースの異端審問の末あまりにもむごい処刑をされた年である。この手の用心はしておくに越したことはない。

 

(むしろ魔女裁判の方が出来レースなんだよな。捕まった人が魔女の術で逃げ出したとか捕り手を返り討ちにしたなんて話聞いたことないし。

 ヒルドとオルトリンデは「異教の神に魔術を授けられた女」って言えるから定義通りの魔女だけど、だからって捕まるわけにはいかんからなあ)

 

 しかし今のところ光己の心配は杞憂のようで、兵士たちは普通に彼らに感謝してくれていた。

 

「あんたたち強えな! おかげで助かったよ」

「どう致しまして。ワタシたちはこう見えても傭兵団ですから。

 契約したわけではありませぬから対価を請求はしませぬが、代わりにいくつか教えてほしいことがありまする」

 

 なるほど、もらえる可能性が低いお金を要求するよりは、それをこちらから放棄することで恩を着せて情報を引き出しやすくしたわけか。うまい手だな、と光己は感心した。

 

「へえ、傭兵!? 見たとこ若い娘さんばかりだが、あんたたちくらい強けりゃ雇いたい領主や金持ちなんてごまんといるだろうな。何しろ竜の魔女が現れたんだから」

「竜の魔女?」

 

 何やら怪しげなキーワードが出てきた。段蔵が説明を求めると、この辺は特に機密というわけではないのか兵士はもったいつけずに教えてくれた。

 

「ああ、あんたたちはまだ知らないのか。竜の魔女ってのは、イングランドで処刑されたジャンヌ・ダルクのことさ。無残にも焼き殺されたって聞いた時は憤ったものだったが―――」

「しかしあのお方は魔女として蘇ったんだ。悪魔と取引して、フランスに復讐する魔女として!」

 

 兵士たちの言葉には本心からの怒りや悲しみ、そして諦観がこもっていた。どうやら嘘ではなさそうで、しかも「竜の魔女」に勝てるとは思っていないようだ。

 しかしまさかこんなに早く異変の原因が判明するとは。経緯は不明だが蘇ったジャンヌは聖杯で竜を操る力を与えられて、こうして各地に竜を送って自分を見捨てた人達に復讐しているのだろう。

 

「王は真っ先に殺され、イングランドはとうの昔に撤退した。だが俺たちには逃げる場所なんてない。どうすればいい?」

「…………」

 

 光己にも段蔵にもかける言葉がなかった。特にフランス人であるブラダマンテとアストルフォは、未来の祖国を救ったはずの聖女が復讐の魔女と化して故郷の地を荒らしていることがショックらしく、うつむいて暗い顔をしている。

 もっとも兵士たちも初対面の傭兵団に答えや慰めを求めてはいないだろうから、段蔵は一呼吸置いてからあらためて質問を続けた。

 

「それで、その蘇ったジャンヌは今何を?」

「オルレアンで大虐殺をしたらしいが、その後どこかに行ったって話は聞かないからそこに居座ってるんじゃないか? いくらあんたらが強いからって行くのはお勧めしないが」

「……そうですね」

 

 無論カルデア現地班としてはいずれ行かねばならないのだが、ここで兵士たちと口論しても意味はない。段蔵はそう相槌を打つと話題を変えた。

 

「では彼女の話はここまでとして、最寄りの街や村の位置を教えてほしいのですが」

「ああ、あんたら服装が異国っぽいし遠くから来たんだな。そうだな、地図は機密だから見せられんが、街の場所を教えるくらいはいいか」

 

 彼の説明によると、ここはドンレミという村のすぐ北東で、そこから北に20キロほど行くとヴォークルールという大きな街があるそうだ。レイシフト先がまさかジャンヌの生誕地付近だったとは、これが因縁というものか。

 ちなみに光己たちはカルデアから地図を持って来ているので、現在地さえ分かれば行動に不自由はない。

 

「ふむ、ヴォークルール、でございますか。ありがとうございます。

 それではあと1つだけ。ワタシたちが倒したワイバーンどもですが、肉や骨をはぎ取っていってもよろしいですか?」

 

 これは光己の依頼ではなく、段蔵自身のアイデアである。兵士たちはちょっと首をかしげた。

 

「そりゃまあ、どっかその辺に埋めるだけだからかまわんが、まさか食う気なのか?」

「はい、ドラゴンの肉は鶏に似た食感で滋養もあり、特に喉が1番美味と聞きます。また骨は東洋では文字通り『竜骨』という生薬として使われておりまする。

 ワイバーンはドラゴンの亜種といわれておりますから、同じ用途に使えましょう」

 

(なるほど、お金になるものを作って売ろうというわけか!)

 

 忍者は薬学にも通じているそうだがさすがだと、光己は改めて感嘆した。

 一見の者がただ薬屋に持って行ってもダメだと思うが、ここの幹部に紹介状を書いてもらえばいけるだろう。何しろここからオルレアンまでは(細かい数字は地図を見ないとはっきりしないが)何百キロもあり、とても1日では着けないからお金はやはり必要なのだ。

 肉の方は試食という名目で自分たちもいただけるだろう。カルデアから調味料を送ってもらえば美味しく食べられそうだ。

 ……調味料!?

 その時光己に電流走る!

 

(そうだ、コショウとか送ってもらって売ればいいんだ)

 

 ヨーロッパで香辛料と言えば大航海時代がすぐ頭に浮かぶが、この時代でも別ルートで輸入されている。かさばらない上に高く売れる、実にいい商品だ。

 ただしこちらも紹介状はいるだろう。光己が年かさぽい兵士に(香辛料のことは抜きにして肉と骨だけの理由で)それを頼むと、快く砦が取引している商人への紹介状を書いてくれた。

 

(よし、やった! これで街で野宿はしなくてすむな。

 しかしここまで知恵が回るとか、俺って越〇屋的な才能があるんじゃなかろうか)

 

 それはともかくこれで聞くべきことは聞いたので、さっそくワイバーンの解体に入ることになる。ある程度できたところでちょうどお昼ごろになったので、実際に兵士たちと一緒に試食したところ段蔵が言った通りの代物だった。

 

「うん、これなら人様にも出せるな!」

「はい、十分に売り物になりまする」

「ああ、確かになかなかの味だったな! それに奴らをメシにしちまえるとは、これでちっとは気が晴れた」

 

 兵士たちもワイバーンひいては竜の魔女への恨みを多少なりとも晴らせたみたいで何よりである。その後光己たちは彼らに別れを告げて砦を後にした。

 そしてわざわざ外まで見送りに来てくれた彼らの姿が見えなくなったところで、光己はふうーっと大きく息をついて肩を落とした。

 びっくりしたマシュがあわてて横から彼の体をささえる。

 

「せ、先輩!? 大丈夫ですか!? まさかさっきの肉が当たったとか」

「いや、腹は大丈夫だよ。ちょっと気が抜けただけだから」

「そ、そうでしたか。よかったです」

 

 幸い食当たりではないようで、マシュはほっと胸を撫でおろした。

 

「いきなり戦いになったしえぐいシーン見ちゃったし、それからすぐ兵士さんたちとの交渉で頭使ったからな。ちょっと疲れたんだ」

「……そうですね。先輩自身は戦えませんから、ワイバーンのような巨大な怪物はやはり恐ろしいでしょうし」

 

 そこでマシュはふと、今回自分は何もしていなかったことを思い出した。

 

「すみません、先輩。先輩のサーヴァントでありながら、またお役に立てなくて」

「へ!? いやいやそんなことはないって。マシュがいてくれてるだけで安心感が違うからさ。

 というかマシュが役に立ってるってことは、俺が敵に狙われてるってことだからなあ。むしろマシュは出番がない状況の方がありがたい」

「も、もう先輩ひどいです!」

 

 光己はマシュに対して何も不満を持たずにいてくれたが、しかし役に立ちたいと願っている後輩に対して出番がない方がいいとはなんと無情な! 理屈は分かるのがなお腹立たしい。

 怒りに燃えたマシュは、両手で彼の胸板をぺしぺし叩いて抗議の意志を表明したが、傍から見たら微笑ましいじゃれ合いなのであった……。

 

「―――それでマスター、ドンレミ村には行くんですか?」

 

 時代は違うが現地出身ということで先頭を歩いているブラダマンテとアストルフォが光己に訊ねる。寄らずにヴォークルールに直行するなら、そろそろ左折するべきなのだ。

 

「んー、そうだなあ。ジャンヌの生誕地だから村の人は肩身の狭い思いしてそうだけど、とりあえず行くだけ行ってみようか」

 

 今は余所者が来るのを好まないかも知れないが、せっかく近くまで来たのだからちょっと見学くらいはしてみたいという観光客根性である。もし拒まれずに済んだなら、かさばっているワイバーン肉を一部売ってもいいだろう。

 なお肉と骨は砦でもらった袋に入れたが、彼らから離れた後でヒルドとオルトリンデが小さい氷塊をたくさん出して冷凍保存している。また氷を作れるということは水を作れるということでもあり、長旅になっても飲料その他の水に困らずに済むというのは大きい。

 

「ほんとにルーンって便利だな。2人に会えてよかったよ」

「えへへー、どう致しまして! 頭撫でるとかしてもいいんだよ?」

「よろしい、ならばナデナデだ」

 

 ヒルドはもともと闊達な性格の上、冬木以来の付き合いだけに、光己とはだいぶ打ち解けあってきたようだ。なぜかマシュはあまり面白くなさそうな顔をしているが。

 そこに段蔵が声をかけてくる。

 

「マスター、前方から人影……フード付きの外套を着ておりますので人相はわかりませぬが、体格と歩き方から見ておそらく若年の女性が1人、こちら側に歩いてきておりますが、いかが致しまするか?」

「え」

 

 光己の視力では「言われてみれば何か見えるな」くらいなのだが、さすがは忍者のサーヴァントというところか。

 この時代、この情勢で女性の1人旅というのはいかにも怪しい。

 

「サーヴァントかも知れないな。でも敵か味方かはやっぱりわからないし、あからさまにならない程度に用心しながら行こう」

「はい」

 

 そしてお互いに相手がサーヴァントだと認識できる距離まで近づくと、女性はゆっくりとフードを外した。

 20歳くらいのスタイルのいい美人で、紫色の服を着て銀色の軽甲冑をまとっている。温厚そうな雰囲気だが存在感というかカリスマ性というか、一種尋常でない何かが感じられる。

 

「こんにちは。見たところ貴方がたもサーヴァントのようですが、7、いえ6人も一緒とは珍しいこともあるものですね。

 私はジャンヌ・ダルクと申しますが、お名前をお伺いしても……?」

 

「!?」

 

 まさか敵の首魁といきなり出くわすとは! 光己たちは思い切り色めき立ったが、すると女性は慌てて両手を上げて敵意がないことを示した。

 

「い、いえ、私は『竜の魔女』ではありません! 私はほんの数時間前に現界したばかりですし、むしろ彼女のことを探っているのです」

 

 もちろん光己たちが「竜の魔女」の手下で、「もう1人のジャンヌ」を倒そうとしているという可能性も考えられるのだが、ジャンヌは光己たちの雰囲気を見て、フランスを荒らすような者たちではないと判断したのだ。だからこそ先ほども自分からフードを脱いで自己紹介したのである。

 光己たちは正直とまどったが、悪党ではなさそうだし敵意も本当になさそうなので、とりあえず話を聞こう……とした直前、なぜかアストルフォがジャンヌに食ってかかった。

 

「あー! えーと……何だっけ!?」

 

 どうやら何か因縁があるようだが、具体的なことは思い出せないらしい。

 ジャンヌの方も「ケンカなら買うぞ!?」みたいな顔つきをしているが、何故そんな気分になったのかは自分でも分からない様子である。

 

「アーちゃん、知り合いなの?」

「ん? う~~~~~ん、そうのような違うような……。

 ライバルであって敵ではないというか、まあ今戦うことはないと思うよ!」

 

 ブラダマンテに事情を訊ねられたアストルフォだが、理性が蒸発しているだけに返事には信憑性が薄かった。

 もしかしたら他の聖杯戦争で会ったことがあるのかも知れないが、今敵対しないのなら争う必要はなさそうだが……。

 

「これはあれか? フィクションなら善のジャンヌから悪のジャンヌが分離して復讐を始めたとか、そういうのが王道なんだけど」

「分離、ですか……。冬木で会ったリリィさんとアーサー王みたいな別側面というのならあるかも知れませんね」

 

 光己とマシュにも事情は分からなかったが、いろいろ知っているかも知れないし、とにかく話を聞くべきだろう。

 

「でもここじゃまた人が来るかも知れないし、とりあえず向こうの森に移動しない?」

「そうですね、そうしましょう」

 

 こうして、光己たちはもう1人のジャンヌと出会ったのだった。

 




 ジャンヌはもう少し引っ張ってから出すつもりだったのですが、そういえばレイシフト先はドンレミ付近ということでしたのでここで出すことにしました。
 ルーラーは以前に参加した聖杯戦争のことを覚えているという設定がありますが、原作ではここのジャンヌは不完全ですのでほとんど覚えていないということにしてあります。


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第14話 情報収集

 カルデア一行とジャンヌは森の奥の方まで入ると、ダ・ヴィンチ製収納袋からビニールシートを出して腰を下ろした。

 

「それでは改めて自己紹介を。私はジャンヌ・ダルク、ルーラーのサーヴァントとして現界しました」

「ルーラー?」

 

 耳慣れない単語に光己が首をかしげると、ジャンヌは親切に解説してくれた。

 それによると、ルーラーとは聖杯戦争で周囲への影響が大きくなりすぎる場合に召喚される裁定者で、その任務のために真名看破、神明裁決、半径10キロ内のサーヴァントの探知、そして参加サーヴァントへの令呪といったさまざまな能力を与えられている。

 その分なるための条件は厳しく、聖杯にかける望みがないこと、特定の勢力に加担しないこと、などが求められる。

 

「ただ私の場合、クラスは間違いなくルーラーなのにその特典がなく、聖杯から与えられるはずの知識すらなくて困っていたのですが……」

 

 幸い出身地なので言葉や土地勘といった面は問題なかったものの、現界した時は自分が何をすればいいのかすら分からず立ち往生してしまったほどである。

 とりあえず周囲を探索して、最初に見つけた人里が生まれ故郷のドンレミだったのはいいが、「竜の魔女」の話がすでにここまで広まっていたため居座ることができず追い出された。それでもう少し情報を集めようと、フードで顔を隠してヴォークルールを目指していたところで光己たちと出会ったというわけである。

 

「なるほど、そりゃ大変だなあ……しかもその様子じゃドンレミ村には行けないか」

 

 観光もとい資金調達と情報収集という重要な目的があったのだが、ジャンヌを仲間にするならあきらめるしかないだろう。残念である。

 まあ彼女はすごいおっぱい&太腿チラリズム、じゃなかった美人、でもない立派な人物ぽいので、彼女と同行できるなら差し引きは大幅プラスだけれど。

 ジャンヌのルーラースキルが使えないのは惜しいが、無いものをとやかく言っても責めるだけになりそうなので、話題にするのは控えた。

 

「それで、皆さんはどういった事情でここに?」

 

 光己がそんなことを考えていると、ジャンヌが自己紹介を求めてきた。

 そういえばアストルフォにもまだ詳しいことを話していなかったし、ちょうどいい機会である。

 

「うーんと、つまり1から説明しなきゃならんのだよな。じゃあまずはカルデアのことからか」

 

 もっとも光己自身そこまで詳しくはないのだが、何か問題があればマシュがフォローしてくれるだろう。光己はカルデアのこと、人類滅亡と特異点のこと、そして自分たちがそれを阻止するために過去に来たことを説明した。

 正直突拍子もなさすぎて信じてもらえるかどうか不安だったのだが、2人はごくあっさり信じてくれた。

 

「なるほど、人類が歴史ごと滅ぼされたと……ならば、私がここに召喚されたのは貴方がたと協力するためなのでしょう。ご迷惑でなければ同行させて下さい」

「うん、もちろんボクも一緒に行くよー!」

 

 そしてフランスを守るために戦った聖女と聖騎士だけに、自分から協力を申し出てくれた。これでサーヴァントが7騎という大人数になったわけで、本当に心強い話である。

 

「ありがとう。俺自身はたいしたことできないけど、よろしく頼むよ」

「いえ、こちらこそよろしくお願いします。それでこれからどうするのですか?」

「そうだな。ドンレミには行きづらくなったから、ヴォークルールで資金調達と情報収集しようと思うんだけど」

「そうですね、私ももともと行くつもりでしたし良いのでは。ところで資金調達とは?」

 

 なるほどサーヴァントだけならともかく、生身の人間は食料その他でお金が必要になることもあるだろう。しかしこの地に来たばかりの余所者がどうやって稼ごうというのか?

 今この時も「竜の魔女」が破壊と殺戮を繰り返しているのだから、地道な労働とかそういう時間がかかることは避けて欲しいのだが。

 

「ああ。ここにあるワイバーンの肉と骨に加えて目玉商品、カルデアからコショウやショウガを送ってもらって売るんだ。その代金をカルデアに送って古銭として売ってもらって、その金でまたコショウを買って送ってもらう。この三角貿易なら、俺たちみんなが一生豪勢に暮らせるくらいのお金がすぐ貯まるに違いない」

「いえ先輩。カルデアの外には人がいませんので、古銭があっても売ることはできませんが……」

「ぐはっ!?」

 

 せっかくの大構想に致命的な欠陥を指摘され、光己は心臓に杭を打ち込まれた吸血鬼のごとく白い灰になってくずおれた。

 ジャンヌは彼の構想にはもちろん反対の立場だが、さすがに哀れを覚えて声をかける。

 

「あ、あの、大丈夫ですか……?」

「あ、ああ大丈夫。ちょっと精神的に致命傷受けただけだから」

「致命傷!?」

 

 真に受けたジャンヌが慌てて光己を助け起こしに行く。光己は何とか自力で体を起こして心配ないという意味で片手を上げたが、その手のひらが何か柔らかいものに当たった。

 

「ん?」

 

 つい反射的に軽く握ってみると、それは布みたいな手触りで、柔らかく指でたわみつつも、絶妙な弾力で押し返してくる。一体何なんだろう?

 

「……っ、きゃぁぁ!?」

 

 その直後に、ジャンヌが悲鳴を上げながら両手で胸をかばって後ろに跳び退いたことで、光己は自分が何をさわって、いや揉んでいたのかを悟った。

 

「ご、ごめんなさいぃぃ!!」

 

 反射的に光己はドゲザしていた。ドゲザこそ生存への究極の意志、というわけでもないしわざと触ったわけでもないが、こうする以外に方法を思いつかなかったのだ。

 手のひらの感触は絶対忘れないでおこう!とも固く決意していたが。

 

「い、いえ……わざとじゃないようですし、どうか頭を上げてください」

 

 するとジャンヌは光己の頭と肩に手をそえて、許すというよりやさしく力づけるような口調で抱え上げてくれた。加害者としては「これが聖女か!」と感動せざるを得ない。

 その後マシュには当事者ではないにもかかわらず頬をつねられたが、そのくらいささいなことと流せるくらいの感動度である。

 

「じゃあ香辛料を売るのは経費を稼ぐ分だけとして、そのためにも早いところサークルを設置しよう」

 

 これ自体は必要なことなので、ジャンヌも反対はしなかった。ロマニに霊脈地を探してもらったところ運よく森の中にあったので、そこに設置してベースキャンプを確保し、計画通り香辛料を送ってもらったら、ようやく次の目的地に移動することとなる。

 

「でもヴォークルールまでは20キロもあるんだよな。今から歩くと夜になりそうだ」

 

 運動部所属ではなかった光己には、時速4キロとして5時間ぶっ通しで歩き続けるのはつらい。途中で休憩を入れるとすると着くのは8時か9時になるだろう。

 するとアストルフォがいかにも名案があるよ!と言いたげに元気よく手を挙げた。

 

「それならマスターはボクと一緒にヒポグリフに乗ればいいんじゃないかな? 他のヒトたちはランニングということで」

 

 なるほどヒポグリフの飛翔力とサーヴァントの脚力なら、20キロ程度15分もかからない。マシュだけは生身の肉体があるから配慮がいるが、さしあたって今日のところは大丈夫だろう。

 確かに名案である。

 

「あ、でもルーラーはうさぎ跳びかな。知識もスキルもないって言ってたから鍛えないとね!」

「じゃあレスリングでもしましょうか!」

 

 しかし余計なことを言ったので、ジャンヌが飛びかかって取っ組み合いが始まった。

 その変わり身の速さに光己とマシュは茫然としてしまう。

 

「マシュ、ジャンヌ・ダルクってこういう人物だったっけ?」

「さ、さあ……目の前にあることが真実なのではないでしょうか。

 列聖されたのもずっと後のことですし」

 

 さっき光己を許した時の彼女はまさに聖女ムーブであったが、考えてみれば生前はイングランド軍に対してはひたすら積極攻勢だったのだから、このケンカっ早さも彼女の一面なのかも知れない。今回の相手は同国人の聖騎士だが。

 光己とマシュにはなすすべもなかったが、ブラダマンテが割って入る。

 

「もう、2人とも何してるの! 未来から来てくれたマスターの前でバカやったら、フランス自体がアレだって思われるじゃない」

「……はっ!?」

 

 するとアストルフォとジャンヌは正気に戻った!してケンカをやめた。

 本人の認識がどうあれ、聖騎士とか聖女とか言われている者が外国人の前でしょーもない理由で取っ組み合いをしていたら「フランスの英霊ってこんなんばっか?」と思われかねない。まだ会ったばかりでお互いの評価が定まっていない時期であり、不用意な言動は慎むべきだと判断したのである。

 

「これは私としたことがつい。はしたないところをお見せしました」

「いやー、面目ない!」

 

 2人は光己に謝ってきたが、光己はさほど気にしていなかった。

 

「いやあ、素人マスターに協力してくれるってだけで御の字だからそんなこと思わないよ。

 何だったら今のうちに、『殴り合ったらダチ!』とかやってもらってもいいし」

「い、いえ、そこまでは……」

 

 2人ともわだかまりの原因をはっきり把握していないだけに、そこまでするつもりはないようだ。

 しかしブラダマンテはまだ納得していなかった。

 

「でも今回ケンカ売ったのはアーちゃんだから、罰としてヴォークルールまではランニング! ヒポグリフは私が乗るから」

「ええー! 何でー!」

「何でもなにも今言ったでしょ!」

「ちぇー、しょうがないなあ」

 

 アストルフォはぶーたれながらも了承したが、光己にはよく分からなかった。普通の馬ならともかく、空飛ぶ幻獣を貸し借りなんてできるのか!?

 

「はい、アーちゃんが乗ってるヒポグリフはもともと私が魔術師アトラントから奪……いただいたものなんです。実際私もライダークラスで現界すれば連れて来られるんですよ!

 いえアーちゃんに譲ったのを後悔してるわけじゃないんですが、アーちゃんが乗ってるの見たら、私ももう1度乗ってみたくなりまして」

「へえー。まあお互い納得してるんなら」

 

 いとこで仲も良いみたいなので、光己はいちいち口出しするのは避けた。ちゃんと乗りこなせるなら問題あるまい。

 いやそれどころか―――。

 

「それじゃマスター、皆さん、そろそろ出発しましょう!

 マスターはヒポグリフは初めてですよね? なら私のお腹にしっかりつかまっててくださいね!」

 

 流れに任せているだけで、レオタード美少女に合法的に後ろから抱きついていられるというタナボタにありつけてしまうのだ!

 ただ光己は馬にすら乗ったことがないので空飛ぶ幻獣に乗るのは怖かったが、勇気とはこういう時に振り絞るものである。ヒルドに腋の下をかかえてもらって宙に浮かんでヒポグリフの背中に座った。

 

「あ、考えてみたらこのままあたしが運んで行ってもいいんだよね。もしヒポグリフが怖いんだったら、あたしがヴォークルールまで抱っこしてってもいいけど?」

「ん? う~~~ん。ありがたい申し出だけど、今回は先にブラダマンテの話に乗ったから次回にしとくよ」

「うん。マスターってその辺けっこう義理堅いよね」

 

 彼は先ほどの三角貿易とやらでも、自分だけではなく「俺たちみんな」と言っていた。仲間との友誼を大切にするのはエインヘリヤルとして好ましい性質であり、ヒルドは彼の将来への期待度をまた1ポイント上げていた。

 それはともかく、光己がヒポグリフに乗ったらヴォークルールに向かって出発である。

 鷲と馬の幻獣が翼を大きくはためかせると、その重そうな図体がふわりと浮かび上がる。

 

「おおっ!?」

 

 光己の体勢はバイクの2人乗りの後ろ座席と同じで、彼の体を固定するものは前席にいる人の身体しかない。まして空中では不安度倍増であり、光己はブラダマンテのお腹に回していた手に力をこめて、胸板と腹部を彼女の背中に押し当ててしがみついた。

 

「あっ、すみません、マスター。発進が急すぎましたか?」

「いや、大丈夫だよ。でもこのままの体勢でいい?」

「はい、かまいませんよ」

「ありがと」

 

 ブラダマンテが快くしがみつく体勢を許してくれたので、光己はほっと息をついた。

 しかしこの体勢は……!

 

(控えめに言って最高!)

 

 ぴったり密着している彼女のカラダは、強い戦士なのにそこまでマッシヴではなくやわらかくて温かくて、何かこう非常に気持ちいい。それに髪やうなじの匂いがいかにも女の子という感じに甘酸っぱくて、具体的にはシートベルトもなしに空を飛んでいる不安感が90%ほどカットされるくらいにグッドだった。

 カルデアに来て以来いろいろ大変なことが多いが、こういう良イベントがあるとモチベーションが回復する。

 

「でも2人乗ってるのにこんなに速いってすごいな。時速80キロくらいは出てるのかな?」

「そうですね。もっと出せますが、これ以上は向かい風がマスターにはきついでしょうから」

「そだな、ありがと」

「はい!」

 

 まあランニング組にあまり急がせるのも何だし、このくらいがベストだろう。むしろもっと遅くても良いのだけど!

 そしてヴォークルールの城壁が見えてきたところで、光己は地面に降りるよう頼んだ。

 

「幻獣に乗って飛んで入ろうとしたら、竜の魔女と間違えられるかも知れんからさ」

「ああ、さっきは襲われてる最中でしたからいいですけど、今はそうじゃないですものね」

 

 そういうわけで光己とブラダマンテは着陸して、ヒポグリフをアストルフォに返して引っ込めてもらった。

 

「それでマスター、ヒポグリフの乗り心地はどうでしたか?」

「ああ、最初は怖かったけど慣れてくると爽快だったな。今度はただの移動じゃなくて散策で乗せてもらってみたいかな」

「そうですか、じゃあ時間が取れた時にお乗せしますよ! マスターに私の故郷見てもらえるのうれしいですし」

「おー、そんな風に言ってもらえる方がうれしいな。もんじょわ!」

「Montjoie!」

 

 機嫌よさそうにハイタッチをかわす光己とブラダマンテ。光己は明るく快活なタイプと相性がいいようだ。

 その後はみんなで普通に歩いて街に向かう。段蔵のニンジャ視力によれば、城壁の上には見張り兵がいるが、門は開けっ放しで衛兵はいないようだ。

 ただ城壁は例によって半壊状態である。

 

「うーん。考えてみれば、ワイバーンは空飛べるんだから体当たりで壁壊す必要ないよな。ってことは、これはイングランド軍の大砲なり投石器なりでやられたってことか」

「でもイングランド軍は撤退したんですよね。なのに修繕しないというのは、それだけの余裕がないのでしょうか?」

 

 光己の独白にマシュが首をかしげる。

 

「うーん。ワイバーン相手じゃ役に立たないから後回しなのかも知れないな。

 でも盗賊とかは入りやすくなるだろうから直すべきだとは思うけど、やっぱ余裕がないのか」

 

 何にせよ、イングランド軍が撤退したからか衛兵がいないのはラッキーだった。もしいたら簡単には入れてくれないだろうから、夜を待って段蔵に気絶させてもらうとか、そういうイリーガルな手段を取らざるを得ないところなので。

 

「そういうの見てみたいって気持ちはあるんだけどさ」

「マスターのご下命があればいつでも披露いたしまするが?」

「へ? いやいややらなくて済む時にやらなくてもいいって」

 

 忍者娘は妙にやる気たっぷりだったが、必要もない不法行為はしたくないので今回は辞退した。

 そして一行は無事街に入ると、まずは肉と骨と香辛料を売って軍資金を手に入れた。次はその店で宿屋を紹介してもらって今夜の寝床を確保する。

 あとは情報収集だが、砦で聞いた以上の詳しい話は聞けなかった。

 ただ街の中の建物はおおむね無事で、住人もそこまで暗い感じはしないので、城壁が壊れていたのはやはりイングランド軍の仕業のようだ。

 光己とマシュは外国の街ということで建物やら何やらいろいろ物珍しくて観光してみたいのだが、今日のところは我慢していた。

 

「そこそこ大きな街ですが、民間人や一般兵には詳しい情報は知らされてないのかも知れませんね」

 

 ジャンヌが残念そうにぼやく。領主ならもう少し情報を持っているかも知れないが、会う伝手はなかった。

 

「まあ仕方ないよ。それじゃ暗くなってきたし、今日はもう切り上げよう」

「はい」

 

 知らない街で夜中に出歩くなんて無駄な危険しかない。光己たちは宿屋に引き上げると、マシュ以外のサーヴァントは食事はいらないし霊体化できるから部屋もいらないのだが、軍資金は十分あるということで、ヒルドたちにも食堂で好きなものを食べてもらっていた。

 

「へえー、これが600年後の料理ですか! なかなか美味しいですね!」

「うんうん。こうしてみんなで美味しいごはん食べてると、人類を滅ぼそうなんて考えまったく理解できなくなるよね!」

 

 ブラダマンテとアストルフォは特に興味があるだろうし。600年後の料理は口に合ったようで何よりだった。

 その後はもう就寝なのだが、部屋割りは当然ながら男女別である。アストルフォがいなかったらマスター1人というのは不用心なのでみんな同室もありえたが、十二勇士の1人がいる上にヒルドが部屋に結界を張ったのでは安全性について不安を申し述べる隙がない。

 

「ご不安でしたら段蔵が天井裏で警護いたしまするが?」

「へ? おお、時代劇でよくあるアレか! あー、興味はあるけど1人で徹夜は悪いからいいよ」

「そうですか……」

 

 段蔵は残念そうだったが、大名的なメンタルを持っていない光己には、そこまでされると申し訳なさが先に立ってしまうのである。

 そんなわけで、フランスに来て最初の夜は(残念ながら)何事もなく更けていったのだった。

 




 魔法少女イベントは敵HPの低さに時代の流れを感じるなあ……。


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第15話 ファヴニール

 その翌朝、カルデア一行は朝食の後に女性陣が泊まった部屋に集まると、今後の行動について会議を始めた。

 

「竜の魔女の正体とか思惑は、手掛かりがなくて想像しかできないから棚上げとして、とりあえず今日これからどうするかっていう話だな。

 具体的には、この街でもう1日聞き込みするか、それとも別の街に行くかってことだけど」

 

 光己は特にリーダー的な役職をしたことはないのだが、今はマスターという特殊な地位にあるので自然に司会になっていた。戦闘や情報収集といった実務面ではあまり役に立てないので、こういう面で貢献したいという気持ちもあったので。

 オルガマリー所長がいたら自分から引き受けてくれそうだが。

 

「そうですね。ワタシの感触では、市井の人にこれ以上聞いても無駄足かと思いますが」

「んー、段蔵がそう言うなら決まりか」

 

 といって上流階級と会えるような伝手はないので、この街とはもうおさらばということになる。

 ではどこに向かうべきか。光己は地図を出してテーブルの上に広げた。

 

「いきなりオルレアンに行くよりは、どこかでもう1回情報収集した方がいいとは思う。大きな街だと西北西のパリか、南西のラ・シャリテだな。

 他に何かいい考えでもあったら、遠慮なく言ってほしい」

「そうですね。パリとラ・シャリテはオルレアンからの方向が違いますゆえ、違った内容の情報が得られるかも知れませんから、両方行ってもいいかと思いまする。

 我々は敗北することが許されぬ身、多少の時間はかけても、より多くの情報を得る方がよろしいかと」

「むう、一流の忍者にそういうこと言われると重みを感じるな。

 誰か他に意見ある人いる?」

 

 手を挙げる者はいなかったので、段蔵の提案通り両方を訪ねることになった。

 ただここからパリまでは約300キロと大変な距離がある。

 

「早さ優先でいくなら、俺とマシュがヒルドとオルトリンデに抱えてもらって、他の人はランニングでいけばいいんだろうけど、ずっとそれだとランニング組はメンタル的にクるだろうし、俺も魔力が保たんかも知れんからな。何かいいアイデアない?」

 

 サーヴァントは魔力があれば肉体的な疲労はなく、ずっと全力で活動できるが、その魔力は(聖杯等に召喚されたはぐれサーヴァント以外は)マスターが供給せねばならない。カルデア所属のマスターはカルデアから魔力を送ってもらえるが、それを受け取れる量は当人の魔力容量に比例するので、あまり大勢のサーヴァントに多量の魔力を使われると、マスター自身の魔力を取られて干からびてしまうのである。

 特に光己はまだマスターあるいは魔術師として未熟なので、無理は避けるべきだった。

 

「本音を言えば、1日でも早く竜の魔女を倒したいのですが、マスターの言うことはもっともですね……。

 ならば時々休憩を入れるようにすればいいのでは?」

「馬車を買うという手もありますよ。馭者ならアーちゃんができますから」

「ほむ、馬車とな」

 

 ジャンヌとブラダマンテの提案の中で、光己は馬車という時代的な単語に気を惹かれた。

 

「馬車ってどのくらいの速さで走れるの?」

「条件によってだいぶ違ってきますけど、1日に100キロくらいはいけると思いますよ」

「へえ」

 

 つまりパリまで3日で行けるということか。マシュたちが座りっ放しだから、魔力消費が少なくて済む点を考えれば悪くはない。馬は高そうだし飼料もたくさん食べそうだが、ヒポグリフを代わりに使ってもらえば問題は2つとも解決される。

 

「アストルフォはどう思う?」

「馬車かあ。馭者やってもいいけど、道が平坦じゃないから、スピード出すとかなり揺れると思うよ? 馬車酔いしちゃうかもね」

「馬車酔い!? マジか。それはパスパス」

 

 言われてみれば、この時代に舗装された道路なんてない。いや、古代ローマは石造りの道路があったそうだが、ここではせいぜい土を固めただけの街道ぐらいが関の山だろう。雨が降ってぬかるみでもした日には救いがたいことになりそうだ。

 高級品を買ってゆっくり行けば緩和できそうだが、そこまではしていられない。

 

「やっぱり休憩しながら飛んで行くってのが妥当か……ヒルドにオルトリンデ、頼んでいい?」

「うん、もちろんだよ!」

「はい、了解しました」

 

 2人とも承知してくれたので、行き方は決定した。300キロなら1日か2日で着くだろう。フランスに来る前に考えていたより、日数はだいぶ少なくて済みそうである。

 一行は街から出ると、計画通り生身の2人を戦乙女の2人が抱えあげた。

 

「あれ、オルトリンデなの? ヒルドだと思ったんだけど」

「はい、マスターを抱えるのは交代制にしてもらいました。マシュさんが嫌だというわけではありませんが、同じ抱えるならマスターの方がいいですので」

「そっか、ありがとな」

 

 オルトリンデはおとなしめで口数も多くないので、今までヒルドより接触が少なかったが、一応は好意的に見てもらえているようだ。サーヴァントと良好な人間関係を保つのはマスターの重要な役目なので、大変結構なことである(建前)。

 

「では、失礼しますね」

「ん、よろしく」

 

 男子としては女の子にお姫様抱っこされるのはやはり気恥ずかしいものがあるのだが、この体勢だと光己の腋の下がオルトリンデの胸に当たるのが実に喜ばしい。結構なボリュームのマシュマロが、当たってきてはたわんで弾むのはとてもけしからん感触だった。

 しかも万が一にも落ちないために、光己は彼女の首に両手を回しているので、密着度はかなり高い。

 

(でもオルトリンデはあんまりそういうこと意識してないみたいだな。恥ずかしがったりしてくれると可愛いけど)

 

 まあ顔に出るほど恥ずかしいなら自分から立候補はしないだろうし、高速飛行中に精神集中を乱されても困るから高望みはしないことにした。

 ―――そして翌日の昼過ぎ頃、光己たちは無事パリに到着した。

 

「ヴォークルールより大きいけど、風景はあんまり変わらないみたいだな」

「気候や風土は大差ありませんからね」

「そだな。じゃあ今回もまず宿とって、それから聞き込みしよう」

「はい!」

 

 その結果、パリは大都市で竜の魔女が居座っているオルレアンにも近いので、新しいネタをいくつか仕入れることができた。

 まず1つめは、竜の魔女は単独ではなく、やたら強い手下が4~5人ほどいるらしいことである。

 

「どう考えてもサーヴァントだよな」

「聖杯があれば魔力には事欠きませんからね……」

「便利だな聖杯!」

 

 カルデアほどの組織が科学と魔術の最先端を駆使してやっと実現していることを、片手サイズの杯でできてしまうとは。これをめぐって「殺してでもうばいとる」なバトルロイヤルが開催されるだけのことはある。

 

「でも、サーヴァントがそうそう竜の魔女の言うこと聞くとは思えないんだけど」

 

 復讐が終わったら用が済んだ聖杯を下賜するというほど竜の魔女は善良ではないだろうし、むしろ「大量虐殺の手伝いなんかするか!」と言って反逆する者の方が多いと思うのだが。

 

「それはおそらく反英雄……人類に敵対的な者を召喚したのでは」

「ああ、彼女みたいな目に遭って人間嫌いになったとか、さもなきゃ妖怪とかか。

 そういえばサーヴァントは召喚者と性質が近いのが来るって話もあったな」

 

 なるほど、そう考えれば竜の魔女がサーヴァントを手下にできても不思議ではない。カルデア側としては厄介な話である。

 しかも厄ネタはもう1つあった。

 

「竜の魔女はワイバーンだけではなく、体長30メートルはあろうかという巨竜をも従えている、という話がありましたね」

 

 マシュがさすがに重い声で呟く。その竜はファヴニールと呼ばれていたそうで、もし事実なら最上級の竜種であり、サーヴァント数人がかりでも簡単には倒せない強敵だ。

 

「でも攻撃が効かないってわけじゃないんだよな?」

「そうですね。ジークフリートに倒されていますから」

 

 彼がファヴニールを討つ時に使った魔剣バルムンクは、対竜特化で作られたというわけではないので、他の武器でも邪竜の鱗を貫くことはできるはずだ。ただその時は、竜の魔女と配下サーヴァントたちも一緒にいるだろうから、厳しい戦いになりそうだが……。

 

「あー、でもこれって悪いことばかりじゃなさそうだぞ。詳しくは知らんけど、確かジークフリートってファヴニールの血を浴びたら無敵になったんだよな? つまり俺もヤツの血を浴びれば、めったなことじゃやられなくなるってことにならんかな」

 

 光己にとっては深い考えのない思いつきの言葉だったのだが、体ごと乗り出してきた者が2人いた。

 

「さすがあたしたちのマスター! いい考えだと思うな」

「今後のことを考えるなら、多少の無理は押してでもやる価値があると思います」

 

 ヒルドとオルトリンデである。確かに光己が頑丈になれば、7つの特異点を回るのが有利になるから妥当といえば妥当なのだが、この2人の場合は彼の死後も意識していることに留意しておくべきだろう……。

 

「…………うーん??」

 

 アストルフォとジャンヌは何か引っかかるものを感じているようだが、やはり具体的に思い出せず、首をかしげるばかりだった。

 ブラダマンテはファヴニールという固有名詞を知らないので、「それでマスターの身がより安全になるなら」とおおむね賛成の意向だったが、段蔵は忍者というシビアな職種だけあって疑念を表明した。

 

「マスター。ワタシはその伝承を知りませぬが、ファヴニール自身が無敵でないのに、その血を浴びただけで無敵になるというのは眉唾かと存じまするが」

「ああ、もちろん無敵ってのは言葉の綾だよ。ジークフリートだってバルムンクで斬られたら死ぬんじゃないかな。

 ただ副作用なしで頑丈になったっていう話だから、そうできるなら儲けものってだけで。もちろん無理にとは言わないけど」

「なるほど、そういうおつもりでしたら反対は致しませぬ」

 

 こうして段蔵が納得して、残るはマシュである。

 

「え、ええと。確かにジークフリートがファヴニールの血を浴びたことで何かの被害を受けたという話は私も知りませんが、独断でするのはどうかと。

 先に所長の許可を得ておくべきではないでしょうか」

「んー、それもそうか」

 

 光己は思いつきで言ったことがずいぶん大きな話になったような気がしてきたが、ドラゴンの血でパワーアップとかいかにも厨二的ロマンあふれる響きだし、うまくいけば生存率が上がるのは事実だ。マシュの言う通り、正式な提案としてトップに具申してみることにした。

 通信機の通話キーを押すとちょうどよくオルガマリーが出たので、さっそく状況を報告し提案を述べる。

 

《んんん、ファヴニールの血で頑丈さアップ、ねえ……。確かにうまくいけば貴方が死ぬ、つまり人理修復が失敗になる可能性が下がるわね。

 第一特異点でもうこれだけの強敵が現れたってことを考えれば、安全策を打てるなら打っておくにこしたことはないけど……》

 

 しかしオルガマリーはすぐ同意はできないようだった。光己は「最後の」マスターで代わりがいないので、冒険は避けるべきだという意識があるのだ。

 そうと気づいたヒルドが話に加わる。

 

「大丈夫だよオルガマリー。もし毒や呪いみたいな作用が出たらあたしたちが治すから」

《え? ああ、そういえば貴女たち『原初のルーン』を使えるんだったわね》

 

 それなら伝承になかったような事態になっても大丈夫だろう。オルガマリーは光己の提案を許可することにした。

 

《わかったわ、ただし絶対無理はしないこと》

「はい」

 

 こうして上司の許可も取ったところで、光己たちはパリを立って次なる目的地ラ・シャリテに向かった。距離は250キロほど、途中で街を見つけて一泊する予定である。

 そしてその翌日、ラ・シャリテが見えてきた時、そのさらに向こうで何かが飛んでいるのが見えた。

 

「……何だあれ? 鳥の群れか何かか?」

 

 いや違う。段蔵がかなり切羽詰まった声で地上から注進してきた。

 

「あれはワイバーンの群れでございまする。数は100は居ましょう。

 中央にはひときわ巨大な個体がいます。あれがファヴニールかと」

「な、何だってーーー!?」

 

 まさかここで敵ボスと遭遇するとは。光己は思わず生唾を呑むのだった。

 




 ラ・シャリテにファヴニールが現れるのは漫画版の展開ですね。果たしてラ・シャリテの住民は助かるのか? そして主人公は悪竜現象を起こしてしまうのか!?


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第16話 黒いジャンヌ

 光己はここで敵ボスと決戦する心の準備はしていないし、まして作戦など立ててあるはずがなかった。普通ならここは撤退一択であろう。

 しかしここで光己たちが撤退すれば、ラ・シャリテの住民が虐殺されることは明らかだ。

 

「見過ごせるわけないけど、でも……!」

 

 準備不足のまま戦って負けて死んでしまえば、ラ・シャリテだけでなく全人類が殺されたままで終わってしまう。勝算なしで突っ込むわけにはいかない。オルガマリーも無理をするなと厳命していた。

 地上では駆け出そうとしているジャンヌをアストルフォが止めているが、どうすればいいのか……!? 頭の中では断片的な思考が渦巻くばかりで、名案なんて湧いてこない。

 

「マスター、撤退してもあたしは責めないよ。もちろん突っ込んでも責めない。どっちも間違いじゃないと思う」

「……ヒルド」

 

 今日の抱っこ当番のヒルドがそう言って力づけてくれた。

 すると光己は頭の中の渦巻きがすっかり静まって、その中にあった思考のピースのいくつかがかっちりつながるのを感じた。

 

「よし、それじゃヒルドとオルトリンデに頼むかな。

 でもその前に。2人の宝具でファヴニールを倒すとはいかなくても、ケガさせることはできそう?」

「うん、そのくらいなら。何たってグングニルのレプリカなんだから!」

 

 ファヴニールの巨体を見ても、ヒルドはそれなりに自信があるようだ。ならばということで、光己は彼女の耳元にごにょごにょと何やらささやいた。

 

「なるほどー。わかった、やれるだけやってみるよ」

「ん、細かいとこは2人に任せるから」

「うん!」

 

 何とか作戦ができたようだ。ヒルドとオルトリンデはいったん着陸すると、光己とマシュを下ろして2人だけで飛び立って行った。そのまま急加速して、ヒルドは地表すれすれを、オルトリンデは一気に高空に昇ってから竜の魔女の軍団に近づいていく。

 一方竜の魔女のクラスはルーラーなので、光己たちの存在にはすでに気づいていた。先にラ・シャリテを焼き払ってから相手してやろうと思っていたのだが、2人の接近を察知するとどう対応するか考え始める。

 

(2騎だけ突出してきた……? この感覚だと上空と地上から挟み撃ちとか、そんな感じかしら。私たちの味方になりたいなんて酔狂な野良サーヴァントがいるとは思えないけど、だとしたらもうちょっとゆっくり近づいてきそうなものだしね)

 

 竜の魔女はファヴニールではなく、その近くでワイバーンに乗っていた。その容姿は髪と肌の色以外は光己たちと同行しているジャンヌとまったく同じで、しかも雰囲気や表情は白と黒ほどに違っているときては、この国の住人が「竜の魔女=復讐に走ったジャンヌ・ダルク」と信じたのも無理はない。

 

(敵……だとしたら、アーチャーを置いてきたのは痛いわね)

 

 竜の魔女陣営のサーヴァントで、対空長距離攻撃ができるのはアーチャーのアタランテだけなのだが、彼女は子供を殺させたことに怒って反抗してきたため、今は城で「矯正」の最中なので連れて来られなかったのだ。

 

(でも向こうもこんな速さで飛んで来られるってことはライダーでしょうから、アーチャーみたいな狙撃はできないはず。近づいてきたら、ワイバーンで囲んで乗騎をボコってやれば勝手に墜落するでしょう)

 

 竜の魔女、黒いジャンヌはそのような算段を立てると、速度や進路は変えずにそのままラ・シャリテに近づいていった。オルトリンデも同様だったが、ある距離に達したところで首にかけた双眼鏡を目に当てる。

 

「……竜の魔女、及び配下サーヴァントの存在、確認しました。

 入力通り、宝具を解放します」

 

 ついでターゲットの位置を把握すると、今イチ抑揚がない声でそう呟きながら魔力を集中し、攻撃の準備を始めた。

 

「同位体、顕現開始します。同期開始、照準完了……」

 

 そしてオルトリンデの周囲によく似た姿の少女たちが6人現れ、同時に槍を振りかざす!

 

「―――ッ!? 上空のサーヴァントがいきなり6騎も増えた!?」

「何事!?」

 

 黒ジャンヌ、そしてオルトリンデの姿を発見していたバーサーク・ライダー「マルタ」が目を丸くする。まさかまだ数キロは離れているのに、ワイバーンの群れの中にいる自分たちの位置を特定して攻撃してくるというのか!?

 

「……終末幻想・少女降臨(ラグナロク・リーヴスラシル)!!」

 

 7騎の戦乙女たちは黒ジャンヌ陣営のその辺の戸惑いは一切無視して、宝具の真名を解放し7本の槍を投げつけた。この槍は必中効果を持っており、かのゲイ・ボルクと違って心臓は狙えない代わりに幸運で回避されることはない。

 つまりオルトリンデが道具を使ってでも相手の位置を認識し、さらに今回はマスターが令呪を使って彼女のパワーを強めたので、普段の彼女よりずっと遠くまで=黒ジャンヌたちの射程の外から攻撃できるという作戦なのである。

 

「槍が飛んで来る……? まさかランサーだったというわけ? 速い……!」

 

 ワイバーンを盾にするのは間に合わない。黒ジャンヌたちはそれぞれに槍を回避、あるいは得物で打ち払おうとしたが、槍は空中で軌道を変えて彼らの体に突き刺さった。

 特に黒ジャンヌとマルタは、オルトリンデが遠距離ながらも首魁あるいは強敵と判断したのか、2本ずつ向かっている。

 

「ぐうっ……!」

 

 幸い頭部や心臓といった急所にくらった者はいなかった。しかしオルトリンデの宝具はこれで終わりではなく、槍が光を放ち結界らしきものを形成する。

 

「くっ、何これ……!? 気を抜いたら座に退去させられそうな……!?」

「まるでターン・アンデッドね……一応は聖女の私がくらう側になるなんて」

 

 正確にはターン・アンデッドではなく「正しき生命ならざる存在」を退散させるものだが、魔術で召喚された使い魔であるサーヴァントは当然これに含まれる。黒ジャンヌたちは宝具の効果が切れるまで耐えるしかなかった。

 そしてその間に、地上からヒルドがファヴニールに向かっていく。

 

「文字通り、マスターの血肉になってもらうわよ! 『終末幻想・少女降臨(ラグナロク・リーヴスラシル)』!!」

 

 オルトリンデの宝具と同じく、7騎の戦乙女が7本の槍を投擲する。こちらは7本が喉の1か所を狙っていた。

 ファヴニールは当然回避できず、綺麗に全てが突き刺さり、ついで結界がその周囲の肉を抉り取っていく。

 

「グゥアァァッ!」

 

 ファヴニールが全身を身悶えさせて悲鳴を上げる。巨体のおかげで首の骨までは折れずにすんだが、喉に深い傷を負えばダメージは大きい。

 光己とヒルドは、巨竜の全身に打撃を加えずとも、頭蓋や眼や喉といった急所に深手を与えれば倒せるはずという見込みを立てていて、この結果ならまずは40点というところだった。

 

「あと30点、いくよ!」

 

 ヒルドが大きな革袋を両手で持ってファヴニールのすぐそばまで突っ込んでいく。指揮官の黒ジャンヌが行動不能になっている今なら、ワイバーンに囲まれる恐れはないのだ。

 狙いはもちろん、ファヴニールが大量にまき散らしている血液である。

 

「ありがと、これで70点だね! 宝具を一点集中して倒せなかったのは残念だけど、それじゃまた」

 

 ヒルドは欲を張ってファヴニールにとどめを刺そうとはせず、血液を採取し終えるとすぐ撤退した。オルトリンデが黒ジャンヌたちを抑えていられる時間もそう長くはないのだ。

 そしてヒルドが撤退したのを確認すると、オルトリンデも結界を消して退却したのだった。

 

 

 

 

 

 

「……やってくれたわね。まさか空を飛べて飛び道具まで持ってるとは思わなかったわ」

 

 黒ジャンヌが右肩と左腿の傷口を手で押さえながら苦痛と呪詛の声を上げる。たった2騎の敵にここまでいいようにやられるとは。

 死者が出なかったのは僥倖だが、敵はいったん距離を取りはしたものの、まだ留まってこちらの動向を窺っているようだ。

 

「それでどうするのだ、マスターよ」

 

 考え込んでいる黒ジャンヌの後ろから、バーサーク・ランサー「ヴラド三世」が声をかける。どう動くにせよ、迷っていられる時間はあまりないのだ。

 

「……そうですね、今回はしてやられました。撤退しましょう」

 

 敵のランサーが距離を取ったのは、あの宝具をもう1度使うための魔力を回復させる時間を稼ぐためだろう。彼らが街を守ろうとしているのなら、街を襲えば近づいてくるだろうが、住民を見捨ててでも魔力が回復するまで待ってから来られてはこちらが危険だ。

 飛ぶ速さは向こうの方が上なので、吶喊するのも無理がある。全員が負傷していることでもあるし、今は退くべきだろう。

 

「そうか、やむを得まい」

「ええ、でも次はこっちが思い知らせてやるわ」

 

 そういうわけで黒ジャンヌたちは踵を返して、オルレアンの方に戻って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ドラゴンたちが去っていくのを見て、ジャンヌは脚の力が抜けたのか、かくっと地面に膝をついた。

 

「帰っていく……ラ・シャリテの人たちは助かったのですね」

「今日のところは、ですが。しかしキズは負わせましたから、明日すぐまた襲ってくるということはないでしょう」

 

 感慨深げに呟くジャンヌに、地上に降りたオルトリンデがそう応じる。ただ黒ジャンヌ陣営には修道服っぽい服を着た女性がいたから、もし彼女が治癒術を使えるなら、あまり長い日数は稼げないが。

 

「はい、ありがとうございます。マスターの判断にも感謝と敬意を」

 

 ここで決戦を挑むという選択肢もあったが、光己にそれを望むのはいろんな意味で酷だろう。しかし彼は多少賭けの要素はあったものの、見事な作戦で黒ジャンヌを退却させてくれたのだ。

 

「というかマスターはつい先日まで素人だったと聞きましたが、よくとっさにあそこまで周到な作戦を思いつきましたね」

 

 双眼鏡と令呪で宝具の射程を伸ばしたり、ちゃっかり邪竜の血液を採取したり。時間を取って考えれば、多少の経験がある者なら誰でも思いつくかも知れないが、10秒かそこらで簡単に立案できることではない。たいした作戦家だとジャンヌは素直に感嘆した。

 

「そうでしょう! マスターは魔術師じゃないのにマスターで、しかも頭良くってやさしくって頼りになるんですよ!!」

 

 すると当人が答えるより早く、ブラダマンテが彼の背中に抱きつきながら、我が事のように自慢げに称賛した。相当高く評価しているようだ。

 

「いやあ、俺ができるのはこういうことくらいだからがんばってるだけだよ。

 今回はヒルドが励ましてくれたおかげだし」

 

 光己は謙遜してそう答えたが、首に回されたブラダマンテの手をさりげなく軽く握って、つまり背中に押し付けられた豊かなおっぱいが少しでも長くそのままでいるようにしていたりもする。

 

「そうですか……でも1つだけ残念だったのは、彼女の真意を聞けなかったことですね」

「真意?」

 

 ジャンヌが真顔になったので、光己も意識を背中の感触から彼女の言葉に戻した。

 

「はい。なぜ竜の魔女はこんな大掛かりなことをしてまでして多くの人々を殺して回っているのか、せめてその理由を聞きたいと思うのですが……いえ今回の状況では無理だったのはわかっていますが、そんな機会があればいいなと」

 

 ジャンヌの立場では無理もないことと思われたが、光己はあえて反対意見を述べた。

 

「うーん。気持ちはわかるけど、俺はやめといた方がいいと思うな」

「え、なぜです?」

「だって竜の魔女にどんな深い理由があったとしても、結局は殴って聖杯取り上げなきゃならんのは変わらんからさ。なら復讐心でトチ狂っただけってことにしといた方が気が楽かな、と」

「ああ、マスターの立場だとそうなるのですね」

 

 ジャンヌが葛藤しているのは竜の魔女が「もう1人の自分」らしき存在だからであって、光己にとっては単に事件を起こした迷惑な者に過ぎない。ましてこの先いくつもの特異点をかかえているのに、敵の事情をいちいち背負ってはいられないだろう。

 

「ああ、でもジャンヌが聞くのは止めないからさ。チャンスがあったら聞いてみてもいいよ」

「はい、ありがとうございます。あくまで私情ですから、作戦の邪魔にならない程度にとどめますので」

「ん、よろしく。それじゃ竜の魔女の姿も見えなくなったし、いよいよパワーアップイベントに入るとするか!」

「ああ、ファヴニールの血で無敵になるというあの話ですね!」

 

 ブラダマンテが相槌を打ちながら光己の背中から離れる。光己はちょっと後悔したが、口に出してしまった以上は実行するしかない。

 

「確かジークフリートは背中に葉っぱが貼りついてて、そこだけ無敵にならなかったんだよな」

「はい、伝承ではそうなってますね」

 

 マシュの返事に光己はこっくり頷いた。

 

「じゃあ全身に念入りに塗りつけないといかんな。日本にも『耳なし芳一』なんて昔話があることだし」

 

 つまりハダカになって洗面器の水で体を拭くような感じでやればよさそうだ。しかし何もない平原の真っただ中、それも女性陣の前ではさすがに恥ずかしいので、光己は考えた末ヒルドに氷の板で更衣室をつくってもらった。

 中はちょっと寒かったがまあささいなことだ。

 

「何しろこれで『俺は人間をやめるぞマシューーー!!』な展開になったんだからな!」

 

 などとちょっとハイテンションな独り言をいいつつ、光己はファヴニールの血液が入った革袋に手を入れた。

 

「おおっ!?」

 

 血液に触れた指先がビリッと痺れる。さすがに最上級の竜種だけあって、当然ながら血もハンパではないようだ。何というか、「力」を感じる。

 ただ不快な感触ではない。これなら塗っても良さそうだ。

 

「おおぉ、し、痺びびびび……」

 

 血を塗るたびに痺れが走る。その赤い液体が肌にしみ込むごとに力が湧いてくるような感じがした。

 そして最後に残ったコップ1杯分ほどは、両手にすくってぐいっと一気飲みする。

 

「グワーッ喉が焼ける!? ア、アストルフォ、たの、む……」

 

 しかしちょっと急ぎすぎたのか、喉と胃がカーッと熱くなって気が遠くなってきた光己は、最後の気力で更衣室の外で待機してもらっているアストルフォに介抱を頼むと意識を失ったのだった。

 




 美遊礼装目当てにガチャしたらイリヤktkr!(礼装は来なかった)
 これで魔法少女が揃ったということはプリヤイベを書けというリヨグダコ神のお告げなのだろうか。しかしオルレアン編の後は作中時間は8月だから水着イベも書きたい……そうだ、連結してプリヤが終わるかと思ったところで事故で水着イベになだれこむようにすればいいんだ! もちろん現地水着鯖も登場で!
 それはそれとしてワルキューレ強い! 空飛べて必ず当たる飛び道具持ってるなんて、セプテム編のカエサルとかダレイオスとか兵士何人連れてても上空から狙撃されたら手も足も出ずにやられてしまうではないですかどうしろと(ぉ


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第17話 竜縁奇縁

 光己が目を覚ました時、そこは簡素な寝台の上だった。どうやら気絶している間にラ・シャリテの宿屋に連れてきてもらえたようである。

 枕元に座っていたマシュが声をかけてきた。

 

「先輩、気がついたんですね。よかった、体調はどうですか?」

「ああ、ちょっと熱っぽくてぼんやりするけど大丈夫だよ。心配かけてごめんな」

「いえ、先輩がご無事なら私はそれで」

「ん。ところでオルトリンデはどこに?」

 

 見れば室内にはサーヴァントたちがそろっているのに彼女だけがいないのだ。どこに行ったのだろうか?

 

「はい、念のため空を飛べる方には交代で街の上空を巡回してもらうことになったんです」

「ああ、戻ったと見せかけて、回れ右して急襲する作戦かも知れないってことか。ないとは言えないな」

 

 もっとも今こうして皆がくつろいでいるのだから杞憂のようだが、まだ回復していない光己としては何よりだった。

 

「はい。とりあえず夕ご飯はまだですので、熱っぽいんでしたら寝ててくださ……いえ、所長には目が覚めたことを報告しておいた方が」

「そうだな、そうしとくか」

 

 光己が通信機の通話キーを押すと、いつも通り空中にスクリーンが投影される。今回の当番はロマニだった。

 

《やあ、藤宮君。体調はどうだい?》

「はい、ちょっと熱っぽいですがたいしたことはないです」

《そうか、それはよかった。しかし我々も、伝承以外に竜の血を浴びたり飲んだりした実例は持ってないからね。何かあったらすぐ報告するんだよ》

「はい」

《それとさっき計測した限りでは、君の魔力容量はかなり大きくなっている。しかもまだ成長中みたいだから、このままいけばサーヴァントと契約できる人数がだいぶ増えそうだよ》

 

 これは朗報である。より多くのサーヴァントを動員できれば、その分任務の難易度が下がるのだから。

 

「そうですか、それなら痺れるのガマンした甲斐がありました」

 

 ただ人間を辞めたというわけではないようである。厨二的に考えてちょっと残念な気がしなくもないが、ジークフリートだって人間のままだったのだから順当な流れだろう。

 成長中ということだから、何かこう眠れる力が目覚めるとかそういう展開があるかも知れないし!

 

《―――ただし、わかってるとは思うけど。

 君が死んだら人理修復は失敗ということは何も変わっていないのだから、決して無理はしないでくれ。所長が言っていたようにね》

 

 ロマニの顔と口調は普段のゆるふわと打って変わって真剣そのものだった。光己は頷くしかない。

 

「はい、それはもう。最初から保険みたいなつもりでしたから」

《そうか、それならいいんだ》

 

 ロマニがほっと安心したように表情を緩める。

 これで一応用事はすんだが、光己はふと思い出したことがあった。

 

「あ、そうだ。ちょっと気になってたんですが、竜の魔女を倒す直前にでも、ブラダマンテたちにカルデアに来てもらうことってできます?」

 

 これができれば聖晶石がなくても仲間を増やせるのだ。冬木の時はできたのだから、ここでもできるといいのだが。

 しかしそれは難しいようだった。

 

《いや、残念ながらここでは無理かな。ここは冬木より時空の乱れがひどいから、サーヴァントほどの強大な霊体はカルデアに事前に登録してないと招けない》

「そっか……まあ仕方ないですね」

 

 逆にいえば時空の乱れが軽度な特異点なら招けるということでもある。光己はポジティブに考えることにした。

 

「じゃあもうひと眠りしたいので、所長にはよろしく伝えておいてくれますか?」

《わかった、おやすみ》

 

 ―――ところがせわしくも、その直後に彼にはまた新しい仕事がやってきた。オルトリンデが通信機で「サーヴァントらしき者が2人、街の広場で言い争いをしている模様」と伝えてきたのである。

 なお彼女が「らしき」と言ったのは、遠くから双眼鏡で見ただけなので、サーヴァントだと断定できなかったからだ。ならなぜ報告してきたのかといえば、その容姿が片やツノと尻尾が生えていて、明らかに人外要素持ち。片や遠い異国の服を着ていたりと、現地人ではない要素が満載だったからという理由である。

 街中でのんきに口ゲンカなんかしているのだから竜の魔女の手下ではなさそうだが、サーヴァントかも知れない者を放置はできない。

 

「……いや。街の中ってわかってるなら、ドクターの方でサーヴァントかどうか確認できません?」

《そうだね、ちょっと待って……うん、これはサーヴァントだね。竜の魔女の手下じゃないなら、うまく交渉すれば仲間になってくれるかも》

「そうですか、じゃあ行ってきます」

 

 まだ肝心の無敵アーマーを確認していないのだがやむを得ない。光己は寝台から起き上がると、アストルフォが着せてくれていたのだろう寝間着を脱いでカルデアの魔術礼装に着替えたが、その時胸に青白い紋様が浮かんでいるのに気がついた。

 ちょうどドラゴンを下から見たのを簡略化したような図柄である。

 

「これは……?」

「ああ、それ? ファヴニールの胸にあった紋様とそっくりだよねー」

「え、そうなのか?」

 

 光己の視力でははっきりとは分からなかったが、アストルフォはサーヴァントだけあってちゃんと見えていたようだ。

 そういうことなら、ドラゴンのパワーをしっかり受け取れたと判断してよさそうである。

 

「これは将来的にはこの紋様からビーム撃てたりしそうだな……いやそうすると大事な礼装が破れちゃうか。

 うーむ、現実は創作と違ってままならんな」

 

 まあその辺は後でゆっくり考えるとして、今は仕事である。光己たちがオルトリンデの誘導にそって現地に赴くと、けっこうな時間が経ったはずなのにサーヴァント2人はまだ口ゲンカを続けていた。

 

「エリマキトカゲ」

「アオダイショウ!」

「メキシコドクトカゲ」

「ヒャッポダ!」

 

 見た感じ2人とも14~15歳くらいの女の子で、オルトリンデの報告通り片方はツノと尻尾が生えており、片方は光己の故郷である日本の昔の服、つまり和服を着ている。どうやら相手を爬虫類呼ばわりするのが悪口だと思っているらしく、傍目にも実に見苦しい、いや聞き苦しい罵り合いだった。

 基本争いごとが嫌いなマシュなど、早くも回れ右して帰りたそうな顔つきである。

 

「どうしましょう、先輩」

「そうだな。弱い者いじめって感じじゃないし、物理的に暴れないのなら放っておいても良さそうだけど……」

「しかしマスター。彼女たちもサーヴァントですから、竜の魔女のことを何か知っているかも知れませぬが」

 

 これは段蔵の意見だが、なるほどその可能性はある。それにロマニが言っていたように仲間になってくれるかも知れないし、話しかけてみる価値はあるだろう。

 ……見た目はいいのに性格には多少の難がありそうだが。

 

「じゃ、頼んでいい?」

「はい」

 

 光己はコミュ力は人並み程度と自覚しているので、見知らぬサーヴァント同士の諍いに割って入る度胸はない。素直に一行の中で1番落ち着きがある人物に依頼した。

 段蔵が2人に近づいて声をかける。

 

「もし。事情は存じませぬが、街中でそのように騒ぎ立てては周りの迷惑ゆえ、少々声を落として話してはいかがでしょう」

 

 まずは下手に出た段蔵に、2人は同時に振り向いてくわっと睨みつけた。

 

「あん?」

「何か仰いまして?」

 

 何か聞く耳持ってなさそうである。しかし段蔵は気分を害した様子もなく、今一度説得を試みた。

 

「はい。サーヴァントが街中で喧嘩沙汰は、周囲の迷惑ではないかと……」

「引っ込んでなさいよ、子イヌ!」

「無謀と勇気は違いますわよ、猪武者ですか?」

「……」

 

 目の前にいる人物の評価が「子イヌ」と「猪」に分かれるとは、この2人ずいぶん感性が違うようである。

 とりあえず、まともに話をするにはどちらが無謀なのかを身体に理解させるしかなさそうだ。段蔵はそのような判断を下したが、彼女が具体的な方策を考える前に、和服の少女が光己の顔に視線を止めた。

 

「おや……!?」

「ん、何か?」

 

 自分に注目されるとは思っていなかった光己がきょとんとした顔をすると、少女はついっと近づいてきた。

 

「はい、少しよろしゅうございますか?」

「へ? あ、う、うん」

 

 害意はなさそうに見えたので光己が頷くと、少女は光己の身体に顔を寄せてくんくん匂いを嗅ぎ始めた。鼻息がちょっとくすぐったい。

 光己もマシュたちも彼女の思惑が分からずとまどっていたが、やがて少女は顔を上げると光己の手を取り目をしっかと見つめた。

 

「………………安珍様!」

「は!?」

 

 周囲は石のように固まった……。

 

 

 

 

 

 

「えーと、安珍様って何?」

 

 イミフな呼び方に光己が理由を尋ねると、少女は恋する少女のまなざしで懇々と説明してくれた。

 

「はい! 貴方はサーヴァントではなく人間ですが、竜の要素をお持ちの様子。つまり竜になったわたくしと同じ立場で添い遂げるために竜になったとお見受けしました。

 憎しみのあまり貴方を焼き殺してしまったわたくしのためにそこまでしてくださるとは、やはり安珍様はわたくしが惚れたお方でした!」

「意味がわからないよ!?」

 

 光己にとっては1から10まで理解しがたい話である。この少女は何を言っているのだろうか?

 

「いやいや。俺は君のこと知らないし、見間違いじゃないかな。名前も違うし」

「いえいえ。日の本から遠く離れた異国、しかも時代さえ違う所で会ったのがただの人違いなんてことがありましょうか。つまりこれは運命の出会い!

 貴方様は間違いなく安珍様の生まれ変わりです」

「そう来たかー!」

 

 なるほど生まれ変わりなら光己が彼女のことを知らなくても当然である。ただそれだと先ほどの「(光己が)彼女と添い遂げるために竜になった」という言葉がおかしくなる、という以前に普通の人は自分を焼き殺した者と添い遂げようなんて思わないと思うのだが、この支離滅裂ぶりが、もしかしてカルデアで聞いた「バーサーカー」というクラスなのだろうか……!?

 そもそも光己は竜になりたかったのではなく、単に無敵アーマーが欲しかっただけなのだが、この少女にそれを言っても多分通じないだろう。

 

(お金目当てのサギとか、そういうのじゃないよなあ)

 

 もしそうなら「焼き殺した」なんて物騒なフレーズは出さないだろうから、多分彼女は本気で言っているのだろう。顔つきも真剣そのものだし。

 ファヴニールの血を浴びたのがこんな展開につながるとは、この海の藤宮(ry

 

「えーと、どうしよう?」

「むう、これは難題ですな……」

 

 光己は段蔵に振ってみたが、さすがの忍者にも手に余るようだ。

 しかし少女は少なくとも仲間にはなってくれそうだし、そろそろ周囲の野次馬の目が痛くなってきたので場所を変えた方がいいだろうか。

 

「それじゃこんな所で長話も何だし、俺たちが泊まってる宿屋に来てくれる?」

「まあ、宿屋だなんて安珍様ったら。まだ日が高いのにお楽しみをご所望だなんて恥ずかしいです」

「真面目な話し合いだからね!?」

 

 少女は光己たちの所に来ることに同意したが、そうなると角と尻尾の少女は黙っていられない。

 

「ちょっと待ちなさいよ! 清姫、アンタまさか本当にこの人たちについていく気!?」

「それはもう、旦那様(ますたぁ)が見えたからには当然です」

「当人はまったく認めてなさそうだけど、アンタにそういうこと言っても無駄なんでしょうねぇ……」

 

 角と尻尾の少女は思いっ切り肩を落としながら深いため息をついた。

 

「しょうがないわね。アンタたち悪党じゃなさそうだし、とりあえずアタシもついてくわ」

「え、マジで!?」

「あくまでとりあえずよ、とりあえず話をするだけ。さすがに放っておけないし」

「んー、まあそうなるか」

 

 この少女はまだマトモなようだ。とにかく合意ができたので、光己たちは少女2人を連れて宿屋に戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 宿屋に戻った一行は、とりあえず女性陣の部屋に集まって互いに自己紹介をした。

 光己は清姫という名前に聞き覚えはなかったが、角と尻尾の少女が名乗った「エリザベート・バートリー」というその筋では有名な名前は知っていた。

 何しろ「血の伯爵夫人」と謳われた恐るべき大量殺人犯である。光己は恐怖におののきながらマシュの後ろに隠れた。

 メンタル人並みの未成年としては無理もない反応だったが、エリザベートはさすがに不快感を隠せずはっきり口に出した。

 

「失礼ねえ……そりゃアタシのこと知ってたら仕方ないとは思うけど、アタシは『狂う前』なんだからもう少し普通にしなさいよ」

「狂う前?」

 

 光己がマシュの背中から顔だけ出して訊ねると、エリザベートはこっくり頷いた。

 

「そう、今のアタシはあの忌まわしい拷問殺人を始める前のアタシなの。だから無実だなんて言うつもりはないけど、でもアイツはアタシがぶちのめす。そのために呼ばれたんでしょうから」

「アイツ?」

 

 この時代に誰か因縁がある人物がいるのか、それともサーヴァントが召喚されているのか?

 

「ええ、竜の魔女の手下に未来のアタシ……『カーミラ』がいるの。アンタが怖がった、血の伯爵夫人ね。別に贖罪とかそんなんじゃないけど」

「カーミラ? ……って、確か小説の主人公じゃなかったっけ。君は実在の人物なのに何でそうなるの?」

「ああ、その主人公のモデルになった女吸血鬼がそのアタシなのよ。カーミラの方が有名だからその名で現界したんでしょうね」

「……へえ」

 

 光己はよくは分からなかったが、エリザベートはあまり触れてほしくなさそうに見えたので、深く追及はしなかった。

 それより気になったことがある。

 

「じゃあ『そのために呼ばれた』ってどういうこと?」

 

 するとエリザベートはここでの聖杯戦争についての推測を話してくれた。

 それによると、本来聖杯戦争では勝者が聖杯を手に入れるものなのに、ここでは最初から竜の魔女が聖杯を得てしまっている。それを正常な形にするため、聖杯自身が彼女が戦う相手を召喚しているのではないかということだった。

 それも無作為にではなく、たとえば竜の魔女に対してはジャンヌ、カーミラに対してはエリザベート、ファヴニールに対しては同じ人(人型生物)から竜になった存在である清姫、といった具合にライバル的な者を選んでいるのだ。

 ブラダマンテとアストルフォはまあ、地元で名高い強者だからだろう。

 

「なるほどなあ……」

 

 光己が腕を組んで唸るような声を上げる。魔術王とやらはずいぶん派手なことをしてくれたが、そういう大掛かりなことをすれば、それなりの反作用もあるということか。

 

「わかった。それなら目的は一緒なんだし、手を組むのが順当だよな?」

「そうね、アンタたちなら信用してよさそうだし。

 というか組むの断ったら1人きりになっちゃうしね」

「それについては申し訳ない……」

 

 まあそれはそれとして、光己はエリザベートと握手して仲間に迎え入れた。最初名前を聞いた時は大変だと思ったが、目の前にいる彼女は殺人マニアの女吸血鬼ではないようで喜ばしい限りである。

 

「もちろんわたくしも旦那様(ますたぁ)のために全力を尽くしますので、可愛がってくださいましね!?」

「……だから俺は君の夫じゃなくてね」

「それにしても他に人がいないからとはいえ、全人類を救うために竜の血を浴びてまでして戦おうとはさすが安珍様! しかしながら1つだけ申し上げたいことがございます」

「へ、何?」

 

 急に清姫が語調を変えたので光己はちょっとびっくりしたが、彼女はやはりバーサーカーであった。

 

「どうせ竜の血を浴びるならこのわたくしの血を溺れるほどに浴びて下さいませ! いやむしろ邪竜の血などわたくしの血で浄化したいと思います。

 さあ安珍様、さっそく街の外で、そこのドラ娘がやったように血の風呂に入りましょう!」

「入るかぁぁぁ!!」

 

 無論、光己は全力で抵抗したが、結局押し切られて竜モードになった彼女の血を思い切り浴びたり飲んだりさせられたのであった……。

 




 主人公に竜属性がついたので、マリー&アマデウスより先にエリザベート&清姫と出会うことになりました。
 しかしこの主人公大丈夫だろうか(ぉ


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第18話 竜の血

 光己は全人類を救うために戦っている正義の戦士であるはずなのに、何故か仲間の手で血の池地獄に放り込まれたが、四半刻ほどで解放されて、今は食堂でちょっと遅い夕食を食べていた。

 加害者の方は因果応報ということか、血を流しすぎて貧血で寝込んでいる。

 

「しかしひどい目に遭った……ファヴニールの血を飲んだ時よりだるいし痺れるよ。

 これはもう、清姫の血とファヴニールの血がフュージョンして竜魔神藤宮光己爆誕!ぐらいのご褒美がないと割りに合わんな」

 

 光己の厨二的なグチは、一般に日本(や中国)の竜は水の神として崇められているが、西洋のドラゴンは火や毒を吐き悪魔扱いされているという違いを下敷きにしている。反対の性質を持つ二者が融合して新たなモノが生まれるというのはよくある概念なのだ。たとえば錬金術で硫黄と水銀から黄金をつくろうとしたように。

 もっとも清姫の竜モードは水の要素ゼロで100%火竜なのだが。

 

「あはは……そうなるといいですね」

 

 マシュが乾いた声で相槌を打つ。清姫は一応光己のためを思ってしたことなので、マシュも止め切れなかったことに多少罪悪感があったのだった。

 

「でも清姫さんの竜の姿、何というか荘厳でしたね」

「そうだな。清姫は醜いんじゃないかって気にしてたけど、日本的な感性だとカッコいい部類に入るんじゃないかな。ファヴニールと一騎打ちするのは無理そうなのが惜しいけど」

 

 青白い炎に包まれた竜の姿は実際印象深いものだったが、体格がファヴニールより一回り小さいのと竜モードはごく短時間しか保てないのが残念であった。これだと正面からぶつけるより奇襲担当的な扱いになりそうだ。

 

「でもこれで仲間ずいぶん増えたよな。また撮影会やりたいな」

 

 新入り組だけを見てもオルトリンデと段蔵、そしてジャンヌ、清姫、エリザベートと女性陣はみな見目麗しい。服装もそれぞれに趣きがあり、まずジャンヌはあの立派なおっぱいにぴっちり張りついた衣とそれを強調する胴鎧、さらには大胆に太腿をチラ見せするスリットスカート。清姫は上品なデザインの和服でありながら、裾のつくりがワルキューレ2人のそれと似ていてこちらも太腿を見せつけている。エリザベートはノースリーブの上衣はまあ普通だが、スカートがほぼ水平に固定されており、あれではちょっと飛び跳ねたらパンツが丸見えになりそう、というか別次元ではホイホイ見せているような気がするが、それは措いておくことにした。アイドルだそうだし。

 

「……先輩?」

 

 するとマシュが半眼で睨んできたので、光己はあわてて弁明を試みた。

 

「いや今はやらないって。エリザベートは男に免疫なさそうだから怒りそうだし、清姫にこういうこと振ったらモーション激しくなりそうだから」

 

 清姫は可愛いが、彼女の求愛を受けるのは自分が安珍だと認めることになるのでかなりもにょる、というかぶっちゃけ彼女は怖い。まずはお友達でいたいところだ。

 

「まあ普通の写真だけならいいですが」

「うう、後輩が冷たい……」

 

 などとだべりつつも食事を終えると、光己は男性部屋に帰って寝台に入った。

 ―――そして翌日は光己と清姫はまだ体調不良のため宿屋で静養、他のメンツが看護と巡回と情報収集を行った。その結果……。

 

「リヨンっていう街に凄腕の剣士がいて、街を守ってくれてたっていう話があったよ!

 竜の魔女の大軍に襲われて生死不明らしいけど」

 

 アストルフォが新しい情報を持ってきてくれた。

 

「リヨンか……けっこう遠いな」

 

 ラ・シャリテからだと直線で約250キロだ。オルレアンとはほぼ正反対の方向なのでずいぶんな遠回りになる。

 剣士が生きていると断定できるならともかく、生死不明では迷うところだ。

 

「その人の名前はわかる?」

「うーんと、確かジークフリートっていってた!」

「ファヴニール倒した当人じゃないか! 聖杯いい仕事してるな」

 

 なら乗るしかない、このビッグウェーブに!

 

「まあ250キロなら往復でも2~3日だし、街に着いたらドクターに調査してもらえばいいから街中家探しまではしなくていいしな。

 俺はまだ全快してないから今すぐオルレアン行くのは避けたいし」

「え、250キロっていったら片道10日はかかるんじゃないの?」

 

 するとエリザベートが不思議そうに口をはさんできた。まあ確かに、普通に徒歩で旅をするならそれくらいの日程だ。

 お嬢様っぽい風貌、というかガチ大貴族出身の彼女にはちと言いづらいことだが、言わねばならない。

 

「…………日程短縮のため、俺とマシュ以外のサーヴァントにはランニングでお願いしてるんだ」

「アンタアイドル使い荒すぎない!?」

 

 予想できたことながらエリザベートが怒りの声とともにズビシと指を突きつけてきたので、光己は妥協策を考えることにした。というかサーヴァントでも貴族令嬢でもなくて、アイドルがアイデンティティーなのだろうか。

 

「じゃあ交代でヒポグリフの後ろ席に乗るってので手を打ってくれない?」

「うーん、仕方ないわね。往復で20日はさすがに時間の無駄だし、その間にジークフリートとやらが死んじゃうって可能性もあるしね」

 

 こうして自称アイドルも納得してくれたので明日からの方針は決まったが、光己はそういうこととはまったく別に、不満というか要望を1つ持っていた。

 

「フランス、っていうかカルデアに来て以来、ちゃんとした風呂に入ってないんだよな」

「お風呂、ですか?」

「うん。カルデアの個室はシャワーだけだし、特異点じゃ濡れタオルで体拭いてるだけだからさ。日本人としては、たまには熱い湯につからないと心身の健康がね」

 

 かわいく首をかしげたマシュに、光己は日本人の基本的欲求の1つを解説した。

 

「そうなんですか……しかしこの時代のヨーロッパは公共浴場もあんまりありませんからね」

「文化の違いだなあ……」

 

 光己はうなだれたが、そこでふと一策をひらめいた。

 

「いや待てよ。昨日清姫が血の池地獄掘った穴を洗って、普通にお湯入れればいいんじゃないか」

 

 つまりヒルドかオルトリンデに氷を出してもらって、それを清姫が適温に加熱すればお風呂になるというわけだ。この時代のテクノロジーで普通にやろうとすれば、川や井戸から水を引いた上で薪を用意して火打石で着火するという面倒な手順が必要なことを思えば、夢のような手軽さである。

 

「よろしい、ならばお風呂だ!」

 

 さっそく光己は、男性の湯浴みということで同行を辞退したブラダマンテ・ジャンヌ・エリザベート以外のサーヴァントたちを引き連れて、清姫が掘ったまま放置してあった穴に向かった。血はヒルドがルーンで拭ってあるが、気分的な問題で土を少しかぶせてから氷を入れてもらう。

 その後清姫が火を吹いて加熱するわけだが、沸くまで光己はすることがない。

 

「いや、そういえば無敵アーマーのチェックをまだしてなかったな」

 

 成長中とはいえ、もし身につくものなら少しはできている頃だろう。光己は制服の上衣を脱ぐと、拳を握って腹をまずは軽く打ってみた。

 

「おお、感触はあるけどほとんど痛くない……じゃあもう少し強く」

 

 少しずつ力を強くしながら試してみるが、やはり殴ったという感触がある程度の痛みである。さらにアストルフォに剣を借りて腕を軽く刺してみたが、肌の中まで刺さらない。

 けっこう強く突いてみても平気である。

 

「おおお、無敵アーマー出来たか……苦労が報われたな。よし、『悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)』と名づけよう」

「先輩、よかったですね!」

「うん、あたしもがんばった甲斐があったよ!」

「祝着至極に存じます、マスター」

「やったね、マスター!」

 

 すると同席していたサーヴァントたちが満面の笑みで祝福してくれた。

 マスターとしても思春期男子としても大変結構であったが、なぜか清姫だけは不満ありげな顔をしている。

 

「清姫、どうかした?」

「あ、いえ。ますたぁが堅くなったのはわたくしとしても嬉しいのですが、ファヴニールの血の効果が現れたのなら、わたくしの血の効果も何か出ていないのかなと思いまして」

「ああ、そっちか」

 

 なるほど自分の血だけ効果なしでは面白くないということか。それは分かるし光己自身も欲しいが、真面目な話清姫の血の効能とはどういうものなのだろうか?

 

「ええっと、ますたぁがわたくしをより深く愛してくださるですとか?」

「惚れ薬じゃねーか!」

 

 どうやら清姫自身にも分かっていなかったらしい。いや生前に実行していないのだからむしろ当然なのだが、見かねたマシュが口をはさんだ。

 

「最悪何の効能もない可能性もありますが、ここはジークフリートになくて清姫さんにあるものを考えてみてはどうでしょう」

「うーん、なるほど」

 

 清姫のスキルといえば、人間形態でも使える炎のブレスである。ジークフリートが口から火を吐いたという逸話はないから、まずはこれを試してみるべきだろう。

 

「で、どうやれば吐けるの?」

「……えーと。こうすれば出る、という練習法のようなものはわたくしも知らなくて。こう激情が燃え上がるままに、ごおーっとナニかを吐き出す感じといいますか」

「うーん、ふわっとしてるなあ」

 

 つまりは感情をこめたイメージングということか。清姫はブレスだけでなく扇から放出したり空中に火の玉を出して飛ばしたりもできるが、入門者である光己はまずはドラゴンっぽく口から吐く形から始めるのが順当と思われる。

 

「よし、いくぞ! おおおおぉぉ、くらいやがれぇー!!!」

 

 雄叫びを上げて気合いを入れつつ、口の中に溜めた魔力を灼熱のイメージとともに吐き出す光己。最後の咆哮とともに、火炎放射器のごとく赤い炎が放出される!

 

「おお、やった!」

「……あまり熱くはありませんが、一応ちゃんとした炎ではあるようです」

「ま、初挑戦ですからね」

 

 それでも炎を吐けたことには変わりない。感極まった清姫が光己に抱きついた。

 

「さすが安珍様! わたくし感激しました」

 

 純粋に彼が強くなったのが嬉しいというのもあるし、同じ能力を持ったことで連帯感が増したとか、彼がそうなってくれたことの喜びとか、いろんな気持ちが噴水のように湧き上がって体が勝手に動いたのである。

 

「ああ、ありがとな清姫」

 

 光己はそんな彼女を抱き返して、やさしく髪を撫でた。

 仮にも「最後の」マスターなのだから、無敵アーマーや炎のブレスを得たからといって前衛に立って敵とどつき合いをするつもりはないのだが、ブレスが何かで役立つこともあるだろうし、何より清姫はヤンデレだが今は本心から彼の強化を喜んでくれているのだから。

 むろん、意外とバストが大きくてやーらかいからなんて俗な理由ではない。

 

「ああ、ますたぁ……」

 

 清姫は旦那様に感謝されたことがよほど嬉しいらしく、彼の首筋に頬ずりしてうっとりしている。光己はしばらく彼女のしたいようにさせていたが、やがてそっと引き離すと風呂の方に体を向けた。

 

「それじゃせっかくだから、あとは練習もかねて俺が沸かしてみるかな」

「ああ、安珍様……!」

 

 わたくしがささげた力を自分から伸ばそうとしてくださるなんて、と清姫は瞳を潤ませて光己を見上げた。もっとも彼にそういうつもりはなく、単にせっかく手に入れた能力だから使えるようにしたいだけなのだが、これは清姫でなくても仕方ないところだろう……。

 

「ファイエル!」

 

 そういうわけでブレスの練習である。最初はほんのり暖かいという程度の熱量だったが、続けていくうちに熱さが増してきた。まあ何とか炎のブレスを称してもいいという程度か。

 やがて風呂の中の水が適温にまで温かくなる。

 

「よし、それじゃいい感じに沸いてきたからいよいよ入るとするか!」

「わーい、お風呂だー!」

「ん?」

「ん?」

 

 光己が火炎放射を切り上げると、なぜかアストルフォが嬉しそうな声を上げた。思わず彼の顔をまじまじと見つめてしまったが、どうやらご相伴にあずかる気のようだ。

 

「別々に入っても時間の無駄だし、一緒でいいか」

 

 2人で入れる程度のスペースはあるから構うまい。光己は承知したが、その直後にハッと気づいて後悔した。

 

(しまったぁぁ、アストルフォがいたら混浴できないじゃないか)

 

 いやいなくても混浴は無理だろうが、背中を流してもらうくらいはできたかも知れないのに。しかし1度承知しておいて取り消すわけにもいかない、というか断る名目がなかった。

 

(……ハッ! しまった、1歩出遅れました!)

 

 一方清姫も内心でほぞを噛んでいた。背中を流すどころか混浴する気満々だったのだが、男性に先を越されてはいかんともしがたい。あまり無理押しすれば皆にふしだらな女だと思われかねないのだ。

 

(く……あのアストルフォという方、理性が蒸発してるそうですが、それだけに行動が素早いですね、油断できません!

 夜もますたぁの護衛という名目で同室ですし、なんてうらやましい)

 

 そんなわけで、光己はアストルフォと2人で裸の付き合いをして親睦を深めたのだった。

 




 今回はお風呂といっても竜の血関係の話がメインですので混浴はありませんでした。まだ会って日が浅いですし。
 でもセプテム編の頃のローマはテルマエで混浴だったらしいので、ネロちゃまに気に入られればみんなで混浴ワンチャン?(ぉ


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第19話 凄女襲来

 翌日カルデア一行は予定通りリヨン目指して出立したが、夕方頃になって泊まる所を探していると、前方にワイバーンの群れを見かけた。

 偶然なのか発見されているのか、彼らはこちらに向かっているようだ。数は10頭ほど、今なら接触を避けることもできるが……。

 

「でもワイバーンってことは、竜の魔女の手下の可能性高いよな。これから人里襲うのかも知れないし、倒しておいた方がいいか」

「そうですね、では態勢を整えましょう」

 

 空を飛んでいたヒルドとオルトリンデとヒポグリフが地上に降りて、光己とマシュとアストルフォとエリザベートも降りる。光己はマシュの後ろに下がって、ブラダマンテとアストルフォとジャンヌとエリザベートが前衛に立ち、ヒルドと段蔵と清姫がその後ろから援護する。オルトリンデはマスターの背後を守るという布陣だ。

 ワイバーンの方は相変わらずこちらに接近中である。

 

「でもワイバーンだけなのかな? 誰か引率がいるんじゃないかって思うけど」

 

 ワイバーンは人間しか食べないというわけではあるまいし、誰かが誘導しないとわざわざ街を襲ったりしないのではないだろうか。光己がそう言うと、マシュが意見を出してきた。

 

「ではドクターに依頼して生体反応を見てもらいましょうか」

「そうだな、そうしよう」

 

 引率がいるならおそらくサーヴァントで、ワイバーンの背中に乗っているだろうから、調査の範囲内に入れば分かるはずだ。光己がカルデアに通信を入れると、今回の担当らしいオルガマリーの顔がスクリーンに映し出された。

 

「―――そういうわけで、サーヴァントが空中にいるかどうか調べてもらえますか?」

《空中ね、わかったわ……ええ、いるわね。1騎だけだけど油断はしないように》

「はい」

 

 なにぶんカルデアの生体反応調査では、サーヴァントの真名や敵味方といったことは分からないので、人数は少なくても警戒を緩めるわけにはいかないのだ。先日光己たちがやったように、いきなり宝具ブッパしてくる可能性もゼロではないのだし。

 とはいえ彼(または彼女)がワイバーンに乗っているからといって、必ずしも竜の魔女の手下と決まったわけではなく、味方あるいは中立という線もあり得るので、こちらからブッパはできないのがつらいところだった。

 幸いワイバーン上のサーヴァントは空から宝具は撃って来ず、光己たちの手前10メートルほどの位置に普通に着地した。真ん中のワイバーンから、女性が1人ふわりと身軽に跳び下りる。

 

「……こんにちは、皆さま。今度は先制攻撃してこなかったのですね」

 

 どうやらラ・シャリテにも来ていたようだ。

 歳の頃は20歳台前半くらい、落ち着いた雰囲気だがちょっとキツめな印象を受ける美人である。片手に十字架を模したと思われる大きな杖を持ち、赤と白と青を基調にした修道服っぽい服を着ているが、カラフルすぎる上に肌の露出が妙に多いのに加えて金属製の籠手まで付けているので、キリスト教関係者というわけではないかも知れない。

 

(上乳と胸の谷間見せつけて、しかもまた激深スリットだと!?)

 

 光己は驚きを禁じ得なかった。女性サーヴァントは本当にみんなサービスがいい!

 雰囲気的になかなか強者ぽいし味方になってもらえれば頼もしそうだが、彼女の今の台詞からすると、やはり竜の魔女の手下みたいだから難しそうだ。

 オルトリンデの宝具で受けた傷の痕はない。光己は知らないがこの女性は聖職者どころか聖女であり、祈りによってケガや不調を癒すことができるのだ。

 

「でもこの人数相手に1人で挑んでくるなんて、よほど自信があるんかな?」

 

 だとしたら相当な大物である。光己はちょっと血の気が引くのを感じた。

 するとそれに気づいたのか、後ろから小声で別の見解を聞かせてもらえた。

 

「いえ、彼女は死ぬつもりで来ているように見えます」

 

 勇士鑑定家のオルトリンデである。表情や雰囲気で察したのだろう。

 

「死、ぬ……!?」

 

 衝撃的な単語をすぐ受け止め切れず、光己はとまどってしまったが、女性は気づかなかったのか少し近づいてから話しかけてきた。

 

「もう夕方ね。このフランスもあの夕日のように沈み落ちるのか、それともまた日は昇るのか」

「―――何者ですか、貴女は」

 

 ジャンヌがその正面に立って、鋭い口調で問いかける。当然すでに戦闘態勢に入っていた。

 

「何者……?

 そうね、私は何者なのかしら。聖女たらんと己を戒めていたのに、こちらの世界では壊れた聖女の使いっ走りなんて」

 

 女性の物憂げな表情を見るに、彼女は自発的に竜の魔女に従っているのではなく、嫌々従わされているだけのようだ。強制的に服従させるというのは光己の技量だと令呪を使っても難しいのだが、そこは聖杯を持っているサーヴァントということか。

 それと彼女は自称か他称かは不明だが聖女であるらしい。

 

「壊れた聖女……」

「ええ、彼女のせいで理性が消し飛んで狂暴化してるのよ。

 だから貴女たちの味方になることはできないわ。気を張ってなきゃ、貴女たちを後ろから攻撃するサーヴァントが味方になれるはずもないでしょう?」

 

(ああ、それで「死ぬつもり」なのか)

 

 光己はようやくオルトリンデが言ったことを理解した。つまり自分たちと戦って死のうということなのだろう。それなら仲間と来るより1人の方が都合がいいが、カルデア側の人数相手に単独で出撃なんてそうそう認められないと思われるが……。

 

「では、どうして出てきたのです?」

「……監視が役割だったけど、最後に残った理性が、貴女たちを試すべきだと囁いている。

 貴女たちの前に立ちはだかるのは“竜の魔女”。究極の竜種に騎乗する、災厄の結晶。私ごときを乗り越えられなければ、彼女を打ち倒せるはずがない。

 いえ、貴女たちは先日はうまく退けたけれど、奇襲はそう何回も通じないわ」

 

 なるほど、監視だけなら少人数の方がバレにくいからということで派遣されたわけか。これでいろいろ辻褄が合った。

 

「だから私を倒してみせなさい。

 我が真名はマルタ。さあ出番よ、大鉄甲竜タラスク!」

 

 しかし辻褄が合うのと納得できるのとは別である。光己はマルタが動く前に待ったをかけた。

 

「異議あり! 別にあんたを倒したからってファヴニール攻略法がひらめくってわけでなし、無駄な消耗はしたくないんだけどな」

 

 マシュの後ろからとはいえ、戦闘態勢に入った武闘派サーヴァントに堂々と異議を申し立てるとは、光己は無敵アーマーとブレスを得たからか多少気丈になったようだ。

 竜の魔女に従いたくないのなら、言い方は悪いが自決でもしてもらえばいいと思う。しかもただ倒してみせろというだけで情報提供もなしとか、聖女を称したわりにちょっと薄情ではあるまいか。

 

「ンなこと言われなくたってわかってるっつーの!

 でももういいかげん衝動を抑えるのが限界なのよ。1人で来たから倒しやすいっていうだけで御の字だと思いなさい」

「逆ギレしたあ!? しかもガラ悪い」

「GUOOOOーーーッ!!」

 

 そしていつの間にかマルタの後ろに控えていた巨大なカメのような生物、いや彼女の言葉が事実ならタラスクという名の竜が跳躍し、カルデア勢をその巨躯で押し潰そうと躍りかかる。

 

「わあっ!?」

 

 光己たちはとっさに散らばってタラスクの落下を回避した。なお光己当人は、オルトリンデが裾を掴んで引っ張り下げている。

 タラスクがさらに前進し、マスターを守ろうと立ちふさがったマシュに前脚を叩きつける。

 

「くぅっ……重い」

 

 それを盾で受けたマシュは脂汗を流しながらうめいたが、むしろ体重がトン単位はあるだろう巨竜の一撃を受けて、その場に踏みとどまれたことを称賛すべきだろう。長くはもたないと見た光己は急いで作戦を考えた。

 

「ええい、そっちがその気ならこっちだって!

 ブラダマンテとアストルフォはマルタを抑えて! ヒルドはその間に睡眠のルーン効くまで連打!

 オルトリンデはタラスクに以下同文! あとの人たちはタラスクを抑えて」

「はい!!」

 

 マルタ担当になった3人が迂回して、まずはブラダマンテが短槍を構えて正面から肉薄する。マルタは杖から魔力弾を放って迎撃してきたが、ブラダマンテはそれをかわして格闘の間合いに入り込んだ。

 

「とおーう!」

「甘い!」

 

 そして胸元めがけてまっすぐに突きを入れたが、マルタはそれを左手の籠手で払いのけた。同時に杖が振り下ろされ、ブラダマンテはとっさに左手を上げて盾で防いだ。

 

「つ、強い……!?」

 

 マルタといえば祈りで竜を鎮めた聖女として有名で、ブラダマンテもその名を知っていたが、その高名な宗教家が自分と張り合えるほどの武力を持つとはこれいかに?

 その戸惑いの隙にマルタは1歩踏み込んで左ストレートを放とうとしたが、アストルフォが横合いから槍を突き出してきたため逆に後ろに下がった。

 ごく短時間の攻防とはいえシャルルマーニュ十二勇士2人を相手に真っ向から戦えたマルタは聖女というより凄女だったが、次の手を考えようとしたところでふっと眠気が襲ってくる。

 

「……ッ、何これ……!?」

 

 意識が遠のき、脚がよろめく。何事が起こったのか。

 

(あ、そういえばあの男の子、睡眠のルーンとか言ってたわね……)

 

 マルタは「信仰の加護」と「対魔力A」のスキルにより優れた弱体耐性を持っているが、横合いから強力な魔術を連打されれば多少は効く。それでも何とか騎士2人を相手に防戦していたが、ルーンを何度もおかわりされていいかげん眠気で集中力が鈍ったところで、その加害者に背後を取られた。

 

「やあっ!」

「くっ、しま……」

 

 槍の柄で後頭部を強打されて意識を失ったマルタが最後に見たのは、同じ作戦で眠らされてしまった相棒の姿だった。

 

 

 

 

 

 

「……はっ!?」

 

 マルタが目を覚ました時、彼女は魔術で強化されたワイヤーで、全身を蓑虫のごとくぐるぐる巻きに縛られていた。

 タラスクはまだ眠っており、ワイバーンは退治されたらしくそのあたりに倒れ込んでいる。

 

「えっと、これはいったい……?」

「ああ、ジャンヌがマルタは助けたいっていうから話ができる機会をつくろうと思って」

 

 ジャンヌはマルタのことを、血を流さずに災厄を鎮めた偉大な先達として大いに尊敬しており、彼女が竜の魔女に積極的に協力しているならともかく、強制されているだけなら何とかして助けたいと光己に頼んだのだった。無論、光己もマルタが敵対をやめてくれるなら異議はない。

 

「まさか、最初からそのつもりで?」

「いや、頼まれたのはあんたを気絶させた後だよ。ヒルドが刺さずにどついたのは、単に殺気がない方が避けられにくいと思っただけだってさ」

「まあ、そうなるわね」

 

 マルタが名乗った後ジャンヌ→光己→ヒルドで話が通った形跡はなかったから、たまたまヒルドがファインプレーだったということだろう。

 助けようとしてくれるのは嬉しいし、それができたなら全力で味方になるが、悲しいかな、マルタ自身に竜の魔女のくびきから逃れる手段はない。

 というかあったらとっくにやっている。自決や反逆による返り討ちも含めて。

 

「それで、具体的にはどうする気?」

 

 なのでマルタがそう訊ねると、先ほど戦った少年(少女?)がずいっと前に進み出てきた。

 

「ぱんぱかぱーん! そこで取りいだしましたるはボクのこの宝具『魔術万能攻略書(ルナ・ブレイクマニュアル)』!!

 なんと魔術を破却するっていう、まさに誂え向きのアイテムなんだよ!」

「そしてこれが私の『麗しきは美姫の指輪(アンジェリカ・カタイ)』、こちらも魔術を無効化する力があるんですよ。

 これでまずあなたと竜の魔女とのサーヴァント契約を切って、あなたが消える前にマスターと契約し直せばオッケーというわけです!」

 

 ついでもう1人の少女がそう補足してきた。

 なるほど魔術を破る宝具が2つもあるなら、サーヴァント契約でも狂化でも解除できるだろう。マルタ自身が抵抗すれば別だが、今回は超乗り気なわけだし。

 

「それじゃ、お願いしようかしら」

「うん、まっかせてー!」

 

 こうしてマルタは竜の魔女の手下を辞め、この特異点のみの仮契約ながらカルデア一行に加入した。大変喜ばしいことだったが、このたびも清姫だけがなぜか不満顔している。

 

「清姫、どうかした?」

「あ、いえ。マルタさんが味方になったのは良いことだと思いますが、彼女だけ契約してもらえて羨ましいなあ、と」

「あー、それかあ」

 

 気持ちは分からないでもない。しかし清姫との契約には問題があった。

 

「今マルタと契約した時に魔力けっこう持ってかれたからなあ、今すぐは無理だ。

 というか、この先マルタと同じパターンで味方にできるサーヴァントが出てくるかも知れんから、必要ない契約はするべきじゃないと思うんだよな」

「うーん、やはりますたぁは思慮深くていらっしゃる……!」

 

 清姫は残念そうに爪を噛んだが、なにぶん彼が言うことは真っ当すぎて反論の余地がない。それに清姫を嫌ってのことではないのは分かるので、今回は引き下がらざるを得なかった。

 

「ごめんな。何かで埋め合わせするからさ」

「はい、ますたぁ……」

 

 こうして言質、もといやさしい言葉ももらえたことだし。

 

「それじゃみんな無事ですんだことだし、いろんな話は後にして先に寝るとこ探そうか」

「そういえば人里を探している最中なんでしたね。もうだいぶ暗いですし急ぎましょう」

 

 ―――というわけで、ドラゴンライダーな聖女を仲間に加えた光己たちは、リヨンへの旅を再開するのだった。

 




 眠らせる系の魔術って凶悪ですよね。ゲームだと攻撃してこなくなったり与ダメージがいくらか増えたりする程度ですけど、リアルだと決まったら勝ち確ですから。どうしろと(ぇ
 そしてこの先邪ンヌの手下は何人裏切るのか(酷)。


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第20話 凄女の試練

 カルデア一行は周囲で人里を探したが日暮れまでに見つからなかったので、代わりに見つかった小さな林の中で野営をすることになった。

 光己は未来から来た文明人だから宿屋で泊まる方が好みだが、時にはこうして皆でキャンプというのも悪くはない。

 

「自然の環境が違うからなあ……」

 

 空気がきれいで美味しいし、夜には真っ暗い空に星々が数え切れないほど燦々とまたたいているのがとても美しい。21世紀日本の都会では見られない光景だ。

 それに焚き火を囲んで美女美少女たちと歓談というのもまことに乙なものである。

 

「今は作戦会議なんて不粋な話題なんだけど」

 

 自己紹介をすませた後は必然的にこうなる。司会は当然マスターたる光己なのだ。

 

「いや人理焼却とカルデアの説明からか。ちょっと長くなるけど先に聞いてくれる?」

「はい」

 

 作戦会議の前提として、光己がマルタに魔術王のもくろみとカルデアの行動について話すと、マルタは聖女だけあって大いに賛同してくれた。

 

「なるほど、竜の魔女ですら手駒にすぎないというわけですか。そういうことならなおのこと、聖女、いえ、1人の人間として全力で協力させていただきましょう」

 

 マルタは先ほどまでと違って、雰囲気や口調がだいぶ穏やかで丁寧なものになっていた。あのガラの悪さは狂化によるものだったのだろう。

 

「うん、ありがとう。んじゃ次はそっちの話してもらえる?」

 

 竜の魔女陣営のメンツを聞きたいという意味だ。古来より、彼を知り己を知れば以下略なのだ。

 もちろんマルタに否はない。

 

「ええ。まず首領……魔術王にとっては道具でしょうがそれは措いておくとして、ここでの最終目標は竜の魔女、狂った聖女ジャンヌ・ダルクですね。確かにジャンヌさんと肌と髪の色以外はそっくりですが、こうして見ると彼女が何者なのか、改めて疑問がわきます。

 ルーラーに別側面の現界というのは考えにくいですが、仮にそうだとしても、ここまで人格が違うのは妙ですからね」

 

 マルタも黒いジャンヌの正体は見当がつかないようだ。第一ジャンヌは生前には竜とのからみなんて無かったのに、なぜかのファヴニールを召喚できるほどの竜の要素を持っているのか?

 

「まあそのあたりは、今考えても仕方ないことですね。

 次に側近としてジル・ド・レェがいます。将軍ではなく魔術師のような風体でしたが。能力はよく知りませんが、海魔を召喚するのを見たことがあります」

 

 ジルは生前フランス軍で元帥を務めていたが、晩年には錬金術に手を出したり領内の少年を大勢殺害したりしており、今回はそちらの側面が召喚されたのだろう。

 

「ジルが……」

 

 ジャンヌが沈痛な顔でうつむく。彼がフランスに害をなす動機が想像できて、しかも自身にはそれが無いだけにいたたまれないものがあるようだ。

 人生経験が少ない光己には彼女にかけるべき言葉なんて思いつくはずもなく、マルタもあえて声をかけず説明を続けた。

 

「連中の中枢はこの2人だけで、あとは狂化させられています。

 警戒すべき順に言うと、まずランスロット……かの円卓の騎士の中でも最高の騎士といわれた人物ですね」

「ランスロット……!?」

 

 マルタの言葉が終わらぬうちに、普段おとなしいマシュが珍しく低い声で嫌悪のこもった呟きをもらした。

 

「ああ、穀潰し卿ですね」

「ちょ、マシュ!?」

 

 光己は思い切り泡喰ったが、そういえばマシュに力を与えた英霊であるギャラハッドはランスロットの息子であった。その父は自分を捨てており、しかも不義密通の末に国が滅びる原因を作った人物とくれば、それは悪口や恨み言の1つや2つ出るというものだ。

 ランスロットには功績が数多くあるので「穀潰し」という評価はやや不適当と思われるが、マシュの性格的に「謀反人」とか「間男」といったストレートで強い言葉は好まないのだろう。

 

「そうだ、先輩! もしランスロットと戦うことになった時はぜひ私を先陣に」

「は!?」

 

 光己は噴き出した。

 

「いやいや、させるわけないだろ? ユーアーシールダー、マスターの護衛。アンダースタンド!?」

「はい、その役目には使命感を持っていますが、でもたまには攻めの手柄があってもいいと思うのです」

「なくていいからね!?」

 

 光己にとって当然の主張であったが、マシュはなかなか引かなかった。

 

「そこを何とか!」

「ならないよ!? そりゃ俺も硬くはなったけど、最高の騎士と戦うのに護衛が抜けるとか意味不明だろ。

 もしンなことやったら罰としておっぱい揉むからな」

「そ、それセクハラですよ先輩!?」

「え、命令違反をすれば罰を受け(ごほうびもらえ)るんですか!?」

 

 光己が動揺のあまり少しばかり本性を現すと、この瞬間を待っていた!とばかりに清姫が割り込んできたので収拾がつかなくなってしまった。人理修復という大任を請け負っている身とはいえ精神年齢は10代なのだから、時にはおバカなこともしてしまうのだ。

 

「……貴方たちその辺にしときなさい」

 

 まあ(見た目&中身)最年長者の拳骨ですぐおとなしくさせられたのだが。

 

 

 

 

 

 

 常識的に考えて、マシュの希望は危険なだけでメリットがないので当然のごとく却下され、会議はそのまま続行された。

 

「あと私が見たのは古代ギリシャのアタランテ、フランスのシュヴァリエ・デオン、ワラキアのヴラド3世、ハンガリーのカーミラ……そちらのエリザベートさんが大人になった姿、ですね。

 アタランテは理由はわかりませんが、懲罰を受けている最中ですが」

「おお、アタランテってのは聞いたことあるな」

 

 確か求婚者と競走して、彼が勝ったら結婚するが負けたら射殺すとかいうイベントを実施した過激な女性だと思ったが、それでも希望者が大勢いたあたり、アタランテが特に殺伐とした性格なわけではなく、そういう時代だったのかも知れない。少なくとも足が速いのと弓の達人なのは確かだろう。

 

「デオンってのは知らないなあ。ヴラドっていうと串刺し公か。カーミラは伯爵夫人ってだけだし、そんなに強くないと思っていいのかな?」

 

 ヴラドは為政者としては強力だったが、アーサー王や項羽などと違って個人として超絶的な武力があったわけではないし、カーミラに至っては剣を持ったことさえないだろう。生前の能力そのままで現界するなら、戦乙女や十二勇士の敵ではないと思われるが……。

 

「それなら話は簡単なのですが、サーヴァントというのはそう単純じゃないのですよ」

 

 まずサーヴァントは最低限のスペック保証がある上に、生前の逸話を宝具という形で再現できる。さらに知名度や当人の現地での認識のされ方にも影響を受けるため、たとえばヴラドやカーミラは本当に吸血鬼になっているのだ。

 

「マジか。そういう現象があるって話はカルデアで聞いたけど、実際に会った人に聞くと怖いなあ」

 

 それではいくら生前のスペックが勝っていても油断できない。ある程度の指標にはなるが、過信は禁物だろう。

 

「それで、誰かデオンって人のこと知ってる?」

「はい、おそらくフランスでスパイをしていた人物だと思います」

 

 マシュはやはり博学であった。18世紀末から19世紀にかけて、フランスの諜報機関に属し、外交官でもあり、美貌とフェンシングの腕前が特徴だったという。

 

「へえー。あれ、でもそうすると『今』よりだいぶ後の人だよな。未来の人がサーヴァントとして召喚されるってこともあるのか」

「そうですね、英霊の座には時間の概念はないといいますから」

「へえ……!?」

 

 そうなると何か色々おかしなことになるような気がしたが、自分には関係ないことなので光己はスルーすることにした。

 

「まあ今の話だと、アタランテとデオンは今回と同じ手で勧誘できそうだな。ヴラドとカーミラは無理か」

「ええ、アイツはアタシが倒すから」

 

 エリザベートの低くこもった口調は彼女の決意の強さを感じさせた。光己としても、エリザベートがあまり無茶をするのでなければ異議はない。

 

「そうですね、ですが勧誘にこだわって加減しすぎないように。私たちサーヴァントと違って、生身の貴方とマシュさんは死んだらそれまでなのですから」

「ああ、それはもう」

 

 マルタに念押しされたが、光己もそれは重々わかっている。犠牲者もケガ人もなしで全部解決というのは虫が良すぎかも知れないが、仲間になるべく傷ついてほしくないというのは当たり前の気持ちだと思うから。

 

「そうですか、安心しました。あとはファヴニール対策ですが……」

 

 ワルキューレ2人の必中宝具で頭部か咽喉に深手を負わせてから、タラスクと清姫で殴り倒すという作戦もあるが、竜2頭の持続時間が短いという問題があるので難しい。仮に倒せたとしても、それで4騎が疲れ切ってしまってはまずいし。

 

「やはり竜殺しが欲しいですね。

 そういえば皆さんはリヨンに向かっていたようですが、もしかしてジークフリートのことを知っているのですか?」

「ああ、ラ・シャリテの街で運良くさ。生きててくれればいいんだけど」

「そうですか、なら方針は決まりですね」

 

 マルタは光己たちに「竜殺し」がリヨンにいることを教えるつもりだったのだが、その必要はなかったようだ。ともあれ明日は予定通りリヨンに行くということで会議は終了したのだが、そこでマルタがふと光己の顔に目をとめてじーっと見つめた。

 

「ん、マルタさんどうかした?」

 

 光己はマルタに対しては、彼女の年齢と貫禄からさん付けになっていた。

 それはともかく何用なのだろう?

 

「ええ。マスターから竜……はっきり言うとファヴニールの匂いを感じるので気になりまして」

「おおぅ、さすがはドラゴンライダー……実はかくかくしかじかで」

 

 マルタは清姫みたいに竜種というわけではないのに気づくとは。光己がその慧眼に感心しつつ、ファヴニールの血で無敵アーマーを得た経緯を説明すると、マルタは大仰に褒め称えてくれた。

 

「なるほど。人理のために邪竜の血を浴びたとは、まだ若いのに見上げたものです。貴方のような方が『最後のマスター』で良かった。

 ……そうだ、この際だからタラスクの血も浴びませんか?」

「ファッ!?」

 

 と、思ったらとんでもないことをのたまったので、光己は思わず目を丸くしてしまった。

 

「タラスクも血筋はいいですから、害にはなりませんよ、多分。

 もし何かあっても『(セイ)ッ!』と気合いを入れて祈れば何とかなります」

「ファァァッ!?」

 

 ブラダマンテたちと格闘でやり合えただけあって、やはり凄女の方だったらしい。しかし光己はアーマーにもブレスにも一応満足していたので、また血の池地獄に入るのは勘弁願いたかった。

 

「いや気持ちは嬉しいけど、タラスクもむやみに血を流すのは嫌だろうしそこまでしてもらわなくても」

「今日会ったばかりだからって遠慮しなくてもいいですよ。といってもここじゃなんですし、ちょっと離れた方がいいですね」

「いや遠慮じゃなくてね!?」

「それじゃ行きましょうか。夕食前には終わりたいですからね」

 

 光己がファヴニールの血を浴びたのは、半ば自分の命のためにやむを得ずなのだが、マルタは人理のために積極的にしたことと解釈したらしく、実に乗り気かつ善意100%であった。光己の手を引っ張って林の奥に連れて行く。

 

「アイエエエ! 血の池風呂! 血の池風呂ナンデ!?」

 

 こうして光己は苦難を乗り越え、3度目のパワーアップイベントを果たしたのであった。まる。

 

 

 

 

 

 

 夕食は街で買ったパン等のほか、さっき倒したワイバーンの肉とリヨンを縦断するローヌ川で採った魚の串焼きである。新鮮さはこの上なく、味付けは塩だけだったが十分美味だった。

 

「うう、まだ体が痺れる……清姫の時よりはマシだけど」

 

 光己が強くなったからかあるいはタラスクの血に刺激性が少なかったからかは定かでないが、今回はわりとすぐ復帰できていた。グチりつつも、普段並みに肉と魚をかきこんでいる。

 

「とりあえず、無敵アーマーは『三巨竜の血鎧(アーマー・オブ・トライスター)』と改名しておこう」

 

 傍からみればどうでもいいことだったが、当人にはこだわりがあるようだ。隣のマシュと清姫はどう答えていいか分からなかったので、あいまいに相槌を打ってごまかした。

 そこにマルタが近づいて来る。

 

「ふむ、どうやら後遺症の類はなさそうですね。安心しました。もっとも多少のことなら私の祈りで癒せますが。

 それで何か良い効果はありましたか?」

「うん、アーマーだけじゃなくて俺自身が強くなった気がするかな。具体的に言うと、幸運と宝具以外の全ステータスが1ランク上がったくらい」

「それはよかったですが、メタいですね……」

 

 マルタは微妙にあきれ顔をしたが、しかしすぐまた、先ほどとよく似た意欲的な表情を見せた。

 

「しかしせっかくの優れた力も、上手に使えなければ猫に小判というもの。よろしければ私が護身術の初歩を手ほどきしましょうか? 人理修復の先が長いというなら、役に立つこともあるでしょう」

「ぶっ!?」

 

 マルタが強くて、おそらくトレーナーとしても有能なのは分かっているが、この申し出は厄いと光己は直感で理解した。

 美人でスタイル良くて露出も多い彼女だが、やさしい女教師との甘い課外授業とか、サブミッションで密着してウハウハといった美味しい展開はまず期待できない。どう考えても熱血スポ根的なハードトレーニングになりそうだ。

 

「いやサーヴァントだからって、そこまでしてもらわなくても……」

 

 なので光己は速攻で辞退したが、まさか敵側に援軍が現れようとは。

 

「いい考えですね! 私も徒手格闘の心得がないわけではありませんので、お手伝いしますよ!」

「じゃああたしたちも! あたしたちは人理修復までいっしょにいるから長い目で教えられるしね」

「ではワタシも、役に立ちそうな忍術をいくつか」

「何とっ!?」

 

 十二勇士や戦乙女や飛び加藤がマンツーマンで指導してくれるなんて話、聞く人が聞けば卒倒モノの椿事だろう。光己は一般人だからそういうことは意識していないが、善意120%のキラキラ輝く瞳には逆らえず、首を縦に振る以外の選択肢はなかったのだった。

 なおマシュや清姫は教えられる格闘技能がないので黙っていたが、その分応援やマネジメントはしてくれることだろう。実にマスター冥利につきる話であった……。

 




 今回でリヨンに着くはずなのに着かなかった……。
 次回には竜殺しに会える……といいなぁ(ぉ


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第21話 竜殺し

 その翌日、カルデア一行は予定通りリヨンを訪れていた。

 

「なんだ、これ……!?」

 

 そこは廃墟だった。

 建物は徹底的に破壊され、街路には瓦礫や木片が転がっている。殺された住人たちの遺体もそのまま打ち捨てられていた。

 生きた人間の気配はない。

 

「……恨むのはわかるけど、ここまでしなくたっていいだろうが」

 

 光己が珍しく吐き捨てるような口調で呟きながら、ギチッと拳を握りしめる。

 シャルル7世やコーション司教に復讐するのは理解できる。しかし何もしなかった人々まで、こうも執拗に殺して回らなくてもいいではないか。それとも何もしなかったのが罪だとでもいうのか?

 はらわたが煮えくり返るような、という慣用句そのままの気分が彼の全身を煮立てていた。

 

「……先輩」

 

 傍らのマシュがどう声をかけていいものか迷っていると、マルタがすっと近づいてきた。

 

「竜殺しを探しましょう。いえ、探してもらうんでしたか?」

 

 つとめて感情を抑えた言葉に、光己は冷静さを取り戻した。

 

「そうだな、さっそくカルデアに……っおぉ!?」

 

 台詞の途中で声が裏返ったのは、前方で倒れていた死体がむっくりと立ち上がったからだ。いわゆるゾンビである。見えるだけでも10体はいようか。

 

「ゾンビナンデ!?」

「なるほど、ヴラドやカーミラが吸血鬼だというのは事実のようですね!」

 

 吸血鬼に血を吸われた者が吸血鬼になるというのは有名な話だが、全員がそうなるわけではない。というかなる可能性は非常に低い。たいていはそのまま死ぬか、こうして生ける屍になってしまうのだ。

 まともな意識はすでになく、あるのは生者への憎しみだけである。のろくさとした動きで襲いかかってきた。

 

「マスターとマシュさんは下がって!」

 

 生身の2人が彼らに傷つけられたら毒を受けるかも知れない。マルタが手を振って、2人に後退を促した。

 代わりに清姫が前に出る。

 

「……貴方がたはもう救えません。せめて安らかに眠ってください」

 

 そう言いながら扇子を振って炎を飛ばす。ゾンビにそれを避けられるほどの素早さはなく、それぞれ火達磨になって燃え尽きた。

 

「……清姫、お疲れさま」

「はい、ますたぁ」

 

 清姫は仕事をしたのなら報酬を求めて騒ぎそうなものだったが、今回は空気を読んでおとなしくしていた。

 そして動く者がいなくなったので光己が改めて通信を試みたが、不調らしく返事がない。

 

「うーん、そうなると俺たちで探さにゃならんのだよな。といっても瓦礫ひっくり返して探すのは大変だし、どうしようか」

「では私たちにお任せ下さい。ルーンで探しますから」

「え、ルーンってそんなこともできるの?」

「はい」

 

 オルトリンデが頷いて、落ちていた石ころにルーンを描く。すると石は地面をすいーっと滑って行った。

 

「おお、やっぱルーンって便利だなあ」

「はい、どういたしまして。それに石が反応したということは、竜殺しがまだ生きているという証でもあります」

「なるほど」

 

 光己が感嘆しつつ、皆とともに石について歩いていく。

 どうやら街の中央に向かっているようだ。するとそこにある城の中にでも潜んでいるのか?

 

「その可能性が高いですね」

 

 どうやら無駄足にならずに済みそうである。しかし、そんな光己たちの前方に怪しい人影が現れた。

 黒いスーツのような服を着た長身の男性だが、顔の右半分を覆う白い仮面をかぶり手には赤く長い鉤爪を付けている。いや、赤いのは血の跡だろうか。

 隠しようもない狂気の気配がにじみ出ている。おそらくはサーヴァントだろうが、マルタ情報にはなかった人物だ。何者なのだろうか?

 

「……私はブラダマンテといいますが、どちら様でしょうか?」

 

 先頭のブラダマンテとアストルフォが足を止めて、とりあえず名前を訊ねる。すると男性は歌うようなリズムで語り始めた。

 

「人は私を―――オペラ座の怪人(ファントム・オブ・ジ・オペラ)と呼ぶ。

 竜の魔女の命により、この街は私の絶対的支配下に。さあ、さあ、さあ。ここは死者が蘇る地獄の只中。君たちはどうする?」

 

 やはり竜の魔女の手下だったようだ。マルタが出発した後に召喚したのだろう。

 しかし正体を隠すといった小細工をせず、馬鹿正直に所属を明かしてくれたので、カルデア組は即座に攻撃に移れる。

 

「ブッ飛ばすに決まってるだろ。やっちゃえフランス組!」

 

 光己はファントムを仲間にしたいとは思えなかったので、この街の惨状に特に憤りを感じているだろうブラダマンテ・アストルフォ・ジャンヌ・マルタに彼の退治を指示した。残りは敵の援軍に備えて待機である。

 まずは妥当な作戦といえよう。

 

「はい!」

 

 4人はぱっと散開したかと思うと、開いた手を握るように四方からファントムに襲いかかった。これは敵わぬと見たファントムがぱっと後ろに跳ぶ。

 

「歌え歌え高らかに……愛を希望を死を」

 

 空中でファントムがばっと手を振ると、建物の陰や瓦礫の下からゾンビがわらわらと現れてブラダマンテたちに向かってきた。彼は名乗りからすると俳優であって、吸血鬼でも死霊術師でもなさそうなのに、どうやってゾンビを操っているのか?

 

「マスター、そんなことより後ろからも敵が!」

「え!?」

 

 オルトリンデの声に光己がそちらを見ると、動く骸骨の群れが現れてこちらに迫っていた。おぞましさと恐怖に絶叫しそうになったが、口に手を当ててこらえる。

 

「ぐ、っく、この……!」

 

 光己は正直逃げたかったが、マスターとしてそれはできない。気力を振り絞って踏ん張り、サーヴァントたちに指示を出す。

 

「骨か……じゃあオルトリンデとエリザベート頼む!」

「はい」

「仕方ないわね!」

 

 骸骨兵は見た目はゾンビより細っこくて弱そうだが、パワーはそれなりにあり、しかも骨なので火炎・冷気・電撃・音声・毒などが効きづらい。重い武器で叩き壊すのが1番手っ取り早い―――なんてことまで光己が考えたわけではなく、骸骨兵たちがなぜか剣や槍といった武器を持っていたので、こちらもそれを持つ者を選んだというだけである。

 オルトリンデとエリザベートは槍を振り回して、骸骨兵を安物の陶器のように叩き割っていく。それはよかったが、骸骨兵の中には弓を持っている者もいた。

 少し離れた所から、光己たちめがけて10人ほどが一斉に矢を放つ。

 

「マスター!」

 

 段蔵がとっさに飛び出して自身の体を盾にしたが、すべては受け切れず、何本かが光己に命中する―――!

 ……が、まったく効いていなかった。制服にちょっと傷がついたがそれだけで、矢はあえなく地面に落ちる。

 

「……おおぅ。びっくりしたけど、防御力アップはやはり正義だった……というか、もしファヴニールの血を浴びてなかったら、この矢刺さってたんだよな。急所じゃなかったけど」

 

 矢が「当たった」のは肩と脛だったが、それでも常人のままだったならずいぶんと痛い思いをしていたことだろう。光己は自身の先見の明の正しさを改めて確認した。

 

「マスター、ご無事ですか!?」

 

 段蔵が振り向いて訊ねてきたので、安心させるため「大丈夫だよ、ありがとう」と普段通りの顔をつくって礼を述べる。

 

「俺より段蔵の方こそ大丈夫?」

「はい、これくらいでしたら掠り傷です」

「そっか、でも傷は傷だから応急……いやその前にこの矢何とかならん!?」

 

 2人が話している間にも矢は降ってきているのだ。光己があわてて周りを見渡しながら援護を求めると、ヒルドがルーンで結界を張ってくれた。

 

「はーい、っと! そんなに強い結界じゃないけど、スケルトンくらいなら入って来られないはずだよ」

「おお、相変わらずルーン万能だな……それじゃ改めて応急手当、と。

 これでいいかな?」

 

 白い光が段蔵の体を包むと、彼女の矢傷はきれいに消え去った。

 礼装の効果はサーヴァントにも有効のようだ。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 段蔵の表情や口調は普段と変わらないが、かなり感謝しているようだった。

 彼女が生きた時代、忍者はあまり待遇が良くなかったことが関係しているのかも知れない。

 

「ところで清姫は?」

「……あちらに」

 

 段蔵が指さしたところでは、弓を射っていた骸骨兵たちを清姫が炎をまとった大きな扇子で派手に薙ぎ払っていた。見た目はしとやかそうな10歳台前半の少女なのだが、バーサーカーだけあって骸骨兵を一撃でコナゴナにする剛力だ。

 

「骨の分際で安珍様を狙うなんてこの不届き者たちめ、消し炭になって散りなさい! シャアアアア!!」

「…………愛が重いってああいうのを言うんだな。ちぃ(ry

 しかしさっきの骸骨、本当に俺を狙ったのかなあ?」

 

 光己は清姫のバーサークぶりにちょっと引きつつ、彼女の台詞について少し考えていた。

 マスター1人を斃せば所属するサーヴァントも労せず斃せるのだから、マスターを最初に狙うというのはいたって順当な作戦である。まず挟み撃ちで護衛を減らしてから狙撃したというのなら、ファントムは頭のネジが外れた感じの雰囲気とは裏腹に、中々の頭脳派ということになるが。

 

「うーん、どうかなあ。スケルトンにそんな細かい指示、直接ならともかく事前に仕込んでおくのは難しいと思うよ」

 

 なるほど、誰それを狙えと指さして命じるならまだしも、マスターらしき人影が「もしいたら」優先的に狙うというのはそれなりの判断力が必要だろう。骸骨兵にそれがあるとは思えないから、単に弱そうなの、あるいは生身の者を狙ったというところか。

 しかし目もないのに……というか筋肉がないのに動けるのはまだしも、目も耳も脳もないのにどうやって周囲の状況を把握しているのだろう。

 

「……ま、いいか」

 

 まだ戦闘中なので、光己は今ここでは役に立たない考察は中止した。

 それよりファントムはどうなっているだろうか?

 

「―――無駄です。このような小細工で私たちは止まったりしません!」

 

 ジャンヌが旗を振るってゾンビを吹っ飛ばしながら叫ぶ。

 このゾンビたちはつい先日までこのリヨンの街で普通に暮らしていた人たちなのだが、それで攻撃できなくなるほどヤワな覚悟はしていないのだ。

 一方ファントムは多勢と直接やり合うのを避けて身軽に跳び回りつつ、得意の美声による歌で彼女たちを魅了しようとたくらむ。

 

「ラララ、ラ~~~~~♪」

「聖騎士にそんなもの通じませんよ!」

 

 しかし女性陣3人はそろって対魔力や弱体耐性が高く、歌に惑わされたりはしなかった。ゾンビの群れを突破して、ついにファントム本人に迫る。

 

「そりゃ!」

 

 こうなれば勝負の行方は明らかだ。最後にアストルフォの槍がファントムの胸を突き通すと、怪人は後ろによろめいて膝をついた。

 

「ぐああっ……ここまでか。

 しかし喝采せよ、聖女! おまえの邪悪は」

「うるさいっての! セェェェェーーーイッ!!」

 

 ファントムは最期に何か言い残そうとしたようだが、マルタは聞く耳持たずに杖で彼の頭をかち割ってとどめを刺した。

 どうせロクなこと言わないだろうという判断からだが、その宗教家というよりヤンキーのような言動に、光己とジャンヌが若干引いていたのは仕方のないことだろう……。

 

 

 

 

 

 

 ファントムが光の粒子となって消え去りゾンビとスケルトンも全滅すると、光己たちは竜殺しの捜索を再開した。

 ファントムがこの街で竜殺しを探していたのか、それとも何か他の目的があったのかは不明だが、そんなことより一般人の少年としては死臭がする街に長居したくないのだ。

 今の戦いの犠牲者たちに形ばかりの黙祷をささげた後、足早に城に向かう。

 石の導きに沿って進むと、城内の一室で1人の男性が倒れているのを発見した。銀色の肩当を付け黒い服をまとった剣士だ。

 

「―――いました! よかった、まだ生きているようです」

「でもだいぶへばってそうだよ。早く手当てした方がよさそう」

 

 ブラダマンテとアストルフォは急いで彼を助け起こそうとしたが、そうするより早く剣士は起き上がって斬りつけてきた。

 

「くっ、次から次へと……!」

「待って下さい、私たちはあなたと戦う気はありません!」

 

 ブラダマンテが盾で剣を受けつつ説得すると、剣士は現れた連中がこれほど大勢なのにもかかわらず、囲んで来ないことに気がついて剣を下ろした。

 

「すまない、俺の勘違いだったようだ。また竜の魔女の手下かと思ったが、君たちは違うのだな」

「はい、私たちは彼女と戦うために『竜殺し』を探しているのです」

「そうか、ならば君たちの目的は今叶った」

 

 剣士が着ている服はなぜか胸元から腹にかけて素肌を露出しているのだが、そこには光己と同じ竜のような紋様がある。これこそ彼がファヴニールの血を浴びた者、つまり英雄ジークフリートである確かな証拠だった。

 

「それじゃとりあえず、この街を出よう。また連中が来るかも知れないし」

「む、君はサーヴァントではないな。マスターなのか? いやその辺は後でいいか。わかった、そうしよう」

 

 光己が早々の脱出を提案すると、ジークフリートはすぐ了承してくれた。物分かりのよさそうな人物のようだ。

 そしてリヨンを出て、いったん昨晩泊まった林に移動する。

 

「それじゃ、まずは例によって自己紹介からいこうか。……と思ったけど、ジークフリートはだいぶ弱ってるみたいだな」

 

 光己の目から見ても、ジークフリートは座っているのも大儀なほどに衰弱していた。単に魔力不足という風でもなし。そういえばリヨンでも倒れていたが、何か理由でもあるのだろうか?

 すると剣士は面目なげにうなだれた。

 

「ああ、恥ずかしい話だが呪いをかけられたらしくてな。おかげでまともに戦うどころか、立って歩くのにも苦労している有様だ」

「呪い、ですか。見せてみて下さい」

 

 マルタが彼のそばに行って観察してみると、どうやら複数の呪いをかけられているようだった。解呪自体は洗礼詠唱というもので可能だが、かなり強力かつ複雑なため、マルタでさえ1人ではできない。

 

「もう1人聖人がいれば……って、いましたね」

「はい、そういうことならさっそく」

 

 しかし、幸い救国の聖女がいたおかげで解呪は無事に成功し、カルデア一行は竜殺しの剣士ジークフリートという心強い味方を迎え入れたのだった。

 




 マルタがいればゲオルギウスを探す必要なくなるのですな(^^;
 なお原作ではリヨンでファヴニールが出てきますが、ここではすでに顔見せしてますのでカットしました。


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第22話 大遭遇戦

 ジークフリートは呪いは解けたが体力(魔力)の回復には今少し時間がかかるので、出発は昼食の後ということになった。

 

「ではその間に、昨日お約束した護身術の手ほどきでも」

「う、ういっす」

 

 1度約束したことなので、光己は乗り気でなくてもやらねばならない。首を縦に振ったが、その背中に不意にやわらかい重みがかかった。首にも腕が巻きついている。

 

「じゃあまずは準備運動だね。あたしとペアでストレッチでもしよう」

「お、おう!?」

 

 ヒルドが後ろから抱きついてくれたのだ。すると背中でたわんでいるこの感触はおっぱいか!?

 おそらく光己の気分を察して、何かご褒美でもないとやる気が出ないと見てサービスしたのだろう。彼女の出自を考えれば自然な思考法である。何しろワルキューレの2人にとって、彼はマスターであると同時に勇士候補なのだから。

 なおストレッチは1人でやるよりペアでやる方が効果が高いといわれているので、必ずしもヒルドの私情だけというわけではない。

 

「じゃ、じゃあお願いしようかな」

 

 ヒルドの読み通りお手軽にモチベが上がった光己がそう答えると、また女の子が2人ばたばたと割り込んできた。

 

「ペ、ペアでストレッチ!? そ、そういうお肌が密着ぽいのは妻であるわたくしが!」

「先輩はまだ独身ですが、それはさておき先輩のトレーニングの手伝いは後輩の役目だと思います」

 

 清姫とマシュである。ヒルドはどうしても自分がやりたいというほど執着してはいなかったが、ただ譲ってしまうのも面白くなかった。

 

「じゃあ交代制にしない?」

「むう、仕方ありませんね」

 

 清姫とマシュも総取りは無理と見て妥協する。光己にとっては降って湧いたタナボタだが、顔に出すのが得策でないことくらいは分かるので、ポーカーフェイスを装っていた。

 

「それじゃ、今日のところは言い出しっぺのあたしからね。ヴァルハラ式じゃなくて現界した時にもらった知識の21世紀の方法だから安心していいよ」

「りょうかいっ!」

 

 光己は元気よく頷くと、魔術礼装を脱いでTシャツとトレパンに着替えた。ここは安全だし汗をかいたら礼装が汚れるのでという理由だったが、本音は清姫が「お肌が密着」と言ったようにその辺を期待しているからである。

 

「それじゃ始めよっか。マスターは力抜いて、何もしなくていいから。

 でも痛かったらすぐに言ってね」

「おー!」

 

 光己はシートの上に座って、ヒルドが後ろから首から順に伸ばしていく。思春期男子的には彼女が後ろにいて姿が見えないのが残念だが、彼女の強い戦士なのに普通の女の子のように小さくやわらかい手の感触がちょっとどきどきした。

 さらに進んで、座って前屈するのに背中を手で押せばいいところをあえて上半身をかぶせて押してくれるとは!

 

(おおお、おっぱいが押しつけられてる!!)

 

 礼装を脱いでおいてよかった!と光己はいたく感動した。何しろ光己の背中とヒルドの乳房の間にあるのは薄布2枚だけなのだ。大きなやわらかいふくらみがたわむ感触がマジやばい。

 しかもこの密着面積の広さはどうだ。光己の腰と彼女のお腹、太腿と太腿までぴったりくっつているなんて。

 

「マスター、どうかした?」

「え!? あ、いや、何でもない」

 

 ヒルドが耳元にささやいてくる声に、光己はそう答えて平静を装うのが精一杯であった。もしかして遊ばれてる? 小悪魔なのか!?

 

「じゃ次は背筋だね」

 

 立って背中を合わせて腕を上に伸ばして、ヒルドが光己の手首をつかんで前屈すると、光己の背中が後ろに倒れてヒルドの背中に乗る形になる。彼女の体温が何だか温かかった。

 

「それじゃ次は腰からお尻にかけてだよ」

 

 これは光己がまず仰向けに寝て片脚を曲げて膝立ちになり、ヒルドがそれを押して反対側にゆっくり押して倒すというものだ。密着度は低いが、光己の上半身は上を向いたままなので、ヒルドの胸の谷間辺りを見ていても不自然ではないという長所があった。今はショールが邪魔になるので脱いでくれているので、谷間はバッチリ素肌なのだ! 形のいい双丘が実に美味しそうである。

 ―――そんなこんなでようやく準備運動が終わる。

 

「今日は初回だから念入りにやっておいたよ。がんばってね!」

「おう、ヒルドのためにがんばるぞ!」

 

 どうやら体は十分ほぐれてやる気も増したようである。それで本番は何をするのだろうか?

 

「うん。マスターは流れ矢とかでやられちゃうことはないのは強味だけど、体力は今んとこ人並みだから敵に捕まったらおしまいだからね。そこで『魔力放出』のスキルと、それを使った逃げ足を鍛えるのが1番先かな。

 マスターは魔術礼装はちゃんと使えてるから、出力はともかくやり方を覚えるだけならすぐだと思うよ」

 

 魔力放出とは魔力で身体能力をブーストするもので、上達すれば武器に込めて威力を増したりもできる。冬木で会ったリリィとアーサー王が得意とする技だ。

 なおこの2人は竜の心臓で魔力放出に必要な魔力を賄っているが、光己の場合は本人の魔力はまだ成長中だが、カルデアからの供給で補えるという算段である。

 

「人理修復におけるマスターの1番の役目は、サーヴァントを現界させておくための要石。つまりは生き残ることですからね。男の子としては逃げるだけなのは面白くないかも知れませんが、まずはこれを習得して下さい。

 ある程度上達したら、反撃用の技も習うのはやぶさかではありませんが」

「んー、なるほど」

 

 ついでマルタから補足があったので、光己はすぐ了承した。

 実際光己が1人で行動することはまずないから、彼が敵を倒さねばならない事態などまず起こらない。サーヴァントたちが対応してくれるまで逃げ延びるスキルがあれば十分だろう。

 とはいえマルタが言うように逃げるばかりでは気分的に面白くないが、上達したら攻撃技も教えてくれるというのなら不満はない。

 そしてマルタの話が終わると、オルトリンデが進み出てきた。

 

「では始めましょうか」

 

 今回の技術指導は彼女のようだ。マルタはここでの仕事が終わったら別れる身なので、実技ではなく統括的なポジションに回ったのだろう。

 

「ああ、お手柔らかにね。21世紀日本基準で」

「はい」

 

 光己は冗談めかしつつも、あくまで自分は平和な時代の一般人であることを前置きしたが、オルトリンデは真顔のまま頷いただけなので、今イチ安心できなかったりする。

 予想通り彼女の指導はスパルタというかヴァルハラ式で、光己が魔力放出の初歩を覚えたらさっそく実戦的な訓練に入っていた。彼がめったなことでは傷つかないのをいいことに結構なパワーで槍をブン回したりビームをブッ放したりと一般人なら確実に死ぬ攻撃を連打されて、光己は気分的には死ぬような心地で体力が尽きるまで逃げ回ったのであった……。

 

 

 

 

 

 

 昼食の後、今後の方針についての会議が行われた。

 来た道をそのまま戻ってラ・シャリテに行ってもいいのだが、それは芸がないのでここからほぼ真西に100キロほど行った所にあるティエールに寄って行こうという案が出たのだ。

 さほど大きな街ではないが、寄って損をするというわけでもない。光己はその案を採用することにした。

 

「じゃ、行こうか」

 

 そんなわけでカルデア一行は針路を西に取ったが、半分くらいまで来たところで放棄されたらしい砦を見かけた。

 

「また戦ってないといいんだけどね……って戦ってる!?」

 

 先頭のアストルフォが驚いて声を上げる。しかも最初に見たドンレミ付近の砦より大きく、敵の数も多いようだ。

 目を凝らして見ると、地上からは狼人間(ウェアウルフ)の群れが数百人、空からはワイバーンが数十頭で砦を襲っていた。砦からは兵士が弓や槍で応戦している。

 ちなみに中世ヨーロッパでは、キリスト教関係で獣人化は悪魔の仕業だと言われたりして、狼人間の疑いをかけられた者は追放されたりしているので、竜の魔女=イカサマの異端審問で殺された者の手下としてはふさわしいかも知れない。

 

「とにかく助けないとだね!」

「そうだな、早く行こう!」

 

 アストルフォの言葉に光己たちも同意して、急ぎ戦場に向かう。その途中でカルデアから通信が入った。

 

《行くのはいいけど気をつけるのよ! 砦のそばにサーヴァント反応が4つも検出されたわ》

「マジですか!?」

 

 砦の中にフランス軍の大物でもいるのだろうか。しかしオルガマリーはファヴニールがいるとは言わなかったから、竜の魔女自身が出張るほどの相手ではないということか。

 どちらにしても光己たちがやることは同じだが。

 

「連中が全員で来なかったのはラッキーだな。サーヴァントを狙い打ちして倒そう」

 

 味方を集中させて分散した(させた)敵を各個撃破というのが戦の常道である。敵がわざわざ自分から戦力を分けてくれたのだから、この機に叩くべきだろう。

 さっそく竜の魔女軍を横から襲うべく急行すると、敵もそれに気づいたのかサーヴァントが出張ってきた。

 

「3人……1人は砦攻めに残してるってことかな」

 

 1人は黒い服を着て槍を持った壮年男性、1人は黒っぽい全身甲冑を着て黒い棍棒を持った騎士。両者ともただならぬ威圧感と迫力、そして狂暴なほどの殺意が感じられる。

 少し後ろにいる最後の1人は細身で美形だが男か女かよく分からない。青い帽子をかぶり白いマントをつけておしゃれな感じがする剣士だ。

 

「マルタさん!?」

「ええ、3騎とも知っています。槍の男性がヴラド、鎧を着ているのがランスロット、性別不明がデオンです!」

 

 敵の数は少ないが、油断できる陣容ではない。光己はここは総がかりでいくのが賢明かと思ったが、英雄とは得てしてこういう常識的な判断の範疇から外れるものである。

 

「っ……! 私がフランス軍の救出に向かいます!

 皆さんはそのサーヴァントたちを!」

「え゛!?」

 

 ジャンヌが敵3人の横を抜けて砦の方へ向かおうとしたので、光己は驚きのあまりしゃっくりのような声を上げてしまった。

 せっかく敵がまた二手に分かれてくれたのにホワイ!? というかジャンヌは人前に顔を出せないことを自分でも承知しているはずなのに、フードもかぶらずに軍隊の前に行くのはまずいとは思わないのか!?

 とにかく放置はできない。

 

「ああもう、せっかくエリザの宝具でまとめて先制攻撃しようと思ったのに!

 ジークフリート、ジャンヌの援護頼む! こっちの命を大事にする方向で」

「わかった」

 

 ジークフリートがジャンヌの後を追って走り出す。敵の3人はチラッと横目でそちらを見たが、追えば光己たちに横から攻撃されると見たのか動かなかった。

 

「…………Arrrrrrrrrrrr!!」

「マルタか。まさか寝返っていたとは驚きだが、人前で我が真名を露わにするとはな。不愉快だ、実に不愉快だ。代償というわけではないが、血と魂をいただくとしよう」

 

 ランスロットが狂った野獣のように咆哮し、ヴラドは吸血鬼らしく血を吸って殺すと予告してきた。

 デオンはまだ沈黙している。見た感じ雰囲気が他の2人とだいぶ違うので、気が合わないのかも知れない。

 

「先輩、これが先輩の故郷の言葉で言う『ここで会ったが百年目』というやつですね!

 まずはあのヒトヅマニアから殲滅しましょう!」

「マシュステイ!」

 

 マシュは力をもらっただけで自身は英霊ではないのに狂戦士と吸血鬼の殺気に耐えてくれるのはうれしいが、この盾兵らしからぬアグレッシブさはいかがなものか。

 いやそれより早く作戦を考えねば。光己は超特急で頭をひねった。

 

「とりあえずフランス組は槍の人、マシュとワルキューレはランスロット!

 段蔵とエリザはデオンの牽制だけ、清姫は援護頼む!」

 

 ヴラドだけ名前で呼ばなかったのは、彼が真名を暴かれたことを怒っていたからである。メンタル強度人並みだけに、本当に吸血鬼になった「串刺し公」の逆鱗に触れるのは怖いのだった。

 そしてデオンだけ牽制としたのは、むろん味方にすることを念頭に置いているからだ。とはいえ敵が3人そろっている状況では難しいから、まずはヴラドかランスロットどちらかを斃さねばなるまい。

 ヴラドとランスロットを仲間にすることは考えていない。手加減するのはリスクが高すぎるし、仮に契約できても御せそうな気がしないので。ぶっちゃけ怖い。

 

「はい! マシュ・キリエライト、吶喊します!!」

「だからステイだって!」

 

「Arrrthurrrrr!!」

「よかろう、始めるとするか」

「……ふむ、仕方ないね。

 シュヴァリエ・デオン。此度は悪に加担するが―――我が剣に曇りはない。

 さあ、全力で立ち向かってみせろ! この悪夢を滅ぼすために!」

 

 こうしてフランスに来て初めての、複数のサーヴァント相手の戦いが始まった。

 




 筆者もヒルドとペアストレッチしたいです(粉みかん)。


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第23話 黒騎士と盾騎士

 いよいよ戦いが始まった。カルデア側の方が人数が多いが、彼らが基本的に「命大事に」というスタンスなのに対し、竜の魔女側は狂化によって攻撃偏重になっているので、ちとやりにくい相手である。

 しかし竜の魔女側はお互いの仲があまり良くなく、連携が取れないという欠点があった。ヴラドは真名を暴いたマルタに1人で襲いかかり、ランスロットは理由は不明だが挑発してくるマシュに向かう。

 デオンも2人に合わせる気はなく、これも1人で回り込んでマスターを狙いに行った。

 

「させません!」

 

 すかさず段蔵が立ちはだかる。奇しくも武術も強い諜報員同士の戦いになった。

 段蔵の両手首から刀が飛び出す。デオンの細剣より少し短いが二刀流なので、武器の面ではやや優位といえよう。

 両者ともにパワーよりスピードとテクニックを重視した目まぐるしい戦いが始まる。

 

「はああっ!」

「せい!」

 

 刀と剣がぶつあり合う金属音が立て続けに響き渡る。さしあたっては五分五分のように見えた。

 エリザベートもすでに来ていたが、こちらは生前に武術を習っていないので、容赦なく殺すならともかく牽制だけとなると、ちょっと手出ししづらい。

 

「さっき子イヌがちょっと言ってたけど、初手で歌わせてくれれば出番あったのに」

 

 とりあえず段蔵が不利になったら文字通りの横槍を入れるということにして、デオンがマスターの方に行かないよう両者の間に移動する。

 一方マルタたちとヴラドは対照的なパワーファイトになっていた。

 

「絶叫せよ!」

「吸血鬼が聖女に勝てるつもり!?」

 

 ヴラドが突き出した槍をマルタが杖で払いのける。雷のような轟音が響いた。

 そこにブラダマンテとアストルフォが左右から襲いかかる。ヴラドは囲まれるのを嫌っていったん下がると、追ってきた2人を槍を振り回して跳ね飛ばした。

 

「なんて腕力……!」

 

 着地して構え直したブラダマンテが小声で呟く。ヴラドは生前はあくまで為政者であって、個人戦の専門家ではなかったはずなのだが、今は吸血鬼化と狂化が合わさって恐るべき剛力になっているようだ。

 ではそれと互角に打ち合ったマルタは? ……多分神の加護なのだろう。

 

「Arrrrrrrrr!!」

「てぇああぁぁぁ!」

 

 そしてランスロットはマシュに向かって棍棒を振るっているが、なんとマシュは盾をぶつけて対等に張り合っていた。マシュ自身というより中の人がヒートアップしているようだ。

 ギャラハッドとしてはただでさえ隔意を持っている父がまともに言葉も話せないほど狂化した上に、あろうことか竜の魔女なんぞの手下になって人類撲滅計画に従事しているのだから、怒るのも当然といえば当然ではあるが。いや彼の意識はもう存在しないはずだが、マシュへの影響力はわりと残っているようだ。

 

「えいっ!」

 

 その横合いからオルトリンデが槍を突き出す。ランスロットは狂化しても、その「無窮の武練」にはいささかの陰りもなく、戦乙女の槍をみごとな棍棒さばきで打ち払うと、逆にカウンターの一突きを繰り出した。

 

「きゃあっ!」

 

 とっさに盾で受けたが、その腕に割れそうなほどの衝撃が走る。こちらも恐るべき腕力だった。

 マシュが追いかけて盾を思い切り振り回すと、ランスロットはこれを受けるのはつらいと見たのか、大きく跳び下がって距離を取った。

 

「……そういえばリリィはマシュの盾見て中の人の名前言い当てたけど、ランスロットにはわからないのかな?」

 

 その様子を見た光己が首をかしげる。親子なのだから普通はすぐ分かるはずだが、それすら分からないほど狂化がひどいということか。あるいは彼は「アーサー」としか言わないから、息子より主君の方に執着しているのかも知れない。

 光己がカルデアでアーサー王伝説を読んだ限りでは、アーサー王がランスロットに恨まれる筋合いはないのだが、当人にはいろいろ思う所があるのだろう。

 

「それより安珍様、わたくしはどう致しましょうか?」

 

 マスターの護衛をかねて援護役に指定していた清姫がそう訊ねてきた。

 今のところ3ヶ所とも拮抗しているから、援護射撃がうまく決まれば優勢になるだろう。ただ清姫は武術の心得がない上に得物が扇だから、今回の敵3人に接近戦に持ち込まれたら危険である。つまりやるなら確実に決めねばならない。

 

「でも清姫の宝具は、味方がいったん離れないと巻き添え喰らうしな。

 ……いや、離れさせればいいのか」

 

 光己は何事かを思いついたらしく、まず清姫に目配せしてから、マルタに「マルタさん!」と呼びかける。

 一拍置いてから右手の令呪をかざした。

 

「令呪を以て命じる。槍の人を吹っ飛ばせ!」

「……はい!」

 

 マルタには光己の意図は分からなかったが、させようとしたことは分かる。流れ込んできた膨大な魔力を杖にこめて、思い切りブン回した。

 

「ぐうぉっ!?」

 

 ヴラドは槍で何とか受けたものの、その柄が真っ二つにへし折れる。そのまま杖の横棒の部分が胸板に根元まで刺さり、縦棒の部分まで当たって大きく後ろに吹っ飛ばされた。

 普通のサーヴァントなら重傷だが、ヴラドは吸血鬼だけに何とか耐えて両足で着地する。しかしやはり効いたのか、たたらを踏んでよろめいた。

 その直後に清姫が宝具を開帳する。

 

「なるほど、そういうわけでしたか! ではいきます、『転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)』!!」

 

 清姫の身体が蒼い火竜と化し、まず真上に上昇してから放物線を描いてヴラドを押し潰そうと躍りかかる。これが決まればいくら吸血鬼でも耐え切れないだろうが、マルタたちがヴラドから離れたということは、彼が宝具を使う時間を取れたということでもあった。

 

「考えたな、だが甘いぞ! 『血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)』!!」

 

 ヴラドの全身からまるでハリネズミのように杭が生えてくる。かの「串刺し公」の逸話の再現だ。本来は攻撃用の宝具だが、今回は迎撃に使ったのである。

 これでは清姫がヴラドに巻きついたりしたら相打ちになってしまう。

 

「くっ!」

 

 清姫は慌てて空中でUターンし、いったん光己のもとに戻った。一方ヴラドはやはり傷が深いのか、さらに後ろに跳んでウェアウルフの群れの中に退く。狂化させられていても、痛手を受けたら逃げてもいいという程度の自由は与えられているようだ。

 マルタたちは追撃のチャンスではあるのだが、ランスロットとデオンが残っているので強行はできなかった。タラスクに追わせるという手もあるが、彼は巨体のため細かいことは苦手なので、ジャンヌとジークフリートを巻き添えにしかねないし。

 

「それよりデオンの方を! いやマルタさんは念のためそこに残って」

 

 ヴラドが逃げたと見せて引き返して来るのに備えたのである。良くも悪くも光己の指示は慎重だった。

 もっともブラダマンテとアストルフォが出向けばデオンを倒すには十分だろうし、サーヴァント契約解除もこの2人だけでできるのだが。

 

「なんと、3、いや4人がかりとはいえあの王様を退かせるとはやるじゃないか。

 こうなったら私も逃げるしか……いや、その必要はないな」

 

 デオンは生前はフランス政府の一員として、王家の白百合を守るために働いていた身である。当然好きで竜の魔女に従っているのではなく、心底嫌悪しているくらいだから、むしろこれは彼女の手下を辞めさせてもらえるチャンスだと思い直したのだ。

 

「安心して下さい! 同じフランスのために戦った者同士、悪いようにはしませんから!」

「え!?」

 

 意外な呼びかけに一瞬デオンの動きが止まる。そこに後ろから後頭部めがけて何かが振り下ろされてきたが、とっさにかがんでかわした。

 

「ちぇー、せっかくケガさせずにすませようと思ったのに」

「私にもメンツがあるからね、無傷で倒せるなんて思われては困るよ!?」

 

 軽口を返すとともに剣を横に振るって反撃するが、背後の人影はぱっと後ろに跳んで避けた。

 デオンがいったん立ち上がったところに、さっき声をかけてきた少女が間合いを詰めて来る。

 

「シャルルマーニュ十二勇士が1人、ブラダマンテです。いきますよ!」

「何と!?」

 

 デオンもその名は知っていた。まさに竜の魔女を討ちフランスを救うに相応しい存在であり、彼女が召喚されていたことをデオンは神と聖杯に感謝した。

 

「だからといってそう簡単には!」

 

 とはいえ、デオンにもさっき口にしたように体面や誇りがある。せめて一矢は報いておこうと、自分から踏み込んでフェンシング風の突きを繰り出す。

 しかしやはり相手は達人で、右手の槍で払われてしまった。ついで左手につけた星型の盾を前に出してくる。

 といってもぶつけてくるのではなく、ただ顔の前にかざされただけだが……?

 

「うわっまぶしっ!?」

 

 その直後に盾が眩く輝き、それを直視してしまったデオンは当然目がくらんでしまう。まさか十二勇士ともあろう者が目潰しなんてベタな手を使ってくるとは! いやそれだけに有効だったが。

 デオンが後ろによろめき、ブラダマンテが追う。

 

「たぁぁっ!」

「ぐぅっ!?」

 

 目が見えなくては避けようがない。デオンは腹に蹴りを喰らって吹っ飛ばされた。

 それでも何とか両足で着地して剣を構える。しかしいつの間にか背後に誰かいることに気づいた直後、後頭部に衝撃を受けてデオンの意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 これで残るはランスロット1人となった。さすがにもう無理と見たか、バックステップしていったん間合いを広げると回れ右して駆け出した。

 しかし敗走しているという感じはしない。まだ何か狙いがあるのだろうか?

 

「とにかく追いましょう!」

 

 マシュはやる気十分だった。まあ今なら追撃できる。

 

「そうだな、段蔵とエリザはデオンを頼む!」

 

 ワイヤーで縛っておいてくれという意味だ。2人を残して、光己たちがランスロットを追って走る。

 その方向ではジャンヌとジークフリートがワイバーンとウェアウルフ、そしてカーミラを相手に戦っていた。

 2人は砦の門の前に立って、竜の魔女軍が砦の中に押し入ろうとするのを食い止めている。ただ飛び道具がないので、ワイバーンは止められないが。

 それでもフランス軍には大いに役立っているはずである。しかしジャンヌに感謝する兵士はいなかった。

 

「お、おい。ありゃ、“竜の魔女”だろ……何で竜と戦ってるんだ?」

「知らねえよ。だが、丁度いい。共倒れしてくれればいいさ。

 あいつら、俺の故郷を焼き払いやがった。どっちもくたばってしまえばいい……!」

 

 それどころか罵声さえ投げかけていた。

 助けてくれているのだからよく似ているだけの別人ではないかとか、あるいは彼女が怒って竜の魔女側に寝返ったらどうするのかとか、そういった理性的な判断をする余裕はないようだ。

 

「…………」

 

 ジークフリートはさほど気にした様子はないが、ジャンヌはやはり堪えているらしく顔色は冴えない。それでも必死に戦っていると、前方からサーヴァントが1騎現れた。

 SMの女王様のような黒い衣に身を包んだ若い女性である。おそらくはマルタが言ったカーミラだろう。

 

「守っている相手に散々な言われようですね、聖女。真実を知らないからとはいえ、彼らが貴女を敵と見なしているなんて!

 聞かせてくださらない、ジャンヌ・ダルク? 貴女は今、どんな気分でいるのかを。

 死にたい? それとも、殺したい?」

 

 どうやら外見通りサディスティックな性格のようで、ジャンヌの心の傷口に塩を塗って愉しんでいるようだ。しかしジャンヌは逆に薄く笑みを浮かべた。

 

「……普通でしたら、悔しいと思うのでしょうね。貴女の言うように、死にたくなったり殺したくなったりするのでしょう。

 ですけど、生憎と私は楽天的でして。彼らが私を憎むことで気力を奮い立たせることができるのなら、それはそれでいいかと思うのです」

「……正気、貴女?」

 

 カーミラが心底そう思ったらしく真顔で問い返す。そこに横から声が入った。

 

「いやジャンヌ、俺は貴女の志を尊いと感じたぞ。

 口さがない者たちが何を言おうと気にすることはない」

「……ありがとう」

 

 ジャンヌは敵の前なのでジークフリートの名前は口にしなかったが、心から礼を述べた。

 疲れた五体に力が甦るのを感じる。

 

「そう、白かろうが黒かろうが、どちらもイカれているということね……!

 ワイバーン!」

 

 カーミラは口論は劣勢と見たのか、手をかざしてワイバーンに攻撃命令を発した。上空に控えていた10頭ほどの翼竜が一斉に降下する。

 しかしジャンヌはともかく、ジークフリートに対してはいささか相性が悪かった。竜殺しの特性を持った剣で、たちまちのうちに斬り捨てられていく。

 

「くっ、こいつ何者……!?」

 

 その切れ味の良さに、カーミラはジークフリートの正体を訝しみ始めたが、それよりこのままではワイバーンはすぐ全滅して2対1になってしまう。しかしそこに黒い鎧の戦士が乗り込んできた。

 

「ランスロット……!? 逃げてきたのかしら、いや、違う……!?」

 

 ランスロットはカーミラやジークフリートには目もくれず、なぜかジャンヌに襲いかかった。

 普通に退却せずわざわざここに来た辺り、彼女に何か執着があるようだ。

 

「……Aurrrrr!!」

「くっ……! 何故、私を……!?」

 

 ジャンヌはランスロットの初撃をかろうじて旗で受けたが、この黒騎士恐るべき剛力である。単純な一騎打ちは分が悪いと見たジークフリートが割って入る。

 

「こいつは俺に任せて、おまえはカーミラに当たれ!」

 

 なるほどジークフリートなら、ランスロット相手でもいい勝負ができるだろう。ジャンヌはランスロットをジークフリートに任せて、自分はカーミラの方に向かった。

 

「Arrrrrrr!!」

「おまえの相手は俺だ!」

 

 ランスロットは「邪魔をするな!」とでも言いたげに棍棒を振るってジークフリートを払いのけようとしてきたが、ジークフリートは両手で剣を持ってがっちりと受け止める。

 一方カーミラはジャンヌが叩きつけてきた旗を手に持った黒い杖で防いだが、ワイバーンやウェアウルフとの戦いで疲れているはずの彼女の腕力に驚いていた。

 

「おのれっ……! さすがはルーラー、力を奪われていてこの膂力……!」

 

 カーミラは吸血鬼化によって腕力が強くなっているとはいえ、やはりどつき合いは不得手である。杖と旗で打ち合いなんて趣味ではない。

 しかもランスロットの後ろから敵が追ってきた。

 

「不倫卿罰すべし慈悲はない! おとなしくお縄につきなさいランスロット」

 

 お縄につけと言うが、その後味方にしないなら結局退去させる=死刑になるわけで、このたびのマシュは実にはっちゃけていた。

 ところがそれを聞いたランスロットが何故か一瞬動きを止める。もっともすぐ復帰して、隙ありと見て攻めてきたジークフリートの剣を棍棒で受けたが、どの道この人数差では勝ち目はないだろう。ヴラドとデオンの姿も見えないし。

 

「仕方ないわね、撤退するわ。ランスロット!」

 

 逃げるだけなら、ワイバーンとウェアウルフを盾にすればいいので今なら難しくはない。

 ただランスロットはまだジャンヌに執着しているのか、「Arrrrr!」と唸るばかりで退くつもりはなさそうだ。

 しかしカーミラにとって、ランスロットは同僚ではあるが友人ではない。多数の敵が迫っているのに時間をかけて説得しようと思う程の間柄ではなかった。

 

「そう、じゃあ精々時間を稼ぎなさい。その命が燃え尽きる瞬間まで……!」

 

 なのでカーミラはあっさりランスロットを捨て駒にして退却した。

 その後はランスロット1人でカルデア勢全員と戦うことになるが、それは敵うはずもなく―――。

 狂乱の黒騎士は、激闘の末マシュの盾の縁で後頭部を強打されてついに膝をついた。

 

「……Guu……A……アー……サー……」

「アーサー? それは貴方の王アーサーのことですか?」

 

 最期に何か言い残したいことがあると見たジャンヌがランスロットのそばに近づく。すると騎士は彼女の方に顔を向け、叫びや唸りではないちゃんとした言葉を話した。

 

「王……よ……私は……どうか……」

 

 ただ途中で力尽きて消えてしまったので、何を言おうとしたかは残念ながら分からなかったが、どうやらランスロットはジャンヌをアーサー王と誤認していたようだ。

 生前は不義密通の果てに国が滅びる原因をつくった彼だが、何か深い事情があったのかも知れない。

 

「でもジャンヌさんはリリィさんとは見た目はだいぶ違いますから、多分顔形じゃなくて魂が似ていたんでしょうね。

 だからといって長年そば近くに仕えた主君を見間違えるなんて、とんだヘッポコ騎士ぶりですが!」

 

 それでもやっぱり、マシュはランスロットには手厳しいのであった。

 




 マシュヒドス(ぉ


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第24話 一休み

 サーヴァントがいなくなれば、指揮官を失ったワイバーンやウェアウルフなど物の数ではない。光己たちはさっさと全滅させたが、フランス軍に動きはなかった。

 今の戦いを竜の魔女軍の仲間割れか何かだと思っていて、「共倒れになればいい」とか言っていたくらいだからお礼を言いに行くなんてことは考えないが、光己たちの強さを目の当たりにしたから、自分からケンカを売る勇気はない。それで引きこもって嵐が去るのを待っているわけだ。

 

「……うーん、やっぱりジャンヌが素顔晒したのはまずかったか」

 

 光己は雰囲気で何となく兵士たちの心情を察して黙って立ち去ろうと思ったが、その時砦の門が開いて、いかにも身分が高そうな感じの鎧騎士が走り出て来た。

 

「ジャンヌ! お待ちを! 貴女は確かにジャンヌ・ダルク!

 “竜の魔女”ではない、正真正銘の聖女……!」

 

 どうやらジャンヌと竜の魔女を区別できているようだ。

 それなら共闘できるかも知れないと思って光己はジャンヌの顔を顧みたが、ジャンヌは首を横に振った。

 

「いえ、私が返答すれば彼……ジルの立場が危うくなります。現状では彼らに頼ることもないでしょうし、関わらない方が良いかと」

「……そっか」

 

 確かに彼がジャンヌと竜の魔女を別人だと思っていても、兵士たちがそれに納得しなければ内輪もめのタネになる。サーヴァントのことを説明するのも面倒だし、接触は避ける方が賢明かも知れない。

 

「それじゃ、行くか」

 

 ジルに間近まで来られると面倒だ。光己たちは急いでその場を立ち去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 カルデア一行は人目を遮れそうな小さな林を見つけると、そこに入って一休みすることにした。

 ただその前にデオンの説得と勧誘があるが、これはマルタの時同様、当人がフランスのために働く気満々だったので速攻で片がついた。

 

「好きで竜の魔女に従っていたのではないけれど、罪滅ぼしの機会を与えられるなんて願ってもないことだよ。よろしく頼む。

 しかしマスター1人でこんな大勢のサーヴァントをかかえるなんて大丈夫なのかい?」

 

 デオンがこう心配したのは当然のことだろう。普通ならサーヴァント契約というのは、優秀な魔術師でも1騎でいっぱいいっぱいなのに、ここにはデオン含めて12騎もいるのだ。何か超すごいマジックアイテムで賄っているとかそういうのだろうか?

 

「ああ、魔力はカルデアから送ってもらってるから大丈夫だよ。実際に契約してるのはデオン入れて6人だけだし。

 でも退去寸前のサーヴァントと契約すると、やっぱ魔力持ってかれるから、しばらく休ませてほしいかな。精神的にも疲れたし」

 

 先ほどの戦いは、光己がカルデアに来て以来初めての大規模なものだったので、少々気疲れしたのだ。魔力についての話も一応事実だが、これについてはちょっとした副産物があった。

 

(何かこう、魔力出し切った後に回復すると前よりいっぱい入るような感じがするんだよな)

 

 筋トレして筋肉が増えるのと同じようなものだろうか。単純に鍛えられているだけでなく、竜の血の効果なのか、体が作り替えられているような感覚さえある。

 

(ま、エリザみたいに角や尻尾が生えてくるんじゃなきゃ、むしろウェルカムだけどな!)

 

 人によっては恐れや嫌悪を抱くことかも知れないが、この少年はその点鷹揚だった。もちろん竜人(ドラゴニュート)とかカッコいいし!なんて厨二的な理由ではなく、あくまでマスターが強い方が人理修復に有利だからである。

 

「それはともかく、みんなもお疲れ様。ベストの結果とはいえないけど、誰もやられなくてよかった」

 

 仕方ないことだったとはいえヴラド(たち)の前でサーヴァントたちの名を呼んでしまったから、ヴラドがオルレアンに帰ったら竜の魔女にこちらの陣容を報告するだろう。当然対決の時には不利になる。

 光己はそう言って心の準備を求めたが、それには及ばないようだった。

 

「いや。ヴラドも竜の魔女に好意を持っているわけじゃないから、多分知らんフリしてくれるんじゃないかな」

「そうですね、だからといって仲間に加えるのは難しいですが」

 

 なるほど、本当に竜の魔女は狂化で部下を無理やり従えているだけのようだ。おそらく自分の意志で協力しているのは「サーヴァントの」ジルだけなのだろう。

 

「あとはアレだな。マシュは指示に逆らって吶喊したから、予告通りおっぱい揉むぞ!」

「セクハラですよ先輩!?」

「失敬な。俺はマシュ、いや人理修復のために仕方なく、泣いて馬謖を斬るって感じで心を鬼にしてるだけなのに」

「そういうのは、せめてウソ泣きの1つでもしてからにして下さいね!?」

「ではマシュさんの代わりにわたくしの胸をどうぞ!」

「な!? 清姫さん、それはちょっとはしたなさすぎると思いますが」

「妻が夫に体を触らせることのどこに問題が?」

「先輩は独身ですよ。少なくともあと100年くらいは」

「ちょ、マシュ何言ってるの!?」

 

「……その辺にしておきなさいね」

 

 まあこうやって収拾がつかなくなると、たいていマルタが割って入って終わるのだが、マシュと清姫がおとなしくなると、次はアストルフォが光己に近づいてきた。

 

「あははは、マスターはモテるねえ」

「いや、これはモテてるとは言わないと思うが……」

 

 マシュは確かに好意は持ってくれているが、恋愛感情とは言いがたいような気がするし、清姫に至っては生前の想い人と混同している。自分がモテてるという実感は持てなかった。

 

「えーと、つまり2人じゃ足りないってこと? マスターは欲張りだなあ!」

「なぜそうなる!?」

 

 それはまあ両手に花とかハーレムとか、男の浪漫で実にいい響きだが、今はそういう趣旨で言ったのではない。見ろ、マシュと清姫の目つきが白っぽくなっているではないか!

 と光己は内心でクレームを入れたが、当然ながら理性蒸発少年には届かなかった。

 

「だってマスターが欲張りなのは周知のことでしょ? 王様でも英雄でもないのに人類を救おうなんて、とんだ大欲張りじゃないか」

「なるほど、そういう考え方もあるか」

 

 光己としては自分しかいないから仕方なくやっていることだし、それもカルデアの事務方とサーヴァントたちの手助けあってのことだが、光己が現場での中心人物なのはまぎれもない事実だ。ただの高校生が魔術王とやらを向こうに回して全人類を焼却の淵から救い出そうなどと、確かに超抜級の大欲といえよう。

 

「そういうことなら、他の方面でも欲張りで当然だな。つまり俺がサーヴァントハーレムわしょーいとか言い出しても、何も問題ないってことか?」

「うん、別にいいと思うよ。ボクもマスターのこと好きだしね!」

「ぶっ!?」

 

 光己は噴き出した。

 

「え、えーと。それはマスターとしてとか、仲間としてってことだよな?」

「へ? うーん、多分そんな感じかな?」

「多分って何だよ多分って……」

 

 光己は少々青ざめたが、アストルフォに同性愛の気はなさそうなので、あくまでユウジョウ的なものだと解釈した。まったく、理性蒸発だけあってものの言い方がよろしくない。

 

「あははー。でも実際、もしマスターたちと会わずに、ボクとブラダマンテだけでヴラドたちに会ってたら勝ち目なかったしね。まして竜の魔女に勝てるわけないから、ホントにマスターたちと会えてよかったと思ってるよ。

 ボクは十二勇士の中では弱い方だけど、マスターはよくしてくれてるし」

「あー、確かに単純な槍の腕前だとブラダマンテの方が上かもなあ」

 

 光己は事実に反する追従はしなかったが、アストルフォが弱いとか役立たずだなんて思っているわけではない。

 

「でもアストルフォがいなかったらマルタさんとデオンを仲間にできなかったし、ヒポグリフも使えないからなあ。……っていうと宝具しかアテにしてないように聞こえるけど、さっきもちゃんと指示通りにしてくれたし、俺はアストルフォに感謝してるぞ」

 

 そもそも正式に契約したわけでもないアストルフォ(たち)が指示に従ってくれるだけでもありがたい話というもので、光己の言葉に嘘はない。

 

「うん、ありがとマスター!」

 

 どうやら気持ちが通じたらしく、アストルフォがぱーっと顔を綻ばせる。見た目は並みの女の子より可愛いのが光己にとって実に心臓によろしくなかったが、とにかくスルーすることにした。

 その様子をマルタは微笑ましげに眺めていたが、ふと思い立ってジャンヌの方に歩み寄る。

 

「そういえばジャンヌさん、貴女はルーラーだけどスキルは失われてるってことでいいのかしら?」

「はい、残念ながら」

 

 ジャンヌが少し悔しそうに顔を伏せる。そういえばカーミラが「力を奪われていて」とか言っていたが、竜の魔女が何か関係しているのだろうか? 今考えても詮ないことだが。

 

「いえ、責めているのではないのです。ただ竜の魔女はアレでも一応ルーラーですから、こちらのルーラーがスキルを使えないと不利なのかなと思っただけで」

 

 サーヴァントの探知と真名看破のスキルはやはり強力で、さっきの光己の話じゃないが、仮にヴラドがこちらの内情を隠してくれたとしても、竜の魔女の前に出れば全部バレてしまう。それに奇襲が通じないという不利もあった。

 こちらも一応カルデアから生体反応調査というのができて、不意打ちはまず受けないそうだが……。

 

「そうですね、確かに私がスキルを使えれば対等の勝負になりますが……。

 しかしマルタ様。ルーラーならば私より貴女の方がふさわしいのでは?」

 

 マルタを尊敬しているジャンヌらしい発言だった。マルタがちょっと困ったように頭をかく。

 

「ええ、確かに適性はあるのですが……今回は竜の魔女がすでにルーラーのせいか、ドラゴンライダーということでライダーとして現界してしまったのですね」

 

 なるほど、裁定者が何人もいては、彼ら同士で意見が割れたりして役目を果たせなくなることもあるだろうから、仕方ないのかも知れない。しかしここにはとても便利な魔術を使う者がいた。

 

「適性があるんだったら、あたしたちで霊基を調整してクラスチェンジさせてもいいけど?」

「え、そんなことできるんですか?」

「うん。1人じゃ無理だけど2人でだったら」

 

 ヒルドとオルトリンデである。2人は原初のルーンという高等魔術に習熟していて、いくらかの制限はあるが、サーヴァントのクラスや服装を変えることもできるのだ。

 

「それじゃ、お願いしようかしらね」

 

 ライダーからルーラーになることにデメリットはなさそうなので、マルタはすぐに決断して2人に依頼した。めったにない事例なので、光己たちも寄ってきて物珍しげに見学を始める。

 

「それじゃいくよ! とうっ!」

「えい!」

 

 ヒルドとオルトリンデが並んで空中で指を舞わすと、それに沿って光の文字が描かれ、やがて眩い光球となってマルタの全身を包み込む。しばらくしてそれが消えた時、マルタはなぜかビキニの水着姿になっていた。

 トップスはシンプルな黒で、同じ色の帽子をかぶっている。腰に赤いパレオを巻いているので、ボトムスのデザインは分からない。

 実に均整がとれてほどよく肉がつき、バストやヒップのふくらみも綺麗なラインを描いている理想的な体形だった。

 

「やった、成功だね!」

「はい、うまくいきました」

 

 ワルキューレ2人は満足げにうんうん頷いているが、当人はたまったものではない。

 

「……って、何で水着なんですか!?」

 

 そんなことを頼んだ覚えはない。マルタは全力で抗議したが、2人はちょっと肩をすくめただけだった。

 

「うーん。気持ちはわかるけど、制約があってクラスを変えると服も変わることになってて」

「だからなぜ水着なの!?」

「あたしは水着にするつもりなんてなかったから………………マスターの嗜好!?」

 

 ヒルド自身なぜ水着になったか分からない様子で首をかしげていたが、しばらく考えた後、なんとマスターにぶん投げた!

 当然光己も激しく抗議する。

 

「ちょ!? そりゃまあ確かにマルタさんいい体して……もとい水辺の聖女って感じで天性の恵体だなーって思うけど、水着になってほしいなんて思ってなかったぞ!? 冤罪だ」

「……。たぶん冤罪なんでしょうけど、それはそれとしてセクハラ発言は良くありませんね」

 

 結局マルタがなぜ水着姿になったのかは不明だったが、それとは別に、光己は後でたっぷりしごかれることが確定したのだった。

 




 マルタさんは犠牲になったのだ。ルーラークラスでの登場が水着イベだった、その犠牲にな(ぉ


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第25話 因縁の出会い

 カルデア一行が次の目的地であるティエールの街に近づくと、さっそくマルタの新スキルに反応があった。

 

「この感覚だと5騎というところですね。うーん……3騎は動きがなくて街のそば、2騎が遠くから街に近づきつつあるという感じでしょうか」

 

 ただしこの探知スキルはサーヴァントの存在を感じ取れるだけで、真名は実際に目視しないと、敵味方中立などはコンタクトを取らないと分からない。

 またサーヴァント以外の敵性生物についてはまったくの対象外なので、カルデアの生体反応調査とはうまく住み分けができていた。

 

「するとまた、竜の魔女軍とカウンター勢が戦ってるのかな?

 しかし冬木の時もそうだったけど、こうもうまいこと出くわすと、単なる偶然じゃなくてスタ〇ド、じゃなかったサーヴァント同士は引かれ合うとかそういうのがあるのかな」

「確かに単なる偶然というには出来すぎてるくらい、こういう遭遇は多いですね。

 あるいは、私たちは全人類の運命を背負ってますので、良くも悪くもいわゆる『偶然の一致』的なことが起こりやすいのかも知れません」

 

 光己の独り言に答えたのは、彼を抱っこしているオルトリンデである。

 どちらにしても早く駆けつけねばならない。無論3騎と2騎が敵か味方かはまだ判断できないが。

 やがてティエールの街並みが見えてくる。本格的な城壁の類はないが、急造の柵が立てられているようだ。ワイバーンには無効だが、ウェアウルフやスケルトンなどにはそれなりに役に立つだろう。

 さらに近づくと敵影がはっきりしてきた。上空にワイバーン、地上にスケルトンの混成軍のようだ。

 幸いワイバーンはスケルトンに歩調を合わせているので進軍は遅い。急げばワイバーンが街に侵入する前に接触できるかも知れない。

 

「よし、急ごう!」

 

 ペースを速めて竜の魔女軍の側面を突こうとするカルデア一行。しかしやはり察知されてサーヴァントが外に出て来る。

 今回は1騎だけで、青緑色の服を着て黒い弓を持った若い女性だ。

 

「……殺してやる……殺してやるぞ!

 誰も彼も、この矢の前で散るがいい!」

 

 もともと勇敢な狩人である彼女だが、今は眼の光が異様に兇悍になっている。相当念入りに狂化を仕込まれたようだ。

 会話を試みようともせず弓に矢をつがえた。

 

「あれはアタランテです! 宝具は『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』、大量の矢を上空から降り注がせるものです」

《前方のサーヴァントの魔力反応が活性化してるわ! いきなり宝具を使ってくるつもりよ》

 

 マルタの解説に続いて、カルデアから緊急で通信が入ってオルガマリーが早口で注意をうながしてくる。

 敵は人数差を考えたのか、初手で宝具をブッ放すつもりのようだ。

 

「マシュ!」

「はい!」

 

 このタイミングではアタランテが宝具を使うのを阻止はできない。受け止めるしかなかった。

 マシュが盾を構えて宝具開帳の準備に入る。

 

「二大神に奉る……『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』!!」

 

 アタランテがまず上空に向けて矢を放つ。それが雲間に消えて見えなくなった直後、そこから無数の矢がカルデア一行めがけて豪雨のごとく降り注ぐ!

 それをキッと鋭いまなざしで見据えて、マシュが宝具を展開する。

 

「―――顕現せよ、『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』!!」

 

 キャメロット城の幻像がマシュたちを包むようにそそり立つ。アタランテの矢は数は多いが1本1本の速さと威力はそれなりのため、白亜の城壁に傷をつけることはできなかった。

 

「何、防御の宝具だと!?」

「よし、エリザ頼む! ただし牽制だから手加減してな」

 

 アタランテが驚いている間に、光己は反撃を指図した。

 エリザベートの歌は味方でも近くにいるとダメージを喰らうが、彼女だけキャメロットの城壁の外に出てもらえば大丈夫という計算によるものだ。

 無論当人はそんな計算には気づかず、意気揚々と飛び出した。

 アタランテは1人で出て来た彼女を怪しんで、すぐさま射倒そうとしたが、今度こそ出番があると予測して(独断で)準備をすませていたエリザベートの方が早い。

 

「オッケー。それじゃさっそくサーヴァント界最大のヒットナンバーを聞かせてあげるわ! みゅうみゅう無様に鳴きなさい、『鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)』!!」

 

 するとエリザベートの背後に巨大なアンプのようなものが出現し、彼女の歌声をさらに増幅して敵陣に送り届ける!

 

 

「ボエエエエエ~~~~♪♪」

 

 

「うわーっ! こ、こんなひどい歌声が世の中に存在していたなんて!?」

 

 元から勇猛な上に狂化も付いたアタランテが両耳を押さえてもだえ苦しむ辺り、エリザベートの宝具は相当アレな代物のようだ。聴覚はないはずのスケルトンたちも苦しんでいる様子である。

 これでもエリザベート自身は、光己の依頼通り手加減しているつもりだから恐ろしい。

 

「よし、それじゃジークフリートを先頭にして、ヒルドとオルトリンデが斜め後ろについて突入頼む! できれば峰打ちで」

 

 エリザベートが歌い終えた時にはマシュの城壁も消えていたので、光己は頃はよしと王手をかけた。なるほど、前方からの攻撃には鉄壁の硬さを誇る戦士の脇を、盾を持った戦乙女が固めて乗り込んで来るとか、弓兵にとっては悪夢のような攻撃であろう。もちろん光己たちも後詰として前進しているので隙はない。

 それでもアタランテはワイバーンとスケルトンを盾にして1人ずつ射倒そうと試みたが、自慢の矢が遠間では避けられたのはさっきの歌でダメージを受けたから仕方ないとして、近間では当たったのにまるで効いてないとはこれいかに。

 

「おのれ……!」

 

 そして剣や槍の間合いに入る。アタランテは接近戦もできないわけではないが、消耗した身で専門家3人が相手ではどうにもならない。

 ―――いや、これでいい。文字通り一矢も報いずに倒れるのは情けなくはあるが、ここで逃げずに負ければ子供殺しを辞められるのだから。

 

「……そう、これでいいんだ。まったく、厄介でどうしようもなく損な役回りだった。

 ああ、私ももし次があるなら―――」

 

 囲まれた末に背後から一撃を喰らって、アタランテは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 その頃街の柵の前では両軍のサーヴァントたちが対峙していた。

 竜の魔女軍のサーヴァントは1騎で、20代くらいの黒い服を着た紳士的な雰囲気の人物である。街を背後にした側は3騎で、真ん中にいるのが14~15歳くらいのやたら華やかなオーラを持った美少女、その右側には黒と紫の派手な服を着た20代の男性、左側には赤銅色の鎧の上に白い衣をまとった落ち着いた感じがする剣士が控えている。

 彼らの名前は、竜の魔女軍のサーヴァントが18世紀フランスで死刑執行人をしていたシャルル=アンリ・サンソン、街側のサーヴァントは少女がかの有名なフランス王妃マリー・アントワネット、派手な男性が音楽家のヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、そして鎧の男性が竜殺しの逸話も持つ聖人のゲオルギウスである。

 

「……あの矢の雨はアタランテの宝具か。

 どうやら横槍はサーヴァントのようだね。この状況なら引き返すのが普通の判断だと思うけど、目の前にマリーが現れた以上、たとえ100対1でも退けないかな。その後また会える可能性は低そうだからね」

「あらあら、ずいぶん情熱的に迫ってくるのね。

 それにしても何て奇遇なんでしょう。貴方の顔は忘れたことはないわ、けだるい職人さん?」

 

 どうやらサンソンとマリーは顔見知りのようだ。アマデウスがいまいましげにギリッと奥歯を噛む。

 

「野郎……!」

 

 3人の様子を見てゲオルギウスは彼らは恋愛的な三角関係の類なのかと想像したが、残念ながら(?)そんな生易しいものではなかった。

 

「それは嬉しいな。僕も忘れたことなどなかったからね。

 やはり僕と貴女は特別な縁で結ばれているんだ。

 だってそうだろう? 処刑人として1人の人間を2回も殺す運命なんて、この星では僕たちだけだと思うんだ」

 

「!?」

 

 ゲオルギウスは噴き出しそうになってしまった。

 どうやらサンソンはマリーの死刑を執行した人物のようだが、執着の仕方が斜め上すぎる。職務とはいえ年端もいかぬ少女を殺したことを悔いているとかなら分かるが、もう1度殺すことを心底楽しみにしているように見えるのは気のせいではないと思う。

 しかし当のマリーはなぜか笑顔で彼と話している。本当に何か特別な出来事でもあったのだろうか。

 

「生前のみならず、今回もマリアを“処刑”するつもり満々ときたか。シャルル=アンリ・サンソン。

 どうやら本気でいかれてたってワケかい?」

 

 見かねた、いや聞きかねたのかアマデウスが話に割り込むと、サンソンは露骨に不快そうな顔を見せた。

 

「……人間として最低品位の男に、僕と彼女の関係を語られるのは不愉快だな。

 アマデウス。君は生き物、人間を汚物だと断言した。僕は違う。人間は聖なるものだ。尊いものだ。

 だからこそ、処刑人はその命に敬意を払う。おまえと僕は相容れない」

 

 生前のサンソンは代々の死刑執行人だったのだが、人間とその生命を聖なるものとして敬意を払っている立派な人物のようだ。

 その割には知り合いの少女を殺すことに喜びを感じているようだが。

 

「……さて。僕はサーヴァントになったとはいえあくまで一介の処刑人。マリーとおまえはともかく、そちらの彼はちゃんとした戦士のようだからまともにやったらかなわなさそうだ。

 しばらく外しててもらおうか」

 

 サンソンが片手を振ると、今まで待機していたワイバーンとスケルトンが左右に分かれて街に侵入しようと動き出した。街の住人の命が惜しければ、ここから離れて彼らを倒しにいけ、つまりマリーを殺す邪魔をするなという意味だ。

 

「我が処刑の刃は清らかなるもの。本来は死を受け入れない者や無実の者に使うものではないが……いや、竜の魔女の持論によれば、この国の人間は皆罪人か。

 どちらにせよ、その首、一撃で斬り落としてやろう!」

「……野郎、好き放題ほざきやがって。とはいえどうするべきか……」

 

 アマデウスはちょっと迷った。真っ先にサンソンをブチのめしたいのが本音だが、その間に住人たちが殺されてしまうのは寝覚めが悪い。

 一方ゲオルギウスの行動は早かった。

 

「やむを得ません。私は怪物たちと戦います!」

「お願いしますわ、ゲオルギウスさま」

 

 マリーは目の前にいる処刑人に自分の首を狙っていると言われてなお、守ってくれそうな武人が自分のそばから離れることを平然と是認した。見た目にそぐわぬたいした胆力といえよう。

 

「アマデウス、貴方は反対側を!」

「本気か!? それだと君はあのイカレ野郎とタイマンすることになるんだぞ」

「大丈夫よ。だって今、私は愛する民を守るためにここに立っているんですもの!」

 

 マリーの提言にアマデウスは危惧を表明したが、王妃の意志は固かった。口論している時間はなく、アマデウスはやむを得ず、マリーの言う通りワイバーンとスケルトンの迎撃に向かう。

 しかしこれで、いまやマリーはサンソンと1対1となったが、相変わらず笑顔で余裕たっぷりに見えた。生前は実戦経験どころか訓練すらしたことはないと思われるが、現界の時に知識でももらったのであろうか。

 

「おお、自分を断頭台に送った民を守るためにみずから戦おうとはやはり貴女は尊い!

 ご安心を、今回はあの時以上に素晴らしき死出の旅路にしてみせます」

 

 サンソンが歓喜に震えながら剣を構える。発言内容がだいぶいかれた感じになってきたが、本人は意識していないようだ。

 マリーが片手を頭上にかざすと、彼女の傍らにガラスの馬が現れる。これが彼女の宝具で、王権の敵を攻撃すると同時に味方を癒す力を持っているのだ。

 マリーが横座りで馬の背中に飛び乗る。

 

「さあ、行きますわよサンソン!」

「おおおおぉぉ、マリィィィッ!」

 

 こうして王妃と死刑執行人の因縁の一騎打ちが始まった。

 




 これで現地鯖が出そろいましたが、果たして活躍の場はあるのだろうか(ぉ


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第26話 処刑人の心情

 マリーが乗った馬は、正面からの体当たりや後ろ脚での蹴りを狙って軽快に跳び回っている。ただしこの宝具が初使用なのと、手綱も鐙もない上に横座りなので、動きはいまいち洗練されていなかったが。

 一方サンソンもマリーに対しては、先ほど「素晴らしき死出の旅路にしてみせます」と言ったように痛みを与えずに殺す、つまり一太刀できれいに首を切断することに執着しているので、馬上の相手とは戦いづらかった。

 

「これは……まず馬を倒さないと無理か」

 

 何度目かの交差の後、サンソンはそう呟いた。

 できればマリーには落馬の痛みも与えたくはないのだが、彼女も今はサーヴァントなのだから着地くらいはできるはず。

 ただあの馬はおそらく宝具、闇雲に斬りつけても弾き返されるのがオチだろう。宝具には宝具をぶつけるべきだ。

 

「よし、いくぞ! 『死は明日への(ラミール)―――」

「……!!」

 

 しかしサンソンが宝具の発動準備に入った時、マリーは気配を察したのか、馬にバックステップさせて間合いを取ったため、開帳しそこねてしまった。

 

「む、さすがに危険を感じれば避けるか。当たり前だな」

 

 生前のマリーは断頭台の前に立った時も、まったく取り乱すことなく従容として死を受け入れ、しかも死刑執行人を気づかう余裕さえ持っていた。しかし今は生きてサンソンを倒すつもりでいる以上、避けられる攻撃は避けるだろう。むしろ宝具開帳を察知できたことに驚いた。

 

「危なかったわ。でも今度はこちらの番よ!」

「!!」

 

 マリーの予告通り、ガラスの馬が予想外の速さで突進してきたため、サンソンは地面に身を投げ出して避けた。

 ランスロットやアタランテのような達人であれば、もっと気の利いた対応をするのだろうが、あいにくサンソンが得意とするのは「止まったものを綺麗に切る」ことであって、動く敵と普通に戦うことではないのだ。

 そういえばアタランテはまだ戻らないが、苦戦しているのか、それとも倒されてしまったのか?

 

「どっちにしても早くしないとまずいが、このままじゃ埒があかないな……!」

 

 マリーを「処刑」できたなら、その後横槍連中に殺されても悔いはないが、そうする前に割りこまれてはたまらない。ことを急ぐべきだが相打ち覚悟で吶喊するか、それとも多少のフェイントでも混ぜてみるか?

 

「マリア、あせることはない。時間を稼ぐんだ!」

「おのれ駄楽家……!」

 

 その辺の事情を読んだのかアマデウスがマリーに声をかけたのを聞いて、今度はサンソンが歯を軋ませる。

 確かに馬の速さを生かして距離を取られたらサンソンに打つ手はないが、マリーはそういう常識の範疇に収まる女性ではなかった。

 

「いえ、それはダメよアマデウス。サンソンは確かに私を殺そうとしているけど、その後自分も死んでもいいっていうくらい私にこだわっているわ。なら私も逃げずに真正面からぶつかっていきたいと思うの」

「ファッ!?」

「おおぉ……貴女は僕が見込んだ以上の素晴らしい方だった」

 

 アマデウスが信じがたげに目をしばたたかせ、サンソンは感動と歓喜に身を震わせる。

 ついでにゲオルギウスはコメントしづらいのか、目をそらして怪物退治に専念したが、そこに無粋な闖入者が現れる。

 

「見えました! あそこにいる2人はサーヴァントです。

 黒い剣を持った男性がシャルル=アンリ・サンソン、馬に乗った少女がマリー・アントワネットです」

「サンソンにマリーだって!?」

 

 群がるスケルトンたちを蹴散らしてようやくマリーたちを視界におさめたマルタの解説にくわっと目をいからせたのは、生前マリーと面識があったデオンだった。

 

「サンソンンンン! いくら狂化させられているとはいえ、王妃に剣を向けるとは何事だ!

 王家の敵殺すべし慈悲はない、イヤーッ!」

 

 ニンジャか何かに憑かれたような奇声を上げて、サンソンに吶喊するデオン。2人はごく短期間ながら竜の魔女陣営で同僚だったので、顔見知りなのだ。

 デオンは、生前のサンソンが生前のマリーに死刑執行したのは職務だったし、彼がやらなくても他の者がやったことだからやむを得ないこととして咎める気はないが、今ここでのことはまったく別である。もっとも、デオン自身も狂化したままだったらマリーに攻撃せずにいられる自信はないのだが、それはそれ、これはこれというやつだ。

 

「デオン!? 竜の魔女の支配から脱したというのか!?」

 

 驚いたサンソンが事情を訊ねてきたが、デオンは無視してさらに近づき、彼の心臓を狙って致命の一閃を繰り出す。サンソンは必死で後ろに跳んで何とか避けた。

 デオンはかまわずさらに彼を追って鋭い突きを連打する。サンソンは防戦一方に追い込まれて、しかも技量の差は明らかで手傷が増えるばかりだ。

 

「ちょっと待て! 君はまさか自力で狂化をはねのけたんじゃあるまいから、誰かに何とかしてもらったんだろう? なら僕にもその人たちを紹介するのが普通じゃないのかい」

 

 サンソンとて好きで竜の魔女に従っているのではない。もし彼女のくびきから解放されたなら、喜んでフランスを守るための戦いの先頭に立つというのに。

 しかしデオンは無情だった。

 

「ああ、貴方がまっとうな人物ならな。しかし今、貴方は王妃を殺すことに喜びを見出していたように見えたが」

「そうだそうだ、イカレ野郎死すべしフォーウ!」

「やはりおまえと僕は相容れないな!?」

 

 音楽家だけに耳は良いのか、しっかり聞きつけてチャチャを入れてきたアマデウスに、サンソンは心底からの恨みをこめて言い返した。

 せっかく希望の光が見えたというのに、このままではむざむざ殺されるばかりだ。サンソンはデオンの後ろから10人ほどのサーヴァントの集団が現れたのを見て、多分彼らがデオンを救ったのだろうと判断して直訴する。

 

「デオンを竜の魔女から解放したのは君たちか? なら僕もそうしてくれないか」

「へ!?」

 

 光己たちから見ると、サンソンはいたって紳士的な印象で、人格的な問題はないように感じられた。先方から頼んでくるくらいならあまりわがままも言わないだろうし、希望通りにしてもよさそうに思えたが、やはりアマデウスが異議を唱える。

 

「いやいや、そいつは罪もない少女を処刑することに変態的な喜びを感じるヤバい奴だよ!

 君たちのことは知らないけど、その黒い男はここで亡き者にしておく方が後くされがなくていいんじゃないかな」

「そういうおまえこそ、人間を平気で汚物扱いする最低の男じゃないか!

 君たち、あの口と耳だけは達者な似非音楽家の言うことなど真に受けないでほしい」

 

 サンソンも必死である。何しろここで横槍勢に助ける価値なしとみなされてしまったら、この現界は堕ちた聖女の走狗として無実の人々を殺して回っただけという空しいことになってしまうのだ。何とか彼らを説得せねばと焦っていると、意外にも王妃みずからが口添えしてくれた。

 

「ええと。アマデウスはああ言ってるけど、サンソンは間違いなくいい人よ。

 死刑執行人だったのに死刑反対派で、その執行にもなるべく罪人が苦しまずにすむような方法を考え続けてた人なんだから」

「おぉ……!」

 

 サンソンはまた歓喜に体を震わせた。まさか王妃ともあろう彼女が、今の今まで刃を向けていた処刑人風情を助けようとしてくれるとは!

 しかしまたしてもアマデウスが邪魔に入った。

 

「いやいやそれはまずいだろマリア。奴を仲間にしたら、いつ寝首をかかれるか知れたものじゃないぞ!?」

「失敬な。いくら何でも、助命の口利きをしてくれた人を殺そうとするほど、恩知らずじゃないつもりだぞ!?」

「…………そういえばサンソン。貴方は確か王党派だったと思うんだけど、どうして今私を“処刑”しようとしたのかしら? 貴方に恨まれる覚えはないんだけど、まさかあの時足を踏んでしまったのをまだ怒ってらっしゃるとか?」

 

 するとマリーがきょとんと首をかしげながら訊ねてきたので、サンソンはそれをまだ語っていなかったことに気がついた。

 

「いやまさか。あの時微笑みかけてくれた貴女の笑顔のまぶしさを、僕は死ぬまで、いや死後の今でもはっきり覚えている。恨みなどあるはずがない。

 ただ―――もう1度、あの時より巧く首を刎ねて最高の瞬間を与えられたなら、貴女に許してもらえると思ったんだ」

 

「…………???」

 

 光己やデオンやアマデウスにはさっぱり理解できない心事だったが、当人はいたって真面目のようだ。マリーを処刑した時に何か特別なことがあったのは確かなようだが。

 

「でもそれは無用な心配だったみたいだ。だって僕を恨んでいたなら、こんなこと言ってくれるはずがないのだから」

 

 そこまで語ると、サンソンは剣を下ろした。もはやマリーを処刑する気はないという意志表示のようだ。

 もっとも彼にまだ狂化がかかっている以上、ちょっとした刺激でも加わればすぐ暴れ出してしまうだろうが。

 

「とりあえず、この人は助けるってことでいいの?」

 

 光己がデオンに訊ねると、デオンはやれやれといった感じで頷いた。

 

「……そうだな、王妃がここまで言う以上仕方がない」

「じゃあ俺が近づくのは危ないから、デオンがやり方話してきてくれる?」

「わかった」

 

 ということで、デオンがサンソンに、まず竜の魔女との契約を切ってから、退去になる前にカルデアのマスターと契約すれば現界を続けられる旨を説明する。

 

「なるほど。しかしそのカルデアのマスターというのは信用できるのか?」

「それは、これだけの人数が彼と行動を共にしていることで察せると思う。何しろ堕ちてないジャンヌ・ダルクや、かの聖マルタまでいるくらいだ」

「なんと」

 

 それなら、少なくともカルデアのマスターがフランスの味方であることは間違いあるまい。サンソンは彼らを信用することにした。

 

「ただ契約を切るとなれば、貴方は無抵抗とはいくまい。悪いが事前に拘束させてもらうぞ」

「……その通りだな。もう体が勝手に動きかけているが、なるべく力を抜くことにしよう」

「ではいくぞ。フランスの敵殺すべし!」

「君本当に狂化解けてるのか!?」

 

 最終的に、サンソンはフランス関係者は避けて、ワルキューレ2人の睡眠のルーンでおとなしくさせてもらったのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後光己たちはまずワイバーンとスケルトンを全滅させてから、先に街側の3人に自己紹介だけしてもらっておくことにした。

 

「さっき何回か名前が出たけど、マリー・アントワネットよ! 生前は王妃をしてたけど、気軽にマリーと呼んでくれるとうれしいわ。ヴィヴ・ラ・フランス!」

「さ、さすがにそういうわけにも」

 

 どこぞのコミュEXならともかく、光己にかの王妃様を名前で呼び捨てする度胸はなかった。

 とりあえず、「パンがなければ~~」という有名な台詞は彼女の発言ではないことくらいは知っている。しかし事情がどうあれ、自分を処刑した国の民を守るために戦うとは見上げたものだと思う。

 

「僕はアマデウス。モーツァルトと言った方が通りはいいかな? 戦闘はともかく、君の人生を飾る事だけは約束しよう!」

「戦闘はともかくって言われると困るけど、とりあえずよろしく」

 

 光己は一応無難に挨拶したが、内心では少々困惑していた。

 マリーもそうだがド素人そのものではないか。ヴラドやカーミラと違って吸血鬼とかじゃあるまいし、大丈夫なのだろうか。

 しかし最後の1人は武装しているからマシそうである。

 

「私はゲオルギウスと申します。一応聖人などと称されていますが、竜殺しの経験もありますので、多少はお役に立てるかと」

「へえ、それは頼りになりそうだ。よろしく」

 

 光己は聖ゲオルギウスの名前は知らなかったが、竜殺しが2人になるのは実に心強い。急いで助けに来てよかったというものだった。

 カルデア側の個々の紹介は、サンソンとアタランテを仲間にしてからということにして、まずサンソンはすでに合意ができていたのですぐ終わった。しかしアタランテは改めて勧誘しないといけない。

 

「―――なるほど、マルタやデオンがそちらにいるのはそういうわけか。

 私はフランスに特に思い入れはないが、あの女の悪行は止めたいし、子供殺しをさせられた恨みもある。仕返しさせてくれるなら望むところだ」

 

 アタランテはそこで1度言葉を切った。何か懸念があるようだ。

 

「ただ私は汝たちのことを知らない。いや悪党ではなさそうだが……汝は私に、子供殺しはさせないだろうな?」

「へえ!?」

 

 想像外の質問に光己はちょっと面食らったが、まあ答えは難しくない。

 

「そうだな。俺は特別に子供好きってほどじゃないけど、子供が自分の意志で竜の魔女の手伝いをするとは思えんし、俺たちが子供を殺す事態にはならないんじゃないかな。

 狂化させられてるなら今みたいに助けられるし」

 

 サーヴァントというのは全盛期の姿で召喚されるそうだから、子供の姿で来るケースはあまりないと思うし、仮にあったとしても好きで無差別大量殺人に手を貸す「子供」なんていないだろう。光己はアタランテとの契約に支障があるとは思わなかった。

 

「それもそうだな。では頼む」

「ああ。それじゃブラダマンテとアストルフォ、破却の方お願い」

「はい!」

「うん!」

 

 ―――こうしてカルデア陣営は無事サンソンとアタランテを仲間に加えたが、退去寸前のサーヴァント2騎と立て続けに契約した代償として、光己は大量の魔力を持っていかれて失神したのだった。

 なお気を失う直前の台詞は「これだけのことしたんだから、誰かご褒美プリーズ!」というものであったらしい。

 




 これでサーヴァントが合計17騎……邪ンヌ涙目ですな。恨んでる人も多いですし、どうなってしまうのか。


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第27話 決戦の前に

 光己が目を覚ましたのは、見覚えがない部屋の寝台の上だった。サーヴァントたちがティエールの街に入って、どこかの宿屋をとってくれたのだろう。

 部屋は4人用のようで、今中にいるのはマシュとアストルフォと清姫のようだ。

 清姫が光己が起きたのに気づいて近づいてくる。

 

「あ、旦那様。お体の方はもう大丈夫なんですか? 顔色はだいぶ良くなってますけれど」

「んー。まだ万全とはいかないけど、魔力はだいぶ回復したかな?

 でも出発はできれば明日にしたいな」

 

 光己はカルデアから常時魔力を送ってもらっているので、契約したサーヴァントたちに、たとえば霊体化するなどしてもらって消費を抑えれば、魔力自体の回復にはさほど時間はかからない。しかし、1度気絶するまで消耗した以上、明日にはオルレアンに乗り込むことになりそうだし、しっかり休養しておきたいと思ったのだ。

 

「そうですね、どのみち今日はもう夕方ですし」

「あ、もうそんな時間なんだ。それで他のみんなはどこに?」

「この宿屋の別の部屋にいらっしゃいます。マリーさんたちへの自己紹介はすませましたので、ますたぁは夕食までゆっくり休んでて下さいませ」

「そっか、じゃあお言葉に甘えようかな。いやその前に、俺がちゃんと起きたってみんなに伝えてきてくれる?」

「はい、では戻る時に何か飲み物でもお持ちしますね」

 

 清姫がそう言って部屋から出ていくと、光己は心の中で小さくため息をついた。

 

(可愛いし気立てもいい娘なんだけどなあ……)

 

 これで人を安珍扱いせず、嘘に厳しくなければ申し分ないのだが、実に惜しいものだった。

 やがて清姫がお盆にケトルとカップを乗せて戻ってくる。

 

「お待たせしましたますたぁ」

「うん、ありがと清姫」

 

 そして4人でテーブルについてお茶を飲んでいると、清姫がおもむろに真面目な顔をつくって話を切り出してきた。

 

「ところで旦那様」

「ん、どうかした清姫?」

「はい。先ほど旦那様はご褒美が欲しいとおっしゃっていましたが、それなら今夜わたくしと夫婦の契りをかわすというのはいかがでしょう!」

「夫婦の契りだと!?」

 

 つまり男女のアレをヤろうということか。清姫の場合光己と安珍を混同しているのが問題だが、それでもお年頃の男子にとっては抗いがたい誘惑である。

 しかしそこにまたマシュがインターセプトに入った。

 

「いえそれはいけません! 先輩のお国には、戦の前にそういうことをするのは良くないというジンクスがあったはず」

「うぅん!? た、確かに現界した時に得た知識によれば、武家の方にはそういう験担ぎがあったようですが……」

 

 他の日ならともかく、明日には竜の魔女との決戦に赴こうという今夜だけはよろしくなさそうだ。しかし愛を確かめ合うなら今日しかないわけで。

 

「嗚呼っ、わたくしはどうすれば!?」

 

 頭をかかえて真剣に考えこむ清姫。夫の無事と自分の欲望の板挟みになって苦悶しているようだ。

 光己はとりあえずマシュに苦情を入れた。

 

「ちょ、マシュ! 何でいつも邪魔に入るんだ」

「いえ、私は先輩の身と人理を案じてるだけですが」

 

 マシュは涼しい顔をしているが、光己と清姫のフュージョンは絶対阻止するという鉄の意志が感じられた。何が彼女をここまで突き動かしているのであろうか。

 

「あははー、マスターたちは面白いなあ」

 

 一方アストルフォは完全に他人事の様子である。そして結局ご褒美の件はうやむやになってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 夕食の後、光己はサーヴァントみんなを集めて作戦会議をすることにした。

 ここティエールから竜の魔女の本拠地であるオルレアンまでは約300キロ、順当にいけば1日で着ける距離なので、決戦前に役割分担などをしておく必要があるのだ。

 

「人数増えたし、竜の魔女と話をしたい人もいるだろうからさ」

「そうですね。彼女が何者で何を考えているのかはやはり知りたいです」

「聖女に虐殺やらせた落とし前……げふんげふん。教育的指導はしておくべきですしね」

「そうだね、母国で無差別殺人をやらされた礼はしたいところだ」

「うむ。子供たちの痛みと無念、あの女にも味わってもらわねばな」

 

 光己の予想通り、ジャンヌとマルタとデオンとアタランテが立候補してきた。

 カルデアとしては聖杯さえ回収できるなら、竜の魔女と直接会話したり戦ったりする必要はないので、やる気のある人に任せてもいいと思う。

 

「じゃあ竜の魔女とやる時の先鋒は、4人にお願いしようかな。ただ竜の魔女は聖杯持ってるだろうから、話や仕返しにかまけていらない反撃喰らわないよう気をつけてな。

 それと、アタランテにはワイバーンの相手も頼みたいから、そのつもりでよろしく」

「ふむ、妥当な指示だな」

 

 弓の達人に空飛ぶ魔物の撃墜を頼むのはごく当たり前の作戦であり、アタランテはすぐ了承した。

 

「ファヴニールはまあ、ジークフリートとゲオルギウスにお願いだな。もちろん後ろから援護はするけど」

「そうだな、そのために召喚されたようなものだから任せてくれ」

「はい、微力を尽くしましょう」

 

 最強の敵との対決を2人がこころよく引き受けてくれたので、光己は話を次に進めた。

 

「で、カーミラはエリザが担当してくれるんだよな。一騎打ちする? それともリンチがいい?」

「そうね、できれば一騎打ちがいいわ。もしアタシが負けたら、あとはアンタたちの好きにしてちょうだい」

「わかった」

 

 光己としてはできれば確実に勝てるように複数で当たりたいのだが、サーヴァントたちの要望もあまり無碍にできない。他の人に迷惑をかけるのでなければ、たとえ危険があっても本人がそれを承知の上なら尊重する方針だった。

 

「ヴラドは因縁ある人いないみたいだから、その時の状況次第ってとこかな。ジルはジャンヌが余裕あれば話してみてもいいかも」

「そうですね、ジルとも話してみたいです」

 

 人間の方のジルは普通にフランスを守るために戦っているのだから、なおさらサーヴァントのジルの思惑は気になる。ジャンヌがこう答えたのも無理はなかった。

 

「あとはチーム分けでもしておこうかな。18人が1つの集団だと人数多すぎて連携しづらくなりそうだし。

 えーと、まず俺とマシュとヒルドとオルトリンデと段蔵がカルデア組。フランス……の人は多いから2つに分けて、王妃様とアマデウスとデオンとサンソンが王妃様組で、ブラダマンテとアストルフォとジャンヌとマルタさんがフランス組。清姫とエリザがドラゴン組、ジークフリートとゲオルギウスさんがドラスレ組。アタランテは……カルデア組かな。

 こんな感じでどうだろ」

「そうですね、いいのではないでしょうか」

 

 清姫が旦那様と別チームなのを残念そうにしていたのを除けば反対意見は出なかったので、議題は次に進んだ。

 

「それと前提的な話だけど、確か竜の魔女ってルーラーだから、サーヴァントの接近を感知できるんだよな。それにサーヴァントは寝る必要もないとなると、夜討ちとか忍者で暗殺とか、そういう奇襲作戦は通じないってことになる?」

「そうですね、なぜアレでルーラーになれたのか不思議ですが、とにかくルーラーなのは事実ですので」

 

 マルタはかなり不服があるようだ。今の自分と同じクラスだからだろうか。

 

「こっちにもマルタさんがいるから不意打ちは喰らわないけど、つまり全員で正面から突撃するしかないってことか」

「そうですね。仮に二手に分けた場合、竜殺しがいない方にファヴニールが来たら危険ですから」

「だよなあ」

 

 竜殺しは2人いるから分けることは可能だが、それでは必勝は期しがたい。やはりみんな一緒での方がいいだろう。

 

「―――っと、今決めとくのはこんなとこかな。相手があることだから、あまり細かく計画立てても崩れちゃいそうだし。

 それじゃみんな、明日に備えて今日はゆっくり休みましょう」

 

 というか光己自身、サーヴァントたち、特に聖人たちや王妃様は存在感がハンパじゃないので、司会しただけで結構気疲れしていたりする。魔力や戦闘術だけじゃなくて人間性も高めないとこの先大変かもなー、なんてことを考えつつ、今日のところは自分で言ったように休ませてもらうのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。幸い天気は多少雲がある程度で雨の心配はなさそうだった。カルデア一行はいよいよ竜の魔女を倒してこの特異点を修正するべく、一路オルレアンへと赴く。

 留守だったら拍子抜けだなー、という外れてほしい予測はありがたいことに外れた。オルレアンまで10キロの地点に到達した時、マルタの探知スキルでサーヴァント5騎の存在が感じられたのだ。

 

「あれ、残ってるのは竜の魔女とジルとヴラドとカーミラで4騎じゃなかったっけ?」

「昨日サンソンさんとアタランテさんが戻らなかったので新規に召喚したのでしょう。もっとも倒されたのと契約を切られたのとの区別はつかないでしょうけど。

 それと、私が探知できた時点で竜の魔女も私たちの存在を探知したということになります」

「ああ、そういうことになるのか……竜の魔女はどう動くかな?」

 

 よほどの自信家でもない限り、17対5+αでは逃げるだろう。あるいはこちらが接近するまでにまたサーヴァントを召喚するか?

 

「難しいところですね。まあどちらにしても私がいれば探知できますので」

「ルーラー便利だなあ……それに見ただけで真名と宝具までわかるんだよな。カルデアに帰ってまた召喚することになったら、ぜひ来てほしいな」

 

 もちろん、マルタが美人でスタイル良くて、水着なのもポイント高いなんてことは口にしない。当然の配慮である。

 

「そうね。これも聖女の仕事でしょうし、ここで会ったのも何かの縁だし、貴方の声が聞こえたら応えさせてもらうわ」

 

 人理修復なんて難業を軽く「仕事」と言い切って召喚に応じる意向を示すとは、さすが凄女もとい聖女と言われただけのことはあった。

 すると光己の後ろから誰かががばーっと抱きついてくる。

 

「旦那様ぁぁぁ! 妻であるわたくしより先に他の女を誘うなんて、あまりにもひどすぎるのでは」

「清姫!? 聞いてたのか、いや聞いてたならルーラーのスキルを期待してたってわかるだろ」

 

 無論他のことも期待していたが、ルーラースキルが欲しかったのは事実だ。ゆえにこの発言は嘘ではないので、清姫もこれ以上追及しようがなく「ぐぬぬ」と唸るしかなかった。

 

「あー、でも清姫って先祖が竜とかでもないのに執念だけで竜になったんだよな。ならルーラーになるくらい簡単じゃない?」

「あー、その手が……いえ、ルーラーというのは、聖杯にかける願いがないことが条件の1つでして、安珍様と嘘のつけない世界が欲しいという私欲を持つわたくしでは無理なのです」

「なるほど、裁定者に私欲があったらまずいからなあ」

 

 狂化EXにも無理なことはあるようだ。光己はむしろほっとした。

 

「もっともカルデアの召喚はランダムだから、ルーラーが欲しいと思っても来てくれる保証は全然ないんだけどさ。むしろこうして縁を持ったことの方がよほど確率アップになるらしいから、もし清姫が来てくれたら普通に歓迎するよ」

 

 清姫は人格面に多少(?)問題があるが、人理(というか安珍?)のために尽力してくれるのは事実だ。他のサーヴァントとの折り合いが悪いというわけではなし、拒むほどのことはなかった。

 

「そうですか! ならわたくしもますたぁの声が聞こえたら全力で参上いたしますね!」

「おー、よろしくな」

 

 光己はお気軽に頷いたが、すると今度はブラダマンテがくっついてきた。

 

「そういうことなら私だって行きますよ! マスターにはよくしてもらってますし、人理を修復するのはつまりフランスを救うことですから、聖騎士の役目でもありますし」

「おー、そっか! これだけのメンツが手伝ってくれるなら心強いな」

 

 さりげなく彼女の腰に手を回したり、薄着のおっぱいの感触を堪能したりしつつ如才なく答える光己。決戦前だというのにお気楽、もとい余計な緊張がなくて喜ばしいことであった。

 一方その頃、竜の魔女はマルタが言ったようにカルデア勢の接近を感知して―――その人数の多さに泡喰って参謀のジルに泣きついていた。

 

「ちょ、何この感覚!? 10……いえ15騎はいるわよ。何事!?」

 

 竜の魔女、黒いジャンヌも自分たちに敵対するサーヴァントがなぜ現れるかは知っている。聖杯によるカウンターか、抑止力と呼ばれるものの介入だ。しかし15騎以上というのは多すぎやしないか。

 

「お、落ち着きあれジャンヌ。ビーCOOLですぞ」

 

 ジルもさすがに驚いたが、とりあえず主君をなだめる。まだ勝機が尽きたわけではない。

 

「我々には竜がいるではありませんか。愚かにも我らに歯向かう有象無象が何人いようと、邪竜で圧し潰せばいいだけのことです」

 

 ジル自身も大量の海魔を召喚して戦わせることができるが、今は提案しなかった。フランスへの復讐は黒ジャンヌの竜によって行われるべきだし、海魔は味方サーヴァントたちの邪魔になるので。

 

「そ、そうね。この前は不意打ちされたけど、2度はくらわないわ」

 

 今ここにいるワイバーンは500頭を超える。彼らを前衛に広く展開すれば、あの投げ槍や他の宝具も届かないだろう。あとは数に任せて圧殺するか、ファヴニールを接近させることができたら焼き払うなり巨体で踏み潰すなりすればいい。

 

「ええ、その通りです! ですがもし敗れた時は無理をせずお戻り下さい。その時は私の宝具を使って時間を稼ぎますので」

 

 竜が倒されサーヴァントも全滅したなら、その時は一時退却もやむを得ない。こちらには聖杯があるのだから、竜でもサーヴァントでも呼び直せるのだから。

 

「そうね。それじゃ10キロなんてサーヴァントならすぐだから時間もないし、急がないと。ランサー、アサシン、バーサーカー! 行くわよ」

 

 すっかり覇気を取り戻した黒ジャンヌは、部下たちにそう言うと先頭に立って決戦に出向くのだった。

 




 さて、新たなるバーサーカーは誰にしようか(ぉ


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第28話 邪竜咆哮

 マルタの探知スキルによれば、竜の魔女は逃げる様子もサーヴァントを召喚した様子もない。そして5騎中4騎がこちらに向かって動き出した。

 

「どうやら街を出て野戦をするつもりのようですね。ファヴニールやワイバーンは、市街地より遮蔽物がない平原の方が使いやすいからでしょう」

 

 というのがマルタの見解だった。街に残ったのが誰なのかまでは分からないが、敵軍はまっすぐこちらに進んでいるので、竜の魔女が出撃組に入っているのはまず間違いない。

 カルデア勢は周りの地形を見て、特に邪魔になるものがないことを確かめると、進軍を停止して竜の魔女軍が来るのを待ち受けることにした。

 やがてロマニから緊急通信が入る。

 

《藤宮君! そちらでも見えているかも知れないが、オルレアン方面から多数の生体反応が接近している! サーヴァントが4騎にワイバーンが何百か数え切れないほど。そしてこの極大の反応。ラ・シャリテで見たファヴニールだ!》

「おお、そっちでも観測できましたか」

《うん。見た感じ、ワイバーンはファヴニールの前面に多めに配置されてるね。あの時ヒルドとオルトリンデに宝具くらったから、盾代わりにしてるんだと思う》

「あー、さすがに猪じゃなかったですか」

《ああ、それじゃ武運を祈るよ》

 

 なにぶん戦闘直前なので、ロマニは用件だけ伝えるとすぐ通信を切った。光己も今の話をサーヴァントたちに伝えて、作戦を考えることにする。

 

「とりあえずさっき話したチーム単位で固まって。ワイバーンは何百か数え切れないほどらしいから、予定通りアタランテに頼む」

「わかった、任せておけ」

 

 そういうことならアーチャーの独壇場だ。

 百年戦争で猛威を振るったイングランドのロングボウ兵は、射程距離500メートル以上、速さは1分間に5~6本で、威力は金属鎧を貫くほどだったといわれている。アタランテの弓技は全ての面でそれをはるかに凌ぐもので、目にも止まらぬ早業でワイバーンは次々と撃ち落とされていった。

 カルデア一行にとっては実に頼もしかったが、竜の魔女にとってはたまったものではない。

 

「ちょ、何これ? 連中の中に腕のいいアーチャーでもいるわけ?」

 

 それもワイバーンに矢が刺さっているのが見えるから、文字通りの典型的な「弓兵」である。そう、アタランテみたいな。

 

(そういえばアイツ、まさか裏切ったんじゃないわよね……?)

 

 確かにやたら反抗的だったが、念入りに狂化を仕込んだから、こちらに矢を射ることまではできないはずだ。と、黒ジャンヌが己を励ましていると、横のヴラドから声をかけられた。

 

「それでどうする気だマスターよ。このまま進むのか?」

「もちろんよ。このペースなら少なくとも半分は残るわ」

 

 毎秒ごとにワイバーンが1頭ずつ落ちているが、それでも連中の所にたどり着くまでは十分保つ。逃げる必要はない。

 一方カルデア側も観測は同じだったが、事前に作戦を考える時間があったため、対応策は考えてあった。

 

「マスター、やはり数が多い。このままだと半分は来られてしまうがどうする?」

「そっか、じゃあ下がりながらやろう。アタランテなら、移動しながらでも射てるだろ?」

「当然だ。こと弓術で私の右に出る者など……1人いたような気がするが、気のせいだからな」

 

 ロングボウ兵は騎馬兵の突進を防ぐため、杭や柵などを事前に準備していたが、ここではそれはできない代わりに、メンバーに超人的な脚力があった。後ろに下がって距離を稼ぎながら射つという芸当もできるのだ。

 黒ジャンヌがそれに気づいて悲鳴のような声をあげる。

 

「ちょ、何アイツら、逃げながら射るって卑怯じゃない!?」

 

 これではいつまでたっても連中の所にたどり着けない。いや、ワイバーンが全滅したら反転してくるのだろうけれど。

 

「それでどうするの、マスター?」

 

 今度はカーミラが訊ねてきた。黒ジャンヌはすぐには対策が思いつかなかったが、やがてニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。

 

「そうね。敵が卑怯な手を使うのなら、こちらもそうするまでです。どこかその辺の街に行って、住人を盾にしましょう」

「街ってどこ? オルレアンに生き残りはいないし、近場の街もみんなそうよ」

「はうっ!?」

 

 そういえばそうだった。誰がそんな何の得にもならないことを!

 

「アナタでしょ」

「うぐぅ」

 

 容赦ないツッコミに、黒ジャンヌは気の抜けた声を上げた。

 ティエールやラ・シャリテ、あるいはその近辺の村などまで行けば大勢いるだろうが、はっきり言って遠すぎる。

 しかしこうなると状況はよろしくない。こちらのサーヴァントはみんな射程距離が短く、まして防御の宝具なんて誰も持っていないので、あの投げ槍を防ぐ手段がないのだ。

 

(ここはいったんオルレアンの中に戻るべきかしら? いえそれは愚策ね)

 

 そもそも出撃したのは野戦の方がやりやすかったからで、今戻ればワイバーンが減った分、当初より不利になるだけである。それに、戦で最も被害が出るのは退却時であることくらいは、黒ジャンヌも知っていた。

 

(第一、弓兵1人にあしらわれて逃げ帰りましたじゃ、竜の魔女のメンツ丸潰れじゃない。

 何か策を考えないと)

 

 そんなわけで、黒ジャンヌは頭をひねって一策を考え出した。

 

「―――よし、決めたわ!

 それじゃみんな、私たちだけ地上に降りて、走って連中を追うわよ。連中はファヴニールとワイバーンに注目してるから、地上で私たちが走ってくるなんて思わないはず」

 

 やってきた連中は矢を射っては退くのを繰り返しているので、普通に走るよりはだいぶ遅い。つまり黒ジャンヌたちが走って追えばすぐ追いつけるはずだ。

 むろんいずれは気づかれて迎撃されるだろうが、そうなれば連中も逃げながらというわけにはいくまい。つまりファヴニールたちも追いつける。

 ……ファヴニールとワイバーンがもっと速かったら、こんなこと考えなくても済んだのだが。

 

「ふーむ。悩んでいる暇はないし、それでいくか」

「そうね」

「……」

 

 ヴラドとカーミラが消極的ながらも同意を示し、バーサーカーは黙って頷く。

 そして、ファヴニールの陰にまぎれてこっそり地上に降りると、全速力で駆け出した。

 

「それでもサーヴァントの数はこっちの方が少ないから……ランサー! 射程距離に入ったら、問答無用で連中皆に向けて宝具を使いなさい」

 

 あくまでファヴニールが到着するまで連中を攪乱するためのものだが、うまくいけば何人か減らせるだろう。ヴラドも特に断る理由はなく、「承知した」と言葉少なに頷く。

 即席で考えた策としては悪いものではなかったかも知れないが、黒ジャンヌにとって不幸なことに、敵にもルーラーがいたため、彼女たちの動きは逐一察知されていた。

 

「これは……あいつら、4騎とも地上に降りたわね。まっすぐ走ってこっちに来るわ」

 

 つまり黒ジャンヌの作戦は奇襲にはならないどころか、カルデア勢は迎え撃つ策を考える余裕まであったのだった。

 

「マスター! 敵が17対4とわかっていて来るなら、不意打ちでの牽制だけと思われまする。つまり本命はファヴニールかと」

 

 まずは段蔵がこう状況を分析する。普段は忍らしくあまり出しゃばらないのだが、今は判断材料を提供する必要があると踏んだらしい。

 実際光己は何度か場数を踏んだとはいえ、元は平和な時代の未成年。毎回的確な分析ができるとは限らないのだ。

 

「あ、ああ。なるほど、そうなるのか」

 

 光己は段蔵が想像した通り敵の思惑を測りかねていたが、これではっきり理解できた。

 ならばいくらこちらが多数でも、逃げながらでは不利になる。

 

「わかった、それじゃ反攻だ! まずプランTで行ってみよう」

「オッケー!」

 

 エリザベートが元気よく返事したところを見ると、プランTとやらは彼女が主導的な位置になるようだ。そして全員がUターンして、自分から敵サーヴァントたちに接近する。

 

「え、もうバレたの!?」

 

 その動きを探知した黒ジャンヌがわずかに青ざめる。まだ1キロは離れているのに、もうこちらの姿を視認したというのか!?

 しかしもはや退くことはできない。黒ジャンヌはヴラドの宝具の邪魔にならないように彼の後ろに、カーミラとバーサーカーは彼の横に散開させながら、さらに駆けた。

 そしてある距離まで近づいた時、カルデア勢からアストルフォ・エリザベート・アマデウスの3人が前に出る。

 

「よし、見えてきたわね」

「うん、連中はまだ攻撃してくる気配はないな。こっちが先手を取れそうだ。

 まあ、そのためにマシュ嬢にも控えてもらってるんだけどね」

 

 そう言ったアマデウスの後ろにいるマシュは、ちょっと顔が引きつっていた。何かきつい役目を仰せつかっていたようだ。しかし、どうやらそれはせずに済むらしい。

 

「それじゃいきましょうか! 間違いなく前代未聞、空前絶後のコンサートよ。何しろ歌と音の宝具の三重奏なんだから! 2人ともしっかり合わせてね」

「任せておきたまえ、何しろ僕は天才だからね!」

「うん、ボクは天才じゃないけど何とかやってみるよ!」

 

 なんと3人が同時に宝具を使おうというのだ。ただし敵サーヴァントの打倒は目的としていないので、上空のドラゴンたちをも標的にする、つまり攻撃範囲を広げることで威力を下げようとしていた。

 

「気が遠くなるまで聴いていってね! 『鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)』!!」

「聴くがいい、魔の響きを! 『死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)』!!」

「んじゃあいっくよー! 『恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)』!!」

 

「あわわわわわ……!」

 

 3人が宝具を展開する直前、敵が先に宝具攻撃してきた場合に備えて待機していたマシュは、後方に逃げ出した。その一瞬後、まさに空前絶後の音響兵器が、竜の魔女軍のサーヴァントとドラゴンたちに襲いかかる!

 

「グワーッ!」「アバーッ!」

 

 ワイバーンたちはしめやかに爆発四散! ファヴニールも意識が朦朧として空中でよろめく。

 黒ジャンヌたちサーヴァントですら走っていられず、いったん足を止めざるを得なかった。

 

「よし、効いてるな! それじゃ3人の宝具が終わったら、ドラスレ組とヒルドと清姫はファヴニールを、他の人はサーヴァントたちに突っ込むぞ」

「応!」

 

 そして次に動いたのはヒルドだった。景気よく宝具をぶっ放す。

 

「みんな、いくよ! 『終末幻想・少女降臨(ラグナロク・リーヴスラシル)』!!」

 

 前回と同じく7本の槍が巨竜めがけて飛んで行く。しかも先日当てた咽喉部を狙って。

 

「!!」

 

 それを見たファヴニールがはっと目の色を変える。

 彼は実は単なる猛獣ではなく、高い知能を持っている。人間サイズの敵など、彼にとって個体差を認識できないほど小さなものだが、それでも彼らの中にはごく少数だが、侮れないどころか自分を倒すほどの猛者がいることを知っているのだ。

 先日は回避しようとして失敗したが、今回は両腕で咽喉をかばってみた。

 

「なるほど、考えたね! でも無駄だよ」

 

 槍が空中でカーブし、ファヴニールがかばった場所より少し上に命中する。正しき生命ならざる存在を否定する結界が形成され、鱗を割り肉を焼いた。

 

「Guuu……!」

 

 ファヴニールが苦悶の声を上げ、はばたく力が落ちて地面に落ちていく。それを見たヒルドたちは、竜殺し2人の間合いに入るべくさらに前進したが、邪竜は地面に落ちる時、その後脚で思い切り地べたを叩いていた。

 重い轟音とともに魔力の衝撃波が地を走り、ヒルドたちを10メートルほども吹き飛ばす。

 

「く、さすがは伝説の竜というところですか……!」

 

 転倒したゲオルギウスが起き上がりながら、畏怖のこもった声を上げる。しかし留まっているわけにはいかない。

 邪竜がダメージを受けているのは確かなのだ。決意を新たにして駆ける。

 

「ォォォ……」

 

 一方ファヴニールは口の中に魔力を集めていた。今の一撃はあくまで時間稼ぎで、本命はブレスということらしい。

 

「間に合わないか!? やむを得ん、俺の宝具で相殺を……!」

「いえ、それではファヴニールを仕留め切れなくなります! ここはわたくしにお任せを」

 

 ジークフリートが宝具を使おうとするのを清姫が制止する。何か考えがあるようだ。

 やがてファヴニールが準備を終え、4人に向けて必殺の業炎を吐き出す。

 

「させません! 『転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)』!!」

 

 清姫が青い火竜に変身し、こちらも口から炎を吐いた。ただし正面からぶつけるのではなく、下から押し上げる角度であり、射線をずらす気のようだ。

 しかし、ファヴニールはさすがに名高い強力な竜で、ずらし切れずに邪悪な炎が少女に届く。

 

「耐え切れますか……!? いえ、耐えてみせますとも!」

 

 すると清姫は体を渦巻き状に丸めて、自身の体を盾にして炎を受け止めた。彼女も火竜なので高熱には耐性があるのだ。

 しかし邪竜の炎はそれすら超えて、彼女の体に火傷を負わせていく。

 

「くくっ、首をケガしてるのに加えて半分そらしてこの威力ですか……しかしお2人にファヴニールを倒してもらわないとますたぁの身にも危険が」

 

 清姫自身の力ではファヴニールを倒せないので、どんなことをしてでもジークフリートとゲオルギウスは守らねばならないのだ。愛する旦那様のために。

 

「清姫!」

 

 竜殺し2人としては、ここまでされたら何としても勝たねばならない。しかしすぐさま突撃するのは猪武者のすることで、息を詰めてタイミングを窺う。

 やがてファヴニールの口内の魔力が尽き、ブレスの放出が終わった。同時に清姫の竜化が解けて墜落していく。

 普通なら彼女が地面に叩きつけられないよう受け止めるべき場面だが、竜殺したちはそうしなかった。まずジークフリートが渾身の力で宝具を放つ。

 

「邪竜、滅ぶべし……! 『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!」

 

 ジークフリートの剣から青いビームがほとばしり、大技を使った直後で力が抜けたファヴニールの首に大穴を空ける。

 しかし邪竜を殺すには至らなかった。地面にうずくまっているが、まだ息がある。

 もはやブレスは吐けないが、腕や翼を振り回して人間どもを遠ざけようと最後のあがきを見せる。

 

「Uuguu……!」

「しぶといですね、しかしこちらも急いでいますので」

 

 放っておいても長くはないだろうが、確実にとどめを刺しておかないと安心はできない。ゲオルギウスはファヴニールが暴れるのをかいくぐって、彼の懐までもぐりこんだ。

 

「……汝は竜、罪ありき! 『力屠る祝福の剣(アスカロン)』!!」

 

 そして、ジークフリートが空けた穴に、さらに宝具の剣撃を叩き込んで、ついに文字通り邪竜の首を落としたのだった。

 




 次回、邪ンヌはどうなってしまうのか……!?


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第29話 決戦、竜の魔女!

 光己たちは、黒ジャンヌたちがエリザベートたちの三重奏のダメージから回復する前に戦いを仕掛けるべく、猛然と地を駆けた。黒ジャンヌ当人がいるのはほぼ確実だから、先鋒は例の4人に任せるつもりだが、離れている内に白ジャンヌたちの顔を見られたら、戦闘前に心の準備をされてしまうので、今は後ろの方に隠れてもらっていた。

 

「4人離れたといっても13対4なのに、マスターはやっぱり念入りですね!」

「そだな。確かに人数は勝ってるけど、それで油断や慢心して負けたケースは多いからさ。ましてや竜の魔女は聖杯持ってるわけだし」

 

 ブラダマンテの言葉に光己はそんな風に答えた。

 もっとも念入りに徹するなら射程距離が長いオルトリンデとアタランテに宝具で竜の魔女を集中攻撃してもらうのが1番確実なのだが、さすがにそれはジャンヌたちがしらけそうなので言わなかった。

 

「そうですね、それじゃ私も改めて気合い入れます!」

「おう、よろしくな!」

 

 そしてさらに距離が縮まり、ついに黒ジャンヌたちの姿が視界に入る。どうやら三方に散開しているようだ。

 

「中央にいるのが竜の魔女、黒いジャンヌとヴラドですね。こちらから見て右にいるのがカーミラ、左は謎のヒロインXオルタ、宝具が『黒竜双剋勝利剣(クロス・カリバー)』…………!?」

 

 すぐさま真名看破を行ったマルタだが、4人目の真名と宝具名を口にする段階でいくぶん当惑した表情になった。

 真名は明らかに偽名というかコードネームの類だし、宝具も光己が好きそうな厨二的ネーミングである。いったい何者なのか!?

 それを受けて段蔵がニンジャ遠視力でXオルタとやらの外見を確かめる。

 

「10代後半の若い女性のようですが、21世紀の日の本の女子学生が着る服……確かセーラー服といいましたか、それを着ておりまする。しかし得物は中世西欧風の長剣ですな」

「……??」

 

 光己はそのちぐはぐさに首をかしげたが、興味はわいた。ぜひ見てみたい。

 

「それじゃ俺はそっち行っていいかな? もともと竜の魔女はジャンヌたちに任せることになってたし」

「それはまあ私たちはかまいませんが、いいんですか?」

 

 もしかしたら、竜の魔女が人理焼却の内幕の1つや2つ知っている可能性もあるのだから、カルデアとしては直接問いただしたいところだと思うのだが。

 

「うん、できるならそうしたいところだけど、聖杯持ってる奴にそんな余計なことしたら危険そうだからさ」

「なるほど、それもそうですね」

 

 そういえば昨日も彼は、「話や仕返しにかまけていらない反撃喰らわないように」と言っていた。そういう考えならジャンヌにこれ以上言うことはない。

 

「あと、もしXオルタって人が、また無理やり従わされてるんだったら助けたいしな。

 今助けてもほんの短い間だけになるだろうけど、助けられる人を殺すのは嫌だし」

「そうですね。確かに作戦的にはさほどの意味はないかも知れませんが、それがマスターらしいと思います」

 

 ジャンヌは、Xオルタを助けても大したメリットはないかも知れないと判断してなお、光己の希望に積極的に賛成した。

 彼はどちらかといえば頭脳派だが、こういうお人好しな面も貫いた方が、きっといい展開になると思うから。

 

「ああ、ありがと。それじゃブラダマンテとアストルフォはこっちに来てくれる? 代わりにオルトリンデと段蔵はヴラドの方に回ってもらうから」

「はい、喜んで!」

「うん、いいよ!」

「わかりました。ですがもし危険を感じたら、令呪を使ってでも私たちを呼んで下さい」

「承知いたしました」

 

 ブラダマンテとアストルフォはこういう話は好物だし、いくぶんシビアなオルトリンデと段蔵も、戦闘を回避できる可能性が高いので異論はなく、光己の方針が実行されることになった。

 

「それじゃみんな、気をつけてな。特にエリザは1人だから無理しないように」

「ええ、それじゃ行ってくるわ!」

 

 そして光己・マシュ・ブラダマンテ・アストルフォの4人はXオルタの方に、エリザベートはカーミラの方に向かって別れた。残るジャンヌたちはそのまま直進して、黒ジャンヌとヴラドに当たることになる。

 やがて光己の目にもXオルタの姿がはっきり見えてきた。

 

「うーん、本当に女子高生じゃないか……」

 

 しかも、顔形が冬木で会ったリリィやアーサー王に似ている点も気になる。おっぱいのサイズはこちらがかなり大きそうだが!

 あとヴラドやランスロットのような圧を感じないので、うまくやれば味方にできそうである。

 助けるのが前提なので、今回も先制ブッパはしない。さいわいXオルタもまだ三重奏のダメージが残っているらしく、ちょっとふらついているようで先制攻撃はしてこなかった。

 そして会話ができる距離まで近づく。

 

「聞いてくれ! 俺たちは竜の魔女と敵対してるが、あなたがもし狂化で強制的に服従させられてるんなら戦う必要はない。竜の魔女との契約を解除して自由にしてやれるんだが、どうだ!?」

 

 光己が大声でそう呼ばわると、おとなしそうなその少女は、ほんのわずかに不快そうな表情を見せた。

 

「その言いようは心外ですね。私はこれでも暗黒の騎士団(ダーク・ラウンズ)最後の1人にして、ペンドラゴン卿の地位を与えられた者。あの程度の拘束で縛られるほどヤワではありません」

「え、そうなのか? なら何であんな理不尽な復讐の手伝いなんてしてるんだ?」

 

 いくつかの厨二心くすぐる単語にちょっと心躍るものを感じたり、「ペンドラゴン」という称号にリリィやアーサー王との関係を確信したりしつつ、光己は最も重要なことを訊ねた。

 Xオルタは隠したりもったいぶったりすることもなく、それに答える。

 

「私は悪役(ヴィラン)ですから。宇宙をヴィランの闇色に染める、その日まで闘うのが私の使命」

 

 ここまで断言されては説得はあきらめざるを得ない。光己はすっと表情を改めた。

 

「そっか、じゃあ仕方ないな。嘘つかずに正直に言ってくれてよかったよ。今清姫がいないから」

 

 無論サーヴァントたちも戦闘態勢に入った。ところがそこで、なぜかXオルタが片手を突き出して待ったをかける。

 

「しかし世の中話せばわかるといいます。条件によっては中立になってもいいです」

「……??」

 

 はっきり言って怪しい。光己は嘘発見ガール(きよひめ)がいないことを改めて残念に思ったが、それでも一応聞くだけ聞いてみることにした。

 

「条件? どんな?」

「私の魔力転換炉(オルトリアクター)はカロリー、つまり甘味が燃料なのですが、あの魔女は何もくれませんでした。貴方がたがそれを潤沢にくれるのなら、味方になるのすらやぶさかではありません」

「甘味ね……」

 

 光己は「そういえばリリィも小柄なのによく食べてたな」と懐かしがりつつ、とりあえず乗ってみることにした。

 

「確かドクターが送ってくれたごま団子と、ティエールで買ったごはんの残りがあったよな」

 

 マシュに頼んで収納袋から甘味っぽいのを出してもらう。ごま団子のほか、ティエールの商店で今日のおやつとして買ったカスタードやクレープが残っていたので、差し出してみることにした。

 ただ不用意に近づくのは賢明とは言えないので、袋に入れて投げて寄こす。受け取って中身を改めたXオルタがぱーっと目を輝かせる。

 

「これは……ここのお菓子ですね。それに和菓子まで……和三盆じゃないのが惜しいですが、とにかくいただきましょう」

 

 Xオルタは遠慮なくお菓子を食べ始めたが、光己たちの視線に気づくとさすがに手を止めた。

 

「時代的にやや繊細さに欠けますが、十分美味しいですね。いいでしょう、契約は成りました。

 残りは戦いがすんでからいただくということでもいいんですが、竜の魔女が倒されたら私も消えてしまいますから食べられません。何か手立てはありますか?」

「それならこっちの宝具で竜の魔女との契約を切れるから、退去になる前に俺と契約すれば大丈夫だよ」

「ああ、言われてみれば、貴方はサーヴァントじゃなくてマスターですね。わかりました、ではそれで」

 

 こうして話はついたが、Xオルタが剣を持ったままでは光己たちは接近しづらい。彼らがさっき袋を手渡しせず投げてきたことでそれを察した少女剣士は、偽装投降でない証に剣を投げて寄こした。

 マシュがそれを受け取ってXオルタが素手になると、ようやく光己たちは彼女のそばに近づいて、いつもの手順で契約した。

 

「……ふむ、無事パスがつながったようですね。ではさっそく、邪魔者を排除しにいきましょうか」

 

 Xオルタは元のマスターに特に思い入れはないらしく、淡々と黒ジャンヌ撃破を提言してきた。光己はすでに8騎と契約しているところに、また増員と契約時の魔力譲渡が合わさってもうへろへろだったが、これも今日までと自身を鼓舞して、黒ジャンヌとヴラドが待つメイン戦場に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 その頃ジャンヌたちもついに敵の首魁の間近まで迫っていた。黒ジャンヌはまだ回復しきれていなかったが、ヴラドは吸血鬼だけに一足早く復調しており、ギラリと眼を光らせる。

 

「なかなか面白い挨拶だったぞ、今度は余の返礼を受け取るがいい。『血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)』!!」

 

 ヴラドの腹が裂け、鮮血とともに大量の木の杭が飛び出す。杭の山は地を這うようにして広がって、ジャンヌたちに襲いかかった。

 まともに喰らえば無惨な死を遂げるのは必定である。しかし防御の専門家のマシュはいなかったが、カルデア勢はこの宝具を1度見ていたので受ける手はあった。

 

「風よ集え……果心礼装起動! 『絡繰幻法・呑牛(からくりげんぽう・どんぎゅう)』!!」

 

 段蔵が突き出した両手の前方に風が渦巻き、横倒しの竜巻のようなものが現れる。それで杭を吹き飛ばそうというのだ。

 

「余の杭を風で防ごうというのか? 無駄なことを」

 

 確かにすべて吹き飛ばすことはできなかったが、速度を落とすことはできた。その間にカルデア勢は二手に分かれて横に跳び、大回りして敵2人の元に走る。

 当然それは対黒ジャンヌと対ヴラドという分け方であり、ジャンヌはとうとう黒ジャンヌと対面した。

 

「ようやく出会えましたね。私の顔をした誰か……!」

「!? 誰かと思えばもう1人の私……私の残り滓ですか。いえ、こいつらを組織したのは貴女なのかしら?」

 

 黒ジャンヌは自分と同じ顔をした者が出現したというのに、たいして驚く様子はなかった。ある程度の情報は持っていたようだ。

 

「いえ、私はこの集団の一員にすぎません。とりまとめていたのは未来から来たマスター……いえ。後がつかえていますから1つだけ聞きます。貴女は、故郷のことを覚えていますか?」

「は?」

 

 この問いかけは予想外だったのか、意味を測りかねた様子の黒い自分に、白いジャンヌは今一度言葉を重ねた。

 

「そのままですよ。ジャンヌ・ダルクが百年戦争に参加したのはわずか2年……いろいろなことがありましたが、それでも期間的にはドンレミにいた時間の方がずっと長い。

 家族や村の人たちのこと、土の匂い、育てた作物の手触り……貴女はそれを覚えているかというだけの質問です」

「何をバカな。残り滓が覚えていることを私が覚えていないはずが……はずが、ない……?」

 

 ことここに至って何を悠長な話を、と思いつつも答えようとした黒ジャンヌだが、どうしたことか、両親の顔や名前すら思い出せない。

 記憶にあるのは百年戦争に参加した後のこと、もっと言えばジルと会って以降のことだけだ。これは一体……?

 ジャンヌは黒ジャンヌのとまどった表情で以前から想像していたことが正しかったと確信したが、それを言うのは彼女にとってとてもむごいことだと思っていたので口にせず、静かに旗を地面に立てた。

 それは、今この旗で攻撃する気はないという意味だ。不思議そうな顔をした黒ジャンヌに、ジャンヌは静かに告げた。

 

「今言ったでしょう? 後がつかえてる、って」

「え」

 

 その時ようやく、黒ジャンヌは白い自分の周りに3人新手がいることに気がついた。

 

「ライダーにセイバーにアーチャー!? どうしてここに」

「どうして、ときたか。貴女の命令で殺された、フランスの民の仇を討つために決まってるじゃないか」

 

 デオンが代表してそう答えると、当然ながら黒ジャンヌは激昂して反論した。

 

「バカな。なぜマスターである私に叛く? 叛ける? いやそれより前に、私とのパスは確かに切れた、今も切れてるのになぜ存在していられる」

「それは貴女が1番よく知っているんじゃないかな。

 逆に聞くが、貴女はなぜ私たちに狂化をかけた? 普通に話をしても、同意してもらえないことがわかっていたからだろう。

 ならば、貴女との契約を解除して、別のまともなマスターと契約したなら、貴女の敵になるのは当然のこと」

「そういうことだな。子供たちの痛みと無念、今晴らさせてもらうぞ」

「くっ……」

 

 黒ジャンヌは返す言葉がない。今や人数的には圧倒的不利で、心情的にも押し込まれていたが、それでもまだ覇気は消えていなかった。

 

「そうですか、ならば仕方ありませんね。

 有象無象が何人群れようと、私の憎悪と復讐の炎の前には、消し炭になるだけだということを教えてあげましょう」

「よく吠えたわね。じゃあ試してみましょうか」

「へ!?」

 

 その声は妙に近くから聞こえた。あわてて旗を構え直したがもう遅い。

 

「鉄・拳・聖・裁!」

「ンアーッ!」

 

 邪ンヌは、たおれた。

 




 邪ンヌくっ殺は次回に!(ぇ


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第30話 竜の魔女の真実

 黒ジャンヌはマルタにしばかれて気絶した後、気がついた時は強化ワイヤーで縛られて、身動き取れなくされていた。ヴラドとカーミラもあえなく敗れて退去しており、ここにいる竜の魔女勢は、もはや黒ジャンヌただ1人である。

 

「汝が気絶している間に身体検査させてもらったが、聖杯はみつからなかった。どこにある?」

 

 直球で訊ねてきたアタランテに、邪ンヌはとりあえず思ったことを述べた。

 

「人が気絶してる間に身体検査!? 貴女って本当に最低の(ry」

「ふんッ!」

「あだぁ!?」

 

 脳天を思い切りどつかれて、邪ンヌは泣きそうな悲鳴をあげた。

 

「何するのよいきなり!?」

「さっき言ったろう、子供たちの痛みと無念を晴らすと。まだまだ序の口だぞ」

「ぐぬぬ」

 

 邪ンヌはその存在理由的に「復讐」とか「仕返し」といった類の単語には弱い。これ以上抗議する言葉を思いつけなかった。

 しかし虜囚の憂き目というのもまた、彼女のトラウマをえぐる辛い状況である。が、まだ逆転の目はあった。

 

「フン、大きな顔してられるのも今のうちよ。こちらには竜がいる。この前は不意打ちくらって退却したけど、いずれは貴女たちも喰いつくされる運命なんだから」

「それは怖いな。で、その竜とやらはどこにいるんだ?」

「そりゃもうこの辺一帯に……一帯に……あれ?」

 

 空のどこを見ても、竜の姿は見当たらない。まさか?

 

「馬鹿な、まさかファヴニールが人間に、サーヴァント風情に倒されたというの?」

「何をいまさら。もともとあの邪竜は、最後は人間に殺されていたではないか」

「……ッ、竜殺し……!」

 

 そういえばリヨンにはジークフリートがいた。呪いで死ぬか無力化したと思っていたが、力を取り戻してこの集団に参加していたというわけか。

 

「た、確かに竜は全滅したみたいね。でもまだオルレアンにジルが残ってる。彼が来れば何とかしてくれるはずだわ」

「ああ、そうだな。こちらにもルーラーがいるから、奴が動いたらすぐ探知できるし、そうしたら来る途中で私がハリネズミにしてやろう。奴には蛸の化け物でいたぶられた借りがあるからな。

 それでもここまで来られたら、汝を人質にして『自害せよ、キャスター』する手もある」

「うぐぐ」

 

 邪ンヌがだらだらと脂汗を流しながらうめく。これはもう詰んだのではあるまいか。

 

「くっ、殺せ!」

「ヨロコンデー!」

 

 邪ンヌがなかばヤケになって叫ぶと、真後ろに黒い服の男が現れた。

 

「アサシン!? 貴方まであっちについてたの」

「ああ、貴女にとっては迷惑なことだろうけど。

 でもその代わり、最高の死を贈るよ」

「そりゃ、貴方なら痛みは1番少ないんだろうけど!」

 

 邪ンヌはもう1度叫んだ。

 

「でもギロチンとかって、何となく負けたような気がするのよね」

「無痛性より名誉が望みなら、かの黄金の国ジパングに伝わるハラキリというのもあるが……。

 自ら短刀を持って、腹を横一文字に切り裂くんだ」

「そんなことしたら痛いじゃないの!!」

 

 邪ンヌは咆哮した。何のために、そんな考えただけで痛そうなことをするのか!?

 

「自分の行為の責任をみずから取るということだそうだよ。とはいえ君の言う通り痛いから、勇気を示す意味合いもあるんだろうね。

 さすがはモンゴル帝国を2度も撃退した、サムライ・ニンジャ・フジヤマ・ゲイシャの国だ」

「私ジパングのことはよく知らないけど、後の2つは違うんじゃないかしら」

 

 邪ンヌは冷静にツッコミを入れたが、それはそれとして状況はやはりよろしくない。ここから一発逆転を狙うには、サンソンたちと契約したらしいマスターを不意打ちして殺すしかないのだが、彼らもそれは分かっているようで、マスターらしき人物は彼女の視界内には見当たらない。

 いよいよもって打つ手なしのようだ。

 

「むぎぎ……」

「うめいてる暇があったらさっさと聖杯のありかを吐け。時間稼ぎしても無駄だとわかったろう」

 

 アタランテがそう言って割り込んだが、邪ンヌはなかなかしぶとかった。

 

「フン、そう簡単に言ってたまるものですか。私を誰だと思ってるの?」

「むう」

 

 生前のジャンヌ・ダルクは、あのイカサマ異端審問を何ヶ月も耐え抜いた精神力と弁論術を持っていた。なるほど、生半可な尋問で白状するとは思えないが、本格的な拷問をするのはマスターとマシュの精神衛生的によろしくない。

 一方デオンは油断なく黒ジャンヌの動きを見張りつつ、ちょっと考え事をしていた。

 

(……確かに彼女は聖杯を持っていなかった。しかし、圧倒的多数のサーヴァントと戦うのに、聖杯を置いてくるなんてことがあり得るのか?)

 

 体内に収納している可能性も考えてカルデアも調べたが、聖杯の反応はなかった。まさか忘れてくるほど迂闊とも思えないのだが。

 

(それにさっきの白いジャンヌとの会話、あれは竜の魔女に幼少の頃の記憶はないということか? つまり、竜の魔女は白いジャンヌの別側面とか、そういう者ではないということになるな)

 

 その辺から考えられるのは、彼女は通常のサーヴァントではなく、他者が所有する聖杯で創造された者ではないかということだ。動機を持つ者ならいる。

 この場合、聖杯は竜の魔女自身ということになるから、彼女が聖杯を「持って」いないのは当然だし、カルデアが「聖杯」はないと思ってもおかしくない。

 ただこの想像が当たっていた場合、ジルは自分好みにゆがめた脳内設定彼女をマジックアイテムで作り出したというかなり痛い奴になってしまうのだが……。

 

(いや、あいつは素で狂気ぽかったから、本当にそうかも知れないな。

 だとしたら、この娘には少々哀れを覚えるが)

 

 もしそうだとしたら、黒ジャンヌの復讐心はジルに植え付けられた偽物、いわばデオンたちが仕込まれた狂化と同じで、彼女も被害者ということになるのだから。

 これらはすべて推測に過ぎないが、もしこの仮説が事実だと証明できれば、黒ジャンヌが戦意をなくして味方にできる可能性がある。もっとも黒ジャンヌが聖杯そのものだというなら、彼女から聖杯だけ分離させるなんてことはできないので、カルデアが聖杯を持ち帰るには結局殺すしかないわけで。

 

(だからジャンヌも言わずにいたのか。どんな残酷な事実でも、知らないよりは知った方がマシという考え方もあるが、その後すぐ殺されるだけというのではな)

 

 ならば被害者を人質や盾にするのはさすがに非人道的だし、それこそサンソンに頼んで楽に逝かせてやるべきかとも思ったが、それを口にする前にデオンはまた思い直した。

 

(……いや。私や王妃や音楽家や処刑人には無理でも、戦乙女や聖騎士になら、何か手立てがあるかも)

 

 デオンはジークフリートを呼んで見張り役交代を頼むと、オルトリンデのそばに行って、小声でこの仮説を説明して処方を求めた。

 

「―――なるほど。そういうことでしたら、聖杯の所有権を奪えば万事解決すると思います」

「ああ、その手があったか!」

 

 実に単純明快なアイデアに、デオンは目から鱗だった。なるほど、聖杯に黒ジャンヌを残したまま分離するよう命じればあっさり片がつく。

 ただその前提となる聖杯の所有権は、ジルを討てば確実に奪えるが、それだとすぐに特異点修正が始まってしまって間に合わなくなる恐れがあるが、どうしたものだろうか。

 

「そうですね。あなたの仮説が正しければ、聖杯は今ここにあるわけですから、竜の魔女を気絶させた上でマスターが所有権を主張すれば通るでしょう」

 

 通常の聖杯戦争では、最後に残ったマスターとサーヴァントが聖杯の所有権を得るが、ここでは戦いが始まる前から(おそらく)ジルが所有者だった。しかしその権利は絶対のものではないだろうから、ジルがこの場にいない状況で、他のマスターが手中にすれば所有権も移るはずだ。

 

「そうだな。失敗しても実害はないし、試してみるか」

 

 そうと決まれば善は急げだ。デオンはまず話を聞かれないよう黒ジャンヌの後頭部をどついて気絶させてから、おもむろに皆に仮説と講和案を話す。

 するとジャンヌが仮説には同意したが、講和案にはやはり乗り気でないようだった。

 

「確かにそれは可能かも知れませんが、自身が作り物の贋作に過ぎなかったという、無用の苦しみを与えるだけなのでは……」

「その通りだが、それを知ってこそ、彼女はジルの操り人形から脱することができるわけだからな。この特異点を修正するまでのわずかな時間に過ぎないが、それでも意義があることだと思う。

 というか講和しないなら盾だしな」

「…………そうですね」

 

 デオンの最後の台詞でジャンヌは折れた。

 対ジル戦における邪ンヌシールドの有効性は明らかなので、それをさせないためには彼女に味方か、せめて中立になってもらう必要がある。それには彼女のフランスへの復讐心が他人のものだったという事実を教える他なく、要は二者択一でそっちを選んだのだった。

 他に反対する者はなく、さしあたって聖杯を奪うところまではどちらに転んでも問題ないので、試してみることにする。

 光己は横たわった黒ジャンヌの傍らに膝をついて、おごそかに「聖杯」に命令した。

 

「―――聖杯よ! 竜の魔女、この黒いジャンヌの霊基を維持したまま分離しろ!」

 

 すると一瞬黒ジャンヌの身体が光ったかと思うと、その胸元から金色に輝く杯がゆっくりと浮き上がってきた。ひよっこの光己にも感じられるこの重厚な存在感、間違いなく聖杯だ!

 

「おお、本当に出てきた……つまり竜の魔女はマジで作り物だったってことか。確かにちょっと可哀そうだな。まあやることはやるけど」

 

 光己はさっそく聖杯を手に取ったが、この後竜の魔女に見せねばならないので、ひとまずそのまま持っていた。

 そしてジークフリートが黒ジャンヌに気つけをすると、少女はふっと目を開けて上体を起こした。

 

「って、何か後頭部が痛い? いきなり何したのよ」

「ああ、ちょっとやることがあったのでな。まずはこれを見てもらおうか」

「!?」

 

 デオンが光己に借りた聖杯を見せると、黒ジャンヌは反射的に奪い取ろうとして身を乗り出したが、後ろからジークフリートに両肩をつかまれていたので動けなかった。

 

「ちょっと、それどこから持って来たのよ」

「貴女の体の中から抜き取った。そういえば理解できるか?」

「な……!?」

 

 黒ジャンヌが茫然と目を白黒させる。なるほど彼女は聖杯を持って来なかったし、デオンたちがオルレアンまで行って奪ってきたとも思えないから、それしかないのは理解できるが……。

 

「何で、そうなるのよ」

 

 しかし納得はできない。もう1度問い直すと、デオンは噛んで含めるように懇切に説明してくれた。

 

「これは推測になるが、おそらくジルは、最初は普通に聖杯でジャンヌを生き返らせようとしたんじゃないかな。しかし、聖杯は万能ではあっても全能ではない。死者の復活はできなかったから、それで改めてフランスへの復讐を誓って、『フランスを憎むジャンヌ』をつくったんだろう。

 証拠はこの聖杯と、貴女に昔の記憶がないこと。そしてこちらの白いジャンヌに復讐の意志がないことだ」

「………………………………」

 

 重い沈黙がたゆたう。

 黒ジャンヌにはデオンの推測を否定できる根拠がなかったのだ。

 

「私が……作り物? 私が残り滓と言ったそっちこそが本物で、私は記憶と復讐心を植え付けられただけの人形、贋作……!?」

 

 黒ジャンヌは悔しさと虚無感に体を震わせ、ぎりっと歯を噛み鳴らした。

 やがてデオンに今一度質問を投げかける。

 

「それで、なぜそれを私に教えたの? 私がこうして悔しがるのを見て溜飲を下げるため?」

「いや。貴女の復讐心が他人に仕込まれたものなら、貴女も被害者だからな、そんな悪趣味なことはしないよ。

 ただ、貴女の復讐心は貴女のものではないということを知った上で、貴女はどうするのか。それを自分で決めた時、貴女は人形や贋作ではなく『人間』になるのだと思う」

「…………」

 

 黒ジャンヌはまたしばらく押し黙ったが、やがて重い口を開いた。

 

「もし私がそれでも貴女たちと戦うと言ったらどうするの?」

「それなら仕方ない。縛ったままジル相手の盾に使って、用がすんだらバッサリだな」

「それじゃ選択の余地ないじゃないの!!!」

 

 邪ンヌは吠えた。これは贋作だろうが何だろうが当然の権利だと思う。

 しかし目の前の剣士には軽くいなされた。

 

「まあそう怒るな、別に私たちの味方になれと言ってるわけじゃないんだ。

 中立、つまりこの戦いから手を引くというのでもいいんだよ。むろん私たちと一緒にオルレアンまで来て顛末を見届けてもいいし、どこかに立ち去ってもいい。

 ただしこちらには嘘発見娘(きよひめ)がいるから、今は雌伏して後で裏切ろうなんてのは通じないから、そのつもりでな」

「………………」

 

 そう言われて黒ジャンヌはまた考え込んだ。

 嘘はNGというのなら、ここからは全部本音でということになる。果たして自分は本音ではどうしたいのか?

 

「……そうね、それじゃ中立にするわ。今更貴女たちの味方になる気はしないけど、盾になるのは嫌だし、仕込まれた復讐心に乗せられっ放しなんてのも癪だしね。

 でもジルには言いたいことがあるから、オルレアンにはついてくわ。それが終わったら手を引く。

 まあ18対1で聖杯も取られたんじゃ、どうあがいても勝ち目ないでしょうけど」

 

 黒ジャンヌの最終的な結論はこういうものだった。デオンが清姫を顧みて真偽を訊ねる。

 

「どうかな、清姫」

「そうですわね、これは信じていいと思います」

 

 清姫はファヴニールとの戦いでかなりの火傷を負っていたが、ヒルドのルーン魔術による治癒ですでに復帰していた。がんばったので旦那様に褒めてほしいと思っているが、まだ戦闘が終わったとはいえないので自制中である。

 

「そうか、ならワイヤーをほどくとしよう。マスターもみんなもそれでいいかな?」

「うん、いいんじゃないかな」

 

 光己が黒ジャンヌと清姫の言葉を信じて承知すると、デオンは黒ジャンヌを縛っていたワイヤーをほどいて自由の身にした。

 むろん自由になったからといって黒ジャンヌが暴れ出すことはなく、カルデア一行はいよいよ最後の戦いに赴くのだった。

 




 デオン大活躍! そして邪ンヌとジルはどうなるのか!?


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第31話 聖女と元帥

 カルデア一行は黒ジャンヌを先頭に、オルレアンへの道を歩いていた。皆彼女の心中を慮って言葉少なだったが、清姫だけは空気を読まずに敢闘賞として旦那様をお姫様抱っこさせてもらってご満悦だった。

 黒ジャンヌはそんな2人がちょっとウザそうだったが口には出さず、なるべく目にも耳にも入れないように歩いている。

 そして街の門をくぐって、竜の魔女軍が本拠地にしている城に向かう。ただし光己たちは最初に黒ジャンヌがジルと話をするのを邪魔しないよう、少し離れて風魔忍法・隠れ身の術(味方全体用)で姿を隠しているが。

 石畳の道路を進んで城の正門が見えてきたところで、前方にいかにも黒魔術師といった感じの服を着た背の高い男が現れる。黒ジャンヌの出迎えに来たようだ。

 むろんこの街に残っていたジル・ド・レェである。

 

「おお我が聖女よ、お帰りなさいませ! ご無事のようで何より。

 しかしお1人ですか? ランサーとアサシンとバーサーカーの姿が見えませんが」

 

 どうやらジルの眼力では東洋のニンジャのジツは見破れないようだ。黒ジャンヌは内心で苦笑しつつ、黙ったまま歩みを進める。

 やがてわずか2メートルほどの距離まで近づいてから口を開いた。

 

「ええ、敵が思ったより大勢でね。でもご覧の通り、私は無事に帰って来られたわ」

「―――?」

 

 ジルは黒ジャンヌの雰囲気が何だか普段と違う、具体的には熱を感じないような気がしたが、その詳細までは分からず、わずかに首をかしげただけだった。

 黒ジャンヌは彼が自分の様子を訝しんでいることに気づいたが、あえて無視して話を進める。

 

「それについては後で話すわ。

 それより先に聞きたいことがあるんだけど」

「は、何なりと」

 

 ジルは自身の疑問は急いで解決する必要もないことなので後回しにして、まずは崇敬する聖女の問いに答える態勢をつくった。

 黒ジャンヌが一呼吸入れて調子を整えてから、おもむろに例の疑問を訊ねる。

 

「じゃ、まずは私が何者なのかということを、貴方の口から聞かせてくれる?

 なぜ私には過去の記憶がないのか、白い私にはない復讐心があるのか、をね」

「……! 貴女は」

 

 ジルが目に見えて狼狽の色を表す。

 意外にも―――いや当然というべきか、戦場に「復讐心を持たずフランスを守ろうとする」ジャンヌが現れて、こちらの聖女と何らかの会話をしたようだ。

 ジルとしてはできれば隠しておきたいことだったのだが、しかしそれが明るみに出ても、すぐに冷静さを取り戻した。

 

「……はい、ご明察の通りです。

 確かに貴女は私が聖杯に願って作り出した存在……ですが、憂うことはありません。なぜなら、貴女こそが本物のジャンヌ・ダルクなのですから!

 おそらく白い貴女には、国を救った自分を見捨てたフランスへの怒りも、啓示を下しておきながら助けなかった神への憎しみもなかったのでしょう。なんとお優しいことか。

 ですが私はそんなことは認めない!

 たとえ白い貴女がすべてを許したとしても、私は許さない! 許せない! この国を滅ぼそうと願ったのです!!」

 

 言葉の形をした憤怒と絶望がジルの口から濁流のようにあふれ出る。魚のような形をした両目からは血の涙がとめどなく流れ落ちていた。

 ゾッとするようなおぞましい姿だったが、黒ジャンヌには特に心に響いた様子はなかった。

 なぜならそれは彼女自身がすでに持って、いや持たされているものだから。

 

「そうね。確かに白い私は、自分の身近な者なら、フランスのやりように怒りを覚えるだろうことは失念してたかも知れない。

 でも貴方も1つ、忘れてることがあるわ」

「……何をでしょうか?」

 

 明らかに普段の彼女とは違う、風のない日の湖面のように静かな口調で話す主君に一抹の不安を感じつつ、ジルは率直にそう訊ねた。

 黒ジャンヌがやはり静かに答える。

 

「貴方にとっては私が本物のジャンヌ・ダルク。それは理解したわ。

 でもね。私が貴方に作られた存在なのなら、私が見捨てられたり処刑されたりしたわけじゃないってことになるわよね。つまり私がフランスを憎む筋合いはないのよ」

「……! それは」

 

 ジルはこの点は考えていなかったようだ。口調がかなりうわずっていた。

 黒ジャンヌが「やっぱりね」と小さく呟く。

 

「そんなに復讐したいなら自分がアタマ張れっていうの!

 脳内彼女の後ろに隠れてるんじゃない!!!」

 

 そして初めて感情を露わにして叫びながら、ジルの顔面を思い切り殴りつけた!

 筋力A魔力A+に籠手まで着けた豪拳をまともに喰らったジルは、自動車にはねられたような勢いで床をごろごろ転がった。

 

「ぐほぁ!」

 

 ジルは目血に加えて鼻血まで流しつつも、パンチ1発で気絶するほどヤワではなかったので、何とか立ち上がった。

 ただちょっと目が回るらしく、ふらついている。

 

「わ、我が聖女……!?」

 

 相当とまどっている様子のジルに、黒ジャンヌはゆっくり歩いて近づくとまた静かに言葉を継いだ。

 

「別に復讐するのが悪いって言うつもりはないのよ。白い私は悲しんで止めようとしてるけど、私は黒くてヒネくれてるから、そこまで想われて嬉しいとさえ思ってるしね。

 でも、今も私の中にあるこの憎しみは私のものじゃない。だから降りるわ。

 だけど―――喜びなさい、ジル」

「…………?」

 

 黒ジャンヌの言葉にジルはまた首をかしげた。今の話のどこに喜ぶ要素があるのか?

 

「だって、親の言うことを鵜呑みにしてただけの赤子が、反抗期を過ぎて親離れするまでに成長したのよ。親ならそういうのって喜ぶものなんじゃない?」

 

 黒ジャンヌがジルのことを「親」と称したのは、むろん自分を「人間」だと規定しているからだ。贋作なのはジルですら認めたからもはや否定できないが、それでも自由意志は自分のもののはずだから。

 

「ジャンヌ……」

 

 黒ジャンヌはそこまで言うと、ジルに背中を見せて去って行ったが、ジルは彼女に何と言うべきか、いや自分の胸のうちに湧き上がっている感情の正体さえつかみかねていた。

 ただほんの数メートル程度の距離のはずの彼女の背中をとても遠くに感じたが、それでも憎まれたり否定されたりしていないのは分かる。

 それに、彼女はジルのことを「親」と言った。ならば、理由が何であれ親離れする「娘」を追いかけるなんて、不格好なことはすべきではないだろう。

 しかし、その時黒ジャンヌはいったん足を止めた。

 

「ジャンヌ?」

「そうそう、忘れてたわ。白い私とその不愉快な仲間たちがもうすぐここに来るけど、アンタの復讐心が口ほどでもあるなら見事倒してみせなさい。一応見ててあげるから」

 

 それだけ言うと黒ジャンヌはまた歩き出した。見ててあげると言った以上、戦いの邪魔にならない所まで離れるということなのだろう。

 

「ジャンヌ……」

 

 そんな彼女にジルは届くか届かないか程度の声量で呼びかけることしかできなかったが、すると黒ジャンヌはまた足を止めた。

 

「あ、もう1つ言うこと忘れてた。実は連中思ったより強くて聖杯取られちゃったから。てへぺろ」

「ジャンヌゥゥゥ!?」

 

 ジルは生涯で3本の指に入るくらい素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 黒ジャンヌがジルから離れると、それを待っていたかのようなタイミングで大勢のサーヴァントが現れた。ぱっと見で20人くらいか。

 先頭には遠目でも見間違うはずもない、ジャンヌ・ダルクもいる。

 

「おお、まさに生前の彼女そのままのお姿……」

 

 しかし彼女が道を阻むというなら倒すしかない。とはいえいくら人数差が大きいからといって、ジャンヌに遠くから不意打ちするのは気が引ける。

 もう1つ超巨大海魔を召喚するという手があるが、あれは聖杯でもない限り制御できない。それでは向こうで見ている黒い彼女が巻き添えになる恐れがあるから不可である。

 つまりごく普通に戦うしかないということだ。

 

「まったく、我が聖女も無茶をおっしゃる……いや生前からですか」

 

 ジルは困ったような顔をしたが、その口調はどこか嬉しそうだった。

 そしてついにカルデア一行と対面する。

 

「ジル、やはり貴方だったのですね。私は誰も恨んでいませんし、フランスに復讐なんて望んでいません。今からでもやめましょう」

「おお、聞いてはいましたがやはりお優しい……! しかしジャンヌよ、貴女は許せても私は許せないのです! 貴女は守りたいと思っても、私は滅ぼしたいとしか思えぬのですよ!

 国も神も消えればいい……! 我が道を阻むな、ジャンヌ・ダルク!!」

 

 おそらくは生前のジャンヌに近いだろう白ジャンヌ本人の説得にも、ジルは耳を貸さなかった。そして手に持った本を開き、まずは小手試しとばかりに海魔を召喚してカルデア勢にけしかける。

 

「召喚術師というわけですか!」

 

 ヒトデとタコを混ぜたような姿をした、熊ほどの体格を誇る怪物が20頭ほども虚空から出現したのを見て、白ジャンヌたちが驚きの声を上げる。

 ちなみに召喚術師と戦う時は術師本人を狙うのがセオリーだが、ジルは生前は元帥だっただけにそこは理解しており、5頭ほどを護衛に残していた。

 

「じゃあこっちも召喚獣でいきましょうか。お願い、タラスク!」

 

 マルタの呼ぶ声に応じて、彼女の前に大鉄甲竜が出現する。口から火を吐いて海魔を燃やし、それでも近づいてくる者はその巨躯で踏み潰した。

 

「おお、あれが聖マルタが調伏したという邪竜ですか!」

 

 今度はジルが驚きに目を見開く。あんなものがいてはとても通常の召喚では押し切れない。

 

「やはり宝具を使うしかないようですね。『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』!!」

 

 先ほどの召喚とは桁違いの勢いで大量の海魔が現れ、堤防を破った洪水のように床をひたして広がっていく。しかしその直後、ジルの斜め上から大量の矢が降り注ぐ!

 

「うぐぅっ! こ、これはあの狩人の宝具!? 私が宝具を使う瞬間を狙っていたか、匹婦めが!」

 

 いくら気を張っていても、宝具を開帳した、つまり魔力なり精神力なりを大量に使った直後はどうしても力が抜け隙ができる。そこを狙って上から矢を射るとは小癪な!

 それでもジルは頭や胸といった急所だけは何とか避けたり腕でかばったりしたが、全身に10本以上の矢が刺さって相当な手傷を負っていた。しかも彼の魔力と術の源である本にも命中したため、海魔の召喚もペースが遅くなっている。

 

「私の尻がどうかしたか? 汝の脚では私より速く走るのは無理だと思うが」

「おのれ、小娘がからかいおって!」

「年齢的には汝の聖女と同じくらいなんだがな」

 

 アタランテは軽口を叩いてジルを挑発しつつ、さらに矢を射ってまだ残っている海魔を掃討していく。ついで清姫も竜に変身して、アタランテとタラスクの防衛網を抜けてきた連中を焼き払っていた。

 

「何と、またも竜ですか!? くっ、やはり数の差が大きすぎますか」

 

 最初から分かっていたことだが、20人は多すぎる。そこに横から1人の剣士が現れた。

 

「ぬっ、貴方はバーサーカー!? なぜ我らを裏切る」

「褒美をケチる君主は家来に逃げられる、それだけの話です。今回はあの人たちにもらった甘味の分だけ仕事しに来ました」

「これだから凡俗は! 我が崇高な涜神の宴に褒美だの甘味だのと」

「遺言はそれだけですか?」

「おのれ!」

 

 ジルは剣術はできるが、今回はキャスターとして現界したので武器を持った前衛系戦士と渡り合うのは難しい。まして矢傷を受けていてはなおさらなのでここは距離を取ろうと後ろに跳んだが、Xオルタは素早く追って彼の顔を剣で突く、と見せかけて右手首を斬った。

 

「ぐっ!」

 

 ジルが痛みで本を取り落とす。これが無ければジルはキャスターとしてほぼ無力になるのであわてて拾おうとしたが、Xオルタはすかさず1歩踏み込んでかがんだ彼の肩を蹴った。

 サーヴァントの脚力で蹴られたジルの身体が後ろに転がり、Xオルタがその隙に本を拾って跳び下がる。

 武器を奪われたジルはどうするべきか一瞬迷ったが、その正面をふさぐように白い聖女が現れて旗を突きつけてきた。

 

「……ジル!」

「ジャンヌゥゥゥ!」

 

 2人の間にかわされた言葉はそれだけだった。2人とも間近で顔を見た瞬間に、相手の想いが痛い程伝わってきて、言葉での説得が無意味なのを理解したからだ。終わらせるには斃すしかない。

 とはいえジルはすでに戦える状態ではなく、すぐにジャンヌの旗槍の穂先で胸板を突き通された。心臓をまともに貫く致命傷である。

 

「ぐうっ……どうやら私の負けのようですね。やはりこの人数差で聖杯もなしでは……いえ、対等の条件でも負けていたでしょうな。

 貴女をあの炎から救うことも、生き返らせることも仇を討つこともできなかった、愚鈍なる私をお許し下さい。

 嗚呼―――私が本当に許せなかったのは、神でもフランスでもなく……」

 

 最後まで言い終えることなく、ジルは光の粒子となって消え去った。

 

「ジル……私は誰も恨んでいない。だから許される必要すらなかったというのに……」

 

 ジャンヌが悲しげにうつむいて呟く。

 その後ろ姿を見つめながら、マシュが光己に訊ねた。

 

「……先輩。あの人はなぜ、あそこまで……ジャンヌさん本人を前にしても、説得に応じるどころか殺そうとまでするなんて」

「ジルにとって、それほどジャンヌが大きな存在だったんだろうな。

 でも確か、生前は結局仇討ちしてなくて、代わりにと言ったら違うかも知れないけど、子供を大勢殺してたんだよな。そんな鬱屈しまくってたところに、聖杯やサーヴァントの力なんて都合のいいモノが降って湧いたから振り切れちゃったとか……俺もそんなに人生経験豊かじゃないから、確かなことはわからないけどさ」

「…………」

 

 マシュは辛そうに目を伏せたが、しかし感慨にふける時間はなかった。ロマニから通信が入って、特異点の修正が始まることを告げられたからである。

 

《藤宮君、マシュ、それにサーヴァントの皆! 敵性サーヴァントの消失を確認した。聖杯はすでに回収してるから、これで君たちも帰還となるはずだ!》

 

 すると、ブラダマンテとアストルフォがたたっと駆け寄ってきた。

 見れば足元から消えかかっているから、ロマニが言ったように修正がすでに始まっているのだろう。

 

「マスター! これでここの異変も解決したんですね。さすがです!

 本当にマスターに会えてよかったです。あ、そうそう。これ、マスターに会う前に拾った物なんですけど、座には持って帰れませんのでさしあげます。私には無用の長物でしたけど、魔力いっぱいですから何かの役には立つかと」

 

 ブラダマンテがそう言いながら光己に差し出したのは、虹色に輝く石らしき物がいくつかだった。ありがたく受け取ってポケットに入れる光己。

 

「それじゃまた会いましょうね、マスター!」

「ああ、こっちこそ2人に会えてよかった。ありがとな」

「うんうん。それじゃまた!」

 

 聖騎士2人が手を振りながら笑顔で消え去ると、次は清姫とエリザベートが現れた。

 

「ますたぁ。どうやらしばしのお別れのようですが、わたくし必ずますたぁの元に参りますので」

「最高のマスターとまでは言えないけど、なかなかのマネージャーぶりだったわ。もしまた会えたら雇ってあげるから、せいぜい元気にしてなさいね」

「おおぅ、清姫が言うと説得力あるなあ。それじゃしばらくさよならってことで。エリザもまたな」

「はい!」

 

 清姫とエリザベートが退去すると、次はジークフリートとゲオルギウスがやってきた。

 

「貴方のおかげでこの地に喚ばれた役目を果たすことができた。もしまた会えたらきっと力になろう」

「貴方がたのおかげで多くの民を戦火から救うことができました。聖人、いえ一介の宗教者として礼を言います。また会いましょう」

「いや、こちらこそ助かったよ。ありがとう」

 

 その次はマリーたち王妃組である。もう時間がないので、代表してマリーが前に出た。

 

「ありがとう、貴方たちのおかげでフランスは救われたわ! もし何か役に立てることがあったら恩返しさせて下さいね。ヴィヴ・ラ・フラーンス!!」

「お、おう。う゛ぃう゛・ら・ふらんす」

 

 元気と愛嬌いっぱいにそう言いながら、マリーたちも光の粒子になって退去した。

 ついでマルタとアタランテが来る。

 

「ありがとう、みなさんのおかげでハンパ者にヤキ……げふんげふん。聖女の役目を果たすことができました。もしよろしければカルデアにも呼んで下さいね」

「ああ、ぜひとも」

「私のようなただの狩人を助けた上に、子供たちを救う一助をさせてくれてありがとう。また会おう」

「ああ、こちらこそ」

 

 2人が去ると、次にXオルタが現れる。

 

「とても短い付き合いでしたが、悪くはなかったです。次があるなら和三盆が希望です」

 

 知り合ったばかりだけに好感度は上がっていなかったらしく、セーラー服の剣士はビジネスライクにそう言いながら去って行った。

 そして最後にジャンヌがゆっくりと近づいて来る。

 

「ありがとうございます。1週間ほどの短い間でしたが、皆さんのおかげで故国を守ることができました。

 もし私にできることがあるなら呼んで下さいね」

「ああ、もちろん」

 

 ジャンヌは光己の返事を聞くと、ちらっと横に視線をやった。その先には黒い自分が1人佇んでいる。

 こちらに来る様子はない。中立を貫く気のようだ。

 そしてジャンヌが消え終わると、ロマニではなくオルガマリーが声をかけてきた。

 

《聖杯は持ってるわね? それじゃレイシフトを始めるわよ》

「あ、はい。待っててくれたんですね」

 

 光己がそう答えた直後、目の前の景色がぐらぐらと揺らいでいく。カルデアへの帰還が始まったのだ。

 

 

 

 ―――邪竜百年戦争オルレアン 定礎復元。

 

 




 パール目当てでガチャしたらカーマが来てくれましたが、この方がこんなに育つということは桜も大人になったらこうなるということに? はたして士郎は耐えられるのか(何に)。
 カーマがここのカルデアに来たら主人公ヤバそうですが、清姫がいたら女の戦いになってかえって無事に……なるかなあ(ぉ


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第32話 第一特異点エピローグ

 光己がはっと気がついた時、そこは1週間前に出立したカルデアのコフィンの中だった。

 蓋が開いたので体を起こして外に出ると、マシュたちも同様にしてコフィンから出てくるところだった。みんな無事に戻って来られたようでめでたい限りである。

 オルガマリーとロマニとダ・ヴィンチの幹部3人が、コフィンのそばまで出迎えに来てくれた。

 

「お疲れさま。貴方たちのおかげで、まずは1つめの特異点が修正されました。

 まだ1つめとはいえ、これは誇っていい業績です。残念ながら特別な褒賞の類は出せませんが、今日のところはゆっくり休んで下さい」

 

 まずはオルガマリーがトップとして(できる限り)威儀を正してそう言うと、次にロマニが満面の笑みで褒めたたえてくれた。

 

「いや、まったく! ここまでうまくいくとは実に素晴らしい、次からもこれくらい順調にいってほしいものだよね。

 とにかくお手柄なんだ、ここは藤宮君の故郷的に、万歳三唱で称えさせてもらおう。ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい!」

「そ、そこまでされると照れますね」

 

 光己がちょっと困った様子で頬を指で掻く。ただここで、聖杯について以前から考えていたことを思い出した。

 

「それで、今度こそ聖杯持って来られたんだから、所長にレイシフト適性を付けてもらうか、それともマスター47人を治してもらうかしますか?」

 

 こうすればグランドオーダーの戦力が強化されると同時に素人の光己はお役御免、そしてここまでの功績の褒美として人理修復完了まで毎日が日曜日な暮らしをさせてもらえるだろうというもくろみである。

 本音をいえば何か私欲をかなえてほしいのだが、なにぶん今は全人類の危機なので、公益も考えているのだ。

 

「ああ、それは確かにいいアイデアだね。

 でもそれ1度使用済みの物だからね、ちゃんと調べてからの方が良いと思うな」

 

 するとダ・ヴィンチが慎重論を唱え、光己もそれはもっともと考えて同意した。

 

「あー、そりゃそうですね。わかりました。

 で、俺たちはこれからどうすれば?」

「そうだね、さっき所長が言った通り、まずはゆっくり休んでくれ。私たちスタッフは、特異点修正の経過を観察しなきゃいけないけど、君たちはそっちは専門外だしね」

「はい……っと、もう1つ」

 

 光己はフランスから帰る前にブラダマンテから石をもらっていた。ポケットをさぐって取り出してみると、なんとカルデアでサーヴァントを召喚する時に使う聖晶石にそっくりだった。

 オルガマリーがそれを覗き込んで驚きの声を上げる。

 

「というか本物の聖晶石じゃないの! よく見つかったものね。

 でも今すぐ召喚するのはちょっとせわしいから、夕食の前あたりにしましょう。

 それと……ありがとう」

 

 オルガマリーがちょっと照れながら光己に礼を言ったのは、彼が彼女にレイシフト適性を付けようと言ってくれた件にである。100%善意だけでというわけではないだろうし、オルガマリーも積極的に特異点に行きたいわけではないが、それでもオルガマリーのことを考えてくれたのは確かだから。

 

「あ、いえ……俺自身の都合でもありますんで。それじゃまた後で」

 

 光己はちょっと気恥ずかしくなって、あわてて管制室を出て行った。

 

 

 

 

 

 光己はマシュたちと別れて個室に入ると、まずはゆっくり昼寝することにした。

 寝袋でも中世の宿屋の寝台でもない、現代技術でつくられた柔らかく暖かいベッドの上で気持ちよく就寝するのだ。

 礼装を脱いでシャワーを浴び、寝間着に着替えて布団の下にもぐりこむ。寝過ごさないようアラームをセットした。

 

「それじゃ、おやすみなさい……」

 

 そして数時間後。光己がアラームの音で目が覚めてそれを止めた時、体の左半分に何か柔らかい重みがかかっているのを感じた。

 

「ん?」

 

 不審に思って顔をそちらに向ける光己。するとそこには女の子の顔が!

 

「アイエエエ! 清姫!? 清姫ナンデ!?」

 

 確かに来るとは言っていたが、まさかこんな形で現れるとは。光己は驚愕のあまり、はじかれたように反対側に跳び退いてベッドから転げ落ちてしまった。

 

「……。痛くはないけど、すごく痛い」

 

 無敵アーマーのおかげで身体的なダメージはないのだが、精神的なダメージは大きい。それでも光己が何とか上体を起こすと、清姫が心配そうに覗きこんできた。

 

「安珍様、大丈夫ですか……?」

「…………身体的にはね。とりあえず今後は無断入室禁止」

 

 驚かされた仕返しに禁止令を出すと、少女は大仰に身をすくめた。

 

「そんな、安珍様……安珍様にお会いするために必死で縁をたどって追いかけて参りましたのに」

「マジか……いやまあ確かに、清姫ってそういう逸話の娘だけどさ」

 

 それにしたって英霊の座から2014年のカルデアの、それも特定個人の私室まで辿り着くとはハンパではない。これが執念というものか……。

 

「でもアレだな、これはサーヴァントが外部からカルデアに侵入できるってことだよな。

 清姫は味方だからよかったけど、敵だったら大変なことになるな」

 

 後でオルガマリーたちに報告して、警備システムを強化してもらう必要がありそうだ。

 光己がそう口の中で呟くと、清姫がなぜか悲しそうな顔をした。

 

「そんな、旦那様……わたくしが来られないようにするとおっしゃるのですか?」

「いや、そうは言ってないだろ。カルデア全体についてのことだから、もうここにいる清姫には関係ないよ」

「そうですか、なら安心です」

「でもさっきも言ったけど、無断入室は禁止だからな。ちゃんとインターホンを使って、入室の許可を取ってから入るように。

 これは好き嫌いじゃなくて礼儀の問題だから」

「うう、旦那様が冷たいです……」

 

 清姫がよよと泣き崩れるようなポーズをしたが、そんなものでほだされはしないのだ。

 いや可愛い女の子が好いてくれるのは嬉しいのだが、彼女の場合、他の人と混同しているのがどうしても減点要素になるので。ちなみにフランスで1度、「俺は安珍の生まれ変わりっていう可能性も1兆分の1くらいはあるかも知れないけど、もしそうだったとしても安珍そのものじゃない」という意味のことを分厚いオブラートにくるんで言ってみたことがあるが、清姫は理解したのかしてないのか態度は変わっていない。

 まあ今は早いところ召喚ルームに行かなくては。

 

「おや、何かご用でも?」

「ああ、これから新しいサーヴァントを召喚するんだ。清姫も紹介しなきゃいけないからついてきてくれる?」

「はい、旦那様が行かれる所ならどこにでも」

 

 こうして光己と清姫は召喚ルームに向かったが、清姫を紹介されたオルガマリーたちはやはりいろいろと驚き呆れた様子であった。

 警備の強化についてはダ・ヴィンチが後で検討することとして、まずは先ほどの聖杯の件についての調査結果である。

 

「残念ながら、キミが持ってきたあの聖杯は、もう願望器としては使えなくなっていたよ。すでに1度大きな願いをかなえた上に、レイシフトを経ているからね。

 魔力リソースとしては優秀だけど、それだけさ」

 

 カルデアのレイシフトは人間やサーヴァントを対象にしたものなので、聖杯ほどの超高密度のエネルギー体に行うと多少の劣化は避けられないのだった。

 つまりオルガマリーにレイシフト適性を付けたり47人のマスターを治したりすることはできないし、他の願いごとをかなえることもできない。光己が次の特異点に持っていって使うこともできないのだった。

 

「むう……苦労して手に入れた途端に性能が暴落するとか、まるでゲームのキーアイテムみたいだ」

「先輩メタいです……」

 

 そんなわけで、聖杯はとりあえずダ・ヴィンチが厳重に保管することとなった。

 そしていよいよ召喚の儀式である。

 

「それで、聖晶石はいくつあるの?」

「ええと、6個ですね」

「ならちょうど2騎呼べるわね」

 

 もっとも、あまり大勢呼んでも光己の魔力量の都合があるから、全員特異点に連れていけるわけではないが、光己たちが特異点入りしている間の警備要員としてカルデアに残ってもらうこともできる。当人が納得してくれればの話だが。

 

「それじゃさっそく」

 

 前回と同じように、光己が魔法陣の中央に聖晶石を3個置いて召喚の呪文を唱えると、やはり前回と同じく光の柱が現れる。

 光が消えた後そこにいたのは―――。

 

 

 

 

 

「シャルルマーニュ十二勇士が1人、白羽の騎士ブラダマンテ。ランサーとして召喚されました。シャルルマーニュ大王に成り代わり、正義をなします!」

 

 青と白と赤のレオタードを着て、短い槍と星型の盾をたずさえた美少女だった。冬木とフランスで会ったブラダマンテである。

 

「……いえ、そんなしゃちほこばった挨拶はいらないですよね。マスター、お会いできてうれしいです!」

 

 彼女も冬木とフランスでのことを覚えていてくれたようだ。感極まった様子で魔法陣から飛び出て、光己にがばーっと抱きついてきた。

 

「おおっ!?」

 

 もちろん光己も思い切り抱き返した。薄着でナイスバディな美少女のやわらかくてあたたかい感触が大変素晴らしい、もとい自分と会えたことをこんなに喜んでくれているのが嬉しかった。

 

「ん~~~~、マスターってやっぱりやさしい人ですよね! こうしてそばにいるとはっきりわかりますよ」

「そ、そっか!? いやあ、ブラダマンテみたいないい娘にそう言ってもらえると嬉しいな」

「……って、いつまで抱き合ってるんですか!」

「ちょ、清姫!?」

 

 しかし、せっかくの幸せな時間は自称正妻の手で引き裂かれた。酷い話である。

 いったん離れてしまったらブラダマンテも改めて抱きつく気にはなってくれなかったので、光己は仕方なく2騎めの召喚に戻ることにした。

 考えてみれば、ブラダマンテにもらった聖晶石で彼女が来るのは、縁的に考えてごく順当な流れだったが、今度はどうなるだろうか?

 再び魔法陣の上に光がほとばしり、その後現れた人影は―――。

 

 

 

 

 

 

「ワルキューレ、スルーズです。召喚に応じて参上しました……ヒルドにオルトリンデ!?

 なるほど、強い縁を感じましたが、あなたたちがいたんですね」

 

 ヒルドとオルトリンデによく似た少女だった。どうやら2人の同僚のようで、今回もこの縁で召喚されたのだろう。

 2人より落ち着いたお姉さん的な感じがする金髪紅眼の美少女である。服装もよく似ているが、フードをかぶっていないので肩と腋と胸の谷間がバッチリ見えるところが素晴らしい。

 

「うん、これで3人そろったね! マスターと人理のためにがんばろう!」

「あとはブリュンヒルデお姉さま……いえ、さすがにこれは我が儘がすぎますね」

 

 ブリュンヒルデといえば有名なワルキューレだが、彼女まで来ると、さすがに戦乙女比率が高くなりすぎると自制したようだ。

 光己としては、スルーズは人格的にまともそうでやる気も実力もあるようなので、さしあたって不満はないが、3姉妹が揃ったというなら望みたいこともある。

 

「姉妹がそろったってことは、ト〇イアン〇ルアタックとかジェッ〇スト〇ームアタックとか使えるようになったりする?」

「へ!? う、うーん、そういうのはちょっと。

 でもあたしたちはお互いに同期できるから、練習すればコンビネーションプレイみたいなのはできると思うよ!」

「そっか、じゃあ3人とも連れてくことがあったら頼むな」

「うん!」

 

 ということで今回の召喚も無事成功し、光己たちは1週間ぶりにカルデアで食事をとりながら、新入り2人との友好を深めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 その翌朝、光己とサーヴァントたちは朝食のあと会議室に呼び出された。

 8人がそこに向かうと、オルガマリーたち幹部3人がすでにテーブルについていたが、表情を見るに悪い話ではなさそうだ。

 

「朝からご足労願ったけど、特に藤宮にとってはいい話だから安心してちょうだい。

 今ロマニたち事務方に次の特異点を調査してもらってるけど、もう少し時間がかかりそうなの。時代と場所が確定しないんじゃ、貴方たちは現地についての予習も無理だから、夏季休暇の1つでもあげようと思って」

 

 事務方は働いてるのにという考え方もあるが、現地組は危険を冒して戦闘しているし野宿などもある。多少の優遇があってもいいだろうというのが幹部組の判断だった。

 何を隠そうカルデアには、プライベートビーチだってあるのだ!

 

「現状だとレイシフトで行くしかないから私やロマニは行けないんだけど、気にせず心ゆくまでリフレッシュしてきてちょうだい」

「マジですか所長! おおぉ、所長の後ろに後光が見える……」

 

 光己は感謝感激のあまり、オルガマリーを拝み出さんばかりだった。

 人類がほぼ滅亡したこの世界で、まさか青い海に白い砂浜に輝く太陽、そしてそして!美少女サーヴァントたちのまぶしい水着姿を堪能させてもらえるなんて……!!

 

「もちろん希望者だけだけど、藤宮は聞くまでもないわよね。他の人たちはどう?」

「先輩が行くなら、私も」

「もちろん行きますわ」

 

 返事をしたのはマシュと清姫が同着で1位だったが、断る者はいなかった。実際、光己と海水浴に(2人きりならともかく大勢で)行くのが嫌だというほど好感度が低いサーヴァントはいないのだ。

 こうして、夏のアバンチュールイベントが開催されることになったのだった。

 




 カルデアが手に入れた聖杯が魔力リソースになっちゃうのは、普通に使えたらストーリー展開上困るというメタ事情なんでしょうなあ。
 ブラダマンテとスルーズが来たのは予定調和というやつですね。2回引いて星5鯖と星4鯖とか何て豪運!
 現在作中時間では8月上旬ですので、水着イベントをここに入れることにしました。ローマ編って日数きちんと考えると何ヶ月もかかってしまうのですな(^^;


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カルデアサマーメモリー ~水着の我が王VS〇〇〇~
第33話 謎の無人島


 プライベートビーチにバカンスに行くなら、何をおいても必要なのが水着である。光己の分は、ダ・ヴィンチがやっつけ仕事で作った海パン型の礼装が用意されており、サーヴァントたちの分はワルキューレたちのルーンで何とかする予定だ。

 もっともプライベートビーチといっても、ダ・ヴィンチが見つけた特異点もどきと言うべきもので、環境的には南国の無人島で海水浴にはうってつけだが、人間はいないしホテルの類もない。しかしモンスターの類もいないので、1泊2日くらいなら問題ないと思われた。

 ―――そして実際に到着したその島は、まさしく世間一般のイメージ通りのリゾートアイランドであった。

 

「おお、これはすごい! 今の地球にもこんなとこが残ってたんだな。世界全部が冬木みたいになったわけじゃなかったんだ」

 

 抜けるように澄み切った青空の中、天には白い太陽がまばゆく輝いて、夏の日差しをふりまいている。足元には白く美しい砂浜、視線の先にはどこまでも広がる綺麗な青い海。

 背後はなだらかな山で、ジャングルとまではいかないが、緑豊かな森になっていた。

 ただし今からすぐ遊べるわけではない。

 

「先輩、どうやらレイシフトが正常に働かなかったようです。カルデアとも連絡が取れません。

 私たちがこうして無事にいる以上、存在証明だけはできていると思われますが」

 

 どうやらここは、見た目こそ似ているが、当初の目的地ではなかったようなのだ。

 全員一緒に来られたことだけは幸いだったが、ここがどこなのかも分からないというありさまである。

 気温や植物から見て赤道に近い南国の島だと思われるが、それ以外の特徴はないので場所の特定ができないのだった。

 

「そうだ、こういう時こそ原初のルーンじゃない?」

 

 光己が期待をこめて3姉妹に顔を向けるが、このたびはさすがに無理のようだった。

 

「いえ、ここが特異点でなければいけるのですが……」

「通常の地軸から切り離されてるって感じだよね」

「時間軸の方も怪しいです。おそらくこちらの時間の流れの方が速いので、帰った時に向こうで時間が経ちすぎていて困ったということにはならないと思いますが」

 

 つまり浦島太郎の逆である。それなら多少帰りが遅くなっても不都合はなさそうだ。

 しかし、それにはまた別の問題があることを段蔵が指摘してきた。

 

「ところでマスター、魔力の方は大丈夫ですか? カルデアから届いているかどうか自体がまず問題ですが、仮に届いていたとしても時間の流れが速いなら、一定時間内に受け取れる魔力の量が減るということになりまするが」

「んー、言われてみれば……でも今んとこ大丈夫みたいだ」

 

 しかし幸い、理屈は不明だが魔力はちゃんと来ているようだ。

 

「あと何か問題ある?」

「さようですな。あとは衣食住についてですが、衣は問題なし、食は1泊4食が8人分、つまりマスターとマシュ殿だけが食べるなら5日分あります。住はテントがありますから、今すぐ生命にかかわるような問題はないかと存じまする」

「そっか、ありがと」

 

 光己は段蔵の意見を聞き終えると、ふーむと考えこんだ。

 そして出した結論は。

 

「よろしい、ならばバカンスだ!」

「いいのですか?」

「今日1日くらいはね。明日になってもカルデアから連絡が来なかったら、脱出手段の検討を始めよう。それがすぐできるならよし、できないなら島の探索と食料調達もする。

 ……ってことでいいかな?」

 

 後半の台詞は皆を見回しながら言うと、サーヴァントたちもせっかくリゾートに来たのだから少しは遊びたいと思っていたのか、反対意見は出ず、皆同意してくれた。

 万が一滞在が長期にわたったとしても、水はワルキューレが氷を出せるからそれを溶かせばいいし、食料は段蔵が現界した時に得た知識で、森に生えている植物が食用に適するかどうか分かるので、マスターとマシュが飢えたり渇いたりする恐れはまずないという安心感もあったので。

 

「よし、それじゃテントを張ったら着替えだな。着替え!」

「先輩、覗きは犯罪ですからね」

「ちょ、マシュは俺をどんな目で見てるの?」

 

 光己は健康な思春期男子だが、モラルも人並みにわきまえているつもりだ。美少女の着替えを見たいという欲求は当然あるが、覗きまではしない。

 

「そうですね、では着替えましょう」

 

 まずマスターがテントの中で着替えたら、外に出て砂浜で待つ。ただし1人では不用心なので、女性陣の着替えは1人ずつで、残りは彼と一緒だ。

 1番手はやはりマシュである。飾り気のない白いキャミソールのようなデザインだった。

 水着を着るのは初めてなのか、ちょっと恥ずかしそうにもじもじしている。

 

「あの、先輩、どうでしょうか……?」

「おお、似合ってるよ。可愛い」

 

 シンプルで露出も抑えた白い水着は、彼女の純朴な性格にマッチして非常にグッドだ。少なくとも光己はそう感じた。

 胸の谷間はわりかし出してくれている点も含めて。

 

「そ、そうですか。ありがとうございます」

 

 マシュは褒められてさらに恥ずかしくなったのか、そそくさと彼の視線が届かないように、彼の後ろに隠れた。初々しくて実によろしい。

 2番手は清姫である。無地紺色のスクール水着っぽいデザインで、腰に白いリボンを巻き、なぜか槍を持っていた。水着になったことで、年齢のわりには発育がよいのがさらによくわかる。

 

「デザインはいくつかあったのですが、森を探索するかも知れないということで、動きやすさ優先でこれにしました。

 え、槍? なぜかクラスがランサーに変わりまして」

 

 もっとも狂化はEXのままなので、言動に変化はない。

 

「そっか、いつもやる気十分でうれしいよ。

 でも、今は槍は使わないから消しといてね」

「はーい」

 

 旦那様に褒めてもらえたことで、清姫はとりあえず満足して、槍を引っ込めていったん脇に下がった。

 次に来たのはブラダマンテである。青と白と赤に金色を所々にあしらったカラフルなデザインのビキニで、露出度高めかつボトムスのVカットの角度がえぐい。しかし明朗快活な彼女だけに、下品さをあまり感じさせず、ぴったり似合っていた。

 

「えへへー。どうですか、マスター」

「おお、すっごいいいな! フランス語だとトレビアーン!っていうのか!?」

 

 くるっと回ってポーズを取ったブラダマンテに、光己はぐっと親指を立ててそう称えた。

 特にお尻が形が良くて張りがあって、露出ももちろん多くて大変結構だったが、そこまでは言わない。とにかく彼女に会えて良かったと思う。

 大げさに身振り付きで褒めてもらえた騎士少女が、満足げににこにこしながら横に下がる。そこまではしてもらえなかったマシュと清姫はちょっと面白くなさそうに、(やはり露出度なんでしょうか?)(それともあのぶるんと揺れるおっぱいが?)などと邪推していたが、言葉や態度にまでは出さなかった。はしたないし、もし彼が認めてしまったらそれはそれでアレなので。

 次は段蔵が現れる。シンプルな黒の競泳水着っぽいデザインで、引き締まったボディによくフィットしていた。

 

「水の抵抗が少ないので水練には良さそうですな。ちと恥ずかしいですが」

「いやいや、似合ってるよ。でも段蔵って海水は大丈夫なの?」

「はい、今はサーヴァントですし、もともと完全防水ですから問題はありませぬ」

「そっか、じゃあせっかくのバカンスだからたっぷり遊ぼう」

「はい」

 

 戦国時代に完全防水の自動からくり人形とか、果心居士って何者だ!?と光己は驚愕したが、口にはしなかった。しかもこんな美人でとは。

 そしてトリはワルキューレ3姉妹が同時に現れた。

 

「お待たせしました」

「じゃーん! えへへ、どうかなマスター? 似合ってる?」

「初めて作る服ですが、他の方のも含めてよくできたのではないかと」

 

 水着は形状は同じで色違いのビキニである。スルーズがイエローで、ヒルドがピンクでオルトリンデが黒、つまり髪の色に似せていた。しかもいわゆる三角ビキニで、背中と首の後ろがヒモ結びになっている。いや、ボトムスの左右もだ。

 スタイルはいいからバッチリ似合っているが、光己はヒモをほどきたくなる誘惑に耐えるのが大変だった。

 

「そ、そだな。3人のも含めてすごいGJだ。ありがとな」

 

 こんなまぶしい水着美少女たちをしばらく独り占めできるなんて、通信途絶がむしろラッキーに思えてきた光己なのだった。

 

「それでこれからどうするの?」

「そりゃもちろん、思いっ切り遊ぶんだよ。普通に泳ぐのもいいし、水かけっことか騎馬戦とかビーチバレーとか砂遊びとか、それに疲れたら日光浴とか」

 

 思春期男子としてはサンオイル塗りっこが一押しなのだが、さすがにそれは口にできない。もうちょっとこう、夏の日差しと海辺の魔力で開放感が上がってくれればワンチャンあるかも知れないけれど。

 撮影会もしたいが、これもまだ時期尚早と思われる。

 

「うん、それじゃさっそくいこう!」

 

 ヒルドがそう言いながら、光己の後ろから抱きつく。熱い素肌がふれあい、豊かな胸がすりつけられる感触に少年がどきっとする間もなく、左右からスルーズとオルトリンデに腕を取られた。

 

「それじゃいきましょう、マスター」

「いろいろ教えて下さい」

「お、おおぅ……!?」

 

 3人がかりで肌色アタックされては防ぎ切れるはずもなく、あっさり引っ張られていく光己。

 

「……って、何ますたぁを1人、いや3人占めしてるんですかー!」

 

 無論、清姫やマシュたちも追いかけていくわけだが。

 

 

 

 

 

 

 その頃島の反対側では、若い女性3人が砂浜を大儀そうに歩いていた。当然ながらサーヴァントだ。

 

「暑い……まったく、なぜ私がこんな所に呼びつけられねばならんのだ。

 おそらくは貴様のせいなのだろうがな、刑事女」

「えー、そんなこと言われても証拠はないじゃないですか。

 自分だけ鎧着てて暑いからって、八つ当たりしないで下さいよ」

 

 1人めは、病的なほどに白い肌をした15歳くらいの少女である。いかにも暴君的なオーラをただよわせており、一言でいえば冬木で会ったアーサー王にそっくりだった。黒い甲冑の下に黒い服を着ているので、南国で暑いのは当然のことだろう……。

 2人めは20歳くらい、美少女から美女に変わる微妙な時期っぽい娘である。明るく闊達な印象だが、どこか疲れたOLのような雰囲気も感じられた。金髪碧眼でスタイル抜群、バストの迫力はブラダマンテに匹敵するレベルだ。

 服装は青いジャージの肩から上の部分と青い帽子、それに白地に青いラインで縁取りした紐ビキニである。なるほどこれなら南国に適応しているので、黒鎧娘に妬まれても仕方かも知れない。

 

「でも実際、私とオルタがいるのは貴女からの連鎖召喚なんでしょう?

 こう、あの制服、じゃなかった征服狂いのヤンキーを召喚したら、誰も呼んでないのにダレイオス三世が現れたって感じで」

 

 こう言ったのは3人めの娘、顔立ちと体格は1人めそっくりだが、普通に健康的な肌つやの少女である。服は露出は少ないが、鎧なしで青と白のドレスっぽい装束なので、1人めよりはだいぶ過ごしやすい感じだった。

 

「いや、私だってセイバーというか、本家になんて絶対来てほしくなかったんですが……。

 むしろセイバー殺すべし。全アルトリア顔セイバー殺すべし」

「物騒なこと言いますね……。

 しかし、今はなぜ私たちがこの地に呼ばれたのかすら分からない状況ですからね。くれぐれも暴発は控えて下さいよ」

「わかってますよ。この土地なんだか魔力少ないですしね……」

 

 3人はどうやら聖杯に召喚されたのではなく、この島自体に呼ばれたようだ。しかし魔力供給は潤沢ではなく、1人めの娘が暑そうにしていたのはこのせいでもあった。

 この島で起こっているのだろう異変のせいか、それとも単に本来1人で受け取るべき魔力を3人で分けてしまっているためか。

 

「どこかに頼れるお財布、もとい良いマスターでもいないものですかねぇ」

「そんな態度で引っかかるマスターはいないと思うがな。それともその無駄に育った乳で、色仕掛けでもするか?」

「なっ、い、色仕掛け……!? し、しませんよそんなこと。

 だいたい貴女だって、その暴君的アトモスフィアどうにかしないと、普通のマスターは逃げちゃいますよ」

「フン、そんな軟弱者、こちらから願い下げだ」

 

 1人めと2人めはいまいち仲が良くないようだ。やむを得ず、1番常識的で穏当な性格の3人めが仲裁に入る。

 

「2人とも無駄な争いはやめて下さい。ここには魔物だっているんですから……ほら言ってるそばからまた!」

 

 何しろこの島には敵性生物がいるのだから。突如海中から現れた巨大なヤドカリの群れに向かって、3人はそれぞれ得物を構えるのだった。

 




 章題でネタバレしていくスタイル(ぉ
 謎の刑事娘が呼ばれた理由はヒント:「宇宙」「ブラック上司」


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第34話 浜辺のレジャー

 光己たちは帰還のことは明日考えることにして、今は海水浴をめいっぱい楽しんでいた。

 マシュは水泳は初めてということで、段蔵とブラダマンテに教えてもらっている。他のメンバーは水かけっこをしていた。

 

「……って、なんで俺ばっかり狙うんだ!?」

 

 そこで、なぜか光己は4人に集中攻撃をくらっていた。

 

「だってその、ますたぁ以外の方とやっても面白くありませんから」

「だよねぇ」

 

 清姫がちょっときまり悪いのか、目をそらしながら言い訳し、ヒルドがその尻馬に乗る。スルーズとオルトリンデも、無言ながら同じ意見のようだ。

 それは光己も理解できる。清姫とワルキューレ姉妹はそういう遊びをするような間柄でもないし、姉妹は自分たちでやり合うくらいなら、3人で組んで別の者にと思うだろう。

 しかし納得はできない。

 

「ええい、だからってやられっ放しでいられるか! 今までの訓練の成果を見せてやる」

 

 今は4人に包囲されているが、こういう時はまず一点突破を図るべきだ。光己は魔力放出で地面を蹴って、1番近くにいたオルトリンデに飛びかかった。

 しかしいくら仲は良いからといって水着の女子に襲い掛かるとは、むしろ彼が1番夏の魔力で理性やモラルから解放されているようだ。

 

「きゃー」

 

 オルトリンデは露骨に棒読みな悲鳴を上げつつ、くるっと踵を返して逃げ出した。しかし間に合わず、後ろから抱きすくめられてしまう。

 

「お!?」

 

 まさか本当に捕まえられるとは思っていなかった光己の心臓がどきっと高鳴る。何しろ胸から下腹部にかけて、彼女の背中とお尻にぴったりくっついてしまったのだ。肩越しにのぞくたわわなふくらみに視線が釘付けである。手が勝手に吸い寄せられるのを止めるのが大変だった。

 その両手は、今は彼女のお腹をかかえている。彼女の手が手首にそえられているが、引っぺがそうとする様子はないので、乗ってくれているのだろう。

 じかに触れあった濡れた素肌は、戦いになればあんなに強いのに、今は普通の女の子のようにやわらかかった。

 

「きゃー、捕まってしまいました」

 

 オルトリンデの棒読みな声で光己は我に返った。彼女がせっかく乗ってくれているのだから、こちらもちゃんとエンターテインメントせねば。

 光己は改めて彼女のお腹をきゅっと抱いて固定すると、そのまま回れ右して追ってきた清姫たちに体を向けた。

 

「おおっと、そこで止まってもらおうか。オルトリンデのいの……貞操が惜しかったらな!?」

「なっ、年若い少女を盾にするとは勇士として……いえ、最後のマスターがサーヴァントの後ろに隠れるのは、いたって当然の話ですね」

 

 スルーズは光己を糾弾しようとしたが途中でやめた。貞操云々についてスルーした意図は不明である。

 しかしそこに過敏に反応する者もいた。

 

「安珍様ぁぁぁ! 貞操ならわたくしがいくらでも差し上げるというのに、なぜ他の女性をぉ!?」

 

 言うまでもなく、両目がぐるぐる渦巻きになった清姫だ。コワイ! 恐怖を覚えた光己はサーヴァントたちに阻止を頼んだ。

 

「スルーズ、ヒルド! 清姫を止めるんだ」

「はい」

 

 2人が清姫の左右から腕を取って止める。当然清姫は困惑した。

 

「な、わたくしはお2人の妹さん?を助けようとしてるのになぜ」

「だってほら、清姫だと勢いあまって、オルトリンデまで吹っ飛ばしちゃいそうだし」

「うっ、それは」

 

 ヒルドの的確な指摘に、清姫は抗弁できずひるんでしまった。光己が勝ち誇って高笑いする。

 

「ふはははは、悔しいか清姫!? 悔しかろうのぅ。そこで俺がオルトリンデにえっちいことするのをおめおめと見守っているがいい」

 

 光己は開放感のあまりかすっかり悪役ムーブになって、右手はオルトリンデのお腹に置いたまま、左手はまず少女の頬をやさしく撫でた後、指先で首すじをついーっとなぞっていく。

 

「ん……ッ、マス、ター……」

 

 すると彼女の歳に似合わぬ妙に艶っぽい声がこぼれてきたので、光己はゾクッとしてしまった。もっと聞きたくなって、さらに下の方に指を這わせる。

 同時に右手を上げていき、おっぱいの高さで合流しようとしたまさにその時。

 

「とぉ―う! たとえマスターといえども、悪事を働くのは見逃せません。ブラダマンテ、正義を成します!」

 

 突然彼の背後に長身の少女が現れて、両手を真上に持ち上げ羽交い絞めにされてしまった。ここからがいい所なのに何てこと!?

 

「ブ、ブラダマンテ!? ええい、なんて空気が読めない娘なんだ。止めに入るにしてもせめてあと3時間待つ慈悲はないのか」

「3時間ってどれだけですか……とにかく、悪は許しません。さあ皆さん、不埒なマスターを成敗しちゃいましょう!」

「ちょ!?」

 

 こうして光己は、なぜかマシュも加えた5人がかりで、ざぱざぱと海水をかけられまくったのだった。まる。

 

 

 

 

 

 

 お昼ご飯はサンドイッチである。カルデアでつくってきた物だ。

 明日からは食事は光己とマシュだけになるかも知れないが、今日は全員で食べることにしていた。砂浜にシートを敷いて、みんなで座って仲良く食べているが、あぐらをかいて座った光己の脚の間には、清姫が横向きに三角座りしている。

 

「はい、あーんして下さいますたぁ!」

 

 このサンドイッチのいくつかは彼女が作ったものなので、こうする権利はあるといえるだろう。基本和食系の彼女だが、洋食も簡単なものならちょっと教えてもらえば作れるのだ。

 

「おー、あーん」

 

 光己は機嫌よくそれに応じていた。さりげなく彼女の腰を軽く抱いていたりする。もう片方の手はサンドイッチを持っていて、これは彼女に食べさせてあげる分だ。

 ちなみにこれは彼自身が作った物で、清姫にサンドイッチの作り方を教えたのも彼である。

 

「じゃあお返し。あーん」

「あーん!」

 

 自分でつくったごはんを愛する旦那様と密着しながら食べさせっことあって、清姫のご機嫌も天元突破であった。しかしそれにも終わりの時は来る。

 

「それじゃそろそろ交代だね!」

 

 無情にもワルキューレ姉妹が退席を要求してきたのだ。光己が食べられる量には限度があるので、食べさせっこは1個ずつで交代という協定なのである。

 もちろん希望者限定だが。

 

「むー」

 

 清姫は恨めしげに唸りつつも、仕方ないので抱っこ席から退席した。その後釜にヒルドがしゅたっと腰掛ける。

 

「それじゃあたしたちの番だねっ! いつもよくしてくれるマスターにサービスサービスぅ!」

「いやあ、俺の方が世話になりっ放しなのにここまでしてもらえて感激だな!」

 

 ヒルドとは冬木以来の付き合いだし、メンタルの波長も合ってすっかり仲良くなったので、こんなこともわりと積極的にしてくれるのだ。光己も彼女の腰を抱いて好意を示したが、そこでまさかスルーズとオルトリンデが、後ろから背中にぴったり張りついてくれるとは。

 窓、じゃなかったおっぱいが、おっぱいが当たってる!

 

「おお!? いやマジ嬉しいけどスルーズまで!?」

 

 オルトリンデとはフランス以来で相応に親しくなっているからまだ分かるが、スルーズは昨日迎えたばかりなのに。

 

「はい。でも私たちは同期して記憶を共有できますし、意見を違えることはありませんので」

 

 つまり、たとえばヒルドが光己と食べさせっこすると決めたら、スルーズとオルトリンデも付き合ってくれるということになるわけだ。手間が省ける話だが、これは1人に嫌われたら全員に嫌われるということでもあるので、必ずしもお得とはいえない。

 

「あー、そういえばそんなこと聞いてたような。

 でも記憶だけもらうのと、実際に体験するのは違うんじゃない?」

「じゃ、これからはマスターが体験させてください」

 

 スルーズが鼻にかかった声で、光己の耳元にささやきながらしなだれかかる。オルトリンデも真似して上体をすりつけてきた。

 

「おおぉ、何というモテ期……!?」

 

 水着美少女3人にちやほやされて、光己はすっかり有頂天である。一方先ほどまでの覇者だった清姫は、ぐぬぬと歯を軋ませていた。

 

「あざとい、さすがわるきゅぅれあざとい」

 

 相互理解のため、昨晩カルデアの図書室で読んだ資料によれば、ワルキューレの仕事は勇士の勧誘と接待であるという。つまり、男性に喜ばれて好かれるための立ち居振る舞いについてはプロ、生前は箱入り娘だった清姫がかなう相手ではないというわけだ。

 しかも3人は単に勇士候補にコナをかけているだけというわけではなく、「よくしてくれるマスターにサービス」というのも嘘ではないので、ケチをつけにくいのである。

 

「うー。えっちなのはいけない(ry」

 

 マシュは自作サンドイッチは用意していたものの、彼の膝の間に乗り込んでお肌のふれ合いをする度胸はないらしく、負け犬ムーブであった。子兎のような口つきで、サンドイッチをはもはもと頬張っている。

 ブラダマンテと段蔵は食べさせっこには関心がないらしく、並んで普通に食べていた。

 その間に光己たちは、ヒルドの番が終わってオルトリンデが席につく。

 

「オルトリンデもやってくれるんだな。それじゃさっきの続きもしよう!」

 

 夏の魔力と水着美少女たちの魅力で普段より200%増しのハイになった光己は、さっそくオルトリンデの背中や首すじ、うなじといった弱そうな所を指先で攻め始めた。

 オルトリンデはくすぐったそうに小さく身をよじらせたが、嫌がる様子はない。こちらも開放的になっているのだろうか。

 

「きゃ、ぁ……マスター、あの、そんなにされたら、せっかくのマスター手作りのサンドイッチが食べられなく」

「サンドイッチは冷めてまずくなるものじゃないから大丈夫だよ。ゆっくり食べてくれていいから」

「んぅ……」

 

 そんな感じでオルトリンデと存分にスキンシップして親交を深めたら、最後はスルーズの番である。

 

「じゃ、あーんして」

「はい」

 

 こんなことできるんだったらフランクフルトでも作ってくればよかったなー、などと邪なことを考えつつも、普通に?食べさせっこをする光己。もちろんスルーズの腰を抱いたり背中を撫でたりと、お肌のふれ合いで親近感を深めることも怠らない。

 

「……ん。マスターの手、あたたかいですね」

 

 するとスルーズはそんなことを言いながら、つややかな手と指で光己の背中を撫で返したりしてくれた。落ち着いた雰囲気の彼女だけに艶っぽい声は聞かせてもらえなかったが、不満などはまったくない。

 そして名残惜しくも食べ終わった後は、一休みしたらビーチバレーである。一般人とサーヴァントでは身体能力に差がありすぎるので、光己は主に審判だが、むしろそのおかげでサーヴァントたちの伸びやかな肢体が躍動するさまを合法的に鑑賞できてラッキーであった。

 

(おおぉ、やっぱブラダマンテが1番でかいな……!)

 

 ジャンプしてスパイクする時などもう絶景だ。着地した時にぶるんっと揺れるのに気を取られすぎて、1度アウトの判定をしそこねて怒られたくらいである。

 その後は定番の追いかけっこなどもした。捕まったり捕まえたり時にはずみで水着のヒモ結びをほどきたいと思ったりしたが、好感度ダウンは必至なのでできなかった。

 

(くくぅっ、ヘタレ! 俺のヘタレ!)

「あははー、マスターのえっち」

 

 もっとも一部のサーヴァントたちには読まれていて、それでも抱きついたりしてくれるのだから、夏の魔力のおかげとはいえ相当仲良くなったのは確かだと、己を慰める思春期ボーイなのだった。

 そして日が傾きかけてきた頃、カルデア一行は夕食の支度を始めていた。定番のバーベキューである。

 

「今回はワイバーン肉じゃないから、みんな新鮮な気持ちで食べてくれ!」

 

 それもカルデアの冷蔵庫からいただいてきた、21世紀産の牛・豚・鶏の肉と野菜だ。ワイバーンじゃない肉は久しぶりなのである。

 

「おー!」

 

 ヒルドが元気よく握り拳をかかげて、さっそく調理が始まった。

 最初に焼けた肉を、まずはマスターが箸でつまんで口に運ぶ。

 

「おお、美味……」

 

 運動で腹をすかせていた光己が満足そうに舌鼓を打つ。何だかんだ言って最後のマスターも悪くないと思った。

 ではいよいよ皆でということで音頭を取ろうとしたところで、不意に段蔵が手を挙げる。

 

「ん、どうかした?」

「はい、あちらから人影が……走ってくる、速い!? この速さはおそらく戦士系のサーヴァント、それも3騎もいます。皆様お気をつけ下さい!」

「えええっ!?」

 

 なぜこんな所にサーヴァントが3騎も現れるのか。光己たちは首をかしげつつも、とにかく防衛態勢に入るのだった。

 




 まじんさんお迎え成功ー! 配布石ほとんど使っちゃいましたが良しとしよう。でも50連くらいやって以蔵さんは1枚とかPUどうなってるんだろう。


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第35話 無人島の三アルトリア

 カルデア現地組は、現在ルーラーはいないし本部による生体反応調査もないので、1番遠くまで目が届くのは、段蔵のニンジャ遠視力だ。それによると、接近中の3人は全員女性。1人は20歳くらいで水着姿、1人は15歳くらいで黒い鎧を着ており、1人はこれも15歳くらいで青と白のドレスっぽい服を着ている。顔立ちがほとんど同じなので、同じサーヴァントの別側面が同時に現界したものと思われた。

 マスターらしき人影はない。聖杯か抑止力に呼ばれたのだろうか。

 

「……というかあれ、もしかして冬木で会ったアーサー王じゃありません?」

 

 すると、目を凝らして注視していたブラダマンテがそんなことを言ったので、光己はびっくりしてしまった。

 

「え゛!? マジで!?」

 

 まさかあの時の仕返しに!? 清姫がカルデアに来られたのだから、アーサー王がここに来られてもおかしくはない……が、冬木のアーサー王は自分たちを恨んでいる様子はなかったから、そこまではしないと思う。

 

「じゃあ何で走って来てるんだろ?」

「わかりませんが、先輩は下がってください」

 

 それでも用心は必要だ。マシュは盾を出して光己をその後ろに隠し、ワルキューレたちもそれぞれ守護のルーンを使って3重の結界を張る。

 3人は攻撃してくる様子はなく、カルデア一行から3メートルほど離れた位置で停止した。

 間近で見ても、先頭の少女は冬木で会ったアーサー王に瓜二つだ。しかし彼女にあの時の記憶があるかどうかは分からないし、3人の意図もまだ分からない。果たして何が目当てでわざわざ走ってきたのだろうか……?

 カルデア一行が固唾を呑んで3人の動向を見守っていると、アーサー王らしき少女がおもむろに口を開いた。

 

「あの肉を見ろ、青。あれをどう思う?」

「すごく……美味しそうです……」

 

「……んんん?」

 

 もしかしてこの3人、バーベキュー目当てで来たのか?とカルデア一行が首をかしげる。そしてそれは正解だった。

 

「うむ。ではそこの8人、その肉を献上することを許す」

「そんな許可いりませんのでお引き取り下さい」

 

 黒い王様の超上から目線での要求を、清姫はフンッと歯牙にもかけずに拒絶した。王様はこめかみにピシリと井桁を浮かべたが、そこに水着娘が仲裁に入る。

 

「ああもう、だから暴君アトモスフィアじゃ逃げられるって言ったじゃないですか。

 すみません、このヒト生前の王様気質が抜けてなくて。私たち、いわゆるマスターがいないはぐれサーヴァントなんですけど、ここに来てから魔力不足な上に何も食べてなくてですね。頼れるお財布、もとい良いマスターを探してるんですよ」

「夫をえぇてぃぃえむ扱いする方ですか? よそを当たって下さいませ」

「はうっ!? いえそういうつもりではなくてですね」

 

 実際のところ、サーヴァントがマスターに魔力や金銭(生活費)を要求するのはごく正当なことなのだが、多分言い方が悪かったのだろう。水着娘は弁解しようとしたが、それでは埒が明かぬと見たドレス少女が割り込んだ。

 

「いえ、私たちは別に三食昼寝おやつ付きのぐーたら生活がしたいわけでは……してみたいですが、サーヴァントとしてやるべきことはやりますよ。

 というわけで―――問おう。貴方が私のマスターか?」

「違います」

 

 しかし魔力不足のためか意欲を疑わせる台詞が出たので、清姫を納得させることはできなかった。ぴしゃりはねつけられた3人は、魔力不足のためこれ以上の侵攻が不可能になりへたりこんでしまう。

 さすがに哀れを覚えた光己が話に加わった。

 

「清姫、いいディフェンスだったけど、はぐれサーヴァントがいるんなら、ここはやっぱり特異点なんだろうし、何か情報持ってるかも知れないから、話くらいは聞いてみようよ」

 

 もし3人がフランスでの白ジャンヌやジークフリートと同じ立ち位置なのだったら、共闘するべきだという意味である。いたって順当な意見だったが、清姫はそれにも疑いの目を向けた。

 

「それはそうですが……ますたぁはこの方の胸が大きいからとか思ってません?」

「!?」

 

 こういう場合男性側は普通嘘でも否定するものだが、こと清姫に対しては悪手である。光己はやむを得ず正直に答えた。

 

「そりゃ思ってるさ、男の子だからな! あーでも半分くらいだぞ、だいたい」

「!?」

 

 素直にぶっちゃけられて今度は清姫の方が言葉に詰まってしまった。

 もちろんセクハラ発言なのだが、「嘘をつかないで」という清姫の要求に沿ってのことだから仕方がない。といって「人理修復という大仕事の最中なんだから性欲は抑えろ」なんて綺麗ごとを言った日には、その瞬間に特大のブーメランが戻って来るわけで。

 また光己は「清姫だけを愛する」といった類の発言はしていないので、他の女性に目移りしても不義理にはならない。

 

「…………ぐむむ、さすがは生まれ変わった安珍様。正直かつ隙がないです」

 

 なので、清姫は今回はおとなしく引き下がることにした。

 しかし当の水着娘は、恥ずかしそうに両腕で胸を隠している……が、大きすぎて隠し切れていない、というか腕に圧されてたわんでいるのが実にえっちぃ。

 ちょっと気まずくなった光己はとりあえず謝罪することにした。

 

「あー、すみません。普通なら建前言うとこなんですけど、あの娘そういうの嫌いでして。

 若気の至りってことで流してくれると嬉しいです」

 

 一応誠実に頭を下げたつもりだったが、すると当人より先に黒い王様が反応した。

 

「気にするな。元はと言えばこの無駄乳、いや、気を引くことはできたのだから無駄ではないな。とにかく、この女がこんな露出の多い格好をしているのが悪いのだ。

 ……いや悪くはないな。せっかくだからもっと気を引け」

 

 オルタは後ろから水着娘の両腕を引っぺがすと、背中をとんっと前に押した。水着娘がよろめいて、反射的に光己の体にしがみつく。

 光己も思わず彼女をささえようと背中に手を回して―――つまり抱き合う形になった。

 彼女の豊かでやわらかなバストが光己の胸板に押しつけられ、間近で目と目が合ってしまう。

 

「……ぁ」

 

 しかし、甘美な時間は残念ながら一瞬で終わってしまった。当然ながら、水着娘はすぐ彼の腕の中から抜け出して、王様に苦情をつけに行ったので。

 

「何するんですか! いいかげんにしないと怒りますよ」

「まあそう言うな。見ての通り、私はこんな硬くて暑苦しい格好だから、自分ではできないのだ」

「だから何で色仕掛けにこだわるんですか!」

「1番手っ取り早そうだからに決まっているだろう」

 

 もっとも王様の表情を見る限り、1人だけ水着で涼しそうなのが不愉快だからという理由の方が強そうではあったが……。

 

「―――まあまあ2人とも! 初対面の人の前で内輪もめするのはやめましょう」

 

 2人の雰囲気が険悪になってきたので、ドレス少女が仲裁に入って引っぺがす。ついで光己の方に体を向けた。

 

「見苦しい所をお見せしてすみません。今更ですが自己紹介させてもらいますと、私たちはこの特異点に召喚されたはぐれサーヴァントで、アルトリア・ペンドラゴンといいます。ブリテンのアーサー王といった方がわかりやすいかも知れませんね。

 ただ名前が同じだと不便ですので、私のことは普通にアルトリア、鎧を着てる方をオルタ、水着の方をヒロインXXと呼んでいただければ」

 

 やっと話がまともになったようだ。光己も頭を切り替えてそれに応じることにした。

 

「ああ、これはどうもご丁寧に。

 俺たちはカルデアという団体で現場担当してる職員で、今日はバカンスに行く予定が、事故でこの島に流れ着いてしまったんですよ」

 

 アルトリアは冬木で会ったリリィが真っ当に成長した姿のようだから、人格はまともだろうが、最初から人理関係の話は避けるのは当然だった。

 オルタはともかくヒロインXXというのは人名じゃなくてコードネームの類……というかフランスで会ったXオルタの関係者じゃないかと思ったが、初対面でそれを突っ込むのも避けることにする。

 

「で、俺はマスターしてる藤宮光己といいます。あとはみんなサーヴァントで……みんな、自己紹介してくれる?」

「はい」

 

 というわけで、マシュたちが順番に名乗ってお互いの自己紹介が終わると、アルトリアが質問をしてきた。

 

「ところで先ほど事故といいましたね。参考までに、どんな経緯で? 飛行機事故か何かですか?」

 

 無論興味本位ではなく、この特異点に入った方法によっては、何か分かることがあるかも知れないからである。

 光己がマシュに頼んでレイシフトについて簡単に説明してもらうと、アルトリアは残念と感心を足して2で割ったような顔をした。

 

「なるほど。事故の細かい流れまで分かれば、この特異点について何か分かったかも知れませんが、まあ仕方ないですね。

 しかし時空間移動とかマスター1人にこれだけのサーヴァントを抱えさせておける技術とか、カルデアというのはずいぶん高度なテクノロジーを持っているんですね」

「ああ、それは俺も最初は思いました」

 

 しかも立地は南極である。あんな立派な建物を秘密裏に建てたというだけでも大したものだ。

 

「それでも通信ができないのは、ここの異変が原因という可能性もあります。私たちと一緒に解決するのが良策かと思いますが、いかがでしょう。

 ……私たちも今朝ここに来たばかりなので、役に立つ情報などは持っていませんが」

「ふむ」

 

 アルトリアの提案はやや我田引水の感が否めないが、もしこの特異点が人類史に有害なものだったなら、どのみち解決する必要があるので共闘した方が得という考え方もある。

 それにXXのむっちりボディは惜しい。あの美貌とカラダで1人だけ紐ビキニなんて着てるのは、きっとナンパを待っている、具体的には仕事に疲れたOLが、年下の男の子と遊んでみたいと思ってるに違いないのだから(偏見)。

 

「それはいいですが、俺たちも食料があり余ってるわけじゃないんで、あまりたくさんは出せないですよ。生身の俺とマシュが優先で、アルトリアさんたちはヒルドたちと一緒。それでいいなら」

 

 とはいえ言うべきことは言っておかねばならない。食事に限らずあまり強欲な人、あるいはやたら威張る人や協調性のない人は、元パンピーかつコミュ力並みのマスターには荷が重いのだ。

 オルタはともかく、アルトリアとXXは問題ないと思うが。

 

「ふむ、そちらとしては当然の要求ですね。私はそれでかまいません」

「私もOKですよー。むしろホワイトの気配がしますね!」

 

 やはり2人はすぐ同意してくれた。

 オルタは食事に制限がつくと言われてかなり不服そうな顔をしたが、断ったらゼロになるだけなので選択の余地はなかった。

 

「……私に節食を強いるとは許しがたいが、今回は特別に見逃してやろう。ありがたく思うがいい」

 

 それでも暴君なので上から目線だったが。そして転んでもタダでは起きなかった。

 

「ところで貴様たちは何故全員水着姿なのだ? XXのような水着サーヴァントというものの存在は知っているが、たまたま7人全員がそうだとは考えにくいが」

 

 無論マシュたちの水着が市販されている布製の物ではなく、彼女たちの霊基の一部であることを見抜いた上での発言である。

 カルデア一行にはこの辺を隠す理由はない。

 

「ん? ああ、ヒルドたちに霊基を調整してもらったんだよ。せっかくバカンスに来たんだから服もそれらしくしたいしね。

 なぜかクラスまで変わっちゃう人もいるけど」

「ほぅ……? それは私にもできるのか?」

「んー、そりゃまあできるとは思うけど」

 

 光己がワルキューレ姉妹に顔を向けると、3人はこっくり頷いた。

 

「はい、大丈夫ですよ」

「そうか、なら私も頼む。南国でこの鎧は暑いのでな」

「あ、それじゃ私も」

 

 オルタが着替えを求めると、1人だけ普段着なのは落ち着かないのか、アルトリアも希望してきた。

 これも断る理由はない。姉妹が2人をテントに連れて行き、しばらくすると先に依頼したオルタが現れる。

 

「うむ、だいぶ涼しくなったな。これはいい」

 

 満足げにそう言った彼女は黒い三角ビキニの上に黒いパーカーを羽織り、白い小さめのエプロンを付けていた。太腿の真ん中までの黒いストッキングを穿き、首にリボンを巻いている。

 ここまではまあいいが、頭にホワイトブリムを付け、右手には黒い銃を、左手にはモップを持っているのはどういう仕儀なのだろう。

 

「……えっと、武装メイド? 護衛担当?」

 

 光己が心底不思議そうな口調で訊ねると、オルタはふんすとドヤ顔で頷いた。

 

「うむ。どうやら貴様は暴君は好みじゃないようなので、方向性を変えてみた。

 夏のメイドさんとして、貴様には理想の生活を覚悟してもらうぞ」

「えー……」

 

 光己はちょっとげんなりしたが、暴君的アトモスフィアはだいぶ収まっているし、何より「メイドさん」という5文字から感じるコトダマは大変に素晴らしい。素直に受け入れることにした。

 

「まあいいや、よくわからないけどよろしく頼むよ」

「うむ、任されよう」

 

 光己が仲間になった印に敬語はやめてタメ口でそう挨拶すると、オルタはまた満足そうに頷いた。

 そしてアルトリアが現れる。

 

「お待たせしました。着慣れない服装でちょっと落ち着きませんが、似合ってるでしょうか?」

 

 こちらは白のセパレートに青い縁取りとリボンを付けたシンプルなもので、右手には黄金色に輝く長剣、すなわち聖剣エクスカリバー、左手にはなぜか大型の水鉄砲を持っていた。

 雰囲気もだいぶ明るくほがらかな感じになって、一言でいえばとても可愛い。特に形良くツンと張ったヒップがぐっと来る。

 

「ああもうバッチリだよ。ずっと見てたくなるくらい」

「そ、そこまで言われるとちょっと恥ずかしいですね」

 

 水着を着慣れてないそうでもじもじして照れるアルトリアだったが、それがまた大変に可愛い。光己はこんな神イベントを組んでくれたオルガマリーたちに、改めて(心の中で)感謝したのだった。

 




 というわけでアルトリアズも水着になりました。ひゃっほーい(ぇ


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第36話 悪竜現象1

 何はともあれ、カルデア一行とアルトリアズは合意に至って共闘することになったので、中断していたバーベキューを再開することになった。

 アルトリアズは生前は国王だったとはいえ、国は恒常的な食糧不足で、王の食卓にすら雑なマッシュポテトの山が積まれることも多かったので、食事には執着が強いが好みは分かれている。アルトリアは手の込んだ繊細な味の料理が、メイドオルタはジャンクとアイスが好きで、ヒロインXXはサーヴァントユニヴァースとやらでの生活を経ているのでどちらもOKだった。

 

「おおぅ、これが21世紀の食事ですか……何という滋味」

「うむ、これはいいな。しかしやはり量が……せめて味わって喰うとするか」

「美味しいですねー! お腹すいてましたし」

 

 しかし幸い、バーベキューという料理は全員に好評であった。光己たちも負けずに焼いては頬張る。

 ところがその最中、段蔵がまたもや接近者の出現を注進する。

 

「マスター、先ほどアルトリア殿たちが来た方向からまた別の何者かが現れました。

 今度は馬に乗っているように見受けられまする」

「マジか!?」

 

 4人めの来訪者は、白銀色の全身甲冑を着て、同じく白銀色の長槍を持ち、そしてこれも白銀色の鎧をつけた馬に乗っていた。ただ地面が砂浜の上に当人と当馬も弱っているらしく、走って来る速さは遅い。

 そしてその姿がはっきり見えてくると、アルトリアズは「彼女」の正体の見当がついた。

 

「あれはおそらくランサーの私です。連鎖召喚のタイミングがずれたのでしょう」

「へえ、アルトリアってクラス適性多いんだな」

「はい、いろんな武器を持ってましたから」

 

 そう答えつつ3人が「彼女」を迎える、いや万が一見当が間違いだった時は、その責任を取って最初に応接すべく、そちら側に歩を移す。

 すると鎧武者は3人から3メートルほど離れた所で馬を降り、正体を見せるため兜を脱いだ。アルトリアが25歳くらいになったらこうなるだろうといった感じの、凛とした空気がただようすごい美女である。

 

「まさかクラス違いが3騎も来ているとは驚きました。無論争う気はありませんので、後ろの方々に紹介してもらえますか」

「連鎖するにも程があるとは思うがな。

 紹介はもちろんしよう。分け前が減るから本当はしたくないが」

 

 ランサーアルトリアもやはり食事が欲しいらしく、その要望に返事したメイドオルタも実に率直であった。

 光己たちもランサーアルトリアが仲間になるというなら拒む理由はなく、普通に受け入れることにする。

 

「うん、こちらこそよろしく。俺はカルデアっていう団体でマスターしてる藤宮光己、こっちのみんながサーヴァントしてくれてるマシュたちだよ」

「マシュ・キリエライトと申します。よろしくお願いします」

 

 その後スルーズたちも名乗ってカルデア勢の自己紹介が済んだところで、ランサーがアルトリアたちを見渡して不思議そうな顔をする。

 

「ところでなぜ貴女たちはそろって水着姿なんですか?」

「そちらの戦乙女に霊基を調整してもらったのだ。黒い鎧は暑すぎるのでな」

「ほう、そのようなことができるとは……では私も食事の前にお願いしていいですか?」

 

 ランサーも南国の島でプレートアーマーは暑いらしい。これも断る理由はないどころか光己的には願ったりかなったりなので、無論顔には出さずに了承する。

 

「ん、もちろん。3人とも頼んでいい?」

「うん、いいよー」

 

 というわけで、先ほど同様ワルキューレズがランサーをテントに連れて行き、霊基の調整を行う。

 

「これは本当に南国向きでいいですね。ありがとうございます」

 

 そしてテントから出てきたランサーは、白いワンピースの水着の上にこれも白いシースルーガウンをはおりパレオを付け、つば広の白い帽子をかぶり白い日傘を持っていた。

 鎧武者から一転して水辺の貴婦人のような出で立ちだが、水着は面積の半分くらいがレースのように透ける感じになっていて男性には実に眼福、もとい目の毒であった。バストがヒロインXXよりさらに一回り大きくどかーんと突き出ているためなおさらである。

 馬はいなくなっていた。槍がなくなったからか?

 

「クラスがなぜかルーラーになりましたが、気にせずにアルトリアと……いえ、すでにアーチャーをそう呼んでいるようですから、ルーラーとでも呼んで下さい」

 

 ルーラーになった彼女は雰囲気は依然として凛としたものを保っているのに、口調はとても柔らかく優しげだった。その見た目も中身も大人な魅力にクリティカルされた光己は思わず抱きつきそうになったが、ギリギリで理性を総動員して耐えた。

 

(それ抜きにしてもルーラーだったらぜひカルデアに来てほしいけど、誘うのはまだ早いな)

 

 確かロマニが「時空の乱れがひどい特異点では現地サーヴァントはカルデアに招けない」というようなことを言っていたが、ここの乱れがひどくなければOKなはずだ。とりあえずは彼女の好感度を優先的に……いや贔屓してるように思われたら逆効果かも知れないし、できるなら4人とも来てくれれば最上なので、まずは平等な感じに接することにする。

 

「むうー」

 

 もっともその内心は隠し切れなかったらしく、誰かが頬をふくらませたような気配がしたが、ここは気にしないことにした。

 

「それじゃすることはしたことだし、ごはんに戻ろうか」

「はい、楽しみです」

 

 そして今度こそ和気藹々のうちに夕食と後始末が終わったら、今後のことについての相談だ。さっきまではこれは明日にする予定だったが、アルトリアズが来たので概略だけでも前倒しでやることにしたのである。

 その前にとマシュがカルデアとの通信を試みたがやはり不通だったので、長期滞在を視野に入れた計画が必要になるようだ。

 

「1泊だけの予定だったからテントは2人用なんだよな。ホントに長期になるんなら、プレハブでもいいから雨風凌げるもの建てた方がいいかな?

 スコールとかでテントが破れたりしたらまずいし」

 

 数日程度でカタがつくなら、夜間や雨の日はサーヴァントたちは霊体化して過ごせばいいが、それ以上となると、身体的には平気でも精神的に嫌になってくるだろう。個人的にも自分(とマシュ)だけ屋根の下で寝るというのは申し訳ないし、やはり皆で一緒に寝泊まりできる場所が欲しい。

 といっても、サーヴァントはいくら剛力とはいえ建築家というわけではないし、工具や計器もなしに家を建てるなんてできるだろうか。それとも丸太小屋くらいなら建てられるのだろうか。

 寝具は大きな葉っぱや茎を集めて敷けば何とかなると思うが。

 

「みんなはどう思う?」

「そうですね、腰を落ち着ける場所は必要だと思います。幸い、木は簡単に手に入りそうですし。

 広さはそこそこ……いえ、狭い方が身を寄せ合って過ごすことになるので良いのではないでしょうか。ああでもますたぁとの愛の巣であるなら、それなりに住みやすくて見栄えも良いものにすべきという考え方も……!?」

「愛の巣」

 

 清姫が頬を赤らめて身をくねらせているのを、光己は悟ったような半眼で見つめた。

 光己はまだ17歳なので、性欲はあるが結婚願望はないのだ。どうしてもというなら全員……おっとこの先はオフレコだ。

 そこにアルトリアが異論を唱えた。

 

「待ってください。差し出がましいことを言うようですが―――木で作る簡易住居とは、まるで馬小屋のようになりはしませんか?

 マスターが拠点とする場所としては簡素すぎると思います。ここはやはり石で、しっかりした居住空間を構築すべきでは。

 石造りの家は安心感がありますし、防御力の面でも良いものですよ」

「そうだな。どこぞのドラ娘なら鉄でとか言い出しそうだが」

「へえ、石造り」

 

 日本ではあまり見られないので興味はわく。

 しかしそれには採鉱と石工術のテクノロジーが必要であり、鉄の家に至っては青銅器に続いて鉄器まで開発せねばならない。何年かかることやら、というか光己は製鉄の方法なんて知らない。

 やはりまずは簡単なものから試すべきだろう。

 

「というわけで、最初は竪穴式か高床式がいいんじゃないかな。簡単に作れたら、寝殿造でもロマネスク様式でも挑戦していいと思うけど」

 

 竪穴式(住居)というのは、まず地面を円形か四角形に80センチほど掘った後、木で支柱や梁の骨組みを作り、その上に土やカヤで屋根を葺いて完成である。作るのが比較的簡単で、寒暑にも強いのが利点だ。

 高床式は、柱や杭を使って床面を地表より高い所に設置する木造住居のことで、この島のような熱帯雨林気候に適している。つまり通風性が良い上に、洪水や害獣や害虫の侵入を防ぎやすいのだ。

 資料もないのにこんな提案ができるあたり、この少年素でわりと歴史に強いようだ。

 

「なるほど、マスターの言うことはもっともですね。

 どこぞの女王でもいれば、最初から石造りでもいけるんでしょうけど」

 

 アルトリアがそう言いながらワルキューレズの方に目をやったが、姉妹もこれには頷けなかった。ルーンはともかく、サバイバル術や建築の知識なんてもらっていないのだ。

 

「それで、食料採集……と異変の原因を探るのも兼ねますね。それと拠点建設の割り振りはどのように?」

「んー、そうだなあ。どっちが急ぎかっていえば食料の方だし、森の中で黒幕に出くわす可能性もあるから、人数多めにするべきだよな」

 

 具体的には食料識別スキルを持つ段蔵と、異変の黒幕がサーヴァントだった場合は遠くからでも感知できるルーラーアルトリアは採集側に固定か。支援用にワルキューレも1人は入れておくべきだろう。あとのメンバーは交代制でいいと思われる。

 それはそうと、最初に手間をかけてでも工具をつくった方がいいだろうか? オノやノコギリがあればだいぶ違うはずだ。

 

「ヒルド、鉄は無理としても、石でオノやノコギリとか作れる?」

「ええと、木の柄に石の刃を埋め込むってことだよね? そのくらいならできると思うよ」

 

 ルーンの力をもってすれば、その辺の石を斧や鋸の形に削るくらい容易い。それを柄に付けた後に一括で強化すれば、サーヴァントの腕力で使っても耐えられるというわけだ。

 

「そっか、それならだいぶやりやすくなるな。さすルーン!」

「あはは、誉め言葉は物ができてからでいいよ。でもこれだと、海辺のバカンスが石器時代体験ツアーになっちゃうね」

「まあなー。こうなるとわかってたら、カルデアから色々持ってきたんだけど」

「こんなこと、未来視持ちでもなきゃ予測できないから仕方ないよ。それにマスターと一緒なら、石器時代でも楽しそうだし」

「!?」

 

 クリティカル! 光己のハートに721のダメージ!

 美少女の快活な笑顔とさりげない好意表明で、思春期少年は胸はばくばく、顔も真っ赤なのを自覚したが、この程度で陥ちてしまってはマスターの沽券にかかわる。ここは華麗に流そうと思ったが―――。

 

「ますたぁ! わたくしも! わたくしもますたぁといっしょなら、石器時代どころか火の中水の中溶岩の中でも楽しいです!!」

 

 彼の反応にヤキモチを焼いた清姫が乱入してきたので、いろいろうやむやになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後はアルトリアズの当初の要望通り、彼女たちとのサーヴァント契約を行った。サーヴァント契約は、マスターが大量の魔力を消費するので4騎いっぺんにはできず、1騎ずつ休憩をはさんでしなければならないので、食事前にやっておくのは無理だったのだ。

 それでも4騎も続けてやれば大変な負担になるわけで、例によって、光己はラストのルーラーアルトリアと契約した後は魔力枯渇でぶっ倒れて、そのまま朝まで眠ってしまったのだった。

 ―――そして翌朝。食事の後、ヒロインXXが光己のそばにおずおずと近づいてきた。

 

「XX、どうかした?」

「あー、いえ。ちょっとつかぬこと聞いてもいいですか?」

「へ? ああ、いいけど」

 

 何か聞きたいことがあるらしい。光己が聞く姿勢を取ると、XXも姿勢を正してから単刀直入に訊ねてきた。

 

「私、というかアルトリア・ペンドラゴンは、生前は竜の心臓を持ってましたので分かるんですが、マスターくんも竜の因子持ってません? ぶっちゃけ魔力が人間より竜種のものに近いんですが。

 いえ不快とか支障があるとかいうわけじゃないんですけど」

「そこに気づくとはさすがはアーサー王様ですね! はい、マスターは『最後のマスター』として、万が一にも不慮の死を避けるため、あえてかの邪竜ファヴニールの血を浴びたのです!」

 

 その質問に答えたのは、光己ではなくブラダマンテであった。彼の後ろから抱きついて、我が事のように誇らしげな顔をしている。

 光己が邪竜の血を浴びたのは事実だが、それはあくまで彼自身が死にたくなかったからで、人理修復を失敗させないためというのはそのオマケに過ぎなかったのだが、清姫やマルタが吹聴したせいで、すっかりそちらの認識が定着してしまっているのだった。

 しかし光己当人は、ブラダマンテのカラダのいい匂いやら背中でたわんでいるバストの感触やらに幻惑されて、その誤解を修正するどころではないようだ。

 

「最後のマスター?」

 

 XXが訝しげな顔をしたので、これはちょうどいい機会と、ブラダマンテは他の3人も含めてカルデアの仕事を説明することにした。いや、説明自体は光己とマシュの仕事なので、彼の背中から離れて話してもらう体勢をつくる。

 光己は思春期男子としてとても残念だったが、これも仕事なのでやらざるを得ない。

 

「――――――かくかくしかじかというわけで、俺たちは今人理修復のために魔術王とかいうヤツと戦ってるんだ。

 といってもまだ始まったばかりだし、今は昨日言った通りバカンスの予定が事故ってここに来たって状況なんだけど」

「なるほど、そのような事情だったのですか……正直鵜呑みにする気にはなれないほど大仰な話ですが、嘘ではなさそうですね。

 分かりました。そのような悪行を見過ごすわけにもいきませんし、私でよろしければカルデアに参加したいと思いますがいかがでしょう」

 

 すると彼の秘めたる熱意が通じたのか、ルーラーアルトリアが仲間になりたそうにこちらを見ている、もとい加入の意向を示してくれた。

 こちらから誘ったわけでもないのに超おっぱい美人、じゃなかった、かの伝説の騎士王がルーラーになった姿という頼りになりすぎる存在が来てくれるとは! 光己は感動を全身で表しながら彼女の手を握った。

 

「そりゃもう大歓迎だよ。時空の乱れがひどいと招けないって言われてるから、絶対OKとは言えないけど」

「そうですか。では首尾よくそちらに行けましたら、よろしくお願いしますね」

「おお、こちらこそ!」

 

 こうしてルーラーアルトリアが仲間になったが、こうなると他の3人も黙っていると人情に欠けるように思われそうなので、手を挙げざるを得ない。

 

「では私も行きましょう! いろんな時代に行くというのでしたら、ご当地の美味しいものいっぱい食べられそうですし」

「そうですね。それにセイバーが大勢いるでしょうから退治しないといけませんし」

「ご主人様がそんなハードな仕事をしているのなら、メイドが支えないわけにはいかんな。完璧なバックアップを約束しよう」

 

「おお、マジか……!」

 

 アルトリアとXXは多少私欲が混じっているようだが、彼女たちほどの美少女を招くのだから、その程度は甘受すべきだろう。光己は全面歓迎の意向を示した。

 すると、メイドオルタが光己の全身を品定めするようにじろじろ見回した後、怪しげなことを言い出す。

 

「ふーーーむ、やはり昨日より竜の力が強まってるな。私たちと契約して影響を受けたのか?

 今の貴様なら竜の姿に変身できるかも知れんな。試してみるがいい。

 私のご主人様たる者、より出来るマスターになってもらわねばならんからな」

「ほえ!?」

 

 メイドを自称するわりに有無を言わせない口調だが、ドラゴンに変身というのは、厨二的に考えてとても心惹かれるものがある。光己は採用することにした。

 

「で、どうやるの?」

「む、ご主人様はマスターのくせにそんなことも知らんのか? いや私も知らんが、まあ適当に念じてみればいいのではないか?」

「雑だなあ……」

 

 光己はちょっと呆れたが、今さら降りるわけにはいかない。

 本当に変身できたら服が破れてしまうので、まずテントに入って礼装を脱いで、タオルを腰に巻いてから外に出て、サーヴァントたちから50メートルほど離れたところまで移動する。

 

「この辺でいいか。それじゃまあこういうのの定番で、ファヴニールの映像でもイメージしてみようか」

 

 フランスで見たあの巨竜の姿を脳裏に鮮明に思い浮かべる。自分がそうなるのだと強く願い、そうなった所をイメージする。

 すると本当に心臓が高鳴ってきて、そこから熱い魔力が血管を通してどくどくと全身に流れ込むのを感じた。

 

「おおっ!? これはもしかしてもしかするのか?」

 

 これは本当に、それも1回目でうまくいくかも知れない。光己はイメージをさらに強めていく。それにつれて力と熱が全身を満たしていき、やがて体が風船のように膨らんでいくのを感じた。

 そしてひときわ熱い力が爆発するような感覚とともに、光己は気を失った。

 

 

 

 

 

 

「ま、まさか本当に……!?」

「ファヴニール、だね……」

 

 フランスでファヴニールを実際に見ていたマシュやヒルドたちが、驚愕の呻きをもらす。

 そこにいるのはまさに体長30メートルはあろうかという巨大なドラゴンだった。体型や色合いもファヴニールにそっくりだったが、背中に黒い皮膜の翼に加えて白い鳥の翼がある点が異なる。

 

「あれはどういう意味が……? もしかして先輩の寝ご……げふんげふん、神と魔がどうとかいう仮説が本当になったとか」

「……って、それどころじゃないよ。どうしてかわからないけど、マスター周り中から大気中の魔力(マナ)吸収してる」

「私たちの魔力も少しだけど吸い込んでますね。気を張ってれば抑えられる程度ですけど」

「というかマスター、気絶してるんじゃないでしょうか?」

 

 何が起こっているのか把握しきれず、オルトリンデとスルーズが不安そうな顔をする。

 さて、光己はどうなって何をしようとしているのであろうか……!?

 




 どうもお待たせしました。
 弊カルデアに水着獅子王が来てくれたのでこちらにも登場になります。アルトリアズがカルデアに来るかどうかはネタバレ禁止事項ですが、来たとしたら鯖11人は多いので特異点に行くのは交代制になるかも。
 ファヴニールがマナを吸収できるというのは漫画版の描写であります。
 ではまた次回に。感想お待ちしております。


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第37話 悪竜現象2

 まさかの1回目のチャレンジで本当にファヴニール化した光己が、どうも失神しているらしく、その場にうずくまったまま周囲の魔力を掃除機のように吸収している。

 マシュたちはどうしていいか分からず、手をつかねて見守るばかりだ。

 

「……ふーむ。確かマスターは元一般人だったんですよね? するとあれは、単に変身に使った分と巨体を維持するのに必要な魔力を摂取しているだけだと思いますが」

 

 ルーラーアルトリアが周囲に意見を求めるかのような口調で呟く。

 先ほど聞いた話によれば、光己はカルデアに来る前は魔術とは縁のない一般人だったという。それがファヴニールや清姫やタラスクやアルトリアたちの影響で竜人(ドラゴニュート)になったとはいえ、まだ日は浅い。というか、最初にファヴニールの血を浴びてから1週間ほどしか経っていないのでは未熟も未熟であり、それがいきなりあんな巨体を形成したのでは魔力が欠乏するのは当然だ。

 逆にいえば、たった1週間で変身できるほどに成長したのは早すぎるということになるが、おそらく竜の血を摂取しすぎたのであろう。素質もあったのだろうが。

 

「……そうですね、そんなところでしょう」

 

 マシュがこっくり頷く。言われてみればその通りだ。

 ならとりあえず、周囲に大きな被害をもたらすのでなければ止めなくてよさそうである。

 

「あとはあの白い翼ですが……?」

 

 光己説に沿って考察するなら、まず清姫、つまり東洋龍は水神として崇められているし、タラスクも神が創造したリヴァイアサンの子だから本来は神サイド、というかマルタの手で改心したのだから間違いなく神サイドの存在である。その神の要素が黒い皮膜の翼=悪魔の象徴の対立項として、天使の象徴である白い羽の翼として現れたというのが順当なところか。

 ―――彼の説を信じるとすればだが!

 

「まあ、その辺りは後で考えればいいかと。

 それより問題は、どうやってマスターを人間の姿に戻すかですが」

 

 ルーラーがそう言いながらメイドオルタの顔を顧みる。発案者なら当然考えてあると思ったからだ。

 しかしメイドオルタは平然とかぶりを振った。

 

「いや、私は知らんぞ? 私のご主人様ならそのくらい自分でやってもらわねばな」

「…………」

 

 信頼と評すべきか無責任となじるべきか。ルーラーはちょっと反応に困ってしまった。

 仕方ないのでとりあえずもう少し様子を見ていると、やがて魔力を吸う勢いが弱くなっていき、そしてついに巨竜はうっすらと目を開けた。

 

 

 

 

 

 

 光己がはっと気づいて目を開くと、妙に視点が高いことに違和感を覚えた。まるでビルの屋上から風景を眺めているようだ。

 視線を下にずらすと、サーヴァントたちが砂浜に立ってこちらを見上げているのが見えた。表情までは判別できないが、心配しているのは分かる。

 声をかけて安心させようと思ったが―――。

 

(声が出ねえ!?)

 

 出たのはウオーとかガオーとかいう唸り声だけだった。何故だろう、別に口をケガしたとかではないのだが。

 

(いやそれどころか……)

 

 この気分の良さは何なのだろうか。まるでずっと縛られていた罪人が縄を解かれた瞬間のような解放感、高揚感を感じる。しかも全身が力に満ちて、このまま空を飛んで地球一周さえできそうに思えた。

 そしてふと手を上げて見てみると、何かどでかい恐竜の手のようなモノが視界に入った。

 

(何じゃこりゃーー!? って、そうか、さっきファヴニールになる実験したんだっけ)

 

 思い出した。そういえばそんなことをしていたのだった。

 どうやら本当に成功したようだ。首を回して自分の全身を見渡してみると、確かにフランスで戦ったあの巨竜の姿になっている。

 さっき喋れなかったのも、口の形状が違うのだから、人間と同じ動かし方では同じ発音ができないのも当然だ。まあ練習すればできるようになるだろう。

 

(それはそうとこの白い翼……どうやら俺の仮説が当たったか!?)

 

 素晴らしい。神と悪魔の間の子とか、脇腹の浪漫回路がぎゅんぎゅん回って魔力が無限に発生しそうである。そして最終的には人と竜と神と魔の血すべてを統合昇華して、何もかもを超越した超龍皇になるのだ。

 超龍皇の前には魔術王だろうと誰だろうと首を垂れることだろう。そうして人理修復を達成したら、その凄さにマシュやルーラーアルトリアたちがベタ惚れになってくれて、皆で末永く幸せに暮らすのだ。

 

(考えてみれば人類を救うんならそのくらいのご褒美あっていいはずだしな。よし、目指せ大奥王!)

 

 変身したからかすっかりテンションが上がった様子の光己がおバカなことを妄想していると、ワルキューレ3人がおっかなびっくりという感じで顔の前に飛んできた。

 まあ、ファヴニールの体重が仮に100トンとすると、体重差は2千倍以上になるので、光己がちょっと寝返りを打って振った尻尾に当たるだけでも死にかねないから当たり前ともいえるが―――そう考えると、フランスではよく倒せたものだと思う。

 

「マスター、起きてますか!?」

 

 スルーズが10メートルほど離れた所から大声で叫んできたので、光己は「大丈夫」と答えてみたが、やはり「ヴオガグガ」としか発音できなかったため、代わりにコクコク頷く。

 すると3人はほっと安心した様子で言葉を継いだ。

 

「それじゃとりあえず、今回は人間の姿に戻って下さい。その……できますよね?」

 

 少女がちょっと不安そうなのは、それをするための方法論がないからだろう。言われて光己も少し不安になったが、ためらっていても仕方ないのでやってみることにする。

 手順はさっきと同じ、人間の姿に戻ることを念じそれをイメージすることだ。

 せっかく変身したのだからドルオー、じゃない滅びの吐息とか試してみたかったりしたが、その意向を表明する手段もないことだし。

 

(……………………)

 

 今度はすぐには体に反応がなかったので光己は少々慌てたが、やがて体から何かが抜けていくような感覚と共に全身が縮んでいくのが分かった。よかった、うまくいったと安堵しつつ、さらにイメージを強める。

 数分後には無事元の姿に戻ることができて一安心したが、スルーズたちがちょっと困った様子で両手で顔を覆っているのは何故だろう。

 

「どうかした?」

「その、マスター今ハダカです」

「え゛」

 

 オルトリンデが顔を真っ赤にしながらも答えてくれたが、なるほど、竜に変身したなら腰に巻いたタオルなどびりびりに破れ散ることだろう。つまり光己は今オールヌード、生まれたままの姿なのだった。

 あわてて股間を隠しつつ、心底言いづらいがやむを得ないので、目の前の少女に頼む。

 

「…………オルトリンデ、服持ってきてくれる?」

「…………はい」

 

 ぱたぱたと駆け去っていく戦乙女の背中を見つめつつ、光己はふと残った2人の顔に視線を移した。手で覆ってはいるが、よくあるように指の間は開いていたので視界は半分残っている。

 

「…………」

 

 光己は沈黙している。見たのならお返しにそっちも見せて、と言いたかったがそんなこととても言えないヘタレ少年なのだった。

 ―――ただこうも簡単に人の姿と竜の姿を切り替えられたのは、もしかしたら清姫の血のおかげなのかも知れない。だって彼女とファヴニールとタラスクの中で、それができるのは「サーヴァントの清姫」だけなのだから。本人に言ったらどんな反応をするか分かり切っているので言えないけれど。

 

 

 

 

 

 

 最後はちょっとしまらなかったが、竜に変身するのも人間に戻るのも光己の意志だけでできることが分かった。竜の姿で直接戦うのはいろいろ問題があるので切り札……の二歩手前くらいの扱いとして、竜になれば大気中の魔力を大量に吸収できるし魔力容量も桁違いに増えるので、その辺に使い道がありそうである。

 

「ああ、安珍様……まさか本当にわたくしと同じモノになって下さるとは。わたくし歓喜に堪えません……!」

「さすがマスター! ファヴニールが味方になったなんて頼もしいです!」

 

 感極まった様子の清姫とブラダマンテが後ろと前から光己に抱きつく。もちろん光己もしっかりと抱き返した。

 やがて満足した2人が離れると、今度は今回の功労者というか責任者のメイドオルタが現れる。

 

「うむ、これでこそ私のご主人様だな。褒めてやろう。

 今後ともマスター道に邁進するがいい」

 

 彼女も抱きついてスキンシップしてくれるのかと光己は期待したが、残念ながらふんすとドヤ顔で一応ねぎらいの言葉らしきものをくれただけであった。厳しみ。

 一方こういう時はたいてい参戦するワルキューレズは今回は少し離れて、何やら密談している模様である。

 

「これは決まりだよね。マスターはヴァルハラにご招待に大決定!

 こんな逸材逃がしたら、お父様に叱られちゃうよ」

 

 ヒルドは声はひそめているがすっかりはしゃいだ様子である。左右の2人も同意ではあるようだが、いくつかの懸念があるようだった。

 

「そうですね。ただマスターはケルト人ではありませんから、ヴァルハラにお招きするにはちょっと手間がかかりそうですが」

 

 光己は日本人なので、仮にカルデアを退職した後は日本に帰り、普通に生きた後に死亡したら日本の冥界に行くだろう。それを覆すには、たとえばキリスト教徒が死後天国に行くのを願ったり、仏教徒が極楽浄土に行くのを望んだりするのと同じように、光己にヴァルハラに行くのを強く願ってもらう―――のは彼の性格から見て難があるので、自分たちと一緒にいたいと思ってもらう方がずっとやりやすそうである。

 

「それはお仕事だからいいっていうかマスターなら望むところだけど、現界した時にもらった知識から考えると、人理修復が終わったら、国連と魔術協会はあたしたちを退去させそうなんだよね」

 

 その指示をカルデアが拒否できるとは思えない。そうなると、今いくら好感度を高めたところで彼が日本で恋人ができたり結婚したりしたら、3人のことなど思い出になってしまうから、ヴァルハラ式修練に耐えてまでして会いたいとまでは思ってもらえなさそうだ。

 

「というかあたしたちがいなくなったら、魔術協会がマスターに何するかわかんないしね」

 

 光己が一般人のままならともかく、竜種に変身できるなんてことを知ったら、封印指定とか実験動物とか魔術道具化とか、ろくな扱いをしないだろう。サーヴァント、いや戦友として看過できない事態だ。

 カルデアの人々は皆善良だから隠してくれるかも知れないが、自分たちがいなくなるのにそういう不確定なことを期待すべきではない。

 

「ということは、カルデアが協会に報告書を出す前にマスターを連れて雲隠れということになりますね。

 人理修復が終わったら凍結中の47人を治療できますから、マスターがいなくなってもカルデアは困りませんし」

 

 それに、人理修復が終わった後も光己のそばにいれば、好感度を上げる時間はたっぷり取れるし、彼の臨終の場に立ち会うなら、必要好感度自体も彼単独で来てもらう場合より低くなる。ぜひそうすべきだ。

 

「できれば聖杯をいただいていきたいですね。それなら私たち3人とも維持できますから」

「そうだね、あともちろんこれは決行まで絶対秘密だよ。特にマシュさんや清姫さんには」

 

 この2人にバレたら騒ぎになるのは避けられない。もし雲隠れについて来られたら勧誘がやりにくくなるし。

 

「そうですね。マスターとお父様のためにがんばりましょう!」

 

 そんなわけで、マスター誘拐計画が秘密裏に立案されたのだった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃちょっと遅くなったけど、食料調達と拠点建設始めようか。

 まず午前中は俺とマシュ……と清姫って、生前の頃は竪穴式住居まだ残ってたんだっけ?」

「はい、わたくしの家は違いましたが、庶民の方々はそうでした」

「そっか、じゃあ清姫も残ってもらって家の設計図描き頼む。

 ヒルドとオルトリンデは工具やナイフ作ってもらって、残りの人は山で食料集めと異変調査……ってことでいい?」

 

 光己がそのように仕事の割り振りをすると、アルトリアがぱっと手を挙げた。

 

「ん、何かある?」

「はい。せっかくきれいな海が目の前にあるのですから、海の幸も採ってはいかがでしょう」

 

 さすが腹ペコ王はブレがなかった。

 しかし光己の感覚では、まだこの土地のことがまるで分かっていないのにむやみに人員を分散させるのは、あまり好ましいことではない。

 

「うーん。俺も魚は欲しいけど、ある程度山の状況が分かるまでは、なるべくバラけない方針にしたいんだけど。

 いずれは塩とか要るから嫌でも行くことになるから、その時まで待ってくれない?」

「なるほど、マスターはなかなかの慎重派ですね。分かりました、その日を楽しみにしています」

 

 アルトリアは意外とあっさり引き下がってくれた。まあ後日の約束をしたのと、塩という重要な保存料兼調味料についてマスターがちゃんと考えていることに感心したからだろう。今の光己の発言だと、彼は現在の状況でできる製塩法を知っているようだし。

 一方感心された当人は周囲をぐるっと見回して、改めてその絶景ぶりに内心で身を震わせていた。

 

(海辺で水着の美女美少女11人に囲まれて、しかもみんなだいたい俺に好意的とかどんな天国!?)

 

 清姫とメイドオルタはちょっと問題があるが、その程度は気にもならぬ。

 皆それぞれ違った素晴らしい魅力の持ち主だが、特にルーラーアルトリアとヒロインXXのおっぱい、あとブラダマンテとアルトリアの臀部はけしからん。つい凝視してセクハラ扱いされてしまったらどうするのだ。この辺りで俺に非はないラッキースケベイベントでも起こらないものか!?

 ―――などと南国の海の開放感にアテられたのか、思春期少年はまたあほなことを考えていたが、隣のマシュに声をかけられて我に返った。

 

「先輩、どうかしましたか? まさか熱中症とか」

「いや、大丈夫だよ。それじゃみんな、よろしく頼む! 特に山に行く人たちは気をつけてな」

「はい!」

 

 こうして、いよいよ本格的な探索が始まったのだった。

 



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第38話 開拓クエスト1

 さて。探索に向かうアルトリアたちと道具作成担当のヒルドたちを送り出したら、光己とマシュと清姫はテントに戻って家の設計図を描く仕事である。

 

「どのくらいの広さにするべきかな? 全員寝れるくらいってのはやっぱり広すぎかな」

「そうですわね。わたくしの知る限りでは、庶民の方の家の幅はせいぜい5メートルくらいでした。

 あまり大きいと作るのが難しそうですし、長い木材も入用になりますから、まずは小さめでよいのでは?」

「そうだな、そうしようか」

 

 なにぶん初チャレンジなのだし、ここは実物を見たことがある清姫の言う通りにするのが賢明だろう。まずは6人用を1軒建ててみて、その結果次第で次を考えればよい。

 

「じゃあさっそく図面描こうか」

 

 完成図だけでは不親切だから、最初の穴を掘った図と支柱や梁を建てた図、最後に茅葺きして完成した図、ぐらいに分ければ良いだろうか。

 

「といっても俺も本で見ただけだからなあ。細かい所は清姫頼むな」

「はい。ますたぁとの愛の巣ですから、心をこめて描かせていただきます!」

「……」

 

 この思考のぶっとび振りさえなければ良い娘なのだが。光己はとても残念に思った。

 3人で何度かの試行錯誤の末どうにか描き上げると、それを持って、外の空気を吸うのを兼ねていったんテントの外に出る。

 そこではヒルドとオルトリンデが依頼通り工具をつくっていた。

 

「あ、マスターの方は終わったの? じゃあこっちも一休みしようかな」

「うん、お疲れさま。どのくらいできた?」

「斧とスコップとナイフ、2つずつできたよ。鋸は難しそうだから後で」

「へえ、さわってみていい?」

「うん」

 

 斧とスコップは両手持ちサイズの大きめのもので、光己が持ちあげてみるとずっしりした重みが手にかかった。削った石を木の棒に埋め込んだだけの簡素なものだが、いかにも頑丈そうに見えるのは、強化の魔術がかかっているからか。

 

「おー、これなら使えそうだな。じゃあ午後は穴掘りか」

「へえー、なんかそれっぽくなってきたね」

 

 ヒルドは昨日言った通り、石器時代体験ツアーを楽しんでいるようだ。オルトリンデも顔にはあまり出さないが、少なくとも退屈ではなさそうに見える。

 しばらくすると探索組も戻って来た。先頭の段蔵が駆け寄ってきて挨拶してくる。

 

「マスター、ただいま戻りました」

「ああ、みんなお疲れさま。どうだった? ケガした人はいない?」

「はい。魔物が何体か現れましたが、強くはありませんでしたので皆大丈夫です。

 ただ、ここは人の手が入っていない原生林のようで、下草を刈って道をつくるのも大変でしたから、マスターが来るのは難しいかと存じまする」

「そっか、じゃあ足手まといになるのは嫌だから、拠点で働くことにするかな。

 でも、もし黒幕が出てくるようならそっちにいくから」

 

 これは、カルデア式ではサーヴァントはマスターからあまり遠く離れると、魔力供給が弱くなって戦闘力が落ちるからである。厳しい戦いであればあるほど、一般人らしく後ろに隠れてるわけにはいかないのだ。

 ただ、この制約はマスターの能力次第で緩和されるらしいので、竜の姿になれば別かも知れない。

 ちなみにジャングルにはマラリアなどの病気をうつす蚊がいるが、サーヴァントは病気にならないし、光己は礼装を着ていれば防ぐことができる。

 

「はい、ありがとうございます。ですがくれぐれもお気をつけて」

「ん、ありがと。でも強い敵は現れなかったってことは、ルーラーの感知範囲にもいなかったってこと?」

 

 するとルーラーアルトリア当人が前に出てきてみずから答えた。

 

「はい。ルーラーのサーヴァント感知能力は半径10キロメートルという広いものですが、それでも何も感じられませんでした。

 今回はまだここの近辺しか歩いていないので断言はできませんが、もしかしたら黒幕はサーヴァントではないのかも知れません」

「サーヴァントではない?」

 

 そんなことがあり得るのだろうか。冬木にもフランスにも聖杯を持ったサーヴァントがいたのだが。

 

「はい、微少な特異点なら聖杯がなくても発生しますから。

 サーヴァントではなくてサーヴァントと同格以上の存在としては、間違って地上に落ちてきた神霊あるいは幻想種か、あと可能性は低いですが異星からの来訪者(フォーリナー)、もしくは人類悪(ビースト)といったところですね」

 

 フォーリナーとはつまり侵略宇宙人で、ビーストとは人類の獣性が生み出した人類を滅ぼす災厄のことらしい。どちらも地上に完全に顕現した場合、並みのサーヴァントではとても打倒できない存在である。

 

「マジか……まあこんな小さな島に引きこもってるんだから、そうたいした奴じゃない……と思いたいけど」

 

 光己がさすがに恐くなって怖気を振るうと、今度はヒロインXXがどーんと前に出てきた。

 

「ご心配なく! もしフォーリナーやビーストが出てきたら、私が追い払ってみせますので!

 もし私がカウンターとして呼ばれたのだとしたら、きっとそのためなのでしょうし」

 

 見るからに自信満々に、手に持った槍をぶんぶん回して見せるXX。実に頼もしげである。

 

「まあマスターくんの言う通り、悪のフォーリナーやビーストが何もせず引きこもってるということはないでしょうから、ここの黒幕がガチの危険人物ということはないと思いますよ」

「そっか、それならいいんだけど……って、ブラダマンテその担いでるの何? 牛!?」

 

 誰も気にかけていないので光己もすぐ気づかなかったが、よく見れば彼女は成牛のような動物を肩に担いでいるではないか。

 

「いくらサーヴァントでも重いだろ!? 早く下ろして」

「いえ、そこまで大仰にしてもらうほどのことじゃないですよ。でもせっかくのお言葉ですから下ろしますね」

 

 そう答えたブラダマンテは本当に軽々と牛?を地面に下ろしたが、その時ズシーン!と重そうな音が響いたので、体重は500キロくらいあるかも知れない。

 

「意外と素早かったんですけど、アルトリア様とメイドオルタ様が執拗に追いかけて倒したんですよ! さすがはアーサー王様です」

 

 相変わらずアーサー王を尊敬しているようである。

 それはともかく、こんな立派な牛なら数百万円は……じゃなかったお肉も数百キロになるだろう。この人数でも1週間は……いや待て。

 

「そうなると、冷凍するなり干し肉にするなりしないと腐っちゃうな。それに食べられない部分捨てる場所も作らんといかんし。これは家建てるより、冷凍庫と物干し場とゴミ捨て場が先になるか。あとトイレも」

 

 石器時代体験ツアーも、ガチのリアルだといろいろやる事が多いようだ。サーヴァントの剛力とさすルーンがあるだけまだマシだったが、もしこれが一般人だけだったら詰んでいたところである。光己はちょっと冷たい汗を流した。

 

「ああ、そういえばマスターとマシュさんはトイレがいるんでしたね。

 それにマスターはお風呂が好きでしたし、作るもの本当にいっぱいありますね!」

 

 それでもブラダマンテは屈託なく笑っている。彼女も今の状況を楽しんでくれているようだ。いや、光己の内心を察して励ましてくれたのだろうか。

 

「それからヤシの実とかパパイヤとかバナナとか芋とか、あと食べられる野草が色々ありましたので集めてきましたよ!

 私たちでは何が食べられて何が食べられないのか分からないので、ダンゾウにはお世話になりました」

 

 そう言いながら、大きな袋いっぱいの食べ物をかざして見せたのはアルトリアだ。本当に楽しみそうな顔をしている。

 ジャングルというのは、必ずしも人間にとって「豊かな」自然ではないのだが、今回は人数が少ない上に知識と技術と腕力があったのが幸いであった。

 

「でももういい時間だから、先にお昼ご飯にしよう。午後は牛の解体と冷凍庫とか作るってことで」

「分かりました!」

 

 そんなわけで昼食になったが、その途中でちょっと不満げな顔をする者が現れた。

 

「バーベキューもいいが、毎回これでは飽きてくるな」

 

 メイドさんである。職業のわりに態度や発言に遠慮がなかった。

 しかし今回の主張は無理もないものだ。光己はリーダーらしく、できる限りおごそかな口調をつくって解決策を披露した。

 

「うーん、それは確かに……仕方ない、次のテクノロジー『陶器』の研究に着手するとしよう」

「陶器?」

「いや正確には『土器』なんだけどね。粘土と砂で鍋とか壺とか作るんだ。

 これができたら煮炊きができるようになるし、塩も作れる」

 

 その上食料の保存もしやすくなるし、良いことずくめだ。

 作り方はまず材料の粘土と砂をしっかり混ぜながらこねて、それで底板をつくったら、その縁に太い紐状にした粘土を重ねて形をつくる。

 出来上がったらしばらく陰干しして乾燥させ、最後に強火で焼き上げて完成だ。

 ただし、こねや乾燥が足りないと割れてしまうので要注意である。

 

「ホントは1ヶ月くらい干すらしいんだけど、そこまでしてられないからさすルーンでお願いできない?」

「うーん、難しいなあ。乾かすこと自体はできるけど、その後焼いた時に割れないって保証は無理だよ」

 

 さすルーンにも限界はあるようだ。まあやむを得ないことで、光己は失望しなかった。

 

「別に1回で成功させなくてもいいよ。昔の人だって何度も試行錯誤したんだろうし」

 

 そもそも彼自身本とネットでの知識だけで実際に作ったことがないのに、他人に高望みできるわけがないのだから。

 

「あ、失敗してもいいんだ。ならOKだよ」

 

 ヒルドたちもそういうことなら変に気負うこともない。軽い口調で頷いた。

 昼食後は予定通り開拓クエストである。

 まずは物干し場だが、これは何本か木を切ってきて四隅に支柱を立て、屋根と梁の骨組みをつる草で縛って固定する。屋根板は骨組みの上に草を編んで並べたもので、空を飛べる者がいたので作業は楽だった。

 床の一部は冷凍庫で、穴を掘って氷を敷き詰めて蓋をするようになっている。

 トイレとゴミ捨て場は臭いが届かないよう、ちょっと遠くに穴を掘り周りを木で囲った。風呂場は逆の方に、これも穴を掘って木で囲ってある。どれも簡易なつくりだが、まあやむを得ないだろう。

 

「つくりは簡単といっても、さすがサーヴァントは作業速いなあ」

「さて、これで当座の施設はできましたね。ではさっそく土器とやらを作りましょう!」

 

 アルトリアズは特に意欲的だったが、こうした動機があったようだ。

 一部は牛の解体に行ったが、残る9人は土器製作である。

 

「うぬぬ、何だか硬くなってきたな……けっこう腕力要る」

「ふふふ、見て下さいマスターこの造形美を! キャメロットの城壁を模してつくった大鍋です」

「……すごいけどちょっと不便そうだね」

 

 初挑戦だけに光己はちょっと苦戦していたが、サーヴァントたちは造形に凝る余裕すらあるようだ。

 もっとも光己とヒルドが予告したように、焼き締めている間に見事9個とも爆発四散してしまったのだが。

 

「ああ、私のキャメロットが粉々に……何と不吉な」

「……次は簡単なのから試そうね」

 

 アルトリアは「九」の字になってうなだれていたが、光己にも慰めの言葉はあまり思い浮かばなかった。

 まあそれはそれとして2回目に入ったのだが、乾燥と焼き締めをしている間は、ワルキューレズと清姫以外は手すきになる。

 

「先輩、この時間に家を建ててはいかがでしょうか。

 お疲れでしたら先輩は監督だけしていただければいいですし」

「そうだな、とりあえず穴だけでも掘っておこうか」

 

 マシュの合理的な提案に、光己はちょっと考えたあと首を縦に振った。

 とりあえずと言っても、直径5メートル深さ70センチの大穴ともなると、古代人たちには相当な作業量だっただろうが、百人力のサーヴァントたちは重機めいた掘削力でがしがしと穴を開けていく。

 

「…………すごいな。俺なんてにぎやかしにもなってない」

「いえいえ、先輩はいて下さることに意味があるのですから気にしないで下さい!」

「そうですね。マスターが一緒にやってくれてると、モチベーションが違いますから!」

 

 人間とサーヴァントを比べるのは無意味と知りつつも光己がちょっと肩を落とすと、そばにいたマシュとブラダマンテが間違いなく本気で言っていると分かる超まっすぐな表情と言葉で励ましてくれた。

 

「…………ん、ありがとな。これからも頼む」

 

 光己も本心からそう答えた。

 

 …………。

 

 ……。

 

 そして日が暮れる頃には、穴どころか骨組みまで作り終えていた。この分なら明日には完成するだろう。

 土器の方は何回かのチャレンジの末、調理に使うための大鍋が1つだけだが出来ている。

 

「それじゃ今日の開拓はこの辺にして、夕ご飯にしよう。約束通り、煮込み寄せ鍋だ」

 

 まあ作業の合間に浜辺で採った海藻を出汁にして、肉や芋や野草や貝を放り込んだだけなのだが。

 それでも1日慣れない労働をした後の、皆と団欒しながらの食事はとても美味しかったのだった。

 




 原作めいて家を建てたり食料を採集したりしてますが、ややリアル寄りになってます。
 そして黒幕とやらはいつ登場するのか(ぉ


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第39話 悪竜現象3

 その翌日、3日目の朝。熱帯雨林では不意にスコールが降ることもあるが、とりあえず今は良い天気であった。

 ここでスルーズが1つの提案をした。

 

「本格的に長期滞在の可能性が上がりましたから、マスターはトレーニングを再開してはいかがでしょう」

 

 表向きは人理修復にとって彼の生存こそ最重要項目だからだが、未来の勇士育成計画の一環でもあることは言うまでもない。

 フランスでもやっていたことだから、マシュたち古株組には反対する理由はなく、アルトリアズも食事関係に支障がないのなら構わなかった。

 

「うーん、みんながそれでいいなら」

 

 光己当人はヴァルハラ式トレーニングはとてもきついので、できれば避けたいのだが、やる前と後に色々サービスしてもらえるので不服はない。しかし今は拠点建設をしているのだから、リーダーとして非力ではあっても、多少は率先垂範的なことをすべきという気持ちがあったが、当のフォロワーたちが他のことを勧めるのなら是非もない。

 とりあえず午前中はトレーニングということにした。

 

「ふむ、マスターはなかなか良い指導者のようですね」

 

 その姿勢はアルトリアズにはわりと好感触のようだった。

 半月前まで純一般人の庶民だった少年が、写し身とはいえ大勢の英霊たちを相手にリーダーとして振る舞うのは骨が折れることだろう。幸いサーヴァントたちはみな(多少問題がある者もいるが)善良かつ協力的だからまだいいが、それでも心労はあるはずだ。

 しかしこうして見る限り、明るく前向きで自分の意志は持ちつつも、メンバーの意向も尊重し、人間関係にも配慮しているようである。

 必要だからとはいえ戦場に立つ勇気はあるが、「女の子には戦わせられない!」とか意味不明なことを言って、弱いくせに出しゃばったりはしないらしいのも好印象だ。

 

「私にとっては、マスターくんは上司と部下の関係というより頼れるお友達みたいなものですけどね! ここには名産品もレストランもありませんが、マスターくんはご飯には気を遣って下さるのでうれしいですね。お仕事も今のところそんなにキツくないですし」

 

 ヒロインXXは王様ではなくOLだけに、ちょっと視点が違うようだ。

 

「それじゃ午前中は俺と……オルトリンデがトレーニングで、XXに護衛とサポート頼もうかな。

 清姫とスルーズとブラダマンテが家建てるのと土器作りで、あとの人が探索ってことでいい?」

 

 光己は段蔵とルーラーアルトリア以外は交代制と言ったが、清姫は竪穴式住居の実物を知っている上に、土器を焼く役目があるので拠点建設側に固定になるようだ。

 マシュや清姫はマスターと別の持ち場に行くのが不満そうな顔つきをしているが、割り振り自体は合理的なので口には出せない様子である。

 そうして作業班が現地に向かうのを見送ったら、光己たちもトレーニングに向かうことになる。拠点から少し離れた海岸で、オルトリンデが戦乙女らしく鋭い表情で光己と向かい合って、今回のトレーニングの内容を述べ始めた。

 

「ではまず、昨日やった竜の姿に変身するのを試してみましょう。私たちの見立てでは、これをやると人の姿に戻った後でも竜の因子が強まるようですので」

 

 竜モードを実戦に使うかどうかは別として、竜レベルが上がれば魔力生成量と魔力容量が増えて、サーヴァントに送れる魔力が増えるというメリットがある。

 光己がこっくり頷いて理解できた旨を示すと、オルトリンデは説明を続けた。

 

「その後は前からと同じように、型稽古をしてから魔力放出を使った回避と離脱の訓練になります。終わったら炎の扱いの練習ですね。

 もちろん、準備運動と整理運動もやりますので」

 

 後半でオルトリンデがちょっと頬を赤らめたのは、ここでサービスとして体をくっつけたストレッチをするからである。特に今は2人とも水着なので、素肌がふれ合う面積が多いので。

 光己は少女の初々しさに当てられて鼻血が出そうになったが、それはかっこ悪いので理性を振り絞って耐えた。

 なお回避と離脱の武術としての体系は、光己自身の嗜好でフウマカラテになっている。ニンジャはロマンなのだ。組手の相手は今回のようにワルキューレズがすることが多いが。

 攻撃の練習は当分先の予定だが、炎を出すのがその代わりを兼ねていた。

 

「わかった、それじゃ始めようか」

 

 光己は2人の背後に回って礼装を脱ぎ腰にタオルを巻くと、礼装をオルトリンデに預けて昨日と同じく2人から50メートルほど距離を取った。

 

「それじゃいくか。ドーーラーーゴーーン!!」

 

 そして謎の奇声を上げながら、特撮ヒーローよろしくくるくる腕を回してポーズをとった。もちろん無意味である。

 しかし変身自体は成功し、彼の体は変形しながらぐんぐん膨らんでいってついには昨日同様巨大な竜の姿になった。

 

「よかった、変身は完全に制御できてるみたいですね」

 

 オルトリンデがほっとした様子で肩の力を抜く。

 光己はまた気絶して大気中の魔力(マナ)をずんどこ吸収し始めたが、昨日よりは短い時間で落ち着いた。体が慣れてきているのだろう。

 竜がすっと目を開き、のそのそと巨体を動かして海の方に全身を向ける。

 

(それじゃ、滅びの吐息いってみようか……いや待て、海面のそばに魚がいたら死ぬな)

 

 技の実験のためだけに生き物を死なせるのはちょっと気がとがめたが、しかしまあ、よほど海面すれすれでなければ木っ端微塵にまではならないだろう。つまり遺体が残るから、それはご飯としていただける。環境を無視した破壊実験ではなく漁を兼ねているのだと光己は自身を説得した。

 そして口腔内に魔力を集める。

 

「む!? マスターくん、ブレスを吐く気ですか」

 

 いち早くそれに気づいたヒロインXXがはっと顔を上げる。気が早いと思ったようだが、あえて制止はせずただ注視する。

 一歩遅れてオルトリンデも気づいたが、こちらも止めはしなかった。

 

(おおぅ、何か口がキツい!?)

 

 もっとも光己自身、あまり大量の魔力を集束する気はなかった。間違って口腔内で破裂でもしたら痛いじゃ済まないし。

 

(おおおぉぉ―――じゃあいくぞ、必殺! 名づけて『灼熱劫火・万地焼滅(ワールドエンド・ブルーブレイズ)』!!)

 

 即興の宝具名とともに、口の中に溜めた魔力の塊を飴玉でも吐き出すように空中に放り出す。

 魔力塊は野球のフライのように飛んで行って、やがて海面に落下すると―――。

 

 

 ―――赫!!

 

 

 青い炎が大爆発して、ものすごい爆音とともに盛大な水しぶきがあがった。まるで21世紀の爆弾のような威力だ。

 

(おおっ!?)

 

 想像以上の結果に光己自身が驚いてしまった。これではよほど都合のいい状況でなければ、味方や無関係の人を巻き添えにしてしまいそうだ。

 

(……いや、これでこそ「滅びの吐息」だな。めったなことじゃ使えないけど。

 それはそうと、魚はちゃんと回収しよう)

 

 光己は4枚の翼をはためかせると、さっと宙に舞い上が―――るつもりだったが、魔力放出で思い切り助走をつけてからでなければ浮けなかった。体重が重いせいか、それとも魔術的スキルがないせいか。

 スピードもフランスで見たファヴニールより遅い。翼は4枚あるのに。

 

(まあ飛べただけ良しとしておくか。

 でも自分で空飛ぶのって気持ちいいな)

 

 そんなことを思いつつ爆心地に向かったが、海面には魚は浮いていなかった。幸いにして死魚は出さずに済んだようだ。

 Uターンして砂浜に戻ると、人間の姿に戻って礼装を着て一連の事情をオルトリンデとXXに説明した。

 

「―――というわけで、滅びの吐息は遠くにいるヤツ、それも周りに無関係な人がいない時くらいしか使えなさそうだ」

「ふむ。確かにあの威力ならその通りですが、事前に分かっただけ良いと思いますよ。

 それに魔力を集束せずに吐き出すなら、近距離でも使えるかと」

「なるほど、じゃあ次回そうしてみるよ」

 

 言われてみればその通りだ。光己はXXの提案に首を縦に振った。

 次は光己にとってお待ちかね、オルトリンデとのペアストレッチの時間である。

 上から順に首や肩は彼女が後ろから手で押えてやってくれるし、次の脇腹は横に並んで両手をつないで引っ張り合うラヴい動作だ。強いのに小さくて柔らかい手の感触がとても可愛らしい。

 次の横にねじる運動では背中合わせになり、両腕を横に伸ばして手をくっつける。そのまま左右にねじるわけだが、その都度お互いの背中、そして彼女のお尻が光己の太腿に当たるという危険な動作だ。特に今回はお互い水着なので、南国の日差しを受けた彼女の素肌の熱さをじかに感じる。

 

(おおぅ……こんなことしてもらっていいのか)

 

 思春期少年は早くも胸ドキドキだったが、しかし天国はこれからだ。次の前屈運動では光己はビニールシートの上に座り、オルトリンデはその後ろからおっぱいで、じゃない上半身全体で彼の背中を押してくれるのだ! ビキニ姿で。

 

「じゃ、いきますね」

「うん、カモンカモン!」

「も、もうマスターったら」

 

 さすがに恥ずかしいのか、オルトリンデがちょっと頬を赤らめながらゆっくり光己の上体を押していく。主に当たってるおっぱいが柔らかく、それでいて弾力豊かにたわむ感触が、僅か布1枚を隔てるのみで克明に感じられた。

 

(お、おおぉ……)

 

 腰や背中は柔らかくなっても別の所が硬くなりそう、なんて意味不明なことを考えつつ、とにかく背中、それにこっちもくっついている太腿の感触に全神経を集中する光己。

 

「んっ……ふ……はぁ……」

 

 しかし肉体的には疲れないはずのオルトリンデの吐息が微妙に荒くなってきているような気がするのは何故だろうか。光己がちょっと疑問に思った時、ヒロインXXがうわーっといった感じで割り込んできた。

 

「……って! 新入りですから黙って見てましたが、お2人とも何してるんです?」

 

 その声で光己ははっと我に返ると、彼女に顔を向けて「後ろめたいことなど何1つない!」といった顔と口調で堂々と説明した。

 

「ん? ああ、見ての通りストレッチだよ。1人でやるよりペアでやってもらう方が効果高いらしいからさ。

 あ、そうだ。整理運動の時はXXがやってくれないかな。いやXXならやってくれると俺は信仰してる」

「その信仰絶対間違ってますーーーっ!!」

 

 XXは真っ赤になって逃げて行った。

 

 

 

 

 

 

 その後光己は水着でスキンシップしたおかげでオルトリンデとは何だか心理的な距離が近くなったような、いや実際にパーソナルスペースは手を伸ばしたら届くほどの近さになっていたが、彼女は見た目光己より年下でも戦乙女、こと戦闘訓練になれば私情が入る余地はない。

 型稽古は何事もなく終わったが、組手はケルト式を上回るヴァルハラ式である。槍の穂先だけは万が一を考えてカバーをつけているが、それ以外は寸止めも防具も一切ナシのハードトレーニングである。

 

「はっ、やっ、たぁぁぁぁッ!!」

「うわちゃちゃちゃっ!? や、やっぱいつもながらキツいよなあ」

 

 戦乙女の名に恥じない達人級の技量を誇る槍さばきで突き、払い、薙ぎ、時には間合いを詰めてパンチやキックも振るう変幻自在の攻撃が光己を襲う。といっても彼がまったく反応できない速さではただの暴行になってしまうので、がんばれば反応できるギリギリを見極めた匠の技だった。

 それはつまり、光己がちょっとでも気を抜いたら容赦なく一般人なら即死レベルの強打をくらうという意味で。白帯少年はあっさり一撃くらって吹っ飛んだ。

 無敵アーマーのおかげで痛くはないのですぐ立ち上がれるが、追って来たオルトリンデのしなやかな蹴りが腹に当たって体がくの字に曲がる。

 

「このままじゃ捕まるッ……!」

 

 いくら無敵アーマーが硬いとはいえ、想定敵である武闘系サーヴァントに捕まってボコられるのはさすがに危ないので、こういう時はとにかく距離を取るよう指導されている。光己はとっさにオルトリンデの足をつかんで、押し返すと同時にバックステップした。

 むろんこれは彼女が手加減したおかげである。もしオルトリンデが本気だったなら、彼に足を掴まれるなんてヘマをするわけがないのだから。

 両者、いったん姿勢を整えて仕切り直す。

 

「うっわー。いくら無敵アーマーがあるとはいえ、マスターくんよくやりますね」

 

 ヒロインXXは感心するのを通り越してあきれたような顔をしているが、やはり止めようとはしていない。少なくとも彼の意欲は評価しているようだ。

 ただその時、彼女は護衛役の務めとして魔物が接近する気配をしっかりキャッチしていた。

 

「マスターくん、オルトリンデさん。魔物です!

 数は3匹、大ヤドカリですね」

「魔物!?」

 

 2人がXXの指さす方を見てみると、確かに体高70センチほどもあるヤドカリが3匹こちらに近づいてきている。目的はまあ、こちらをエサにすることだろう。

 しかし魔物というからには、人間が食べるのには不向きかも知れない。あとで段蔵に見てもらうとしよう。

 

「ちょうどいいですね。マスターくん、あれと戦ってみてはどうでしょう」

「へ!?」

 

 唐突な提案に光己はさすがに驚いた。

 

「いやいや、見ての通り俺は攻撃技全然習ってないから」

「マスターくんは十分動けてますし、1対1なら大丈夫ですよ。無敵アーマーもお持ちなんですし、いけますって!」

「うーん、それじゃやってみるかな」

 

 なるほど確かに、手頃な相手と実戦をしてみるというのも必要なことかも知れない。ヤドカリに無敵アーマーを破れるとは思えないし、やってみることにした。

 3人の真ん中に立って、じっとヤドカリの接近を待ち受ける光己。するとヤドカリたちはちょうど数が同じだからか三方に分かれて、はからずもそれぞれ一騎打ちする形になった。

 

「一直線に走って来るな。何という迷いのなさ……そんなに腹が減ってるのかな?」

 

 少し怖くなったが、フランスで見たゾンビなどと比べれば、おぞましさがないだけマシである。カサカサした歩き方がちょっと気味悪いが、まあ大したことではない。

 とはいえ、あの大きな貝殻や(はさみ)はなかなかに固そうで、未熟な魔力放出パンチで砕けるかどうかは疑問だ。水属性の敵には炎の方が有効だろう。

 そんな結論を出した光己は右手を頭上にかざし、その上にテニスボール大の火の玉を作り出した。

 

「くらい……やがれーーーッ!!」

 

 そして、ヤドカリの突進を迎え撃つ形で自分から1歩踏み込むと同時に、手を振り下ろして火の玉を放り投げる。直後、火の玉はヤドカリの全身を呑み込めるほどのサイズに膨張した!

 

「よし、やっ……てない!?」

 

 タイミングはバッチリ、しかしヤドカリは彼の予想の上を行った。なんと、彼は慣性を感じさせぬ直角カーブで炎の塊を完全に回避したのだ!

 もう1度曲がって光己に突っ込んでくる。

 

「わわっ、ヤベヤベ」

 

 いくら無敵アーマーがあるといっても、あえて敵の攻撃を受けてみようと思うほど光己は酔狂ではない。まっすぐ突き出されてきた鋏を、鍛え上げてきた反射神経によるバックステップで回避していったん距離を取った。

 しかしヤドカリはまったく止まらずに突進してくる。

 

「これが野生の本能ってやつか!? 会話が成立しないから怖いな」

 

 今度は逃げながら魔力を口に集中し、炎のブレスで迎撃してみる。しかしこれも的確な横っ飛びでよけられてしまった。

 

「くっ、素早い」

 

 逆に言えば現在の光己の技量では、炎をヤドカリより速く飛ばすことができないということでもあった。まだ練習し始めたばかりだから仕方ないことではあるが。

 するとその辺の事情をいろいろさとったのか、ヒロインXXから助言が飛んできた。

 

「マスターくん! マスターくんはエナジードレインというのを知っていますか?」

「え!? あ、ああ、知ってるよ。レベルとかHPとか奪うやつだろ?

 ヴァンパイ〇ロード死すべし。でもプレイヤーが使う番だとライカ〇スの方が強いんだよな」

「???」

 

 光己の返事の後半はXXには意味不明であったが、知っているのなら話は早い。

 

「マスターくんは覚えていないでしょうが、竜の姿になった直後は、無意識に周囲からマナを大量に吸収していました。

 つまり人間の姿でも敵単体に絞って、直接手で掴めばやれると思うんです」

「へえ」

 

 光己は実際覚えていなかったが、なるほど、あの硬そうな鋏脚(きょうきゃく)を殴って壊すよりは、貝殻に組みついてHP吸収を仕掛ける方が確実ということか。試す価値はある。

 見れば鋏脚は左右で大きさが違っていて、武器にしているのは大きい方だった。つまりそれを1度しのいで背後に回ればいけそうな気がする。

 

「っしゃー、かかってきやがれ!」

 

 光己がガラにもなく、というか自分にカツを入れるためタンカを切ってみると、ヤドカリは何の反応も見せず、先ほどとまったく同じ速さでまっすぐ襲ってきた。

 

「…………スルーか!? だが甘く見たな!」

 

 光己はさっとかがむと、足元の砂をつかんだ。そしてためらいもなくヤドカリの目に投げつける!

 

「!!!!!!」

 

 これは避け切れない。棒の上に乗せた玉のように思い切り露出した眼球に、まともに目潰しをくらってはひとたまりもなく、ヤドカリはごろごろ転がって悶えた。

 その隙を逃す手はなく、光己は背後に回って貝殻に組みついた。この位置ならヤドカリの鋏は届かない。

 代わりに光己の手も届かないが―――まあ直接触れなくても多少の効果はあるだろう。

 

「ぬぉぉぉぉ……!」

 

 そして吸血鬼のごとくヤドカリの精気を吸い取りにかかる。すると、確かにこう目に見えないエネルギーみたいなものが掌から腕に流れてくるのは感じられたものの、ゲームみたいに一撃で敵のレベルが下がるとか、こちらのHPが回復するとかいった顕著な効果はなかった。

 

「うーん、まあ仕方ないか」

 

 しかし、今の光己は一方的に攻撃し続けていられるポジションを確保している。ヤドカリが振り回す鋏脚と触覚に注意しつつも気長にドレインを続けていると、やがてその動きがだんだん鈍くなってきた。

 ただ疲れただけという線もあるが、多少は効いているのだろう。そしてヤドカリが疲れ果ててほとんど動かなくなったところで、光己は貝殻から下りた。

 

「だいぶへたばったみたいだけど、そこに慈悲はないのが野生の掟。イヤーッ!」

 

 動けなくなった敵を一方的に殴るのは人道にもとるという考え方もあろうが、光己的に野生の掟は人道や正義より上に位置するのだ。

 こうしてようやく、白帯少年は初実戦を勝利で飾ることができたのだった。

 

 

 




 主人公の現時点での(サーヴァント基準での)ステータスを開示してみます。

 性別   :男性
 クラス  :---
 属性   :中立・善
 真名   :藤宮 光己
 時代、地域:20~21世紀日本
 身長、体重:172センチ、67キロ
 ステータス:筋力E 耐久E 敏捷E 魔力D 幸運B+ 宝具EX
 コマンド :AABBQ

〇保有スキル
 フウマカラテ:E    白帯です。
 魔力放出  :E    初心者です。
 火炎操作  :E    入門者です。
 マナドレイン:D    大気中の魔力を吸収してNPを増やします。
 根こそぎドレイン:E  敵単体からLV、HP、NPを吸収します。クリティカルで朦朧、疲労、気絶の弱体効果を付与します。対象が若い女性の場合、さらに魅了を付与……しません(ぉ イメージはメルトリリスというよりDI〇様。

〇クラススキル
 三巨竜の血鎧(アーマー・オブ・トライスター):A+   Aランク以下の攻撃を無効化し、それを超える攻撃もダメージを5ランク下げます。宝具による攻撃の場合はA+まで無効化し、それを超えるものはダメージを10ランク下げます。弱体付与に対しても同様です。
 竜の心臓   :D    毎ターンNPが上昇します。

〇宝具
 灼熱劫火・万地焼滅(ワールドエンド・ブルーブレイズ):EX   体長30メートルの巨竜に変身し、強烈なブレスを吐き出します。敵全体に攻撃。対人宝具。

〇マテリアル
 竜人になったとはいえまだ非力ですが、ヴァルハラ式トレーニングを受けていることもあって成長は速いです。ドラゴンの姿はファヴニールに酷似していますが、謎の白い羽翼が生えているのでイベントで変化するかも知れません。




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第40話 開拓クエスト2

 オルトリンデとヒロインXXは、光己が戦っている間は自分に向かって来たヤドカリを適当にいなしていたが、彼の戦闘が終わったら、すぐとどめを刺して終わらせてしまった。さすがは戦乙女と騎士王、いや宇宙刑事というところか。

 

「マスター、お疲れさまでした。今回はこのくらいにしておきましょう」

 

 オルトリンデは訓練には厳しいが、予定外の実戦が入った後でまだ続けるほどの鬼教官ではなかったようだ。実際疲れていた光己がほっと安堵の息をつく。

 

「うん、今回は体はともかく精神的に疲れたから」

 

 無敵アーマーがあるから傷つく恐れはまずなかったとはいえ、命の取り合いだったことは間違いない。さしたる長時間ではなくても疲れるのは当然だった。

 

「というわけで、XXの提案で戦ったんだから、整理運動はXXに手伝ってもらうのが筋かなと思うんだけど」

 

 そこで先ほど出した話題を蒸し返してみると、当然ながら好感度がまったく足りていないため無情に断られてしまった。

 

「だ、だからそういうことはしませんって!」

 

 ただそう言った時に顔が真っ赤になっていた辺り、見た目は光己より年上ながらも恋愛スキルはほぼゼロっぽいのが見て取れて、実に微笑ましい。

 そういうわけで整理運動もオルトリンデに手伝ってもらって、心身ともに満足した光己が拠点に帰ってみると、家はほぼ完成していた。

 

「ただいま。家はもう出来上がり?」

「はいっ、あとはますたぁとわたくしの相合傘を書いた表札を付けるだけです!

 今夜からは枕を並べて寝られますね」

「…………無人島で表札?」

 

 突っ込みどころはいくつもあったが、狂化EXに言うだけ無駄ぽいので光己はスルーした。

 次に工房、といっても地面を(なら)して簡素な屋根と壁を建てただけの場所をそう呼んでいるだけだが、そこに向かうと完成品の(かめ)や壺や板がいくつか並んでいた。実用本位で飾り気は全然なかったが、今はこれで十分である。

 午前中の作業は終わったらしく、ブラダマンテとスルーズが後片づけをしていた。

 

「おお、もうこんなに作れたんだ」

「はい、1度コツを覚えればそんなに手間はかかりませんから。焼くのはいっぺんにできますし」

「そっか、お疲れさま。これだけあれば『製塩場』も解禁できそうだ」

「はい、塩を作るんでしたよね」

「ああ、俺とマシュにとっては必須栄養素だからな。調味料にも保存料にもなるし」

「大事なものなんですね! じゃあ私もがんばって作りますから」

「あ、ああ、ありがと」

 

 ブラダマンテのいつものまっすぐな好意表現に、光己はちょっと照れてどもってしまった。彼女には恋人がいるそうなので恋愛的な意味はナッシングなのだが、それでもまぶしいものはまぶしいのだ。

 最後に物干し場に行くと、探索組も戻っていて、何かの動物を解体したり植物を整理したりしていた。

 

「お疲れさま、どうだった?」

「はい。黒幕の手掛かりはありませんでしたが、アルトリア殿たちが鹿と兎を仕留めました。

 ケガ人はおりませぬのでご安心下さい」

「…………うーん、本当に食事にはこだわりがあるんだなあ」

 

 段蔵の報告に光己は小さく唸ってしまった。肉は十分あるのにまだ追加を求めるとは。

 まあ中世ヨーロッパは食事事情は結構厳しかったらしいから無理もない……いやマッシュポテトつまりジャガイモはあったそうだから量的には何とか、いやアーサー王の頃は芋はなかったような、それとも戦乱続きでていねいに調理している余裕がなかったのだろうか。

 

「それと、今回はこのようなものが見つかりました。

 生前には見たことがありませぬが、現界時に得た知識によればサトウキビだと思われまする」

「ほう、サトウキビとな」

 

 段蔵が指で示した緑と茶色の茎の束を見て、光己はピクリと唇の端を上げた。

 何しろ砂糖の原料として有名すぎる植物である。つまり食卓に新たな甘味が追加されるのだ。他にも蒸留酒やバイオ燃料に使えるが、今作れるのは黒砂糖だけだろう。

 和三盆まで作れれば、どこかの誰かと再会できそうな気がしたが、多分気のせいだ。そもそも作り方を知らないので。

 またそれとは別の誰かとゆかりがある植物のような気もしたが、さしあたって今どうこうできることはなさそうである。

 

「あともう1つ。ヒルド殿の提案で、彼女が上空から島の全体図を描いて下さいました」

「ああ、その手があったか。もっと早くやっておけばよかったな」

 

 手描きの簡単なものであっても、全体図があれば探索はより効率的になるというものだ。

 光己がそれを見せてもらうと、島はほぼ円形で、光己たちが拠点にしているここは南東の端であった。島の大部分は森林に覆われているが、中央やや北に大きな禿山があり、その南から海岸まで大きな川が流れている。

 

「うーん。この山が場所といい大きさといい、怪しいと思うのは気のせいかな?」

「地形自体は黒幕の手によるものではないと思いまするが、何らかの手掛かりがある可能性はあろうかと」

「なるほど。じゃあ食料に余裕ができたらみんなで行ってみようか」

「はい、その辺りが妥当かと思いまする」

 

 みんなで、というのは無論光己も一緒にという意味である。黒幕がいる可能性が高い場所なら、最初から同行した方がいいからだ。

 仮に黒幕がいたとして、禿山にこもって何がしたいかは分からない―――もしかしたら以前のXXたちのように、魔力が足りなくて引きこもっているだけかも知れないが。地形的に霊脈地っぽく見えるし。

 

「だとしたら行くのは早い方がいいけど、約4人くらいが反対しそうな気がするな」

「……食料の確保は死活問題ですから」

「それはそうなんだけど」

 

 平和で豊かな国で生まれ育った光己には実感しにくいことだったが、段蔵の言うことが間違いではないことくらいは分かる。サーヴァントに食事は不要なことも知っているが。

 

「まあとにかく、今日の午後は予定通り浜辺で塩作りと漁ってことで」

「はい」

 

 そんなわけで、昼食の後光己たちは海に向かった。残念ながらレジャーではなく食料調達のためだが。

 まずは支柱と屋根を立てて作業場兼日陰をつくってから、おもむろにこれからの作業について説明する。

 

「さて、取り出したるはこのホットプレート! この上で甕に入れた海水を蒸発させて塩を作るんだ」

 

 彼の言うホットプレートとは、板型の土器に火のルーンを刻んでもらったものだ。清姫の炎ほどの熱量はないが、水を蒸発させる程度なら十分である。

 

「海水中の塩分は確か3.5%くらいだったから、この甕いっぱいの海水で100グラムってことになるな」

「しょっぱいですねぇ……」

 

 ブラダマンテがしょんぼりした様子で肩を落としたが、別にシャレを言っているわけではない。

 

「まあそうだけど、原料はいっぱいあるから大丈夫だよ。

 あと蒸発するたびに塩をこそぎ出さなくても、水が減ってきたらそのまま継ぎ足ししていけば、多少は手間へるし」

「はい、わかりました!」

 

 すると元が楽天的な娘だけにあっさり立ち直って、さっそく甕を持って波打ち際に駆けていく。マシュと清姫が遅れじとそれに続くと、光己はアルトリアズの方に顔を向けた。

 

「こっちは売るほど作るわけじゃないからそんなに人数いらないから、アルトリアたちには漁の方頼んでいい?」

「はい、もちろん」

 

 元々彼女の方から希望した案件である。アルトリアは当然のように承知した。

 彼女たちは水の上を歩けるというスキルがあるので、他のメンバーより向いていることだし。

 

「しかし道具がないなら海より川の方がやりやすいので、そちらでもいいですか?」

「うん、俺はどっちでもいいよ。でも離れることになるから気をつけてな。

 そうだ、段蔵とヒルドとオルトリンデにも頼もうかな」

 

 この布陣なら、川に魚がいるなら道具がなくても確実にゲットできるだろう。アルトリアは大漁を確信してガッツポーズを決めた。

 

「ありがとうございます。必ずやマスターの元に鮮魚の山をお届けしますので!」

 

 アルトリアたちはそう言い残すと、やる気を全身にみなぎらせながら袋を持って川に向かった。

 それを見送った光己が、今度は別の袋からココナッツ(ぽい果物)を取り出す。

 

「……?」

 

 マシュたちは彼がもうおやつにするのかと不思議がったが、その想像は外れだった。

 彼はナイフでそれを2つに切ったが、中身を食べるのではなく果肉を挽いて粉にし始めたのだ。

 

「……? あの、先輩何を?」

 

 マシュがやや引き気味にそう訊ねると、先輩氏はむしろ当然のように答えた。

 

「ん? ああ、これでパンを作るんだよ。塩はマシュたちだけで十分だけど、俺も見てるだけじゃ何だからさ」

「パン、ですか? パンとは小麦粉で作るものでは?」

「うん、普通はそうだけど、他のものでも作れるんだよ。日本では大昔にドングリやクルミで作ってたしね。

 いやこのココナッツぽいので作れるかどうかは分からないけど、暇つぶしにもなるから実験をね」

「へえ、そうなんですか……」

 

 マシュは感心して大仰に頷いた。

 彼女はけっこうな博識だが、デミ・サーヴァントになるためのデザインベビーとして生まれた身なので、その知識はやや神霊や英雄についてのことに偏っている。つまり石器時代やサバイバルや料理については詳しくないのだ。

 それだけにこうした話や体験はとても好きなのだった。

 

「ちなみに今回はプレーンだけど、うまくいったら乾し肉とか塩とかサトウキビの絞り汁とか混ぜて、バリエーションを増やす予定だ」

「それは楽しみです」

 

 食卓が豊かになるのはマシュにとっても喜ばしいことである。嬉しそうに微笑んだ。

 実は自分もやってみたいと思ったのだが、マシュには塩作りという別の役目がある。そもそも光己の実験がうまくいくと決まったわけではないし、今は控えることにした。

 そして、マシュが一生懸命塩を作りつつも横目で光己を観察していると、彼は粉にした果肉に水を加えて捏ね出した。見た感じは小麦粉で作る場合と同じのようである。

 やがて捏ね上がったらしく、手のひら大にちぎると甕を熱しているホットプレートの隅に置いて焼き始めた。

 

「……」

 

 しばらくすると、うまいこと焼けてきたのか、ほんのり甘い匂いがただよってきたではないか。

 マシュは耐え切れなくなって、顔を乗り出して光己に注進した。

 

「先輩! この甘そうな匂い、これはもう十分焼けたのではないでしょうか!?」

「おおっ!? まあマシュがそう言うなら」

 

 光己はパンを皿に移してしばらく冷ますと、おもむろに指でつまんで口に運ぼうとして―――4対の瞳がじっと自分の口元を見つめ、いや凝視していることに気がついた。

 

「……4人とも食べる?」

「はい!!!!」

 

 その押しに負けた光己が、パンをナイフで5等分して4人に配る。

 そして4人の反応はといえば。

 

「何ていい匂い……それに果肉をそのまま食べるのとはまた違った甘みですね。それに先輩がおっしゃったように他の食材を混ぜればまた違った味わいになりそうです!」

「そうですね。わたくしの生前の頃は、お坊様といえば知識階級でもありましたが、これほどお食事に詳しかったとは。しかも費用や手間はさほどかからなさそうなものばかりなあたり、きっと貧しい方々に炊き出しをするためなのでしょう。さすがは安珍様……!」

「これは私も上手に焼いて、アーサー王様に差し上げませんと!」

「……北国では味わえない風味ですね。良いものです」

 

 一部妙な勘違いをしている者もいたが、おおむね好評なようだった。

 

 

 

 

 

 

 山腹にできた自然の洞窟の奥の一角で、少女が1人寝ころんでいた。

 さすがに岩肌にじか寝ではなく、外から草を刈ってきて布団にしている。

 

「………………」

 

 今は眠っているようだ。まだ10歳くらいに見える幼い娘だが、こんな所に1人でいる以上、ただの人間ではないだろう。

 薄紫色のきれいな髪は短めのショートカットで、黒と紫のノースリーブのワンピース風の服を着ている。顔立ちは非常に整っていて体型もバランスが良いので、将来はすごい美女になりそうだが、どこか拗ねた感じも見受けられた。

 

「…………んー」

 

 どうやら目が覚めたようだ。気だるげに身じろぎしているが、起き上がる様子はない。

 

「多少は回復しましたが、まだまだ程遠いですね……まったくあのク〇アマめぇ」

 

 恨めしげにぼそぼそと独り言をつぶやく。どうやら誰かにひどい目に遭わされて、そのダメージを癒すために休養しているということらしい。

 

「しかしあの徳川の連中って何なんですかね、覚悟キメすぎでしょう……愛の神に愛されることの何に不満があるっていうんですか」

 

 ごろごろ転がりつつまた繰り言を述べる。だいぶ恨みがあるらしい。

 

「それにしてもここはどこなんでしょうねぇ。この感覚だと、ただの特異点じゃなくて世界自体が違うというか、もしかして平行世界まで飛ばされちゃったとかですか?

 だとすると困りましたねぇ。どうやって戻ればいいんでしょう」

 

 この世界にも当然「自分」はいるだろうから、万が一会ってしまったらとても気恥ずかしい。それにこのままでは仕返しすることもできないし、何とかして元の世界に戻りたいものだが……。

 

「それはそうと、(気分的に)おなかがすきました。何か食べにいきましょう」

 

 少女はそれでも面倒そうに起き上がると、頼りない足取りで外に向かうのだった。

 

 

 




 カーマちゃんマジカーマちゃん。しかし魅了スキル持ちを味方にすると扱いが難し……ギャグ展開でガウェイン魅了しちゃうとかでいいか(ぇ




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第41話 悪い愛の女神

 今回はいつもより長めです。



 日暮れ頃、光己たちは家に戻ってさらに彩豊かになった夕食を楽しんでいた。

 何しろ鹿肉・兎肉・川魚・サトウキビ・パンという美味な食品群と、その味をさらに高める塩という必須調味料がいっぺんに加わったのである。特にアルトリアズは最高にハイ!なくらいにご機嫌だった。

 

「いやあ、最初ここに召喚された時はどうしようかと思ってましたが、こんな美味しいごはんにありつけるとは、マスターくんたちに会えて本当によかったです。ありがとうございます!!」

 

 ヒロインXXが塩をたっぷりかけた川魚の串焼きにかぶりつきながら、満足そうにニカッと笑った。その飾り気のない笑顔に光己はちょっとドキッとしたが、みんなの前なのでここは抑えて普通に答える。

 

「ん、どう致しまして。こちらこそXXたちのおかげで助かってるよ」

「はい、こちらこそ!」

「そうですね、ありがとうございます」

 

 そう言ったルーラーアルトリアは貴婦人風の雰囲気を崩さず、2枚のパンで肉や野菜を挟んだサンドイッチを上品な仕草でいただいていた。なお上品だからといってペースが遅いということはなく、量的には他の3人と同じくらい食べている。

 

「これからもよろしくお願いしますね!」

「うむ、メイドとして実にやりがいがある。今後とも励むがいい、ご主人様」

 

 アルトリアとメイドオルタも満足そうな面持ちである。

 ただ、4人ともここには異変の解決のために召喚されたことは、すっかり忘れ果てた様子だったが―――そこに、段蔵がまた何者かが接近していることを注進してきた。

 

「マスター、皆様。何者かがこちらに歩いてきています!」

 

 鋭くも小さな声でそう言いつつルーラーの顔を見たが、ルーラーはこちらも表情を引き締めつつも首は横に振った。つまり来訪者はサーヴァントではないということになる。

 段蔵は光己を促してマシュの後ろに移動させ、マシュにも向こうから見えない角度で盾を用意してもらう。見えないようにしてもらったのは、無論先方の正体が定かでない段階で刺激しないためだ。

 とりあえず、気づいていない体を装って食事を続ける。やがて来訪者がまだ幼い少女であることが判明する距離になったが、そこで少女は足を止めた。

 

(人がいる……10……12人ですか。この島の原住民?)

 

 さらによく見てみると、食事をしているようだ。ぜひ混ぜてもらいたいものだが……。

 

(でも本当に原住民でしょうか?)

 

 何か違うような気がする。男女比と年齢分布が偏っているのは、まあそういうイベントか何かなのだとしても、どこか違和感がある。

 もし少女がサーヴァントであれば12人のうち11人はサーヴァントであることに気づけたのだが、あいにく違うので正体が分からないのだった。

 

(まさか抑止力からのカウンター?)

 

 少女は元の世界では人類悪(ビースト)なんて物騒な存在だったので、ここの抑止力からも危険視されて刺客を送られるというのは十分あり得る。

 だとすると、サーヴァントのくせに捜索をサボって食事にうつつを抜かしてるのがちょっと不審だが、しかし仮に刺客だとしたら、グランドどころか普通のサーヴァントでも、現状では12対1では勝ち目はない。

 

(どうしましょう。人間のふりをして混ざって、ごはんもらうついでに観察するか、それとも大事をとって退くか)

 

 少女はすぐに決めかねていたが、先方はこちらに気づいているのかいないのか、こちらに来る様子はないので、今少しこの場で観察することにした。

 歓談している声がかすかに聞こえてくる。

 

「ところでマスター、あれはまだなんですか? 試食もさせて下さらなかったから、すごく楽しみなんですが」

「ああ、あれは冷やして食べるものだからな。夕ご飯食べ終わった後のデザートだよ。

 というかあれは労作だったから、簡単に試食なんてさせてやらないのさ。ちゃんと冷えてから食べさせて、ブラダマンテの舌にらめぇとか言わせてやるんだ」

「も、もうマスターってば意地悪です!」

「ふふ。ますたぁがそこまで言うとは、その『ぷりん』というのはかなり美味しいようですね。楽しみです」

 

「ぷりん」

 

 その3文字を聞いた瞬間、少女は脊髄反射で走り出していた。

 それでも最低限の思考力は残っていたらしく、魔力は抑えているし走る速さも人間の少女レベルに落としている。そして12人のそばに行くと、愛の神の演技力を振るっていかにも疲れて空腹そうな、しかも愛らしい振る舞いで話しかけた。

 

「こんばんは……私北の方の村の者で果物集めてたんですけど、イノシシに追われて全部落としてしまった上に、皆とはぐれてしまいまして。

 お腹すいたので少し分けていただけませんか」

 

 この連中が仮に刺客だったとしても、この持ちかけ方ならいきなり攻撃されたりしないだろう。少女はそう思っていたが、ここで自分と似た髪の色をした娘が、水色の髪で白いツノが生えた娘に顔を向けた。

 

「どうですか? 清姫さん」

「嘘、ですわね。後半は本当のこと言ってますが、前半はまったくの嘘です」

「ふえ!?」

 

 まさか初手で見破られるとは。少女は心底驚いたが、とりあえずその理由を訊ねてみることにした。

 

「え、あの、何でそんな細かく分かるんですか?」

 

 するとツノ娘はついっと立ち上がると、ドヤ顔キメながらも解説してくれた。

 

「それはもう、わたくし嘘だけは許せない女ですから。

 そして安珍様みたいな徳の高い御方でも、どこぞの教授みたいな筋金入りの悪人でも、『魂』は嘘をつけませんから」

「何それ!?」

 

 そんなのずるい、と思わず少女は普段より1オクターブ高い声でツッコミを入れてしまったが、その間に白い帽子の女と青い帽子の女に背後に回られてしまった。

 

「それで貴女のお名前は?」

 

 もはや隠しても仕方がない。少女はちょっとふてくされた口調で答えた。

 

「……カーマ」

「へえ!? カーマといえばインドの愛の神様じゃないですか」

 

 まさかこんな幼女が。ヒロインXXはびっくりしたが、清姫が反応しないので嘘ではないようだ。

 

「しかし……だとするとこれは変ですね」

「何が?」

「ルーラーの感知能力にヒットしないから、貴女はサーヴァントではない。つまり神霊のまま地上に来たということになりますが……でも私のこの最果ての正義の力(ツインミニアド)が、貴女は『この地球の』存在ではないと言っているんですよね」

 

 これはつまり、カーマは平行世界の地球から来た者か、さもなければこの世界のどこか他の星から来た、偶然名前が同じ別の神ということになる。どちらだろうか?

 

「その2つなら前の方ですよ。私本当に地球のインドの愛の神ですから」

「なるほど、そうでしたか。まあどっちにしてもフォーリナーですので、私的にはアウトなんですが。

 フォーリナー死すべし。最果ての光よ、私にボーナスを!」

「ぶっ!?」

 

 青帽子の女が輝く槍をぶん回し始めたので、カーマはあわてて逃げ出した。

 しかし白帽子の女に道を阻まれてしまう。さらに水鉄砲を持った女2人に左右をふさがれてしまった。

 

(か、囲まれ……そ、そうだ!)

 

 進退窮まったカーマだが、ふと12人の中に1人だけ男がいたことを思い出した。

 若い男なら(見た目)幼い少女に暴力を振るうのを止めてくれるのではあるまいか。カーマは目の端に涙など浮かべつつ、哀れっぽい口調で助けを乞うた。

 

「お、お兄さん! こんなかよわい幼子をリンチするなんてひどいんじゃないでしょうか!?」

「ん? そりゃ本当にただの幼子だったらシバいたりしないけど、神様だったら俺の何倍も年上だし強いだろ」

「レディに歳の話するなんて失礼ですよ!?」

「というか平行世界から来た神霊なんて、どう考えてもラスボスだしな。本拠地に攻め込むよりは、ここで終わらせる方が楽だろ」

「はあ!?」

 

 男はレディへの配慮を知らないばかりか、初対面の幼女を助けないどころかラスボス扱いしてきた。なんて時代だ!

 

「何でそうなるんです。私はここに来てからは何もしてませんし、この特異点つくったのも私じゃないですよ」

「……そうなの?」

 

 この発言は意外だった光己が清姫の顔を顧みると、嘘発見娘はこっくり頷いた。

 

「はい、これは嘘ではないようです」

「うーん、するとこの娘はラスボスじゃないのかな? いや待て。

 ここに来てからはって言ったよな。じゃあここに来る前は何をしてた、というか何で平行世界に飛ばされるハメになったんだ?」

「ぐ」

 

 これはカーマにとって答えたい質問ではない。とりあえず黙秘してみることにした。

 

「その辺はレディの体面にかかわるのでノーコメントで」

「つまり悪いことしてたってことですね? なら邪神ハンターの役目を果たすまでです」

 

 すると青帽子の女が肩に槍の穂先を置いてきた。なんて野蛮な連中だ!

 

「大丈夫、その邪神的アトモスフィア漂う権能を剥いでから、元の世界にブッ飛ばすだけですので!

 まあその拍子に向こうの惑星ごと爆発するかも知れませんが、気にしないで下さい」

「気にしますよッッッ!!!」

 

 カーマは思い切り叫んだ。何この凶悪サーヴァント、人類悪より危ないんじゃないですか!?

 仕方ないので、なるべく簡略に白状することにする。

 

「別に大したことじゃないですよ。ちょっとこうビーストらしく、カルデアってとこからサーヴァントさらって特異点つくってたら逆襲されただけですから。当然ながら、貴方たちには関係ないと思います」

「!?」

 

 当然ながら光己たちにとっては物凄く大したことで、関係ありまくりなのだが、カーマはまだ光己たちの正体を知らないので仕方ない。というか、わざと話を小さく語っているのだった。

 しかしこれを流してしまうカルデア一行ではない。

 

「……デジマ。これはもっと詳しく聞く必要ありそうだけど、長話してたら途中で不意打ちとかされそうだよな」

「では私にお任せ下さい! さっきも言いましたが、権能剥いで弱体化させれば大丈夫かと」

「すごいなXX。本当にそんなことできるんだ。じゃあそれで頼む」

「え!? ちょ、何勝手に話進めてるんですか」

 

 カーマは当然抗議したが、カルデア側としては彼女をそのままにしておくのは危険すぎる。少女が逃げようとするのを数の暴力でどつき倒して取り押さえ、その間にXXが宝具の準備をした。

 

「―――ダブルエックス・ダイナミックみねうちVerーーーッ!!」

「ぴぎゃーーっ!」

 

 こうして、哀れにもカーマは獣の権能をすべて失って、ただのC級疑似サーヴァントになってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 気絶したカーマが目を覚ました時、少女は強化ワイヤーで厳重に縛られていた。

 傍らにいた金色の髪の娘が、その旨を他のメンバーに報告する。

 

「マスター、カーマが目を覚ましたようです」

 

 カーマがとりあえず周囲を観察してみると、自分を見張っているのは3人で、残った9人は食事を再開しているようだ。

 その9人が一斉にカーマに目を向ける。

 

「ああ、起きたんだ。あんたから見たら理不尽かも知れんけど、ビーストをそのままにしておくわけにはいかないからさ。

 もう少しで食べ終わるからちょっと待ってて」

「……」

 

 そののんびりした口調と言い草にカーマは激怒した。

 必ず、かの少年たちからご飯を奪わねばならぬと決意した。

 

「いやあの、それって拷問じゃありません?

 私はご飯を分けて下さいってお願いしたのに、わざわざ食べてるところ見せつけるなんて」

「ん? ああ、そういえばそうだったな。まさかプリンのくだりで本当に近づいてくるとは思ってなかったけど」

「……」

 

 どうやら罠にハメられたようだが、しかし今は食料を得るのが先である。カーマがとりあえず沈黙していると、少年は桃色の髪の娘に顔を向けた。

 

「それじゃヒルド、適当に見繕って食べさせてあげてくれる?」

「うん」

「…………用心深いことですね」

 

 カーマは本当にサーヴァントにされてしまったらしく、少年以外の11人がサーヴァントであることが分かる。つまり彼がマスターと思われるが、これだけの戦力差があるのに縄を解かないとはどこまで慎重なのか。

 

「じゃあ清姫の前で、絶対自分からは攻撃しないって誓ってくれる?」

 

 すると少年はそんな提案をしてきたが、カーマはそれに諾と言えなかったので縄は解いてもらえなかった。

 

「まあまあ、とりあえずどうぞ」

 

 しかし食事は出してくれるようで、桃髪娘がカーマの口元にパンを差し出してきた。

 少女がそれをほおばると、焼き立てパンの温かく柔らかい風味とともに、口の中いっぱいにやさしい甘みが広がる。

 

「……美味しい」

「ココナッツパウダーとさとうきびの絞り汁を混ぜて作ったパンですからね。甘いでしょう?」

「さとうきび」

 

 それは彼女の弓の素材である。無論偶然だろうが、カーマはちょっと嬉しかった。

 

「でも屈辱です。一応は愛の神なのに、縛られて食べ物を口に運ばれて食べるなんて」

「ならさっき言ったことに『うん』って言ってくれればいいんだけどな。何も無抵抗で殴られろなんて言ってないんだし」

「え、あ、それでいいんですか……」

 

 実は「無抵抗で殴られろ」という意味で解釈していたカーマだったが、殴ってきたら殴り返してもいいルールならプライドは守られる。カーマはそれを約束して縄をほどいてもらった。

 

「それじゃひどい目に遭わされた分、たくさん食べさせてもらいますね。あ、素朴な割に美味しい」

「意外と図太いな……」

 

 自由の身になったとたん、当たり前のように空いている席に座ってぱくぱくもぐもぐと遠慮なく食べ始めたカーマに光己はちょっと呆れたが、確かに先に殴ったのはこちらなので、好きなだけ食べさせてやることにした。

 やがて皿が空になると、カーマはデザートを要求してきた。

 

「ごちそうさまでした。無人島でつくったごはんの割には美味でしたよ。

 それじゃお待ちかね、プリンを下さい」

「…………そうだな。あんたが元の世界でやったこと、ちゃんと教えてくれたら。

 いやひどいことしてたらシバくとかプリンやらんとか、そういうことはしないから」

 

 光己としてはカーマが平行世界とやらでやったことまで断罪するつもりはなく、それより情報を得る方が有益だと思ったのだ。無論平行世界のことをこの世界ですべて適用できるわけではないが、参考にはなるだろう。

 カーマもそれは理解できたが、その先のことも考えていた。

 

「それで、話が終わったらどうするんです? 用済みになったら殺すんですか?

 ま、人類悪を生かしておく理由なんてないでしょうけど」

「んん? うーん、難しいな」

 

 確かに彼女が人類悪であることをやめないなら殺すしかない―――が、そもそも何故彼女は仮にも愛の神でありながら、人類を滅ぼそうとする獣(ビースト)になどなったのだろうか?

 それを訊ねると、少女は皮肉げに唇をゆがめた。

 

「私のエピソード、知りません? シヴァの瞑想を中断させるために情欲の矢を射させられて、それで怒ったシヴァに焼き殺されたっていうの」

「ああ、その話は本で読んだことあるな。うろ覚えだけど、何とかっていう魔神に対抗するには、シヴァにどうにかしてもらうしかなかったんだっけ?

 それなら恨みに思うのは分かるけど、でもその話だと人間関係ないよな。恨みを晴らすなら、シヴァなりパールヴァティーなりを殴ればいいじゃないか」

 

 するとカーマはむーっと頬を膨らませて、身を乗り出してつっかかってきた。

 

「そりゃ私だってメインはそっちですよ。シヴァのク〇バカ野郎にはさすがに手が出せませんけど、パールヴァティー見かけたら、陰険な嫌がらせの1つや2つはします。

 でもそれはそれとして、愛の神はお仕事ですから」

「愛の神の仕事で何で人間滅ぼすんだ?」

「滅ぼしたりしませんよ、ずっとずっと愛してあげます。私以外の何もかもを忘れるまで。

 どれだけ堕落してダメになっても、私だけはどこまでも甘やかしてあげるんですよ。

 人間社会ってつらいことばっかりですよね。でも私の愛に浸っていれば幸せです。まさに救済じゃないですか。愛ですよね」

「そんなもん愛っていうかーーーーっ!!!」

 

 光己もぐわーっと吠えてカーマと額を突き合わせた。

 

「俺は宗教家でも哲学者でもないから詳しくはないけど、愛ってのは相手を成長させるもんじゃないのか? 堕落させてどうするんだよ」

 

 それはおそらく人類の過半の支持を得られる主張ではあったろうが、カーマはふんっと鼻で笑った。

 

「それはギリシャ語で言うところの造物主の無償の愛(アガペー)隣人愛(フィリア)の話ですよね。私が司る愛は性愛(エロース)ですから。

 ほら、男女の愛なんてちょっとしたことですぐこじれて憎しみに変わったりするでしょう? でも私は愛し続けてあげるんですから褒めてほしいくらいです」

「こじらせてるなあ……」

 

 要するに人類に恨みがあるわけではなく、単に性格が歪んだだけということのようだ。

 しかしまだ言ってみたいことはある。

 

「でも俺がフランスで会ったジャンヌやマリー王妃なんて、捨てられたり処刑されたりしてもなお、フランスを助けるためにがんばってくれたりしたぞ。まして愛の神だったら、それ以上の寛大さというか器の大きさを見せてくれてもいいと思うんだよな。よっ、カーマちゃんインドいちー」

「絶対にノゥ!」

 

 カーマの意志は固かった。

 こうなったら、光己としては最終的な質問をするだけだ。

 

「それで、あんたはこれからも人類悪を続ける気なのか?」

「やめてほしいんですか?」

「いや、見た目幼女とはいえ神様を説得できるなんて思ってないよ。ただ聞いてるだけ」

「…………」

 

 すると、カーマは真面目な顔になって黙り込んだ。

 てっきり説得してくる気だと思っていたのに、よく言えば相手を尊重した、悪く言えば突き放した言い方をしてきたのが意外で、すぐ返事が思い浮かばなかったのである。

 

(……まあ、今の私が人類悪を名乗るなんておこがましい限りなんですけど)

 

 C級、いや休養して回復すればA級サーヴァントくらいの力にはなると思うが、どちらにせよその程度の力では、人類すべてをどうこうなんてとても無理だ。殷の妲己みたいな傾国ムーブはできるだろうが、人間同士に戦争させて国を滅ぼさせるとか、そういうのは自分のスタイルではない。

 

「……………………仮にやめるって言ったらどうします?」

「ん? そうだな。この島で好きにしてくれてもいいし、ケンカしないでくれるなら俺たちの仲間になってくれてもいい。別にどうしろとは言わないよ」

「この島で好きにって言われても、この小さな特異点が消えるまでのことじゃないですか……って、そういえば貴方は何者なんです?」

 

 サーヴァントたちは自分へのカウンターなのだろうが、この少年は人間だから違うはずだ。この無人島に最初からいたとは思えないし、どこの誰がどうやって入ってきたのか?

 

「ああ、俺はこの世界のカルデアのマスターなんだよ。だからあんたのこといろいろ聞こうと思ったんだ」

「な、何ですってーーーー!?」

 

 カーマは思い切りかん高い声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 まあ考えてみれば、外から特異点に入って来られる人間といえばそれしかない。カーマはすぐ納得した。

 

「つまり、この特異点を観測して消去しに来てたってわけですか?」

「いや。もともとはバカンスのつもりだったけど、レイシフトの事故か何かでたまたまここに来ちゃったんだよ。だからみんな水着だし、無人島生活用の装備なんて持って来てないからこうして家建てたり食料採集したりして自活してるんだ」

「ああ、そういう……」

 

 そういえば、元の世界のカルデアの連中もどこか抜けた、というか能天気なところがあった。その方が付き合う相手としては好ましいが……。

 

「分かりました。この島にいても、貴方たちが異変解決したら消えるか英霊の座に行くかですし、せっかく生き延びたんですから、もう少し現世に居座ることにします」

「つまり仲間になってくれるってこと?」

「はい。ただしごはんとおやつは下さいね」

 

 この辺は女神様も見た目年齢相応のようだ。光己はすぐ了承した。

 

「わかった、それじゃよろしくな。じゃあまず自己紹介……おぉっ!?」

 

 光己がそう答えたとたん、周りで地鳴りのような音が起こった。地震……いや!?

 

「マスター! 冬木でアーサー王様を倒した時と同じ感じがします。この特異点が崩壊し始めてるんじゃないでしょうか」

 

 あの時も現場にいたブラダマンテが悲鳴のような声を上げる。まさかいきなり異変解決になるとは!?

 仮にカーマがこの特異点をつくったのではないとしても、ここを延命させていたのは彼女なのだろう。しかし今彼女がカルデアの仲間になる、つまりここを去る意志を示したので維持できなくなったのだ。

 

「マジか」

 

 せっかくみんなが麗しい水着姿でいてくれてるのだから、あと1週間いや1ヶ月くらい続けばよかったのに、じゃなかった異変解決したのはいいが、カルデアとの通信が回復していない今どうすればいいのだろう。光己がそう思った時、空中にディスプレイが浮かび上がった。

 

《やっと繋がったわ! 藤宮、いる? いるなら返事をしなさい》

「おお、所長! そっか、特異点が崩壊しだしたから、逆に通信を邪魔するものがなくなったんだ」

 

 これなら無事に帰れそうだ。光己は急いでディスプレイ上のオルガマリーに要点を告げた。

 

「この特異点もう崩壊しそうなんで、至急強制帰還させて下さい! できればここにいる全員を」

《全員? ……ってなんかずいぶん増えてるじゃない。何があったの?》

「その辺は後で説明しますんで……っと、40秒で荷物まとめて1ヶ所に固まりますんでとにかく帰還の方を」

《わ、わかったわ》

 

 オルガマリーは急な話に泡を食ったが、彼の周囲を計測してみると、確かに魔力の流れが異様に乱れている。詳しい状況までは分からないが、現地の彼が帰還したいと言うのならそうした方が良さそうだ。

 

《ロマニ、急いで作業を!》

《はい、もうやってますよ! ……うーん。冬木やフランスよりはだいぶマシだから、何とか全員こっちに来させられそうだ》

 

 そしてロマニがレイシフト実行の命令キーを押すと、光己たちの姿が薄れ始める。

 こうして彼らの2泊3日のバカンスは、無事(?)終わったのだった。

 

 

 




 ヒロインXXがカウンターとして来てたのはこういうわけだったのであります。
 あと嘘発見スキルって尋問に使うと便利すぎますね。さす清姫!(ぉ



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第42話 サマーメモリーエピローグ

 今回もちょっと長めになります。



 光己たち13人は、どうにか無事カルデアに帰還することができた。そうしたら、次はオルガマリーたちといろいろ話すことがあるのだが、特異点が消滅する経過を観察する仕事もあるので、オルガマリーはまず光己たちにレイシフトの事故について一言謝罪した後、彼らとダ・ヴィンチだけを連れて別室に移動した。

 なお光己たちが持ち帰った食料は、とりあえず一般職員が冷蔵庫に運んでいる。今カルデアは外部から食料や資源を調達できないので、今後特異点でそれらを手に入れることができたら送ってくれるとありがたい、なんてことを考えていたりもした。

 会議室に入って席に着きお茶を並べたところで、オルガマリーが所長としてしかめつらしく挨拶する。

 

「―――さて。私がこの人理継続保障機関フィニス・カルデアの所長、オルガマリー・アニムスフィア。こちらが技術部顧問のレオナルド・ダ・ヴィンチです。

 いろいろと話すことはありますが、まずは自己紹介をお願いできますか?」

 

 オルガマリーは権高なところがあるが、初対面かつカルデアで召喚されたのではないサーヴァントに対しては、さすがに礼節を保っていた。

 それに冬木で見た黒い騎士王の恐ろしさはまだ覚えている。服装や雰囲気は違うがまったく同じ顔をした者に、あえて上から目線の態度を取る度胸はなかった。

 

「それじゃ、実はカーマにはまだ名乗ってませんのでまず俺から。

 俺がカルデアの『最後の』マスター、藤宮光己だよ。改めてよろしく」

 

 そうして1人ずつ自己紹介をしていったが、それが終わった時、オルガマリーは内心で思い切り頭をかかえていた。

 

(騎士王が4人も来てくれたのはいいわ……しかもルーラーまでいるなんてとても頼もしい。

 でも平行世界の人類悪って何よ!?)

 

 ヒロインXXとかいう怪しい名前の騎士王が、獣の権能を剥いで弱体化させてくれたそうだが、本当に大丈夫なのだろうか。本来の愛の神に立ち返ってくれればいろいろ役に立ってもらえそうなのだけれど、実に不安だ。

 かと言って、仮にも神霊の目の前であまり疑うようなことは言えない。それに彼女には聞きたいこともある。

 

「ええと、平行世界でカルデアに干渉したのですよね。その時のカルデアはどんな状況だったのですか?」

 

 そう、平行世界だから当然このカルデアとは異なる点も多いだろうが、参考にできる点も多いはずなのだ。

 カーマはそれは無人島で話すつもりのことだったので、隠す気はない。

 

「うーん。まず場所から言うと、南極じゃなくて彷徨海とかいう所にありましたね。

 所長はゴルドルフ・ムジークっていう人で、子供のダ・ヴィンチとシオン何ちゃらっていう人が補佐してました。マスターは1人だけで、藤丸立香っていう娘でしたねー。サーヴァントは大勢いましたけど。

 あー、あと一般の職員の人は10人くらいでしたか」

「はああああ!?」

 

 オルガマリーは全力で噴き出した。

 彼女の名前が出ないばかりか場所まで違うとは!

 

「聞いた話だと、人理修復は成功したみたいですよ。でもその後で、異星の神とかいうのが来て世界が漂白されちゃって、世界各地に異聞帯っていう特異点もどきが出来てて、それを潰そうとしてるらしかったです」

「!!!!????」

 

 その上新たな敵まで現れているなんて! オルガマリーは泡を吹いてぶっ倒れそうになったが、アニムスフィア家当主にしてカルデア所長たるメンツにかけてこらえた。

 ―――なおここでスルーズが「それだと人理修復直後にマスターをさらうのは危険かも知れませんね」なんてことを考えていたりしたが、無論オルガマリーには分からない。

 

「う、うーん……」

 

 仮にこの世界の状況から平行世界の状況につながると考えるなら、人理修復成功後にカルデアは解体。その後ムジーク家が彷徨海で再設立したというところだが……かなり無理がある展開だ。やはり平行世界だからいろいろ状況が違うのだろう。

 それでも異星の神とムジーク家は警戒すべきだが。

 

「でも所長、人理修復に成功した世界があるってのは結構いい話じゃないですか?」

「へ!? あ、ああ……それは確かにそうね」

 

 光己が何気なく挟んできた話に、オルガマリーはちょっと明るい声で相槌を打った。

 状況は違うとはいえ、魔術王が絶対に倒せない相手ではないことが証明されたのだから。

 その後カーマがやったことの概略を聞いたが、それについては「人類悪ってやっぱり危険」「でもそれ以上に徳川やべぇ」というあたりが、一同のおおよその感想であった。

 カーマの方も徳川にトラウマを持っていて、日本人である光己や段蔵や清姫にちょっと苦手意識を持ったりしているが。

 

「―――ええと、今カーマ様にお訊ねすることはこのくらいでしょうか。今後ともご協力をお願いします。

 あとは……貴方たちがあの特異点でどうしてたのか、一応聞いておこうかしら」

 

 後半は光己とマシュに向けての言葉である。無事に帰ってきてくれたのだから深く詮索する必要はないのだが、騎士王たちとカーマを引き入れた経過は知っておくべきだし。

 

「はい」

 

 2人の説明によると、特異点では2泊3日過ごしたらしい。大まかにいえば、初日にカウンターとして召喚されたアルトリアたちと出会って異変解決のために共闘することになり、最後の日にカーマと会って仲間にしたら特異点崩壊が始まったという流れだった。

 カルデアでは2時間ほどしか経っていないので、どうやら時間の流れ方が違っていたようだ。カーマが原因なのか、それとも別の理由があったのかは分からないが、まあリソースを割いてまでして調べる必要はあるまい。向こうの時間の流れの方が速かったことに安堵するだけでいいだろう。

 

(逆だったらこっちじゃ2ヶ月くらい経ってたことになるものね……ホントよかったわ。

 その上A級サーヴァントを5騎も連れて来てくれたんだから、結果的には本当に幸運だったわね)

 

 ただしその5騎は皆食事に執着があるようだが、彼女たちのネームバリューを考えれば安い物だろう……。

 

「食事についてですが、カルデアには食糧自体は十分あります。ただ立地の問題で外部とのやり取りが少ないので、長期保存できるものがほとんどです」

 

 穀物類や肉類や野菜類や魚介類といった食材と調味料、あとは缶詰やレーション(主に軍用の保存食)などである。あの爆発事故で職員の人数が減っているので、アルトリアたちが何人分食べようと量的には当面大丈夫だろう。

 ただ、賞味期限が短い生野菜やスイーツはない。正確には水耕栽培装置があっていくらかの野菜は採れるが、現在はそちらに回せる人員はいなかった。

 データとして各種レシピはあるので、材料さえあればブリテン料理でもプリンでもケーキでも作れるが……。

 

「つまり、特異点で材料を調達すればいいんですね?」

 

 アルトリアズとカーマがその認識に至るのはすぐだった。よろしい、ならば特異点修正だ。

 

「は、はい。そうしていただけると助かります」

 

 オルガマリーはちょっと引きつつもそう答えた。予期せぬ形ではあったが、新入りの5騎は十分意欲を持ってくれたようだ。

 

「それで、次に行く特異点はどこですか?」

「え、ええ。まだ大雑把にしか把握できてませんが、AD60頃のヨーロッパに行っていただく予定です。

 年代と場所の特定にもう数日欲しいですので、その間に藤宮たちと一緒に現地のことを勉強していただければと」

 

 光己たちも騎士王たちも、1世紀のヨーロッパについては常識以上の知識はあるまい。それでは現場での状況判断に支障が出るし、異常を見落としてしまうかも知れない。当然の要請ではあった。

 

「分かりました。ではそのように」

「仕方ありませんねー」

 

 幸い5人ともすぐ納得してくれたので、オルガマリーにとって難しい案件はすべて終わった。あとは彼女たちの部屋の割り振りや生活規則といった細々した話になるので誰か部下に頼んでもいいのだが、そうすると人情に欠けると思われそうだしついでなので自分でやることにする。

 私室の各部屋に構内の案内図も書かれたしおりがあるので、今は概要だけ話せば済むことだし。

 それも済んでオルガマリーがふうっと息をつくと、光己が今思い出したかのように手を挙げた。

 

「あ、そうそう。あんまり大っぴらにすることじゃないとは思うんですけど、所長たちには一応。

 俺、ファヴニールに変身できるようになりましたんで」

「はああぁあっ!?」

 

 オルガマリーはとうとう脳の許容量を超えて失神した。

 

 

 

 

 

 

「……ええと、それは何の冗談なのかしら?」

「いやマジですよ。なあ清姫?」

「はい、ますたぁが仰っていることは事実です。

 わたくしと違って西洋竜なのは残念ですが、それはそれは雄々しいお姿で」

「……」

 

 気を取り直したオルガマリーは改めて確認してみたが、嘘嫌いの清姫がこう言う以上、彼の発言は事実なのだろう。フランスでファヴニールの血を飲んでいたから、悪竜現象が発生してもおかしくはないのだが……。

 

「それにしても、ねえ……さすがに言葉だけじゃ信じ切れないから実際に見せてくれる?」

「ええ、いいですよ。ここじゃまずいんで、体育館ででも」

「ええ」

 

 というわけで体育館に移動する一同。オルガマリーはおっかなびっくり、ダ・ヴィンチはかの竜殺しの英雄にさえ発現しなかった現象を実見できることに興味津々といった様子である。

 その途中、光己がオルガマリーに話しかけた。

 

「それにしても所長は頑張ってますねえ。俺よりちょっと年上なだけなのに、こんなデカい、といってもだいぶ人数減りましたけど、大変な仕事してる組織をちゃんとまとめてるなんて。

 態度もしっかりしてますし。いやさっきは失神してましたけど」

「へえっ!? い、いえそこまではいかないわよ。みんな内心じゃ私を嫌ってるし」

 

 オルガマリーは褒められて頬を赤くしつつも、そっぽを向いて拗ねたことを言った。

 今は状況が状況なので、嫌悪や不満を態度に出したりサボタージュしたりする者はいないが。

 

「いやあ、もしそうだとしてもちゃんと組織が回ってるだけで立派なもんだと思いますよ。

 だって普通の会社とかなら、課長や係長レベルでも40歳とか45歳でしょ。20歳そこそこで、トップとして実力認められようっていう方が無理なんじゃ」

「…………そう、ね」

 

 彼が言うことは間違いではない。

 魔術師の才能と違って組織運営の才能は遺伝しないし、かといってカルデアを継ぐために幼少時から帝王学やリーダー論を仕込まれてきたというわけでもない。

 なら現時点で統率力やら指導力やらが足りないのは仕方ないことで、認めてもらおうとじたばたしても苦しくなるだけのことだというのは1つの考え方だろう。というか、彼がすでに褒めてくれた。

 

「少なくとも俺だったらとっくに胃に穴が開いてドクターの世話になってますね。うん」

「あら、私の胃に穴が開いてないとでも?」

 

 しかし素直に礼を言うのは何だか気恥ずかしかったので代わりにちょっと低くこもった声でそう言うと、隣の少年は「ぶっ!?」と噴き出して足を止めた。

 

「ちょ、所長!? それは放置しちゃいかんやつでしょ。病気休暇!? それができないんなら……そうださすルーン! さすルーンで何とかならんか」

「……フフッ、冗談よ。薬もらってるのは事実だけど、重大な病気はないわ」

「…………」

「…………」

 

 2人の間に微妙な沈黙がたゆたう。先にそれを破ったのはオルガマリーだった。

 

「フフッ、おどかしてごめんなさい。貴方が何度も突拍子もないこと言って驚かせるから。

 いえ、私にとってはいいことばかりだったんだけど、ね」

「……。手柄を立てた部下にボーナスを出さないどころか笑えない冗談をかますとは、上司の風上にもおけん!

 ここは埋め合わせにセクハラの1つでもさせてもらおうか!」

「きゃー」

 

 すると少年がつかみかかってきたので、オルガマリーは笑いながら身を翻して逃げた。

 後ろから妙な視線をいくつか感じたのはスルーとしておいて。

 

 

 

 

 

 

 体育館の真ん中に光己がバスタオル姿で立ち、オルガマリーたちは壁際でそれをじっと注視している。

 むろんセクハラの罰で羞恥プレイをさせられているのではなく、これからドラゴンへの変身という神秘の業を披露するためだ。

 

「んじゃいきますよ。大・変・身!! ファヴニール!!」

 

 今回は両腕を胸元でX字に交差させながら叫ぶポーズだったが、やっぱり意味はない。

 しかし変身は成功し、前回同様変形しながら巨大化していく。

 

「う、うわぁ……!?」

「すごい、本当に姿が変わっていくよ」

 

 オルガマリーはちょっと怯えつつ、ダ・ヴィンチは目を輝かせてその光景を見守る。

 そして変身が終わると、その巨躯の存在感と威圧感にオルガマリーは思わず1歩引いていた。

 

「なんて迫力……映像で見た時とは段違いだわ。これが本物のファヴニール……」

 

 敵対してはいないのに体の震えが止まらない。光己たちはこんな化け物と戦ってきたのか。

 彼は自分を褒めてくれたが、自分が彼の立場だったら、果たして戦場で指揮官としてちゃんと振る舞えたかどうか、オルガマリーは自信が持てなかった。

 しかしオルガマリーはすぐに自分を取り戻した。

 

「いえ、それを気にする必要はないわね。

 それよりあの白い翼は何なのかしら」

 

 フランスで見たファヴニールには鳥の羽はついていなかったはずだ。オルガマリーがそう独り言を漏らすと、隣にいたマシュが解説してくれた。

 

「先輩の説によれば、タラスクと清姫さんの神要素が天使の翼として具現したものだそうです。

 ですのでただの邪竜ではなく邪聖竜なんだとか何とか」

「そ、そう」

 

 幻想種の頂点に変身なんてとんでもないことができるようになっても、おバカな所は治ってないようだ。まあその方が人間的、つまり頭の中まで人外に染まっていないということだから喜ぶべきかも知れない。

 

「それで、後で体調を崩すとか寿命が縮むとか、そういう副作用はないのね?」

「はい、その辺りの問題は出ていません」

「そう、ならいいわ。人前では使えないけど、使いどころによって逆転の一打になるわね。

 あ、でも……」

 

 人前では使えないという自分の台詞で、彼が危険な立場になったことにオルガマリーは気がついた。

 ただでさえ後ろ盾のないド素人が人理修復の立役者なんて超特大手柄をたてたら、色々不利益が予想されるのに、竜人(ドラゴニュート)になったと魔術協会が知ったら放置しておかないだろう。

 

(報告書、だいぶ改竄しないといけないわね……)

 

 仕事が増えるが、彼が竜人になったのは人理修復に有利なことだから文句は言うまい。

 

「うーん、これは確かにドラゴンだね。それなら牙とか爪とか鱗とか提供してくれるといろいろはかどるんだけど、どんなもんだろう」

「それはあまりにも非人道的、いえ非竜道的なのではないでしょうか!?」

 

 ダ・ヴィンチの能天気でマッドな発言に、マシュが渾身のツッコミを入れた。

 

 

 

 

 

 

 特異点で起こったことの報告と新入り組への説明が終わったので、光己たちは食堂へ行って夕ご飯の続きをしていた。正確にはデザートだが。

 

「ふーん。無人島で手作りでレシピもなしで作ったものとしてはまあまあですね。愛してあげます。あ、甘い、やわらかい……」

「上から目線だなあ……」

 

 憎まれ口を叩きつつも、プリンを一口ずつ大事そうに口に入れてじっくり味わいながら食べているカーマに光己はちょっとあきれたが、ひねくれた子供ならこんなものかと、ある意味達観することにした。

 

「ブラダマンテはどう? 美味しい?」

「はい! らめぇとは言いませんが、とても甘くてつるっとしてて不思議な食感がいいですね。確かにデザートにはいいと思います」

「そっか、喜んでくれてよかった」

「しかし量が足りんぞ。もっとこう、バケツいっぱいに作って差し出すくらいはしてほしいものだが」

「手作りでそこまでやってられないって」

 

 メイドになっても暴君要素は残っているメイドオルタに、光己はそうツッコミを入れた。

 13人分というだけで結構多いのに。

 

「まあ特異点に行けば、ごはんは飯屋で食べられると思うよ。どこかでお金手に入れなきゃいけないけど」

 

 フランスの時はワイバーン肉と香辛料で稼いだが、同じことをすれば食費や宿代は入るだろう。スイーツがあるかどうかは分からないが、牛乳や卵や小麦粉くらいは店で売っているだろうから、レシピがあるなら簡単なプリンやケーキやアイスクリームくらいなら作れる。

 

「ところで先輩、ワルキューレの皆さん。バカンスは終わったことですし、そろそろ服を元に戻した方が良いと思うのですが」

 

 これはマシュの提案である。管制室には何人かの、当然制服姿のカルデア職員がいたので、水着姿が恥ずかしくなったのだ。

 

「それを脱ぐなんてとんでもない!」

「いえでも、ますたぁ以外の殿方にあまり肌を見せるのは抵抗が」

「むむぅ」

 

 光己は全力で反対したが、ここで意外にも清姫が着替え派に回った。

 なるほど彼女の言い分は一理ある。光己としても彼女たちの水着姿を他の男に見せたくはない。

 しかし自分は見たい。これはどうすべきか……!?

 

「うーん、これは悩む……!」

 

 フランスでもこれほどの難題はなかった。どうすればいいのか。

 カーマが「男の人ってバカですよねー」などと皮肉げな顔でのたまうのが聞こえたが、言い返す余裕もない。女だって現れ方や方向性が違うだけで、欲望の本質は似たようなものだとは思うが。

 しかしいつまでも悩んでいるわけにはいかないので、光己は日本人らしく玉虫色の結論を出した。

 

「それじゃ、着替えたい人は着替えるということで。

 あ、でもルーラーアルトリアは悪いけど水着のままで頼む。どうしても恥ずかしかったら上着着てもいいから」

 

 これは私情ではなく、ルーラーのスキルが特異点修正に有利だからである。ルーラーアルトリアもこっくり頷いた。

 しかし他のサーヴァントたちはぞろぞろ部屋を出て行って、残ったのはルーラーとカーマ、それにヒロインXXだけである。何という寂寥感……。

 

「あれ、XXは着替えないの?」

「はい、私はもともと水着サーヴァントですので。まあ水着じゃ具合悪い時は乗着しますけれど」

 

 サーヴァントは一部の例外を除いて「霊衣」を3種持っており、自由に着替えることができるのだ。XXの場合はこの水着Verと聖槍甲冑アーヴァロンのフル武装、そしてハーフ武装となっている。

 

「そっか、さすがXXマイソウルフレンド!」

「意味はよく分かりませんが、ありがとうございます。後で夜食下さいね!」

 

 XXはいろんな意味でストレートだった。

 それはともかく、これでようやく無人島漂流事件は終了となったのだった。

 

 

 




 これにて水着イベントは終了、サーヴァントたちも一部を除いて普段着に戻ってしまいました。
 しかし賢明なる読者の皆様もご存知のように、ネロちゃまの時代はテルマエ(公衆浴場)は混浴だったそうです。あとはわかりますよね?(ぉ



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永続狂気帝国 セプテム
第43話 第二特異点


 その3日後、カレンダーでは2015年8月13日。カルデアの事務方は、ようやく第2特異点の年代と場所を特定できた。現地班の勉強もある程度できたので、いよいよレイシフトを実行する運びとなる。

 しかし、会議室に現地班を呼んだオルガマリーたち幹部3人の顔色は、微妙に冴えなかった。

 

「3人ともどうかしたんですか?」

 

 代表して光己が訊ねると、オルガマリーが申し訳なさそうな口調で答える。

 

「ええ、レイシフトの件なんだけどね。

 帰還させるのは13人でもできたんだけど、向こうに送り込むのは電力の関係で、サーヴァントは8騎までしかできないの。

 発電施設を修理して電力量を増やすことはできるけど、だいぶかかるから待っていられないという結論になってしまって」

 

 なるほど。フルメンバーで行かせてやれない罪悪感と、戦力不足で負けるようなことはないだろうかという不安感からきたもののようだ。

 実は、バカンスに行った時には12騎ギリギリ送れるくらいだったのだが、今は光己が竜人になった分必要電力が増えたので、サーヴァントに充てる分が減っているのである。せっかく竜人化したことで維持できるサーヴァントが増えたのに、皮肉なものだった。

 

「すまないね。しかし人理修復は締め切りがあることだから、あまり悠長にはしていられないんだ」

 

 ロマニが軽く頭を下げる。寝不足なのか、目の下に隈ができていた。

 

「だから君たちには本当に申し訳ないが、12騎の中から8騎を選抜してほしい」

「人選は貴方たちに任せるけど、できればマシュは連れていってあげて」

 

 ダ・ヴィンチの発言に続けてオルガマリーがマシュを推したのは、マシュはカルデアに箱入りで冬木に行くまでは外の光景を見たことがなかったので、それを見るのを楽しみにしているのをオルガマリーが知っているのと、マシュに復讐されるかも知れないとまだ恐れているからでもある。むろん態度に出したりはしないが。

 

「うーん、仕方ないですね。それじゃどうするか……」

「わたくしは当然参りますっ!!!」

 

 光己が腕組みして考え始めると、やはりというか、清姫が一瞬の迷いもなく手を挙げた。

 しかしリーダーとしては、早い者順なんて適当なルールで決めるわけにはいかない。

 

「まあ待って、ちゃんと戦力的な理由で考えるから」

 

 まずルーラーアルトリアは当然として、ワルキューレも最低1人は要る。フランスと無人島での経験を鑑みれば段蔵もいてほしい。カーマは来たばかりだしあの性格だから、親睦を深めるためにも連れていくべきだろう。彼女を入れるならヒロインXXもいた方がいいし、所長の要請だからマシュも入れるとすると、残り枠は2名だ。

 

「じゃあ今回はマシュ、段蔵、XX、ルーラーアルトリア、カーマを入れて、あとはジャンケンでワルキューレの中から1人、残りの4人から2人ってところでどう?」

「なるほど。直接攻撃力より、情報収集と支援スキルを重視したわけだね」

 

 するとダ・ヴィンチが選抜の基準を端的に解説してくれたので、サーヴァントたちも納得したようだ。

 もっとも、ダ・ヴィンチは内心では(全員指名せずにジャンケンっていうサーヴァント同士で決める部分を残したあたり、専制的になりたくない、思われたくないっていう気持ちもあるんだろうけど、口にするのはヤボだろうね)なんてことを考えていたりもしたが、それとは関係なくジャンケン勝負が始まる。

 

「確率的には他の4人より不利ですが、マスターの意向とあれば仕方ありません。

 では尋常に、じゃんけんぽん!」

「ぽん!」

 

 というわけでワルキューレからはスルーズ、他の4人からはアルトリアとブラダマンテが出場権を手に入れた。

 

「くくぅ、まさかわたくしの愛が敗れるだなんて……ま、ますたぁ!

 今回は諦めますが次! 次こそは連れていって下さいましね」

「あ、ああ、そうだな。必須メンバー以外は交代制にするつもりだから大丈夫だよ」

「そうですか、よかったです。ではどうかお気をつけて」

「うん、ありがと」

 

 光己が泣きながらすがりついてきた清姫をあやして落ち着かせると、出場権を得た2人が近づいてきた。

 

「マスター、よろしくお願いしますね」

「マスターに加えてアーサー王様がたといっしょに戦えるなんて光栄です! 頑張りますね」

「ああ、こちらこそよろしくな」

「留守番か……ジャンケンとはいえ負けた以上やむを得んが、食料を手に入れたらこちらにも忘れず送るのだぞ、マスターに青い私よ」

 

 アルトリアオルタは選抜には落ちても食欲の方は諦める気はなさそうである。まあ光己としても伝説の騎士王に留守番なんて頼む以上、できる限り献上品は差し出すつもりだが。

 ともかくこれでメンバーが決まったので、一行はレイシフトルームに移動した。

 出発の前にオルガマリーが最後の訓示を行う。

 

「次の特異点はAD60のローマ帝国、ネロ・クラウディウス帝の時代になります。レイシフトの目標地点はローマ市を予定しています。

 目的は前回と同じく、特異点の調査及び修正、それと聖杯の回収です。異変の内容や聖杯の所在地は特定できていませんが、そのあたりは申し訳ありませんが、現地で調査して下さい。

 前回も言いましたが、目的の達成は重要ですが、それ以上に必ず生きて帰ってくるように。

 ……何か質問はありますか?」

 

 質問や意見は出なかったので、光己たちはそのままコフィンに乗り込んだ。

 そしてレイシフトが始まり―――光の渦を通り抜けて、古代の帝国へと跳躍した。

 

 

 

 

 

 

 レイシフトの到着地点はローマ市だと言われていたが、実際に着いた所は、緑の草が風にたなびくのどかな丘陵だった。周りには人っ子1人いない。

 空にはフランスにもあった謎の光環があるが、それ以外に目につくものは何もなかった。

 光己はまずサーヴァントたちが全員そろっているのを確認してから、傍らのマシュに訊ねた。

 

「確か目的地はローマ市って言ってたよな。また事故か?」

「そうですね、確認してみましょう」

 

 周りの光景に目を奪われていたマシュが我に返って、カルデアとの通信を試みる。今回は無事つながって、空中にディスプレイが浮かび上がった。

 

「所長、ドクター。どうやらここはローマ市ではないようなのですが」

《そのようね……ロマニ、何か心当たりはある?》

《いや、今回は落とし穴も何もなくて順調に行ったはずだけど……何故だろう?

 とりあえず、年代は間違いなくAD60だからそこは安心してくれ》

 

 オルガマリーとロマニも首をかしげているが、さいわい時代まで違うということはないようだ。

 もしそれも違っていたらいったん引き返すという面倒なことになるので。

 ちなみに留守番組のサーヴァントたちは、ただ居座っていても仕方ないので、何か仕事を手伝ってもらうことになっている。事務方は無理なので、力仕事とか食事の支度とかその辺りになるだろう。

 

《……っと、場所も判明したよ。そこはローマ市の郊外にあたる場所みたいだね。そんなに遠くはないはずだよ》

 

 どうやらローマ市に行けないほど遠くに飛ばされたわけではないようで、一同はほっと胸を撫で下した。

 

「それで、ローマ市はどちら側ですか?」

《うん、そこからだと北側……》

 

 ロマニがそこまで言った時、段蔵が鋭い声で注進してきた。

 

「マスター、皆様。その北側に大勢の人影が見受けられまする。

 恐らくは(いくさ)をしているものかと」

 

 ニンジャ遠視力は相変わらず有用であった。

 一同があわてて接近してみると、戦争はなかったはずのこの場所で、ローマ市に攻め込もうとしている軍隊と都市の守備隊らしき一団が戦っているではないか。

 

「今回も早々と異変に出くわしたってことか!?」

「……そうみたいですね」

「しかし今度は人間同士の戦いかよ……」

 

 そこで光己がひどく嫌そうな顔をした。

 元々お人好しタイプで闘争は好まない性格で、それを枉げて全時代の全人類を救うために戦っているのに、目の前で人間同士の殺し合いなんかされると、ものすごく気力が萎えてくるのだった。

 剣や槍がぶつかりあう金属音、人が刺されて血を流し悲鳴を上げ倒れる光景、そんなもの聞きたくも見たくもないというのに、流れ的にこの連中のどちらかに味方して、自分たちも同じことをしなきゃならないのかと思うといささか気がめいる。

 

「……先輩」

「……マスター」

 

 マシュとブラダマンテはどう言葉をかけていいか分からず戸惑っていたが、段蔵はそれにはかかわらず、両軍の様相を見極めようとしていた。

 

「兵士の装備や旗の図柄が、資料で見た古代ローマの兵士の絵と一致しておりますので、両方ともローマ帝国の軍と思われまする。

 人数は攻撃側の方がかなり多いようですが、ここからでは細かい兵数まではわかりませぬ」

「つまり内乱ということですか?」

 

 アルトリアがそう訊ねると、段蔵は首を縦に振った。

 

「おそらくは。ただどちらが反乱軍かまでは」

 

 普通に考えれば攻撃側だが、実は首都はすでに反乱軍の手に落ちていて、政府軍が奪回しに来ている図だという可能性もあるのだ。

 ただカルデアとしては政府軍だからとか反乱軍だからとかいうより、どちらが元の歴史に沿った存在かというのが重要なのだが。むろんどちらも助けず放置する手もある。

 また片方を助けるならば、助けた後のことも考えておかねばならない。古代の戦時の軍隊というのは(主に占領した街の住民に対する)強盗殺人暴行人さらいがデフォなので、身元不明の美少女集団がうかつにかかわるのは危険なのだ。いやもし襲ってきたら100%返り討ちだが。

 フランスの時は即断で助けに行ったが、あの時は魔物相手だったので状況が違うのだ。

 

「マスター、どうなさいますか?」

 

 アルトリアがつとめて無機質な声で指示を求めると、光己は我に返って自分の役目を思い出した。

 どんなに思うところがあっても、最終的な決断は自分がしなければならないのだ。

 

「でもその前に、もう少し詳しい情報が欲しいな。スルーズとXX、空から見てきてくれる?」

 

 それには上から見るのが手っ取り早い。「はい」と答えて飛んでいった2人が、しばらくして通信機で報告をよこしてくる。

 

「まず兵士の数は攻撃側が7千人くらい、防衛側が2千人くらいです。お互い伏兵とかはなくて、正面からぶつかり合ってますね。

 これだと普通は攻撃側の圧勝なのですが、防衛側にサーヴァント並みに強い女性の剣士がいて、彼女の力でほぼ互角に持ち込んでいる状態です」

「へえ……!?」

 

 普通に考えて、ただの女性がサーヴァント並みに強いなんてことはあり得ない。もしかしてサーヴァントなのか?

 光己はルーラーアルトリアにSAN値、じゃないサーヴァントチェックを頼んだが、答えは否であった。

 

「つまり、本当にサーヴァント並みに強い『人間』なのか。

 この時代にそんな人いたっけ?」

 

 そこまで強い、それも女性の武将がいたなら勉強会で名前が出てもよさそうなものだが、光己にはまったく覚えがなかった。

 しいて挙げるならブリテンの「勝利の女王」ブーディカだが、彼女は戦歴を見るに個人的武力が強いタイプじゃなさそうだし、それ以上に彼女がローマ帝国の都市を守るために戦うとは考えられない。よって彼女ではないだろう。

 これも異変の一端ということなのか、それとも……?

 

「うーん、どっちに味方していいかまったくわからん!

 こうなったら両方叩きのめして、頭冷やしてもらってからお話すればいいの。アルトリア、非殺傷設定で聖剣ぶっぱお願い」

「いやあの、ビームで非殺傷なんて器用なことできませんが……」

 

 どうやら考えすぎて知恵熱が出たのか、またおバカなことを言いだしたマスターに、アルトリアが額に縦線効果を10本くらい出しながらツッコミを入れる。ついでマシュも意見を述べた。

 

「あの、先輩。情報でしたら、フランスでしたように街の住民に聞けばいいかと思いますが」

「おお、その手があったか。じゃあウォーモンガーどもは勝手にやらせといて……いや待て」

 

 そこで光己はピーンときた。すぐさま通信機で上空の2人に指示を出す。

 

「2人とも、急いでローマ市の中に行って、今誰がトップなのか聞いてきて」

 

 ローマ市の支配者がネロ帝なら防衛軍を助ければいいし、そうでなければ攻撃側を助ければいい。実にクレバーなアイデアだと光己は自画自賛した。

 なので返事が来るまでは自力で頑張ってもらいたい。と、やはり人間同士の闘争行為にはドライなことを考えつつ、サーヴァントたちに待機を指示して連絡を待つ光己。

 やがてXXから通信が入った。

 

「大変ですマスターくん! ローマ市の市長というか、トップはネロ・クラウディウス帝なんですけど、外に出てる軍の先頭に立って戦ってるそうなんですよ!

 さっきご報告した女性剣士です」

「ぶーーーーっ!!!???」

 

 光己だけでなくマシュやブラダマンテたちも噴き出していた。

 2千対7千で籠城せず正面から野戦を挑むのも無謀だが、いくら強いからといってまさか皇帝陛下みずからその陣頭に立つなどと!

 これでは助けないわけにはいかない。フランスの時は行った時点で国王シャルル7世は殺されていたが、トップが生きているなら助けた方が、今後有利になるに決まっているのだから。

 

「でもやっぱ向こうから襲ってきたわけでもないのに、人を殺すのはやだなあ。なるべく殺さないように、でお願いできる?」

「……マスターさんは人間サマにはお優しいことですね?」

 

 それでも腰が引けていた光己にカーマがまた皮肉を言ってきたが、彼にも一応名分はある。

 

「いやあんたの時だって殺しはしなかっただろ。

 それにほら、殺すよりケガさせるだけの方が、文字通り『足手まとい』になって敵の動きが鈍るんじゃないかと思ってさ」

「なるほどー。それじゃ私の愛の矢で魅了して、同士討ちさせちゃいますね」

「それじゃ間違いなく死ぬだろ!? 普通の矢にしてくれ」

 

 などと掛け合いをしつつ、攻撃側の側面を取るため移動するカルデア勢。

 そして彼らの真横についたところで、カーマがさとうきびの弓を形成する。ついで桃色に輝く光の矢をつがえた。

 

「どうにかなっちゃえー♪」

 

 気の抜けた声とともに矢が放たれる。矢は空中で十数本にも分裂し、それぞれが別の兵士の腿や膝を射抜いた。

 

「うぐっ!」

「な、何だ!? 横から射られた? 伏兵か?」

 

 この時はじめてカルデア勢の存在に気づいた兵士たちが、痛みと驚きの声を上げながらそちらを見やる。

 矢は物質的なものではないのですぐ消えたが、脚を貫通する重傷ではあるし、放置すれば出血多量による死もあり得る。10人ほどの小勢のようだが無視するわけにはいかず、こちらも弓矢で反撃した。

 しかし当たらない。届いてはいるが、ことごとく避けられてしまっている。

 そんな彼らをあざ笑うように、次々と光の矢が飛んでくる。こちらはかわせず、負傷者がどんどん増えていく。

 

「くっ、連中の魔術師か!? ならば距離を詰めろ、接近戦に持ち込むんだ!」

 

 こちら方面の隊長格の兵はそう指示すると、みずから先に立って謎の伏兵の方に走り出した。遠目ながら彼ら、いや彼女らはローマ人には見えないが、異国の魔術師なのだろうか。

 ところが魔術師たちは自分たちが突撃してきたのに気づくと横に移動して距離を取り始めたではないか。しかも異様に足が速くて追いつけない。

 

「おのれ!」

 

 彼女たちは逃げている間も矢を射ってくる。完全なワンサイドゲームだった。

 

「別に相手の土俵に乗ってやる必要はないよな。安全第一だ」

 

 ブラダマンテにお姫様抱っこされるポジで指示を出しつつ、光己は呑気に呟いた。

 敵の数が多いから、白兵戦だと手加減し損ねるかも知れないし、離れていれば万が一を心配しなくていいから気が楽というものだ。

 そこへ、さらにスルーズとヒロインXXが戻ってきて、XXのビームマシンガン(?)が追加されたので、もはや楽勝態勢である。時々ブラダマンテの立派なバストが肩に当たる感触を楽しむ心の余裕もできてきた。素晴らしい、人生こうでなければ。

 

「そうですね、アーサー王様がたに活躍するところをお見せできないのは残念ですが、マスターに大事にしていただけてうれしいです!」

「あ、ああ、どう致しまして」

 

 美少女騎士が感謝してくれるのは嬉しいが、その邪気のない笑顔は光己には眩しすぎて、浄化されてしまいそうであった。

 薄く頬を染めつつ次の指示を出す。

 

「よし、それじゃ次は連中の背面に回り込んで、横に駆け抜けるような感じで。

 ヒットアンドアウェイというか、騎馬民族戦法というか。あ、西ヨーロッパの人にはちょっとヤな言い方だっけか?」

「いえ、大丈夫ですよ。知ってはいますけど、気にしないで下さい!」

「ん、ありがと。じゃあ続けていこうか」

「はい!」

 

 そのままカルデア勢は無傷のまま一方的にローマ市攻撃軍の負傷者を増やしていたが、やがて彼らは勝ち目がないと判断して撤退を始めた。

 むろん素直に逃がしてやる気はない。逃げる敵を追いかける時が1番戦果を挙げられるのだから。

 

「追撃だ! 全員ケガ人にしちゃえば全滅させたのと同じだからな」

 

 わりと物騒なことを言いつつ光己は追撃を指示したが、そこに防衛隊の大将である例の女性剣士、いや皇帝ネロが数人の部下とともに近づいてきた。

 

「待て、もうよい! 剣を納めよ、勝負あった!」

「んん!?」

 

 大声で呼びかけられて光己たちがそちらを向くと、何と顔が見える距離まで来た彼女は、アルトリアたちに瓜二つのそっくりさんではないか!

 

「よ、余と同じ顔、それも3人もだと!?」

 

 ネロの方も驚いていた。

 年の頃は20歳前後か。赤い派手なドレスを着て、奇妙な形をした長剣を持っている。皇帝らしく何だか尊大そうだが、明るく闊達で無邪気そうにも見えた。

 目を引くのは胸元の素肌を露出しているのと、スカートの前部が透けていてパンツらしき白いインナーが見えていることだ。

 雰囲気は違うが、顔立ちは本当にアルトリアズによく似ている。

 

「むむむ……さ、さてはそなたたち、父上か伯父上の隠し子か何かではないか!?」

「!!!???」

 

 そして妙なことを言い出したネロの運命やいかに!

 

 

 




 カルデアにいるサーヴァントを全員特異点に連れていくと無双になっちゃいそうなので制限をつけてみました。
 しかしこの先どうなってしまうのか(ぉ




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第44話 カリギュラとネロ

 なるほど。自分とそっくりの顔の人間が、もし1人で現れたなら、単に似てるだけで終わるだろうが、それが3人一緒に現れたなら、まず3人は姉妹か何かだと考えるのが普通だろう。そしてネロ自身もその血縁者だと思ってもおかしくはない。逆にいえばアルトリアたちがネロの血縁者となるわけだ。

 しかしアルトリアたちにとってはまったくあり得ない話で、何が気にさわったのかアルトリアがこめかみに井桁を浮かべつつも否定しておこうと思ったところで、光己がばっと腕を横に伸ばしてそれを止める。

 

「あー、いやそういう話の前に、あの連中を追撃するのが先だと思うんですが」

 

 これは発言通りの意図もあるが、今の(彼女はまだ名乗っていないから確定ではないが)ネロの発言について考える時間を稼ぐという理由もあった。

 するとネロがちょっと困ったような顔をする。

 

「うーむ、それはそうだが」

 

 確かに今は追撃のチャンスだが、ネロはそれはしたくないのだった。

 何故なら、今は敵になっている彼らも本来は彼女の部下なので、それが尋常に戦って斃されるならともかく、狩りの獲物のように遠くから弓矢で射すくめられて脚を引きずりながら逃げていく姿には、正直哀れを感じて追い打ちする気になれないのである。

 しかしそれは利敵行為でもあるので、部下の前で口にするわけにもいかず立ち往生してしまったのだった。

 だがそこにローマの神祖の助けか、1番年嵩のそっくりさんが口を挟んだ。

 

「マスター、北西からサーヴァントが近づいてきています! 数は1騎のみですが」

「マジで!?」

 

 ルーラーの感知スキルでは敵か味方かは分からないが、この状況なら攻撃軍の別動隊と考えるのが自然だろう。一行の緊張感が一気に高まる。

 しかしネロには言葉の意味が分からない。

 

「サーヴァント、というのは何か?」

「そうですね、簡単に言うなら過去の英雄……いえ、正確には歴史に名を残した著名人の現身(うつしみ)といったところでしょうか。

 高度な魔術で召喚するのですが、歴史上の著名人ともなると我が強い者も多いので、反逆されて命を落とす術者もいますね」

「ほう……!?」

 

 するとネロは何か合点がいったような顔をしたが、その理由までは話さなかった。

 

「ともかく今は、そのサーヴァントの方に向かうべきであろう?」

「うーん、仕方ないですね」

 

 確かに彼女の言う通り、もはや追撃している場合ではない。ネロはカルデア勢に敵意は抱いてないようだし、一緒に行ってもいいだろう。

 そこにローマ市の方から伝令らしき騎馬兵が駆けてきた。ネロを見つけると馬から降りて、急ぎなのか大声で用件を叫ぶ。

 

「陛下! ローマ市の北方より、連合軍と思われる軍が近づきつつあります。遠見では3千人ほどと思われますが、いかが致しましょう」

「なるほど、時間差をつけて二方向から攻める作戦であったのだな」

 

 それでネロは彼女たちが連合軍と呼んでいる敵の思惑を察した。兵士の数はさっきの軍より少ないが、サーヴァントというのはそれを補えるほど強いのだろう。

 

「分かった。見ての通り今東から来た者どもを追い返した所ゆえ、余たちはこれから直行して連中の脇腹を突く。そちらは城壁から出ず守備に徹するように伝えよ!」

「はっ!」

 

 伝令が馬に乗ってローマ市に帰っていくと、ネロはカルデア勢の方に向き直った。

 

「そういうわけだ。手伝ってもらえるか?」

「はい、もちろん」

 

 今の話でくだんのサーヴァントはネロに敵対している連合軍とやらに所属していることがほぼ確実となった。おそらくフランスの時のヴラドやカーミラに相当する存在なのだろう。

 ならカルデア勢としては行かないという選択はなかった。

 

「よし、では行くぞ!

 我が兵士たちよ、疲れてはいようが、今一度そなたたちの愛すべきローマ市を守るために戦ってくれ!」

「おおーーーっ!」

 

 ネロが今度は配下の兵士たちに向かって剣を掲げながら叫ぶと、兵士たちは大きな喊声でもって応えた。後世では暴君と伝えられるネロだが、この時点ではまだ名君だし、兵士たちからの支持も厚いようだ。

 さっそくカルデア勢とともに現地に向かう。

 その途中、ふとネロがブラダマンテに話しかけた。

 

「そこのレオタード騎士よ」

「え、私ですか? ブラダマンテと申します、皇帝陛下様!」

「む、もう余のことを知っておったか……ああ、さっき伝令が陛下と言っておったな。後でどどーんと名乗ろうと思っておったのだが。

 で、そなた何故その少年を抱っこしておるのだ? ケガしたようには見えぬが」

 

 ネロは人のことは「貴様」と呼ぶことが多いが、カルデア勢は今助けてもらったばかりの上にやたら強いし、何よりそっくりさん3人が血縁者かも知れないと思っているので、多少は気遣いをしているのだった。

 

「あ、はい。マスターは私たちより体力がないので、急ぐ時はこうして誰かが抱えていくことになってるんです」

「そうなのか……いや、今そなたマスターといったな。そんな呼び方をする以上、その少年がトップなのであろう? なのにか?」

 

 ブラダマンテの返事にネロは軽く首をかしげた。

 彼女たちの素性はまだ知れないが、これだけの武闘集団のトップなら、当然よほどの強者であるべきだろう。なのに体力は1番劣るというのか? それとも魔術師なのだろうか。

 

「はい、マスターは普段は指示に専念してますけど、本当に困った時のためのすごい切り札を持ってるんですよ!!」

「ちょ! ブラダマンテ、あんまりそういうことバラしちゃダメだってば!」

 

 皇帝とはいえ、会ったばかりの相手に軽々しく内情を明かすべきではない。光己が軽くたしなめると、ブラダマンテもその非に気づいて謝罪した。

 

「あ、そうですね、すみません」

 

 なお彼女がいう切り札が令呪のことか竜モードのことかは定かではない。

 

「むう、余の前で隠し事をするとは……だが話は後にしよう、連中の姿が見えてきた!」

 

 連合軍はまだローマ市の城壁に到着しておらず、ネロ軍はその側面を突けそうである。しかしネロ軍は今大軍と戦ったばかりで疲労しており、また自分たちより多い敵と戦うのは重荷であろう。

 カルデア勢としてはあの中にいるサーヴァントを倒すだけではなく、多少は兵士の援護をしてやる必要がありそうだ。

 連合軍の方はネロ軍を発見すると、横を突かれるのを避けるため、急いで陣形を変え始めた。

 

「うむ、さすがは連合に与したとはいえローマの軍、対応が早い!

 しかし、このペースなら陣形変更が終わる前に突入できる。皆の者、急げ!」

「お待ち下さい。例のサーヴァントが前に出て来ようとしています」

 

 ネロは連合軍の隙を突くため先頭に立って駆け出そうとしたが、その襟首を後ろからルーラーアルトリアが掴んで止めた。

 まあ仮に敵サーヴァントがいなかったとしても当然の行動であろう。

 

「む!? 止めるな……ええと」

「ルーラーと呼んで下さい。とにかくサーヴァントの相手は私たちがしますから」

「マシュ、皇帝陛下をガードして!」

 

 ついで光己がブラダマンテの抱っこから降りて、ネロの護衛を指示する。敵がサーヴァントとあって、かなり慎重になっていた。

 彼自身はブラダマンテの後ろに隠れている。無敵アーマーを破られたことはないが、それでも過信してはいないのだ。

 その間にも両軍は接近し、連合軍のサーヴァントも軍の戦闘に現れた。兵士に頼らず、みずから戦うつもりのようだ。

 

「―――我が、愛しき、妹の子、よ」

 

 そいつは金と黒で彩った金属鎧と赤いマントを着けた巨漢だった。高貴な感じがして顔形も整っているが、しかし白目の部分は真っ黒で瞳孔は真っ赤、さらには獰猛というより狂気のような禍々しい雰囲気が全身から煙のように噴き出している。

 

「伯父上……!?」

「出て来ましたか……真名は『カリギュラ』、バーサーカーです!

 宝具は『我が心を喰らえ、月の光(フルクティクルス・ディアーナ)』。自身の狂気を周囲の人間に拡散させるもののようです」

 

 ネロが驚きの声を上げるのと、ルーラーが真名看破した結果を告げるのはほぼ同時だった。

 カリギュラといえばネロが言ったように彼女の伯父であり、ローマ帝国の第3代皇帝である。当初は善政を布いていたが病をきっかけに暴君と化し、最後には暗殺によりその生涯を閉じたという。

 

「陛下、マスター。狂気に呑まれぬよう、くれぐれも気を強く持って下さい!」

「うむ! ……なるほど、確かに『本物の』伯父上ではないな」

 

 ルーラーに言われた通り、ざわつく心を鎮めてカリギュラをよく見てみたネロは、彼が明らかに若すぎることに気がついたのだ。

 カリギュラが亡くなったのは20年ほども前なのに、今ここにいる彼は当時とほぼ同じ年頃に見える。つまり死んだのは偽りでどこかに隠れていたとか、そういう線はあり得ない。

 それなら冥府から迷い出てきたというよりは、魔術で召喚された影法師という方が、まだ真実味がある。

 

「そうか、伯父上が連合に与したのはそういうわけであったのだな。

 しかし余は真のローマを守護する者の責務として、『伯父上』の真意がどうであろうと、敵になったなら討たねばならぬ」

 

 決意をこめた言葉とともに、剣の切っ先をカリギュラに突きつけるネロ。

 しかしカリギュラはそれに返事を返さず、何かうわ言のようなことを言いながら1人で襲いかかって来た。

 連合軍の兵士たちは動く様子がない。無論見捨てているとかではなく、彼のそばで戦うと興奮した彼の狂気に巻き込まれて最悪同士討ちまで起こしてしまうからである。後ろから弓矢で支援するのが精いっぱいだった。

 

「くっ……! 伯父上、何処まで……!」

「近づかれるのは避けたいな。飛び道具連打で!」

 

 光己の指示は順当といえるだろう。段蔵、スルーズ、ヒロインXX、カーマの攻撃で、たちまちカリギュラは満身創痍になった。

 しかし痛がるそぶりも見せず、激しく地を蹴ってネロに殴りかかろうとする。

 

「ライオンさん!」

 

 それをルーラーアルトリアが形成した光のライオンが体当たりして阻む。常人なら吹っ飛ばされる威力だったが、カリギュラはがっちり受け止めた上で、顎の下に膝蹴りを喰らわせた。

 

「ギャッ!」

 

 ライオンが怯んだところへさらに横殴りの裏拳で張り倒し、そのまま突き進む。

 

「汝の、命、体。すべてを、捧げよ!!」

 

 あとひとっ飛びでネロを守っている大盾の少女に到達できる。しかしその正面に青い剣士が立ちはだかった。いや、剣を持っているような構えではあるが、素手のように見える。

 

「??」

 

 しかし残念ながらカリギュラは狂化A+のため、その謎を解明して適切な対処をしようと考えられるほどの理性を持たなかった。特に考えもなくそのまま近づいて殴り倒そうとするが、敵はやはり剣を持っているようで、横に薙ぐような動作の後に脇腹を斬り裂かれた。

 

「グウッ!?」

 

 かなり深く斬られたらしく、大量の血が噴き出す。たまらずカリギュラがよろめいたが、アルトリアは追い打ちをせず逆に離れた。

 無論慈悲をかけたのではなく、射撃組にいったんバトンを渡しただけである。再び矢やビームが降り注いで、カリギュラの肉をえぐり骨を削っていく。

 

「グウア……我が、愛しき……妹の……子……。なぜ、捧げぬ。なぜ、捧げられぬ……」

「当たり前でしょう」

 

 カリギュラのうわごとに容赦ないツッコミを入れつつ、アルトリアは彼の背後に回って剣を振り上げた。とどめとばかりに背中を斬り裂こうとしたが、一瞬早くカリギュラの姿がその場からぬぐったようにかき消えてしまう。

 

「……消えた!?」

 

 サーヴァントが消滅する時とは明らかに違う消え方である。

 ここまで狂化がひどいバーサーカーが自分の意志で退却するとは考えにくいので、おそらく彼のマスターが令呪を使って呼び戻したのだろう。あるいは霊体化して逃走するよう命じたか。

 

「しかしここまでやって取り逃がすとは」

 

 たった1騎に、全力ではないとはいえ6騎がかりで倒せなかったのは少々悔しいが、まあ過ぎたことは仕方がない。

 そしてカリギュラが消えると、連合の兵士たちも退却を始めた。

 

「陛下、どうします? 追いますか?」

「…………いや、やめておこう。先ほどはああ言ったが正直ショックだったし、兵たちも衝撃が大きかろう。

 あんな消え方をしたから偽者だと確信はできたが、今は帰る方が良いと思う。無論そなたたちも来てくれような」

 

 光己の問いかけにネロはやや力ない声でそう答えた。無理もないことで、光己もかさねて問いはせず黙ってうなずく。

 こうして、カルデア一行は皇帝ネロとともにローマ市に向かうことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ローマ市への道すがら、ネロはもともと闊達な性格だからか覚悟を決めているからか、すっかり明るさを取り戻してカルデア勢と話し込んでいた。

 

「とにかく、このたびはそなたたちのおかげで助かった!

 っと、そうそう。ルーラーたちのことを聞きそびれていたな。改めて聞くが、そなたたちは何者か?」

「―――」

 

 ここで、ルーラーアルトリアはフランスでも使った名目である「傭兵団カルデア」と名乗ろうとしたが、光己がそれはもう盛大に目配せしてきたのでその意向に従うことにした。

 

「はい、恐れながら陛下の従姉妹に当たります。証拠になるものは何もありませんが」

 

 ネロの亡父グナエウスの娘と名乗る手もあったが、姉妹は近すぎるし姉なる者にはなりたくない。それに、カリギュラならサーヴァントになったとはいえ、敵であの様子だから嘘をバラされる恐れはないので、こちらを選んだのだった。

 

「何と、やはりそうであったか!

 心配するな、そなたたちのことは余が認めよう。その顔と、王者や貴婦人のような風格が何よりの証拠!」

 

 ネロは疑う気持ちもあったがこう答えざるを得ない。もし疑念を表明したら取り調べとか皇族偽称の罪で牢に入れるとかいう話になるが、そんなことしている暇はないどころか、下手したら反逆されてネロの方があの世に入れられかねないので。

 逆に彼女の主張を認めれば、従姉妹なのだから当然連合などより自分の味方に―――。

 

(いや、母親を殺した余が従姉妹だから味方になれなんて言えようか……!!)

 

 ネロは天上から奈落に蹴り落とされたような気分になったが、ルーラーはネロの経歴を予習済みだ。彼女が何を思ったかすぐ悟ってフォローを入れる。

 

「それはよかった、なら安心して陛下を助けることができますね」

「おお、そうか! そなたたちほどの勇者が味方となれば実に心強い!

 いや待て。するとそなたたちは偽者とはいえ、実の父の姿をした者と戦ったことになるのか……!?」

 

 ネロはワガママぽいが本質的には善人であるらしく、本気でルーラーたちを心配する顔をした。

 ルーラーはもちろん平気なので、それらしいことを取り繕って答える。

 

「はい。長いこと異国で流れの傭兵をしていましたので、その辺りは割り切れますからご心配なく」

「なんと、若い女ばかりで傭兵団だと? いやそなたたちほどの武勇があれば、他の商売をするより楽か。

 その見慣れぬ服も異国のものなのだな」

「はい。ローマに帰ったのは久しぶりですが、まさか陛下が帝位についていたとは驚きました」

「ふむ、そうか……」

 

 ネロにはルーラーたちがずっとローマを離れていた理由が分かる。ネロの母アグリッピナはネロを帝位につけるためにいろいろ暗躍していたので、難を避けるために国外に脱出したのだろう。それでもうほとぼりが冷めた頃と思って様子見に来たというわけだ。

 

(……ん? そこまでは分かるが、ただ里帰りに来ただけなのか!?)

 

 何しろカリギュラの娘なら帝位につく資格もあるのだ。ルーラーはネロが皇帝であることを知らなかったようだが、それは嘘で帝位を奪いに来たという可能性も考えられる。

 ただその思惑はかなり顔に出ていたようで、ルーラーはベガス最強ディーラーの洞察力でネロの内心をすぐ見抜いて、またフォローを入れることにした。

 元王様だけにその辺の心情は推測しやすいのだ。

 

「ああ、私たちは帝位に興味はありませんよ。市井暮らしが長かったので、むしろ宮廷の方が伏魔殿に思えますから」

「そ、そうなのか!?」

 

 ネロの表情が露骨にゆるんだのを見て、ルーラーは内心でクスッと笑った。

 

「ええ。ですので陛下を助けるとしても官職や領地はいりませんし、政治向きのことに口を出す気もありません。

 といっても本当に無位無官では何かと面倒ですから、マスターにそれなりの地位をいただければ。あと今少々手元不如意ですので、お小遣いをいただければ嬉しいですね」

「うむ、そうか! わかった、ならばその少年を総督に任命しよう。これならそなたたち皆余と直接話ができるからな。

 お小遣いなら心配するな。余は寛大かつ気前もいいゆえ、そちらが目を剥くほどの恩賞を与えるぞ!!」

 

 皇帝直属の親衛隊の前で「帝位に興味はない」と明言した以上、ルーラーたちが皇帝になるハードルはきわめて高い。つまり簒奪される恐れはほぼなくなったわけだ。

 いいことずくめの展開で、ネロはすっかり舞い上がっていた。

 

「うむ、今日は本当に素晴らしい日だな。余はとても嬉しい!!

 たとえ戦時でもローマの繁栄は曇っておらぬゆえ、久しぶりの首都をたっぷり堪能するがいい。その後で宴をしよう、色々話を聞かせてくれ!」

 

 こうしてネロ軍とカルデア一行は仲良く首都ローマに凱旋したのだった。

 

 

 




 最初のバトルは原作通りにしてみましたが、次からは違う展開も入れてみたいところですね。
 バニ上大活躍でしたが、他のアルトリアだとここまでうまくはいかないような気がします。さすが最強ディーラー!(ぇ
 ローマ市に入りましたが、混浴イベントはさすがに早いな。どうするか(ぉ




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第45話 連合帝国

 光己たちがローマ市に入ってみると、そこは予想された敗戦中で暗くギスギスした街ではなく、笑顔と喧騒に満ちた明るい都市であった。

 ついさっきまで城壁のすぐ外で戦いがあったというのに、古代ローマ名物の石畳の道路の左右には、露店が立ち並んでいろんな物を売っている。通行人も戦禍におびえている様子はなく、いたって陽気なものだった。

 

「すごい活気ですね! それに笑顔の人が多いです」

「そうだな、すごい大都市だ」

 

 マシュと光己は素直に驚いていた。この時代の首都ローマの繁栄ぶりは資料で読んで知っていたが、実物を見るのはやはり違う。

 それに宮殿に帰ろうとするネロとその軍に対して、市民は敬意と感謝の目を向けていた。どうやら彼女たちが勝つと信じていて、それ故の、まるで平時のような、ある意味のんきで危機感のない行動なのだろう。

 やはり現時点のネロは名君で間違いないようだ。

 

「そうであろう? なにしろ世界最高の都だからな!」

 

 2人の会話が聞こえたのか、ネロがふんすと胸を張る。

 世界最高と言われると他国人の光己はちょっと引っかかるが、この時代の日本のクニやムラではとても太刀打ちできないのは事実なので、素直に認めることにした。

 

「そうですね。話には聞いてましたが、これほどとは思いませんでした」

「うむうむ。今は真っ直ぐ宮殿に帰るが、時間があったらじっくり見て回るが良い!」

 

 なにぶん兵士たち2千人が彼女たちの後ろに続いているので、今は寄り道などできないのだった。

 その兵士たちは、カルデア一行に対していろいろと複雑な目を向けていた。ぽっと出の外国人が総督になったり、物証もなしにカリギュラ帝の娘と認められたりしたことは面白くないのだが、彼女たちは確かに強いし今後も助けてくれるようだし、3姉妹がネロ帝にそっくりな上(1人を除いて)風格もあるのは事実なのでケチはつけがたい。

 というか、もし本当にカリギュラ帝の遺児が自分たちを救うために参戦してくれたというのなら、それはとてもめでたいことである。気の早い者は「正式発表はいつだろうか?」なんてことまで考えていた。

 やがて目的地の宮殿が見えてくる。

 

「あれが余の家でもあるティベリウス宮殿だ! 余好みの壮麗さはないが見事なものであろう? ルーラーたちには今更であろうが」

「いやあ、これはなかなかすごいものだと思いますよ」

「そうですね」

 

 ネロのお国自慢に、光己やマシュやブラダマンテは素直に感心した。

 宮殿の中に入るとネロは後処理があるのでいったん別れ、カルデア勢は空いている一室をあてがわれた。男女別にするかと訊ねられたが、そうすると光己が1人になってしまうので全員同じ部屋にしてもらっている。

 かなり広い部屋で、机や椅子やタンスといった家具があるし、隅の方にはベッドも並んでいる。外国や属州からの使節団を泊めるための部屋なのかも知れない。

 用がある時は廊下にいる衛兵に言えば、連絡その他を請け負ってくれるそうだ。

 

「………………」

 

 ルーラーアルトリアはカジノディーラー的な用心深さを発揮して、スルーズに盗聴や遠見の類の魔術が仕込まれていないか見てもらったが、そうしたものはなかった。信用してくれているのか、仕込みがバレた時の反発を恐れたのかは分からないが、気分は悪くない。

 一息ついて落ち着いたところで、アルトリアが光己にちょっと不服げな口調で訊ねる。

 

「それで、マスターはなぜネロ帝の勘違いをたださなかったのですか?」

 

 何が不服なのかは口にしないし、今さら取り消してもらう気もないようだが、説明は欲しているようだ。無論光己には目論見がある。

 

「そりゃまあ、さっきルーラーが言ってた通りだよ。俺たちがただの流れの傭兵団や旅芸人だったとしても、ネロ帝は俺たちを味方にしようとしただろうけど、総督なんて地位は絶対くれなかったと思うぞ」

 

 カルデア勢がいくら強いといっても、兵士たちの手前、ぽっと出の外国人をあまりな厚遇はできないだろう。カリギュラ帝の隠し子という血統があったからこそ、初対面で総督という高い地位をもらえたのだ。

 

「むう、確かに。しかしその地位を何に使うのですか? 実権はあまりない、名目というか名誉職のようなものだと思いますが」

「でもネロ帝は直接話ができるって言ってたろ? なら機密情報ももらえるし、戦争中の兵士って気が立ってるもんだけど変にからまれたりしなくてすむよ。

 それにお金もくれるそうだからオルタとの約束守れるし、ネロ帝は宴をするとも言ってたろ。皇帝と一緒ってことは、最高級のローマ飯を腹いっぱい食えるってことだよ」

「マスターの判断を全面的に支持しますっ!!!」

 

 アルトリアはチョロかった。

 しかしそこまで食事にこだわってない者もいる。段蔵が控えめな口調で懸念を表明した。

 

「しかしマスター、もし嘘だとバレたらどうなさいまするか?」

「もちろん、その瞬間にとんずらだよ。あ、でも何で嘘ついたか分からないんじゃ悪いな。理由書いた手紙でも用意しておくか。

 バレなくても最後まで一緒にいるとは限らないしな」

 

 光己はそう言うと、手帳から1枚破ってシャープペンシルで何やら書き始めた。書き終わると封筒に入れてポケットにしまう。

 彼がネロに望んでいるのは地位や食事よりお金と機密情報なので、その内容次第ではすぐここを発つことだってあり得るのだ。そうなったら申し訳ないとは思うが、ロマニが言っていたように人理修復には締め切りがあるのだから、多少の不義理は勘弁してもらいたい。

 

「ああ、そういえば清姫が留守番になっててよかったな。あの娘がいたら、こんなこととてもできなかった」

 

 もしかしてこれが抑止力(アラヤ)の加護というやつだろうか。

 光己はとりあえず、感謝のお祈りの真似事などしておいた。あとついでに、R18とは言わないからR15的なイベントを起こしてくれたら嬉しいです。

 

「まあそういうわけだから、ルーラーとXXとアルトリアはバレないよう注意してね。

 アルトリアはどうしても嫌だったら、人見知りってことにしてルーラーに投げてくれてもいいから」

「いえ、私もそこまで意地っ張りではありませんよ?」

 

 光己は配慮したつもりだったが、アルトリアはさも心外そうに言い返してきた。

 

「そっか、ごめん」

「いえ、謝られるほどのことではありませんよ。私にもそのくらいの演技力はありますから」

 

 幼少の頃にローマを離れたということにすれば、ローマのことをあまり覚えていなくてもおかしくはないし、生い立ちについては生前のブリテンでの暮らしや修業の旅のことを適当にアレンジすればいい。ネロと関わることにさほどの支障は感じなかった。

 

「うん、じゃあよろしく。

 それじゃお呼びが来るまで一休みするかな」

 

 光己自身が切った張ったをしたわけではないが、何しろ人間同士の(いくさ)の初陣という、一般人ならわりと神経が削れることをした直後に、ローマ帝国皇帝なんて雲の上の人と関わったりしたので精神的に疲れたのである。ベッドの縁に腰掛けて、ふーーっと長い息をついた。

 その後ろからブラダマンテが抱きつく。

 

「そうですね、マスター今日もお疲れさまでした!」

 

 彼女の場合は光己の内心を察したとかではなく、単に彼が参ってそうなので労おうとしただけだろう。

 それでももちろん光己は嬉しい。

 

「ああ、ブラダマンテもお疲れさま。この先は出番ありそうだからよろしくな」

「はい、がんばりますね! えへへー、マスターに頼りにしてもらえて嬉しいです」

 

 にこにこ微笑みながら身体をすりつけてくる少女騎士は、子犬っぽくて大変可愛くて、光己は思わず抱きしめたくなってしまうのだが、そこにスルーズが隣に座って腕をからめてきた。

 

「私も頑張りましたので、労って下さい」

「そういうことなら1番働いたの私ですよねー。何かご褒美とかないんですか?」

 

 さらにはカーマも反対側に座ってつんつんと指先でつついてきたではないか。

 といってもモテ期到来とかではなく、スルーズは勇士勧誘計画の一環であり、カーマに至っては言葉通りに過ぎない。いや、2人とも彼のことは好きか嫌いかでいえば好きなのだが。

 

(……戦っている相手に情けをかけられるのは戦士としての器ですが、たとえ同族とはいえ殺すべきと考えても殺せないのだとしたら、まだ覚悟が足りないと言わざるを得ませんか)

 

 ちなみにスルーズは内心でこんな査定をしていたりもする。

 もっとも光己は平和な国の商家の使用人の息子という出身だそうだから、今戦士の覚悟がないのは仕方ないことで、気長に育てていこうと思っているが。

 

「おおお、おっぱいが4つ……!」

「4つって何です? 私には胸がないって言いたいんですか?」

 

 スルーズに胸を腕に押し当てられて光己がへろへろしていると、カーマが拗ねた顔でつねってきた。

 カーマはその気になれば、彼と同年代でも年上でも、美乳でも巨乳でも爆乳でも自由自在に姿を変えられるのだが、あえてそれをしないのが現在の彼への気分であるらしい。

 

「実際ないだろ。ゼロとは言わんけど」

「そうやってはっきり言うの、セクハラっていうんですよ?」

「セクハラっていえば女が正しくて、男が悪になる風潮を俺は認めない!」

「ほんとにデリカシーのないマスターですね。はあー」

 

 カーマはわざとらしく大きなため息をしてみせたが、席を立つ気配はない。

 その様子を見たブラダマンテが話に加わる。

 

「ふふっ、カーマさんはなんだかんだでマスターと仲いいんですよね」

「いいえ、私はこんなヒトと馴れ合うつもりはありませんから」

「ほほぅ、そんなこと言っていいのか?

 実は、ネロ帝に今夜の宴は10歳くらいの娘が好きそうなデザートも出すように頼んであるんだが、今ならまだ取り消せるんだぞ」

「私は愛の神ですから、もちろんマスターのことも愛してますよ。みんなで仲良くしましょう」

「……ふふっ」

 

 こんな感じでカーマはひねくれつつもそれなりにパーティに溶け込んでいたが、そこにマシュが割り込んだ。

 

「先輩! 何してるんですか、こんな大勢女性を侍らせるような真似をして」

「へ!? いや侍らせるってそんな。マスターとしてサーヴァントと親睦深めてるだけだろ。あ、もしかして妬いてるんならマシュも一緒に―――」

 

 光己は四方から女の子にもみくちゃにされるプレイを期待してそんなことを言ってみたが、シールダー少女は今回も鉄壁だった。

 

「いいえ、嫉妬なんてまったくしてません。マスターの盾としての責務を果たしてるだけですから」

「……? 今は安全だろ」

「いいえ、私には先輩の命だけでなく、貞操も守る責任があるのです」

「そんなこと頼んどらんわ!」

 

 マシュのあまりな言い草に、光己はつい語調が荒くなってしまった。

 しかし盾少女は譲らない。

 

「いえ、これも盾兵の義務なのです!」

「そんなに俺の貞操が大事ならマシュにやるよ。で、代わりにマシュの貞操を俺がもらうってことで手を打たない?」

「せ、先輩破廉恥です。ご禁制ですーーーー!!」

 

 などと、一行が人類史を修正しに来た特務部隊とはとても思えない雑談をしていると、部屋の扉がノックされた。段蔵が扉の前に行って誰何する。

 

「はい、どちらさまでありまするか?」

「陛下の使いの者です。陛下は難しい話は宴の前に済ませておきたいとのことで、皆様をお呼びせよと」

「そうですか、ではすぐに。してどちらへ?」

「は、私が案内させていただきますので」

 

 そういうことなら仕方ない。光己たちは席を立って、ネロが待っている部屋に向かった。

 そこは大きめの会議室で、テーブルの奥にネロ、その左右に男性が2人座っていた。

 

「うむ、来たか。わざわざ呼び立てて済まぬが、戦や恩賞のことを宴の最中に話すのも野暮だと思ってな。とりあえず座るが良い」

「あっ、はい」

 

 光己たちが席につくと、ネロはまず左右の2人を紹介してきた。

 

「こちらが余の家庭教師でもあるセネカ、そして近衛長官のブッルスだ。2人とも挨拶せよ」

「はっ。主に政務の補佐をしておりますルキウス・アンナエウス・セネカと申します。ルーラー様がたにはご機嫌麗しく存じます」

「セクストゥス・アフラニウス・ブッルスです。お見知りおきの程お願いします」

 

「あ、はい。『傭兵団カルデア』のリーダーの藤宮光己です」

 

 光己はリーダーとして、とりあえず無難な挨拶をした。

 セネカとブッルスといえば、ネロの治世の初期の善政を支えた側近である。なるほど相当すごい人物のように見えた。

 この2人を失ってからネロの斜陽が始まり、やがて自決に至るのだが―――それは口に出せない。過去を修正しに来た者が未来を語ってはいけないのだ。

 

「うむ。ではさっそくだが、ローマの現状について話しておくとしよう。

 実は今、我らが帝国は2つに分裂しており、余の『正統ローマ帝国』と、いまだ全容は知れぬが『連合ローマ帝国』が争っておるのだ」

「……正統? 連合?」

 

 初めて聞く単語がいきなり2つも出てきた。

 その後は主にセネカが語ってくれたのだが、それによるとブリタニアで起こった反乱が終結してほっと一息ついたところで、今度はヒスパニア(現在のスペイン・ポルトガル)で何の先触れもなく反乱が起こって、あっという間にヒスパニアとガリア(現在のフランスとその近辺)のほぼ全域と、ゲルマニア(現在のドイツとその近辺)南部までを占領してしまったのである。

 彼らは「連合ローマ帝国」と称して、複数の「皇帝」により統治されているらしいが、斥候を出しても帰って来ないので実態はよく分からない。首都の位置さえ分からない始末なのである。

 実際連合帝国はあまりに強大で、ネロは総督や将軍を全員派遣して軍団のほとんどを投入しているが、それでも連合の勢いは止まらず劣勢をしいられていた。首都まで敵軍が現れるくらいに。

 

「…………なるほど、それは大変ですね」

 

 光己はとりあえず無難な相槌を打ちつつ、内心ではいろいろ考えていた。

 どうやらこれが今回の異変の内容のようだ。おそらく、この正統ローマ帝国が滅びたら歴史が修正不能となって、人類史崩壊につながるのだろう。逆に連合帝国の首魁を倒して聖杯を奪えば、この特異点は修正されるに違いない。

 ロマニはローマ帝国を「世界の中心にして世界そのもの」とか「世界に君臨せし最大の帝国」とか「史上類を見ない大帝国」とか、世界はヨーロッパが永世主役でアジアやアメリカやアフリカやオセアニアは木っ端モブに過ぎないかのごとく褒めちぎっていたが、まあその辺はどうでもいい。

 問題は魔術王や聖杯がらみのことをネロたちに明かすかどうかだが、それはまだ保留としよう。

 

「うむ、そなたたちが来てくれたのは本当に僥倖だった。

 武力もだが、そなたたちのおかげで連中が称する『皇帝』が、魔術で召喚された偽者に過ぎぬことが分かったからな。

 少なくとも生身の人間ではないことは確かだ」

 

 なのでネロも、彼女の配下の兵士たちも昨日までよりだいぶ先行きに希望を持てているのだった。今はまだ一般市民にまでは公表していないが。

 

「これを機にガリアへと遠征を行おうと思う。

 無論、余自ら出る。苦戦している配下を助けつつ、この喜ばしい話も伝えて鼓舞するのが目的だ。

 そなたたちも来てくれるな?」

「それはもちろん」

 

 光己は即答した。

 ネロが負けて死亡したら歴史が修正不能になると決まったわけではないが、正統ローマ帝国の勝ち目がなくなるのは間違いない。それにネロが出て行くのにローマ市に残っていてもすることはないし、彼女の護衛も兼ねて同行するのは必然だろう。

 

「みんなもそれでいいよね?」

「はい」

 

 光己が一応ルーラーたちの顔を見渡してそう訊ねると、実際断る理由はないことなので全員すぐに承知してくれた。

 

「では決まりだな!

 といってもさすがに今日明日とはいかぬゆえ、出発は明後日になる。明日は9人ともゆっくり休むなり、市内を観光するなりするがよい。必要とあれば案内人もつけよう。

 あとは恩賞の件だな。まずはルーラーたちに伯父上の娘にふさわしい邸宅を用意すべきところだが、これもすぐにはできぬし、遠征から帰ってからゆっくり相談することにしよう。

 総督の給料は手続きがあるゆえ今ここには出せぬが、とりあえずルーラーの希望通り当座の小遣いを用意しておいた」

 

 ネロがセネカに目配せすると、セネカは隣の席の椅子に置いてあった革袋を、1番端の席に座っていた段蔵の前に置いた。

 ずっしり重そうだ。中身は金貨と銀貨で、21世紀の通貨に単純に換算はできないが、兵士の月給が銀貨20枚弱くらいなのが300枚分ほど入っている。当座の「小遣い」としては確かに気前がいいが、相手が戦で手柄を立てた皇族3人と一騎当千の勇者6人と考えると、さほどでもないかも知れない。

 

「は、これはありがとうございまする」

 

 段蔵は丁寧に頭を下げると、革袋をいったん隣の席の椅子に下ろした。

 これでこの会合は終わったので一同が部屋の外に出ようとしたところで、部屋の扉がノックされ兵士が入って来る。

 

「む、何用か?」

「は。市の東門に連合の一団が現れ、攻撃をしかけております。かなりの人数で危険が予想されますので、現場の指揮官が陛下のご指示と援軍を仰ぎたいと」

「むう、これから宴の支度をせねばならぬというのに無粋なことよ……!

 しかし連合の奴ばらがまた現れたとあれば出ざるを得ぬな」

「いや陛下。陛下もお疲れでしょうし、ここは私たちだけで行ってきますよ」

 

 そう言ってネロを止めたのはルーラーアルトリアである。元王様だけに、さっきの話からネロの心労を察していたわったのだ。

 さて、敵の第三波はどんな陣容なのであろうか―――?

 

 

 




 原作ではぐだマシュだけでも総督にしてもらってますが、普通はそんなこと期待しないと思うのですな。だから主人公は皇族偽称なんて危ない橋を渡ったのです。
 あと食料やお金や日付についての描写がよく出てきますが、この辺は原作より鯖が多い代わりにそちら方面で縛りをつけてるのです。何しろアルトリアズがいますから食事は重要ですのでw


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第46話 守城戦

 光己はカルデア勢だけで援軍に行くのは構わなかったが、全員で出ると連合軍がまた別方向から来た時に対処できなくなる。何人か残していく方がいいだろう。

 

「うーん、それじゃ段蔵とXXは残ってくれるか?」

 

 2人とも遠近両用タイプだが、むしろ万が一の時にネロを抱えて逃げることを念頭に置いた人選だった。ネロはさすがにすぐそれに気づいてやや不服そうな顔をしたが、それを口にするのはもっと情けないような気がしたのであえて沈黙を保った。

 光己たちは2人に通信機を渡すと、部屋を出て兵士の案内で現場に走った。その途中、ルーラーアルトリアがはっと表情を改める。

 

「サーヴァント反応……2騎です!」

「またか? えーと、今は真名までは分からないんだよな」

「はい、真名看破するには相手の姿を視認する必要があります」

「そっか、とにかく急ごう」

「はい、マスターはくれぐれもお気をつけて」

 

 そして光己たちが城壁の裏につけられた階段を昇ってその上の通路から外を見てみると、すでに数千人の連合兵が城壁まであと500メートル程度という距離まで押し寄せていた。しかも先ほどとは違い、木や鉄板でつくった手押しの車や塔のようなものがいくつも付随している。

 

「攻城兵器です!」

 

 ルーラーが顔を青くして叫ぶ。

 先ほどの2隊は野戦仕様だったのか持っていなかったが、今回はローマ市そのものを攻撃するつもりのようだ。

 なるほど仮にローマ市を攻め落とすことには失敗したとしても、市内に石弾が雨あられと落ちて来る事態になれば、ネロ帝への信頼や支持はガタ落ちするだろう。それだけでも城攻めをする価値はある。

 しかし連合軍は全部隊が同時に攻めればよいものを、皆が別々に動いたら各個撃破の餌食になるだけだとは思わなかったのだろうか。それとも「皇帝」が複数いるだけに指揮系統や報連相がちゃんとしていないのか。

 無論光己たちや正統ローマにとっては喜ばしいことである。

 

「でもサーヴァントもいるんだよな。どっちを重点的に攻撃するべきだろ」

 

 光己は多少歴史に詳しいというだけで軍略家というわけではない。方針に迷ってしまうと、傍らのルーラーアルトリアが提言してくれた。

 

「サーヴァントは今は積極的に動く様子がありませんので、まずはもうすぐ射程距離に入りそうな投石機(オナゲル)弩砲(バリスタ)から対処するべきかと」

 

 すぐこんな意見を出せるとは、ルーラースキルを持った騎士王というのは実に重宝すべき存在であった。

 ちなみにこの時代のローマ帝国の攻城兵器には、今彼女が述べた投石機と弩砲の他にも、破城槌と攻城塔というのがある。投石機というのは文字通り石や可燃物を飛ばして敵の城壁を破壊したり敵陣を炎上させたりするための木製の装置で、弩砲とはいわば器械仕掛けの巨大な弓矢である。

 破城槌は丸太で寺の鐘を突くような構造の装置で、上に屋根を付けて石や矢を防ぎ、下につけた荷台と車輪で移動して敵の城門や城壁を叩き破るためのものだ。攻城塔は移動可能な(やぐら)で、城壁の上に板を渡して兵士を乗り込ませたり、最上階から弓を射って攻撃したりする仕組みの兵器である。

 それらが歩兵たちに守られつつ、ローマ市の城壁に向けて無慈悲に進軍しつつあった。

 その中央の辺りで、この軍の大将であるサーヴァント2騎がローマ市の城壁を見つめながら話している。

 

「ほう、これがこの国の名を冠する『永遠の都』とも称えられる麗しのローマ市……でも城壁が高くて中が全然見えませんね。にゃー!」

「アンタはネコか……? しかしあの太っちょの口車に乗ってこんな遠くまで来ちまったが、本当にこれでよかったのか?」

 

 ネコの鳴き声みたいな声を上げたのは25歳くらいに見える若い女性、白銀色の長い髪をたなびかせた凛とした美人である。黒と白の日本風の軽甲冑をつけており、顔立ちからも光己や段蔵と同じ日本出身と思われた。

 ツッコミを入れたのは彼女よりやや年下と思われる男性の偉丈夫で、こちらも顔立ちは日本人風だが、金髪をオールバックにして黒と金のライダースーツらしき服を着ている。アメリカのバイク乗りといった感じだ。

 

「さあ? しかし貴方と2人でぼけっとしてても仕方ありませんし、もしあのカエサルとかいう人が義に欠ける人だったなら、毘沙門天を騙した報いを受けさせるだけのことですから」

「そういう台詞を笑いながら言うのって怖いんだけどよ……。

 そりゃまあオレも人を騙して戦わせるようなヤツは好きじゃねェけど」

「とりあえず、(いくさ)を始めてしまったからには、ひと段落するまで続けましょう。

 首都まで来ましたが、私と刃を交えるに足る猛者はいるでしょうかね」

「それについちゃあ同感だな! あの太っちょには一宿一飯の義理はあるから、その分は返さねェと落ち着かねェし。

 しかし、オレは兵隊の指揮はあんまりやったことねェからアンタに任せてるけど、アンタはこの見たこともない木工細工の使い方が分かるのか?」

「いえ、実は私は城攻めは少々苦手でして。それに私の時代では石投げ機は使われてませんでしたから、今回は使い方を見せてもらうという感じで」

「本当に軍神なのかアンタ……!?」

 

 2人はローマ帝国とは関係ないからか、ローマ市攻略についてはあまりやる気がないようだ。ただ武闘派らしく、強敵とのバトルは望むところであるらしい。

 一方光己たちは逆に強敵など居ない方がよくて、ローマ市防衛だけが目的である。さしあたって、1番危険な投石機の破壊をめざした。

 

「カーマ、あれ壊せる?」

「人間相手よりは面倒ですけど、出来なくはないですよ。しょうがないなあ」

 

 アーチャークラスではないとはいえサーヴァントの弓矢だから、投石機や弩砲より射程は長い。しかし生身の人間なら分裂した矢1本で無力化できるが、木でつくられた装置を物理的に壊すためには何本もぶち当てる必要がある。

 

「優しくしてあげます」

 

 前回同様意欲や気迫を感じさせない口調だが、矢の威力は確かだった。空中で分裂した矢は1本も外れずにざくざくと突き刺さり、その投石機はばらばらに破壊された。

 しかし今壊せたのは、投石機と弩砲あわせて100台ほども見える中の1台に過ぎない。

 

「うーん。あれくらいなら1度に2~3台は壊せそうですなんですけど」

 

 ただ投石機同士が離れているとちょっと狙いが付けづらい。彼らがローマ市を射程に入れるまでに全滅させるのは無理そうだ。何か方策を考えなければ。

 一方連合軍のサーヴァントたちも、カーマの攻撃に反応していた。

 

「おぉ!? 大将、どうやらあちらさんにもサーヴァントがいるみたいだぜ」

「そのようですね。おそらくはアーチャーでしょうが、しかしあのペースではこちらを削り切れません。今は放置ですね」

 

 2人の武技なら矢を打ち払うことはできるが、それは大将の仕事ではない。それに敵は矢をいろんな所にバラけさせて射っているので、実際にかばうことは難しそうなのだ。

 

「私も貴方も飛び道具は持ってませんから、お返しに何か飛ばすのは無理ですし」

「といってオレたちだけで突っ込んだらこいつらのメンツ潰しちまうし、ここは一緒のペースで進むしかねェってことか」

「ええ」

 

 女性は頷くと、次は兵士たちに檄を飛ばすため、すうっと息を吸い込んだ。

 

「そういうわけで、死なんと戦えば生き、生きんと戦えば死す! 要するに、考えてもしょうがないということ! 殺せぇー! 進めぇー!!」

「おおーっ!」

 

 ずいぶん物騒な檄だったが、彼女は相当なカリスマ性があるようで、兵士たちはいっそう気勢を上げて進軍のペースを速めた。

 そして目測400メートルほどに近づいた時、投石機と弩砲の一部が進軍を止めて攻撃の準備を始める。

 

「…………撃てーーーッ!!」

 

 準備完了した者から次々と発射、重さ10キロを超える大石と槍のような大きな矢が唸りを上げて飛翔する。届きさえすれば外しようがない的に見事命中して、耳をつんざくような轟音とともに厚い城壁に大きなひび割れを入れた。

 

「うわぁっ!? 何だこれ、人間に当たったら即死どころかミンチだぞ」

「はい、ですので先輩は私の後ろに!」

 

 実際は光己はこんな物では掠り傷1つつかないのだが、気分的には怖いなんてものじゃない。あわててマシュの後ろに引っ込む。

 

「でもついに射程内に来られたか。このままだと本当に市内にあの大石投げ込まれるな」

 

 民家の屋根にでも当たったらそのまま穴が開きそうだ。できる限り、いや1個1本たりとも市内に入れるべきではないだろう。

 無論正統軍の兵士たちもそう思っている。弓兵たちがお返しとばかりに射始めて、本格的な射撃戦になった。

 正統軍は城壁の上にいる分有利だが、人数が圧倒的に少ないため劣勢である。市内はまだ無事だが、壁にはばこーんばこーんと石と矢が当たってひび割れたり窪みができたりしていた。

 

「おおお、このままじゃヤバそうだな……でも連合帝国との戦いは始まったばかりだから、あんまり手の内見せたくないし」

 

 勝ったとしても、連合兵が退却したらこちらの戦闘スタイルを上層部に報告するだろうし、宝具をサーヴァントに見せたら真名がバレる恐れもある。皆殺しにして口を封じるのでないなら、手札はなるべく隠しておきたいところだが……。

 

「でも隠し過ぎたら後で見せた時に何か言われそうだしな。人助けって難しい」

 

 しかしまあ、後のことよりまず今を乗り切るのが大事だろう。光己は誰かに宝具を使ってもらうことに決めた。

 第一候補はマシュだが、投石機が投げる石は放物線を描いて飛んで来ているので、彼女の城では高さが足りない。やはり近づかれる前に破壊するしかなさそうだ。

 

「ルーラーの宝具でやれる?」

「……いえ。彼らは投石機を分散させてますから、1発では難しいですね。

 令呪を一画いただいて2発撃てばいけると思います」

 

 分散させているのは敵軍が突出してきた時にいっぺんにやられないためだと思われるが、その上で城門付近を一点集中攻撃させている。投石機の使い方としては教科書通りだろう。

 

「ただどちらにしても、その辺りにいる兵士は全滅しますが」

「うーん」

 

 ルーラーは光己の心情に配慮してあらかじめ予告してくれたが、これはもう仕方ないことだと思う。戦況がここまで切迫してきては、敵への配慮なんてしていられない。

 

「でも考えてみたらルーラーの宝具って目立つよな」

 

 水陸両用というか空飛ぶ豪華客船なんて、ネロたちにどう説明すればいいのか。光己の竜モードの方が魔術で召喚したですませられるからまだマシだ。

 ただし竜モードは敵に竜殺しがいたら危険だが……。

 

「まあジークフリートとゲオルギウスは顔も宝具も見たし、見てから回避で間に合うだろ」

 

 いやカルデアで見た資料によれば、他にもシグルドやベオウルフといった強そうなのがいるので油断はできないが、万が一そうだったとしても護衛がいれば大丈夫だろう。

 

「よし、行くぞ! ……って、変身する場所がねえ!?」

 

 光己が竜に変身するには最低でも30メートル四方くらいの空き地が必要だが、この近辺にそんな場所はない。思わぬ、というか当然の問題点が露呈してしまった。

 

「いえ、城の外に降りればいいだけでは? まだ敵は着いてませんし」

「んー。でもそれ怖いし、変身するとこみんなに見られるわけだよな」

 

 敵の歩兵は攻城兵器の護衛をしているので歩みは遅く、城壁に到達するまで多少の時間があった。しかし石と矢は飛んできているし、兵士たちの目もある。

 するとスルーズがついっと光己に近づいてきた。

 

「では私が認識阻害の魔術をかけましょうか。城壁の隅の方なら石も矢も来ませんし」

「おお、相変わらずルーンは頼りになるな」

 

 ここでいう認識阻害とは、人が注目しなくなる、見ても気にかけなくなるといった程度の意味である。光己の方から何らかのアクションを起こしたら効果は切れてしまうが、変身が終わるまでの時間稼ぎとしては十分だ。

 

「よし、それでいこう。スルーズと、カーマも護衛お願い」

「仕方ありませんねえ」

 

 カーマはさほど速くはないが空を飛べるので、空飛ぶドラゴンの護衛もできるのだった。仕方ないと言いつつちょっと頬が緩んでいる彼女も連れて、光己とスルーズは城壁の隅に急いだ。

 スルーズに抱っこしてもらって外に跳び降り、礼装を脱いで彼女に預けルーンもかけてもらってから変身を始める。

 

「………………」

 

 今回は人目を引かないよう、ポーズも掛け声もナシである。

 そして体長30メートルの巨竜が風を切って戦場の上空に現れると、さすがに両軍とも気づいて驚きの声を上げた。

 

「な、何だあれは……ド、ドラゴン!?」

「何でこんなとこに突然……魔術師が呼び出したのか? どっちの味方だ!?」

 

 兵士たちは当惑と恐怖の入り混じった顔でただ見上げるばかりだったが、1人だけすごく楽天的な見方をする者がいた。

 

「あれはまさしく龍……つまり越後の龍と呼ばれた私に毘沙門天が眷属をお遣わしになったに違いない!

 皆の者、この戦勝ったぞ!!」

 

 何しろこの自称毘沙門天、生前に使っていた軍旗が「毘」と「龍」だったのだからこんな解釈をしてもおかしくはないのだが―――当然大間違いである。

 黒い竜はいったん上空に飛び上がってから降りてくると、その長大な尾を振るって連合軍の攻城塔をなぎ倒し始めたのだ。

 

「にゃあああああっ!! な、なんで!?」

 

 女性も周りの兵士と同じく泡喰った顔になったが、しかし竜は尾を振るだけにとどまらず、4枚の翼をはためかせて突風を送り込んできたではないか。

 

「うわーーっ!?」

 

 到底踏みとどまっていられず、連合兵たちが木の葉のように吹き飛ばされていく。風が来ない方にいる兵が矢を射って反撃するが、まったく効き目がない。

 さらに竜は口から火を吐いて、投石機と弩砲を燃やし始めた。

 

「う、うーん……これはもしかして、この戦は義にもとるものだという毘沙門天のお叱り!?」

「そんなことより、アレと戦うのか逃げるのか早く決めてほしいジャン!?」

 

 同僚の男性はサーヴァントだけに超人的な膂力を持っているが、それでも全身に当たる超突風の前には踏ん張っているのが精いっぱいで、声もやや弱気だった。

 しかもよく見ると竜の頭の上に人が2人乗っている。どちらが眷属なのかは分からないが、仮に竜の背中に飛び乗ることができたとしても、1頭と2人を倒すのは難しいだろう。

 

「にゃぁぁぁぁ……撤退! 撤退です!!」

 

 幸い竜は攻城兵器を燃やしたり風を起こしたりするばかりで、兵士を直接殺傷する意図はなさそうに見える。

 逃げても追撃はしてこないだろうと判断して、女性は全軍に撤退を命じたのだった。

 

 

 




 竜モードでの初の実戦になりました。
 しかしいったい何ランサーなんだ……!?
 ではまた次回に。




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第47話 毘沙門天と龍

 連合ローマ軍は退却し始めたが、光己としては今回は追撃しておきたい。特にサーヴァント2騎は帰すべきではないだろう。

 2騎は攻撃してこなかったので竜殺しではないし飛び道具も飛行能力も持っていないと思われるが、光己はいつも通り慎重に、3人だけで追おうとはせずに仲間を全員引き連れていくことにした。

 しかし竜モードでは人語をしゃべれないので意志表示ができない。

 

(うーん、これは暇みつけて練習しないといかんなあ。

 あ、そうだ。地面に文字書くってのはどうだろう)

 

 竜の体にはまだ慣れないが、しゃべるよりはうまくできるだろう。光己はいったん着陸すると、右手の人差し指の爪で地面を掘って字を書いた。

 

(認、識、阻、害、……と。これで通じるかな?)

「……?」

 

 スルーズは最初光己が何をしたいのか分からなかったが、地上に降りて彼の爪の先を見るとその意図が読み取れた。

 

「ああ、いったん城に戻るのですね」

(……こくこく)

 

 スルーズが理解してくれたようなので、光己は首を縦に振りながら今書いた文字を消した。

 そして改めてルーンをかけてもらったら、先ほど変身した場所に戻って人間の姿に戻る。

 問題は戻った直後は全裸であることだが、こちらは解決策はなさそうで、人理を救うために決起した勇者としてはまことに気恥ずかしい。

 

「ふふっ、まさか私のマスターともあろう方が、外でハダカをさらすような変態さんだったなんて」

「どやかましい!」

 

 こんな煽りも受けることだし。

 それでも不幸中の幸いとしては自分が男であることだろう。もし女だったら文字通り目も当てられないところだった。

 とにかくスルーズに返してもらった礼装を着て、急ぎ城壁の上に戻る。

 

「先輩! ご無事で何よりです」

 

 するとマシュたちがほっとした様子で出迎えてくれたが、無事を喜び合うのはまだ早い。

 

「ああ、でも今回は追撃しようと思う。みんな頼む」

「はい!」

 

 ただちに城壁から飛び降りて走り始めるサーヴァントたち。彼女たちが10メートルの高さからためらいもなく降りたことと、着地してすぐ平然と走り出したことに正統ローマの兵士たちは改めて驚愕の目を向けたが、マシュたちは特に反応しなかった。

 一方連合ローマ軍は攻城兵器を捨てて走って逃げていたが、それでもサーヴァントの脚力には及ぶべくもない。あっという間に距離が縮み、連合軍のサーヴァント2騎も自分たちが追跡されていることに気づいた。

 

「うむむ。龍は帰って下さっても正統ローマとやらは逃がしてくれませんか」

 

 あの黒い竜は必要以上に人を殺傷せず、しかも連合軍が撤退を始めたらどこかに消えてしまった。この慈悲深さはやはりただの化け物ではなく、自分を叱りに来た毘沙門天の眷属に違いない、と女性は改めて信仰を深めていたのだが、正統ローマ軍がそんなことに配慮してくれるわけがない。追われるのは当然であった。

 

「で、どうするんだ大将?」

「そうですね。義にもとる(いくさ)だったとはいえ、いえそうだからこそ兵を見捨てて逃げるわけにはいきません。

 私は殿(しんがり)を務めますが、そなたはどうぞご自由に」

「なァに言ってんだ大将、オレっちが1人だけ逃げるようなダサい男だとでも思ってたのか?」

 

 女性は最悪1人で足止めをするつもりのようだったが、男性もなかなか漢気がある人物のようだ。

 兵士はそのまま逃がし、自分たちはその最後尾について追っ手の接近を待ち受ける。

 

「ひの、ふの……7人か。こりゃCOOLなバトルになりそうだぜ」

「ええ、南蛮の連中に日の本の武士の意地を見せつけてやるとしましょう」

 

 男性は素手のまま、女性は槍を構えて戦闘態勢に入る。そしてカルデア勢はその様子に気づくとちょっとペースを緩めた。

 

「マスター、サーヴァント2騎はこちらの足止めをするつもりのようです!」

「女性の真名は『長尾景虎』、ランサーですね。宝具は『毘天八相車懸りの陣(びてんはっそうくるまがかりのじん)』、8体に分身して代わる代わる襲い掛かるというものです。

 男性は『坂田金時』、ライダーですね。宝具は『夜狼死九・黄金疾走(ゴールデンドライブ・グッドナイト)』……!? ええと、バイクを出して体当たりするもののようです」

 

 先頭のアルトリアがそう注進し、ついでルーラーアルトリアが真名看破した。

 彼を知り己を知れば~~という言葉があるように、戦闘や交渉事において先方の情報を得るのはきわめて大きな意味を持つ。それを姿を見るだけですっぱ抜くこのスキル、改めて考えてみると異様に凶悪であった。

 それを聞いた光己が珍しくはしゃぎ出す。

 

「マジで!? 長尾景虎っていえばあの上杉謙信だろ。それに坂田金時ってもしかして金太郎か!? まさかこんな所で遭遇するとは」

 

 同じ日本人の、それも知名度激高の英霊だからのようだ。日本人というだけなら段蔵と清姫もそうなのだが、2人も「軍神」「金太郎」というビッグネームなら多少の反応の差は許すだろう……。

 

「先輩、ご存知なのですか?」

「ああ、逸話通りなら善玉のはずだから、狂化されてなきゃ話はできると思う」

 

 坂田金時についてはまったく問題なし、上杉謙信は戦国大名だからいい話ばかりではないが、仏教に帰依し義を重んじた人物なのは間違いない。

 それでも、カリギュラやヴラドやランスロット並みにデンジャラスだったら勧誘はできないけれど。

 

「では、今少しペースを下げましょう」

 

 アルトリアがこう提案したのは、金時と景虎は兵士を逃がすための殿をしているようなので、兵士を討つことにこだわらない姿勢を見せた方が、友好的に接触できるだろうという趣旨である。

 

「わかった、それじゃみんなそうして」

 

 優先順位は分かり切っている。光己は即座にこう答えた。

 しかし、金時と景虎は2人で7人を足止めするというほぼ戦死が決まったような戦いをする決意を固めているからか、尋常でない殺気が感じられる。ただカリギュラやランスロットのようなバーサークな雰囲気ではなく、ちゃんと理性はありそうなので会話はできそうだ。

 

「――――――」

 

 光己たちがペースを落としたのは正解だったようで、2人は攻撃して来ず殺気もやわらぎつつあった。むろん光己たちも攻撃はせず、声が届きそうな所まで近づくと大声を張り上げた。

 

「やあやあ、我こそはカルデアにその人ありと言われた藤宮光己!

 そちらはかの名高き坂田金時殿と長尾景虎殿とお見受けするがいかに!?」

 

 鎌倉武士のような名乗りなのは、多分相手が相手なのでちょっと頭が茹だったせいであろう……。

 金時は困り顔でどう答えていいか分からない様子だったが、景虎はいたく感銘を受けたらしくノリノリで名乗り返してきた。

 

「このような異郷の地で丁重な名乗り、痛み入る。ご慧眼の通り、私こそ越後の龍、長尾景虎です!! まだ年若いのに見事な眼力、戦場(いくさば)の経験だけでなく学識もさぞ深いのでしょうな。

 して、わざわざ名乗ったからには一騎打ちをご所望ですか?」

 

 実際は光己にそんな眼力はないのだが、有名人とはいえ初対面の人物の名を言い当てたのだから、景虎が勘違いするのはむしろ当然といえよう。

 景虎としてはいきなり2対7より一騎打ちをする方が時間を稼げるので、もし先方がそれを望むなら受ける気だったがむろん光己にそんな気はない。

 会話が成立したことを喜びつつ話を続ける。

 

「いや、その前にかの軍神殿と多少なりとも話をしたいと思った次第で」

「ほう、それは光栄な」

 

 と景虎は答えたが、ここでおかしなことに気がついた。

 よく考えたら景虎はこの時代より千年以上未来の生まれなのだから、彼がいくら博識だろうと自分の名を知っていることはあり得ないのだ。

 サーヴァントで景虎自身より未来の者なら知っていることもあり得るが、周りの6騎は見たところ南蛮人ばかりで自分の名が分かりそうな者はいない。いや、ルーラーがいれば真名は看破できるが、それでも二つ名までは分からないはずだ。

 カルデアという組織あるいは地名に秘密があるのか? 景虎は内心で彼らの正体をいろいろ推測していたが、その結論が出る前に少年が質問してきた。

 

「それで、長尾殿はなぜ連合帝国に味方しているのか?」

「え? ああ、恥ずかしながら実は特に理由もなくて、することがなくてふらふらさまよっていたところを連合の皇帝の1人のカエサルという者に誘われたのです」

「カエサル!?」

 

 光己もマシュたちも驚いた。カエサルといえばかの有名な終身独裁官ではないか。

 確かにカリギュラと並んで「皇帝」の1人であってもおかしくない人物だ。

 

「ふむ、この名前もご存知ですか。やたら口が上手い男で、気がついたら私も金時殿も遠征軍の将軍になってました」

「そ、それはまた」

 

 まあカエサルほどの扇動の達人ならそうしたことも可能だろう。光己は頬をひくつかせつつも相槌を打った。

 

「しかしお2人ほどの方なら、連合帝国の方こそ僭称者の国だとそろそろ気づいているのでは?」

 

 ついで軽く水を向けてみると、景虎は痛い所を突かれたらしく一瞬押し黙った。

 

「…………むう。いやカエサル殿は連合帝国こそが真のローマで、ネロという人は僭称者だと言っていましたが……」

 

 しかし口調は自信なさげである。何しろ毘沙門天から遣わされた竜に「この戦は義にもとる」と言われた(と景虎は信じている)のだから。

 手ごたえを感じた光己はさらに1歩踏み込んだ。

 

「しかしカエサルは終身独裁官とはいえ100年も前に亡くなったお人。それが今の皇帝を名乗るのは、景虎殿の頃の日の本にたとえるなら、足利義政公の幽霊が出て来て『我こそが真の征夷大将軍!』と名乗って兵を挙げるようなものなのでは?」

「ふむ、確かにそれは迷惑な話ですね」

 

 名乗る気持ちは分かるが、もしそんなことがたびたび起こったら国中大混乱になるだろう。死者は死者らしく冥府でおとなしくしているべきだ。いやサーヴァントの身で言うことではないが。

 

「しかしネロという皇帝が正統だという証はあるのですか?」

「それはもう。ちゃんと先代の皇帝から後継者に指名されているし、何より後世の歴史書にはネロ帝の名前は載っているが連合帝国はれの字も載っていない」

「後世の歴史書?」

 

 何やら怪しげな単語が出てきた。これが彼の博識ぶりの源に違いない。

 景虎がそう訊ねると、少年はあっさりタネを明かした。

 

「いかにも……って、そろそろ口調つくるの疲れてきたんで普段のに戻しますね。

 お気づきの通り、俺たちは未来からこの国に起こった異変、つまり連合帝国を打倒するために来たんです」

「ほう……」

 

 彼がいきなり言葉遣いを変えたのにはびっくりしたが、やはり彼らはただ日の本からローマまで流れてきた旅人というわけではないようだ。

 正直言って鵜呑みにはできない話だが、まったくの作り話とも思えない。続きを聞く価値くらいはあるだろう。

 

「それが事実だとして、なぜこんな遠い国の大昔の異変の解決などを?」

「それが異変はここだけじゃなくて、7つあって、全部解決しないと人類が滅びるという状況でして」

「!!??」

 

 鵜呑みにできない話がもっと大仰になってしまうとは。傍らの金時も目を白黒させている。

 

「……しかしそれほどの事態なら、毘沙門天が眷属をお遣わしになるのも分かるというもの。これはそなたたちに合力(ごうりき)せよということでしょうか」

「毘沙門天? 眷属?」

 

 今度は光己が当惑する番だった。彼女が毘沙門天を信仰していたのは知っているが、何を考えているのだろうか?

 

「そなたたちも見たでしょう、あの黒い竜を。あれはどう考えても野生の魔物ではなく、毘沙門天がこのたびの戦を不義と見てお止めになったとしか思えません」

「ああ、そういう……」

 

 確かに景虎から見れば、竜が出てきたタイミングといい連合軍だけをなるべく殺さずに追い払った行動といい、単なる偶然ではなく何者かの意志があったと思うのが自然だろう。なら信心深い彼女が毘沙門天に結び付けてもそこまでおかしくはない。

 しかし光己としては今回の誤解は解いておかざるを得ない。

 

「あー、いや。さっきの竜は実は俺が変身したものでして」

「は? いやいや、そなたたちが只者でないのは承知していますが、さすがにそれは不謹慎では」

 

 人間が龍神を騙るなんて許されることではない。景虎がちょっと語気を強めると、少年は証明を申し出てきた。

 

「じゃ、もう1度化けてみせましょうか」

「む? そ、そうですね」

 

 こう出られては拒めない。景虎が頷くと、少年はなぜか服を脱いで仲間に預けると遠くに走り去ってしまった。

 いやいきなり脱がれても困るのですが、と景虎はかける言葉に悩んだが、その間に少年は本当に変身し始めたではないか。

 

「なんと、まさか……!?」

 

 そしてついには先ほどの巨竜とまったく同じ姿になったので、景虎はあわてて平伏した。

 

「こ、これは大変な失礼を! 知らなかったとはいえ龍神様を疑うなどと」

 

 何しろ自分が旗印にしていた神霊が現れて名乗り出たのに、それを疑ってしまったのだ。景虎は冷や汗だくだくであった。

 しかしカルデア勢としてはそんな態度を取られる方が困る。アルトリアが駆け寄って景虎の体を起こした。

 

「顔を上げて下さいカゲトラ。マスターはそのような謝罪を望む方ではありません」

「い、いや、しかし……」

「とにかく起きて下さい」

「は、はあ」

 

 アルトリアに無理やり抱えあげられて景虎は仕方なく立ち上がったが、まだ申し訳なさげにしている。アルトリアはもう少し言葉を足すことにした。

 

「そもそもマスターは龍神ではありません。龍が人間に化けているのではなく、人間が竜になったのです」

「は?」

 

 景虎がまたはてな顔になったところへ、今度はブラダマンテが進み出る。

 

「それについては私が! マスターは人理のために、みずから竜の血を飲んだのです!」

 

 相変わらずこの件について語る彼女は誇らしげであった。

 ただこの内容だと、光己は東洋の龍神ではなく西洋の邪竜ということになるが、彼はさらにかの清姫の血と南蛮の神が創造した海獣の子供の竜の血も飲んだというなら度胸はあるというか、彼の言動から見て少なくとも邪悪な存在ではないのは確かだろう。

 

「…………それで、そもそも藤宮殿は私たちに何用なのでしょうか?」

「それはもちろん、貴女方を味方に引き入れたいのですよ。連合帝国は強大だと聞きますから」

「分かりました。彼は毘沙門天の遣いではなかったとはいえ、行いは義そのもの。喜んで合力しましょう。

 金時殿はいかがなさいます?」

「ンなもん決まってるぜ。こんな話聞いて黙ってたら男がすたるってもんだ」

 

 こうしてカルデア一行は、長尾景虎と坂田金時という頼りになる仲間を得たのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後、光己たちは2人に自分たちの正統ローマでの立場を話したり、アルトリアたちがサーヴァントであることを隠しておくように頼んだりしてから、また城壁に帰還した。

 するとそこにネロとセネカとブッルスがいたのでちょっと驚いてしまう。

 

「陛下? お疲れなのに無理しなくても」

「いやいや、実は伝令が来て『ドラゴンが現れて連合を攻撃しだした』と言うものでな。居ても立ってもいられなくなって馬を飛ばしてきたのだ!」

 

 どうやらドラゴンを見に来たようである。まあ彼女ならずとも、「助けてくれる」ドラゴンなら見てみたいと思うのは人情だろう。

 

「余がここに着いた時にはもう去ってしまっていたが、ついさっきまた遠くに現れたな。ぜひ間近で見たかったのだが、この2人に止められてな。余は残念だ!」

「いえ陛下、さすがにそれは危険かと……」

 

 セネカがあきれ顔で諫言というかツッコミを入れる。毎度のことらしく苦労しているようだ。

 

「しかしあの竜は何者であろうか? 聞けば連合のみを攻撃したそうだが」

「……あの竜は私たちの味方です。

 ただし毎回助けてくれるわけではありません。もし私たちがみずから戦う気概を捨てて彼に頼るだけの存在に成り下がったら、彼はこの国から去ってしまうことでしょう」

 

 ルーラーアルトリアがこんなことを言ったのは、光己に毎回変身させるのは問題があるからというのに加えて、兵士たちが依存心を持ってはまずいと思ったからだ。

 カルデア勢が毎回全力で戦えば正統軍の兵士の犠牲者は減るが、その負担で光己が力尽きてしまったら本末転倒というのもある。

 

「なんと、ルーラーはあの竜と知り合いだというのか!?

 ううむ、実に羨ましい! 次はぜひ余にも紹介してくれ。

 しかしみずから戦う気概は捨てるなと来たか。だが安心せよ、我がローマの精兵に、竜がいくら強いからとて、彼だけを矢面に立たせようとする不埒者など1人もおらぬ。そうだな皆の者?」

「おおーーーーっ!!!」

 

 ネロの問いかけに兵士たちは剣を掲げて喊声を上げた。

 何しろ彼女は皇帝、それも若い女性の身でありながら最前線に立って剣を振るっているのだ。その彼女の前で引っ込んでいたいなんて言えようか。

 ネロはうんうんと満足げに頷くと、今度は見慣れぬ2人に目を留めた。

 

「それはそうと、そちらの2人は何者か?」

「今攻めてきた連合軍の大将です。見た通り異国の者で、ローマの事情に詳しくないので連合についていましたが、説得して味方になってもらいました。

 実力も人格も私たちが保証しますので、迎え入れてはもらえませんか?」

「ほう、そなたたちが保証すると? なら問題はないな!

 2人とも安心せよ。余は寛大ゆえ、過去の過ちは問わぬ。とりあえずルーラーに預けるゆえ、彼女が保証した実力を存分に振るうがよい。それ次第では報奨もたっぷり出すぞ」

「は、ありがたき幸せ」

「なかなか話がわかる皇帝サ……へ、陛下ですね。が、がんばります」

 

 ネロの実際寛容なお沙汰に景虎は如才なく返答したが、金時は非常にフランクな性格なのでついタメ口で返そうとしてあわてて敬語に直したが、よほど慣れていないのかどもりまくりであった。

 いや、ネロが胸元をあらわにしていたり、スカートが透けて下着(?)が見えていたりしたことに動揺したせいかも知れないけれど。

 それはともかく、正統ローマは今回も連合軍を(人的には)さしたる被害もなく撃退し、しかも敵将2人を捕らえて味方にするという大戦果を挙げて、ますます意気軒高となったのである。

 

 

 




 うーん、景虎と金時の説得で1話使ってしまうとは。まあ景虎ちゃんは毘沙門天だから是非もないよネ!(ぉ
 なお金時が狂じゃなくて騎なのは、狂を筆者が持ってないからもとい配布★4つながりです。
 それならカーマつながりもあるノッブもいるのですが、彼女が宝具使うとネロちゃま軍がいらない子になりかねないので仕方ないのです(^^;




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第48話 休日

 カルデア勢は金時、つまり男性が増えたので、彼と光己は部屋を別に用意してもらうことになった。

 しかし寝るまでは一緒でよかろうということで、今は元の部屋に一緒にいる。

 なお景虎と金時は元敵将だから連合ローマの内情を多少は知っており、さっきまで(つきそいのアルトリアと一緒に)別室でブッルスに聴取を受けていて今戻って来たところだ。

 

「色々うまくいってよかったけど、つ、疲れた……」

 

 光己は精魂尽き果てたという顔で、椅子に座ってテーブルに突っ伏している。

 今回は彼自身が直接戦った上に、かの軍神と金太郎というビッグネームと会えたのはテンション上がったが、その2人を勧誘するという大作戦を決行したので残りAPはもうゼロに近いのだった。

 

「うん、やっぱルーラーたちをカリギュラ帝の遺児ってことにしといてよかった」

 

 そのおかげで、ネロを初めとした正統ローマとの折衝を3人にある程度任せられるので、庶民出身の光己は気分的にだいぶ楽なのである。彼女たちは元王様だけあって、光己の期待以上にそつなくこなしてくれているし。

 

「はい、どう致しまして」

 

 ルーラーアルトリアがやわらかく微笑む。この包容力あふれる美しい笑顔だけで、思春期少年はAPが増えていく思いだった。

 それで人と話す元気が回復した光己は、初対面の時気になったことを訊ねてみる。

 

「ところでゴールデンって、純日本人なのになんで未来のアメリカ人みたいなカッコしてるの?」

 

 彼と景虎はすでに仲間になったし、光己はマスターにしてカルデア傭兵団のリーダー、さらには人から竜になった(中世日本人的価値観では)半神的存在でもあるので敬語や敬称はもうナシということで話がついている。代わりに金時も名前ではなく愛称(?)で呼ぶことになったが。

 景虎が女性なのは21世紀でも女性説があるからまあいいとして、アルトリアズやネロも外国人だからさほど気にならなかったが、金時は日本人のビッグネームだから聞かずにはいられなかったのだ。

 

「え、そんなに変か? ライダーってのはこういうモンだって座の知識にあったんだけどよ」

「そ、そうなんだ。いや悪いってわけじゃないから」

 

 英霊の座というのは時間の概念がないそうだから、10世紀の日本人が1世紀のローマに21世紀のアメリカの服装を持ってくることも可能なのだろう。本人はとても気に入っているようなので、害はないことだし光己は深く考えないことにした。

 代わりにいいことを思いついてばっと体を起こす。

 

「そうだ、せっかくだからゴールデンと景虎のサインが欲しいな。あとツーショットの写真も」

 

 日本人として実に素直な欲求であったが、するとブラダマンテがぷーっと頬を膨らませた。

 

「マスター! 私にはそんなこと言わなかったのにひどいです!」

 

 新入りを特別扱いしてるように感じたのだった。景虎と金時が光己の故郷の有名人であることは聞いているが、でも自分の方が先に仲間になったはずなのに、と嫉妬したのである。

 なお冬木での撮影会はツーショットではないので今回の件ではノーカウントだ。

 

「え!? あ、ああ、そうだな、ごめん。じゃあブラダマンテたちを先にしよう」

 

 光己も己の失策に気がついて素直に謝罪した。

 ここは仲間入りした順でということでマシュから始めることにする。

 

「え、先輩とツーショット写真にサインですか? はい、写真はいいですけどサインなんて」

 

 マシュはえっちなポーズでなければ光己と一緒に写真を撮るのはむしろ嬉しかったが、サインという芸能人がするような行為はちょっと恥ずかしいようだ。

 

「……でもせっかくですので、先輩のサインと交換ということなら」

「へ、俺の? んー、マシュが欲しいっていうなら」

 

 こうして交渉が成立し、最終的に光己は英霊9騎と美少女後輩1人のサインとツーショット写真を手に入れてほくほく顔であった。

 

「うーん、まさか最後のマスターにこんな役得があったとは……そうだ、チャンスがあったらネロ帝にも頼んでみるか」

(……よく考えたら英霊の写真と直筆サインって、すごい魔術触媒になるような気もしますが、先輩も皆さんもそんなつもりはないようですし黙っておきましょう)

 

 こうしてしばらく休息した後は、予定通り宴である。

 戦時中とはいえローマ帝国皇帝主催の宴だけに―――ネロはアルトリアズやカルデア勢を廷臣たちとあまり接触させたくないという意図があって、公的な戦勝祝賀ではなく私的に従姉妹とその仲間を歓迎するという体裁だったが、それでも―――実に盛大なものでアルトリアズとカーマも大満足の品揃えだった。

 いやアルトリアズが3人いても食べ切れないほどの量だったり、かの「鉛の杯」が出てきたりと問題はあったが。

 

(ま、あまり口出しするわけにもいかんからなあ)

 

 鉛の鍋で煮たワインを鉛の杯で飲むとか鉛中毒まっしぐらなのだが、その手のことを余所者が声高に主張しても反感を買う可能性の方が高い。また逆に聞き入れられてもそれはそれで歴史への過度の干渉になりかねないし、沈黙は金を貫いた方が得策と思われた。

 もっとも光己とマシュ自身は「未成年は飲酒禁止」という出身国の法律を盾にして回避したが。

 そして宴が終わってお腹いっぱいになったら眠くなってきたので、光己(とマシュ)は部屋に戻ってローマでの最初の1日を終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日は休暇である。ネロたちは明日の出征のための準備で忙しいが、カルデア勢は遊んでいられるのだ。

 軍資金は十分あるのでまずはアルトリアオルタに約束した食べ物、それに事務方への差し入れなど買っておくべきだろう。

 それをカルデアに送った後、光己は一行に向き直ってぐっと握り拳を固めてみせた。

 

「先輩、どうかしたんですか?」

「うむ。俺たち昨日は3回も(いくさ)したけど風呂に入ってないから、今日はちゃんと入浴すべきだと思うんだ」

「それはそうですね。サーヴァントの皆さんは霊体化すれば汚れは落とせますが。

 でもまだ昼前ですよ?」

 

 マシュがちょっと訝しげな顔をすると、光己はさらに拳に力をこめた。

 

「うむ。しかしカルデアで見た資料によれば、ローマ帝国では入浴文化が盛んでテルマエ(公衆浴場)がいくつもあるらしいんだよな。

 ただこの時代は混浴だから、マシュたちはNGだし俺も1人だと不用心だからダメだけど、今はゴールデンがいるから2人で行って来ようと思ってさ」

「先輩破廉恥ですーーーーーっ!!!」

 

 マシュが顔を真っ赤にして絶叫したが、光己はここまでの旅で(きも)が鍛えられてきたのかまったく動じなかった。

 

「ふ、男が破廉恥で何が悪い? それに今回は郷に入っては郷に従うだけだからな、後ろめたいことは何もないぞ。そうだろゴールデン?」

「んあっ!? い、いやオレっちは遠慮しとくぜ。どうしてもってんなら大将だけで」

「ちょ!?」

 

 光己は金時も若い男だから同意してくれると思っていたのだが、まるで初心な小学生のごとく頬を赤らめてあわあわするのを見てびっくりしてしまった。まさか坂田金時ほどの益荒男が、こちら方面ではここまで純情だったとは!

 マシュが勝ち誇った顔で宣告する。

 

「どうやらゴールデンさんは混浴はお嫌みたいですね。先輩お1人ではダメというのはご自身でおっしゃった通りですので、とても喜ばし、いえ残念ですが諦めて下さい」

「おのれマシュ、ゴールデン! 裏切ったな! 僕の気持ちを裏切ったんだ!」

 

 これは光己の魂のシャウトだったが、他のメンバーは無反応なので、もはや負け犬の遠吠えでしかない。あえなくマシュに腕を引っ張られて普通の観光をするハメになってしまった。

 入浴は健康に良いことだが、湯につかるだけならルーンでどうにでもなるので、これ以上説得材料がないのである。

 というわけで夕方ごろ、光己は宮殿の中庭の隅っこで、かの哲学者ディオゲネスのように樽の中に座っていた。樽の中に湯が入っている点が彼と違うが。

 宮殿にはもちろん立派なお風呂があるのだが、そこも残念ながら混浴だし、ネロは皇帝だからプライベートテルマエを持っているが、そこを貸してくれとも言えないので。

 

「おかしい、俺は総督になったはずなのに、何で五右衛門風呂なんかしなきゃならんのだ……!?」

 

 さて、彼が野望を達成する日は来るのであろうか……?

 

 

 

 

 

 

 翌日はいよいよガリア遠征である。ただその前に、皇帝ネロ直々に市民への演説が行われることになっていた。

 内容は無論カリギュラ帝の遺児が現れて軍に加わったことと、連合の皇帝は魔術で召喚された偽者に過ぎないことである。当然市民は大いに沸き立ち、ネロへの支持と連合帝国への敵愾心を一段と高めるだろう。

 実は彼女がこれから話す内容は噂という形ですでにある程度広まっているのだが、それを皇帝陛下が公式に明言することに意味があるのだった。

 ネロが宮殿のバルコニーに立って、宮殿前の広場に集まった大勢の市民に手を振る。

 

「よく集まってくれた、我が愛するローマ市民の皆よ!

 余はこれより、ガリアを奪還すべく戦っている兵たちを鼓舞するため現地に出向く予定であるが、その前に皆に告げておくことがあるのだ」

 

 と前置きした後、アルトリアズを紹介して彼女たちの活躍で連合の皇帝が偽者と判明したことを語ると、ネロの狙い通り聴衆は熱狂して歓声を上げ、一時はネロがしゃべれなくなるほどであった。

 これでネロが出征している間も市内の人心が乱れることはあるまい。美女皇帝は安心して、親衛隊の兵士たち、そしてもちろんカルデア勢も連れて首都を発った。

 ちなみに兵士は1千人ほどと少数である。また連合軍が攻めてくる可能性もあるので、あまり多くは連れていけないのだ。

 

(カルデアの誰かを置いていければ安心なのだが、新参者だから余がいない所で首都防衛隊の幹部なんてさせるわけにはゆかぬからな……)

 

 皇帝とはいえ、いや皇帝だからこそいろいろ配慮せねばならないことは多いのだ。まあ逆にカルデア勢11人がそろっていれば、こちらは道中で連合軍に襲われても恐くないのだが。

 ―――その日の夕方、野営の支度をしている最中にネロが光己たちに話しかけた。

 

「そういえばそなたたちには詳しい予定を話していなかったな。

 目的地はマッシリア(現代のマルセイユ)なのだが、その前にメディオラヌム(現代のミラノ)に寄って一休みとそちら方面の戦況を聞くことになっている。

 途中で何事もなければ、1ヶ月半ほどでマッシリアに着くであろう」

 

 ローマ帝国は都市間に石畳の道路があるので行軍が速く、1日25キロほど進めるので、ローマからメディオラヌム経由でマッシリアまでは約1090キロだから45日くらいで到着できるという意味である。全軍騎馬ならずっと早くつくのだが、ローマ軍は歩兵主体なのでそういうわけにはいかないのだ。

 ネロにとってはごく当たり前の認識だったが、これを聞いた光己たちは内心でちょっと慌てた。

 

(ローマからマッシリアに行くだけで1ヶ月半ってまずくないか?)

 

 人理修復の締め切りはあと1年4ヶ月2週間なのである。そんなノンビリしていたら間に合わなくなってしまうではないか。

 しかし連合帝国の全容はいまだ分からないし、兵士が1千人しかいないのにネロ帝のそばを去るわけにもいかない。とりあえずマッシリアまでは同行するしかなさそうだ。

 

「カゲトラとキントキのおかげで、ガリア地方を支配しているのはカエサルだということが分かった。余は心意気では負けるつもりはないが、軍略の方はかの終身独裁官相手では自信がないゆえ、よろしく頼むぞ」

「はい、その辺はお任せ下さい」

 

 確かにカエサルは世界史級の名将だが、こちらにも騎士王と軍神がいる。相手のホームグラウンドではあるが、少なくとも一方的に翻弄されることはあるまい。

 というかカエサルを勧誘するのはどう考えても無理だから、いっそのこと遠くから聖剣ぶっぱで決めちゃえばいいんじゃないかとも光己は思っていたりする。

 

「で、マッシリアには軍団を4個置いていて、総大将はラクシュミー・バーイー、副将は荊軻(けいか)という者に任せている。そなたたちに劣らぬ傑物だぞ」

「へえ」

 

 名前からしてローマ人ではなさそうだ。博識なマシュには、ラクシュミーが19世紀インドでイギリスと戦った藩王国の王妃であり、荊軻は秦の始皇帝を暗殺しようとして失敗した者であることが分かる。当然本人ではなくサーヴァントだろう。

 2人が正統ローマに協力しているのは、2人とも大国の侵略を受けた小国の側で戦った身だから、連合ローマに攻められている正統ローマに共感を抱いたからというあたりか。

 ちなみにローマ帝国の軍制は軍団制となっていて、1個の軍団は(補助兵込みで)約1万人で、それを帝国全体で25個持っていたが、現在正統側にいるのは11個だけで、残りは連合側についてしまっている。つまりネロではなく連合の皇帝を真のローマ皇帝と認めたわけで、その辺もネロの心痛のタネだったが、気丈にも彼女がそれを口に出すことはない。

 

「名前を聞けば分かるように、2人とも異国から来た客将だ。余所者を総大将にするとは何事だ、という声はあるがな」

 

 そう言ってネロは自嘲気味に小さく笑った。

 ネロ自身お国自慢気質だからローマ人だけで戦えればそれに越したことはないのだが、この未曽有の国難に当たっては、出身地や身分にこだわっていられず実力優先にするしかないのである。

 そういう点でもルーラーアルトリアたち3姉妹の存在はありがたかった。

 

「……いや、ミツキたちも異国人であったな。詮ないことを言った、許せ。

 この辺りは余の仕事ゆえ、そなたたちは何も気にすることはない」

「いえ、陛下も気にしないで下さい」

 

 光己もアルトリアズもネロの心労は察するに余りあったが、知り合って日も浅いのにあまり突っ込んだことは言えず曖昧に慰めるしかないのだった。

 スルーズだけは(1ヶ月半ですか。しかし四六時中行軍に付き合う必要はないでしょうから、マスターを鍛えるいい機会ですね)と戦乙女脳なことを考えていたけれど。

 

 

 




 またも原作セプテム編に出てないキャラが出てきました。
 それでブーディカとスパルタクスはどこにいるのか、荊軻がマッシリアにいて呂布は大丈夫なのか、その辺は先をお待ち下さい!
 ところでラクシュミーの経歴ってブーディカとそっくりですよね?(謎)




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第49話 軍神

 現在ネロたち正統軍とカルデア勢は、メディオラヌムめざしてイタリア半島を北上している。

 アルトリアズはカリギュラの遺児を称しているのでネロのそばにいることが多いが、他の8人は新参の外国人なので、そうすると周囲の目が色々とアレなので少し距離を取っていた。

 しかしスルーズはそれを逆手に取って、ネロの許可を得て時々光己を連れて隊列を離れ、トレーニングさせている。彼は技量の上達は十人並みだが、竜人(ドラゴニュート)だけに体力や魔力の成長はスルーズが驚くほどのものがあった。

 また行軍中は寝食を共にしているわけなので、仲間内の親睦も深まっている。

 ついでに景虎はローマ兵たちの土木技術の優秀さに感じ入っていた。

 

「連合の兵たちもそうでしたが、これほどしっかりした野営をこんな短時間で作り上げるとは」

 

 現界時に得た知識によれば、この軍団兵たちは常備軍である上に訓練と規律が非常に厳しいらしい。日本の戦国時代では織田信長以外は(長尾氏も含めて)半農半兵だったので、それは練度に差も出るというものだった。

 

「いやあ、こんな良い兵を率いて(いくさ)ができるなんて楽しみですね! この前のはアレでしたし」

 

 この長尾景虎という人物、幼少時からあまりにも強い上に特異な精神性を持っていて父親にも疎まれていたのだが、サーヴァントになってもウォーモンガーは治っていないようだ……。

 ―――そんなある日、見通しの悪い森の中を進んでいた時。

 

「兵気……敵ですね」

 

 景虎は予兆もなく敵襲の気配を感じて、即座にネロのもとに走った。

 

「連合軍が現れたと? 余の斥候よりも早いとは……。

 規模がどのくらいか分かるか?」

「左右から挟み撃ちされていますが、たいした数ではありません。私たちの一部と、兵を400人ほども貸してもらえれば各個撃破できますので、残りは後詰めをしていただければ」

「そうか、ならば余も出るぞ。蹴散らしてくれる!」

「いえ、陛下はお控え下さい」

 

 ネロはみずから戦う意向を示したが、景虎はぴしゃり却下した。

 皇帝というのは日の本でいえば天皇に相当するわけだから、親征した気概は称賛するが、敵兵と直接剣を交えるなど論外の沙汰である。

 

「う、うむぅ……で、では任せたぞ」

 

 ネロは景虎の眼の圧に押されて、つい首を縦に振ってしまった。

 礼節は守っているが、何か怖いので。

 

(えぇ~~!? カルデアの生体反応探査より先に敵の接近を察知するなんて、仕事が減ってラッキ、じゃない軍神とかいう二つ名は本当なのかな)

 

 カルデア本部で光己たちの存在証明と周囲の探査をしていたロマニが驚愕の目を景虎に向けていたが、それはさておき。軍神様はネロの前から下がるとすぐに出撃の支度に入った。

 

「出るのは私とゴールデン殿、あと段蔵殿にお願いしたいのですが」

「えっ、ワタシですか」

 

 指名された段蔵はかなり意外そうな顔をした。

 というのも段蔵は生前に一時景虎に仕えたことがあり、しかし景虎に危険視されたので出奔したことがあったからだ。

 しかし景虎は斟酌(しんしゃく)しなかった。

 

「それは生前の話でしょう? 今は同じマスターを戴く者同士ではありませんか」

「分かりました。ではマスターが良しというなら」

 

 段蔵は景虎を恨んでいるわけではないので、そう答えて光己の顔を見た。

 もちろん光己としては、できるだけ生前にはこだわらず仲良くしてほしい。

 

「そうだな、段蔵さえよければそうしてあげて。それなりの理由があるんだろうし」

「はい、承知しました。

 それで、景虎殿はワタシにどのような働きをお望みなのですか?」

 

 金時は先頭に立って敵兵を蹴散らす役で固定なのだが、段蔵にはいくつもできることがあるのだ。

 

「ええ。ここは森なので兵たちの弓矢や投げ槍は平地より使いづらいですが、逆にそなたなら木の枝の上を飛び回りつつ射撃して攪乱することができると思いまして」

「なるほど、承りました」

 

 確かにそれは忍者的な戦闘法だ。段蔵はこっくり頷いた。

 これでカルデア内の打合せは終わったので、景虎は2人を連れてネロに預けられた400人の兵士の前に出た。

 

「さて。連合軍は私たちの右前方と左後方から挟み撃ちしようとしていますが、こちらはそれを片方ずつ各個撃破する作戦です。

 つまりこの400でまず右の敵を彼らの左から横撃して突破した後、旋回して左の敵の左を突くわけですね。残りの600は私たちに突破されて混乱した敵の掃討(そうとう)をしてもらうことになっています」

「…………」

 

 なるほど挟み撃ちしてくる敵を各個撃破するのは常道だろう。しかしたった400人でできるのだろうか?

 さすがに兵士たちが困惑を顔に表す。隊長格の兵士が空気を読んでそれを訊ねると、景虎はこともなげに頷いた。

 

「余裕です。そなたたちは恩賞を何に使うかの心配だけしていればいいですよ」

 

 その自信満々ぶりに、兵士たちは「は、はあ」と生返事をするしかない。

 むろん景虎の自信には根拠がある。ネロに報告に行った時、彼女のそばにいたルーラーアルトリアは何も言わなかった。つまりサーヴァントはいないと判明しているのだ。

 

「では行きますよ。我に刀八毘沙門天の加護ぞあり! いざ出陣!」

(トウハチビシャモンテンってどこの神だ?)

 

 こうして景虎は正統軍での初陣を迎えたわけだが、頭の中でマスターの方針を今一度反芻していた。

 

(余裕がある時は人間はなるべく殺さない、でしたね……)

 

 彼は平和な時代の生まれだけに、たとえ戦でも直接人を手にかけたくないのだろう。

 景虎にはよく分からない心事だが実益もある。つまりケガさせた敵兵を捕縛するとかとどめを刺すとかいった手柄を兵士たちに譲って好感度を稼ぐということだ。

 そもそも兵士たちを連れていくこと自体、彼らのメンツを守るためでもあるのだし。マスターの魔力消費を抑えるとか景虎自身がこの強兵たちを指揮してみたいとかいう理由もあったが。

 

「全軍駆け足、我に続けー!」

「おおーーーーっ!!」

 

 何だかんだで景虎はカリスマ性が高く、兵士たちはわりとやる気を出していた。

 景虎たちの位置では木が邪魔になって連合軍の姿はまだ見えないのだが、先頭の景虎は何か特異な感覚があるのか迷いなく駆けていく。

 そして走ることしばし、本当に連合軍の横合いにたどり着いた。数はおよそ500というところか。

 彼らは景虎たちの接近に気づいてはいるものの、迎撃態勢は間に合っていないようだ。少しでも足を止めようと投げ槍が飛んでくるが散発的である。

 景虎はそれには応じず白兵戦を挑んだ。

 

「全軍突撃ーーーー!」

 

 景虎が槍をかかげて叫ぶとまず金時が飛び出した。超人的な脚力で連合の陣中に突入すると、周りの連合兵をごついメリケンサックをはめた拳で殴っては吹き飛ばす。手加減はしているが、当分病院暮らしになるだろう。無論この後正統兵にとどめを刺されずに帰れればの話だが。

 段蔵も木の枝の上から指先マシンガンを撃ちまくって支援した。こちらも一応腿から下を狙っているが、予後によっては死亡するかも知れない。

 

「おのれ! 僭称者に従う愚か者どもが、異人など雇って横から来るとは」

「そちらこそ偽者にたぶらかされてる馬鹿者のくせに!」

 

 ついで兵士たちも罵り合いつつ剣を握って斬りつけ合う。つい先日まで同胞だったのだが、それだけに袂を分かつと逆に憎悪が深くなるようだ。

 

「あっはははははははは!!」

 

 ―――が、それより天真爛漫に笑いながら槍を振り回している景虎の方がはるかに怖かったりした……。

 一応急所は外しているが、喰らった兵士はやはり療養生活、もしくは兵士引退を免れないだろう。

 連合軍はあっさり壊乱し、景虎たちはその真ん中を突破した。

 そしてその光景を上空から観察している者たちがいた。

 

「マスター、せっかくの機会ですからしっかり見学して下さいね」

「あ、ああ」

 

 スルーズと彼女に抱っこされている光己である。例によって勇士育成計画の一環だった。

 スルーズは彼が人理修復の旅のリーダーを務めていること自体が小隊クラスの人数を率いる訓練になると考えていたが、大人数同士の戦いを体験することでより大勢を率いる部隊長、あるいは参謀の役目もできるようになるだろうと思っているのだ。しかも手本を見せてくれるのが軍神と称されるほどの戦上手とか、こんな機会はなかなかない。

 なお光己は通信機を持っていて、段蔵と連絡が取れるようにしてあった。これで連合軍の位置を教える腹積もりだったのだが、現在の所その必要はなかった……。

 

「さすが軍神……勧誘してよかった」

「魔術ではないのですよね? よほど戦慣れしているのでしょうか」

 

 戦乙女も感心しきりであったが、その間に景虎隊は予定通り旋回して左の連合軍に襲いかかっていた。

 

「けっこう早足で来ましたが、脱落者はごく少数のようですね。皇帝陛下直属だけあって大したものです。

 残り半分、気を抜かずにいきますよ!」

「うおーーーっ!!!」

 

 配下の兵士たちは3人の強さと指揮の凄さを目の当たりにして熱狂している。もはや勝負はついたようなもので、連合軍は金槌で叩かれた卵のように突き崩されて敗走した。

 こうしてネロたちは、ほぼ同数の敵を相手にさほどの犠牲者を出さずに白星を挙げたわけだが、捕虜にした連合兵たちはよほど忠誠心が強いのか、実に頑固で勧誘や尋問には簡単に応じそうになかった。

 いやカーマが魅了するという手はあるのだが、それを見せるとカルデア勢が危険視されること請け合いなので没である。

 仕方ないので、武装解除してからケガが軽い者に戦死者の埋葬などさせつつ、その間に今回の功労者をねぎらったり戦功を記録したりと後始末をするネロたち。

 

「今回はそなたたちが戦功第一だな。うむ、ルーラーの言葉は確かだった!

 何か望むものはあるか?」

「そうですね、では良いお酒など」

 

 生前の景虎はアル中じみた酒好きで、しかも肴に塩と梅干しを好んだという危険な食生活をしていたのだが、サーヴァントになってもその癖は治っていない。というか、サーヴァントは病気にならないのをいいことに呑み放題なのだった。

 

「ふむ、酒か。今は陣中ゆえさほどないが、メディオラヌムに着いたら好きなだけ呑むがよい。勘定は気にするな!」

「ありがたき幸せー!」

 

 その笑顔は実に嬉しそうであった……。

 

「キントキとダンゾウも素晴らしい武勇を見せたそうだな。望みはあるか?」

「いや、オレっちは別に……いやそれだと陛下の方が困るんだ……ですね。大将の分に足しといてくれや……下さい」

「ワタシもそのようにしていただければ」

 

 一方金時と段蔵は物欲も名誉欲もあまりないので、実に謙虚な回答だった。

 なお金時が言った「ネロが困る」というのは、手柄を立てた者に適正な恩賞を出す、つまり信賞必罰はトップの義務で、これを怠ったりしくじったりすると組織の運営に支障が出るという意味である。彼も武士として生きた者だからそのくらいは知っているのだ。

 

「そうか、無欲なことよの。分かった、そのように処理しておこう」

 

 ネロとしてはまあ受け入れてもいい形だったので、2人の希望に沿うことにした。

 しかしこれほどの強者、しかも(女性陣は)美貌の持ち主ばかりとなれば、ぜひ直接の家来にしたいものだったが、それは助けてくれている従姉妹から奪うことになるので出来ないのが惜しいところである。

 そしてこの後は連合軍と遭遇することもなく、ネロたちは無事メディオラヌムに到着したのだった。

 

 

 

 

 

 

 その頃ガリアを治めているカエサルは、遠征軍や斥候が送ってきたいくつかの早馬による報告について考えていた。

 1つめはカリギュラの娘と名乗る者が現れ、正統ローマに参入したことである。

 

「本当にカリギュラの娘かどうか確かめたいところだが、カリギュラはああだから無理か……」

 

 何しろ狂化A+だから、まともな返事が来るとは思えない。どちらにせよ敵になるなら戦うしかないのだが。

 2つめは、ネロ帝がローマ市から出てこのガリアに遠征してくるという件だ。従姉妹が来たのを機に反攻に出ようということか。

 小勢だそうだから道中で捕まえれば連合の勝利になるのだが、今ここから軍を派遣しても距離的に考えてマッシリア入りは防げなさそうだ。

 

「惜しいところだが、隙を見せたとはいえ当代の皇帝をそういう討ち方をするのも気が進まんし、まあよいか」

 

 3つめは、以前派遣した攻城部隊がローマ市に着いたのはいいが、そこで突然ドラゴンが現れて攻撃され、撤退時に殿(しんがり)を務めた長尾景虎と坂田金時は戻らなかったという話である。

 にわかに信じがたいことだが、くだんのカリギュラの娘がサーヴァントだったというなら理解はできる。しかし彼女たちは顔がネロ帝にそっくりだったことで市民や兵士が疑わなかったという話だからその可能性は低そうだ。どういうわけだろう。

 まあ「カリギュラの娘」とともに現れた傭兵団の団長が、実は竜人だなんて想像できるはずもないから、カエサルが正解にたどり着けなくても当然といえるだろう……。

 

「しかし竜か。見てみたくはあるが、本当に敵だったら厄介だな」

 

 これも詳細は分からないので、今打てる手はないのだが。

 そしてとびっきりの悪報は、死んだはずのブーディカがブリタニアで再び反乱を起こしたというものだ。前回と同規模の兵力に加え、嘘か真かスパルタクスと呼ばれる剛勇無双の巨漢が先鋒を務めている。

 前回彼女を破ったスエトニウス総督も今回はあえなく敗走し、ブリタニア全土が征服されるのも時間の問題だという。

 

「ブーディカが本物かサーヴァントかは分からんが、スパルタクスは偽称でなければサーヴァントだな。それではスエトニウスが敗れても仕方ないか。

 やれやれ、それにしても悪い話ばかりではないか……」

 

 カエサルは頭痛がするのか、こめかみの辺りを指で揉んだ。

 彼にとって1番望ましい展開はネロとブーディカを戦わせて漁夫の利を得ることだが、2人ともそこまで馬鹿ではあるまい。むしろ2人とも同じことを狙いそうである。

 

「ネロとブーディカが示し合わせてということはないだろうが、位置的には私が2人の真ん中だからな……」

 

 黙っていたら挟撃を喰らうのは必定で、先に来た方を全力で破った後、もう片方を撃つしかなさそうだ。

 もしくはガリアを捨ててヒスパニアかゲルマニアに撤退すれば、ネロとブーディカはこちらを後回しにして対決してくれるかも知れないが……。

 

「仮にも皇帝を名乗った以上、まして当代の皇帝やローマに反乱を起こして敗死した者相手に逃げるわけにはいかんからな。どうしたものか……」

 

 今まで快進撃だったのが突然大難局になってしまい、カエサルは深く息をついたのだった。

 

 

 




 景虎ちゃんマジ軍神。完璧超人じゃなくてアラもあるのがむしろいいキャラになってますね。
 まあ軍隊同士が戦うシナリオは、セプテム編以外だとぐだぐだくらいのものなのですがー。




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第50話 お風呂イベント・導入編

 ネロたちはメディオラヌム市に入るに当たって、当然ながら先触れの早馬を送って迎える準備をさせてあった。何しろ皇帝陛下のご来駕だし、随行の兵士と捕虜が合わせて1千人以上となると宿舎の準備も必要なので。

 ネロと彼女の世話役数名とアルトリアズは市役所付属の貴賓室に入り、カルデア勢はその近くの宿屋が貸し切りであてがわれた。ほかの兵士たちはどこかに分宿するようだ。

 出発は明日の昼すぎで、兵士たちは3週間ぶりの骨休めだが、ネロは市の幹部と会って戦況その他の話をせねばならない。それが済んだら自然の流れとして夕食を共にするから、ネロがフリーになった時はすっかり夜になっていた。

 

「ふう、さすがに疲れたな……」

 

 部屋に戻って椅子に座り、ふうーっと肺の中の空気を全部吐き出すように大きな息をつくネロ。

 

「……うむ、こういう時は風呂に限るな。ルーラー、XX、アルトリア、供をせよ!

 ああ、せっかくだからマシュたちも誘うか」

 

 ネロは美しいものが好きなので、せっかくの機会だから女性陣みんなを鑑賞したいのだった。何しろ「美少年も好きだが美少女はもっと好き」なんて感性の持ち主である。

 しかしアルトリアズにとってはちょっと困ったお誘いだ。

 

「いえ、私たちは風呂は男女別というところでずっと暮らしていましたので……」

「ふむ? うーむ、まあ異国ならそういうこともあるか……。

 しかし案ずるな。この庁舎にも風呂はあるが、おそらく誰も入っておらぬであろう」

 

 皇帝がいるから職員は大半が庁舎に残っているが、あえて皇帝と一緒に風呂に入りたいという物好きはいないだろう。万が一男性がいたら出てもらえばいいだけの話だし。皇帝特権だ!

 

「ああ、そういうことでしたら。では私が呼んできましょう」

 

 ヒロインXXはフットワークが軽かった。窓から外に飛び出して、ぱひゅんと光己たちの宿に向かって飛んで行く。

 幸いみんな揃っていた。光己たちはローマ市の時と同じく昼間は観光と差し入れ購入をしていたが夜中まで出歩いたりはしないし、景虎(と付き添いの金時)は別行動で酒場をハシゴしていたがマスターから夜歩きはしないよう申しつけられていたので今は部屋に戻っている。

 なお未成年の光己とマシュに酒くさい息は吹きつけないといった程度の良識はあるようで、今は呑んでいなかった。

 

「よかった、みんないますね。実はネロ帝から貸し切り、つまり男性はいないから一緒にお風呂に入らないかと誘われまして」

「ッシャアッ! 天運我に味方せり!!」

 

 XXの話を聞いた光己は全身でガッツポーズを取った。他の男がいないなら混浴しても問題はあるまい。

 しかしこのたびもシールダーが立ちはだかった。

 

「いえ、先輩はお留守番です。ええ、この盾にかけて先輩をお守りする所存ですから」

「なんでそこまで!?」

 

 マシュは武装してでも光己がついて来るのを阻む気のようだ。

 光己には彼女の情熱がどこから来るのか分からなかったが、そこにスルーズが割り込んできた。

 

「それなら水着か湯浴み着を着て入ればよいのでは? 無人島ではずっと水着でいたわけですし」

「え? ええまあ、それでしたら……」

 

 確かに無人島では水着だったし、21世紀でも水着で混浴という浴場はある。光己が来てもモラル的な問題はなさそうなので、マシュは盾をひっこめた。水着を着ていて他の男性が来ないのであれば、羞恥心的にも許容範囲内だし。

 光己もハダカではマシュ以外の女性陣も承知しそうに見えなかったので、スルーズの案に乗ることにした。

 

「うん、そうだな。そうしよう!」

「ではネロ帝に聞いてきますね」

 

 他の女性陣はもう意見はなさそうなので、XXはいったんネロのところに戻って確認することにした。それを聞いたネロはといえば。

 

「ふうむ、ミツキも入りたいから水着とやらか湯浴み着を着て入りたい、か……。

 余は窮屈なのは好かぬが、そなたたちは基本的に裸では男女別の風呂にしか入らぬとなると、街のテルマエには入れぬのだな。それでか」

 

 ローマが誇る浴場文化を1度見てみたいという気持ちは、ネロとしても大いに理解できるところだ。

 まあ光己を総督に任命したから、連合との戦争が終わったら浴場付きの邸宅や別荘を建てれば良いのだが、それは何ヶ月、あるいは何年も先の話だ。それまで待てというのも酷だし、といって今回は光己は女性陣があがってからとなると(ローマ人の入浴は数時間にもなるので)真夜中になってしまう。明日の出立に差し支えるだろう。

 

「わかった、承知したと伝えてくれ」

「はい、では呼んできますね」

 

 このグッドニュースを聞いた光己は狂喜した。

 

「いいやっふー、やはり抑止力(アラヤ)は俺の味方だったか! ……あ、ゴールデンは来る?」

「へ!? い、いやオレっちは留守番、荷物番してるぜ!」

「そ、そっか」

 

 お互い水着でも恥ずかしいとは、ずいぶん純情だと光己は思ったが、嫌がるものを無理に誘う気もない。男は自分だけの方がより喜ばしいという私情もあるし。

 

「では行きましょうか」

 

 XXが先に立って庁舎への道を歩く。その途中、ふと首をかしげた。

 

「しかし私とルーラーさんは元々水着サーヴァントですからいいですが、他の皆さんは今回のお風呂のためだけに霊基をいじるというのも何かなと思うのですが、サイズの合う湯浴み着が人数分ありますかね?」

「それならご心配なく。ルーンで何とかしますから」

 

 今回もルーン大活躍であった。

 無人島の時は山や海で長時間活動するために霊基自体をいじったが、数時間入浴するだけなら布っぽいものを投影すれば済む。

 なおスルーズがここまでして混浴を推し進めるのは、当然光己へのサービスである。普段からトレーニングの時はスキンシップしているが、たまにはそれ抜きで良いことがあってもいいと思ったのだ。

 女性陣にも強制はしていないから、誰に迷惑をかけるわけでもないし。

 

「段蔵が留守番なのは仕方ないとして、カーマと景虎が来てくれるなんて意外だったな」

 

 段蔵は本人は嫌がっていないのだが、彼女が絡繰(からくり)だとネロにバレたら説明が面倒すぎる。体に大きな古傷があって人目にさらしたくない、という理由をこしらえて今後の招待も辞退していた。

 

「何ですか、私が来るのが嫌なんですかー?」

「そうは言ってないだろ? 俺はロリコンじゃないけど、来てくれるのは嬉しいよ」

「そうですか、分かってくれればいいです」

「マスターは良い方ですし現人神(あらひとがみ)みたいなものですから、湯帷子(ゆかたびら)を着るなら大丈夫ですよ。テルマエとやらにも興味はありますし」

 

 カーマは単に留守番が嫌なだけのようだが、景虎とはローマ市からここに着くまでの3週間で絆レベルが上がっていたようだ。思春期少年は感涙しきりであった。

 なお湯帷子というのは昔の日本人が風呂に入る時に着ていた服で、浴衣の原型である。

 

「景虎の頃は蒸し風呂だったんだっけ?」

「はい、当時は贅沢の部類でしたので毎日ではありませんでしたが。普段は行水ですね。

 それとは別に温泉はありましたね。私も隠し湯をいくつか持っていましたよ」

「ああ、景虎が夢のお告げで温泉をみつけたって話が21世紀でも残ってるな」

「はい! よくご存知ですね」

 

 段蔵の時もそうだったが、遠い未来の人が自分のことを知っていてくれたのは嬉しいらしく、景虎はぱーっと頬をほころばせた。

 

「お告げの通りにしたら本当に脚気(かっけ)が治ったんですよ」

「マジか。昔話だと夢のお告げが本当になるのがよくあるけど事実なんだな」

「そうですね。でもマスターの場合はお告げをする方なのでは? 仮にも竜なのですし、白い羽翼は南蛮の神の遣いの翼だと言っていたではありませんか」

「ああ、そういえばそうだったな。よし、今度はヒーリング系のスキルでも練習してみるか」

「それは心強いです」

 

「……」

 

 光己と景虎が仲睦まじくお話して、しかも微妙に距離が近づいているのを後ろから見て、マシュは何だかこうむーっとくるのを感じたが、その感情を正確に言語化することはできなかった。

 やがて市庁舎に到着して、ネロが待っている貴賓室に入る。

 

「あー、皇帝陛下。すみません、俺のために」

「いやいや気にするな! 異国の者が、我が世界に冠たるローマの文化に憧れてしまうのはむしろ当然のこと!

 今宵は余みずからテルマエの入り方を講釈してやるゆえ、ありがたく思うがよい!」

「ははーっ!」

 

 確かに皇帝陛下が手本を見せてくれるとは、ずいぶん恐れ多いことである。光己は平伏はしなかったが、頭を下げてその前で両手を組んで拝む真似をした。

 

「うむ、ではさっそく行くぞ! ああ、貴様たちは下がっておれ。

 何なら街のテルマエに行ってきてもよいぞ。ただその前に、市の職員に浴場に来ぬよう伝えておいてくれ」

 

 ネロは世話役たちには来させないことにした。

 全員女性なのだが、彼女たちがいるとアルトリアズやカルデア勢とのハダカ(に近い服装で)の付き合いにさしつかえると思ったのだろう。

 そして最初に入ったのは、飾り気のない広い部屋だった。床にカゴがいくつも置いてあるので更衣室と思われる。

 ただの石造りの部屋だが、よく見ると壁の高い所には採光のためかガラス窓が何枚も張られていた。しかも何か絵が描かれており、2千年も昔だというのに文化レベルの高さがうかがえる。

 

「おおお、これは中も楽しみになってきたな」

「そうですね」

 

 一般的日本人の例に漏れず風呂好きの光己と景虎は、早くもオラわくわく(ry状態であった。

 

「ここは見ての通り脱衣室(アポディテリウム)だ。脱いだ服は床のカゴに入れるがよい。念のため言っておくが、貴重品などは持っておらぬだろうな?」

「あー、それは大丈夫です」

 

 ネロの見立て通り人はいなかったが、確かに用心しておくに越したことはない。通信機やら何やらは段蔵と金時に預けてあった。

 

「ドアがいくつかあるのが見えるな? あれらは高温浴室(カルダリウム)微温浴室(テピダリウム)冷水浴室(フリギダリウム)に続いておる。発汗室(ラコニクム)もあるやも知れぬな。

 各部屋は直接行き来するドアもあると思う」

「ほむ」

 

 つまり熱い湯を張った風呂、ぬるい湯の風呂、水風呂あるいは冷水プール、サウナがあるということのようだ。

 1つの浴場にそこまでそろえるとは。景虎は古代ローマの進歩ぶりと風呂好きとに驚いていた。

 

「カルダリウム、テピダリウム、フリギダリウムの順に入るのが一般的だが、規則というわけではないのでそなたたちは好きにするが良い。

 ただ湯につかる前に運動するなりして汗を流して、その後体にオイルを塗ってから肌かき器(ストリジル)で汚れを落とすことになっておる」

「ほむっ!?」

 

 光己はピーンときてしまった。

 オイルを塗るのは当然手でのはずだ。無人島ではサンオイル塗りっこはできなかったが、ここでならできるかも知れない! 光己は顔に出さないよう気を引き締めつつ、内心で抑止力のさらなる加護を求めて祈った。

 

「あと細かいことは実際に部屋に入ってからにしよう。

 それで、水着か湯浴み着を着るのだったな。それは持って来たのか?」

 

 ネロが見たところ光己たちは手ぶらのようだが、ここの備品を期待して来たのだろうか? タオルならあるが。

 

「いえ、私が魔術で一時的につくります。まずはマスターの分から」

 

 スルーズが指先で空中に何か文字のようなものを描くと、そこから白い布らしきものが現れた。

 彼女の服の生地と似た感じで、それよりふわっとして軽い感じがする。入浴用だからだろう。

 光己が手に取ってみるとただの長方形の布だった。普通に腰に巻くということか。

 

「ほう、魔術か」

「はい。長時間はもちませんが、お風呂に入っている間くらいなら。

 女性用は体格に合わせて作らないといけませんので、服を脱いだ後で」

 

 すると女性陣は脱ぐことになるが、光己は実にさりげない様子でその場に居座っていた。

 しかし当然、彼の頼れるはずの後輩に外に押し出されてしまう。

 

「おのれマシュ! これが人間のやることかよぉぉ!」

「はい、まさしくその通りだと思います。先輩はそこで着替えて下さい」

 

 光己の魂の抗議はあっさり却下され、ドアはバタンと閉じられた。

 安全になったので、女性陣がそれぞれ服を脱ぎ始める。

 

(おお、本当に美しい者ばかりではないか……実にそそる)

 

 ネロはギャグ漫画のキャラクターと違って内心を声に出すほど間抜けではないので、この心の声が誰かに聞かれることはなかった……。

 そしてスルーズが湯浴み着を作り始める。

 セパレート型で、トップスは裾がごく短いゆるめのタンクトップのような感じ、ボトムスは光己と同じただの長方形の布だった。あまり複雑な形状は作れないらしい。

 全員分できて着用したところで、マシュがドアを開けて光己を中に入れた。

 

「おぉ……」

 

 女性陣の艶姿を目の当たりにした思春期少年が感嘆の声を上げる。

 布面積は水着より広いのだが、これからお風呂という期待できるシチュエーションと、ゆるい薄布だけで下着をつけていないという着方により刺激が強くなっているのだった。

 みんな実に綺麗でスタイルも良くて、大変目の保養と意欲の向上になる。鼻血が出そうなくらいだ。

 

「えへへー。どうですかマスター?」

 

 そこにブラダマンテが光己の真ん前に現れて、くるくるっと回って見せた。大きなバストがぷるんと揺れたり、腰に巻いた薄布がふぁさっとはためいたりしたのがもうドキドキものである。

 

「お、おおぅ。うん、すごい綺麗。えっちぃ」

「も、もうマスターってば」

 

 そのせいでつい本心がちょこっと出てしまったので、少女騎士は顔を赤らめて逃げてしまった。

 しかし怒っている様子はなく、このくらいは男性の生理的本能として許容してくれるようだ。

 

「全員着替えたな? では中に入るぞ!」

 

 そしてネロが進み出て、カルダリウムに続くドアを押し開けたのだった。

 

 

 




 水着イベントを書いたならお風呂イベントも書いてしかるべきと筆者は信仰しているのです。ちょうど50話でいいところですし。
 R18にはなりませんのでご安心下さい(ぇ




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第51話 お風呂イベント・案内編

 ネロの先導で入った高温浴室(カルダリウム)は長方形の部屋だった。中央部に浴槽があり、湯がいっぱいに張られている。

 全体的に白色メインの石造りで、浴槽は大理石で出来ているようだ。浴槽の中央に獅子の像があって、その口から湯が注がれている。

 さらには部屋の壁が彫刻になっているという凝りようだ。つくりの美しさといいデザインの秀逸さといい、戦国時代どころか21世紀日本の温泉宿でも通用する代物に思えた。

 

「す、すげぇ……」

「こ、これは確かに……」

 

 光己と景虎は圧倒されて息を飲んでしまった。

 マシュとブラダマンテも目をぱちくりさせており、アルトリアズは立場上何でもないかのように振る舞っているが、内心では相当びっくりしたようだ。

 カーマとスルーズは神界なんて特殊地域の出身だからか珍しくもなさそうな様子だが。

 

「驚いてくれたようだな。これが我がローマが誇る浴場文化である!

 もっともここは特に大きい方という程のものではないがな」

「確かにこれはすごいですね」

 

 まあ光己にとっては風呂だけではなく、自慢げにふんぞり返る皇帝陛下の湯浴み着姿も実に見事なものであったが。美人で立派なおっぱいで、しかも華やかさがある。それにレア度ではサーヴァントたちより上なので、不自然にならない程度に注目していた。

 トップスは何気に布面積少なめなので、彼女だけでなくみんな胸の谷間が常時見えているし、腕を上げると横乳がえろい。スルーズが意図的にやったのか偶然なのかは不明だが、さすがは戦乙女の仕事だった。

 

(でもおっぱいといえばやっぱルーラーだよな)

 

 光己が生まれて初めて見たほどのグレートサイズ、しかもまったく垂れずに前方に突き出ている形の良さ。それがあんなふわっとした薄布に覆われてるだけだなんてもうたまらん!

 

「……マスター、何か?」

「え? あ、いや。ルーラー綺麗だなって」

 

 すると見ていたのがバレたのか、声をかけられたので月並みな台詞で誤魔化してみると、ルーラーアルトリアはついっと光己のそばに歩み寄ってきた。距離が近い。

 

「……え?」

 

 そしてなんと、少年をそっと抱きしめてくれたのだ!

 

「マスターはいつも頑張ってますし、私たちのことも大切にしてくれてますからお礼ですよ。

 お風呂はめったに入れませんから、今日はじっくり堪能して下さいね」

「は、はひ」

 

 LLサイズのバストが押しつけられる官能的な感触と、母性的な抱擁に包まれる幸せに光己はまともに返事をかえすこともできない。ルーラーはそんな彼の髪と背中をやさしく撫でていたが―――ふと横からの視線に気づいた。

 

「陛下、何か?」

「うむ。仲間同士仲がいいのは結構だが、頑張ってるといえば余も頑張ってると思うのだ。

 いや自分の意志でやりたくてやっていることではあるが、頑張っているのは事実だぞ?」

 

 どうやら光己がおっぱい、いや包容力ある美女に抱きしめてもらっているのが羨ましくなったようだ。ルーラーはクスッと笑うと、光己の体を離してネロの方に両腕を開いた。

 

「では陛下、どうぞ」

「うむー!」

 

 ネロは子供のような笑顔でルーラーに飛びついたが、さりげなく胸の谷間に顔を突っ込んでいる辺り、頭の中身は子供ではなかった。同性ゆえに許されるスキンシップと理解して堪能する邪帝であり、8年後に反乱を起こされたのもやむなしといえよう……。

 一方至福の地から追い出されてしまった光己は、別の理想郷を求めていた。

 

「XX、アルトリア。姉が途中で放棄したことは妹が引き継ぐべきだと思うんだ」

「し、しませんよそんなこと」

 

 ヒロインXXは真っ赤に頬を染めながら、アルトリアは特に顔色を変えずに同じことを言った。

 アルトリアは水着の時はだいぶ明るく開放的だったが、セイバークラスだと生真面目な委員長気質が強いようである。しかしそれでも混浴してくれているのだから、絆レベルはだいぶ上がっていると見るべきか。

 

「むうー、どうしよう」

 

 あえなく撃沈した光己が次なる手を模索していると、誰かがいきなり抱きついてきた。

 

「わっ!?」

「それでは私が代わりに。フフ」

「景虎!?」

 

 なんと軍神様が代役を申し出てくれたのだった。しかし不意打ちだったので光己はちょっとよろめいてしまい、反射的に彼女の体を抱きしめていた。

 

(おぉ、やーらかい、それにいい匂い……)

 

 じかに触れ合った素肌はルーラーとはまた違う気持ち良さだ。光己は感動したが、抱き合う形になった景虎はさすがに困った顔をした。

 

「こ、この体勢はちょっと恥ずかしいですね」

「ああ、ご、ごめん。でも何でまた?」

「いえ、気まぐれですが失意のマスターを励ましてみようと思っただけで。私はルーラー殿ほどの包容力はありませんが」

「そっか、ありがとな。じゃあこのまま離さないということでっ!」

「マ、マスター」

 

 こんな良イベントが次回があるとは思えないので、光己はできるだけ堪能することにした。景虎のルーラーほどではないが豊かな肢体をぎゅーっと抱きしめてその感触を楽しむ。

 まあ彼女も恥ずかしがってるだけで嫌がってる感じはしないので問題はあるまい。光己を抱きしめた手もそのままだし。

 

(んー? 恥ずかしがってるだけ、嫌がってないって分かる?

 顔見てるわけじゃないのに? というか伝わってくる? 何ぞこれ?)

 

 何か不思議な感覚がやってきた。

 それは彼女と感情や思考がつながっているというか、深い共感というか、その辺りを飛び越えて1つの存在になったようなというか。脳波や心臓の鼓動、呼吸のリズムまで同じになったみたいだ。

 彼女の存在と気持ちを自分のことのようにはっきり感じて、彼女も自分のそれを感じているのが分かる。それがとても嬉しくて、幸せで満ち足りて心が洗われていくような気分だった。

 景虎はどうも普通の人間と違う、戦国人ですら理解しがたいような精神構造をしているようなのを感じるが、別に気にならない。ただ心が混じり合うのが気持ち良かった。

 マスターとサーヴァントは魔力パスでつながっているので、マスターはサーヴァントの生前のことを夢に見ることがあるというが、それと似た現象だろうか。

 

「―――それともこれがローマの風呂の魔力なのか? 某浴場技師によれば湯のある場所に(いさか)いは生じないそうだから、元々仲が良かったらもっと仲良くなるだろ。

 でもまだ湯に入ってもいないのにここまでなるとは恐ろしいな……」

「ふふっ、マスターはなかなか面白いことを言いますね」

 

 ただその感覚は長くは続かず、我に返った光己はまたしょうもないことを言っていた。

 こちらも我に返った景虎がおかしそうに微笑んだが、もうあんまり恥ずかしがってなさそうである。なので光己はそのまま抱きしめつつ、その時間を延ばすためもあって持論を展開してみた。

 

「だってほら、風呂ってリラックスする所だろ? それに狭い分近くにいるわけだし、精神的にも近づきやすくなるんじゃないかと思ってさ」

「なるほど、そういえば私たちの頃にもふるまい風呂というのがありました。

 ああ、マスターが混浴したがったのはそのためですか?」

「うん、それもある」

 

 純粋に彼女たちともっと仲良くなりたい気持ちが半分、彼女たちの美しい肢体を眺めたり、あわよくばそれ以上のことをしたいというのが半分だ。さっきまでならこの思考は筒抜けだったが、今はもうバレないだろう。

 

「なるほど、マスターは常に私たちと親睦を深めることを意識しておられるわけですね。統率者として立派なことです。……フフ」

 

 いや、分かってて見逃してくれたようだ……さす軍神。

 

「それに……少し人のことが分かったような気がします」

「……そっか」

 

 光己がそれ以上は何も言わず彼女の背中を撫でていると、不意に肩を指でつつかれた。

 

「ん?」

「ミツキにカゲトラよ。仲が良いのはわかったがほどほどにしてくれぬか?」

「!? こ、これははしたない所をお見せしまして」

 

 光己があわてて景虎の体を離し、さすがの景虎も恐縮して肩をすくめる。

 ネロはそれ以上追及せず、くるっと身をひるがえした。

 

「うむ、分かってくれればよい。では次に行こう!

 あのドアの向こうが発汗室(ラコニクム)のようだ」

「はい!」

 

 そして一行がそちらにてくてく歩いていく途中、ブラダマンテとヒロインXXが光己のそばに来て小声で話しかけてきた。

 

「マスターくん、さっきの一体何なんですか?

 何かもう2人の世界的アトモスフィアがすごかったんですが、もしかしてあれが胸ドキドキの恋愛関係ってやつですか? 私そちらは疎いんでよく分からないんですが」

「へ? いや俺にも何が起こったのかよく分からんのだけど、恋愛とは違うような感じだったなあ。カーマが言ってた分類でいうと性愛(エロース)じゃなくて隣人愛(フィリア)というか。

 俺はXXもブラダマンテも好きだから2人ならウェルカムだぞ」

 

 どっちかというと隣人愛より性愛の方が嬉しいけど!こっちだと精神的Hになるのか!?などとは言わない程度の腹黒さ、もとい良識を光己は持っていた……。

 

「ふーむ、そういうことなら私もやぶさかではありませんが……」

「それにそちらの景虎さんの、『私はマスターのこと全部分かってるんだぞ』って感じの余裕ぶりがちょっと」

「いえ、()()そこまではいかないですよ」

「むうー」

 

 どうやらブラダマンテとXXは、マスターとの親密度で追い抜かれたと思って妬いているようだ。しかし彼の横や後ろからならともかく、正面から抱き合うのは抵抗があって悩んでいる模様である。

 2人が悩んでいる間に一行はラコニクムの前に着き、ネロがドアを開けると熱い湿った空気がもわっと溢れでてきた。

 

「へえー、これは本当にサウナだな」

「ここは日の本のとあまり変わりませんね」

 

 スチームで加熱された狭い部屋の壁沿いに長い椅子が据えつけられており、そこに座って汗を流す部屋のようだ。外見的には光己と景虎を驚かすほどのものではなかったらしく、2人の反応はややおとなしかった。

 

「もう分かったろうが、ここは汗を流すための部屋だな。

 もちろんずっといたらのぼせるから、水風呂と交互に入るのだ。途中で水を飲むといいぞ。

 街のテルマエなら従業員が飲み物を売っているが、ここにもどこかに水飲み場があると思う」

 

 いわゆる温冷交代浴で、疲労回復や血行促進に効果があるといわれている。

 時代を考えれば実に進んだお風呂文化であった。

 

「では次に行こう。微温浴室(テピダリウム)だ」

 

 そこはカルダリウムより広くて豪華なホールだった。

 そこかしこに彫像が飾られ、壁には絵画がかけられている。天井は大きなアーチ式で、高窓もいくつかある。壁や床にはモザイク模様が彫られていた。ベンチがあるのは休憩あるいはオイルを塗るためだろう。

 しかし浴槽はない。光己と景虎の予想とは違って、いわゆる低温サウナのようだ。

 暖かくて湿度も適度にあって、休憩や団欒には向いてそうな感じである。

 

「しかしそのためだけにここまで飾り立てるとは……」

「これは驚きました……」

 

 2人は改めて古代ローマ人の風呂にかける情熱に絶句したが、それについてネロが解説してくれた。

 

「ふふふ、驚いたようだな、驚いたであろう?

 何しろ我らローマ人にとって、風呂とは単に身を清めたり健康のためというだけのものではなく、文化であり生活の一部であるからな!

 街のテルマエなら運動場もあるし、食事や読書、商売もできるのだ」

「なんと……」

 

 どうやら21世紀日本のスーパー銭湯のごときもののようだ。しかし、そういう知識のない景虎にとっては驚愕の異文化である。本当に1500年前なのか?と軽い敗北感まで覚えてしまった。

 

「うむうむ、しかし安心せよ。連合を打ち倒した暁には、そなたたちも私邸にこれくらいのものは作れるのだからな!」

「…………」

 

 実は光己や景虎たちは連合帝国を倒す=特異点修正が終わったらこの国から消えるのだが、明るく無邪気に未来を語る皇帝サマにそれは言えなかった。

 気持ちを切り替えて、ルーラーアルトリアがネロに声をかける。

 

「じっくり見て回るのは後にして、先に最後の部屋に行きませんか?」

「そうだな。次は冷水浴室(フリギダリウム)だ」

 

 そこはカルダリウムと同じようなつくりの部屋で、浴槽に入っているのが冷水という点だけが違っていた。それだけにちょっとひんやりする。

 

「ここの浴槽は狭い場合もあるが、この広さなら水泳もできそうだな。

 たださっきの湯の浴槽もそうだが、いきなり全身浸からず少しずつ入るようにな」

「はい」

 

 光己や景虎には言われるまでもない注意だったが、一応頷いておいた。

 生まれた頃には浴場文化がなくなっていたブラダマンテはかなり真剣に聞いていたが。

 

「さて、これで全部見て回ったな。まずは汗をかいて汚れを落とすところからだ!」

 

 ネロは何かすごく楽しみなことがあるらしく、うずうずした様子で握り拳をぐっとかかげた。

 

 

 




 いろいろ書いてたら進行が遅く……orz
 唐突に景虎との絆レベルが上がりましたが、隣人愛では大奥には入ってもらえないのですな(ぉ 多少のサービスはしてくれそうですがー。




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第52話 お風呂イベント・暴君編

 まずは汗をかくという話だが、ここにはこの人数が運動できるだけの場所はない。必然的に発汗室(ラコニクム)に赴くことになる。

 ネロは先頭に立って室内に入ると、右にルーラーアルトリア、左にヒロインXX、そして椅子の前の床にタオルを敷いてアルトリアを座らせた。

 傍目には女王様が3人を侍らせているようにしか見えない。

 

「皇帝特権だ、許すがよい!」

 

 ネロはアルトリアズがお気に入りなのだった。

 皇帝にとって血縁者というのは信頼できる味方になることもあれば、皇位簒奪(さんだつ)をもくろむ敵になることもある厄介な存在である。しかし3人は知り合って以来、権力や財貨を欲しがる様子をまったく見せない稀有な人物なのだ。

 食事にはうるさいが、このくらいの欲望はあった方がかえって信用できるというものだ。

 なお1番のご贔屓はルーラーで、貴婦人的な風格と美貌に加えておっぱいが大きいのもポイント高かった。それに母親と対立した末に殺してしまったネロは、包容力山盛りな彼女のそばにいると心が安らぐのだった。

 

「仕方ないですねえ」

 

 アルトリアズは苦笑しつつも、ネロのご希望通りにしていた。

 彼女はわがままな所はあるが無邪気で嫌味がないし、3人は元王様だけにネロが背負っているものの重さが分かるので、たまの休みの時くらい多少のことは大目に見てあげようと思っているのだ。

 

(しかし湯浴み着を着てと言われた時は少し残念だったが、見えぬというのも逆にそそるものがあるな! 新しい発見だ)

 

 もっともネロは内心ではこんなことも考えていたりしたが。

 

「ところでミツキたちはこういった場所は初めてであろう? 暑かったら無理せず外で休むのだぞ」

 

 その一方、光己たちには細やかな配慮も見せていた。彼らは異国人だからローマ帝国への思い入れは期待できない上に、与えた総督の地位は今はまだ空手形なので、ぞんざいには扱えないのだ。

 

「はい、ありがとうございます!

 確かに暑いですけど、何だか身も心も温かくなって緩みますねー!」

 

 元気よく答えたブラダマンテは光己の隣に座って、肩と腕を触れ合わせたりしている。マスターと隣人愛的に2人の世界という現象にはとても興味を持ったので試しているのだが、今の所起こる気配はなかった。反対側のマシュも同様である。

 何しろこの現象、感情面だけでなく実益もありそうなのだ。

 

(当人は気づいてるかどうか分かりませんが、景虎さん強くなってるように見えるんですよね)

 

 おそらくマスターとの同調率が上がって魔力が増大したのだろう。同調率は普通はマスターのそばにいたり一緒に戦ったりすることで少しずつ上がっていくのだが、短時間でも2人の世界に入るほど深い交流をしたのなら一気に上がってもおかしくはない。

 マシュたちが気にするのも当然だったが、すでに体験した景虎は彼女の隣で余裕そうにしていた。

 

(……まさかこんな大昔の異国で風呂に入れるとは、サーヴァントというのも悪くありませんね。ご飯もお酒も美味しいですし、面倒なことしなくていいですし。

 何より龍になった現人神のマスターに出会うなんて驚きです)

 

 生前のことをいろいろ思い出したりして、ちょっとセンチな気分でふうーっと息をつく。

 そのさらに隣ではスルーズがカーマの相手をしていた。

 

「カーマさんは暑いのは大丈夫ですか?」

「それはもう、インド出身ですからね。むしろ貴女の方が気になりますが」

 

 なるほどスルーズは北欧出身であり、暑さに弱いのは彼女の方と考えるのが普通であろう……。

 

「いえ、私も戦乙女ですからこの程度は」

 

 実はちょっと頭がぼうっとしてきているが、スルーズは見栄を張った。

 仮にも大神オーディンの娘として、ただの人間より先にリタイアするわけにはいかない。それに今は光己が思春期男子モードなので、その対象外の人がぼっちにならないようフォローすべきという意図があったし。

 

「……ふうん、まあ、いいですけど」

 

 カーマはどう解釈したのか、深くは追及しなかった。

 光己の方は左右から女の子にくっつかれてご満悦で、さらには彼女たちがほんのり汗ばんで艶っぽくなってきたのでドッキドキである。

 

(うーん、やっぱみんなキレイだよなぁ……海で水着の時とは違った雰囲気の色っぽさだ)

 

 ところでこういう状況では、若く健康な男性ならタオルで隠された辺りにとある生理現象が起きることがよくあるが、今はどこからか白い光がそそいでおり、見えなくなっていた。

 

「―――ふむ、みな汗をかいてきたようだな。ではそろそろ出るとしようか」

(よし、耐え切りました!)

 

 やがて頃はよしと見たネロが終了宣言を出すと、スルーズは内心でガッツポーズを決めながら、しかしさあらぬ体を装ってドアを開けた。相対的に涼しい外の空気に懐かしささえ感じつつ、ふーっと大きく息をつく。

 

「それで、次はどうするんですか?」

「うむ、微温浴室(テピダリウム)に戻るぞ。オイルと肌かき器(ストリジル)、それにタオルもあるはずだ」

 

 街のテルマエではそういうものは来客自身が持ってくるか、あるいはオイル塗布と肌かきを仕事にしている者がいるのだが、ここは市役所の付属施設なので共用の備品があるだろうという意味である。

 というわけでテピダリウムの中を探してみると、部屋の一角にシャワーと洗い場、それに水飲み場が設置されていて、その脇に備品一式も置いてあった。ここで体に塗ったオイルと汚れを落としたり、ストリジルやタオルを洗ったりするのだろう。

 

「しかしシャワーまであるとは……」

「…………」

 

 試しに水栓をひねってみると、本当にお湯が出てきた。光己は感嘆の思いが深まる一方で、景虎はもう言葉もない。

 ちなみに光己は今、右手は初サウナでちょっとのぼせて足元がおぼつかないブラダマンテの体をささえるため腰を抱いて、左手はこちらもほわーっとしているマシュの右手を握っているが、例の現象はまだ起きていない様子である。

 

「へえー、これで垢を落とすんですか」

 

 カーマはストリジルをつまんで物珍しげに眺め回していた。愛に倦んだヒネクレ者でものぐさダウナーな彼女だが、外見年齢相応の好奇心旺盛なところもあるのだ。

 

「ま、私は仮にも女神ですから垢なんて出ませんけど?」

「私も戦乙女、というかサーヴァントですから出ませんが、ネロ陛下の手前そういうことは小声で話して下さいね」

「仕方ないですねー」

 

 いつも通りやる気を感じられない返事だが、ネロも光己たちもよくしてくれるので積極的に迷惑をかける気はないカーマなのだった。

 そしてそのネロは早々と備品一式を抱えこんで、アルトリアズを手近な長椅子に連れ込んでいた。

 

「先ほどは我が儘を言ったな。詫びとして余みずからオイルを塗ってやろう!

 まずはルーラーから、そこの長椅子にタオルを敷いて横になるがよい」

「……それは光栄ですね」

 

 確かに皇帝陛下じきじきに手塗りしてもらえるというのは、(同性なら)名誉なことといえるだろう。ルーラーアルトリアは特に疑問を持たず、その豊満な肢体を長椅子に横たえた。

 

「ちなみに余はマッサージの心得もあってな。気持ちいい上に疲れも取れるぞ!」

 

 ただし半分は(ぴー)だがな!というのは口には出さない心の中での声である。

 なおさっきの「我が儘」はこの「詫び」を3人に遠慮させず自然に通すための布石も兼ねていたのだが、当然それも伏せている。マジ暴君!

 うつぶせに寝たルーラーの、まずは右足の裏にオイルを垂らしてまぶしつつ、トリガーポイント(いわゆるツボとほぼ同位置)を押して刺激していくネロ。

 サーヴァントは魔力さえあれば肉体的な疲労というのは無いのだが、暖かくて緩んでいる所に巧く撫でられたりほぐされたり、さらには魔力流の経路の結節点への刺激も加わると、本当に気持ち良くなってくる。

 

「んっ……確かに気持ちいいですね」

「そうかそうか。うむ、さすがは余だな!

 それにしてもルーラーは綺麗な肌をしているな。スタイルもいいし、余のそっくりさんだけのことはある!」

「は、はあ、ありがとうございます」

 

 ネロはルーラーを褒めてくれたようだが、ルーラーはどう答えていいか分からなかったので、とりあえずお礼を言った。

 その間にもネロの手はだんだんと上に進み、左下腿を終えて右上腿に進んでいく。

 肉づきのいいむっちりした太腿にオイルがまぶされて、てらてら光っているのが実に艶っぽい。

 

「んッ……ふ……ぁ」

 

 しばらくするとルーラーの顔が赤らみ、妙な声が出てきた。何かを我慢しているようにも見える。

 しかしネロはそれに気づいているのかいないのか、さあらぬ体でオイルを塗る手をさらに上にあげていく。やがて腰に巻いた薄布の下にもぐり込んだ。

 

「あっ……ン」

「…………??」

 

 くぐもった吐息をつくルーラーはまるでHしてるみたいな雰囲気になってきた。しかしネロは普通にマッサージしているようにしか見えないので、XXとアルトリアは首をかしげつつも黙って見守るしかない。

 しかしネロの手はそろそろお尻に届いているがいいのだろうか……?

 ちなみに光己たちもこの場にいて皆ドキドキしながらガン見していたが、マシュがふと我に返った。

 

「せ、先輩には目と耳の毒です! あちらに行きましょう」

 

 ネロへの対処はXXとアルトリアが判断することとして、光己にこのまま見させておくべきではない。そう判断したマシュは彼の手を掴んで連れ去ろうとしたが、当然光己は抵抗した。

 

「俺はマスターだぜ? ノーとしか言わない男さ!!」

「では私が先輩にオイル塗りますから」

 

 毎回抑圧するばかりではさすがに嫌われるかも知れない。それに「2人の世界」にも未練はあるので妥協案を提示すると、思春期モード少年はわりとあっさり乗ってきた。

 

「イエス!!」

「ではあちらに」

 

 交渉が成立してほっと安堵したマシュが、光己をネロとルーラーの姿が見えなくなる所まで引っ張っていく。するとブラダマンテとXXと景虎もついてきた。

 アルトリアはネロとルーラーの見張りとして残るようで、カーマもこちらを見ていたいらしく動かない。なのでスルーズも残っている。

 マシュは良さげな長椅子を見つけると光己に横になってもらおうとしたが、するとブラダマンテとXXが割り込んできた。

 

「私もやります!」

「もちろん私も!」

 

 そのためについて来たのだから当然の立候補である。景虎もやる気のようだ。

 

(おぉ、みんなアレに興味持ってくれてるのかな)

 

 性愛ではないとはいえ、より親しくなりたいと思ってくれているだけでも大変嬉しいことである。しかしうつ伏せでは彼女たちの姿が見えないし、向き合っていないと現象が発生する可能性も下がりそうだ。

 

「だからお互い座ってやるのがいいと思うんだけど」

「なるほど、確かにそうですね」

 

 ただお互い湯浴み着で彼のすぐ真ん前に出る度胸があるのは景虎だけなので、正面席は決まりである。右がマシュで左がブラダマンテ、後ろにXXという配置になった。

 

「しかしこんなカワイイ娘たち4人がかりでオイル塗ってもらえるなんて、マスターやっててよかったなあ」

 

 光己は戦争中の古代の外国人の軍隊と一緒の行軍という、常人ならわりとストレスたまりそうな日々のことなどすっかり忘れたように上機嫌であった。人理修復の旅でストレス耐性が上がったのか、もともと単純な性格なだけかは不明である。

 

「いえいえ、マスターだからじゃなくてマスターくんだからしてるんですよ。誤解しないで下さいね!」

「はい、私もそうです!」

「おお、そっか、ごめんごめん」

 

 その上こんな好意あふれることまで言ってもらえて感無量だった。このお礼は塗ってもらった後で思い切り返すとしよう!

 

「じゃ、塗りますね」

 

 景虎は床にタオルを敷いて彼のすぐ手前に膝立ちになると、手にオイルをまぶしてまずは上の方、首すじから塗り始める。さわさわした指の動きがくすぐったい。

 

「しかしこの長尾景虎にサーヴァントどころか侍女の真似事をさせるとは……その方、まさに天をも恐れぬ不埒者よな」

「ふえっ!? お、俺が頼んだんじゃないのに!?」

「あはははははは! なーんてね、戯言です。許しにゃさい!」

「!?」

 

 突然景虎が不穏なことを言い出したかと思ったら、冗談だったようだ。

 光己は(所長といい、俺って女の子と仲良くなるとからかわれやすい気質なのか?)と一瞬思ったが、今はそんなことよりマスターとしてのケジメをつけねばならない。

 

「いーや、絶許だー!」

 

 景虎の背中に両手を回してぎゅっと抱きしめる。景虎は特に抗いもせず彼の腕の中に収まった。

 現象なしでも、体がふれ合うと幸せを感じる。

 

「んー、景虎……」

「マスター……」

 

 景虎も同じように感じてくれているようだ。

 それとは別に彼女の素肌の感触も大変気持ち良かったが、しかしその至福は左右の2人に腕を引っぺがされたことで終了してしまった。

 

「もうマスターってば景虎さんばっかり!」

「あ、ああ、ごめん。じゃあ塗るのよろしく」

「はいっ!」

 

 おかんむりになったブラダマンテに光己が謝ると、少女はいたっておおらかにすぐ許してくれた。左手で光己の左手を持ち、右手でそろそろと塗り始める。

 光己がせっかくなので彼女の手を軽く握ると、少女はぼっと頬を赤らめた。

 

「マ、マスター」

 

 その恥ずかしがり方がまた初々しくて実に可愛い。ついでにマシュの手も握ると、こちらも恥ずかしそうにうつむいて目をそらした。

 景虎が塗るのを再開し、XXもそれに続く。

 さて、光己とネロの幸せはどこまで続くのか……!?

 

 

 




 同調率が上がると魔力が増大するというのはワルキューレのマテリアルにあるのですが、小説的にはこんな感じかなと考えました。もっともこのSSにはレベルの概念はありませんのでふわっとですが(^^;




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第53話 お風呂イベント・塗油編

 ルーラーアルトリアの太腿を撫でていたネロの手がだんだん上がって、ついにお尻にまで達した。湯浴み着のボトムスはタオルを巻いているだけでパンツを穿いていないので、じかにお尻の肉に触れることになる。

 

「んんッ……ぁ……はぁ……ん!?」

 

 ルーラーは部屋がほどよく暖かいのとネロのマッサージの巧みさで気持ち良くてぽやーっとしていたが、さすがにここではっと気づいた。

 

「あの、陛下……そこはお尻ですので、その辺で」

「ん!? あ、ああ、そうだな!」

 

 ネロはもちろん承知していたが、いかにも何も意識してなかったという顔をつくって手を離した。歌劇が好きなだけに、その手の演技力は高いのである。

 ルーラーは素直に信じて、特に追及などはしなかった。

 

「では背中に進むとするか!」

「は、はい」

 

 ネロはルーラーの体をまたいで、彼女の太腿の脇に膝をついた。

 まずは腰から、ぬるぬるとオイルを塗っていく。もちろんツボ攻撃も忘れない。

 

「うーむ、ルーラーは背中も綺麗よな! 肉のつき方も肌のつやも実にいい!

 実にあ……げふんげふん、マッサージのしがいがある」

 

 ネロは何か怪しいことを言いかけたがルーラーは聞き咎める様子もなく、「あ……」とか「ん……」とかとろーんとした顔で甘い息をつくばかりだ。

 やがてネロの手が上衣の裾に届いた。

 

「ルーラーよ、裾をたくし上げたいから少し体を持ち上げてくれるのか?」

「…………あ、は、はい」

 

 ルーラーが椅子の座面に肘をついて上半身を持ち上げると、ネロはその下に湯浴み着の裾を通して首の辺りまでたくし上げた。

 その拍子にルーラーのLLサイズおっぱいがぶるんと揺れる。

 

(うおお……)

 

 そしてルーラーが腕の力を抜くと、おっぱいはまた下に降りて座面に押しつけられた。

 たわんだ横乳が上からも見えてしまう。

 

(うーむ。余もスタイルには自信があるが、こんな立派な胸は初めてだ!)

 

 今後とも仲良くしたいものである。いろんな意味で。

 というわけで、ネロはますます情熱的にルーラーの背中を撫でまわ、いやオイルを塗りマッサージした。

 やがて首すじに達して、指先でうなじをつついてやるとくすぐったそうに身じろぎした。

 すっかり夢心地のようである。

 

(ううむ、こういう反応は可愛いな! いい、実にいい!)

 

 頃は良しだろう。体の背面を塗り終えたということで()()()()仰向けになってもらえば、いよいよ生でおっぱいを拝める!

 ネロはなるべく自然な口調でそれを頼んだ。

 

「ではルーラーよ、次は仰向けになってもらえるか?」

「………………そうですね」

「んん?」

 

 その返事はあまり夢心地っぽくなく、落ち着いた、いや低くこもった感じに聞こえた。

 さっきたくし上げた裾をちゃんと下ろしてから仰向けになって、さらに上半身をネロのすぐ前まで起こした。

 

「んんんっ? いや、そこまで起こさなくてよいのだが……」

 

 ネロが当惑しながらそう言ってみると、ルーラーはにっこり微笑んでネロの手首を掴んだ。

 

「いえ、陛下に塗ってもらってばかりでは恐れ多いですのでお返しをしませんと。

 ええ、()()()()()()()()()()()()()()()()

「なぬ!?」

 

 もしかして気持ちよくさせて少しずつ大胆にいろんなことしていこうという目論みがバレたのか!? ネロは真っ青になったが、しかしローマ皇帝たる者この程度で敗北を認めるわけにはいかない。

 

「いやいや、まだ前を塗っていないではないか。遠慮することはないのだぞ?」

「なるほど、陛下は攻めるのは好きでも受けるのは慣れてなさそうですね。では練習させてさしあげます」

「え!?」

 

 一瞬でネロはルーラーに組み敷かれてしまった。

 お腹の上にまたがったルーラーが、オイルで濡れた手をわきわきさせている。

 

「あ、あの、怒っておるのか!? なら謝るが……」

「いえいえ、怒るだなんて。純粋にお返しをしたいだけですよ」

「う、嘘だ! そ、そうだミツキ! ミツキはおらぬか。余を助けるのだ!」

「マスターならいませんよ。目と耳の毒だということで、マシュさんたちが連れていきました」

「そ、そんな……あ゛ーーーっ!?」

 

「…………ふーん、これがインガオホーってやつですか。せっかくですから最後まで見学させてもらいましょうかね」

 

 ネロが反撃をくらって身悶えるのを、カーマは愉悦の表情で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 一方光己たちはいたって和やかに、サーヴァント4人がマスターの前後左右からオイルを塗っていた。

 正面にいるのは景虎なのだが、真ん前にある彼の胸板には青白い紋様が光っていてとても目立つ。

 

(あの龍にも同じ紋様がありましたね。まるで龍を下から見たような図柄……)

 

 景虎は指先で紋様をそっとなぞってみたが、光っているだけで特に変わった感触はなかった。ビームを出したりはしなさそうだ。

 

(やはりこの方は龍……私と反対なのですね)

 

 景虎は精神面は普通の人間とかけ離れていることを自覚しているが、肉体的には現在はともかく、生前は強いといってもあくまで人間の枠内のものだった。

 しかし光己は精神面は神仏でも妖怪でもなく武士ですらない一般民間人だが、肉体的には人型ですらない幻想生物だ。まさに景虎と逆の存在であり、彼が来ることが予定されていたからこそ自分がはぐれサーヴァントとして召喚されたのではないかとすら思える。

 だって龍なら人間が多少枠から外れていたところでどんぐりの背比べだろうから、自分を恐れることも崇めることもないだろうから。事実普通に接してくれたどころかお互いに深く知り合った今でもこうして親しくしてくれている。

 ―――普通の人間が普通の人間にするように。

 サーヴァント=超人同士とは違う、常人同士のような関わり方を。

 

「……ところでマスター」

「ん、なに?」

「マスターは、人と人がかかわるのにお互い理解しあうことは必要だと思いますか?」

 

 景虎がそう訊ねると、光己はすぐ答えが思い浮かばなかったのか、しばらくしてから口を開いた。

 

「そりゃまあ、相手のこと知らなきゃ、どんな話題が好きでどんな話題が地雷かも分からんからなあ。そのために社交辞令とか天気の話があるんだし。

 聖人とかコミュEXだったら何とかなるかも知れんけど、凡人じゃそうはいかないよな。

 といって完全に理解しあうのも無理だから、程度の問題じゃないか?」

「ふーむ、なるほど」

 

 彼の回答は特に変哲もないものだったが、そのぶん一理はあった。

 誰しも不用意に触れられたくない聖域があるというのは分かるし、御仏ならぬ衆生の身では寒日に身を寄せ合うヤマアラシのごとく互いに試行錯誤して適度な距離を探るしかあるまい。いや景虎自身と光己は特殊例として。

 

「まあ私とマスターはすでに比翼連理といえるほどに分かり合っていますから、問題はまったくないのですが!」

 

 景虎は自慢げに胸を張ったが、するとなぜか光己は不服そうな顔をした。

 

「それはそうだけど、でも性愛(エロース)じゃないんだよなー。何故だ」

「それはまあ、私そういう人情の繊細な機微にはとんと疎くて。むしろ隣人愛(フィリア)とマスターがいうものを感じられたのが奇跡というか」

 

 景虎は正直にそう答えたが、マスターは納得してくれなかった。

 

「嘘だッ! 俺は知ってるぞ。景虎は和歌が上手で、しかも源氏物語とか愛読してたってなあ! 人情の機微に疎いわけがないッッ!!」

「なんと、そこまでご存知でいて下さったとは。でもそれは都の方々とのお付き合いと、それこそ機微の『勉強』だったことをマスターは『分かって』いるのでは?」

「おのれおのれおのれーーーっ!」

 

 どうやら彼は本当に分かっていての発言だったらしく、すぐ矛を引っ込めたが、心底残念そうである。しかしそういう「人間的な」会話は景虎にはとても楽しかった。

 

「ふふ、マスターは面白い方ですね。

 それに皆さん良い方ばかりで居心地がいいです」

 

 しかも、景虎は今は国主ではない上に、ネロと騎士王()()がカリスマ性抜群だから軍神らしく振る舞う必要がない。内政とか外交とかめんどくさいこともしなくていいし、実に楽ちんだった。

 そういえばカーマ=マーラといえば第六天魔王のことだが、あのうつけもサーヴァントになっていたりするのだろうか?

 

「それもこれもマスターのおかげですね。本当にありがとうございます」

「んん? ああ、こちらこそ。これからもよろしくな」

「はい」

 

「…………むー」

 

 光己と景虎は実に息ぴったりで、ヒロインXXは(私も早く2人の世界を体験して追いつかないと!)とあせっていたがここでちょっとした問題点に気がついた。

 

「2人の世界っていうのは私の表現でしたけど、5人で入れるものなんでしょうか?」

 

 あの現象はマスターがサーヴァントの生前を夢で見るとか、逆にサーヴァントの精神世界にマスターの意識が迷い込むとかいったことに類似したものだと思うが、いずれも1対1で起こる現象だ。1対4あるいは5人の世界でも発生するものなのだろうか?

 その辺をマスターに訊ねてみると、少年も首をひねった。

 

「んー、そうだなあ。俺とみんなはそれぞれ魔力パスでつながってるけど、サーヴァント同士は直接のつながりはないからなあ。

 1対1でしか起こらないとすると、つまりよりサービスしてくれた人に起こる可能性が高いな。たとえばおっぱいでオイル塗ってくれるとか」

「もう、マスターくんってば気分緩ませすぎですよ!」

 

 お風呂でリラックスするのはいいが、セクハラ発言は控えめにしてほしいと思う。

 

「ああ、ごめんごめん。でもあれって起こそうとして起きることじゃなさそうだし、あまりがっつかない方がいいんじゃないかな」

「んー、そうですね」

 

 XXは機嫌を直すとオイルを塗る作業に戻った。もちろん手でである。

 

「でもマスターくん、無人島の頃より筋肉ついてますね。ハードなトレーニングしてるんですから、当然といえば当然ですが」

「まあなー。あれだけやって成果なかったら泣くレベルだよな」

「フフッ、そうですね。長い付き合いになるサーヴァントとしては嬉しいです」

 

 いかにマスターの能力がサーヴァントのスペックに直結するとはいえ、普通の聖杯戦争はたいてい短期決戦だから、マスターは鍛えるよりコンディションを万全に保つことに留意した方がよほどマシである。しかし、今回はここメディオラヌムから次の目的地のマッシリアに行くだけでも3週間かかるという長期戦で、しかもマスターは竜人(ドラゴニュート)であり超成長が期待できるというか、まさに成長中なのだから、半分ご褒美目当てだろうと、まじめにトレーニングしてくれるに越したことはない。

 ―――なお彼が竜モードになった場合は要石としても魔力タンクとしても空前絶後で、もう誰にも負ける気がしないのだが、あくまで奥の手なので通常戦力としてはカウントしないことになっている。

 

「というわけで、先輩としてご褒美をあげましょう!」

 

 XXはそう言うと、ついっと身を乗り出して光己の頬に唇をつけた。

 小さく柔らかい、でもとても刺激的な感触が少年を驚かせる。

 

「おおっ!?」

「えっへん、これはまだ誰もしたことないですよね! 見直しましたか? これが年上の実力です!」

「……おおぅ、確かに初めてだな。やはりXXはマイソウルフレン、いやソウルエルダーフレンドか」

「えぇえぇ、そうでしょうとも!」

 

 自慢げにふんすとドヤ顔を見せるXXはむしろ年下っぽい感じだったが、せっかくご褒美をくれたのだから光己は無粋にツッコミを入れるのはやめておいた。

 マシュとブラダマンテはびっくりしたようだが、残念ながら追随してくれる様子はない。

 やがてタオルを巻いた部分以外を塗り終わると、4人とも終了宣言をしてしまった。さすがにそこは塗れないようだ。

 

「まあ仕方ないか。でも俺はマシュたちの湯浴み着の下も塗れるぞ!

 ……いや冗談だって。背中だけってことでどう?」

 

 台詞の途中でマシュの眼が白っぽくなったので、光己は声量も落として大幅に妥協した案を出した。

 

「………………はい、それならまあ」

 

 マシュはちょっと悩んだ末、彼の希望を飲むことにした。まあ確かに、塗った以上は塗ってもらうのが筋ではあろうし。

 しかしその前に光己はオイル(と汚れ)を落としておくべきだろう。

 

「そだな、じゃあついでだからこれもお願いしておこうか」

「はい」

 

 オイル(と汚れ)を落とすのはネロが説明した通り肌かき器(ストリジル)という器具を使う。これは曲がったヘラのようなもので、石鹸が普及する前はこれでこすって汚れを落としていたのだ。

 一応この時代でも石鹸があることはあるのだが、高級品なので無料の備品としては置かれていないのだった。

 ていねいに垢を落としてくれるマシュたちの献身ぶりに、光己は改めて感動と感謝の念が沸き上がったが、これは多分お返ししない方が喜ぶだろう……。

 その後はシャワーを浴びて身を清め、特にこれから彼女たちの素肌に触れることになる両手の平は念入りに洗ったら、いよいよお待ちかねのオイル塗る方のイベントだ!

 

「せ、先輩からすごい魔力の昂ぶりを感じます!」

「ふっふふ、当然だろ? さて、1番手はマシュだな!」

「は、はい」

 

 マシュはちょっと怖くなったが、1度承知してしまったからには仕方ない。マシュは椅子に腰を下ろし、光己はその後ろの床にタオルを敷いて膝立ちになった。

 

「……しかしやっぱり湯浴み着ジャマだな」

 

 マシュが寝ていればたくし上げることもできるが、座っていては面倒だ。上衣は脱いでもらうしかないだろう。

 光己がそう言うと、確かにその通りなのでマシュは顔を真っ赤にしながら頷いた。

 

「そ、そうですね。でも見ないで下さいね?」

「あ、ああ、そこまでしないって」

 

 光己は大奥を作るという野望を持っているが、最低限の節度も持っているつもりだ。相手が本当に嫌がる、もしくは心の準備ができていないことをする気はない。

 

「はい、それでは……」

 

 マシュは覚悟を決めると、上衣の裾を持ってそろそろとたくし上げ始めた。

 脱ぎ終わるとそれを両手でかかえて胸を隠す。その可憐さといじらしさは、光己が狼になるのをこらえるのに苦労するほどだった。

 汗ばんだ白い背中が眩しい。

 

「じゃ、塗るね」

「は、はい」

 

 光己がまずは上からということでうなじをついっと指でなぞると、マシュは「ひゃんっ!」と声を上げて身を震わせた。

 

「せ、先輩、くすぐらないで下さい」

「いや、ちょっと触れてみただけだけど……」

「じゃ、じゃあなるべくそっと」

「んー、わかった」

 

 マシュはけっこう敏感なようだ。塗っているのが自分だから、であれば嬉しいのだが。

 お姫様のご希望通り、できるだけゆっくりやさしく塗っていく。女の子の肌はつややかできめ細かくて、触れているだけでもどきどきした。

 

「んっ……ふ……ぁ」

 

 時々マシュが小さな喘ぎ声をあげるのでますます胸の鼓動が高まるのだが、とにかく我慢する。

 Hぽいさわり方もしたいのだが、マシュにするのはよろしくないだろう。

 やがて腰、湯浴み着の下衣のすぐ上まで来て光己は手を止めた。

 

「んー、残念ながら終わったよマシュ」

「は、はい、ありがとうございました」

 

 マシュは顔を赤らめたまま、ぱたぱたと逃げて行った。やっぱり可愛い。

 そのあと背中のオイルを自分で落とすのは難しいのに気づいてブラダマンテに頼んだので、光己の次のターゲットはヒロインXXになる。

 

「じゃあXX、いい?」

「は、はい。先輩ですからこのくらい余裕ですよ!?」

 

 虚勢を張っているのが見え見えなのだが、ここは当人の気概を尊重すべきだろう。光己は気づかないフリをして、XXが上衣を脱ぐのを(残念ながら後ろから)見守った。

 XXが上衣を脱ぎ終わり、マシュと同じようにそれで胸を隠す。

 年上を称するだけあって、後ろ姿もむっちりしてエロスを感じる。腕に圧された乳房がたわんで少し見えているさまなどもうたまらない。

 しかしそれを触ることは()()許されていない。

 

(まずはおとなしくして様子を見るか……)

 

 そう判断して、マシュの時と同じようにうなじからそろーっと塗っていく光己。

 するとXXはびくっと震えた。

 

「ひゃ!? い、今なにかぞくぞくってしたんですけどマスターくん何か変なことしませんでした?」

「いや、してないよ。うなじに指が当たっただけだろ?」

「それはそうなんですがー」

 

 XXも敏感なようだ。今回は自称年上が相手だから、少し果敢に攻めてみたい。

 オイルを塗るというより手と指全面で愛撫するかのように彼女の肌の感触を味わう。

 

(おぉぅ、マシュとはまた違った感触……女の子って繊細なんだなぁ)

「んんっ……マスターくん……」

 

 XXは時々切なげな吐息をつくが、嫌がってはいないようだ。

 肩甲骨から腋の辺り、背中下へと手を動かしていく光己。

 

「マスターくんの手、あったかくてやさしいですね……はぁっ……」

「それはよかった、XXも綺麗だよ」

「マスターくん……」

 

 XXは暖かい部屋でリラックスしているのか、それとも言葉通りの感想を抱いてくれているのか、だいぶ緊張が抜けてきたようだ。男子として欣快の至りである。

 

(あー、そういえばあの現象起こらないな)

 

 今なら1対1だしXXはリラックスしているのだが、光己の方が緊張してるからだろうか。

 

「んっ……ぁ、はふぅ……」

 

 でもこれは仕方ないと思う。光己がリラックスできないのは、特に敏感なところに指が当たるのか時々XXが甘い息をついたり身じろぎしたりするせいでもあるのだし。

 やがて光己は腰まで塗り終わってしまった。かなり沢山のオイルを。

 

「んー、楽しい時間は終わるのが早いなあ……そうだ、せっかくだから腕も塗らせてくれない?」

 

 XXはマシュほどは恥ずかしがってなかったと見て、ちょっと攻めに出る光己。XXは目をしばたたいてびっくりしたような顔をしたが、やはり嫌ではなかったらしく首を縦に振った。

 

「はい、いいですよ……」

 

 よろしい、ならばさらなる塗油だ!

 

 

 




 せっかくのオイル塗りイベントですので2話に分けてみました(ぉ
 それにしても景虎ちゃん強い。




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第54話 お風呂イベント・飲茶編

 ネロはルーラーアルトリアの反撃でKOされてしまったが、今は彼女に膝枕してもらって長椅子に横たわっていた。

 もちろん意識はあって、ぶっちゃけ普通に休んでいるのと変わらない。ルーラーが髪を撫でたり梳いたりしてくれるのが心地よかった。

 娘を普通に愛している母親、あるいは妹を愛している姉というのはこういうものなのだろうか。それならさっき反撃されたのも愛の鞭と解釈できそうだ。

 スルーズとカーマがオイルの塗りっこをしているのが何かこう尊みを感じる。アルトリアは自分でやっているようだ。

 

「ところで陛下、何か飲みますか?」

「そうだな、では大麦茶(オルゾ)を頼む。

 そうそう、最近は風呂上りに牛の乳の果汁割りを飲むのが流行りで、余も気に入っておる。何でも立って片手を腰に当ててぐい飲みするのが作法らしい」

「へえ……?」

 

 ルーラーたちは牛の乳の果汁割り=フルーツ牛乳というフレーズにマスターの生国の公衆浴場を思い出したが、多分関連はないだろう……。

 

「スルーズとカーマは知らぬだろうが、我がローマ建国の神祖ロムルスは狼の乳を飲んで育ったといわれていてな。子供はもちろん、大人も毎朝乳を飲む。

 といっても牛の乳は好まれていなかったのだが、果汁と混ぜることでとても美味になったのだ。牛の乳も果汁も昔からあったのだが、それを混ぜて冷やしたものを湯上がりに出すという発想が天才的だ!」

 

 えっへんと胸を張るネロ。自国の文化が本当に好きで自信を持っているのだろう。

 アルトリアはそんな彼女に微笑ましさを覚えつつ、椅子を立って水飲み場に向かった。

 そこは簡易なドリンクサーバーになっており、栓がいくつかあって数種類の飲み物を選べるようだ。

 古代ローマ人の主飲料であるワインはなかった。入浴前中後に酒を飲むのは危険なので、備品として置くのを避けたのだろう。真面目な市長のようだ。

 傍らには錆びたり割れたりしないためか、木製のコップとトレイが置いてあって、アルトリアはそれを借りて5人分のお茶を調達した。

 

「お待たせしました」

 

 アルトリアが戻るとネロも体を起こして、5人でゆったりお茶を楽しむ。

 ここに来るまでに何度も飲んでいたものなので味には特に意見はなかったが、カーマはちょっと不満があるようだった。

 

「でもこれぬるいですね。さっき陛下は『冷やしたものを湯上がりに出す』って言ったのに」

 

 なるほどお茶やフルーツ牛乳に限らず、熱いなら熱い、冷たいなら冷たいとはっきりしてくれた方が美味しいだろう。ネロもそこは理解しているらしくすまなさそうな顔をした。

 

「売り物の場合は売る者が地下水で冷やしたりしているようだが、ここはセルフサービスの備品だからな。残念だが許すがよい」

「ああ、冷やすのでしたら私が」

 

 するとスルーズが口をはさんできた。

 彼女は原初のルーンの使い手であり、小さな氷塊をつくるくらい造作もない。人差し指をささっと宙に舞わせるだけで、透明な氷粒がカーマのコップの上に現れて水面にぽちゃりと落ちた。

 

「おおっ!? 何という器用な。余の分にも頼む!」

「はい」

 

 ネロが知らないおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせて頼んできたので、スルーズは彼女のコップと、ついでに自分とルーラーとアルトリアの分も氷を入れた。

 

「普通の氷より冷たいので、すぐ触らないで下さいね」

「うむ、確かにそんな感じがするな……感じ入ったぞ」

 

 本当にカルデアの者たちは優秀だ。人格面も問題なく、容姿も男性2人がちと好みに合わないのとカーマが守備範囲外なのを除けば麗しい者ばかりである。

 きっとローマの神々と神祖ロムルスの助けだろう。ネロは心の中で感謝の祈りをささげた。

 

「―――うむ、やはり風呂で飲むものはちゃんと冷たい方が良いな!」

 

 ネロが冷えたお茶をぐい飲みし、ぷはーっと息をついて満足の意を示す。え、行儀が悪い? 皇帝特権だ、許すが良い!

 ちなみにカーマは女神だからかお子様だからか、ちびちびと少しずつ飲んでいるが不満はなさそうである。

 

「ところでミツキたちが戻って来ぬな。ちょっと探してみるか?」

「そうですね」

 

 こうしてネロたちはお茶を飲み終わると、光己たちを探しに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 光己は左手でヒロインXXの右手を軽く握ると、右手で彼女の手にオイルをさわさわと塗り始めた。

 

「きゃー、手を握られるのって何だかどきどきしますね」

「だよなー。何ならXXも俺の手握ってくれていいんだぞ」

「も、もうマスターくんってば。そんなことしたら恋人同士みたいじゃないですか」

 

 もじもじしているXXに光己が露骨にチラチラ視線を送ってみると、自称年上さんは恥ずかしそうに視線をそらした。

 やはり恋愛スキルはゼロに近いようだが、それがまた可愛い。

 まあ光己も人のことは言えないのだが、それはそれとしてさらに攻めてみる。

 

「だってこんなに堂々とスキンシップできる機会もうないかも知れないだろ? だからやれるだけのことはやっときたいからさ」

 

 行軍中は言うまでもなく無理だし、次の目的地のマッシリア(付近につくられた野営地)でこんなチャンスがあるかどうかは分からない。ましてその先のことは予定すら立っていないのだから。

 カルデアにお風呂をつくってもらうという手はあるが、そこは当然男女別だろうし。

 

「あー、そういえばそうですね。マスターくんのお国言葉でいう『一期一会』というやつですか」

 

 なるほどそういうことなら彼がいつにも増してはっちゃけているのも分かる。いやそれを言い訳にして思春期男子的行動を正当化してるだけかも知れないが。

 しかし「今回限りかも」と言われると、XXもあまり恥ずかしがっていてはもったいないような気がしてきた。

 

「分かりました。そういうことならめいっぱいふれ合いましょう!」

「……! うおお、やはりXXはマイソウルエルダーフレンドだった!」

 

 XXが左手を掲げてガッツポーズをしながら右手は光己の左手をきゅっと握ってくれたので、光己は心からの喜びの声で応えた。

 なぜならXXが両手とも胸元から離したため、手で押さえていた湯浴み着が下に落ちたからである。特盛のえっちぃおっぱいが少年の視線にさらされた。

 

「……? マスターくん、どうかしましたか?」

 

 XX当人は何が起こったのか分からないようだったが、やがて彼のびっくりした様子と視線の方向でようやく胸を露出してしまっていたことに気づく。

 

「っきゃぁぁぁぁ!?」

 

 左腕で胸を隠しつつ、上半身を90度突っ伏す。顔は茹でダコ並みに赤くなって頭から蒸気が噴き出していた。

 

「ああっ、ご、ごめん! 俺が変なこと言ったばかりに」

「い、いえ、マスターくんのせいではないので気にしないで下さい……」

 

 ついつい凝視してしまっていた光己が我に返ってあわてて謝る。XXは羞恥で頭が真っ白だったが、騙されたとか誘導されたとかではないという認識はあったので彼を責めはしなかった。

 とりあえず湯浴み着を胸に当て直してから体を起こす。

 

「今のは私が勝手に腕を上げただけですから……そういうことで流しちゃってくれると助かります」

「あ、ああ、わかった」

 

 どうやらXXは話を長引かせずすぐ幕引きにしたいようだ。光己はこっくり頷いた。

 

「では続きをしましょう」

「いいの?」

「はい、むしろ中止にする方が引きずっちゃいますので」

「そっか、じゃあ遠慮なく」

 

 光己にとっても喜ばしい申し出なので、思春期少年はすぐ乗った。改めてXXの手を握って塗り直す。

 ところでこのポジションだと彼女の立派な胸をかなりの近距離から拝見できる。白い薄布を片手で押えているだけというそそりまくる格好で、光己は理性の糸が今にも切れそうだったが根性で耐えた。

 なお見ないという選択肢はない。

 

「…………」

 

 お互い何を話していいか分からず無言だったが、XXは照れくさそうにしてはいるが心地よく感じてくれてはいるようだった。

 やがて両腕とも塗り終わって、次に塗る場所はといえば―――。

 

「脚はさすがに無理か……」

「そ、そうですね。普通の水着だったら太腿の真ん中くらいまではOKだったんですが」

 

 何しろボトムスはタオルを巻いているだけだから、一歩間違ったら見せられない所をまた見られてしまう。タオルだけというのは男子にとって非常に煽情的な格好ではあるのだが、今回はマイナスに働いてしまったようだ。

 

「じゃあお腹はいい?」

「はい、どんな姿勢にしましょうか?」

「んー」

 

 仰向けに寝てもらうか座ったままでいてもらって彼女の脚の間に入るかが普通だと思われたが、光己はあえて第3の道を選んだ。

 

「じゃあ抱っこがいいな。接触面積的に考えて」

「へ、抱っこ?」

 

 XXが戸惑っている間に、光己は彼女の後ろに座ると両手を彼女のお腹に回して抱き寄せた。

 

「つまりこういう体勢」

「うっわぁ、マスターくん本気ですか」

 

 XXの背中と光己の胸板がぴったりくっついている。その肌の熱い感触に恋愛スキルほぼゼロOLはまたどっきどきしてきてしまったが、年上としてこれ以上カッコ悪いところは見せられない。

 

「ま、まあ私は平気ですが」

「そっか、じゃあ塗るね」

「は、はい」

 

 なので平気である風に装うと、光己は当たり前のようにお腹にオイルを塗ってきた。

 いや当たり前なのだけれど。

 

(んっ……ふ、や、やっぱりぞくぞくしますね)

 

 ついでに首すじにかかる彼の吐息が少し荒くなってるような気もしたが、その辺もまとめて耐え切った!

 光己が手がすべったフリしておっぱいをつつくなんてことはしなかった点は褒めてあげていいと思うが、口にするのはやめておいた。

 

「ええと、これで終わりですか?」

「うーん、名残惜しいけどそうなるね。じゃあ最後に」

 

 胸に塗るのは残念ながら現在の親密度では無理である。光己はそこは諦めたが、やれるスキンシップはまだ残っている。

 いったん彼女の前に回って、その頬に軽く唇をつけた。

 

「きゃぅっ!? マ、マスターくんいったい何を」

「何って、XXがしてくれたからお返しだけど」

「ああ、そういえば私からしたんでしたっけね」

 

 びっくりして思わずのけぞってしまったXXだが、彼の反論は実に妥当だったので納得するしかなかった。

 

「よし、これでXXとはいつでもほっぺにちゅーし合える間柄になったってことだな! 明日からの楽しみが1つ増えた」

「えええっ!? 一期一会じゃなかったんですか!?」

「俺は『ないかも知れない』って言っただけだよ」

「そ、それは確かにそうですが! でも私はそんな軽くありませんからね!

 と、とりあえずまた後で!」

 

 XXはついに羞恥心をこらえ切れなくなって、彼の前から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

「うーん、もう少しソフトな答えすればよかったか」

 

 光己はちょっと反省したが、本気で嫌がったというほどではなさそうなので追いかけるのはやめておいた。

 次はブラダマンテだが、少女騎士の姿を探すとマシュと仲良く塗りっこしているではないか。

 

「むう……」

 

 しかし今思い出したが、ブラダマンテには恋人がいるという話だった。彼女の方からくっついて来てくれる分には大歓迎だが、こちらからあまり深いスキンシップを求めるべきではないかも知れない。

 なおアルトリアズは既婚者だが、妻は王妃ともあろう者が不義密通したので処刑した、つまり離婚したわけだから先方から言われない限り問題ないと思われる。

 

「というわけで景虎、いい?」

 

 なので光己がブラダマンテは飛ばして景虎に声をかけると、軍神様はフフッと余裕ありげに嫣然と微笑んだ。

 

「はい、もちろん。

 しかしマスターはなかなか色好みのようですね」

 

 むろん責めているのではない。景虎の生前の頃は一夫多妻は合法どころか、ある程度の地位がある武士に子供がいなかったなら後継ぎをつくるために側室を取るのは半ば義務だったくらいなのだから。政略結婚も日常茶飯事だったし。

 実際もし景虎が治めていた頃の越後に光己が現れたなら、景虎は即養女をつくって差し出し、いやこの景虎自身が妻に!となっていたのは想像に難くない。ああこの場合だと他に妾をつくられては困るのか?

 それはそうと、光己が女の子といちゃつくのを楽しんでいるのは、精神的な余裕がある証だから好ましいことである。彼はいっぱいいっぱいなのをごまかすために女の子に目を向けて現実逃避するなんて高度な思考回路は持ってな、もといそこまで弱っていないのは分かっているし。

 

「ん? そりゃまあ、見た目も中身もここまでいい女性(ひと)たちなんて初めてだからさ。

 大奥王に俺はなる!」

 

 光己は久しぶりのお風呂で気が緩んでいるのか、それとも景虎とは分かり合えているからか、発言が実に正直であった。まあ前半は他の女性陣も喜ぶであろう……。

 

「ほほう。しかしサーヴァントは子をなせませんが」

 

 景虎の返事も封建領主的な思考法全開だったが、これには例外があった。

 

「いや、マシュなら大丈夫だぞ」

「ああ、そういえば彼女はデミ・サーヴァントなんでしたね。ならば彼女を正室に?」

「うーん、それがマシュの中の人はアーサー王の部下だったからちょっと」

「ふむ、それは難儀ですね……格だけならカーマ殿ですが」

 

 愛の神にして第六天魔王にして(元)ビーストⅢラプス。肩書としてはこれ以上ないが、さすがに危険すぎであった。

 

「うん、無理。そうなるとルーラーかなあ」

「そうですね、彼女なら奥の統率者としても申し分ありません。

 ……私も陰ながら応援しますので、がんばって下さいね」

「うわーん!」

 

 最大の理解者に加入も協力もしないと言われて光己は哭いたが、それはそれとしてオイルは塗る。

 

「じゃ、上の服脱いでくれる?」

 

 光己が景虎の後ろに回ってそう頼むと、景虎は「はい」と頷いて平然と上衣を脱いだ。

 マシュやXXと同じように胸は隠しているが、態度は実に堂々としている。

 

「さすがは軍神様……でも肌はきれいだなあ」

 

 光己は景虎のお肌と人格両方に感心しつつ、ぬりぬりとオイルを塗っていく。

 しかし堂々としているのはいいが可愛い反応がないのはさみしいという二律背反はあったが、かの上杉謙信(しかも若い美女の!)の背中にオイルを塗れる、それだけでも感動であった。

 

「でもやっぱ可愛いとこも見たいなあ。ちぇいっ!」

「ひゃんっ!?」

 

 光己は高望みにもそんな野望を抱いて、彼女の背筋に指先をついーっと這わせてみた。

 びくっと身を震わせて背中をそらす景虎。

 

「おお、ほとんど不敗だった軍神様にも弱点はあったんだな。よし、弱点には集中攻撃だ」

「きゃ!? マ、マスターといえどもそのような不埒は許しませんよ」

 

 景虎はしばらくは光己のおいたを受け入れてくれていたが、そのうち限界に達したのかぱっと彼の後ろに回り込むと首の下に腕をさしこんで裸絞めを決めた。

 いわば光己はネロと同じ末路を迎えたわけだが、景虎は回り込んだ拍子に湯浴み着を落としていた、つまり彼女の乳房が直接彼の背中に当たっていたことは明記しておくべきだろう……。

 そして2人がいろいろ満足した頃、ネロたちが探しにきたのと出会ったのだった。

 

 

 



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第55話 お風呂イベント・入湯編

 光己たちはネロたちと合流すると、まずシャワーを浴びて体を洗ってからネロの案内で微温浴室(テピダリウム)を見て回った。

 ところどころにある彫刻はローマの神々や英雄をモデルにしたものがほとんどで、台座に名前や経歴を彫った板が張ってある。壁に描いてある絵は風景画が多かった。

 

「うーむ。日の本の芸術とは感性が違いますが、これはこれで(みやび)と評するべきなのでしょうね。

 それにしても実に豪華で広い部屋です。これが市役所の付属だとは……」

 

 景虎がそれらを眺めてちょっとだけ悔しげに唸る。同じ風呂好き民族として多少の対抗心があったのだが、芸術性はともかく建築物の規模(スケール)技術(テクノロジー)の面では一歩を譲ると認めざるを得ないようだ。

 

「確かにローマの風呂はすごいと俺も思うけど、でもそんなに気にしなくていいと思うよ。日の本には日の本のいい所があるんだし」

「……そうですね、ありがとうございます」

 

 するとマスターがタイミングよく慰めてくれたのは、やはり分かり合っているおかげだろうか。

 

「―――おお、そうそう! 聞きそびれていたが、ミツキの胸のその青白い紋様は何なのだ?

 何かこう、竜を下から見た図のようにも見えるが」

「ふえ!?」

 

 光己は突然話しかけられてびっくりしたが、今はまだ事実を明かすわけにはいかない。

 

「あー、これですか。ルーラーが以前『あの竜は私たちの味方』って申し上げましたよね?

 その証みたいなものだと思っていただければ」

 

 とはいえまったくの絵空事では、宮廷の権力闘争の中で生きているネロにはバレる恐れがある。そこで真実に似たことをぼかして答えてみると、ネロはぽんと手を打って納得してくれた。

 

「なるほど、そういうことならそなたが団長なのも分かるな!」

 

 光己自身が強くなくても竜との交渉役ならトップでもおかしくない。ブラダマンテが「光己はすごい切り札を持ってる」と言った件にも符合するし。

 しかしさすがに「実は光己自身が竜」とまでは思い至らなかったようだが、まあ常識的に考えてあり得ないことだからやむを得ないだろう。

 

「うむ、では今後ともよろしく頼むぞ! できれば余とも会わせてくれればありがたい」

「そ、そうですね、タイミングが合えば」

 

 そんなことを話しつつも一通り部屋を回り終わったら、いよいよ湯につかるべく高温浴室(カルダリウム)を再訪することとなる。

 

「風呂が初めてという者には待たせたな、ここからが本番だ!

 しかしさっきも言ったが、まずは少しずつ入るようにな」

「はーいっ!」

 

 ネロの注意にブラダマンテが元気よく返事を返す。そして最初に入るのはやはり皇帝陛下ということで、ネロは手本を示すべく足からそろそろと湯に沈めていった。

 ちゃんと肩までつかったところで、ふうーっと大きく息を吐き出す。

 

「うーむ、やはり風呂はいいな! 1日の疲れが溶けていくようだ」

「そうですね。陛下はお疲れでしょうから、ゆっくり浸かって下さい」

「うむー!」

 

 後ろからルーラーアルトリアがそっと抱きかかえてくれたので、ネロは彼女の胸にもたれてふわーっと力を抜いた。

 もはや皇帝として振る舞っている時とは似ても似つかぬほどふにゃふにゃになっていたが、そのくらいルーラーに信頼と好意を寄せているのだろう。あるいは風呂の魔力か?

 アルトリアはその傍らで、見た目はネロよりだいぶ年下だがお姉さんのような柔らかい目で彼女を見つめている。

 マシュと彼女の指南役の景虎も3人にならって湯に体を浸した。

 

「あ、あつつつつ……!? でも気持ちいいですね。それに何だか体が軽いような感じもします」

 

 マシュは床に手をついて体を押し上げたりまた床まで沈んでみたりと、浮力の感覚も楽しんでいた。

 さらにものは試しと、湯舟の縁を枕にして大の字になって浮いてみると、温かさと浮遊感で何ともいえないリラックス感である。

 健康面や精神面の効用もいろいろあるそうだし、ローマ人が風呂好きなのも分かる気がした。

 

「ふぁぁぁぁ~~~♪ こ、これが先輩が言うお風呂の魔力ですか」

「ええ、お風呂ではそうして力を抜きまくるものです!

 私もこんな姿勢をするのは初めてですが、なかなか乙なものですね」

 

 マシュと景虎はすっかり風呂の魔力に呑まれて極楽気分だったが、その姿をチラチラ横目で眺める者もいた。

 

(おっぱいだけ湯の上に出てる、すげぇ……でも湯浴み着だけあって透けてないな)

 

 白くて薄くて軽い素材なのに、湯に濡れても透けたり肌に貼りついたりしていない。健全な青少年としては残念だが、もし濡れ透けになったら女性陣は逃げてしまうだろうからスルーズGJと言うべきところなのだろう。

 それに透けていなくても、水に濡れた美女美少女は絵として見るだけでも素晴らしいものだし。

 

「うん、やっぱりお風呂は良い文明だ!」

「そうですね! あったかくて気分が緩みますし、とてもいい習慣だと思います」

 

 ヒロインXXはもう落ち着いていて、光己の後ろから思い切り抱き着いていた。何だかんだで、めいっぱいふれ合うのは最後まで続ける気のようだ。

 彼の右にはブラダマンテが、左にはスルーズがぴったりくっついている。正面にはカーマがいるが、さすがに彼女は50センチほど離れていた。

 

「モテるのは結構ですけど、仮にも私のマスターなんですから、鼻の下はもうちょっと引き締めて欲しいものですねー」

 

 例によって憎まれ口を叩いているが、口調にはそこまで棘はない。

 ヒネクレてはいるが、そもそも「人間に」恨みがあるわけではないのだ。むしろ光己たちはこういうことで本気で怒ったりしないと分かっていて、コミュニケーションのつもりでもあったりする。

 

「いや、こんな素晴らしい状況でポーカーフェイスしてる方が失礼に当たるだろ。嬉しくないみたいに思われるじゃないか」

「ものは言いようですねー」

「その通り、同じことでも言い方次第で受け取られ方が180度変わる場合だってあるのだ!

 いや俺はそんなに口うまい方じゃないけど」

「自分でオチつけてどうするんです!?」

 

 今宵の彼はいつにも増して間が抜けている。こんなのが最後のマスターで大丈夫だろうかとカーマは思ったが、元ビーストが心配することでもないので触れないことにした。

 

「まぁマスターがいろいろ大変なのは私も知ってますから? たまには楽しいことがあってもいいとは思ってますけど?」

「そだな、ありがと。カーマ的にはお風呂ってどう?」

「へ、私ですか? そうですね、悪くはないんじゃないかなと。

 もし牛の乳の果汁割りが美味しかったら愛してあげてもいいですね」

 

 カーマは自分の感想を訊ねられたのがちょっと意外なようだったが、彼女の性格からするとこの回答はかなりの高評価と見ていいだろう……。

 

「そっか。ところでカーマも1人だけ離れてたらつまらんだろ。こっち来てもいいんだぞ?」

「え、私とまでくっつこうというんですか? もしかして『このロ〇コンめ!』とか言われたいんです?」

「失敬な!?」

 

 単に親睦を深めたいだけで性的な意図などなかった光己にとって心外な反応である。ただここでちょっと違和感を持った。

 

「そういえばロリ〇ンって人に言うと人格全否定的な意味合いになるけど、ショ〇コンはそこまでじゃないよな。何故だ」

「私に言われても知りませんよ」

「うわーん、カーマがいじめるー」

「幼児退行しないでくれます!?」

 

 などとマスターとだべっていたカーマだが、わずかな距離でも1人だけ離れているのは確かに寂しさを感じなくはなかった。

 感情をあまり表に出さないスルーズはともかく、光己とブラダマンテとXXはすごく嬉しそうにしているし。

 

「…………うーん、仕方ありませんね。

 寂しがるマスターを慰めてあげましょう」

 

 そんな前置きをしてから、カーマはくるっと後ろ向きになると光己の脚の間にお尻を落として彼にもたれる形になった。

 光己たちは無論彼女の本音は分かっているのだが、それを口にするほどヤボではないので心の中で小さく微笑むだけである。それに彼女が他者との交流を求めるのは良い傾向だ。

 

「む、いきなり手を伸ばしてきますか。しょうがないマスターですねー」

 

 マスターがお腹を抱っこしてきたが、カーマは振り払おうとはしなかった。

 逆に自分の手をそっと添えたのだが、あくまで彼の求めに応じただけで自分がしたいのではないという体裁を繕おうとするあたり、まだ素直になれないようだ。

 しかしそこに何か不思議な感覚が現れる。

 

(………………って、あれ? 何かが流れ込んでくる?

 マスターとサーヴァントの交感現象ですか? いくら緩んでるからって、起きてる時に起こるなんて?)

 

 光己の思考と感情……テレパシー? いやその程度のものではない。彼の自我のあり方、心の世界そのものが伝わってくる、自分のあり方も勝手に伝わっている。意識がつながるどころか溶け合って1つになって、でもそれをまったく嫌に感じないどころか、とても深い一体感と多幸感が湧き上がってくる。

 彼がどんな人物なのか分かったし、自分がどんな存在なのか知ってもらえた。人格の批評とかは必要ない、感じ合えたことに意味があるのだ。理由や理屈抜きで、率直に嬉しかった。

 

(あ、ああ…………これが、愛……!?)

 

 いつ忘れてしまったのかすら覚えていないが、これがきっと自分がいつか大昔に持っていたもの―――に近い感情なのだろう。恋愛や情欲とは違うけれど、でも本当の「愛」というのはきっと狭い個我の外にあるもので―――。

 

(しあわ、せ……なーんか慣れないというかムズムズしますけど)

 

 などとやっぱり素直になれないカーマだったが、そのせいかせっかくの幸福感はふっと消えてしまった。

 

「…………んん? もう終わりなんですか? んもう、使えないマスターですねー」

「ええい、どこまでも口の悪いお嬢様めー」

 

 なのでちょっと憎まれ口を叩いたらお腹をくすぐってきたので、お返しに手の甲をつねってあげた。

 とりあえず、これからはもう少し、ほんの少しだけやる気を上げてみてもいいかなと思った。

 

 

 

「………………ふぁぁ」

 

 交感現象が起こったのはカーマだけではないらしく、スルーズもぽやーっとしていた。

 光己の肩にもたれかかって、うっとりした顔をしている。

 

(はぁぁ……これがXXが言っていた「2人の世界」、いえ今回は「5人の世界」ですか。まさかワルキューレである私が、あんな深い情動(エモーション)を感じるなんて。

 いえ、感情だけじゃなくて魔力も大量に行き来してました。だからこそですか)

 

 とても幸せで暖かい気持ちになれたし、マスターとの親近感と相互理解も激烈に深まった。もしこれが風呂の魔力だというのなら、カルデアに帰ったら早急に浴場をつくってもらわねばなるまい。

 そしてヒルドとオルトリンデも誘って4人で入るのだ。マスターが狼になるかも知れないが、その時はその時である。

 

(でも……)

 

 しかし1つ懸念もあった。もしかして、この「感情」がブリュンヒルデを壊してしまったのではないだろうか?

 

(2人を誘う前に、もう1度体験して確かめる必要がありますね)

 

 スルーズはそのように決意した。

 

 

 

 ブラダマンテとヒロインXXもうまくいったらしく、上機嫌で光己にぴたーっと抱きついていた。

 

「えへへー、何かマスターともっと仲良くなれたような気がします! これからもがんばりますね!!」

「無事新入りを追い越せました、えっへん! これはやはり私とマスターくんは赤い糸、いえ赤とか白とか黒とかは消え去るべき色ですからして、青いワイヤーで結ばれた仲に違いありません。マブダチというやつですね!!」

「おお、2人ともズッ友ってことでよろしく!」

 

 光己としては、5人も交感現象が起きたのに全員隣人愛(フィリア)で1人も性愛(エロース)がいなかったのが口惜しくはあったが、好意を抱いてくれてるだけでも嬉しいことである。それに薄着のおっぱいがむにゅんむにゅんと押しつけられてるのはヤバい級の気持ち良さであり、17年と数ヶ月の人生の中でも三本の指に入るレベルでハイな気分だった。

 

「はい、こちらこそ!」

 

 えへへー、と頬と気分をゆるっゆるに緩ませつつ3人、いや5人がこの奇跡を起こしてくれた(のかも知れない)お湯につかって極楽心地にひたっていると、ネロがちゃぷちゃぷと湯音をたてながら近づいて来た。

 白い薄布をまとい湯に濡れた若い皇帝はエロチックでもあったが芸術品のような高尚な美しさも兼ね備えていて、光己はちょっと見惚れてしまう。

 

「……ふふふ、皇帝をじっと見つめるなど本来なら無礼であるが、これも余の美しさのせいゆえ特に許そう!

 ところでそなたたち、初めてなのにあまり長湯するとのぼせるぞ。そろそろ上がって次にゆこうではないか」

「あー、そうですね」

 

 確かにそうなので、ネロについて冷水浴室(フリギダリウム)に向かう光己たち。

 そこはさっき見た通り水風呂というか冷水プールというか、肩までつかるにはかなりの時間と根性を要してしまった。

 

「ふふ、さすがのそなたたちもこれは簡単には攻略できぬか。まあ早さを競うものではないゆえ、やりたいようにやると良い!

 余ともなるとこんなこともできるがな!」

 

 ネロは相変わらず上機嫌でそう言うと、なんとばしゃばしゃとクロールで泳ぎ始めた。

 水は冷たいのに元気なことである。

 

「ほええ……」

 

 光己も景虎たちも感心したが、ここで光己はあることに気づいた。

 ネロに続くという体で、壁を蹴って水にもぐろうとする―――が、マシュに足首をつかまれて息つぎに失敗してしまった。

 

「おぶうううっ!? な、何するんだマシュ」

「それはこっちの台詞です! 泳ぐフリをして皇帝陛下のこ、股間を見ようとしていたのでは」

「それはいいがかりだぞマシュ! そんなつもりなどあんまりない!」

「あるんじゃないですか! バレたら大変ですから先輩は泳がせません!」

「おのれ圧制者め! 汝を抱擁せん!」

「断固として!」

 

 というわけで光己は泳がせてはもらえなかったが、貸し切りなので水かけっことかはできる。仲良くなった景虎やブラダマンテたちと水遊びを楽しみつつ、体が冷えてきたらまた高温浴室(カルダリウム)に戻ったりして古代ローマのテルマエをたっぷりと堪能したのだった。

 なおカーマ的に牛の乳の果汁割りはたいへん愛すべきものだったので、今後も調達するようマスターに要請したらしい。

 

 

 




 これにてお風呂イベントはおしまい、次からは通常進行になります。
 ところで★4配布が来ましたね。パールヴァティーにするか虞美人にするか、うおお悩むー! パールが恒常でぐっちゃんがスト限なので、すり抜けを考えるならぐっちゃんなのですが。
 あとスカディが来てくれたらとても嬉しい。




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第56話 野営地1

 翌日メディオラヌムを出たネロと光己たちは、無事予定通り3週間後にマッシリアの北につくられた野営地の近郊までたどり着いていた。

 野営地といっても、ラクシュミー・バーイー総督麾下(きか)4万人の兵士の内2万5千人が駐屯(ちゅうとん)している陣地なのでその規模は大きく、深い水堀と高い土塁と柵を備え四方の門は跳ね橋になっており、見張り兵が乗るための(やぐら)や据え付け型の弩砲(バリスタ)といった防衛設備も万全である。

 構内には多くのテントが規則的に立ち並び、テントとテントの間には道路や排水溝までつくられている。もはや単なるキャンプ地ではなく「都市」とすらいえるだろう。

 なお兵士の残り1万5千人はマッシリアに残っている。むろんそこを防衛するためだ。大きな都市だし、野営地に食料その他を補給する役目も負っている重要な拠点なので。

 なら4万人全員マッシリアにいればいいという論もあるが、これはしばらく前までいっしょにいた軍略家の「陳宮(ちんきゅう)」が提案した「掎角(きかく)の計」によるものだ。つまり敵軍が野営地を攻めたらマッシリアから援軍を出して挟み撃ちにし、マッシリアを攻めたら同様に野営地からの援軍で挟撃するという策である。敵も軍を分けて同時に両方攻めてきたら? それは普通に1対1になるだけで、特段の問題はないだろう。

 ―――それはともかく、例によってネロは野営地に伝令を出して自分たちが訪れることを知らせてあった。今はその返書を読んでいる。

 

「……なんと? ぐむむ……これはやっかいなことになったな」

「陛下、何か悪い報せでも?」

 

 思い切り眉をしかめたネロにルーラーアルトリアがそう訊ねると、美女皇帝は苦虫をかみ潰したような、という比喩そのままの顔でルーラーに書状を手渡した。

 それを読んだルーラーもかなり困惑した表情を見せる。

 

「……ブーディカとスパルタクスと称する者がブリタニアで推定20万人の兵で反乱を起こして、ブリタニアを制圧した後ガリアに続々上陸、各地を荒しながら南下中。連合軍は接触を避けてゲルマニアに撤退、ですか……」

 

 ルーラーの困惑にはいろいろな意味があった。またサーヴァントが敵対したのかという単純な感想と、それが自分の先輩にあたる「勝利の女王」であることの戸惑い、そして20万人という数の多さへの恐れである。

 ブーディカが本人かサーヴァントか、それとスパルタクスがサーヴァントか名前を騙っているだけの偽者かは書状では分からない。ただ両名ともローマ帝国を憎んでいるのは間違いなく、交渉で平和的解決というわけにはいかないだろう。

 

「うむ……余自身の意向ではなかったとはいえ、ブリタニアの者たちにはすまぬことをしたと思っておる。だがガリアまで攻めてくるなら討伐せざるを得ぬ」

「そうですね。カエサルが撤退したのは私たちとブーディカたちを戦わせて漁夫の利を得るためなのでしょうが」

 

 そこで反乱軍がカエサルを追って東進してくれればありがたかったのだが、トップがブーディカであるなら先に狙うのはネロに決まっている。ローマ市めざして南進するのは当然といえよう。

 こちらとしては、カエサルが反転してきても挟み撃ちにされない場所を選んで迎え撃つしかあるまい。

 

「うむ。早いところ野営地に入って詳しい話を聞かねばな」

「そうですね」

 

 もはやのんびりはしていられない。急ぎ足で野営地に向かうネロたち。

 跳ね橋を通って中に入ると、責任者らしき人物が2人出迎えてきた。

 1人は白い軍服を着て赤い外套を肩にかけ、頭に赤いターバンを巻いた若い女性、もう1人は白い漢服(漢民族の伝統的な服)を着て頭に白い花飾りをつけた、こちらも若い女性である。

 1人めが総督のラクシュミー、2人めが副将の荊軻(けいか)である。ただ荊軻は軍を率いるより斥候や暗殺をしている時の方が多く、今日までに何人かの「皇帝」を暗殺している。今は(味方の)皇帝が来るということで、お出迎えのために野営地にいたのだった。

 ラクシュミーは肌が褐色ということ以外はフランスで会ったジャンヌ・ダルクと顔立ちや体格がよく似ていたが、雰囲気はアルトリアに近い固くて凛然とした印象を受ける。ただ軍服がノースリーブで腋が大きく露出しているのはともかく、ズボンを穿いていないのでちょっと動いたらパンツが見えてしまいそうな危うさがあった。

 荊軻の方はいかにも遊侠的で飄々(ひょうひょう)とした感じがするが、今は皇帝とその部下たちの前なので真面目な顔をしている。

 

「陛下、このたびはこのような遠方の地までのご来駕、まことに恐懼(きょうく)の至りです」

「うむ、そなたたちも出迎えご苦労。式典の準備はできておるか?」

 

 式典とは兵士たちにネロが来たことを伝え、お言葉を賜るという儀式である。士気高揚のために来たのだから当然の流れだった。

 

「はい、滞りなく」

「そうか、では案内を頼む」

「はい」

 

 そうしてネロは式典に出席し、併せてアルトリアズとカルデア勢の紹介もすませると、さっそくラクシュミーの幕舎(ばくしゃ)に入って詳しい戦況を訊ね―――ようとしたが、そこでふらっとよろめいた。

 

「……ん。少し疲れたようだ。ラクシュミー、ミツキたちを頼む。

 ガリアの戦況について教えてやってくれ。余は頭痛がひどい。少しばかり床につく」

「……分かりました」

 

 ネロは体調を崩してしまったようだ。軍旅と心労で疲れがたまっていたのだろう。

 ラクシュミーは心配そうな顔をしたが、彼女にできることは少ない。とりあえず、従者にネロを彼女用に建てた幕舎に案内するよう指示した。アルトリアとスルーズが付き添いとしてついていく。

 なおネロが頭痛を起こしたのは今回が初めてではなく、スルーズが付き添ったのも毎度のことで、ルーンで痛みを抑えるためである。いやロマニとスルーズが本気を出せば根治できる可能性もあるのだが、ネロが頭痛持ちだったというのは有名な話で、それを変えてしまうと後の歴史に影響が出る恐れもあるので、あえて鎮痛以上の処置はしていないのだった。

 

「では、頼んだぞ。ミツキたちも疲れているだろう、休むとよいぞ」

「……はい」

 

 光己が頷くと、ネロは力ない足取りで去って行った。たぶん式典までは気力で痛みをこらえていて、それが終わったので限界が来たのだろう。

 そしてネロの姿が見えなくなると、ラクシュミーは表情をいくぶん固くした。まず人払いをしてから、光己たちに鋭い視線を向ける。

 

「さて。ネロ陛下からの書状で貴殿たちは陛下の従姉妹だと聞いているが―――。

 サーヴァントがなぜそんな偽称をしているのか、理由を聞かせてもらえるか?」

 

 

 

 

 

 

 サーヴァントはすぐそばに近づけば、お互いにサーヴァントであることを感知できる。なのでラクシュミーの質問は当然のことだった。

 むしろネロの前ではせず、人払いもしたのは慎重で思慮ある行動といえるだろう。いやネロが能力重視で「総督」に任命したのだから、このくらいの配慮はできて当然なのだが。

 もっとも光己たちもこの質問が来ることは想定内で、回答も考えてある。目を向けられた2人の内、年かさのルーラーアルトリアが口を開いた。

 

「ええ、それについては事情がありまして。

 長くなるので座って話しませんか?」

「ふむ」

 

 ルーラーたちの悪びれる様子のない落ち着いた態度に、ラクシュミーと荊軻はとりあえず話を聞くだけ聞いてみることにして椅子に腰を下ろした。光己たちもそれに倣う。

 

「では、まず自己紹介から―――」

 

 とルーラーが言いかけた時、外から兵士が大声で注進してくるのが聞こえた。

 

「総督閣下、お話中に申し訳ありません! 北門の守備兵より、敵斥候部隊を発見との報告がございました!」

「なに!?」

 

 敵が現れたとあってはそちらを優先せざるを得ない。ラクシュミーは意識を切り替えて幕の外の兵に答えた。

 

「連合か? それともブリタニアの兵か?」

「それは遠目なので分かりませんが、騎兵なのでこちらからの追っ手は追いつけない模様です。このままでは離脱される可能性がある、と」

「数は?」

「10人ほどですが、少ない分だけ逃げ足が速いとのことです」

「ふうむ、その規模だとただの偵察だな。こちらの追っ手をおびき出すための囮という線もあるが……。

 陛下が来てることまでは分かるまいが、捕らえれば何がしかの情報を得られるかも知れないな」

 

 ラクシュミーは考察の末、追撃することにしたようだ。光己の方にちょっとバツ悪そうな顔を向ける。

 

「聞いての通りだ。すまないが貴殿たちで捕らえてきてもらえないだろうか?

 お互い総督だから指図がましいことはできないが、たった10人の斥候相手に総司令官が出るわけにもいかないからな」

「あー、そうですね」

 

 騎兵に追いつけるのはサーヴァントしかいないので、ラクシュミーの依頼は順当だ。光己は快く引き受けることにした。

 

「それじゃ見届け人として荊軻さん貸してもらえます? 代わりに景虎とゴールデン残していきますので」

「え、私は籠城より打って出る方が好きなのですがー」

 

 すると景虎が不服そうな顔をした。絆が深まってもウォーモンガーなのは変わらないのだ。

 

「いやいや、頼りになるからだって! それに景虎はこの前の戦で大将やったじゃないか」

「むうー、順番ということですか」

 

 なら仕方がない。景虎は口をつぐんだ。

 

「それじゃ、急ぎみたいなんで行ってきますね」

「うむ、手間をかけさせるがよろしく頼む……っと、ちょっと待った。貴殿は人間だろう? ならばマスターか。わざわざ同行しなくても良いのでは?」

 

 確かに、普通ならマスターがサーヴァントの集団についていっても足手まといになるだけなのだが、カルデア傭兵団のルールはちょっと違うのだ。

 

「あー、いえ。リーダーたる者みんなと一緒に行くべきだと思ってますんで」

「そ、そうか。いや文句があるわけじゃないんだ、気持ちはよく分かる」

「ええ、それじゃまた後で」

 

 そんなわけで光己とマシュ、段蔵、ブラダマンテ、ヒロインXX、ルーラー、カーマ、荊軻の8人で現場に急ぐ。特にブラダマンテはローマに来てから目立った活躍がないので、やる気がみなぎっていた。

 

「アーサー王様方も見えますし、がんばります!」

 

 なので光己を抱っこするのは段蔵に頼んで、一番槍をあげるべく先頭を駆ける。

 一行は北門に到着すると、跳ね橋を下ろしてもらうまでもなく一息でその門の上に飛び乗り、二息で水堀を飛び越えた。そのまま人を乗せていない馬の数倍もの速さで走っていく。

 式典ではネロがカルデア勢のことを「一騎当千の将」と紹介していたが、このパフォーマンスだけで兵士たちはそれが事実なのをその目で確認したことだろう。

 

「―――見えました!」

 

 やがて一行は北の方に走っていく騎馬兵10人ほどを視認した。装備を見るに連合帝国ではなくブリタニアの軍のようだ。

 

「斥候がここまで来たってことは、ブーディカはもうだいぶ近づいてるってことだよな」

「そうでございますね」

 

 これはネロとラクシュミーに報告して、早めに動いてもらう必要があるだろう。

 それはそれとして、ルーラーが何も言わないので近辺にサーヴァントはいない。伏兵もいないようだし、今回はあの10人を捕らえるだけでよさそうだ。

 

「いきます!」

 

 ブラダマンテはダンッと地を蹴ってさらに加速し、ブリタニア兵たちを急追した。

 ブリタニア兵は驚いたであろう。何しろ人間が2本の脚で走るのが馬より速いのだから。

 

「ええっと、どうやって捕まえましょうか……そうだ!」

 

 ブラダマンテは何かが閃いたような顔をすると、何と最後尾のブリタニア兵の馬の尻尾を手で掴んだ。驚くべきことに、人間が片手で掴んだだけなのに馬がびたっと止まってしまう。

 

「ヒヒィィン!?」

 

 馬が驚きと痛みの悲鳴を上げて後ろ脚立ちになり、乗っていた兵は後ろに飛ばされた。

 

「ほう、なるほど!」

 

 すると荊軻がぱっと跳躍して、彼の肩と腋の下に手をそえる。空中でくるくる回って速度を落とすと、着地する寸前に彼の後頭部を殴って気絶させた。いかにもアサシンらしい身軽さと手際である。

 

「なかなかやるね。馬を奪えば捕虜を私たちが担いでいかなくてもすむ」

「え!? え、ええ、その通りです。よく分かりましたね!」

 

 実はそんなこと全然考えていなかったブラダマンテだが、そういうことにした方が格好がいい。一瞬だけ迷った末に話を合わせたが、カンのいい者には見抜かれていたりする。

 一方ブリタニア兵は逃げられないと覚悟を決めると、後ろから2番目にいた兵が速さを落としてブラダマンテに槍を投げてきた。

 

「そっちもやる気ですね!」

 

 ブラダマンテはその槍を片手で掴むと、なんとそのまま投げ返した。槍の石突きが肩に当たって落馬するブリタニア兵。

 頭から地面に落ちて、角度が悪かったのか首の骨が折れて絶命してしまう。

 

「あ……」

 

 ブラダマンテはちょっと後悔したが、その直後に驚きに目を見開いた。兵士は地面に倒れると、氷が蒸発するように消えてなくなってしまったのだ。

 

「こ、これは……人間じゃない!? 幽霊……いえ、魔術でつくられたモノ!?」

「とにかく全員倒しましょう!」

 

 ルーラーがそう言いながら、傘の穂先からビームを撃って3番目のブリタニア兵を落馬させる。マシュたちも襲いかかってすぐ全員気絶させたが、そうすると死んでいない者まで一緒くたに消えてしまった。

 

「えっと、これは……!?」

 

 光己がサーヴァントたちに見解を求めると、ルーラーがやや沈痛な顔で答えてくれた。

 

「おそらくブーディカの宝具でしょう。生前国王だったサーヴァントには、かつて率いていた兵士を宝具で『召喚』できる者がいますから。

 私が知っているのは征服王イスカンダルの『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』ですが、20万人召喚するとなると桁が違いますね」

 

 それでブーディカの負担が大きくて維持が難しく、部隊全員が死亡もしくは気絶して活動不能になったら隊自体が存続できなくなってしまうのだろう。

 兵士を出しっ放しにしておけるのは聖杯から魔力をもらえているからだろうが、それでもこの宝具を使えるのは1度の現界につき1回が限度と思われる。

 

「……すると、倒した兵士が復活するってのは無いと思っていい?」

「おそらく。断定はできませんが」

「そっか、じゃあとりあえず戻って報告しよう。

 でも荊軻さん連れてきてよかったな。俺たちだけだったらラクシュミーさんにすぐ信じてもらえるかどうか怪しいとこでしたよね」

「そうだな、私も君たちの実力の一端はよく分かった」

 

 光己に声をかけられた荊軻は、そう答えてからから笑った。

 

 

 




 まさかブーディカママンが敵だったとは。何という皮肉な運命!(ぇー
 ★4配布は虞美人をもらいました。ついに弊カルデアにもパイセンが! 項羽様は前からいますので問題はないですな。
 それはそれとして、56話終了時点での絆レベルを開示してみます。5以上の鯖はお風呂でのボーナスイベントの効果であります。冬木からずっと一緒のマシュが低めなのは、上限が低いので上がりにくいせいですね(メメタァ
 なお現時点で主人公に恋愛的感情を抱いてるのは清姫だけで、他のサーヴァントはみんな隣人愛です。特に1番レベルが高いブラダマンテに至っては、いくら上がっても恋愛になる見込みなしという(ぉ

・マシュ:3       ・スルーズ:5   ・ヒルド:4    ・オルトリンデ:3
・ルーラーアルトリア:3 ・ヒロインXX:6 ・アルトリア:2  ・アルトリアオルタ:1
・加藤段蔵:3      ・清姫:2     ・ブラダマンテ:7 ・カーマ:6
・長尾景虎:6      ・坂田金時:2   ・ラクシュミー:0 ・荊軻:0




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第57話 野営地2

「ところでマスター、見てて下さいましたか? 今回の相手は強敵ではありませんでしたが、わりとがんばったなと思うんですが」

「ああ、見てたよ。なかなかの頭脳プレイだったと思うぞ」

「ええ、もちろんですよ。それだけの武勇と正義を尊ぶ心があれば、円卓に来ても席は悪くないでしょうね」

「本当ですか!? ありがとうございますっ!!!」

 

 カルデア勢は、ブラダマンテがマスターとアーサー王に褒められて舞い上がる微笑ましい一幕があったりしたが、その後は急いで帰ってラクシュミーに事の次第を報告した。

 光己が予想したようにラクシュミーはすぐには信じ切れずにいたが、仲間の荊軻が言うことだから嘘だとも思えない。状況から考えてあり得ないことでもないので、ここは信じることにした。

 ただそうなると、これも光己が危惧したようにブーディカ軍はかなり近くまで来ていることになるので、ラクシュミーは彼女の居場所を調べるため部下に斥候をたくさん出すよう命じてから、また人払いしてカルデア勢と話す席を設けた。

 

「しかしブーディカか……イギリス人とはいえ、あまり戦いたくはないな」

「あー、ラクシュミーさんとは経歴似てますものねえ」

 

 ラクシュミーがつい口にしたぼやきが聞こえた光己がそう相槌を打つと、ラクシュミーもまったくだと言わんばかりに頷いた。

 

「ああ、王妃で子が王位を継ぐのを大国に邪魔されて、反乱を起こして敗死……似すぎていて他人の気がしな……と、ちょっと待った」

 

 何気なくそこまで答えたラクシュミーだが、そこでおかしなことに気がついた。

 光己は(ラクシュミー自身より後の生まれの)サーヴァントではなく人間なのに、なぜはるか未来に生まれた自分のことを知っている?

 ラクシュミーがそれを訊ねると、少年はすぐ種明かしをしてくれた。

 

「ええ、景虎と会った時にもこの話題出したんですが、これ言えば俺が未来人なのを納得してもらいやすくなるかと思って」

「未来人?」

 

 ただすぐには理解しきれないものだったけれど。

 

「ネロ陛下からラクシュミーさんと荊軻さんがここのトップだって聞いたんで、本部に資料用意してもらって経歴調べたんですよ」

「本部……!?」

 

 またよく分からない単語が出てきた。これは詳しい話を聞く必要がありそうだ。

 そうして光己たちがカルデアと人理焼却について説明する流れになる。

 

「………………なるほど、話はよく分かった。

 これほどの大戦争すら、魔術王とやらが仕組んだ人類絶滅計画の一手に過ぎないというわけか。

 正直話が大きすぎてまだ腑に落ちないが、全力で協力すると約束しよう」

「といっても私たちがやることはあまり変わらなさそうだけどね」

 

 ラクシュミーも荊軻も、人類皆殺し作戦の現場にいる状況で、何もせずにいるほど無気力でも非力でも人間嫌いでもない。当然のように賛同してくれた。

 ただ2人はすでに正統ローマ帝国で総督と副将になっているので、他にできることは少なそうである。カルデア勢の行動に便宜を図ることくらいか。

 

「それで、ルーラー殿たちがネロ陛下の従姉妹と偽称した理由は?」

「あー、そっちは単純に、その方が高く買ってもらえるかなってだけで。

 あんまりのんびりしてられませんし、皇帝陛下とお近づきになれればお金や情報が手っ取り早くもらえるかなって」

「ふうむ……私も一応王族だったから、その手の身分詐称にはあまりいい顔できないのだが、貴殿たちの立場ならやむを得ないことか」

 

 人理修復に締め切りがあるのなら、広いローマ帝国をあてもなくさまよってはいられないだろう。現地の有力者と知り合うどころか、最高権力者の身内になれるチャンスが向こうから転がり込んできたのなら利用しない手はない。

 バレたら当然死刑だが、これだけ大勢のサーヴァントがいれば逃げるのは簡単だし。

 

「しかしそうなると、貴殿たちがずっとここにいるのも問題かと思うが」

 

 サーヴァントから見れば軍隊の行軍は非常に遅い。たとえばここマッシリアからカエサルが本拠地にしていたと思われるルテティア(現在のパリ)まで行くだけでも丸1ヶ月かかるのだ。その後ネロたちが連合帝国の首都―――ヒスパニアのどこかだと思われるが、具体的には分からない―――に攻め込む時まで同行するとなると、いつまでかかることか。

 

「んー、それは俺たちも悩んでるとこなんですよね」

 

 野営地に着いたからネロの護衛はもう必要なさそうだが、敵首魁(しゅかい)や連合首都のことはまだ何も分かっていない。立ち去るのは時期尚早のような気がする。

 

「ブーディカとカエサルで連戦になりそうだから、そのケリがつくまではいるべきかなと思うけど……みんなはどう思う?」

「そうですね。こう言っては何ですが、今私たちが抜けたら正統軍はひどいことになるのでは」

 

 これは景虎の発言である。「人ならざる性分」と自分で言うだけあって容赦がなかった。

 実際ラクシュミーたちは今までカエサルを攻め切れずにいたのだから、カルデア勢抜きで連戦となったら勝ち目は少なそうである。皇帝が来て士気が上がったといっても、従姉妹と一騎当千の将たちが逃げてしまっては差し引き大幅マイナスだろうし。

 

「そうはっきり言われると面白くないが、否定はできないな。

 しかし、ここの軍が崩れてブーディカなりカエサルなりに突破されたらローマ市も陥とされるだろうし、陛下も無事ではすむまいからな。つまり正統帝国は滅びるから、藤宮殿の言うように連戦が終わるまではとどまるべきだと思うが」

「じゃあ決まりかな。いつまで一緒にいられるか分かりませんが、よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそよろしく頼む。

 ……さて。サーヴァントはともかく、マスターは疲れているだろう。今日のところはもう休むといい。貴殿たち用の幕舎(ばくしゃ)に案内しよう」

 

 光己が総督でアルトリアズが皇帝の従姉妹なので、カルデア一行のテントは一般兵用より立派で広いものが用意されている。ラクシュミーと荊軻は部下に任せずみずからそこに案内することで、彼らを重要視していることを内外に示したのだった。

 

 

 

 

 

 

 その幕舎に入って人目がなくなると、光己は椅子に座って机にぐてーっと突っ伏した。

 

「いつものことだけど、やっぱ疲れた……」

 

 行軍と戦闘よりも、ラクシュミーとの対談で精神的に疲れたようである。

 ここまでの旅でメンタル面もいくらかは鍛えられてきたとはいえ、「インドのジャンヌ・ダルク」と称された歴戦の英傑と差し向かいで長話するのはまだ荷が重いらしい。

 いや慣れればだいぶマシになるのだが、初対面だと緊張するのだった。

 

「ラクシュミーさん貫禄ありましたものねえ」

 

 ブラダマンテがぽへーっとした顔で相槌を打つ。ローマ人ではないのに総督に任命されるだけのことはあったと素直に感心していた。

 

「先輩、お茶が入りました」

「おー、ありがと」

 

 マシュが大麦茶(オルゾ)を入れたコップを差し出してくれたので、光己は礼を言ってそれを口に含んだ。

 それでちょっとAPが回復したのでむっくりと身を起こす。

 

「ホントはぐだぐだしてたいとこだけど、先に作戦会議っていうか具体的な行動計画はネロ陛下とラクシュミーさんの意向があるから後でとして、俺たちのスタンスだけ決めときたいと思うんだけど、いい?」

「それはかまいませんが、スタンス、ですか?」

 

 マシュにそう聞き返されて、光己はこっくり頷いた。

 

「うん、まずはルーラーとXXね。もし『先輩』と戦うのが嫌だったら、なるべく前に出ないような配置にしようかと思うけど、どうする?」

「お気持ちはありがたいですが大丈夫ですよ。マスターの思う通りに指示して下さい」

「私も大丈夫ですよ。何しろマスターくんとはズッ友ですからね!」

 

 ルーラーアルトリアもXXも即答だったが無理をしている様子はなく、ちゃんと割り切れているようだ。生前貧しい上に何度も侵略された国の舵取りをしてきた経験が生きているのだろう。

 

「ん、ありがと。じゃあそういう前提で話進めるけど、連戦ってことはなるべく兵士に犠牲が出ないように戦った方がいいってことだよな?」

「そうですね。犠牲を抑えるべきというのはどんな戦でもそうですが、今回は特に当てはまるかと」

 

 この質問に答えたのは景虎である。何しろ生涯に70回も戦をした大ベテランなのだ。

 

「じゃあ仮に、サーヴァントが手を出さずに兵士だけで正統軍とブーディカ軍が戦ったらどうなると思う? おおざっぱな想像でいいから」

「ん~~~、そうですね」

 

 景虎はしばらく頭をひねった後、かなり悲観的な回答を口にした。

 

「資料によれば、ローマ兵はブリタニア兵より装備と練度は勝っているようですが、4万対20万では開きがありすぎますからね。仮に広い平原で真正面からぶつかり合ったなら、犠牲云々の前に勝てるかどうかすら怪しいと思います」

「んー、やっぱりそうなるか」

「前回はローマ軍が地の利を得ることで、1万対23万で勝ったそうですが、ブーディカは愚か者ではないようですから同じ手はくわないでしょう。

 兵士が宝具で召喚した者であるなら、兵糧や他の部族の思惑を気にしなくてよいので動きやすくなりますし」

「ああ、そういうのもあるのか」

 

 言われてみれば、20万人分の食料その他の軍需物資を調達するのは大変な労力だ。それを省けるというのは大きなアドバンテージだろう。

 

「あと前回のローマ軍は、兵を集めている間は襲われた街を見捨てていたようですが、今回のネロ陛下はそれはできませんから」

「あー、市民を見捨てたら人気落ちそうだからなあ」

 

 今回のネロは人気が落ちたら軍隊や市民が連合帝国になびいてしまう恐れがあるので、勝ちさえすればいいのではなく国民感情にも配慮せねばならないのだ。

 といってあまり無茶な戦いをしたら、負けたり過大な犠牲が出たりするわけで、ネロは難しい采配を強いられることになるだろう。

 

「王様っていうか責任者は大変だなあ。ネロ陛下10円ハゲとかにならなきゃいいけど」

「そうですねえ。シャルルマーニュ大王もアーちゃん並みにお気楽な方でしたけど、内心ではいろいろ考えてたりしたんでしょうか」

 

 形の良いあごに人差し指を当てて生前のことを思い返しているブラダマンテだが、彼女自身はあまり深く考えてはいなさそうである……。

 

「そういうわけで、戦場の選択権はブーディカにあります。良さげな場所を見つけたら、たとえば近くの街を包囲すればネロ陛下は救援に行かざるを得ませんから」

「ああ、ただの脅しじゃなくて実績があるからなあ。

 となるとやっぱり、俺たちが相当協力しないとマズそうだな」

 

 ブーディカは前回は少なくとも3つの街を文字通り滅ぼしている。ネロは無視するわけにはいかないだろう。

 光己は「むうー」としばらく唸っていたが、またルーラーに顔を向けた。

 

「ブーディカが召喚した兵士って、どこかの誰かをテレポートさせて連れてきたとか、そういうのじゃないんだよな?」

「はい。便宜的に『召喚』という単語を使っていますが、マスターに分かりやすく言うなら高度なAIを積んだ魔力製ロボット……魔力だけでつくったゴーレムという言い方もできますね。それを『つくった』と言う方が近いです」

 

 イスカンダルの宝具の場合は多少違うようだが、ルーラーは言及しなかった。詳しくは知らないし、どちらにしても生きた人間を強制連行してきたのではないのは確かなので。

 なおルーラーはイスカンダルを引き合いに出しているが、彼のことは価値観がまったく違うのでかなりキライである。チート宝具王よりはマシだが。

 

「そっか……なら俺が出ればいいのか?」

「マスターがですか?」

 

 なるほど、ファヴニールが滅びの吐息を何度か吐けば、いかな大軍といえども一方的に殲滅(せんめつ)することができるだろう。ブーディカとスパルタクスは竜殺しではないし、加えて空を飛べるサーヴァントを護衛につければ光己が殺される恐れはまずない。

 なお光己は相手が何者であろうがどんな事情をかかえていようが、人理修復の邪魔をするなら排除する(もしくは説得して味方にするか手を引いてもらう)しかないことは「頭では」分かっている。ただ20万人の人間を殺すのと20万台のゴーレムを壊すのとでは罪悪感が違うというだけのことである。

 すると金時が手を挙げて発言権を求めた。

 

「ん、ゴールデン何?」

「ああ。大将が出張ればこっちの犠牲者が減るってのは分かるけど、大将やオレらだけでケリつけるのはよくねェと思ってな。

 ほら、兵士の連中にもメンツとかプライドとかあるだろ」

「んぐぅ、そっち方面もあったか」

 

 光己含むカルデア勢だけが大活躍してしまうと、兵士たちがいらない子とか無駄飯喰らいだといった認識や評価が出てきかねない。死者を減らすことだけにかまけて、精神的な毒を注ぐような真似をするのは後々のことを考えれば避けるべきだろう。

 兵士たちに手柄を譲るという今までの方針にも反するし。

 景虎がそれに補足を加える。

 

「それにマスターがあまり目立ちますと、敵の首魁が竜殺しを召喚する恐れもないとは言えません。

 いえそんな狙い打ちができるかどうかは分かりませんが」

「ふにゃっ!?」

 

 どこまで各方面に配慮しなければならないのか。光己はそろそろ脳がオーバーヒートしてきて、猫みたいな悲鳴をあげてしまった。

 

「まあサーヴァントに『召喚』された兵士は召喚主が消えればもろともに消えますので、大元だけ討てばすむ話なのですが」

「ファッ!?」

 

 そして最後に前提をいろいろひっくり返されたので、光己はついに知恵熱を起こして頭から白い煙を上げて突っ伏すのだった。

 

 

 



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第58話 勝利の女王軍

 その頃ブーディカ軍は、フランス南東部のリヨンまで到達していた。ここからは川沿いに南下してアビニョンで左折、インペリアあたりからはローマ市まで海岸沿いを進む予定である。地理に詳しくないので、分かりやすい道を選んでいるのだ。

 兵士たちはその気になれば不眠不休で行軍できるのだが、そうするとブーディカの負担が重いのと、夜間の行軍は危険なのもあって、日没後は停止としていた。またローマの石畳の道路を普通に利用できるので行軍ペースは速く、1日35キロくらいである。

 ところで、前回の反乱ではローマ人の街を滅ぼしていたブーディカだが、今回はそれをしていない。というのは、仲間のスパルタクスが非戦闘員の一般市民は圧制者ではないから殺すべきではないと言って反対したからである。

 何しろ彼は大事な戦力だし、彼の反対を押し切って殺戮したらこっちに刃を向けかねないので「今は」向かって来ない街は放置することにしているのだ。行軍が速いのはそのおかげでもあった。

 普通の軍隊なら街から食料その他を徴発する必要があるが、ブーディカたちにはいらないし。

 

「ネロ……ローマ……みんなの仇! 絶対許さない!」

 

 ブーディカは本来なら母性的な包容力に満ちた心優しい女性なのだが、今はその美貌は憎悪と殺意に歪んで鬼気迫るものがあった。

 まずはローマ市にいるだろうネロを斃して正統帝国とやらを崩壊させる。それが今の彼女の唯一の行動原理だった。欲を言えば直接自分たちを虐げたカトゥスやスエトニウスといったローマの高官たちも討ちたかったのだが、生死不明なので後回しにしている。

 彼女はルーラーアルトリアが推測したようにサーヴァントであり、クラスは通常の騎兵(ライダー)ではなく復讐者(アヴェンジャー)で、宝具は「約束されざる反逆の路(リベリオン・オブ・ブディカ)」。これもルーラーの推測通り、生前の配下23万人の兵士を「召喚」するものだ。使えるのは1度の現界につき1度きりで、しかも倒された兵の補充はできない。

 なおこの兵士たちは基本的にブーディカの指示通りに動くが、テレパシーや感覚共有といった芸当はできず、意思疎通は生前のように文書や口頭で行う。この辺は似た宝具を持つレオニダス一世やダレイオス三世、イスカンダルも同様である。

 

「ネロ……今度こそ!」

 

 リヨンの城壁の上からこちらをこわごわ見つめている守備兵たちを憎々しげに見返しつつ、ブーディカは低い声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 カルデア一行の作戦会議の結論としては、ファヴニールは1度見せてしまった以上たまには顔出しすべきだが手助けはほどほどに、サーヴァントたちの活躍も状況次第だがほどほどにという実に玉虫色なものとなった。具体的な行動はネロとラクシュミーが開く軍議で決まるだろう。

 ただサーヴァントを倒せるのは(神霊や強力な幻想種といった例外を除けば)サーヴァントだけとはいえ、敵大将2人を討ち取る手柄を少人数の傭兵団がかっさらっていいかどうかについては議論になるかも知れない。アルトリアズがやるという形なら大丈夫だろうか?

 まあその辺りはネロの判断に任せるとして、光己たちが休息をとっていると、アルトリアとスルーズが戻ってきた。ネロが元気になったので、軍議をしたいから呼んでくるよう頼まれたらしい。

 

「ただ私たちが全員行くと出席者の所属の人数比が偏りますので、私とルーラーとXX、それとマスターと誰か1人軍略に長けた者だけでというお話でした」

「じゃあ景虎かな。それにしてもネロ陛下よく働くなあ、もう少し休んでもいいと思うけど」

「それだけ危機感が強いのでしょう。実際かなり危険な状況ですし」

「そうだなあ」

 

 光己はアルトリアとそんなことを話しつつ、ふと目が合った景虎にも声をかけた。

 

「それにしても景虎が仲間になってくれてホント良かった。軍略の話だとマジで頼りになるし」

 

 何しろ今回の仕事は、フランスの時と違って人間の軍隊同士の戦争だ。アルトリアズも戦場に出た王だから軍事学の基本は修めているが、名戦略家というわけではないので、軍神と称えられたほどの戦上手の存在は実に心強かった。

 

「はい、どう致しまして」

 

 マスターの称賛に景虎はやわらかく微笑んだ。

 

「でも不思議な気分です。人の下について槍を振るったり、下問に答えたりするのをこんなに心地よく感じるなんて。

 人ならざる性分の私にかように思わせる者がこの世にいたとは、我ながら驚きです。

 ……あー、いえ。マスターは私たちに命令的な態度を取ったことはありませんから、『下について』という言い方は間違いですか」

「んー、そう思ってくれてるなら嬉しいよ。

 俺は一応リーダーだけど、給料出してなくてボランティアしてもらってるだけだからなあ。上から目線で命令なんてできないからさ」

「おや、私はとても素晴らしいものをいただきましたし、今もいただいておりますが。

 ああ、お互い様だから勘定しないということですか?」

「……景虎」

 

 そこまで言ってもらえるとは。何かこう、胸に暖かいものが湧いてくる。

 

「……マスター」

 

 景虎もそうだったらしく、ついっと半歩寄って来た。光己は思わず抱きしめそうになってしまったが、これから軍議なのでぐっとこらえて終わってからいちゃつくことにする。

 無論下心などない。仲間と親睦を深めるのは最後のマスターとしてもはや義務だからだ!(下心がないとは言ってない)

 ―――それはそうと、ルーラーアルトリアとヒロインXXと景虎をともなってネロの幕舎に赴く光己。途中でラクシュミーと出会った。

 

「おや、貴殿たちもか」

「はい……って、お一人ですか?」

「ああ、荊軻は偵察に行った。急ぎだからな」

 

 荊軻は馬に乗った兵士より速く動けるので、斥候としても優秀なのだ。なお彼女の場合偵察が暗殺になることもよくあるが、今回の標的は連合帝国や秦帝国と違って「圧迫してくる大国」という感じがしないのであまり気乗りがしないらしい。

 そして一行がネロの幕舎につくと、皇帝陛下はすでに席について待っていた。

 

「休んでるところを呼び立ててすまぬな。しかし聞けば敵の斥候がここまで来たそうだし、せめて今後の計画なりとも立てておかねば気が落ち着かぬのだ」

 

 そう言うと、ネロは従者を部屋から退出させた。出席者が新入りや異国人ばかりなので、こうした方が忌憚なく話せるだろうという配慮である。

 

「はい」

 

 光己たちが頷いて席につき、まずラクシュミーが戦況について説明する。

 ブーディカが来る前は、ガリアにおける正統側の勢力範囲はマッシリア周辺のわずかな範囲に過ぎず、残りは全部連合側の領土だったが、今はカエサルが撤退したので無主地になっている。とはいえ、ブーディカとカエサルを撃破しなければ取り戻すことはできないだろう。

 ブーディカの所在地はまだ分からないが、ここからそう遠くない所にいるはずで、斥候を大勢派遣したからいずれ判明するはずだ。

 

「ふむ、つまりブーディカの居場所が分かり次第出撃するということか?」

「はい。あとここからは少々現実離れした話になりますが―――」

 

 ラクシュミーはそう前置きしてから、斥候を捕らえに行った光己たちの報告で、その斥候が人間ではなく魔力でつくられた自動人形(オートマタ)のごときものであったこと、ブーディカ本人も「サーヴァント」である可能性が高いことが判明した旨を告げた。

 

「…………そうか。伯父上とローマの英雄に続いて、余に反乱を起こして斃れた者まで呼び出して戦わせるのか。連合の首魁はどこまで余、あるいは余のローマに恨みがあるのであろうなあ」

 

 ネロはショックが大きかったらしく、うつむいて口を閉じてしまった。あるいは頭痛と疲労が治り切っていないのかも知れない。

 ルーラーアルトリアがあわててフォローを入れる。

 

「いえ陛下。陛下には私たちと、忠勇なる兵士と市民たちがいるではありませんか。

 連合についた者は確かに多いですが、陛下の下で戦おうという者も大勢いるのです」

「…………む、確かにそうだな。何があろうと、余が落ち込んでいては示しがつかぬ。

 ふがいない所を見せてしまったな、許すがよい」

 

 ネロは一応立ち直ったようだが、なにぶん労働量的にも精神面的にもハードな状況なので、今後も適切なケアが必要だろう。少なくとも光己にはそう見えた。

 

(その辺はルーラーとアルトリアに任せるしかないけど、ブーディカが現界したのって首魁の仕業なのかな?)

 

 抑止力あるいは聖杯が召喚したカウンター、いわゆるはぐれサーヴァントが何かの間違いで敵に回ったということも考えられる。どちらにしても光己たちがやることは同じなのだが。

 

「それで仮にブーディカとスパルタクスがサーヴァントであった場合、何か特別な対策が必要になったりするのか?」

 

 これはルーラーへの質問である。ラクシュミーと荊軻は自分たちがサーヴァントだと明かしていないので、ネロもラクシュミーにサーヴァント対策を訊ねたりはしないのだ。

 

「はい。たとえ生前は一般人並みの身体能力だったとしても、サーヴァントになれば超人的なものになりますので、普通の兵士を何人当てても無駄死にするだけになります」

「……むう。確かにあの時の偽伯父上は、姿こそ生前そのままだったが、明らかに異常な力を持っていたな。

 すると、ブーディカとスパルタクスを討つのはそなたたちに任せるしかないのか?」

「はい、ただ敵将2人を討つ手柄を私たちが独占していいものかどうか。

 もしブーディカがサーヴァントだった場合、彼女を討てば配下のブリタニア兵も消えますので、つまり20万人討ったのと同じ手柄になりますから」

「なんと!?」

 

 大将だけ討てばいいというのは朗報だが、確かにそれは功績が巨大すぎる。カルデア傭兵団が独り占めしたら反発を招くのは必至だ。

 ルーラーたちが皇族としてやる分には……いやそれでも嫉視は免れないか? それとも皇族としてローマのために奮闘したとして称賛を得られるか? 少なくとも3人の地位を確固たるものにする効果は見込めるが……。

 

「うーむ、これはもう余みずから討つしか?」

「……陛下」

「い、いや冗談だ。余は歴代皇帝の中でも抜きんでて豪華絢爛だが、常識もわきまえておるゆえな」

 

 ネロは少なくとも恩賞方面では反発を抑えられそうな案を出してみたが、景虎に何かこう人ではないナニカのような怖い眼光をぶつけられてすぐ引っ込めた。

 いや彼女の主張が真っ当なのは分かっているのだが。

 

「そうなると、やはりルーラーたちに頼むしかないか。

 まあ連合征伐の暁にはミツキにガリアとブリタニアを与えてもいいと思っているから、余がケチだとは言われまいが」

 

 手柄を立てる名義人と恩賞を受け取る名義人が違うが、これはアルトリアズが帝位どころか政治向きのことにかかわること自体を避けたがっているという事情によるものだ。

 何だかんだと口さがない者もいるだろうが、この辺はネロがどうにかするしかなかった。それこそアルトリアズは政治にかかわらないのだから。それはネロにとってもありがたいことであるのだし。

 

「…………」

 

 景虎はまだ何か言いたげだったが、口は開かなかった。

 いくら光己とアルトリアズを信用しているからといって領土を与えすぎだと思ったのだが、自分たちはネロが言う「連合征伐の暁には」立ち去る身である。無用の諫言なので控えたのだった。

 

「―――ブーディカとスパルタクス2人の対策はそれでいいとして、20万人を率いる大将がそうそう最前線には出て来るまい。それまではどのように戦うべきか?」

「はい。ブーディカについて調べたところ、前回の反乱ではスエトニウス総督の戦術で大敗していますから、狭いところで戦おうとはしないでしょう。

 数の利を活かしやすい、広い場所を選ぶはずです」

 

 これはラクシュミーの言葉だが、やはり同じ結論にいきつくようだ。

 

「しかし我が軍はカエサルとの戦いを控えていますから、正面衝突して消耗戦になるのは避けたいところです。

 そこで―――」

 

 その後軍議は1時間ほど続いた。

 

 

 

 

 

 

 それから何日かして。ネロ軍とブーディカ軍はアビニョン近郊の平原で向かい合っていた。

 周囲は平坦で、山や森や谷といった策略を使えそうな地形はない。景虎の読み通り、ネロ軍を発見したブーディカ軍がここにとどまって、ネロ軍が街を救援しに来るのを強いたのだ。

 距離は約500メートル、弓矢はまだ届かないが、戦場にはすでに濛々(もうもう)たる兵気がたちこめており、数分後には始まるだろう大激戦の予兆を告げていた。

 ローマ軍は通常通り、兵士を横長に並べた横陣を敷いている。ブーディカ軍は前衛と後衛に分かれており、前衛はローマ軍と似た形だが後衛は円陣を組んでいた。

 というのは、実はブーディカ軍の戦士は6万人ほどで、残る14万人は彼らの家族なのだ。その14万人が後ろで幌馬車に乗っているのだが、彼らもまったくの非戦闘員というわけではなく、石ころをたくさん集めて持っていた。投石紐(スリング)による投石は弓矢に匹敵する射程と戦場でも実用に足る威力があるのだ。

 

「ローマ人は収奪と暴虐の限りを尽くしたあげく、戦士だけでなく女も子供も家畜も殺戮した! 私たちと奴らは共存できないんだ」

 

 ゆえにブーディカは全員に戦うことを求めたのだ。

 両軍がさらに近づく。

 しかしローマ軍はある距離でいったん足を止めた。ブーディカ軍はわずかに不審をいだいたが、策略の気配は見えないのでそのまま進む。

 実際、ローマ軍からは小柄な少女が1人出てきただけだし。

 

「アッセェェェェェェイ! 我らが愛で、圧制者を滅ぼすべし!!!」

「おおおおおっ!!」

 

 鋼のような筋肉を持つ巨漢を先頭に、雄叫びをあげながら突進するブーディカ軍。

 対してローマ軍はまだ動かず、少女が剣を両手で構えただけだった。

 

「勝利の女王……貴女とは肩を並べて戦う盟友として出会いたかったものですが、ことここに至ってはやむを得ません。せめて全力で立ち合いましょう。

 ……束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流」

 

 構えた剣に膨大な魔力が集まり、それと共に剣が放つ金色の輝きが強まっていく。

 少女が剣を大上段に振り上げると、光は直径数メートルほどにも膨張した。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)ーーーッ!!」

 

 ついで剣を振り下ろすと、高熱を伴った黄金の奔流がほとばしってブーディカ軍の中央部に強烈な(くさび)を打ち込んだ。

 

 

 




 初手聖剣ぶっぱ(ぉ
 でもエクスカリバーって攻撃面積は狭いんですよね。剣を横に振って扇状に光が広がるならもっと広範囲を攻撃できると思うのですがー。




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第59話 叛逆者

 金色の閃光が怒涛のごとく地を(はし)り、ブーディカ軍の先頭にいた巨漢戦士に真正面からぶち当たる。

 光の斬撃の破壊力と熱量は圧倒的で、戦士はひとたまりもなく蒸発するかと思われた。しかし戦士は体の3割ほどを失いつつも、なお己の足で立っている。

 

「ス、スパルタクス将軍! 大丈夫なのですか!?」

 

 近くにいたブリタニア兵が、驚愕と畏怖の表情で問いかける。

 なお閃光の断面はスパルタクスの体より大きかったので、彼が受けなかった分はそのまま後ろに流れて兵士たちを消滅させていた。そのためブーディカ軍の前衛は左右に真っ二つになっており、それだけでも「約束された勝利の剣(エクスカリバー)」の威力の程がうかがい知れた。

 

「アイイイイイイ!!!」

 

 スパルタクスが昂然と顔を上げ、天に向かって高らかに咆哮する。体の前面はぼろぼろになっているが、痛みを感じていないかのようだ。

 いや、その傷口が急速に治癒し始めているではないか。

 

「……あれは彼の宝具『疵獣の咆吼(クライング・ウォーモンガー)』の効果です!

 スパルタクスは受けたダメージを魔力に変換してため込んで、治癒や攻撃に転用できるようです」

 

 アルトリアといっしょに前線に来ていたルーラーアルトリアがあわてて解説を加える。しかしまさか、「約束された勝利の剣(エクスカリバー)」の直撃に耐えるほどの強靭さと回復力を持っていたとは。

 となると、彼を倒すには治癒が追いつかないほどの連続攻撃、あるいは頭部を砕くとか心臓を打ち抜くとかいった一撃死的な手段しかなさそうだ。

 

「…………」

 

 勇敢さでは人後に落ちないローマ兵たちも、この奇怪な光景にはさすがに恐れをなして青ざめている。あえて彼に襲いかかる度胸がある者はいなかった。

 しかしその時、ローマ兵もブリタニア兵も頭上に何か異様な気配を感じた。

 

「……!? な、何だあれは……ド、ドラゴン!?」

 

 彼らがそちらに顔を向けると、何と両軍のちょうど真ん中あたりの上空に体長30メートルほどもあろうかという巨大な黒いドラゴンが飛んでいた。いつの間に現れたのであろうか。

 ドラゴンは底知れぬまなざしで地上の人間どもを見下ろしている。敵か味方か? 何をしに来たのだろうか?

 

「おお、あれはまさしくあの時の竜! また助けに来てくれたのか」

 

 しかし過去にドラゴンを見たことがある者もいて、彼女は喜びの声をあげていた。

 かの竜は藤宮光己の祈りに応えて現れるそうで、ただし来るか来ないか、来たとしてどのくらい助けてくれるのかは竜の一存によるらしい。また竜とは言葉が通じないので、普段どこで何をしているかも分からないという。

 何とも確実性に欠ける援軍だが、元々竜は人間とは敵対的な種族なのだから、こちらを攻撃してこないだけでも儲けものというべきだろう。

 

「ほう、あれが件の竜ですか。味方なら頼りになりそうですね」

「なるほど、西洋の竜は翼があるのか」

 

 なおラクシュミーと荊軻はすでに竜の正体をこっそり教えられているので、単に話を合わせているだけである。

 

「…………」

 

 竜はしばらく沈黙していたが、やがてブーディカ軍の方に顔を向けた。

 そして口腔から青い火球を吐き出す。狙いは前衛の中央やや後方、つまり本陣あたりのようだ。

 

「……!」

 

 次に何が起こるのか察したブリタニア兵たちが恐怖に体を震わせたが、打てる手立ては何もない。うつろな目で火の玉を見つめつつ、ただその時を待つだけだった。

 

 

 ―――轟ッ!!!

 

 

 地面にぶつかって炸裂した火球がすさまじい熱波と爆風をまき散らし、数千人を吹っ飛ばして消滅させる。負傷者はその倍以上になるだろう。幻想種の頂点といわれるだけあって恐るべき威力だった。

 

「うっ、ぐ……あ……な、なんで」

 

 ブーディカは幸い直撃は免れたため、灼熱の暴風で地面に叩きつけられ、ケガと火傷はしたものの命は無事だった。

 しかしすぐには立ち上がれないレベルの痛手だったらしく、うつ伏せに倒れたまま歯ぎしりして怨嗟のうめきをもらす。

 

「な、なんで竜がローマの味方を……? 両方攻撃するなら分かるけど、なんであたしたちだけ」

 

 ローマに守護竜がいるなんて話は聞いたことがない。野生の幻想種や魔物が人間を攻撃するのはままあることだが、初手がブリタニア軍の本陣を狙い撃ちとはあんまりではないか。

 

「くっ、う……でもまだ動ける。動けるうちは諦めない……!」

 

 ブーディカは痛みと熱さをこらえながら、四肢に力をこめて何とか立ち上がった。

 ふらつく足をふんばって周りを見回してみるに、どうやら竜の攻撃はさっきの1発だけのようだ……というかいつの間にかどこかに去ってしまっていた。

 

「???」

 

 ドラゴンがローマの味方をするなら何発でも火球を吐けばいいものを、なぜ1発だけなのか。どういうつもりなのだろう。

 しかしこれならまだ戦える。普通の軍隊ならさっきのビームと今の火球で戦意喪失して壊走していただろうが、この軍はブーディカが諦めない限り逃げないのだから。

 

「でもほんとにどうして……あ、もしかしたら」

 

 ひょっとしたらさっきの竜は、サーヴァントが召喚したものなのかも知れない。それなら1回攻撃しただけで退場したのも頷けるし、ビームもサーヴァントの宝具ということで理解できる。何が原因でこの地にこんな大勢のサーヴァントが現界しているのかはまったく分からないが、ローマ帝国に敵対する者がいれば味方する者もいるということだろう。

 

「それなら、混戦に持ち込めば……!」

 

 正統帝国のサーヴァントが魔力を回復させても、混戦になったらあんな無差別攻撃宝具は使えまい。ブーディカは剣を天に掲げて、改めて突撃を命じた。

 

 

 

 

 

 

 一方加害者の光己は戦場から少し離れた草原で、スルーズの認識阻害の魔術で姿を隠しつつ、人間モードに戻って服を着ていた。

 火球をブーディカ軍の本陣と思われる所に吐いたのは、竜の初撃でブーディカが斃れたなら例の各方面への配慮がいろいろ丸く収まるのではないかと思ったからだが、残念ながらそこまでうまくはいかなかったようだ。

 しかし2発3発と吐いたら助け過ぎになるので、今回はここまでということで退場したのである。

 なお出撃する時は「兵士の行軍といっしょでは祈りに集中できない」という名目でいったん軍から離れて、終わったら戻るということにしてあった。これなら光己自身が竜だということはバレないだろう。

 むろん1人で行動するのは危険という理由でボディガードもつけている。空を飛べるスルーズ、ヒロインXX、カーマの3人だ。竜殺し対策としてだけではなく、空を飛べればローマ軍の中との行き来も楽になるし。

 なお光己たちの軍中での定位置には、空から帰る時分かりやすいよう独自の旗印、具体的には「毘」「龍」の2本の特別製の旗が立てられている。カルデア勢が前線に出るということで光己が先鋒大将に任命されたのだが、実際に兵士の指揮をするのは景虎なので、彼女の希望が通ったというわけだ。

 

「ブーディカを斃せなかったのは残念ですが、ブリタニア軍の士気は下がったでしょうし指揮系統も乱れるはずですので、十分役に立ったと思いますよ」

 

 その定位置に帰る途中、XXがそんなことを言った。

 本陣には斥候や伝令が何人も詰めているので、彼らがいなくなると情報収集や報連相に多大な障害が出てしまうのだ。事実ブリタニア軍は竜が去ったことで進軍を再開したが、明らかに部隊間の連携がとれておらず、隊伍が乱れている。

 このままぶつかり合うなら、ローマ軍は比較的少ない犠牲で勝てそうだが……。

 

「それにしても、サーヴァントがいる軍と戦う兵士さんって可哀そうですねー」

 

 カーマが愉悦の表情で呟く。

 確かに一般兵がドラゴンブレスだの「約束された勝利の剣(エクスカリバー)」だのを見せつけられたら怖いなんてものではないだろう。サーヴァントは宝具なしでも一騎当千だし、超人は超人同士でどこか遠くでやってくれというのが彼らの率直な本音かも知れない。

 

「それはそうと、これからどうなさいますか?」

 

 と、わざわざスルーズが光己に聞いたのは、例によって勇士育成計画である。

 今ちょうど上空にいて戦場を俯瞰(ふかん)できるので、大軍同士の戦いの中での状況判断をしてみてもらおうと思ったのだ。

 

「んー」

 

 光己は単に景虎の所に戻ればいいと思っていたが、問われたからにはそれで済ませてしまっては芸がない。軽く頭をひねった。

 

「そうだな。せっかく全景を見てるんだから、これ覚えて景虎に報告すればいい風に使ってもらえそうだな」

 

 ブリタニア軍はこの方法を使えない。当然有利になるだろう。

 

「いや待てよ。どうせなら誰かに空に残ってもらって、何かあるたびに通信機で報告するってのはどうだろう」

「おお、マスターくんなかなかうまいこと思いつきますね」

 

 XXがぽんと手を打ってそのアイデアを称賛する。

 空に残る者は戦闘に参加できなくなるが、指揮官がリアルタイムで戦況を報告してもらえるというのは相当なメリットだ。

 

「でも今回はそこまでしなくていいと思いますよ。現状を教えるだけで十分かと」

 

 今回はすでに敵の指揮系統を乱したので、機敏な動きや予想外の策略といったことはできないだろうから、リアルタイム情報よりサーヴァント1騎、具体的には自分の戦力の方がお得だと見積もったのである。

 

「それにブーディカ軍がどう動いても、正統軍は大きな反応はしないと思いますし」

「ん、何で?」

 

 確かに光己の目から見ても(積極的に見たい光景ではないが)ブリタニア軍は果敢に攻めてきているが、ローマ軍は前に出ず堅守防衛をモットーにしているように思えた。何故だろう?

 

「それはもう、倒したら消えちゃう兵なんて倒しがいがありませんから」

 

 倒したら消えるということは、手柄首をあげても証拠は残らないし戦利品も手に入らないということだ。それでは積極的に敵を倒そうという意欲が湧かないのは当然だろう。

 ローマ兵たちは話を聞いた時は半信半疑だっただろうが、実際に消えるところを見てしまっては信じるしかない。心理状態を「ガンガンいこうぜ」から「いのちだいじに」に切り替えて、カルデア勢がブーディカとスパルタクスを倒すのを待つことにしたのである。

 ラクシュミーはもちろん兵士のそうした心情の変化はあらかじめ予測していて、最初から防衛重視の陣形を組んでいたからローマ軍の動きに遅滞はない。

 

「なるほどなー」

 

 光己は何となく納得いかないような気がしたが、まあ仕方がない。

 さらに見てみると両軍の真ん中あたりに小さな空白地ができており、そこで6、7人が戦っているようだ。

 

「もしかしてあそこにスパルタクスってやつがいるのかな?」

「多分そうですね。一般の兵士さんたちは巻き添えにならないよう離れているのでしょう」

「あー」

 

 さっきカーマが言ったことだが、サーヴァント同士が戦っている空間なんて一般兵には魔境だろう。避けたくもなるというものだ。

 

「じゃあ俺たちはどうするかな。景虎に報告してからそっちに合流?」

「そうですね。でも報告は私だけで十分ですから、マスターくんたちは直行してもいいかと」

「わかった、それじゃお願い」

 

 こうして光己たちは再び戦場に舞い戻ることになった。

 

(ふむ。XXがちょっと助言しすぎでしたが、マスターは学ぶ所があったようですからよしとしておきますか)

 

 ちなみにスルーズの感想はこんな感じである。

 

 

 

 

 

 

 その空白地では、金時とスパルタクスが熾烈な一騎打ちを繰り広げていた。

 最初から袋叩きしてもいいのだが、それはあんまりということで、金時が武人らしく、まずは正々堂々の勝負を挑んだのである。

 

「ふんぬぅっ!」

 

 体が大きい上に得物を持っている分間合いが広いスパルタクスが、先手を取って剣を振り下ろす。

 筋肉量的に見てスパルタクスの方が腕力はかなり強そうだが、素早さは金時が勝っているようで、ぱっと斜め前に出て剣をかわしつつ、素手の間合いに踏み込む。

 

「スマァッシュ!」

 

 大きなメリケンサックをはめた拳でまずは脇腹にフックを入れ、ついでアッパーを顎に打ち込む。大柄な金時の倍近い体重があるスパルタクスの巨体がぶわっと宙に浮かんだ。

 サーヴァントは体重に比べてパワーが桁違いに強いので、上向きの打撃が入るとあっさり浮いてしまうのである。

 

「いいぞぉ!」

 

 だが巨漢の戦士はたいして痛そうな素振りを見せず、着地するとすぐ斬りかかってきた。

 今度は金時の頭部を横に薙ごうとする一閃である。金時はかがんで避けると彼の膝の横にローキックを入れたが、スパルタクスはなんとその蹴られた脚で蹴り返してきた。

 

「ぐっ!? やるじゃねェか」

 

 避けようもなく、腹にいいのをもらって吹き飛ぶ金時。

 何とか転ばずに両足で着地したが、スパルタクスは容赦なく追いすがってくる。

 

「へっ、このくらいでへばるかよ」

 

 ただ間合いが狭い金時は、どうしてもスパルタクスの攻撃をかわして反撃するという形になってしまう。しかし怖気づく様子はなく、斜め上からの袈裟がけ斬りを避けると、後ろに回り込んで彼の腰を殴った。

 

「んぐぅ!」

 

 かなりの威力だったが効いている様子はない。というかけっこうなケガはさせているのだが、彼は痛みを気にしてなさそうな上にすぐ治ってしまうのだ。

 格闘能力だけならあるいは金時の方が上かも知れない。しかし自動治癒する敵を倒し切るだけの殺傷力は持っていなかった。

 

「んー、こりゃそろそろ潮時か!?」

 

 あまり時間をかけるのも良くないし、一騎打ちはこの辺でお開きか。金時がそう思ったちょうどその時、光己とスルーズとカーマが到着した。

 それを見たスパルタクスが、なぜか光己に注目して目の色を変える。

 

「……!! おお、圧制者よ!!」

「ふえ!?」

 

 怒ったような喜んだような、不思議な感慨をこめた大声で呼びかけられて、光己は一瞬戸惑った。

 

「お、俺のことか!? いや俺は圧制なんてしてないぞ、というか連合帝国が圧制の元締めだろ」

 

 すぐに論理立った返事ができた光己は褒められていいだろう……。

 スパルタクスが大きく頷く。

 

「うむ、確かに連合帝国を名乗る(ともがら)は圧制の権化。打倒せねばならぬ。

 だが、君もまた未だ圧制者ならざる圧制者。ゆえに出会ってしまった以上叛逆する」

「意味が分からん!!」

 

 スパルタクスは光己があのドラゴンだと見抜いたわけではないのだが、何か圧制者的アトモスフィアを感じたようだ。

 むろん光己には納得しがたい話で抗議したのだが、巨漢はまったく聞く耳持ってくれなかった。

 

「どう見ても説得不能! みんな頼む!!」

 

 しかも金時を放置して襲いかかってきたので、光己はあわててサーヴァントたちに援護を頼んだ。

 まずマシュが盾をかざして彼の前に立ち、他のメンツも一斉攻撃を始める。

 

「ど、どうにかなっちゃえ~~」

 

 カーマがさすがに怖いのか、ちょっとどもりつつ光の矢を射る。すべて刺さったが、スパルタクスは気にもしない。

 

「えええっ!?」

「行かせませんよ!」

 

 次はアルトリアが斜め前から斬りつける。スパルタクスは剣で受けたが、伝説の聖剣は止め切れずにぽっきり折れて、そのまま胸から腹にかけて斬り裂かれた。赤い血が派手に飛び散る。

 

「んはぁっ! いいぞぉ」

 

 それでもスパルタクスは止まらず、左拳を振るってアルトリアを殴りつける。アルトリアはとっさに左腕を上げてガードしたが、そのガードごと吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。

 

「な、なんてパワーだ」

 

 光己が驚いている間にもスパルタクスは迫ってくるが、次はスルーズが槍を太腿に突き立てる。グングニルのレプリカだけあって貫通したが、スパルタクスはそれを抜こうとせず、そのまま反撃の拳を突き出した。

 

「そう来ることは分かっていました」

 

 それをスルーズはがっちりと盾で受ける。神鉄の盾を素手で殴ったスパルタクスの拳が割れて血がにじむが、スルーズも彼のパワーを受け切れず、槍から手が離れて地面を転がってしまう。

 

「こ、これがかの奴隷解放戦争の英雄の力ですか……!

 でも先輩には手出しさせません!」

 

 さらに近づいて来たスパルタクスを前に、マシュが決死の覚悟で盾を構える。全身で盾をささえれば、いかに豪腕の彼でも簡単には突破できないはずだ。

 しかし巨漢戦士は彼女の前で足を止めると、盾の十字架の部分を両手で掴んだ。そのまま斜め上に放り投げてしまう。

 

「きゃあっ!?」

「マ、マシュ!?」

 

 まさか最硬の盾にこんな攻略法があったとは。なるほどスパルタクスの体格と腕力なら、持ち主ごと盾をぶん投げるくらいたやすいだろう。

 しかも光己が一瞬あっけにとられた隙に、叛逆者は彼の真ん前まで到達していた。

 

「し、しま……」

「我が誇りを受けるがいい!!」

 

 光己がその豪拳をしゃがみこんで避けることに成功したのは、日頃の訓練の成果と誇っていいだろう。しかし叛逆者の攻撃がそれで終わるはずもなく、第二撃で鞠のように蹴り飛ばされた。

 

「くぅあっ……!」

「……!? 妙な手応え!?」

 

 歴戦の戦士でも内臓破裂で即死の威力だったが、スパルタクスは斃せていないと思ったのか、なおも止まらず光己を追った。それを、ルーラーアルトリアが放った光のライオンが脚に組みついて妨害する。

 スパルタクスはライオンを殴って振り払ったが、それで稼いだ数秒の間にブラダマンテが割って入った。

 

「よくもマスターを!」

「おお、圧制者に味方するか!」

 

 体格的にはブラダマンテに勝ち目はまったくなさそうだが、少女騎士は盾をかざして防御する、と見せかけて全力で光らせた。

 

「ぐわっ!?」

 

 スパルタクスがいかに頑強だろうと目潰しは効く。反射的に足を止めて両手で目をかばった。

 その隙にカーマの第二射が再び全身に突き刺さる。

 

「ぬおぅ!」

 

 それでなお立っているのはもはや驚異だったが、今の矢は彼の注意を前面に向けるための牽制でもあった。スパルタクスの真後ろに、段蔵が気配もなく忍び寄る。

 そして跳躍して左手で彼の頭を抑え、右手を彼のうなじにそえた。その手首からは鋭い曲刀が伸びている。

 

「……御首級(みしるし)、頂戴致します」

 

 ついで刃を思い切り横に薙いで、巨漢戦士の首を切断したのだった。

 

 

 




 スパさんを仲間にするのは無理でしたo(_ _o)




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第60話 女王との対面

「…………はあー、死ぬかと思った」

 

 光己がむっくりと上体を起こすと、スパルタクスが金色の粒子になって消えていくのが目に映った。

 いかに自動治癒が強力でも、首を刎ねられてしまってはおしまいのようだ。それでも闘志は残っているのか「この快感を、倍返しに……」などと怪しげなことを言っているが、聞こえないフリをする。

 スパルタクスが斃れたことで勇敢な、あるいは無謀な少数のブリタニア兵たちが仇討ちせんと襲いかかってきたが、無傷ですんでいた段蔵やカーマたちが撃退していた。ブリタニア兵たちは生きた人間ではないから手加減しなくていいので、容赦なく頭や心臓を打ち抜いて消滅させている。

 元一般人の少年としてはあまり見ていたい光景ではないので、目をそらして仲間たちに声をかけた。

 

「スパルタクスは悪党ってわけじゃなさそうだったけど、いろんな意味で説得するの無理だったよな……ってことで、みんな大丈夫?」

「はい、私は平気です」

「おうよ。大将こそ大丈夫か?」

「ああ、俺は大丈夫。あんな怖かったのは久しぶりだけど」

 

 アルトリアたちは多少のダメージは残っているが、戦闘に支障が出るほどではなさそうだ。それでも光己は慎重に、スルーズに頼んでルーンで治療してもらった。

 そこにマシュが面目なさそうな顔でおずおずと近づいてくる。

 

「あの、先輩……すみません」

「おーマシュか。大丈夫だったか?」

「はい、私は受け身を取りましたので。でも先輩は……その」

 

 いや彼は無敵アーマーのおかげで無事だったのは見れば分かる。

 しかし最後のマスターを守る任務を負った盾兵たる者が、あんな簡単に引っぺがされてマスターが一撃くらうハメになってしまうとは。もし光己が竜の血を飲んでいなければ死んでいた。

 

「…………」

 

 マリアナ海溝ばりにずーんと重く沈んでしまうマシュ。

 何と謝っていいか分からないでいる様子だ。

 

(あー、マシュだとこうなるかあ)

 

 光己はマシュを咎めるつもりなど毛頭ないのだが、当人は責任感はある方だからそれでは納得しなさそうだ。何かそれらしいことを言ってやる必要があるだろう。

 

「んー、確かに今回のはヤバいミスだったな。

 でももう終わったことをいつまでも悔やんでても何にもならんから、今後は同じことしないようにしてくれた方が俺は助かる。

 具体的に言うと、今後はマシュも訓練に参加すること。ヴァルハラ式は危ないから21世紀式でいいけど」

「…………は、はい!」

 

 マシュはぱっと顔を上げ、握り拳を固めて賛同の意を示した。

 確かに彼が言う通りだ。落ち込んでいても過去は変わらないし、いくら自分を責めてもうまくやれるようになるわけではない。なら心機一転して戦闘訓練をする方がずっといいというものだ。

 いやまあ人理焼却以前もトレーニングはやっていて、実技方面はかなりへっぽこだったのだけれど。

 

「ん、じゃあ今後ともよろしくな。

 ……というわけで、みんなそろそろ行ける?」

 

 まだ戦いは続いているのだから、いつまでもお話してはいられない。光己がサーヴァントたちを見渡すと、ルーラーアルトリアがこっくり頷いた。

 

「はい、では行きましょうか。ブーディカはみずから駆け回って兵を激励しているようですが、位置は分かりますので。

 ですが万単位の兵の中を突っ切っていくのは相当の戦闘が予想されますから、マスターは魔力がなくなってきたらちゃんとおっしゃって下さいね」

「ん、分かった」

 

 こうして準備が整っていよいよ出発となった時、ローマ軍の方からヒロインXXが飛んできた。

 

「マスターくんも皆さんも無事みたいですね、よかった。

 スパルタクスはどうなりましたか?」

「ああ、手強かったけど何とか倒したよ。これからブーディカのとこに行く所」

「そうですか、なら私も加わりますね」

「うん、よろしく」

 

 なおXXとルーラーは幕舎の中などでは水着姿だが、外に出る時は水着の上に街で買った服を着ている。特にXXの露出度は問題なので。

 

「それじゃ行こう!」

「はい!」

 

 ルーラーのスキルのおかげでブーディカの居場所までまっすぐ進める。しかしその代わり、カルデア勢の意図はブリタニア兵たちにすぐ察知されて、四方八方から襲いかかって来た。

 

「おおぅ、これは怖いな」

 

 無論彼らの剣や槍など光己にはまったく効かないのだが、女王を守るという一念で自分よりはるかに強いと分かっている敵に命を捨てて向かってくるさまというのは、精神的にはクるものがあるのだ。

 彼らが生前からそうだったのか、それとも宝具でつくられた兵士だからかは分からないが。

 

「ホントに、何でここまでするんだろうな」

 

 段蔵やXXなど飛び道具を持っているサーヴァントの攻撃で、ブリタニア兵はほとんどが光己たちに近づくことすらできずに倒れ、消えていく。弓矢や投げ槍もマシュやブラダマンテたちが受けたり払い落としたりしていて当たらないし、無意味な抗戦といっていいだろう。逃げてくれればあえて追い討ちする気はないというのに。

 

「もしかしてこっちを消耗させるつもりだとか?」

 

 いくら強くても、人間ならずっと戦い続けていればいつかは疲れるし隙もできる。そこを突く気なのか? しかしサーヴァントは魔力さえあればそうした疲労はないし、その魔力を供給している光己は冬木の頃ならそろそろガス欠になっていたかも知れないが、現在の彼には十分余裕があった。

 いやブリタニア兵はこっちのそういう内幕なんて知るわけないのだけれど。

 

「とにかく前進!」

「はい! たとえつくられた人たちですぐ消える運命にあるとしても、不要な痛みを負う必要はないと思います」

 

 マシュは何か思うところがあるのか、光己の檄にそんな言葉を返した。

 そしてついにブーディカの前までたどり着く。ルーラーアルトリアの鑑定によればクラスは「復讐者(アヴェンジャー)」というエクストラクラスで、宝具は「約束されざる反逆の路(リベリオン・オブ・ブディカ)」。ここにいる兵士たちのようだ。

 

「ここまでか……ってずいぶん多いな!?」

 

 ブーディカはカルデア勢の人数の多さに驚いたようである。確かに1人+9騎というのはめったに見ない規模だろう。

 復讐の女王は女性としては大柄で光己よりやや背が高く、赤い髪を腰まで伸ばした荒々しい感じの美女だった。本来は物柔らかな癒し系の人物なのだが、今は憎悪に濁った瘴気を全身から噴き出している。しかし全身ヤケドとケガだらけで足もふらついており、もはや戦う力は残ってなさそうだ。

 白い上衣を着て赤いミニスカートを穿き、白と赤の外套をつけて長剣と円盾を持っているのはいいとして、胸元が大きく開いていて乳房を半分くらい露出しているのはいかがなものかと思われたが、仮にも女王が人前で着ている服なのだからそういう文化なのだろう。ネロやアルトリアも胸元を開けているし。

 アルトリアがちらっと周りを見渡して、ローマ兵がいないのを今一度確認してから1人でついっと前に出る。

 

「ええ。私たちははぐれサーヴァントではなくて、カルデアという組織から送られてきた現地班ですから」

「……カルデア?」

 

 ブーディカも腕を横に上げて、兵士たちがアルトリアを攻撃しようとするのを止めた。

 つまり会話に応じる姿勢を見せたのだが、それは回復する時間を稼ごうとか隙を見せるのを待つといった考えではなく、純粋にアルトリアの話に興味を持ったのと、彼女に王者の風格がある上に同郷人ぽい雰囲気を感じたからである。

 アルトリアはブーディカがアヴェンジャーとはいえ会話ができる冷静さが残っていたことにほっとしつつ、まずは名乗ることにした。

 

「はい、しかしその前に自己紹介を。私は今から450年ほど後にブリタニアの王になる、アルトリア・ペンドラゴンという者です。勝利の女王に会えたことを光栄に思います」

 

 するとブーディカは青緑色の昏い瞳に血の涙を浮かべて、悲痛な表情でアルトリアに詰め寄って来た。

 

「ならあたしの後輩、あたしたちの仲間じゃないか! なんでローマに味方するんだ。なんでローマに踏みつけられたあたしたちに追い討ちするんだ」

「―――」

 

 アルトリアはこの追及がくることは当然予測していた。よどみなく返事をかえす。

 

「私たちはローマに味方しているわけでもなければ、ブリタニアの敵になったわけでもありません。今ローマ帝国が滅びたら、人類自体が滅びるから助けているだけのことです」

「…………は!?」

 

 想像もしていなかった回答にブーディカの目が点になる。人類自体が滅びるとは、ずいぶん大仰な話ではないか。

 

「ん~~~~ん。嘘をついてるようには見えないが、しかし仮にあたしたちがローマ人を皆殺しにしたとしても、アジアやアフリカの人間は生き残るだろう。人類が滅びるというのは大げさすぎるのではないか?」

「そうですね、この件だけならそうかも知れません。しかし、ここと同じような特異点がまだいくつもありまして、その相互作用で人類史自体が焼却されるようになっているのです。

 もちろんブリタニアも」

「……!」

 

 ブーディカは人類史自体と言われても現実感が湧かなかったが、ブリタニアが焼却されると聞くとさすがに顔色を変えた。

 

「ブリタニアが焼かれる……? 誰が何のためにそんなことを」

「魔術王と呼ばれる者の企てですが、詳しいことは私たちにも分かっていません。

 しかし、彼が歴史上のターニングポイントにサーヴァントを送り込んで、歴史を狂わせているのは事実です」

「サーヴァント……確かにあたしも、何故こんなに大勢のサーヴァントがいるのか不思議に思っていたが、そういうわけだったのか」

「はい。元々の歴史では連合帝国なんて存在していませんし、女王の2度目の反乱もありませんでしたから」

「それはまあ、人理の影法師が歴史の表舞台に立って大きな顔するというのもおかしな話だからな。あたしが言えたことじゃないが」

「ええ。ですので、聖杯を手に入れたら受肉して、世界征服とか言い出す迷惑千万なヒゲ親父は見つけ次第駆除……失礼、話がそれました」

 

 こちらのアルトリアも誰かに隔意を持っているようだ。他の聖杯戦争の記憶でもあるのだろうか?

 

「ともかく、これで私たちが女王を止めに来た理由を分かっていただけたでしょうか」

「………………そうだな。あたしはみんなの無念を晴らすために戦ってたつもりだったけど、実は踊らされて、ブリタニアの子供たちを危険に晒してただけだったんだな」

 

 ブーディカはそこでいったん言葉を切ると、悲しげに首を振った。

 

「おまえたちがあたしをすぐ斬らずにこんな話をしたのは、あたしを味方にするためだと思う。もちろんあたしも、みんなを守るためなら何度だって命を張れる。

 でもここじゃダメだ。ネロやローマの高官を見かけたら、体が勝手に動かないと言い切れない」

「…………女王」

 

 アルトリアはとっさに言葉が出なかった。

 

「だからせめて、後輩のおまえの手で討ってくれ。ローマの連中にやられるよりマシだ」

「……分かりました」

 

 覚悟を決めた尊敬すべき先達にくどく強いるのは非礼だろう。アルトリアは説得をきっぱり断念して剣を構えた。

 しかしそこに慌てた声で待ったが入る。

 

「ストォーーーップ! まだ諦めるのは早いだろ」

「んん? おまえはサーヴァントじゃないようだが、何者だ?」

「あー、はい。カルデアでマスターしてます藤宮光己といいます。よろしく」

 

 ブーディカはまだ敵なので簡単な挨拶ですませると、光己はアルトリアの方に顔を向けた。

 

「せっかく先輩に会えたんだから、もう少しねばってみてもいいんじゃないか? 方法だってあるんだし」

「それはそうですが、しかし復讐心がゼロになるわけじゃありませんから……」

 

 その方法とやらにアルトリアはためらいがあるようだったが、ブーディカの方が関心を示した。

 

「どういうことだ?」

「あ、はい。女王がローマを憎むのは至極もっともなのですが、ブリタニアの民を天秤の片方に載せられて、なお抑えられないというのは、アヴェンジャーのクラス特性に引っ張られているのではないかという意味です」

「ああ、それは否定しないが……つまりおまえたちはサーヴァントのクラスを変えることができるということか?」

「察しが早くて助かります」

 

 アルトリアがしぶしぶ解説すると、ブーディカはふーむと考え込む仕草をした。

 

「……そうか、なら試してみてもらえるか? ダメだったらその時はその時だ」

「分かりました、女王がそう言うなら」

 

 アルトリアはブーディカが民を想う気持ちの強さに改めて敬意を深めつつ、スルーズを顧みて処置を頼んだ。もちろんスルーズに否はない。

 

「はい。ですが私だけでは難しいので、令呪を一画いただければ」

「わかった。じゃあ令呪を以て命じる、ブーディカのクラスを変えろ!」

「はい」

 

 光己の右手の甲に刻まれた紋章の一部がすうっと薄れ、そこに溜められていた魔力がスルーズに送られる。スルーズがそれを使って空中に何文字かのルーンを描くと、ブーディカが放つ気配がどんどん柔らかくなっていく。

 

「おお、やっぱりクラスに引っ張られてたのか」

 

 髪が短くなり、外套が消えた。表情も穏やかになり、快活な笑みを浮かべる。

 

「うん、だいぶ気分が楽になった。これならよっぽど挑発されない限り大丈夫だよ。

 手間かけたね。あたしのことは気軽にブーディカさんと呼んでいいよ」

 

 言葉づかいまで変わっている。どうやらクラス変更は成功したようだ。

 それはいいのだが、部下の兵士たちが消えていっているのはどうしたことか?

 

「そりゃまあ、あの子たちは復讐のために出てきたわけだからさ。あたしが復讐者でなくなったら消えちゃうよ。あー、もしかしてそっちがメインの目的だったのかな?」

「そ、そうなんですか……いやまあ、兵士が欲しくなかったといえば嘘になるんですが。

 でもブーディカさん本人が仲間になってくれるだけでもありがたいんで、歓迎ですよ」

 

 光己の偽らざる本音である。無論ブーディカが性格よさそうな美人だとかおっぱいだとか、そういう理由ではない。きっと。

 

「それと耳寄りなお話を1つ。ローマ帝国のことなんですが、放っておいても8年後にはネロ陛下は反乱起こされて自決することになりますし、帝国自体は続きますけどクラウディウス朝は滅びますんで、無理に復讐しなくても英霊の座から高みの見物でいいんじゃないかなと」

「へえ、ホントに」

 

 ブーディカはちょっと気持ちが動いたようだ。

 

「なら8年後でも今でもたいして変わらないってことで、やっちゃダメ?」

「絶対にノゥ!!!」

「あははは、冗談だって」

「いやブーディカさんだと笑えませんので」

 

 光己が心の底からそう言うと、ブーディカはにゃははと笑って頭をかいた。

 

「ごめんごめん。ところでスパルタクスには会った?」

「あー、はい。いきなり圧制者がどうとか言って襲いかかってきたんで仕方なく」

 

 光己は斃したとまでは言わなかったが、趣旨は通じるだろう。

 ブーディカも理解はしたらしく、どう答えていいか迷ったような顔をした。

 

「うーん。あたしは君が圧制者だとは思わないけど、スパルタクスだからなあ。普通の人には見えない何かを見たのかもね。

 まああいつは他人に仕返ししてほしいなんて思うタマじゃないから、お互い恨みっこなしってことにしない?」

「そうですね、そうしましょう」

 

 どうやらスパルタクスの件については手打ちが成立したようだ。まあ妥当なところであろう……。

 

「でもこうなると、あいつには感謝しないとね」

「え、どういうことです?」

「あたしは前回の反乱じゃ、ローマ人の街は徹底的に壊したんだけど、今回はあいつが一般人には手出しするなって言ったからしてないんだ。もしやってたら、あたしがネロに恭順する気になっても、ネロの方が受け入れられないからね」

「あー、なるほど」

 

 それはその通りだ。光己も改めて彼の冥福(?)を祈っておいた。

 

「でもあいつのおかげでそこまではしなかったから、ブリタニアの価値を示すために決起したんだって言い訳ができるってわけ。他に敵がいる状況であんまり強く出られないよね?って感じで」

お友達料改定交渉(へいわをかねでかえ)ってことですね分かります。俺の国にも松永久秀って(そういう)人がいましたから」

 

 光己はちょっと憮然とした顔でそう答えた。

 ブーディカは気のいいお母さん的な人物に見えるが、経歴的に考えてそれだけのはずがなかったのだ。

 

「あははー、君もなかなか分かってるじゃないか。そういうわけで取り次ぎよろしくね」

「あー、はい、それはもちろん」

 

 ともかくも交渉が成立して、カルデア一行はブーディカを仲間に迎え入れたのだった。

 

 

 




 ブーディカママン無事参入~~。
 カエサルは涙目ですなあ(ぉ




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第61話 女王と皇帝と王妃

 光己たちはブーディカにいろいろ事情を言い含めると、彼女を伴って正統軍の本陣に帰還した。

 その頃にはもうブリタニア軍の兵士はいなくなっていて、殊勲者のアルトリアズ(ということになっている)は大歓声で迎え入れられた。しかし、ブーディカを連れてきたと聞いた正統軍幹部たちはさすがに渋い顔をする。

 2度反乱を起こして2度とも負けたくせに、あからさまには言わないにせよ、友達料改定を迫る態度がちょっとカンにさわったのだ。とはいえたとえば彼女を斬って、その後カエサル軍と戦っている時にまた23万人の兵を連れて現界されたりしたらたまったものではない。

 はたしてネロはどんな決断を下すのか? 幹部たちは固唾を飲んで皇帝陛下の顔色を見守っていた。

 その辺の空気を読んだアルトリアが援護射撃を試みる。

 

「陛下、ブーディカは有能で信頼できる人物です。思うところはおありでしょうが、ここは大局的な見地に立って、ブリタニアにいくらかの利を与える方がローマのためになると思います」

 

 なおこの発言と、アルトリア自身がブリタニア出身かつブーディカの後輩であることには何の関係もない。はずである。

 ネロはしばらく考えこんでいたが、やがて珍しく訥々(とつとつ)とした口調でブーディカに話しかけた。

 

「つまりそなたは、連合ではなく我々に味方する代わりにブリタニアを優遇せよと言うのだな?」

「うん、簡単に言うとそんな感じ。『今の』私は兵士はもう出せないけど、それでも悪い取引じゃないと思うよ」

 

 ブーディカはあえて礼節を無視してフランクな言葉づかいをしていたが、ネロは気にした様子もなく話を続けた。

 

「そうか。ところでそなたは生きた人間ではなく、サーヴァントとやらいう魔術的な存在だというのは間違いないのだな?」

「うん。証拠を見せろって言うなら、今ここで宝具の戦車(チャリオット)出すけど」

「いや、それには及ばぬ」

 

 ネロは手のひらを向けてブーディカを押しとどめると、一拍置いてから彼女の処遇を述べ始めた。

 

「そなたの要望は分かった。といっても王位の相続はもう認めておるし、前回の反乱に参加した者たちの罪も問わぬことにしてあるのだが……そうだな、そなたたちが奪われた財産についてもできる限り返還することにしよう。

 むろんブリタニアを取り返してからになるが」

「おや、ずいぶん太っ腹なんだね」

 

 そこまでしてくれるとは思っていなかったブーディカが意外そうな顔をすると、ネロははあーっと重いため息をついた。

 

「もともと余は穏健派だったからな。

 カトゥスが巻き上げた財貨はあやつが贅沢するのに使われてしまったが、反乱を鎮圧する軍費や復旧費は国庫から出さねばならぬのだ。死んだ民と兵も生き返っては来ぬ。こんなバカな話があるか!

 連合との戦いも同じだ。どちらが勝とうと、帝国全体としては損しかない」

 

 ネロは帝国全体という視点でものごとを見ているので、この述懐は当然の心情であろう……。

 

「だからといって甘い顔ばかりはできぬがな。他の属州がそなたのマネをせぬとも限らぬし。

 よって、ノーフォークへの復旧支援はそなたの今後の功績次第としておこう」

「うん、ありがとう」

 

 いたって順当な話である。ブーディカにも異論はなかった。

 

「…………しかし、現身(うつしみ)としてであってもそなたと会えて、お互い思うところはあっても和解できてよかった。

 余はそなたたちの国や財産を奪うつもりはなかったし、ましてそなたを鞭打てなんて命じた覚えはないからな。だからといって余に責がないとは言わぬが」

「……うん」

 

 ブーディカは実際まだネロに思うところはあったが、それは口にしなかった。

 ネロも厳しい立場で苦労しているのは知っているし、奪う気はなかったと言う上に自身の非も認めた彼女をこれ以上咎めても仕方がない。

 

「今は陣中だから歓迎や祝勝の宴はできぬが、いずれ機会を見つけていっしょに飲みたいものだな。

 ……では、余は次の仕事があるから今はこの辺にしておこう」

 

 ネロはそう言って会見を切り上げた。戦の後もトップの仕事は多いのだ。

 ブーディカとの会見が終わった後は、アビニョンの市長と会うことになっているし。

 ネロの方からすでに降伏勧告の使者を出してあって、アビニョン側としては相手が皇帝なので市長自身が出てきたのだった。

 何しろネロが出した条件が「今日中に降伏すれば連合についたのを不問にするが、明日になったら攻撃を始める」だったので、カエサルが衝突を避けたブーディカ軍をわずか一戦で完全撃破したネロに抗うのはまったくの無謀、というより救ってくれたのだから即恭順ということで満場一致したのである。

 どうせ恭順するなら全力で、ということで今市内では4万人分の寝場所を大急ぎで準備しており、ネロを迎える貴賓室や宴の支度も進めていた。

 おかげで夕方頃には、ネロたち正統軍はアビニョン市内に入って建物の中で寝られる手筈ができていた。ネロとアルトリアズ・ラクシュミー・荊軻は市長主催の宴に招かれており、光己たちとブーディカは例によって宿屋が1軒貸し切りになっている。

 

「いやー、ミツキもマシュもめんこいねえ! これからはお姉さんが守ってあげるからねっ!」

 

 光己とマシュはブーディカに捕まって、ベッドに座った彼女にまとめて抱っこされていた。

 カルデアの詳しい事情を聞いたブーディカは、2人の境遇に庇護欲が全開になったらしく、今日知り合ったばかりなのに親戚のお姉ちゃんのように構いまくっているのである。

 2人の方も善意100%の彼女を拒むわけにもいかず、構われっ放しになっているのだった。光己だけは内心で(おっぱいの感触がすごすぎる!)などと思春期なことを考えていたりしたが。

 

「むー」

 

 ブラダマンテとスルーズとカーマは、マスターを取られたとでも思っているのか不機嫌そうだが、口出しはしかねているようだ。

 段蔵は特に気にした様子はなく、むしろ微笑ましそうに一同の様子を眺めている。

 景虎と金時は1階の食堂で酒盛りだ。金時はそこまで酒好きではないのだが、景虎に付き合えるのが彼しかいないので仕方ないのだ。

 ―――カルデア一行がそうして平穏なひと時を過ごしていると、ラクシュミーと荊軻がやってきた。景虎と金時もついて来ている。

 

「夜分遅くにすまないが、明日の軍議の前に話しておきたいことがあってな」

 

 正統軍はあまりのんびりしていられないのと、4万人もの軍勢を予約なしでずっと居候させておくのはかなり迷惑になるので、明日の昼過ぎには出立する予定である。ただその前に首脳部で軍議が行われる予定なので、あらかじめ口裏合わせをしておこうという趣旨だ。

 

「あー、そうですね。それじゃかけて下さい」

 

 お客さんが来てしまっては是非もない。光己とマシュはブーディカ席から立って、椅子を勧めてお茶を入れる。

 それが済んだところでラクシュミーが口火を切った。

 

「我々の当面の目的は、カエサルを討ってガリア全域を奪回することだが、彼がゲルマニアのどのあたりにいるかまでは分かっていない。しかし我々から見て北東なのは確かなので、さしあたってローヌ川沿いにリヨンあたりまで北上してみようと思っている」

 

 もちろん斥候を大勢出して、カエサルを発見できたらそちらに針路変更するつもりである。その辺は状況次第だ。

 

「それでだ。貴殿たちはサーヴァントはなるべく味方につける方針のようだが、カエサルはどうしようと思っているんだ?」

 

 これはなかなか重要な問題である。何しろローマではきわめて高名で有能な人物なので。

 しかし光己の答えは決まっていた。

 

「カエサルは無理ですね。何しろすごく口が上手いそうなので、下手に説得しようとしたらミイラ取りがミイラにされかねませんから。なるべく会話せずにぶっぱで決めたいところです」

「なるほど。私が見た資料でも、彼は知略と弁舌については天才的だったと評価されていたな」

「それにネロ陛下より上の世代で、しかも実力も名声もある『皇帝』が来ると、ネロ陛下の求心力が下がっちゃうかな、と」

「ふむ、それはあり得る話だな」

 

 今でさえアルトリアズの存在感が増しているのに、カエサルが入ったら本格的にネロが空気になりかねない。アルトリアズは政治や権力に関わらない旨を公言しているからまだいいが、カエサルは野心バリバリだったから波風立たずに済むとは思えない。

 ただ光己にとってこれらは名目的なもののようで、真の理由がもう1つあるらしく、くわっと目をいからせた。

 

「それに何より、()は人妻たらしの常習犯ですからね。寝取りは悪い文明!! 粉砕する!!」

「そ、そうか」

 

 ラクシュミーがちょっとあきれた顔をする。

 確かにカエサルが元老院の議員の妻を大勢寝取っていたという話はあるし、万が一にもカルデア女性陣がカエサルになびくようなことがあったら、それはそれで一大事なのだけれど。

 

「カエサルは最期は元老院の共和政派に暗殺されたわけですが、絶対政治的な理由だけじゃないと思います。ざまぁ」

「それはまあ、妻を寝取られて恨まない夫も、夫を寝取られて恨まない妻もいないだろうが……」

 

 しかし特異点修正にかかわる重要な方針を私情で決めていいものだろうか。ラクシュミーは彼の隣に座っている景虎の方に目をやった。

 

「ええ、マスターの世迷言はともかく方針自体には賛成ですよ。最初の理由出したの私ですし。

 何しろ私とゴールデン殿はカエサルと会ったことありますから」

「ふむ……」

 

 実際に対面した者、それも名のある諸侯の英霊がそう言うなら確かだろう。やはりカエサルを招くのは避けた方が良さそうだ。

 

「分かった、では私もそちらに乗ろう。

 それはそれとしてカエサルがローマの英雄なのは事実だから、ネロ陛下の性格だと兵を鼓舞するのと自身の正当性を主張するために『余が先頭に立って、みずからカエサルに挑まねばならぬ!』とか言い出しそうな気がするのだがどう思う?」

「正気の沙汰ではないですね。その時は『そうするとみんな陛下が心配で戦いに集中できなくなるから、差し引きマイナスです』とでも言ってやって下さい」

「なるほど、功利的な言い方のほうが効き目があるかも知れないな」

 

 景虎はいつもながら容赦なかったが、ラクシュミーもネロの重要性を鑑みて多少の痛言は許容するつもりのようだ。

 そしてほっと息をつく。

 

「よし、これで公的な用事は終わった。

 あとはそう、ブーディカ殿と話をしたくてな」

「へ、あたし?」

 

 ラクシュミーに名前を出されてブーディカはきょとんと首をかしげた。

 サーヴァントが現界する時に持っている知識は、基本的に「生前の自分が知っていたこと」+「現界した時代の現地の常識」なので、その両方より未来の人物のことは分からないのだ。

 

「ああ、私は貴殿と経歴が大変似ていてな。マシュ殿、説明してやってくれないか」

 

 自分で語るのは気恥ずかしいらしく、ラクシュミーはマシュに説明を依頼した。

 マシュは素直に「はい」と頷くと、ブーディカにラクシュミーの経歴を話す。

 

「―――というわけで、ラクシュミーさんは『インドのジャンヌ・ダルク』とか、『インドのブーディカ』と後世でも称えられているのです」

「へえー、ほんとにあたしと似てるんだねえ。ずっと未来の外国の人から引き合いに出されるなんて照れちゃうな」

 

 ブーディカははにかみながら指で頬をかいたが、それはすぐ消えて落ち込んだような顔になった。

 

「でも1800年後には、ブリタニアは侵略する側になっちゃうんだね。それもあたしがやられたことをそのままやってるなんて。ちょっと悲しいなあ」

 

 侵略される側の痛みを身をもって熟知しているだけに、深く愛しているブリタニアの民がそれを仇でも何でもない他者に強いているというのはつらい話だった。何故そんなことになってしまうのか?

 しかしラクシュミーはそういう話をしに来たのではないので、すぐにフォローに入った。

 

「いや、私は確かにイギリス人たちと戦ったが、彼ら個人に恨みがあるわけではない。まして1800年も前の人をどうこうしようなんて思ってないから安心してくれ。

 アルトリア殿たちとも仲良くしてもらっているしな」

「へえー、器大きいんだね」

 

 ブーディカが感心した様子を見せると、ラクシュミーはやや困ったような顔をした。

 

「インドだって他の国を攻めたことがないわけじゃないしな。それに今は恨んでないと言ったが、東インド会社の人間が来たら態度を変えてしまうかもしれないし。

 むしろ貴殿がネロ陛下と和解できたことに敬意を表するよ」

「いや、別に許せたわけじゃないんだ。ブリタニアの子供たちのために妥協しただけだよ」

 

 するとラクシュミーは得心がいったかのように大きく頷いた。

 

「うむ、一国の指導者たる者そうありたいものだな!

 つまりお互い聖人君子ではなく、守るべき者を守るために戦っただけ、いや戦っているということか」

「……うん、そうだね。人類史っていわれても正直まだピンとこないけど、でも今度こそは守り抜きたいって思ってるよ」

「そうだな、大切なもののために共に戦おう」

 

 ラクシュミーがそう言って立ち上がり握手を求めると、ブーディカもベッドから立って力強くラクシュミーの手を握りしめた。

 

「…………」

 

 その光景を光己はぽやーっとした顔で見つめていたが、ふと思い立って2人に声をかける。

 

「2人とも、せっかくだから写真撮らせてくれませんか?」

「写真?」

「はい、写真です。せっかくだから俺とのツーショットと、あとサインも欲しいですね。もちろん荊軻さんのも」

「んん? しがない暗殺者と写真を撮りたいとは酔狂な。別にかまわないが、何に使う気なのかな?」

「何かに使うってわけじゃないですよ。思い出の品にしたいだけで」

「ふむ」

 

 そんな風に言われれば悪い気はしない。特異点が修正されたらなかったことになるという話だが、それでも自分がやったことの証が残るのはうれしいことだ。

 

「いいだろう、お好みのポーズで何枚でも撮るがいい」

「わーい」

 

 こうして光己はブーディカとラクシュミーの握手の写真、そして荊軻も加えた3人とのツーショット写真とサインを手に入れた。

 

「ふっふっふ、またお宝が増えてしまったぜ……なんせどこの権力者も金持ちも持ってない俺だけのコレクションだからな。家宝にしよう」

(家宝……家宝なんてレベルにおさまるものじゃないとは思いますが)

 

 マシュはそう思ったが、やっぱり黙っておくことにした。

 

 

 




 主人公がカエサルをこき下ろしてますが、彼は大奥志望ではありますが自分から寝取りはしてませんので「おまえがいうな」ではないのですな(^^;




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第62話 ガリアを取り戻せ!1

 ネロたち正統軍がカエサル打倒のため北上している間も、カルデア勢はトレーニングを欠かしていない。以前は光己だけだったが、今はマシュも参加している。

 光己はそろそろ攻撃技を学んでもいい頃になったが、その方向性については議論があった。つまり魔力放出を活かした打撃技か、炎やドレインを当てやすい組み技か、どちらを主軸にするかである。

 なお剣や槍といった武器は、今はよくてもいずれ竜人(ドラゴニュート)の腕力と魔力放出のパワーに耐えられなくなるので却下されていた。強化魔術をかければ大丈夫だが、それは彼が学ぶことが増えて器用貧乏になりかねないので。

 

「組み技……上四方固めとか横四方固めとかだな。せっかくだから俺はこの柔道技を選ぶぜ! あ、練習相手はゴールデン以外でよろしく」

「固め技や絞め技はメニューに入っていませんが」

「これが人間のやることかよぉぉ……あ、人間じゃなかった」

 

 スルーズの冷酷なツッコミに光己は哭いたが、それはともかく。実際問題として固め技や絞め技は人間型生物にしかかけられないし、複数を相手にするのには向かないので、スケルトンやオオヤドカリの群れが闊歩する世界では優先度低めだろう。

 ならばたいていの相手に有効な打撃系の方がよさそうに思えたが、そこで師範役の段蔵が意見を述べた。

 

「フウマカラテには、瞑想と呼吸法により集合無意識から叡智を得るという修行法がありますので、これならマスターの嗜好と適性に合った技を会得できると思いまするが」

「デジマ!? でもそういうのってすごく時間かかるんじゃない?」

 

 光己はその神秘的アトモスフィアただようエクササイズに速攻で飛びついたが、懸念もあるようだった。なるほど宗教的な修行のように年単位の苦行が必要であるなら、ライフワークとしてはともかく人理修復には役立たない。

 しかしその程度のことは段蔵も配慮済みである。

 

「はい。普通ならその通りでありまするが、今回はワタシが1対1で指南致しますし、マスターはすでに他者と精神的につながる経験がおありですので、想像以上に早くできるかと思いまする」

 

 それにいわゆる悟りのようにある地点に達した瞬間に全部分かるのではなく、段階ごとに1つずつ技を閃いていく形である。十分間に合うだろう。

 

「そっか、じゃあそれでいこう。よろしくな」

「はい、この段蔵及ばずながら、全身全霊で指南させていただきまする」

 

 というわけで、光己のトレーニングは今までのメニューにメンタルワークを加える形になった。

 

「…………スゥーッ! ハァーッ!」

 

 なおこの呼吸法、実践者の気の持ちようによって、座禅めいた精神修養と新陳代謝を活性化し、肉体的な疲労を回復させるという2つの用法がある。発想としては柳生宗矩の師でもある沢庵和尚が唱えた「剣禅一如」に通じるものがあるかもしれない。

 マシュの方はギャラハッドからある程度の技量を受け継いでいる上に、大盾だけで戦うスタイルの専門家がいないので、もっぱら組手を行っていた。もちろんお互い本気ではないが、訓練にはなるだろう。

 

「ロックン・ロォール!!」

 

 今日の相手は金時であった。まっすぐ突っ込んで、マシュがかざした盾に、まずは牽制のジャブを数発当てる。

 その後横に跳んで回り込みに行った。

 

「!!」

 

 マシュの盾は非常に大きいので、正面にかざせばたいていの攻撃を受け止められる代わりに前がほとんど見えなくなる。なので気配を読むスキルが必要不可欠だった。

 

「右、ですか!」

 

 無論そうしたセンスもいくらかは受け継いでいる。マシュはさっと追いかけて金時に向かい合った。

 彼女の後ろには当然マスターがいるという設定なので、常に敵からかばうように動かねばならないのだ。実感を持って訓練するため、今回はブーディカにマスター役を頼んでいた。

 

「おおっと」

 

 そのブーディカがひょいっと1歩左に動いて金時との間合いを広げる。一応光己がしそうな行動をシミュレートしているのだった。

 

「いくぜぇっ!」

 

 金時が再び突っ込む。彼はスパルタクス同様「マシュの盾を持ってぶん投げる」ムーブができるので、マシュとしては防戦一方ではいられない。

 自分から前に出て、盾を横向きにして振り回した。

 

「たぁぁぁぁっ!」

「おおっとぉ!」

 

 それを金時は前方にジャンプしてかわす。マシュを飛び越してマスターを攻撃するという狙いだ。

 

「くっ!」

 

 マシュもあわてて回れ右して、さて自分も跳ぶべきか走って追うべきか一瞬迷う。

 するとブーディカが駆け寄ってきてくれたので、彼女の手を掴んで後ろに引っ張りつつ自分が前に出て位置を入れ替えた。

 マシュの少し前方で、金時が彼女の方を向いて着地する。

 

「OK、グッドだ。しかしやっぱ、大将役じゃなくて大将本人がやった方がいいかもな」

「そうだね。ミツキがうまくマシュに合わせないと、守るの難しくなる場合もありそうだし、その練習は代役立ててちゃできないものね」

「ま、それが分かっただけでも一歩前進か」

「だね。まあマシュ1人で守り切れっていう話じゃないんだから、少しずつ上達していけばいいよ」

「はい、ありがとうございます!」

 

 こうして、マシュも地道に盾役として成長していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 それから何日か経って。ネロ軍とカエサル軍は、ガリア中部のディジョンの少し南の平野で向かい合っていた。両者とも軍を動かしているのは名高い戦上手であり、互いに地の利を取ろうとして水面下の争いを続けた結果、双方とも有利不利のない場所が戦場になったのである。

 兵士の数はカエサル軍の方が多い。ネロ軍3万9千人に対してカエサル軍は4万5千人であり、しかもネロ軍にはない「魔術で動く土人形(アース・ゴーレム)」を何体も配備している。一般兵の質は当然同じなので、真っ向勝負ならカエサル軍の勝ちは固いと思われた。

 しかしネロ軍には一騎当千の強者(サーヴァント)たちが大勢いるので、その運用次第によっては案外簡単に勝てるかも知れない。

 

「ううむ、さすがは名高い終身独裁官。まったく隙を見せなかったな。

 しかしこのガリアは彼のホームグラウンド。罠にかけられなかっただけでも良しとするべきか」

「そうですね。初期配置が五分なら十分勝てます」

 

 正統軍の本陣でラクシュミーと景虎が決戦前の最後の打合せをしていた。

 事前に段蔵とスルーズと荊軻が斥候をしてくれたおかげで、正統軍は連合軍の陣容をかなり正確に把握している。何しろ認識阻害と矢避けの加護で身を守りつつ、空から双眼鏡を使って観察するという芸当まであるのだから、情報戦では圧倒的優位に立っているといっていいだろう。

 

「ゴーレムとやらへの対処も間に合ったからな」

 

 ローマ兵の主装備である投げ槍と剣は土人形には効き目が薄そうなので、代わりに引きずり倒したり縛ったりするための丈夫なフック付きロープと叩き壊すための鉄製ハンマーを配備した部隊をいくつか用意してある。その分通常装備の兵士は減ったが、決定的な差になるほどではない。

 

「で、余は何をすればいいのだ?」

 

 それを聞いていたネロが不機嫌そうに問いかける。

 

「そなたたちが口うるさく止めるから先頭に立つのはやめたが、ここに座ってるだけでは置物同然ではないか」

「はい。陛下がローマ市に押し込められていた頃ならともかく、これだけの大軍がある今では、まさに置物でいるのが陛下のお役目です」

 

 景虎は相変わらず歯に衣着せないスタイルだったが、ネロをディスっているのではない。

 

「敵将がローマの英雄であることで、将兵の心理に迷いが生じるといったことは確かにあるでしょう。

 だからこそ陛下はそれに動じず、『我こそが正統なる皇帝、ゆえに必ず勝つ』とテコでも揺るがぬ気持ちでいるのが肝要です。下手に動き回れば、それこそ陛下ご自身に迷いがあると思われましょう」

「むう」

 

 総大将の精神状態は口に出さずとも兵士たちに伝わるものだ。ネロは抗弁できなかった。

 

「まず余こそが鉄の心構えを持てというのは分かった。ならばそれを歌で広めるというのはどうだろうか」

「絶対にノゥ!!!」

 

 それでもネロは何かしたいようだったが、今度はラクシュミーが顔色を変えて止めた。

 行軍中にネロが慰労のためにミニコンサートを開いたことがあったのだが、思い切り逆効果になってしまったので。

 しかし、ネロは兵士たちが泡を吹いて倒れたり目を回したりしたのを歌に感動したからだと認識しており、自分が音痴だとはまったく思っていないようなのだ。そろそろ誰かが直言するべきだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 連合軍の本陣でも大将2人、カエサルと「レオニダス一世」が語り合っていた。

 レオニダスは古代スパルタの王であり、かの有名な「テルモピュライの戦い」において、わずか300人で10万~20万人といわれるペルシアの大軍を3日間にわたって食い止めたという逸話の持ち主である。

 

「結局正面衝突になりましたな」

「ああ、何度か罠をしかけてみたが乗って来なかった。ネロがよく勉強しているのか、それとも総督が優秀なのか」

「総督……確かラクシュミーという女将軍でしたかな」

「ああ、おそらくかなり遠くの国の出身であろうが」

 

 カエサルもレオニダスもラクシュミーのことは知らないが、名前の語感からはるか東方のインド辺りの者ではないかと思っていた。かの地にはゾウに乗って戦う騎兵が大勢いるらしいが、今回の戦いでは関係ない。

 

「しかし普通にぶつかれば正統軍は厳しい展開になるでしょうが、今のところ怪しい動きはないようですな」

 

 ラクシュミーと荊軻とかいう者はおそらくサーヴァントであろうから、サーヴァントの数は同じだ。つまり総戦力では正統軍は劣勢ということになる。

 なのにそれを覆すための策略の類が見られなかったのはどういう思惑なのだろうか。

 

「ああ。あるいは例の竜を頼みにしているのかもしれんが」

 

 斥候の報告によれば、かのドラゴンは正統軍とブリタニア軍が戦った時にも出現したらしい。上空より吐いた火球1発で数千人を消し飛ばした後すぐいなくなったそうだが、ブリタニア軍はしばらくして全員消えてしまったという。

 ただ斥候はあくまで遠くから見ただけなので、詳しい事情までは分からない。

 

「やはりブーディカはサーヴァントだったのだろうな。火球が直撃して即死したのだろう。それなら兵士が消えたのは宝具だったからで筋が通る。

 もし本当にそうだったなら、敵ながら哀れと言わざるを得んが」

「しかしその竜が今回も現れたら、我らといえども難しいですな」

 

 というか倒す手段がないのだが。なので兵士たちも口には出さないが動揺している様子である。しかも竜の出自が分からないため、今回来るかどうか分からないのがまたつらい。

 

「とはいえ希望的観測で動くわけにはいかんからな。吶喊して混戦に持ち込むしかあるまい」

「その方針は私向きではないのですが、致し方ありませんな」

 

 レオニダスは防戦で名を残した英雄だからというのもあるが、彼の宝具「炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)」で召喚する300人の兵士たちはホプリタイといって、隊列が乱れると戦闘力がガタ落ちするので機動力が低い上に混戦は苦手である。なので今カエサルが述べた方針は三重の意味で不利なのだが、空を飛び火を吐く巨竜を相手にするよりはマシだった。ローマ兵との兼ね合いもあるし。

 

「うむ」

 

 カエサルは言葉少なに頷いた。

 

(この戦争にはいろいろと思うところはあるが……もはや賽は投げられた。それに私にも望むものがある)

 

 最後に周囲を眺めてみるに、天気は晴れ、微風。ドラゴンの姿は見えず、正統軍はやはり特段の動きはない。

 前に進むのに支障はなさそうだ。あとは命じるのみである。

 

「では征くぞ! 全軍、突撃!」

「おおーーーっ!!」

 

 それでも連合軍の士気は極めて高い。カエサルの声に応えて、兵士たちは駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 連合軍が突撃してくるのを見た正統軍先鋒司令官の長尾景虎は、「計画通り!」といった感じの笑みを浮かべた。

 

(いかに稀代の名将とはいえ、「龍が来るかも」という縛りがあっては自由な動きは取れないというものですね。

 もっとも今回は来ないのですが)

 

 正統軍全体でも竜自身とサーヴァント勢しか知らない極秘情報である。毎回助けるのはよくないという例の判断と、光己が数千人の人間を直接手にかけるのをためらったからだ。

 むろん竜が来なければネロたちは落胆するだろうが、光己をあまり強く責めることはできない。何しろ事前に「来るか来ないかは竜の一存」「毎回助けてくれるわけではない」と予告してあるのだから。

 それでも「竜が毎回来ないのは不届きだ」なんて言おうものなら、もともと正統ローマに縁もゆかりもない光己とドラゴンは敵に回ってもおかしくないわけで。そんなリスクを冒すほどネロたちは愚かではない。

 

「ここでの戦の仕方も分かってきましたし、騙してくれた借りを返してあげますよ」

 

 おそらくカエサルは竜対策として本陣を中央ではなく、どこか別の位置に置いているだろう。当然そこはぱっと見では分からないようにしてあるはずだ。

 なので連合軍本陣がどこかは段蔵たちにも分からなかったが、現在は判明している。半径10キロまで近づけば、ルーラーのスキルでサーヴァントの人数と居場所が分かる、つまり多少兵士の配置や旗印をごまかしたところで無駄なのだ。

 正統軍が正確に本陣めがけて精鋭を繰り出してきたら、それを隠していたつもりのカエサルはさぞ驚くことだろう。

 

「……頃合いですね。では始めましょうか!」

 

 景虎が兵士に命じて「毘」の軍旗を振らせると、軍の最前列の端っこにいたアルトリアたちが動き出した。少し離れて聖剣を構える。

 

「勝利の女王に我が聖剣の冴えを見ていただけるとは光栄です」

 

 兵士たちの手前大きな声では言わないが、アルトリアはブーディカを相当尊敬しているようだ。

 何のつもりか、まず地面をえぐって大きな穴を掘り、その中に飛び降りる。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)ーーーーッ!!」

 

 そして宝具を開帳すると、光の斬撃が前方の土を直線状に吹っ飛ばして、正統軍の前に即席の空堀(からぼり)ができた。

 

「うっわぁ、未来の子たちはすごいねえ」

 

 これにはブーディカも目が点である。1度見ているが、間近だと本当に目を疑ってしまう威力だ。

 一方兵士たちは、連合軍に見られないように横倒しにしてあった柵を堀の際に立てていた。敵が混戦狙いと見て、それを邪魔するため簡易ながら防御施設をつくったのである。

 

「ありがとうございます。では行きましょうか」

「うん、ちょっとでも早くしないとね」

 

 柵が立つのを見届けると、アルトリアたちはブーディカが出した宝具の戦車(チャリオット)に乗ってどこやらへ移動し始めた。

 

 

 



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第63話 ガリアを取り戻せ!2

「おぉっ、いったい何が!?」

 

 突然閃光がはしり爆音がとどろいたかと思ったら、敵軍の前面に(ほり)が掘られ柵が立った。小規模ではあるが一瞬にして防御施設ができたわけで、連合軍の兵士たちは罠にはめられたのではないかと不安を抱いたが、突進し始めた大軍はそう簡単に止まれるものではない。無理に急停止しようとしたら押し合いへし合いの混雑を生んで、敵に攻撃のチャンスを与えてしまうだろう。

 さしあたって後方の司令部に伝令だけは送りつつ、施設ごと踏み潰すつもりで走り続ける連合兵たち。

 その頭上から石の雨が降ってきた。

 

「と、投石だと!?」

 

 連合兵たちは一様に驚いた顔をした。

 というのは、ローマ帝国の軍制では投石や弓矢の類は同盟国や属州の兵士の役目になっていて、彼らは部隊の左右から支援するのが通常である。つまり、中央に配備されるローマ市民からなる正規部隊「軍団兵」は投石をしないはずなのに、今はその中央部から大量の石が飛んでくるのだ。

 

「僭称皇帝の手下どもめ、ついにローマ市民の誇りまで捨てたか!?」

 

 連合兵たちは石弾の雨に閉口しつつも正統軍をそうあざけったが、これには少々事情がある。

 実は正統軍の軍団兵も投石をやるのは気が進まなかったのだが、ラクシュミーが「先に誇りを捨てたのは、軍団兵同士の戦いに怪しい土人形をかり出した連合側だ」といって説得したのである。なるべく連合軍を接近させたくないのと、石弾ならゴーレムにも多少は効くかと思ったからだ。

 なおこの石弾はブーディカ軍が消えた時に投石紐(スリング)とセットで残したもので、つまりせっかくタダで物資が手に入ったのだから使える時に使おうという経済的な動機も混じっている。ラクシュミーと景虎は財務にはタッチしていないが、戦争に多大な経費がかかることくらいは知っているので。

 

「おのれえー!」

 

 こうして連合軍が接近を阻まれている間に、ブーディカとマシュ・アルトリア・ルーラーアルトリアは戦場から少し離れた物陰にたどり着いていた。そこで待っていた光己とスルーズ・カーマが一行を出迎える。

 

「あ、来てくれましたか。そっちはどうでした?」

 

 光己は今回は竜にならないといっても呼び出すポーズはする必要があるので、ブーディカ戦の時と同様に軍から離れていたのだった。各方面への配慮は大変なのだ。

 なおヒロインXXは上空からカエサル軍の動向を見張る仕事、段蔵とブラダマンテと金時は戦車(チャリオット)の車台があまり広くなくて大勢乗れないので今回は出て来ていない。

 なら何故わざわざ戦車で来たかというと、ブーディカの戦車はケルトの神々の加護により空を飛べるので、これに乗っていけば走って敵中突破なんて荒業をしなくて済むからだ。ついでにスルーズが認識阻害と矢避けの加護、おまけでアルトリアの風王結界をかければ地上からの攻撃はほとんど受けなくなる。

 

「うん、全部想定通りだよ。さあ乗って乗って」

 

 ブーディカがそう答えて、光己に乗車をうながす。

 光己が車台に飛び乗り、スルーズとカーマはその脇で自力飛行だ。

 なおこの戦車は白い馬2頭で引いているのだが、驚くべきことにブーディカは手綱を握っていない。口頭やしぐさによるファジーな指示だけで、馬は彼女の思い通りに動いてくれるのだ。

 馬がいななきと共に駆け出し、宙に浮かぶ。

 

「おお、マジで飛ぶのか。すげぇぇぇ!」

 

 光己自身も竜になれば飛べるが、空飛ぶ馬車なんて初めてだ。驚きと歓喜の声を上げて、手すりを握って地上を見下ろす。

 ―――が、そこはちょっとの間失念していたが戦場、怒号と苦痛の叫びが響き血と鉄の臭いが充満する殺し合いの場であった。

 

「……ぐ」

 

 酸っぱいものが口までせり上がってきて吐きそうになってしまったが、気を取り直してぐっと飲み込む。咽喉がちょっと痛かった。

 地上では正統軍の投石により、連合軍はかなりの死傷者が出ていて突進速度も遅くさせられていたが、盾で身をかばいつつなおも進んでいる。ラクシュミーの狙い通りゴーレムにも多少の効き目はあるようだが、機能停止までもちこめたものはまだないようだ。

 兵士たちが戦車の存在に気づいた様子はない。ドラゴンが気になって空を見上げた者はいたが、認識阻害の魔術により戦車の正体には気づけないのだ。

 

「……まったく」

 

 光己は不愉快そうに小声で吐き捨てたが、サーヴァントたちにそういう顔を見せるのは避けて表情を取り繕った。

 ふと気になって、傍らのマシュに話しかける。

 

「マシュはこういうのって大丈夫なの?」

「え? は、はい、そうですね。つらい光景だとは思いますが、私は先輩の盾ですから」

「そっか、ありがとな」

 

 そんな風に思ってくれる後輩がいるのなら、先輩として沈み込んではいられない。光己は改めて己を励ましながら、次はブーディカに声をかけた。

 

「ブーディカさん、今どの辺にいるんですか?」

「うん、見た感じ連合の陣の真ん中あたりかな? ルーラー、次はどっちに行けばいい?」

「そうですね、少し速度を落として右に曲がって下さい」

「了解! みんな、落ちないよう気をつけてね」

 

 ブーディカがそう言うと、戦車はぐいーっと右折した。すると乗員は遠心力で左側に引っ張られるわけだが、思春期脳の光己も空中ではこの揺れを利用してセクハラする度胸はなくおとなしく手すりにつかまっていた。

 やがて下方に特徴的な容姿と雰囲気を持った人物が2人見えてくる。

 1人は金色の胴鎧の上に赤い外套を着て、金色の長剣を持ったやたら太った男性。1人は立派な長槍と円盾を持ち、兜と肩当てと籠手をつけているが、それ以外はパンツとブーツだけという異様な格好の筋骨たくましい男性だった。他の兵士はローマ軍の一般的な装備なので非常に目立つ。

 さっそくルーラーアルトリアが真名看破を行う。

 

「太った男性はガイウス・ユリウス・カエサル、セイバーです。宝具は『黄の死(クロケア・モース)』、必中の初撃の後、幸運の判定を失敗するまで攻撃し続けるというものです。

 槍を持った男性はレオニダス一世、ランサーです。宝具は『炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)』、300人の兵士を召喚するものですね」

「んー、つまり接近戦は避けた方がいいわけか」

「そうですね。地上戦だとそばにいる兵士とゴーレムがカバーに入るでしょうし、このまま空から攻撃するのがよいかと」

 

 姿を見ただけでサーヴァントの正体と必殺技を見抜くというイカサマ芸により、カルデア勢は自分たちだけ遭遇前に対応策を決めることができていた。

 

「いえ先輩! レオニダス一世といえば、その300人で10万人の大軍を3日間もくいとめたという防戦の鬼です。ここはいったん退却するのもやむを得ないのでは?」

「スパルタが強いのは認めるけど、何でそこまで敵を褒めるの?」

 

 マシュが同じ盾持ちかつ防御型だからか、レオニダスを妙に持ち上げていたりはしたが。

 まあ300人で10万人を止めたといってもスパルタ兵がペルシア兵の333倍強いということではないので、無論油断はできないがそこまで恐れおののく必要はないはずである。

 一方カエサルとレオニダスは、上空のことより地上の戦いに忙しかった。

 前線からの報告を聞いて指示を返したり、それによっては全体の状況を考えて別の方面に新しい命令を下したりしないといけない。最初にいきなり空堀(からぼり)と柵ができたと聞いた時は驚いたが、今は戦線はやや膠着気味で考える余裕があった。

 

「堀を掘ったのはラクシュミーか荊軻でしょうが、今は動きが見られませんな」

「いわゆるビーム宝具だろうからな。魔力が回復するまでは後方で指揮に専念しているのだろう」

 

 柵の中にこもっているのは回復する時間を稼ぐためだろうか。それにしても軍団兵に投石をやらせるとは思い切ったものである。

 そこに新しい早馬が飛び込んで来た。

 

「申し上げます! 我が部隊の先鋒がついに空堀まで到達しました。柵の向こうの正統兵と白兵戦を行っております。

 しかしながら損害も多大なので後詰めを希望するとのことですが」

「そうか、ではさっそく送ろう。

 ……そうだな、本陣自体も前に進めるから安心して戦えと伝えるがいい」

「はっ、了解いたしました!」

 

 満額以上の回答を受け取った早馬が喜び勇んで戻っていく。

 カエサルはその後ろ姿を見送ると、本陣付きの伝令たちに今の言葉を各部隊に伝えるよう命じた。そして彼自身も、レオニダスとともに前進する。

 その様子を見たブーディカがふと正統軍の方に目をやると、連合軍の兵士はすでに空堀の中にまで進んでいた。ゴーレムもいるから、柵を越えられるのは時間の問題のようだ。

 

「うーん、これはまずいね。急がないと」

 

 正統側の思惑としては、カエサルとレオニダスを討って指揮系統を潰すまでは防御施設にこもって犠牲を抑えるつもりだった。その予定通りにするには早々に2人を斃さねばならない。

 

「そうですね。しかしカエサルとレオニダスを討つって、考えてみたらすごい字面ですよね」

 

 光己が何の気なしにそう言うと、アルトリアがぴくっと耳を震わせた。

 

「では私にお任せを。その偉業をマスターと女王に捧げましょう」

 

 意欲十分なのは良いことだ。しかし大丈夫だろうか?

 

「んー、でも車台の上から聖剣ぶっぱして大丈夫? 余波とか落っこちたりとかしない?」

「そうですね、その懸念はもっともですがジャンプして撃てば大丈夫です」

「ほむ」

 

 そこまでしてやりたいのなら、かなえてやってもいいだろうか。他の手札を見せずにすむし。

 そう判断した光己がGOサインを出そうとした直前に物言いが入る。

 

「いえマスター、アルトリアばかりに任せるのはよくないかと。ここはぜひ私に。

 偉業だと今聞きましたから、恩賞としてマスターと2人きりでお風呂に入る権利が欲しいです」

「そういうのってアリなんですか? なら私はマスター手作りのスイーツがほしいですね。市販品じゃなくて手作りを」

「よろしい、ならばスルーズで!」

「ちょ、ちょっとマスター。そういう動機で作戦を決めるのには賛同しかねますが」

「……キミたち、今はそういう話してる場合じゃないと思うんだけど!?」

「い、いえす、まむ!」

 

 ブーディカママにオクターブ低めの声で叱られたので、光己たちは立候補順でまずアルトリア、彼女が仕留められなかったらスルーズとカーマが出るということになった。

 ブーディカが戦車を止めると、アルトリアが車台の縁に立って聖剣を構える。

 

「……決着をつけましょう」

 

 剣に魔力がこめられ、周囲に光の粒子がきらめく。それがある一点に達した時、アルトリアはぱっと床を蹴って跳躍した。

 

約束された(エクス)―――」

 

 そして空中で一瞬止まった刹那に剣を振り下ろす!

 

「―――勝利の剣(カリバー)ーーーーッ!!!」

 

 金色の破壊光線が地上めがけて疾駆する。接地と同時に大爆発を起こし、隕石でも落ちたかのようなクレーターをブチ開けた。

 

 

 

 

 

 

 土煙が晴れた後、爆心地から少し離れたところでだいぶボロボロになったカエサルとレオニダスが立ち上がった。

 光の斬撃は「光」なので、見てから回避ということはできない。しかし2人とも優れた戦士であり一瞬早く危険を察知して横に跳んでいたのと、アルトリアがジャンプして宝具を撃つのは初めてだったので少し狙いがそれたので直撃は免れたのだ。

 それでも爆風と熱波は強烈で、2人ともちょっとふらついていた。とりあえず、攻撃が来たとおぼしき方を見上げる。

 

「空飛ぶ、戦車……!?」

 

 認識を阻害する魔術がかかっていたようだが、サーヴァントが最初から疑念を持って注視すれば破れたようだ。

 どう考えてもサーヴァントの宝具である。まさか空から奇襲してくるとは思わなかった。

 しかも戦車は用心深くも2人がジャンプしても届かない高さにいるので反撃は難しい。カエサルはまず会話を試みることにした。

 

「貴様たちは正統軍の者だな。よくは見えなかったが凄まじい威力、感じ入ったぞ。

 おそらくは名のある英傑なのだろうが、しかしこのカエサルを前にして、名乗りも上げず遠くから撃つだけなのが貴様たちの在りようか?」

 

 カエサルの声はそこまで大きくはなかったが、彼が天才的な弁論家だからか、あるいは声に魔力でも乗せているのか、戦場の喧騒の中であるにもかかわらず、カルデア勢の耳にはっきりと届いた。

 光己は顔をさらすのを避けて、考えてあった言葉をアルトリアに代わりにしゃべってもらった。

 

 

「その通り、何が悪い!!!」

 

 

「……!?」

 

 いっそ清々しいまでの開き直りっぷりにカエサルは一瞬硬直してしまったが、レオニダスはその真意を正確に悟っていた。

 

「カエサル殿、警戒されましたな」

 

 名乗りを求めたのがレオニダスだったなら、あるいは声の主の返事は違っていたかも知れない。しかしカエサルは扇動と権謀術数の名手として知れ渡っており、会話することでペースを乱されるのを恐れたのだろう。

 

「ううむ、有名なのも善し悪しか」

 

 カエサルはつまらなさそうにごちたが、ああ出られてはいかな弁論術も役に立たない。

 たとえば彼女が聖杯や連合の魔術師について聞いてきたりすれば、「よく戦えば私が教えてやってもよい」などと答えて戦い方を制限したりもできるのだが。

 一方レオニダスは槍の真ん中あたりを握って投げる構えを取っていた。

 

「むりゃあぁぁあーーーーッ!!」

 

 そして思いっ切りぶん投げる。槍を投げたら彼は武器を失ってしまうのだが、後生大事に持っていても敵に届かないのでは無用の長物だから―――という理屈は正しいが、それを実行できる度胸は大したものだった。

 狙いは戦車を引いている馬だ。片方でも倒せば戦車ごと落ちるかも知れない。

 

「!!」

 

 スパルタの英雄の剛力で投げられた槍が風を切ってブーディカの馬を襲う。しかし矢避けの加護により、槍は途中でカーブしてあらぬ方向にそれていった。

 

「なんと!?」

 

 そしてレオニダスが驚いている間に、カルデア勢の2番手は攻撃準備を終えていた。

 

「同位体、顕現開始。同期開始。真名解放……『終末幻想・少女降臨(ラグナロク・リーヴスラシル)』!!」

 

 空中にスルーズの同僚が6人現れ、槍を一斉に投擲する。

 この槍は大神オーディンの愛槍グングニルのレプリカであり、投げれば必ず命中する加護を持つ特別製だ。

 

「おお、投げ槍に投げ槍で返すとは!?」

 

 レオニダスは感嘆の声を上げつつも跳び退って回避したが、槍は彼を追って空中で軌道を変えた。とっさに盾をかざしたが、槍はそれをも迂回して彼の身体に突き刺さる。

 カエサルの方も宝具「黄の死(クロケア・モース)」で槍を打ち払おうと試みたが、槍は何度払ってもしつこく戻ってきたため、ついに幸運判定に失敗して4本もの槍に貫かれた。

 

「うおぉっ……!」

 

 その上とどめとばかりに「正しき生命ならざる存在」を退散させる結界が展開され、2人の霊基をこの現世から追放しにかかる。

 ただでさえ「約束された勝利の剣」で傷ついていた2人に耐え切れるものではなかった。

 

「私は……カエサリオンを……」

「ここまでか……やはり、不義にして守るべきもののない戦いでは……」

 

 最後にそう言い残しながら、2人は金色の粒子と化して消え去った。

 

 

 




 やはりワルキューレは強い……!




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第64話 ガリアを取り戻せ!3

 カエサルとレオニダスが光の粒子となって消えていくのを見た連合兵たちは、動揺を隠せなかった。

 連合兵たちは生前のカエサルの顔を知らない。しかし彼の風格や弁才などを見て本物だと確信していたのに、遺体も遺品も残らず消えてしまうとは一体どうしたことか。真正の終身独裁官ではないどころか、生身の人間ですらなかったというのか……!?

 ―――それなら、首都におわす「あの御方」ももしかして!?

 脳裏に浮かんだその恐ろしい考えを、兵士はあわてて頭を振って振り払った。

 とにかく今は撤退せねばならない。総大将が討たれた以上、戦闘を継続するのは無理だ。撤退するにもいくらかの犠牲は出るが、指揮官不在のまま戦い続けるよりはマシだろう。

 というわけで連合軍は撤退を開始したが、その頃には通信機でカエサルとレオニダスの死去を聞いていた正統軍は、すかさず追撃を開始した。

 

「今こそ好機、全軍突撃! 皆の者、我に続けぇー! にゃー!!」

 

 景虎が「龍」の旗を振って兵士たちに出撃命令を下すと、投石に飽いていた軍団兵たちは投石紐(スリンガー)を槍と剣に持ち替えて、(とき)の声を上げながら走り出した。

 ネロにとっては、連合兵も元は自分の家来なのでなるべく殺したくないのだが、実際問題としてはただ逃がすのは論外だし、降伏させるにしても1度強打を加えて心を折っておかないと、後でまた叛かれる恐れがあるのでやむを得ないのだ。

 最初から味方だった正統兵との兼ね合いもあって、あまり甘すぎる対応はできないし。

 

「うむ、今こそガリアを我らの手に取り戻す時! 進めーーーッ!!」

 

 ゆえにネロはその内心を隠して兵士たちを鼓舞していた。

 戦でもっとも戦果が出るのは追撃戦の時であり、逆にいえばもっとも被害が出るのは退却戦の時である。しかも追撃部隊の先頭にやたら強い異国人が2人もいた上に、どういうわけか連合軍が逃げようとする先に必ず正統軍の別動隊が先回りしていたため、連合軍は当初の予想を超えた壊滅的な損害をこうむっていた。カエサルとレオニダスを斃した謎のビームと槍が来なかったのは不幸中の幸いだったが。

 なお段蔵とブラダマンテは、手札を隠すのとあまり手柄を立て過ぎないようにするため、今回はネロの本陣に控えている。

 やがて日が暮れる頃、正統軍は十分な打撃を与えたと判断して追撃を打ち切り、野営の支度と戦後処理を行っていた。天幕の中で、ネロが光己たちをねぎらう。

 

「今日の戦もそなたたちのおかげで大勝を収めた。我が正統ローマの兵と民に成り代わって礼を言おう」

「はい、どう致しまして」

 

 心からの感謝の言葉に、光己も丁寧に頭を下げた。

 

「カエサルを手にかけさせてしまったのは、少々心苦しくはあるが」

「いえ、それは大丈夫ですよ。ルーラーたち以外はローマ出身じゃありませんので」

「……そうか、すまぬな」

 

 ネロは今現在の、すなわち唯一の皇帝としてカエサルを討つのは自分の責務だという気持ちがあったのだが、光己たちはさほど気にした様子がなかったので少し気が軽くなった。

 

「そなたたちに正式な恩賞を渡すのはローマ市に帰ってからになるが、それだけでは余の気がすまぬ。明日にでも、そなたたちのためにまたミニコンサートを開くゆえ、楽しみにしていてくれ」

 

 なので彼らに礼をしようとしたのだが、光己たちにとってはお礼どころか処刑通告のようなものであった。

 しかしその時光己に電流走る!

 

「いえ陛下。俺たちより、捕虜の人たちに聞かせてやって下さい!」

「捕虜たちに? 何故か?」

「はい。無礼は承知の上であえて言いますけど、連合の兵士って、陛下より連合の『皇帝』がローマ皇帝にふさわしいと思って連合についてるわけですよね。でも陛下の歌を聞けば、陛下の芸術の才能とローマへの愛に感動して、心から降伏するんじゃないかなと」

(おためごかし……圧倒的おためごかし……!)

 

 マシュや段蔵たちは心の中でそう思ったが、口には出さなかった。彼女たちも我が身は可愛いのだ。

 一方ネロ当人は本気で感心していた。

 

「おお、ミツキは本当に知恵者よな! よし、さっそくそのように取り計らおう」

 

 こうして約6千人もの連合兵捕虜たちは、ネロの超絶音痴な歌により完全に心を折られ、もとい真正の皇帝のローマへの愛の深さに感動して、正統ローマに服従を誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後正統軍は大した抵抗を受けることもなく、ディジョンやショーモン、トロワといった主要都市を奪回しながら北上して、ついにカエサルが本拠地にしていたルテティア(現在のパリ)を占領した。

 光己たちは例によってルテティアの宿屋にいる。道中でカーマ(と割り込んできたアルトリアズ)にスイーツをごちそうする約束は果たしていたが、スルーズとの混浴はできていなかった。街中や市役所付属の浴場では無理だし、屋外で若い女性が五右衛門風呂は難があるので。

 

「やっぱカルデアに大浴場つくってもらうしかないんかな?」

 

 お風呂が心身のリフレッシュに有効なのは実証されたから、コスパは悪くないと思う。

 しかし、それは普通の男風呂と女風呂であって混浴ではないわけで。どうしたものか?

 

「そうだ、家族風呂! 家族風呂というのはどうだろう」

 

 響きがすでに素晴らしい。光己とワルキューレズが入る分にはたいした設備はいらないし、マスター手当てとして支給してもらってもバチは当たるまい。

 しかしいつも通りマシュが立ちはだかった。

 

「は、破廉恥です先輩! ご禁制です」

「ご禁制だと? そんな法律がどこにある!」

「法律はありませんが、私の意志があります! 先輩の貞操を守るためなら、私の盾はダイヤモンドより固くなるのです。

 というか所長が許すはずないと思いますが」

「むうー」

 

 確かにあのお堅そうなオルガマリーが、若い男女が混浴するのを前提とした施設など認めるはずがない。何か策を考える必要があるだろう。

 なおこんな話をしている光己はベッドに座って、カーマを抱っこしてブラダマンテに後ろから抱きつかれつつ、スルーズが隣に貼りついている。彼の発言を不快に思っている様子はなさそうだ。

 

「マスターがどうしてもっていうんなら入ってあげなくもないですよ」

「マスターとまたお風呂ですか? 2人きりはちょっと困っちゃいますけど、みんなででしたら入りたいですね!」

「今こそマスターとして知恵の絞り時では」

 

 むしろこんなことを言いながらカラダをすりつけてきたりしているので賛成のようだが、思春期少年としては気持ちはうれしくても思考回路は逆に働かなくなってしまうのであった……。

 そこにいつも通りラクシュミーと荊軻がやってきた。景虎と金時も後ろにいる。

 

「こんばんは。貴殿たちはいつも仲がいいな」

「毎日同じ釜の飯食ってますからね、もはや家族も同然です!」

 

 この発言はさっきの「家族風呂」とリンクしているが、ツッコミを入れる者はいなかった。

 とりあえずベッドから立って、景虎と並んでテーブルにつく。

 

「―――さて。貴殿たちも承知の通り、今のところ我々の行軍は順調だ。ガリアの東部は奪回したといえるし、中部と西部、それにブリタニアとゲルマニアも空白地だから、取り返すのに困難はないだろう」

 

 なので皇帝が同行する必要性は薄く、ネロは政務と戦果報告のためいったんローマ市に帰りたいという意向である。明日その辺について会議をするので、カルデア勢に事前に話して意見があれば聞いて来てほしいという趣旨だった。

 

「えー、ローマ市に帰るんですか」

 

 光己は露骨に不服そうな顔をした。

 何しろ第2特異点に来た時から数えると3ヶ月も経っているのだ。むやみな日数消費はカルデアの望むところではない。

 

「ああ、しかしネロ陛下の考え自体はいたって合理的なのだ」

 

 ネロは親衛隊とともにローマ市に帰って、政務をこなしたらまたマッシリアに来る予定だが、他の部隊はマッシリアに直帰するわけではなく、ガリア中部と西部の各都市を占領しながらだから時間を食うので、ネロが正統軍全体の足並みを乱すというわけではないのだ。

 さらにここにいる軍とは別の「呂布」と「陳宮」が率いている部隊もあって、彼らをマッシリアに呼び寄せる計画もあった。それらが集結したらヒスパニアに攻め込もうという算段なのである。

 

「んー、なるほど」

「だが貴殿たちがこれに付き合っていたらどれだけかかるか分からない。立ち去るなら今だと思う」

 

 ネロの護衛として景虎と金時とブーディカを残せるから、カルデア勢が去っても彼女の身柄は安全だ。確かに考えどころである。

 ただ、カエサル戦で捕虜にした連合兵はヒスパニアに行ったことはないらしく、連合首都の位置は知らないようだったので、もしネロと別れるなら自力で探すことになる。それでも正統軍と同行するよりは短期間で済むだろうが……。

 

「でもキミたちが逃げたらネロ公だいぶ落ち込むと思うんだよね。どこまで事情明かすかにもよると思うけど」

 

 ブーディカにとってネロは仇敵とはいえ、若い女性の身でありながら国を背負って苦闘している姿には共感を抱くのか、同情的だった。

 カルデア側の事情はもちろん聞いているのだが、もしネロがこの件で心がぽっきり折れて再起不能になったりしたら、いろいろまずいことになりかねない。

 

「軍隊がすごい速さで動けるようになる宝具でもあればいいんだけど」

 

 日数がかかるのは主に軍隊の移動なので、それが少なくなれば、光己たちはあえて正統軍から離脱しなくてもよくなるはずなのだ。

 残念ながらブーディカの空飛ぶ戦車(チャリオット)に乗れるのは、彼女自身を含めて5~6人なのでとても足りないのだが。偵察や連絡にはすこぶる有用なのだけれど。

 

「そうですね。俺もネロ陛下を見放すようなことするのは本意じゃないですし、最後まで一緒ならブーディカさんたちにも決戦に参加してもらえますから。

 スルーズ、さすルーンで何とかならない?」

「確かに8騎と15騎ではだいぶ差がありますね。

 ……うーん」

 

 水を向けられたスルーズがちょっと考え込む。

 移動や加速に関するルーンはあるが、個々の兵士たちにかけても彼らはそれを制御できないので不可である。馬車などにかける場合も同様だ。

 つまり運転手はスルーズ1人なので、車も1台でなければならない。

 

「そうですね、4万人が1度に乗れる荷車の類があればいけると思うのですが」

「4万人」

 

 正確には死傷者が抜けて志願者が加わって約3万8千人で、防衛部隊を残すなら帰るのは3万人くらいになるだろうが、どちらにしても途方もない数字である。

 しかし手がないではなかった。

 

「ん~~~~~~。そうだな、貨物列車?」

 

 ローマ兵の土木スキルなら、木製のコンテナ車を連結する仕組みくらいは作れるだろう。普通の貨物列車と違って個々の貨車に動力を付けられるから、積載量の上限は事実上ない。

 幸いにして都市と都市の間には例の石畳の道路があるから、線路がなくても乗り心地はそんなに悪くないはずだ。

 

「でも4万人はさすがに長くなりすぎるか。といってピストン輸送じゃ、大幅に遅くなるから意味がないな……」

「いえ、それでしたら同位体を呼べば解決します。マスターの魔力負担が重くなりますが、今のマスターなら耐えられるかと」

「んー、まあ仕方ないか。景虎、何かいい大義名分ない?」

 

 こちらの方針が決まっても、ネロを説得できなければ意味がないのだ。

 

「そういうことなら、『兵は拙速を聞く』でいけると思いますよ」

 

 領地の奪還より、首魁を倒して戦争そのものを早期に終わらせるのを優先すべきということである。占領行動中に、連合の援軍がマッシリアを襲う可能性などを挙げればネロも同意するだろう。

 

「おおー、さすが軍神!」

「フフ、どう致しまして」

 

 光己が感嘆して褒めそやすと、景虎は満足そうに口角を上げて笑みを浮かべた。

 結論が出たと見たラクシュミーが話に加わる。

 

「つまり防衛部隊以外のネロ陛下を含めた全軍でマッシリアに直帰して、そこからヒスパニアに攻め込むということでいいのか?」

「うーん。別にマッシリアに帰らなくても、オルレアンやボルドーを経由する道の方が近くありません?」

「いや、呂布軍と合流するにはマッシリアの方がいいと思う。もともと味方の街だからな。それこそさっきの景虎殿の話もあるし」

「ああ、なるほど」

 

 ラクシュミーほどの名将が言うことなので、光己はあっさり自論を取り下げた。

 しかし、呂布といえば裏切りの逸話が有名だから、むしろ合流しない方がいいような気もしたが、ネロとラクシュミーが信用しているのだから大丈夫なのだろう……。

 

「それじゃラクシュミーさん、すみませんけどルーラーたち呼んできてくれませんか? 大事なことですから、先に皆に話しておきたいんで」

「分かった、では私たちはそのまま戻ることにしよう」

 

 ラクシュミーと荊軻が「そのまま戻る」と言ったのは、表向きにはしていないがネロの護衛のためである。夜中はアルトリアズか彼女たち2人のどちらかがそばにいることにしているのだ。

 連合帝国の今までのやり方から見て、サーヴァントがネロを暗殺しに来る可能性は低いが、万が一の警戒である。

 

「分かりました、よろしくお願いします」

「ああ、ではおやすみ。よい夢を」

 

 こうして2人が帰ってしばらくすると、アルトリアズが戻って来た。

 

「マスター、何か大事な話があるとラクシュミーから聞いてきたのですが」

「ああ、今後の方針についてちょっとね」

 

 光己はそう言うと、席に着いたアルトリアズに今しがたの話の概要を説明した。

 ルーラーがこっくり頷く。

 

「なるほど、要するに日数を取るか戦力を取るかということですね。どちらが正解とも言えませんから、マスターの判断に従いますよ。

 マーリンがいれば答えが分かるのでしょうけど」

 

 千里眼スキルがあれば、連合首都の位置やそこにいる戦力が分かる。つまり8騎で十分か15騎いた方がいいのか判断できるのだが、いないものは仕方なかった。

 

「でも千里眼って、本当に必要な時は使えないってイメージがあるんですよねー」

「まあ確かにマーリンは性格悪かったですが。

 私個人の希望としては女王と最後まで同行したいですし、マスターの判断に同意します」

 

 ヒロインXXが元部下を微妙にくさすと、アルトリアもそんなことを言った。マーリンといえば有名な魔術師だが、どんな仕え方をしていたのだろうか?

 しかしともかくも全員の合意が取れたので、光己がお仕事おしまいということでベッドにぽふんと倒れ込むと、XXが覆いかぶさってきた。

 

「ダ、XX!?」

「えへへー、マスターくんつかまえました!」

「!?」

 

 XXが意味不明なことを言ってきたので光己が視線で訊ねると、宇宙OLさんはじーっと見つめ返してきた。

 

「だってほら、私ネロ陛下についてることが多いですから、マスターくんのそばにいる時間短いですよね。でも今日は寝るまで一緒ですから、マスターくん分いっぱい補充させてもらおうかなと」

「あー、確かにそうだなあ。じゃあ俺もXX分補充させてもらおっかな」

「きゃー、もうマスターくんってば」

 

 光己がXXをぎゅーっと抱きしめると、XXは手足をぱたぱた振り回したが、逃げるつもりはないようだ。

 こうして、ルテティアでの夜は静かに更けていったのだった。

 

 

 




 千里眼持ちたちって、二部冒頭で退去する前に異星の神やコヤンたちのこと教えてくれなかったんですよね(メメタァ




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第65話 古き神の謎1

 光己たちの説得が功を奏して、正統軍はローマ市には帰らずにマッシリア経由でヒスパニアに攻め込むということになった。ルテティア周辺の守備隊に8千人を残したので進攻部隊は3万人だが、呂布軍と合流すれば4万人になる予定だ。

 

「うぉぉぉぉ、速い、速いな! まったく、そなたたちの技量には本当に感服の他はないな!」

 

 先頭車両に乗ったネロはその快速ぶりに大喜びだった。多少揺れるが、床に毛布を何枚か敷けばそこまでつらくはない。

 3万人乗れるだけの貨車をつくるのはローマ兵にとっても大仕事だったが、出来てしまえば徒歩での行軍より桁違いに速い上に、歩かなくていいので実に楽だ。スルーズへの称賛の声はとどまる所を知らなかった。

 

「あの、陛下。立ってると危ないですよ?」

 

 ラクシュミーがネロを心配して、後ろから彼女の腰に手を添える。それは純粋な善意から出た行動だったが、危ないのはラクシュミーの方であった。何しろとある理由で、彼女の「幸運」ステータスは「E-」なのだから。

 

「!?」

 

 膝立ちになったその下に果物の皮か何かがあったせいでずるっと滑り、ラクシュミーの体が横に倒れる。そちらにいた光己ははっと気づいてささえようとしたが、急なことでささえ切れず一緒に床に倒れてしまった。

 

「う、う~~ん……」

 

 そして気づいた時には、仰向けになった光己の顔の上にラクシュミーのお尻が鎮座していた。

 

「んぷ……えっと、黒コットン!?」

「#$%&!?」

「って、2人とも何してるんですか!」

 

 2人ともあまりの事態に硬直してしまっていたが、すぐに光己の貞操の守護者であるマシュがラクシュミーを引っ張り起こした。

 光己がとりあえず上半身を起こし、ラクシュミーは顔を真っ赤にして座り直す。

 

「あー、えっと、その……すみません」

 

 光己は自分に非があるとは思っていなかったが、ラクシュミーが恥ずかしい思いをしたのは事実なので一度謝罪した。むろん(これがラッキースケベってやつか? まさにラッキー!)などという内心は口にはしない。

 ラクシュミーはよほど恥ずかしいのか体操座りでうずくまっていたが、光己を責めはしなかった。

 

「いや、貴殿のせいではないから気にしないでくれ。むしろ積極的に忘れてくれると助かる。

 第一今のは全面的に私のせいだからな。何しろ私には不幸の神が憑いているから……」

「そ、そうですか」

 

 光己もマシュもそう出られてはあまり深く踏み込めない。彼女の希望通りおとなしく引き下がったが、彼女の発言に目を細めた者もいた。

 

(不幸の神……ただのグチじゃないのなら、アラクシュミーのことですよね。

 少しですが神性を感じると思ってましたが、そういうことでしたか。たぶん分霊あたりが宿っているんでしょうね)

 

 同じインド出身のカーマである。

 しかし、どうせなら幸運や豊穣を司っている妹の方が来ればいいものを、なぜ何の罪もない善良な人間に、あえて不幸の神が宿るのか。

 

(やっぱ神々って(ぴー)ですよね)

 

 カーマは心からそう思ったが、ラクシュミーに何か言ったりはしない。女神扱いされたくないので、カルデア勢以外には正体を隠しているからだ。

 ラクシュミーと初めて会った時は、当然「まさかあのカーマ神なのか?」と聞かれたが否定して、ただ名前が同じだけということにしたし(ラクシュミーもそうなのですぐ納得してもらえた)。

 とりあえず、彼女にはもう少し親切にすることにした。

 

「しかしこんな大勢が乗った荷車が馬より速いとは。スルーズ殿が車に妙な紋様を刻んでいるのを見ていた時は正直半信半疑でしたが、ルーンとはすごいものですね」

「ああ。これでもう少し揺れが静かなら、流れる景色を肴に一杯飲めたのに」

「ほう、それは風流ですな。では毛布をもっと重ねてみましょうか」

「うむ、試してみるか…………よし、このくらいならこぼさずに済みそうだな。ではまず一献」

「これはどうも」

 

 一方そのあたりとはまったく何の関係もなく、景虎と荊軻はウワバミ同士気が合っているようだ……。

 なおこの列車は戦闘的な機能はないが、ブーディカが空飛ぶ戦車(チャリオット)で上空を巡回しているし、ルーラーがいるからサーヴァントの接近は分かるので、奇襲を受ける恐れはない。

 そして徒歩なら1ヶ月かかる行程をわずか2泊3日で走破してマッシリアに入ると、カルデア勢と顔つなぎ役のラクシュミーは呂布軍を迎えに行った。

 

「■■■■■ーーー!」

「はじめまして、陳宮と申します」

 

 呂布は歴史書に記された通り雄大な体躯を持った偉丈夫で、スパルタクスと同レベルの迫力があった。ただ狂化がひどく、多少の思考力は残しているが言葉をしゃべることはできないようだ。

 陳宮も歴史書通り中国風の学者肌の壮年男性だったが、何かこう目的のためなら手段を選ばないというか、勝つためなら犠牲を問わないというか、そんな冷徹な雰囲気も感じられた。

 光己は初対面で事情を全部語る気にはなれなかったので、とりあえずカルデアという組織から派遣されてネロを助けに来ていることと、アルトリアズがネロの従姉妹になっていることなどだけ話しておいた。

 

「■■■■■!」

「なるほど、承知しました。皆さん見目麗しい妙齢の女性ながら、強者ばかりのご様子。頼もしい限りですな」

「……よろしくお願いします」

 

 光己は礼儀正しく挨拶したが、どう見ても自分の人間力ではこの2人は荷が重い。2人がこちらにそこそこ好意的に見えることだけで満足して、必要以上にかかわらずにラクシュミーに任せることにする。

 ―――そしてマッシリアに帰ってネロに報告すると、「地中海のある島に古き神が現れた」という噂があることを聞かされた。

 

「古き神、ですか」

「このマッシリアは港湾都市だからな。そういう噂が広がるのは珍しいことでもないが……」

 

 あくまで噂だから真偽は不明だが、あり得ないことではない。何しろ実例(カーマ)がすぐそばにいるのだから。

 どこぞのドクターは「難しいね。不可能と言い切ってもいいほどだ」とか言っていたが、もともと彼は医者であって、神霊学やサーヴァント学の専門家ではないのだから、多少の間違いは仕方ないことだろう……。

 もっともサーヴァントとしての顕現だと能力がだいぶ下がってしまうのだが、それでも一般人にとっては強大な存在だ。現にカーマは、ビーストの権能を失った今でもA級サーヴァントである。

 そのカーマはネロの意向を察すると、露骨に眉をしかめて反対意見を表明した。

 

「やめた方がいいと思いますよー? 神様なんて誰も彼もロクなもんじゃないです。行ってみて偽者だったら骨折り損、本物だったらヒドい目に遭うだけですよ」

 

 実際に酷い目に遭っているだけに、カーマの言葉には重みがあった。ネロがうっと呻いてひるむ。

 

「ああ、俺の故郷にも『触らぬ神に祟りなし』って言葉がありますねえ」

 

 日本の神話にも八十神(やそがみ)のように性格に問題がある神はいるし、ギリシャ神話だと問題がない神の方が少ないくらいだから、カーマの言うことはあながち間違いではない。「古き神」の名前や由来まで分かっているのならともかく、正体不明の神とかかわるのが賢明だとは思えなかった。

 

「というか『古き』って形容がついてるのは何ででしょうね? 新しい神じゃないと断定できる何かがあったんですか?」

「むう、それは確かにそうだな」

 

 いやに具体的な噂ではあるが、噂だけに根拠がないのだ。

 

「しかし仮にローマの神々だったとしたら、連合の『皇帝』どもに奪われでもすれば大問題だ。

 それは嫌だ。余は、それだけはとても嫌だ!」

「人間やサーヴァントに奪われちゃう程度の神様なら、大したことないんじゃないですか?」

「……」

 

 ネロはさらに押し込まれたのを感じたが、まだ負けは認めなかった。

 

「そ、それは確かにそうだが。しかし力はなくてもローマの神が味方になったとなれば兵の士気が違って来よう?」

「神様なんて強くてナンボじゃありません? 弱っちい神をどうやって『この方は神なんです』って周りに信じさせるんですか」

「……」

 

 カーマの冴えわたるツッコミに、ネロはもう涙目だった。味方を求めて周りを見回す。

 

「ブーディカ! 何か行くべき理由はないか?」

「うーん。ケルトの神様だって分かってるなら率先して行くところだけど、ローマの神様だったら嫌だなあ」

「私は欧州の神々自体に関心がありませんが」

「……」

 

 ブーディカとついでにラクシュミーにも突き放されて、ネロは本格的に泣きそうになったが、突如として彼女に味方が現れた。

 

「私も南蛮の神々に関心はありませんが、陛下がお告げを求める分にはよろしいかと。

 私の故郷にはそういう話は多いですし、この国にもあるのでは」

「おお、まさにその通りだカゲトラ!」

 

 景虎が言った通り、ヨーロッパにも古くから神の意志を伺って行動指針にするという風習はある。古代ギリシャのアポロン神殿が有名だが、ローマ神話にもそうした逸話は存在する。

 皇帝みずから赴いて神託を乞えば、必ずや素晴らしい導きを授かれることだろう。

 

「……」

 

 カーマもモノホンの神様なのだが、特にツッコミは入れなかった。そちら方面は専門じゃないので。

 古き神とやらに味方になってくれなんて言ったら絶対メンドくさいことになるが、神託を乞うくらいなら大丈夫だろうし。ただカーマ自身が対面して正体を暴かれたりしたら嫌なので、船の中で留守番しているつもりだが。

 そして結局、ラクシュミーや呂布たちは軍務があるので居残りになり、カルデア勢だけがお供として同行することになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 島に行くための船と神への捧げ物を用意する必要があるので、その日はいったんお開きになり、光己たちは例によって宿屋に入った。

 今は光己は部屋で呼吸法を行っており、マシュは台所を借りてブーディカにブリタニア料理を教えてもらっている。アルトリアの頃のブリテンは戦乱と不作のためかメシマズの国だったが、ブーディカが作る料理は多様かつ美味であった。それを食べたアルトリアが「私に過ちがあったとしたら、それは生まれる時代を間違えたということか……!」と落涙したとか何とか言われているが、真偽のほどは不明である。

 

「…………スゥーッ! ハァーッ!」

 

 部屋にいるのは光己と段蔵の2人だけだ。段蔵は修業の邪魔にならないよう、気配を消してじっと彼の様子を窺っている。

 

(まだ1ヶ月ですが、ずいぶんさまになってきました)

 

 最初の頃はちょっと落ち着きがなかったが、今はすっかり静まった様子である。動機はミーハー精神とはいえ、やる気はやる気なのでなかなか飲み込みが早かった。

 

(それにしても、壊れた絡繰(からくり)のワタシが人理修復なんて大仕事にかかわることになるとは。世の中分からないものですね)

 

 しかも戦国時代の忍びと違って足軽以下の扱いというようなことはなく、とても大切にしてもらっていて意見も採用してくれる。同僚には元国王や騎士といった高貴な人々がいるが、彼女たちも同様だ。

 ただ光己もアルトリアたちも、段蔵のことを史実的な「忍びの者」というよりファンタジックな「ニンジャ」として見ているようだが、実際に真空の刃や銃弾を出しているので否定しがたかったりする。

 

(段蔵は必ずや御恩に報いまする。

 …………おや?)

 

 考え事にふけっていた段蔵だが、ふとマスターの少年の気配が変わるのに気づいた。

 30秒ほどして、光己がぱっと目を開ける。

 

「……閃いた!」

「おお、まことでございますか! ワタシの予想よりかなり早いですよ」

「うん。何かこう、何かが天から降りてきたっていうか」

「それこそ典型的な『天啓』でございまする。いえシャレではなく。

 してどのような技を?」

「んー、一言でいえば手刀、チョップかな。攻防に使えるけど、最終的には首に打って物理的にチョンパするヤバい技みたい。

 ブロックされたら掴んで炎やドレインにつなぐっていう使い方もできそう」

「なるほど、マスターにはなかなか向いていそうですね。おめでとうございまする。

 さっそく皆にご披露なさいますか?」

「うん、でも最終形がエグいから組手は頼みづらいな。

 ミニマルな木〇拳めいた練習場でもあればいいんだけど」

 

 そんなことを話しながら、2人は皆の部屋に戻って初習得を報告し演武した。アルトリアたちは光己が誰に習ったわけでもない動きをかなりスムーズに演じてみせたことで、段蔵の訓練法が本物であることを再確認し、その優秀さと光己の成長を称賛したが、スルーズだけは思案顔をしていた。

 

(習得が早いのはいいのですが、今までのマスターの素質からすると早すぎるような。そういえばダンゾウは「集合無意識から叡智を得る」と言っていましたが、これはつまり霊長の抑止力(アラヤ)につながるということなのでは?)

 

 ニンジャの技を会得するためにつながるだけなら、たいした問題はあるまい。そもそも人間誰しも集合無意識にはつながっていて、程度の差に過ぎないのだから。段蔵もそのつもりで勧めたのだろう。

 ただ現在は人理が焼却されている真っ最中であり、抑止力としてはそれを阻止しようとしている光己を全力で支援したいはずである。そこに光己の方からつながろうとしてきたから、もっけの幸いとばかりにコンタクトしてきたと考えれば、習得が早いのも納得がいく。

 それ自体はカルデアの一員としても戦乙女としても喜ばしいことだが、懸念が1つあった。

 

(詳しくは知りませんが、抑止力はこれはという者を見つけると、死後を買い取って「抑止の守護者」なる者に仕立て上げるとか。

 だとするとマスターに目をつけるのはむしろ当然ですね)

 

 しかしその待遇と職務内容は劣悪で、セイギノミカタのブラウニーでさえ音を上げるほどだという。

 

(人理修復している間は妙な真似はしないでしょうが、その後は油断できませんね。でも大神のため、マスターのため、そして()()()()()()()()マスターは絶対に渡しません)

 

 スルーズは1人そんな決意を固めるのだった。

 

 

 




 ワルキューレと抑止力が人材の取り合いするケースって実際にあるのだろうか。




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第66話 古き神の謎2

 その翌日、ネロとカルデア勢は予定通り「古き神」に会うためマッシリアの港から船で海に出ていた。

 なお地中海は風向きが不安定なので、帆だけではうまく進めないため大勢の人手で(かい)を漕ぐいわゆるガレー船が主である。つまり良い風がないとスピードが出ないのだが、今回もさすルーンにより通常の数倍の速力をキープしていた。

 

「おお、船でこんなに速いのは初めてだ! フフフ、これなら余の操船の腕もいっそう映えるというもの!」

 

 ネロは剣術や芸術に加えて船の操舵もできるようだ。ただそのスタイルは乱暴きわまりなく、どう考えてもガレー船ではできないような動きをしている。

 

「うおおっ、船が宙に浮いただと!? てかドリフトターンって何の意味があるんだ」

「さ、三半規管がぐるぐる回りをぉぉ……」

 

 もっとも光己は途中から空を飛べるヒロインXXに抱っこしてもらったので難を免れているが、飛べないマシュやブラダマンテたちはまだ旅半ばだというのにかなりグロッキーだった。おそらく櫂の漕ぎ手たちはもっとつらい思いをしていることだろう……。

 スルーズはルーンの制御があるのでカーマが空から島を探していたが、やがて発見して戻って来た。

 

「見つかりましたよー。ここから南南東に15キロくらいですね」

「ほう、ならあと30分もすれば着くな。もう少しだぞ皆の者……って、なぜそんなにへばっておるのだ? さては船酔いか、大変だな。あと30分の我慢ゆえ、今しばらく耐えるのだ」

 

 その大揺れの中、ネロ当人だけはすこぶる元気だったが……。

 やがて島に近づき砂浜が見えてくると、ルーラーアルトリアのサーヴァント探知スキルに反応があった。

 

「これは……ずいぶん多いですね。3騎もいます」

「……? 古き神以外にもサーヴァントがいるということですか?」

「そうなりますね。いえ古き神がサーヴァントだと決まったわけではありませんから、無関係の者が3騎ということも考えられます」

 

 つまりこの噂は連合側がネロをおびき寄せて暗殺する罠だという可能性も出てきたのだ。ここはいったん引き揚げるべきだろうか?

 

「難しいところですね。逆に罠だと決まったわけでもないのですから」

 

 それに仮に罠だったとしてこちらが帰ってしまったら、島にいる3騎は別の暗殺方法を考えるだけだろう。今ここで禍根を断っておく方が安全という考え方もあった。

 無人の小島でなら聖剣ぶっぱも聖槍ぶっぱも遠慮なくやれるから、地の利はむしろこちらにあるし。

 

「そうですね。しかしマスターと陛下に注意喚起はしておきましょう」

 

 いくら光己が硬くてネロも強いといっても、不用意に敵かも知れないサーヴァントの前に出るのは賢明ではない。当然の判断だった。

 

「―――なるほど、連合の罠かもしれぬということか。あり得る話だな」

 

 何しろネロ自身が暗殺と謀略の中で生きてきた皇帝である。敵がそれを考えたと言われても、まったく疑問は持たない。

 しかし現状ではあくまで可能性の話であり、確定するのはルーラーの「魔術」で彼らの正体を見破った後のこととなる。

 

「つまりそれまでは素知らぬ顔で、ただし余はマシュたちの後ろにいろということだな?」

「はい、そうしていただければ」

 

 あまり疑念を表に出すと、罠でなかった場合に失礼になるし、罠だったとしても、相手に「自分たちは疑われている」という情報を与えてしまうことになる。これも当然の話だった。

 ―――そして船はようやく島に到着し、砂浜に錨を下ろした。

 船酔いを治すには陸に上がるのが1番簡単なのだが、ネロとカルデア勢以外の兵士と船員たちはほぼ全員立つのもままならない惨状である。仕方ないので光己たちがかかえて下ろしてやり、最後に神への捧げ物である酒樽と杯も下ろした。

 

「神の名は結局分からなかったが、酒が嫌いな神というのはあまり聞かぬからな。不快には思うまい。

 不老不死の霊酒(ネクタール)でもあれば良かったのだが」

 

 まあ妥当なところだろう。ネロが最初に用意した鉛製の杯を光己たちが必死で止めて、金製の物に変えてもらったという一幕もあったりするが。

 

「出発は一休みしてからですね……んんん!?」

 

 ルーラーはそう思ったが、しかし島の住人は向こうからやってきた。3騎のうち1騎が接近しつつある。

 あわててネロと光己たちに注進した。

 

「陛下、マスター! サーヴァントが近づいてきています!」

「むう。余が来たと知って出迎えに来た……という解釈はお気楽すぎか?」

 

 待つことしばし、くだんのサーヴァントが砂浜の向こうの木陰から姿を現す。

 かなり小柄な少女のようだ。古代ギリシャ風の白い衣をまとい、紫色の長い髪をツインテ―ルに束ねたすごい、とてもすごい美少女である。

 これだけの人数を前に恐れる素振りも見せず、平然とした様子で近づいて来た。

 

「……真名、ステンノ。まぎれもなく神霊サーヴァントです!

 宝具は『女神の微笑(スマイル・オブ・ザ・ステンノ)』、標的の男性を即死、あるいは魅了や弱体化の効果をもたらします」

「!!!???」

 

 その直後、マシュが最高速で盾をかざし、ブラダマンテとXXが光己をかかえて逃げ出した。一瞬遅れて、段蔵が金時の後ろから両手で目隠しする。スルーズもルーンで氷の板をつくって、ステンノの笑顔とやらが見えないように視界をふさいだ。

 順当といえば順当な対応だったが、ちょっと大げさすぎるかもしれない。少なくともステンノはそう解釈して、からかうような笑みを浮かべた。

 

「あらあら、こんなかよわい少女1人にずいぶんと派手な対応をなさるのね。私は単なる偶像、ただの小娘も同然の非力な神なのに。

 ……ご機嫌よう、勇者のみなさま。

 当代に於ける私のささやかな仮住まい、形ある島へ」

 

 その涼やかな声もまた芸術的なまでに美しかったが、同時に何か危険なものを感じさせていた。

 

 

 

 

 

 

 ステンノが非力というのは嘘ではない。本来は男性の憧れの具現、理想の女性として生まれた存在であり、戦闘的な権能は何1つ持ち合わせていなかったのだから。今回はサーヴァントとして現界したことで、ある程度強くなってはいるが、武闘系のサーヴァントと張り合えるほどではない。

 女性的な魅力に耐性がない男性に対してはめっぽう強いが……。

 ―――それはともかく、お目当ての「古き神」が現れて声をかけてきたのだから、ネロは返事をしなければならない。幸いにして、ローマ皇帝は神官のトップを兼ねているので、ネロは各地の神話についての造詣があった。おかげでステンノという名前だけで彼女の由来が分かった。

 

(確かゴルゴンの長女だったな。3姉妹だから3騎、分かりやすい話だ)

 

 ローマのではないとはいえ神の面前である。ネロは威儀を正して、よく通る声で名乗りを上げた。

 

「余がローマ帝国第五代皇帝、ネロ・クラウディウスである!!」

 

 妙に気合いがこもったその挨拶に、ステンノはびっくりしたようだったが、理想の女性だけあってすぐに優雅な挙措で自己紹介を返した。

 

「これはご丁寧に。私が貴女がたが言う『古き神』ステンノですわ。この呼ばれ方はあまり好きではないのだけれど」

「おお、噂はまことであったのだな。して妹御たちはいずこに?」

「妹は来ていませんわ、皇帝陛下さま」

「おや、そうなのか」

 

 3姉妹で現界したという見込みはハズレだったようだ。しかし、こんな孤島にいるのに人間たちが自分をどう呼んでいるか知っている辺り、やはり只者ではない。

 

「話の前に、まずは捧げ物を献上すべきだな。ルーラー、頼む」

「はい」

 

 ルーラーが、樽と杯をステンノに見えるように氷の板の向こうまで持って行くと、美貌の少女神は男性なら誰でも見惚れそうに嫣然とした微笑を浮かべた。

 

「フフッ、私に供物なんて捧げても仕方ないのに……でもせっかくだから、ありがたく頂いておきますわ」

 

 というわけで、ステンノは今のところ敵ではなさそうなので、ネロたちは彼女の家まで捧げ物を運んで、そこで話をすることになった。

 行くのはネロ本人とマシュ・アルトリアズ・ブラダマンテ・スルーズ。つまり対魔力が高い女性である。残りは留守番だった。

 ステンノの家は雨風凌げる程度の古びた草庵という感じで、ネロはむしろこれ幸いと「ローマに来ればしかるべき神殿を用意する」と言って勧誘してみたが断られた。そうした欲求はまったくないようだ。

 

「うむむ、それでは仕方ないな」

 

 なのでネロは当初の予定通り神託を求めることにした。ステンノはこれは断らなかったが、ちょっとした選択肢を突きつけられた。

 

「そうね。お忙しい皇帝()()()がこんな辺鄙な島まで来てくれたのだから、手ぶらで帰すのも体面にかかわるわ。

 それじゃ力と知識、どちらか片方をさしあげましょう」

「ほう!?」

 

 何かいかにも神話っぽい流れである。これは正しい答えを選べば栄光が与えられるが、間違った者には破滅が待っているとかそういうノリだろうか。さすがのネロも即答できなかった。

 

「ううむ、これは悩ましいな……どちらが正しいのか。むむむ」

 

 腕組みして百面相しながら深刻に考えこむネロ。その様子をステンノは楽しそうに、いや愉悦の表情で眺めていた。

 

「ところでステンノ神よ、両方という答えはナシなのか?」

「ええ、それはナシ。ああでも誤解しないで、供物が足らないからとかそういうのではないのよ。

 たとえローマの国庫を傾けるほどの財宝を捧げられたとしても、答えは変わらないわ」

「うむむ」

 

 本当にステンノは無欲だった。皇帝としてはかえって扱いにくいタイプである。

 

「…………いえ、でも、そうね。皇帝と勇者、それぞれが違うモノを求めるというのはアリよ」

「ほう?」

 

 ネロがはっと顔を上げる。そうしてもらえるなら悩むことはない。

 

「それで、先ほどから話に出ている勇者というのは誰なのか?」

「名前は聞いてないけど、白い上着に黒いズボンの男の子よ」

「ミツキのことか……まあ確かにな」

 

 カルデア傭兵団の団長だし竜を呼べるし、勇者と呼んでさしつかえあるまい。

 無論ステンノが言うのは違う意味でなのだが、それはネロには分からなかった。

 

「分かった。ではミツキを呼んでくればいいのか?」

「いいえ、それには及ばないわ。

 海岸沿いを西に歩いていくと、洞窟への入り口が見付かるわ。そのいちばん奥に、ね。宝物を用意したの。この時代には本来存在しない、とっておき。

 楽しい貴女たちにさしあげますわ。ふふ、こんなご褒美、滅多にしないのだけれど」

「なるほど、それが『力』というわけか。洞窟の奥に宝物……実に心惹かれる響きよな」

 

 どうやらステンノは、ネロたちが来ることを知っていたようだ。さすがは女神というところか。

 

「で、『知識』の方は?」

「ええ。ここより少し奥に古井戸があるのだけど、その底にある地下迷宮の奥に、貴女の役に立ちそうなことを書いたメモを、箱に入れて置いておいたの」

「古井戸に迷宮か……意外とメジャーな話よな」

「どちらがどちらに行っても構いませんわ。お供を連れて行ってもいいけど、両方に行くのはナシよ」

「ふむ。たとえば余がルーラーたち全員を連れて洞窟に行って戻ってから、ミツキがまた全員連れて井戸に行くのは駄目だということだな」

「ええ、それは反則ですもの」

 

 まあ当然の制限だろう。ネロは受け入れることにした。

 

「分かった、では行ってくることにしよう!」

「ええ、行ってらっしゃい。貴女がくれたお酒を頂きながら待ってるわ」

 

 ステンノは見た目はミドルティーンだが、実年齢は100歳や200歳ではきかないので、法的な問題はない。

 ネロたちは元の場所に戻ると、光己たちに顛末を告げてチーム分けについて相談した。

 

「とりあえずルーラーたちは余について来てもらうとして、他の者の配置はそなたに任せよう」

 

 マシュたちはネロの直接の部下というわけではないので、ネロはちょっと遠慮した。光己がふーむと唸って考え込む。

 お供が認められたということは、神の試練的なものがあるのかもしれない。ならネロ側には、彼女の安全最優先の配置をするべきだろう。

 

「じゃあマシュとスルーズを陛下につけて、ブラダマンテと段蔵とカーマと景虎と金時が俺の方ってことでいいですか?」

「ふむ、よかろう」

 

 ネロは皇帝だが、6人7人寄こせと言うつもりはない。サーヴァント探知に加えて盾兵とルーン使いをくれた、つまり安全に配慮してくれたことで満足した。

 

「それで、陛下はどちらに行かれるんですか?」

「そうだな。やはり皇帝たる者、個人の力より知が重要であろう。よって井戸の方に行く。

 そなたたちは洞窟の方を頼む」

「分かりました。それじゃ陛下、お気をつけて。

 マシュたちも気をつけてね」

「うむ、そなたたちもな」

「先輩もくれぐれも慎重に!」

 

 こうして一行は二手に別れて、女神の託宣を受け取るための探索に出向いたのだった。

 

 

 




 人数が多いので二手に別れて冒険()することにしてみました。
 しかしルーラーがいると人理修復の危険度がガクッと下がりますねぇ……。




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第67話 古き神の謎3

 光己たちは洞窟に入るということで、船の備品から松明やロープなど使いそうなグッズを借りてから、ステンノの指示通り海岸沿いに西に向かって歩いた。

 それはいいのだが、道中カーマはちょっとご機嫌斜めであった。

 

「まったくもう。私という女神を迎えておきながら、他の女神の戯言に乗って、こんなメンドくさそうなことするなんて」

 

 どうやら、光己たちがステンノの言う通りに探索をしているのが面白くないようだ。ヤキモチをやいているのだろう。

 

「んー。気持ちは分かるけど、カーマは女神だってこと隠してるし、予言みたいなことは苦手なんだろ?」

「それはそうなんですけどねー」

 

 カーマも理屈では分かっているが、感情面で納得しがたいらしい。

 その穴埋めをするためか、光己の後ろから飛びついてきた。

 

「仕方ありません。代わりに洞窟に着くまで肩車していって下さい」

「しょうがないなあ」

 

 まあそのくらいのことで機嫌を直してくれるなら安いものだろう。光己がかがむと、カーマは彼の首をまたいで座った。

 

「んっ、と」

 

 特に力むこともなくすいっと立ち上がる光己。相当体力がついてきたようだ。

 そのまま光己が歩き出すと、傍らに景虎が近づいてきた。

 

「マスター、荷物を持ちましょう」

「ああ、ありがと」

 

 気を利かせてくれた軍神サマに、光己は片手に持っていた備品袋を渡した。

 景虎がくすっと小さく微笑む。

 

「そんな風にしていると、仲がいい兄妹みたいですね」

「まあなー」

 

 カーマは本物の女神で元ビーストなのだが、特に一緒にお風呂に入った時からはそういうスタンスではなく、ちょっとヒネた妹分みたいな感じで接していた。彼女もそういう接し方を望んでいると分かっているし。

 

「ところで船や港っていえば、景虎は何とかっていう糸を海路で売り出してたんだっけ?」

「はい、青苧糸(あおそいと)ですね。私が毎年のように戦をしていられたのは、これの売り上げのおかげでした」

「へえー。軍神っていう二つ名が有名だけど、内政もちゃんとしてたんだな」

「あー、いえ。具体的なことは宇佐美定満(うさみん)たちに任せっ放しでしたけれど……」

 

 光己が感心して褒めると、景虎は気まずげに目をそらした。性格的に不向きだったのだろう。

 光己はフォローする必要を感じた。

 

「そ、そっか。まあ軍神っていわれるくらいの戦争スキルがあったんだから、内政スキルまで望むのは贅沢だしな」

「そ、そうですとも! ここで内政スキルがあっても役に立ちませんから、戦争スキルにリソースを全突っ込みした方が、よりマスターの役に立てますしね!」

 

 景虎はちょっと声が乾いているが、何とかフォローはできたようだ。

 ついでに話題を変えることにする。

 

「それで話はまったく変わるんだけど、一般的な魔術師って根源とかいうのを目指してるんだよな」

「私はよく知りませんが、現界した時に得た知識によれば、南蛮の魔術師はそういうものみたいですね」

 

 西洋魔術でいう根源と仏教でいう悟りが同じものであるなら、日本の修験者や法力僧も「魔術師」の括りに入れてよさそうだが、景虎的には違うものに思えたので言及しなかった。

 

「でもさ、宇宙の根源っていったらあれだろ。神とか仏とか(タオ)とか愛とか。あまり身勝手なことやってたら、かえって遠ざかると思うんだけど」

「そう、そうですよね! さすがマスターは分かってます」

 

 すると、何故かブラダマンテが抱きついてきた。

 

「だから邪悪な魔術師が本懐を遂げることなんてないんです。冷たくて意地悪で、いつも何か恐ろしいことを考えている人たちが、最後に勝利を得るなんてダメですからね」

 

 ブラダマンテはマーリン以外の魔術師は嫌いなので、彼らを批判する話と見て乗ってきたのだった。

 なお彼女の生前の頃の一般的宇宙観はキリスト教的なもので、宇宙を創造したのは神で、神は愛なのだから、すなわち宇宙は愛。よって宇宙の根源をめざすなら、愛を体現すべきという結論になる。ゆえに魔術師のあり方では遠ざかるはずで、光己が同じ主張をしてくれたので嬉しくなって抱きついたというわけだ。

 

「お、おう」

 

 光己は「邪悪な魔術師」の実物を見たことがないので、あまり深い話はできない。とりあえず相槌を打ったが、ちゃっかり彼女の腰を抱きしめてスキンシップは図っていたりする。

 するとカーマも話に入ってきた。

 

「宇宙=愛ですか、ところで愛といえば私ですよね。

 つまり私=宇宙なんですから、もっと崇め奉ってくれていいですよ」

 

 冗談めかして言っているが、ビースト化すると本当に「無辺際の領域(宇宙)」の身体を得るので、決して誇張表現ではない。

 もっとも今はそういうことにあまり関心はなく、光己と遊んだり美味しいものを食べたりしていられれば満足だったが。

 

「おお、そういえばそうだったな。あ、でもカーマって確かシヴァに焼かれちゃったんだよな」

「むー、痛いとこ突いてきますね。でもあいつは宇宙すら破壊する神だからしょうがないんですよ」

「デジマ!? 宇宙の辺境の銀河系の、そのまた片隅の太陽系の、一惑星の一部をしろしめてるだけなのに!?」

 

 その割に攻撃範囲があまりにも広すぎる。にわかに信じがたかった。

 

「んー、まあその辺は概念的な話ですからね。実際に宇宙のすべての星を粉みじんにできるかどうかは私にも分からないです。

 宇宙には地球の神や人には想像もつかないすごい奴だっているかもしれませんし」

「なるほどなー」

 

 ―――などとだべっている間に、一行は洞窟の前に着いていた。ブラダマンテとカーマが光己から離れ、光己も表情と気持ちを引き締める。

 

「多分何かあるだろうから、みんな気をつけてな」

 

 人間視点だと厄逸話揃いのギリシャ系神々の中で、ステンノにはそういうエピソードがないそうだが、しかし彼女は光己を勇者と呼んだという。勇者や英雄の物語で、宝物を得る時に何の障害もなかったという例はあまりなく、たいていは危険や強敵を乗り越えてからのことである。何事もなくお宝に到着できると考えるのは、楽天的にすぎるだろう。

 

「そうですね、わざわざ洞窟の奥に用意するくらいですから」

 

 家で渡せば済むものを、あえて洞窟や迷宮に置いたからには、道中で何かをさせたいはずである。それが何かはまだ分からないが。

 

「んじゃ入ろうか。隊列はどうする?」

「僭越ながら、ワタシが先頭を引き受けまする」

 

 光己が備品袋から松明を取り出しながら一同に訊ねると、段蔵がそう言って先頭に立候補した。

 夜目が利く上に気配遮断スキルがあるので、先頭というより偵察役として打ってつけなのだ。

 

「そだな、じゃあよろしく。でも無理しないようにな」

「はい」

 

 その少し後ろに金時、3列目にブラダマンテと光己と景虎が並んで、後衛にカーマという配置になった。マスターを守るのを重視した隊形である。

 そして松明に火を点し、いよいよ洞窟の中に足を踏み入れる光己たち。当然ながら真っ暗で、潮風が入るからか空気がじめじめしており、地面もちょっとぬかるんでいる。

 敵が現れても普通に戦える程度の広さはあったが、岩の塊や鍾乳石が多いので、見通しはあまり良くない。

 しばらく歩いたところで、段蔵の目つきがふっと鋭くなる。

 

「魔力……かなり多い? この感じは怪物、いえ死霊の類……!?」

 

 段蔵がぱっと光己たちの方に跳び下がって注意を促す。その数秒後、岩陰から骸骨の群れが現れた。

 

「スケルトン!?」

 

 やはり宝を得るには試練を果たす必要があるようだ。

 しかもただの骸骨ではなく剣や弓といった武器を持っている。生前は兵士だったのだろうか。

 

「なるほど、大将の予想通りってわけか。まあこの場は俺に任せときな、クールに決めてやっからよ!」

 

 金時がさっとファイティングポーズをとって1歩前に出る。しかし何故か段蔵がそれを制止した。

 

「いえゴールデン殿、これはマスターの実戦訓練にちょうどいいのでは」

「ふえ!?」

 

 未成年の民間人に骸骨の群れと殴り合いさせようとは、さすがニンジャの修業は過酷であった。

 

「おお、確かにこれはちょうどいいな!」

「そうですね」

「ナンデ!?」

 

 しかも賛同者はいても反対者は出なかったため、多数決であっさり決まってしまう。何という数の暴力!

 仕方ないので前に出た光己だが、骸骨たちがカタカタ骨を鳴らしながら迫ってくるのは怖くはないが、はっきり言っておぞましい。こちらの歯が鳴りそうなほどに。

 盾兵の後ろから指揮するのと自分で戦うのとでは、まったく心象が違うことが身をもって分かった。しかしまず、不要な戦いを避けるため和平を試みることにする。

 

「ええい、あっちに行け! 行かないとニンポを使うぞ! 死ぬぞ!」

 

 光己は火遁の術を使えるからハッタリではないのだが、やはり威圧感が足りないのか骸骨たちは恐れ入る気配すらなく、そのままのペースで近づいてきた。どうやら戦うしかないようだ。

 しかもアンデッド系にドレインはこちらがダメージをくらうし、骨に高熱はコスパが悪い。打撃で壊す一択であろう。

 

「畜生め!」

 

 半分ヤケで自分から突っ込む光己。先頭の骸骨が剣を振り下ろしてきたのを半身になってかわすと同時に、彼の額に魔力放出を乗せた必殺の手刀を叩き込んだ。

 

「イヤーッ!」

 

 みごと命中、なんとその一撃で骸骨兵の頭蓋が両断される。光己もいよいよ逸般人の域に足を踏み入れてきたようだ。

 しかし実戦慣れしていないのは否めず、その間に他の骸骨が回り込んできて囲まれてしまった。地面が濡れているので全力疾走して離脱というわけにもいかず、そのまま四方から斬りかかられる。

 

「あわわっ!?」

 

 もっともスルーズや段蔵たちに比べればはるかに遅い攻撃だが、四方から来るのでは避け切れない。横や後ろからがつんごつんとどつかれた。

 身体的には平気だが、精神的には非常に痛い。

 

「ええい、この骨どもが!」

 

 それでも数体はチョップで頭蓋を割ったり頚骨をチョンパしたりしてやったが、やはり足元が滑るのが実にやりにくい。何故か骸骨たちは普通に歩いているが、どうしたものか。

 

「いや待てよ。滑るのが問題なら滑らなくすればいいんだ」

 

 光己が地面に向けて火を吹くと、シュワーッという音とともに白い蒸気が湧き上がる。滑る原因の水を蒸発させているのだ。

 

「うわー、さっすがマスター頭いいです!」

「やるじゃねェか大将」

 

 とっさの機転としては上々で、ブラダマンテが手を打って褒め称え、金時がニヤリと笑みを浮かべる。

 実際足場が乾いて普通に動けるようになれば、今の光己なら骸骨兵など何人いようと苦労はない。数分後には、彼らを今度こそ二度と動くことのないただの遺骨に還していた。

 

 

 

 

 

 

「はあー、疲れた」

「お疲れさまでしたマスター!」

 

 光己が(主に精神的に)ぐったりした顔でサーヴァントたちのところに戻ると、ブラダマンテが満面の笑顔で抱きついてねぎらってくれた。

 地面乾燥作戦によほど感銘を受けたらしい。

 

「うわっ、と。どう致しまして」

 

 せっかくなのでしっかりと抱き返す光己。柔らかくて温かくて、いかにも女の子という感じのいい匂いがして、至福の感触でAPがもりもりと回復していく。

 

「マスターはホントにすごいですね! マスターみたいな方と一緒に、人理修復なんて正義そのもののお仕事ができて嬉しいです」

 

 ブラダマンテは猪突猛進タイプで、生前は何度も騙されたり罠にかかったりした経験があるだけに、いろいろ考えてくれる慎重な相方というのはとてもありがたいのだった。同僚の十二勇士も頭がアレな人が多かったし。

 それに光己は魔術師ではないしやさしいし、その上アーサー王と一緒に戦えるなんて栄誉にもめぐり合えたし、どうお礼していいか分からないくらいである。

 

「いやあ、俺の方こそブラダマンテがいてくれて嬉しいよ。いつも頑張ってくれてありがとな、これからも頼む」

「はい、もちろん!」

 

 そのまましばらくくっついていたが、いつまでもそうしてはいられない。カーマに引っぺがされたので、光己は改めて出発を指示した。

 

「それじゃ行こっか」

「はい!」

 

 その後しばらくは何事もなかったが、一行がちょっと道が狭くなってきたなと思ったところで、上の方からギシギシと何かが軋む音が聞こえた。

 イヤな予感がした段蔵が見上げてみると、何と天井がひび割れているではないか。今にも崩れ落ちて来そうである。

 

「落盤です! 皆様お下がりを!」

「!?」

 

 光己たちが慌てて逃げた直後、前方で轟音とともに大小の岩塊や土砂が雪崩のように落ちて来る。思わず耳をふさぐ光己たち。

 逃げるのが早かったので巻き込まれずにすんだが、通路は完全に埋まってしまった。

 

「……これは罠なんか? それとも偶然?」

「さすがに測りかねまするが、掘っていくのは大変そうですね」

 

 アルトリアズがいればぶっぱで穴を開けられるのだが……いやその衝撃で二次災害が起きそうだからやめておく方が無難か。しかしいくらサーヴァントが百人力とはいえ、工具もなしに大量の土砂を掘り返すのは手間がかかる。

 

「うーん、仕方ないな。俺が変身しよう」

 

 ドラゴンの巨体なら土砂を取り除くのも手早くできる。反対意見は出なかったので、光己は服を脱いで金時に預けると、竜モードに変身した。

 

「ドラゴン・チェーンジ! …………っと、ちょっと狭いな」

 

 人間サイズの時には十分広かった洞窟も、巨竜視点では雪でつくったカマクラのように窮屈である。しかしこれなら土砂の撤去などたやすい。

 子供が公園の砂場で遊ぶのにも似た手軽さで通路を開けると、この先のこともあるので竜モードのままで進むことにした。

 

「では、私たちはマスターの背中に乗らせていただいてよろしいでしょうか?」

(こくこく)

 

 巨竜のすぐそばを歩くのはサーヴァントでも危険だから当然の方針であろう……。

 その先はまた骸骨兵が出たり落とし穴があったりしたが、ファヴニールの図体の前には足止めにすらならず、一行はつつがなく洞窟の最深部らしい広間にたどり着いた。

 

(冬木でアルトリアオルタに会った時のこと思い出すな)

 

 もちろんここには黒い騎士王はいないし聖杯もないのだが、怪しい気配はあった。

 奥の方に猛獣めいた何者かがいる。

 

「あれは……キメラ!?」

 

 そいつはライオンとヤギとヘビが合体した怪物だった。それも魔術師がつくった合成生物ではなく本物の幻想種である。

 

「まさかこれが宝物なんてことはないですよねぇ……!?」

 

 カーマはちょっと胡乱げな目でキメラを見つめていた。確かにこの時代には存在しないものだし、食材としても魔術素材としても優秀だが、だからお宝だと主張するのは強弁が過ぎると思う。

 

「とにかく倒すしかなさそうですが……」

 

 しかしまあ、何というか。キメラは普通のライオンより一回り大きく三回りほどは強いとはいえ、ファヴニールと比べればネコとネズミほどの体重差がある。勝ち目はゼロと見て回れ右したが逃げ場はなく、巨竜の尻尾で張り倒されて気絶した。

 

「……さすがに可哀そうな気もしますが、トドメ刺します?」

 

 キメラが宝物だというなら容赦なく食材と魔術素材にしてもいいが、他に本命があるなら殺すのは哀れである。カーマがそう提案すると、ファヴニールは長い首をこくこく上下に動かした。

 

「では探してみましょう」

 

 マスターの意向により、段蔵たちが彼の背中から降りて広間を調べる。すると、隅っこの方に大きな木箱が見つかった。

 おそらくはこちらが本命だろう。

 

「ではワタシが」

 

 光己とカーマたちはいったん下がり、段蔵が1人で箱の周りを注意深く調べる。罠がないと判断すると、慎重に蓋を開けた。

 

「ぷはー! やっと来てくれたのですね」

 

 すると中から若い女性が2人、待ちかねたといった様子で顔を出す。

 

「こ、この神気……ま、ままままさかパ、パ、パールヴァティィィィ!?」

「アイエエエ!? 頼光=サン!? 頼光=サンナンデ!?」

 

 そしてカーマと金時の悲鳴が響き渡るのだった。

 

 

 




 ステンノ様マジ愉悦!




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第68話 古き神の謎4

 箱の中にいた女性2人はどうやらサーヴァントで、しかもカルデア勢にそれぞれ知人がいるようだ。そういえば今はルーラーアルトリアがいないので、サーヴァント探知と真名看破ができないのだった。

 パールヴァティーと呼ばれた女性は、カーマが15~16歳になって善良になったらこうなるだろうといった感じの娘で、半袖の青い服を着て刺又のようなものを持っている。カーマが絶叫したところを見るに、インドの女神のパールヴァティーであろう。

 頼光と呼ばれた方は20歳台後半ぐらいの美しい女戦士で、紫色のぴっちりした服を着て刀と弓矢を持っている。金時の関係者で頼光といえば鬼退治で有名な源頼光と思われる。

 

「おや、そこにいるのは金時ではありませんか! まさかこんな所で会えるなんて」

 

 頼光は目ざとく金時を見つけてぱたぱたと駆けよってきた。金時が何故か妙に慌てふためいているのを完全スルーして、いとしげに彼の顔を豊かな胸の間にかき抱く。

 

「異国の女神に連れられてこんな小さな島に来たと思ったら、まさか息子がいたなんて。愛は奇跡を起こすものなのですね」

「…………?」

 

 頼光は感きわまっている様子だが、台詞の所々におかしな点が見られる。同国人の景虎が代表として訊ねてみることにした。

 

「あの、もし。頼光殿」

「……ああ、これは名乗りもせずに不躾なところをお見せしまして。私、源頼光と申します。貴女も日の本の方なのですか?」

 

 雅やかに自己紹介した頼光は良識と母性愛を兼ね備えた上で、冷徹な武人としての側面も持っていそうに見えた。もっとも武人度では景虎も人後に落ちぬ身なのでそこは気にせず、こちらも名乗りを返す。

 

「はい、長尾景虎と申します。頼光殿やゴールデン殿より500年ほど後の越後国で、国主と関東管領を務めさせていただいておりました」

 

 相手が源氏の棟梁とあって、景虎の態度は普段より神妙である。

 その名乗りを聞いた頼光はいたく感心した顔を見せた。

 

「なんと、国主ですか。関東管領というのは聞いたことがありませんが、坂東(ばんどう)の辺りを統轄する職なのでしょうね。あの辺りの人々は気性が荒いと聞きますし、お疲れ様でした」

「いえ、それほどでも」

 

 こうして自己紹介も済んだところで本題に入る。

 

「それで、頼光殿はゴールデン殿を息子と呼んでおられましたが、いったいどのような……? 養子縁組でもされたのですか?」

「いえ、別にそのようなことは……」

 

 頼光はむしろ、指摘された理由が分からないようだ。

 

「私はただ母として息子を愛しているだけですが」

「ふむ、君として臣を子のように愛しているということですか?」

「なるほど、そういう感覚はあるかもしれません」

「そうですか、主君として素晴らしい心構えですね!」

「いえ、それほどのことは」

 

 2人ともそちら方面の感性が常人と大幅にズレているからか、話は明らかにかみ合っていないのに、お互い納得してしまっていた。金時が腕をぶんぶん振って間違いを正そうとしているが、今回もスルーしている。

 金時は頼光を主君としては尊敬しているし、人間的には好意を持っているが、彼女が向けてくるかなり重い上に、母性愛と恋愛の区別がついてない感情と過度なスキンシップはあしらいかねているという感じだった。

 

「ところで後ろに龍神様がお見えになっているようですが、私もご挨拶した方がよろしいのでしょうか?」

 

 さすがは名高い源氏の武者、体長30メートルの巨竜を前にしても落ち着き払ったものであった。景虎がその胆力に感心しつつ彼の素性を教える。

 

「そうですね。あの方は藤宮光己殿といいまして、私たちのマスターです。

 カーマ殿とパールヴァティー神の話が終わったらご紹介しましょう」

 

 そのカーマとパールヴァティーは2柱とも疑似サーヴァントなので、お互い顔では識別できない。しかしそこは女神だけあって、神気の質で何者か判断できていた。

 

「え、まさかカーマ……? こんな所で会うなんて」

「ええ、ここで会ったが百年目ってやつですね! 殺しはしませんがたっぷり嫌がらせしてあげますから、それが嫌ならとっとと座に還るがいいです」

「ま、まあまあカーマさん」

 

 カーマがパールヴァティーに詰め寄ろうとしているのを、ブラダマンテが必死で後ろから羽交い絞めして止めている。その間に段蔵がパールヴァティーに事情を訊ねた。

 

「ええと。カーマ殿があの様子ということは、貴女様はインドのパールヴァティー神ということでよろしいのでしょうか?」

「はい、そのパールヴァティーです。勇者に試練を与えたいから手伝ってくれと言われて、こうして箱の中で待っていたのですが、まさかカーマが現れるとは思いませんでした」

 

 しかも勇者はサーヴァントだったとか、パールヴァティーにとってもかなり意外な展開である。

 

「いいえ、意外でも何でもありませんよ! あのステンノってヤツ、絶対全部狙ってやったに決まってます」

 

 するとカーマがぐわーっと吠えた。

 ステンノはネロが来ることを知っていたし、光己を勇者といったくらいだからカルデアの事情も知っているのだろう。ならばカーマがいることも知っていて、嫌がらせのためにパールヴァティーを選んだのに違いない。

 しかも、パールヴァティーはもちろん頼光という人物も相当な強者ぽいから、勇者に与える「宝者」として十分だから、ケチをつけるのは難しい。

 さらには光己たちがネロに隠し事をしているのもおそらくは知っていて、ステンノに敵対したらそれをバラされる恐れがあるからよほどのことがなければ攻撃しては来ないことも承知しているはずだ。何と狡猾な!

 

「やっぱり神々って(ぴー)ですねホントに!」

「……何でそうなるんです? ステンノさんが貴女に嫌がらせをする理由はないと思うのですが」

「愉悦系ってやつですよ。私が貴女に嫌がらせして喜ぶのと同じことを特に恨みもない人にやって暗い喜びにひたってるんです」

「……」

 

 パールヴァティーは返答を避けた。

 

「ところで貴女の後ろにいるのは蛇神(ナーガ)ですか?」

 

 パールヴァティーも本物の神だけに、ファヴニールを恐れる様子はなかった。ただカーマがいるからかインドの神霊と勘違いしていたので、さっそくカーマが予告通り嫌がらせを始める。

 

「違いますよ、西洋の(ドラゴン)です。

 ぷぷっ、夫に干されてたばかりか眼力もないなんて哀れですねー。ドラゴンとナーガの区別もつかないなんて」

「……」

 

 露骨な挑発にパールヴァティーはわずかに眉をしかめたが、カーマがなぜそうするのか重々承知していて、責任も感じているので穏やかな態度を保った。

 

「ドラゴンですか。人間の味方になることは少ないそうですが……」

「ええ、でもこの人はただのドラゴンじゃありませんからね。

 それじゃマスター、そろそろ正体見せてやって下さい」

 

 話がそちらに及んだし、頼光サイドも竜の紹介を求めているみたいなので、カーマは光己に人間モードに戻るよう促した。

 すると巨竜がだんだん縮んでいき、最後には人間の若い男性になる。

 箱の中に魔物がいる可能性もあったので竜モードでいたのだが、もう戦いになる恐れはなさそうなので、人間モードに戻ったというわけだ。

 

「これは……」

「なんと、人の姿になれる龍神様とは。相当修業を積んでおられるか、もしくは高位のお方なのですね。

 しかし裸とは……あと少しというところでしょうか」

 

 服を着ていれば完全だったのに。しかし彼は(人間に換算すれば)まだ16~17歳のようだから、そこまで求めるのは高望みかも知れない。

 もっとも光己は龍が人に化けたのではなく、人が竜に変身しているのだが、今の頼光の視点ではこう判断してしまうのも仕方ないところだろう。

 光己がいそいそと服を着て、パールヴァティーと頼光の前に出る。

 

「えーと、初めまして。カーマやゴールデンたちのマスターしてる藤宮光己と申します。

 裸見せちゃいましたけど、俺にはどうにもならないことなので、勘弁していただけるとありがたいです」

「いえ、お気になさらず。あ、私パールヴァティーと申します」

「源頼光と申します。金時がお世話になっております」

 

 20世紀末以降の女性なら、セクハラ容疑でポリスメンを呼ばれていたかも知れないが、幸い2人とも寛容であった。

 

「それで、龍神様はどのようなご事情でここに?」

 

 えらい龍神様にいきなり質問をぶつけては失礼になるかという危惧もあったが、「息子」のマスターが何をしているのか確かめたい気持ちが勝ったのだ。母の愛は海より深いというところか。

 もちろん光己はそんなこと全然気にしない、というか問われもしないのに語り出すのも何かと思っていたので、渡りに船であった。

 

「あー、そのことなんですが」

 

 ただ、2人は見た感じ真っ当そうではあるが、どこまで事情を話してよいものだろうか。光己は関係者に意見を求めることにした。

 

「カーマにゴールデン、2人にいろいろ話しちゃって大丈夫かな?」

「はい、問題ありませんよ。パールヴァティーはいい子ちゃんですから、全部ぶっちゃければ絶対手伝ってくれます。

 私としてはそうしてほしくないんですけどねー」

「ああ、頼光の大将なら何も心配いらねえよ。俺っちとしちゃ少々気恥ずかしいが、頼りになるのは間違いねえ」

 

 カーマと金時は、パールヴァティーと頼光を迎えることに多少の逡巡はあるようだが、両名の人格と能力については太鼓判を押していた。

 それなら大丈夫だろうと、光己は2人に事情を全部話すことにする。

 

「それじゃちょっと長くなりますけど、いいですか?」

「はい、もちろん」

「はい」

 

 そういうわけで、光己が2人に人理修復の概要と、自分たちが今この洞窟にいる理由について説明すると、カーマと金時の予想通り、全力で加入を申し出てくれた。

 

「分かりました。そういうことなら、及ばずながら私も力になりましょう」

「私も参加させていただきます。息子だけに戦わせるわけにはいきませんし。

 ……高位の龍神様がいらっしゃるのに、どこまでお役に立てるか分かりませんが」

「あ、その辺まだ話してませんでしたね」

 

 ついで光己が竜になった経緯を話すと、さすがの頼光も驚いた様子だった。

 

「なんと、そのようなことが。

 しかし見事な機智ですね」

 

 彼が最後のマスターだというのであれば、武士とは違って不名誉なことをしたり泥をすするようなつらいことをしたりしてでも生き残る責務がある。

 といって露骨に憶病な振る舞いをすれば、英雄たちは好意を持たないだろうが、その両方を1度に解決できる機会を逃がさず捉えた才覚は、称賛すべきだと思ったのだ。

 

「そうですよね! 実際もしマスターが無敵アーマー持ってなかったら、本当に死んじゃってましたから」

「ええっ!?」

 

 すると、ブラダマンテが光己の背中に抱きつきながら、話に首を突っ込んできた。

 豪胆な頼光もこれには青ざめてしまう。

 

「ま、真ですかそれは!?」

「はい。ちょっと前の戦で、スパルタクスっていうすごく強いサーヴァントが出て来まして、私たちでも止め切れずに、マスターお腹蹴られちゃったんです」

「そ、それは何ともはや……」

 

 金時がいて止められないほどの強者に腹を蹴られたりしたら、一般人など即死だろう。無事でよかった。

 しかしなるほど、サーヴァント同士が戦う場に出れば、マスターが攻撃を受けることは当然あり得ることなのか。

 

「分かりました。今後は私が龍神様、いえ藤宮様をお守り致しましょう」

「ありがとうございます。でも無理しないで下さいね。

 ……っと、忘れるとこだった。カーマとゴールデンたちがサーヴァントだってことは、ローマの人たちには隠してますので、お2人も人前では知らないフリして下さいね」

「え、そうなのですか? うーん、仕方ありませんね。公私の区別は致しましょう」

 

 頼光は金時といちゃつく時間が減るのは寂しいようだったが、宮仕えしていただけにその辺の分別はつくようだ。

 

「あとパールヴァティー神はカーマと一緒にいるとお互い気まずいでしょうから、ネロ陛下の所にいた方がいいかも知れません」

「あ、それいいですね。そうしましょう!」

 

 すると、当人より早くカーマが諸手を上げて賛成した。パールヴァティーは思う所はあったが、カーマと一緒にいたいと望むのも何なので、同意することにする。

 

「……そうですね」

「それじゃ、そろそろ戻りましょうか」

 

 ―――こうして、光己たちが無事女神の試練を果たして元の砂浜に戻ってみると、ネロたちもすでに戻って休息していた。見たところみんな無事のようだが、妙に疲れた様子である。

 

「陛下たちも戻ってたんですね。お疲れ様でした」

「うむ、そなたたちもご苦労だった。しかし見慣れぬ者が2人おるな?」

「はい、このお2人がステンノ神が言った『力』だと思います」

「おお、そうか!」

 

 パールヴァティーと頼光を紹介してもらったネロは、ぱーっと満面にバラのような笑みを浮かべた。

 光己たちがみごと『力』を持ち帰ってくれたこと自体も嬉しいが、それが人間だったなら、ネロが「古き神」から託宣を得た、つまり神がネロに味方したことの証人になってもらえるからだ。兵の士気は一段と上がることだろう。

 ただ異国のとはいえ、本当の女神が参戦したとなると騒ぎが大きくなりすぎるので、パールヴァティーには頭を下げて、人前では人間のフリをすることにしてもらったが。

 

「うむー、とにかくこれで余のローマこそが正統だと証明されたわけだな! 実にめでたい!」

「まったくですね! ところで『知識』の方は手に入ったのですか?」

「もちろんだとも。連合の首都の位置が記された地図があった」

 

 ヒスパニアに攻め込めばいずれは判明することだが、今の時点で分かれば、それを前提に進攻ルートを決められるので価値は大きい。「神の託宣」の題目に恥じぬ「知識」といえるだろう。

 

「ただちょっと、いやかなり疲れたのでな。ステンノ神に報告に行くのはもう少し休んでからにしよう……」

 

 ネロもマシュたちも詳しく語ろうとしないが、古井戸の迷宮は命の危険はなかったものの、陰湿なトラップがいくつもあったらしい。それがステンノの仕込みか元からあったものかは分からなかったが。

 そして休憩の後ネロたちはステンノの家に「力」と「知識」を無事手に入れた報告をしに行って、ついでにもう1度ローマに来ないか誘ってみたが、やはり断られてしまった。ステンノは今回はサーヴァントとして現界しているので、危険な敵が来たら霊体化すれば逃げられるので、安全面の問題はないのだという。

 そうなるともう誘いようがないのでネロも諦めて、パールヴァティーと源頼光という新たな仲間とともに、マッシリアへの帰途についたのだった。

 

 

 




 初対面で息子認定はありませんでした。そこまでチョロくはないようですが、はたして主人公は最後まで逃げ切れるのか(ぉ
 カリギュラは今回は欠場です。1人で来ても数の暴力でシメられるだけですので(^^;




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第69話 連合首都進撃1

 ネロたちはマッシリアに戻ると、パールヴァティーと頼光を兵士と市民に紹介して士気と支持率を高めたり、軍の再編成をしたりして遠征の準備を整えた。

 噂の「古き神」から遣わされた2人の戦士はたおやかな美女だったが、お披露目式での演武で見せた武力は人の域を超えていた。しかも、あの黒き竜が式場の上空に現れて式をしばらく見物していったという椿事(ちんじ)もあって、正統兵の意気はうなぎ昇りである。

 なおラクシュミーがパールヴァティーを紹介された時、驚きのあまりひっくり返りそうになった。いや本当に足を滑らせて尻もちをついて、思春期少年にまたパンツを見られたりしたという事件もあったが、まあ些細なことだろう……。

 遠征軍の総数は約4万人だ。まず前衛は1万人で、将軍は光己・マシュ・段蔵・ブラダマンテ・スルーズ・カーマ・景虎・金時・ブーディカ・頼光の10人。中軍は2万人で、皇帝ネロとラクシュミー・アルトリア・ルーラーアルトリア・ヒロインXX・パールヴァティーが指揮している。後衛も1万人で、呂布・陳宮・荊軻が率いていた。

 連合首都を一気に攻略して戦争に終止符を打つべく、正統軍の戦力を結集した体制である。その首都は、ステンノにもらった地図によればヒスパニア中部の山の中にあり、マッシリアからだとバルセロナ辺りまで海沿いに進んだら、内陸側に入ってサラゴサを経由して到着するといった経路になる。距離的には1100キロくらいだった。

 

「いくぞ皆の者! この遠征で長きに渡った戦を終わらせ、我らがローマを正しき姿に戻すのだ!」

「おおーーーっ!!」

 

 ネロの号令一下、マッシリアを発って第1目標であるバルセロナめざして進軍する正統兵たち。

 彼らが乗っている貨物列車は馬より速いので、連合側の斥候が彼らを見つけても、報告に戻るより正統軍が着く方が早い。つまり、正統軍は連合軍の迎撃準備が整う前に先制攻撃することができるので、破竹の勢いで次々と道中の街を取り戻していた。

 しかしサラゴサを目前にした辺りから、小規模のゲリラ部隊が頻繁に出没するようになった。まさか勝つつもりではないだろうから、狙いは足止めか、それとも情報収集だろうか?

 その割にサーヴァントが出現しないのが不審である。

 

「確かに不審ですが、悩むことはありませんよ。こういうことは敵に聞けばいいんです」

 

 景虎はこともなげにそう言うと、その次に現れた連合部隊をみずから追撃して、身分が高そうなのを何人かひっ捕らえてきた。捕虜から敵情を知ろうというわけである。

 彼らは忠誠心が高くて容易に白状しなかったが、またネロに歌ってもらったら心が折れ、もとい正統ローマに降伏して、いくらかの情報を得ることができた。

 それによると、総大将はカリギュラだが実際に指揮をとっているのはアレキサンダーという少年で、諸葛孔明なる軍師がついているという。兵士は2万人くらいで、サラゴサから少し離れた山中の隠し砦が本拠地らしい。敵兵を倒すことより情報を持ち帰ることを優先した作戦をとっているが、詳しい狙いは知らされていないようだ。

 ネロは孔明のことは知らないが、アレキサンダーといえばかの有名な征服王である。さっそく対策会議を開くことにした。

 

「うむ、集まったな。忙しい中ご苦労である!

 では始めるとしようか。すでに周知しているが、今回の敵将は偽伯父上とアレキサンダー、それに諸葛孔明なる軍師だという。偽伯父上は理性を奪われているからともかく、アレキサンダーは恐るべき敵であろう。何か存念がある者はいるか?」

 

 すると、後衛では唯一の出席者である陳宮が手を挙げた。

 

「私はアレキサンダーのことは知りませんが、諸葛孔明とは同じ中国の軍師として、雌雄を競ってみたいのですが」

「ふむ? 意欲があるのはいいが、私情で我が兵たちをいたずらに危険にさらすのであれば認められぬが……」

 

 なんとなーくデンジャーな気配を感じたネロがそう言うと、陳宮は大げさに両手の平を上に向けて、遺憾の意を示した。

 

「いや、それは誤解です陛下。確かに戦には犠牲が必要ですが、その犠牲をいかに減らすかが軍師の仕事ですから」

 

 陳宮は必要な犠牲を出すことにためらいを持たない冷徹というかサディストぽい面があるが、必要のない犠牲を出したいわけではない。要らぬ犠牲を出す軍師など低能でしかないし、それでは先が続かぬではないか。

 

「それにマッシリアを発って以降、戦闘は毎回前衛だけでケリがついていますからな。なまじ士気が高い分、参加しておらぬ後衛の兵たちは、そろそろ不満に思い始めていますから」

「むう、それはその通りだな。分かった、では此度(こたび)の戦は前衛と後衛を入れ替えることにしよう。

 ミツキ、それでよいか?」

 

 ネロに意見を求められた光己だが、そういうことはまだ素人である。隣の景虎に丸投げした。

 

「景虎、いい?」

「はい、陳宮殿の言うことはもっともかと。しかし陳宮殿、策はおありなのですか?」

「さようですな。まずは隠し砦の件が事実かどうか、偵察して確かめるべきかと」

 

 捕虜の言葉を鵜呑みにして、のこのこ山の中に入ったりしたら、途中に伏兵や火罠が待っている可能性は大いにある。陳宮は生前は孔明と面識はなかったが、現界した時に得た知識によれば、彼は伏兵の計を得意としていたようだし。

 ただこの場合、その捕虜は死刑になるのだが、連合兵の忠誠度から考えて、死を恐れない者などごまんといるだろう。赤壁の戦というやつだ。

 

「ふむう。確かにヒスパニアに入って以降、連合兵の士気というか、気迫が一段と増しているからな……。

 考えてみれば、連合の首魁はあのカエサルが『皇帝の1人』に甘んじるほどのカリスマの持ち主。今後は偽装降伏の類も警戒すべきだな」

 

 ネロはそのカリスマの持ち主について、1人心当たりがあったが、その可能性についてはあえて考えないことにした。

 

「では直ちに、呂布軍で砦の調査をしてもらいたい。

 その結果次第で次の作戦を考えよう」

「はい、承りました」

 

 まずは裏付け調査をするという結論になったようだ。

 軍議の後は夕食会(宴会ではない)となったが、その前の空き時間に光己はネロとパールヴァティーが話をしている時に近づいて、ついに2人の写真とサインを手に入れた。

 すると陳宮が物珍しげに近づいてきて何をしているのか訊ねてきたので、これ幸いと彼の分もゲットする。

 

(くっくっくっ、大漁だぜ……価値を増す一方じゃないか我が家宝は!

 あとは頼光さんと呂布将軍か。呂布将軍は迫力ありすぎる上に、言葉しゃべれないからなかなか仲良くなれんし、頼光さんは暇があると、ゴールデンに子離れできない母親みたいにべったり貼りついてるから、頼みづらいんだよな)

 

「ところでマスター、散歩にでも行きませんか?」

「ほえ?」

 

 光己がお宝をかかえて悦に入っていると、アルトリアに散歩に誘われた。

 もちろんかまわないが、2人きりで野営陣地の中を歩くのは問題があるので、同行者を(つの)ったところ、何を思ってかブーディカとラクシュミーの王妃コンビがついてきたが。

 

「すみません、マスターと少し話したいことがありまして」

 

 もう日は落ちているが、星が明るいし所々に篝火(かがりび)があるから真っ暗ではない。声量を抑えれば、兵士たちに聞かれることはないだろう。

 

「ああ、大丈夫だよ。アルトリアたちはネロ陛下付きになったから、長話できる機会減ったしね。

 でもわざわざ外に誘うって、どういう風の吹き回し?」

「はい、ネロ陛下の前でするのは少々はばかりがある話題でして。

 ……突拍子もない話ですが、マスターにとって理想の王とはどんな感じですか?」

「ほむっ!?」

 

 確かに突拍子もない話で、光己は一瞬足が止まってしまったが、アルトリアはかなり真剣そうなので、真面目に答えることにする。

 

「それはやっぱ、庶民をいたわってくれる王様かな。俺は庶民だから」

「ふむ」

 

 正直なのはいいが、これではポジショントークにしかならない。もし彼が富裕層の出身であれば富裕層を優遇する王を望むだろうし、将軍や兵士だったら戦争に強い王がいいだろう。アルトリアは質問を変えることにした。

 

「ではもしマスターが王だったとしたらどうありたいですか?

 たとえば私欲を捨てて民に尽くすとか、私欲全開で好き放題しまくって『我もまた王たらん』と人々に羨望させるとか」

「……その二択だったら前者の方がまだマシかなあ。別にそこまでワガママしたいわけじゃないし、てか王を羨ましがらせるって、庶民がどう頑張っても王にはなれないんだから、イヤミにしかならんだろ」

 

 まあ本音をいえば、難しいことはそれこそ諸葛孔明のような有能で忠実な家来に任せて、自分は世継ぎをつくる仕事に専念するのがいいのだが、そんなこと言ったら3人とも怒るに決まっているので口にはしなかった。

 

「それに王の私欲って、たいていは無駄に威張り散らしたり、重税取って贅沢したり、要らん戦争起こしたりするってことだよな。そういうことすると国が潰れるって、この時代より千年も前に本になってるからさ」

「……ほう?」

 

 光己が何気なく続けた言葉にアルトリアがはっと目の色を変える。

 もし彼女がメガネっ娘であったなら、レンズがキラーンと光っていたことだろう。

 

「その本とやらについて詳しく」

「へ? あ、ああ。周っていう国を興す立役者だった姜子牙っていう人が書いた『六韜』って本の中に、『天下は一人の天下にあらず、天下の天下なり。天下の利を同じくする者は天下を得、天下の利をほしいままにする者は天下を失う』っていう一節があるんだ」

「素晴らしい……素晴らしい政治論です」

 

 アルトリアは感動に身を震わせた。

 分かりやすいし、これは某金ピカを殴る格好の棍棒になりそうだ。

 

「でも制服王、じゃなかった征服王にはあまり効かなさそうですね。他に何かありませんか?」

「……アルトリアってアレキサンダーに恨みでもあるの?」

 

 不思議に思った光己は隣を歩いているアルトリアに顔を向けてそう訊ねてみたが、少女はついっと目をそらした。

 しかし大事な仲間のお願いだから断るわけにもいかない。彼女が喜びそうな言葉を脳内で検索してみる。

 

「んー、じゃあ別の人の本だけどこんなのはどう? 『軍隊というのは、悪事をしてない国を攻めたり罪がない人を殺したりしないものだ。人の財産を奪ったり、家族を殺したり、奴隷や妾にしたりするのなら盗賊と同じだ』。確かこんな感じだったけど」

「素晴らしい……世界史レベルの征服者を盗賊扱いできる理論とは」

 

 アルトリアは大変感銘を受けたようだ。感謝とやる気を満面に表しつつ、光己の手をがっしと握る。

 

「今回は呂布隊が先陣になるようですが、もし征服王たちがマスターたちの部隊に攻めてきたら、すぐ呼んで下さいね」

「お、おう」

 

 アルトリアズはネロ隊に編入されたが、光己隊が戦う時は、状況次第でそちらに行ってもいいことになっているのだ。

 まあ光己としても、アレクサンドロス大王や諸葛孔明なんてチートと戦うのならサーヴァントは1人でも多い方がいいわけで、彼女の自薦はありがたいことなのだけれど。

 

「うんうん、ミツキはやさしい子だね!」

「へ?」

 

 すると、不意にブーディカが光己の前に来てハグしてきた。何故だろう?

 

「そういう言葉を覚えてて、すぐ出てくるってことは、ミツキはそういう感性持ってるってことだよ。守りがいがある子でお姉さん嬉しいなあ」

「は、はあ、ありがとうございます……」

 

 光己は自分が特別やさしい性格だなどと思ってはいないが、とりあえず礼を言っておいた。

 というかそうするくらいにしか頭が働かない。大きなおっぱいの感触が気持ちいいのもあるが、彼女のあふれ出る母性がヤバいのだ。

 彼女の腕と胸に包まれていると、幼児退行して甘えたくなってしまいそうな気配さえある。なのに抜け出そうと思えない安心感と温かみ、まさかこんな所に無敵アーマーを貫通するワザがあったとは……!

 

「しかし今の言葉はもっともだな。東インド会社に限らず、侵略者の軍隊は街を占領するとたいてい食料や財貨を奪っていくし、逆らう者がいれば殺す。何がしかの大義名分を掲げてはいるが、やってることは野盗や山賊と変わらない。

 その著者は物事の本質を見抜く鋭い感覚の持ち主のようだな」

 

 一方ラクシュミーはうんうん頷いて感心しているが、光己とスキンシップするつもりはないようだ。ブーディカと経歴は似ていても、性格には違う点もあるということだろう……。

 

 

 

 

 

 

 光己と景虎とブーディカが(今は)前衛の将軍用天幕に戻ると、マシュが何か書き物をしていた。

 そういえば、彼女はローマに来て以来、ときどき机に向かっていることがある。日記でも付けているのだろうか?

 

「ドクターに頼まれているんです。戦記物っぽく、日記を付けてくれないかと」

「へえ」

 

 すると通信機から通信音が鳴り、ついでロマニの声が聞こえた。

 

《そうとも、ボクが頼んだのさ! せっかく君がローマ総督のひとりになったんだからね!

 新・ガリア戦記というのはどうだろう。かつてカエサルが書いた本をオマージュした題だよ》

「へえ……出版でもするつもりなんですか?」

 

 光己がそう訊ねると、通信機の向こうでロマニが大きく頷いたような気がした。

 

《うん、ちょっと真面目な話をしよう。

 君たちが世界を救うことができた、としてだ。それから先のことをボクは少し考えてみた。

 もしも世界を救ったとしても、カルデアを襲った惨劇がくつがえることはないだろう。つまり―――ボクらの給料については保証がない。後は、わかるね?》

「なるほど。転ばぬ先の杖、というヤツですね。しかし、ドクターはなぜ肉体労働を避けるのです?」

 

 するとマシュが話に割り込んだ。ロマニはちょっとひるんだようだが、光己は気にせず反論した。

 

「何言ってるんだマシュ。肉体労働より頭脳労働の方が給料高いんだから当然じゃないか」

「え? え、ええ、一般的には確かにそうですが……」

 

 今度はマシュがひるむ。事実の前には返す言葉がないようだ。

 ところが次にオルガマリーの声が響く。

 

《何を言ってるのロマニ。特異点を修正したらなかったことになるんだから、その過程を記録しても史実とはまるで異なる歴史小説にしかならないでしょう。ガリア戦記のオマージュだなんておこがましいというものよ》

《げえっ所長!》

《……向こうに呂布がいるからって、人を関羽みたいに言わないでくれる?》

《いたたたた!》

 

 オルガマリーがロマニをつねるか何かしているらしく、ロマニの情けない悲鳴が聞こえた。

 

「それで、給料についてはどうなんです?」

 

 しかし光己はその辺はスルーして、彼にとってより重要な問題について追及した。給料の保証がないとはどういう仕儀か?

 オルガマリーにとってもそこは痛い所らしく、申し訳なさそうな口調で答える。

 

《私自身は、人理修復が成功したら貴方にも他の職員にも全力で報いるつもりよ。カーマ神が言った『異星の神』への対処もあるから、カルデアは残すべきだし。

 といっても爆発事故の件は弁解しがたいから、カルデアが存続できるとは言い切れないのよ》

「むうー」

 

 それでも懸命に役目を果たそうとしているオルガマリーに光己は尊敬の念を覚えたが、それと給料は別である。しかし雇用主に払う資力がないとなれば、倒産前にこちらで手立てを取るしかあるまい。

 

「安心して下さいドクター。ドクターが言った通り、今の俺はローマの総督。

 サラゴサを占領したら、ネロ陛下に総督としての給料を請求してみます」

《それだ藤宮君! その時代の金貨ならきっと高値で売れるはず》

「……」

 

 マシュは光己とロマニの俗物ぶりに白っぽい目を向けたが、しかし給料を請求するという行為自体はこの上なく正当である。文句をつける余地はなかった。

 しかもトップも乗り気のようだ。

 

《確かにそれは正当な報酬というべきね。ところで藤宮、私の分はあるのかしら?》

「そりゃもちろん。所長が1番心労重いんですから、多少多めに取ってもいいと思いますよ」

《フフッ、ありがとう。そう言ってもらえるだけで気が楽になるわ》

 

 オルガマリーがふんわりした微笑を浮かべる。金貨にはそこまで執着していないが、彼が自分を認めてくれたのが嬉しかったのだ。

 

《それにいつも食料送ってくれてありがとう。助かってるわ》

「どう致しまして。こっちもなかなか美味い現地メシ食べてますんで、お裾分けですよ」

《ええ、これからもお願いね。

 やっぱりこう極限状況だからか、ごはん1つでみんなの顔つきが違ってくるから》

 

 オルガマリーにとって光己はレフと違って頼れる感がないどころか、魔術師でも科学者でもない年下のパンピーだが、だからこそ気軽にお喋りできる数少ない相手になっていた。

 冬木で会った時は彼の素人ぶりに絶望したものだが、今の彼は魔力容量だけなら一流魔術師以上だし、サーヴァントたちとも仲良くしているし、わりと当たりを引けたんじゃないかと思っている。

 

「そりゃそうですよ、ウマメシの力は偉大です。あの高潔な騎士王ですら、こだわりを隠さないくらいですからね」

《フフッ、確かにね》

 

 オルガマリーはおかしそうに笑ったが、すぐに真面目な顔になった。

 

《―――ところでそっちはまた大変な強敵が出てきたみたいね。くれぐれも慎重に、何があっても絶対無事で帰ってくるのよ》

「はい、そっちもお体を大切に」

《ええ、それじゃお休みなさい》

 

 それで通信を終えると、光己はマシュの方に顔を向けた。

 

「というわけで戦記物はいらなくなったけど、日報みたいなものはあった方がいいと思うから、簡単な記録だけお願いしていい?」

「はい、それは最初からそのつもりでしたから」

「うん、それじゃ寝る前に一息つこうかな」

 

 光己はそう言うと、ポットに手を伸ばしてお茶の用意をするのだった。

 

 

 




 アルトリアが理論武装しましたが、アレキサンダーはアルトリアに興味ないでしょうし7章のギルは賢王なので殴る隙はないのですなw
 しかし原作では味方鯖は5騎でしたが、ここでは17騎もいるんですな。アレキサンダーはどうやってネロに会うんだろう(ぉ




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第70話 連合首都進撃2

 呂布隊の入念な偵察により、山の中に砦があるのは確認できた。しかし、1つではなくいくつもあったのは、拠点を複数設けることでゲリラ部隊が動きやすくする狙いがあるものと思われた。

 砦が全部でいくつあるかは分からないので、もし全ての砦を発見するのなら相当な日数がかかってしまう。しかし、ここでいつまでも足止めされるわけにはいかないので、ネロはまた知恵を求めて軍議を開くことにした。

 

「陳宮、そなたはどう見る?」

「さよう。いくつかありますが、まずは単純な時間稼ぎ……我々がここまであまりにも速く進軍してきたので、首都が迎撃準備を整えるまで足止めしようということですな」

「ふむ、確かに貨物列車は大いに役立ったな。ミツキとスルーズには改めて礼を言おう」

「はい、光栄の至りです」

 

 光己が礼節としてそう答えると、陳宮は次の可能性を語り始めた。

 

「しかし、ただ足止めするだけでは芸がない。先の捕虜が言った通り、我らの陣容を探るという目的もあるでしょう。特にサーヴァントについて」

「確かにな。サーヴァントは皆一騎当千、できるだけ先に調べておこうと思うのは道理だ。

 その上で、連合はどう動くか?」

「連合の最終目的は、当然ながら陛下のお命……ですが、我が軍が今のように整然と陣を構えている間は、いかな征服王と孔明でも、半分の兵数で陛下の御前までたどり着くのは無理でしょう。

 しかし前衛と後衛を何らかの方法で引き離して、その上で全軍突撃すれば、あるいは」

「なるほど……」

 

 陳宮が言う通り、征服王と同戦力で戦うことになったら、さすがのネロも勝てる自信はない。つまり常に前衛と後衛としっかり連携を取っておく必要があるわけだ。

 しかしそれでは小規模な作戦もいちいち全軍でやることになり、砦を1つ1つ落としていくのは大変な時間と労力を要するだろう。いや、それも連合側の狙い通りなのだろうが。

 

「さよう、それではみすみす相手の術中にはまるようなもの。しかし彼らの狙いを逆手に取って、誘い込む策があります」

「ほう? どのような策か」

「はい。失礼ながらアルトリア殿は陛下とお顔も背格好もそっくり……つまり替え玉として前に出ていただくわけですな」

 

 連合の斥候にネロの顔を知っている者がいたとしても、斥候が近づけるような距離では識別できないだろう。つまり、アレキサンダーたちはネロが足止めされているのに痺れを切らして、前線に出てきたと思うはずだ。

 そうしたら当然全力で突っ込んでくるだろう。そこに聖剣ぶっぱすれば、逆に敵将を一気に討つことができるというわけだ。

 

「ふうむ……こちらには空から偵察できる者もおるし、征服王たちを見つけてそこを狙うことはできそうだな。しかし見つけるのが遅れた場合、アルトリアの周りにいる我が兵がビームの巻き添えを喰らうことになるのではないか?」

「多少は喰らいましょうが、普通に戦うのと比べればずっと少ない犠牲です」

「むう」

 

 これは多を救うために少を切り捨てるとか、トロッコとかそういうノリか。

 普通に考えれば犠牲が少ない方が良いに決まっているが、しかし人の心は理屈だけでは測れない。味方を巻き添えにする攻撃を容認すれば、兵の士気が下がる恐れはある。

 特に今の戦いは歴代皇帝が相手なだけに、士気を下げる行動は離反を招く危険があった。

 

「……いや待て。一般の兵はともかく、偽伯父上なら余とアルトリアを見分けるであろう。ローマ市でも偽伯父上は1人で突出してきたからな」

「む、これは私ともあろう者が失策を致しました。しかし違いが分かるほどに近づいたなら、聖剣を外すことはないのでは」

「ふむ」

 

 敵将3名がどのような配置で来るかにもよるし、偽者とはいえ伯父を初手ビームぶっぱで葬る作戦には思うところもあるが、替え玉作戦自体は採用して良さそうだ。

 あとは巻き添えなしで出来れば理想的なのだが……。

 そこに部屋の外から兵士の声が聞こえた。

 

「軍議中に失礼致します! 前衛から火急の伝令が参りましたが、いかが致しましょう」

「構わぬ。用件を申してみよ」

「はっ。またも敵軍の小部隊が現れましたが追い払ったところ、呂布将軍が隊列を離れて単身で追いかけて行ってしまったとのことです!」

「ぶーーーーっ!」

 

 陳宮は噴き出した。

 まさか自分が軍議で席を外している時を狙って攻撃してくるとは。孔明はそこまでこちらの内情を掴んでいたのか、それともアレキサンダーの豪運か!?

 ネロもあわてて陳宮に指示を出す。

 

「と、とにかく陳宮よ、そなたは急ぎ戻るがよい。細かいことはそなたに任せるが、できれば呂布将軍は連れ戻してもらいたい」

「はっ、では失礼致します!」

 

 陳宮は顔を真っ青にしながら、走って部屋を出て行った。

 しかしこれはいつも通りのゲリラか、それとも何か別の狙いがあるのか? ネロたちが判じかねている間に、今度は後衛からの伝令がやってきた。

 

「後衛からの伝令です! 突然骸骨兵の大集団が現れて襲いかかってきたので、応戦中だが指示を求めるとのことであります!」

「ぶっ!?」

 

 今度は光己が噴き出した。

 どうやら連合軍は本腰上げて戦う気になったようだ。しかも、骸骨を出すというのはカリギュラやアレキサンダーや諸葛孔明の宝具ではなさそうだし、時間稼ぎは援軍を待つ意味もあったということか。

 

「そ、そうか。ミツキたちも戻るがよい。軍議はおしまいとしよう」

 

 ネロもあたふたしながら散会を宣言する。光己と景虎は急いで部屋を出たが、ブーディカは残っていた。

 

「あたしはこっちに入るよ。今の話だとアレキサンダーの本隊がすぐここに来るだろうからね。

 空飛ぶ斥候くらいはできるからさ」

「そうか、頼む」

 

 ネロたちも部屋を出て、迎撃の手筈を整える。その最中、ルーラーがついとアルトリアのそばに寄って小声で話しかけた。

 

「アレキサンダーに聖杯問答を挑むのは構いませんが、兵士たちの前ではやらないように。ネロ陛下のフリをしようがしまいが、長話したら正体がバレますから」

「…………え゛!?」

 

 予想外の注意にアルトリアがぴしりと凍りつく。

 そういえばそうだった。いつかどこかの第4次聖杯戦争と違って、ここではサーヴァントであることを隠しているのだった。

 

「それにマスターのあの理論はローマ帝国にも刺さりますしね。私たちの時のブリテンはまだマシですが」

「……」

 

 確かにその通りで、そもそも戦の最中に敵将と問答なんてできるわけがない。リベンジの機会が来たと思ったのに何てことだ!

 こうなったら口舌の刃ではなく星の剣で斬ることにして、アルトリアはエクスカリバーの柄をぐっと握りしめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 陳宮が前衛に戻った時には、連合軍はすでに退却した後だった。そこで荊軻たちから話を聞いたところ、連合軍はほぼ全員が騎兵で、しかも正体不明のサーヴァントがいたという。計画的に呂布を誘い出そうとしたようだ。

 武闘系サーヴァントは馬より速く走れるが、呂布は重装甲なのでやや遅く、しかも敵サーヴァントが飛び道具で足止めをしたためなかなか距離を詰めることができず、うまいこと誘導されてしまったのである。

 どう考えても罠なので、荊軻はあまり深追いするわけにはいかず、しかし呂布は声をかける程度では止まらないので見送るしかなかったのだった。

 

「なるほど、それでは致し方ありませんね。

 そのサーヴァントはどんな風体でしたか?」

「水着並みに露出が多い若い女で、大きな頭蓋骨に乗って宙に浮いてたから兵士たちは気味悪がって攻撃するのをためらっていたな。

 しかも、普通の大きさの頭蓋骨をぽんぽん飛ばしてきたから私でもちょっと引いた」

「それはまた不気味な……」

 

 どこの反英雄であろうか、まったく想像がつかない。

 

「それはそれとして、呂将軍がもう近くにはいないのなら、ルーラー殿に来てほしいところですな。

 陛下の従姉妹ということになってますから、ちと頼みづらいですが、私のヘマというわけでなし、問題はないでしょう」

 

 彼女がいれば捜索はぐっと楽になるし、戦力としても心強い。ただ皇帝の従姉妹を使者で呼びつけたら周囲に非礼と思われるから、自分で迎えに行くべきである。

 そう考えた陳宮が踵を返してもう1度ネロの本陣に行こうとした時、その本陣から伝令がやってくるのが見えた。

 

「おや、何事ですか?」

「はっ。前衛の北方に骸骨兵の大集団が、中軍の南方にアレキサンダーの本隊と思われる大軍が現れたので、後衛はアレキサンダーの側面を突いてもらいたいとの陛下からのご命令であります!」

「なんと!?」

 

 なるほど援軍を待っての三方からの同時攻撃か、これはしてやられた。

 しかし死霊術師を2人も駆り出してくるとは、連合もローマの誇りやら何やらをかなぐり捨てて、なりふり構わなくなってきたようだ。

 無論正しい判断である。誇りも正義も名誉も、勝ってこそのものなのだから。

 

「で、どうするんだ?」

「こうなっては呂将軍の捜索は後回しにせざるを得ませんね。

 それに貴女が言った女サーヴァントの行方が分からぬ以上、全軍突進というわけにはいきません。私が半分を率いて援軍に行きますので、貴女は残る半分で背後を守っていただきたい」

 

 女サーヴァントが対軍宝具を持っている可能性はゼロではないのだから、背中を見せるのは危険だろう。慎重だが順当な判断だった。

 

「分かった、安心して行ってこい」

「ええ、それではまた後で」

 

 そうして陳宮と荊軻が動き出した頃、光己と景虎も前衛の留守番大将をしている頼光に状況を説明してもらっていた。

 

「頼光さん、骸骨兵の大集団が現れたってほんとですか?」

「はい。報告によれば巨大な象に乗った巨漢が1人で現れた直後、無数の骸骨が煙のように沸いて出たそうです。マシュ様たちにも出てもらっていますが、兵士たちは腰が引け気味のようです。

 ですので今は突出せずに防戦に徹していますが、どうなさいますか?」

「スケルトンは見た目コワいですからねえ」

 

 いかにローマ兵が勇猛とはいえ、動く骸骨の群れは怖いだろう。それに骸骨兵は頭蓋を壊すか首を断つかしないと完全には動きを止めないので、細っこい姿に反してかなりしぶといのだ。

 

「で、そいつらどのくらい強いんですか?」

「武技はこちらが勝っていますが倒し切るのが大変なので、死者は少ないですが負傷者は多いですね」

「うーん、ならまた俺が行きます」

 

 今回は光己の決断は速かった。カエサルの時は出なかったし、相手はどう考えてもサーヴァントとその宝具だから遠慮しなくていいので。

 

「分かりました、お気をつけて。それと景虎様、兵の指揮の方よろしくお願いします」

「はい、お任せをー!」

 

 生前の身分は頼光の方が上といえるが、軍隊指揮の経験は景虎の方がずっと多いので、指揮官は景虎のままになっているのだ。

 まあ生前の身分を持ち出したらブーディカがトップになってしまうのだけれど。

 

「じゃ、行ってくる。後よろしくね」

 

 のんびりしているとその分無駄な犠牲者が出てしまう。光己は急ぎスルーズとカーマを呼んでもらうと、例によって軍中から離れて竜に変身した。

 不意に上空に現れた黒きドラゴンの雄姿に正統兵たちが歓喜の声を上げる。

 

「おお、また来てくれたのか!」

「人間以外と戦う時は来てくれるってことなのか?」

 

 どちらにしても心強い援軍だ。

 ただし以前ネロが言っていたように、彼に対しては任せ切りではなくみずから戦う気概を見せねばならない。無論それに異存があるはずもなく、兵士たちは骸骨に対するおぞましさと否応なしに感じさせられる「死」の恐怖を振り払って、一段と勇敢に剣と槍を振るった。

 上空にいる光己には人間たちの細かい動きの変化は見分けられないが、彼らが自分が来たことを喜んでくれているのは感じられる。素直に嬉しかった。

 

(で、連合のサーヴァントはどこに…………っと、何だありゃーー!?)

 

 ブーディカ戦の時は彼女がどこにいるか分からなかったが、今回はすぐ分かった。頼光が言った通り、身の丈3.5メートルほどもありそうな真っ黒い巨漢が、こちらも巨大な戦象の背中の上に座っていたからだ。それはもう目立つ。

 

(ど、どう見ても人間じゃないな。地獄の悪魔ってやつか!? 神様がサーヴァントになれるなら悪魔だってなれるだろうし)

「うーん、まさか巨人種ではないですよね? 北欧に象はいませんし」

「もしかしてブードゥー教の呪術師だとか……?」

 

 今はルーラーアルトリアがいないので、巨漢の正体は分からないのだった。

 ただ味方にしたいとは思えなかった。見るからに獰猛そうだし、骸骨兵なんておぞましい連中を大勢連れているし。

 骸骨兵たちは竜の出現に気づいたのか気づいていないのか、反応を見せずにひたすらローマ軍の方に進軍している。しかし巨漢は気づいたようで、鋭いまなざしで光己たちを見上げた。

 

「オォォオオ……!!」

 

 巨漢が何ごとかを大声で叫ぶ。はるか遠くの光己たちまで届くほどの声量だったが、意味は分からなかった。呂布のような言葉をしゃべれないバーサーカーなのかも知れない。

 

「見つかりましたが、攻撃はしてきませんね」

「まだだいぶ遠いですからね。アーチャーでもなければ無理でしょう」

 

 しかし光己からは攻撃できる。前回と同じように、口腔の中に魔力を貯めた。

 

(くらいやがれぇー! 今必殺の『灼熱劫火・万地焼滅(ワールドエンド・ブルーブレイズ)』!!)

 

 青い火球が巨漢に向かって吐き出される。あまり練習できない技なので遠くの的に正確に当てることはできないが、多少それても破壊力は十分だ。

 

「オォォ……!?」

 

 巨漢は火の玉が飛んでくるのを視認はできたが、防ぐ手段は持っていない。直撃はしなさそうなので逃げることはしなかった、というか完全に回避する方法はなかった。

 ブーディカ戦の時と同様に熱波と爆風が炸裂し、近くにいた骸骨兵が蒸発する。そこまではいかない者も木の葉のように吹っ飛んで粉々に砕け散り、あるいは溶けて動かなくなった。

 ただ、敵兵の数が前回よりずっと少ない分占める面積も狭いので、光己は爆風がローマ軍に届かないようにかなり手加減していた。そのためか、巨漢と象は全身に火傷を負ったものの、まだ十分動けるようだった。

 

(むうー、手加減しすぎたか)

「別にいいんじゃありません? 練習台代わりに何発でも打ってやれば」

 

 カーマはいたってドライであった。まあ確かに、敵軍が大巨人とスケルトンなら何発打っても助けすぎにはならないだろう。

 巨漢が怒りをこめた視線で睨みつけてきたが、竜モードだとずっと小さい相手なのでそこまで怖くなかった。人間モードだったら超迫力になるから逃げ出していそうだったが。

 

(というわけで、倒れるまでくらえー!)

 

 巨漢は飛び道具を持っていないので、空飛ぶ竜を攻撃する手段がない。無抵抗のまま3発目の火球で力尽きて消滅し、ついで骸骨兵たちも消え去ったのだった。

 

 

 




 陳宮VS諸葛亮の軍師対決はどうなるのか!? まあどんな賢いキャラでも作者より賢くはなれないのですがー(メメタァ
 それはそうとファヴニールが味方だと本当に強い……。




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第71話 連合首都進撃3

 光己たちが骸骨兵団と戦っている間に、ネロたちがいる中軍にもアレキサンダーの本隊が接近していた。ルーラーアルトリアのサーヴァント探知スキルにも、すでに3騎引っかかっているが、まだ聖剣を確実に当てられる距離ではない。

 ネロとラクシュミーが陣形を整えている間に、アルトリアズとブーディカとパールヴァティーは最前線に赴いていた。

 ところでアルトリアはネロの替え玉を演じるため、彼女に服を借りて髪型も同じにしている。髪型は別に良かったが……。

 

「ま、前から思っていましたが、何なんですこの破廉恥な服は! どこが男装なんですか」

 

 何しろこのネロの服、スカートの前の部分が透けていて、パンツが見えるのだ。また、上半身も胸元がかなり大きく開いている上に(ネロがアルトリアよりバストが大きいので)布がぶかぶかなので、激しく動いたらずり落ちてしまいそうだった。一応2ヶ所ほどヒモで結んだが、サーヴァントの戦闘に耐えられるかどうかは怪しい。

 ネロによれば、スカートは透けているのではなく見せているそうだが、アルトリアの感覚だと痴女そのものである。実害がなければ他人の趣味にとやかく言う気はないが、自分が着るのは勘弁願いたかった。

 ……のだが、服の色というのはわりと人のイメージに影響する。赤と青は反対色に近いので、着替えた方が無難だった。

 

「くくぅ……この恥辱、倍にして制服王にぶつけてやります!

 兵士の皆さんは、くれぐれも私の胸元と下半身を見ないように。見た者はセクハラとして処罰します」

 

 なのでアルトリアはネロの服を着ざるを得ず、その羞恥と怒りをアレキサンダーに八つ当たりとしてぶつけるべく、彼の襲来を今か今かと待ち受けているのである。「征服王」ではなく「制服王」と呼んでいるのもその一環だ。

 兵士たちは(なら見せなきゃいいのに……)と内心では思ったが、アルトリアも被害者なのは分かっているので口にはしなかった。

 連合軍がさらに近づき、もう少しで槍を投げる距離になる―――その時まったく突然に、連合軍は90度右に曲がり始めた。

 

「敵の目の前で進路変更ですか!?」

 

 光己がいたら「日本海海戦か!?」とか言っていたかもしれないが、アルトリアたちはそこまでの知識はもらっていない。しかし曲がっている間が攻撃のチャンスであることは分かる……のだが、アレキサンダーと諸葛孔明がそんな分かりやすい隙をさらすとは思えない。やはりこれも罠、それともこちらがそう読んで攻撃を控えるという読みか?

 

「いやアルトリア、連中は全員曲がってるわけじゃないよ!」

 

 そこに、戦車(チャリオット)に乗って上空から敵情を見ていたブーディカが降りて来て、大声でそう叫ぶ。なるほど、一部の兵は曲がらず、まっすぐこちらに攻めてきていた。

 しかしそんな少数では撃破されるだけだが、また足止めをしたいのか?

 

「いえ、サーヴァントも1騎来ています!」

「ネロォォオオオオ!!」

 

 ルーラーアルトリアがはっと顔色を変えた直後、足止め(?)部隊の先頭にサーヴァントが現れて、1人で駆け寄ってくる。ローマ市で1度出会ったカリギュラだ。

 

「本当に何が狙いなんですか!?」

 

 アルトリアにもルーラーにも、アレキサンダーたちの目論見は見当もつかなかったが、今はカリギュラを倒すしかない。アルトリアは聖剣を構えて宝具の開帳準備に入ったが、それよりカリギュラの方が早かった。

 

「女神よ……おお……女神が見える……! 『我が心を喰らえ、月の光(フルクティクルス・ディアーナ)』!!」

 

 呻くような詠唱と共に、カリギュラの全身が月の光のように輝く。それを見た兵士たちはある者は狂ったように叫び悶え、別の者はすくみ上って硬直し、また別の者は隣の味方に斬りつけ始めた。カリギュラの狂気が伝染したのである。

 カリギュラは先手を取るために遠い所から宝具を使ったので、アルトリアたちサーヴァント勢は大した影響を受けなかったが、この地獄絵図のごとき惨状では動きが取れない。

 ただし連合の兵士も同じように錯乱していたが、カリギュラは気にかけずに1人で突き進んできた。

 

「ネロ…………ネロオオオオオ!!」

 

 まだ少し遠いせいか、カリギュラは陳宮の計算通り、アルトリアをネロと誤認したようだ。だからこその単身突撃なのだろう。

 野獣のような咆哮をあげながら、一直線に向かってくる。

 

「くっ!」

 

 アルトリアたちは、兵士たちの近くにいると同士討ちに巻き込まれる恐れがあるので、前に出て離れるしかない。そんなことをしている間にカリギュラはさらに疾走し、もはや聖剣解放は間に合わない距離まで近づかれてしまった。

 

「なるほど、やられましたね……ですがまだ決まってはいませんよ!」

 

 もしアレキサンダーがカリギュラを足止めに使うつもりだったなら、カリギュラは宝具を使った後いったん退くべきだった。しかし正統側にネロそっくりな者がいたため、カリギュラは無謀にも1人で突進してきたのである。

 今度こそ逃がさずに討ち取れば、大きなアドバンテージになるだろう。

 

「ネロ……オォ、オ!? ネロ、じゃない!? チガウ!?」

 

 しかも、遅まきながらカリギュラは、ネロだと思っていた者がただのそっくりさんだったことに気づいて当惑している。チャンスだった。

 ただ彼は生前は特段の武勇譚はないが、今は知名度補正と狂化補正がかなり大きい。再度の宝具開帳に必要な魔力を貯める前に倒したいが、油断はできない。

 

「容赦はしませんよ!」

 

 まずはヒロインXXが斜め前からビームマシンガンを連射する。初手から頭部や胸部つまり霊核を狙った攻撃に、カリギュラはさすがに直進を止めていったん横に跳んで避けた。

 

「ライオンさん!」

「私も!」

 

 ついでルーラーが光のライオンをつくって体当たりさせ、それでカリギュラがよろめいたところへ、パールヴァティーが得物の三叉戟(トリシューラ)の先端から青白い稲妻を撃ち出す。

 

「ぬうあ!」

 

 カリギュラはしつこくまとわりつくライオンを手刀で叩き伏せると、攻撃してきた4人の顔を見渡して―――やはりアルトリアに狙いをつけた。そっくりさんであっても他の3人よりは優先のようだ。いや、3人のうちの2人も、顔立ちは非常に似ているのだが。

 

「らぁああああ!」

「来ますか!」

 

 カリギュラの赤い瞳が放つ禍々しい眼光は、スパルタクスとはまた違う狂気を感じさせる。ただ今回は、光己やネロではなくアルトリア自身が狙われているので、誰かを守る必要はなく、退いて距離を取ることが許された。ひょいひょいと跳び回って巧みに間合いを外すアルトリア。

 

「あいにくですが、今はあまり暴れたくないんですよ」

 

 下手に切った張ったをして、例の胸元のヒモがちぎれてしまっては大変なので。

 

「捧げよ……その命……!」

 

 それでも追いすがるカリギュラに、アルトリアは風王結界を振るって払いのけ、ルーラーたちが飛び道具で援護する。カリギュラは全身傷だらけになったが、なおもアルトリアを追うことを諦めない。

 よほどネロを憎んで……いや、これは愛しているのだろう。月の光で狂わされているだけで。

 

「しかしそろそろ決めないと、また令呪か何かで逃げられるかもしれませんね」

 

 そうなったら後々面倒だし、いつまでも彼にかかずらわってはいられない。アルトリアは多少のリスクは承知で決着をつけることにした。

 

「皆さん、そろそろ!」

 

 まずは3人に合図してから、足を止めてカリギュラの正面に対峙する。カリギュラの方も、狂化A+ながら4人の気配が変わったのには気づいて身構えた。

 まずは、XXが彼の背後からX字型の大型ビームをぶつけて注意をそらし、その一瞬にアルトリアが剣を水平に突き出す。

 

「くらえ、風王鉄槌(ストライク・エア)!」

 

 突くと同時に、剣にまとわせた風を横倒しの竜巻のような形で撃ち出した。剣の切っ先はカリギュラの胸元に向いており、カリギュラは反射的に腕でガードしたが、暴風の余波が目に入ったため、思わず目をぎゅっとつぶると同時に片手を上げてかばってしまう。

 これは決定な隙だった。ルーラーが傘を振るって地を這う光の衝撃波を飛ばし、パールヴァティーも渾身の稲妻を撃ち出す。

 

「うっぐぅ……余は……!」

 

 4人がかりの連撃で、ついに片膝を地面につくカリギュラ。アルトリアは彼をなぶるような戦いをするつもりはなく、風を放出したため金色の刃があらわになった聖剣をかざして突進した。

 

「はあぁぁぁあぁっ!!」

「おぉ、ネロ……!?」

 

 その気高く戦う姿と剣の輝きに姪の面影を見たのか、それとも正気が戻ったのか、カリギュラの動きがわずかに鈍る。

 聖剣がその胸板を真横に薙いで、霊核を真っ二つに斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 

「我が妹の子、ネロよ……これで、いい……」

 

 カリギュラはバーサーカーらしからぬ静かで落ち着いた口調でそう言いながら、金色の粒子となって消えていった。

 アルトリアは月の女神に愛されてしまった不運な名君に数秒ほど黙祷をささげたが、いつまでもそうしてはいられない。いや、パールヴァティーがちょっと気まずげに声をかけてきた。

 

「あの、アルトリアさん……胸のヒモ、切れてます」

「!!??」

 

 おかげで服の胸部の白い部分がめくれて下に落ちてしまい、ブラジャーが露出してしまっていた。なおネロの服の構造上、ブラジャーはストラップレスで、純白のシンプルなデザインのものである。

 アルトリアは真っ赤になってしゃがみ込むと、とりあえず応急処置として切れた紐を結んでおいた。

 

「何の因果でこんな目に……おのれ制服王、この恨み晴らさでおくべきか」

 

 紐を結び終えたアルトリアは立ち上がりはしたものの、涙目でぷるぷる震えてアレキサンダーへの憤怒が烈火のごとく燃えている。まあ闘志が萎えていないのなら問題はないだろう……。

 そこに上空にいたブーディカが降りてきた。

 

「みんな、アレキサンダーの狙いが分かったよ。連中が進んでる方向にこっちの前衛が来てるんだ。でも数が少ないから、まともにぶつかったらすぐ負けちゃいそう」

「なるほど、そういうことですか!」

 

 アレキサンダーはネロを討つために前衛と後衛を牽制した上で中軍を襲ってきたが、こちらの前衛が兵の一部を送り込んできたので、側面攻撃を避けるために先にそちらを撃破しようと考えたのだろう。

 もっとも方向転換した時の整然とした動きを見るに、ある程度予測済みだったかもしれないが。

 

「なら追わないといけませんね。その援軍の中に陳宮や荊軻がいたら危険です」

「そうですね、でもどうしましょう」

 

 パールヴァティーが顎に手をあてて思案顔をする。カリギュラは倒したものの、彼の宝具を喰らった兵士たちはまだ回復していないのだ。

 恐慌しているのは前の方にいた者だけなので、後ろの者が取り押さえているのだが、この状態で出撃するのは無理がある。といって皇帝の従姉妹が兵士を連れずに出向くわけにもいかないし、どうしたものか?

 しかしありがたいことに、アレキサンダー軍が去ったのとは逆方向からこちらの援軍がやってきた。

 

「みんな、大丈夫?」

 

 光己とマシュ・ブラダマンテ・スルーズが連れてきた2千人である。前衛全員が動くのはまだ早いし、時間がかかるので少数で急いで来たのだ。

 

「……ってアルトリア!? ネロ陛下のコスプレか、他の人が着てもやっぱりパンツ見えるんだな。写真撮らないと!」

「戦闘中に何考えてるんですかマスター!」

「そ、そこまで怒らんでも……というかまずい状況?」

 

 見れば、中軍の前の方の兵士が錯乱して同士討ちみたいなことになっている。敵の宝具でも喰らったのだろうか。

 

「はい。ですが被害者はそこまで多くありませんので、私たち自身で処置する必要はありません。

 それより早くアレキサンダーを追わないと、その先にいる前衛からの援軍が危険です」

「そっか、じゃあ早く行こう」

「はい!」

 

 光己たちが連れてきた兵は数は少ないが、皇帝の従姉妹と神から遣わされた戦士が先頭に立つとあって、士気は天元突破している。というかこれだけの武闘系サーヴァントがいるだけで戦力は十分だった。

 

「マスターくん、私のカッコいいとこ見てて下さいね!」

「うおおおおお、アレキサンダー死すべしフォーウ!

 皇帝と大王の一騎打ちを所望する! 余の剣が怖くないのなら出て来るがいい(大根)」

 

 特にヒロインXXのビームマシンガンと、アルトリアが羞恥と怒りでぶん回す風王結界付き隕鉄の剣(借り物)の威力は凶悪で、その後ろに続く兵士たちは、ケガしたり吹っ飛ばされたりして倒れた敵のとどめを刺すだけで、手柄がずんどこ増えていくボーナスタイムになっているくらいである。

 ただこの状況は、当然敵将のアレキサンダーと諸葛孔明にも知らされていた。

 

「まさかの展開だが、向こうからやってきたぞ。我が軍の後方に、ネロ・クラウディウスと思われる者が数千人の兵とともに急襲してきたそうだ」

「へえっ!? いずれは来てもらうつもりだったけど、ちょっと早すぎるんじゃないかな」

 

 それに背後からの急襲とはいえ、2万人相手に数千人は少なすぎる。誤報ではあるまいか?

 

「いや、周りにやたら強い戦士、つまりサーヴァントだな。これが何人もいるというから、そこまで無謀ではない」

「ああ、そういえばあっちにも何人かいるんだったね」

 

 今日までに偵知できたのは、前衛の呂布・陳宮・荊軻と、中軍のラクシュミーとブーディカ、それに後衛の長尾景虎ほか数名である。ネロの従姉妹3人が妙に強いという話もあったが、彼女たちがサーヴァントかどうかは不明だった。

 おそらくこの中の何人かをお供にしてきたのだろう。それなら話は分かる。

 

「つまり自分を囮にして、一直線に僕の首を取ろうってわけか。皇帝自身が出張ってきたなら、未来のとはいえ征服王が対決を避けるわけないからね。

 いいよ、ここまで来た甲斐があった」

「で、どうするんだ?」

 

 アレキサンダーは少数で突撃してきたネロの勇気を称えていたが、孔明はそれより具体的な行動の方が気になっていた。

 ―――実際は来たのはネロではなく替え玉なのだが、アルトリアが羞恥心をこらえてネロの服を着たのはちゃんと効果があったようだ。

 

「もちろん、僕自身が丁重にお出迎えするさ。そのためにここに来たんだから。

 それじゃ、兵士たちの方向転換頼むよ」

「やれやれ。しかしいきなり全軍回れ右したら大渋滞になるし、前方で足を止めてる連中が喜び勇んで攻めてくるだろうからな。

 幸い今はこちらの方が兵が多い。単純に私たちより前にいる兵は一旦停止、後ろにいる兵だけ回れ右でいいだろう」

「分かった、それじゃ行こう」

「ああ」

 

 というわけで、アレキサンダーと諸葛孔明はネロ(偽)を迎えるため後方に出向くのだった。

 

 

 




 アルトリアさん受難。南無ー(ぉ




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第72話 連合首都進撃4

 アレキサンダーと諸葛孔明を討つために、彼らの本隊に突入した光己たちは、群がる敵兵を圧倒的な攻撃力で蹴散らしつつ、ルーラーのサーヴァント探知スキルのおかげで正確に2人の方に歩を進めていた。しかし、連合兵はいくら斬り倒されても恐怖を知らぬかのように次々と襲いかかってくるため、アルトリアは聖剣を出す余裕がなかった。

 

「まるで洗脳でもされてるみたいな……これが連合のあり方ですかっ!」

「しかしもう少しで着きます。マスター、魔力は大丈夫ですか?」

「ああ、俺は大丈夫。でもアレキサンダーと諸葛孔明は逃げたりしてないの?」

 

 体調を気づかってくれたルーラーアルトリアに、光己はそんなことを訊ねた。

 敵の2人も正統軍の奇襲部隊が来たことは分かっているはずだ。サーヴァント(というかやたら強い戦士)の数はこちらが多いことも報告で聞いているだろうし、ここは逃げる方が賢明だと思うのだが。

 

「普通ならそうですが、仮にも征服王と呼ばれた者が敵の皇帝みずから出向いてきたのに背を向けはしないでしょう。そういう性格、覇気の持ち主なのです。

 そのために、アルトリアも無理してあのドレスを着ているのですよ」

「なるほど……」

 

 そういう心情は分からなくもない。逃げないでいてくれる方がありがたいということもあって、光己はそれ以上訊ねなかった。

 そのアレキサンダーと孔明は伝令で最新の情報を得てはいたが、複数のサーヴァントが来るのなら、対面する前に少しでも自分の目で見ておきたかった。宝具の(ブケファラス)を召喚して、その背中の上に立つ。

 

「せっかくだから先生も見ておいたら?」

「そうだな、見ておいて損はないか」

 

 アレキサンダーはまだ15歳くらいの少年期だが、大きな馬の背中に立てば十分遠くを見渡せる。攻めてきている正統軍はすぐ見つかった。

 

「あの赤い服の子がネロかな? うっわあ、強いね……生身の人間のはずなのにA級サーヴァント並みの強さじゃないか」

「確かネロは素手でライオンを絞め殺したという逸話があったし、魔術も習っていたというからな。剣を見えなくする細工ができてもおかしくはない。

 しかし遠目だからよく分からんが、ヤケになってるように見えるのは気のせいか?」

 

 サーヴァントはサーヴァントと正対すれば、お互いサーヴァントであることが分かるのだが、今はまだ遠い上にチラチラとしか見えないので、「ネロ」の正体は見抜けていなかった。

 

「うーん、言われてみればそんな感じだね。どうしてだろう?」

 

 頭脳明晰な2人にも、人前で破廉恥な服を着させられた羞恥心と怒りだなんてことは想像の外のようだ。まあそんなことより、どのようにお迎えするかを考えるべきだろう。

 

「来てくれたのはいいが、兵が少ないからな。連中は悠長に会話する気はないと思うぞ」

 

 何しろ2万対2千だから、正統軍は1秒でも早く大将2人を討って指揮系統を潰そうとするはずだ。ネロは一騎打ちを所望しているらしいから、そうなれば存分に話せるが、サーヴァントたちがその間手を出さないという保証はない。ネロが討ち死にしたら、その瞬間に正統ローマの敗北が決定するのだから。

 最初の予定では、言い方は悪いが陳宮か荊軻を人質にして会話を強いるつもりだったのだが、今はその手は使えないから、別の策を考えねばならない。

 ―――そう。アレキサンダーがここにいるのは連合ローマの味方をしているのではなく、自身を召喚したマスターの命令に従っているのでもなく、個人的にネロと話をしたいからだけなのである。それも宮殿の中で和やかに話すのではなく、戦場で敵として言葉をぶつけ合いたいのだった。さすがに孔明以外の者には明かしていないが。

 

「先生の宝具で何とかならない?」

「そうだな、ネロが少しでも1人で突出してくれればできるのだが」

 

 孔明の宝具「石兵八陣(かえらずのじん)」は最大500人を閉じ込めて呪詛をかけるというもので、サーヴァント全員を閉じ込めればアレキサンダーは心置きなくネロと話すことができる。

 サーヴァントたちもなかなかの強者のようだから、ずっと閉じ込めてはおけないが、話をする時間くらいは十分に稼げるはずだ。

 

「ま、常識的に考えてあり得ないことだがね」

 

 サーヴァントの護衛付きとはいえ、皇帝が敵陣に突っ込むことすら非常識きわまるのに、そこからさらに1人で前に出るなど正気ではない。それをさせるには何らかの手立てが必要だ。

 

「……難しいな。『孔明の罠』より、いっそおまえが挑発でもしてみた方がいいかもしれん」

「挑発? そうだね、普段なら乗ってこないような台詞でも、頭に血が上ってる時ならついカッとしちゃうことはあるかも。

 僕やネロみたいな身分だと、面と向かってバカにされたり悪口言われたりするようなことはめったにないしね。さて、どんな台詞にしようか」

 

 アレキサンダーは面白がって、ネロに効きそうな口上をいくつか考えてみたが、どれも今いちピンとこない。はて、と頭をひねっていると、時間もないことで孔明が一案を出してきた。

 

「ではこういうのはどうだ? 私が日本にいた時に呼んだマンガだか小説だかにあったのだが―――」

「あはははははっ、それ本当に? うん、確かに若い女性には……逆にドン引きされる可能性も半分くらいはありそうだけど」

「ノーリアクションということだけはないだろうな」

「うん、面白そうだからやってみよう。もう後のことは考えなくてもいいしね」

 

 アレキサンダーはそう言うと、馬の背中に立ったまま「ネロ」たちに声が届く距離まで近づいた。そして大音声を張り上げる。

 

「よくここまで来たね、ネロ・クラウディウス!

 この僕に一騎打ちを挑もうという心意気を称えて、これをあげよう!」

「!?」

 

 目前の敵に忙殺されていた光己たちがはっと顔を上げると、黒い巨馬に乗った少年王と、その傍らに立つ21世紀風のスーツを着た男性が目に映った。

 ルーラーが看破の結果を告げる前に、アレキサンダーが何故かくるっと回れ右して彼女たちに背を向ける。

 

「……?」

「尻でもくらえ! ってやつだよ!」

 

 そして何と尻を突き出し、片手でぺんぺんと叩いてみせた!

 王として最低限の嗜みとしてスカート(?)は脱がずにいたが、アルトリアの理性の糸をブチ切るには十分であった。

 

「ア、ア、ア、アレキサンダァァァァ!!」

「ア、アルトリアステイ!」

 

 光己が止める間もなく、アルトリアが闘牛のような勢いで地面を蹴って飛び出す。

 スルーズがとっさの思いつきで、認識阻害の魔術を彼女にかけたが、それとほぼ同時に上空から何本もの大きな石柱が光己たちを囲む形で落ちてきた。

 

「!?」

 

 逃げようにも敵味方の兵が邪魔で身動き取れない。その間に石柱が地面に突き立ち、さらに天板がその上に乗った。

 石柱と天板に囲まれた空間に怪しげな邪気が満ち、まるで重力が数倍になったかのようにマシュたちの全身が重たくなる。

 

「これは……諸葛孔明の宝具『石兵八陣(かえらずのじん)』、です。

 石柱と天板で結界をつくり、中にいる者を閉じ込め衰弱させるもの、ですね」

 

 対魔力Aのルーラーがかなりきつそうにしているところを見るに、結界の効力は相当な強さのようだ。一緒に閉じ込められた一般兵たちは立っていることもできずに倒れてしまい、しかも毒でも飲んだかのように苦しげで、このままでは数分ともたずに息絶えそうである。

 平気でいるのは、宝具に対してはランクA+まで完全無効にできる光己だけだった。

 

「ちょ、みんな大丈夫!?」

「……は、はい。このくらいなら動けます、から」

 

 光己が泡喰った顔でマシュたちを見回すと、ブラダマンテがサーヴァント勢の中では1番マシそうな顔色でそう言った。「麗しきは美姫の指輪(アンジェリカ・カタイ)」という魔術を無効化する宝具を持っているおかげで、呪詛の効き目が薄いのである。

 

「この結界がどのくらい保つものかは分かりませんけど、それを待っていたら外にいる兵士さんたちがやられちゃいますよね。急いで破壊しないと」

 

 アルトリアだけは難を逃れて結界の外にいるが、彼女にはアレキサンダーと孔明が襲いかかるだろうから兵士たちを守ることはできない。

 いや、アレキサンダーにとっては正統軍の兵士たちなど二の次で、「ネロ」を孤立させて討ち取ることが目的なのだろう。子供っぽい挑発だと思ったが、完全に孔明の罠にかかってしまったようだ。

 

「そうだな、みんな頼む」

 

 他のサーヴァントたちもみな対魔力が高いのである程度は動ける。それぞれの得物で石柱を壊し始めたが、やはり力が出ないのか柱が硬いのか進捗ははかばかしくない。

 

「ぐむむ……」

 

 光己は五体満足だが、自分の腕力で殴っても無駄なのは、見ていれば分かる。

 しかしこのまま手をこまねいていれば、自分とサーヴァントたちはともかく兵士たちは死んでしまう。いやすでに、外の正統兵は圧倒的多数の連合兵に囲まれて、次々と討たれていた。

 

「…………」

 

 普通に動けるだけに、逆に無力感が胸をつく。

 しかし、グランドオーダー発令から数えてすでに4ヶ月以上になる戦いの旅を経て、光己はここで立ち止まらずにいるだけの精神力を培っていた。

 

「こういう時こそ平常心だよな。スゥーッ! ハァーッ!」

 

 段蔵に習った呼吸法を行い、天啓が降りて来るのを待つ光己。

 しかし普段やっている静かな平原や林の中とは違って、ここは周りじゅうから剣戟の音や兵士の怒号と苦痛の叫びが聞こえてくる殺し合いの場なので心が静まるどころか乱れる一方だった。

 

「ああもう! こんなとこで精神統一なんてできるかよ」

 

 光己は頭をかかえて悲鳴を上げたが、しかし泣き言はいっていられない。

 ここにいる2千人が全滅したら、数は少なくても他の兵士たちへの心理的な影響は大きいだろうし、自分たちを認めてくれている人たちだから見殺しにはしたくない。それにマシュたちが苦しそうにしているのは1秒でも早く止めたかった。

 

「いや、ここで焦っちゃいかんのだよな」

 

 両手で頬を叩いて気分を入れ替え、開き直って地面に座り、あぐらをかいて呼吸法を再開する。

 

「スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ! ………………」

 

 開き直ったおかげか、今度こそうまくいった。次第に心が落ち着いて、周りのことが気にならなくなってくる。

 やがて自分自身のことすら意識しなくなってきた時、閉じた瞼の向こうに何か見えてきた。純白の光と漆黒の闇が交互に点滅している。

 

「…………?」

 

 そして光と闇がひときわ大きく広がって、彼の視界と意識を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 不意に光己が立ち上がる。

 その背中から白い鳥の翼と黒い蝙蝠の羽、頭から2本の角、尾骶骨の辺りから尻尾がメリメリと服を裂いて生えてきた。

 

「え、先輩……?」

 

 その様子に気づいたマシュが不思議そうに呟く。

 翼と角と尾の形状は竜モードの時のそれと同じなのに、今の彼からはドラゴン的な雰囲気をあまり感じない。まるで聖なる光に満ちた輝かしい天使と、おぞましい闇の塊のごとき悪魔が1人の身体に同居しているような、そんな奇妙な印象を受けたのだ。

 

「……」

 

 光己は気絶しているのかしばらく何もせず立ちすくんでいたが、やがてすうっと静かに目を開いた。

 それと同時に、背中の白い翼から柔らかい光がふんわりと広がっていく。

 

「え……?」

 

 その光に包まれたマシュは、今の今まで感じていた重圧と倦怠感がきれいさっぱり消え去って、しかも幸福感とやる気とパワーが全身に満ちあふれるのを感じていた。

 天使の癒しの力とかそういう代物だろうか。

 そこにすごい轟音が聞こえたのではっとそちらに目をやると、ブラダマンテとヒロインXXがマシュ以上に元気満々な様子で、石柱と天板に武器を叩きつけていた。

 

「すごいです、もう誰にも負ける気がしません! てああああああ!!」

「マスターくんの愛に応えますよ! うおおおおおお!!」

 

 それはもう最高にハイ!な感じで、柱と板をがりがりと削り落としている。あっという間に1本目の柱が砕け散り、そこから邪気が漏れて結界内部の圧力が目に見えて弱くなった。

 ルーラーとスルーズも元気いっぱいで破壊活動にいそしんでいるが、なぜかパールヴァティーだけは回復した様子がなく精彩がない。

 

「……? パールヴァティーさんだけ治さない理由はありませんし、どういうことなんでしょう」

 

 彼女は神霊だから天使的アトモスフィアのエネルギーはあまり効かないとか、そういうのだろうか。光己の翼はタラスクの神的要素、つまり一神教の「神」から来たものだろうから。

 

「あー、いや、そういうのじゃないよ」

 

 すると、光己当人にその推測は間違いだと指摘された。

 

「あ、先輩。何かすごいお姿ですけど大丈夫ですか?」

「んー、すごく魔力使ってるけど不調はないよ。

 で、これは世間の人たちが神様に抱いてる一般的なイメージ、つまり『信仰してる人を救ってくれる』っていう効果なんだ。

 いや俺を信仰しろなんて言うつもりはまったくないっていうかしてほしくないけど、俺を好いてくれてるほど効き目が強いんだよ」

「つまり、パールヴァティーさんとはあまり接触がなくて、親しくなってないから効き目が弱いということですか?」

「うん、受け側の本心の問題だから、今ここじゃどうしようもない」

「そうですか……」

 

 光己に悪意はないし、パールヴァティーに非があるわけでもない。マシュは仕方ないこととして諦めたが、ふとまずいことに気がついた。

 

「でも先輩、その話だと、先輩を嫌ってる人はダメージを受けてしまうのでは?」

 

 すると光己は、額に10本ほど縦線効果を入れながらたらーりと冷や汗を流した。

 

「うん、ズバリその通り。『神罰』って概念も広く知られてるから……。

 サーヴァントじゃない普通の人でも、ちょっと嫌ってるとか妬んでるってくらいなら死んだりしないから、大丈夫だよ。たぶん」

「そ、そうですか」

 

 結界内の兵士たちも光を浴びているが、ごく少数ながらびくびく痙攣して泡を噴いている人がいるのはそのせいか。その人だけ浴びせないなんて器用なことはできないようだから、これも仕方ないのだろう……。

 その頃ブラダマンテたちは柱を3本破壊し天板も半分ほど砕いて穴だらけにしていた。そこまで壊されると結界を維持できなくなるらしく、邪気が出てこなくなり閉じ込める機能も停止した。

 

「先輩、結界が消えました!」

「おお、やったか!」

 

 するとブラダマンテたちも気づいたようで、まだ復調していないパールヴァティー以外の4人が兵士の支援に飛び出す。こちらはもう大丈夫だろう。

 

「じゃ、疲れたから俺はちょっと休むかな」

 

 光己は翼と角と尻尾を引っ込めると、今回のことをネロたちにどう説明するか考えながら、ふうーっと大きな息をつくのだった。

 

 

 




 主人公の白い翼の伏線をようやく回収できました。長かった……。
 アルトリアVSアレキサンダー&孔明は次回になります。




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第73話 連合首都進撃5

 ただでさえ羞恥と怒りで頭に血が上っていたアルトリアは、アレキサンダーの子供っぽい挑発で、いや、子供っぽかったからこそ完全に沸騰して恨み重なる征服王に向かって怒涛の勢いで駆け出した。

 無論連合軍の兵士たちが小柄な彼女を押し潰すような勢いで四方から群がり寄ってきたが、暴風をまとった剣でちぎっては吹っ飛ばしちぎっては吹っ飛ばしてまかり通る。

 その暴走ぶりにさすがのアレキサンダーもちょっと引いたが、あとは兵士たちを退かせれば彼女と話をすることが……多分できる。

 馬から降りて、兵士たちに下がるよう命じた。

 

「もういい、きみたちでは無駄に命を落とすだけだ。あとは僕がやるからきみたちは下がってくれ」

「総督!? いやしかしそれでは」

「僕は彼女とじかに話をしたいんだ。だから邪魔をしないでくれ」

 

 その命令は、声を荒げるでもなく脅すのでもない穏やかな口調だったが、未来の征服王の片鱗を感じさせる迫力があった。隊長がうやうやしく一礼して、部下の一般兵たちを下がらせる。

 それでアルトリアとアレキサンダー、諸葛孔明の間に一筋の道ができた。

 

「!?」

 

 ここでアルトリアは普通なら罠を警戒するところだが、頭が沸騰していたためそこまで気が回らなかった。怨敵を目の前にして、委細構わず吶喊する。

 

「ついに出ましたね制服王! 暴君殺すべし慈悲はない!」

「え!?」

 

 アレキサンダーの方は常識的に考えて「ネロ」は止まると思っていたので、驚いて一瞬反応が遅れたが、何とか真横に跳んで彼女の初撃はぎりぎりで回避できた。いや風のあおりで服が少し破れていたが、体に傷がつくほどではない。

 

「僕のこと調べがついてたのはさすがだけど、何でそこまで怒ってるの?」

「問答無用!」

「なぜ!?」

 

 アレキサンダーは反撃する余裕がなく、逃げ回るしかない。見かねた孔明が牽制で突風を放ってみたが、「ネロ」は恐ろしくカンが良く、見えないはずの攻撃を剣の一振りで相殺してしまった。

 

「くっ、強い!」

「邪魔しないで下さい!」

 

 アルトリアは孔明を一瞥してそう言ったがそれ以上のことはせず、あくまでアレキサンダーに狙いをさだめて追いかける。すると次は彼が乗っていた黒馬が体当たりしてきた。

 

「命じられもしないのに主を守るとは忠実な!」

 

 と褒めつつも、容赦なく剣を叩きつけるアルトリア。

 怒れる騎士王のパワーはすさまじく、黒馬は彼女より20倍以上も重いというのに、一撃で地べたに這わされてしまった。打たれた胸にもかなり深い傷があり、むしろ命が無事だったのが不思議なくらいである。

 

「ブケファラス!?」

 

 アレキサンダーは思わず心配の声を上げたが、彼が今すべきことは愛馬の負傷を気づかうことではなく、当初の目的を果たすことだ。彼が作ってくれた時間で体勢を立て直すと、「ネロ」に大声で語りかけた。

 

「待つんだネロ! 僕はきみと戦うつもりはない。話をしたいだけなんだよ」

「……!?」

 

 戦うつもりはないとまで言われて、さすがの暴走騎士もちょっと冷静になったのか足を止めた。

 むろん鵜呑みにして油断してしまうほど愚かではなく、慎重に2人と周囲の動きに目を配りつつ聞き返す。

 

「どういうことです?」

「ああ、やっと止まってくれたか。いやさっきは悪いことをした、ごめんよ」

 

 アレキサンダーはようやく彼女が止まったことにほっと肩の力を抜きつつ、まずは先刻の失礼を謝罪しておいた。

 これで少しは話しやすくなるはずだ。

 

「……」

 

 アルトリアはまだアレキサンダーの真意が分からないので沈黙を保ったが、しかし彼と諸葛孔明(と思われる若い男性)が自分をサーヴァントだと指摘してこないことに気がついた。どうやらまだ自分のことをネロだと思っているようだ。

 

(そういえばさっきスルーズに魔術をかけられましたが……あとネロ帝の服と剣を借りているおかげかもしれませんね)

 

 それなら正体を明かすより、ネロを演じ続ける方が得策かもしれない。八つ裂きにするのは情報を引き出してからでもできるのだから。

 すると少年王は彼女が話をする気になったと解釈したらしく、1歩前に出ると本題に入った。

 

「のんびり前置きしてたらきみの兵も僕の兵も死んでいくからね。単刀直入に行こう。

 ローマ帝国第五代皇帝、ネロ・クラウディウス。きみはなぜ、戦うんだい?」

「…………は!?」

 

 アルトリアはちょっと当惑してしまった。いきなり何を言い出すのか、この美形だが生意気そうな王子様は。

 そんなもの、連合ローマを放置したら人類が滅びるから……というのはカルデアのサーヴァントとしての回答だ。それを言うのはまだ早いとして、ネロ・クラウディウスとしては侵略してきたから迎え撃ってるに過ぎないのだが。

 すると、アレキサンダーは「ネロ」の表情を見て言葉が足りなかったと思ったらしく、補足を加えてきた。

 

「ああ、そういうことじゃなくてね。

 なぜ連合帝国に恭順せずに戦い続けるのかということさ。連なる『皇帝』のひとりとして在ることを選べば、今まさに行われてる無用の争いをせずにすむのに」

「その無用の争いを自分からしまくった人に言われたくありませんね」

「……」

 

 これには返す言葉がなく、アレキサンダーは返事に詰まった。

 さすが過去の名君(カエサル)実の伯父(カリギュラ)を倒してきただけあって、なかなかの機転とメンタル強度、この程度の揺さぶりではカウンターを喰らうだけのようだ。ちょっとサービス過剰になりそうだが、「彼」の名前を出してみようか。

 

「うん、確かにそうだね。これは一本取られた。

 でもこの戦いは、僕の生前の戦争とはだいぶ意味合いが違うんだ。なぜなら―――」

 

 アレキサンダーはそこで一拍置いてから、彼女にとってあまりにも残酷になるだろう事実を口にした。

 

「連合帝国のトップはきみたちローマ人にとって最大の偉人、建国の神祖ロムルスなのだから」

「―――!」

 

 これにはアルトリアも衝撃を隠せず、一瞬息が止まってしまった。

 もっともアルトリアはローマ人ではないから、ロムルスを討つことに何のためらいも持たずに済むが、彼が言う通りこの国の人間たちはそうはいくまい。連合の将兵がやたら忠誠心が高いのも納得がいった。

 それに「連合のトップはロムルス」という情報を得られたので、話をした目的も遂げられたというものである。

 

(でもネロなら、一時ためらうことはあるかもしれませんがすぐに立ち直るはず。

 それどころか、兵士たちを鼓舞する側に回るでしょう)

 

 彼女と知り合って以来4ヶ月近くに渡って親しく接してきたから、こんな時に彼女が言いそうなことは大体想像がつく。

 

「生憎ですが、誰がトップだろうと恭順などしませんよ。たとえローマの神々すべてが連合に味方しようとも。

 なぜなら過去や未来はどうあれ、今この時のローマ皇帝はこの私ただ1人なのですから」

「へえ!」

 

 すると意外にも、アレキサンダーは彼女の答えを喜んだように見えた。

 

「ついでに言いますと、ロムルスも貴方もサーヴァントとやらいう魔術で召喚されたまがい物なのでしょう? なおさら認めるわけにはいきません」

「へえ、よく知ってるね。確かに僕も彼も、生前の本人が連れて来られたってわけじゃないけど、でも彼がロムルスなのは事実だよ?」

「ええ、それはそうなのでしょう。そちらの兵の様子を見ていれば分かります。

 ですがサーヴァントが皇帝として君臨していたら、他の野心的なサーヴァントが、『サーヴァントが皇帝になってもいいなら、私が取って代わってもいいでしょう』といったことを考える可能性があります。

 そうなったら常人には及びもつかぬ恐るべき破壊力のぶつかり合いの果てに、国自体が滅びかねません」

 

 光己が景虎と会った時に話していたことだ。実際「王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)」だの骸骨兵軍団だのを一般の軍隊にぶつける暴挙を何度もやられたら、どんな強国でもたまったものではない。

 無論サーヴァントが皇帝をしていなくてもやる者はやるだろうが、ハードルが下がるのは間違いないと思う。

 

「なるほど! 確かにね。ローマの皇帝や将軍ならロムルスには従うだろうけど、大人の僕やハンニバルみたいな人が出て来たら対抗心を抱きそうだ。

 驚いた。きみにとってサーヴァントなんてまったく未知の異変だったはずなのに、ここまで深く考えてるなんてね」

 

 アレキサンダーは心底感心したらしく、大仰に身振りをまじえて「ネロ」を褒め称えた。

 どうやら本当に彼女を恭順させようとしたのではなく、挑発して本心を聞き出そうとしたようだ。

 アルトリアはそれに気づいて腑に落ちた顔をしたが、しかし彼に対してはこちらから言いたいこともある。

 

「それはどうも。ところで私も話したいことがあるのですが」

「え? ああ、そうだね。僕が聞いてばかりじゃ何だし」

「それでは遠慮なく。私は貴方の経歴を細かくは知りませんが、マケドニアの王子として生まれ、幼年期はかのアリストテレスを家庭教師として学び、良き学友にも恵まれたとか」

「……? うん、そうだよ。先生は立派な方だったし、プトレマイオスやヘファイスティオンたちも素晴らしい友だった。でもそれが何か?」

 

 脈絡もなく経歴を確認されてアレキサンダーは当惑したが、とりあえず事実関係は間違っていなかったので肯定しておいた。すると「ネロ」がさらに続ける。

 

「で、マケドニアの王位を継いだ後はよく知られるように遠大な征服戦争を起こした、と……。

 あまりにも欲しがりすぎじゃありませんかね。世の中にはグランド(ぴー)野郎が相談役で分裂してた国を苦労して統一したと思ったら、毎年不作で貧しい上に、異民族が無限湧きして攻めて来るようなオワコン国の王だっているんですよ!

 なーにが『彼方にこそ栄えあり』ですか! 最初から強くて豊かで統一されてる国を継いでおいて贅沢な。というかそれって地元には栄えがないってことですか? ディスってるんです?」

 

 生前のうっぷんをすべて吐き出すような勢いでアルトリアがまくしたてる。完璧な王として振る舞っていても、内心は完璧ではなかったのだろう。

 しかしアレキサンダーには意味が分からない。

 

「………………??? それはまあそんな国もどこかにあるかもしれないけど、きみが継いだ時のローマ帝国は僕が継いだマケドニア以上に強くて豊かで統一されてたと思うけど」

「……そうですね、すみません。今のはある属州の王の話です。あまりにも迫真で感情移入してしまったものですから」

 

 ちょっと興奮しすぎたようだ。

 しかし本当のことは言えないので、アルトリアは言葉を濁した。いつかどこかでの問答の仕返しをする予定だったのに、何故こんな方向になってしまったのだろうか。

 ここは話題を戻さないと、とアルトリアが枕詞を考えていると、不意に後ろから大きな打撃音が聞こえて怪しい気配を感じた。

 

「!?」

「バカな、大軍師の究極陣地がこうも早く破られるだと!?」

「どうやらお話の時間は終わりみたいだね。まあ聞きたいことは聞けたからいいけど。

 それできみはどうする? 表明してた通り一騎打ちをするか、それとも陣の中の人たちが来るのを待つ?」

 

 宝具の石柱ががりがり壊されていく光景に孔明は信じがたげな声をあげたが、アレキサンダーはすぐ頭を切り替えて「ネロ」に向き直った。

 アルトリアの答えは決まっている。

 

「無論、初志貫徹しますよ。さあ、尋常に勝負です」

「見事! きみと会えて良かったよ。

 ……聞いての通りだよ、先生は下がってて」

「おまえがそれを望むのなら」

 

 アレキサンダーが会心の笑みを浮かべ、孔明は苦笑しつつ王命に従って後ろに下がる。

「ネロ」が構えた隕鉄の剣と、アレキサンダーの長剣がぶつかる音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 致命傷を受けたアレキサンダーが光の粒子となって消えていく。彼も強力なサーヴァントではあったが、見えない剣には対処が難しかったようだ。

 それを見届けたアルトリアが孔明に話しかける。

 

「最後まで割り込んできませんでしたね」

「……私としては助太刀したかったが、恥をかかせるわけにはいかんからな」

 

 孔明はやや拗ねた様子に見えたが、アルトリアはそれには触れずすぐ用件に入った。

 

「で、貴方はどうします? 恭順しないなら討つしかないのですが」

「……そうだな。あいつは貴女に敵意があったわけじゃないし、私自身ははぐれだから連合に従う義理はない。つまりもう貴女と戦う理由はないが、だからといって見逃がしてもらえるわけがない。

 もし信用してもらえるなら、そちらに迷惑をかけた分だけ仕事で払おうと思うが」

「そうですか。皆の話によれば、諸葛孔明というのはたいそう優れた軍師だとか。もちろん歓迎しますよ」

 

 こうして孔明が正統ローマに加入してくれたので、アルトリアは彼を連れていったん石陣に戻り、光己たちと合流した。

 もはや勝負は決まったようなものである。光己が通信機でラクシュミーに経過を報告すると、待ち構えていたラクシュミーはただちに総攻撃を開始した。

 これによりこの地の連合軍は壊滅し、正統軍はまた1歩連合首都に近づいたのだった。

 

 

 



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第74話 連合首都進撃6

 今日の戦が終わったら、光己たちは孔明をネロに紹介しなければならないが、その前にいろいろ言い含めておく必要がある。そのためにパールヴァティー用の天幕に来てもらったが、その話の前に、孔明は3世紀中国の人物なのになぜ21世紀風の服を着ているのだろうか?

 

「ああそこからか。私は純粋なサーヴァントではなく、ロード・エルメロイⅡ世という人間に諸葛孔明の霊基が宿った、いわゆる疑似サーヴァントなのだ。なぜ縁もゆかりもない私が選ばれて、古代ローマに呼びつけられたのかはまったく分からんがな。

 ただ孔明は私に能力を譲って消えたから、人格は100%エルメロイⅡ世だ。長すぎて呼びにくいならⅡ世でいい」

「なるほど、カーマやパールヴァティーさんと似たケースか」

「そうみたいですね」

 

 人格の件を除けば孔明、いやエルメロイⅡ世は2柱と同類の存在といってよさそうだ。光己とマシュは特に疑問を持たずに納得したが、Ⅱ世の方はとても聞き捨てならなかった。

 

「ちょっと待て。カーマやパールヴァティーというのは、まさかインドの女神のことではあるまいな?」

「あ、知ってましたか。さすが諸葛孔明に選ばれただけあって物知りですね」

「本当か!? まさか1度の聖杯戦争に神霊が2柱も降臨するとは」

「いや、カーマは俺たちが連れてきたサーヴァントなので違いますよ。でもここにはいませんが、ステンノ神も神霊でしたから結局2柱ですね」

「!?」

 

 異常にもほどがある。Ⅱ世は開いた口が塞がらなかった。

 

「いや、だからこそ孔明もわざわざ依代を使ってまでして現界したのか。

 それにしてもネロだと思っていた人間があの騎士王だったとは……」

 

 着替えて髪型も変えた「ネロ」は、昔見た騎士王そのままだった。彼女がアレキサンダーの経歴にケチをつけ始めた辺りから何かおかしいと思っていたが、まさかこんなオチだったとは想像もしなかった。

 しかし、ネロと会った時に顔がそっくりで血縁だと思われたから、便乗して従姉妹に収まったとか、今回の騎士王はあの時の彼女とはずいぶん性格が違うようだ。

 

「いえ、私は反対だったんですよ? マスターがルーラーにやらせただけです」

「……そ、そうか」

 

 考えが顔に出たのか、アルトリアにそうツッコまれてⅡ世は軽く肩をすくめた。

 

「それで、おまえは何者なんだ? 単にはぐれサーヴァントをまとめているというだけではあるまい」

 

 この集団の中で光己だけはサーヴァントではないし、さっきは疑似サーヴァントとはいえ女神を連れてきたなどと放言した。さらには「石兵八陣(かえらずのじん)」の中にいたはずなのに平然としていたではないか。本当に何者なのか!?

 

「あー、そうですねえ。人格が現代人だっていうならどこから話すべきか」

(……「現代人」だと!?)

 

 Ⅱ世はその単語にぴくりと眉を跳ね上げた。

 確かに自分は古代ローマには無かった服を着ているが、それを「現代」と評するとは、もしかして同じ時代の者なのか?

 しかし焦ってチャチャ入れはせず、まずは彼の話を聞くことにした。

 

「じゃあ、えーと。物知りな方でしたら、この時代に連合ローマなんて無かったことはご存知ですよね?」

「無論だ。元凶はサーヴァント……いや、サーヴァントを召喚した魔術師だということは、関係者なら誰でも分かる話だろうな」

「おー、そういえば」

 

 フランスにはいなかったので失念していたが、ここにも「魔術王の使徒」がいる可能性はあるのだ。これは詳しく聞いておきたい。

 

「Ⅱ世さんはその魔術師を見たことがあるんですか?」

「いや、残念ながらない。アレキサンダーは、名前は知らないが一見は紳士的だが、内面はドス黒い破滅的な精神を持った男だと言っていたがな」

「うーん」

 

 あの男の同僚だけあって、やはり性格はよくないようだ。

 それにこの特異点に使徒がいることはほぼ確定となったので、また戦うことになるだろう。冬木の時みたいな奇襲がまた通じるとは思えないし、気を引き締めてかからねばなるまい。

 魔術師の件は今はこれ以上話せることはなさそうなので、光己は次の話題に移ることにした。

 

「それでですね。俺たちはカルデアっていう組織の現場部隊で、この異常事態を解決しに来たんですよ」

「カルデアだと!?」

 

 Ⅱ世が思わず腰を浮かせる。同じ時代どころか共通の話題まであったとは!

 

「知ってるんですか?」

「これでも時計塔のロードだからな。直接関わってはいないが、いくらかは知っている。

 正直うさんくさい組織だと思っていたが、本当に過去にマスターとサーヴァントを送り込むほどの技術力を持っていたとはな」

 

 しかもそれが女神と騎士王だとは恐れ入ったが、まだ疑問はある。

 

「私が知っている限りでは、カルデアが集めたマスターは48人だと思ったが、他の者はどうしているんだ?」

「あー、それですか」

 

 光己たちとしては相手に前知識があると楽だ。とりあえず、爆発事故からグランドオーダー発令までのことをかいつまんで説明した。

 

「ミッション開始直前に爆発事故か……ただの事故とは思えんが、推測にしかならんから、今は措いておこう。

 それより魔術王だ。聖杯を持った使徒を複数の時代に派遣できるのだから、ただの騙りではないだろうな」

 

 Ⅱ世にも、アルトリアオルタが魔術王と呼んだ者が、人類を、それも過去現在未来に渡って滅ぼそうとする理由は皆目見当がつかない。しかし座して死を受け入れる義務はないだろう。

 

「じゃ、協力してくれるんですか?」

「すでに約束したことだしな。それに私にも死んでほしくない者はいる」

 

 そういうわけで、エルメロイⅡ世は改めてカルデアに協力を誓った。

 

「おー、ありがとうございます。諸葛孔明の知力をもらった人が仲間になるのは大変心強いです」

「ああ、看板倒れにならん程度には知恵を出させてもらおう。

 しかし今の話だと特異点修正に出向けるマスターはおまえ1人なのか……いや、よそう」

 

 Ⅱ世はサーヴァントを率いて現地に赴く者が、訓練を受けた魔術師でも軍人の類でもない一般人の未成年1人であることに、少々不安と哀れを感じたが、それを言っても慰めや励ましにならないどころか、傷口に塩を塗るだけになりかねないと思い直して口を閉じた。

 ……いや待て。さっきも思ったが、石兵八陣に耐えられる一般人などいるものか!

 しかし初対面の魔術師に自分の能力をあっさりバラすバカがいるはずもなし、Ⅱ世は今はそれを聞くのを控えておいた。

 

「あとはお互いの情報のすり合わせか」

「そうですね」

 

 まずは改めて自己紹介しあって、その後のⅡ世の話でアレキサンダー軍が連合首都を発った時点で首都に残っていたサーヴァントはロムルスだけだったことや、呂布を誘い出したのはサロメというサーヴァントだったことが判明した。

 呂布はまだ戻っていないが、サロメには誘導するルートを指定したわけではないから、2人が今どこにいるかは分からない。

 それと光己たちが、アルトリアたちがサーヴァントであることや本当の目的が特異点修正であることをネロには隠していることなども説明した。

 

「―――なるほど、状況はだいたい飲み込めた。

 頭脳を期待されてるようだから1つ献策させてもらうなら、ここはネロ軍から離脱して、おまえとサーヴァントだけで首都に潜入して魔術師とロムルスを暗殺するのが1番合理的だと考える」

 

 ここまで来れば首都はもう目と鼻の先だし、何騎かネロの護衛として残していっても戦力は十分である。連合側は、まさかこの期に及んでサーヴァントが離脱するとは思っていないだろうから、思い切り隙を突けるというものだ。

 

「おお、なるほど!」

 

 確かに今ここで離脱するという手はある、と光己は感心したがこの策には1つ問題があった。

 

「でも俺たちが離脱したら、ネロ陛下も兵士たちもショック受けません?」

「受けるだろうが『無用の争い』で命を落とすよりはマシ……と言ってもいいが、相手がロムルスだから、ネロと兵士が戦えるならこのまま同行、戦えないのなら離脱ということでどうだ?」

「おおー!」

 

 光己は感嘆した。さすがは孔明、いやⅡ世先生!

 ネロたちが戦えるならそれでよし、戦えないなら確かに自分たちは否応なしに離脱となるが、正統側が戦意喪失したのが原因だから文句を言われる筋合いはないし、良心の呵責も抱かなくてすむ。

 

「確かに、ネロ陛下たちがロムルスと戦えるかどうかは確認しないといけないですね。

 それはそれとして、今正統軍は前衛と中軍と後衛に分かれてますけどどこに所属したいですか?」

「選ばせてもらえるのか?」

「ネロ陛下はその辺寛容ですから、それなりの理由があればOKだと思いますよ」

「そうか……」

 

 降将に選ばせてもらえるとは確かに寛容な話だ。

 しかし降将がいきなり皇帝の直属になって軍師面するのはいささか問題だし、前衛はすでに別の軍師がいるからあまり好ましくない。

 

「というのが建前で、人理修復のために動くのだから、おまえの所にいるのが順当だろうな」

 

 実はあと1つ、騎士王が3人もいる所なんて生きた心地がしないという理由もあったが、それは口にしなかった。初対面の相手に言う理由も必要もないことだ。

 

「やった、それじゃよろしくお願いしますね。天下の奇才が軍神をサポートするとか無敵すぎる」

 

 不得手を互いに補う良いコンビだと思う。

 まあ征服面積はアレキサンダーの方が桁違いに広いのだが、それだけで将領としての優劣は測れない。両者が置かれた状況が違うからだ。

 たとえばの話、兵士1人1人が英霊並みの強さを持つ超人軍団を率いるなら、5倍や10倍程度の普通兵軍団なんて凡将でも楽勝できてしまうわけで。

 ゆえに光己は仲がいい美少女である景虎に軍配を上げるが、あくまで個人の意見なので同意は求めない。

 

「ああ。私が仕える主は1人だけだが、仕事はきっちりさせてもらおう」

「では、だいぶ時間を取ってしまいましたから、そろそろネロ陛下の所に行きましょう」

 

 光己とⅡ世の話に一応のケリがついたところでアルトリアがそう提案する。それで一同がネロの天幕に赴くと、景虎や金時の時と同じくネロは簡単に受け入れてくれた。

 ネロとしても優秀な将軍は大歓迎なのだ。ただ、最近来た将軍は外国人ばかりなのが、ローマ大好きなネロとしてはちょっと寂しかったが、幸いにしてアルトリアズがいるおかげで、遠征軍の将軍が全員外国人という栄光ある大帝国にあるまじき不名誉は回避できているのが、公的にも私的にも大変喜ばしかった。

 ―――本当はアルトリアズも外国人なのだが、それは黙っていれば誰にも分からない。

 光己たちとⅡ世が退出してネロとアルトリアズだけになると、アルトリアはネロの前に出ていたって真面目な口調で報告を始めた。

 

「それで陛下。もう1つ重要な報告があるのですが」

「む、ずいぶん硬い顔つきをしておるな。何かまずいことでもあったのか?」

「そうですね、良くない報告です」

「……そうか」

 

 皇帝たる者、耳に痛いことでも聞かねばならない。ネロは姿勢を正して聞く姿勢を取った。

 やがてアルトリアが重い口を開く。

 

「アレキサンダーと一騎打ちをした時に彼が語ったのですが、連合帝国のトップは建国の神祖ロムルスだそうです」

「―――!!」

 

 ネロの表情が凍りつき、顔色が真っ白になる。相当な衝撃を受けたようだ。

 アルトリアはそれ以上は何も言わず、彼女が落ち着くのを待っていたが、30秒ほども経ってからネロはようやく小さな声で呟いた。

 

「そうか。いや、余もその可能性があるとは思っておった」

 

 そこで一転して、怒りと悲しみに満ちた叫びをあげる。

 

「だが何故だ! 何故余の時にだけ現れる!?

 余が暴虐を働いたから(ただ)しに来たとでもいうのか? 確かに宮廷の中では権力闘争をやったが、民には惜しみなく愛を注いできたつもりだ。現にローマの街には戦争中の今でさえ笑いがあふれている。そなたも見たであろう?」

「……はい。他国の王が見たら羨むくらいの素晴らしい光景でした」

 

 アルトリアが静かに答えると、ネロはさらに激昂してアルトリアの腕をつかんで激しく訴えた。ならば何故だ、何故今まで現れなかったのに、今この時にだけ現れる!?

 

「…………」

 

 アルトリアはその答えを知っているのだが、口にすることは避けた。神祖が魔術師の命令で故国を攻めさせられているというのは、彼が自分の意志でやっているというよりネロにはつらい話だろうから。

 いや、もしかしたらただ命令されたからというのではなく、何か深い考えがあるのかもしれないけれど。なので、その前提で話を進めることにした。

 

「……神祖と称えられるほどの方ですから、何か深い(おもんぱか)りがあるのでしょう。

 しかし私たちにそれは分かりません。その上で、陛下はどうされますか?」

 

 するとネロはかっと目を見開き、最初の落ち込みぶりが嘘のような強い口調で決意を述べた。

 

「無論、戦う!

 神祖がどれだけ偉大であろうと、今現在の皇帝は余だ。それは誰にも譲れぬ」

 

 傀儡ではなく本物の皇帝になるために母すら殺したのだ。相手が誰であろうと譲れるものか!

 それにここで膝を屈したら、今日までに戦死してきた正統兵たちは無駄死にだったことになる。彼らはみな連合のローマではなくネロのローマが正しいと信じて命尽きるまで戦ってくれたのだから、その想いを裏切ることはできない。

 

「たとえ最後の1人になっても諦めぬ。余が屈する時があるとすれば、それは死んだ時だ!!」

 

 これが外国との戦いなら違う判断になると思う。しかし、どちらのローマが正しいかという戦いであるなら、絶対に退くわけにはいかないのだ。

 その魂の咆哮に、アルトリアは莞爾とした笑顔で応えた。

 

「その意気です。陛下ならそう仰ってくれると信じていました」

「……!? ではそなたは余の味方でいてくれるのだな?」

 

 予想外の反応だったらしく、ちょっと毒気を抜かれた顔で訊ねるネロ。

 

「もちろんです。むしろ連合に恭順するなんて言ってたら、張り倒す程度ではすみませんでしたよ」

「しれっとした顔で怖いこと言うなそなた!

 しかし現実問題として、将軍や兵士たちは大丈夫だろうか」

「将軍たちはローマ出身ではありませんから大丈夫でしょう。私たちがインドやパルティアの国祖に恐れ入らないのと同じですから。

 しかし兵士たちは陛下ご自身でフォローした方が良いでしょうね」

「ふむ、外国人ばかりなのが逆に幸いしたか。

 兵士のフォローはもちろんするぞ。しかし今日はもう遅いから明日にしよう」

「そうですね。そろそろ夕ご飯の時間ですし」

「そうだな。

 …………ありがとう、そなたたちがいてくれてよかった」

 

 ちょっと照れくさいのか目をそらして顔を赤らめながら、しかし心からネロはそう礼を言った。

 

「どう致しまして。私も陛下が陛下のような方でよかったですよ」

 

 アルトリアもクスッと微笑んでそう答えるのだった。

 

 

 



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第75話 連合首都進撃7

 光己たちが後衛の指揮官用の天幕に戻ると、すでに今日の戦いの後始末を終えて休んでいた景虎たちが出迎えてくれた。みんな無事のようだ。

 

「おかえりなさい、マスター。マシュ殿たちも無事のようで何よりです」

「ただいま。そっちはどうだった?」

「はい、マスターのおかげで死傷者が少なくてすみました。

 そちらが孔明殿ですか?」

「うん、正確にはロード・エルメロイⅡ世さんだそうだから、Ⅱ世さんって呼んでほしい」

「分かりました、Ⅱ世殿ですね。長尾景虎と申します」

「エルメロイⅡ世だ。よろしく」

 

 その後Ⅱ世は留守番組とも自己紹介しあったのだが、さっき景虎が「マスターのおかげで」と言ったのが少し気になっていた。

 マスターへのリップサービスでなければ、光己には1万の骸骨兵から兵士たちをかばう何らかの能力があることになる。石兵八陣に耐えたことも考えれば、結界術の類だろうか?

 Ⅱ世がそんなことを考えていると、源頼光と名乗った女性に声をかけられた。

 

「とりあえず座って下さい。お茶でも入れましょう」

「あ、ああ、すまない」

 

 お言葉に甘えてⅡ世が椅子に座ってお茶を飲んでいると、光己はサーヴァントたちと雑談を始めた。

 女神カーマ(男神のはずなのに幼女の姿をしていたので目を疑ったが)が彼に抱きついて何か話している。

 

「まったくもう、遅かったですね。レディを待たせるなんて紳士失格ですよ」

「ああ、ごめんごめん。仕事が長引いちゃってさ」

 

 光己はカーマの髪と背中を撫でながらそう言ってなだめたが、少女は納得しなかった。頬を膨らませて問い詰める。

 

「むー。仕事と私とどっちが大切なんですか?」

「愚問だな。仕事に決まってるだろう!」

「うっわあ、さすがマスター女心を理解しないにもほどがありますね」

 

 自信満々に言い放った光己にカーマは「ナイワー」と言わんばかりの顔をしたが、彼から離れようとはしなかった。

 とはいえ乙女心()を傷つけた罪は重い。カーマは人差し指の先で光己のお腹をつんつんつついてくすぐった。

 

「何をする、お返しだー」

「きゃ、ちょ、こんな小さい子のお腹をくすぐるとか、マスターはロリ〇ンなんですか?」

「ふん、その台詞は1世紀では何の効き目もないわ!」

 

 などと2人がじゃれ合っていると、景虎がそっと光己の斜め後ろから体を寄せてきた。

 

「フフッ。仲が良いのはいいですがマスターはお疲れでしょうから、夕食の前に少し休んだ方が良いのでは?」

「んー、じゃあそうしようかな」

「それじゃお茶を入れますね」

「うん、ありがと」

 

(…………)

 

 Ⅱ世はその仲睦まじい語らいを黙って眺めていたが、マスターとサーヴァントというより夫と妻と娘のごとく馴染みまくっているように見えるのは気のせいだろうか。

 

「まあ、あの様子なら最後のマスターだという重圧で精神が壊れるとか、そういう心配はなさそうだが」

 

 何の気なしにそう呟くと、坂田金時と名乗った若い男が隣の椅子にどっかと腰を下ろして話しかけてきた。

 光己の故国である日本ではトップクラスに有名な英霊―――外見はとても日本人には見えないが。

 

「そうだよな! 1人でずっと戦い続けるなんてできるわけがねえ。戦もドライブも、いい仲間がいてこそってモンだ」

「ええ、子供には母の愛が必要です」

 

 その金時の後ろに頼光が現れて体を寄せる。それはいいが、乳房が彼の頭に乗っているせいで金時は顔を真っ赤にしていたたまれない顔をしていた。

 しかし苦情を言うことはできないようだ。

 

「まあ何だ、男の割合が上がったのは助かる。オレっちは露出多めの女子はちっと苦手でな」

「ふむ、確かにこのチームは若い女性ばかりだな」

 

 もっともⅡ世は女性は特に好きでも嫌いでもないので、悪辣な義妹や赤い悪魔さえいないなら女性ばかりでも気にしないが。

 一方最後のマスターは露出多めの女子が大好きで、しかも仲は良好のようである。座ってお茶を飲んでいるが、今度はスルーズとブラダマンテが左右にくっついていた。

 

「お疲れさまでした、マスター。しかし私も頑張りましたので、後で私もハグしてほしいです」

「私もしてほしいです! できたらあの白い翼で!」

 

 ブラダマンテはキリスト教圏の生まれだからか、天使の翼(ぽく感じられるもの)に興味があるようだ。思春期の健全な少年としては、仲が良い露出多めの美少女に抱擁をせがまれてはイエスとしか言えない。

 

「そっか、じゃあ後でと言わず今すぐに!」

 

 光己はお茶を飲み干すと、立ち上がって上着を脱ぎズボンを少し下ろした。

 なお今着ているのは予備の魔術礼装だが、後でカルデア本部に連絡してもう1着送ってもらわねばならないだろう。背中と尾骶骨の部分が開閉式になっているものを開発してもらえればなお良い。

 

「スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ!」

 

 この技はまだ慣れていないので、使うには呼吸法で精神集中する必要があるのだった。

 事情を知らない金時たちは何事かと思ったが、やがて光己の体から角と翼と尻尾が生えたのを見て仰天した。

 

「ぶーーーーっ!」

 

 特に光己の正体を知らないⅡ世など、口に含んでいたお茶を盛大に噴き出してしまったほどである。

 一般人だと言っていたが、やはり魔術師だったではないか! そのくせ女にねだられたらあっさりこちらの目の前でバラすとか、女に甘い性格なのだろうか。

 

(獣性魔術の一種、それとも蝶魔術を自身に用いたものか!? しかしこの気配、まるで本物の天使や悪魔を思わせる神性と魔性ではないか。

 まさかこの男本当に天使か悪魔? いやそれなら慎重に秘匿するはずだ)

 

 Ⅱ世は目の前の超常現象に理解が追いつかず、思考が完全に的外れになってしまっていたが、これを責めるのは酷というものだろう……。

 当の光己は太平楽に、美少女2人を翼でくるんでご満悦だった。

 

「クックック、また新しい力を得てしまったか……よし、阿頼耶識・神魔顕現(あらやしき・しんまけんげん)と名づけよう」

 

 光己はだいぶ一般人から離れてしまったが、頭の中身は特に変わりないようだ。厨二趣味もたまには役に立つということか。

 

「で、2人とも気分はどう?」

「はい。本当の羽毛のようで、とても柔らかくて心地いいです」

「そっか、それじゃパパもっとサービスしちゃうぞー」

 

 いい感想をもらって気を良くしたのか、光己が例の白い光を2人を包み込める程度の広さで放出する。それを浴びた2人はテンションがぐぐーっとアップしたらしく、はずんだ声で称賛の言葉を並べた。

 

「あの時の光ですね。これは幸福感と呼ぶべき感情でしょうか……不思議です、作られた存在である私に、こんな大きな感情があったなんて」

「ホントにすごいです、めいっぱい愛されて幸せで元気全開って感じで!

 えへへー、私もマスターのこと大好きですよ!!」

「そんなにすごいのか? うーん、俺自身には効かないのが惜しいな。

 でも好きって言ってもらえたからにはもっとサービスせんとな。ぎゅー」

「きゃー☆」

 

 光己はサービスと言いつつ、器用に翼を操って2人の胸やお尻や太腿に当てたり撫でたりしていたが、2人とも気づいてないのか受け入れているのか、何も言わないので問題はないだろう……。

 

「でもマスター、なぜ突然こんなことができるようになったのですか? あの修行法は知恵を得るだけで能力は習得できなかったはずですが」

「うん。だからあくまできっかけというか、方法が分かっただけだよ。

 できるようになったのはカーマのおかげみたい」

 

 戦乙女らしく技の詳細を訊ねるスルーズに、光己はそんな風に答えた。

 カーマは愛の神であると同時に魔王マーラでもあり、つまり神であり魔でもある存在だ。そんな彼女と契約して心を通じ合わせたことで、光己が持っている「タラスクから来た神的要素」と「ドラゴンは悪魔の仲間だという一般認識から来た魔的要素」が増幅されたのである。

 

「なるほど。彼女は権能を剥がされたとはいえビーストですから、契約すればそのくらいの影響は受けるというわけですか」

「うん、でもカーマに悪意はないから悪いことにはならないよ。むしろさらに成長できると俺の厨二センスは言っている」

 

「―――ぶふうぅぅっ!!」

 

 ビーストとかいう超絶厄ワードにⅡ世は胃液を噴き出した。

 何なんだこの連中。なぜ人理を取り戻すための戦いのチームに人類悪を入れているんだ!

 金時が心配して容態を訊ねる。

 

「お、おい大丈夫か!?」

「あ、ああ、このくらいで弱音は吐かんとも。私だっていろいろ鍛えられてるんだ」

 

 Ⅱ世はとりあえず見栄を張ってから、当然の懸念について質問した。

 

「それで、今ビーストという単語が聞こえたのだがいいのか?」

「ビーストって、あの嬢ちゃんのことか? オレは詳しい事情は知らねぇが、嬢ちゃんが怪しいマネしたことは1度もねえぞ。大将とは特に仲がいいしな」

「そうか……」

 

 権能を剥がされたとも聞こえたから、力を失ったのでおとなしくしているということか。新参者だからあまり強くは言えないが、警戒は必要だろう。

 その当人はブラダマンテに代わってもらって翼にくるまれて幸せそうにしていた。先入観抜きでここだけ見れば、ちょっとヒネた子供でしかないのだが……。

 

「はわわー……愛を与える神には愛なんて与えられないって思ってたのに、これはまさしく愛。ヤバいですよこの感覚。

 でもこれで私が2コマ即堕ちするなんて思わないで下さいね。私を堕としたければその3倍は持ってこいというのです!」

「これの3倍を求めるとは、さすが女神だけのことはありますねカーマ殿。

 私はもうこれだけで……はああ、これが御仏の慈悲というものでしょうか。やはりマスターは毘沙門天の眷属なのかも」

 

 景虎もスルーズに代わってもらってうっとりしている。

 Ⅱ世はその様子をしばらく眺めていたが、やがてふうっと大きく息をついた。

 

「なるほど、魔術の成果ではなくビーストの影響だったわけか……どんな経緯で人類悪と契約したかは知らんが、災難なことだな」

「いや、大将は別に気にしねえと思うぜ? 何せマジモンの龍にだって変身できるんだからな」

「くぁwせdrftgyふじこlp!?」

 

 Ⅱ世はついに吐血した。

 しかしエルメロイを継いだ者の名誉にかけて、腹を手で押さえながらも体を起こす。

 

「そ、それはどういう……?」

「あ、それについては私が」

 

 すると盾の少女がそばに来て説明してくれた。

 それによると、要はドラゴンの血の浴びすぎと飲みすぎで竜人になってしまったということのようだ。

 

「な、何という軽率な……いや、それでかの英雄ジークフリートの無敵の体を得たというなら、結果的には大成功だが、まるでアイツみたいな無茶振りだな」

 

 Ⅱ世はどこかの誰かを思い出して頭を振ったが、これは結構頭と胃が痛い問題だ。

 ネロや兵士には隠しているというからそちら方面の配慮はちゃんとしているようだが、人理修復後に彼の正体が魔術協会や国連にバレた日にはひと悶着起こるのは確実である。

 しかしこれを光己に教えるわけにもいかない。人類を救った褒美がホルマリン漬けだなんて言われたら、どんなお人好しでもやる気をなくすのは当然だから。

 

「本当に頭と胃が痛くなってきた……そうだ、私もあの翼にくるんでもらえば気分転換できるのか?」

「いえ、あの光の効き目は先輩に対する好感度に比例するそうですので、今日知り合ったばかりのⅡ世さんにはほとんど効かないかと」

「……」

 

 Ⅱ世は机に突っ伏した。

 

 

 

 

 

 

 光己たちは夕食の後、カルデア本部に通信を入れてアレキサンダーを討ち諸葛孔明を味方に引き入れたことを正式に報告した。

 オルガマリーはその偉業を大いに褒め称えたが、その孔明が見知った人物に非常によく似ているのが気にかかった。

 

《ええと、貴方が諸葛孔明ということでいいのでしょうか? 貴方ととてもよく似た方を知っているのですが》

 

 なので失礼にならない程度に探りを入れてみると、「孔明」はちょっと面倒そうに口角を上げた。

 

「ああ、私も貴女のことは知っている。こうして顔を合わせるのは何年ぶりかな」

《え、それじゃやっぱり貴方は……でもどうして?》

 

 彼の回答で、オルガマリーは「孔明」がロード・エルメロイⅡ世であることを確信したが、しかし何故彼が紀元60年のヒスパニアになどいるのだろうか。

 

「それについては私が聞きたいくらいだが、さしあたって私は貴女がたの敵ではない。

 むしろ人理焼却を防ぐのに協力する所存だから安心してもらいたい」

 

 Ⅱ世はまずそう結論を述べてから、自分が疑似サーヴァントであることと光己たちに協力することになった経緯を語った。

 オルガマリーは、エルメロイⅡ世ともあろう者が最初は連合ローマについていた=人理修復の邪魔をしていたことをちょっと不快に感じたが、それを口にするのは控えた。

 だって彼はオルガマリーにとって非常に強力な味方になり得るのだから。

 

《それでロード・エルメロイⅡ世。今一度確認しますが、貴方は私たちの味方ということでいいのですね?》

「ああ、その認識で構わない」

 

 Ⅱ世がそう答えると、オルガマリーは傍らのダ・ヴィンチに向かってくわっと目を見開いた。

 

《聞いたわねダ・ヴィンチちゃん。彼をここに招く方法はないかしら?》

《藪から棒にどうしたんだい。時空の乱れがあまりひどい特異点から現地のサーヴァントを招くことはできないのは君も知っているだろうに》

 

 無論オルガマリーはそのことは先刻承知である。知っていて聞いているのだ。

 

《そこはそれ、1人くらい何とか》

《現状では無理だねえ。でも何でそこまで彼にこだわるのかな?》

《彼が時計塔のロードだからよ。諸葛孔明の知略を得たエルメロイⅡ世がいれば、人理修復の後で協会や国連とやり合う時にとても有利になるわ》

 

 本人の頭脳はもちろん、時計塔にいる生身の彼とのパイプ役も期待できる。今現在のカルデアの運営にも役立ってもらえるだろうし、特異点修正に同行してもらうより自分の補佐としてぜひ欲しかった。

 オルガマリー個人の都合もあるが、カーマが言った「異星の神」のことを考えれば、人理修復の後もカルデアはこのまま存続しなければならないのだ。

 

《そうだ、確かブラダマンテにもらった聖晶石使ったら彼女が来てくれたわよね。エルメロイⅡ世、聖晶石を3個ほど持ってませんか?》

「…………。君が私利私欲だけで言っているのではないことは分かるが、そんな都合のいい展開が何度もあるものではないとだけ言っておこう」

 

 Ⅱ世がちょっとあきれた口調でそう言うと、オルガマリーはうわーん!と泣きながら走り去ってしまった。

 ダ・ヴィンチがやれやれと肩をすくめながら話を引き継ぐ。

 

《ま、まあ何だ。ご覧の通り彼女もいろいろ大変な状況だから、もし運よく君を招けたなら支えてやってくれると嬉しいな》

「……招かれることがあったらな」

 

 Ⅱ世も肩をすくめてそう答えたのだった。

 

 

 




 エルメロイⅡ世が正式参加したら苦労しそうだなあ(ぉ
 それと主人公の現時点での(サーヴァント基準での)ステータスと絆レベルを開示してみます。

 性別   :男性
 クラス  :---
 属性   :中立・善
 真名   :藤宮 光己
 時代、地域:20~21世紀日本
 身長、体重:172センチ、67キロ
 ステータス:筋力D 耐久D 敏捷D 魔力C 幸運B+ 宝具EX
 コマンド :AABBQ

〇保有スキル
 フウマカラテ:D    多少上達しました。
 魔力放出  :E+   こちらもちょっとは上手になりました。
 火炎操作  :E+   それなりに慣れてきたようです。
 マナドレイン:D    大気中の魔力を吸収してNPを増やします。
 根こそぎドレイン:D  敵単体からLV、HP、NPを吸収します。クリティカルで朦朧、疲労、気絶の弱体効果を付与します。対象が若い女性の場合、さらに魅了を付与……しません(ぉ イメージはメルトリリスというよりDI〇様。
 神恩/神罰(グレース/パニッシュ) :E    味方全員のデバフを解除した後、絆レベルに比例した強さのバフを付与します。さらに敵全員に敵対度に比例したデバフがかかります。「阿頼耶識・神魔顕現」発動中のみ使用可能。

〇クラススキル
 三巨竜の血鎧(アーマー・オブ・トライスター):A+   Aランク以下の攻撃を無効化し、それを超える攻撃もダメージを5ランク下げます。宝具による攻撃の場合はA+まで無効化し、それを超えるものはダメージを10ランク下げます。弱体付与に対しても同様です。
 竜の心臓   :D    毎ターンNPが上昇します。

〇宝具
 灼熱劫火・万地焼滅(ワールドエンド・ブルーブレイズ):EX   体長30メートルの巨竜に変身し、強烈なブレスを吐き出します。敵全体に攻撃。対人宝具。
 阿頼耶識・神魔顕現(あらやしき・しんまけんげん):EX   頭から角、背中から2対の翼、尾骶骨から尻尾が生えた形態に変身します。この状態でのみ使えるスキルが複数ありますが、全貌はまだ明らかになっていません。

〇マテリアル
 ステータスがだいぶ向上しました。素質だけなら生前のアルトリア以上と考えられるのでまだ伸びしろはあります。
 白い翼の効能が明らかになりましたが、黒い翼の力はまだ不明です。

〇絆レベル
・マシュ:3       ・スルーズ:6   ・ヒルド:4    ・オルトリンデ:3
・ルーラーアルトリア:3 ・ヒロインXX:7 ・アルトリア:3  ・アルトリアオルタ:1
・加藤段蔵:4      ・清姫:2     ・ブラダマンテ:8 ・カーマ:7
・長尾景虎:7      ・坂田金時:3   ・ラクシュミー:1 ・荊軻:0
・ブーディカ:2     ・呂布:0     ・陳宮:0     ・パールヴァティー:1
・源頼光:1       ・諸葛孔明:0




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第76話 決戦の狼煙

 翌日、ネロは予定通り兵士を集めて連合ローマのトップがロムルスであることを明かした。

 当然彼らは動揺するのでフォローするのとセットになるが、アルトリアにしたような自身の決意の表明という方法はやや不適切である。個人的な親交があるわけではないので、彼らが自分の正当性を信じられるような大義名分を用意してやる必要があるのだ。

 そこで、ネロとアルトリアたちは連合の「皇帝」たちはまがい物に過ぎないことを強調し、「古き神」と「黒き竜」の加護がある自分たちこそが真のローマであるという論法を使った。

 するともともと士気が高かったおかげもあって、兵士たちの動揺はひとまずは静まった。あとはネロが「神祖」と対面した時も毅然とした態度を保っていれば大丈夫だろう。

 それとは別に呂布がまだ帰っていない。見捨てたくはないがあまり長くは待てないので、ブーディカの空飛ぶ戦車(チャリオット)にルーラーアルトリアと陳宮が乗って捜索するという超効率的な方法で探しつつ、残った者でサラゴサの街を攻めることになった。

 なお光己が戦場で角と翼と尻尾を出した件だが、実際に見た兵士はほとんどいない上に、その見た者も「石兵八陣(かえらずのじん)」の呪詛で意識朦朧としていたため、幻覚でも見たと思ったのか噂が広まるようなことはなかった。

 

「サラゴサはこの辺りでは1番大きい都市だからアレキサンダー軍は補給基地にしていたが、今はサーヴァントはもちろん兵士もさほどいないはずだ。簡単に陥とせるだろう」

 

 攻撃の前にエルメロイⅡ世がそう進言したが、実際サラゴサはたいした抵抗も見せずにすぐ陥落した。

 またその日の夕方には陳宮たちが呂布を連れて戻ってきたので、正統軍はいよいよ連合首都に攻め込む準備が万全に整ったことになる。

 ちなみに呂布はサロメと彼女の部下を討つことはできたのだが、それまでにさんざん引っ張り回されたため、帰り道が分からず立ち往生していたらしい。サロメたちは最終的に負けたとはいえ、飛将軍を2日に渡って行方不明にしたのだから、十分に役目を果たしたといえるだろう。

 

「では出陣だ!」

 

 そしてサラゴサを発ち、ついに連合首都の間近までたどり着いたネロたち。

 首都から迎撃軍が来ることが予想されるので、貨物列車から降りて陣形を整える。

 併せてヒロインXXとスルーズが空から近辺を偵察したところ、首都は明らかにローマ市を模してつくられていた。個々の家屋はともかく、宮殿や役所や城壁といった主要な建築物はかなりよく似ている。

 

「何と当てつけがましい……!

 もしこれが神祖の発案だとしたら、少々器が小さいのではないかと言わざるを得ぬぞ」

 

 その報告を聞いたネロはふんすと荒い息をついて不快感を表明した。

 まあそれはそれとして、将軍たちを集めて最後になるだろう軍議を開く。

 

「ここまで来れば、後は迎撃に来た軍を破ってそのまま市内になだれ込むだけですな。

 王宮に乗り込んで、恐れながら神祖を討ち奉ればすべてが終わりましょう」

 

 陳宮はネロの手前ロムルスに礼節を守った言い方をしたが、「命の価値に区別なく」が信条なので、実際は何とも思っていなかったりする。

 もっとも他のサーヴァントたちもロムルスに本気で遠慮しているわけではない……敵意を抱いている者なら1人いたが。

 

「そうだな、まさか一戦もせずに立て籠もるということはあるまい」

 

 Ⅱ世も陳宮の計画に賛成のようだ。

 

「あえて付け加えるなら、たとえ偽装であっても逃げるとか退くとかいった挙動はしない方がいいだろうな。相手が相手だけに士気に響きそうだ」

「ふむ、つまりは全力前進あるのみということだな。最後の決戦にふさわしい戦い方だ!」

 

 Ⅱ世の提案はネロの美的感覚にマッチしたらしく、1も2もなく賛同したが、美女皇帝はそこでぐっと表情を引き締めた。

 

「そういう方針でこれから具体的な作戦を煮詰めるわけだが、その前に言っておくぞ。今回は、今回だけは余も先頭に立って王宮の中まで入る。

 皆は反対するだろうが、これは譲らぬ。今回だけは譲らぬぞ」

 

 カエサルやアレキサンダーとは会わずに済ませたネロだが、ロムルスとだけはきっちり対面して言葉をかわしたいようだった。

 無理もないことで、サーヴァントたちがどうしたものかと互いに顔を見合わす。

 やがてアルトリアが降参といった感じで両手を上げた。

 

「仕方ありませんね。とはいえ陛下、まさか神祖と一騎打ちしたいなどとは仰らないですよね?」

「安心せよ。そこまでは言わぬ」

 

 ネロはロムルスの真意を直接確かめたいだけで、自分の手で斬りたいとまでは思っていない。アルトリアはもしネロがイエスと言ったら、戦闘中だろうと腕力でお昼寝してもらうつもりだったのだが、強硬手段をとらずに済んで幸いであった。

 

「よろしいのですか?」

「ええ。今までおとなしくしていただいてましたし、今回は将軍の大部分が王宮に行くわけですから、一緒に来ていただく方がむしろ安全かもしれません」

 

 陳宮が意外そうに訊ねてきたので、アルトリアは今回の判断の理由を述べた。

 そういうことならと陳宮も納得する。言われてみれば、サーヴァントがいなくなった本陣を奇襲される可能性を考えれば、連れて行く方が安全という見方もある。

 何はともあれネロも王宮に突入するという大枠は決まったので、軍議は次の段階に入った。

 

「では次は、誰が突入して、誰がその間留守をして軍の指揮を受け持つかだが」

 

 これは中軍と後衛は考えるまでもなく決まっている。今まで実際に指揮していたラクシュミーと景虎が留守役をすればいい。そう長い時間でもないのだし、1人で十分だろう。

 問題は前衛だが……。

 

「ふむ。呂将軍と私はセット運用が基本ですし、荊軻殿は軍の指揮には向きません。といって3人とも出張るわけにはいきませんから、荊軻殿が突入組で将軍と私が留守番ということになりますな」

「そうか、呂布将軍の武勇は惜しいがやむを得まい」

 

 短時間といっても指揮官不在はやはり良くない。ネロは陳宮の提案を採用した。

 

「そうそう、あと1つ大事な話があったな。

 ミツキよ、そなたも承知の通り、余は先日の演説で竜の加護について触れた。かの竜は人間同士の戦いではあまり出て来ぬことは承知しているが、なにぶん相手が相手ゆえ、顔見せ程度でもいいから来てくれるよう特に強く頼んでほしい」

「あ、はい、分かりました。約束はできませんけれど」

 

 ネロの希望はもっともなので、光己は首を縦に振った。

 この際だから王宮にぶっぱしてやろうと思わないでもなかったが、それは顰蹙(ひんしゅく)を買いそうなので、言われた通り顔見せで済ませることにする。

 そして軍議が終わっていったんそれぞれの天幕に引き上げた時、景虎が横から光己の手を握ってきた。

 

「ん、景虎?」

 

 光己がそちらに顔を向けると、軍神少女は妙に真剣な表情をしていた。何か大事な用事でもあるのだろうか?

 

「マスター。私が留守役になったということは、戦が始まった時点でお別れになるのですよね」

「え? あ、ああ……そういうことになるのか」

 

 王宮でロムルスと魔術師を倒したら、すぐに特異点修正による強制退去が始まる。外にいる景虎に会いに行く時間はないだろう。

 

「そっか、景虎とは最後に一緒にはいられないんだな」

「……はい。ですので今、お別れの挨拶をしておこうと思いまして」

 

 それはとても寂しいことだったが、私情で作戦を枉げてもらうわけにはいかない。だから景虎はせめて何か気の利いたことでも言おうと思って、帰り道の間ずっと考えていたのだが、何という不覚。彼と見つめ合っていたら不意に目頭が熱くなってきて、涙がとめどなくこぼれてきたではないか。

 

「か、景虎!?」

「す、すみません。私ともあろう者が」

 

 景虎はあわてて目元を拳でぬぐったが、頭の中がぐるぐるこんがらがってきて涙腺も言うことを聞いてくれない。何なのだろうかこの感覚は。

 

「マスターとはずっと一緒にいたのにもう会えないんだなって思ったら急にこんな。

 人ではないとか妖だとか言われた私が、童女のように泣いてしまうなんて」

「……景虎」

 

 彼女はどうやら初めて感じた強い感情の正体を測りかねてとまどっているようだ。

 光己の方も何と言っていいか分からずとまどってしまったが、その上困ったことに心が通じ合ってると自認しているだけあって彼女がどんな気持ちでいるかだけはしっかり感じ取れた。

 

「って、やば。俺まで泣きそう」

 

 寂しくて、離れたくなくて。光己も目の前の少女と同じくらい涙で頬を濡らした。

 

「マスター、私のために泣いてくれるのですか?」

「当たり前だろ。でも今お互い顔がぐしゃぐしゃだからこうしよう」

 

 光己がそう言って景虎を強く抱きしめると、景虎も光己の背中に手を回した。

 

「はい、マスター……うう、ひっく」

 

 そのまま2人で、涙が涸れるまで泣いた。

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

「―――ええと、その。大変お見苦しい所を見せてしまって申し訳ありませんでした」

 

 泣き疲れて我に返った景虎が思い切り恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、深々と頭を下げて謝罪する。光己が気にしていないのは分かっているが、何か言わないと色々といたたまれないのだった。

 

「あー、いや。俺も泣いちゃったからお互い様ということで。

 それより落ち着いた?」

「はい、もう大丈夫です」

「そっか、ならよかった」

 

 光己は景虎が感情を発散できたならそれでよかったが、しかし瞳を潤ませて透き通った微笑を浮かべた彼女はとても綺麗でいとおしくて、抱き締めてキスとかしたい衝動がずんどこ湧いてきて困ってしまった。

 

「…………マスター、お望みでしたら接吻の1つや2つ構いませんよ? 思い出にして下さい」

「ぶふっ!?」

 

 ずばーんと言い当てられて光己は噴きそうになってしまった。やはり通じ合ってるのはいいことばかりではないようだ。

 

「い、いやいやいやいや。みんなの前だしそこまでは」

「そうですか、マスターがそう言うなら」

 

 不意打ちだったせいか光己がついヘタレると、景虎はクスッとおかしそうに小さく笑った。この反応を予測していたようだ。

 ただもし光己が本当に接吻を望んだら、どうしていたかは読み取れなかった。

 

「ま、まあいいや。この際だからゴールデンたちとも挨拶しとくか」

 

 なので景虎との会話はいったん終わりにして、他の現地サーヴァントたちとも話しておくことにする。

 

「ゴールデンもブーディカさんも頼光さんもⅡ世さんも、今まで一緒にいてくれてありがとうございます。ロムルスと魔術師がどれくらい強いかは分かりませんけど、軽くブチのめして気持ちよくお別れしましょう」

「おお、任せとけ! 大将には指1本触れさせねえからよ。

 大将がケガするハメになったら座で景虎に殴られそうだしな」

「しませんよ!」

 

 金時が軽くジョークを飛ばすと、景虎は真っ赤になって否定した。微笑ましい空気が天幕の中に広がる。

 

「そうですね。彼らがどのような強敵であろうと、藤宮様はこの母がお守りしますから安心して下さい」

「……母?」

 

 しかし頼光が何か妙な単語を出したので、光己は目を白黒させた。

 すると当人も失言に気づいて弁解を始める。

 

「……あっ、いえ! 今のは言葉の綾といいますか、藤宮様と長尾様が別れを惜しんでいるところを見ていたら、私もつい切なくなって母性的な感情が刺激されたといいますか」

「ああ、なるほど」

 

 そういえば頼光は血縁でもない金時を息子のように扱っている。母性愛が強い女性なのだろうと光己は解釈した。

 

「気持ちは嬉しいですけど、無理はしないで下さいね」

「ありがとうございます。藤宮様は優しい子ですね」

「……」

 

 何だか子供認定度が上がったような気がしたが、多分気のせいだろう……。

 

「うんうん、ミツキはいい子だよね。おかげであたしも居心地良かったから、お礼にばっちり守って見せるよ」

「そうだな、『建国の神祖』や『魔術王の使徒』に気後れしていないことは称賛しよう」

 

 こうして光己たちは、最後の決戦を前に改めて親睦と決意を深めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 そしてとうとう、正統ローマ軍は連合首都の目の前まで到達した。連合軍は城壁を背にして横一文字の形で陣を布いており、正統軍も同じ陣形で向かい合っている。

 その中央にはネロを初めとした王宮突入組が集まっており、開戦のタイミングを窺っていた。

 兵士の数は双方とも約3万5千人と互角だが、質には大きな違いがある。

 

「今のところ、サーヴァントの存在は感じられません」

「こちらの生体反応調査でも特に大きい反応は見られない。サーヴァントも使徒もいないと思うよ」

 

 このルーラーアルトリアとロマニの見解が正しければ、勝負の行方は見えたようなものだろう。

 ただ所々にゴーレムや骸骨兵が配備されているが、これは戦力面はともかく心理面ではマイナス効果が強かった。

 

「むう。カエサルがゴーレムを使ったのはともかく、神祖ともあろう御方が骸骨兵なんぞを使うとは」

 

 ネロが吐き捨てるように言った通り、正統軍のロムルスに対する敬意を下げてしまっているからだ。骸骨兵を配備したのがロムルスだとは限らないのだが、ローマ人的にはロムルスがいるのなら総大将は彼に決まっているので、毀誉褒貶は全部彼に行くのである。

 

「では、私が城門を開けましょう」

 

 アルトリアがずいっと1歩前に出る。攻城兵器で城壁や城門を崩すなんて七面倒なことは省いて、聖剣ぶっぱで道を切り開こうというのだ。

 しかしその直前、ルーラーの探知スキルに反応があった。

 

「待って下さい。城内からサーヴァントが1騎近づいてきています」

「え!?」

 

 この状況で1人で現れるサーヴァントといえば、ロムルス以外に考えられない。連合軍は動かず彼を待っているように見えたので、アルトリアも待つことにした。

 やがて城門の外に何か大きな気配が現れる。

 人垣のせいで姿は見えないが、落ち着いたよく通る声が響いてきた。

 

「……勇ましきものよ」

「!?」

「実に、勇ましい。それでこそ、当代のローマを統べる者である」

「…………!!」

 

 姿は見えずとも声だけで、ネロはその主が尊敬すべき建国王であることを察した。

 声はまだ続く。

 

「そうか。お前が、ネロか。

 何と愛らしく、何と美しく、何と絢爛たることか。その細腕でローマを支えてみせたのも大いに頷ける」

 

 ロムルスからもネロの姿は見えないはずだが、突入組の中で誰がネロなのか彼には分かっているようだ。

 

「さあ、おいで。過去、現在、未来。すべてのローマがお前を愛しているとも」

「な……!?」

 

 神祖みずからの誘いにネロは一瞬動揺したような顔を見せたが、しかしローマ人ではないアルトリアには効かなかった。逆に怒りをあらわにして剣を振り上げる。

 

「この期に及んで投降勧告ですか。ならば返事はこの剣でしましょう。

 ―――『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』ーーーーッッ!!!」

 

 アルトリアが聖剣を振り下ろし、光の衝撃波がロムルスを飲み込もうと疾駆した。

 

 

 




 今年の投稿はこれが最後になります。
 皆様良いお年を!m(_ _)m




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第77話 皇帝

 星の聖剣より放たれた灼熱の光帯が地を(はし)る。いかな建国王でも、これをまともに受ければ死を免れないだろう。

 しかしロムルスもさる者。アルトリアとほぼ同時にその宝具「すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)」を開帳していた。大樹の槍を地面に突き立てると、そこから何本もの樹木が生えてきて盾代わりになる。

 光と樹が激突する。

 樹の幹や枝がメリメリと音を立てて裂け、燃え上がり蒸発していく。しかし樹は次から次と生えてくるため、聖剣の光は先に進むことができない。

 やがてエネルギー切れで光は消えたが、最後までロムルスには届かなかった。しかしロムルスもまたアルトリアの方まで樹を伸ばす余力は残っておらず、この戦いは引き分けだった。

 

「お……おおおおぉぉお!!」

 

 両軍の兵士からどよめきの声が響き渡る。美しくもすさまじかった黄金色の閃光を受け切ったロムルスがやはり偉大であったのか、それとも神祖が反撃できなかったアルトリアを称えるべきなのか。

 しかし当のアルトリアは、兵士たちの評価などまるで気にかけていなかった。

 

「引き分けですか、さすがは神祖と称えられる人ですね。……マスター!」

 

 光己を呼んだのは、令呪で魔力をチャージしてもらうためである。

 一般に「約束された勝利の剣(エクスカリバー)」や「すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)」のような大規模な宝具は魔力消費が激しく、1度使うと再使用できるまでにそれなりのインターバルが必要だ。つまり今すぐ2発目を撃てば、迎撃されずに叩き込めるというわけだ。

 

「……は、いませんか」

 

 しかし光己は別の用事があってここにはいないので、令呪を使ってもらうことはできなかった。アルトリアが残念そうに肩を落とす。

 

「ならば私が!」

 

 それに気づいたスルーズが槍を構えた。彼女の宝具も射程距離が長いので、ロムルスの前にいた連合兵たちが聖剣の光で消滅して、彼の姿が見えるようになった今なら確実に当てることができる。

 当初の予定ではロムルスが現れたらネロが会話を試みることになっていたが、彼が魔術師を伴わず1人で現れたという絶好のチャンスは逃せないのだ。

 

「いきます! 『終末幻想(ラグナロク)―――」

 

 しかしスルーズが宝具を開帳しようとした直前、ロムルスはすっと後ろに下がって城門の向こうに去ってしまった。これでは必中の槍といえども当てられない。

 

「……帰りましたか。遠目ではありましたが、建国の王だけあって別格の迫力を感じました。

 しかし攻撃のチャンスではありますね」

 

 ロムルスが形勢不利と見て逃走したのか、それとも本気で投降勧告に来たのではなく単なる顔見せだったのかは分からない。しかし1度やってきた大将が退却したのはまぎれもない事実であり、今こそ総攻撃のチャンスだった。

 それはネロにも分かっていたが、彼女に動く様子はない。ネロもまた待っている者がいるからだ。

 

「――――――来た!」

 

 空のかなたより、幾度となく正統ローマを助けてくれた黒い竜が飛来する。正統兵たちが歓喜の声を上げ、すでにその存在だけは知っていた連合兵は恐怖に生唾を呑んだ。

 

「う、撃てぇぇっ!」

 

 しかし城壁の上の指揮官は勇敢にも、巨竜への攻撃を配下に命じた。それに応じた弓兵たちが一斉に矢を射るが、竜は気にかけた様子すらない。

 そしてある距離まで近づくと、その2対の翼を大きくはばたかせ始めた。

 

「うわーっ!」

 

 見たことも聞いたこともないような暴風が連合兵たちに襲いかかり、ドミノ倒しのごとくなぎ倒していく。いかに連合ローマ軍が鍛えられた強兵の集団であっても、風が相手では抵抗のすべもない。

 すると竜はさらに近づき、城門の扉を兼ねている跳ね橋の開閉装置をその長大な尾で一撃、二撃と打ち叩いて三撃目で完全に叩き壊してしまった。つまり連合側は門扉を閉じることができなくなったのである。

 

「お、おおぉぉ!」

 

 正統兵たちが驚きと喜びと感謝を示すため天に拳を掲げる。その様子を見たネロも内心で(計画通り、いやそれ以上!)とガッツポーズを決めた。

 ネロ(とアルトリアズ)がいくら兵士に支持されているといっても神祖のカリスマ性には及ぶべくもない。それを補うために竜に顔見せしてくれることを頼んだのだが、士気を上げるだけでなくこんな置き土産まで残してくれるとは!

 一方竜はやはり人間を直接殺すのは好みでないのか、どこやらへ飛び去っていった。

 頃は良し。ネロは渾身の大声で総攻撃を命じた。

 

「今だ! 竜の助けを無駄にしてはならぬ、全軍突撃ーーーーッ!!!!」

「おおーーーーっ!!!!」

 

 首都を前にしても神に遣わされた戦士たちはなおここに在り、竜の加護も今しかと見た。やはり我らこそが正しきローマ、連合帝国何するものぞ。恐れ多くも神祖を名乗るまがい物を討ってこの国を元の姿に戻すのだ。

 

「くっ、反逆者どもを街の中に入れるな!」

 

 連合軍の指揮官がそう叫んで応戦を命じる。

 兵士たちはドミノ倒しからは立ち直っていたが、陣形はまだ少し乱れている。それにロムルスが帰ってしまったことにいささか戸惑っていた。

 神祖を守ろうという気持ちに変わりはないが、僭称皇帝がみずから乗り込んで来たというのになぜ彼はともに戦ってくれないのか。

 

「おおおおおおっ!!」

 

 両軍が正面から激突する。

 実際総大将がいるかいないかは士気に大きくかかわる。ロムルスが帰ってしまった連合軍に対して、ネロ(とアルトリアズ)が若い女性の身でありながら陣頭に立っている正統軍はすっかり押せ押せムードだった。

 ましてサーヴァントが10騎以上いるとあっては勝負にならない。正統軍は連合軍の抵抗を一気呵成に突き崩して城内に突入した。

 だがそこでネロたちは異常な光景を目にすることになる。

 

「な、何事だこれは!?」

 

 兵士ではない老若男女の一般市民たちが、包丁や工具や棒切れといったあり合わせの物を武器にして襲ってきたのである。敵軍に侵入された街の住民は普通は略奪狼藉を恐れて逃げ隠れるものなのに、彼らは勝ち目のまったくない敵に対して己と家族の命を度外視して向かってきたのだ。

 しかも彼らはみな表情がそろっている。ほとんど狂気に近い―――いや老人や子供までもが軍隊に刃向かうというのだから、狂気でない方が不自然というべきか。

 

「これが、これが神祖と言われる方のやることなのか!」

 

 ネロが悲鳴のような叫びをあげる。

 いや、住民たちは強制されたのではない。この国というよりロムルス個人を守るために、自分の意志で戦っているのだろう。

 何しろ彼らは何ヶ月もの間、ロムルスと同じ街で暮らしてきたのだ。遠くからちょっと呼びかけられただけのネロでさえ心が揺らぐのを感じたのだから、彼らの行動はむしろ当然のものかもしれない。

 

「しかし、こんな国があっていいものか!」

 

 まがい物ではあっても、ここにいるロムルスは神祖と称されるに足るカリスマの持ち主なのだとは思う。しかしその結果がこれならば、ネロには到底受け入れられない。

 ネロ自身民に愛され称えられたいという欲求はあるし、国を守る気概を持って欲しいとも思う。しかし君主1人を守るためだけに、卵で岩を砕こうとするような無茶な試みで命を投げ捨てて欲しいなどとは断じて思わない。

 

「個人が個人を呼ぶのならいざ知らず、皇帝が皇帝を招くならば余のローマに勝るローマを見せるのが筋であろう。それがこの惨状だというのか!?

 神祖ともあろう御方がなぜこのような悲劇を許容されるのか、問わねばならぬ。そして終わらせねばならぬ。

 臆するな皆の者! 余の名において、立ちはだかる者は誰であろうと打ち払って進むのだ!」

 

 それは、今は敵とはいえ元は自国の老人や子供から凶器を向けられて、殺さざるを得なくなった兵士たちのためらいや罪悪感を少しでも和らげるための激励であり、彼女自身の心の奥底からの叫びでもあった。

 

「お……おおぉおッ!」

 

 兵士たちとしては罪悪感をトップに引き受けてもらえるのは素直にありがたい。気合いを入れ直して、進軍ペースがわずかに上がった。

 そしてついに王宮に到着して包囲する。ロムルスが逃げるとは思っていないが、魔術師は逃げるかもしれないし邪魔者が入り込むのを防ぐ意味もある。

 

「では行ってくるぞ。留守を頼む」

「はい、くれぐれもお気をつけて」

 

 ネロはラクシュミーに後を頼むと、アルトリアズや光己たちとともに王宮の中に駆け入った。

 

 

 

 

 

 

 王宮の中には人はいなかった。待っていられず飛び出したのか、それともロムルスが「ここまで来られたのならそれ以上の邪魔立ては無用」として人払いしたのかは分からないが。

 ロムルスと魔術師が待っているだろう玉座の間の前に着いたところで、扉を開ける前にスルーズが光己とネロに矢避けの加護を初めとする知る限りの防御系ルーンをかける。これでよほどの強打を喰らわない限り大丈夫のはずだ。

 

「よし、では入るぞ!」

 

 ネロが音頭を取って、ヒロインXXとアルトリアが両開きの扉を開ける。

 

「あれは……!」

 

 部屋の奥の玉座に、浅黒い肌をした筋骨逞しい巨漢が座っていた。

 たった1人でこれだけの人数を迎えたというのに泰然とした態度を崩さず、王者の威風が地を払っている。

 部屋にいるのは彼だけで、魔術師はいないようだ。

 

「……間違いありません。真名、ロムルス。宝具は『すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)』。あの槍が大樹の林と化して敵対者を押し流すというものです」

 

 ルーラーアルトリアがさっそく看破の結果を光己たちに小声で告げる。やはりロムルスは逃げ隠れする気はなかったようだ。

 ネロが前に出て部屋の中に入ると、ロムルスもゆったりと玉座から立ち上がった。

 

「来たか、愛し子」

「うむ、来たぞ! 誉れ高くも建国成し遂げた王、神祖ロムルスよ!

 こうして姿を見、声を聞いただけで分かる。貴方こそローマの開祖、ローマそのものだと」

 

 ネロは確かに彼からローマを感じていた。

 だからこそ、解せぬ。

 

「ゆえに問う。なぜ貴方はローマを割ってこのような争いを引き起こした?

 なぜ他の時代ではなく余の時代を選んだ? そしてなぜ、民が命を軽んじるような国をつくったのだ!!」

「…………」

 

 その問いにロムルスはすぐには答えなかった。

 もとよりロムルスとて、好きでこの戦争を起こしたのではない。連合の民も正統の民もロムルスにとっては愛するローマの子供たちであり、殺し合うことになったのは悲しくもあり残念でもあった。

 しかしそのような弁解めいたことを口にしようとは思わない。

 

「……(ローマ)帝国(ローマ)は認められぬ。そう言うのだな、当代の皇帝(ローマ)よ」

 

 その反問に対するネロの答えは決まっている。最初に彼の誘いを聞いた時こそわずかに迷ったが、その後ここに来るまでの戦いで決意は揺るぎなく固まっていた。

 

「そうだ! 当代の皇帝、今現在のローマにおける唯一の皇帝として、余は貴方を討つ!」

 

 ネロがロムルスに剣を突きつけ、切るような鋭い口調で叫ぶ。

 ロムルスはその挑発的な回答をむしろ喜び、微笑をもって受け止めた。

 この眩いまでの輝きならば、ネロとその仲間たちならば、この時代を守り抜いてくれるはずだ。

 

「そうだ、それでこそ皇帝(ローマ)である。

 さあ、おまえの輝き(ローマ)帝国(ローマ)(ローマ)に示してみよ」

「もちろんだとも!」

 

 ロムルスが巨木を削ってつくったような形をした槍を取り出し、ネロも隕鉄の剣を構え直した。問答はここまで、あとは戦でもって決するのみ。

 

「…………ところでマシュ、ローマって何?」

「私に聞かれても……」

 

 その傍らでは、何人かが言葉の意味を理解できずに首をかしげていたりしたが。

 

 

 

 

 

 

 ロムルスは一見するだけで分かるほどに偉大で強力な英霊であり、その得物も国造りの槍である。その前に立つには、当人の武技だけでなく、武器もまた由緒ある名剣名槍でなければならない。でなければ、巨木の一撃でへし折られてしまうだろう。

 その条件を満たすのは、アルトリアズ3人とブラダマンテ・スルーズ・頼光だけである。マシュは光己とネロを守る盾兵なので前に出ることはなく、段蔵・金時・ブーディカは武器が心もとない。逆にカーマとパールヴァティーは、神の武器を持っていても接近戦の技術は今イチであった。荊軻は隅に隠れて暗殺の機会を窺い、エルメロイⅡ世はといえば―――。

 

「悪いがまた先手を取らせてもらうぞ。『石兵八陣(かえらずのじん)』!!」

 

 アルトリアの向こうを張って、初手宝具ぶっぱしていた。

 Ⅱ世はその奇門遁甲陣によって、この部屋の向こうに強い魔術的存在、つまり魔術王の使徒がいることを把握していた。彼が勝つために全力を尽くすのならロムルスと2人で戦うべきなのだが、どうせラスボス気取りで、もしロムルスが負けたら満を持して登場しようなどと思っているのだろう。カルデア側としては別々に戦えるのは大変ありがたいことである。

 それでも連戦になるのなら、1戦目はできるだけ負傷を抑えたい。ネロにとっては多少不本意な戦い方だろうが、格闘技マンガじゃないのだから、なるべく相手の力を出させずに勝つ方が良いに決まっている。

 

「ぬぅっ!?」

 

 さすがのロムルスも突然上から降ってくる石柱と天板は対処できない。

 石柱の檻に閉じ込められ、たちこめてきた黒い霧のような邪気で力を削がれる。

 

「むう、これは……!?」

「よし、今だ! 矢弾なら我が迷宮の陣の中に入れても影響を受けない」

「なるほどぉ、私こういうノリって好きですよ」

 

 Ⅱ世が飛び道具による攻撃を示唆すると、さっそくカーマがノリノリで光の矢を射始めた。ついで我が子を守るためなら鬼にでもなる頼光が目まぐるしい速さで連射する。

 結界の中はほの暗くてロムルスの姿はよく見えないが、数を撃てば当たるだろう。

 

「マスターくんのために!」

「神祖殿、お覚悟!」

 

 正々堂々と闇討ちがモットーのヒロインXXやニンジャである段蔵は、当然ながらこういう状況でもまったく躊躇しない。思い切りマシンガンを撃ちまくる。

 

「ローマ殺すべし! 全ローマ殺すべし! 『約束されざる勝利の剣(ソード・オブ・ブディカ)』!!」

 

 なお1番意欲的なのはブーディカだったが、この発言はネロには聞こえていないだろう……多分。

 

「……に、Ⅱ世よ。神祖とはいえ敵なのだから手加減せよとは言わぬが、その、これはちとえげつなさ過ぎるのではないか……?」

「いや陛下、これは神祖が偉大だからこその措置です。正道や倫理にこだわっていては勝てぬほどの強敵だという敬意を払っているからこそ、このような戦法を用いざるを得ないのです」

「む、むう、なるほど……」

 

 やはりネロは誇り高きローマの皇帝としてこういう戦術には思う所があるようだったが、諸葛孔明の知略を得た男の口八丁にはかなわず丸め込まれていた。

 しかもⅡ世の発言は正しかった。石陣の中から重くとどろくような声が響く。

 

「ぬおおぉぉおっ、『すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)』!!」

 

 ロムルスが再び宝具を開帳すると、床から樹が生えてきて石柱を押し倒し、天板を押し上げていく。Ⅱ世は魔力を送って抑え込もうとしたが、ローマの神祖の力はすさまじく、陣地は樹に飲み込まれて消滅してしまった。

 

「フ〇ック! 相手が相手とはいえ、続けて破られると自信をなくすな」

「樹が広がってきます! ここは私が」

 

 しかも今回はロムルスに余力があるようで、樹林がⅡ世たちの方に押し寄せてくる。マシュが前に出て宝具を使おうとしたが、ブーディカがさらに前に出てそれを押しとどめた。

 

「待った、あんたの出番はまだ先だよ。ここは私に任せて」

 

 まだ魔術王の使徒が控えているのだから、マシュが宝具を使うのは尚早だと思ったのである。ロムルスと樹林を睨み据えて、もう1つの宝具を展開した。

 

「守ってみせる! 『約束されざる守護の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)』!!」

 

 ブーディカの前面にいくつもの車輪が現れ、防御の結界を形成する。その直後、樹林と衝突してミシミシと耳障りな異音を立てた。

 

「くっ、強い……!」

 

 見ればロムルスはもう全身傷だらけなのに、それでも樹林からは山のような圧力を感じる。尋常にやり合うなら及ばないとしても、彼が呪詛で弱体化している上に重傷を負っている今なら防ぎ切れると思ったのに。それとも彼の知名度補正と信仰補正が強いせいか!?

 

「……それでも! うおおおぉぉおーーーーッ!!」

 

 たとえこの霊基と引き換えにしてでも通さない。後ろには世界を救う使命を持った少年少女とブリタニアの子供たちがいるのだから。

 

「んうううううう……っ!」

 

 車輪にヒビが入り、魔力も限界が近づいてきたのが分かる。しかし樹林の勢いも弱まってきた。もう少しだ。

 

「ってぁぁぁぁあぁーーーッ!!」

 

 そしてついに、ブーディカは樹林が消えるまで耐え切った。しかしその代償は―――。

 

「ブ、ブーディカ!? そなた体が透明に……!?」

「あははは、本当に霊基と引き換えになっちゃったか。

 ネロ公、文字通り体を張ったんだから、ブリタニアの待遇アップお願いね。それとミツキ、マシュ、アルトリアたち。後のこと……頼んだよ」

 

 ブーディカは最後にそう言って、微笑みながら消えていった。

 

 

 




 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 気がついたら10万UAまで行ってました。今後ともよろしくお願い致しますm(_ _)m




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第78話 魔術王の使徒

「くっ、ブーディカめ、勝手に消えおって……いや! いかな神祖でもそろそろ疲れてくるはずだ。休む間を与えず畳みかけるのだ!」

 

 ネロはせっかく和解できたブーディカが消えてしまったことに、相当なショックを受けて顔を青ざめさせていたが、すぐに立ち直って攻撃再開を命じた。

 ただし彼女自身はマシュの後ろから動いていない。ネロはこの戦争で斃れたすべての者の無念と願いを背負っているつもりでいるからみずから剣を振るって戦いたい気持ちはあったが、ロムルスは先ほど「帝国(ローマ)を示してみよ」と言った。ならば一騎駆けの武者のように自分が前に出るのではなく、皇帝らしく指揮に専念するべきだろう。

 アルトリアにも一騎打ちはしないと約束したことだし。

 

「はい!」

 

 ブーディカの遺託を受けたアルトリアズが先頭を切って駆け出す。

 一方ロムルスは呪詛と負傷と魔力消費で今にも消えそうなほど弱っていたが、なお雄々しさを失っていなかった。自身の宝具を防ぎ切ったブーディカの健闘を称える余裕すら見せている。

 

「見事であった。ローマと敵対していた国の者のようだが、その魂にはロ……いや、やめておこう」

 

 見所のある人や物事はたいていローマ認定する彼も、このたびは空気を読んだようだ。

 それはそれとして、正面に向かってきたルーラーアルトリアに大樹の槍を振り下ろす。

 

「ローマ!」

「くぅっ!? ま、まだこれほどの力を」

 

 ルーラーはロムルスの一撃を日傘(に擬態したロンゴミニアド)で受け止めたが、まるで巨木が倒れてきたかのような重さだった。踏ん張った足の下の床にびしりとヒビが入る。

 

「でも横がガラ空きですよ!」

 

 その間にヒロインXXがロムルスの左に回り、ツインミニアドを彼の腰に突き立てた。しかし深追いはせずにいったん跳び退き、代わりにアルトリアが右から風王結界で斬りつける。

 見えない刃で太腿を深く斬られてロムルスはがくっとよろめいたが、それでも倒れる気配はない。

 

「光る槍と見えない剣か……大いなる輝きと力(ローマ)を感じる。これもまたローマか」

「勝手にローマ認定しないでくれます?」

 

 一応はネロに聞こえないよう小声で抗議しつつ、ロムルスが振り回してきた槍を大きく跳び下がって避けるXX。しかしロムルスがさらに踏み込んで突いてきたのは避けようがなく、ツインミニアド中央部についた円盾で受けることになった。

 

「痛ったぁ! 骨が折れたらどうしてくれるんですか」

 

 ちゃんと受けたのにとんでもない衝撃が伝わってくる。しかもそのまま壁際まで吹っ飛ばされてしまった。

 しかしやられっ放しでいるXXではない。空中で姿勢を整えると同時に、ビームマシンガンをロムルスの顔面に連射していた。

 

「っぐぅぁ!」

 

 いかに頑強な建国王でもこれはたまらない。左腕で顔をかばいながら、射線から逃げるため床に身を投げてごろごろ転がった。

 その起き上がり際に、ルーラーがつくった光のライオンが飛びかかる。

 

「セプテム!」

 

 巨木の槍の一突きでライオンは頭部を砕かれて消滅したが、その陰から段蔵とカーマと頼光が射った矢弾が迫る。即席とは思えない見事な連携ぶりだった。

 

「ぬぅおぉぉっ!」

 

 それをロムルスは槍を盾代わりにして防ぐ。腕力だけの槍術ではなく技量も秀抜であった。

 とはいえやはり数の不利は否めず押され気味であり、今も矢弾を防ぐため注意が前方に偏っている。その分警戒がおろそかになっていた背中に鋭い痛みを感じた。

 

「ぐぅっ!? あ、暗殺者(アサシン)か……! しかしこの矢弾の雨の中で私のそばに近づくとは」

「ああ、貴方が避けた矢が何本か当たったとも。でも貴方ほどの大物を()れるのなら安いものさ」

 

 ロムルスの後ろから、心臓の真裏に荊軻が短刀を突き立てていた。

 彼女自身が言ったように矢が何本か刺さって流血しているが、気にした様子はない。何故なら荊軻が宝具「不還匕首(ただ、あやめるのみ)」を使う時は、その宝具の名が示すように自身は生きて還らぬことを前提にしているのだから、矢傷の3つや4つなど軽いものである。

 

「それと当然ながら、この匕首には猛毒が塗ってある。いくら強かろうと得物が凄かろうと、毒なら関係なく()れるからな」

「ぐ、ぅ……!」

 

 荊軻が短刀を抜いて後ろに跳ぶと、ロムルスは早くも毒が回ってきたのか、苦しげに呻きながら床に片膝をついた。

 もはや勝負はついたが、そこに3人に分身したパールヴァティーがロムルスを囲むようにして出現する。

 

「―――!?」

「毒で最期を迎えるのは苦しいでしょう。お節介でなければ介錯を致しますが」

「……有難く頂こう」

 

 ロムルスは死に方に特にこだわりはなかったが、せっかくの善意なのでお願いすることにした。

 パールヴァティー3人が手に持った三叉戟を天に向けると、ロムルスの真上に大きな青白い雷球が現れる。

 

「後のことはお任せ下さい。……『恋見てせざるは愛無きなり(トリシューラ・シャクティ)』!!」

 

 雷球から強烈な稲妻が放たれて、ロムルスの全身を貫通し焼き尽くした。

 

 

 

 

 

 

 ロムルスの身体が先ほどのブーディカと同じように薄れていくのを見て、ネロは慌てて駆け寄った。

 

「神祖……!」

「愛し子ネロ、そしてその仲間たちよ。よくぞ(ローマ)を乗り越えた。その強き意志と輝きこそが人であり、ローマのローマたる所以(ゆえん)である。

 それを忘れぬ限り、ローマは、世界は、人の営みは永遠であろう……」

 

 その言葉を最後に、ロムルスは現世から退去した。

 

「神祖……やはり貴方は」

 

 こんな遺言を残した以上、ローマを割ったのは彼の本意ではないだろう。

 それはネロにとって喜ばしい話だったが、悪い話でもあった。何しろ神祖にこんな悪行を強制できるほどの大敵がいることを意味しているのだから。

 その敵、連合の宮廷魔術師が奥の扉から入ってくる。

 

「……いや、いや。

 ロムルスを倒しきるとは」

 

 その人物は、モスグリーンのスーツとシルクハットで身を固めた壮年の男性だった。アレキサンダーが言ったように一見は紳士的で、穏やかな微笑を浮かべている。

 ネロを初めとしたほとんどの者は見覚えがなかったが、光己とマシュは知っていた。

 

「どこかで見たことあるような……?」

「レフ教授……!?」

 

 しかし彼はカルデア本部での爆発事故で死亡したはずだ。マシュが状況を理解しかねていると、レフらしき男性は急に不快そうな顔つきになって、語調も刺々しくなった。

 

「デミ・サーヴァント風情がよくやるものだ。冬木で目にした時よりも、多少は力を付けたのか?」

(……冬木?)

 

 マシュはまだ戸惑っていたが、光己は彼に思い入れがない分冷静に頭を働かせていた。

 冬木で目にしたということは、あの時見た「魔術王の使徒」は目の前にいるこの男ということになる。アルトリアオルタに倒されたはずなのに蘇ったのか?

 

「それともお仲間のおかげか? ずいぶん大勢集めたものだ。

 だがどちらにせよ、所詮はサーヴァント。聖杯の力に勝ることなど有り得ない」

(…………聖杯)

 

 レフは意味ありげに黄金の杯を手の中で弄んでいるが、それはやはり聖杯で間違いないようだ。まあそうでなければ、ロムルスに命令なんてできないだろうが。

 

「48人目のマスター適性者。まったく見込みのない子供だからと、善意で見逃してあげた私の失態だよ」

「……! それじゃ、あの爆発事故はあんたがやったのか?」

 

 思わぬ発言に光己が反射的にそう訊ねると、レフはいかにもという感じで頷いた。

 

「改めて自己紹介をしようか。君とはほんの少し話しただけだからね。

 私はレフ・ライノール・フラウロス。貴様たち人類を処理するために遣わされた、2015年担当者だ。

 貴様たちの未来はすでに焼却された。貴様たちの時代はもう存在しないのだ。

 なのに貴様がここにいるということは、やはりカルデアはカルデアスの磁場で守られているということか。しかしそれも、カルデア内の時間が2016年を過ぎれば消滅する」

「な、何を……!?」

 

 話が突拍子もなさ過ぎて、光己にはちょっとついていけない部分もあったが、少なくとも彼がウソやハッタリを言っているのではないことは分かる。

 この男は本当に何者なのだろうか。フラウロスというのはどこかで聞いたことがあるような気もするが……。

 

「貴様たちがどうあがこうと、この結末は変えられない。

 自らの無意味さ故に! 自らの無能さ故に! 我らが王の寵愛を失ったが故に! 貴様たちは2016年をもって跡形もなく消え失せるのだ!!」

「…………」

 

 レフの身体と言葉からはもはや隠しようのない、いや隠す気がない嫌悪と侮蔑があふれ返っていた。無意味とか無能とか言っているが、何故それほどまでに人類を憎み蔑むのだろうか。

 

「……だというのに何故ここまで無駄な徒労を続けるのだ。おとなしく滅びを受け入れればいいものを。

 聞けばフランスでは大活躍だったとか。まったく、おかげで私は大目玉さ!

 本来ならとっくに神殿に帰還しているというのに、子供の使いさえできないのかと追い返された! 結果、こんな時代で後始末だ」

(……ほう!?)

 

 レフの心底いまいましげな述懐にエルメロイⅡ世はぴくりと眉を上げた。

 彼が誰かの命令で動いていることは間違いないようだ。聖杯の力で神殿とやらから時間移動してきて、ついでにサーヴァントを召喚して時代を破壊させようとしたのだろう。

 フラウロスというのはかのソロモン王が使役したという72柱の悪魔の一角だが、こうなれば魔術王の正体は明白である。

 

「聖杯を相応しい愚者に与え、その顛末を見物する愉しみも台無しだよ」

(……なるほど、ラスボス面した三流愉悦系ということか)

 

 つまらなさそうに舌打ちしたレフを、Ⅱ世は冷静にそう評した。

 最初から出て来なかったこともそうだが、そんな余裕ぶっこいてるからここまで乗り込まれるハメになるのだ。

 

「しかし、それもこれもここまでだ。

 君は凡百のサーヴァントをかき集めれば私を阻めると思っているのかも知れないが、それが完全なる間違いであることを教えてやろう!」

 

 その言葉が終わると同時に、レフの身体が変貌を始める。

 全身が風船のように膨らみながら、黒ずんだ肉塊のようなモノに変わっていった。その各所から赤い目玉のような物が浮かび上がる。

 やがて変貌を終えた時、レフは巨大な肉の柱とでも言うべきナニカになっていた。

 そのサイズは玉座の間の天井に届くほどで、根元には赤黒い毒液のようなものがたゆたっている。

 

「なんだあの怪物は……! 醜い! この世のどんな怪物より醜いぞ、貴様!」

「はは! はははは! それはその通り! その醜さこそが貴様らを滅ぼすのだ!」

 

 ネロがそう糾弾するが、レフは気にした風もなく嘲笑をもって返した。

 肉柱の魔力反応が増大していく。

 

「滅びるがいい、愚かな人間ども!!」

「!! 皆さん、私の後ろに!」

 

 マシュが慌ててシールドエフェクトを展開し、アルトリアズがネロと荊軻の手を引っ張ってその陰に引っ込む。その直後に肉柱の赤い眼球が怪しくきらめき、肉柱の下の方から黒っぽい煙が吐き出された。

 まるで悪意がそのまま物質化したかのような禍々しさを感じる。浴びたら恐らくひどいダメージを受けるだろう。

 

「うわあっ!?」

 

 黒煙は光己たち全員を優に飲み込めるほどの量があったが、マシュの防御によりとりあえずは防げていた。しかし黒煙の圧力はかなり強く、長くは保たなさそうに思える。

 レフの方は冬木で痛い目に遭ったからか、今回は速攻をかけてきた。

 

「抗うか、だが哀れなほどに無駄だ。燃え尽きろ! 『焼却式 フラウロス』!!」

 

 眼球がさらに強く光り、薄赤い火柱が何本も噴き上がってマシュの正面に迫る。恐るべき魔力と熱量の塊だと一目で分かるこの炎は、普通のエフェクトでは防げそうになかった。

 

「でも今の私なら! ―――『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』!!」

 

 冬木の時と同じようにキャメロット城の幻像が出現し、火柱の侵攻を食い止める。

 マシュはレフが裏切者、あるいはスパイだったと分かった時はかなり動揺していたが、今はもう迷いはなかった。過去の感傷より、今ここにいるマスターと仲間たちを守ることの方が万倍も大事なのだから。

 

「宝具を使えるようになったのか!? 小賢しい真似を!

 苦しむ時間が長引くだけだと何故分からないのだ!!」

 

 焼却式を防ぎ切られたレフが苛立たしげに叫ぶ。いつまで無駄なあがきを続ける気なのか。

 こうなれば防ぐ力が尽きるまで攻め続けてくれる、と盛大に黒煙を吐き出す。

 

「た、確かに強いな」

 

 光己は小さく身震いしながら呟いた。

 巨大な黒い濁流が蛇のようにうねって自分たちを飲み込もうとする様子は実際恐ろしいの一言である。しかも部屋の床全体が黒煙に浸されていては反撃は難しい。

 マシュの魔力については令呪で補給することもできるから、今すぐどうこうということはないが、このまま防戦一方では勝てないのは明らかだ。

 

「ここはマスターとして、ちょっとは役に立つべきだよな」

 

 あの肉柱は死んでも生き返れるようだから、すべてを見せるのは好ましくない。しかし試せることはあった。

 おもむろに上着を脱ぎ、いつもの呼吸法で気を落ち着ける。

 

「スゥーッ! ハァーッ!」

 

 そしてアレキサンダー戦で見せた2対の翼を出したが、ここで光己が(1番体が大きい)金時の後ろに隠れたのは、憶病からではなく情報を隠すためと解釈してやるのが優しさというものだろう……。

 

「よし、やるぞ! 名づけて『神恩/神罰(グレース/パニッシュ)』!!」

 

 天使の翼から白い光があふれ出す。それを浴びたマシュやアルトリアたちは元気と活力が全身に湧き上がるのを感じていたが、レフは光己に向けている感情が正反対だから受ける効果も逆である。

 

「るぐぉぉあぁお!? な、何だこれは。まるで私の方が()()()()()()()()()()()()()()()あぅおおぁ!?」

 

 まさしく地獄で責め苦を受けている罪人のように、レフは全身を苛む激痛にのたうち回った。いや肉柱には手も足もないのでまともに動けないのだが、精神的には七転八倒しまくりの苦しみである。

 スペックが大幅に低下し、黒煙を吐くペースも落ちていた。

 

「おおっ、ダメもとだったけどここまで効くとは。よしみんな、ためらいもなくリンチして()()()()()()()()()()!」

 

 自分たちと肉柱を完全に覆えるだけの光量を出し続けるのはかなりの負担だったが、光己はそれを顔には出さずにそう号令した。

 

 

 




 このSSでは冬木では主人公たちとレフは話をしていませんので、原作の冬木でした会話の一部を今やったわけであります。




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第79話 仇討ち

 レフは肉体的には傷ついていなかったが、精神的には絶え間なく気が狂いそうな苦痛に襲われていた。攻撃力も低下してしまっている。

 

「おのれぇっ、使い魔の分際でこの私によくも……誰だ、誰がこんな……!?」

 

 レフは赤い目玉をぎょろぎょろ回して不埒な加害者を特定しようと探し回ったが、犯人を見つけ出すことはできなかった。光己はちょうど今、スルーズに認識阻害の魔術をかけてもらって見た目をごまかしたところだし、レフ自身が「素人の子供にこんなことができるわけがない」とハナから決めつけていたので。さすが節穴の名をほしいままにする男だけのことはあった。

 

「……ふむ。奴の肉体に損傷はないようだが、攻撃は明らかに鈍っているな。サーヴァントでもないのに『魔神柱』をここまで苦しめるとは大したものだ」

 

 その様子を観察したエルメロイⅡ世が感嘆の声を上げる。

 ただその代償として、光己は光を放出するのに手一杯で作戦を考える余裕がないようなので、Ⅱ世は代わりに自分が策を出すことにした。

 

「騎士王よ。窓を割って換気口にすれば、貴女の風王結界でこの煙を排出できるのではないか?」

「なるほど、それは名案ですね」

 

 ただそのためにはマシュが張った「誉れ堅き雪花の壁(シールドエフェクト)」から出なければならない。これはある程度形を変えられる透明な壁をつくるというもので、つまり壁の中から外に攻撃することはできないからだ。

 なので光己の翼の光は、エフェクトに小さな穴を開けてそこから翼の端を出して放射するという手順を踏んでいる。アルトリアの場合も多少は黒煙を浴びてしまうことになるが、ついさっきブーディカと荊軻が体を張ったばかりである。躊躇はなかった。

 円柱型に展開されたエフェクトの上に立って聖剣を構えるアルトリア。すると床の上を洪水のように流れている黒煙がはねてスカートにかかった。

 

「……! これは腐食性ガスのようなものですか」

 

 煙を浴びた部分が黒ずんで溶けていっている。鎧でも大量に浴びたら穴が開きそうだし、防具を付けていない頭部に浴びたらかなり痛そうだ。

 しかし壁や床は溶けていないので、生物や魔術的な物品のみに有効な呪詛的なものと見るのがより正確か。

 

「とはいえ重量はほとんどない様子。これなら吹き飛ばすのに難はない!」

 

 剣の周りに渦巻いていた風が広がり、竜巻と化してエフェクトの周りの煙を吹き飛ばしていく。当然レフはそれに気づいて妨害を試みた。

 

「どこの木っ端英霊かは知らんが小癪な!」

 

 アルトリア・ペンドラゴンといえばトップサーヴァントの一角なのだが、レフの評価だからあまり真に受けるべきではないだろう……。

 それはともかく、レフはうっとうしい小娘に大量の黒煙をぶつけて飲み込んでしまおうとしたが、アルトリアは風を集めてその攻撃を流し切った。ついでⅡ世の提言通り、風弾で窓ガラスを割って換気口をつくる。

 

「よし、これで煙を外に出せますね!

 しかしこの魔神柱、ですか。手足がないのが相当不利になってますね」

 

 もし魔神柱に腕や脚があって動けたなら、その巨体で敵を押し潰すこともできるし敵の攻撃を避けることもできるのだが、あの形状ではまったく動けないから逃げる敵は追えないし、回避力もゼロである。自然発生した生物ではなく、魔術でつくられた使い魔か式神の類だと思われるが、作成者はどんなコンセプトでこの醜い肉柱を設計したのだろうか。

 

「まあそのおかげでこちらは助かるわけですが。せぁぁぁぁーーッ!!」

 

 あとはアルトリアが風を操って床付近の煙が濃い空気を窓の外に吹き飛ばせば、代わりに別の窓からきれいな空気が入ってくる。レフが弱体化して煙を出すペースが落ちているおかげで換気はどんどん進み、室内の煙濃度は目に見える速さで下がっていった。

 それを見極めると、他の飛び道具持ちサーヴァントたちもエフェクトの上に上がっていった。ルーラーアルトリア・ヒロインXX・ブラダマンテ・スルーズ・段蔵・カーマ・パールヴァティー・頼光・エルメロイⅡ世といった面々である。

 

「うーん、最後の決戦だというのに出る幕がねえってのはつらいぜ……」

「大丈夫、俺を隠してくれてるのは十分な手柄だから!」

「そりゃまあそうだけどよ……」

 

 金時はマスターがレフの視界に入るのを防ぐという重要な役目を負っていたが、ゴールデン的にはあまり面白い役割ではないようだ。

 しかし彼には飛び道具がなく、腐食性ガスをまき散らす巨大な肉柱相手に素手で殴りかかるのはいかにも無茶なので、残念ながら留守番は当然であった……。

 荊軻も残っているが、こちらは大仕事をやり遂げたので実に満足そうな面持ちである。

 

「A級サーヴァントがこれだけ揃うと壮観だな。では藤宮、いやマスターと呼んでおくか。彼の援護が続いている内にあの肉柱をへし折るんだ」

「はい!」

 

 Ⅱ世が音頭を取って、ルーラーたちが一斉に射撃を始める。サーヴァント9騎によるビームや矢弾、果ては稲妻や火炎といった多彩な攻撃が肉柱を襲った。

 

(…………)

 

 光己はその光景をぼんやり眺めていたが、ふと良いことに気がついた。

 

(もしかしてすごい絶景じゃないかこれ!?)

 

 光己の位置からだと、エフェクトの上に立っている女性陣を、ほぼ真下からの超ローアングルで凝視することができるのだ。アルトリアがロングスカートなのに長ズボンを穿いているのは残念だったが、ルーラーやスルーズの太腿チラリズムと、XX・ブラダマンテ・段蔵のお尻と太腿と股間クロッチは実に素晴らしい。布地が食い込んでいるさまなど最高である。

 

「……青少年の自然な欲求を否定する気はないけど、女神様にバレたらまずいでは済まないんじゃないかな?」

 

 しかしすぐ荊軻に注意されたので、光己は取りやめざるを得なかった。何故かネロもしょんぼりしているが理由は不明である。

 一方エフェクトの上ではサーヴァントたちが真面目に戦っていた。

 

「ぐおおおおっ! 使い魔風情がぁぁぁっ!」

「で、魔術式が人間や使い魔より偉いという価値観はどこから出てきたんだ?」

 

 レフの悲鳴混じりの罵倒に淡々とした口調でツッコミを入れつつ、割と容赦なく扇からビームを撃ってお返しをするⅡ世。

 

「まさか外見じゃないですよねー。それとも能力ですか? 暴力しか取り柄がなさそうなのに。

 ひょっとして性格がいいつもりですか? 愛とか理解とか美味しいごはんって言葉すら知らなさそうに見えますけど?

 ……ところでよく考えたら、もう魅了スキル隠す必要ないんですよね。うふふ」

 

 その尻馬に乗って軽口を叩いたカーマが、これでネロたちとお別れなら、もう体面を取り繕わなくていいことに気づいて邪悪な笑みを浮かべる。()()()()()の手下を魅了するとか、なかなか面白そうな試みではないか。

 

「それじゃいってみましょうか。『愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)』!!」

 

 カーマが10体ほどにも分身し、それぞれが同じフォームで一斉に花の矢を放つ。

 レフは避けようがなく、すべての矢が命中した。すると鋭い痛みと同時に、不思議な感覚が湧き上がってくる。

 敵であるはずの少女に対して激しい執着心が湧いてきたのだ。これは一体……?

 

「ころさないで……すてないで……わたしを……って、仮にも御柱であるこの私に何を言わせるのだサーヴァントのくせにィィィ! しょ、『焼却式 フラウロス』ゥゥゥ!!」

 

 何か致命的な台詞を吐きそうになった寸前で我に返り、激昂のあまりカーマ1人を狙って宝具を繰り出すレフ。最初に撃ったそれより威力はだいぶ低かったが、範囲を絞っていたおかげで竜巻の壁を突破できて怨敵を火だるまにした。

 

「あ、あづぅぅぅぅぅぅ!?」

「カーマさん!?」

 

 今度はカーマが悲鳴を上げ、エフェクトの上を転がって火を消そうとする。それはあまり効果がなかったが、ブラダマンテの魔術無効化の指輪で消すことができた。

 

「うう、ひどい目に遭いました……やっぱり恋慕の矢なんて使うものじゃないですね」

「カーマ、大丈夫か!?」

 

 よろめきながらも立ち上がろうとするカーマに光己がそう声をかけると、少女はまだ体に力が入らない様子ながらも笑みを浮かべた。

 

「ええ、このくらい大したこと……ありますけど、平気ですよー」

「そっか、くれぐれも無理するなよ」

 

 カーマは全身にひどい火傷を負っていたが、光己は退却しろとは言わなかった。

 彼女がそれを望んでいないことが分かったから。何しろ今はレフが不用意に宝具を使った直後で総攻撃のチャンスなのだ。

 

「じゃあこれでお返しするといいよ。令呪をもって命じる、フルパワーでぶちかませ!」

「わー、さすが私のマスターです」

 

 光己が令呪にこめられている魔力を解放すると、カーマの火傷があっという間に治っていった。しかも魔力も回復している。

 といってもさすがに宝具を今すぐもう1回という気にはなれず、とりあえず機会を窺うカーマ。

 

「それなら私が。『終末幻想・少女降臨(ラグナロク・リーヴスラシル)』!!」

 

 するとスルーズが立候補して宝具を開帳した。7人の戦乙女が7本の槍を投擲し、正しき生命ならざる存在を否定する結界を作り上げる。

 当然ながら「正しき」の対極に位置する魔神柱は大ダメージを受け、肉が煙を上げて溶けていった。しかし図体が大きいだけあって、まだ斃れる様子はない。

 

「では私も! 『恋見てせざるは愛無きなり(トリシューラ・シャクティ)』!!」

 

 パールヴァティーはまだ魔力を充填しきれていなかったが、今は拙速を選ぶべきと判断して追い打ちをかけた。強烈な電撃が肉柱の全身を内側から焼き焦がしていく。

 体の表面もずぶずぶと液化して崩れ落ち始めたところを見るに、そろそろ限界が近いようだ。

 

「ば、馬鹿なぁぁぁ……たかが英霊ごときに、我ら御柱が退けられるというのか!?」

「そうですよ。これがとどめです」

 

 自身が体験している現実を認め切れず呻くレフの真上にカーマが現れる。大きな金剛杵を両手に持って振り上げた。

 

「マスターのリクエスト通り、フルパワーで! ブチかましますッ!!」

 

 そして全力全開の一撃を叩きつけると、ついに肉柱は体を維持できなくなって、泥で作った塔のように潰れ落ちたのだった。

 

 

 

 

 

 

 それでもレフはまだ生きていて、しぶとくも人間の姿で魔神柱の残骸から這い出してきた。右腕と左脚がちぎれており、胴体にも大きな傷がいくつかあって今にも息絶えそうだが、まだ諦めてはいないようである。

 

「おのれ……だがこのままでは済まさん。貴様たちもここで死ぬのだ」

 

 レフがこんなことを言えるのは、彼の左手にまだ聖杯があるからだった。この身体はもう保たないが、サーヴァントを1騎召喚するくらいのことはできる。

 

「そう、ローマの終焉に相応しいサーヴァンがふうっ!?」

 

 しかしその準備が整う前に、容赦ない衝撃が後頭部を強打したため中断させられた。

 

「おおっと、そいつはさせねェぜ!?」

 

 しかもそいつはレフの左手をねじり上げて聖杯を分捕ってしまった。光己の最初の指示を忠実に遂行したのである。

 

「き、貴様ァァァ!」

「ま、後は主役に譲るのが王道ってモンだよな」

 

 レフは顔を真っ赤にして怒りの声を上げたが、その犯人の金時はどこ吹く風といった顔で彼から離れていった。間違って聖杯を取り返されないようにという意図もある。

 その「主役」がレフの後ろから頭をがちっと掴んだ。

 

(な、何だこの気配? まるで本物の悪魔のような)

 

 魔神柱は魔術式だから正真正銘の悪魔というわけではないが、レフが今感じている気配はまさにその悪魔のようだった。そんなサーヴァントがこの場にいただろうか?

 

(それに魔力を吸われて……!?)

 

 サーヴァントがたまにやる魂喰いだと思われたが、仮にも魔神柱にそれをやって平気そうにしているとは一体……?

 謎のサーヴァント(?)がレフの体を持ち上げて立たせる。その正面に誰かが駆け寄ってきた。

 

「レフ教授、いえ、レフ・ライノール! カルデアの皆さんの仇です!」

「マシュ!?」

 

 彼女には珍しい、怒りの表情をはっきり浮かべている。盾をかざして突っ込んできた。

 その意図は明らかだ。

 

「シールド・チャァァーーーージ!!!」

「ぐほぉ!」

 

 盾ごと体当たりしてぶん殴る攻撃である。後ろから謎のサーヴァント(?)が頭と背中を押さえているので、レフは吹っ飛んで衝撃をやわらげることができず、全部ダメージになってしまった。

 しかもマシュはそのまま盾をレフの体に押しつけ続けている。その体勢で、レフの後ろの何者かが口を開いた。

 

「まあ何だ。悪魔をブチ殺すのに1番いい方法って、悪魔の力で死ぬまでブッ飛ばすことだよな」

 

 口調はのんびりしているが、その奥には言葉通りの感情がこもっていた。レフの頭を掴んでいる手に力が増す。

 いうまでもなく、悪魔の翼の力を行使した光己である。「人の魂を買おうとする者」という世間一般での認識により、吸収(ドレイン)スキルが超強化されて魔/闇属性のエネルギーとの親和性も上がったのだった。

 魔神柱の魔力を吸ったせいか肌が黒ずんでいるが、特に不調はないどころかパワーが増しているようだ。

 

「おまえさっき『聖杯を相応しい愚者に与え、その顛末を見物する愉しみ』って言ったよな。そんなことのために何万人もの人たちがひどい目に遭った」

 

 カルデアの人たちのことはマシュが言及したから処置済みとして、ネロを初めとしたローマの人々の分がまだ残っている。きっちり落とし前をつけさせないと気が済まない。

 

「というわけで……てめーのつけは聖杯だけじゃ払えねーぜッ!」

 

 微妙にアレな宣告をしつつ、光己がレフの後頭部をぶん殴る。レフの鼻がマシュの盾に押しつけられてぐにゃっとひしゃげた。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーッ!!」

 

 どこぞの不良高校生のような掛け声を上げながら、両拳でひたすらレフを殴り続ける光己。目標は今回の内戦での死亡者数、概算で2万発だ。

 

「いやさすがに2万発は無理か。

 まあいいや、あとは地獄で紅い閻魔様にでも裁かれやがれぇぇぇーーーっ!」

 

 光己が最後に渾身の力をこめて殴りつけると、レフはついに力尽きて消滅した。

 

 

 

 

 

 

「……敵性反応、消滅しました。戦闘終了です。

 先輩、お疲れさまでした」

 

 レフが完全に消滅したのを確認すると、マシュはふうっと肩の力を抜いて、盾の縁を床に置いた。

 光己も角と翼と尻尾を引っ込める。すると肌の色も元に戻っていった。

 

「ああ、マシュもお疲れさま。仇討ちしたわけだけど気分はどう?」

 

 どうやらマシュがレフを殴ったのは光己の提案だったようである。

 マシュはしばらく沈黙して言葉を探していたが、やがて訥々とした口調で答えた。

 

「……そう、ですね。仇討ちとか復讐とか、私の性にはあまり合わないみたいでしたから、死亡した皆さんの代弁をするつもりでやりましたけど……ちょっとすっきりしたというか、胸のつかえが取れたというか、そんな感じです」

「そっか。俺も自分で殴る必要はなかったけど、人間理屈だけじゃないからなー」

 

 光己はレフを殴る時も、顔を見られないようにずっと彼の後ろにいたのだが、それほど能力を隠しておきたいなら、最後までマシュと金時の後ろに引っ込んでいれば良かった。しかしレフが人類やサーヴァントたちを言いたい放題に罵っているのを聞いている内に、1発は我が拳で殴ってやらないと収まらなくなったのである。

 

「でも最後のマスターとしてはあんまり良くないことだろうから、今後は控えるべきかなあ。率先垂範的なことはもう十分だろうし」

「そうですね。私としては先輩は私の後ろにいてほしいです」

「んー、やっぱりそっか」

 

 光己とマシュがそんなことを話していると、金時がついっと2人の前に現れた。

 

「オレは2人ともよくやったと思うぜ。毎回やることじゃねぇってのも合ってるがな。

 ほれ、今回の戦利品だ」

「おお、サンキュー。あの時は1歩でも遅れてたら何かヤバいサーヴァント呼ばれてたみたいだからなあ、やはりゴールデンは頼れる男だった!」

 

 光己がそう言って金時が差し出した聖杯を押し頂くと、金時は豪快に笑った。

 

「なぁに、オレも最後の決戦で何もしなかったなんて、恥ずかしいことにならずに済んで良かったってモンよ。

 ……って、もう体が薄れてきたじゃねえか。特異点修正ってのは気が早ぇんだな」

 

 金時の体が足元から消え始めている。勝利の余韻にひたる時間くらいくれてもいいのに、誰がやっているのか知らないがせっかちなことだった。

 カルデア勢が急いで光己のもとに駆け寄り、ネロも目を白黒させながら近づいてきた。

 

「な、何事だこれは!? まるで先ほど消えた神祖やブーディカと同じような……やはりそなたたちもそうだったのか」

 

 ネロはどうやら、カルデア一行がサーヴァントであることに薄々気づいていたようだ。今まで確認せずにいたのは、自軍の将軍たちがみんな外国人どころか人間ですらないという事実を突きつけられるのが怖かったからだろう。

 

「……はい。今まで騙しててすみませんでした」

 

 お互い得になるからとはいえ、身分詐称していたことは事実だ。光己は最低限の礼儀としてそう謝ったが、今のネロにとってそんなことはささいな問題だった。

 

「いや、そのおかげで余はとても心強かったし、楽しかった。そう、楽しかったのだ。

 だから咎める気などない、むしろ礼を言わせてくれ」

「はい、俺も楽しかったです。

 俺たちはこれで帰りますが、でも陛下のことは忘れません」

「そうか、そう言ってくれるか。なら笑顔で見送らねばな!」

 

 ネロは仲間たちが突然みんないなくなるというショックと喪失感でかなり取り乱した様子だったが、光己の言葉で気を取り直したようだった。

 その様子を見た金時と頼光が別れの言葉を告げる。

 

「そうそう、勝ったんだからしんみりしてちゃいけねえ。明るく別れようじゃねえか!

 それじゃあな、皇帝陛下、大将、嬢ちゃん。縁があったらまた会おうぜ」

「お世話になりました。またいつかお会いしましょう」

 

 2人の姿が薄れて消えると、次は荊軻とエルメロイⅡ世が前に出た。

 

「皇帝を4人も討てたとは、今回の現界は実に素晴らしかった。感謝の言葉もないな。

 また会える日が来ることを祈っているよ」

「結果良ければすべて良しというところか。そちらの運が良ければまた会おう」

 

 荊軻は心底満足そうだったが、Ⅱ世はカルデアに呼ばれたら頭痛&胃痛案件になるのを確信しているのか、ちょっと腰が引け気味であった……。

 

「短い間でしたが、お世話になりました。お元気で」

 

 最後にパールヴァティーがそう言って退去すると、カルデアから通信が入った。

 

《君たちも帰還が始まる! 1ヶ所に固まってくれ》

「は、はい!」

 

 カルデア本部で機器を操作しているロマニからだった。実際光己やマシュたちも姿が薄れ始めている。

 ネロは最後の言葉を述べるため、すっと姿勢を整えた。

 

「……おそらくそなたたちは、またここで起こったような事件を解決しにゆくのだろうな。

 苦難もあるかもしれぬが、しかし神祖が言ったように世界(ローマ)は永遠だ。ゆえに、そなたたちの道行きには必ずやローマの助けがあるはずだ。

 だから、別れは言わぬぞ。礼だけを言おう。

 ―――ありがとう。そなたたちの働きに、全霊の感謝と薔薇を捧げる、とな!」

 

 そしてまさに大輪の薔薇のように眩しく笑って、手を大きく振りながら光己たちが去っていくのを見送ったのだった。

 

 

 

 ―――永続狂気帝国セプテム 定礎復元。

 

 

 




 アルテラは欠場です。主人公とマシュつまりカルデア側でレフのとどめを刺すという展開にしたかったので。その割にネタギャグに走ってますが、シリアスになりすぎたくなかったということでひとつ。




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第80話 オルガマリーの傷心

 光己がコフィンを開けて外に出ると、いきなり女の子に抱きつかれた。

 

「旦那さまぁぁぁっ! やっと、やっと帰ってきて下さったのですね。わたくしずっと寂しかったですぅぅぅ!!」

「うわっ!?」

 

 しかも女の子は半泣きで、光己はどうしていいか分からなかった。

 とりあえず軽く抱き返しながら様子を窺うに、どうやら清姫が自分と会えた嬉しさのあまり、つい慎みを忘れて飛びついてきたということらしい。

 ……文字にして述べてみるとすごくしょっているように見えるが、そうとしか解釈できないのだから仕方がない。

 

「んー、ごめんな清姫。仕事が長引いちゃってさ」

「はい……」

 

 髪と背中を撫でながらできるだけ優しい口調でそう謝ると、清姫は別に怒っていたわけではないからか、すぐおとなしくなってくれた。

 とはいえ寂しがらせたのは事実だから、しばらくこのままでいてあげたいところだが、やっぱり仕事は先に済ませておかねばならない。

 

「まだ仕事残ってるから、ちょっと待っててくれるか?」

「……はい」

 

 清姫は実情はどうあれ良き妻であろうとしている身なので、嘘偽りではなく本当に仕事が残っているのだと理解すると、すぐ光己のそばから離れた。

 光己はもう1度彼女の頭を撫でてから、まずはトップに帰還と任務達成の報告をしようとオルガマリーの姿を探したが何故か見当たらない。

 

「……あれ? 所長はどこに?」

 

 するとロマニは気まずげに目をそらしたが、ダ・ヴィンチは何も気にかけずに事情を説明してくれた。

 

「ああ、ついさっきまでここにいたんだけどね。レフ教授、いやレフ・ライノールが裏切者、あるいはスパイだったことにショックを受けて卒倒してしまったんだ」

「えええっ!? だ、大丈夫なんですかそれ」

 

 びっくりした光己が思わず半オクターブほど高い声で聞き返すと、TSもとい万能の天才はまあまあと手を振って彼に落ち着くよう促した。

 

「ああ、もう目は覚ましたから大丈夫だよ。今は私室で休んでるけど、ヒルドについてもらってるしね」

「そうですか、ならいい……いえ良くはないですけどでも、何でまたそこまで?」

 

 部下がこともあろうに、スパイどころか全人類殺害犯の手下だったというのは確かにショックが大きいだろうが、卒倒して寝込むというのはちと大げさではあるまいか。現にロマニやダ・ヴィンチやマシュはしゃんとしているし。

 

「いや、それが所長にとってレフはただの部下じゃなくてねえ」

 

 もともとまだ若くて経験も足りないオルガマリーにとって、カルデアという任務重大な大組織のトップを務めること自体が大変だったのだが、人類滅亡が観測されてからは関係各所からの抗議や圧力なども来るようになった。ストレスがたまってトイレで嘔吐したり、精神安定剤に頼ることもあったくらいである。

 部下に高圧的に接してしまうことが増え、陰口を叩かれたりもしていた。

 そんな中で、オルガマリーの主観では唯一味方で信頼できたのがレフだったのである。親兄弟がいない彼女にとっては父親のような存在ですらあった。

 ―――なおオルガマリーの心痛には実父が非人道的なことをしていたという罪悪感や、マシュに復讐されるかもしれないという恐怖も含まれているのだが、それは今光己に語ることではないので言わなかった。

 

「そうだったんですか……」

 

 レフがオルガマリーにそこまで親身に接した理由は分からないが、そのような関係だったのなら彼女が倒れてしまってもおかしくない。それどころか所長職を続けられるかどうか怪しいレベルである。

 

「しかしレフが魔神柱だったのを見抜けなかったとは、このレオナルド・ダ・ヴィンチ一生の不覚! ちょっと反省しないといけないね」

 

 口調は冗談めかしているが、内心は忸怩たる思いがあるだろう。光己はそう思ったが、口にするのは避けた。

 

「だから、君とマシュがレフをボコってくれたのは痛快だったね。本来なら今回の特異点修正成功を祝って祝賀会の1つでも開くべきところだけど、それは所長が立ち直るまでお預けにしておこう」

「そうですねえ」

 

 トップが心痛で寝込んでいるのにパーティーをするわけにはいかない。彼女が1日も早く快癒してくれるのを願うばかりである。

 

「そういうわけで、一休みしたら慰めに行ってやってくれないかな? 君は魔術師でも科学者でも医者でもない素人の上に新入所員だけど、だからこそ所長が1番気楽に話せる相手だからね」

「俺がですか!? そりゃまあ嫌じゃありませんけど」

 

 そこに医療部門の責任者がいるのにホワイ!?と光己は思ったが、万能の天才が「医者でもない」のを理由の1つに挙げているのだから仕方がない。ロマニも黙っているからその通りなのだろう。

 

「分かりました。それじゃ夕ご飯の後にでも。

 それと次の仕事の時までに、背中と尾骶骨の部分が開閉式になってる礼装お願いします。全体に伸縮性があるとなおいいですね」

 

 今も光己が着ている服は、背中と尻の上の部分に大きな穴が開いていて非常に恥ずかしい。戦闘中ともなればいちいち脱いだり着たりしている暇がないことも多いので、早急な対処が必要だ。

 ローマでは礼装の機能はほとんど使わなかったが、必要になる時もあるだろう。

 

「ああ、それはそうだねえ。分かった、すぐに取りかかろう。

 それと聖杯は預けてくれるかな?」

「あ、はい」

 

 ダ・ヴィンチに聖杯を渡したら光己はここですることはもうないので、仕事の邪魔にならないように退出することにした。

 清姫を初めとしたサーヴァントたちも一緒に部屋から出る。

 

「あ、そういえば清姫たちってずっと管制室に詰めてたの?」

「いえ、いつもは別の仕事をしているのですが、今日は最後の決戦だからということで特別に」

「へえー、たとえばどんなこと?」

「はい、わたくしは花嫁修業を兼ねまして、調理や掃除や洗濯の手伝いを主に。ヒルドさんとオルトリンデさんは、魔術で施設の修繕やドクターの補助をしてらっしゃいますね。

 王様はふんぞり返ってご飯食べてるだけですが」

 

 そこで清姫は皮肉をこめたまなざしでアルトリアオルタをじろーりと睨んでみたが、黒い王様はまったく意に介した様子はなかった。

 まあ元国王にその手の技能や意欲を求める方が……いやブーディカは料理上手だったけれど。

 なお清姫の料理スキルは、家庭料理なら上手に作れるが一流旅館で出すような上等な食事を大量に作るような仕事は、手が回り切らなくて一品作る間に二品ダメにするといった感じである。掃除と洗濯の方はいわゆる専業主婦が何とか務まるかなというレベルだ。

 出自と実年齢を考えればかなりの好成績といえよう。

 

「そっか。清姫もオルトリンデも、一応オルタもお疲れさま。

 もちろんマシュも段蔵もブラダマンテもスルーズもルーラーもXXもアルトリアもカーマも、ずっと手伝ってくれてありがとう。

 俺は個室に帰って一休みするからみんなも休憩……でいいかな?」

 

 光己がそう言って解散を提案すると、清姫がまた抱きついてきた。

 

「ではますたぁ、一緒にお風呂に入りましょう! カルデア大浴場というのができてますので、ぜひご一緒に」

「……! 清姫さんだけに任せるわけにはいきません。私たちも入ります」

 

 清姫の狙いを察したスルーズとオルトリンデがすかさずインターセプトに入る。無論マシュも黙ってはいなかった。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい3人とも。まさか先輩を女風呂に入れるつもりですか?」

「え? え、ええ、そうですね。人間の所員の方に見られたら大騒ぎになるのは分かりますが、そこはそれ。入口に『清掃中』の看板を出しておけば良いのでは」

「それは清姫さんが大嫌いな『嘘』なのでは?」

「ぐはっ!」

 

 欲望に走るあまり、タブー中のタブーを自分で破ってしまった清姫が盛大に吐血する。当然に、光己が女湯に入るのはお流れになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 光己は自室に戻るとまずは軽くシャワーを浴びてから、丸4ヶ月間顔を合わせていなかったオルトリンデと清姫に、ローマでの思い出話などをして旧交を温めた。

 なお顔を合わせていないのはヒルドとアルトリアオルタも同様だが、ヒルドはまだオルガマリーの部屋にいるので後回し、オルタは絆レベルが足りないせいか部屋に来てくれなかった。寂しみ。

 夕食の後は、ダ・ヴィンチに頼まれた通りオルガマリーを慰めに行くことになる。

 夜間に女性用個室が並んでいる区画に行くのだから2人についてきてもらっているが、部屋の中までは来てもらわず先に帰ってもらうつもりだ。

 

「しかしカウンセラーでもないただの高校生には荷が重いよなあ……何を話せばいいのやら」

 

 ロマニはプロなのだからカンペの1枚くらいくれればいいのに、気の利かない話である。

 まあ繰り言を言っていても仕方ないので、観念してドアホンのボタンを押す。

 

「はーい、どちら様?」

 

 するとオルガマリーではなくヒルドの声が聞こえた。まだ寝ているのだろうか?

 光己が名乗るとドアが開いたので、光己は予定通りオルトリンデと清姫には帰ってもらって1人で中に入った。

 

(そういえば女の子の私室に入るのって初めてか?)

 

 なんてことを考える余裕は残念ながらなかった。オルガマリーは起きてはいたが、ベッドにぼうっと座っている彼女は一目で分かるほどに虚脱して、抜け殻みたいだったからだ。

 

「マスター、お仕事成功おめでとう! さっすがあたしたちのマスターだね!」

 

 ヒルドは内線電話か何かで報告を聞いていたのか、光己たちが特異点修正に成功したことを知っていた。ただ空気を読んだのか大きな声では言わず、彼のそばに来て小声で言っただけだった。

 

「ん、どう致しまして。ヒルドも留守番お疲れさま。

 所長はどんな感じ?」

「うん、見た通りだよ」

 

 簡潔にして的を射た評価であった。やはりパンピー高校生では力不足だと光己は思ったが、ヒルドは「じゃ、部屋の外で待ってるね」と軽い口調で言い残して出て行ってしまった。

 女の子の私室で2人きりになったわけだが、甘ったるい雰囲気など微塵もないどころかひたすらに重い。光己が困って立ちすくんでいると、オルガマリーがさすがに気を遣って声をかけてきた。

 

「ロマニかダ・ヴィンチに言われて来たのね。とりあえず座りなさい」

 

 そう言って自分の傍らをぽんぽん叩く。隣に座ってもいいということのようだ。

 光己がおっかなびっくりながらもそうすると、オルガマリーは力なくため息をついた。

 

「貴方がここに来たということは、レフを倒して特異点修正ができたっていうことね。お疲れさま。

 貴方は本当によくやってくれてるわね……それに比べて私は何やってるのかしら」

 

 当人も今の状況に納得しているわけではないようだ。ただ立ち上がる力が湧いてこないのだろう。

 

「……本当、何やってるのかしらね。アニムスフィア家の当主として、カルデアの所長として、人類の未来を守ろうと思ってずっと頑張ってきたけれど……。

 誰も認めてくれなかった。褒めてくれなかった。生まれてからずっと、ただの1度も。

 信頼してた、いえ依存してたレフですら味方じゃなかった」

 

 昏い眼で虚空をぼんやり見つめながら、ぼそぼそつぶやくオルガマリー。光己にはまだかける言葉が見当たらなかった。

 

「親の七光り、実力が足りてない、そう陰口を叩かれたこともあるわ。

 ……そうなんでしょうね、実際人理は燃やされてしまったのだから」

 

 そこでまたオルガマリーは重いため息をついた。

 

「でも…………でも。もし人類の中に私の味方なんて誰1人いないっていうのなら、私は何のために頑張ってきたんだろう……」

「ぶっ!?」

 

 光己は噴き出した。気持ちは分かるが、ちょっと落ち込み方が酷すぎるのではあるまいか、この所長さん。

 

「いやいやいやいや、待って下さいプリーズ。味方ならいるでしょうほらここに」

「…………え? あ、そうね。確かに貴方は味方だった。ごめんなさい」

 

 光己は能力はともかくスキルとメンタルは一般人だが、認めて褒めてくれたし味方なのも事実だ。オルガマリーは素直に非を認めて謝罪した。

 

「分かっていただければいいです。

 でもあれですか。所長ほどの人が褒めてもらったことがないなんて、やっぱ名門って教育厳しくて要求水準高いんですかね」

「……それはあるわね。庶民から見れば羨ましかったり妬ましかったりする点があるのは認めるけど、いいことばかりじゃないわ。

 それより貴方、今『所長ほど』って当たり前のように言ってくれたわね。ありがとう」

 

 おべんちゃらで言ったようには聞こえなかった。彼は竜人になっても素でサーヴァント並みの力を持つようになっても、自分のことを認めてくれているのだ。

 

「そりゃまあ、前にも言いましたけど俺に所長のマネができるとは思えないですからねー。

 パワハラは良くないと思いますけど」

「パワハラ?」

 

 オルガマリーが軽く首をかしげると、光己はぐっと拳を握った。

 

「はい。上司のストレス解消のために部下をいびるとか怒鳴るとか、まして暴力なんて論外ですね。ブラックダメ、絶対」

「……」

 

 どうやらこの少年、初対面の時にひっぱたかれたのをまだ覚えているようだ。

 しかしこれについてはオルガマリーにも言い分はある。

 

「あれは貴方が居眠りしたのが悪いんでしょう。大事な説明会だったんだから」

「確かに居眠りしましたけど、それは霊子ダイブで夢遊状態だったせいですから。十分な休憩を入れない過密スケジュールは悪い文明」

「ぐぬぬ」

 

 光己の主張は妥当で反論の余地がなく、オルガマリーは唸るしかない。

 すると彼は新入所員のくせに調子に乗ってきた。

 

「理想は週20時間労働くらいですかねー。美人で気立てがいい娘が大勢いてくれればなお良し」

「そんな職場があるかあああ!」

 

 オルガマリーは怒りのあまり、名門魔術師たる者の慎みも忘れて咆哮したが、光己は退かなかった。

 

「いやいや、日本の江戸時代の武士は1日3時間労働でしたから。

 農家や商人はそうでもなかったですが」

「1日3時間労働……いいわねえ」

 

 オルガマリーもたくさん働くのが好きなわけではないのか、遠い目をしてほうーっとため息をつく。

 だいぶ元気が出てきたように見えるので、光己はちょっと語ってみることにした。

 

「それはそうと、俺が言うのも何ですけど、所長はもっとゆるくしてもいいと思いますよ」

「ゆるく?」

 

 意味がよく分からなかったので、オルガマリーはまた首をかしげて聞き返した。

 光己は「俺が言うのも何ですけど」と言ったが、オルガマリーは彼が言うことを軽く扱う気はない。認めてくれている人だし、時々バカを言うが地頭はいいように思うから。

 

「所長はさっき『味方はいない』って言いましたけど、敵か味方かって区別ならドクターもダ・ヴィンチちゃんも間違いなく味方ですし、他の所員の方々だって直接ケンカ売ってきたり仕事サボったりするわけじゃないですよね。ならとりあえず味方ってことにしてもいいと思うんですよ」

「…………貴方って要求水準低いのねえ」

 

 オルガマリーはさっき光己が出した言葉を使ってそんな感想を述べた。

 しかしまあ、味方にも程度の差があると考えれば頷ける点はある。

 

「でも一理はあるわね、ありがとう。

 ところで喋り詰めでのど乾いたでしょう。紅茶でも淹れるわ」

 

 オルガマリーはベッドから立って、みずからお湯を沸かしに行った。そのくらいの元気は出たようだ。

 光己もテーブルに移動して待っていると、オルガマリーがお盆の上にケトルとカップとお茶菓子を乗せて戻ってくる。

 それらをテーブルの上に並べて、カップに茶を注いだ。

 

「じゃ、いただきます」

「ええ、どうぞ」

 

 そのまましばらく静かにお茶とお菓子を味わっていたが、やがてオルガマリーがまた沈黙を破った。

 

「ところで貴方、今日はもうすることないんでしょう? 寝るまで一緒にいてくれないかしら」

 

 多少元気が出たといっても、そんなすぐに完全回復はしないわけで。オルガマリーは(彼女の主観では)唯一自分を認めてくれている人にもう少しそばにいて欲しかっただけなのだが、若い男女が2人っきりの場でこの発言が誤解を生まないわけがない。

 

「えっと、それはつまり夜のお誘いですか? 後くされがないなら喜んで!」

「んなわけあるか、このすかぽんたんーーーッ!!」

 

 再び吠えたオルガマリーは、この不埒者の鼻面にオルガマパンチを叩き込んでやろうと思ったが、彼を殴っても拳が痛いだけで効き目はないのでやめておいた。

 それに冷静に考えれば、彼が誤解したのも無理はない。仮に今夜何もなかったとしても、明日の朝に彼が部屋から出るところを他の所員に見られたらアウトである。

 

「……そうね、ここじゃまずいからレクリエーションルームに行きましょう。

 そこで眠たくなるまで遊び倒すのよ」

「え!? ちょ、何で!?」

「これは正式な業務命令です。拒否は認めません」

「パワハラだーーー!」

 

 光己は全力で抗議したがオルガマリーは全面的にスルーして、彼の手をつかんで引っ張っていく。

 ヒルドはそんな2人の少し後ろをついていきながら、クスッとおかしそうに微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 光己がふと気づいた時、そこはカルデアのレクリエーションルームではなく、昔の日本の街中の路上だった。

 

「!!!!????」

 

 とりあえずぱぱっと左右を見回してみる。建物の造作や通行人の服装から見ると、戦国時代か江戸時代のようだ。

 何事なのだろう、夢でも見ているのか?

 ついで後ろから若い女性の声が聞こえた。

 

「ちょ、ちょっとこれ何よ。まさかまたレイシフトしちゃったの? 管制室にいたわけでもないのに」

「所長!?」

「藤宮!?」

 

 間近でびっくり顔を見合わせる光己とオルガマリー。ただしヒルドの姿はない。

 

「えっと、何なんでしょうこれ。2人で一緒の夢見てるのか、それとも冬木の時みたいに知らない内にレイシフトしてきちゃったんでしょうか」

「……………………多分その両方ね。経緯はまったく分からないけど、私たちは夢を見てる間に精神だけ、どこかの特異点に来てしまったのよ」

「そんなことがあり得るんですか!?」

 

 信じがたい話だ。もっとも当のオルガマリーも根拠があっての発言ではなく、感覚と推測で言っただけなので自信はない。

 なお2人が着ているのは普段の制服である。レクリエーションルームでは私服だったが、夢だけあって多少は融通が利いたようだ。

 

「分からないけど、そうとしか考えられないということね。

 でも1人きりじゃなくてよかった」

 

 もしここが特異点なら、冬木の時のように聖杯戦争が行われている可能性が高い。もし敵対的なサーヴァントに出会ってしまっても、光己がいれば生き残る目はあるのだ。

 

「そうですね。とりあえず情報収集と……お金が欲しいですね」

「お金?」

 

 部下の俗っぽい発言にオルガマリーがちょっと白っぽい目を向けると、当人はむしろ大真面目に持論を主張してきた。

 

「そりゃまあ、ただの夢だったら食事も睡眠もいらないでしょうけど、特異点だったらいりますよね。メシ食ったり宿屋に泊まったりするには代金がいるんですよ!」

「そ、そうね、悪かったわ」

 

 プライベートではあまりお金に困ったことがないオルガマリーには切実さに欠ける話だったが、彼の言うことは正しい。

 しかし情報はともかく、お金はどうやって手に入れるのだろう。

 

「うーん、そうですねえ。まずはここがいつのどこなのか知りたいとこです」

 

 見た感じ街は平和で、冬木やフランスの時のような異常事態にはなっていないようだ。

 街の向こうには低い山があり、その一帯が丸ごと城砦になっている。いわゆる山城というやつだ。

 

「つまりここは城下町ってことですね。ならどっかに手掛かりがあるはず」

 

 通行人に聞く前にちょっとは自分で調べておこう。そう考えた光己はオルガマリーを促して街路を適当に歩いていたが、とある武家屋敷っぽい家の表札に一発満額な文字を見つけた。

 

「長尾、って……もしかして景虎の故郷じゃないかここ!?」

「な、何ですってーーー!?」

 

 2人は思わずしゃっくりめいた驚きの声を上げてしまうのだった。

 

 

 




 さて、主人公とオルガマリーは無事景虎ちゃんに会えるのでしょうか……?



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ぐだぐだ本能寺
第81話 ぐだぐだ越後国


 この特異点がどのような状況になっているかはまだ分からないが、城下町にある武家屋敷に「長尾」という姓の表札がある以上、ここが戦国時代の越後国であることはほぼ間違いない。

 表札に書かれているのが姓だけで、名前が書かれていないのが惜しいところである。

 もっとも仮に今が景虎の時代だったとしても、彼女は国主の子から国主になった身だから、城の外にあるこの屋敷に住んでいる可能性はゼロに近いのだが。

 とはいえ長尾姓=国主の親族なら色々知っているはずだから、ぜひ話を聞きたいものだが、素性も知れぬ異邦人が会ってもらえるはずもない。

 いやそれ以前に―――。

 

「今このヨソ者、殿様のこと呼び捨てにしなかったか?」

「したした。確かに聞こえたぞ」

 

 今は逃げるのが先決であった。

 

「このおバカーーーー!」

「す、すいませんんん!」

 

 武士らしく(かみしも)を着て腰に刀を差した男が3人ほど追ってくる。殿様が景虎であるらしいことが分かったのは大変喜ばしかったが、ここはどうしたものだろうか。

 

「というかホントにどうするのよ?」

 

 普段は高飛車だが実はピンチに弱いオルガマリーがちょっと震えた声で訊いてきたので、光己は思案の末2つのルートを用意した。

 

「……そうですねえ。穏便なのと武断なのとどっちにしましょうか」

「とりあえず両方言ってみなさい」

「はい。穏便なのはこのまま撒いちゃうこと。武断なのは人気のないとこに誘導してから、ボコって財布をゲットすることです」

「……」

 

 オルガマリーは迷った。

 仮にも時計塔の君主を継ぐ者が、強盗の真似事なんて恥ずかしいことしたくはないのだが、夜までにお金を手に入れなければ、空腹をかかえて野宿という情けない事態になってしまうのだ。

 

(お父様……お金ってこんなに大事なものだったんですね)

 

 あの世にいる父にそんなことを語りながら、オルガマリーは今一つの懸念を口にした。

 

「ボコるって簡単にいうけど、サムライって強いんじゃないの?」

「大丈夫ですよ。そりゃ景虎や頼光さんやゴールデンは強かったですけど、今追ってきてる3人は普通の人間です」

 

 オルガマリーはサムライやニンジャに対して異国情緒的(エキゾチック)な幻想を抱いていたようだが、同じ日本人である光己はいたって現実的だった。

 今光己はオルガマリーをお姫様抱っこして走っているのだが、それに追いつけない時点でお里が知れるというものである。いや正しくは3人が遅いのではなく光己が速いのだが。

 

「……そう。じゃあ武断の方で」

「分かりました。それじゃ通行人がいなくなったら魔術でシバいてやって下さい」

「私がやるの!?」

 

 てっきり光己がやるものと思ったのに。雇用主使いが荒い新入所員だとも思ったが、しかし何もしないと、それはそれでトップとしての鼎の軽重を問われかねない。

 彼は自分を認めてくれているが、一から十までというわけではなく、パワハラの件のようにダメ出しはしてくる。だからこそ信用できるとも言えるが、せっかくの評価を保つためには相応の行動を見せねばならないのだ。

 

「ああもう何でこんなことに!?」

「そんなに気にすることないと思いますよ。素手の子供相手に刃物持って追いかけ回す方が悪いに決まってるじゃないですか。

 怖い思いしたから慰謝料ってことで」

「ものは言いようねえ……」

 

 何かもうぐだぐだな心境になってきたが、ここまできたらもうヤケだ。

 裏道に入って人目がなくなったところで、オルガマリーは追っ手に指先を向けると魔力弾を撃ち出した。

 

「グワーッ!」

 

 それを胸板に受けた先頭の追っ手があっさり気絶して倒れ伏す。2発目と3発目で3人とも倒してしまった。

 

「おお、所長やりますね!」

「私はアニムスフィアの当主ですからね。このくらいは当然よ」

 

 と言いつつもふんすと鼻息を荒げるオルガマリー。自慢げなのがモロ分かりなのが可愛らしい。

 光己はオルガマリーを下ろすと、計画通りに倒れている3人から強盗もとい慰謝料の徴収を始めた。

 

「おお、ずっしり重いな……ああ、この時代は紙幣がないからか。

 そういえば、さっきこいつら俺たちのことヨソ者って言ったよな。服ももらっとくか」

 

 みんな和服を着ている所でカルデアの礼装を着ていたら非常に目立つ。それは避ける方が賢明だろう。

 光己は容赦なく、1番体格が近い男の服をはぎ取って着替えた。

 

「所長、似合ってますか?」

「うーん、服に着られてる感じがアリアリねえ……」

 

 やはり着慣れない服は似合わないようだが、礼装よりは人目を引かずに済むはずだ。

 あとは倒れている3人の処置だが、一人前の武士が素手の小僧と女にどつかれて財布を奪われたなんて訴える方が恥になるから、放っておいても大丈夫だろう。

 

「それじゃ資金が手に入ったことですし、所長もどっかの服屋で服買いましょう」

「そうね、でも貴方が着てる男性用はともかく、女性が着てる服ってだいぶ動きにくそうなんだけど」

 

 光己が着替えてもオルガマリーがそのままでは意味がない。それは分かるが、女性が着ている服はスカート部分がかなりタイトかつ裾長なので、走りにくそうに思えるが大丈夫だろうか。

 

「そうですねえ。まあいざとなったらまた俺が抱えて走りますから」

「そ、そう? ありがとう……」

 

 まるでお姫様を守る騎士のような発言に、オルガマリーはぽっと頬を染めた。

 考えてみれば、男と女が2人きりで街を歩いて服を買いに行くというのはデートそのものではないか。胸がどきどきしてきたがどうしよう。

 

「いや待て。自分で走ってもらえば裾がはだけてパンツ見せてもらえるかも」

「あ・な・た・ね・え~~~ッ!!」

 

 オルガマリーは激怒した。必ず、かのセクハラ小僧をシバかなければならぬと決意した。

 両手で彼の頬をぐりぐりとつねってやる。

 

「ひょ、ひょひょう!? ぼ、ぼーひょくひゃんひゃい」

「じゃあ私はセクハラに反対するわっ!」

 

 ……などと微笑ましい痴話ゲンカをする一幕もあったが、着替えた方が好ましいのは明らかなので、2人は表通りに移動して服屋を探すことにした。

 改めて周りをよく観察してみると、道路はきちんと清掃され、家屋や店舗もたくさん立ち並んでいる。通行人も大勢いた。

 

「私は中世の日本のことは詳しくないけど、なかなか賑わってるのかしら」

「そうですね。景虎……様の頃の城下町はけっこう栄えてたらしいですよ」

 

 ローマで景虎に会った後、カルデア本部から文書データを送ってもらって読んだが、その頃の春日山城の城下町は何万人もの住人がいたらしい。どこまでを城下町とするかにもよるが。

 そういう街なら服屋の1軒や2軒すぐ見つかる。オルガマリーは比較的動きやすそうな薄手の小袖(こそで)を買ってその場で着替えた。

 ついでに風呂敷も買って、今まで着ていた礼装を包んでおく。

 

「似合うかしら?」

「はい、バッチリですよ」

 

 青色の地に赤や白や黄の花柄模様が描かれた、鮮やかながらも品が良いデザインの和服を着た彼女は実際絵になっている。光己の称賛はお世辞ではなかった。

 

「ありがとう。やっぱり歩きにくいけど、これで目立たなくなるわね」

「それじゃ慣れるまで手引きますよ」

「ええ、ありがとう」

 

 光己が自然に手を差し伸べてきたので、オルガマリーも素直にその手を握った。

 ちょっと温かかった。でも自分の手は……温かいと思ってもらえるだろうか?

 そんなこと聞く勇気はなかったけれど。

 

「それじゃ次は情報収集……の前に、何か食べて一休みでもします?」

 

 光己がそんなことを言ったのは、たまたま「甘味処」という看板が視界に入ったからである。一服して気を落ち着けるにはちょうどいい。

 

「そうね、そうしましょうか」

 

 ショッピングの後に食事というのはデート的に考えても一般的、もといせっかく過去の異国に来たのだから、現地のスイーツを楽しむのも一興、でもなくて。ここに来てからずっと展開が慌ただしかったから、一休みしつつ脳に糖分を補給するのは好ましいことである。そう判断したオルガマリーは光己の提案に賛成して店に向かった。

 店は21世紀の喫茶店に比べればいささか(ひな)びたつくりだったが、それなりにちゃんとしていて客も何人か入っている。

 

「いらっしゃいませー! 奥のお席にどうぞ」

 

 店員の案内について席につき、机の上にあったメニューを手に取る。

 しかし残念ながら、オルガマリーの知識では(カルデアの魔術テクノロジーのおかげで)書いてある文字は読めてもそれがどんな食べ物なのかは分からなかった。

 

「まあ、そうですよねえ……」

 

 代わりに光己が読んでみると、果物類の他に団子・羊羹・かりんとう・饅頭・どら焼き・唐菓子類・味噌松風(和風カステラ的な菓子)等々となかなかにバリエーション豊かであった。料金はちと高めに感じたが、砂糖が希少なこの時代に甘味専門店を営むからにはお金持ち向けなのだろう。

 

「しかしあぶく銭なら余ってる! 店員さん、笹団子と粉熟(ふずく)椿餅(つばいいもち)と味噌松風下さい」

 

 せっかくなので普段あまり見ないものを注文する光己。特異点暮らしが長いからか、早くも城下町に順応していた。

 なお笹団子は21世紀でも珍しくはないが、上杉謙信が考案したという説があるので彼女へのリスペクトを表したものである。

 

「お待たせしましたー」

 

 やがて店員が料理を持って来て机に並べる。小ぶりだが色とりどりの綺麗なお菓子を、オルガマリーはさっそく指でつまんで口に運んだ。

 

「…………へえー、素朴だけど自然で上品な甘みね。この苦いけど味に深みのあるお茶とピッタリ合ってるわ」

「おおー、さすがに品評の言葉の選びが違いますね。確かに美味しいですけど、あえて言わせてもらうならお値段の割に量が控えめ」

「ならもっと注文すればいいんじゃない? あぶく銭ならあるんでしょ?」

「いやそれは無駄遣いになりますんで。あとで普通のメシがっつり食べますよ」

「そう……」

 

 お菓子とお茶をいただきながらそんなことを話している内に、2人ともようやく気分が落ち着いてきた。

 というわけで真面目な話に入ることにする。

 

「当面の行動目標は、お城にいる殿様に会うことですよね」

 

 あの城の主が光己が知っている景虎で、かつローマで会った記憶を持っているなら全面的な協力が期待できる。なので会わない手はないが、身元不明の風来坊が、どうやったら殿様と差し向かいで対面できるだろうか。

 光己はちょっと悩んだが、今回は珍しくオルガマリーが楽観的だった。

 

「そんなに難しくないと思うわよ?

 詳しくは知らないけど、今のこの国って諸侯が乱立して内戦を繰り返してるんでしょう? なら、私と貴方が少し実力を見せれば、すぐ雇ってもらえるんじゃないかしら」

「それはそうなんですけど、俺たちの能力見せたら、妖術師の類と思われて弾圧される可能性が」

「ああ、そういう心配もあるのね」

 

 魔術的要素抜きでも光己にはサーヴァント並みの腕力があるが、それだけで殿様にお目通りするのは難しそうである。

 いっそのこと竜の姿を見せれば確実に会えるし弾圧も何もなくなるが、注目を浴びすぎるから最後の手段にするべきだろう。

 

「なら夜中に忍び込むってのはどう?」

「そうですね、俺1人でしたら逃げるのも簡単ですし」

 

 光己は翼を出せば空を飛べるので、夜中にこっそり城内に忍び込むのは容易だ。もし景虎が光己の期待通りの人物でなかったとしても、自分だけなら追っ手を撒くのは難しくない。

 

 

 

「―――へええ、どこに忍び込むんですか?」

 

 

 

「!!??」

 

 しかしその時突然横から声をかけられて、光己とオルガマリーは心臓が飛び出しそうなほど驚いた。

 反射的に顔を向けると、金髪の可愛い女の子がにこにこ微笑みながらこちらを見つめていた。敵意があるようには見えないが……?

 

「―――って、もしかしてリリィか!?」

「ほ、本当だわ。冬木で会った……といっても覚えてないかしら」

 

 しかも見覚えがある人物だったのでさらに驚く2人。

 すると、少女はぽんと手を打って喜びの意を示した。

 

「あ、やっぱりあの時のお2人だったんですね! また会えて嬉しいです!」

「あ、ああ……俺も嬉しいよ」

 

 光己はまだ心臓がばくばく鳴って大変だったが、とりあえずそう答えた。

 しかし記憶持ちのアルトリアリリィと偶然会えるとは。まったく想像もしていなかったが素晴らしい幸先の良さである。

 

「じゃあ立ちっぱなしも何だからどうぞ座って」

「はい、それじゃ失礼して」

 

 光己が奥に詰めると、リリィは特に気兼ねせず彼の隣の椅子に腰を下ろした。

 

「でもちゃんと声抑えてたのによく聞こえたなあ」

「私も一応武闘系のサーヴァントですから」

 

 光己とオルガマリーは先ほどの失敗に鑑みて、「お城にいる殿様に~~」のくだりからは小声にしていたのだが、やはりサーヴァントは聴覚も一般人より優れているようだ。

 

「ところでお2人だけなんですか?」

 

 リリィが辺りを見回しながらそう訊ねる。マシュやヒルドたちは別行動なのだろうか。

 

「ああ、それがな」

 

 そこで光己とオルガマリーが事情を話すと、今度はリリィがびっくり顔になった。

 

「へええ~~、そんなことが起こり得るんですか。勉強になりました。

 それでお2人はこれからどうするおつもりなんですか?」

「ああ、あのお城の殿様に会いたいんだけど、いい方法を思いつかなくて」

「それなら私が紹介しましょうか?」

 

 光己が何気なく悩みごとを打ち明けると、リリィは妙なことを言い出した。

 

「ふえ!? 紹介ってどういうこと?」

「あ、まだ言ってませんでしたね。私ここでは『上杉アルトリア』という役?みたいなのを当てはめられてまして」

「上杉……アルトリア!?」

 

 意味不明な単語に目を白黒させる光己とオルガマリー。するとリリィは詳しく説明してくれた。

 

「はぐれサーヴァントは普通はただ現界するだけなんですけど、今回は何故か『上杉景勝』という人のポジションで現界したんです。だから殿様は義母上に当たりますので、私と一緒に行けばすぐ会えると思いますよ」

「…………!!??」

 

 光己とオルガマリーはリリィの話をすぐには消化しきれず、しばらく茫然と沈黙していた。

 やがて同じ国のことだからか、先に復帰した光己がさらに訊ねる。

 

「念のために聞くけど、その殿様ってサーヴァント?」

「はい、初めて会った方ですけど綺麗で凛々しい女性ですよ。長尾景虎という方です」

「おおー……って、ちょっと待った。義母が長尾姓なのになんでリリィは上杉姓なの?」

 

 ここの長尾景虎が光己の知る彼女である可能性が高そうなのはいいが、リリィの話はちょっとおかしくないだろうか。光己がそこにツッコむと、リリィもさもありなんと頷いた。

 

「はい、それはそうなんですけど、どうもこの特異点は色々いいかげんみたいでして」

「ぐだぐだねえ……」

 

 オルガマリーが心底あきれた様子で呟く。真面目できっちりした性格の彼女には受け入れ難いことなのだろう。

 しかしリリィが紹介してくれるというのが朗報なのは事実だ。

 

「じゃあお願いしようかな。でも今の話だとリリィは殿様の養子ってことになるのに、よく1人で城から出て来られたな」

「いえ、1人じゃないですよ。ほらあそこに」

 

 リリィが視線で示した先では、数人の武士が別の机で何か食べていた。お忍びで街に出た彼女の護衛役ということか。

 そういうわけで、ようやくある程度状況を理解できた光己とオルガマリーは、リリィと一緒に春日山城に赴くことにしたのだった。

 

 

 




 というわけで、マシュたちの代わりに所長と一緒にぐだぐだ本能寺です。
 原作と違って上杉家スタートになりましたがどうなってしまうのか!?




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第82話 ぐだぐだ春日山城

 光己とオルガマリーは、アルトリアリリィの案内で景虎の居城である春日山城に向かったわけだが、その正門の脇に立っていた門番は人間の武士ではなく妙ちきりんな人型?生物だった。

 身長は1メートルくらいで二頭身、黒い軍服のような服を着ている。頭には日輪を模したと思われる形の立物(たてもの)を付けた黒い帽子をかぶり、日本刀と火縄銃を持っていた。

 黒い髪を足元近くまで伸ばしているので、性別があるなら女性だと思われる。

 

「ノッブー!」

「ノブノブ!」

 

 その上意味不明なことを言ってきたので、オルガマリーなど怖がって光己の腕にすがりついたくらいである。その腕に伝わるむちむちっとした感触からすると、なかなか立派なバストをお持ちのようだ。

 光己はとりあえず、リリィに視線で説明を求めた。

 

「……いえ、私も義母上もこの方々のことはよく分からないんです。私たちが言ってることは理解してるようなのですが……」

 

 それより問題は、城の兵士がみんな彼女たちに置き換わっていることだった。幸い城下町の住人は人間のままで、今のところ目につくほどの問題は起こっていないが……。

 

「そりゃまたおかしな特異点だなあ……所長はこのヒト?たちの正体分かります?」

 

 光己が今度はオルガマリーに訊ねてみると、落ち着いてきたのか普通に答えてくれた。

 

「人間じゃないのはもちろんだけど、生身の生物ですらないわね。

 貴方に分かりやすく言うと、ローマでアヴェンジャーのブーディカが出してた兵士と同じようなものよ」

 

 さすがオルガマリーは一流の魔術師だけあって、観察眼も鋭かった。

 つまりこの謎生物は誰かの宝具なのだろうか。ノブノブ言ってるので織田信長がまず頭に浮かぶが、日本史上有数の英雄がこんな怪しい生物を量産はしないだろう。

 

「仮にしたとして、それが長尾家に仕えるわけないしな」

 

 なので謎生物のことは棚上げにして、光己たちはそのまま城内に入った。

 春日山城は難攻不落で知られた城で、頂上にある本丸に行くには林の中の細い道を延々登っていかねばならない。加えて砦が何ヶ所もあり、例の謎生物が大勢詰めていたが攻撃はしてこなかった。

 

「どうやら本当に長尾家の味方みたいねえ……」

 

 着慣れない服で山歩きしてちょっと疲れた様子のオルガマリーがそう呟いた。

 それにしてもこの特異点、冬木とは雰囲気が全然違う。あそこはこの世の終わりとか地獄とか、そういった恐怖やおどろおどろしさを全身に感じさせる嫌な場所だったが、ここは……一言でいうなら、ぐだぐだ?

 やがて本丸に着くと、護衛の武士たちはリリィに挨拶してから去って行った。

 もっとも本丸といってもそう大きな建物ではなく、城主の私的な住居と政庁を合わせただけのもののようだ。

 3人が中に入ると、人間の女中が出迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ、姫様。お客様でしょうか?」

「ええ。義母上はおいでですか?」

「今は城内の見回りに出ておられますが、もう少しで戻られると思います」

「そうですか、では客間で待っていますので、義母上が戻られたらそう伝えて下さい。

 それとごはんはできるだけ良いものを。今はお茶だけで結構ですから」

「はい、承りました」

 

 次期当主がみずから連れて来て、しかも食事にまで口出しするとなればよほどの貴人に違いない。女中は光己とオルガマリーに深く頭を下げると、ぱたぱたと急ぎ足で去って行った。

 なお戦国時代の食事は朝と夕の1日2食である。代わりに量は多く、1回に玄米を茶碗5杯分も食べたりしたという。

 さらにいうと景虎の普段の食事は一汁一菜の質素なもので、だからリリィも「大名と一緒のものを食べるのに」あえて「できるだけ良いもの」と言ったわけだ。

 

「では上がって下さい!」

 

 リリィの先導で客間とやらに入る光己とオルガマリー。そこは十畳くらいの広さの、特に飾り気のない和室だった。

 仮にも城の主が来客を迎えるにしてはいささか質素である。しかしリリィが(ふすま)を開けると、なんと城下町が一望のもとに見下ろせるではないか。

 青い空、たなびく白い雲、山の緑、麓の街並み……何とも言えぬ絶景だった。

 

「………………おおぅ、これはいい景色だな」

「そうね、これが日本的情緒(ジャパネスク)ってやつかしら」

「そうでしょうそうでしょう! 山の上の城って普段の暮らしには不便だと思いますけど、景色はすごくいいんですよね」

 

 リリィがえっへんと胸を張る。なるほど、風景の良さを強調するためにあえて室内は飾らなかったというわけか。

 光己とオルガマリーは景色を堪能すると、女中が持って来てくれたお茶を飲みながら景虎が来るのを待った。

 20分ほども経っただろうか。襖の向こうから若い女性の声が聞こえた。

 

「お客様だそうですね、アルトリア。お待たせしました」

 

 襖を開けて現れたのは、光己が知っているのと寸分変わらない姿の彼女。しかし記憶の方はどうだろうか?

 そして景虎の方はといえば。

 

「マ……マス、ター……!?」

 

 光己の存在に気づくと、信じられないものを見たかのように茫然自失して立ちすくんだ。

 この反応なら記憶を持っている。そう判断した光己は立ち上がって、ゆっくり彼女に近づいた。

 それでも動きを見せない景虎にそっと声をかける。

 

「……景虎、って呼んでいいのかな?」

「―――!」

 

 すると景虎は一瞬びくっと体を震わせ―――ついで堰を切ったような勢いで光己に抱きついた。

 

「はいっ! マスター、マスター……ずっとお会いしたかったです。

 ずっと待ってましたけど、まさか本当に来てもらえたなんて……嬉しいですっ!!」

「良かった、覚えててくれてたんだな!」

 

 やはり彼女は記憶を持っていてくれた。特異点修正がやりやすくなるとか、そういうことより以前の関係をそのまま続けられることが嬉しくて、光己も感動を満面に表しながら景虎の背中を抱き返した。

 

「ん~~~~~んっ……やっぱりマスターの腕の中は居心地いいです!」

「うん、俺もマジ幸せ……これは夕飯まで、いや明日の朝までずっとこうしてるしかないな!」

「はい、ぜひそうしましょう!」

「景虎……!」

「マスター……!」

 

 完全に2人の世界に浸って再会の喜びを分かち合う光己と景虎。マスターとサーヴァントが仲睦まじいのは大変結構なことだったが、抱き合う姿を10分も見せつけられたら、さすがに腹が立ってくるというものである。

 

「2人とも、そろそろこっちの方も見てもらえるかしら?」

 

 というわけで、オルガマリーが普段より1オクターブほど低くこもった声でクレームを入れると、2人はようやく我に返ってぱっと離れた。

 

「……え、って、しょ、所長!? あー、いや、これは不躾なところをお見せしまして」

「いやあ、私としたことがまた取り乱してしまって面目ありません」

 

 しかしそこから座る動作が鏡に映したように同じテンポだったのにはもう笑うしかなかったが。

 まあ深く突っ込んでも良いことはなさそうなので、オルガマリーはさっさと話を先に進めることにした。

 

「じゃあ改めて自己紹介をしておこうかしら。私はオルガマリー・アニムスフィア。カルデアの所長で、こちらの藤宮の雇用主でもあります」

「ふむ、ローマでマスターが時々話をされていた方ですね。

 長尾景虎と申します。今はこの特異点で越後国の国主になっています」

 

 オルガマリーが名乗ったので景虎も自己紹介をしたが、ちょっと不審なことがあった。

 

「それで、マシュ殿たちはいずこに?」

 

 これはリリィにも聞かれたことで、光己とオルガマリーはまた同じことを話した。すると景虎は持っている知識が違うのか、リリィほどには驚かず、代わりに妙に嬉しそうな顔を見せる。

 

「……? 今の話に何かいいことでもあった?」

「はい。ここは確かに特異点ではありますが、実際は帝都聖杯とかいう怪しい聖杯が暴走したせいでできた異空間です。そこに通常のレイシフトではなく夢の中で来たお2人にとっては、いわば邯鄲(かんたん)の夢に過ぎません」

「カンタンノユメ?」

 

 オルガマリーには理解できない言葉だったが、光己には一応分かった。要するにここで何年過ごしても、カルデアで目が覚めた時は一晩しか経っていないということなのだろう。

 そういえば無人島でも時間の流れが違っていたし、隠れ里効果(ヘルズキッチン)という言葉もある。景虎の言葉は信じてよさそうだ。

 

「はい。ですのでローマの時みたいに日数を気にする必要はありません。精いっぱい歓待しますので、4ヶ月といわず4年でも40年でもゆっくりしていって下さい」

「んー、景虎にそこまで言われると気持ちが揺らぐなあ」

 

 なるほど、夫婦(ではないが)水入らずでずっと暮らせるのを嬉しがってくれたのか。光己にとっても景虎(とリリィ)がいてくれるならそこまで悪い話ではなかったが、当然ながらオルガマリーが納得するわけはない。

 

「何言ってるのよ貴女! 仮に貴女の言う通りカルデアでは一晩しか経たないとしても、何もせずにいたら、その帝都聖杯とやらを他のサーヴァントに奪われてロクでもないことになりかねないでしょう」

「むうー」

 

 オルガマリーが言うことは残念ながら真っ当なので、景虎はぷうっと頬を膨らませたが抗弁はしなかった。

 

「それより今この特異点がどうなってるのか教えてもらえるかしら?」

「……そうですね。

 基本的には日本の戦国時代……おおむね永禄3年頃の状況を再現しているようです。ただ兵士があの謎生物になっていたり、一部の大名がサーヴァントに置き換わっていたりします」

「へえー」

 

 永禄3年と言われても、オルガマリーはもちろん光己にもすぐにはピンと来なかったが、そこでリリィが西暦だと1560年で桶狭間の戦があった年だと教えてくれた。

 景虎が関東遠征をした年でもあるが、2件ともここではまだ行われていない。

 

「で、その置き換わった大名って?」

「私が知る限りでは、武田ダレイオスと北条アルトリア・オルタの2名です。他にもいるとは思いますが、全員が換わったわけではありません」

「……。何ていうかこう、力が抜ける名前だな」

「そうですね、おかげで私も今いち出陣する気力が湧かず」

 

 景虎もそれなりに困っているようだ。

 

「それに聖杯がどこにあるかはまだ分かっていないのです。

 手を尽くして調べてはいるのですが、それらしい情報は入っていません」

 

 1番可能性が高いのは京都近辺だが、今は特に異常は見られない。朝廷と幕府にもサーヴァントや謎生物の姿はないらしかった。

 

「なるほど……」

 

 それでは動きようがない。それとも普通の聖杯戦争のように、サーヴァント同士が戦って最後の1騎になれば手に入るのだろうか。

 

「それだと最後は私と義母上が戦わなきゃいけないんですよね。せっかく仲良くなれたのに……」

 

 するとリリィがちょっと悲しげに顔を伏せた。

 景虎とリリィがこの特異点に現界したのは2ヶ月ほど前で、最初はお互い戸惑ったが、今は世間一般の義母と義娘くらいには打ち解けられている。それに共通の(元)マスターもいるのだし、争いたくはないのだが……。

 

「私もそなたと戦いたくはありませんが、しかし今のところ他に手立てがないのも事実。先のことはその時考えることにして、今は私たち以外のサーヴァントを討つということで良いのでは?」

 

 なお景虎は武田家や北条家には生前のリベンジをしたいという私的な欲求もあったのだが、リリィの前なのでそれは言わなかった。

 

「そうですね、そうしましょう」

 

 リリィも納得したので、いよいよ長尾家は聖杯奪取のため動き出すことになった。

 具体的な方針としては、①武田家を討つ、②北条家を討つ、③強豪である2家を避け、西進して京都に向かう、の3つが考えられる。東北地方は危険度が低いから後回しでいいだろう。

 

「どれにしましょうか?」

「俺だったら①一択だな。先に②と③やったら絶対ちょっかいかけてくるだろ、史実的に考えて」

 

 景虎の議題提起に光己がこう答えると、軍神少女は我が意を得たりと手を打った。

 

「さすがマスターは分かってますね! 何しろ信玄坊主は約束破りの常習犯の上に、陰険な謀略が大好きなタヌキ親父でしたから。ダレイオスに置き換わってどうなったかは分かりませんが、先にしとめておくに越したことはありません」

「だよなー。ただ信濃はともかく甲斐は貧しいから、税収(あがり)はあんまり期待できないんだよな」

 

 サーヴァントを倒すだけならあまり関係ないのだが、特異点暮らしが長くなるなら為政者サイドとしては無視できない問題である。まさか越後のお金を甲斐につぎ込むわけにもいかないし。

 

「まあその辺は信玄を討ってから考えましょう。それより今度こそカルデアに行きたいので、先に契約しておきませんか」

 

 ローマでは一緒に帰れないと分かっていたが、ここからなら行けるかもしれない。景虎がこう提案したのは必然だった。

 

「おお、それは忘れちゃいかん話だな。今すぐやっとこう」

 

 無論光己にとっても必然である。速攻で契約を結ぶと、リリィも手を挙げてきた。

 

「そういうことなら私も! 私ももっとお役に立ちたいですから」

「ありがと、それじゃさっそく」

 

 光己の答えはOKに決まっているわけで、リリィとも契約してラインをつなげた。

 これで2人をカルデアに連れて帰れる可能性が出てきたが、ふとリリィが心配そうな顔をする。

 

「あ、勢いで契約しちゃいましたけど、魔力は大丈夫ですか?」

 

 カルデアからの魔力が来ているならいいのだが、そうでなかったら続けて2騎と契約するのは自殺行為だろう。しかし光己は平気な顔をしていた。

 

「ああ、大丈夫だよ。理屈はよく分からんけど、魔力はちゃんと来てるから」

「そうですか、なら安心ですね!」

 

 一安心したリリィが、白い百合がぱあっと開くような眩しい笑顔を浮かべて光己の手を取る。景虎も負けじと彼の腕に抱きついた。

 ―――そんな3人の傍らで、中世日本の知識がなくて話に入れなかったオルガマリーが若干空気になっていたけれど。

 

 

 




 イベントでまで日数経過すると人理修復の締め切りが危なそうなので、レムレム特異点は一晩で終わることになりました。
 北条アルトリア・オルタというのは「ファイナル本能寺2019」に出てきた設定であります。




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第83話 ぐだぐだふるまい風呂

 こうして長尾家の行動方針は決まったが、だからといって今すぐ出陣できるわけではない。光己はともかくオルガマリーは疲れているようだし。

 

「ですので、今日のところはゆっくり休んで下さい」

「うん、ありがと。ところでさっき永禄3年だとは聞いたけど、何月の何日?」

 

 これはただの世間話ではなく、戦国時代の兵士は半農半兵なので農繁期には出陣できない、もしくは動員できる兵力が減るという事情を踏まえての質問である。

 ウォーモンガーである景虎には、その趣旨はすぐに通じた。

 

「4月5日です。農繁期ですが、幸か不幸かあの謎生物―――私たちはちびノブと呼んでいますが―――は農業ができませんので、逆に積雪期以外はいつでも出陣できるようになってます。

 彼女たちは見た目はかわいらしいですが、生半可な人間より強い上に武器を自前で持っていますので、兵士としては非常に優秀ですね」

「へえー」

 

 つまり軍神がさらに強くなるということか。人間兵のままの大名にとっては災難なことになるだろう……。

 

「……っと、そうだ。こういうシチュエーションだったら、未来知識でチートってのがお約束だよな。まあ特異点修正されたら無かったことになるんだけど」

「未来知識でチート?」

 

 首をかしげた景虎に、光己は具合よく覚えていた農具について語った。

 

「うん。千歯扱(せんばこ)きとか備中鍬(びっちゅうぐわ)とかいってね」

 

 両方とも江戸時代に発明された優秀な農具である。これを実用化したあかつきには、景虎は軍神としてだけではなく農神としても崇められるようになるだろう。

 

「わ、私が農神ってちょっと照れますね。

 しかしマスターの言う通り、この特異点が修正されたら無かったことになるのに何故?」

「そこはそれ、どこの誰とも知れぬ風来坊が国主にべったりくっついてたら、良く思わない人も多いだろうからさ」

 

 何らかの知恵を提供しておけば、多少は風当たりがやわらぐだろうという意味だ。ローマではアルトリアズがネロの従姉妹になったから良かったが、ここでは別の方策を考えるべきだと思ったのである。

 

「なるほど、さすがはマスター……!」

 

 景虎はこの手の人情には疎いのだが、理屈としては分かる。感動と尊敬の目で光己を見つめた。

 ……おっと、ここはもう1人の客人にも訊ねておくのが礼儀というものだろう。

 

「アニムスフィア殿は何かありますか?」

「え゛!?」

 

 不意に声をかけられて、オルガマリーは裏返った声を上げた。

 ただでさえ中世日本のことなんてほとんど知らないのに、適用できる未来知識なんてそんな簡単に思い浮かぶはずがない。

 しかしここで無いと言えば所長としての体面にかかわる。オルガマリーは必死に知恵を絞った。

 何か何か何か何か……あった!

 

「そ、そうね。ここに来るまでに聞いたんだけど、越後国って海に面してるのよね?」

「はい、海岸線は長い方ですね」

「なら貝殻を砕いて粉にすれば、肥料や洗剤になるわ。具体的にどれくらい使えばいいかは状況次第だから、試行錯誤が必要だけど」

「ほほぅ、そのようなことが……分かりました、宇佐美定満(うさみん)にでも言ってやらせてみましょう」

(よし、やった!)

 

 景虎が納得して頷いたのを見て、オルガマリーは内心でガッツポーズを決めた。この特異点にいつまでいるかは分からないが、今は窮地を乗り切ったのだ!

 ほーっと安堵の息をつくオルガマリーをよそに、景虎はまた光己の方を向いた。

 

「ところで話は変わりますが、マスターはふるまい風呂というのをご存知ですか?」

「そりゃもう、知らないわけがないな。お客さんと一緒にお風呂に入ることだろ?

 つまり景虎が混浴してくれるってことでFA?」

「はい、明日の朝まで一緒って約束しましたから!」

 

 絆レベル7だけあって話の進みが恐ろしく速かった。オルガマリーが慌てて止めに入る。

 

「ちょ、ちょっと貴方たち何考えてるのよ!? いきなり混浴なんて!?」

「「マスターとサーヴァントが親睦を深めることのどこに問題が?」」

 

 打ち合わせしたわけでもないのに、光己と景虎の返事がきれいに唱和する。阿吽の呼吸とはこのことか。

 

「あ、貴方たち本当に仲いいわね」

 

 恋人同士という風には見えないが、よくまあここまで親しくなったものだ。オルガマリーはちょっと引いてしまった。

 

「でもほら、貴方も新入りとはいえカルデアの所員なんだから、それなりの風紀とか節度というものをね」

「でもマスターとサーヴァントって、Hして魔力供給するケースもよくあるって聞きましたけど」

「誰から聞いたのよそんなこと!?」

 

 間違いではないが、元一般人に何てことを吹き込むのか。普通の聖杯戦争では必要になることもあるかもしれないが、カルデア式なら要らないのに。

 

「清姫です」

「子供のくせに何考えてるのよあの娘!?」

 

 オルガマリーはカルデアに味方してくれているサーヴァントについては、伝記等を読んで経歴を把握している。それによれば、清姫は満年齢で12歳の時、一夜の宿を借りた旅の僧に一目ぼれして夜這いを仕掛けて……。

 

「……って、あの娘ならむしろ当然の行動ね!?」

 

 オルガマリーは頭を抱えてごろごろと転げ回った。何てこと、このままでは父から受け継いだ大事なカルデアがラブホ〇ルになってしまう!

 光己が慌ててなだめる。

 

「まあまあ、落ち着いて下さい所長。そんなに暴れたらパンツ見えますよ」

「!?」

 

 オルガマリーは顔を真っ赤にしながら起き上がると、脚を閉じて裾を直した。

 なお光己はオルガマリーのかなり大人っぽいデザインの黒シルクをちゃんと目視していたが、彼女の名誉と羞恥心に配慮して口には出さずにおいた。

 

「清姫のことはともかく、ここはカルデアじゃないんですから、そこまで深刻に考えなくてもいいと思うんですが」

「……そうね」

 

 確かにその通り、中世の異国にカルデアのルールや倫理観を持ち込むのは正当とはいえまい。はなはだ遺憾ながら、オルガマリーはそこは妥協することにした。

 

「それなら仕方ありません。私も一緒に入ります」

 

 しかしだからといって、このセクハラ少年と有能かつ高い地位についている現地サーヴァントを、2人きりで混浴なんてさせるわけにはいかない。オルガマリーは人理とカルデアの名誉のために、身を捨てて光己との混浴を敢行する決意を表明した。

 

「へ? そりゃまあ俺としては歓迎ですが……」

「それなら私もご一緒します。私だけのために女中さんの仕事増やすのは悪いですから」

 

 するとリリィまでが手を挙げたので、オルガマリーは慌てて止めた。

 

「ええっ!? いえいえ、貴女までそんなことしなくても」

「いえその……所長さんの方こそ重大に考えすぎてませんか? ハダカでお湯に浸かるわけじゃなくて、湯帷子(ゆかたびら)というのを着てサウナに入るだけですよ」

「へ? あ、そ、そうなの……」

 

 オルガマリーはかくっと脱力して肩を落とした。それならだいぶハードルが下がる。

 誰とでもとはいかないが、光己ならまあ重大な決意まではしなくてもOKといったところだ。

 なお湯帷子というのは浴衣の原型で、火傷防止・汗取り・裸を隠す等のために着用されていたという。

 

「おや、2人とも来るんですか? まあいいです、それじゃさっそく行きましょうか」

「へ? お湯沸かすのって結構時間かかるんじゃないの? 何なら俺がやってもいいけど」

 

 蒸し風呂には湯気が必要なわけだが、この時代では大釜で湯を沸かして、そこから出た湯気を浴室に送る仕組みになっている。釜の大きさにもよるが、5~10分くらいはかかると思われるが……。

 

「大丈夫ですよ。この部屋に来る前に『貴人がお見えになった』と聞きましたから、その時に命じましたので。

 もちろんマスター以外の殿方とは一緒には入りませんが。

 私、人の心はまだよく分かりませんが、マスターのことなら分かりますので!」

「おお、それでこそ俺の景虎!」

 

 自慢げに胸を張った景虎を、光己はがばっと抱き締めた。

 いくつもツッコミ所があるやり取りだったが、当人は満足そうだから問題はないだろう。多分。

 それはともかくお風呂である。更衣室に入ったら、光己は当然のように女性陣の着替えを鑑賞しようとしたが、これも当然のようにオルガマリーに叩き出された。

 

「鬼! 悪魔! 所長!」

「失礼ね!?」

 

 新入所員が何かわめいているが、何と言われようと戸を開けてやる気はない。オルガマリーは自分を含めて3人ともきちんと着替えてから、光己を中に入れてやった。

 なお3人が着ている湯帷子は、ありていに言えば日本の温泉旅館によくあるような、浴衣の袖と裾を少し短くしたような代物である。素材は木綿で、白地に紺色で菖蒲(しょうぶ)柄が描かれていた。

 

「おおー……シンプルな服だと素材の良さが際立ちますね。カメラがないのが残念です」

「んー、まあ及第点ということにしてあげましょう」

 

 するとレディへの礼節として一応褒めてくれたので、先ほどの暴言は許してやることにした。

 実際オルガマリーは色と柄のイメージもあって、いかにも知的で涼やかな美人という感じだし、景虎は(生前は)普段から和服を着ていただけあって、パシッと着こなして実にカッコいい。リリィは初々しさがさらに強調された感じがベリー可愛かった。

 

「じゃ、貴方も着替えなさい」

 

 オルガマリーがそう言って後ろを向く。

 しかし考えてみれば、新入所員のセクハラや暴言をこんな簡単に許すとは、ずいぶん丸くなったというか、えらく仲良くなったものだと思う。

 初対面の時は考えもしなかった事態だ。無論嫌ではないが。

 

「でもアレね。バスタオル1枚とかだったら下着つけてなくても気にならないんだけど、なまじちゃんとした服だとかえって意識しちゃうわね」

「つまり今所長はノーパンノーブラだと!?」

「口に出して言うなぁぁぁ!」

 

 光己がくわっと目を見開いて凝視してきたので、オルガマリーは手拭いをその顔面に投げつけた。

 

「わぷっ!? いや先に言ったのは所長じゃないですか」

「そ、それはそうなんだけど、もう少しデリカシーってものを覚えなさい」

 

 何かもうぐだぐだであった。特異点に来たその日に現地サーヴァント2騎を味方にできた上に、衣食住を確保できたのは大変幸運なことのはずなのに、そんな気が全然しない。

 

「んー、待てよ。するとつまり景虎とリリィも下着なしってこと?」

「はい、もともと女性には(ふんどし)に相当するものはありませんしね」

「も、もうマスターそんなにじろじろ見ないで下さい」

 

 景虎は平然としていたが、リリィの方は真っ赤になって腕で胸と腰を隠しているのが、光己の方が悶えそうなほど可愛い。

 しかしあまり見つめるのはさすがにマナー違反なので、光己はこほんと咳払いしていったん空気をリセットした。

 

「それじゃそろそろ入ろうか!」

「はい、ではどうぞ!」

 

 景虎が先導して戸を開けた先は、10畳くらいの広さの板敷きの部屋だった。奥の方の一角はスノコになっていて、その隙間から白い蒸気が立ち昇っている。

 もう一方の隅には陶製の大きな壺が置いてあり、中には水が入っていた。下に桶が置いてあるので、出る時に水を浴びて体を洗うためのものだろう。

 左右の壁沿いには木製の長椅子が置かれていた。

 

「へえー、本当にサウナなのね……でも何か草の匂いがしない?」

「よく気づかれましたね。湯を沸かしている釜にヨモギを入れてあるのです」

「ほほぅ、薬草蒸し風呂とはシャレてるな」

 

 光己が感心してそう褒めると、景虎はまたふんすと胸を張った。

 

「はい、貴人が来たと聞いた時に、もしかしたらマスターかもしれないと思いましたので。

 それにほら、ローマの風呂にはこういう趣向はありませんでしたよね」

「おお、言われてみれば」

 

 どうやら景虎はローマのテルマエに対抗意識を持っていたようだ。

 光己としても自国の文化が負けっ放しというのが面白いはずはなく、景虎の気遣いは大変喜ばしいことだった。

 

「そだな、同じ風呂好き民族として負けてはいられんからな」

「はい! やはりマスターは分かってらっしゃいますね」

 

「……えーと。マスターと義母上は放っておいて、所長さんはもう座って良いのでは」

「……そうね、そうさせてもらうわ」

 

 光己と景虎が意気投合してハイタッチを始めたので、付き合っていられなくなったオルガマリーとリリィは先に椅子に腰を下ろした。

 大きく息をついて、今日1日の疲れを吐き出すオルガマリー。

 

「はあー……今日はいろいろあったけど、とにかくここまで来られて良かったわ」

「そうですね、私もお2人と会えて嬉しいです!」

「そ、そうね、ありがとう」

 

 リリィはいつも天真爛漫で、多少はヨゴレてしまっているオルガマリーには大変眩しい。油断していたら「ウボァー」とか言って浄化されそうである。

 そしてしばらく雑談していると、光己と景虎も隣に座ってきた。

 

「貴方たちホント仲いいわねえ。まあそのおかげでこんな歓待してもらってるんだけど。

 というか、マスターがサーヴァントに衣食住を世話してもらうケースは初めて聞くわね」

「そうなんですか?」

 

 ちょっと興味が湧いた光己がそう訊ねると、オルガマリーは一般的な聖杯戦争について解説してくれた。

 

「普通はサーヴァントはマスターが準備万端整ってから呼ぶものだから。そもそもサーヴァントは現世には生活基盤がないんだから、マスターが面倒見るのが一般的ね。

 そう考えると、私たちがやってる特異点修正はやっぱりいろいろ特殊ね」

「なるほど……」

 

 確かにその通りだ。今回光己とオルガマリーが景虎とリリィに会えたのは、本当に幸運だったのだろう。

 

「……ふう」

 

 オルガマリーがまた息をついて、後ろの壁に頭をもたせかける。やはり疲れていたようだ。

 それは良かったが、浴衣を着るのは初めてだからか襟が緩んでいた。汗ばんだ胸の谷間が光己の視界に入る。

 

(おおぉ、やっぱ所長なかなかおっぱい大きいな……)

 

 しかしじっと見つめていたらすぐバレるので、視線を固定せずにさりげなく目に映った風を装う光己。実に思春期だったが、そんな彼の反対側から袖を引く者がいた。

 

「ん?」

 

 光己がそちらに顔を向けると、景虎がちょっとむくれた様子でじーっと彼を見つめていた。どうやらヤキモチを焼いたようだ。

 しかしよく見れば彼女の胸元もはだけているではないか。オルガマリーの2倍(当社比)くらい。

 

(うぉぉ、景虎も意外と立派だ……!)

 

 ただ自分を見ろというだけではなく、ちゃんとサービスもしてくれるとは、やはり景虎は良い娘だった!

 しかしオルガマリーとリリィの前でそれ以上のことをするわけにもいかず、光己は幸せながらも悶々としたひと時を過ごしたのだった。

 

 

 




 イギリスかフランス辺りの特異点なら所長はもっと口挟めるのですが、イベント特異点は日本が多いんですよねぇ……。




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第84話 ぐだぐだ川中島

 お風呂から出て一服したら、そろそろ夕食の時間である。アルトリアリリィが最初に言ったように上等なご飯が出てきた。

 景虎は出陣の前には将兵に豪華な食事を振る舞ったといわれている。その「かちどき飯」をちびノブたちには明後日出すが、光己とオルガマリーには今日も出してくれるわけだ。

 メニューはまず大盛りのご飯に具沢山の味噌汁、それに刺身、焼き魚、煮物、和え物、(なます)、鳥肉の炙り焼きといった山海の幸がわんさと出て来る。

 

「おおー、久しぶりの和食……!」

 

 かれこれ5ヶ月ぶりだろうか。懐かしい匂いが光己の鼻孔をくすぐる。

 それも上杉謙信ご本人に振る舞ってもらうとか、21世紀日本の歴史マニアが聞いたら血涙を流して羨みそうな案件ではないか。特異点行脚も良いものだ。

 

「日本食はヘルシーだって聞くから楽しみね。

 1日2食ならたくさん食べておかないと」

 

 オルガマリーはこの程度の認識だったが、21世紀のヨーロッパ人ならまあこんなものだろう。

 

「ではどうぞ、召し上がって下さい!」

「いただきまーす! …………おお、これはなかなかいけるな……!」

 

 味付けは21世紀とはだいぶ違うが、十分に美味といえるレベルだ。久々の故国の料理に光己は舌鼓を打った。

 オルガマリーも気に入ったのか、美味しそうに食べている。

 ところで4人は今日はもう仕事はないので、正式な名称は分からないが、いわゆる浴衣寝巻きっぽい服を着ている。つまり女性3人は今もノーブラノーパンという、思春期少年にとって大変に刺激的なシチュエーションであった。

 具体的には着慣れてないオルガマリーが足を崩して太腿やその上まで露出してくれたら嬉しいなあということだったが、名家のお嬢様だけに行儀が良くてなかなか隙を見せてくれなかった。悲しみ。

 

「マスター、お代わりいかがですか?」

「おお、もらうもらう」

 

 それはそうと上杉謙信にご飯をよそってもらうとかすごいパワーワードだ。光己は遠慮なくいただいた。

 最後はデザートとしてビワが出てきた。至れり尽くせりの饗応で、光己もオルガマリーも大満足である。

 

「ごちそうさま! 美味しかったよ」

「そうね、極東の田舎島国と思ってたけど考えを改めるわ」

 

 プライドの高いオルガマリーにここまで言わせるとは、さすがは古代より食事には並々ならぬ情熱を注いできた大和民族の面目躍如というところか。なおリリィも生前は「雑でした……」の国だったので、国主の跡取り=好きなものを好きなだけ食べられる暮らしは大変結構なものだったりする。

 

「はい、お粗末さまでした。お2人に喜んでもらえて良かったです」

 

 できるだけいい物を出したとはいえ、450年も未来の人たちの舌に合うかどうか景虎はちょっと不安だったのだが、光己とオルガマリーの反応は思ったより良好でほっと胸を撫で下した。

 この分なら、2人がこの特異点に数ヶ月居座ることになっても食事面での不満は抱かれずに済むだろう。

 ―――電気がない時代は現代人ほど夜更かししない。しばらく食後のだんらんを楽しんだらもう寝る時間だった。

 

「ほんの1週間前のことですが、夜着(やぎ)というものが手に入りまして。ぜひ使って下さい」

 

 現代の掛け布団に当たるものだが、実態は着物の中に綿を入れたものである。敷布団については木綿の袋に綿を詰めた現代の代物に近いものが出現しており、当然高級品だが大名である景虎は複数所持していた。

 

「へえー、あったかそうだな」

 

 しかしこんな物にくるまっていては夜這いはできないし、景虎の方から来てくれることも期待できない。とても残念だったが、そんな光己に景虎がついっとしなだれかかった。

 

「ん?」

「マスター、寝る前にもう一品召し上がってほしいものがあるのですが」

「え」

 

 艶っぽい流し目で見つめられて、思春期少年の心臓がどくんと高鳴る。これはまさか!

 

「もちろん、私です。どうぞお好きなように」

「じゃあいただきまーす!」

 

 光己は速攻で景虎を押し倒そうとしたが、それ以上の神速でオルガマリーが割って入ったため宿願はかなわなかった。

 

「のーさんきぅぅぅぅ!! えっちなのは悪い文明!!」

「そうですね、冗談です。明日は忙しくなるので早く寝ましょう」

「…………俺の気持ちを裏切ったな! 父さんと同じに(?)裏切ったんだ!」

 

 というか、からかわれただけだったとは。光己は怒りと弾劾の声をあげたが、その叫びに応える者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 翌日は景虎が光己とオルガマリーを家中の者に紹介したり、2人が提供した未来知識を実用化する手はずを進めたり、その後は出陣の支度をしたりと忙しく流れていった。

 そしてその翌日。いよいよ長尾軍1万3千は武田ダレイオスを討つべく、春日山城を発って武田家の本拠地である躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)めざして進軍を開始した。

 ただ兵士は大小の指揮官も含めてちびノブだけで、人間は光己とオルガマリーの他は景虎たちの世話役10人だけである。ある意味フランスやローマよりおかしな特異点だった。

 

「それでどんなルートで進むの? やっぱり川中島で戦うの?」

 

 マスターだろうと所長だろうと、日本の戦国時代での作戦行動については長尾景虎に口出しできるほどの見識はない。といって何も知らずにいるのも何なので、光己はとりあえず今後の見通しについて訊ねてみた。

 

「そうですね。サーヴァントが逸話を再現する力を持つと同時に逸話に縛られる存在であるなら、そうなる可能性は高いと思います」

 

 むしろ景虎は意図的に逸話に合わせようとしていた。彼女が今回動員した1万3千という人数は、最も有名な第4次川中島合戦の時に彼女が率いたのと同じ人数なのである。

 なぜそうしたかといえば、この第4次では景虎が信玄と一騎打ちする場面があるからだ。ダレイオスを討つにはうってつけのシチュエーションといえよう。

 

「あの時は惜しくも逃がしてしまいましたが、今回はマスターのために勝ってみせます!」

 

 景虎のこの発言は単なる大言壮語ではない。

 まず景虎はダレイオスと違って本人だから知名度補正を受けられるし、何よりも光己がいる。サーヴァントはマスター次第で発揮できる力に天地の開きが出るものなのだ。

 

「うん、頼りにしてるよ。俺もできるだけのことはするから」

「はい、ありがとうございます! ところでマスターはダレイオスという人物のことをご存知ですか?」

「いや、聞いたことないなあ」

 

 残念ながら光己はその名に聞き覚えはなかったが、オルガマリーは知っていた。

 

「多分アケメネス朝ペルシアの国王ね。サーヴァントになるほどの知名度があるのは一世と三世だけど……」

 

 三世は征服王イスカンダルに敗れて国を失った王で、有能さを示す逸話は聞いたことがないが、一世はアケメネス朝の実質的な創始者ともいわれる存在で、政治・軍事とも実績を残している。

 ただどんな宝具を持っているかまではオルガマリーにも想像がつかなかった。アルトリアやジークフリートとかと違って、ファンタジーな武器を持ってたりはしないので。

 

「なるほど……」

 

 一世の方が信玄の知識をインストールされていたら相当な強敵になりそうだ。景虎は改めて気を引き締めた。

 さらに進んでいくと、斥候から武田軍が北上しつつあるという情報が入った。

 

「ほう、やはり武田も動いていましたか」

 

 兵力は推定2万人、ほとんどがちびノブだそうだ。第4次川中島合戦の時の武田軍が2万人だったから、これは本当に逸話再現の方向に行きそうである。

 また武田軍には総大将のダレイオスに加えて、「真田メドゥーサ」なる女性の武将がいるらしい。

 

「メドゥーサ? うーん、聞いたことがない名前ですね」

「あ、私知ってますよ!」

 

 景虎は知らなかったが、リリィと光己とオルガマリーは知っていた。ギリシャ神話に登場するゴルゴン3姉妹の末妹で、姿を見た者を石にしてしまう力を持つと言われている。

 ただ彼女を討ち取ったペルセウスは、「鏡のように磨いた盾に映った彼女の姿を見ながら戦った」そうなので、直接見るのでなければ大丈夫だろうけれど。

 またこの時代の真田といえばおそらく幸隆だが、武田二十四将にも数えられる頭脳派の名将である。手強い相手だ。

 

「ふむ……」

 

 さすがの景虎もちょっと考え込んだ。真田はともかく、見るだけで石にされるというのは恐ろしい。

 それにこちらが敵将の情報をつかんだ以上、こちらの情報もある程度つかまれていると見るべきだ。光己とオルガマリーのことまでバレていないといいのだが……。

 

「とりあえず、鏡の盾を用意しましょうか」

 

 日本では三種の神器の1つが鏡であるほどに、その歴史は古く、しかも神聖視されている。しかるべき儀式を施した霊力ある鏡ならば、逆にメドゥーサを石化させることすらできるかもしれない。

 

「そうね、それは私が請け負うわ」

 

 するとオルガマリーが手を挙げた。一流の魔術師である彼女なら適任だろう。

 その作業のためちょっと進軍ペースを下げつつ、さらに川中島に近づく長尾軍。第4次の再現をするべく、まずは妻女山(さいじょさん)という高さ400メートルほどの山に布陣した。

 

「さて、信玄……じゃないダレイオスはどう出ますかねえ」

 

 その山頂から景虎たちが様子を窺っていると、武田軍はその北の海津城(かいづじょう)に入った。

 ここまでは史実通りだが、この後はどう動くだろうか。史実通りに別動隊を出せば、兵が少なくなった本陣を長尾軍に突かれるわけだが。

 

「でも向こうもそれ知ってるなら、何がしかの対策は取るよなあ」

「そうねえ」

 

 それくらいは光己やオルガマリーにも分かる。ところが意外にも、武田軍は史実をなぞって深夜に別動隊を出してきた。本隊も史実通り城を出ている。

 

「おおお、どういうつもりなんだ……もしかしてあれか、ダレイオスとメドゥーサは一騎打ち、じゃない2対2で景虎とリリィに勝てる自信があるってことか!?」

「おそらくそう思ってはいるでしょうね」

 

 途中経過がどうであれ、景虎とリリィを討てば武田軍の勝ちとなる。逆にダレイオスとメドゥーサが斃れれば武田軍の負けになるわけだが、まあ英霊たる者自分の強さには自信があって当然というところか。

 

「で、こっちはどうする?」

「そうですね。私も勝つ自信はありますが、わざわざ敵の思惑に乗る必要はありません。

 夜中ならマスターが竜の姿になっても見えにくいですから、本隊の方にぶっぱで決めましょう」

「デジマ」

 

 確かに光己の竜モードは胸の紋章と鳥の翼以外は黒いから、ドラゴンだと見破られる可能性は低そうだが、この軍神ちゃんなかなか容赦ないお方のようである。今まで考えてきた作戦を全部ブン投げているし。

 まあちびノブが人間じゃなくて宝具で出てくる魔力製オートマタのようなものだというのなら、光己としてもそこまで忌避感はない。

 なおドラゴンは暗視能力というのがあって、夜間でも敵軍の様子を見渡すことができる点も夜襲に向いていた。

 

「アニムスフィア殿を1人で残すわけにはいきませんから、リリィは留守番お願いしますね。なるべく早く帰ってきますから」

「はい、お任せ下さい!」

 

 こうして作戦が決まり、竜モードになって飛び立つ光己。景虎は彼の頭の上にいるが、落ちないよう自分の腰と彼のツノを縄でくくっている。

 鏡の盾も一応持ってきているが、使う機会はあるまい。

 

「うーん、夜なのが惜しいですね。昼間なら絶景が見えると思うのですが」

「そうだなあ、1度くらい所長とリリィも連れて空の散歩する機会があればいいんだけど」

 

 などと暢気な会話をしつつ、2人は別動隊の頭上を飛び越えて武田本隊の背後に迫った。

 そしてその先頭にいたのは、なんとローマでも戦った巨大な象に乗った黒い巨漢であった。

 

(おおぅ、またあの人か……というか人間だったんだな)

 

 ローマで見た時は悪魔だとか巨人種だとか思ったが、一国の王を務めていたのだから純然たる人間であろう。いや身長3.5メートルの人間が「純然たる」人間かどうかは怪しいが。

 特に悪党というわけでもないのに2回続けて初手ブレスぶっぱはちょっと申し訳ないと思わなくもないが、これも戦国の習いである。光己は覚悟を決めて、口内に魔力を貯めた。

 

(くらいやがれぇーーーーーッッ!!)

 

 ドラゴンの顎から青い火球が放たれる。一直線にダレイオスに迫った。

 

「――――――!?」

 

 ダレイオスとメドゥーサは武闘系のサーヴァントだけあって、上空より迫る強烈な気配に一瞬早く気づいていた。しかし回避できるタイミングではない。

 

「ゴォォォォ……ッ!!?」

 

 今回は直撃をくらったダレイオスと象が吹っ飛ばされて地に倒れ伏す。全身ケガと火傷だらけで、退去寸前の重傷であることは一目で明らかだった。

 一方メドゥーサは比較的軽傷ですんでおり、不意打ちを食らわせてきた何者かを発見しようと空を見回す。

 

「…………って、あれもしかしてドラゴンじゃないですか? 越後の龍だから宝具はドラゴンチェンジだとかそういうオチですか? やだー」

 

 この推測は間違いだったが、光己の正体を知らなければこうなるのはむしろ順当というべきだろう……。

 

「お館様は……あ、退去が始まってますね。通訳の給料も出さずに1人で帰るなんて……。

 まあいいです、それじゃ私も帰りましょう。これで出番おしまいですね。やったー……」

 

 メドゥーサはまだ余力を残していたがやる気の方が底をついたらしく、むしろ嬉しそうに退去していった。

 こうして、今回の川中島合戦は長尾家の勝利に終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 武田軍のちびノブたちは大将が斃れたら戦意を失い、すぐに長尾家に降伏してきた。

 景虎はそれを受け入れて兵数を一気に倍増させたが、ちびノブたちは魔力製とはいえ飯は食う。景虎は春日山城に急使を出して食料を送らせつつ、同時に彼女たちを使って武田家の領地をハイペースで占領していった。

 ただ景虎たちは領土の征服はできても、その領土を経営する技能はない。越後から宇佐美定満を呼び寄せて行政事務をやらせることにした。

 

「過労死……圧倒的過労死……!」

 

 何しろ甲斐・信濃・上野の3国を一気に占領したのだ。有能な内政官が少ない長尾家にとってはかなりの負担である。

 光己とオルガマリーもこの辺は手の出しようがなく、お茶を出したりしてねぎらうぐらいが関の山だった。

 そしてそのデスマーチが一区切りついた頃、織田家から使者がやってきた。

 

「信長からですか……それで使者はどなたですか?」

「はい、竹中半兵衛と名乗っておりますがお会いになりますか?」

「そうですね、丁重に通して下さい」

 

 景虎はリリィにそう答えて、使者を迎える支度を始めた。

 

 

 




 ヒント:半兵衛の綽名。




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第85話 ぐだぐだ今孔明

 竹中半兵衛といえば、今孔明と称されたほどの知略縦横な軍師である。アルトリアリリィはそれに敬意を表して、上杉景勝ポジになっている自分自身で景虎のもとに案内することにした。

 会ってみた半兵衛は20歳台後半くらいの男性で、なるほど頭は良さそうだがちょっと疲れた感じにも見える。それと服装が戦国時代風ではなく、21世紀風のスーツを着ていた。

 どこから見てもサーヴァントである。半兵衛にもリリィがサーヴァントであることは分かったようで、しかし何故か気落ちしたような顔をした。

 

「どうも初めまして! 上杉アルトリアです!」

 

 そしてリリィが花も恥じらうにこやかな笑顔で初対面の挨拶をすると、半兵衛は何か悪い予感が当たったかのような風情で、ただその内容を口にはしなかった。

 というのも、半兵衛は別の聖杯戦争で「アルトリア」と知り合っていたので、リリィが半兵衛のことを知らない、つまりその時の記憶を持っていないことが分かったので落胆したのである。あるいは目の前の彼女は半兵衛が知るアルトリアとだいぶ雰囲気が違うので、いわゆる別側面なのかもしれない。

 まあそれはそれとして、半兵衛は挨拶はきちんと返しておくことにした。

 

「お初にお目にかかる、織田家の竹中半兵衛という者だ。長尾殿はおいでかな?」

「はい、奥の部屋でお待ちです。どうぞこちらへ!」

 

 リリィの先導で半兵衛が入った部屋は、大名の居室らしく相応に豪華な20畳くらいの和室だった。奥の上座に若い女性が座っており、左右にはちびノブが何人か並んでいる。

 半兵衛は本来ならすぐ平伏すべきところだが、このたびはあえてそれをせずどかりとあぐらをかいた。

 

「やれやれ、まさか騎士王がハズレでこちらが当たりとは予想外だったが―――貴女にとってはどうかな?」

 

 すると上座の女性はよほどびっくりしたらしく、目をぱちくりさせたがやがて納得したらしく、ぽんと手を打った。

 

「なるほど―――! 本物の諸葛孔明が『今孔明』の役になるとは、帝都聖杯もなかなかシャレが利いてますね。いやあ、本当に驚きました」

「正確には疑似サーヴァントだがね。しかし良かった、貴女もローマの記憶を持っていたのだな」

 

 そう。竹中半兵衛は本人ではなく、上座の女性―――景虎たちがローマで会ったエルメロイⅡ世であった。

 Ⅱ世はローマでのことを覚えていたので、「上杉アルトリア」も同じように記憶を持っている可能性が高いと踏んでいた。あいにくアルトリアは見込み違いだったが、景虎は彼が知る彼女で、しかもサーヴァントであった。それでわざと正式な挨拶を省いてみたのだが、これでいろいろやりやすくなる。

 

「ええ、思わぬ所で知り合いと出会うのは嬉しいものですね」

 

 景虎は愛想よくそう答えたが、Ⅱ世が織田家=潜在的敵国の使者として来た以上、あまり甘くはできない。

 

「本来なら再会を祝して宴の1つも開きたいところですが、それは話が終わってからにしましょう。

 というかそなたは『仕える主は1人だけ』とか言っていたのに、なぜ織田家に仕えているのですか?」

「なに、たいした理由ではない。個人的に日本のこの時代には興味があってね、いろいろ見聞するための費用を稼ぐためだ。特にゲームに出てく……げふんげふん。有名な茶器や芸術品の類はやたらと値が張ってな」

「なるほど、確かにサーヴァントといえども一文無しではいろいろつらいですからね。

 それで織田家の用向きは?」

 

 まあ聞かずとも分かっていますが、と景虎は内心で呟いた。

 景虎は旧武田領を制圧している間も情報収集はしていたが、それによると信長は、史実通り桶狭間の戦いで今川義元ならぬ今川よしつねを討ち取ると、松平家と同盟を結んで東側を安全地帯にした上で、美濃国の斎藤家に狙いを定めた。

 しばらく苦戦していたが、最近になってようやく美濃国を平定したと聞いている。つまり長尾家と隣接したので、同盟か不戦協定を結ぼうというのだろう。

 

「ああ、貴女ならすでに想像がついているだろうが不戦協定の提案だ。織田は西を、長尾は東を攻めればいいというわけだな」

「ふむ。そういえば生前も1度は彼女と同盟したことがありましたが……」

 

 しかしこの状況だと、山城国とその周辺、つまり「天下」は私が取るからおまえは田舎で満足してろという意味にも取れる。もっとも景虎は生前は「天下」にはあまり関心がなかったし、今もまったくないが。

 それに仮に景虎が天下を狙うなら、北条氏という後顧の憂いを除いておかねばならないのも事実だ。信長はその辺の事情を承知の上で提案してきたのだろう。

 

「―――そうそう、これを聞いておきませんと。織田信長は人間ですか? それともサーヴァントですか?」

「サーヴァントだ。沖田総司という剣士がいつも一緒にいるが、どういう経緯で親しくなったのかは知らん」

「ふむ……」

 

 景虎は沖田総司という名前は知らない。光己なら知っているかもしれないから後で聞いておくことにしよう。

 それと信長がサーヴァントであるなら、最後まで生前と同じ行動原理で動く保証はない。今は生前通りでも、何か別の狙いを秘めている可能性はあるのだ。

 

「……っと、ちょっと待って下さい。信長がサーヴァントだということは、ちびノブたちは彼女の宝具だということですか?」

 

 ハッと気づいた景虎は反射的にかん高い声で問い質していたが、Ⅱ世はごく平静のままその考えを否定した。

 

「いや。あれは信長が聖杯を爆弾に改造しようとしたところを逆に力を吸い取られて、それと聖杯の力が混じり合ってああいう形で現界したということらしい。だから信長自身にも制御しきれず、長尾家や松平家などにも雇用されているというわけだ」

「……」

 

 景虎の眼がすうっと細くなり、ハイライトが消えた。

 

「……つまり色々ひっくるめて、全部彼女のせいというわけですか。

 信長殺すべし慈悲はない、でかまいませんよね?」

「いやいやちょっと待て」

 

 Ⅱ世は慌てて止めに入った。

 

「貴女の後ろには北条がいるんだろう。二正面作戦になってしまうぞ」

「むう、確かに。それに今の話だと信長が聖杯を持っているんでしょうし」

「いや、信長は持っていないぞ? もし持っていたら、ちびノブが他の家に仕えているままなのはおかしいし、まして自分が弱体化したのをそのままにしておくはずがないからな」

「え、そうなんですか」

 

 すると景虎は意外そうに首をかしげた。

 

「ならやはり今が攻める好機ですね!」

「だから待てというに」

 

 戦国脳な知人をⅡ世は改めて止めた。これだから戦乱期の武将というやつは!

 

「いや理屈は分かるが、一応は不戦協定を申し込みに来た身なのでな。形だけでも顔を立てさせてくれると助かるのだが」

「別に立てなくて良いのでは? 織田家に帰らず、このまま長尾家につけばすむことです」

 

 裏切りや主君変えが常であった戦国時代らしい提案だが、景虎は脈絡もなく勧誘したのではない。

 景虎がぱんぱんと2回手を叩くと、彼女の後ろに立てられていた屏風(びょうぶ)の後ろから少年が1人現れる。

 

「何っ!? まさか藤宮か!?」

「はい、お久しぶりですⅡ世さん」

 

 これにはⅡ世も驚いた。

 いやここは特異点なのだから、カルデアのマスターが来るのは当然のことか。しかも背中の翼をすでに出してあるとは準備のいいことだ。

 まあ景虎ならずとも戦国大名なら、このくらいの用心は当然かもしれないが。

 

「しかしここにいるのは君だけなのか? マシュ嬢たちはどこに?」

「ああ、そのことなんですが……いやⅡ世さんだったら所長に話してもらった方がいいですかね。呼んできますのでちょっとお待ち下さい」

「何!?」

 

 予想外の返答にⅡ世はかなり泡喰って、いや胃痛と頭痛の予感に止めるか逃げるかどちらにしようか迷ったが、その結論が出る前に奥の部屋からオルガマリーが現れる。

 

「―――!? 確か君はレイシフト適性はなかったはずでは」

 

 Ⅱ世は今度こそ驚愕のあまり一瞬硬直してしまったが、その間にオルガマリーは彼の目の前にだんっと音を立てて着座した。

 そしてがっしと彼の手を握る。

 

「まさかこんなところで貴方と会えるなんて! ローマでは『人理焼却を防ぐのに協力する所存』と仰ってましたよね。さあ今すぐ契約しましょう」

「ちょ、ちょっと待て。先に状況を説明してくれ」

 

 オルガマリーはⅡ世が首を縦に振るまで手を離さない勢いだったが、彼がこう返したのはいたって妥当な要求であろう……。

 オルガマリーもちょっと性急すぎたかと思い直して、カルデアのレクリエーションルームで寝てから今ここに至るまでの経緯をかいつまんで説明した。

 

「…………ううむ。聖杯戦争については人並み以上に詳しいつもりでいたが、そんな現象は初耳だな。どちらが主犯かは分からんが難儀なことだ」

 

 Ⅱ世もこれにはいささか憐憫を抱かざるを得なかった。

 カルデア所長だの最後のマスターだのというだけでも超級の貧乏クジなのに、その上レムレムレイシフトなんて特異体質を背負ってしまうとは。

 それにオルガマリーは人理修復の後こそが修羅場なのだし、これは前言通り手を貸してやるべきだろう。

 

「分かった。前にも言ったが、私自身人理焼却なんて暴挙を放置したくはないからな。

 胃痛案件なのは承知だが、せいぜい微力を尽くそう」

「ありがとう! もちろんできる限りの好待遇は約束するわ」

 

 オルガマリーは、爆破テロの前は所員に向かって「私の命令は絶対」「貴方たちは人類史を守るための道具に過ぎない」などと公言していたが、自認しているように性格が丸くなったからか、それともⅡ世は年長の君主(ロード)だからか、ずいぶんとフレンドリーかつホワイトな扱いであった。

 なおオルガマリーはここで契約してもカルデアに帰ったら解除されてしまうのだが、寝る時は光己と一緒だったから改めて彼と契約し直せば問題ない。

 なら初めから光己が契約すればいい―――というのは正論ではあるが、これはⅡ世に自分の熱意を示すパフォーマンスでもあり、意欲が高い方が契約した方が連れ帰れる可能性が上がるだろうという判断でもある。

 

「やれやれ」

 

 Ⅱ世は肩をすくめてけだるそうな顔をしたが、ストレートに頼りにされるのはそこまで不快ではないらしく、声色は普段よりちょっと明るいものだった。

 

 

 

 

 

 

 オルガマリーとエルメロイⅡ世のサーヴァント契約が無事完了し、同時にⅡ世は長尾家の所属となった。

 それを前提に、改めて今後の方針を相談することになる。

 

「普通に考えて、優秀な家来を引き抜いたらケンカになりますよね」

 

 光己がそう言うと、景虎が何でもないかのように応じる。

 

「確かにそうですが、隠しておけばすぐにはバレません。

 その間に織田家を攻め潰せば良いのです。今ならこちらが攻めて来るとは思ってないでしょうし」

「それはそうだが、義将と称えられた者の言葉とも思えんな……」

 

 するとⅡ世があきれたような顔をしたが、景虎はこれも気にしなかった。

 

「いずれは消える特異点で虚名にこだわっても仕方ありませんからね。それよりマスターのご希望をかなえることの方が100億倍大事です」

「そこまで言うか……」

 

 これがいわゆるマスターLOVE勢というやつか。Ⅱ世はちょっと身震いしたが、あまり突っ込むとブケファラスに蹴られそうなので深入りは避けた。

 

「しかし先ほどの二正面の件はまだ解決していないぞ」

「ああ、それも今なら大丈夫ですよ。信長が弱体化しているなら攻め手は私とマスターだけでこと足りますから。3人残れば留守番には十分でしょう?」

 

 景虎としてはごく順当な提案をしたつもりだったが、そこに何故かオルガマリーとリリィがかみついた。

 

「ちょっと待ちなさい! 貴女たちただでさえ隙あらばいちゃついてるのに、2人きりになったら歯止めがきかなくなって作戦に支障きたすでしょ絶対」

「Hなのはいけないと思います!」

「へ? いやいや、私だって公私の区別はつけてるつもりですが」

 

 景虎は唇をとがらせて反論したが、光己はリリィの台詞がツボにハマったのか「グワーッ!」とか呻いて床を転がり回っていた。

 しかしすぐ起き上がると、妙に厳粛な表情をつくって口を開く。

 

「だが待ってほしい。人間は皆Hから産まれてくるのに、なぜHは『いけない』とか『不潔』とか言われるのだろう。これは深く突っ込んだ(意味深)議論が必要だと俺は思う」

「も、もうマスター意地悪です!」

「…………ぐだぐだだな……」

 

 リリィが顔を真っ赤にして恥じらう様子は大変萌え萌えしかったが、Ⅱ世は早くも前途の多難さを肌で感じて気が遠くなる思いであった。

 しかし傍観しているだけでは話が進まないので意見を述べることにする。

 

「まあ何だ。ミスター藤宮とレディ長尾の関係はともかくとして、私としてはやはり織田より北条を先に攻めるべきだと考えるが」

「ほう、何故ですか?」

「単に手間の問題だ。先に北条を攻める方が行軍距離が少なくて済む」

 

 先に北条を攻めるルートなら、小田原城を陥として北条アルトリア・オルタを討ったら後は東海道を通って西進すれば京都まで行ける。しかし織田を先に攻める場合、せっかく岐阜城まで行きながらいったんここに戻って来なければならないのだ。

 

「なるほど。私はともかくマスターとちびノブには負担ですし、日数も余計にかかりますね。しかし留守番を置かずに私たち全員で北条を攻めるというのであれば、その間にそなたのことが織田にバレて攻めてきたらどうします?」

 

 景虎は野戦は超強いが城攻めは比較的苦手で、特に小田原城は生前も1度攻めたが陥とせなかったので少し不安があるようだ。

 しかしⅡ世は気にしなかった。

 

「いや、仮に籠城されたとしてもさほどの日数はかからないだろう。

 市井の噂によれば、川中島の戦いでは武田軍の本隊に青い流星が落ちて大将のダレイオスとメドゥーサが両名とも戦死したというじゃないか。小田原城攻めでも同じことが起こると思うが」

「そうでしたね、マスターのことを失念していました!」

 

(………………)

 

 光己は「軍神」と「天下の奇才」が合意に至った作戦にケチをつける気はないが、「最後のマスター」がサーヴァントより前に立って戦うというのはいかがなものかという疑問を抱かずにはいられないのであった……。

 

 

 



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第86話 ぐだぐだ北条攻め

 長尾家は竹中半兵衛=エルメロイⅡ世という優秀な人材を織田家から引き抜いたが、これがバレたら反発を受けるのは必定だ。そこで長尾家はその前に北条氏を討って後顧の憂いを断つべく、彼らの本拠地である小田原城に攻め込んだ。

 小田原城は難攻不落で知られた堅固な城で、生前の景虎が10万もの大軍で包囲して攻撃したのを耐え抜いて撤退させたほどである。北条側はその史実を踏まえてか、長尾軍が城の正門の前に布陣しても出撃してくる様子はなかった。

 なお小田原城は、豊臣秀吉が攻めた時は城郭の総延長が9キロにもなる広大なものだったが、この時代では「八幡山」の辺りだけである。

 

「おおぅ、これはすごいな……」

「うむ、のぶ〇ぼで防御力が高めに設定されてるのも頷け……もとい。これを普通に攻め落とすのは至難だろうな」

 

 そのおかげで長尾側は城をじっくり見物する余裕があったわけだが、特に光己とⅡ世は感嘆しきりであった。

 特に空堀と土塁の高さと角度がえげつない。10メートルはあって45度くらいとなると、ちびノブならともかく史実の重たい鎧兜を着た人間の兵士が登るのはさぞ難儀したことだろう。

 

「で、どうやって攻めるの?」

 

 一見暢気そうな2人にオルガマリーがちょっといらついた口調で訊ねる。

 サーヴァントがいくら強いといっても、数百数千のちびノブに囲まれて集中攻撃を受けたらさすがにつらいので、単騎突撃の類はしてこないだろう。つまり必然的に軍勢同士のぶつかり合いになるわけで、Ⅱ世が言う「普通に攻め落とす」をしなければならないのだ。

 なのに今回の長尾軍の人数は史実の5分の1、2万人ほどでしかない。いくら名将に名軍師がついているといっても不安が頭をもたげるのは当然であった。

 

「いや、攻めはしませんよアニムスフィア殿」

 

 その問いに答えたのは景虎だった。

 つまり北条側が城を出て野戦を挑んでくるように仕向けるということである。史実では武田家がこれをやって失敗しているが、景虎には成算があるようだ。

 

「まずは堀と土塁と柵の設営ですね。向こうに攻めさせるわけですから」

 

 敵の目の前で防御設備をつくるというのはそれ自体が挑発なのだが、北条側は乗ってこなかった。

 光己とオルガマリーはアルトリアオルタといえば強気な暴君というイメージを持っていたが、置き換わった北条氏康の影響を受けているのだろうか。

 そして数日後、設備がだいたい出来上がった日の夜。城の上空に巨大な黒いドラゴンが出現していた。

 敵が攻めて来ているわけだから城兵の一部は不寝番をしているが、これには気づかないようで今のところ動きはない。

 

「ではマスター、本丸に1発撃ち込んでやって下さい!」

 

 川中島合戦の時と同様、ファヴニールの頭の上に乗った景虎が彼を煽る。

 光己はすぐには動かず、じっと本丸を見つめていたがちょっと不思議な何かを感じていた。

 

(戦争中でも星はきれいだし、戦闘が起こってなきゃすごい静かなもんだよな……って、あれ?)

 

 目を閉じて感覚に意識を集中すると、地上の辺りに無数の「光」の粒がきらめいているのを感じる。それは1人1人のちびノブで、彼女たちの生体エネルギー、あるいは魔力を光として認識しているのだと理解するのにさほどの時間はかからなかった。

 

(ファヴニールってこんなこともできたのか……そういえばフランスじゃファヴニールがワイバーンを生み出してんだよな。どうやるんだろう)

 

 まあそれは後日考えるとして、今は城攻めだ。もしちびノブとサーヴァントの区別がつくなら、大将を狙撃すれば一夜にして戦争を終わらせることができる。

 

「…………マスター?」

 

 なぜか竜がいつまでも火を吐こうとしないのを訝しんで景虎が声をかけてきたが、光己はもう少し待ってもらうことにした。能力に気づいたばかりだからか精度がまだ低いのだ。

 言葉で返事ができないのがもどかしい。

 そしてしばらく実践練習していると、城の一角に他とは桁違いに強く大きな輝きを2つ見て取れた。

 

(おお、あれは間違いないな。でもあれか、サーヴァントは家ごとに2人ってことなのかな?)

 

 長尾家も武田家も織田家もそうだった。根拠がないので断定はできないが。

 まあどちらにしてもやることは同じである。光己がいよいよ火球を放とうと口に魔力を集め始めると、「光」の片方も急に大きくなり始めた。

 

(……こっちを攻撃しようとしてる!? もしかしてバレた!?)

 

 偶然夜空を見上げて発見したのか、それともアルトリアは生前に竜退治をしたことがあるそうだからその経験からか、とにかくヤバい気配をビンビンに感じる。

 

(まずっ……!)

 

 ファヴニールは図体が大きいので小回りが利かない。回避は間に合わなさそうだ。

 アルトリアの宝具ならビームだろう。せめて景虎には当たらないように、光己はとっさに頭を後ろに傾けた。

 

「なるほど、あれが噂の流星の正体か。

 だが1歩遅かったな。『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』ーーーッ!!」

 

 そんな声が聞こえたような気がした直後、ビームではなく竜巻のような暴風の渦が光己の胸にぶち当たる。しかも今まで無敵を誇った「三巨竜の血鎧(アーマー・オブ・トライスター)」が突破され、鱗が剥がれ肉が裂け血が飛び散った。

 

(い、痛だだだだだだだだ!?)

 

 その上毒でも飲んだかのような不快感が体に残っている。いやそれとも呪いの類か?

 これが黒い騎士王の聖槍か。やはりすごいと認識を新たにする光己。

 結構な痛手だったが、しかしここ4ヶ月のヴァルハラ式トレーニングのおかげで仕返しするだけの根性は残っていた。

 

「マスター!? 大丈夫ですかマスター!!」

 

 頭の上で景虎が半泣きで叫んでいるが、返事はもう少し待ってもらうことにして、改めて口の中に魔力を貯める。

 

(今度はこっちの番だ! くらぇぇぇぇーーーッ!!)

 

 いつもの火球をアルトリアオルタめがけて吐き出す。オルタともう1人のサーヴァントは横に跳んで避けようとしたように見えたが、爆風が届かない距離まで逃げるのは無理だ。2人が吹っ飛ばされたのは知覚できたが、生死については爆風が煙幕になったため確認できなかった。

 

(ま、仕方ないか。痛いから帰ろう)

 

 下手に居座って万が一また聖槍ぶっぱされてはたまらない。光己は踵を返して、夜の闇の中に飛び去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 光己と景虎が戻ってくると、長尾軍の本陣はちょっとした騒ぎになった。

 光己の胸の傷は魔術礼装の機能の1つ「応急手当」でおおむねふさがったが、呪いは解除できなかったので人間の姿に戻ったら歩くのもおぼつかなくなってしまったのである。正確には礼装を使う前に人間モードに戻ったのだが。

 

「マスター、申し訳ありません……私があんな策を提案したばかりに」

「いや、景虎のせいじゃないから気にしないで」

 

 景虎はまだ半泣きで謝っていたが、光己は彼女を責める気はなかった。

 実際光己が新スキルにこだわらずにすぐ火球を吐いていれば、アルトリアオルタの攻撃を受けずに済んだのだから。

 

「それにほら。アルトリアオルタの宝具を見られたのはラッキーだったって言えなくもないだろ?」

「……はい」

 

 マスターにそこまで言われては景虎も頷かざるを得ない。ただ彼女には治癒や解呪のスキルはないので、あとは毘沙門天に祈るしかなかった。

 とりあえず1番魔術に詳しいエルメロイⅡ世が診断してみる。

 

「……私も騎士王を侮っていたのは確かだな。反省せねばなるまい。

 それはそうとこの呪いは体力を削ぐが魔力は奪わないようだから、礼装で適宜治療していれば命に別状はないと思う」

「そう、よかったとはいえないけど安心したわ」

 

 Ⅱ世もオルガマリーもリリィも解呪はできないので、あとは光己の自然治癒力頼みとなる。最悪でもカルデアに帰ればワルキューレズとブラダマンテがいるから、ずっと呪いが解けないままということはないはずだ。

 

「今日のところはもう寝たまえ。君の話の通りなら、北条のサーヴァント2騎は生きていたとしても無傷ではあるまいから、夜襲は仕掛けてこないだろう」

「はい、それじゃお言葉に甘えて。

 あ、そうだ。景虎とリリィ、気をまぎらわせるためってことで添い寝してくれると嬉しいなあ」

「はい、喜んで!」

「も、もうマスターってば。そのくらいのお願いは聞きますけど、変なことはしないで下さいね」

「……いやその、人の意欲にヤスリがけするようなことはやめてもらえないか」

 

 夜中に光己の容態を見て適宜礼装で治療するのは、サーヴァント3騎の中で1番魔術に長けたⅡ世の役目となる。しかし、病人側が両手に花で鼻の下を伸ばしていては、モチベーションが削れまくるのは当然といえよう……。

 

「むうー」

 

 呪いをかけられた時くらいサービス5割増ししてもらってもバチは当たらないと思うのだが、医師(とは違うが)にクレームを入れられては仕方ない。光己はおとなしく1人で寝ることにした。

 ―――そして何事もなく翌朝を迎えて。長尾軍が小田原城を見てみると、本丸の辺りが全損して辺り一帯が廃墟になっていた。

 

「とんでもないわね……しかも全力じゃなくて苦し紛れの反撃でこれって」

「マスター強くなったんですねえ!」

 

 オルガマリーとリリィが驚嘆の声を上げる。

 しかし城内に騒ぎが起こった様子はないので、北条のサーヴァントはまだ生きている可能性が高い。

 

「今日のところは様子見かしら?」

「そうだな。ミスター藤宮も復調していないし、こちらから攻めるのは時期尚早だろう」

 

 オルガマリーの意見にⅡ世が賛成したので、この日は待機ということになった。

 しかし夕方まで北条軍に動きは見られなかったので、長尾軍は次の作戦を考える必要に迫られる。

 

「北条軍がドラゴンの存在を知ったのに攻めて来ないのは、サーヴァントが負傷しているからだと思うが、ここで手をこまねいていたらいずれは治ってしまうだろうな」

 

 Ⅱ世がまずこう言って議論の叩き台を提供する。

 つまりなるべく早く攻めたい、もしくは攻めさせたいのだが何か良い策はないものだろうか?

 

「しかし普通に攻めるとなると、いつまた聖槍を使われるか分かりませんからね」

「リリィ嬢の宝具で迎撃というのも難しいからな……」

 

 しかし景虎もⅡ世もすぐにはアイデアが出て来ないようだったが、ここで光己が手を挙げた。

 

「…………。リベンジしたいって言うなら絶対認めませんからね」

 

 オルガマリーの冷たい口調は逆に彼を心配する気持ちを表すものだったが、光己とてそこまで無鉄砲ではない。

 

「いや、俺は行きませんって。でもワイバーンで焼き討ちするならいいかなって」

「え……あ、そういえばフランスではワイバーンがいっぱい出てきてたわね」

「なるほど、ワイバーンなら撃ち落とされても懐は痛まないな」

 

 オルガマリーもⅡ世もこちらに損はない話なので反対はしなかった。

 ただ光己はワイバーンを産み出す具体的な手順は知らない。例の呼吸法で天啓を授かるしかないが、「人類の」集合無意識が竜種の生態についてそこまで知っているかどうかは不明である。

 なお自分が産み出した者に特攻させることについての倫理的な問題は、まずワイバーンが人類にとって敵対種であることと、人理修復という難業のためにはやむを得ないということでカタがついていた。綺麗ごとだけで戦争はできないのだ。

 

「他に案はないみたいだし、とりあえず試してみましょう」

 

 オルガマリーがそんな判断をしたので、光己は1人天幕の中にこもって呼吸法を始めた。

 

「スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ!」

 

 しばらく無心に瞑想したが、今回は反応がなかった。やはり知らないのだろうか。

 やっているうちに新陳代謝が進んだからか呪いが解けてきて、体はだいぶ楽になったけれど。

 

「――――――おお、来た!」

 

 しかし光己が諦めかけたその一瞬、知識の塊が頭の中で火花のようにはじけた。

 それによると大型の竜種は、(つがい)にならなくても単体で仔を産み出すことができるという。産んだ仔のほとんどは共食いやら何やらで死滅するが、その中で生き残った者が次の世代の邪竜となるわけだ。

 具体的な繁殖方式は細胞分裂、つまり体の表面からワイバーンが生えてくるというものだった。1度に産める数は個体差が大きいが、多い者なら月に数百頭ほどは産めるらしい。

 光己の場合は人間の姿になれる特殊例なので、事前に数日竜の姿を維持してしかる後に産生するという意図を持つことで可能になるようだ。

 

「…………ビジュアル的にはだいぶグロそうだな。イメージ的には卵産むよりマシだけど」

 

 まあ生態に文句をつけても仕方がない。粛々と実行するしかないだろう。

 ―――そんなこんなで1週間後、長尾軍に30頭のワイバーン部隊が参入した。

 ミッション実行は当然夜である。まず火縄銃が届かない高空で口内に火球をつくったら、急降下して兵舎など燃えやすそうな建物に吐きつける。吐き終わったらすぐまた上空に退避という、いわゆるヒットアンドアウェイ戦法である。

 散らばっていればアルトリアオルタの宝具は使いづらいし、もう1騎のサーヴァントもアーチャー以外なら同様だろう。

 

「それじゃ出撃ー!」

 

 光己が小田原城を指さしてそう命令すると、ワイバーン部隊はさーっと夜空に飛び立っていった。

 やがて城の所々で火の手が上がる。

 

「よし、うまくいった!」

「うーん。これ味方だからいいですが、敵が駆り出してきたらたまったものじゃありませんねえ……」

 

 苦労した甲斐があったと光己がガッツポーズを取ると、その隣で景虎がちょっと微妙そうな顔をした。何しろ生前と同じ時代と場所だからローマの時とは実感が違うわけで、こんな感想が出るのもむべなるかなといえるだろう……。

 ただこの機に攻め込むというわけではない。あくまで北条軍を城外に引っ張り出すための行動である。

 

「焼き討ちを防げなければ食糧庫も燃やされてしまうからな。サーヴァントは食事の必要はないが、アルトリアには我慢できまい。ちびノブには必要なのだし」

 

 だから焼き討ちが成功したら、次回を阻止するためにアルトリアオルタは必ず出て来る。それがⅡ世の観測だったが、はたして翌朝になると北条軍は総力を挙げて決戦を挑んできた。

 

「分かりやすいですねえ!?」

 

 リリィは自身の未来の食い意地の張りっぷりにちょっと恥ずかしくなったが、敵が来たからにはそんな私情は横に置いて戦いに集中せねばならない。

 まずは景虎が柵の内側からの射撃を命じる。

 

「私は鉄砲は苦手ですから三段撃ちみたいな真似はできませんが、まあ適当に撃って下さい!」

 

 きわめていい加減な指揮だったが、今はⅡ世が魔術で追い風、北条軍にとっては向かい風を起こしているので形勢は圧倒的有利だった。

 

「おお、これがあの有名な東南の風ですか……!」

「史実では天気予報をしただけだがな」

 

 光己は大げさに感心したが、当人は実にクールであった。

 

「それよりアルトリアオルタの姿が見えてきたぞ。集中攻撃だ」

 

 ちびノブは身長が1メートルほどしかないので、立派な馬に乗ったオルタは非常に目立つ。つまり良い的なのだった。

 彼女の傍らには立派な鎧を着た徒歩の騎士がいる。遠目にも強者チックなオーラを感じたが、正体はまだ分からなかった。

 

「そうですね。皆の者、不埒にもマスターを傷つけたあの黒い女を蜂の巣にするのです!」

「ノブー!」

 

 私情丸出しの命令だったが、ちびノブたちは忠実に従ってオルタを狙い撃ちにする。これにはたまらず、オルタはあっという間に傷だらけになってしまった。

 

「我が王! そのままでは危険です。馬から降りて下さい」

「むう、業腹だがやむを得んか。しかしその前に……!」

 

 オルタはやられっ放しのまま下馬するのは不満のようだ。手に持った黒い聖槍を天に掲げ、宝具開帳の準備を始める。

 

「聖槍、抜錨……!」

 

 槍の周りに黒い旋風が渦巻く。その様子は長尾軍からもはっきり見て取れた。

 

「リリィ、頼む!」

「はい!」

 

 しかしこの状況なら宝具同士をぶつけて相殺できる。光己がリリィに出動を求めると、少女騎士は颯爽と柵の前に出て選定の剣を構えた。

 

「……見ていて下さい、貴方に勝利を!」

「む、あれはもしかして王位に即く前の私か? 面白い」

 

 オルタの方もリリィの出現に気づいたようだ。当然のように宝具対決に応じる。

 

「突き立て! 喰らえ! 13の牙! 『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』ーーーッ!!」

「多くの笑顔が、ありましたから! 希望を示せ! 『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』!!」

 

 黒い竜巻と金色の光条が激突する。

 普通なら、傷ついてはいても最盛期の姿であるオルタの方が強いと思われるだろう。しかしリリィにはマスターがいて、しかも彼は仲がいいサーヴァントに強力なバフをかける技能を持っていた。

 竜巻が光条に押されて下がっていく。

 

「馬鹿な、子供の私に引けを取るだと!?」

 

 オルタは信じられないような顔をしたが、その間にも光条が迫ってくる。ついに完全に押し負けて、オルタは愛馬と一緒に地面に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 しかしここで手を止めるほど長尾軍は優しくない。光己はすぐさま追撃を指示した。

 

「リリィ、もう1発だ! 令呪を以て命じる、宝具でオルタを倒せ!」

「はい!」

 

 命まで取るのはリリィの流儀ではないのだが、傷を癒して再戦を挑まれては困ることは分かっている。マスターの指示通り、再び宝具を開帳した。

 

「この一撃で、決着をつけます。『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』!!」

「―――!」

 

 再び飛んできた光条に、もはや満身創痍のオルタは成すすべもない。しかしその前に騎士が割り込み、我が身をもって盾にした。

 

「ランスロット卿!?」

 

 オルタの言葉からすると、騎士の名はランスロットというようだ。かの円卓の騎士の中でも「最高の騎士」と謳われた英雄である。

 そしてその股間に光条がクリティカルヒットした。

 

「~~~~~~~~~~~~~!!!???」

 

 いかな最高の騎士でもこれはたまらない。ランスロットは末期の言葉を残す間もなく退去した。

 

「…………え、えっと。わざとじゃなかったんですけど」

 

 冬木の時に続いてまたも急所攻撃をしてしまったリリィがちょっと弁解がましいことを言ったが、強力な敵サーヴァントを一撃で倒したのだから結果オーライということでいいだろう……多分。

 しかしランスロットのおかげでオルタは助かっている。景虎はとどめを刺そうと前に出たが、リリィは腕を上げてそれを止めた。

 

「リリィ?」

「……とどめは要りません」

 

 景虎はリリィの言葉の意味が分からなかったが、とりあえず足を止めてオルタの様子を窺う。すると黒い騎士王は槍を杖にして立ち上がったが、もはや戦う意欲と力は残っていないように見えた。

 

「フン、かばってもらったはいいがやはり負けか……いや、こうして心の準備をする時間をもらったとでも思っておくか」

 

 オルタは最後にそう言うと、光の粒子となって消えていった。

 

 

 




 ファヴニールって味方運用だとホント有能ですな(^^;
 魔力を光として知覚するというのは漫画版の設定であります。
 ワイバーンは食事は必要でしょうからむやみやたらには産めませんが、5章や7章なら敵のケルト兵や魔獣をそのまま食べればいいわけですよね。ガチで正面対決できるんだろうか。




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第87話 ぐだぐだ上洛道中1

 アルトリアオルタとランスロットが退去すると、ちびノブたちは武田家の時と同様に戦意を失って長尾家に降伏した。これで北条家も滅亡したことになる。

 景虎はすぐさま北条家の旧領に軍を送って制圧し、同時に史実の関東出兵の時にこちらについた大名たちにも使者を送って服属させた。もっとも彼らのことはあまり信用しておらず、こちらに攻めて来なければ十分といった程度の心境である。

 なお彼らは大名も兵士も人間のままだった。知名度が低い大名やその配下の人々は置き換えられにくいのかもしれない。

 これで長尾家は越後・越中・信濃・甲斐・相模・伊豆・武蔵・上野を直轄地とし、下野・常陸・上総・下総・安房を従属国とする大大名になった。史実とはまるで違う流れである。

 この間に織田家からまた使者(人間)が来て、竹中半兵衛=エルメロイⅡ世のことを聞かれたり不戦協定について再度打診されたりしたが、Ⅱ世については知らぬ存ぜぬを押し通し協定については関東攻略中で多忙なのを口実にのらりくらりと明言を避けていた。

 まあ武田家みたいにとりあえず協定を結んでおいて不要になったらバッサリ切るというムーブもできるのだが、それはさすがに景虎も光己たちも気が咎めたのだった。

 

「いくら人理のためといってもこう、越えちゃいけない一線というものがねえ?」

 

 などと光己が言ったかどうかはさだかではない。

 それはともかく、関東を平定したらいよいよ上洛をめざすことになる。東海道に沿って西進するわけだが、それに最初に立ちはだかるのは駿河と遠江を支配する今川家だ。

 ……のはずだったが、今川家のサーヴァント2騎は桶狭間の戦いで退去してしまっていたので、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの長尾家に抗う力はなかった。長尾家は(光己やⅡ世の意向で)寛容であまり細かい口出しをしない政策をとっているということもあって、あっさり降伏して軍門に下る。

 一方そのころ織田家は史実通り浅井家(人間)と同盟を組んで三好家(人間)や六角家(人間)と戦っていたが、長尾家が今川家を下して駿河・遠江を制圧中と聞くと慌てて尾張に引き返した。どう考えても次の標的は三河の徳川家なので。

 

「というか長尾景虎が武田も北条も今川も滅ぼしたって、私が知ってる歴史と全然違うんですけど!?」

 

 信長に協力している沖田総司はもう半泣きであった。何がどうしてこうなったのか。

 

「うーむ。上杉アルトリアとやらは間違いなくサーヴァントじゃろうから、そやつがやたら強いのかのう。

 長尾家には火を吐く龍が何十頭もいて、敵対したら空から焼き討ちされるという話じゃし」

 

 景虎は名前が元のままの上に個人的な武功は挙げていないので、信長は景虎もサーヴァントだとは思っていないようだ。

 

「半兵衛も帰って来ぬし、けっこうピンチじゃないかのわし!?」

「今さら何言ってるんです!?」

 

 なお織田家の戦力はサーヴァントは信長と沖田の2騎、兵士はちびノブが1万3千人と人間兵が6千人である。敵の長尾家は斥候の報告によればちびノブが4万2千人くらいらしいので、大将が軍神と考えると絶望的な劣勢だった。

 ちなみに武闘系サーヴァントが2騎もいるのに人間だけの国に勝てていないのは、信長が弱体化したままの上に沖田が「病弱」という前衛職として致命的なマイナススキルを持っているからである。つまり2人は戦場では指揮官とその護衛に徹しており、自身で直接戦ってはいないのだった。

 

「これはもう桶狭間を復刻するしかないかのう……?」

「え、貴女ああいう作戦あんまり好きじゃなかったのでは?」

 

 沖田が以前雑談で聞いた話では、信長は桶狭間の戦いのような賭博性が強い作戦は好みではなく、戦場で槍を合わせるのは事前に勝てるだけの状況を作り上げてからだという、いわゆる「勝兵はまず勝ちてしかる後に戦いを求める」的なやり方がモットーだったはずだが宗旨替えしたのだろうか?

 

「いや宗旨替えなんぞしとらんが、それくらいしか勝ち目がなくてな」

「ノッブだって戦上手の部類に入ると思うんですが、長尾景虎ってそんなに強いんですか?」

「そうじゃな。政略や戦略ならともかく、局地戦で勝てる気はせんのう。

 具体的に言うと、兵力は倍だったのにフルボッコにされたことがあるくらいじゃな。いやわし自身がそこにいたわけじゃないが」

「ダメじゃないですかやだー!」

 

 沖田は頭を抱えて悲鳴を上げたが、普通に戦っては勝てないことは理解できた。仕方ないのでうまいこと桶狭間で戦えるよう祈りつつ、織田軍とともに東に進む。

 ところが長尾軍が戦場に選んだのは、桶狭間ではなく三方ヶ原(みかたがはら)であった。

 

 

「焼き味噌役は任せたぞ人斬り!」

「ザッケンナコラー! スッゾコラー!」

 

 

 これは史実の三方ヶ原の戦いで、徳川家康が敗走する時に脱〇したという故事にもとづくやり取りである。要するに嫌な役を押しつけ合っているのだ。

 本来なら総大将である信長が引き受けるべきだが、沖田はもともと織田方というより徳川方なので、彼女がやるべきという論だって立てられるのだった。

 

「おのれ景虎、やはりサーヴァントから助言を受けておるな。それともあやつ自身もサーヴァントなのか……?」

 

 信長はこう疑わざるを得ない。もし景虎が生前の生身の彼女なら、サーヴァントが生前の逸話に縛られるなんてことを知っているはずがないから、わざわざそこで止まって織田軍を待つ理由はないのだ。

 信長も沖田も乙女として断じて人前で脱〇なんてしたくないが、しかし行かなければ臆病風に吹かれて同盟国の苦境を見捨てたことになる。遠江を全部奪われるのはもちろん、今後の戦闘そのものに悪影響が出るだろう。

 

「………………」

 

 2人は眦を決して睨み合ったが、やがて信長がふっと目をそらした。

 

「いや、不毛な争いはよそう。わしらは徳川家康本人ではないのじゃから、三方ヶ原で勝つのは無理としても個人的な逸話までは再現されんはずじゃ」

「……そうですね。でも織田家としてはもう詰んでるんじゃありません?」

 

 沖田は再現論には同意したが、先行きに希望は持てないようだった。仮に三方ヶ原の戦いを避けたとしても、結局は敗北を先延ばしにしているだけではないだろうか?

 信長もそれは否定できなかったが、戦国の風雲児と呼ばれるだけあって奇抜な策をひねり出した。

 

「いや待て。逆に考えるんじゃ、勝てなくてもいいさと考えるんだ」

「は? ついに頭までいかれましたか?」

 

 辛辣すぎて草も生えない言いぐさに信長はちょっと傷ついた顔をしたが、あえて反論はせず続きを述べた。

 

「つまりじゃな。わしらが国盗りをしておるのは天下が欲しいからじゃなくて、聖杯戦争を終わらせて元の世界に帰りたいからじゃろ? なら奴を倒すのはわしらでなくてもいいということじゃ」

「なるほど、長尾さんたちにあの人を倒してもらえばいいということですか」

 

 サーヴァントが強制退去になる=特異点における聖杯戦争が終了する条件は、聖杯の力でその特異点を維持している者を打倒して聖杯を奪取することである。奪った者が特異点の消滅を望んでいればその通りになるというわけだ。

 信長たちの情報網によれば、摂津・河内・和泉・播磨を支配している「豊臣ギル吉」が聖杯を持っている可能性が高いのだが、彼は実に高慢かつ独占欲が強い性格で、交渉で聖杯をよこすとは思えなかった。それで武力で奪取すべく国力増強に励んでいたのである。

 しかしそれがもはやかなわぬというのなら、長尾家に降伏して一緒に豊臣家を倒すという次善策もやむを得ないという考えだった。

 

「でも長尾さんたちが特異点の消滅を望んでなかったらどうします? せっかく大大名になったんだからこのまま天下人になりたいとか思ってる可能性だってありますよ」

「その時はその時じゃ。しばらく雌伏して、隙を見て下克上すればよかろう。うっははははは!」

「そんなこと考えてたらどこぞの〇道栄(け〇どうえい)みたいに『斬れっ』とか言われませんかねえ……」

 

 実に常識的な指摘だったが、信長はあまり気にしなかった。

 

「んん? そりゃまあそんな可能性もあるじゃろうが、心配するな! 天下を取る寸前までいったわしの外交技術を信じよ」

「……まあいいですけど。どっちみちこのままじゃ勝てないんですし、生き残れる可能性が高い方を選びましょうか」

「うん、まあ、そういうことじゃよネ!」

 

 信長も本意というわけではないのか微妙に力がこもってない声でそう言いつつ、さっそく机に向かい書状を書き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 そのころ長尾軍は三方ヶ原の少し南にある浜松城を奪って、そこでしばらく待機という名の休養を取っていた。

 今は本丸の奥の一室で、オルガマリーが業務命令で光己に天使の翼の白い光を出させている。

 

「はぁー、幸せを感じるわねぇ……。戦場だと力と闘志が湧いてくる感じなのに、こういう場所だと愛されてるというか認められてるというか、そんな気分になるのよね」

 

 このような感想が出るほどにオルガマリーは白い光が気に入っているが、光己の方は魔力を消費するだけで何もメリットがない。そこで光己は業務遂行に対する報酬として、何らかのスキンシップを要求していた。

 当然オルガマリーは当初は拒絶していたが、光を浴びたらあまり気にならなくなったらしく、今回は座布団に座った彼の脚の間に座って抱っこされている。

 景虎とリリィは翼にくるまれてうっとりしていた。

 

「お互いに気持ちいい、まさにウィンウィンの関係ってやつだな!」

 

 こちらもすっかりご満悦で、オルガマリーのお腹をきゅっと抱いて彼女の背中と自分の胸部を密着させる光己。

 なおⅡ世からはもらえるものがないのだが、彼だけハブるわけにもいかないのでサービスで送っている。

 Ⅱ世当人はハンモックのようなものをつくって、その上で街で買った本を読んでいた。光を浴びるのが心地いいと感じる程度には光己と仲良くなったようだ。

 ―――そんな嵐の前の静けさそのものだった何日かは、織田家からの書状によって終わりを告げた。

 

「豊臣ギル吉、ですって……!? つまりかの英雄王に、草履取りから王になった人間の要素が混じってるってこと!?」

 

 オルガマリーはこの特異点に来て以来、暇な時に光己たちにこの時代の日本について学んでいたので、豊臣秀吉がどんな人物なのかだいたいのところは知っていた。

 もし両者のいいとこ取りをしていたらとんでもない強敵だろう。

 

「そうだな。私はギルガメッシュのことを少しばかり知っているが、彼から慢心と尊大さを抜いて、周到さと人たらしスキルを加えたら、もう手のつけようがない」

 

 Ⅱ世もそう言って嘆息したが、ここにはギルガメッシュの名前すら知らない者もいるので少しばかり解説をすることにした。

 

「ギルガメッシュというのは、紀元前2600年頃の古代シュメールでウルクという都市国家を支配していた王だ。

 最古の英雄王とも言われるが、実際は第5代だから、これは『実在が確実視されている中では』という前置きがつくな」

 

 まあその辺は大した問題ではなく、肝心なのは彼の宝具の「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」と「天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)」である。

 

「特に注意すべきは前者だな。ギルガメッシュの存在価値の500%を占める、イカサマ宝具といっても過言ではない。

 古今東西のありとあらゆる『人間が製造した宝具』の原典が入った蔵で、彼はここから好きな物を取り出して使うこともできるし、数十数百単位で矢のように射出して攻撃することもできる」

「何ぞそれ」

 

 Ⅱ世の端的な説明に光己は目を丸くした。サーヴァントの宝具は生前持っていた物か逸話を再現するものだと思っていたが、何をどうすればそんな宝具を持てるのか?

 

「その辺は私も詳しくは知らないが、彼は『地上の宝はすべて集めた』というのが口癖だったな」

「都市1つを支配してただけで?」

「私に言われても知らん。叙事詩では『すべてを見通した』とか『すべてを味わい知った』などと謳われてはいるがな」

「初〇権使われた人たちの気持ちとかも?」

「だから私に言うなというに」

「むうー」

 

 光己はまだ納得できずにいたが、叙事詩の記述にケチをつけても仕方がない。気を取り直して、現実のギルガメッシュについて考えることにした。

 

「それで対策は?」

「そうだな。彼は宝具の所有者ではあっても担い手ではないし、叙事詩の記述とは違って剣術の類は修めてないようだから、どうにかして接近戦に持ち込むか、それが無理なら宝具封印系のスキルを使うか数の暴力というところだろうな」

「なるほど」

 

 いたって妥当な話である。しかし数の暴力が作戦に挙げられるということは、信長&沖田の降伏は容れた方がいいのだろうか?

 

「そうだな。私は織田信長と沖田総司と何度か会ったが、同盟相手を後ろから刺すような真似はしないと思う」

「ふむ。生前はお世辞満載のお手紙を何度もよこしてきて胡散臭い人だと思ってはいましたが、実際に一緒にいたⅡ世殿がそう言うのなら信じましょう」

 

 すると景虎がそう口をはさんだ。確かに史実の信長は苛烈な大将だったが、自分から直接的な裏切り行為をしたことはなかったように思える。

 

「じゃ、そうしましょうか」

「分かりました。では返事を書きましょう」

 

 オルガマリーも賛成したので、景虎は織田家の降伏を受け入れるべく書状の返事を書き始めた。

 そこにまた取り次ぎの者が現れる。

 

「殿、人材派遣業者を名乗る者が面会を求めておりますがいかが致しましょうか」

「人材派遣業?」

「はい。ミスター・チンと名乗る実に胡散臭い中国風の人物ですが」

「……」

 

 なるほど確かに怪しい。光己たちは当惑して顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 



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第88話 ぐだぐだ上洛道中2

 戦国時代にも日雇いの浪人や人夫というのはいて、ミスター・チンとやらはおそらくそうした人々を大名などに斡旋するのを生業にしているのだろう。江戸時代には口入屋(くちいれや)などと呼ばれていたが、要は彼が名乗った通りの人材派遣業である。

 急速に領土を拡大している長尾家は、兵士はともかく事務方や現場作業員は大勢必要と見て売り込みに来たものと思われた。彼が普通の人間であったなら。

 

「本当に中国人だったとしても、普通は『ミスター』なんて自称はしないわよねえ」

「どう考えてもサーヴァントですよね」

 

 少なくとも「上杉アルトリア」ならサーヴァントだとすぐ分かることを見越しての名乗りだろう。それでいて真名は隠している。

 考えてみれば普通の人間の業者であれば大名やその跡取りに簡単に会ってもらえるはずがないわけで、怪しいだけではなく知恵も回る人物のようだ。

 そういうわけで、今や大大名である景虎がいきなり会うのはちと軽々しいということもあってアルトリアリリィが会うことにした。さらに万が一に備えて、光己とエルメロイⅡ世が屏風の後ろに隠れていることにする。

 

「どうも初めまして! 上杉アルトリアです」

 

 竹中半兵衛と会った時と同じく、リリィがにこやかにミスター・チンに自己紹介する。お互いサーヴァントであることはすぐ分かったが、チンは世間体を考えてまずは型通りに平伏した。

 

「サーヴァント・ユニヴァースを本拠として人材派遣業を営んでおりますミスター・チンと申します。どうぞお見知りおき下さい」

 

 チンは前情報の通り中国風の服を着た壮年の男性で、理知的な風貌ではあるがこちらも前情報通りとても怪しかった。しかしリリィは善良で素直で天然なので特に気にせず、普通に挨拶を返す。

 

「はい! こちらこそよろしくお願いしますね」

 

 これで世間体は繕い終えたので、チンは頭を上げるとさっそく用件に入った。

 

「さて、私がここに来たのは他でもありません。今ちょうど御社、いや御家というべきですかな、失礼。

 御家に必要な人材が当社におりますので、ぜひご登用いただければと思いまして」

「へえ、そんなことが分かるんですか?」

 

 だとしたらチンは相当な情報収集能力を持っていることになる。

 なるほどリリィたちが1人でも多くのサーヴァントを欲しがっているのは事実だが、それだけならチンは「今ちょうど必要な」とまでは言わないだろう。どんな情報に基づいてどんなスキルを持った人材を紹介するつもりなのだろうか?

 

「は。当社の調べによれば御家は今上洛を目指しておられるようですが、当社が見るところ織田・徳川・浅井連合軍は敵ではないでしょう。その先の六角や三好も大した相手ではありません。

 しかし御家が山城国に乗り込んだら、隣の豊臣家がちょっかいを出してくるのは確実。こちらは今まで御家が下してきた武田や北条に勝るとも劣らぬ強敵です」

「あ、知ってます。当主があの英雄王ギルガメッシュなんですよね」

 

 リリィがそう言うと、チンはふむ、と頷いた。

 

「さよう、かの英雄王は異様な程に気位が高く沸点が低い御方。

 もし自国より領土が広い国が隣接などしようものなら、到底黙ってはいられないでしょう」

「そうなんですか……」

 

 リリィはギルガメッシュのことを直接は知らないが、誰からもこんな評価をされる彼にちょっと哀れを催してしまった。

 しかし敵に情けをかけていられる状況ではないことくらいは分かっている。リリィは私情を抑えて、チンに続きを促した。

 

「つまり、貴方の会社には英雄王に勝てるほどの強者がいるということですか?」

「いえ、ちょっと違いますな。1対1で彼と張り合えるほどの大英雄に伝手はありませんが、御家の武将と当社の人材が組むことにより、かの王をも圧倒し得る大火力が生まれるのです」

「へえ……!?」

 

 それは耳寄りな話だし、チンが織田家や豊臣家ではなく長尾家を選んで売り込みに来た理由も分かる。リリィは思わず身を乗り出した。

 

「具体的にはどのような?」

「は。私の宝具『掎角一陣(きかくいちじん)』は味方1名を生に、いや必要な犠牲を払うことにより敵陣全体に大打撃を与えるというものでしてな」

「え、まさか……!?」

 

 善良なリリィが真っ青になったが、チンは構わず説明を続けた。

 

「要するに爆弾化して射出するのですが、数少ないサーヴァントをこれに使うのは後々のことを考えれば愚策。ちびノブを使うと仲間たちが黙っていない。しかしワイバーンならどこからも文句は出ないというわけですな」

 

 なお彼が言う「爆弾化」とは、魔術回路を超加速・超臨界させることにより爆発に至らせるというものなので、魔術回路を持たない一般人やただの物品には行使できない。

 リリィは目を回しそうだったが、とにかく最後まで聞かねばという義務感で話を続けた。

 

「な、なるほど……しかし宝具となると連発はできないでしょう。それとも1発で英雄王を倒せるというのですか?」

「おっしゃる通りですな。むろん英雄王を一撃で倒せるなどと大言壮語するつもりもありません。

 しかし、ワイバーンを使役しているということは上級の竜種がいるということ。彼と契約して魔力をいただけば連発可能です」

 

 実はサーヴァントのマスターは必ずしも人間でなくてもよく、場合によっては寺の門をマスターの代理とすることさえできる。竜がマスターになるのは十分可能だろう。

 

「なお今ならサービスとして、より正確に目標に命中させるためのビーコンを持たせた潜入工作員がついてきます」

 

 もちろんその工作員は爆発で吹っ飛ばされるのだが、チンはそれについてはつつましく沈黙を保った。しかしリリィは察したらしく、その顔色はもう真っ白だった。

 

「はわわわわぁ……」

 

 何という外道な戦術であろうか。戦死者の数を減らすという観点だけで考えれば合理的なのがさらに外道である。

 とはいえリリィはこの場で採否を決める権限は持っていない。それにまだ訊ねるべき重要な質問が残っている。

 

「それで、御社はどのような対価をお望みなんですか?」

「さようですな、ここではQPは普及していないようですから(ゴールド)でかまいません。

 額は……仮にもサーヴァントですから過労、じゃない家老並みと言いたいところですが今回は魔力と弾をいただくわけですから月給は1段下の部将並み、その代わり手柄を立てたらその都度ボーナスということでいかがでしょう」

「分かりました。では義母上と相談してきますので、しばらく別室でお待ちいただけますか?」

「そうですか、良い返事を期待しております」

 

 といった経過で商談を終えると、リリィはふらつく足取りで景虎が待つ部屋に戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「それにしてもミスター・チンが陳宮だったとはな……いやユニヴァースが本拠と言っていたから、地球の陳宮とは別人なのだろうが」

 

 Ⅱ世は最後まで屏風の裏から出なかったが、声や宝具でチンの真名は明らかである。性格は地球の彼と大差ないようで実に面倒な話だった。

 

「要するに自爆特攻『させる』わけね……。合理的といえば合理的かもしれないけど、何か大切なものをなくしそうな気がするわ」

 

 オルガマリーは魔術師ながらも一般人に近い感性をしているだけに、やや批判的な口調であった。

 

「そうだな、その感覚は大事にしたまえ。

 ただ今回は相手が相手だからな……おそらくそこを承知の上で来たのだろうが」

 

 チンはワイバーン射出を織田や三好に使うべきとは言っておらず、あくまで対ギルガメッシュ戦だけを想定していた。自分が周囲にどう見られているかは分かっているのだろう。

 つまり彼はギルガメッシュが出てくるまでは何もしないのだが、そのくせ部将並みの月給はもらっておこうというちゃっかりぶりも備えているとは。

 

「景虎とリリィはどう思う?」

「私ですか? 私はギルガメッシュという方のことは知りませんので、Ⅱ世殿の判断に従いましょう」

「そうですね」

 

 光己が景虎とリリィに水を向けると、2人はそんなことを言った。

 なるほど「当人のことを知っている諸葛孔明」という最上の判断ができる人物がいるのなら、彼に任せるのが最も妥当である。

 いや孔明そのものだと人物鑑定方面だけは不安があるが、彼は人格はエルメロイⅡ世だし。

 

「だよなー。あとチン氏が言ってたビーコン役の人はいらないと思う。俺が竜モードでいるんなら魔力反応でギルガメッシュの居場所分かるし」

 

 なお光己は北条攻めの後から本格的に竜モードで喋る練習をして、今は片言ながら何とか意志疎通できるレベルになっている。標識は必要あるまい。

 

「そうね。それでⅡ世、貴方はどうすればいいと思う?」

「むう、結局私に振られるのか」

 

 オルガマリーも光己たちの考えに賛同したので、結論はⅡ世が出すことになった。

 まあ妥当な流れだろう。

 

「…………今回は対ギルガメッシュ戦限定ということで採用すればいいと思う。

 実際、普通に戦った上で、私たち5人が全員生還するという条件で英雄王を倒すのは至難だからな」

「……そうね、じゃあそうしましょう」

 

 こうして長尾家としての方針が決まり、今度は光己たちも出席してチンとの契約が締結された。

 なおチンはやはり光己たちに見覚えはないそうで、それでも諸葛孔明にはあまり好意的ではなかったが、それを理由に契約を取りやめるほど感情的ではなかった。

 

「ワイバーンを産んでいたのがマスターだったとは驚きましたが、事業提携には差し支えありませんな。あまり長い付き合いにはならないと思いますが、良きビジネスパートナーでありたいものです」

「サーヴァント契約を純粋なビジネスとして扱う人って初めて見た……」

 

 そういえばヒロインXXも給料とかボーナスという単語を時々持ち出すが、ユニヴァースは地球より金銭万能なところなのだろうか。

 それはともかく光己とチンのサーヴァント契約も無事成功し、長尾家の覇業は新たな段階に入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 そのしばらく後、浜松城にて長尾家と織田・徳川家の同盟という名の吸収合併が行われた。

 長尾家は天下統一にまるで興味がない上に信長&沖田と目的が同じなので、争う理由がないのである。

 いや正確には1つだけあった。

 

「半兵衛貴様、まさか長尾家に寝返っておったとは! わしらがどれだけ心配……いやそこまで心配してなかったけどネ! サーヴァントじゃし」

「貴女、もう無駄に口開くのやめましょうよ……」

 

 Ⅱ世が織田家を去って長尾家についた件である。もっとも信長と沖田は戦国の習いとしてある程度割り切っているのか、そこまで深刻に怒った様子はなかったが。

 

「すまなかったな、こちらの方が先約みたいなものだったのだ」

「なるほど、なら是非もないよネ!」

 

 それでも一応Ⅱ世が謝罪して、これでわだかまりなく2人が仲間になった。

 なお織田家は浅井家とも同盟していたが、こちらは長尾家に服属するのを拒否して織田家との同盟を破棄している。

 

「本当か!? 史実で浅井が織田を裏切った時とは状況がまるで違うのだが」

「わしもそう思うんだけど、どうも『家来の家来』みたいな形になるのが嫌みたいなんじゃよね」

 

 Ⅱ世はそれを聞いた時、自分の耳と浅井家の正気を疑ってしまったが、信長は嘘や冗談を言っているのではないようだ……。

 

「だからいったんわしらとの同盟を切って、その上で長尾家と同盟するなら良し!って考えてるんじゃないかのう」

「そうして俺たちが豊臣家と戦い始めたら後ろから襲ってくるんですね。分かります」

「是非もないよネ!」

 

 光己が軽くツッコミを入れると、信長もからからと笑った。

 もっとも浅井家と豊臣家は特段の交流はないから、これはあくまで同盟相手としての信頼度を語っているだけである。

 ただ浅井家を敵にすると朝倉家も参戦してくる可能性があるので、いっそ浅井・朝倉は放置で南近江から山城、摂津と進む方が早いかもしれない。

 

「それにしても、織田信長公と沖田総司さんが女性だったとは……」

 

 どの歴史書や小説やゲームも2人を男性として描いていたのに。それとも2人が所属している世界ではちゃんと女性として描かれているのだろうか?

 

「うーん、それは考えたことがなかったのう。なんせわしはそこの弱小人斬りサークルと違ってフリー素材になるくらいメジャーじゃから、いちいち描かれ方を気にしてたらキリがないからの。いやー、有名人ってつらいよネ!」

「むっきー! ちょっと名前が知られてるからって」

 

 信長が沖田の顔をチラチラ見ながら煽るように言うと、沖田は面白いように乗って刀の柄に手をかけた。

 

「ま、まあまあ沖田さん! 仲間なんですから穏便に」

「いえ、分かってますよ。ほんのちょっと試衛館風に教訓を与えるだけですから安心して下さい」

「どこに安心しろと!?」

 

 沖田は一見は明るくほがらかな美少女なのだが、やはり新選組だけあって本性は過激であった……。

 

「あははは、まあ気にしないで下さい。

 あとノッブは織田家当主ってことになってますからともかく、私には敬語いりませんし、もっと気軽に接してくれていいですよ」

「はい……じゃない、うん、分かった。ありがとう。

 しかし写真とサインを持って帰れないのがつらい……」

 

 せっかく織田信長と沖田総司という有名人に会えたのに、通常のレイシフトではなく夢で来たのでは現地の物品を持ち帰るのは無理だろう。そもそもカメラを持っていないし、まことに残念なことだった。

 

「写真はともかく、サインなら書きますよ? 持って帰れないと決まったわけでなし、とりあえず持っておいてもいいのでは?」

「なるほど、それもそうだな」

 

 ダメで元々、万が一持ち帰れたらラッキー。そういう感覚ならもらっておいて損はない。光己はさっそく信長と沖田にサインしてもらった。

 

「よし、後は祈るだけだな。南無抑止力様、このサインをカルデアに持って帰れますように!」

「南無抑止力って、すごい願掛けの仕方するわね……」

 

 オルガマリーがあきれた顔でツッコミを入れたが、光己はわりと本気なのであった。

 

 

 




 竜が喋れるかどうかちょっと調べてみましたが、他ならぬギルの幕間で喋る竜がいましたね。しかも状況から見て竜言語と当地の人間語のバイリンガル。やはり竜は賢い種族であることが証明されました!(ぇ




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第89話 ぐだぐだ天下布武

 織田家と徳川家を吸収したことで、長尾家の上洛軍は今や一流魔術師1人と竜人1人とサーヴァント7騎、そしてちびノブ5万人とワイバーン40頭という大軍勢に膨れ上がっていた。

 なお7騎めのサーヴァントというのは、ミスター・チンがビーコン役として連れてきていた人物である。名前を登録番号9685番改め元宇宙海賊の黒髭ビンクスといった。

 筋骨逞しい強面の大男なのだが、笑うと意外に愛嬌がある。

 

「まんまじゃないか!?」

 

 黒髭といえば地球では18世紀初頭にカリブ海を荒らし回った大海賊なのだが、彼もユニヴァース出身で地球人ではないらしい……。

 

「うーん、サーヴァント・ユニヴァースについては真面目に考えない方がいいのかも」

 

 何にせよ、真っ当に仕事してくれるなら宇宙での前歴は問うまい。ヒロインXXがいたら逮捕したがるかもしれないが、今はいないし。

 

「新選組はその辺どんな感じ?」

「新選組ですか? 外国の人が向こうで仕出かしたことまでは追及しませんよ。日本に来てから何かしたら、もちろんひっ捕らえますが」

「なるほど」

 

 新選組は攘夷を目的とした組織ではないからか、沖田はチンや黒髭に特段の敵意は抱いていないようだ。しかし(一般的な意味での)抑止力としては有効そうである。

 

「とにかくこれで戦力は整ったわね。先に進みましょう」

 

 実はヘタレなオルガマリーも、これだけの人数が集まれば自信が湧いてきたらしい。トップの精神状態は皆の士気に影響するから喜ばしいことである。

 そして浜松城を出た長尾軍は、当初の予定通り遠江・三河・尾張・美濃を経て浅井家が支配する北近江に攻め込んだ。

 すると信長がいるからか、朝倉家が介入してきて姉川の戦いが起こる。

 

「ううむ、これが逸話再現というやつか……? 史実とはこちらの戦力が違い過ぎるのだが」

「是非もないよネ!」

 

 エルメロイⅡ世は心底あきれるというか不思議にさえ思ったが、当の信長は実にあっけらかんとしていた……。

 戦いは当然ながら長尾軍の完勝に終わり、浅井家は滅亡し朝倉家も大打撃を受けて当分は外征不能になる。

 長尾軍はそのまま南近江の六角氏を滅ぼして近江国全部を支配下に置くと、いったん進軍を停止した。豊臣家いや豊臣ギル吉との決戦の前に、(幹部だけで)彼の拠点たる大坂城を見に行くためである。

 

「南蛮街……!?」

 

 不思議なことに、大坂城の城下町は栄えてはいたものの、何故か建物はみなヨーロッパ風のものであった。道行く人々は日本人なのだが……。

 

「何となくローマに似てるような気がするなあ」

「気のせいだ、きっと」

 

 光己がぼそっと呟いた言葉にⅡ世が妙に素早くツッコミを入れる。何か事情でもあるのだろうか?

 しかし街自体はいたって平和で活気もあり、特段の異常は見当たらない。ギルガメッシュがもし「この世のすべての財は我のもの」という信条を実践していたらとんでもない酷税国になっているはずだが、そんな様子はないようで何よりだった。

 

「でも散策やショッピングは城を見てからにしましょう」

 

 真面目なオルガマリーがそう言って、先に立って城の方に歩いていく。光己たちもそれに続いた。

 

「うわあ、大きな城ねえ……!」

「そうですねえ……」

 

 大坂城の外堀の前に着いたオルガマリーたちが、今までに見ていた城とは一線を画する広大さと壮麗さに感嘆の声を上げる。空高くそびえる天守閣、立ち並ぶ建物、立派な石垣、広い水堀……一代で天下人になった男が全力で築いた名城だけのことはあった。

 水堀の水は淀川とその支川から引き込んだもので、つまり川も天然の堀として利用している。堀と川の何ヶ所かに橋が渡されているが、これを渡って城内に攻め込むなら相当な犠牲を覚悟すべきだろう。いや何人犠牲にしても通れないかもしれない。

 

「確か史実で徳川家康が攻めた時は、攻め切れずに1度和平して、施設を壊してから再戦して陥としたんだったな。無理もない……」

 

 橋を渡って攻め寄せるちびノブたちが城壁の裏からの銃撃で次々斃れていく無惨な光景を想像してⅡ世はため息をついた。やはり無限の生贄射出(アンリミテッドゲステラワークス)はやむを得ないようだ。

 

「それでミスター・チン。ここから天守閣を撃つことはできるのか?」

「もちろん。あれだけ大きいと当てやすくていいですね。

 ただこのような広い堀端(ほりばた)でマスターが竜の姿を見せたら向こうからも丸見えですので、大きな建物か水中に隠れていた方が良さそうですな」

「あの広い川の上でしたら、拙者の宝具も使えますからな!」

 

 チンが余裕綽々といった顔で頷くと、黒髭も報酬上乗せを期待してか握り拳と力こぶを見せつけるポーズをしながらアピールした。

 黒髭の宝具「アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)」は彼の生前の愛船「女王アンの復讐号」とその乗組員を呼び出して攻撃するというもので、宇宙海賊でありながら何故か地球製の帆船である。とはいえ乗船している部下の力量に応じて性能が向上するという特性があるので、皆で乗り込めば相当なパワーアップを見込めるだろう。

 ……雇用主とその仲間を「部下」と言いくるめられるのならだが。

 

「ふむ、一考には値するな。夜中なら見えにくいだろうし。

 いっそのこと我々だけで今夜にでも……いや、ダメか」

 

 今日はワイバーンを連れて来ていない。黒髭の船の大砲がどのくらいの威力かは分からないが、火力をそれだけに頼るのは危険だろう。

 ではちびノブは連れて来ずワイバーンだけ使うのはどうだろうか。ギルガメッシュが気づかずにいてくれれば夜襲できるが、見つかって先制攻撃されたら最悪だ。

 

「うーむ、難しいものだな」

「Ⅱ世さんかミスター・チンで認識阻害の魔術はかけられないんですか?」

「ああ、その手があったか」

 

 Ⅱ世が頭を悩ませていると、光己がアイデアを出してくれた。

 ワイバーンに乗って移動するなら、たとえば大津から大阪まで1時間で行ける。つまり日が暮れて人目につきにくくなってから出発しても間に合うわけだ。

 ちびノブたちを近江国に残しておけばギルガメッシュは夜襲の警戒などしないだろうし、これなら見つからずに先制攻撃できる可能性は高い。

 もちろん大坂城の中にはギルガメッシュ側のちびノブが何千人、あるいは何万人もいるのだろうが、黒髭の船の上にいれば問題ないだろう。

 

「どう思うかね、マスター」

 

 考えを整理したⅡ世がオルガマリーにそう訊ねると、最高責任者である彼女はしばらく黙考した末に1つの懸念を口にした。

 

「筋書きは分かったけど、もし最初の攻撃で英雄王を倒し切れなかったらどうなるのかしら?」

「そうなったら間違いなく、彼は先頭を切ってこちらに突撃してくるだろうな。逃げ隠れるとか、ちびノブに任せて本陣に引っ込んでるなんてことは絶対にない」

 

 Ⅱ世は自信満々でそう言い切った。つまりギルガメッシュを取り逃がす、あるいは彼側のちびノブたちだけと延々戦うハメになるといった事態は考えなくていいというわけだ。

 

「なるほど……でもそれなら近江国まで征服しなくても、最初から私たちだけで来れば良かったんじゃない?」

「そうでもない。これはミスター・チンたちあっての策だからな」

 

 信長&沖田とチン&黒髭が長尾家に来たのは今川家まで征服して大勢力になったからなので、それまでの軍事行動は決して無意味ではない。近江を占領したのもちびノブたちの駐屯地が必要だったからだし。

 

「それもそうね、それじゃ貴方の策を採用しましょう。

 みんな、他に意見はないかしら?」

 

 こうして自然に皆に発言の機会を与える、あるいは求めている辺り、オルガマリーはリーダーとして一皮むけてきたようだ。光己とⅡ世のおかげで精神的に余裕ができたというのもあるが、やはり彼女自身がより良いトップたらんと自分を律しているからだろう。

 

「はい、俺は特に」

「いいんじゃないかのう?」

 

 意見は特に出なかったので、一行は偵察を終えて城の前から立ち去った。

 

 

 

 ――――――ちょうどそのころ。噂のギルガメッシュは天守閣の1番上の部屋で城下町を見下ろしながら、最高級の茶器と茶葉で茶を喫していた。

 普段の黄金の鎧ではなく日本風の(かみしも)を着ているが、これがなかなか似合っていて貫禄がある。

 

「クックックッ……セイバーめ、ようやく(オレ)のモノになる気になったか。しかも領土を増やして結納品にしようとはいじらしいものよ。フッハッハッハッハ!!!」

 

 長尾家が近江国まで制圧していて、その中に上杉アルトリアがいることはすでに掴んでいるようだ。

 しかし豊臣秀吉の晩年のよろしくない面の影響を受けたのか、それともこの特異点の怪しい粒子のせいなのか、頭の中身はいささか残念になっていた……。

 

「だがそうなると、我もそれなりのモノを贈らねば王として格好がつかぬな。花嫁衣裳と指輪の原典は当然として、それだけでは意外性に欠けるというもの。

 城門から式場までの通路を全部バージンロードにして、その左右にちびノブどもを並ばせてみるか? いやそういうことより先に出席者を決めねばならぬか。ううむ、実に悩ましいな。

 ……む。もしかしてセイバーが近江にとどまっているのは、我がその辺の準備を整えるのを待っているからか? ふっふふ、これは我ともあろう者が1本取られたわ!」

 

 そう、本当に残念であった……。

 

 

 

 

 

 

 その数日後の夜、長尾軍のマスターとサーヴァントたちとワイバーン勢は大坂城の北を流れる寝屋川に無事到着していた。今のところ気づかれた様子はない。

 さっそく黒髭が宝具の船を出し、オルガマリーたちが乗り込む。光己は竜モードになって水中に隠れ、片手だけ甲板の上に置いて乗船しているという体裁だけ整えていた。

 それでもパワーアップ効果は有効のようで、黒髭の船はかつてないレベルの強さになっている。

 

「これは凄いですな! 藤宮氏、よかったら正式に拙者の部下になりません?」

「なりませんし、なれません」

 

 黒髭の勧誘を光己はあっさり拒絶した。実に残当である。

 光己は話を長引かせないために黒髭から離れて、オルガマリーに頭を近づけた。

 

「な、何かしら?」

 

 100%の味方だと分かっていても、巨竜が目の前まで迫ってくるのは非常に怖い。オルガマリーはかなりビクつきつつ、しかし所長のメンツを保つため精いっぱいの虚勢を張りながら用向きを訊ねた。

 

「俺たちがラスボスを倒して、聖杯を手に入れてから強制退去が始まるまでに多少は時間がありますよね。その間に聖杯を使えないかなと思ったんですが」

 

 それができるならオルガマリーにレイシフト適性を付けることもできるし、景虎たちを確実に連れ帰ることもできる。そういう趣旨の質問だったが、オルガマリーは首を横に振った。

 

「いい考えだとは思うけど、やめておいた方がいいわね。

 はぐれサーヴァントの退去はともかく、レイシフトは周囲の魔力が乱れすぎてると失敗する恐れがあるから。

 ……貴方が冬木で私を生き返らせてくれたことには感謝してるけど、今後は控えた方がいいわ」

「うーん、そうですか」

 

 どうあっても聖杯は魔力リソース以外の用途には使わせてもらえないようだ……。

 しかしトップに止められては仕方ない。光己はいさぎよく諦めることにした。

 

「じゃ、ギルガメッシュが城にいるかどうか確かめますね」

 

 そう言って目を閉じ、感覚に意識を集中する光己。

 すると無数のちびノブたちとは別に、天守閣の最上階の辺りに非常に大きな光が1つ、1階らしき所にもう1つサーヴァントとおぼしき光があるのが感じられた。

 普通に考えて、上の階にいるのがギルガメッシュだろう。

 

「いますね。それじゃ始めますか?」

「ええ、お願い」

 

 こうして長尾軍による大坂城奇襲作戦が始まった。まずは最大の火力「滅びの吐息」による天守閣爆撃である。

 

「ファイエルーーーーーーッッ!!」

 

 光己が渾身の魔力をこめた火球が放物線を描いて飛び、惜しくも天守閣には命中しなかったがそのすぐそばの地面に落下して大爆発を起こした。

 その威力は爆風と爆音が数百メートル離れているこの船まで届いてぐらぐら揺れるほどのもので、オルガマリーなど思わず悲鳴を上げて耳を手で覆ってしまったくらいである。

 

「きゃあっ!?」

「相変わらずとんでもない威力だな……」

 

 Ⅱ世も同じように耳を塞ぎつつ、むしろ呆れたような声を出した。

 何しろ火球が落ちた辺りが廃墟になったばかりか、天守閣が倒壊してしまったのである。

 

「なるほど、これが名高い邪竜の力ですか……いや私も負けてはいられませんな!」

 

 一方チンは対抗心を起こしたようで、さっそく宝具を使う態勢に入った。

 

「では逝きましょうか。出撃! ワイバーンズ! 大・撃・沈!!

 炸裂するは『掎角一陣(きかくいちじん)』!! うむ、必要な犠牲ですな」

 

 チンが宝具を開帳すると、彼のそばに配置されていたワイバーンが砲弾のように撃ち出された―――が、一応外見的なイメージに配慮して幻術により矢を放ったように見せかけている。

 チンにとっては滅多にない宝具を連発できる機会なのですっかりノリノリだった。

 

「『掎角一陣(きかくいちじん)』! 『掎角一陣(きかくいちじん)』! 『掎角一陣(きかくいちじん)』! 『掎角一陣(きかくいちじん)』ンンンン!!」

 

 チンが矢を放つたびに、天守閣があった辺りで激しい爆発が起こる。1発1発の威力は「滅びの吐息」には及ばないが、売り込みに来ただけのことはある代物だった。

 その連続砲撃を20回ほども続けたところで、さすがに集中力が切れたのか一休みする。

 

「さて、これだけの砲撃を喰らったらいかな英雄王でも跡形もなくなってると思いますが……どんなものでしょうかねえ?」

 

 実際天守閣の周囲一帯はもはや更地同然になっており、これではどんな頑強なサーヴァントでも生きてはいられないだろう。しかし最古の英雄王ともあろう者が一矢も報いないまま斃れるとも思えない。

 さて、ギルガメッシュともう1騎のサーヴァントはどうなっているのであろうか……?

 

 

 




 ギル様とても残念ですが、原作でも残念でしたから仕方ないのです(ぉ
 それはそうとセイバーオルタ霊衣キター! 思わずスキルマにしてしまいましたフォーウ!




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第90話 ぐだぐだ大坂攻め

 光己とミスター・チンの爆撃により、大坂城の天守閣とその近辺の建物は完全に破壊されて粉みじんに吹っ飛ばされた。当然中にいた者は全員死亡したと思われたが、爆発による周囲の魔力流の乱れが落ち着いた時、光己はそこに1つだけ魔力反応を感じていた。

 

「さっきよりだいぶ小さくなってるけど、これはまだ生きてる……!

 あ、上の方に飛び上がった……!!」

 

 さすがは英雄王、そんな状況でもなお生きていたようだ。こちらに乗り込んでくるつもりだろうか。

 

「いや、それでこそ最古の王というものですな!」

 

 するとチンはむしろ嬉しそうに好戦的な笑みを浮かべ、空中に飛び上がったギルガメッシュをじっと見据えた。彼が一直線に飛んでくるのを見さだめて、宝具開帳の準備を始める。

 

「では今一度、『掎角一陣(きかくいちじん)』ーーー!」

「ごはーーー!?」

 

 超速で射出されたワイバーンはみごと命中したらしく、空中で盛大な花火が上がった。

 いかな英雄王でも今度こそあの世に行ったと思われたが、信じられないことに魔力反応はまだ残っている。

 

「すごいな、もしかして最強の鎧でも着てるんだろうか」

 

 へろへろと墜落していくギルガメッシュを驚きの目で見つめつつ、そんなことを呟く光己。

 しかも彼は川に落ちたが泳いで近づいてきている。水中に潜られてはワイバーン射出は使えない。

 

「あ、これはケース3になっちゃうか」

 

 光己たちは戦闘を始める前に、どんな展開になるかいくつか予想して、それへの対応策を決めていた。ケース3というのはギルガメッシュに船の甲板の上まで来られた、あるいは来られる可能性が高い場合のムーブである。

 エルメロイⅡ世がギルガメッシュのことをある程度知っていたからこそできる事前準備だった。

 

「えーと、俺はまず急いで人間の姿に戻るんだっけ」

 

 竜の姿のままだと「竜殺しの宝具の原典」を飛ばされて、即死とはいかずとも大ケガする恐れがあるからだ。ギルガメッシュが泳いでくるというのは、こちらが変身する時間を取れるので好都合だった。

 そして光己が人間モードに戻ってズボンを穿いて翼を出し終えたのとほぼ同時に、ギルガメッシュが甲板の上によじ登ってきた。ずぶ濡れなのはともかく、生きているのが不思議なくらいの重傷で鎧もぼろぼろになっているが、闘志というか怒気は満々のようである。

 

「おのれ雑種ども、よくもやってくれたな! (オレ)がセイバーとの結婚式の準備で忙しい隙を突くとは、もはや不敬とか不埒だのといったありきたりな言葉では表現できぬほどの罪悪よ」

「……ほえ?」

 

 ギルガメッシュにとっては当然の理屈でも、光己たちにとっては意味不明な話である。不意打ちされたのを怒るのは分かるが、セイバーとの結婚式とは一体。

 光己たちはあっけに取られてつい攻撃しそこねてしまったが、その間にギルガメッシュは彼らの顔を見渡して―――アルトリアリリィの存在に気づくと一瞬で殺気が消えて驚愕と歓喜に満ちた表情になった。

 

「おぉぉ、貴様は、貴様はまさか王位に即く前のセイバーか!? 可憐すぎて胸が苦しい……!

 よかろう、貴様は許そう! 絶対に許そう!

 だが周りにいる胡散臭い雑種どもは超許さん。我が裁きを受けて死ね!」

 

 ギルガメッシュの後ろに金色に輝く波紋のようなものがいくつも浮かび上がる。それぞれの真ん中から刃物が出てきた。

 

「気をつけろ! あの1つ1つが宝具の原典だ」

「なんと!?」

 

 Ⅱ世が大声で注意を促した直後、波紋から剣や槍や鎌といった武器が矢のように飛んでくる。

 景虎と沖田は得物を振るって打ち払い、Ⅱ世とチンと黒髭は甲板の上を走り回って逃げた。リリィの方にも飛んできてはいるが当たらない軌道であり、牽制にすぎないようだ。

 光己はリリィのすぐ後ろにいるのでとりあえずは安全だった。

 なおオルガマリーと信長はケース3と判断された時点で下の船室に退避している。ワイバーンたちは上空に逃げていた。

 不幸中の幸いとしては、黒髭の船が超強化されているおかげで甲板やマストに武器が当たっても壊されずにいることだろうか。壊れて破片が飛び散ったら動きが阻害されるので。

 

「うーん、これでは反撃できません!」

 

 リリィの技量では武器の雨をかいくぐってギルガメッシュに斬りつけるのは無理のようだ。王の務めを終えた後のアルトリアたちならできるのかも知れないが。

 景虎と沖田も今は防戦一方のようである。それとも慣れれば反撃できるのだろうか……?

 

「むうー」

 

 当初の予定ではこれだけの人数をそろえれば囲んで討ち取れる予定だったのだが、ギルガメッシュの攻撃は予想以上に苛烈でつけ入る隙がない。

 せめて信長が本調子であれば、神性特攻付きの火縄銃乱射でだいぶ有利になるのだけれど。

 Ⅱ世も自分の身を守るのに手一杯で策を考える余裕がないようだし、ここはマスターとして光己が何とかしなければならないようだ。

 

「といって呼吸法で天啓もらう暇もないし、どうするかなあ。

 …………うーん。そうだ、いろいろアレだけどやってみるか」

 

 光己は何か閃いたらしく、まずリリィの真後ろのポジションを確保した上で悪魔の翼の力を行使した。ケガで弱っているギルガメッシュの魔力をさらに奪おうというのだ。

 ギルガメッシュは英雄王と呼ばれるだけあって平均的なサーヴァントの3倍以上もの魂容量を誇っているが、対魔力はEと低い。しかも重傷を負っているので、傷口からすごい勢いで魔力を吸い取られていく。

 

「ぐぅぅっ!?」

 

 不意に襲った虚脱感に、ギルガメッシュは一瞬目がくらんで甲板に片膝をついた。

 

「お、おのれぇぇぇ!? 誰だ、断りもなく我の魔力をかすめ取った上に、こともあろうに我に膝をつかせた不敬者は!」

 

 鬼のような形相で咎めるが、当然名乗り出る者はない。しかしギルガメッシュは眼力もまた優秀で、犯人をすぐに割り出した。

 

「おのれ雑種! 我が妃の後ろに隠れるとは、恥を知れ恥を! そして()くそこから失せよ!」

「絶対にノゥ! いやえげつないことしてるって自覚はあるんだけど」

 

 光己はギルガメッシュがリリィを妻にしたいという気持ち自体は否定しないし、むしろ道義的にはいきなり夜襲した自分たちに非があるとすら思っていた。しかしだからといって馬鹿正直に正々堂々と振る舞えるほどの余裕はないのだ。

 

「だってまだ死にたくないからさ。これも俺のため所長のため人類のため!

 いや王様が気前よく帝都聖杯を御下賜して下さったら和平してもいいんですが」

「ふざけるのもたいがいにしておけよ小僧!!!」

「ですよねー!」

 

 なおこのやり取りの間も光己は魔力を吸い続けている。ギルガメッシュとしては早々に彼を討たないと自分が魔力切れで倒れてしまう。

 しかし王としても男としても、セイバー(=リリィ)を巻き込むような攻撃はできない―――が、ギルガメッシュはその気になればターゲットを取り囲む形で武器を射出することができる。つまり、光己の真上や真横からまっすぐ射てば、セイバーに当てずに済むというわけだ。

 

「そこだっ!」

 

 5つほどの波紋が光己の上や横に出現し、一斉に武器を飛ばす。

 しかし光己はこと回避については日々訓練を積んでおり、それにギルガメッシュの攻撃方法はすでに十分見ていたので、危なげなく後ろに跳んでかわすことができた。

 

「おのれ!」

 

 ギルガメッシュはムキになって武器を連射するが、リリィが邪魔なのと魔力不足で集中力が落ちているため、1度に大量の武器を撃ち出すことができず、なかなか当てられない。

 一方光己はローマでレフの魔力を吸った時と同様に全身の肌が黒ずみ、いや黒い鱗が現れていた。さらに腕や脚が一回りゴツくなり、円錐形の突起が何本も生えてくる。手足の指先が角質化し、指先自体が大きな爪のようになった。

 要するに首から下が人間サイズのファヴニールになったような姿である。もちろんただ見た目が変わっただけではなく、パワーとスピードも大幅に上がっていた。

 

「むう!? 貴様、何だ……!? 人か竜かそれとも悪魔の類か……?

 まあ何でも良いわ、死ねいっ!」

 

 ギルガメッシュも光己の変貌に不審を抱いたが、それを追及している暇はない。彼がたまたまリリィの横に移動したのを見逃さず、その顔面と胸板に武器を飛ばそうとする。

 しかしその拍子に立ち眩みがしてよろめいたため、武器は少し軌道がずれてリリィの方に向かってしまった。

 

「!!」

 

 油断していたリリィも極大のミスをしてしまったギルガメッシュも青ざめたが、光己がすかさずリリィの正面に跳んで武器を掴み取ったおかげで最悪の事態は免れた。ドラゴンのパワーと鱗の硬さがあってこその荒業である。

 

「おお、これが宝具の原典ってやつか……何の原典かは分からないけどすごい魔力だな」

「我が妃を救った功績には最大の賞賛を与えるが、薄汚い手で我の財に触れるでないわ!」

「ひどい言い草だ!?」

 

 光己はさすがに抗議したがギルガメッシュは聞く耳持たず、また彼の上と左右から武器を射出した。しかし光己は横から来たのは今掴んだ武器で打ち払い、上から来たのは翼で巻き取る。

 そしてふと何かに気づくと、武器を両手で抱えて挑発的な笑みを浮かべた。

 

「もっとだ! もっとよこせギルガメッシュ!!」

「吠えたな雑……ぐあぁぁ!?」

 

 煽り耐性が極低なギルガメッシュはこめかみに青筋を浮かべてさらなる攻撃を加えようとしたが、その直前に彼の胸板が爆ぜた。血と肉片が噴水のように飛び散る。

 

「が……は!?」

 

 今やギルガメッシュの胸には直径15センチほどの風穴が開いており、前から後ろを見ることができるほどだった。その風穴から鋭い刃物の切っ先が突き出る。

 何者かが彼の後ろから強烈な不意打ちを喰らわせたのだ。

 

「ふっふふ、沖田さん大勝利~~! ですね! ……こふっ!?」

「ぎゃーっ、王の玉体に吐血するでないわ!」

 

 完全に致命傷だったが、ギルガメッシュはとりあえず人の背中にいきなり血を吐いた不届き者に渾身の叱責を浴びせた。不意打ちよりそちらが気にかかったようだが、無理もないことであろう……。

 しかしいつまでも沖田に関わってはいられない。ギルガメッシュは(彼視点では)妃に最期の言葉を告げるべくリリィの方に向き直った。

 光己もそれを邪魔するほど無神経ではなく、ギルガメッシュにリリィの姿が全部見えるよう1歩下がった。

 

「セイバーよ、此度(こたび)は退くがまたいずれ会う時もあろう。いや必ず会うと我は確信している。その時までその可憐さを失うでないぞ。

 …………露と落ち露と消えにし我が身かな……ウルクの事も夢のまた夢……。

 ウルク民募集……中……」

 

 ギルガメッシュは遺言と辞世の句のついでに国民の募集をし終えると、光の粒子となって現世から退去した。

 

 

 

 

 

 

 ギルガメッシュが消えた後には、茶釜のような物が残っていた。

 尋常ではない存在感を感じるので、もしかしたらこれが聖杯かもしれない。沖田はそれを拾って光己に差し出した。

 

「貴方もなかなかやりますね! 私が英雄王の後ろに回ろうとしたのを気づかせないために挑発して、自分に目を向けさせるなんて」

「いやあ、綱渡り気分だったけどうまくいってよかった。

 ところで沖田さん吐血してたけど大丈夫?」

「あ、はい。わりといつものことなのでお気になさらず」

「サーヴァントも大変なんだなあ……」

 

 などと2人が話していると、沖田の体が足元から消え始めた。

 

「おお、やっぱりこの茶釜が聖杯だったか」

「そうみたいですね。短い間でしたがお世話になりました。

 もし縁があったらまた会いましょう」

「うん、その時はよろしく」

 

 光己は沖田と別れの挨拶をすると、急いで景虎とリリィとⅡ世のそばに駆け寄った。近くにいた方がカルデアに連れ帰れる可能性が高いと思ったからだ。

 船室にいたオルガマリーと信長も戻ってきた。それはよかったが、チンと黒髭は何故かとても無念そうな顔をしていた。

 

「うむむ、まさかこのタイミングで強制退去とは……! これでは追加の報酬がもらえないではないですか」

「そんな、拙者の船結構役に立ったはずなのに!?」

 

 光己たちは2人に月給は渡していたが、この戦いの分のボーナスはまだ渡していないのでそれが残念無念なようだ。

 

「うーん、仕方ない。これあげるか」

 

 光己もその気持ちは十二分によく分かる。幸いにも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()()()ので、2人に半分ずつ手渡した。

 

「聖杯はさすがにあげられないけど、この宝具だけでも売れば結構なお金になるでしょ」

「おお、これはありがたい……まさに豊臣秀吉を思わせる気前良さですな」

「これが噂に聞くホワイト企業というやつですか……この黒髭、ユニヴァースに帰っても藤宮氏のことは忘れませんぞ!」

「どう致しまして、またいつか」

 

 チンはいつもの笑顔で内心は今いち想像しきれないが、黒髭は本気で感涙にむせんでおり、心底感謝してくれているようだ……。

 光己がオルガマリーたちのところに駆け戻るその後ろで、2人はすうっと消えていった。

 

「世話になったな皆の者! また会おうぞ!」

「皆さんお元気で!」

 

 ついで信長と沖田も退去する。光己たちの姿も薄れてきていた。

 すると景虎がいきなり光己に抱きついてきた。

 

「マスター! 私、私絶対、今度こそマスターについていきますから! 必ずカルデアに行きますから」

「うん、待ってる。絶対来てくれ!」

 

 半分泣いたような声で訴えてきた彼女を思い切り抱き返しながら、光己も心からそう答える。

 その直後、光己は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 光己がはっと目を覚ますと、そこは体感では何ヶ月も前にオルガマリーと遊んでいたカルデアのレクリエーションルームだった。

 隣ではオルガマリーがすうすう寝ている。こういう姿はなかなか可愛い―――ではなくて! 光己が慌てて周りを見回すと、景虎とリリィも同じように横たわっていた。

 

「おお、2人とも来てくれてたのか!」

 

 光己が喜びのあまり大声でそう言うと、寝ていた2人も目を覚ました。そして景虎が感動を満面に表しながら抱きついてくる。

 

「マスター! 良かった……! これでずっと一緒にいられるんですね」

 

 なおリリィはいきなり彼に抱きつくほど絆レベルは上がっていないので、光己と景虎が抱き合うのを見守っているだけである。

 

「朝からうるさいわねえ……って、思い出した! Ⅱ世! Ⅱ世はいるかしら」

 

 2人の大声で目が覚めたオルガマリーが、こちらも目を血走らせて部屋中を見渡す。

 

「やれやれ、ようやくお目覚めかと思ったら騒がしいな。私ならここにいるぞ」

 

 するとTVモニターの前からわずらわしそうな返事が聞こえた。どうやらTVゲームをしているようだ。

 

「Ⅱ世! 良かった、いてくれてたのね……って、契約、契約! 藤宮、早くⅡ世と契約するのよ」

「ちょ、しょ、所長、そんなに強く引っ張らなくても」

 

 オルガマリーは光己と景虎が抱き合っているのを容赦なく引っぺがすと、光己をⅡ世のそばに連行してそのまま契約させた。Ⅱ世には単独行動のスキルがなく、放っておいたら退去になってしまうので、ちょっと強引ではあったが妥当な措置だろう……。

 ともかくこれで、光己とオルガマリーは無事カルデアに帰還し、新しい仲間を迎えることにも成功したのだった。

 

 

 




 英雄王がリリィといずれ会えると言い残しましたが、AZOイベントやると本当に実現してしまうのですなw




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幕間
第91話 カルデア所長と新副所長


 英雄王ギルガメッシュという強敵を倒した上でみんな一緒にカルデアに戻れたという幸運をひとしきり喜び合ったら、次は今回のレムレムレイシフトの顛末を職員とサーヴァントたちに説明しなければならない。景虎たちという証人と帝都聖杯という物証があるから、事実関係を信用してもらうことについては容易だが。

 

「でも信長公と沖田さんのサインは持って来られなかったんですよね。悲しみ」

「暢気ねえ……」

 

 光己のお気楽そうな独り言に、オルガマリーは小声でツッコミを入れた。

 これからレムレムレイシフトの原因を解明したり防止策を考えたりせねばならないというのに。いや、もしあの特異点が「カルデアスには出て来なかったが人類史に悪影響がある特異点」だったなら、逆に行けて良かったわけだから、ただ防止すればいいわけではないのが厄介だ。

 

「……でも貴方はその方がいいのかもね」

 

 魔術王を向こうに回して7つの人類史と戦うなんて途方もない難業に挑むのだから、悲観的な、あるいは深刻ぶる性格だと途中で折れてしまいかねない。それにオルガマリー自身どちらかといえば悲観的な方だから、彼がお気楽でいるのはむしろありがたかった。

 

「とりあえず皆を管制室に集めて、私とⅡ世で大枠だけ説明すればいいかしら。

 細かいことは後日文書で……あー、待って。こんなこと文書に残したらマズいことになるかもしれないわね」

 

 具体的には魔術協会による封印指定である。光己の功績は一から十まで隠蔽する予定だから、余計な物的証拠は残さない方が得策だった。

 考えてみれば原因の解明なんてできそうにないし、人理修復が終わったらレムレムレイシフト現象もなくなるはずだ。あまり大ごとにせず、軽く流してしまう方がいいだろう。

 

「そうね、やっぱり説明は口頭だけにしましょう。

 文章での記録は私の私物のパソコンだけに残しておくわ」

「そうだな、そうした方が無難だと思う」

「……? よく分かりませんけど、所長がそう言うなら」

 

 エルメロイⅡ世はオルガマリーの言外の思惑をすぐ察して彼女の意向に同意したが、光己には理解できなかった。しかしカルデア内の政治的っぽい話に口を挟めるほどの見識はないので、素直に首を縦に振る。

 ―――というわけで、オルガマリーはやや異例ながら朝食前に職員とサーヴァントを管制室に集めて、今回の件を報告しⅡ世たちを紹介した。

 それを聞いた、特に職員たちの中には(所長はレフのことでついに壊れてしまったか)と失礼な感想を抱いた者もいたが、時計塔のロードを含む3人もの証人がいては疑う余地がない。

 

「……なにぶん突拍子もない話ですから、無理に信じろとは言いません。

 しかしここにエルメロイⅡ世たちがいることは事実ですので、それだけは承知しておいて下さい。

 何か質問はありますか?」

 

 オルガマリーがそう言って一同を見渡すと、ムニエルという男性職員がおずおずと手を挙げた。

 

「はい、どうぞ」

「所長と藤宮が夢の中で特異点に行って修正してきたという話は分かりましたけど、それについて何か対策を取ったりするんですか?」

「そうしたいのは山々ですが、そんな暇はありません。それにカルデアスが発見できずにいる特異点を修正しに行っているという見方もできますので、対策を考える必要性も薄いと考えています。

 ただサーヴァントを連れて行けないのは危険ですので、それだけは何とかしたいと思っていますが。

 さしあたって、皆さんに何か新しいことをしてもらう予定はありません」

「……はい」

 

 ムニエルはそれで引き下がったが、オルガマリーの回答の内容より彼女の雰囲気や態度の変化に驚いていた。

 レフの件はオルガマリーにとっては痛恨の出来事だったはずだが、すっかり立ち直っているばかりか権高さや刺々しさが取れてだいぶ穏やかになっている。むろん気落ちして権高になるだけの力がないとかではなく、むしろ以前より明るく元気なようにさえ見えた。

 

(うーん、これは本当に特異点に行ってきたと思うしかないな)

 

 それでいろいろあって成長したのだろう。当人にとっては災難だったと思うが、一介の職員としては喜ばしいことである。

 

「……他に何かありますか?」

 

 オルガマリーは再度一同を見渡したが誰も手を挙げなかったので、早々に閉会を宣言して解散した。

 

 

 

 

 

 

 その後、オルガマリーは光己を連れて朝食を摂ったり、Ⅱ世と景虎とリリィにカルデア内部の案内をしたり、生活規則の説明をしたりして午前中を過ごしたが、午後は彼女自身とロマニとダ・ヴィンチとⅡ世、つまりカルデアの新幹部組だけで小会議室に集まっていた。

 

「来てもらって早々に悪いんだけど、カルデアの現状を貴方に説明しておこうと思って」

 

 Ⅱ世はオルガマリーの意向で「副所長」に任命されたので、職務遂行のために必要なことを教えておこうというわけだ。新入りとはいえ、時計塔のロードに諸葛孔明が憑依した疑似サーヴァントという身分と頭脳と魔術能力を兼ね備えた存在なので、この人事に異議を唱える者はいなかった。

 

「うむ、全くもって聞きたくないが、聞かないわけにはいかんという実にファッ〇ンな話だな。

 ああ、カルデアの設立目的や沿革、それと特異点修正に赴いているマスターが元一般人1人だけである理由は知っているから省いてもいいぞ」

「…………」

 

 オルガマリーはレディの面前で平然と下品な単語を口にする彼にちょっと呆れたが、なにぶんこれからボランティア同然の形で大役を頼む立場である。多少の不作法には目をつむることにした。

 

「それは手間が省けるわね。施設の破損や修繕の状況は午前中に見てもらった通りだけど、まずは人員や物資の状況から話しておこうかしら」

 

 レフの爆破テロによりマスターは1人を除いて凍結処置、一般職員も大幅に減ったが特異点の発見から修正までの作業を行える程度の人員は残っていた。破損した施設の修繕は当初は手が回らなかったが、ワルキューレたちが来てからはルーンのおかげでだいぶ進んでいる。

 食料その他の物資も光己たちがローマから大量に送ってくれたので、当面は十分な備蓄があった。サーヴァントについても、電力の事情で特異点に送れず留守番になる者がいるほどだから、人数的には十分である。

 

「いやあ、ホント藤宮君には足を向けて寝られないよね! サーヴァントは半数以上が彼が特異点から連れてきた人たちだし、金貨もいっぱい送ってくれたからカルデアが潰れても当分は困らない。

 あとはこのまま快進撃が続くことを祈るばかりだ」

「トップのすぐ隣で何言ってるのかしらねこの不良ドクターは」

「いたたたた!?」

 

 悪意はないものの実に不用意な発言をしたロマニがオルガマリーに頬をつねられて悲鳴を上げたが、これは残当と言うしかなかった……。

 

「それでも人手不足はあるんだけどね。特異点修正してる間の藤宮の存在証明は最低2人以上で24時間体制だから」

 

 それを20人足らずの職員で回しているのだから、個々の職員の負担は重い。なのでオルガマリーは次の特異点修正の前に、職員たちに交代で何日か休みを取らせようと考えていた。もちろんオルガマリー自身も。

 

「時間はあと1年と半月ちょっとしかないけど、全力疾走するには長すぎるのよね」

「そうだな。人間疲れると効率が落ちるしミスも増えるし、悲観的にもなりやすくなるからな。

 そうなっては相手が相手だけに、絶望して精神を病む者も出るだろう。

 当然体調を崩す者も出るだろうな。まして過労死周回などもってのほかだ」

「……?」

 

 オルガマリーはⅡ世の最後の一言はよく理解できなかったが、自分の方針に賛成してくれたと判断して話を先に進めることにした。

 なお「悲観的~~」のくだりはオルガマリーも強く認識していて、Ⅱ世を迎えた理由の1つでもある。彼ほどの人物が副所長としてオルガマリーを補佐するとなれば、その事実だけでも人心の安定に資するだろう。

 無論オルガマリーの地位の強化にもつながるが、それを主目的にするほど今のオルガマリーは追い詰められてはいない。

 

(でもこんなことをこれだけ気にするなんて、私もずいぶん変わった……いえ、元気づけてくれた人がいるからかしらね。

 メンタルケアもバッチリだし。羽にくるまれながら浴びるのもいいけど、やっぱり抱っこが1番……コホン)

 

 まあそれは今は措いておいて。

 

「それで貴方の仕事だけど、私の日常業務のサポートに加えて藤宮たちが特異点に行ってる間の助言もお願いするわ。貴方なら俯瞰的な視点での意見も出せるでしょう?」

 

 オルガマリーもロマニもダ・ヴィンチも戦場や冒険の経験はないので、現場での判断に口出しするのは控えていたが、諸葛孔明なら騎士王や軍神や戦乙女や十二勇士やニンジャといった現場マイスターたちも文句はないだろう。大部分の者はすでに面識もあることだし。

 

「分かった、任されよう」

 

 Ⅱ世視点でも妥当な話で、特に異論は出さずに承知した。

 ただしこれは人理修復までの話であって、その後は別方向にややこしい仕事に変わる。

 

「特異点修正と魔術王討伐までは出たとこ勝負というか、状況次第で臨機応変にやっていくしかないんだけど、私とカルデアにはその後も厄介事が待ち構えているのよ」

 

 何しろカルデアは仮に人理修復を達成したとしても、世界を救った英雄ではなく、失態を追及される立場でしかないのだ。

 そもそも論としては人理焼却を防げなかったこと、個別にはレフの爆破テロで多大な被害を出したこと、無許可のレイシフト、7騎を超えてサーヴァントを駐留させていること、といったことなどで国連と魔術協会から査察や査問を受けるのはほぼ確実だ。悪ければ解体までいくだろう。

 オルガマリーは以前ローマでネロ帝に金貨をもらうことに賛成したが、この辺の事情も理由の1つである。職員たちに「我々が世界を救った」と胸を張らせてやれないので、その代わりにというわけだ。

 

「でもそれを受け入れるわけにはいかないのよ。私個人としてもカルデアの使命のためにも。どうしてかっていうと―――」

 

 そこでオルガマリーは言葉を切り、ダ・ヴィンチに用意してもらったレジュメをⅡ世に差し出した。口頭では説明しきれない内容のようだ。

 

「読めということか? どれどれ……」

 

 Ⅱ世はその紙束を手に取って読み始めたが、その顔色は見る見るうちに青ざめていった。

 

「『異星の神』による『人理漂白』か……。さっそくの胃痛案件をありがとう。冗談だったなら嬉しいのだがね?」

「残念ながら本気だよー。この会議のために、今日の午前中にカーマ神に改めて聴取した内容だからね」

 

 読み終えて顔を上げたⅡ世の言葉にダ・ヴィンチがそう答えた。

 ちなみに内容は無人島事件の直後に聞いた時と食い違う点はないが、カーマが光己への好感度を増した分一生懸命思い出してくれたので情報量は増えている。

 

「平行世界のことだからこの世界で必ず起きるとは限らないし、実際こことは違ってることもあるけど、無視できる話じゃないよねえ」

「確かにな。それにしてもAチーム7人が7人とも裏切るとは……」

 

 命惜しさか洗脳でもされたか、それとも他に何か理由があるのか。いずれにせよ全員となると任命者の責任問題……はどうでもいいとして、対処に悩む話である。

 まさかカーマ情報だけで殺すわけにはいかないし、仮に殺したところで別の人間を使われては意味がない。解凍する時に厳戒態勢を敷いておくしかないだろう。

 

「で、向こうのカルデアはなぜか彷徨海にあって、所長とマスターはこことは違う人物、か。そうなっている理由まではカーマ神も知らないのは残念だが……」

 

 他にも職員の数が少ないとか、ロマニがいないとか、ダ・ヴィンチが幼女だったとか、細かな違いは多い。

 ただいくら平行世界のこととはいえ、カルデアが最初から彷徨海なんて超級の秘境に設立されたとは考えにくい。何かの理由で移転したと考える方が自然だろう。

 

「たとえば元Aチーム、いやクリプターというのか。連中のサーヴァントに襲われて逃げるハメになったとかだな。人理修復が完全に終了したら、協会と国連はサーヴァントを退去させるだろうから、その隙を突けば簡単に陥とせる」

「ええ、だからサーヴァントを退去させるわけにはいかないのよね。むしろ増やしておきたいくらい。

 というか、協会と国連に命令されたから出て行けなんて言ったら、その場で刺されそうな気がするんだけど」

 

 アルトリアズあたりは物分かり良さそうだが、清姫や景虎は精神構造が常人と異なる。「そんな理由で私と旦那様を引き離そうとは命が惜しくないようですね。お望み通りあの世に送ってあげましょう!」とか言ってぐるぐる目で襲って来かねない。

 

「ああ。私は清姫のことは知らんが、レディ長尾なら大いにあり得るな」

 

 オルガマリーの危惧にⅡ世もこくこく頷いた。

 当然ながら光己に言わせるのは論外というか逆効果である。「嫌な仕事をマスターに押しつけるとは卑劣な!」と判断して怒りを深めるだけだろう。それどころか光己が同調する恐れすらある。

 

「藤宮にしてみれば人類を救ったのに称賛どころか、罪人扱いの上サーヴァント大奥、とか言ってたわね。それを取り上げられるんだから怒って当然なのよね」

 

 そうなっても彼はブチ切れて時計塔に殴り込みをかけるというほど短慮粗暴ではないが、泣き寝入りするほどおとなしくもない。大奥メンバーを連れて脱走するというあたりか。

 私情としては見逃してやりたいところだが、カルデアの使命を考えればそうもいかない。魔力量や無敵アーマーやドラゴンチェンジ等の能力、現場経験の多さ、さらには今いるサーヴァントたちとの友誼の深さを考えれば手放すのは惜しすぎるのだ。

 

「まあ馬鹿正直に退去させなくても、査問官が来る時だけ隠れててもらえばいい話なんだけど。プロメテウスの火を止めても聖杯があれば魔力供給は問題ないから」

 

 ちなみに、これまでに手に入れた聖杯はダ・ヴィンチが保管しているが、国連や協会がその存在を知ったら揉め事になるのは確実だから、今のうちに理由をつけて解体してしまう方がいいかもしれない。無論今口にした魔力供給用は別途隠しておくとして。

 

「ぶっちゃけて言うと、異星の神が地球に来る前に騎士王一同で退治してくれれば1番楽なんだけどね」

 

 確か星の聖剣は宇宙からの侵略者を討つ時こそ真価を発揮できるという話だし、ヒロインXXに至っては宇宙刑事である。別件逮捕でも何でもして銀河の彼方に連行してくれれば助かるのだが。

 

「確かにそうなれば万々歳だが、そこまでうまくはいくまいな」

 

 どこかの誰かが千里眼で異星の神の居場所を特定してくれたり、そこに行くための宇宙船を提供したりしてくれれば話は早いが、現在のカルデアでは不可能だ。残念な話である。

 

「あとはムジーク家の動向に注意しておくことくらいかな。どのみち今の段階では何もできないけど」

 

 ダ・ヴィンチがちょっともどかしげに呟いた。

 異星の神は今はまだ来ていないし、Aチーム7人の解凍作業も技術的にできない。できるのは人理修復の後にそういうことが起こるという心の準備をしておくことくらいだろう。

 

「そうね、今は目の前の問題に集中しましょう。

 数日ほど休暇を取ったら次の特異点の調査を始めて、それと並行して藤宮用の新しい礼装を作ってもらうわ。その後のことは調査の結果を見てから考えましょう」

「うーん、そんなところかな」

 

 ダ・ヴィンチが同意して他に意見がある者もいなかったので、この会議の議題はおおむね結論が出そろった。

 

「――――――さて、今話すことはこれくらいかしらね。

 あとは休暇のローテーションだけど、どうやって決めればいいかしら」

「みんなに申請書を出してもらえばいいんじゃない? バッティングしたらこっちで調整するということで」

「そうね、とりあえず当人たちの希望を聞きましょう。私からメールで通知しておくわ。

 それじゃ今回はこれで解散。通常業務に戻ってちょうだい」

「分かった、じゃあ医務室に戻るとするかな」

「了解ーー」

 

 オルガマリーが閉会を告げると、根城があるロマニとダ・ヴィンチはそこに引き揚げようと席を立ったが、Ⅱ世にはまだそれがなかった。

 

「レディ、いや所長と呼ぶべきか。私はどこで何をすればいいんだ?」

「そうね、副所長室でも作ろうかしら。資料閲覧用の端末と文房具と、それに会議用のテーブルとチェアも……あと何か欲しいものはある?」

「そうだな、携帯用のゲーム機をいくつかもらえればありがたい」

「貴方がゲーム好きなのは知ってるけど、そういうのはレクリエーションルームでやってちょうだい……」

 

 新副所長のさっそくの自堕落ぶりに、オルガマリーはがっくりと肩を落とすのだった。

 

 

 




 ぐだぐだ本能寺が終わりましたので、また現時点での(サーヴァント基準での)ステータスと絆レベルを開示してみます。

 性別   :男性
 クラス  :---
 属性   :中立・善
 真名   :藤宮 光己
 時代、地域:20~21世紀日本
 身長、体重:172センチ、67キロ
 ステータス:筋力D 耐久D 敏捷D 魔力C 幸運B+ 宝具EX
 コマンド :AABBQ

〇保有スキル
 フウマカラテ:D+   多少上達しました。
 魔力放出  :D    また少し上達しました。
 火炎操作  :D    それなりに慣れてきたようです。
 マナドレイン:D    大気中の魔力を吸収してNPを増やします。
 根こそぎドレイン:D  敵単体からLV、HP、NPを吸収します。クリティカルで朦朧、疲労、気絶の弱体効果を付与します。対象が若い女性の場合、さらに魅了を付与……しません(ぉ イメージはメルトリリスというよりDI〇様。
 神恩/神罰(グレース/パニッシュ) :D    味方全員のデバフを解除した後、絆レベルに比例した強さのバフを付与します。さらに敵全員に敵対度に比例したデバフがかかります。「阿頼耶識・神魔顕現」発動中のみ使用可能。
 ■■■■■ :E    上記のドレインスキルを超強化し、さらに身体が人間サイズの竜のようになっていきます。それ以外の能力もあるようですが、まだ不明です。「阿頼耶識・神魔顕現」発動中のみ使用可能。
 魔力感知  :D    周囲の生命体が発する魔力を光として感知することができます。人の姿でもできますが、竜の姿の方が広範囲を感知できます。
 ワイバーン産生:D   ワイバーンを細胞分裂で産み出すことができます。事前に数日ほど竜の姿を維持しておく必要があります。

〇クラススキル
 三巨竜の血鎧(アーマー・オブ・トライスター):A+   Aランク以下の攻撃を無効化し、それを超える攻撃もダメージを5ランク下げます。宝具による攻撃の場合はA+まで無効化し、それを超えるものはダメージを10ランク下げます。弱体付与に対しても同様です。
 竜の心臓   :D    毎ターンNPが上昇します。

〇宝具
 灼熱劫火・万地焼滅(ワールドエンド・ブルーブレイズ):EX   体長30メートルの巨竜に変身し、強烈なブレスを吐き出します。敵全体に攻撃。対人宝具。
 阿頼耶識・神魔顕現(あらやしき・しんまけんげん):EX   頭から角、背中から2対の翼、尾?骨から尻尾が生えた形態に変身します。この状態でのみ使えるスキルが複数ありますが、全貌はまだ明らかになっていません。

〇マテリアル
 ぐだぐだ本能寺は夢の中の出来事なのでステータスは上がりませんが、スキルは少し上達しました。

〇絆レベル
・オルガマリー:6    ・マシュ:3
・ルーラーアルトリア:3 ・ヒロインXX:7 ・アルトリア:3
・アルトリアオルタ:1  ・アルトリアリリィ:4
・スルーズ:6      ・ヒルド:4    ・オルトリンデ:3
・加藤段蔵:4      ・清姫:2     ・ブラダマンテ:8 ・カーマ:7
・長尾景虎:9      ・諸葛孔明:2




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第92話 英霊召喚 4回目

 オルガマリーが幹部会議をしている間、光己は彼の私室―――ではサーヴァントたち皆を呼ぶには狭すぎるので、もう少し広い空き部屋の1つをマスターとサーヴァント専用の談話室に改装した部屋に行っていた。マシュたちに景虎&リリィとの親睦を深めてもらうのと、レムレム特異点でのことを詳しく話すためである。

 

「しかし不思議なものだなあ……気分的にはあれから3ヶ月経ってるのに、カレンダーはちゃんと『昨日』の次の日の12月13日になってるなんて。景虎が言った通りだ」

「でしょう? 私、マスターのためにならないことは言いませんから!」

 

 カレンダーを眺めて感慨にひたっている光己に、景虎はぴったり寄り添っていかにもご満悦そうだった。

 しかし心穏やかではいられない者もいる。

 

「ちょ、ちょっとお待ち下さいますたぁ! 今のお話ですと、ますたぁにとってわたくしたちは3ヶ月ぶりに会ったことになるのですか?」

「うん、まさにそんな感じ。清姫たちにとっては昨夜ぶりだと思うけど、俺にとってはかなり久しぶりになるんだよな」

「な、何という!?」

 

 それでは光己視点では清姫はローマに行っている間4ヶ月離れ離れで、帰って来た日の夜からまた3ヶ月離れていたことになるではないか。そんなに別居ばかりしていては印象が薄くなってしまう!

 

「いやいや、清姫もみんなも大事だから印象薄くなったりしないって」

「いいえ、物理的に離れ離れでは人の心も縁も冷めるというものです。もちろんわたくしのますたぁへの愛は例外ですが!

 とにかくここは、インパクトある行動で今一度わたくしの印象を強めなくては」

 

 清姫は一息でそう言い切ると、委細構わず光己に抱きついた。

 

「おおっ!?」

 

 光己はローマや戦国時代では隙あらば景虎たちといちゃついていたので、ただ抱きつかれただけではそこまで強いインパクトは受けないのだが、女の子がくっついてきてくれるのは肉体的にも精神的にも大変嬉しい。清姫の背中を軽く抱き返して頭を撫でた。

 

「ああ、ますたぁ……」

 

 というかインパクトを受けたのは清姫の方であった。

 生前想い人に逃げられた上に嘘をつかれた彼女にとって、「安珍様」が受け入れてくれるのは身が震えるほどに感動的なことなのだ。

 ただ彼は他の女性たちとも仲睦まじいのが玉に瑕だったが。

 

「マスター! 今の清姫の話だとあたしたちも印象薄くなってるってことだよね? それは看過できないなあ」

「……右に同じ」

 

 すると案の定、ヒルドとオルトリンデが光己の後ろから抱きついた。しかも清姫からは見えないが、ヒルドは乳房を意図的にむにむにと押しつけている。

 

「えへへ、どうかな? 印象強くなったかな?」

「おぉぉ、確かに印象的だ……!」

 

 ワルキューレズは服の生地が清姫や景虎のものより薄いので、体の感触がよりはっきり感じられる。思春期少年には実に刺激が強かった。

 

「でもこのくらいじゃ4ヶ月と3ヶ月のブランクは埋まらないな。もう一声!」

「しょうがないなあ。でもマスターは色々大変だっただろうから、あたしもがんばってリクエストにお応えするね」

 

 鼻の下を伸ばしつつもさらなるサービスを要求する光己と、わりとノリよく彼に体をすりつけるヒルド。大変仲がよろしくて結構な話だったが、そこにスルーズが割り込んだ。

 

「3人とも離れなさい。そういうことはお話が済んでからにするべきです」

 

 親睦はともかく、特異点の話を聞く前にいちゃいちゃを始められたら他の人たちに迷惑である。なので注意したのだが、三人娘の中では1番光己と親密なのに抑え役に回れるあたり、精神的には1番大人のようだ。

 

「はーい」

 

 ヒルドたちが仕方なく彼のそばから離れ、光己も名残惜しそうな顔をしつつも近くの座布団に腰を下ろした。この部屋はマスターの出身地に合わせて和風に近いつくり、つまり床に畳の代わりに厚手のマットを敷いて、その上にカーペットを敷いて直座りできるようにしてあるのだ。

 彼の傍らに景虎とリリィ、正面側にマシュたちが座ったところで話を始める。

 

「んーと、こっちの日付でいう昨晩だな。所長に気分転換してもらうためにレクリエーションルームでゲームとかしてたんだけど、そのまま寝ちゃったんだ。で、気がついたら戦国時代の越後国にいたっていう……」

「……所長と先輩と私が冬木に行った時に似てますね」

 

 光己がまず前日譚を述べると、マシュがそんなことを呟いた。

 なるほど、コフィンに入ってもいないのに、知らない内に特異点に行ってしまったという点は同じである。

 

「でも今回はカルデアスも関係なかったからなあ。だからあそこに行っちゃった理由は正直想像もつかないんだ。

 ……もしかしたら愛の奇跡なのかも」

「あ、私もそれに1票です! だって私、マスターと会えるよう毎日毘沙門天に祈ってましたから!」

 

 光己がまた余計なことを言ったので、景虎ががばーっと彼に抱きついた。

 

「ちょ、長尾さん!? 自分が来るんじゃなくてますたぁを呼びつけるなんてずるいですよ!?」

 

 するとそれを真に受けた清姫が、蛇のように舌を出してシャーッと威嚇音を立てる。両手を上げて蛇の鎌首めいてゆらゆら揺らしているし、これは一触即発レベルの攻撃態勢だ!

 

「清姫ステイ! 今のは言葉のアヤだから! 想像もつかないって言ったろ」

「しかしますたぁ。サーヴァントがマスターを召喚するなんて羨まし、もとい大変けしからんことなのでは」

 

 光己があわててなだめたが、清姫はすぐには引かなかった。おそらく景虎が彼を3ヶ月も1人、いや2人占めしていたのがよほど羨ましかったのだろう。

 一方景虎はまったく気にかけた様子もなく、どことなく勝ち誇ったような顔で反論した。

 

「はて。仮に私の祈りが本当にマスターに届いたのだとして、それの何がいけないのですか?

 国主の権限を使いまくって全力で歓待しましたし、オルガマリー殿も特異点修正に行っているのだから、対策の必要性は薄いと言っていたではありませんか」

「ぐぬぬ」

 

 なるほどトップが問題視していないのでは咎め立てしづらい。清姫は劣勢であった。

 

「ならわたくしもどこかにますたぁをお招きして……!」

「どこかって、どこにです? いえまあ、個室に来ていただいておやつをご一緒するくらいなら簡単でしょうけど」

 

 越後の龍は口論も強かったが、あえてとどめを刺さずに敵?に塩を送る寛大な心を持っていた。いや史実では単に元々あった販路を閉じなかっただけというか、そもそも卑怯を問うなら武田の方がよっぽどアレだったのだが……。

 その塩はちょうどニーズに合っていたようで、清姫がぱーっと明るい顔になって手を打つ。

 

「それです! さすがは長尾さん、一国を治められていただけのことはありますね!

 ではますたぁ、この集会が終わり次第わたくしの部屋へどうぞ!」

「…………。いいけど、順番でね?」

 

 ものすごく気の早い清姫に、光己はちょっと乾いた声でそう答えた。

 いや彼女の部屋に行くこと自体は構わないのだが、他の視線がいくつか突き刺さってきたので配慮したのだ。

 

「でもこの形だと女の子をとっかえひっかえ、いや平安時代チックに通い婚してるみたいだな。

 もちろん俺は一向にかまわんッッ!」

「かまって下さい」

「……」

 

 何か都合のいい妄想をして舞い上がってしまった光己だが、後輩のコールドなツッコミでしゅーんと我に返った。

 仕方ないので元の話に戻ることにする。

 

「平和な街中だったのが不幸中の幸いだったな。冬木みたいな所だったら大変だった」

「そうですね。所長も仰っていましたが、サーヴァントなしで特異点に行くのはやはり危険かと」

 

 といっても原因が不明で防止策もなかったが、「サーヴァントなし」の部分は改善案があった。カーマが見せつけるようなドヤ顔で手を挙げる。

 

「なら私を呼べばいいんじゃないですか? ビーストの権能は剥がされましたけど、『単独顕現』は残ってますからねー。マスターがお呼びとあれば、どこにだって行けますよ」

 

 単独顕現とは、マスターに召喚されなくても自力で現世に出現できるスキルで、無条件にどこにでもとはいかないが、契約したマスターというビーコンがあれば出向けるだろうという意味だ。

 

「でもただ口先で呪文唱えるだけじゃダメですねー。もっとこうカーマちゃん愛してる、俺にはおまえが必要なんだ、うおおおおー!!って往来で人目もはばからずに絶叫するくらいの勢いが欲しいです」

「…………」

 

 このチョーシくれてる幼女をどうシバくべきか光己はちょっと悩んだが、ものぐさな彼女が1人でも自分を助けようと思ってくれているのも事実だ。ここは大人の対応をすることにした。

 

「そっか、ありがとな。ただ叫ぶだけでカルデアまで念が届くかどうかは分からないけど、令呪使えばいけるだろ」

 

 遠くにいるサーヴァントをマスターの傍らに瞬間移動させるというのは、令呪の一般的な用法の1つだが、カルデアから特異点まで呼びつけることはさすがにできない。しかし、自前でその手のスキルを持っている者なら相乗効果で何とかなるだろうという意味だ。

 

「えー、そこで令呪に頼っちゃうんですか? マスターってば日頃は愛だの何だの言ってるくせに、とんだヘタレですね」

「ええい、やっぱりシメてやる!」

 

 光己は口が減らない幼女の腕を引っ張って自分の脚の間に座らせると、まずは左右のほっぺたを指でつまんでぐりぐりひねってやった。カーマは「幼女にDVなんて最低ですー!」などと抗議しているが、抱っこ席から逃げようとしないあたり嫌ではないのだろう……。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。令呪を使う前提ならわたくしだって」

 

 そのじゃれ合いが羨ましくなったのか、清姫がまた割り込んできた。

 清姫は単独顕現どころか単独行動すら持たないが、召喚の儀式抜きでカルデアに来た実績がある。令呪の後押しがあれば来られるかもしれない。

 

「そうですね、私もマスターくんのためなら行きますよ!!

 私はカーマさんや清姫さんと違って前衛もできますから、マスターくんを守るという観点ならむしろ私だけ呼ぶというのもアリなのでは」

「シャーッ!」

 

 おまけにヒロインXXが立候補した上に前の2人をディスり始めたので、清姫が即反応してまた蛇チックな威嚇を始める。

 すっかり話が脱線してしまったが、そこに内線電話の呼び出し音がなった。

 

「お!? ……はい、もしもし。藤宮です」

 

 光己が受話器を取ると、何用なのかオルガマリーの声が聞こえた。

 

「ああ、まだそこにいたわね。実は早めに次のサーヴァントを召喚しておこうということになって」

 

 光己たちがローマにいる間に、ダ・ヴィンチたちは暇を見て聖晶石を作っていた。それがようやく3個たまって、めでたく1騎召喚できる運びになったのだ。

 オルガマリーたち新幹部組は7騎制限を超過していることは百も承知しているが、それを是正するより人理修復の成功率を上げることを選んだわけである。

 ただそれなら、景虎たちを所内案内する前に召喚すれば2度手間にならずに済んだのだが、エルメロイⅡ世=新副所長がいたから話が複雑になるのを避けたのだろう。

 

「分かりました。召喚ルームに行けばいいんですか?」

「ええ、私たちもこれから行くから」

 

 そういうわけで光己たちが召喚ルームに赴くと、オルガマリーたち4人はすでに支度をして待っていた。

 

「急に呼びつけてごめんなさいね。心の準備はいい?」

「はい、大丈夫です」

(所長本当に丸くなったなぁ!?)

 

 オルガマリーが細やかに光己を気づかう様子にロマニは思わず目と耳を疑ったが、彼女にバレたらまた頬をつねられるのでささっとⅡ世の後ろに隠れた。

 

「ふむ、これがカルデアの召喚式か……」

 

 当のⅡ世は室内の設備を興味深げにきょろきょろと見回しており、ロマニの挙動に関心はないようだ。

 オルガマリーがこほんと咳払いして、光己に儀式の開始を促す。

 

「それじゃ始めてちょうだい」

「はい」

 

 光己にとってはもう3回目のイベントだ。特に気負うこともなく魔法陣の真ん中に聖晶石を置いて、高らかに召喚の呪文を唱える。

 

「――――――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!!」

 

(役に立ってくれる人希望なのはもちろんだけど、できれば美人さんでーーー!!)

 

 ただし頭の中は半分ほどピンク色に染まっていたが……。

 それでも術式は無事に起動し、魔法陣の上に青白い光が走り始める。最後にまばゆい光の柱が立ち昇り、それが消えた後には若い女性らしき人影が立っていた。

 顔形や衣服を見るに昔の日本人のようである。身長は160センチほど、年の頃は20歳くらいか。スタイル抜群のすごい美人だった。

 青を基調とした和服を着崩している、というか布地が妙に少なく、肩から胸の上部辺りまで露出しており、太腿も絶対領域めいて見せつけている。

 ピンク色の長い髪をツインテ―ルに結わえているのはいいとして、頭の上にはキツネのような耳が左右一対生えていた。どうやら化生の類のようである。

 雰囲気的には明るいというか軽い感じに見受けられた。邪悪な妖怪というわけではなさそうだが……?

 

 

 

「御用とあらば即参上! 貴方の頼れる巫女狐、キャスター降臨っ! です!」

 

 

 

「……ほえ!?」

 

 巫女で狐、つまり稲荷狐の類だろうか。それにしては巫女装束を着ていないのが減点1だが、彼女の名乗りでは真名はまだ分からない。

 

「初めまして、カルデアのマスターの藤宮光己です。お名前を教えてもらっても?」

「ああ、これは失礼をば。私、マスターと同じ日本出身の玉藻の前と申しますぅ」

「「ぶふぅぅぅっ!?」」

 

 光己と景虎は並んで噴き出した。

 彼女の自己紹介はかわい子ぶっていたが、玉藻の前といえば、かの有名な白面金毛九尾の妖狐ではないか! 伝説では8万の追っ手を1度は退けたという大妖怪である。

 当然ながら反英雄だろう。人理継続保障機関に何の用があって来たのだろうか?

 2人は思わず身構えたが、なぜか清姫がとてとてと玉藻の前に近づいた。

 

「これは驚きました、まさか貴女がここに来られるなんて」

「おや、貴女もここにいたんですね。お久しぶりです」

「……??」

 

 光己と景虎には信じられないことに、清姫と玉藻の前は知り合いのようだ。つまり玉藻の前は清姫の縁で召喚されたということか?

 

「ええと、2人は知り合いなの?」

「はい。メル友ですが、料理修業した時に1度お会いしたことが」

「メル友」

 

 時代背景を無視した台詞に光己は目がくらむ思いがしたが、英霊の座には時間軸がないそうだから、そういうこともあるのだろう……。

 

「それで、玉藻の前さんは人理修復に協力してくれそうな人?」

 

 光己が当人には聞こえないよう小声で訊ねると、清姫はこっくり頷いた。

 

「はい。彼女は一目惚れした方がいるそうですので、人類が滅びるのは困るはずですから」

「へえ」

 

 どうやら玉藻の前は光己の大奥には入ってくれなさそうだが、白面金毛九尾が味方というだけでも実に心強い話である。私情は横に措いておいて歓迎の意向を示した。

 

「ここに来たということは、生前はどうあれ今は人理修復に協力してくれるってことですよね。よろしくお願いします」

「はい、お任せ下さいませ~~♪」

 

 こうしてカルデアはまた1騎強力なサーヴァントを迎えたわけだが、後ろの方でカーマがちょっと思案顔をしていた。

 

(玉藻の前、白面金毛九尾……確か摩竭陀(まがだ)国の斑足太子(はんぞくたいし)に1千人の首を要求したとびっきりの悪女ですよね。いえそれは別にいいんですが、あのヒト日本の太陽神の分け御霊なんですよね……)

 

 で、その太陽神は人類悪を自称しているという。つまり玉藻の前が来たのはカーマの縁なのかもしれない。

 

(となるとアレですよね。マスターの翼の力って私と契約した影響だそうですから、玉藻の前と契約したらまた影響受けませんかね。マスターのことですから頭の中身は大丈夫だと思いますけど)

 

 そして(いっそのこと人類悪になってくれたら()()()も怖くないんですがー!)などと口には出さずに呟くのだった。

 

 

 




 ある意味主人公の1番の天敵なサーヴァントが来てしまいましたが、はたして主人公は夢をかなえることができるのだろうか……?




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第93話 報告会1

 召喚に応じてやってきた玉藻の前は日本の妖怪ではトップクラスの実力で、人理修復のメンバーに加えるのに不足はない。

 まずは自己紹介した後、2度手間になったがカルデアの構内を案内する。

 

「これはまた広くて立派ですねえ。人類最後の拠点と見ると、うーん……建物はともかく人数が少ないのが痛いですね」

「爆破テロ喰らっちゃったからなあ……」

 

 玉藻の前は反英雄の大妖怪ながらけっこう気さくな性格で、マスターの光己はもうタメ口で話しても良い間柄になっていた。

 

「5ヶ月近く経つのにまだ修繕終わってないなんて大変ですねえ」

「これでも最初の頃よりはだいぶマシなんだよな……。

 っと、そうそう。玉藻の前はキャスターって聞いたけど、具体的にはどんなことができるの?」

 

 これは重要な質問である。玉藻の前も真面目に、ただし口調はいつも通りのぶりっ子風で答えた。

 

「呪術です。三騎士がよく持ってる『対魔力』を貫通できるのがウリなんですよ♪」

 

 たとえば火炎や氷礫や突風や呪力弾を飛ばしたり、直接デバフをかけたりといった具合だ。あとは()()()()()()()鏡をぶつけたりといった物理攻撃もできるが、この辺はおまけである。

 しかしどちらかといえば、味方を治癒したり強化したりといった支援系の方が得意だった。宝具なら最大100人まで捕捉できるし。

 

「へえー、支援型か。そういうタイプは初めてかな? ワルキューレたちもできるけど、専門ってわけじゃないからなあ」

「ホントですか? 被る人がいないというのはいいですねえ」

 

 そんなことを話しながら案内を終えると、光己たちはレムレム特異点の話が途中だったので、また談話室に戻った。

 玉藻の前にはまだ前日譚を話していないので、そこから改めて再開する。

 

「―――というわけで、俺と所長は戦国時代の越後国に行っちゃったんだ」

「目が覚めたら異世界だった、ですか……最後のマスターって大変なんですねえ」

 

 これには反英雄でも同情せざるを得なかった。召喚に応じた時にカルデアの役目や状況についてはある程度知識として与えられたが、ここまでハードワークだったとは。

 

「それでどうなったんです?」

「ああ、とりあえず街を歩いて情報収集と、できればお金が欲しかったんだけどさ」

 

 その後ひと悶着あったがお金が手に入ってアルトリアリリィとも会えたのは、今思い出してみると本当に幸運なことだった。

 さらに考えるに冬木でもフランスでも無人島でもローマでも、着いてからわりとすぐに現地のサーヴァントなり協力者なりと出会えている。もしかしてレイシフトというのはそういう位置を選んで送り届けているのだろうか?

 光己はマシュに顔を向けてそれを訊ねてみたが、物知りな彼女にもその答えは分からなかった。

 

「うーん、そういう話は聞いたことがありませんが……。

 第二特異点に行った時はローマ市を目標地点にしていましたが、特定の協力者を当てにしてというわけではありませんし」

「そっか、じゃあ単に運がいいだけなのかな?」

 

 運というのは戦争においてもバカにできない要素である。何しろサーヴァントのパラメーターの1つに「幸運」があるくらいなのだから。

 誰の幸運度が1番影響が大きいのかは分からないが、光己自身は少なくともカルデアに来て以降はなかなかの幸運児であると自認している。何故なら今のところ、聖晶石で召喚したサーヴァントは全員有能で好意的な美人なのだから!

 

「先輩、また何かピンク色なこと考えてませんか?」

「何のことかな?」

 

 最初からいる後輩は時々辛辣だけれど。

 

「―――とにかくリリィに会えたおかげで景虎ともすぐ会えて、初日で衣食住ゲットできたんだ」

 

 そう言いながら光己が春日山城のことを思い出して懐かしんでいると、なぜかアルトリアがずずいっと身を乗り出してきた。

 

「ちょっと待って下さい。今までの話から考えるに、私たちが寝ている間に、マスターたちは450年前のとはいえ上等な日本食を3ヶ月間食べ放題だったということですか?

 ずるいです! 私も大名が食べるような御膳料理をお腹いっぱい食べまくってみたいです」

「ずるいって言われても……」

 

 貴女大名どころか国王でしょうに、と光己は思ったが、当時のブリテンはそれほどの食料難だったのだろうか。だとしたら、アーサー王と魔術師マーリンと円卓の騎士たちという名君名臣を擁していたのに、あえなく滅びてしまったのも頷けるが……。

 

「……はっ! さてはXX、レムレム特異点に行くのを申し出たのはそれが目当てなんですか?」

「え、いやそれは言いがかりですよ。私は純粋にマスターくんのユウジョウに応えたいと思っただけで。

 ただサーヴァントがマスターのお食事にご相伴するのは何もおかしくないですよね?」

「おのれ裏切り者め!」

 

 食べ物の恨みは怖いということか、レムレム特異点では上等な食事が食べられると決まったわけでもないのに、アルトリアが聖剣を抜く。

 

「わああ、アルトリアステイ! ルーラー止めて!」

「……はい」

 

 アルトリアズはみんな健啖家だが、ルーラーはクラス柄ゆえか比較的自制心が強い。アルトリアを後ろから羽交い絞めにして取り押さえた。

 なおオルタは自制心はむしろノーマルより弱いのだが、好みがジャンクフードなので今回は乗ってきていない。

 

「……本当に大変ですね」

 

 ハードワークの上に仲間がここまで私欲に正直な者ばかりだとは。玉藻の前は光己に憐憫の情すら抱いてしまった。

 

「いや、アルトリアたちは強いしやる気もあるし頼りになるから……」

 

 光己は一応彼女たちを弁護したが、その声がちょっと乾いていたのは致し方ないことだろう……。

 アルトリアがどうにかおとなしくなったところで話を再開する。ここからは景虎とリリィ以外の全員向けだ。

 

「―――でも聖杯戦争しなきゃいけないから、城からはすぐ出たんだ。ローマの時と似てて、大名と彼らが持ってる軍隊……といってもちびノブだけど、とにかく軍隊同士の戦争」

「戦争ですか……確かにローマの時と似てますね。

 でもサーヴァントが2騎だけだと苦しいのでは?」

 

 マシュの質問に光己は首を縦に振った。

 

「うん。向こうも2騎だから普通にやったら負けてもおかしくないし、勝っても無傷じゃすまないよな。

 そんなこと何度も続けられないから、最初の武田戦は逸話再現の途中で、夜中に俺が空からぶっぱ。今まで意識してなかったけど、ドラゴンって夜目が利くから夜襲がしやすいんだよな」

「そ、そうですか」

 

 マシュの額に10本ばかり縦線効果が入った。いや理屈は分かるのだが、えげつないというか味も素っ気もないというか。

 光己も彼女の言いたいことは分かるので、先手を打って自己弁護した。

 

「でもダレイオスはともかくメドゥーサは危険だからなあ。名前が武田ダレイオスとか真田メドゥーサとかだったから、正直力抜けたけど」

「メドゥーサ……姿を見たら石になってしまうというあのメドゥーサですか!」

 

 なるほどそれなら多少悪辣な作戦になっても仕方ない。

 そうそう、メドゥーサといえばローマで会ったステンノ神の妹でもあるので、もし彼女と再会することがあったら、この件がバレないよう口元を引き締めておくべきだろう。

 

(へえー、夜目が利くから夜襲しやすい、かあ……マスターってばどんどん成長していくねえ)

 

 内心でそんなことを考えた者もいたが、光己はそれに気づかず話を続けた。

 竹中半兵衛=エルメロイⅡ世が織田家の使者としてやってきたので、オルガマリーと会わせて味方に引き入れた後は、北条家との戦いである。

 

「でも今度の敵はランサーのアルトリアのオルタだったんだよな。しかも城にこもってるから大変だった」

「クラスを変える前の私のオルタですか……!」

 

 するとルーラーがアルトリアをオルタに任せて、関心ありまくりに最前列に乗り出してきた。まあ当然のムーブだろう。

 

「オルタの私も聖槍は持っています。どうやって攻略したのですか?」

「うん。普通に攻めたらいつぶっぱされるか分からないから、また俺が空から夜襲したんだけど、さすがアルトリアってことかなあ。いや俺が新スキルにかまけてたせいでもあるけど、バレてぶっぱで先制攻撃された」

「なっ、大丈夫なんですか!?」

 

 聖槍の宝具開帳で迎撃されたと聞いてルーラーが目の色を変えた。いくらファヴニールでも当たり所によっては命はあるまい。

 いや光己は今ここにいるのだけれど、後遺症の類はないだろうか?

 

「ん、喰らった時は墜落しそうに痛かったけど、もう大丈夫だよ。礼装の『応急手当』のおかげで傷口はすぐふさがったし、呪いの方も呼吸法やってたら良くなったから」

「呪い!?」

 

 文字通りの厄ワードにサーヴァントたちが色めき立つ。光己は景虎の献策だとは言わなかったので彼女に突っかかる者はいなかったが、光己を取り囲んでじーっと凝視している。

 光己としては心配してくれるのは嬉しいが、ちょっと対処に困った。

 

「い、いや本当に大丈夫だって!」

「確かにぱっと見では異常なさそうですが、念のためバイタルチェックを受けた方が良いのでは」

 

 マシュがそう提案すると玉藻の前が手を挙げた。

 

「呪い関係なら私にお任せ下さい! 何しろ専門家ですから」

「ほむ」

 

 そういえば彼女の戦闘スタイルは呪術であった。ならば当然、診断や解呪もできるだろう。伝説によれば医学知識の方も本職を論破できるほどに詳しかったそうだし。

 光己とマシュは念のため、ルーラーに顔を向けて意見を求めてみたが、呪いという認識は間違いないらしくこっくり頷いた。

 

「では善は急げですね。というかなぜもっと早く言って下さらなかったんですか。

 それじゃ先輩、上着を脱いで下さい」

「ちょ、人前でいきなり脱がすなんてセクハラじゃないか!?」

「ならこれでお互い様かと」

 

 医務室に連れて行こうともせずに問答無用で衣服を剥いできたマシュに、光己はせめてもの抗議をしてみたが、後輩氏はまったく聞く耳持ってくれなかった……。

 他のサーヴァントたちも何もせず()()()()だけなので、結局光己は全員の前で診察を受けることになった。

 

「こんなの絶対おかしいよ!」

「はいはい、では診ますのでおとなしくしてて下さいませねー♪」

 

 玉藻の前は「傾国の美女」だけあって、上半身だけとはいえ若い男の裸を見せつけられても気にした様子はなく、真面目な顔で診察を始める。

 光己としては彼女が目を覗き込んだり体を撫でたりしてくるのは良かったが、何しろ超美人な上に胸元や太腿を露出しているので目のやり場に困る、いや表情を神妙に保つのが大変であった。

 すでに仲良くなった娘たちなら多少表情筋を崩しても気にしないでいてくれるだろうが、「九尾の妖狐」相手に初対面でやらかすのはどう考えても賢明なことではないので。

 玉藻の前が彼のその辺の心事に気づいたか気づかなかったかは不明だが、何でもない様子で診察を終えると彼の正面に座り直した。

 

「肉体の傷も呪いもほぼ治ってますが、ちょっとだけ残ってますね。まあこれくらいならこの場で治せますので、もうちょっと力を抜いて下さい」

「あ、はい」

 

 光己が言われた通りにすると、玉藻の前はどこからか祓串(はらえぐし)を取り出した。

 

「それではさっそく。祓い給え、清め給え……え~いっ!

 はい終わりました!」

「え、それだけ?」

 

 祓串を頭の上で2、3回ばさばさっと振っておしまいとか簡単すぎではなかろうか。もうちょっとこう儀式っぽく色々あってもいいんじゃないかと光己は思ったのだが、その注文に狐の美女は余裕の笑みを返した。

 

「いえいえ、私くらいになればこのくらい朝ごはん前ですので!」

「そ、そっか。ありがとな」

 

 まあ光己自身自覚症状があったわけではないので、素直に納得することにした。

 サーヴァントたちも()()()()落ち着いた様子なので、服を着て話を再開する。

 

「とにかくそんなわけで俺自身が乗り込むのはNGになったし、普通に攻めるのも無理があるってことで作戦を練り直すことになったんだ」

「ふむ、それでどうなさったのですか?」

 

 ルーラーが早く先を聞きたいといった風情でそう訊ねる。オルタとはいえ「自分」が攻略された話なんて面白くないのではないかとも思われたが、マスターがどんな策を考えたかの方に関心が強いようだ。

 

「ああ、そこで俺の起死回生の名案が炸裂したんだ。具体的にはワイバーン軍団で焼き討ちすれば、ランサーオルタも出て来ざるを得んだろっていうわけさ」

 

 光己はルーラーをサーヴァント大奥の正室に迎えたいという構想があるので、珍しく自慢げな口調であった。

 しかしあまり通じた様子はなく、ルーラーが不思議そうに首をかしげる。

 

「ワイバーン軍団、ですか?」

「あー、ルーラーはフランスの時はいなかったっけ。ファヴニールはワイバーンを産めるんだよ」

「へええー、えっちしないで子供だけ産むなんて、マスターは未来に生きてますね」

「そこ、うるさい!」

 

 するとカーマがまたチャチャを入れてきたので、光己は彼女を脚の間に抱き寄せて、左右のこめかみを指先でぐりぐり押し込んでやった。

 

「ちょ、それ痛いですホントに!」

「反省した?」

「絶対にしません!」

「この性悪幼女め!」

 

 まあ傍からは兄妹のじゃれ合いにしか見えないのだが、すると清姫が羨んだのか吶喊してカーマを引き剥がすと自分が抱っこ席に収まった。

 しかしカーマも黙って放り出されるほどおとなしくはない。

 

「わー、何するんですか年増!」

「と、年……!?」

 

 初めて聞く罵倒に清姫はぷっつん来て、せっかくの抱っこ席から飛び出してカーマとキャットファイトを始める。光己は仲裁する気力はなかったので、また誰かに任せることにした。

 

「ブラダマンテにスルーズ、2人を引っぺがしてやってくれる?」

「……はい」

 

 2人がいろいろあきれつつも承知してくれたので、光己はなるべくそちらは見ないようにして話を続けた。

 

「でも産み方は天啓頼みだったからなあ。ホント段蔵には頭が上がらないよ。ありがと」

「い、いえそんな。でもマスターのお役に立てたなら良かったです」

 

 今回に限らず天啓には色々助けられている。光己が改めて礼を言うと、段蔵は照れくさそうに視線をそらしたが、嬉しそうではあるようだった。

 

「ちなみに産み方は細胞分裂な。卵や雛を産むわけじゃないからそこんとこよろしく」

 

 その辺は男子としてこだわりがあるようだ。

 

「でもって夜襲して食糧庫らしき所焼いたら、翌朝にはさっそく全軍出撃してきてくれたんだ」

「…………。どう考えても愚策ですが、ランサーオルタの気持ちはとてもよく分かりますね」

 

 ルーラーもアルトリアだけに、準備万端で待ち受けている敵に向かっていくことの愚かさを承知しつつも否定はできない様子である。まあ援軍のアテがないのに籠城し続けても意味はないので、この時点で詰みなのだが。

 

「実際野戦なら景虎が超強いしⅡ世さんが風起こせるし、勝ったようなものなんだよな。

 それにリリィの宝具は男性特攻ついてるから、あのランスロット卿を一撃で倒しちゃったし」

「だ、男性特攻って何ですかー!」

 

 リリィは真っ赤になって抗議したが、冬木でレフにやった時に続いて2回連続だから、こう思われるのも無理のないことであろう……。

 

(それよりマスターがワイバーンを産んだってすごくない? すごくない?)

(最初からある能力を使えるようになっただけとも言えますが、ラグナロクでも役に立つのは間違いないですね)

(魔力感知の方も有用です。しかしマスターにとっては夢の中の出来事ですので、後でここでも使えるかどうか確かめてもらうべきですね)

(うん、でもホントにマスターすごい勢いで成長してるよねー! 今回は夢の中では何ヶ月か経ってるんだけど。

 とにかくマスターはもう絶対逃がせないよね!)

(そうですね。サーヴァントがまた増えたことですし、私たちの印象が薄まらないよう頑張らないと)

 

 なおワルキューレズはまた戦乙女な会議をしていたりしたが。

 

 

 



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第94話 報告会2

 報告会もそろそろ中盤だろうか。光己たちは北条家を下すと、京都めざして西に進むことになった。

 途中の今川家は桶狭間の戦いで大打撃を受けていたため簡単に降伏し、その勢いのままさらに進むと織田家の織田信長と沖田総司も降伏してきた。

 

「織田信長……本人がサーヴァントに置き換わっていたのですか? 今までの方とは違うのですね」

「そうだな、景虎以外だと彼女だけか」

 

 マシュの感想に光己はそう相槌を打った。

 信長はそもそも特異点をつくった当人だからむしろ当然なのだが、すると景虎だけが例外ということになる。やはり愛の奇跡……と光己は思ったが、口に出したらまた面倒事になるのはコーラを飲んだらゲップが出るくらいに必然なのでやめておいた。

 

「2人が参加してくれたのもありがたかったけど、聖杯持ってるラスボスが『豊臣ギル吉』だと分かったのもラッキーだったな」

「豊臣は分かりますが、ギル吉というのは?」

「うん、英雄王ギルガメッシュ」

「ぶっ!?」

 

 マシュに加えてアルトリアも噴き出していた。なんで最古の王ともあろう者がぐだぐだ特異点に出張ってくるのか。

 

「まさかとは思いますが、上杉アルトリアや北条アルトリア・オルタが目当てだったとか?」

「おお、アルトリア鋭いな。先の話になるんだけど、対面した時にいきなり『セイバーとの結婚式の準備で忙しい』とか言い出したから多分そう」

「英雄王ェ……」

 

 英雄たちの王とすら称えられる者に多少なりとも尊敬の念を抱いていたマシュの表情が、みるみるうちに崩れていく。いとあはれ……。

 アルトリアとヒロインXXも「ギルガメッシュ許すまじ」とか「コスモギルガメス死すべしフォーウ」などと座った目でぼそぼそ呟いているが、ちょっと怖いので光己は見て見ぬフリをすることにした。

 

「まあそれはともかく。ギルガメッシュはすごいサーヴァントだっていうから、どうしたものかみんなで考えてたんだけど、ちょうどそこに人材派遣業者のミスター・チンと、元宇宙海賊の黒髭ビンクスっていう人が来てくれたんだよ」

「怪しすぎて怪しむ気にもなれないのですが……」

「うん、気持ちは分かる」

 

 2人の名前を聞いただけでマシュはげんなりした顔になったが、これは責められないことだろう……。

 

「何しろ売り込んできた作戦が『無限のワイバーン射出(アンリミテッドゲステラワークス)』だからなあ」

「詳しい説明を聞く前に、どんな作戦なのかだいたい分かってしまったのですが……」

 

 戦を重ねるごとにえげつなさが増していくのは、人理の修復者としていかがなものか。いや相手が相手だから仕方ないというのは分かるけれど。

 

「何しろ城の外から不意打ちで『滅びの吐息』に続けてワイバーン砲20発撃って、それでも倒し切れなかったからな。もし正々堂々真正面からやってたら負けてたかもしれん」

「そんなに強かったのですか……」

 

 さすがは英雄王である。マシュは彼への評価をちょっと上方修正した。

 

「それでどうなったんですか?」

「うん。ギルガメッシュは空飛んでこっちに来て、それをミスター・チンが1度は撃墜してくれたんだけど、それでも倒せなくて船に乗り込まれたんだ」

 

 考えてみれば恐るべき耐久力だ。それとも鎧の力だろうか。

 

「その乗って来た瞬間を叩くのがセオリーなのは分かってたけど、ギルガメッシュが結婚式云々なんてイミフなこと言うからやりそこねてな。

 あとリリィ見て『可憐すぎて胸が苦しい』とか『貴様は許そう! 絶対に許そう!』とか言ってたっけ」

「…………。それなりに世慣れた私ならともかく、純真でお人好しなリリィまで毒牙にかけようとするとは……」

「処す? 処す?」

 

 光己がまた余計なことを言ったので、アルトリアとヒロインXXの目の光は、いまや清姫や景虎と同レベルの厄いものになっていた。光己があわててなだめに入る。

 

「ふ、2人とも落ち着いて! ギルガメッシュはちゃんと倒したから!」

「ふむ……? そうですね。マスターたちがここにいるからにはそうなのでしょうが、しかしやはり禍根は自分の手で断つべきだと思うのですが」

「気持ちは分かるけど、もういないんだからどうしようもないでしょ」

「むう……」

 

 アルトリアとXXは憤懣やるかたない様子だったが、英霊の座まで殴り込みに行くのは無理なので、この場は諦めざるを得なかった。

 そこで妥協案を提示する。

 

「ではマスター、もしまたあの金ピカと会うことがあったら私たちに任せて下さいね」

「お、おう……」

 

 2人のぐるぐる目の圧の前に、光己には首を縦に振る以外の選択肢はなかった……。

 多分何とかなるだろう、きっと。

 

「で、どうやって倒したのですか?」

「ギルガメッシュは宝具の原典っていうのを乱射してきたからこの人数でも防戦一方になったんだけど、幸いリリィには牽制レベルでしか撃ってこなかったからさ。俺が彼女の後ろから魔力吸収(エナジードレイン)かけたんだ」

「重傷者に安全な位置から吸収攻撃ですか……」

「いやあ、宝具乱射の中でそんな作戦を思いついて実行できるとは、マスターくんも戦い慣れしてきて頼もしい限りですね!」

 

 マシュはやっぱり引き気味だったが、XXは大仰に褒め称えていた。

 どちらの感性が人として真っ当なのかは議論の余地があるだろう。

 

「でもギルガメッシュはやっぱり強くてな、リリィに当たらない角度で俺を狙って撃ってきたんだ。数は少なかったからどうにかかわせたけど、ヴァルハラ式トレーニングやってなかったら危なかったな」

「だよねだよね! ヴァルハラはいつでもマスターを待ってるよ!」

「縁起でもねえ!?」

 

 ぱあーっと朗らかに笑いながら後ろから抱きついてきたヒルドに珍しく塩対応をする光己。残当ではあったが、抱きついたままの彼女を引き剥がそうとしないのはいつもの思春期脳だった。

 

「それでもやってる内に俺は慣れてきたし、ギルガメッシュの方はケガと魔力切れでバテて攻撃が甘くなってきたからさ。あいつが飛ばした武器を掴み取ったり、『もっとだ! もっとよこせギルガメッシュ!!』とか言って挑発してやったんだ」

「へええ、やりますねマスターくん! しかし何故わざわざそんなことを?」

 

 XXは光己のワザマエは褒めたが、その動機までは分からなかった。仮にも最後のマスターなのだから、敵の注目を集めるような真似は避けるべきだと思うのだが。

 

「そりゃもう、沖田さんがギルガメッシュの背後に回ろうとしてたからだよ。バレたら集中攻撃でやられちゃうから注意をそらそうと思って」

「なるほど、以心伝心のコンビネーションというわけですか。いいですね、次は私とやりましょう!」

 

 言葉で意志疎通したらギルガメッシュにも聞かれるから当然の流れなのだが、いかにも息ぴったりの相棒という感じがして実にいい。そういうことは夢で会った一見さんとではなく、ズッ友であるこの私とやるべきだというのがXXの主張であった。

 

「あー、あたしもやりたいな! マスターならやってくれるよね?」

 

 すると光己の後ろでヒルドも手を挙げた。4+3ヶ月の隙間を埋めるためのアピールは欠かせないのだ。

 

「そうだな、じゃあおっぱいの接触面積が広い方から先にってことで」

「マスターくんってば平常運転ですねえ。でもそのルールなら私が有利です!」

「先輩不純ですーーー!」

 

 すかさずえっち方面に持ち込もうとした光己だが、いつも通りマシュにインターセプトされてしまった。何故だ、えっちの何が悪いというのだ!?

 

「それより早く続きを話して下さい」

「何という塩口調……」

 

 こんなお堅い子に育てた覚えはないのに何故だろう。まあ仕方ないので光己は素直に報告を再開した。

 

「期待通りだよ。沖田さんがギルガメッシュの後ろから刺してくれたんだけど、刀で突いただけなのに胸板にでっかい風穴開いたから、ちょっとビビった」

「おお、本当にギルガメッシュを殺ったのですか。これは好感度ポイント+10ですよ!

 後で2人でお茶する時にサービスしますね!」

「さすが俺のXXカワイイヤッター!」

「……」

 

 光己とXXは能天気に意気投合していたが、マシュは今回は割り込む口実が見つからず、ぷーっとむくれているしかなかった。

 代わりにヒルドが続きを促す。

 

「それでどうなったの? 聖杯は手に入ったの?」

「ああ、ギルガメッシュが退去したら出てきたよ。

 そしたら彼が乱射して甲板の上に転がってた宝具も消えちゃったけど、俺が取り上げた分だけは残ってたから、ミスター・チンと黒髭氏に追加報酬としてプレゼントしてハッピーエンド」

 

 ギルガメッシュは退去する時に辞世の句と国民募集はともかくリリィへの遺言も残していたが、それをバラすほど光己は無粋ではなかったようだ。

 

「全部あげちゃったの? ちょっともったいないような気もするね」

「うん、宝具の原典っていうからすごいんだろうけど、こっちは聖杯取ったからなあ。それで宝具ももらうのは欲張り過ぎかなって」

「なるほど、やっぱりマスターくんはホワイトですね! 素敵です」

「うんうん、独り占めは良くないよね」

 

 XXとヒルドは彼の気前良さに素直に感心していたが、アルトリアは別のことが気にかかっていた。

 

(マスターが取り上げた宝具だけ残った……? ギルガメッシュが退去しても……?)

 

 サーヴァントが現世から退去する時に形見の品を残すというのはあり得ることだが、それはせいぜいアクセサリや衣服の一部という程度で、宝具を、それも当人の意に反して残させるなど聞いたことがない。ギルガメッシュの場合は「乖離剣エア」以外は所有者というだけで「英雄としての象徴」というわけではないが、それでも普通は考えられないことだ。

 

(やはりマスターの能力にはまだ先がありますね……解明しなければいけないわけではないのですが、何かこう引っかかるものが)

 

 今すぐどうこうという話ではないが、覚えておいた方がいいような気がする。そんな微妙な結論に達したアルトリアの耳に、報告会の終了を告げる言葉が聞こえた。

 

「経過としてはこんなものかな。それじゃ夕食まであと1時間くらいだし、コミュタイムにでもしようか。ニューカマーもいることだし」

「あ、それならいつものアレして下さいー」

 

 するとカーマが光己の真ん前に座り込んだ。彼の天使の翼が出す白い光を浴びたいという意味である。

 XXや景虎たちも嬉しそうに賛同したが、ローマに行っていない清姫やヒルドには分からない話だ。光己がいきなり上着を脱ぎ出したことにびっくりしつつ訊ねる。

 

「ますたぁ、アレとは何というか、なぜ服を脱ぐのですか?」

「ああ、清姫たちはまだ見てなかったか。清姫はもちろん、ヒルドたちも大丈夫だろ。体験すれば分かるよ」

「?」

 

 もちろんこれだけで分かるはずもなかったが、次に彼が角と翼と尻尾を出すと、清姫やヒルドたちより、光己が竜人であるという知識だけはもらっていても実際にファヴニールを見たことがない玉藻の前が1番驚いた。

 

「マ、マスターそのお姿は……? それに雰囲気が、まるで神と悪魔が同居してるかのような」

「うん、まさにそれ。もし嫌な感じがしたら離れてくれていいから」

 

 彼のその言葉に続いて放射された白い光を浴びると、玉藻の前は何故かほんのりした幸福感のようなものを覚えた。

 

「これは……?」

「端的に説明すると、俺への好感度に比例して普段は幸福感が、戦闘中はデバフ解除とバフ付与と士気向上の効果が出るんだ。逆に俺のことが嫌いだと、それに比例した強さの不幸感とデバフが付く」

「つまりますたぁはわたくしをこれだけ深く愛して下さっているということなんですねーっ!!」

 

 光己の解説に玉藻の前が答える前に、清姫がすごい勢いで彼に抱きついていた。

 

「き、清姫!? いや違うって。俺の気持ちは無関係で、清姫の俺への気持ちが反映されてるの」

 

 狂化EXだけあって都合がいいように誤解した清姫に光己があわてて説明し直すと、バーサーク娘は見るからにしょぼーんとした顔になったがすぐに立ち直った。

 

「むー、そうなのですか……しかしそこはそれ! わたくしがもう極楽絶〇昇天してしまいそうなほど愛と幸せがあふれまくった最高な気分になったということは、わたくしの安珍様への気持ちは嘘偽りのない真実の愛だと証明されたということですね!

 そう、他ならぬ安珍様のお力によって!!」

「お、おう……」

 

 清姫の愛と狂気あふれる名状しがたい眼光でガン凝視された光己は、彼女にこの能力を明かしたことをちょっと、いやかなり後悔したが、後悔というのは先には立たないものなのだった。

 

 

 



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封鎖終局四海 オケアノス
第95話 第三特異点


 その5日後の昼食の後、光己とサーヴァントたちは会議室に呼び出されていた。

 

「そろったわね。用件は想像つくと思うけど、次の特異点のだいたいのアウトラインが分かったから伝えておこうと思って」

「……だいたい?」

 

 オルガマリーの言葉の中でちょっと気になる点を光己が代表して訊ねると、オルガマリーは「いいところに気がついたわね」というような顔をした。

 

「ええ、ディティールやレイシフトの目標地点といった細かい点はまだ煮詰まっていないの。

 でも、貴方たちが予習したり行く人を決めたりできる程度の情報はそろったから」

「なるほど」

 

 光己たちが会議の趣旨を理解したところで、エルメロイⅡ世が一同にレジュメを配った。

 細かい説明は彼がやるようだ。何しろ彼は時計塔の名物教師だから、こういった説明役は慣れっこなので。

 光己たちが読み終えると、Ⅱ世は改めて口頭で解説を始めた。

 

「ではそのレジュメに沿って説明していこう。

 冒頭に書いてある通り、次の特異点は1573年の海域だ。年代は確定しているが、場所は海域のどこかというだけで特定できない」

 

 というのも特異点を中心に地形が変化しているようで、観測できるのは海面の他はぽつぽつと点在している島だけだからだ。太平洋か大西洋かインド洋か、その辺りの見当はつかない。

 なお特異点の広さは概算で東西に600キロ、南北に400キロくらいである。前回よりずっと狭い上に皇帝や軍隊といったものはいなさそうなので、修正に何ヶ月もかかることはないだろう。

 

「そんな所で聖杯戦争なんてできるんですか?」

「そうだな。人間やサーヴァントがいるとしたら、島に少数の部族が住んでいるか、でなければ商船や漁船や海賊船の類だろう。1番ありそうなのは海賊同士の争いだ」

「なるほど」

 

 古今東西の有名な海賊のサーヴァントたちが聖杯というお宝を奪い合う。十分考えられる話だ。

 しかしレイシフトは船なんて大きな物は持って行けないし、もしレイシフト先が大海原のド真ん中だったらどうするのだろう。

 

「マスターは翼を出せば空を飛べるから問題あるまい。サーヴァントは霊体化すればいいし、霊体化できないマシュ嬢はマスターが抱えて行けばよかろう」

 

 ここでⅡ世がマシュを抱える役に光己を指名したのは、むろん抱えられた体勢だろうと最後のマスターを守るのが彼女の役目だからである。マシュは真っ赤になったが、ここで恥ずかしいからといってワルキューレやヒロインXXに抱えてもらうのでは特異点に行く意味がないのだ。

 

「まあ~~藤宮君が竜の姿になってみんなを乗せていくという手もあるけどね。そのための命綱も用意したよ」

 

 すると、ダ・ヴィンチが机の下からハーネスを10着ほど取り出した。ロープの片方を竜の角かどこかに結びつければ、よほどのことがない限り振り落とされることはないだろう。

 遮蔽物のない高空を飛ぶのが不用心だというのなら、速度は落ちるが首だけ出して泳いでもいい。その辺は状況次第だ。

 

「いえダ・ヴィンチ、私がいれば不意打ちされることはありません。

 普段の移動はマスターにお願いして、サーヴァントを探知したら私が宝具を出すという形なら大丈夫でしょう」

 

 ルーラーのサーヴァント探知能力は半径10キロと広いので、その外から攻撃を受ける恐れはまずない。見つけてからルーラーアルトリアが宝具の船を出しても間に合うだろう。

 ただ、船を出しっ放しにするのはマスターの魔力負担が重いので、普段の移動では使い難いが。

 

「なるほど。まあその辺は現場の君たちに任せるよ」

「それと藤宮君は船酔いはする方かな? もしそうならよく効く薬を調合するよ。

 今の話だとサーヴァントを見かけたら船に乗るみたいだし、場合によっては商船に乗せてもらったり海賊船を分捕ったりすることも考えられるからね」

 

 そう言ったロマニはこの5日間たっぷり休養を取ったので、だいぶ血色が良くなっていた。オルガマリーが丸くなったのとⅡ世が来たおかげで、職員の統率や特異点の調査や魔神柱の分析といった職務範囲外の仕事から解放されて、心身ともに余裕ができたおかげである。

 なお海賊船を分捕った場合は、ルーンを動力にして騎乗スキル持ちのサーヴァントが操舵すれば十分運航できる見込みだ。

 

「あ、はい。ネロ陛下級のアクロバティック操船でなければ大丈夫です」

「そうか、なら良かった。

 じゃあボクからの話はこれだけだから、後は所長たちにバトンタッチするよ」

「ふむ」

 

 Ⅱ世はロマニにそう頷くと説明を再開した。

 

「マスターが常に気にしている金銭や食料についてだが、金銭で取引をする状況は考えづらいが、食料は少なくともマスターとマシュ嬢には必要だな。

 これについては、魚を獲るか島で食べられる動植物を探すかということになるだろう」

「んー、そうなると今回も段蔵は固定メンバーだな」

 

 段蔵は最初に現界した時に食料識別スキルをもらえたので、サバイバルが予想されるなら参加確定となる。また無人島の時は道具を作るのが結構大変だったので、最低限のアイテムは持って行きたいところだ。

 

「はい。マスターの仰せとあればこの段蔵、全力を尽くさせていただきまする」

 

 段蔵にとって光己は大奥云々の話は興味ないが、自分を重用して厚遇してくれる良い主君である。力強く承諾の意を示した。

 

「うん、よろしく」

「ふむ、そういえばマスターたちは無人島で数日過ごしたことがあるのだったな。なら食料や住居の面は心配ないか」

「できればもっといたかったんですけどねー」

 

 もし今回も無人島に拠点(寝床)をつくるのであれば、1日くらいは休暇として水遊びをしたいものである。

 そのためにも、サバイバルについての資料とグッズはきっちり用意しておくべきだろう。

 

「多少の気分転換は構わんがほどほどにな。

 次は1573年という年代についてだが、世界史的にはいわゆる大航海時代だ。ヨーロッパで船舶の技術が進んで遠洋航海が可能になり、アジアやアメリカやアフリカに()()()・経済的に進出していった時代だな。だからこそこの特異点は海が大半を占めるのだろう。

 参考までに、この時代に世界一周を成し遂げたフランシス・ドレイクの愛船『ゴールデン・ハインド号』は、排水量300トンの木造帆船で、速さは時速15キロくらい、武装は大砲が22門だ」

 

 この手のことに善悪の価値判断を下したような言い方をするとややこしいことになりかねないので、Ⅱ世は無造作に言ったように見えてそれなりに配慮していた。

 たとえば今名を挙げたドレイクは、イギリスでは英雄だがスペインにとっては「海の悪魔」だし、あのジャンヌ・ダルクでさえイギリスでは魔女だったのだ。人間関係に配慮するなら、露骨に褒めるのも貶すのもよろしくないわけである。

 

「ほむ」

 

 光己は大航海時代がどんな時代だったのか概要は知っているが、特定の国や人物に対する思い入れはない。短く相槌を入れるだけにとどめた。

 Ⅱ世はそのまま次の話題に移る。

 

「次はレフ・ライノールが変身したあの肉の柱の件だが、残念ながらまだ解析はできていない」

 

 人員も機器も時間も足りないので、そこまで手が回り切らないのである。

 

「ただ悪魔学でいうフラウロスとは外見も能力も明らかに違うから、『使徒』という言葉からしても使い魔の類と考えるのが順当だと思う。

 レフの経歴も少し調べてみたが、彼が最初から魔術王の使徒だったのなら『シバ』なぞ開発しなかっただろうから、使い魔に取り憑かれた元人間なのかもしれん」

 

 後半の部分は今さら検証してもあまり意味がないことなので、単に考察を語っているだけである。仮に本当に元人間だったとしても手加減するわけにはいかないし。

 

「しかしレフが『七十二柱』の中の1柱だというのなら、彼以外にも同類が71柱いることになる。つまり複数で現れることも考えられるから、今後も戦力の追加はしていきたいところだな」

「72柱いっぺんに出てくるってことはないですよね?」

「もしそうなったらさっさと逃げろ。ローマで見た通り、アレは足は遅いというか機動力はほとんどゼロのはずだ」

「アッハイ」

 

 ミもフタもない返事に光己もマシュたちもただ頷くしかなかった……。

 するとⅡ世は自分の話はこれで終わりということか、オルガマリーの方に顔を向ける。オルガマリーはダ・ヴィンチを顧みた。

 

「うん、後は私からだね。まずは藤宮君ご注文の礼装、ちゃんと作っておいたよ。

 お尻の上と背中が開閉式になってる以外は今までのと同じだ」

「あ、できましたか。ありがとうございます」

 

 これで翼と尾を出しても後で恥ずかしい思いをすることはない。光己は頭を下げて礼を言った。

 

「なあに、これも仕事の内さ。

 で、次の話はあまり褒めてもらえなさそうなんだけどね。今回の特異点に連れて行けるサーヴァントは、前回と同じ8騎だ」

「ええ!? 確か電力量増やすって話だったんじゃ」

 

 光己は不満を隠し切れない口調で苦情を述べたが、彼女にも言い分はあるようだった。

 

「いや、増やしたんだよ? 増やしたんだけど、その分は君が成長して必要電力が増えた分に喰われてしまったんだ」

「え」

 

 まさかヴァルハラ式トレーニングにそんな落とし穴があったとは。なら今後は訓練は控えた方がいいのだろうか?

 

「いや。言い方は悪いがマシュ以外のサーヴァントがやられてもカルデアに戻るだけですむけど、君が殺されたらゲームオーバーだからね。君が訓練して強くなるのは諸手を上げて大賛成さ。今後とも頑張ってくれたまえー。

 でもそれはそれ、これはこれというやつでね」

「あー」

 

 ダ・ヴィンチが言うことは実に妥当で、光己には反論の余地はなかった。

 

「でも特異点から戻るのは8騎より多くても大丈夫なんですよね?」

「ああ、それはOKだ。カーマ神たちを現地で呼ぶのは構わない」

 

 なら最大11騎ということになる。今はこれで納得すべきだろう。

 

「で、誰を連れて行くのかな?」

「そうですね。マシュとルーラーと段蔵は決まりとして、召喚したばかりの玉藻の前に留守番頼むのは義理が悪いですよね。

 後はローマの時に留守番頼んだヒルドとオルトリンデと清姫とオルタ……ってもう8騎!?」

 

 清姫は令呪で呼べると決まったわけではないのでメンバーに入れたのだが、これで定員が埋まってしまうとは。ワルキューレが2人いるからサバイバル面の問題はないけれど。

 しかしせっかく(Ⅱ世抜きでも)15騎もいるのに何とももったいない。ダ・ヴィンチたち技術局には今後とも奮励努力を願いたいものである。魔神柱が複数で来るという可能性も示されたことだし。

 

「え、私留守番なんですか? さみしいです」

 

 すると景虎が言葉通りの表情で訴えてきたが、光己も気持ちは同じでも賛成はできなかった。

 

「うん、俺もさみしいけど、リーダーとして訳もなくえこひいきはできないからなあ」

 

 固定枠に入るには皆が納得するだけのスキルか事情が求められるわけで、それがなければ一般枠、つまり順番にせざるを得ない。リーダーたる者公私混同は厳禁なのだ。

 

「むうー。やはりマスターは分かってるのが今回は残念です」

 

 景虎も一国の主を務めた身なので、彼が言うことは理解できる。しゅーんと小さくなりつつも引き下がった。ブラダマンテやスルーズといった絆レベル高い組も沈黙している。

 

「―――さて、これで議題は一通り話し終えたかしら。レイシフトは明日の朝食後を予定していますので、それまでは各自、端末でサバイバルの知識なり著名な海賊について調べるなりして下さい。

 あと何か意見や質問がある人はいますか? いなければ解散としましょう」

 

 最後にオルガマリーがそう言って閉会を告げ、一同は部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

「所長にダ・ヴィンチちゃん、これはどういうことなんですかね」

 

 その翌日レイシフトは予定通り実行され無事特異点に到着したが、光己たちが出現したのは海賊船の甲板の上だった。

 いかにもな風体をした荒くれ者たちに取り囲まれている。

 

《……ごめんなさい》

《海の上には落ちないようにっていう設定にはしたんだけど、まさか海賊船の上に出るとは思わなかったよ。本当に申し訳ない》

《いやここは喜ぶところだろう。何しろ初っ端で情報と物資が手に入るんだ。

 マスターも相手が海賊なら良心の呵責はあるまい》

 

 オルガマリーとダ・ヴィンチは謝罪したが、エルメロイⅡ世は逆に手柄扱いにしてマスターに海賊行為をそそのかす面の皮の厚さを持っていた……。

 

「何ごちゃごちゃ言ってやがる。やっちまえ!

 いや女は傷つけるんじゃねえぞ。ふん縛るだけにしておけ」

 

 海賊たちは何の予兆もなく人が現れたことに仰天して、当初はおっかなびっくりだったが、今はすでに本性を表して攻撃開始寸前の状況になっていた。

 なお女は傷つけるなというのは、8人とも稀に見る美女美少女ばかりなので(ぴー)した後で高く売ろうという魂胆だからである。

 

「でもあの黒い鎧の女強そうじゃねえか!?」

 

 ただアルトリアオルタは他の8人と違って威圧感たっぷりなので、怖がる者もいたが、海賊側は倍以上の人数がいる。多少強いぐらいなら囲んでボコれば勝てるだろう。

 ―――という見込みで海賊たちは一斉にカルデア側に襲いかかったが、むろんその見込みは絶望的なまでにハズレである。あっという間に全員のされて甲板のすみに転がった。

 

「ふん、他愛ない」

「つ、強ええ……」

「それじゃ念のため縛っておこうかな。あ、マスターに手加減戦闘の練習してもらえばよかった」

 

 ヒルドが相変わらず戦乙女脳な独り言を言いつつ、その辺にあったロープで海賊たちを縛り上げる。これで安心して情報収集できるというものだ。

 質問役は見た目が怖いオルタが適任だろう。

 

「私は気長な方じゃないからな。命が惜しかったらさっさと話せ。

 まずはこの海域についてだ。ここが普通の海と違うと思われる点を残らず、ただし簡潔に分かりやすく説明しろ」

「脅されたくらいで口を割るとでも思ってんのか? 海賊を舐めんじゃねーぞ」

「そうか」

 

 するとオルタは特に顔色も変えず、憎まれ口を叩いた海賊の襟首を掴んで船の外に放り投げた。

 ぼっちゃーん、と水に落ちた音がする。

 

「……」

「次は貴様だ。サメのエサになるか口を割るか、3秒以内に選べ」

「わああ、しゃべるしゃべる! しゃべるから勘弁してくれ」

 

 オルタの容赦なさに海賊たちはあっさり白旗を上げたが、まあ当然のことであろう……。

 彼らが言うにはこの海域に来たのはまったく想像外のことで、目の前の状況と海図や羅針盤が一致しなくなって初めて異常に気づいたらしい。どうすればいいか分からず漂流同然でいたのだが、同業者に会った時にこの近くに海賊島があるという話を聞いたので、水や食料を分けてもらうためにそこに向かっている途中だそうだ。

 

「なるほど、よく分かった。ではさっき放り投げた奴は助けてやろう」

 

 オルタがそう言ってオルトリンデの方を向くと、少女は心得て船の外に飛んで行った。

 やがて先ほどの海賊の襟首を掴んで戻ってくる。抱っことかはしたくないようだ。

 

「うう、ひどい目に遭った……」

「貴様たちがいつもしていることだろう。命があるだけ幸運に思え」

「……」

 

 ずぶ濡れで甲板に戻ってきた海賊は不満たらたらな顔をしていたが、オルタに一睨みされるとおとなしくなった。

 

「ではマスター、これからどうする?

 といっても行き先は1つしかないが」

「そうだなあ。清姫、この人たち嘘ついてなかった?」

「はい、この方たちは正直に話していたと思います」

 

 同業者が言った「海賊島」の話自体がガセということも考えられるが、そこまで疑っても仕方ない。行くのは決定として、考えることはこの海賊たちの処置と物資を奪うかどうかである。

 

「そっか、ありがと。んー、食料も水も乏しくなってきたっていうなら、取り上げるのは可哀そうかな。

 海賊とはいえ必要もないのに殺したくはないけど、一緒に行くのは無駄に時間喰うだけか」

 

 同行してもお互い気分は良くないし、さっさと別れた方がいいと思う。

 ただ竜モードを彼らに見せるのは気が進まなかったので、考えた末に光己は海賊たちを船室に押し込んだ上で1人だけ気絶させ、その人だけ縄をほどいた。

 つまり彼が目を覚まして仲間の縄をほどくまでは外の様子を見ることはできないというわけだ。

 

「じゃ、行こっか」

「はい」

 

 光己たちは諸々の支度を終えると、海賊島とやらをめざして船から飛び立った。

 

 

 




 本格的に(ドレイクの)船がいらなくなってきた……。ドレイク抜きでの攻略という珍しい展開になるのか!?
 あと原作でロマニがあまり寝ていないという描写があったので、ここではちゃんと睡眠を取っているという話にしてみました。




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第96話 海賊の島

 ほぼ真東側に向かって1時間半ほど飛んだ頃、カルデア一行は海賊からの情報通り小さな島があるのを見つけた。

 広さは直径3キロくらいか。北半分は半円形で低い山林になっており、南半分は楕円形で砂浜が広がっている。

 ルーラーアルトリアの探知スキルによるとサーヴァントが1騎いて、光己の魔力感知でも北端の辺りにサーヴァント(と思われる強い者)1人と普通の人間が70~80人ほどいるのが分かった。いきなりアタリのようである。

 

「んー、ひとまず南の砂浜に降りようか」

 

 竜モードで押しかけて度肝を抜くという手もあるが、自分から脅かすようなやり方は光己の趣味ではない。人間の姿に戻ってから訪れることを提案した。

 最近はドラゴンパワーでブイブイ言わせているが、本来は平和的な性格なのだ。

 

「先輩がそう言うなら」

《その程度の細かいことにいちいち口出しはするまい》

 

 マシュたちもエルメロイⅡ世も特に反対はせず、光己の意向通り一行は砂浜に降り立った。

 光己は人間の姿に戻って服を着ると、ふうーっと大きく息をついて砂浜に座り込んだ。

 

「はあー、ちょっと疲れた」

 

 羽ばたくにせよ滑空するにせよ、空を飛ぶというのはわりと体力と技術が必要なのだ。特に光己は生まれつきの竜ではないので、効率的な羽ばたき方や風の捕まえ方といったことを一から練習しなければならないから尚更である。

 ローマや戦国時代で多少練習したが、今は現実のプテラノドン並みの時速30~50キロで2時間ほどが精いっぱいだった。なお魔力放出を使えばもっと加速できるが、これは疲れるので離陸の時や風がなくて失速した時だけである。

 

「先輩お疲れさまです。とりあえずこれをどうぞ」

 

 するとマシュが収納袋からドライフルーツを取り出した。

 オルガマリーの好物なので、ローマで購入した果物で製作したのである。保存性と携帯性と栄養価に優れている上に(現地では)調理不要とあって、特異点に持ち込む食料としては最適だった。

 そういえば彼女は冬木では霊体だか精神体だかだったはずなのに、どうやって実物のドライフルーツを持ち込んだのだろうか……?

 

「ではマスター、こちらもどうぞ♪」

 

 すると玉藻の前もボウルとコップを出して、氷の術と炎の術で水を作って光己に差し出してきた。自称良妻だけあってそれなりに気が利くようだ。

 

「ん、2人ともありがと」

「それにしても氷と炎を合わせて飲み水を作るなんて、なかなか考えましたねえ」

「うん、これのおかげで色々助かった。お風呂にも入れるし」

「魔術で作った湯でお風呂!? そういうのもあるのか!」

「そりゃもう、日本人にとってお風呂はマストな文化だからなあ」

 

 などと光己がだべりながら休憩している間に、彼の後ろでは他のメンバーが今後の方針についての議論をしていた。

 

「うーん、マスターがこの様子だと、水上での休憩のためにボートか何かを作った方が良さそうですね。この島は木も草も生えてますから材料には困りませんし」

「ルーン刻めばオールで漕ぐ必要ないしね」

 

 ワルキューレの2人がまずそんな案を出したが、それにも問題がないわけではない。

 

「海でボートは危なくありませんか?」

 

 穏やかな凪いだ海ならいいが、荒波が立つような所では転覆してしまうだろう。ダ・ヴィンチが「竜モードで首だけ出して泳げばいい」とか言っていたが、その方がまだ無難に思える。

 

「ならあの医者が言ってたように、ここにいる海賊どもの船を分捕れば良かろう。

 この島なら連中もすぐには野垂れ死にしないだろうから、マスターも強く反対はするまい」

 

 アルトリアオルタは武断派であった。

 21世紀ならともかく、この時代なら海賊は捕まったら縛り首が普通なのだから、船を没収するだけで済ませるのはむしろ温情判決だと思っていたりする。

 なお交渉して乗せてもらうという意見は出なかった。「人類を救うために、一緒にサーヴァントや魔神柱と戦ってくれ」なんて話に乗ってくれるとは思えないし、対価を差し出すとしても海賊なら腕力で奪いにくるだろうから意味はない。こちらが腕力で従えるという手もあるが、これはこれでいつ後ろから刺してくるか知れたものではないし。

 特に清姫は生前は箱入り娘だったので、海賊と同じ屋根の下で寝ること自体に気が進まないという根本的な問題もあった。夜這いとかされそうだし。え、人のことは言えないって? それが何か(威圧)。

 

「しかしその船がサーヴァントの宝具だという可能性もありますが」

「ふむ、それだと本人が退去したら船も消えてしまうな。いや待て、確かマスターがギルガメッシュの宝具を奪ったという話をしていたが……さすがに船は無理か」

「仮にできたとして、それを使うくらいなら私の船でいいのでは」

 

 奪った船もルーラーの宝具の船も維持コストは同じくらいだろう。なら自前の物を使う方がマシだという意味だ。

 

「難しいものだな。いっそ案だけ説明してマスターに決めてもらうか」

「そうですね、そうしましょう」

 

 決断はリーダーの仕事である。オルタたちは光己の前に回ると、今の議論の内容を話して結論を求めた。

 

「うーん、なるほど」

 

 光己としては、自分がもっと速く長時間飛べれば解決する問題なので申し訳なく思う気持ちはあったが、サーヴァントの海上輸送はマスターに求められる仕事ではなく、今やっているのはオマケだという考えもあったので、特に悪びれることもなくフラットに答えた。

 

「海賊って創作だとロマンがある熱血漢みたいに描かれたりするけど、要は武装強盗団だからなー。さっきの連中だって、俺たちの方が侵入者だって点を差し引いてもアレだったし。

 最悪ボートと俺が泳ぐのと併用でもいいけど、結論出すのはこの島の人たちと会ってみてからでもいいんじゃない?」

「ふむ、マスターがそう言うならそうするか」

 

 オルタたちも光己がこう言うなら反論すべき点はなく、ではそろそろ出発しようかという声も出たが、光己にはその前にやることがあった。

 カルデアとの通信機のコールボタンを押すと、空中に液晶画面のようなモニター映像が現れてオルガマリーの顔が映る。

 

《あら、何かあったの?》

「はい、約束通りカーマとXXに来てもらおうと思いまして」

《ああ、そういえばそんな話してたわね。分かった、ちょっと待ってて》

 

 オルガマリーが所内放送で2人を呼び出すと、2人はそれを心待ちにしていたようですぐさま管制室に現れた。

 

《まったくもう。レディーをこんなに待たせるなんて、マスターはジェントルマンとしてなってませんねー》

《マスターくんのズッ友が参上しましたよ! で、どっちから呼ぶんです?》

「んー、まずは先に立候補したカーマからかな」

 

 カーマが口を切らなければ清姫もXXもこの方法を思いつかなかっただろうから、今回はカーマを先にするべきだろう。言ってることは素直じゃないが。

 

《仕方ありませんねえ》

 

 とか言いつつもそわそわして嬉しそうなやさぐれ幼女とモニター越しに向かい合って、光己は右手の甲の紋様に念をこめた。

 

「令呪を以て命じる、カーマ、ここに来いッッ!!」

《―――ッ! 来ました、魔力来ましたよ!》

 

 令呪の効果により、マスターとサーヴァントをつなぐパスが一時的に強く太くなったのを感じる。しかしここから跳躍するには足りなかった。

 

「足りない? 魔力が足りないのか?」

《そうですね、あと1画……いえ2画とも使ってもらえばまず大丈夫ですよ。

 今はマスターのそばにサーヴァントが8騎もいますから、お互い切実さに欠ける分魔力はたくさん要るみたいですねー》

「んんー、なるほど」

 

 確かに今回は「特異点での召喚がうまくできるかどうかの実験」という面があったことは否めない。サーヴァントが1騎もいなくて来てくれないと命にかかわるなんて危険な状況ではないから、やる事は同じでも熱意や集中力に差が出るのは当然だろう。

 

「まあ仕方ないか。それじゃ重ねて令呪2画を以て命じる、カーマ、ここに来いっ!」

《はいっ! ―――っと、これならいけますよ!》

 

 カーマが元気良くそう言った直後、その姿がぬぐったようにかき消える。その一瞬後、光己の目の前に予兆もなくぱっと現れた。

 

「やった、成功したか!」

「はい、カワイくて頼りになるカーマちゃんが来てあげましたよ。令呪3画分くらいのお仕事はしてあげますから、せいぜい感謝して下さいねー」

「おお、よろしく頼むな。暇ができたらまた何かデザートつくるから」

「わーい」

 

 光己がカーマを軽く抱き寄せてご機嫌を取ってみると、カーマは嬉しそうに笑って抱き返してきた。こういう辺りは本当に普通の女の子なのだが……。

 

「でもこうなるとXXは早くて3日後か。待たせてごめんな」

《いえいえ、お気になさらず。でも令呪がたまったらちゃんと呼んで下さいね!》

「うん、その時はよろしく」

 

 光己はそれで通信を終えると、予定通りサーヴァントたちと共に海賊のアジト?に向かって海岸沿いに歩き出した。

 5分ほど経った時、通信機の呼び出し音が鳴ってエルメロイⅡ世の声が届く。

 

《いったん止まってくれ、生体反応が多数近づいてきている。

 サーヴァントやそれに類する強大なものはないが、少なくとも10体はいるな》

「海賊か、それとも野生動物ですかね。どっちの方からですか?」

「横の森の中からだ」

 

 一同が森の方を向き戦闘態勢に入って待つことしばし。先ほどの海賊と似たような連中が木々の間からわらわらと現れた。

 それを見たヒルドがルーラーに声をかける。

 

「あの中にサーヴァントはいないっていうのは確か?」

「はい、間違いありません。見たところ普通の海賊ばかりで、並外れて強いというほどの者はいなさそうですね」

 

 ヒルドもその見解に同意だったので、次は光己のそばに移動した。

 

「聞いた通りだよ、マスター。手加減して戦う練習してみない?」

「ほえ?」

 

 意外な提案に光己はちょっと驚いて間の抜けた声を上げてしまった。

 彼がしている武術的な訓練は、基本的に武闘系サーヴァントから逃げるためのもので、攻撃技はストレス解消のため程度の扱いである。素人ではないとはいえただの人間を倒す練習をする意義はあるのだろうか。

 

「だってマスター、またいつ夢で特異点に行くか分からないんでしょ? なら人間と戦うこともあると思うけど」

「むう」

 

 なるほどそれはその通りである。光己には反論の材料がなかった。

 しかもその腕にオルトリンデが抱きついておっぱいを押し当ててくるとは。

 

「マスターのかっこいいとこ、見てみたいです」

「ちょ!? そ、そういうことでしたらわたくしも!」

 

 すると清姫も張り合ってもう片方の腕に抱きついてきたが、彼女は胸部装甲はオルトリンデより薄いのに服は厚いのでこの勝負は完敗であった。哀しみ……。

 

「というか2人とも、両腕取ったらマスター動けないよ!?」

「あ」

 

 こうしてなし崩しの内に光己が1人で戦うことになり、サーヴァントたちより前に出る。その時には海賊たちも全員森の中から出終わっていた。

 

「ヒャッハー女だ! 獲物だ! 狩りだ! 楽しそう!」

 

 頭の中身も先ほどの連中と変わらないようである。ただ今回は光己1人が前に出ているからか、カルデア勢から5メートルほど離れた位置でいったん止まった。

 頭目らしき男がこちらも1人でずいっと前に進み出る。

 

「坊主、女の前だからって格好つけなくていいんだぞ?」

 

 そのドスの利いた脅し文句は一般人なら即逃げ出すレベルだったが、光己は建国王や魔神柱や英雄王と対峙してきた身である。涼風ぐらいにしか感じなかった。

 

「最近の海賊は、大勢群れて銃と刃物まで持たないと素手の子供1人狩れないのか。落ちたもんだなあ」

「なっ!? テメエ、いい度胸じゃねえか。野郎ども、手ェ出すんじゃねえぞ」

 

 こうまで言われてステゴロ(素手喧嘩)に応じなければ臆病者のそしりを免れない。頭目は腰に差した銃と剣を投げ捨て、握り拳を構えて光己に殴りかかった。

 

「だりゃあっ!」

「おおぅ」

 

 光己はそのパンチを横に跳んでよけた。

 頭目は追いかけてパンチやキックを連打するが、ひらひらと逃げられてしまってまったく当たる様子がない。

 

「コ、コイツ……!?」

 

 この少年、見た目はただの民間人で海賊とか軍人とかそういった武闘的な雰囲気はまったくないのに何者なのか。ちょっとあせりを感じた頭目は捕まえてグラウンド勝負に持ち込もうとタックルを仕掛けたが、それもあっさり避けられた。

 

「危ない危ない……いや全然危なくない」

 

 一方光己はちょっとした感動と達成感を味わっていた。

 何しろ5+3ヶ月前は本当に一般人だったのに、今や本物の海賊が殴りかかってくるのを軽くあしらえるほど強くなったのだから。

 しかしそろそろ反撃に出るべきだろう。光己はまた飛びかかってきた頭目の顔を狙って、口からツバを吐くような感じで細い火線を吹きつけた。

 

「ぎゃあっ!?」

 

 頭目が思わず両手で顔をおおって悲鳴を上げる。その隙に、光己は自分から前に出て彼の胸板に掌打を入れた。

 戦国時代で呼吸法をしていた時に会得した新しい技である。

 

「ぐぅっ!?」

 

 頭目は後ろによろめいたが、すぐに姿勢を立て直した。あまり効いていないようだ。

 手加減しすぎたか、それとも彼がタフなのか。

 

「テメエ、口の中に油袋か何か仕込んでやがるのか……?」

 

 ステゴロのつもりでいた頭目が文句を言ってきたが、光己にとっては心外な話である。

 

「いや、これは俺のワザだよ。ほら」

 

 それを証明するため、人差し指を立ててその先に小さな火を灯して見せる。これには頭目もケチをつけられない。

 

「魔法か何かなのか? 魔女の男版……魔男? まあ何でもいいや、そんなロウソクみたいなちゃちい火で海賊が何度も怯むと思うなよ!」

 

 そしてまた突進した。これも光己にとっては承服いたしかねる話である。

 

「つまり派手な火をお望みってことか。OK!」

 

 光己はまず胸の前で前腕をX字に組み、ついで大きく横に開いた。その直後、彼の足元から何本もの太い火柱が前方に進む形でそそり立つ。

 

「……え゛!?」

 

 牽制のための小手先の火しか出せないと見くびっていた頭目の顔が真っ青になる。むろん回避なんて間に合わず、次の瞬間全身黒焦げになって倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

「勘弁してつかぁさい。悪気があった訳じゃないんです……。海賊の本能なんです……」

 

 頭目が倒れると、手下たちは一斉に美しい土下座をキメて慈悲を乞うた。

 21世紀の善良な一般市民としては、本能だろうと何だろうと人間相手に「狩り」を「楽しむ」ような感性は肯定しがたいのだが、初対面の海賊に人道を説いても仕方ないので用向きを果たすことだけを考えることにする。

 

「清姫、この人たち本気で降伏してる?」

「はい、今のところは」

 

 なら慈悲をかけても良いだろう。光己は玉藻の前に頼んで頭目の火傷を治してもらった。

 ただしその後ヒルドに縛ってもらうのも忘れなかったが。

 

「一応人質ね。そっちが何もしなければ、こっちも何もしないから安心していいよ」

 

 すると海賊たちはだいぶ安心したようだ。とりあえず頭を上げて、砂浜に正座する姿勢になった。

 

「代わりにいろいろ教えてもらうけど。まず最初に、この海域が普通じゃないってことは分かってる?」

「へえ。まああっしらはあんまり頭良くねえんで、詳しいことは分かりやせんが」

「じゃあ分かってそうな人はいる?」

「あー……だったら姐御じゃないかと」

「姐御?」

「へっへっへ、聞いて驚け。

 我らが栄光の大海賊、フランシス・ドレイク様だ!」

「ほむ……!?」

 

 ドレイクといえば出発前のブリーフィングでも名前が出た有名な海賊だ。もし本物ならサーヴァントではなく生身の人間である可能性が高いが。

 しかし今彼は「姐御」と言ったが、もしかしてドレイクもまた女性なのだろうか。

 まあもともと女性説があった景虎はともかく、アーサー王やネロ帝や織田信長が女性だった時点で何を今更という話なのだが……。

 

「なるほど、確かにドレイクは俺でも知ってる有名人だな。

 会ってみたいから案内してもらえる? いや拒否権はないけど」

 

 いきなり襲われたのに命を助けてやるのだから、このくらいの要求は問題あるまい。海賊たちも負けたからには仕方ないと思っているのか、素直に承知した。

 頭目はあくまで人質にしたまま、海賊たちを先導にして森の中の獣道を歩く光己たち。

 

「この森を抜けたところに、大海賊フランシス・ドレイクの隠れ家がある。

 へっへっへ、テメエたちはもうおしまいさ。ドレイク姐御の手に掛かれば、テメエたちなんか……」

「そっか、じゃあ人質は大事だな。あんたはしばらくこのままね」

「ファッ!?」

 

 頭目は余計なことを言ったと後悔したが、今更ボスをディスるわけにもいかず、うなだれたまま歩き続ける。

 やがて森を抜けると開けた平地に出た。入り江が船着き場になっており、その近くにローマで見たような野営地がつくられている。

 海賊たちは辺りをきょろきょろ見回していたが、やがてチェアを屋外に持ち出してジョッキで酒を呑んでいる女性を見つけると、そちらの方に駆け寄った。

 

「姐御! 姐御ー!! 敵……じゃねえや、客人です!

 姐御と話がしたいって言ってます!」

「ああん?

 ったく、人が気分よくラム酒を呑んでいる時に……で、客人? 海賊かい?」

「えーと、たぶん違いやす! ウチらよりいくぶん上品で、魔男と魔女の集団です!」

「魔男と魔女? まあいいや、連れてきな!」

「では、失礼します」

 

 海賊たちはドレイクの許可を取れたようで、カルデア一行の所に戻ってくるとついてくるよう促した。

 そうして対面したドレイクは本当に女性で、一言でいうなら豪傑肌の美女だった。赤い海賊服をはだけて大きな胸をかなり露出しているので、少なくとも女性であることは間違いない。

 光己がチラッと傍らのルーラーアルトリアを顧みる。

 

「はい、この女性はサーヴァントではありません。サーヴァントは彼女の後ろにいる少女……!」

 

 そこでルーラーはいったん言葉を切ると、当人に聞こえないよう小声で告げた。

 

「真名、魔神・沖田総司。宝具は『絶剱・無穹三段(ぜっけん・むきゅうさんだん)』です……!」

 

 さて、魔神沖田総司とはいったい何者であろうか……?

 

 

 



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第97話 海賊女王

 魔神・沖田総司は、顔立ちは光己が戦国時代で会った沖田総司ノーマルとよく似ているが、雰囲気や肌の色はだいぶ違う。アルトリアとアルトリアオルタのような関係だろうか。

 それにしては武器まで違うが……しかしそんなことより、彼女からは他のサーヴァントにはない何か、自分との共通点というか縁というか、そんなものを感じる。

 

「―――!」

 

 そして彼女と目が合った一瞬、全身にビリビリッと電流が走るのを感じた。

 彼女もそれを感じたようで、ドレイクの後ろから離れて光己の前に駆け寄ってくる。

 

「今分かった。私は貴方のことを何も知らないし、それどころか自分のことすらよく分からない。しかし私は貴方に会いたくて、いや会うために、か……? とにかくそのためにこの特異点(ここ)に来たんだ」

 

 会いたくてと会うためにではだいぶ意味合いが違ってくるが、本人は分からないようだ。光己としてはそこははっきりして、ついでにその理由も明らかにしてほしいところだが、聞いても無駄に悩ませるだけだろうからやめておいた。

 もし2人が自分のことをもっとよく知っていたら、片や抑止の後押しを受ける者、片や抑止の守護者ということで理解しあえたのだが、光己はともかく沖田にはその辺の自覚がないのだった。

 

「そっか、俺も貴女からは何か特別なものを感じるよ。会えてよかった」

「あ、安珍様ぁぁぁぁ! わたくしというものがありながら、初対面の女性にまるで運命の結婚相手に出会ったかのような言い草をぉぉぉ!?」

 

 すると清姫が泣きながらすがりついてきた。

 

「ちょ!? いやそんなこと言ってないだろ。落ち着けって」

 

 確かに沖田は美少女だしスタイルもいいし、スカート?の裾が短いからノーマルのようにひゅんひゅん駆け回ったらめくれてパンツが見えそうだし、その上何故か服の胸元が三角形にくり抜かれていて立派なおっぱいの谷間を見せつけている。性格も悪くはなさそうだ。

 ぜひ大奥に迎え入れたい逸材ではあるが、初対面でそんなことを口にしたのではない。

 

「しかし明らかに他のサーヴァントの時とは違うお言葉を」

「それは認めるけど、仲間とか同志という意味であってだな」

 

「…………で、アンタたち何しに来たんだい?」

 

 そこにいかにもイラついて不機嫌そうな声色でクレームが来たので、光己はあわてて清姫を引っぺがして謝罪した。

 

「あー、すみません。こんな展開になるとは思ってなかったもので。

 清姫はとりあえず下がって」

「むー」

 

 清姫はまだ納得してはいなかったが、これ以上騒ぐのはさすがにまずいのは分かる。大人しく後ろに引っ込んだ。

 光己が改めて、まずは自己紹介から始める。

 

「えーと。俺たちはカルデアっていう団体の現地派遣部隊で、今はこの海域の異変の調査をしてるんです」

「カルデアぁ? 星見屋が何の用だい? 新しい星図でも売りつけに来たとか?」

 

 ドレイクのこの反応は、彼女が海賊というバイオレンスな生業に反して意外と博学であることを示すものだったが、光己には理解できなかったのでスルーした。

 

「……? いや、どっちかというと情報を買いに来た方で。

 もちろん海賊がタダで情報くれるわけないんで、さっきこの人たちに襲われたけど許してやったお礼代わりにって言うつもりだったんですが……」

 

 光己はそこで一拍置くと、チラリと沖田の方に目をやった。

 

「何故か彼女がこっちに来てくれることになったみたいなんで、別の対価を出そうとは思っているんですが……その前に、ドレイクさんとしては彼女が移籍するのは許せる話ですか?」

「んん? そうだねえ、そりゃ面白い話じゃないけど、沖田はもともと正式な船員じゃなくて居候みたいなもんだし、出て行かれちゃ困るほど人手不足ってわけでもない。本人がそうしたいってんなら止めないよ」

 

 ドレイクは豪放な雰囲気の通り、海賊ながら寛容なところもあるようだ。光己はほっとして本題を再開した。

 

「それじゃ話の続きですね。ドレイクさんはこの海域についての情報……たとえば海図とかどこそこにどんな島があるとか、こんな怪しい出来事があったとか、そういうネタを何か持ってたりします?」

「情報ねえ……なくはないけど、その前にアンタが今言った対価ってやつを見せてもらおうか。いや先によこせとまでは言わないから」

 

 ドレイクとしては元居候の転職先を襲撃する気はないが、騙されて商品―――情報も立派な商品である―――だけ持って行かれるようなハメになるのは認めがたい。まずは先方が持っているブツを見たかった。

 

「ああ、それはそうですね。マシュ、アレ出して」

「はい」

 

 光己はマシュが収納袋から出した小瓶を受け取ると、フタを開けて中身の黒っぽい粉末を手のひらの上に少しだけ振りかけた。

 まずは自分で舐めて毒見をしてみせた後、頭目の口元に持っていく。

 

「味見しろってことか? どれどれ」

 

 求められるままにその粉末を舐めた頭目はあっと声を上げて驚いた。

 

胡椒(こしょう)じゃねえか! 姐御、黒胡椒ですぜこの粉」

「な、何だってー!?」

 

 ドレイクも驚いた。武力だけでなく財力もお持ちとは、なかなかやる連中のようだ。

 なおこの胡椒は光己たちがローマで買ってカルデアに送った食料の一部である。彼はフランスで三角貿易を提案したくらいだから、この時代での香辛料の価値はよく知っているのだ。

 

「それなら知ってるだけのこと教えてやっても問題ないねえ。

 てかそこまで詳しいわけじゃないから貰い過ぎになるかもしれないけど、まあ細かいことはいっか!」

 

 ドレイクは大ざっぱだったが、情報なんて無形かつ状況次第で価値が変わるモノに適正な値段なんてつけられないのだから、交渉成立ということで問題あるまい……。

 

「ええと、まずここから北東に100キロくらい行った所にこの島より一回り大きな島があったね。で、そこから北北西に150キロくらい行くともっと大きい島がある。

 1つ目の島はここと同じような無人島だけど、2つ目の島は周りに見えない壁みたいなものがあって上陸できなかったから内実は分からなかったよ」

「へえ……」

 

 おそらくはサーヴァントもしくは聖杯絡みだろう。いい話を聞けた。

 

「アタシたちは西の方から来たから、ここより東のことは知らない。

 西には他にも島があったけど、嵐に巻き込まれたからここからの距離は分からないねえ。何かこう、パズルみたいにいろんな地方の海を切り取ってはめこんだような所だし」

「なるほど」

「確かにおかしな所だよ。アタシたちにとっては面白おかしいって意味だけどね。

 ただ問題は、この海には『無敵の超人』がいるってことさ」

「無敵の超人?」

 

 この女傑をして無敵と言わしめるとは、2つ目の島の住人以外にもサーヴァントがいるようだ。

 

「うん、どんな手品使ったのか分からないけど、大砲の弾が当たったのにピンピンしてやがったからね。

 アンタたちが星見屋ならこの海を調べたいのは分かるけど、せいぜい気をつけな」

「ん、ありがとう」

「…………っと、アタシらが知ってることはこのくらいかねえ?

 野郎ども、何か他にあったっけ?」

「アレを忘れてますぜ姐御! ウチらが自称ポセイドンを海の藻屑にしてやったあの大冒険を」

「おお、そういえばそんなことがあったねえ。済んだことだから忘れてたよ」

「自称ポセイドン?」

 

 ローマで会ったステンノやパールヴァティーのようなはぐれ神霊サーヴァントなのだろうか。

 海賊たちの説明によると、ある日突然海に大渦が現れ、そこからかの有名な沈没都市アトランティスが出現したらしい。

 その沈没都市と一緒にこれまた有名な海神ポセイドンが現れて、「今一度洪水を起こして文明を一掃する」といったようなことを言ってきて戦いになったが、すったもんだの末にポセイドンとアトランティスはともに海の底に沈んでいったそうだ。

 

「…………???」

 

 何をどうすればそうなるのか光己たちには見当もつかなかったが、海賊たちは真顔で語っており、清姫も反応しないので嘘は言っていないようだ……。

 

「で、戦利品として手に入れたのがこの金のジョッキってわけさ。

 金で出来たジョッキなんて悪趣味だが、コイツは別だよ。

 何しろテーブルに置けばあら不思議、酒と肉と魚がドカドカ盛られていきやがる。こんなご機嫌なお宝は他にないんじゃないかねえ?」

「―――!?」

 

 光己たちの目が一瞬点になる。

 ドレイクが言う金のジョッキが彼女の体の中から出てきたのもだが、彼女がその金ジョッキを傾けると本当に酒が湧いて出てきたのだ。

 それに何より、あのジョッキから感じる気配―――!

 

《マスター! 今ちょっと探査プログラムの調子が悪いんだが、計器に狂いがなければ君たちの目の前に聖杯が現れたことになってるんだがどうなってるんだ!?》

 

 そこにエルメロイⅡ世が珍しく泡喰った口調で連絡を飛ばしてきたので、やはりドレイクが持っているジョッキは聖杯で間違いないようだ。

 まさか特異点入りしたその日に聖杯が見つかるとは何という幸運! 光己はさっそく〇してでもうばいとる、もとい金ジョッキを譲ってもらう交渉を試みた。

 

「えーと、ドレイクさん。つかぬことを伺いますが、その金のジョッキっておいくら万円くらいするんでしょうか……?」

 

 光己にはローマでネロ帝にもらった金貨があるので金銭で対価を支払うことも可能といえば可能なのだが、ドレイクはこのジョッキだけは売る気がないようだった。

 

「んん? これに目をつけるとはなかなかお目が高いね。

 でもこれは今言ったように最近じゃ1番ご機嫌なお宝だからね、いくら金を積まれても売る気にはならないねえ」

 

 そこでドレイクはいったん言葉を切り、海賊らしい獰猛な笑みを浮かべた。

 

「でもアンタらの顔つき見ると何か事情があるみたいだし、どうしても欲しいなら腕ずくでくればいいんじゃないかい?」

「おおぉ、これが海賊脳か……」

 

 光己は(基本的には)平和的な性格の一般市民だから、創作ならともかくリアルの海賊はあまり好きにはなれないのだが、ドレイクのこの発言にはいっそ清々しさを感じてしまった。

 しかし彼女は酒で酔っているからか、敵の強弱を見る鑑識眼は曇っているようだ。さっきの話が事実なら船戦は超強いのだろうが、陸の上ではどう考えてもこちらの方が強い。光己は彼女の話に乗ることにした。

 

「分かった、それでいいなら話は早い。

 んじゃその前に」

 

 戦うことになったので敬語はやめてタメ口でそう言うと、胡椒の小瓶を彼女の方に放り投げ、ついで人質にしていた頭目も解放した。

 ドレイクが不思議そうに訊ねてくる。

 

「んん? 腕力で決めることにしたのにわざわざ貴重品をよこすのかい?」

「ああ。俺たちは海賊じゃないのに海賊の真似事するんだから、せめて義理は果たしておこうと思ってね。だから彼女にも参加させない」

 

 彼女とは沖田のことである。名前はもう知っているが、自己紹介はまだしていないので口に出すのは避けたのだった。

 

「へええ、ずいぶんと紳士じゃないか。

 それじゃこっちも紳士、いや淑女的にいこうかね。総がかりじゃなくて大将同士の一騎打ちってのはどうだい」

「ファッ!?」

 

 何ということだ。この大海賊、無意識かもしれないが有利な方式を指定してきたではないか!

 少なくとも総力戦よりは一騎打ちの方が勝てる可能性が高いのだ。

 

「で、そっちの大将は誰だい? 黒い鎧の娘か、それとも白い貴婦人サマかい?」

 

 ただドレイクは光己を大将ではなく交渉役だと思っているようだが、比較対象が伝説の騎士王なのだからむしろ当然のことだろう……。

 光己としてはこのまま騎士王のどちらかに任せるという手もあったが、そうすると後でまずいことになりそうな気がしたので正直に名乗り出ることにした。

 

「いや、大将は俺だから。総がかりだと死人が大勢出かねないし、確かに一騎打ちの方が紳士的だな」

「え、アンタが大将だったのかい? そりゃ悪かった、まだ若いのに大したもんだねえ」

「先輩、本当にやるんですか?」

「ああ、万が一ヤバくなったらお願いな」

 

 光己はマシュに小声でそう言うと、紳士的かつ淑女的に海賊式決闘ということでドレイクの後について開けた場所に移動した。

 5メートルほど離れて向かい合い、その真ん中に審判として縄をほどいてもらった頭目が立っている。少し離れてカルデア勢と海賊たちが取り巻いていた。

 

「それじゃあー、フランシス・ドレイク対藤宮光己の決闘、始めえっ!」

 

 頭目がそう言って後ろに下がった直後に、ドレイクが腰に差した2丁のフリントロック式ピストルを両手に構える。光己は万が一に備えて、両腕を上げて頭部をかばった。

 そういえばこの時代にあんな銃あったっけと光己は思ったが、目の前にあるものは仕方がない。

 

「そーらよっ!」

 

 ドレイクが光己のガラ空きな胴を狙って発砲する。光己はサーヴァント並みの身体能力を持つとはいえ銃弾をかわせるレベルには至っておらず、弾は2発とも命中した。

 ちょっと痛みを感じたのは、彼女は聖杯の持ち主なので弾にも強い魔力がこもっているからか。しかし体に傷がつくほどではなく、弾はそのままぽろりと地面に落ちた。

 

「あれ? 今当たらなかった?」

「当たったけど、俺は頑丈さだけなら貴女がいう『無敵の超人』より上だから。そいつらを大砲で倒せなかったなら、拳銃じゃなおさら無理だよ」

 

 間の抜けた声で訊ねてきたドレイクに光己がそう答えると、豪胆なドレイクもさすがにちょっと青ざめた。

 

「姐御、殴り合いをするつもりなら気をつけて下せえ! そいつは炎を操る魔男ですが、炎なしでも俺が指一本触れられなかったくらい素早えですから」

「そういうことはもっと早く言うもんだよ!」

「すんません、でも姐御なら勝てると信じてやす!」

「……」

 

 熱い信頼は嬉しいが、度を超すとちょっと重たい。

 それはともかく、銃が効かないほど頑丈で魔術まで使えるのなら窒息させるくらいしか勝ち目はなさそうである。口をふさげば炎を操る魔術の呪文も唱えられないだろうし。

 なお光己が炎を出すのに呪文や動作は要らないが、それはドレイクには分からない。

 

「いくよっ!」

 

 ドレイクが銃をホルスターにしまい、素手で光己に襲いかかる。

 

「速い!?」

 

 聖杯の力なのか純粋に当人が強いのか、ドレイクはローマで会ったネロ帝にも匹敵する速さだった。光己は炎で迎撃するのは間に合わず、掴みかかってきた手をとっさに腕で払うと同時に彼女の横面に手刀を放つ。

 するとドレイクはもう片腕を上げてガードし、そのまま前のめりに頭突きを喰らわせてきた。

 

「おぉっ!?」

 

 額と額がまともにぶつかり、いかにも痛そうな音が響いた。

 いや光己は別に痛くなかったが、明らかに女性離れしたパワーで後ろに吹っ飛ばされてしまう。

 

「まだまだこれからだよっ!」

 

 ドレイクの方は相当痛かったはずなのにそんな素振りはまったく見せず、よろめいた光己を押し倒してマウントを取るべく間合いを詰めた。両肩を掴んで体重をかけるが、それと同時に顔に火を吐かれて驚いた隙に逃げられてしまう。

 

「熱つつつつつっ!? 魔術って呪文とか要るんじゃないのかい?」

「いや、俺のは魔術じゃなくて特殊能力だから。

 しかしドレイクさん強いな!」

 

 ドレイクが顔についた火をはたいて消そうとしているのは分かりやすい隙だったが、光己の方もびっくりして気が動転したのでつけ入る余裕はなかった。

 先に立ち直ったドレイクが再び突撃するが、光己は今度はサイドステップして逃げることができた。

 

「これは長引いたら怖いな……アレをやるしかないか」

「何か大技でも出す気かい?」

 

 接近戦を挑むしか手がないドレイクがまた飛びかかるが、光己は避けずに踏みとどまった。そして精神集中し、全身から炎を放出する!

 

「な!?」

 

 ドレイク視点だと光己が自分から火達磨になったように見えたので仰天したが、光己は火竜だから自分が出した火は平気である。反射的に足を止めたドレイクに体当たりして、そのままがっぷり組み合う形になった。

 

「あーつーいー!?」

「負け認めた方がいいんじゃないかなあ?」

「分かった、降参、こーうーさーんー!」

 

 いくらドレイクが女傑でも、火達磨になっている人間に組みつかれては意地は張れない。いさぎよく敗北を認めたのだった。

 

 

 

 

 

 

「いやあ負けた負けた! ここまで完璧に負けると文句のつけようもないねえ!

 でもアンタ、何で最初から最後のアレやらなかったんだい? やっぱり自分も熱いとか?」

 

 ドレイクは全身火傷を負っていたが、玉藻の前の治療によりほぼ治っていた。多少痕が残っているが、しばらくすれば綺麗に消えるだろう。

 

「いやそれは平気。でも上着は耐火仕様だけど下着が燃えちゃうんだ。

 着替えはあるけどあんまり余裕はなくてさ」

「そ、そうかい」

 

 なるほどそれでは多用できない。ドレイクも頷くしかなかった。

 

「それじゃ、約束通りジョッキもらえる?」

「ああ、アタシに二言はないよ。持ってきな」

 

 ドレイクは惜しむ様子もなく、胸元からジョッキを出すと光己に投げてよこした。

 光己がそれをキャッチしたら、聖杯の所有権が移転したことになる。

 

「よし、ねんがんの聖杯をてにいれたぞ!

 本当に1日で仕事が終わるなんてぶぶ漬けおいしいヤッター!」

 

 よほど嬉しいのか意味不明なことをテンション高めに放言しつつ、万歳のポーズでジョッキいや聖杯をかかげる光己。

 しかし何も起こらなかった。

 

「………………あれ?」

 

 ラスボスに勝って聖杯を奪取したのに何故だろう。フランスの時だってジルを倒したら修正が始まったのに。

 試みに聖杯に特異点修正を始めるよう命じてみたが、やっぱり何も起きない。

 

「Ⅱ世さん、聖杯ゲットしたのに何も起きないんですが理由分かります?」

 

 仕方ないので知恵袋に意見を求めてみると、Ⅱ世も確証はないのか推測だと前置きした上で見解を述べてくれた。

 

《おそらくその聖杯はレフ、いや魔術王がこの時代に投入したものではないのだろう。

 この海域が特異点と化した影響で、アトランティスにあったその聖杯が起動したんだと思う。それでアトランティスが浮上してポセイドンが出現したというわけだ》

「つまりこの特異点を修正するには、これとは別に魔術王製の聖杯を探さなきゃいけないってことですか?」

Exactly(そのとおり)

「何てことだ……」

 

 まさかヌカ喜びだったとは。地面に「九」の字になってうなだれる光己。

 

「まあ仕方ないか。いつまでも居座ってたら迷惑だろうし、用は済んだから出発しようか」

 

 しかしやがて気を取り直してマシュたちにそう言うと、ドレイクが声をかけてきた。

 

「おや、もう行くのかい? いや止めはしないけど、そういえばアンタたちどうやってこの島に来たんだい」

 

 ドレイクの船はガレオン船としては大きな方ではないが、それでも乗組員は70人前後いる。いくら魔男魔女の集団でも、たった10人で船は操れまい。

 

「ああ、カルデアの技術でワープしてきたんだけど、ここからは……そうだ、魔力リソースが手に入ったならいい手があるな。

 ルーラー、宝具頼む」

「なるほど、聖杯があるなら問題ありませんね」

 

 幸い目の前に船着き場がある。ルーラーアルトリアは桟橋の端までいくと、海の方に手をかざして宝具を開帳した。

 

燦々とあれ、我が輝きの広間(ブライト・エハングウェン)

 

 すると海面にいきなり船が現れる。大きさはドレイクの船と同じくらいで、純白で優美な白鳥のごとき佇まいだ。

 

「おおおおおっ!?」

 

 ドレイクたちの驚くまいことか。思わず目をこすって何度も見直したが、間違いなく白い船はそこに浮かんでいる。

 

「うーん、これはたまげた。ただの星見屋だと思ってたけど、カルデアってすごいんだねえ。こんな綺麗な船を見られるなんて、いやあ眼福眼福。

 アタシに勝ったんだから心配なんかいらないだろうけど、仕事がうまくいくよう祈ってるよ」

「ありがと、ドレイクたちも元気でね」

 

 こうして別れの挨拶をすませると、光己たちは船に乗り込んで出航したのだった。

 

 

 




 本当にドレイクたちと別れてしまいましたが、彼女がこのままフェードアウトするかどうかはネタバレ禁止事項であります。
 守護者勢は基本的に主人公に好意的もしくは同情的です。特にエミヤは「いいか、死んでも守護者にはなるなよ。いや守護者になるのは死ぬ時なのだが」とか言って親身に忠告してくれますが、それゆえに派遣されてくる可能性は低いですw




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第98話 幽霊船と新たな島1

 ルーラーアルトリアの宝具「燦々とあれ、我が輝きの広間(ブライト・エハングウェン)」すなわち高機動型の水陸両用船が無事船着き場を出ると、光己はまたいかにも疲れた様子で甲板に座り込んだ。

 

「つ、疲れた……マジ疲れた」

 

 頭目との戦いはともかく、その後のドレイクとの交渉と決闘は気力をゴリゴリ使いまくったのでもうヘトヘトなのだった。海賊とはいえ「太陽を落とした男(実は女だった)」と呼ばれるだけあって、今までに会ったサーヴァント=歴史上の著名人たちに負けず劣らずの傑物だったと思う。

 

「先輩、お疲れさまでした」

 

 そこにマシュがちょっとすまなさそうな顔で、またドライフルーツを差し出す。

 何しろドレイクとの折衝をほとんど任せ切りにしてしまったのだから。彼のサーヴァントとして力不足を痛感せざるを得ない。

 

「ああ、ありがと」

「それにしてもドレイクさんは破天荒な方でしたね。ああいうタイプの方は初めてです」

「そうだなぁ。好きで海賊やってるみたいだから悪党なのは間違いないけど、何ていうか器大きいし、きっぷがいい人だったよな。

 あーしまった、写真とサインお願いしそこねた」

 

 光己が残念そうにごちると、マシュはなぜか嬉しそうな顔をした。

 

「それなら引き返してお願いして、ついでに特異点修正に協力を頼んでみてはどうでしょう。海のことなら頼りになると思いますが」

「ああ、それは俺も考えたんだけど。でも聖杯巻き上げといて、その上サーヴァントや魔神柱との戦いに巻き込むのは無茶振りが過ぎると思ってな」

「あ、ああ、それは……」

 

 マシュは初めて会うタイプと言ったドレイクに心残りがあったようだが、このド正論には抗弁のしようがなかった……。

 

「それに彼女たちは海賊だからな。もし島に原住民がいたら襲うかもしれないから」

「ああ、見殺しは気が引けますが反対したら喧嘩になりそうですし、難しいところですね」

 

 特異点を修正したらなかったことになる、つまり死んだ人も生き返るという話は聞いている。しかしそれはあくまで推測であって、前例や証拠があるわけではない。フタを開けてみたら死んだ人はそのままだったという可能性は否定できないのだ。

 

「というか、仮に生き返るのが確実だとしても、罪もない人たちが強盗に遭うのを黙って見過ごすのはちょっと……」

「だよなあ、俺もそういうトロッコ問題は好きじゃない。

 それでも足がなかったら仕方ないからお金払ってお願いしてたと思うけど、俺たちはここに自前の船があるからな」

「そうですね……」

 

「…………」

 

 光己とマシュが並んで座って語らっているのを、ルーラーアルトリアは保護者そのものの視線で見つめていたが、ふと2人の会話がとぎれると、すいっとその前に移動した。

 

「マスター、彼女がさっきから所在なさげにしていますので、そろそろ皆に紹介してはいかがでしょう」

「お、おお、忘れてた!」

 

 彼女とは沖田のことである。うかつにも放置してしまっていたことに気づいた光己が慌てて立ち上がった。

 

「ごめん! 色々あったからつい忘れてた。ええと、まずは自己紹介してもらっていいかな」

 

 光己が90度腰を曲げて謝ると、沖田は怒った様子はなくむしろほっとした顔で名乗ってくれた。

 

「ああ、我が銘は魔神・沖田総司。マスターはいないから、いわゆるはぐれサーヴァントというやつだと思う。ここがどんな所で、どういう役割で来たのかは覚えていないが。

 私のことは魔神さん、もしくは沖田ちゃんと呼ぶといい」

「記憶喪失みたいなものか、それは大変だな……。

 そうそう、魔神さん……は怖そうだから沖田ちゃん。なんでドレイクと一緒にいたんだ?」

「別に大した理由はないぞ。現界した所が船の上だっただけだ」

 

 その船というのはもちろんドレイクの船で、しかも別の海賊と戦っている最中だった。沖田は当然両者とも無関係だが、中立では両方から攻撃されそうだったので現界した船の方に味方したら戦いの後で用心棒みたいなポジションに収まったらしい。

 

「うーん、やっぱり船の上に現界するのか。1人で無人島に行くよりはマシってことなのかな?」

「それより沖田……ちゃん? 用心棒ということは船の中で海賊たちと一緒に寝泊まりしていたわけですよね。その、襲われたりしませんでしたか?」

 

 この質問は清姫からのものだ。生前は箱入りお嬢様だっただけに気になるのだろう。

 しかし沖田は質問の趣旨が今いち分からないようだった。

 

「ん? 用心棒なのになぜ襲われるんだ?」

「なぜって……その、たとえば夜中に部屋に忍び込んでくるとかされませんでしたか?」

「いや、そういうことはなかったぞ。みんな普通に接してくれた」

「そうでしたか、それは良かったです」

 

 どうやらドレイクの海賊団は、いったん仲間になれば不埒なことはされないようである。トップが女性なのも関係あるかもしれない。

 ―――しかし沖田のどこをどう見ても特別なものは感じられない。彼女と光己はいったい何を感じ合ったのだろうか。

 大変ねたま、もとい羨ましいが、今蒸し返してもいいことはなさそうなので、差し当たっては経過観察にとどめるのが賢明と思われる。

 その後カルデア側も自己紹介したら、島に着くまでやることはない。

 

「どのくらいかかりそう?」

「そうですね、100キロなら40分くらいでしょうか」

 

 伝説の騎士王が高機動型を称するだけあって、この船は21世紀の高速船に匹敵する速さを誇るが、宙に浮けば水の抵抗がなくなるので、さらにその2倍のスピードを叩き出す。その分多大な魔力を必要とするが、当人かマスターが聖杯を持っていれば何の問題もない。

 逆に速すぎて風情がないが、島についたら日暮れまでに探索と野営の支度をしなければならないので速さ重視は妥当なところだろう。

 

「しかし最高速度まで上げると向かい風が強くなりますから、マスターとマシュは船の中に入っていた方が良いでしょう」

「じゃあそうさせてもらおうかな」

 

 お言葉に甘えて光己とマシュが甲板の下の船内に入ってみると、王城の大広間だけあって立派なパーティールームや遊技場や休憩室や台所やトイレや寝室等が完備されていた。

 ただ水道設備はなかったので、2人が長時間居座るなら水(氷)を出せるワルキューレズか玉藻の前に来てもらう必要があるが。いや聖杯に願えば出て来るのか?

 ……と思ったら、当のヒルドと清姫・カーマ・玉藻の前がやってきた。

 

「見張りは全員でやる必要ないから、交代で休憩しようってことになって」

「それもそうだな。じゃあ暇つぶしにポッ〇ーゲームでもしない?」

「〇ッキーゲーム……? 現界する時に得た知識にあります! よろしいならばわたくしと!」

「シールダーの名において阻止します!」

 

 せっかくの休憩時間なので光己は先ほどの交渉&決闘と聖杯を手に入れた報酬を求めてみたが、いつも通りマシュに邪魔されてしまった。

 なお頭目との手加減戦闘についてだが、全身黒焦げは明らかにやり過ぎなので、ご褒美どころか訓練メニュー追加とあいなった……。

 

「何度でも言う! これが人間のやることかよぉぉ!」

「そりゃまあ、あたし人間じゃないからね!」

 

 なおオチもいつも通りであった。

 ちなみに今この船にいるサーヴァントは生前の時点で人間ではない者が半数なので、「人理」修復のための団体としてはちょっと不安があるかもしれない……。

 

(……うーん、マスターってわりと思春期脳なんですねえ)

 

 玉藻の前は強硬な一夫一妻主義者なので、複数の異性を口説いて回る行為は好きではないのだが、光己くらいの年頃の男子の生態は知っている。それに未成年の一般人が「最後のマスター」なんて大任を負ったのだから、気晴らしや楽しいことも必要なのは分かるので、自分に火の粉がかからない限りは多少のことには目をつぶる方針だった。今のところは。

 ―――そんなわけで光己たちが健全に雑談をしていると、沖田が船内に下りてきた。

 

「マスター……いや、まだ契約してもらってないから正確にはマスターではないな。寂しみ。

 しかし魔神さんはいい魔神さんだから用事を先に果たそう。マスター、ルーラーたちが船が現れたから来てほしいとのことだ」

「ああ、そういえば契約してなかったっけ。

 でも俺もいいマスターだから仕事を先にしようかな」

 

 沖田は見た目は光己よりやや年上だが、どうも精神年齢はかなり低い、あるいは社会経験がないような感じがする。マシュとちょっと似ているというか。

 それはともかく光己たちが甲板に戻ると、遠くから1隻の船がこちらに近づいてくるのが見えた。

 まずはサーヴァントがいるかどうかを確認すべきだろう。

 

「ルーラー、あの船にサーヴァントはいる?」

「いえ、いません。ですので危険はありませんが、どう対処するか決めていただきたくて」

「そっか。でもこの距離じゃまだどんな人たちか分からんな」

 

 帆船であることは分かるが、それが海賊船なのか商船なのか漁船なのか、はたまたイギリスやスペインの軍船ということもあり得る。ただし商人や軍人も話の流れによっては海賊にクラスチェンジすることがあるので、外見だけで判断するのは禁物だが。

 すると甲板の舳先(へさき)に立って様子を見ていたアルトリアオルタが2人の元にやってきた。

 

「いや、悩む必要はないぞ。連中はいわゆる海賊旗を掲げているからな」

 

 海賊旗というのはドクロと骨2本が交差した絵が描かれた旗で、海賊船が威嚇のために掲げていたものである。正体を隠すより脅す方を選んでいるようだ。

 

「つまりあの船は海賊船で確定ってこと?」

「そういうことになるな」

「ほむ」

 

 それなら最初に会った海賊と同じように、海賊島に水や食料を調達しに行くところだろうか。しかしドレイクはもう聖杯を持っていないので提供できない。

 なら聖杯をもらった自分たちが責任を取って代わりに差し出すべきだろうか。食料をあげれば情報をくれるだろうし。

 

「もちろん向こうがケンカ売って来なければの話だけど」

「そうか。貴様がそうしたいのであれば好きにするがいい」

 

 オルタは光己の意向を尊重してくれるようだが、そこにカルデアから通信が入った。

 

《いやその必要はない、というか無意味だ。

 今ちょうどあの船が探査の圏内に入ったところだが、あれは要するに幽霊船だからな。しかも波長から推測するに特定の個人の残留思念ではなく、『海賊の概念』が霊体化したものに過ぎない。

 つまり連中は大した情報は持っていないし、食事の必要もないというわけだ》

「んー、それじゃかかわっても時間の無駄ですね」

 

 なのでとっとと撒いてしまおうと光己は思ったが、するとたまたまそこにいたらしいロマニが異論を唱えた。

 

《いやそれは早計じゃないかな。『海賊の概念』があるなら、彼らが夢を託して追い求めたモノもまた具現化していてもおかしくない。つまりあの船にはお宝が積んであるかもしれないってことさ!》

「それはそうかもしれませんけど、人と船が幽霊ならお宝も幽霊ってことになりません?」

 

 ロマニは珍しくテンション高めだったが、光己のツッコミを受けるとショボーンと落ち込んだような気がした。

 

《ま、まあそれはそうだけど! でももしかしたらワンチャンあるとは思わないかい? そう、まさしくロマンってやつさ!》

「ふむ、そこまで言うなら見に行ってもいいか。

 ただし何もなかったら、代わりに貴様に財宝を差し出してもらうぞ」

 

 オルタが酷薄な口調で話に割り込むと、ロマニは哀れなほどに狼狽した。

 

《ちょ!? そ、それはあまりにも暴政じゃないかな王様!》

「当然だろう、私は暴君なのだから…………というのは冗談だ、本気にするな」

《その冗談、ブリティッシュジョークとは方向性が違いすぎやしませんかねえ!?》

 

 ロマニはもう涙目だったが、オルタは気にかける様子もない。仕方ないので光己はとりなしに入った。

 

「まあまあ2人とも。財宝なら聖杯で出せばいいと思うんだけど」

《それはやめておけマスター。そういうことをすると人間は確実に堕落する》

「た、確かに!」

 

 光己は我ながら名案だと思ったのだが、Ⅱ世の諫言もまことにもっともなので取り下げることにした。

 汗水たらして働くのが美徳だなんてのは建前論だと思っているが、不労所得が多すぎるのも良くないというのは何となく分かる。

 

「でも聖杯を持ち腐れにしとくのはもったいないな。そうだ、ジル・ド・レェに倣って理想の美じ……はやめといて、俺専用のスペシャルな武器に替えるってのはどうでしょう」

《日和ったか……いや賢明な判断だと思うが、今聖杯に大きな願いをかけるのは避けた方がいい。せっかくタダで水と食料が手に入るのだし、その船を動かすには聖杯の魔力が必要なのだろう?》

「ああ、そういえば」

 

 どうやら今は聖杯でビッグな願いをかなえる時ではないようだ。

 しかしこういう流れなら、幽霊船に実物のお宝があるなんて激レアケースを期待する意義は薄い。光己たちは海賊船をスルーして、一路島をめざした。

 やがて島影が見えてくる。三日月形の山林の内側に砂浜が広がっており、全体では半円形になっているようだ。

 

「おお、ドレイクさんの情報は正確だったな!

 ルーラー、あの島にサーヴァントはいる?」

「はい、この感じだと林の中に1騎いるようです」

「それじゃマスター、上陸する前に契約を頼む」

 

 そのサーヴァントは味方とは限らないから、沖田が早めの契約を望んだのは当然だろう。

 いやはぐれサーヴァントは必ずしもマスターとの契約を必要としないし、沖田は「単独行動A」を持っているから尚更なのだが、これは彼女の光己への仲間意識の表明なのだった。

 

「そうだな、先にやっとく方がいいか」

「うん。

 …………マスターとつながったのを感じる。これがサーヴァント契約か……暖かみ」

「むー」

 

 沖田がとても素朴で無邪気な表情で喜んでいる姿に何人かのサーヴァントがちょっと頬を膨らませたが、それはそれとして一行は船からタラップを下ろして島に上陸するのだった。

 

 

 



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第99話 幽霊船と新たな島2

 全員上陸したらルーラーアルトリアの船を消して、次はこの島にいるというサーヴァントの捜索である。

 普通なら山林の中で人探しというのはそれなりに面倒なものだが、ルーラーがいればサーヴァントを探すのは簡単だ。

 

「しかし林の中は見晴らしが悪いので危険がありまする。ワタシが先に立ちましょう」

 

 段蔵がそう言って、猿のような身軽さで木の枝から枝へ飛び移って偵察に赴く。

 光己はそれを見送りつつ、ふと気になったことを沖田に訊ねた。

 

「沖田ちゃんはこういう場所での戦いって大丈夫?」

 

 彼女はおそらくスピード重視の戦闘スタイルだろうし、得物の大太刀はやたら長い。足場が悪く障害物が多い所はやりにくいのではないかと思ったのだ。

 

「うん、大丈夫だ。私は『極地』という、あらゆる空間で十全な動きができる究極の歩法を心得ているからな」

「ほむ、極地……ノーマルの沖田さんは『縮地』っていう超スピードが自慢だったけど、それとはまた違うのかな?」

「うん。私はノーマルのことはよく知らないが、でも多分私の方が速いぞ。

 そうだ、もしここのサーヴァントが敵だったら実際に披露しよう」

「おお、頼もしいな。でも無茶はしないように」

「うん」

 

 などと話している間に、一行は(くだん)のサーヴァントの間近まで近づいていた。いや彼(あるいは彼女)の方からすごい速さで接近してきている。

 なお段蔵はその後ろで気配を隠して追尾していた。もし戦闘になったら挟み撃ちにするという心づもりである。

 やがてサーヴァントが木々の合間から姿を見せた。

 

「見つけましたよ私オルタ! 言うに事欠いて私より速いなどと、どうやら命が惜しくないようですね」

「沖田さん!?」

「私ノーマル!?」

 

 驚いたことに、この島にいたサーヴァントは沖田総司ノーマルであった。光己と沖田オルタのびっくり声が唱和する。

 しかもノーマルの口上によれば彼女はオルタの言葉が聞こえていて、それに腹を立てているようだ。

 

「……って、藤宮さんじゃありませんか! 特異点で会ったということは、まだ人理修復やってるんですか?」

「おお、俺のこと覚えててくれてるのか!」

 

 サーヴァントは自分が参加した別の聖杯戦争のことは覚えていないケースの方が多いそうだが、今回も記憶があるようで実に幸運であった。

 

「ええ、それはもうバッチリ。あれ、でも別れた後はどうなったんでしたっけ……えーと」

 

 どうやら沖田は帝都とやらに帰った後のことは覚えていないようだ。もし覚えていたなら万が一光己がそこに行くハメになった時の参考になるのだが、そこまで都合良くはいかないらしい。

 

「ところで沖田さんはマスターいるの? それともはぐれ?」

「はぐれですよ。多分連鎖召喚で来たんでしょうね。

 私とオルタとどっちが先かは分かりませんが」

「あー、そういえばⅡ世さんがそんなこと言ってたな」

 

 何でもローマでダレイオス三世が現れたのは、アレキサンダーの作戦であったらしい。

 ただし都合よくダレイオスが現界するという保証はないし、仮に来たとしても彼は正統ローマに恨みはないから、アレキサンダーが属する連合ローマの方を攻撃する可能性の方が高そうなのだが―――そんなギャンブルそのものの作戦が成功してしまうあたり、覇王というのは運も持っているものなのだと分かる。

 

「さて。藤宮さんがまだ人理修復してるのならもちろん手伝いますが、その前に!」

 

 沖田がくわっと目をいからせ、刀を抜いて切っ先をオルタに突きつける。

 

「どちらが速いか勝負です、私オルタ! 私より先にマスターに合流してるとか面白くありませんし!」

「ふむ。実はどっちが速いかなんて大して興味なかったが、面白そうだからOKだ。いくぞ」

 

 するとオルタも大太刀を抜いて正眼に構えた。

 光己はあの大太刀の長さだと普通の方法では抜けないのではと心配していたが、鞘が開閉式にでもなっているのか普通に抜けたようだ。

 

「って、2人とも待った! スタァァップ!!」

 

 いやそんなこと気にしている場合じゃなくて、と光己は慌てて止めたが、沖田はシカトして「フッ!」という鋭い息吹きとともにオルタに斬りかかった。

 彼女の姿がぼやけたかと思った直後、オルタの後ろに現れる。

 

「やっぱ速ぇ……! あれが縮地ってやつか!?」

 

 目にも止まらぬ、という比喩そのものの速さだった。オルタは横に跳んで避けたから斬られてはいないと思うが……。

 すると沖田はくるっと光己の方を向いてドヤ顔をキメてきた。

 

「いえ、今のは3歩手前ですよ。ですからオルタには簡単に避けられましたし。

 次は2歩手前をお見せしますね」

「だから仲間割れはやめてって!」

 

 光己が改めて止めるが、沖田はやはり聞き入れる様子はない。先ほど以上の速さでオルタの方に突進する。

 

「マスター、心配は無用だ。確かにノーマルは思っていたより強いが、魔神さんはちゃんと見えている」

 

 オルタは健気にそう言って、沖田の横薙ぎの一閃をみずからの大太刀で受け止めた。

 沖田の攻撃は無論これで終わりではなく、俊足を活かしてオルタの周りを駆け回って攪乱しながら時に鋭い斬撃を繰り出す。それをオルタは防戦一方ながらも何とかこらえた。

 

「むー……」

 

 光己の素人目にも、沖田はオルタより速いようだ。とはいえすぐ崩れる恐れはなさそうだが、この先沖田がもっと速くなったら防ぎ切れなくなるかもしれない。言葉が通じないなら……と光己はマシュたちに頼んで沖田を取り押さえてもらおうと思ったが、その時後ろから誰かが両肩に手を置いてきた。

 

「ルーラー?」

「マスター、大丈夫ですよ。あの女性には殺意はありませんから」

「……そうなの?」

「ええ。急所は狙ってませんが、寸止めする気もなさそうですから多少のケガはするかもしれませんが、そのくらいならマスターの礼装と玉藻の前の術で治せます。いざとなれば聖杯もありますしね」

 

 大人らしい落ち着いた穏やかな口調に信憑性を感じる。光己はルーラーの意見を受け入れて、しばらく見守ることにした。

 当のオルタはなお反撃する隙を見出せずにいたが、だんだん刀さばきが的確になり余裕が出てきたように思われる。

 これはオルタが沖田の動きに慣れてきたのか、それとも戦いの中で成長するという創作でよくあるアレか!?

 

「―――不思議だ。体が軽くなってきたような気がする」

 

 オルタは()()()狙ってきた突きを半身になってかわすと、その勢いのまま半回転してカウンターの横薙ぎをお見舞いした。ついに反撃できるところまで追いつけたようだ。

 

「!」

 

 沖田はそれをかがんでかわすと、いったん後ろに跳んで距離を取った。

 

「なかなかやりますね。ではお待ちかね、1歩手前といきましょうか!」

 

 沖田がさらにギアを上げ、まずは横斜め上に跳ぶ。その先にあった立ち木を足場にしてまた跳んだ。

 ピンボールの玉のようにオルタの周りを跳び回る。

 

「また速くなった上に3次元移動って、これが沖田さんの本領なのか!」

「いえいえ、これは『1歩手前』ですからね。まだ本領じゃありませんよ!」

 

 しかも光己の独白に訂正を入れる余裕まであるとは、天才剣士の名はダテではないようだ。

 そして獲物を襲う鷹のごとく急降下してオルタの頭上から斬りつける!

 

「せぇいッ!」

「なんと!」

 

 オルタは何とか刀で受けることはできたが、力負けしてしまいよろめいて尻もちをついた。

 お尻の下に何か硬い板らしき物があって、文字通り尻の下に敷いてしまったが……。

 

「ん?」

 

 するとどうしたことか、周りから半ば腐乱死体と化した海賊たちがぞろぞろ現れて襲いかかってきたではないか!

 

「アイエエエ!? ゾンビ!? ゾンビナンデ!?」

 

 驚愕と嫌悪と恐ろしさに光己はマッポーめいた悲鳴を上げた。

 海賊ゾンビたちは「概念」が幽霊化したものに過ぎないはずなのに実物同然のリアルさで、おぞましいことこの上なかった。この手の連中はフランスで何度か見て精神的な耐性がついていたからこの程度で済んだが、もしそうでなかったら失神あるいは嘔吐していたかもしれない。

 しかも彼らから感じる圧倒的なまでの怨念はどうだ。どんなむごい死に方をしたのだろうか。

 

「ハーレム滅せよ! リア充爆発しろ慈悲はない!」

「そんな理由かよ!? てかまだ誰ともくっついてないぞ俺」

 

 反射的にツッコミを入れる光己。しかし海賊たちは同意しなかった。

 

「これだからモテ夫はよ! そんだけ大勢キレイどころ侍らせて、しかも目の前でテメエをめぐって女2人が決闘してるってのにこの言い草だ」

「うーん、これは残当ですねえ」

 

 玉藻の前が暢気にごちたが、しかし油断はできない。

 何しろこの海賊たちは沖田2人の戦いを見た上でケンカを売ってきたのだ。よほど腕っぷしに自信があるに違いない。

 沖田2人も一時休戦して共通の敵に向かった。

 

「いえご心配なく! この沖田さんにお任せ……こふっ!?」

「ぎゃーっ!? 沖田ちゃん、沖田さんを避難させて」

「うむ、手のかかるノーマルだが仕方ないな」

 

 こちらには病人もいることだし。

 …………と思ったが、海賊ゾンビたちは最初に会った人間の海賊と同じくらいの腕前しかなかった。どうやら自信過剰なだけだったらしい。

 彼らは本当に霊体だったようで、決定打を受けると湯気のように散って消えていく。10秒ほどで戦闘は終わった。

 

「みんなお疲れさま……しかし何で突然襲ってきたんだろ?」

「多分私がこれを尻で踏んでしまったせいだと思う」

 

 光己が不思議そうに一同に訊ねると、沖田オルタが石でできた板を拾って戻ってきた。30センチ四方ほどの大きさで、表面には文字らしきものが刻まれている。

 何となく邪悪っぽい雰囲気を感じるが……。

 

「じゃあ読んでみ……いや待った」

「? どうかしたのか?」

「お尻で踏んだら海賊が出てきたっていうのが事実なら、呪いのアイテムだろうからさ。うかつに読んだら良くないことが起こりそうだ」

「なるほど……マスターは賢いな」

「では私が祓ってみましょうか?」

 

 すると玉藻の前が手を挙げたので、光己は任せることにした。

 

「うん、お願い」

「ではさっそく~~っと、これは確かに呪いのアイテムですねえ。

 祓い給え清め給え…………」

 

 玉藻の前はまた祓串(はらえぐし)を取り出すと、それを振りながら今度は普通に祝詞を唱え始めた。

 その効果はテキメンで、見る見るうちに石板の雰囲気が和らいでいく……が、その途中でどこからか獣が吠えるような叫び声がとどろいた。

 

「ガガガガガガ!! ギギギギ……ギィィィイイーーーーッ!!!

 ワガッ! ワガナ! エイリーク! イダイナル、エイリーク!」

 

 ついで絵に描いたような野蛮人といった風体の大男が現れる。ランスロットやカリギュラの同類と一目で分かる狂化ぶりで、カルデア一行を見つけると当然のように襲いかかってきた。

 得物は大きな斧で、血管のような赤い管が何本も浮かび上がっている。

 

「エイリーク……血斧王とも呼ばれるヴァイキングの王です。確かに海賊ですね」

「宝具は『血塗れの戴冠式(ブラッドバス・クラウン)』、あの斧から衝撃波を放ってきます」

「キーアイテムを祓われる前に出てくるなんて、バーサーカーのくせに目端が利く……いえ、バトルジャンキーの本能なんですかねえ。でもそれなら何で最初から出て来なかったんでしょう」

 

 マシュとルーラーアルトリアの解説を聞いた玉藻の前が首をかしげる。どうせなら皆で一緒に来ればいいものを何故?

 

「それは多分、彼は結婚していますからリア充を妬む必要がないからかと」

「なるほど!」

「……」

 

 純朴なマシュがリア充なんて俗な単語を覚えてしまったことに光己はちょっと悲しみを覚えたが、今はそんなことを考えている暇はない。

 敵はサーヴァントとはいえ1騎だけなら、宝具開帳する暇を与えず囲んでボコるのが最善だろう。そう考えた光己はアルトリアオルタたち前衛組に指示を飛ばそうとしたが、その前に沖田オルタが1人で前に出た。

 

「マスター、ここは私に任せてくれ。さっきの言葉を果たそう」

「んん? ……分かった、でも無理しないようにな」

 

 オルタはついさっきノーマルと戦ったばかりだが、サーヴァントは魔力さえあれば身体的な疲労はない。なので光己は当人の希望を尊重することにした。

 

「ギガガガガ! ジャマヲ、スルノ、ナラ、コロスーーーー!!」

「話をするのは無理そうだな。悲しみ」

 

 エイリークが斧をぶん回してオルタに襲いかかる。

 オルタは見た目より筋力があるが、それでもエイリークに並ぶとは思えない。しかしスピードは比較にならぬほど勝っており、袈裟懸けに振り下ろされた斧をサイドステップしてかわすとそのまま先ほどの沖田の真似をして木から木へ跳び移り始めた。

 

「でもパクリではないぞ。『極地』の歩法を使っているからな」

「ギィィ! ニゲ、ルナーーー!」

 

 エイリークは怒りの声を上げたが、自分が追いつける速さではないことはすぐに分かった。

 あっさり諦めて、代わりに斧を振るって彼女が足場にしている木を次々と斬り倒す!

 一撃か、せいぜい二撃で太い木がメリメリと音を立てて倒れていくのを見て光己は冷たい汗を流した。

 

「うわぁ、これがマジモンのバーサーカーか……」

「こちらに不意打ちしてくるかもしれません。ますたぁ、気をつけて下さいましね」

 

 なおこちらのバーサーカーの方が狂化の度合いは上だったりする。

 

「うん。ところで沖田さんは大丈夫?」

「はい、もう治まりました。心配かけてすみません」

 

 沖田が言うには彼女の病気は「無辜の怪物」に近い呪いめいたもので、聖杯でも治せないそうだから光己たちにできることはなかった。ただ彼女の病気が他人にうつったという逸話はないので、普通の結核は空気感染するが、彼女の結核は人間にもサーヴァントにもうつらない。

 もしうつるなら仲間達と共に戦うなんて論外なので、本当に不幸中の幸いだった。

 

「それで、何でいきなりケンカ売ったりしたの?」

「ケンカじゃありませんよ。ちょっとたるんでるように見えたので稽古つけてあげただけです」

「稽古って……なら最初からそう言ってくれれば」

「やですねえ、それじゃ真剣さが薄れて気合いが入らないじゃないですか」

「これが新選組脳か……」

 

 やっぱりサムライって怖い。光己は改めてそう思った。

 

「ってあれ? サーヴァントっていくら修業しても強くはなれないんじゃなかったっけ」

「筋力や魔力についてはそうですが、知識や技術は覚えられますよ。特に彼女は……あれ、何でしたっけ?

 まあいいです。まだちょっと物足りませんが、あとは実戦で覚えればいいでしょう」

 

 沖田先生はワルキューレズと大差ない厳しさであった……。

 当のオルタは足場になる木をほとんど倒されてしまったので地上に降りたが、その倒木が邪魔で素早く走り回るのは難しそうだ。エイリークはただ怒りに任せて暴れていたのではなく、計算の上だったのかもしれない。

 

「沖田ちゃん、大丈夫か!?」

「うん、心配は無用だ」

 

 最初に言った通り、オルタは倒木の上を器用に走ってエイリークの斧を避けていた。

 腕力と得物の重さの差を考えれば、刀で受けるのは危険なので回避重視でいくのは正解なのだが、逃げているだけでは勝てない。しかしそろそろエイリークの動きが分かってきたようで、オルタは側頭部を薙ぎにきた一撃をかがんでかわすと、同時に自分も刀を振るって彼の太腿を斬り裂いた。

 

「グウッ!」

 

 しかもそれで終わらず、エイリークが痛みでわずかにひるんだ隙に高速の連撃を叩き込む。

 だが間合いが広すぎたのか傷は浅い。オルタは攻め時と見て1歩踏み込んだが、不意に体の力が抜けるのを感じた。

 

「!?」

 

 一方エイリークは斬られつつも魔力を溜めており、斧を大きく振りかぶって宝具を開帳する態勢に入った。しかし彼もまた脱力してよろめいてしまう。

 

「どこかから呪術のサポートもらってるみたいですね! でもお生憎様、こちらにも頼れる巫女狐がいたのでした!

 沖田……ちゃん? 今です!」

 

 エイリークは妻からの愛により「支援呪術」というスキルがあって、短時間ながら敵を弱体化させることができるのだが、玉藻の前がそれを感知してお返しにエイリークにも呪いをかけたわけである。

 オルタがさっと後ろに跳び退き、こちらも宝具開帳の準備に入った。

 

「え~っと、なんだったかな……? う~~ん……忘れた!」

 

 ただちょっと記憶に障害があるようだったが……。

 

「とにかくくらえ! なんかすごいビーーーム!!」

 

 それでも発動はできたらしく、まっすぐ突き出した大太刀から黒い光芒がほとばしる。

 エイリークの上半身を呑み込んで、霊基を完全に破壊した。

 

 

 

 

 

 

 ……と思ったが、エイリークは金色の粒子になって消えるのではなく何も残さずに一瞬でかき消えた。

 これはローマでカリギュラが消えた時と酷似している。マシュとルーラーと段蔵はその時のことを思い出して、彼はいずれまた現れるだろうことを確信した。

 しかし光己はそのことよりオルタの宝具に目を奪われていた。

 

(今の宝具……何か気になるな)

 

 本人も詳細を分かってなさそうなのが残念だ。しかし何故気になるのだろう? オルタ自身のこともだけれど。

 

「まあいいか。玉藻の前、板のお祓い続けてくれる?」

「もう終わってますよ。読んでみます? といっても日本語じゃありませんけど」

「ルーンですね。『一度は眠りし血斧王、再びここに蘇る』と書いてあります」

 

 するとオルトリンデが読んでくれたが、もはや意味のない情報であった……。

 光己たちは念のために石板を粉々に砕いて土の中に埋めてから、足早にその場を後にしたのだった。

 

 

 



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第100話 100話記念の水着回(導入編)

 光己たちは現場を離れると、沖田に形だけでも沖田オルタに謝って和解してもらってから、改めて沖田とお互い自己紹介し事情を説明した。

 

「なるほど、だいたいのところは分かりました。

 それにしてもかの白面金毛九尾やら天竺の神様やらまで仲間にしてるとは、藤宮さんもなかなかやりますね!

 って、ちょっと待って下さいよ。マーラといえばノッブの推しの魔王ですよね。推しがいるのに来てないなんて、臆病風に吹かれでもしたんですかね」

 

 それともその推しがまさかの幼女だったので、対面するのが怖かったとかだろうか。

 

「ま、どちらにしてもノッブ敗北拳ですね。やーいやーい! やはり私こそが真のヒロインでした!

 ところで藤宮さんは私オルタとは契約したんですか?」

「うん、ついさっきだけど」

「じゃあ私とも契約しましょう! 負けてられませんから」

「お、おう」

 

 沖田ノーマルはオルタに対抗心バリバリのようだ。

 光己はフランスの頃は不要な契約は魔力節約のため避けていたが、今は十分な魔力があるのでその必要はない。まして沖田は戦闘中は怖いが、普段は明るく快活で人懐っこいので、話しているとこちらも気分が上向きになってくる良い美少女である。迷わず彼女の希望通り契約を結んだ。

 

「それじゃこれからはマスターとお呼びしますね!

 この後はどうするんですか?」

「そうだなあ。あんな厄いモノがあったんだから念入りに探索するべきか、それともさっさと出て行く方がいいのか……皆はどう思う?」

 

 光己が一同を見渡して意見を募ると、アルトリアオルタがはっしと手を挙げた。

 

「マスター、会議もいいがその前に昼食だろう。正午はとっくに過ぎているぞ」

「んー、言われてみれば」

 

 光己も急に空腹を覚えたので、彼女の希望通り昼食にすることにした。皆で座れそうな開けた所を探してビニールシートを敷く。

 しかしアルトリアは時計を持っていないのに「正午は過ぎている」と断言できるとは、さすがは伝説の腹ペコ王と称賛すべきなのだろうか……。

 

「いつもは保存食か現地調達だけど、今回はまさかの聖杯メシだ!

 みんな好きな物を好きなだけ注文してくれ……いや待てよ」

 

 聖杯メシとかいう新しい単語を発明した光己だが、何を思いついたのかいったん手のひらを突き出して皆を押しとどめるポーズを取った。

 通信機のコールボタンを押してカルデア本部と連絡を取る。

 

《あら、何かあったの?》

 

 するとオルガマリーが出てきたので、光己はちょっとためらった。

 

「あ、所長。うーん、所長にお願いするのはちょっと気が引けますので、Ⅱ世さんかドクターに代わってもらえます?」

《頼みごと? 別にかまわないわよ。私がやるべき仕事じゃなかったら担当すべき人に割り振るだけだから》

 

 雇用主が親切にそう言ってくれたので、それならということで光己は計画を明らかにした。

 

「じゃあ遠慮なく。せっかく聖杯でごはん出せるんですから、俺が知ってる庶民のメシだけじゃなくて5つ星レストランの1番高いコースメニューとかも食べてみたいと思いまして。

 カルデアのデータベースにそういう資料があったら送ってほしいなあと」

《貴方ねえ……》

 

 オルガマリーは部下の俗欲ぶりにちょっとあきれたが、しかしこれは彼女にとっても良い話である。1秒で了承した。

 

《分かったわ、ただし私たちの分も出すように。

 留守番のサーヴァントを加えても、ドレイクが連れてた船員より少ないから問題はないでしょう》

 

 何せ自分だけでなく部下たちにもタダで豪華な食事を配れるのだから。

 いや特異点の物資をカルデアに送るには相応の電力と魔力が必要だが、カルデアにある聖杯を魔力リソースとして使えば金銭的な負担はない。

 

「あ、それはそうですね。分かりました」

《今すぐは無理だけど、夕食の時間までには用意するわ》

「はい、それじゃまたその時に」

 

 こうして夕食からは超豪華な食事を楽しめるようになったが、今回は光己が知っている範囲でのメニューとなる。

 光己がそう言うと、またもアルトリアが真っ先に手を挙げた。

 

「ではハンバーガーだ。ジャンクなハンバーガーを山盛りで出せ」

「ジャンクなハンバーガーとは」

 

 ハンバーガーがすでに(素材や調理法にもよるが)ジャンクフードの代表格なのに、さらにジャンク度を高めようというのか。まあサーヴァントには栄養障害の類はないからいいのだけれど。

 

「私はバターケーキとか欲しいです! できれば噂に聞くウルク風で」

「私はウナギのかば焼きと白いご飯を! あとお吸い物も欲しいですね」

「魔神さんはおでんがいいな」

「お昼から!?」

 

 他にもスイーツだったり昼間からがっつり重かったりする人もいたが、光己は気にしないことにした。彼女たちにとってはあくまで嗜好品なのだから。

 

「でも先輩はちゃんと栄養を考えて下さいね」

「よし、それじゃ本場京都の高級ぶぶ漬けと、それだけじゃ寂しいから漬物とだし巻き卵と味噌汁もつけよう」

「では私もそれを」

 

 その後他のメンバーもそれぞれ好きな物を注文して、食べ終わったら先ほどの話に戻ることになる。しかし光己はちょっと迷ってしまったので、カルデアに連絡を取って軍師の知恵を借りることにした。

 

《ふむ。生体反応調査によれば、この島には普通の動植物しかいないし、先ほどの石板のような呪物はまだあるかもしれんが、仮に見つかったとして良い物あるいは必要な物だとは限らん。

 つまり探索しても骨折り損になる可能性が高いと思うが、海図を書くために島の地形だけでも把握しておく方がいいだろう》

「なるほど、ありがとうございます」

 

 確かに地図は重要だ。特にこの特異点はいろんな地域の海がごちゃ混ぜになっている上に、嵐も起きるそうだから尚更である。

 

「それじゃヒルドとオルトリンデ、空から写真撮ってきてくれる?」

「うん」

「分かりました」

 

 無人島の時の教訓で、一行は初手で航空写真を撮るという荒業を覚えていた。

 2人がついでに島の周囲を軽く回ってみると、島の北端に船が1隻つながれているではないか。

 エルメロイⅡ世によればこの島には人間やサーヴァントはいないはずだが、2人は念のため写真だけ撮って光己たちの元に戻った。

 

「ありがと。しかし船か……」

「はい。ヴァイキングが使っていた『ロングシップ』によく似ていますので、エイリークが乗ってきたものだと思います」

 

 ヴァイキングは北欧神話の民族なので、ヒルドとオルトリンデは彼らが使っていた道具については詳しいのである。

 

「ほむ……あれ、それだとさっきの石板はいったい」

 

 やはり特異点は物事の因果関係がおかしくなっているようだ。

 どちらにせよ調べた方がいいだろう。

 

「じゃ、全員で見に行こうか」

「はい」

 

 一同が現地に赴くと確かに船があり、しかも幽霊船ではなく実物の木や布を使った新しいものだった。つまりエイリークたちがこの特異点で建造したということだろうか?

 中には人はおらず金銀財宝の類もなかったが、彼らが書いていた海図と航海日誌があった。

 

「むしろ普通の財宝よりいい物なんじゃないかな! だって既製の海図や羅針盤は使えないんでしょ?」

「ああ、そういえば最初に会った海賊がそんなこと言ってたな」

 

 こうして光己たちは次なる道標を手に入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

「次に行くべき所は分かったが、我々は船旅は不慣れである。つまり普段より長めの休憩が必要だろう。

 ところで今は快晴で風もなく暖かくて暑いくらいだ。目の前の青い海は穏やかで美しい。

 そんな状況で、我々がなすべきことは何だろうか?」

「もったいぶらずに海水浴したいって正直に言えばいいと思うよ!」

「その通り! やっぱヒルドは最初からいてくれてるだけあって分かってるな」

 

 サーヴァント一同を前に何やら演説していた光己だが、本音をバラされるとあっさり開き直った。

 

「というわけで、求む参加者!」

「はーい!」

「はい」

 

 ヒルドとオルトリンデは無人島の時も着替えのルーンを提供するほど協力的だったから、当然今回も参加である。となれば黙っていられない者も出るわけで。

 

「この清姫、ますたぁが行くところならどこまでもお供する所存でございます!」

「水着をもらえるんですか? なら沖田さんも参加しますとも!」

「漁や塩作りではなく遊びなのか。何事も経験だというから魔神さんもやってみよう」

 

 もはや説明不要の清姫に、なぜか水着に興味津々な沖田と知識や経験が少ない分好奇心旺盛な沖田オルタが続く。

 

「はい、マスターのご希望とあれば」

「困ったマスターだな。しかしエイリークの航海日誌を読んでから次の島に行くと夜になるし、今日のところは構わんか」

「はい、いいですよ」

「ホントにえっちなマスターさんですねー。仕方ないから付き合ってあげますよ」

 

 段蔵・アルトリアオルタ・ルーラー・カーマも積極的賛成とはいかないが反対ではないようである。

 

「うーん。知り合って間もないのに水着姿を見せるのはちょぉっとためらっちゃいますが、私が不参加だとマスターは落ち込みそうですから仕方ありませんね。特別ですよ?」

「むむぅ、誰も反対しないとは……! こうなれば私も参加して見張るしかありません」

 

 玉藻の前とマシュはあまり乗り気ではなさそうだが、それぞれの思惑で参加のようだ。

 

「やった、まさかの全員参加! 仕事真面目にやっててよかったなあ」

「うんうん、マスターはよくやってると思うよ!」

 

 握り拳を震わせて喜びを表現する光己と、そんな彼に本心60%お仕事40%でリップサービスするヒルド。その間にオルトリンデが無人島に参加していない女性陣に着替えのルーンについて説明した。

 

「―――というわけで、順番に更衣室代わりのテントに入って下さい」

 

 女性陣がいったんその場を去り、光己と元々水着のルーラーだけが残った。

 光己はこの特異点が海と島だけと聞いた時点で当然のように無人島で使った水着型礼装を荷物に入れていたので、それに着替えるだけですむ。

 着替え終わって、傍らに佇んでいるルーラーをふと見つめる。

 

(やっぱり美人さんだよな)

 

 造形がいいのは今さら言うまでもないが、貴婦人的な気品と大人らしいやわらかな包容力が絶妙なバランスでブレンドされているのが素晴らしい。純白の水着はよく見るとVカットがかなり大胆だが卑猥さを感じない、品の良いデザインでよく似合っている。

 あとおっぱいが大きい。とても大きい。大事なことなので(ry

 

「マスター、どうかされましたか?」

 

 すると当人が訝しげに声をかけてきたので、光己は正直に答えた。

 

「いや、ルーラーは綺麗だなあって思って」

「本当ですか? フフッ、ありがとうございます」

 

 すると嫣然と微笑んでくれてちょっとドキッとしたが、次はいきなりそっと抱きしめられたのでまたびっくりした。

 今は彼も水着1枚なので、熱い素肌がふれ合う感触がもうたまらない。

 

「ルーラー!?」

「マスターはいつも私たちのことを気遣って下さいますので、ささやかなお礼ですよ。

 いつもはXXや清姫や景虎に先を越されてますのでなかなかできませんが」

「おおぅ……」

 

 そういうことなら、と光己がルーラーの背中を抱き返すと「んっ……」と艶っぽい吐息が耳元にかかって本当にどきどきしてきた。

 しかしそこに悲鳴のような声が響く。

 

「あ、安珍様ぁぁぁ! そ、そういうことはまずわたくしとぉぉぉ!」

 

 毎度おなじみ清姫である。仕方ないので光己はルーラーから離れた。

 

「あれ、前の時とデザイン違うんだな」

「すぐ気づいて下さるとはさすが安珍様! はい、今回は森の探索はしなくていいので見栄えを優先してみました」

 

 光己が褒めてあげると、清姫はすぐ機嫌を直してぱーっと笑顔になった。

 今回は水色のビキニに白いフリルがついたもので露出度はけっこう高め、なので実年齢の平均よりだいぶ育っているのがさらに分かりやすい。

 ただ水着の上に、黒地に橙色の火のような模様が描かれた和服を羽織っているのは正直邪魔でしかないとは思うが。彼女が希望しているハグもしづらいし。

 

「マースターー! まさか会ってすぐに水着をもらえるなんて沖田さん感激です!

 しかもなぜか『病弱』スキルがなくなってるなんて、これは本格的に私の時代が来てしまったようですね!!」

「ちょっと恥ずかしいな。デザインはノーマルと同じなんだが」

 

 次は沖田2人が出てきた。

 2人とも白と翠色の露出高めのビキニで実にエロ可愛い。特にオルタは褐色の肌とのコントラストが眩しかった。

 ノーマルは水着に執着があったらしくやたらはしゃいでいるが、オルタの方は露出の高さに恥ずかしがっているのも対照的でいとをかし。

 

「ただクラスはアサシンになったんですよね。その上見えないように擬装されてはいますけど変なジェット噴射機がついて……いえ空を飛べるようになりましたので、その分マスターの役に立てますから別にいいんですが」

「うーん、やっぱり水着になるとクラスが変わるのか……いやオルタは変わってないんだよな。どういう法則なんだろう」

 

 やはりサーヴァントの世界にはいろいろと謎が多い。考察してもいいことはなさそうだけれど。

 次は段蔵・アルトリアオルタ・カーマが戻ってきた。

 

「段蔵は前のと同じなんだな」

「はい、ワタシはこういうことには疎くて」

「そっか、でも似合ってるからいいと思うよ」

「は、はい、ありがとうございます」

 

 段蔵は恥ずかしそうに頬を染めたが、実際黒の競泳水着は似合っているのでOKである。

 

「アルトリアオルタは今回もメイドオルタになったの?」

「ああ。今回は規律を守るメイドとして、装備を軍隊的にしてみた。食事どころか掃除・炊事・洗濯すらあまり必要なさそうなのでな」

「い、いえす、まむ」

 

 黒い騎士王はメイドになっても迫力十分なので、光己はつい軍隊式に答えてしまった。

 メイドオルタの水着は紺色の露出多めのイブニングドレス風のもので、同じ色の太腿までのストッキングを穿いている。胸の谷間やおへそを出しているのはなかなか良いデザインだった。頭には黒いティアラを付けている。

 それはいいとして、上に羽織っている黒いコートは妙にゴツいし、手に持った黒い聖剣はともかく大きなスナイパーライフルは自分で言った通りの軍隊仕様だ。メイド要素はもはやどこにも見当たらない。

 しかし文句を言うのは怖かったので、光己はつつましく沈黙を保った。

 

「カーマはずいぶん攻めた水着なんだな」

 

 かわいいフリルがついた白と薄紫のセパレートなのだが、露出がかなり高めでふくらみかけのバストの谷間と下の方が見えているし、ボトムスはけっこうなローライズで腰回りがフリルだけになっている。見た目が10歳くらいなので犯罪的な雰囲気すら感じてしまうほどだった。

 

「私は別に攻めたくなかったんですけどねー。

 きっとマスターがろり〇んなせいです」

「念のために聞くけど、俺の言動のどのあたりをロ〇コン認定したんだ?」

「だってマスター、いつも私を抱っこして喜んでるじゃないですか。

 否定しても無駄ですよ。私たちは一から十とは言いませんけど、七くらいまで分かり合ってるんですから」

 

 聞きようによってはすごいのろけだったが、光己は容赦しなかった。

 不埒な幼女をベアハッグに決めて締め上げつつ、次に来た美女に顔を向けた。

 

「おおぉ、玉藻の前はやっぱり美人だなあ」

「ありがとうございますぅ~♪ 私もちょっと乗りすぎかなとは思いましたが、夏の獣が目を覚ましたと思っていただければ」

 

 当初は乗り気でなかったわりに、玉藻の前は浮き輪とビーチパラソルを持ち麦わら帽子をかぶったノリノリのスタイルであった。白いTシャツを着ているので水着のデザインは分からないが、光己のマスターアイによれば露出高めの紐ビキニだと思われる。

 

「夏の獣か……確かに軽い気持ちでコナかけたら火傷しそうだな」

「フフッ。私はお安くありませんから、口説くならちゃんと覚悟してからに下さいましね♪」

 

 最後にマシュとワルキューレ2人が出てきた。3人とも前回と同じ、マシュは白いワンピースでヒルドとオルトリンデは普通のシンプルなビキニである。

 

「マシュとヒルドとオルトリンデは変わりなしか……うーむ、クラスが変わった人は水着のバリエーションも増えてるってことなのか?

 まあ3人とも似合ってるからいいか」

「うんうん。せっかく着替えたんだから早く遊ぼう!」

 

 ヒルドがそう言って光己の手を引いたが、その時ルーラーがはっと上を見上げた。

 

「待って下さい! 上空にサーヴァント反応が」

「!?」

 

 全員がはっと身構え、同じように上空を注視する。確かに人影らしきものがすごい速さで接近しつつあった。

 しかし攻撃してくる気配はなく、そのまま一行のそばに着地する。

 

「XX!?」

「ええ、貴方のズッ友が呼ばれなくても来ちゃいましたよ!」

 

 何と、出現したのはカルデアにいるはずのヒロインXXであった。しかし令呪を使った覚えもないのにどうやって!?

 

「私は生粋の水着サーヴァントですからね。水着イベント会場なら行くための魔力も少なくて……いえ! 私のマスターくんへの愛が起こした奇跡です!」

 

 XXは満面の笑顔でそう言い切ると、光己の真ん前に駆け寄って思い切り抱き着いた。

 

「えへへー、やっぱりマスターくんのそばは居心地いいですね! さっそくですが、マスターくん分を補給させて下さい。ぎゅー」

「おおっ!? それじゃ俺もXX分を補給させてもらおうかな。ぎゅー」

「きゃー、そんなにきつく抱かれたらどきどきしちゃいます☆」

 

「…………って、今朝方まで一緒にいたのに何がマスターくん分ですか!」

 

 光己とXXはお肌のふれ合いで幸せそうだったが、ヤキモチを焼いた清姫によって引っぺがされたのだった。

 

 

 




 いつの間にか100話までいってしまいました。今後ともよろしくお願い致しますm(_ _)m
 オケアノス編は舞台が海と島ですが、水着回を入れるのはちょっと難しいのですよね。ドレイクたちは海水浴できゃっきゃうふふなんて柄じゃありませんし、まして黒髭登場以降はそれどころじゃなくなりますから。つまりやるなら今しかないのです!




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第101話 100話記念の水着回(本編1)

 眩しい太陽、晴れた空、青い海、白い砂浜、そして水着の美女美少女たち。これさえそろえば、たとえ特異点でも特級のリゾートアイランドといえるだろう。

 

「海に来るのは久しぶりだからな……さて、何をして遊ぶか」

「まずは準備運動じゃないかな? たとえばあたしとオルトリンデを抱っこしてスクワットするとか」

「それはもう本格的なトレーニングだろ!?」

 

 ある程度鍛えていれば体重67キロの男子が90キロのバーベルスクワットをするのは可能とはいえ、準備運動でやることではないだろう……。

 

「仕方ないなあ。今日はレジャーだから大目に見よう!」

「ヒルド先生厳しみ……」

 

 しかしワルキューレたちは普通の準備運動でもスキンシップしてくれるので、男子としてはとても嬉しい。特におっぱいを思い切り押しつけてもらえる、座っての前屈がポイント高かった。

 

「マスター、無人島の時よりだいぶ筋肉増えてますね。がんばって下さってて嬉しいです」

 

 その上鼻にかかった声でこんなことを言いながらカラダをすりつけたり、胸板や腕をさわさわ撫でたりしてくれるので、もう押し倒すのを我慢する必要が出てくるほどである。

 けしからん、実にけしからん(棒)。

 

「準備運動はこれくらいでいいかな。何して遊ぶの?」

「そうだな、まずは道具を用意するか」

 

 光己がそう言って聖杯に浜辺で遊ぶための道具を出すよう願ってみると、ビーチチェアやらレジャーシートやらクーラーボックスやらボディボードやらビーチテニスラケットやら浮き輪やら色々出てきた。普通の魔術師が見たら卒倒する光景だろう……。

 

「思ったよりいっぱい出てきたな。それじゃ最初は新顔の人たちと親睦を深めよう!」

 

 ということで、水着になったはいいが何をしていいか分からない様子の沖田2人と遊ぶことにした。この2人だけは21世紀の知識がないので、海水浴の遊び方を知らないのだ。

 ……ただそれだと沖田が水着のことを知っていたのがおかしなことになるが、例によって因果関係が狂っているのだろう。

 

「2人とも、せっかく海に来たんだから泳いでみない? サーヴァントには水泳のスキルはいらないかもしれないけど、他の聖杯戦争じゃなかなか出来ないことだと思うし」

「そうですね、ぜひ教えて下さい!」

「うん、マスターが教えてくれるなら」

 

 するとノーマルもオルタも乗ってきたので、光己は2人を胸の下まで浸かるくらいの所まで連れて行った。

 ルーラーアルトリアが彼の後ろにいるのは何か事件が起こった時に備えてと思われる。

 

「最初はバタ足からかな。まずは手とお腹を支えた状態、次は手だけ支えて、最後は自分だけでって感じで」

「なるほど、少しずつ支えを減らしていくわけですか」

 

 実に合理的で苦難が少ない方式だ。未来的なアトモスフィアを感じる。

 ジャンケンでオルタが先発になったので、光己は彼女に両手を出してもらって軽く握った。

 

(おおぅ、今日会ったばかりの褐色美少女の手を握っちゃうとか神イベントだな!)

 

 オルタの方は何も意識してないように見える。こちら方面には疎いようだ。

 

「まあいいか。それじゃ沖田ちゃんは体の力抜いて、前のめりに水の上に横になって。

 沖田さんは横から両手でお腹支えてあげて」

「うん」

「はい!」

 

 そして光己がオルタの手を引いて後ろに下がると、オルタはそのままうつ伏せで倒れ込んだ。

 沖田がそのお腹を支えて海面に浮かばせる。

 

「うわわ、これが水に浮くということか……な、何だか不安だな」

「初めてだとちょっと怖いかもなー。それじゃ息を止めて、顔を水に沈めてみて。顔上げてると体が沈んじゃうから。

 もちろん時々上げて息継ぎしていいから」

「分かった。頑張ろう」

 

 オルタは光己の指示通り、顔を沈めて水に浮く練習を始めた。途中からは脚を上下に動かして水をかくバタ足も加える。

 

「なるほど、こうやって水の上に浮いて進むわけですか」

「うん、慣れたら腕で水をかくのも加えるとクロールっていう泳ぎ方になる。わりと簡単な方の泳ぎ方だよ」

「へえー」

 

 オルタは忙しいが、光己と沖田は会話する程度の暇はあるようだ。

 なおその途中で光己は手を持つよりお腹を支える側の方がより近くでお尻や太腿を凝視できそうなことに気づいたが、ヘタレな彼には今更担当を交代しようと言い出す度胸はなかった……。

 

「―――オルタはだいぶ覚えてきたみたいですし、そろそろ私の番に!」

「うん、じゃあそうしようか」

 

 こうして沖田が練習する番になり、光己は彼女の手を取った。

 

「わー、男の人に手を握られるなんてちょっとどきどきしますね。いえ私はそういうことは疎い方だったんですけど」

「そうなの? 沖田さんくらい綺麗で明るくていい娘だったらかなりモテてたと思うけど」

「もっ、もうマスターってば」

 

 この程度のやり取りで顔が真っ赤になるあたり、彼女は本当に色恋沙汰には疎いようだ。

 しかし彼女はアルトリアズみたいに魔力放出でカッ飛ぶというわけでもないのに、こんな普通の女の子と変わらないような細くてやわらかい手や腕で新選組の隊長をやっていたとは信じがたいほどである。

 

「じゃあ行きますよー! 沖田さんは水練でも最速です!」

「いや最初はゆっくりめでね!?」

 

 こうして沖田も何とかクロールの形を覚えると、さっそくライバルに勝負を挑んだ。

 

「では私オルタ! どちらが先にあそこの小島まで泳げるか勝負です!

 あ、せっかくですからマスターもやりません?」

「うーん、俺は沖田さんたちほど速くないから遠慮しとくよ。他の人たちの所にも行かなきゃならないし」

「そうですか、ではまた後で遊んで下さいね。では!」

 

 沖田は元気にそう言うと、オルタと並んで沖合の方に泳いでいった。

 まだフォームは粗削りだが、2人とも凄腕の剣士、つまり体を動かすことのエキスパートだから、そのうち自分に合った型を覚えるだろう。もう放っておいて良さそうなので、光己は沖田に言った通り他の娘の所に行くことにした。

 まずは1番手近にいた、清姫とカーマのところを訪ねてみる。

 

「2人とも水かけっこ? ずいぶん気合い入ってるように見えるけど」

 

 清姫とカーマの間にはきゃっきゃうふふな水遊びといった雰囲気は微塵もなく、サーヴァントの腕力で豪快な大波をぶつけ合っている。何かあったのだろうか?

 

「はい、これはますたぁに抱っこ席ですいーつを食べさせてもらう権利を賭けた神聖なる勝負なのです!」

「へえー」

 

 光己はそんな権利を提供した覚えはなかったが、このくらいなら目くじら立てるほどのことはないのでスルーしてあげることにした。

 この2人が水かけっこ程度で簡単に降参するとは思えないことについても黙秘したが、そこにカーマがぱたぱたと駆けよって抱きついてきた。

 

「おおっ!?」

 

 わりといつものことなので光己が軽く抱き返すと、なぜかカーマが邪悪な笑みを浮かべる。

 

「フフ、かかりましたねマスター」

「え?」

 

 かかったと言われても何のことか光己には分からなかったが、するとカーマは体をぐいぐい上下左右に動かしてすりつけてきたではないか。

 

「うふふー。これで体が『反応』してしまったら、マスターは〇リコンだと証明されるってわけですよ。

 お互い水着ですからチャンスですよね」

「な、何だとぉぉ!?」

 

 何という恐ろしい謀略だろうか。光己は恐怖に青ざめた。

 

「でも安心して下さい。マスターがロ〇ペ〇コンだろうが何だろうが、私だけは愛してあげますから」

「ザッケンナコラー!」

 

 光己はカーマを引っぺがして逃げようとしたが、それは許さぬとばかりに清姫が後ろからくっついてきた。

 

「ちょ!? 清姫なんで!?」

「ご安心下さい安珍様。この体勢ならわたくしに反応したことになりますから〇リコンではありません!

 か、かなり恥ずかしいですけど安珍様のために頑張ります!!」

「意味が分からないよ!?」

「私には分かりますよ。清姫さんは満年齢だと小学生ですから、マスターが反応したら確実に事案だってことが!」

「おのれ邪神め、俺は絶対に屈しないぞ! というかルーラーヘルプミー」

 

 絶対に屈しないと言った直後に助けを求めるヘタレ少年。しかしルーラーはおかしそうに小さく笑っただけで介入してくれなかった。

 

「フフッ、2人とも微笑ましくていいではありませんか」

「アイエッ!?」

 

 孤立無援に陥った光己に邪神とバーサーカーの挟み撃ちに対抗するすべはなかった。

 幼い肢体で前後からもみくちゃにするという凶悪な攻撃にいまや敗北寸前だったが、なぜか不意に2人が動きを止める。

 

「ん、どうかした?」

「あ、はい、その……水着がずれてしまったみたいで」

「うん、確かに感触が違ってるな」

 

 光己がそう指摘すると、さすがの2人も真っ赤になって彼から離れた。彼に背中を見せる形でずれたトップスを直し始める。

 その隙を見逃す光己ではない。魔力放出で地面を蹴って2人の間から離脱した。

 

「ああっ安珍様! なぜお逃げになるのですか?」

「ちょ、マスター逃げるなんて恥ずかしくないんですか!?」

 

 清姫とカーマが何か言っているが答えている暇はない。光己はそのまま逃亡したのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふう、危ないところだった……。

 それじゃ次はどこに行くかな」

 

 周りを見渡してみると、少し遠くで何人かがボディボードをしているのが見えた。

 マシュと段蔵とヒロインXXとメイドオルタと玉藻の前のようである。玉藻の前だけは自前の浮き輪に座っているが。

 段蔵以外は騎乗スキルを持っているから初挑戦でもそれなりにできるだろうし、段蔵は段蔵で水蜘蛛の術の応用で何とかなるということか。

 

「あ、マスターくん! どこ行ってたんですかもー」

 

 光己(とルーラー)がそちらに行くと、XXがボードから降りて抱きついてきた。

 

「えへへー、捕まえちゃいましたよ。ぎゅー」

「じゃあ捕まえ返してやる。ぎゅー」

 

 光己も思い切り抱き返して、愛と友情を確かめ合う。すると後ろからルーラーもくっついてきた。

 

「それじゃ私も。ぎゅー」

「おぉっ!?」

 

 2人とも夏(?)の海で開放的な気分になったのだろうか。成熟した大人のボディ、特に立派なおっぱいにむにむに挟まれる至高の感触に光己は天にも昇る、いや天そのもののような幸せ心地だった。

 しかし残念にもXXはすぐ離れてしまい、さっきまで自分が乗っていたボードを拾い上げてきた。

 

「せっかくですからマスターくんもやってみませんか?」

「うん」

 

 ボディボードというのはボードの上に腹這いになって波乗りをするスポーツである。寝ている分、サーフィンよりはとっつきやすいだろう。

 

「おおぉ~、ちょっと不安だなあ」

 

 ボードの上に乗り、バタ足で沖に向かう光己。低めの波はボードを上げて盾にし、高めの波は潜ってやり過ごす。

 

「ある程度沖合に出たら、Uターンして波に乗って岸の方に戻るんですよ。ここの海は穏やかですので、波の中を横に進むなんてのは無理ですけど」

「ほむ、なるほど」

「ではまず私が手本を見せてやろう」

 

 するとメイドオルタがお手本役に立候補してくれた。

 イブニングドレス風の水着が濡れて肌に貼りついているのがえろいとか、そのデザインのおかげでボトムスが下着に見えるのでさらにえっちい……と光己は思ったが、口に出すのは怖かったのでチラチラ見るだけにとどめておいた。マシュがちょっとむくれているように見えるが気のせいだろう。

 メイドオルタは光己の前でボードに乗ると、すいーっと前方に進んでいった。ある距離まで行ったところで、強く水を蹴って豪快に飛び上がり空中で華麗にターンを決める。

 そのまま波に乗って光己の所に戻ってきた。

 

「見ていたか? 仮にも私のマスターならこれくらいは軽くこなしてほしいものだな」

「無茶振り!」

 

 メイドオルタは相変わらず要求水準が激高だった……。

 

「まあいいや、とにかくやってみよう」

「それじゃ私が横につきますね!」

 

 光己が改めてボードに乗ると、XXがその傍らに来てくれた。落ちた時に救い上げてくれるのだろう。

 にこにこ微笑んで楽しそうにしているのが嬉しい。

 

「よし、行くぞ!」

 

 光己が意を決して沖に進む。XXも横を泳いでついてきた。

 先ほどメイドオルタがターンした地点に着いたら、魔力放出で水を蹴って回転する! ……と、やはり初回から大技は無理のようで勢い余って転覆してしまった。

 

「わぷっ!? やっぱ無理だったか」

 

 しかも勢いがありすぎて、すぐに体を立てられない。しかし横から誰かが近づいてくる気配を感じた。

 XXが引っ張り上げに来てくれたのだろう。光己はそちらに手を伸ばして、何かに触れたので軽く掴んだ。

 

「きゃぁっ!? マ、マスターくんダメですっ!!」

「え!?」

 

 XXは悲鳴を上げつつも光己を抱っこして水中から引き揚げてくれたが、そこで目を開けてみると彼の右手はXXの右乳房をしっかりと鷲掴みしていた。

 丸っこくて柔らかくて弾力的でとてもいい感触だと思っていたが、まさかおっぱいだったとは!

 

「わああっ!? ご、ごめん!」

「な、何してるんですか先輩ーーーっ!!」

 

 もちろん光己はすぐ手を離したが、怒りに燃えた後輩に突き飛ばされてまた水中に沈むハメになったのだった。

 

 

 



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第102話 100話記念の水着回(本編2)

 その後光己が改めて謝ったら、ヒロインXXは大らかに許してくれた。

 

「そんなに気にしないで下さい! びっくりはしましたけど、そんなにイヤってわけじゃありませんでしたから。あ、もちろんマスターくんだからですよ。えへへ」

「う、うん、ありがと」

 

 XXのはにかんだ笑顔の眩しさと可愛らしさは光己がついどもってしまうほどだった。

 思わず抱きしめそうになったが、この場は理性を総動員してこらえる。

 

「それじゃ気を取り直してもう1回やってみましょうか。もちろん付き添いますから」

「え、付き添ってくれるの?」

 

 驚いて聞き返した光己に、XXは当然のように大きく頷いた。

 

「はい! さっきはいきなりでしたからダメって言っちゃいましたけど、もう心の準備はしましたから」

「え、胸さわっていいの!?」

「わ、わざとはダメです!

 あ、でもマスターくんでしたら……いえ恋人同士でもないのにそれははしたな……でもマスターくんにダメとかイヤとかあんまり言いたくないですし……と、とにかくやりましょう!」

 

 XXは光己とのスキンシップについて葛藤があるようだったが、結論は出なかったらしくぐわーっと咆哮して棚上げにしてしまった。

 光己も今は突っ込むのを避け、言われた通りボディボードを再開する。

 

「今度は慎重にやるから」

「はい、でもそこまで気にしなくていいですよ。マスターくんの思うがままにやって下さい」

「うん、ありがと」

 

 というわけで2度目の挑戦である。光己は波をくぐって沖合に赴くと、今度はゆっくり慎重にUターンを試みた。

 

「うおおっ、波のせいでうまく曲がれん!」

「力が弱すぎだ。もっと強く足を動かせ」

 

 光己が苦戦していると、メイドオルタも反対側に来てくれた。

 至れり尽くせりのサポートにより、何とか半回転に成功する。

 

「よし、やった! 2度目で成功するのが上手なのか下手なのかは分からんけど」

「いえいえ、十分上手だと思いますよ! 多分」

 

 XXは光己を褒めてくれたが、彼女も基準を知っているわけではないので単なるリップサービスと解釈するのが順当と思われる。

 

「おおぉ、波に流されていく……何か不安だ」

 

 まるで浪間に浮かぶ木の葉になったような気分だ。そういえば沖田オルタが「水に浮くのが不安」と言っていたが、こんな感じだったのか。

 

「でも面白みもあるな。何かこう激流に身を任せどうかする、じゃなかった同化するって感じがする」

 

 いやそんな大げさなものではないのだが。

 そのままふわふわと波に乗って、岸のそばまで流れた。

 

「どうでしたか?」

「うん、なかなか面白いかもしれない」

「そうか。ではこんな機会はあまりないことだし、この場でいっぱしのボディボーダーに仕込んでやろう」

「アイエッ!?」

 

 こうして光己はHPが減るほどのハードなコーチングによりボディボードの基礎を習得したのだった。

 メイドオルタ自身が言った通り、この技能を使う機会があるかどうかは不明だが。

 

 

 

 

 

 

 その後光己(とルーラー)はいったんXXたちと別れて浜辺に戻っていた。

 ちょっと疲れたから一休みというわけである。

 

「せっかくビーチチェアが出てきたんだし、トロピカルドリンクでも飲んでバカンス気分にひたってみようかな」

 

 光己がそう言いながらチェアを広げていると、ルーラーがプラスチック製のボトルを持って話しかけてきた。

 

「しばらく水に入らないのならサンオイルを塗った方が良いのでは?

 マスターに必要なものかどうかは分かりませんが、害にはならないかと」

「じゃあ塗ってくれる?」

 

 光己が渾身のさりげなさを装ってお願いしてみると、ルーラーは彼の本心を見抜いたのかどうかは不明だが簡単にOKしてくれた。

 

「はい、いいですよ。ではマスターは横になって……いえ、腕にも塗るなら座っていただいた方がやりやすいですね」

「うん、ありがと」

 

 光己はなおもさりげなく礼を言ったが、実はもう心臓がばくばくし始めていた。

 ルーラーは超美人で雰囲気も性格もいいし、2人きりというのはローマでテルマエに入った時とは違う緊張感がある。

 光己が胡坐をかいて座ると、ルーラーもその傍らに膝をそろえて座った。

 

「じゃ、塗りますね」

「う、うん」

 

 右手にオイルをまぶし、左手は光己の手を軽く握る。そのたおやかな感触に思春期少年はまたドキッとしてしまった。

 ルーラーはそれには構わず、指先から順にそろそろと塗っていく。

 

(うぉぉぉ……)

 

 まだ腕なのにゾクゾクしてきてヤバい。これが水着とバニ―の2つの力を併せ持つハイパー騎士王の魅惑力というものか。

 

「フフッ。マスターがちゃんと気分転換できてるようで何よりです」

「へ!? そ、そりゃまあみんな綺麗だし仲良くしてくれるし、その上ルーラーにこんなことしてもらえたら嫌でも転換しちゃうというか」

「そうですか、それは光栄です」

 

 本当に嬉しそうに微笑むルーラー。あまりの眩しさに光己は10秒ほども見惚れてしまった。

 それをごまかすため、自分から話を振ってみる。

 

「……あ、でもルーラーの方は大丈夫? そばにいてくれるのは嬉しいけど、ちゃんと気分転換できてる?」

 

 ルーラーにはいつものサーヴァント探知に加えて船の操縦もお願いしているのだから、特に念入りにリフレッシュするべきだ。そういう趣旨の発言だったが、当人は気にしていなかった。

 

「はい、それはもう。こうしてマスターと穏やかな時間を過ごせるのは、私にとってとても喜ばしいことですよ」

 

 ぶっちゃけ生前の難易度ブリテンマストダイに比べれば、この人理修復の旅は(今の所は)あらゆる面でイージーモードな上に、美味しい食べ物や面白い体験が多い天国のような環境なのだ。せっかくの思いやりをくさすような発言は控えたけれど。

 

(別に嘘でもありませんしね)

 

 彼は能力面は申し分ないし、人格的にも善良で仲間想いだ。気質は平凡な一般人で英雄や勇者や騎士なんて柄ではないが、その分逆に接しやすいし、本当にいい出会いをしたと思う。

 XXがあそこまで懐いている理由はよく分からないが。

 

「2人きりになれるなんてめったにないことですし、日頃のお礼をさせて下さい」

「そっか、そこまで言うなら」

 

 そんなことを話しているうちに、ルーラーは光己の両腕を塗り終わっていた。

 

「それじゃ横になって下さい」

「うん」

 

 光己がうつ伏せになると、ルーラーは足からオイルを塗り始めた。

 指の間までていねいに塗ってくれるのが何ともいじらしくて男心をくすぐる。これがバニーさんのサービス力か……!

 ついでふくらはぎ、太腿、腰、背中、肩まで塗ったら仰向けになって体の前面を塗ってもらうことになる。また足先から始めて太腿まで来たところで、ルーラーが珍しく悪戯っぽい口調で訊ねてきた。

 

「マスター、水着の下も塗りますか?」

「!?」

 

 衝撃的な質問だったが、その答えは1つしかない!

 

「YES! YES! YES!」

 

 その魂の欲求に対して、ルーラーの反応は―――。

 

「あ、あの、すみません。冗談だったんですが」

「やっぱりかよぉぉぉぉ!」

 

 表情と口調で何となく察してはいたがやはりそうだったか。光己は男泣きに泣いた。

 するとその大げさなリアクションにルーラーは罪悪感が湧いたらしく、光己の顔の真ん前ににゅっと顔を突き出してきた。

 

「それじゃ、お詫びさせて下さい」

 

 そう言いながら、光己の頬に軽く唇をつける。

 

「!?」

 

 まさかの不意打ちに硬直する光己。ルーラーは数秒ほどして唇を離すと、ちょっと顔を赤くしながらまた訊ねてきた。

 

「これで許してくれませんか?」

「そ、そりゃもう……でも今日のルーラーずいぶん積極的だな」

 

 光己がこちらも赤面しながらそう言うと、ルーラーはちょっと考え込むような顔をした。

 

「そうですね。私も今は水着サーヴァントですから、こういう場所では気分が高揚するみたいです。もちろん嫌じゃありませんけど。

 それじゃ続きしますね」

 

 ルーラーが元の位置に戻り、光己の水着の部分は飛ばして腹と胸、首まで塗っていく。

 

「説明書きによると顔に塗ってもいいようですので、塗りますね。目を閉じて下さい」

「ん」

 

 そうして顔まで塗り終わったらおしまいだが、光己にとってはこれからがメインである。ただ今回はローマでテルマエに入った時と違って彼女にオイルを塗る必然性はないので、言葉選びが重要そうだ。

 ルーラーは大人で話も分かる女性だが、あまりがつがつ迫られるのは好みでなさそうに思える。ここは紳士的にことを運ぶことにした。

 

「じゃあお返しに、俺もルーラーに塗りたいな」

 

 しかし緊張のあまりちょっと本音が出てしまったような気がしたが、ルーラーは一瞬目をぱちくりさせたものの微笑んで頷いてくれた。

 

「はい、マスターのご希望なら……」

(いいやっほーーーーーーい!!!)

 

 内心では飛び跳ねてガッツポーズを決めつつ、それを顔には出さないよう懸命に自制しながらまずはルーラーの手をそっと握る。

 

(おおぉ……)

 

 柔らかくてすべすべできめ細やかで、いかにも女性の肌という感じだ。光己はその手を握ったまま、もう片方の手でゆっくりとオイルを塗っていく。

 

「ん……」

 

 するとルーラーが小さくため息をついたのでびっくりしたが、嫌な感じがしたとかではないようだ。

 しかもこのポジションだと、彼女のキレイなお顔やXLサイズのおっぱいの谷間を至近距離で拝めるのがたまらない。

 そうして両腕を塗り終えたら、光己が塗ってもらった時と同じようにルーラーにうつ伏せになってもらった。

 

「じゃ、塗るね」

「はい」

 

 彼女の時と同じように、ちゃんと指の先から始める。そこから少しずつ上に、足裏、ふくらはぎ、膝裏と進めた。

 

「次は太腿か……」

 

 すらっと伸びた白い美脚を愛撫、もといていねいにオイルを塗っていく。濡れそぼっててらてら光る柔肌が実にえっちい。

 

「んっ……ふ……はぁ……」

 

 さらには光己の手が太腿に届いたあたりから、時々ルーラーが悩ましい吐息をもらすのが聞こえるようになった。気持ちいいのだろうか? 思春期男子としては理性を保つのが大変だった。

 それに太腿に塗るために脚を少し開けてもらっているので、間近で股の間も鑑賞できる。白い布がちょっと食い込んでいるようだ。

 だから何だというわけではない……ないが、思い切り目を引かれるのでついつい凝視しているとさすがに咎められてしまった。

 

「あ、あの、マスター……あまりじっと見つめられると、その」

「え!? あ、ああ、ごめん」

 

 やはり強い視線は分かってしまうようだ。

 しかし塗る方は言及されなかったので、当然そのまま続行する。

 

(脚の付け根まで来たけど……)

 

 ルーラーの水着はお尻側のVカットもなかなか鋭く、しかもレース模様で半分透けている部分もあるので露出はかなり大きい。どこまでさわっていいか悩む所だが、「肌が見えている所」はOKだろうと判断した。というかすぐそばで見ると超えっちだ。

 

(……よし、いくぞ!)

 

 息を詰めて精神を集中し、震える手でそーっと彼女のむき出しのお尻に触れる。

 

「んッ……!」

 

 するとルーラーがびくっと小さく身を震わせたのでドキッとしたが、嫌がる様子はないのでこのたびもそのまま続けた。今のこの感触を魂のHDDに永久保存で刻みつける勢いで!

 

「はぁぁっ、ン……ふ……ぁ」

 

 しかし彼女の声がますます艶めかしくなってきたのだがどうしろと!? などと意味不明なことを考えつつ、撫でるだけじゃなく少しずつ力を入れて揉むようにしていくと、さすがに止められてしまった。

 

「あの、マスター……お尻はもういいですから」

「そ、そっか」

 

 仕方ないので、お尻はそこまでにして背中に移動した。

 背中も露出高めで塗る所は広いし、たわんだおっぱいが体の横にはみ出しているのが鼻血モノである。

 それにしても彼女の肌はどこもかしこも白くてきれいで眩しい。触れていると感動すら覚えてしまう。

 さらには―――こんな心臓がバクバクしている状態で近づいたからか、彼女の心臓の鼓動をはっきり感じる。しかもそのリズムがだんだん揃ってきた。

 

「ルーラー……感じる?」

「はい……マスターの鼓動と、まるでつながってるみたいです……。

 魔力もいっぱい入ってきて……体の芯まで、熱くて溶けそう、です……」

 

 光己は胸の鼓動とまでは言わなかったのに、ルーラーには通じていたようだ。

 

「うん……俺もルーラーの鼓動と魔力を感じるよ。やわらかくてやさしくて……気持ちいい」

「マスター……」

「ルーラー……」

 

 同調率が一時的に上がったのか、大量の魔力が行き来したため2人ともぼんやりした様子で呂律も怪しくなっていた。

 ただ光己の両手だけは思春期男子の本能で通常通り稼働しており、ルーラーの背中やうなじを愛撫したり横乳をつついたりと縦横無尽の活躍をしていたが。

 

「はぁっ……ぁ……ふぁ……マス、ター……」

「ルー……ラー……」

 

 さて、この後2人はどうなってしまうのであろうか……。

 

 

 



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第103話 100話記念の水着回(本編3)

 光己はルーラーアルトリアの背中と腋とうなじを愛撫するのに満足すると、当然の流れとして彼女の体の前面に塗らせてもらうことにした。

 

「ルーラー、仰向けになってくれる?」

「……はい。あ、でも体に力が入らないのでお願いしていいですか?」

「うん」

 

 光己はオイルを塗る側だからそこまで弛緩していないので―――代わりに頭の中はルーラーのカラダのことでいっぱいだったが―――彼女の頼み通り、そっと肩を起こして横に転がした。

 仰向けになったルーラーと間近で目が合う。

 

(……うわぁ)

 

 魔力を送られたせいか愛撫が気持ち良かったのか、ルーラーの顔はじっとり汗ばんで頬が真っ赤に紅潮していた。潤んだ瞳は焦点が定まらず、とろーんとしたまなざしで光己の目を見つめている。

 はっきり言ってえっち過ぎる。光己はますます興奮して彼女のさくらんぼ色の濡れた唇を強引にでも奪いたいという欲求にかられたが、そういう乱暴なことはしたくないのでなけなしの理性を振り絞ってこらえた。

 手順通り足先の方に移動したが、その時ルーラーがちょっと物足りなさそうな顔をしたように見えたのは多分気のせいだろう。

 改めて指先から足首、脛へと塗り進めていく。

 

「んっ……ふ、あン……マス、ター……はぁ、ぁ」

「ル、ルーラー……」

 

 年上の素敵な美人が自分の手(と魔力)で身動きできなくなるほど力が抜けてしどけなく横たわって、おまけに色っぽい喘ぎ声まで上げているさまは感動とリビドーで理性が消し飛びそうな光景だ。

 それはそうと、また太腿まで来た。

 

(おぉー……)

 

 美脚は前から見てもやはり美脚だ。水着のVカットの角度はえぐいし、股の間もやっぱり目を引く。しかしそこを守っている白い薄布が湿っているのは汗……だろうか?

 見るなり触るなりして確かめたいが、それは時期尚早だ。光己はそこには触れず、素肌を出しているギリギリの所までを撫でたりつついたりして責め立てた。

 

「んんッ、はっ、くぅぅ……マ、マスター、そ、そんなじらすみたいな……!」

 

 ルーラーの哀願するような声が頭も体も痺れさせる。調査はまだ途中だが、これ以上続けるとこちらが辛抱たまらなくなりそうなので、いったん切り上げることにした。

 腰回りとお腹を塗って、それが済んだらいよいよ―――!

 

「ルーラー……」

「……はい」

 

 XLサイズのおっぱいだ! 寝そべっても形が崩れずツンと上を向いていて、自己主張が実に激しいがそれがいい!

 彼女の水着は上品な感じがするが、よく見ると露出は大きい。バストもきっちり隠されているのは4分の1くらいで、残り半分はレースで残りは素肌を出しているのだ。見ていると吸い込まれそうな感じさえしてくる。

 

「じゃ、いくよ」

 

 光己は恐る恐るといった感じで両手を伸ばして、ルーラーの乳房にそっと触れた。つややかな白い肌を、宝物を愛でるように撫でさする。

 手に収まり切らないほど大きな双丘はとても柔らかくて、なのに指に力を入れると弾力豊かに押し返してくる。その感触の心地よさといったらもう!

 

「あぁぁっ、ン、はぁ、ッく!! マ、マスター、すご、い、です……!」

「うん、ルーラーもすごい……!」

 

 光己がさらに大胆に力強く揉みしだき始めると、ルーラーもびくんと身をよじらせて甘い嬌声を上げる。2人とも「オイルを塗る」というお題目を完全に忘れ果てて、愛の行為に夢中になっていた。

 

(そろそろ中見てみたいな)

 

 ルーラーのおっぱいは水着の上からでも大変素晴らしいが、やはりじかに見て触りたい。そう思った光己はさっそく脱がすべく彼女の水着を観察したが、ホルターネック型なのは分かるが結び目の類がどこにもなかった。

 

「詰襟みたいに外れたりするんかな? うーん」

 

 試しにいろいろいじってみると、パチンという音がして襟の後ろが左右に別れた。

 これで脱がすことができる。光己が震える手で襟を下に引っ張ると、白い布はゆっくりとめくれていった。

 

「おおぉ……」

 

 このまま下げていけば全部脱げそうだ。ついにルーラーの生おっぱいを拝める!と生涯最速の勢いで胸を高鳴らせる光己。

 

 

 

 

 

 

 ―――そこに遠くから若い女性の声が響いた。無論ルーラーではない。

 

「マスター、ワイバーンがやって来たようです!」

「ぶふぅぅぅっ!?」

 

 あまりにも、あまりにも唐突かつ無粋すぎる注進に光己は思わず噴き出した。

 その間に声をかけてきた女性が光己のそばまで来て地面に片膝をつく。

 

艶事(つやごと)の最中に申し訳ありません……空気を読めない忍びで、本当に申し訳ありません……」

 

 その女性、段蔵は頭を下げてすまなさそうにしているが、光己としてはツッコミを入れるより注進の内容の方に対応しなければならない。

 

「ワイバーン!? どこに!?」

「はい、あちらに」

 

 段蔵が顔を上げて空の一角を指さす。光己がそちらを見てみると、彼女の言う通り5頭ほどのワイバーンがこちらに接近しつつあった。

 ただ彼らが光己たちを捕食するつもりなのか、それともこの島で休憩したいだけなのかは分からない。もっとも仮に後者だとしても、こちらを発見したら襲ってくるだろうが。

 

「おのれおのれおのれ、本当になんて空気を読めない奴らだ……あと3時間とは言わんけど、せめて3分待ってくれれば……!

 あ、段蔵のこと言ってるんじゃないから気にしないでね」

 

 光己は血涙を流して悔しがったが、仲間への配慮はする辺りリーダーとしての自覚は忘れていないようだ。状況と年齢を考えれば立派なものと言えるだろう……。

 

「とにかくここにおまえたちの居場所はない! どこから来たか知らんがとっとと帰れ」

 

 光己が大声で怒鳴りつけると、ワイバーンたちは一瞬当惑して動きを止めたがすぐに回れ右して戻って行った。

 常識的に考えてあり得ない事態に段蔵が驚いて、早口に仔細を訊ねる。

 

「マスター……あれはワイバーンがマスターの言うことに従ったということなのですか?」

「うん。俺は一応大人の竜だから、他の竜が産んだ仔でも多少は指図できるんだよ。

 人間でも大人が子供を怒鳴って脅したら逃げるだろ? それと同じだよ」

「なるほど……しかしそうなると、この海域にはワイバーンを産めるほどの大人の竜がいるということになりまするな」

「うん、そいつがそばにいたら俺が何か言っても聞かないと思う」

 

 どうやら敵はサーヴァントだけではないようだ。今回は竜殺しがいないから面倒なことになりそうである。

 

「ところで他のみんなは?」

「玉藻の前殿が呼びに行っていますので、じきに集まるかと思いまする」

「わかった、お疲れさま。それと艶事してたわけじゃないから誤解しないでね?」

 

 光己は段蔵の言葉を覚えていて念押ししたが、ニンジャ娘はすぐには納得しなかった。

 

「そうなのですか? しかしどう見ても……」

 

 こんなことがあったのにルーラーはまだくたっと寝そべったままで、頬は色っぽく上気して息も荒い。どこから見ても事中か事後なのだが。

 

「いや、本当にサンオイル塗ってただけだから!」

 

 光己はそう強く主張しつつ、皆が来るならということで急いでルーラーの水着を直す。それから彼女の頬を軽く叩いて気つけをした。

 

「ん……ぁ、マス、ター……?」

「ルーラー、大丈夫? 起きられる?」

「え? ……あ、はい」

 

 ルーラーはまだぽやーっとしていたが、光己が普段の様子と違っていることに気づくとすぐ正気に返って体を起こした。そこは英霊になるほどの王にして騎士ということか。

 

「何かあったのですか?」

「うん、みんなが来てから話すから」

「はい」

 

 ルーラーは頷いたが、玉藻の前たちの姿がまだ遠いのを見て取ると光己の耳元にすっと口を寄せた。

 

「マスター、オイル塗りっこは嫌じゃありませんでしたから……良かったらまたして下さいね」

「!?」

 

 正直やり過ぎたと思っていた光己は予想外の反応にびっくりしてしまった。

 

「デ、デジマ!?」

「……はい。それにXXがマスターを慕っている理由も分かりましたから。

 マスターと魔力や心がつながるのはとても気持ちいいです。あ、もちろんその、手で触れていただくのも」

「そ、そっか」

 

 さすがに恥ずかしそうに頬を染めて小声で話すルーラーはかなり年上なのに心底可愛らしい。光己は改めて押し倒したくなったが、皆がすぐ来るので自重せざるを得なかった。

 やがてマシュたちがやって来て、口々に事情を訊ねてくる。光己はオイル塗りっこについては口をぬぐって、ワイバーンを追い返したことだけを話した。

 

「なるほど、今後は野良ワイバーンとの不要な戦闘は避けられるわけですか……。

 いえ、彼らが人里を襲う可能性を考えれば放置が良いとは言い切れませんが」

 

 マシュはいつもながら真面目であった。

 

「それで、これからどうするんですか?」

「今から追いかけるのは無理だから、今回は放置かな。

 予定通り、日暮れまでは遊ぼう。ただしみんな離れないよう、浜辺でね」

「うーん、ちょっと暢気かなとは思いますが仕方ないですね」

 

 追いかけるのが無理ならこの島に居残ることになるが、ずっと臨戦態勢でいても疲れるだけだ。みんな一緒にいるなら、浜辺で遊んでも問題はないだろう。

 

「では何をしましょうか」

「そうだなあ」

 

 光己が最初に出したグッズ類に目をやると、すでに物色を始めていたカーマがラケットを出してきた。

 

「ではこれで遊びませんか? もらった知識によるとビーチテニスって普通のテニスよりマスターの故郷でやってる羽根突きに近いルールなんですよね。

 つまりボールを落としたら顔に落書きされるというわけで……うふふ」

 

 また何か邪悪なことを考えているようだ。光己は反撃を試みた。

 

「それでもいいけど、ビーチテニスはサーヴァントのパワーはあんまり役に立たないからな。自分が負けた時に『私は駄目な女神です』って書かれる心の準備はOK?」

「……! 上等です、やってやろうじゃないですか!」

 

 そんなわけで光己はカーマと段蔵や玉藻の前たち日本勢も加えてビーチテニスという名の羽根突きに興じたり、その後泣きべそをかいたカーマを慰めるため一緒に砂遊びをしたり、ワルキューレズと追いかけっこしたりして浜辺の遊びを堪能したが、ふと気づくと夕方になっていた。

 マシュが1人でぼんやり夕日を眺めているのを見かけて声をかける。

 

「マシュ、夕日がどうかした?」

「あ、先輩。……はい、すごく色が鮮やかだなと思いまして」

「そっか、確かに綺麗だな」

 

 水平線の向こうに沈みゆく太陽は燃えるようにまばゆく輝き、圧倒されそうに強烈なオレンジ色の光で雲と海を染め上げている。

 そのまま一緒に夕焼けを眺めていたが、やがてマシュが口を開いた。

 

「私はずっとカルデア育ちで、外に出たのは冬木の時が初めてなのはご存知ですよね。

 カルデアの建物の窓からは吹雪しか見えませんし、中の施設も無機質な感じであまり『色』や『温度』を感じたことがなかったんです。

 それが不幸だと思ったことはありませんでしたけど、でも外の世界はこんなに色彩豊かで綺麗で眩しい所だったんだなあって……」

「………」

 

 育ち方が違いすぎる光己にはどう答えていいか分からなかったが、マシュは気の利いた返事を求めていたわけではないらしく独白を続けた。

 

「冬木は地獄絵図みたいでしたし、フランスでもローマでもひどい光景を何度か見ましたけど……それでも、外に出られて良かったと思ってます。

 アルトリアさんたちじゃありませんが、現地のごはんは美味しいですし。

 戦いはまだ怖いですけど、先輩と皆さんがいて下さるおかげで勇気を出せます」

「……そうだな、俺も1人だったらとっくに折れてたと思う。いつも守ってくれてありがと」

「先輩……」

 

 2人がゆっくりお互いの方を向いて、視線がやわらかく混じり合う。

 

「私、正直言ってまだまだ未熟で……今の先輩にとっては物足りないんじゃないかと思うのですが、あの、本当にそう思って下さってるんですか?」

「そりゃもちろん、清姫の目の前ででも言えるよ。実際戦国時代に行った時は不安だったし。

 ローマでレフと戦った時だってすごく役に立ってくれてたろ」

「先輩……はい、ありがとうございます」

 

 たった数センテンスの言葉でこんなに胸が暖かくなったのは、業績を評価してもらえたからか、それとも評価してくれた人が光己だからだろうか。

 そういえば彼はサーヴァントたちが手柄をたてた時はこまめに褒めているように思う。マスターというかリーダーとして気を配っているのだろう。

 それなら大変な仕事だから気分転換を求めるのは当然……いや海水浴や水着にこだわっている点がちょっと怪しいが。

 

「それじゃ暗くなってきたことだし、そろそろ行こっか」

「はい」

 

 2人は自然に肩を並べて、テントと夕食の支度を始めたメイドオルタたちの所に戻るのだった。

 

 

 




 実際オケアノス編にはグレートドラゴンとワイバーンがいるのですな。




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第104話 幽霊船と新たな島3

 光己がオルガマリーとの約束を思い出してカルデアに連絡を入れてみると、オルガマリーはすでに準備を終えていて100ページほどもあろうかという分厚い詳細な資料を送ってくれた。

 しかもこれは1冊目に過ぎず、後日また追加があるという。職員も留守番のサーヴァントたちも美味しい食事には執着があるのだろう。

 

《で、そこに挟んであるメモが今夜の分の注文》

「ええと……あ、これですね」

 

 冊子を広げてみると注文票があったので、光己はそれに沿って聖杯で30人分ほどの食事を出してカルデアに転送した。カルデアにいる人数より多いのは、言うまでもなく1人で何人分も食べるサーヴァントがいるからである。

 

《ありがとう、それじゃまた後でね》

「はい」

 

 それでカルデアとの通信を終えると、光己はサーヴァントたちの方に向き直った。

 

「じゃあ俺たちもメシにしようか。海水浴の後はバーベキューが定番だっていうから、5つ星の素材をワイルドに食べまくろう!」

「おーっ!」

 

 もちろん現地班のメンツも美味しい食事は大好きである。山盛りの肉や野菜や魚介類をがっつりと堪能した。

 

「これが150年後の日の本の食事ですか……素晴らしいです!」

「うん、確かにこれは上等な食べ物だ。美味しみ」

 

 特にバーベキューなんて単語や調理法を知らない沖田2人は尚更だ。野獣のような勢いで咀嚼しては呑み込んでいる。

 

「いやこれはさっきも言ったけど5つ星の素材だから、よほどの金持ちでもない限り普段はここまでいいもの食べてないよ。

 バーベキューっていう調理法自体は珍しくないけど」

「なるほど、聖杯って便利なんですねえ。取り合いになるのも分かります」

 

 そんなことを話しながら夕食を食べ終わって一息ついたら、生身の光己とマシュは歯磨きをしてお風呂に入ることになる。今回は光己が出したグッズの中にビニールプールがあったので、地面を掘る手間は省けた。

 

「それじゃマシュ、別々に入るとお湯が冷めちゃって沸かし直さなきゃいけなくなるから一緒に入ろう」

「は、はい。先輩がそう仰るなら」

 

 光己は平常運転だったが、マシュが簡単に頷いてしまったのは夏の海で開放的になったからか、それとも水着サーヴァントになったせいか。光己は腰に手拭いを、マシュは胸から太腿まで覆うバスタオルを巻いて一緒にビニールプールに入った。

 なおお風呂に使えるほどの氷を適温に沸かすのはそれなりの手間がかかるので、光己が言っていることは嘘ではない。

 

「お風呂としてはちょっと浅いけど、寝そべれば問題ないな」

「そうですね、縁が枕代わりになりますし」

 

 光己は何食わぬ顔で和やかに話しているが、マシュのバスタオル姿には内心で結構ドキドキしていた。水着より肌の露出は少ないし生地も厚いのに何故だろう。シチュエーションの違いか、それとも簡単に脱げるからか。

 

「この謎を解明するため、俺はマシュを抱っこすることを試みた」

「先輩が何を考えてるのかさっぱり分からないのですが」

「つまりマシュともっとくっつきたいということだな」

「そ、そういうことでしたら」

 

 心の拠り所にしている人にストレートにスキンシップを求められて、マシュは顔を真っ赤にしながらもこっくり頷いた。

 浜辺での会話で心理的な距離が近づいたおかげかもしれない。

 

「で、では失礼して」

 

 マシュはそう言いながら、光己の脚の間にとすんと腰を下ろした。

 太腿と太腿がぴったりふれ合い、それにタオル越しとはいえ自分の背中と彼の胸板もくっついている。うまく表現できないが男性的な雰囲気が漂ってきて心臓がどきどきした。

 

「せ、先輩……!」

「うん、やっぱマシュはいい娘だなあ」

 

 光己はマシュのお腹に手を回して、さらにしっかりその体を抱きすくめた。

 太腿や背中の感触、それに濡れた体からほんのり漂う女の子の匂いが、彼女がデミ・サーヴァントなんて強者ではあっても生身の少女だという単純な事実を改めて認識させる。

 ついでにお腹に回した手の上にある大きな2つのマシュマロは触り心地も味も大変良さそうなので、ぜひマシュマシュしたかったが、実行に移したら怒られるでは済まなさそうなのでやめておいた。残念み。

 

「そ、それで謎は解明できそうですか?」

「そうだな、2時間くらいこのままでいたら手掛かりくらいはつかめそうな気がする」

 

 光己はやっぱりいつも通りだったが、マシュのタオルを脱がせようとしない点だけは評価していいかもしれない。

 

「それでは解明する前にのぼせてしまうのでは?」

 

 当のマシュもツッコミは入れつつも、彼の腕から出ようとする様子はない。むしろ嬉しそうにしている。

 一方そんな2人を物陰から羨ましそうに見つめている者もいた。

 

「むうぅ~~。ますたぁと2人でお風呂だなんて、風情がないビニールプールでわたくしたちも見ている前だとはいえなんて妬ましい」

「しかも寝る時は本当に2人きりなんですよね……ずるいです」

 

 清姫とカーマである。後ろにはヒロインXXもいた。

 

「私たちは霊体化すれば汚れは落ちますからお風呂はあくまで娯楽ですし、寝る時にテントに入る必要もありませんからねえ。取って代わる大義名分がまったくありません。

 ここを拠点にするなら無人島の時みたいに家を建てるんですが、今回は1泊だけですからそれもないですし」

 

 ルーラーアルトリアの船で寝るなら話は別だが、聖杯の魔力は無尽蔵に近いとはいえ無駄遣いは好ましくない。現状では割り込むのは無理だった。

 明日以降でもっと時間に余裕がある時なら、自分たちもお風呂に入るからという建前で攻められるかもしれないが。

 するとそのルーラーが現れて、清姫たちをスルーして光己のすぐそばまでずかずかと突入した。

 

「マスター、お(くつろ)ぎのところ申し訳ありませんが、サーヴァントが接近してきています!」

「!?!!??!!!???」

 

 立て続けの無慈悲な闖入(ちんにゅう)に光己は言葉にならない悲鳴を上げた。

 

「ガッデムホット! いや今は別に暑くないけど、っていうか何人くらい?」

「4騎です。この感覚だと海面の上を移動しているようですが、サーヴァントが走ったり空を飛んだりするよりは遅いですので、多分私のように船の宝具を持っているのだと思います」

「4騎もいっぺんにか……でももう暗いのに、なんでこんな時間に来るんだろう」

「いくつか考えられますが、特定は難しいですね」

 

 たとえ遠目が利くアーチャーがいたとしても、夜中に林の中にいる人間は見つけられまい。だからたまたま島を発見して寄港するつもりなのか、先方にもルーラーがいてこちらを探知したのか、あるいは何か想像もつかない理由があるのか。

 

「敵か味方かは分からないんだよな。うーん」

 

 どちらにせよ先方から来るというなら、戦える準備だけして待っていればいいか。光己はそう考えたが、次の情報で前提条件が変わってしまった。

 

「……いえ、ちょっとお待ち下さい。彼らはこの島に向かっているのではないようです。

 彼らがこのまま進んだ場合、この島の東を通り過ぎていくことになると思います」

 

 彼らが近づいた分観測が正確になったわけだが、これで彼らは自分たちに会いに来たのではないということが判明したのだ。よって選択肢はこちらから出向いて会いに行くか、島に残って遭遇を避けるかの2択となる。

 むろん彼らがこの島を発見して上陸してくる可能性もあるが……。

 

「どうなさいますか?」

「うーん。その人たちが誰で何をしてるのか分からんのがつらいとこだけど、人数はこっちの方が多いから行ってみるか。

 ……いや待った、サーヴァントって夜目は利くの? 俺は大丈夫だけど」

 

 光己は元一般人とはいえ、体感では9ヶ月近くもマスターを務めてきただけあって配慮がさらに行き届くようになってきたようだ。

 ルーラーが小さく首をかしげる。

 

「そうですね、その辺りは個人差があると思います。

 戦士系はある程度利くと思いますが、生前に夜間行動に慣れていない方は難しいでしょうね。

 何でしたらワルキューレに頼んで魔術で明かりを灯してもらえばいいかと」

「おおなるほど、それでいこう。

 っと、その前に本部に話通しておかないと」

 

 光己が通信機のコールボタンを押すと、具合よくエルメロイⅡ世が応答したので事情を説明すると積極策を支持してくれた。

 

《その4騎の正体や敵味方がどうであれ、接触すれば何がしかの進展はあるだろうからな。

 こちらの生体反応調査ではまだ捉えられていないが、何か分かり次第連絡するからそちらも注意して進むように》

「分かりました」

 

 そういうわけで光己たちはカルデアの備品であるテントだけは畳んで回収してから、ルーラーの船に乗って(くだん)のサーヴァントの所へ出立した。

 やがて暗い海面の上にいくつもの篝火(かがりび)が見えてくる。まだ遠目なのではっきりしないが、どうやら船が2隻いるようだ。

 

「うーん、あの船2隻にサーヴァントがそれぞれ1騎いるみたいな感じですね。

 あとの2騎は少し離れた海面上にいるようです」

 

 ルーラーがちょっと不思議そうに光己にそう報告する。4騎が仲間同士なら船は1隻で済ませればいいのに、もしかして敵同士で戦闘中なのだろうか?

 

《マスター、ターゲットが調査の圏内に入った。

 後方にいる2騎が前方にいる2騎を追いかける形になっているが、後方の2騎のうち1騎の周りには亡霊の集団が、もう1騎の周りにも怪しい……具体的に言えば戦国時代の特異点にいたちびノブと思われる反応が多数検出されている。

 どちらも単体では恐れるほどのことはない魔力量だが、両方とも百単位だから気をつけてくれ》

 

 するとⅡ世が詳しい状況を教えてくれたので、事情がだいぶ分かってきた。

 前方の2騎と後方の2騎が争っているのだと思われるが、前方組は船も部下もなくて不利だから逃げているのだろう。

 

「マスター、どちらと先に接触しますか?」

 

 前方組も後方組も時速20キロくらいに見えるから、ルーラーの船ならどちらからでも容易に接触できる。問題はどちらがカルデアにとってお得なのかだが、それが分かれば苦労はない。

 

「うーん、せめて真名が分かればなあ。いや1人は分かったようなもの……でもないか。ちびノブは長尾家にも武田家にもいたんだから、確実なのはこの特異点のどこかに信長公がいるってことだけだな」

「では前方組の方でしょうか」

 

 後方組のサーヴァントも船の甲板には出ているだろうが、取り巻きが大勢いると視認するにはかなり近づく必要がある。見るだけなら前方組の方が楽だった。

 

「うん、お願い」

 

 光己の指示で船が前方組2騎の方に舵を切る。

 すると先方もこちらの接近に気づいたらしく、船の上が騒がしくなってきた。しかしまだ声も砲弾も届かない距離なのか干渉はしてこない。

 やがて前方組の2騎がルーラーの視界に入った。足元に大きな白い板のような物も見えるから、大きな魚の背中に乗って移動しているのだと思われる。

 

「見えました! 2騎とも水着姿の女性みたいですが、白い水着の方はジャンヌ・ダルク、アーチャーです。宝具は『豊穣たる大海よ、歓喜と共に(デ・オセアン・ダレグレス)』、海棲の幻獣を呼び寄せて一斉攻撃させるもののようです。

 黒い水着の方は……こちらもジャンヌ・ダルク!? でもクラスと宝具は違いますね。クラスはバーサーカー、宝具は『焼却天理・鏖殺竜(フェルカーモルト・フォイアドラッヘ)』、火竜を召喚して攻撃させるものと思われます」

「……ほえ!?」

 

 光己にも2騎の姿は見えていたが、ルーラーの説明で頭がこんがらかって間の抜けた声を上げてしまった。

 確かジャンヌ・ダルクは裁定者(ルーラー)で宝具は結界だったはずだが、アルトリアズのように別側面、いや水着化でクラスチェンジしたのだろうか? しかし黒い方は明らかに雰囲気が違うが……。

 まあどちらにせよ、ジャンヌならフランスの時の記憶があろうとなかろうと味方になってくれるだろう。光己は前方組と接触することにした。

 

「それじゃヒルド、オルトリンデ、XX、カーマ、沖田さん。2人を連れて来てくれる? もちろん断られたら無理強いしなくていいから」

「りょうかーい!」

 

 光己が空を飛べる5人にジャンヌ2人の救出を頼むと、彼女と面識があるヒルドは元気よく同意したが、信長と知己である沖田は逆にためらいがあるようだった。

 

「マスター、ノッブと敵対するんですか? いえ反対というわけじゃないんですが」

「いや俺も信長公と敵対したくはないけど、あの船にいるのが信長公とは限らないし、ジャンヌを追いかけてる理由を先に知りたいからさ。まずはジャンヌを救出するだけってことでひとつ」

「分かりました! では沖田さんの初仕事、行ってきます!」

 

 こうして沖田も納得して、5人が甲板から飛び立つ。

 近づいてみると状況はさらに明らかになった。ジャンヌ2人は白い鯨の上に乗っていて、後ろから追ってくる亡霊と戦いながら逃げているようだ。

 

「これはまず亡霊を攻撃して、味方であることを示した方がいいですね」

「そうですね、その方が話が早そうです」

 

 オルトリンデの提案にXXたちも賛成して、声をかける前にパフォーマンスをすることになった。まずは射程が長いカーマがさとうきびの弓に矢をつがえる。

 

「いきます! えーい!」

 

 放たれた光の矢が空中で十数本に分裂し、それぞれが別の亡霊を刺し貫く。亡霊の数が多いので、1本の矢で2体3体を射抜いていた。

 ただし亡霊は結構タフで、頭か咽喉か心臓に当たらないと成仏しないようだ。

 

「面倒くさいですねー」

 

 カーマがいかにもものぐさそうにごちたが、こんなことをすればジャンヌ2人も当然気づく。

 援護射撃で亡霊の数が減ったところでヒルドとオルトリンデが2人に近づくと、白い方のジャンヌが声をかけてきた。

 

「貴女たちは……!? 亡霊を攻撃したということは、私たちを助けてくれるのですか!?」

「こんばんは、ジャンヌさん。私たちのことを覚えていますか?」

「え、もしかしてオルトリンデさん!? それにヒルドさんも!? ああ、ここは特異点ですから、マスターが修正に来てるというわけですか」

「はい、あの白い船に乗っています。よければ来てほしいと言われまして」

「はい、もちろん!」

 

 幸い白いジャンヌはフランスでのことを覚えていて、オルトリンデの誘いにすぐ応じてくれた。

 一方黒い方のジャンヌはといえば。

 

「そっか、特異点ならアンタたちが来るのも当然よね……このまま鯨の上に乗っててもジリ貧だし、しょうがないから行ってあげるわ」

「それはどうも……って、貴女はまさか竜の魔女!?」

 

 オルトリンデたちは彼女のことをアルトリアに対するアルトリアオルタのような存在だと思っていたが、間近で見たらフランスで敵対した竜の魔女にそっくりだった。彼女は最後に中立になったからかこちらへの害意はないようだが、知名度極低のはずの彼女がなぜはぐれサーヴァントになって現界しているのか!?

 

「ええ、その竜の魔女よ。気がついたらこんな海と小島しかない所に現界してて、しかも姉を名乗る不審な女に付きまとわれるなんて、もう最悪だわ」

「姉を名乗る不審な女?」

「もう、貴女はどうしてそうつっけんどんなんですか。ツンデレも過ぎると嫌われますよ」

「大丈夫よ、アンタに好かれたいなんてこれっぽっちも思ってないから」

「もうー、オルタってば天邪鬼ばかりでお姉ちゃん悲しいです」

「と、とりあえずマスターの所に行きましょう」

 

 ジャンヌ2人が何かよく分からないやり取りを始めたが、オルトリンデたちとしてはそれに付き合うよりマスターの指示を果たす方が優先である。強引に話に割り込んで、2人を連れてルーラーの船に戻ったのだった。

 

 

 




 海といえばお姉ちゃんですよね!(洗脳済み感)
 しかし原作のサーヴァントがまだ1人しか出て来てないのにフライング勢ばかりぽこじゃか現れるこの特異点の明日はどっちだ(ぉ




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第105話 お姉ちゃんパワー

 ルーラーアルトリアの宝具の船は彼女が高機動型を自称するだけあって、その辺の帆船とは段違いのスピードを持っている。ジャンヌ2人を回収すると予定通り撤退に移ったが、追ってきた後方組の2隻との距離は広まるばかりだった。

 

「これなら逃げ切れるかな?」

「そうですね。島に戻りますか?」

 

 ルーラーの問いかけに光己はかぶりを振った。

 

「いや、それだとあの2隻も島に来るだろ。ジャンヌの話聞かなきゃいけないし、今日はもう疲れたから荒事は避けたい」

「では一定の距離を保ちつつ島の岸沿いに周回して、機を見て離脱というのはいかがですか?」

「そうだな、それでいこう。手間かけるけど頼むな」

「はい」

 

 今日はいろいろあったから、光己が危険で疲れるサーヴァント戦を嫌がるのも分かる。ルーラーは素直に頷いて、サーヴァント探知と操船に集中するためいったん下がった。メイドオルタや玉藻の前といったジャンヌとも信長とも面識がないサーヴァントも、万が一の警戒のためにルーラーと一緒に引っ込む。

 そうしたら光己とジャンヌ2人との対談だ。

 

「ええと、2人とも俺たちのこと覚えてて協力してくれるってことでいいの?」

「はい、妹ともどもよろしくお願いしますね!」

「……妹?」

「誰が妹よっ!」

 

 ジャンヌが口にした妙な単語に、光己と竜の魔女の返事が唱和する。

 その当然の疑問に、ジャンヌは自説がまるで宇宙の真理であるかのような確信的な表情と口調で答えた。

 

「マスターはオルタの生い立ちをご存知ですよね? 私をモデルにして私の代わりとして生まれた存在なら娘、は年齢的に無理がありますから、妹のようなものといっていいのではないでしょうか」

「うーん、なるほど」

 

 ジャンヌは農家の娘という純庶民。しかも若い女性の身でありながら、大勢の将官や兵士たちを指揮し鼓舞してきたカリスマ性と影響力、そして強い信念を持つ人物だ。そんな彼女が本気で信じていることを語るなら、メンタル的には一般人である光己が簡単に頷いてしまうのはむしろ当然といえるだろう……。

 

「ちょっとアンタ、あっさり認めてるんじゃないわよ!」

「はっ!」

 

 幸い今回は黒い方のジャンヌのインターセプトにより正気に返ったけれど。

 

「これが弱体化してない100%のジャンヌ・ダルクの信仰パワーか……救国の聖女と称えられたのも分かるな」

「アンタがチョロいだけよ」

「うぐぅ……っと、それであんたのことはどう呼ぼうか。ジャンヌっていうだけじゃ紛らわしいだろ」

「そうね、ジャンヌオルタとでも呼んでちょうだい。あとそっちの自己紹介も」

「ああ、そういえば自己紹介まだだったっけ」

 

 こうしてお互い名乗ったところで、光己はいよいよ本題に入った。

 

「それじゃえーと……まずジャンヌたちを追いかけてた2人のこと教えてくれる?」

「はい。まず亡霊がいた船の主が『アルトリア・ペンドラゴン』で、もう1隻には『織田信長』がいます。彼女にはちびノブというよく分からない生き物が従っていました。

 サーヴァントの数は同じですが、数百人もの部下がいては勝ち目は薄いので逃げていたのです」

「やはりノッブがいるのですね。それでなぜ争いになったのですか?」

 

 信長の名を聞いた沖田が気ぜわしげに訊ねる。やはり気になるようだ。

 

「はい。私はもちろんオルタもアルトリアさんも織田さんも人理焼却に賛成ではないというのは共通なのですが、具体的な行動方針の違いで決裂しまして」

「その違いとは?」

「私にも詳しいことは分からないのですが、この特異点のどこかにある『契約の箱(アーク)』に神霊を捧げると、特異点がまるごと崩壊して人類滅亡につながるらしいのです」

 

 もっとも神霊と契約の箱の所在地は4人とも分からなかったから足で探すしかないのだが、アルトリアは禍根を断つため、黒幕に挑むより先に神霊を殺すか箱を壊すことを主張した。

 一方信長はこの世界の存在ではなく平行世界から飛ばされてきた身で、元の世界に帰るためには聖杯を入手するかこの特異点を修正するかする必要があり、またそれとは別に神霊を素材にして何か怪しげな生体兵器のようなものを作りたいらしい。

 アルトリアとしては殺す対象が平行世界で生体兵器の材料にされても問題はないので2人の利害は一致したが、ジャンヌにはとても納得できない話なので物別れになったのだった。

 

「そしたらあの2人、ならば是非もなし!とか言って襲ってきたのよね。バーサーカーの私より血の気が多いってどうかと思うわ」

 

 最後にジャンヌオルタがそう締めると、沖田はふーむと首をかしげた。

 

「ちょっとノッブらしくないような気がしますが……あの人も平行世界に飛ばされるの好きですねえ。

 いえ、私も覚えてないだけで、一緒に飛ばされたのかもしれないんですけど」

「あとアルトリアが亡霊を率いてたってのは気になるなあ」

 

 彼女にそんな能力があっただろうか。疑問に思った光己は同一人物に訊ねてみた。

 

「XX、『アルトリア・ペンドラゴン』って亡霊を従えたりできるの?」

「できますよ。いえ私やルーラーやメイドオルタには無理ですが、ランサーオルタ……マスターくんが戦国時代で会った北条アルトリア・オルタですね。

 彼女は『嵐の王(ワイルドハント)』の伝承を取り込んでいますので、亡霊や妖怪の類を操ることもできるんです。

 そうそう、お昼に会ったドレイクさんも、将来はこの猟師団のトップとして名前が挙がることになるんですよ。ここのランサーオルタが船を持ってるのはその辺のつながりでしょうね」

「ほむ、なるほど」

 

 ランサーオルタの性格がアルトリアオルタに近いものだとしたら、人理を守るために神霊1柱を殺そうとしてもおかしくはない。生前の(ノーマルの)彼女でさえ、戦に勝つために村1つを干上がらせる決断をしたのだから。

 信長も彼女が建造したという「鉄甲船」は有名だから、海の特異点に来るなら宝具として持って来ることもあるだろう。生体兵器の件は想像もつかないが。

 

「あー、ちょっと待った。ジャンヌが言う神霊って、もしかしてカーマや玉藻の前のことか?」

 

 光己がふと思いついてそう言うと、ジャンヌ2人もはっとした顔をした。

 

「なるほど、それはあり得ますね。神霊なんてそうそう現界するものじゃありませんから」

「だとしたら、黒幕はよほど遠くまで見える目と陰険な性格を持ってることになるわね。

 人理を修復しに来た人たち自身を崩壊の引き金にしようっていうんだから」

 

 すると当のカーマは気まずげに目をそらしたが、すぐに気を取り直して反論した。

 

「いえ待って下さい。私たちは危なくなったら強制退去でカルデアに帰れるんですから、生贄には適さないんじゃないですか?」

「んん? うーん、確かにそうか。じゃあやっぱり別の神霊がいるってことになるのかな? ドレイクさんが沈めたポセイドンのことだったらもう心配いらないんだけど。

 どっちにしても、カーマと玉藻の前がいたら、ランサーオルタや信長公と共闘するのは無理ぽいな」

 

 逆にカーマと玉藻の前に本部に帰ってもらえば共闘できるかもしれない。2人帰して2人加えるのだから人数的には差し引きゼロだが、戦闘を避けられるメリットはある……と光己が計算していると、表情で察したのかジャンヌがずずいっと身を乗り出してきた。

 

「マスター! まさかあの2人と組むつもりなんですか!?」

「ふえ!? って、顔! ジャンヌ顔近いってば」

 

 鼻と鼻がくっつきそうな至近距離だ。美人が近づいてきてくれるのは嬉しいが、いきなりは心臓に悪い。

 顔が近いと言われてジャンヌは10センチほど引いたが、光己を見つめる視線は厳しいままである。もっとも彼も戦闘の都合だけでランサーオルタや信長との共闘を考えたのではない。

 

「問題はその神霊がどんな人、じゃない神様かってことじゃないかな。神様だからって俺たちに味方してくれるとは限らんだろ?」

 

 たとえばパールヴァティーのような善良で友好的な神霊なら、予防的に殺しておくなんて非道なことはしたくないが、例のポセイドンみたいな人類の敵なら討つしかないわけで。

 しかし神霊が何柱来ているか分からないなら、むしろ契約の箱の方をターゲットにした方が良いような気もする。光己がそう言うと、ジャンヌは困った様子で考え込んだ。

 

「…………うーん。マスターの言うことはもっともですが、契約の箱は超級の聖遺物ですから、そう簡単に破壊できるとは思えないのですね」

 

 サーヴァントでも手を触れれば問答無用で消滅するが、では剣や斧で叩き割るのは大丈夫なのか、それが駄目なら大岩を転がして圧し潰すとかビームで吹っ飛ばすとかならどうなのか。仮にも「神」に捧げられたものだけに、そのような不敬を働けば仲間ごと消されないかという懸念もある。

 

「持ち主ならその辺の事情も分かるのでしょうけど、私たちでは何とも」

「なるほど、そっちはそっちで難しいのか……」

 

 やはり特異点修正は一筋縄ではいかないようだ。光己は小さくため息をついた。

 

「でもさしあたって、今ランサーオルタたちと戦う必要はないよな。味方にもできないけど」

「そうですね。彼女たちも魔術王の味方というわけではありませんから」

 

 つまりこのまま逃走するということだ。一応カルデア本部に連絡して意見を求めると、エルメロイⅡ世も同意してくれたのでこの方針でいくことになった。

 

「それで、どちらに向かうのですか?」

「うーん、今日はあの島で寝る予定だったからまだ考えてないんだよな」

 

 エイリークの航海日誌はまだ読んでいないので、今目指せるのはドレイクが言った「見えない壁で上陸できなかった島」だけである。しかし夜中にそんな所に赴くのはいささか無鉄砲というものだ。

 

「ジャンヌたちは何かありそうな所知らない?」

「ではここから北東にカルデラの島がありますので、そこに行ってみませんか? 私たちが現界した所なんですが、まだ探索はしていませんので。

 ランサーオルタさんと織田さんはルーラーではないはずですから、いったん撒いてしまえば私たちを見つけることはできないと思います」

「じゃ、そうしよっか」

 

 ここからの距離は150キロくらいと思われるが、ルーラーの船の浮遊モードなら1時間ほどで着ける。当然ランサーオルタたちには追いつけないから、今夜はそこで寝ればいいだろう。

 この島に向かった時と同じく光己とマシュが船室に引っ込むと、ジャンヌ2人とヒロインXX、沖田2人もついて来た。見張りは交代制なのだ。

 

「うわあ、まるでお城の広間みたいにきらびやかな所ですね!」

「うん、まさにそれ。名匠がつくった広間なんだってさ」

「そんなことどうでもいいから、アンタたちの事情も聞かせなさいよ」

 

 ジャンヌは船室の造作の美しさに感心してはしゃいでいたが、オルタの方はいたってドライであった。

 仕方ないのでパーティールーム……はちょっと落ち着かないので休憩室で話すことにする。

 

(それにしてもジャンヌはやっぱ美人だしスタイルもいいよなあ……。

 このおっぱいで聖女は無理、いやマルタさんもおっぱいだったから逆に母性愛の現れということか?)

 

 部屋に行く途中に光己が口には出せないことを考えていると、ジャンヌオルタに見咎められてしまった。

 

「アンタ何か変なこと考えてない?」

「……変って具体的にはどういうこと?」

「だから変なことよ! もういいわ!」

 

 光己がごまかすために反問すると、ジャンヌオルタは自分で口にするのは恥ずかしいようで、顔を赤くしてぷいっとそっぽを向いてしまった。そっち方面はずいぶんと初心なようである。

 その隙に光己は素早く話題を変えた。

 

「ところでジャンヌオルタはどういう心境の変化で俺たちの味方になってくれたんだ?」

「ん? ああ、確かにそれは気になるわよね。

 実際私がアンタたちを助ける義理はないんだけど、でもあのままフランスの特異点と一緒に消失じゃつまんないでしょ? 何でか分からないけどせっかく現界できたんだから、この機に私の存在を確立しようと思ったのよ」

 

 カルデアに味方すれば関係者の記憶や記録に残る、つまりこの世界に存在できる根拠を得られるということだ。敵になる方向でも目的は遂げられるが、それでカルデアが負けてしまったら存在確立どころか世界が滅びてしまうから意味がない。

 

「何で現界できたのかはホントに分かんないんだけどね」

 

 英霊の座に登録されていないどころか実在すらしていないのだから、英霊召喚の儀式では召喚できないはずなのに。ジャンヌオルタ自身不思議に思っているのだが、すると後ろからジャンヌが覆いかぶさってきた。

 

「あ、そういえばまだ言ってなかったですね。それ私です。

 聖杯から召喚される気配を感じたので、その前にちょっと煉獄に行って貴女も引っ張り出したのですよ!

 お姉ちゃんに感謝して下さいね。えっへん」

「ぶーーーっ!」

 

 ジャンヌオルタは噴き出した。まさかこの姉を名乗る不審者の仕業だったとは!

 

「思い出したわ! ピエールと遊んでたらいきなり後頭部を殴られて気絶して、気がついたら現界してたのよね。なんてコトしてくれるのよアンタ!」

「だって時間がありませんでしたから。言葉で説得してもすぐにはついて来てくれなかったでしょう?」

「そりゃそうだけど、そもそもなんでアンタが私を引っ張り出そうとしたわけ!?」

「姉が妹を煉獄から助けたいと思うのは当然では?」

「だから姉でも妹でもない!」

 

「うーん。『ちょっと』で煉獄まで行ってサーヴァント引っ張り出して来られるなんて、やはりジャンヌはすごい聖女だった……」

 

 見方によっては微笑ましくも見える姉妹(?)ゲンカを眺めながら、光己は茫然と呟くのだった。

 

 

 



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第106話 ちゅうにパワー

 光己たちはジャンヌオルタをなだめて姉妹(?)ゲンカを仲裁すると、休憩室に入ってテーブルについた。

 

「それじゃ咽喉も乾いたし、何か飲みながら話そうか」

「はい」

 

 マシュが収納袋から人数分のコップを出し、光己がそれに聖杯でお茶を注ぐ。

 そのどこかで見たような手のひらサイズの杯から7人分ものお茶が出てくるという明らかに怪しい事態にジャンヌ2人は思い切り目を剥いた。

 

「あ、あの、マスター」

「それ、もしかして聖杯じゃないの!?」

 

 常識的に考えてあり得ないことなので2人はまだ半信半疑だったのだが、光己はあっさり肯定した。

 

「そう、聖杯だよ。ドレイクさんとタイマン張って勝った報酬として手に入れたんだ」

「つまりどういうことだってばよ!?」

 

 ただ疲れのためか説明が端的すぎたので、理解しきれなかった邪ンヌの口調がちょっと変になっていたが……。

 気を落ち着けて再説明を求める。

 

「もう少し詳しく話してくれるかしら?」

「うん、それじゃこの特異点に来た最初のところから話すかな」

 

 というわけで、光己はレイシフトで海賊船の甲板に着いた所から現時点までの出来事を簡単に説明した。

 

「たった1日の間にずいぶん色々あったのねえ。それにしてもそのドレイクって何者!?

 今の話が本当だったら、聖杯ナシの普通の海賊船だけで海神(ポセイドン)ボコったってことになるんだけど」

「うん、信じられないのは分かる」

 

 しかし今ここに聖杯があるのだから、ただのハッタリや夢物語ではないのは確かだ。将来「太陽を落とした女」「星の開拓者」と称えられるだけのことはあるということか。

 

「でもそんな奴と一騎打ちしてよく勝てたわね。

 それとも船の上では強いけど陸の上じゃ今イチなタイプだったとか?」

「いや、陸の上でも強かったよ。でも俺には無敵アーマーと炎のブレスがあるからさ」

「無敵アーマー? 炎のブレス? 何それ」

 

 白いジャンヌは光己の特殊能力を知っているが、オルタの方は知らない。不思議そうな顔で訊ねると、光己も気づいて説明した。

 

「ああ、俺はファヴニールの血のおかげでジークフリートみたいに肌が超硬くなったんだよ。火を吐けるようになったのは清姫かタラスクのおかげかな。

 あー、そう考えるとジャンヌオルタには感謝しなきゃな。無敵アーマーがなかったら俺はローマで死んでたし」

「……!?」

 

 ジャンヌオルタは光己の話が腑に落ちるまでに数秒の時を要したが、やがて理解すると両手でテーブルをバンッと叩きながら立ち上がった。

 

「ちょ、ちょっと何それ!? それじゃまるで私のおかげで命が助かったって言ってるみたいじゃない」

「うん、まさにそうだよ。もしジャンヌオルタがファヴニール以外の竜を呼んでたら、俺は無敵アーマーも竜モードも会得できなかったんだから」

「あわわわわ……!?」

 

 よほどショックを受けたのか、口元を震わせてまともに喋ることもおぼつかない様子の邪ンヌ。

 何しろ復讐の魔女として、フランスひいては人類を滅ぼすためにしたことが、逆に人類を救う手助けになっていたというのだから。いや今は復讐の志は捨てているが、当時は間違いなく裁定者(ルーラー)という名の復讐者(アヴェンジャー)だったのに。

 すると空気を読めない不審者が、また後ろから覆いかぶさってきた。

 

「意図せずに人類を救ってたなんて、やっぱりオルタはいい子だったんですね! お姉ちゃん感激です」

「うるさい寄るなあっち行けーーーー!」

 

 気恥ずかしさで半泣きになりながら、自称姉を追い払おうと躍起になっているその姿は、もはや完全に単なるグレたJKで、かつてフランスで悪のボスを張っていた頃の貫禄は微塵も残っていなかった。いと哀れ……。

 

 

 

 

 

 

 邪ンヌはジャンヌを何とか引き剥がして気を鎮めると、さっき光己が話したことの中で、まだ意味が分かっていなかったフレーズについて訊ねた。

 

「それはそうと、アンタさっき『竜モード』とか言ってたわね。何のこと?」

「ん? ああ、言葉の通りだよ。ファヴニールに変身できるんだ」

「デジマ」

 

 しかも今こうして人間の姿でいるからには、竜モードと人間モードを自在にチェンジできるということになる。ジャンヌも邪ンヌも驚いた。

 

「言ったからには見せてもらえるわよね!?」

「そだな、ここじゃ無理だけど島についたら」

 

 そんなことを話している間に船は無事カルデラの島に到着したが、上陸の前にルーラーのサーヴァント探知と本部の生体反応調査を行わねばならない。その結果、この島にはサーヴァントやそれに匹敵する強力な生物はいないことが判明した。

 

「よかった、それならゆっくり休めるな」

 

 安心して寝られるのは喜ばしいことだ。一行は島に上陸すると、探索は明日にして今日はテントを張って休むことにした。

 むろんその前にジャンヌ2人との約束を果たさねばならないが。

 

「先に服を脱がなきゃならないのがつらいんだけどな」

「そういう場面は行間を読んでもらうってことで省くべきじゃないの!?」

 

 邪ンヌが顔を真っ赤にして抗議してきたが、こればかりは致し方なかった……。

 そしていよいよ、彼女の目の前に懐かしき黒い巨竜が出現する!

 

「うわ、本当にファヴニールじゃない……! 胸の紋章もちゃんとあるのね」

「でも白い鳥の翼がありますね。どういうことなんでしょう」

 

 ジャンヌが不思議そうにごちると、邪ンヌは少し考えてから自信満々に推論を披露した。

 

「それはきっと『神』の要素よ。

 さっきあいつタラスクの名前出してたでしょ? つまり『魔女に召喚された邪竜』と『聖女に従う神獣の子の竜』の血が合わさってああいう姿になったってことね。

 神と魔の間に生まれた忌まわしき邪竜、いえ邪聖竜が人間を救う使命を課されるなんて皮肉なものね。

 でもアイツからはまだ秘められた力を感じるわ。今はまだ眠っている破壊と創造の権能が目覚める時、アイツは竜を超えた竜、第八の人類悪として顕現するのよ」

「……」

 

 邪ンヌのイミフな長広舌にジャンヌやマシュはまったくついていけなかったが、光己だけは正確に理解して答えることができた。

 

「まったくその通りだ。さてはおまえも邪〇眼を持つ者か?」

「ええ、私の封印されし右目が私とアンタは同じ宿業(サガ)を持つ者だと見抜いたのよ。

 残念ね、もし私に『竜の魔女』のスキルが残ってたら、アンタを更なる高みに押し上げてやれたんだけど」

「不要! この藤宮光己、天を掴むのに人の手は借りぬ」

「そうね、それでこそ私のマスターだわ。今こそ魂の盟約を結ぶ刻よ!」

「まこと汝の言う通り! 我らが永遠の絆に光と闇の祝福を!」

 

 そして何故か意気投合してサーヴァント契約までしてしまう。これにはさすがのお姉ちゃんも開いた口が塞がらなかった……。

 元人類の敵だった妹がマスターと仲良くなったのは喜ばしいことだけれど。

 

「それで、今はどこまでできるの?」

「パワーはフランスの時のファヴニールには及ばないけど、ファヴニールにできることはだいたいできると思うよ。

 普通のブレスはもちろん滅びの吐息も吐けるし、魔力吸収も魔力感知もワイバーン産むのもできるから」

「へえ、やるじゃない」

「ま、あれから俺の体感だと7ヶ月経ってるからな」

 

 しかし幸い契約が済んだら2人とも普段のテンションに戻ったので、マシュとジャンヌは心の底から安堵した。

 ……が、光己の語りはまだ終わりではない。

 

「おっと、忘れるところだった。ファヴニールにできなくて俺にできる技が1つあるんだ」

「へえ、どんなの?」

「ああ、今見せるよ」

 

 光己はそう言って人間の姿に戻ると、パンツとズボンだけ穿いてから角と翼と尻尾を出す形態、彼が言うところの「神魔モード」をジャンヌ2人に披露した。

 敬虔なキリスト教徒であるジャンヌがこれに驚かないはずがない。

 

「こ、これは……!? マスターは確かに人間のはずなのに、これほど強い神性と魔性を同時に感じるなんて」

「フッ、どうやら私の見立ては正しかったようね」

 

 邪ンヌの方はむしろ自慢げに口角を上げて邪悪っぽい笑みを浮かべていたが……。

 光己も彼女に顔を向けてニヒルっぽく笑ってみせた。

 

「ああ、さすがは我が盟友といったところか。

 どこにでもいる商家の使用人の子が、運命の悪戯で世界を救う使命を課せられたってだけでも劇的なのに、その正体は竜にして神にして魔だったとは。我ながら属性多すぎて辛いぜ」

「やるわね、盟友として鼻が高いわ」

 

 邪ンヌはそう言って光己を称えたが、しかし彼が一介の庶民の出身であることが気にかかった。

 何故ならジャンヌ・ダルクもそうだったから。ましてや彼は聖女や魔女どころではなく正真正銘の人外なのだ。

 表情を引き締め、真面目な口調に切り替える。

 

「―――でも気をつけなさいよ。そう、用が済んだらポイ捨てってハメにならないようにね」

「うん、ありがと」

 

 光己はフランスに行く前にジャンヌ・ダルクについて勉強していたから、彼女が言いたいことは分かる。

 

「いや所長やカルデアの職員さんたちはいいんだけど、国連や魔術協会が信用できるかっていうとなあ。だから俺の手柄はみんな所長とⅡ世さんにあげて、代わりに給料に色つけてもらうのがWinWinかなって」

 

 別に英雄願望もないしなー、と光己が頭の後ろで手を組んで伸びをしながら言うと、マシュがいかにも不服そうな口ぶりで話に加わってきた。

 

「そんな、それでは先輩が命がけで頑張ってきたことが、なかったことになるじゃないですか。納得できません」

「うん、だからそうしたいんだよ。後ろ盾のない未成年の英雄なんて、ロクでもない連中が寄ってくるに決まってるからな。

 それ以前に人理修復のことは一般社会には公表されないんじゃないか? 確か魔術師って神秘の秘匿ってのが大事なんだろ?」

「そ、それはそうですが」

 

 箱入りなマシュには、光己の主張に反駁する根拠を思いつけなかった。しかしまだ同意はできないらしく、むーっとした顔をしている。

 仕方ないので光己は本音を語ることにした。

 

「分からないのか、マシュ。そのような物より、俺はサーヴァント大奥が欲しいと言ったのだ」

「せ、先輩のえっち学派ーーーー!!」

 

 マシュは光己を突き飛ばして逃げて行った。

 

 

 

 

 

 

「え、ええと。人理修復の後でマスターの功績がどうなるかはともかく、今は目の前のことを考えませんか。

 さしあたっては、魔力に余裕があるなら私とも契約をお願いします」

 

 ジャンヌは光己の「神魔モード」に驚きはしたが、避けたり非難したりするつもりはないようだ。それより話題を変えたいらしく、サーヴァント契約をもちかけてきた。

 

「ん、分かった」

 

 ジャンヌと契約すると、この特異点にいるサーヴァントだけで14騎めになるが、光己は聖杯を所有する竜人である。その上でカルデアからの供給もあるので、魔力不足に陥る恐れはなかった。

 その後は寝るまで特にすることもなかったが、光己はふとジャンヌオルタが腰と太腿に差している3本の日本刀に目を留めた。

 

「ジャンヌオルタ、それって本物の日本刀なの?」

「ん? ええ、そうよ。手作りだけどね」

「マジか!?」

 

 それはむしろどこかで買ったというより難易度激高ではあるまいか。光己はがぜん興味を持った。

 

「もしよかったら見せてくれる?」

「ええ、いいわよ」

 

 するとジャンヌオルタは腰に差した一口を鞘ごと抜いて渡してくれた。

 日本刀と聞いた沖田2人と段蔵が近づいてきたので、4人でじっくりと見せてもらうことにする。

 

「銘は『荒覇吐七十二閃(あらはばきななじゅうにせん)』よ。なかなかの出来栄えでしょ?」

「ほほぅ、ずいぶんと日本のことを研究したようだな……」

 

 アラハバキというのは日本の神の名前である。フランス人のジャンヌオルタがよく知っているものだと感心したのだが、日本刀を自作するくらいだから日本のことに詳しいのは当然かもしれない。

 柄と鞘は特に変哲もない、つまり素人の手作りとしてはとてもしっかり作られている。沖田2人と段蔵も感心した。

 

「ではいよいよ刀身だな……ごくり」

 

 光己が生唾を呑みながら、そろそろと刀を鞘から抜いていく。

 やがて現れた刀身はごく普通の日本刀のそれだった。ただ刃文はなく、代わりに黒い紋様が刻まれている。

 

「おおぅ、これを手作りしたのか……すごいな」

「フフッ、こう見えても芸術方面には自信があるのよ。

 私がその気になれば、モナリザの贋作を量産して市場を混乱させたり、同人誌即売会で売り上げトップを飾ったりすることも不可能ではないわ」

「マジか……」

 

 光己は尊敬のまなざしで彼女を見つめた。これほどの物を1人で作り上げるとは、よほどの努力をしたのだろう。

 

「サムライとニンジャから見た評価はどうかしら?」

「そうですね。名刀といわれる逸品に比べれば、鋭利さも美しさも劣ると言わざるを得ませんが、やや無骨ながら頑丈そうな作りですから、実戦向けとしては良い刀だと思いますよ」

「そうですね。しかし色合いが普通の刀とちょっと違うように見えまするが」

 

 ジャンヌオルタの感想希望に沖田と段蔵がそう答えると、刀工少女は満足げに微笑んだ。

 

「さすが見る眼があるわね。ええ、だってそれ普通の玉鋼の代わりに隕蹄鉄とか使ってるから。

 でないとサーヴァント戦には耐えられないでしょ?」

「なるほど……」

 

 これには沖田も段蔵も驚いた。素材が違えば工程や火の温度も変わってくる、つまり新しい工法を開発したということになるのだから。

 

「うーん、すごいな。俺も1本欲しいなあ」

 

 感心した光己が何の気なしにそう言うと、ジャンヌオルタが乗ってきた。

 

「なに、マスターちゃんも日本刀欲しいの?」

「マスターちゃんって……まあいいか。日本人の男子は日本刀にロマンを感じるものなんだよ」

「なら作ってあげましょうか? ……いや素材がないから無理か」

「素材なら聖杯があるからいくらでも出せるよ。それよりどのくらいかかる?」

「そうねえ。素材が揃ってるなら2週間くらいでできると思うけど」

「2週間か……」

 

 人理修復の締め切りがあと1年ちょっとしかないことを思えば重たい数字である。実戦で使うならともかく趣味に過ぎないのだから。

 しかしそこでワルキューレ2人が左右からくっついてきた。

 

「あたしは賛成だよ。ルーンを刻めば持ってるだけで護身の効果があるから」

「短刀サイズにすれば持ち運びも楽ですし」

 

 なるほどお守り刀として持つなら短くてもいいし、作るのも楽になる。つまり工期を短縮できるかと考えた光己の後ろからカーマが肩に飛び乗って座ってきた。

 

「それなら私も祝福授けてあげますよ。愛の神じきじきの祝福ですから、ありがたく思って下さいね」

「そういうことでしたら私も。太陽神の祝福をみこーんと大盤振る舞い致しましょう!」

 

 さらに玉藻の前も参戦してきた。これだけ大勢がよってたかってパワーを授けてくれるのなら、マスター保護の観点から多少の時間を割いてもいいかもしれない。

 

「では私も及ばずながら。お姉ちゃんが弟君を助けるのは当然ですしね!」

「……ほえ?」

 

 ジャンヌには、フランスでマルタと共にジークフリートにかけられていた呪いを解いた実績がある。祝福を授けてくれるのはとてもありがたいことだが、彼女は今何か妙なことを言わなかっただろうか。

 

「弟君って何?」

「はいー! 私たちもう契約しましたし、フランスでの縁もありますよね。だからもう家族みたいなものじゃないかと思うんですが」

 

 ジャンヌの迷いのないにぱーっとした笑顔に、光己もこっくり頷いた。

 

「なるほど、確かにそうだな。いやジャンヌほどの人の弟になれるなんて光栄すぎるくらいだよ」

「そうですか! ではこれからはお姉ちゃんと呼んで下さいね」

「ちょっと待ったァーーーッ!!!」

 

 もちろんすぐに邪ンヌが割り込んで阻止したのだけれど。

 

 

 




 主人公は自分の活躍をなかったことにされても気にしませんが、その理由は新宿編コミカライズのぐだ男とは全然違うのですな。属性は同じ中立・善なのですが(ぉ




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第107話 島のドラゴン

 光己がカルデア本部に連絡を入れて今の案について話してみると、エルメロイⅡ世は聖杯から素材を出してお守り刀を作るというアイデア自体には反対しなかったが、その間に神霊が「契約の箱(アーク)」に捧げられて特異点が崩壊してしまう可能性を指摘してきた。

 

《だからまず神霊なり「箱」なりを確保して、特異点が崩壊しないようにしてから作ればよかろう》

「なるほど、分かりました」

 

 Ⅱ世が言うことはもっともである。光己は素直に頷いた。

 これで今夜はもうすることはない。

 

「じゃあお姉ちゃん、今夜は家族結成祝いに3人で川の字になって寝ようよ」

「いい考えですね! さすがは弟君です」

「絶対にノゥ!」

「決然として!」

 

 光己の思春期な野望にジャンヌはおおらかに乗ってきてくれたが、ジャンヌオルタとマシュの断固たる拒否によってあえなく頓挫した。

 といっても、光己はマシュと2人で寝るという、これはこれでハッピーな展開になるのだが、あいにくそれを妬んだ清姫やカーマが時々(霊体化モードではあるが)覗きに来るし、そもそも彼自身その気のない女の子を無理やりとかなし崩しになんてできるタチではないので、結局何も起きずに終わるのだった。

 ―――そして翌日の朝。朝食を摂り終えたらこの島の調査を行うわけだが、光己はその前に1つ思い出したことがあった。

 

「沖田さん、写真とサイン持って帰れなかったから、もう1度お願いしていい?

 おっと、沖田ちゃんとジャンヌとジャンヌオルタと、あと玉藻の前ももらってなかったな。せっかくだからぜひ」

「あ、やっぱり持ち帰れなかったんですね。もちろんいいですよ」

 

 沖田はすぐOKしてくれたが、沖田オルタたちはすぐには理解できなかった。

 

「マスター、その写真とサインとはどういうものなんだ?」

「ああ、すごく精巧な風景画や人物画を描けるカラクリがあってね。それで沖田ちゃんの似顔絵を描かせてもらって、あと名前も書いてほしいんだ。

 それで何をするってわけじゃないけど、せっかく会えたんだから思い出として残しておきたくてさ。仲間になってくれたサーヴァントには皆にお願いしてるんだ」

「退去した後でもマスターの記憶に残れるのか……もちろん了承だ」

「ありがと」

 

 こうして光己は沖田2人とジャンヌ2人、そして玉藻の前のサインとツーショット写真を手に入れた。

 

「おおおぅ、またもや5人分も増えてしまうとは……我が家宝は充実する一方じゃないか。

 しかも水着姿の傾国の美女と並んだ写真って、日本人的に考えてヤバいにも程があるな」

「た、確かにそうですね……」

 

 光己はお気楽そうにしているが、彼の独白を聞いた段蔵と沖田は冷や汗を流していたりする。いや、ヤバさでいえば「元人類悪」の「愛の神/第六天魔王」がダントツなのだが……。

 

「それじゃお仕事に入ろうか。

 XXとカーマと沖田さんは、この島の航空写真を撮ってきてくれるかな。その間に、ヒルドとオルトリンデにエイリークの航海日誌を読んでもらうってことで。

 あとの人は……特にしてもらうことないな」

 

 サーヴァントや強い生物がいないのなら、方針は前の島の時と同じだから、足で歩き回っての探索まではしない。だからマシュや段蔵たちは単なる留守番になるのだった。

 

「じゃあマスターはいつも通り()()()()訓練しよう! 日誌なんて1人でも読めるんだから」

「ファッ!?」

 

 もっとも光己はのんびり休憩なんてできなかったが。

 

 

 

 

 

 

 ヒロインXXたちが撮ってきた写真を見てみると、この島はジャンヌが言った通りカルデラ、つまり中央部が陥没した山になっていた。岩肌むき出しではなく木や草は生えているが、目を引くものは特にない。

 一方エイリークの航海日誌では、この島の北東にもう1つ島があり、そこからさらに東に行くとドレイクが言った「見えない壁で上陸できなかった島」に着くことになっていた。

 

「えーと、つまりこの特異点は東と西がつながってるってこと?」

「はい、この日誌を信じるならそうなります。北と南もそうかもしれません」

 

 どうやら今回は今までと勝手が違うようだ。いろんな地域の海が切り貼りされてることと関係があるのだろうか。

 

「どっちにしても今は北東の島に行くしかないか」

「そうですね、まずは行ける所を全部行ってみるべきだと思います」

 

 いたって妥当な意見なので全会一致で採用され、光己たちはそのまま北東の島に赴いた。

 到着してもルーラーアルトリアのサーヴァント探知スキルに反応はなかったが、カルデアからは連絡が入る。

 

《藤宮、大変よ! その島には竜モードの貴方に匹敵する、いえそれ以上の極大の魔力反応があるわ。おそらく昨日出現したワイバーンの親でしょうね》

 

 今回のメッセンジャーはエルメロイⅡ世ではなくオルガマリーだった。トップである彼女が時々出てくるのは、現場のことをⅡ世に任せ切りにはしないという各方面への意志表示なのだろう。

 

「つ、ついに現れましたか。敵か味方かは分からないんですよね」

《そうね。だから接触するかしないかはそちらに任せるわ》

 

 反応の主の敵味方や性格、その他が分からない以上、どちらが正解かは今この時点では分からない。なのでオルガマリーは現場の自主性を尊重したのだった。

 

「分かりました。それじゃ行くだけ行ってみます」

《んー、まあそうなるわね。でもくれぐれも気をつけるのよ》

「はい」

 

 といっても、現状では手掛かりらしきものがあればスルーという選択肢はないのだが、ここで問題になるのは光己が人間モードでいくか竜モードになるかだった。大人の竜種が同類に会った時、一般的にどんな反応をするのか知らないので、これもどちらが正解か分からないのだ。

 

「分からないづくしですが、先輩の身の安全を考えるなら竜の姿で行く方がいいと思います」

 

 するとマシュがこんな提案をした。

 どっちで行っても攻撃される恐れはあるなら、強い方で行く方がマシという趣旨である。

 

「そうだな、そうするか」

 

 なので光己は竜の姿になると、マシュたちを頭や首の上に乗せて飛び立った。

 竜モードになると魔力感知の範囲が広がるので、いちいち本部の生体反応調査で位置を教えてもらう必要はないのだ。

 

「この感覚だと確かに強そうだな……なるべくなら戦いたくないとこだけど」

 

 島は円筒を2つ重ねたような形で、横から見ると凸の字に似ている。ターゲットはその天辺にいるようだ。

 この島も草木がそれなりに生えていて、大人の竜種が歩き回るのはかなり面倒に思われたが、宝物を守って動かないタイプなら支障はないのかもしれない。

 やがて一同が天辺の上空について下の方を見てみると、まばらに生えた木々の間に1頭の巨大な竜が寝転んでいるのが見えた。

 前半身を直立させて二足歩行する光己とは違い、全身が横向きで四足歩行するタイプのようだ。体格は光己より一回り小さく、背中には1対の翼がある。体色は茶色系統だが、やはり色によってブレスの種類が違うのだろうか?

 竜は眠っていたのではないらしく、のっそりと鎌首をもたげて光己たちの方を見上げた。

 

「AaaaaAaa、Laalalaaaala!?」

「…………ほえ!?」

 

 そして声をかけてきたが、光己たちには竜が何を言っているのか分からなかった。

 おそらく竜言語で喋っているのだろうが、カルデアの翻訳テクノロジーもさすがに竜言語までは守備範囲外だったのだ。

 今更ながらどうしようかと悩み始める光己たちだったが、その様子を見た竜は今度は人間の言葉で話しかけてきた。

 

「何じゃ、そなた言葉を話せぬのか? それとも人間……いやサーヴァントを連れとるようじゃから人間語なら喋れるのか?」

「おお、バイリンガルで助かった!」

 

 竜が何語を喋っているのかまでは分からないが、とにかくこれで意思疎通ができる。

 竜は声質は若い女性のものだが、言葉遣いは年配者っぽい感じがする。つまりロリBB―――。

 

「そなた、今とても失礼なことを考えなかったか?」

「めっそうもない」

 

 光己は高速で首を横に振ってごまかした。頭上にいるマシュたちが振り回されて泡喰っているがスルーである。

 

「まあよい。見たところケンカを売りに来たのではないようじゃし、話をしたいならその辺に降りてくるがよい」

「では遠慮なく」

 

 竜がお許しを出してくれたので、光己はなるべくゆっくり音を立てないように着陸した。

 

「えー、それじゃ初めまして。俺は藤宮光己という者で、カルデアという組織の現地派遣部隊のリーダーをやっています」

「カルデア……? すまぬが聞いたことはないのう。

 ……(わらわ)は名前はないが、金羊毛の番をしていたと言えば分かるか?」

「おお、ギリシャ神話に出てくるあの!?」

 

 まさかいきなりこんな大物と出くわすとは。確かに名前は伝わっていないが、あの有名なヒドラやケルベロスの兄妹なのだ。

 しかもサーヴァントに召喚された現身(うつしみ)ではなく、正真正銘、生身の本物である。魔力反応が大きかったのも納得だ。

 

「しかし名前がないのは不便ですね。どうお呼びしましょうか」

「……ふむ、ではフリージアとでも呼ぶがいい」

「分かりました。それでフリージアさんは何故ここに?」

「来たくて来たのではないぞ。そなたたちも知っておろうが、人理焼却とやらの影響で、世界の表と裏の境界が緩んだせいで、たまたま紛れ込んでしまっただけのことじゃ。

 ……いや、妾のような大型の生物が移動したからには、妾に縁がある誰かがここにいる可能性が高いか」

「あー、アイエテス王かメディア王女ですね」

 

 サーヴァント界隈でよくある縁召喚というやつである。特に娘のメディアはアルゴー号の冒険に多大な貢献をした強力な魔術師で、知名度も高いからサーヴァントになる資格は十分だろう。

 

「そうじゃな、会ってはいないから確かなことは言えぬが。

 まあ仮にここにいたとしても、妾には助ける義理もなければ敵対するほどの恨みもない。そなたたちがどう対応しようと気にはせぬ」

「……はい、ありがとうございます」

 

 フリージアは異種族とはいえ旧知の人物のことでもごく淡々と語っており、あまり物事に執着がないというか、枯れたような印象を受ける。

 しかし、万が一アイエテスやメディアがいて、倒してしまったとしても彼女が敵にならないというのはありがたいことで、光己は素直に礼を述べた。

 

「で、そなたたちはここで何をしておるのじゃ?」

「それはですね。さっきフリージアさんも言った人理焼却を阻止するために、今はこの特異点を修正しに来てるんです。

 もし何か手掛かりになることをご存知でしたら、教えていただけるとありがたいのですが」

「ふむ、それでサーヴァントを連れておるのか。なるほどな。

 この異変が解決されれば妾も家に帰れるし、直接手伝うのは面倒じゃが、知っていることくらいは教えてやろう」

 

 そう言うとフリージアは軽く頭をひねった。

 

「といってもそこまで詳しいわけではないが……。

 まず1つめは、基本的に財宝が好きな我ら竜種でも近づきたくない厄物件が、ここから南南西の群島域にあるということじゃな。あとは妾が知らない海賊船が、何隻か徘徊しておるということくらいかの」

「ほむ、ありがとうございます」

 

 厄物件というのはおそらく「契約の箱」のことだろう。まさに値千金の情報で、危険を覚悟で来た甲斐があったというものである。海賊船についてはすでに知っていることだが、そんなこと気にもならない。

 これで用は済んだので光己は礼を述べて辞そうとしたが、それを遮るかのようにオルトリンデが口を開いた。

 

「すみません、あと1つお願いがあります。

 よろしければ、マスターが浸かれる程度の血液を提供して下さるととても嬉しいのですが」

「「ぶふっ!?」」

 

 光己とフリージアは同時に噴き出した。

 光己にとっては「また血の池地獄か!?」という恒例のアレだったが、フリージアにとっては違う意味だ。

 

「血液じゃと? そんなもの何に……というか、こやつが浸かれるほどの血を抜いたら妾は失血死してしまうではないか」

 

 枯れてるフリージアが声を荒げたのも残当といえるだろう……。

 するとオルトリンデも言葉足らずだったことに気づいて謝罪した。

 

「申し訳ありません、説明が不足でした。

 マスターは人間の姿になれますので、その状態で浸かれる程度という意味です」

「なんと、そんな高等魔術を使えるのか……。

 そのくらいの量ならやってもいいが、さすがに無償とはいかぬぞ」

 

 これも当然の要求であり、オルトリンデはすでにそれを考えてあった。

 

「では古代の……いえコルキスの頃よりはずっと未来になりますが、異国の金貨1千枚でどうでしょう」

「異国の金貨とな」

 

 フリージアも一般的な竜種の例に漏れず、光り物は好きである。しかもコルキスにはなかった品とあって、交渉は即座に成立した。

 

「よかろう。しかしここの地面に血の池を作るのはさすがに気が引けるが……」

「それも大丈夫です。ビニールプールがありますから」

 

 オルトリンデは昨日光己とマシュが使ったビニールプールをちゃっかり回収しており、それを使えば地面を汚さずに血液を持ち帰れるというわけだ。今回の事態を想定していたわけではないだろうが、実に準備がよかった。

 こうして金貨1千枚で大物ドラゴンの血液を入手したカルデア一行は、フリージアに別れを告げて島を立ち去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ルーラーアルトリアの船の甲板の上で、光己はいつも通り血の池地獄に入っていた。

 

「しびびびびび……痺れるぅぅぅ」

 

 今回は現身(うつしみ)ではなく本物の血液だけに刺激が強いのか、最初にファヴニールの血を浴びた時より痙攣している。清姫が心配して声をかけた。

 

「旦那様、大丈夫ですか……?」

「大丈夫……大丈夫だが、まだその時と場所の指定まではしていない。つまり今はまったく大丈夫じゃないということだな」

「あの、本当にご無理なさらないで下さいましね……!?」

 

 彼はかなりまいっているようなので、清姫は本当に止めるべきかと思ったが、光己にはギブアップできない理由があるのだ。

 

「でもオルトリンデ、金貨全部出しちゃってほんとによかったの?」

「はい、マスターが強くなるためですからまったく惜しくありません」

 

 可愛い女の子が自分のために大枚をはたいてくれたのだから。この迷いのない瞳を前にしては弱音は吐けないのだった。

 なおオルトリンデが出したのは、当然ながらローマでネロからもらった金貨の中のワルキューレ3人の取り分だけである。つまりスルーズとヒルドの分も出してしまったのだが、3人は基本的に意見を違えることはないので、そこは問題なかった。

 

「聖杯から出すのでは、フリージアさんが誠実さに欠けると見て取引に応じてくれない恐れがありましたし、かといって敵対していない方に武力行使するのは、マスターの意向に反しますから」

「……そうだな、ありがと」

 

 オルトリンデの言うことはまったくその通りなので、光己は恐れ入るしかなかった。

 そしてフリージアが言った通り、小さな島がいくつも浮かんでいるのが見えてくる。

 

「でもどの島に『厄物件』があるのかまでは分からないんだよな」

「そうですね、しらみ潰しに探すしかなさそうです」

 

 光己の問いかけに清姫とオルトリンデはそう答えたが、そこにルーラーが現れた。

 

「いえマスター、サーヴァントが2騎いるのが感じられます。まずはそちらを目当てにすれば早いかと」

「サーヴァントか……ランサーオルタと信長公か、それとも知らない人かな」

 

 ともかく、この特異点の修正が新しい段階に入るのは確かなようだった。

 

 

 




 今回はマップの「翼竜の島」ですが、主人公がドラゴンですのでイベントを入れてみました。
 次回はそろそろ原作味方鯖が出る……出る?




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第108話 竜の血 4回目

 光己は1人血の池風呂に浸かっていたが、傍らで自分の様子を見たり見張りをしたりしているサーヴァントたちの姿を見て一計を案じた。

 

「マシュ、せっかくだから一緒に入ろう。

 ファヴニールの血じゃないから無敵アーマーや竜モードは得られないだろうけど、ファンタジー系創作的に考えて多少のパワーアップはできるだろ」

「えええっ!?」

 

 朝っぱらからのお風呂のお誘いにマシュは顔を真っ赤に染めたが、彼の言うことは正しい。

 マシュはサーヴァントではあるが肉体は生身なので、そっちは成長の余地があるのだ。しかしやはり混浴は恥ずかしいし、それ以上に血の池風呂は気持ち悪い。

 

「い、いえ、今回は見張りがありますので遠慮しておきます」

 

 なので婉曲に辞退したが、これは光己にとってあらかじめ考えてあった想定問答の範囲内だ。すかさず反撃の一矢を放つ。

 

「いや見張りは他の人に頼んでもいいだろ。それより先輩と苦楽を共にするのが正しい後輩のあり方というものじゃないか!?」

「ぐはっ!」

 

 クリティカルヒット! マシュはぐらりとよろめいて床に片膝をつくと、その津波のごとき圧倒的説得力の前にあっさり首を縦に振ってしまった。

 

「……あ、で、でもその、あんまり見ないで下さいね」

 

 体にバスタオルを巻くとせっかくの竜の血がそちらにしみこんでしまうので、今回はハダカ、オールヌード、生まれたままの姿で入浴せねばならないのだ。茹で蛸のように顔を赤くしながら、ビニールシートで作った衝立の中で服を脱ぐマシュ。

 そして裸になると、胸と股間を両手で隠してビニールプールのそばに立った。

 

「あ、あの、どうでしょうか」

「う、うん、すっごく綺麗だよ」

 

 まるで付き合い始めたばかりのカップルのような初々しく微笑ましいやり取りだが、これから行うのは血の池風呂への入浴である。マシュはちょっと震えながら、まずは足先をそっと血液の中に浸した。

 

「んっ……く」

「やっぱ痺れる?」

「はい、ですが耐えられないほどではありません」

 

 それよりヌルヌルして気持ち悪いのだが、光己もすでに入っているのだ。マシュはその言葉はぐっと咽喉の奥に飲み込んだ。

 

「じゃ、失礼しますね」

 

 光己に胸や股間を見られないよう気をつけつつ、ゆっくりと血液の中に体を沈ませていく盾兵少女。何とか首の下まで浸すことができた。

 さらに手のひらで血液をすくって、何口か飲んでから顔や髪にもしっかりと塗り込む。

 

「マシュ、大丈夫?」

「はい、気分は最悪ですが肉体的には何とか」

「そっか、じゃあこっちにおいで。くっついてる方が気がまぎれるだろ」

「は、はい」

 

 光己の台詞はもちろん下心からだが表情と口調は普段通りに取り繕っていたので、すでにいっぱいいっぱいになっていたマシュは騙されて彼のそばに行ってしまった。昨日と同じように、彼の脚の間に座って抱っこしてもらう体勢になる。

 このポジションだとお互い顔が血まみれになっているのを見ずに済むという利点もあったし。

 

「おおぅ、ハダカのマシュを抱っこできるなんて血の池風呂も悪いことばかりじゃないな。実際気がまぎれる……!」

 

 光己は大喜びでマシュの体を抱き寄せて、自分の胸板と彼女の背中を密着させた。

 ついでに彼女の脇腹や太腿にも手を這わせてみたりする。血の池の中だから首から下は見えないし感触も今イチだが、全裸のマシュを触っているという事実がとても素晴らしい。

 

「あわわわわ……」

 

 一方マシュは血の池地獄の中で先輩とお互い裸で密着して、おまけにいろんな所を撫でられるというトンデモ事態で完全に思考停止してしまい、目を回して彼のなすがままになっていた。

 触られるのが嫌という様子はなかったが……。

 

「あ、ンっ……あの、先輩、そこは……」

「そこは、何?」

「い、いえ、それはその……ふぁぁっ、せ、せんぱいっ、そっちはっ、あっあっあぁぁ」

「マ、マシュのカラダやーらかい……!」

 

 ……などと2人は甘ったるくじゃれ合っていたが、やがて本当に目を回してぶっ倒れてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ルーラーアルトリアの船がサーヴァント2騎がいる(と思われる)島が見える所まで到達したが、光己とマシュは血の池風呂からは上がったもののまだ船室で休息していた。

 マスターが体調不良なのに敵味方不明のサーヴァントに会いに行くのはよろしくない。今も見張りと2人の看護役以外のサーヴァントは霊体化して、彼の負担を減らしているくらいなのだから。

 

「その2騎が神霊でなければいくら待っても問題ないのですが……」

 

 ルーラーがそうぼやいたが、彼女が真名看破できる距離まで近づくなら、それはもう対面するのとほぼ同義である。どうしたものだろうか。

 

「ではワタシが様子を見てきましょうか?」

 

 それを聞いた段蔵が偵察役に立候補する。なるほどこれこそニンジャの本業だ。

 

「では私もお供しましょう。私も一応『気配遮断』は持ってますので!」

 

 すると沖田も手を挙げた。ジェットパックがステルスモードを搭載しているおかげで、そこそこの気配遮断スキルがあるのだ。

 2人で行くなら身の安全的な問題はなかろう。ルーラーも同意したが、その時島から何か細長い物が飛んでくるのが見えた。

 

「―――!」

「先制攻撃というわけですか!?」

 

 3人が反射的に身構えた直後、1本の矢が放物線を描いて甲板に落下する。宝具の類ではないらしく、甲板に突き刺さったり爆発したりはしなかった。

 しかも攻撃はそれで終わり、二の矢も三の矢も来ない。

 

「……?」

 

 もしかして攻撃ではないのだろうか。段蔵が矢に慎重に近寄ってみると、矢自体は何の変哲もないただの矢だったが、筒の部分(シャフト)に折り畳んだ紙片がゆわえ付けられていた。

 

「矢文……でしょうか?」

 

 どうやら島のサーヴァントはこちらに何か伝えたいことがあるようだ。さっそく段蔵は紙片を開くと書かれていた文を読んで―――にっこり微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 その頃カルデア本部では、ロマニが管制室に現れていた。医療部門のトップとして、日に数回は光己とマシュのバイタルチェックをしに来ているのだ。

 今回も席について、いつもと同じようにコンソールを操作する。

 

「……おや!?」

 

 何か異常でも発見したのか、ロマニは不意に目を細めた。操作ミスかと思って何度かスキャンし直してみたが、結果は同じである。

 

「これは……」

 

 光己が派手にパワーアップしているのは、多分また竜の血を飲んだのだろうが、マシュが非の打ちどころのない健康体になっているのはどうしたことか。

 

「これならよほどの無茶をしない限り、平均寿命くらいまでは生きられるぞ……」

 

 デザインベビーとして生まれたマシュは、長くても18歳までしか生きられない運命であり、昨日の時点ですでに身体各所にガタが来始めていた。それが完全無欠に治癒されて、実年齢相応の若々しさに戻っているとは。

 

「何があったのか知りたいところだけど……所長はいないか」

 

 エルメロイⅡ世はいるが、彼に訊ねたらこのことを話すハメになる可能性がある。マシュがデザインベビーであることをオルガマリーの許可なく明かすわけにはいかないから、今彼に聞くことはできなかった。

 

「……おそらくマシュも竜の血を飲んだんだろうな。ちょっと軽率だとは思うけど、でも藤宮君には感謝しないと。

 後で本人と所長にも話して何かお祝いを……やば、涙が出てきた」

 

 人間って嬉しくても泣くんだな、とロマニはヒトの心の不思議さを内心でかみしめたが、ここで泣いている所を見られたら怪しまれるでは済まない。ロマニはバイタルチェックの画面を消すと、逃げるように自室に戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 当のマシュは船の寝室のベッドで眠っていたが、目が覚めた時の気分はそれはそれは爽快なものだった。

 

「ふぁぁ……こんな気持ち良く起きたのは初めてです」

 

 それにまるで生まれ変わったかのように体が軽い。これが竜の血の効果だろうか。

 今思い返してみると、ちょっと軽はずみだったような気もするが、今回は結果オーライということにしておいた。

 

「おはよマシュ。気分はどう?」

 

 目を開けると光己がベッドの傍らに座って自分を見ていたので、マシュは慌てて体を起こした。

 

「は、はい、とても良好です。あの、ずっと見てて下さったんですか?」

「いや、俺もついさっき起きたとこだよ。でもマシュの可愛い寝顔見られてよかった」

「も、もう先輩意地悪です!」

 

 頬を真っ赤に染めながら光己の胸板をぽかぽか叩くマシュ。しかしここにはもう1人、光己とマシュが目を回した責任を取って看護していた少女がいたのでラブコメは長くは続かなかった。

 

「マシュさんは体調良好のようで何よりです。

 マスターはどうですか?」

 

 オルトリンデは一応マシュにも配慮していたが、本命に対しては一言一句聞き逃さない真剣さを―――きっちり隠して軽い世間話のような口調で訊ねる。すると光己は特に気にした様子もなくあっさり話してくれた。

 

「うん、普段並みに健康だよ。もちろんパワーアップはしたから安心して」

「それは良かったです」

 

 ヴァルハラや英霊の座には持ち帰れない物とはいえ、安くはない対価を払った甲斐があったというものである。オルトリンデは内心でほっと胸を撫で下した。

 

「でも俺より強い竜の血じゃないと効果はないから、今後はちょっと難しいかもな」

「そうなのですか。しかし言われてみればもっともですね」

 

 弱い竜の血でもパワーアップできるのなら、極論ワイバーンハントしまくればいくらでも強くなれることになる。そこまでうまい話はないということなのだろう。

 

「それじゃ上に戻ろうか。みんな待ってるだろうし」

「はい」

 

 というわけで3人が甲板に行くと、段蔵がぱたぱたと駆け寄ってきた。

 

「マスター、お体はもう大丈夫なのですか?」

「うん、俺もマシュも大丈夫。待たせてごめんな」

「いえいえ。それよりこれをご覧下さい」

 

 そう言って段蔵が差し出してきたのは1枚の紙片だった。何か文章が書かれている。

 光己とマシュはさっそくそれに目を通した。

 

「……えっと、要するにアルゴー号に立ち向かう勇気があるなら会おうっていうことかな?」

「はい。しかしマスターとマシュ殿がご休息中でしたので、『諸事情につきしばらく待ってもらいたい』と返事しておきました」

「そっか、じゃあ会いに行かないとな。でも差出人の名前を書いてないってのは……サーヴァントは本来真名を隠すものってことなのかな?」

「そうですね、我々が敵になる恐れもありまするから」

 

 そういうことなら、普通は失礼になることでもやむを得まい。

 それより「アルゴー号に立ち向かう勇気」とは一体。やはりメディア王女が現界していて、しかも黒幕側に与しているということか!?

 アルゴー号といえば、メディアはもちろん船長のイアソンを筆頭に、ヘラクレスやテセウスやオルフェウス、そしてフランスで会ったアタランテなど、数十人もの名だたる英雄たちが乗り組んだ、世界最古の強力無比な海賊船である。敵対するなら勇気が必要なのはよく分かるが……。

 

「ま、その辺は差出人に聞くしかないか」

「さようですね。では予告状を出して参ります」

「うん、よろしく」

 

 段蔵が手紙を書くために下がると、次はジャンヌオルタが近づいてきた。

 

「やっと起きたのね。何かパワーアップとかした?」

「うん、血の池地獄に浸かった甲斐があったと言える程度にはね」

「アンタ途中からやたら幸せそうだったじゃない……まあいいわ、せっかくだから島に行く前に見せてもらえる?」

「んー、ブレスを海に撃つと意味もなく魚とか死なせちゃうから……空に撃つならいいか」

 

 仲間に能力を見せるのはいいが、実験やパフォーマンスのために生き物を殺すのはやはり気が咎めたので、光己は非破壊的なプレゼンにとどめることにした。

 まずは人間の姿のまま、握り拳から人差し指を立ててその先にテニスボール大の火の玉をつくって見せる。

 

「うわっまぶしっ! それに何だか太陽的なアトモスフィアを感じるのですが」

 

 びっくり顔でそんな感想をもらしたのは玉藻の前である。

 確かに火の玉は以前の青色から白色に変わっていて、小さな太陽のように燃え盛っていた。軽く作ったものにしてはなかなかの熱量がありそうだ。

 

「うん、玉藻の前と契約したからだと思う。同じ国の神様だと影響受けやすいのかなあ」

(……人類悪の分け御霊だからだと思いますけどね)

 

 光己の返事にカーマはそんなことを思ったが、口には出さなかった。

 神魔モードには特段の変化はなかったので、飛ばして竜モードに移る。いつも通り服を脱いで、竜の姿に変身した。

 

「うーん、見た目は変わってないのね」

 

 ジャンヌオルタはちょっと残念そうだった。それを聞いた光己が理由を解説する。

 

「1度この姿で固まっちゃったからなあ。よっぽど強い竜の血を飲まないと変わらないと思う」

「残念ねえ。三つ首になれば私の宝具とおそろいだったのに」

「三つ首の黒い竜か……なかなかカッコいいな。アジ・ダハーカか、それともビオ〇イン?」

「ああ、そういえばそんな竜もいたわね。でも違うわ。ズバリその正体は……」

「正体は?」

 

 光己がごくりと生唾を呑む。ジャンヌオルタは自慢気に立派な胸をそらすと、声高らかに言い放った。

 

「私も知らない!!」

「ズコー!」

 

 光己は思わず擬音付きで転んでしまった。さんざん引っ張っておいてこれとは!

 当の邪ンヌは悪びれる様子もなく言葉を続けた。

 

「だってあれ、以前の竜の魔女の力で召喚してみたら出てきたってだけだもの。実体なくて炎の塊だけだし、喋れないし、正体なんて分からないわ」

「なら最初からそう言えばいいのに」

「それじゃ面白くないじゃない」

「……」

 

 邪ンヌは復讐をやめてクラスも変えても邪ンヌであった。実害はないレベルだから問題はないが……。

 

「じゃあそろそろ、お待ちかねの必殺技を披露するとするかな」

「必殺技! いい響きねえ。最終決戦奥義とかドイツ語の辞書とか心が躍るわ」

「分かる」

 

 しかしいつまでも中二談義にかまけてはいられない。光己は船の外の上空に鎌首を向けた。

 目を閉じて顎を軽く開く。

 

「沖田ちゃんの宝具が気になったのは、きっと手本だったからなんだろうな。いつかこれで誰か強い奴を倒すことになるのかも。

 ――――――人、竜、神、魔。四光束ねて星の終わりを現出する」

 

 開けた口の中に魔力が集まり、白く輝く光の玉ができた。ただよほど圧縮しているのか、ファヴニールの大魔力に大気中の魔力(マナ)まで加えているのに容易に大きくならない。

 30秒ほど経って、ようやくスイカくらいのサイズになった。

 

「いっけぇーーー! 『蒼穹よりの絶光(ガンマ・レイ)』!!」

 

 そして真名(?)開帳とともに、その膨大なエネルギーを開放する。沖田オルタの宝具とは反対の純白色に輝く、しかしどこか似た雰囲気のビームが発射された。

 ビームはそのまま、青い空の向こうに吸い込まれるように消えていった。放出時間は1秒にも満たなかったので、見張り役のサーヴァントたちは見逃していたかもしれない。

 

「…………何とか成功かな。でも疲れた」

 

 初挑戦の必殺技だけあって、時間がかかった上に魔力も精神力もかなり使った。これはまだ実用レベルではなさそうである。

 とはいえ成功は成功なので今回はここまでにして、また人間の姿に戻った。

 するとやはりというべきか、沖田オルタが近づいてくる。

 

「マスター、今のは」

「うん、沖田ちゃんの宝具を俺なりにアレンジした技ってとこかな。まだ未完成だけど」

「そうか、私がこの特異点に来たのはやはりマスターに会うためだったのだな。役に立ててよかった」

「うん、ありがと。でもまだ特異点修正の仕事は途中だから、終わるまではよろしくね」

「もちろんだとも」

 

 光己と沖田オルタはがっちりと握手して、マスターとサーヴァントの絆を改めて確認しあったのだった。

 

 

 




 島に行くのは次回にo(_ _o)
 ところでヘラクレス戦ってオケアノス編の山場だと思うのですが、贋作カリバーンで7回殺せるんですから真作エクスカリバーなら10回くらいいけますよねぇ……。
 あとまた竜の血を飲んだり新しいサーヴァントが登場したりしましたので、現時点での(サーヴァント基準での)マテリアルと絆レベルを開示してみます。
 以前のものは第39話、56話、75話、91話の後書きにあります。

 性別   :男性
 クラス  :---
 属性   :中立・善
 真名   :藤宮 光己
 時代、地域:20~21世紀日本
 身長、体重:172センチ、67キロ
 ステータス:筋力B 耐久C 敏捷C 魔力A 幸運B+ 宝具EX
 コマンド :AABBQ

〇保有スキル
・竜モード:EX
 体長30メートルの巨竜に変身します。頻繁に使うようになったので宝具からスキルに格落ちしました(ぉ

・神魔モード:EX
 頭から角、背中から2対の翼、尾骶骨から尻尾が生えた形態に変身します。こちらもよく使うので格落ちしました。

・フウマカラテ:D+
 風魔一族に伝わる格闘術、らしいです。

・神通力:D
 火炎操作(太陽属性)、魔力放出、魔力吸収等といった特殊能力を使えます。

神恩/神罰(グレース/パニッシュ):C
 味方全員のデバフを解除した後、絆レベルに比例した強さのバフを付与します。さらに敵全員に敵対度に比例したデバフがかかります。神魔モード中のみ使用可能。

・魂喰いの魔竜:E
 大気中もしくは敵単体から魔力を強力に吸収し、さらに身体が人間サイズの竜のようになっていきます。神魔モード中のみ使用可能。

・魔力感知:D
 周囲の生命体が発する魔力を光として感知することができます。人の姿でもできますが、竜の姿の方が広範囲を感知できます。

・ワイバーン産生:D
 ワイバーンを細胞分裂で産み出すことができます。事前に数日ほど竜の姿を維持しておく必要があります。

〇クラススキル
四巨竜の血鎧(アーマー・オブ・クアッドスター):A+
 Aランク以下の攻撃を無効化し、それを超える攻撃もダメージを6ランク下げます。宝具による攻撃の場合はA+まで無効化し、それを超えるものはダメージを12ランク下げます。弱体付与に対しても同様です。光や炎や眠りに対してはさらに6ランク下げます。

・竜人:B
 毎ターンNPが上昇します。

〇宝具(というか必殺技)
蒼穹よりの絶光(ガンマ・レイ):EX
 自身に宝具威力アップ状態を付与(1ターン)<オーバーチャージで効果アップ>+敵単体に超強力な無敵貫通&防御力無視攻撃+敵単体にガッツ封印(1ターン)。対霊宝具。竜モード限定。
 超高エネルギー状態の光子の塊を撃ち出す技……らしいです。今話でやった直線状ビーム、円錐形に広がる拡散ビーム、などのバリエーションがあります。

・滅びの吐息:EX
 敵全体に強力な攻撃<オーバーチャージで効果アップ>。対城宝具。竜モード限定。
 通常のブレス攻撃とは一線を画する威力を誇る、爆発性の火球を吐き出します。

〇備考
 火炎操作に太陽属性がついたのは本文にある通り玉藻の前と契約した影響です。宝具が変わったのも沖田オルタのおかげだけではなく太陽属性あってのものですし、さすが良妻はサポート力が違いますね!(棒)

〇絆レベル
・オルガマリー:6      ・マシュ:5
・ルーラーアルトリア:6   ・ヒロインXX:8    ・アルトリア:3
・アルトリアオルタ:2    ・アルトリアリリィ:4
・スルーズ:6        ・ヒルド:5       ・オルトリンデ:4
・加藤段蔵:5        ・清姫:4        ・ブラダマンテ:8
・カーマ:8         ・長尾景虎:9      ・諸葛孔明:2
・玉藻の前:2
・沖田総司:3        ・沖田オルタ:3     ・ジャンヌ:4
・ジャンヌオルタ:4




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第109話 島のサーヴァント

 この閉じた海域のある地点に、1隻の木造帆船が浮かんでいた。

 むろんただの船ではない。アルゴー号といって、神代につくられた神秘の船である。

 その「動力」を担っている少女が、ふと遠くの空を見上げてつぶやいた。

 

「今のは……一体……!?」

 

 数百キロメートルも離れた先の出来事だから、定かなことは分からないが、確かに今、地上(もしくは海上)から天に向かって恐るべき出力のビームが射出された。サーヴァントの宝具だとしたら、対城宝具かそれ以上だろう。

 そこに行くべきかどうかは分からない。自分たちが目的としているモノがあるのか、それとも無関係な争いに巻き込まれるだけになるかを判断できる材料はないのだから。

 それに今は、「聖杯」を所持しているサーヴァント、「黒髭」の宝具の船を付かず離れずで尾行している最中である。1度離れてしまったらまた追いつくのは難しいから、あのビームの発射元に行くのは相当な決断を要するだろう。

 かといって発見した異常を報告しないわけにはいかない。少女は伴侶にして上司である青年に、今見たことを包み隠さず話したのだった。

 

 

 

 

 

 

 光己たちが島の海岸に近づくと、砂浜に若い女性が2人立っているのが見えた。

 当然のようにルーラーアルトリアが真名看破を行う。

 

「まず水色の髪で露出が多い服装の女性がオリオン……いえ、オリオンをアルテミスが乗っ取っている? アルテミスが高位の神霊だからか、特殊な現界をしているようです。彼女が手に持っている熊のぬいぐるみがオリオン当人みたいですね。

 クラスはアーチャー、宝具は『月女神の愛矢恋矢(トライスター・アモーレ・ミオ)』、対象1人に極めて強力な矢を放つものです。

 そして緑色の服を着て猫のような耳がある女性がアタランテ、アーチャーです。宝具は『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』、広範囲に大量の矢を降らせるもののようです」

 

 本格的にギリシャ神話関係者が増えてきた。

 アルテミスといえば有名な月の女神で、つまり「契約の箱(アーク)」を暴走させてしまう「神霊」そのものである。しかしオリオンは星座になっているくらい名高い英雄なのに、女神の介入でぬいぐるみにされるとは何とも哀れなものだった……。

 また、アタランテはさっき矢文に名前が出ていた「アルゴー号」の乗員の1人で、フランスでともにジャンヌオルタと戦った仲間でもある。

 当然会うべきだが、ジャンヌオルタはフランスでアタランテといろいろあったので、光己は念のため意向を確認することにした。

 

「ジャンヌオルタはどうする?」

「一緒に行くわよ。私は気にしないし、仮にアタランテにフランスの時の記憶があったとしても、ケンカは売ってこないでしょ」

「そっか、じゃあ行こう」

 

 幸い平気なようなので、カルデア一行が全員で船を降りるとアルテミスとアタランテもこちらに近づいて来た。

 

「来たか。……む、汝らはもしかして、フランスにも来ていたカルデアのマスターと、そのサーヴァントたちか?」

「あ、記憶があったんだ。じゃあ話が早いな」

 

 それならカルデアや人理修復について説明する手間が省ける。一から話すと長い上に、信憑性に欠ける話題だから助かった。アルテミスとオリオンにはアタランテから話してもらえばいいし。

 

「あの時は世話になったな、感謝している……っと、汝らはもしかして、聖女と魔女の両方を仲間にしているのか!?」

 

 しかも2人とも水着とくれば、アタランテが驚くのも無理はない。特に聖女の方は、頭のネジがだいぶ抜けて、ふわふわになっているように見えるが大丈夫だろうか。

 

「む、今何か失礼なこと考えませんでしたか? お姉ちゃんは結構鋭いんですよ!?」

「い、いや、そんなことはない……」

 

 彼女が誰のお姉ちゃんなのかアタランテは少し気になったが、深く突っ込むのは避けた。

 そして黒い方のジャンヌに顔を向ける。

 

「しかし竜の魔女よ、汝がカルデアの側につくとはどういう風の吹き回しだ? 罪滅ぼしなんて殊勝なことを考えるタマでもあるまいに」

「ええ、あくまで私の個人的な都合だけよ。マスターとは気が合うしね」

「そうか……」

 

 そこでアタランテはチラッと清姫の方に目を向けたが、嘘許さない娘は何も言わなかった。どうやら本当に味方になっているようだ。

 

「そういうことなら深くは問うまい。まずはお互い自己紹介をしようか」

「そうだな」

 

 こうして光己たちと島の3人は自己紹介をして、ついでにカルデア勢がこの特異点に来てからの経過も説明したわけだが、その途中に、光己はアタランテがどこか疲れたというか、意気消沈したような顔をしていることに気がついた。

 

「アタランテ、何か困ったことでもあるの? 知り合いと合流したんだから、もっと喜んでもいいと思うんだけど」

「ん? ああ、そうだな……汝らと会えたことはとても嬉しく思っている。

 信仰する女神が恋愛脳だったことなんて、何も気にしていないとも」

「ああ、そういう……」

 

 そういえばアタランテはアルテミスを信仰しているのだった。

 アルテミスは今ちょっと話しただけでも、ゆるふわスイーツな性格なのはすぐ分かったので、それで落ち込んでいるのだろう……。

 しかし、他人の信仰の問題に口出しできるほど光己は世慣れしていないので、このたびは言及を避けた。文字通り、触らぬ神に祟りなしというやつである。

 アルテミスは見た目は美人でスタイル良くて、露出高めで雰囲気もゆるいが、逸話的には実際ヤバい神なので。

 

「いやあ、俺はあんたたちと会えて最高にハイになってるけどね!

 何せめったに見られねえハイレベルの、それも水着の美女美少女が1度に14人も加わったんだ。しっかり目に焼きつけて、あわよくばデートの1つで―――」

「ダーリンの浮気者ーーーー!!」

 

 オリオンの台詞が終わるか終わらぬかのうちに、彼はアルテミスに砂浜に体を押しつけられ、(すずり)で墨を()るような勢いで全身を研磨されていた。

 やはりヤバい女神だったようである。

 

「し、死ぬ、助け……」

 

 オリオンが哀れっぽい声で助けを求めてきたが、当然スルー一択だ。惜しいヤツを亡くした……。

 

「まだ死んでないからな!?」

 

 オリオンはぬいぐるみの割になかなか頑丈なようである。さすが英雄といったところか。

 一方アタランテはその辺を見ないフリして真面目な話を始めた。

 

「それじゃ自己紹介も済んだから用件に入ろうか。

 汝らはアルゴー号とはまだ会っていないのだな?」

「うん。アタランテは当然会ってるんだよな?」

「ああ、それどころか私はイアソンに召喚されて現界したんだ。もっとも彼は魔術の心得はないし、聖杯も持っていなかったから、メディアが全部お膳立てしたのだろうが」

 

 その後の彼女の話を要約すると、まずアルゴー号のメンバーは、彼女以外ではイアソン、メディア、ヘラクレス、それと何故か無関係のヘクトールがいて4騎である。アルゴノーツは、神話では総勢で50人ほどにもなるから、4人しか来ていないというのはカルデア側にとってはありがたいことだった。

 イアソンは誰に吹き込まれたのか、「契約の箱」に神霊を捧げれば王になれるというヨタ話を信じ込んでいて、この2件と聖杯を探し回っている。アタランテはやめさせようとしたがイアソンは聞き入れなかったので、離脱して彼らを力ずくでも止めることにしたのだった。

 

「その方法を探している間にアルテミス様と出会って、今はこうして行動をともにしているわけだ」

「あー、そういえばイアソンって、元々王になりたくて冒険始めたんだっけ」

「ああ、だからこんな根拠のない話に飛びついてしまったんだろうな。

 しかし契約の箱に神霊を捧げたら、王になるどころかこの時代が『死』ぬ。これは箱の持ち主に聞いたことだから確かな話だ」

 

 その持ち主とはイスラエルのダビデ王で、今は別行動している。少しでも早く箱と仲間を探すために手分けをしたのだ。

 

「なるほど、ジャンヌもそう言ってたから間違いなさそうだな。

 それで、アタランテたちは箱のありかを知ってるの?」

「ああ、だがそれを教える前に今一度確認しておこう。

 汝らは、たった4人とはいえアルゴノーツと戦う勇気はあるか?」

 

 アタランテがいい加減な答えを許さぬ強いまなざしで光己を見つめる。アルゴノーツの4人の誰か、おそらくはヘラクレスをよほど高く評価しているのだろう。

 しかし光己の答えは決まっている。

 

「そりゃもう、やらなきゃ死ぬのが確定してるんだからやるさ。

 こんな所で逃げたら、建国王や英雄王に怒られそうだしな」

「よく言った、それでこそ私のご主人様だ。

 なに心配するな、()()()()()()()()、ヘラクレスなど奴が()()()()()()()徹底的に掃除してやるから」

 

 すると、メイドオルタが自信とやる気たっぷりな顔つきで自薦してきた。

 その内容に驚いたアタランテが反射的に聞き返す。

 

「汝は……メイドオルタだったか。もしかしてヘラクレスの宝具を知っているのか?」

「ああ、名前は知らんが命が12個あるのだろう。しかし私の聖剣なら、直接頭か心臓を斬れば、少なく見積もっても1度に7個は刈り取れる」

「なんだと……」

 

 アタランテはヘラクレスの強さを直接知っているだけに、半信半疑な様子だったが、話半分だとしても頼もしいことこの上ない。ふっと愁眉を開いた。

 

「分かった、いや、汝らならそう答えてくれると思ってはいたが、念のためな。

 では約束通り教えよう。『契約の箱』はこの島の地下墓地(カタコンベ)にある。それを見つけたから、私たちはこの島に居座っているんだ。

 汝らがアルゴノーツより先に来てくれてよかった」

「ほむ、やっぱりか」

 

 これで話がつながった。黒幕を見つける前に特異点消滅という最悪の事態は免れたのだ。

 

「見に行ってみるか?」

「そだな、やっぱ自分の目で見とくべきかも」

 

 アタランテを疑うわけではないが、やはり自分で見た方が実感がわくというものだ。カルデア一行は彼女の案内で「箱」を見に行くことにした。

 林の中を歩いていると、やがて石造りの地下道の入口が現れる。扉の類はなく、古びて手入れもされてなさそうだった。

 

「この中に?」

「ああ」

 

 通路は明かりがなく昼間でも薄暗くて、いかにも地下墓地らしい独特の雰囲気を醸し出している。その最奥のやや広い部屋に、異様な気配を放つ木製の箱がぽつんと置かれていた。

 大きさは光己が両手で抱えられるくらいで、フタには天使の像が2体乗せられている。

 

「多少なりとも魔術にかかわる者なら、あれがただの木箱ではないことくらいは分かるだろう?」

「そだな、『箱』がここにあることは分かった」

 

 それを確かめたら長居は無用である。一行はさっさと引き揚げた。

 

「でも入口に扉も何もないのは不用心じゃないか? いっそ土で覆っちゃえば、イアソンが来てもすぐには見つけられなくなると思うけど」

「汝もそう思うか。ではさっそく取りかかろう」

 

 たとえば、メディアの魔術でイアソンたちがこちらの防衛線をすり抜けたとしても、入口が目に見えなければ、すぐには「箱」にたどり着けないはずだ。覆っておいて困ることは何もないし、打てる手は打っておくべきだろう。

 その作業が終わったところで、アルテミスがいかにも暢気そうな口調で話しかけてきた。

 

「それで、これからどうするの?」

「そうですね、しばらくこの島で待つのが賢明かなと思いますが」

 

 こちらから探しに行こうにもアテはないし、その間にアルゴノーツが入れ違いで来て「箱」を使われる恐れもある。といって、チーム分けして留守番を残すというのは、相手が相手だけに危険だから、全員居座る万全の体制で、向こうが来るのを待つのがベストということだ。敵はアルゴノーツだけではないのだし。

 しばらく待ってみて誰も来なかったら、その時はその時でまた考えればいい。

 

「じゃ、アルゴノーツなり他のサーヴァントが来るなりするまでは、遊んでていいのね?」

「そうですね、それまではアルテミス神とオリオンさんにお願いすることは特にないかと」

 

 アルテミスの質問に光己がそう答えると、月女神様は嬉しそうにはしゃぎ出した。

 

「本当!? わーい。それじゃダーリン、リーダーの許可も取ったことだしデートしましょデート!」

「え? いや、俺としては、アルゴノーツとの戦いに備えて、新顔の娘たちと交流を深めておきたいんだが」

「ダーリンのばかー!」

 

 文字通り神を畏れぬ愚言を吐いたオリオンを、アルテミスが両手で持って雑巾のように絞り上げる。

 オリオンがまた哀れっぽい悲鳴を上げたが、光己は特に反応しなかった。

 

(夫婦漫才っていうか、ドツキ漫才みたいなもんなんだろうなあ)

 

 オリオンだって、ああいうことを言えばアルテミスがどう反応するかくらい分かっているはずだから、あえてボケているのだろう。仲裁なんかするのは野暮というものである。

 ……決して、ヤバい神のご機嫌を損じる可能性があることをするのが怖いわけではない。

 

「あ、でも遠くに行く時は通信機持って行って下さいね。それと暗くなる前に帰って来て下さい」

「はーい!」

 

 アルテミスは元気よくそう答えると、オリオンと通信機を持って林の中に歩き去って行った。

 それを見送った後、アタランテが話しかけてくる。

 

「やれやれ……しかしただ待ってるだけなのは退屈だな。何かすることはないのか?」

「んー、そうだな。いつまで居座るか分からないわけだから、まずは拠点を作るべきかな。

 いや待て、その前にっていうか並行してやることがあった」

 

 光己は何か思い出したらしく、くるっと体ごと後ろを向いた。

 

「ジャンヌオルタ、約束のアレ今からでいい?」

「ああ、アレね。ええ、場所と道具さえ揃えてくれれば、いつでもいいわよ」

「ありがと。それじゃ、いつ誰が来るか分からん状況だからさっそく頼む。

 それにかかわらない人は、無人島の時みたいに家建てよう」

「はい、今度こそますたぁと2人でお泊りを!」

 

 無人島の時にいっしょに来ていたマシュや清姫たちは光己の話をすぐ理解できたが、アタランテにはまったく分からなかった。竜の魔女との約束とか家を建てるとかどういう意味なのだろうか?

 

「マスター、いったい何の話だ?」

「ああ、その辺は話してなかったっけ。ジャンヌオルタの刀は自作だっていうから、俺も一口つくってもらうことにしたんだよ。普通は素材がないから無理だけど、今は聖杯で出せるから滅多にないチャンスだと思ってさ。

 家の件は、俺たちは他の特異点で石器時代的な家を建てたことがあるから、またそれを建てようって話。サーヴァントでも夜中に野ざらしは嫌だろ?」

「なるほど、汝らはいろいろやっているのだな……分かった、私も手伝おう」

 

 アタランテは女神に遣わされた雌熊に育てられるという野性的な幼少期を過ごしたが、石器時代の家を建てた経験はない。暇つぶしとしては面白そうなので、仲間に入れてもらうことにしたのだった。

 

 

 




 ダビデが別行動しているというのはマンガ版の展開ですね。しかし主人公たちと合流できるかどうかは未定です。エウリュアレとアステリオスも(ぉ




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第110話 怒れる槍の王

 家を建てるのはさほど急ぐ必要はないが、アルゴノーツやランサーオルタや織田信長がいつ現れるか分からない以上、ジャンヌオルタが刀を作るのは急いだ方がいい。光己は鍛冶場の建物と道具一式を聖杯で用意した。

 

「うーむ、これが聖杯の力か……」

 

 その光景を見たアタランテは感心しきりであった。これなら「全ての子供を救う」のは無理でも、目の前にいる子供くらいは確実に救える。

 もっとも今は人理修復が最優先、というかこの特異点に子供はいないのだけれど。

 

「それで、どんな刀を作るの?」

 

 ジャンヌオルタが光己に訊ねる。一口に刀といってもいろんな種類があるのだ。

 

「うん、お守り刀用に短刀をお願い。長いと荷物になっちゃうから。

 俺は元々武器使わないし、まして一品物だから実戦で使って折れたりしたら一大事だからな」

「短刀ね、了解」

 

 ジャンヌオルタが頷くと、オルトリンデが話に加わってきた。

 

「私見ですが、刀身の素材は隕蹄鉄ではなく神鉄かオーロラ鋼が良いと思います」

「神鉄?」

「はい、私たちの盾は神鉄、鎧はオーロラ鋼でつくられています。いえ私たちは鎧はつけていませんが。

 あと鞘に紐を巻くなら原初の産毛が良いかと」

「なるほど、日本にはその手の特殊金属って……いや、ヒヒイロカネってのがあるわね」

 

 どれもこれも激レア素材なのだが、今回は探す必要がないので2人とも実に気楽そうな口調であった……。

 なお原初の産毛とは燃え盛る炎のような獣の毛で、その神々しさから魔除けの御守として珍重されている代物である。

 

「ヒヒイロカネですか。私が現界した時にもらった知識にもありますが、詳しい性質が分からないと刀にするのは難しいのでは?」

「それもそうね。でもアンタの盾が神鉄製だっていうなら金色なのよね。日本刀の刃に使うには派手すぎると思うけど……オーロラ鋼ってのは何色?」

「澄んだ青色で、名前の通りオーロラのような輝きを放つ金属です」

「じゃあそっちにしましょう。神鉄は鞘と柄ね。漆の代わりに黒獣脂か何かを塗ればけばけばしくないし」

 

 そして黒獣脂というのは、魂を喰らう獣の体表から採れるドロドロとした脂で、蒸留と精製を繰り返すことで上質の魔術資源となるものだ。これだけの材料を使う時点でお守り刀としては破格の一言につきるのだが、今回はここからが本番である。

 

「参考までに聞くけど、どんなルーンを刻むつもりなの?」

「まだ具体的には決めていませんが、エクスカリバーに倣って鞘に護りと癒し、刀に攻撃の力を付与しようかと考えています。

 しかし戦闘には使わないのであれば、攻撃の代わりに解呪や破魔の方がいいかもしれません」

「マスターは自前で炎やビーム出せるものね」

 

 だからぶっぱするのに道具に頼る必要はないのだ。

 しかしせっかく最高の素材で渾身の一刀を鍛えるのだから、絵になる必殺技の1つでも持ってくれた方が嬉しいのも事実である。剣術をやらないなら剣に封じられているナニカが勝手に攻撃してくれるとか、ケルト神話的に考えるなら剣自身が飛んでいくとか。

 ……まあその辺は実際に刻む時までに当人に決めてもらえばいいだろう。

 

「それじゃさっそく始めましょうか。

 そうだ、アンタも手伝いなさい。ルーンがあれば手間省けそうだし」

「はい」

 

 こうしてジャンヌオルタとオルトリンデは今決めた材料を光己に出してもらうと、鍛冶場にこもって刀をつくり始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 一方光己たちは拠点として家を建てる仕事である。必要以上に聖杯の魔力を使うのはよろしくないので、こちらは普通に島の木や草を使って建てることにした。

 今回は2度目だし資料を持って来ているから、竪穴式住居を建てるのに苦労はない。

 また光己はサーヴァント基準で筋力がBランクにまで育っているので、無人島の時と違って非力感にさいなまれることはなかった。

 

「まさに力こそパワー! 我が地底戦車のごとき掘削力を見るがいい!」

 

 むしろ調子に乗って穴を掘りまくっている。そこに清姫が近づいて、いくぶん申し訳なさそうに声をかけた。

 

「あの、ますたぁ。ますたぁ自ら土を掘るのはその辺にして、監督役に戻っていただけると嬉しいのですが」

「……?」

 

 コミュ力人並みの彼には理解できないようだったので、清姫は続きを口にした。

 

「何といいますか、元一般人のますたぁに、わたくしたちより剛力なところを見せつけられますと、その、サーヴァントとしての体面がちょっと」

「あー、それか」

 

 光己があの時感じたのと同じことを清姫も感じたということか。それは悪いことをした。

 

「そうですね、率先垂範はもう十分かと思います」

 

 とはいえ1人の意見だけでやめるのもどうかと思うが、マシュも賛成したので光己は採用することにした。

 

「そっか、じゃあそうするかな」

「はい、あとの実作業は私たちにお任せ下さい」

「代わりに後でスイーツ作って下さいね。手作りですよ手作り」

 

 そこで尻馬に乗ったのはカーマである。一応真面目に作業しているが、何らかの対価は欲しいようだ。

 言われてみれば聖杯メシはとても美味だが、手間とか愛情とか真心とかがこもっているとはいいがたい。ヒネた愛の神様としてはそれだけでは物足りないのだろう。

 

「そうだな。じゃあ家建てるのが一区切りついたら、段蔵といっしょに材料探しに行こうか」

「はーい」

 

 それでカーマは納得したが、次はアタランテがやってきた。

 

「しかし汝はフランスの時は確かに普通の魔術師、いや一般人だったのに、何故私より腕力が強いんだ!?」

 

 実に不思議かつ面白くない現象である。

 アタランテは素早さや器用さが身上であって力自慢というわけではないが、それでも一般人に負ける気はない……というか光己が逸般人すぎるのだ。あれから何かあったのか?

 

「あ、これは話してなかったか。まあ要するに、悪竜現象で俺も竜種になったんだよ」

「悪竜現象……つまりファヴニールの血を浴びたということか。それなら話は分かるが……そういえばあの時はジークフリートもいたな。

 ……いや、やめておこう」

 

 アタランテは何か思い出したようだが、光己には関係ないことらしく口にはしなかった。

 

「まあ何にせよ、最後のマスターが強くなったのは喜ばしいことだな。今回もよろしく頼む」

「うん、こちらこそ」

 

 そんなことを話しながら作業しているうちに、家と調理場とトイレとお風呂はあらかた出来上がっていた。清姫がさっそく光己の腕に抱きつく。

 

「旦那様! これで今日は並んで寝られますね!」

「お、おお、そうだな」

 

 清姫は相変わらず清姫だった。ここまでアグレッシブだとかえって引いてしまう時もあるが、彼女の宿願みたいだから、たまには叶えてあげてもいいだろう……。

 あとはカーマご希望のスイーツの材料を取りに行かねばならないが、光己が同行者を募ろうとしたところでルーラーアルトリアが制止してきた。

 

「マスター、お待ち下さい。サーヴァント反応です」

「え。まさかアルゴノーツがもう来たのか!?」

「いえ、2騎ですからアルゴノーツではないと思います」

 

 それならランサーオルタと織田信長だろうか。どちらにせよせっかく建てた家や鍛冶場を壊されてはたまらないから、海上で迎え撃つべきだろう。

 

「それじゃルーラー、船お願い。それとアタランテ、通信機でアルテミス神とオリオンさんを呼び戻してくれる?

 あとはオルトリンデとジャンヌオルタか」

 

 光己がそう言って一同の顔を見渡すと沖田が口を開いた。

 

「船で迎撃するのはいいですが、万が一に備えて留守番も残した方がいいのでは?」

「うーん、それもそっか。じゃああと2人……段蔵とXX、お願いしていい?」

「はい、承知致しました」

「むうー、不本意ではありますがマスターくんがそう言うなら」

 

 こうして配置が決まり、迎撃組が海岸に向かうとアルテミスとオリオンも戻って来た。

 

「お待たせー! ……って何この家、もしかして草で建てたの?

 んもー、そんな面白そうなことするのに呼んでくれないなんて、アタランテちゃんひどいなあ」

「んんっ!?」

 

 突然咎めるような視線を向けられてアタランテは困惑した。まさかアルテミスが石器時代の家を建てることに興味を持つとは。

 

「い、いえその。アルテミス様がこんな事をしたがるとは思わなかったので……」

「むうー」

 

 アタランテは弁解を試みたが、女神様のご機嫌は斜めのままだ。困った女狩人は救いを求めてマスターの顔を顧みた。

 

「……ま、まあまあアルテミス神。家はまだあと2軒建てますので、明日はぜひお願いします」

「え、明日もやるんだ。それ早く言ってくれればいいのにー」

 

 その意を察した光己が仲裁すると、アルテミスはどうにか機嫌を直してくれた。

 そして1人と12(+1)騎でルーラーの船に乗り込んで出航する。やがて前方に2隻の帆船が見えてきた。

 

「昨日と同じ船ですね。やはりランサーオルタと織田信長かと」

 

 2隻は50メートルほど間を取って横に並んでいる。こちらの存在に気づいたらしく、方向転換してまっすぐ近づいてきた。

 

「さて、どう来るか……?」

 

 彼女たちにとってこちらは「敵の味方」だが、まだ交渉の余地がない仇敵とまではいえないだろう。できれば話し合いで味方に引き入れたいものだけれど。

 ―――と考えていた時期が光己にもあった。

 

《マスター、右側の船で魔力反応が急速に増大している。おそらくは宝具だ!》

「血の気多いな!?」

 

 カルデア本部からの警告に光己が思わず悲鳴を上げるとほぼ同時に、こちらも気配を感じたのかルーラーアルトリアが進み出る。

 

「あれはおそらく聖槍でしょう。私が対応します。

 ロンゴ……もとい、主砲展開準備!」

 

 そういえば彼女も聖槍の担い手だった。反応が早かったのはそのためだろう。

 ルーラーが軽く手を振ると、船首の少し前に白鳥のような形をした光のシルエットが現れる。ランサーオルタの船からは黒い竜巻が屹立した。

 

燦々とあれ、我が輝きの広間(ブライト・エハングウェン)!!」

最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)!!」

 

 2人がほぼ同時に宝具を開帳し、金色の光条と黒い暴風が両者のちょうど真ん中あたりで激突する。光と風がはじけ散り、耳をつんざくような轟音が響いた。

 

「うわ……!」

 

 爆圧で大波が起こり、船が木っ端のように流される。とんでもない威力だった。

 しかし竜巻自体はここまで来なかったから、一方的に押し負けたわけではないだろう。ランサーオルタと信長の船も同じように流されたはずだ。

 

「でも変ですね。ランサーオルタがはぐれサーヴァントであるなら、ルーラーさんと互角にはなれないと思うのですが」

 

 船が揺れたので転倒していたマシュが慌てて起き上がりながら、今頭に浮かんだ疑問を口にする。

 こちらには聖杯を持った竜人というこれ以上ないマスターがいるのだから、「同じ」サーヴァントが同じ宝具を打ち合えば勝てるはずなのに。

 

「おそらく彼女は『嵐の王(ワイルドハント)』の影響で力が増しているのでしょう。あるいは付き従っている亡霊や妖精から魔力を得ているのかもしれません」

「なるほど」

 

 ルーラーの解説でマシュは納得したが、これは厳しい戦いになりそうだ。盾兵少女は改めて気合いを入れた。

 マシュと同様に転んでいた光己も起き上がって、角と翼と尻尾を出して戦闘モードに入る。するとまたカルデアから通信が入った。

 

《どうやら戦闘は避けられんようだな。しかし2人と同時に戦う必要はない。

 こちらの船の方が圧倒的に速いから、常にランサーオルタと織田信長を結ぶ直線の先に陣取るのだ》

「おおぅ、さすがはⅡ世さん」

 

 そうすれば、こちらから見て後ろにいる方は、前にいる方が邪魔になって攻撃できない。つまり1隻対1隻で戦えるというわけだ。

 

「どっちと先に戦えばいいですか?」

《選べるならランサーオルタだな。あれほどの宝具を連発はできないはずだから、その間が攻め時だ》

「分かりました」

 

 実に合理的な作戦である。光己はⅡ世の案を速攻で採用すると、ルーラーにその旨を話した。

 

「で、もし戦いながらやるのが大変だったら、探知と操船に集中してくれてもいいから」

「はい、承知しました」

 

 ルーラーが頷いて、さっそく急速旋回して敵船2隻の横に回る。するとランサーオルタたちはこちらの考えを読んだらしく、しかもそれを防げないと見たのか、彼女の船だけが妙に高速で近づいてきた。

 

「急に加速した!?」

「多分風王結界(インビジブル・エア)をジェット噴射代わりに使っているのだろう。よほど魔力が潤沢と見える」

 

 メイドオルタが小さく舌打ちしながらそう解説する。彼女にはできない芸当のようだ。

 ランサーオルタの船には大砲の類は積んでいないらしく、砲撃とかはしないでひたすら突っ込んでくる。ある程度近づいたら亡霊たちを乗り込ませようという算段なのだろう。

 

「心配するな。弓兵とはこういう時のためにいるものだろう?」

「そうね。ダーリンと一緒にがんばっちゃうわ!」

 

 しかしこちらには凄腕の射手が2騎も新規参入している。アタランテは1歩前に出ると、もし先方に隙があったらヘッドショットを決めてやろうなどと考えながら、ランサーオルタの船をじっと見つめた。

 

「さて、どこにいる……?」

 

 アルトリアズによると、彼女たちはランサークラスの時は必ず馬に乗るそうだが、それらしい姿は見当たらなかった。まあ船の上で乗っても目立つだけで、良いことはないので降りているのだろう。

 

「……あれだな。あの顔に黒い槍、間違いない……って、何て破廉恥な格好をしているんだ!?」

 

 不意にアタランテが顔を赤くして素っ頓狂な声を上げる。何を見たのだろうか?

 光己はすかさず双眼鏡を取り出して、彼女が見ていた方を注視した。

 

「うおおぉぉ、人前でなんてえちえちな服着てるんだ。天使か!?」

 

 服というよりランジェリーか。デザインはベビードール風で、透けた白い薄布のところどころに花模様をあしらっている。

 しかし胸より下の布が少ないため、黒いパンツとガーターベルトが丸出しだった。ちなみにストッキングも黒でそろえている。

 着ている当人は、ルーラーアルトリアの肌と髪の色と雰囲気がオルタになった感じか。つまりおっぱいばいんばいんでとてもえろい。

 

「まさか戦場でこんな良いものを拝めるとは。そうだ写真写真」

 

 光己が今度はカメラを取り出そうとすると、遠くからでもその辺の雰囲気を察したのか、ランサーアルトリアの大音声が聞こえた。

 

「うるさい黙れ、私だって好き好んでこんな服着てるんじゃない!!

 そこの白い私と違って水着がないからってこんな……この屈辱、ちゃんとした水着をもらってる貴様たちには分からないだろうがな!

 だから私は『契約の箱』を壊してさっさと座に還るんだ。邪魔をするなーーーっ!」

 

 どうやらランサーオルタは、恥ずかしい服で現界させられた罰ゲームを一刻も早く終わらせたくて、それでも何もせずに自決するのは矜持が許さないので、何らかの役に立ってから還りたいということなのだろう。血の気が多いのもこのせいか。

 

「お、おぅ……!?」

 

 これはどうしたものだろう。光己たちは思い切り当惑して立ちすくんでしまうのだった。

 

 

 



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第111話 ワイルドハント

 ランサーオルタは騎士王だけあって悪玉ではないようだ。なら殺すのは気が引ける、というか思春期少年的にはぜひとも仲間に入れたかった。あの美貌とド迫力ボディでえっちなランジェリーを着てくれている天使を失うのは、人類の半数にとって多大な損失である。

 

「俺の見立てでは、あれはハロウィンの時とかに夫や恋人を挑発して楽しむための服だな。もちろんその後は悪戯されまくって(ry」

「……先輩、そろそろ真面目にやって下さい」

「……はい」

 

 マシュが怖い顔をして睨んできたので、光己はマスターの仕事に戻ることにした。

 なおオリオンがまたアルテミスにシメられていたが、今回もスルーである。

 

「あ、そういえばお姉ちゃんはランサーオルタの姿は見てなかったの?」

「いえ、見てはいましたが男性に話すのはどうかと思って控えていたんです。教えなくても支障はないと思っていたのですが、まさかあそこまで激昂するとは予想外でした」

「うーん、それじゃ仕方ないか」

 

 しかしあの様子では、そう簡単に説得に応じてはくれないだろう。まずは落ち着いてもらわないと。

 それに、彼女の周りにいる魔物はどのみち排除せねばならない。

 

「アタランテ、宝具いける?」

「うむ、この距離ならやれる。取り巻きを蹴散らすのだな?」

「うん、お願い」

「分かった。『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』!!」

 

 アタランテが空に向かって弓を構え、1本の矢を放つ。

 それがふっと見えなくなった直後、上空からランサーオルタの船に無数の矢が雨のように降り注ぐ!

 

「フン、小癪な。風王結界(インビジブル・エア)!!」

 

 しかしランサーオルタは一手早くまた槍を天にかざしていた。再び黒い竜巻が唸りを上げる。

 その竜巻が下の方から、ちょうど傘のように広がっていく。彼女の風芸は威力だけでなく器用さも備えているようだ。

 

「……あれで防ぐ気なのか?」

 

 光己が小声で呟いた直後、矢の雨が風の傘に落下する。

 当然突き刺さって突破できるだろうと光己は予想したが、意外にも矢雨は傘の上を滑って船の外に落ちてしまった。

 

「ランサーオルタの風ってそんなに強いのか!?」

「いや、傘が斜めだったから力の向きがそれたんだ。垂直だったら突破できたと思うが、うまくやられた」

 

 ランサーオルタはぷっつんしていても頭のキレは失われていないようだ。

 しかも槍の騎士王はその穂先をまたこちらに向けてきた!

 

「え、またブッパしてくるのか!?」

 

 予想外の連射力に光己たちは驚倒して一瞬反応が遅れたが、マシュだけは盾兵という役目柄、リアクションが間に合った。

 

「―――最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)!!」

「させません! ……顕現せよ、『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』!!」

 

 黒い暴風の進行経路にキャメロット城の幻像が立ちふさがり、轟音をあげて激突する。

 暴風の威力は冬木でアルトリアオルタが放った「約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)」に劣らないものだったが、マシュもあれから多くの経験を積んで成長していた。今回は光己やオルガマリーの後押しを必要とせず、魔力的にも精神的にも独力で耐え切ることに成功する。

 

「先輩、私、やりました……!」

 

 普段おとなしいマシュが、あまり見せない満面の笑顔で誇らしげに自分の手柄を自賛した。

 役に立てたのが嬉しいのはもちろんだが、純一般人だった先輩が何か非常識な速さで強くなっているので置いてけぼり感があった今日この頃の中で、自分も確かに成長できているのを実感できたということもある。

 

「うん、すごいぞマシュ!」

 

 光己も後輩の手柄と成長を率直に褒め称えた。先輩としてリーダーとして当然のムーブである。

 一方ランサーオルタは「キャメロット城」に自身の攻撃を防がれたことを驚いていた。

 

「あれはまさしく我が城……我が騎士の誰かがあの中にいるのか!?

 しかしそれらしい者は見当たらないが……いやあの盾はもしかして? いや女だから違うか」

 

 両者の間にはまだ多少の距離があるからか、ランサーオルタはマシュにギャラハッドが憑依していることまでは見抜けなかったようだ。

 

「まあいい、どちらにせよ王の道を阻むなら、反逆者として処断するのみ。

 ……突き立て! 喰らえ、13の牙!」

 

 そして三度宝具開帳の準備を始める。明らかに異常な事態だが、光己たちとしては状況を推察する前に、今この場の脅威に対処せねばならない。

 今回はメイドオルタが前に出た。

 

「どんな手品を使ってるのか知らんが、思い通りにはさせんぞ。『不撓燃えたつ勝利の剣(セクエンス・モルガン)』!!」

 

 メイドオルタは個人的な信条で「単独行動EX」というスキルを取った代わりに筋力や魔力などの基礎スペックは下がっているが、宝具の狙撃銃はエクスカリバーとセクエンスを組み合わせて作った物で、つまり武器を2つ使っている分高威力である。銃口から撃ち出された水流の圧力は「最果てにて輝ける槍」の風圧とほぼ同等で、また爆風と大波が起こって船は派手に押し流された。

 

「うわわ、むちゃくちゃだ……そ、そうだⅡ世さん。あれ一体どうなってるの!?」

 

 話が違うではないか、という抗議の意味を言外にこめて光己がエルメロイⅡ世にそう問い質すと、Ⅱ世はさすがに申し訳なさそうに謝罪した。

 

《すまん、どうやら見誤っていたようだ。

 だが原因は分かったぞ。ランサーオルタが宝具を撃つたびに、彼女の船にいる亡霊の数が減っている……つまり亡霊から魔力を吸い取っているんだ》

「な、何だってー!?」

 

 それではどこぞの外道麻婆や魔術師一族と同じではないか。騎士王はオルタでも王道派だと思っていたのに!

 

「それが王様のやることかよぉ!」

 

 少年らしい正義感からか、いきり立ってランサーオルタに指を突きつけて糾弾する光己。しかし黒い槍王はそれを鼻で哂った。

 

「フン、何を言うかと思えば。

 私利私欲のために生きた人間から魔力を絞り出すなら確かに外道だが、迷える亡霊をあの世に送ってやったのだからむしろ慈悲だろう。もっとも今回は人の体を不埒な目で見た懲罰も兼ねているがな」

「え!? あ、うーん、それならあんまり悪くないのか?」

 

 なるほど亡霊を成仏させるのは善なる行為といえるだろう。それにこの海域にいるなら海賊の類だから、さらなる悪事を重ねさせないという意義もある。

 また海賊の霊となれば、未練を解消させてやるとか聖職者が弔うとかいった平和的な方法は難しい。なら光己たちも昨日やったように力ずくということになるが、それなら魔力を奪って斃すのも大差ない。

 王様にセクハラを働いたのなら尚更だろう。いや今回はランサーオルタがえっちな服を着ているのが原因だが。

 

「言いたいことはそれだけか? では今度こそ我が聖槍の力を味わえ!」

「まだ撃てるのか!?」

 

 光己は正直驚いたが、ここでⅡ世が助言してきた。

 

《落ち着け。亡霊が減ったペースから見ると、連発できるのはあと1回だけだ。

 生きている魔物の魔力も奪うなら別だがな》

「あまり助けになってない!?」

 

 1回だけなら令呪を使えば済むが、その後でⅡ世が言ったようにランサーオルタが生きている魔物から魔力を吸い出したら困る。そろそろ反撃に移るべきだろう。

 

「矢じゃ牽制にならんしなあ……そうだ!

 お姉ちゃん、鯨を呼んで、ランサーオルタの船の底に体当たりしてもらうってのはどうだろう」

「なるほど、やはり弟君は冴えてますね!」

 

 ランサーオルタの船は、大きさはルーラーの船と大差ないから、排水量は300トン前後だろう。一方鯨類の中で最大のシロナガスクジラは最重で190トンにもなるので、体当たりすれば十分揺らせる。そうなれば宝具ブッパは難しくなるし、あわよくば船底に穴を開けて沈没させられるかもしれない。

 

「では大急ぎで。『豊穣たる大海よ、歓喜と共に(デ・オセアン・ダレグレス)』!!」

 

 両者の船が再び近づきランサーオルタが聖槍に魔力をこめ始めたタイミングを見計らって、ジャンヌが召喚した鯨がランサーオルタの船の底に頭突きを喰らわせる。

 船が大きく傾き、さすがの騎士王もよろめいてたたらを踏んだ。

 

「な、何だ!? 座礁でもしたのか!?」

 

 海底に岩の柱でも生えていてぶつかったのだろうか。ランサーオルタは最初はそう思ったが、2回3回と船底に何かが強打するに至って正解にたどり着いた。

 

「これは大型の海獣か何かが攻撃してきているな。誰かの宝具か!? 厄介な」

 

 ランサーオルタの船にいる魔物は大ヤドカリやラミアが主で、水中でも行動はできるがこの船を揺らせるほどの大型生物とは張り合えない。

 それでも数で押せばどうにかなるか、少なくとも何もしないよりはマシだと考えて迎撃に送り込む。

 

「よし、行け!」

 

 すると船の下の水中で戦闘が始まる気配がして、同時に船底にぶつかられるペースが下がった。

 しかしこの処置の間、敵船への注意がおろそかになっていたのは否めない。その間に白い船はまっすぐ突進してきていた。しかもアーチャーが矢を射って牽制してくる。

 

「くっ、おのれ!」

 

 ランサーオルタはそれを避けたり槍ではじいたりして凌いだが、風の傘をつくるほどの余裕はなかった。その間に敵船はますます近づいてくる。

 

「接舷するつもりか!?」

 

 こちらの船に乗り込んで白兵戦を挑む気なのか。ランサーオルタはそう解釈したが、カルデア勢が考えているのはもっと過激なことである。

 

「ルーラー、そのまま突っ込めーっ!」

「はい、マスター。総員、耐ショック防御!」

 

 船長の指示により、サーヴァント一同が身構えてその瞬間に備える。光己はマシュを後ろから抱きしめた。

 

「あ、あの、先輩!?」

「いや、船同士がぶつかった衝撃で投げ出されて離れ離れになったらまずいだろ」

「そ、それはそうですが」

 

 マシュの役目は光己を守ることである。彼の言うことはまことにもっともだった。

 

「だからといってむ、胸をつかむ必要はないのでは!?」

「つかむなんて乱暴なことしてないぞ。ちゃんとソフトにしてるだろ!?」

「そ、そういう問題では……んっ、あん、だ、だめですせんぱ……」

 

 とか言いながら2人が何か怪しげなことしている間に2隻の船は手が届くほどの距離まで近づいて―――。

 ルーラーの船の先端の衝角(ラム)が、ランサーオルタの船の土手っ腹にめりめりと音を立てて突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

「船が、割れる……!?」

 

 自分の船が真ん中からへし折られて前後にちぎれていくのを見て、ランサーオルタは茫然と呟いた。

 彼女の船は幽霊船を乗っ取ったものでさほど頑丈なものではないとはいえ、まさか一撃で真っ二つにされるとは。それとも海獣の攻撃ですでに痛んでいたからか?

 白い船からサーヴァントが何人も乗り込んでくる。空を飛んでくる者もいた。

 

「くっ、おのれ……!」

 

 だがまだ打つ手はある。ランサーオルタは生き残っている亡霊と魔物たちに応戦を命じた。

 船内に残っていた亡霊軍がカルデア勢の前に立ちはだかる。

 

「ふふーん、ついに私が本領を発揮する時が来ましたね! そーれ、っと」

 

 しかしカルデア勢には魅了スキルを持った女神様がいた。愛の矢を当てるとこちらの味方になるのだ。

 ローマの特異点では政治的な配慮で使用を控えていたが、ここでは誰にはばかることもない。

 

「「おおおおお、カーマ様ぁぁぁーっ!!」」

 

 といっても、宝具ではない通常の矢なら、多少の対魔力か精神異常耐性があれば防げるのだが、ただの海賊の亡霊にそんなものはない。ことごとくカルデア側の味方になって、ランサーオルタ軍に襲いかかった。

 

「何だと!?」

 

 今度は「嵐の王(ワイルドハント)」の軍勢に謀反を起こさせるとは。おそらく一時的なものだろうが、今この場の戦闘に勝つだけならそれで十分だ。

 ランサーオルタはデバフ解除のスキルは持っていないので、この同士討ちを止める手段はない。こうなれば元凶の敵サーヴァントを倒すしかないが……。

 

「行かせませんよ。光子ミサイル、斉射三連!」

「うん、こういう足場の悪い所でこそ私の『極地』が映えるというもの。本気出してしまうぞ!」

 

 空から変な飛び道具を撃ってくる剣士や不思議な足捌きをする剣士は非常に俊敏で、接近戦はやりづらかった。パワーでは勝っていたが、2対1なのもあって押されっ放しだ。

 それでもランサーオルタは聖槍を振るって何とか防戦していたが、不意に腿に矢が刺さる。

 

「くう!」

 

 後ろの弓兵を見落としていたか。しかもまた空を飛べる敵がやってきた。

 

「ええと、アルトリアでいいのかな? そろそろ頭冷えてきた?

 恥ずかしい服が嫌なんだったら、ちゃんとした服用意してあげてもいいんだけど」

「何!?」

 

 ランサーオルタは劣勢なのは自覚していたが、新手が手に持った槍で襲ってくるのではなく、衣服の提供を申し出てきたのには驚いた。

 しかしそこに隙が生じる。声も気配もなく背後から振るわれた後頭部への峰打ちで、ランサーオルタはがくりと前によろめいた。

 

「そこに睡眠のルーン!」

「う!? あ……ふぁ、ぅぅ……んん」

 

 そして怒涛の連携攻撃により、ついに甲板に倒れ伏したのだった。

 

 

 



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第112話 第六天魔王1

 ヒルドたちはランサーオルタが昏倒したのを確認すると、すぐさま聖槍を没収した上で強化ワイヤーで縛り上げた。ヒルドはフランスで体験済みだし沖田は武装警察出身なので、その手並みは文字通り本職のように鮮やかであった。

 ついでランサーオルタをかかえてルーラーアルトリアの船に帰投しようとした時、ふと後ろからの視線を感じた。

 

「あれは……ランサーオルタの乗騎かな?」

 

 ちぎれた船のもう一方の甲板の上で1頭の馬がこちらを睨んでいる。かなりの敵意を感じるが、ランサーオルタが捕虜になっているからか襲ってくる様子はない。

 

「連れてくしかなさそうだけど、動物会話スキル持ってる人なんていないよねえ?」

「ルーラーさんかメイドオルタさんなら何とかなるかもしれませんが……」

 

 まだ織田信長が控えているから戦後処理はすみやかに済ませたいところだが、マスターがランサーオルタを味方にしたいと思っているからぞんざいにはできない。空を飛べるヒルドがいったん戻ってメイドオルタを連れてきた。

 

「ほう、本当にラムレイではないか。なら他の者には簡単には懐かんだろうな」

 

 しかし、メイドオルタはアルトリアのオルタだから、だいぶ近い存在なので難度は下がる。剣と銃を引っ込めて殺意はない旨を示してから手招きすると、納得した様子で彼女のそばに飛び移ってきた。

 メイドオルタがその背中にランサーオルタを乗せ、ついで轡を軽く握る。

 

「ではこちらに来い。主ともども私たちの仲間になるのだ」

 

 するとラムレイはメイドオルタの発言の趣旨は理解できたのか、素直にルーラーの船についてきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 その頃ルーラーの船では、怒れる盾兵少女がぷんすかしながらマスターの少年を正座させてお説教していた。

 

「まったくもう、戦闘中に何考えてるんですか!

 先輩に抱っこされるのが嫌というわけではありませんが、TPOというものを考えて下さい! ましてやその、む、胸をさわるなんて」

「いやお腹抱くだけじゃ上半身が固定されないから危ないだろ。といって顔つかむのも何だから、胸が妥当ということに」

「それはそうですが、それならち、乳房をさわらなくても胸の真ん中あたりでいいのでは」

「それじゃつまらんだろ」

「本音を出しましたね!?」

 

 などと2人が騒いでいると、意外にも清姫が仲裁に入った。

 

「まあまあマシュさん。まだ織田信長さんがいるわけですし、その辺にしておいては。

 別に嫌ではなかったんでしょう?」

「嫌というか恥ずかしいというか、とにかく戦闘中に女性の胸をさわるのはいかがなものかと思うのですが」

「それはそうですわね。それよりますたぁ、女性の胸をさわりたかったのなら、わたくしの胸をさわって下さればよかったのに」

 

 話の筋がいきなりここまでずれるあたり、清姫はランサーになっても狂化EXであった。しかしこれはすぐには頷けない。

 

「いや、清姫の胸さわるのは、さすがに大義名分がないだろ」

「これはますたぁとも思えぬお言葉。さわりたいからさわる、愛し合ってるから抱き合う。それで良いではありませんか」

 

 何という説得力。光己は大いに蒙を啓かれた。

 すっくと立ち上がり、清姫に向かって大きく腕を開く。

 

「その通りじゃないか。かもん清姫!」

「はい、旦那様!」

 

 そのままひしと抱き合う光己と清姫。実にしょうもない茶番だったが、シールダーとしては放っておけない。

 

「まだ織田信長さんがいるんですよ!? 離れて下さい」

 

 そう言いながら2人を強引にひっぺがそうとするマシュ。しょうがないので光己と清姫はいったん離れた。

 ところでその信長はどこにいるのだろうか?

 

「ああ、信長の船ならあそこにいるぜ。ずいぶん流されて距離が開いたが、あれだけ宝具をブツけ合えば見失ったりしねえよな」

 

 するとオリオンが海の一角を指さして教えてくれた。ぬいぐるみになってしまっても狩人の目の良さは健在のようだ。

 

「あー、ありがとうございます。速さはどれくらいですか?」

「ランサーオルタの幽霊船と同じくらいだな。この船よりはずっと遅い」

「よかった、それなら一休みできますね」

 

 信長は船を加速できるスキルは持っていないようだ。これで宝具を使ったマシュやルーラーたちが魔力を回復する時間を稼げる。

 そして信長の船を監視しつつそのまま待っていると、やがてヒルドたちが戻って来た。黒い馬の背中にランサーオルタを横向けにうつ伏せにして乗せている。

 

「ただいま、マスター。ランサーオルタ連れてきたよ」

「うん、4人ともお疲れさま」

 

 光己はさっそくランサーオルタの麗しいお姿を拝見しに赴いた。

 彼女の後ろ側に回ってみると、半分透けた白い薄布とセクシーな黒いパンツに覆われた立派なお尻と太腿が目の前に現れる。

 

「おおぅ、何というド迫力えちえち……」

 

 光己は魅了されたかのようにふらふらとランサーオルタに近づいて、その魅惑の臀部をさわろうとしたが、さすがにヒルドに止められた。

 

「あー、マスターはそこまでね」

 

 ついでルーンでバスタオルを投影してランサーオルタの体にかぶせる。これで彼女の体はまったく見えなくなってしまった。

 

「ああっ、何てことを!?」

「このまま斃しちゃうなら止めないけど、味方にするならねえ」

「ぐぬぬ」

 

 ランサーオルタが寝ている内に殺してしまうなら、彼女の信頼や好意を得る必要はないから多少のおいたは構わないと思うが、勧誘するならそうはいかない。当然の処置であり、光己も返す言葉がなかった。

 

「それよりこの人今すぐ起こす? それとも信長との戦いが終わってからにする?」

「うーん、どうするかなあ」

 

 ランサーオルタを今起こした場合、信長と接触する前に味方にできれば頼りになるが、間に合わなかったら面倒すぎる。基本的に慎重派である光己は、リスクを排除する方向を選択した。

 

「寝ててもらった方がいいかな。ヒルド、睡眠のルーン重ねがけしてもらっていい?」

「うん、了解」

 

 慎重なのは悪いことではない。ヒルドはマスターの指示通り、ランサーオルタが滅多なことでは起きないようルーンをマシマシでおかわりした。

 あとはメイドオルタがラムレイともども船室に連れて行けば大丈夫だろう。

 

「それじゃメイドオルタ、ランサーオルタと馬のことお願いね」

「分かった、任せておけ」

 

 そうして2人と1頭が船の中に入るのを見送ったら、改めて信長の船に注意を戻す。

 

「そういえばお姉ちゃん、信長公ってどんな感じの人だった?」

「え!? あ、はい、そうですね。そんなに長い時間一緒にいたわけではありませんが、一言でいうなら冷徹な君主という感じでした。

 Tシャツを着ていましたが、その下は多分水着でしょう」

「……んー!?」

 

 ランサーオルタのことがあったのでジャンヌは質問にすぐ答えてくれたが、その内容に光己はちょっと違和感を感じた。

 彼が知っている信長は確かに冷徹な所はあるが、普段は陽気でノリがいいタイプだったからだ。ましてサーヴァントは水着になると、たいていは南国チックに明るく開放的になるのに何故だろう。もしかして平行世界から来た、あの時とは別人の信長オルタとかそういう存在なのだろうか。

 

「神霊を材料にして生体兵器をつくるというのもノッブらしくない感じしますしねー」

 

 沖田も疑問を抱いているようだ。まあその辺は本人に確かめるしかないだろう。

 やがて両者の距離が縮まり、信長の船がはっきり見えてきた。

 

「おお、あれはやっぱり鉄甲船か」

 

 鉄甲船とは、木造櫂船に帆も備えた大型の軍船「安宅船(あたけぶね)」の船体の外側に、薄い鉄板を張り付けたものである。史料が少ないので実態はよく分からないが、今光己たちの眼前に浮かんでいる船は水面より上は完全に鉄で覆われた黒鉄の船だった。

 その甲板の舳先(へさき)で信長(と思われる女性)が、茶色い甲冑を着て大型の銃を持った兵士を従えて、傲然とこちらを見据えている。さっそくルーラーが真名看破を行った。

 

「あの女性がそうですか。

 ……真名は織田信長で合ってますね。クラスはバーサーカーで、宝具は『第六天魔王波旬~夏盛~(ノブナガ・THE・ロックンロール)』、巨大な骸骨を召喚して対象1体を殴打するものですね。神性を持つ者に対しては特に有効です」

「……ほえ?」

 

 やはり水着化すると頭が夏になるようだ。

 しかし神性特攻となると、ヒルドとカーマと玉藻の前、それにアルテミスとオリオンは後ろに下がっていた方が良さそうである。光己自身も角と翼と尻尾を引っ込めた。

 その傍らで沖田が不審げに目を細める。

 

「うーん、私が知ってるノッブとはだいぶ感じが違いますね。いえ水着化のせいだと言われたらそれまでなんですが。

 でもあんな兵士見たことないんですよね」

 

 本格的にあの彼女は信長オルタだという可能性が出てきた。どちらであっても話し合いで仲間にできればそれに越したことはないのだが。

 

「もし説得できなかったら沖田さんはどうする?」

「別にどうもしませんよ。マスターに斬れと言われれば斬る、ただそれだけです」

「おおぅ、さすがは新選組一番隊長……」

 

 光己は友人同士で争いにならないよう配慮したつもりだったが、沖田は予想以上の人斬り脳であった。

 戦場に人情を持ち込まないのは正しい判断とも言えるけれど。

 

「仮にあのノッブが私のことを覚えてて勧誘されても乗りませんので、そこは安心して下さい!

 私の願いは最後まで戦い抜くこと、寝返りなんてあり得ませんから!!」

 

 そう言ってえっへん!と思い切り元気よく胸を張る沖田。嘘発見娘(きよひめ)がそばにいることを知っていての発言だから信憑性は非常に高い。

 

「そっか、ありがと。じゃあその時は前衛でバリバリ頼むな」

「はい、お任せ下さいっ!」

 

 こうして光己と沖田が信頼を深めていると、オルタの方もやってきた。

 

「マスター、私はそもそも織田信長という人物を知らないから寝返る必然性がまったくないぞ。安心してほしい」

「おお、確かにそれなら安心だな!」

 

 沖田オルタはノーマルに対抗心を抱いたのか、単にかまってほしいだけか。光己がとりあえず頭を撫でてみると、褐色少女は嬉しそうにくっついてきた。

 やはりメンタルは見た目年齢よりお子様……何の問題もないな!

 

「……で、マシュたちはそろそろ魔力回復できた?」

 

 それはそうと、戦闘準備は整っただろうか。光己がそれを訊ねると、マシュはこっくり頷いた。

 

「はい、宝具ならいけます」

「私も大丈夫だ」

 

 ついでアタランテたちも首を縦に振ってくれたので、光己はそのまま前進して信長に接触することにした。

 なお両者の位置関係は、図で表すなら「  ̄  _ 」のような感じである。このまま2隻ともまっすぐ進んだ場合、50メートルほど離れてすれ違うことになるだろう。

 

「昨日攻撃してきたのは亡霊だけだったけど、信長公はどう動くかなあ」

 

 今のところ大砲や鉄砲を撃ってきてはいないが……。

 そしてついに、声が届きそうな距離まで近づいた。

 

「ノッブ、久しぶりですねー! 水着になったみたいですけど元気ですかー?」

 

 まずは沖田がフレンドリーに呼びかけてみたが、それへの反応はけんもほろろなものだった。

 

「何じゃ、貴様は。わしを誰だと思っておる、馴れ馴れしいぞ」

「……へ!?」

 

 どうやら信長は沖田のことを知らないようだ。

 

「貴様らが何者でここで何をしておるのかは知らぬ。じゃがわしと敵対した者を助けた上に、仮初とはいえ同盟を組んだ者を討った(やから)を見逃すわけにはゆかん」

 

 そしてもちろん、簡単に仲間になってくれるわけもなかった。

 

「見れば大勢雁首並べておるようじゃし、アルトリアを討った者を侮る気はない。

 しかしそちらも侮るでないぞ!?」

 

 そう言うと、彼女自身は飛び道具を持っていないのかいったん兵士の向こうに引っ込んだ。

 代わりにその兵士たちが前に出て、得物の銃を撃ち始める。

 

「銃っていうより火炎放射器か!?」

 

 光己が思わずそう評した通り、彼らの銃が発射したのは弾丸ではなく、まっすぐ飛ぶ橙色の炎だった。

 ぱっと見相当な熱量を持ってそうだが、弾速は普通の銃弾よりずっと遅い。戦士系のサーヴァントなら余裕で回避……と言いたいところだが、100人単位という数の暴力で来られてはそうもいかなかった。

 しかも船本体からは大砲の弾が飛んでくる。

 

「ちょ、ノッブのっけから殺意高すぎじゃありません!?」

「熱づづづづづづ!? お、乙女の柔肌に何てことを」

 

 沖田が逃げ回る後ろで、玉藻の前は被弾したのか熱そうに悲鳴を上げていた。

 

「シ、シールドエフェクト展開します!」

 

 その様子を見たマシュが慌てて「誉れ堅き雪花の壁」のスキルで防壁をつくる。しかし相手の数が数だけにそう長くは保たないだろう。

 ついでにいえばこの城壁は「壁」なので、中から外に一方通行で攻撃するという器用な芸当はできない。

 火炎はともかく大砲の弾が城壁に当たってガンガンと耳障りな騒音を立てる中で、光己たちはどんな反撃をするのであろうか……。

 

 

 




 つまりここのノッブは「ぐだぐだ帝都聖杯奇譚」のノッブが水着化した存在というわけです。鉄甲船はサービスということで(ぉ




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第113話 第六天魔王2

 信長の船の大砲と兵士たちの火炎放射銃の威力はなかなかのもので、今はマシュが「誉れ堅き雪花の壁(シールドエフェクト)」で防いでいるが、敵は数百人もいるからそう長くは保たないだろう。急いで反撃の策を考えねばならない。

 なおこの兵士たちの正体は、光己たちは知らないが正式な名称を英霊兵といって、戦闘で斃れたサーヴァントから回収した霊基を使って作られた人工的な魔術兵士である。要はゴーレムの一種だ。

 能力的にはサーヴァントに及ばないが、数を揃えれば面倒な相手になる。ちょうど今現在のように。

 

「空を飛べる人が壁の上から行く……ダメだな、集中砲火される未来しか見えん」

 

 せめて兵士の数を大幅に減らしてからでなければ危険すぎる。まずは飛び道具、といっても壁の上を乗り越えていけるタイプのものしか使えないが……。

 

「アタランテ、もう1回宝具お願いしていい?」

「ああ、今度こそ成果を挙げてみせよう。『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』!!」

 

 大量の矢が信長の船の上に降り注ぐ。信長軍は壁になる物を持っていないらしく、兵士たちはそれぞれ避けたり銃で払ったり腕で受けたりして凌いだ。

 最終的には死者20人、負傷者50人というところか。

 

「むう、思ったより()れなかったな」

 

 アタランテはこの戦果に少々不満げだったが、そこにカルデアから通信が入る。

 

《いや、レディの宝具が弱いのではない。今ので判明したが、あの兵士たちは一種のゴーレムだ》

「ゴーレム」

 

 言われてみれば、生き残った兵士たちは矢が肩や腕に刺さっているのに痛そうな素振りを見せないし、人間的な雰囲気を感じない。エルメロイⅡ世の分析は正しそうに思えた。

 

《つまり人間扱いする必要はないということだな。マスターが竜になってこちらの船の後ろから「滅びの吐息」をぶっ放せば片がつく》

 

 実に合理的な提案であった。「滅びの吐息」は爆発する火の玉を放物線の軌道で飛ばす、つまり爆弾を投げるようなものなので、ルーラーアルトリアの船の後ろという安全圏からでも攻撃できるのだ。

 ただし今の光己の竜モードの力はフランスで遭遇したファヴニールとほぼ同等なので、力加減を誤ると味方も吹っ飛ぶが、事前にマシュの宝具を展開しておけば大丈夫だろう。

 

「いや、すごく不安なんですがそれ!?」

 

 光己は昨日フリージアに血をもらった後、新必殺技「蒼穹よりの絶光(ガンマ・レイ)」は実験したが、「滅びの吐息」はまだしていないのだ。力加減に自信はない。

 マシュの宝具は騎士王の聖槍を防ぎ切った実績があるとはいえ、あの城が船全部を覆えるかどうかは試していないし。

 

《ふむ、ならば距離を取れば問題あるまい。むろんその分火球を当てるのは難しくなるが、仮に外して海面に落ちてもそれはそれで、水蒸気爆発が起こるから十分攻撃になる》

「ほむ」

 

 水蒸気爆発なら光己も無人島で1度見た。十分どころかオーバーキルな威力があるだろう。

 無関係の魚たちにとっては災難な話だと思うが、野生の本能か何かで察知して逃げてもらいたい。

 

「うーん、戦争って人間だけじゃなくて動植物や自然環境にも迷惑かけるんだなあ」

 

 しかしそのために戦法を変えるわけにはいかない。アタランテの宝具で20人しか斃せなかったのだから、普通にやっていたら時間がかかり過ぎてマシュが力尽きてしまうのだから。

 

「ルーラー、そういうわけで1度距離取ってくれる?」

「分かりました」

 

 距離を取るのはたやすい。単に加速するだけですれ違いの形になるのだから。

 しかし信長にとってそれは想定の範囲内だった。光己たちの船が信長の船より速いのを何度も見ているのだから。

 いつの間にか、大きな茶釜のようなものに乗ったちびノブが上空から大勢光己たちに近づいていた。

 

「何ぞあれ!?」

 

 正式名称はノッブUFOという。釜型の爆弾を投げたり、金色の輪のような形のビームを撃ったりするのが攻撃方法だ。

 

「き、弓兵組お願い!」

「はーい」

 

 リアリティという言葉を全力で投げ捨てた奇ッ怪な軍団の襲来に光己はいささか面食らってはいたが、ノッブUFOが敵なのは明らかなのでとにかく攻撃の指示を出した。すでに準備完了していたカーマ・アルテミス・アタランテがすぐさま射撃を始める。

 3人の技量は確かなものでノッブUFOは次々と撃破され消えていったが、彼女たちもダテに「信長」の名を冠しているわけではない。消える前にきっちり爆弾を放り投げて、爆炎と熱風でカルデア側を火傷と困惑と視界不良の坩堝に陥れる。

 

「うわ、強い!?」

 

 見た目はギャグでファンシーだが、こちらも数を揃えられると厄介だった。

 しかもこの爆撃はあくまで牽制であり、本命はこれからである。不意にルーラーの船に強い重みがかかってガクンと揺れた。

 

「……しまった!」

 

 ルーラーがはっと船を見渡すと、尾翼の柱に鉤付きのロープが何本も巻きついていた。ノッブUFOの一部は爆撃に加わらずロープを持って海面スレスレを飛んできており、カルデア勢が爆撃に気を取られている隙にこっそり柱に近づいて巻きつけたのである。

 ロープの端はむろん信長の船につながっており、ロープを切るかほどくかしなければ離れることはできない。それどころか兵士たちがウインチのような物でロープを巻き取っており、少しずつ接近されていた。

 

「残念だったな。貴様らの宝具の性質を考えればいったん距離を取るというのは正解じゃが、今回は相手が悪かったということじゃの」

 

 信長の声は相変わらず冷淡だったが、ちょっと勝ち誇った風にも聞こえた。

 確かにこのまま接舷すれば、兵士がマシュのシールドエフェクトを乗り越える、あるいは回り込んでルーラーの船に攻め込むことも可能になる。信長が戦況有利と判断したのも無理はない。

 

「それはどうでしょうね。要は縄を切ればいいんじゃないですか」

 

 清姫が爆撃をかいくぐりながらロープに向かって炎を吐く。しかしロープは頑丈で、ちょっと焦げただけだった。

 

「え、もしかしてただの縄じゃない!?」

 

 普通の綿や麻で作られた縄なら一瞬で燃えて千切れるはずなのに。材料が特殊なのか、それとも魔術で強化しているのか?

 

「フン、当然じゃろう。わしらの技術を甘く見るでないわ」

「ぐぬぬ、ならば宝具で……って、今のわたくしではダメですか」

 

 清姫はランサーになると宝具が「対象1人を鐘に閉じ込めて蒸し殺す」というものに変わるので、空中に張られたロープを焼き切るのには不向きだった。

 どうやら普通に得物の薙刀で切断するしかないようである。その柄をぐっと握り直して突撃した。

 当然爆弾が集中投下されるが、「ふぬりゃーっ!」と気合一発で薙ぎ払う。狂化EXぶりは健在であった。

 

「ますたぁのためなら溶岩すらただの水になるこのわたくしに、この程度の炎が効くとでも!?」

「ぬう、見た感じランサーじゃがバーサーカーであったか。しかしこいつはどうかの?」

 

 信長がさっと手を振ると、ルーラーの船の船尾に身長4メートルほどもあるちび、いやでかノブが現れた。しかも全身がメタリックな銀色に光っている。

 縄を伝ってきたのだろうが、指がないのに実に器用なものだった。

 

「ちょ!?」

 

 これにはさすがの清姫も驚いて足を止める。するとでかノブはチャンスと見たのか、どこからか身長相応の大きな火縄銃を取り出して清姫に狙いをつけた。

 

「え!?」

「危ない!」

 

 清姫は回避できる体勢ではなかったが、ヒルドが槍からビームを撃って火縄銃を横にはじいてくれたので難を免れた。

 しかも銃身が曲がったのでもう使えない。と思いきや、でかノブはあっさり銃を捨てて大きく口を開いた。

 

「え、まさか!?」

 

 そこから白っぽいビームが射出され、清姫とヒルドはまとめて吹っ飛ばされた。「めたる尾張砲」といういかにも力が抜けそうな名前なのだが、サーヴァント2人を簡単に転倒させた辺り相当の威力である。

 

「いたたた……な、なかなかやりますわね」

「けっこう強いねえ」

 

 もっとも2人ともすぐ立ち上がったが、一目で分かる大きなケガをしている。こんなのが何人も乗り込んできたらさすがにマズそうだ。

 マシュもいつまでも保たないだろうし、光己は自分も多少の危険はかぶる覚悟を決めた。

 

「ルーラー、服持ってて」

 

 礼装をちゃんと脱いでから、船縁から海に飛び込む。水の中でファヴニールに変身した。

 犬かきをしながら、首から上だけ外に出す。

 

「みんな大丈夫か? これでだいぶやりやすくなるはずだけど」

 

 光己は竜モードになると魔力タンクとしての性能が3桁上がる。つまりマシュは粘るのが楽になるし、他の契約サーヴァントたちもパワーアップする上に魔力を惜しまずガンガン戦えるようになるのだ。

 なお光己が竜モードになる時は周囲の魔力を大量に吸収してしまうのだが、これまでに何度も変身しているので吸収する方向を制限するくらいはできるようになっている。つまりルーラーの船とは逆の方からだけに絞ったので、マシュたちから吸収することは回避できていた。

 

「はい、先輩! これならまだまだいけます」

「なるほど、これが弟君の真の支援力なのですね!」

 

 マシュのシールドが強度を増し、カーマや沖田やジャンヌの飛び道具も威力が上がってノッブUFOを次々と撃墜していく。

 むろん接近戦組も負けてはいない。清姫と玉藻と沖田オルタがそれぞれの得物を振るってでかノブたちを斬り伏せた。

 ただしその代償として、光己が危惧したように彼が注目を受けることになる。

 

「龍、じゃと……!? 誰かが宝具で変身でもしたのか」

 

 清姫や上杉謙信あたりならそんな宝具を持ってそうな気がする。いずれにせよ敵なら討ち滅ぼすだけだが。

 

「英霊兵ども、彼奴(きゃつ)に集中攻撃じゃ!」

 

 その命令に応じて、兵士たちが一斉に竜の鎌首に銃口を向ける。無数の火線が光己を襲った。

 ……が、太陽属性のドラゴンにそんな攻撃は全くの無意味である。避けることはできなかったが、その必要すら感じない。

 光己は自分で反撃しても良かったが、このたびは仲間に花を持たせることにした。船の上から視線を感じるので。

 

「それじゃヒルド、お願い」

「はーい!」

 

 ヒルドはケガの痛みをまったく態度に出さずに元気よく答えると、信長や英霊兵の注意が光己に集中している隙を突いてこっそり船から飛び立った。つまり先ほどノッブUFOにやられたことの仕返しである。

 

「それじゃいっくよー! 『終末幻想・少女降臨(ラグナロク・リーヴスラシル)』!!」

 

 7騎の戦乙女が7本の槍を信長の船の甲板に投擲する。狙いは当然信長本人だ。

 この槍は必中の加護を持っており、信長がどう逃げても避けることはできない。7本を1人に集中させれば、肉体的にはさほど頑強ではなさそうな彼女にはとても耐えられないだろう。

 ヒルドはこの時点で勝利を確信した。

 

「―――!!」

 

 しかし信長は歴戦の勘で槍が飛んで来たことに気づくと、なんと近くにいた英霊兵を盾にした。槍は彼らに突き刺さったが、英霊兵はそれなりに硬いのか信長には届かない。

 

「うわひっど! でもそれで終わりじゃないよ」

 

 ヒルドがそう言った通り、槍の周囲に正しき生命ならざる存在を否定する結界が展開される。サーヴァントも英霊兵も該当するので、英霊兵は完全に機能停止し信長も痛撃を受けた。

 

「おのれ……じゃが1歩足らなんだな。この第六天魔王を傷つけた報いを受けるがいい!」

 

 信長は全身から魔力を放出して結界を打ち破ると、そのまま宝具の開帳準備に入った。体にかなり負担がかかる行為だが、気にするつもりはないようだ。

 

「三界神仏灰燼と帰せ。我こそは第六天魔王波旬、織田信長!」

 

 信長の周囲に紅蓮の炎が噴き上がる。まさにすべてを灰燼に帰すかのような苛烈な炎で、近くにいた英霊兵たちも焼かれていたが信長はやはり気にしていなかった。

 

「おぉぉぉおぉ、『第六天魔王波旬~夏盛~(ノブナガ・THE・ロックンロール)』!!」

 

 そして巨大な黒い骸骨が現れる。ただし骸骨は信長本人から離れられないので射程距離は短いのだが―――信長は骸骨の手に自身を掴ませると、なんとヒルドの方にぶん投げさせた。

 

「うそぉっ!?」

 

 すると骸骨も一緒になって飛んでくる。これにはヒルドも度肝を抜かれた。

 骸骨が両手を開き、蚊でも叩くかのように少女を挟み潰しにいく。

 

「!!」

 

 このまま両手に挟まれればヒルドは即死するだろう。しかし彼女は仮にもワルキューレであり、しかも事前に信長の宝具の性質を聞いていた。

 とっさに槍をつっかい棒にして骸骨の手を止めると、その槍を蹴って後ろに跳んで距離を取った。炎までは止め切れず、神性特攻だけあってかなり熱かったが、気にするのは後回しだ。

 

「む、うまく逃げおったな。しかし得物を失ったぞ!?」

「それはどうかなあ? 貴女と違って、私には超優秀なマスターがいるんだよね。

 というわけでもう1発いくよ、『終末幻想・少女降臨(ラグナロク・リーヴスラシル)』!!」

「何じゃとぉぉぉ!?」

 

 今度は信長が驚く番だった。結構強力な宝具だったのに、まさか連打できるとは!

 骸骨を盾にして防いだが、今度は防ぎ切れずに何本かが体に刺さる。急所だけは避けたが、そのまま船の上に打ち落とされた。

 

「くっ、どこの誰かは知らぬがなかなかやりおるわ……」

 

 しかしまだ戦える。信長は五体に力をこめて立ち上がったが、その真後ろに何者かが現れる。

 

「さすがは我が君、これだけの数のサーヴァントを相手に見事な采配です。

 無傷とはいかぬようですが……」

「光秀!? 貴様……!?」

 

 後ろに現れたのは彼女の部下の明智光秀のようだ。

 ただ普段と様子が違うのを信長は察していた。

 

「……長う、……長うございました。

 この時のために300年の計を案じ、ただひたすらにお待ちいたしました」

「何を……!?」

 

 この男は何を言い出すのか。何を考えているのか!?

 

「今こそ、真の信長公がお戻りになられるのです!」

「…………光秀ぇええええっ! 貴様ぁっ!」

 

 信長は光秀の思惑を悟ったらしく声を荒げて罵倒したが、その直後に気を失って甲板に倒れたのだった。

 

 

 




 カーマとノッブを会話させたかったのですが、ノッブが神性特攻を持っていると判明した時点で無理になってしまいましたo(_ _o)




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第114話 第六天魔王3

 ヒルドは信長の船の中から現れた男性が信長を船内に連れて行く一部始終を見ていたが、2人の会話は聞こえなかったので詳細な事情までは分からない。とはいえ普通に考えれば負傷した総大将を側近が退却させたのだろうから、ぜひ追撃したいところである。

 しかし今の戦いで英霊兵たちがこちらを認識して銃撃してきたため、ヒルドは無理は避けて戻ることにした。

 

「こっちも痛い目遭っちゃったしね。熱つつつつ……」

 

 あの骨の手に直接触れられたわけでもないのに結構深い火傷を負ったし、宝具に自身を投げさせるという奇抜なアイデアにも驚かされた。さすがは日本史上トップクラスの知名度を誇る武将というところか。

 火傷をそのままにして帰ると心配させてしまうので、ルーンで治療してから光己たちのもとに帰還した。

 

「ただいまー! 信長にとどめは刺せなかったけど、船の中に入ったから戦闘の指揮はできなくなったはずだよ」

「お疲れさま。こっちも押し返せてきたし、このままいけば勝てそうだな」

 

 英霊兵はまだ大勢残っているし、でかノブとノッブUFOも健在だ。しかし指揮官不在になれば戦闘力はガタ落ちするはずだからもはや勝勢といってよかろう。

 

「でも油断は禁物だよ、マスター」

「うん、そりゃもう」

 

 というか織田信長を舐めてかかる現代日本人はあまりいないと思う。現場を去ったからといって気は抜けない。

 

「さっきだってヒルドに任せてなかったら俺があの宝具喰らってたかもしれないしな」

「ああ、そうかもねえ。マスターに体当たりするにはルーラーの船飛び越えなきゃいけないから信長にとっては危険だけど」

「うん、それがまさに桶狭間ムーブ」

 

 それでこれからどうしようか。信長を撤退させたのだから、復帰する前に彼女の船に攻め込むべきか、それとも当初の予定通り距離を取ってぶっぱで決めるべきか。

 

「……どっちにしても、兵士たちを倒す方が先か。

 みんな、しばらくジャンプしないようにしてくれ」

 

 しかしまずは、今この場にいる敵を排除するのが先決だ。信長の目もないことだし光己は自分でやることにして、普通のブレスを彼女の船の甲板に吹きつける。

 

「…………!!」

 

 超高熱の白い炎によって英霊兵たちが蒸発していく。彼らはやはり五感はないらしく、熱さや痛みを感じている様子はないが、それだけにシュールな光景だった。

 するとノッブUFOとでかノブが光己に群がり寄ってきたが、こちらも清姫たちの奮闘で撃破される。

 やがて信長軍の兵士は1人もいなくなった。

 

「……ふう。敵性反応、消滅しました」

 

 少し疲れたのかマシュが肩で息をしながらそう言ったが、むろんこれは船の上だけの話に過ぎない。休む間もなく、彼女の通信機に(光己は竜モードの間は通信機を外しているので)カルデアから連絡が入る。

 

《気をつけろ! 信長の船の中で魔力反応が急速に膨張中だ……これは神霊並みだぞ》

「神霊並み……!?」

 

 何事が起こっているのか。マシュも驚いたが、エルメロイⅡ世の報告の中にちょっと気になることがあった。

 

「神霊並みというと、具体的にはどのくらいなんですか? 先輩や魔神柱より上ということですか?」

《……ふむ、良い質問だな》

 

 言われてみれば神霊もピンキリだから、もう少し細かい指標が欲しいというのは分かる。

 Ⅱ世は端末を操作してデータを再確認した上で少女の質問に答えた。

 

《そうだな、単純な魔力量なら竜になっているマスター>魔神柱>船内の反応>>>マシュ嬢というところだ》

 

 なおカーマや玉藻の前やアルテミスも神霊だが、カーマはビーストの権能を剥がされており、玉藻の前は本体ではなく分け御霊で、アルテミスはサーヴァントの枠内に収まるようスケールダウンしているので、2人が言っている「神霊」には及ばない。

 

《ただし戦闘能力は魔力量だけでは測れないし、何らかの特殊能力を持っている可能性もある。くれぐれも慎重に当たるように》

「はい! それにしても先輩が魔神柱より魔力量が多かったなんて驚きです」

《まあ竜種といえば幻想種の頂点だし、世界各地の神話でも神々に対抗できる種族として描かれているくらいだからな。ある意味当然ではある》

 

 もっとも竜種の方もピンキリなのだが、その辺は今するべき話ではない。Ⅱ世は通信を切り、マシュも正体不明の謎存在が現れたことを皆に知らせた。

 

「うーん、信長公の第2形態とかそういうやつか?

 ……いやそれより、今のうちにあのロープをほどいておかないと。カーマと沖田さん、頼む。あとヒルドは俺に認識阻害かけて」

「はーい」

 

 感想や考察の前にやることはやってもらうのがリーダーの務めである。光己はまず安全確保のための指示をした。

 それがちょうど終わった時、再びⅡ世から通信が入った。

 

《―――来るぞ!》

 

 その直後、信長の船の甲板が下から破れて何か黒いモノが現れる。

 そいつは人間に近い形をした巨大な黒い泥の塊のように見えた。今は上半身しか出していないが、その部分だけで3メートルほどもある。

 胸の真ん中に赤く光る円柱形のガラスケースのようなものがあって、どう見ても動力か制御装置のようだが……?

 あと顔の真ん中にいかにも怪しげな赤い光点がある。眼だろうか?

 言葉では表現しにくいが、とてもおどろおどろしい暗闇を感じさせた。

 

「……何だあれ!?」

 

 あまりの不気味さに光己が思わずそう呟くと、声は届かずとも気配で察したのかその化物が叱りつけてきた。

 

「この第六天魔王織田信長に向かってあれとは無礼な。

 しかしこんな姿ではやむを得ぬか。特別に赦してつかわすゆえ感涙にむせぶがいい」

「は、はあ、ありがとうございます……!?」

 

 すごい上から目線だが赦してくれたみたいなので、光己はとりあえずお礼を言っておいた。

 登場して即攻撃というほど気が短くはないようで幸いだったが、まさかこの化物が信長だとは。いったい何が起こったのだろうか?

 光己がそれを訊ねると、信長はフンと鼻を鳴らすようなしぐさをした。

 

「面倒じゃし()()()()()()、知らぬままでは気が落ち着かぬじゃろうから教えてやろう。2度は言わぬからよく聞いておけ。

 何の因果かこの特異点に迷い込んだわしとキンカンは、元の世界に戻るために特異点を作った黒幕を探すことにしたのじゃが、その時にキンカンめが『神霊を材料にして切り札になる強兵を作ろう』と言い出したのじゃ」

 

 キンカンとは明智光秀の綽名である。普通は謀反を起こして自分を殺した者を部下にはしないと思われるが、信長は裏切者を許して登用した例がいくつかあるのでさほどの違和感はなかった。

 

「黒幕は特異点を作るくらいじゃから相当な術者じゃろうし、強兵は元の世界に戻った後でも役に立つ。そう考えて採用したのじゃが、あやつの狙いは別のことじゃった」

「別のこと?」

「真のわしとやらを作るというか呼び戻すというか。隠し持っておった聖杯と英霊兵やちびノブの霊基、そしてわし自身を使ってな。

 ……それでできたのがこの泥の塊よ。とんだ失敗作じゃ」

 

 確かにこれは成功作とはとても言えない。しかし光秀は事前に実験してはいないだろうから、失敗してもそれは仕方のないことだった。

 

「……それで、光秀公は?」

「主をたばかった上にこんな異形に変えおったのじゃ。むろん成敗じゃな」

 

 まあ当然の話である。ただその時信長が小さくため息をついたような気がしたが、まだ人生経験が少ない光己には彼女の心情は分からなかった。

 

「で、ここからが本題じゃ」

 

 信長が威儀を正してそう言ったので、光己も背筋を伸ばして改めて傾聴する姿勢を取った。

 

「……本題ですか」

「うむ。今こうして貴様たちと話しているわしの意識じゃが、あと1分と保たずに消える」

「え、消えるって……つまり死ぬってことですか?」

「わしの意識だけな。その後この化物がどう動くかは分からん」

「そ、そうなんですか」

 

 創作ではよくありそうな展開だったが、余命1分以下だというのに取り乱したりせず泰然と話しているのはさすがの胆力であった。

 

「そういうわけじゃから、この泥人形は殺すなり手駒にするなり放置するなり貴様らの好きにするが良い。いや貴様らがわしの言うことを聞く筋合いなどありはせんがな」

「……」

 

 光己が何と言っていいか分からず黙って彼女の次の言葉を待っていると、信長は限界が近づいてきたのかふうっとけだるげな息をついた。

 

「……貴様らは敵のようなものとはいえ、内輪のごたごたに巻き込んでしまったのはすまなく思う。それゆえ事情を説明したが、貴様らはわしの最期を看取ることになるわけじゃから、もう一言だけ残しておこう」

「遺言というわけですか」

 

 それは聞き逃すわけにはいかない。光己はぐっと身を乗り出した。

 そして信長は―――。

 

 

 

「…………ま、是非もないヨネ!」

 

 

 

 それだけ言って、消えた。

 

 

 

 

 

 

「ちょ!? いやあの、せめてもう少し意味のある言葉残してくれてもいいと思うんですが!?」

 

 光己は反射的に抗議してしまっていたが、残念ながら答えはなかった。

 いやまあ、あの7文字に信長の人生観が凝縮されているとかそういう見方もあるかもしれないけれど!

 

「それより先輩、黒い巨人が動き出しました!」

「え!? あ、ああ」

 

 信長の意識が消えたからか、化物がついに行動を始める。

 1度何かをこらえるかのようにぐぐっと身を震わせた後、獣のごとく咆哮する。

 

「NOーーーBUーーーNAーーーGAーーーKOーーーUUUUU!!」

「しゃべった!?」

「信長公、と言ったような」

 

 するとあの化物には成敗されたはずの光秀の霊が取り憑いているのか、それとも彼の思念が焼きついているとかそういうのか?

 

「……ソウデスカ、ノブナガコウマデワタシヲ。

 フフ……フハハハハハハ!」

 

 今度は急に哄笑し始める。何を考えているのかさっぱり分からない。

 

「いいでしょう! 公までが私の信長公をお認めにならないのならば―――私が本当の信長公となりましょうぞ!!」

 

 そしてだんだん口調がしっかりしてきた代わりに、発言内容が怪しくなってきた。

 本当の信長公になるとか意味不明である。

 

「そうだ……私が、私こそが……信長公を!

 最も信長公を理解し、信長公を殺し、信長公をお救いできる!

 フハハ……ハハハ……ハーッハハハハハハ!!!! そうだ、私こそが真の信長公……!

 衆生済度の神……第六天魔王波旬・織田信長!」

 

 狂ったように笑いながら、光己たちには矛盾と狂気しか見出せないことを叫び続ける光秀。少なくとも手駒にするのは無理そうだ。

 巨人の体から黒い泥があふれ、船の甲板に流れ出ていく。

 

「マスター、あの泥は危険です。触れればサーヴァントでも汚染されますが、だからこそ放置していくわけにはいきません!」

 

 ルーラーアルトリアは泥の正体が何であるのか分かったようだ。

 彼女の言うことが正しければ、化物を放置したままこの特異点を修正したら、彼が元いた世界にとんでもない害毒をばらまくことになってしまう。化物の頭の中がまともならまだしも、あの様子では望み薄だ。

 

「うーん、正直平行世界のことまで責任持ちたくないんだけどなあ」

 

 しかしメンタルパンピーの光己としては、この辺りが正直な気持ちだった。さっきの信長に恩義があるわけでもないし、あの巨人ははっきり言っておぞましいのでかかわりたくない。

 マシュたちに危険で不要な戦いをさせたくないという気持ちもある。

 

「―――なんてことは考えてないですよね、マスター?」

 

 すると何故かカーマが背中を押してきた。物ぐさでダウナーな彼女が何故だろう?

 

「だってあんな頭イカれた泥人形が第六天魔王、つまり私を名乗ってるんですよ!? それに愛の神(カーマ)ならともかく、第六天魔王(マーラ)が衆生済度の神とか意味が分かりません。

 普通に考えて神罰案件では?」

「あー」

 

 そういえばそうだった。これは彼女の名誉にかかわる話である。

 少なくともその名乗りはやめさせるべきだろう。光己は光秀に大声で呼びかけた。

 

「ちょっと待ったぁーーーっ!!」

「……む!? 何だおまえたちは」

 

 光秀は光己たちの存在に初めて気づいたような顔をしたが、光秀にとって光己たちが見知らぬ存在なのは事実だ。今回の彼の反応は真っ当である。

 

「カルデアという組織の現地派遣部隊で、藤宮光己という者です。

 初対面なのに不躾ですが、その第六天魔王波旬という名乗りはやめていただけるとありがたいのですが」

「……? カルデアというのは聞いたことがないが、何故そんな指図を受けねばならん」

 

 これも真っ当な返事だったが、光己たちにも真っ当な理由があるのだ。

 

「それはもちろん、こっちに本物、いや現身ですが第六天魔王がいるからですよ。カーマ、言ってやって」

「はい!」

 

 元気よく頷いてカーマが進み出る。

 

「初めまして、明智光秀さん。元人類悪(ビースト)で今はご主人様(マスター)愛の奴隷(サーヴァント)、カーマ/マーラと申します♡

 人の名前を勝手に名乗るのはやめて下さいね♡」

「ちょ、今何か変なこと言わなかった!?」

 

 彼女が口に出した言葉は順当だったが、とても怪しい含意があったような気がする。光己が念のため確認すると、同じものを察したのか清姫が割り込んできた。

 

「そうですそうです! そういういかがわしいことはこのわたくしが」

「清姫も何言ってるの!?」

 

 いきなりぐだぐだになってしまったが、堅物の光秀にとってはついていきがたい展開である。目をいからせて侮蔑の言葉を吐いた。

 

「何を言っているのかまったく理解できんが、おまえたちもあの時私の邪魔をした連中の同類か!?

 愚か者どもめ、真の信長公であるこの私にひれ伏すがいい!!!!!」

 

 こうして自称第六天魔王・明智光秀との戦いが始まった。

 

 

 



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第115話 第六天魔王4

 光秀は、光己たちのぐだぐだ話を「真の信長」としての自分の新たな門出にケチをつけられたように感じて、たいそう怒っていた。

 ところで、彼の今の肉体である泥の巨人は下半身がないので、歩いたり走ったりといったことはできない。床に手をついて体を持ち上げるとか、海中を泳ぐとかは可能だが、それで彼らの船に乗り込むのは光秀の美的感覚にそぐわなかった。

 しかし巨人には徒手格闘以外にも攻撃方法がある。顔の真ん中の赤い光点に魔力を集めて、必殺の熱線を撃ち放った。

 

「ビーム攻撃!?」

 

 眩い光条がルーラーアルトリアの船の甲板の上を奔り、その全面を薙ぎ払う。難を免れたのは、マシュがすでに展開してあった「誉れ堅き雪花の壁(シールドエフェクト)」の中にいたサーヴァントたちと、船の外にいる光己だけだった。

 

「何て威力……!」

 

 仮にも騎士王の宝具である船の甲板が焦がされるとは。

 焦げている部分は当然熱々ですぐには冷めないだろうから、しばらくはそこに移動することはできない。

 焦げるといえば、信長の船の甲板も光己がさっき吐いた炎で半壊しており、泥の巨人が簡単に突き破って来られたのはそのおかげでもある。またすでに泥が充満しているので、ルーラーの先ほどの言葉が正しいなら、カルデア勢が乗り込んで接近戦を挑むのはNGである。

 

「つまり飛び道具オンリーということか……」

「できれば速攻でお願いします!」

 

 マシュの口調がだいぶ切羽詰まった感じなのを見るに、光秀の攻撃は相当キツいもののようだ。宝具を使うという手はあるが、光秀の今のビームは宝具(もしくは必殺技)ではなく通常攻撃だろうからそれは好ましくない。

 一応マシュ以外のサーヴァントは全員ここから巨人を攻撃できるが、沖田オルタの飛び道具は宝具だけで、またルーラーは探知と操船に専念しており、メイドオルタは船室でランサーオルタとラムレイの監視をしているので、この3騎は今のところは除外である。

 つまりヒルド・清姫・玉藻の前・カーマ・沖田・オリオン(アルテミス)・アタランテの7騎が参戦することになる。

 

「それじゃ責任取って、1番手いきますよ!」

 

 カーマがそう言って、さとうきびの弓に花の矢をつがえる。

 光秀が怒って戦闘になったのは彼女のせいなので当然の話なのだが、カーマがあえて光秀を挑発したのは単に彼の名乗りが不愉快だったからというだけではない。

 

(抑止の守護者ともあろう者が、マスターに必殺技のヒントを見せるだけのために現界するわけありませんからね……)

 

 おそらく光秀を放置すると「この世界の」人理にとって何か致命的な出来事が起こるのだ。本人は分かってなさそうだが、彼女の真の使命は彼を倒すことなのだろう。むろんカルデアも協力するべきである。

 普通にそれを言ってこちらからケンカを売る形にしても良かったのだが、そこはそれ。無断で人の名前を自称したグロい化物をちょっとからかうくらいは許されていいと思う。

 向こうから殴ってきたという形の方が光己は気が楽だろうし。

 

「子供がちょっと騒いだくらいで怒るなんて大人げありませんねえ。でも仕方ないからお詫び代わりに受け取って下さい。『愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)』!!」

 

 カーマが10体ほどに分身し、一斉に情欲の矢を放つ。

 光秀は巨人の力に絶対的な信頼をおいていたが、今回は相手がマーラを名乗ったのでさすがに胸のガラスケースだけは腕でかばった。その直後、10本の矢が身体各所に突き刺さる。

 

「ふん、本物の第六天魔王を名乗っておいてその程度か!? やはり私こそが本物の神!」

「ええっ!?」

 

 どういうわけか、光秀は情欲をまったく起こさなかったようだ。矢が刺さったことによる身体面の損傷はあるものの、周りの泥が流れ込んですぐに埋まってしまう。

 

「ならこれはどうかしら!? 『月女神の愛矢恋矢(トライスター・アモーレ・ミオ)』!!」

「私も続きます! 『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』!!」

 

 精神干渉は効き目がないと見たアルテミス、そしてアタランテがたたみかけるように宝具を開帳する。狩猟の女神の強烈無比な一矢が光秀の首元を撃ち抜いて風穴を穿ち、ついで上空から降り注いだ無数の矢が全身に突き刺さった。

 通常の生物なら確実に絶命する重傷である。しかし巨人は痛覚がないかのごとく平然と立っていた。

 

「口先だけは立派だが、やはりその程度か愚か者ども。次は貴様たちが神の力を見るがいい!!」

 

 まさに荒ぶる神のごとく尊大な口調でそう言い放つと、また顔の光点、あるいは単眼から赤い熱線を照射した。

 

「くううううっ!」

 

 マシュは巨人の第2撃を何とか耐えたが、エフェクトからは白い煙が上がっている。やはり長期戦は無理そうだった。

 

「すごい回復力だけど、無限じゃないはず。とにかく攻め続けよう!」

「それしかなさそうですね。幸い魔力は十分もらえてますし、いきますよ! 光子ミサイル、斉射三連×10!」

「えーいっ!」

 

 ヒルドたちがビームやミサイル、火炎や呪符などを飛ばして巨人の身体を貫き、爆破し、燃やし、祓っていく。その一撃一撃は確かにダメージを与えていたが、やはりすぐ埋まって元に戻ってしまう。

 

「これは単純に攻撃力が足りないみたいですね。巨人の回復力以上の損傷を喰らわせ続けないと永遠に倒せなさそうです」

 

 玉藻の前がそんな分析をしたが、この場でそれができる者は1人しかいない。

 

「えーと、やっぱ俺?」

 

 ルーラーの船の後ろに隠れている光己である。

 

「はい。もちろん逃げるという選択肢もありますが……」

「うーん」

 

 今はヒルドの認識阻害の魔術により、光秀は光己のことを人間の少年だと思っているはずだ。しかし光己がその認識と矛盾する行動、つまりドラゴンブレスで攻撃すれば魔術は破れて正体が露見する。当然光秀は光己を最大の敵と見て反撃してくるだろう。

 そのリスクを取るかどうかという話だが……。

 

「カーマがわざわざあんなこと言ったのは、多分あいつを倒す必要があるからなんだろうな。

 仕方ないからやってみるか。ダメだったらその時逃げてもいいしな」

 

 カーマは昨日「私たちは一から七くらいまで分かり合ってる」と言っていたが、光己の方も彼女をちゃんと理解しているようだ。

 もちろん自分が太陽属性のドラゴンだから、熱や光には非常に高い耐性があることを勘案しての判断だが、ある意味当然というべきかそれを制止する者がいた。

 

「いや、光秀が熱線以外の攻撃手段を持っている可能性はあるのだから、マスターが矢面に立つのは危ないと思う」

「沖田ちゃん!? いやそれはそうなんだけど」

 

 もちろん光己とて好きで矢面に出るわけではないのだが、ならどうすれば良いのだろう?

 

「あいつの胸のガラスケース、信長の言葉が正しければ聖杯だな。あれを何とかしてくれ。

 後は私がなんとかする」

「…………」

 

 沖田オルタには何らかの成算があるようだ。光己がチラッとカーマに目を向けると幼女神はこっくり頷いたので、時間はかけたくないことだし採用することにした。

 

「あと問題はどうやって聖杯を奪うかだよな」

「それは私にお任せを! 私オルタにばかりいいカッコさせられませんからね」

 

 すると沖田ノーマルが手を挙げた。

 彼女の宝具「ジェット三段突き」は、ジェットパックで高速飛行し、体当たりしながら三段突きをぶちかますというもので、うまくいけば光秀の体から聖杯を弾き飛ばすことはできるかもしれないが……。

 

「でも光秀公、用心深く両腕で胸をかばってるからなあ。突き破るのは難しいんじゃないか?」

 

 光秀は光己たちを見下した発言が多いが、信長を追いつめた実力は認めているようだ。三段突きがいくら強力でも、巨人の腕2本と胸部を1度に貫くのは無理のような気がする。

 

「それは大丈夫です。大回りして後ろから突進しますから」

「ああ、そういえばギルガメッシュの時もそうしてたっけ」

 

 それならばいけそうな気がする―――いや待て。

 

「それでも化物の体の中を通るのは同じ……っていうか、即死させられなかったら捕まるよな」

 

 巨人が聖杯を弾き出された瞬間に即死してくれれば、沖田は多少泥を浴びる程度で済むが、そうでなかったら彼の両腕と体内に捕獲されることになる。ルーラーが言った汚染というのは多分冬木で見たシャドウサーヴァントのようになってしまうということだろうから、最悪光秀の手下にされるかもしれない。

 

「絶対に没!」

「こふっ! み、水着沖田さんの見せ場が」

 

 沖田はショックを受けたらしく「九」の字になって哀しげにうずくまったが、光己の決心は揺るがなかった。仲良しの美少女をあんな気味の悪いものにするわけにはいかないのだ。

 

「というわけでマシュ、あと30秒頑張って」

「さ、30秒ですか。わ、分かりました!」

 

 マシュは全身に脂汗を流していたが、それでも健気に引き受けた。

 この会話の最中も光秀の攻撃は続いていて、熱波を防ぎ切れず、シールドエフェクトの内側は今や蒸し風呂のように暑くなっている。戦闘中の30秒はいささか長いが、それでも期限を切ってくれたことで気力を奮い立たせたのだった。

 

「うん、早めにお願いねマスター……」

 

 北欧出身のヒルドは暑いのは苦手のようだ……。

 光己は念のため彼女にもう1度認識阻害の魔術をかけてもらってから、攻撃の準備を始めた。

 

「…………人、竜、神、魔。四光束ねて星の終わりを現出する」

 

 一撃で巨人の両腕と胴体を撃ち抜いて、聖杯を弾き出すにはあの新必殺技を使うしかない。まだ実用段階に達したとは思っていないが、今はそんなこと言っていられないのだ。

 竜の口の中に、サーヴァントですら直視できないほど眩く輝く白い光球が出現する。

 マシュたちにお披露目したときは直線状のビームだったが、今回は確実に当てるため円錐形に少しずつ広がるような感じで放つことにした。

 

「くらえぇぇぇ! 『蒼穹よりの絶光(ガンマ・レイ)』!!」

 

 直後、純白の閃光が巨人の両腕と胸板を貫通した。その後には何も残らず、大きな風穴がぽっかりと開いている。

 聖杯さえも消え失せていた。

 

「沖田ちゃん!」

「うん、ありがとうマスター。あとは任せてくれ」

 

 大ダメージを受けた巨人はいったんビームを撃つのをやめたが、シールドエフェクトの外はまだ空気がよどんで見えるほどの灼熱地獄だ。しかし沖田オルタはまったく躊躇せず、エフェクトの中から飛び出して船縁まで駆けていった。

 

「ああ、思い出した……そうだ、私はこの時のためにここに来たんだ。

 ただ一度きりの顕現……あの巨人を倒すために」

 

 沖田オルタはその愛刀「煉獄」を抜くと、さっと目の前の虚空に斬りつけた。

 すると空間が裂けたかのように、その内側から「何か」が広がっていく。

 気がついた時には雪のような白い地面と、果ての見えない無色透明の空だけがあった。いるのは光己と沖田オルタ、それに明智光秀の3人だけだ。

 

「な……何だここは!? いったい何が!?」

 

 光己より先に光秀が戸惑った様子で問いかけてくる。それとも単なる独り言だろうか?

 沖田オルタは普段より大人びた、落ち着いた口調でゆっくりと答えを返した。

 

「我は―――抑止の守護者。

 ここは無穹の空。ここより先も、ここより後もない。おまえも同じだ。後も先もない無穹の(はざま)に落ちるがいい」

「抑止力だと……!? ふざけるな!

 信長公だけでなく、世界までも私を否定するのか!?

 何故だ、何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ! 何故誰も私をおおお!!」

 

 光秀が顔の単眼から黒い泥を涙のように噴き出しながら絶叫する。

 光己がビームをぶつけたので、認識阻害の魔術が破れてドラゴンの姿が見えていたが、それに気を向ける余裕もないようだ。

 オルタが嘘やハッタリを言っているとは思っていなさそうである。

 

「私はおまえと織田信長の間に何があったのかは知らないし、おまえが信長になって何をしたいのかも知らない。

 ただ私には、おまえが『衆生済度の神』だとは思えない。マスターたちが私にくれた、やさしさやあたたかさを感じないから」

 

 そう言いながら、1歩ずつ光秀に近づいていくオルタ。

 

「すまない、マスター。私だけで倒すつもりだったが巻き込んでしまった」

「んー、気にしないで。それより早くあいつを倒そう。また回復されたら面倒だ」

「うん、ありがとう。マスターと出会えて本当に良かった」

 

 オルタがそう言って刀を構える。

 

「いくぞ明智光秀、いや仮初めの偽神よ!

 無量、無碍、無辺。三光束ねて無穹と成す。『絶剱・無穹三段(ぜっけん・むきゅうさんだん)』!!」

 

 それはオルタの霊基、いや存在のすべてを今この一瞬に束ねて放つ、ただ一度きりの必殺の魔剣。この世界に存在してはいけないものをあるべき所に押し返し、消滅させる黒い奔流。

 その「無」の光に飲み込まれた泥の巨人は、文字通り跡形残さず無に還った。

 

 

 




 沖田オルタの宝具が一度きりと書いてますが、これは無穹の空に行くバージョンのことと思っていただければ。




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第116話 抑止の守護者

 沖田オルタが放った黒い光が過ぎ去った後には、人間の姿に戻った光秀だけが残されていた。

 ただそれも蜃気楼のように存在感が薄く、もはや消え去る寸前のように見える。

 

「……そんな馬鹿な、私は、私は何のためにこれまで。

 私はただひたすらに信長公のために……汚れた聖杯を呑み……幾年月を重ね……信長公をお救いせんと長き年月を……。

 それなのに……私とあやつ……いったい何が……」

 

 本人もそれを悟っているのか戦おうとはせず、白い地面に座り込んでうわ言のように呟いている。

 彼のうつろな瞳には何も映っていないみたいで光己にはかける言葉がなかったが、沖田オルタはまた1歩近づいて静かに語りかけた。

 

「そうか……おまえは許して欲しかったのか」

「……許し?」

 

 光秀がふっと顔を上げる。本当に意外そうな顔をしていた。

 

「そんなものが欲しかったのか私は? 信長公を殺めたこの私がか……?

 ああ……そうか……そうだったのかもな……」

 

 オルタの言葉が正しいのかどうか光己には分からなかったが、光秀は納得したらしくすっきりした表情をしていた。

 

「―――信長、公……」

 

 そして風に吹かれた塵のように消えていった。

 光己はこれで終わったと思ったが、ふと見ればオルタまでが姿が薄れて消えかかっているではないか。

 光己は同じような光景を見たことがある。ローマでブーディカがロムルスの宝具を防いだ後消えた時だ。

 

「沖田ちゃん、まさか!?」

「……ああ、これでお別れだマスター。

 私はただこの時のために世界と契約したのだ。

 運命を捻じ曲げてまで生きた代わりに、一度きりの抑止の守護者となるために」

「……運命?」

「うん。私はもともと生まれてすぐ病で死んでしまうはずだったのだが、それを姉が世界に祈って治してくれた。その対価として、今こうしてあの巨人を倒したというわけだ」

「そんなことが……」

 

 すぐには信じがたい話だったが、ここで彼女が作り話を語る理由はない。本当に事実なのだろう。

 

「最初からこういう筋書きだったのだと思う。私の宝具を見たマスターが、それを見本にしてあの技を編み出して、それで光秀の聖杯を吹き飛ばして弱らせた。その後私がとどめを刺す、という。

 そう考えるとちょっと嬉しいな。私はこれで消えるが、私が存在した証はマスターが生きている限り残るんだ。

 ……あ、いや。写真とサインもあったか。あれがマスターの家宝だというなら、藤宮家が続く限りずっとということになるな」

 

 オルタはそう言っておかしそうに微笑んだ。

 

「マスターたちには本当に世話になったな。何も知らなかった、刀を振るのがちょっと上手なだけの私に良くしてくれて感謝している。

 しかし特異点修正が終わるまで付き合うという約束は果たせないな。すまない」

「沖田ちゃん……」

 

 話している間にもだんだん薄れていくオルタの姿は、まさに人が死にゆく直前の儚さを光己に痛いほど感じさせた。

 彼女がすでに死と別れを覚悟しているのなら、あまり見苦しい振る舞いは見せたくない。

 ―――が、簡単に諦めたくないという気持ちはそれ以上に強かった。

 

「でも用が済んだらその瞬間にさよならってのは人情なさすぎだろ。何か方法はないのか? もう少しだけでもここに残れる方法」

「そんなにも私を惜しんでくれるのか……。

 もちろん私だってもっと世界を見たい! もっと生きたい!

 ―――でももうだめなんだ。私が世界に借り受けた生はここまでだから」

「…………」

 

 オルタが諦めているのか納得しているのかは分からないが、どちらにせよ彼女に手立てはないようだ。

 しかし光己は彼女の言葉からアイデアが閃いていた。

 

「借り受けた生はここまで、か。じゃあ俺が追加で払うよ。

 令呪を以て命じる。沖田ちゃん、霊基を修復しろ!」

「!!」

 

 光己の右手の甲に浮かんでいる紋様から膨大な魔力がオルタの体に流れ込み、当人の意向を無視して彼が命じた通りの現象を引き起こす。まるで時間が巻き戻されたかのようにオルタの姿と存在感が濃くなっていくが、しかし万全には至らず半ばで止まってしまった。

 

「……ッ! 足りないのか!?」

「そうみたいだ。もう一画あれば足りたかもしれないが……」

「く……!」

 

 せっかく方法が見つかったと思ったのに何てことだ。ああ、これが明日だったなら……!

 しかし光己にはまだ手札があった。鱗が薄い胸の辺りを、左手の爪でためらいもなく切り裂く。

 赤い鮮血が噴き出し、オルタの全身に滝のように降りかかった。

 

「マ、マスター、これは……!?」

 

 さすがに当惑しているオルタに、光己はふんすと息を荒げて説明した。

 

「ドラゴンの血だよ。俺の血はちゃんぽんだから、飲んだらどうなるか分からないけど、今ここで消えるよりはマシだろ。

 さあ、両手ですくって美味しそうにごっくんするんだ!」

「……何だかえっちな言い方に聞こえるが、マスターがそうしろと言うなら従おう」

 

 オルタが光己の言う通り、手のひらで彼の血をすくって口元に運ぶ。まずは舌を伸ばして味を確かめた後、あまり美味しいものでもなかったが覚悟を決めて飲み込んだ。

 

「これは……すごい魔力!? 力が身体に染み渡っていくような」

「効果アリか! よし、それじゃお腹がパンパンになるまでヤろう」

「だから何でえっちっぽい言い方をするんだ……?」

 

 オルタは頬を赤らめて困った顔をしたが、彼は文字通り血を流してまでして助けようとしてくれているのに強くは言えない。おとなしく頷いた。

 一口飲むたびに、消えかけていた霊基がどんどん修復されていく。単に強い魔力が含まれているというだけではなく、彼がちゃんぽんと言っただけあって未知の作用があるようだ。

 そこでふと光己の顔を見上げてみると、竜の姿だから表情の仔細は読み取れないが何となく興奮しているように思えるのは気のせいだろうか?

 

(もしかして痛みを紛らわせるためにふざけて騒いでいるのか? 確かマスターは魔術師でも武士でもないはずだからな)

 

 戦闘や苦痛に慣れていない一般人が、血が大量に噴き出すほどの深い傷の痛みを黙って耐えるのはつらいことだろう。泣きわめく代わりにえっちな放言をしているのだと考えれば頷ける。

 

(そこまでして私を助けてくれるのか……昨日会ったばかりで、仮に今助かっても特異点修正が終わったらお別れなのに)

 

 オルタは目頭が熱くなってきて、何故か目の前の光景がにじんで見えて困ったが、込み入った話をするのは体をちゃんと治してからだ。

 なのでとにかく彼の血をがぶ飲みしていると、やがて霊基が安定してきて峠を越えたのが分かった。

 ついっと顔を上げて、その旨を彼に報告する。

 

「マスター、心配をかけたな。もう大丈夫だ、私はこのまま現界していられる」

「マジか!! やったな。やっぱり世の中こういうハッピーエンドでないとな」

「うん、ありがとう。すべてマスターのおかげだ。

 本当に……ありがとう」

 

 光己は自分の生存報告を我が事のように喜んでくれて、しかも恩に着せる様子がまるでない。

 彼に会えて良かった、とオルタは改めて思った。

 

「どういたしまして、とにかくよかった。

 ところでそろそろ帰りたいんだが。ぶっちゃけ俺は自分のケガは治せないからな」

「む、それはいけないな。急ごう」

 

 オルタがもう1度刀を振ると、無色透明の空間に裂け目が入った。その内側から、今度は青い海や空の光景が広がっていく。

 光己が気がついた時には、元通りルーラーアルトリアの船のそばの海上にいた。沖田オルタも戻っていたが、当然ながら光秀の姿はない。

 

「―――明智さんの姿が消えた!? って、沖田オルタさん血まみれですけど大丈夫ですか!?」

「マスター、その胸の傷はいったい!?」

 

 マシュたちの反応を見るに、光己たちが「無穹の空」にいた間、こちらでは時間が経っていなかったようだ。光己はとりあえず玉藻の前を呼んで、傷の治療を依頼した。

 

「はい、ただその前に人間の姿に戻っていただけると助かるのですが」

 

 するとそんなことを言われたが、敵が残っているなら竜モード解除はまだ早い。目を閉じて魔力感知を行う。

 

「んー、もう誰も残ってないみたいだな。ならいいか」

 

 信長は復活できなかったようだ。まあ戦国時代で会った彼女と違って仲良くするのは難しそうだったし、遺言通り是非もないということにしておいた。

 人間の姿に戻った後パンツとズボンだけ穿いて、玉藻の前に胸の傷を治してもらう。

 それが済んだ時には、沖田オルタも海に飛び込んで海水で血を洗い流して戻ってきていた。いや船上に戻ったのは沖田ノーマルに抱えてもらってだが。

 

「それで、いったい何があったのですか?」

 

 一同を代表してマシュが光己と沖田オルタに訊ねる。

 2人はちょっと顔を見合わせたが、光己が語ることでもないのでオルタに任せることにした。

 

「そうだな、では私から話そう。

 ついさっきまで忘れていたが、実は私は『抑止の守護者』という存在で、明智光秀というかあの化物を討つために派遣されてきた者なんだ。

 だから『無穹の空』に連れて行って倒してきたけれど、それで私は魔力を使い切って消えることになってしまった。いや最初からそういうさだめだったんだ。

 しかし完全に消える前に、マスターが令呪と血を使って私の霊基を補強してくれたんだ」

「抑止の守護者、ですか」

 

 マシュもこの言葉は聞いたことがある。何でも人類を滅亡させるような害悪が現れた時に、これを排除するために「霊長の抑止力」、あるいは「人類の無意識の集合体」といわれるものが遣わしてくる者だとか。

 この定義だと、魔神柱絡みの特異点では毎回出て来てもよさそうなものだが、冬木やフランスやローマではその必要がなかったか、来ていたが会わなかったか、あるいはさっきまでの沖田オルタのように当人がそれと認識していなかったか、その辺りだと思われる。

 ―――特異点では抑止力は働かないという説もあるが、そんなことはなかった!

 

「それはともかく、先輩も沖田オルタさんも無事でよかったです!

 あ、そうだ。敵が残っているかどうか確認しませんと」

 

 マシュがそう言いながら通信機でカルデア本部に連絡を取り、生体反応調査を依頼する。

 すると信長の船には生き残った者はもうおらず、聖杯もないことが明らかになった。

 

《聖杯が消滅したのは残念だが、致し方あるまい。

 あとは信長の船に何か残ってないか調べてみてくれ》

 

 あんな化物を作り出したくらいだから、この世界にはない特異なテクノロジーがあるかもしれない。その断片でも入手できれば何かの役に立つのではないかという趣旨である。

 

「はい、了解しました」

 

 そんなわけで、甲板の上の熱が冷めてから信長の船に乗り込む光己たち。

 船室を調べてみると、1番広い部屋にSFでよくある大きなガラス製の培養槽があった。おそらくあの化物はここで作られたのだろう。

 接続されている機械類も込みで、完全に破壊されていて修理は無理そうだったが、せっかくなので写真を撮って、重要っぽいパーツだけでも持って帰ることにする。

 それ以外は、使えそうなものや危険なものは特になかったので、放置でいいだろう。

 

「あとはランサーオルタの説得だな。よし、俺のあふれる愛で口説き落してみせよう」

「愛じゃなくて性欲ですよね。やめておいた方がいいと思いますよ?」

 

 光己は疲れているにもかかわらず意欲十分だったが、カーマが速攻で冷や水をかける。

 思春期少年はフォローを求めて周りを見渡したが、彼の希望に沿おうとする者はいなかった……。

 

「解せぬ」

「……マスター、本当にそう思ってるんですか?」

「…………」

 

 今度は玉藻の前にも冷ための声で突っ込まれて、光己は完全に沈黙した。

 マスター以外の説得役としては、同じアルトリアであるルーラーとメイドオルタ、あと着替えの担当者であるヒルドと嘘を見破れる清姫が順当だろう。ということで、ルーラーとヒルドと清姫がランサーオルタを寝かせている部屋に赴く。

 ―――ランサーオルタはえっちなランジェリーを着させられてヤケになっていたからか、「契約の箱」は壊すべし神霊も退去させるべしという強硬派だったが、普通の服に着替えられると聞くと態度を軟化させて、「箱」に続く道をすでに埋めていることと、カルデア側のサーヴァントが16騎もいることで、方針を変えて仲間になってくれた。

 

「そちらには『アルトリア』も『オルタ』も複数いるそうだから、呼び方はランサーオルタで構わない。よろしく頼む」

「こちらこそよろしく頼む。ランサーオルタ色っぽいヤッター!

 ところで何でバスタオル巻いてるの?」

「あんな服のままで人前に出られるわけないだろう!」

「つまり俺と2人きりの時は着てくれるってことでFA?」

「先輩はそろそろ黙って下さいね!」

 

 光己が戦闘の興奮がまだ抜けないのか、ランサーオルタのえちえちさにやられたのか、またあほなことを言い出したので、マシュが締め上げてどこかに連行していった。

 

「……ええと。マスターは時々あのような思春期脳になりますが、普段は私たちにとてもよくして下さる方ですので……」

 

 ルーラーが弁護を試みたが、口調が多少乾いていたのは仕方ないことだろう……。

 

「いや、気にするな。海賊どもよりははるかに上品だし、最後のマスター、だったか? その重任で潰れてしまうよりはずっとマシだ。

 それにもうすぐこの人目を引くランジェリーともお別れだからな」

 

 しかし、幸いランサーオルタは普通の服をもらえるということで寛大になっていて、彼女とのファーストコンタクトはひとまず無事に終えられたのだった。

 

 

 




 ノッブが復帰するプロットも考えてはみたのですが、狂のままじゃ何ですし、といって弓や讐だと宝具の性質的に考えて黒髭組が涙目どころじゃないので没になりましたo(_ _o)
 あと本文中で「特異点では抑止力は働かないという説」について触れてますが、原作で沖田オルタや龍馬が現界できたのですからこの説は間違いということにしてあります。



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第117話 群島にて1

 光己たちは島に帰ると、留守番だった段蔵たちにランサーオルタを紹介して戦いの経過を報告した。信長は人理修復賛成派だったそうだから味方にできなかったのは残念だが、ランサーオルタが仲間になってくれただけでも喜ぶべきだろう。

 その次はランサーオルタの着替えである。

 

「普通の服か水着かどっちにする?」

「むろん、水着だ」

 

 水着は特に女性のサーヴァントにとって一種のステータスになっている上に、今はほとんどのサーヴァントが水着を着ている。まして場所が砂浜がある島となれば、水着にしない理由がなかった。

 

「りょうかーい。それじゃこっち来て」

 

 そんなわけで家の中で着替えさせてもらったランサーオルタの水着は、シンプルな黒一色のモノキニ、つまり前から見るとワンピースだが、後ろから見るとビキニというものだったが、何故か妙に露出が多い。ハイレグのVカットは角度がルーラーアルトリアのと同じくらい鋭いし、胸の下部5分の2くらいからへその下まで楕円形に大きくカットされていてお腹が全部出ている。腋や横乳も大胆に露出しており、バストとヒップは隠れている面積の方が少ない。

 しかし着ている者が非常に凛として貫禄がある人物なので、さほどエロスは感じさせず、カッコいい感じには仕上がっている。

 なお槍はルーラーや玉藻の前と同じく日傘になっており、普通に突く以外にも広げて盾にすることが可能だった。

 

「ふむ、これが水着……何だか開放的な気分になるな」

 

 ランサーオルタは露出自体にはそこまで忌避感はなかったらしく、水着になったことを素直に喜んでいた。まあ布面積自体もヒロインXXや沖田よりは広いのだが。

 

「うんうん、そうだよね! めったに着られないものだから堪能していってね」

「うまくいって良かったです」

 

 着替え担当者のヒルドとオルトリンデも一安心である。

 次はマスター及び他のサーヴァントたちへのお披露目だ。

 

「おお、すげえおっぱい!」

 

 ランサーオルタの容姿と水着の褒めどころはいくつもあるが、1番目を引くのはやはりどぱーんと突き出たバストだろう。ルーラーと同率首位のサイズを誇るが、それでいて垂れたり崩れたりしておらず、綺麗なロケット型で激しく自己主張している。

 

「いきなり何言ってるんですか先輩!」

 

 その美巨乳を光己は言葉を飾らず率直に褒めたつもりだったが、なぜかマシュがぷんすか怒って放り投げられてしまった。最後のマスターの重要性を理解していない乱暴な扱いだと思う。

 

「と、とにかくお似合いだと思いますよ」

「そうか、とりあえず礼を言っておこう」

 

 その時ようやくランサーオルタはマシュの正体、つまりギャラハッドが憑依したデミ・サーヴァントであることに気づいたが、あえて口には出さなかった。彼は能力を与えただけで人格は残さなかったように見えたからである。

 それならギャラハッドではなくマシュとして扱うべきだろうから。

 

「それで、今後はどう動くんだ?」

「はい、今日は先輩はお疲れでしょうから、ご飯食べてお風呂入って寝るだけになると思います。

 明日からも、ジャンヌオルタさんが先輩の短刀を完成させるまでは待機になる予定です」

「先輩の短刀?」

 

 意味不明なフレーズだったが、詳しく聞いてみるとジャンヌオルタがマスターの生国の伝統的な武器を作る技能を持っていたので、彼が自分にも作ってもらうことにしたらしい。

 護身具を作るためだけに時間をつぶすのは、ランサーオルタの気性的にはあまり面白いことではなかったが、その護身具が聖杯から出したレア素材を用いたもので、戦乙女がルーンを刻み、女神と聖女が祝福を授けるという宝具級の逸品であるなら話は別だ。

 光己は無敵アーマーを持ち巨竜に変身することもできる強者だとは聞いたが、それでも戦いに絶対はない。万が一の可能性を減らせる手があるなら打っておくのは当然だと思う。

 

「しかし単なる待機では退屈だな」

「明日からはまた家を建てますし、それがお嫌でしたら島を散策するなり海で泳ぐなりしても構いませんから」

「そうか、大工の真似事もたまには悪くなさそうだ」

 

 ランサーオルタは生前王様だったからといって庶民の仕事を見下すような素振りはなく、むしろ楽しみそうに小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 翌日からはマシュがランサーオルタに言ったように2軒目の家を建てたり、光己はその監督だけでなくジャンヌオルタとオルトリンデの鍛冶場に顔を出したり、カーマや段蔵たちといっしょに島を探索して採取した食料でおやつを作って皆にふるまったり、ヒルドやマシュたちとトレーニングをしたりと忙しい日々を送っていた。

 

「さーて、それじゃ今日も元気に訓練しよう!」

「おー!」

 

 水着姿の美女美少女がスキンシップ付きで、もとい戦乙女や師範役ニンジャという超優秀トレーナーがマンツーマンで稽古をつけてくれるという理想的な環境とあって、元素人のマスターはいつもやる気十分だった。

 基本的なメニューはまず呼吸法による瞑想、次に魔力感知や魔力吸収や火炎操作といったあまり体を動かさないワークをする。それから準備運動をして、型稽古や組手など身体的な訓練をしたら整理運動をしておしまいという流れだ。

 この特異点に来て6日目となるこの日の訓練は魔力吸収までは普通に終わり、火炎操作はマシュの訓練を兼ねて彼女の方に放つことになった。

 

「まさかサーヴァントの訓練の相方するレベルになるとはなあ」

 

 フランスで初めて火を吐いた時からまだ5ヶ月弱しか経っていないのに、よくここまで成長したものである。光己は感慨にひたりつつ、盾を構えた少女に声をかけた。

 

「それじゃマシュ、いい?」

「はい、いつでも大丈夫です!」

 

 こちらは普通の意味でやる気十分な様子だった。

 なおマシュは今までの経験や訓練が実を結んだのか、それとも竜の血で成長したのか、「時に煙る白亜の壁」という新しいスキルを習得している。「誉れ堅き雪花の壁」より守備範囲が狭い分、より堅牢な城壁を展開するというものだ。

 

「じゃあいくぞ。まずは小手調べ、火炎球5連打ァ!」

 

 光己が突き出して広げた右手の指の先にピンポン玉サイズの白い火の玉が5個出現し、それらが猟犬のごとく一斉にマシュに襲いかかる。

 小手調べで5個もいっぺんに作ったものでありながら、その火球は一目でサーヴァントでも火傷する熱量があると分かるほどだった。何しろ今の彼の魔力は人間モードでもアルトリアや玉藻の前(術)と同レベル、サーヴァント基準でAランクなのだ。

 

「はあっ!」

 

 しかしマシュはシールドエフェクトをあえて展開せず、盾自体を振り回して火球を叩き潰した。バシュッ、という水風船が割れるような音とともに多少の余熱が散ったが、それくらいなら盾兵の対魔力で耐えられる。

 

「おお、アグレッシブだなマシュ」

「はい! 私の役目は先輩たちを守ることですが、ただ突っ立っているだけではダメですから。

 スパルタクスさんに投げ飛ばされた時のことは忘れていません」

 

 ……無論それにも限界はあるわけだが。

 光己が次に放った高さ3メートルほどもある炎の波涛は切った張ったでどうにかなる代物ではなく、スキルを使って防御した。

 

時に煙る白亜の壁(ウォールエフェクト)、発揮します!」

 

 美しささえ感じさせる白亜の城壁の幻像が少女を囲み、津波のように覆いかぶさった白い炎を完全に遮断する。相当な防御力があるようだ。

 

「おお、すごいな! 一応加減はしたけど、本気でやってもその壁突破できそうな気がしない」

「ありがとうございます。先輩の炎も強烈でした!」

 

 光己とマシュは、元は常人だったが外部からの影響で超人的な能力を得て、しかもそれを皆のために高めようとしているという共通点がある。それでお互いの進歩を称え合ったのだった。

 

「確かに派手な炎ですね……あれで加減したなんて大したものです」

「うん、さすがはマスターだ」

 

 見学の沖田2人も感心していた。なお2人は時々光己の組手の相手を務めていたりする。

 

「じゃあ続きいくぞ。見栄え重視の、『燃え盛る不死の王鳥(なんちゃらフェニックス)』!!」

 

 こちらも十分美しいと表現できそうな白く輝く鳥が出現して、大きくはばたきながらマシュに向かって体当たりする勢いで飛んで行く。ただし鳥の形を維持するのに制御力の大半を使っているので、熱量はさっきの波涛よりはるかに少なかったが……。

 

「ま、コントロールの練習としてはいいんじゃないかな?」

 

 戦乙女としては見栄えより実用重視が望ましいが、東洋の古典には「これを楽しむ者にしかず」という言葉もあるのでこの度は黙認していた。

 もっとも彼がせっかく作った炎の鳥は、その大仰な名前に反して「城壁」によるシールドチャージの一撃で潰されてしまったけれど。

 

「むう、やっぱりか!」

 

 本人もこの結果を予想してはいたようだ……。

 その後は普通に訓練していると、オルトリンデとジャンヌオルタがやってきた。

 

「マスター、お疲れさまです」

「よくやるわねえ」

「うん、2人もお疲れさま。休憩?」

 

 光己が2人をねぎらいつつそう訊ねると、ジャンヌオルタがついと1歩前に出た。

 

「それもあるけど、ルーンのおかげで思ったよりだいぶ早く進んでるから、そろそろ刀にどんな機能を付けるのか決めてもらおうと思って」

「おお、やはりさすルーンはいい文明だな!

 機能ってたとえばどんな?」

「オルトリンデは、エクスカリバーに倣って鞘に防御的な機能、刀に攻撃的な機能を付けるってのを考えてるみたいね」

 

 ジャンヌオルタは光己の問いにそう答えて、細かい話は担当者に振った。

 

「はい。まず鞘には持ち主への『癒し』と『蘇生』のルーンを刻もうと思っています。『癒し』には毒や呪いの治療も含みますので、搦め手を使う敵が現れても安心です。

 それと鞘に付ける下緒(さげお)に『原初の産毛』を使っていますから、魔除けの効果もあります」

 

 当初は「矢避けの加護」のような回避系のルーンを刻むことも考えたが、光己がそれに依存して修練をサボるようなことがあってはいけないので却下していた。

 機能の数を増やすとその分個々の効果が落ちてしまうし。

 なお後でカーマたちに祝福を授けてもらうことになっているが、上記の理由で新規の効能を付与するのではなく、既存の機能を強化する方向でお願いするつもりである。

 

「刀の方は『ガンド』か『氷作成』か『魔術解除』か『召喚獣』のどれかにしようと考えていますが、マスターに何かご希望があればそれでもかまいません」

「ほむ」

 

 なかなかに豪華な性能だ。光己としては感謝しかない。

 鞘の方には注文は特になかったが、刀の方はもう少し説明が欲しかった。

 

「召喚獣って何?」

「今回の場合ですと、アラビアンナイトに出てくるランプの精を自力で作るようなものと思っていただければ。無論あれほど強力ではありませんが」

 

 要するに使い魔のことである。通常は術者の魔術回路と人間の亡霊と小動物等の死骸をかけ合わせてつくるものだが、今回は刀に宿らせるものなので生身の生物ではなく、念と魔力だけで作る霊体あるいは魔術式だ。

 ただ一から作ると非常に手間がかかるので、今回は癒しと蘇生の関係で鞘を光己に魔術的に紐付けする予定だから、それを利用して、彼の潜在意識から能力や思考回路を形成する計画である。

 もちろん叛逆されたりしないよう、しかるべき措置は施すが。

 

「なるほど、スタ〇ドや斬〇刀みたいなもんか……」

「?」

 

 光己が何かたとえを出したが、オルトリンデには理解できなかったようだ。

 なお召喚獣が傷ついても使役者が同じ傷を受けるといったようなことはないし、刀の中に戻せば傷を癒すこともできる。

 

「面白そうだな、それでいこう」

「いいのですか? 明日でも間に合いますが」

「うん。何かこうピーンと来たから」

「分かりました。ではそうしましょう」

 

 これでオルトリンデとジャンヌオルタの用事は終わったので、光己は自分の用事を切り出した。

 

「ところで今日はカルデアのカレンダーだとクリスマスイブなんだけど、ジャンヌオルタはそっち関係のイベントは嫌だとかそういうのはある?

 俺の故郷の日本式だと宗教色はかなり薄くて、ケーキや七面鳥食べてパーティーしたりプレゼント交換しあったりするだけなんだけど」

「んん? そうねえ。ガチの宗教儀式はちょっとアレだけど、ただのパーティーなら別にいいわよ」

 

 ジャンヌオルタは復讐をやめたので、フランスの頃と違ってこだわりがなくなっているようだ。

 しかし魔女の勘が何かいかがわしいモノを感じ取っていた。

 

「そのパーティーって、ただ食べたり飲んだりして騒ぐだけなの?」

「普通はそうだけど、ジャンヌオルタが魔女だっていうなら、当然エロスなサバトになると俺は信じてる」

「マスター滅ぶべし慈悲はない!」

 

 邪ンヌ怒りの業火によって、今年のクリスマスイベントは中止になった。

 

 

 




 多数のアンケート投票ありがとうございました。
「お姉ちゃん」が圧倒的多数を占めましたので、これでいこうと思います。
「召喚獣」については第110話で邪ンヌが軽く触れていますが、ここからどんな流れでお姉ちゃんになるのかは次回をお待ち下さい!


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第118話 人類姉顕現

 それから2日後、ついにジャンヌオルタ謹製の刀が出来上がった。

 片刃で反りがない刃長20センチほどの短刀で、(つば)は付いていない。刀身がオーロラ鋼、柄と鞘が神鉄でつくられており、柄と鞘の表面にはけばけばしくならないよう黒獣脂を塗ってある。鞘に付ける下緒(さげお)には魔除けの効果がある「原初の産毛」が使われていた。

 また刀身には「硬化」、柄には「召喚獣」、鞘には「癒し」と「蘇生」のルーンが外からは見えないように刻まれている。

 

「どうかしら? 我ながらいい出来栄えだと思うんだけど」

「おおぉ、確かにこれは風格を感じまくる……!」

 

 刀が鞘に収まっている段階で、早くも光己は並々ならぬ存在感を刀から感じていた。

 

「抜いてみていい?」

「ええ、どうぞ」

 

 許可を得た光己がそろそろと刀を鞘から抜いてみると、その名の通りオーロラのように冷たく神秘的な青い光を放つ鋭い刃が現れた。今回は普通に日本刀らしい波打つ刃文が浮かんでいる。

 素人でも一目で名刀と分かる美しさだ。

 

「うぉぉ……すごいな。見てると吸い込まれそうだ。

 これが俺の物になるのか……ありがとなジャンヌオルタ。あ、もちろんオルトリンデも」

「どう致しまして。喜んでもらえれば作った甲斐があったわ」

「はい」

 

 光己が心底感嘆しながら礼を言うと、2人も満足げに笑みを浮かべた。

 

「それで、銘は何ていうの?」

「ええ、『白夜(びゃくや)』っていうのはどうかしら」

 

 白夜とは北極圏と南極圏だけで見られる、夜になっても太陽が沈まない現象である。語感は悪くないが、どういう意味があるのだろうか?

 

「人理が焼却されてる今は、いってみれば真っ暗闇の夜のようなものよね。でもアンタという太陽は沈まずに輝いていて、いつか昼の明かりを取り戻す……ってカンジよ。

 マスターが普通の人間だったらさすがに持ち上げ過ぎだけど、太陽属性のドラゴンならいいわよね」

「なるほど、太陽属性を人理にとっての太陽になぞらえたってわけか。センスを感じるな」

「そうでしょう!? 結構悩んだのよ」

 

 光己とジャンヌオルタは気が合ったらしくハイタッチなどかましているが、傍らのマシュやオルトリンデは何とも言いようのない表情で固まっていた……。

 なおジャンヌオルタ自身の愛刀は厨二めいて長たらしい名前なのだが、源頼光や義経のものは短い名前らしいので今回はそちらに合わせたという裏話もある。

 

「じゃ、次は祝福もらうのかな?」

「はい、愛の神によるとてもありがたい祝福ですよー。感謝感激して下さいね」

 

 カーマは恩着せがましい言い方の上に口調も気だるげだったが、1番早く返事した辺りに本心が現れていた。

 当初は彼女と玉藻の前とジャンヌにお願いしていたが、今日までにアルテミスともそれなりに親しくなったので彼女も参加してくれている。

 なので本格的に祭壇をしつらえ、3柱と1人がその周りの東西南北から授けるという大がかりな儀式が執り行われる運びになっていた。

 

「――――――――――――」

 

 その儀式を光己とマシュたちも少し離れて見学していたが、普段の彼女たちとは違う厳粛な雰囲気が肌で感じるほどに漂っている。

 やがて祝福が終わり、また一段と風格を増した感がある「白夜」をカーマが捧げ持つようにして光己の前に進んできた。

 光己もていねいに押し頂いて、儀式は滞りなく終了となる。

 

「ふううー。見てただけなのに緊張して疲れた」

「疲れたのは私の方ですよ。さあ、言葉じゃなくて目に見えるお礼をハリーハリーハリー」

「大丈夫だって、ちゃんと用意してあるから」

 

 終わった後で製作関係者一同に光己が手作りスイーツをごちそうしたが、その時には先ほどの厳粛さはどこにも残っていなかった……。

 

 

 

 

 

 

 おやつタイムには実は祝福が刀になじむまでの時間つぶしという面もあって、それが済んだら最後の工程、「担い手」と魔力パスをつないで召喚獣の形成となる。

 ヒルドとオルトリンデがパス接続を完了すると、光己は刀を鞘から抜いて顔の前で静かに構えた。

 

「…………」

 

 サーヴァントとのパスとは違うが、確かに自分とつながっているのを感じる。

 やがて心気充実してきたところで、刀を天にかざして何か怪しげなポーズを決めながら強く叫んだ。

 

「出でよ、我が召喚獣!!」

 

 すると刀の上に青白い稲妻のような光の束が走り、円柱状に固まった。カルデア本部でサーヴァントを召喚する時の光景にどこか似ている。

 それがパチッとはじけた後には、人間の女性らしき人影が残っていた。

 空中でくるっと一回転してきれいに着地したその美女の正体は―――。

 

 

 

「エンジョイ&エキサイティング! お仕事頑張ってる弟君のために、お姉ちゃんがさっそうとヘルプに来ましたよ!」

「「ぶふーーーーっ!!!」」

 

 なんということでしょう、現れた召喚獣は見た目も言動もジャンヌにそっくりでした!

 ジャンヌオルタはジャンヌにつかみかかり、清姫やカーマやヒロインXXたちが光己を囲んで怨めしげなまなざしを向ける。

 

「こっ、この自称姉! 私が一生懸命作った刀に何か仕込んだわね」

 

 ジャンヌオルタがこう思うのは当然だったが、これはジャンヌにとって濡れ衣だった。

 

「い、いえ、誤解です! 私は普通に祝福を授けただけで、怪しいことは何もしてませんよ。

 そうですよね、アルテミスさんに玉藻さん」

 

 ジャンヌが儀式を一緒にやった女神に証言を求めると、月女神はよく分かってない風に首をかしげただけだったが、太陽神の分け御霊は巫女を名乗るだけあってこういう事には鋭敏な感覚を持っていた。

 

「そうですね、ジャンヌさんは真面目にやってたと思いますよ。少なくとも私は邪念を感じませんでしたから」

「むう」

 

 ジャンヌが無実だとすると、光己の方がよほど彼女に入れ込んでいるということになるが。何かもう当たり前のようにお姉ちゃんと呼んでいるし。

 

「やっぱりアンタがマスターを弟にしたせいじゃないの!」

「なるほど、姉弟愛が起こした奇跡というわけですね!」

「コイツいいことしたと思ってる!」

 

 やはり人類姉は精神のありようが常人とは異なっていた……。

 

「そ、そういうことなら私だって! マスターくん、この五円玉をじっと見つめて下さい」

「私もやりますよ! 今こそ愛の矢を全力で撃つ時です」

「ますたぁ、もう1度私の血のお風呂に入りませんか?」

「な、なにをする、きさまらー!」

 

 ジャンヌたちのやり取りを聞いたXXたちが別の方向に騒ぎ始めたが、すると人類姉はいかにも名案が浮かんだような顔をしてぽんと手を打った。

 

「それなら希望者みんなの召喚獣をつくればいいんです! そうすればみんな私の妹ということになりますしね」

「なるかぁぁぁ!!」

「というか召喚獣を2体も3体も……できなくはありませんが、その分1体1体が弱くなって居る意味がなくなりますから……」

 

 邪ンヌが咆哮すると、オルトリンデがちょっと済まなさそうな口ぶりで補足してきた。そんな美味い話はないということだろう。

 するとジャンヌは唇に指を当てて思案顔しながら、値踏みするような目でじーっと召喚獣を見つめた。

 

「おや、何か?」

「……ええ。見れば見るほど私にそっくりですが、やはりパワーは足りないかなと」

「弟君の潜在意識そのものから出来たわけじゃありませんからねー」

 

 無敵の姉力にも限界というものはあるようだ。

 しかし本来できたはずのものより非力だと聞いて、ジャンヌはある決意を固めた。胸元で両手を組んで静かに目を閉じる。

 

「―――弟君、この霊基を委ねます」

「!! ア、アンタまさか!?」

 

 ジャンヌの小さな呟きをジャンヌオルタはしっかり聞き咎めて止めようとしたが1歩遅く。ジャンヌの体は橙色の炎の塊になっていた。

 

 

「「融・合(フュズィオン)!!」」

 

 

 召喚獣の方は思考回路が全く同じのようで、止めるどころかモデルと同じテンポで掛け声のようなことを口にしていた。すると炎の塊が召喚獣の中に溶け込み、ひときわ強烈な光を放つ。

 

「!?」

 

 あまりの眩しさに光己たちもジャンヌオルタも目を閉じ腕で顔をかばったが、光が消えた後にはジャンヌは1人しかいなかった。

 

「な、何が……!?」

 

 光己が恐る恐る残ったジャンヌに訊ねると、当人より先にオルタが思い切り苦々しげな顔と口調で教えてくれた。

 

「サーヴァントのコイツが召喚獣のコイツに融合したのよ。

 もともとコイツは『紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)』っていう自爆宝具持ってて、その応用なんでしょうけど、まさかこんなことに使えたなんてね。そのくらい召喚獣が本人に近かったってことかしら。

 ほら、召喚獣の方はパワーアップしてるでしょ?」

 

 そう言われて光己やマシュたちが召喚獣を改めて観察してみると、確かに先ほどまでとは明らかに違う貫禄が感じられた。本当に融合したというのだろうか?

 

「ええ、まったくお人好しというか前のめり過ぎというか。おかげで毒気が抜けちゃったわ」

 

 ジャンヌオルタははーっとわざとらしくため息をつきながらそう言うと、「じゃ、疲れたから休むわ」と言い足してどこかへ歩き去って行った。サーヴァントは魔力さえあれば身体的な疲労というものはないので、単に居づらさを感じたのだろう。

 すると召喚獣はちょっと困ったような顔をしたが、追いかけるほど空気読めない子というわけではなく気を取り直して光己たちの方に向き直った。

 

「―――さて、そういうわけで改めて自己紹介です。

 ジャンヌ・ダルク、()()()()()()()! ()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()し、生前のこともフランスの特異点でのことも、もちろんこの特異点でのことも全部覚えてますので今まで通りに接して下さいね!」

「うーん、それじゃやっぱり本当に融合したのか……」

 

 光己も当然思うところはあったが、本人が自分の意志でやったことで、しかもそれを後悔してるといった様子はなさそうなので触れるのは避けた。

 

「はい! これでこの特異点が修正された後も、弟君のお仕事を手伝えるようになりましたから、よろしくお願いしますね」

「ああ、そういうことになるのか」

 

 サーヴァントではないのなら、特異点が修正されても英霊の座に退去とはならない。光己(の短刀)と一緒にカルデアに帰ることになるわけだ。

 光己としては「自分の潜在意識から形成された召喚獣」に興味はあったが、こうなっては仕方がない。むしろお姉ちゃんとずっと一緒にいられると考えれば大変結構な結末ともいえる。

 ……ジャンヌは姉でも何でもないのだが、そこには疑問をまったく抱いていないようだ。

 

「分かった、こちらこそよろしく」

 

 光己が笑顔をつくってジャンヌと握手すると、カーマたちも自爆宝具の応用で召喚獣を強化したという献身ぶりには文句を言えないようでおとなしくなった。

 ―――これでお守り刀関係のイベントは全部終わったので、光己は聖杯に願って鍛冶場を消去した。次はこの島にいる間にそれなりに親しくなったアルテミスとオリオンとアタランテ、そしてランサーオルタの写真とサインを手に入れる。

 

「よし、これでこの特異点でやることは全部やったかな。もう1回くらい水遊びしたかったけど」

「いえ先輩、むしろ仕事はこれからかと……」

 

 光己はお宝をゲットしてすっかり有頂天のようで頭の中がいろいろとお花畑だったが、真面目なマシュはちゃんと考えていた。

 そういうわけで、改めて作戦会議を始めるカルデア一同。

 

「やっぱり『契約の箱』がネックなんだよな。あれを残したまま全員出航ってわけにはいかないし、といって壊したらどこまで被害が広がるかはっきりしてないから、迂闊にさわれない」

「カルデア所属ではない者だけ残るという手もあるが、賭博性は否めないな」

 

 光己がまず叩き台を提出すると、アタランテがそんなことを言った。

 カルデア所属のサーヴァントは10騎(とジャンヌ)、現地組は6騎である。カルデア勢が去った後にアルゴノーツが来た場合、現地組が勝てるかどうか不安があった。

 そのくらいヘラクレスは脅威なのだ。メディアが後ろで援護するというのも大きい。

 

「しかしずっと待機というわけにもいくまい」

 

 ランサーオルタはやはり消極策は好みではないようだ。

 まあこの島に1週間いて誰も来なかったのだから、これ以上待っても時間の無駄というのは頷ける。

 アルゴノーツ所属のメディアは優秀な魔術師だというから1週間前の戦闘の気配を感じていたかもしれないが、だからこそ近寄って来ないということも考えられるし。

 

「うーん、悩ましいな」

「それじゃマスター、私とルーラーさんで偵察に行ってきましょうか」

 

 これは沖田の案である。彼女は非常に速く飛べるので、ルーラーの探知スキルと合わせれば、攻撃を受ける恐れなく遠くまで偵察できるという意味だ。

 

「……うん、それじゃお願いするかな。でも2人とも、くれぐれも気をつけて慎重にね。

 そうだ、念のためXXもついていってくれる?」

「はい、では行ってきます!」

「マスターくんはいつもながら私たちを気づかってくれて嬉しいですね!」

 

 沖田とXXは心配してもらえてテンション上がったのか元気良くそう答えると、ルーラーアルトリアを伴って矢のような速さで飛んでいった。あれなら相当な広範囲を見て回れるだろう。

 やがて3人は無事に帰ってきて報告をしてくれた。

 

「ここから東北東に100キロほど行ったところに、サーヴァントが3騎乗った船を発見しました。速さはルーラーさんの船には及びませんが、こちらに向かっているようです。

 接触はせずに戻りましたが、どうしますか?」

「こっちに来るなら話は早いな。全員で迎え撃とう。

 いや敵と決まったわけじゃないけど」

 

 発見した船がルーラーの船より遅いなら、海上で対面あるいは戦闘しても出し抜かれて島に上陸される恐れはない。むしろその船が島や「契約の箱」のことを知らなかった場合にバレずに済むというものだ。

 

「はい、ではさっそく」

 

 こうして光己たちは新たな出会い、あるいは戦いに向けて出航したのだった。

 

 

 




 そういえばエドモンってジャンヌが嫌いですが、監獄島にお姉ちゃん連れて行ったらどうなるんだろう。
 まあ仮にエドモンが仲間になってくれなかったとしても、その時はお姉ちゃんに代役してもらえば問題はないのですが(ぇ




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第119話 海賊女王との再会

 カルデア一行がルーラーアルトリアの船に乗って、沖田たちの報告で示された場所に向かっていると、その途中でルーラーがまた新たなサーヴァントが現れたことを知らせてきた。

 

「今度は5……いえ6騎? 先ほどの3騎を追っている形ですね。スピードは同じくらいです」

 

 つまり両者とも帆船に乗っていると思われる。どうやらこの特異点にいる海賊はドレイクとアルゴノーツだけではなかったようだ。

 いったいどこの誰だろうか? 光己たちが注意深く前方を注視しながら近づくと、やがて3騎の方の船影がおぼろげに見えてきた。

 

「んー、やっぱり帆船みたいだな」

「ああ、しかしアルゴー号ではなさそうだ」

 

 アタランテは弓兵だけあって目が良かったが、現れた船は彼女が知らないものだった。

 まして光己やマシュは木造帆船自体をあまり見たことがないので、遠目では区別すらできない。

 しかしルーラーの船は少なくともこの時代には他に類例がない特異な形状をしているので、先方の船の乗員はすぐに見分けることができていた。

 

「姐御! 前方にまた船が現れやした」

「チッ、この大変な時に! どんな奴だい」

「カルデアって連中の船です! 真っ白で帆がないので間違いありやせん」

「本当かい!? これはいい風吹いてきたね、急いでそちらに向かいな!」

 

 姐御と呼ばれた女性はこの船のトップらしいが、彼女はカルデア一行が自分たちに味方してくれると思っているようだ。

 とはいえ敵意がない旨の意志表示は必要だろう。それも船乗りでなくてもすぐに分かる、単純明快なものが望ましい。

 

「仕方ないね。ボンベ、シーツか何かで白旗作ってあの船に見せな!」

「アイアイサー!」

 

 初手降参なんてれっきとした軍人ならメンツやら何やらが邪魔してすぐには出来ないことだろうが、彼らはそんなものより今を生き延びることの方が万倍大事である。ボンベと呼ばれた男は急いで白いシーツと棒切れで白旗を作ると、船首に行ってぶんぶんと振り回した。

 

「んん? マスター、いかにも海賊ですという風体の男が白旗を振っているが」

「ほえ!?」

 

 アタランテがすぐさま発見して光己に注進する。光己は一瞬当惑したが、とりあえず自分の目で確かめてみることにして、マシュに頼んで収納袋から双眼鏡を出してもらった。

 

「んー、どれどれ……? おお、あれはドレイクさんの部下の頭目の人じゃないか!」

 

 ドレイクたちもまだこの海域に残っていたのか。好きで残っているのか出たくても出られないのかは分からないが、無事だったのは喜ばしいことだ。

 それにそういうことなら話は分かる。こちらに自分たちの素性と援護依頼を伝えたいと思ったが難しい信号旗とかでは伝わらない恐れがあるので、誰でも分かる方法を選んだのだろう。

 戦況不利で逃げているのなら助けたいとは思うが、ただ彼女たちは海賊である。もし自分から略奪をしかけて撃退されたのであればインガオホーというか、助けるのは悪事に加担するようなものだからちょっと気が進まないけれど……。

 

「ではサーヴァントの顔ぶれで判断すれば良いのでは?

 どういう経緯でドレイクがサーヴァントを仲間にしたかは分かりませんが、善良な者なら海賊行為には反対するでしょうから」

 

 光己が考え込んでいると、ルーラーがアイデアを出してくれた。

 ただルーラーは光己の真後ろにいて、さりげなく肩に手を置き胸を軽く押し当てている。彼女とは海水浴でオイル塗りっこした時から距離がぐっと近づいていて、こうして折に触れてスキンシップしてくれるようになった―――のは大変嬉しいのだが、仕事中におっぱいを当てられては思考力が鈍ってしまうではないか!(綺麗ごと)

 

「そうだな、そうしよう。それじゃこれ使って」

 

 まだ裸眼で顔が見える距離ではないが、双眼鏡を使えばいけるのは光己自身が確かめている。ただルーラーがそうすると必然的におっぱいタイムが終わってしまうことになるが、仕事なので仕方なかった。

 

「はい、ではお借りしますね」

 

 ルーラーは双眼鏡を受け取るとしばらくそれを覗き込んでいたが、やがて見つけたらしく説明を始めた。

 

「……まず1人目はアステリオス、バーサーカーです。宝具は『万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)』、彼が閉じ込められていた迷宮を具現化するものです。

 2人目はエウリュアレ、アーチャーです。宝具は『女神の視線(アイ・オブ・ザ・エウリュアレ)』、視線と称してはいますが、実際は男性特攻かつ男性を魅了、さらにパワーダウンさせる矢を放つものですね。

 3人目は……うーん、それらしい人は見当たらないですね」

 

 アステリオスは身長が3メートルほどもある上に頭に水牛のような角が生えていたし、エウリュアレはローマで会ったステンノに容姿がそっくりだったから識別しやすかったが、3人目は発見できなかった。もう少し近づいて肉眼で探せば見つけられると思うが。

 

「エウリュアレは分かるけど、アステリオスというのは聞いたことないなあ」

「ギリシャのミノス王、いえその妻のパシパエの子で、『決して出られぬ迷宮(ラビュリントス)』に閉じ込められた牛頭人身の怪物(ミノタウロス)の本名です」

「ああ、それなら知ってる」

 

 光己はアステリオスという名前は初耳だったが、ミノタウロスの伝説とエウリュアレがローマにいたステンノの妹であることは知っていたようだ。

 そこにカーマが割り込んでくる。

 

「あの愉悦女の妹だったらきっと性悪ですよ。ここはスルーして帰るのが賢明じゃないですかね」

「いやそれは私情挟みすぎじゃないか!?」

 

 光己はカーマにはそう答えたが、エウリュアレとアステリオスの名前では善玉か悪玉か判断できなかった。やはりちゃんと話をするしかないようだ。

 初手降参と見せかけて不意打ちする罠という可能性も極少とはいえ絶無ではないから、警戒は必要だが。

 

「先輩は私の後ろに隠れてて下さいね」

「うん、よろしく頼む」

 

 エウリュアレはステンノの妹だけあって宝具がえぐい。いくら無敵アーマーが硬かろうと、女神の特攻宝具に身をさらすのは避けるべきだろう……。

 あと光己はステンノとは直接対面していないが、戦国時代でメドゥーサをぶっぱで斃してしまっているのでそれはバレないよう注意せねばなるまい。

 

「それじゃ、慎重に接近しよう!」

「はい」

 

 光己の指示で、ルーラーが船をドレイクの船の斜め前から接近させる。近づいてみると、確かにあの島で見た彼女の船「黄金の鹿号(ゴールデンハインド)」だった。

 ドレイクたちは後ろから追って来ている船と砲撃戦をしているようだ。もっともこの時代の艦載砲なんてよほど近づかないと当たらないのだが、黄金の鹿号は何ヶ所も被弾しており無理したら穴が開いて浸水してしまいそうに見える。

 

「話をするしかないとは思ったけど、この距離だとうるさくて声が届かないな」

「ですね……」

 

 光己たちとドレイクはお互い顔が見える所まで近づいていたが、今は大砲の音が大きすぎて会話はできそうになかった。誰かが向こうに乗り込むしかないだろう。

 

「その前に、そろそろ3人目のサーヴァント分かった?」

「―――はい。あそこにいる杖を持った緑色の髪の男性がダビデ、アーチャーです。

 宝具は『五つの石(ハメシュ・アヴァニム)』、投石紐(スリング)で石を投げますが、4つ目までは外れて5つ目が必ず当たるというものです」

「ダビデ」

 

 聖書にも記されている王様で、巨人ゴリアテを投石で倒した逸話が有名である。

 確かアタランテが挙げた仲間が彼だったはずだ。「契約の箱」の持ち主でもある。

 なおダビデが退去しても「箱」は消えないので、ここで彼を不意打ちするのは無意味だ。

 

「それなら大丈夫そうだな。アタランテ、交渉してきてもらえる? XXと沖田さんつけるから」

「分かった、行ってこよう」

 

 アタランテはダビデの仲間で、XXはドレイクと面識がある。これならスムーズに話ができるはずだ。

 時々大砲の弾が近くに飛んできているが、ドレイクのあの時の発言が正しければこちらのサーヴァントにも効かな―――いや追って来ている船が宝具であるなら効くかもしれない。

 そういえば追っ手の船は戦国時代で見た黒髭ビンクスの船に似ているような気がするが、まだ遠目だから断定するのは早計だろう。ぶっちゃけ細部までは覚えていないし。

 

「3人とも、くれぐれも気をつけてね」

「はい、では行ってきます!」

 

 アタランテたちが黄金の鹿号に出向くと、ドレイクとダビデがすぐさま出迎えてくれた。

 

「えーと、XXだっけ? 1週間ぶりだね! そっちの2人は?」

「沖田総司といいます。カルデアの現地雇用職員とでも思っていただければ」

「アタランテだ。そちらのダビデとは知り合い……そう、あくまで知り合い程度の間柄だ」

「久しぶりの再会だというのにアビシャグはつれないなあ」

「アビシャグ?」

 

 ダビデはイスラエル王という肩書に反して、いや羊飼いをしていたからかあまり王様っぽさを感じさせない気さくな若者だった。

 しかしアタランテをアビシャグと呼んでいるのは何か理由でもあるのだろうか。当人は嫌そうにしているが。

 

「それで、今どんな状況なんですか?」

「なあに、よくある海賊同士のドンパチだよ。アンタたちと別れた後いろいろあって()()()()()たちが仲間になってくれたんだけど、それでもあいつらにはまだ勝てないみたいだから、一時撤退の最中だったのさ」

「あいつらとは?」

 

 ドレイクは追って来ているのが何者なのか知っているようだ。沖田がそれを訊ねると、ドレイクは急に腹立たしげな顔つきになった。

 

「ああ、あのいまいましい髭オヤジめ! 人を何度もBBA呼ばわりしやがって絶対許さねえ」

「……!?」

 

 今のドレイクからは冷静な意見は聞けなさそうだ。XXと沖田はダビデの顔に目をやった。

 

「いやあ、実は僕も大したことは知らないんだ。あの船の船長が聖杯を持ってる可能性が高いとは思ってるけど、証拠はないしね。

 それよりひどいな、せっかく真名を隠してたのにあっさりバラしてしまうなんて」

「そ、そうだ。ダビデってのは本当なのかい!?」

 

 するとドレイクもはっと気づいてダビデに詰め寄った。何しろ文字通り聖書級の大物なのだ。

 

「ああ、本当だよ。でも今はただの羊飼いで船員だからね、かしこまった態度はいらないかな」

「そりゃまあアンタの家来になった覚えはないし……って、何で隠してたんだい? 大仰な扱いされたくないからってだけじゃないだろ」

「ああ、それは……って、今は長話してる場合じゃないと思うな」

 

 そう、今はまだ逃走の最中なのだ。戦闘に直接関係ないことを話している暇はない。

 

「そうですね、ならいったん距離を取りましょう」

 

 追っ手の船長が聖杯を持っている可能性が高いなんて話も出たし、これは共闘する前に腰を据えて情報交換した方が良さそうである。XXは通信機を取り出して、マスターに今のやり取りを報告した。

 

「―――そういうわけで、連中の足止めをお願いしていいですか?」

「分かった、そっちも気をつけてね」

 

 それでXXが通信を切ると、ダビデが訝しげに訊ねてきた。

 

「簡単に言うけど、足止めなんて本当にできるのかい?」

「大丈夫だと思いますよ? ちょっとだけお待ち下さい」

 

 そう言われてダビデとドレイクと船員たちが大人しく待っていると、追っ手の船が突然がくがく揺れ始めた。まるで岩礁地帯に迷い込んだかのようだ。

 あれでは追跡も砲撃もできまい。こちらは安心して離脱できるというものだ。

 

「で、あれはいったい何してるんだい?」

 

 ドレイクのその疑問にはアタランテが答えた。

 

「こちらのサーヴァントが宝具で海獣を召喚して、あの船の船底に体当たりさせているんだ。

 あの船に乗っているサーヴァントがどこの誰かは知らないが、船の下を攻撃するのは難しいだろう」

 

 そういえば、ジャンヌは海に纏わるものなら()()呼び出せるとか言っていて、実際にシロナガスクジラを召喚したが、それならメガロドンやシーサーペントは呼べるのだろうか。本来の彼女には無理だとしても、召喚獣のジャンヌは元の彼女より強いはずだからできるかもしれない。

 確かフランスの特異点にいたジルも、その気になれば大海魔を呼べるという話だったし。

 

「……いや、ジャンヌは魔道書も何も持っていないのだからさすがに無理か」

 

 とアタランテは思ったが、その言葉が終わるか終わらぬかのうちに、海中から巨大なタコの脚が出てきて追っ手の船に組みついた。

 

「ぎゃーっ、あれはもしかしてクラーケンかい!?」

 

 豪胆なドレイクもこれには度肝を抜かれたようである。何しろクラーケンといえば古来より語り継がれた船乗りにとっての脅威であり、部下たちの中には恐慌のあまり失神した者もいるくらいだった。

 今回現れたのは島サイズの怪獣ではなく、体長50~100メートルほどと思われたが、それでも黄金の鹿号より大きいのだ。

 追っ手の船はやたら頑丈で、クラーケンの脚が巻きついても折れる様子はなかったが、クラーケンが体を揺すると大きく傾いて真横にぶっ倒れてしまった。

 

「お、おおぉぅ……すごい光景見た」

 

 伝説の怪物が船を襲って転覆させるシーンをこの目で見られるとは。その犠牲者が怨敵だったことに快哉を上げつつ、ドレイクは部下たちに改めて退避を命じたのだった。

 

 

 




 なおクラーケンの制御に失敗すると触手プレイになります(いつわり)。




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第120話 黒髭惨状1

 ドレイクを追っていた船「女王アンの復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)」を襲ったクラーケンは体長が目測70メートル、体重は推定130トンにもなるかと見られた。

 普通のタコでもイギリス辺りでは「悪魔の魚(デビルフィッシュ)」と呼ばれて忌み嫌われていたのに、それが超巨大化して襲ってきたとあっては常人が冷静さを保つのは難しいだろう。しかしこの船の乗員はみな歴戦の海賊や戦士であり、一瞬は驚愕したがすぐに気を取り直して迎撃を始めていた。

 

「んっんー、まさか伝説のクラーケンが実在したとは。それともBBAの仲間の誰かの宝具でござるかな?

 しかし惜しむらくは足が太すぎる! あれじゃアン氏やメアリー氏に巻きついても、みんな大好き触手プレイにはならんでござる」

「「死ね!!」」

 

 約1名の男性が、あほなことを言って女性2人に罵倒される場面もあったが……。

 それはそうと乗員たちは銃やカトラス(船乗りが好んで用いた片刃の曲刀)でクラーケンを攻撃したが、その足の筋肉は強剛にして柔靭、しかも表面がぬめっていて弾や刃が滑るので、サーヴァントの腕力をもってしても思うように傷つけられない。

 それどころか反撃とばかりに足が大きく振り回され、その巨大な一撃で、先ほど駄弁を吐いたこの船の船長「黒髭」ことエドワード・ティーチは鞠のように蹴り飛ばされた。

 

「ぐほぁ!」

 

 背中からマストに叩きつけられ、血を吐いてせき込む黒髭。

 

「船長!」

 

 アンやメアリーたちが心配して声をかけるが、その中に1人だけ彼に兇悍な視線を向ける男がいた―――が、それは一瞬のことですぐに目をそらした。

 

「デュフフ、美女美少女に気遣ってもらえるとは、たまにはケガもしてみるものでござるな!

 しかしこいつマジで手強いんじゃ!?」

 

 黒髭は結構なダメージを受けたように見えたが、軽口を叩く元気はあるようだ。

 クラーケンが頭部(足の上の目や口がある部分)を甲板に乗せてくれればどうにでもなるのだが、タコは高い知能を持つと言われる通り、黒髭たちが強敵と見て頭部は船の外に残しておく慎重さを見せており、早急に退治するのは無理そうだった。

 

「ギガガガガガガ!」

 

 その中で1人気を吐いていたのがバーサーカー「エイリーク・ブラッドアクス」である。「狂化B」により腕力が強くなっている上に、得物の斧が重くてゴツいので滑りにくいおかげで他のメンツより攻撃が効きやすいのだ。

 しかもこの斧、敵の体にめり込むと血を吸って副次ダメージを与えるというオマケが付いている。

 

「…………!!」

 

 クラーケンは言葉にならない悲鳴を上げると、エイリークを排除すべく集中攻撃を始めた。彼の位置からは肉眼では見えないが、血を吸われた所のそばにいるのは分かるので。

 しかしエイリークは沖田オルタ戦では後れを取ったが今回は奮戦し、タコの足をかわしつつ的確に傷を与えていく。

 とはいえサイズの差はやはり大きく、傷口はクラーケンにとっては小さなもので、簡単には討ち取れそうになかった。

 それどころかエイリークに攻撃が当たらないことに業を煮やしたのか、足を船のマストに巻きつけると胴体をぶんぶん揺すり始めたではないか。

 

「え、ちょ、やめ……!?」

 

 クラーケンの狙いに気づいた黒髭が制止しようとしたが言葉で止まるはずもなく。彼の船は非常に頑丈なので船体やマストが折れるといったことはなかったが、代わりに派手に揺らされてとうとう横倒しに転覆してしまったのだった。

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

「いやあ、クラーケンは強敵でしたね!」

 

 その後いろいろあったが、結局クラーケンは乗員の1人「バーソロミュー・ロバーツ」の宝具「高貴なる海賊準男爵の咆吼(ブラック・ダーティ・バーティ・ハウリング)」で退治した。これは彼が生前に率いた海賊船団が一斉に砲撃するというもので、敵味方の位置が近いと巻き添えになる恐れはあったが、転覆した船の上でクラーケンと殴り合うよりはマシと判断したのである。

 

「船長がタコ足に捕まった上に別の足で尻から串刺しにされそうになった時は、どうしようかと思ったけれどね!」

「思い出させるんじゃないでござる!!」

 

 実際かなりピンチだったようだ。しかし、幸い巻き添えで砲弾を喰らった者はおらず、船も無事だったので一応完勝といえるだろう……。

 ただドレイクの船と正体不明の白い船は完全に見失ってしまったが。

 

「で、これからどうするんだい?」

「もちろんドレイクと、彼女を助けた船を追うのでしょう? そういう約束で貴方の部下になったのですから」

 

 バーソロミューが黒髭に今後の方針を訊ねると、アンが追撃を提案した。まあ海賊的に考えてやられっ放しで済ませられるわけがない。

 

「ん~~、そうですなあ。とりあえずどこかの島でお2人とアバンチュールというのは?」

「よし、殺そう」

 

 黒髭は光己以上に性欲脳だったが、ともかく黒髭海賊団は船を起こしてドレイクたちを追うことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 そのドレイクたちはとりあえず虎口を脱して、落ち着いて話ができる状況になっていた。

 光己たちは全員黄金の鹿号(ゴールデンハインド)に移乗して、そうするとルーラーの船は不要になるのでいったん消してある。

 

「いやあ、アンタたちのおかげで助かったよ! しかもまた面白いモノ見せてもらって、ホント何て礼を言っていいか分からないくらいだねえ」

「どう致しまして。ドレイクさんたちが無事でよかった」

 

 まずはお互い無事に再会できたことをお祝いしてからサーヴァントたちが自己紹介して、それから情報交換となるのだが……。

 

「うむむむむむ……」

 

 アタランテがアステリオスの巨体を見上げて、悩ましげに唸り声を上げていた。

 子供絶対守るウーマンの彼女としては、「子供を食った怪物」であるアステリオスは認めがたいのだが、見れば彼は図体こそ大きいが中身は子供みたいなので、どう接するべきか決めかねているのである。

 困ったアタランテはリーダーに見解を聞いてみることにした。

 

「マスター、ちょっといいか? あのアステリオスをどう思う」

 

 彼の袖を引いて周りに聞こえないよう小声で訊ねると、マスターの少年は言葉少なめの質問を意外とすぐ理解して返事をくれた。

 

「んん? あ、そっか、アタランテは子供にこだわりがあるのか……。

 俺というか、カルデア現地部隊は生前のことはあまり追及しないスタンスだよ。今現在人間食ってるとしたらさすがに組めないけど」

「ふむ……」

 

 人理を修復する使命を帯びた団体としては、生前の罪科にこだわり過ぎて使える戦力が減るのは望ましくないということか。

 考えてみれば、アステリオスが怪物として生まれたこと自体は彼の責任ではないし、人を食ったのも父王の命令によるものだ。それでもなお彼に罪があるとしても、迷宮に幽閉されたあげく「英雄」に殺されたのだから、罰は受けたと考えるべきだろう。

 元はといえば全部ミノス王が悪いのだ。私欲に負けてポセイドンに詐欺を働くとか、頭お花畑にも程がある。

 

「どちらにしても初対面で訊いていいことではないからな。しばらく様子を見ることにしよう」

 

 もっとも海賊たちがアステリオスを恐れたり気味悪がったりしている様子はないから、多分今ここでは食べていないだろうけれど。それならアタランテも事を荒げるつもりはない。

 

「そうだな、そうしよう」

 

 光己とアタランテはそれでアステリオスについての相談を終えると、改めてドレイクの話に耳を傾けた。

 それによると、ドレイクは光己たちと別れた後、彼女たちも島を出て北東の島に行ってみたところ、ダビデがいて面白そうだったので仲間に誘ったらしい。そして次はもう1度北西の島に赴くと、以前あった「目に見えない壁」がなくなっていたので、上陸したらエウリュアレとアステリオスがいたという。

 

「マスターなしであんな大きな結界ずっと張り続けていられないから、いったん解除してしばらく休んでたのよ。そこにドレイクたちが来たってわけね」

「聞けば気持ち悪い海賊に追われてるっていうから、共通の敵がいるのならってことで勧誘したんだよ」

 

 エウリュアレの説明にダビデがそう注釈を加える。

 

「共通の敵って、あの海賊船のことですか?」

「ええ、名前は知らないけどスキュラの方がまだマシってレベルよ」

「……」

 

 いったいどんな海賊なのだろうか。光己は逆に興味が湧いてしまった。

 

「って、そういえばその海賊が聖杯持ってる可能性が高いってのはいったい?」

「ああ、それはね。彼の部下の1人が時々単騎で船長を狙ってきてたんだけど、勝てないと分かると魔法のような瞬間移動で消えるんだ。

 でもそいつはかなり狂化がひどいバーサーカーだから、自己判断で退却してるとは思えない。つまり本拠地から呼び戻してるってわけさ。

 そんなことを何度もできるのは聖杯以外にないだろう?」

「ほむ……」

 

 光己は魔術には詳しくないのでマシュに意見を求めると、盾兵少女はこっくり頷いた。

 

「そうですね、ダビデ王の推測は当たってると思います」

「そっか。ということは、今すぐとって返してそいつの聖杯を分捕れば、アルゴノーツと戦わずに特異点修正できるってわけか?」

「それはどうでしょう。フランスではジルさんを斃すまで修正は始まりませんでしたから」

 

 それはジルが聖杯の元の所有者だったからか、それとも聖杯を入手した時点で修正は始まっていたが感知できなかっただけか。あるいは特異点破壊をもくろむ者を全員討ち果たさないと修正は始まらないのか。事例が少なすぎて結論は出せなかった。

 

「うーん、難しいものだなあ。

 おっと、そうそう。ダビデ王、もし『契約の箱(アーク)』を宝具とかで壊したら、被害はどのくらい広がるんですか?」

 

 今後の方針に関わる重要な問題なので、光己がオブラートに包まず直球で訊ねると、ダビデはさすがにちょっと苦々しげな顔をしたがそれでもきちんと答えてくれた。

 

「その宝具を使った者が神霊でなければ、その当人が消滅するだけだよ。爆発するとか仲間全員死ぬとか、そんな大きな効果はない。

 だからいざとなったら、イアソンに使われる前に誰かが壊すというのはアリだね」

「ほむ」

 

 これはいい話を聞いた。「箱」を壊しても良いのなら、守るために人員を割く必要はなくなる。

 ただそのためには誰か1人を犠牲にしなければならないので、なるべくなら避けたいところだったが、ランサーオルタはいたってさばさばしていた。

 

「私のことなら気にするな。最初からそのつもりだったのだからな。

 どの道特異点が修正されたら座に還るのだ。イアソンやヘラクレスを倒して還るのも『箱』を壊して還るのも大差はない」

「……そっか、ありがと」

 

 当人がそう言ってくれるのなら問題はない。これで(ランサーオルタ以外の)全員で出撃できるようになるわけだ。

 

「しかしカルデアのマスターは強気だね。ヘラクレスがいくら強くても、『箱』に誘導して触れさせれば問答無用で斃せるという手もあるけど、それは要らないっていうんだから。

 まあサーヴァントがこれだけ大勢いるのだからそれも分かるけど」

「あー、なるほど。そんな手もあるんですね」

 

 光己はダビデが述べた策については考えたこともなかったが、それを採用すべきだとは思わなかった。メイドオルタたちはヘラクレスの宝具を知ってなお倒せる気でいるし、「箱」に誘導するのだって簡単ではないだろうから。

 

「しかし、『箱』があると全員で遠くに行くことができなくなりますから」

「ああ、君たちはもう『箱』を見つけているのか。ならその判断もやむを得ないね」

 

 話が前後したが、ダビデは光己が「箱」を壊そうと考えた理由を理解したようだ。

 するとドレイクが話に加わってきた。

 

「それで、『契約の箱』てのは結局何なんだい?」

「ああ、そういえば船長にはまだ話してなかったね」

 

 ダビデはドレイクにこの辺の事情をまだ教えてなかったようだ。改めて、イアソンと「箱」と聖杯と神霊の関係について解説する。

 

「なるほど、それで藤宮は『箱』ってのを壊したいわけか。人理とか特異点ってのは実感湧かないけど、動かせない爆弾守りながら戦うなんて嫌だってのはよく分かる。

 連中がいつどこから来るか分かってるなら別だけど」

「いや、それが1週間経つのに影も形も」

「ああー、そりゃつらいね」

 

 この海域はそこまで広くないからいつかは来るだろうが、その日時がはっきりしないまま待ち続けるというのは、大変神経が削られるしんどい時間だ。イアソンたちにタイムリミットがないのなら、こちらを疲れさせるためにわざと待たせるという手もあるし。

 

「いやちょっと待った。今聖杯を持ってるのはイアソンじゃなくて、あの髭野郎なんだよね?」

「うん、そうだよ。もちろん推測に過ぎないけどね。

 だから聖杯を奪えば『箱』を壊す必要も守る必要もなくなる……と言いたいところだけど、聖杯と神霊を捧げるのが同時でなければならないというルールがあるかどうかは分からないんだ」

 

 つまりイアソンが聖杯を入手する前に、先に神霊だけ「箱」に捧げてしまう可能性もゼロではないということだ。いや普通に考えれば同時が順当なのだが、「箱」に神霊と聖杯を捧げれば王になれるという話自体がガセなのだから、その「普通」を信じ切れない。

 

「なるほど、やっぱり『箱』がネックなんだねえ」

 

 ドレイクもこの結論に落ち着かざるを得なくなったようだ。

 

「でもそれはそれとして、あの髭野郎はシバくんだろ?」

 

 これは光己への質問である。答えは当然イエスだ。

 

「それはもちろん。アルゴノーツを斃す必要があるかどうかは分からないけど、聖杯は分捕らなきゃいけないから」

「そっか、じゃあアタシたちと組もうじゃないか。さっきアーチャーが言った『共通の敵』ってやつだ」

「……ほむ」

 

 光己は即答はできなかった。

 ドレイクにしてみれば当然の話だと思うが、光己としては以前マシュに話した問題点があるので。

 しかしこういう時こそ軍師の出番だろう。光己はカルデアに連絡を入れてエルメロイⅡ世を呼び出した。

 

「―――かくかくしかじかというわけで、ドレイクさんたちと組むべきかどうか迷ってるんですがⅡ世さんはどう思います?」

《ふむ、確かに難しい問題だな。

 断ったとしても彼女は勝手に戦うだろうから、それなら組んだ方が連携が取れる分有利―――というか、今気づいたのだがドレイクを死なせるのはまずいかもしれん》

「どういうことですか?」

《彼女は歴史に与えた影響が大きいから、ここで死亡したら歴史が変わってしまう恐れがあるということだ。

 特異点が修正されたら死者は全員生き返るのであれば問題ないが、そうなる保証はないからな》

「なるほど、それなら一緒にいた方がいいですね」

《そうだ。マスターの懸念は知っているが、現在の状況なら問題あるまい》

 

 まずドレイクたちが一般市民を襲おうとしたらどうするかという件だが、この海域には一般人はいないようだから気にする必要はない。

 次に清姫が気にしていた夜這い云々の件だが、沖田オルタが何もされなかったのなら大丈夫だろう。

 戦利品の配分については、敵海賊が持っている聖杯をもらう代わりに先日ドレイクにもらった聖杯を返すことにすれば文句は出るまい。金銀財宝の類はせっかくだから半分もらえばよかろう。

 最後に船の速さに差がある件だが、ワルキューレ2人がルーンを刻めば解決する。

 

「おおぉ、さすがはⅡ世先生……」

 

 光己が気にしていた諸問題にことごとく解を出してしまうとは。これが諸葛孔明の知力を得たカリスマ講師の実力なのか……。

 さっそくⅡ世の方針に基づいてドレイクと交渉したところ、すべてその通りの結果になった。

 

「でもドレイクさんの船はかなり被弾してるから、リベンジは修理してからにした方がいいんじゃ?」

「そうだね、アタシの方から行かなくても、あいつの方から追いかけて来るだろうし」

 

 というわけで、カルデア一行はドレイク海賊団と手を結んだのだった。

 

 

 



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第121話 群島にて2

 カルデア一行とドレイク海賊団はひとまず「契約の箱(アーク)」がある島に戻ることにしたが、そこでワルキューレ2人が船に「加速」のルーンを刻むとずどーん!と速くなった。

 

「あと『硬化』のルーンというのがありますが、それは修繕が終わってからにしましょう」

「そんなこともできるのかい。ルーンってのはすごいんだねえ!」

「さすがは姐御に勝った連中だ……!」

 

 カルデア一行が次々に見せるマジックショーにドレイクとその部下たちは感嘆しきりであった。

 今までの砲撃戦では敵の大砲は効くのにこちらの大砲は効かないという一方的に不利な状況だったが、船足が速くなった上に装甲が硬くなるならだいぶマシになる。

 といっても攻撃が効かないのではいかんともしがたいが……。

 

「まあ無敵の超人……サーヴァントっていうのかい? それはこっちが多いから、そっちで穴埋めすればいいっていえばいいんだけど」

 

 どうせ効かないのなら砲撃戦は諦めて、俊足を活かしてさっさと接舷して白兵戦にしてしまえば済む。そういう考え方もあるのだが、一方的に不利な項目があるというのは面白くなかった。

 

「藤宮はその辺どう思ってる?」

「そりゃ白兵戦一択でしょ。そうしないと聖杯奪えないから」

「ああ、そういえばそうだったね。忘れてたよ」

 

 このフランシス・ドレイクともあろう者が、髭野郎の気持ち悪さと彼への怒りに気を取られて海賊の本分を忘れてしまっていたとは。

 本来海賊にとって砲撃は脅しや敵戦力を削るためのものに過ぎず、その後接舷して殴り込むのが基本的な戦術である。だって仮に超強力な大砲を手に入れたとして、それで標的が沈没したらお宝が手に入らないではないか!

 

「アンタあの時は『俺たちは海賊じゃない』って言ってたけど、海賊のセンス十分あるじゃないか。

 そうだ、このゴタゴタが終わったら世界一周海賊の旅(アタシのユメ)に付き合わないかい?」

「ふえっ!?」

 

 光己はいろんな意味で当惑した。

 

「いやいや、俺に海賊の素養なんて無いから。愛と平和(ラブ&ピース)がモットーの善良な一般市民だから!

 というかこのゴタゴタが終わっても次のゴタゴタがあるし」

「え、そうなのかい?」

 

 ドレイクは勧誘については半分話のネタだったので、断られたことはさほど気にしなかったが、彼の言葉の後半はちょっと気にかかった。

 

「うん、これの後にあと4つ……それとラスボスとの対決がね」

「星見屋も大変だねえ……」

 

 サーヴァントたちは歴史上の英雄の現身(うつしみ)だというからまだしも―――水着のアーサー王とその別側面とか水着の贋作のジャンヌダルクとかいうのはよく分からないが―――光己とマシュは生身の人間の未成年なのにご苦労な話である。

 

「まあそれなら質問を変えようかね。ゴタゴタが全部終わったらどうしたい? 肴代わりに聞かせとくれよ」

 

 肴代わりとドレイクは言っているが、今現在ドレイクはラム酒をかぱかぱ飲んでいたりする。

 敵船はもう見えないし針路はアタランテが指示しているから船長の仕事は今はないとはいえ、昼間っから豪気なものであった……。

 

「それを俺に聞いてしまうのか? なら仕方ないから答えよう。

 ズバリ! 大奥王に俺はなる!」

 

 光己がズビシと決めポーズを取りながらそう言うと、耳ざとく聞きつけた清姫とカーマが抱きついてきた。

 

「では正室はぜひわたくしを!」

「まさか愛の神を2番以下に回すなんて愚かしいことはしませんよね? いえ私はマスターのお嫁さんになんてなりたくありませんが」

「へえー」

 

 その光景にドレイクはちょっと感心した。現身とはいえ歴史上の英雄たち相手に一夫多妻をかまそうとはなかなかのチャレンジャーズスピリットだと思ったが、すでに立候補者が複数いるとは。

 しかしその候補者が幼女というのはいかがなものかと海賊脳ですら思ってしまうが、それが表情に出たのか光己が反論してきた。

 

「実年齢小学生や見た目小学生を正室にするつもりはないからな!」

「つまり私なら問題ないというわけですね!」

「問題ありまくりです! 先輩は生涯独身を貫くんですから」

 

 するとヒロインXXが光己の背中にしなだれかかったが、なぜかマシュが羅刹のごとき荒々しさで3人を引っぺがしてしまう。

 

「何でだーー!」

「理由などいりません!」

 

 ……などと光己たちがコントをしているのをドレイクはニヤニヤしながら眺めていたが、それが一段落つくと今度はマシュに話しかけた。

 

「それでアンタはどうなんだい? まさか藤宮に独身を貫かせるのがライフワークってわけじゃないだろ」

「それはそれで意義がありそうですが、それ以外だと……すみません、ちょっと思いつかないです」

 

 マシュがそう答えると、ドレイクは盾兵少女の無垢っぽい澄んだ瞳をぐいっと覗き込んで―――やがて顔を上げると、それこそ上司のような口調でオーダーを宣告した。

 

「じゃあ宿題だ。このゴタゴタが終わるまでに、何でもいいからやりたいことを考えること!」

「ええ!? あの、ドレイクさん、それは一体」

 

 当然ながらマシュは困惑して彼女がどういうつもりなのか尋ねたが、ドレイクは質問は受け付けないとばかりに背中を向けて去ってしまった。

 仕方ないのでマスターに意見を求めてみる。

 

「先輩、ドレイクさんは何を考えているのでしょう」

「んん? そうだな、マシュが箱入りなのを見抜いて人生について考えるよう促してきたとか?」

「分からなくはないですが、なにゆえそのような」

「俺に言われてもなあ」

 

 光己にとってもドレイクは理解しきれないところが多い人物なので、深い理由がありそうな行為の意図を正確に読み取るなんて無理なのだった。

 

「でもせっかくだから、暇な時にでも考えてみれば? 今日はもうさっきの海賊とも会わないだろうし」

「は、はい」

 

 仕方ないので、マシュは言われた通り「やりたいこと」について考えてみることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 元の島に帰りつくと、ドレイクたちは船の修繕のための資材調達、つまり林に入って木を伐り始めた。それを木材に加工して、船の破損した部分と入れ替えている。

 船員たちはそれなりに慣れているらしく、作業は順調に進んでいた。素人で部外者の光己たちが手伝うことはあまりなさそうだったので、予定通り「契約の箱」を壊しに行くことにする。

 同行するのはカルデア所属サーヴァントとランサーオルタとダビデだ。先日埋めた場所を掘り返すと、また地下墓地(カタコンベ)の入り口が現れた。

 

「こんな狭い所で聖槍を解放したら墓地自体が崩落しそうだな。多少名残惜しいが、ここでお別れだ」

 

 言葉の内容に反していたってドライな口調でそう言うと、ランサーオルタは感傷を嫌うかのように、光己たちの反応を待たずに1人で地下墓地の中に入って行った。

 態度や雰囲気には非情緒的な所がある彼女だが、光己たちに余計な傷心を負わせまいとしているのだろう。

 

「うん、短い間だったけどありがと。もしまた会えたらよろしくね」

「……ああ」

 

 なので光己もくどくならない程度に別れの言葉を述べると、ランサーオルタはいったん足を止めて頷き、しかし振り向くことなく歩き去って行った。

 そのまま待つことしばし。やがて通路の奥から光己たちの所まで轟音が響いてきた。

 

「うおお……」

 

 さらに土砂崩れのような音とともに、地面が小刻みに揺れる。本当に崩落が起こったようだ。

 入口付近は無事だが、「箱」が置いてあった最奥部は完全に埋まっているだろう。

 

「……ダビデ王」

 

 光己が確認のため「箱」の持ち主に声をかけると、いつもは飄々としている彼もさすがに沈痛な面持ちで頷いた。

 

「……ああ、『箱』は破壊された。これで仮にイアソンが神霊と聖杯を手に入れたとしても、この特異点が消滅することはない。

 その代わり、僕たちは自力だけでアルゴノーツとさっきの海賊を斃さねばならなくなった。それは分かってるね?」

「はい、それは最初から承知してます。ランサーオルタは何も言いませんでしたけど」

 

 自分が犠牲になるのだから必ず勝てとか、こうしたシーンではよく言われることをランサーオルタはまったく口にしなかった。彼女の本心が奈辺にあるかは付き合いが短かったから推測しきれないが、とにかくこの特異点を修正に持ち込めば納得してくれるはずである。

 

「そうか、それなら僕から言うことは何もないよ。

 この入り口はまた埋めるのかい?」

「そうですね、このままじゃ何となくランサーオルタに悪い気がしますので」

 

 その感覚は他のサーヴァントたちも同じだったらしく、一同はしばらく黙祷をささげてから入り口を埋め直してその場を去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 光己たちがドレイクたちの所に戻ると、ドレイクはあえて「箱」の件には触れず、まったく違う話を切り出してきた。

 

「お帰り藤宮。ところでここから北、いや南なのか? そこにワイバーンが大勢いる島があるって話を聞いたんだけど」

 

 つまりワイバーンを狩って、その鱗を加工して装甲板にしようという趣旨である。ただしその分重くなるので、速さと引き換えになってしまうが……。

 ついでに肉は食料になるし、爪や牙や骨などは商材になるかもしれないという計算もあった。

 普通に考えれば良いアイデアだったが、光己は反対せざるを得ない。

 

「いや、あの島にはワイバーンの親のでかいドラゴンがいるからやめた方がいいと思うよ。俺たちも世話になったし、怒らせたらシャレですまない」

「ワイバーンの親のでかいドラゴン!?」

 

 ドレイクは明らかに興味を持ったようだったが、組んだ相手が世話になったという者と争うほど好戦的ではなかった。

 

「そうか、それじゃ仕方ないね。元の案通り速さ重視でいこう。

 でもドラゴンに世話になったってどんなことだい?」

「んん? ああ、『箱』の在処(ありか)を教えてくれたんだよ。これがなかったら、俺たちはまだこの海のどこかをさまよってたかもしれない」

 

 フリージアに世話になったことはもう1つあるのだが、光己はそれは言わなかった。ドレイクのことだから光己の正体を聞いても気にしないどころか面白がると思うが、さすがにこの秘密を明かすのはまだ早い。

 

「なるほど、そりゃ恩人だね」

 

 お宝の在処を教えてくれたというなら、海賊的に考えても恩人だ。いや今回は爆弾だったのだが。

 ―――ドレイクは修繕の監督で忙しいようなので、光己は逆に暇そうにぽつんと1人座って作業を見物しているエウリュアレの所に向かった。

 

「あら、私に何か用?」

「はい。前の仕事場ではエウリュアレ神のお姉さんにお世話になりましたので、改めて挨拶しておこうと思いまして」

「へえ、(ステンノ)に会ったの」

 

 するとエウリュアレは光己たちにちょっと興味を持ったような顔をした。

 光己は彼女が「ステンノ」と言った発音に何となく違和感を感じたが、なにぶん神様のことなので触れずに話を続ける。

 

「いえ、俺自身は会ってないんですが、マシュたちは直接お会いしましたので」

「はい、お姉さまと瓜二つでいらっしゃいますね」

 

 しいて違いを挙げるなら(エウリュアレ)の方がやや善良そうに見えたが、そのような感想を口にするほどマシュは怖いもの知らずではなかった……。

 

「そうね、(エウリュアレ)(ステンノ)だから。

 用件はそれだけ?」

「いえ、せっかくお会いできたのですから神託か何かをいただければありがたいなと」

 

 ステンノは大変役に立つ「知恵」と「力」を奮発してくれたので、エウリュアレも何か下賜してくれないかなと思ったのである。

 捧げ物は光己が作ったスイーツだから、ローマでネロがステンノに捧げた物と比べるとお値段的にはだいぶ落ちるが、未来のレシピで作ったものだから希少品としての価値はあるはずだ。

 エウリュアレは海賊から隠れていたそうだから「力」は持ってなさそうだし。

 

「…………え゛」

 

 エウリュアレの表情筋がピシリと固まった。

 人間が友好的な神霊に出会ったなら、お告げを求めるのはいたって普通のことである。まして巨大な敵と戦っている最中なら尚更だ。

 しかしエウリュアレは「男性の憧れの具現」「理想の少女」というだけの存在で、神託を下すとかそういった権能は持っていない。そんなものがあったら自分に下してもっと賢く立ち回っている。

 困ったエウリュアレは、とりあえず類例を求めてみた。

 

「参考までに聞くけど、(ステンノ)は貴方たちに何をよこしたの?」

「応援のサーヴァントを2騎と、敵の本拠地も教えていただけました」

(何でそんなことできたのよ(ステンノ)!?)

 

 ステンノの権能も似たようなものだから、現界時に他のサーヴァントを引っ張ってくるとか遠く離れた場所の情報を得るなんてことできるわけがない。いったいどんな裏技を使ったのか!

 しかしここで何も出さないと、メンツとかその辺りの問題がいろいろと。こういう時に駄妹(メドゥーサ)がいればぽいっと差し出せるのに、姉のピンチを座して傍観するとは不届きな!

 しかしギリシャの神々は同胞を見捨て給わず。エウリュアレの脳裏に電光のごとく一案が閃く。

 

「そうね、ちょっとここで待ってなさい」

 

 エウリュアレは黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の中の自分の部屋に戻ると、しまってあった石ころを持って光己たちの前に戻ってきた。

 

「じゃあこれをあげるわ。アステリオスと会う前に拾ったものだけど、魔力リソースにはなるはずよ」

 

 そしてマシュに手渡すと、盾兵少女ははっと目の色を変えた。

 

「先輩、これは聖晶石です! 3個ありますから1回召喚できますね」

 

 なお特異点で召喚するとカルデア本部に連れ帰れないので、よほどの理由がない限りは帰ってから召喚した方がお得である。

 

「マジか! さすがは名高い女神様、ありがとうございます!」

「どう致しまして。役に立てて良かったわ」

 

 光己も感嘆の声を上げながら深く頭を下げる。

 こうして、エウリュアレは女神の体面を保つのに成功したのだった。

 

 

 



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第122話 黒髭惨状2

 その翌日、黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の修繕とルーンの付与が無事終わって、カルデア現地班とドレイク海賊団が休憩を兼ねて3時のおやつを食べていると、例によってルーラーアルトリアがサーヴァントの接近を報告してきた。

 

「マスター、皆さん。サーヴァントが現れました。

 北東からほぼこちら側に向かって接近してきています。数は6騎、速さは昨日と同じくらいですね」

 

 それなら昨日会った海賊船だろう。速度が昨日並みなら彼らがこの島に到着するまでには40分ほどの猶予があるので、おやつを食べ終わってから船に乗っても十分間に合う。

 一同満を持して乗船し、ルーラーのナビで敵船に向かって進む。今日も天気は良く風もそこそこあって、帆船での航海には良い日和だ。

 やがて船が見えてきた。間違いなく昨日の海賊船である。

 

「来やがったね。今度こそ海の藻屑……いやあんなのを撒いたら海が汚れちまうね。灰も残さず蒸発させてやるよ」

 

 ドレイクは「髭野郎」に恨み骨髄のようだ……。

 

「んー。でもルーラーは真名看破、つまりサーヴァントを見たら正体と必殺技を見抜くスキル持ってるから、接舷はそれが済んでからにしてね」

「あいよ!

 それじゃ野郎ども、まずは付かず離れずで連中の動きを見るよ!」

 

 ドレイクは多少頭に血が昇っていても、トップ級海賊だけあって冷静な判断力は残っていた。操舵長(舵輪関係の責任者)や掌帆長(帆関係の責任者)ほかの船員たちにてきぱきと指示を出していく。

 

「アイ、キャプテン!」

 

 船員たちは昨日突然速度が倍になったことで操船に苦労していたが、今日は何とか普通に動かせていた。世界一周を夢見るだけあって技術は優秀なようだ。

 先方も一直線に近づいて来ているので、距離はぐんぐん縮まっていく。やがて船影が見えてきた。

 位置的に見て、こちらの右横腹に船首の衝角(ラム)を突き刺すつもりのようである。そうと見たドレイクがニヤリと笑みを浮かべた。

 

「昨日と同じ戦法かい? でも今日は通じないよ」

 

 昨日の戦いでは避け切れずにぶつかられたが、今日は速さが違う。猪のようにまっすぐ来ても追いつかれはしない!

 そのまま進みつつ微妙に旋回して、逆に彼の横腹に船首を刺す形に進んでいく。

 

「ちょ、何なんでござるかあのBBA! 何であんなに速いの」

 

 先方の船の甲板で、黒い髭をたくわえた大男が驚きの声を上げる。船の大きさは同じくらいで、造られた時期はこちらが100年ほど後だから性能は勝っているはずなのに、なぜこちらの倍ほども速く動けるのか。

 昨日突然現れた白い船がいないのは幸いだったが……。

 

「どうするんですか、船長?」

「どうもこうもねえよ。撃てぇぇぇ!」

 

 黄金の鹿号が大砲の射程距離に入ってきたところで、男―――黒髭は砲撃命令を出した。殷々とした砲声とともに、何十発もの砲弾が黄金の鹿号めがけて飛んでいく。

 なお黒髭の船「女王アンの復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)」は彼の宝具なのだが、大砲の命中精度まで上がっているわけではない。ほとんどの弾は海面に落ちて空しく水柱を上げるばかりだ。

 ごく少数の当たった弾もほとんど効いた様子がない。

 

「これは……BBA、船に何か細工しやがったな」

 

 もしかして白い船の乗員の中に魔術師(キャスター)のサーヴァントがいて、魔術を施したとかそういうのだろうか。

 それならあの船が今ここにいないのも納得がいく。戦力の分散を避けて黄金の鹿号に同乗しているのだ。

 

「でも撃ってこないね。撃っても無駄なのが分かってるから弾を節約してるのかな?」

「そうですわね。大砲の弾も無料ではありませんし」

 

 メアリーとアンは暢気に論評しているが、その眼光と表情は鋭い。敵が昨日より強くなっていると見て十分に警戒していた。

 2人とも昨日とは逆に横腹に衝角を突き刺されるのは避けられないと覚悟していたが、なぜか黄金の鹿号は不意に速度を下げた。

 

「……?」

 

 砲撃戦を避けたいのならそのまま全速力で突っ込んでくればいいのに。女王アンの復讐号の乗員全員がそう思ったが、むろんドレイクは考えなしで速度を下げたのではない。

 

「ルーラー、そろそろやれるかい?」

「はい、いけます」

 

 当初からの予定通り、サーヴァントの真名を看破して情報面で優位に立つつもりなのだ。

 ルーラーが双眼鏡を手に、黒髭の船の甲板をじっと観察する。

 

「―――ふむ、6騎とも出てきていますね。

 まず黒い髭の大男がエドワード・ティーチ、ライダーです。宝具は『アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)』、あの船そのものですが、乗員が増えるほど強力になるという性質があります。それと生前の部下を亡霊という形でつくり出せるようです

 女2人はアン・ボニーとメアリー・リード、2人で1組のサーヴァントですね。宝具は『比翼にして連理(カリビアン・フリーバード)』、対象1人に連携攻撃を加えるというものです」

 

 話が長すぎると皆が覚え切れないと思ったのか、ルーラーはここでいったん一息ついてから、改めて続きを説明した。

 

「先日もいた上半身裸で斧を持っている男はエイリーク・ブラッドアクス、バーサーカーです。宝具も先日と同じ『血塗れの戴冠式(ブラッドバス・クラウン)』、斧から衝撃波を飛ばすもののままです。

 貴族的な感じの服を着た男はバーソロミュー・ロバーツ、ライダーです。宝具は『高貴なる海賊準男爵の咆吼(ブラック・ダーティ・バーティ・ハウリング)』、生前に率いていた海賊船団を召喚して、一斉に砲撃を加えるものですね。

 最後に緑色の服を着て槍を持った男がヘクトール、ランサーです。宝具は『不毀の極槍(ドゥリンダナ)』、あの槍を投擲して敵全体に打撃を与えるものです」

 

 これで敵サーヴァント全員の名前と戦闘スタイルを暴けたことになる。黒髭側が知っているのはダビデ・エウリュアレ・アステリオスの3人だけだから、まさに圧倒的優位に立ったといえるだろう。

 しかし油断はできない。今回の戦場は船の上、海賊のホームグラウンドなのだから。

 

「海賊といえば、ヘクトールだけ毛色が違いますね」

 

 古今東西の英雄に詳しいマシュが不思議そうに呟く。

 他の5人はみな有名な海賊なのに、彼だけは都市国家の防衛で名を成した人物なのだ。むろんアルゴー号の関係者でもないが、スタンス的にはそちらの方がまだ近いくらいである。

 

「……って、ヘクトールはここじゃアルゴー号に乗ってたんじゃなかったっけ!?」

 

 ハッと思い出した光己がアタランテにそう訊ねると、狩人乙女も不思議そうに首をかしげた。

 

「ああ、確かに乗っていたが……スパイとして送り込まれでもしたのか? イアソンめ、本当に嫌らしい真似をする奴だな」

 

 ヘクトールはトロイアという都市国家の王子で防衛戦を指揮していたが、彼の死後有名な「トロイの木馬」と呼ばれる計略で都市が陥落したという歴史がある。今回は逆に敵中に潜入して内側から切り崩す役目を負わせたとすると、皮肉というか何というか。

 

「それとも単にイアソンに愛想を尽かして鞍替えしただけか? いや、エウリュアレ神によれば黒髭は気持ち悪い男だそうだし、やはりスパイが順当か」

 

 どちらにしても今は敵だから戦うしかないが、彼はなかなかの曲者ぽいから、味方になってくれることを期待して手加減するなんて生易しいことはすべきではないだろう……。

 光己たちがそんな話をしている間にも両船はさらに接近し、ついに肉眼で顔が見える距離になった。

 ところがそこにまたルーラーからエマージェンシーが入る。

 

「皆さん、また違うサーヴァントが近づいてきています! 数は5騎、黒髭の船のさらに向こう側ですね」

「何ですと!?」

 

 アルゴノーツなら3人のはずだから、彼らと黒髭組以外の海賊団がまだいるということか? 本当にいろんな団体がいる特異点だ。

 

「ドレイクさん、どうする!?」

「そいつらがここに来るまでには多少時間があるんだろ? なら決まってる、それまでに髭野郎をボコって聖杯を巻き上げて、それから考えればいいんだよ」

「おおぅ、何という海賊脳」

 

 仮に新手が黒髭の仲間だったならドレイクの方針は完全に正解だ。敵が二手に分かれている所を各個撃破することになるのだから。

 しかし人理修復賛成派=こちらの味方、あるいは第三勢力だった場合は悪手である。前者なら組んで戦えるし、後者でも先に黒髭組と戦わせて勝った方を襲うというムーブができるのだから。

 

「いやアンタが考えてることは分かるけど、ここまで近づいたら方向転換しても逃げ切れないよ。いったん突っ込むしかない」

 

 ルーンで足が速くなったといっても、排水量300トンという重量物が簡単に急速転回はできないらしい。

 

「それにアレだ。確かアルゴノーツのメディアって奴はすごい魔術師なんだろ? で、もしヘクトールがスパイだとしたら、そいつを目印にして黒髭の居場所を突き止めるとか、そういう魔術を使えたっておかしくない。

 というかそうでなきゃ、こんな絶妙のタイミングで出て来られないんじゃないかい?」

 

 なるほど一理ある。そういうことならイアソンの狙いは明白だ。

 

「つまりイアソンは、黒髭が他の誰かと戦って消耗するのを待ってるってこと?」

「理解が早くて助かるねえ。もちろん仮定の話だけど、もしそうだったらここでアタシたちが逃げても漁夫の利は得させてもらえないってことさ」

「うーん、確かに。あ、でもアルゴノーツはあと3人のはずだったけど」

「アタランテと別れた後に仲間を増やしたんじゃないか? アンタたちがアタシと別れた後に仲間増やしたみたいに」

「ほむ」

 

 実に筋が通った話だ。正解の可能性は高そうである。

 それなら彼女が言う通り、イアソン(推定)が来る前に黒髭から聖杯を奪取するのが最善だろう。

 なおもし、ここの黒髭が戦国時代で会った黒髭ビンクスと同一人物かつ、その時のことを覚えていたとしても、聖杯をもらう必要性は変わらないので戦闘は避けられないと思われる。

 

「そうだな、それじゃ速攻で黒髭を叩こう。

 みんな、連戦になるかもしれないけどよろしく頼む」

「はい!」

 

 こうしてカルデア一行とドレイク海賊団は改めて方針を固めたが、逆に黒髭側はドレイクたちの戦力が大幅に増えまくっていることにいささか動揺していた。

 

「ちょ、なんかBBAの味方多すぎないでござるか!? まだ遠目だけどぱっと見20人くらいいるでござるよ」

「だねえ。海賊としてのカリスマ性の差が如実に出ちゃったか」

 

 メアリーはいつもながら黒髭に対して容赦というものがなかった……。

 

「ひどくない!? 拙者だって生前は皆に恐れられた大海賊だったんでござるが」

「気持ち悪がられるの間違いじゃない? どっちにしても好かれるのとは違うよね」

「そうですわね。見た感じ、新しい仲間の人たちは海賊っぽくありませんし」

 

 射手だけあって目がいいアンがそう補足する。

 生身の人間の海賊(アウトロー)の身でありながら、海賊(アウトロー)ではないサーヴァントをあんなに大勢味方につけるとは、やはり「太陽を落とした女」は偉大な先達であった。

 

「で、我らが船長はどうするのかな?」

 

 バーソロミューがその辺の生産性のない論議をスルーして、今1番大事なことを訊ねると、黒髭も我に返って方策を考え始めた。

 

「敵が3倍もいるんなら普通は逃走一択でござるが、向こうの方が足が速いんじゃそれは無理。

 ……となるとぶっぱしかないでおじゃるな。バーソロミュー氏、一発派手にブチかますでござる」

「いいのかい? 間違って黄金の鹿号が沈んでしまったら、愛しの女神様も逝っちゃいかねないけど」

「なに、心配はいらんでござる。あれだけ(サバ)がいるんだから、船が大破してもBBAとエウリュアレちゃんは誰かが助けるでござるよ」

 

 黒髭は態度こそおちゃらけていたが、冷酷な海賊だけあってシビアな計算をしていた。

 自分より足が速い上に人数も3倍という大敵と張り合うには、多少のリスクは覚悟して、初手で大打撃を与えるくらいしか手はないのである。

 

「なるほど、それじゃいってみますかね。

 総員、戦闘準備。―――全砲門一斉掃射! 『高貴なる海賊準男爵の咆吼(ブラック・ダーティ・バーティ・ハウリング)』!!」

 

 バーソロミューが大きく腕を振りながら宝具の真名を高らかに叫ぶと、唐突に生前の彼が率いていた海賊船団が黄金の鹿号を半包囲する形で出現した。

 

「なっ!?」

 

 あらかじめ聞いてはいたが、まさか本当に(1隻だけではなく)船団を丸ごと召喚できるとは。光己たちはさすがに度肝を抜かれたが、聞いていたおかげで対応は間に合った。

 

「マ、マシュ!」

「は、はいっ! 顕現せよ、『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』!!」

 

 海賊船団が一斉に大砲を発射した直後、白亜の城の幻像が黄金の鹿号を囲む形で浮かび上がる。その城壁の堅さは担い手の精神力の強さに比例するとされており、今のマシュの「先輩は()()守る!」という、一点の迷いもない過剰なまでの信念が反映されたその守備力は、鉄壁を超えたオリハルコン壁であった。

 数百発もの砲弾が雨あられと激突して耳をつんざくような爆音が立て続けに響くが、堅牢無比の城壁はヒビ1つ入らない。

 

「おおぉ、何かランサーオルタの時より堅くなってるような……!?」

 

 光己は城の雰囲気からそんなことを感じたが、とりあえず当人に言うのは避けた。

 やがて砲撃が終わり、海賊船団が姿を消す。

 

「よし、ちょっとビビったけど耐え切ったみたいだね!

 それじゃ今度はこっちの番だ。野郎ども、このまま突進するよ!」

「おおーっ!」

 

 サーヴァントではない生身の人間があんな大技を見せられたら、普通は身がすくむものと思われたが、すぐさま反攻を指示できるドレイクは、やはり肝の座り方がハンパではなかった。

 それに励まされた船員たちも気合いを入れ直して、黒髭の船にさらに肉薄していくのだった。

 

 

 




 ルーラーのサーヴァント探知と真名看破がここまで強いとは。これがバニー兼ディーラーの実力ということか(違)。




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第123話 黒髭惨状3

 バーソロミューの宝具攻撃を切り抜けた黄金の鹿号(ゴールデンハインド)は、ついにその鋭い衝角(ラム)を恨み重なる黒髭の船「女王アンの復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)」の横腹に突き刺した。これでお互いすぐには離れられなくなり、白兵戦で決着をつけることとなる。

 

「よし、それじゃ予定通りお前らは下がってな!」

「アイ、キャプテン! 頑張って下せえ!」

 

 サーヴァント同士の戦いに普通の人間が加わるのは自殺行為なので、接舷が成功したらドレイクの部下たちはすぐ船内に退避してもらうことになっていた。彼らにもメンツや船長を心配する気持ちはあるが、敵味方合わせて25騎ものサーヴァントが駆け回る戦場に一般人がいても危険かつ邪魔なだけで意味がないのだ。

 光己たちはできればドレイクにも下がっていてほしい気持ちはあったが、それは多分聞いてもらえないのと、目が届かない所にいられるのもそれはそれで心配なので、彼女だけは参戦している。代わりに護りと強化のルーンをてんこ盛りにかけていた。

 そしてついに黒髭たちと対面となった。ドレイクが雄々しくも前に出て、こちらも前に出た黒髭と海越しに向かい合う。

 

「昨日はよくもコケにくれたねえ。今日はたっぷりとお礼してやるから地獄の底で美味しく頂きな!」

「うわぉ、BBAのヒステリーは怖いでおじゃるな。更年期障害ってやつでござるか?」

「……」

 

 黒髭の煽り上手っぷりにドレイクはこめかみに青筋を浮かべたが、2度目だからそこまで激昂はしない。

 

「ハッ、口先と気持ち悪さだけは今日も達者だね。でもその空元気がいつまで続くかねえ?」

「……」

 

 今度は黒髭が黙る番だった。初手の大技を防ぎ切られた以上、劣勢は明らかなのは否めないのだから。

 ……とドレイクも光己たちも思ったが、黒髭はドレイクに言い負かされたのではなく、人探しをしていただけだった。

 

「んっほおおおおおおおおおおお! よかった今日もいた、エウリュアレちゅわんやっぱりキャワゆい! 可愛い!! kawaii!!!

 そんなBBAや無駄にデカくてむさい奴らの後ろなんかにいないでこっちにカモン! お顔や腋や鼠径部をペロペロしたりされたりしよう! んでもって永遠の愛を誓い合おう!

 新婚旅行はどこにする? カリブ海なら拙者詳しいでござるが」

「…………!?!?」

 

 何か急に気持ち悪いとしか言いようがない表情と口調で怪しい放言を始めた大海賊に、光己たちは一瞬息を忘れてしまった。

 確か彼は強欲・悪辣・残虐と3点揃った海賊のお手本みたいな人物だったはずなのだが、これではただの変態ではないか。

 ……いやそういえばエウリュアレが「スキュラの方がまだマシってレベル」とか「史上最低のフナムシ」とか言っていた! あれはこのことだったのか。

 しかもその変態の視線がマシュに向く。

 

「おお、そっちの娘もカワイイ!

 マル! ごーかーく! てれれれってれー!」

「ひゃっ!?」

 

 冬木以来それなりに修羅場をくぐってきたマシュもこれには怖気が走ったらしく、普通の少女のようにびくっと身をすくめる。

 しかし黒髭はかまわず駄弁を続けた。

 

「……いやよく見ればそっちは女の子、それも水着の美女美少女ばかりではござらんか!

 何という理想郷。みんなBBAの仲間なんかやめてこっちに来ない? オイルレスリングでぬるぬるねとねと絡み合わない!?」

「……」

 

 その上標的をカルデア女性陣全員に広げたため、ヒルドたちはもう全身に鳥肌が立ちそうだった。何なのだろうこのヘンなサーヴァントは。

 

「ほう、ほほう。これはいいメカクレ……色んな意味で素晴らしい。

 まさに理想的なメカクレ系女子じゃないか。宝石のような瞳を奥ゆかしく隠す秘匿性、実にいいね」

「#$%&@!?」

 

 さらには、まともで紳士的に見えたもう1人の男海賊もフェチなことを言い出したので、マシュは戦意どころか意識自体がフリーズして気絶しそうだった。

 しかしカルデア一行で唯一のシールダー、つまり最後のマスターを守る盾としてこんなことでへこたれてはいられない。マシュは決死の勇気を奮い起こしてぐっと足を踏ん張ったが、そんな彼女の内心を読んだのか単に素なのか、黒髭がさらなる口撃を放つ。

 

「ともかくそこの(サバ)、名前を聞かせるでござる! さもないと―――」

「さ、さもないと何ですか」

「今日は拙者、眠るときにキミの夢を見ちゃうゾ♪」

「マシュ・キリエライトと言います! デミ・サーヴァントです!」

 

 マシュは反射的に名乗ってしまっていたが、これは仕方ないことだろう……。

 

「マシュ……マシュ……マシュマロ。マロマロ……なんてIN-美……ボフフフフ……。

 さあ、他の子たちも拙者の耳と頭に焼き付けるがごとく、愛をこめて名乗るでござる」

「ひいっ!?」

 

 女性陣の中でこの手のことに耐性が低い何人かが、震え上がってつい名乗ろうとしてしまったが、このような巨悪がはびこる時には正義のヒーローが現れるものだ。さっそうと登場した何者かが、声も高らかに割って入る。

 

「待て変態! この娘たちはみんな俺のだ。お前なんぞに見せるのも不愉快だから、今日の夢なんて悠長なこと言わずに今すぐ地獄に還りやがれ」

 

 ……訂正、ただの独占欲であった。メイドオルタと玉藻の前はこめかみにぴしりと井桁を浮かべたが、黒髭よりはマシらしく今のところ文句をつける様子はない。

 

「おぉ!? マスターだからって俺の女扱いとかこれがパワハラってやつでござるか?

 ここは拙者が虐げられた女子たちに代わって訴えてやるでござる。そして女子たちは頼れる男黒髭の雄姿にメロメロになって以下略」

「~~~~!?」

 

 光己はいろいろとブチ切れて声も出ない。

 ただこの時点で黒髭が戦国時代で会った黒髭ビンクスではない、もしくは同一人物であってもその時の記憶はないことがほぼ確定になったが、そんなことに気を回す余裕もないようだ。

 しかも黒髭が駄弁をこねている間にもこっそり銃に手を伸ばしていることに気づいていなかった―――が、黒髭の方も光己をただの一般人マスターと思って見くびっていた。

 素早く銃を抜いて発砲するが、短刀の加護により外れてしまう。光己は気づきすらしない。

 

「そう言うてめえは強盗殺人犯だろーがっ!!!

 判決、死刑! 即執行!!」

 

 光己の右手の上にテニスボール大の白く輝く火球が出現する。遠目にもヤバい魔力がこもっていると一目で分かるそれを見て、黒髭はようやくこの少年が見た目通りの存在ではないことに気づいた。

 サーヴァント基準でBランクの筋力で投げられた超豪速球が黒髭の顔面に迫る。

 

「んっひゃぁぁぁおぅ!?」

 

 正面からとはいえ予想外のスピードだったそれを、紙一重だがかわせただけでも、黒髭は単なる変態ではなく一級の戦闘者だといっていいだろう。

 

「あ、あっちちちちち!?」

 

 完全には避け切れず、トレードマークの立派な髭に引火して消すのに四苦八苦していたが……。

 

「避けやがったか異常者め!

 だいたいお前ら1度でも襲われる人たちのこと考えたことあるのか!? わざわざ命張って遠くの国まで強盗の標的探しに行かなくても、日銭を稼いで静かに暮らせば良いだろう」

 

 この台詞はドレイクたちにも刺さるのだがそれはさておき。光己の周囲に火球がぽこぽこ浮かび上がり、黒髭めがけてスズメバチのごとく飛んで行く。

 しかし黒髭は気持ち悪いぬるぬるした動きながらも、うまいこと火球を避けていた。外れた火球は海に落ちるか、あるいは甲板やマストに当たって焦がしているが火事になるほどではない。

 

「うわあこっわい。おこなの? 激おこなの? ムカ着火ファイヤーなの?」

「こ、この!」

 

 頭に血が昇った光己がなおも火球を飛ばすが、怒りで制御が甘くなった攻撃が当たるはずがない。

 しかしそんな光己の後ろから誰かが肩をぽんと叩いた。

 

「ヒルド?」

「マスター落ち着いて。怒るのは分かるけど、挑発に乗っちゃダメだよ。

 ほら、向こうで銃持った女の人が狙ってる」

「え」

 

 光己がヒルドが指さした方に顔を向けると、確かにアンがこちらに銃口を向けてチャンスを狙っていた。

 どうやら黒髭の策に乗せられていたようである。光己はちょっと頭を冷やして、彼女の銃の射線から隠れた。

 

「こういう時は逆に煽り返すくらいでないと。こんな風に」

 

 ヒルドがそう言いながら光己にしなだれかかると、反対側からオルトリンデも寄ってきてバストを押しつけた。彼を落ち着かせつつ未来のエインヘリヤルに戦いの心得を教えながら好感度も稼ぐ、一石三鳥の策である。

 当然ながら2人は盾を付けた左腕はフリーにしているし、矢避けの加護も使っている。スキはなかった。

 

「たとえばこうやって、いちゃついてる所を見せつけたりするわけです」

「なるほど! さすがはワルキューレ、駆け引きってやつを理解してるな」

 

 完全に普段の調子に戻った光己がヒルドのお尻など撫でながら、黒髭に人生の勝者の余裕を誇示してみせる。

 

「どうだ髭オヤジ、これがモテる男ってやつだ!

 悔しかったらお前もそこの2人を抱き寄せてみろ」

「ぬううっ、確かにこれは負けてられんでおじゃるな。アン氏、メアリー氏! 拙者を左右から挟んでご奉仕するでござる」

「絶対にノゥ!」

「死んでもお断わりですわ」

 

 黒髭はむしろ光己の挑発を逆手に取って、アンやメアリーにセクハラしようとしたようだが、当然ながら2人は彼に汚物を見る目を向けただけで、まったく乗ってくれなかった……。

 

「フッ、かの有名な大海賊黒髭もこの程度だったか……」

「ぐぬぬ」

 

 まだ二十歳前っぽい若造に勝ち誇られて、悔し涙をちょちょ切らせる黒髭。しかし頭の中では冷静に、これ以上の挑発や攪乱は無意味であることをさとって次の作戦を考えていた。

 

(この人数差……まずはあのガキを落とすしかないか)

 

 彼が何人のサーヴァントと契約しているのかは分からないが、彼を殺せばその連中は退去になるはずである。彼はなかなか強力な魔術を使うが、しょせんは生身の人間だからサーヴァントの動きには対応できまい。護衛の盾兵たちさえ出し抜けば、殺すことは可能だろう。

 

「それじゃいくでござるよ野郎ども!

 まずはあの生意気なガキをしばくでござる。拙者が亡霊どもで援護するから、アン氏は後ろで射撃、他の者は突撃だ」

 

 あくまで感情に任せた行き当たりばったりの指示に見せかけつつ、光己の顔をズビシと指さす黒髭。その周りに何十人もの海賊の亡霊が現れる。

 彼自身のスキルか聖杯の力によるものかは不明だが、黒髭は生前の部下を(同時に出撃できる人数には上限があるものの)無数に呼び出すことができるのだ。

 その亡霊たちが手に手に銃を構えて、光己に向かって発砲する。しかし矢避けの加護に阻まれて、ことごとくあさっての方向にそらされてしまった。

 

(チッ、やはり魔術で身を守ってやがるか……)

 

 どうやら直接ぶん殴るしかないようだ。黒髭は改めて侵攻を命じた。

 

「かかれぇぇぇーーーッ!!」

「うーん、仕方ないねえ」

 

 確かにこの人数差を少しでも埋めるにはあのマスターを斃すのが1番手っ取り早そうだ。メアリーたちは一斉に黄金の鹿号に飛び移ろうとしたが、何とか立ち直っていたマシュの方が早かった。

 

「そうはさせません! 誉れ堅き雪花の壁(シールドエフェクト)、発揮します」

「チッ、さすがにそこまで甘くないか」

 

 盾兵の手前に防壁が出現したので、メアリーたちは大回りせざるを得なくなった。いやサーヴァントのジャンプ力なら飛び越えることはできそうだが、軌道変更できない空中で狙い撃ちされてはたまらない。

 とりあえず二手に分かれて、左右から攻めることにする。左はメアリーとバーソロミュー、右はエイリークとヘクトールだ。

 

「さーて、そこの平和そうな顔したマスター。海賊の誉れをコケにしたツケは払ってもらうよ!」

「私は別に気にしないけどね」

 

 左の2人は多少温度差があるようだ。その正面にヒロインXXと沖田ノーマルとジャンヌオルタが立ちはだかる。

 

「おっと、マスターくんに手出しはさせませんよ。ちなみに私、宇宙刑事などやっておりまして」

「私は新選組、一般的にいえば武装警察です」

「「つまり貴方たちのような人を逮捕するのがお仕事というわけです! 今回はデッドオアデッドですが」」

「お役人ってわけかい。いいよ、かかってきな!」

「私は本場日本の刀使いのバトルを間近で見たいだけだけどね」

 

 こうして2対3の剣撃が始まったが、右の2人の前にも邪魔者が現れていた。

 まず沖田オルタと清姫がエイリークに向かう。

 

「やはり生きていたか。責任を取って、今度こそ私が仕留めよう」

「なんて粗暴そうなお方。早く終わりにしてますたぁの所に戻りたいものですわね」

「……ギギギ。ジャマ、ヲ、スルナァァァ!!」

 

 エイリークは沖田オルタのことを覚えているのかいないのか、奇声とともに得物の大斧を振り上げて戦闘態勢に入った。

 そしてヘクトールにはオルトリンデとメイドオルタが対峙する。

 

「恐らく貴方が1番の曲者なのでしょうが、ここは通しません」

「行儀が悪いお客様にはお帰り願おう。英霊の座にな」

「やれやれ、こんなオジサンに強そうなのが2人がかりなんてキツいねえ」

 

 ヘクトールは2人の素性を知らないが、戦乙女と騎士王が組んで来たのだからボヤくのも無理はないといえるだろう。

 当然のようにすぐ戦闘が始まったが、それを見さだめたヒルドが光己に声をかける。

 

「マスター、今だよ!」

 

 それはトラップの発動を促す合図だった。光己が頷いて、角と翼と尻尾を出す自称「神魔モード」に移行する。

 ついで天使の翼から白い光を全力で放射すると、黄金の鹿号の甲板の上全体が光に包まれて「神恩/神罰(グレース/パニッシュ)」の圏内に入った。要するに黒髭側のサーヴァントをおびき寄せてから、味方強化と敵弱化を同時に仕込む策だったのである。

 事前にいろいろ挑発したのも、感情任せではなく意図的に彼らの怒りを買おうとしたもの……いや半分は素だったが。

 

「でもこの広さをカバーするのは大変だから、これ以上のサポートは無理だぞ」

「大丈夫、あとはあたしたちに任せて!」

 

 元々人数と情報量に差がある上に策が決まった以上、ヒルドの自信たっぷりな発言も順当といえるが……。

 こうして黒髭海賊団との戦いは次の段階に入ったのだった。

 

 

 



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第124話 黒髭惨状4

 黒髭一党にとってそれはまさしくトラップだった。最初の標的にした人間が突然角と翼と尻尾を生やして人外な姿になったと思ったら、敵船の甲板全部を覆うほど広くまで白い光を放射したのである。

 当然ただの照明ではないだろう。光己の挑発をそこまで気にしなかったエイリークとヘクトールとバーソロミューには何事も起きなかったが、わりと腹を立てていたメアリーはまるで大勢に殺意と刃物を向けられているような不快感と、体がどんより重たくなる苦痛に襲われていた。

 

「くっ、何だよこれは……!?」

「ふふん、恨むならマスターに悪意を向けた自分を恨むことですね!」

 

 しかも目の前にいる変わった服を着た女は、やたらハイになってパワーもぐんと上がっている。振り回されてきた槍のような武器をカトラス(船乗りが好んで用いた片刃の曲刀)で受けたはいいものの、力負けして吹っ飛ばされた上に刀が折れてしまった。

 

「なっ……!?」

 

 それで間合いが開いたところに、女が額から小さな光弾を乱射してくる。避けられる体勢ではなく、全身にいくつもの銃創ができて血が噴き出した。

 

「ぐぅっ!」

 

 このSFチックな武器から見て、この女は本当に「宇宙の」刑事なのかもしれない。何の用があって異星の海と小島しかない特異点に乗り込んできたのだろう……なんてことを考える暇もなく、女がとどめを刺そうと突っ込んで来る。

 

「おっと、そうはさせないよ!」

 

 バーソロミューがすかさずインターセプトに入ろうとするがその瞬間、沖田が強く踏み込んで突きかかる。バーソロミューは足を止めて応戦せざるを得なかった。

 

「その台詞、そのまま返してあげますよ!」

「くっ、速い!?」

 

 ただでさえ速い沖田にバフがかかると、そのめまぐるしい斬撃の雨はサーヴァントでも実体と残像の区別がつかなくなってくるほどだった。バーソロミューはとても対応しきれず、決定打を避けるのが精いっぱいで全身にどんどん切り傷が増えていく。

 

「うっわあ、一応援護するつもりで来たけどこれは必要なさそうね」

「それはどうでしょう!?」

 

 ジャンヌオルタがいかにも感心した様子でごちたが、それは誤りだと言わんばかりのタイミングでアンがヒロインXXに牽制の一弾を放っていた。XXは槍の真ん中に付いた盾で受けたが、メアリーを追う足はいったん止められてしまう。

 

「さすが2人1組だけあって、絶妙なタイミングで撃ってきますねえ。

 でもこちらにも射手はいるんですよ!?」

 

 というか最初から射撃戦も行われていたのだが。

 カルデア側は段蔵、カーマ、オリオン&アルテミス、アタランテ、エウリュアレとドレイクが参加している。残りのマシュ、ヒルド、ルーラーアルトリア、玉藻の前、ジャンヌ、ダビデ、アステリオスはマスターと女神たちの護衛だ。

 黒髭側は黒髭と彼が呼び出す亡霊、そしてアンである。

 人数は黒髭側が上だが、質はカルデア側が圧倒していた。特にカーマとエウリュアレが射る矢は魅了効果を持っていて、当たった海賊は彼女たちの味方になってしまうのだ。

 

「カーマ様のために! 黒髭死すべし慈悲はない!」

「エウリュアレちゃんペロペロしたい!」

「はいはいバカは消えようねー」

 

 黒髭が呼び出した亡霊だけあって中には変態趣味を受け継いだ者がいたが、どちらであろうと黒髭は眉一つ動かさずに始末していた。他に方法がないとはいえ、おちゃらけていても残虐さは史実通りのようである。

 もっとも何人死のうといくらでも追加オーダーできるから困らないという理由もあったが。そしてそれはカルデア側にとっては心底面倒な話である。

 

「うーん、倒しても倒しても湧いてくると気力萎えるねえ。

 ところでダーリン。さっきマスターが『この娘たちはみんな俺のだ』って言ってたけど、あれって私も入ってるのかなあ?」

 

 狩猟の女神ともあろう者がサーヴァント戦の最中に何を言っているのか。オリオンは「萎えたのは俺の方だよ」と言ってやりたくなったがぐっとこらえて、最後のマスターなんて罰ゲームを背負った少年のために一席ぶってやることにした。

 

「いやそれはねえだろ。俺たちは早けりゃあと1時間もしねえうちにお別れになるんだからな。

 それにもしマスターが『アルテミス神以外の』とか言ってたら、黒髭は名前が出たお前をターゲットにしてたと思うぜ?」

「うげー」

 

 何を想像したのか、アルテミスは美貌の女神にあるまじきアレな表情をしたが、すぐに気を取り直した。

 

「それもそうだね。それじゃもう少しがんばっちゃおう」

「いくら倒してもキリがねえからって、放っておくとこっちの船に乗り込んできて面倒なことになりそうだしな。

 それにしても自分で呼び出した部下を平気で盾にするとは、残虐で鳴らした海賊らしいえげつないやり口だなあ」

 

 おかげでカルデア側はなかなか黒髭とアンまで攻撃を通せないのだ。もっとも黒髭とアンも「盾」の後ろからの射撃だから、先ほどのようなナイスアシストはめったに出せないのだけれど。

 

「ま、長くは続かねえさ。やっぱり数が違う。

 カルデアの連中はだいたい、特に清姫とXXとカーマはオーラが見えるくらいハイになってるしな」

 

 俺もあれくらい女の子にハイになられてみたいなあ、とオリオンは思ったが、今は戦闘中なのでつつましく沈黙を保った。

 黒髭側はマスターとエウリュアレを三方から攻めてきたが、その分包囲の陣は薄い。左右どちらかが破れたらそちらに行っていた者が反対側に向かえるから、そうなれば人数差で圧殺できるだろう。

 左右とも潰して全員が黒髭とアンにかかるようになったら、いくら黒髭が無限に亡霊を呼べるといっても防ぎ切れまい。

 

「なるほどー。ところでダーリンは私への愛でハイになったりしないの?」

「ならねえよ! 仮になったとしてぬいぐるみの身でどうしろと!?」

「えーん、ダーリンが冷たいよう」

「お前な……。

 それよりヘクトールがもし本当にスパイだったら、エイリークがやられる前に動くだろうから気をつけろよ」

 

 ヘクトールは今はどうにかやり合えているように見えるが、エイリークが倒れたら4対1になってしまう。彼としてはその前に離脱したいはずだが……。

 

「ギ、ガガガガガ!」

 

 そのエイリークは沖田オルタに対しては、船の甲板の上で大勢が戦っているという彼女の機動力が発揮しにくい場所なので前回より有利だったが、もう1人の少女が妙に強くて難儀していた。技量も腕力も二流のはずなのに、思い切り叩きつけた大斧を真正面から受け止めてみせるとは。

 実際絵面的には、年端もいかぬかよわそうな乙女が筋骨隆々の大男と互角に打ち合っているという明らかにおかしな情景だったが……。

 

「いえ、愛の力をもってすればこれくらいはごく当たり前のこと! わたくしの愛とますたぁの技が見事にかみ合った夫婦的コンビネーションなのです!!」

「なるほど、この力強くも温かい闘志が湧き出てくるのが愛の力なのか。わかりみ」

「ギィィィィ!」

 

 その合間に沖田オルタが長い刀で斬りつけてくるので、エイリークはもはや満身創痍だった。相手はバフ付きの2人なのだから当然の展開なのだが。

 

(……やれやれ、これは潮時かねえ)

 

 ヘクトールは戦場の様子をざっと眺めて、内心でそんな判断を下した。

 彼自身も2対1とはいえ本気で戦ってなお劣勢であり、うかうかしていたらここでやられてしまう。1番賢いのはここでいきなり海に飛び込んで逃げることだが、何の手土産もなしに帰るのはマスターがヒステリー……はともかく、こんなキテレツなナリをしたお子様どもに一方的に負かされて逃走するのは面白くなかった。

 

「せめて一矢くらいは報いておかな……っとぉ!」

 

 考え事をしていたら槍が耳をかすめて少し切られてしまった。

 この片手槍の少女、おとなしそうな顔して連続突きの速さはすさまじい。ちょっとでも気を抜いたら全身穴だらけにされそうである。

 一方黒い剣の少女は一発のパワーがすごかった。両手で受けても手が痺れてしまう。

 

「大したモンだ。手っ取り早くマスターを始末すれば、どうにでもなると思ったんだけどねェ……。

 いやはや傑物だ。ま、この程度で潰れるようじゃ生かしておく価値もない」

「そう言う貴様にはどんな価値があるんだ? ミミズやミジンコの方がまだ人類の役に立っているぞ」

「言ってくれるねえ……」

 

 ミジンコ未満扱いされてヘクトールはさすがに眉をしかめたが、そこは戦場経験豊かだけに飄々とした態度を崩しはしなかった。防戦しつつ敵の様子を窺っていると、黒髭たちの援護射撃のおかげもあって、ついにエウリュアレを守っているサーヴァントたちにわずかな隙を見つけた。

 

(マスター狙いと口にしたから気が緩んだか!? 甘いぜ)

 

 体を低くして、光己ではなくエウリュアレめがけて猛ダッシュする。彼女を捕えれば人質としても使えるから、敵がいくら多くても生還は可能だろう。

 しかし真ん中辺りまで来たところで、足元で何かが爆ぜて全身が炎に包まれた。

 

「ぐっ!? これは一体」

「非人道兵器・お札マキビシですわ。甘いのはそちらです」

 

 つまりあらかじめお札を床に撒いておいて、ヘクトールが真上に来た瞬間に起爆させたのである。隙があるように見せたのも故意だった。

 玉藻の前が滑るような足取りでヘクトールの懐に飛び込み、日傘で彼の顔を突くと見せかけて槍を払うと同時に股間に膝蹴りを喰らわせる!

 

「もはや言い逃れは聞きませんわ。浮気移り気デートに遅刻、狐はまるっとお見通し」

 

 そう言いながらくるっと身を翻して、足の裏で再び金的に蹴りを入れる。語調はコミカルだが、やっていることは実にえげつなかった。

 そしていったん下がって力を溜めてから、満を持してクリティカルな跳び蹴りをやはり金的に叩き込む!

 

「いざ受けやがれ、『日除傘寵愛一神(ひよけがさちょうあいいっしん)』!!」

 

 その後は空中でくるくるっと前転して体勢を整えるときれいに着地、すると同時にヘクトールがいた辺りで爆発が起こった。まるでライ〇ーキックの演出のようだ。

 あれではいかな大英雄でも生物的にも男性的にも死を免れまい。

 

「見ていて下さいました? マスター?」

「見てたけど、どういう意図なんだ!?」

 

 玉藻の前がにこやかに話しかけてきたが、光己は恐怖しか感じていなかった。

 これはあれか、さっき「この娘たちはみんな俺のだ」と放言したから圧力をかけてきたということか!?

 彼女には片想いの相手がいると聞いたからその手のアプローチは控えていたのに。もしかして傾国ってそういう……?

 

「それはもちろん、1番厄介な敵を倒した手柄をちゃんと見てて下さってたかどうか気になっただけですよ」

「……ならいいんだけど」

 

 玉藻の前の返事が本当かどうかはいささか疑わしかったが、光己は深入りを避けた。

 とにかくこれでヘクトールが脱落して一気に有利になったと思われたが、まさかアレを喰らってなお自分の足で立っているとは。

 

「いや、死にかけだけどねもうホント」

 

 実際声にも力がなかったが、後ろから無言で斬りつけたメイドオルタの剣を転がって避ける程度の体力は残っていた。その勢いのまま立ち上がって跳躍し、女王アンの復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)に退却する。

 もちろんメイドオルタと玉藻の前はとどめを刺すべく追いかけたのだが、また黒髭とアンが援護射撃したので止まらざるを得なかったのだ。

 しかしそれだけの援護をするには2人の方も体をさらす、つまり敵に狙われるリスクを冒す必要があった。

 

「よそ見してんじゃないよ!」

「せぇいっ!」

 

 ドレイクとアタランテが機敏に反応して、黒髭とアンを狙い撃ちする。頭や心臓を狙った鋭い攻撃だったが、2人は腕でかばってどうにか致命傷は免れた。

 ヘクトールが船に戻ったのを確かめると、再び亡霊の後ろに隠れる。

 

「チッ、仕損じたかい」

「しかし利き腕を含めてかなりの傷を負った。今後は先ほどのようなうまい援護はできまい」

 

 黒髭とアンはヘクトールを助けたはいいものの、対価は安くなかったようだ。しかもエイリークが孤立して、4人がかりで囲まれてしまう。

 

「グ、ガガガガ!」

 

 この苦境を切り抜けるには宝具を使うしかないが、四方から攻められていては力を溜める余裕がない。その上バーサーカーというクラスは、こういう時に良い作戦を考えるという知的作業には向いていなかった。

 

「ガガガ!」

 

 しかし妻の助けか、エイリークはとっさの判断で清姫と沖田オルタの間に体ごと突っ込んだ。その結果脇腹を少し斬られはしたものの、いったん包囲から抜けることに成功する。

 さらに甲板の縁まで走って手すりを背にした。これならば少なくとも背後からの攻撃は受けずにすむ。

 ところが新手の2人はビームや水弾という中距離向きの飛び道具を持っていた。これはどうにもならず、しかも手すりを背にしたのが災いして逃げ場がないので滅多打ちになってしまう。

 

「グガガガガ!」

 

 しかしエイリークはそれに耐えた。たとえ4対1だろうと、ヴァイキングの戦士は敵に一太刀も報いずに斃れたりしないのだ。

 

「グググァアア、ブルラララララァーーッ!!」

 

 渾身の魔力を斧にこめて真横に振り抜く。赤紫色の衝撃波が渦を巻き、清姫たちに襲いかかって薙ぎ倒した。

 ただこの宝具は自身の生命力をも費やすもので、エイリークの体はもはやそれに耐え切れず、足元から光の粒子と化して消え始めている。

 

「―――」

 

 しかしエイリークは特に心残りがある様子は見せず、ごく平静な様子で退去した。

 

 …………。

 

 ……。

 

「ふう、まさかあの状態から宝具をぶっ放すと驚きました」

「とっさに護りのルーンを使いましたが、そうでなかったらもっと酷いことになってましたね」

 

 どうやら清姫たちは、オルトリンデがルーンを使うのが間に合ったおかげで軽傷ですんだようだ。戦乙女の面目躍如であった。

 これで黒髭側は1人が退去、1人が重傷となったが、それでも戦いはまだ続く。

 

 

 



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第125話 黒髭惨状5

 黒髭側のエイリークとヘクトールが離脱したので、カルデア側の清姫・沖田オルタ・オルトリンデ・メイドオルタの4人がフリーになった。4人ともエイリークの宝具でケガしているが、重傷というほどではないからここは一気に畳みかけてもらうべきだろう。

 

「4人とも、ケガしてるのに悪いけど沖田さんたちの応援頼む!」

「はい!」

 

 いつもながらマスターが自分たちのことを仲間として気にかけてくれることに、満足の意をこめて頷きつつ、清姫たちがメアリーたちの方に駆け出す。

 もはやメアリーとバーソロミューは敗北寸前だったが、それでも2人の闘志は萎えていなかった。

 

「まだ終わってない! 勝つのは僕()()だ!!」

「待ってメアリー、ここはいったん下がって!」

「いや駄目だ。今度援護射撃したら確実に()られる」

 

 後ろから相棒が撤退を促してきたが、メアリーは首を縦には振らなかった。

 さっきヘクトールを援護した時だって、アンはドレイク側の射手に狙われてケガしたのだ。同じことを2度やればもっとひどいことになるだろう。

 ゆえにメアリーは、命と引き換えにしてでも初志貫徹する道を選んだ。しかし目の前の女はやたら強く、倒すどころか横をすり抜けるのも難しい―――が、悩んでいる暇はない。向こうの4人がこっちに来たらもうどうしようもないのだから。

 

「ならこれでどうだっ!」

 

 メアリーはもはや捨て鉢になったのか、なんと折れたカトラスをヒロインXXの顔面めがけて投げつけた。

 XXはさすがに驚いたが、それでも槍の真ん中に付いた盾で防ぐ。しかしその間に傍らを通り抜けられてしまった。

 

「それが狙いでしたか! でも背中を見せるのは愚かですよ」

 

 XXがメアリーの方に向き直り、額から光弾を連射する。メアリーは避けられるはずもなく、背中が血まみれになったが、それでも走る速さは落とさない。

 

「ぐぅぅっ……!」

 

 体の傷も痛いが、それに加えて呪いのような精神的な痛みもさらに酷くなっている。あのマスターが放射している光は、どうやら彼への害意の強さに比例した威力のデバフを与えるもののようだ。

 それなら銃火器の類と違って、適当に使っても味方には無害で敵だけにダメージが入る。なんて都合のいい!

 

「痛ったいなぁ……でもまだ!」

 

 行く手を阻んでいるのはあと2人。片手槍と盾を持った少女と、海賊船には似つかわしくない貴婦人風の女だ。どっちも武術の達人ぽい雰囲気があり、普通にすり抜けるのはとても無理そうである。

 メアリーはとっさに位置関係を確認し直すと、カトラスの鞘を貴婦人女の顔面に投げつけた。

 

「!?」

 

 まさか鞘まで投げるとは思っていなかったらしく、貴婦人女がびっくりした表情を見せる。それでも日傘で鞘をはじいたのは大したものだが、その間にメアリーはジャンプして彼女の頭上を跳び越えていた。

 

「さすがに予想できなかったろ!?」

 

 これでメアリーは無手になってしまったが、人外に化ける術を使うとはいえ人間の魔術師など素手でも殴り殺せる。火の玉で迎撃したとしても、この勢いは止め切れまい。

 

「一緒に死んでもらうよ。覚悟……!」

 

 メアリーはまさに地獄の鬼のような口調で宣告して、光己の斜め上から殴りつけた。

 その必殺の気魄と残った魔力のすべてをこめた一撃が、まさかサーヴァント並みの腕力できっちりガードされるなんて。

 

「え!?」

「悪いな。俺はマスターだけど、魔術師じゃなくてガチの人外なんだ」

「え゛」

 

 パンチを受け切られたら空中で動きが止まることになるので、もはやメアリーに打つ手はない。容赦なく日傘と槍で胴体を突き刺され、メアリーは口から鮮血を吐き出した。

 

「何だよそれ、反則じゃん……」

 

 悔しそうに、しかしどこか満足げに苦笑しながらメアリーは消えていった。

 

 

 

 

 

 

 メアリーが消滅したら、2人1組の相棒であるアンも退去することになる。メアリーは確かに海賊の誉れを見せつけたが、それとこれとは別の話なのだ。

 

「あらら、どうやらお別れみたいですわね。

 でも船長。私たちが居なくなったからって自棄を起こさないで頂戴な。

 ……勝者である事があなたの取り柄。それまで無くしてしまったら、それこそ私たちが馬鹿みたいでしょう?」

「ふ、心配はご無用。自慢ではないがこの黒髭、負けることなど考えたこともありません!」

 

 この状況でドレイク一党を倒すというのはあまりにも非現実的すぎるから、恐らく精神的な問題を話しているのだろう。

 アンはそのまま消えていったが、黒髭は弱気になった様子はない。先ほどの言葉は強がりではなく本心だったようだ。

 

「―――そう! 仲間の死を目の当たりにしたまさにその時、黒髭の髭が金色とか銀色とか灼熱色に輝き、不死鳥(フェニックス)の如く蘇るのであった! 気分的に!」

 

 もっともあくまで気分だけで、本当にパワーアップしたわけでもなければ起死回生の妙案が閃いたわけでもないようだが……。

 

「せめて先生が復帰してくれれば助かるのでござるが、さすがの拙者も股間に3連蹴りをくらった男に立てとは言えんでござるからゴガッ!?」

 

 独白の途中で、背中に鋭い痛みが走る。一瞬遅れて胸から刃物が飛び出し、口から血があふれた。

 後ろから刃物で刺されたのだ。顔は見えないが、犯人候補は1人しかいない。

 

「ヘク……トール……氏……!?

 裏が読めぬ相手だとは思ってたが、この状況で裏切るとかアホでござるか……!?」

 

 黒髭はヘクトールを無条件に信頼していたのではなく、いくらかの疑念は抱いていたようだ。それゆえか彼が裏切ったこと自体は咎めなかったが、しかし今仲間割れしたら諸共(もろとも)にやられるだけなのに、何故あえてこのタイミングで!?

 

「いやいや、共倒れが嫌なら今やるしかないだろ。それじゃ船長、アンタの聖杯を戴こうか……!」

 

 ヘクトールが槍を横に振り抜くと黒髭の胸板が裂け、そこから金色に光る何かが飛び出す。ヘクトールが器用にそれをキャッチすると、その手の中で杯の形になった。

 

「……確かに戴いたぜ、聖杯」

「舐めるンじゃ、ねぇ……!!」

 

 槍が体から抜けたことで動けるようになった黒髭が、後ろを向いてヘクトールに飛びかかる。しかしヘクトールは先ほど股間を蹴り潰された身とは思えぬ素早さで横に跳んで回避した。

 

「チッ、痛そうに悶えてたのは演技だったのか!?」

「いやいや、今も痛くて死にそうだけど、もうちょっとの辛抱なんでね」

 

 ヘクトールの同僚のメディアは治癒魔術に長けているので、本拠地に帰りさえすれば治してもらえる。あと少しだと己を励まして気力を振り絞っているのだった。

 

「そうかい、じゃあ無理してねえで裏切者らしくみじめにくたばりな!」

 

 黒髭はなおも素手でヘクトールに迫るが、傷のせいで動きが遅く避けさせることすらできなかった。片手で突き出された槍が再び胸に突き刺さる。

 

「グゥッ……!」

「無理してるのはお互い様だろ? アンタこそとっとと楽になれよ」

「いやあ、死ぬ前にちょっとはいいとこ見せとかないとメアリー氏とアン氏に怒られますから!?」

 

 黒髭はニヤリ笑うと、初めからの予定だったのかヘクトールの槍を両手で掴んだ。

 

「テメェ……!?」

「海賊のお宝を奪っておいてタダですむと思うなよ。代わりにこの立派な槍でも置いていってもらおうか」

「ハッ、サーヴァントが宝具を簡単に手放すとでも?」

「いや、すぐ手放すことになると思うぜ?」

 

 黒髭がそう言った直後、亡霊たちがすうっと溶けるようにいなくなった。彼が呼び出したのだから送還することもできるわけだが、これで「盾」がなくなったのでドレイク一党はヘクトールを(むろん黒髭自身も)狙い撃ちすることができる。

 なお黒髭はヘクトールがドレイク側のスパイだとは思っていない。もしそうなら股間を蹴られることはなかっただろうから。

 

「さーて、俺と一緒に死ぬか(おたから)を捨てて逃げるか好きな方を選びな!」

「この野郎……!」

 

 これにはさすがのヘクトールも、普段の飄然ぶりを投げ捨てて、怒りを露骨に顔と声に出さざるを得なかった……。

 しかし黒髭の発言は否定できない。敵船の射手からの視線と殺気は今や攻撃開始寸前レベルなのだから、彼を蹴り剥がそうとしたらその間に射殺されてしまうだろう。

 ヘクトールが彼のマスターから受けていた任務は、聖杯に加えてエウリュアレも奪取して来いというものだったが、こちらはもう諦めるしかなかった。

 

「畜生、死ぬなら1人で死にな!」

 

 ヘクトールは悔し紛れに憎まれ口を叩くと、槍から手を離して後ろに跳んだ。聖杯をポケットに突っ込み、別のポケットからごく小さな模型の船のようなものを取り出す。

 それを海面に放り投げると、21世紀でいうサーフボードに似たものになった。ただし魔術師メディア謹製の脱出用礼装なので単なる波乗り道具ではなく、魔力を注入するとジェット噴射で海上を高速走行できる機能がついている。

 

「今の体調で魔力を出すのはつらいんだけどねぇ……!」

 

 しかし泣きごとを言ってはいられない。ヘクトールは股間の痛みで目がくらむのを必死で耐えながら、全力で古巣の船めざして疾駆した。

 

 

 

 

 

 

 光己たちが見たのは黒髭がヘクトールの槍を掴んだ場面からなので、ヘクトールが聖杯を奪ったことは知らない。

 しかし裏切られて致命傷を負った者とその加害者がいたなら、人情的には後者にヘイトが向くのが普通だろう。黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の射手たちはまずヘクトールに向けて矢をつがえたが、すると彼は防衛戦のエキスパートだけあって一瞬早く槍から手を離して海に飛び込んでしまった。

 

「む、これでは船が邪魔で見えないな」

 

 アタランテが残念そうにごちたが、槍を失ったランサーなど怖くはない。ヒルドやカーマなら空から飛び道具を撃てるから一方的にボコれるはずだ。

 光己はさっそく追撃してもらおうとしたが、ルーラーアルトリアがそれを慌てて止める。

 

「お待ち下さい。先ほど話した船が急に速度を上げています!」

「!? なるほど、ヘクトールが黒髭の船から脱出したから回収しようというわけか」

 

 神話級の魔術師なら、遠出している仲間からの救難信号を受信して船を加速することも可能だろう。これでその船がアルゴー号であることはほぼ確定となった。

 これでは少人数での追跡は危険である。ヘクトールを討つチャンスだが、今は黒髭組を少しでも早く仕留めることに専念するしかなかった。

 まずはこちらの船に1人だけ残ったバーソロミューにヒロインXXが意向を訊ねる。

 

「何かとんでもないことになりましたが、貴方はどうします?」

「……そうだね。もう戦う意味はないし、船長の所に戻らせてくれると嬉しいかな。

 いや船長のことだから、男と2人で果てるなんて嫌がりそうだな。あくまで船と運命を共にするということで」

「……いいでしょう」

 

 XXも沖田もジャンヌオルタも、死に逝く覚悟をした者にその場所を選ばせてやるくらいの慈悲の心は持っていた。武器は油断なく構えつつ、ついっと1歩後ろに下がる。

 

「ありがとう、話の分かる人っていいねえ。

 もし次があるなら味方として会いたいものだね。何しろ理想的なメカクレ少女がいるし、ダイヤの原石のような素材もいるからね」

「…………」

 

 するとバーソロミューは感謝の言葉を述べながら女王アンの復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)に帰って行ったが、最後までフェチを隠さなかったのでXXたちは気の利いた返事ができず、何ともいえない顔で見送るしかなかった……。

 当の黒髭はバーソロミューが戻って来ると彼の予想通り露骨に嫌そうな顔を見せたが、バーソロミューも大海賊団のトップを張った男だから、それがポーズであることくらいは分かる。やれやれと苦笑したが、特に文句は言わなかった。

 黒髭とドレイクが話す邪魔をしたくはないし。

 

「さあて、そろそろさよならのお時間ですな!

 BBA、これで勝ったと思うなでござるよ!?」

 

 バーソロミューの予想通り黒髭はもはやドレイクと戦う気はなく、最後に遺言というかトークを楽しみたいようだ。

 もっともドレイクの方は黒髭とのトークなんて心の底から願い下げなのだが、今の彼は裏切りで死を目前にした身である。海賊の情けで応じてやることにした。

 

「ああ、はいはい。もう何を言われても負け犬の遠吠えだから。さっさと消滅しちまいな、黒髭。生き続けるのもキツいんだろ、今のアンタ」

 

 その内容はいささか無情なものではあったけれど……。

 しかし黒髭はどんな感性をしているのか、気味悪い笑顔で喜んでいた。

 

「おおおのれ。そんな優しい言葉を掛けられれば……BBAにデレたくなってしまう……。

 そうだ、ここは彼氏居ない歴=年齢の哀れなBBAのために男からのプレゼントってやつをくれてやるでござる。どうせ座には持って帰れないでござるからな」

 

 黒髭はそう言うと、胸から槍を引き抜いてドレイクに投げて寄こした。

 甲板に転がったそれをドレイクは一応拾い上げたが、ちょっと困った顔をしている。

 

「余計なお世話だ!

 しかしこれがかのヘクトールの愛槍(ドゥリンダナ)だと証明できたら、好事家に高値で売れるんだろうけど、それは無理っていうかコレ厳密にはレプリカだよな。どうしろと?」

「おおぅ、人様から贈られた大英雄の宝具を商品としてしか見ないとは、さすが拙者たちの先輩……。

 しかし残念。サーヴァントの宝具は持ち主が現世から退去すると一緒に消えてしまうんでござる。つまり売り物にはなりません!!」

 

 黒髭が痛快そうに笑いながら面白くもない現実を突きつけてきたので、ドレイクは槍を床に投げつけた。

 

「それじゃプレゼントでも何でもないじゃないかっ!!」

「いやいや、モノはなくなってもそれが贈られたという事実はなくならないでござるよ。そう、まさに愛!」

「アンタの愛なんか要るもんかっ!!」

 

 ドレイクが心から嫌そうに叫ぶ。まったく無理のないことだったが、そこで光己はふと気がついて甲板に転がった槍を拾い上げた。

 光己が奪取すれば元の持ち主が退去しても宝具は現世に残るのと、カルデアにはヘクトールの子孫がいることを今思い出したので。

 今回は特異点破壊サイドに所属=人類の敵としての登場だから、ブラダマンテは嬉しくないかもしれないけれど。

 

「しかしアンタ、どう見ても致命傷なのに元気だねぇ」

 

 その辺とは別に、ドレイクは黒髭のタフさにだけは感心していた。尊敬はしないが。

 

「そりゃもう、拙者だって一応は名の知れた大海賊ですからな!

 しかしキツいのも事実。満足したし死ぬとするか!」

 

 黒髭はやりたいことはやり終えたのか、ようやく退去する気になったようだ。

 

「そうかい。ところでアンタの最期はマシュから聞いてるよ。その首だけはきっちり忘れず持って行くんだね」

「そうか、じゃあしょうがないな!

 黒髭が誰より尊敬した女が! 誰より焦がれた海賊が! 黒髭の死を看取ってくれる上に、この首をそのまま残してくれるなんてな!

 それじゃあ、さらばだ人類! さらばだ海賊!

 黒髭は死ぬぞ! くっ、ははははははははははは!!」

 

 そして本当に満足そうに高笑いしながら、光の粒子と化して消えていった。

 

「―――やれやれ、最後まで騒がしい船長だ。ま、悪くはなかったけどね。

 それじゃ私も去るとするか。ご機嫌よう!!」

 

 それを見届けたバーソロミューも、彼の後を追って現世から退去し、ここに黒髭海賊団は最期の幕を閉じたのだった。

 

 

 



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第126話 世界最古の海賊船1

 何はともあれ黒髭海賊団は打倒された。黒髭は聖杯を持っていなかったから、おそらくヘクトールが持ち逃げして行ったのだろう。

 ヘクトールがアルゴー号に帰ってイアソンに顛末を報告したら、彼はエウリュアレを奪うためにこちらに来るはずだ。これが最後の戦いになるだろう。

 こちらは負傷者は何人かいるが死者はいないので、ワルキューレと玉藻の前が治療すれば彼らとの戦いに支障はない。

 一方ドレイクは部下たちを呼び戻して航行の準備をしている。戦闘が始まったらまた引っ込む予定だが。

 その最中光己は角と翼と尻尾を引っ込めて一休みしていたが、ドレイクの仕事がひと段落ついたところで彼女に声をかけた。

 

「それでドレイクさん、この槍持っていきますか? 要らないなら俺が欲しいんですが」

 

 彼女は「アンタの愛なんか要るもんかっ!!」と言っていたから、こちらが望めばくれるのではないかと思ったのだ。

 

「……? それはヘクトールをボコったら消えちゃうんだろ? それまでに何か役に立てられることでもあるのかい?」

「いや黒髭はああ言ってたけど、俺がいったん完全に自分の物にしちゃえば元の持ち主が退去しても現世に残しておけるんだ」

 

 なおその後元の持ち主に奪回されたらその特性は消えてしまうが、別の者に譲渡した場合は残る。

 

「だからどうしてもドレイクさんがこの槍欲しいんだったら、いったん俺の物にしてから改めて譲るって形なら事件解決した後も持っておけるけど」

 

 光己は善意というか誠意のつもりだったが、それを聞くとドレイクは何か気持ち悪いモノでも見たかのようにゾッとした顔をした。

 

「いやいや、そんなめんどくさいことしてまでして貰いたくないよ。黒髭だってそんなこと期待してなかっただろうしね」

 

 さっき黒髭にも言ったがこの槍は売るアテがないし、ドレイク一党には槍使いはいないから英雄の名槍といっても無用の長物である。奪った物を溜め込むタイプではなく江戸っ子のごとく散財するのが好きなドレイクとしては、役に立たず換金性もないくせに重い背景がある「お宝」なんてもらっても扱いに困るのだった。

 

「そっか、じゃあありがたくもらっていくよ。カルデアの本部にはヘクトールの子孫のサーヴァントもいるから」

「なるほど、お土産ってわけかい」

 

 そういうことなら話は分かる。貰って喜ぶ人が貰えば良かろう。

 

「それはそれとして、ドレイクさんたちはこの後どうする? 俺たちはアルゴー号と戦うけど、ドレイクさんたちはアルゴー号とは因縁ないだろ」

 

 ドレイク一党はアルゴー号とは敵対してなかっただろうから、ギリシャ神話最強の戦士や神代の魔術師と戦う理由はあるまい。光己はそう思ったのだが、ドレイクの答えは明快だった。

 

「何言ってんだい、最初の約束はまだ果たしてないじゃないか。

 黒髭が持ってた聖杯をアンタらがブン取ったら、この前アタシがアンタに渡した聖杯を返してもらう。そういう話だったろ?」

「うん、そう言ってくれるとは思ってたけど、相手が相手だから念のためね」

 

 やはりドレイクはヘラクレスやメディアが相手でも恐れ入ったりしなかった。いや、彼女たちはポセイドンにも立ち向かったのだから、むしろ当然か。

 

「それじゃさっそく、イアソンをシバいてお宝を取り返そう! いや元々俺たちの物じゃないけど」

「あははは、やっぱりアンタ海賊のセンスあるよ」

「ないない! それでルーラー、アルゴー号は今どの辺に?」

 

 光己は自分が平和主義者であることを改めて主張しつつ、ルーラーアルトリアに敵の居場所を訊ねた。

 

「はい、そろそろ見えてくる頃かと……あそこです!」

 

 ルーラーが指さした方向に船影が現れる。サイズは黄金の鹿号(ゴールデンハインド)と同じくらいで、見た感じ古代的な帆船のようだ。

 さて、どう戦うべきか。今回は相手が相手だしこちらの陣容もある程度バレているので、光己は軍師に意見を求めることにした。

 

「Ⅱ世さん、何かいいアイデアありませんか?」

《―――ふむ。その前にまず状況を説明するが、アルゴー号はこちらの探査圏内にも入っている。それによると、船自体に女王アンの復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)に勝るとも劣らない魔力があるから、大砲の類はおそらく効かない。

 ただ魔力反応は船を別にすると6つしかない》

「もとの5人にヘクトールを足して6人ってことですよね。何かおかしなことでも?」

 

 光己が首をかしげると、エルメロイⅡ世は教師らしくきっちり説明してくれた。

 

《黒髭と違って無限湧きする部下はいないということだ。もっともアルゴー号の乗員は、皆名だたる勇者ばかりだったから、当然といえば当然だが。

 しかしこれは漕ぎ手がいないということでもある》

 

 この時代の船は逆風や斜め風でも前進できる「三角帆」を搭載しているから、(かい)がなくても航海できるが、イアソンの時代の船はそうはいかない。大勢の漕ぎ手に櫂を漕がせる必要があるのだが、それがいないということは、おそらくメディアの魔術で何とかしているのだろう。

 

「つまり、メディアを落とせばアルゴー号は立ち往生するということですか?」

《うむ。実際のアルゴー号がどうだったかは分からんが、ここにいるアルゴー号はそうなるはずだ。

 動かすだけなら、ヘラクレスが泳いで押すとか、そういうバーサーカー染みた手もあるが、そんな方法で目指す方角に進めるわけがないからな》

「ほむ」

 

 前衛の戦士より後衛の魔術師や治癒術師を先に倒すというのはよくある戦法だし、それで船の動力も潰せるとなればさらにお得だ。当然先方も護衛をつけるとは思うが、選択肢の1つとして覚えておくべきだろう。

 

「分かりました。また何かありましたらお願いします」

《ああ、そちらは連戦になるがくれぐれも気を抜かぬようにな》

「はい」

 

 光己はそれで通信を切ったが、その一方ではメイドオルタがワルキューレズに声をかけていた。

 

「ヒルドにオルトリンデ。ヘラクレスとやり合うのに、メイドではちと心もとないから元の姿に戻してくれ」

 

 最初にヘラクレスの名を聞いた時は自信満々にしていたが、いざ決戦の時が来たとなるとやはり慎重になるようだ。

 メイドオルタはメイドになる時に個人的な信条で「単独行動:EX」のスキルを取ったが、その代わりに通常のパラメーターが低下しているので、それを元に戻そうというわけだ。

 

「うん、了解」

「分かりました」

 

 ワルキューレズも断る理由はないので、手早くルーンを使ってメイドオルタを元のセイバーオルタに再調整した。

 パラメーターが上昇した上に職業がメイドからキングになったので、威圧感や風格が段違いである。

 

「ああ、戻っちゃったのか……」

 

 ただその変化を悲しんでいる男が1人だけいたりしたが……。

 鎧なんか着て露出が減るのは悪い文明! 文句つける勇気はまったくないけれど。

 

「うむ、魔力はしっかり寄こすのだぞマスター」

「ふぁい……」

 

 しかも催促の仕方に可愛げというものがまったくない。こんなの絶対おかしいよ!

 それはそれとして、いよいよアルゴー号が戦闘域まで近づいて来た。古代の船だけに大砲の類はないのか、今のところ攻撃してくる様子はない。

 

「それじゃルーラー、いつも通り真名看破お願い」

「はい」

 

 恒例の情報ぶっこ抜きスキルである。

 それによると、まずイアソンはセイバー。宝具は「天上引き裂きし煌々の船(アストラプスィテ・アルゴー)」で、あの船と乗員の一部を呼び出すものだが、さすがに50人全員を呼ぶのは無理のようだ。

 次に、身の丈2メートル50センチほどもあろうかという黒い巨漢が問題のヘラクレス、バーサーカーである。宝具はすでに承知の通り「十二の試練(ゴッド・ハンド)」で、蘇生魔術が11回までかかるというものだ。

 楚々とした感じのお嬢様風の少女がメディア、当然キャスターである。宝具は「修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)」、仲間の傷や不調や呪い等を癒すというものだ。

 ヘクトールはランサーのままだが、槍を失ったので宝具開帳はできない。サーヴァントは(自分が生前常用していた)矢弾やお札のような消耗品なら、魔力さえあればいくらでも生成できるが、宝具あるいは一品物のアイテムはそんな都合よくいかないのだ。

 そしてアタランテも見ていない新顔「ディオスクロイ」がいる。アン・ボニー&メアリー・リードと同様の2人1組のサーヴァントで、その名をカストロとポルクスという。宝具は「双神賛歌(ディオスクレス・テュンダリダイ)」で、これもアン&メアリーと同様のコンビネーションアタックだ。

 

「あの双子か……確かにアルゴー号に乗っていたな。なかなかの強者だった。

 しかし特に兄の方はプライドが高かったからな。本当に王になれるならともかく、あんなうさんくさい話に協力するとは思えないが」

 

 アタランテが軽く首をかしげたが、しかし現に居るものは仕方がない。戦うしかないだろう。

 あるいはポルクスは神霊だから「契約の箱(アーク)」に捧げるために召喚したのかもしれない。いやさすがにアルゴー号の仲間を生贄にはしないか? いやイアソンがやらなくてもメディアならやるか。何しろ実の弟を殺した実績がある。

 もっとも「箱」は破壊済みだからもう関係ないのだが。

 

「―――よし、見つけたぞ。それじゃヘラクレス。

 あそこに集っている有象無象のガラクタ共に、一つ挨拶をしてあげようじゃないか」

 

 一方アルゴノーツも黄金の鹿号(ゴールデンハインド)を発見して、まずは小手調べをしようとしていた。

 

「■■■■■■■ーーー!」

 

 バーサーカーのヘラクレスは狂化の度合いが高いので、人語をしゃべることができない。肉食獣の唸り声のような返事をすると、傍らに置いてあった直径30センチほどの岩石を持ち上げる。

 

「■■■■■■■ーーーーッッ!!」

 

 そしてその重さ40キロにもなろうかという重量物を、野球のボールのような手軽さでブン投げた!

 まさにプロ野球の投手が投げたボールのような速さで、黄金の鹿号めがけて飛んで行く。

 

「岩を、投げた……!?」

「ど、け……! ぬ、おおおおお!!」

 

 光己たちはびっくりして一瞬反応が遅れたが、同じ巨体怪力型バーサーカーであるアステリオスは素早かった。ぱっと前に出て、両手でがっちりと岩を受け止める。

 投げ返してやろうと思わないでもなかったが、手の痛みと痺れがひどかったので今回は海に投げ捨てるにとどめておいた。

 

「アステリオス!」

 

 エウリュアレが心配そうにアステリオスのそばに駆け寄る一方、アルゴー号ではイアソンが高笑いを浮かべていた。

 

「あっはっは! ギリギリで受け止めたか! あそこにいる蛮人は……何だ、アレ。獣人か?」

「まあ。あの方、恐らくアステリオスさまですわ。またの名をミノタウロスと申します。神牛と人の、狭間に生まれた悲劇の子です」

「何だ、人間の出来損ないか! 英雄に倒される宿命を背負った、滑稽な生物!

 向こうの人材不足も深刻だなあ! あっはっはっはっは!」

 

 ヘラクレスが岩を投げた後も船は互いに接近しているので、イアソンとメディアの声は光己たちのところまで届いた。

 どうやら人の神経を逆撫でするのが好きな人物のようである。アタランテはイアソンを「自身は弱いが弁舌とカリスマは凄い」と評価していたが、とてもそうは見えない。

 

「…………」

 

 ただイアソンの発言にアステリオスはちょっとひるんでいた。

 父王の命令とはいえ、子供を喰った怪物であることに普段から自責の念を抱いていて、その傷口をえぐられたのだ。

 それを察したアタランテがすっと近づいて声をかける。

 

「気にするなアステリオス。汝は英雄なのだから」

「……??」

 

 何か途方もないことを言われてアステリオスはぽかんとしたが、アタランテもこれだけで通じるとは思っていない。すぐ続きを話した。

 

「確かに汝は生前は人喰いの怪物だったが、今の汝は世界と女神を守るために強大な敵に立ち向かおうとする、勇気ある戦士だ。それを英雄と呼ばずして何と呼ぶ?」

「ぼ、ぼくが、えい、ゆう……!?」

 

 正直彼女の言うことはまだ腑に落ちなかったが、しかし理には適っている。

 少なくとも否定はできなかった。

 

「それとも何だ、汝は自分が今していることを間違っていると思っているのか!?」

「そんなことは、ない! えうりゅあれをまもるのは、ただしい、こと!!」

 

 自分は頭の中身は子供だが、それだけははっきり分かる。アステリオスがそう吼えると、アタランテはこっくり頷いた。

 

「そうか、なら顔を上げろ。胸を張れ。あの失礼な男に目に物見せてやるんだ。

 ただし血気に(はや)って無茶はするなよ。汝は1人ではない、仲間が大勢いるのだから」

「う、うん……!」

 

 アステリオスは感動のあまり両目からあふれた涙をぐっとぬぐいながら、言われた通り顔を上げ胸を張った。

 人喰いの怪物が英雄、それも寂しき孤高の戦士ではなく仲間とともにあるとは。この特異点に現界した時はなぜ自分などがと思ったが、今はその運命に感謝できる。

 

「―――あらあら。子供好きで有名な貴女がアステリオスのフォローをするなんてね?」

「それはそうですが、彼も王に捨てられた子供ですので……」

 

 その陰で女神様がちょっとヤキモチなど焼いていたが、多分些細なことであろう……。

 

「……さて、ようやく出会えたんだ。ここで一切合切決着をつけようじゃないか!

 さあ、かかってきなさい! 正義の味方らしく、真っ向から戦って、押し潰してあげよう。まったくもって気分がいいな、正義とは!」

 

 当のイアソンはもはやアステリオスには興味をなくしたらしく、光己やドレイクたち黄金の鹿号のリーダーと思われる者に向かって語っていた。

 

「しかし見ればそちらにはアタランテがいるじゃないか。ならばこちらには誰がいるか知っているだろう。

 彼女は離反したとはいえ元仲間だ、私にも慈悲の心がないわけではない。

 ……そこにいるエウリュアレを引き渡せ。そうすれば、ヘラクレスをけしかけることだけは、止めておいてやってもいい。

 どうかな、そこのマスターらしき者よ」

 

 イアソンはカルデア側の人数を前にしてなお、ヘラクレスの方が圧倒的に強いと信じているようだ。

 光己としては、「箱」をすでに壊しているからエウリュアレを渡しても実害はないのだが、あんな傲慢な人間の言うことに従うどころか、真っ当な返事をしようとすら思えない。

 

「マシュ、答えてやってくれる?」

 

 マスターからマスターへの問いに直接答えず、わざわざサーヴァントに答えさせるだけでも挑発的な行為だが、委任されたマシュの言葉もまたふるっていた。

 

「はい。マシュ・キリエライト、僭越ながら答えさせていただきます!

 

 

 

 ―――来たりて取れ(モーロン・ラベ)!!!」

 

 

 

 マシュがリスペクトしている某ランサーの有名な台詞である。

 アルゴノーツが相手でも1歩も退かぬという決意と、イアソンの侮辱的な言動への怒りを如実に表した一言だった。

 

「こ、このゴミクズ風情が生意気な! お望み通り、取りに行ってやろうじゃないか!」

「おおっと、待ったあ! その前にこっちを見てもらおうか」

 

 当然イアソンは怒り狂って攻撃開始しようとしたが、なぜか光己が手のひらを突き出して制止する。

 イアソンがとりあえず彼が示した方に目をやると、東洋的な風貌をした女がエウリュアレの後ろから組みついて首筋に刃物を添えているではないか!

 

「あんたが言った通りこちらにはアタランテがいるから、あんたの目的も知ってる。

 俺たちはエウリュアレ神が死んでも困らないけど、そっちは困るんだよな。

 さーて、何をしてもらおうかなあ!?」

 

 光己はそう言って、三流悪役のごとく品のない高笑いをかますのだった。

 

 

 



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第127話 世界最古の海賊船2

 イアソンは敵の卑劣ぶりに怒髪天を衝く思いだったが、うかつには動けない。いくらヘラクレスが強くても、あの人数を相手にエウリュアレを生きたまま奪い取ってくるのはさすがに無理だ。

 

「ゴミクズの分際でこの私をいらつかせるとは……だがヘラクレスだぞ!?

 君たちのような二流三流とは訳が違う。無造作に引き千切られるが、雑魚敵としての宿命だ!

 そんなボロ雑巾のような哀れな死に方をしたいのかな?」

 

 そこでとりあえず恐怖を煽ってみたが、相手はまったく動じなかった。

 

「さっきから聞いてればヘラクレスヘラクレスって、人を頼ってばかりだな。

 サーヴァントじゃない俺でさえ、たまには自分で戦ってるのに、もしかして自分では何もできない神輿の王様なわけ?」

「………………」

 

 光己の会心のカウンターに、イアソンはよほど不快だったのかこめかみの血管が切れて血が噴き出す。

 しかし光己は怖いとは思わなかった。傍らでじっとして特に殺気も出していないヘラクレスの方がよほど迫力がある。

 ヘクトールは少々いらついた様子に見える。股間のケガは治してもらったようで痛そうにはしていないが、宝具の槍を光己が無造作に抱えているのが気にくわないのだろう。

 メディアは状況が分かっているのかいないのか、ほわっとした笑顔のままである。何を考えているのかまったく読めない。

 カストルとポルクスは無言で佇んでいるが、2人ともやけに不機嫌そうな顔をしている。

 

「あれは狂化させられているな。フランスでジャンヌオルタがやったのと同じだ。

 イアソンには無理だが、メディアなら可能だろう」

 

 するとアタランテが解説してくれた。

 恐らくメディアは先日のカルデア勢とランサーオルタ&織田信長との戦いで生じた魔力の激突の余波を感知して、こちらが相当の強敵だと認識したのだろう。それで援軍を召喚したわけだが、フランスでのジャンヌオルタと同様に素では従ってくれないと判断して狂化を施したのに違いない。

 ただそれならもっと大勢呼べばいいという考えもあるが、いくらメディアでも船を動かしながらサーヴァントを維持するのは大変で、2人が精一杯なのだろう。イアソン? 彼は戦力外だ。

 

「なるほど、それは災難だなあ」

「ただ連中はついさっき、聖杯つまり魔力源を入手したはずだから、ここで逃がしたら追加で召喚する可能性がある。ぜひとも今決着をつけたいところだ。

 そう、まさにイアソン自身が言ったようにな」

「ほむ」

 

 まったくその通りだ。事前に立ててあった作戦通り、まずは言葉で揺さぶることにする。

 

「ところで真面目に聞きたいことがあるんだけど」

「む!? …………何だ、言ってみろ」

 

 光己が言葉通り真面目な顔で質問がある旨を述べると、イアソンは会話で時間を稼ぐという意図もあって、鷹揚そうに頷いた。

 光己がほっとして、その問いを口にする。

 

「あんたは『契約の箱(アーク)』に神霊と聖杯を捧げれば王になれると思ってるんだよな。

 でも『箱』の持ち主のダビデ王によれば、『箱』に神霊を捧げるとこの特異点が崩壊して、人類滅亡になるって話なんだけど」

 

 イアソンが王になりたいのなら、支配する民と領土が必要である。つまり人理焼却には反対のはずだから、真実を教えれば戦わずして勝つという結果すらありえると考えたわけだが……。

 

「ハッ、何を世迷言を。ヘラクレスが怖いのは分かるが、嘘をついて舞台から降りさせようなんて浅知恵がこの私に通じるとでも?」

 

 しかしイアソンは聞く耳持ってくれなかった。自分が見たいものしか見えない残念な人物なのか、それとも主導権とヘイトを取るためとはいえ人質戦術を使ったせいで信用度が下がったのか?

 

「いやマスターの言うことは事実だぞイアソン。何しろダビデ本人から聞いたことなのだからな」

「うん、彼は嘘は言っていないよ」

 

 するとアタランテとダビデが援護射撃をしてくれた。元仲間と「箱」の持ち主の言うことなら、イアソンも信じるだろう。

 

「―――なんだと?」

 

 さすがに顔色を変えたイアソンに、ダビデがさらにたたみかける。

 

「だから聞きたいんだ。神霊を捧げれば、無限の力が手に入れられますよ、などと誰に唆されたんだい? ヘクトール、それともメディア? どっちだい?

 いや君もヘクトールもメディアも、生前は『箱』のことを知っていたはずがない。ならば君たち3人以外に、別の黒幕がいるんじゃないかと思うんだけどね」

「……メディア? 今の話は……嘘だよな?

 神霊を『契約の箱』に捧げれば、無敵の力が与えられるのだろう? だって、あの御方はそう言って……」

 

 ダビデの言葉は図星だったようだ。動揺のあまり、カルデア勢の前で「あの御方」なる黒幕がいることまで明かしてしまうイアソン。

 しかし当のメディアは、この期に及んでなお平然としていた。

 

「はい、私もあの御方も嘘は申しておりません。いえダビデさまたちがおっしゃったことも事実ですが、しかし人類が滅ぶということは、敵が存在しなくなるということでもあります。

 ほら―――『無敵』でしょう?」

「な……!?」

 

 それがイアソンの野望が潰え去った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「お、おまえ。おまえたち、俺に、嘘をついたのか?

 それじゃあなんの意味もない!」

 

 イアソンが顔面蒼白になって激昂したのも当然といえるだろう。メディアの言い分はどう考えても屁理屈で、彼ならずともそんな解釈をするはずがない。

 しかしメディアは「敵の言うことを真に受けないで下さい」とか言って丸め込む手もあるのに、なぜ馬鹿正直にそんなことを言ったのか? もしかして生前彼に捨てられた仕返しなのだろうか。

 

「オレは今度こそ理想の国を作るんだ! 誰もがオレを敬い! 誰もが満ち足りて、争いのない、本当の理想郷を!

 これはそのための試練じゃなかったのか!?」

 

 イアソンは尊大で他者を見下し侮蔑する傾向があるが、それでも民の幸せを願う心は持っているようだ。

 しかしメディアは悲しげに首を振って彼の言葉を否定した。

 

「……それは叶わない夢なのです、イアソンさま。だってアナタには為し得ない。

 その願いは尊くても、それを為すにはアナタの心はあまりにねじれすぎている。

 アナタは本当に欲しかったものを手にした途端、自分の手で壊してしまう運命を思い知ってしまうことでしょう」

 

 要はイアソンには王の器はないと言っているようだ。

 確かに今の彼が一国の王に相応しい人格と力量を持っているかと問われれば、光己もあまり肯定する気にはなれない。

 そもそも論として、イアソンはその国をどこにつくるつもりだったのだろう。この特異点は海と小島ばかりだし、住人は海賊の幽霊しかいないのに。

 この特異点を出て新天地を求めようにも、ここは東西南北がつながっているから普通では出られないし、かといって特異点を修正したらサーヴァントは強制退去になる。王の器がどうこう以前の問題でどうしようもないような気がするのだが……。

 それでもというなら聖杯で国民を出すとかになるが、それは1人で人形ごっこするようなもので何の意義も感じないだろうし。

 

「何を言う、この魔女め! 俺は王の子として生まれたのに、ケンタウロスの馬蔵なんぞに押し込まれた屈辱に耐えながら才気を養い、機会を待った!

 裸一貫からアルゴー号を建造し、英雄たちをまとめ上げ、金羊の皮も手に入れた!

 そのオレのどこに! 王の資格がないと言うのだ!」

 

 その辺りがイアソンの自負心の源のようだ。

 最後にペリアスを殺したため王にはなり損ねてしまったが、行動力や統率力といった要素は十二分に示したといえよう。

 実際その後コリントスの王に彼の娘との婚約を持ちかけられたりもしているし、イアソンの自信家ぶりも根拠のないことではない。

 

「オレは自分の国を取り戻したかっただけだ! それの何が悪いと言うのだ、この裏切者が!」

「……残念です。私は召喚されて以来、ずっと本当のことしか言っていませんでした」

 

 イアソンの糾弾にメディアは真顔のままそう答えた。

 本当にそう思っているようだ。

 

「わたしはアナタに裏切られる前の王女メディア。外に連れ出してくれた人を妄信的に信じる魔女。

 だからかの王に選ばれてしまったアナタを、こうしてお守りしてきました。すべて本当です。すべて真実です。

 ……多少の誤解は、あったかもしれませんけど。例えば、今しがた守るといったでしょう? どうやって守るかというと―――」

 

 メディアがふらっとよろめくような足取りで、イアソンの真ん前に迫る。

 その気配にどこか危険なものを感じたイアソンが1歩下がるが、メディアはかまわず彼の胸元にすっと手を伸ばした。

 その手の中にはいつの間にか、イアソンが持っていたはずの聖杯が。

 

「な、何を……!? や、やめ……!」

 

 聖杯がイアソンの胸の中に沈みこんでいく。どういうつもりなのだろうか。

 その答えはすぐに出た。イアソンの体がぼこぼこと弾けるように膨れ上がり、黒っぽい肉の柱と化していく。メディアは夫を怪物にしようとしているのだ!

 

「■■■■■■■■■ーーーーッッ!!」

 

 しかしその時意外な、いやしごく当然の事態が起こった。ヘラクレスが怒りの咆哮とともに斧剣を振り上げ、メディアに斬りつけたのである。

 

「……!!」

 

 しかしそれはカストルとポルクスが2人がかりで受け止めていた。こちらはメディアの支配下にあるようだ。

 狂化がひどいらしく人語をしゃべらないが、コンビネーションは衰えていない模様である。

 その間にもイアソンの体は風船のように膨張し、ついには光己たちがローマで見た魔神柱にそっくりの怪物に成り果てていた。

 

「―――戦う力を与えましょう。抗う力を与えましょう。

 ともに、滅びるために戦いましょう。さあ、序列三十、海魔フォルネウス。その力を以て、アナタの旅を終わらせなさい!」

 

 メディアが笑いながら、詩でも詠むような口調で肉の塊に語りかける。その肉塊にはイアソンの意識などまったく残っていなさそうだが、今までの自分の言動に矛盾は感じていないようだ。

 

「おおぅ、こわいねえ……ナチュラルに狂ってるってのはこういうコトか……。

 ま、今のオジサンにできることは何もないから、おとなしく引っ込んでましょうかね」

 

 ヘクトールがちょっと怖気を振るったのも残当というか、彼は魔神柱が顕現した今に及んでもなおメディア側のようだ。しかし武器がないためか戦闘に参加せず後ろに下がっている。

 

「―――!!」

 

 魔神柱の眼が怪しく光り、ヘラクレスめがけて灼熱の火柱が襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

「な、ななななな……!?」

 

 光己たちはすぐには状況理解が追いつかなかった。

 事実関係だけを見るなら、メディアがイアソンとの痴話ゲンカ(?)の後、聖杯を使って彼を魔神柱に変えた、あるいは彼を依代にして魔神柱を召喚したということになるみたいだが……。

 ディオスクロイはメディアと魔神柱の味方で、ヘラクレスはこの4人と敵対して戦っている。ヘクトールは武器を失ったからか引っ込んでいるので、どちらの味方か断定できない。

 

「しかしまさかこんなことになるとは……」

 

 光己たちの構想では、話の展開によっては「箱」をすでに破壊したことも教えてイアソンに諦めさせるのが最上で、それに失敗したら人質戦術で、例えばヘラクレスとディオスクロイを戦わせるよう要求する等の無茶振りをしかけていくつもりだったのだが、まさかイアソンが魔神柱にされるとは想像もしていなかった。

 とりあえず人質戦術はもう無効なので、光己は段蔵に合図してエウリュアレを解放してもらった。当然ながら本当に人質にしたのではなく、事前に打合せした上での演技だったのだから。

 エウリュアレが涙など流しつつ「イアソン様助けてー!」とか哀願したらどう答えるだろうなあ、なんて悪辣な計画もあったりしたが、全人類の運命がかかっているのだからやむを得ないことだろう。多分。

 

「こりゃ、驚いた。しかもいま何て言った、彼女。序列三十、フォルネウスだって……? それはソロモンの魔神のコトじゃないか!」

「これは―――倒せる、ものなのか?」

 

 魔神柱を初めて見るダビデとアタランテは、その巨躯と醜悪さに圧倒されていたが、光己たちは1度倒しているからショックは少ない。しっかりとフォルネウスを見据えて言い放った。

 

「ああ、俺たちは1度あれと同じ奴を倒してる。

 あの時とはメンツが違うけど、勝てない相手じゃない」

 

 むしろ光己がマスターとして成長している上に、今回は聖杯を持っているから有利なくらいである。

 

「え、アンタたちあんな化物とも戦ったのかい? なかなかすごい冒険してきたんだねえ!

 ならまずタンカを切ってやりな。『化物なんかに用はありません! いいから素敵な王冠をちょうだい』ってな!」

 

 ドレイクもやる気のようだ。ところがそこにヘラクレスの大音声が響き渡った。

 

「■■■■■■■■■ーーーーッッ!!」

「え!? え、ええっと、何が言いたいんだい? 助太刀感謝する、とかかい?」

 

 ただ彼は人語をしゃべってくれないのでドレイクにはその意味が分からなかったが。

 

「いや、手を出すなと言ってるんじゃないかな。細かいニュアンスは分からないが、多分」

 

 しかし幸い、生前一緒に冒険したアタランテにはある程度分かったようだ。

 ヘラクレスにとってもあの醜い肉柱はもはや友人ではなく、人類に仇なす魔物に過ぎないのだろう。だからイアソンを直接手にかけたメディアともども打ち倒すが、肉柱は友の身体「だった」ものだから、せめて自分の手で葬りたいということだと思われる。

 あるいは単に、身内の不始末は身内で片づけたいというだけかもしれないけれど。

 

「なるほど、気持ちは分かるねえ……仕方ないか」

 

 ヘラクレスほどの勇者に手出し無用と言われては致し方ない。ドレイクも光己たちもいったん武器を下ろすのだった。

 

 

 



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第128話 世界最古の海賊船3

 ヘラクレスは1対1であれば、魔神柱フォルネウス・メディア・カストル・ポルクスの誰と戦っても勝てるだろう。しかし4対1ではさすがに劣勢だった。

 

「■■■■■■■■■ーーーーッッ!!」

 

 振り回される斧剣の速さと重さはギリシャ神話中最強の名に恥じない凄まじいものだったが、防御に専念しているカストルとポルクスの連携もまた抜群で攻め切れない。その間に攻撃担当の魔神柱が火柱を飛ばし、メディアが魔術で援護する。

 

「■■■■……ッ!」

 

 ヘラクレスの全身に火傷の痕が増えていく。生半可な攻撃では掠り傷1つ付かない頑健無比な肉体を誇る彼だが、魔神柱の炎はやはり効くようだ。

 ただしヘラクレスには「十二の試練(ゴッド・ハンド)」があり、この宝具の効果で蘇生する時は死因になった攻撃に耐性を得ることができる。だから1回や2回くらい殺されても問題はない―――なんてことをヘラクレスは考えてはいない。最強の戦士はメンタルも最強なのだ。

 それにあの肉柱は巨大な上に得体が知れない。死亡してから蘇生するまでの時間に、例えば体内に取り込んで消化吸収するといった対処しがたい攻撃方法を持っている可能性もある。

 狂化によって理性を奪われていても、戦士の本能でそうした計算はできているのだった。

 

「■■■■■■■ーーーーッ!」

 

 ヘラクレスが斧剣を振り回すさまはまるで小さな嵐のようで、風を切る音が黄金の鹿号(ゴールデンハインド)まで届くほどの勢いである。

 それを2人がかりでとはいえ受け切って、魔神柱とメディアに攻撃させないようにしているディオスクロイもまた星座になっているだけのことはある強さだった。

 

「うーん、ほんとに強いな。仲間割れしてくれて助かった」

 

 光己が素直に称賛と、やや不躾ながら安堵の言葉を口にすると、後ろからルーラーアルトリアがぽんと肩に手を置いてきた。

 今回も大きなおっぱいが背中に当たっているのが実に気持ち良くて、巨大な敵を前にしている緊張感を和らげてくれる。さすがは俺のルーラー!と光己は内心でヘラクレスに向けたもの以上の称賛を送った。

 

「そうですね、単純な格闘能力と生存力は私やXXやオルタより上でしょう。

 総合力では負けませんが!」

 

 ルーラーもヘラクレスの武勇は認めつつ、アルトリアズらしい負けず嫌いぶりは健在であった。

 実際ルーラーにはサーヴァント探知と真名看破と船があるし、ヒロインXXは空を飛んだりビームを撃ったり邪神の権能を剥がしたりできる。アルトリアオルタは聖剣ぶっぱの威力がすごいし、全面的に負けているなんて卑下する必要はないだろう。

 あと光己的にはみんな美女美少女である点が超ポイント高い。特にルーラーとXXの水着おっぱいの素晴らしさの前では、ギリシャ最強がどうこうなんて些事である。

 お尻と鼠径部については留守番中のセイバーがワンピース水着を着た時が最上かと個人的には思っているが、XXのヒモ水着も捨てがたい。1度じっくりと見比べてみたいものである。

 リリィはまだ水着姿を披露してくれてないが、やはり清楚なものがいいだろうか。しかし逆を突いて煽情的にエロスを追究するという手もある。実に悩ましい問題だ。

 ―――それはそれとしてヘラクレスだが。

 

「やっぱり飛び道具がないのが痛いみたいだなあ」

「バーサーカーですからね。アーチャーとして現界していたなら、今頃メディアを射落としていたかもしれません」

 

 しかし無いものは仕方がない。

 ヘラクレスが1歩踏み込み、斧剣を思い切り横に振るう。ポルクスはまともに受ける無理を避けて、剣で受けつつ後ろに跳んで力を逃がした。

 おかげでポルクスにダメージはなかったが、代わりにヘラクレスからメディアにまっすぐ続く道ができた。ヘラクレスは即座に前進するが、カストルが斬りつけてその足を止める。ついで魔神柱が炎を放って壁を作り、その間にメディアはポルクスと合流して安全圏に避難した。

 今の攻防では、ヘラクレスが炎を浴びて火傷を増やしただけである。即席ながらなかなかの連携ぶりだった。

 

「■■■■……」

 

 ヘラクレスが残念そうに唸り声を上げる。やはり4対1では厳しいようだ。

 

「しかしヘラクレスには『十二の試練(ゴッド・ハンド)』がありますから簡単には負けませんが、ディオスクロイは一撃喰らったらおしまいです。一概に彼が不利とはいえません」

 

 光己にこの解説をしたのはオルトリンデである。いつものエインヘリヤル教育だ。

 さりげなくすり寄って胸を擦りつけるのも忘れない。最近は彼に好意を持つ女性が増えたのでアピールは欠かせないのだ。

 

「ほむ……」

 

 光己は少女のおっぱいの感触を堪能しつつ、一応は真面目に考えてみた。

 確かにこのままの展開なら、ヘラクレスが12回死ぬまでには相当な時間がかかりそうだが、それまでに双子が1発ももらわずに済ませるのはかなり大変そうだ。メディアは相変わらず笑顔のままだが、どこか焦っているようにも見えるし。

 

「ですので、メディア側としてはヘラクレスを殺さずに無力化する、例えば麻痺させるとか眠らせるとかいったことができるなら、12回殺すよりは楽だと思いますが、あの様子では無理そうですね」

「一時的に宝具を使えなくさせるスキルというのもあるそうだけど、死亡時発動の宝具だと簡単には封印されなさそうだよねー」

 

 この台詞は反対側からくっついたヒルドである。お年頃の男子をワルキューレが左右から挟み撃つという容赦ない布陣だった。

 なお自称正妻候補の清姫・XX・カーマの3人は彼とくっついていても使える(真名看破やルーンのような)便利なスキルがないので、こういう時は真面目に警戒態勢を維持していたりする。

 

(おお、何という天国……)

 

 光己は最後のマスターの役得を全身で味わいつつ、ふと目に留まったヘクトールに声をかけた。

 

「おーい、ヘクトール」

「……何だ、坊主」

 

 この決戦の場にそぐわない緊張感のない口調にヘクトールはちょっと面憎そうな様子を見せたが、無視するのも大人げないので返事だけは返した。

 彼が自分の愛槍をまだ持っているとか、平凡そうな顔や雰囲気のくせに戦場で美女美少女を侍らせているのが面白くないとか、そういう至って人並みな感情もある。

 彼を憎むと後でデバフを喰らう恐れがあるので抑えてはいるが。

 

「あんたどっちの味方なんだ? この期に及んで日和見なんてヘタレなムーブされると、あんたの子孫に報告する時に気が重いんだけど」

 

 それを聞くとヘクトールは今度こそ露骨に眉をしかめた。

 

「なかなか煽ってくれるねぇ……。

 確かにオジサンにも子供はいたけど、トロイアが陥ちた時に殺されちゃったんだけどね」

 

 煽るにしても最低限守るべきラインというものがあるだろう、とヘクトールは思ったのだが、光己はそういうつもりではない。

 

「いや、その人が言うにはあんたの子、名前は覚えてないけど替え玉使って逃げ延びたって話だったぞ。

 証拠はないけど、本人はそう信じてる」

「…………!?」

 

 ヘクトールの顔色が別の方向に変わった。

 

「……そいつの名前は?」

「ブラダマンテっていう娘で、生前はシャルルマーニュ大王っていう王様の姪で、十二勇士の1人でもあったって言う話だよ。

 俺でも心配になるくらいまっすぐ過ぎる所はあるけど、いい娘だよ」

「へえ、そりゃ立派に育ったもんだ。鼻が高いねえ。

 しかしその勇士が何故ここにいないんだ?」

「特異点に送り込める人数には限りがあって、交代制にしてるんだよ。

 アーサー王でも留守番になってるくらいだからしょうがないんだ」

「アーサー王が留守番……なるほど、それじゃ仕方ないな」

 

 子孫の顔が見られないのは残念だが、伝説の騎士王ですらベンチになることもあると言われてはケチのつけようがなかった。

 しかしこれだけ細かいプロフィールをよどみなく語れるからには、その場任せのでっち上げではなさそうである。

 まさか息子が生きていて、しかもその子孫に勇士と呼ばれるような者が現れていたとは。

 トロイアと一緒に家族も滅びた、守るべきものはない―――それで世界が終わる時くらい弾けようと思って慣れない悪役をしていたが、それは間違いだった。子孫が生きている世界を壊す手伝いなんて、どこの誰がするというのか。

 

「オッケー、了解した。それじゃ槍を返してもらえるか?」

「……へ!?」

 

 すると何故か少年が「何都合のいいこと言ってんだ」みたいな顔をしたので、ヘクトールは逆にあきれた。

 

「おいおい、アンタは俺を味方に引き入れるために子孫が生きてるって言ったんじゃないのか?

 なら素手じゃ十分な働きはできねえだろ」

「……おお!

 いやそこまでは高望みかと思って想定から外してたからつい」

「ああ、そういうことか……」

 

 つまり人類の敵になるならなるで、せめて最後まで突き抜けさせようというのが主眼だったわけか。

 しかし納得はしてくれたようで、少年はなぜか一瞬ツノが生えた少女に目をやってから、槍を投げて寄こしてきた。

 ヘクトールは愛槍が戻ってきたことに、何ともいえない喜びと懐かしさのような感情を覚えつつ、それはそれとして彼があっさり武器を返してしまった軽率さは気にかかった。

 

「おう、ありがとさん。

 しかしオジサンが言うのも何だけど、オジサンが嘘ついててこれでヘラクレスに襲いかかる可能性は考えてなかったのかい?」

「ああ、それはこっちに嘘見破るのが得意な娘がいるから大丈夫だよ」

「へえ、それはまた……」

 

 なるほど、さっき彼がツノ少女の方に顔を向けたのはその確認をしていたのか。サーヴァントのスキルにはいろいろあるが、そんな芸当まであるとは恐れ入った。

 もちろん完全に信用されたわけではないことを不快に思ったりはしない。むしろ彼らの使命を考えれば、その慎重さは喜ばしいことである。

 

「よっしゃ。それじゃどう転んでも最後の戦いだから、いっちょ派手にいきますかねえ。

 坊主、オジサンの戦いぶりをしっかり目に焼き付けといてくれよ」

 

 ヘクトールが軽く槍を振り回しながらそう言うと、メディアが声をかけてきた。

 

「あら、ヘクトールさまはそちらに付かれるのですね」

「ああ、話を聞いてたなら分かるだろ? 今のオジサンはさっきまでの倍は強えから、心してかかってきな」

「そうですか、残念です」

 

 実際、ヘクトールは先ほどまでとは別人のような覇気が抑え切れないほどに噴き上がっているが、メディアはやっぱり微笑んだまま、本当はどう思っているのかまったく感じ取れない。

 まあ彼女の内心がどうであろうとやることは同じだ。ヘクトールは槍を構えて戦闘態勢に入ったが、そこに横合いから制止の声というか咆哮が聞こえた。

 

「■■■■■■ーーーッ!」

「おおっ!? えーと、こいつは俺の獲物だって言いたいのかい?

 しかしオジサンにも見栄ってモンがあってね。ここはアンタがメディアと魔神柱、オジサンが双子とやるってのはどうだ」

「■■■■■■ーーー!」

 

 相変わらずヘラクレスは何を言っているのか分からないが、どうやら承知したように見えた。ディオスクロイはメディアに戦わされているだけなので仇度が低いからだろうか。

 ヘラクレスがいったん後ろに跳んで間合いを取り、そこにヘクトールが入り込む。

 

「相手に取って不足はない……というかあり余るくらいだけど、せいぜい粘らせてもらいますかね!」

 

 ヘラクレスを追おうとした双子の前に立ちはだかって、ヘクトールは薄く笑いながらそう(うそぶ)くのだった。

 

 

 

 

 

 

 こうしてアルゴー号での戦いは2対4になったが、依然としてカルデア一行にはやることがない。

 

「う……ぼく……おやす……み?」

「そうね。あんな災害みたいなのと戦わずに済むなんて、イアソンはさすがに可哀そうだと思うけど、ラッキーだったわ」

 

 アステリオスは「今の汝は英雄だ」と言ってもらえたからか、見ているだけなのがもどかしい様子だが、サーヴァントになっても非戦闘員気質のエウリュアレは素直に喜んでいた。

 

「そうだね。ヘラクレスもヘクトールも、今さらここで聖杯にかける願いなんて無いだろうから、このまま2人が勝ってくれれば大団円だ。

 本当に予想外の展開になったけど、結果的にはカルデアのマスターの作戦が大成功ってところかな」

「全くだな、しかし油断はするなよ」

 

 ダビデとアタランテも歓迎派のようだが、出番がないのを残念がる者もいた。

 

「うーん。これが最後だというのに、水着沖田さんの煌めきをマスターに披露できないとは……。

 今メディアの後ろからジェット三段突きをかませば確実に()れるのですが」

 

 これが新選組脳というものだろうか。確かに沖田案を採用すればメディアを落とせる、ついでに双子も退去させられるのだが、それは英雄2人に申し訳なさすぎて光己は採用しがたかった……。

 

「とにかく今は待機ってことで。ヘラクレスとヘクトールが勝つと決まったわけじゃないし」

「そうですね。いざとなったらお姉ちゃんがまた巨大タコ(クラーケン)巨大電気クラゲ(マンノウォー)を呼び出して海獣大決戦にしますから!」

「しなくていいって!」

 

 過激派は他にもいるので。

 

 

 



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第129話 世界最古の海賊船4

 ヘクトールがディオスクロイを抑えてくれたので、ヘラクレスはようやく友の仇メディアを狙えるようになった。ただ、ヘクトールは確かに強いが2対1では長くはもつまいから、速攻で決着をつけるべきだろう。

 するとメディアは当然ながらというべきか、ヘラクレスと直接やり合うという無謀オブ無謀を避けて空中に逃げた。魔神柱の陰に隠れて、彼の援護に回る。

 

「■■■■……」

 

 ヘラクレスの巨体は、船の甲板という狭い場所でせかせか追いかけっこするのには向いていない。まして相手が空を飛んでいては尚更で、ここは動かない的を先に倒すしかなさそうだ。

 

「■■■■■■■■■ーーーーッッ!!」

 

 並みの戦士では持ち上げることも難しい重厚な斧剣を竹刀のように軽々と振り上げて、人類の滅亡をもくろむ猛悪なる肉の魔物に躍りかかるギリシャの勇者。その威力は素晴らしく、おぞましき黒い肉柱は豆腐のようにざくざくと斬り裂かれていく。

 しかし魔神柱は体内に聖杯を抱えている上に、メディアが後ろから治癒魔術をかけるので、斬っても斬ってもすぐ再生してキリがなかった。むろんその間にも魔神柱は攻撃してくる。

 ただヘラクレスにとって幸運なのは、船の上に魔神柱の味方がいるので、無差別攻撃になる毒煙や毒液を吐き出して来ないことだった。代わりにというか、フォルネウスはレフが浴びたあの白い光を浴びていないのでフルスペックで戦えているが。

 

「―――ん? ってことは、ヘクトールは魔神柱が斃れる前に双子斃しちゃいけないのか?」

 

 その辺りに気づいた光己がちょっと首をかしげた。

 魔神柱が毒液と毒煙を吐かないのは甲板の上に味方が残っているからだろうから、双子がいなくなったら当然吐くと思われる。

 甲板の上に毒煙と毒液が充満してしまったら、いかに優れた武人でも避けようがない。ヘラクレスは「十二の試練(ゴッド・ハンド)」があるからともかく、ヘクトールは成すすべもなく死んでしまうだろう。

 空を飛ぶ、あるいは防壁を作るといったスキルがあれば別だが、多分持っていないだろうし。

 

「いえ、その心配は要らないかと存じまする」

 

 すると段蔵が異論を唱えてきた。むろんヘクトールが勝てないと言うのではない。

 

「ディオスクロイを討つだけでも武勲としては十分ですから、魔神柱が毒煙を吐き始めたらこちらに避難してもらえば宜しいかと」

 

 もともとヘラクレスは1人で4人とも討つつもりでいたのだから、戦場に居残れない状況になったなら避難しても不義理にはならないだろう。まして手柄を挙げた上でのことだし。

 黄金の鹿号(ゴールデンハインド)はアルゴー号と接舷してはいないが、武闘系のサーヴァントなら余裕で飛び移れる程度の距離だ。万が一ヘクトールが重傷を負って自力で退避できなくなったとしても、段蔵は両腕の肘から先を射出できるのでアルゴー号の甲板に乗り込まなくても救出できる。

 

「おお、なるほど! やはり忍者はその手の策には長けてるな」

「い、いえ、それほどでも」

 

 光己が率直に褒め称えると、段蔵は照れくさそうに顔を赤らめた。

 いや無理にヘクトールを助ける必要はないといえばないのだが、味方になってくれたのに簡単に見捨てるのはやはり人道に反するだろう。この先の特異点でまたヘクトールが出て来ないという保証はないし。

 そんなわけで光己はディオスクロイを倒した後のことはまだ話さず、2人を倒すためのヒントだけを教えた。

 

「ヘクトール! その双子は2人で1個のサーヴァントだ。だからどっちか片方を斃せばもう片方も消える」

「……なるほど、そりゃどうも」

 

 ヘクトールはそれを聞くと薄く笑った。

 どうやら黒髭の部下だったアン・ボニー&メアリー・リードと同じ性質のようだ。それなら勝ち目は多少増える。多少程度だが。

 

「…………!!」

「―――っとぉ! オジサン1人に、若者が2人がかりで容赦なく攻めてくれるねえ」

 

 今現在、すでに防戦一方の有様なので。さすがは星座に上げられた戦士だけあって強い。

 まるでペアダンサーのように流麗な、甲板の上を舞い踊るがごとき闘技。しかしその一撃一撃が必殺の速さと重さを備えている。しかも時々魔神柱が炎を飛ばしてくるというオマケ付きだ。

 ヘクトールは得物の長さ=間合いの広さという唯一の利点を生かして、2人を懐に入らせない的確な槍捌きで見た目やや不利程度に戦っているが、正直かなりキツかった。忙しくて宝具を開帳するための魔力を溜める暇もない。

 

「こんなに気力体力が削られる戦いは久しぶりだねえ……。

 こういう時は相打ち覚悟で一矢報いるってのが王道なんだろうけど、今回はやりたくないんだよな」

 

 カルデアの現地組は本部のサポート要員と会話くらいはしているはずだ。さっきは戦闘中だから控えたが、戦いが終わってから特異点修正が始まるまでには多少の猶予があるから、その間に子孫と一言二言話すくらいはできるだろう。

 

「とはいえ……どうしたものかねぇッ!!」

 

 チラリと横目で相方の様子を見るに、ヘラクレスも攻めあぐねているようだ。相手が相手だから仕方ないことだが、彼が先にメディアを斃してくれるという期待はしない方が良さそうだ。

 いやそれだとこちらの武勲がだいぶ目減りしてしまうのだけれど。

 

「やっぱり自分で、それもなるべく急ぎでどうにかしなきゃならんみたいだな!」

 

 ヘクトールがキッと気合を入れ直すと、その戦意を感じたのか双子も表情を改めた。

 片腕を組んで、コマのように回転して遠心力をつけながら斬り込んでくる。

 

「力技で決めに来たか? だが甘いな」

 

 ヘクトールはポルクスの横薙ぎの剣撃を受け止め切れず横に跳ばされたが、その先には船のフェンスがあった。ちょうどそちらに跳ぶように、受ける位置を調整したのだ。

 フェンスを蹴って元の位置に跳び戻る。

 

「……!?」

「狂化がなけりゃ、もっと細かい配慮ができたんだろうがな。喰らいな!」

 

 ヘクトールがまさに乾坤一擲の勢いで愛槍を繰り出す。

 しかしディオスクロイもさる者、普通ならポルクスが背中を刺されていただろうそれを、一瞬早く床を蹴って加速することで回避する。ついでカストルが槍を払った。

 さらに半回転して、ポルクスが剣で斬りつけにいく。しかしヘクトールはこの展開も読んでいた。

 槍を払われた勢いに逆らわず、むしろ自分の力も加えて高速回転しながら槍の石突きを後ろに繰り出したのだ。

 

「……ッ!」

 

 先手を取られて腰を打たれたポルクスがよろめくが、すかさずカストルが助け起こす。相変わらずの連携ぶりとはいえ隙は確かにあったが、ヘクトールはそこを襲わず逆に後ろに跳んだ。

 

「……?」

 

 双子は彼の意図を読めず一瞬訝しげな顔をしたが、すぐに気づくと左右に分かれて挟み撃ちを仕掛けた。だがヘクトールの方が一瞬早い。

 

「もらったぜ。『不毀の極槍(ドゥリンダナ)』!!」

 

 本来なら遠くに投げて爆発を起こして対軍攻撃するそれを、対人用に威力をセーブする代わりに、というか逆用してチャージタイムを短縮して放ったのだ。

 突き出した槍はポルクスの剣に払われたが、その瞬間に爆発が起こる!

 

「!!!!!」

 

 穂先が刺さりはしなかったが、この至近距離では頭部はカケラも残らないだろう。

 なおポルクスを狙ったのにはちゃんと理由がある。カストルの武器は円盤の側面に刃物がついたような形状、つまり盾としても使えるので、払うのではなく受けられたら殺し切れない恐れがあると踏んだのだ。その点ポルクスの剣では―――素人相手ならともかく、ヘクトールの槍に対しては―――そんな器用な真似はできないだろう。

 ところで宝具を開帳すると、程度の差はあれ力が抜けて隙ができるものだが、今回はその辺も考えてある。爆圧はほとんどを前方に向けたが、少しだけ横と後ろにも向けるようにしたのだ。

 これでヘクトール自身とカストルが別方向に吹き飛ばされることになるので、すぐ彼に襲われることにはなるまい。その代わりに背中からフェンスに叩きつけられたが、まあささいなことだ。

 

「いや、ささいじゃなかったねえ……これは」

 

 ふと右太腿に鋭い痛みを感じて目をやると、ポルクスの剣が深く刺さって腿の裏まで貫通していた。まさかあの刹那に剣を投げていたとは。

 

「こちらが一矢報いられる側になるなんてね……いや本当にこれは相打ちか!?」

 

 ポルクスは上半身が消失しているからカストルもすぐ退去になるはずだが、それは今この瞬間というわけではない。カストルは狂化していても妹を殺されたことは十二分に理解しているようで、全身から憤怒と殺意が濃厚な蒸気のように噴き上がっている。

 一方ヘクトールは槍は手に持っているが、ポルクスの剣は刀身に「*」状の出っ張りがあるので傷口が広い。これでは満足に動けず、怒れる狂戦士が退去になるまで持ちこたえるのは難しそうだ。

 

「やることはやったからブラダマンテ、だっけ? 肩身が狭くなることはないだろうけど、ちょっと残念だねえ……」

 

 まあそれでもあがけるだけはあがいておこう。ヘクトールは立ち上がって槍を構え直した。

 

「■■■■■■■■■ーーーーッッ!!」

 

 今まで比較的冷静だったカストルが、ヘラクレスもかくやという猛獣めいた咆哮をあげて襲いかかってくる。ヘクトールはすくみ上がったりはしなかったが、死を予期させる程度の危険さと凶悪さは感じられた。

 ところがその直前、上空からカストルに光の弾丸らしきものが乱射されたのでヘクトールは一命をとりとめた。

 

「な、何だ!?」

「想定より少し早いですが、救出に来ました。これを掴んで下さい!」

 

 その声と同時に、なんと人間の腕の肘から先が飛んできた。これには海千山千のヘクトールも仰天したが、とにかく言われた通りその手を掴む。

 すると肘に付いていたワイヤーが引き戻され、ヘクトールの体は上空に釣り上げられていった。激怒したカストルが追いすがろうとするが、今度は大きめのビームで足止めされる。

 その間にヘクトールは船から完全に離脱していた。

 

「ヘラクレス殿は手出しするなと言っていたようですが、ヘクトール殿は明確にそう言ったわけではありませんので、僭越ながらお助けしに参ったのでありまする」

「確かに手出し無用とはっきり言ってはいなかったな……いや、助かったよ。

 カルデアのマスターはなかなか気が回る人みたいだねえ」

 

 逆にいざとなったら助けてくれとも言っていないが、やはり子孫がいるから配慮してくれたのだろう。ヘクトールが黄金の鹿号の甲板に降りると、マスターの少年が出迎えてくれた。

 

「おお、無事で良かっ……いや無事じゃないな。誰かこの剣抜いてあげて! それと治療も」

 

 素人が下手に抜くと無駄に傷を広げる恐れがある。光己が自分で抜かず、心得がある人に依頼したのは正しい判断といえるだろう。

 

「では私が」

 

 するとオルトリンデが手を挙げて、ヘクトールの腿からポルクスの剣を引き抜く。ヘクトールにとっては先ほど戦った少女だが、遺恨の類はないらしく手際は良かった。

 ただ抜いた剣を少年に渡して、しかも少年が角と翼と尻尾を出したのはどういう趣旨なのだろう。

 

「マスターはサーヴァントの持ち物を奪うと、元の持ち主が退去してもそれを残しておくことができるのです」

「へえっ!?」

 

 表情で察したのか少女が説明してくれたが、それはまたニッチなスキルを持っているものだ。大勢のサーヴァントと遭遇することが運命づけられたマスターに打ってつけの芸当ではないか。

 

「なるほど、それでオジサンの槍を持ってたわけか」

「はい、貴方が味方になったので返しましたが。

 それと治療をしますので動かないで下さい」

「アンタ治療もできるのか。若いのに多芸だねえ」

 

 しかも空中に浮かび上がったこの文字の形、もしかしてルーン魔術ではないか? それに得物が槍だったり空を飛べたりすることから考えて、この少女はワルキューレだろうか。なら強いのも納得だ。

 

「しかしずいぶん手回しが良かったが、やっぱりオジサン1人じゃディオスクロイには勝てないと思われてたのかい?」

「いえ、私たちが心配していたのは貴方が勝った後のことです。すぐに分かるでしょう」

 

 そう言われてヘクトールがアルゴー号に視線を戻すと、双子は力尽きたのか光の粒子と化して消え始めていた。するとまったく想像だにしていなかったことに、肉柱が露骨に禍々しげな感じの黒い煙と濁った水を吐き出し始めたではないか!

 

「あれは呪詛が煙や水の形を取ったようなもので、ヘラクレスならともかく貴方では対処のしようがないかと思いまして」

「た、確かにあれは槍術がいくら上手くてもどうしようもないねェ……」

 

 アルゴー号の甲板が毒煙と毒液に浸されていくのを見て、さすがのヘクトールもちょっと冷や汗をかいたのだった。

 

 

 



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第130話 世界最古の海賊船5

 ヘラクレスはヘクトールが双子を倒したことと、その後彼を黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の連中が退避させたことには気づいていたが、特に干渉はしなかった。必要のないことである。

 それより相方が役目を果たした以上、自分も果たさねばならない。ただそれだけである。

 

「■■■■■■■■■ーーーーッッ!!」

 

 ヘラクレスは改めて報復と勝利を誓うと、雄叫びを上げながら魔神柱に斬りつけ―――ようとしたその時、いきなり彼が危険な雰囲気をたたえた黒い煙と濁った水を吐き出してきたので反射的に跳び下がっていた。

 

「■■■■……!?」

 

 煙と水はかなり多く、さして広くもない甲板の上では避け切れない。足が水に浸かってしまったが、その足がまるで強い毒か酸にでも触れたかのようにただれて灼けるような痛みが走る。

 

「■■■■……」

 

 やはり魔神柱は炎を吐く以外の能力を持っていた。ディオスクロイが退去して同士討ちの危険がなくなったので、無差別攻撃の技も使い始めたということか。

 守りに入ったら毒煙と毒水が増えて不利になるだけである。ヘラクレスは一声大きく咆哮すると、覚悟を決めて毒水の中に足を踏み入れた。

 

「■■■■■■ーーーーッ!」

 

 魔神柱に近づくと煙の方も浴びてしまうが、ヘラクレスはその傷と痛みを無視して斬りつけた。

 その一撃は先ほどまでと同じ程度のダメージは与えられたものの、やはり聖杯からの魔力とメディアの治癒魔術ですぐに回復してしまう。

 

「■■■■……」

 

 これはどうしたものか。ヘラクレスは攻撃を続けつつも、新しい戦術を考える必要性を感じ始めていた。

 

 

 

 

 

 

 一方カルデア側はその戦いに手出しせず観戦に徹していたが、光己はふとここでやっておくべきことに気がついた。

 

「そうだマシュ、今のうちに通信機でヘクトールとブラダマンテにお話してもらえばいいんじゃないかな」

「あっ、それはそうですね! ではヘクトールさん、こちらへどうぞ」

 

 マシュも大きく頷いて賛成の意を示し、さっそくカルデア本部に連絡を取ってブラダマンテを呼んでもらう。最後の戦いということでローマの時同様留守番組も管制室に詰めていたので、少女騎士はすぐにスクリーンに現れた。

 

「ヘクトール様、本当にヘクトール様なんですね! ああ、人類の味方に戻って下さって良かったです……!!」

 

 ブラダマンテはいろいろと感きわまった様子で、顔をくしゃくしゃにして涙を流して、口をぱくぱくさせているがうまく言葉にできない模様である。この様子を見ればもはや彼女とカルデアのマスターが嘘をついているという疑念なんて残るはずもなく、ヘクトールはとりあえず子孫につらい思いをさせたことを謝ることにした。

 

「ああ、悪かったな。まさかオジサンの子孫が生き残ってるなんて思ってなくてね。

 それで慣れない悪役なんてしちまったが、一応手柄は立てたからアンタも肩身が狭くなったりしなくてすむかな?」

 

 するとブラダマンテはぱーっと表情を明るくし、満面の笑顔を見せた。

 

「はいっ! まさかお1人でディオスクロイの2人を倒すなんて、さすがは九偉人に名を挙げられただけのことはあります! 私むちゃくちゃ感動しました!!」

 

 そしてぐっと両手でガッツポーズを決めると、何を思いついたのか光己の方に顔を向ける。

 

「そうだマスター! ヘクトール様のサイン! サインと写真、もらっておいて下さい!

 戦闘中みたいですけど、今は見てるだけですから大丈夫ですよね」

「おっ、おう」

 

 ブラダマンテはアーサー王と円卓の騎士のファンというミーハーな面があって、カルデア所属のアルトリアズ5人にサインと写真をもらって宝物にしているが、有名なご先祖様に対しても似たような心理が働くようだ。光己には首を縦に振る以外の選択肢はなく、彼女の求めるままにヘクトールのサインと写真を―――ついでに自分の分も入手した。

 ヘクトールはちょっとあきれているようだったが、ここまで慕われれば悪い気はしないらしく、写真を撮り終わるとまたブラダマンテと話を始めた。

 邪魔をするのは無粋である。光己はそっとその場を離れると、注意と視線をアルゴー号の方に戻した。

 

 

 

「■■■■■■■■ーーーーッ!!」

 

 ヘラクレスは相変わらず意味不明の咆哮を上げながら戦っていたが、やはり攻め切れずにいるようだ。今はまだ斧の威力は落ちていないが、火炎と毒煙と毒水で傷は増える一方だから、このままではいずれ倒されてしまうだろう。

 

「といっても殺されたら復活した上で耐性がつくそうだから、このままでも問題ないっていえば問題ないんだけど……」

 

 ヘラクレスほどの武人なら多少長期戦になっても疲れて斧を振れなくなるなんてことはあるまいし、手出ししなくても勝ち目は十分ありそうだ。

 しかしこの観測は甘かった。メディアはヘラクレスが攻撃できなさそうな高い所まで飛び上がると、何やら呪文を唱え始めたのだ。

 その内容は光己たちまで届かなかったが、空中に光る魔法陣が現れたのは見えた。そこから一見して強大な魔力を持っていると分かる人影が飛び出す!

 

「まさか、サーヴァント!?」

「そっか、フォルネウスの中の聖杯の魔力を使って召喚したんだ」

 

 驚いて思わず叫んだ光己に、傍らのヒルドがそう説明してくれた。

 どうやらメディアは聖杯の所有権まではフォルネウスに渡さず、自分所属のままにしておいたようだ。それなら魔力を引き出して召喚に使うことも可能だろう。

 現れた人影は武闘系の若い女性のようだった。白と黒を基調にした軽鎧を着て、長槍と円盾を持っている。

 妙に露出が多い格好で、特にバストの谷間からお腹にかけて思い切り良く見せてくれているのが光己的に大変好印象だったが、性格はかなり猛々しそうな感じがするのは元々のものなのか、それとも狂化をかけられているせいか。

 

「―――あれは真名カイニス、ランサーです! 宝具は『飛翔せよ、わが金色の大翼(ラピタイ・カイネウス)』、黄金の翼を持つ鳥に変身して突撃するものですね」

 

 ついでルーラーアルトリアが真名看破の結果を告げる。

 カイニスといえばアルゴノーツの一員で、海神ポセイドンに女性から男性に変えてもらったとか、その際に神性や不死性も授かったとか言われている。

 当然ながら屈強の戦士であり、不死性があるなら魔神柱の無差別攻撃にもいくらかは耐えられるだろう。順当な人選といえた。

 カイニスが甲板に降り立ち、狂化のせいか荒々しい雄叫びを上げながらヘラクレスに襲いかかる。

 

「■■■■■■■■ーーーーッ!!」

 

 その苛烈な槍の一撃をヘラクレスは斧で受けたが、見るからに迷惑そうな様子だった。何しろ彼女に恨みはないし、倒してもまた新手が来るだけで何の意味もないのだから。

 

「ヘラクレス! こうなったら先に聖杯奪うしかないんじゃないか!?」

 

 黄金の鹿号からそんな声が飛んできたが、実際それしかなさそうだ。

 メディアは聖杯をイアソンの心臓のあたりに埋め込んでいたから、多分魔神柱の下から見て七分目くらいの所にあるだろうが、もしそうでなかったら面倒である。ちと口惜しいが確実を期すためにここはカルデア、いやアタランテに確認してもらう方がいい。

 

「■■■■■■ーーーー!」

「……?」

 

 その問いかけは光己たちには通じなかったが、ヘラクレスの期待通りアタランテだけは理解できた。

 

「多分聖杯の位置を訊ねているんだと思う。それも単なる推測ではなく、たとえば魔力の量みたいな根拠がある話で」

「ほむ」

 

 そういうことならカルデア本部に探知してもらうのが1番早いが、光己がマシュの方を見てみるとヘクトールとブラダマンテがまだ話をしていた。他に方法がなければちょっと中断してもらうところだが、今回は別の手段を採ることにする。

 あって良かったドラゴンパワー!

 

「それじゃ俺が。いくぞ肉柱! とぅあーーーっ!!」

 

 目を閉じて精神集中し、魔力感知のスキルでフォルネウスの体内をサーチする。

 魔神柱の魔力濃度もかなり高いが、聖杯は次元が違う。思ったより簡単に所在を割り出すことができた。

 

「……ほむ。上から見て3分目か2.5分目くらいのところだな。その真ん中辺」

「なるほど、人間でいうと心臓の辺りか」

 

 魔神柱の生態は不明だが、まあ妥当なところだろう。アタランテがこの旨をヘラクレスに報告すると、ヘラクレスはまた「■■■■■■ーーーー!」と例によって部外者には理解できない咆哮で答えた。

 ただし今のやり取りはカルデア側とヘラクレスの新しい作戦をメディアに教えることでもある。魔術師少女は慌ててカイニスに吶喊させた。

 

「■■■■■■■■ーーーーッ!!」

「■■■■■■■■ーーーーッ!!」

 

 獣じみた雄叫びがダブルになると大変にやかましかったがそれはともかく。純粋な武力ではカイニスはヘラクレスには及ばない。ただヘラクレスはカイニスを殺したくはないようで、斧で斬るのを避けて前蹴りで船の外まで放り出す。

 

「■■■■……!」

 

 彼女が悔しそうな顔をしつつも海に落ちる水音を聞き終えると、ヘラクレスは斧を床に置いていったん呼吸を整えた。何しろこれから、あの猛毒の塊のような醜い魔物の体内にもぐり込むのだ。

 

「■■■■■■■■■■■■ーーーーッッ!!」

 

 そしてひときわ大きな咆哮とともに、渾身の力で床を蹴ってフォルネウスに体当たりを敢行するヘラクレス。フォルネウスは彼の意図に気づいて火炎と毒煙を噴きつけたが、ギリシャ神話最強格の戦士の突撃を阻止することはできず、ぞぶりという濡れた音と共に体内への侵入を許してしまう。

 1度体内に入られると、フォルネウスにもメディアにも手出しする方法がない。ヘラクレスが泳ぐようにして聖杯に迫るのを、身体内部を抉られる激痛という形で感知しつつも、それを止めることはできなかった。

 

「……うーん。まさか本当に、まったくためらわずに魔神柱の体内に飛び込むなんて」

 

 何というか、ヘラクレスに限らず武力で歴史に名前を残した者はメンタルも常人と違う。パンピーの光己はそんな畏怖を抱かざるを得なかったが、彼の今回の勇敢、あるいは無謀な行動の結果はどうなるのか? 光己たちが固唾を飲みながら見守っていると、やがてフォルネウスの身体からヘラクレスの上半身がにゅっと突き出てきた。

 ボロボロに傷ついてはいるが、その右手には聖杯がしっかりと握られている。

 

「おお、やったか!」

 

 光己が感嘆の声を上げる―――がその直後、ヘラクレスの真上にカイニスが現れた。

 いつの間にか甲板の上に戻っていて、ヘラクレスが戻った瞬間、つまり上からの攻撃には対処できないタイミングを狙ってジャンプしたのである。

 

「■■■■■■ーーーー!」

 

 ヘラクレスは当然それに気づいたが、下半身が動かない状態で「真後ろ」から攻撃されてはどうしようもない。と誰もが思ったが、やはり歴戦の勇者は格が違った! 腕と脚を振って反動をつけると、体をぐるっと横回転させてカイニスと正面から向き合う形になったのだ。

 

「!!」

 

 とはいえ彼は素手で、しかも右手は聖杯を持っているから戦闘には使えない。むろんカイニスもそれは承知で、彼の左手を重点的に警戒しつつ右手の槍を繰り出す。

 

「■■■■■■ーーーーッ!」

 

 カイニスの槍が正確にヘラクレスの心臓に突き刺さる。しかしヘラクレスは止まらず、左拳でカイニスを殴りつけた。

 カイニスは盾でそれを受けたが、体重と腕力の差でそのまま吹き飛ばされてしまう。槍はちゃんと持ったまま、またも海に落下した。

 一方ヘラクレスは殴った反動で下半身もフォルネウスから抜けたので、そのまま甲板に飛び下りる。すぐさま聖杯を黄金の鹿号の方にぶん投げた。

 

「■■■■ーーーー!」

 

 ただメディアの干渉を避けるためかなりの速球で投げたが、柔らかく受け取るのに失敗して最悪壊れてしまっても構わない。メディアに取り返されさえしなければよかった。

 もっともカルデア側は多士済々である。この状況を想定して準備をしていたオルトリンデがすかさずルーンで風のクッションを作り出し、聖杯を減速させてソフトにキャッチした。

 

「……聖杯、確かに受け取りました」

 

 あとはこれを光己に引き渡せば所有権が移転し、メディアとフォルネウスは魔力を引き出すことができなくなる。ミッションコンプリートだ。

 光己は聖杯を手に取ると、まずは約束通りドレイクに(元)彼女の聖杯を返したが、その後立役者への感謝と敬意を示すため、拳を突き出して親指を立てるジェスチャーなどしてみると、ヘラクレスもまたニヤリと薄く笑ってサムズアップを返してきた。

 ―――というのも、ヘラクレスにとってカルデア一党は特に憎らしい相手ではないのだ。

 友の呼び声に応えてこの特異点に来たはいいものの、どうやら彼の望みをかなえると「時代が消滅」するらしいと分かった。そんなことに加担したくはないし友にやらせたくもなかったが、自分は喋れないから口頭では止められないし、腕力で止めるわけにもいかない。どうすればいいか困っていたところへカルデア一党とドレイク一味がやってきて、「契約の箱(アーク)」の真実を語ってくれたのだ。

 あの時メディアが聖杯をイアソンの身体に埋め込むのを阻止できていれば、イアソンを死なせずに特異点修正することもできたかも知れない。そう考えるとこの事態は自分のせいだともいえるわけで、聖杯をカルデアに渡したのはその詫びの意味もあった。

 光己にはヘラクレスのそんな内心は読み取れなかったが、彼の男気あふれる振る舞いにはいたく感心した。

 

「おお……何というか、漢だな。これが巷でいう『やはりヘラクレス……ヘラクレスは全てを解決する』というやつか」

 

 その感心のあまりそう呟くと、空の上に死んだイアソンと誰かドイツ系っぽい少女がドヤ顔キメてきたのが見えたが、たぶん目の錯覚だろう。

 むしろ今の発言に反発する者が現れたことの方が現実だった。

 

「おやマスター、その台詞はいただけませんね。そこは『ルーラーアルトリア』に訂正するべきでは?」

「えー、『ワルキューレ』の方が妥当じゃないかなあ」

 

 ただ2人は口頭での抗議だけではなく、「漢」の対立項である「女」の象徴、つまりおっぱいを押しつけてきてくれているので思春期男子的に大変気持ち良くて喜ばしい。返事をしばらく保留にして、むにむにたわむ弾力の感触を楽しませてもらったが、その間にもアルゴー号上での戦いは続いていた。

 ヘラクレスは魔神柱の毒とカイニスの槍で1回死亡したが、そのおかげでとどめとなったカイニスの槍への耐性を得ている。ただカイニスは周到にも、最初に海に落とされた意趣返しとしてかヘラクレスの斧を海に投げ捨てていたので、ヘラクレスは今も素手のままだった。

 

「■■■■■■■■ーーーーッ!!」

「■■■■■■■■ーーーーッ!!」

 

 三度両雄が激突する。カイニスは槍で突きかかると思われたが、意外にもいきなり宝具を開帳した。

 

「■■■■■■■■■■■ーーーーーーッ!!!」

 

 カイニスが金色に輝く巨大な鳥に変身し、そのままヘラクレスに体当たりをしかける。ヘラクレスは斧があればカウンターを決められるところだが、素手ではできない。

 

「■■■■■■■ーーーーーッ!」

 

 ならば回避一択かと思いきや、何と自分から前に出て巨鳥とがっぷり組み合うヘラクレス。しかしさすがに止め切れず、ずりずりと後ろに押された上に肉が裂け血が飛び散る。

 それでも甲板の端のフェンスに足をついて踏ん張って、ようやく巨鳥の突進を止めることができた。その次は巨鳥をかかえたまま、ハンマー投げのように回転して勢いをつけフォルネウスに叩きつける!

 轟音とともに、巨鳥が半分くらい肉柱の中に埋まった。

 

「す、すげぇ……」

 

 パンピーの光己にはもうそんな感想しか出てこない。敵対せずに済んで本当に良かった。

 とはいえここまでやったらさすがのヘラクレスも疲れてくると思われたが、最強の戦士は止まらない。大重量の激突で船が揺れるのも気にせず、いや船が揺れる=魔神柱が傾いたのを利用して、その胴体の上を駆け上る!

 ヘラクレスほどの体重がかかるとさすがの肉柱もいくらかヘコむのだが、沈み切る前に足を抜いて前に出せば問題はない。そしてついに、友の仇を視界におさめる。

 

「ななななな……!?」

 

 メディアの方はこの超展開についていけず、目が点になって防御の魔術も使えていない。この隙に、ヘラクレスは途中で抉り出しておいた魔神柱の目玉をメディアめがけて投げつけた。

 

「!!??」

 

 武芸素人のメディアに躱せる速さではない。まともに顔面にくらって―――それでも即死はしなかったが衝撃と気持ち悪さで気絶して、そのまま甲板に墜落していく。

 ヘラクレスはそれを追いかけて、ようやく仇討ちを果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 メディアが退去したらカイニスもそうなるので、残るはフォルネウスだけである。聖杯もメディアの支援もなくなった今、最強の勇士にかなうはずがなかった。

 そして魔神柱が息絶えたら、この特異点も修正されることとなる。まずヘラクレスが足元から金色の粒子に変わり、煙のようにすうーっと消えていく。

 彼は人語を喋れないので別れの言葉はなかったが、また微笑とサムズアップを残して去って行った。

 続いてヘクトールも光になっていく。

 

「おやおや、もうおしまいかい。まあ話したいことは話せたし、満足すべきかねえ。

 それじゃまたな、カルデアのマスターさん」

 

 最後の時も飄々とした態度のままヘクトールが退去すると、その次はダビデとエウリュアレとアステリオスのようだった。

 

「やれやれ、一時はどうなることかと思ったが無事に解決したみたいだね。あまり長い付き合いじゃなかったけど、縁があったらまた会おう」

「そうね、あんな歩く災害と戦わずに済んでラッキーだったわ。また会いましょう」

「うう……さよ……なら」

 

 この3人とはダビデが言った通り付き合いが短いので、別れの言葉にも感傷はあまりなかった。

 その次は沖田2人が光己の前に進み出て来る。

 

「マスター! 最後はちょっと尻切れトンボでしたが、今回もいい戦いができて良かったです。またお会いしましょうね!」

「……マスターのおかげで使命を果たせて、しかも特異点の修正まで同行できた。本当に感謝の言葉もない。

 もしまた会えたら、精一杯お礼をしよう」

 

 沖田は笑顔で手を振りながら、沖田オルタはいかにも名残惜しそうな様子で去っていった。

 ついでオリオンとアルテミス、アタランテがやってくる。

 

「美女美少女アイランドでほんとに目の保養だったが、ついにお別れか……まあ元気でな」

「ダーリン!?

 ……それじゃみんな、元気でね!」

「やれやれ。

 とにかく今回も世話になったな。想像もしなかった結末になったが、マスターたちに会えてよかった。

 いつかまた、どこかで会おう」

 

 オリオンとアルテミスはいつもの夫婦漫才をしながら、アタランテはそんな1人と1柱に小さなため息をつきながら光に還っていった。

 最後にジャンヌオルタがやってくる。

 

「せっかく盟友になれたのに、どうやらこれでお別れみたいね。そこの不審者と縁切れるのは嬉しいけど。マジで嬉しいけど!

 それじゃマスター、またいつか会いましょう」

 

 ジャンヌオルタはジャンヌに見せつけるかのように悪っぽい微笑を浮かべながら去っていったが、その直後に自称姉がもっと邪悪な笑みを見せたのには気づいていなかった……。

 ジャンヌは念のためにということで光己の短刀に引っ込み、光己とマシュはドレイクに向き合った。

 

「なるほど、これでゴタゴタ解決ってわけかい。いやあ、何度もすごいもの見せてもらって本当に眼福だったよ。

 何もお礼できないけど、せめてアンタたちの残りの仕事がうまくいくよう祈ってるさ」

 

 ドレイクはそう言うと豪快に笑ったが、不意に何かを思い出したような顔をした。

 

「っと、そうそう。マシュには宿題出してたね。

 答えは出たかい?」

「―――」

 

 ドレイクに真正面から見つめられて、マシュもまっすぐ視線を返した。

 

「はい! 私もドレイクさんに倣って、世界をいろいろ見て回りたいと思います。

 できれば先輩にも、他の女性抜きで来てもらって!」

「ちょ、マシュ!?」

 

 マシュの迷いのなさそうな返事に光己は目を剥いたが、ドレイクは気にせずまた愉快そうに笑った。

 

「あはははは、いい返事だ。しかしモテる男はツラいねえ!

 まあ何だ、刺されない程度に頑張りな!!」

「むう、ここはおとなしく忠告を聞く返事をすべきか、それとも男として前のめりな返事がいいのか……ってもう消えかけてる!?

 そ、それじゃドレイクさん。お互い元気で!」

「ああ、またね!」

 

 そして光己たちはドレイクが手を振るのを見つめながら、カルデア本部へと帰還するのだった。

 

 

 

 ―――封鎖終局四海オケアノス 定礎復元。

 

 

 

 




 1年以上ご無沙汰でしたが、はたして何人が読んで下さることやら……。
 次回はなるべく早く出したいものです。


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第131話 第三特異点エピローグ

 カルデアに戻った光己がコフィンを開けて外に出ると、今回も女の子に抱きつかれた。

 

「マスター、マスター! ありがとうございます! マスターのおかげでヘクトール様が正義に立ち戻って下さいました。

 ああ、本当にどうお礼していいものやら……!」

 

 ブラダマンテはヘクトールを味方にしたことをよほど感謝しているようだ。まあ先ほどの様子を見れば理解できる。

 光己も彼女をそっと抱き返したが、ずっとそうしていると周りの職員たちの視線が痛い。なので少し落ち着いたところで、名残惜しかったがいったん離れてもらう。

 次はトップに帰還と任務成功の報告をせねばならない。

 

「所長、ただいま戻りました。特異点修正と聖杯の奪取も成功です」

「ええ、見ていたわ。本当にお疲れさま、貴方がいてくれて良かった。

 今日はゆっくり休んでちょうだい。もちろんサーヴァントの皆さんも」

 

 オルガマリーは光己から聖杯を受け取ると、本心からそう言ってねぎらった。

 初対面の時は彼とこんなやり取りをするようになるなんて想像もしなかったが、今はこの関係がとても心地いい。

 

「はい、それじゃまた後で」

 

 光己はそう言うと職員たちの残務の邪魔にならないよう管制室から出ることにしたが、その前にもう1つやることがあった。

 ポルクスの剣を預けていた段蔵にそれを返してもらうと、ダ・ヴィンチの前に赴く。

 

「ダ・ヴィンチちゃん。時間が空いた時でいいんですが、これの鞘作ってくれませんか?」

「ああ、あの双子神の剣だね。特異点に持っていくつもりかい?」

「ええ、ジャンヌオルタに作ってもらった短刀は宝物ですから戦闘には使えませんけど、こっちは拾い物ですから折れたり欠けたりしても惜しくありませんから」

「―――」

 

 エルメロイⅡ世は光己の言葉を聞いて(サーヴァントの遺留品とはいえポルクスの剣なら、聖杯戦争用の触媒としてオークションに出せば相当な金額になるのだが……)と思ったが、彼はそちらの世界の住人ではない。口出しは控えることにした。

 

「そっか。サーヴァント戦の場に持っていけるようなちゃんとした物を作るならちょっと時間が欲しいけど、カルデアの中で保管したり持ち歩いたりするだけの簡単な物なら夕方までに作れるよ。どうする?」

「じゃあとりあえず簡単な方を」

「了解、それじゃ剣借りるよ。へえー、これがかの『星の光剣』かあ」

 

 ダ・ヴィンチは光己から剣を受け取ると、いかにも物珍しげに眺め回した。

 伝承によればこの剣の「本物」は物質としては無敵のものアダマス、いわゆる神鋼を用いてつくられたという。分析して再現できればいろいろ面白いものが作れそうなので、機会があれば長期借用したいものである。

 

「はい、お願いします」

 

 これでここでの用事は終わったので、光己はサーヴァントたちと一緒に管制室から退出した。

 

「―――さて、みんな今回もお疲れさま。おかげで任務成功できたよ。

 それじゃ俺は夕方まで個室で休憩するから、これで解散ってことでいい?」

「はい、それではまた後で」

 

 サーヴァントたちは承知してそれぞれ個室に向かったが、ブラダマンテだけは彼の腕に抱きついて離れようとしなかった。

 何かこう、感謝と好意が爆発していて何かお礼をしないと気が済まないようだ。子犬のようなまなざしで、じーっと光己の顔を見つめている。

 光己としてはヘクトールが味方になったのはタナボタみたいなものだったので、そこまで感謝されるとかえって気が咎めるのだが、それを言ってもブラダマンテは納得しなさそうである。

 

「んー、それじゃお酌とかマッサージとかして接待してくれる?」

「はい、喜んで!!」

 

 というわけで光己とブラダマンテが並んで部屋に行こうとすると、清姫を初めとした何人かのサーヴァントがちょっと羨ましそうな顔をしたが、今回は動機がはっきりしているので留め立てはできないようだった……。

 

 

 

 

 

 

 自室に着いて軽くシャワーを浴びたら、レオタード姿の美少女騎士に2人っきりで接待してもらうというご褒美タイムだ。前回同様留守番組ともお話しないといけないが、今回はわずか8日で終わったから後回しでも問題あるまい。

 

「よーし、それじゃまずお茶でもついでもらおうかな」

「はいっ!」

 

 ブラダマンテが嬉しそうににこにこしながら、光己の隣に座ってかいがいしくコップにお茶をついだり、備え付けのお菓子をあーんしてで食べさせてくれる。特異点での肉体的・精神的疲労があっという間に溶けていく素晴らしさだ。

 なおアルコールは未成年なので禁止である。2人きりで酔っ払って間違ってしまったら大変だし。

 寝取りは悪い文明なのだ。恋人がいる女の子に自分から迫るようなことをしてはいけない!

 

「美味しいですか? マスター」

「うんうん。いつもと同じお茶でも、ブラダマンテのお酌だと倍くらい美味しく感じるなあ。これはまたお願いしないと」

「えへへー、ホントですか? マスターのご希望でしたらいつでも!」

「おおー、それは嬉しいな」

 

 などといちゃいちゃしながらアフタヌーンティーをキメた後は、先ほどの約束通りマッサージだ。肩や腕を軽く揉んでもらったり、うつ伏せになって背中の筋肉をほぐしてもらったりと色々である。

 その際にブラダマンテの豊かな胸の谷間がバッチリ見えたりとか、とても良い臀部が尻や太腿に当たったりとか、思春期男子としては大変気持ちいいのとアレやコレやをガマンしなきゃいけないのとで実にマスター冥利であった。

 ―――そうこうしているうちにダ・ヴィンチから内線電話が来てポルクスの剣の鞘ができたと言われたので、ブラダマンテのお礼はひと段落ということにして剣と鞘を取りに向かう。

 

「そうだマスター、確かジャンヌオルタさんに短刀つくってもらったんですよね? せっかくですから見せてほしいです」

「ん、そうか? じゃあ談話室に行って他のみんなにも見せよう」

 

 その途中そんな話が出たので、2人は剣と鞘を受け取ると、今回留守番だったスルーズ、景虎、アルトリアノーマル、アルトリアリリィも呼び出して談話室に集まった。

 例によってオケアノスでの思い出話をしてから、満を持して短刀と剣を披露する。

 

「――――――というわけでこれがジャンヌオルタにつくってもらった『白夜』で、こっちが双子神の妹が持ってた剣。なかなかの業物だろ」

 

 光己がそう言いながら短刀と剣を見せると、なかなかどころか宝具級の貫禄に4人は目を見張った。

 

「これは……確かに素晴らしい剣ですね。神秘があふれていた時代ならともかく、この時代ではこれほどの物はまず作れないでしょう」

「そうですね。ヴァルハラに鍛冶師として迎えたいほどの技量です」

 

 特にアルトリアとスルーズは、エクスカリバーとかグングニルとか比較対象を知っているだけに感心の度合いが深いようだ。景虎も「マスターの守り刀として申し分ない逸品ですね!」と太鼓判を押している。

 

「ありがと、ジャンヌオルタもきっと喜ぶと思うよ。

 そうだ、そろそろお姉ちゃんも呼ぶかな」

 

 いつまでも短刀の中で寝かせておくのは申し訳ない。光己はジャンヌに出て来てもらうことにした。

 立ち上がって短刀を構え、気合いを入れて召喚の呪文を唱える。

 

「出でよ、我がお姉ちゃん!!」

 

 もう完全にジャンヌが姉だと刷り込まれてしまっているようだ。南無南無……。

 最初に呼んだ時と違って光がきらめいたりすることはなく、ぽんっと光己の前にジャンヌ―――と、もう1人よく似た若い女性が出現する。

 

「この不審者ァァァ!! よくもまた引っ張り込んでくれたわね」

 

 怒りもあらわにジャンヌにつかみかかったのは彼女の妹、もとい贋作のジャンヌオルタであった。これはひどい!

 しかしジャンヌは悪びれる様子もなく、いつも通りのにぱーっとした笑顔で答えた。

 

「だってオルタ、貴女あの特異点でマスターと別れる時にちょっとさみしそうにしてましたし、『またいつか会いましょう』って言ってたじゃないですか。だから私と同じようにこの短刀に紐付けして、修正が終わってもマスターと一緒にいられるようにしたんですよ」

 

 私もオルタと一緒にいたかったですし、とまでは言わない。この天邪鬼な妹はツンデレなので、そういうことを言うとまた暴れ出すので。

 ちなみに今回ジャンヌがジャンヌオルタに使った方法はオルタが彼女の贋作だというつながりがあったからできたことで、しかも短刀の方にもう空き容量がないので、今後はこの方法で現地サーヴァントを招くことはできない。

 

「そ、それは確かに言ったけど! 言いましたけど!!」

 

 邪ンヌが床に手をついて「九」の字になってうなだれる。

 いやまあ確かにそうなのだが、何故人前で「さみしそうにしてた」などと臆面もなく口にする!?

 

「え、ええっと。ジャンヌオルタはこれからも俺の仕事手伝ってくれるんだよな? オケアノスで『この機に私の存在を確立しようと思った』って言ってたし」

 

 光己は邪ンヌにどう言葉をかけていいものか悩んだが、自分がコミュEXではないことは自覚しているので、とりあえず1番重要なことを訊ねてみた。

 すると邪ンヌは彼が初対面の時の言葉まで覚えていてくれたことでちょっと元気が湧いたのか、体を起こして光己に向かい合った。

 

「そうね。盟友が大いなる試練に立ち向かっているというのなら、同じ宿業(サガ)を持つ者として手助けするのはやぶさかではないわ」

「おお、ジャンヌオルタならそう言ってくれると信じてた!」

 

 光己は邪ンヌが立ち直ってくれたことにほっと安心して握手などかわしつつ、しばらく出していなかった己の宿業もちょっとだけ解放することにした。

 

「じゃあジャンヌオルタ、ともに戦うことを決めた証として、合体技なんて作ってみないか?」

「合体技?」

 

 邪ンヌの封印されし右目がキュピーンと怪しい光を放つ。

 

「ああ、今ジャンヌオルタが来てくれたのを見てパッと思いついたんだ。まさに天啓というやつだな。

 具体的には、俺の白い光の炎とジャンヌオルタの黒い闇の炎で2頭の竜をつくって、それが二重螺旋軌道を描いて突進、敵に喰らいついて焼き尽くす、って感じだ。

 名前は『聖邪轟炎双竜破(リヒトドゥンケル・フォイアドラッヘ)』でどうだろう」

「素晴らしいわね、早速試してみましょう。あーでもここじゃまずいかしら」

「じゃあ体育館に行こう。本当はこういうことは『シミュレーター』っていう施設を修理すれば遠慮なくできるんだけど、今はレイシフト用の発電機を増強するのが優先だから後回しになっててさ」

「へえー、それじゃさっそく行きましょうか」

「よし、決まりだな……っと、スルーズも付き添いお願い」

 

 体育館といっても人間用のものだからサーヴァントの能力の実験や練習をするのは危険なのだが、スルーズを連れていけば技の的をつくれるし、万が一の時も施設の消火や修繕ができる。本当にルーンは便利だった。

 

「は、はい。話の流れはよく分かりませんでしたが、ご命令とあれば」

「ええと、訓練をするのならマシュたちも呼んだ方がいいのでは?」

 

 するとスルーズとアルトリアがそんなことを言ってきたが、光己としてはそれは好ましくなかった。

 

「いや、みんな呼ぶと話が大げさになって気恥ずかしいからさ。今ここにいる人だけでいいよ」

「……そうですか」

 

 マスターがそう言うのなら、ということで納得したのか、5人はそれ以上の詮索はせずおとなしくついてきた。

 そして体育館に到着する。

 

「じゃあまず肩慣らしに、メンタル方面の訓練をしようと思う。黒髭の時は翻弄されて隙見せちゃったからさ」

「ああ、あれは嫌な事件だったわね……」

 

 光己がまずそう言うと、ジャンヌオルタもうんうんと大げさに頷きながら同意した。

 あの気持ち悪い言動が素だったのか戦術だったのかは不明だが、恐るべき精神攻撃術の使い手だったのは間違いない。

 

「そこで対抗策を考えてみたんだ。『煽りの呼吸 壱ノ型 敵の目の前で女の子といちゃいちゃ』というのはどうだろう」

 

 光己が考えたというか、実際に考案したのはヒルドなのだが、すると当然というべきかスルーズが乗ってきた。

 

「なるほど、良い戦術ですね。さっそく練習しましょう」

 

 ついっと光己の体にしなだれかかり、胸や太腿をすりつける。耳元にふうっと濡れた吐息を吹き込んだ。サービスサービスぅ!

 光己もそれに応えて彼女を抱きしめ、背中をやさしく撫でつつも、その手をだんだん下に降ろしていく。

 

「―――って、何をしてるんですか貴方たちーーー!!」

 

 しかしすぐに、顔を真っ赤にしたアルトリアに引っぺがされてしまった。

 

「何ってさっき言ったろ。敵に挑発された時に煽り返す練習だって」

 

 するとアルトリアはちょっとひるんだように見えたが、納得してはくれなかった。

 

「確かに怒らせる効果があるのは認めますが、戦ってる後ろでいちゃつかれると普通に腹が立ちます。というか私よりマシュが黙っていないのでは?」

「いや、マシュはあの時黒髭の精神攻撃でいっぱいいっぱいだったから」

「そうですか……」

 

 黒髭というのはいったいどんな人物なのだろうか。アルトリアは興味を抱かないでもなかったが、直感的に彼と関わってもヨゴれるだけだと分かったので今回は危うきに近寄らないことにした。

 

「でもとにかく駄目です」

「うう、王は人の心が分からない……」

「お黙りなさい」

「……はい」

 

 暴君の弾圧により「煽りの呼吸」は不採用になったので、光己は思春期要素がない技を練習することにした。

 背中に背負った鞘からポルクスの剣を抜いて、両手で柄を握り垂直に構える。

 

「それじゃ次は『太陽の呼吸』を試してみるかな。コォォォォーーッ!」

 

 光己がそう言いながらそれっぽい息をつくと、剣の周りに白い炎が噴き上がる。

 ついで剣を軽く振り回すと、炎もそれについてサラマンダーのごとく宙を踊った。これまでのトレーニングのかいあってか、操作能力もだいぶ上達してきたようだ。

 なお光己の炎はドラゴンの超能力によるもので、呼吸はまったく関係ない。

 

「よし、できたな。これはカッコいい……吸血鬼とか鬼とかには特効だな。フッフッフ、よくぞここまで来たものだ。

 それじゃアルトリア、ちょっと受け役してくれる? 軽ーく振るから」

「分かりました」

 

 どうやら真面目な訓練のようなので、アルトリアは頷いて剣を構えた。

 すると光己が上段から剣を振り下ろしてきたが、予告通り遅くて軽いものだったので普通に受ける。

 それで彼の剣は止まったが、なんと炎はそのまま落ちてきたではないか!

 

「―――っと! なるほど、こういう仕掛けでしたか」

 

 直感Aにより一瞬早く反応し、バックステップして炎を避けるアルトリア。

 しかし本気の攻撃だったなら喰らっていたかも知れない。少女騎士はわずかに冷や汗をかいた。

 

「おお、加減はしてたけど初見なのに避けられるとは」

「はい、ですが驚きました。奇襲用の技としてなら十分有用だと思いますが……しかしマスターの1番大事な役目は要石です。強くなったからといって、むやみに前に出ようとしないで下さいね」

「ああ、それはもちろん」

 

 アルトリアがしかつめらしい顔で訓戒してきたが、光己もそれは重々承知している。攻撃技はレムレム特異点に行った時など味方が少ない時に備えてのものであって、仲間が大勢いるのならあえて前に出るつもりはないのだ。

 

「んじゃそれはそれとして、予定通り合体技の練習しようか。

 スルーズ、的用に氷の塊作ってくれる?」

「分かりました」

 

 一方スルーズは攻撃技に対しても協力的である。まず投影でシートを敷くと、その上に高さ2メートルほどの氷柱を製作した。

 

「これでよろしいですか?」

「うん、十分だよ。それじゃジャンヌオルタ」

「ええ、いってみましょうか」

 

 光己とジャンヌオルタはまず横に並ぶと、半身になって片手を前に突き出した。ついで必殺技を使う時には当然行うべき様式美として、その技の名を高らかに叫ぶ!

 

「我が白き炎にて灰燼に帰するがいい!」

「我が黒き炎にて闇に飲まれよ!」

「「聖邪轟炎双竜破(リヒトドゥンケル・フォイアドラッヘ)!!」」

 

 アルトリアたちがものすごくいたたまれなさそうな顔をしているがそれはさておき。2人が放った炎は光己の台本通り同じサイズの白と黒の竜となって、同じ速さできれいな二重螺旋を描きながら氷塊に向かって飛翔した。

 そして竜が顎を開けて咬みつくと、水蒸気爆発こそ起こらなかったものの、バシューッ!というすごい音とともに白い蒸気が盛大に広がっていく。相当の熱量があったようだ。

 

「やった、成功だ!」

「ぶっつけでここまでぴったり動きが合うなんて、やはり私たちは盟友だったわね」

「うんうん、まさに運命の出会いだった!」

 

 すっかり舞い上がってハイタッチをかわす光己と邪ンヌ。それは良かったが、そこに呼んでもいなかった清姫がどこからか現れて光己に抱きつく。

 

「だ、旦那さまぁぁぁぁ!! つ、妻を差し置いてそんなぽっと出の女と合体、もとい合体技だなんてぇ。そういうことはまずわたくしとするべきなのではぁぁぁぁ」

 

 どうやら光己と邪ンヌが仲良くしているのにヤキモチを焼いたようだ。両目に涙を溜めてうるうるしている。

 光己は清姫が言いたいことは分かったが、それに応えてやることはできなかった。

 

「うーん。清姫の気持ちは分かるけど、これは邪〇眼がないとできないんだよ」

「……邪気〇?」

 

 清姫が不思議そうに首をかしげる。

 そういえばオケアノスで光己とジャンヌオルタがそんな話をしていたような気がするが、〇気眼とはいったい何なのだろうか?

 

「うーん、言葉ではちょっと説明しづらいんだよな。

 とにかく邪〇眼の道は修羅の道だから、清姫には不向きだよ。清姫が愛に生きる女だっていうんなら、もっと平和で穏やかな人生を歩むべきだと思う」

 

 光己はそう言ってさとしたが、むろんそれで引っ込む清姫ではない。

 

「何を仰いますか旦那さま! この清姫、旦那さまが行かれる所ならたとえ修羅道だろうと餓鬼道だろうと、どこまでもお供する所存でございます。

 どうかその邪気〇とやらをわたくしにも伝授して下さいませ」

「……清姫」

 

 清姫の表情と口調からは言葉通りの強い決意が感じられた。言葉で翻意させることは無理そうだ。

 これは仕方ない。光己は覚悟を決めた。

 

「分かった。でも〇気眼はあくまでセンスだからな、勉強や努力で習得できるものじゃないんだ。

 だから1回だけ見せる。その1回で、見事盗んでみせてくれ。

 それが最終奥義を教える時の伝統的なやり方だからな」

「わ、分かりました……!」

 

 光己は嘘は言っていない。どうやら本当にそういうもののようだ。

 というわけで、5メートルほど離れて向かい合う光己と清姫。

 光己がまず目を閉じて呼吸を整え、ついでなぜかポルクスの剣を構えてからカッと見開いてパワーを高める!

 

「―――燃えろ俺の妄想力(コスモ)、人類悪の位まで高まれ!

 奇跡を起こせぇ!!」

 

 光己の全身から黄金色のオーラが噴き出す。その津波のような圧力に、清姫は思わず生唾を飲み込んだ。

 

「こ、これが邪〇眼とやらの力……!?」

「じゃあいくぞ清姫。必殺! 『ギャラク〇アンエクスプ〇ージョン』!!」

 

 光己が両手を広げて突き出すと、その技名のように銀河の星々をも砕きそうなすごい爆圧が放たれた。

 こんなものをまともに喰らったら、サーヴァントといえども消し飛びかねない。なるほど、命がかかった土壇場でこそ本当の全力を出し切れるということか。

 俗にいえば「火事場の馬鹿力」というやつで、どこぞの盾娘もこれで仮想宝具を習得したと聞く。

 

「ならばわたくしも!

 今こそ萌え上がれ安珍様への愛、グランドの位まで高まれ!!

 ふぬりゃーーーーっ!!!」

 

 清姫の身体からも黄金色のオーラが噴き出す。しかしそれだけではまだ不足で、必殺技として昇華させねばならない。

 

「最終決戦奥義! 『道成寺鐘無式(どうじょうじかねむしき)』ぃぃぃぃっ!!」

 

 清姫の手前の足元から超強烈な火柱が噴き上がる。爆圧を押しとどめるにはやや不足に見えたが清姫はそれに屈せず、さらに体ごと火柱の中に飛び込んだ!

 

「―――ぅああっ、お肌が……!」

 

 しかしそれでも爆圧は止め切れず、ぽーんと斜め上に弾き飛ばされた。

 爆圧は真横から来たのに上に飛んだ理由は不明だがそれは措いておいて、清姫は体育館の天上近くまで舞い上がった後、なぜかくるっと縦回転して頭から落下していく。

 このままだと床に頭をぶつけてしまうが、当人は受け身を取る余裕がないようだ。

 

「やれやれ、世話がやけるわね……っと」

 

 しかし幸い、傍らに控えていたジャンヌオルタが抱き留めて脳天からの墜落は防いだ。

 清姫は意識はあったようで何とか自力でジャンヌオルタの腕から降りたが、その表情には精彩がない。

 

「あの、旦那さま……これはやはり失格でしょうか」

 

 光己の技を防ぎ切れなかったので、〇気眼を習得できず彼の期待に沿えなかったのではないかと思っているのだ。

 しかしむろん、光己にそんなことを言うつもりはない。

 

「いやまさか、清姫の覚悟は十分見せてもらったよ。

 合体技は今ここでは思いつかないけど、後でちゃんと考えるからさ」

「ああ、旦那さま……!!」

 

 清姫が今度は感動の涙で頬を濡らしながら光己に抱きつく。

 こうして、3人は人理修復に向けて一段と絆を深めたのだった。

 

 

 




 たくさん感想をいただけたので、早めに上げてみました!
 体育館での必殺技のあれこれはギャグですので、シリアスなバトルには出て来ない……はず。きっと。めいびー。


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第132話 英霊召喚 5回目

 その頃マシュは所長室に呼び出されてそちらに向かっていたが、中に入るとエルメロイⅡ世以外の古株幹部の3人だけが待っていた。

 表情は明るいから悪い話ではなさそうだけれど。

 

「休憩中に呼び立てて済まないとは思うけど、なるべく早く伝えたくてね。

 とりあえず座ってちょうだい」

「は、はい」

 

 オルガマリーに着席を勧められたので、とりあえず言われた通り部屋の真ん中の会議用テーブルの椅子に座るマシュ。あまり来たことのない部屋で、ちょっと落ち着かない。

 すると次はダ・ヴィンチがお茶をついでくれた。やっぱり落ち着かない。何を言われるのだろうか?

 マシュがそんなことを考えてそわそわしながら待っていると、やがてオルガマリーが口を開いた。

 

「……さて、それじゃ用件に入るわね。

 マシュ、貴女もすでに知っている通り、貴女は英霊と人間を融合させるために作られたデザインベビー……そのせいで長くても18年くらいしか生きられない運命()()()

 それについて思うところはあるでしょうけど、今は聞かないわ」

「……はい」

 

 マシュはこっくり頷いた。

 オルガマリーが何を言うつもりなのかはまだ分からないが、そのことはもう知っているし、それを不幸だとは思っていない。オケアノスでドレイクに語った「世界をいろいろ見て回りたい」という夢が実現できないことも分かっているが、そのことにも不満はない。

 だって自分は今幸せなのだから。たとえあと1年かそこらしか生きられない身なのだとしても。

 

「―――だって、貴女の寿命が18年だというのは過去の話なのだから。

 今の貴女には人並みの寿命があるわ。もちろん、無理して縮めなければの話だけれど」

「…………は!?」

 

 マシュは思い切り意表を突かれて、数秒ほど間抜けっぽく口を開いて硬直してしまった。

 その間にオルガマリーはロマニにバトンタッチして、ロマニが続きを話し始める。

 

「オケアノスでドラゴンの血を飲んだだろう? そのおかげで体質と運命が改善されたんだよ。何度もバイタルチェックして確かめたから間違いない。

 藤宮君もなかなかチャレンジャーだと思うけど、今回は本当にいい方向に働いた」

 

 ドラゴンの血は劇物のようなもので、うまくいけば光己やジークフリートのように強大な力を得られるが、悪くすれば命を失うことすらあり得るのだ。もっともマシュはデミ・サーヴァントで毒にも強いから、悪い結果が出る可能性は低かったのだけれど。

 

「彼にはホント、いろんな意味で感謝しなくちゃね。この際だからマシュ、今夜にでも部屋に押しかけてカラダでお礼してもいいんじゃないかな。何たって文字通りカラダのことなんだからね!」

 

 こんなことをおちゃらけた口調で言うのはもう1人の幹部しかいない。マシュは真っ赤になって反駁した。

 

「も、もうふざけないで下さい!」

「あはははは、いやあ、若い子はかわいいなあ。

 ……まあそういうわけだ。人数は少ないけど、お祝いの1つもしようじゃないか」

 

 こうして4人は、ささやかながらパーティーをして少女の新しい人生を祝福したのだった。

 なおその最中、オルガマリーは(これでマシュに復讐される可能性はだいぶ下がったわね……こんなこと考えちゃうのは自分でも見苦しいと思うけど)なんてことを少しだけ考えたりもしていたが、顔に出すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに夜も特異点修正成功を祝うパーティが開かれたので、特に大食いでもないオルガマリーとロマニは少々胃もたれを起こしていたがそれはともかく。翌朝になって食事を終えたら、エウリュアレにもらった聖晶石で新しいサーヴァントを召喚である。

 今のカルデアではサーヴァントを増やしても電力の関係で特異点に送りこむことはできないのだが、カーマが元いた世界では異聞帯にはシャドウ何とかという車を使って大勢同行していたそうなので、呼んでおく意味はあるのだ。

 

「よし、それじゃいってみるか。今回も美女か美少女が来ますように!」

「先輩!?」

「マスター!?」

 

 光己が召喚に向けて気合いを入れていると、いつも通りのマシュと、昨日の件で思春期要素に警戒心を持つようになったのかアルトリアノーマルも圧を加えてきたので、光己は慌てて弁解を試みた。

 

「ま、まあまあ2人とも! 狙って呼ぶわけじゃないんだからそんなに神経質にならなくても」

「それはそうですが、でもこれは人理修復のために共に戦う仲間を呼ぶための重要な儀式なのですから、くれぐれも邪心は控えるように」

「……はい」

 

 アルトリアはマシュより口が立つので、光己の弁才では分が悪かった……。

 なぜこんなことに? こんなの絶対おかしいよ!

 仕方がないので口には出さず内心だけでアラヤの加護を求めて祈った後、普通に召喚の呪文を唱える光己。

 

「――――――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 するといつも通り魔法陣の上に稲妻のような閃光がほとばしり、それが消えた後には女性らしき人影が残っていた。

 身長は170センチほどと女性としては高めで、長い銀髪を黒いリボンでまとめてポニーテールにしている。年の頃は20歳くらいか、もちろん美人で顔形や肌の色や雰囲気はアルトリアオルタに似たところがあった。

 スタイルもとても良いが、バストサイズは同年代のヒロインXXには及ばないようだ。

 白と青と黒の薄手のドレスを着ているが、胸元がかなり広く開いており、その下のお腹も大きく露出しておへそも出している。スカートはロングだが広いスリットがいくつもあって、美味しそうな太腿がチラチラ見えていた。光己的には大変高ポイントな装束である。

 右手に黒い十字槍を持っているからランサーだろうか。

 女性がすうっと口を開き、静かな、それでいて威厳を感じる口調で自己紹介を始める。

 

「……私を召喚したのですね。

 バーサーカー、モルガン。

 妖精國ブリテンの女王にして、汎人類史を呪い続けるもの。

 それで問題がないのなら、サーヴァントとして力を貸しましょう。

 私が女王である事はもう変えようのない事実。

 おまえには、私の臣下としての働きを期待します。

 それとも、夫として扱ってほしいですか?」

 

「「!!!!????」」

 

 アルトリアズとブラダマンテの表情がピシリと凍りつく。何しろこの6人、生前はモルガンにいろいろ痛い目に遭わされていたのだ。

 しかしいきなり難癖をつけはせず、まずはマスターが先ということか沈黙を保っている。

 もちろん光己もそのつもりだ。アーサー王を5人もかかえているのだからモルガンの名前くらいは知っているし、彼女はいろいろと聞き捨てならないことを口にしたから。

 

「アッハイ。ドーモ、ハジメマシテ。カルデアのマスターの藤宮光己です」

 

 ただちょっと緊張して自己紹介がニンジャっぽくなってしまったが、まあささいなことだろう……。

 

「とりあえずいくつか質問があるんですが、いいですか?」

「かまいませんよ」

「じゃあまず1つ目。汎人類史を呪うってどういうことですか?」

 

 自分を女王として認めなかった故国を憎んでいるというだけなら、わざわざ「汎人類史」という単語は使うまい。おそらく彼女は汎人類史ではなく別の世界から来た存在なのだろうが、まずは具体的にどこから来たかを確かめるべきだろう。

 モルガンは特に隠し立てすることもなく、淡々とした口調で答えてくれた。

 

「それは私が異聞帯……今言った通り、汎人類史には存在しなかった『妖精國ブリテン』の出身だからです。

 異聞帯というのが何かを知っていれば、今のおまえの質問の答えも分かるでしょう。

 ……いえ、おまえたち汎人類史にとっては異聞帯こそが共存不可能な侵略者であることは理解していますが」

 

 モルガンはバーサーカーであるそうだが、その割にちゃんと喋れていてその内容も筋が通っていた。どの辺りが狂っているのか分からなかったが、光己はそこはスルーして今の話をもう少し詳しく説明してもらうことにする。

 

「なるほど……それなら話は分かります。

 ではなぜカルデア(ここ)に来たんですか?」

 

 光己は異聞帯についてはカーマに聞いていたから、モルガンに解説を求めずにすんだ。

 しかしモルガンが汎人類史を呪うというなら、焼却された汎人類史を修復しようとする組織に協力する理由はないだろう。光己がこう思うのは当然だったが、無論モルガンにも彼女なりの思惑がある。

 

「……そうですね。まずここに来られたのはおまえとの縁……いや、おまえ、の……?」

 

 ところが説明の途中で、モルガンは何かを忘れてしまったかのように首をかしげて困り顔をした。

 

「どうかしました?」

「あ、いえ。私のブリテンが滅びたのは『異邦の魔術師』が来たのが()()()()だったのですが、それがおまえだったのかどうか、記憶が少し混乱していまして。

 未来のおまえだったのか、それとも別人なのかはっきり思い出せないのです。

 ……まあ、マシュのことは覚えていますから彼女との縁という線もありますが」

「え、私ですか」

 

 いきなり名前を出されてマシュはびっくりしたが、カルデアのマスターが行ったというのなら彼女がいたのも当然といえるだろう。

 マシュは寿命が伸びたから、人理焼却事件を解決した後でも生きていられるわけだし。

 

「ああ、はっきり覚えている……」

 

 そこでモルガンが遠くを見るような目をしてひどく懐かしそうな顔をしたのがマシュには不思議だったが、実はモルガンにとってマシュは敵だった時間より仲間だった時間の方がはるかに長い。つまり「元の関係に戻った」ともいえるわけで、モルガンはカルデアに来られたことを少しだけ喜んだ。

 

「……で、なぜおまえたちの味方をするかという話でしたね。私は今こうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、これは逆にいえば汎人類史のブリテンの王にはなれるということ。つまり人理修復を()()手伝う対価として、ブリテンの王位を寄こせというわけですね」

「……ほむ」

 

 モルガンはブリテンの王位にかなり執着していたらしいから、彼女が人理修復に協力する動機としてはおかしくない。人理が焼却されたり白紙化されたりしている間は王になれないのだから。

 しかし彼女の希望を認めてしまっていいものだろうか? ローマで景虎に「足利義政公の幽霊が出て来て『我こそが真の征夷大将軍!』と名乗って兵を挙げるようなものなのでは?」と言ってカエサルの行動を非難した覚えもあるのだが。

 

「……いやそもそも、カルデアには誰かを国王にする権限なんてこれっぽっちもないんですが」

 

 だから諾否以前の問題なのだが、モルガンはまったく動じなかった。

 

「ええ、現界の時に知識をもらいましたのでその辺の事情は承知していますよ。

 征服事業は私がやりますので、()()()はマスターとして要石役と魔力供給だけしてくれればいいです。

 もっとも普通の魔術師ではそれだけの魔力は供給できないでしょうが、あなたならできるでしょう。

 ……いえ人理が完全に修復されたらあなたはこの表世界にいられなくなるかも知れませんが、私と一緒にいればどうにでもなります」

「…………おおぅ!?」

 

 モルガンは口調も表情も平坦なままだったが、発言の内容はとんでもない。光己は数秒ほど硬直してしまった。

 そしてフリーズから解凍したところで改めて考えてみるに、彼女はどうやら自力でブリテンを征服するつもりのようだ。といってもサーヴァントである以上マスターについてきてもらわねばならないが、外国人が表に出ると抵抗が激しくなるのは必然だから、裏で要石と魔力供給だけしていればいいというのも順当である。いやモルガンなら魔術で光己の外見をごまかすくらい楽勝だろうけれど。

 その次に「あなたならできる」と言ったのは、光己の正体と魔力量に気づいたからだろう。どんな手段で征服するにせよ、マスターは強いに越したことはない。

 それに普通の魔術師だとたとえば国の特殊部隊とか時計塔の刺客といった連中に襲われたらあっさり殺されることもあり得るが、光己ならその辺安心だ。

 最後のセンテンスはちょっと謎解きが難しかったが心当たりはある。オケアノスでフリージアが「この異変が解決されれば妾も家に帰れる」と言っていたように、光己も世界が正常化されたら裏世界、たとえばヴァルハラやアヴァロンのような異界に放逐されてしまう可能性があるということだろう。

 しかもモルガンはそれを防ぐことができるそうで、もし光己がこの表世界に残りたいなら自分について来いと言っているのだ。

 

「ほ、ほむむむむむむ……!?」

 

 唐突に難しすぎる命題を突きつけられて知恵熱を出してしまう光己。そこに青と銀の騎士が割って入った。

 

「待ちなさいモルガン! 私がこの世にいる限り、そんな悪行はさせません!」

 

 アルトリアである。宿敵がマスターを惑わせようとしていると見て阻止しに来たのだ。無論ブリテン征服の方も見過ごすわけにはいかない。

 一方モルガンは彼女の存在に初めて気づいたようで、相当驚いた顔を見せたがすぐに落ち着いて言い返した。

 

「貴様は汎人類史のアルトリア……!? そうか、貴様もここに来ていたのか。

 ――――――フッ」

 

 モルガンは汎人類史のモルガンの記憶も持っているので、アルトリアのことが分かるのである。

 そしてなぜか、わざとらしく超見下したように鼻で哂った。

 当然アルトリアはさらに怒って、また1歩モルガンに詰め寄る。

 

「……何ですかそのいかにも人を小馬鹿にしたような笑みは」

「嘲りたくもなるというものだ。私は異聞帯のブリテンという滅びが約束された世界で2千年も国を維持したというのに、貴様ときたら汎人類史という存続が許された世界にいながらたったの10年で国を潰したのだからな。

 ……情けない。なんと情けない女よ。実際情けない」

「こ、この毒婦ーーー!」

 

 ぷっつん来たアルトリアがモルガンにつかみかかる。無論モルガンもそれに応じて、姉妹のキャットファイトが始まった。

 

「私が情けないというのなら、その情けない女に国を取られた貴女は何なんです? モブザコその1あたりですか?」

「貴様に取られたのではなく、ウーサーとマーリンの奸計にはまっただけだ。いやこちらのウーサーは私の盟友だったがな」

「そこまで喧嘩をしたいのですか、いいでしょう!

 貴女が売った、私が買った! だから貴女をボコる、徹底的にです!!」

「フン、愚かな。姉より優れた妹など存在しないことをその貧相な身体に刻み込んでくれる」

「体形は関係ないでしょう!」

 

 2人はさすがに殺し合いをする気はないらしく、剣や槍は引っ込めてほっぺたのつねり合い程度に抑えているが、大変困った事態であるのは否めない。光己はまだ聞きたいことは残っているのにどうしたものかと痛む頭をひねるのだった。

 

 

 




 ニューカマーは今話題のモルガン陛下でした!
 彼女がカルデアに協力する理由としては、原作のマイルームで野心がまだある旨を述べてますのでそれにしました。アルトリアが5人もいる魔境ですが頑張ってほしいものです(ぉ
 それとオケアノス編が終わりましたので、また主人公の現時点での(サーヴァント基準での)ステータスと絆レベルを開示してみます。
 以前のものは第39話、56話、75話、91話、108話の後書きにあります。

 性別   :男性
 クラス  :---
 属性   :中立・善
 真名   :藤宮 光己
 時代、地域:20~21世紀日本
 身長、体重:172センチ、67キロ
 ステータス:筋力B 耐久C 敏捷C 魔力A 幸運B+ 宝具EX
 コマンド :AABBQ

〇保有スキル
・竜モード:EX
 体長30メートルの巨竜に変身します。頻繁に使うようになったので宝具からスキルに格落ちしました(ぉ

・神魔モード:EX
 頭から角、背中から2対の翼、尾てい骨から尻尾が生えた形態に変身します。こちらもよく使うので格落ちしました。

・フウマカラテ:D+
 風魔一族に伝わる格闘術、らしいです。

・神通力:D
 火炎操作(太陽属性)、魔力放出、魔力吸収等の特殊能力を使えます。

・財宝奪取:D
 ドラゴンの習性が進化したスキルで、サーヴァントの所持品を奪うと彼が退去しても自分の物として現世に残しておくことができます。

神恩/神罰(グレース/パニッシュ):C
 味方全員のデバフを解除した後、絆レベルに比例した強さのバフを付与します。さらに敵全員に敵対度に比例したデバフがかかります。神魔モード中のみ使用可能。

・魂喰いの魔竜:E
 大気中もしくは敵単体から魔力を強力に吸収し、さらに身体が人間サイズの竜のようになっていきます。神魔モード中のみ使用可能。

・魔力感知:D
 周囲の生命体が発する魔力を光として感知することができます。人の姿でもできますが、竜の姿の方が広範囲を感知できます。

・ワイバーン産生:D
 ワイバーンを細胞分裂で産み出すことができます。事前に数日ほど竜の姿を維持しておく必要があります。

〇クラススキル
四巨竜の血鎧(アーマー・オブ・クアッドスター):A+
 Aランク以下の攻撃を無効化し、それを超える攻撃もダメージを6ランク下げます。宝具による攻撃の場合はA+まで無効化し、それを超えるものはダメージを12ランク下げます。弱体付与に対しても同様です。光や炎や眠りに対してはさらに6ランク下げます。

・竜人:B
 毎ターンNPが上昇します。

〇宝具(というか必殺技)
蒼穹よりの絶光(ガンマ・レイ):EX
 自身に宝具威力アップ状態を付与(1ターン)<オーバーチャージで効果アップ>+敵単体に超強力な無敵貫通&防御力無視攻撃+敵単体にガッツ封印(1ターン)。対霊宝具。竜モード限定。
 超高エネルギー状態の光子の塊を撃ち出す技……らしいです。直線状ビーム、円錐形に広がる拡散ビーム、などのバリエーションがあります。

・滅びの吐息:EX
 敵全体に強力な攻撃<オーバーチャージで効果アップ>。対城宝具。竜モード限定。
 通常のブレス攻撃とは一線を画する威力を誇る、爆発性の火球を吐き出します。

・ギャラク〇アンエクスプ〇ージョン:EX
 敵全体に強力な攻撃<オーバーチャージで効果アップ>。対銀河宝具。
 銀河の星々をも砕くという概念を持った爆圧を放出します。
 使用する時はポルクスの剣を装備している必要があり、かつギャグシーン限定です(ぉ

〇絆レベル
・オルガマリー:6      ・マシュ:5
・ルーラーアルトリア:6   ・ヒロインXX:8    ・アルトリア:3
・アルトリアオルタ:2    ・アルトリアリリィ:4
・スルーズ:6        ・ヒルド:5       ・オルトリンデ:4
・加藤段蔵:5        ・清姫:5        ・ブラダマンテ:9
・カーマ:8         ・長尾景虎:9      ・諸葛孔明:2
・玉藻の前:2        ・ジャンヌ:5      ・ジャンヌオルタ:5
・モルガン:0

〇備考
 特になし。




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Accel Zero Order
第133話 新しい特異点


 光己がワルキューレズに頼んでモルガンとアルトリアを引っぺがすと、2人は皆の前で大人げなくキャットファイトをしてしまったことをちょっと恥ずかしく思ったらしく、表向きしおらしくなって争いをやめた。

 2人が落ち着いたところで、改めて質問を再開する光己。

 

「ええと。ブリテン征服と裏世界送りのことは後回しにしておいて、汎人類史のサーヴァントは異聞帯のブリテンには入れないってどういうことですか?」

「ふむ、ちゃんと私の話を聞いていたようですね。

 文字通りですよ。他の異聞帯はどうか知りませんが、ブリテンには今の私やアルトリアも含めて汎人類史のサーヴァントは入れないようになっているのです。

 現地で味方になる者はいるでしょうが、カルデアから連れて行けるのはマシュだけですね」

「むう……」

 

 どうやら異聞帯ブリテンは他の所と条件が違うようだ。何とも心細い話である。

 

「ですので今の内に暇を見て鍛えておくといいでしょう。

『異邦の魔術師』は何騎かのサーヴァントを戦闘中だけ一時的に召喚することはできていたようですが、訓練すればその人数を増やすこともできるでしょうし」

「……??」

 

 光己にはそんな芸当はできないし、オルガマリーたちから聞いたこともない。後で確認しておくべきだろう。

 

「妖精國の詳しい内情については、今話しても意味がありませんから実際に行く時になってから話すことにします。行くと決まったわけでもありませんし」

「んー、確かに行くとしてもだいぶ先の話ですからねえ」

 

 まあ確かに、そんな未来のことを話されても行く頃になったらほとんど忘れていそうである。モルガンの方が忘れることはあるまいし、その時になってからでいいだろう。

 

「あとそれから、『臣下』はともかく『夫として』ってどういうことですか?」

 

 「臣下」というのは気位が高くて召使い(サーヴァント)扱いされたくないからだろうが、自己紹介でいきなり「夫」なんてパワーワードが出て来た理由を知りたいのだ。

 彼女は確かに美人だが、理由も分からないまま夫扱いはさすがに受け入れづらい。雰囲気的に怖いし。

 

「別に深い意味はありませんよ。クリプターのベリル・ガットという男を、体裁上『夫』という扱いにしていましたから踏襲しただけのことです。

 こちらの概念でいうなら、政略結婚という感じでしょうか。むろん夫婦愛とかそういった要素は絶無でしたが」

「ほむ」

 

 光己が思ったよりは穏当な理由だった。そういうことなら話は分かる。

 

「ただ俺も体裁上とはいえリーダーしてる身ですから、臣下扱いは困るんですよね。

 で、実は俺も将来的には大奥王になる予定ですので、ここは王同士の同盟とか、そういう形でどうでしょう。もちろん政略結婚でもいいですが」

「大奥王」

 

 もらった知識にも妖精國にも存在しない謎ワードに、今度はモルガンが目をぱちくりさせる。

 ロクなものではなさそうなのは語感から分かるが、まあ初対面でそこまで深く突っ込むこともない。元の話を先に進めることにした。

 

「では夫ということで。

 しかしこれは困りましたね」

「……何がですか?」

 

 また困り顔をしたモルガンに光己がそう訊ねると、女王陛下はチラッとアルトリアの顔を流し見てから話を始めた。

 

「現界した時に得た知識によれば、汎人類史では私が悪玉でアルトリアが善玉ということになっているようですね。それだとどうせブリテンの王配(女王の配偶者)になるのなら、相手は私より彼女の方がいいとあなたが思っても仕方ありません」

「あー、それは」

 

 確かにそれはなくもない。モルガンはどうしようというのだろうか?

 

「ですので、試用期間を設けることにしました。

 つまり世間の印象がどうであれ、事実としてはアルトリアより私の方が意欲も人格も力量も、ついでに容姿も妻としての気配りもはるかに上だということをあなたが理解するまで、先ほどの要求は保留にしようということです」

「こ、この駄姉ーーーーーッ!!」

 

 アルトリアがまた激昂してつかみかかろうとしたが、スルーズが羽交い絞めにしたのでキャットファイトにはならずにすんだ。

 モルガンはそちらを見もせずに話を続ける。

 

「そういうことでどうですか?」

「えーと、さしあたっては普通にサーヴァントとして協力してくれるということですね。

 それじゃよろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ。

 これであなたは私の夫で同盟者でマスターなのですから、今後は敬語を使う必要はありません。あなたがリーダーなのも承知していますから、指示には耳を傾けます」

「……うん、ありがとう」

 

 モルガンがわりと話が分かる様子なのは、自分で言ったようにアルトリアを意識しているからだろう。

 光己は交渉が何とか成功したことにほっと深い深ーい安堵の息をつきつつ、モルガンと握手して友好の意を示したのだった。

 

 

 

 

 

 

 こうしてモルガンも無事仲間入りしたので、光己は他のサーヴァントたち、あと幹部組にも自己紹介してもらうことにした。

 モルガンの方は順番にそれを聞いていくわけだが―――。

 

(サーヴァントの人数が多いのはともかく、アルトリアが5人もいるなんて聞いてなかったぞ!?

 そんなに側面が多いのかこの駄妹は)

 

 これには女王もびっくりである。

 青の彼女は汎人類史の生前のアルトリアそのものだったし、白い彼女の純真さとひたむきさは妖精國で会ったアルトリアを思い出させる。黒い彼女はむしろ今の自分に似た感じだ。

 いやこの3人はまだいい。4人目はサーヴァントユニヴァースなんて聞いたこともない謎世界出身で名乗りも謎のヒロインとか何者だ。頭の中身はお軽そうで、そのくせ武器は宇宙のロンゴミニアドとかわけが分からん!

 最後の1人は妹のくせに見た目姉より年上で、しかもこの貴婦人的かつ包容力ありそうな雰囲気と雄大な胸部はどうだ。それにマスターとはちょっとした会話でも楽しそうで心が通じ合ってる感じだし、油断ならぬ強敵と思われる。

 ―――何しろモルガンは先ほどの発言とはうらはらに妻的スキルや花嫁力は全然ないので、そちら方面が強そうな相手には相性不利なのだ。

 しかし妖精國女王は不屈である。幸い時間はあるのだから、その間に勉強して追い抜けば良いのだ。

 今のところ青い彼女以外の4人はさほど敵意を示して来ないし。

 

「…………我が夫。さっきはアルトリアより私の方がはるかに上だと言いましたが、5対1ではさすがに無理がありますので、採点の仕方には配慮を要求します」

「そ、それはそうだな。うん、その辺は柔軟に取り計らうから」

 

 それでも5人の点数を合計されたら勝ち目は薄いので公正な審判を求めてみたところ、マスターはちょっと戸惑った様子ながらも了承してくれた。ものの道理というものが分かっているようで、これはモルポイント1点アップである。

 

「じゃ、次は施設の案内するよ。個室とか食堂とか、よく行く場所もあるしね」

「はい」

 

 この辺はいつも通りのルーチンだったが、その途中清姫が光己に話しかけた。

 

「あの、ますたぁ。人理修復が終わったらますたぁが裏世界に放逐されるというのは本当なのですか?」

 

 自称でも妻ならば当然気になる話だが、光己にも確かな答えはできない。

 

「うーん、それはなぁ。純血の竜種だったら99%放逐になるんだろうけど、俺は生まれは人間だからな。なるかならないか分からないんだ。

 だからモルガンも『かも知れません』って言ったんだろうし」

「そうなのですか……」

 

 清姫が悲しげに目を伏せる。放逐が確定なのならまだ対処や心の準備のしようもあるのに、かも知れないというのはもっとタチが悪い。

 仮にも人類を救う(救った)者に対して、何とも情のない仕打ちではあるまいか。

 

「でもご安心下さい! 昨日も申し上げた通り、わたくしはどのような異界だろうとお供いたしますので!!」

 

 両拳をぐっと握って、明るい顔をつくって光己を励ます清姫。狂化EXの危険な少女ではあるが、夫(予定)を想う気持ちは本物なのだ。

 

「…………」

 

 その話の間モルガンが沈黙していたのは光己の考察に同意である旨を示すものだが、頭の中では(私以外のバーサーカークラス……不要だが、私の実力はまだ見せていないのだから、解雇を求めるのは時期尚早か)なんてことを考えていたりする。

 

「仕方ありませんねー。寂しがり屋のマスターのために私もついて行ってあげますから、激しく感謝して下さいね」

「もちろん私も行きますのでー! お酒があって戦える敵がいればなお良いですね!」

「いっそユニヴァースに来ませんか? マスターくんなら私が養ってもいいですよ」

 

 そこにカーマと景虎とXXも尻馬に乗ってきた。メンタルパンピーな元一般人としては感に堪えない。

 

「ありがと4人とも。放逐になるのは確かに嫌だけど、もしそうなっても4人も来てくれるなら寂しくないかな」

「異界ならヴァルハラがお勧めだよ! 仲間大勢いるし、お酒も戦いも山ほどあるから、特に景虎にとっては理想郷じゃないかな」

 

 ワルキューレ3人娘は私欲というか仕事で言ってる感があるから感動は薄いけれど。

 

 

 

 

 

 

 その後はサーヴァントの一時召喚の件をダ・ヴィンチに話して研究を依頼したり、モルガンが光己のヴァルハラ式トレーニングを見て「鍛えておくといいとは言いましたが、そこまでしろとは言ってませんよ」と少々引いたり、モルガンとアルトリアが口ゲンカをして騒いだりしたが、おおむね平穏におさまって。しかし翌日の夕方頃、光己とサーヴァントたちは例によって会議室に呼び出されていた。

 今日はカレンダーでは12月29日(火)で、今年はクリスマスも通常業務だったので年末年始は最低限の仕事以外はお休みということになっていたのだが、新たな特異点が発見されたとあっては仕方ないのだ。

 

「休みなのに新しい特異点なんてイレギュラー押しつけて悪いわね。でも貴方にしかできないことだから……」

「いえ、それは事務方さんも同じですから気にしてないですよ。でも新しい特異点って何なんですか?」

 

 申し訳なさそうにしているオルガマリーを光己はそう言ってなだめたが、事情は知っておきたい。特異点というのは魔術王が人類を滅ぼすために作った異界で、新規に増えるようなものではないと思っていたのだが。

 いや夢で戦国時代に行ったが、あれはあれで別の意味のイレギュラーだと思うし。

 

「言葉通りよ。人理が完全であれば特異点なんてそうそう発生しないんだけど、今は焼却されてるから不安定で、何らかの事情で発生してしまうこともある―――みたいなの。

 なにぶん類例のないことだから、100%正しい答えというのは出せないんだけどね」

「そうですか……」

 

 まあ確かにこんなことは人類史上初めてなのだから、予想してなかったことが発生するのも致し方ないことだろう。

 オルガマリーもエルメロイⅡ世たちも大変なものだと思う。

 

「それで、その新しい特異点というのはどんな所なんですか?」

「それはもちろん説明するけど、その前にダ・ヴィンチちゃん。例の件について説明してあげて」

「例の件?」

 

 光己は軽く首をかしげたが、ダ・ヴィンチはそれに構わず話を始めた。

 

「一時召喚の件だよ。言われてみればサーヴァントの侵入を拒む特異点や異聞帯というのはあり得るから研究はするけれど、これはかなりの難題でね。一朝一夕ではできないから、しばらく待ってほしいということさ」

 

 できれば魔術に詳しそうなモルガンにも手伝ってほしいものだが、彼女はまだ来たばかりで友好を深めていないのでダ・ヴィンチは口には出さなかった。

 

「それとね。君はオケアノスでまた強くなったから、今回連れて行けるサーヴァントは6騎だ。

 それとジャンヌオルタがつくった短刀を持っていくのなら、2騎分の勘定になる」

 

 「白夜」はそれ自体が宝具級の業物の上、ジャンヌとジャンヌオルタを収納しているわけだから、2騎分で済むならむしろ御の字なのだった。

 

「申し訳ないとは思うけど、今この場にない袖は振れなくてね。

 今後も増強は続けるから、今回は勘弁してほしい」

「むうーー……でもまあ確かに、無理なものは無理ですね」

 

 ダ・ヴィンチたち技術班もサボっているわけではない。光己はあまり強くは言えなかった。

 

「それじゃ私からはこれだけだから、あとはエルメロイⅡ世に譲るよ」

「ふむ」

 

 特異点についての話は彼が担当であるらしい。

 

「というのも実は私はこの特異点……1994年の日本の冬木市で起こった聖杯戦争に『私がいた世界』で参加していてね。説明と案内を務めるには打ってつけというわけさ」

「……へえ!?」

 

 そう言われても光己やマシュにはまだよく分からなかったが、アルトリアは一瞬で理解したらしくギラリと底意がありそうに眼を光らせた。

 

「ほほぅ、まさかあの第四次聖杯戦争がここで特異点になるとは……。

 ならば私も行きましょう。あの紀元前の蛮族どもを聖剣のサビ……いえそんなことをしたら聖剣が穢れますからマスターに金ピカから財宝を奪ってもらってそれでやるべきか……もとい。現地の私を説得するのはマスターや貴方より私の方が適任ですからね」

「あ、ああ……貴女ならそう言うだろうと思っていた」

 

 Ⅱ世は頭脳派らしく、アルトリアの怨念めいた気迫にちょっとビビりつつも、彼女の発言自体は予測の範囲内のようだった。

 しかし光己にはやっぱりよく分からない。

 

「……? もしかして、その第四次聖杯戦争にはアルトリアも参加してたの?」

「はい。極めて不本意な結果に終わりましたが、あれはあれで良かったのだと思います」

 

 何しろ冬木の聖杯は「この世すべての悪」で汚染されていて、願いをかなえようとしたら最悪の形でゆがめた解釈をして大災害を起こす代物なのだ。従って今回は聖杯を持ち帰らず、現地で処分するという方針になる。

 もっとも仮に汚染されていなかったとしても、聖杯で歴史を変えるというのは魔術王がやっていることと同じで新しい特異点をつくってしまうので、どちらにしてもアルトリアは現地のアルトリアの願いを諦めさせねばならないのだが。

 

「ですので今回は事前の勉強会はいりません。私とエルメロイⅡ世と、あと4人選抜したらすぐに行けます。

 僭越ながら私が推薦するとしたら、かの地にはジル・ド・レェがいますのでジャンヌたちを連れて行くと話がしやすいと思います」

「あ、ちょっと待って下さい。金ピカがいるんなら私も行きますよ。コスモギルガメス死すべしフォーウ」

「……ほむ」

 

 アルトリアとヒロインXXの自薦を聞いて、光己はこの度の人選について考えた。

 今名が挙がった5人にニューカマーのモルガンを加えるともう6人だ。そうするといつもの固定枠が入れられなくなる。

 ……いや今回はアルトリアとⅡ世が情報を持っているからルーラーとニンジャはいなくても良さそうだし、モルガンは大魔術師だそうだからワルキューレズの代役はできるだろう。

 つまりXXは現地で令呪を使って呼ぶことにして、代わりにマシュを入れればいいということか。

 

「それじゃアルトリアとⅡ世さんとお姉ちゃんとジャンヌオルタ、それにマシュとモルガンってことでいい? XXは特異点に着いたらすぐ呼ぶから。

 …………リリィとブラダマンテとスルーズと景虎は連続で留守番になって申し訳ないけど、何かで埋め合わせはするからさ」

 

 光己としては連続留守番という事態はいろんな意味で避けたいのだが、人数制限があるのでは致し方ない。頭を下げてそう言うと、4人とも彼に悪気がないのは自明なのですぐ分かってくれた。

 

「いえそんな、頭を上げて下さい! せっかく来たのに参加できないのは残念ですけど、事情は分かりましたから」

「でも次は優先枠に入れて下さいね!」

「そうですね、マスターの責任ではありませんし。埋め合わせは期待しますが」

「皆さんの言う通りですね。どうか気にしないで下さい」

 

「……うん、ありがと」

 

 やはりみんな好意的で物分かりもいいので、素人マスターとしては本当に喜ばしい。

 目尻が濡れて熱くなってきたので、慌てて腕で拭った。

 

「でも現代日本だと銃刀法があるから、白夜はいいとしてポルクスの剣は持っていけないよな。あれがないとギャラク〇アンエクスプ〇ージョンやれないんだけど。

 ……まあ仕方ないか。それじゃみんな、今回もよろしく」

「「はい!!」」

 

 こうして光己たちは第四次聖杯戦争という新たな戦場に乗り込むのだった。

 

 

 




 というわけで、次はイベント特異点になります。
 AZOになったのはせっかくエルメロイⅡ世がいるのですから出張らせたいのと、ローマで「おまえが隠し子になるんだよ!」されたりパンツを大公開させられたり、あまつさえ宿敵が召喚されたりしてお労しいアルトリアさんにさらなる案件を楽しんでもらおうという愉悦心からであります(ぉ




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第134話 冬木を知る男

 冬木市についてみると、現地はもう日が暮れていて夜だった。さいわい天気は良く、雨が降りそうな気配はない。

 ここは街の中心からは少し離れたところで、少し先に川があって大きな橋がかかっている。

 特異点Fの時は市街全部が火に包まれていたが、今回は街並みが普通に残っていた。闘争の気配は感じられない。

 

「……平和そうだな。聖杯戦争はまだ起きてないのかな?」

 

 光己の魔力感知によると、市街地の中には一般人らしき反応が多数あった。ついでにサーヴァントとおぼしき強力な光も近辺にいくつかあるが……。

 

「そうですね。人の営みのある雰囲気は何だかとてもホッとします」

 

 マシュは現代の街並みというのをほとんど見たことがない箱入りなので、今回も物珍しげに辺りを見回していた。見ようによっては田舎から都会に出て来たお上りさんにも見える。

 ところで現代の市街地で活動するとなるとサーヴァントの服装は目立つので、ダ・ヴィンチが「こんなこともあろうかと!」ということで事前に霊衣を用意してあった。

 まずマシュは普段カルデアの中で着ている制服のままで問題なし。アルトリアは白いブラウスに紺色のリボン、同じ色のロングスカートに黒ストッキング、そして茶色のブーツを履いている。飾り気のないデザインだが、本人の性格とマッチしていてなかなか似合っている。

 ジャンヌは白いノースリーブのシャツの上に紺色のジャケットを羽織り、下衣はこれも紺色のキュロットスカートとニーソックスという出で立ちだ。明るい雰囲気で、普通に20世紀の学生に見える。

 ジャンヌオルタは黒のワンピースに紺のコートだが、スカート丈が非常に短いのでうかつに暴れたらパンツが見えそうなのが思春期少年的に大変好ましかった。

 エルメロイⅡ世は元々現代人なので自前で持っていて、黒いスーツの上に赤いコートを羽織っている。モルガンはさすがに間に合わなかったので、人前に出る時は霊体化することになっていた。

 なおマシュ以外のメンバーが普通の布製の服ではなくあえて霊衣を着るのは、霊衣ならば霊体化する時に同時に見えなくすることができるからだ。普通の服を着て霊体化すると、その服だけ残って見えて怪奇現象になってしまうのである。

 そして今召喚したヒロインXXは青い半袖シャツと白いホットパンツに黒タイツだが、なぜか遊園地のスタッフが着る服のようなデザインだった。元がOLだからか似合ってはいるけれど……。

 ついでに肩口とバストの下にベルトを付けているので、おっぱいが強調されていてかなりえっちい。

 

「あなたのヒロインXXが無事到着ですよ! えへへー」

 

 しかし当人はその辺あんまり気にしておらず、光己の前に登場すると速攻で抱きついた。

 もちろん光己も思いっ切り抱き返す。

 

「うん、いつもありがと。ホントに助かってるよ。服も似合ってる」

「どう致しまして! マスターくんのお役に立てて嬉しいです。

 はあー、こうしてると心が通じ合ってるのをビンビン感じられて最高ですね!」

 

 2人は人目も憚らず抱き合って2人の世界で幸せそうだったが、その様子を見つめるモルガンは羨ましげというか苦々しげというか、微妙な表情をしていた。

 

(ただ抱き合うだけでずいぶんと嬉しそうにゆるゆるに頬を緩めて……我が妹のくせに安あがりなものだな。

 しかし―――私は王になってからの2千年間、あんな顔をしたことがあっただろうか)

 

 いや地位や名誉や支配だけが幸せだとは言わない。妖精も人間も、自分が選んだ幸せを追求し、喜びにひたればいい。だがモルガン・ル・フェの目的はブリテンを支配することだったはずだ。

 むろんそれはそれとして満足していた。しかしそれ以外の喜びも悲しみも、愛も恋も枯れ果てたと思っていたのに、この胸の奥でもやもやしているものはいったい何なのだろうか。

 ―――とりあえず小賢しくも気配を隠しながら近づいてくる小物を感知したので、お花畑2人をいったん引っぺがした。

 

「我が夫、それに能天気妹。何者かが近づいてきています。そろそろ真面目にやりなさい」

「え!? あ、うん、そうだな」

「え、そうなんですか?」

 

 光己は分かっているようだったが、XXは気づいていないらしくきょとんとした顔をした。

 モルガンが今度はマシュに顔を向けると、こちらも気づいていない様子である。まあ接近者は気配遮断を使っているようだから仕方ないが。

 

「何者かって……敵なんですか?」

「悪意が感じられるから、恐らくな」

 

 モルガンがそう答えながらⅡ世の方に目をやると、若き軍師はこっくり頷いてマシュに問いかけた。

 

「―――そうだな。確かに今ここは平和な住宅街、しかも夜だ。ひとまず差し迫った脅威はない、そう思うかね?」

「……」

 

 マシュにはまだ脅威は感じられなかったが、モルガンほどの魔術師が「悪意を持つ者がいる」と言うのだからそちらの方が正しいとも思える。表情だけはこわばらせつつも沈黙していると、Ⅱ世は教師のような口調でまた説明を始めた。

 いや実際に指導しているのだろう。何分マシュはまだ経験が浅い上に、平和的で争いを好まない性格だからどうしても意欲や注意力に欠けるところは出るので。

 

「もしそう思っているのなら、その認識は甘い。魔術師同士の闘争においては目に映るものすべてを疑ってかかれ。例えばだな……。

 奇門遁甲、八門金鎖の陣!」

 

 Ⅱ世が手を翻して何か術を使うと一瞬周りにバチバチッと電流のようなものが走り、その直後に筋肉質で日焼けした肌の、骸骨の仮面をかぶった女性が現れた。

 いや瞬間移動の類ではなくちゃんと歩いて近づいてきていたのだが、気配遮断で存在感を極薄にしていたおかげでマシュやXXには知覚できなかったのである。

 そこへⅡ世が魔術的な陣地をつくって仮面の女性の技を破ったため、誰にでも見えるようになったのだった。

 

「ぐわぁ!」

「ッ!? 敵ですか!?」

 

 女性が慌てて跳びすさりいったん距離を取る。マシュは盾を出して光己の前に立った。

 

「貴様、どうやって我々の気配しゃウグッ!?」

 

 女性はおそらく「気配遮断を見破ったのか」と言おうとしたのだろうが、XXがアンブッシュにはアンブッシュ!とばかりにビームマシンガンをぶっ放したので言い終えることはできなかった……。

 

「追撃かけますよ! ダイナミック! かーらーのー! ダブル・エーーックス!!」

「グワーッ! ……サ、サヨナラ!」

 

 さらに情け容赦ない連続攻撃により謎の暗殺者はしめやかに爆発四散! インガオホー!

 

「……おや、サーヴァントにしては少々弱すぎるような」

 

 ひと仕事終えたもののちょっと物足りなさそうな顔のXXに、Ⅱ世は微妙にあきれつつも冬木市に来る前の表明通り解説を始めた。

 

「種明かしくらいしてやっても良かったと思うが、必要のない事でもあるしな……まあ済んだことは措いておくか。要はあのアサシンは分裂能力を持っていて、ああして自分の一部を遠くに送り出すこともできるというわけだ。

 分裂した一部だから1人1人はあまり強くない……といっても対軍宝具のない相手なら、人海戦術で圧倒することも可能だが」

「つまり、これで終わったわけではないと?」

「うむ、いずれ次があるだろう」

 

 ただこのアサシンは事情があって冬木市全域を監視する必要があり、全員を一度にこちらに送り込むわけにはいかない。人員を割けるようになった時点でバラバラに差し向けることになる。

 ちなみにⅡ世はアサシンの気配遮断を看破したのではなく、事前にアサシンの能力と行動傾向を調べてあって、レイシフトなんて派手な手段で踏み込めば彼女たちの監視網に引っかかって偵察が来ることを予測していたというオチだ。モルガンがアサシンを発見したのは魔術スキルだが、Ⅱ世は軍師らしく知略で戦果を挙げたのだ。

 

「その結果、兵法の禁則である戦力の逐次投入を余儀なくされて、各個撃破されることになるだろう。哀れな事にね」

 

 もっともアサシンは敵だからそこまで深く哀れんだりはしないが。そんな暇もないので。

 

「―――さて、ぐずぐずしている暇はない。次行くぞ次!」

「ええっ!? もう少し詳しく説明してくれてもいいんじゃ」

 

 光己が見た感じⅡ世はアサシンの事情とかをいろいろ知ってそうなのでちゃんと教えてほしかったのだが、Ⅱ世は急いでいるらしくさっさと歩き出してしまった。何を考えているのだろうか?

 

「彼のことですから、おそらくしかるべき絵図面を描いてはいるんでしょうけど……」

 

 あわててついて行く光己にアルトリアが横からそう言ってきたが、彼女にもその内容は分からないようだった。

 

 

 

 

 

 

 Ⅱ世が足を止めたのは海岸沿いの埠頭の一角だった。コンテナがたくさん積んであり、街灯はついているが人気(ひとけ)がなく物寂しい感じがする。

 本当に(すぐそばには)人がいないことを確かめてから、光己たちにまた説明を始める。

 

「そもそも冬木の聖杯戦争というのは詐欺みたいなものでね。

 願望機を巡るバトルロイヤル、という体裁は、他の参加者を釣るための真っ赤な嘘なんだよ」

「嘘って、そんな……! 願いを聞くと言って騙すなんて、刑事案件です!」

 

 純朴なマシュが彼女らしく憤りを見せたが、光己はもう少しスレているので見解が異なっていた。

 

「いやあ、何でも願いが叶うだなんて信じる方がおかしいだろ。仮にそれが本当だとしたら、絶対外部の連中に教えたりせずに独り占めするよな。

 ……ああでもあの時の大聖杯は所長を生き返らせることができたんだから、まったくのウソというわけでもないのか」

「…………」

 

 光己の台詞の最初のセンテンスにアルトリアがちょっと顔をそらしたがそれはともかく。マシュはジャンヌとジャンヌオルタが何か話しているのを見てふと気がついた。

 

「そうだ、先輩。今思いついたんですが、ルーラーならジャンヌさんにお願いしてはどうでしょう」

 

 マシュはフランスでルーラーのジャンヌに会っているし、ローマでスルーズがブーディカのクラスを変えたのを見ている。それでアーチャーのジャンヌをルーラーに変えれば良いのではないかと考えたのだ。

 ただこの場にワルキューレはいないが、モルガンならできるかも知れないし。

 

「おお、なるほど」

 

 それはいい考えだ。いやジャンヌが水着姿のままだったら却下していたが、今は水着の上に霊衣を着ていてクラスによる見た目の変化がないので、光己に断る理由はないのだった。

 さっそく当のジャンヌとモルガンに提案してみると、2人はごくあっさりと了承してくれた。

 

「分かりました、弟君がそう言うのなら」

「試したことはありませんが、魔術でできることであればできるでしょう」

 

 しかしさすがに術式を組むのに多少の時間を取っていたが、それでも施術は見事に成功した。頭のネジが全部抜けてふわっふわだったジャンヌの雰囲気がみるみる内に引き締まっていき、まさに聖女といった神々しささえ醸し出すまでに変貌する。

 

「おお、これは確かにフランスで会ったジャンヌ……いやそれ以上の圧倒的存在感だな」

「本当ですね……」

 

 光己とマシュが感嘆の声をあげたがそれも当然。フランスの時のジャンヌは本来の力を発揮できない状態だったのに対し、ここにいるジャンヌはフルスペックに召喚獣の霊基を合わせた160%のパワーを持っているのだから。

 

「ふむ、うまくいったようだな」

「はい、お手数かけました。今後はルーラーとして、オケアノスでルーラーアルトリアさんがしていた役目を引き継がせていただきますね」

 

 これでカルデア陣営にサーヴァント探知と真名看破のスキルが復活したが、そこでジャンヌはジャンヌオルタに顔を向けた。

 

「オルタ、貴女はどうしますか?」

「私は遠慮しとくわ。このままでも不都合はないし、アヴェンジャーに戻ったらマスターとあんまり気が合わなくなっちゃうしね」

 

 それにアヴェンジャーに戻ると人類を憎む度合いが増すので、今のジャンヌオルタにとってはメリットが何もないのだ。

 なおジャンヌがルーラーに戻ると姉属性が弱くなるので、これでウザ絡みが減るとひそかに喜んでいたりする。

 

「なるほど、それもそうですね」

 

 ジャンヌはそれで納得したが、するとそれを待っていたかのようにⅡ世が声をかけてきた。

 

「話は終わったかな。それじゃ説明を再開しよう。

 ……この戦いは参加したサーヴァントが脱落するにつれ、大災害のカウントダウンが進むという婉曲な罠だ。ここに召喚されたサーヴァントが一定数生け贄―――私の経験によると5騎―――になった時点で『この世すべての悪(アンリマユ)』が起動し始める」

 

 そうなると聖杯は地球破壊爆弾みたいなものになって、今この時点の人類史を破壊し尽くしてしまうのだ。

 光己たちが最初に赴いた特異点Fは、おそらく5度目の聖杯戦争が完遂された後の冬木市の姿であろうとⅡ世は見ていた。むろんこの儀式を発案した者たちも最初はこんなつもりではなかったのだが、とある事故のせいでそうなってしまったのである。

 ただもしすでに聖杯が起動していたのなら、今ごろこの街は特異点Fと同じような惨状になっているはずだ。

 

「だからここでの第4次聖杯戦争はまだ序盤だ。私の記憶とすり合わせて考えると、戦局が大きく動くのは今夜だと思われる」

「なるほど、それでさっきから時間を気にしてるんですね」

「ああ、今はともかく状況に先んじる事が肝要だ。そこで、この港湾地区が鍵に……」

 

 マシュの言葉にⅡ世はそう答えたが、その途中ハッと表情を引き締めた。

 

「―――っと、お喋りの時間は尽きたか。どうやら状況に追いつかれたようだ。

 すまんがマシュ嬢とアルトリア嬢以外は霊体化して下がっていてくれ。あまり人数が多いと要らん警戒をさせてしまうからな。

 特にレディ・モルガン。後方に攻撃が及ばん限り、声も魔術も出さんように」

「あ、ほんとですね。別の方向からサーヴァントが1騎ずつ、こちらに近づいてきています」

 

 ジャンヌがさっそく探知の仕事を行うと、モルガンたちはⅡ世が何を考えているかは分からないものの、何らかの思惑があるのは確かそうなので、とりあえず指示された通り霊体化して姿を隠した。

 そして問題のサーヴァントが現れる。

 先に現れたのは暖かそうな白いコートを着て白いロシア帽をかぶった若い女性だが、こちらはサーヴァントではなかった。サーヴァントはその傍らの、黒いスーツを着た男装の麗人である。

 

(ぶっ!?)

 

 その姿を見た瞬間、モルガンはあやうく噴き出しそうになっていた。

 

(アルトリアではないか! この愚妹、何度も出てきて恥ずかしくないのか!?

 ……っと、私ともあろう者が取り乱したな、落ち着かねば。

 なるほど、Ⅱ世が私に声を出すなと言ったのはこれを知っていたからか。私が出たら話がこじれるのは必定だからな)

 

 それにしてもⅡ世は何を考えているのだろうか。モルガンが興味津々で事態の推移を見守っていると、白い女性がこちらに声をかけてきた。

 

「そこのあなたたち、いったい何者なの?

 サーヴァントを連れている以上は聖杯戦争の参加者みたいだけれど……」

「アイリスフィール、奇妙です。さっきまで我々を誘っていたランサーの気配がない」

 

 一方向こうのアルトリアは何かを訝しんでいるようだ。

 Ⅱ世がそれに答える前に、こちらのアルトリアがすっと彼のそばに近寄って小声で訊ねる。

 

「Ⅱ世、ここで2人を説得するんですか?」

「いや、それをするには時間が足りない。今は退散させるだけに留めてくれ」

「承知しました」

 

 そう言ってこちらのアルトリアが前に出ると、その顔を見た2人は当然ながら仰天した。

 

「なっ、セイバー……!? そんな、まさか同じクラスどころか同じサーヴァントが召喚されるなんて」

「私……!? そんなバカな」

「驚くのは分かりますが、今は説明している暇がありません。ここは速やかに回れ右していただけると、お互い手間が省けるのですがどうでしょう」

「…………」

 

 アイリスフィールもセイバーも、すぐには答えを出せなかった。

 怪しいといえばすこぶる怪しいのだが、事情を話すつもりはなさそうだし、戦っても不利なのは分かり切っている。セイバー同士が互角だとしたら、残る3人がアイリスフィールを囲んで襲えばいいのだから。

 

「もちろん、帰る背中に聖剣ぶっぱなんてするつもりはありませんのでご安心を」

「……」

 

 やはり彼女は聖剣の騎士王で間違いないようだ。

 ならば「背後を襲わない」という言葉をたがえることはないだろう。

 

「……分かりました。ここは退きましょう」

 

 2人がまだ納得しがたいという面持ちながらもおとなしく去って行くと、アルトリアはまたⅡ世に向き直った。

 

「それで、なぜそんなに急いでいるんです?」

「ああ、本命がそろそろ来るんだ。本来向こうの貴女に挑戦するはずだったサーヴァントを、奇門遁甲陣で閉め出してあったからな」

 

 その言葉が終わってから30秒も経たぬ内に、アイリスフィールたちが現れたのとは別の方向から何者かが現れる。

 黒いドレスを着た金髪の若い女性だ。竜か蛇のような青く太い尻尾があり、右手に黒い槍を持っている。またそれとは別に、背中に何本かの武器を背負っていた。

 性格的には勝気というか、サディストっぽい印象を受ける。

 もちろんサーヴァントだ。ジャンヌが慌てて姿を現し、真名看破の結果を告げる。

 

「真名ヴリトラ、ランサーです! 宝具は『魔よ、悉く天地を塞げ(アスラシュレーシュタ)』、彼女の分体である魔の軍勢を呼び寄せるものです」

 

 するといきなり真名を暴かれたヴリトラは当然驚いて何か言おうとしたが、その前に空中にスクリーンが現れてヒルドの顔が映し出された。

 

《管制室に残ってて良かったよ、これがワルキューレの勘ってやつだね!

 マスター、ヴリトラっていえばインドの有名な邪竜だよ。どう見ても交渉で血をもらえるとは思えないから、どつき倒して分捕ろう!》

「……!?」

 

 初対面の相手に血を分捕ると言われてヴリトラは怒るより前に当惑したが、そこにⅡ世が割って入った。

 

「ちょ、ちょっと待ったヒルド嬢。そこにいたのなら、むやみにサーヴァントを倒すのはNGだと知っているだろう」

《聞いてたよ、でも霊基を丸ごと食べちゃえば大丈夫だよね。むしろその方がマスターがよりパワーアップできて望ましいかな》

「ちょ!?」

 

 蛮族脳を上回る戦乙女脳にⅡ世は気が遠くなったが、ここまで言われては元々「世界に対するドS」であるヴリトラがおとなしくしているわけはない。

 

「よく分からぬが、わえを喰おうというのか? きひひ。活きのいい人間は好きじゃが、逆にわえに喰われぬようにの!?」

 

 ヴリトラがむしろ嬉しそうに得物の槍を構える。こうしてⅡ世にとっては不本意極まる戦いが始まった。

 

 

 




 私の書く小説ですから、原作に出て来ないサーヴァントが出て来るのはいつものことです(ぉ
 もちろんこの先も、Ⅱ世の記憶にないサーヴァントが出ることは決定済みです(愉悦)。
 ところで特に5章以降はファヴニールではネームバリューが今イチですので、第108話で軽く伏線を張った通り合体(意味浅)で進化してもらおうと思ったのですが、進化先に迷ったのでアンケートで決めたいと思います。期限は次話を投稿した時までということで。

 進化先1:八岐大蛇……日本神話最強の大怪獣です。「八ツ身分裂の術」を会得できれば大奥の運営がしやすくなります。ついでに神剣でコヤンをシバいて裸土下座させましょう(ぇ
 進化先2:リヴァイアサン……タラスクのパパンです。FGOではなぜかペンギンですが、「完全流体」スキルがあります。「黙示録の赤い竜」に進化できるチャンスが微レ存です。
 進化先3:アルビオン……機動力が強みです。モルガン陛下大勝利ルートに近づきます。どこかの誰かがアップを始めます。「竜の遺産」という謎スキルを習得します。


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第135話 邪竜相闘

「ええい、何故こんなことに!?」

 

 エルメロイⅡ世がいまいましげに吐き捨てる。

 アイリスフィールとセイバーを追い返すところまでは筋書き通りだったのに、まさか次に現れた「ランサー」がフィオナ騎士団の一番槍ディルムッド・オディナではなく、見たこともないインドの邪竜ヴリトラであったとは!

 しかもヒルドがケンカを売ったので、この場では言葉での和解は不可能だろう。この上はある程度ダメージを与えて撤退させるか、それともヒルドが言った通り光己に喰わせるか?

 どちらにしてもヴリトラのマスター(であるはずの)ケイネス……かつての師であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトは死なせないようにしたいものだが……。

 

「やむを得ません。行きます!」

 

 アルトリアもヴリトラの出現とヒルドがケンカを売ったことは予想外だったが、今は戦うしかない。風王結界を構えて、ヴリトラの槍を受け止めた。

 霊体化していたジャンヌオルタ、モルガン、ヒロインXXも実体化して参戦する。

 

「ほぅ、霊体化して隠れておったか。7騎がかりならわえに勝てると思ったわけじゃな」

 

 ヴリトラは8対1となっても余裕ありげな態度を崩さなかった。実力には自信があるようだ。

 もっとも彼女には「進化のための必要悪である障害」という面があって、全力を出した自分を人間たちが倒すというのはむしろ望むところというややこしいスタンスを取っているからでもあるのだが。

 

「……っく!」

 

 実際ヴリトラは強かった。槍を受けたアルトリアの手が痺れ、後ろに押されてよろめいてしまう。

 サーヴァントの枠にはめられているとはいえ、さすがはかのインドラが搦め手を使わねば倒せなかった強大なる邪竜だった。元々人間ではないからか槍術の技量はさほどでもないが、恐るべき剛力と速さである。

 

「ならば私も!」

 

 それを見たジャンヌが旗槍を振りかざして横合いから躍りかかった。今の彼女は160%パワーであり、前衛も十分以上にこなせるのだ。

 旗槍と槍が激突し、耳障りな金属音を響かせる。

 

「おぉっ!? 2人ともこの時代の女学生にしか見えぬのに大したものじゃ……っと!」

「ちっ、逃れましたか」

 

 XXのアンブッシュを、ヴリトラは後ろに跳んで避けていた。ギリギリ、いや頬に掠り傷がついていたが、それで済ませただけ大したものであった。

 ついでアルトリアとジャンヌが左右から飛びかかろうとしたが、ヴリトラは身体の周りに金色に光る丸ノコギリの刃のようなものを展開してそれを阻む。単なる槍使いではなく、魔術あるいは魔力を操ることもできるようだ。

 今回は2人がちょっと腹部を斬られただけで済んだが、一歩間違えば重傷を負いかねない危険な技に見えた。

 

「ふむ、ならば私は彼女のマスターを討ちましょうか。サーヴァントがいかに強くても、マスターが死ねば終わりになるはず」

 

 その様子を見ていたモルガンがすっと槍を頭上に掲げる。ヴリトラのマスターが魔術迷彩で隠れているのはとっくの昔に見抜いていて、それを貫通して一撃で葬るくらい、彼女にはたやすいことであった。

 ―――が、それをⅡ世が慌てて小声で止める。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!

 いや確かに貴女の言う通りではあるが、個人的にヴリトラのマスターは殺したくないんだ」

「……」

 

 モルガンの目がすっと細くなり、危険な光を帯びる。

 まさか裏切る気か?と疑ったのだが、さすがにそれはあるまいとすぐ否定した。

 

「どういうわけだ?」

「そのマスターは私の旧師なのだ。いや私の記憶通りならばという前提がつくのだが……」

 

 ランサーがヴリトラに変わっていたなら、ケイネスも他の者に変わっていてもおかしくはない。早いところ姿を見せてくれればいいのだが、こちらの後衛サーヴァントに攻撃されるのを恐れてか出て来る気配はなかった。

 しかし通常の聖杯戦争で神霊が召喚された例などないのに何故あんな高位神霊が出現したのか。もしかしてこちらのマスターが神性と魔性を持つ竜種だから因果をさかのぼって影響を受けたのか?

 

「なるほど、ならば気絶させる程度にしておけばいいか。

 我が夫、それでいいですか?」

 

 モルガンは独断で遂行せず、事前にマスターに確認する程度には気づかっているようだ。

 光己もⅡ世もこの方針なら文句ない。

 

「そうだな、それでお願い」

「分かりました、では」

 

 モルガンが改めて槍を掲げると、ヴリトラの後ろのコンテナの陰から赤い血煙のようなものが沸き上がって、槍の柄の中に吸い込まれた。

 いや本当に血を抜いたのではなく、ケイネス(と思われる者)から抜き取った魔力が血煙のように見えているだけである。

 ついでどさりと人が倒れたような音が聞こえた。うまくいったようだ。

 何しろモルガンは他者の魔力を吸収する術には非常に熟達しているので、迷彩越しでもちょうど失神する程度に奪うくらい朝飯前なのである。

 

「うまくいきました。これでヴリトラはすぐに魔力切れに陥ることでしょう」

「いや、あそこにいるのがケイネス卿ならそうはならない。ヴリトラに魔力を供給しているのは彼ではなく、婚約者のソラウ嬢なのでな」

「……ほう」

 

 それはモルガンにとっても光己にとっても意外な話だった。

 もっともヴリトラはどう見ても燃費は悪そうなので、どちらにせよ長期戦になればこちらが有利になるだろうが。

 今は3人がかりで攻撃して、攻め切れてはいないものの宝具を使う暇は与えていない。しかし高速で接近戦をしているので、Ⅱ世やジャンヌオルタが支援攻撃を加えるのは難しかった。

 

「でも3対1でやり合えてるだけでも凄いよなあ。特にアルトリアの剣なんて目に見えないのに」

「そうだな。ヴリトラの方が間合いは広いとはいえ、さすがは高名な邪竜というところか」

「それで我が夫。ヴリトラをどうするのですか?」

 

 ヒルドが言った通り本当に喰ってしまうのか、それとも追い払うのに留めるのかということだ。

 いやいくら光己が竜人とはいえヴリトラの霊基をまるごと喰うなんてできるのだろうかという不安はあるし、かといって彼女は多少打撃を与えたくらいで退いてくれるほどぬるい相手ではなさそうだが。

 

「んー、まあここまで来ちゃったら喰うしかないかな、と。

 でもあの中に割り込むのは無理だからまずは遠隔ドレインかけて弱らせたいけど、ヴリトラは対魔力も高いみたいだからケガさせないと難しいな」

 

 遠隔ドレインは戦国時代に行った時にギルガメッシュにやったからカンは掴んでいた。

 ヴリトラを霊基ごと喰うとしたら、まずある程度魔力を奪って弱らせた上で、じかに接触する必要がある。いきなり全部は無理だった。

 

「なるほど。しかしああも敵味方が近づいていると私でもやりづらいですね」

「うーん、そっか……つまり一瞬でも引き離せばいいんだな。

 アルトリア、いくぞ!」

 

 それなら経験がある。光己はまずアルトリアに声をかけて注意をうながしてから、久しぶりにカルデア支給の礼装の機能を使用した。

 

「『瞬間強化(ブーステッド)』!」

 

 すると礼装からアルトリアに魔力が送られ、ごく短時間ながら出力が大幅に上がった。少女騎士が剣を握り直し、力を込めて横薙ぎに振り抜く!

 

「ぬぅおっ!?」

 

 ヴリトラは何とか槍で受けたものの、弾き飛ばされてコンテナに背中を打ちつけた。その隙を逃すカルデア現地班ではない。

 

「てりゃあ!」

 

 ジャンヌオルタが黒い炎を飛ばしてヴリトラの足にからみつかせ、同時にⅡ世も火炎弾を飛ばす。ヴリトラは火炎弾は殴って潰したものの、黒い炎はまともに受けてしまう。

 

「熱っ!? ふん、そう来なくてはのう」

 

 ヴリトラはそれでも余裕そうだったが、次に何本もの魔力の剣が腹や腰に突き刺さったのはさすがに効いた。貫通はしなかったが痛みでよろめき―――はしたが、すぐに体勢を立て直すと加害者に向かって手のひらをかざす。

 その手の先に蒼い炎が燃えた直後、光己たちの周りに青い箱のようなものが出現する。

 

「……わえのものじゃ!」

 

 ついで箱が急速に縮んでいく。まるで光己たちをそのまま押し潰そうとするかのように。

 

「小癪な!」

 

 しかしモルガンが槍を向けると、箱は外側にはじけて消えていった。魔術的な技量ではモルガンに分があるようだ。

 

「むう! 本当にやるのう」

 

 ヴリトラが感心したかのような、困ったような声を上げる。

 ここはもう1度接近戦に戻るか、それとも距離を取って宝具を使うか?

 しかしヴリトラが結論を出す前に、アルトリアが突っ込んできた。モルガンたちに支援してもらうより、ヴリトラに宝具を使わせない方が有利と踏んだようだ。

 

「させませんよ!」

「ぬっ!」

 

 もちろんジャンヌとXXも参加して、先ほどと同じ状況に戻る。

 といってもヴリトラを負傷させるという目的は果たしたわけで、光己はまず礼装を脱ぐと、角と翼を尻尾を出す神魔モードを展開した。

 

「…………!?」

 

 その変貌を初めて見たモルガンがかなりびっくりした顔をする。

 いや生前の部下にも似たような芸当ができる者はいたが……。

 

「みんなありがと! それじゃいくぞ悪の奥義! 名付けて『魂喰いの魔竜』!!」

 

 いつもの厨二っぽいネーミングにモルガンとⅡ世がまた微妙な顔をしたが、効き目のほどは確かだった。2人の知覚力には、ヴリトラの傷口から大量の魔力が光己の黒い翼に吸い取られているのが感じられる。

 

「ぬむぅ、まさかサーヴァント化したとはいえわえから魔力をこれほど吸い取るとは、そちらのマスターもなかなかやるのぅ。だがそうそう好きにはさせぬ!」

 

 それに気づいたヴリトラがまた光の円刃を展開しつつ、体ごと光己たちの方に突っ込んでいく。刃はかなり大きいので、アルトリアたちには阻みようがない。

 

「いえご心配なく! ここは私にお任せ下さい」

 

 しかしそういう時こそ後輩の出番である。マシュは「時に煙る白亜の壁」をみずからの前面に展開すると、自分から前に出てヴリトラの突進を受け止めた。

 

「おぉ!? 見た目通り防ぎが達者な者もいるのか」

「見事だマシュ。あとは私が」

 

 すかさずモルガンが次の魔術を使い、ヴリトラの足元からコールタールのような黒く重い魔力の濁流を出現させる。ジャンヌオルタの炎で足を火傷していたヴリトラは踏ん張り切れず、後ろに流されてしまった。

 それを確認したモルガンがかすかに微笑む。

 

「モルガンさん、どうかしましたか?」

「……いや、何でもない。こうしておまえと組んで戦うのも久しぶりだと思っただけだ」

 

 敏感にもそれに気づいたマシュに、モルガンは普段より少し柔らかい口調でそう答えた。

 あの頃は王ではなかったが、それでも懐かしく思う。もしここに■■■■■もいてくれたなら―――いや詮無いことだ。

 

「それで我が夫、その姿はどうしたことだ?」

 

 見れば光己は全身の肌が黒い鱗に変わっており、腕や脚からは円錐形の突起が何本も生えている。まるで人型のドラゴンにでもなったかのようだ。

 ■■■■■■でもそこまではしなかったというのに、この男大丈夫だろうか。

 

「うん、これは神魔モードの第2形態。ヴリトラはだいぶ弱ってきたみたいだし、これなら接近戦に入り込んでも大丈夫」

 

 しかし光己は軽い口調でそう答えると、ぱっと飛び出して闘争の輪に加わった。

 ヴリトラはマスターが変身して接近戦に混じってきたことに驚いたが、アルトリアたちとの戦いが劣勢になってきたこともあって、彼が背後に回るのを許してしまう。

 

「えーと。いきなり血を分捕るとか喰うとか言って申し訳ないとは思うんですが、これも人理のため。どうかご容赦を」

 

 光己は基本的には善良でお人好しなタイプなので、人型の知的生物にこちらの都合でケンカを売って丸ごと喰い尽くすという蛮行には正直罪悪感を覚えるのだが、ここまで来たらやり通すしかない。悪魔の翼の指先をヴリトラの背中に突き刺した。

 

「ぐぅっ!?」

 

 魔力どころか霊基そのものが吸い取られていくおぞましい感触にヴリトラが眉をしかめる。

 槍か円刃で追い払おうと思ったが、そうはさせじとアルトリアたちが斬りつけてくるのでその暇もない。

 

「ぐ、ぅ、ぅ……」

 

 霊基と魔力を急速に失いつつあるヴリトラの姿がだんだん薄く透明になっていく。そしてついに、現世から消失して座に還ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「敵サーヴァント、消滅しました……戦闘完了です」

 

 神霊サーヴァントと戦って2人が軽傷を負うだけですんだというのに、マシュは顔色がちょっと冴えなかった。光己と同じで、蛮行に心を痛めているのだろう……。

 その光己は自分より強いサーヴァントの霊基を丸ごと飲み込むという荒行をしたため、かつてない全身の痺れと倦怠感で目を回して気絶していた。最後の根性で神魔モードを解除して人間モードに戻っているが、しばらくは起きそうにない。

 なお2人の傷はモルガンが治癒魔術で治している。

 

「マスターくん、大丈夫でしょうか……?」

 

 ヒロインXXが光己を心配して膝枕しているが、スクリーン越しに診察したヒルドはいたって暢気な口調で言い切った。

 

《大丈夫、命に別状はないよ! あれだけの霊基を消化するには相応の時間が必要だけど、明日の朝か昼頃には目を覚ますんじゃないかな。どれだけ成長するか楽しみだよー》

 

 そのお軽い様子にXXは怒るというよりあきれたが、このままでも大事ないのであれば言うことはない。

 

「そうですか、それは良かったです。あとヴリトラさんのマスターはどうします?」

「そうだな、マスターがこの様子では意見を聞けない。Ⅱ世に任せるしかあるまい」

 

 モルガンがそう言って水を向けると、Ⅱ世は元々の計画を打ち明けてきた。

 

「ああ、当初の予定では今日は後日また会う約束をするにとどめて、明日の夜に説得をして冬木市(ここ)から帰ってもらうつもりだったんだが……」

 

 もっともケイネス(と思われる者)がサーヴァントを失ったのなら、嘘八百を並べ立てる必要はない。Ⅱ世がライネスの名代だとか、アーチボルト門閥がカルデアスやレイシフトといった偉業を実現しただとか、トランベリオ一派の陰謀がどうとか、そんなたわごとを吐かなくても、敗北の事実を受け入れさせるだけで戦闘放棄してくれるはずだ。

 放棄しなければⅡ世たちが手を下さずとも、他のマスターとサーヴァントに殺されるだけなのだから。聖堂教会に保護を頼むという手もあるが、誇り高き一流魔術師がそんな屈辱的な道は選ぶまい。

 

「ケイネス卿が泊まっているホテルは知っているから、とりあえずそこまで送って来よう。レディ・モルガン、同行を頼む」

「良かろう。アルトリア、貴様も一緒に来い」

 

 Ⅱ世がモルガンに同行を求めたのは、彼女が自分を一瞬だが疑ったことに気づいていてその疑念を解消させるためであり、モルガンがアルトリアに声をかけたのは万が一敵襲を受けた時の用心のためである。

 アルトリアはモルガンの一方的な要求を受け入れるのは面白くなかったが、彼女の言い分自体は妥当なので拒否することはできなかった。

 ―――そうして3人は出かけていったが、やがて戻ってきた時Ⅱ世はどこか疲れたような、落ち込んだような複雑な表情をしていた。

 

「Ⅱ世さん、どうかしたんですか?」

 

 心配したマシュがそう訊ねると、Ⅱ世は隠すようなことでもない、いやきっちり説明しておくべきことだと考えたのか普通に教えてくれた。

 

「ああ。ヴリトラのマスターは私の記憶通りケイネス卿だったのだが……ヴリトラというのはかなり扱いにくいサーヴァントだったらしく、心労がひどかったのがお労しくてな。聖杯戦争に緒戦で敗北してしまったのだから尚更だ。

 時計塔に帰ることには同意してくれたし、レディ・モルガンに魔力を少し返してもらったから身体面の問題もないのだが」

「そうですか……でも聖杯戦争に参加してサーヴァントを失ったマスターが無事に帰れるのは幸運なことなのでは?」

「ああ、実際そのためにこうして一芝居打ったのだからな。結果良ければ全て良しということにしておくさ。ディルムッド・オディナを召喚しなかったのだから、ソラウ嬢との仲もそこまで悪化はしないだろうしな」

 

 Ⅱ世はそう言うと、いくらか愁眉を開いた。

 特異点の中で人助けをしても実質的な意味はあまりないのだが、それでも助けたい人を助けることができたのは事実なのだから。

 

「しかしマスターがこの状態では、今日はもう活動できないな」

「まだ何かする予定があったのですか?」

「いや、明日の夜までは何もない。だからどこかのホテルにでも……いや、これは困ったことになったぞ」

「何か問題があるのですか?」

「ああ……現代日本(ここ)の金がないんだ」

 

 

 

「「な、何ですってーーー!?」」

 

 マシュやXXたちの驚く声が唱和する。

 そういえば特異点F以来ずっと現地のお金を持たずにレイシフトしてきたが、今度こそお金なしでは寝床を得られない特異点に来てしまったのだ。段蔵がいれば悪党の金持ちの家から頂戴してくることができるが、今ここにいるメンツではバレずに盗むことはできないだろう。

 

「うーん、先輩が毎回危惧していたことがついに現実になったのですね。どうしましょうか」

「そうだな…………仕方ない。今日のところはカルデアからテントを送ってもらって、どこか広い公園でキャンプでもしよう」

 

 冬木市の地図は持って来ているし、水や食料はテントと一緒に送ってもらえばいい。先のことはともかく、今夜はそれで済むはずだ。

 

「そうですね、そうしましょう」

 

 こうしてカルデア一行は新しい方針をさだめると、ひとまずこの場を立ち去ったのだった。

 

 

 




 多数のアンケート投票ありがとうございました。
「アルビオン」が最多数でしたので、これでいこうと思います。
 今後ともよろしくお願い致します。




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第136話 最後にして最新の竜

 竜が空を翔けている。何もない海の上を、どこか寂しそうに。

 いや、土の中を掘って潜っているのか? まるで地の底までたどり着こうとするかのように。

 

 …………。

 

 ……。

 

「んー、何か変な夢見たかな?」

 

 光己が目を覚ますともう朝になっていて、芝生の上に敷かれたブルーシートの上に寝転んでいた。

 今日も天気がいいのは良いが、まだ全身がだるい。

 そこに真正面から声がかかる。

 

「先輩、目が覚めたんですね。おはようございます、お加減はどうですか?」

 

 ほっとした様子で顔を覗きこんできた後輩に、光己はなるべく平静そうな声をつくって答えた。

 

「うん、おはよう。まだちょっと調子悪いけど、起きて歩くくらいはできるよ」

「それは良かったです。朝ごはんはどうしますか?」

「んー、もう少し休んでからにしようかな。マシュの膝枕もう少し堪能したいし。

 ところでここどこ?」

「もう、先輩ってば」

 

 マシュは光己のセクハラ発言にちょっと頬を膨らませつつも、昨夜光己が気絶してからの経過を説明してくれた。

 それによると、昨晩はホテルに泊まろうとしたがお金がなかったので、ここ海浜公園でテントを張って一晩過ごそうとしたという。ところが冬木市には「管理人(セカンドオーナー)」がいて霊脈を独り占めしているせいで補給物資を送ってもらうためのサークルを設営することができず、やむをえず霊脈の要石(かなめいし)を壊してから設営したそうだ。

 それでようやくテントと水と食料が手に入ったので、この公園で一晩過ごしたというわけだ。

 

「そっか、マシュもみんなもお疲れさま。

 でもそれだとその管理人って人怒るんじゃない?」

「はい、それはそうですが背に腹は代えられないといいますか、Ⅱ世さん的には無問題といいますか」

「ふうーん、よく分からんけどⅡ世さんがそう言うならいいか」

 

 魔術師の裏事情のあれやこれやなんて一般人の光己には分かりやしない。深入りはしないことにした。

 

「じゃあそろそろ起きるかな。シャツがじめじめして気分悪いし」

 

 思春期男子としては美少女の太腿をもう少し味わっていたいという欲求もあったが、それは寝汗を拭いてさっぱりしてから再開することもできる。光己は上半身を起こして、礼装とその下のシャツを脱いだ。

 するとそれを見ていたジャンヌオルタがあっと驚いた声をあげる。

 

「マスター! アナタ胸の紋章がなくなってるじゃない。もしかしてヴリトラのせいで竜種じゃなくなっちゃったとか!?」

 

 ジャンヌオルタはかつてファヴニールを召喚したことがある身なので、その絵的な象徴ともいえるあの竜を下から見たような図柄には特別な関心があるのだ。

 言われた光己もそれに気づいて、んーっと考え込むような顔をする。

 

「…………いや、俺が竜種であることは確かだよ。でも何か今までと魔力の感じが違うかな?」

 

 それは自分より強い竜種の霊基を消化吸収した以上何の不思議もないことだったが、それを聞いたヒロインXXがおおらかな確認法を提案してきた。

 

「じゃあ、変身してみればいいんじゃないですか?」

 

 確かにそうだが、身長30メートルの巨竜はいかにも目立つというか、人に見られること自体が大変マズい。しかしここには大変優秀な魔術師がいた。

 

「なら私が認識阻害と人払いの魔術を使いましょう。その範囲から出なければ問題ありません」

「おお、ホントにさすルーンに劣らない便利さぶり……」

 

 そんなわけでドラゴンの姿を隠蔽する手筈が整ったので、光己は服を脱いで竜モードを披露することにした。

 この際全裸になる必要があるのが、特にうら若い女性たちの前だと大変恥ずかしい。魔術でどうにかできないかとも思うが、光己が魔術を習うのはブラダマンテが嫌がりそうなので控えているのだった。そちらの素質はあまりないらしいし。

 

「それじゃ行くかな。目覚めよ、我が新たなる力!」

 

 すると光己の体が周囲の魔力()()()()()をブラックホールのような勢いで吸収しつつ、少しずつ膨張していく。途中でモルガンがかけた認識阻害と人払いの術式まで吸い込みそうになって当人が慌てて掛け直す一幕もあったが、どうにか変身は完了し巨大なるドラゴンの雄姿が現れた。

 全身真っ黒で、形状はファヴニールに似ているがやや細身で身長も一回り低い。外皮はメタリックな感じがして、戦闘機のような印象も受ける。総魔力量は以前とさほど変わっていないようだ。

 それを見定めたモルガンが感極まったような嘆声を上げる。

 

「おおぉ、あれはまさしくアルビオン……まさかこの地で、それもこんなに早く目にすることになろうとは。

 妙な翼がついているのが少し気になるが」

 

 竜の背中には彼女が知るアルビオンの鉄の機械のような翼に加えて、その上に白い羽の翼、下に黒い皮膜の翼が一対ずつ生えていた。あれは何を意味するのだろうか? いや昨晩彼が背中に生やしていたのと同じものだというのは分かるが。

 また彼女の傍らでは、ジャンヌオルタがまったく方向性が異なる感想を述べていた。

 

「アルビオン……? 聞いたことがない名前ね。

 ファヴニールじゃなくなったのは残念だけど、6枚の翼ってのは熾天使っぽくていいわね。いえ普通に白い羽翼が6枚だったらイヤだけど、魔も含めた3つの属性に分かれてる所がCool」

「おお、やはりジャンヌオルタは分かってるな。望んで歩いている修羅の道とはいえ、いやそれだからこそ信じられる盟友の絆はコーベインよりも重い価値がある」

「当たり前でしょ。同じ宿業(サガ)を持つ者同士なんだから」

 

 2人の宿業はともかく、モルガンの話が聞こえたエルメロイⅡ世は顔色が真っ青になっていた。

 

「アルビオン……まさかあのアルビオンだというのか?

 いや『本物』はとっくの昔に死去しているから、今のマスターはまがい物、サーヴァントのようなものなんだろうが……それにしたってとんでもないぞ」

「知っているのか雷……もといⅡ世」

 

 邪ンヌの妙な問い方が少し気になったが、Ⅱ世はスルーして普通に答えた。

 

「ああ、いささかな。何しろ時計塔はかの竜の遺体の上に建てられているんだ。

 アルビオンというのは汎人類史においては表世界に残った最後の竜で、竜種の中の冠位(グランド)とも言われる超存在だ。今言った通り既に没しているが、生前は体長が2キロほどもあったと推測されている。

 またこの名はブリテン島の古名でもあり、近世ではイギリス人とその国家の異名でもあった」

「それはまた大層なものね……でも今のマスターは魔力量はファヴニールと変わらないし、身長なんて縮んでるくらいよ?」

 

 ジャンヌオルタは目の前の事実とⅡ世の説明の乖離ぶりが気になったようだ。

 Ⅱ世にもそれには同意だったので、事情が分かりそうな大魔術師に意見を求めることにする。

 

「レディ・モルガン。これについて何か見解はあるかね?」

「別に難しい理屈ではないな、今の我が夫はまだ幼生なのだ。

 強大すぎる霊基を喰ったせいで身体が化学変化を起こしたのだろうが、総魔力量はそんないきなり増えないということだな。

 それにしても体長2キロか……もしそこまで成長したら今の80倍くらいだから、体重と魔力量は単純計算だと51万2千倍ということになるな」

「ご、ごじゅうまんばい!?」

 

 何か桁が違いすぎる数字にジャンヌオルタが裏返った声を上げる。

 ファヴニールの50万倍以上とかどんだけぇ!?

 

「いやあくまで推測だから、そうなると決まったわけではない。

 しかしこちらではアルビオンはブリテンの象徴ともいえる存在なのだな。

 まさか召喚されてからたったの2日後に、我が夫がブリテン王配(女王の配偶者)として最高に相応しい存在になるとは……」

 

 これは今度こそブリテンが自分を王として認め招いたという証ではあるまいか。

 今までずっと逆風に抗う人生を歩んできたが、ようやく順風が吹いてきた!

 待っているがいいブリテンの島と民よ。人理を修復した暁には、すぐさま降臨して極上の支配をくれてやろう!

 ……などとモルガンは感動のあまり普段の冷徹さを忘れて踊り出しそうになったが、人前なのでそれは抑えた。

 

「でも何でアルビオンなわけ? ドラゴンなら他にもいっぱいいるのに」

「んん? そうだな、それについても推測になるが、確か我が夫はカーマや玉藻の前の影響で能力を習得してきたのだろう? 今回は私やアルトリアたちの影響を受けたのだろうな。

 私がいなければ『赤い竜』になっていたかも知れないが、何しろ私と我が夫は政略結婚とはいえ夫婦だからな。5対1だろうと、影響を与える度合いは私が上だったということだ」

 

 ふふん!と自慢げに鼻を鳴らすモルガン。よほど嬉しいらしい。

 ところがそこに、無粋にもⅡ世が水を差してきた。

 

「なるほど……しかしレディ、見た目以外にマスターがアルビオンだという根拠は何かあるのかね?」

 

 どうやらⅡ世はまだ信じ切れないでいるようだ。まあ無理もないことで、モルガンは彼の希望通り根拠を示してやることにした。

 

「そうだな。異聞帯ブリテンにおいては、アルビオンの固有能力は慣性制御……0.3秒で音速を超えつつ、その急加速による反動も無効化するというものだった。それと滅多に使わなかったが、『境界にかかる虹』のごとき破壊の光のブレスもあったな。

 我が夫は変化したてだからそこまではいくまいが、能力自体はあるはずだ」

「ほえー」

 

 自分のことでありながら、光己は現実感がわかないのか反応はのんびりしていた。

 そこへせっかちにも、女王様が実演を要求する。

 

「というわけで、やってみて下さい」

「ええ!? いやそんなことしたら認識阻害の効果範囲から出ちゃうでしょ」

「む、そういえばそうでしたね。では人間の姿で」

「……ほむ」

 

 まあいつまでも竜の姿でいても仕方ないので、光己は人間モードに戻ることにした。

 当然ながら服を着た後、その慣性制御とやらをまずは軽く試してみる。

 

「――――――んー、何かできそうな気配すらしないんだけど」

「では神魔モードとやらで試して下さい。確か()()も『翼を展開した私は最速』とか言っていましたから」

「ほむ」

 

 言われるままに光己が神魔モードに入ると、角は額に黒く短いのが3本生える形になり、尻尾は妙に細くなっていた。翼は竜モードの時と同じ3対で、1番上に白い羽の翼、真ん中に黒い機竜の翼、その下に黒い皮膜の翼が生えている。

 

「ふむ、やはり羽と皮膜の翼以外は彼女に似ていますね」

 

 モルガンは光己の姿に何か心当たりがあるようだが、先日「実際に行く時になってから話すことにします」と言った通り詳しいことを語るつもりはないようだ。

 仕方ないので、改めて実演することにする。機竜の翼に意識をかけて、飛ぶことを念じた。

 その瞬間、バネ仕掛けで射出されたかのようにポーンと数十メートルも飛び上がる!

 モルガンが言っていたように、急な加速によるGもない。

 

「おおっ!?」

 

 そこはまだ認識阻害の効果範囲内だが、このまま上昇したらすぐに出てしまう。光己が慌てて降りようとすると、また一瞬で地面に着いて足裏で穴を開けてしまった。

 慣性を操るといっても、ぶつかった対象にまで効果はないようだ。

 ついでに制御もけっこう難しそうである。実戦で使うには相当な練習が必要だろう。

 ―――しかし能力を持っていることの証明にはなった。普段無表情なモルガンが、心底嬉しそうな面持ちで近づいてくる。

 近づいて……鼻と鼻がくっつきそうな至近距離まで来た。

 いつもはあまり光を感じない水色の瞳が、今は生命ある宝石のようにきらきらと輝いている。光己はその双眸から目をそらすことができなかった。

 胸の鼓動が激しく高鳴る。

 

「やはり我が夫はアルビオンで間違いないようですね。心から嬉しく思います。

 ところで私、私を振るような男には死ぬまでつきまとって呪ってしまう重い女ですので、その辺り気をつけて下さいね」

 

 もっともそのドキドキは一瞬で吹き飛んでしまったけれど。

 

「ちょ!? それDV! 精神的……いや魔術的DV!? とにかくDVには断固反対!! 男性の人権を守れー!」

 

 身体は竜種でもメンタルはパンピーな光己が恐慌したのは当然のことだろう……。

 

「ふふっ、冗談ですよ。我が国の象徴を呪うなどと、いくら魔女でもそんな天に唾吐くような愚かなことはしません。

 ……多分」

「多分って何だ多分ってーーー!!」

 

 光己はまだいろいろと納得いたしかねたが、彼女の楽しそうな笑顔はとても綺麗だったのであまり深く追及することはできなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 アルビオンになったのはいいとして、ファヴニールではなくなったのなら彼の固有能力はなくなってしまってもおかしくない。そこは早い内に確かめておくべきだ。

 今は特に用事がなくて時間はあるそうなので、光己はじっくり試すことにした。

 

「でもどこまでが竜種共通でどこからがファヴニール固有なのか……それが分からない。

 固有でもスキル継承して残ってくれてればいいんだけど」

 

 まず1番大事な無敵アーマーは残っていた。そして次、いわゆる竜の炉心はむしろ強くなったと感じる。

 あとは火炎操作と魔力感知と魔力吸収とワイバーン産生だ。ワイバーン産生以外は今ここで試せる。

 

「………………って、全部できねぇ!?」

 

 何ということだ! 光己は落胆のあまり天を仰ぎ、地に伏した。

 その大げさな落ち込みようを訝しんだジャンヌオルタが声をかける。

 

「マスター、何でそこまで残念がってるの?」

「ああ、他はともかく炎が出せない……つまりせっかく考えた合体技がおしゃかになっちまったんだ!!

 清姫との約束も守れない」

「え、デジマ」

 

 それは邪ンヌにとってもショッキングな話だったらしく一瞬固まったが、根は真面目で努力家なのですぐ立ち直って盟友を励ました。

 

「んー、それは確かに残念だけど、なくなっちゃったものは仕方ないわ。新しいスキルはゲットできたんだから、そっち絡みで新しいのまた考えればいいじゃない。

 清姫だって、嘘ついたんじゃないから正直に言えば許してくれるわよ。いつかまた習得し直せるかも知れないし」

 

 とは言ったものの、新スキル1つと旧スキル3つを引き換えというのは不当ではないかとも思う。アルビオンが竜種の冠位だというのなら、もう少しサービスしてくれてもいいのではないか?

 そんな気持ちをこめて今ひと言訊ねてみるジャンヌオルタ。

 

「それで、ホントに3つと1つを引き換えなの? 他に何かないの?」

「んー、正確には魔力吸収は悪魔の翼出せばできるんだけどね。

 あとは財宝分捕るスキル……おお、これがあった!」

 

 すると光己は急に表情を明るくし、右手を真横に伸ばした。

 その先に黒い波紋のようなものが出現する。

 

「え!? あ、あれは!?」

 

 黙って様子を見ていたアルトリアが思い切り目を剥いたが、光己は構わず波紋の中に手を突っ込む。

 するといかなる神秘か、波紋の向こうに腕は出現せず。そして光己が戻した手には、アルトリアが見たこともない剣が一振り握られていた。

 

「…………!!??」

 

 当然ジャンヌオルタもびっくりして声も出なかったが、そんな彼女に光己は思い切り自慢げ、というか厨二的アトモスフィア全開で解説した。

 

「これはさっき言った、ドラゴンの習性からきた財宝奪取スキルの進化形……『竜の遺産(レガシーオブドラゴン)』とでも名づけるかな。何しろ俺は表世界最後にして最新の竜だから、唯一の遺産相続者……つまりかつて竜たちが持ってた宝物は全部俺の物ってことになるんだ。

 この『蔵』にはそれが丸ごと入ってるってわけさ。もちろん新規に入れることもできる」

 

 それはまたすごい話だ。ジャンヌオルタとアルトリアは思い切り食いついた。

 

「おおおぉぉ……デ、デジマ!?」

「本当ですかそれ!?」

「もちろん、嘘なんかつかないよ。といっても俺が知らないものとか、今の俺より格が高すぎるものとかは出せないんだけどね……」

 

 たとえば如意宝珠はそれこそレベルが高すぎるし、天叢雲剣は一般的日本人としては持ち出すのは恐れ多いから最初から入っていない。如意金箍棒は物理的に重すぎだし、ヴィーヴルの宝石の瞳のように金銭的な価値はあっても戦闘や魔術の役には立たないものもある。

 

「なるほど。しかしそのスキル、どう見ても『王の財宝(ゲートオブバビロン)』の亜種なんですが。

 そういえばマスターは夢の中でギルガメッシュに会っていたんでしたか……サーヴァントの影響を受けるのはほどほどにしておいた方がいいですよ」

「アッハイ」

 

 アルトリアの不機嫌そうな顔を見るに、彼女は相当ギルガメッシュのことが嫌いなようだ。

 光己は君子危うきを避けて、元の話題に戻ることにした。彼女は真面目で公正で誠実で立派な人物だが、怒らせると怖いのだ。

 

「……というわけでこの剣はファヴニールが持ってたお宝の1つ、ダインスレフ……って、呪われた魔剣じゃねーか!」

 

 なおファヴニールは他にもフロッティやエーギスヒャールムやアンドヴァラナウトといった財宝を持っていたのだが、よく考えたら彼の財宝にはみんな呪いがかかっている。光己はそれらを地面に叩きつけると、それでなお飽き足らないのかモルガンを呼び寄せた。

 

「モルガン、悪いけどちょっとこの厄アイテム叩き壊してくれるかな」

「え!? え、ええ…………いえその、壊さずとも呪いだけ解けば良いのでは?」

 

 モルガンが妙にどもっているのは、先ほど喜びのあまり女王ともあろう者が人前ではしたない振る舞いをしてしまったのを後悔して悶えていたからである。(これもあの頭の軽い水着妹のせいだ!)などと脳内で責任転嫁していたが、表情だけは普段通りに取り繕っていた。

 

「え、できるの? さすがは大魔術師だな、それじゃお願い」

「はい、ではただちに」

 

 4つとも宝具級の逸品だからモルガンといえども解呪するのにはだいぶ時間がかかったが、何とか無事終わって光己はお宝4つを返してもらった。

 

「ありがとモルガン。何か機会があったらお礼するから」

「はい、どう致しまして」

 

 光己が礼を言うと、モルガンはふっと薄く微笑んだ。

 その表情が何となく気になって、少し突っ込んで訊ねてみる光己。

 

「あれ、何かいいことでもあった?」

「いえ、大したことではありません。我が夫は()()()()善意の人だと確信できただけですから」

 

 王配あるいはマスターとしては、悪人より善人の方がいいに決まっている。しかしそれが度を越すと周りに使い潰されてしまうのだが、光己は不当な要求には抗うし、自身の欲求も持っている。そんなハメにはなるまい。

 とはいえ年齢相応に未熟な面はあるが、そばにいて悪い気分はしなかった。

 XXがあれほど懐いている理由はまだ分からないが。

 

「うん、そこはまあリーダーとしてね」

「……そうですか」

 

 モルガンはもう1度、小さく笑った。

 

 

 




 主人公が無事進化完了しましたので、また現時点での(サーヴァント基準での)ステータスと絆レベルを開示してみます。
 以前のものは第39話、56話、75話、91話、108話、132話の後書きにあります。

 性別   :男性
 クラス  :---
 属性   :中立・善
 真名   :藤宮 光己
 時代、地域:20~21世紀日本
 身長、体重:172センチ、67キロ
 ステータス:筋力B 耐久C 敏捷B 魔力A+ 幸運B+ 宝具EX
 コマンド :AABBQ

〇保有スキル
・竜モード:EX
 体長25メートルの巨竜に変身します。頻繁に使うようになったので宝具からスキルに格落ちしました(ぉ

・神魔モード:EX
 額から角、背中から3対の翼、尾てい骨から尻尾が生えた形態に変身します。こちらもよく使うので格落ちしました。

・フウマカラテ:D+
 風魔一族に伝わる格闘術、らしいです。呼吸法や魔力放出もできます。

・ドラゴンブレス:E
 「境界にかかる虹」のような破壊の光を吐き出します。どのモードでもできますが、今までと勝手が違うので出力も命中精度も低いです。

竜の遺産(レガシーオブドラゴン):D
 財宝奪取スキルの進化形で、「王の財宝」の亜種。竜たちが表世界に残した財宝が「蔵」に入っています。ただし持ち出すには相応の格が必要です。
 新しく手に入れた財宝を収納することもできます。
 現在取り出せる財宝:守り刀「白夜」、サーヴァントたちのサインと写真、ポルクスの剣、ダインスレフ、フロッティ、エーギスヒャールム、アンドヴァラナウト、ヴィーヴルの宝石の瞳。

神恩/神罰(グレース/パニッシュ):C
 味方全員のデバフを解除した後、絆レベルに比例した強さのバフを付与します。さらに敵全員に敵対度に比例したデバフがかかります。神魔モード中と竜モード中のみ使用可能。

・慣性制御:E
 慣性とその反動を操作して、急激な加速や減速を行えます。神魔モード中と竜モード中のみ使用可能。

・魂喰いの魔竜:E
 大気中もしくは敵単体から魔力を強力に吸収し、さらに身体が人間サイズの竜のようになっていきます。神魔モード中と竜モード中のみ使用可能。

〇クラススキル
五巨竜の血鎧(アーマー・オブ・クイントスター):A+
 Aランク以下の攻撃を無効化し、それを超える攻撃もダメージを7ランク下げます。宝具による攻撃の場合はA+まで無効化し、それを超えるものはダメージを14ランク下げます。弱体付与に対しても同様です。光や炎や眠りに対してはさらに7ランク下げます。

・竜種:A
 毎ターンNPが上昇します。

・神性&魔性:A
 神魔モードと竜モードでは、相反する属性を高いレベルで持っています。

〇宝具(というか必殺技)
蒼穹よりの絶光(ガンマ・レイ):EX
 自身に宝具威力アップ状態を付与(1ターン)<オーバーチャージで効果アップ>+敵単体に超強力な無敵貫通&防御力無視攻撃+敵単体にガッツ封印(1ターン)。対霊宝具。竜モード限定。
 超高エネルギー状態の光子の塊を撃ち出す技……らしいです。直線状ビーム、円錐形に広がる拡散ビーム、などのバリエーションがあります。

・ギャラク〇アンエクスプ〇ージョン:EX
 敵全体に強力な攻撃<オーバーチャージで効果アップ>。対銀河宝具。
 銀河の星々をも砕くという概念を持った爆圧を放出します。
 使用する時はポルクスの剣を装備している必要があり、かつギャグシーン限定です(ぉ

〇絆レベル
・オルガマリー:6      ・マシュ:5
・ルーラーアルトリア:6   ・ヒロインXX:8    ・アルトリア:3
・アルトリアオルタ:2    ・アルトリアリリィ:4
・スルーズ:6        ・ヒルド:5       ・オルトリンデ:4
・加藤段蔵:5        ・清姫:5        ・ブラダマンテ:9
・カーマ:8         ・長尾景虎:9      ・諸葛孔明:2
・玉藻の前:2        ・ジャンヌ:5      ・ジャンヌオルタ:5
・モルガン:5

〇備考
 モルガン陛下の絆レベルが青王を追い越すという暴挙……!w
 ワイバーン産生も使えなくなっています。太陽属性は残ってますが、火を吐けなくなりましたので防御特性のみの効果になりました。
 アルビオンの将来性が桁違いですが、彼が同じ大きさでもファヴニールより強いとすると、こういう数字になってしまうのですな。




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第137話 青髭狩り

 これでアルビオンの能力の確認と検討は一通り終わったので、光己たちは遅めの朝食をとり終えると今後の行動について話し合うことにした。

 司会は当然エルメロイⅡ世だ。

 

「まずは状況をまとめておこう。

 ここ冬木の大聖杯は戦闘で脱落したサーヴァントを生け贄として取り込み完成する。そしてアンリマユとして稼働し始めるのは、それが5騎になった時と私は推測している。

 つまり3騎以上のサーヴァントを健在のまま戦線離脱させれば聖杯は完成せず、その器だけを確保することができるというわけだ」

 

 昨晩のランサーは生け贄にせずに済んだはずだが、絶対とは言えない。残る6騎はなるべく討ち取らずに進めたいところだ。

 

「だからといって平和主義だけで事が済む訳でもない。最終的に和解で決着をつけるためにも、まずは和解に応じる余地のない相手を積極的に排除するべきだろう」

「おおぅ、Ⅱ世さん意外と武断派……」

 

 光己がちょっと驚いた様子でそう言うと、Ⅱ世はやや憮然とした顔をした。

 

「荒っぽいのは自覚している。言っておくと、元来の私はもっと憶病で、卑屈な男なんだがね。

 だが、今はどうにもこの身に宿した乱世の策士が昂って仕方ない」

「ほむ……確かに諸葛孔明ならそういうこともあるかも」

「分かっていただけて幸甚だ。

 で、その振り分けだが。今回の聖杯戦争の参加者のうち、どう転んでも救いようがないのはキャスターとアーチャーだ。こいつらは、はっきり言ってまともに意思疎通出来る相手ですらない。他のサーヴァントと交戦状態になるより先にお引き取り願いたい。

 いやキャスターはジャンヌ2人が動かせるかも知れんが」

「ええと、ジルとギルガメッシュですね」

 

 ジルとはフランスで対決したが、今回は時代も国も違うからあの時ほど復讐に狂ってはいないはずだ。Ⅱ世が言うように、ジャンヌ2人に何とかしてほしいところである。

 ギルガメッシュはまあ、豊臣ギル吉の残念な要素が抜けると考えると確かに和解は無理っぽい。

 

「そうですね、今度こそジルと分かり合いたいものです」

「ええ、私も言いたいことあるから」

 

 ジャンヌ2人は意欲十分のようだ。

 

「そうですね、アーチャーは斬りましょう。ちょうどマスターがいい武器を調達してくれたことですし」

「そういえばアーチャーってリリィにご執心だったんですよね。連れて来なくて良かったですね、ざまぁ!」

 

 アルトリアとヒロインXXもやる気というか殺る気たっぷりで、大変心強い。

 自分の愛剣を汚したくないからといってマスターの私物を借りようとするのはいかがなものかと思うが、光己は大局的見地に立ってスルーすることにした。

 

「それとアサシン。こいつらはマスターがアーチャーを擁する陣営と結託している。だからどのみち、我々は敵対者としてマークされてしまうだろう」

「あ、昨晩襲ってきたあの女性ですね」

 

 Ⅱ世の次の説明に、マシュは納得といった顔で頷いた。

 

「次にバーサーカーだが……なにせ狂化している以上、これはマスター次第、というほかない。令呪を温存し、サーヴァントを十全に制御できる状態のうちにマスターを懐柔できるかどうかが鍵だ。

 もしくはアルトリア嬢がバーサーカーを動かせるかどうかだな」

「……正直厳しいですが、何とかやってみます」

 

 どうやらバーサーカーもアルトリアの知り合いのようだ。すると円卓の騎士だろうか?

 

「そういうわけで打倒するのはアーチャーとアサシン、優先的な保護対象はセイバーとライダー、可能ならばキャスターとバーサーカーも保護ということになる」

「え、ライダーはみじん切りにするんじゃないんですか?」

 

 このたびの騎士王陛下は本当に血気盛んであった。

 一方Ⅱ世は個人的にもライダーを討ちたくないという気持ちがあるので、まずは建前論でそれをいさめる。

 

「いや、我々は仮にも人理を修復するために来ているのだから、そういう私情はなるべく抑えるべきではないか?

 人数に余裕があるならともかく、キャスターとバーサーカーを保護できるかどうかは出たとこ勝負なのだからな」

「むう」

 

 Ⅱ世の正論にアルトリアは一瞬口ごもったが、実はとても負けず嫌いな性格なのですぐには矛を収めなかった。

 

「でもあの蛮族が私や貴方の説得でおとなしく手を引きますかねえ? 『貴様達ほどの強者、血が騒いで戦わずにはおられぬ!』とか言って突っかかってきませんか?」

「いや、まあ、それはそうなのだが……」

 

 どうやらライダーの説得はⅡ世の話術にかかっているようだ。

 しかしかなり胃を痛めてそうでお労しい限りである。

 

「それで、誰から接触するんですか?」

「ふむ。私の調べによれば、今日の昼頃に聖杯戦争の監督役が各陣営にキャスターの優先的抹殺をもちかける。その時点ではどの陣営もキャスターの居場所を知らないはずだが、接触するなら早い方がいいだろう」

 

 光己の問いにⅡ世はこう答えたが、するとまた新たな疑問が出てくる。

 

「優先的抹殺って何でですか?」

「先ほど述べたようにキャスターは意思疎通できる相手ですらない……これは具体的には、キャスターは完全に理性を失っていて、でたらめに使い魔を召喚して無辜の市民を餌食にしていた厄介者ということだ。

 人命尊重という面でも魔術の隠匿という面でも、優先的抹殺は当然だな」

「ジルが……」

 

 ジャンヌが沈痛な面持ちで顔を伏せる。

 実際彼は生前も、晩年は罪もない少年たちを大勢惨殺していたのだ。それを当時のフランスとは何の関係もないこの地でまた行うとは……。

 

「分かりました、私が必ず止めてみせます。さっそく赴きましょう」

「いや、聖杯戦争は目立つ昼間は避けて夜行うのが通則だ。日没を待ってから行こう」

「……そうですか、なら仕方ありませんね」

 

 ジャンヌとしては一刻も早くかつての戦友の凶行を止めたいのだが、聖杯戦争のルールを破るのもよろしくない。イレギュラーである自分たちの存在が監督役に知られれば、それこそ抹殺対象になることもあり得るのだから。

 ―――その判断は正しい。しかしその時すでに、ジャンヌたちの存在を把握している者がいた。

 今は新都の街中をぶらぶらと出歩きつつ、頭の中で今後の方針を考えているようだ。

 見た目は10代半ば、いや確実に18歳以上の女性である。カールの入った長い銀髪の欧州人で、真紅色の服を来て同じ色のベレー帽をかぶっていた。聖職者のような清らかな雰囲気を持っているが、その逆のサディストめいた印象も受ける。

 

(ルーラーが召喚されるのは聖杯戦争そのものが成立しなくなる事態を防ぐため……でしたね。この状況ですと、昨晩埠頭にいた7騎のサーヴァントたちが怪しいというわけですが)

 

 どうやら少女はルーラーのサーヴァントのようだ。

 ルーラーはその任務のためにいくつかの特殊な能力を与えられているのだが、それでも1騎で7騎をどうにかするのは難しい。

 

(サーヴァント探知はできましたけど、なぜか神明裁決はありませんしね)

 

 神明裁決というのは聖杯戦争に参加した各サーヴァントにそれぞれ2画使用可能な、合計14画の令呪のことである。これが件の7騎に適用できるならまだしもなのだが、どういうわけか少女には本来の参加者の分さえ与えられていなかった。

 

(そんな都合のいいものはない。我が糧となる時まで、せいぜい束の間の現界を楽しむがいい)

 

「……え!?」

 

 何者かの悪意に満ちた声が聞こえたような気がしたが、声はそれで終わってしまい続きはなかった。

 

(今の声はいったい……? もしかして私が召喚されたのには何か別の理由があるのでしょうか。用心しないといけませんね。

 それはそれとして本題ですが)

 

 7騎が聖杯戦争の邪魔をしていると決まったわけではないが、仮に彼らを排除するとしたらこちらも同数、つまり聖杯戦争参加者全員を集めたいところだ。しかしサーヴァント14騎が一堂に会して決戦なんてしようものなら、冬木市全部が廃墟になってもおかしくない。

 

(それは避けるべきですね。うーん、監督役とやらに接触してみましょうか……目的は同じはずですし。

 ……って、監督役ってどこの誰なんでしょう?)

 

 今のところ、少女の先行きはあまり明るくないようだった。

 

 

 

 

 

 

 作戦会議を終えた光己たちは多少なりとも現地の様子を見るために、冬木の街中を適当に散策していた。

 ジャンヌがルーラーになったから現地サーヴァントに不意打ちされることはないので、いたって気楽なものである。

 特に現代文明を実見したことがないマシュとジャンヌ2人とモルガンはいかにも物珍しげに街並みを眺め回していたが、現代の都市を十全に楽しむには先立つものが必要だった。

 アルトリアなど、口には出さないが露骨に光己をチラ見している。

 

(いやアルトリアはご飯なんだろうけど……)

 

 オケアノスの時は毎日三食聖杯メシを振る舞っていたから要求水準が上がったのだろう。贅沢は癖になるとはよく言ったものである。

 中間管理職というか現場監督に実務者の食費や遊興費を払う義務はないはずだが、微妙に他にも視線を感じるので光己は折れた。

 

「ええい、このわがままな鯖どもめ!」

 

 などと毒づきつつ、「蔵」からヴィーヴルの宝石の瞳を1個取り出す。

 鑑定書の類はないが、捨て値でも6桁くらいにはなると思う。

 するとⅡ世が自分が売却してくると申し出てきた。

 

「未成年の俺じゃまずいのは分かりますけど、何か理由でもあるんですか?」

「なに、似たようなことをしたことがあるだけだ」

 

 Ⅱ世はかつて参加した第4次聖杯戦争で、老夫婦に暗示をかけて住居を得たことがある。同様に店員に暗示をかければ、多少の不審点は見逃してもらえるだろう。

 

「しかしその宝石からは神秘を感じるから一般に放出するのは好ましくないな。普通の金とか銀とか、そういうものの方がいいだろう」

「じゃあ金塊で」

 

 こうして光己は唐突に7桁のお金を手に入れた。ローマの金貨と違って自国通貨な分、現実味があって重たさを感じる。

 

「おおお、札束なんて初めて見た……でも日本銀行券はお宝認定はされないみたいだから、『蔵』には入れられないんだよな。どこかで財布を買おう。

 それとモルガンに何かお礼しないと」

「あの程度は通常業務の範囲内ですが、我が夫の気持ちは嬉しいですね」

 

 モルガンは物欲は薄いらしく、それより夫が感謝してくれることの方が琴線に触れるようだ。

 その後はお高い食事をしたりショッピングをしたりして現代の街をたっぷり堪能したのだが、日が暮れてきたらいよいよお仕事開始である。

 

「ではそろそろ行くか。キャスターはこの街の下水道の一角に魔術工房を築いている。

 彼自身は魔術師ではないが、陣地作成スキルはあるようでそれなりのものだ。十分用心していくように」

「下水道……なんてトコに引きこもってるのよあのバカ」

 

 Ⅱ世の作戦発令にジャンヌオルタは嫌そうな表情を隠そうともしなかったが、それでも行かないわけにはいかない。実際そこは清潔とはいえず悪臭も漂っていて―――キャスターが放った海魔と呼ばれる魔物さえもが群れをなして襲ってきた。

 

「うわ、やっぱりアレか」

 

 光己とマシュ、ジャンヌ2人にとってはフランスで1度見た相手だ。アルトリアとⅡ世にとっては記憶の中の第4次聖杯戦争で。

 2度目でもおぞましいことは変わりないが……。

 

「仕方ないわね、景気づけに燃やすわよ!」

 

 まずはジャンヌオルタが一番槍とばかりに黒い炎を放って、先頭の海魔を3匹ほど焼き払う。しかしその程度では焼け石に水で、魔物たちは恐れる様子もなく近づいて来た。

 

「うーん。普通の動物は火を恐れるものなんだけど、使い魔だとそうはいかないのかな」

「そうですね、そう考えると彼らも犠牲者なのかも知れませんが……」

「襲ってくる以上倒すしかないよなあ」

「はい」

 

 光己とマシュは敵サーヴァントがまだ現れていないからか、ちょっと緊張感が足りないようだ。

 その後ろからヒロインXXがビームマシンガンを、モルガンが魔力の剣を飛ばして次々に仕留めていく。

 

「我が夫。あなたから見ればあの程度の敵は小物も小物でしょうが、戦場で油断はなさらないように」

「うん、それは分かってる」

 

 そう話しながらもカルデア一行は歩を進め、ついにジルの工房にまで踏み込んだ。

 そこは―――。

 

「こ、これは!?」

「何という……死者をここまで冒涜するなんて」

 

 見ただけで吐き気がするような、罪なき人々を虐殺した遺体を芸術品のように飾り立てた涜神の祭場だった。

 ジャンヌがその一角を鋭い視線で睨みながら警告を発する。

 

「あちらにサーヴァントが1騎……来ます!」

 

 その言葉が終わった直後、一行が予想した通りの人物が現れる。

 紺色のローブをまとい危険な魔道書を持った狂気の元帥、ジル・ド・レェである。

 

「おのれ、我らが美の探求を阻む蒙昧め!

 さては貴様らも聖処女の覚醒を阻むつも、り、か……!?」

 

 しかしその糾弾の言葉は途中でかすれ、そのただでさえ大きな眼がさらに大きく見開かれた。

 

「おおおぉぉお、ま、まさか……!?

 これは夢か幻か……否! ついに我が祈りは聞き届けられたのだ!

 しかも白き慈愛の光と黒き復讐の闇のお2人が親しく肩を並べてとは……このジル、歓喜の極みです!!!」

 

 ジルがここで殺戮の限りを尽くしていたのは、召喚者と気が合ったからでもあるが、元々はジャンヌを復活させるためである。その大望がまさか、聖杯を得るまでもなく期待以上の形で果たされるとは!

 いや2人が生前の本人ではなくサーヴァントなのは分かるが、まだ聖杯を得ていないのだからそれは仕方ない。

 

「…………」

 

 ジャンヌはジルの相変わらずの狂気ぶりにどう答えていいかすぐ言葉が思い浮かばないようだったが、ジャンヌオルタは最初に言っていたように言いたいことがあるらしく、ジャンヌを手で抑えると1人で前に出た。

 

「私視点だと久しぶりというほどの時間は経ってないけど……まあいいわ。久しぶりね、ジル。一応聞くけど私のことを覚えているかしら?」

 

 サーヴァントは他の聖杯戦争に召喚された自分のことを覚えていないケースの方が多いので、まずはそれを確認したわけである。

 

「は、それはもう……白い貴女に敗れたのが許せぬというのならば、甘んじて罰を受ける所存です」

 

 ジャンヌオルタは今のところジルの心情や行為を否定していないので、ジルも紳士的に床に片膝をついて彼女の言葉を聞く姿勢を示した。

 それに安心したジャンヌオルタが、考えてあった言葉を紡ぐ。

 

「それは気にしてないわよ。元々無茶振りだったしね。

 今私が言いたいのは、あのフランスの特異点でのこと。

 貴方あの時、『貴女を救うために立ち上がろうとする者は誰一人として現れなかった』って言ったわよね。でも私がカルデアってとこで調べたら、貴方も知ってるはずのラ・イルがジャンヌ奪還のために戦ってたのよ。

 これはどういうことかしら?」

 

 ジャンヌを救うために命をかけて戦った者がいたならば、ジャンヌオルタの復讐は正当性が大きく下がってしまうのだ。少なくとも「フランス人全員を殺す」というのは筋が通らない。

 

「てか貴方も一応ルーアン攻めてたのよね。もちろん1人じゃなくて、軍隊と一緒に。

 その部下たちはどうだったの? 上の命令に従ってただけ? それとも彼ら自身の目的があったのかしら?」

「……………………」

 

 ジルは沈黙している。ただその雰囲気は少し剣呑になったような気がした。

 

「前にも言ったけど、復讐がダメってわけじゃないのよ。私だって1度は降りると言ったけど、シャルル7世やコーション司教やラ・トレモイユあたりの顔見たら火炙りかますと思うしね。

 でもラ・イルや部下の兵士たちまで焼くのは復讐じゃなくてただの狂人よね。

 立ち上がっても力が足りなかったのが罪だというなら、貴方を真っ先に焼くことになるわ」

「………………」

 

 するとジルの雰囲気がまた変わった。

 今度はひどく悲しげな、何かを後悔しているかのような感じだ。

 

「はい、まさしくその通り……私が1番許せなかったのは、貴女を救えなかった私自身……!

 そう、あの時も最後にはそれに気づいていたのです。

 我が復讐の聖女よ、どうか我が罪をその炎にてお裁き下さい」

 

 ジルはがばっと立ち上がると、天を仰いで両目から血の涙を流した。

 文字通り、罪を告白して罰を求める罪人のように。

 

「…………そうね。それじゃ、しばらく気絶してなさい」

「え!?」

 

 その直後に放たれたジャンヌオルタのEX攻撃、金的蹴りでジルは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

「思ったより簡単に済んだわね。それじゃマシュ、そいつを厳重に縛っておいて。目隠しと猿ぐつわもね。

 あとはマスターがこの本を取り上げればおしまい」

 

 ジルの魔術師としての能力は、ほぼ全てがこの「螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)」に依存している。つまりこれを光己が奪ってしまえば、ジルは何もできなくなるというわけだ。

 

「いや、それはノーサンキュー……」

 

 しかし光己は思い切り難色を示した。確かに宝といえば宝だが、この本は呪いがかかってるとかではなく、これ自体が根本的に厄そのものとしか思えないのだから。

 

「要はこの男にこの本を使わせなければいいのだろう? なら私が隔離しておこう」

 

 するとモルガンがそう言って本を引き取ってくれた。

 この場合はジルが退去したら一緒に消えるので、厄が地上に残ることにはならない。

 

「よし、これでキャスターは保護できたな。しかしこの陣営はマスターも享楽殺人鬼だから、ちと面倒だが探して処置しておくか」

 

 最後にⅡ世がそう音頭を取って、一同はジルの工房から立ち去るのだった。

 

 

 



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第138話 イレギュラー

 光己たちは無事ジルを保護したが、それを確かなものにするためには彼のマスターを仲間にするか、そのマスターの令呪を奪うなりしてジルをこちら所属にしなければならない。

 もっともジルのマスターの雨生龍之介は殺人鬼だから仲間にはできないので、後者の策を採ることになる。いずれにせよ令呪を持っているから他の陣営に見つかったら殺される恐れがあり、なるべく早く探し出さねばならない。

 

「うーん。ブラダマンテとアストルフォがいれば、この場でジルとその雨生って人の契約を解除できるんだけど」

 

 フランスの特異点で何度かやったが、それともモルガンなら1人でもできるだろうか?

 光己がモルガンにそれを訊ねると、神域の魔女は首を縦に振りはしたものの速攻解決とまではいかないようだった。

 

「……そうですね。不可能ではありませんが、協力的な相手でもいくらかの時間はかかります。

 そのための道具を作るという手もありますが、そちらも時間はかかりますね。解約を何度も行うのであれば、この方がトータルでは短時間で済みますが」

「んー、それじゃやっぱり雨生って人を探すしかないか」

 

 それなら仕方ない。光己たちはジルが目を覚ますのを待たず、すぐに工房の奥の扉から先に向かうことにした。

 といっても龍之介はジルと一緒にいなかったのだから、そもそもこの下水道の中に来ていないという可能性もあるのだが……。

 

「みなさん、気をつけて下さい。サーヴァントが1騎ずつ、別々の所にいます……!

 近い方のは気配が薄いので、恐らく気配遮断を使っています」

 

 その探索の途中、ジャンヌが険しい顔で一行に警戒を促す。おそらくエルメロイⅡ世が言った通り監督役がキャスター抹殺を要請して、それを受け入れた陣営が討伐に来たのだろう。

 

「Ⅱ世さん、どうします?」

 

 光己はリーダーだが、こんなややこしい状況では軍師の知恵に任せるしかない。そう訊ねると、Ⅱ世もこの事態が好ましくはないのかちょっと口元を歪ませる。

 しかしそこは大軍師だけに、すぐ結論を出した。

 

「2騎が別々の所にいるなら、もし遭遇しても1騎ずつ当たることになる。

 つまり我々にとって有利ともいえる状況だ。もう少し先に進んでみよう」

 

 と言いつつ、八門金鎖陣を張っておくことは忘れない。

 それにしてもルーラーのスキルというのは本当に役に立つ。オケアノスでルーラーアルトリアが使うのを何度か見たが、こうして現場で情報をもらうとその有用さが肌で分かるというものだった。

 あとジルの外見はいかにも邪悪な魔術師ぽいから姿を見られたら面倒なので、とりあえずモルガンに頼んで認識阻害の術をかけてもらった。

 

「視覚と嗅覚の面では圧倒的不利だけどね」

 

 ジャンヌオルタはあまり気が進まないようだが、年頃の女の子が下水道で殺人鬼の捜索なんてしたくないのはむしろ当然のことだろう……。

 ちなみにジルは蓑虫めいて全身がちがちに縛った上で、目隠しと猿ぐつわも付けた完全無力化状態でジャンヌオルタが引きずって歩いている。仮にも「父親」かつ戦友なのに抱っこやおんぶはしてやらない辺り、乙女なのか意地が悪いだけか。

 やがて通路の奥の方で、一行は人が倒れているのを見つけた。

 

「あれは……死んでいるな。状況から見て、こいつがキャスターを召喚したマスター……っと、急げマスター! 令呪を奪うんだ」

 

 Ⅱ世が慌てて光己にそう指示を飛ばす。

 何しろ龍之介が死亡したなら、ほどなくジルも退去になってしまうのだ。それでは保護した意味がない。

 無論退去になる前に起こして光己と契約させれば現世に留めておくことができるが、もし龍之介の手に令呪が残っているならそれを奪う方が簡単だった。

 光己には魔術的に令呪を移植する技術はないが、スキルで奪うことはできるだろう。

 

「は、はい!」

 

 光己が死体に駆け寄り、手の甲を改める。すると僥倖にも、右手の甲に赤い紋様がまだ残っていた。すぐさまスキルで奪い取る。

 

「お宝ゲットだぜー! ……ってもしかしてドレイクさんに毒されたかなあ。それとも邪竜に近づいてるとか」

 

 死者から迷わずお宝を奪い取った自分の姿に光己は額に何本かの縦線効果を浮かべたが、その辺は後で考えることにして。自分の手の甲を見てみると、すでにあるカルデアのものより肘側にずれた位置に龍之介が持っていた令呪が移植されていた。

 もちろん龍之介の手の甲には何も残っていない。

 

「これでジルは確実にこっち所属になったわけだな」

 

 あの様子ならこちらの敵には回るまいし、それ以前に本を奪ったから無力である。作戦成功といっていいだろう。

 龍之介については殺人鬼だそうだから、インガオホーということで悼んでやる必要はあるまい。

 あとは例の2騎の対処だが―――。

 

「でもどうしてこんなことに? ジルさんと仲間割れでもしたのでしょうか?」

「だがそれにしてはこの刀傷、鮮やかすぎる。ジルがやったとは考えづらい」

 

 マシュの疑問にⅡ世がそう答える。ならば下手人は2騎のどちらかだろう。

 するとⅡ世の予想通り金鎖陣に反応があり、赤いフードをかぶって灰色の鎧を着たサーヴァントが現れた。

 顔の下半分に包帯を巻いているが恐らく男性で、陰気というか枯れたような、人間味がない感じがする。

 

「……。奇妙な術を使う連中だ。まさか見つかるとはね」

 

 気配遮断を使っていたのならアサシンだろうから、先日の女アサシンの仲間だろうか? しかしすぐには攻撃して来ず、ちょっと驚いた様子で佇んでいる。

 

「この方もあのアサシンの分体ですか? なんだか雰囲気が違いますが……」

「こいつは……違うぞ。私の知っている第4次聖杯戦争に、こんなサーヴァントはいなかった」

「では真名看破を……。

 ええと、まず名前はエミヤ、アサシンです。宝具は『時のある間に薔薇を摘め(クロノス・ローズ)』……理屈はよく分かりませんが、数秒の間、普段の2倍3倍の速さで動けるというものです」

 

 マシュとⅡ世の疑問にジャンヌが解答を示すと、今度はアルトリアが反応した。

 

「エミヤ……まさかキリツグなのですか? 確かに面影はありますが……!」

「!? いきなり真名と宝具を見抜かれた上に、僕を知っている者がいるだと!?」

 

 冷静沈着な暗殺者もこれにはびっくり仰天である。

 真名看破はサーヴァントの能力でどうにかしたのだとしても、自分をキリツグと呼んだこの少女は生前の知り合いと考えるのが自然だが、エミヤには全く見覚えがなかった。

 それに一行の中で1人だけサーヴァントではない、つまりマスターと思われる少年には何か妙なシンパシーのようなものを感じる。いったい何者なのだろうか?

 エミヤが戸惑っていると、スーツの男がまた口を開いた。

 

「おそらくはこの男が本来あるべき1994年冬木の事象を歪め、ここを特異点たらしめている原因だ。たとえ元凶でなかったとしても、何らかの関係はあるに違いない」

「―――」

 

 男の剣呑な様子から見て、腕力に訴えてでもこちらを拘束するつもりのようだ。しかし相応の準備もなしに7対1では勝ち目は薄い。

 エミヤはとっさに宝具を開帳すると、Uターンして全力で逃走した。

 

 

 

 

 

 

「なっ、いきなり逃げただと!?」

 

 空気の緊張が頂点に達して実際に戦闘が始まる前に逃げるとはなかなかの判断力。しかも宝具がそれに最適という面倒さにⅡ世は「フ〇ック!」とか「シッ〇!」などと女性の前ではあまり口にするべきではなさそうな単語を連発して悔しがった。

 しかもそこに、例のもう1騎のサーヴァントが近づいてくる。先触れとして青白い雷撃がとどろいて、Ⅱ世の金鎖陣を破壊してしまった。

 

「これは……速い!? おそらくライダークラスです!」

 

 ジャンヌがそう警告する間もあらばこそ。古代の戦車(チャリオット)が遠慮のカケラもなく乗り込んできた。

 引いているのは2頭の巨大な黒い神牛。先ほどの雷撃はこの牛が放ったものである。

 そして戦車に乗っているのは、身の丈2メートルを超えてそうな筋骨たくましい偉丈夫。すごい覇気と貫禄を感じさせ、常識外なレベルで豪放磊落そうな印象だった。

 よく見るとその傍らにカッターシャツの上にブレザーを着てネクタイを締めた、まるで高校生のような服を着た少年も乗っている。光己より小柄で、黒髪黒眼だが顔つきは欧州人っぽく見えた。

 

「おおう? やはり既に戦いは始まっていた様子だな。

 いささか我らは遅参のようだぞ。坊主」

「あれ? おかしいな。てっきり僕らが一番乗りだと思ってたのに」

 

 偉丈夫は愉快そうに哄笑しているが、少年の方は残念というか意外そうにしていた。

 

「あ、あれは!?」

「真名イスカンダル、ライダーです! 宝具は『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』、生前の配下を呼び寄せるものです」

 

 ジャンヌが今度は先方には聞こえないよう小声で真名看破の結果を告げる。

 いやⅡ世とアルトリアは告げられるまでもなく分かっていたが、アルトリアもさすがに空気を読んだのかいきなり飛び出すほど猪突ではなく、まずは様子見ということか沈黙していた。

 むしろなぜかⅡ世の方が、イスカンダルではなく少年の方を罵倒し始める。

 

「何が一番乗りだこのたわけ!

 この場所を突き止めたのがいかに稚拙な方法だったか、貴様自身がよく理解していたはずだろう! あんなんで他の一流のマスターを出し抜けるものと、まさか本気で思っていたのか?」

「な、な、何だよオマエ!? いきなりなんの話を……?」

 

 少年の方は見知らぬ相手に突然暴言を吐かれて困惑していたが、Ⅱ世はかまわずえんえんグチめいた罵倒を続ける。

 もちろん少年の方も言い返して口ゲンカをしていたのだが―――。

 

「そもそもオマエたち一体何者なんだよ!? 子供を攫ったキャスターとそのマスターってオマエら……いやその前に! マスター1人にサーヴァント1人ってのがルールのはずなのに、何でオマエたちはこんな大勢いるんだ!?」

 

 ふと根本的な不審点に気づいて詰問した。

 マスターは盾を持ったサーヴァントの後ろにいる東洋人の少年だと思われるが、どう見ても一般人で魔術師らしさが全然ないし。

 

「この大馬鹿者め、まともな状況観察もできんのか! それでよくもまぁのほほんと聖杯戦争に……! あぁもうッ! 馬鹿! 馬鹿! マジ大馬鹿!! 鰻玉丼食べ過ぎて死ね!」

 

 先方から聞いてきた今こそカルデア側の事情を説明するチャンスだったのだが、Ⅱ世はよほど頭に血が上っているのか、普段の知性と冷静さを宇宙のかなたまで投げ捨てたかのような子供っぽさであった……。

 光己やマシュは(いや、観察で見抜けることじゃないのでは……?)と思ったが、Ⅱ世の変貌がアレすぎて突っ込みを入れるタイミングがつかめない。

 しかしイスカンダルはさすがに征服王と称えられただけあって、ふと2人の言葉が途切れた瞬間にうまく口をはさんだ。

 

「まぁ待て坊主。そいつのクラスがキャスターであれ何であれ、少なくともこの工房の主ではあるまいさ。

 よくよく見てみれば戦闘の痕がまったく無い。故に我らと入れ違いに逃げたのも、今目の前にいるこやつらも、我らが狙った相手とは違う。また別口だ」

 

 なるほどⅡ世たち、あるいは先ほどのアサシンがここの工房の主であったなら、この場には戦闘の痕が残っているはずだ。それで両者とも違うと判断したのだろう。

 

「うむ、流石は征服王の戦略眼だ。一を見て十を読み取るとは」

 

 それでⅡ世は彼の眼力を褒めたのだが、イスカンダルはその彼には甘くなかった。

 

「それはそうとしてそこのしかめっ面よ」

「な、何……かね?」

「さっきからやけにうちの坊主に因縁をつけたがってる様子だが、それはつまりこの征服王と一戦交えようって覚悟なわけか?」

 

(おお、向こうからケンカを売ってくるとは首狩りチャンスktkr! マスター、何かいい剣貸して下さい)

(アルトリアステイ!)

 

 むしろアルトリアの方が辛抱たまらなくなったのか蛮族化してきたので、光己はとりあえず小声でなだめた。そろそろ騎士王ではなく違う二つ名で呼ぶべきかも知れない。

 一方Ⅱ世はやはりイスカンダルとは戦いたくないらしく腰が引けていた。

 

「な、何でそうなる? 貴方だってどちらの言い分が間違っているかの判断はついているだろうに!」

「それはそれとしてこの坊主は余のマスターなのでな。喧嘩を売られたとあればサーヴァントとして黙って見過ごすわけにもいかん」

 

 イスカンダルがずいっとさらに1歩踏み込む。その言い分自体は妥当なので、Ⅱ世は言い返せず口ごもった。

 この状況でカルデアの事情を説明して説得するのは難しい。この場での説得は断念した。

 

「……撤退しようマスター。今ここでさらに事を荒立てるわけにはいかない」

「なんだつまらん。ちったぁ骨のある奴かと思ったのだがな」

「……ッ!」

 

 イスカンダルは去ろうとしたⅡ世たちに追い打ちはしなかったが、言葉通りいかにもつまらなさそうな顔を見せたことの方がⅡ世には痛恨だった。生涯に主はただ1人とまで入れ込んだ人物に軽蔑、とまではいかないが軽く見られてしまったのだ。

 それでも、いやだからこそ前言を翻すわけにはいかない。Ⅱ世は怒りと無念を飲み込んで、黙って踵を返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 そしてイスカンダルの姿が見えなくなった辺りで。

 

「あああ腹立たしい! マスターの諍いにサーヴァントが口を出すなどと! モンペか! モンペなのか!」

 

 いろいろと納得しかねていたらしく、Ⅱ世はまた子供っぽく地団太を踏んで悔しがった。

 もしかしたらこちらが素の彼なのかも知れない。

 

(むしろそれが仕事のような気もするけど……まあ突っ込まない方がいいか)

 

 イスカンダル関連はⅡ世にとって地雷ぽいので、光己とマシュは下手に触れないことにした。あの少年はⅡ世の知り合いらしいが、どんな関係なのか聞くのも控えることにする。

 代わりに今後の見込みを訊ねた。

 

「決裂しちゃったのは済んだことだから仕方ないとして、これからどうします?」

「あいつらはどうせ真面目に戦うつもりなどない連中だ。放っておけば隠れ家で煎餅かじってビデオ見て遊んでるだけだ!」

(今下水道まで乗り込んで来てたのに?)

 

 やはりⅡ世はまだ冷静ではないようだ……。

 光己は話題を変えることにした。

 

「じゃあジルはどうします?」

「……そうだな。こんな所で長話するのも何だし、説得するのは外に出てからにしよう。

 レディ・モルガン、それまでジルが起きないよう眠りか何かの魔術をかけておいてくれ」

「分かった」

 

 モルガンも彼の意見には同意だったので、すぐに魔術をかけてジルを深い眠りに落とし簡単には目が覚めないようにした。

 これでこの下水道でやることはなくなったので、一行は外に出ることにする。

 

「空気が美味しい……」

 

 生身の光己やマシュはもちろん、ジャンヌオルタもまっとうな空気を吸える喜びを口に出し体を伸ばして深呼吸した。

 

「もう2度と行きたくないわね、あんなトコ……」

「ジルは捕えたからもう大丈夫でしょ」

「そうね、それでこれからどうするの?」

 

 ジャンヌオルタがそう言ってⅡ世に顔を向けると、Ⅱ世はチラッと周りを見渡してから答えを口にした。

 

「ああ、昨晩の続きをもう少しな。つまり霊脈の要石を破壊してサークルを設営するんだ。

 昨晩やったのは最低限で、万全のサポートを得られるほどではないからな。

 いやこのメンツだとサポートなどほとんどいらないのだが、やっておくに越したことはない」

「真面目さんねえ」

 

 ジャンヌオルタはそう言ってちゃかしたが、反対する気はないようだ。

 といっても一流の魔術師の家系である遠坂家が管理している霊脈に割り込むというのは本来なら非常に手間がかかることなのだが、今回はこちらに神域の天才魔術師がいる。

 赤子の手をひねるような簡単さで済ませてしまい、無事サークル設営の運びとなった。

 

「これで設営完了です。やっとですね……」

「ああ、代わりに遠坂が代々維持してきた霊脈はズッタズタに寸断されてしまったがな。

 再度整備するには余程の才覚と手腕が必要になるだろう。はっはっは、いい実習課題だ」

 

 エルメロイ教室がスパルタなのか、それともⅡ世が個人的なうっぷん晴らしをしているだけなのか、判断がつきづらいところであった……。

 まあ魔術師ではない光己には関係がない、というか霊脈とやらをこっそり独占利用していることの方が愉快でないので口出しはしなかったが。

 そしてこちらも魔術師ではないジャンヌが、その辺はスルーして新たな来訪者の接近を告げる。

 

「またサーヴァントが近づいてきています。皆さんご用心を」

「また!? ずいぶんせわしいなあ」

 

 さっき会ったエミヤかイスカンダルか、それとも新顔か。とりあえず昨晩と同じようにマシュとアルトリアとⅡ世以外は霊体化……いやⅡ世もキャスターだから姿を見せるのは好ましくないので、まだ眠っているジルの件もあって光己とマシュとアルトリア以外は認識阻害の魔術で隠れるという形にした。

 やがて件のサーヴァント、それにマスターが現れる。

 

「サーヴァント、セイバー。改めて貴君らに挑ませてもらう。いざ尋常に勝負されたし」

 

 それはどうやってこちらを探し当てたのか、セイバーとアイリスフィールであった。

 

 

 




 エミヤが主人公にシンパシー感じたのは、最近語られてませんが主人公は抑止力から加護をもらってますのでそのせいですな。本格的に感づいたら抑止力のブラックぶりを懇切丁寧に語ってくれることでしょう。
 あとAZOだとアイリって切嗣と結婚してないから独身なんですよね。つまり寝取りにはならな(ry




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第139話 騎士王再来1

 カルデア側にとって目の前に現れた2人は見知った存在なので、まずはエルメロイⅡ世だけが認識阻害を解除してもらって姿を現した。

 

(堂々と姿を晒しすぎたか。

 敵対行動とまではいかんが、我々は彼女たちから見れば怪しいにも程があるからな。お礼参りは当然の成り行きか)

 

 しかしセイバーの言い分には納得できない所もある。

 

「尋常に、ときたか。フン、こちらは一切お見通しだぞ。今回のアインツベルンはサーヴァントを陽動に、裏で殺し屋を暗躍させて奇襲を仕掛ける二面作戦だろうに」

 

 Ⅱ世がわざとらしく皮肉げな顔をつくってそう言うと、アイリスフィールはまったく心当たりがなかったらしく心外そうに声を荒げた。

 

「何のこと? 妙な言いがかりはやめてほしいわ。

 そちらこそ一体何を企んでいるの? 私には分かります。貴方たちは正式に招かれたサーヴァントじゃないでしょう?」

 

 アイリの言葉の、少なくとも後半はビンゴである。

 まあ彼女がこう言ってくることはⅡ世も予測していたので、さほど焦りはしなかった。

 ここは持久戦の構えで根負けさせてお引き取り願おうとしたところで、アルトリアがそれを抑えるかのように前に出る。

 

「『尋常に勝負されたし』って貴女今言いましたけど、本気なんですか? 貴女がたが私たちに勝とうと思ったら、それこそ殺し屋に狙撃でもしてもらうしかないと思うのですが」

「…………いえ、単なる枕詞です。まずは貴女がたの正体と目的を探るべきでしょうから」

 

 するとセイバーはあっさり前言を撤回した。

 

「とはいえ勝つ当てがないわけではありません……が……!?」

 

 しかし戦闘になる可能性は十分あるのに真正面から出て来ただけあって勝算はあるようだったが、その台詞はだんだん尻すぼみになって最後には消えてしまった。

 サーヴァントを複数連れて来れば確かに強くなるが、その分魔力消費も大きくなる。持久戦に持ち込めばすぐガス欠になるだろうというのがセイバーの見込みだったのだが、盾兵の後ろにいるマスターを今一度よく見てみれば、どういうわけか魔力が自分の2倍くらいありそうな怪物ではないか!

 なるほどこれでは、真っ向勝負ではどうやっても勝ち目はない。

 

「……それで、貴女がたは一体何者なんですか?」

 

 しかしこの集団には自分たちへの害意を感じないので、とりあえずそう訊ねてみるセイバー。

 すると自分にそっくりな彼女は、スーツの男性に意見を求めた。

 

「Ⅱ世、今度は話していいですか?」

「……むう。私としてはもう少し状況が進んでからにしたい所なのだが……」

「でも昨晩埠頭でランサー陣営と対決しましたから、筋書き通りなら明日にはあの忌まわしき聖杯問答がありますよね。この機に同盟を組む所まで持って行って、アイリスフィールの城に入るべきだと思うのですが」

「……ふーむ」

 

 アルトリアがずいぶん積極的なのは、聖杯問答に参加したいからのようだ。

 Ⅱ世としては問答が終わった頃に乗り込むのが面倒が省けていいのだが、アルトリアが参加しても特段の支障はない。同盟を組んだからといってセイバーたちとずっと一緒にいる義務はないのだし、今同盟しても問題はなかった。

 

「貴女がそう言うなら仕方あるまい。説得は任せよう。

 ただし用心は怠らんようにな。むろん私も奇門遁甲で警戒はするが」

「ありがとうございます」

 

 アルトリアはまずⅡ世にそう礼を言ってから、事情が分からずはてな顔しているセイバーとアイリスフィールに種明かしを始めた。

 

「では率直に、貴女がたが知りたいことから話しましょう。

 私たちはカルデアという組織の現地派遣部隊で、この第4次聖杯戦争に介入して大聖杯の起動を阻止するために来ました」

 

 当人が言ったように実に率直かつ簡潔な説明だったが、これだけだとケンカを売ったに等しい。アイリは不審と不信を露骨に顔に出してアルトリアを睨みつけた。

 

「そ、それじゃやっぱり貴女たちは私たちの敵じゃ……!?」

「いえ、そうではありません。何故ならここの大聖杯は『この世すべての悪』に汚染されていて、起動したら世界中に大災害をもたらすだけの代物に成り果てているからです」

「な……!?」

 

 アイリもセイバーも驚きを隠せない。自分たち、いや多くの魔術師と英霊が悲願をかけた願望機がそんなことになっていたなどと。

 

「証拠はあるの?」

「今はまだサーヴァントが脱落して吸収されていない、つまり大聖杯に魔力がたまっていないので、見ても分からないでしょう。

 実は私たちも、大聖杯は100%汚染されているという確信を持っているわけではないので、もう少し状況を進める必要があるのです」

 

 アルトリアやⅡ世の記憶と違って、ランサーのサーヴァントがヴリトラだった。それにエミヤという名の謎のアサシンもいた。こうした違いがあるので、他にも違いがある可能性は否定できないのだ。

 もし大聖杯が汚染されていないのであれば、各陣営がよほどいかれた願望でも持っていない限り介入する必要は……いやセイバーの願望は諦めさせねばならないが。

 汚染されていたら、当初の予定通り回収もしくは解体してカルデアに帰還すればいい。

 

「それで、大聖杯が起動するのはサーヴァントが5騎脱落した時だと私たちは考えています。つまり脱落者を4騎までに抑えつつ残った陣営を和解させれば、大聖杯を起動させずに聖杯戦争を終結させて大聖杯を処分できるというわけです」

 

 和解できない陣営も複数あるから、それらが脱落した後で大聖杯を見に行けば真偽は判明する。手順としては分かりやすい話だった。

 

「どちらに転んでも、貴女がたにとっては良い話だと思いますよ。

 少なくとも聖杯の正体が判明するまでは、これだけの戦力が味方につくのですから」

「………………確かに」

 

 セイバーはしばらく考えた後、低い声でそう唸った。

 聖杯が汚染されているなら、セイバーにとってもアイリにとっても無用の物だ。カルデアとやらが後始末してくれるならむしろ有難い話である。

 また汚染されていなければカルデアは手を引く、もしくは敵対関係に戻るというのであっても、今同盟を蹴るよりは得だ。

 組む以上は作戦などでいくらか妥協を強いられることもあるだろうが、カルデアはこちらが知らない情報をいろいろ持っていそうだし、それに基づいて行動できるアドバンテージの方が強いと思われる。

 

「あとは貴女がたが信用できるかどうかですが―――むッ!」

 

 話の途中で直感的に危険を感じ、セイバーははっと周囲を見渡した。

 そして彼女が動くより早く、盾をかざした少女がアイリスフィールの前に立つ。

 

「!?」

 

 カキィン!と金属音が響いた。どうやら少女の盾が銃弾をはじいたようだ。

 まさかアイリが狙撃されるとは! 盾兵がアイリをかばったからには彼女たちの仲間ではあるまいが、どこの陣営だ!?

 

「え? 何……!?」

「アイリ、気をつけて下さい。狙われています!」

 

 事態の詳細までは分からないものの命を狙われたことは察して青ざめるアイリに、セイバーは切るような口調で注意を促した。

 今回は無事だったが、狙撃者は1人とは限らないのだ。マスター狙いならサーヴァントでなくても務まるので。

 

「やはり伏兵か! だが今の攻撃は……」

「はい、標的は先輩ではなくセイバーのマスターでした」

 

 Ⅱ世はアルトリアとセイバーが話している間に、マシュにマスターへの不意打ちに気をつけるようこっそり指示してあった。それでアイリをかばうのが間に合ったのだが、アイリを狙撃したのなら、犯人はアインツベルン陣営の者ではない。先ほどのアサシンか、それとも別口か!?

 カルデア側もアインツベルン側も当惑したが、Ⅱ世の金鎖陣は今回も役目を果たしていた。赤いフードに灰色の鎧のアサシンが、気配遮断を破られて姿を現す。

 

「地勢操作魔術で隠身が効かないのか……まったく、やりづらい」

「あれはエミヤさん……!? キャスターのマスターを殺したのも多分彼ですよね」

 

 マシュが改めて盾を構え直すと、その後ろに光己が駆け寄って来た。

 

「事情は分からないけど、とりあえずアイリスフィールさんを守ろう」

 

 アイリが殺されたらセイバーも退去・生け贄となってしまうから要保護だが、マシュの本来の仕事は光己の護衛である。護衛対象は1ヶ所に固まっている方がやりやすいので、アイリの隣に移動したのだ。

 いやアイリが死んでも光己がセイバーと再契約すれば彼女を留めておくことはできるが、現在の信頼関係ではそれは無理である。

 ただアイリの右手の甲には令呪がないので、もしかしたら彼女はマスターではなくⅡ世の言う殺し屋の方がマスターなのかも知れないが、どちらにせよ今光己がアイリのそばにいるのは得こそあれ損はない。

 

「言うまでもないけど、アイリスフィールさんが美人だからお近づきになりたいなんて理由じゃないから誤解のないようにな」

「はい、先輩の本音しっかりいただきました! 後でお説教ですね!」

「この信頼のなさは一体……!?」

「び、美人だなんてそんな……って、そんな場合じゃないわね」

 

 アイリは容姿を褒められてちょっと嬉しかったが、今相手をすべきは姿を見せた狙撃者の方である。

 実際アイリは暗殺者なんて使っていないし、目の前の人物も初対面なのだ。

 

「貴方、クラスはアサシンね。漁夫の利が狙いってわけ?」

「いや、狙いはおまえ一人だけだ。聖杯の担い手」

「……何ですって?」

 

 いきなり正体を暴かれたアイリはまた当惑したが、その隙に狙撃者はマシュの盾に阻まれないよう素早く横に跳んでいた。

 サーヴァント基準でもかなり速い動きだったが、その正面にセイバーが立ちはだかる。

 

「させるものか!」

「ちッ!」

 

 するとエミヤは諦めたのか、また宝具を使って逃げて行った。

 実際光己たちがアイリ護衛に回った以上、長引いたらエミヤは多勢に無勢で負けるに決まっているので、引き際をよくわきまえていると言っていいだろう。

 

「待て、おまえは何者だ!? それに聖杯の担い手と言ったな。それを狙撃するとはどういうことだ!?」

「説明は無意味だ。僕は人の理解の埒外において使役される者。人倫の枠に囚われた者とは、相容れる筈もない」

 

 Ⅱ世はその背中に疑問を投げかけたが、返ってきたのは交渉を拒否する言葉だけだった。

 

 

 

 

 

 

 エミヤが退散し、ジャンヌのサーヴァント探知とⅡ世の金鎖陣でも特段の反応は見られないので、一同は話し合いを再開することにした。

 

「不幸中の幸いと言うべきか、これで我々が貴女がたの敵ではないことは分かっていただけたと思う。波止場でも怪しいといえば怪しい言動をしたが、それも止むに止まれぬ仕儀あってのこと。むしろあって然るべき追い打ちがなかったことに、そこのセイバーも違和感を感じていたのでは?」

「……そうね。今回はこちらが助けられた形になったわけだし」

 

 Ⅱ世のたたみかけるようなトークスキルに、アイリは頷かざるを得なかった。

 実際もしも彼らが敵だったなら、自分はとっくに死んでいたのだ。

 

「ところでお尋ねしたいのだが、先程のアサシンについて何か心当たりは? 聖杯の担い手とか言っていたが」

「……それは」

 

 この辺はアインツベルンの秘事であり、初対面の者にやすやすと明かせることではない。

 とはいえ命の恩人の質問にあまりすげない答えをするのも気が引けた。

 そこで、秘事とは別に自分が感じたことを話すことにする。

 

「彼の正体は見当もつかないけど、確かに不思議な感じはしたわ。初めて会う相手のはずなのに、何故か……私にとって深い因縁のある人だったような……。彼は私を殺すためだけに、私は彼に殺されるためだけに、この場に居合わせたかのような……。

 私たちは2人とも、お互いを壊し壊される運命にあるような、そんな気がしたの」

「そんな!?」

 

 護衛している相手にそんなことを言われてはたまらない。セイバーが泡喰ってアイリに詰め寄る。

 一方Ⅱ世は顎の下に手を当てて考え込んでいた。

 

「ふーむ。アインツベルンの秘技の結晶たるホムンクルスの直感ともなると、笑い飛ばせる話ではないな」

 

 アイリが話を逸らせようとしたことも考えれば、エミヤの正体と思惑についてある程度の想像もついてくる。しかしそれを性急に口にするのは避けた。

 

「互いを殺し合う運命……いいえ。

 いいえ、アイリスフィール。それはありません。

 貴女は私がこの剣に懸けて守り通します。貴女は勝利すべくしてこの戦場に立っているのですから」

「ええ、そうね。こんな頼もしいサーヴァントが側に居るのだし、何も怖がることなんてないわ」

 

 せっかく主従が絆を深めているのに水を差すこともないので。

 やがてアイリはセイバーとの話をいったん終えるとマシュの方に体を向けた。

 

「最後に、そちらの盾の英霊さん。あの援護は本当に見事でした。礼を言います」

「はい、どう致しまして。同盟相手が無事で良かったです」

「ええ、ここまで来たら同盟を断るという選択はないわね。仲良くしましょう」

「はい、こちらこそ!」

 

 そしてついに同盟が成立したが、その傍らではセイバーがまた考え込んでいた。

 

(あの盾のようなものは……仮にそうだとしたら、あの少女は……。

 いや、本人がまだ知り得ないのなら、私が口にするべきではないのでしょう……)

 

「マシュのことが気になりますか?」

「え!?」

 

 不意に声をかけられてセイバーがそちらに顔を向けると、カルデアの自分が微笑を浮かべてこちらを見ていた。

 なるほど、彼女なら当然事情を知っているはずだ。

 

「マシュはもう自分に力を貸しているのが誰であるか知っていますよ。

 そのことを受け入れて、力も発揮できています。問題はありません」

「そうですか、なら私が言うことは何もありませんね。

 やはり貴女がたは悪人ではない。それだけは確かなようです」

「おや、私だけでは信用できないと?」

「ええ、今いち」

 

 セイバーが小さく笑いながらそう言うと、向こうの自分も同じように笑った。

 

「フフッ、その判断は正しいですよ。何しろ私は、まだ重大な隠し事をしているのですから。

 Ⅱ世、そろそろいいのでは?」

「そうだな。レディ・モルガン、認識阻害を解除してくれ」

「え!?」

 

 セイバーにはとても聞き過ごせない人名を聞いた直後、彼らの背後の気配が変わりいくつかの人影が現れる。

 まさかこれだけの戦力を隠していたのか!? しかもその中にいるあの女は。

 

「モルガンーーーーーッ!!!???」

 

 セイバーは思い切り目を剥いて絶叫した。

 

 

 




 お願い、死なないでセイバー! あんたが今ここで倒れたら、アイリさんやイリヤとの約束はどうなっちゃうの?
 魔力はまだ残ってる。ここを耐えれば、モルガンに勝てるんだから!
 次回「セイバー死す」デュエルスタンバイ!

 モルガンってアルトリアの聖杯にかける願いが「自分が王のまま国を救う」だったらそんなに怒らないでしょうけど、「王の選定をやり直したい」だったらブチ切れそうな気がします。AZOでは当然のことながらZeroセイバーで良かった(ぉ




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第140話 騎士王再来2

 セイバーはモルガンの顔を見ると反射的に斬りかかりそうになったが、状況を鑑みて剣を下した。別の自分やマシュが一緒にいる以上、何らかの理由があるに違いないのだ。

 というかよく見たら縛られて転がされているサーヴァントがいるが、あれはもしかして監督役から抹殺依頼が出たキャスターなのではないか?

 

「ええと、説明はしてもらえますよね?」

「もちろん。ですがその前に、キャスターはもう1度隠蔽しておきましょう」

 

 人気(ひとけ)のない場所ではあるが、万が一誰かが通りかかってジルの姿を見られたら通報されてしまう。アルトリアはモルガンに頼んで、彼だけもう1度認識阻害の魔術をかけてもらった。

 ジルを今起こして説得するという選択肢もあるのだが、アインツベルン陣営への説明を済ませてからにした方がいろいろスムーズにいくだろう。

 というか人の容姿をあれこれあげつらうのは上品な行いではないが、ジルは正直不気味な上に体も大きくて目立つので、人前に出る時は常時霊体化してもらうか認識阻害をかける方が無難だと思う。抹殺依頼が出ているから他の陣営に見せるのは好ましくないし。

 

「で、モルガンについてでしたね。私とて好きで一緒に仕事しているわけではなく、マスターは召喚したてのサーヴァントは次の仕事には必ず連れて行くという方針だというだけです」

「なるほど。つまりここにいるサーヴァントはみんなカルデアという組織が召喚したサーヴァントで、貴女もモルガンもその一員というわけですか」

「はい、私はこの第4次聖杯戦争の知識があるので自薦してきたのですが」

「ああ、そういえば昨夜会った時も落ち着いたものでしたね」

 

 セイバーはアルトリアを見た時大変驚いたが、アルトリアはセイバーと会うことを知っていたかのような態度だった。不思議に思っていたが、そういうことなら納得がいく。

 

「しかし、モルガンは信用できるのですか? 貴女も彼女に陰険な手口で苦しめられたのは覚えているでしょう?」

 

 セイバーがそう危惧するのは当然だったが、モルガンがこれに反応するのも当然であった。

 

「ほう、まるで私が悪の権化であるかのごとき言い草だな。貴様とその手下だけが絶対正義で、貴様らに抵抗した者は全員悪だとでもいうのか?」

「え!? い、いや、それは」

 

 セイバーは生前ブリテンを守り切れなかったことを悔やんでいるので、モルガンの言葉にすぐ言い返すことはできなかった。

 

「ああ、それとも騎士道とやらに反するからダメだということか? 生憎だが私は騎士ではないから関係ないな。

 というか騎士道なんてものが持てはやされるのは、実際に騎士道を体現した騎士が少ないからだろう。貴様ご自慢の円卓の騎士ですら、不倫だの謀反だのと」

 

 この発言はモルガン自身にも刺さるのだが、それについてはつつましく沈黙を保った。妖精國女王は心に棚をつくる技術も一流なのだ。

 

「うぐぐ」

 

 モルガンの言葉の魔槍がセイバーの全身にざくざくと突き刺さり、少女騎士は膝をついて身を震わせた。

 

「……フン。そんなザマだからたった10年で国を潰すハメになるのだ。

 情けない。なんと情けな―――」

「ま、まあまあその辺で!」

 

 セイバーがダメージを受けている様子を見てモルガンはさらなる追撃を加えようとしたが、見かねたジャンヌが割って入ったのでいったん停止された。

 

「こ、この毒婦ーーー!」

「まあまあ、貴女も落ち着いて」

 

 一方ぷっつん来たセイバーに対しては、それを予想していたアルトリアが後ろから羽交い絞めして止めている。何しろ自分だから行動を予測するのは容易だった。

 

「それはまあ同盟を組んだのですから諍いは避けたいと思いますが、本当に大丈夫なんですか?」

「今の所、ケガをするような危害を加えてきたことはありませんよ。口論は絶えませんが」

「……」

 

 やはり仲良くはできていないようだ。セイバーは腹に据えかねるものはあったが、実害はないと言われてはあまり強硬には出られない。

 それにモルガンの立場で考えれば、姉なのに妹に国を奪われたのだから隔意を抱くのは当然だ。それを憎まれ口を叩く程度で済ませているのだから寛容とも言えるわけで。

 なので今は棚上げにして、別の疑問点を訊ねることにした。

 

「貴女がたは聖杯が汚染されていたら回収もしくは解体すると言いますが、汚染されていなかったらどうするんです? 仮にも万能の願望機を前にして、何もせずに手を引くというのですか?」

 

 目の前の自分はもちろん、マスターもモルガンも他のサーヴァントたちも望むものはあるだろう。でなければ、聖杯戦争に割り込むなんて危険な仕事は引き受けまい。

 しかしカルデアの自分はまったく執着がないかのような口ぶりだった。

 

「そうですね。勝者がよほど問題のある願望を持っているのでない限り、手出しをするつもりはありません。

 そもそもカルデアのサーヴァントは、私を含めて聖杯目当てで現界したのではありませんから」

「…………!?」

 

 セイバーは一瞬耳を疑った。それでは何のために現世に訪れたというのだろうか?

 

「私の場合は、この国の言葉でいう『義を見てせざるは勇なきなり』という感じですね。マスターとカルデアはとても重大な使命を背負ってますので、非力ではありますが手を貸しているのです。

 とはいえ、役得も十分ありますが」

「役得?」

 

 首をかしげたセイバーに、アルトリアはいっそ自慢げとさえいえそうな顔を見せた。

 

「ええ。生前の我が国とは比べ物にならぬ美味な食事を三食いただいてますし、前の仕事では勝利の女王の知遇を得て手料理をいただくという栄誉にもあずかりました」

「勝利の女王!? それはまさか、ローマに謀反を起こしたあのブーディカ女王ですか!?」

 

 ブーディカはブリテンでは非常に知名度の高い人物であり、セイバーにとっては先輩でもある。目の色を変えて食いついた。

 

「ええ、そのブーディカ女王です。復讐者(アヴェンジャー)だった時はまさに復讐の権化で悪鬼羅刹のようでしたが、騎兵(ライダー)になった後はブリテンの民はもちろん、敵だったローマの民をも悼む心を持つ快活で慈愛あふれる人物でした。

 しかも女王でありながら権高なところはなく、今言ったようにみずから料理を作って仲間に振る舞うという気さくで家庭的な面もありました。

 カルデアに来て下されば、私もさらにやる気が上がるのですが」

「な、何という!?」

 

 セイバーは羨ましさに体をわなわな震わせた。同じ自分でありながら、1人だけそんないい思いをするなんて。

 いや自分はブリテンを救うという大願を投げ出す気はないが、ないが……!

 

「でも本当にそれだけですか? 聖杯を使ってあの滅びを回避したいとは思わないのですか?」

「思いませんよ。()()()()()()私は死後英霊の座に登録されて、そこから来たサーヴァントですから。

 死者の部分コピーが今を生きる者の世界に過度の影響を与えるべきではないと考えているのです」

「……え」

 

 セイバーは意外さに目をぱちくりさせた。

 しかしそれなら自分ほど故国に執着しないのも分かるし、第4次聖杯戦争の知識があるのも当然だ。

 おそらくこことは少しだけ違う、とても似通った平行世界の生まれなのだろう。

 

「もっとも聖杯を手に入れたら受肉してまた世界征服したいという蛮族もいますが。ええ、こちらの駄姉も同類です」

 

 アルトリアは皮肉をこめまくった目でじろーりとモルガンを睨んでみたが、当然ながら1ミリもたじろがせることはできなかった。

 

「蛮族……ああ、さっき会ったイスカンダルのことか。確かに相当な大物だな。

 平時は気性と才能を持て余していらん騒ぎを起こすだけだろうが」

「ぐ」

 

 むしろ部外者だったエルメロイⅡ世に流れ弾が飛んでいたがそれはさておき。

 

「誤解がないように言っておくが、似てはいても同じではないぞ。私は過去を変える気はないし、聖杯に頼る気もないからな」

 

 聖杯はカルデアに持ち帰ると単なる魔力リソースになってしまうという事情もあるが、聖杯で過去を変えるというのは特異点案件であり光己を含むカルデアと敵対することになるし、受肉してサーヴァントではなくなるとマスターとのつながりが切れてしまうからだ。これまで何度も何度も何度も何度も失敗してきたのに、自分から最強の味方(アルビオン)を袖にするほどモルガンは世の中を甘く見てはいなかった。

 

「……? 貴女は自分が生まれ育った時代には興味がないというのですか?」

「私はブリテン島の仔だから、ブリテン国の王になるのはいわば習性のようなものだ。

 しかし王である時代にこだわりはないからな。民族も気にしない。城もまた建てれば済むことだ」

 

 モルガンは生前は国の名が示すように妖精たちの王だったが、彼らは氏族ごとに別の生物ではないかと思うほど差異があったのだ。まして人間の民族間の違いなどささいなことである。

 

「ああ、だからといって住人がどうなってもいいということではないぞ。()()()()()()()()()()()、秩序を与え公正に守護するのは当然のことだ」

「うーん……それならあまり突っ込む余地がないような」

 

 強いて挙げるならアルトリアが言った「死者の部分コピーが~~」の件くらいだが、今まで考えたこともなかった理屈で他人を責めるのは正当とはいえまい。

 なのでセイバーがいったん沈黙すると、モルガンはアルトリアに顔を向けた。

 

「しかしああいう者がいるのなら、我が国も有為の人材を集める必要があるな。

 おいアルトリア、貴様私に従う気はないか? もし前非を悔いて我が軍門に降るなら、元帥とか大将とかそういう地位をくれてやるぞ」

 

 それは案外本気の勧誘かも知れなかったが、アルトリアの返事はこれ以上ないほど単純明快なものだった。

 

「ノゥ!!」

「イエスと言え!!」

「絶対にノゥ!!!

 ……何を企んでるのか知りませんが、私は貴女に対してはノーとしか言いませんよ」

「相変わらず頑固な奴め、ならば心変わりを誘発しよう。この12門のロンゴミニアドに貴様は勝てるかな?」

「イエ―――」

 

「ま、まあまあ2人ともその辺で! アイリスフィールさんもいるんだし」

「む、確かにそうですね。私としたことが不作法をしました」

「マスターがそう言うのなら」

 

 この程度の口ゲンカはいつものことだったが、人前ではよろしくないと思った光己の仲裁でとりあえずは収まった。

 その次はアイリスフィールに謝罪せねばならない。

 

「あー、見苦しいとこお見せしてすみません。でもアルトリアが言ったように危害とかまでは行かないと思いますので、広い心で見逃していただければと」

「いえ、モルガン王妃とアーサー王の姉妹がこの程度の口ゲンカで済ませてくれるのなら安いものよ。

 あなたの人徳かしらね」

「いえいえ、2人が自制してくれてるからですよ」

 

 幸いにもアイリは寛容で笑って済ませてくれたので、光己は次の話に入ることにした。

 

「それでこれからどうします?」

「そうね、でもその前にさっきのキャスターはどうするの? 抹殺しなかった理由は分かったけど、起こして味方につけるのかしら?」

 

 蓑虫ばりに縛り上げた人間をいつまでも引きずり回して歩くわけにもいくまいから、そろそろ話をつける頃合いなのではないかとアイリは思ったのだが、そこにアルトリアがおずおずと済まなさそうな顔で割り込んできた。

 

「あ、いえ、その……ジャンヌ2人には悪いと思うのですが、できればジルはそのまま眠らせておいてほしいのですが」

「え、何故ですか?」

 

 アイリより先にジャンヌがそう訊ねると、アルトリアは曰く言い難げな顔で理由を話し始めた。

 

「えーと、その……実は今思い出したのですが、私の記憶にある第4次聖杯戦争では、ジルは私をジャンヌと勘違いして執拗につけ回してきたのです。

 その上あの顔と目つきでわけのわからない因縁をつけながら海魔の群れまでけしかけてきたものですから、見た目が似てるだけのはずのタコが苦手になってしまったくらいで。

 いえ私だけならまだしも、同盟相手にまで迷惑をかけるのはさすがに」

「……? 確かに私とアルトリアさんは顔つきは似ているかも知れませんが、親しい者が見間違えるほどではないと思いますが」

 

 ジャンヌはアルトリアが嘘を言ったとは思わなかったが、鵜呑みにもできなかったらしく不思議そうな顔をしたが、すると謎が解けたマシュが話に加わってきた。

 

「あの、ジャンヌさん。フランスの特異点でダメスロットが貴女をアーサー王だと勘違いして襲ってきたことがありましたよね。それと同じことなのでは」

「え……ああ、そういえばそんなことがありましたね」

 

 狂化したランスロットがジャンヌをアルトリアと誤認したなら、(復讐に)狂ったジルがアルトリアをジャンヌと勘違いしてもおかしくはない。容姿ではなく人間性とか魂とか、その辺を見たのだろう。

 

「……うーん。寝かせたままにしておくのは気が引けますが、確かに部外者にまで迷惑をかけるのは心苦しいですね。戦力が不足しているわけでもありませんし、私はそれでかまいません」

「まあ確かに……若い女が晩年のジルに関わるのは問題ありまくりだものねえ」

 

 ジルの晩年の所業を思えば、ジャンヌ2人もアルトリアの希望を無碍にはできない。こうしてジルは聖杯戦争が終わるまですやすやおねむということになったが、お互い部下や仲間が人様にあらぬ迷惑をかけたとあっては一言なしでは済まされない。

 

「それはそうと、今の話によれば我が国の騎士が迷惑をかけたようで。主君として謝罪させていただきます」

「いえ、こちらこそ。食べ物の好き嫌いにまで響いてしまったようで申し訳ありませんでした」

 

 アルトリアもジャンヌもいさぎよい態度だったが、関係者4人の外見年齢を考えると実にシュールな光景であった……。

 またその後改めて互いに自己紹介もしたのだが、Ⅱ世(疑似サーヴァント)やジャンヌオルタ(つくられた存在)はまだいいとして、ヒロインXXがアーサー王の一側面ということにアイリとセイバーはすぐ納得できずにいたが、まあ重大な問題ではないだろう。多分。

 ―――そしてこれで同盟のためにしておく最低限の話は終わったので、一同は今日のところはいつまでも暗い屋外にいるのを避けてアイリたちの根拠地に帰ることにしたのだった。

 

 

 



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第141話 アインツベルン会談

 カルデア一行とアイリスフィール&セイバーは何事もなくアインツベルンの根拠地に帰り着いたが、驚くべきことにそこは小さいとはいえ西洋風の城であった。

 

「おぉっ、これもしかして城じゃないか!? もしかしてアインツベルンってすごい金持ち!?」

「そうですね、まさか一時的な拠点のためだけにこんな大きな建物を用意するなんて」

 

 光己とマシュは驚きのしばらく固まって茫然としていた。

 エルメロイⅡ世によればケイネスはお大尽にもホテルの1フロア全部を借り切っていたそうだが、それと比べても桁が違う。

 何のメリットがあってそこまでするのかは分からないが、お金があったら贅沢したくなるのだろう。あるいはアイリは名前に「フォン」がついているから貴族の出身なのかも知れず、それなら体面を保つための出費という線もある。

 

「それじゃカルデアの皆さん、遠慮なく上がってちょうだい。敷地全体に結界が張ってあるけど、私と一緒なら大丈夫だから。

 夕ご飯はもう食べたのかしら?」

「はい、ジルやイスカンダルと会う前に」

「そう。ならまず軽くシャワーでも浴びてもらって、その後でデザートでもいただきながらこの先の予定についてお話しましょう」

 

 先ほどの会話によるとアルトリアはこの聖杯戦争の記憶があるそうだから、今後の敵陣営の動きをある程度は知っているはずだ。それを聞けばアインツベルンの勝利はぐっと近づく。

 いや勝利しても聖杯は入手できない可能性の方が高いのだが、もし聖杯が汚染されているのであれば後始末をするのは御三家から派遣されたマスターとして当然の責務だろう。

 アイリは一行を応接室に案内すると、メイドを呼んでデザートの用意を言いつけた。

 

「すごい立派な部屋だな。てかあれ本物のメイドさん? すげぇー!

 カルデアでも雇用してくれればいいのに」

 

 光己は部屋の広さや高価そうな調度品より、メイド服を着たお姉さんに関心があるようだった。

 なおアルトリアオルタが水着になるとメイドになるのだが、光己的にあれは真のメイドとは認めづらいらしい……まあ残当ではある。

 とりあえずアイリが言ったこの先の予定については、光己の処理能力を超えるのでⅡ世とアルトリアに丸投げした。

 

「まあ妥当な判断ではあるが……それでアイリスフィール嬢、アインツベルン陣営のマスターは本当に貴女ということでいいのかね? それに殺し屋を使っていないということも」

 

 Ⅱ世としては自分の記憶にあることなので、特にしっかり確認しないと気が済まないようだ。

 するとアイリは右手の甲を布巾で拭ってから、Ⅱ世たちにかざして見せた。

 

「令呪……!? 化粧品か何かで隠していたのか」

「ええ、若い女性としてはこんな目立つアザをそのままにして出歩くのはちょっとね。

 殺し屋だって使ってはいないわ。アインツベルンの名にかけて誓いましょう」

「……むう」

 

 そこまで言われればⅡ世も突っ込む余地がない。

 もっとも仮に殺し屋を使っていたとしても、もう困ることはないのだが。

 次はアルトリアが口を開いた。

 

「分かりました、貴女の言葉を信じましょう。

 ところであのアサシンですが、ルーラーの真名看破によると名前をエミヤ……これは私の知る第4次聖杯戦争において、私のマスターであり、貴女の夫でもあった男性の名前なのです。むろんサーヴァントではなく生きた人間として」

 

 これは非常にセンシティブな問題だと思われたが、彼は今回の聖杯戦争のカギになりそうな人物だし、ずっと隠しておくのもそれはそれで不実である。さすがに夫婦関係の内情までは述べなかったが、最低限必要だと思うことは明かしたのだ。

 

「なっ……!?

 …………いえ。そういう世界もあったからこそ、私は彼に特別なものを感じたのでしょうね」

 

 アイリは全く信じないか、あるいはもっとショックを受けても良さそうなものだったが、アルトリアが予想したよりは冷静だった。とはいえ表情はこわばり呼吸も乱れているので、アルトリアはそれが落ち着いてから話を再開した。

 

「エミヤのクラスはアサシンですが、このクラスの枠はすでに言峰というマスターが別のサーヴァントを召喚したことで埋まっています。つまり彼は正規に招かれた7騎とは別物―――それが聖杯の担い手たる貴女を殺そうとする理由といえば」

「大聖杯が起動して大災害を起こすのを阻止するために派遣されてきた『抑止の守護者』である可能性が高いわけだ」

 

 アルトリアの台詞をⅡ世がそう言って引き継ぐと、アイリもセイバーもいくらか顔を青ざめさせながらも頷いた。

 

「つまり、貴方がたとエミヤは同じ目的で動いているの?」

「さすがに聡いな。その通りだが、手段と結果は違う。

 彼の方法はあくまで今回の聖杯戦争をお流れにするに過ぎない。また次回の聖杯戦争が起こったら、同じことが繰り返されるだろう。

 しかし大元の大聖杯を解体すれば、この問題は二度と発生しなくなるのだからな」

 

 なるほどⅡ世の言う通りだが、ならばなぜエミヤは根本治療をせず対症療法を選択したのだろうか?

 

「手間と難易度の問題だろうな。一口に解体といっても、それは大樽一杯に貯まったニトログリセリンを抜き取る作業みたいなものでな。

 雑に扱えば樽が壊れて大惨事になりかねん。安全に処理するには事前に入念な下準備が必要だ。一晩二晩ではどうにもならん」

 

 和解できる陣営を先に説得しておくのもこのためである。作業中に襲撃されてはたまったものではないので。

 

「なるほど……それで、彼は説得できるのかしら?」

「目的は同じですから、話し方次第でしょう。

 先ほど話した4騎縛りがありますから脱落させるのは好ましくありませんし、個人的にも彼と戦いたくはありません。

 性格的な相性はお世辞にも良かったとは言えませんが、彼が真剣に世界の平和を願っていたのは確かですから」

「……うまくいかせたいものね」

 

 アルトリアのやや沈痛な声色での答えに、アイリも同じような表情で頷いた。

 次は正規に召喚されたサーヴァントたちについての話である。担当はⅡ世だ。

 

「彼についてはこちらから追わなくても、先方から勝手にやって来るだろう。アイリスフィール嬢は外出する時は警戒を怠らないようにしてくれ。

 次は正規の7騎についてだが、まずセイバーとキャスターは今ここにいるから解決済みだな。バーサーカーは当人とは会話が通じないが、マスターとは連絡が取れていて明日会う予定になっている。

 アーチャーとアサシンは、アーチャーが説得不可能なのとマスター同士がつるんでいるので排除せざるを得ない。

 この両名は、私とアルトリア嬢の記憶通りなら明日の深夜にこの城に押しかけてくる。ライダーも来て、いや最初に来るのはライダーなのだが、ともかく彼とアーチャーとセイバーで『聖杯問答』と称した飲み会が始まるのだ」

「……は!?」

 

 1つしかない至宝をめぐって殺し合う間柄でなぜ問答だの飲み会だのという流れになるのか。アイリとセイバーは数秒ほどぽかんと口を開けて、返す言葉が思いつかなかった。

 

「私にとってもあの征服馬鹿の考えることは意味不明なのだ。

 いや彼らの会話によれば、聖杯は相応しい者の手に渡るのだから、問答で王の器だの格だのを示せば血を流すには及ばないということらしいが」

「…………。うーん、まあ分からなくもありませんが」

 

 セイバーはこのままの流れならライダーの挑戦を受けて問答に応じる身だけに、一応理解はできたようだ。

 

「それで、その場で誰かが聖杯を手にしたのですか?」

「いや、アサシンが邪魔に入ったので問答自体が中断された。

 もっとも問答を最後までやったところで、三者とも敗北を認めはしなかっただろうがな」

 

 話し合いだけで決着がつくなら、人類史に戦争なんて起こっていない。どう転んでも、最終的には腕力でケリをつけることになるに決まっている。

 

「まあ、そうですよねぇ……」

 

 仮にその問答で劣勢になったところで、じゃあ聖杯諦めて帰りますなんて誰も言うわけがない。

 ではなぜそんな問答をするのかといえば、単に酔狂か、論破することで精神的優位に立つためか、そんなところだろう。

 

「―――で、そちらの私!」

 

 そこにアルトリアがセイバーに向かってがばっと身を乗り出した。

 

「その問答ですが、私に代わってくれませんか?

 貴女がやっても嫌な思いをするだけなのは分かってますので、代理出席したいと思うのですが」

「えええ!? ……って、貴女は問答を経験済みなんでしたね。私にとって不愉快な結果になったのですか?」

「ええ、身体的なケガはありませんでしたが。なのでリベンジをしたいのです」

「……」

 

 目の前にいる女性がとても負けず嫌いな性格であることは、セイバーも身を以てよく知っている。

 セイバーはライダーやアーチャーに恨みはないので、アルトリアがそこまで望むなら代わってやっても構わないが……。

 

「でも先ほど貴女は聖杯にかける望みはないと言いましたよね。ちゃんと問答できるんですか?」

「私とあの2人との問答では、むしろない方が有利ですから」

「……」

 

 どうやらセイバーの望みはライダーやアーチャーにとって評価すべきものではないようだ。

 ならば自身で論戦してその価値を証明したいとも思うが、それがうまくいかなかったからアルトリアはリベンジを望んでいるわけで。

 

「それとですね。さっきⅡ世が言ったように、問答の最中にアサシンが襲ってきます。私の記憶通りにいけばライダーが宝具で倒しますが、事態の流れによってはアイリスフィールが攻撃を受ける可能性もあるのです。

 いえ問答に同席せず邸内に隠れていれば大丈夫ですが、ライダーのマスターは来るのです。そういうわけにはいかないでしょう」

「なるほど……しかしそれでは、アイリの代わりにミツキが危険に晒されるのでは?」

「はい。ですのではなはだ不本意ではありますが、モルガンに幻術か何かでごまかしてもらえればと……」

 

 アルトリアがためらいつつもモルガンの顔を見ると、魔女な姉は思い切り愉悦の表情を浮かべた。

 

「うむ。我々の目的を考えれば、アイリスフィールはあまり表に出さぬ方が得策だな。サーヴァントの我が儘でマスターを危険に晒さないのも当然のことだ。

 良い判断ではあるが……人にものを頼む時には、それなりの言い方というものがあるのではないか? ん?」

「ぐぎぎぎぎ……」

 

 ここぞとばかりに超上から目線で見下ろされてアルトリアはぎりぎりと奥歯を噛み鳴らしたが、今回の希望が私情であるのは分かっているので拒否することはできなかった。

 

「お、お願いします。モルガン」

「『モルガン』!? んん!? 『モルガン』……!?」

「くくぅ……! あ、姉上! お、お願い致します……!!」

 

 アルトリアが屈辱の涙を飲みつつもモルガンを姉上と呼んで頭を下げると、魔女陛下は満足したらしく舌鋒を収めた。

 

「んー、まあよかろう。

 連中がアイリスフィールの顔を知らないのであれば、私の分身を使えばいい」

 

 モルガンは魔力リソースさえあれば自分と同じ能力を持った分身を複数操ることができる。これらはサーヴァントそのものというわけではないので、サーヴァントが見てもサーヴァントだとは思わないはずだ。

 ただそのままだと魔力が強すぎて怪しまれそうだから、それを削る分人間っぽく見えるように細工すればいい。

 それでも眼力がある者なら不審がるかも知れないが、Ⅱ世によればアインツベルンというのはホムンクルス製作の大家だという。そういうホムンクルスなのだと言い張れば、連中もそう深くは突っ込んで来るまい。

 

「分身……さすがはモルガン王妃ね」

 

 アイリはモルガンの技量にいたく感心したようだ。

 そういうことなら任せても良さそうである。アイリ自身は問答をしたいわけではないし。

 

「それじゃお2人にお願いするわね。

 ……で、これでさしあたっての問題は全部結論が出た……って、ちょっと待って。

 今までの話にランサー陣営のことが出なかったんだけど、どうなってるのかしら?」

 

 カルデア一行が倒したにせよ和解したにせよ、あるいはまだ出会ってないにせよ、話題にしないのはおかしい。なのでこちらから訊ねてみると、アルトリアとⅡ世はあまり語りたくないのか目を見合わせたが、押しが強いのはアルトリアの方らしくⅡ世の方がやれやれといった感じで話し始めた。

 

「……喰った。こちらのマスターが」

「は!?」

 

 また何かおかしなことを言われて、アイリとセイバーは目をぱちくりさせた。

 今度は何の冗談なのだろう?

 

「冗談でも嘘でもないぞ。実際に、ランサーの霊基を丸ごと吸収(ドレイン)したのだ。例の4騎縛りを回避するためにな。

 そうだ、貴女が聖杯の担い手ならランサーが大聖杯に回収されたかどうか分かるのではないか? 時刻はちょうど昨日の今頃なのだが」

「え!? え、ええ……そうね。そういえば何か来たような感覚が、気のせいぐらいにはあったけど……」

「ふむ、なら99%喰えたということになるな。ランサーは4騎縛りの勘定に入れなくていいわけだ」

「……ええと、それはそれでいいと思うけど……」

 

 アイリはⅡ世の目算には同意したが、その前の段階はやっぱり理解できなかった。

 サーヴァントが人間の魔力を奪うことはままあるが、人間が敵対的サーヴァントを丸ごと吸収するとはいったい。

 

「いやいや、俺はただの一般人マスターですよ。本当は数合わせの補欠だったのが、事情があって現場入りになっちゃった程度の」

「……」

 

 すると視線に気づいたのかカルデアのマスターが言い訳めいたことを言ってきたが、この怪物が本来は補欠だったというならカルデアとはどんな魔境なのだろうか。怖くなってきたアイリは考えるのをやめたのだった。

 

 

 



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第142話 魔王参戦?

 話し合いが終わった後、カルデア一行は客室を男性用と女性用の2部屋貸してもらったのだが、寝る前の一休みをしている時光己はふと一案を思いついた。

 

「ジルを寝かせたままにしておくんだったら、雨生から取り上げた令呪は使っちゃってもいいんですかね?」

「そうだな。万が一に備えて1画は残しておいた方がいいが、あとの2画は使っても良かろう。

 しかし何に使うんだ?」

「はい、カーマを呼ぼうと思いまして」

 

 昨晩3画使ったが1画は復活したので、これでカルデアに残っているカーマか清姫をここに呼ぶことができるようになったわけだ。

 

「ふむ、それか……聖杯問答のために残しておきたい気持ちもあるが、明日になればまた1画増えるから問題ないか。

 それで清姫ではなくカーマを選んだ理由は?」

「あー、大したことじゃないんですがカーマも『魔王』ですから、王様問答の評論でもしてくれたら面白いかな、と思いまして」

「第六天魔王というのは人間世界の王や君主とは違うものだと思うが……まあ、清姫がいないと困る事情もないから構わんか」

「じゃあさっそく……いや、ここじゃなくてマシュたちの部屋でやるかな」

 

 軍師の許可は得たが、人数的には多数派の女性陣に無断でやるのはまずいだろう。光己は隣の女性部屋に行って彼女たちの同意を得てからやることにした。

 

「ああ、それもそうか」

 

 するとⅡ世も当然ながらついて来たので、最終的にサーヴァント全員同席の上でカルデア本部に連絡を取ることになる。

 マシュが通信機のスイッチを入れると、空中にスクリーンが現れオルガマリーの顔が映し出された。

 

《こんばんは。こんな時間に何か急ぎの用事かしら?》

「あ、所長。夜中までお疲れさまです。

 カーマを召喚したいので、呼んで下さいますか?」

《え? 昨日XXを召喚したばかりなのに?》

 

 令呪はまだ1画しか回復していないはずだ。召喚ができるアイテムでも入手したのだろうか?

 

「はい、ほかのマスターの令呪を分捕りましたので、それを使おうと思いまして」

《令呪を分捕ったって……貴方どんどんあさっての方向に成長していくわねえ》

 

 オルガマリーは感心したような呆れたような顔をしたが、光己の希望についてはすぐ承知してくれた。内線電話でカーマを呼び出すと、女神様がダッシュで管制室に現れる。

 なお彼女の霊衣は黒のキャミソールとホットパンツの上に紫色のパーカー、それに黒の帽子とブーツというコーディネートだ。見た目10歳くらいの彼女にはちょっと背伸びしたデザインに見える。

 

《そんなに私と一緒にいたいんですか? こんな子供をあてにして、仕方のないマスターですねぇー》

 

 スクリーンに映ったカーマはいつものように皮肉っぽいことを言ったが、見るからにそわそわして内心は丸分かりなのがとてもかわいかった。

 

「うん。実は明日『聖杯問答』という飲み会が開催されることになってて、それにアルトリアが出席して他の王様たちと王様論を一席ぶつそうだから、カーマに解説っていうか論評してほしいと思って」

《へ!?》

 

 これはロリ女神様にとって、ちと荷が重い要請だ。さすがに顔をしかめた。

 

《いえあの、第六天魔王というのはそういうものじゃなくてですね。王様論なんて出来ませんよ》

 

 王という称号がついてはいるが、支配とか統治といったことを司っているわけではない。

 というか「仏道修行を妨害する魔」に何を期待しているのだろうか、こののほほん顔のマスターは。多分アンチテーゼ的なものなのだろうけれど。

 

「うーん、それじゃ愛の神的にでもいいから」

《仕方ありませんねえ。そう大したことは言えませんが、それでいいなら》

 

 しかしそれでせっかくのお招きを取りやめにされてはたまらない。カーマが予防線は張りつつもそう言うと、光己はあっさり承諾した。

 

「うん、それじゃお願い」

《はい、ではいつものように『カーマちゃん愛してる、カーマちゃんの愛を下さいー!』って渾身の力で叫んで下さいね》

「俺がいつそんなこと言った!?」

「もう、ホントにシャイなんですからー」

 

 残念ながらマスターは愛を叫んではくれなかったが、寛大なる女神カーマは許してあげて、普通の召喚で彼の元に移動した。

 代わりに抱きついて、胸に顔をすりつけたりしてみる。

 

「んー、こうしてると気分いいですねー」

「うん、俺もだよ」

「えへー」

 

 すると彼も抱きしめてくれたので、もう少し体を密着させた。

 思い返せばずいぶん仲良くなったものだと思う。この前も、彼が異界放逐になったらついていくなんて大それたことを当たり前のように言ってしまったし。

 いやそれを後悔してるとか取り消すなんてつもりは全ッ然なく、自分の心境の変化に驚いているだけだが。

 

(……そういえば私、ずっとこの幼い姿のままでいますよね。マスターと同い年や年上の姿になったら喜んでくれる、とは思うんですけど)

 

 しかしそれをすると大人扱いになって甘やかしてもらえなくなるのが難点だった。いや姿を変えればメンタルもそれに応じたものに変わるのだが、こうして小さな妹みたいにべったり甘えられる上に、他のメンツにも多少のわがままは大目に見てもらえる今の環境には大変未練があった。

 彼をロリコン扱いしてからかうのは楽しいし。

 

「カーマ、どうかした?」

「あ、いえ。マスターはよくこんな性悪なロリ女神と仲良くできるなーって思っただけですよ」

 

 心が通じ合ったり分かり合えたりするという幸せには、感情や気分の変化を読まれやすくなるというデメリットがついてくる。カーマはとりあえず、光己の腕の中から離れて気を落ち着けた。

 

「それはそれとして、何か立派なお部屋ですけど今どうなってるんですか?」

「ああ、そこから説明すべきか」

 

 光己はカーマと、あと補佐役としてⅡ世とアルトリアをテーブルに招いて、備えつけのお茶を飲みながら冬木に来てからの経過を説明することにした。

 その序盤、ヴリトラを喰った辺りでカーマの額に縦線効果が20本ほど入る。

 

「あの……理屈は分かりますけど、もう少し考えて行動した方がいいと思いますよ。最後のマスターが頭ワルキューレじゃまずいでしょう」

 

 ヒルドたちが聞いたら多少の反論はあるだろうが、今は通信を切っているので問題はない。

 

「うん、確かにあれには問題あったと思うけど、今回は結果良しだから」

「何かいいことあったんですか?」

「んー、まあな」

 

 光己が次の流れとしてアルビオンに進化したことを話すと、カーマは今度はぷーっと頬をふくらませて露骨に拗ねた顔をした。

 

「えー、インドの竜を吸収したのにイギリスの竜になったんですか? そこは当然インドの竜、具体的には私に所縁があるマカラになるべきだったんじゃないですかね」

 

 マカラというのは古代インドの最高神ヴァルナの乗り物である竜というか怪魚っぽい生物で、カーマのシンボルでもある。カーマが光己の進化先として希望するのは当然だったが、それはさせぬとばかりにモルガンが割り込んだ。

 

「待て、我が夫の翼はおまえの影響によるものだと聞いたぞ。2度も干渉しようなどという贅沢は控えるのだな」

「むー、余計なお世話……というか、貴女こそいつまで()()マスターを夫扱いしてるんです?」

「無論、死ぬまで」

「政略結婚のくせによく言いますねー」

「契機は関係ないな。むしろその政略結婚のたった2日後に私に最も相応しい存在になってくれたのだから、運命の出会いとしか思えん」

「口だけは達者ですねこのやさぐれ女」

「気にするな、おまえにも成長の余地はある」

「どういう意味で言ってるんですかねー」

 

 なおこの2人、お互いに相手のことを「元は善良だったが酷い目に遭ってグレた」と見抜いており、しかもその傷をマスターが癒してくれている(くれるかも知れない)と思っている似た者同士である。

 カーマはモルガンの事情など知るよしもないが、モルガンは現界の時に得た知識でカーマの略歴を知っていた。

 カーマがグレたのはシヴァ神に殺されたからだけではなく、もう1つくらい理由がある……と思っているが、それを訊ねるほどの仲間意識は持っていない。

 

「ところで確か貴女も生前は王様でしたよね。王様問答には参加するんですか?」

「いや、私には別の役目があるから不参加だ。

 それに王の器、つまり君主として望ましいあり方なんてものは時代や地域や状況、果ては個人の主観によってさえ大きく違ってくるものだからな。全く違う生まれの者同士で優劣を競い合っても意味はない。

 聖杯にかける願いについても同様だな。どんなに大仰な、あるいはささやかな願いだろうと、当人にとってはそれが1番大事なのだ。比べても仕方なかろう」

「つまり勝つ自信がないからですか?」

「耳が悪いのか性格が悪いのかどっちなんだ?」

 

 2人とも同病相憐れむ気はないようだ……。

 

「まあいい。アルビオンは竜種の冠位だというから、これ以上の進化などないだろうからな」

「それはよござんしたねー」

「うむ」

「……」

 

 2人とも熱くなるタイプではないので、口ゲンカしてもテンションはむしろ下がるだけですぐ自然終了してしまうようだ。モルガンはさっきまで座っていたベッドに戻り、カーマも光己たちの方に向き直る。

 お茶を1杯飲んでのどを潤してから、光己に話の続きを促した。

 

「それで、どこまで聞いてましたっけ」

「俺がアルビオンになった所までだな。その後は日暮れまで街で時間潰してから、キャスターの根拠地の下水道に行ったんだよ」

 

 光己は人前でなければこの程度の口論にあれこれ言うつもりはないらしく、そのまま説明を始めた。

 

「んで紆余曲折あってキャスターは眠ってもらって、アインツベルン陣営のアイリスフィールさんとセイバーさんと同盟して今ここに至るわけだな」

「なるほどー。それでこの先はどうするんですか?」

「今日はこのまま寝るだけ。明日は日暮れになったらバーサーカー陣営の勧誘に行って、その後ここでさっき話した聖杯問答をする予定だな。その先はまだ未定」

「それじゃ明日は夕方までは暇なんですね。ずっととは言いませんけど、少しは遊んで下さいね。あとおやつも欲しいです」

「そうだな、それくらいの時間は取れるだろ」

「わーい」

 

 カーマは子供らしく無邪気な仕草で喜んだが、ふと気づいたことがあった。

 

「でも今までの話だと、今すぐ大空洞ってとこに行ってマスターなりアルトリアさんなりがビームぶっぱすれば事件解決するんじゃないですか?」

「……」

 

 そしてこちらも子供らしい無邪気で率直な問いに、アルトリアとⅡ世がものすごくバツ悪そうに顔を見合わせる。

 

「ま、まあまあカーマ! 確かにそうなんだけど、いろいろ手間かけてるのはあれだ、オケアノスでヘクトールとヘラクレスの気持ちを考えて魔神柱とメディアに手出ししなかった時みたいな、そういう英雄の心情に配慮したムーブってことでひとつ」

「…………マスターがそれでいいなら、私もいいですけどね」

 

 しかし幸い、理解があるマスターのおかげで丸く収まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌朝の朝食の後、光己はアインツベルン城の中庭を借りてトレーニングをしていた。

 ヴァルハラ式は部外者のレディーに見せるものではないので、今回は新スキルの「光のブレス」と「慣性制御」の練習である。モルガンに大きな的をつくってもらって、それに向かってブレスを吐いていた。

 

「コォォォォ……はぁっ!」

 

 光己が口の中に溜めた「力」を一気に吐き出すと、それは金色の光の奔流となって的にぶつかり、無色の衝撃波が広がった。

 今は威力よりコントロール重視の方針なので、かなり手加減しているから的は損傷していない。敵にダメージを与えるより味方にフレンドリーファイアしないことの方が大事だし、そもそも人様の屋敷の中なのだから全力を出すなんてもっての外である。

 

「うん、だんだん感覚がつかめてきたな」

「さすがですね我が夫」

 

 光己がうんうんと満足そうにごちると、モルガンも嬉しそうに相槌を打った。

 彼が吐いている光は、「彼女」が吐いていた光と全く同じではないがかなり近い。夫がアルビオンであることの証明がまた1つ増えて大変喜ばしかった。

 なおここにルーラーアルトリアがいたら、「私の宝具の光とも似ていますね」と感想を述べていたところだが、今ここにはいなかった。

 

「不思議な感じの光よね。境界にかかる虹、だっけ? 具体的にはどういうものなの?」

 

 するとジャンヌオルタがそう訊ねてきたが、光己もモルガンもそれは知らなかった。

 

「うーん、実は俺にも分からんのだな。普通の『光』だったら爆風とか出さないと思うから、単にドラゴンの魔力が光って見えてるだけなのかも」

「つまりただの魔力ビームってこと?」

「うん。もし『光』だったら、『境界』と『慣性』との合わせ技でレーザー核融合とかできたかも知れないけど」

「そんなものどこで使う気だ……」

 

 Ⅱ世が疲れた声でツッコミを入れたが、誰も聞いてはいなかった……。

 

「じゃあそろそろ慣性制御の方もやろうかな。モルガン、的ありがと」

「はい、どう致しまして」

 

 モルガンが的を消すと、光己は次のメニューに移るため彼が名づけたところの神魔モード、角と翼と尾を出した形態になった。

 

「!? や、やっぱりあの子一般人じゃなかったじゃない!

 逸般人どころか人間の枠からも外れてるわよ」

「あれほどの神性、そして魔性……人か竜か神か魔か、私にも彼の正体は想像がつきません」

 

 見学していたアイリスフィールとセイバーも驚愕と畏怖を隠せない。思い切り泡喰いつつも、彼らと同盟できた幸運を天に感謝した。

 そんな2人の視線の先で、彼はせっかく出した翼を羽ばたかせるでもなく、魔力放出で反動をつけるでもなく、ただ突っ立った姿勢のまま滑るように真横にスライド移動した。

 

「!?」

 

 次は速度をまったく変えずに真上へと飛び上がったかと思うと、同じ速さのまま直角に曲がったり、何の予兆もなく加速したり減速したりし始めた。さらには高速飛行から一瞬で停止したり、逆に停止状態からいきなり最高速になったりしている。

 明らかに物理的におかしい動きをしているが、人間はあんなことができるものなのだろうか。

 いや空を飛ぶ魔術は実際に存在するが、あの変態的な駆動はそれとは概念レベルで違うと思う。

 

「一部の幻想種は何か神秘的な力で空を飛ぶことができますが……あれの真似はできないと思います」

 

 たとえばイスカンダルが持っている戦車(チャリオット)は牽いている神牛の力で空を飛ぶことができるが、最高速度のまま急カーブしたら牛は遠心力で転倒するだろうし、イスカンダルも戦車から放り出されるだろう。それを回避できるとはいったい。

 

「……世の中って広いのね、セイバー」

「そうですね、アイリスフィール」

 

 結局その現象を最後まで解明できなかったので、2人は仲良く現実逃避したのだった。

 

 

 



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第143話 謎の裁定者

 光己はトレーニングを終えると、角と翼と尾を引っ込めてからアイリスフィールとセイバーに挨拶しに行った。

 

「とりあえず午前中はこれで終わりですので。場所貸してもらってありがとうございました。

 いやあ、なにぶん元素人ですのでここまでやるのには苦労しましたよ」

「あ、いえ、どう致しまして……」

 

 光己の挨拶に不自然な点はなかったが、アイリの返事はいくぶんこわばって固い感じだった。

 アイリはアインツベルン最高傑作のホムンクルスで魔術方面の知識もあるから超常的な現象には耐性があるのだが、光己がやらかしたことはその埒外だったらしく、ちょっと引いてしまっているのだった。

 

(うーん、期待したのと反応が違う?)

 

 光己が昨日「自分は本来補欠の一般人だ」と言ったのは実は仕込みで、その素人が血のにじむような、もとい実際に血を飲む修業の果てにこれだけ強くなったのだから少年漫画のヒーロー原則的に考えて好感度大アップだと思ったのだが、どうもアテが外れたようである。何がいけなかったのだろうか?

 しかしせっかく美人で性格も良さそうなお姉さんと同盟関係になれたのだから、ここはもう一押ししたいところだ。ただ光己はコミュ力は人並みなのですぐには気の利いた台詞が出て来なかったのだが、その隙に横から腕を引っ張られて連行されてしまった。

 

「はい、先輩はもう下がって下さいね! あとのことはこの私、マシュ・キリエライトが引き受けますので!」

「いや待てマシュ、ここはマスター同士でないと失礼に当たるだろ」

「先輩が今考えていることを実行に移す方が失礼になると思いますが?」

「心を読んだだと? サトリ妖怪にでもなったというのか?」

「先輩の思考パターンなんて、ちょっと付き合えば誰にでもすぐ分かるようになります!」

「付き合う? つまりようやく我が大奥に入る気になってくれたってことでいいのかな」

「寝言は寝てから言うものですよ先輩」

「ええい、出会った頃の純朴だったマシュはどこに行ってしまったんだ!」

「変えた本人に言われてもですね」

 

 マシュの台詞は深読みするととても重大な内容なのだが、夫婦漫才の最中にそれに気づけるほど光己は賢くなかった……。

 なお唐突にコントを見せられてぽかんとしているアイリとセイバーに対しては、アルトリアが「いつものことなので気にしないで下さい。年頃の少年少女らしくて良いでしょう?」と取りなしていたりする。

 ―――そんなこんなで昼食の後は、昨夜のカーマの希望に加えてダ・ヴィンチにカルデアの施設の修繕や増設のための資機材を購入するよう頼まれたので、また街に出てショッピングをすることになった。ついでに食料や娯楽用品も送る予定である。

 ただその代金は光己の財布から出ることになるので、職員にはできるだけ報いたいと考えているオルガマリーにとっては痛恨の極みだった。

 

「仮にもアニムスフィア家当主にしてカルデア所長である私が、まだ一銭の給料も払ってない未成年に運営費を出してもらうなんて……くくぅ……。

 で、でもこれも人類の存続のため……!

 わ、私個人の感傷やプライドなんて気にしている暇はないのよ……」

「お労しや所長……」

 

 机に突っ伏してぷるぷる震えているオルガマリーに、ロマニは声をかけることもできず後ろから見守ることしかできなかった……。

 

 

 

 

 

 

 さて、ショッピングはアイリとセイバーの護衛としてアルトリアとジャンヌオルタを残して7人で行くことになった。まずはカルデアに送る分を買って送った後は、よさげなカフェに入っておやつを食べたり、ゲームセンターに行って遊んだりと現代のレジャーを楽しむ。

 

「へえー、これがマスターの時代の遊びってやつですか。仕方ないから付き合ってあげますよー」

「あんまり騒いじゃダメだぞ。ただでさえ俺たち目立つんだから」

「はーい。でもなんで目立つんですか?」

「そりゃもう、すごい美女美少女のおのぼりさんが5人もいるんだから当然だろ。みんな俺のだから誰にも渡さんけどな!」

「そういう発言の方が人の気を引くんじゃないですかねー」

 

 などというやり取りもあったが特に騒ぎを起こすこともなく。やがて日が沈んできたのでアインツベルン城に帰る道すがら、ジャンヌがサーヴァントの反応を感知した。

 

「これは……妙な感じですね。明らかに7つ以上の弱い反応が、普通の反応1つを囲んで動き回っているような。戦っているのでしょうか?」

 

 通常の聖杯戦争でサーヴァント反応が8つ以上というのは明らかにおかしい。ジャンヌは少々戸惑ってしまったが、カラクリはすでに分かっている。

 

「それはエミヤじゃない方のアサシンだな。『普通の反応』の方を襲っているのだろう」

「確かアサシンは排除するんでしたよね。『普通の反応』の方がどなたかまではまだ分かりませんが、助けに行きますか?」

「そうだな、行くだけは行ってみよう」

 

 エルメロイⅡ世の音頭取りでさっそく現地に向かう光己たち。そこはすでに暗くなった裏通りで、赤っぽい服の少女が骸骨の仮面をかぶった男女十数名に囲まれて攻撃されていた。

 仮面の連中は間違いなく例のアサシンだ。少女の方は初めて見る顔で、弓を射ったり長い布を振り回したりして応戦しているが、数の差は否めず押されている。

 アサシンが投げる黒い短剣は夜になると視認しづらく、戦士系ではない少女はよけ切れずに何本も刺さって血が流れていた。

 

「あいたっ! うう、これも神の試練なのでしょうか……。

 でもそろそろほんとのハートブレイクになりそう……」

 

 少女は本来ならサーヴァントの接近をかなり遠くからでも感知する能力があるのだが、今は敵に追い詰められてそれどころでないのでカルデア一行にはまだ気づいていなかった。

 

「何者だあの少女……? サーヴァントなのは確かだから、とりあえず助けるか」

 

 一方カルデア側は少女に見覚えがなかったが、大方針としてアーチャーとアサシン以外のサーヴァントはなるべく倒さずに済ませたい。Ⅱ世はジャンヌの真名看破を待たず、まずは味方である旨を告げた。

 

「そこの少女! 我々は味方だ。まずは共闘してアサシンを撃退しよう」

「え!?」

 

 Ⅱ世の提言は少女にとって喜ばしいものであるはずだが、なぜか少女はカルデア一行を見るとひどく動転した顔をした。

 

「こ、こうなったら……アセンション。天上の歌を聞かせましょう―――」

 

 そして何と、いきなり全方位に向けて宝具を開帳―――しようとしたが、一瞬早くビームマシンガンで威嚇射撃されたのでびっくりして中断させられてしまう。

 

「きゃあっ! え、SF兵器!?」

「共闘するって言ったのにどういうつもりなんですかね!? こうなったら助けはしますが、公務執行妨害罪で逮捕させてもらいますよ」

 

 ヒロインXXは一見はただの疲れたOLだが、生前はアーサー王で今は宇宙刑事である。この種のアクシデントは慣れっこなのだ。

 だが少女が立ち直るのも早かった。カルデア一行を完全に敵とみなして、中断していた宝具を急いで開帳する。

 

「フフフ。ゴッド、モ~~ニング。これが、地球で一番の愛なのです……!!」

 

 少女が大きなハート型の卵に閉じこもった―――かと思うと、卵はすぐ割れて中から光があふれ出す。ついでその光の中から、身長10メートルはあろうかという巨大な少女が現れた。

 白い薄絹の衣をまとい紺色の長い布をたずさえ、背中には光己のそれに似た白い羽翼と黒い皮膜の翼が生えている。まるで女神のような神々しさに満ち溢れていた。

 

「こ、これは……!?」

 

 驚いてぽかんと見上げるXXとアサシンたち。それをはるか上方から見下ろしている女神の全身から、まさに天上の聖なる光と見紛うような眩い輝きがほとばしる。

 

「……!!」

 

 それは無償にして無限の愛で地上を照らす、ただし天罰の光である。アサシンたちは全員吹き飛ばされ、カルデア勢も建物に叩きつけられたり地面に転ばされたりしていた。

 立っているのは素で超防御力を持つ光己と、盾を出すのが間に合ったマシュだけである。

 

「な、何だありゃ!? とにかくゆ゛る゛さ゛ん゛!!」

 

 少女がなぜこちらに敵対的なのかは分からないが、大切な人たちを傷つけられた以上黙ってはいられない。光己は「蔵」から魔剣ダインスレフを取り出すと、少女というか巨女の脚に斬りかかった。

 

(……いや待て。俺のと似てるあの翼は措いとくとして、あのスカートのスリットの深さだと、パンツ穿いてないかも知れんな……)

 

 仕返しは仕返しとして、敵をしっかり観察するのも重要だろう。そんな理論武装をした光己は、斬りつけると見せかけて巨女の股間の真下に滑り込もうとした。

 しかし巨女はその邪な気配を察したのか、図体の割には素早い動きで光己を蹴り飛ばそうと足を振り出す。

 

「おおっと!」

 

 しかしあくまで「図体の割には」であって、ヴァルハラ式トレーニングを積んできた光己は剣の切っ先を向けるのが間に合った。魔剣の刃が脛に刺さって、痛みのあまり反射的に足を引く謎の巨女。

 

「痛ったぁ!? っく、宝具の効果も切れそうですし、潮時ですか」

 

 一般的にサーヴァントの宝具開帳というのはそう長時間続くものではない。巨女の宝具もその例に漏れないもので、元のサイズに戻る前に後ろに跳んで逃走を図る。

 

「あっ、逃げ……いや、追いかけるのはやめとくか」

 

 攻撃するだけしておいていきなり逃げ出した巨女に光己は憤ったが、仲間の安全の方が大事だ。見れば無事なのはマシュだけで、他の5人はまだ倒れていたり、やっと起き上がったばかりだったりするのだから深追いは避けるべきだろう。

 光己は万が一の用心をマシュに任せて、礼装の「応急手当」で5人のケガを治すのだった。

 

 

 

 

 

 

 パーティ全員が復調し、少女が戻ってくる気配はなくアサシンもいなくなったのを確かめると、光己はまず少女の正体を訊ねることにした。

 

「ジャンヌ、あの子の真名看破できた?」

「はい。名前はアムール、ルーラーです。宝具は『遍く無限の(ザ・グレイテストヒッツ・)無償の愛(“コーリング・アガペー”)』、先ほど見た通りのものですね」

「ルーラー……! なるほど、それならあの行動も納得がいく」

 

 するとⅡ世がいかにも腑に落ちた様子でぽんと手を打ったが、どういうことなのだろうか?

 

「我々が行っている特異点修正と違って、通常の聖杯戦争でルーラーが出現するのは主に『聖杯戦争そのものが成立しなくなる事態を防ぐため』だ。つまり横槍を入れている我々を排除するために聖杯が召喚した、と考えれば彼女が我々に敵対したのも当然だな」

「あー、ルーラーなら俺たちが正規サーヴァントの集団じゃないってことはすぐ分かりますものねえ」

 

 アムールがルーラーであれば、マシュたちの真名を看破できるのだ。シールダーやルーラーなんて特殊クラスがいる時点でもう怪しい。

 

「とはいえルーラーは聖杯の傀儡ではなく、あくまで自分の意志で行動している。アムールが『愛の神』であるなら、我々が何をしに来たか説明すれば納得してくれるはずだ。

 ただ私が見たところ彼女は疑似サーヴァントのようだから、依代の性格が強く出ていたらその限りではないが」

 

 その辺はまた接触して話し合いを求めるしかないが、愛の神の疑似サーヴァントという属性に嫌悪感を持つ者が現れた。

 

「何か私ともろ被りですよねー。話し合いなんてまだるっこしいことはやめて、今回のお返しに先制攻撃で仕留めるべきじゃないですか? 何かこう、イラついて屋上に行きたくなりそうな予感がします」

「気持ちは察するが4騎縛りがあってな」

 

 ただでさえエミヤというイレギュラーがいて縛りがキツくなっているのだから、和解できそうな相手に先制攻撃はよろしくない。確かにまだるっこしいのだが、そこはご理解願いたいところである。

 

「まあ、マスターがいいんでしたら私もいいんですけどねー」

 

 カーマはそう言いつつ光己の顔をチラチラッと流し見てみたが、特に反応はないのでアムール撃滅に賛成ではないようだ。残念だが仕方ないので、気分を改めて話を変えることにする。

 

「それで、これからどうするんですか?」

「予定には変更なしだな。いったんアインツベルン城に帰ってから、全員でバーサーカー陣営の説得に行く」

 

 ただアルトリアとセイバーを前に出すかどうかは悩ましい。マスターと話をつけるまでは下がっていてもらう方が無難かも知れないし、先に明かす方が誠実という考え方もある。

 マスターがバーサーカーを抑えていられるなら、どちらでも問題はないのだが。

 

「その辺りは、実際に対面してみないと分からないな」

「大変ですねえ」

 

 カーマはその辺の面倒事にはかかわらないので、口調は本当に他人事であった……。

 その後は特にアクシデントも起こらず、一行はアインツベルンの森の片隅でバーサーカーのマスター、間桐雁夜と対面していた。

 雁夜は身長は光己と同じくらいでやや痩せ型の、20歳台後半に見える男性だった。まだ若いのに白髪で肌も土気色、さらには片頬が妙にゆがんでいる。何か深刻な病気か悩み事でもかかえていそうな重い雰囲気を持っていた。

 カルデア側は光己とマシュとⅡ世、それとジャンヌだけが前に出て、残りは認識阻害で後ろに隠れている。雁夜の方も魔力の消費を避けるためかバーサーカーを霊体化させ、1人で交渉に臨んでいた。

 

「……あんたが、ランサーのマスター?」

「その名代として聖杯戦争を請け負った者だ。そちらは間桐雁夜、バーサーカーのマスターだな?」

 

 まずはお互い本人確認した後、いよいよ本題に入る。

 

「ああ。約束の条件、本当に守ってくれるんだろうな?

 ……と言いたいところだが、条件を変えさせてもらっていいだろうか」

「ん? 貴方はアーチャーというか遠坂のサーヴァントと一対一で対決したいのだと思っていたが、気でも変わったのかね?」

「ああ、確かに最初はそう考えていた。

 しかしいざ対決の時を前にして、勝つ自信がなくなってきてしまったんだ」

「……何と?」

 

 Ⅱ世は雁夜の弱気な発言にかなり面食らってしまった。

 なるほど一対一でギルガメッシュに勝てるサーヴァントなどまずいないが、雁夜のサーヴァントのランスロットは相性的には有利である。戦い方次第では勝つ目はあると思っていたのだが……。

 

「いや、バーサーカーは決して弱いサーヴァントではないんだ。何しろこの国ではとても有名な大妖怪だからな。

 バーサーカー、姿を見せてくれ」

「……何だと!?」

 

 雁夜の声に応じて姿を見せたそのサーヴァントは。

 なぜか玉藻の前によく似ていて、服の色と手足に謎の肉球がついているのが主な相違点だった。雰囲気的には明るい、というか頭のネジがだいぶ抜けてそうな感じである。

 

「オッス、オラタマモキャット! ご主人の友達か? ご主人は病弱ゆえ、あまり無理させないでくれるとキャットも嬉しいのだな。とりあえず友好の証として、ニンジンと猫缶を要求するのである」

「お、おう……!?」

 

 まったく想像もしていなかった怪しげな生物の出現に、Ⅱ世とアルトリアは頬をぴしりと引きつらせるのだった……。

 

 

 




 雁夜さんは原作よりはマシな結果になる……といいなあ。
 感想、評価お待ちしてます。




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第144話 バーサーカー陣営

 タマモキャットがどういう存在なのかはよく分からないが、玉藻の前=白面金毛九尾の狐の別側面か何かだというのなら、強力なサーヴァントであることだけは確かだろう。エルメロイⅡ世もアルトリアもそこに疑念は持たなかったが、自分の記憶とのあまりのズレっぷりに彼女をしっかり観察して分析しようという気にもなれない。

 するとその態度に不自然なものを感じたのか、キャットがⅡ世に話しかけてきた。

 

「む、もしかして我がオリジナルと知り合いか? いかん、いかんぞオヌシたち!

 あの玉藻オルタは1匹見かけたら30匹はいる腹黒毒舌で邪悪な魂。もし遭遇してしまったら直ちにアタシに通報するのだな。すみやかに駆除して清潔で平和なキッチンを実現してやろう」

「アッハイ」

 

 海千山千のⅡ世もこれにはまともに応対できず、こくこくと首を縦に振るしかなかった……。

 これはやはり頭バーサーカー、実力がどうであれギルガメッシュと一騎打ちさせるのには不安しかない。雁夜が弱気になったのも当然といえよう……。

 Ⅱ世は彼女と長話すると頭がおかしくなりそうな気がしたので、急いでマスターの方に話を振った。

 

「そ、それでミスター間桐。条件を変えたいと聞いたが具体的には?」

「あ、ああ。ええと、遠坂のサーヴァントに勝つ自信がない、と言ったところだったな。そこで俺は改めて考えた。俺が聖杯戦争に参加した目的は何だったのかを」

 

 遠坂時臣のサーヴァントに勝って彼に一泡吹かせるというのは過程というかオマケであって、最終目標は「間桐桜」を間桐家から解放することだ。そのために「間桐臓硯」と交渉して聖杯戦争に勝ったら桜を引き取るという約束をしたが、これもまた手段に過ぎず、結果的に桜を救出できるならこの約束にこだわりはない。

 つまりキャットに間桐家を襲撃させて桜を拉致するという手を思いついたのだが、やはりキャット1騎では不安がある。そこでランサー陣営に手伝ってもらうため、こうして同盟交渉の場に現れたというわけだ。

 聖杯でかなえたい願いがないと言えば嘘になるが、桜解放に比べれば軽い。だから手伝ってもらう見返りに聖杯は譲ってもいいし、何ならキャットへの命令権を提供して聖杯戦争から身を引いてしまってもいい。

 

「……ふむ、間桐臓硯といえば蟲を操る魔術の使い手だったな。それで桜嬢が虐げられているというわけかな?」

「そうだ。そちらのマスターは魔術師に見えないから詳しく語るのは憚られるが……間桐の魔術というのは、大人でもまともな神経では耐えがたい地獄そのもの。まして小さな女の子が正気を保てるはずもない。1日も早く救いたいんだ」

「なるほど。そういうことであれば、我らがマスターはよほどの理由がない限りノーとは言うまいな」

 

 Ⅱ世は魔術師だが一般人の感性を強く持っており、まして今回の特異点出張では「実際には救えないとしても、今この場でできる最善をなしたい」と考えている身だ。人助けをして味方が得られるなら言うことはないし、マスターは一般人の枠内でも善良の部類に入る人間だから尚更だと思われる。

 

「そうですね。それじゃ無事同盟締結ということで、こっちのメンバー公開します。

 モルガン、お願い」

「はい」

 

 光己の要請に応じてモルガンが認識阻害の魔術を解くと、彼の後ろにマスターとサーヴァントがずらずらと7人も現れた。

 雁夜はランサー陣営がこれほど大勢の味方を引き入れていたことに驚いたが、それ以上に心臓が止まりそうなほど仰天し、ついで歓喜したのは。

 

「おおぉ、まさかもう桜ちゃんを助けてくれていたなんて……。

 ずいぶんやさぐれた様子に見えるが、むしろそれで済んでる方が僥倖か……。

 桜ちゃん、もう少し近くで顔を見せてくれ」

 

 まるで夢遊病者のような頼りない足取りで、ふらふらとカーマに近づく雁夜。

 カーマの方は正直言って気味悪く思ったが、とりあえず勘違いを正しておくことにした。

 

「あー、えーと。何げにディスってるのはまあ許すとして、悪いですが人違いですよ。いえまったく違うわけでもありませんが……。

 私は並行世界の間桐桜に憑依した疑似サーヴァント、インドの女神カーマです」

「な……!?」

 

 雁夜はまた驚いて足を止めたが、よく見てみれば確かに彼女はサーヴァントである。ついでに歳も彼が知る桜よりいくつか上だった。

 何てことだ、並行世界でまで他人の依代に使われるほど不幸な身の上だったとは!

 激昂して掴みかかりそうになったが、それを迎え撃つかのようにカーマが次の言葉を紡ぐ。

 

「あー、待って下さい。私は彼女を不幸にしたわけじゃありませんよ?」

「何?」

 

 それなら話は別だ。雁夜はとりあえず聞く姿勢を取った。

 

()()()()()()ですから、当然桜さんも不幸ではありません。心地よくまどろんでるような状態ですね。

 逆に私が桜さんから出ていったら、桜さんは貴方が言う『地獄そのもの』に帰ることになるんですよ?」

「うっ!? う、うーん、そ、それは」

 

 そういう言い方をされると、「桜ちゃんから出て行け」とは言いづらい。どうすればいいのだろうか?

 

「そこまで気にかけなくてもいいんじゃないですか? 私が憑依してる桜さんは並行世界の桜さんであって、貴方の知る桜さんじゃないんですから。

 もしかしたら向こうの貴方とはまったく縁がない育ちなのかも知れませんよ?」

「う、うーん、それはそうかも知れないが」

 

 だからといって放置していいのだろうか? 今も体を蝕む「刻印虫」のせいで満足に働かない頭を必死に回転させて、最善の方策をはじき出そうと悩む雁夜。

 理想を言えばカーマに出て行ったもらった上で、元の世界に帰った桜を間桐家から解放してもらうことだが、それはさすがに非現実的である。あまり高望みをしてランサー陣営との同盟が決裂したらこの世界の桜さえ救えなくなるかも知れないことを思えば、並行世界の桜は並行世界の自分に任せるしかなかった。

 

「分かった。君が桜ちゃんを不幸にしていないと言うなら、俺はそちらには口出ししない」

「分かって下さってありがとうございます」

 

 カーマは普段は皮肉屋なのだが、依代の人間を本気で心配している者に対してはさすがに当たりがやわらかくなるようだった。

 ―――そしてこれで同盟にからむ問題はなくなったと思われたが、今度はモルガンが妙に嫌悪感がこもった顔つきで雁夜に話しかける。

 

「今までの話をまとめると、間桐家の魔術というのは蟲で人を酷い目に遭わせるものらしいな。

 その蟲とやら、おまえの体の中にもいるのではないか?」

「あ、ああ……よく見抜いたな、その通りだ。

 俺の場合は、聖杯戦争に参加できるだけの魔力を得るために『刻印虫』を入れている」

 

 雁夜の返事を聞くと、モルガンはぴしりと頬をひきつらせた。

 

「無理。帰る」

「ちょ!?」

 

 なぜか突然重要な戦力がUターンしてどこかに帰ろうとしたため、光己はあわててその手を掴んで理由を訊ねた。

 

「間桐さんはそこまでわがまま言ってないと思うけど、何が気に障ったの?」

「いえ、あの者の言動が問題なのではありません。実は私、虫が苦手でして」

「ほえ!?」

 

 まさか無敵の妖精國女王にそのような弱点があったとは。女の子らしくて可愛いとも言えるが、邪悪な魔術師の本拠地に乗り込むのだから魔術師に職場放棄されては困る。光己がそう言って翻意を試みると、モルガンもその理屈の正しさの前に譲歩せざるを得なかった。

 

「魔術師ならそこにⅡ世がいる、と言いたいところですが、それは私には魔術師としての価値がないと言うも同然。

 あなたのたっての頼みですから参加しますが、あくまであなたの頼みだからですからね。そこのところ、しっかり認識しておくように」

「アッハイ。後で何かお礼しますので」

「分かって下さればよろしいです」

 

 モルガンはどうにかやる気になってくれたようだ。

 光己たち、というかアルトリアとモルガンはこの後聖杯問答に出席せねばならないので、急いで間桐邸に赴くカルデア一行とバーサーカー陣営。

 そこは一見は何の変哲もないただの大きなお屋敷だったが、Ⅱ世とモルガンは当然に魔術の気配を感じ取っていた。

 

「ふむ、やはり工房をつくって陣地化してあるな。むろん我々の侵入を阻めるようなものではないが」

「カリヤの体内の蟲と同じ気配が多数……これは塵ひとつ残さず殲滅すべきだろう。

 異存はないな、カリヤ」

 

 モルガンがまさに冷徹な女王そのものの口ぶりで同意を求めるというより宣告を下すと、雁夜はむしろ願ってもないといった様子で頷いた。

 

「ああ。俺は魔術師は嫌いだが、その中でも間桐の魔術は滅びるべきだと思っている。

 桜ちゃんを救出した後でなら、遠慮なく消し去ってくれ」

「よし。ではアルトリア、サクラを探して連れ出して来い」

 

 モルガンの上から目線での命令にアルトリアは当然こめかみに井桁を浮かべて―――ついで昨日彼女にやり込められたことを思い出した。

 

「人にものを頼む時には、それなりの言い方というものがある。確か貴女昨日私にそう言いましたよね?」

 

 騎士王らしからぬ邪悪な笑みを浮かべながらの悪意マシマシな返事に、モルガンは特に動揺を示さなかった。

 

「何を言っている、これは単なる手分けだ。貴様はサクラを救う、私はその後この虫屋敷を潰す。適材適所というものだろう?」

「むぐぐ」

 

 ムカつくがモルガンの言い分は正当であり、アルトリアは言い返すことができなかった。

 しかし突入するのはアルトリア1人ではない。他には誰が行くのだろう?

 

「俺とバーサーカーは当然行く。そちらはどうするんだ?」

「そうだな。間桐邸の中はマスターやマシュ嬢やアイリスフィール嬢に見せるものではあるまいから、この3人は留守番兼見張りだな。突入組は私とセイバーとアルトリア嬢とXX嬢とジャンヌ嬢というところか」

 

 名前が出なかったモルガンとジャンヌオルタは桜救出の後蟲を駆除する役ということで留守番である。またカーマは物理的破壊力はあまりないが、幼い上に身体は桜である者を乗り込ませるのは雁夜的に好ましくなかったので留守番で構わなかった。

 配置が決まったところで、モルガンが作戦開始を告げる。

 

「では私がこの屋敷ごと認識阻害と人払いで野次馬が来ないようにしておこう。安心して行ってこい」

「なるほど、それは助かる」

 

 雁夜にはそんな芸当はできない。もしこの作戦を1人でやって仮に成功としたとして、その騒ぎを聞きつけて来た警官に職務質問でもされたら面倒なことになるわけで。改めて自分の判断が正しかったことを確認した。

 

「それじゃ、いくぞ!」

「皆の者、このキャットに続くのだ!」

「お、おう……」

 

 こうして7人は間桐邸の防衛設備をなぎ払って中に乗り込み、手あたり次第に捜索してついに地下の一室に囚われていた桜を救出して戻ってきた。

 発見された時の桜は裸で全身蟲にたかられていて悲惨なありさまだったので、蟲を退治してから風呂場で体を洗いジャンヌの宝具で身を清め、最後に服も着せてとりあえず小康状態に持ち込んである。

 

「ふむ、無事助け出してきたようだな」

 

 雁夜が抱っこした腕の中で眠っている桜を見たモルガンがそう声をかけると、雁夜はかなり疲れた様子ながら嬉しそうな顔をした。

 

「ああ。臓硯はいなかったが、桜ちゃんは救出できた。約束通り、あんたたちに協力しよう」

「そうか。しかしカリヤよ、その娘の心臓にも蟲が1匹潜んでいるぞ」

「な!?」

 

 その過酷な事実に雁夜は絶望して地に膝をついた。

 何てことだ、この罪のない少女が、一生間桐の蟲という重い枷をはめたまま生きていかねばならないのか!

 しかし雁夜が嘆いたのは早計だった。

 

「まあ落ち着け。私の魔術なら、その蟲を摘出することができる」

 

 モルガンは転移系の魔術を得意としており、生前は遥か遠くにいる巨大なターゲットを大昔に送り込むことさえできた。今はそこまでいかないが、ただの人間の中にいる非力な蟲をちょっと移動させるくらいは容易である。

 

「ほ、本当か!?」

「ああ、任せておけ。動かすなよ」

 

 しかし場所が場所だけに、細かい調整が必要だ。モルガンは息を詰めてじっと蟲の気配を観察していたが、やがて軽く手を振るとその指の50センチほど先に小さな線虫めいた何かが現れた。

 空は飛べないらしく、地べたに落ちるとそのまま這って逃げようとする。

 

「カリヤ、恨みは骨髄だろう。好きなだけ踏み潰してやれ」

「え!? あ、ああ、そうだな。思い知れ臓硯!!」

 

 恨みと怒りと憎しみをこめて、1回だけでは気が済まないのか何度も何度も偏執的なまでに蟲を踏みつけ続ける雁夜。

 なおその時外出中だった小柄で深いしわが刻まれた老人が断末魔の悲鳴をあげながら絶命したのだが、それには誰も気づかなかった。

 

「次はあの忌まわしい屋敷だな。

 慈悲はない。ただ罪人のように死ね! 『はや辿り着けぬ理想郷(ロードレス・キャメロット)』!!」

 

 普段と違い感情丸出しな真名開帳の詠唱と共に、屋敷の真上に12本もの巨大な槍が現れる。それらが一斉に落下して魔力の爆風を巻き起こし、建物全部を崩壊させた。

 槍の一部は桜が囚われていた地下室をも貫通し、中にあったものをこなごなに粉砕している。

 どう見ても蟲は一匹も生き残っていなさそうだったが、モルガンは実に用心深く周到だった。

 

「ではジャンヌオルタ。あの四角い穴、つまり地下室の中に全力で炎を叩き込むのだ」

「オーバーキルとしか思えないけど、黒い炎で火葬ってのもこの陰気な蟲屋敷にはお似合いかもね。

 それじゃ一発かますわよ。焔は獣に、竜は我が手に。楔を破壊し、命の鎖を引きちぎれ! 『焼却天理・鏖殺竜(フェルカーモルト・フォイアドラッヘ)』!!」

 

 黒い炎で形づくられた3頭の黒い竜が地下室に躍り込み、かろうじて残っていた蟲の細片を蒸発させ、瓦礫の残骸の類を溶かしていく。

 こうして、間桐の魔術は今日をもって終焉を迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

「これでこちらの義務は果たしたわけだが、おまえの体の中に蟲が残っているのは実に目障りだ」

 

 間桐邸とその中にいた生物が完全に消滅したのを確かめた後、モルガンは雁夜にそんな言いがかりをつけていた。よほど虫が嫌いらしい。

 

「そんなこと言われても……」

 

 雁夜はいささか困惑気味にそう答えたが、女王様は納得しなかった。

 

「おまえは黙ってそこに突っ立っているだけでいい。私が1匹残らず駆除してやるから」

 

 この女本気だ。そう判断した雁夜はあわてて抗弁を試みた。

 

「ま、待ってくれ。俺も刻印虫に未練はないが、今駆除されたらバーサーカーを使役できなくなる」

「ふむ、そういえばさっきそんなことを言っていたな。

 だがおまえはもう聖杯戦争から降りるのだろう。バーサーカーは必要あるまい」

「しかしこちらの義務として、バーサーカーをそちらに協力させる約束をしていたが」

「なら令呪ごとよこせ。そちらの方が確実だ。

 なに心配はいらん。普通の魔術師なら手首ごと奪うのだろうが、我が夫……マスターは手に傷をつけず令呪だけを取り上げることができる」

「そんなことができるのか」

 

 それなら雁夜に不満はなかった。ただ当然の礼儀として、当人に同意を求める。

 

「こういうわけだ。すまないがバーサーカー、ランサー陣営に移ってもらえるだろうか?

 ぶっちゃけた話、俺と一緒にいるより勝てる確率は上だろうしな」

「ふむん。まあご主人はもともと聖杯戦争のジゴクめいた闘争には向かぬ虚弱体質。これを機に、魔術から手と足と頭を洗ってそこな娘と第二の人生を始めるのが賢明であることは、このキャットの理性なき脳みそでも分かるのだな。

 というわけでランサー陣営とやら、以後よろしく頼むのである」

 

 キャットはマスター思いな性格らしく、移籍話に文句ひとつ言わず光己たちににぱっと笑いながら挨拶してきた。

 カルデア一行にとってはありがたい話だったが、そんな彼女にあまり面白くない事実を告げねばならない。

 

「ありがとう。ただ俺たちの調べによると、ここの聖杯は汚染されてて願望機としては使えない可能性が高いんだけど、それでも手伝ってくれる?」

「なんと!? うーむ、これはまさしく晴天のライトニング。しかし今さら手を引くのは狐の道にも猫の道にももとるゆえ、最後まで付き合うことを約束してやろう」

「何、それは本当か!? だとしたら何かの間違いで時臣の奴が聖杯を手に入れることになっても、奴の願いは叶わんということだな。あはははは、これは痛快だ」

 

 キャットは実に義理堅かったが、雁夜の方は少々ひねくれているようだ……。

 まあ雁夜の内面などカルデア一行には関係ないことなので、さっさと用事を済ませることにする。

 

「それじゃ間桐さん、右手出してもらっていいですか?」

「ああ、令呪を譲るんだったな。好きにしてくれ」

 

 雁夜は本当に聖杯戦争に未練はないらしく、ごくあっさり右手を伸ばしてきた。

 光己がその手の甲に自分の右手を重ねてスキルを使うと、龍之介の時と同じように令呪が光己の腕に移動する。

 

「本当にかすり傷1つつけずに令呪を奪えるんだな。大したものだ」

「いやいや、降って湧いたスキルですよ」

 

 実際そうなので、光己は特に自慢はしなかった。

 

「これで問題はなくなったな。ではカリヤ、さっさと害虫を駆除するぞ」

「アッハイ」

 

 女王様はせっかちであった……。

 雁夜の体内の刻印虫はかなり数が多いが、心臓や脳などにいるのでなければ、多少の傷は後で治癒魔術で治せるのでそこまで精密にしなくてもいい。モルガンはぱっぱと虫を体外に転移させてはジャンヌオルタが出した炎の中に放り込んだが、よく見ると刻印虫はすべて死んでしまっていることに気がついた。

 

「……ふーむ。そういえばサクラの中にいた虫はこいつらとちょっと毛色が違ったな。

 おそらくあれが本体で、こいつらは分体なのだろう。もしくは吸血鬼の『親』と『子』のような関係なのかも知れん」

 

(……! 臓硯は死んだ!!)

 

 モルガンの推測を聞いて雁夜は臓硯が死んだことを直感的に確信したが、口には出さなかった。善良そうに見える光己たちには教える必要のないことだ。

 そして雁夜の体内の虫をすべて摘出して傷も治したら、そろそろお別れの時である。

 その間際に、モルガンが光己に1つ提案をした。

 

「我が夫、最初の約束では令呪まで受け取ることにはなっていませんでした。その埋め合わせに、餞別のひとつでも贈るべきではありませんか?」

「あー、なるほど」

 

 いかにも不健康そうに見える雁夜が幼い女の子を引き取って育てるのは大変だから、多少の手助けはしてやろうということか。

 しかし一回り年下の少年に施してもらうというのは、雁夜もプライドが傷つくだろう。

 

「それじゃこれ、桜さんに美味しいものでも食べてもらうための餞別です。

 間桐さんはあくまで預かってるだけということで」

 

 光己がそう言って収納袋から札束でも入ってそうな封筒を出して雁夜に手渡すと、実際不健康な青年はとても驚き、かつ感謝した表情を見せた。

 

「あ、ああ……すまない、恩に着る。

 といっても2度と会うことはないだろうが、せめて君たちの勝利を祈らせてもらうよ」

「はい、お2人ともお元気で」

 

 そうして雁夜と桜が去っていくのを見送ると、光己はモルガンに体を向けた。

 

「ところでモルガン、間桐さんにずいぶん世話焼いてたけど何か理由でもあったの?」

「……ええ、生前のことを少し思い出しまして。

 私にも娘が―――血のつながりはない義子ですが―――いましたから。

 カリヤとサクラは実の親子ではないでしょうが、だからこそ」

「……そっか。

 でもモルガンのやさしいとこ見られてよかったかな」

 

 光己は正直な感想を述べただけだったが、モルガンはそれを聞くとぼっと顔を赤らめた。

 

「な、こ、この冬の女王に向かって何て気恥ずかしいことを……!

 ゆ、許しませんよ!?」

「え、何で!? 褒めたのに?」

「我が夫は人の心が分からない―――でもお金を使わせたのは事実ですから、先ほど聞いた『お礼』はこれで受領したということにしてあげましょう。感涙にむせぶように」

「それは嬉しいけど、まだ説明は足りてないと思うなあ!?」

 

 とか何とか言いつつも、2人の距離はまた少し縮まったのだった。

 

 

 




 雁夜さん救済ルートでした。彼は必ずしもギルと戦う必要はないのですな。
 感想、評価お待ちしてます。




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第145話 聖杯問答1

 カルデア一行はその後何事もなくアインツベルン城に帰り着いたが、イスカンダルが来ると思われる時刻までにはまだ少し余裕があった。いろいろあって生身組は小腹がすいたので、何か軽い夜食をとることにする。

 

「ならば移籍記念にアタシが腕を振るってやろう!

 紅閻魔先生直伝の甘味、当世風にいうとスイーツか? 舌が溶けるほど美味いぞ」

「お、おう……!?」

 

 タマモキャットの好意は嬉しいが、紅閻魔先生とは何者かという以前に、この大ざっぱそうな肉球の手でどうやって調理をするのかという根本的な疑問がある。

 本人が作れるというのなら頼んでみてもいいが、不安を抱く者の方が多かった。

 

「では私が案内役として同行しましょう」

 

 本当は見張りなのだが、案内役ということにすれば角が立たない。セイバーの機転にみな賛成して、2人は台所に赴こうとして―――ドアの手前でキャットがいったん足を止めた。

 

「どうかしたのですか?」

「うむ、調理をするのならそれっぽい服装にしようと思ってな。

 タマモ・チェーーーーンジ!!」

 

 要はたいていのサーヴァントがデフォルトで2着持っている、別の霊衣への着替えである。

 キャットの全身がぺかーっと光った後、そのまばゆい光の中で着ている服がいったん全部破れ、ついで再構成されて別の衣装に変化する。まるで魔法少女の変身シーンのようだ!

 

「おおっ!?」

 

 当然光己はその一部始終をあまさず凝視しようとしたが、光が強すぎて見えたのは体の輪郭くらいだった。

 こんなの絶対おかしいよ!と思春期少年は天を恨んだが、キャットのニューコスチュームはそんな彼の絶望を救い上げて余りあるものだった。

 

「おお、メイド服!?」

 

 白と黒を基調とした半袖ミニスカメイド服に、頭のホワイトブリムも完備している。どこぞの王様と違って威圧感ゼロで、気立ても良さそうなのはgood(キャッツ)だ。

 

「ほう? ご主人、もしかしてアタシのこの装いが気に入ったか?」

「うん、さすがキャットは男のロマンを理解してくれてるな。そこに痺れる憧れるゥ!」

「にゅふふ、そう褒めるでない。服などしょせん前座、良妻にして良メイドであるアタシの真価はこれから披露するのだからな」

「それもそうだな、期待してるぞキャット!」

「うむ、腹と背中をくっつかせながら待つがいい!」

 

 キャットはそう言うと何だかんだで嬉しいのか鼻歌を唄いながら台所に去っていった。

 するとジャンヌオルタがニヤニヤ笑いながら光己に訊ねてくる。

 

「なーに、やっぱりマスターちゃんも男の子だけあってああいうのが好きなわけ?」

「そうだな。でもジャンヌオルタだって、たとえばイケメンの有能な執事がビシッと姿勢正して後ろに控えてくれてたりしたら萌えるだろ?」

「なるほど、それはそうね」

 

 ジャンヌオルタは光己と盟友なだけあって、男女逆転すると似た感性なのか、あっさり納得してしまった……。

 まあとある時空(がんさくイベント)ではもっとアレなことを自ら主催していたくらいだから、人のことは言えない身だったりする。

 

「……」

 

 一方光己の隣の席のマシュとカーマはそういう感性はないので、普通に嫉妬して光己の脇腹をつねっていた。

 

「ん、ヤキモチか? それならアイリスフィールさんにお願いして、メイド服何着かもらっておこうか?」

「タンスの肥やしは間に合ってますので」

「幼女にメイドさせようなんて、相変わらずマスターはキマってますねー」

「解せぬ……」

 

 嫉妬したのなら対抗するために、たとえばより露出の多いメイド服を着るとかしてサービスしてくれればいいのに何故塩対応なのか。女心は本当に難しかった。

 ―――そんなこんなで待つことしばし。キャットとセイバーが、サーヴァントも含めた全員分のスイーツを乗せたカートを押して戻って来る。

 

「お待たせしたな! ここの厨房はいい調理器具と食材を揃えてあったから楽しかったぞ!

 さあ存分に食うがいい」

「おお、これは確かに……!」

 

 見ればカートの上には見た目にもきれいで色鮮やかな各種スイーツがたくさん乗っているではないか。アイリスフィールがセイバーに視線を送って真偽を確かめてみると、見張り役は今なお信じがたいといった様子ながらもこっくり頷いた。

 どうやら本当にキャットが1人で作ったらしい。

 そしてテーブルに皿を並べていく。肉球手袋?をはめたままだが、まさに熟練のメイドのような手際の良さだった。

 

「うーん、世の中にはまだまだ不思議がいっぱいあったんだなぁ……」

 

 光己が感嘆している間に配膳が終わり、日本人として「いただきます」してからスプーンを持ち、名前は分からないが美味しそうな生クリーム系の一品を口に運ぶ。

 

「おお、これは美味い……!」

 

 あの肉球手袋でどうやって調理したのかは不明だが、これは本職のワザマエだ。料理漫画のキャラクターのような語彙力で褒めてやれないのが残念である。

 

「そうか、ご主人の口に合ったようで安心したぞ!」

 

 しかし幸いキャットは喜んでくれたようで、にぱーっと嬉しそうに笑ってくれた。

 

「うん、まさか聖杯戦争でこんな可愛くて優秀なメイドをかかえられるとは思ってなかったよ」

 

 ぜひカルデアにお招きしたい逸材だが、なにぶん人理修復はサーヴァントにとってボランティアなので、あまり軽い気持ちでは勧誘できない。それにキャットは玉藻の前に悪意を持ってそうという事情もある。難しいものだった。

 

「むっふっふ~、ご主人は口がうまいな! タラシか? タラシなのか?」

「いやいや、俺はいつだって真面目だぞ。本当に可愛くて優秀だと思ったから素直にそう言っただけさ」

「うにゃぁー、そういうのをタラシというのだな!」

 

 と言いつつもキャットは大変嬉しそうだったが、マシュとカーマはまた不機嫌そうに光己の足をつんつん蹴っていた。そういう芸風はもう古いというのに!

 

「芸でやってるのではありませんよ!?」

「む、また心を読まれたか。やはりマシュはサトリ妖怪……」

「違いますからね」

 

「……フフッ、ああいうやり取りを見てると何だか心が和むわね」

「そうですね。子供たちがあのように美味しいものを食べながら、気兼ねなく語らったり笑い合えたりする国をつくるのが私の夢でした」

 

 その光景をやわらかい視線で見つめているアイリとセイバーは、当人たちより精神年齢がいくぶん上のようだった。

 やがて皆が食べ終わってキャットとセイバーが皿を台所に戻し、生身組が歯磨きうがいなども終えた頃。ふと時計を見上げたアルトリアが真顔になってアイリに告げた。

 

「アイリスフィール、そろそろライダーが来る頃です。おそらく結界を正面から突破してくるでしょうから、心の準備をしておいて下さい」

 

 結界の術式を破壊されると、術者にフィードバックがきてダメージを受けるからだ。アイリが少し青ざめた顔でこっくり頷く。

 直接対面はしない予定とはいえ、あの征服王イスカンダル、それに英雄王ギルガメッシュが来るというのだからむしろ当然の反応だった。

 ところで光己は雁夜に令呪をもらったので4画になったが、清姫は替え玉計画を嘘判定する恐れがあるので今は呼ぶ予定はない。

 待つ間もなく、いきなり雷鳴がとどろいたかと思うとアイリにフィードバックが来た。本当に結界を破られたのだ。

 

「来ました! モルガン、分身の用意はいいですか」

「当然だ」

 

 モルガンがパチンと指を鳴らすと、部屋の隅に控えていた若い女性が動き出した。この分身にはトランシーバー的な術式がつけてあって、彼女が聞いた音声を別の分身に届けることができる。

 先日光己が「カーマに王様問答を論評してほしい」と言ったのを受けて、離れていても聞けるようにしたのだ。

 なおアイリとセイバーに話をよくよく聞いた所2人はライダーと1度会っていたそうなので、もうひと手間かけて容姿をアイリに合わせてある。ここまでやるともうモルガンの分身というより偽アイリで労力も多いのだが、後でマスターにお礼をもらうということで話をつけていた。

 アルトリアに要求しないのは、同じネタで何度もいびるのはさすがにマスターたちの心証が悪くなるのと、当人が開き直ったらメンドくさいといういささか散文的な理由である。

 

「おぉい騎士王! わざわざ出向いてやったぞぉ! さっさと顔を出さぬか、あん!?」

 

 ライダーが来ているであろう玄関ホールから光己たちがいる部屋まではかなりの距離があるのに、そのガラガラ声はまるで目の前にいるかのような声量だった。

 生前は戦場を駆け回って大声で指揮していたのだろうから、その時取った杵柄ということか。

 

「では行きましょう! マスターたちは見つからぬよう、少し離れて来て下さい」

「うん、アルトリアも気をつけてね」

「はい!」

 

 アルトリアと偽アイリが廊下を走って玄関ホールに急ぐ。光己たちも例によって認識阻害をかけてもらってから後に続いた。

 そして先頭の2人がホールの2階についてみると、1階には例の神牛の戦車(チャリオット)に乗り、なぜかゲームのタイトルがプリントされたTシャツを着て、肩には酒樽を担いだイスカンダルが待っていた。

 戦車の端には、心底嫌そうで1秒でも早く帰りたいといった様子の少年もいる。破天荒なサーヴァントを持って苦労しているようだ……。

 ライダーは玄関の扉を開けるのではなく、壁をブチ抜いて入ってきていた。そこには大きな穴が開き、床に破片が散らばっている。

 

「ライダー、一体何のつもりだ? わざわざ呼び立ててくるあたり、奇襲とも思えないが」

 

 実は知っているのだが、そこは隠して招かざる客に用向きを尋ねるアルトリア。

 するとライダーは酒樽をぽんと片手で叩いてニヤリ笑った。

 

「見て分からんか? 一献かわしに来たに決まっておろうが。

 ほれ、そんな所に突っ立ってないで案内せい。どこぞ宴にあつらえ向きの庭園でもないのか?」

 

 ここでアルトリアの記憶では「これは剣によらぬ戦いを挑まれたのだ」と彼の思惑を読んで素直に応じていたのだが、今回のアルトリアは少々ヒネくれていた。

 何しろ相手はこちらの主張どころか人格まで全否定してくると分かっているので、同じように難癖つけて罵倒してやろうと思っているのだ。いや「戦い」であるならそれで当然でもあった。

 

「フン。紀元前の蛮族の風習は知らないが、今ここは文明社会なのだから少しは合わせたらどうだ。

 人様の家を訪れる時はまずアポを取って、了承を得てから入るのが()()()()()()()()()、大人としての常識というものだろう。まして建物を壊したり庭木を倒したりなどと、頭バーサーカーでもめったにしない気狂いだと思うが?」

「……」

 

 初手でイヤミったらしく説教されてライダーはちょっと鼻白んだが、そこは征服王とたたえられた程の傑物だけあってすぐ切り返した。

 

「ほほう、貴様はすでに『戦い』を始めているというわけか。面白い。

 しかしここではお互い落ち着かんと思うが?」

「それはそうだな、では中庭に行こうか。

 ただその前に、貴方がこの拠点の位置を割り出したことは賞賛しておこう」

 

 罵倒するつもりといっても、認めるべき点は認めるというスタンスのようだ。むろん、ただ否定するばかりでは言葉に重みがなくなるという計算もあってのことだが。

 

「フ、まあ此度の聖杯戦争にはライダーのクラスで現界したからな。脚には自信があるわけだ。

 それにマスターはなかなか知恵の回る男でな」

「ほう」

 

 アルトリアがチラッと、いやギロッとライダーのマスター、ウェイバー・ベルベット―――若き日のエルメロイⅡ世にガンを飛ばすと、その圧に押されたウェイバーはびくっと身をすくませた。

 かの征服王に褒められたのだが、その代償はちょっとお高めであった……。

 そして中庭の真ん中に移動し、向かい合って腰を下ろすアルトリアとイスカンダル。その後ろには両者のマスター(片方は偽者だが)が同様に座っている。

 光己たちは気づかれないようちょっと離れて、認識阻害で隠れつつ偽アイリその2で音声を拾っていた。

 

「おぉ、いよいよだな……何か緊張してきた」

「騎士王と征服王の対談って、エンタメとして考えたらすごいですからねー。TVで放映したら視聴率が前代未聞になりますよきっと。

 私はもう王道なんてどうでもいいですから、こうしてマスターくんと見物する側で十分ですけど」

 

 ヒロインXXも生前はアーサー王なのだが、ダークマターOL暮らしですっかり庶民になってしまったようだ。光己の背中にべったり抱きついて、幸せそうに頬と気分を緩めている。

 

(おお、このおっぱいのたわむ感触よ……でもいつもと違って服が厚いから、やっぱ一段落ちるな)

 

 そのマスターくんはいつも通りの思春期だったが、そんな彼らの視線の先でついに聖杯問答が始まった。

 まずはライダーが酒樽の蓋を拳で叩き割り、中の酒を柄杓ですくってアルトリアにかざして見せる。

 

「いささか珍妙な形だが、これがこの国の由緒正しき酒器だそうだ」

 

 そう言って、柄杓に直接口をつけてがぶ飲みする。

 全部飲むと、またすくってアルトリアに差し出したが、これはアルトリアにとって攻撃できる隙だった。

 

「若い娘にゴツいおっさんと間接キスしろというのか? なぜ杯を持って来なかったのだ」

「……」

 

 この突っ込みにはイスカンダルも返す言葉がなかったが、これで話の間が延びるのはアルトリアも望むところではなかった。

 

()()()()、すみませんが酒杯を用意して下さいますか」

「―――」

 

 偽アイリはしゃべることもそんな便利な魔術を使うこともできない。なのでモルガンが投影魔術ぽい技を使って、木製(に見える)桝を3つほど偽アイリの手元に作ってアルトリアに渡した。

 桝なのは王の格式に見合った立派な杯を作るより、樽と柄杓に合わせて桝を作る方が楽だという単純な理由である。

 

「ありがとうございます」

 

 これで体裁が整ったので、アルトリアはイスカンダルが桝についだ酒をぐいっとかっこんだ。それなりに良い酒のようである。

 両者とも1杯飲んだところで、いよいよ本題に入る。

 

「聖杯は相応しき者の手に渡る定めにあるという。そのための儀式がこの冬木における闘争だというが―――なにも見極めをつけるだけならば血を流すには及ばない。

 英霊同士、お互いの『格』に納得がいったなら、それで自ずと答えは出る」

「生前はさんざん暴力にものを言わせていたくせに……まあ、少しは文明に合わせる気になったのだと思ってやろう。

 で、まず私と『格』を競おうというわけか?」

「……」

 

 ライダーはいちいちケチをつけられて少し腹が立ったが、セイバーは一応問答に応じるつもりのようなのでここはスルーすることにした。

 

「その通り。いわばこれは『聖杯戦争』ならぬ『聖杯問答』……。

 騎士王と征服王、どちらが『聖杯の王』に相応しき器かを酒杯に問うのだ。

 ……ああそういえば、我らの他にも『王』だと言い張る輩がおったっけな」

 

 ライダーがニタニタと愉悦っぽい笑みを浮かべる。アルトリアはこの先の展開を知っているのだが、当然知らないフリをして状況の変化を待った。

 やがて豪奢な黄金の鎧をまとった、いかにも高貴かつ権高そうな若い男が現れる。

 

「―――戯れはそこまでにしておけ雑種」

「アーチャーまで呼んだのか。訪問先に無断で、というのは今更だとしても、少しは相手を選べ」

 

 アーチャーに聞こえたらさぞ腹を立てそうな台詞だったが、さいわい彼はアルトリアの方を見ていなかったので特段の反応はなかった。

 

「よもやこんな場所を『王の宴』に選ぶとは底が知れるというものだ。

 (オレ)にわざわざ足を運ばせた非礼をどう詫びる?」

 

 傲慢不遜を絵に描いたような態度でそう吐き捨てたアーチャーに、ライダーは気にした様子もなく柄杓と桝を手に取った。

 

「まぁ固いことを言うでない。ほれ駆けつけ一杯」

 

 そして酒をついだ桝を差し出すと、アーチャーは黙って受け取って口をつけた。

 

「おお、飲んだ……! これはキレるかと思ったが意外に冷静」

 

 その光景を見た光己がちょっと驚いた顔をすると、アイリも緊張した面持ちで相槌を打った。

 

「そうね、これは本当に王の器をかけた真剣勝負なのよ。だから英雄王ギルガメッシュでも受けざるを得ない……!

 そちらのセイバーはどういうつもりなのか分からないけど」

「何考えてるんでしょうねぇ」

 

 一方カーマはどこまでも他人事口調であった。

 そして酒を飲み干したアーチャーが、不機嫌そうにライダーを見やる。

 

「何だこの安酒は。

 こんなもので本当に英雄の格が量れるとでも思ったか?」

「そうかぁ? この土地じゃなかなかの逸品だぞ」

 

 ライダーは1杯飲んだ上でそう思っての言葉だったが、それを聞くとアーチャーはさらに顔をしかめた。

 

「そう思うのはお前が本当の酒というものを知らぬからだ、雑種め。

 見るが良い、そして思い知れ。これが王の酒というものだ」

 

 あぐらをかいて座ったアーチャーの手の先に金色の波紋が現れ、そこから(かめ)と杯が出てくる。

 ライダーはまったく遠慮することなく、手酌でそれを飲むと驚きに目を見開いた。

 

「むほォ、美味いっ! 凄ェなオイ!」

 

 どうやら生まれて初めて飲むレベルの美酒だったらしく、手放しで称賛するライダー。

 生前はマケドニアだけでなくペルシャやエジプトやインドの酒も飲んだ彼だが、その広い領土にもこれほどの上物はなかったのである。おそらくは人間が作ったものではなく、神代のものと思われた。

 アルトリアはすでにその味を知っているが、今一度飲んでみてもやっぱり美味しい。

 その様子に気をよくしたアーチャーが、得々と自慢話を始める。

 

「2人とも理解できたようだな。

 酒も剣も、我が宝物庫には至高の財しか有り得ない。

 これで王としての格付けは決まったようなものだろう」

 

 確かに宴席により良いものを出せる財力という要素でアーチャーが1点先取といえたが、アルトリアは毛ほども動揺しなかった。

 

「何故そうなる? この酒が旨いのは時代と職人のおかげであって、貴方の人格や能力とは何の関係もないだろう」

「……」

 

 淡々とケチをつけながら酒だけは旨そうに飲んでいる少女騎士にピシッと井桁を浮かべるアーチャー。

 冒頭から波乱を予想させる展開になったが、聖杯問答はまだ始まったばかりである。

 

 

 




 アルトリアさん敵を知ってる分優勢ですが、この先はどうなるのか……。
 感想、評価お待ちしてます。




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第146話 聖杯問答2

 アーチャーは非常に気位が高く激しやすい人物だが、小娘の一言に過剰に反応するのも王の中の王としては軽々しい。そんなことを考えたのか、アルトリアの台詞をいったんスルーしてライダーに目を向ける。

 するとライダーは2人を仲裁するかのように両手を挙げ、改めてこのたびの問答の趣旨を説明し始めた。

 

「まあ待て、双方とも言い分がつまらんぞ。

 アーチャーよ、貴様の極上の酒はまさしく至宝の杯に注ぐに相応しい。

 ―――が、あいにくと聖杯は酒器とは違う。

 これは聖杯を掴む正当さを問うべき聖杯問答。まずは貴様がどれほどの大望を聖杯に託すのか、それを聞かせてもらわなければ始まらん」

 

 一応はアーチャーを評価しつつ、本題の方に誘導していく。そしてアーチャーと顔を向かい合わせて問い質した。

 

「さてアーチャー。貴様はひとかどの王として、我らを魅せるほどの大言が吐けるか?」

「仕切るな雑種。

 まず聖杯を『奪い合う』という前提からして理を外しているのだぞ」

 

 それに対して、アーチャーはちょっと焦点がずれた答えを返した。

 

「そもそもにおいて、アレは(オレ)の所有物だ。

 世界の宝は残らず、その起源を我が蔵に遡る。いささか時が経ちすぎて散逸したきらいはあるが、それら全ての所有権は今もなお我にあるのだ」

 

「…………!?」

 

 しかもそこからさらに超あさっての方向にずれた主張がなされたので、光己たちはすぐ理解しきれず目が点になってしまった。

 

「うーん、あれは何の冗談なんだ?」

 

 アーチャーの言い分はどう考えても荒唐無稽で、歴史的事実に基づいたものとは思えない。また彼の主張によれば歴史上のあらゆる創作や発明はすべて独創ではなくアーチャーの所有物の模倣ということになり、人類の努力や知性に対する冒涜ともいえた。

 さらには起源が自分の物だから派生品はみな自分の物というのも暴論である。手間暇金品をかけて宝を作っても、それが全部無料でアーチャーに没収されるとなれば、誰も新規に宝を作ろうとはしなくなるだろう。つまり彼は人類の進化発展を邪魔している、まさに暴君そのものであった。

 そういえば戦国時代で会ったギル吉の蔵からは武器が無数に出てきたが、あれはどうやって調達したものなのだろうか。彼が自分で作ったとは思えないし、代金を払って購入したわけでもあるまい。蔵が自動で盗んでいるか、あるいはコピーを作っているのか? それとも「原典」とかいう概念が実体化しているとか、そういう怪しい代物なのか?

 

「うーん、やっぱりチートだなあ。

 アルトリアなんて、実際に持ってた宝物さえ持って来られてないのに」

「言われてみれば確かに……。

 キャメロット城の宝物庫には私の武器が20個ほどもあったというのに、なぜ私の宝具は聖剣1本だけなのでしょうか。宝物庫、いやいっそ城自体が宝具になってればよかったのに」

 

 優遇されている人を見ると不公平感がわくらしく、セイバーはちょっと恨めしげであった……。

 

「その伝でいくと、私は得をしている側になりますね。

 身体能力が生前とは比べ物にならないほど上がっているばかりか、結界と治癒の能力とルーラー権限までもらってますから」

「なるほど、近世以降の魔術や神秘と関係ない人は底上げされてるのかな?」

 

 一方ジャンヌのように生前より超強くなっている者もいるわけで、サーヴァントも十人十色のようだった。

 ―――などとギャラリーが感想を述べ合っている間も問答は続いている。

 

「でも貴様、聖杯が惜しいわけでもないんだろう?

 望みがあって聖杯戦争に出てきたわけじゃない、と」

「無論だ。だが我の財を狙う賊には然るべき裁きを下さねばならぬ。

 要は筋道の問題だ」

 

 ライダーは意外とコミュ力もあるようで、気難しいアーチャーからうまいこと話を引き出していた。まあそうした技能もなければあれほどの征服活動はできなかっただろう。

 

「つまり何だ、アーチャー。

 そこにどんな義があり、どんな道理があると?」

「法だ。我が王として敷いた、我の法だ」

「ふむ、完璧だな。自らの法を貫いてこそ、王」

 

 ライダーはアーチャーの主張に本気で感心したように見えたが、光己にはやっぱり理解、というか納得できなかった。

 

「王として敷いた、っていうけどさ。確かギルガメッシュって今から4600年くらい昔の人なんだろ? 超未来の民主主義の外国に来てまで当たり前のように独裁者気取りってどうなん。現地人としては受け入れがたい点が多々」

「まぁサーヴァントって性格や気性は基本的に生前通りですからねー。

 現在の知識ももらってますが、それは人格の根本になるものじゃなくて、あくまで知識や情報に過ぎません。だから現界した時代の常識に合わせる人もいれば、あの2人みたいに我が道を行く人もいるんですね」

 

 そう言ったカーマ自身は前者なのか後者なのか不明だったが、光己的には自分を好いていてくれて、他のメンバーともおおむねうまくやってくれているので文句はなかった。

 ―――次はライダーが自分の王道と聖杯への願望を語り始めたのだが、それは端的にいえば「征服」であって、欲しい物は略奪するのが流儀らしい。で、それをサーヴァントという仮初の奇跡のような現界ではなく、「受肉」して真の自分一個の物といえる肉体を手に入れて、その己の肉体を以て征服活動を始めたいということのようだ。

 

「ギルガメッシュよりは分かりやすいけど、やっぱり二つ名の通りの性格だった……!

 こんなヤツが近くの国のトップにでもなったらたまらんな。いや自国のトップでも周辺国が包囲網敷いて先制攻撃まであり得るからやっぱたまらん。何という傍迷惑」

 

 光己は頭を抱えたが、よく考えたら昔は侵略略奪イケイケな国なんて珍しくもなかったような気がする。現代の平和とか人権とか民主主義とかの方が人類史的にはごく短期間なわけで。

 

「いや待て。外国のことはそこまで知らんが、日本は縄文時代は人間同士の闘争はほとんどなかったっていうから、やはり平和な時代の方が長い……いやでもあの時代って人口も変化も少なかったから単純に年数で比べるのも」

「マスター、話が横道にそれてますよ」

「え!? あ、ああ、そうだな」

 

 カーマが注意してくれたので、とりあえず光己は正気に戻った。

 

「……って、忘れるとこだった。今までの話はカーマ的にどうだった?」

「そうですねえ。前にも言ったように王道なんて分かりませんけど、まず仏道修行を妨害する魔(マーラ)的にいうなら、『いいぞもっとやれ!』って感じですかね。何せ煩悩の化身ですから、あそこまでビッグな私欲を正直にぶちまけまくってくれる人はありがたいです」

「あー、釈迦が悟りを開くのを邪魔したのもそれでなんだよな」

「はい。彼1人だけならともかく、彼の影響で煩悩がない人が増えたら困りますから」

「なるほど」

 

 賛否はともかく、理解はできる話だ。では愛の神(カーマ)的にはどうだろうか?

 

(カーマ)的には、『おばかさぁん、おばかさぁん、ほんとにおばかさぁん』ってとこですね。

 だって煩悩が強ければ強いほど、輪廻の苦海(サンサーラ)により深くどっぷり囚われるんですから。今生では王様プラス才能も山盛りでやりたいことやれて痛快な人生だったんでしょうけど、その反動と人に迷惑かけたぶん来世はひっどくなる可能性大アリですからね」

「おおぅ、確かにインドの宗教観だとそうなるな……ところで輪廻転生って本当にあるの?」

「私自身が確かめたことはありませんけど、オネエなクリプターが『私の転生って、これで終わりなのね。この先はもうないんだわ』とか『今生が最後の生まれ変わり』とか言ってましたから、多分あるんじゃないですか?」

「ほむ……」

 

 そのクリプターの自己認識が正しいかどうか、仮に正しいとしてアルビオンに輪廻転生が適用されるかどうかは不明だが、無用の悪事を働くのは控えた方がよさそうである。

 いや人理修復という究極の善行をなすのだから、多少の悪行は大目に見てもらえると思いたいところだけれど。

 

「まあその辺は後で考えるとして、今は問答ちゃんと聞くか」

 

 何しろいよいよアルトリアの番になったのだから。聖杯にかける願いはないと言っていたが、それなら何を話すつもりなのだろうか?

 

「―――私は我が故郷の救済を願う。万能の願望機をもってしてブリテンの滅びの運命を変える」

 

「な……!?」

 

 光己よりモルガンとセイバーが耳を疑って彼女の後ろ姿を凝視する。

 アルトリアはブリテンの救済を望んでいないと言ったはずなのに何故!?

 一方ライダーとアーチャーの2人はどこか冷めた顔をした。

 

「…………それは本当か?

 いや貴様が嘘を言っているとは思わんが、何というか、今の貴様の言葉からは熱を感じなかったぞ。

 勝てば万能の願望機を得られるとはいえ、それには6人の強敵を倒す必要がある。単純に考えれば、7分の6の確率で負けて殺される分の悪い賭けよ。

 それに挑んでまでして叶えたいほどの願いを『王の戦い』の場で吐露するのなら、それなりの熱がこもった言葉になるはず。先ほどの余のようにな」

 

(……むう、さすがに鋭いですね)

 

 実際今のアルトリアは聖杯にかける願いはないので、精一杯演技したつもりではあっても、ライダーの指摘通り本心からの熱はこもらないのは致し方ないことだった。

 しかしそれを認めるわけにはいかない。

 

「その疑いは心外だな。アルトリア・ペンドラゴンが聖杯にかける望みはそれだけだぞ」

 

 嘘ではない。もし聖杯に願い事をするならこれになるのだから。

 するとライダーはとりあえず追及をやめ、話を元に戻した。

 

「つまり貴様は『運命を変える』と言うのか? 過去の歴史を覆すということか?」

「そうだ。たとえ奇跡をもってしても叶わぬ願いも、聖杯が真に万能であるならば必ずや―――」

 

 アルトリアが語っている間、ライダーとアーチャーの視線と表情はさらに冷え冷えしたものになっていた。

 いやアーチャーは品がない大笑いを始め、ライダーは難しい顔で考え込む。

 

「笑われる筋合いがどこにある? 王たる者ならば、身を呈して治める国の繁栄を願う筈!」

「いいや違う。

 王が捧げるのではない。国が、民草がその身命を王に捧げるのだ。

 断じてその逆ではない」

 

「うっわぁ、やっぱり暴君だった。

 まあ紀元前の王様だもんなー」

 

 民主主義国家に生まれ育った光己には受け入れがたい主張だったが、古代の王なら当たり前の感覚なのかも知れない。中世ですら絶対王政とか王権神授説なんてものがあったわけだし。

 しかし本当にアルトリアはライダーやアーチャーとは価値観がまったく違うようだ。これではまともな問答にならなさそうな気がするが、彼女はどういうつもりなのかいまだに分からない。

 

「モルガンとセイバーは分かる?」

「……いえ。おそらくアルトリアは記憶通りのことをしゃべっているのだと思いますが、なぜそうしているのかはちょっと」

「そうですね、私にも分かりません」

「うーん、そっか」

 

 この2人に分からないのなら、今は誰にも分からないだろう。とりあえず続きを見守ることにする。

 やがて今まで比較的穏やかに仲裁役をしていたライダーが、怒りをあらわにしてアルトリアを糾弾し始めた。

 

「―――余の決断、余に付き従った臣下たちの生き様の果てに辿り着いた結末であるならば、その滅びは必定だ。悼みもしよう。涙も流そう。だが決して悔やみはしない。

 ましてそれを覆すなど!

 そんな愚行は、余と共に時代を築いた全ての人間に対する侮辱である!」

「フン!

 そんなご立派な精神論を吐けるのは、運か実力に恵まれてある程度思い通りの人生を送れた者だけだ!

 王の食卓にすら雑なマッシュポテトしか並ばなかったほどの貧しさに加えて、毎年エイリアンめいた異民族が攻めて来る末期国家の庶民がそんな綺麗ごとを喜ぶものか!

 暮らし向きが良くなるのなら、自力でも他力でも聖杯力でも何でもいい。そういう人間だって大勢いるのだ!」

 

 アルトリアも初めて全身から覇気を噴き出して、ライダー以上の強い語気で言い返す。

 

「今ひとこと言うなら、勝ち組の論理を負け組に押しつけるなということだ。

 貴様や貴様の手下の都合など知るものか。いや私は貴様よりずっと未来の生まれだから、私がブリテンをどうしようと生前の貴様たちに影響はないが。

 それでも貴様の意向に従わせたいのなら、ブリテンを征服してからにするのだなヒャッハー親父」

 

「おぉっ!?」

 

 アルトリアの豹変ぶりに光己たちが目を剥く。これは記憶とは違うだろう、ついにシナリオを変える気になったのか!?

 ライダーも彼女の剣幕に驚いたのか、いったん怒気を静めた。

 

「う、うぅむ。貧乏はともかく、エイリアンが毎年攻めて来るとあっては歴史を覆したくなるのもやむなしかも知れぬな」

 

 そして彼女の主張の一部なりとも認めると、アルトリアも覇気を引っ込めた。

 

「しかし解せんなぁ。王による救済? そんなものに意味があるというのか?」

「それこそが王たる者の本懐だ。正しき統制、正しき治世。すべての臣民が待ち望むものだろう」

「で、王たる貴様は『正しさ』の奴隷か?」

 

 ライダーが冷め切った口調でそう言うと、アルトリアは考え直すように首をかしげた。

 

「ちょっと語弊があったか。

 当時のブリテンを治めるにはそうしたやり方が1番良いと思ったからそうしただけで、貴様やアーチャーの方式のほうが良かったならそうしていたぞ。

 ただ私の王としての権威は、『ウーサー王の子』という要素より『選定の剣を抜いた者』という要素の方が強かったから、普通の王より倫理的な正しさや高潔さを強く求められる面はあったがな」

 

 嘘ではない。「正しさ」や「騎士道」といったものは「救済」という目的のための手段であって、より良い在り方や方法があったならそちらを選んでいたであろうから。

 

「なるほど。貴様の言う正しさや高潔さは必要やむを得ずということか。

 しかしそんなものに縛られていて王といえるか? そんな一介の庶民よりも不自由な者に誰が憧れる? 焦がれるほどの夢を見る?」

「憧れられたいなんて思ったことはないぞ。むしろ簒奪をもくろむ者が出て来ないから結構な話ではないか。

 いや1人だけいたな。しかし私はなぜモードレッドに留守居役を任せたのだろう。1番大事な忠誠心はさておくとしても、性格も能力も不向きだったのだが……まあここで言うことではないか」

 

 アルトリアの反応にライダーは自分の価値観との距離をさらに遠く感じたが、それはそれとして問答を続ける。

 

「しかし聖者は民草を慰撫できても導くことはできぬ。確たる欲望のカタチを示してこそ、極限の栄華を謳ってこそ、民を、国を導けるのだ!」

「聖者とはたとえばキリストやブッダのような者のことか? むしろ貴様よりケタ違いに多くの民草を千年以上の長きに渡って導き続けているではないか。むろん欲望も栄華も謳わずにな」

「……」

 

 この女妙に議論が強い。ライダーはかすかな違和感を覚えたが、征服王たる者退くわけにはいかない。

 

「それは宗教の話だろう。我らが語っているのは王についてだ。

 王とは誰よりも強欲に、誰よりも豪笑し、誰よりも激怒する。清濁を含めて人の臨界を極めたる者。

 そうあるからこそ臣下は王を羨望し、王に魅せられる。

 一人一人の民草の心に『我もまた王たらん』と憧憬の火が灯る」

「東方の著名な政治思想家にして統一国家の礎をつくった男の著書に『明主は一(ぴん)一笑を()しむ』という言葉がある。

 貴様の王道は貴様の時代と地域にあっては良いものだったのだろうが、古今東西すべてに通用するわけではない。むろん私の王道もそうだがな」

 

 アルトリアが引用したのは、「韓非子」という書物の一節である。ローマでイスカンダルリリィと出会ったので、いつか大人バージョンと遭遇することもあるだろうと思って、光己たちがオケアノスに行っている時に各種政治思想書を読んで勉強したのだ。

 ―――何、卑怯? この国のサムライロードの言葉にも「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候」というのがあるのだが?

 

「……」

 

 時代と地域によって最善の王道は異なるという論法を使われると優劣をつけにくくなる。ライダーは切り口を変えることにした。

 

「騎士どもの誉れたる王よ、確かに貴様が掲げた正義と理想はひとたび国を救い臣民を救済したやも知れぬ。

 だがな、ただ救われただけの連中がどういう末路を辿ったか、それを知らぬ貴様ではあるまい」

「導いたはずの貴様の国だって貴様が死んだらすぐ滅んだではないか。五十歩百歩だ。

 舌鋒が鈍ってきたな、酒の飲みすぎか? 実際この酒は旨いが」

 

 言いつつも酒をあおる手は止めないアルトリア。アーチャーが渋い顔をしているが、丁重にスルーである。

 

「ところで貴様たちはいい歳してまだ若い小娘を笑ったりこき下ろしたりして楽しそうにしているが、大事なことを忘れているぞ」

「―――何!?」

 

 そしてライダーとアーチャーの注目を集めたところで、用意してあった結論を叩き込む。

 

「ライダー、貴様は最初に『これは聖杯を掴む正当さを問うべき聖杯問答』と言ったな。

 ならばその審判は我々ではなく聖杯が下すべきだろう。

 そしてその判断基準は聖杯が出現した時代と場所、つまり1994年日本の価値観だと考えるのが自然だ。

 そうなると『国が、民草がその身命を王に捧げるのだ』とか『世界の宝全ての所有権は我にある』などとほざくトップは論外すぎて0点だな。だから私が勝者だ!!!」

 

 要するに勝利条件を勝手に設定して、一方的に勝利宣言をしたわけである。

 それでも一応のスジは通っていると思う。

 なので問答はこれでおしまいということにして、最後に景品をもらうことにした。

 

「では勝者に与えられる褒賞として、この酒をいただいていこう。

 みなさんお疲れさまでした」

 

 するとライダーは予想外すぎる妙論をまだ消化しきれてないらしくぽかんと口を開けたままだったが、アーチャーは不快感丸出しで奥歯をギシリと噛み鳴らした。

 

「ほざいたな小娘! しかも我が財を盗もうとは何事か。

 さらには貴様の後ろにいる女、貴様のマスターではないな。どういうつもりか知らんが、我をたばかろうとは不敬もはなはだしい。

 まさか許されるとは思っていまいな。ただちに裁いてくれる!」

 

 アーチャーの背後に黄金の波紋が現れ、そこから剣が4本出てくる。アルトリアと偽アイリの顔と心臓めがけて、文字通り矢のように飛んだ。

 この反応を予測していたアルトリアはぱっと跳んでよけたが、偽アイリは間に合わない。アーチャーの狙い通り、顔と胸の真ん中をぐさりと貫かれた。

 しかし偽アイリは倒れない。それどころか人間離れした脚力でアーチャーに駆け寄る。

 

「何!?」

 

 アーチャーは偽アイリがアルトリアのマスターではないことは見切ったが、こんな動きまでは予想できなかった。そのまま組みつかれて―――。

 なんと、偽アイリは爆弾のように爆発した!

 

「ごはぁぁぁ!?」

 

 あんまりな攻撃に吐血しつつ、後ろに吹っ飛ばされるアーチャー。

 

「きれいに決まりましたね、さすがは我が夫!」

「あれを初見で防げるヤツはほとんどいないだろうなー」

 

 どうやらこの策を考案したのは光己だったらしい。

 もっとも英雄王ともあろう者がこの程度で倒れるはずもなく、空中で姿勢をととのえて両足できっちり着地した。

 当然ながら怒髪天を衝いて憤怒の表情を浮かべている。果たして光己たちはどう戦うのであろうか……。

 

 

 




 セイバーさんは聖杯にかける願望を変えなくても、勝利宣言を出すことはできるのですな。騎士道精神は何それ、美味しいの?状態ですが(ぉ
 感想、評価お待ちしてます。




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第147話 聖杯問答3

 光己とモルガンが偽アイリに自爆攻撃をさせたのは単なる挑発や酔狂ではなく、アルトリアが光己たちの所に戻る時間を稼ぐという目的もあった。彼女がちゃっかりアーチャーの酒甕(さかがめ)を持ってきたのはアレだったけれど。

 アイリスフィールは自分と同じ姿の者が爆発四散するのを見せつけられて思うところはあったが、同盟相手の身の安全には替えられない。あえて無言を保った。

 ライダーとウェイバーは巻き添えを避けるため後ろに下がった。どちらの味方をするのも気が進まなかったので、見物に徹することにしたわけだ。

 

「せっかく強敵同士が戦ってくれるんだ。ここはおとなしくしておいて、勝った方を殴るのが頭のいいやり方ってやつだよな。少なくとも手の内は見せてもらえるんだし」

「戦略的には確かにそうだな。面白みはないが」

「だから何でオマエはそう刹那的感覚優先なんだよォ!?」

 

 ライダー陣営は凸凹コンビなところがあるようだ……。

 一方カルデア組は無事合流に成功していた。

 

「アルトリアお疲れさま。満足できた?」

「はい、いろいろ手伝って下さってありがとうございます。

 ところでこの酒甕、マスターの蔵に入りますか?」

「……。俺は未成年だからお酒は宝にカウントされないけど、この甕はいい物だからOKだな。

 あとアルトリアは見た目15歳なんだから、人前では飲まないようにね」

 

 光己はそう答えると甕を蔵にしまったが、波紋は出したままである。ポルクスの剣を取り出し、角と翼を尾を出した。

 マシュが前に出て盾をかまえ、万全の迎撃態勢を整える。

 その数秒ほど後。こちらもダメージから立ち直ったアーチャー、いや英雄王ギルガメッシュが攻撃を始めた。

 

「雑種共……くだらん小知恵で王の玉体に傷をつけた罪、冥府の底で悔やむがいい!」

 

 黄金の波紋から数十本の武器が現れ、猟犬のような勢いで認識阻害で隠れているはずのカルデア一行めがけて飛んで来る。これは単に盾をかざしているだけでは防げない。

 

誉れ堅き雪花の壁(シールドエフェクト)、発揮します!」

 

 パーティ全員を守るべく、半球形に防御陣を張るマシュ。気力を集中して、武器が衝突する瞬間に備える。

 ―――しかしその瞬間は来なかった。武器はすべてシールドの2メートルくらい向こうで一瞬止まった後、引力に引かれて雨粒のようにぽとんと地面に落ちたのだ。

 

「……!?」

 

 マシュもギルガメッシュも、何が起きたのか分からなかった。

 マシュはとりあえずそのまま警戒態勢を続け、ギルガメッシュは先ほどの倍の武器を打ち出す。

 

「何をしたか知らぬが、これは防ぎ切れるか!?」

 

 しかし結果は同じ。すべての武器はいったん空中で止まった後、まっすぐ地面に落下した。

 何かに当たって跳ね返されたとか弾き飛ばされたとかではなく、まるで見えない手に掴まれたかのように止まったのだ。

 

「……障壁の類ではないな。サーヴァントどもの誰か、それともあの妙なマスターの特殊能力か?

 まあ良いわ、どんな能力だろうと我が財の前には無駄なあがきであると知れ―――!」

 

 今度は光己たちの前、左右、上からそれぞれ50本ずつ射出されてくる。確かに口ほどのことはある在庫量だった。

 

「こ、これほど大量の武器を同時に打ち出せるなんて!?」

 

 アイリとセイバーが敵の強大さに青ざめ、光己も一瞬恐怖を感じたがすぐに立ち直った。

 

「いや、これくらいで折れてたまるか!

 今こそ燃え上がれ俺の妄想力(コスモ)、イシュタルの位まで高まれ!」

 

 そこでギルガメッシュにとって仇敵ともいえる女神の名前が出るあたり、光己はまだ余裕があるようだ……。

 光己のパワーが高まり、全身から黄金色のオーラが噴き上がる。前左右上、しめて200本の武器がすべて停止した。

 どうやら今まで武器を止めていたのは彼のようだ。ただ上方の武器はまたすぐ重力に引かれて落ちてきたが、このくらいならマシュのシールドには大した負担にならない。

 この芸当は「竜の遺産(レガシーオブドラゴン)」と機竜の翼を併用することで「誰かの手に持たれていない財宝」に慣性制御を行使できるというもので、本来は遠くにある財宝を回収するためのものだが、逆にこちらに来るのを止めるために使っているのだった。

 

「なるほど、どうやら貴様の仕業だったようだな。しかも(オレ)の前であの駄女神の名を出すとは、よほど命が要らんと見える」

「アイエエエ!?」

 

 自業自得な悲鳴を上げた光己に、さらにペースが上がった武器の雨が降り注ぐ。光己は必死に止め続けていたが、やがて追いつかなくなってシールドにぽつぽつ武器が当たり始めた。

 なにぶん習得したばかりで、妄想力を高めることでやっと実用レベルになった技である。敵の攻撃の密度が上がれば処理しきれなくなるのは当然だった。

 

「フハハハハハ、どうやら底が見えてきたようだな? 滑稽だぞ雑種」

「あばばばば……『最後のマスターに同じ技は2度も通じぬ、今やこれは常識!!』とか言ってみたかったけど無理! だ、誰か助けて」

 

 なのでついに泣きが入ったが、しかし光己には頼れる仲間たちがいる。まずはモルガンが直接ギルガメッシュを攻撃した。

 

「もちろんです。『はや辿り着けぬ理想郷(ロードレス・キャメロット)』!!」

 

 モルガンは転移系の魔術が得意で、マシュの後ろからでもシールドの外側に自在に攻撃を繰り出せるのだ。

 最高に相性のいいコンビというべきで、ギルガメッシュの上空から12本の巨槍が彼を閉じ込めるかのように落下する。

 

「ぬうっ!?」

 

 しかしギルガメッシュもさる者、光己たちに向けていた武器をとっさに上向きに切り替えて迎撃した。

 数十本の武器に群がるように打ち叩かれてさすがの巨槍もヒビだらけになったが、何とか地上に着弾して蒼い炎を吹き上げる。

 

「ぐぅおぉぉぉっ!」

 

 これにはギルガメッシュも腕で顔をかばい身をすくめて炎が消えるのを待つしかなかったが、巨槍が傷ついて威力が落ちていたおかげで何とか耐え切った。

 炎と槍が消えたところで、ふうっと呼吸を落ち着ける。

 

「おのれ、またしても我に傷をつけるとは……」

 

 ギルガメッシュはもう怒りで頭に血が上りすぎてこめかみの血管が切れそうであった。しかし今はガマンして、敵の攻撃に対処せねばならない。

 

「消えなさい」

 

 モルガンが黒いタールのような濁流を放つ。これは武器が刺さっても穴が開くだけで撃ち落とされたりはしないので、ギルガメッシュは移動して避けるほかない。

 

「チッ!」

 

 ついでその移動先に、上から大きな槍が落ちてくる。ギルガメッシュは花弁のような形をした盾を出してそれを止めた。

 次は青白い斬撃がすぐ斜め上から飛んでくる。これは防げなかったが、鎧が多少傷ついた程度でギルガメッシュの身体には届かなかった。

 しかしこれほどの連続攻撃を受けては反撃ができない。逆に光己は息をつく時間ができた。

 

「おお、さすがモルガン……ありがとう、助かったよ」

「どう致しまして。しかしあれ程の技、なぜ今まで隠していたのですか?」

「覚えたばかりだから、ギルガメッシュの武器を止められるかどうか自信がなくてさ。

 むしろ教えたせいでマシュが油断しちゃう方が怖かった」

「なるほど……」

 

 理解できなくはない話だ。モルガンは素直に頷いた。

 

「というかこの技、戦闘用としてはほぼ対ギルガメッシュ専用なんだよな。何しろ『財宝』しか止められないから。

 俺の『蔵』は中身を射出する機能なんてないしさ」

 

 光己の「蔵」はギルガメッシュの「蔵」より性能も在庫数も劣るが、対決する分にはメタを取れる。そういう関係なのだった。

 今回は未熟だったから途中でギブアップしたが。

 

「そ、そうなのですか」

 

 ちょっと乾いた声で答えつつも、モルガンは攻撃の手は休めない。軽く掲げた左手をぐっと握ると、ギルガメッシュの腹の辺りに赤い光がはじけた。

 

「ぐぅっ!? やはり空間転移系の攻撃か」

 

 空間転移といえばこの時代では魔法級の大技なのに、こんな簡単に連続使用できるとは。

 認めたくないが、この攻撃をしのぎながら敵の二重の守りを突破するのは難しい。ここは一時撤退するしかないようだ。

 

「おのれ、今は貴様らが強い……!」

「む、逃げる気か!?」

 

 ただその時、遠くの上空で何かが小さく光ったのに気づいたのは光己とジャンヌだけだった。

 

「……ん?」

「サーヴァント1騎、超高速で接近中……?」

 

 それはまるで流れ星のように。青白い光の尾を引きながら、暗い夜空を迷いもせずに翔けてくる。

 モルガンに注意を向けざるを得ずにいたギルガメッシュが気づいた時はもう遅かった。

 

「アルビオン・キーーーック!!」

「がッ!?」

 

 側頭部をまともに蹴られたギルガメッシュが即死しなかったのは、耐久力においても英雄王は一流という事実を示したものと言えよう……。

 10メートルほども蹴り転がされたギルガメッシュが痛みと怒りをこらえながら立ち上がると、その視線の先には乱入してきたと思われるサーヴァントが1人立っていた。

 身長150センチ弱の、ちょっと不健康そうな肌色をした10歳代前半くらいの少女である。服は黒い前掛けとパンツだけといささか露出過多な上、腕と脚がアザか刺青のような黒い何かで覆われていた。あの不埒なマスターと同じ黒い機械めいた翼を持ち、両腕に剣とも槍ともつかぬ大きな武器をつけている。

 

「貴様何者だ!? この我に不意打ちで飛び蹴り喰らわすとは、魂まで砕け散る覚悟はできておるのだろうな!?」

「うるさいよ」

 

 少女はギルガメッシュの罵倒をなかば無視して、光己のそれと似た不自然な急加速で斬りかかる。エコーがかかったように聞こえるその声は、彼女が人類とは違う何かであることをおぼろげに感じさせた。

 

「くっ!?」

 

 すでに盾を出していたおかげで、ギルガメッシュは防ぐのが間に合った。

 少女の動きは明らかに慣性力が適用されていない奇怪なもので、それでも接近戦になったからか空間転移攻撃が来なくなったので、とりあえず防戦はできている。ならこのまま下がってセイバー陣営と距離を取り、その上でこの謎の女を討てば撤退可能になるはずだ。

 ギルガメッシュはそのように計算したが、そのセイバー陣営がいつの間にかシールドから出て自分を囲んでいようとは。

 

「……!? セイバーが2人、いや3人だと? 貴様らは一体」

「決着の時だ! リリィまで毒牙にかけようとしたその罪、今こそ裁いてやろう」

「コスモギルガメス死すべしフォーウ!」

「意味が分からぬぞ!?」

 

 ギルガメッシュがそう叫んだのはまことに順当なものであったが、カルデア一党はマスターの性格のせいか、こういう時は人情とか風情といったものがまったくないムーブをする。返事もせずに襲いかかり、さらには狐耳と肉球手袋をつけた獣人ぽい娘までが包囲に参加した。

 

「うぅーうにゃあーんっ! その脂身を燃やす!」

「せめて理解できる言葉をしゃべれ!」

「それには同意するが、貴様はここで倒す」

「くっ!」

 

 セイバーの一撃が肩口に決まり、ギルガメッシュが痛みによろめく。

 続いて5人がかりのリンチで、ついに霊核に致命的なダメージを受けてしまった。

 

「おのれッ! なんたる茶番か……ッ!」

 

 ギルガメッシュはそう吐き捨てながら現世から退去したが、それに同意してくれる親切な者は残念ながらいなかった……。

 

 

 

 

 

 

「やったぞ……第4次聖杯戦争最大の難敵、英雄王がこれで脱落だ!」

 

 ギルガメッシュが退去したのを確認すると、エルメロイⅡ世はそう言って相好を崩した。

 ただしすべてが片づいたわけではない。残り案件の1つめとして、謎の少女が吶喊してきた。

 

「わあっ!? と、止まって下さい」

 

 謎の少女は助太刀してくれたのだから敵ではないと思われるが、味方と断定できるわけでもない。マシュが盾をかざして制止すると、少女は足は止めたものの苛立たしげに文句を言ってきた。

 

「なぜ邪魔するの? 私はただ、私の……えーと、一心同体? (つがい)? 私自身? とにかくこの世界にたった1人の同胞に会いに来ただけなのに」

「つ、番!?」

 

 その刺激的な単語に初心なマシュは真っ赤になったが、幸い状況を理解できた人が話に加わってくれた。

 

「落ち着けランスロット……いやメリュジーヌか。おまえの気持ちは察するが、今は立て込んでいるのでな。話をする時間は後で取ってやるから、今は大人しくしていろ」

「へ、陛下!?」

 

 謎の少女はモルガンの姿を見ると心底驚き、ついで地面に片膝をついて深く頭を下げた。どうやら生前はモルガンの臣下だったようだ。

 作法通りの挨拶をした少女、いやメリュジーヌにモルガンは「うむ」と鷹揚に頷くと、(おもて)を上げることを許した。

 

「おまえのおかげでアーチャーを逃がさずに済んだが、まだあちらにライダーが残っている。

 しかし彼を倒すと決まったわけではないから、結論が出るまで私とおまえは待機だ」

「……? 現界した時に得た知識によれば、聖杯戦争というのは最後の1騎になるまで殺し合うものらしいのですが」

「その通りだが、私たちはそれを防ぐために来ているのだ。

 よく見てみろ。こうして徒党を組んでいる私たちだけで、すでに7騎を超えているだろう?」

「……は、確かに」

 

 どうやら複雑な事情がある様子だ。メリュジーヌは立ち上がると、とりあえずライダーからモルガンをかばうような位置に移動した。

 

「ああ、それと。おまえのその姿は、汎人類史で人前に出るにはちと破廉恥な上に目立ち過ぎる。着名(ギフト)をつけておけ」

「……はっ」

 

 メリュジーヌが着名とやらをつけると、肌つやが良くなり服も黒に近い濃く暗い紺色のピッチリとしたミニスカ付きアンダースーツの上に全身に淡く光るラインが走るどこか未来戦闘機風な蒼色の軽装鎧を着た姿に変わった。翼と尾と黒い痕が消え、武器もだいぶ小さくなる。

 さらに甲冑を消して服がドレスになる霊衣もあって、こちらなら武器さえ隠しておけば、街中に出ても無用の人目を引くことは―――美しさで注目を浴びることはあるかも知れないが、まあそれくらいなら無害だろう。

 ちなみに彼女のお目当てであろう光己は、先ほどの戦いで打ち落としたギルガメッシュの武器を血眼になって回収している。その姿は人類救済を願う最後のマスターというより、邪竜と海賊が悪魔合体した財宝コレクターにしか見えなかった……。

 

「…………うーん、ここまでか。半分もゲットできなかったけど、もともと棚ぼたなんだからこれで良しとしとくかな」

 

 ギルガメッシュの退去とともに彼の財宝もすべて消えると、光己はふうーっと息をついて肩の力を抜いた。

 ライダー陣営のことはエルメロイⅡ世たちに任せておいたが、今どうなっているだろうか?

 ―――先ほどの戦いのせいで認識阻害が破れていたらしく、ライダーとウェイバーはこちらを発見して近づいて来ていた。カルデア側からはⅡ世が前に出て、その後ろにジャンヌとジャンヌオルタが護衛についている。

 やがて会話ができる距離になるとライダーが口を開いた。

 

「最後はちとアレだったが、ケガ人も出さずに英雄王を倒したのはさすがと言っておこうか。

 いろいろ聞きたいことはあるが、そこの乱入者が『早く帰れ』と言わんばかりに殺気丸出しで睨んできておるから、うちの坊主がうろたえるどころか失神しそうなのでな。

 今日のところは引き揚げるから、次に会う時までになだめておくがいい」

「…………そうだな。

 1つだけ言っておくと、我々に貴方と敵対する意志はない」

「……そうか、覚えておこう」

 

 ライダーは意味ありげにそう言うと、ウェイバーを連れて戦車(チャリオット)で飛び去っていくのだった。

 

 

 




 自爆攻撃→空間転移攻撃→不意打ち→リンチ、って主人公チームがやる作戦じゃないような気もしますが、邪竜ですから是非もないヨネ!
 メリュ子さん前倒し登場です。天の衣も欲しいなあ(思春期脳)。
 感想、評価お待ちしてます。




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第148話 問答終わって夜が更けて

 来客が帰ったので、メリュジーヌはようやく彼女の言う「同胞」と対面することができる。

 

「見つけた……見つけた……まさか本当に私に仲間がいたなんて」

 

 瞳を潤ませながら、迷わず光己に抱きつくメリュジーヌ。

 今度はマシュも止めなかったが、抱きつかれた当人が困惑して苦情を述べた。

 

「ちょ!? 誰だか知らないけど、とりあえず鎧は脱いでくれないかな」

 

 光己は美少女に抱きつかれるのはたとえ初対面でも歓迎なのだが、硬い金属鎧を着ていられるとさすがに痛い。

 するとメリュジーヌも自分の迂闊さに気づいていったん離れ、鎧の代わりにドレスをまとった。

 

「これならいいかな?」

「うん。敵じゃないみたいだからいいよ」

「ありがとう……!」

 

 メリュジーヌは改めて光己に抱きつくと、嬉しそうに彼の胸板に頬ずりした。

 何しろ生前は「竜の妖精」という独自の存在で、愛する主や尊敬すべき王はいても、同族は1人もいない身の上だったのだから。

 そのいないはずの同族に今、なぜか汎人類史のサーヴァントとなった身で出会えるなんて。しかもその同胞は、ためらいもなく抱き返してくれたのだ。

 最後の竜の亡骸から零れ落ちた左手、ただ(うごめ)くだけの肉塊から生まれた自分を。多くの妖精と人間たちを、愛する者さえ手にかけた末に、妖精國の滅びの一因にまで成り果ててしまった自分を。彼はそれを知らないのだとしても、それでも心がはじけそうなほど嬉しい。

 彼の体温はとても暖かく感じる。魔力の質は自分と少し違うけれど、間違いなくアルビオンだと分かる。ずっと感じていた淋しさ、心の隙間がすごい勢いで埋められていく―――!!

 

「ああ、来てよかった……」

 

 メリュジーヌは彼が髪と背中を撫でてくれる優しい感触に包まれてうっとりしていたが、横から声をかけられてハッと我に返った。

 

「メリュジーヌ、そろそろ離れてもらえるか? 皆を待ちぼうけさせているのでな」

「はっ、へ、陛下!? こ、これは大変な無礼を」

 

 他の者はともかく、王を待たせてしまっていたとは。メリュジーヌはあわてて彼から離れると、深々と頭を下げて謝罪した。

 

「よい、気にするな。

 それでおまえを皆に紹介する前に確認したいのだが、おまえにはマスターはいるのか?」

「いえ、おりません。

 英霊の座でくすぶっていたところ、同族の気配を感じましたのでもう矢も楯もたまらず飛んできたものですから」

「そうか、それならいい。

 しかしはぐれのままなのは良くないな。我が()()()()、彼女との契約をお願いできますか?」

「んー、モルガンがそう言うなら」

 

 光己としてはメリュジーヌは正体はまだ分からないが、助けてくれたし自分に好意を持っているようだし、モルガンも推薦するなら問題あるまいという判断だった。

 まだちょっと幼いがすごい美少女だからだなんて理由は5割くらいしかない。

 

「……」

 

 一方メリュジーヌは彼がモルガンを呼び捨てにしたことがちょっと気にかかったが、彼女自身が納得しているのなら差し出口を挟む方が無礼に当たる。それに彼と契約できるのはとても嬉しいことなので、今回は何も言わず2人の好意に甘えた。

 こうして光己とメリュジーヌが契約を結んだら、話は次の段階に移る。

 

「さて、皆もう分かっているだろうが、メリュジーヌは生前は私の臣下だった者だ。

 ただ少々訳ありなのでな。同盟を結んでいるだけの者には詳しい事情は話せん。

 強くて信頼できる味方なのは確かだから、戦力としては安心してもらっていい」

「……」

 

 アイリスフィールとセイバーは部外者扱いされてちょっと鼻白んだが、アイリとてアインツベルンの秘密をすべて話せとか言われたら諾とは言えぬ身である。黙って頷くしかなかった。

 

「―――さて、これで急ぎの話は終わったな。用もないのに外にいては生身の者は寒かろうから、そろそろ建物の中に戻るべきだと思うが」

「そうですね。実はこの建物の周囲に例の分裂アサシンが大勢いたのですが、アーチャーが退去したらみんな逃げていきましたし」

「え!?」

 

 ジャンヌのさりげない爆弾発言にみな驚いたが、アサシンが退散したのであれば今さら言うことは何もない。モルガンの提案通り建物の中に戻った。

 一同気が昂っていてすぐには眠れなかったので、また応接室に戻ってお茶の一杯でもいただくことにする。

 自己紹介が済んだところで、セイバーがアルトリアに訊ねた。

 

「それで、なぜ聖杯問答で『私は我が故郷の救済を願う』と言ったのですか?

 貴女はそれを望んでいないはずだったのでは?」

「それはもちろん、あの願いのままで勝たないとリベンジにならないからですよ。

 あと征服王に『国が、民草がその身命を王に捧げるのだ』と言わせるためでもありました」

「なるほど、想定問答を作ってあったというわけですか」

「ええ。あとは勝利宣言してからあの酒甕(さかがめ)を持ち去ろうとすれば、英雄王が怒って武器を飛ばしてくるのはほぼ確実ですからね。征服王が反論を考えつく前に問答はおしまいというわけです」

「フフッ、正しさとか高潔さという言葉が聞いてあきれますね」

 

 セイバーが小さく笑いながらそう言うと、アルトリアも同じように微笑んだ。

 

「ふふっ、それはあくまで手段ですから」

 

 実際フェアとはいえないやり方だったが、アルトリアはとても負けず嫌いな性格で、このたびはそちらが優先されたのだった。

 やがてお茶会がお開きになり、客室に入る光己たち。メリュジーヌの事情を聞くため、女性用の部屋に集まった。

 まずはモルガンが口火を切る。

 

「では先に要点だけ話しておこうか。メリュジーヌがマスターに執着しているのは、彼女もアルビオンだからだ。

 妖精國では同種の者がいなくて1人きりだったのでな。それでマスターの存在を感知したら会いたくなったということだ。召喚されてもいないのにここまで来られたのは、アルビオンの『境界の竜』としての力だろうな。

 あるいはランサー枠が『なくなった』から聖杯が補充しようとしたところに、メリュジーヌがうまいこと乗っかったのかも知れん。私とマスターがいるから連鎖召喚的な縁はあるしな」

「なるほど……」

 

 光己の方はメリュジーヌがアルビオンだと気づいていなかったので、今ようやく彼女のアグレッシブぶりの理由が分かってこくこく頷いていた。

 

「うん! そういうわけだからこれからずっとよろしくね!」

 

 メリュジーヌが光己に向かってにぱーっと無邪気に笑う。モルガンは彼女がこれほど感情をあらわにするのを初めて見たが、それほど同族に会えたのが嬉しいのだろう。

 

「しかしマスター。特異点から現地サーヴァントをカルデアに連れ帰ることはできるのですか?」

「うん。時空の乱れがひどい特異点だと無理らしいけど、もしここがそうだとしてもメリュジーヌなら大丈夫じゃないかな」

 

 召喚なしでここまで来られたのだから、カルデアに来ることもできるだろう。清姫が契約なしで来たのに比べれば難易度は低いはずだ。

 

「まあ今日はもう夜も遅いから、明日になったら本部に確認するよ」

「そうですね、お願いします」

「マスター、カルデアって何?」

 

 するとメリュジーヌがそう訊ねてきたので、光己はカルデアの概要と、その現地部隊としてここ1994年の冬木市に発生した特異点を修正しに来ている旨を簡単に説明した。

 

「へえー、大変なんだね。分かった、全力で手伝うよ!」

 

 メリュジーヌに人理修復に協力する義理はないのだが、彼がしていることなら別である。

 モルガンもいるのだから尚更だった。本当の意味で妖精國を愛していた彼女を裏切るようなことをしてしまったが、それを咎めるそぶりも見せない彼女に少しでも償えるのだから。彼女が人理修復を手伝っている理由はまだ聞いていないが。

 

「うん、ありがとう」

「よし、これで話はついたな。ではメリュジーヌ、先ほどおまえが我が()(つがい)と言った件について解決しておこうか」

 

 空気が凍った……。

 

 

 

 

 

 

「え、えっと、陛下!? それはどういう……!?」

 

 今までモルガンは光己をマスターと呼んでいたはずなのに、唐突に夫扱いとはどういうことか。メリュジーヌは動揺を隠せなかった。

 

「別に難しい理由ではない。アイリスフィールとセイバーの前で痴話ゲンカになったら恥ずかしい上に話がこじれかねんからな。他の話が片づくまで待っていただけのことだ」

「……」

 

 モルガンの言い分は今のところ妥当で、メリュジーヌには抗弁の余地がない。

 

「というより私の考えでは、我が夫とおまえはいずれも『大元のアルビオンから派生して生まれたもの』だからな。番というより兄妹という方が適切だと思う」

 

 実年齢は光己よりメリュジーヌの方がずっと上なのだが、光己はマスターだし見た目では年上だし、それにメリュジーヌは寂しがり屋で甘えん坊なので、姉より妹の方が座りがいいだろうという趣旨での発言である。

 

「きょ、兄妹……!」

 

 新鮮な驚きにメリュジーヌが目を輝かせる。

 確かにその表現は適切で、しかも単なる同族というよりさらに身近で気安い関係だ。

 しかし番という、身も心も深くつながる情熱的な関係も捨てがたい。

 

「ああっ、私はどうすれば……!?

 こ、これが俗にいう究極の二択というものなのか」

 

 頭をかかえて真剣に考え込んでいるメリュジーヌに、モルガンはちょっとあきれつつも助け舟を出すことにした。

 

「まあ落ち着け……。

 何も今すぐ決める必要はないのだ。マスターと呼んでいる分にはどちらとも取れるからな」

「さ、さすがは陛下!」

 

 メリュジーヌはモルガンの意見に従って結論を先送りすることにしたが、ここでおかしなことに気がついた。

 

「しかし陛下。陛下は今マスターのことを『我が夫』とお呼びしたのに、マスターが私の番になってしまってもよろしいのですか?」

「構わん。我が夫は一夫多妻主義者だからな。

 我が夫の時代の汎人類史ではタブーというか不法なのだが、我が夫にとっては人類を救う褒美という位置づけのようだ。

 無論、誰でも受け入れるわけではないが、おまえなら許そう」

「……有難き幸せに存じます」

 

 騎士としては不謹慎に感じるが、光己が騎士ではないのなら、そこまでかたくなになることもあるまい。というか一夫一妻を貫徹されると、夫を取り合うことになってしまう。

 ん? これはどこかで聞いたような……?

 

「気づいたようだな。我が夫の志向は私とおまえにとってむしろ幸いなのだ」

「……! そ、それはまさか」

 

 メリュジーヌは現界した時にアーサー王や円卓の騎士ランスロットのことも知ったが、かの騎士は王妃と不義密通を働き、それが遠因となって国が滅びることになったという。

 しかし自分たちの場合は関係者一同が一夫多妻を認めるのなら、彼と自分が番になっても国が割れるようなことにはならないのだ。

 ただ別の問題はある。

 

「しかしそれだと、陛下は私のことをそういう目で見ていたということになるのでは!?」

 

 するとモルガンはついっと目をそらした。

 

「いや……確かに汎人類史のランスロットにはそちら方面の問題はあったし、国が滅びる原因にもなったのだが……。

 しかし理想かつ最強の騎士であったことも事実だからな。おまえに着名(ギフト)を与えた時は私は独身だったから問題なかったし」

「それはまあ……」

 

 モルガンの釈明はちょっと言い逃れめいていたが、事実関係に間違いはない。それに理想はともかく、最強の妖精に最強の騎士の名を当てるというのは当然の話だ。

 ただよく考えると、「オーロラ」はモルガンの配偶者ではなかったものの、彼女への想いのためにモルガンを見捨ててしまった自分にとっては皮肉な名前であるとも言える。サーヴァントが生前の逸話に引っ張られるものだというならなおのことだ。

 だが今回のモルガンは、それを乗り越える手段を講じていた。いや彼が一夫多妻主義者なのは偶然かも知れないが、それはそれで、運命は彼女に味方しているということである。

 やはり陛下は王に相応しい方と再認識したが、そこに何故かマシュが割り込んできた。

 

「あ、あの、モルガンさんにメリュジーヌさん!

 今ランスロットという名前を出しませんでしたか? そういえば中庭でもそう呼んでいましたし」

「ん? ああ、そういえばマシュはギャラハッドなのだったな。おまえにとっては不肖の父ということになるのか……」

「ああ、思い出した。君には見覚えがあるよ」

 

 実はメリュジーヌも生前にマシュと会ったことがあって、その時のことを思い出していた。

 しかし今は仲間だから、今更とやかく言う気はない。

 

「ふーむ、こうなってしまっては仕方ないか……」

 

 妖精國の詳しい内情は実際に行く時までなるべく話さないつもりだったが、バレてしまったことについてはそうもいかない。モルガンは素直に白状することにした。

 

「先ほど私が着名と言ったのを覚えているか? 簡単にいえば強化付与術の一種で、英霊の名前を媒介にしてその性質や能力の一部を付与するというものだ。

 ただしメリュジーヌの場合はそれ以上に、とある事情でそのままだと身体が崩壊してしまうから、着名によって維持していたという理由もあったがな」

 

 もっとも今はサーヴァントになったから外しても大丈夫だが、外すと露出過多になるから人前ではちゃんと付けるべきだろう。

 

「それであえてランスロットの名を選んだ理由は、今言った通り彼が最強の騎士だからだ」

「むう~~~」

 

 マシュとしては何だか凄い魔術で名誉的なものでもありそうな「着名」とやらに不肖の父の名が選ばれたのは実に不満なのだが、彼が最強の騎士なのは事実なのでケチのつけようがなかった。

 チラッと横を見てみるとアルトリアも何か言いたそうな様子だが、具体的な言葉が思い浮かばないらしく沈黙している。

 

「それもこれもあの人が不倫なんかするからです! 今度会ったらお説教です」

「そ、そうか。まあ好きにするがいい」

 

 モルガンは深入りを避けた……。

 

「ところでその魔術は今でも使えるのですか?」

「いや、今は生前ほどの力がないから無理だ」

「そうなのですか……」

 

 うまく使えば相当役に立ちそうな魔術に思えたが、使えないものは仕方がない。

 それに英霊にはプライドが高い者も多いから、他人の名前をかぶせられることに不快感を覚える可能性は高いし。

 しかし最近光己に好意を抱くサーヴァントが多い。彼は生涯独身を貫くべきなのに、これは由々しき事態なのではあるまいか。

 

「マシュ、今何か変なこと考えなかった?」

「いえ、何も」

 

 すると要らない時だけ鋭い先輩が突っ込みを入れてきたので、丁重に聞き流しておいた。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでメリュジーヌの紹介はどうにか無事終わったのだが、就寝の時になってまた問題が持ち上がった。

 

「私は孤独に弱くて、自信がなくて。

 あと竜なので、夜は体温が恋しいんだ」

 

 メリュジーヌがこんなことを言い出して、光己と同衾しようとしたのだ。

 

「え、竜にはそんな性質があったのか。じゃあ仕方ないな」

「何言ってるんですか先輩! どうしても人肌が恋しいならⅡ世さんと寝て下さい」

「私を巻き込むな!

 というかこんな所にいられるか! 私は男性用の部屋に戻るぞ!」

「あ、に、Ⅱ世さん待……いえ、これはこれでいいですね。先輩も男性用の部屋に帰りましょう!」

「え、マスターはこの部屋で寝てもいいのでは? 他の人を襲わないよう、私が隣でしっかり見張りをしますので」

「そうですね。私が反対側を固めれば万全です!」

「え!?」

 

 カーマとヒロインXXが怪しげなことを言い出したので、マシュはそちらに矛を向けざるを得なくなった。

 

「な、何言ってるんですかお2人とも。女性用の部屋に男性が泊まっていいわけが」

「それを貴女が言いますか? オケアノスでは毎日マスターと2人で寝て、お風呂も2人で入ってたくせに」

「んぐっ!? い、いえそれは私が生身の肉体を持ってるから仕方なくですね」

「でもマシュさん恥ずかしがってただけで嫌がってはいませんでしたよね? むしろ喜んでたのでは」

「よ、喜んでただなんてそんな」

 

 マシュはトマト並みに真っ赤になってうろたえたが、こうなっては敵方に援軍が来るのは必至である。

 

「なんだ、君もマスターのことが好きだったのか。なら素直にそう言えばいいのに」

「ち、違いますぅぅぅぅ!」

「ええー? ほんとにござるかぁ?」

「カーマさん変な煽りはやめてくださいっっっ!」

 

「―――というか貴女たち、人様の家でいつまで破廉恥な話をしているのですか。貴女たちこそこの部屋から出ていきなさい!!」

 

 そして結局、良識派のアルトリアとジャンヌにマシュとカーマとXXとメリュジーヌは部屋から叩き出されて、廊下で一晩過ごすことになったのだった。

 ―――マスター? むろん男性部屋(結界付き)である。

 

 

 



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第149話 大空洞

 翌朝、光己たちは予定通りカルデア本部に通信を入れて、現地サーヴァントを連れ帰れるかどうか訊ねていた。

 

「ん~~、どれどれ。うん、これくらいの乱れならちゃんと契約してればOKだね。

 人理修復に協力してくれて、諍いを起こさずにいてくれるなら歓迎だよ」

 

 ダ・ヴィンチの回答はメリュジーヌにとっては思わずガッツポーズを取ったほどの朗報だったが、タマモキャットの場合は支障があった。

 

「まさか新しい職場にオリジナルが先に侵入していたとはな!

 ここで会ったが百年目、天網恢恢疎にして漏らさず。悪が滅びる時が来た!

 ご主人、それにダ・ヴィンチとやら。そこな女狐は邪悪の権化。今すぐ解雇して代わりにアタシを雇うといいぞ」

 

 何しろカルデアにはすでに彼女のオリジナルがいたのだから。

 キャットとしてはせっかくの現界がたった数日で終わってしまうのはつまらないし、新しいご主人は新しい同僚(サーヴァント)たちに好かれていて性格も良さそうだから長期契約を承知したのだが、その新しい職場に怨敵がいたとあってやる気がさらにアップ!しているのだ。

 なおモルガンはバーサーカーであるキャットを雇うのは反対なのだが、彼女が作る食事は実に美味なので、その意見を今口には出さないというスタンスになっていた。

 

「誰が邪悪の権化ですか! そりゃまあ聖人君子を気取れるほど善良じゃありませんけど、マスターやカルデアの皆さんに害をなすほど腐ってはいませんよ」

 

 玉藻の前がこう反論すると、キャットはニヤリと笑った。

 

「ほほぅ、ならばアタシが監視しても問題はないな? だが安心するがいい。本来ならナインは顔を合わせたらその場で見敵必殺がジャスティスであるが、今はご主人とその仲間が巨大な仕事をしておる最中。特別に譲歩して、悪事を働かぬうちは1日あたり猫缶3個で勘弁してやろう」

「なんでワイロを贈るみたいなことしなきゃいけないんですかねぇ……。

 それに貴女の方が悪事を働かないという保証はあるんですか?」

「その発想はなかった! さてはオヌシ天才か!?

 ならば仕方ない、お互いに見張るということでどうか。

 これでご主人の安全対策は完璧だワン! 第三部完」

「何が第三部なのか分かりませんが、疲れたのでそれでいいです……。

 でもできるだけ現場組と留守番組で分かれましょうね」

 

 玉藻の前がごっつい疲れた感じのため息をつきながらもキャットの加入を認めたので、こちらも無事契約更新と相成った。

 その後は午前中は昨日同様光己とついでにマシュのトレーニング、午後はこれも昨日同様ショッピングで、玉藻の前への迷惑料及びキャットの餌付け用にお神酒と高級油揚げ、猫缶とニンジンを大量に購入していた。

 不公平にならぬよう、メリュジーヌへのプレゼントとしてスイーツも買っている。

 

「ふふふ、大奥王として甲斐性十分なところをまた見せつけてしまったな……。

 まあ降って湧いたあぶく銭みたいなものなんだけどさ。

 ……いや待て。ギルガメッシュから巻き上げたお宝は俺自身の甲斐性だから、これを売ったお金で買う分にはOKかな?」

「宝具の原典なんて神秘そのものの厄物品を軽い気持ちで換金しようとしないでくれ……」

 

 今イチどころかサンくらい認識が軽いマスターに、エルメロイⅡ世は疲れた口調で突っ込みを入れた。

 そんなどこぞの歴史的美女みたいなことをされると色々まずいのだ。

 

「そんなものですか?」

「ああ、前にも言ったが魔術師は神秘を隠匿するものなのでな。

 マスターは一般人だからそういう感覚はないだろうが、できれば配慮してほしい」

「うーん、Ⅱ世さんがそう言うならできるだけは」

 

 それでもこのマスターは話せばすぐ分かってくれるのでまだマシだったが。

 そして夕食の後は、アイリスフィールとセイバーの希望で1度大聖杯を見に行くことになった。ギルガメッシュが回収されているはずだから、これで大聖杯が汚染されているかどうか確認できるのだ。

 

「そうですね、それでは行ってみましょうか。

 ……っと、忘れるところだった。アイリスフィールさんにセイバーさん、記念写真とサイン下さいませんか?

 キャットとメリュジーヌにも念のため貰っておこうかな」

「……写真とサイン? まあ構わないけど……」

 

 というわけで光己がまたお宝を増やしてから、一同がアインツベルン城を出ようとしたところでジャンヌがサーヴァントを感知した。

 そちらに注意を向けつつしばらく待ってみると、サーヴァントは不意打ちは無理だと判断したらしく城内に乗り込んできた。

 

「少し目を離した隙にまた仲間を増やしたか。

 まったく厄介な連中だ」

 

 現れたのは3度目の正直になるエミヤだった。

 気配遮断や奇襲は無意味と悟ったらしく正面から堂々と姿を見せたが、これはカルデア側を舐めているのか、それとも今までは真の力を隠していたとかそういう類なのか……!?

 

「このまま好機を窺うだけでは埒があかない。

 聖杯戦争も大詰めだ。決着がつくより先に、どうあってもそこのホムンクルスは抹殺させてもらう」

 

 この発言を聞く限り、正解は締め切りが迫ったので一か八かということのようだ。

 Ⅱ世がアイリの前にかばうように立ち、まずは会話を試みる。

 

「やはり狙いは聖杯の器か。目的としては近しいようだが、手段においては相容れぬようだな」

「―――! Ⅱ世さん、敵対サーヴァント、来ます!」

 

 しかしエミヤは会話に応じる気はないらしく、武器を構えて戦闘態勢に入った。

 マシュも盾を出し、その後ろではモルガンがメリュジーヌに攻撃を命じる。

 

「メリュジーヌ、あれはおまえにとって相性有利だ。殺さぬ程度に痛めつけろ」

「はい!」

 

 メリュジーヌが王命に従って、例の慣性を無視した駆動でエミヤの横から斬りかかる。エミヤは速さが売りのサーヴァントだが、それ以上に速い上に「着名(ギフト)」により「無窮の武練」まで備えた敵は絶望的に相性が悪い。あっという間に叩き伏せられてしまった。

 そのまさに円卓最強の騎士を彷彿(ほうふつ)とさせる早業にアルトリアが冷や汗を流す。

 

「相性有利というか……不利な相手なんているんですか?」

 

 剣士や槍兵のような接近戦タイプは当然不利ではないし、弓兵や魔術師といった遠距離タイプはあの超スピードで懐に入りさえすれば勝てる。イスカンダルやダレイオス三世のような軍勢召喚タイプは上空に退避して時間切れまで待っていればいい。

 しいて挙げるなら、ジル・ド・レェなどの召喚した手下がずっと居座り続けるタイプだろうか。

 

「ちなみに着名を外すと武練も外れる代わりにビーム主体になるから、遠距離戦にも対応しているぞ。物理、魔術を問わず罠や呪い的なものには造詣がないが」

「罠は私も詳しくありませんねえ……」

 

 さすがに完全無欠ではないようだが、アルトリアにとっては慰めにはならなかった……。

 

「つ、強い……!?」

「よし、武装解除して捕縛だ!」

 

 カルデア新入りの強さを把握していなかったエミヤが倒れると、光己はすぐさま無力化を指示した。この辺は宇宙刑事であるヒロインXXが得意とするところで、ぱぱっとエミヤを強化ワイヤーで縛り上げ銃やナイフを奪い取る。

 

「銃とサバイバルナイフか……普通の物だったらお宝とはいえないけど、何か変な魔術がかかってる感じがするな。よし、後でダ・ヴィンチちゃんに解析してもらおう。没収!」

「ず、ずいぶん手慣れてるな!?」

 

 見ればこのマスター、現代日本人の未成年のくせに強盗的行為に躊躇いがない。エミヤは驚きつつも咎めてみたが、未成年氏はまったく気にかけなかった。

 

「え、問答無用で何度も襲ってきた奴を殺さないだけ有情でしょう?」

「それはそうだが、そういうことじゃなくてだな」

「諦めて下さいキリツグ。マスターは基本的には善良ですが、重度の財宝コレクターでもありますので」

「…………」

 

 アルトリアに割って入られてエミヤはわずかに口ごもった。

 この国大丈夫だろうか、とちょっと不安になったのだが、その辺りは「抑止の守護者」の業務範囲外なのでスルーすることにした。

 

「それで、おまえは何故僕の名を知っているんだ?」

「別の聖杯戦争で、生前の貴方のサーヴァントだったことがあるのです。

 その時の貴方は本気で世界平和を求めていました。もし今でもそうであるのなら、私たちと話し合う余地はあるはずです」

「……。まあ、虜囚になった身では何の発言権もないがな」

 

 エミヤはやや捨て鉢気味になっていたが、アルトリアの言い分を聞く意志はあるようだ。

 アルトリアはほっと息をついて、Ⅱ世にバトンタッチした。

 

「そもそも我々とおまえの闘争は不毛だ。お互いに得るところはない」

「得るところ? まるで僕の都合を完全に理解しているかのような言いぐさだ」

「おまえ個人に都合などあるまい。マスターなきサーヴァント。

 おまえは誰を利するために戦っているわけでもないのだからな。そうだろう? 抑止力の使者よ」

 

 Ⅱ世がそう言うと、エミヤは図星を突かれたという風に目をしばたたかせた。

 

「……どうして、その結論に至った?」

「我々は聖杯が原因になって起こる事件の専門家なのでな。ここ冬木の聖杯戦争の決着が世界の破滅に繋がることは先刻承知しているのだ。

 だから聖杯が呼ぶ7騎の枠の外で、しかも聖杯の器を優先的に殺そうとするサーヴァントの出自と目的くらいは簡単に推測できるというわけだ。むしろおまえがいる事そのものが、聖杯に異常があることの証拠だとも言えるな」

「……なるほどな」

 

 エミヤはⅡ世の推論を特に否定しなかった。

 

「そしてそうなった根本的な原因は貴女だ、アイリスフィール嬢。聖杯の器の担い手でありながらサーヴァントを統べるマスター」

「ええっ!? ど、どうして!?」

 

 いきなり諸悪の根源呼ばわりされたアイリスフィールが目を白黒させる。セイバーもちょっと剣呑な顔つきをした。

 

「前回までの聖杯戦争は話にならないレベルで、聖杯の完成にはほど遠かった。少なくとも『世界』の観点からすれば、干渉するほど火急の危機とは見なされなかったのだろう。

 しかし今回、アインツベルンは究極にして至高ともいえるホムンクルスを完成させた。

 マスターとして望みうる最強のスペック―――いやうちのマスターは例外として―――さらに最優のサーヴァントを従え、かつ小聖杯の優先権も手中にある。

 これはもはや勝ったも同然だ。そしてその勝利のもたらすものは……抑止力の発動原因となるに充分だった」

 

(そうでしょうか……?)

 

 アルトリアはギルガメッシュやイスカンダルを相手にして「勝ったも同然」と言い切るのはちょっと無理があるのではないかと思ったが、水をさすのは控えた。

 

「ちなみにカルデアが感知した聖杯の反応も、おそらくアイリスフィール嬢の魔術回路そのもの。

 ここまで完璧に仕上がったアインツベルンの成果なら、それはもはや疑似聖杯と呼んでも差し支えない代物だ」

「褒められてるのか貶されてるのか複雑だけれど……つまり抑止力は大聖杯が起動すると世界が滅びるのを感知して、それを防ぐためにエミヤを派遣して私を殺そうとした、というわけね?」

「その通りだ」

 

 アイリに睨まれてもエミヤには怯んだり恐れ入ったりする様子はなかった。

 人間性とか感情といったものがほとんど擦り切れてしまっているようにも見える。

 

「かく言う我々とて、他に方法がなければアイリスフィール嬢を殺そうとしていたかも知れん。

 だがそれをせず、しかも事態を根本的に解決することは可能なのだ」

「それは、このホムンクルスを破壊するよりも確実で容易な方法なのか?」

「2つの内1つは容易で、1つはまったくもって容易ではない……が、そこは逆に問わせてもらおうか英霊よ。

 おまえは容易でさえあれば手段を選ばないのか? このアイリスフィール嬢を是非ともその手で殺してみたい、と?」

「―――!?」

 

 するとエミヤは大いに驚き、10秒ほども口を半開きにして硬直した。

 今まで殺して解決することしか知らなかった、いやそれ以外の道はないと思考停止状態に陥っていた彼にとって、別の道を提示されたことは文字通り脳を揺すられるような衝撃だったのだ。

 

「分からない。考えもしなかった。是も非もないと観念していた。選択の余地などない、と。

 だが今、改めて選べと言われると……どうにも説明しがたい葛藤があるのは、事実だ。

 とりわけこのホムンクルスについては……別の手段があるというなら、それを探ってみたいとは思う。

 何故だろうな? こんな感覚は初めてだ」

 

(それはきっと、アイリスフィールと結婚していた世界の記憶が、心のどこかに息づいているからでしょうね)

 

 アルトリアはエミヤの述懐を聞いてそんな風に思ったが、無論それを口に出すほど無粋ではない。

 Ⅱ世もそれには触れず、別の言葉で語った。

 

「それはつまり、おまえにまだ人としての心が残っていた、ということさ。

 抑止力なんて装置の一部に成り果てるより前の、愚かしくも尊い魂が、な」

 

 こうしてエミヤもカルデア一行の仲間になったわけだが―――。

 

「ところでカルデアのマスター。和解して組むことになったのだから、僕の武器を返してくれないだろうか」

「え!? いやいや。1度分捕った戦利品をタダで返すなんて、人類史的に考えてあり得ないことじゃないかなと」

「あの、先輩。それはさすがに人としてどうかと……。

 それにほら、オケアノスではヘクトールさんに槍を返したじゃないですか」

「うーん、でもあの時はブラダマンテの気持ちに配慮したって面があったしなー」

 

 邪竜なマスターが彼に武器を返すのを渋ったのだった。

 

「あの、マスター。彼は本心から味方になったようですから、意地悪するのは良くないと私も思います」

「むうー、お姉ちゃんにまでそう言われちゃ仕方ないな。それじゃ代わりに写真とサイン下さい」

 

 まあ最後には聖女の祈りに屈服して、無事返還されたのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 大聖杯が具現する地である大空洞に向かう道すがら、ふとエミヤが光己に話しかけた。

 

「ところで君には何か妙な仲間意識のようなものを感じるな。抑止の守護者どころか、サーヴァントですらないというのに。

 共通点といえば、この時代の日本人ということくらいなのだが」

「んー、ああ、言われてみれば俺も感じますね。

 そういえば別の仕事場で沖田ちゃん……ああ、この子も貴方と同じ守護者なんですが、初めて会った時も何かビビッと来るものを感じましたし」

「なるほど、そういうことか」

 

 するとエミヤは得心のいったような、あるいは憐れむような顔をした。

 

「つまり君はこの時代を生きる人間の身でありながら、守護者が出張るような鉄火場に何度も赴いて解決してきたということか。

 それなら抑止力が後押しすることもあるだろう―――つまり君と僕は同じ穴のムジナということだ。

 しかしいくら助けてもらったとしても、死後まで売り渡すのはお勧めしない。そう、僕のように感情が枯れ果ててしまうハメになりたくなければな」

「…………はい」

 

 光己にはエミヤがどれだけの地獄絵図を見てきたのかは分からなかったが、彼が本気で忠告してくれていることは感じ取れた。ただ気の利いた返事は思いつかなかったので、彼の言葉を真剣に受け止めることで応える。

 そして大空洞―――最初に行った特異点Fでも大聖杯があった大きな洞窟にたどり着いた。

 

「大聖杯はこの奥だ。解体するか破壊するかは、現物を見てから決めればよかろう」

「ところでⅡ世さん、この奥に例の分裂アサシンらしき反応がたくさんありますが……」

「ふむ、我々の動向を偵知して先回りしていたか」

 

 ルーラーがいるとほぼ絶対に奇襲を受けないので、本当に重宝するクラスであった……。

 そのまま少し進んだ後、エミヤがすっと1歩前に出る。

 

「あの辺りか。気配遮断で隠れているが、闇に潜むのが得手なのはこちらも同じ。

 手の内はお互い見え透いているからな」

 

 エミヤがそう言いながら洞窟の一角に銃を向けて威嚇射撃をすると、発見されたのに気づいた分裂アサシンたちが物陰からわらわらと飛び出してきた。総勢100人ほどもいようか。

 

「おのれ……先手を防いだぐらいでいい気になるな!

 今度こそ貴様らに引導を渡してくれる!」

「多いな!?」

「こんなにいるとは思いませんでした!」

「気をつけろ。これまでの断片の連中とは一味違う。『残り全部』を総動員してきたのだろう。

 特にアイリスフィール嬢は用心してくれ」

 

 光己やマシュはびっくりしたが、Ⅱ世はいつものように冷静だった。

 そしてモルガンが素早く作戦を指示する。

 

「なるほど、我々が1番勝利に近いと見て全力で打倒しに来たということか。むしろ手間が省けるというものだな。

 マシュ、ギルガメッシュの時と同じシールドを張れ。メリュジーヌは少し戻って、逃げ出そうとする者を狩るのだ。

 向かってくるのは私が倒す」

「は、はい!」

 

 アイリスフィールを守るという観点でいえば、これが1番確実だった。

 分裂アサシンたちは短剣を投げたり長剣で斬りかかったりしてくるが、単体では弱いのでマシュのシールドには歯が立たない。むなしい努力をしている間に、モルガンの攻撃で全滅してしまった。

 一部逃げ出した者もいたが、当然メリュジーヌに捕捉されて倒されている。

 

「よし、終わったな。

 我が夫。この冬木に来てまだ4日目ではありますが、そろそろ私の有能ぶりが分かってきたのでは?」

 

 モルガンが妙に意欲的だったのは、夫へのアピールのためだったようだ。

 光己も事実を認めるのにはやぶさかではない。

 

「うん、確かに強かった……。

 しかもスタンドプレイだけじゃなくてマシュとのコンビはぴったりだし、護衛の騎士までついたしなあ」

「フフッ、そうでしょうとも。我が夫は正当な評価というものができる人のようで安心しました」

「マスター、私も手柄立てたよ!」

 

 するとメリュジーヌが子犬のような目でご褒美をおねだりしてきたので、とりあえず髪を撫でておいた。

 ―――この先にはサーヴァントも魔物の類もいないようなので、一行は安心して進める。ついに最深部、大聖杯がある広間のような場所にたどり着いた。

 

「ここは……特異点Fの時にも決戦の場所になった空間ですね。

 それにしても、この魔力は……」

 

 中央の丘の上から伝わってくるおぞましい雰囲気、あらゆるものに対する悪意と害意は子供でも分かるくらいに濃厚で明白なものだった。そうと見定めたⅡ世がアイリスフィールを顧みる。

 

「どうかねアインツベルン? ここまで来れば歴然だろう。大聖杯の放つ魔力が変質していると」

「……ええ、残念ながら。これは我々の悲願とする聖杯とは程遠い。

 なんて皮肉。ようやく勝利に手が届いた時には、既に勝ち取るべき悲願が潰えていたなんて……」

 

 アイリスフィールも当然のように理解して、悲しげにうなだれた。

 大聖杯が邪悪なモノに汚染されているのはもはや調べるまでもないことだが、しかしそんなものをただ無策に壊してしまっていいものだろうか?

 

「敗退したサーヴァントはまだ2騎……いや2騎にしては魔力量が多いような気もするが、ともかくアンリマユの覚醒には至っていない。

 中身が溢れ出たとしても、今はまだ指向性がない曖昧な呪いの塊だ。ここに揃った戦力だけで充分に対処できる」

「……いえ、待って下さい。外の方からサーヴァントが2騎、すごい勢いで接近してきています!

 この速さは徒歩でありません。何らかの乗り物を使っていると思います」

 

 Ⅱ世には勝算があるようだったが、やってくる闖入(ちんにゅう)者がそれを許してくれるかどうかはまだ分からない。

 

 

 




 なけなしの12+1回の最後の1回で水着カーマ来たーーー!
 やはり時代はカーマルートなのだろうか(ぉ
 それはそうといつの間にかお気に入りが2千超えて、投票者も100を超えました。ありがとうございます。




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第150話 征服王からの挑戦

 サーヴァントが高速の乗り物を使ってきたという時点で、候補者はほぼライダーに絞られる。

 しかし2騎とは。キャスター・セイバー・バーサーカー・ランサーはすでにカルデア側になっており、アーチャーとアサシンは退去した。数が合わないというか、もう該当者はいないはずではないか?

 

「いや、もう1騎いたな。街で会ったルーラーだ」

「なるほど。ライダーが昨日ああもあっさり退いたのは、ルーラーの存在を知っていて味方に引き入れるためだったのですね」

 

 エルメロイⅡ世の推測にアルトリアがそう応じた通り、雷鳴を響かせながら現れたイスカンダルの戦車(チャリオット)の隅っこには先日遭遇したルーラー・アムールが乗っていた。

 もちろんウェイバーも乗っている。窮屈そう、かつ少々ビビっているようだ。

 まあ敵の数を考えれば当然の反応であろう……。

 イスカンダルはいきなり吶喊はせず、まずは戦闘態勢に入ったカルデア一行から少し離れた所で戦車を止めた。

 

「おおう、良し良し。何とか間に合ったようだな」

「まさかまだ聖杯戦争を継続するつもりか?

 大聖杯が放つ呪詛に満ちた魔力が分からないのか?

 アレは貴方が求めていた願望機などではない! いい加減、騙されていたと気付け!」

 

 イスカンダルのいっそ暢気といってもいい口調に、Ⅱ世がぐわーっと噛みつく。

 しかし大方の想像通り、イスカンダルにはまったく効いた様子がなかった。

 

「うん? いやそんな事はどうでも良いのだ」

「いいのかよ!?」

 

 ウェイバーもこれには目が点である。ホントにこの男は何を考えて生きているのだろうか?

 

「うむ。それより昨日言った、聞きたいことの方がまずは先だな。

 騎士王が2人いる理由とか、どっちか分からんが余と問答した方の騎士王が妙に議論が強かった理由とかな」

「うーん、確かにそれは疑問だけどな。そもそもあいつら何者なんだよ!?」

 

 あのマスターは今は人間の姿だが昨日は天使か悪魔か戦闘機かよく分からない姿をしていたし、盾兵は普通のサーヴァントとはちょっと違う人間とサーヴァントが混じったような雰囲気だし、第一人数が多すぎる。どこの誰で何をしに来た連中なのか!?

 

「いや、その辺はどっちかというと二の次なんだがな」

「オマエなあ!?」

 

 ライダー陣営のやり取りはははたから見るとコントのようであった……。

 

「まぁ本命とばかり思っていた英雄王めがあの顛末だからな。次の一手をどうしたもんか、考えあぐねておったのだ」

「で、あいつらと戦うってわけか? まあ今となっちゃもう他に敵はいないけど」

「うむ。中でもあの眉間ジワの辛気臭い軍師、あいつが敵だ」

「え!?」

 

 唐突にメインターゲット扱いされたⅡ世が、さすがに泡喰って反論した。

 

「……どうしてそうなる? 利害関係には何一つ抵触していないだろう!」

「うむ、別に」

「こちらは貴方との衝突を避けるために細心の注意を払ってきたのだ! なのに何故!?」

「なんとなく貴様が気に食わん。唯それだけの話だよ」

「!!!???」

 

 理性派のⅡ世にとって、イスカンダルのこの反応は理解の外であった。子供じゃあるまいし、征服王ともあろう者が気分だけで戦争の行動方針を決めるとは。

 

「実際こいつらが何者なのかはまるきり分からん。

 しかし明らかにこいつらはこの戦いのルールの外にいる。それでいて積極的にこちらの戦いに干渉しようとしておる。

 その上ただの予測にしては不気味なほど的確すぎる先読み、余がしゃべることをあらかじめ知っておったのではないかと思うほどの素早い反論……。そう、まるでこの聖杯戦争を1度体験したことがあるかのようにな。

 ただひとつ間違いないのは……こいつらが我々の聖杯戦争を邪魔しに来ているという点だけだ。

 勝負の枠組みそのものを破壊しようなどと企んでいる連中は、敵よりさらにタチの悪い障害物であろう?」

「……ッ」

 

 こう言われてはⅡ世は返す言葉がない。唇を噛んで沈黙した。

 それにしてもこちらが「2回目」であることに考えが行くとは、やはり二つ名に恥じない頭脳だ。と状況は理解しつつ、つい唯一の主を脳内で称賛してしまうⅡ世であった。

 

「そういうわけでセイバー、ランサー、バーサーカー。そいつらに与する貴様らも今この時点より余の敵だ。よってルーラーと組んできた。実に明快であろう?」

「……ルーラーは基本的にどの陣営とも組む事はない。しかし聖杯戦争そのものを妨害する、しかも単騎では勝てないほど強大な敵がいるなら話は別ということか?」

「うむ。ルーラーも貴様たちと会ったことがあるようでな、話はすぐまとまったぞ」

「……むう」

 

 イスカンダルの動機は子供なのに思考力と行動力は大人すぎるほど大人というタチの悪さにⅡ世は低く唸った。

 

「まあそれはそれとしてだ。せっかく会話をしておるのだから余の疑問に答えてはもらえんか? 貴様たちの動きがただ頭が良いというレベルでない理由を」

「むう、こうなっては明かすしかないか……。

 あなたが推測した通りだ。私と『こちらの』騎士王は別の世界で、ここのとは少しだけ違う第4次聖杯戦争を体験したことがあるのだ。

 騎士王が議論に強かったのも、私の先読みが的確だったのもそのおかげだな。

 むろん、大聖杯が汚染されているのを知っていたのもだ」

「ほう、英霊になっても余の頭は錆びついていなかったようだな。

 しかしそちらの騎士王よ、なぜわざわざ問答に割り込むような真似をした? ぶっちゃけ必要のないことだったろうに」

 

 イスカンダルがそう言ってアルトリアに顔を向けると、少女騎士は薄く笑った。

 

「必要はなかったな。では逆に聞くが、貴様は必要のないことはしないのか?」

「ぶっははははははは! これはまた一本取られたな!

 確かに! 余の征服だってあそこまでする必要はなかった! それでもしたかったからした。貴様も割り込みたかったから割り込んだ。うむ、まことに人間らしい答えだな!

 貴様とはまた何か別のお題で問答したいところだが……ここではさすがに空気が悪いか」

 

 イスカンダルが痛快そうに大きく口を開けて笑う。よほどツボにはまったようだ。

 一方アルトリアは逆にちょっと頬をひきつらせた。

 

「アレを賭けて勝負するというのは、正直負けた方が勝ちな感じまであるからな……」

「まぁ王であっても人生ままならんことはあるものよ。これはまた次回にしよう。

 余がここに来た本来の目的は、貴様らの勝ち逃げを阻むことなのだからな。

 (しか)め面の軍師よ。この場所はむしろ、我らが雌雄を決する戦場には誂え向きの場所ではないか?」

 

 そして多少の回り道を経てようやくイスカンダルが本題に入った頃、蚊帳の外だったアムールはカーマと対峙していた。

 

「まさか部外者さんチームにも『愛の神』がいたなんて。これが私が裁定者として選ばれた理由、というか縁でしょうか?」

「そうですねー。愛の神で疑似サーヴァントでかぶっててとてもうっとうしいので、さっさと座に帰……いえそうするとまた聖杯に魔力が溜まるので、外に出て昼寝でもしててもらえませんか」

 

 お互い表面上は敬語調で話しているが、好意とか善意とかはまるで感じられないやり取りであった……。

 

「いえ、ルーラーとしてはそういうわけにも。先ほどライダーが言った通り、聖杯戦争の枠組みを破壊しようとする者を排除するのが私の役割ですから」

「あの濁り切った聖杯から出た指令なんて、ブッチしてしまっていいのでは?」

「それじゃ面白くな……もとい。人々のより()い生活のためには、多少の試練は必要ですから」

 

 実はアムールの依代となったこのカレンという少女は、敬虔なシスターでありながら、人々の苦しむ姿を見るのが大好きであり、自身の体が苦しむのも大好きという、SとMを併せ持つアレな性格をしているのだ。

 愛の神に選ばれただけあって全人類を等しく愛しており、その破滅などまったく望んではいないのだが、それはそれとして試練あっての人生であり、愛の鞭を振るうのは大変楽しいことなのだった。

 

「というわけで、お互い愛の矢を持つ身同士。どちらが真の愛の神か、弓矢で決めてみませんか?

 憐れになるほどの恋愛クソザコ……失礼、愛に飢えた子羊のカマちょさん」

「…………。最近幸せでしたが、久しぶりにイラついてしまいましたよ……。

 人数で負けてるから挑発してタイマンに持ち込もうって腹なんでしょうけど、お望み通り乗ってあげますよ。

 ただしマスターの方に流れ矢の1本でも飛ばしたら、私何するか分かりませんのでそこはご承知下さいね」

 

 カーマがその言葉通り心底イラついた顔でさとうきびの弓を構え、周りの人を巻き込まないよう宙に浮く。アムール、いやカレンも同様に白金色の弓を取り出すとともに空に舞った。

 

「じゃあいきますよ。どうにかなっちゃえー!」

「支配してあげましょう」

 

 こうして女神同士の空中戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

「……わけが、わからん。何故そうまでして我々に敵対する?」

 

 Ⅱ世にとっては納得どころか理解いたしがたい流れだったが、征服王にも彼なりの配慮らしきものは存在した。

 

「貴様、何やら先の因果の行く末を見通している様子だが、つまんないだろ? それ。

 だったらせめて余くらいは番狂わせを演じてやるしかなかろうよ」

「なんと?」

「いや何となく分かるんだよ。貴様は覇道の影を追い求める者。つまりはこの征服王と悦びの形を等しくする者。

 そういう奴はきちんと楽しませてやらんとな。王たる余の務めだ」

 

「楽しませる……? Ⅱ世さんを笑わせるために、我々の敵に?」

「「「えー……!?」」」

 

 メンタルパンピーなマシュや光己、ジャンヌオルタやアイリスフィールにはイスカンダルという稀代の豪傑の思考回路はやはり理解しがたいようだった……。

 

「まぁ何だ。何を背負い、何を賭けるにせよ。挑むとなれば楽しまずして何のための人生か。もっと熱くたぎるがいい、策士。その掛け金に我が覇道も積んでやる。さぁ、勝負だ」

「そこまでして……私が、矛を交えるに値する相手だと?」

「応さ。貴様がいったいどういう出自で、余とどんな縁故があるのかまでは知らぬがな。

 いま余の目の前におる男は、ぜひとも制覇せねば気が済まぬ猛者である」

「……はは、あはははッ、はっはっはっはッ!」

 

 それでも仕方ないので光己たちはⅡ世とイスカンダルの会話を拝聴していたが、不意にⅡ世が普段見せないちょっとマッドが入った顔つきで高笑いを始める。

 理詰めな彼にとって不可解な流れが続きすぎてついに知恵熱が出たか、などと光己は少し失礼なことを思ってしまったが、それはあながち外れでもなかった。

 

「済まない藤宮、我がマスターよ。これが一度かぎりの我侭だ。

 あいつと戦わせてくれ。使命も、世界の命運も、全てを忘れた上で……。

 あの男だけを見据えて、この私に、勝つか負けるかも分からない競り合いをやらせてくれ!」

(あー、そういえばⅡ世さんイスカンダルが唯一の主とかそんなんだったっけ)

 

 つまり尊敬している人に認められ挑戦されて闘志が最高にハイ!になったとかそんなところだろう。現場主任としては困ったものだが、これはもう応じるしかない。

 

「そりゃまあ戦闘不可避な状況ではありますが……。

 具体的にはどうするんですか? 一騎打ちじゃ勝てないと思いますけど」

 

 イスカンダルの戦闘スタイルはアルトリアからのリークですでに情報を共有しているが、神牛の戦車(チャリオット)と「王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)」を併用されてなお対抗できるのは、空を飛べて飛び道具も持っている光己、ヒロインXX、カーマ、モルガン、メリュジーヌの5人だけだろう。いやけっこう居るとは思うが、Ⅱ世1人ではまず勝てまい。

 

「ぐっ!? あ、ああ、確かにそうだな」

 

 マスターのいつも通りの(Ⅱ世的感覚では)ちょっと暢気な口調で訊ねられて、Ⅱ世はいくらか頭を冷やした。

 確かに今の言い方では一騎打ちを望んだと思われても仕方ない。しかしそれは彼が言う通り勝ち目ゼロだからマスターとしては許可できまいし、認めてくれたイスカンダルにも申し訳ない。

 逆に勝てばいいのなら光己が竜モードになって上空からブレスぶっぱしていれば済むのだが、幸か不幸かここの天井はアルビオンが飛び回れるほど高くはなかった。

 

「……マスターはセイバーと一緒に、アイリスフィール嬢の護衛に徹してほしい。

 それとマシュ嬢たちへの指揮権を貸してくれ」

 

 Ⅱ世はオルガマリーの補佐や特異点の調査が主な仕事なので、マスターを差し置いて他のサーヴァントたちに直接指揮できるほど親しくなっていない。要は彼に憑依している英霊と同じ軍師ポジなので、それをしたい時はトップの委任が要るのだった。

 ちょうど三国志演義の諸葛孔明の初陣で、彼が関羽や張飛を従わせるために劉備から剣と印綬を借りたようなものである。

 

「分かりました。それじゃマシュもみんなも、この戦いだけⅡ世さんの指示聞いてあげて。

 あー、でもエミヤさんはこういうノリ嫌いそうだな。じゃあ向こうの女神を見張っててもらうということで」

「…………ふむ、君はまだ若いのに察しがいいな」

 

 実際エミヤは「英雄」が嫌いなので、英雄ぽいノリに合わせて戦うのは面白くない。光己の依頼通り、あの性悪そうな女神の監視に向かった。

 本音をいえば今すぐ横からドカンといきたいのだが、女神と英雄はカテゴリが違うし、新入りがそこまで出張るのもよろしくない。カーマがピンチになるかアムールが一騎打ちの枠から外れる行為に及ぶまでは沈黙を保つことにした。

 

「よし、こちらの態勢は整ったぞ! 勝負だ征服王!!」

 

 Ⅱ世が珍しく気合いが入りまくった大声で叫ぶと、イスカンダルもそれ以上の野太い声で答えた。

 

「おう、やる気になったか!

 とはいえさすがの余も、騎士王を含むそれだけの人数を1人で相手するのはちと厳しい。

 最初から切り札を切らせてもらうとしよう!」

 

 イスカンダルが剣を高く掲げると、彼の足元が砂地になってどんどん周囲に広がっていく。

 ウェイバーとアイリスフィールは魔術師だけあってそれが「固有結界」といわれるものだとすぐ気づいたが、しかし魔術師でもないイスカンダルにそんなことができるはずがない。

 実際その通りで、これができるのは彼1人の力ではなく、彼の配下全員がこの景観を共有しているからに他ならない。

 砂煙の中から、無数の兵士が湧き出るように現れる。

 

「こいつら……一騎一騎がサーヴァントだ……!」

 

 ウェイバーが信じがたげに呟くのを尻目に、馬にまたがったイスカンダルが得意げに彼らの紹介を始める。

 

「見よ! 我が無双の軍勢を!!

 肉体は滅び、その魂は英霊として『世界』に召し上げられ、それでもなお余に忠義する伝説の勇者たち!

 時空を超えて我が召喚に応じる永遠の朋友たち!

 彼らとの絆こそ我が至宝! 我が王道! イスカンダルたる余が誇る最強の宝具――『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』なり!!」

 

 固有結界の展開とともにイスカンダルと光己たちはだいぶ間合いが広がっていたが、それでも彼の声は空気がビリビリ震えるほどの力感を持って光己たちに届いた。

 

「王とはッ! 誰よりも鮮烈に生き、諸人を魅せる姿を指す言葉!

 すべての勇者の羨望を束ね、その道標として立つ者こそが、王。故に―――!

 王は孤高にあらず!! その偉志は、すべての臣民の志の総算たるが故に!」

「「「然り!! 然り!! 然り!!」」」

 

「……うーん、ほんとにすごいな。そういえばネロ帝の兵士もこんな感じだったっけ」

 

 兵士たちがイスカンダルの言葉に全面的に同意している様子を見て、光己はローマで会ったネロの配下の兵士たちのことを思い出していた。

 ただローマでは似たような宝具を何度も見ていたので、そこまで畏怖したり、逆に感動したりはしなかった。

 

「でもその絆や王道とやらでやることは結局ヒャッハーなんだよな。

 1人殺せば犯罪者、100万人殺せば英雄っていうけどこういうことか。萎えるー。

 まあ今回はⅡ世さんが超やる気なんだから任せとくか」

 

 ついでにやっぱりイスカンダルとの相性はよろしくないようだった。

 

 

 




 AZOの次はどうするか、所長の出番と、ロンドンにモルガン&アルトリアを行かせるための順番調整を兼ねてレムレム特異点……カルデアのカレンダーはちょうど1月1日ですし、150話記念のお風呂イベントもやれそうな閻魔亭なんかいいかも。あそこなら鯖が勝手に行けてもおかしくないですし、タマモキャットが加入して料理要員も揃いましたし。
 プレイした時はラスボスが性格悪すぎてちょっと引きましたが、ここのカルデアなら面倒な段取り組まなくても、宇宙刑事がいますから詐欺の疑いで逮捕からの自白剤ぶっこみですぐケリつきますし。
 でも他にもツッコミ所はあったんですよねー。騎士道一途なディルムッドがお供え物を盗み食いするのはギャグだとしても、それの連座で豚化だの半強制労働だのはアレですし、何よりも閻魔を名乗る者が詐欺師に騙されてどうするのという(マジレス)。




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第151話 掛け金全乗せ

 女神同士の戦いはほぼ互角であった。

 カーマが桃色に輝く光の矢を放つと、カレンも同様の矢を射って打ち落とす。カレンが手を止めずに2射目を放つと、カーマは横に移動して避けた。

 両者とも弓術の専門家というわけではないのだが、そこは神霊だけあって生半可なアーチャーをしのぐ技量だった。

 

「じゃあこれでどうです!?」

 

 カーマが今度は空中で10本ほどにも分裂する矢を射る。カレンにはこの芸当はできないので、代わりに急加速して逃げながら大きな筒のようなものを取り出し、そこからピンク色のハート型のエネルギー塊っぽい物をいくつも発射した。

 筒も塊も見た目はファンシーだが、実体は大砲と砲弾である。カーマは特に驚きもせず、また分裂する矢を射ってすべて爆破した。

 

「弓矢で決めてみませんか、とか言っておいて何ですかその妙ちきりんな武器は。負けを認めるのなら帰ってもらってもいいですよ? 追い討ちは……しますけど」

「いえいえ、これも『矢弾』を撃つ装置ですから立派な弓ですよ。それより貴女の方こそ、愛の神とは思えない殺伐とした言い草ですね?」

「愛の神は休業中ですから。今は愛を与える仕事じゃなくて、愛を受け取るプライベートの最中なんですよ。

 ところで先ほど私をコケにしてくれましたけど、貴女には愛を与えてくれる人はいるんですか? 思い出とかじゃなくて、今現在ですよ」

「主からの愛ならばこの身から溢れるほどに」

「へーほーふーん」

 

 容赦なく矢を射ち合いつつ、舌戦も止めない女神2柱。ただカレンは頭や心臓といった急所を平気で狙っているのに対し、カーマはそこは外さないといけないのでだんだん劣勢になってきた。

 

(うーん、このままじゃマズいですね……っと、アレは何ですか!?)

 

 不意に前方の一点が砂地になったと思ったら、それがどんどん広がっていくとともに上空まで空気の感触が変わっていく。これは人間の魔術師が使う「固有結界」とかいう高等魔術ではあるまいか。

 さらには古代の兵士まで湧き出てきたから、多分アルトリアが言っていた「王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)」が開帳されたのだろう。

 

「あの兵士が割り込んできたら面倒ですね。距離を取りましょう」

 

 今は「結界」に取り込まれたからかカルデア側とイスカンダル軍はかなり距離が開いているが、すぐに接近戦になるだろうから離れるべきだ。そう判断したカーマはいったん後方に下がって仕切り直しにしようとしたが、当然カレンはそれを許さず追いかける。

 

「ちっ、しつこいですねえ!?」

「愛は追いかけるものですから♪」

 

 カレンが極太の光の矢を射る。カーマは何とか避けたが、余波でちょっと肌が焦げた。

 

「痛たたたたっ!?」

「さらにおまけです!」

 

 次に来たのは普通サイズの矢だったが、避けたはずのそれはカーマの後ろでUターンして背中に炸裂した。

 

「がふッ!?」

「そちらの事情は分かっていますが、こちらも人数が少ないのですから加減はしません。そーれ!」

 

 痛みで咳き込んで動きが止まったカーマの正面に、次は大量のハート弾が迫る。あわてて顔だけは腕でかばったが、それ以外の場所にはまともに着弾して桃色の爆光がきらめいた。

 

「うぐぐぐぐ……っ」

 

 痛い。ずいぶんケガをしたようだ。

 対等の条件ならともかく、ハンディがあってはやはり不利は否めなかった。魔力供給量的な面でも、こちらのマスターは普通の魔術師よりずっと多いが、相手は聖杯に直接招かれたサーヴァントだから良くて互角なわけだし。

 しかしカーマは逃げようとはしなかった。

 

「ざっけんじゃねえですよ……!

 こちとら本気で第二の神生やってるんです。試練だか愉悦だか知りませんが、ウエメセで遊んでるクソ女に負けてたまるものですか」

 

 まして彼の前でそんな無様はさらせないし、その無様の結果彼が愛の矢を射られるようなハメになったら憤死してもまだ足りない。

 

「後悔しなさい。私の本気、見せてあげます!」

「―――!?」

 

 カレンはチャンスを逃さずとどめまで持っていこうと次の一矢をつがえたが、その直前に敵の姿と気配が大きく変わったせいで一瞬遅れる。それでもすぐに放ったが、その光の矢はカーマが手に持った大きなリング型の物体、おそらくはインドのチャクラムと呼ばれる武器でブロックされた。

 

「!? そ、その姿は」

 

 カレンがびっくりして思わず目をこすったのも無理はない。普通のサーヴァントは霊衣を替えても本人の姿や能力や主要武器は変わらないものなのに、カーマはいまや10歳ほども成長したばかりか、明らかに雰囲気が「魔」寄りになった上にとても破廉恥な格好をしていたのだ。

 首に巻いた襟から下に伸びている紫色の長い帯?が何本かある他は、胸と局部を蒼い炎で覆っているだけという、シスターとして見過ごせない露出過多にカレンはつい突っ込みを入れてしまった。

 

「そこまで脱いで恥ずかしくないんですか?」

「平気ですよ。今の私は季節外れの魔王ですから」

「魔王!?」

 

 カレンが驚いている間に、カーマはチャクラムをぶん投げてきた。蒼い炎をまとって、高速回転しながらカレンの身体を両断する勢いで飛んでくる。

 

「ちょ、まさか殺しに来たんですか!?」

「さて、どうでしょうねぇ!?」

「くっ!」

 

 カレンはギリギリで回避したが、その先に伸びてきた例の帯に両腕を強打され、しかも巻きつかれて動きを制限されてしまった。

 その隙にカーマは目の前まで接近してきており、その両手のひらがカレンの頭をはさむように伸ばされる。

 

「現界経験の差を思い知りなさい! 必殺『魔王掌』!!」

 

 これはこの姿での宝具「恋もて堕とすは愛果てなり(マーラ・シューニャター)」の対単体版とでもいうべきもので、両手のひらの間で敵の頭をバスケットボールのドリブルのように連打・往復させつつ、蒼い炎をその手のひらの間の狭い空間≒敵の頭部だけに展開するというものである。

 全力でやれば対象の頭部は焼け砕けるが、手加減すれば火傷と脳震盪くらいに収まるだろう。

 わざわざ対単体版にしたのはこれが一撃必殺系の技であることに加えて、対全体版より小規模なので魔力消費が少ないからだ。マーラパワーを高めると人類悪に近づいて強くなる―――権能は奪われたままだから、あくまでいくらか強くなる程度だが―――代わりに消耗も激しいので、ケガしていることもあって省エネを心がけたわけである。

 

「~~~きゅぅ」

「これが魔王の力です。いえ、私とマスターの絆の勝利と言っておきましょうか」

 

 カーマは気絶して墜落していくカレンの襟首をつかんで確保すると、誇らしげに勝利宣言したのだった。

 

 

 

 

 

 

 一方地上では「王の軍勢」の両翼の騎兵部隊が動き出し、カルデア一行を包囲しようとしていた。個々の兵士はサーヴァントとはいえ強さは生前と変わらないが、何しろ数が万単位なので囲まれたら面倒なことになるだろう。いや彼ら自身より、彼らを相手している間に神牛の戦車(チャリオット)に空から突撃されるのがなお危険である。

 

「マシュ嬢、宝具を! 我々を囲むように展開するんだ」

「はい! 『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』!!」

 

 エルメロイⅡ世の指示通り、彼らを囲む形で10メートル四方ほどの広さのキャメロット城の幻像が出現する。これで「王の軍勢」の主力の重装歩兵と騎兵を無力化できた。

 残るは少数の投槍兵と投石機と破城槌だが、彼らが短時間でキャメロット城の城壁を破るのは無理だろう。

 あとは城壁の上から、イスカンダル本人の突撃を警戒しつつ(ほぼ)一方的に兵士を攻撃していればいい。

 

「おお、何だあの壮麗な城は!? あれがマシュとやらの宝具か!?」

「確かにこう、芸術品みたいな風格を感じるな。あれがアーサー王の城なのか……」

 

 イスカンダルもウェイバーも、どういうわけかマシュの宝具がキャメロット城を建てるものと知っていたようだ……。

 

「しかしあれは固そうだぞ。歩兵と騎兵は下げるしかないか」

 

 イスカンダルの「王の軍勢」は彼個人の負担は少なめとはいえ、ずっと出していられるわけではない。あの城も永続的なものではないだろうが、こちらの方が長時間保つという確信がない以上、全軍一時撤退して睨み合いという策は使えない。

 

「そもそもそんな引っ込み思案な作戦じゃ、あの(しか)め面軍師もつまらんだろうからな!

 あいつが城を建てたというなら、ガンガン攻めてやるのがケンカ売った側の義務ってもんだろうて!」

「だから何でオマエはいつも感覚優先なんだよォ!?」

 

 しかも方針そのものは理性的に考えても特に間違ってはいないのがなおさら腹立たしい。ウェイバーの憤懣は天元突破寸前であった。

 ―――それはともかく。司令官が転進を命じても、1度動き出した軍隊というのはそう簡単に方向転換できるものではない。密集隊形を組んでいる歩兵(ファランクス)ともなれば尚更だ。

 逆にⅡ世はそれを知っているからこそ、イスカンダル軍がある程度動き出してから城を建てたわけで。敵軍が渋滞している隙を逃すほど悠長でも慈悲深くもなかった。

 

「よし、今だ! みんな総攻撃を!」

「ええ!」

 

 Ⅱ世の指示に応じて、城壁の上から火炎や濁流やビーム弾、果てはオムライス型爆弾といった魔術的だったりSF的だったり奇天烈だったりする攻撃が雨あられと降り注ぐ。

 マスターの魔力量がケタ違いの上、彼は今現在も悪魔の翼を出して周囲の魔力、すなわち固有結界の空間中の魔力を派手に吸い取っているのでモルガンたちはガス欠の心配をすることなく攻撃を続けることができていた。

 

「むう、連中なかなかやるではないか!

 それに心なしか、固有結界の維持が普段よりキツいような……?」

「あの天使か悪魔か分からないマスターだ! アイツ多分、この空間自体の魔力を吸収してる」

 

 恐ろしい勢いで戦死者が増えていくのを見てイスカンダルとウェイバーはさすがにあせった様子を見せたが、その分析は極めて正確であった。

 

「なるほど、あの男まだ若いのにそんな芸当までできるのか。

 当然サーヴァントが守りを固めておるから投げ槍や石は届くまいな……そうなると余自身が行くしかないわけだが」

 

 ただそのタイミングは慎重に計る必要がある。騎士王2人と旗を持った娘が攻撃に参加していないのは、こちらの吶喊を迎撃するために違いないのだから。

 少なくとも、攻城兵器で城にある程度ダメージを与えて3人の気をそらしてからでなければマスター撃破は難しい。

 ―――やがて多大な被害を出しながらも前衛と後衛の入れ替えが完了する。投石機が城壁とその上のサーヴァントたちめがけて大きな石を投げ始め、破城槌が城門を乱打する激しい音が響き出す。

 しかしキャメロットの城壁はマシュの心が折れない限り決して砕けない不壊の守りだ。先輩は()()守る、という意固地なまでの信念は征服王の精鋭たちをもせき止めるに十分な堅固さを持っていた。

 

「うおおおおおお! たとえ何万人が攻め寄せようとも、この壁は絶対に壊させません!

 マシュ・キリエライト、全力防御し続けます!!」

「その意気だ! 皆は攻城部隊、特に投石機に攻撃を集中するんだ」

 

 マシュがこの調子なら、破城槌は恐れるに足りない。それより投石機が投げる大石が何かの間違いでアイリスフィールに当たってしまう可能性の方がまだ高いとⅡ世は判断したわけである。

 この作戦により、目立つ上に動きも遅い投石機部隊はあっという間に全滅してしまった。これでアイリスフィールの安全はほぼ確保できたと思われたが、逆にイスカンダルはついにみずから最前線に乗り込む決意を固める。

 

「まさか余の近衛兵団がここまで攻めあぐねるとは大したものだ、世界は広いな!

 そしてそんな強者どもと直接矛を交えられるとは……うむ、だからこそ人生は面白い!」

 

 ただ空を飛んで突撃するのにウェイバーを連れていくと高確率で死んでしまう。どうしたものか?

 

「うん、まあ、置いていくべきだわな。

 仮に首尾よくあのマスターを討ち取ったとして、坊主もやられてしまっては相打ちだ」

「あ、ああ……一緒に行っても足手まといにしかならないよな」

 

 古代の戦車にシートベルトなんて気の利いたものはない。戦車が空中で急カーブあるいは急ブレーキでもしようものなら、ウェイバーは間違いなく放り出されてしまう。その後は墜落死、あるいは敵サーヴァントに捕まって殺されるだけだろう。

 つまり同行したらイスカンダルの機動力を削ぐことにしかならないわけで、最後の攻撃についていけないのは残念だが諦めるしかなかった。

 

「だからせめて掛け金を追加してやるよ!

 令呪3画を以て命じる。ライダー、あいつら全員まとめて蹂躙制覇しろ!!」

「おお!?」

 

 まさか万が一のための絶対命令権をまとめて寄こすとは。その大盤振る舞いにさすがのイスカンダルもちょっと驚いた。

 

「こりゃすごい力だ! しかしそれ以上に、貴様の心意気が心地いいぞ!

 これは余も全力で応えねばなるまいな」

「ああ、行ってこい!」

 

 戦車が離陸し、まず少し旋回して勢いをつけてから城に突き進む。

 ただし一直線にではなく、ジグザグに曲がりながらだ。それを見たアルトリアがハッと青ざめて周りに注意を促す。

 

「あれは私の宝具を警戒している……!? そうか、アムールに私たちの宝具の内容を聞いたんですね!!」

 

 イスカンダルが単に光己を討ち取りたいだけなら、全速力で突っ込んでくるのが1番手っ取り早い。しかしそれでは「約束された勝利の剣(エクスカリバー)」で迎撃されるのを知っているので、ああして狙いをつけづらくしているのだ。

 しかも遠目に見るだけでも分かる異常なほどの魔力の猛り、おそらく令呪を全部使ってもらったのだろう。

 

「ううむ、さすがは征服王。豪放そのものに見えてソツがないな。マスター!」

 

 Ⅱ世が例によって主君を褒めつつ、ちょっとダウナー気味のマスターに発破をかける。むろん光己も事ここに至っては萎えてなんていられない。

 

「分かってますよ。世界の運命と王様の覇道に、マスターの令呪まで全ツッパしてきたんですから―――そう、こっちもレイズだ!!」

 

 光己が顔を上げ、ジャンヌに右手をかざす。

 

「令呪5画を以て命じる。お姉ちゃん、イスカンダルをはね飛ばせ!!」

「は、はい!」

 

 あわてて頷いたジャンヌだが、令呪5画分という空前絶後の魔力量はA級サーヴァントの彼女にとっても身体がはじけそうな密度だった。大急ぎで宝具を開帳して体外に放出する。

 

「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ! 『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』!!」

 

 ジャンヌの周囲に今までにない強さの、もはや見るのもつらいほど眩く輝く結界が展開された。ついで光己がジャンヌを後ろから抱きかかえ、2人でイスカンダルめがけて飛び上がる。

 

「おおっ!? 令呪5画とか聞こえたが、あの様子ならあながち嘘でもなさそうだな。

 しかも自分から突っ込んでくるとは、これを避けたら征服王の名にかかわるよなあ!?」

 

 むろんここで2人を避けるために急カーブなんてしようものなら、その減速している隙に聖剣ぶっぱ2連発を喰らいかねないという冷静な計算もあったわけだが、それと感性で出した答えが一致するといういつも通りの征服王ムーブであった。

 

「では征くぞ、遥か万里の彼方まで! 『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』!!」

 

 イスカンダルが令呪3画の魔力を全開放して戦車の真名を開帳する。いきなり急加速して、まっすぐに光己とジャンヌめがけて爆走した。

 

 

 ―――赫ッ!!

 

 

 合わせて令呪8画分という誰にとっても想定外な魔力が正面衝突し、空間自体が軋んでひび割れるような耳障りな轟音が響き渡る。

 周りに広がった衝撃の余波もすさまじく、立っていられたのはサーヴァントたちだけで、城の外の兵士たちはみんな転倒どころか地べたに押しつけられて動くことすらできなかった。

 

「くうううううううううう!」

「ぬああああああああああ!」

 

 ジャンヌとイスカンダルが膨大な魔力の圧迫に顔をしかめつつも、互いに相手を打ちのめそうと鎬を削る。

 ただジャンヌの結界の先端部は単なる光のフィールドだが、イスカンダルの戦車の先端は(牛の間の仕切り棒を除けば)神牛2頭の鼻なので、両者が受けるダメージは違っていた。

 神牛はすでに顔が潰れ頭蓋もひび割れていたが、それでもなお前進を止めない。

 

「すまんなゼウスの仔らよ。だがこれが大一番ゆえ、最後の最後まで駆けてくれ!」

「■■■■■■■■■ーーー!!」

 

 神牛はおそらく了承の(いなな)きを発しようとしたのだろうが、口も潰れていたので、出たのは空気を吐き出すかすれた音だけだった。

 

「うわわわわ、これはとんでもない……!」

 

 一方光己は全乗せしてついてきたはいいものの、予想以上の力の奔流をこらえるのが精一杯でジャンヌを手伝う余裕など全くなかった。ただ彼女が勝つことを心の中で祈り続ける。

 ―――それはとても長い時間に思えたが、実際は10秒程度のことだったろう。神牛2頭がついに息絶え、推進力を失った戦車が城の内側に墜落する。

 当然征服王を討ち取るチャンスだ。アルトリアも城壁の上から飛び下りた。

 ただイスカンダル自身はすぐ立ち上がっており、しかも身体にはまだ令呪の魔力が残っているように見える。アルトリアはいきなりは斬りつけず、まず牽制を放った。

 

風王鉄槌(ストライク・エア)!」

 

 聖剣を見えなくするためにまとわせている風の塊を投げつける飛び道具である。イスカンダルは「キュプリオトの剣」という名剣を持っているがそうした武器で防げるものではなく、吹き飛ばされて城壁に背中を打ちつけた。

 

「ぐっ! ……なるほど、それが貴様の剣の真の姿か!」

 

 しかしイスカンダルはすぐ体勢を立て直すと、いまやその全容を衆目にさらした聖剣の美しさに感嘆の声をあげた。まだそのくらいの余裕はあるようだ。

 

「そうだ征服王! この剣で退去となることを誇りに思うがいい」

「面白い、受けて立とう!」

 

 そう言って剣を構えたイスカンダルに、アルトリアが聖剣の真名を開帳しつつ躍りかかる。

 

「いくぞ! 『約束された(エクス)―――」

「……何!?」

 

 その動きにイスカンダルが不審げに目を細める。確か彼女の宝具はビームを撃つものではなかったか?

 実際その通りである。ただ光を遠くに放出せず、刀身に残したまま斬撃用の刃として使うこともできるというだけだ。

 

「―――勝利の剣(カリバー)』ッッ!!」

 

 アルトリアが輝く聖剣で袈裟懸けに斬りつける。イスカンダルは戸惑いつつも剣で受けたが、真名開帳した一撃には耐えられず折れてしまう。

 聖剣の刃がイスカンダルの右肩から左腰まで切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 致命傷を受け、退去寸前となったイスカンダルの前にⅡ世が駆け寄る。

 それに気づいたイスカンダルが顔を向けて、彼を称えるかのように笑みを浮かべた。

 

「ぐッ……見事だ……フフフ、これはしてやられたわい」

「……私自身の力によるものではない。皆の助けあってのことだ。

 結局、私は自分の力では、貴方に及ぶことなど……」

 

 主君の称賛もⅡ世にとってはあまり喜ばしいものではなかったようだが、そんな彼にイスカンダルはさらに言葉を重ねた。

 

「ハハ、ばかもん。

 覇道を拓くのに、揮う力が誰のものかなんぞ関係ないわ。

 それをいかに御し、導くか……肝要なのはそっちだ。

 余の『王の軍勢』を目の当たりにしたのなら、その程度は悟れよな。この唐変木め」

「ライダー……」

「……さて、どうやらここまでか。いやぁ、いい戦だった。

 済まんな坊主、余は、ここまでのようだ……」

 

 最後にそう言い終えると、イスカンダルは光の粒子となって消えていった。

 

 

 



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第152話 AZOエピローグ

 イスカンダルが退去すると、残っていた兵士も退去し固有結界も解除された。砂漠の景色が消え、もとの静かだがおぞましい魔力に満ちた洞窟の風景が戻ってくる。

 マシュが宝具を解除して城壁を消すと、ウェイバーはそのすぐ向こうに立っていた。セイバー陣営のマスターを殺す作戦に協力したからか、死ぬ覚悟を決めているように見える。

 

「いや、おまえを殺す気はないぞ。これから大聖杯を始末するから、後学のために見ていくといい」

 

 しかし当然ながらエルメロイⅡ世はウェイバーを殺す気はない。彼を1人でここから帰すのも何なのでこう言って引き留めたが、するとウェイバーは不思議そうな顔をした。

 

「いいのか? そっちのマスターは一歩間違ったらライダーに殺されるところだったのに、怒ってないのか?」

「そりゃまあ多少は怒っているだろうが、心配するな。後で私がなだめておく」

「……? 何でオマエが僕をかばうんだ?」

 

 下水道で会った時は一方的に罵ってきたのに、なぜ今日は助けるのだろう。ウェイバー視点で見れば実に不可解な態度といえた。

 

「…………それは秘密だ。いずれ私と同じくらいの歳になれば分かるだろう」

「……」

 

 そう言われてもウェイバーにはまだよく分からなかったが、かばってくれるのだからあまり強くは迫れない。とりあえず彼を追及するのは止めた。

 

「―――というかあのマスター、僕のことなんか完全にアウトオブ眼中で、歯牙にもかけてないような気がするんだけど……」

「まあ、征服王と比べたらおまえの存在感なんて無いも同然だからな。全部あいつの采配だと思ってるんだろうさ。

 しかしそのおかげで矛先を向けられずに済むんだから、むしろ幸運じゃないか」

「そりゃそうなんだけどさ……」

 

 あの常識外のマスターに首謀者扱いされて仕返しにぶん殴られるよりは、スルーされている方がマシである。確かにその通りなのだが、それを全面的に受け入れるのもまた悔しい微妙な男心なのだった。

 一方そのマスターはちゃっかり抱きしめたままの聖女様のカラダの柔らかい感触と、長い髪から漂ういい匂いに酔いしれて、手が勝手に彼女の豊かな乳房の方に移動しようとしていた。しかし聖女様がその手の甲を軽くつねったので正気に戻った!して彼女の後ろから離れる。

 

「弟君、お姉ちゃんにおいたするのはダメですよ」

 

 ジャンヌはルーラークラスだと姉ムーブは比較的少なめなのだが、今回はそっちの方が効果的だと思ったのか思い切りお姉ちゃんぶってお説教した。光己は反省しているのか、殊勝にも頭を下げて従順にお説教を聞いている。

 2人ともついさっきまでかの征服王と死闘を演じていたとは思えない姿だが、まあこれも実戦に慣れてきた証拠だろう。

 

「そうですよー、おいたしたいなら私にすればいいんです」

 

 そこに上からカーマがカレンの襟首をつかんだまま降りてきた。大人の姿は燃費が良くないからか、元の子供の姿に戻っている。

 

「おお、カーマ無事で良……いやケガだらけじゃないか。ちょっと待って、今すぐ治すから。XXはこの子縛っておいて」

「はーい」

 

 ヒロインXXがカレンを強化ワイヤーで縛っている間に光己は礼装の「応急手当」でカーマの傷を治療していたが、その最中にカーマが光己の顔を見上げて訊ねた。

 

「ところでマスター、私が変身したの見ました?」

「ああ、見た見た。ヤバいくらい美人で色っぽくて最高だったけど宝具か何かなの?」

 

 カーマがすぐ元の姿に戻ったことからそんなところだろうと光己は当たりをつけたのだが、少女の答えはまったく違ったものだった。

 

「フフッ。マスターが喜んでくれたのは嬉しいですが、その推測は大外れですよ。

 何と私は、いつでも自由に容姿を変えることができるのです!

 そう、たとえばこんな感じに」

 

 ちょうどケガの治療が終わったところで、カーマが今度は光己と同じ17歳くらいの姿に変身する。光己のストライクゾーンぴったりの超美少女なのはもちろん、精神面も17歳相当になっているようだった。

 それは良かったがスカートを穿いていないので、パンツとおぼしき金色の装身具が見えているし、くるっと回れ右して後ろ姿を見せてくれたのもいいが、背中が丸出しでお尻を隠しているのは紫色の小さなパンツと縦長の薄い帯?が2枚だけというサービスぶりである。

 

「さすがにそれはまずいだろ!? そのカッコは俺以外の男がいるところでは禁止!」

 

 思春期男子のエゴイズム全開の要求だったが、カーマはむしろ機嫌良くそれに応じて最初の姿に戻った。

 

「はーい。私はご主人様(マスター)愛の奴隷(サーヴァント)ですから、ご命令には従いますね♪

 でもこうなったら、マスターは私を今すぐ正室にしたくなってきたんじゃないですか?」

「ほむ?」

 

 カーマが胸板にしなだれかかりながら鼻にかかった声で訊ねてきたのを聞いて、光己は軽く首をひねった。

 なるほど彼女がロリでなくなったのなら、正室にするのを拒む強い理由はない。愛の神で魔王で元人類悪というのはまさに圧倒的ステータスである。

 

「でもカーマ、本当に正室になりたいの? 正室って側室のまとめ役もやるんだけど」

「……へ?」

 

 その時光己は、カーマのオーラが穴を開けられた風船のようにしぼんでいくのを確かに感じた。

 

「…………。私、そういうのいいですから。そういうめんどくさいのはモルガンさんみたいな王様気質の人がやればいいと思いますよ?

 私はこう、家の都合で結婚した正室より、殿様自身が選んだ()()()()()()お妾さんとか、そういうポジでいいですから。あんまり難しいこと考えずに、気楽にゆるーくお付き合いするのが私の好みです」

「お、おう」

 

 光己が困り顔しつつもとりあえず首を縦に振ると、カーマは「はーやれやれ」と疲れたため息をつきながら光己の胸板から離れた。

 まあ不向きなことを無理にやっても自分も周りも不幸になるだけなので、賢明といえば賢明な判断かも知れない。

 

「ところで変身なんてすごいことできるんなら、何で今までやらなかったの?」

 

 その当然の疑問に思い至った光己がストレートに訊ねると、少女はふふんと鼻で笑うような仕草をした。

 

「それはもう、子供の姿でいる方がみんな甘やかしてくれるからに決まってるじゃないですか。

 まあバレちゃったからには仕方ありませんので、これからは時々大人の姿になって遊んであげますけど、子供の姿の時は今まで通り甘やかして下さいね。

 中身もだいたい見た目通りになりますから」

 

 普通の人間でもたとえば会社にいる時は社員の顔、家にいる時は父や母の顔、友人と会う時はその友人に合わせた顔を使い分ける。まして愛を与える神なら、その100倍くらい器用にペルソナを使い分け、いやペルソナそのものになって当然というわけだ。

 

「なるほど、それはそうだな……って、それだと素のカーマはどんな感じなの?」

「それはもう、こうしてマスターとお話してる今の姿ですよ。愛の神は休業中っていつも言ってるじゃないですか」

「そっか、なら良かった。変な負担かけたくないからな」

「えへー」

 

 こんなワガママでヒネクレた本音を言っても当然のように受け入れてくれるばかりか、こちらの心配までしてくれるなんて。

 カーマはすっかり嬉しくなって、また光己の胸元に頬をすりつけた。こういう展開だといつも彼は抱き返してくれて、受け入れられ好いてもらえている感覚がとても心地いい。

 ただ今回は長くは続かなかった。

 

「カーマさん! まだ仕事は終わってないんですから、そういうのは早いと思います」

 

 いつもの風紀委員に引っぺがされたわけだが、残念ながら彼女の言い分は正当だった。

 何しろまだ大聖杯の処置が終わっていないのだから。

 

「それで、具体的にはどうするんです?」

 

 カーマがⅡ世にそう訊ねると、軍師殿は今一度大聖杯を凝視してから方針を述べた。

 

「そうだな。あれはもう気長に解体などしていられる規模ではない。

 先日『大樽一杯に貯まったニトログリセリン』というたとえをしたが、樽の中身の爆発力をさらに封じ込められるだけの火力があれば、いっそ樽ごと吹き飛ばすという荒療治もアリだ」

「何という脳筋戦法。もしかしてあのゴツい王サマの幽霊に憑かれたとか?」

「いや確かに私は彼を唯一の主だと思っているが頭の中身まで譲り渡してはいないからな!? あと征服王は見た目は実際豪放磊落の権化みたいな感じだがあれで軍略や観察力は一流だしちと分かりにくいが気配りができるところもあるのだ」

 

 話題が征服王のことになった途端早口になるⅡ世。カーマは「アッハイ」と頷いて深入りを避けた。

 

「……まあそれはとにかく。ぶっぱ要員としてまずレディ・モルガンの宝具、次にアルトリア嬢とセイバーが聖剣を使えば中身ごと跡形も残さず消滅させることができるだろう。

 万が一に備えるなら、マシュ嬢とXX嬢も宝具開帳の準備をしておいてもらえばより確実だ」

「そこまでします?」

 

 カーマはちょっと冷や汗をかいたが、手を抜いて禍根を残すよりはマシだろうから反論はしなかった。

 

「よし、ではさっさと始めよう。レディ・モルガン、頼む」

「そうだな。のんびりしていてはあの濁った杯から何が出てくるか分からんし、ここは巧遅より拙速を選ぶべきか。

 ではいくぞ。『はや辿り着けぬ理想郷(ロードレス・キャメロット)』!!」

 

 大聖杯を構成する魔力場を囲むように12本の巨槍が落ち、蒼い炎が穢れた聖杯を焼き払う。

 炎が消えた後にもそこにはまだ何かが残っていたが、ここからが爆破処理の本番だ。

 

「セイバー。貴女の望みをかなえることはできなかったけど、お願いするわね。これがアインツベルンの義務だと思うから」

「はい。あの聖杯に招かれたサーヴァントとして、成すべきことを成しましょう」

 

 アイリスフィールの言葉にセイバーがそう応えて、聖剣開放の準備を始める。光己もアルトリアを顧みて、「セイバーに合わせる形で」もう1度聖剣を使ってくれるよう頼んだ。

 

「アルトリア、疲れてると思うけど頼むな」

「大丈夫です。サーヴァントには肉体的な疲労というものはありませんから」

 

 そして呼吸を合わせて、同時に星の聖剣を振り下ろす。

 

 

「「約束された勝利の剣(エクスカリバー)ーーーッッ!!」」

 

 

 そこに現れた光の奔流は単なる破壊の力ではなく、星の希望とそこに住まう人々の理想と祈りを束ねたもの。

 悪意と呪いに染められた聖杯を飲み込んで、かけらも残さず消し去った。

 

 

 

 

 

 

 大聖杯が消滅したら、それに召喚されていたサーヴァントはもう現界していられない。セイバーの姿は早くも薄れ始めていた。

 

「ありがとうセイバー。貴女のことは忘れないわ」

「こちらこそ、良きマスターに出会えて幸いでした。貴女の道行きに幸運のあらんことを。

 カルデアの皆さんともお別れですね。数奇な戦いでしたが、望ましい結末で良かった」

 

 そう言い終えると、セイバーは微笑を浮かべながら退去した。

 

「……あー、ちょっと待って。そうするとジルも今ごろ消えてるのかしら」

「そ、そうですね。しかしここに連れて来るわけにもいきませんでしたし、お詫びはまた今度会った時にでも」

 

 ジャンヌオルタとジャンヌは戦友を最後まで放置し続けていたことにかなり済まなさそうな顔をしたが、もはや後の祭りである。せいぜい謝罪の言葉を考えておくくらいであった。

 まあカレンが誰にも気にかけられないまま退去したのに比べれば、まだマシかも知れないけれど……。

 タマモキャットとメリュジーヌは残っている。光己という新しい要石を得たので、これからもこの世界に居続けることができるのだ。

 

「さて、カルデアが検知した聖杯は、結局出現することもなく姿を消した。

 あとは、聖杯になり得たかも知れない、という可能性の存在だったアイリスフィール嬢、貴女の身の振り方だが……」

 

 セイバーを見送った後、Ⅱ世が最後の課題であるアイリに顔を向けた。

 

「ええ。聖杯戦争が無意味になった今、私は存在価値そのものを失ったも同然ね。

 そもそも、この手で大聖杯を壊してしまった身で、おめおめとアインツベルンに戻れるはずもないし……」

 

 大聖杯が汚染されていたのはアイリのせいではないのだが、だからといって彼女を送り出した者たちが素直に納得できるわけがないのだった。

 そこにマシュが首をつっこむ。

 

「あの、我々の目的には、特異点に出現した聖杯の回収も含まれています。

 もし宜しければ、一緒にカルデアに来ませんか?」

 

 これはなかなか良いアイデアであるように思われた。実年齢9歳の箱入り娘な彼女は当然世間慣れしていないだろうし、まして聖杯の器なんて厄ネタ持ちなのだから1人で放り出すのは不安しかない。

 アイリもその辺の自覚はあったらしく、笑顔で誘いを受け入れた。

 

「寄る辺ない身にとっては、またとないお誘いね。

 ええ、それならば是非。この身はあなた方の手に委ねます、どうかよろしく。違う世界のマスターさん」

「はい、こちらこそ」

 

 光己は鼻の下を伸ばしたりせず普通の笑顔でそう答えたが、これは紳士を装ったのではなく、単にエミヤがまだいてこちらを見ているからに過ぎない。

 その後アイリはそのエミヤとも別れの言葉をかわすと、光己たちとともに新天地、カルデアへとレイシフトで文字通り跳躍したのだった。

 

 

 

 

 

 

 カルデアに戻った光己たちは聖杯こそ持ち帰ることができなかったものの、特異点は無事修正した。さらには強力なサーヴァントを2騎、そして要保護とはいえマスター適性とレイシフト適性を持つ人格善良な魔術師を連れ帰ったのだから十二分の成功といえよう。

 あと光己が「竜の遺産(レガシーオブドラゴン)」を習得したおかげで特異点での資材調達がしやすくなったという別方面の功績もある。オルガマリーは一同の手柄を大いに褒め称えた。

 

「お疲れさま、今回も貴方がたのおかげで特異点は修正されました。

 本当に見事な手際でした。貴方がたのような優れたマスターとサーヴァントを迎えられたことを幸運に思います」

 

 誰にも認められずにいたことがコンプレックスになっていたオルガマリーがこれだけ他人を賞賛できるのは、逆にコンプレックスが解消されつつあることを示すものだ。性格も丸くなっているので、職員たちとの人間関係も大幅に改善されており、カルデアは爆破テロ直後の頃に比べると諸事改善されつつあった。

 

「ところで今日は1月1日(New Year's Day)なのですが、さすがにこの時間からお祝いはできませんので、明日やれるように準備してあります。新しく来られた方の歓迎会も兼ねていますので、一緒に楽しみましょう。

 ……それでは、今日のところはゆっくり休んで下さい。

 ただミズ・アインツベルンは身体の精密検査と採寸をしたいと思いますので、こちらのロマニとダ・ヴィンチの指示に従って下さい。その後個室に案内しますので」

「「はい」」

 

 オルガマリーの挨拶が終わったらマスターとサーヴァントは管制室を出て個室に行くわけだが、その途中玉藻の前が光己に話しかけた。

 

「ところでマスターはかの邪竜ヴリトラの霊基を全部吸収したそうですね。アルビオンになったのは良いのですが、それはそれとしてお祓いでも受けておきませんか?」

 

 アルビオンになったのは良い、とわざわざ前置きしたのは、無論モルガンとメリュジーヌを刺激しないための用心である。実際アルビオンそのものに邪悪の要素はないのだが、光己のメンタルの方にヴリトラの影響が残っているのではないかと巫女狐の観察眼は言っているのだ。

 するとマシュが大げさな身振りつきで尻馬に乗っかかってきた。

 

「そうですそうです! エミヤさんの武器を取り上げたのは正当だとしても、返すのを渋ったのはきっとその影響のせいです」

「そういうことでしたら私も手伝いましょう」

 

 しかもジャンヌまで参戦してきたので、光己には断るという選択肢はなくなった。

 

「うーん。俺自身にはそんな自覚ないけど、皆がそこまで言うなら」

 

 別に何か損をするという話ではない。素直にお祓いと解呪を受けて、目覚ましいというほどの効き目は感じられなかったものの、何となーくすっきりした気分になってその日は就寝したのだが…………。

 

 

 

 

 

 

 ふと目が覚めた光己が辺りを見渡してみると、そこはなぜか風光明媚な山林の中だった。

 適度な間隔で木が立ち並び、その葉の隙間から柔らかい木漏れ日が差しこんでいる。近くには小さな川が流れていた。

 

「な、な、何だこりゃーーーー!?」

 

「先輩、目が覚めたのですね。驚くのは分かりますが、あまり大きな声を出されると皆さんの方が驚いてしまいます」

「へ!? あ、ああ、ごめん……ってマシュ!? それに所長もアイリスフィールさんも!?

 ヒルドたちも清姫も景虎もいるし……い、一体どうなってるんだ」

 

 この感覚、どうやらまたレムレムレイシフトしてしまったようだ。

 しかし今回はサーヴァントも同行とは、いったい何事が起こったのだろうか? さすがにお祓いと解呪のせいではないだろうけれど。

 

「と、とりあえず点呼かな。誰と誰がいるんだ?」

「それならもう終わってるわよ」

 

 そう言ったオルガマリーによると、来ているのは彼女自身と光己の他にマシュ、アイリスフィール、スルーズ、ヒルド、オルトリンデ、段蔵、清姫、ブラダマンテ、ヒロインXX、カーマ、長尾景虎、ジャンヌ、ジャンヌオルタ、玉藻の前、タマモキャットで合計17人だった。

 来ていないのはアルトリアのノーマル・オルタ・リリィ・ルーラーとエルメロイⅡ世、モルガン、メリュジーヌの7人である。

 

「うーん、つまりイギリス系のサーヴァントは来ていないってことですか?」

 

 マシュは中の人はイギリス系だが頭の中は違うし、逆にⅡ世は中の人は中国人だが頭の中が時計塔の人つまりイギリス系だ。アルトリアズとモルガンとメリュジーヌは言うまでもない。

 XXはまあ、ユニヴァースだからもはやイギリス系ではないということだろう。

 

「そうね。貴方がアルビオンになったのなら、むしろイギリス系の方が強く引っ張られると思うんだけど、逆に反発してしまったのか、それともこの特異点が拒んでるのか、単なる偶然なのか……手掛かりはないから考察にしかならないけど」

「そうですねえ、そもそも皆がレムレムレイシフトについて来られたこと自体が不思議ですし。

 ……そうだお姉ちゃん、アルトリアたちがはぐれてるってことはない?」

「はい、この近くにサーヴァントはいません」

「そっか、じゃあやっぱり来てないんだな」

 

 ルーラーのサーヴァント探知スキルは半径10キロという広いものだ。これにヒットしないなら、アルトリアたちがこの特異点の別の場所に来ているという可能性はまずないだろう。

 

「で、これからどうするんですか?」

「そうね、ここにいても仕方ないから人里を探すべきだけどどちらに行ったものかしら」

 

 少なくとも目に見える範囲には、手掛かりになりそうなものは何もない。レムレムレイシフトでは当然ながらカルデアと連絡はできないし、まずは空を飛べるワルキューレズに偵察してもらうのが順当だろうか。

 

「そうですね。それじゃヒルドたち、お願い―――」

 

 光己がそう言いかけた時、不意に清姫が鋭い声で割って入った。

 

「お待ち下さいますたぁ。

 今確かに、助けを求める悲鳴が聞こえました!」

「!?」

 

 やはりレムレム特異点でも厄介事にはことかかないようだった。

 

 

 




 AZO原作ではライダー戦のあと臓硯や黒アイリが出てきますが、ここでは臓硯をすでに倒していますので、黒アイリも出て来ないという流れになりました。
 次章は予告通り閻魔亭イベントになりました。アルトリアさんは不参加でさぞ残念でしょうけれど、娘に会うための順番調整ですから是非もないヨネ!
 あとAZOが終わりましたので、いつも通り主人公の現時点での(サーヴァント基準での)ステータスと絆レベルを開示してみます。
 以前のものは第39話、56話、75話、91話、108話、132話の後書きにあります。

 性別   :男性
 クラス  :---
 属性   :中立・善
 真名   :藤宮 光己
 時代、地域:20~21世紀日本
 身長、体重:172センチ、67キロ
 ステータス:筋力B 耐久C 敏捷B 魔力A+ 幸運B+ 宝具EX
 コマンド :AABBQ

〇保有スキル
・竜モード:EX
 体長25メートルの巨竜に変身します。頻繁に使うようになったので宝具からスキルに格落ちしました(ぉ

・神魔モード:EX
 額から角、背中から3対の翼、尾てい骨から尻尾が生えた形態に変身します。こちらもよく使うので格落ちしました。

・フウマカラテ:D+
 風魔一族に伝わる格闘術、らしいです。呼吸法や魔力放出もできます。

・ドラゴンブレス:E
 「境界にかかる虹」のような破壊の光を吐き出します。どのモードでもできますが、今までと勝手が違うので出力も命中精度も低いです。

竜の遺産(レガシーオブドラゴン):D
 財宝奪取スキルの進化形で、「王の財宝」の亜種です。竜たちが表世界に残した財宝が「蔵」に入っています。ただし持ち出すには相応の格が必要です。
 新しく手に入れた財宝を収納することもできます。
 現在取り出せる財宝:守り刀「白夜」、サーヴァントたちのサインと写真、ポルクスの剣、ダインスレフ、フロッティ、エーギスヒャールム、アンドヴァラナウト、ヴィーヴルの宝石の瞳、ギルガメッシュから奪った刀剣類×α、その他金銀財宝類。

神恩/神罰(グレース/パニッシュ):C
 味方全員のデバフを解除した後、絆レベルに比例した強さのバフを付与します。さらに敵全員に敵対度に比例したデバフがかかります。神魔モード中と竜モード中のみ使用可能。

・慣性制御:E
 慣性とその反動を操作して、急激な加速や減速を行えます。神魔モード中と竜モード中のみ使用可能。

・魂喰いの魔竜:E
 大気中もしくは敵単体から魔力を強力に吸収し、さらに身体が人間サイズの竜のようになっていきます。神魔モード中と竜モード中のみ使用可能。

・コレクター:D
 お宝に執着心があり、その匂いにも敏感です。常人には発見できない隠された財宝を感知できるかも知れません。

〇クラススキル
五巨竜の血鎧(アーマー・オブ・クイントスター):A+
 Aランク以下の攻撃を無効化し、それを超える攻撃もダメージを7ランク下げます。宝具による攻撃の場合はA+まで無効化し、それを超えるものはダメージを14ランク下げます。弱体付与に対しても同様です。光や炎や眠りに対してはさらに7ランク下げます。

・竜種:A
 毎ターンNPが上昇します。

・神性&魔性:A
 神魔モードと竜モードでは、相反する属性を高いレベルで持っています。

〇宝具(というか必殺技)
蒼穹よりの絶光(ガンマ・レイ):EX
 自身に宝具威力アップ状態を付与(1ターン)<オーバーチャージで効果アップ>+敵単体に超強力な無敵貫通&防御力無視攻撃+敵単体にガッツ封印(1ターン)。対霊宝具。竜モード限定。
 超高エネルギー状態の光子の塊を撃ち出す技……らしいです。直線状ビーム、円錐形に広がる拡散ビーム、などのバリエーションがあります。

・ギャラク〇アンエクスプ〇ージョン:EX
 敵全体に強力な攻撃<オーバーチャージで効果アップ>。対銀河宝具。
 銀河の星々をも砕くという概念を持った爆圧を放出します。
 使用する時はポルクスの剣を装備している必要があり、かつギャグシーン限定です(ぉ

〇絆レベル
・オルガマリー:6      ・マシュ:5       ・アイリスフィール:0
・ルーラーアルトリア:6   ・ヒロインXX:8    ・アルトリア:4
・アルトリアオルタ:2    ・アルトリアリリィ:4
・スルーズ:6        ・ヒルド:5       ・オルトリンデ:4
・加藤段蔵:5        ・清姫:5        ・ブラダマンテ:9
・カーマ:9         ・長尾景虎:9      ・諸葛孔明:3
・玉藻の前:2        ・ジャンヌ:5      ・ジャンヌオルタ:5
・モルガン:6        ・タマモキャット:1   ・メリュジーヌ:5

〇備考
 絆10になったらどうするかな。絆礼装をもらう話か、それとも原作の幕間の物語的なものにするか。




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雀のお宿の活動日誌 ~閻魔亭繁盛記~
第153話 謎の雀


 光己たちが急いで悲鳴が聞こえた方に赴くと、そこでは小さい猿の群れが妙に丸々と太った雀っぽい生き物に襲いかかっていた。いや、いたぶって遊んでいるという方が近いか。

 

「うっきー! うっきっきー!」

「やめるチュン! 痛いのでやめるチュン!

 このお豆腐は虎さまのご夕飯チュン! おまえたちエテ公に食べさせるものじゃないチュン!」

 

 より正確には、なぜか赤地に白丸模様が入った前垂れをつけた雀(ぽい生物)が持っている豆腐とおぼしき食べ物を、猿の群れが奪い取ろうとしているようだ。

 

「んんっ!? 雀が人語をしゃべった!?」

「あの猿もただの猿ではありません。魔性の力を帯びている魔猿(まえん)のようです。妖怪変化の類でしょう」

 

 しゃべる雀という怪異を見て驚いた光己に、清姫が厳しい口調でそんな補足を加えてきた。

 今回のレムレム特異点は前回と違って妖怪がいるようだ。

 

「…………」

 

 玉藻の前はなぜか難しい顔をして沈黙している。あの雀か猿に思うところでもあるのだろうか?

 

「いえ、今は考え込んでいる場合ではありませんでした!

 マスター、いかがいたします!?」

「うーん、そうだなあ。妖怪変化同士のいざこざだったら、人間が手を出す筋合いじゃないかも。

 熊が鹿を襲って食べるのだって悪事ってわけじゃないもんな。鹿だって草食べてるんだし」

「ふーむ、それはそれでひとつの見識でございますね」

 

 そもそも雀は古くから害鳥として知られている。田畑の害虫を食べる益鳥の面もあるが、穀類等を食べたり鳴き声がうるさかったりといった被害もあるのだ。

 もっとも猿の方も人に危害を加えたり農作物を食ったりしているのだが。

 

「所長、どうしますか?」

 

 ただここにはトップがいるので、光己は最終判断は彼女に委ねた。

 

「そうね。妖怪世界の食物連鎖については知らないけど、あの雀は『虎さま』って言ったから飼い主か何かがいるのは確実よ。

 助ければ何らかの情報なり、橋渡しなりはしてもらえるんじゃないかしら」

「分かりました。じゃあえっと―――」

「ではわたくしがっ!」

 

 林の中で小さな敵相手に大勢動員すると渋滞してかえって戦いにくくなる。そう判断した光己が誰に出てもらうかの結論を出す前に、最初の戦闘で一番槍をキメて彼にインパクトを与えようと考えた清姫がずざっと飛び出す。

 

「あ、林の中で火を使うのはまずいから清姫は下がっててね」

「あふん」

 

 しかしその直後にダメ出しされ、勢い余って地べたにつんのめってしまった。

 さすが生まれ変わった安珍様は今日も賢くていらっしゃる、とぶつけた鼻の痛みをこらえつつ引っ込む清姫。

 

「というわけで、オルトリンデとブラダマンテと景虎と玉藻の前に頼む!」

「はい!」

 

 魔猿とやらはそこまで強そうには見えないから、相手が3匹なら4人も出せばお釣りがくるだろう。そう考えての指示だったが、魔猿は確かに力こそ強くないがやたらすばしこかった。

 

「んうっ!? 私の槍が猿にかわされるなんて」

 

 体が小さいので狙いにくいのを差し引いても、戦乙女の槍をかわせるというのはハンパではない。普通の猿でもけっこう素早いが、魔性を帯びた分さらに速くなったのだろう。

 まあ先方から飛びかかって来る分には、神鉄の盾で受けることで逆に彼の手を潰せるわけだが。

 

「きっきぃ!」

 

 魔猿はこらえ性はないらしく、片手を潰されると痛そうな悲鳴をあげて逃げて行った。すると残る2匹も見切りをつけたらしく、一目散に逃げていく。

 

「あっ、逃げ……さ、さすがに林の中で猿を追うのは無理ですか」

 

 景虎はそれを追いかけようとしたが、木の枝の上を文字通り猿のような機敏さで飛び移りながら逃走されては黙って見送るしかなかった。無理して追っても罠があるかも知れないし。

 

「そうだな、誰もケガしないであの雀を助けられたんだからこっちの勝ちだよ。4人ともお疲れさま。

 清姫も気持ちは嬉しかったよ」

「はい、どう致しまして」

「はわー。何もしていないのに気遣って下さる旦那さまにわたくしまた惚れ直してしまいそうですぅ……」

「いや、そこまで重く受け取られるとかえって困るんだけど」

 

 それはともかく猿は追い払ったので、次はあの雀と交渉である。戦闘で手柄があった上にルーンでケガを治せるオルトリンデが適任だろう。

 

「雀さん、大丈夫ですか?」

「はい! ありがとチュン! 感謝でチュン!」

「どう致しまして。傷は深くはないようですが、せっかくですので治しておきましょう」

 

 オルトリンデが指先を舞わせて空中にルーンを描くと、雀のケガがぬぐったように消え去る。相変わらずのさすルーンぶりであった。

 

「おおっ! あのエテ公たちを撃退した上にケガを一瞬で治せるとは、さぞ名のある神様とお見受けしたチュン!

 御山へ湯治に来た出雲の方チュン? そこの狐のお大尽からそんな気配を感じるチュン? もしや虎名主(とらなぬし)様のお連れチュン?」

 

 語尾に「チュン」がつくのは猫系少女の語尾に「ニャン」がつくのと同じなのだろうが、それより雀は玉藻の前が気になったようだ。なるほど彼女はサーヴァントの身とはいえ天照大御神の分け御霊なのだから、なかなかの鑑識眼といえよう。

 

「自分より弱いものは()って喰う。狐様からはそんな気配を感じるチュン」

 

 その神様にケンカを売るようなことを平然とのたまうあたり、危機管理能力は高くないようだったが……。

 当然に玉藻の前は迷惑そうな顔をした。

 

「失礼な雀ですねぇ。別に獲って食べたりしませんよ。

 私、虎にも猿にも知り合いはおりませんし」

「それはどうかな? もしかしてオリジナルはアタシの知らぬところで猿山のボスを張って、辺りの動物をちぎっては喰いちぎっては喰う魔獣のような暮らしをしていた頃もあるのではないかと、シャーロック・ホームズばりの推理力を持つアタシの虹色の脳細胞は考えてみたのであるが。狐だけに」

「話がややこしくなるので引っ込んでて下さいな。この猫缶あげますから」

「おお、オリジナルは話が分かるな!」

 

 バーサーカーな猫が話に割り込んできたのでちょっと脱線したが、それより雀の台詞の中に気になる単語があった。

 

「それより今、湯治に来た、と仰いました?

 もしかして雀さん、旅館か何かの従業員なんです?」

 

 すると雀は文字通り欣喜雀躍な感じで喜び出した。

 

「おお、もしかしてお客様チュン!?

 ひー、ふー、みー……おおー、17人もいらっしゃるとは!

 新規さま17人チュン! 女将(おかみ)も喜ぶチュン! うちらも給金が増えてボロ儲けチュン!」

「……」

 

 ずいぶん気の早い雀だと玉藻の前は思ったが、旅館があるというのはいい情報だ。そこが特異点の発生源かどうかは分からないが、そうでなくても拠点にはできる。

 

「あ。でも、お客様はどこの方でチュン? うちは暴力団の方はお断りしているチュン。

 腕試し・素材集め・破壊目的でお泊りになるお客様の案内はできないのでチュン」

「……うーん」

 

 カルデア一行はレムレムレイシフトで迷い込んだ身だが、帰るためにはおそらく特異点修正をする必要がある、つまり最終的には戦闘になる可能性が高い。しかしそれらはあくまで手段であって、目的は「この特異点からの帰還」だから「破壊目的」ではないはずだ。

 ただし旅館に泊まるには先立つものが必要である。

 

「旅館で道場破りみたいな腕試しなんてする趣味はありませんけど……ただその、宿代はどこのお金でおいくらくらいなんです? 貴方を助けただけで17人みんな無料というわけにはいかないでしょう?」

「それはまあ、多少の優遇はするチュンけど、17名様無料はさすがに無理チュン。団体様ですと、お1人様1泊あたり5千QP(クォンタムピース)から5万QPになりますチュン」

「ふむ……」

 

 QPとは青いクリスタルのような形をした量子の欠片で、魔術用の燃料として使われているがサーヴァント間の通貨にもなっている。カルデア内部ではお金はいらないので誰も携帯していないのだが……。

 

「……ええと」

 

 玉藻の前に目を向けられたオルガマリーも当然持っていない。イギリスや日本のお金もない、要するに前回と同じ一文無しである。

 しかし今回はお大尽様がいた。

 

「ああ、それなら持ってるよ。どのくらいの大きさでいくらになるかは分からないけど」

 

 光己のそばに黒い波紋が現れる。彼がそこに手を突っ込んで、また戻した時にはミカンほどの大きさの青い石のようなものが持たれていた。

 

「これは割と大きい方だけど、いくらくらいになる?」

 

 すると雀の目が¥マークになった。

 

「おお、人間?のお大尽すごいでチュン!

 それだと100、いや200万QPくらいチュン。上客様でチュン!」

「……玉藻の前、合ってる?」

「はい、200万QPでよろしいかと」

 

 これで宿代は賄えたが、実際に泊まるかどうかは所長決裁案件となる。

 

「うーん……泊まる場所ができたのは嬉しいけど、新入所員にそこまでしてもらうわけには……」

「所長が今お金持ってないのは所長のせいじゃないですから、気にしなくていいですよ。

 ちょうどお正月なことですし、所員有志がホワイト所長を慰安旅行に誘ったとでも思っていただければ」

「そ、そこまで言われたら仕方ないわねえ」

 

 オルガマリーは頬をゆるゆるにして光己の言葉に乗った。オルガマリーとて皆で野宿は避けたいし、体面まで繕ってもらえたのだからもう言うことはお礼の言葉しかない。

 

「……ありがとう」

「はい、どう致しまして。じゃあ行きましょう」

 

 山林の中なので、光己が紳士として淑女の手を引くために片手を伸ばすと、オルガマリーも嬉しそうにその手を取った。

 そして団体様の宿泊申し込みをゲットした雀が嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら先導するのについていくカルデア一行。

 その途中、アイリスフィールが光己のそばに来て話しかけた。

 

「うふふっ。カルデアのマスターさんはなかなかおモテになるのね?」

 

 彼は冬木でマシュやヒロインXXやカーマやメリュジーヌといちゃいちゃしていたのに、今ここでも所長といい仲だとは。昨晩カルデアの使命は人理の修復だと聞いたが、その現場仕事を(マスターとしては)1人で担っているのにその重圧を感じさせない姿がウケているのだろうか?

 

「ふっふふ。それはまあ、俺は人理修復の(あかつき)には大奥王になる男ですから。

 アイリスフィールさんならもう入国審査済みですから、軽い気持ちで来てみませんか?」

「フフッ、気が向いたらね」

 

 光己のお誘いは軽くいなされてしまったが、むしろ穏便な返事といえるだろう……。

 

「ところでアイリスフィールさんのその服、もしかして俺のと同じカルデアの魔術礼装なんですか?」

「ええ、冬木で着てたあの服だけじゃ困るだろうからって貸与してもらったの。でも夢の中にまで持って来られるなんて、貴方たちのいうレムレムレイシフトって面白いのね」

「へええー、なかなか似合ってますよ」

 

 言われてみればアイリは着替えも何も持って来なかったから、替えの服は必須だろう。

 しかもこのカルデア魔術礼装という服、胸の上下にベルトがあるので女性用はバストが強調されていて実に素晴らしい。スカートもフレアミニだから戦闘などで派手に動き回ったら高確率でパンチラが期待できる。これをデザインした人物は相当分かっていると見た!

 俺じゃなかったらこの喜びを顔に出しちゃってるね!という感じである。

 

「ありがとう。実は『カルデア戦闘服』というのも見せてくれたんだけど、ぴっちりボディスーツはさすがにちょっと。なぜか胸元に穴開いてるし」

「ああー、あれを着て街中に出るのはキツいですよねえ」

 

 あれをアイリほどのスタイルが良い女性が着れば確かに目を離せなくなるほど魅惑的だとは思うが、さすがに欲望の開放の仕方がストレートすぎる。断られたのも残当だと光己は思った……。

 

「あ、そうそう。アイリスフィールさんはどんな魔術が使えるんですか?」

 

 むしろこれこそ最初にするべき質問である。アイリもこの特異点に妖怪変化がいると分かった以上、肩を並べて戦うことになったのだから隠し立てはしなかった。

 

「アインツベルンの者として錬金術には自信があるけど、戦闘に使えるものとしては治癒術と、あと針金に魔力を通して使い魔にすることができるわ」

 

 この使い魔は元が針金であるだけに変幻自在で、空を飛ぶこともできる。たとえば鳥や剣の形にして敵を襲わせ、接触した瞬間にその形を崩して縛り上げるといった芸当も可能だ。

 サーヴァントには通用しないが、さっきの魔猿くらいなら当たりさえすればどうにでもなる。

 

「それともう1つあるんだけど……うーん」

 

 さすがエルメロイⅡ世が「マスターとして望みうる最強のスペック」とまで褒めただけあって、アイリには何か切り札めいたものがあるようだが、なぜか教えるのにはためらいがあるらしく口ごもった。

 

「……? 何か問題がある魔術なんですか?」

「そうね、問題というか何というか。仕方ないから話すわ。

 アーチャーとアサシンとライダーの魔力を受けたからか、それとも大聖杯の力が流れ込んできたのかは分からないけど……一時的に『天の衣』をまとって魔力を強化することができるようになったの。

 具体的に言うと、B級サーヴァント並みのスペックになる上に治癒能力は特に上がるわ」

「へえー、いいことじゃないですか」

 

 それの何が問題なのか? 光己が相槌を打ちながら水を向けると、アイリはやはり微妙にためらいつつ話し出した。

 

「ええ、確かにいいことなんだけど……『天の衣』はこの礼装と同時には使えないの。つまり先に脱いでおかないといけないのよね」

 

 なおこの「天の衣」、露出度が高い上に下着がないという難儀な服だったが、若い男性相手にそこまでは明かさなかった。

 

「え、そ、そうなんですか」

 

 光己も竜モードになる時は服を脱ぐ必要がある身なので、アイリの気持ちは分かる。いや若い女性なら切実さは何倍も上だろう。

 彼女の着替えを見てみたいという正直な欲求は沸き起こったが、それを口にするのは控えた。

 

「まあそのうち、機会があったらお見せするわね」

「そ、そうですね。期待してます」

 

 そんなことを話しながら歩いているうちに、一行は雀の案内で結界を抜けて―――。

 その向こうには、不自然なほど巨大で10階くらいありそうな、和風建築の旅館ぽい建物が建っていた!

 

「おおっ!? こ、これはすごいな」

「確かにすごいですね。山を背にしてこんな立派な建物が!」

 

 光己もマシュも驚いた。雀が従業員だからこじんまりしたものを予想していたのだが、まさかこんな大きな旅館だったとは!

 

「さようですな。ワタシも城や神社仏閣以外ではこれほど大掛かりな建築物は見たことがありませぬ」

「これは内装もすごそうですね。楽しみになってきました!」

 

 段蔵と景虎も期待に胸をふくらませる。これは光己が先ほど言った通り慰安旅行を楽しめそうだ。

 

「はわわ……はわわ……はわわわわわわわ!

 ここは……ここは……まさか!」

 

 しかしなぜか、清姫と玉藻の前は妙に怯えていた。

 雀の紹介によれば、ここは地獄の番外地でどんな御霊(みたま)も安らぐ秘湯。紅閻魔(べにえんま)女将(おかみ)の預かる、大割烹(かっぽう)「閻魔亭」なのだそうだが……。

 

「……んん? 地獄? 閻魔?」

「ひゃーーーーーーあ!!!!

 やっぱりそうだったーーーーー!!!!」

 

 確かに地獄とか閻魔とかいうキーワードにはデンジャーなものを感じるが、それにしても2人のこの怯えようはいったい何なのだろうか。

 

「それでは中に案内するチュン。

 17名様、ご案内チュン」

「あいや、(しばら)く、暫くぅ!

 ちょっと待った、ちょっと待ったぁ!。

 マスター、マシュ様。この建物、見るからに怪しいと思われませんか? いえ思いますよね、だって建築学的にありえねー! きっと妖怪の住み()に違いない、ゼ!

 なので帰りましょう。戻りましょう。拠点は他を探すということで」

「……? もしかして玉藻の前、ここに来たことあるの?」

 

 この反応はそうとしか思えない。もしかして地獄の閻魔に責め苦を受けたとか、そういうのだろうか?

 光己がそう訊ねると、玉藻の前は微妙にかぶりを振った。

 

「いえ、マスターが想像してるような責め苦というのはなくて、普通に客として泊まる分には何の問題もないのですが……はわわわ」

「なら玉藻の前もそうすればいいんじゃ?」

「そ、それはそうなのですが……」

 

 そう説かれても玉藻の前と清姫はやっぱり気が進まない様子だったが、普通に泊まる分には問題ないとなるとあまり説得力がない。結局みんなで旅館に入ることになったのだった。

 

 

 




 鯖の「天の衣」も入れたかったのですが、アイリもいるとややこしくなるので、1人2役してもらうことにしました。しかも羞恥プレイ前提なんて、これが人間のやることかよぉ!(ぇ
 感想、評価お待ちしてます。




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第154話 初手温泉吶喊

 閻魔亭の扉をくぐると、そこは広々とした立派なロビーになっていた。

 旅館やホテルの顔ともいえる場所であり、3階分くらい吹き抜けになっていて観葉植物や休憩用の椅子といった備品も完備されている。基本的に和風だが、照明や椅子などには洋風のものもあった。

 案内してくれた雀「都市(とし)」が、中にいた小柄な少女に報告に向かう。

 

女将(おかみ)、女将! お客様をお連れしたチュン!」

「報告は聞いているでち。おまえは御厨(みくりや)に豆腐を届けなちゃい」

 

 少女はまだ10歳代半ばに見えるが、彼女がこの旅館の女将のようだ。雀の頭部を模したような帽子をかぶり、羽のような襟がついたエプロンをつけている。

 旅館の女将にしては挙措(きょそ)に隙がない上に、サーヴァント並みに強い霊基を持っている。この少女こそが「閻魔」なのかも知れない。

 

「ようこそ閻魔亭へ。歓迎するでち、お客様がた。

 人の身においては迷い込むしか術はなく、人以外であれば分け隔てなく迎える湯治の宿。

 あちきは当旅館を取り仕切る女将、舌斬(したき)り雀の紅閻魔(べにえんま)

 雀を助けてくれたその優しさに、閻魔亭を代表して感謝の気持ちを述べるでちよ」

 

 女将の丁重な挨拶を受けて、カルデア側トップのオルガマリーも挨拶を返した。

 

「はじめまして。フィニス・カルデアという団体の所長を務めている、オルガマリー・アニムスフィアという者です。

 このたびは道に迷って難儀していたところ、偶然そちらの雀さんと出会いまして。一夜の宿を借りようとお訪ねした次第です」

 

 オルガマリーは素で権高さが抜けてきたからか、それとも相手が「地獄の閻魔」という怒らせたらヤバそうな存在だからか、特にていねいな物腰で接していた。

 

「……それで、宿泊のプランとかコースといったものはどのような?」

「はい、こちらになりまち」

 

 すると紅閻魔はどこからか薄い冊子を取り出してオルガマリーに手渡した。

 それを読んでみると、要は部屋と料理の組み合わせで料金が変わるようだ。今回は雀を助けてくれたお礼に、デザートを一品サービスしてくれるという。

 ただいくつかの部屋に取り消し線が引かれていて、泊まれる部屋はかなり限られていた。

 

「まあいいわ。とりあえず値段が真ん中くらいの部屋と食事でいいかしら」

「そうですね。初めて来るところですし、従業員が閻魔様と雀ですし、冒険は避けましょう」

 

 というわけでプランが決まったので正式に申込み、17名一泊二食分の料金を先払いしてきっちり領収書を受け取るオルガマリーと光己。続いて部屋割りをしようとした時、なぜかというべきか予想通りというべきか、紅閻魔が清姫と玉藻の前に話しかけた。

 

「その前にそこの二人、前に出るでち!」

「は、はーーーい! お久しぶりです、紅閻魔先生~~~♡

 英霊の座・出張教室以来のご挨拶となります。先生においてはおかわりなく。ほほほ」

 

 どうやら紅閻魔は2人に何か指導したことがあるようだ。

 2人の緊張感全開ぶりを見るに、その指導がよほど厳しかったのだろう。これで2人が閻魔亭に入りたがらなかったことに得心がいった。

 それにしても英霊の座・出張講座とはいったい。そういえば清姫と玉藻の前はメル友だというし、英霊の座というのはデータベース的なものではなく、英霊たちが身体を持って活動している冥界的な空間なのかも知れない。

 

「そういえば旅館経営もやっている、という話でしたわ。まさかの再会、わたくしも嬉しゅうございます。ほほほ」

 

 とか何とか話しているうちになぜか料理の腕試しならぬ武闘的な腕試しになったが、それも何とか無事に終わると、女将がまた話しかけてきた。

 

「それで、夕食は6時でよろしいでちか? お客様のプランでちと、大広間で皆様ご一緒にということになりまちが」

「6時……今3時だから、ひと休みして館内を軽く散歩でもしたらちょうどいい時間ですね。ではそれで」

 

 オルガマリーはそんな目算をしたが、それに否を唱える者がいた。

 

「いえ所長! 3時間あるのなら、まずは温泉に入るべきではないですか?

 女将さんも雀も強調してたことですし」

 

 光己の意見ももっともだったが、それを聞くと女将はひどく心苦しそうな顔をした。

 

「申し訳ございまちぇんお客様……実は今、温泉は閉鎖しているのでち」

「なんと!? 旅館に温泉がないなんて、カツ丼にカツと卵とじがないようなものじゃないですか!?」

 

 さんざん言の葉に乗せておいて今更入れませんとは何事か。光己の怒りは有頂天寸前であった。

 

「それはもうカツ丼とはいわないような……それはともかく、実は浴場は悪霊に占拠されているのでち」

「悪霊!?」

 

 光己がトーンダウンして詳細を訊ねると、女将は本当に済まなく思っているのか目を伏せたまま語り始めた。

 

「あれはいつのことでちたか……一匹の羅刹(らせつ)が酒と美少年と美少女に酔って、悪逆の限りを尽くしたのでち。長き戦いの末に追い払うことはできまちたが、その残留思念はいまだ浴場に居座っているのでち。

 その時の戦いで施設も壊れたままでちし」

「羅刹の残留思念、ですか」

 

 なるほどそんなモノがいては、ゆったりお風呂なんて気分にはなれない。

 しかしここで光己に電流走る!

 

「では女将さん。我々がその残留思念を退治するなり追い払うなりしたら、我々がここにいる間毎日貸し切りの時間を作ってもらうというのはどうですか?」

「貸し切りでちか? うーん、まあそれくらいでちたら」

 

 カルデア一行はずっと滞在するわけではない。その程度ならよかろうと紅閻魔は判断した。

 それを聞くと光己はキラーンと目を輝かせ、後ろのサーヴァントたちに向き直った。

 そして歴戦の少佐のごとき貫禄で演説を始める。

 

「諸君 私は温泉が好きだ。

 諸君 私は温泉が好きだ。

 諸君 私は温泉が大好きだ」

 

 そのまましばらく信条を語った後、手のひらを突き出しさらに語調を強めた。

 

「更なる温泉を望むか?

 情け容赦のない糞の様な温泉を望むか?

 鉄風雷火の限りを尽くし、三千世界の鴉を殺す嵐の様な温泉を望むか?」

「「温泉! 温泉! 温泉!」」

 

 サーヴァントたちはこの時点で彼の思惑が分かった者もいれば分からない者もいたが、マスターがやけに意欲的なのでとりあえず合わせていた。

 むろん本気で温泉を望んでいる者もいるが。

 

「よろしい、ならば温泉だ。

 我々をお風呂から追い出し眠りこけている悪霊を叩き起こそう。

 髪の毛をつかんで引きずり降ろし眼を開けさせ思い出させよう。

 目標 閻魔亭浴場!!

 征くぞ 諸君」

「「おおーーーっ!!」」

 

「…………!!??」

 

 光己を先頭にどたどたと騒がしくロビーから出ていく一団にオルガマリーはまったくついていけなくて目が点だったが、残っていた景虎が説明してくれた。

 

「マスターは『貸し切り』と言いました。つまり混浴をご所望なのです。

 マスターと肩を並べて湯に浸かりながら月見酒を呷る……最高ですね! では私も行ってきます」

 

 言うだけのことを言い終わると、軍神様もやる気十分な様子で行ってしまった。

 

「…………ええと、女将さん。貸し切りで混浴は大丈夫なのでしょうか……?」

「そ、そうでちね。出入りの時に他のお客様に見られないようにしていただければ……」

 

 今更約束を反故にしたらアレ以上の悪霊が出そうでちし、とまでは言わず、紅閻魔は光己の希望を追認したのだった。

 

 

 

 

 

 

 光己についてきたのは彼の野望に気づいて賛同したワルキューレ3姉妹、清姫、ヒロインXX、カーマ、景虎に加えて、気づいていないがマスターが行くのならということで()()()追ってきた段蔵、ブラダマンテ、タマモキャットの10人である。オルガマリー、マシュ、アイリスフィール、ジャンヌ、ジャンヌオルタ、玉藻の前の6人は景虎の解説を聞いて戦闘意欲がなくなったらしくロビーに残っていた。

 ―――閻魔亭の浴場は、いったん本館を出てから石造りの階段を昇った上にある。まず完全露天の岩風呂が階段の左右に2つあり、階段の終点の向こうに杉と(ひのき)でつくられた広い浴室が設置されている。

 残留思念がいるのは終点の方なので、下の露天風呂は今でも入れるが、気配を察して襲って来る可能性があるのでやはり無理かも知れない。

 

「……あれ? もう階段まで来たけど、途中に男女別の入り口とか更衣室ってあったっけ?」

「なかったけど、たぶん羅刹とやらに壊されたんじゃないかな?」

 

 ふと我に返った光己の疑問にヒルドがそう答えた。

 まあ男女別の更衣室が無いなら無いで、みんな一緒に着替えればいいだけのことである。貸し切りなのだから!

 

「よし、いくぞ!」

「うん! でも邪悪な気配がするからマスターはもう下がってね!」

 

 光己がいくら頑丈だろうと、強敵がいると分かっているのに先頭に立つのはNGである。彼もそこはわきまえており、足を止めて後続が先に行くのを待った。

 そして終点の浴室に入ると、女将が言った通り黒い人影が1体さまよっていた。

 輪郭がぼやけているのではっきりとは分からないが、両手に刀を持った女性のように見える。また石造りの浴槽は無事だが床や立て板はひどく破損しており、彼女を退治しても入浴するには修繕が必要と思われた。

 光己はいきなり襲いかかったりはせず、まずは口頭で説得を試みた。

 

「どうも、女将の依頼で貴方の説得に来た者です。

 そこに居座られると皆さんの迷惑になりますので、退去するなり成仏するなりしていただきたいのですが」

 

 しかしその説得は無意味だった。

 

「いーーーやです!

 私は私が納得するまで、温泉(ここ)で美男美女を待ち続けるのです!

 というかお風呂に入りたいなら今さっそく入ればいいのでは? さあさあ邪魔な服はぱぱーっと脱いで、お酒も飲んで楽しみましょう!」

「……」

 

 声色と口調で残留思念が人間の若い女性のものであることが判明したが、ここまで残念だとさすがの光己も食指は動かなかった。

 おそらくは剣の達人であろうが、速やかに退治することにする。

 

「やっぱり説得は無理だったか!

 でもいくら羅刹とはいえ、囲んでかかれば倒せるはず。みんな、頼む!」

「おおっ、やる気かぁー!?

 ならば返り討ちにしてお湯の中に突き落として、水も滴るいい女にしてあげましょう!

 あー、でもキミはあと5歳くらい若かったらなあ」

「性犯罪者死すべしフォーウ!」

 

 しかしそのアレな言動に反して、羅刹は本当に強かった。5人もの凄腕ランサーに襲われているというのに、たくみな足捌きで囲まれないよう立ち回り、しかも後衛の段蔵やカーマの飛び道具を喰らわないよう、常にこちらの前衛の陰になる位置にいる。

 

「強いというより巧い……! この悪霊、一対多の戦いに慣れています」

「マジか……しゃべってることは本当にどうしようもないのに」

 

 さすがは閻魔が根負けしただけのことはあるというべきか。しかし光己もめざす理想郷がある身、こんな所で残留思念なんぞに手間取ってはいられない。

 

「みんな、俺が必殺技撃つから射線開けて!」

「必殺技!?」

 

 それについてはまだ知らない者もいたが、マスターがそう言うなら是非もない。スルーズたちが一斉に後ろに跳んで下がる。

 ただ光己の声は当然羅刹にも聞こえており、彼女の反応も速かった。その必殺技とやらを喰らわないよう、1番近くにいたブラダマンテにつきまとって離れない。

 

「くっ、あれじゃ撃てない……!」

「いえご心配なく! 私を標的にしたのが間違いだったと分からせてあげるだけですから!」

 

 そう、ブラダマンテは他の4人より槍が短いので間合いは狭いが、代わりに盾を光らせて目くらましをするという小技があるのだ。これには羅刹も一瞬動きが止まり、その間にブラダマンテは1歩引いて距離を取った。

 これでようやく光己は必殺技を放てる。

 

「よし今だ! 喰らえ、『ギャラク〇アンエクスプ〇ージョン』!!」

 

 光己が突き出した手のひらの先に、銀河の星々をも砕くような巨大な爆圧が広がる。これはいくら剣技が優れていても防げない。

 いや羅刹の作り主がその剣の奥義に開眼していたならあるいは破れたかも知れないが、今ここにいる残留思念はその境地には100万歩ほど遠かった。

 

「本気出したな、このぉー……!」

 

 羅刹の体がほぼ真上に舞い上がり、ついで清姫の時同様半回転して頭から落ちていく。

 今回はささえる者がいないので、そのまま脳天が床にぶつかって固い物が潰れるような音がした。

 

「こ、これは……!?」

 

 いくら人に迷惑をかけ続けてきた悪霊とはいえ、この殺し方はむごいのでは。人がよいブラダマンテはそう思ってちょっと光己に批判的な気分になったが、それが口に出る前に悪霊は何事もなかったように立ち上がってきた。

 

「いやー、効いたあ!

 でも相性の差で負けただけですから、ぜーんぜん悔しくなんかありません! 私の理想の美少年美少女世界をつくるまで、私は何度でも仕切り直すのです!」

「……」

 

 どうやら光己はむごいのではなく手ぬるかったようだ。ブラダマンテは己の判断の甘さを反省した。

 しかしいくら思念体とはいえ、本当の意味の不死身などありえない。傷を治すのにはエネルギーを使うはずだし、「死ぬ」ような痛撃を何度も受ければ精神の方が折れるはずだ。

 

「ええーいっ!」

 

 なので再び5人がかりで攻めかかる。施設はどのみち修繕が必要なのでもう遠慮はせず、宝具もばしばし使っていく方針だ。

 

「螺旋拘束! 全身、全霊!」

 

 ブラダマンテの宝具は準備段階の拘束さえ決まれば、続く突進は回避できない。

 また彼女自身が突撃する前に、他のサーヴァントに宝具を使ってもらうという選択肢もできる。

 

「では私が。駆けよ、放生月毛! 毘沙門天の加護ぞあり! 『毘天八相車懸りの陣(びてんはっそうくるまがかりのじん)』!!」

 

 景虎が風呂場で馬に乗って8体に分身するという暴挙をかましつつ、代わる代わる襲い掛かってそれぞれ違う武器を振るう。人の感情の機微なんて分からない軍神様だから是非もないヨネ!な勢いで悪霊に連続攻撃を喰らわせた。

 

「―――目映きは閃光の魔盾(ブークリエ・デ・アトラント)!!」

 

 その上でブラダマンテが渾身のシールドチャージをぶちかます!

 

「いったぁぁぁぁい! さ、さすがにずるいんじゃ……」

「いえまだこれからです。ワルキューレ・トライアングルアタック!」

 

 これはワルキューレ3姉妹が同時に宝具を開帳し、21本の「偽・大神宣言(グングニルのレプリカ)」を一斉に投げつけるという無茶苦茶な必殺技である。並みのマスターでは魔力負担に耐えられず死んでしまうが、現在のマスターなら問題ない。

 とどめの「正しき生命ならざる存在を否定する結界」により、悪霊は今度こそ消滅退散した――――――と思いきや。確かに消え去ったはずの黒い影はまた霧のように湧いてきて再び悪霊を形づくった。

 

「ちょ、本当に不死身!?」

「だから言ったでしょう!? 私はさもしい現実になんてぜーったい戻らないのです!」

「マ、マスターどうしましょうか」

 

 この悪霊、ある意味魔神柱よりタチが悪いかも知れない。ブラダマンテはそろそろ怖くなってきて、マスターに新しい抜本的な作戦を求めた。

 むろんいきなりそんなことを言われても簡単に考えつくはずもなかったが、そういえば悪霊は自分でウィークポイントをばらしていたような気がする。

 

「よし、それじゃ段蔵はロビーに戻って、ジャンヌオルタとアイリスフィールさんを呼んできて! アイリスフィールさんは『天の衣』モードで。

 ブラダマンテたちはそれまで防御重点!」

「は、はい!」

 

 前衛5人は全力で宝具を使った直後だが、マスターからの魔力供給量はとても多いので防御に徹するなら5対1だし問題はない。逆に羅刹は何か策があると見て司令塔の光己を討とうと間合いを詰めてきたが、これは光る盾という便利な防具を持っているブラダマンテが前に立って何とかしのいだ。

 そしてジャンヌオルタとアイリスフィール、というか羅刹が強敵と聞いた居残り組全員と紅閻魔もやってきた。

 

「よし、アイリスフィー……んんっ!?」

 

 光己の希望通り「天の衣」を着てきてくれたアイリの、想像もしていなかった露出過多ぶりに思春期少年は鼻血を噴き出しそうになってしまった。

 まず頭の白い冠と、両腕の巫女装束のような広い袖、あと白いストッキング?はいいとして。あのノースリーブの白いドレスのデザインは何なのだ。

 何しろ胸の真ん中からへその辺りまで露出しているばかりか、バストを隠しているのは上から垂らした逆二等辺三角形の布だけなのである。あれでは戦闘どころか、ちょっと風が吹いただけでおっぱいの下半分が全部見えてしまうではないか。

 スカートもすごいミニの上に左右にスリットまで入っているし、どうもパンツを穿いてないように見える。けしからん、実にけしからん!(棒)

 

「そ、それで私は何をすればいいのかしら」

 

 アイリは名指しで呼ばれたからには大役があると思って覚悟を決めて来たわけだが、できるならなるべく早く終わってほしい。頬を赤らめつつ、光己に用件を訊ねた。

 光己としてはせっかくだからしばらく鑑賞していたい気持ちはあるが、強敵と戦っている最中にわがままは言えない。すぐに作戦を指示した。

 

「はい、あの黒いやつの動きを止めてほしいんです」

「分かったわ」

 

 アイリは天の衣を着ていれば針金なしでもサーヴァントに通用する出力があるが、針金を使えばより丈夫な縛り紐ができる。さっと空中に一束の針金を放り投げると、魔力を送って使い魔に変えた。

 まるで光る網でできた白鳥のような優美さで悪霊に向かって飛んでいく。

 

「おおっ、ずいぶん増えたわね! でも私は絶対あきらめないわよ」

 

 羅刹はこれだけの人数を前にしてもなおくじけず、使い魔に向かって刀を振り下ろす。

 彼女の剣の腕からいって、ただの針金であれば一刀両断にできただろう。しかし白鳥は刀が触れたと同時に形を崩し、蛇のように彼女の腕に巻きついた。

 ―――さて、ここが知恵の使いどころである。というのも普通に両腕と胴体を縛るだけでは、力自慢の敵には引きちぎられてしまうからだ。

 しかし両手の小指に巻きつければ、いかな剛力の持ち主でも簡単にはちぎれないし、高ランクの狂化持ちでもない限り指を捨てる決断もすぐにはできないだろう。

 

「うわっ!? これじゃ刀振れないじゃない」

 

 羅刹もこれは予想できなかったらしく、どうしていいか戸惑っている。第二次総攻撃のチャンスだ。

 

「カーマ、宝具だ!」

「はーい!」

 

 羅刹は美少年美少女を求めていた以上、幼女の魅了宝具には耐えられまい。

 両手の小指をくくられていてはかわせるはずもなく、10本ほどの魅了の矢がすべて命中する。

 

「はわわわ……カーマちゃんカーマちゃんカーマちゃん……カーマちゃん可愛い! カーマちゃん最高!」

 

 羅刹は両目をハートマークにして幸せそうに身をよじっている。完全無防備状態だが、成仏とまではいかないようだ。

 ならば最大の必殺技を使うしかあるまい。

 

「よし、それじゃ清姫、ジャンヌオルタ! ()()を仕掛けるぞ!」

「はい、旦那さまのおおせとあれば!」

「ええ、その言葉を待ってたわ!」

 

 2人ともやる気十分のようだ。まず光己が片膝立ちになり、両手を突き出して魔力弾とかそういうのを放つ構えを取る。

 その右後ろと左後ろに、清姫とジャンヌオルタが軽く足を開いて立ち両手を向かい合わせた。

 

「燃えろ俺の性……じゃなかった正義の怒り! 黄金の位まで高まれ!」

「よく分かりませんが、わたくしたちの愛の力を教えてあげます!」

「強大なる邪悪に神に禁じられし秘技で立ち向かう……いいわね!」

 

 3人は考えていることはまるで違うが、妄想力(コスモ)を高めるという方向自体は一致していた。魔力の波長が同調共鳴し、1人でやる時の何倍もの強大なオーラが噴き上がる。

 

「こ、これは……!?」

 

 宇宙開闢(ビッグバン)を彷彿とさせる圧倒的パワーに紅閻魔が冷や汗をかいた。この連中、本当に何者なのだろうか?

 そして3人が黄金の妄想力を開放する!

 

「究極奥義! 『人類悪もびっくり(ビーストエクスクラメーション)』!!」

「きゃわーーーーーーっ!? こ、これがもしかして涅槃!? 極楽浄土!? ああ、私はついに到達したのね……!」

 

 その何だかよく分からない超破壊力が羅刹の全身を飲み込み、ようやく無に還すことに成功したのだった。

 

 

 




 閻魔亭の温泉はクエストだと男湯と女湯がありますが、建物の一枚絵だとないんですよね。しかしそれは見やすくするための都合で、実際には階段の間に仕切りがあって、それが屋上の浴室の中まで続いているのではないかと思います。




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第155話 150話記念お風呂回1

 悪霊が完全消滅したのを確認すると、光己たちはほーっと安堵の息をついた。

 

「手強かった……あんなすごい残留思念をつくれる人がいるなんて、世の中広いなあ」

「そうですねぇ……」

 

 ブラダマンテと清姫が心底同感という顔で相槌を打つ。

 作った人は酒に酔っていたそうだから、サーヴァントではなく生身の人間だと思われる。つまり逸話再現や信仰補正といった効果なしにこれほどの強者を作れるとは、人格はアレだったが剣の技量や精神の力は剣聖とか古今無双とかそういうレベルだろう。

 

「まあそれはともかく、みんなお疲れさま。ありがとう」

「はい、マスターもお疲れさまでした。でもこれだけ散らかってしまっては、今すぐ入浴するのは無理ですね」

 

 幸い湯舟は無事だったが、それ以外の床や立て板などは目も当てられないひどい壊されようである。激しい戦闘の後だから今入れればちょうど良かったのだが、諦めるしかなさそうだ。

 

「いや、下の岩風呂なら入れるかな?」

「うーん、あそこはオープンすぎてちょっと」

 

 かなり高い位置にあるから覗きが来る可能性はまずないが、壁も何もないのでは確かに女性にはハードルが高いかも知れない。やはり入浴は浴室を修繕して仕切り板も設置してからになるようだ。

 しかしそこに救いの手が伸ばされる。

 

「あの、マスター。修繕でしたら私たちがやりますが」

「おお、そういえばスルーズたちがいたんだったな!」

「はい、この様子ならすぐ直せます」

 

 人間の魔術師でも割れたガラスを元に戻せるのだ。まして原初のルーンなら壊れた立て板や床を直すことなど造作もない。

 燃やされて炭や灰になっていたり、あるいは破片が消失していたりすると厄介だが、ただ折れたり砕けたりしているだけならたやすいことだ。

 

「うん、それじゃお願い」

「はい」

 

 ワルキューレ3姉妹の魔術により、まるでビデオの逆再生でも見ているかのような勢いで浴室が修繕されていく。

 その手品か幻術のような手際に紅閻魔が畏怖混じりの驚声をあげた。

 

「こ、こんな……!? お客様がたいったい何者なんでちか……!?」

「お父様より授かったルーンの力をもってすれば、この程度は朝飯前です」

 

 普段おとなしいオルトリンデも、たまには自慢したい気分になる時もあるようだ。

 そして男女別にするための仕切り板や桶、椅子などの小物も直し終わったら完成である。

 サービスで聖女と巫女が祝福を授けたので、生まれ変わった閻魔亭浴場はいまや新築めいてピカピカだ!

 

「完璧だな! みんなありがとう!」

「マスターのたってのお願いだもんね。頑張ったよ!」

「うん、やはりさすルーンは格が違った!

 ……えっと、まだ4時前だからゆっくり入れるな。それじゃ女将さん、約束通り今日はこの後6時まで貸し切りということで」

「アッハイ。立ち入り禁止の看板立てておくでち……」

 

 紅閻魔はこくこくと首を縦に振るしかなかった。いや彼らには感謝こそあれ、不満や文句はないのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 光己と一緒に男湯に入るのは、最初からそれに賛同していたワルキューレズと清姫、ヒロインXX、カーマ、景虎の7人だ。マシュとブラダマンテはローマでは混浴したが、いかに貸し切りとはいえ男湯と銘打たれた場所に入る度胸はなかったのである。

 残る7人はもちろん普通に女湯だ。

 

「いや待った。お姉ちゃんとジャンヌオルタは、家族の親睦を深めるためにもこっちに来るべきではなかろうか」

「弟君、またお説教してほしいんですか?」

「マスターの思春期ソウルは分かるけど、私はアンタの盟友であって恋人じゃないから」

「むう……」

 

 光己はジャンヌ2人にあっさり袖にされたが、混浴そのものを止められないだけ寛大なお沙汰といえよう……。

 それはそうと外の石階段に出る手前の部屋が実は更衣室だったので、そこで別れることにする。

 

「ええと、女湯まで声が響くようなことはしないでちょうだいね……」

「大丈夫だよ、いざとなったらルーンで防音するから!」

「そ、そう……」

 

 オルガマリーは遠回しにR18な行為は慎むよう求めてみたが、戦乙女には通じなかった……。

 仕方ないのでそちらのことはもう気にしないことにして、改めて女湯の更衣室に入る。タオルや石鹸は雀が用意してくれたが湯浴み着はなかったので、ワルキューレズに投影(ぽい魔術)で作ってもらったものを着た。

 

(何だか露出度が高いような気がするけど……)

 

 実際この湯浴み着はローマでスルーズが光己へのサービスのために作ったものと同じデザインでフリーサイズに調整したものなので、オルガマリーがこう感じるのは当然だったが、男性に見せるわけではないのでそこまで気にはしなかった。

 全員着替えたところで、階段を上って終点の浴室に入る。

 

「へえー、これが日本の温泉なのね。さっきは変な悪霊がいてそれどころじゃなかったけど、じっくり見てみるとホントにJAPAN的風情を感じるわ!」

 

 アイリスフィールは冬木の特異点ではホテルに泊まったことはあるが、こういう和的な旅館は初めてだ。実年齢9歳の上に好奇心旺盛な性格なので、今にも走り出さんばかりにエキサイトしていた。

 

「ミズ・アインツベルン、濡れた床で走ると滑るので気をつけるように」

「大丈夫よ……ってっきゃあ!?」

 

 というか実際に走って足が滑ってつんのめったが、段蔵が素早くささえてくれたので難を逃れた。

 

「ありがとう……そういえば貴女はニンジャだったわね。さすがの早業だったわ!

 うーん、カルデアに来てよかった。機会があったら忍法とか見せてくれると嬉しいわ」

「……ど、どう致しまして」

 

 やっぱり忍びの者ではなくニンジャとして扱われることに、ちょっとこう申し訳なさのようなものを感じつつ、この呼び方は尊敬や憧憬のような意味を含んでいるので悪い気はしなかったりする段蔵なのだった。

 

「それじゃさっそく湯に入りましょう!」

「お待ち下さい、その前に『かけ湯』をするのが礼儀でありまする」

「かけ湯……ああ、先に体にお湯をかけて汚れを落とせということね」

 

 自分たちの後に入浴する人もいることを考えれば当然のマナーだろう。アイリは湯舟のそばにしゃがむと、桶で湯をすくって肩からかけた。

 人造の美女の肩から胸、太腿や膝の上を熱い湯が流れ落ち、きめ細かな白い肌を濡らしてさらに艶やかさを醸し出させる。微妙に肌に貼りついた湯浴み着の透け具合が大変に色っぽい。

 当人はそんなことはまったく意識せず、ひたすら明るくはしゃいでいるが。

 

「うっわー。ただのお湯じゃなくて、何だかこう滋養というか、ちょっと口では表現しがたいエネルギーみたいなものを感じるわね。ボイラーで沸かしたんじゃなくて、天然の温泉なのかしら?」

「さようですね。後ろの山の地下から湧いているのかも知れませぬ」

 

 ましてや閻魔が経営して人外の客を迎える宿屋である。この敷地自体に神的な霊気がこもっていたとしても不思議はない。

 いや建物の中ではどちらかというと陰気なものを感じたが、今ここは聖女と巫女の祝福のおかげかとても穏やかで暖かい雰囲気が漂っていた。

 

「それじゃかけ湯もすんだことだし、入るわよ! そーれ!」

「ちょ、お待ち下さい!」

 

 いきなりお尻から飛び込もうとしたアイリを慌てて止める段蔵。何かこう、子供の世話をしているような気分になってきた。

 まあ生前?の頃はよくやっていて慣れているのだけれど。いやだからこそついかまってしまうのか?

 とにかくアイリを普通にゆっくり浸からせて、やれやれと一安心する。

 

(しかしこれは本当にいい湯でございまするな……)

 

 壊れた絡繰(からくり)の総身にまで染み渡ってくるようだ。

 ―――そこで段蔵がふと周りを見回してみると、他の7人もすでに湯に入っていた。玉藻の前とタマモキャットの尻尾や肉球は衛生的に見てどうかとも思うが、仮にも天照大御神の分け御霊とその分け御霊なのだから、かけ湯をちゃんとしたのなら、むしろ湯を浄める効果さえ望めるだろう、ということにした。

 しかし生身の(サーヴァントだが)人は浸かり方が浅いと乳房が湯に浮くものなのか。絡繰の身には縁のないことだが、壮観という気はする。

 

「ふあー、これは気分がいいですねえ! さすがは閻魔様?が経営してる旅館だけはあります。

 それに外ですから開放感があっていいですね。マスターがオケアノスで毎日入浴したがってたのも分かります」

「そうね、ただのお湯じゃないっぽいわね」

 

 その「浮いてる」組の一角、ジャンヌ2人も温泉は気に入ったようだった。

 ちなみにジャンヌの生前の頃のフランスは浴場文化がまだ残っており、庶民の自宅に作れるものではなかったが町には普通に風呂屋があった。パン屋の兼業というケースが多く、パンを焼いた余熱で湯を沸かしたり蒸気を出したりしていたわけである。

 生前のジャンヌが実際に公衆浴場に行ったことがあるかどうかは……本人が語っていないので不明だった。

 

「まあ何にせよ、マスターについて来てよかったわ。冬木の街も退屈はしなかったし、地獄の旅館のお風呂に入るなんて普通の聖杯戦争じゃ絶対経験できないことだしね」

「ええ、そうでしょうとも! 連れて来たお姉ちゃんに感謝して下さいね!」

絶対にノゥ(アプゾルート ナイン)!!!」

「ぶーぶー、オルタってばほんとにツンデレさんなんですから」

 

 毎度の掛け合いをしつつも2人の雰囲気がいつもより柔らかいのは、やはり湯の効用によるものだろう。

 特に聖女様の方は頭のネジまで何本か緩んで人類姉に近づいていた。

 

「じゃあ仕方ありません、実力行使です!」

「きゃああっ!? ちょ、いきなり何するのよ」

「スキンシップです! 弟君がいつも女の子たちにやってるみたいな」

「マスターだって女の背後からいきなり胸揉んだりなんてしないわよ!?」

 

 どうやらジャンヌは不意打ちで後ろからジャンヌオルタのおっぱいを揉みしだいているようだ。マスターの影響を受けたようだが、ファミパンよりマシかどうかは議論が分かれるところだろう……。

 

「んっ、あン……って、いいかげんにしなさい!」

「きゃん!」

 

 まあ怒ったジャンヌオルタが後頭部でジャンヌの鼻に頭突きを喰らわせて追い払ったので、今回は比較的穏便に収まったけれど。

 

「……お2人とも元気ですねえ」

 

 ブラダマンテがその姉妹?ゲンカを眺めてぽへーっとした顔で感想をもらす。

 ジャンヌオルタとはフランスでは敵対したが、今や仲間になった上に姉?ともそれなりに仲良くやれている様子には大変心和むものがあったのだ。

 

「これもマスターの人徳のおかげでしょうか? いつもやさしいし頭いいですし!」

「まあ、その辺は同意するわ」

 

 オルガマリーも彼のおかげで色々救われた身なので、それは否定しなかった。

 ジャンヌオルタの場合は厨二病要素も大きかったような気はするが。

 

「それにしてもお風呂っていいわねえ……身も心も緩んでリラックスできるわ」

「所長さんは大変なお立場ですものね! マスターも言ってましたけど、慰安旅行だと思ってゆっくりするといいと思います」

「ええ、ありがとう」

 

 実際オルガマリーはカルデア本部ではトップとして多忙かつ重大な責務を負っている身なので、時々光己に方針を訊かれる以外は特段の仕事がない今は休暇のようなものなのだった。

 

「でも実際、どうすれば事件解決になるのかしら?

 前回は運よくすぐに聖杯戦争が起こってると分かったんだけど」

 

 何事もなく平穏ならばレムレムレイシフトは起こらないだろうから、光己やオルガマリーが関与すべき事件が起こっているのは間違いないのだ。今はまだそのカケラも見えていないのだけれど。

 

「まあレムレムレイシフトの最中は何日過ごしてもカルデアでは時間が経たないのは分かってるから、事件の方から寄ってくるまでは休暇を楽しんでもいいのかしらね」

「そうですね、そうしましょう!」

 

 ブラダマンテもその方針には賛成のようだ。

 むろんすでに休暇を楽しみまくっている者もいる。

 

「ぷはーっ、効くぅ! 昼間っから温泉で美酒を好きなだけいただけるなんて、甲斐性のあるマスターを持つと幸せですねっ!」

 

 玉藻の前はちゃっかりお酒を注文しており、お盆を湯舟に浮かべて徳利とおちょこで昼間から酒盛りをしていた。

 普段は状況が状況なのであまり表に出さないが、実は金目の物が大好きで贅沢を愛する傾国的な一面も持っているのだ。

 

「まったく、これだからオリジナルは邪悪な魂とか言われるのだワン」

「別にいいじゃありませんか。マスターがいいって言ったんですから。

 何なら貴女も飲みます? あ、マシュさんはまだ未成年だと聞きましたからダメですよ」

 

 傾国狐も最低限のモラルは持っているようだ。そばにいたマシュは酒精に多少の興味を持っていたようだが、こう言われては仕方がない。

 

「むう、ちょっと残念です」

「気にするななすび! 生身の体には入浴前中後の飲酒は良くないゆえな!」

「誰がなすびですか!」

 

 ―――とか何とか言いつつ、女湯では皆おおむね和気藹々と温泉を楽しんでいるようだった。

 

 

 




 ようやくお風呂回になりました。まずはウォーミングアップに、平和な女風呂からであります。
 カーマちゃんは幼女でいくべきか大人になるべきか、大変悩ましいです。
 感想、評価お待ちしてます。




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第156話 150話記念お風呂回2

 所変わって男湯では、更衣室ですでにラヴっぽいやり取りが展開されていた。

 

「あ、あの、ますたぁ。着替えるところを見られるのは恥ずかしいので、向こうを向いていて下さいませんか」

 

 清姫とヒロインXXと景虎は自分から光己との混浴に臨んだわけだが、初手でハダカを見せることにはまだためらいがあるようだ。ローマではマシュがすみやかに彼を部屋から追い出してくれたのだが、今回はそのガーディアンがいないので自分たちで対応するしかないのだった。

 

「あー、それは仕方ないか」

 

 光己は当然女の子たちの着替えをかぶりつきで鑑賞したいのだが、嫌がる、とまではいってないが恥ずかしがっているのを無理強いする趣味はない。大人しく3人の希望通り回れ右した。

 後ろで女性陣がハダカになって、ついで湯浴み着をまとう気配とわずかな衣擦れの音が感じられたが、ここで欲望に負けてしまっては未来の王としてのメンツにかかわる。男とは時にはヤセ我慢をせねばならぬ生き物なのだ!

 

「……マスター、着替え終わりました」

「おお、やっとか!」

 

 光己がぎゅんっと最高速でまた回れ右すると、ローマの時と同じデザインの湯浴み着に身を包んだ美少女たちが、まだ恥ずかしいのか薄く頬を染めながら彼の言葉を待っていた。

 

「おお、1度見たけどやっぱりすげぇ……最後のマスターになって良かったと思える感動がまたここに!」

 

 セパレートのトップスは裾が短い、具体的にはおっぱいの下7~8センチくらいまでしかないタンクトップだ。ボトムスは光己と同じで、長い布を巻いて腰の横で縛っているだけである。これで下着をつけていないのだから、嫌でも興奮するというものだ。

 しかも軽くて柔らかい生地なので、たとえばくるっと回転したりすると裾がふわっと舞い上がって下乳やお尻が見えそうになったりするのが素晴らしい。

 ただこの利点は湯に入って濡れると無くなるが、その時はその時で肌に「微妙に」貼りついて「微妙に」透けるという別の利点に変わる。女性陣が逃げ出すほど露骨な透け方ではなく、かつ男子の劣情は煽るという匠の技だった。

 

「さすがはワルキューレ、男心を分かってるな!」

「そりゃもう、マスターとは付き合い長いからね!」

 

 光己がヒルドにサムズアップすると、ヒルドもノリ良く同じ仕草を返した。

 実はこの3姉妹、互いの経験を共有できるので「付き合い長い」というのは彼女たち視点では事実だったりする。

 それによるとスルーズは彼とローマのテルマエで「心を通じ合わせる」体験をしたそうで、ヒルドとオルトリンデはぜひ直接体験しようと意欲満々であった。

 

(あれは確かに幸せな時間でしたが、私たちもお姉さまのように堕としてしまう劇物かも知れません。ですから教えるかどうか迷いましたが、やはり隠し事はしたくないと思ったのです)

(そう言われるとちょっと躊躇(ちゅうちょ)しちゃうけど、でも興味は湧くよね!)

(はい、もしそうなってもマスターとならば)

 

 こういう思考が出るあたり、姉妹は光己を単なる勧誘対象として見ているのではなく、私的な好意も抱いているようだ。何しろ3人合わせると特異点Fからオケアノスまでずっと一緒にいたことになるわけだから、少なくとも戦友的な感情はあってしかるべきである。

 

「マスターってばいつもながらえっちですねー。

 でも好きですよそういうの」

 

 そこにカーマがニヤニヤ笑いながら光己の前に現れた。

 今回は復讐者(アヴェンジャー)の第3再臨、つまりカレンと戦った時の姿である。ただし空気を読んで炎とマントは消して、清姫たちと同じように湯浴み着を着ていた。

 

「おお、カーマは大人モードで来たか。うーん、率直に言っていいカラダすぎるな!

 それにいつもより雰囲気が明るいような気がする」

「へええ~~、そういうとこもちゃんと見てくれてるんですね。いいですよマスターさん。

 そう、アヴェンジャーの私はマーラの側面がより強く出た、季節外れの夏の魔王なのですから!」

「夏の魔王」

 

 カーマがドヤ顔で言い放ったパワーワードに光己は一瞬思考が止まってしまった。

 その間に魔王様がさらに自己紹介を続ける。

 

「といっても凡百の衆生にもはや興味はありません。マスター1人を堕とすのに特化したスペシャル形態なんですよ。

 ふっふふ、魔王を本気にさせたことを後悔……いえ後悔なんてさせません。私はマスターに愛してもらえて幸せ、マスターは私の縦横無尽の愛にひたれて幸せ。WinWinの関係でいきましょう」

 

 ドヤ顔魔王は途中でちょっとヘタれたが、むしろ彼女らしいといえるだろう。というかものすごい愛の告白である。

 

「縦横無尽の愛って何だと思ったけど、カーマならおかしくないのか。好きな容姿とそれに応じた中身になれるんだから」

「ええ。だから私1人いれば他の女はいらない……と言いたいところですが、それだと大奥になりませんので、特別に見逃してあげますね」

「うん、ありがとカーマ。俺も好きだよ」

 

 光己はそう言うと、告白してくれた魔王様をぎゅーっと力強く抱きしめた。

 

「きゃぁー、い、いきなり何するんですか」

 

 するとカーマは真っ赤になって慌て出した。実はアヴェンジャーカーマは攻撃力全振りのせいで恋愛面でも防御力がない、つまりチョロいのである。

 しかし光己にそんな事情は分からない。魔王様ボディの蠱惑的な感触と匂いにくらくらしつつも訊ね返した。

 

「何って、すごい告白してくれたからお礼のつもりなんだけど、何か問題あった?」

「こ、こくは……!? そ、それにマスターが私を好きって……!?」

 

 いやお互い好き合ってるのは普段から(魔力パス経由で?)お話する時は感情も通じ合っているから分かるのだけれど、ここまではっきり口に出してなんて。カーマは胸がばくばく鳴って頭も真っ白になってしまった。

 

「よ、よく分からんけど急すぎたのか? でもカーマだって抱き返してくれてるだろ」

「え!? あ、きゃあー」

 

 彼に指摘された通り、カーマの両腕は彼の背中にしっかりと巻きついていた。

 いつもやっているので癖になっていたようだ。こんな薄着なのに!

 でも素肌が触れて熱い体温を感じ合うのは気持ちいいしドキドキするし嬉しいので、もう少しこのままでいることにした。

 

「……って、いつまでやってるんですか!」

 

 まあマシュの代わりに清姫に引っぺがされたのだが、いつもならすぐ反撃するカーマも今回ばかりは頭が茹だっていてそのままへろへろになっていた……。

 その間に清姫がぐっと拳を握り締め、渾身の気迫で光己に愛を告白する。

 

「こ、こうなっては黙っていられません!

 ますたぁ、わたくしもフランスの頃からお慕い申し上げておりました! この命尽きる時まで、全力でおささえする所存であります。

 なので今お返事を下さい! はいか好きか愛してるで」

「それ選択になってない……まあいいや、『好き』で」

「ほ、本当ですか!? やりました!!」

 

 彼の言葉に嘘は感じられない。ついにやり遂げたのだ!

 清姫は拳を高く頭上に掲げ、3回ほどくるくる回って全身で感動と喜びを表現した。

 

「ではこの勢いで、わたくしを正室にするという御沙汰を!」

「いや、それとこれは別だから」

「…………むう、やはり旦那さまはいつもしっかりしていらっしゃる……」

 

 流れで押し切れたりしないかと思ったのだが、そうはいかなかったようだ。せっかく爆上がりしたテンションがしゅーんと半分ほど下がってしまう清姫。

 まあ考えてみれば出会った頃ならともかく、今の彼は多くの英霊たちとの戦闘や交渉でそれなりに経験を積んでいる。簡単に言質を取られるほど間抜けではないということか。

 

「しかしついに旦那さまに『好き』というお言葉をいただけたのは大変めでたいこと!

 この日を記念して、世界共通の祝日にするのはいかがでしょうか!」

「いやそれギャグになってないから」

 

 その世界自体が燃やされている状況ではさすがに光己は笑えなかった。いや清姫はガチ真剣なのだろうけれど。

 

「うーん、なんと真面目な旦那さま……でもそういう所も好き!

 ではそろそろ浴室に行きましょう!」

 

 自分の用事が済んだらさっそくメインイベントに進もうとするちゃっかり清姫。いや悪いことではないのだが、光己は一応、ヒロインXXと景虎にも顔を向けた。

 

「あー、いえ……3番目ではさすがに特別感がなくなりますので、また日を改めてということで」

「そうですね、私なんて一升瓶持ってますし」

 

 景虎も露天風呂で一杯飲むため、布袋に酒瓶と湯呑みを入れて持っていた。ただマスターは未成年ということなので、お茶入りのペットボトルも入っている。これで愛を告白してもカッコがつかないというものだ。

 2人ともいつ告白してもOKしてもらえる自信はある、というかもう気持ちは確認済みであとは体裁だけなので、いいシチュエーションを待つ余裕があるのだった。

 

「そっか、それじゃ行こうか」

「はい!」

 

 こうしてようやく浴室に向かった光己たちだが、戦闘と修繕から一拍置いて改めて見てみると、久しぶりの日本的温泉に感慨しきりであった。

 

「うむ、これぞ日本の旅館の温泉って感じだな!」

「そうですね、かけ湯をしたらさっそく一杯飲みましょう! お茶も用意してきましたから」

「おお、景虎はやはり分かってくれてるな! それならOKだ」

「ではわたくしもご同伴します!」

 

 そんなわけで湯舟に入ると、それぞれ湯呑みにお酒とお茶を注ぎあって乾杯した。

 

「かんぱーい!」

「おお、これはまさしく久しぶりの日本のお酒! 私は越後の酒が1番好きですが、これもなかなか良い味ですね。あと3年したら、マスターも一緒に呑みましょうね!」

「うん、まあほどほどにね」

「ますたぁをお酒に酔わせて……うふふ……」

「そういう手管って嘘判定はOKなの?」

「はうっ!? た、確かに正常な判断力を奪っていいようにするというのは愛の行為とはいえないような……」

「まあまあ、そこは逆に考えるのです。自分が酔っ払って介抱してもらえばいいと考えるのです!

 ただし加減を誤るとひどいことになりますが」

「や、やはりお酒は魔物なのですね……」

 

 などと日本人3人がぴったりくっついて楽しげに語らっているのをワルキューレズは後ろでじっと見つめていたが、特に介入はしなかった。

 施設を修繕したのは彼女たちなのだからもっと権利を主張してもいいのだが、ずっと1人、いや3人占めは難しいので1番美味しいところだけかっさらうために雌伏しているのである。

 

「そういうこととは別に、純粋に異文化を楽しむのもいいですしね」

「そうだね! こんな機会めったにないもの」

「これもお父様のお導きでしょう」

 

 そんな計画のもと、湯舟の中でのんびりおしゃべりしつつマスターの様子も窺っていると、XXも1人ではつまらないらしく彼の前に移動してきた。

 

「私もお酒もらっていいですか? 一応成人ですので!」

「もちろんいいですよ。どうぞ!」

 

 景虎はもともと自分の財布で買ったのではないだけに気前よく、予備として用意してあった湯呑みに酒を注いで寄こした。

 XXがさっそくそれを手に取り、キューッと喉に流し込む。

 

「くぅーっ、酒精が五臓六腑に染み渡りますね! これがマスターくんの故郷のお酒ってやつですか。

 ビールやワインとは違う独特の味がしますね」

「そうでしょうそうでしょう! お値段は真ん中辺くらいのものですが、閻魔様の旅館のものだけあって相当な上物です」

「なるほどー! では返礼です、どうぞ」

「や、これはどうも」

 

 今度はXXが景虎の湯呑みに注ぐと、軍神娘は八分ほども注がれたそれを軽く一気飲みしてしまった。生前は非常な酒好きだったので、いくら飲んでも病気にならない今はその度合いがさらに増しているのだ。

 

「まあ私は自他ともに認めるウワバミですので、XX殿は無理に私に付き合わなくていいですよ。

 嫌がる人に強いるのは義にもとるばかりか酒に失礼ですし、何より私の飲む分が減りますから!」

「なるほど、酒飲みのお手本のような持論ですね!」

 

 XXと景虎は割と気が合っているようだ。

 しかし光己と清姫はそちらの話題には入れないので、仲良くお茶をちびちび飲んでいるのだが、思春期少年の背中にはカーマがべったり抱きついていたりする。

 

「うふふふ、この位置ならマスターは私にさわれませんからね。さっきみたいなドジは踏みませんよ」

「うぉぉ、薄布越しとはいえおっぱいの感触がやばい……!」

 

 雄大にして弾力的な魔王ッパイの圧を受けて、光己はそろそろ股間あたりに謎の白い光が当たって視聴者?には見えなくなる寸前であった。

 その胸板に手を回して指先で「すき」などと書いて悪戯しつつ、愉悦の笑みを浮かべる魔王様。

 

「ふふふ、そう、こういう反応を待っていたんですよ! こういうのがマスターと私の正常な関係なんです」

「おのれ、反撃できない相手をいたぶって楽しむとは邪悪な魔王め。こうなったら後で同じことしちゃうからな」

「お、同じこと!?」

 

 するとカーマはぼっと顔を赤くして頭から蒸気を噴き出した。

 何かすごくいろんなことをされちゃうのを想像してしまったらしい。

 

「そ、それはまあ……マ、マスターがお望みなんでしたら好きにしていただいて、いい、んですけどぉ、ぉぉぉ……」

 

 さらには両目をぐるぐる回して、光己の背中にへたりこんでしまう。自分の発言内容の大胆さにも気づいていないようだ。

 

「カ、カーマ!? のぼせたのか? 大丈夫か?」

「ほ、本当に防御力低いのですね……」

 

 仕方ないので、光己と清姫は2人でカーマを抱えて湯舟の外に運び出してあげたのだった。

 

 

 



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第157話 150話記念お風呂回3

 これくらいならR18にはならないはず……。
 つまり今回はそういうお話ですのでご注意下さい。



 夏の魔王様はただでさえすごい美人でスタイルも抜群なのに、今は湯に濡れて肌が火照って、しかも布面積少なめの白い湯浴み着が肌に貼りついて微妙に透けて、思春期男子のリビドーをそれはもう刺激しまくる大変なことになっていた。

 

(これはヤバい……なんてエロスだ)

 

 さっきカーマは「光己1人を堕とすのに特化したスペシャル形態」と言っていたが、それだけのことはある破壊力だ。もし2人きりだったら堕ちていたかも知れない。

 それでも色々さわりたくなるのをガマンして彼女を湯舟の外に出して、隅にあった長椅子に横たえる。

 しかしこのまま放置もできないのでしばらく見守っていると、カーマは意外と早く目を覚まして起き上がった。

 

「あー、えーと。何か手間をかけてしまったようで……」

 

 ただ取り繕う言葉に悩んでいるようだったので、光己は助け舟を出してあげることにした。

 

「気にしなくていいよ。好いてくれてる証みたいなものだと思うから」

「そ、そうですか。ど、どう致しまして。

 じゃあお礼代わりにお背中流してあげます」

 

 カーマは2度も敗退したのでそろそろアヴェンジャーの霊基が紙防御であることを理解し始めていたが、だからこそ攻めの姿勢を崩さなかった。後で彼の思春期のリビドーを丸ごと受け止めてあげる時間は取りた、いや取ってあげてもいいと思うが、その前に一矢報いておかないと魔王のメンツにかかわるのだ!

 

「そ、そっか。ありがと」

 

 光己としては断る理由はないのでOKしたが、そこに待ったをかける者が現れる。

 

「おおっと、それは待ってもらえるかな。今回マスターのお背中を流すのはあたしたちだよ!」

「んん!? 何でそんなこと断定口調で言えるんです?」

 

 カーマだけでなく清姫も、あと湯舟から上がってきたヒロインXXと景虎もヒルドのこの物言いをちょっと奇妙に思ったが、当人はむろんその反応は想定済みである。

 

「それはもちろん、あたしたちがこのお風呂を直した功労者だからだよ。だからちょっとくらいワガママ言ってもいいよね?

 別にずっとってわけじゃなくて、明日からは順番制にしてもいいんだし」

「んー、そう言われると弱いですね」

 

 ヒルドが言うことは実にもっともで反論の余地がなかった。

 今夜にも事件解決してカルデアに帰還ということにでもならない限りチャンスはあるわけだから、1番を譲るくらいは仕方あるまい。

 

「みんな理解してくれたみたいだね。それじゃマスター、日頃のお礼に全力でサービスするよ!」

「マジか。じゃあさっそくしてもらっちゃおうかな」

 

 光己は「日頃のお礼」とまで言ってもらえるほど立派なリーダーができているとは思っていなかったが、サービスしてくれるというなら受け取る用意は万全だ。0.3秒で了承した。

 

「うん、マスターは正直でいいなあ!」

「ではこちらへどうぞ」

 

 姉妹としてはここで光己にいい子ぶって遠慮されると面倒くさいし、個人的にも女としての魅力が足りないと言われているようで面白くない。しかし光己はすぐ乗ってくれるので、公的にも私的にも大変好ましかった。

 3人は光己を壁際の洗い場に連れ込むと、椅子に座らせてその前後左に陣取った。

 なお清姫たちは勇士の饗応役、つまり男性接待のプロである3人がどのようなサービスをするのか、()()()()()()見学している。

 3人は次は手拭いをつくって、光己の顔に巻いて目隠しをした。

 

「……? 目隠し?」

 

 何のつもりなのだろう、と光己も清姫たちも訝しんだが、その答えはすぐに分かった。ああ、なんと! 3姉妹は湯浴み着のトップスの裾に手をかけると、勢い良く脱いでしまったのだ!

 

((脱いだぁーーーっ!?))

 

 清姫たちは驚愕の声を抑えるのが精一杯だった。まさか3人はあの禁断の魔技を使おうというのだろうか?

 その推測は当たりだった。3人は無駄にさすルーンを使って秒で石鹸を溶かして前半身に泡をまぶすと、そのまま光己の前と後ろからしなだれかかったのだ!

 ヒルドとオルトリンデが体を上下に揺するたびに、泡まみれの生おっぱいが思春期少年の胸板と背中で柔らかくたわんで理性を蕩かすような甘い刺激を与える。スルーズは彼の左側で、両手で彼の手の指の股の間までそっと慈しむように愛撫していた。

 

「ちょ、あ、これ、まさか!?」

 

 当人もようやく何をされているのか分かったが、驚きと気持ち良さで呂律が回らない。

 ここまでしてもらっていいんだろうか? いや、いいんだけどヤバい。何が?と思考も空回りするばかりであった。

 

「とか言って、空いてる右手はしっかりあたしの背中抱きしめてるんだよね。さすがマスターブレないね!」

「そりゃまあそういうお年頃だからさ。でも何で目隠ししたの?」

「うん、最近マスターのこと好きな娘が増えてきたからちょっとインパクトあることしようと思ったんだけど、これで見せちゃったらさすがに段階飛ばしすぎかなーと思って」

 

 それぞれ事情はあるとはいえ、初対面の異性を夫や(つがい)に認定する危険人物だ。楽観はできない。

 しかも光己はアルビオンなる最終的にはファヴニールの50万倍強くなる超存在になったという話なので、アプローチのギアを2~3段上げていくという新方針が姉妹会議において全会一致で承認されたのだった。

 特に今はストッパーのマシュがいない絶好の好機だし。

 

「いやこれも十分飛ばしてるとは思うけど、何かもうおっぱいが良すぎだからいいことにしよう! あ、スルーズが手と腕撫でてくれるのも気持ちいいよ」

「……マスターはいつも気にかけて下さって嬉しいです」

 

 手や腕を洗っているだけのおまけポジでも彼は放置せず、ちゃんと言葉をかけてくれる。

 後で場所交代する予定ではあるが、スルーズはその前にお礼をすることにした。

 

「それでは、こちらをどうぞ」

「ほえ?」

 

 次の瞬間、光己の左手に()きたてのお餅めいたあったかくて柔らかいものが触れた。

 これはまさか、胸をさわらせてくれているのか?

 

「や、やさしくして下さいね」

「う、うん」

 

 目隠ししていても、普段冷静沈着な彼女が恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてうつむいているのは分かる。興奮しすぎてつい手に力がこもりそうになってしまうが、自制心を総動員して彼女の希望通りやさしく揉むのにとどめた。

 

「んっ……あ……マス、ター……」

「ちょ、声がえっちぃ!?」

 

 さすがワルキューレ、ちょっと喘ぐだけで男の理性を蕩かしてくる。しかも前と後ろのヒルドとオルトリンデまでもが、耳元に濡れた吐息をもらしてきた。

 

「あたしも……いろいろ……擦れて……んぅン」

「んんっ……私も何だか気持ち良く……」

「あわわわわ……」

 

 だんだん空気が桃色に染まっていって、光己は意識までぼやけてきた。ヒルドの背中を抱いていた手が少しずつ下がって、彼女のキュッとしまったお尻を撫で始める。スルーズの胸を揉んでいる左手の方も動きが大胆になってきた。

 

「きゃんっ……マ、マスターってば」

「あぁっ、ふぅ……そ、そんなにされたら……」

 

 2人はもう夢心地で、光己にご奉仕しつつもされるがままになっていたが、スルーズは手が彼の肩までたどり着くとふっと顔を上げた。

 

「はぁ、はぁ……あの、ヒルドにオルトリンデ。交代の時間です……」

 

 どうやら肩まで洗ったら場所を変わるという予定のようだ。

 呼ばれた2人もいったん上下運動をやめて、ふらっと彼から離れた。

 

「はぁ、はぁ……そ、それでは場所を変わりますね……」

「う、うん」

 

 ヒルドとオルトリンデもここまでに彼の胸と背中は洗い終えていたので、次は腹と腰になる。しかし今の椅子の高さではやりづらいので、いつものようにルーンで背が高い椅子をつくった。

 

「さ、それじゃマスターはこっちに座って」

「ホント便利だなルーン……」

 

 しかし椅子に座った状態でお腹を胸で洗ってもらえるとは。いろいろ素晴らし、いや危険なことになりそうな予感がするが、むろん光己は黙っていた。

 スルーズが彼の後ろに、ヒルドが右手側、オルトリンデは前に回る。さっきまでと同様にカラダで洗い始めた。

 

「―――な、なんとはしたない……しかし参考になります!」

「しかしこれはあれですね。明日私たちがやるとしたら、あれ以上に刺激的なことをしないとかまっていただける時間が減……る恐れはまったくありませんが、先に手の内を見せた相手に負けるのは面白くありませんね」

 

 顔を真っ赤にしながらも4人から目を離そうとしない清姫と、羞恥心より対抗心の方が勝っている模様の景虎。

 

「でもあれ以上となると、目隠しなしとか最後までしちゃうとかそういうレベルですよね……。そ、それはさすがに正式にお嫁さんにしてもらってからというか。

 あとはえっと、ファーストキスはやっぱり2人きりで、ロマンチックな雰囲気のあるところでしたいですし」

「マ、マスターにあれ以上って……あわわわ」

 

 XXとカーマは()()ちょっとためらいがあるようだ。

 なおその間も、光己たちは幸せそうに()()()()()()()()()いた。

 

「あッ、ん、ふぁ……マスターの手、熱いね……胸が溶けちゃいそう……」

「うん、こんなに柔らかいもんなあ……でもヒルドにこんなことできるなんて思ってなかった」

「あたしは最初から予感あったよ……マスターは剣士や槍兵や魔術師ってガラじゃないけど、でも『勇士』になれる天分はあるって思ってたから……」

「そっか……」

 

 お話しながらもヒルドの胸を揉む手は止めない光己。その腹と腰には、オルトリンデとスルーズがサービスを続けていた。

 泡に包まれたおっぱいに柔らかく擦られる感触はまことにもって気持ちいい。

 

「特にお腹の下に当たるとヤバいなこれ……!」

「本当、です、か……? マスターが、喜んで、下さる、なら、嬉しい、です……んッ、ふ、はぁ。

 でも変……サービスしてるだけなのに、私の方までこんなに気持ち良くて、ぼうっとして……」

 

 4人で(ほぼ)ハダカで密着して、しかもとても興奮しているからだろうか。マスターとの同調率が異常に上がって、魔力だけでなく感情や気分まで流れ込んでくる。

 もちろん一方通行ではなく、こちらの感情と気分も彼に伝わっている。それをなぜか、とても嬉しく感じた。

 つまり自分が気持ちいいのは彼が気持ち良くなってくれているからで、彼がこんなに悦んでくれているのは自分も悦んでいるからで―――何だか鶏が先か卵が先かみたいな話になってきたが、そろそろ気持ち良さ2倍で難しいことが考えられなくなってきたし、みんなが気持ち良くて嬉しいのなら何も問題はないのでこのまま流れに任せ―――。

 

 

 ―――ようとした時、何かすごいのが来た。

 

 

 それは今まで考えたこともないような、誰かとの一体感。単に情報や経験を伝達したり共有したりというコンピューター通信めいたものとは違う、脈動する生命と精神がひとつになる感覚だった。

 たとえるなら水銀と硫黄から黄金ができるような、陰と陽が交わって太極に至るような―――そんな至高至福の境地のように思う。

 

(これがスルーズがローマで体験した、あの……。

 マスター、マスター……!)

 

 次に全身の細胞の1つ1つが歓喜で爆発するような感覚に襲われた後、オルトリンデは意識を失った。

 

 …………。

 

 ……。

 

「オルトリンデ、大丈夫?」

「……あ、マスター」

 

 光己が頭を撫でながら声をかけてくれているのに気づいて、オルトリンデはふっと頭を上げた。

 先ほどまでより彼をはるかに身近に、親しく、大切に感じる。

 

「はい、もう大丈夫です。マスターは?」

「大丈夫だよ。()()()()()()()()、もう4回目だしなー。

 今回はなぜかえちえちな感覚重点だったけど」

「そうですか……」

 

 ちょっと胸がチクッとしたのは、ヤキモチなどやいてしまったからか。オルトリンデはそんな自己分析をしたが、態度に出すのは控えた。

 まだ心身ともにほわーっとして力が入らないが、これも気にしないことにする。

 

「……ええと、これで胴体と両腕まで洗い終えましたね。

 あとは顔と髪と脚ですか」

「え、まだやってくれるの?」

「はい、がんばります」

 

 予想外の、いや予定通りのアクシデントはあったが、そんなことでサービス中止はされないのだ。戦乙女を甘く見ないでもらいたい!

 オルトリンデは内心でふんすと荒い息をつきつつ、光己の頭のてっぺんから足の爪先まで、念入りに手洗いしてあげたのだった。

 

 

 



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第158話 150話記念お風呂回4

 今回は前回よりは安全度高め……のはず。



「はふぅ~~、人生で最高のウォッシュタイムだった。ありがと3人とも」

 

 最後に湯で泡を流してもらうと、光己はワルキューレズに心の底からそうお礼を言った。

 美少女3人に胴体は胸で、頭と腕と脚は手で丁寧に洗ってもらうなんて生まれて初めての超グッドイベントである。目隠しはされていたが、それでも最高だったことに変わりはない。

 こちらの手が空いている時はおっぱい揉んだりお尻撫でたりさせてもらえたし!

 さらにはローマでもあった一体感体験も起こったし、「最後のマスター」とは何と素晴らしいお役目であることか。

 

「好いてくれてる美女美少女と(精神的に)合体とか、もう文字にするだけでたまらんからなー」

「も、もうマスターってば。それじゃ目隠し外しますね」

「うん」

 

 光己は目隠しを外してもらうとすぐさま3人の姿を目で追ったが、当然3姉妹とも湯浴み着をちゃんと着ていた。しかし3人とも顔に朱がさして吐息も濡れた感じがして、何だかすごく色っぽい。見ているだけでドキドキしてしまう。

 

「うーん、これが戦乙女の本気ってやつか……」

「ううん、マスターとひとつになって気持ち良かっただけだから今は関係ないよ」

「そっか、そこまで悦んでくれたなら本懐だな。うんうん」

 

 ヒルドは光己と付き合いが長い上にノリが近いだけあって、こういう狙ったような表現もしてくれたりするのが大変ポイント高かった。

 なおスルーズとオルトリンデはまだ体に力が入らないのか、光己の体にもたれかかって余韻にひたっている。湯浴み着越しではあるが、おっぱいの感触はやはりいい。もちろん光己もお返しとして、オルトリンデの背中を撫でていた。

 ヒルドはお話しつつもさりげなく手を握っていてくれるところにワルキューレ式男性籠絡(ろうらく)術のスゴ味を感じる。

 

「で、マスター。マスターの次のセリフは『もし俺がヴァルハラに行ったら、ヒルドたちを独り占めできる?』だよ!」

「ところでヒルド。もし俺がヴァルハラに行ったら、ヒルドたちを独り占め……ハッ!」

 

 気持ちが通じるようになった分、思考も読まれやすくなったようだ。光己は己の単純さをちょっとだけ反省した。

 

「それで答えだけど、もちろんイエスだよ。マスターだったら追加で10人くらい専属にできるんじゃないかな。マイホームも多分つくよ!

 あとマスターは昼間は殺し合い的訓練だと思ってるみたい、というか実際そうなんだけど、マスターならそうはならないと思うよ」

 

 実戦同然といってもあくまで訓練なのだから、わざわざ光己に竜殺しの武器を当てるような嫌がらせはしない。そうなると彼の無敵アーマーを破れるエインヘリヤルなんてまずいないから、実質的にはちょっときつい部活程度の内容になるだろう。

 

「ほむ、なるほど……」

 

 それならヴァルハラに行くハードルはだいぶ下がる。モルガンの悲願を簡単に無碍にはできないし、アヴァロンやユニヴァースにも興味はあるが、選択肢として有力になってきた感はあった。

 

「でもこれすごいね。マスターと()()()()()()のがこんなにはっきり感じられるなんて」

 

 これならさっきXXと景虎が余裕あったのも当然かな、とまでは口にしなかった。

 

(でもこの、あったかくて満ち足りた感じ……これがスルーズが言ってた、お姉さまを落としたもの……?

 だとしたらあたしたちもいつか)

 

 ただもしそうなっても、彼がヴァルハラに来て専属ワルキューレにしてくれれば―――いや極論、彼が普段はどこにいようとラグナロクの時に味方してくれるなら―――何も問題ないのだ。がんばろう!とヒルドは内心で握り拳を固めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ところでこれだけのサービスを受けた以上、それなりの対価を支払うべきだろう。光己は3姉妹のお背中、いや全身を流すことを提案した。

 

「洗ってもらったからにはお返しにこっちも洗う。当然の礼儀だよな?」

「え、ええっと。あたしたちが洗うのがお礼だったんだから、お礼のお礼まではいらないと思うよ?」

 

 というか胸とお尻をいっぱいさわられたし、すごく気持ち良くしてもらったりもした……というのはむしろおまけで、今こうしてあたたかいものを感じていられるだけで本当に満足だから、蛇足はいらないと思うのだ。

 もっと簡単にいうなら、今はお腹いっぱいだからちょっと待ってということである。もちろんその時は今回よりもっと美味しいご馳走を用意するので!

 

「あの、私もこれ以上してもらうのは申し訳ないですから……」

「私も今はこれで十分ですから」

 

「……? うーん、3人がそう言うなら」

 

 3人は嫌がっているわけではないが、光己に「何かしてもらう」のは気が引ける様子である。光己は無理強いはできないタチなので、また次回を待つことにした。

 

「じゃあ代わりに、3人が洗いっこするのを鑑賞させてもらうってことで手を打つよ」

「め、目隠ししてて下さいっ!」

 

 するとスルーズが後ろから手拭いで目を隠そうとしてきた。こちらは妥協したのに何という横暴な!

 

「圧制だー! 反逆してやるー!」

「あ、圧制などではありません! 羞恥心を主張しただけです」

 

 とか言いながら4人でじゃれ合っていると、いいかげん蚊帳の外がガマンできなくなったのか清姫が割り込んできた。

 

「ますたぁぁぁぁ! 先ほどのあの、桃色空間はいったい何だったのですかぁぁ!?」

「おおっ!?」

 

 光己は清姫のバーサークなお目々ぐるぐるぶりにちょっとびっくりしたが、わりといつものことなのですぐ落ち着いた。

 

「ああ、そういえば清姫はこれ見るの初めてだっけ」

 

 彼女はローマの時もルーラーアルトリアの時も(現場には)いなかったから、今回が初見で、しかもローマの時と違うえちえち風味だからそれは驚くだろう。

 要はすぐそばで同じような強い、あるいは深い感情・気分になることによる魔力的・精神的同調現象である旨をなるべく丁寧に説明すると、当然というべきか、清姫はくわっと身を乗り出して迫ってきた。

 

「ではわたくしとも! わたくしともさっそく! 今これからしましょう!!」

「ま、まあまあ落ち着いて清姫。これはあんまりがっついてるとかえって起こりにくくなるし、()()()だいぶ()()()から」

「…………むう」

 

 彼の口調は何だか言い訳めいていたが、嘘は言っていないようである。

 まあ両者の気分が違っていたら同調が起こりにくいのは分かるし、()()()()()を立て続けにやるのは実際大変そうである。やはり明日を待つしかなさそうだ。

 

「では明日! 明日を楽しみにしておりますので!」

「アッハイ」

 

 良くも悪くも、清姫のこの率直さと行動力は大したものだと光己は素直に賛嘆した。

 そして清姫が下がると、スルーズがまた光己に目隠ししようとしてきた。もちろん1人で挑むのではなく、光己の両腕にはヒルドとオルトリンデが組みついておっぱいを押しつけている。

 

「くっ、ひ、卑怯な!」

「よし、終わりました。では今の内に、みなさん体を洗うのです!」

 

 スルーズの呼びかけはものすごーく茶番めいて聞こえたが、ヒロインXXたちにとってはそれなりに切実である。

 

「マスターくんにいろいろお見せするかどうかはまだ決めかねてますからね……」

「サービスもみんなでするか、2人ずつ分かれてするかという問題もありますし」

 

 4人でやるより2人でやる方がたくさんサービスしてあげられるが、そうするとチーム分けの問題も出てくる。とにかく彼と一緒にいたくて、ついでに()()()()えっちなお肌のふれ合いも期待して混浴しに来たのだが、細かい計画はまだ未定なのだった。

 今回はワルキューレズに美味しい所を取られてしまったが、お手本を見せてもらった上に計画を練る時間を得られたと考えるのが建設的だろう。

 

「なのでここはお言葉に甘えましょう」

「ではちょっと急ぎで」

 

 3姉妹はヒルドが自分の体を洗うためいったん離れたので、荒ぶるドラゴンを鎮める役は今たったの2人きりだ。しかもスルーズは彼の後ろで目隠しを両手で押えているので、ドラゴンの前に立ちはだかる勇者はオルトリンデ1人だけなのである!

 少しでも早く勇者を救うため、一刻も早く体を洗い終えねばなるまい。

 

「そういうプレイにしか見えませんけどねー」

 

 XXがあきれ顔で指摘した通り、オルトリンデは椅子に座ったままの光己と抱き合って、彼の首すじに顔をうずめてうっとりしていた。

 お尻をさわられても気にせず、甘ったるい喘ぎ声をあげている。「何かしてもらう」という体裁でなければOKらしい。

 

「んんっ、はあ……マスター……マスターの腕の中、とても幸せです……」

「オルトリンデ、順番ですからね」

「何のことでしょう……」

 

 ワルキューレズは意見を違えることがないそうだが、1つしかないものを取り合う場合は別のようだ……。

 3人は自分たちを機械に似ていると言ったことがあるが、もしかしたら命ある個体としての感情や欲求が芽生え始めてきたのかも知れない。

 

「ふぁ、ぁ……ン……マ、マスター、そこは……」

「ではそろそろ交代で」

 

 光己がどこをさわろうとしたかは不明だが、ヒルドが体を洗い終わるとスルーズは容赦なく彼の腕を引っぺがしてオルトリンデを楽園から叩き出した。

 ―――その後いろいろあってスルーズとオルトリンデが体を洗い終わったところで、ようやく光己の目隠しを外す。

 

「やっとか……って、みんな体洗い終わってる? ひどい、これが人間のやること(ry」

「うん、だってあたしたち人間じゃない(ry」

 

 その後すぐいつもの掛け合いをしたあたり、光己はさほど怒ってはいないようだ。

 まあ今日はまだ初日だし、明日という機会があるというのも大きいだろう。

 

「それでは体が冷めないように、もう1度お湯に浸かっておきましょう」

「うん」

 

 その後また4人でぴったりくっついて湯舟に入ってから、光己たちは温泉から出たのだった。

 

 

 

 

 

 

 光己は更衣室では服を脱ぐ時と同様に、女性陣が体を拭くところと服を着るところは見させてもらえなかったが、7人の浴衣姿は実に絵になるものだった。

 デザインは白地に若草色の竹のような模様が入ったもので、外に竹林があるのを意識したものだろうか。

 露出度は非常に低いのだが、日本人としては風情を感じるし、さっぱりした色気もある。特にXXとカーマはバストが大きい上に浴衣を着なれていないので、谷間がチラ見えして大変良かった。

 亭内にもし卓球場があったら誘ってみたいものである。

 

「閻魔亭がいつ建てられたのかはわたくしも知りませんが、この浴衣は現代的なつくりですね。さすがは先生、全体としては伝統を守りつつ、良いものはしっかり取り入れておられるようです」

「そういえば女将さん料理指導の時もそんなこと言ってたね。これは夕ご飯は期待できそうだ」

 

 清姫はこういう細かい点にも感心していた。

 光己視点だと清姫と玉藻の前は十分以上に料理上手なのだが、そんな2人を未熟者扱いしている紅閻魔は古今の料理に通じまくった達人に違いない。光己は期待が高まるばかりであった。

 ―――女将に「男風呂から女性が出る時は他の客に見られないように」と注意を受けていたので、例によって認識阻害でごまかしてから更衣室から出る8人。すると女風呂勢が少し先で待っていた。

 一般的には男性より女性の方が入浴の時間は長いと言われるが、スキンシップ()の時間が長かったのだろう。

 

「あ、お待たせしちゃいましたか?」

「いえ、5分くらいだから気にしなくていいわ。それよりその……いえ、何でもないわ」

 

 光己がオルガマリーに声をかけると、オルガマリーは何か訊こうとしたようだが、思い直したらしく取り下げた。ちょっと顔が赤いが、多分気のせいだろう。

 

「今5時半だけど、どうしようかしら。大広間に行くには早いけど、亭内の散策をするには時間が足りないし」

「そういえば部屋割りをまだ決めていなかったのでは?」

 

 オルガマリーが空き時間の使い方を募集すると、マシュがそんなことを口にした。

 ところがそこに注意すべき情報がもたらされる。

 

「あ、すみません。今まで言いそこねてましたが、この建物の中に私たち以外のサーヴァントが1騎います」

「え!?」

 

 なんとジャンヌがサーヴァントの存在を感知していたのだ。これは確かに注意せねばならない。

 

「ええと、敵味方や真名まではまだ分からないのよね。どこにいるのかしら?」

「そうですね、本館の中にいてほとんど動きがありませんから、多分客室にいるのではないでしょうか」

「すると宿泊客かしら? 女将は『人以外であれば分け隔てなく迎える』と言っていたから、はぐれサーヴァントが泊まっていてもおかしくないものね」

 

 もちろんただの旅行者ではなく特異点の発生や存続にかかわっている重要人物である可能性もあるが、今すぐ訪ねるべきだろうか?

 

「うーん、こっちから押しかけるのは良くないのでは? 最初に会った雀が『破壊目的でお泊りになるお客様の案内はできない』って言ってましたから、こちらからケンカを売る形になるのは避けた方がいいと思いますが」

 

 光己の本音はもちろんこの慰安旅行をなるべく長引かせたいという私的な欲求なのだが、それについてはつつましく黙秘権を行使した。

 

「確かにねえ」

 

 そのサーヴァントがここを特異点たらしめた、あるいはオルガマリーたちがここに来る原因になった者であるなら、最終的に戦闘になる可能性が高い。それなら光己が言う通り、こちらからの接触は控える方が良さそうだ。

 何しろこの旅館の主はかの「白面金毛九尾の狐」に有無を言わさぬスパルタ指導をかませる「地獄の閻魔」なのだ。できる限り怒らせるのは避けるべきだろう。

 なおオルガマリーにもせっかくの休暇がすぐ終わるのはもったいないという気持ちはあったが、人の上に立つ者として当然口にはしなかった。

 

「つまり知らんぷりをするということですか?」

「ええ、ただしジャンヌは注意しておいてね。貴女にだけ負担をかけて悪いけれど」

 

 マシュの問いかけにオルガマリーはそう答えると、ジャンヌの方に顔を向けた。

 もちろんジャンヌはそんなことまったく気にしない聖女である。

 

「いえいえ、これもルーラーの仕事ですから気にしないで下さい」

「ありがとう、それじゃ部屋割りの話に戻りましょうか」

 

 未知のサーヴァントがいるなら、光己はともかくオルガマリーとアイリスフィールは安全重視で、マシュとジャンヌが同室になるべきだ。あと1人、(光己と同室になりたいという希望が薄い)ブラダマンテかタマモキャットに来てもらえば前衛後衛のバランスが取れる。

 光己と同室になりたい人は大勢いるから、見張り役の段蔵だけ固定にして、あとはジャンケンか何かでいいだろう。ジャンヌ2人とタマモ2人を別室にすれば、他に人間関係的な問題はないし。

 

「……こんなところかしらね。それじゃお風呂上がりだから、のんびり歩きながら行きましょうか」

「はい!」

 

 こうして多少の問題はかかえつつも、カルデア一行は美味しい夕ご飯が待つ大広間に向かったのだった。

 

 

 




 ワルキューレズがモルガンと妥協できるようになりました。
 ラグナロクが起こったらイギリスも戦場になるでしょうから、モルガンにとっても3姉妹がいてくれるのはプラスですし。
 それがいつになるかはまったく分からないのですが……。




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第159話 呼ばれた理由

 光己たちが大広間に入ってみると、そこはいかにも日本旅館といった趣きの、畳敷きの広い部屋であった。上座の向こうの壁には、金箔でつくられたとおぼしき絵画が飾られている。

 ちょうど配膳もあらかた終わったようである。その指揮をしていた紅閻魔が話しかけて来た。

 

「ちょうどいい時に来られまちたね。今準備ができた所でちので、お席にどうぞ。

 皆様は久しぶりの新しいお客様でちからね。粗相の無いよう、全力でお持てなしするでちよ」

「はい」

 

 カルデア一行がさっそくオルガマリーを先頭にそれぞれ席に着く。

 

「―――ほうほう。世界各地に観測される、魔術が関わる異常事態を解決している組織というわけでちか。

 騒がしいのが現世の常とはいえ、大変な仕事をしているのでちね」

 

 世間話の中で紅閻魔にカルデアの仕事について訊ねられたが、さすがに全ては明かせない。オルガマリーは嘘にならない程度に、スケールダウンした話をしていた。

 

「若い身空(みそら)でとても立派なものでち。感心しまちた。

 あちきは閻魔亭から離れることはできまちぇんが、ここにいる間は良い休暇になるよう、気を配るでちよ」

「はい、ありがとうございます」

 

 紅閻魔のお話がふと一区切りついたところでオルガマリーが礼を述べると、女将はいよいよ料理を勧めてきた。

 

「どうぞ、取れたばかりの(ぶり)(つく)りでち。焼き物には(さわら)の味噌ゆずあんなどいかがでちか?」

「ええ、ではさっそくいただきます」

「鰤に鰆か、名前しか知らないぞ俺。しかしこれは旨そうすぎるな……」

「きてます……きすぎてます……。

 これがお屋敷、大広間でのお食事なんですね……」

「ええ、ファンタスティックだわ……!」

 

 オルガマリーは淑女として落ち着きある態度を保っていたが、光己とマシュとアイリスフィールはパンピーと箱入りだけに、超一流板前の見た目にも美しい芸術的料理の数々を前に興奮を抑え切れない様子である。

 

「「いただきまーす!」」

 

 日本でお食事する時の礼節として、手を合わせて食材と調理者への感謝を述べてから箸を手に取る一同。

 

「……!! こ、これは!?

 これが一流旅館の膳というものなのですね。この感動、まさに浦島太郎級です!

 食事の玉手箱、と断言します!」

 

 マシュは料理がよほど気に入ったらしく、壮大に意味不明な言葉で称賛していた。

 

「うーん、やはり先生のご飯は美味しいです……! わたくしもいつかはこの境地に達して、旦那さまに心からご満足いただけるようになりたいものですね」

「まったくです……道はまだまだ遠いですが」

 

 清姫と玉藻の前は久しぶりの先生の味を堪能しつつ、目指す高みの遠さに嘆息してもいるようだ……。

 光己やオルガマリーたちも満足していたが、そこに招かざる客が現れる。

 

「ええ、ええ。閻魔亭の大広間が使われるのは何年ぶりでしょうか」

 

 その客は猿を模したような仮面をかぶり茶色い和服を着た男性だった。従業員という感じはしないから宿泊客だろうか?

 ジャンヌが反応しないから、彼女が先ほど言っていたサーヴァントではないが……。

 

「それも零落(れいらく)した神やら、神を名乗る妖怪やらではなく、れっきとした現代人のお客さまとは。

 ほほほ。長生きはするものですねぇ。女将のあんな楽しそうな顔は久しぶりです。」

 

 そういえばさっき女将が「皆様は久しぶりの新しいお客様」と言っていたから、その新規客を見に来たということのようだ。もっとも「現代人」は17人中3人だけだけれど。

 といって団体客の食事に突然乱入するのは褒められたことではないのに、男性はさらに礼を失した行動に出た。

 

「うわっと、とつぜん誰です!? あ、人のお膳に箸を伸ばすなんてはしたない!」

 

 玉藻の前が怒るのは当然だったが、するとさすがに男性は手を引っ込めた。

 

「冗談。冗談でございます。ワタクシ、猿長者(さるちょうじゃ)と申します。

 この閻魔亭へ湯治に来てはや500年。あまりの居心地の良さに長居していたらあら不思議。

 自分の(くに)への帰り道も忘れてしまい、開き直って閻魔亭に居すわる事にしたひねくれ者。要は皆さまと同じ宿泊客でございますよ。手持ちの財産が尽きるまで、の話ですがね」

 

 こんないい旅館に500年も泊まっていられるとはずいぶんなお大尽のようだ。しかも少なくとも500歳以上ということは人間ではないが、この旅館ならむしろ当然のことだろう。

 それはいいのだが、その後女将との会話で「猿どもの面倒を見るというのも疲れる」と口にしたので正義感が強いブラダマンテはぴーんときた。

 彼が景虎に酒を勧めようとしたのに割り込んで早口に尋ねる。

 

「ちょっとお待ち下さい! 今貴方『猿どもの面倒』と仰いましたね。

 もしかしてこの山で雀を襲ったりしている魔猿の主は貴方なのでは?」

 

 そのひねりも何もないストレートな問いかけに、猿長者は大仰な身振り付きで否定の意を示した。

 

「ああ、あの連中! よしてください、ワタクシとあの魔猿どもは関係ございません!

 あの連中、ここ最近現れては閻魔亭のいたるところで悪さを働く畜生猿。

 厨房で食材を盗む、金目のものを盗んで回る、山に出た雀を襲う、とやりたい放題。

 いえね、ワタクシも猿使いの面目躍如とばかりに立ち向かったのですが、まるで駄目。

 ワタクシの話を聞きもしない。ほとほと参っていたのです」

「そ、そうでしたか、これは失礼しました」

 

 証拠もないことなのでブラダマンテはあっさり引き下がって謝罪したが、猿長者が話している間光己は清姫にアイコンタクトを送っていた。

 嘘発見少女もそれに気づいて、キランと怒りを秘めたような視線を返す。猿長者の話の一部に嘘があったという意味だ。

 

(分かった、でも今は黙っててね)

(……旦那さまがそう仰るなら)

 

 清姫は(わざわざ訊ねておいてどうして?)と少し不満に思ったが、証拠もなしに騒ぎを起こすのがまずいのは分かるので今は抑えた。

 しかしこれは光己にとっても不可思議な結果だった。

 今清姫に依頼して嘘発見してもらったが、よくよく考えてみるに、もし猿長者が魔猿を操って悪事を働いているのなら、とっくの昔に閻魔様が見抜いて処罰しているはずである。

 なのに猿長者が無事で魔猿も放置されているのは、清姫が鑑定を誤ったか、紅閻魔が猿長者と魔猿を処罰できない何か深い理由があるということだ。その辺を確かめない内は軽挙妄動は慎むべきだろう。

 

「―――ですがワタクシが言わなければ女将は(だんま)り。野暮と知りつつも口を滑らせたのでございます。

 何しろこの方々、とても腕が立ちそうですので。旅先での善行などお手の物なのでは?」

 

 猿長者はそのあと女将と二言三言話していたが、その後で魔猿退治を提案してきた。

 それは話を振られた玉藻の前が断ったが、それについて女将が「魔猿たちは暇をみてあちきがこらしめる」と言ったことも加味して考えると、やはり猿長者と魔猿は無関係なのだろうか?

 

(やっぱり特異点に行くとすぐ怪しい話が出てくるな……いや今の所はそう言い切れないんだけど)

 

 光己がそんなことを考えている間に猿長者は部屋から去り、女将もいったん下がったので、その後は何事もなく夕食を終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 夕食の後は腹ごなしに亭内の散策でもと考えたカルデア一行だったが、その前に明日からの予定をまだ立てていなかったことに気がついた。

 これは散歩しながらというのはよろしくないので、オルガマリーが泊まる予定の「翡翠の間」に集まって行うことにする。

 

「夜は真っ暗ですから外の風景は見えませんしね」

 

 昼間は山や林や川が大変素晴らしい景観なのだろうけれど、21世紀と違って電灯がない時代は夜は何も見えない。マシュはちょっと残念そうであった。

 

「まあそれは明日ゆっくり堪能することにして―――まず決めるべきは明日以降もここにとどまるか、それとも他の所に行くかよね」

 

 前回のレムレムレイシフトではすぐアルトリアリリィと景虎に出会えたのですぐ特異点を修正する方法が分かったが、今回はまださっぱりである。この閻魔亭が特異点発生の原因なのかそうでないのかも分からない。

 

「でもここがまったく何もないとは思えないですよねー。仮にも閻魔様が経営してる旅館ですし、怪しいといえば怪しい人もいますし」

「確かにあの猿長者という方は嘘をついていましたが……」

 

 光己がまず口火を切ると、清姫も同意見という風に頷いた。

 猿長者が魔猿たちと無関係という発言については鑑定しそこねたが、彼が魔猿に立ち向かってもてんで駄目だったというくだりは間違いなく嘘だった。しかし魔猿が彼の手下なら退治を勧めるような発言をするはずがないし、どういうつもりだったのだろうか。

 

「でも仮に猿長者が閻魔亭に害をなす者だったとして、それが所長さんやマスターが呼ばれる原因になるかと言いますと……」

 

 一方玉藻の前は懐疑論者であった。なるほど行ったこともない旅館の女将と客の(いさか)いなんぞで呼びつけられる(いわ)れはない。

 

「でもこの旅館、上の方に聖杯クラスの魔力を持った魔術的な物品があるようなのですが。

 おそらくはこの建物の『心臓部』にあたるものです」

「!?」

 

 しかしスルーズの発言で一気に空気が変わった。

 やはりレイシフトは異常の原因、もしくはそれに縁があるものの近くに移動するものだったのだ!

 とはいえいきなり吶喊するのは賢明ではない。もう少し情報を集めるべきだ。

 

「つまりしばらくここに滞在するということかしら?」

「そうなるわね、ジャンヌが探知したサーヴァントともまだ会っていないし。いえこちらから訪問はしないのだけど」

 

 アイリの質問にオルガマリーがそう答えることで方針は決まったので、延び延びになっていた亭内探索をようやく行うことになった。

 玉藻の前が「建築学的にありえねー」と評しただけあって迷路みたいだったが、それがかえって面白い。広くて立派な建物なのに清掃は行き届いており、従業員は女将1人と雀9羽だけなのに大したものだと感心した。

 

「あ、卓球場だ! よし、明日みんなで遊ぼう」

「もう、マスターくんってばえっちなんですからー」

 

 ヒロインXXは光己と仲がいいだけあってすぐ彼の真の目的を見抜いたが、ちょっと恥ずかしがるだけで嫌がる様子はなかった。

 マシュはむーっとした顔で彼の腕をつねっていたけれど。

 

「さすがにゲーム機やカラオケはないか……ここ電気来てないしな」

八百万(やおよろず)の神様で(にぎ)わう所だそうですからねー。文明的すぎるものは置かない方針なのかも知れませんね」

 

 一行はそんなことを話しながら楽しく散策していたが、不意にジャンヌがオルガマリーのそばに近づいた。

 

「所長さん、例のサーヴァントが移動を始めました。ここから見ると反対側に歩いて行っているようですがどうしますか?」

「本当に!? では急いで先回りして、偶然出会ったという体裁にしましょう」

「はい」

 

 さっそくジャンヌの探知にそってサーヴァントの移動先についていくと、どうやら温泉の方に向かっているようだ。女将か雀が貸し切り時間が終わった旨を伝えたのだろう。

 曲がり角の先に隠れて、まずは認識阻害も使った上で少し様子を窺うことにする。ジャンヌがチラッと顔を出して覗いてみると、廊下の向こうから自分たちと同じ浴衣を着た女性が歩いてくるのが見えた。

 身長は光己と同じくらい、年の頃は25歳前後か。日本的な印象の楚々とした美人である。久しぶりに温泉に入れるからか、ちょっと浮かれているようだ。

 

「―――真名、ミス・クレーン。キャスターですね。宝具は『天衣無縫・鶴恩惜別歌(てんいむほう・つるのえにしなみだのわかれ)』……味方1名に強化魔術をかけた後、自身は力を使い切って撤退するというものです」

「ミス・クレーン……? ヒロインXXみたいなコードネームなのかな?」

「先輩、『クレーン』とは日本語では『鶴』という意味です。宝具の名前も合わせて考えますと、昔話の『鶴の恩返し』なのでは?」

「それだ!」

 

 博学なマシュのおかげでサーヴァントの正体が明らかになった。鶴・衣・別れというキーワードからいってそれしかない。

 極めて非戦闘的な人物だろうから、普通に接触すれば争い事にはなるまい。ただその分、最初に話をするのは同じ日本人であっても景虎や段蔵のような戦闘的な生涯を送った者や、清姫のように想い人を殺した者、玉藻の前のようなやむを得ずとはいえ大量殺人の逸話を持つ者は避けた方が良さそうだ。

 

「といってキャットじゃ混乱させちゃうし、日本人勢全滅じゃないか。

 仕方ない、お姉ちゃんに頼んでいい?」

 

 ジャンヌも戦争絡みで英霊になった身だが、「聖女」という圧倒的肩書がある。雰囲気や物腰はカルデア一行の中では穏やかな部類だし、問題はないだろう。

 

「はい」

 

 ジャンヌにも特に断る理由はなかったので、認識阻害を解除して、彼女を先頭にしてミス・クレーンとの対面に臨むカルデア一行。

 クレーンは一行に気づくと、すれ違う邪魔にならないよう廊下の端に寄った。

 カルデア側も同様にしたが、そのすれ違い際にクレーンの方から話しかけてきた。

 

「こんばんは。もしかして温泉の羅刹(らせつ)を退治したという、カルデアのご一行様でしょうか?」

 

 先方からコンタクトしてきてくれたとは都合がいい。ジャンヌはすぐに答えた。

 

「はい、私たちとしてもせっかく旅館に来たのに、温泉に入れないのは残念でしたから。

 私はフランスのジャンヌ・ダルクと申しますが、お名前を伺っても?」

「え、ジャンヌ・ダルク……!?」

 

 実はこのクレーンという女性、フランス好きな上に重度のアイドルオタクである。有名な聖女様、それも通常より6割増しの魔力量を持つスーパーヒロインを目の当たりにしてすっかり興奮してしまった。

 

「ひふぅ……あ、あの神の声を聞いたという救国の聖女様が目の前に……!?

 存在感しゅごい……(まぶ)し……(とうと)……はわ」

「ちょ!?」

 

 そして興奮のあまり表情をスライムのように溶かして卒倒してしまったのでジャンヌは慌てて介抱したが、やはり特異点修正というのは色々と面倒くさいもののようだった。

 

 

 




 お供え物盗み食いイベントは没になりました。フィンとディルムッド以外の人にやらせるとアンチヘイト的な扱いになりかねませんし、2人をはぐれ鯖として出した場合でも同じことですから。
 しかしそうなると閻魔亭を原作ほど繁盛させる必要がないというか、あまり繁盛させると逆にカルデア一行が帰った後でスタッフが足りなくなりそうなので、温泉を解放するのと詐欺師を退治するので十分かなという気はします。




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第160話 盗難事件

 幸いミス・クレーンは気付けをするとすぐ目を覚ましたが、その時たまたまジャンヌとジャンヌオルタが並んでいたのでまた溶けてしまった。

 

「ひぅぁ……!? こ、これは聖女様の妹様!? 光の姉と闇の妹!? エモい……はぅ」

「あらあら、やはり部外者からは姉妹に見えてしまうのですね。ふふっ」

「何たわけたこと言ってるのよこの節穴! 2度も気絶してないで起きなさい!」

 

 まあ今回は怒ったジャンヌオルタが斜め45度からのチョップをかましたおかげですぐ正気に戻ったけれど。

 

「え、ええと……それで、何のお話だったのでしょうか?」

「いえ、こうして出会ったのも何かの縁でしょうから、ちょっと話でもできたらいいなと思っただけですよ。

 私たちのことは女将さんに聞いたのですか?」

「はい、とてもお強い方々だと伺いました」

 

 クレーンは続けて3回も溶けたらさすがに恥ずかしいと考えたのか、気合いを入れて余所行き用のたおやかで礼儀正しい振舞いになっていた。

 カルデア側としては面倒がなくて有難い限りである。

 

「あ、申し遅れました。私、ファッションデザイナーをしているクレーンという者です。

 この旅館では『夕』と名乗っておりますが」

 

 「夕」というのは「夕鶴」という戯曲(ぎきょく)で人に化ける鶴が名乗っていた名前である。やはり彼女は「鶴の恩返し」の鶴で間違いないようだ。

 

「しかしまさかこのような地でまたカルデアの方とお会いするとは……。

 ロマニさんは息災でいらっしゃるでしょうか?」

 

 クレーンが自分から声をかけてきたのはカルデアに知人がいるからのようだったが、部下がサーヴァントと知り合いだったと聞いたオルガマリーは当然黙ってはいられなかった。

 

「!? み、ミス・クレーン!? 貴女もしかしてロマニと会ったことがあるのですか?

 あ、私はカルデアの所長のオルガマリー・アニムスフィアという者ですが」

「え、所長さんですか。これは失礼しました。

 はい、実は魔力が尽きて退去しそうになっていた時に偶然出会いまして。ご厚意に甘えて、ロストルームという所にしばらく住まわせていただいたことがあるのです」

「ほほぅ。トップに無断でサーヴァントを連れ込むとは、やってくれたわねあの優男」

 

 オルガマリーが右手で拳を握って左手でそれを包む仕草をすると、クレーンはちょっと怯えた顔をした。

 

「あ、あの……私を住まわせたのはそんなに悪いことだったのですか?」

「いえ、私の許可を得ていれば、そこまで問題視するほどのことではなかったのですが。

 ……もっとも以前の私からそんな許可を得るのは難しかったでしょうけれど。

 それで、貴女が今ここにいるということは、いったんカルデアから出て行ったということですか?」

「はい、あまり長く居座ってはご迷惑でしょうから、魔力が回復したらすぐに」

「そうですか……」

 

 事情はおおむね理解した。ロマニはあとでシバくが、クレーンを責める必要はあるまい。

 彼女がこの特異点をつくった黒幕とは思えないし、敵対もしてこないだろう。むしろ勧誘すればまたカルデアに来てくれるかも知れないが、初対面でいきなりというのはさすがに気が早い。

 そういえばクレーンは温泉に行くところだったようだから、そろそろお暇するべきだろうか。オルガマリーがそう考えた時、クレーンが話題を戻してきた。

 

「それにしても温泉が開放されるなんて。これでお客さんも少しは増えるでしょうから、女将さんもきっと喜んでおられますね。

 最近は本当に減ってしまっていますから」

 

 クレーンは単なる世間話のつもりなのだろうが、カルデア側にとっては深い意味を持つかも知れない話だ。オルガマリーは平静を装いつつ、さりげなく続きを促した。

 

「確かに旅館で温泉に入れないのはつらいですわね。

 しかしそれ以外の理由もあるのですか?」

「ええ、あくまで又聞きの話ではありますが……。

 何でも、500年ほど前にこの旅館で盗難事件があったそうで」

 

 それもただの盗難ではなく、被害者はかの「竹取の翁」で、盗まれたものは「仏の御石(みいし)の鉢」「蓬莱(ほうらい)の玉の枝」「火鼠(ひねずみ)(かわごろも)」「龍の首の珠」「燕の子安貝」の5点だという。

 旅館側は犯人を捕まえてこれらの宝物を取り返すことができなかったので、責任を取らされ、巨額の賠償金を背負わされたのだった。

 しかも閻魔亭は物盗りの悪評が立って客が減ったため、今では賠償金の利息を払うのが精一杯という惨状になっているのだという。

 

「………………」

 

 オルガマリーは自身の状況と引き比べて思うところはあったが、それを顔には出さなかった。

 

「なるほど、あの女将さんも苦労しているのですね。

 しかしずいぶん長話してしまいましたが、貴女は温泉に行くところなのでしょう? 私たちもそろそろ部屋に帰りますので、また明日お話しませんか」

「はい、喜んでっ! それで皆様はどの部屋にお泊まりなのですか?」

 

 何しろカルデア一行には、ジャンヌ姉妹の他にもダイヤの原石のような逸材が何人もいるのだ。クレーンとしてはプロデュースとまではいかずともお話くらいはしてみたいし、よければ服を贈らせてほしいなどとも思っていたりする。

 

「翡翠の間です。ずっと室内にいるわけではありませんが、お待ちしていますね」

 

 オルガマリーはオルガマリーでクレーンをカルデアに勧誘したいと思っているので、愛想よく部屋名を教えていた。合意に達するのは時間の問題といえよう……。

 

「はい、ではまた明日!」

 

 部屋名を教えてくれたからには、社交辞令ではなく本当に訪問してよいのだ。クレーンは喜びのあまり、スキップしながら去って行った。

 オルガマリーはそんな彼女の後ろ姿を苦笑しながら見つめていたが、会話の声が届かない距離になると笑みを消して光己たちに向き直った。

 

「……それじゃ、私たちも帰りましょうか」

「……はい」

 

 光己たちもさすがに深刻な顔になって、翡翠の間に引き揚げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 一行は部屋に戻ると、まず防音の魔術を施してからクレーンの話についての会議を始めた。

 

「……バカな話もあったものね。盗難の責任をホテル側が負うなんて、いったい何時(いつ)の時代の話なのかしら」

「いえ、神代(おおむかし)のままのルールですよ、ここ。隠れ里なんですから」

 

 オルガマリーの憤懣(ふんまん)は玉藻の前に軽くいなされてしまったが、これはずいぶん怖いことなのではなかろうか。

 

「ええー……でもさっきの話だと、警察とか盗難保険もないんでしょう?

 それじゃ旅館経営なんてリスキー過ぎてやってられないんじゃない? いえ閻魔様ならむしろ警察側だから自分たちで逮捕……できなかったから借金負ったわけよね。

 やっぱりリスキーだわ。女将さんよく500年も続けてられたものね」

 

 全人類の命運がかかってるとかじゃなくてただの旅館であるならさっさと投げ出してしまえばいいのにとも思うが、女将にはおそらく何か譲れない想いがあるのだろう。

 それを問い質そうなんて不躾なことは考えないが、共感は覚える。

 

「いえ、もちろんただのお客に過ぎない私たちがとやかくいうことではないのだけれど。

 でも私たちが『この旅館の近くに』呼ばれた理由だとは考えられないかしら?」

 

 なのでまずそう言って皆の意見を求めてみると、光己が手を挙げて発言を求めた。

 

「はい、どうぞ」

「はい。舌『斬り』雀と鶴の恩返しに続いて竹取物語ってもうホントに日本昔話のオンパレードでびっくりしてるんですけど、ぶっちゃけ翁が盗まれたっていう『5つの宝』って偽物か、盗まれたという話自体が嘘だと思うんですよ」

「はあっ!?」

 

 いきなりちゃぶ台返しをされたオルガマリーが裏返った声を上げる。何か根拠があるのだろうか?

 

「あー、所長は日本人じゃないから竹取物語なんて知らないですよね。俺も文章暗記してるわけじゃないんで、軽くあらすじだけお話しましょうか」

 

 竹取物語というのは平安時代前期、ちょうど清姫の生前の頃に成立した物語である。

 昔ある所に竹取の翁という者がいて、竹を取って食べたり売ったりして暮らしていた。ある日根元が光る竹が1本あって、よく見てみると中に身長9センチくらいの女の子がいるではないか。引き取って娘として育てることにしたのだが、それ以降黄金が入った竹を見つけることが何度もあって大金持ちになった。

 娘は娘で驚くべきことに、たった3ヶ月で成人女性になってしまった。しかもすごい美人なので求婚者が大勢訪れたが、「なよ竹のかぐや姫」と名づけられたこの娘は邸内に隠れていて、姿を見ることすら難しかった。手紙の類には返事すらない。

 それでほとんどの者は諦めたが、色好みの公達(きんだち)が5人、最後まで残った。

 そこでかぐや姫は公達たちに例の5つの宝の名を挙げて、これを持ってきた者と結婚すると告げたのである。

 

「それでどうなったの?」

「はい。偽物を持ってきた人はバレて破談になったのと、あとは見つけることができなかった人だけですね。どれが偽物だったのかまでは覚えてませんけど」

「つまり本物は1つもないってわけね。それじゃやっぱりここに来た翁は嘘ついてたってことじゃない!」

 

 オルガマリーは憤慨したが、これだけで翁を断罪するわけにはいかない。

 

「いえ、これはあくまで昔話であって、すべてが事実とは限りませんから。

 ただ翁が5つの宝を自分の物にするためには、まず5人の公達が全員本物を持ってきて、しかも姫が全員と結婚しなきゃいけないんですよね。

 その上で、姫が月に帰る時に宝を持っていかず、公達たちに返しもせず、翁に全部渡してようやく、翁が宝を持って旅行できる状態になるわけです」

「ちょっと待って。その姫って地球人じゃなくて月人なの?」

 

 光己の話の大部分は筋が通ったものだったが、1ヶ所だけおかしな点があった。

 まさか宇宙人が、それも地球に1番近い星に実在したというのだろうか?

 それにしても身長9センチで生まれた者が3ヶ月で成人サイズにまで育つとは、地球人とは生態が違い過ぎる。まあ月の環境は地球とはまるで違うから、地球の常識が当てはまらないのは当然かも知れないが……。

 

「物語の中ではそうなってますね。月人が姫を迎えに来た時は、それを阻止するために帝が送り込んだ軍隊も役に立たなかったとあります」

「へえ……」

 

 なるほど月から地球に来たり姫の居場所を特定できたりするテクノロジーがあるのなら、古代や中世の軍隊なんて軽く蹴散らせるだろう。姫が連れ去られたのは順当である。

 

「でも今の貴方の話だと、翁が5つの宝を所有してた可能性なんてほとんどないんじゃない?」

「そうですね、99.9%サギでしょう」

 

 と光己は思うのだが、1つだけ引っかかることがあった。

 

「でももしサギだったら、閻魔様がすぐ見抜いて悪・即・斬になりますよね。それがなかったってことは、やはり本物という可能性が微レ存……」

 

 閻魔亭で行われた悪事について考察する時は毎回これがネックになるのだが、今回はこの前提もちゃぶ台返しされた。

 

「いえマスター。先生は確かに『閻魔』を名乗ることを許されていますが、裁判官をしているわけではありませんから、その種の権能はお持ちでないのですけれど……」

「……デジマ!?」

 

 光己が壊れた人形のようにぎぎーっと首を回しながら、発言主の玉藻の前にそう聞き直す。すると狐の巫女さんは「はい」と知れ切ったことであるかのように首を縦に振った。

 

「いえ、先生も人並み程度の察し力はあるのですが、清姫さんの真似事はできませんねー」

「…………」

 

 なんてことだ、当然の前提にしていたことがまったくの間違いだったとは!

 しかしこうなると紅閻魔がサギ師に騙されてもおかしくはない。そう判断した清姫が全身から怒りのオーラを噴き上げる。

 

「おのれ外道、人の良い先生を騙して500年もの間売り上げをかすめ取っていたとは……!

 許せません、今すぐ消し炭にしてしまいましょう旦那さま!」

「ま、まあまあ落ち着いて清姫。まだ結論が出たわけじゃない」

「え? それはまあ今すぐというのは確かに気が早かったですが、翁が本物を持っていた可能性など、もはや無いと言っていいのでは?」

「うん、平安時代の貴族に五夫一妻なんてありえないだろうから、ほぼギルティといって言いんだけどね……。

 一応最後の可能性として、姫とは無関係に翁が自分で宝を買ったとか探したという線が」

「1つでも難しいのに5つともなんてとても無理だと思いますが、仮にできたとして、それはもう『竹取の翁』ではないのでは?」

「うん、俺もそう思う」

 

 なのであとはオルガマリーが言ったように、部外者である自分たちが関わること自体の是非についてだが、ここにはこういう事についての専門家がいた。

 

「そういうことでしたら私にお任せを! 宇宙刑事として犯罪の取り調べをするという形なら、女将さんも文句はないでしょう」

 

 そういえばヒロインXXはそんな仕事をしていたのだった。確かに彼女が言う形なら問題はない。

 

「とはいえこの立派な旅館の中で捕り物というのはよろしくありませんので、まずワルキューレさんにアンブッシュで睡眠のルーンをかましてもらって、その後外に連れ出してから銀河警察謹製のスペース自白剤を盛れば真偽はすぐに」

「スペース自白剤って……人道的に大丈夫なものなのそれ?」

「はて、何か問題が? 嘘の自白をさせるわけじゃありませんし、拷問したり長期間拘束したりするわけでもありませんから、むしろ人道に沿っているのでは」

「ええ!? う、うーん、そう言われれば」

 

 オルガマリーはXXの手段を選ばないやり方に異議を唱えたが、確かにXXの言い分にも一理はある。

 

「ではそれで行きましょう。みんな不服はないかしら?」

 

 こうして内心での希望通りの結論を得たオルガマリーだったが、念のために今一度皆の意向を確かめてみたところ、なぜか光己がまた手を挙げた。

 

「あら、まだ何かあるのかしら?」

「いえ、閻魔亭の件についてはそれでいいと思うんですが、全く違うことでちょっと」

「どんなこと?」

「そうですね、所長は『龍の首の珠』の作り方をご存知ですか?」

「え!? うーん、そちら方面はちょっと」

 

 オルガマリーは東洋の神獣についてはそこまで詳しくないようだったが、すると光己はカーマに水を向けた。

 

「カーマは知ってるよな?」

「ええ、もちろん。龍の首の珠、すなわち如意宝珠(にょいほうじゅ)は――――――。

 龍王の脳みそや海獣マカラの脳みそから採れるんですよ」

 

 その時のカーマの凄絶な笑みはまさに魔王を思わせるものでオルガマリーはびくっと体を震わせたが、なぜ彼女がそんな笑い方をしたのかは分かっている。

 

「マカラって確か貴女の……」

「ええ、私のシンボルですね。

 でもそれだけじゃないんです。マカラはヴァルナやガンガーの乗り物(ヴァーハナ)でもあるんですよ」

「ヴァ、ヴァルナ……!?」

 

 ヴァルナといえば古代インドのアーディティヤ神群の最高神にして、天空と司法をつかさどる神である。ガンガーはパールヴァティーの姉とも妹ともいわれる、ガンジス川が神格化された存在だ。

 ガンガーはともかく、ヴァルナはヤバいのではなかろうか。

 

「ヤバいですねー。かぐや姫が求婚者の熱意を測ろうとしたのか、それとも断るダシにしただけなのかは分かりませんけど、どっちにしても個人の都合で最高神の乗り物を殺させようだなんて、無知は罪とはよく言ったものですね。

 月の人にとっては地球の神なんて恐れるに足りなかったという線もありますが」

「……」

 

 確かにこれはヤバい。いやオルガマリーとしてはかぐや姫や竹取の翁が神罰を受けるのはかまわないのだが、関係者だと思われて巻き添えになるのは全力で避けねばならぬ。

 

「もちろん1番悪いのは姫ですが、当人が地球にいないのなら、その不肖の娘の悪事を止めなかった育ての親が責任を取るべきですよね。

 まして用が済んだ後も珠をしかるべき筋に返納せず、地獄の旅館にまで持ち歩いていたとあっては罪の意識自体が無いと言わざるを得ません」

「……」

 

 オルガマリーの感覚でもカーマの言い分は否定できないものだったが、1つだけ穴があった。

 

「でもカーマ神。珠を取りに行った公達がマカラを殺したとは限らないのでは?」

「そうですね。龍王を殺したか、すでに珠を持っていた龍を殺して奪ったという可能性もあります。ですがその場合でも、最初にケンカを売った罪まではなくなりません。

 そもそも三者のうち誰からであろうと珠を奪った時点で、マスターにとって仇になります。竜の遺産を相続した以上、因縁も受け継ぐはずですから」

 

 カーマが光己に目を向けると、光己も当然といった風に頷いた。

 

「そうだなー。暴虐を働いて討伐されたなら仕方ないとして、色欲のために殺されたとなると放置するわけには」

「ちょ、ちょっと待って下さい。殺して奪うなんてことしなくても、話し合いで譲ってもらったという可能性はないのですか?」

 

 そこにマシュが慌てた顔で割り込んだが、光己の返事はつれないものだった。

 

「如意宝珠ってのはつまり小型の聖杯みたいなものでね。だから『ゆずってくれ たのむ!』なんて言われたら、『だめだ!! いくらつまれても ゆずれん』じゃ済まなくて、『矮小なる人間ごときが色欲のために我が至宝を望むだと!? ならば色欲など感じなくて済む世界に送ってやるわ!』って感じになるかな」

「……」

 

 マシュは二の句も継げなかった。

 

「ところでマシュ、アイスソードって欲しくない? ギルガメッシュから分捕った武器にあったんだけど」

「いえ、それは死亡フラグみたいな気がするので遠慮しておきます……」

「おお、さすがシールダー。身を守るセンスはしっかりしてるな」

「……」

 

 どうやら今の台詞はマシュを試したもののようだ。もし欲しいと言っていたら彼はどんな反応をしたのだろうか?

 それはともかく、もし翁が本当に珠を持っていた場合は光己の仇敵になるのは必至のようだ。さらに公達が殺したのがマカラの場合はカーマとヴァルナとガンガーも加わる地獄絵図である。

 

「ではもし公達が珠を入手できていなかったとしたらどうなるのですか?」

「その場合はさっきカーマが言った通り、『ケンカを売った罪』だけになるかな。俺はそれくらいなら気にしない……代わりに閻魔様を騙した罪が確定するけど」

 

 それでも翁が強弁するとしたら「龍の首の珠は偽物だがそれ以外は本物だ」ということになるだろうが、それは後付けにもほどがある。「5つの宝」と言った時点で5つとも本物と主張したと解釈するのが当然だからだ。

 

「つまり翁に『5つの宝を持ってたというのは本当ですか?』と聞いて、答えがイエスだろうとノーだろうとギルティになるんだ。どっちに転んでも勝つと分かってる裁判って愉悦そうだな」

「そもそも龍の首の珠を要求した時点で有罪ですからねー。下手に情けかけたら私がヴァルナに怒られますので、たっぷりお仕置きしてあげましょうね♡」

 

 光己が言葉の内容に似合わぬのんびりした口調で言うと、カーマもそれに乗ってニヤソと笑った。

 その光己の横から清姫が抱きついてくる。

 

「もう旦那さまってば! 『まだ結論が出たわけじゃない』なんて言ってたのはわたくしをじらすためだったなんていけないお方ですのね」

「ああ、ごめんごめん。竹取物語なんて知らない人の方が多いから、しっかり説明しとかないとまずいかなと思ってさ。

 ―――そういうわけで、みんな手伝ってくれる?」

 

 光己が念のためということでサーヴァントたちに意向を確認すると、「99.9%サギ」の時点でみなやる気になっていたので異論は出なかった。

 

「はい、もちろんです! 閻魔様をたばかる不届き者に、我が義を見せてやるとしましょう!」

「はい! シャルルマーニュ大王に代わって、正義を為します!」

 

 特に景虎とブラダマンテは正義派の上に光己と仲がいいので意欲十分な様子である。

 こうしてカルデア一行は(自称)竹取の翁と対決することになったのだった。

 

 

 




 クレーンさんがただ仲間になるだけでは芸がないので、その前に情報を1つ出してもらいました。
 竹取物語の内容知ってる人なら、あの自称竹取の翁の話を怪しむと思うのです。ここのカルデアはそれ以前の理由で殴りますが(ぉ




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第161話 月明かりの下で

 カルデア一行は神罰&竜罰と閻魔亭の救済のために(自称)竹取の翁を成敗することにしたわけだが、今日来たばかりの一見の客がそれを女将に告げるのは時期尚早だ。もう少し親しくなってからにするべきだろう。翁が明日にも来るというのなら別だが。そこまで性急な展開にはなるまい。

 

「スルーズがさっき言った『聖杯クラスの魔力を持った魔術的な物品』との関わりもあるかも知れないものね。方針は決まったけれど、実行は慎重にいきましょう」

「はい」

 

 そのあたりは光己やカーマや清姫も異存ない。むしろ慎重にして時間をかける方が混浴温泉、もとい慰安旅行をより長く楽しめるというものである。

 ―――話すべきことを話し終えたら、4~5人用の部屋に17人も詰めているのはいかにも狭い。一同はそれぞれが泊まる部屋に戻った。

 部屋は燕、雀、翡翠、琥珀の順に並んでおり、所長とマスターは中の2部屋に、サーヴァントのみの組が端の2部屋となっている。未知だったサーヴァントが安全と分かった今そこまで警戒する必要はないのだが、あえて緩めることもないのでそのままにしていた。

 光己と同じ雀の間になったのは、警護役の段蔵と、厳正なるジャンケンで決まった清姫と景虎である。

 

「やりました! ローマに行く時の勝負では悔しくも負けてしまいましたが、これで雪辱を果たせたというものです」

「あー、そういえばそんなことあったなぁ。

 まあ今回は日替わりなんだけどさ」

「はい、そこは残念ですが旦那さまに愛の力をお見せできたのでよしとしておきます」

「うん、ありがと」

 

 光己はそう言って清姫の頭を撫でつつ、逆隣の景虎に話しかけた。

 

「景虎はあれかな、(いくさ)が強いとジャンケンも強いとかかな?」

「そうですね、毘沙門天の……と言うとワルキューレの皆さんに礼を失する話になりそうですので、私もマスターへの愛ゆえにということにしておきます!」

「そっか、ふふー、いつもながらモテる男はつらいぜ!」

「そうですか、では私が身を以てお慰めしましょう!」

「ではわたくしも!」

 

 光己の左右から清姫と景虎がしなだれかかってくる。2人とも生前の時代と普段の服装的に考えて、浴衣の下は「つけてないはいてない」の可能性があるので大変気になるのだが、それはそれとして、馬に蹴られないためか1歩引いている段蔵にも声をかけておくことにした。

 

「段蔵には警護役お願いしてるけど、ここが襲われるなんてことまずないと思うから、あんまり根詰めすぎないようにね」

「は、ご配慮痛み入りまする」

 

 念のためワルキューレズに朝まで効く結界を張ってもらってあるから、光己の言う通り寝込みを襲われて被害を受ける可能性はほとんどない。それでもこうして警護役を置くというのは「最後のマスター」の重要性を理解している妥当な措置で、段蔵は手抜きをするつもりはない……が、主君の心遣いも無視できないので彼の言葉通り根詰め「すぎない」程度にやる予定である。

 

「うん、それじゃ1人だけ別の仕事頼むわけだからお茶でも淹れるよ」

「そ、そこまでされては困ってしまいますぅぅぅ!」

 

 光己にとっては21世紀の感覚で軽いお礼の気持ち程度の行為なのだろうが、壊れかけの絡繰(からくり)忍者が主君、それも竜神様(正確には少し違うらしいが)の中でも冠位(グランド)に当たるなんて偉い方に自分だけ茶を淹れてもらうなんてことされたら頭の回路が沸騰してしまう。段蔵は慌てて辞退した。

 

「そう? じゃあ仕方ない、みんなの分を淹れるということで」

「そ、それでしたらまあ」

 

 合意に達したので、光己は4人分のお茶を淹れた。

 お茶請けにまんじゅうもあったので、そちらも封を切って皆に配る。

 

「うーん、静かで落ち着くなあ……」

「そうですねぇ……」

 

 光己が熱いお茶を一口飲んでふうーっと息をつくと、景虎も同感という風に相槌を打った。

 

「ところで、あとは自称竹取の翁が現れるまで特にやる事はないのですよね?

 温泉は大変いいお湯でしたし、ご飯も精のつくものでした……。

 ここまでお膳立てが整ってしまっては何も起きないはずもなく……ふふふ……なんて素敵なのでしょう……」

「清姫殿は本当にブレませんねえ」

 

 光己関係以外の感情の機微を()()()理解できない景虎にとって、いかなる時も恋愛感情が行動指針になっている清姫は軽い敬意すら覚える存在であった。

 何かこう、背中を押されているような感じがする。思い切った行動に出ることにした。

 

「マスター、『2人で』縁側に出てみませんか?」

「え? あ、うん。いいよ」

 

 この状況で2人きりになりたがる理由など1つしかない。光己はもちろん清姫も段蔵もすぐ察したが、止め立てはしなかった。

 肩を並べて縁側に出て、(ふすま)を閉めてから少しだけ離れて向かい合う。

 月の光の下で、景虎がやわらかい微笑を浮かべている。その笑顔がいつもより綺麗に見えた。

 

「マスター……」

 

 景虎がささやくような声で言いながら、1歩前に出て光己の胸板に両手を添える。光己も景虎の腰にそっと手を回した。

 

「…………………………………………」

 

 そのまましばらく、何も言わずに見つめ合う。

 景虎の澄んだ深い瞳は、彼女が自分に向けてくれている想いを形にしたもののように見えて光己はとても嬉しかったが、あまり黙ったままでいられるともしかして台本を用意していなかったんじゃないかと邪推してしまう。

 

「景虎、まさかとは思うけど出たとこ勝負だったとか?」

「え!? いえいえそんなことはありませんよ。ただちょっとマスターに見とれてただけですから!」

 

 これはこれでこっ恥ずかしいことを言ってしまったような気がするが、言ってしまったものは仕方がない。景虎は勢いで突っ走ることにした。

 

「ま、まあそのですね! いつかこういう日が来ると思って、心の準備をしてはいたのです。

 ただそのせいで口を滑らせてしまいましたが」

 

 愛ゆえに、なんて台詞はもう告白そのものである。迂闊もいいところだ。

 やはり人の心とは難しいものだが、最終的な結果は分かっているので焦ることはない。いったん仕切り直して、彼の目を強い視線で見つめる。

 そして―――。

 

 

「なので小難しいことは抜きにして――――――マスター、愛しています」

 

 

 一番大事な言葉だけを告げると、彼も短い言葉で応えてくれた。

 

「うん、俺も景虎のこと好きだよ」

「……! マスター……!」

 

 こう答えてくれると分かっていたとはいえ、実際に口に出してもらえるとやはり嬉しい。胸の中がほんわか暖かくなってとても幸せな感じがして、しかも光己も同じ気持ちでいてくれるのを感じる。

 あの時この人に会えてよかったと心の底から思ったが、せっかくの機会なのでもう1つイベントをやっておくことにした。

 お風呂でヒロインXXも言っていたが、予約したのはこちらが先なのだから。

 

「ところでマスター。ローマの特異点でお別れする前にお話ししたことを覚えていますか?」

「あー、もしかして接吻のこと?」

「はい! やはりマスターは分かって下さってますね」

 

 こんなすぐに察してくれるとは。嬉しくなった景虎がさっそく光己の後頭部に手を回すと、彼も腰をやさしく抱いてくれた。

 

「それじゃ、目つぶってくれる?」

「はい!」

 

 これから接吻するにしてはちょっと元気が良すぎのような気もするが、何しろ生前も込みで初めてなのだから興奮しても仕方ないと思う。彼も初めてなのかちょっとぎこちない感じがするが、ちょうどお互い様になるからむしろ喜ばしいというものだ。

 景虎が目を閉じると、一拍置いて唇にやわらかいものが触れた。

 

 

 

 光己も実はファーストキスで、上手くできるかちょっと不安があったのだが、唇の感触からすると成功したようだ。

 女の子は唇までつややかで柔らかいなあ、なんて埒もないことを考える。

 

(しかしファーストキスの相手が実は女性だった上杉謙信って、よく考えたらとんでもないな)

 

 まあそういう感慨には後でひたることにして、今は目の前にいる、いやキスしている彼女自身に集中しよう。光己はそう思い直すと、景虎の髪と背中をそっと撫でた。

 いつもと違ってお互い浴衣1枚なので、体の感触がはっきり伝わってくる。おっぱいの柔らかさと背中の手触りから考えて、ブラジャーをつけていないのは確実のようだ。

 パンツの方まで確かめる度胸は()()無いが。

 ―――初回であんまり長く続けるのもどうかと思ったので光己がいったん離れると、景虎は色っぽく頬を紅潮させ、とろーんと潤んだ瞳で見つめてきた。

 どうやら喜んでくれてはいるが、満足はしていないらしい。

 

「マスター……もうおしまいなのですか?」

 

 鼻にかかった声でこんなおねだりをされては、男たる者退くわけにはいかない。

 

「いや、初めてだからひと休みしただけだよ。ここからが俺の本気ってやつだ」

「はい、いくらでも受けて立ちます!」

 

 こうして光己と景虎はセカンドキスをしたのだが―――。

 

 

 

「あの、お2人とも。邪魔するのは無粋と承知ではありますが、1時間は長すぎなのではありませんか!?」

 

 夢中になりすぎて時間が経つのを忘れていたので引っぺがされた上、光己は清姫とも1時間キスさせられ、もとい幸せなキスをしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 合わせて2時間もキスし続けた光己はさすがにグロッキーで、室内に戻ると壁にもたれて休憩していたが、女性陣、特に清姫は意気軒高である。

 

「正月元旦というめでたい日に旦那さまと結ばれた上に口づけまでかわしてしまうとは、今日は本当に素晴らしい日でした!

 ここは一気に最後までいくべきか、それとも貞淑さ重点で日を改めるべきか……?

 明日はお風呂でサービスもするわけですし、そちら方面に走り過ぎては淫乱な女と思われかねませんからね」

 

 舞い上がらんばかりに喜びつつも冷静な計算をしているさまは実年齢小学生の狂化EXとは思えないしたたかさだった。サーヴァントでも頭の中身は成長・変化するわけで、末恐ろしい、もとい将来が大変楽しみである。

 

「……それ以前に初めてが人前というのはあんまりですね。やはり日を改めた方が良さそうです」

「そうですね、添い寝だけにしておきましょう!」

 

 景虎も同意見だったので、今夜のところは3人とも健全な夜を過ごしたのだった。

 ―――そして翌朝。光己たちは朝食を摂り終わると、この旅館が気に入ったからという名目で(事実でもあったが)例の200万QP(クォンタムピース)の石で先払いしてしばらく滞在することにした。

 お釣りはちゃんと出せるそうなので、事件が早めに解決しても損はない。

 

「といってもすることはないんですが、どうしましょうか? 外で散歩でもします?」

「そうね。天気もいいし自然豊かだし、これだけいれば魔猿も怖くないからそうしましょうか」

 

 ミス・クレーンとは朝食の時は会わなかったから、昼食の時にでも探してみればいいだろう。そう判断したオルガマリーは、皆で近辺の探索に出ることにした。

 着替えて外に出てみると、今日も晴れていて風もなく散策日和である。

 

「それにしてもいい所ね。季節的には冬のはずだけど暖かいし、山林といっても荒れてなくて歩きやすいし」

「でも建物が閻魔亭しかないってのも不審といえば不審ですよね。人家も商店も類似の旅館も見当たらないのはどういうわけなんでしょう」

「隠れ里というのが本当ならおかしくないわよ。亭内の調度品や食材をどこから仕入れてるのかって謎は残るけど」

 

 光己とオルガマリーがそんなことを話しながら、今日も仲良く手をつないで山の中の獣道を歩いている様子は大変微笑ましいものだったが、そこでまたジャンヌが2人に近づいて注意を促してきた。

 

「お2人とも、またサーヴァントを1騎探知しました。行ってみますか?」

「え、またか。迷い込んだのか旅行客なのか分からないけど、意外に繁盛してるのかな?」

「まあそうでないと利子だって払えなかったでしょうしね。でも遠いの?」

「そうですね、8~9キロくらいはあります」

「それなら飛べる人だけで行ってきますよ」

 

 獣道を歩いてそこまで行くのは大変だ。光己がそう言うと、オルガマリーも頷いた。

 

「そうね、対応は任せるわ」

「はい、では行ってきます」

 

 行くのは光己、ワルキューレズ、ヒロインXX、カーマ、それに探知役のジャンヌの7人だ。光己が翼と角と尻尾を出して、ジャンヌを抱えて飛ぶことになる。

 ジャンヌの案内に沿って進むと、林の中で1人の女の子が大きな鳥と戦っていた。

 女の子は14~15歳くらいで、古代日本風の白い貫頭衣を着て長い槍を持っている。鳥は体高2メートルほどの極彩色の鶏といった感じだ。

 女の子はサーヴァントとはいえ弱っている様子で、体格の割に素早い巨鳥に苦戦していた。槍を突き出してもさっとかわされ、いかにも硬そうな(くちばし)によるキツツキめいた連突で手痛い傷を負っていた。

 

「KU、KU、KU……KUeeeeeee!!!!」

「痛たたたたたぁっ!? に、鶏のくせに強い……!」

 

「うーん、見た感じ悪党じゃなさそうだけど……横から覗き込んでみればもっと正確に分かるかも知れないな」

「バカなこと言ってないで、もう少し近づいて下さい! そうすれば真名看破できますから」

「ルーラーのお姉ちゃんはもっと頭のネジ緩めてもいいと思うんだ」

 

 とか言いつつ、女の子がやられてしまっては大変なので光己たちは急いで接近するのだった。

 

 

 



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第162話 夜警の少女と賽銭箱

 光己たちがもう少し接近すると、ジャンヌが女の子をはっきり視認して真名看破ができるようになった。

 

「真名、宇津見エリセ。ランサーですね。宝具は『天遡鉾(アメノサカホコ)』、国産みを逆転再現して、宝具の対象とする空間を原初の混沌に還すものです」

「あ、天遡鉾ぉぉ!?」

 

 その名前を聞いた光己は噴き出しそうになってしまった。

 何しろ伊邪那岐命(いざなきのみこと)伊邪那美命(いざなみのみこと)が日本列島をつくる時に使った神器なのだ。ちょっとでも日本神話をかじった者なら仰天ものの宝具である。つまり彼女は二柱のどちらかの―――。

 

「いや待て、それなら何で真名が『宇津見エリセ』なんだ?」

 

 疑似サーヴァントでも真名は憑依した英霊の名前になるのに、なぜ彼女は宿主の名前なのだろう。もしかしてマシュのようなデミ・サーヴァントなのか?

 疑似サーヴァントはサーヴァント側の意志だけでなってしまうが、デミ・サーヴァントは何か怪しい実験をしないとならないはずである。すると彼女にもヤバい背景があるのだろうか?

 

「それともⅡ世さんみたいな状態なのかな? どっちにしても頭の中身は日本人の女の子ってことか」

 

 無論現代人だからといって善良とは限らないが、邪悪な感じはしないから助けてもいいだろう。

 横から見るとすごいことになってそうな美少女を見殺しにせずに済んで何よりである。

 

「よし、それじゃあの子を助けよう。みんな、頼む!」

「はい!」

 

 光己の内心がどうであれ、エリセを助けるという方針は(今の所)間違いではない。

 一同は今少し近づくと、まずは声をかけて戦っている両者の注意を引きつけた。

 

「そこの女の子、援護するからいったん下がって! カーマ、頼む」

「はーい」

 

 なおカーマはいつもの幼女の姿に戻っている。大人の姿は露出度が高すぎるのと、ここぞという時の決め手のような扱いをしているので普段は見せないのだ。

 カーマが放った十数本もの光の矢が巨鳥めがけて襲いかかる!

 

「KUeee!」

 

 しかし巨鳥はボクサーめいた機敏なバックステップでその矢雨を回避した。野生動物とは思えない、いや野生動物ならではの本能的技量である。

 しかしそのおかげで、エリセは距離を取って一息つくことができた。

 

「だ、誰だか知らないけどありがと……う!?」

 

 声と矢が来た方向に顔を向けたエリセはぎょっとした。6、いや7人もの人間が空を飛んでいるのはまあ、サーヴァントならあり得ることなのだが……。

 

(あれ? 見ただけで男の人以外の6人がサーヴァントだって分かる……?

 それにあの男の人はいったい)

 

 彼だけはサーヴァントではないとなぜか識別できるが、背中に3対の翼を生やしているとはまるで熾天使のようだ。いや白い鳥の翼は1対だけであとの2対は機械?と蝙蝠(こうもり)のものだから多分違う、ならば堕天使の類だろうか? 何かこう、神性と魔性の両方を感じるし。

 いやそれより今はもう少し下がらないと。エリセがさらに1歩後ろに跳び退くと、7人は彼女から少し離れた位置に着地した。

 この巨鳥はおそらく昨日の魔猿の同類であろう。それで鶏がこれだけ巨大化した存在だとすると、けっこうな大妖怪と考えられる。

 ところが光己たちが武器を構えると、その大妖怪はあっさり踵を返して遁走してしまった。

 

「い、いきなり逃げた!?」

「野生動物らしい判断の速さですねえ!?」

 

 まあ巨鳥が逃げたのならエリセを助けるという目的は果たせたわけだが、ことはそれだけでは終わらなかった。

 

「でもあの方向だと閻魔亭に行っちゃうんじゃないかな?」

「そっちに何かあるの? だとしたら初めからそこが目当てだったのかも」

 

 ヒルドがちょっと心配そうに首をかしげると、エリセがそれを煽るようなことを口にした。実際、巨鳥が来たのは彼が今向かっている方向のちょうど反対側からなのだ。

 

「デジマ!? じゃあ放っておけないな、追いかけよう。

 えっと、君も来る?」

 

 光己がエリセに助けた相手かつ年下ぽいので敬語抜きでそう言うと、エリセも同様に素で答えた。

 

「あ、う、うん。それじゃせっかくだからお願い」

「よし、それじゃオルトリンデが抱えてあげて。ヒルドは所長たちに報告よろしく」

「はい!」「OK!」

 

 2人が光己の指示の早さに満足しつつ頷いて、こちらも素早く行動に移る。

 一行はまた空を飛んで追いかけたが、林の中なのであまり速く飛べずなかなか追いつけなかった。

 

「ほ、ほんとに速いな!?」

 

 鶏はそんなに速く走れる動物ではないはずなのに、さすが妖怪化しているだけのことはあった。元々密林や竹林に住む動物なので動きがスムーズだし。

 

「マスター、ここはいったん林の上に出た方が良いのでは?」

 

 そうすれば巨鳥の姿が見えなくなる代わりに、障害物がなくなってスピードを上げられるから、彼を追い越して先回りできるという意味である。光己も同意して、閻魔亭の前にある橋の前に陣取った。

 待つほどのこともなく、巨鳥が林から抜けてまっすぐこちらに駆けてくる。

 

「今度は逃げないんだな、やっぱり閻魔亭が目当てだったか……。

 でも客じゃないだろうし、まさか客を食うとかそういうのか!?」

 

 鶏は草食だと思ったが、妖怪になって食性が変わったということも考えられなくはない。光己たちが今一度武器を構えると、巨鳥も戦いは避けられぬと覚悟を決めたのか全身から妖気がぶわっと噴き上がった。

 

「やっぱりやる気か! みんな撃って!」

「はい!」

 

 タイミングを見計らっていたカーマたちが一斉に矢やビームをぶっ放す。しかし巨鳥は真上に跳躍してその攻撃をかわすと、空中で翼を広げてそのまま光己たちの頭上を飛び越えて行ってしまった。

 

「な、飛べたのか!?」

「そういえば鶏は飛べましたね。うまくやられました!」

 

 今までずっと飛ばずにいたから失念していたが、普通の鶏でも短距離なら飛べるのだった。最初からこうするつもりでいたのなら驚くべき知能である。

 しかもこの位置関係では、ビームを撃ってもし外れたら閻魔亭の建物に当たってしまうから撃てない。もう1度飛んで追いかけるしかなかった。

 

「仕方ない、あいつが開けた穴から追おう」

 

 巨鳥が窓に体当たりして開けた穴に、光己たちも飛び込んで亭内に入る。その時には彼の姿は見えなくなっていたが、彼は窓を破るためか妖気を大放出していたのでその気配を追うことは容易だった。

 不作法ながら廊下を走って追跡すると、豪華な広間にたどり着いた。中には立派な(ほこら)があり、まんじゅうやら何やらがお供えされている。

 

「え、えっと。あれが目当てだったみたいだな」

 

 そのお供え物を、巨鳥は遠慮のかけらもなく食い散らかしていた。

 彼の行動原理はよく理解できたが、ここで戦っていいものだろうか? 光己たちが成すすべもなく立ち尽くしていると、従業員の雀が1羽泡喰った様子で飛んできた。

 

「ああっ、これはちょうどいい所にいてくれたチュン!

 助けてほしいチュン! ()()野鳥(やろう)はいつもああして盗み食いしたり暴れたりしてウチに迷惑かけてるんだチュン!

 このままだと閻魔亭は全壊チュン! それほどの破壊の化身なのでチュン!」

 

 いささか誇大表現に思えたが、まあ雀たちから見ればそんな風に見えても仕方ないかも知れない。

 それはともかく、従業員に依頼されたのだからここで戦うことに問題はないし、依頼を果たせば女将との友好度も上がる。ただこの祠と賽銭箱がスルーズが昨日言った「聖杯クラスの魔力を持った魔術的な物品」なのは明らかだから、攻撃が当たらないよう気をつけて戦うべきだろう。

 

「というわけで、みんな宝具やビームはなしで頼む!」

「そうね、通りがかっただけで突つかれた恨みを晴らすわ」

 

 多分エリセは巨鳥が腹をすかせて気が立っていたところに偶然出くわしてしまったのだろう。彼女の言葉を聞いて光己たちはそう解釈したが、実は当人は「ここで活躍したら、一宿一飯ぐらいは恵んでもらえるかも」なんてことも考えていたりする。

 何しろ気がついたら見も知らぬ竹林にいて、無一文で魔力もあんまりなくて困っていたのである。初対面の光己たちについて来たのも、この状況を何とかできればという思惑があったからこそだった。

 

(多分ここ、マヨヒガとかそういう所よね。雀は普通しゃべらないし)

 

 そんなことを考えつつ、槍をかざして突きかかるエリセ。先ほどは簡単にかわされてカウンターを食らったが、今回は味方がいるから負けないはずだ。

 

「KUeee!」

 

 すると巨鳥は食事を邪魔されて怒ったのか、今度は逃げずにエリセの槍を体重をかけて蹴り上げた。体ごと吹っ飛ばされたエリセはそのまま壁に背中を打ちつけて咳き込んでしまう。

 

「ぐっ! つ、強い」

 

 それに場所が場所だけに飛び道具を使えないのがキツい。

 ただエリセが期待したように、一緒に来たサーヴァントたちが巨鳥の追撃を防いでくれたので余裕を持って立つことはできた。

 

「大丈夫か? それにさっきのケガも残ってるな、今治すよ」

 

 さらに3対の翼の男性が駆け寄ってきて、治癒の魔術をかけてくれた。

 

「そういえばさっきの雀の口ぶりだと、前にも襲われたことがあるみたいだな。

 ってことは女将さんでも倒し切れなかったってことだから、そりゃ強くて当然か……」

「……」

 

 どうやらこの(多分)旅館の女将は結構な強者らしい。まああんな謎生物が闊歩する怖い世界で旅館を経営しているのだから、むしろ当然というべきか。

 それでもって、今巨鳥に対峙しているのは白い服を着て槍と盾を持った少女が2人、紺色の服を着て旗が付いた槍を持った20歳前くらいの女性、そして遊園地のスタッフのような服を着ていわゆるツインランサーみたいな武器を持った20歳くらいの女性だ。紫色の服の10歳くらいの子は接近戦は不得手らしく下がっている。

 ……他の4人はともかく、遊園地スタッフの女性はどこの英霊なのだろうか?

 

「KUeaea!!」

「鳴いてもわめいても無駄ですよ。おとなしく今日の晩ご飯になりなさい!」

 

 言っていることもひどく俗っぽいし。

 しかし実力は本物だった。4人がかりなので巨鳥の挙動を的確に封じ込めており、カウンター的に槍の穂先を突き刺して打撃を与えている。そのたびに赤い血が飛び散り、巨鳥の動きがだんだん鈍くなっていった。

 

「……って、そろそろ私も出張らないと!」

 

 このまま終わってはしまっては活躍どころか、ただその場にいただけの役立たずと言われかねない。傷はほとんど治ったので、エリセは急いで前に出た。

 

(敵が弱ってから出て来ていいとこ取りしたずるい奴って思われるかも知れないけど、役立たずよりはマシ!)

 

 エリセは大回りして巨鳥の背後に回り込むと、体ごと飛び込んで渾身の力で槍を突き入れた。

 手応えアリ! かなり深く刺さったから、あとは槍を手に持っていれば巨鳥がどう動こうと逃げられることはない。

 

魔弾(フライシュッツ)!!」

 

 つまり飛び道具を使ってもいいということだ。エリセは空いている左手から、特製の魔術弾を巨鳥の首筋にぶっ放した。

 

「KUueue!?」

 

 これは効いたらしく、巨鳥がぐらりとよろめく。

 その直後に4人がさらに槍を突き立てると、巨鳥はついに絶命し―――たのはいいのだが、倒れ込んだ先はよりにもよって賽銭箱で、しかもその拍子に箱のフタががぱっと開いて、中から眩い光があふれ出たのだった。

 

 

 

 

 

 

 エリセたちは一瞬早く槍を抜いて離脱していたが、これはどう考えても何かよろしくない事態である。

 部屋の外に出てただなりゆきを見つめていたが、そこにようやく紅閻魔が現れる。

 

「あの野鳥が現れたと聞きまちたが……これはまさか!?」

「あっ、女将さん! 実はその野鳥が死に際に賽銭箱に倒れ込みまして」

「賽銭箱にでちか!?」

 

 紅閻魔が慌てて部屋に入るが、ちょうどその時光はふっと消えてしまった。

 

「ああ、何てことでちか……」

「……」

 

 紅閻魔は相当落ち込んだ様子なので、声をかけるのは憚られた。なので光己たちが黙って様子を見ていると、最初に助けを求めてきた雀が彼女に近づいて、このたびの顛末(てんまつ)を報告する。

 

「女将! このお客様がたは、あの野鳥が奉納殿でお供え物を食い荒らしていたので退治してくれたのでチュン! 悪いのは最後まで迷惑かけてきたあの魔鳥なのでチュン!」

「……なるほど、そういうわけでちたか。賽銭箱が開いてしまったのは残念でちたが、お客様がたにはお礼を言わねばなりまちぇんね」

 

 それを聞くと紅閻魔は笑顔をつくって光己たちに礼を述べた。

 義理もないのに妖怪を退治してくれたのだから、多少の被害は仕方がない。むしろ巻き込んでしまったのを詫びねばならぬくらいである。

 

「……どう致しまして」

 

 光己たちは元々恩に着せる気はなかったので、とりあえず無難に挨拶を返した。

 すると不意に紅閻魔が軽く顎を上げ、電話でもしているかのような様子になる。

 30秒ほどしてそれを終えると、なぜかとても済まさなそうな顔を見せた。

 

「えっと、その。助けてもらっておいて申し訳ないのでちが、ひとつお願いを聞いてはもらえないでちょうか? もちろん強制とかではなくて、本当に良かったらでいいのでちが」

 

 どうやら賽銭箱のフタを開けられたのは彼女にとって相当な痛手のようだ。なら鍵でもかけておけばいいのにと光己は思ったがそれは内心にとどめておいて、口にしたのは別のことである。

 

「ええと。今すぐ大至急ということでなかったら、所長が戻るまで待ってもらえませんか? そちらもあの鳥の始末とかここの掃除とかあるでしょうし」

「ああ、それはそうでちね。そこまで急ぎではありまちぇんので、おまえ様のいう通りにしまちょう。

 おまえ様がたは、とりあえずお部屋でお待ち下ちゃい」

「はい、ではまた後で」

 

 光己はそう答えると女将に言われた通り部屋に帰ることにしたが、この横乳と横太腿が素晴らしそうな女の子はどうするのだろうか。

 

「君はどうする?」

「うん、乗りかかった船だからとりあえず聞くだけ聞いてみる」

 

 エリセは他にすることもない身なので、ここは光己たちに同行することにした。

 彼らの部屋に入って座布団に座ったところで自己紹介でもしようかと思ったが、ふと考え直して中止にする。

 

(このヒト翼と角と尻尾引っ込めたら神性も魔性も感じられなくなったけど、さっきまではホントに堕天使みたいだったよね……)

 

 彼は言葉遣いに関してはフランクなようだが、もし本当に堕天した元熾天使だったなら、軽々に素性を訊ねるのはトラウマを刺激して怒らせることになりかねない。藪をつつくのは避けて先方から話を振ってくれるのを待っていると、男性はいたって軽い調子で名乗ってきた。

 

「俺たちはカルデアっていう団体の所員でここへは迷い込んできたクチなんだけど、君は?」

「私は宇津見エリセ……エリセでいい。ただの夜警(ナイトウォッチ)なんだけど、気がついたらあそこにいて何も分からなくて困ってたんだ」

「へえー、お互い大変だな。あ、俺は藤宮光己。こちらは俺のサーヴァントのスルーズとオルトリンデと、ヒロインXXとカーマとジャンヌ・ダルクだよ。よろしく」

「よ、よろしく。うわぁ……」

 

 エリセは邪悪な魔術師やサーヴァントを狩る仕事をしているが、その一方でサーヴァントの生前の生涯を尊重し、敬意を払っている。なので戦乙女やインドの女神や救国の聖女と知り合いになれたのはひそかに大興奮モノなのだが、遊園地スタッフの女性だけはやっぱり謎だった。

 なお光己の方はエリセが「ナイトウォッチ」とわざわざ英語で言ったことから盟友候補(じゃ〇がんもち)の気配を感じていたが、こちらもまだ口にはしなかった。

 ―――やがて紅閻魔がオルガマリーたちと一緒に現れて、彼女の依頼を聞くことになる。

 

「……ええと、実はでちね。あの部屋は奉納殿といいまちて、八百万(やおよろず)の神々を(たてまつ)り、(ねぎら)う祭具なのでち。

 閻魔亭を訪れたお客様は、お帰りになる際、その満足度に応じた『感謝の気持ち』をあの賽銭箱に投げ入れるのが習わしなのでち。

 それで賽銭箱には去年1年分の『ありがとう』が込められていたのでちが……」

 

 カルデア一行のように初見で習わしを知らない客からは、普通にフロントで料金を受け取ったりもするのだが、本来はこちらが正式なやり方なのである。

 

「感謝の気持ち……ですか? あの、具体的にはどういう……?」

「清姫さん、(シッ)! QP(おかね)ですよ、QP! 言わせないでくださいまし!」

 

 清姫の素朴な疑問を玉藻の前が散文的な台詞で抑える。神々の世界もなかなかに世知辛いようだ……。

 

「まあ、お客様の気持ちには個人差があるでちが、基本的には玉藻の言う通りでち。

 新年のはじめ、この『感謝の気持ち』を祝詞(のりと)に変換して、今年一年が安全であるよう、出雲の神々に奉納するのが習わしなのでちが……」

 

 奉納する前にフタを開けてしまったため、「気持ち」が解放され蒸散してしまったのである。つまり奉納できなくなってしまったのだ。

 それ自体は不慮の事故であり、光己たちや女将や雀に罪はないのだが……。

 

「奉納できないと、閻魔亭が少々まずいことになってしまうのでち。奉納日は2週間後の1月15日(小正月)なのでちが、それまでに少しでも補填できるよう、協力してほしいのでち。

 我侭言ってると承知ではありますが、どうかこの通りなのでち。

 もちろん断ってもらってもお客様がたには何の不都合もありまちぇん。あくまでただのお願いでち。

 うまくいった(あかつき)には、それなりのお礼も致しまちゅから」

 

 女将はそこまで言うと深く頭を下げた。

 クレーンの話を聞いていた光己たちには、ある程度事情を推察できる。

 

(多分例の賠償金と何か関係あるんだろうなあ……いやないかも?)

 

 それとこれとはまったく別の問題かも知れない。いや賠償金の利息を払っていたら本来奉納すべきQP(きもち)を奉納できなくなるから、閻魔亭が何らかの罰を受けるという可能性はある。

 

(所長、どうします?)

 

 光己が視線でオルガマリーに訊ねると、オルガマリーはもう決めていたらしく返事は早かった。

 

「分かりました。私たちがどれだけ役に立てるかは分かりませんが、できる限りの手助けをしてみましょう」

 

 するとエリセもおずおずと口を開く。

 

「あ、あの、女将さん。その手助けをしてる間の宿代とか、そういったものはどのような?」

「もちろん無料でちよ。我侭言ってるのはこちらでちから、よほどの無茶振りでない限りサービスでち」

「そ、それなら私も参加ということで……!」

 

 こうしてカルデア一行とエリセが閻魔亭の売上アップ計画に参加することになったのだった。

 

 

 




 今回戦った巨鳥は、原作第七節に出てきた「地獄極楽鳥」です。
 鳥があの奉納殿に入り込む理由といったら、お供え物食べることくらいですよねぇ。しかも雀の台詞からすると初犯じゃないみたいですし、閻魔亭周辺って治安悪そうですな(^^;




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第163話 旅館のお手伝い1

 方針が決まると、女将は他の客のお世話があるので退室し、「都市(とし)」という雀が細かい説明やサポートをすることになった。

 ただその前に、光己には1つ言っておきたいことがあった。

 

「お手伝いするのはいいんですが、その前にあの賽銭箱に鍵をつけた方がいいんじゃないですか?

 いくら稼いでも、またフタを開けられて台なしにされたらたまったものじゃありませんから」

 

 あるいはフタを開けた者には神罰が下るとかそういうものがあるのかも知れないが、開けられずに済むならその方がいいはずだ。神代(おおむかし)はどうか知らないが、21世紀の感覚だとホテルの金庫を公開して、しかも鍵がついていないというのは不用心すぎて草も生えない。

 

「そ、それは確かにそうチュン! 女将に伝えておくチュン!」

「よろしくお願いしますね」

 

 これで光己の懸念は解消されたので、いよいよ具体的な仕事の話に入る。「都市」によると、現状でカルデア一行とエリセにできそうなのは食材の山の幸や川の幸を取ってくること、旅館の補修や(まき)に使う木材資源を取ってくること、悪さをする魔猿を追い返すこと、の3つだそうだ。

 その山の幸や川の幸の内容や取り方とか、木材の種類や形とか、魔猿がよく出る場所とか、そういった実務的な話まで済んだら班分けになる。

 その時改めて自己紹介をしたのだが、サーヴァント14人に続けて名乗られたエリセが興奮のあまり失神しそうになったのだが、本当に失神まではしなかったあたりクレーンよりはオタク度が低そうである。

 なお玉藻の前とタマモキャットは「天遡鉾(アメノサカホコ)」と聞いて本体の両親を思い出したりしたのだが、エリセには二柱の人格はないようなので今は触れなかった。エリセの方にもそちらの話をする余裕はなさそうだし。

 

(それにしても1人で14騎と契約して平気な顔してるなんて、やっぱりこのヒト本当に元熾天使なのかも……。

 あと「世界各地に観測される、魔術が関わる異常事態を解決している組織」って何? 魔術師が大勢からんでそうだし、何だか怪しい……)

 

 エリセは魔術師が嫌いなので、魔術が関わると言われた時点であまり好感は持たないのだった。もっとも怪しいといっても証拠はないし、光己もオルガマリーも善人ぽいので今は難癖をつける気はないが。

 そんなことを考えているエリセの前で、オルガマリーが音頭を取って班分けをしている。

 

「エリセも入れたら18人だから、ちょうど6人ずつになるわね。

 ワルキューレは1人ずつ分かれてもらうこととして、それ以外はどうしようかしら?」

「所長とアイリスフィールさんは猿退治は論外として、薪割(まきわ)りも向いてないですよね。

 ですので山の幸川の幸班に回っていただいて、安全重視でマシュかお姉ちゃんも入るようにしましょう。

 猿退治班は戦闘ですから俺がリーダーしますよ。

 あとはジャンケンか交代制ってことでいいんじゃないですか? ただ清姫とジャンヌオルタは炎メインですから、猿退治班は避けた方が良さそうですね」

「お待ち下さい旦那さまぁぁ! それではわたくしはずっと旦那さまとは別行動ということになってしまうのではぁぁ!?」

 

 光己の意見は妥当なものだったが、妥当なら納得できるというわけでもない。清姫はドラゴンのごとくぐわーっと吠えて不服の意を表明したが、幸いにして彼女の希望を叶える方法は存在した。

 

「じゃあまたランサーになればいいんじゃない? スクール水着も山林の探索に向いてるとはいえないけど、それならクレーンって人に霊衣つくってもらえばいいんだし」

「それです!!!」

 

 ヒルドの提案に清姫が全力で乗っかって、ただ霊衣は頼んだその場でできるものではないので、今日のところは山の幸川の幸班に入ることになった。

 その後ジャンケンしてとりあえず今日のお昼までの班分けは、山の幸川の幸班はオルガマリー・アイリスフィール・スルーズ・段蔵・清姫・ジャンヌ、木材班はヒルド・ブラダマンテ・ヒロインXX・カーマ・ジャンヌオルタ・玉藻の前、猿退治班は光己・マシュ・オルトリンデ・景虎・タマモキャット・エリセという割り振りに決まった。

 あとは先ほど巨鳥が割った窓をルーンで直して、次に運良く自室にいたクレーンに清姫の霊衣を依頼したら二つ返事で引き受けてもらえたので、満を持して現場へと出立である。

 

「それじゃ行ってきます」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

「はい、所長も」

 

 微妙に家族っぽい挨拶をかわしつつ、光己チームがまず赴いたのは閻魔亭の裏山のさらに奥の方である。そこには魔猿だけでなく魔猪や、以津真天(いつまで)なる怪鳥までいるという。

 魔猪は珍味だが、目的はあくまで追い払うことだから、無理に退治して持ち帰る必要はないそうだ。

 

「そいつらの強さによっては、人数配分を変える必要があるかもな」

「そうですね、まあどんな強い魔物が出てこようとマスターは私が守りますから!」

 

 山の奥まで歩いていくと時間がかかるので空を飛んで行くことにしたのだが、景虎は光己にしっかり抱きかかえてもらってご満悦であった。

 しかし「マスターを守る」と言われては、反対側のマシュも黙ってはいられない。

 

「いえ景虎さん、先輩をお守りするのはシールダーであるこの私ですから!

 景虎さんは安心して、アタッカーの仕事に専念なされると良いかと」

「むう、何という正論! しかしそれでは撃墜数は稼げないのでは?」

「ご心配なく。私は攻めの手柄などなくてもいい身ですから!」

「……」

 

 マシュはフランスでランスロットと遭遇した時は強硬に攻めの手柄を欲しがっていたのだが、それについては光己は口にしなかった。嘘は良くないことだけれど、事実なら何でも公表していいというわけではないのだ。主に安全と平穏のために。

 やがて目的地に到着して地面に降り立ち、まずは少し歩いてみることにする。

 

「……一見は普通の森ですが、昨日の林より魔力が少し濃いですね」

 

 オルトリンデがそんなことを言った直後、獲物の匂いを嗅ぎつけたのか、さっそく野性味たっぷりの黒っぽい猪が2頭現れた。当然のように襲ってくる。

 

「あれが魔猪か! みんな迎撃して!」

 

 特殊能力は持ってなさそうだが、下から斜め上に伸びた大きな2本の牙に刺されたらサーヴァントでも痛そうだ。接近される前に仕留めるべきだろう。

 

「はい!」「うん!」

 

 オルトリンデが槍の穂先からビームを放ち、エリセも黒いエネルギー波のようなものを放つ。魔猪は突進速度こそ速いが、急カーブして攻撃を避けるという芸当はできないらしく2人の攻撃をまともに喰らった。

 

「Guuuu!」

 

 顔面を強打されて一瞬足が止まるものの、すぐさま突進を再開する黒き猪2頭。食欲に傷つけられた怒りが加わって実際コワイ!

 最初の標的は当然、今攻撃してきたオルトリンデとエリセだ。しかし2人はぎりぎりまで引きつけると、ぱっと真上に跳んで避けた。

 その後ろには太い木が立っていたが、魔猪は急ブレーキなんてできない。そのまま頭からぶつかったが、なんと木の方がメリメリと音をたてて倒れてしまった。

 

「うわ、すごいパワー」

 

 なぜこんな危険な魔物がうろついている所で紅閻魔は旅館など経営しているのか、光己は改めて不思議に思ったがそれはさておき。エリセが跳んだ際に横乳がぷるんと揺れる所と、服の裾が舞い上がってその下に穿いている薄青色の(ふんどし)?をしっかりと視認できた。

 おっぱいは年齢以上によく育っているし、褌も角度がえぐくて張りのいいお尻がかなり露出している。サービスがいい娘だなあ、と光己は(もちろん内心だけで)感謝した。

 あとオルトリンデのスカートの裾も舞い上がっていたのだが、彼女を含む3姉妹はパンツが見えるところまではいかないのが残念である。いや3人の時代的に考えて穿いてないという可能性もあるので、今はシュレディンガーのパンツ状態だった。

 

「やあっ!」

 

 魔猪は立木を一撃で倒したとはいえ、さすがに動きは止まった。そこにオルトリンデとエリセが再びビームを放ち、景虎とタマモキャットも横から撃ちかかる。

 

「Guーーー……」

 

 それでも魔猪は容易に絶命しない。そこで光己がいいもの見せてもらったお礼に光のブレスをぶつけると、ようやくズシーン!と地響きを立てて倒れ伏した。

 

「ずいぶんタフな奴だったな。みんな大丈夫?」

「うん、私は大丈夫……だけどすごいね、キミ」

 

 彼は元熾天使かも知れないと思っていたが、ドラゴンめいたブレスまで吐くとは。エリセはこの(見た目は)年上の男性が何者なのか、怖いもの見たさ的な意味で本当に気になってきたのだった。

 

「ん、そりゃまあ俺もヴァルハラ式トレーニングで鍛えてるからなー」

「トレーニングでああいうのって身につくの……?」

 

 怪しげなパワーワードを聞かされたが、彼はきっと真の正体を隠そうとしているに違いない。すでに3対の翼を見せてしまっているのに何故とも思うが、何か深遠な考えでもあるのだろうか。

 

「ところで魔猪の遺体、持って帰る?」

「そのまま持っていくには大きすぎますし、血抜きや切り分けをしていると時間がかかります。

 倒した証拠として、牙だけ折って持っていくというのはどうでしょう」

「そうだな、そうするか」

 

 武功を主張するには物証を持っていく。景虎の理にかなった進言を採用して、光己は持参していたズタ袋に魔猪の牙を入れた。

 

「じゃ、次行こうか」

「うむ。ご主人に魔猪のマンガ肉欲張りセットをご馳走できないのは残念だが、諸事このアタシに任せておくといいぞ!」

「え、キャットマンガ肉つくれるの? じゃあ帰る時またここに寄って―――」

 

 光己がそう言い終える前に、今度は上から鳥の羽音が聞こえた。

 見れば体高2.5メートル、翼幅はその倍ほどもありそうな黒っぽい鳥が3羽も飛んでいるではないか。

 こちらを見下ろして「いつまで」「いつまで」と気味悪い声で鳴いている。

 ただ襲ってくる様子はない。

 

「で、でかい!? それにあの鳴き声、あれが『以津真天』か!?」

「でも何故襲ってこないんでしょうか?」

「単に大きすぎて森では動きづらいのでしょう。どうしてもというのなら、翼をたたんで脚で走るということになりますね。

 太平記には、(ぬえ)の例に(なら)って矢で射落としたとありますが」

 

 景虎が生前に「太平記」を読んでいたらしくそんなことを言ったが、残念ながらこのチーム、いやカルデアにはアーチャーはいなかった。

 それでも飛び道具はあるから攻撃はできるが、怪鳥の鳴き声を聞いている内に一同はだんだん気分が悪くなってきた。

 

「せ、先輩……何かすごく嫌な感じがして、力が入らなくなってきたような」

「言うまでもなくあのおぞましき鳴き声のせいなのだな。キャットも眠く……いや寝るのも嫌な感じなのである」

「え、そんなことになってるのか?」

 

 しかし光己は平気なので、どうやら声に妖力がこめられているようだ。なら対抗策はある。

 天使の翼に魔力を送って白い光を放射すると、マシュたちはすぐさま全快した。

 

「やっぱりすごいですね、これ。全身に力がみなぎってきます!」

「ええ、普段の倍ほども強くなった感じがします。これなら誰にも負けませんよ!」

 

 特に景虎は心身ともに最高すぎるほどハイ!!になっていたが、すると怪鳥はおびえた様子になって逃走してしまった。

 

「に、逃げた!?」

「うむ、やはり野生の掟に生きる者は判断が早いのである」

「むむー、ある意味人間より手強いな」

 

 光己たちの目的は魔物を閻魔亭に近づかせないことであって殺すことではないので、脅して逃走させたのなら目的を達成したといえるのだが、殴られたのに殴り返せなかったのでちょっと不満が残った光己なのだった。

 しかし済んでしまったことは仕方ないので気持ちを切り替えて次に行こうとした時、エリセが仲間になりたそう、もとい何か聞きたそうにこちらを見ているのに気がついた。

 

「あ、もしかして俺が出した光浴びて嫌な気分になっちゃったとか?」

「ううん、むしろあの鳥にやられたのが治ったくらいなんだけど、今の何?」

「簡単に言うと、俺を好きな度合いに比例してバフがかかったりデバフが治ったりする技だよ。毎回やったら依存症になるかも知れないから、今回みたいに必要そうな時だけにしてるけど」

「へえ……じゃあもし嫌いだったら?」

「そりゃもう、嫌い度に比例してデバフだよ」

「……」

 

 彼はずいぶんとマスター向きのスキルを持っているようだ。いや1度嫌われたらドツボにハマるわけだから諸刃の剣というべきか。

 

「でも少なくとも、エリセに嫌われてなくて良かったよ」

「うん。キミはいい人みたいだし、召喚された英霊を愚弄なんてしないだろうから」

「愚弄? 敵ならともかく、善意でボランティアしてくれてる人を愚弄なんてするわけないぞ」

 

 エリセが口にしたショッキングな単語に光己はびっくりしてしまったが、するとエリセも不思議そうに首をかしげた。

 

「……ボランティアってどういうこと?」

「あー、そこからか。他はどうか知らないけど、カルデアにいるサーヴァントはみんなタダで協力してくれてるんだよ。いやご飯くらいは出してるけどね。

 嫌になったら契約解除してサヨナラだから、ぞんざいには扱えない……といっても俺はリーダーだから媚びへつらったりまではしないけど、感謝の気持ちとかそういうのは当然かな、と」

「そうなんだ……」

 

 エリセがいた世界では、人間はみんな「運命の示す」サーヴァントと契約してパートナーになっていたのだが、ここはそうではないようだ。そういえばサーヴァントが14騎もいるのに全員光己と契約していて、オルガマリーとアイリスフィールは誰とも契約していないし。

 

(もしかしてただのマヨヒガじゃなくて、違う世界とかそういうのに来ちゃったのかな?)

 

 ふとそんなことを考えて、エリセは少し気が遠くなった。

 

 

 



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第164話 旅館のお手伝い2

 光己たちはその後も何度か魔猿や魔猪や以津真天(いつまで)と遭遇しては退治したり追い払ったりしていたが、そろそろ太陽が真上に近づいてきたのでいったん帰ることにした。

 

「そうだね、ちょっと疲れたし……」

 

 エリセはまだ光己と契約していないので、魔力供給がなくて回復量が少ないのだった。というかまだ自分のことをサーヴァントだと認識していなかったりする。

 

「じゃ、さっきの魔猪の肉を回収しようか」

「うん、マンガ肉なんて初めてだよ」

 

 エリセもサブカルチャー界で有名なこの肉料理に興味津々のようだ。

 タマモキャットと名乗っている彼女が狐なのか猫なのか犬なのかは分からないが。

 そして閻魔亭の玄関前、ではなく魔猪の肉を持っているので裏口に行って肉と牙を雀に渡した後、生身の光己とマシュ、それに自分を生身だと思っているエリセも服の汚れを払い濡れタオルで体を軽く拭いてから亭内に入った。

 なおマシュ以外のサーヴァントは一度霊体化すれば汚れは落ちるので問題ない。

 翡翠の間に行ってみるとオルガマリーはすでに帰っていたので、さっそく報告することにする。

 

「―――というわけで魔猿と魔猪はともかく、以津真天はちょっと厄介なので俺は猿退治班固定にする方がいいと思います」

「そうね。治癒系のスキル持ってるサーヴァントは何人もいるけど、上から不意打ちでデバフかけられたら効き目落ちるかも知れないものね。

 貴方にばかり負担かけてすまないけど、お願いね」

「はい、どう致しまして」

 

 確かに光己が1番大変な仕事になるが、オルガマリーはいろいろ気遣ってくれるし、彼女自身がトップとして頑張っているのもよく知っているので不満はなかった。

 

「あとキャットが女将と相談して夕ご飯に魔猪のマンガ肉欲張りセットつくってくれるそうですので、清姫の霊衣のお礼にクレーンさん誘ってもいいかも知れませんね。鶴が猪の肉食べるならの話ですけど」

「……魔猪のマンガ肉って、さすがバーサーカーだけあって奇抜なものつくるのねえ。

 まあいいわ、人に化ける鶴の食性なんて知らないから、誘うだけ誘ってみましょう」

 

 クレーンのことだから、鶴は猪の肉なんて食べないのだとしても無知を怒ったりはしないだろう。うまくいけば親密度アップで勧誘チャンスだ。

 

「ああ、それとこっちの報告もしておくわね。

 6人をまた2つに分けるのは人数少なくなりすぎだから、午前中は全員そろって山の幸だけにしたの。

 こう言ったら何だけど山菜採りみたいで面白かったわ。段蔵のおかげで毒キノコや毒草は区別できたしね」

「魔物は出なかったんですか?」

「ええ。運良く出会わなかっただけか、あの辺りには生息してないのかは分からないけど」

「そうですか、それは良かったです。所長もたまには楽しいことあっていいはずですからね」

 

 オルガマリー(とアイリスフィール)に危険がなくて何よりだった。今後もそうであればいいのだが。

 

「ありがとう、貴方も……いえ貴方は、いえ何でもないわ」

 

 オルガマリーは何か言いかけたが、途中で顔を赤くして口を濁してしまった。

 実は彼女は昨日男湯を覗いたりはしなかったが、多量の魔力が流動していたのは感じていたので、光己がここでは口にできないコトをしていたのではないかと疑っているのだ。

 一緒にいた女性陣は自分から混浴しに行くくらい彼と仲がいいわけだし。

 

「?」

 

 当の光己はここでオルガマリーが赤面した理由を察せるほど鋭くはなく、しかし深く追及するとセクハラになりそうなので控えておいた。

 その後木材班も無事帰ってきて、こちらは今回は薪割(まきわ)りだけだったので難しいことは何もなく、つつがなく完了して納品したそうだ。ただ旅館の補修に使う物ともなると、形状を統一したり表面をきれいに削ったりする必要があるので手間がかかりそうである。

 

「ルーンで何とかなるといえばなるけど、あたしたち木こりや大工じゃないからねー」

「まあその辺は仕方ないだろ。というか最初に建てる時はどうしたんだろうなあ」

 

 おそらく八百万(やおよろず)の神々のすごいパワーで何とかしたのだろう。それなら毎年QPを捧げているのも分かるし。

 昼食の後ひと休みしたらまたお仕事だが、光己は探索の合間に山の幸川の幸班と木材班の様子も見に行くことにした。

 

「猿退治班専従といっても、他のとこまったく知らないのもつまんないからな」

「これは旦那さま! わざわざわたくしの仕事ぶりを見に来て下さるなんて嬉しいです」

「うん、まあ清姫だけってわけじゃないけどね」

「むうー、乙女としてはわたくしだけを見に来たと仰ってほしいところですが、それでは嘘になる上に、引率者としては失言になる……今日も旦那さまは思慮深いお方」

「や、そこまで持ち上げられると困っちゃうけど……でも川の幸集めならスクール水着でちょうど良かったんじゃないか? 絵になってるよ」

「も、もう旦那さまったら♡」

 

 光己がそんなことを話しつつ川を見てみると、水はとても綺麗で澄んでおり魚もそこそこいるようだ。岸辺に閻魔亭の備品の大きな魚籠(びく)が置いてあり、すでに20匹くらい中で泳いでいる。

 

「おお、ちゃんと獲れてるみたいだな」

「はい、仮にもワルキューレですから川魚を手で獲るくらいは簡単です。

 別に、魚を獲り尽くしてしまっても構わないのでしょう?」

「いや、乱獲ダメ絶対」

 

 やる気があるのは良いことだが、何事もいきすぎはよろしくないのだ。

 スルーズがしゅんと肩を落としたが、今回はそのまま流すことにする。

 

「所長とアイリスフィールさんは普通に釣りですか?」

「ええ。水はそんなに冷たくないけど、私たちは魚を傷つけずに手でつかむなんて無理だから」

「正直にぎやかしにしかなってないけど、だからってサボるわけにもいかないし」

 

 山菜採りは腕力や武術の技量はあまり関係ないのでオルガマリーとアイリも普通に戦力だったが、川魚獲りはスルーズと段蔵が圧倒的だった。ジャンヌと清姫は水中で腕を振って起きた波で魚を陸に打ち上げる漁法を使っているが、武芸達者の2人には及ばないようだ。

 

「まあその辺は仕方ないと思いますよ。

 それじゃまた後で」

「ええ、気をつけてね」

「お気をつけてー」

 

 最後にトップに挨拶してから、光己たちは木材班の仕事場に向かった。

 今回は客間の修繕のための杉や(ひのき)の柱や板の調達である。さすがのルーンも、材料がなくては元に戻せないので。

 柱や板を作るにはまず立木を根元から切り倒した後、枝を落として丸太にする。それを削って大ざっぱに製材するところまでは、ブラダマンテとヒロインXXとジャンヌオルタが担当していた。

 その後乾燥させたり表面を(かんな)がけしたりといったことは、ヒルドとカーマと玉藻の前が魔術でやっている。実は復讐者(アヴェンジャー)のカーマはかの蘆屋道満に勝るとも劣らぬ術スキルの持ち主なのだ。

 

「おお、すごいな。手作業でこんなきれいな柱や板をほいほい作れるなんて……」

「フフッ、私にかかればこんなものですよ。感謝して下さいねマスターさん」

「うん、さすが魔王様だな。カーマちゃんカワイイヤッター!」

「えっへん!」

 

 なお夏の魔王様は水着サーヴァントなので山林の中だとちょっと場違いに見えるのだが、今は部外者がいないので特に気にしていなかった。

 

「先生が困ってらっしゃるのですから、私も少々本気出さざるを得ませんからね。

 でもマスターのおかげで自称竹取の翁に言い逃れされずに済みそうでありがたいです」

 

 なにぶん証拠がないことなので、玉藻の前だけではいくら「昔話では誰も本物を持って来なかったのだから貴方は嘘を言っているのだ」と追及しても水掛け論にされかねない。しかし光己(とカーマ)のおかげで、どちらに転んでも自称翁を成敗して賠償金をナシにできるのが紅閻魔の生徒として嬉しかった。

 

「うん、99%サギだから俺自身には多分関わりのないことだけど、あれはさすがに見過ごせないからなあ」

「ありがとうございます、やはりマスターはいい方ですね。

 あ、それはそれとして帰る時はまたここに寄って下さいましね。私たちだけでは材木運べませんから」

「ああ、それがあったか。じゃあロープで縛っておいてくれたら、俺が竜モードになって閻魔亭の裏口まで運ぶよ」

「おおー、いつもながらマスターは頼りになります!」

「うん、それじゃまた後でね」

 

 木材班も問題ないみたいなので、光己たちは辞して本来の仕事場に戻ることにした。

 さっそく魔物の気配がする、のはいいのだが―――。

 

「午前中の戦闘でここの魔物の強さは把握できましたので、午後はマスターの訓練のため以津真天以外の敵はマスターに退治してもらうことにしましょう」

 

 戦乙女脳のメンバーがそんなことを言い出したため、光己は最初に遭遇した魔猪は上空からのブレスで一方的に打ちのめしたものの、2頭目は飛行禁止になったのでひーこら言いながら逃げてはブレス逃げてはブレスでやっと倒すという苦労をするハメになっていた……。

 

「疲れた……やっぱまだまだ未熟だなあ」

「いえ、技能縛りをつけて魔猪を倒せるならエインヘリヤルとしても上澄みの部類に入りますので誇っていいと思います」

 

 なおその次は午後では初めての魔猿に出会って、これは魔猪より攻撃力は大幅に劣るもののとても素早いので、ブレスは照準をつけられず、手刀や掌打は避けられてカウンターをくらうで結局倒し切れずに逃げられてしまった。

 

「痛くはなかったけど、徒労感がひどい……」

「なるほど、やはりマスターはスピードや技量が優れている相手は苦手なようですね。今後の参考にしましょう」

「オルトリンデ先生厳しみ……」

 

 昨日ヒルドが「光己にとってヴァルハラはちょっとキツめの部活のようなもの」と言っていたが、もしかしたら「キツめ」の基準が違うのかも知れない。とりあえず後でご褒美欲しいなあ、と思春期に走る光己なのだった。

 その後ろではエリセが(この世界のマスターって、サーヴァントにここまでしごかれなきゃならないのかな……?)という畏怖と憐憫と呆れがこもったまなざしで見つめていたのだが、彼がそれに気づくことはなかった……。

 

 

 

 

 

 

 前回のレムレムレイシフトでは道具を持ち込めなかったが、今は「蔵」の中に時計その他の小道具を入れてあるので時刻を知ることができる。「蔵」は基本的に財宝しか入れられないのだが、時計がない時代や場所を想定すればお宝認定可能だ。

 

「もう4時か。日も傾いてきたし、そろそろ帰ろう」

「そうですね、材木班を迎えに行かないといけませんし」

 

 というわけで光己たちは閻魔亭に帰って材木を納入すると、部屋ではなくロビーで川の幸班が帰るのを待つことにした。

 やがて扉が開き、何人かのサーヴァントが入ってきたがオルガマリーたちではない。

 

「ほかのお客さんか……って、信長公に沖田ちゃん!?」

 

 何とびっくり。現れたのは戦国時代やオケアノスで会った信長と沖田2人、それに黒い小袖と袴を着たいかにも荒っぽそうな男性、お姫様的な印象を受ける派手な兜をかぶった少女、詰襟学生服に似たデザインの白い服を着た男性と彼に寄りそうように宙に浮かんでいる黒衣黒髪の女性、信長に似た顔立ちの赤い服を着た少年、そして最後に青いジャージを着て黒いホットパンツを穿いたアルトリア顔の少女としめて9名様の団体客であった。

 

「マジか。クレーンさんがいたくらいだから信長公が来てもおかしくはないけど、まずは声だけかけてみるかな」

 

 黒い服の男性がかなり怖いので光己はすぐそばまでは近づかず、1番自分のことを覚えている可能性が高い沖田ノーマルに少し離れた所から声をかけてみた。

 

「沖田さん!」

「え、今誰か私を……ってカルデアのマスターじゃないですか!」

 

 すると沖田はぱーっと嬉しそうに相好を崩して駆け寄ってきた。どうやら覚えていてくれたようだ。

 

「まさかこんな所で会うとは奇遇ですね! 今回はお仕事ですか? それともまた夢の中に?」

「よかった、覚えててくれてたんだ。うん、実は夢の中の方。

 この特異点で起こってる事件を解決するまで戻れないと思うけど、今はこの旅館に住み込みでお手伝いしてるんだ」

「そ、それは大変ですね……」

 

 人理修復だけでも大変なのに、また夢の中でトラブル解決せねばならぬとは。これには沖田も同情を禁じ得なかった。

 そこに沖田オルタと信長も近づいてくる。

 

「マスター……本当にマスターなんだな。温泉旅行に来てマスターに会えるなんて、本当に夢みたいだ」

「うん、俺の方は本当に夢……ってのはおいといて。沖田ちゃんに会えたのは嬉しいけど、確か沖田ちゃんって1度きりの顕現がどうとか言ってなかったっけ?」

 

 沖田オルタが感動のあまり目の端に涙まで浮かべているのは嬉しいが、これはどういうことなのだろう? もっともオルタの方も確信はないらしく、やや自信なさげな口調で説明してくれた。

 

「きっとマスターが助けてくれたからだ。本来なら光秀公を討った時に消えるべきだったところを、マスターのおかげで延命したから『その事実が』英霊としての逸話になって普通の英霊のように存在できるようになった……んだと思う」

「そっか、あの時は痛かったけどその甲斐あったってことだな。ホントに良かった」

「うん、私も嬉しい」

 

 オルタは童子のような素直な笑顔で喜んでくれているが、彼女だけと話しているわけにもいかない。

 

「信長公……お久しぶりです、と言っていいんでしょうか?」

「うむ、そなた本当に難儀な人生送っとるようじゃのう……ちょっとかける言葉が見当たらん」

「いえ、役得はいっぱいありますので嫌ではないです。ところで信長公たちはここにはどのようなご用事で?」

「なに、沖田オルタが今言ったがただの温泉旅行じゃ。人生、いや英霊生も戦ってばかりでは気分がささくれだってしまうからの」

「なるほど、それはそうですね」

 

 信長たちがどういう経緯で閻魔亭の存在を知ってここに来るまでに至ったかの過程に興味はあったが、他の人たちがいるのでそこまで長話するのは避けた。

 しかし温泉が開放された翌日に来るとは何とも耳ざとい、それとも偶然の幸運なのだろうか?

 

「あー、それじゃ後ろの方々をお待たせしてるみたいなので、また後でお邪魔していいですか?」

「うむ、酒の肴にそなたの冒険(たん)を聞くのも良さそうじゃな。ではまた後での」

 

 信長はそれで話を切り上げると、沖田たちと連れ立ってフロントの方に去って行った。

 

 

 




 ハロウィンイベ。アイリさんはあの服着て人前に出るの平気だったのか……! それなら「天の衣」なんて楽勝ですよねぇ。




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第165話 ぐだぐだ温泉物語1

 やがてオルガマリーたちが帰ってきたので、光己はさっそく信長たちのことを報告した。

 

「ジャンヌがサーヴァント反応が9つも出てきたって言うから急いで帰ってきたんだけど、そういうことだったのね。

 信長公たちは温泉旅行に来ただけで、しかも9騎中3騎と仲がいいんだから諍いにはならずに済みそうね」

「そうですね。1人だけ怖そうな人がいますが、1人だけですからこちらからケンカを売らなければ大丈夫だと思いますよ」

 

 それにしてもこんな所で信長たちと会えるとは。彼女たちは長居はしないだろうから自称竹取の翁との対決は手伝ってもらえないだろうが、会えただけでも本当に嬉しい。

 

「ひと休みしたらお邪魔しようと思ってるんですが、所長はどうします?」

「そうねえ。信長公と沖田とは一緒に戦った仲なんだから、行かないと失礼になるわね」

「私も、私も行きたい! 紹介して!」

 

 するとエリセが猛然と自薦してきた。

 エリセは信長一行の誰とも面識はないのだが、9人ものサーヴァントとお話できるチャンスとあって英霊オタクの血がめらめらー!と燃え盛っているのである。

 

「んー、まあそこまで言うなら。でも18人全員で行くのはさすがに多すぎですかね?」

「うーん、でも自己紹介を何度もしたりさせたりするのもよろしくないわね。とりあえず全員で行ってみましょう」

「それだったらクレーンさんも誘っていきませんか? みんなそろって大広間で夕食ってことになるかも知れませんし」

「そうね、そうしましょう」

 

 ということで、今回も部屋にいたクレーンも一緒に全員そろって訪問することになった。部屋に入り切れなかったら、その時はその時である。

 

「こんにちは、今いいですか?」

「あ、マスターですか? どうぞどうぞ!」

 

 光己が扉の前で呼びかけると沖田がいかにも歓迎という口調で答えてくれたので、さっそく中にお邪魔する。そこは光己たちの部屋よりちょっと広いところで、9人がのんびりお茶を飲んで休憩したり外の景色を眺めたりしていた。

 

「うわ、すごい大勢ですねえ!? ひの、ふの……19人ですか!?」

 

 沖田は目を丸くして驚いた。オケアノスの時も結構な大集団になっていたが、1つの組織だけで19人とはよく集めたものである。

 

「うん、だからまずは少人数で来ようかとも思ったけど、自己紹介何度もさせるのも何かなと思って」

「ま、まあ確かにそれもそうですね。それじゃちょっと狭苦しくなりますが、座って下さい」

 

 沖田2人が座卓を部屋の隅に立てかけてスペースをつくり、カルデア一行と信長一行が向い合って腰を下ろした。

 

「それじゃまずお互い自己紹介でも。こちら、ご存知の方もみえますがカルデアの所長のオルガマリー・アニムスフィアさんです」

「初めまして、フィニス・カルデアの所長を務めているオルガマリー・アニムスフィアです。

 世界各地に観測される、魔術が関わる異常事態を解決する仕事をしています」

 

 信長と沖田2人はカルデアの本当の仕事をもう知っているが、他の6人はまだ知らないはずだ。なので紅閻魔の時と同様、ぼかした表現にしていた。

 その後光己とマシュたちも名乗った時点で信長側にはいろいろ因縁を感じた者もいたが、まずは全員名乗るのが先である。

 

「うむ、ではまずわしから行こうかの。わしこそ第六天魔王、戦国の覇者織田信長じゃ!」

「さすが姉上、自己紹介もキマってますね!」

 

 すると信長の後ろで、彼女に似た少年が拍手するような仕草をした。

 視線が集まったのを感じて少年はちょっとバツ悪そうな顔をしたが、仕方ないので名乗ることにする。

 

「……どうも、姉上の弟の織田信勝です。よろしく!」

 

 人当たりの良さそうな笑顔で自己紹介した信勝は生前は信長に謀反を起こして敗死したのだが、今ここにいる彼は姉にわだかまりは持っていないように見えた。英霊になった後で和解したのだろうか?

 次は兜の少女が大仰に名乗りを上げた。

 

「わらわこそが日輪の寵姫、茶々なるぞ! バーサーカーのサーヴァントじゃ! うん、クラスは諦めた!」

「え、茶々君といえば秀吉公の?」

「ほう、そなたたちは遠い未来の者と聞いたがわらわと殿下のことを知っておったか! 褒めてつかわすぞ」

 

 光己よりエリセが先に興奮もあらわに反応すると、茶々は大げさに背をそらせて高笑いした。何というか、ローマで会ったネロを思い出させる物腰と言動である。

 次は例の怖い男性だった。

 

「詳しくは聞いてないが沖田が世話になったそうだな。新選組副長、土方歳三だ」

「アッハイ。ヨロシクオネガイシマス」

 

 土方は普通に自己紹介しただけのようだが、それでもずいぶんと迫力があるので光己は返事がカタコトになっていた……。

 似たタイプとしてヴラドやカリギュラと相対したこともあるのだが、土方はまだ味方とはいえないにせよ敵ではないので勝手が違うのである。

 オルガマリーやエリセも同様のようで、とりあえず沈黙していた。

 幸い土方は特に反応せず、次は白服の男性と黒服の女性になる。

 

「初めまして、坂本龍馬だよ。こっちは相棒のお竜さん。僕ともどもよろしく頼むよ」

「お竜さんだぞ。よろしくな」

((!?!?!?!?))

 

 2人の名乗りを聞いた光己とエリセは仰天してしまった。彼が日本史上有数の有名人であることもだが、それ以上に―――。

 

「あっ、あの。新選組と一緒にいて大丈夫なんですか……!?」

 

 自己紹介の最中に内情を訊ねてしまったが、これは致し方ないことだろう……。

 龍馬も気分を害したりはせず、普通に答えてくれた。

 

「ああ、確かに敵対していたけど、いろいろあって和解したんだよ。

 お互いサーヴァントになって、今ここには幕府も薩長土肥もないしね」

「そ、そうでしたか……まあ平和が一番ですよね」

「うん、そのために志士活動したようなものだよ」

 

 はにかんだ微笑を浮かべてそう言った龍馬は武器商人めいたこともしていたのだが、それは今の言葉と矛盾しない。あの時代に西欧列強から国を守るためには、何よりも優れた兵器が必要だったのだから。

 沖田2人はもう名乗る必要はないので飛ばして、最後はアルトリア顔の少女である。

 

「……コードネームはヒロインX。

 昨今、社会的な問題となっているセイバー増加に対応するために召喚されたサーヴァントです。よろしくお願いします」

「アッハイ。コチラコソヨロシクデス」

 

 その意味不明な自己紹介に、光己は土方の時とは別の理由でカタコトになっていた……。

 おそらく彼女はヒロインXXの関係者、あるいは別側面なのだろう。

 そしてこれでつつがなく自己紹介が終わったので、普通にお話する時間になる。光己はまず、戦国時代でできなかったことをやることにした。

 

「それじゃ信長公、こうしてまた会えたことですので、サインと写真お願いしていいですか? 家宝にしますので」

「ん? それは構わんが持って帰れるのか?」

 

 家宝にするとまで言われれば悪い気はしないが、光己が今頼むからにはあの時は持って帰れなかったはずで、ならここで書いても同じことではないのか? 信長はそう思ったが、今の光己はあの時の光己ではなかった。

 

「はい、ちゃんと持って帰れます。カメラもありますから」

 

 そう言いながらいつもの黒い波紋を出して、中から色紙とペンとデジカメを取り出す光己。

 実に便利なスキルを会得できたものだ、と今更ながらに感慨にふけった。

 

「おおっ!? 何かおかしな術を会得したようじゃのう」

 

 しばらく会わぬ間に精進したということか。信長はいたく感心して、彼の希望通りまずサインを書いた。

 次は写真となったところで、エリセが何かすごい形相で割り込んできた。

 

「キ、キミだけずるい! わ、私も欲しいから色紙と、あと撮った写真の印刷もお願い」

「おおっ!? 色紙ならたくさん持ってるから分けてあげるけど、印刷はここじゃ無理だぞ」

「そ、そんな……」

 

 プリンターが必要になる事態は想定しなかったから持って来ていないのだ。光己がそう言うと、エリセは露骨にがっくり落ち込んだ。

 光己にもその気持ちは分かる。なので彼女の望みをかなえ、ついでにこのサービスがいい女の子と末永くお付き合いできるようになる方法を提案した。

 

「じゃあ俺と契約して魔法少女、じゃなかったカルデアに来ない? そしたら印刷できるし、モルガン王妃とアーサー王のものも手に入るよ。もちろん個室もあげるし」

「行くっ!」

 

 何しろカルデアに入れば信長たちだけでなく、カルデア所属のサーヴァントたちのサインと写真ももらえるのだ。逆に断れば彼らの心証を悪くして何も得られなくなる可能性だってあるわけで、英霊オタクの上にまだ14歳のエリセが物欲で目がくらんでしまったとしても仕方ないといえるだろう……。

 といっても即答してしまったのはやはり軽率のそしりを免れないという向きもあろうが、彼女にも擁護すべき点はある。

 まずエリセは無一文で見知らぬ並行世界?に1人で紛れ込んでしまった身であり、今頼れるのはカルデアしかないこと、そのカルデアにはまだ疑念が残っているが、ジャンヌ・ダルクや長尾景虎といった正義派の人物が所属しているのだからそこまで悪い組織ではないと思われること、などである。

 まあ1番の問題点は光己が言った「契約」がサーヴァント契約だということに気づけなかったことなのだが、これは先ほど材木を閻魔亭に持ち帰る時に彼が竜モードになったのを見て、(ド、ドラゴンになれる元熾天使ってまさかルシフェル!? ……って、ルシフェルなら翼が6対のはずだから違うよね。うん、違うよ絶対。変身の魔術か何かだよきっと)と現実逃避したままいまだに正体を訊ねそこねているのが原因だったりする。

 なお信長はこの問答の一部始終を見ていたが、特に口出しはしなかった。光己はエリセを騙したわけではないし、ぞんざいに扱ったりもしないのは分かっているので。

 ―――何にせよこれでエリセはサインと写真をもらうための道具と、住居付きで英霊と一緒に働ける職場を手に入れたことになる。さっそく光己と一緒に、まず信長のサインと彼女のピンの写真、そして自分と並んだペアの写真を手に入れた。

 

「フッフフフ、我が家宝がまた1ページ……」

「英霊のサインと写真……そういうのもあったのか!」

 

(……何だか兄妹みたいじゃのう)

 

 光己とエリセがそっくりな表情で色紙を眺めて悦に入っているのを見て信長はそんなことを思ったが、口に出すのはやめておいた。

 そして2人が他の人たちの分をもらうために立ち去ると、10歳くらいの女の子が目の前に腰を下ろしてきた。

 

「さっきの名乗り聞きましたよー。私を推してる方なんですよね? 貴方はまともで貫禄もあるので許してあげます」

「なぬ?」

 

 信長は幼女にいきなり妙なことを言われて驚いたが、自分で名乗っている魔王のことだけに理由はすぐ分かった。

 

「……ああそうか、第六天魔王(マーラ)愛の神(そなた)と同一視されてるのじゃったな」

「ええ、今はカーマとマーラが6対4くらいですね。

 ちゃんと大人の魔王っぽい姿にもなれるんですが、あれは露出度が高いので人前ではやらないように言われてるんです。

 上から浴衣着れば問題ないんですが、それこそ魔王に見えませんしねー」

「まあ確かに、温泉旅館で浴衣を着た魔王というのもアレじゃのう」

 

 TPOに合わせた衣服の重要さは信長もよく知っている。正直目の前にいる幼女は神にも魔王にも見えないのだが、そこは武士の情けで言わずにおいた。

 

「というわけで、せっかくですから経歴とか聞かせてもらえません?」

「ふむ、魔王直々のお訊ねとあっては断れんの。よかろう、我が苛烈なる生涯をとくと語ってやろうではないか!」

 

 そんな感じでカーマと信長は意外とうまくやっていたが、そこから少し離れたところでヒロインXXとXが自分同士の邂逅(かいこう)をしていた。

 

「うーわー、懐かしいー! カッコ凛々しいですねえ! 温泉旅館に来て2シーズン前の私に会うなんて想像もしてませんでしたよ」

「2シーズン前って何なんです!? というか貴女本当に未来の私なんですか!? てか何で遊園地のスタッフみたいな服着てるんです?」

「ああ、私は水着サーヴァントなので人前に出る時はこうして上着を着てるんですよ。

 聖槍甲冑(アーヴァロン)は日常生活の中で着るものじゃないですからね」

「聖槍甲冑?」

「宇宙刑事の装備品ですよ。といっても公務員じゃなくて民間人ですし、ブラックを通り越したダークマター企業ですので、マスターくんと出会えたのを機に寿退職しようかなーとか思ってるんですけどね」

「!?」

 

 宇宙刑事とか寿退職とか、今のXにとっては意味不明な単語である。気ぜわしげに詳細を訊ねた。

 

「ど、どういうことなんです!?」

「うーん。あんまり未来知識教えるのも良くないかなとは思いますが、要するに無職でお金がなかったから就職しただけですよ。あえてもう一言加えるなら、就職先はよく調べろってところですか」

「むうー、重みを感じる言葉ですね」

 

 何しろ未来の自分を名乗る者の言うことだ。肝に銘じておくべきだろう。

 

「それで寿退職というのは?」

「それはもう決まってるじゃないですか。見た目は確かに何の変哲もないただの男の子ですけど、精神的にも物質的にも女を幸せにできる人なんですよ。

 まあ~、一夫多妻主義なのに目をつぶればですが」

「むうー」

 

 恋愛スキルほぼゼロのXにとってはちとハードルが高い話だが、逆にそれほどの魅力を持った男性ということなのだろうか? Xにはよく分からなかった。

 

「何でしたらマスターくんにお話してカル……いえ、何でもないです」

 

 XXはXさえ良ければカルデアに招こうと思ったが、考え直して口を閉じた。なぜならXにとって最優先の抹殺対象がいるからだ。

 今の自分のようにセイバーハンターとしての本能を抑えてくれるならいいのだが……。

 

「?」

 

 Xは彼女が自分をカルデアに勧誘しようとして、やはり止めにしたということは察せたが、なぜそうしたのかまでは分からなかった。何か複雑な事情でもあるのだろうか? 顔と名前が似ていて面倒だとか。

 

「まあせっかく会えたんですから、今夜はいっぱい食べて飲みましょう。ここはご飯もお酒も美味しいですよ!」

「本当ですか? それは楽しみですね!」

 

 2人ともアルトリアの系列だけに、そこは共通なのだった。

 

 

 



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第166話 所長面談

 その後もカルデア一行と信長一行はしばらく歓談していたが、光己はふと時計を見るといったん辞去することを申し出た。

 

「おや、もう帰るのかい?」

「はい、そろそろ温泉を貸し切りにしてもらった時間になりますので」

 

 すると今ちょうど話をしていた龍馬がちょっと名残惜しそうな顔をしたので理由を述べると、龍馬は訝しげに首をかしげた。

 

「へえ、こんな大きな旅館でそんなことができるのかい?」

「はい、実は昨日、温泉を占拠してた羅刹を退治したのでその報酬として」

「羅刹?」

 

 何か不穏な単語が出てきた。龍馬は興味を抱いたが、いったん帰るという人に今聞くこともあるまい。

 

「まあいいや、詳しいことは夕食の時にでも聞かせてもらおうかな」

「はい、それじゃまた後で」

 

 光己たちは信長一行の部屋を出るとその足で温泉に向かったが、エリセは色紙をたくさん持って難儀していた。

 

「うーん、どうしようこれ。持ち運ぶと荷物になるけど、部屋にただ置いとくのも不安だし」

「俺の『蔵』に入れとく? 盗難の心配はないから」

「ほんとに!? ありがとう、何だかお世話になってばっかりだね」

「エリセは1人で迷い込んできたんだから、ある程度は仕方ないよ」

「うん」

 

 エリセは光己が何かとよくしてくれるのをとても感謝していたが、彼が男湯の更衣室に入った後女性陣まで何人かついていくのを見て思い切り目を剥いた。

 

「ちょ、ちょっと待って!? まさか混浴するの!?」

 

 エリセが驚くのは当然だったが、すると1番近くにいた清姫がむしろ不思議そうに反問してきた。

 

「はて、妻が夫と一緒に入浴することのどこに問題が?」

「妻!? 夫!?」

 

 そういえば清姫は光己を「マスター」ではなく「旦那さま」と呼んでいるが、あれはこういうことだったのか!

 しかし清姫といえば一目惚れした男性に逃げられたのを恨んで焼き殺したという話だが、光己は怖くないのだろうか。いや彼は清姫より強いだろうけど精神的に。

 

「うん、大丈夫。変な嘘さえつかなければいい子だよ」

「そ、そうなんだ」

 

 大勢のサーヴァントを抱えているだけあってメンタルも鍛えられているということか。

 清姫の恋愛事情に嘴をいれるのは勇気じゃなくて無謀なので避けるとして、次はワルキューレ3姉妹に目を向けてみた。

 

「そりゃもう、勇士候補にサービスするのは本業だからね。マスターのことは()()()()()()()()だし!」

 

 ヒルドがにこっと笑いながらそう言うと、スルーズとオルトリンデもこくこく頷いた。

 ただエリセが言いたいことも分かる。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんと湯浴み着着るしね」

 

 ただし最後まで着ているとは限らないが!

 

「もちろん貴女がたの分もありますので」

 

 さらにスルーズがそう言いながら、昨日と同様にルーン的投影でつくった湯浴み着を配って回る。何かをつくる系の能力を持たないエリセは素直に感心した。

 

「うわー、すごい!」

「この程度は朝飯前ですよ。これはお風呂に入っている間だけの間に合わせのものですが」

「へええー……」

 

 間に合わせというが、手触りは本物の布と変わらない。これが大神オーディンに授けられたルーン魔術というものか。

 まあそれはそれとして、ヒロインXXとカーマと景虎もどう見ても自分の意志で混浴するつもりみたいなので、もやもやするものはあるが口出しする筋合いではなさそうである。湯浴み着あるいは水着着用の混浴浴場というのは普通にあるのだし、深く考えすぎたのかも知れない。

 唯一の男子である光己は……一応澄まし顔をつくっているが、あれは絶対大勢の女の子にちやほやされて喜んでいる! 何だかむかー、せめて1人に絞れ! なんてことを思わないでもなかったが、そんなことバカ正直に言えない。

 1人に絞る方がヤバいという可能性もありそうだし。

 

「……あ、何ならエリセも来る?」

「い、行かないよ!」

 

 すると光己はどんな勘違いをしたのか自分まで誘ってきたので、エリセは顔を真っ赤にして女湯に逃げ込んだ。

 

 

 

 

 

 

「まったくもう~。いくら湯浴み着着るからって、いきなり混浴に誘うなんてデリカシーなさすぎだよ」

 

 エリセはぷんすかしながら女子更衣室で着替えていた。光己に悪気はないのは分かっているが、今日知り合ったばかりのレディーに言うことではないと思う。

 

「そうですよね! 先輩はえっち過ぎると思います。それ以外はこの冬No1のベストマスターなんですが」

「べ、別にそこまでは思わないけど」

 

 マシュのエキサイトぶりにエリセは逆に引いてしまった。潔癖症なのだろうか?

 しかしこの口ぶりだと、彼女も彼を相当好いていそうである。

 

「それよりマシュさんは、光己……さんたちが男風呂で何してるか気になったりしないの?」

 

 エリセは朝からずっと光己のそばにいたが彼を名前で呼んだことはなかったので、どう呼ぶべきかちょっと迷ったが、今さら苗字で呼ぶのはよそよそしいと思うのと、彼は年上だろうからいきなり呼び捨ては失礼なので、とりあえず名前をさん付けで呼ぶことにした。

 

「そ、それは気になりますが男湯という暖簾(のれん)がかけられた所に入るのはちょっと」

「だ、だよね」

 

 マシュがぼっと頬を染めたのを見て、エリセもまた顔を赤らめた。

 エリセも思春期だから男子と女子のあれやこれやに興味はあるが、これは刺激が強すぎる。

 なので彼と男湯のことはいったん棚上げにして、普通に温泉を楽しむことにした。

 ―――更衣室を出ると建物の外で、少し先の岩山まで橋がかけられていた。その先は石畳の階段を昇っていくようだ。

 

「す、すご……!?」

 

 ただよく見ると岩山はかなり急勾配で、万が一欄干(らんかん)から転げ落ちたら崖にぶつかった後にはるか下の地面まで墜落ではないか! 酔っ払い対策とか大丈夫なのだろうか。エリセ自身は未成年だから当然酒は飲まないが、他人事ながらちょっと心配である。

 橋を渡ったら東屋(あずまや)があって、その先は石造りの勾配緩めの階段になっていた。

 少し進むと右側に円形の岩風呂があったが、そこの湯は通路の下から流れ込んできている。

 

「どういう仕組みなんだろう?」

「階段の上が浴場なんですが、そこのお湯をこちらにも流してるみたいです」

「へえー」

 

 手が込んだ細工だとは思ったが、エリセはこの湯に入ろうとは思わなかった。洗い場がないし、壁がないのはさすがに乙女として不安なので。

 そして階段を1番上まで昇ると、ついに待望の浴場に到着した。

 

「うわあ、露天風呂だー」

 

 床と壁は杉か(ひのき)か何かで高級感あるつくりになっており、湯舟は岩風呂である。その奥に(ほこら)があって、お湯はその屋根の下と、屋根の上の雀の像から流れてきていた。白い湯気が立っている温かそうなお湯を見ているだけでわくわくしてくる。

 さっそくかけ湯をしてから湯舟に足を入れると、染み渡るような温かさが伝わってきた。

 

「うわー、すっごくいいお湯……! 祠から流れてきてるから、神様的なパワーがこもってたりするのかな」

 

 実に日本的情緒漂う、素晴らしいスポットである。温泉は良い文明!

 ひと息ついたところで周りを見回してみると、みんなもう思い思いに湯に浸かっていた。英霊だけあってこういう場所でも絵になる人ばかりだが、中でも玉藻の前は「傾国の美女」と言われただけあって、濡れた肌に薄布1枚の艶姿が同性でもドキドキするほど魅惑的だ。

 

(うーん、やっぱり英霊ってすごいなあ)

 

 エリセがそんなことを思いながらぼーっとしていると、隣に誰かが腰かけたのを感じた。

 

「お邪魔していいかしら?」

「あ、所長さん。はい、どうぞ」

 

 そういえば彼女とはまだあまり話していなかった。トップの方から新入所員に面談しに来てくれたことにエリセはちょっと恐縮して肩をすくめたが、オルガマリーは気にした様子もなくすぐ本題に入った。

 

「さっきは初対面の人がいたからぼかした言い方したけど、なるべく早いうちにカルデアの本当の仕事を教えておくべきだと思ってね。今しないとだいぶ後になっちゃうし、その時に『そんな話聞いてない!』って言われても困るから」

「そ、そうですね」

 

 この後は信長たちと夕食でお酒も入るだろうから、今話さないと下手したら明日になる。オルガマリーの言い分は妥当であった。

 

「でもせっかくのお風呂だから、細かいことは後にして大まかなところだけにしておくわね。

 信長公たちに言ったことも嘘ではないけど、何のためにそれをしているかというと――――――人理の修復、つまり滅ぼされそうになっている人類を救うためなの。人間の職員20名足らずと、サーヴァント21騎だけで」

「…………ええっ!?」

 

 直球でとんでもない爆弾を放り込まれて、エリセは一瞬息が止まってしまった。人類が滅ぼされそうになっているっていったい何だ!?

 オルガマリーはエリセが動転して心臓バクバクなのが分かっているのか、落ち着くまで待ってから話を再開してくれた。

 

「私たちが魔術王と呼んでいる者の仕業で、歴史上のターニングポイントがいくつかねじ曲げられていて、あと1年以内にそれらをすべて元通りに修正しないと人類が滅びるように仕組まれてるのよ。

 そのポイント『特異点』には彼の手下の『魔神柱』やサーヴァントがいて、彼らを倒して聖杯を奪えば時空の復元力で修正が始まって、後は見ていればいいという感じね」

「…………」

 

 エリセはまだ言葉が思い浮かばない。サーヴァントを大勢かかえているのだから荒事をしてるのだろうとは思っていたが、まさかこれほどの大事件だったとは。

 

「といっても無理に特異点に行けとは言わないから安心して。現地班は順番制になってて、行きたくても行けない人がいるくらいだから、留守番で裏方してもらってても問題ないわ。

 藤宮もそのつもりで貴女を誘ったんだろうし」

「ああー、ま、まあ、そうですよね」

 

 あの説明だけで魔神柱なんて怖そうなのと戦えというのはかなりサギだ。光己がそんな後出しジャンケンするような人だとは思えないから、オルガマリーの言うことは正しいと見ていいだろう。

 

「それも嫌なら、契約解除してもらっても構わないわ。その場合はカルデアには招けないけど」

 

 これも当然の話だ。ただそうするとエリセは本格的に天涯孤独で無一文で、しいて他の身の振り方を考えるなら閻魔亭の正式な従業員になるか、信長一行に入れてもらうということになるが……。

 

(仮にOKしてくれたとしてもよそ者感山盛り……!)

 

 これはつらい、つらすぎる。どう考えてもカルデアの方がいい。

 ただ返事をする前に、確認すべきことがある。

 

「ええと。特異点の修正って、今どれくらい進んでるんですか?」

「魔術王が作ったものは8つあって、そのうち4つは修正済みよ。今のペースなら十分間に合うわ」

「ほんとですか!? だいぶ希望が出て来ましたね。

 あ、でもそれってサーヴァントはともかく、マスターは光己さんだけなんですか?」

「ええ、ほぼ彼1人よ。最近アイリスフィールが加入したけど、諸事情で今のところ彼女に現地行きをお願いする予定はないわ」

「なるほど、まあ人間より元熾天使の方が強いですものね」

 

 エリセはお風呂で気が緩んだせいか、それともオルガマリーの話が衝撃的すぎて自制心のタガの方が緩んだからか、光己についての疑念をつい口に出してしまったが、するとオルガマリーはハトが豆鉄砲くらったような、という比喩表現そのままの顔をした。

 

「は!? えっと、熾天使って何!?」

「だって光己さんって背中に3対の翼出して空飛ぶじゃないですか。その中に悪魔っぽいのもあって、しかもドラゴンに変身できるとなるとルシフェルなのかもって、いやさすがにそれはないかなーって半信半疑というか一信九疑な状態なんですけど」

「ああ、そういうことね」

 

 それでオルガマリーはようやく腑に落ちたようで、しかし当然ながらエリセの想像は否定した。

 

「そう思うのも分からなくはないけど、彼は人間……少なくとも頭の中は、ああいえ、たまに竜種的な価値観が出るけど、だいたい人間よ。首から下も、つい半年前までは魔術師ですらない一般人だった」

「え、それって……」

「ええ。これはカルデア内部では周知のことだから話しちゃうけど、彼は自分が死んだらマスターがいなくなって特異点修正ができなくなるからという理由でファヴニールの血を飲んだの。

 その後も別の竜の血を飲んだり、色んなサーヴァントと契約して魔術的な影響受けたり、果てはヴリトラを丸ごと食べちゃったりして、今は『天使の翼の力と悪魔の翼の力とバビロンの蔵の亜種を持った竜種の冠位(アルビオン)』になってるわ」

「…………は!?」

 

 今度はエリセがはてな顔になって硬直したが、オルガマリーは構わずどこか遠い所を見るような目をして話を続けた。

 

「……そう。私たちのせいで人間やめるハメになったのに、そんなことおくびにも出さずに前向きに仕事してくれて、私のことも『所長はよくやってます』と言って認めてくれて気遣ってくれて……ほんと何てお礼言っていいか分からない、私の大切なひと」

(う、うっわぁ。もしかしてこの所長さん、光己さんのこと好きなのかなあ)

 

 恋する乙女という感じではないが、深い情念を抱いているのは間違いない。エリセは何と言っていいか分からずおろおろしていたが、オルガマリーはすぐ我に返って謝罪してきた。

 

「あ、ごめんなさい。変なこと言っちゃって。

 とりあえずカルデアの概要だけ話したけど、来てくれるかしら?」

 

 こんな話を聞いて断るなんてあり得ない。エリセは即承知した。

 

「はい、もちろん! 元の世界では悪い魔術師やサーヴァントをこ……退治する仕事してた身ですから、現地班だってやれますから」

「ありがとう、それじゃこれからよろしくね」

「はい、こちらこそ!」

 

 こうしてエリセは正式にカルデアに所属することになったのだった。

 

 

 




 男湯の方は別タイトルにして書く予定です。その際は予告を致しますので。




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第167話 ぐだぐだ温泉物語2

 光己たちが男風呂から出て待っていると、ほどなく女性陣も扉を開けて現れた。

 

「あら、今日は貴方たちの方が早かったのね」

「はい、続けて待たせちゃうのは悪いですから」

「そこまで気にしなくていいんだけど、それじゃいったん部屋に戻ってひと休みしましょうか」

「はい」

 

 と光己は頷いたが、その時エリセが自分の顔をじっと見つめているのに気がついた。

 

「エリセ、どうかした?」

「え!? あ、ううん、何でもない……」

 

 しかしエリセは光己に話しかけられると慌てて逃げてしまった。

 浴場でオルガマリーから聞いた彼の経歴が気になって観察していたのだが、まだ本人に訊ねる勇気はないのだった。

 人間の姿をしている時は魔力が強いだけののほほんとした一般人にしか見えなくて、人類のために人間をやめたというほど覚悟ガンギマリの男とは思えないのだが、気遣いさせないために演技しているとかそういうのなのだろうか?

 アルビオンとかその辺の話も重大だが、エリセはなぜかそちらの方が気にかかったのだった。

 

「?」

 

 なお光己自身の認識では人類のためというより自分の命のためという理由が半分以上で、まして人間をやめるつもりなんて無かったのだが、そもそもエリセの微妙な内心を察せるほど鋭くないので彼女が逃げ出した理由なんて分からない。しかし追いかけて問いただそうと思うほど無神経でもないので、とりあえず放置することにした。

 

「俺のこと嫌いになったって感じじゃなかったし、そのうち言ってくれるだろ」

 

 そんなわけでエリセはそっとしておくことにして、予定通りひと休みしてからクレーンも誘って大広間に赴く光己たち。すると信長たちはもう来ていて、配膳もだいたい終わりつつあった。

 

「おお、来たか!」

「はい、お待たせちゃいましたか?」

「なに、遅刻したわけでなし気にするな。それよりこの芸風が違いすぎる肉の山はそなたたちの差し金か?」

 

 座布団の前に並べられた料理は見た目にも細やかで芸術的な和風料理なのに、部屋の隅に置かれた台の上に積まれた骨付き肉からは野性味しか感じない。どんな意図で用意されたのだろうか。

 するとちょうど配膳を手伝っていたタマモキャットが光己より早く答えた。

 

「うむ、これはご主人たちが今日狩った魔猪をアタシがここの厨房を借りて調理したものなのだな。

 その名も新鮮な魔猪のマンガ肉欲張りセットだ! 焼き加減と調味料をいろいろ変えて七色の食べ応えを実現した自信作なのである」

「ほほう、猪とな」

 

 信長は興味深げに頷いた。生前は狩りの時などに食べたことがあるが、このような調理法は初めて見た。

 

「して、どのように食すのだ?」

「うむ、原始人のごとく大口開けてかぶりつくのが作法である! ほっぺに脂がつくとか気にするな!」

 

 ただキャットは顔や手に脂がつくのが嫌だという人にも配慮はしている。各人の膳に乗せず、部屋の隅に置いて欲しい人が取りに行くようにしたのがそれだ。

 

「うっはははは、それは宮中や殿中ではとてもできん食い方じゃの。じゃが気に入った、今夜は無礼講じゃ!!」

 

 信長が勝手に無礼講にしてしまったが、酒が入ったらいずれそうなるメンツなので早いか遅いかの違いでしかないのであった……。

 

 

 

 

 

 

 ある程度時間が経つと、28人はいくつかの集団に分かれていた。

 がっつり飲み食いする集団は、景虎を筆頭に10人超とわりと大勢である。1番飲んでいるのが景虎で、1番食べているのが土方だ。

 

「このたくあんとマンガ肉とやら、単品でも鬼のように旨いが交互に食うとお互いに味と食感を引き立て合うな。口の中がくどくなってきたら酒で流すと無限に喰える……!

 雀、たくあんお代わりだ!」

「うむ、飯を手づかみでかぶりついて食うなど城の外で悪童どもと遊んでいた頃以来じゃの! 懐かしいな、もう1つ食うか」

「ご飯もお酒も美味しいですねえ~~。いっぱい食い溜めしておきましょう!」

「いくら飲んでもお医者殿に止められないって最高ですねぇ! あ、雀さん一升瓶をもう1……いえ3本ほどお願いします!」

「は、はい、ただいまお持ちするチュン!」

 

 鯨飲馬食してもまったく体調が悪くならないチートたちが無礼講とあって、今や蛮族の宴会もかくやという狂乱の宴になっていた……。

 オルガマリーやマシュたち生身勢やあまり飲まない組は巻き込まれないよう少し離れて、普通に食事をしていた。マンガ肉にかぶりつきはしないが、ナイフで切り分けて食べている。

 

「料理としての方向性は全然違うのに、食べ合わせは悪くないのよね……。

 あの肉球の手でこんな料理を作れるなんてほんとすごいわ」

「キャットさんに来ていただけて良かったですよね! 玉藻の前さんはちょっと苦労しておいでですが」

「うーむ、実際私より上手なのが少々納得いかない……」

 

 玉藻の前はちょこっとプライドが傷ついているようだ。まあ魔猿退治や資材調達の代わりに女将の手伝いをすればまた上達できるかも知れないが。

 ちなみにオルガマリーはあらかじめ計画した通り、クレーンの隣に座って親睦を深めていた。ここではあまり働いてない彼女だが、やる時はやるのである。

 

「―――なるほど、魔術的な効果を持った服を市場に放出したせいで魔術協会に目をつけられたと」

「ええ、あの時は本当にやっべ!と思いました」

「災難でしたね。部外者にとっては理不尽としか思えない話ですが、魔術師にとって神秘の秘匿は重大ですから。

 そうだ、それならもう1度カルデアに来ませんか? 今度はトップ承認済みですから大手を振って所内を歩けますし、ファッション的な服も魔術的な服も需要はありますから」

 

 クレーンはカルデアにいたことがあるので、エリセの時と違って事情を説明する必要がない。なのでさりげなく今思いついた風を装って、ついに勧誘の王手をかけた。

 

「うわ、本当ですか!? ぜひお願いします!」

「良かった、歓迎しますわ」

 

 それはクレーンにとっても願ったりかなったりなお話で、当然迷わずOKした。何しろ聖女様姉妹やダイヤの原石たちと同じ屋根の下に住めて、あわよくば自分が作った服を着てもらえるかも知れないのだから!

 ―――こうしてオルガマリーが無事ミッションを成功させた頃、光己は先ほど龍馬と約束した通り羅刹の件を話していた。

 

「温泉旅館に来て温泉に入れないなんて、看板に偽りアリにも程がありますよねえ。でも事情を聞いたら閻魔を名乗ってる女将でも退治しきれない羅刹が居座ってるという話でしたので、なら貸し切りの時間を作ってもらうのと引き換えで倒すなり追い払うなりするという交渉をしたんです」

「なるほど。これだけ大勢のサーヴァントがいるのなら、倒せない敵なんてほとんどいないだろうからね。

 しかも高すぎない程度の対価は要求するとは、なかなかしっかりしてる」

「いえいえ、自分の欲求が先にあったことですから」

 

 なお光己のそばにはいつもの清姫とカーマ、あと彼を避けるのはやめにしたエリセもくっついていた。彼の武勇譚?に興味があるようだ。

 傍目には浴衣姿のロリっ娘3人を侍らせて喜んでいる高2男子という絵面だが、それは事実だ。

 龍馬の方にはお竜と沖田オルタがいる。お竜は基本的に龍馬のそばにおり、沖田オルタはあまり酒を飲まないので。

 

「それで、その羅刹というのはどんなやつだったんだい?」

「ええ、正確には温泉に居座ってたのは羅刹本人じゃなくて羅刹の残留思念で、これがまた残留思念のくせにうちのランサー5人と渡り合えるほどの達人でして。

 しかもそれが二刀流の剣士でしたから、もしかして宮本武蔵かなんて思ったくらいですよ」

 

 まあ宮本武蔵なら剣の鬼だろうから、酒はともかく美少年や美少女にうつつを抜かしたり現実逃避で温泉に引きこもったりはしないと思う。せっかくだから名前を聞いておけばよかったか。

 

「へええ、温泉旅館にそんな強者がいたなんて世の中は広いな。

 それでその後どうなったんだい?」

「普通に鍔迫り合いしててもラチが開きませんでしたから、何とか隙つくって宝具5連発してもらったんですが、それでいったんは消えたのにまた影が集まって復活した時はマジでビビりました」

「す、すごいな」

 

 沖田オルタは話だけで冷や汗を流してしまった。剣術にはそれなりに自信があったが、これはもはや剣技がどうこうというレベルではない。上には上がいるものだ。

 

「で、これはもう普通じゃ倒せなさそうですから必死に知恵を絞りまして。羅刹は『私の理想の美少年美少女世界をつくる』とか言ってましたから、まずカーマの魅了の矢で精神的に無防備になってもらってから、俺と清姫とジャンヌオルタの三位一体の必殺技でやっと倒したというわけです」

「ひ、必殺技!? それは宝具のようなものか」

 

 そういえば光己はオケアノスでも訓練を怠っていなかった。ついに何かの奥義に開眼したのだろうか、さすがはマスターだ!と思わず身を乗り出す沖田オルタ。

 

「うん、アルゴノーツと戦った時にポルクスの剣を奪ったのを覚えてる? あれのおかげで妄想力(コスモ)に目覚めたんだ」

「こ、こすも……!? それはどういうものなんだ」

「簡単に言うと邪〇眼を開いて一時的にパワーアップするって感じかな。それを3人同時にやって魔力を同調共鳴させることで、3人別々に攻撃するよりはるかに強い技を出せるって仕組みだよ」

「す、すごい……!!」

 

 素直な沖田オルタは全部真に受けて、感動で目を潤ませた。彼はオケアノスで別れた後そんなに経ってないように見えるのに、まさかそんな秘術を会得していたなんて。尊敬の念がますます深まってしまう。

 龍馬とお竜は何かを察した風で、生暖かい目で光己を見ていた。ただ必殺技とやらで羅刹を倒したこと自体は嘘ではなさそう、つまりなまじ実力が伴っている分尚更病は深いのだろうと思ったが指摘はしないだけの大人の分別を持っていた……。

 

(こ、妄想力(コスモ)……!? 邪気〇……!?)

 

 一方エリセは彼の口調と2つのパワーワードに激しく心揺さぶられるものを感じていたが、今は()()態度には出さなかった。同じ輪廻(メビウス)に囚われた魂の同胞(ソウルメイト)かも知れぬ者とはいえ、だからこそ軽々しく名乗り出てはいけないのである。

 オルタはエリセが何か動揺したらしいのに気づきはしたが、自分がとやかく言うことではなさそうなので構わなかった。

 

「……うん、決めたぞ。マスターがこんなに頑張ってて強い敵とも戦っているのに、私だけ遊んではいられない。

 マスター、私もカルデアに入って一緒に戦いたいのだが、受け入れてもらえるだろうか」

「え!?」

 

 いきなりだったので光己は驚いたが、元々彼女のことはできれば勧誘したいと思っていたところである。一も二もなく了承した。

 

「そりゃもちろん! こっちから誘いたいと思ってたくらいだから、喜んで」

「良かった、それじゃよろしく頼む」

 

 オルタはほっとしたのと喜んだのが半々くらいの表情でそう言ったが、そこでふと飲み食い組の方に顔を向けた。

 

「……でも茶々様があの様子では、今日はお別れは言えないな。明日にしよう」

「茶々君と仲いいの?」

「うん、いろいろ良くしてもらっている。ちょっと心配だが、信長様がいれば大丈夫だろう」

「そうだな、茶々君はちょっと誘えないし」

 

 彼女はどう見てもお姫様気質というか実際生前はお姫様だったので、特異点でサーヴァントや魔物と戦うのもカルデア本部で裏方仕事するのもお願いしにくい。まして初対面の相手にボランティアでなんてハードルが高すぎる。

 

「うん、茶々様を魔神柱や海賊と戦わせるのはちょっと」

「だよなー。あと沖田さんは……土方さんが怖いから、こっちから言うのはナシだな!」

 

 確か新選組には「局を脱するを許さず」という怖い規則があったはずだ。つまり沖田は土方を置いてカルデアに来るのは難しいが、土方を誘うのは怖いのでこの2人については高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するしかないだろう。

 

「要するに、行き当たりばったりということ?」

「ちょ、それ言っちゃらめぇ」

 

 するとエリセが突っ込みを入れてきた。人の思考を読むとは、さては彼女もサトリ妖怪なのか!?

 まあそれはともかく。土方と沖田をこちらから誘わない以上、龍馬とお竜を誘うのもナシだろう。先方から言ってくれば別だが。

 ―――実は龍馬は沖田オルタやアサシンエミヤと同じ「抑止の守護者」なので、カルデアの本当の仕事を話せば加入してくれる可能性が高いのだが、今回はなぜかオルタやエミヤの時と違ってお互いピンと来るものがなかったのだ。二人一組だからか、あるいは白髪で褐色肌という共通点を持たないからかも知れない。

 

「あとはXさんか。今飲み食いしまくってるから、あとで所長とXXと相談してから決めよう。

 というわけで、沖田ちゃん加入祝いだ。かんぱーい!」

「うん、乾杯だ」

 

 こうして沖田オルタもカルデアに来てくれることになったのだった。

 

 

 




 次回は第166話で予告した通り、別タイトルで男湯の話を書きます。




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第168話 カルデア捕物帖1

 夕食という名の宴会が終わった後は特に何事も起こらず、平和に翌朝を迎えた―――のはカルデア一行だけで、信長たちは酔ったせいか枕投げがリアルファイトに発展して客間を焦がしてしまったため風呂掃除をさせられたそうだが、光己たちには関係ない。

 なおクレーンはカルデアに加入したといっても現場班に入れるつもりはないので、同じく特異点に行ってもらう予定がないアイリスフィールと契約してもらっていた。さしあたっては、光己が竜モードになる時やアイリが「天の衣」を出す時も脱がなくて済むような礼装を開発してもらうという方針である。

 ―――皆そろっての(遅めの)朝食の後、光己たちは沖田オルタが移籍したこともあって、信長一行がチェックアウトして閻魔亭から出るのを見送ることにした。

 そしてロビーで別れの挨拶をしている最中に、妙に真っ白い顔……いや白い顔で長いあご髭を生やした老人の仮面をかぶった黒い和服姿の男性が扉を開けて入ってくる。

 

「―――!」

 

 スルーズがとっさに認識阻害の魔術を使って、一同の姿をその来客の目から隠した。

 和服の(多分)老人ということで、彼が「自称竹取の翁」かも知れないと思ったからだ。もしそうでなかったなら、そのまま術を解けばいいだけのことで何も不都合はないし。

 

「……何かあったのか?」

 

 土方は使われた魔術の内容までは分からなかったが、スルーズが何かしたことには気づいたらしく鋭い口調で問いただした。スルーズも表情を固くし、視線は老人に固定したまま答える。

 

「はい。あの老人、もしかしたらここの女将を騙してQP(きんせん)を奪っている疑いがある『自称竹取の翁』かも知れませんので、認識阻害の魔術で私たちの姿を隠しました。

 皆さん、彼の動向がはっきりするまでこの場を動かないようにして下さい」

「竹取の翁が……!?」

「騙してQPを奪ってる、ですって……!?」

 

 土方と沖田の目が剣呑な光を放つ。

 2人が生前所属していた「新選組」は警察組織であり、その目の前で(先方にはこちらが見えていないようだが)サギを働こうとは(ふて)ぇ奴だ、というわけである。

 とはいえ今はまだ「疑いがある」「かも知れない」段階らしい。しばらく様子を見る必要があるようだ。

 

「ただマスターによれば、もし翁が『5つの宝』を持っていた場合は詐欺にはなりませんが別の罪になるそうですので、その辺りの話が終わるまでは待機をお願いします」

「?」

 

 2人は生前の経験から、おそらく翁が「5つの宝」とやらを盗まれたのを理由にして女将に金を要求しているのだろうと推測したが、それが事実であれば、要求額が妥当かどうかは別として確かに「詐欺」ではない。何の罪になるのかは見当がつかなかったが、やはりスルーズが言う通り黙って見ているしかなさそうである。

 というわけで2人が現場を観察していると、老人は紅閻魔と何か話し始めた。

 物陰に誰かいる気配がするが、関係者だろうか。

 

「―――こんにちは。今年も約束の時期となりましたな。

 返済の用意は出来ていらっしゃいますか? なにやら今年は例年と様子が違いますが」

 

 老人が形だけはていねいにそう言うと、紅閻魔はいささかうなだれて普段のきびきびした振る舞いとはかけ離れた気弱げな様子になった。

 

「それは……今年はまだ無いのでち。賽銭箱を開けるのは、あと数日待ってほしいのでち」

「それはそれは……今年は利息分も払えない、という事でしょうか?

 そうなると、まことに残念なのですが……抵当としてお預かりしているこの閻魔亭。売り払うことで完済とする他ありませんな」

 

 驚いたことに、この閻魔亭は借金の抵当に入れられてしまっていたようだ。

 そういえば段蔵は最初に来た時に何か陰気なものを感じていたが、おそらくはこれが原因なのだろう。

 

「そ、そんなことはありまちぇん! ちゃんと借金は返しまチュ!

 竹取の翁様! あと数日、待ってくだちゃいませ!」

「―――!」

 

 紅閻魔の今の台詞で、この老人が自称竹取の翁であることが判明した。光己がヒロインXXにチラリと目配せする。

 

「……………………いいでしょう。

 7日間ほど猶予を設けます。私も閻魔亭を無くしたい訳ではありません。

 それでは、私はまた7日後に。その時こそ借金の返済、よろしくお願いしますよ」

 

 そして翁が(きびす)を返したところで、XXは宇宙刑事感を出すため聖槍甲冑(アーヴァロン)乗着(じょうちゃく)してから彼の前に飛び出した!

 

「ドーモ、竹取の翁=サン! 宇宙刑事ヒロインXXです!」

「!?」

 

 突然現れた世界観がまるで違う謎存在に伝説のニンジャのようなアイサツをされて翁はとても面食らったが、アイサツをされたら返礼するというのは古事記にも書かれている絶対的ルールである。XXと同じようにアイサツした。

 

「ド、ドーモ……!? た、竹取の翁です」

 

 それでもかなり困惑した様子だったが、これは場の主導権を握るためのXXの作戦である。彼が落ち着く時間を与えず、すぐさま本題に入った。

 

「実は私、この閻魔亭で発生した盗難事件について捜査をしておりまして!

 翁さんが被害者ということでよろしいんですよね? 盗まれたものは仏の御石(みいし)の鉢、蓬莱(ほうらい)の玉の枝、火鼠(ひねずみ)(かわごろも)、龍の首の珠、燕の子安貝の5点で間違いないでしょうか」

「え、ええ……そうです。家宝ですから常に持ち歩いていたのですが、部屋に置いたままちょっと外に出た隙に盗まれてしまったのです」

 

 この辺りは翁がしっかり意識していることなので、まだ戸惑っていても流暢に答えることができた。XXにとっても想定内の返事で、またすぐ質問を投げかける。

 

「なるほどなるほど……それほど大事な物であるなら、偽物とか模造品ということはないですよね? 当然『5つとも』本物ですよね?」

「それはもう。どれもこの世に2つとない希少品です」

 

 翁はこう答えるしかない。作戦成功!とXXは内心でほくそ笑んだが、逆に全身から業火のような怒気を噴き出した者もいた。

 

(嘘、嘘、嘘……! 旦那さまが仰った通り、やはりあの自称竹取の翁は嘘ばかりです……!!)

 

 清姫である。翁を睨みつけている双眸には濃厚な殺意がこもっていた。

 かつて安珍が清姫に嘘をついた時は単に逃げたいだけで積極的に清姫を傷つけようという意図はなかったのだが、あの翁は500年もの長い間明確な悪意と私欲をもって紅閻魔を騙して大金を奪い続け、果ては閻魔亭そのものまで取り上げようとしているのだ。許せるはずがなかった。

 

(灰にしてやる……!!)

 

 怒りのあまり無意識に宝具が発動して、火竜に変貌し始める清姫。しかしその肩に誰かが手を置いたため一瞬早く我に返った。

 

「……だ、旦那さま」

「怒るのは分かるけど、もうちょっと待ってね」

「……はい」

 

 まったくもって彼の言う通りである。今の状況で暴発したら紅閻魔が変な誤解をしかねないし、何より閻魔亭を燃やしてしまう。清姫はぐっと拳を握り締めて憤怒を抑えた。

 

「あ、旦那さま手は大丈夫ですか?」

「うん、平気だよ。俺は無敵アーマーあるから」

「そうですか、なら良かったです」

 

 嘘ではないようだ。愛する旦那さまを傷つけずに済んで、ほっと安心する清姫。

 その視線の先で、「犯人」の「自供」を得たXXが予定通り次の段階に入る。

 いや特に合図を出す必要もなく、ヒルドとオルトリンデはすでに気配を消して翁の後ろに回っていた。

 

(睡眠のルーン!)

 

 背後から不意打ちで原初のルーンを2つもぶつけるという暴挙により、翁はあっさり眠りに落ちた。膝から崩れ落ちる翁の腋の下を左右から抱えて、無言のまま閻魔亭の外に連れ去る。

 

「け、刑事様一体何を!?」

「あ、貴方たち何をする気なのですかな!?」

 

 当然紅閻魔が泡喰って早口に事情を尋ね、今まで物陰で様子を見ていた仮面の男3人も慌てて飛び出してきた。

 XXの方はこれも予想の範囲内なのでいたって泰然とした様子で、4人の前に立ちはだかって解説を始める。

 

「まあ落ち着いて下さい。翁さんが先ほど犯行を自供しましたので、こんな立派な建物の中は避けて外で詳しい取り調べ(と即決裁判と刑罰執行)をするだけですから」

「は、犯行でちって!?」

「自供!? どういうことなのです!?」

 

 4人はとりあえず足を止めたが、先ほどの翁の発言の何が犯行の自供になったのか分からず首をかしげた。XXもこれだけで全部分かってもらえるとは考えておらず、続きを話し始める。

 

「はい。先ほどの話をまとめると、翁さんは『龍の首の珠』の本物を所持していたことになります。しかしこれを入手するには元の持ち主の龍を殺害して奪うか、龍王もしくは海獣マカラの脳から抽出するかしかないのです。

 つまり翁さんには強盗殺龍、もしくは強盗殺マカラの容疑がかかっているのですね。彼の存在を知ったさる高貴な竜種の方と、インドのカーマ神が告発しているのです」

「ご、強盗殺龍……!?」

 

 聞き慣れない言葉に紅閻魔はちょっとどもってしまったが、龍の首の珠を奪った者を竜種の者が告発するというのは理にかなっている。これについては文句のつけようもないが、疑問はまだ残っていた。

 

「カーマ神という方はどんな関わりがあるのでちか?」

「はい、カーマ神はマカラを自分のシンボルにしているのです。

 さらには、マカラは古代インドの最高神ヴァルナ神と、ガンジス川を神格化した存在であるガンガー神の乗り物(ヴァーハナ)でもありますね」

「い、インドの最高神……!?」

 

 一介の獄卒である紅閻魔にとっては雲の上のお方である。目がくらむような気がした。

 そもそもこの件は紅閻魔には関係ない。宝物を盗まれたのは自分の失態だが、元はといえば翁がそれをここに持ち込まなければ盗まれることはなかったし、今こうして宇宙刑事に目をつけられることもなかったのだ。いわば翁の自業自得というもので、紅閻魔は口出しをやめることにした。

 しかし仮面の男3人は、実は翁とグルである。まずは先日も大広間に乱入してきた、猿面の男が弁護を始めた。

 

「いやいやお待ち下さい。あのようなご老人が、龍だの海獣だのを殺せるはずがありません。察するに、交渉して譲ってもらったのではありませんかな?」

「我々もそれは考えましたが、竜種の方にお伺いしたところ『それはない』と一蹴されました。

 まあ持ち主の龍にとっては龍王の遺骨であり、何でも願いをかなえてくれるとまで言われる至宝でもありますからね。他の種族の者に交渉で譲るなんてあり得ないと言われれば、ごもっともと頷くしかありません」

「……」

 

 あまりにも明快な正論に猿長者(さるちょうじゃ)はぐうの音も出ない。本当は翁は珠など持っていなかったことを知っているのだが、今この状況で言えるわけがないし。

 XXの方は3人の雰囲気に怪しいものを感じたので、少し探りを入れてみることにした。

 

「ところでお三方は翁さんの知り合いですか? だとしたら今すぐ縁を切った方がいいですよ。

 ヴァルナ神は司法の神でもありまして、悪人には苛烈な罰を下すそうですからね。仲間だと思われるようなことは避ける方が賢明というものです。

 まあそれ以前に、もし翁さんの取り調べを邪魔したら公務執行妨害罪という非常に重い罪になりますが」

「……」

 

 仮面の3人のうち猿長者以外の2人、蛇庄屋(へびしょうや)虎名主(とらなぬし)は内心でだらだら冷や汗を流したが、幸い仮面をかぶっているので表情は見られない。

 とはいえXXはわざわざ意図して探りを入れたわけだから、3人のうち2人だけ動揺の度合いが深いことには気づいていた。しかしこの場ではそれを言わず、しばらく泳がせることにする。

 

「では私は取り調べがありますので、これで失礼しますね」

 

 そして回れ右して、さりげなく光己たちの方に向けて手で三角を描いてから()()()()()()()()()()()()()()()()()閻魔亭の扉に()()()()()歩いて行った。

 なお三角は、全員外に出るのではなく一部は亭内に残るようにというあらかじめ決めておいた合図である。なぜそう判断したのかまでは伝えられないが、それはあちらで考えてくれるだろう。

 ―――さて、自称竹取の翁と仮面の男たちはこの突発事態にどう対応するのであろうか……?

 

 

 




 月初めの呼符込みの10+1連でゼノビアさんktkr。やはり時代はえちえちハロウィンか……。
 でもエリちゃんともう1回くらい会っておかないと開催の説得力が足りませんな。どこかで出てきてもらわないと。




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第169話 カルデア捕物帖2

 仮面の男たち3人は、ありていにいって当惑していた。

 見たこともない奇天烈な格好をした宇宙刑事とやらが現れたと思ったら、今まで想像したこともない難癖をつけて「竹取の翁」を眠らせて拉致してしまったのだ。どうすればいいのだろうか?

 刑事とやらは今こちらに背中を向けているから、先ほど彼女の仲間がしたように後ろから襲いかかるという手はある。しかし彼女も犯罪の取り締まりをしている者ならそれなりの戦闘力はあるはずで、今の()()()()()()()()では返り討ちに遭う恐れがあった。

 それに単なる知人(ということになっている)が取り調べを受けるのを邪魔するために刑事を襲うというのはいかにも短絡的で、仮に彼女を斃せても紅閻魔に疑われるのは必定だ。

 ところで3人の中で積極的に詐欺行為を働いているのは頭目の猿長者だけで、蛇庄屋と虎名主は従っているだけである。なのでここで紅閻魔に話しかけたのも猿長者だった。

 閻魔を騙しているくらいだから、神罰とかそういうのは恐れていないのだ。

 

「紅女将。まさかとは思いますが、あの宇宙刑事と名乗る方が翁を連れ去ったのは貴女の差し金ですかな? 借金を返せないからといって、部外者に頼って踏み倒しを図るなど……」

 

 これは紅閻魔に取り調べの邪魔をさせるための言いがかりだったが、当人にとっては事実無根の冤罪である。相手が客なので声を荒げたりはしなかったが、低くこもった口調で反論した。

 

「変な邪推はやめてくだちゃい。紅はそのような卑劣な真似はしまちぇん。

 第一あの刑事様が言っていた竹取の翁様の罪は、閻魔亭とは何の関係もない内容だったではないでちか」

「なるほど、それはそうですな。

 しかし女将は今年は利息すら満足に支払えない状況なのですから、ここで罪滅ぼしのひとつもしておくのが人の、いや閻魔の道というものではないですかな?」

「……そ、それは」

 

 真面目で人が好い紅閻魔にはこの論法が刺さったらしく、ちょっとひるんで口ごもった。

 そこに先生の危機を救わんと、生徒が颯爽と認識阻害の圏内から出て紅閻魔のそばに駆け寄る。

 

「た、玉藻!? もしかしてあの刑事様はお前様の」

「いえ、()()何もしておりませんわ。八百万(やおよろず)の神々が助けを遣わして下さったのでは?」

 

 玉藻の前はとぼけた口調でそんなことを言ったが、ひょっとしたらこれが正解なのかも知れないとも思っていたりする。何しろ閻魔亭は神々にQP(かんしゃのきもち)を捧げているのだから。

 

「しかし状況的に考えて、先生が疑われるのは致し方ないこと。ですので取り調べの邪魔まではせずとも、経緯を見させてもらうくらいはしておくのが後々のためかと」

 

 この提案は言葉通りの意味もあるが、先ほどのヒロインXXの合図を受けて、仮面の男3人が自称竹取の翁の仲間かも知れないと思ったからでもある。清姫が激怒していたから翁はやはり詐欺犯だったと判明したが、それを暴いた時に3人が閻魔亭の中で暴れたら建物が壊されてしまうので、あらかじめ外に誘導しておこうという趣旨だ。

 

(猿、虎、蛇の妖怪が一つ所にいるってことは、つまり(ぬえ)ですよねアレ)

 

 鵺というのは平安時代後期の京都に現れた妖怪で、鳥のトラツグミに似た気味の悪い声で鳴いて人々を恐れさせたといわれている。その時は玉藻の前も知っている源頼光の子孫の頼政に退治されたというから目の前にいるのは多分別の個体だが、雷獣だともいわれるからそれなりに強いだろう。亭内で戦うのは避けるべきだった。

 

「そちらのお三方も、そこまで仰るくらいならここに残っているより取り調べに立ち会うべきではありませんか? 無論お三方が余計なことをして刑事さんを怒らせてもかばい立てはしませんが」

「うーん、それは確かにそうでちね」

「なるほど、仰る通りですな」

 

 玉藻の前の提案は紅閻魔にとってはごく順当なものであり、猿長者たちもあまり離れているといざという時に「合体」できないから翁の近くにいた方がいい。意見が一致して、5人は閻魔亭の外に出るとXXたちの魔力の気配を探って彼女たちの後を追った。

 なおその少し後ろには、今も認識阻害で姿を隠したままのスルーズたちが続いている。カルデアと信長一行28人のうち12人で、詐欺師たちが何らかの理由で閻魔亭に戻ろうとした時にそれを阻む役どころだ。

 ―――玉藻の前たちがXXたちに追いついたのは、野草がいくらか生えているだけの空地のような場所だった。竹取の翁はすでに目を覚まさせられており、XXがその正面に立っている。

 いつもの彼女と光己なら事前に翁を強化ワイヤーで縛り上げているところだが、このたびは夢の中なので持って来ていない。

 まあ光己と清姫と土方と沖田を含む12人が認識阻害の向こうに隠れているので、いざという時の制圧力は十分だろう。先ほどヒルドとオルトリンデが開けた扉を通って先回りしていたのだ。

 

「それで、貴方はどうやって龍の首の珠をはじめとする5つの宝を手に入れたのですか?」

「……いきなり眠らされた上に何かの犯人のような尋問をされるのはいささか不本意ですが、それで疑いが晴れるならお答えしましょう。

 そもそも私には、龍から珠を奪えるような腕力はありません。宝は私自身が手に入れたのではなく、公達(きんだち)たちが姫に贈ったものを、姫が月に帰る時に思い出の品にしてほしいと言って残していってくれたのですよ。

 なので強盗殺龍とか言われても困りますな」

 

 まあそう来ますよねえ、とXXはヘルメットの内側で薄く笑った。

 

「なるほど、この国に伝わっている昔話ですね。かぐや姫の美しさに惹かれて求婚した貴公子たちに、姫は宝物を持ってくれば妻になると答えたとか」

「よくご存知ですな。その通りです」

「そうですか。しかしその昔話によれば、本物を持ってきた公達は1人もいませんでしたが」

「昔話のことですから、事実と多少異なっていても仕方ないのでは?」

 

 誰も持って来られなかったのと全員持ってきたのとでは180度違うのだが、それを追及しても水掛け論になるだけなのでXXはスルーしてやることにした。

 もともとこうして翁を尋問しているのはようやく追いついてきた紅閻魔たちに聞かせるためであって、翁がどんな詭弁を弄そうと最後には「貴方は姫が宝物を要求する行為に関わっていた上に、最終的に珠を自分のものにしています。よって強盗殺龍の実行犯ではなくても共謀共同正犯(きょうぼうきょうどうせいはん)に当たるので有罪です」という判決を下せるので余裕があるのだ。

 なお共謀共同正犯というのは、複数人が共同で犯罪を実行した時に、直接手を下したのではない者も実行犯扱いになるというもので、手下の犯罪で首領を裁く時などに使われる理論である。

 

「なるほど、確かにそれはありますね。しかしこの国の当時の貴族たちの通例では、一夫多妻はあっても一妻多夫はありませんでした。つまり宝物は1つはもらえても、5つ全部は手に入らないのでは?」

「!?」

 

 この宇宙人ずいぶんとこの国のことを調べ上げている。翁は少し焦ったが、このくらいなら言い逃れは可能だ。

 

「確かに普通はそうですが、公達たちは姫を愛するあまり、夫になれなくても宝は譲ると申し出て、姫もそこまで言うならばということで受け取ったのです」

「ほほぅ。それはまた愛深き話ですが、そこまでしてしまうと後で他の女性とお付き合いする時に苦労するでしょうね。

 まあそれはどうでもいいこととして、姫はその中の誰と結婚したのですか? まさか全員振るわけにはいかないでしょう」

「……」

 

 これは盲点だったらしく、翁はぐっと口ごもった。

 XXの言う通り、宝を全部受け取っておいて誰とも結婚しないというのはいくら何でも無理がある。翁は誰かの名前を言わねばならないが、そんなもの覚えているはずがなかった。

 500年前に紅閻魔を騙す前に「竹取物語」は一通り目を通したが、その後は見もしなかったのだから。

 ちなみにXXも公達たちの名前は知らないので、もし翁がそれっぽい名前を出してきたらこの件ではこれ以上の追及はできなくなるのでラッキーな展開であった。

 一方清姫は翁の作り話連発にガチギレ怒髪天で、光己が後ろから羽交い絞めにして必死で取り押さえている。さっさと諦めて白状すればいいのに、と心の中で祈っていた。

 

「竹取の翁様……!?」

 

 口ごもっている翁を見つめていた紅閻魔の瞳に疑念の色が宿る。愛した姫の夫の名を言えないとは?

 その視線に気づいた翁が、苦し紛れの言い訳を口にする。

 

「……い、いやこれはお恥ずかしい。私も歳なもので、500年も経つと人の名前も思い出せなくなってしまったようで」

「そうですか、確かに500年は長いですよね。でも昔話では、結婚したがらない姫に向かって、翁が自分の余命は今日とも明日とも知れないから早く結婚してくれと言う一幕があるのですが、これについてはどう思われますか?」

「そ、それは先ほども言いましたが、昔話と事実の食い違いなのではありませんかな?」

 

 翁はそろそろボロが出てきたが、XXは昔話絡みのことは深く突っ込まない方針なのかこれもすぐに流した。

 

「ああ、そういえばそうでしたね。

 ところでいくら500年が長くても、大事な家宝のことなら忘れないでしょう。たとえば貴方が持っていた龍の首の珠の大きさや形や色、権能はどうでしたか?」

「そ、そんなことを聞いてどうしようというのです?」

 

 翁は当然そんなことは知らない。なので言わずに済むよう抗弁を試みたが、XXには通じなかった。

 

「貴方を告発した竜種の方は竜が持っていた財宝については詳しくて、今挙げた珠の特徴を聞けば、実際に存在したものかどうか分かるのだそうです。

 つまり貴方が適当なことを言ってごまかそうとしたら、本物を持っていなかった証拠になるのですよ」

「…………」

 

 万策尽きて黙り込む翁。頃は良しと見たXXは、いよいよ今まで温存していた最終兵器を投入することにした。

 

「うーん、本当に物忘れが激しくなってるんですねえ。

 それでは仕方ありません。これ、我が銀河警察謹製のスペース自白剤というお薬なんですけど」

 

 そう言って、どこからか取り出した白い錠剤を翁にかざして見せる。

 

「ス、スペース自白剤!?」

 

 聞くだに怪しげなお薬を見せつけられて翁は思わず1歩引いてしまったが、XXはかまわず続けた。

 

「ええ。これを飲めばどんな強情な容疑者でも、夢心地ですべてを白状するという便利なアイテムです。

 もちろん無実なら何も恐れることはないのですが、そうは言っても得体の知れない薬なんてやっぱり怖いですよねえ。

 そこで同じものを2錠用意してあります。貴方がどちらか好きな方を飲んで、私は残った方を飲む。

 これなら安心でしょう? ええ、貴方が真実を語っていたのなら」

「!?」

 

 翁の顔が仮面の下で青ざめる。

 なるほどその方式なら、無実の者は薬を飲まないとは言わないだろう。しかし自分が飲んだら、夢心地でいる間に紅閻魔が500年分の恨みを込めて斬りかかってくるのは確実だ。

 といって飲むのを断るのは、自分にはやましい所があると言うも同然である。どうやらここでの()()はこれまでのようだ。

 

「―――は。ははは。はははははは!」

 

 翁がやにわに雰囲気を変え、高笑いを始める。

 今まで一応は品良くしていたのが、別人のように野卑になった。

 

「とうとうバレちまったようだなァ!

 そうさ、宝なんざ初めから持っちゃいなかった! 一から十まで嘘ッぱちよ!

 だが許さねぇ、許さねぇ……()()数にものを言わせやがって……」

 

 しかし次は怒りに身を震わせ始める。過去にも何か似たようなことがあったのだろうか?

 

「ほんっとうに―――。

 むかつくガキどもだぜ、テメェらはよぉ!!!!」

 

 そして霊基の質が急速に変わっていく。本当に別人、それも魔性の者になろうとしているかのようだ。

 

「ああむかつくぜ、むかつくぜぇ!

 せっかく純朴なガキを騙して楽しんでいたのによぉ!

 なんなんだよテメェらは! コドモの遊びに割って入ってくるんじゃねえよ!」

「……。刑事をガキ呼ばわりしておいて、コドモの遊びがどうとか都合が良すぎるんじゃありませんかねえ」

 

 XXはあきれ顔でツッコミを入れたが、変身中に攻撃することは控えていた。最後まで紅閻魔に見てもらう必要があるので。玉藻の前やヒルドとオルトリンデも同様である。

 やがて彼女たちの目の前で、翁はなぜか猿長者とまったく同じ姿になった。どうやら紅閻魔の同類の「お伽噺(とぎばなし)の住人」で、弱者をいたぶり、笑い、食い物にする、お伽噺の悪役にして、正体のない物の怪であるようだ。

 恐らくはさるかに合戦の猿なのだろう。それなら「数にものを言わせ」が納得できる。

 

「うるせぇガキ!

 だが正体がバレちゃあここまでだ。蛇! 虎! 帰ってこい、元に戻るぜ!」

「…………まあ、そうなるわよねぇ」

「…………」

 

 すると蛇庄屋は困ったような口ぶりで、虎名主は無言のまま、最初からいた方の猿長者とともに元竹取の翁に吸い込まれた。

 4人が一体となり、黒い影と化して膨れ上がっていく。

 

「やっぱり蛇と虎も仲間でしたのね。なら最終形態は」

 

 玉藻の前が小声でごちる。彼女が最初に予想したように、黒い影が最後に形を取った姿は。

 猿の面、虎の体、蛇の尾を持つ日本の妖怪「鵺」であった。

 

 

 



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第170話 カルデア捕物帖3

 自称竹取の翁たち4人が合体して生まれた、いや元に戻って現れた妖怪「(ぬえ)」は体高4メートルほどもある黒い四足獣というか、腕が長い熊がかがんでいるような形状の生物だった。顔には猿の仮面をつけ、前足の黒い爪は異様に長く伸びている。

 単純に4人合算したよりもずっと強いパワーを紅閻魔たちに感じさせた。

 

「そうでちか、あちきはずっと騙されていたのでちね」

「先生、ここはいったんお退がり下さいませ」

 

 玉藻の前を含むカルデア一行は紅閻魔に一部始終を見てもらうため、ひいては物盗りが出たという悪評を払拭するためにあえて今まで翁に手出しせずにいたのだ。ここで彼女が先走って、万が一返り討ちになっては本末転倒も甚だしい。

 

「しかしこれはあちきの問題なのに何もしないでいるなんて」

「とどめくらいは譲って下さると思いますよ。ともかく一番手になるのは避けて下さい」

 

 玉藻の前がさらにそう言葉を重ねながら、紅閻魔の肩を両手でつかんで後ろに引っ張る。

 紅閻魔はまだ納得してはいなかったが、振り払うわけにもいかず玉藻の前に従って何歩か下がった。

 鵺の方は紅閻魔を襲うか、あるいは遊びを終わりにしたヒロインXXを襲うかと思われたが、くるっと向きを変えると閻魔亭の方に駆け出した。

 

「逃げた……いえ、閻魔亭を壊す気でちゅね!」

 

 逃げるのなら、わざわざ敵の戦意が高まるそちらを選びはしない。抵当として奪えなかった代わりに、物理的に壊すつもりなのだろう。

 鵺は巨体の割に動きが素早く、紅閻魔の位置からでは追いつけなさそうに見えた。しかしその刹那、彼の前方から小さな黒い鉄の玉が数千個も飛んできて全身に突き刺さる。

 

「ガッ……!?」

 

 衝撃と痛みで足が止まり、バランスを崩して転倒する鵺。しかしすぐ起き上がったあたり、耐久力は相当なものがあるようだ。

 

「テ、テメェら……!?」

 

 見ればいつの間にか、前方に十数人ほどの人影があった。どこから現れたのか?

 実は最初からいて認識阻害で隠れていただけなのだが、さすがにそこまでは察せなかった。

 

「うっははははは、攻撃は控えてくれとは言われたが、準備をするなとは言われてなかったからな。こんなこともあろうかと、宝具の開帳準備だけはしておいたのよ。残念じゃったな!

 ここも一応日ノ本みたいじゃし、邪悪な妖怪をシバくのも統治者の務めじゃよね。

 まあ三千世界(さんだんうち)を喰らってすぐ立ち上がった根性だけは褒めてやるが」

 

 黒い服を着た女が高笑いしている。今のは彼女の仕業のようだ。

 

「本当に数揃えるのが好きなんだなテメェら。ぶっ殺す……!」

「おおっと、こちらばかり見ていていいのかの?」

「何!?」

 

 そう言われてふと強烈な殺気を感じた鵺がそちらを向くと、青白い炎に包まれた竜か大蛇のような巨獣が怒涛の勢いで飛んできているではないか。

 

(シャ)アアアアアァァッ!!!」

「チッ、こいつが刑事が言ってた竜種か……!?」

 

 その推測は大外れだったのを鵺は後で思い知ることになるがそれはさておき。鵺は火竜に巻きつかれた上に肩口を咬まれて痛苦の悲鳴を上げた。

 

「熱痛ぇぇぇ!? テメェ、離れやがれ……!」

(お黙りなさいな)

 

 清姫が怒りを込めてギリギリと鵺を締め上げ、肩の肉を喰いちぎる。ただ彼女の宝具は長時間続くものではなく、力が弱まってきたところを強引に振り払われた。

 

「クッ!」

「この駄ヘビが、お返しだァ!」

 

 鵺が竜の頭を指さすと、あらかじめ中空に作っておいた赤黒い雲が同じ色の雷となってそこに落下する。相当な威力があったらしく、清姫は目がくらんでふらふらと墜落しかけた。

 

「ザマァ見ろ、何が高貴だ! ズタズタに引き裂いてやるぜぇ」

 

 鵺は当然竜を捕まえてその長い爪を突き立てようとしたが、その瞬間を狙ったかのように眼に鉄の玉を撃ち込まれたのでさすがにひるんだ。

 

「痛ッ!? テッ、テメェ」

「うるせぇんだよ三下。新選組の前で下衆な悪事を働いた以上、覚悟はできてるんだろうな」

「テメェ……!」

 

 雷の術は連発できるものではないので、鵺は今は肉弾戦をするしかない。この粗暴で小憎らしい男に飛びかかって挽き肉にしてやろうとすると、男はなんと自分から近づいてきた。

 

「いくぞ沖田、合わせろ! うぅぅおあぁぁあ!」

 

 土方の全身から闘気が噴き出し、双眸に赤い炎が燃え上がる。刀を抜き、文字通り狂戦士のような勢いで突進した。

 

「キケケケケ……おいおい本気かよ、わざわざ殺されに来るとはなァ!」

 

 鵺はあざ笑いながら土方の頭上から爪を振り下ろしたが、重量的にははるかに勝るはずの一撃が片手で持った火縄銃1つで受け止められようとは。

 

「なッ!?」

「こ、こ、が! 新、選、組、だああーーー!!!」

「無明、三段突き!!!」

 

 土方の力任せの剛剣と沖田の一点を3回同時に突く超速の剣が、鵺の右足を乱暴に引き裂き左足に大きな穴を穿つ。

 しかもこの2撃は牽制でもあり、鵺の注意が土方と沖田に向いた隙にヒルドとオルトリンデが人間の姿に戻った清姫を回収していた。

 

「ガァッ……テ、テメェら」

 

 両足に重傷を負った鵺が怒りと憎しみがこもった毒々しい視線で土方たちを睨み据える。

 ただ鵺に恐怖や焦燥の色はない。この人数を前にしても、自分が負けるとは思っていないようだ。

 

「……! 傷が治っていく……!?」

「ケヒヒヒヒ、そういうわけさ! テメェらザコ竜やチンケな英霊ごときが何人集まろうと、オレに敵うワケねぇんだよ。百人殺してもお釣りが来らぁ!

 こちとら500年近く閻魔亭の神気を集めてきたんだぜぇ? それがどんだけヤバいか、たっぷりと分からせてやる!

 テメェら全員ぶっ殺して、あのボロ屋をぶっ壊して、雀どもを食い散らかして、この遊びもおしまいだよォ!」

 

「つまり、回復が追いつかないほどのペースで痛めつけ続ければいいんですね?

 今必殺の、ここで手柄立てて次に来た時に値引きしてもらおうカリバーーー!!」

 

 ヒロインXがなぜ助太刀するかを分かりやすくアピールしつつ、彼女らしく鵺の背後から聖剣二刀流の連続斬撃を叩き込む。さらにXXも「過去の自分に負けてはいられません!」とばかりに鵺の頭上からロンゴミニアドLRの一撃を見舞った。

 なおロンゴミニアドLRは最大出力だと破壊範囲がヤバいことになるので、あくまでセーフモードでの使用であるが。

 

「グギャッ! こ、この羽虫どもがァ!」

 

 格下のはずの英霊たちから何度も痛打をくらった鵺が怒り狂い、駄々っ子のように両腕と尻尾をむちゃくちゃに振り回す。特に腕は赤黒い邪気をまとっており、サーヴァントにとってすら猛毒と同じなので土方たちは大きく跳び下がって間合いを取らざるを得なかった。

 

「チッ、そう簡単には倒せねえか」

「でも勝てない相手じゃなさそうですよ。人数は十分以上ですし」

「そんなに数が自慢かァァ!?」

 

 土方と沖田のやり取りが聞こえたのか、鵺が不快そうに怒鳴って指を突きつける。

 しかし2人は彼の雷の術をすでに見ていたので、何とか横に跳んで避けることができた。

 

「うわ、これ喰らったら結構痛そうですよ」

「文字通り、腐っても伝説の妖怪ってところか」

 

 これでは不用意に近づくのは危険だが、それならそれで飛び道具組がフレンドリーファイアの恐れなく攻撃できる。段蔵やカーマや信長たちが一斉に矢弾の雨を降らせた。

 

「ングァッ!? テメェら、ふざけるのも大概にしておけよォォォ!」

 

 あっという間に全身をハチの巣にされた鵺が怒りの咆哮とともに両手を振り上げ、信長たちの頭上に黒雲を作り出す。そこから今までで1番大きな雷が落ちてきた。

 

「おおっと!」

 

 ただサイズが大きい分準備動作は大きく、武芸に優れたサーヴァントなら余裕をもって回避できるものだった。しかしそうでない茶々が余波を浴びて火傷してしまう。

 

「にゃあっ!? 茶々にケガさせるなんてとんだ不敬者なんだし」

「茶々様!? むうー、これは早く終わらせないと危ないな」

 

 沖田オルタは茶々の傷を治すことはできないが、鵺に強力な必殺技をぶつけることはできる。いったん彼女たちから離れて巻き添えを出さないようにしてから、急いで宝具を開帳した。

 

「―――絶剱・無穹三段(ぜっけん・むきゅうさんだん)!!」

 

 それは無量・無碍・無辺を束ねて、存在しえないもの、してはいけないものをこの世界から退去消滅させる無穹の黒光。オケアノスで放った時は一閃で明智光秀を打ち倒したが、今回は「無穹の空」に行かない何度でも使えるバージョンだからか、それとも鵺は「存在しえないもの」でも「してはいけないもの」でもないからか、その体の2割ほどを蒸発させたものの絶命させるには至らなかった。

 

「むむ、ずいぶんと頑丈なんだな。それとも閻魔亭の神気というのがすごいのか?」

「ヒャッハハハハハ!! そうよ、だから最初に言っただろう!?

 まぁ痛ぇことは痛ぇが、オレぁ知ってるんだぜぇ!? テメェら英霊の『宝具』ってやつは、何度も続けて使えるモンじゃねえってなぁ!」

 

 つまりサーヴァント全員が宝具を使ってしまったらもう鵺に決定打を与えることはできなくなるので、後は煮るも焼くも自由。そんな風に計算しているのだった。

 ただし光己と契約しているサーヴァントは例外なのだが、それには口を拭ったままジャンヌオルタがずいっと前に出る。

 

「フン、それがどうしたというのかしら?」

 

 まずは鵺の浅見を鼻で哂いながら、顔の前で二本の刀を十字形に構えてみせる。そして派手にタンカを切った。

 

「我らはマスターの代理人、人理修復の地上代行者。

 我らが使命は我がマスターに逆らう愚者をその肉の最後の一片までも絶滅する事―――。

 A M E N ! ! 」

 

「何がAMENだこのスベタがァ!」

(ジャンヌオルタさんカッコいい……!)

 

 鵺がジャンヌオルタを罵倒するのをよそにエリセは彼女のタンカに深い感銘を受けていたが、それを口に出すのはギリギリで思いとどまっていた……。

 鵺がジャンヌオルタを指さし、雲から雷を落とす。しかしジャンヌオルタはそれと同時に刀を1本上に投げ、避雷針にすることで自分に落ちるのを防いだ。

 

「何っ!?」

「残念だったわね。我らの神罰の味、噛みしめるがいいわ! 『焼却天理・鏖殺竜(フェルカーモルト・フォイアドラッヘ)』!!」

 

 ジャンヌオルタがさらに1歩前に出て、三つ首の黒竜の形をした炎を飛ばす。竜たちが鵺に一斉に咬みつくと同時に、彼女自身も突進して居合いで斬りつけた。

 鵺は避けようもなく、咬まれた肉が焼けただれ、斬られた傷から鮮血が飛び散る。しかし強がる気力は残っていた。

 

「ンガァッ……き、効くかこんなモン……!」

「ではもう1度くらってみろ、なんかすごいビーーーム!!!」

 

 実は光己はすでに認識阻害の向こうでこっそり竜モードになっていたので、彼と契約している沖田オルタは魔力をすぐに充填してもらうことができるのだ。

 鵺はまた体を2割削られて、さすがに危機感を覚えた。

 

「畜生、ほんとうにムカツク奴らだ……!」

 

 ここはいったん回復する時間を稼ごうと、今度は閻魔亭とは逆の方向に跳んで戦線離脱を試みた。

 しかし彼が見下していた英霊たちは、彼よりもよほど実戦慣れしている。歴戦の勘で彼はそろそろ逃げるだろうと見て待機していたブラダマンテが、宝具開帳して光の帯を巻きつけた。

 

「ガッ!?」

 

 当然に鵺は地べたへ墜落する。その隙を逃す聖騎士ではない。

 

「マスター、今です!」

「何!?」

 

 そこでふと日光が遮られて影が差したので鵺がそちらに目をやると、黒い巨鳥、いや竜がこちらに降りてきていた。あんなのこの場にいただろうか!?

 とりあえず避けようとしたが、小娘が全力で帯に魔力をこめているので引きちぎるのが間に合わない。

 

「くらえ、ドラゴン踵落とし!」

「ゴガッ!?」

 

 自分より桁違いに強くて重い生物に後頭部を上から蹴り飛ばされて、鵺は顔面を爆速で地べたにめり込ませた。彼が即死も気絶もしなかったのは大した耐久力といえよう。

 まあ光己の方にも今ので鵺を殺すつもりはなかったのだが。これこそが本題だとばかりに、悪魔の翼の指先を鵺の二の腕に突き刺す。

 これも狙っていたのか、鵺は土下座の姿勢になっていた。

 

「な、何を……!?」

 

 鵺は後頭部を踏みつけられたままだから上を見ることができないので、竜が何をする気なのか分からない―――と思ったのはほんの数秒のことで、身をもってすぐに分からされた。

 

「ギギャッ!? テッ、テメェオレがせっかく溜めた神気を吸い取ってやがるのか……!?」

「当たりー。回復や補給をしてるヤツを先に潰すのは常道だからな。

 てかずいぶん簡単に吸えるなあ。まあそれもそっか、『邪悪な魔性』と『感謝の神気』じゃ正反対だから、使えはしても体になじみはしないよな」

「テメェェ……!!」

 

 鵺は憎悪に顔を歪ませ、必死で力を溜めると渾身の雷撃を(見えないながらも)竜の頭のあたりに落とした。しかし効いた気配がない。

 

「ん、今何かしたか?」

 

 何故なら光己の頭の上には、護衛としてマシュとヒルドがいるからだ。今回は雷雲が大きくなっていくのをルーンで散らしつつ、それでもわずかに落ちてきた分はマシュが盾で受けていた。

 まあ鵺の雷撃など全力でもアルビオンを傷つけることはできないだろうが、万が一の用心というやつである。

 

「フハハハハハ、無駄無駄無駄ァ!

 それにしてもこの神気はなじむ。実に! なじむぞ。WRYYY」

「わー、マスターまたハイになってるぅ」

 

 光己がまた何か言っているのをヒルドが茶化したが、今回は吸収しているのが「感謝の神気」だから人格面への悪影響はないだろうし、また別のドラゴンに変化することもあるまい。このたびは放置推奨であった。

 

「……ところでヒルドさん。アルビオンって、ファヴニールと違って装備品つけてるんですね」

 

 マシュはアルビオンを初めて見た時は生き物なのにメタリックで戦闘機みたいだなどと思ったが、間近でよく見ると金属的なのは頭部と翼の外装と籠手?だけで、胴体に付けている防具?とベルトはどちらかというとレザーっぽく見えるし、それ以外は生身の肉体である。これはいったいどういうことなのだろう。

 

「うん、でもそれよりマシュが気にしてるのは、翼にあるあの紋章とローマ数字じゃない?」

「はい、あれはどう見ても私の盾を図柄にしたものですし、ローマ数字の『Ⅰ』から『ⅩⅢ』というのはアルトリアさんの聖剣(エクスカリバー)にかけられた『十三拘束』とも符合しています。円卓と無関係とは思えません」

 

 確か汎人類史のアルビオンは地球が生まれた頃から存在していたとも言われているから、最初から円卓と関わりがあったとは考えられない。といってアルトリアがアルビオンと関わっていたという話は聞かないから、異聞帯のモルガンがメリュジーヌに与えたものなのだろうか?

 

「……って、ちょっと待って下さい。地球が生まれた頃から存在していたというと、もしアルビオンが生きていたとしたら当年取って46億歳ってことになるんですか!?」

 

 アルビオンを含む幻想種は、長く生きるほど力を蓄え神秘性を高めていくという。千年くらいでも魔法級らしいから、46億年、いや全盛期がその真ん中あたりだったとしても大変なことである。

 モルガンは「総魔力量は推定でファヴニールの51万2千倍」とか言っていたが、そんなものでは済まないだろう。あれは体積当たりの魔力量が同じままという仮定で計算したものなのだから。

 

「まあマスターがその全盛期レベルまで行けるかどうかは分からないし、行けたとして何年かかるかは分からないけどね!

 それより今は目の前のことに集中しよう」

「そ、そうですね」

 

 といってももはや鵺に逆転の目はなさそうである。光己の足をはねのけるのは無理そうだし、また雷撃を放ったとしても先ほどのより威力は落ちるだろうから。

 

「―――だいぶ吸えてきたな。500年もかけて溜めたものを1時間とかからずに分捕られてどんな気持ち? ねえ今どんな気持ち?」

 

 光己は神気を吸収しつつ、口先でも鵺を煽っていた。今まで詐欺事件についてはさほど怒りを見せていなかったが、鵺と実際に対面してその悪辣さと野卑な態度に相当な不快感を持ったのだろう。

 

「テ、テメェ……ガキのくせにほざきやがって。こ、このオレにこんなことしていいと思ってんのかァ!?」

「悪党の泣き声は心地いいな! もっと泣いてもいいんだぞ?

 でも確かにもらいっ放しは良くないか。ちょっとお返しをしよう」

 

 そう言うと、光己は羽の翼を鵺に近づけていつもの白い光を照射した。

 

「ッギャアアアァァァアァアアァ!?」

 

 すると鵺が今までとは違った悲鳴をあげる。これは身体的な痛みではなく、光己への悪意や害意に比例した強さの精神的ダメージを与え続けるものなのだ。いくら治癒力があっても意味はない。

 鵺は確かに強かったが、そろそろ決着の時が近づいてきたようだった。

 

 

 



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第171話 カルデア捕物帖4

 鵺は神気を奪われるのと精神攻撃の痛烈なダブルアタックを受けていたが、実はこれが効いているのは頭脳担当の「猿面の怪」だけである。胴体の「虎面の怪」は腕を刺されている痛みだけで、尻尾の「蛇面の怪」に至ってはダメージゼロだ。

 何故なら神気は猿が独占運用しているし、虎と蛇はアルビオンを見て「高貴な竜神様が自分たちを処罰しに来た」と思っており、受け入れるとまではいかなくても因果応報であるとして諦めていて、光己を恨んではいないからである。

 

「グギャァァァ! ……ってコラァ虎に蛇! 頭のオレ様がこんなに苦しんでるのに、なんでグズのテメェらは平気な顔してやがるんだよォォ!」

 

 だから猿に口汚く罵られても、その理由自体が分からなかった。

 

「何を言っている……? 確かに腕は痛いが……そこまで泣きわめくほどの……ものではあるまい……?」

「アタシなんて痛くもかゆくもないものね。位置関係的に攻撃もできないけど。

 それでこれからどうするの? このまま神気全部取られちゃったらもう勝ち目ないわよ」

「クッ、この役立たずどもがァ!」

 

 猿は頭脳役を請け負っているからこそ威張れている立場なので、いくら痛みで頭が回らなくても2人に作戦を考えてもらうわけにはいかない。自分で知恵を絞るしかないのだった。

 その様子を見た土方が首をかしげる。

 

「……何だあいつら? 仲間割れとまではいかんが、痛がってるのは1人だけなのか?」

「あの光はマスターへの悪意に比例した痛みを与えるものですからね。痛がってない2人はマスターに悪意持ってないんですよ。

 頭踏んづけられて腕刺されて神気奪われてるのに何で悪意がないのかは分かりませんが」

 

 沖田は土方の疑問には答えを出せたが、彼女にも不審に思っていることはあった。

 

「でもマスター、戦国時代やオケアノスで見た時より縮んじゃってますけど、何かあったんでしょうかねえ?」

「あの後また別の特異点に行った時に別のドラゴン喰ったのよ。それがすごい大物だったから、化学変化っていうか進化してああなったってわけ」

「へえー、さすがマスターやりますね!」

 

 ジャンヌオルタの解説で沖田は事情を理解したが、反応の単純さからいってあまり深く考えてはいなさそうである。まあ江戸末期の日本人がアルビオンなんて知っているはずがないから、妥当といえば妥当なのだが……。

 

(……ッチクショウ! こうなったら詫び入れるフリだ。それで足どけさせて、その隙に逃げ出そう)

 

 その間に猿はようやく打開策を考えついていた。ムカつくガキどもに頭を下げるのは業腹だが、生き延びるためにはやむを得ない。

 

「ま、待ってくれ! 分かった、オレが悪かった! 反省してるから許してくれ。もう悪さはしねえと誓うから」

 

 500年の詐欺プレイで鍛えた迫真の演技力で訴えかける猿面の怪。しかし今回の標的は紅閻魔ほど甘くはなかった。

 

「えー、おまえみたいな奴がそんな簡単に更生するわけないだろ。

 という名目で神気は根こそぎ吸い取る! しぼりカスだッ! フフフフフフフフ」

「テッ、テメェ……」

「ん、『テメェ』? やっぱり反省したなんてウソだったな」

「こ、この……!」

 

 猿怪はダブルアタックがよほど不快なのか、竜の挑発に耐えることができなかった。なので彼の攻撃は止まらなかったが、やがて意外なところから援護が入る。

 

「マスター! 神気を奪うのは結構ですが、とどめまでは刺さないで下さいましね!」

「ん!? あー、それはそうだな。分かった。

 まあ俺もこいつ自身の魔力は吸いたくないしなー」

 

 先ほどこの場に来るように勧めた狐が制止してくれたのだ。

 竜の言いようはちと腹が立ったが、ありがたくはある。最終的に神気はすべて吸い取られたが、助かる道はできたはずだ。

 竜が足を外して、何か分からないが精神的な痛みもやんだので顔を上げると、目の前に紅閻魔が立っていた。その傍らには例の刑事と狐の女と、何人かの英霊どもが控えている。

 

「一から十までお膳立てされた上で最後のお裁きだけすることになってお恥ずかしい限りでちが、だからこそしっかりやるでち。

 ……猿面の怪異様。まずは閻魔の代理官として理由を問うでち。なぜこんな事をしたのでち。

 おまえ様がそこまで思い立ったのは、さるかに合戦で殺された復讐からでちか?

 ただ己らしく生きたというのに、悪役として在り方を定められたからでちか?」

「―――」

 

 猿怪は紅閻魔がこの期に及んでなお情状酌量しようとするお人好しぶりを心の中であざ笑ったが、それを態度に出したらまた竜と英霊どもに袋叩きされるのは目に見えている。先ほどは反省したフリを見破られたが、今度はうまくやらねば。

 

「そう、そうなんだよ! オレはただお伽噺の悪役として悪役らしく振る舞っただけなのに、大勢でよってたかって潰しに来て……誰だってそんな目に遭ったらちっとはグレるってもんだろ。

 でももう懲りた! もう悪事はしねえから見逃してくれ。なっ、なっ!」

「嘘、でございます」

 

 ところが今回はもっと嘘に敏感な者がいたので、カマかけすらされずにバレてしまった。

 その直後に太い丸太のような何かに頭をぶっ叩かれ、鵺はまた顔を地面に打ちつけた。

 

「痛ぇっ!?」

 

 鵺が痛む顔と頭をさすりながら起き上がって上を見ると、先ほどの竜とはまた別の黒い竜がこちらを見下ろしていた。どうやら尻尾で叩かれたようだ。

 

「閻魔様のお裁き受けてるのに嘘は良くないな。これにはお竜さんもおこだぞ」

「竜が大勢いるからって、無理に対抗しなくてもいいのに……」

 

 お竜がさっきの戦いで竜が何頭も出てきたことに触発されて、自分も真の姿を皆に見せつけたくなったというのが動機らしい。まあ抑止力が上がったわけだから問題はないだろう……。

 

「いやいや、そんなことないですよ。天逆鉾で封じられていた『まつろわぬ神』と会う機会なんてめったにないことですから」

 

 光己は歴史好きな上に自分も竜なので、日本史に記録が残るほどの竜と対面するのは大変エキサイティングなイベントである。とりあえず握手してもらった。

 

「お竜さんの凄さが分かるとは、おまえは若いのに見所があるな。翼が3対も生えてるだけのことはある。

 カエルを食べるともっと強くなるぞ」

「ほむ、カエルとはなかなか通な嗜好で……いやカエルはヘビに捕食されてるわけだから、竜的にはむしろ普通なのか」

 

 などと竜2名は暢気に会話を楽しんでいたが、その下にいる猿怪はもう生きた心地がしなかった。神気を全部取られた今、どうあがいても彼らを倒すどころか逃走さえ無理なのだから。

 そこに紅閻魔がまた尋問してきた。

 

「……なるほど。猿面の怪異様が悪事を働いたのは、復讐や在り方のせいではない、と。つまりただの愉快犯ということでちね。

 では最後に1度だけ訊きまチュ。地獄の法廷に出て、しかるべき罰を受け罪を償う気はありまちか?」

「―――」

 

 猿怪にはそんなつもりはまったくない。なぜ辛気くさい地獄なんぞに出向かなくてはいけないのか?

 ただそれを素直に言ったらボコられるだけだし、嘘をついても同じことだ。ではどうすればいいかと悩んでいると、(猿視点では)ボンクラな手下どもがロクでもないことを言い出した。

 

「そうだな……もう紅ちゃんに迷惑を……かけたくはない……ちょうどいい……潮時か……」

「アタシには紅閻魔ちゃんに付く理由はないけど、完全敗北した猿面に付く理由もないしね。いつまでも尻尾なんてつまんないって思ってたところだったし」

「なっ、テメェら裏切る気か!? オレがいなきゃ何もできないグズのくせによぉぉ!」

 

 猿面の怪が顔色を変えてわめき散らす。何しろこの猿、頭脳役ということで威張っているが、その実胴体と尾が居なくなったら彼自身も何もできなくなるのだ。

 

「テメェ、テメェら―――!

 蛇面! 虎面! なんでテメェら、揃いも揃ってオレの足を引っ張りやがる!? 名前もねえ、行き場もねえ、やる気もねえ! そんな三下を喰ってやったのは誰だと思ってやがる!」

「……」

 

 猿怪が口を極めて蛇怪と虎怪を罵るが、2人からの答えはなかった。もはや問答をしても無駄だと見切ったのだろう。

 代わりに口を開いたのは紅閻魔だった。

 

「蛇面様と虎面様は裁きを受ける気があるようでちね。良い心がけでち。

 しかし猿面様にはもはやかける言葉はありまちぇん。鬼の強面も震え出す、刹那無影の雀の一刺し―――閻雀(えんじゃく)抜刀術、冥途の土産に味わっていけ!」

「何が閻雀だ! こうなったらテメェを冥途とやらの道連れにしてやるよぉ!」

 

 紅閻魔が刀の柄に手をかけると、猿怪はもはやこれまでと開き直ったのかいきなり彼女に飛びかかった。しかしカルデア一行にとってそれは当然予測できていたことであり、ジャンヌが旗槍の柄で鵺の顎を力任せにかち上げる。

 

「ゲハッ!?」

 

 ジャンヌは一見はお淑やかそうな美人だが、実はゴリゴリの武闘派である。鵺は体ごとひっくり返って、背中から地べたに転がった。

 無防備にさらされた土手っ腹を、おまけで竜2頭の尾が太い鞭のように引っぱたく。

 

「ギャンッ! ゲフッ、ガハ」

「これまででち。罪科あればこれ必滅の裁きなり。『十王判決・葛籠の(じゅうおうはんけつ・つづらの)―――」

 

 最後に紅閻魔が容赦なく猿面の首を打ち落と―――そうとしたところで、不意に物言いが入った。

 

「ちょっと待ったぁーーー!」

「ジャンヌオルタ様!? なぜ止めるでちか!?」

 

 さっきは思い切り鵺と戦っていたのに何故? まさか鵺を助命したいわけでもないだろうにと思ったが、無論ジャンヌオルタが考えたのはまったく違うことである。

 

「いえ、止めたわけじゃないわ。これさっき鵺の雷防ぐのに使った刀なんだけど、とどめはこれで刺してほしいのよ」

 

 そうすると「鵺の雷を防いだ上に、閻魔が鵺にとどめを刺すのに使った」という他にない逸話がつくというわけだ。

 実はまだ銘を付けていなかったのだが、「髭切(ひげきり)」や「雷切(らいきり)」に倣って「鵺切(ぬえきり)」というのはどうだろう。ちょうど短い銘もいいなあと思っていたところだし。

 

「…………(うけたまわ)りまちた」

 

 紅閻魔はちょっと生暖かい気分になったが、ジャンヌオルタの希望を聞いても誰が困るわけでもない。重々しく頷いて、彼女の刀を預かった。

 

「では改めて。『十王判決・葛籠の道行(じゅうおうはんけつ・つづらのみちゆき)』!!」

 

 今度こそ閻雀の一閃が振るわれて、猿面の首が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 紅閻魔の剣により、怪異3人は地獄に送られて正式に裁判を受けることと相成った。猿面には情状酌量の余地はないが、蛇面と虎面には多少の温情があるだろう。

 ジャンヌオルタが愛刀にグレートな逸話とカッコいい銘がついてうきうきな様子を見てエリセがちょっと羨ましがっているが、それはそれとして光己が紅閻魔に声をかけた。

 

「これで事件解決ですね。今なら鵺から奪った神気を何割かは返せますけど、どうします?」

 

 それは紅閻魔にとってはありがたい申し出だと思われたが、逆に看過できない者もいた。

 

「いやいやそれは賛成できないかな。マスターはともかく、あんな悪い妖怪がずっと持ってたモノを神々に捧げるなんて良くないと思う」

 

 ヒルドである。ワルキューレ3姉妹は光己を成長させる機会をおめおめと逃がしたりはしないのだ。

 

「それにマスター。ここで神気を返したら、閻魔亭にいる理由がなくなるからすぐに帰還になっちゃうかも知れないよ?」

 

 それはつまり混浴がおしまいになるということである。光己はコンマ3秒で了見を翻した。

 

「まったくその通りだな。最初の話の通り、奉納日までお手伝いして売上アップに貢献する方が今後のためになるし」

「………………」

 

 紅閻魔がいくら素直で善良といっても今の光己とヒルドの本心くらいは読めたが、2人が言っていること自体は妥当である。それに一見の客にここまでしてもらっておいて、神気まで返してもらうのはいささか申し訳ない。

 

「分かりまちた。ではその方向でお願いしまチュ」

 

 カルデアの他のメンバーにも閻魔亭に残ることに反対の者はいなかったので、改めて奉納日まで手伝うことが確認された。

 これで光己は竜モードでいる必要がなくなったので、人間モードに戻ることにした。するといつもは余剰の魔力が体外に放出されるのに、今回はそれがないことに気づく。

 

(あれ、何かいつもと感じが違うな……?)

 

 ただ魔力量がそのままで人間の姿になると、魔力の密度が何百倍にもなったり体重が何十トンもあるままだったりで大変なことになりそうだが、そういうことにはなっていないようだ。つまり総魔力量自体が、変身の前後で増減している模様である。

 つまり今後は変身するたびに体外の魔力を吸収したり体外に魔力を放出したりする必要がなくなったということか。

 ついでに竜としてレベルアップして、「蔵」の中のこれまで使えなかったアイテムがいくつか使用可能になったような気がした。

 

(うーん、どういう仕組みかは分からんけどこれが「神気」の神通力ってやつか……)

 

 何にせよ不都合なことは何もないので、光己は気にせずに受け入れることにした。

 変身が終わって服も着たら、信長たちは閻魔亭に戻らずに帰るそうなので、このまま見送ることになる。

 ちなみにケガをした清姫や茶々はとっくに治療済みだ。

 

「いろいろお世話になりました。またお会いしましょう」

「うむ、今回もなかなか面白い体験じゃった。また会おう!」

 

 まず代表者のオルガマリーと信長が挨拶すると、メンバーの中で親しい者たちも別れの言葉をかわした。

 

「それじゃマスター、今回は新選組の局中法度でご一緒できませんが、またお会いしましょう!」

「うん、いろいろありがと。またいつか」

「茶々様、どうかお元気で」

「うん、オルタもそっちの皆と仲良くするのだぞ!」

「それじゃ過去の私。何があっても強く生きて下さいね」

「つまりあまり幸せじゃない未来が待ってるってことですか!? まあいいです、そちらはもう幸せそうですがお元気で」

 

 そして最後に紅閻魔が前に出て、お帰りになるお客様に一礼する。

 

「お客様、ご来亭ありがとうございました。またのおいでをお待ちしておりまチュ―――!」

 

 これにて一件落着。めでたしめでたし!

 なおヒロインXの希望は無事かなって、信長一行は次回来亭時は大幅値引きになったらしい。

 

 

 




 あとはエリザベート来襲とかを書いてカルデア帰還になる予定です。
 なお次回は別タイトルの第2話になります。




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第172話 後日談1

 鵺を退治して何日か経つと、その影響は如実に現れ始めた。

 まず盗難事件が実は詐欺だったという話が広まったのか、昨年の同時期より明らかに客が多くなったのだ。

 しかも閻魔亭の建物自体に神気が宿り、雰囲気がだいぶ変わっている。債務から解放され、「感謝の気持ち」をすべて奉納できるようになったからだろう。これなら顧客満足度は昨年までより上がるから、さらなる来客増加が期待できる。

 いや正確にはまだ神々への奉納の儀式は行われていないが、賽銭箱にはちゃんと貯まっているし、債務から解放されたという事実それだけでも、紅閻魔を初めとした従業員の心理状態は大きく違ってくるというものだ。

 また魔猿が雀を襲うとか食材等を盗むといった悪さをしなくなって労働環境が良くなったというプラス面もあった。

 客層は以前猿長者が言っていた「零落(れいらく)した神」や「神を名乗る妖怪」が大部分で、湯治や観光のために来ているらしい。紅閻魔によれば彼らは表世界からはすでに退去しており人類に干渉はしていないそうなので、光己たちも争いごとを起こさずに済んで何よりだった。

 

「これが閻魔亭の本来の姿か……うーん、鵺の被害って甚大だったんだなぁ。

 でもその分、このまま何事もなければQP(かんしゃのきもち)もたくさん奉納できそうだな」

「そうですね、先生も明るくなられて何よりです」

 

 光己の独り言に玉藻の前がそんな相槌を打った。

 紅閻魔は鵺が退治される前も、以前の彼女を知る玉藻の前が気づかないくらいに普段と変わらぬ態度を見せて自分たちが心配しないようにしてくれていた。いや客商売なのだから他の一般客に対してもそうだったと思うが、今の彼女は最初にここに来た時より元気になっているのは一目瞭然だった。

 

「それにしても500年は長いよな。女将さんってこういう時に相談できる人はいなかったの?」

「ご両親に相談すればすぐ解決したと思いますが、先生は真面目で責任感が強い方ですから……。

 猿長者はそれを見抜いた上で犯行に及んだのだと思います」

「うーん、それはまた何ともはや」

 

 真面目なのも責任感があるのも良いことだが、何事も度が過ぎれば毒になるということか。

 これを機に、もう少し柔軟な考え方ができるようになればいいのだが。

 

「ところでお仕事の割り振りですけど、私と清姫さんとキャットさんは今日からは内勤にしていただけませんでしょうか?」

「内勤? 所長がいいって言うなら俺はいいけど、具体的には何するの?」

「はい、私たち自身の勉強も兼ねまして、厨房の手伝いと仲居などを」

 

 ただ内勤組は外勤組と勤務時間が違ってくるので、清姫は旦那さまと一緒にいる時間が減るのが残念ではあったが、このたびはめったにない機会ということで花嫁修業を選択したのである。

 

「ああ、お客さん増えてきたからそっちの人手も足りなくなったのか。

 あ、でも待てよ。それだと俺たちが帰った後は困るんじゃないか? もう施設の修繕はやめた方がいいのかな?」

 

 光己はそんなことを危惧したが、その辺は女将と雀たちも考えているようだった。

 

「いえ、そこは魔猿を雇うなり、素直にご両親に頼るなりするつもりでおられるようです」

「そっか。ここほどの老舗だと従業員教育も大変そうだけど、まあその辺は俺たちが考えることじゃないか」

 

 自分たちは経営コンサルタントではなく、あくまでお手伝いである。そこまで深く首を突っ込むのは避けた。

 

「それで、今日修繕するのはイベントホールだっけ」

 

 表世界の旅館やホテルにも、芸能人などを招いてショーをやるというのはよくある。無論タダではないが、その費用を出せる程度の蓄えはできたということなのだろう。

 

「はい、ようやくそうしたことをしても採算が取れるだけのお客様が見えるようになったのですわね」

 

 大変喜ばしい話である。手伝いをしている甲斐があるというものだ。

 

「それじゃ、早いところ班分けしようか」

「はい」

 

 3人が内勤になったので、外勤は16人である。光己と一緒の猿退治班改め魔物退治班はスルーズ・ブラダマンテ・ジャンヌ・エリセ・沖田オルタの5人になった。

 もともと魔猿以外にも魔猪や以津真天(いつまで)といった魔物はいたが、こちらも鵺を退治してからは減少傾向である。鵺が何かして引き寄せていたのか、それとも単に閻魔亭周辺が彼らにとって安全ではないことが周知されて離れていったからかは分からないが。

 

「じゃ、行こっか」

「はい、今日も訓練に励みましょう」

「いやそれは二次的なものだからね」

 

 ところで魔物退治班は時間節約のため、行き帰りは飛べる者が飛べない者を抱きかかえていくことになっている。清姫と景虎が光己に抱えてもらいたがるのと、一夫一妻主義者の玉藻の前が逆に彼を避けるのを除いては、人間関係的なあれこれから彼に抱えてもらう者はジャンケンで決めていた。

 このたびは何の因果か新米のエリセと沖田である。沖田は特に気にしていない様子だが、普通の感性を持つエリセは腰をぎゅっと抱かれて体の前面が密着する状況をかなり恥ずかしがっていた。

 

「み、光己さんいい人だしお世話になってるし、このくらいだったらいいけど……」

 

 エリセは光己とは性格的な相性はいい方だと思っているし、大勢のサーヴァントたちのリーダーを務めているだけあって頼れる人だとも感じていた。人類のために人間をやめた立派な人だというから尊敬してもいる。

 それにこの集団の中で唯一同じ現代日本人で歳も近いので親近感もあった。これは彼も感じてくれているようだ。

 だから正当な理由があれば体がくっつくくらいは構わないというスタンスなのだが、やっぱりこう恥ずかしいとかドキドキするとか、思春期的にちょっと困るというのはあるのだった。

 

「俺はエリセだったら何の問題もなく大歓迎だけど……あ、もちろん沖田ちゃんもだぞ」

「うん、私もマスターのそばにいられるのは嬉しい」

「わ、私はキミたちとは感覚が違うの!」

 

 光己はそもそも性別が違うし、沖田は外見より精神年齢が低いというか天然さんぽくてそちら関係をまだあまり意識してないように見える。同じ枠で語られては迷惑というものだ。

 とりあえず話を変えることにした。

 

「ところでさ、このお手伝いって奉納日までってことで良かったんだよね?」

「そうだな。それでひと区切りついて、俺たちはカルデアに帰るってことになる……と思う」

 

 今回は戦国時代の時と違って聖杯という確実な目印がないので、光己も断言はできないのだった。状況から考えて、多分そうなるだろうけれど。

 

「今のペースでいければ閉鎖されてる施設の修繕はだいたい終わるし、魔物もほとんどいなくなるだろうしね」

「うん、でもたまに変わった魔物も出るよね。浮遊する大きな目玉(ゲイザー)とか、最初に出くわした巨大鶏もまだいるし」

「ああ、あの生態がよく分からないやつか。あいつら意外と強敵だよな」

 

 宙に浮いてるとか目からビームとかは魔術的な能力ということで納得するとして、口も鼻も耳もないのでは色々と不便というか、栄養の摂取さえ満足に出来ないのではないか。それとも後ろの方に生えている何本もの脚?を獲物に突き刺して体液を吸い取るとか、そういう生態なのだろうか。

 

「でもそれなら体の前か下に生えてないとやりづらいよな。あの形状なら魔眼での催眠からの触手プレイの方が夢があるけど」

「しょ、触……!? って、光己さんセクハラ!」

「あ、ああ、ごめんごめん。でも何で触手プレイっていう言葉がセクハラだって思うんだ?」

「だ、だからそういうところ!」

 

 痛い所を突かれたらしく、エリセは顔を真っ赤にすると光己の胸をばんばん叩いてごまかした。

 なお光己視点だと、エリセはファッションセンス以外は普通の女の子なので服についての突っ込みはあえて入れないが、たまにこうしてからかったりもするのだった。あとこうして密着していると歳のわりには立派なおっぱいや太腿の感触がディモールト良いが、これは正当な役得なのでやましいところは一切ない(断言)。

 反対側の沖田オルタについてはもう説明不要のナイスバディで、最後のマスターになって良かったと思えるひとときである。

 

「ふむ、よく分からないがマスターとエリセは仲良しなんだな」

「それはまあ、仲悪いとは言わないけど!」

 

 ……そうやってたわいないことを話しているうちに現地についたので着陸したが、やはりフラグというものはあるのか、最初に遭遇した魔物はゲイザー、それも2匹であった。

 

「!? 左側のやつの攻撃は私が防ぎますので、その間に右側のをお願いします!」

 

 するとブラダマンテが聖騎士らしく素早い判断で、盾をかざしながら1歩前に出る。これで敵の片方を抑えている間に、もう片方を倒せば有利になるという意味だ。

 

「分かった!」

 

 それに応じて沖田が刀を抜き、右側のゲイザーに突進するが敵もつるんで来ただけあってコンビネーションができていた。ビームで沖田を迎撃すると見せかけて、2匹で同時にブラダマンテを撃ったのだ。

 

「なんと!?」

 

 ブラダマンテの盾のサイズでは片方しか止められない。沖田はとっさの判断で左に跳ぶと、両腕を交差させてビームを受け止めた。

 

「ぐっ! な、なかなか強いな」

 

 腕にぶつかったビームがはじけ、重い衝撃に押されてよろめいてしまう。ただの大きな目玉と思っていたが、意外と知能もあるようだ。

 これではすぐに反撃はできないと見たエリセがすかさず割り込む。

 

「それじゃビームにはビーム! 私に任せて」

「待った! 今回は俺の新技を試させてくれ」

 

 新技というほのかに中二風味漂う単語に興味を引かれたエリセが魔力弾を打ち出そうとした手を止めると、光己が前に出て一旦しまっていた翼と角と尻尾を再び生やした。

 いやそれだけではない。両手に彼の身長より長いツインランサーめいた黒い武器を持っているではないか!

 

「!?」

 

 エリセがそれについて訊ねるより早く、ゲイザーが彼に危険を感じたのかすぐさまビームを放つ。しかし光己は回避の訓練は怠りなく積んでおり、ひょいっと身を翻してかわすと同時に右手の槍を真上に投げた。

 すると槍は明らかに不自然な加速で∩字を描いて宙を翔け、ゲイザーの真上から突き刺さって貫通し地面に縫いつける!

 しかしゲイザーはなかなかの生命力で、脳天?に穴が開いたのにまだ生きていた。

 

「エリセ!」

「う、うん!」

 

 彼はとどめ役を譲ってくれたようだ。エリセはダッシュでゲイザーの横に回った。

 この位置なら、動けなくなったゲイザーはビームを当てられない。

 

「神水、神火、神風清明!」

 

 あとは彼の脚?が届かない間合いから槍で切り裂くだけである。エリセの斬撃でゲイザーが息絶えた時、もう1匹も沖田オルタの手で動かなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 沖田の腕の治療が終わるやいなや、エリセは目を輝かせて光己の「新技」について訊ねた。

 

「光己さん、その大きな槍どういうものなの? さわっていい?」

「うん、いいよ。でも指切ったりしないように気をつけてね」

 

 光己はまず年長者として最低限の注意を促してから、この新兵器の説明を始めた。

 

「俺の『蔵』のことはもう知ってるよな。この前の神気のおかげで俺のレベルが上がったから、出せるものが増えたんだよ。

 ただこれは他の竜のものじゃなくて、アルビオン自身の装備品みたいだけど。だから使い方はだいたい分かるんだ」

 

 普通に手で持って振り回すのはもちろん、今やったように思念で動かすこともできる。また切っ先を揃えてその間からビームを射つことも可能という多機能兵器なのだ。

 

「へえー、すごいね。誰がつくったのかな」

「メリュジーヌが同じもの持ってるから多分モルガンだと思うけど、別の鍛冶師である可能性もなくはないな。

 しかし専用武器を出せるようになったからには、『神魔モード』ってだけじゃ味気ないな。新しい名前を考えないと」

 

 盟友候補(どうるい)と話しているからか、光己はまた邪〇眼が活性化してきたようだ。

 

「そうだな、アルビオン武装現象(アームド・フェノメノン)なんてどうだろう」

「うーん。かっこいいとは思うけど、どうせなら熾天使形態(ゼーラフフォルム)とか良くない? せっかく3対の翼があるんだし、言霊効果でレベルアップが早くなるかも知れないし」

「ほむ」

 

 エリセ案では武器を出せるようになったという要素が感じられないが、ミカエルは剣を持っている姿で描かれることが多いというから連想できないこともない。もしかしたら本当に天使の翼が強くなるかも知れないし。

 しかし即興でドイツ語が出てくるとは、やはりこの娘お仲間(じゃ〇がんもち)のようである。

 

「うん、それじゃせっかくだからエリセの案にしようかな」

「ほんとに? ありがと」

 

 何かすごい能力と武器の名前にまだ14歳の女の子の提案を採用してもらえて、エリセは嬉しそうに表情を綻ばせた。

 彼はいつもいろいろ気遣ってくれるし、何だか親戚のお兄さんみたいな感じがする。

 

「あ、そういえばエリセも槍からビーム出せるんだよな。後で連携技とか合体技とか、そういうの考えてみない?」

「合体技!? うん、作ろう作ろう!」

 

 シュミも合うことだし!

 後はえっちな所さえ治してくれれば、本当にいうことないのだけれど。

 

 

 



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第173話 後日談2

 光己たちが1日の仕事を終えて帰る途中、またジャンヌが閻魔亭の中とおぼしき場所にサーヴァントの反応を探知していた。

 

「またか!? うーん、ただのお客さんだったらいいんだけど」

「その辺りは当人と会ってみないと何とも」

「だよなあ」

 

 クレーンも信長たちも単なる旅行客だったが、今回はそうではなく光己たちがまだ知らない真相にかかわってるとか、そういう可能性だってゼロではないのだ。

 ここはクレーンの時と同様、偶然を装って接触して探りを入れる他なさそうである。ジャンヌのおかげで接触前に名前が分かるのがせめてもの救いだった。

 まずはロビーで全員集合してから、認識阻害で身を隠しつつジャンヌの探知にそってターゲットに接近する。

 

「この感覚だと、温泉から出て亭内に戻ってくるところみたいですね」

「ちょうどいいわ、私たちは温泉に行くところということにしてすれ違いましょう」

 

 そんな計画のもと、まずは今回も曲がり角の先からジャンヌが真名看破を行う。

 廊下の向こうから現れた、湯上りらしく浴衣姿でほこほこと白い湯気を立たせている若い女性の名は―――。

 

「真名ネロ・クラウディウス、セイバーです。宝具は『童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)』、一時的に彼女にとって有利に働く戦場を作り出すものです」

「ネロ陛下!?」

 

 光己は思わず目を丸くして素っ頓狂な声を上げてしまった。またも知り合いに出くわすとは!

 彼女なら閻魔亭に悪さを働いたり人理に害がある特異点を作ったりはしないだろう。つまりただの客なわけで、光己はさっそくローマでともに戦ったマシュや段蔵たちと一緒に挨拶に向かった。

 

「ネロ陛下! お久しぶりです。観光で来られたのですか?」

「むう!? 誰か知らぬがいきなり馴れ馴れし……いや」

 

 するとネロは光己たちのことを知らないかのように不快そうな返事をしたが、すぐに険阻さは消えて、真顔でじっと見つめてきた。

 

「知らなくは……ないな。名前は思い出せぬが、何故かそなたたちのことは懐かしく感じる。

 済まぬな、どうやら余はそなたたちのことを忘れてしまっているようだ」

 

 光己たちの態度から見て、彼らはネロにとってかなり親しい間柄だったようだ。なのに名前も何も思い出せないことに残念さと一抹の寂しさを感じつつもとりあえず謝罪すると、代表者らしい少年は逆に謝ってきた。

 

「あ、いえ……そうですね、なかったことになるのなら忘れてても当然でした。こちらこそすみません」

「……? やっぱり知り合いだったのか。どういう関係だったのだ? 何故そなたたちが覚えていることを余は忘れているのだ?」

 

 サーヴァントが現界する時は、他の聖杯戦争で体験したことの記憶を持って来られることもあれば来られないこともあるという。だからネロがこの少年たちのことを覚えていないこと自体はおかしくないが、今彼は「なかったことになる」と言った。

 それはつまり、普通の聖杯戦争とは違う特殊な場所で会ったということだ。それはいったいどこなのか?

 

「うーん。所長、どうしましょうか?」

「そうね、貴方が話してもいいと思うなら、私は反対しないわ」

 

 光己が即断できずにトップの指示を仰ぐとそのまま丸投げし返されてしまったので、ちょっとだけ悩んだ末後くされだけはなさそうな正直に話すルートでいくことにした。

 

「それじゃお話しますけど……もしかしたら不愉快な内容になるかも知れませんが、いいですか?」

「ふむ、そなたの腰が引け気味なのはそういうわけか。だがここまで聞かされてやっぱやめになる方が落ち着かんからな。洗いざらい聞かせてもらおうではないか」

「はい、それじゃあ……でもここで長話するのも何ですので、俺たちの部屋に来てもらえますか? もちろん信用してもらえればの話ですけど」

「今さら何を言っておる。そなたたちは余がそなたたちのことを忘れていたのを残念がっていたであろう? なら余と険悪な関係だったはずがないし、これから害するとも思えぬが」

「ああ、なるほど」

 

 言われてみればその通りだ。光己はネロとの最低限の信頼関係はできたと解釈して、彼女をお部屋にご招待した。

 例によって大勢集まると狭苦しいが、まあ仕方がない。

 

「ええと、それじゃどこから話しますかね。そもそも俺たちが何者かというところからでしょうか」

 

 というわけで、光己は自分たちが「魔術が関わる異常事態を解決している組織」に所属していて、ただ今回は迷い込んだだけだが理由あって女将の手伝いをしていることをまず話した。

 生前のネロには話していないことを今こうして話していることにいくらかの不思議な感じと―――それ以上に彼女が自分たちのことを忘れてしまっていることに寂しい気持ちはあったが、これは特異点を修正すればそこで起こったことはなかったことになるという推測が事実だったことの証明でもある。それにも関わらず彼女が懐かしがってくれたことをむしろ喜ぶべきだろう、と前向きに考えることにした。

 

「ああ、そういえばここは迷い里なのだったな。余は異国の公衆浴場(テルマエ)に入りに来ただけだが」

「テルマエ! その単語久しぶりに聞きました。

 実はここは俺の故国でもあるんですが、陛下から見てどうでしたか?」

 

 ネロは一般的な古代ローマ人の例に漏れず風呂好きであり、光己に水を向けられるとさっそく評論家のように語り始めた。

 

「ほう、そうなのか! しかしだからといって採点を甘くはせぬぞ。下手なお世辞は浴場文化の発展を阻む害毒であるがゆえな!」

 

 そう言うとネロはふんすと荒い息をついてドヤ顔で背をそらした。

 そのさまは尊大というより、子供が無邪気に何かを自慢しているような微笑ましさを感じさせる。彼女の人柄のなせる業だろう。

 ―――なお思春期少年的には、その拍子に立派なお胸がぷるんと揺れるお宝映像の方に目を奪われていたが。

 彼女に限らず女性サーヴァントはたいていブラジャーをつけていないので、着慣れていない浴衣が着崩れるとバストの谷間が見えるのでとても眼福だった。

 パンツの方は穿いているかどうか分からない者が多い。エリセは褌ぽいのを常時見せてくれているが、他の娘たちは(段蔵やブラダマンテのようなレオタード的な服の者を別とすると)意外とガードが固いのだ。

 

「……とは言ったが。『テルマエ☆エンペラー』と讃えられた余の厳正にして的確な鑑定眼を以てしても、ここの温泉は五つ星を付けざるを得ぬ!

 まず湯が良い。肉ではなく霊基の身となったこの体にも染み入るような心地よさ、遺憾ながら、これほどの湯には生前込みでも1度か2度しか入ったことがない。

 湯舟の中に(ほこら)らしきものがあったが、あれにこの国の神が鎮座しておるのではないかと思ったくらいだ」

 

 鑑定眼を誇っただけあって、ネロの分析はかなりいい線いっていた。光己が閻魔亭が毎年神々にQP(かんしゃのきもち)を奉納していることを話すと、ネロも得たりと頷く。

 

「そうであったか! やはり余の眼力は確かだったが、異国の神もやるものよな」

 

 そして湯質の話はここまでとして、浴室の方に話題を移した。

 

「何といっても、岩山の頂上を水平に切り取って露天の浴場にするという発想が奇抜すぎる!

 壁と屋根に囲まれた普通の浴場にはない開放感よな。雨の日は入れぬという欠点はあるが、昼は山や滝の絶景、夜は満天の星々を眺めながら湯に浸かるのは格別だ。そこにこの国の地酒とつまみが加わるともうたまらぬ!

 ただ惜しむらくは、湯舟が2つしかないことか」

「うーん、それは確かに」

 

 光己たちがメディオラヌム市で入った浴場でも、高温浴室(カルダリウム)微温浴室(テピダリウム)冷水浴室(フリギダリウム)発汗室(ラコニクム)などの施設があった。閻魔亭の浴場は高温浴槽2つきりだから、ローマ式に慣れたネロが物足りなく思うのは致し方ない。

 

「まあここの場合は、岩山の頂上を切り取って作ったという立地上やむを得ないことではある。それゆえ減点の対象にはせぬ。

 総合で五つ星というわけだな」

「おおー。ローマ皇帝に満点をもらえたとは光栄です」

「なに、余も久しぶりにテルマエの話ができて楽しかったというものよ」

 

 ネロはそこでふっと我に返ると、壁掛け時計をチラッと見上げた。

 

「むう、話し込んでいたらもうこんな時間か。

 そろそろ夕食が来るゆえ余は部屋に帰るが、そなたたちの予定はどうなっておるのだ?」

「はい、ちょうどお風呂に行くところだったんです」

「そうか、ではしばしの別れだな。本題を聞き損ねてしまったが、また後でゆっくり聞かせてくれ」

 

 ネロがそう言って席を立ったので光己たちも見送りに立った時、エリセが光己の後ろから上着の裾を引っ張ってきた。

 

「光己さん、また色紙とカメラ貸してくれないかな」

 

 ネロにとって光己たちは初対面(に近い)らしいが、話がはずんでだいぶ打ち解けたように見えたので、今ならサインとツーショットをもらえるのではないかと考えたのだ。

 なおエリセはネロのことを世間一般で言われているような暴君だとは思っていない。今見て話した印象でも暴君とはほど遠いし、歴史に詳しいので彼女の悪評はキリスト教を弾圧したからだと知っているのだ。

 その弾圧も、当時はキリスト教の方が異端の宗教だったのだから時代的には特におかしなことではない……というか、異端や異教の弾圧ならキリスト教の方がよっぽど。

 あとは身内を何人も殺したとか元老院と敵対したとかだが、その辺は政治的対立のためでやむを得ない事情もあり、暴君とまで貶められるほどのものではない。

 

「ん? ああ、いいよ」

 

 光己は特に考えることもなく、盟友になった彼女のために「蔵」の扉を開いた。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 その頃カルデアではほとんどの者は就寝していたが、モルガンとメリュジーヌはモルガンの部屋で話をしていた。

 思い出話ではなく、今後についてのことである。

 

「―――ふむ、そういえばなぜ私が汎人類史を救うのに協力しているかはまだ話していなかったな」

 

 メリュジーヌが冬木でモルガンに会った時疑問に思ったことなのだが、人前では聞きづらい内容なのでわざわざ夜中に彼女の部屋を訪ねたのだ。

 

「結論を最初に言うなら、この汎人類史でブリテンの王になるためだ。

 私には汎人類史の『私』の記憶もあるから、ここのブリテンもまた愛すべき、奪還すべきものなのだ」

「は、汎人類史の陛下ですか。

 では妖精國が汎人類史に出現した時はどうなさるのですか?」

 

 メリュジーヌにとって今のモルガンの台詞は寝耳に水そのものだった。モルガンが汎人類史のブリテンの王になるのはいいとして、妖精國と汎人類史は並び立てない宿敵のはず、出会ってしまった時はどうするのか?

 

「うむ、そこだ。出会ってしまったら殺し合うしかない、ならば出会わなければよい」

「!? そ、それは確かにそうですが、それでは妖精國は滅んでしまうのでは?」

「その通りだが、汎人類史に来ても、いや『来る』という表現が正しいかどうかは分からんが、とにかく来ても妖精國の寿命は延びないのだ」

「!?」

 

 メリュジーヌにはさっぱり理解できないレベルの話だ。何故そうなるのだろうか?

 

「仮に妖精國が汎人類史、それに続く他の異聞帯と異星の神に勝ったとしても、妖精國が滅びる要因自体はそのままだからな。延命にはつながらない。

 逆にどこかに負ければ当然滅びる。失うものはあっても得るものはない戦いだ」

「そ、それは確かに……」

 

 言われてみればその通りだ。

 ケルヌンノスと奈落の虫を倒さない限り妖精國の安寧はないわけで、それは汎人類史に来る来ないは関係ない。なら来ない方がマシというのはよく分かる。

 しかしここには自分たちがいる。妖精國に加入してこうした情報も与えれば、勝ち抜くことができるのではなかろうか。

 それを述べてみたが、回答は実に厳しかった。

 

「私たちが妖精國につこうとしたら、その場で契約を切られて退去になるだろうな。私が我が夫の立場ならそうする。

 よしんば我が夫が許したとしても、アルトリアたちは許すまい」

「……」

 

 メリュジーヌはぐうの音も出ない。

 

「もっともそれ以前の問題として、私たちが妖精國を助けることはできないのだがな。

 よく思い出してみろ。カルデアは現時点でもこれだけ大勢のサーヴァントをかかえているのに、妖精國に来たのは『異邦の魔術師』とマシュ、あとは名も知れぬ小娘の3人だけだったろう?

 汎人類史の普通のサーヴァントは、私とおまえも含めて妖精國には入れないのだ」

「……」

 

 メリュジーヌのHPはもうゼロである。どうしろというのか!

 

「つまりどうしようもないのだ。まあ我が夫が完全成長すればすべての敵を打ち倒せるかも知れないが、頼めるわけがないな」

「陛下や僕に、汎人類史のために『自分の手を汚して』妖精國を潰してくれと言うのと同じですからね……」

 

 本当になすすべがない。出会わないのがお互いのために最善というのを認めるしかないようだ。

 

「この件については了解いたしました。

 それで、出会わないようにする方法はあるのですか?」

「うむ。異星の神が来襲するのを阻止できれば1番いいのだが、彼についての情報はほとんどないから難しい。

 しかし妖精國を来させないだけなら、ベリル・ガットを殺せば済む。

 彼によれば異星の神にとって異聞帯はギリシャのものだけが本命で、他はおまけのようなものらしいからな。ベリルがいなくなっても計画はそのままで、妖精國抜きで人理漂白が行われることになるはずだ」

「ベリル・ガット……陛下が夫ということにしていたあの男ですか」

「ああ、妖精たちに殺されては困るのでな」

 

 そこでモルガンはふっと息をついて呼吸を整えた。

 

「ただ彼を含むクリプターは全員1年後に裏切ることが分かっているとはいえ、今はただの怪我人だからな。異聞帯を減らすために殺すといっても、我が夫やオルガマリーたちは納得しないかも知れん」

「ではマスターたちには知らせず内密に?」

「そうする手もあるが、万が一発覚したら面倒なことになる。どちらにするか決めかねているところだ」

「なるほど……」

 

 確かにそれは簡単には決められない問題だ。幸い時間はあるから、ベリル殺害を納得してもらえるだけの信頼関係を築いてから説明してもいいわけだし。

 

「まあそれとは別に、私には奴を殺す正当な理由があるのだがな」

「え!?」

 

 そこで突然、モルガンはメリュジーヌがびっくりするほど剣呑な顔をした。

 

「おまえは知らぬだろうが、最後に私を直接手にかけたのはカルデアではなく、スプリガンとオーロラの一党だ。

 むろん奴らが普通に叛いたのであれば片手で返り討ちにできるが、奴らはバーヴァン・シーを人質に取っていたのだ」

「……ッ!?」

 

 そんなことがあったのか。しかしバーヴァン・シーは仮にも妖精騎士なのに、簡単に人質に取られたりするものだろうか?

 

「そうだな。あの時はそこまで気が回らなかったが、今思い返してみれば、バーヴァン・シーには抗戦して傷ついた痕はなかった。代わりに体が腐っていたのだ!!」

「く、腐って……!?」

「ああ、あれはまず間違いなくベリルの魔術によるものだ。

 おのれチンピラめ、自由行動などさせず牢にでも入れておけばよかった!

 絶対に許さんぞ。今すぐこの世に生まれたことを超後悔させてくれる!!!!」

 

 モルガンは話しているうちに怒りが昂ってきたらしく、夜叉のような顔つきでドアに向かって早足で歩き出した。メリュジーヌが慌てて横から抱き止める。

 

「へ、陛下! お気持ちはお察ししますが、今行動に移すのはまずいのでは!?」

「………………そうだな。すまん、私ともあろう者が取り乱した」

 

 するとモルガンは正気に戻ったのか、ふうーっと荒い息をつきながらもまた席に戻った。

 しばらく沈黙して感情を落ち着けているようだったが、やがて普段通りの口調で話し始める。

 

「まあそういうわけだ。分かっているだろうが、このことは絶対に口外せぬように。

 それともしおまえが汎人類史のブリテンに興味がないのなら、私の征服事業を手伝う必要はないぞ。好きにするがいい」

 

 そして寛大にも自由まで与えてくれたが、メリュジーヌは出奔(しゅっぽん)するつもりなど毛頭ない。

 

「まさか。今度こそ、最後までお仕えする所存です。

 でも叶うなら、マスターもともにいられるようにしていただければこれに過ぎる喜びはありません」

「うむ、それは私も常に心を砕いていることだ」

「ありがたき幸せに存じます」

 

 これでメリュジーヌがモルガンの部屋に来た用件は終わったので、夜も遅いことだしそろそろ退出しようとしたところで―――何かすごくピーンとくるものを感じた。

 

「ん、どうかしたか?」

 

 するとさすがモルガンは鋭くて訝しげに訊ねてきたが、今は時間が惜しい!

 

「いえ、何でもありません。ではもう深夜ですので、これにて失礼致します」

「そうか、まあ今日はいろいろあったからな。ゆっくり休むがいい」

「はい、陛下もよい夢を」

 

 なので早々に挨拶を済ませると、無礼にならない程度の早足で部屋を出て―――即座にテンションをMAXまでぶち上げる!

 

「また来たよこの感じ! これはマスターがどこか遠くにいて、しかもそこに行ける(ゲート)が開いてる感じだよ。閉じちゃう前に急がないと!

 竜炉心臓(ドラゴンハート)全開駆動(フルスロットル)! 今行くよマスター!」

 

 ついで着名(ギフト)を外して本来の姿になった次の瞬間、メリュジーヌの姿はその場からかき消えた。

 

 

 




 今回ネロを出したのは原作イベントで実際に出てるからでもありますが、「1度会った人が自分たちのことを忘れている」という話を書いておきたかったからでもあります。皆が皆覚えているのも何ですので。




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第174話 後日談3

 光己が「蔵」から色紙とカメラを出して波紋を消そうとした時、そこから呼びもしていない女の子の顔がにゅっと突き出てきた。

 

「んっひゃあぁぁ!?」

 

 しかもこの女の子、まだ12歳かそこらと幼いのはまだしも、肌が白っぽくて病的にも見える上に左目の周りが黒ずんでいる。メンタルパンピーな少年が腰を抜かして尻もちをついたとしても仕方ないことだろう……。

 

「あ、貴女はメリュジーヌさん!? 今頃になってどこから出て来てるんですか。人手はもう十分ですから、とっととお帰り下さい」

 

 すると清姫が両手で彼女の顔を押し返し始めた。

 清姫にとってメリュジーヌは外見年齢が近かったり竜属性だったり、何よりもマスターに会ってすぐ求愛したアグレッシブさが被っているライバルなのだ。ここの特異点?に参加したら絶対混浴にも入ってきて邪魔になりそうなので、このたびはお引き取り願おうと思ったのである。

 閻魔亭の問題が解決してからいいとこ取りしに来るなんてずっこいし。

 

「わぷっ!? き、君は清姫か。どうして邪魔するのかな?」

「今申し上げた通りですわっ!」

「意味が分からないんだけど?」

 

 メリュジーヌにしてみれば、マスターが何故かカルデアから遠く離れた所にいたのだからサーヴァントたる者即座に馳せ参じるのは当然のことで、咎められる筋合いなどまったくない。今頃とか人手とか、言っている意味が分からなかった。

 ただ傍目には宙に浮いた怪しい波紋から血色が悪い女の子が顔を出しているというホラー風味あふれる絵面なので、清姫の方が幽霊に立ち向かう勇敢な少女に見えるのであったが……。

 

「ま、まあまあ清姫さん。メリュジーヌさんも悪気はないと思いますし、話も聞かずに追い返すのは酷なのではないかと」

「むうー、仕方ありませんね」

 

 そこにマシュが仲裁に入ったので、清姫はふくれっ面ながらもメリュジーヌの顔から手を離して後ろに下がった。するとメリュジーヌは室内を見て狭い所に大勢いる様子なのに気づいて、着名(ギフト)を付け翼も引っ込めた上で波紋の外に出てきた。

 

「やれやれ、ひどい目に遭った」

「それはこちらの台詞です! それで、さっきも言いましたが今頃になって何をしに見えられたのですか?」

「今頃と言われても……私はついさっき、マスターが遠くにいて、しかもそこに行けそうな感じだったから来ただけなんだけど。

 むしろ君たちの方こそ、私が知らない間にどうやってマスターの所に来たというか、ここはどこで何故マスターはこんな所にいるのかな」

 

 メリュジーヌはまだレムレムレイシフトについて聞いていないので、光己とオルガマリーを初めこんな大勢のサーヴァントたちが()()にカルデアの外にいて、しかも自分やモルガンに話が来ていなかったことが不審なのだった。

 

「ああ、そこからですか」

 

 マシュと清姫はメリュジーヌとの間に情報格差があることを理解したが、それを説明する前に後ろでぽかんとしているネロのフォローをしないといけない。

 

「あ、あの、ネロ陛下。彼女も私たちの同僚なのですが、説明すると長くなりますので、後でまとめてお話するということにしませんか」

「そ、そうだな。そちらも立て込んでおるようだし」

 

 というわけでネロがそそくさと帰ってしまったので、サインと写真をもらい損ねたエリセが悔しがっているがそれはまた後刻ということにして。光己たちがメリュジーヌにレムレムレイシフトと閻魔亭について説明すると、竜娘はようやく状況を理解することができた。

 

「なるほど、マスターは大変なんだね。

 でもマスターの『蔵』だっけ? それ使ってもらえば私が行けるみたいだから、いつでも呼んでほしいな!」

 

 そう言ってにぱーっと朗らかに笑ったメリュジーヌは、特に裏などはなく本心からそう思っているようだ。

 実際今回だって清姫が邪推したような思惑などはなく、光己のそばにいたいというだけで閻魔亭まで来たのである。ただタイミングが悪かっただけであって。

 しかしここの特異点?に来てから何度も「蔵」を開けているのに、今回になってやっとそれをメリュジーヌが感知できたのは、おそらく光己のレベルアップに伴って彼女と同じ武器を出せるようになった、つまり縁が深まったからだろう。

 

「うん、ありがと。その時はよろしくね」

 

 光己も素直にその好意を受け取って、さしあたって今すぐ話しておくべきことは話し終えたと判断するといつもの思春期ムーブに入った。

 

「よし、それじゃそろそろお風呂行こう。もう貸し切りの時間になってるからな!」

「お風呂が貸し切り?」

「うん、俺の機転で毎日少しだけ俺たちだけでお風呂使えるようにしてもらっててね。つまり混浴ができるってわけさ! もちろん皆が男湯に来てくれるわけじゃないけど」

「マスターは男湯なんだよね? なら私もそっち行くよ」

 

 メリュジーヌは「君の顔を1日24時間は見ていたくて」とか言い出すべったり甘えん坊気質なだけあって、カルデアのカレンダー的には昨日知り合ったばかりなのに自分から混浴を望む強メンタルを持っていた……。

 

「うん、可愛い娘はいつでも大歓迎だよ」

 

 まあ光己の方もそれをあっさり受け入れる能天気メンタルの持ち主だったが。相性いいのかも知れない。

 

「それじゃ行こっか。メリュジーヌは日本の露天風呂の入り方なんて知らないだろうから、俺がレクチャーするよ」

「ほんとに? ありがとう!」

 

 現にすっかり仲良くなっているのだから。お風呂で何を教えたり教えられたりする気なのは別として。

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

「楽しかったあ! 正直汎人類史にはそこまで興味持ってなかったけど、考えを改めるよ!」

 

 お風呂上がりのメリュジーヌは皆と同じ浴衣に身を包んで、フルーツ牛乳片手に上機嫌であった。お風呂でよほどいいことがあったのだろう。

 

「そっか、それは良かった!」

 

 本来なら宿敵である彼女が早い段階で汎人類史に良い印象を持ってくれるのは大変喜ばしいことだ。光己は大げさな仕草で相槌を打った。

 

「次は夕ご飯だな。ここのご飯は美味しいぞ」

「わーい!」

 

 さらにはスペシャルなご馳走まで出されて、メリュジーヌの汎人類史への好感度は高まる一方である。

 その次は話が尻切れトンボになっていたネロの部屋に訪問だ。彼女の部屋は1人用なので、光己込みで5人だけにしたけれど。

 

「――――――なるほど。魔術王とやらの企みで、ローマが2つに割られて余も神祖と戦わされた、と。それは確かに、覚えていない余に話すのは気が乗らぬことだろうな。

 つまらぬことをさせた。許すが良い」

「いえいえ、こっちが知り合い顔で接触したのが原因ですから」

「そうか。ではお互い済んだことは気にせぬことにして、楽しい話題に移ろう。

 そなたたちはこの旅館の手伝いをしておると聞いたが、明日イベントホールでライブが開催されるのは知っておるか?」

 

 ネロはもともと明るく闊達な性格なので、暗い話が続くことを好まなかった。それで自身も大いに興味を持っているネタを持ち出したのだが、これはカルデア一行には初耳だった。

 

「え、そうなんですか。なるほど、落成記念ってことかな?」

「そのようだな。ロビーに告知のポスターが掲示されておったから、興味があるなら見ておくと良いぞ。

 しかしせっかくイベントホールがあるのなら、余もぜひ歌いたいな! ポスターによるとライブをやるのはエリザベート・バートリーという者だったが、気が合う相手だったらジョイント・リサイタルにも挑戦してみたいところだ」

「!?」

 

 光己やマシュの顔がピシリと凍りつく。ネロは単に情熱を発露しているだけなのだろうが、光己たちにとってはジ〇イ〇ンリサイタルの開催を宣告されたにも等しいのだ。

 エリザベートとはオルレアンでともに戦った仲だからライブに行くのはやぶさかでないが、ネロが歌う気でいるなら君子危うきに近寄らないのが賢明かとも思う。

 とりあえずこの場は最後にエリセ希望のサインと写真だけもらって、早々に退散したのであった。

 

 

 

 

 

 

 その翌日、ついにライブの時間がやってきた!

 光己たちはもしエリザベートが自分たちのことを覚えていなかったら、ライブという催し自体に興味がないということにして逃げる手もあったが、今回ばかりは不運にもしっかり覚えていたため、行かないわけにはいかなくなったのである。

 

「まあエリザベートの歌には興味なくはないんだけど」

「彼女は声は綺麗ですしね」

 

 なので後はネロが皇帝特権で飛び入り参加とかしでかさないのを祈るだけなのだった。

 ―――というわけで光己たちがイベントホールに足を運ぶと、すでにネロと、なぜか従業員の雀たちが最前列に座っていた。他の席もぽつぽつ埋まっている。

 とりあえず、たまたま空いていた右端の方に固まって座って待っていると、やがてエリザベートが舞台袖から現れた。

 紫と黒の和風ながらトゲトゲしい服を着て、紫色の和傘を持っている。ツノも日本の鬼のような形状になっていた。

 外国に行くということで衣装を新調したのだろうが、アイドルというよりヘヴィメタルとかそういう系統に見える。

 その姿を見た雀たちが大喜びで歓声を上げ始めた。

 

「おおーっ、本物のエリザベートさんだチュン!」

「あのメタルバンド・シュラのエリザJが、ついに閻魔亭に来てくれたチュン!」

「信じられないチュン、鬼界のスーパーアイドルであるエリザベートさんがうちらのホールに来てくれてるチュン!」

本気(マジ)チュン、破壊の化身と名高いメタルモンスターの声が聞けるのかよチュン!」

「ボクたちの日々の祈り(ストレス)が届いたんだチューーーン!

 エリザベートさん、退屈な日常をブッ壊してくれチューン!」

 

 やはりメタル系で正解のようだが、どうやらエリザベートが来たのは雀たちの人選によるもののようだ。一部物騒な評価もあったが……。

 

(うるさ)い家畜ども、罵倒(せいえん)デストローーーイ(ありがとーーーーう)

 今夜もまとめて丸焼きにしてやるぜーーーーぇ!」

 

 のっけからの大歓迎に、エリザベートもノリノリで傘……の形をしたマイクをふり回した。そんなことしたら空気抵抗で壊れてしまいそうな気がするが、サーヴァントの装備品なら大丈夫だろう……。

 

「「おおーーーーっ!!」」

 

 雀たちのボルテージは上がる一方だ。まあ今口にした通り、ストレス解消なのだろう……。

 

「凄いわ、こんなに歓迎されたのはじめて! 地道なネット配信が功を奏したのね!」

 

 人理が焼却されている最中にどうやってネット配信して誰が視聴しているかは不明だったが、光己たちは細かい事は気にしないことにした。

 多分英霊の座ではそういうことができるのだろう。料理教室もあったわけだし。

 

(オーガ)格好いいチュン! おニューのドレスチュン!

 着物とメタルの相性は抜群チュンーーーー!」

「そ、そう? やっぱりそう思う?

 アタシも『これ本気でUKのトップ狙えない?』とか思っちゃったっていうか……。

 でも当然よね! だって、火蜥蜴(サラマンダー)の皮を加工して作ったドレスなんだもの!」

 

「へえー」

 

 それはすごい。アーティスト本人がそこまでするとは、彼女のアイドルだか歌手だかにかけている情熱は本物のようである。

 

「オッス! それじゃあ冷血にブチかましましょうか。

 オープニングナンバーは、日本有数の悲恋を歌ったこの魔曲! 『病み姫☆ストーキングドラゴン』!

 お正月仕様で盛大にDisっていくわよーーー!」

「ちょ!?」

 

 明らかに自分のことだと気づいた清姫が盛大に吹き出す。

 人の悲恋を勝手に歌にするなとか、あまつさえ魔曲呼ばわりしたりDisったりするなとか激しく思ったが、そういうことを言い出したら歴史小説なんて書けなくなってしまう。有名税として甘受すべきということだろうか。

 

「うーん、そう考えると信長公って寛大なんだなあ」

 

 のんびりした口調でそうごちた光己自身も、人理修復を成功させたら業績的には超大英雄で彼女以上の有名税を払う立場になるのだが、人理修復は世間一般には隠匿されると思っているからか暢気なものであった。

 

「イェーーーーイ! 焼き尽くせ安()ューーーン!」

「ちょ、貴方たち安珍様に何てことを!?」

 

 なお雀たちは清姫がいることに気づいていないようだ……。

 

「ぼえ~~~♪」

 

 そしてついにエリザベートJAPANの歌声、竜の息吹(ソニックブレス)が放たれる。そのホール内の空気を激震させる怪音波により、雀たちはまさに竜巻に巻き込まれたかのように宙を舞った。

 

「おおぉ!? 肌にびりびり来る音圧だけど大丈夫なのかこれ」

 

 光己やサーヴァントたちはともかく雀たちには危険だと思われたが、意外にも当人、いや当雀たちは楽しそうであった。

 

「ヒュー! 最高だチューーン! まるで嵐の中を飛んでいるような気持ちチューーーン!」

「サイッコー! アタシの歌に付いてこられるファンが地上にいたのね!

 続けていくわ、『恋のレッドナード・チェリーパイ』、テクノアレンジで電子に変換してあげる!」

 

 どうやらエリザベートは今までこれほど客に喜んでもらえたことはないらしい。まあ竜の息吹は普通の人間には刺激が強すぎて無理なのだろう……。

 というか、本当はエリザベートは「他人のために歌う」のでない限り超音痴になってしまうという妙な癖があったからなのだが、メタルだとそれはやわらぐのか光己たちは彼女が音痴だとは認識していなかった。

 実際雀によれば彼女は「鬼界のスーパーアイドル」であるそうだし、他の客も雀たちほどではないがエキサイトしているようだ。

 

「チューーーン! 壁や備品が壊れ始めたけど、構わないチューーン! デッドチューーーン!」

(構え不良従業員!)

 

 光己は思わず怒鳴りたくなったが、まあ彼らも借金から解放されてハイになってるのだろうから水を差すのはやめにした。

 単純な破損なら後で直せるのだし。

 

「とりあえず、ホールの外までは被害が及ばないよう、ルーンで何とかしておいてくれる?」

「はい」

 

 なので破壊音波がホールの中だけに収まるよう、ワルキューレズに結界を張ってもらっておいた。これで取り返しがつかなくなるような事態にはなるまい。

 

「しかしエリザベートがメタル系だとは思わなかったな。意外だ」

「そうですねえ……」

「汎人類史の竜人もなかなかやるものだねえ」

 

 マシュや清姫も同意見だったらしく、こくこくと頷いた。

 メリュジーヌもエリザベートが一応竜属性を持っているからか、彼女の歌がそれなりに気に入ったようである。

 ―――その後も歌は何曲か続いたが、光己とワルキューレズのおかげで室内の備品の損害に目をつぶれば無事ライブは終了し……たと思われたが、雀たちがアンコールを始めるとネロが舞台に乗り込んだ。

 

「や、やっぱりそうなったか! 逃げるぞみんな」

 

 光己も我が身は可愛い。もう付き合ってられんとばかりに逃げを打とうとしたが、ネロは目ざとく彼の姿を発見していた。

 

「やはり来ていたかミツキ! せっかくだから余も歌うゆえ、皇帝の歌を心ゆくまで聴いていくが良いぞ!」

「な!?」

 

 皇帝陛下に名指しされては逃げられない。こうなってはエリザベートがジョイントを断ってくれるのを祈るしかなかったが、どういうわけかエリザベートはネロのことを知っていて大歓迎した。

 

「あ、ネロじゃない! なるほど、アタシの歌を聞いてシンガー魂が燃え上がったってわけね。

 リサイタルのつもりだったけど、アナタなら歓迎するわ。

 一緒に宝具で歌いましょう!」

「うむ、貴様ならそう言ってくれると思っていたぞ!」

 

 そしてあっさり意気投合して、なんとジョイントで宝具を使うつもりになったようだ。これはヤバい。

 

「ちょ、待―――!

 マシュ、お姉ちゃん、こっちも宝具!」

「は、はい!」

 

 光己が真っ青になって防御宝具の開帳をその使い手に依頼する。分かっているマシュはすぐさま行動に移り、ネロのことを知らないジャンヌも彼の狼狽ぶりを見て事態の深刻さを察した。

 

「サーヴァント界最大のヒットナンバーを、スペシャルコラボで聞かせてあげる!

 フィナーレよ! 『鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)』!!」

「喝采は途絶えぬ。酔い痴れる時だ! 『招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)』!!」

 

「間に合ってぇぇぇ! 『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』ぉぉぉ!」

「よ、よく分かりませんが。『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』!!」

 

 エリザベートとネロの宝具が互いに増幅し合って、何かもう名状しがたいヘル&地獄な人外魔境が現出する。マシュとジャンヌの二重の護りが軋みを上げ、光己たちは恐怖におののいた。

 

「こ、これが汎人類史の歌唱会かい? うん、本当に甘く見てたよ……」

「いやこれは超特別な例外だから……普通はもっとおとなしいから……。

 だからその、これが標準だと思って汎人類史を嫌いにならないでね……」

「う、うん、それは大丈夫だよ……これくらい、最強の竜にとってはそよ風のようなものだからね……」

 

 などと強がりを言いつつも、メリュジーヌは二重の護りを越えて聞こえてくる超音痴な歌を耐えかねて脂汗を流していた。まあ致し方のないことだろう……。

 なお護りの外では備品が木っ端微塵に粉砕され、雀たちも他の客もKOしていた……が、あとで光己たちが聞いてみたところ顧客満足度も従業員満足度も高かったらしい。謎である。

 そして翌日になるとネロとエリザベートはジョイントの楽しさに目覚めて2人一緒に旅立っていったが、光己たちにはツッコミを入れる気力も残っていなかったのだった。

 

 

 




 メリュ子はお風呂とご飯まではいいとこ取りでしたが、最後までいいことばかりとはいかなかったわけですな。
 お風呂のシーンはまたいずれ別タイトルの方で書きたいと思います。




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第175話 後日談4

 それからまた何日か経って、ついにQP(かんしゃのきもち)を神々に捧げる奉納日が訪れた。

 奉納殿の(ほこら)の前で、紅閻魔が正装に身を固めて着座している。その後ろに雀たちが居並び、カルデア一同も関係者ということで隅の方で見学させてもらっていた。

 

「祓え給い、清め給え――――――」

 

 紅閻魔が祝詞(のりと)を唱え始めると、賽銭箱からまばゆくも神々(こうごう)しい光があふれ始める。

 その光は以前事故で開いてしまった時よりも清らかで、見る者に不思議な安らぎや気分の良さを感じさせた。もちろんどこかに放散してしまうなんてことはなく、きっちり祠に奉納されている。

 それが終わると、紅閻魔はゆったりと立ち上がって光己たちのそばまで歩いてきた。

 

「これで奉納の儀はつつがなく終了しまちた。QPの質も量も申し分ありまちぇん。

 すべては皆様のおかげでち。本当に、何とお礼を言っていいやら……」

 

 紅閻魔が言葉通りの気持ちを持っているのがありありと伝わってくる。光己たちは手伝いをして良かったという充実感と満足感を覚えつつも、これでお別れなのだという一抹の寂寥感もあったが、そこで女将はまたあの時と同じ電話でもしているかのような様子になった。

 

「女将さん、また何かあったのですか?」

 

 それが終わったところでオルガマリーがやや遠慮がちに訊ねてみると、紅閻魔はちょっと考え込むような顔をした。

 

「はい、でもまずはお礼をするでち。トト様とカカ様から預かったものでちが、どうかお納め下ちゃい」

 

 紅閻魔がそう言ってオルガマリーに差し出したのは、ちょうどパスポートによく似た感じの小冊子めいたものだった。むろんただの冊子ではなく、小さいながら膨大な魔力がこもっているのが分かる。

 

「……これは?」

「閻魔亭への『招待状』でち。具体的な使用法は中に書いてありまちが、これを使うと普通の人間でも生身で閻魔亭に来たり帰ったりできるのでち。

 名義はアニムスフィア様と藤宮様のみになっておりまちが、お2人のどちらかが一緒なら何人でも連れて来ることができまチュ。使用回数の制限はありまちぇん」

「……それはまた」

 

 これは容易ならぬお話である。

 つまりこの「招待状」は、万が一人理修復が期限切れで失敗に終わったとしてもカルデア所員だけは生き残ることができるという、考えようによっては危険な道具なのだ。普通の人間が生身で行き来できるということは、レイシフト適性も存在証明もいらないということなのだから。

 もちろん単なる慰安旅行のために使うこともできるし、光己は人理修復が終わったら裏世界に放逐されるかも知れないという話があるが、その行き先を閻魔亭にするためにも使える。

 そう考えれば、お礼の品として十分な代物であるが。紅閻魔が「人理修復失敗に備えて」なんてこと考えるはずがないし。

 それにレムレム特異点でも戦闘に参加している光己はともかく、ほぼエンジョイしてばかりのオルガマリーはそろそろ所員たちに妬まれるかも知れないので、それを解消してくれるアイテムは個人的にも大変ありがたいのだった。

 

「では、ありがたく受け取らせていただきます」

「宿泊料は無料とはいきまちぇんが、勉強はさせていただきまち。

 それと、後回しにした件でちが」

 

 そこで一拍置いてから、紅閻魔は()()()()()()()()()()()話を続けた。

 

「鵺の件は、ひとえにあちきの不徳の致すところでちた。

 なので、あちきをカルデアで()()()()社会勉強させてほしいのでち。

 その間は、先ほど話した宿泊料は研修料代わりに無料に致しまチュ」

(……! なるほど、そういうことね)

 

 紅閻魔が話の内容の割には済まなさそうにしていないのを見て、オルガマリーはカラクリに気がついた。

 要するに、手伝ってくれたというだけでは完全無料にできないので、紅閻魔の研修料代わりという名目も付けることでそうしてくれるということだ。光己個人はお大尽でもカルデアという組織はQP(おかね)を持っていないのを、閻魔亭に来る前のオルガマリーと光己のやり取りを聞いた雀の報告で知っていたのだろう。

 しかも1年と期限を切ったあたり、人理焼却と修復の内幕もある程度知っているようだ。紅閻魔を送り出すのは、それに協力するという意味合いもあると思われる。研修と協力の比率までは分からないが。

 ただ名目上とはいえ研修を行う以上、担当する者の意見も聴取しておく必要はあるだろう。

 

「XX、玉藻の前、どうかしら?」

 

 ヒロインXXは宇宙刑事で今回の捕り物でも自称竹取の翁に自白させたし、玉藻の前も生前は「国一番の賢女」と謳われた才媛で宮廷の陰謀劇のあれやこれやにも詳しいはずだ。悪党対策的な社会勉強の講師として適任だろう。

 

「はい、私でよければ」

「はい、マスターにご了承いただけるのであれば」

「え、俺? うん、特に異論はないよ」

 

 玉藻の前は当然紅閻魔とオルガマリーの思惑を全部察した上で、形式的な手順も踏んでおく慎ましさも持っていた。光己にも反対する理由はなく、無事紅閻魔のカルデア一時加入が決定する。

 

「では、カルデア一同紅閻魔さんのご来訪を歓迎させていただきます。

 それで、いつ頃見えられるのですか?」

「引継ぎがありまちので、今日ただいまというわけにはいきまちぇん。

 皆様が次においで下さって、そのお帰りの時にご一緒致しまチュ」

「承知致しました」

 

 オルガマリーがそう言うと、これで閻魔亭、いやこの特異点でやるべきことはすべてやり終えたということか、カルデア一同の姿が煙のように薄れ出す。

 

「ああ、やっぱりそうだったのね。それでは女将、また近い内にお邪魔しますので」

「はい、お待ちしていまチュ」

 

 紅閻魔がオルガマリーの挨拶にそう答えると、雀たちも彼女の後ろに並んだ。

 

「それでは皆さん、この度は当旅館をご利用いただき、まことにありがとうございました。

 新たな年が良き転機になりますように。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 どうか、お気を付けてお()ちくださいませ。

 またのご来訪、雀一同お待ちしておりまチュン!」

 

 …………。

 

 ……。

 

 カルデア一同が退去してしばらく後、閻魔亭に1人の老翁が訪れた。いかにも人が良さそうで、顔には大きな(こぶ)がついている。

 

「おお、ここが噂の。やっと着きましたなぁ」

「あ、貴方は……!?」

 

 迎えに出た紅閻魔の顔が驚愕に凍りつく。ただし悪い方向ではなく、とても良い方向で。

 

「いえ、風の噂で。『人の()い雀が困っている』と聞いたもので。何か助けてあげられないものかと、うちにある物を猿たちに届けてもらっていたのです。

 ですがどうも、いつも道の途中で目的を忘れてしまうらしく……。

 それでも荷物は持ち帰ってこないので、物だけは置いてきている筈ですが……届いていましたか?」

 

 どうやら魔猿はこの老人が派遣していたもので、それを猿長者が何かして閻魔亭に悪戯するように仕向けていたのだろう。だから猿長者がいなくなったら悪さをしなくなったのだ。

 

「はい―――届いていたでち。たくさんたくさん、届いていたでち!

 うう、うわあん、うわああああん!

 いらっしゃいませ、お客様……! ずっと、ずっと待っていたのでち―――!」

 

 カルデア一行による閻魔亭復興記、これにて一件落着!!

 

 

 

 

 

 

 光己が目を覚ますと、そこはカルデアの自室のベッドの上だった。

 

「知ってる天井だ……」

 

 どうやら無事帰って来られたようである。しかも左右に誰かいる気配があった。

 

「んん……はっ! 寝てない、寝て……寝てた!? って、マスターと一緒の寝床にいる!?」

「み、光己さん!? うわわわわ、男の人と一緒に寝てた!? な、何で!?」

 

 沖田オルタとエリセもカルデアに来られたのはいいが、出現場所が光己のベッド、それも彼の隣であったため乙女としてかなり動転していた……。

 

「ま、まあまあ2人とも落ち着いて。2人はマシュたちと違ってレムレムじゃないから契約してる俺のそばに出て来たっていうだけで、閻魔亭で同衾(どうきん)してたとかそういうのじゃないから」

「ほ、本当に? もうお嫁にいけないとかそういうのじゃない?」

「ないない。何だったら俺がもらってもいいし」

「うーん、光己さん甲斐性はあるけど本物のハーレム主義者だしなあ」

 

 光己はこの機にと軽くコナをかけてみたが、その結果は残当というべきだった……。

 それより他の人たちがちゃんと帰還しているか確かめておくべきだろう。光己がベッドから出て内線電話の受話器を手に取ると、ちょうどぴったりのタイミングで館内放送が流れてきた。

 

「皆さんおはようございます、所長のアニムスフィアです。

 さっそくですが伝達事項がありますので、管制室にお集まり下さい」

 

 どうやらオルガマリーは無事戻れたようである。3人が急いで管制室に赴くと、オルガマリーとアイリスフィールとクレーン、それに何人かの職員とサーヴァントたちがすでに揃っていた。

 

「良かった、所長もみんなも戻れてたんですね」

「ええ、貴方たちも無事で良かった」

 

 まずはお互いの無事を喜び合った後、全員集まるのを待つ。

 勘の良い者は見知らぬサーヴァントがいることで何があったか察していたり、その中でもアルトリアがなぜか腹を立てている様子だったり、ロマニがクレーンを見てびっくりしていたりと色々あったが、とにかくみんな揃ったのでオルガマリーは戦国時代から帰った時と同じように閻魔亭でのできごとを説明しクレーンたちを紹介した。

 2回目だから職員たちは特に疑うこともなくオルガマリーの説明を受け入れたが、一行が閻魔亭から退去するくだりまで来るとちょっと訝しげな顔になった。今回は聖杯は絡んでいなかったのだろうか?

 

「ええ、あの祠は確かに聖杯級の聖遺物でしたが、あれに呼ばれたのではありませんでした。

 閻魔亭の備品なので当然ながら持ち帰りはできませんでしたが、この小冊子はちゃんと持って来ています」

 

 オルガマリーがそう言って紅閻魔にもらった「招待状」をかざして見せると、職員たちの雰囲気がかすかにゆらいだ。誰かが生唾を呑む音がごくりと響く。

 

「そう、これを使えばレイシフト適性がない貴方たちでも閻魔亭に行けるということ……しかも今なら無料で」

 

 オルガマリーはそこでいったん言葉を切ると、いやがおうにもムードを盛り上げるべく胸の前でぐっと握り拳を固めた。

 

「みんな、正月休みが欲しいかあーーーっ!!」

 

 そしてその拳を天に突き上げながら叫ぶと、職員たちも同じように大声を張り上げる!

 

「「おおーーーーーっ!!!」」

「慰安旅行に行きたいかーーーっ!!」

「「おおーーーーーっ!!!」」

 

 オルガマリーが丸くなったおかげで職員たちの彼女への印象はだいぶ好転していたので、オルガマリーのパフォーマンスへの反応はいたって良好なものだった。爆破テロ前の彼女と職員たちならこんな反応にはならなかった……というか、オルガマリーもこんな芝居めいたことはしなかっただろう。

 

「よろしい、ならば温泉旅館です!

 今日は新年会兼歓迎会がありますので、明日から2班に別れて交代で行ってもらうことになります。私は十分堪能しましたから行きませんので、上役のいない所で存分に骨休めをしてきて下さい。

 何か意見や質問はありますか?」

「―――」

 

 意見も質問も出なかったので朝会はこれでおしまいになったが、ロマニだけはオルガマリーに呼び止められていた。

 

「しょ、所長、な、何か……?」

 

 ロマニは帰ろうとしていた足は止めたが、声色は明らかに震えていた。そばにクレーンがいるので、用件は分かり切っているのだ。

 

「所長室に行きましょう。久しぶりに……別にキレてはいないけどね」

「……」

 

 オルガマリーが人前ではむやみに部下を叱らないという上役としての配慮を体得していたのはいいが、それはつまりがっつり叱られるということでもある。ロマニが身を縮めながら若き雇用主についていくと、3人だけになった所長室でオルガマリーはキラリと眼を光らせた。

 

「さてロマニ……クレーンにも来てもらった以上、私が言いたいことは分かるわね」

「あ、あははは……」

 

 トップに無断でサーヴァントを匿うという弁解不能の不始末だけに、ロマニは言い訳のしようがなく肩をすくめているしかなかった。するとオルガマリーは言葉を荒げることもなく、やれやれと小さく息をついた。

 

「貴方の気持ちも分からなくはないわよ。爆破テロ以前の状況でその頃の私に『行き倒れになりそうなサーヴァントを助けたい』なんて面倒事にしかならないこと言ったら、ヒステリー起こしてわめき散らすのは目に見えてるものね。

 でも貴方の性格だと、クレーンを見捨てることもできない。だから無断で匿った」

「……」

 

 ロマニがオルガマリーの穏やかな態度をちょっと意外に思いつつ、黙って次の言葉を待つ。するとオルガマリーはわずかに意地悪な笑みを浮かべた、ような気がした。

 

「いくら能力以上の仕事を背負って苦しんでいたとしても、他人に八つ当たりしていいわけじゃない。私にも非があったことは認めるわ。

 でもだからといって、不始末を起こした者を無罪放免するのもNGなのは分かるわね。

 こういう時は普通は減給や謹慎になるんだけど、今のカルデアで給料減らしても意味ないし、謹慎させたら他の所員に迷惑がかかるだけ。

 ―――よって、貴方には1週間のマギマリ禁止を言い渡します」

「な、ちょ、所長!? そ、それくらいなら減給、いや給与返上1ヶ月の方がよっぽど」

 

 ロマニは大仰に身ぶり手ぶりも交えて罰の変更を求めたが、雇い主は冷酷にもまったく取り合ってくれなかった。

 

「給与返上1ヶ月なんて、藤宮にもらったローマの金貨の山に比べたら誤差みたいなものじゃない。

 全然痛みにならないので却下です」

「あ゛あ゛あ゛あ゛…………」

 

 ロマニはマギマリ禁止がよっぽどつらいのか、がっくりとくず折れて床に手をついた。

 クレーンはあまりひどい罰が課されるようなら仲裁をしようと思っていたが、常識的に考えるとむしろ軽い。なので口出しのしようもなく、ロマニの罰は確定したのであった。

 

 

 

 

 

 

 またそれとは別に、光己は今回閻魔亭に来られなかったモルガンたちに詳しい経過を説明することになったわけだが……。

 

「マスタァァァ! 1度ならず2度までも、しかもXXは連れて行きながら私は放置とはどういう料簡なのですかぁぁ!!」

 

 アルトリアが憤怒の相で吠え猛っていた。

 

「いやそんなこと言われても……」

 

 そもそも光己もオルガマリーもマシュたちも閻魔亭に行きたくて行ったわけではないので、アルトリアの言い分も理解はできるがどうしようもない。返答に窮していると、モルガンが助け舟を出してくれた。

 

「その辺にしておけアルトリア。仮にも王だった者が食い意地張り過ぎで見苦しいぞ。

 そんなことだから魔猪の氏族だとか言われるのだ」

「誰が魔猪ですか!」

 

 しかし姉妹仲が良くないからか余計な一言が追加されたので、妹は納得しなかった。

 なお魔猪の氏族というのは妖精國のアルトリアがとある鍛冶師に言われた言葉なのだが、モルガンがそれを知っていたかどうかはさだかではない。

 

「そりゃまあ、コーンウォールの猪っていう綽名もありますけどね!

 まあそれはともかく。王なのに、じゃなくて王だったからですよ。王の食卓に雑なマッシュポテトしか並ばないっておかしいでしょう」

「ああ、そういえば汎人類史(そちら)の当時のブリテンは食料難なのだったな」

 

 モルガンは汎人類史のモルガンの記憶を持っているので、アルトリアの気持ちは分かる。お互い難儀な時代と場所に生まれたものだとは思うが、彼女に同意はしなかった。

 

「しかし我が夫の説明を聞く限り、悪意や手落ちはなかった。それに明日にはその閻魔亭とやらに無償で連れて行ってくれると言うのだ。これ以上何を望むことがある?

 次のレムレムレイシフトには連れて行けということか? それは我が夫自身では制御できないことだと分かっているだろう」

「ぐぬぬ、まさか駄姉に正論で論破される日が来るとは……」

 

 アルトリアは反論できず、いかにも悔しそうにしているが矛は収めざるを得なかった。

 

「でもなんで私たち、というかイギリス系のサーヴァントだけ留守番だったんでしょうねえ?」

「うーん、それは結局分からずじまいだったなあ」

 

 閻魔亭にイギリス系サーヴァントを拒む理由はなかったと思うし、だからこそメリュジーヌも来られたと思うのだが、なぜそうなのかは光己にもオルガマリーたちにも最後まで分からなかった。

 そこにXXがちょっと申し訳なさそうな様子で口をはさむ。

 

「あ、それ多分過去の私がいたからじゃないですかね。

 あの頃の私ってすっごくとがってて、自分と同じ顔とセイバーは問答無用でぶっ飛ばすって感じでしたからね。

 みんな仲良くを重視してるマスターくんが、無意識に貴女たちを除外してたとしても驚きませんよ。Ⅱ世さんやメリュジーヌさんは巻き添えということで」

「や、やっぱり貴女でしたかぁぁぁ!」

 

 この水着刑事、自分は参加しておいて人様の邪魔をするとは。ついに怒りを爆発させたアルトリアはXXに飛びかかって、伝説の騎士王の名にふさわしくない醜態、言い換えれば等身大の彼女をみんなに披露したのだった。どっとはらい。

 

 

 




 次回は別タイトルの方になります。
 あと閻魔亭イベントが終わりましたので、いつも通り主人公の現時点での(サーヴァント基準での)ステータスと絆レベルを開示致します。
 以前のものは第39話、56話、75話、91話、108話、132話、152話の後書きにあります。

 性別   :男性
 クラス  :---
 属性   :中立・善
 真名   :藤宮 光己
 時代、地域:20~21世紀日本
 身長、体重:172センチ、67キロ
 ステータス:筋力B 耐久B 敏捷B 魔力EX 幸運B+ 宝具EX
 コマンド :AABBQ

〇保有スキル
・竜モード改め冠竜形態(ドラゴンフォーム):EX
 体長25メートルの巨竜に変身します。時間制限はありません。
 アルビオンはブリテン島の象徴なので、スキル名もドイツ語ではなく英語になります。設定()は大事です。

・神魔モード改め熾天使形態(ゼーラフフォルム):EX
 額から角、背中から3対の翼、尾てい骨から尻尾が生えた姿に変身します。同時にテュケイダイト(第3再臨のメリュジーヌが持っている武器)も装備します。こちらも時間制限はありません。

・フウマカラテ:D+
 風魔一族に伝わる格闘術、らしいです。呼吸法や魔力放出もできます。

・ドラゴンブレス:E+
 「境界にかかる虹」のような破壊の光を吐き出します。どの形態でもできますが、今までと勝手が違うので出力も命中精度も低いです。

竜の遺産(レガシーオブドラゴン):D
 財宝奪取スキルの進化形で、「王の財宝」の亜種です。竜たちが表世界に残した財宝が「蔵」に入っています。ただし持ち出すには相応の格が必要です。
 新しく手に入れた財宝を収納することもできます。
 現在取り出せる財宝:守り刀「白夜」、ポルクスの剣、ダインスレフ、フロッティ、エーギスヒャールム、アンドヴァラナウト、ヴィーヴルの宝石の瞳、ギルガメッシュから奪った刀剣類、ネロにもらった金貨、サーヴァントたちのサインと写真、その他金銀財宝類。

神恩/神罰(グレース/パニッシュ):C
 味方全員のデバフを解除した後、絆レベルに比例した強さのバフを付与します。さらに敵全員に敵対度に比例したデバフがかかります。冠竜形態中と熾天使形態中のみ使用可能。

・慣性制御:E+
 慣性とその反動を操作して、急激な加速や減速を行えます。冠竜形態中と熾天使形態中のみ使用可能。

・魂喰いの魔竜:E+
 大気中もしくは敵単体から魔力を強力に吸収します。冠竜形態中と熾天使形態中のみ使用可能。

・コレクター:D
 お宝に執着心があり、その匂いにも敏感です。常人には発見できない隠された財宝を感知できるかも知れません。

〇クラススキル
五巨竜の血鎧(アーマー・オブ・クイントスター):A+
 Aランク以下の攻撃を無効化し、それを超える攻撃もダメージを8ランク下げます。宝具による攻撃の場合はA++まで無効化し、それを超えるものはダメージを16ランク下げます。弱体付与に対しても同様です。光や炎や眠りに対してはさらに8ランク下げます。

・竜種:A
 毎ターンNPが上昇します。

・神性&魔性:A
 冠竜形態中と熾天使形態中では、相反する属性を高いレベルで持っています。

〇宝具(というか必殺技)
蒼穹よりの絶光(ガンマ・レイ):EX
 自身に宝具威力アップ状態を付与(1ターン)<オーバーチャージで効果アップ>+敵単体に超強力な無敵貫通&防御力無視攻撃+敵単体にガッツ封印(1ターン)。対霊宝具。冠竜形態中限定。
 超高エネルギー状態の光子の塊を撃ち出す技……らしいです。直線状ビーム、円錐形に広がる拡散ビーム、などのバリエーションがあります。

・ギャラク〇アンエクスプ〇ージョン:EX
 敵全体に強力な攻撃<オーバーチャージで効果アップ>。対銀河宝具。
 銀河の星々をも砕くという概念を持った爆圧を放出します。
 使用する時はポルクスの剣を装備している必要があり、かつギャグシーン限定です(ぉ

人類悪もびっくり(ビーストエクスクラメーション):EX
 敵単体に超強力な〔ビーストまたは人類の脅威〕特攻攻撃<人数増で効果アップ>。対界宝具。
 邪〇眼もしくは愛の力に目覚めた者が3人以上集まって、宇宙開闢(ビッグバン)的なパワーを放つ究極の必殺技です。当然ギャグシーン限定です。

〇絆レベル
・オルガマリー:7      ・マシュ:5       ・アイリスフィール:1
・ルーラーアルトリア:6   ・ヒロインXX:10   ・アルトリア:4
・アルトリアオルタ:2    ・アルトリアリリィ:4
・ワルキューレ3姉妹(経験共有により統合):8
・加藤段蔵:6        ・清姫:7        ・ブラダマンテ:9
・カーマ:10        ・長尾景虎:10     ・諸葛孔明:3
・玉藻の前:3        ・ジャンヌ:5      ・ジャンヌオルタ:5
・モルガン:6        ・タマモキャット:2   ・メリュジーヌ:6
・クレーン:1        ・宇津見エリセ:3    ・沖田オルタ:4
・紅閻魔:2

〇備考
 特になし。




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幕間
第176話 芥ヒナコと紅閻魔


 1月2日は朝会に続いて新年会兼歓迎会が行われた後、クレーンたち新入りサーヴァントに施設の案内や規則の説明、個室の割り当てといった庶務的なことをして過ぎていった。

 そして3日からは2班に分かれての慰安旅行である。それぞれ2泊3日で、2班がカルデアに戻ったのは7日の木曜日だ。

 この時紅閻魔も同行してきたので、所員たちは「明日からはメシが超美味くなる!」と大喜びだった。

 

「舌斬り雀の紅閻魔、ここでご奉仕する運びとなりまちた。

 今後ともよろしくでち」

「「おおーーーっ!!」」

 

 それはもう、彼女の自己紹介に大歓声で応えるくらいには。

 実際紅閻魔は特異点に派遣するより本部で食堂を担当してもらう方が貢献度高いだろうし、空いた時間に研修してもらうこともできるから、クレーン同様後方支援組に回すべきである。

 なお彼女はサーヴァントではないので、もし特異点で万が一のことがあったらカルデアに戻って来られずそのまま死亡となる。その意味からも現地班入りはあり得なかった。

 仕事始めは明日なので、恒例の新入りへの事情説明や構内の案内は最低限にしていよいよ翌日。紅閻魔はあまり用はないと思うが管制室の中を見せていた時、紅閻魔がふとコフィンが並んだ一角を見て首をかしげる。

 

「アニムスフィア様、あの金属の箱が並んでいるのは何なのでちか?」

「あれはコフィンといいまして、レイシフト……藤宮やサーヴァントたちが特異点に行く時に使っているものですが、何か気になることでも?」

「……ええと、レイシフト、でちか? の時に使うということは、今は用がないのでちよね? でも確かに知り合いの気配を感じるのでちが」

「…………」

 

 それはオルガマリーにとってあまり触れたくない話題だが、知り合いと言われてしまっては隠すわけにもいかない。沈痛な面持ちで爆破テロについて説明すると、紅閻魔も悪いことを聞いてしまったという風に表情をこわばらせた。

 

「これは不躾なことをしてしまいまちた、申し訳ありまちぇん。

 カルデアの皆様は、そんな状況でも笑顔で人理を取り戻すために戦っているのでちね。感心しまちた。

 それにおかげでいい話ができまチュ。ぐっちゃんは精霊でちので、身体を爆破されても自力で再生することができまチュ……つまりコフィンから出しても大丈夫なのでち」

「ぐっちゃん!? 精霊!?」

 

 まったく予想外な展開にオルガマリーが目をぱちくりさせると、紅閻魔は説明が急すぎたのを理解して言葉を重ねた。

 

「ぐっちゃんというのは虞美人様のことでち。地球の内海から生まれた端末とか言っていまちたが、当人も細かいことは知らないようでち」

「虞美人というと、楚の項羽の愛妾であったというあの虞美人か!?」

 

 オルガマリーは虞美人といわれても見当がつかなかったが、諸葛孔明の疑似サーヴァントであるエルメロイⅡ世は知っていた。思わず早口になって確認すると、紅閻魔はこっくり頷いた。

 

「はい、その虞美人様でち。場所は……ええと、ここでちね」

 

 そしててくてく歩いて行って、「芥ヒナコ」と書かれたネームプレートが貼られたコフィンの前で足を止めた。それを見たⅡ世がはっと表情を改める。

 

「芥ヒナコ……なるほど、芥雛子、で雛芥子(ひなげし)、虞美人草ということか!」

 

 本名そのままではいろいろまずいので、アナグラム的にいじってそういう偽名を作ったのだろう。これで紅閻魔の発言に信憑性が出て来たが、問題はヒナコがAチーム=クリプターの一員であるということだ。

 汎人類史の敵になるかも知れない不死身同然の精霊を復帰させるのは得策か、それとも愚策か!?

 

「うーむ。マスター適性とレイシフト適性は当然あるはずだが、今はマスターに不足してはいないからな……」

 

 特異点にマスターを複数送り込むとその分存在証明の手間が増えるので、現在の人員ではカバーしきれない。それでアイリスフィールも控えの留守番になっている状況なので、今新しいマスターを増やす必要はない、というか無意味だ。

 つまり今ヒナコを復帰させてもプラスになることはないのだが、そういう機械的な損得勘定だけで動いた場合、必要になってから助力を乞うても断られる可能性がある。何しろ人間ではないのだから、人理のためにという論法は効き目がないのだ。

 

「レディ芥の人類に対するスタンス次第、か? カーマ神とレディ・モルガンにも意見を聞いてみるべきか」

 

 クリプターになる前のヒナコが汎人類史に友好的だったのか敵対的だったのか、まずはそれを確認するべきだろう。あとクリプターが減った時に異星の神の動きが変わるのかどうか、その辺りも重要な判断材料だ。

 最悪の場合、気絶させてからまたコフィンに放り込んで凍結処置してしまうという手もあるが、永遠にそうしていられるわけではないし。

 

「これは今ここで決めていい問題じゃないな。レディ紅の案内を終えてから、関係者を集めて十分討議した方がいいだろう」

「そうね、ずいぶん大事(おおごと)になっちゃったみたい」

 

 オルガマリーとⅡ世はそう言って顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 その頃光己は体育館でいつも通りトレーニングをしていた。基礎のワークを終えて、モルガンが作った分身と組手に入るところである。

 光己はスペックだけならA級サーヴァント並みになったので、攻撃もする訓練だとヒルドたちでも危険があって相手ができなくなっていたのだが、分身といういくら殴っても問題ない練習相手を用意できるようになったのでさっそく導入されたのだった。

 なお分身は基本的には外見も能力も本人と同じなのだが、外見が同じだと光己がやりにくいので適当なモブにして、能力も適宜削ってコストを下げている。

 1度アルトリアの姿にした時はまた姉妹ゲンカになったが、まあ大したことではない。

 今回は猿っぽい獣人で、武器の類は持っていない。それを見た光己がニヤソと笑う。

 

「ふむ……よし、今回はフウマカラテの闇の技(ダークネススキル)を披露しよう!」

「闇の技……? 面白そうですね」

「うん、でもどうして翼と武器出さないの?」

 

 光己のいつもの中二風な予告にモルガンは普通に興味を持ってくれたが、メリュジーヌは彼が人間モードのままなのが面白くないようだった。

 せっかく自分と同じ武器を使えるようになったのだから、技を磨くのもそちらにしてほしいのである。

 

「あー、それは今言った通りこれはカラテの、それも接近戦用の技だからだよ。

 熾天使形態(ゼーラフフォルム)でもやれるけど、こちらはどうしても間合い広くなるから不向きなんだ」

「むうー」

 

 実際メリュジーヌ自身も狭い所では着名(ギフト)無しより有りの方がやりやすいので、光己の言い分に反論することができなかった。ちょっとだけ頬をふくらませつつ、ここは彼が実際に何をする気なのか見守ることにする。

 

「では我が夫、行きますよ」

 

 モルガンがそう言った直後、獣人が動き出した。両手を振り上げて、まさに野生動物のような俊敏さで光己に急接近する。勢いのまま、彼の肩口に掴みかかった。

 光己はそれをガードせず、斜め後ろに跳んで避ける。

 すると獣人はさらに追ってきた。光己が今度はやや早いタイミングで体を振って真横に動くと、獣人は当然そちらを向いて―――びくっと上体を震わせて一瞬、動きが止まった。

 

「!?」

「イヤーッ!」

 

 そうなるのを見越していたかのように光己が前に踏み込み、獣人の腰に蹴りを入れる。

 体がくの字に曲がったところへ、顔面に掌打を叩き込んだ。

 

「グワーッ!」

「さらにたたみかける! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」

「グワーッ! グワーッ! グワーッ!」

 

 獣人は体格は光己と同程度ながら、自身より一回り大きなゴリラを殴り倒せる体力があるのに、いまや敗北待ったなしのサンドバッグ状態だ!

 その様子を見ていたメリュジーヌが、ちょっと不思議そうな様子でモルガンに訊ねる。

 

「……陛下。マスターの掛け声はいいとして、なぜあの獣人は打たれる度に律義に『グワーッ!』なんて悲鳴を上げているのですか?」

「いや、私もそんなことさせてはいないのだが、分身が勝手に言っているのだ。

 あれが汎人類史(こちら)の東洋の神秘、NINJAのKARATEというものか? 実に興味深いな」

「忍者ってそういうものだったでしょうか……?」

 

 メリュジーヌはもっと不思議そうに首をかしげたが、お互い汎人類史のことは英霊の座経由の知識しかないので実際のところはよく分からないのだった……。

 

「それでメリュジーヌ。我が夫が攻撃に回る直前に獣人が動きを止めたが、あれは一体何だったのだ? 我が夫の口元が光ったのは見えたが」

「はい、あれはマスターが細いブレスを吐いたのが獣人の眼に当たったのです。

 いえ、初めから眼を狙っていたのでしょう」

「なるほど、それで闇の技か」

 

 つまり目潰しか。なかなか考えられた技だと思う。

 まず眼という小さな的を狙う以上、接近戦用になるのは必然だ。間合いが開いていると、当てた直後の隙を突くのも難しくなるし。

 また眼は脆弱な器官なので、ブレスの威力は低くてもいい。つまりタメは短くて済むし、吐く時のモーションも少なくて済む。今光己がやったように格闘戦の最中に牽制に使うとしたら非常に有効だろう。当たれば片目を潰せるし、外れても相手はずっと警戒していないといけなくなるのだから。

 

「……む、そろそろ決着か?」

 

 2人が話している間に、獣人はもはやKO寸前になっていた。そうと見た光己がついっと前に踏み込む。

 ついで両手のひらで獣人の頭を挟むようにして叩いた。

 

「!!」

 

 さほど力がこめられていたようには見えないが、なぜか獣人が動かなくなる。

 そして数秒後。獣人の眼や耳や口から血(のように見える魔力の流れ)が噴き出し、膝からがくっと床に倒れた!

 機能停止すると消えるようになっていたのか、そのまま文字通り雲散霧消してしまう。

 一方光己は、手を向かい合わせた姿勢のまま感極まる様子で突っ立っていた。

 

「ようやく実戦レベルで習得できたか。闇の技から魔の技につなぐコンボ、カッコ良すぎるな……。

 そういえば名前つけてなかったな。死を告げる虹の光、という意味で訃閃(フラッシュオブバンシー)……いや日本語読みだとちょっと語呂が悪いか?」

 

 目潰しブレスといえば済むところを大仰な名前を付けたがるあたりが邪〇眼持ちの邪気〇持ちたる所以であった……。

 なおこの技自体はオケアノスの時点ですでに習得していたのだが、ブレスの性質が変わったので練習し直して、今ようやく十全に戦闘で使えるレベルに再構築したというわけである。

 

「おっと、1人でひたってちゃいかんな。モルガン、いつもトレーニング手伝ってくれてありがと」

「どう致しまして。役に立てたなら私も嬉しいです」

 

 光己がきちんとお礼を言うと、モルガンもやわらかく微笑んだ。

 モルガンは誰かに感謝してもらえることをとても喜ぶ(たち)で、それが将来のブリテン王配(女王の夫)の強化につながるなら倍率ドンである。この機にちょっと彼との距離を縮めてみようと思ったが、それを読んだかのようにライバル?の女神が光己の横から抱きついた。

 

「さすが()()マスターさん! ()()技をこんなに早く会得するなんて、やっぱり愛の力は偉大ですね!」

「わ、カーマ? うん、そうだな、ありがと」

「えへへー」

 

 カーマは光己にべったり抱きついて嬉しそうに笑いつつも、モルガンの方には勝ち誇ったような視線を向けていた。2人は似た過去と心情を持っていて仲良くできる下地はあるのだが、今のところ両者とも歩み寄るつもりはないのである。

 

(こ、この幼女……!)

 

 モルガンはこめかみにピシリと井桁を浮かべつつ、女王たる者人前ではしたない真似はできないので、どうやりこめてやるべきか考えていると、光己のサーヴァントの中で唯一の男性が体育館に入ってきた。

 

「良かった、2人ともここにいたか。カーマ神にレディ・モルガン。すまないが所長室に来てくれないだろうか」

「私とカーマだけか?」

「ああ、異聞帯の関係でちょっとな。だから館内放送で呼ばずに直接呼びに来たんだ」

「分かった、すぐ行こう」

 

 そういう用件なら仕方がない。モルガンは光己の訓練を切り上げて、こちらもあまり面白くなさそうなカーマとともにⅡ世の後について所長室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「……クリプターの1人が精霊だったと?」

「何考えてたんでしょうねえ前の所長さん」

 

 事情を聞いたモルガンとカーマは一様に驚いた顔をした。

 人理を守るための組織に人間でないものを、しかもAチームなんて重要なポジションで招くとは。いや自分たちも人間じゃないのだが。

 というかモルガン的にはベリルのような男を入れていた理由の方がもっと不明だったが、今はまだ口にしないことにした。

 

「それで、私たちに何を聞きたいのだ?」

「ああ、まだ聞いていなかったが妖精國には当然クリプターがいたのだろう? そいつが洗脳とか暗示とか、そういうので操られていたかどうかを確認したくてね。

 それと、クリプターが減ったら異星の神が作戦を変えるかどうかも知りたい」

「なるほど」

 

 妖精國のことはなるべく話さないつもりだったが、これは教えても良かろう。

 

「妖精國に来たのはベリル・ガットという男だが、私が見た限りでは精神操作を受けた形跡はなかった。カルデアとクリプターの内輪事情も、少しだが語っていたしな。

 ()が言うには、異星の神の本命はキリシュタリアという男が受け持ったギリシャの異聞帯だけで、他はオマケのようなものらしい。だから芥ヒナコをコフィンから出しても、異星の神の計画に変更はないだろう。

 とはいえ7人中6人が事前に解凍されているような事態になったら、さすがに警戒するかも知れないが」

「そうですねー。私はそこまで細かいことは知りませんけど、今モルガンさんが言ったことに間違いはないと思いますよ」

「ふむ……」

 

 2人の意見を受けてオルガマリーたちが考え込む。

 爆破テロの前の芥ヒナコは無口で物静かで読書好きな人物で、他人に無関心で不愛想だが、悪党という風でもなかった。

 人間嫌い的なアトモスフィアが多少あったが、人付き合いは悪くなかった。長命の精霊だけに疎外や迫害を受けたことがあって、それでも人間との関わりを一切やめるというほどには嫌っていないという感じだろうか。

 そのままの彼女でいてくれるなら、コフィンから出しても問題はないが……。

 

「ぐっちゃんにヒネくれた所があるのは認めまチュ。

 でも今カルデアにいる人たちには、そんなにつらく当たったりはしないと思いまチュ」

 

 人間の所員もサーヴァントたちもヒナコ=虞美人を迫害したりしないだろうから、虞美人の方も多少ヒネた言動はしても本格的な敵対まではしないだろう。実際爆破テロの前まではそうだったというし、友人がカルデアに協力しているとなれば尚更のはずだ。

 

「分かりました。では芥ヒナコの凍結処置を解除することにしましょう。

 紅閻魔さんにも同席をお願いします」

「はい、もちろんでち」

 

 こうしてヒナコがコフィンから出されることになった。

 

 

 




 目潰しブレスは第96話で、目は狙っていませんが1度使っておりまして、それを再度習得し直したわけですね。中二病的な理由でw




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第177話 芥ヒナコとオルガマリー

 重傷者を入れて凍結処置してあるコフィンの解凍には非常に高度な技術が必要で、それができる技師は爆破テロで全員殺害されていた。それでオルガマリーたちは手を出せずにいたのだが、コフィンに入っている者が「死亡」してもいいのなら簡単である。

 念のためモルガンとワルキューレズが結界を張ってから、コフィンの凍結モードを解除する。やがて内部が常温に戻ったところで蓋を開けた。

 中に寝かせてあったヒナコは常人ならまさに死亡寸前の重傷だったが、しばらく待っていると傷がだんだん治っていって、やがて半分くらい癒えた辺りでうっすらと目を開けた。

 

「ここは……コフィンの中……?」

 

 ヒナコがまだ寝ぼけているのか、ぼんやりした口調でそう呟く。

 確か特異点Fとかいう場所にレイシフトするために管制室に集合して、コフィンに入る段階になったところで爆音のような音が聞こえて―――その後の記憶がない。何がどうなっているのだろうか?

 しかし周囲に人の気配がある。ヒナコが体を起こして周りを見てみると、コフィンのそばに数名の技師と、その後ろに所長のオルガマリーや技術局のダ・ヴィンチといった幹部勢がいた。

 そしてその傍らに―――!

 

「え、えんまちゃん!?」

「はい、かれこれ500年か600年くらいぶりでちねぐっちゃん」

 

 数少ない友人が、こちらを見て微笑みかけていた。

 

「な、なんでえんまちゃんがこんな所に!?」

「それについてはいろいろありまちて。でもお話する前に、体を洗って着替えもしてきた方がいいでちよ」

 

 爆発に巻き込まれて重傷を負ったのだから、身体は治っても服は破れたままだし血で汚れている。ヒナコは他にもいろいろ聞きたいことがあったが紅閻魔の意見は確かに妥当なので、言われるがままにコフィンから出て自室に向かうことにした。

 

「良かった、本当に自力で身体を治せたのね。

 あの爆破テロからかれこれ5ヶ月半も経っているけど、貴女の部屋は使えるようにしてあるわ。場所は覚えてるかしら?」

「爆破テロ!? 5ヶ月半!?」

 

 するとオルガマリーがとんでもないことを言ってきたが、これも後で聞くことにする。よく見ると彼女の周りにいるのは人間じゃなくてダ・ヴィンチと同質の者、すなわちサーヴァントであることにも気づいたが、これも後回しだ。

 

(でもこの娘、あの頃よりだいぶ穏やかになってるわね)

 

 ヒナコは5ヶ月半?前のオルガマリーと何度か話したことがあるが、当時の彼女は仕事の大変さと父親を失った孤独感でメンタルがだいぶやられていた。所員にもつらく当たって嫌われていたが、今ぱっと見た感じでは当時のとげとげしい雰囲気はまったくない。爆破テロに遭ったというなら当時よりさらに酷くなるのが順当だと思うが、何かいいことでもあったのだろうか。

 

(まあ、いいか)

 

 トップの精神状態が改善されたのは一応は所員であるヒナコにとっても喜ばしいことだが、その理由を聞きたいと思う程ヒナコはオルガマリーと親密ではない。自分の損になることではないので放置することにして、使えるようにしてもらったという自室に向かう。

 すると紅閻魔が同行を申し出てくれたので2人で行くことになったが、こちらを見送っているサーヴァントの中の1人と偶然目が合った瞬間、ヒナコは信じがたいものを見てしまったショックで一瞬よろめいてしまった。まさか自分と同類の者がいるとは!

 

「お、おまえ……!?」

「ほう、気づいたか。そう、私もおまえと同じ、星の内海から地上に出てきた者だ。

 といっても異聞帯の出身で、今はサーヴァントの身だがな」

「異聞帯……?」

 

 初めて聞く単語だ。まあこれも後で聞けばいいだろう。

 しかしこんな珍しい存在を2人も集めるとは、カルデアもずいぶんと物好きなものである。

 そして管制室を出て紅閻魔と2人きり……ではなく付き添いなのか見張りなのか、異聞帯とやらの女ともう1人額にツノらしきものが生えている小柄な少女がついてきたが、害意はなさそうなのでスルーしておいた。

 5ヶ月半ぶりということになる自室に入ると、異聞帯女とツノ少女はそこまではついて来なかったので、ヒナコは改めて年来の友人にカルデアにいる理由を訊ねた。

 

「それで、なぜ貴女がこんな所にいるの?」

「はい、実は500年ほど前に詐欺に遭いまちて。それで旅館をたたむ寸前まで追い込まれていたのでちが、カルデアの方々のおかげで詐欺師を退治できて、お客様も昔並みに増えまちた。

 そのお礼と社会勉強を兼ねて、トト様とカカ様の提案でしばらくカルデア(ここ)のお手伝いをすることになったのでち」

「さ、詐欺!?」

 

 ヒナコは怒りで柳眉をぴーんと跳ね上げた。

 

「おのれ、人の良いえんまちゃんを騙して金を巻き上げるとは! こ、これだから人間……いや、閻魔亭の客は妖怪や零落した神の類ばかりだったか」

「はい、詐欺師は人間じゃなくて猿面の怪……あちきと同じ、お伽噺の住人でちた。

 あとどちらかというとお金目当てというより、あちきたちが苦しむのを見て楽しむ愉快犯だったというか」

「なお悪いわ! ま、まあ事件解決したのならもう言うことはないわね」

 

 そういえば300年ほど前からは閻魔亭の噂をあまり聞かなくなっていたが、詐欺師の仕業で評判が落ちていたからだったのか。自分がいれば紅閻魔を詐欺師のいいようになどさせなかったというのに、もう少し頻繁に訪れるようにしておけばよかった。

 しかしカルデアが自分の代わりに紅閻魔を助けてくれたのであれば、多少は態度を改めねばなるまい。

 

「はい、至らないあちきのために怒ってくれる友達がいて、あちきは果報者でち」

「えんまちゃんは至らなくなんてないわ。騙されたのは褒められたことじゃないけど……」

 

 どんな詐欺だったかを詳しく問いただす気はないが、そういうことがあったのなら、両親が外部の信頼できる者に預けて勉強させようとするのは分かる。この件に関して口をはさむ筋合いはないようだ。

 いやカルデアが本当に信頼できるかというと不安が残るが、おそらく5ヶ月半前より改善されているのだろう。

 

「それで、ぐっちゃんの方こそどうしてここに?」

「んー。あまり自慢できることでもないんだけど、前の所長に項羽様に会えるかも知れないって煽られてね。

 他にすることもないし、ダメ元で来たというところ」

「すると、今はまだ会えていないのでちか?」

「ええ、でも希望はあるみたい」

 

 5ヶ月半前はサーヴァントはダ・ヴィンチ1人しかいなかったが、さっきは管制室の中に20人ほどもいた。つまり現在のカルデアはサーヴァントを大勢召喚する方針になっているわけで、今後項羽を召喚できる可能性はあると思う。

 

「そうでちか、早く会えるといいでちね」

「ええ、ありがとう」

 

 そんなことを話しながらシャワーを浴びて着替えもして、自室から出ると異聞帯女とツノ少女が待っていたので4人で管制室に戻る。

 オルガマリーたちはまだそこにいて、声が届くところまで近づくと話しかけてきた。

 

「それじゃ、ここで長話するのも何だから所長室に行きましょう」

「……ええ」

 

 確かに話すべきことは多い。ヒナコはこくりと頷くと、オルガマリーやロマニたちの後について所長室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 所長室にいるのはヒナコと紅閻魔とオルガマリーとロマニとダ・ヴィンチの他に、スーツ姿の男性と異聞帯女とツノ少女、それとツノ少女よりさらに年下に見える娘の計9人だ。

 ヒナコは本格的に話が始まる前に初対面の4人に名前だけは聞いておいたが、その後皆が席につくとオルガマリーがみずからお茶を淹れ始めたのでびっくりしてしまった。

 それを口に出すほどヒナコは不作法ではないが表情でバレたらしく、オルガマリーは小さく苦笑しながら説明してくれた。

 

「ええ、いつも私が淹れてるわけじゃないんだけど、今回は貴女への誠意を少しだけでも見せておこうと思って」

「……?」

 

 誠意と言われてもヒナコには分からないので黙って彼女の次の言葉を待っていると、オルガマリーはティーカップを一同に配り終えてから姿勢を正してヒナコの方に向き直った。

 

「……5ヶ月半前の爆破テロは、実は魔術王の手下だったレフ・ライノールの仕業です。

 それをずっと見抜けずテロ行為を許してしまったのは、ひとえに私の不明によるもの。

 所長として、貴女を5ヶ月半もの間凍結処置せざるを得ない事態になったことをお詫びさせていただきます」

「……!?」

 

 魔術王とかいう大仰な二つ名と、あのレフが敵の手下だったという話にも驚いたが、それよりオルガマリーが率直に自分の非を認め謝罪してきたことにヒナコはもっとびっくりした。

 たった5ヶ月半で変わりすぎではないか、これだから人間は!

 いや今のは褒め言葉なのだが。トップがこの誠実さであるなら、紅閻魔の両親が娘を預けてもおかしくないし。

 

「……なるほど、ね。

 確かに貴女の不明だけど、でもそれを言ったらレフと親しくしていた者は全員同罪。むしろ若くて経験不足な貴女より、ダ・ヴィンチたち幹部の方が責が重いともいえるわね。

 かく言う私も見抜けなかったわけだし、謝罪している者をこれ以上咎めはしないわ」

 

 なので深く追及せず鷹揚に許す姿勢を見せると、オルガマリーもダ・ヴィンチたちもほっとしたように緊張を緩めた。

 

「それで、その魔術王というのは何者? 話の筋からして、特異点Fを作ったのもそいつなんだろうけど」

「レフはローマに作られた特異点で『魔神柱フラウロス』に変身したわ。次のオケアノスでも『魔神フォルネウス』が現れた。

 といっても悪魔学でいうフラウロスやフォルネウスとは似ても似つかない肉柱だったから、『魔術の祖』を(かた)る何者かなんじゃないかと推測してるところ。

 いえ一般的な悪魔学の方が間違ってるという可能性もあるのだけれど」

「魔術の祖、ね」

 

 それはまた難儀な奴を敵に回してしまったものである。それで少しでも戦力を集めるために自分を解凍したということか。

 もともと不死身を見込まれて、レイシフト実証が失敗だった時に備えた保険として招かれた身なのでやる気はあんまり無かったが、今は紅閻魔がいるのだからいくらか助力する程度ならやぶさかではない。

 とはいえ懸念はある。

 

「でも精霊にそんな大仕事を手伝ってもらうなんて不安じゃない? あえて言うけど人間と価値観違うわよ私」

 

 人間なら致命傷だったのを特段の治療措置もせずに解凍したのだから、自分が人間ではないことはすでにバレているだろう。なのでさらに具体的に種族名を出して、本当に自分の助けを借りる気なのかどうか問うてみた。

 

「今はそういうことにこだわってられる状況じゃないから、信用できる者なら種族は問わないわ。

 今ここにも本物の女神と、本来なら汎人類史とは相容れない異聞帯のサーヴァントがいるくらいだし」

「……そ、そう」

 

 すると何か予想外の答えが返ってきて、ヒナコはかくっと肩の力が抜けてしまった。

 どうやら思った以上にカルデアは追いつめられて、トンチキなことをしているようである。

 

「で、その異聞帯って何?」

 

 当初からの疑問を解消するため異聞帯女に顔を向けてストレートに訊ねると、モルガンと名乗った彼女は特に隠し立てすることもなくあけすけに教えてくれた。

 

「並行世界のようなものだが、その中でも文明的に行き止まりになったがゆえに『剪定事象』として切り捨てられ消滅する運命にある世界のことだ。無論その世界の中にいる住人にそんな自覚はないがな。

 普通は他の世界と接触したりしないのだが、ここ『汎人類史』においては今進行中の『人理焼却』を解決した後で、異星の神と称される謎の存在の侵略により、異聞帯が7つやってくることになる。私はその中の1つ『妖精國ブリテン』の女王だった者だ。

 つまりこのカルデアにとっては未来の時空からやってきたことになるな。だから異聞帯や汎人類史などという専門用語を知っているのだ」

「!?!?!?!?」

 

 モルガンはごく端的に説明してくれたようだが、逆に端的すぎてヒナコは理解するのに少し時間がかかってしまった。しかも新しい疑問まである。

 

「……ええと、その異聞帯とこの世界って共存できるの?」

「できない。1つの地表に2つのテクスチャは乗せられないのだ。

 だから異聞帯同士でも、領土が接触したら争うことになる。最終的に生き残る異聞帯は1つだけだが、それですら異星の神が降臨するための祭壇でしかないようだ」

「つまり魔術王を倒して人理焼却事件を解決しても、その後で異聞帯を7つとも追い払った上で異星の神も倒さないとこの世界はおしまいってこと?」

「その通りだ。異星の神が来るのを事前に阻止できればいいのだが、現時点ではその方法は見つかっていない」

「うっわあ……」

 

 酷い話だ。2千年以上生きてきたが、ここまで大規模に酷い話は聞いたことがなかった。

 なるほどこの惨状なら、オルガマリーもなりふり構わなくなるはずである。

 

「……って、ちょっと待ちなさい。今の話だと、おまえがこの世界に味方する理由はないな。

 もしかして後で裏切るつもりか?」

 

 この直球すぎるカマかけにモルガンがイエスと答えるとは思っていないが、多少の揺さぶりにはなるだろう。ヒナコはそんな目算をしたのだが、モルガンはまったく動揺しなかった。

 

「いや、そのつもりはない。カルデアの召喚式ではここの人理に害をなすつもりの者は呼べないことになっているから、逆説的に私がここにいること自体が裏切る意志がないことの証明になるな。

 といっても私なりの動機や要求はあるし、メリュジーヌに至ってはカルデア式で来たのではないが」

「うん、でも僕は陛下の忠実な騎士で、マスターの(つがい)にして妹でもあるから、陛下とマスターが人理の敵にならない限りは僕も大丈夫だよ」

「……は?」

 

 モルガンの釈明は納得できるものだったが、このツノ娘は何を言っているのだろうか。ヒナコは視線でオルガマリーに説明を求めたが、オルガマリーもあまり触れたくないらしく目をそらされてしまった。

 仕方ないので話題を変えることにする。

 

「ま、まあいいわ。

 それで結局、私は何をすればいいのかしら?」

「現状では何もないわ。ただ解凍しても大丈夫なことを知ったのに放置して、必要になったとたんに解凍する自己都合優先の姿勢じゃいい顔されないんじゃないかと思っただけ。

 いえ何か突発的な事件でも起こったら対応をお願いするかも知れないけど」

「そう……」

 

 なるほどそれはその通りだ。もともと保険の身だったが、露骨にそんな扱いをされては意欲も削れるというものである。

 しかも今の所は何もしなくていいと言うならお言葉に甘えるだけだが、あと1つだけ重要な案件が残っている。

 

「ところでさっき見ただけでも、サーヴァントが20人くらいいたわね。

 なら項羽様も召喚してもらえないかしら? 突発的な事件が云々っていうなら、その事件が起こってから召喚してる暇はないでしょう?」

 

 我ながら見事な大義名分だとヒナコは自画自賛したが、返ってきた答えは激辛マーボー豆腐めいて辛口だった。

 

「項羽……中国の英霊かしら?

 私は中国史には疎いから、英霊の性格や能力の面での諾否は保留させてもらいたいけど……それ以前に、聖晶石の備蓄がもう無いのよ。爆破テロで半分以上砕かれちゃって、無事だったものも藤宮に召喚してもらうために使ったから。

 技術局で製造してはいるけれど、3個たまるのは2ヶ月くらい先の予定」

「おのれレフ・ライノール! もし会ったら絶対挽き肉にしてやる!!」

 

 ヒナコは怒りも露わに、虚空に向かってそう吼えた。

 

 

 




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第178話 芥ヒナコと藤宮光己

 ヒナコは怨敵レフ・ライノールにしかるべき報いを与える決意はしたものの、それはそれとして聖晶石を作るのにそんなに時間がかかるのなら、どうやって20人ものサーヴァントをたった5ヶ月半で召喚したのだろうか?

 その問いに対しては、意外な答えが返ってきた。

 

「いえカルデアで、正確にはカルデアで用意した聖晶石で召喚したのは……えっと、まず冬木の後のオルトリンデと加藤段蔵の2人と、あとはオケアノスに行く前に玉藻の前を召喚して……つまり3人だけよ。

 あと特異点にいた現地サーヴァントにもらった石で召喚したのが3人で、残りは現地サーヴァントがそのままカルデアに来てくれたケースね。これが1番多いわ」

「なるほど、それは確かに」

 

 ヒナコは(もう)(ひら)かれる思いだった。

 正統派の英雄や賢者なら、世界を守るために巨悪と戦っていると聞けば程度の差はあれ手助けしてくれるだろう。項羽も当然そうだから、自分が説得すれば間違いなく味方になってくれるはずだ。これなら2ヶ月も待つ必要はなさそうである。

 ―――いや都合よく項羽が特異点にいて、しかも遭遇できればの話なのだけれど。まあそうでなくても、今オルガマリーが言ったように現地サーヴァントに石をもらえばカルデアで召喚することもできる。希望が出てきた。

 

「あとは……そうね。爆破テロの後の経緯を話しておきましょうか」

「そうね、それは聞いておくわ」

 

 その後オルガマリーがこの5ヶ月半のことを話してくれたが、それはもう目を覆わんばかりの有様だった。

 施設の損壊はともかくスタッフの生き残りは20人足らず、しかも特異点修正に赴くマスターは数合わせの未成年のド素人1人を除いて全員重傷で凍結処置になったというのである。

 しかしそのたった1人のド素人が複数のサーヴァントの助けを得てとはいえ、フランス、ローマ、オケアノス、さらに別枠で謎の無人島に日本の戦国時代に別の時代の冬木の特異点まで修正してきたとは大したものだ。

 さらには閻魔亭での詐欺師退治でも主導的な役割を果たしたとは、カルデアは本当に良い人材を発掘したものだと思う。

 

「それにしても、並行世界では私までクリプターになってたとはねえ……」

 

 カーマがいた世界では、異星の神の工作によりAチーム=クリプターは7人全員がそちらに寝返ってしまったらしい。それはまあ汎人類史にそこまで執着はないが、異聞帯にどんな魅力があったのだろうか。

 でも今こうして自分が解凍された以上、この世界では異聞帯は6つしか来ないはずだ。なるほど、オルガマリーたちが自分を解凍したのはこの世界に来る異聞帯を減らすためという意図もあったのか。納得である。

 

「さて、今話すことはこのくらいかしらね。

 それじゃ一応所員たちにもう1度顔見せしてから、サーヴァントたちに紹介するということでいいかしら?」

「そうね、それでいいわ」

 

 そんなわけでヒナコはオルガマリーたちと一緒に事務方の仕事場を回ってから、光己たちがいる談話室を訪れた。

 

「さっきはそこまで気が回らなかったけど、男女比率がえらく偏ってるわね……」

 

 英雄豪傑といえば普通は筋骨逞しい大男だと思うのだが、ここにいるサーヴァントはエルメロイⅡ世(諸葛孔明)を除けばうら若い女性ばかりである。大丈夫なのだろうか。

 ……と思ったが彼女たちは自己紹介によればアーサー王やワルキューレという強者なのだそうで、なるほどそれなら各特異点で魔神柱や敵対サーヴァントを打ち倒してきたのも理解できる。

 しかし納得しがたいこともあった。

 

「藤宮といったわね。20人以上もサーヴァントを招いてるのに、なぜ項羽様がいないの?

 中国、いえ世界史的に見ても並ぶ者なき英傑でしょう」

「!?」

 

 いきなり変な難癖をつけられて光己はびっくりした。

 

「……項羽様!? あ、えっと、そっか。芥さんは虞美人だから、項……項王は夫なわけですね」

 

 項羽を呼び捨てにしたらヒナコは怒りそうなアトモスフィアがあったので、光己は「項王」と呼ぶことにした。史記に採用されている由緒正しい呼び方だから問題あるまい。

 しかし妻とはいえすごい入れ込みようである。中国史上最強クラスというなら客観的にも事実だと思うが、まあそこを突っ込むのは無粋だろう。

 

「うーん、そこはそれ。英霊召喚で誰が来るかは縁や相性の要素が強いって聞きましたから……芥さんがご自分で召喚すれば来てもらえるのでは?」

 

 何しろ妻であり、しかも死別の後2千年以上もの長い間想い続けていたのであれば確実だろう。石が3個あれば1発ツモと考えるのが普通だが……。

 

(でもこの人、なーんか危なっかしい感じがするんだよな)

 

 たとえば気合いを入れ過ぎて空回って、逆に宿敵の劉邦や韓信が来てしまうとか。爆死して血涙を流すハメにならないと良いのだけれど。

 いや自分の100倍以上も生きてきた人生の大先輩にそんな心配をするのは不遜というものか。だって若く見積もっても2200歳以上というのはおばあさんどころじゃな―――ハッ!

 

「今何か変なこと考えなかったか後輩?」

「我が夫!?」

「滅相もない! お2人とも大変若々しくてお美しいと存じますですハイ」

 

 なぜかとても剣呑な視線が2対も飛んできたので、光己はとっさにおべっかを使ってごまかした。

 嘘ではないから清姫のセンサーにも引っかからないはずである。

 確かにそれは通過できたし、ヒナコもモルガンもこんなささいなことにいつまでも粘着するほど陰険でもなかったが、今回は思わぬ方向にカムチャッカファイアしてしまった。

 

「……我が夫?」

 

 ヒナコが訝しげなまなざしをモルガンに向けたのだ。まあいずれは知られることなのだけれど。

 実際ヒナコにとっては、異聞帯の精霊、いや妖精の女王が汎人類史の一般人の少年を夫と呼ぶ理由など見当がつかないわけだし、先ほどメリュジーヌも「(つがい)にして妹」なんて意味不明なことを言っていたから尚更なのだ。

 

「ん? ああ……そうだな。同じことを何度も語るのは面倒だが、同郷の(よしみ)で話してやろう」

 

 モルガンはちょっと(わずら)わしそうにしながらも、説明を拒否するほど物ぐさではなかったが、そこでオルガマリーがちょっと困った顔でこちらの様子を窺っているのに気がついた。

 

「貴女はいろいろ忙しい身でしょう。あとは私たちが引き受けますので、貴女はもう自分の仕事に戻っても宜しいですよ」

「そう? それじゃお願いするわね」

 

 オルガマリーは本当に忙しいのか、それともこんな話にまで付き合っていられないと思ったのか、まだ同行していたロマニたちと一緒に引き揚げていった。

 それを見送ると、モルガンは改めてヒナコに向き直った。

 

「さて、これで時間を気にせずに話せるな。

 といっても元は単純な話で、妖精國で体裁上ベリル・ガットを夫ということにしていたから、それを踏襲しただけのことなのだが」

「ああ、政略結婚ってやつね。でもここでそれを引きずることはないんじゃない?」

 

 モルガンが女王だったのであれば、クリプターにもそれなりの身分を与えないとまともに会話もできない。それは分かるが、カルデアのマスターにそうする必要はないと思われるが。

 というか美人が思春期の男子にそんな呼び方を続けていたら、先方がその気になっても仕方ないからむしろ避けるべきだろう。

 

「いや、今は体裁だけでなく実質的にも夫婦になるつもりでいるからな。この呼び方で支障ない」

「ほ、本気!?」

 

 コフィンから出てからまだ半日と経ってないのに、何度驚かされればいいのか。ヒナコはそろそろ驚き疲れ始めていた。

 だってモルガンが星の内海から来た妖精だというなら、ヒナコ自身と同じく不老不死同然だろう。定命の者と仮に結ばれたとして、その幸せな生活は(感覚的には)あっという間に終わってしまうというのに……それでもなおというほど深く愛しているのだろうか!?

 その考えが顔に出ていたのか、モルガンはそれは勘違いだと言ってきた。

 

「どうやら目利き違いがあるようだな。我が夫がド素人の一般人だという色眼鏡を外してよく見てみろ」

「え!? え、ええ」

 

 言われた通りヒナコが虚心坦懐に光己を観察し直してみると、確かにガワこそ人間だが、中身は全然違っていた。

 

「な、何コイツ……!?」

 

 こんなナマモノ見たことない。しかもこの人間の姿そのものが擬態みたいなもので、本性はもっと桁違いにヤバい奴だ。

 ……いや待て、そういえばよく似た奴が1人いた。

 そいつは探すまでもなく、いつの間にか光己の後ろからべったり抱きついていた。番とか妹とかいうのは本気だったのか。

 

「そこまで分かるんだ、なかなかの眼力だね。

 そう。僕はアルビオンの遺骸から生まれた『竜の妖精』……のサーヴァント、マスターは元はただ人だったのが、竜種の血とサーヴァントの影響でアルビオンにまで至った真竜。そこに何の違いもありはしないよね」

「いや違うでしょ」

 

 ヒナコは思わずツッコミを入れてしまったが、あっさりスルーされた。

 というかこのツノ娘、彼が元はただ人だったと言ったか? いやそれはそれで「ド素人の一般人」と符合しているのだけれど。

 つまり何か。この後輩はせっかく定命の者として生まれたのに、酔狂にも竜の血なんぞを飲んだあげく、幻想種になってしまったというのか。

 

「こ、この馬鹿者ーーー!!」

 

 気づいた時には、ヒナコは光己の胸倉を掴んで怒鳴りつけていた。

 

「せっかくただの人間に、人間の社会の中で普通に生きて普通に死ねる存在に生まれたのに、わざわざ人の姿の人にあらざる者になるなんて!

 分かっているのか!? おまえにはもう安息の場所なんてない。アルビオンとかいうのがどんな存在なのかは知らないが、おまえは取返しのつかないことをしてしまったのだ!」

 

 ヒナコの手も声も震えている。愚かな選択をした(とヒナコは思っている)光己への怒りだけではなく、彼女自身の境遇への怒りと悲しみもこもっているのだ。

 突然のことで光己は呆然として答える言葉を知らなかったが、ヒナコの後ろから彼女の肩を強くつかむ者がいた。

 

「待て。おまえの怒りと悲しみは私にもよく分かるが、今の言葉は聞き捨てならんな。

 私では我が夫の安息の場になれないと言うつもりか?」

 

 妖精國にたった1人の(最後にはもう1人現れたが)「楽園の妖精」として、さまざまな苦難を体験してきたモルガンにはヒナコの気持ちは痛いほど理解できたが、だからこそ彼女の言葉を認めるわけにはいかない。逆にヒナコは思わぬ横槍に戸惑ったが、その間にモルガンの尻馬に乗る者が続出する。

 

「うん、陛下の仰る通りだね! 汎人類史がどんな所か詳しくは知らないけど、僕がいる限りマスターを不幸にはさせないよ」

「むしろ愛の神がついてて不幸になる理由の方が分かりませんね。甘く見ないでもらえますか?」

「愛はすべてを解決するのです!」

 

「え、あ、それは」

 

 ヒナコ自身も短い間とはいえ項羽や蘭陵王や紅閻魔といった人たちに救われた経験はあるので、モルガンたちの主張を否定することはできなかった。

 

「人間世界に居場所がなくなってもヴァルハラに来てもらえば済むことだしね!

 何なら芥さんも来る? ご夫婦で来てもらってもいいよ!」

「……」

 

 その上ヒナコ自身までヴァルハラなんて魔境に招待されて、二の句も継げなくなってしまった。

 どうやら負けのようである。

 

「いい仲間を持ったわね、大事にしなさ……って、ちょっと待った。

 モルガンが自称妻でメリュジーヌが自称番で、カーマと清姫も主従や友人っていうより恋愛感情ぽい感じするわね。おまえ一体誰を選ぶつもりなの? 4人中3人は事案だけど」

 

 ……しかし別の問題に気がついて、またぐわーっと吠え立てるヒナコ。

 普段は他人の恋愛事情に軽々しく首を突っ込んだりはしないのだが、今回は話の流れでつい聞いてしまったのである。

 光己の方はすでに平常心を取り戻しており、常日頃からの信条でもってヒナコの問いに答えた。

 

「無論、全員です! あとヒルドたちも景虎もXXもルーラーも大奥王の王妃になることが決まってるから、末永く大切にするつもりですよ」

「こ、こいつこんなのほほんとした顔して女の敵だったのか!? てか大奥王って何だ」

 

 光己が意外とモテてることにもびっくりしたが、この男はいったい何を言っているのだろうか。

 

「人理修復に成功したら、そのご褒美として大奥国を建国してそこの王になるってことですよ。そのくらいのボーナスはあっていいですよね?」

「何だそういうことか。変な言い方をするな」

 

 なるほど功績を立てたら恩賞をもらうというのは当然の主張だ。

 現代ではほとんどの国で一夫多妻や一妻多夫は認められていないと思ったが、どのみちサーヴァントは婚姻届なんて出せないだろうから法律的な話は意味がない。単に男の夢を実現するというのを、言葉の上で飾り立てているだけのことのようだ。

 合意の上であるなら、部外者が騒ぎ立てるのは野暮というものか。

 いや事案の問題は残っているが、考えてみれば女神や竜が人間の幼女の姿をしているからといって人間のモラルを当てはめる方が不合理だ。まして精霊が熱弁すべきことでもない。

 

「…………まったく、とんでもない後輩を持ったものね。

 まあいいわ、せいぜいよろしく」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

「ええ、じゃあまた後で」

 

 ヒナコはまだ話すことがあったような気がしたが、初対面であまり長話するのも何なので、今はいったん部屋を辞することにしたのだった。

 

 

 



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項羽様クエスト ~砂塵の女王と暗黒の使徒~
第179話 芥ヒナコと特異点


 ヒナコが談話室を出ると、一緒にいた紅閻魔も厨房に行くと言って去っていったので、1人になったのを機に落ち着いて今後のことを考えることにした。

 大前提として、紅閻魔がカルデアに協力することになっているのだから自分もそれなりには手伝う。この方針に変更はない。今のところは突発的な事故でも起こらない限り待機のようだが。

 また今日会った範囲では、人間の所員にもサーヴァントにも悪党ぽい者はいなかった。居住環境としてはそんなに悪くなさそうである。

 しかし聖晶石がたまるまで2ヶ月というのは長い。いや普段の自分の感覚ならあっという間に過ぎ去る程度の時間だが、項羽と会える(かも知れない)日を待つとなると話は別で、人間の言葉にある「一日千秋」という感覚が身を以て実感できる。

 

(ならオルガマリーが言ってた、特異点で本人を探すか別の人から石をもらうかすればいいのよね)

 

 今までの経過によると、魔術王が作った(冬木以外の)7つの特異点では、石は持ち帰れるが現地サーヴァントは連れ帰れないらしい。閻魔亭のような夢で行くケースは逆に石は持ち帰れないがサーヴァントは連れて来られるようだ。

 一方別の時代の冬木のような例外的特異点では両方可能だという。カルデアスで観測できるそうだし、狙うならここだろう。

 もしかしたら何かの拍子にまた現れるかも知れない。ヒナコは暇つぶしも兼ねて、もう1度管制室に行ってみることにした。

 

「おやおや、みんな真面目に頑張ってるわね」

 

 そうなると手ぶらで邪魔するのは気が引ける。ヒナコは手土産にコーヒーなど用意すると、目についた所員に現在の状況について訊ねてみた。

 彼の話によると、今は次に修正しに行く予定である産業革命時代のイギリスにある魔術王製特異点を調べているそうだ。レイシフト可能な程度にまで詳細が判明するにはまだ数日かかるらしい。

 

「で、行ったらすぐに項羽様と会えて、それで修正完了になって2人で帰って来られるような微少特異点は見つかってないの?」

「そんな都合のいいものがあるんなら、俺だってアストルフォきゅんがいる特異点見つけたいよ」

 

 アストルフォというのがどんな人物かヒナコは知らないが、とにかく今は例外的特異点は発見できていない、もしくは存在していないようだ。ヒナコは彼の席から離れて、カルデアスに向かい合う位置に歩を移した。

 そして祈祷するシャーマンのごとく、大げさに身振り手振りをまじえて叫ぶ!

 

「天よ地よ、ガイアよアラヤよ! 我に項羽様と会える特異点を授けたまえ!!」

 

 するとその直後、カルデアスに微少特異点の反応が現れた。ヒナコと所員たちが一斉に噴き出す。

 

「芥ァァァ! 気持ちは分かるけど、本当に特異点つくるんじゃねぇぇぇ!」

「ご、ごめんなさい! せ、責任は取るわ!」

 

 いやヒナコも所員たちも本当にヒナコの祈りで特異点が出現したと思っているわけではないのだが、何分タイミングが悪すぎた。それで皆気が動転しているのである。

 

「…………いや待て。この反応だったら、放っておいても問題なさそうだぞ。何もしなくてもそのうち消えるんじゃないか?」

「何を言ってるの。今は放っておいていいように見えても、いつ突然変異を起こすか分からないでしょうが。

 明日にも修正してきてあげるから、おまえたちは細かい解析と存在証明の準備をしていなさい」

 

 もっともヒナコは思い切りタナボタ扱いしていたが……。

 

 

 

 

 

 

 その翌日の朝食の後。光己は談話室で個人用の端末(タブレット)にデータベースから次の特異点のご当地情報をダウンロードして予習していた。

 一緒にいるのはイギリス出身サーヴァントたちである。閻魔亭に当初行けなかったこともあって、彼女たちが行くことになっているのだ。

 なおジャンヌとジャンヌオルタは特異点に行く前に短刀の中に戻っておく→短刀を光己の「蔵」にしまう→レイシフト→短刀を「蔵」から出す→召喚という手順を踏むことでコストゼロで行けるようになったのだが、イギリスといえばジャンヌ・ダルクを実際に処刑した国である。本人の心情はもちろん、信仰補正で悪影響を受ける恐れもあるので留守番をお願いしていた。

 

「ううむ、これは……発展ではあるのだろうが、しかし」

「褒める気になれない所もいささか多いですね」

 

 モルガンとアルトリアは為政者だっただけに、産業革命の実情を見ていろいろと複雑な思いを抱いたようだ。

 光己もその辺の感想は近かったので話に加わってみた。

 

「だよなあ。日本でも『どうだ明るくなったろう』なんて風刺漫画が描かれる情勢で、鉱毒垂れ流しとかもあったからなー。

 これを乗り越えないと次の時代に行けないんだけど、庶民サイドとしては納得しがたいものが。たまには庶民万歳な時代があるといいのに」

「しかし自国内で完結するならともかく、他国との争いが絡むと民草の生活最優先とはいきませんからねえ」

 

 実際に村1つ干上がらせたことがあるだけに、アルトリアの言葉には重みがあった。

 それでも戦争に負けるよりはマシなのである。あんまり理解してもらえなかったが。

 

「心配には及びません。私が王になったあかつきには、王配たる我が夫が護衛なしでも安心して街を歩ける国にしますから」

「それって俺が無敵アーマー持ってるから大丈夫って意味じゃないよな? もしくは魔術で警備するとか」

「……もちろんです」

 

 ―――そんなことを話しながら勉強していると、不意にオルガマリーとエルメロイⅡ世とヒナコがやってきた。

 

「いたわね。ちょっと頼みがあるんだけど、ハイかイエスで答えなさい」

 

 そしてよほど気が急いているのかヒナコが開幕で無茶振りの気配を見せたので、パワハラに屈しない男光己は断固拒否の意を示すことにする。

 

「ノゥ!!

 この藤宮光己が最も好きな事のひとつは、自分で強いと思ってるやつに『NO』と断ってやる事だ……」

「腕力を自慢した覚えはないんだけど……ああもう、説明してやって」

 

 面倒になったのかヒナコが同行者に丸投げすると、オルガマリーがやれやれといった感じで説明を始めた。

 

「貴方たちにはまだ話してなかったけど、実は昨日の夕方にまた新しい特異点が出現したのよ。

 ただ今回のは放っておいても消えそうなんだけど、芥が修正しに行くのを希望しててね」

「ああ、項王を召喚するための聖晶石を探したいとか、そういうのですね」

 

 光己ならずとも推測できる理由だったが、ことはそう簡単ではないのだ。

 

「ええ。それはいいんだけど、芥がいくら不死身でも1人じゃ危険だし効率悪いわ。

 だから貴方が契約してるサーヴァントを一時的に何人か―――」

「絶対にノゥ!!! 寝取りは悪い文明!! 粉砕する!!」

「まあそうなるわよねえ」

 

 オルガマリーの台詞が終わるのを待たずに光己が再び拒否の姿勢を取ったが、オルガマリーはそれを非難はしなかった。

 これはサーヴァント契約は会社のように組織が給料で雇うのとは違って、マスターとの個人的な情誼による部分が大きいからである。歴史上の偉人たちにボランティア同然で戦闘その他をしてもらっているという立場上、組織の論理で簡単に人事異動させるのは難しいのだ。マスターとの同調率で強さが変動するという、より切実な理由もある。

 今回はマスター側も独占欲が強いから尚更だった。

 

「だから次善の策として、貴方に行ってきてほしいんだけどダメかしら?」

 

 というかヒナコに行かせたら特異点修正より聖晶石捜索を優先して時間を無駄にしかねないので、実はこちらこそが本命の方針だったりする。

 なお光己は「コレクター:D」という財宝感知スキルを持っているので、彼が代理を務めるのはミッションの成功率という視点で見ても順当な人事だった。

 

「もちろん石、あるいは項王本人が見つからなくても咎めはしないから」

「うーん、仕方ありませんねえ」

 

 光己はオルガマリーとはすっかり仲良くなったので、彼女の考えそうなことはある程度推測できる。ヒナコにしても2千年想い続けた人に会えるかも知れないチャンスとなれば多少暴走するのは致し方ないというか、代理に任せる気になっただけでも妥協しているというものだ。光己自身も最終防衛ラインは守れたわけだから、多少仕事が増えるくらいは甘受すべきと思ったのである。

 

「ええ、ありがとう」

「良い心がけね。でも私の代わりに行く以上、最低でも石を2個、草の根を分けても探し出してくるように」

「どんなに執拗に探しても、無いものは無いと思いますよ……」

「そんな弱気は認めないわ!

 といってもタダでというのは虫が良すぎか。見事使命を果たした時は、望みのままの褒美を与えるわ」

「おお、先輩太っ腹!」

 

 ヒナコは2千年以上に渡って放浪していたらしいから、その間にいろんなお宝を手に入れていたのだろう。それを望みのままにとか、これは財宝収集家として本気を出さざるを得ない。

 

「それで、誰を連れて行くの?」

 

 するとメリュジーヌが「私は当然連れて行くよね?」と目で語りながら聞いてきたので、光己はふむと考え込んだ。

 

「……そうだな。メリュジーヌは『蔵』の扉経由でお願いかな。

 他のイギリス勢は予約済みだから外して、他の人はみんな閻魔亭に行ったからいったんリセットということにして……芥さんに共感しそうな人優先かな」

 

 ブラダマンテとか清姫とか玉藻の前とか、恋愛にこだわりがある人という意味である。

 あとはいつものマシュと段蔵と、ワルキューレの誰かを連れて行けばいいだろう。

 ただコストなしで3人呼べるようになったので、これからはリスクを伴う令呪3画を使う召喚は控えた方がいいかも知れない。まあこれは現地の状況次第か。

 

「うん、がんばるよ!」

 

 メリュジーヌは自分が行けるのであれば同行者にこだわりはないらしく、見た目年齢相応の無邪気な笑顔で請け負ってくれた。

 ブラダマンテたちも特に異論なく承知してくれたので、あとは解析班の話を聞いたら出発となるわけだが……。

 

「その前に、恒例の必要電力調査をお願いするよ」

 

 実際にレイシフトする前に、光己はどの程度の電力が必要が調べておくという意味である。

 光己は年末に冬木に行った時とは別の生物になったので、今回は特に念入りにチェックしておくべきだというのがダ・ヴィンチの意見だった。

 下手するとまた同行できるサーヴァントが減るというお労しい展開―――になると誰もが思ったが、その結果は予想外のものだった。

 

「魔力量はまた大幅に増えてたんだけど、必要電力はほぼ同じという科学者として興味が湧きすぎる結果になった。これが境界竜(アルビオン)というやつか!

 この前メリュジーヌがレイシフトも令呪もなしで閻魔亭に行ってたくらいだから、ある意味当然なのだけどね。この分なら、いずれ藤宮君も自力だけで特異点に行けるようになるかも知れないね!」

 

 まあその頃には人理修復は終わっているだろうが、いずれにしても喜ばしいことである。

 

「おおー、さすが俺……!

 それで、今回は何人連れて行けるんですか?」

「前回と同じ、6騎だよ」

「ほむ、つまりワルキューレは1人か。年長順でスルーズにしようかな」

 

 こうしてメンバーが決まったので、後回しになっていた解析班からの説明を聞いてみると、今回の特異点は中近東なのだそうだ。

 

「初めて行くエリアですね」

「そうだな。年代は3世紀だ、かなり古いな。

 まあマスターに今さらあれこれ言うこともあるまい。レディ芥のご機嫌のためにも、ちゃっちゃとミッション達成してきてくれ」

 

 エルメロイⅡ世も微妙に投げ槍であった。「特異点修正」ではなく「ミッション達成」と言ったところがキモである。

 

「はい」

 

 というわけで一同レイシフトしたわけだが―――。

 

 

 

 

 

 

 途中で光己は妙な感覚があったような気がした。

 アルビオンになったからか、それとも別の要因によるものか?

 そして現地に到着してみると、そこは暗い洞窟の中だった。いやそれはいいのだが、いるはずのサーヴァントたちが誰もいなくて1人きりだった。

 

「アイエッ!? こ、これがモルガンが言ってた『サーヴァントが入れない特異点』ってやつか? それともはぐれただけで、どこか別の場所に着いてたりするんかな?

 と、とりあえずこういう時は報連相だな」

 

 光己はカルデアとの通信機を取り出して通話キーを押してみたが、反応はなかった。通信まで妨害されているのだろうか。

 

「こ、こういう事態は初めてだな」

 

 1人で放り出されて連絡も取れないという危険で心細い状況に追い込まれて光己はいささか慌てたが、すぐに今やれることを思い出した。

 

「まずは『蔵』を開けて『白夜』出して、お姉ちゃんとジャンヌオルタとメリュジーヌを呼び出さないと……っとぉぉ!?」

 

 しかしそうしようとした直前に、何やら金属音がいくつも響いてきた。

 振り向いてそちらを見てみると、カボチャの頭に西洋風の甲冑を着てコウモリをモチーフにした剣や盾を持った兵士が何人も近づいてくるではないか。

 

(な、何だあいつら? 人間がカボチャの兜かぶってるだけか? それともゴーレムか何かなのか!?)

 

 よく分からないが、あの連中は敵っぽい。そう判断した光己は、カボチャ騎士と関わるのを避けて逃げ出したのだった。

 

 

 




 当初は閻魔亭イベントの次はロンドン編にする予定でしたが、そうするとこの小説の設定だと項羽様を召喚できるのがアメリカ編の後になりかねないので、前倒しで機会を設けることにしました。
 ただし必ず引けるとは言っていな(ry




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第180話 シンデレラ

 光己は音を出さずに空を飛べるので、逃げるとなればカボチャ騎士たちの頭上を飛び越していくことができる。それで彼らをやり過ごしたが、騎士たちが周到な性格であれば外にも留守番部隊がいるかも知れない。

 

(でもこれどういうことなんだ……!?)

 

 最悪を考えるならこの特異点は魔術王がつくった罠で、サーヴァントをはじいてマスターだけを呼び込めば簡単に抹殺できるという計画だったのだろう。それなら光己が来てすぐに騎士たちが現れたタイミングの良さも納得できる。来た瞬間に襲われなくて良かったというところか。

 

(いやそれならそれで、魔術王ならもっと強い奴送るよなあ)

 

 それこそ魔神柱を派遣すればいいのであって、魔術王がカボチャ騎士なんてトンチキなものを送り込む理由なんてないだろう。やっぱり単なる事故で、騎士が来たのも何か別件なのだろうか。

 

(何はともあれ、まずは外に出ないと)

 

 先にジャンヌたちを呼ぶか、それとも見つかる前にとっとと単騎で脱出する方がいいか? なにぶん初めての事態だけに光己が少し迷っていると、騎士たちが戻ってくる足音が聞こえた。

 もともと光己がいた所が一番奥で、そこにたどり着いたなら戻って来るのは必然である。

 

(呼ぶのは後にして、出口めがけてダッシュするしかないか)

 

 光己が急いで騎士たちが最初に来ていた方向に飛んでいくと、幸いにして一本道でやがて出口が見えてきた。しかしその向こうにはいくつかの人影がある。

 

(ただでは通してくれんだろうなあ……ついに人を殺すことになるんかな?)

 

 今日までにいくつもの特異点を踏破してきたが、自分の手で人間を殺したことはなかった。それをやらねばならぬ時が来たのだろうか。

 いや手加減して峰打ちで済ませるという選択肢はある。カボチャ騎士はそんなに強そうには見えなかったし、スパルタクスに蹴られても平気だったのだから、彼らの剣で傷ついたりはしないだろうという自信もあった。しかし今は1人きりなのだから、甘く見て舐めプするのはよろしくないとも思う。

 そもそも彼らが人間ではないという可能性もあることだし。

 

「ええい、やりたいんならやったろうじゃねえか!」

 

 自分を鼓舞するために普段使わないやや乱暴な言葉遣いでそう叫ぶと、光己はメリュジーヌの(テュケイ)ものと同じ黒い双槍(ダイト)を出して出口に吶喊した。といっても積極的に戦いたいわけではなく、第一彼らが敵と決まったわけでもないので、洞窟から出た瞬間に90度カーブして真上に飛んで衝突回避を試みる。

 すると外にいた連中は中にいた何者かが飛んでくるのに気づいてはいても、出た瞬間に垂直上昇することまでは予測できなかったようで、光己が上空に離脱するのを見過ごしてくれた。

 とりあえず5メートルほど上昇したところで一旦停止し、地上の様子を確認してみる。

 

「……何だあれ、骸骨までいる?」

 

 そこにはカボチャ騎士が3人とカボチャをかぶった骸骨が5人ほどいて、光己の方をぼんやり見上げていた。得物が剣と盾、それに斧とフォークといった接近戦用の武器だけなので、上空にいる敵?には手を出せないようだ。

 骸骨は人間じゃないのは明白として、騎士の方もよく見るとカボチャの目と口のくり抜きの奥は火が燃えているだけで人間の頭部はなかった。

 

「やっぱり人間じゃなかったか……というかあのカボチャ、ハロウィンの出し物のアレみたいだな」

 

 事情はまだ分からないが、連中が追って来ないのならあえて今戦う必要はない。光己はとりあえず、洞窟の上の山の頂上に退避したのだった。

 

 

 

 

 

 

 山はただの岩山で、木も草も生えていない寒々しいものだった。

 それはいいが昼前に出発したのにもう夜で、しかも周りは砂漠のようである。ただ山のふもとの近くに、大きな一軒家がぽつんと立っていた。

 いかにも怪しいが訪問するのは後にして、今一度近くに誰もいないのを確認してから「蔵」の扉を開けてまず短刀を取り出す。

 そのまま波紋を出しっ放しにしておくと、待つほどのこともなくメリュジーヌが飛び出してきた。

 

「マスター! 良かった、無事だったんだね」

 

 メリュジーヌは一目で分かるほど慌てた様子だったが、光己に異常がないのを確認するとほーーっと思い切り安堵して肩の力を抜いた。

 

「来てくれたか、さすがは俺のメリュジーヌ! ちょっと待って、お姉ちゃんとジャンヌオルタも呼んでから話しよう」

 

 光己はまた「俺の」呼ばわりしているが、言う相手は選んでいるつもりである。事案については気にしていなさそうだが。

 なお令呪3画で呼ぶ枠については、今はパスする方針だ。通信妨害されているから失敗するかも知れないし、異常事態だから令呪を温存しておきたいというのもある。

 

「むー。私がいれば他のサーヴァントなんていらないと思うけど、マスターの性格だと仕方ないかな」

 

 実際メリュジーヌは「俺の」の件についてはむしろ喜んでいたが、他のことでちょっとつむじを曲げていた。最強の竜がいれば戦力は十分だと思うし、そうすれば2人きりでデート、とまでは言わないがロマン&ラブあふれる道行きになるのにと思ったのである。

 しかし光己は基本的に慎重派で、それは自分たちを大切にしてくれていることでもであるのでそれを尊重したのだった。

 

「うん、特にお姉ちゃんはルーラースキルと結界と治療でどんな状況でも役に立つ汎用性があるからな」

 

 なおジャンヌオルタも実力は十分だが、ジャンヌやメリュジーヌのようなオンリーワンのウリはないので、光己はあえて言及を避けていた。清姫かエリセもいれば合体技を使えるようになるのだが……。

 というわけで光己がジャンヌとジャンヌオルタを呼び出すと、2人は事前に聞いていたより同行者が少ないことに訝しげな顔をした。

 

「うん、それを今から聞くところだったんだ。メリュジーヌ、マシュたちはカルデアに残ってた?」

「うん、みんな無事だったよ。計器によると、1度は出発したんだけど途中で跳ね返されたみたいだって。

 でもマスターだけは普通に到着してたから、マシュたちのことを伝えるためにもってことで私がスタンバイしてたんだ」

 

 それで「蔵」の扉が開く気配を感じたから飛び込んできたというわけである。レイシフトを妨害する仕組みをつくった黒幕も、境界竜(アルビオン)の固有能力までは想定していなかったのだろう。

 

「そっか、良かった。ありがとな。

 それでメリュジーヌ、1度戻って俺が無事だったって報告してくることはできる? 通信も邪魔されてて本部と話ができないからさ」

「うーん、それは目印がないから無理かな」

「むう、さすがにそこまで都合良くなかったか」

 

 まあできないものは仕方がない。マシュたちが無事だったのが分かっただけでも良かったと思うしかないだろう。

 あとはなるべく早く……いや聖晶石を探すミッションもあるからスピード最優先とはいかないが。

 

「じゃ、いつまでもここにいても仕方ないからそろそろ出発しようか。

 お姉ちゃん、この近くにサーヴァント反応ある?」

「そうですね、そちらに見える大きな屋敷に1人、その西側の砂漠の中にもう1人いるようです」

「そっか、じゃあまず屋敷に行ってみよう」

 

 特異点ではたいてい現地サーヴァントと会うことで事態が進むので、サーヴァント探知スキルは本当に重宝するのだった。

 屋敷に行ってみると中世ヨーロッパ的な趣きを感じるつくりで、少なくとも3世紀の中近東のものには見えない。まあ砂漠の中に一軒家という時点で怪しいのだが、その正門の前で粗末な服を着た女の子が1人で(ほうき)を持って掃除していた。

 

「1人~♪ 寂しく~屋敷の~お掃除~♪

 お姉様とか~♪ お母様とか~♪ そういうのは何故だか見かけないのだけど~♪

 気付いたらココにいたのだけど~♪」

 

 気を紛らわせるためか、歌のように節をつけて独り言をいっている。その内容によると、聖杯や黒幕に召喚されたのではない普通の?現地サーヴァントのようである。

 歌うのに夢中になっているせいか、まだ光己たちに気づいていないようだ。

 それならちょうどいい。接触する前に真名看破をしておくことにした。

 

「真名はエリザベート・バートリー、ライダーですね。宝具は……ええと、何らかの理由で今は使えない状態のようです」

「そうなの?」

 

 知っている人だったのは喜ばしいが、宝具が使えないとはどうしたことか。大貴族の彼女が粗末な服を着て掃除なんかしているのが関係しているのだろうか。

 まあこちらのことを覚えていれば良し、覚えていなくても宝具を使えない状態なら脅威にはならないので、光己たちは普通に近ついてコンタクトを取ることにした。

 それでも接近戦最強のメリュジーヌを先頭にしていく程度の用心はしていたが、するとエリザベートは光己たちのそんな思惑になど気づく様子もなく、普段通りの様子で声をかけてきた。

 

「つまり~アタシは~♪ 世界で~1番~美しい~シンデレラ~♪

 ……ってあら? そこにいるのは子イヌじゃないの」

 

 しかも光己たちのことを覚えていたようだ。カボチャ騎士に会った時はどうしようかと思ったが、風向きが良くなってきたようである。

 

「いいわいいわ。役者が揃ったってコトなのね!

 そこに~いるのは~誰かしら~♪ シンデレラに~どんな~御用~なのかしら~♪」

「……」

 

 ……と思ったが役者が揃ったとかシンデレラとか意味深な台詞はいいとして、何故いちいち会話に節をつけるのか。クラスが変わったせいか?

 声は綺麗だが、間延びして微妙にイラつくのだけれど。

 

「どうしたの~♪ 何を黙っているの~♪」

「いやその、何で唄ってるのかと思って」

「そんなの見て分かるでしょうに。今はミュージカル路線で行くことにしてるのよ。

 アイドルといえば歌! 歌といえばそう、ミュージカル! ミュージカル作品で大成するアイドルって、斬新だし素敵でしょう?

 なのでアンタたちも要所要所で合わせるように! いいわね? い・い・わ・ね~♪」

「……」

 

 光己はめんどくさくなってきたので彼女を放置して次に行こうかと思ったが、そうするとエリザベートは泣き出しそうなので大慈大悲の心をもって付き合ってあげることにした。

 

「なるほど~♪」

「そうそう。まさにそれよ、子イヌ!」

 

 その後のエリザベートの説明によると、彼女は世界で1番美しいお姫様なのだが、今は屋敷の掃除中であるらしい。自分の才能に気づくこともなく、ひたすらに掃除をしているそうだ。

 シンデレラに付き物の義母と義姉はいないと自分で言っていたのに何故そうしているのかは語ってくれなかった。

 

「そこに現れたのがyou! そう、1人の魔法使い!」

「ほえ?」

「知ってるわ。アタシに魔法をかけてくれるんでしょう?」

 

 どうやらエリザベートの中では、光己がシンデレラ物語に登場する魔法使いということになっているようだ。

 モルガンやワルキューレならともかく、光己に馬車やドレスを出せるわけがないのだけれど……。

 

「というわけで、さあ! 早く早く、ハリアップ!

 何でもいいからやりなさい! 私の素敵なお話(シンデレラストーリー)、ここで終わっちゃうじゃない!」

「しょうがないなあ」

 

 エリザベートが執拗にねだってくるので、光己はダメ元でやってみることにした。

 

「よし、それじゃ日本で一般的なやつを。ンンンン急々如律令ですぞ」

「うさんくさい上に情熱が感じられない!! リテイク!!」

「なんてわがままなお姫様だ!」

 

 しかしここまで来てやめるのも心残りなので、もう1度だけ真面目にやることにした。

 くわっと気合いを入れて、それっぽい呪文を唱える。

 

主命を受諾せよ(アクセプト)、愛の女神カーマちゃんの名に於いて封印よ退け!」

「そう、そういうのでいいのよ! 愛の女神とかそれっぽいわ!」

 

 すると驚くべきことに、エリザベートの全身が白い光に包まれ始めた。彼女のわがままに付き合って唱えただけの呪文が、まさか本当に効果を顕したというのか!?

 

「これはもしかして、俺には魔法使いの才能があったとかそういうのか!?」

「いえ。これはそういうのじゃなくて、彼女自身が自己拘束(セルフギアス)してたのを、自分で解除しただけのように見えますね」

 

 光己は思わずハイになりかけたが、サーヴァント鑑定の専門家によるとそういうことではないようだった。つまりそれもこれもエリザベートの役作りに過ぎなかったということらしい。

 

「まったく人騒がせな……」

 

 などと光己がボヤいている間に、エリザベートは光の中でお召し替えを終えていた。水色の綺麗なイブニングドレスにガラスの靴は確かにシンデレラを名乗るに相応しい。

 ただ上衣はキャミソール風なのに肩ヒモがないのと、スカートの前面がないのは童話のヒロインとしていかがなものかとは思うが。あれではちょっと激しい動きをしたら胸が露出しそうだし、股間はパンツ……いやあれは上衣と一体でボディスーツ的なものなのだろうか。だとしてもドレスとしてはいささか破廉恥だと思われるが。

 あと靴の先端に鋭いトゲがついているのも問題……いやそこはエリザベート・バートリーだし、童話は原典はけっこうえげつないというからむしろ妥当なのかも知れない。

 

「やったぁ! いいわよ子イヌ、やるじゃない!

 見なさいな。ふふふふ、このドレス姿! 純粋無敵(エレガント)……傲岸無垢(アロガント)……まさに完全無欠(パーフェクト)のエリザベート・シンデレラよ!」

「……」

 

 どうやらエリザベートは自分で拘束解除したことに気づいていないようだが、指摘するのも野暮なので光己は黙っててあげることにした。

 

「さあ、分かってるわね子イヌ。これからチェイテ城、いえチェイテシンデレラ城を探し出すわ!」

「チェイテシンデレラ城」

 

 何ぞそれ、と光己もジャンヌたちも思ったが、今のところ他に手掛かりはない。ここはエリザベートについていくしかなさそうだ。

 

「どこにあるかは分からないけど、きっとあるわ!」

「……」

 

 3世紀の中近東にチェイテ城があるわけない……のだが、それを言ったら目の前の屋敷もあるはずのないものだ。意地悪を言うことはあるまい。

 

「だって、今は―――ハロウィンなんだからね!」

 

 

 

 

 

 

「……ほえ?」

 

 光己たちはまた戸惑ってしまった。確かカルデアでは1月9日だったはずだが、時間移動するのだから季節がずれるのはむしろ当然かも知れない。ハロウィンと考えれば、さっきの連中の頭部がカボチャだったのも頷けるし。

 3世紀の中近東にハロウィンなんてなかったという根本的な問題に目をつぶるなら。

 

「ところでアタシ、どうしてこんな所で箒を動かしていたのかしら?」

「いやそれは魔法使いが来る前のシンデレラらしく、義母や義姉の意地悪でやらされてたんじゃないの?」

「そう、そうだったわね。それじゃお城目指して出発よ!」

 

 そう言うとエリザベートは意気揚々と歩き出したが、光己は思うところあってそれを引き留めた。

 

「あ、ちょっと待って。このお屋敷って、エリザベートの他に誰か住んでるの?」

「へ? ううん、いないわよ。まったく、お母様もお姉様も重要な登場人物なのに気が利かないわよね。まあアタシを虐げたりしたら十倍返しの拷問だけど!」

「物騒なシンデレラだなあ……」

 

 まあ魔法使いポジである自分には関係ないし、それより話を早く進めたい。そう考えた光己は深く追及せず本題に入った。

 

「誰もいないってことは、エリザベートが出てったらこの屋敷は空き家になるんだよな。なら役立ちそうなもの持って行った方がいいと思うんだ」

 

 3世紀の中近東にないものがあるということは、特異点なり黒幕なりが舞台装置として作ったものだろう。なら中にあるものを頂いていっても倫理上の問題はないというか、特異点修正に使えるのならむしろ推奨されることであるはずだ。

 

「そう、俺のお宝センサーがこの屋敷にはいい物があると言っているのさ。

 今回は特に欲しい物もあるしな」

「んー、まあいいんじゃない? 本来アタシの家なわけだし、地図があるかも知れないしね」

「ありがと、それじゃさっそく」

 

 家主の許可を得た光己が翼や槍を引っ込めて屋敷に入ろうとすると、それを待っていたかのようなタイミングで今まで話に参加せず周囲の警戒をしていたジャンヌオルタが制止してきた。

 

「待った。向こうから誰か来るわよ」

「へ!? ……って、さっき撒いたカボチャ軍団じゃないか」

 

 騎士と骸骨は10人くらいずつとかなり多い。しかもよく見ると、その奥に人間の女性らしき人影が2つある。

 

「ちょっと待って下さい、あれサーヴァントです!

 今まで気づかなかったということは、ついさっき現界したばかりなんでしょうか」

 

 そうなればルーラーの出番だ。人影はカボチャ兵に隠れていて視認しづらかったが、どうにか見えたので真名看破を行う。

 

「ええと。まず黒い仮面をかぶった女性はカーミラ、アサシンですね。宝具は『幻想の鉄処女(ファントム・メイデン)』、彼女が使用したと言われる拷問器具に閉じこめて殺害するものです。

 エリザベートさんに似た感じの赤い髪の方は妖精騎士トリスタン、アーチャーです。宝具は『痛幻の哭奏(フェッチ・フェイルノート)』、対象1名に強力な呪いをかけるものですね」

「「な、何だってーーー!!」」

 

 エリザベートとメリュジーヌの驚きの声が唱和する。まさかこんなところで知り合いに出くわすとは!

 

「つまりお母様とお姉様は、アタシがチェイテ城に行くのを邪魔して、ハロウィンを台無しにするつもりってわけね! ますますシンデレラっぽくなってきたわ!

 そっちがそのつもりなら、こっちだって黙ってないわ。さあ、衝撃のデビュー・ライブぶちかますわよ子イヌ!」

「ちょっと待った! カーミラって人は知らないけど、トリスタンは私が説得するから!」

 

 さて、お母様(仮)とお姉様(仮)の運命やいかに!?

 

 

 



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第181話 妖精國女王の娘

 カーミラと妖精騎士トリスタンはシンデレラの義母と義姉という役をつけられて現界したとはいえ、元は赤の他人である。ましてトリスタンはある特定の妖精(ヒト)以外を母として認めるつもりなど毛頭ないのだが、2人ともサディスト気質という共通点があるので今のところ2人の仲は破綻とまではいっていなかった。

 

「……それにしても、異聞帯の妖精である私が何で汎人類史の童話の悪役なんてやらなきゃいけないんだ? 性格悪いのは認めるけどさ」

「アナタ、顔形や髪の色はあの子によく似てるのよ。中身の方も……あの子があと3歳くらい育って、私と同じ『血の伯爵令嬢』になったらだいぶ近くなるわね。

 つまりその縁で呼ばれたんじゃないかしら」

「……」

 

 カーミラの過去の姿に似ていると言われるのはトリスタンにとって愉快なことではないらしく不機嫌な顔になったが、数秒ほど黙り込んだだけでそれ以上の反応は見せなかった。

 

「で、貴女は過去の自分に会ったらどうする気なの?」

「私とあの子は互いに認めがたい存在、顔を合わせたら殺し合うしかない間柄よ。

 オルレアンでやられた恨み、たっぷり返してあげるわ」

「それはご愁傷さ……って、ちょっと待った。つまり貴女はもう大人なのに、14歳かそこらの自分に負けたってこと? ざぁこ、ざぁこ♪」

「うるっさいわね!」

 

 ただでさえ過去の自分の意地悪な義母なんてしょーもない役を押しつけられて辟易(へきえき)しているというのに、同僚?も性格が悪いとは。さっさと終わりにして英霊の座に帰りたいものだとカーミラが内心で嘆息しつつ歩いていると、ようやくたどり着いたお屋敷の前でサーヴァントらしき男女が何人か話し込んでいるのを見つけた。

 

「カボチャどもが邪魔でよく見えないわね。ちょっとどきなさい」

 

 すると指示通りカボチャ兵士たちが左右に分かれたので、2人は屋敷の前の連中の顔まで見えるようになった。そのメンツを把握したカーミラが仰天して目を丸くする。

 

「ちょ、何であいつらまでいるのよ」

 

 過去の自分がドレスなんぞ着て舞い上がってるのはまあいい。忌まわしきカルデアのマスターがいるのもある意味当然だ。しかしなぜ黒と白の聖女が一緒にいるのか。自分と過去の自分と同じような仇敵同士ではなかったのか!?

 一方トリスタンも生前の同僚と目が合って驚いていた。そしてトリスタンが何か言う前に、先方が大きな声で呼びかけてくる。

 

「バーヴァン・シー! こちらに来れば陛下と会えるよ」

「!?」

 

 次の瞬間、トリスタンいやバーヴァン・シーは今ちょうど開いた空間を通ってメリュジーヌの隣までダッシュしていた。ついで回れ右すると、先ほどまでの仲間に別れの挨拶をする。

 

「楽しかったぜぇ、おまえとの母娘ごっこ!!」

「ちょ!?」

 

 秒で裏切られたカーミラは怒るというより当惑したが、この人数差ではどうあがいても勝ち目はない。こちらも秒で逃走を決意すると、カボチャ兵士を盾にして脱兎したのだった。

 

 

 

 

 

 

「あ、逃げた」

 

 メリュジーヌもバーヴァン・シーもカーミラの逃げ足の速さに一瞬あっけに取られて追撃しそこねてしまった。さすが(見た目は)年長だけあって判断が早い。

 しかも殿(しんがり)を仰せつけられたカボチャ兵士たちが襲って来たので、彼らを倒している間に完全に見失ってしまう。

 

「ま、お子様の自分に負けたざぁこ☆だし、放っておいていいんじゃね? それよりお母様はどこだよ」

 

 バーヴァン・シーは逃げた母親(仮)より、生前慕っていた本当の母親(こちらも義母だが)の方にご執心だった。まあ当然のことだが、するとメリュジーヌは厳しい顔をして一瞬光己たちの方に目をやった。

 

「いや、ここにいるわけじゃないんだ。説明するからこっちに来てくれ」

 

 そしてバーヴァン・シーの手を引っ張って、光己たちに声が聞こえない所まで離れる。

 

「何だよ一体。あいつらの前じゃ話せないことなのか? いや知らない顔ばかりだけど」

「うん、絶対に聞かせられない」

「……」

 

 同僚にピシャリ断言されて、バーヴァン・シーは思わず口をつぐんでしまった。どんなややこしい事情があるというのだろうか?

 

「さて、どこから話そうかな。まずは陛下がいらっしゃる所からかな?

 うん、そこからだね。一言でいうと、陛下は今カルデアに身を寄せておられる。もちろん僕や君と同じくサーヴァントとしてだけどね」

「はあ!? なんでお母様がカルデアに行くんだよ。そりゃカルデアの連中に直接やられたってわけじゃないけど、敵は敵でしょうに」

「うん、その辺はいろいろ事情があってね」

 

 バーヴァン・シーには理解しがたい話だったが、その後メリュジーヌが説明してくれたところによると、要するにモルガンにとっては汎人類史のブリテンもまた愛すべきブリテンであり、そこの王になるためにカルデアに協力しているということらしかった。

 

「でも変じゃない? 確かお母様って、生前は汎人類史全部潰してでも妖精國を残そうとしてたはずだもの」

 

 そうしたら当然汎人類史のブリテンも潰れてしまうと思うのだが。

 

「うん、そこは優先順位の問題だと思う。まずは妖精國が第一だけど、そちらにはもう入れなくて手の打ちようがないから、今は汎人類史の存在になったわけだしこちらで、ということじゃないかな」

「なるほどね。でもあんな酷い目に遭ったのに、まだ王様続けたいのかな。

 もうやめて、どこか田舎でのんびり暮らせばいいのに」

 

 バーヴァン・シーはそう言っている間はしんみりした様子だったが、言い終えると何かを思い出したのか悪鬼のような形相でメリュジーヌを糾弾し始めた。

 

「……って、なに訳知り顔でお母様の代弁者気取ってるんだよ。裏切者のくせに!

 いやおまえだけじゃない。バーゲストもウッドワスも、スプリガンもオーロラも城の上級妖精たちも、みんなみんなお母様を裏切った! 最後までお母様の味方だった妖精なんて1人も、ただの1人もいなかった!」

「……」

 

 狂ったように叫ぶバーヴァン・シーを、メリュジーヌは黙ってじっと見つめていた。おそらくこうなることが分かっていて、光己たちに聞かせまいとしたのだろう。

 

「なんておバカで、恩知らずな妖精ども!

 何が『ブリテンは貴女の庭ではない』だ! ブリテンは、妖精國はお母様1人の力で保ってたものなんだから、お母様の庭でいいんだよ! 少女らしい夢で何が悪い! そうでもなかったらあんな詰んでる國、誰が面倒みるもんか。あいつらは何か都合のいいこと考えてたんだろうけど、そんなうまくいくわけないだろ」

「……」

 

 メリュジーヌはまだ沈黙している。邪魔せず最後まで聞くつもりのようだ。

 

「実際うまくいかなかったよな。お母様がいなくなったらすぐ滅びた。神と虫にやられて、國どころか島ごと消えてなくなった! いい気味だ!! あはははははははははははは!!!」

 

 焦点の合ってない目で虚空を見上げて高笑いを続けるさまは本当に狂ってしまったかのように見えたが、やがて当座の怒りは全部吐き出し切ったのか、ようやくおとなしくなった。

 

「………………いや、私におまえらを責める資格なんてないか。

 そもそも私が人質にならなかったら、お母様は死なずに済んだんだから。お母様がなぶり殺しにされてる時も何もできなかったのに、偉そうなこと言えるわけないよな」

 

 そして山の頂上から深い谷底に転げ落ちるようにテンションが急降下したかと思うと、メリュジーヌに背中を向けてとぼとぼと立ち去っていく。

 

「……お母様には適当に報告しといてくれ。

 さっきはああ言ったけどとても顔向けできないし、私が行っても役に立つどころか、足手まといになる気しかしないから」

「え!?」

 

 メリュジーヌはバーヴァン・シーに責められることは覚悟していたが、こんな行動は予想していなかった。慌てて追いすがると、肩に手を置くようなことは避けて言葉だけで説得を試みる。

 

「ま、待って待って! 人質の件は陛下に直接聞いたけど、君を責めてる様子はなかったよ。むしろご自分の判断ミスを悔いておられた」

「……え」

 

 モルガンに直接聞いた、と言われてバーヴァン・シーはさすがに足を止めた。

 

「本当に?」

「こんなこと嘘で言えるわけないだろう? あと君の身体を腐らせた犯人のベリルに対してはことのほかお怒りで、なだめるのは大変だったよ」

「え、ベリルが? 何言ってるの? マジで!?」

「気づいてなかったのかい!?」

 

 同僚の迂闊さにメリュジーヌはちょっと呆れてしまった。

 そういえばモルガンはなぜバーヴァン・シーを娘=後継者にしたのだろう。どう贔屓目に見ても、王としては人格も能力も不適格だと思うのだけれど。

 

「でもお母様がそう言ったのなら間違いないわよね。そういえば体の調子が悪くなったの、あいつに習った魔術やった直後からだし。

 ちくしょう、騙された! 今度会ったらブチ殺……って、もう生きてるわけないか」

「……」

 

 実は凍結処置されて生きているのだが、今それを言うと面倒なことになるのでメリュジーヌはとりあえず伏せておいた。

 

「……でもなんで? それなりに仲良かったし、まして私にあんなことしたのがお母様にバレたら八つ裂き確定なのに」

 

 遊びや気まぐれだとしたら、リスクなしでやれるターゲットが他にいくらでもいるのに何故? バーヴァン・シーにはベリルの思惑がまったく想像できなかったが、やがて1つの可能性に思い至った。

 

「もしかしたらカルデアのスパイだったのかな? 異聞帯と異星の神に寝返ったと見せかけて、本当は汎人類史の味方のままだったって感じの。それでスプリガンやオーロラをそそのかして反逆させたって考えれば筋通るでしょう?」

「なるほど、それはあり得るね。だとしたら裏切者の汚名をかぶってまでして同胞のために尽くしたわけだから見上げたものだね」

 

 それは2人が持っている情報から考えるなら合理的な推理だったが、実際はベリルはカルデアに対しては終始敵対的だったので大外れだったりする……。

 

「まあそのあたりは僕たちじゃなくて陛下が判断することだと思うよ。

 ……そういうわけだから、素直に来てくれないかな。じゃないと僕が陛下に怒られる」

「おまえが怒られるのは別にいいけど、お母様が私を待っててくれるんならカルデアでもどこにでも行くよ。たとえ私を責めてなかったとしてもちゃんと謝らないと」

「そうか、ありがとう」

 

 バーヴァン・シーが説得に応じてテンションも戻ったので、メリュジーヌは任務達成とばかりに安堵の息をついたが、ここで彼女には1本釘を刺しておかねばならない。

 

「……それでね。こちらから呼んでおいて虫がいい話かも知れないけど、もう1つお願いしたいことがあるんだ」

「……聞くだけは聞いてやるよ」

「ありがとう。君がカルデアに行くためにはあちらにいるマスターとサーヴァント契約をする必要があるんだけど、そのためには君が妖精國でやってた無軌道な殺戮はやめてもらわないといけない。

 マスターはそういうのは絶対受けつけないし、陛下にも迷惑がかかるからね。できれば言葉遣いももう少し穏やかにしてもらえるとありがたい」

 

 バーヴァン・シーは見たこともないマスターとやらの都合などどうでも良かったが、モルガンに迷惑がかかるとなると目の色を変えた。

 

「マスターはともかく、お母様に迷惑がかかるってどういうこと?」

「君が妖精國で大手を振って歩けてたのは、陛下の後ろ盾があったからだということくらいは分かってるよね?

 でもカルデアではそれはない。妖精國自体がすでにないんだし、ましてやカルデアには『汎人類史の陛下』の妹君が5人もいて、しかも汎人類史では妹君の方が王だったそうだからね。妖精國女王といっても肩書だけで、実質的な力は何もない。

 つまり陛下といえども『1人の強い魔術師』に過ぎないんだよ。君がやらかしたら、陛下も母として泥をかぶるハメになるんだ。

 まあ僕が代弁するのが気に入らないというのなら、陛下にお会いする時まででいいよ。その時改めて陛下にお伺いすればいい」

「……」

 

 メリュジーヌの話は筋が通ったもので、バーヴァン・シーにとっては不愉快ではあるが反論はしづらかった。とはいえ気になることはある。

 

「……お母様がカルデアでは肩身の狭い思いをしてるとか、そういうのはないよな? 妹たちに虐げられてるとか」

「それはない。他のサーヴァントと扱いは同じだし、妖精國にいた頃より穏やかな顔をしておられるくらいだよ。

 妹君たちとの仲も……アルトリア王とは会うたびに口ゲンカしてるけど、他の4人とは険悪じゃないしね」

「……そうなんだ」

 

 妖精國と汎人類史の関係を思えば十分以上の厚遇というべきで、文句をつける余地はなかった。

 

「それにしてもお母様の妹かあ……私にとっては叔母ってことになるのよね?」

「……姪と認めてくれるかどうかは分からないけど、どちらにしても『おばさま』という呼び方は避けた方がいいだろうね」

「そう言われるとやりたくなるな」

「責任は取らないよ」

 

 もともとメリュジーヌはバーヴァン・シーとはたいして親密ではなかっただけに、そこまで深入りするつもりはないようだった……。

 

「……まあいいや。

 ところでマスターってあそこにいる男だよな? 私が知ってる『異邦の魔術師』と違うんだけど」

「僕が知ってるのとも違うね。カルデアには複数の魔術師がいるから、妖精國には別の人が派遣されたんじゃないかな」

 

 モルガンは記憶が混乱していて『異邦の魔術師』が光己だったのかどうかはっきり思い出せなかったが、メリュジーヌとバーヴァン・シーは別人と断定できているようだ。

 まあ2人にとっては、両者が別人ということは光己への敵愾心が減るだけで不利益は特にない。連れ立って彼のもとに戻るのだった。

 

 

 



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第182話 趣味は靴集め

 バーヴァン・シーはこれからカルデアのマスターとサーヴァントたちに接触するわけだが、敵だった者に世話になるのだからおとなしくしてろというのは仕方のない話だ。もともと人間はそんなに嫌いじゃなかったし、特に汎人類史の人間には文明の作り手としては好意を抱いているくらいだから、取り立てて苦痛というほどではない。

 特異点を修正してカルデア本部に帰るために探索や戦闘をするそうだが、それは嫌なら参加しなくていいそうだ。

 と言われても1人だけサボるのはきまり悪いし、そのせいでヒヨワな人間の魔術師が流れ弾でぽっくり死ぬようなハメになったら大変だ。多少は手伝ってやろうと思ったのだが……。

 

「何こいつ、私より魔力強いじゃない」

 

 近づいてちゃんと見てみると、モルガンには及ばないが氏族長クラスではないか。もしかして汎人類史の人間というのは妖精より強い生き物だったのか?

 ……いや妖精國に来た「異邦の魔術師」はこの男の100分の1の魔力も持っていなかった。やっぱりこの男が特別、というかこの魔力の質は!?

 バーヴァン・シーがはじかれたようにメリュジーヌの顔を見やると、同僚は我が意を得たりとドヤ顔を披露してくれた。

 

「やっぱり気づいたね。そう、このマスターこそは世界にたった1人の僕の同族、(つがい)にして兄なんだよ。

 1人ぼっちじゃなくなったんだから、宝具の名前も変えようかなと思ってる最中でね。『世界で2人の、聖なる鼓動(ホーリーハート・アルビオン)』とかどうだろう。

 雪の降る静かな夜の街で2人きり、マスターが僕の手をとって、指輪をはめてくれるんだ」

「何言ってんだおまえ」

 

 唐突にイミフなことを言ってのろけ始めた同僚に、バーヴァン・シーは冷めた目と口調でツッコミを入れた。ほんの数十秒前まで真面目にしていたのに、頭のネジでも抜けたのだろうか。

 

「それより早く紹介してくれよ」

「つれないなあ、まあ仕方ないか。

 マスター、こちらが生前僕の同僚だった妖精騎士トリスタン、本名はバーヴァン・シーだよ。モルガン陛下の義娘でもある。

 性格はちょっと……いやかなり問題あるけど、陛下にお会いするまではおとなしくしてもらうよう話をつけたし、その後は陛下がさとしてくれるはずだから大丈夫だと思う」

 

 バーヴァン・シーは「かなり問題ある」と言われてちょっと鼻白んだが、良い娘だなんて紹介される方が困る身だから否定はしなかった。

 

「……バーヴァン・シーだ。お母様に会いたいからよろしく頼む」

「んー」

 

 光己の方もびっくりしていたが、確かにこの少女はいわゆる不良の娘という感じがする。この娘単体だとかなり扱いにくそうだから難しいところだが、モルガンとメリュジーヌが面倒見てくれるなら仲間にしてもいいだろう。

 

「分かった。カルデアのマスターの藤宮光己だよ。こちらこそよろしく。

 モルガンに会いたいってことは、ここでサーヴァント契約してカルデアに来るってことでいいの?」

「……うん、頼む」

 

 バーヴァン・シーは女王である母を呼び捨てにされてちょっとカチンときたが、ここで怒るわけにはいかない。素直に頷いた。

 こうして無事契約締結までいったので、次はサーヴァントたちも紹介してもらうわけだが……。

 

「ジャンヌ・ダルクと申します。よろしくお願いしますね」

「ジャンヌオルタと呼んでちょうだい。この白いのと名前は同じだけど赤の他人だから」

「もう、オルタってばいつまでツンデレしてるんですか」

「だから違うっての!」

「……」

 

 ジャンヌ2人の間柄がよく分からないのはまあいいとして。

 

「分かってるとは思うけど~♪ アタシが貴女の義妹役にして大正義アイドル、エリザベート・シンデレラよ~♪

 何か顔も似てるし~♪ これからは仲良し姉妹でいきましょうね~♪」

「アイドルとかはどうでもいいけど、話すか唄うかどっちかにしてくれねえかな」

 

 義妹役の娘は頭のネジがどうというレベルじゃなかったので、入れたくもないツッコミを入れてしまった……。

 ただこの義妹役、ガラスの靴のつま先にトゲをつけるというのは新しい発想だ。おそらく一般的なものではなく彼女独自のセンスで、そこだけは褒めてやってもいいと思う。

 

「……それで、次は何するんだ?」

 

 バーヴァン・シーはエリザベートとあまり長話してると頭が痛くなりそうな気がしたので、自己紹介フェーズは早々に切り上げてマスター=引率役に次のフェーズに移るよう求めた。

 まあ無理もない要求であろう……。

 

「うん、ちょうどこのお屋敷の家探しするところだったんだ。何か役に立つものがあるかも知れないと思って」

「んー、まあいいんじゃないか?」

 

 バーヴァン・シーには特に代案はなかったので、そろって屋敷に入ることになった。

 鉄の門扉を開けて敷地に入ると草地で花も咲いている庭になっていて、その中央には噴水まで設置されている。

 噴水の真ん中に女性の彫像が置いてあって、彼女が手に持った水瓶から水が流れ落ちているという凝りようだ。

 石畳の通路の先に立っている屋敷も相当な大きさである。

 

「おおぅ、これはすごいな。考えてみれば王城の舞踏会に行けるくらいだから、庶民じゃなくて貴族とか大商人の家柄なんだろうな」

「アタシほどじゃ~♪ ないけどね~♪」

「さすがにバートリー家と比べるのは酷じゃないかな」

 

 そう考えると、家柄を自慢したり威張ったりすることがほとんどないエリザベートはかなりフランクな性格といえるかも知れない。

 そして玄関を開けると土間になっていた。西洋の家屋は日本と違って靴を脱がずそのまま入るようになっているが、ここでは靴についた土や泥を落としたり傘の類を置いたりする場所として用意されているようだ。

 その壁際に靴箱があるのを見つけたバーヴァン・シーの目が肉食獣めいた光を放つ。

 

「つまりこの中には昔の偉いさんが履いてた靴が入ってるってことか? やっべ、マジ宝箱じゃん」

 

 バーヴァン・シーは汎人類史の文明、中でも靴が好きで生前も集めたり作ったりしていたくらいである。今本場のレア物を発見したとあって、ワックワクな顔で靴箱の引き戸を開く。

 中には彼女が期待した通りのものがいくつも入っていた。昔のものだから品質面ではやや難があるが、代わりにベリルに聞いていたものとは違う感性でデザインされている。

 その中でも目を引いたのは、金色のヒールと銀色のヒールの2足だ。手に取ってみると妙に重いし冷たい。

 

「こ、これもしかして本当に金と銀でつくられてるのか!? す、すっげぇ!!」

 

 さすがは可能性の世界、驚くべき発想である。実用性はなさそうだが、芸術品としての価値は高い。どんな職人がこんな奇抜なものをつくったのだろうか。

 この特異点に召喚された時は心底面倒に思ったが、母に会える上にこんなお宝まで手に入るとは何という幸運!

 しかしそこにエリザベートがチャチャを入れてきた。

 

「待ちなさい! 他の靴はともかく、その2足はアタシのよ」

「な、何でだよ。おまえにはそのガラスの靴があるからいいじゃねえか」

「だってそれ、シンデレラ物語の別バージョンで、シンデレラが白い小鳥に貰うものだもの。なら当然アタシのものでしょ?」

「むぐぐ」

 

 2人ともシンデレラやその義姉として現界するにあたって、シンデレラ物語についてはそれなりの知識をもらっていた。それによれば、確かにエリザベートの言う通りなのである。

 バーヴァン・シーは言葉に詰まったが、靴コレクターとして簡単に諦めるわけにはいかない。

 

「た、確かにそうだけどそこはそれ! 妹のものは姉のもの、姉のものも姉のものという感じで」

「ジャイ〇ニズムはやめなさいよ!」

「わーわー!」

「ぎゃーぎゃー!」

 

「……」

 

 バーヴァン・シーとエリザベートが靴を取り合って口論している光景は顔が似ているだけに本当の姉妹ゲンカのようで大変微笑ましかったが、放置して腕力でのケンカに発展したらまずい。光己は気は進まないながらも、マスターとして仲裁に入ることにした。

 

「まあまあ2人とも! その靴はサーヴァントが実際に履いて歩き回れるものじゃなさそうだし、飾っとくだけなら共有でいいんじゃないかな」

「うーん、子イヌがそう言うなら仕方ないわね」

「そうだな、おま……マスターがそう言うなら」

 

 バーヴァン・シーもエリザベートも相手の言い分に屈するのは癪だったが、マスターという共通の権威者が自分の主張も酌んだ上での和解案を出してきたなら歩み寄るしかなかった。これで口論は終わったが、バーヴァン・シーにはまだ懸念が残っていた。

 

「でもこれどうやって持って行こうかな。家探しするなら袋の1つや2つはあるだろうけど、それ持って探索や戦闘は無理だしな」

 

 こういう時は今までならマシュが携帯しているダ・ヴィンチ製収納袋に入れておけたのだが、今回は来ていない。しかし代わりに似た能力を持っている者がいた。

 

「じゃあカルデアに戻るまで俺が預かっておこうか? その金の靴と銀の靴以外はお宝認定できないけど、全部一括で袋に……いや靴箱自体を入れれば済むか」

「……? 何の話?」

 

 バーヴァン・シーには光己の言うことが理解できなかったが、彼が論より証拠とばかりに空中に黒い波紋のようなものを出し、その中に手を突っ込むと思い切り目を丸くした。

 

「手、手が消えた!?」

 

 不可思議にも、彼が手を突っ込んだ波紋の向こうには何もないのだ。一体これは何なのか!?

 その答えは数秒後に明らかになった。光己が波紋の中?から戻した手には、さっきは持っていなかったはずの金塊が握られていたのだ。

 

「こんな感じで、お宝を謎空間に保管しておけるんだよ。俺がお宝と認定できたものだけだけどね」

「すげぇ、お母様のマスターやってるだけのことはあるな……」

「子イヌってばそんな魔法も使えたのね! さっすがー!」

 

 バーヴァン・シーとエリザベートが感嘆の声をあげる。特にバーヴァン・シーにとっては、当初の「ヒヨワな人間の魔術師」から「自分より強そうなドラゴンのリッチな大魔術師」まで評価が上がる一方だった。

 そしてさらに閃きが舞い降りる。

 

「そ、そうだ! そういうことなら靴! お宝な靴ってないかな」

「ちょ、ちょっと待ったバーヴァン・シー。マスターがどうとか以前に初対面なんだから、あまりわがまま言っちゃだめだよ」

「分かってるって。くれとまでは言わねえよ」

 

 収集家として外せない要望を出してみるとメリュジーヌが口をはさんできたが、さすがにそこまで無理を言う気はない。現界した時に得た知識によると、汎人類史にはかつてドラゴンが数多くいて、彼らは金銀財宝やマジックアイテムを集める習性があったらしいから、そんな彼らのお眼鏡にかなった逸品を見てみたいというだけである。

 

「うん、見せるだけなら」

 

 光己も初対面の娘にお宝をプレゼントするほど気前良くはないが、サーヴァント契約した相手なら見せるくらいは構わない。忘れないうちに靴箱を「蔵」に収納しておいてから、リクエストされたお宝な靴を取り出す。

 

「といってもお宝レベルの靴って、剣や槍よりずっと少ないんだよな」

 

 光己が知っているのはオーディンの子のヴィーザルがフェンリルを倒す時に使った硬い靴、伝令の神ヘルメスが持っている翼付きのサンダル(タラリア)、そしてアーサー王も持っていたという1歩で7リーグ進める靴(セブンリーグブーツ)くらいである。実際に「蔵」に入っているのは、タラリアの模造品の空を飛べる羽付きのブーツ(ウイングドブーツ)、魔術的な効能はないが高価な宝石をあしらってある女性用ヒールが数足ほどだった。

 

「うん、今出せるのはこんなところかな」

 

 そう言いながら光己がこれらを出して見せると、バーヴァン・シーは子供のように目を輝かせた。

 

「うっわぁ、すごい! 靴自体も光沢があって綺麗だけど、アッパーやヒールに宝石がついてるなんて贅沢ぅ! いやこっちの黒地に小さい宝石いっぱい付けて夜空みたいにしてるやつの方が手間かかっててすごいかな? うーん、これがリッチなドラゴンのお宝ってやつなのね」

 

 バーヴァン・シーは宝石付きヒールについては手に持ってぴょんぴょん飛び跳ねるほどに高評価だったが、ウィングドブーツには辛口だった。

 

「でもこっちはただの毛皮のブーツよね。デザインももっさりしててつまんないし。鳥の羽がついてるけど、まさかこれで飛べますよーとか言うつもり?」

「うん、そうだよ。本当に飛べる」

「デジマ」

 

 バーヴァン・シーは驚倒した。まさか靴で空を飛ぼうなんて酔狂な者がいるとは。

 これが汎人類史の本気というものなのか!

 

「といっても靴自体にしか推進力がないから、空中でバランスとって思い通りに飛ぶのはかなり難しいんだけどね。

 上手くなる前に転倒からの墜落で頭打って死ぬのがオチの欠陥、いや未完成品ってところかな」

 

 だから自力で飛べる光己にとっては無用の長物なのだが、飛べないバーヴァン・シーにとっては超魅惑的なアイテムである。

 

「履きたい! ねえねえ、少しでいいから貸してくれよ。少しでいいからさ」

「へ!? うーん、サーヴァントでも硬い床に頭打ったら痛いだろうしなあ」

「それは自分のせいだから文句言わねえよ。ちょっとでいいからー!」

「むー」

 

 服を引っ張っておねだりされても光己はすぐには首を縦に振れなかったが、そこにメリュジーヌが仲裁に入った。

 

「マスター、墜落しそうになったら僕が抱えるから大丈夫だよ。これから家探しもするんだし、あんまり長時間はやらせないから」

「んー、それならいいか」

 

 ということで光己がウィングドブーツを床に置くと、バーヴァン・シーは今まで履いていたヒールを脱いでそちらに足を入れた。

 サイズはちょうどぴったりだが、これはたまたまそうなのではなく、履く人の足の大きさに合わせて靴の内側が膨らんだりへこんだりして調整してくれているようだ。

 

「これも新しい発想だな……で、どうやったら飛べるんだ?」

「念と魔力を送るとその強さに応じた速さで靴が持ち上がるんだ。ただし一般人仕様だから、くれぐれもそーっとね。

 サーヴァントがマジでやったら多分弾丸めいてカッ飛ぶ」

「それはそれで面白そうだけど、ここじゃ無理だなあ」

 

 説明を聞き終えたバーヴァン・シーはそれに従って、まずは注意深く針穴に糸を通すように細かく念を送っていくと、やがて足の裏が下から押されるのを感じた。

 

「おおっ!?」

 

 どうやら光己の言ったことは正しかったようだ。

 しかしここではしゃいではいけない。冷静に、慎重に念と魔力を強めていくと、ついにバーヴァン・シーの体はゆっくりと宙に浮き上がった。

 

「やった……!」

 

 ただこのままだと上昇しっ放しであり、停止するには微妙に出力を下げる必要があるようだ。上がったり落っこちたりと試行錯誤の末、バーヴァン・シーはどうにか空中で静止することができた。

 あとは地面の上を歩くのと同じように足を動かせば前に進めるし、足裏の角度を調整すれば立ったまま進むこともできそうである。

 とはいえこの精細な精神集中を維持するのは骨が折れることで、「空中でバランスとって思い通りに飛ぶのはかなり難しい」というのも事実のようだ。

 

「おお、空中で止まってる……こんな早くそこまでいくとは、シュミにかける情熱ってすごいんだなあ」

「さすがは~♪ お姉様ね~♪」

「誰がお姉様だ!」

 

 まあそれは相応のコストというか、練習すれば楽になるはずだから良かったが、義妹役のボケについツッコミを入れたせいで出力が乱れてしまった。氷の上を歩いていて足が滑った時のように、脚が前に上がり身体が後ろに倒れこむ。

 

「きゃっ!?」

「おっと!」

 

 幸い予告通りメリュジーヌが空中で抱き留めてくれたので、床に頭を打たずに済んだけれど。

 

「大丈夫かい?」

「ああ、ありがと。でもそこの駄妹役、精神集中してる時に変なこと言うんじゃねえ!」

「何ですって? 褒めたんだから喜びなさいよ!」

「わーわー!」

「ぎゃーぎゃー!」

 

「……」

 

 バーヴァン・シーとエリザベートがまた口ゲンカを始めたが、光己は2度も仲裁するのは面倒なのでぼーっと見物していた。

 とりあえず今回は、バーヴァン・シーはスカートが前面と背面はかなり短いので転倒した拍子にパンツ、細かく描写するなら布面積少なめの純白紐パンがばっちり見えたので貸し賃は回収できたというところか。

 

「ところでマスター。今気がついたのですが、これだけ大きい屋敷ですと家探しは相当時間かかりそうですから、先に西の砂漠にいるサーヴァントに会いに行っておきませんか」

 

 するとその辺とはまったく無関係に、ジャンヌが次の行動について意見を述べてきた。

 なるほど彼、あるいは彼女が味方になってくれる人なら、夜中に砂漠を彷徨わせておくのは申し訳ない。仲間にしてここに連れて来る方がいいだろう。空を飛んでいけば大した時間はかからないし。

 敵対的な者だったとしてもそれはそれで、戦う時期が変わるだけだから無駄足にはならない。

 

「そうだな、家は逃げないんだからそうしようか。

 それじゃ2人とも、そろそろケンカやめて。ジャンヌが見つけたサーヴァントに会いに行くから」

「へ!? あ、ああ。分かった」

「そうなの? まあアタシはどっちでもいいけど」

 

 というわけで、一行は家探しの前に人探しに行くことにしたのだった。

 

 

 




 本格的に探索に入る前に、トリ子とのコミュを入れてみました。エリちゃんとはケンカするほど仲がいい義姉妹に……なれるといいなぁ(ぉ




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第183話 砂塵の女王1

 砂漠というのは寒暑の差が激しい所で、昼間はとても暑いが夜は氷点下にまで寒くなることもあるという。またその厳しい環境にもかかわらず意外といろんな生物がいて、有名なサソリなどは刺されると人間でも死亡してしまう猛毒の種類もいる。

 まあサーヴァントは暑さ寒さは感じるが熱中症や風邪にはならないし、通常の生物の毒くらいは平気だが、マスターは大丈夫だろうか?

 

「うん、礼装があるから大丈夫だよ。いや空飛んで行くんだったな。冠竜形態(ドラゴンフォーム)だとそういうのは初めてか……」

 

 ただクレーンに発注した変身しても破れない礼装はまだできていない。ロンドンに行く時までには完成する予定だが、今はこれまで通り事前に脱がねばならなかった。

 

「何、服を着たまま変身すると破れちゃうの? 面倒ねえ」

「マスターってのも大変なんだなあ……」

 

 光己がその辺の事情をエリザベートとバーヴァン・シーに話すと、2人は人間がドラゴンに変身するというファンタジーな現象に驚きつつも、その不便さには同情してくれた。

 実際サーヴァントが宝具で変身する場合にはそんな不都合はなく、着たまま変身して服がなくなったように見えても、元の姿に戻ると服も元通りになっているのが普通なので。

 

「じゃ、みんな向こう見ててね」

 

 みんなに向こうを向いてもらってから、服を脱いで「蔵」に入れた上で竜の姿に変身する。なおその際に周囲の魔力を吸収せずに済むようになったので、彼女たちに迷惑をかけることはない。

 

「うわ、でっかいわねえ。しかも服っていうか、革のバンドにメタルなパーツまで付けてるなんてやるじゃない」

「それにすごいパワーだな」

 

 魔力の強さや密度は人間の姿の時と変わらない。つまり総魔力量はどうなっているのか……計算したら怖いことになりそうなので、バーヴァン・シーは考えるのをやめた。

 

「それでマスター、寒くないですか?」

「うん、平気。気温が低いのは感じるけどね」

 

 ジャンヌが心配して訊ねてくれたので、光己はそう答えて安心してもらった。

 考えてみればアルビオンが地球誕生の頃から存在していたのであれば、原始大気(こうおんこうあつ)の時代も氷河時代も生き抜いてきたわけだから、現代の気候なんてぬるいものだろう。

 

「で、どこに乗ればいいの?」

 

 次はジャンヌオルタがそんなことを聞いてきた。

 そういえばハーネスや強化ワイヤーは財宝認定できなかったので持って来ていない。といって単に背中に座るだけでは風で落っこちそうだし、どうしたものだろうか。

 

「そうだな、翼の縁にでも捕まって伏せてればいいんじゃないかな? ロンドンの時までにはダ・ヴィンチちゃんに何かつくってもらうから」

「んー、それしかなさそうね」

 

 こうして5人がドラゴンの背中に乗り込むと、慣性制御により羽ばたく必要もなく巨体がふわりと浮き上がる。初見のエリザベートとバーヴァン・シーは驚くばかりであった。

 

「すごいわねえ。これもドラゴンの魔力ってやつかしら」

「昔はこんなのがいっぱいいたって、汎人類史もたいがいハードな環境だったんだな」

 

 まあ光己は数多いる竜種の中でもいろんな意味で超レアなのだがそれはさておき。今夜は風が強くて砂嵐がひどかったが、慣性制御飛行で突っ切る分にはたいした支障はない。

 ジャンヌのナビに従ってターゲットに接近していくと、夜目が利く光己は地上で女性らしき人影が歩いているのを発見できた。

 

「あれだな。もう少し近づいてから着地しようか」

「そうですね。気をつけて下さ……い!?」

 

 ジャンヌがそう言い終えるのとほぼ同時に、地表で金色の光がきらめくのが見えた。

 そこから同じ色の、無数の光の矢が飛んでくる。

 

「こ、この派手な攻撃は宝具か!?」

 

 光己は急加速すれば避けられなくはなかったが、そうするとジャンヌたちが反動で振り落とされてしまう。やむを得ず、頭と胸だけは翼でかばいつつ飛来する矢をそのまま受けることにする。

 

「―――っと、今回は平気だったな」

 

 しかし身体に当たった矢はまったく痛くもかゆくもなく、掠り傷ひとつ負わなかった。戦国時代で「最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)」を喰らった時は大ケガしたが、聖槍に匹敵する宝具なんてそうそうないということだろう。無論光己が成長してより硬くなったというのもある。

 

「……話し合いに来たマスターにいきなり宝具をぶつけるなんて、邪悪の権化とかそういうやつだよね。滅殺してくるからここで待ってて」

「待った待った! これはこっちにも落ち度あるやつだから!」

 

 するとメリュジーヌが据わった眼で矢の発射元を睨みながら飛んで行こうとしたので、光己は慌てて制止した。考えてみれば見知らぬ巨大なドラゴンが予告もなく接近してきたら、先制攻撃したくなるのもやむを得ない。

 

「むうー。それはまあ私たちは最強の竜だから恐れられるのは仕方ないけど、ちょっと甘いんじゃないかなあ」

「怒ってくれるのは嬉しいけど、今回はケガしなかったから」

「仕方ないなあ。マスターがそこまで言うなら、今回はおとなしくするよ」

「うん、ありがと」

 

 光己としても殴り返したい気持ちはあるが、今は探索を始めたばかりだし戦力と情報が欲しい。今回はこちらにも非があるので飲み込んだのだ。

 とはいえ忍耐や寛容にも限度はあるが、地上のサーヴァントは宝具がまったく効かなかったことで戦意を喪失したのか、攻撃はしてこなかった。

 もう少し近づいて光己が着陸すると、まずはいつも通りジャンヌが真名看破を行う。

 

「真名、ゼノビア。アーチャーです。宝具は『砕けよ黄金の枷鎖、黄金の恥辱(オーセンティック・トライアンフ)』、まず自己強化してから先ほど見た無数の矢を放つもので……って、なんて破廉恥な格好してるんですか!」

 

 ジャンヌは仕事はちゃんとやったが、その最後の方で顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げた。

 ゼノビアは22、3歳くらいの褐色の肌の長身でやや筋肉質な女性……なのはいいが、着ている白いドレスとおぼしき服が肩から腿にかけてほとんど消失しているのだ。布面積とても少なめの黒い下着、あと黒いドレスグローブとタイツを着てはいるが、それ以外は肩から太腿まで素肌丸出しだなんて露出が多すぎるにも程がある!

 金製と思われる立派なティアラと首飾りを付けているところから見て上流階級のようだが、これも金色の鎖が首や手足についているから囚われの王族とかそういう立場なのかも知れない。服装が破廉恥なわりに風格を感じるし。

 

「うん、情けは人の為ならずとはこのことだな!」

 

 一方光己はたいそう喜んでいた。またしてもこんな美人でサービスがいいサーヴァントに出会えるとは!

 両手に剣と槍を持っているし、かなり鍛えてそうで腹筋も少し割れてるから相当な武闘派ぽいが、それを補って余りある美貌とスタイルの良さ、特におっぱいが大きい!

 

「あ、そういえばゼノビアってこの時代の女王だったっけ」

 

 今回は予習する時間を取れなかったが、ゼノビアはそれなりに知名度が高いので光己は彼女の名前を知っていた。確かローマ帝国に負けて虜囚になっていたが、鎖を付けているのはそのせいだろう。フランスでのジャンヌと同じご当地枠だろうからこの特異点についての知識も持ってそうだし、ぜひとも味方にせねばなるまい(建前)。

 

「よし、ここは俺に任せろ。我が三寸不爛の舌をもって、みごと口説き落してみせよう」

「助平心が仇になって振られる未来しか見えませんので、私が行ってきますね」

「……」

 

 せっかくやる気を出したのに敬愛するお姉ちゃんに即ダメ出しされて光己はいたくヘコんだが、誰もフォローしてくれないので引っ込んでいるしかなかった。哀しみ。

 

「じゃあアタシも行くわ! アイドルが行けば勧誘成功率大幅アップよ!」

(そうかあ……?)

 

 エリザベートがジャンヌと一緒にドラゴンの背中を駆け下り出したのを見て光己とバーヴァン・シーはまったく同じことを思ったが、かたや今ダメ出しされたばかりであり、かたや異聞帯出身の上新入りでまだ状況をよく理解していないと自覚しているので口には出さずにいた。

 一方ゼノビアは巨大な竜が(彼女視点では)突然襲いかかってきたので自衛のために射撃したがまったく効かなかったので進退に窮していたが、なぜか竜は反撃して来ず、代わりに少女が2人その背中から駆け下りてきたのでびっくりした。

 

「竜が人を乗せていたのか? いや2人ともサーヴァントのようだな。するとドラゴンライダーというやつか?」

 

 どうやら人喰いドラゴンに襲われたのではなかったようでゼノビアはほっとしたが、そうなると自分は敵意のないサーヴァントに攻撃してしまったことになる。まずは謝罪をせねばなるまい。

 

「済まない、野生の竜に襲われたと勘違いして射ってしまった。この通りだ」

 

 ゼノビアがそう言って深く頭を下げると、少女2人は鷹揚に許してくれた。

 

「いえいえ。こちらも不注意でしたし、マスターも怒ってはいませんので気にしないで下さい」

「感謝する……っと、そのマスターはどこに? ああまだ竜の上に残っているのか」

 

 ゼノビアはマスターにも詫びておくべきだと思ったのだが、いきなり宝具をぶつけてきたサーヴァントの前にほいほい姿を見せる方が不用心で浅慮である。この場は目の前の少女に言付けしておくしかなさそうだが、その少女は何かとんでもないことを言ってきた。

 

「いえ、この竜がマスターなんです」

「え!?」

 

 ゼノビアは背筋がゾッと冷えるのを感じた。

 それはつまり竜がサーヴァントを複数使役しているということで、ドラゴンライダーよりずっと危険な存在である。何が目当てで我が国に侵入してきたのか!?

 ゼノビアが恐怖がこもった目で竜の顔を見上げる。それに気づいた光己は、とりあえず自己紹介しておくことにした。

 

「ドーモ、はじめまして。カルデ……いや大奥王の藤宮光己です」

「な、なんだ……と……!?」

 

 第一印象が大事と判断した光己は母国に古くから伝わる奥ゆかしいアイサツをしたのだが、なぜかゼノビアは凍りついたような顔になって返礼をしてくれなかった。

 これは光己が(相手が王様なら、こっちも王を名乗っておくか)と軽い気持ちで言ったのに対して、ゼノビアがそれを(人語を話しサーヴァントを使役するほど知能が高い竜が国家を形成して、しかも王自ら攻めてきたというのか!?)と誤解したからである。

 その辺庶民出身の光己には想像がつかなかったが、竜で国を滅ぼそうとしたことがあるジャンヌオルタには理解できた。

 

「マスター、大奥王なんて言うから『ドラゴンの王が攻めてきた』って勘違いされたのよ」

「あ、ああ、そういうことか」

 

 他国に攻め滅ぼされた国の王なら、そうしたことに敏感なのは当然だ。光己は真意を話しておくことにした。

 

「あー、俺たちは侵略や征服をするつもりはないですよ。この特異点を修正しに来ただけで、それが済んだら帰りますから」

 

 なおカルデア本部にはブリテン島を征服するつもりの者が1人いるのだが、彼女は中近東に関心はないから大丈夫だろう……。

 

「そ、そうか。ならいいんだ」

 

 竜が本当のことを言っているという証拠はないが、嘘をついている証拠もない。むしろ先に殴ったのに殴り返して来なかったのだから穏健派なわけで、ゼノビアはいったん信じておくことにした。

 

「ああ、そういえばまだ名乗っていなかったな。私はゼノビア、生前はこの辺りを支配していたパルミラ帝国の王だった者だ」

 

 合わせて自己紹介もすると、少女2人も名乗ってくれた。

 

「ジャンヌ・ダルクと申します。よろしくお願いしますね」

「ららら~、アタシは、スーパーミュージカルアイドル~♪ エリザベート・シンデレラ~~♪

 そう~♪ この特異点の~♪ 主役~なのよ~♪」

「……エリザベート、だと!?」

 

 エリザベートが今回も節をつけながら自己紹介すると、ゼノビアは無駄に時間を喰ったことにイラついた……のではなく、エリザベートが何かやらかしたと思っているらしく急に柳眉を逆立てた。

 

「おのれ、やはりおまえたちがこの事態の元凶だったのか!」

「なになに!? ホントに知らないんだけどアタシ!」

「それで誤魔化せるとでも思っているのか!」

「ま、まあまあ落ち着いて下さい! 私たちもエリザベートさんとはついさっき出会ったばかりですが、まずはその『この事態の元凶』について話してくれませんか」

 

 しかしジャンヌが割って入ると、聖女的オーラ漂いまくりの彼女に対してはゼノビアも悪党とは思わなかったらしくいったん怒気を静めた。

 

「……そうだな、確かにそれが先か。

 ともかくこの砂漠……麗しきパルミラ帝国の異常は、私が正さねばならない。なんとしても。

 そのために召喚されたのだろうからな」

「その異常とは?」

「ああ。まずこの砂漠は私が覚えているものとは何か(おもむき)が違う。それにこの北には私の知らぬ地形……東西に一文字の山脈があり、さらにその北には随分とメルヘンな城があったりするのだ。

 それに国土の半分は、奇妙な森になっているとも聞く」

「メルヘンな城、ですか」

 

 もしかしてそれがエリザベートが言う「チェイテシンデレラ城」なのかも知れないとジャンヌは思ったが、今はまだ伏せておいた。

 

「とはいえもちろん、ここは間違いなく私の国パルミラだ。それは感覚的に理解できている」

「つまり『元凶』によって国土が歪められている、というわけですか」

「そうだ。歪んでいるなら正さなくてはならない。何者かに襲われているなら守らねばならない。

 具体的に言うと! あの邪悪な城を! 完膚なきまでに叩き壊す!」

 

 それはゼノビアにとっては当然の主張だったが、納得できない者もいた。

 言わずと知れたエリザベートである。

 

「そこまでする必要は~♪ ないんじゃないかしら~♪」

「私の領地、私の国に、あのような悪趣味かつメルヘンな城を置き続ける訳にはいかない。

 有効射程距離に入り次第、バリスタで跡形もなく吹き飛ばしてやる……!」

 

 どうやらゼノビアのメイン武器はアーチャーらしく弩砲(バリスタ)のようだ。今は姿が見えないところを見ると、戦闘時のみ出現させるタイプなのだろう。

 なお光己が問答に参加せず沈黙しているのは、お姉ちゃんの言いつけを忠実に守っているというのではなく、ゼノビアの肢体を見ることに専念しているからだけである。不自然に凝視していると思われない程度に眼福を享受しているのだった。

 

「せめて穏便に引っ越しという訳にはいかないかしら? あれ、一応アタシのお城!」

「人の土地に勝手に上がり込んできた以上、敵対したと認識しても仕方なかろう」

「まあまあ2人とも! 特異点が修正されれば無かったことになる、つまり城は勝手に元の場所に戻るか、本来存在しなかったものなら消滅しますから破壊も引っ越しもする必要はないと思いますよ」

 

 ジャンヌがそう言ってまた仲裁すると、特異点修正については詳しくないゼノビアはいったん矛を収めた。

 

「そういうものなのか?

 ……まあ、今はジャンヌの顔を立てておこう。しかし私は民を守るため、慈しむためならば一切の妥協をせず、叩き潰す。

 かつて愚かなローマの皇帝から民と国を守ったのと同じようにな」

「―――」

 

 ゼノビアの言いようは苛烈なものではあったが、民と国を守ろうとする姿勢はジャンヌにとって好ましいものだった。

 なお光己は(確かゼノビアって自分からローマにケンカ売って、しかも負けたんだから「愚か」と評するのはちょっと……)なんてことを思ったりしたが、ゼノビアはなかなかに迫力があるので無益なツッコミを入れるのはやめておいた。

 

「そういうことでしたら、私たちと一緒に来ませんか? 1人でいるよりは有利だと思いますよ」

「そうだな。協力して事態の解決にあたろうではないか」

 

 ゼノビアとしては竜とそのサーヴァントが味方になるのは大変に心強いし、彼らが本当にパルミラ帝国に侵攻しないか見張っていられるというメリットもある。素直に頷いて、カルデア一行に加入した。

 

「しかしおまえたち、こんな夜中にどうやって私を発見したんだ? 竜というのはそれほど感覚が鋭いものなのか?」

「いえ、私はルーラーですので近くにいるサーヴァントの存在を探知できるのです。貴女が1人で砂漠をさまよっていたようなので、放置しておくよりは接触してみようということになりまして」

「ルーラー……現界した時に得た知識にはあるが、本当に存在したとはな」

「はい。ところで私たちはここから東にある屋敷から来たのですが、砂嵐が吹く中で長話するのも何ですし、いったんそこに来ませんか? 私たちもそこでやり残したことがありますので」

「ふむ、特に支障はないな。ついて行こう」

「ありがとうございます」

 

 こうして、ゼノビアは竜の背中に乗るという人生初の体験をしながらシンデレラ屋敷を訪れることになったのだった。

 

 

 



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第184話 砂塵の女王2

 カルデア一行がシンデレラ屋敷にたどり着くと、ゼノビアはまた訝しげな顔をした。

 

「あれがおまえたちが言っていた屋敷か? ううむ、見たこともない建築様式だな」

「アタシの生前の頃だとすると~♪ 今より千年以上未来の外国のものだし~♪ シンデレラ物語が書かれた頃だと~♪ もっと未来に~なるわね~♪」

「おまえは唄わずに普通に話せないのか?

 ……しかしそうなるとあの屋敷も元凶が用意したものなのか? 何のために?」

 

 ゼノビアには事情がさっぱり分からない。城を叩き壊せば済むと思っていたが、そんな単純な問題ではないのだろうか。「奇妙な森」の件もあるし。

 

「それで、おまえたちはあの屋敷に何用が?」

「家探し~するん~だって~♪ 何か~役に立つ~ものが~あるかも~知れないから~♪」

「なるほど、元凶の手掛かりが残っている可能性はあるな。安全が確認できたなら、拠点としても使えるし」

 

 ゼノビアはパルミラ帝国の民と国を愛しているが、この屋敷は「人の土地に勝手に上がり込んできた」ものなので家探しに反対はしなかった。

 

「……ん? するとその間、この竜は外で留守番なのか?」

「子イヌはいつでも人の姿に戻れるそうだから~♪ 一緒に入るんじゃないかしら~♪」

「そんな芸当までできるのか……いや待て。『戻れる』ということは、人間が竜に変身していたということか?」

 

 ゼノビアは家探しの間ドラゴンが1人寂しく外で待機になるのを気の毒に思ったのだが、どうやらそういう問題ではないらしい。ドラゴンがサーヴァントを使役しているのではなく、竜に変身できる人間の魔術師がサーヴァント召喚もできる、ということなのだろうか。

 

「そうですね。もともとマスターは魔術師ですらない、普通の人間でしたから」

「本当か!? うーむ、それが事実ならよほどの素質があったか、過酷な修練をしたのだろうな」

 

 エリザベートの代わりにジャンヌが答えてくれたのを聞いてゼノビアはそんなことを思ったが、ある意味事実である。

 

「……ん? するとさっきこの竜、いや藤宮が大奥王と言っていたのは何なんだ?

 どこかの国の王が変身の魔術の修業をしたということか?」

「それはマスターが趣味で自称してるだけで、領土はないし国民も……まだ1桁だよ。

 正しい称号は『未来のブリテン王配』だね」

「ちょ、それはまだ決めてないって」

「何なんだ一体……」

 

 何かぐだぐだして面倒になってきたので、ゼノビアはこの件について深く考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 ジャンヌが言った通り、着陸してサーヴァントが背中から降りると光己は人間の姿になった。ゼノビアの感覚では、若くして竜に変身する大魔術を習得した達人とは思えないほど一般人的なアトモスフィアの少年だったが、それを口にするのはやめておいた。

 

「ようやく中に入れるな。着いて早々にいろいろあったし、まずはお茶でも飲んで一服しながらゼノビアさんの話聞くか」

 

 光己は今回のレイシフトの前に「蔵」に水や食糧を入れておいたので、人理のために苦楽をともにしてくれる仲間(サーヴァント)たちにささやかなお礼としてお茶会を開くことができる。しかも用いる茶器や茶葉や茶請けは「迷い家」であり神々への饗応(きょうおう)も行っている閻魔亭で入手した希少品であり、王や大貴族や聖女や異邦の騎士といったハイソサエティな面々をもてなすのにも不足はない。

 

(しかしゼノビアさんのこの格好はどういう意味があるんだろうなあ)

 

 とりあえずリビングらしき部屋に入ると、光己はお茶の用意をしつつ、ゼノビアの顔やカラダをチラ見しながらそんなことを考えていた。

 一般的にサーヴァントは全盛期の姿で現界するといわれる。なのに虜囚の時の姿で現れたのは、もしかして露出や緊縛が好きな変態さんなのか!? もしそうなら遠慮なく凝視してあげるのだが、さすがにこの解釈は間違ってそうだ。

 

(直接聞くわけにもいかんしなー)

 

 初対面の男性が訊ねるにはセンシティブ過ぎる話柄である。ある程度仲良くなるまでは、無難にいく方が良さそうだ。スタイルがいい美人さんが下着姿を見せてくれているだけでも大変結構なことなのだし。

 もっとも女性のジャンヌたちでも聞きづらいことではあるし、当のゼノビアも自分から吹聴したいわけでもないので、今は棚上げという形になっていた。

 

「……これは未来の異国の飲み物か? ちょっと苦いが、気分が落ち着くな」

「俺の母国の裏世界の老舗の旅館で購入したものです。表世界じゃどこ探しても見つからない逸品ですよ」

「ほう、そんな珍しいものか。なら心して頂かねばな」

 

 ゼノビアは日本の高級茶に好感を持ったようだ。一方バーヴァン・シーは「どこ探しても見つからない」と聞いてぴたっと手を止めた。

 

「そ、そんなレア物なのか? なら私が飲むよりお母様にお土産にしないと」

「カルデアの食堂にもうたくさんあるから、その心配はしなくていいよ」

「あ、そっか。むしろここにしかない物を探した方がいいんだな」

「うん、ただマスターも探し物してるからそっちが優先だけどね」

 

 バーヴァン・シーの親孝行ぶりにメリュジーヌは以前ならちょっと羨望を抱いたところだが、今は自分にも家族がいるので外面も内面もいたって穏やかなものだった。

 

「……では先ほどの続きを話すとするか。

 城の位置は大凡(おおよそ)分かっているが、問題が3つある。

 まず1つめ、この砂漠はある特定のルートをたどらなければひどい砂嵐で進めない。

 2つめ、砂嵐を越えても、先ほども話した東西に長い山脈、高い岩山がある。これを越えるにはかなりの労苦を伴うだろう。

 しかし幸い、山の中腹に洞窟がある。岩戸に閉ざされていたから私もまだ入ってはいないが、隙間に空気の流れを感じたから山向こうまで続いているはずだ。もし岩戸を開けることができれば、城への道は拓けよう。

 そして3つめ……まあ、これは我らにとっては大した障害ではないだろうな。風の便りで聞く限り、このあたりには多くの盗賊たちがいるらしい。出会ってしまえば邪魔をされるかも……というところだ」

 

 ゼノビアはここまで一気に話したが、ふと重大なポイントに気がついた。

 

「…………いや、竜の背に乗って飛んでいくなら全部無視できるのか?」

 

 王としては国内に盗賊がはびこっているのは看過できないが、枝葉にかかずらうより根幹を枯らす方が先決だ。空を飛んで山越えするのが時間も手間も省けて良いと思う。

 

「ほむ」

 

 光己は彼女が言う「風の便り」が具体的にどこから来たのか、またこんな砂嵐がひどい砂漠で盗賊がどこを襲っているのか気になったが、おそらく近辺にオアシスの街でもあるのだろう。しかしゼノビアは手掛かりとして重視していないようだから、すでに探索済みでこれから訪問しても意味はないということか。

 ―――だが情報はなくても物品はあるかも知れない。たとえば聖晶石を売っているとか。

 光己がその辺のことを訊ねてみると、ゼノビアは小さく首をかしげた。

 

「ふむ。確かに街はあったが……買い物をするのはいいが、金は持っているのだろうな?」

 

 パルミラ帝国にも貨幣はあったし、ゼノビアは新しい通貨を発行してもいる。光己たちは異国どころか未来からの客人のようだが、それをちゃんと持っているのか?

 すると光己はフフンとドヤ顔で笑みを浮かべた。

 

「そりゃもちろん。いやお金(マネー)は持ってませんけど、万国共通のお宝(ゴールド)はありますから。これを売れば大丈夫でしょ?」

 

 そう言いながら、「蔵」から砂金を無造作に手づかみで出して見せる。何しろ「解呪済みの黄金を生み出す指輪(アンドヴァラナウト)」という反則級アイテムを持っているので、文字通りの意味で「金ならいくらでもある」のだ。

 

「ふむ、確かにそれがあれば好きなだけ買い物できるか……」

 

 ゼノビアが納得すると、今度はバーヴァン・シーがまたおねだりしてきた。

 

「なあなあ、それで買い物するんだったら私にも少し分けてくれないか?

 お母様にお土産買っていきたいんだ。その分仕事は余計にやるからさ」

「ほむ」

 

 何という孝行娘ぶりだろうか。光己はいたく感銘を受けた。

 

「そういうことならもちろんOKだよ。でも無茶してケガしたら逆に怒られるだろうから、ほどほどにね」

「え!? あ、ああ、ありがと……」

 

 予想外の回答にバーヴァン・シーはびっくりしてどもってしまった。何というか、汎人類史のマスターは誰も彼も意外性というものがある。

 

「―――さて。それじゃみんな湯呑みがカラになったみたいだし、そろそろお楽しみの家探しといこうか!」

「楽しみにしてるのは~♪ 子イヌだけだと思うけど~♪」

「何故!?」

 

 かの国民的RPG(ドラ〇ンク〇スト)の勇者もやっている伝統的ムーブだというのに。最近の若い娘の感性は分からぬ……。

 

「まあいいや。それじゃ万が一に備えて、チーム分けはしないで皆そろって探索しよう」

「子イヌって~結構用心深いわよね~♪」

 

 こうして家探しを始める光己たち。今いるリビングの他にも、当主の部屋、夫人の部屋、娘の部屋、大広間、厨房、浴室、倉庫等たくさんの部屋があり、その1つ1つの机の引き出しやらタンスの中やらを調べて回るわけだからかなり時間がかかる。

 まあオアシスの街で買い物するのは明日だからどのみち今夜はこの屋敷に泊まるので、多少時間を喰っても支障はないが。

 そして長き探索の結果、一行はいろいろとお宝を手に入れてリビングに戻っていた。

 

「結局罠はなかったな。まあゲームじゃないんだから偽宝箱(ミミック)なんているはずないか」

「シンデレラの家に~♪ そんなものあるわけないでしょう~♪」

 

 それはともかく発見したのは、まずパルミラ帝国のものではないが金貨や銀貨がたくさんと、当主の所持品であろう立派な剣と甲冑、夫人のものらしき高価そうな装飾品や宝石の類、紫色の毛玉を紐でつないだ衣類らしきモノ、これも衣類と思われるコウモリの翼がついた布、そして聖晶石が1個である。

 地図は残念ながらなかったが、ゼノビア情報があるから問題あるまい。

 

「ふっふふ、やはり俺のセンサーは確かだったな。さっそく石を見つけてしまうとは」

「あと1個ね。街にあればいいんだけど。

 ところでこの剣と鎧と変な服みたいなの、けっこう強めの魔術がかかってるわよ」

 

 光己が悦に入っていると、ジャンヌオルタがそんなことを言ってきた。

 どうやら当主は単なる貴族や商人ではなく、魔術の品にも手を広げていたようだ。「魔法使い」が来たのもその縁かも知れない。

 

「服はいわゆるコスプレ用のやつだよ。俺の見立てでは、毛玉のはマシュに、翼付きなのはアイリスフィールさんにピッタリだな。絶対着てもらおう。

 性能とかはカルデアに帰ってから、ダ・ヴィンチちゃんかⅡ世さんに鑑定してもらえばいいだろ。

 後はごはん食べてお風呂……は無理か。濡れタオルで体拭いて寝るだけだな」

 

 「蔵」に入れる食糧は長期保存できて調理不要のものを選んだので、缶詰や瓶詰の他、燻製や干物やドライフルーツ、あとはいわゆる栄養調整食品などである。

 カルデアの食堂で紅閻魔がつくる料理と比べると味気ないのは否めないが、特異点でちゃんとしたものを食べられるだけでも御の字と考えるべきだろう。

 

「……しかしもう夜中なのに全然眠くならないな。出発したのが午前中で着いたら夜だったから当然なんだけど。

 でも明日からは本格的に探索だから、せめてベッドで横になっとくか」

 

 レイシフト初日の季節差や時差にはまだ慣れないが、嘆いても仕方がない。光己がそろそろお休みしようと当主の部屋に向かうと、メリュジーヌが当然のようについてきた。

 

「いくら竜が強くても1人はよくないからね。夜通し護衛するよ! 一緒のベッドで」

 

 それは護衛になるのかと光己は一瞬思ったが、せっかくの好意なので甘えることにした。

 

「そっか、じゃあお願いしようかな」

「やったあ」

 

 するとメリュジーヌは嬉しそうに微笑みながら腕を組んできた。

 

「ところで私たちは世界で2人きりの同族なのに、呼び方が他の人たちと同じなのはつまらなくない? 私たちだけの特別な呼び方が欲しいなあ」

「ほむ」

 

 そういえばこの少女は普段は王子様か騎士のように振る舞っているが、実はかなり寂しがりで甘えん坊なのだった。ここはマスターいや同族として応えてあげるべきだろう。

 

「そうだなあ。あまりひねっても何だし、メリュ、って略するだけでも親しげな感じになると思うけど」

「わー、それいいなあ! じゃあ私は、えーと、お兄ちゃんって呼んでいい?」

「んー、いいよ」

「わーい、『お兄ちゃん』ありがと!」

 

 呼び方を変えると気分も変わったらしく、メリュジーヌは今まで以上にべったり光己に貼りついてきた。

 

「んー、メリュは甘えんぼだなあ」

 

 それはまあいいのだが、光己がベッドに入ってもメリュジーヌは予告した通りついてきた。

 

「ほんとに一緒のベッドで寝る気?」

「竜は2日や3日寝なくても平気だよ。それよりせっかく2人きりなんだから、徹夜でいちゃいちゃしたいな」

「俺は寝たいんだけど……」

「だめ」

「ちょ!?」

 

 呼び方の上でも妹になったメリュジーヌは、己の欲求にさらに素直になったようだった。

 

 …………。

 

 ……。

 

 翌朝。光己はちょっと疲れた様子なのにメリュジーヌは心身ともにすこぶる充実した感じで幸せそうだったり、メリュジーヌが光己を「お兄ちゃん」と呼ぶのを聞いたジャンヌが微妙な表情をしたりしていたがそれはさておき。一同は朝食を終えると、予定通り西のオアシスに向かった。

 そこは砂漠の街らしく、砂を固めてつくったような建物が並んでいる。緑の草木もそれなりに生えていた。広さ的に見て数千人くらいの規模であろうか。

 ただ街を囲む外壁の上に、いかにも急造っぽい木製の柵や(やぐら)が建てられている。当然そこに詰めている見張りの者もいた。

 

「昨日話した盗賊への対策だな。私がいるから普通に入れるはずだ。

 ただ竜が間近まで近づいたらパニックになりかねんから、少し遠めの場所で人間の姿に戻ってくれ」

「分かりました。ところでお姉ちゃん、あの街にサーヴァントはいる?」

「いえ、今はいないようです」

「よかった、それじゃそろそろ着陸するか」

 

 さて、砂漠の街では何が起こるのであろうか……?

 

 

 



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第185話 砂塵の女王3

 街の門には当然に門番がいたが、ゼノビアの顔と身分を知っていたようで深く頭を下げて通してくれた。彼女がいなければ盗賊に悩まされている街に初見の外国人が平和的に入るのは相当難しかったはずで、やはり情けは人の為ならずであった。

 街の中に入ってみると、高い壁で囲まれているからか、それともゼノビアが言った「ある特定のルート」の中だからか、砂嵐は吹いてなくて(外よりは)ずっと快適だった。

 まずはゼノビアの案内で役所だか商家の元締めだかの大きな建物に行って砂金を売却した後、大通りの露天商を回ることにする。ここでも彼女がいなければ換金できなかったりぼったくられたりする可能性があったわけで、コネの威力を改めて体感する光己たちであった。

 

「こんな暑いのにわざわざ外で商売するとは、汎人類史(こっち)の人間は気合い入ってるな!

 でもこれだけ店があると何買っていいか悩むな。たくさん持っていけばいいってものじゃねえし」

「バーヴァン・シー、はしゃぐのはいいけどはぐれないようにね。

 ……でもこういう活気のある街はいいね。こちらまで気分が明るくなる」

「そうだな。ところでゼノビアさん、別に商品を買い尽くしてしまっても構わないのでしょう?」

「いや、そういうのは止めてくれ。

 そうそう、この露天市は10日に1度だけ開かれるもので、毎日やってるものじゃないから誤解のないようにな」

 

 妖精騎士2人が街の活気に感心したり、マスターがしょうもないことを放言して注意されたりしつつ露天商を見て回るカルデア一行。食べ物や衣類や日用品の他、装飾品や武器や子供のおもちゃの類まで売っていた。

 もちろん靴も。

 

「うわぁ、これが砂漠で履く靴か! んーと、がっちりしたブーツとサンダルみたいなのと両極端……なるほど、ブーツは中に砂が入らないようにしてて、サンダルはその辺ハナから諦めて軽さ優先ってわけか。

 底は厚めだな。これだけ暑いと砂も熱いからかな。石ころも多かったし。

 ……ヒールはないか。当然だな」

 

 自然環境が厳しければ、履き物もそれに合わせたものになる。考えてみれば当たり前のことだが、そうなると逆に寒い所や湿気の多い所ではまた違う靴があるはずだ。実に興味深い!

 

「まあそれはまたいずれ、として。

 ……よし、これとこれとこれを買っていこう。マスター、頼む」

「ん、分かった」

 

 マスターは話が分かる人だし、本当にここに現界して良かったと思う。

 ―――その後すべての店を回っていろいろ買い物をしたが、聖晶石は残念ながら売っていなかった。

 

「まあそこまで都合よくはいかないってことか。

 それじゃそろそろお昼にしようか。建物の中の店はそれから回るってことで」

「そうか、では料理店に案内しよう」

 

 やはり現地を知っている人がいると捗る。光己たちは女王様御用達のお店で、ご当地産のパンやナツメヤシ、砂漠めいたラクダの隊商から購入したと思われる肉や野菜やジュースまで堪能することができた。

 しかしその途中、ジャンヌがはっと表情を引き締める。

 

「マスター、サーヴァントが接近してきています。北の方から……1人、いえ2人です」

「む、またか……ご飯食べ終わるまで待てない感じ?」

「そうですね、ちょっと厳しいです」

「ぐぬぬ」

 

 食べ残すのはもったいないが、そういうことならやむを得ない。北から来るということは、例の盗賊である可能性もあるし。

 一同は代金はきっちり払うと、急いで北に走った。外壁の内側に付けられた階段を昇って、壁の上の通路の上から外の様子を窺う。

 

「んー、サーヴァント以外に10人、20人……40人くらいいるな。

 1人が逃げてて、それを40人が追ってる形みたいだな」

 

 追っている方はおそらく例の盗賊だろう。だとしたら旅行者を襲っているのだろうか? もしくはそうと見せかけて外壁の門を開かせて乱入する策なのかも知れない。

 いやサーヴァントならそんな小細工を使わずとも正面から突破できるはずだから、やはり旅行者襲撃説が正しそうである。あくまで推測だが。

 

「お姉ちゃん、真名看破いける?」

「ええと、追っている側は集団にまぎれてるので難しいですが、追われてる方はいけそうですね。

 …………真名、シバの女王。キャスターです。これも本当の名前とはいえませんが、確定した名前が伝わっていないせいだと思われます。

 宝具は『三つの謎かけ(スリー・エニグマズ)』、彼女に仕える三つ子の霊鬼(ジン)が連携攻撃をするというものですね」

「……シバの女王? 三つの謎かけ?」

 

 その名前に光己は激しくピンときた。

 彼女が褐色の肌で露出が多いスタイル抜群の美女の女王でゼノビアと共通点が多いとか、ケモ耳&ケモ尻尾というレアな萌えポイントまで持ってるとかそういう問題……が7割ほどだが、残り3割は真面目である。

 

「メリュ、確保ーーーーー!!」

「分かった」

 

 光己がシバの女王を指さしてメリュジーヌに出動を促すと、ドラゴンの妖精は弾丸めいた速さでカッ飛んでいき、その襲来をまったく予想していなかった女王をかついで戻ってきた。

 元いた通路の上に着地すると、素早く彼女の後ろから両手をつかんで拘束する。「無窮の武練」を持つだけあって見事な手際だった。

 

「終わったよ。褒めて」

「うん、さすが俺のメリュ! ありがと」

「えへへー」

 

 お兄ちゃんに褒めてもらえて妹は満足そうだったが、さらわれた側は納得いたしかねる顔をしていた。まあ当然のことで、突然誘拐した理由を訊ねる。

 

「あのぉ、この扱いは一体?」

「いえ、まだ敵か味方か分からないからってだけで他意はないです。追われてるのを助けたわけだからプラマイゼロってことにしてもらえると助かります。

 貴女には心当たりないかも知れませんが、ある犯罪の重要参考人として話を聞かせてほしいと思いまして」

「犯罪の参考人!?」

 

 シバの女王は何のことかさっぱり分からなかったが、目の前の少年はいたって真面目な顔をしており酔狂や冗談ではなさそうに思える。何があったのだろうか?

 

「でもその前に、追ってきてるあの連中は何なんですか?」

 

 そちらについてはむしろ積極的に語りたい。女王は急いで説明した。

 

「はいぃ~。実は私、何も悪いことしてないのにあの盗賊たちに追われてるんですぅ。

 何故か知りませんが、アリババとかいう男の役を当てはめられまして。それで私がお宝を盗んだとか、シバにゃん萌え~とか言ってあのように」

「ほむ」

 

 つまりエリザベートやバーヴァン・シーと同じように、童話の登場人物の役割を持たされてきたということか。そういえば戦国時代でも景虎と信長はともかくアルトリアリリィやエルメロイⅡ世は赤の他人の武将のポジションで現界していたし、稀によくあることなのかも知れない。

 

「あー、でもアリババが盗賊に追われてるとしたら、それは宝を盗んだのがバレたからなのでは?」

「やってません! そりゃまあお金は好きですけど、私はあくまで商人ですから。

 それより連中、もうすぐそばまで来てますよ」

「んー、それは確かに」

 

 ここに清姫がいれば彼女の発言の真偽をすぐ鑑定できるのだが、いないものは仕方がない。争っている両者の片方の発言だけを鵜呑みにして動くのも軽率なので、先に追っ手の正体も知りたいところである。

 

「お姉ちゃん、そろそろあっちも看破できない?」

「……はい、できました!」

 

 ジャンヌはようやく役目を果たせて明るい表情になったが、なぜかすぐにどよーんと暗く淀んでしまった。

 

「…………ええと、オケアノスで会ったエドワード・ティーチです。宝具も『アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)』のままですが、陸地で召喚されたからか、それとも童話の役割のせいなのか、船は無しで部下の亡霊を召喚するだけのものになっています。

 つまり彼の周りにいる盗賊たちですね」

「え゛」

 

 まさかあの最悪の海賊が、砂漠という最もアウェーな地に現れるとは! 彼を知っているジャンヌオルタも心底げんなりした顔をした。

 しかしこうなると、追う側と追われる側のどちらに非があったかは明白である。光己は女王に深くお詫びした。

 

「これは大変な失礼を致しました。黒髭に目をつけられるという苦難に遭われた女王を疑うような発言をしてしまうとは我ながら汗顔の至り、深く反省しております」

「え、え、えぇ……!? ま、まあ、分かってもらえればいいんですけどぉ~?」

 

 少年が突然態度を変えたのでシバの女王は当惑したが、疑いを解いて待遇を改めてくれるのであれば文句はない。それより盗賊たちはもう外壁のすぐそばまで迫っているから、急いで対処すべきである。

 シバがそう言うと少年もぎゅっと表情を引き締め、改めて壁の下を見下ろした。

 そして盗賊たちの中でも頭抜けた巨漢の姿を認めると、慌てて仲間たちの顔を見渡す。

 

「みんな、スカートの裾を押さえろ! 黒髭のことだからパンツ覗こうとするぞ」

「!?」

 

 ジャンヌ2人は同意見のようで、ばっと片手で股の辺りを押さえる。メリュジーヌとバーヴァン・シーは黒髭のことを知らないので何事かと思ったが、マスターの指示なのでとりあえず従った。

 エリザベートとゼノビアとシバの女王は服の形態的に下から覗かれてもそこまで問題ではないが、あの大男の視線はとても不快な感じがする。そこで手を放してもらったシバの女王がアラビア風の金のランプを取り出して指でこすると、その口から白い煙が噴き出してきて下方からの視線から彼女たちの下半身を隠した。

 

「な!? 拙者の数少ない楽しみを奪うとは、そこの(マス)も愛しのシバにゃんも冷酷すぎるのではござらんか!? 黒髭差別反対!」

 

 ここの黒髭は光己のことを覚えていないようだが、駄弁とセクハラにブレーキがないのは相変わらずだった……。

 

「おまえに見せる女体など1ミリもないわ!

 ところで女王は宝を盗んだりしてないって言ってたけど、そこんとこどうなんだ?」

 

 光己が負けずに反論しつつ一応は盗賊側の主張も聞いてみると、黒髭もそこは答えてくれた。

 

「いや、確かに盗まれたでおじゃるよ? そう、拙者のピュアなハートを」

「……」

 

 必要なことを最低限話しただけなのに早くも神経がゴリゴリ削られるこの感触、黒髭は陸に上がっても恐るべき大海賊であった。仲間にするなんてあり得ないし、速攻でケリをつけないと(メンタルが)危ない。

 しかし黒髭の動きも素早かった。敵集団の(かなめ)であるマスターが前に出ている今こそ好機と、部下たちとともに一斉に銃撃を浴びせる。

 ……が、光己は1度戦っているのである程度彼の思考は読めた。一手早く、「蔵」から昨日手に入れた甲冑が持っていた盾を取り出して顔の前にかざす。

 キンキーン!と軽い金属音がして、銃弾はあっさり弾き飛ばされた。盾で守られていない下半身の方にも飛んでいたが、そちらはシバの女王が出した煙が受け止めている。

 シバの女王は訓練を積んだ魔術師というわけではないが、紀元前10世紀という神秘が濃い時代の生まれで、しかも人間と精霊(ジン)の間の子だ。サーヴァントとしては相当に強い部類に入るのである。

 

「オモチャめ!

 愚かな! 豆弾を飛ばして(いき)がる無能者! 一片のカラテの足しにもならぬわ!」

「ぐぬぬ。言葉の意味は分からんが、とにかくすごい自信でござる!」

 

 光己の罵倒にも黒髭は余裕ある態度を崩さなかったが、一斉射撃が効かなかったのだから多少は動揺しているはずだ。すぐに反撃すべきである。

 

「みんな、こいつのヤバさはもう分かったろ。こっちも一斉攻撃だ!」

「うむ。パルミラの風紀と治安は私が守る!」

 

 ゼノビアが1番に反応し、両肩の脇にバリスタを出して矢を撃ち始める。ジャンヌオルタたちもそれに続いた。

 

「この女王様自身も風紀乱してる気がするけど、まあ他所の国だしどうでもいいか。

 暴悪なる黒髭よ、我がサバトの炎で燃え死ぬがいいわ!」

「そうね~♪ みんなで~シバきましょう~♪」

「そうだな、あれを倒すのはきっといいことなんだと思う。仕事しよう」

 

 黒い炎と水色のビームと赤黒い魔力弾が雨あられと降り注ぎ、黒髭盗賊団はあっという間に半壊した。死亡した部下が次々と霧のように消えていくが、しかしそれと同じペースで新しい部下が召喚されてくる。

 

「なんと!?」

「デュフフフフ、拙者ここでは『40人の盗賊』でござるからな。同時にいるのが39人までなら、低コストで部下を呼べるんでござるよ」

「おのれ、ならばおまえ自身を!」

 

 ゼノビアが黒髭本人を狙って矢を連射するが、黒髭はぬるりと避けたり部下を盾にしたりするのでなかなか当てることができない。

 

「ああ、あれです! あれで私も逃げるハメになったんですぅ」

 

 そのさまを見たシバの女王が嫌そうに体験談を口にする。この戦法で魔力を消耗させられて逃走を余儀なくされたのだ。

 黒髭は彼女を無傷で捕えることにこだわって飛び道具を使ってこなかったから逃げ切れたが、そうでなかったら捕まっていたかも知れない。

 しかし今回は人数に差がある。このままなら先に魔力切れに陥るのは黒髭の方だと思われたが、歴戦の海賊である彼がそれに気づかないはずがない。

 どこからか木製のタルを取り出すと、外壁に向かってぽいっと投げる。

 

「ん?」

 

 何かヤバいと気づいたゼノビアがとっさに矢を放って射ち落とすが、タルの中身がまさか火薬だったとは。

 射った矢が間が悪いことに火矢だったので―――盛大に爆発し、轟音と火炎をまき散らすのだった。

 

 

 




 空を飛んで山越えすると盗賊イベントがなくなりますので、ここで発生させました。
 ただ原作通り40人鯖を出すのは無理がありましたので、部下を出せる盗賊ということで黒髭に白羽の矢を立てさせていただきました。南無~(ぉ




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第186話 砂塵の女王4

 まさか黒髭が爆弾を使うとは想像もしていなかった。しかも爆風で外壁が揺れたため、光己たちはわずかに攻撃の手が止まってしまう。

 その隙に黒髭は2つめのタルを放り投げると、火種も投げて爆発させる。その威力はなかなかのもので、ついに壁に人が通れるくらいの穴が開いた。

 いや通路の上からでは穴は見えないが、黒髭の部下たちが穴を通って街の中に入り込んでいるのは見える。彼らが街の住人を襲い始めたら大変だが、階段を昇ってここまで来られるのも面倒だ。

 

「仕方ない。俺とお姉ちゃんとメリュの3人で穴の辺りを抑えてるから、後は頼む!」

 

 召喚された部下はともかく、黒髭本人を街中に入れるわけにはいかない。また市街の狭い所で戦う以上接近戦が強い者が有利という考えでの人選である。

 

「分かった!」

 

 メリュジーヌがまず先発として降りていき、乱入してきた盗賊たちをすさまじい勢いで斬り倒していく。瞬く間に街中に入った敵を討ち減らして、戦線を穴のすぐそばまで押し返してしまった。

 何かもう彼女1人でいいんじゃないかと思われるくらいだったが、そういうわけにもいかないので光己とジャンヌは抑えとして彼女の後ろに回った。

 

「ほ、本当に強いですねメリュジーヌさん」

「竜の妖精に理想の騎士をかぶせてるわけだからなあ。力と速さと技が全てそなわり最強に見えるってとこか」

 

 2人は暢気に感想を言い合う余裕すらあったが、やられている側の黒髭はちょっぴり青ざめて冷や汗を流していた。

 

「何あの娘コワい」

 

 黒髭としては壁に穴を開けることで、①外に残ったまま爆弾で攻める、②街の中に押し入る、③壁の裏の階段から通路に乗り込む、という3つの選択肢があるのを示すことで圧力をかけるつもりだったのだが、こんなバカ強いサーヴァントがいるのは想定外だった。そこでもう1種の爆弾、握り拳大の手投げ弾をいくつか放ってみたが、これも空中で導火線を切られたり、それが間に合わない時は部下を蹴飛ばして盾にしたりして防がれてしまう。

 

「ちょ、敵とはいえ人を盾にするなんてひどくない?」

「そう言う君だって部下ごと爆破しようとしてるじゃないか」

「……」

 

 まったくその通りなので黒髭はぐうの音も出ない。

 ところで今黒髭は穴から街の中に入ったその場にいるので、ここで足を止めていると通路の上の連中が外に降りて挟み撃ちに遭う恐れがある。前にいる3人を突破できないのなら、退かないと危険だ。

 

「……あばよ名も知らぬ(マス)っつあんとその怖い(サバ)!」

「あ、逃げた」

 

 黒髭がUターンして、すごい勢いで遁走していく。

 汎人類史のサーヴァントは見切りをつけるのが本当に早いとメリュジーヌは感心したが、最強最速の妖精騎士として2度も同じ不手際をさらすわけにはいかない。すかさず追いかけようとしたが、無限湧きする部下盗賊と手投げ弾のせいで距離を詰めることができない。

 

「なかなかやる!」

 

 ただ黒髭は部下を盾にしているので戦闘域はあまり広くない。つまり彼が街からある程度離れれば、メリュジーヌもそれを追う形で街から出られる。

 そうなれば邪魔な建物がない広い空間になる上に住人を守る必要がなくなるので、空を飛んで上空から回り込むことができる……と思いきや。黒髭はもう砂嵐の中に紛れ込んでいたので、あまり離れると姿を見失ってしまいそうである。

 つまり今まで通り地上をまっすぐ追いかけるしかないようだ。

 

「デュッフフフフ。陸の上でも黒髭の知略はこれこの通り。鯖がいくら強くても、鱒からあまり離れるわけにはいかんでしょう?

 それに拙者が逃げてる先に罠があるかも知れんでござるし、ここはおとなしく帰った方が良いのでは?」

「……むう」

 

 敵ながら彼の言うことは一理ある。多少の罠なら咬み破る自信はあるが、マスターと引き離されるのは確かに避けたい。

 しかしそこに、後ろからお兄ちゃんの声が届く。

 

「メリュ、大丈夫だよ。俺が上から攻撃するから、メリュは付かず離れずで牽制してて」

「うん、分かった!」

 

 そちらを見ずとも分かる。光己は彼がいう「熾天使形態(ゼーラフフォルム)」になって追いかけてきてくれたのだ。

 ただお邪魔虫が背中におぶさっているが、彼女はサーヴァント探知と結界と治癒という有用なスキルを持っているから仕方がない。

 

「ちょ、鱒が変身して空飛ぶなんて聞いてないでおじゃるよ!?」

「そりゃ教えてないからな」

「冷たーい!」

 

 とか言いつつ黒髭は光己に銃を撃ってみたが、翼で体をかばっており当たっても効かないようだ。手投げ弾は……避けられるのがオチだろう。

 

「よし、それじゃ街から離れたことだし今回はハロウィン的な大魔術で決めるぞ」

「ハロウィンですか?」

「うん」

 

 背中にくっついているジャンヌにそう答えつつ、両腕に付けたテュケイダイトを前方に突き出す光己。魔力を込めると、槍の先端の間の空間にエネルギーをためてビームを発射できるのだ。

 

「カイザード・アルザード・キ・スク・ハンセ・グ〇ス・シルク!」

 

 そして何やらそれっぽい呪文を唱え始める。もっとも光己には魔術スキルはないので、世界に刻みつけられた魔術基盤に申請するとかそういうことはまったくできず、単に気分が盛り上がるから唱えているだけである。

 

「灰燼と化せ! 冥界の女神、七つの鍵をもて開け地獄の門!」

 

 その時ふとどこかの冥界神が「私の冥界は地獄なんかじゃないのだわ!」とクレームを入れてきたような気がしたので、光己は文言を改めることにした。

 

「冥界の女神様、七つの鍵をもて開け深淵の門!」

 

 そして最後に、決めの力ある言葉(パワー・ワード)を詠唱する。

 

七鍵守護女神(ハー〇・イーン)ーーー!!」

 

 詠唱が終わると同時に、槍の先端の間に作られていた金色のエネルギー球から輝く魔力の波涛が放出される。黒髭はその卓越した戦闘センスで直撃は避けたが、ビームは斜め上から下に向けて撃たれていたので、地面に当たって大爆発を起こしていた。

 

「んぎゃーーーーーっ!!」

 

 爆圧に吹っ飛ばされ、傷だらけになってはるか遠くの地面に落下する黒髭。相当な威力があったようだ。

 それでも何とか立ち上がったが、追っ手の3人はすぐそばにまで迫っていた。もはや助かる目はない―――が、ただで首をくれてやる気もない。

 

「……そう! お宝の隠し場所を教えるから命だけはお助けを!」

 

 地面に膝をつき両手を組んで哀れっぽく命乞いなどしてみると、3人は予想外のことに驚いたのか、かくっと脱力して一瞬動きが止まる。そこを不意打ち―――するのではなく、最後の力でタル爆弾を作り出した。

 火種は生前と同じく、髭の中に導火線を仕込んである。それをつかんだ握り拳で、タルのフタを叩き割った。

 

「……なんてことは言わぬでござる! 今度はこの首もお宝も、誰にもやらねぇ!

 我が生涯に一片の悔いな……いやいっぱいあったわwww」

 

 そしてひときわ大きな爆発により、跡形残さず散華したのだった。

 

 

 

 

 

 

「……いや、お宝目当てで追いかけたんじゃないんだけど」

 

 光己はちょっと呆れた顔でそうごちた。

 それとも財宝収集家的なアトモスフィアが顔に出ていたのだろうか。どちらにせよ黒髭を捕虜にするなんてのはリスクが高すぎるので、命乞いが本当だったとしても助けるわけにはいかないのだが。

 あるいは彼もそれが分かっていて、敵の手にかかるよりは華々しく自爆する方がマシと思ったのかも知れない。

 

「まあそれはそれとして、結構な爆発だったけどお姉ちゃんもメリュも大丈夫?」

「はい、私はマスターの後ろに背負われてましたから」

「あれくらいなら掠り傷もつかないよ。でもお兄ちゃん、あの呪文みたいなのいったい何?」

 

 妹に曇りない目で訊ねられると、光己はむしろ嬉々としてその秘奥義について語った。

 

「ああ、あれは魔術の呪文じゃなくて、妄想力(コスモ)を高めるための儀式みたいなものでね。魔術じゃないから口に出さなくてもいいんだけど、その場合より技の威力がだいぶ上がるんだ」

「へえー、そんなものがあるんだ。私にもできるかなあ?」

「うーん、メリュには邪〇眼がないから無理かな?」

「むうー」

 

 するとメリュジーヌはつまらなさそうに頬をふくらませた。だってお兄ちゃんと同じ技を使ってみたかったのに、試す前から却下されてしまったのだから。

 

「あー、ごめんごめん。お詫びに街まで抱っこしていってあげるから」

「ほんとに? やったあ」

 

 ただあっさり機嫌を直したあたり、さほどのこだわりはなかったのかも知れない。

 そして3人が街に戻ると、ゼノビアたちが通路から降りて出迎えてくれた。

 

「ご苦労だったな、ケガはないようで何よりだ。

 それであの不埒な男はどうなった?」

「……追い詰めたら自爆しました」

「……そうか」

 

 ゼノビアは虜囚になった自身と引き比べて表情に苦いものを浮かべたが、光己たちには関係のないことなのですぐ元に戻した。

 

「とにかくこれで、この街を悩ませていた盗賊はいなくなったわけだ。

 私はこのことを街の長に知らせてくるが、おまえたちはどうする?」

「んー、せっかくですから一緒に行きます。

 その後で、人に聞かれずに話ができる所に行きたいんですが」

「ああ、シバの女王に聞きたいことがあるんだったな」

 

 ゼノビアもその名前は知っている。光己が何を聞きたいのかまでは分からないが、役所の部屋を一室借りるだけだからたやすいことだ。

 

「分かった、ではそうするか」

 

 というわけで、一同は街の役所に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 さて、街の長への報告がすんだらシバの女王への質疑応答である。いったい何を聞かれるのか、女王は戦々恐々だった。

 

「あ、そういえばまだちゃんと名乗ってなかったですね。シバの国を治める女王、と呼ばれておりました。『シバ』とお呼びください。

 ハイ? ホントの名前ですか? う~ん、そこからは別料金ですねぇ」

「つまりお金を払ったら教えてくれると?」

「……」

 

 これはお金を払う価値がある情報だと見た光己がカマをかけてみると、シバはちょっと困った様子で沈黙した。どうやら別料金云々は言葉のアヤで、教えられない事情があるようだ。

 

「うーん、まあ仕方ないですね。それじゃ本題……の前に。

 この件はこの特異点の修正とは直接は関係ありませんから、エリザベートとゼノビアさんは聞かなくても困らない話ですけどどうします? むしろ知らない方がいいレベルのアレな話ですので」

「へえ!?」

「ほう!?」

 

 相当な厄ネタのようだが、エリザベートとゼノビアにとっては聞いても聞かなくても実害はないらしい。なので怖いもの見たさ的な感覚で聞いてみることにした。

 

「そうだな、ならせっかくだから聞いておくとしようか」

「そうね」

 

 こうしてみんな同席で話をすることになったので、光己は直球でソロモン王について訊ねてみた。

 

「それじゃ面倒な前置きは省いて即本題で。シバさんは生前にソロモン王とお会いしたことがあるはずですけど、どんな方でしたか? 性格とか能力とか」

「ソ、ソロモン王様ですかぁ? そ、そうですねぇ。市井でも『真の知恵を以て裁きを下す完璧な王』と噂されておりましたが、実際にお会いした印象では、まさしくその通りであられたと思いますぅ」

「ほむ」

 

 どうやら彼は「魔術の祖」であるだけでなく、知能や政治の面でも優秀なようだ。「完璧な王」とまで称えられるくらいなら善政を敷いていた善性の人物であるはずで、人類を滅ぼそうなんて大それたことはしなさそうである。

 

「うーん、するとやはりソロモン王を騙る偽者なのか?」

「どういうことなんです?」

 

 光己がぼそっと呟くと、シバは気になったのか訊ねてきた。

 いやまあ、わざと聞こえるように呟いたのだが。

 

「はい、実は未来の世界で『魔術王』と呼ばれる者が人類を滅ぼす計画を実行中でして」

 

 そう言って光己がカルデアと人理焼却について説明し、特異点Fでアルトリオルタが「魔術王」という名前を出した件や魔神柱の存在も明かし終えた頃には、シバもエリザベートもゼノビアも顔色がだいぶ青くなっていた。

 

「な、なるほどぉ……それで私にソロモン王のことを聞いたんですね」

「はい。シバさん的には、ソロモン王はそういうことしそうに見えました?」

「ま、まさかぁ……少なくとも私が知っているあの方は、そんなこと考えないと思いますぅ」

 

 本心である。エルサレムで謎かけ問答をしたあの王が、人類を滅ぼそうとする殺戮者になっただなんてとても思えない。冤罪であるなら晴らしたいし、万が一事実だとしたらそれはそれで、父が子が建てた国(エチオピア)を滅ぼすなんて悲劇は見過ごせない。

 光己は善人ぽいし、隣のジャンヌに至っては聖人的アトモスフィアまで感じるから、カルデアの方が悪の組織ということはないだろうし。

 

「……ですのでぇ。もし良ければ私もカルデアに協力したいと思うのですが、信じて下さいますか?」

 

 ただカルデア視点だと、犯人の盟友あるいは妻だから信用できないと考えてもおかしくはない。なので一歩引いて訊ねる形で加入希望してみると、リーダーの少年はむしろそれを待っていたような勢いで了承してくれた。

 

「はい、それはもう! シバさん頭いい人みたいですし喜んで」

 

 なおジャンヌはその返事には思春期的思考が3~4割くらいは混じっているのを見抜いていたが、それを言っても話がこじれるだけなので黙っていた。

 シバは悪人には見えないし有能なのも確かだから、加入してくれるのは良いことなので。

 そしてもう1人、同様の理由で黙っていられない者も現れた。

 

「……ふむ。ところで人理が焼却されるということは、我がパルミラも同じ運命になるということか?」

「そうですね、人類史全てですから」

「そうか、なら私も加わろう。足手まといにならない程度の自信はある」

「マジですか。ゼノビアさんなら喜んで!」

 

 願ってもいなかったタナボタ展開に光己は大喜びしたが、そこでエリザベートがちょっと困った顔をしているのに気がついた。

 

「子イヌ、こうなったらやっぱりアタシも参加するべきなのかしら?」

「へ? うーん、そりゃエリザベートが来てくれれば嬉しいけど、シンデレラは戦闘向きには見えないからなあ。無理しなくても、また別のクラスで会えた時でもいいよ」

「そ、そう? じゃあとりあえず保留にしとくわね」

 

 エリザベートは今回は童話のお姫様の役をかぶせられているだけに、人理修復というハードバトルに即決で参戦表明する度胸はないようだ。まあやむを得ないことだろう。

 その後光己は2人とサーヴァント契約をして、正式に仲間に迎え入れたのだった。

 

 

 



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第187話 妖しの森

 ゼノビアとシバとのサーヴァント契約を済ませて役所の建物から出たカルデア一行だが、ここで光己は大事なことを思い出した。

 

「おっと、そういえばまだサインと写真もらってなかったな」

 

 カルデアに帰ってからでももらえるが、現地の役所の建物を背景に撮るというのはポイント高い。バーヴァン・シーとエリザベートにもお願いして、いつも通りのブツを手に入れた。

 もちろんエリセの分もちゃんともらっている。カルデアのマスターたる者、仲間(サーヴァント)への配慮は忘れないのだ。

 

「よし、あとは建物の中の店を回るだけだな。

 そういえばシバさん商人だって言ってたけど、何かいい物売ってたりする? 聖晶石とか」

 

 ゼノビアとシバは女王ではあるが偉ぶらないフランクなタイプで、光己はさん付け+タメ口で話せる間柄になっていた。

 

「はいぃ。現界してすぐあの盗賊に見つかりましたので元手を稼ぐ暇も商品を仕入れる暇もありませんでしたが、運良く聖晶石が1個とQPが一欠片見つかりました。

 もしかしてご入用でしょうか?」

「いや、俺は要らないけど本部に欲しがってる人がいるから……まあ直接交渉でいいかな」

 

 光己は聖晶石の相場は知らないし、マスター権限で買い叩くようなマネもしたくない。なので当人に任せることにした。

 

(それにしてもいい眺めだなあ……!)

 

 褐色肌で美人でナイスバディで露出が多くてえっちな服を着ている女王様を2人も連れて歩くとか、まさに大奥王に相応しい高尚な楽しみである。

 いや2人は大奥には入ってくれなさそうだが、仲間になってくれただけでも喜ばしい。道行く人から羨望のまなざしを向けられている気さえする。

 

(くっくっくっ、嫉妬の波動が心地よいわ!)

 

 それはともかくショッピングの続きである。光己たちはいくつも店を回った末、また1個聖晶石を購入することができた。

 珍しい上に特徴的な形をしており魔力もこもっているので他の宝石類よりお高かったが、ヒナコはさらに高く買い取ってくれるはずだから問題あるまい。

 

「それにしてもカルデアってお金持ちなんですねぇ」

 

 シバが先ほどから見ている限り、光己たちは買い占めにならない程度にはしているし、ゼノビアがいてぼったくられないようにもしているが、それでも欲しい物は手当たり次第に買ってしまっているように見える。遠い未来から来たという話だが、なぜここの通貨をそんなにたくさん持っているのだろうか。

 

「いや、俺が個人的に持ってた砂金をここで売却しただけだよ。

 カルデア自体はむしろ金欠ぽいかな。最近食料を買うためにQPの生産始めたけど」

「へえ……?」

 

 光己が事情を簡単に説明すると、シバの目がきゅぴーんと光った。

 

「そうなのですかぁ。

 ところでマスターは資産運用にご興味はありません? 貴金属とか有価証券とか土地とか穀物とかぁ」

 

 すると珍しくバーヴァン・シーが横槍を入れてきた。

 

「マスター、やめといた方がいいと思うぞ。

 この女は悪い奴じゃないとは思うが、今の話はメチャうさんくさい」

「おお、妖精の国出身なのに分かるのか。王の娘だけのことはあるな……。

 実際株とかってよほど勉強しないと損するだけらしいしな。いやシバさんなら勝てるのかも知れないけど、それはそれでズルみたいな感じがするし」

 

 何かこう、小学生の運動会に高校生が出て無双するみたいな。

 

「まあ今は人理焼却されてるから、そもそも取引する相手がいないんだけどさ」

「そういえばそうでしたねぇ。残念ですぅ」

 

 そんなことを話しながら買い物をして、終わった頃にはもう夕方になっていた。ここは交易メインの街らしく宿屋は何軒もあったので、今夜はこの街に泊まることにする。

 そして何事もなく翌朝を迎えて。街を発った光己たちは、予定通り空から山を越えていた。

 

「……って、何だこれ? 山を境に景色が一変してるぞ」

 

 驚くべきことに、東西に長い岩山の南は一面の砂漠なのに、北は緑豊かな、ただしどこか怪しげな森が広がっている。どう考えても自然の環境ではなく、黒幕が細工したものだろう。

 しかも高い所から見下ろしてみると、岩山はまっすぐではなく大きく円を描いており、森はその内側だけに広がっているようだ。また森の中央には小高い山があり、その頂上には城らしき大きな建物が建っている。

 山の中腹には街もあるようだ。

 

「うーん。これは一体?」

「黒幕は何を考えているんだ?」

 

 光己にもゼノビアたちにも、この特異点を作った首魁の狙いや構想は想像がつかなかった。あの城がエリザベートがいう「チェイテシンデレラ城」なのはまず間違いないだろうけれど。

 

「どうする? いきなり城を襲うのか?」

「森の中にサーヴァントが7……いえ8騎いますね。今は2騎と6騎に分かれてますが、接触してみてもいいと思います」

「ほむ」

 

 森にもサーヴァントが、しかもけっこう大勢いるようだ。聖晶石は入手したことだし早急に目的地に直行するか、それとも戦力と情報を得るために森のサーヴァントと接触してみるか? いや味方になってくれるとは限らないが。

 

「それじゃ、2騎の方から行ってみようか」

 

 基本慎重派の光己がそんな意見を出すと、反対する者はいなかったのでそうすることになった。ただゼノビアの時の失敗に鑑みて、少し離れた場所で着地して光己が人間の姿に戻ってから接触することにする。

 それはいいとしてこの森、木の(うろ)と枝が怪物の顔と手のように見えたり、奇怪な形をした草花がたくさん生えていたりしていて実に気味が悪いので、なるべく早く通り抜けたいものだが……。

 そしてしばらく歩いたところで、シバが不穏なことを言い出した。

 

「これは……この森自体におかしな魔術がかけられてますねぇ。

 具体的に言いますと、空間が捻じ曲げられてて特定のルート以外は堂々巡りになっていると言いますかぁ。

 いえもしかしたら、正しいルートなんてないのかも知れません」

「デジマ」

 

 それはまた厄介な術を使ってきたものだ。こちらを城に近づけたくないということか?

 

「ただ私たちはジャンヌさんのサーヴァント探知能力を目印にして動いてますのでぇ、どこかに飛ばされたらそれに気づくことはできると思いますが……」

「ほむ」

 

 それは不幸中の幸いだった。まあどうしても森を抜けられなかったら、また空を飛んでいけばいいのだけれど。

 迷路化の魔術も高い上空まではカバーしていないだろうから。この手の術は森の中や海上のように見晴らしが悪い、あるいは同じような景色が続く所だからこそ有効なもので、周囲の風景から自分の位置がすぐ分かる所では意味が薄いし。

 そこにメリュジーヌが話に加わってきた。

 

「なるほど、ここの細工はそういうものだったんだね。なら僕に任せておいてよ」

 

 そう言いながらついっと一同から少し離れると、何もない……ように見える空間を得物の蒼い剣でさくっと切り裂いた。

 すると絵を描いたカーテンを切り落としたかのように、向こう側の景色がぱらっと変わる。今まで別の場所につなげられていたのを解除して、通常の空間に戻したのだ。

 

「おお、メリュはそんなこともできたんだな」

「それはもう、とてもすごい竜だからね! お兄ちゃんも経験を積めばできるようになるはずだよ」

「そっか、じゃあ今後も精進しないとな。メリュも手伝ってくれる?」

「うん、もちろん!」

 

 兄妹仲睦まじいのは大変結構だったがそれを妬んで邪魔するかのように、いや単に何かを感知したのだろうが、突然前方に小さな爆発が起こったかと思うと、その後にはちょうどカルデア本部と通信する時に出すスクリーンとよく似たものが宙に浮かんでいた。

 スクリーンには若い女性が映されている。やや色黒で銀髪の、肩から胸にかけての露出が多めの黒い服を着たお姉さんだ。

 頭に紫色のツノらしきモノが2本生えているが、本物のツノだろうか?

 

「ふっふふふふ。どうやら正しい道を探り当てる魔術なり特殊感覚なりをお持ちのようですね。

 しかしそんなものでこの迷妄(めいもう)の森を抜けられるとは思わないことですねー」

 

 どうやら黒幕がコンタクトを取ってきたようだ。

 

「何者!」

「な~に~も~の~♪」

 

 ゼノビアとエリザベートがさっそく正体を訊ねると、スクリーンの女性はちょっと呆れた顔をした。

 

誰何(すいか)の呼びかけ、めっちゃズレてるくない!?

 コホン……まーいーや。そんな不協和音(ディゾナンス)は置いといてー」

 

 そう言いながらフフンと自信ありげな、というか勝ち誇ったような笑みを浮かべる。自身の優位を確信しているようだ。

 もっともカルデア側の裁定者(ルーラー)に「真名、ジャック・ド・モレー。フォーリナーです。宝具は『13日の金曜日(ヴァンドルディ・トレイズ)』、敵集団に強力な呪いをかけるものですね」と正体をすっぱ抜かれていることには気づいていなさそうだが。まして光己の竜形態は見ていないだろう……。

 

「ふっふふふー……。

 無策無謀、あまりにも甘々シロップ漬けな方針。放置プレイの予定だったけど、路線変更。容赦なく現実を突きつけるとしましょーか」

 

「マスター、このスクリーン経由で呪いを送れるけどどうする?」

「……いや、やめとこう。舐めプしてもらう方が有利だからな。

 それにほら、警戒してる奴と普通に戦うより、慢心してる鼻っ柱をへし折って泣き顔見る方が面白いだろ?」

「なるほど、さすがは我が盟友ね!」

 

 光己とジャンヌオルタがこそこそ話をしているのも、気づいているのかいないのか耳には入っていないようだ。

 

「あたしは……そうですね。ジェーン……と呼んでくだされば」

 

 これが偽名であることをジャンヌは当然見抜いているが、先ほどの光己とジャンヌオルタの会話を聞いていたので指摘はしなかった。泣き顔云々はともかく、甘く見てもらった方が得なのは確かなので。

 

「そう。あたしこそがこの特異点を引き起こした犯人であり、この特異点の主なんですぅー!」

 

 そしてついに、ジェーンならぬモレーが自身が黒幕であることを言明する。ただ口調や雰囲気には今イチ緊迫感や悪党感がなかったが……。

 

「デジマ~♪」

「なるほど、貴様が黒幕というわけか。だが、わざわざ我らの前に姿を現したのは、どういう訳だ?」

「ふっふふふー。皆さんに絶望と(かす)かな希望を与えるためさ」

「―――」

 

 そろそろめんどくさくなってきたメリュジーヌは宝具を城にぶっ放したくなってきたが、それを察したお兄ちゃんが手振りで止めてきたので我慢することにした。

 

「どーうーいーうーこーとー♪」

「……()()()()()()()()()()唄うの? なんで? まーそれはともかくだ。

 この迷妄の森には、あたしの魔術が敷かれている。一度、足を踏み入れたならば、もはや出ることはかなわず!」

 

 ラスボスめいて自信満々に勝利宣言をするモレー。だがその背後に、エリザベートとまったく同じ姿をした何者かが現れてぴょこぴょこ跳び回り始めた。

 そういえばゼノビアが「エリザベートが元凶」と言っていたがこのことだったのか!?

 

「ふっふふー。さまよってさまよって、行き着く先はこの世の果ての果て……。

 苦しみ、もがき、震え、()(わずら)い、そしてその最期には絶望の嘆きが―――」

 

 モレーはそれに気づいていないらしく気分よく長広舌を振るっていたが、カルデア側がちゃんと自分を見ていないことには気がついた。

 

「って、あの、マドモワゼル!? すみませんが、人がシリアスに話してるのに、目線が浮つくのは失礼かと思うのですけど?」

 

 そう言われては仕方がない。ゼノビアは教えてあげることにした。

 

「仕方ないな、空気を読まずに指摘してやろう。

 ジェーンとやら。貴様の後ろにエリザベートがいる!」

「え、後ろ?

 ぴぃやぁぁー!! ホントだーーメルシーー!!

 ノンノン、ちょっと出てきちゃだめだって! 今は大事なお話してるから!」

「助けて子イヌ~♪ アタシは~♪ 囚われの~♪」

「いーーいーーかーーらーー!」

 

 心底びっくりした様子のモレーがエリザベートを無理やりスクリーンから押し出すと、彼女の声は聞こえなくなった。

 しかし光己を「子イヌ」と呼んだり唄ったりしたところから見て、向こうのエリザベートも「本物」なのは間違いないようだ。どうやら囚われているみたいだから、城にブレスをぶっぱして解決するという戦術は放棄せざるを得なくなった。

 

「と、ともかくさぁー! その森から抜けられるなんて思わないこと!

 永遠にさまよい続けるがいいわ! このおいも(バタツ)! ばかにんじん! こんこんちき(アンドゥイコ)!」

「助けに来なさいよね~♪」

 

 それを最後に、スクリーンは消えて2人の声は聞こえなくなった。

 しかしここまで貫禄に欠けるラスボス(多分)は初めてではなかろうか。これだけの舞台装置をつくったのだから甘く見ることはできないが……。

 

「そういえば力が半減してるような気がしてたけど、やっぱり2人に分かれてたからなのね。彼女と1つになれば、完全体になるのよ!

 ちなみに根拠は一切ないわ!!」

「ないのか!!」

 

 ゼノビアは憤慨したが、その辺はエリザベートだから仕方なかった……。

 

「まあいずれにせよ、まずはこの森を抜けてからの話だな。

 メリュジーヌにシバ、あのジェーンとかいう女が言ったことをどう思う?」

「ああ、彼女自身がどう思ってようと、僕がいればまっすぐ突破していけるよ。安心してほしい」

「……だそうですぅ」

 

 どうやら森を抜けることは可能のようだ。

 そしてジャンヌのナビに従ってメリュジーヌが空間歪曲魔術を切り裂いて進んでいくと、何やら物音が聞こえてきた。

 

「……? ねえみんな、音が聞こえないかしら?」

「どうやら誰かが戦っているようだな。ジャンヌ、サーヴァントとの距離は?」

「もうすぐそこです。おそらくは例の2騎でしょう」

「そうか。音からすると、刃物と刃物がぶつかり合っているのではなく、刃物を持った者と魔獣か何かが戦っているようだな」

 

 つまりサーヴァント同士の戦闘ではないということである。

 

「我らと同じく迷子かも知れないが、もしそうなら逆に仲間にしやすいというものだ」

「そうだな。それじゃみんな、警戒しつつ前進!」

 

 光己の号令に応じて、メリュジーヌを先頭に音がする方に近づいていく。

 そしてそこでは、ジャンヌの探知通り2騎のサーヴァントが魔獣の群れと戦っていた。

 巨大な食虫植物というか、タコとイソギンチャクの合体生物というか、そんな感じの毒々しいモンスターである。具体的にはフランスの特異点で見た海魔に似ていた。

 もしかして先ほどモレーが自信満々だったのは、この森には魔物がたくさんいてサーヴァントが何人か集まった程度では突破できないと思っていたからかも知れない。

 

「はぁぁぁぁぁ!」

「ぬおぉぉぉぉっ! この剣にかけて!」

 

 サーヴァントの方は1人は東洋風の剣士、具体的には白い服を着たサムライである。1人は身の丈2メートルほどもありそうな、銀色の甲冑をまとった西洋風の戦士だった。

 

「―――ではいつも通りに。侍の方は渡辺綱、セイバーです。宝具は『大江山・菩提鬼殺(おおえやま・ぼだいきさつ)』、鬼を討つことに特化した剣撃ですね。

 甲冑の方は妖精騎士ガウェイン、こちらもセイバーです。宝具は『捕食する日輪の角(ブラックドッグ・ガラティーン)』、角を剣として巨大な炎をばらまくものですね」

「な、何だってーーー!?」

 

 メリュジーヌとバーヴァン・シーは予期せざる遭遇にびっくりして、間が抜けた声を上げてしまうのだった。

 

 

 



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第188話 3人目の妖精騎士

 まさか1つの微少特異点に妖精騎士が3人集まるとは。メリュジーヌとバーヴァン・シーはいささか驚いたが、さらに近づいてよく見てみれば、確かに生前同僚だった妖精騎士ガウェイン、本名バーゲストだった。

 ただ彼女は「獣の厄災」になるより前にモルガンに反旗を翻していたから、味方になってくれると決まったわけではない。しかし敵対までする理由はあまりないと思われるので、予定通り接触を図ることにする。

 

「相方のサーヴァントも強いから手伝う必要はなさそうだけど、手伝うという行為自体に意味があるってやつだね」

「そうだな。下手に声をかけて注意がそれたらまずいし、まずは私が援護するよ」

 

 バーヴァン・シーはそう言うと「妖精騎士トリスタン」の着名(ギフト)によって使えるようになった弦が何本もある黒い弓、ではなく竪琴を取り出した。

 

「ほぅら♪」

 

 その弦を指ではじくと血のように赤い魔力をまとった真空の刃が虚空を走り、魔物の肉を切り裂いて鮮血を噴き出させる。その威力は相当なもので、たちまち数匹が戦闘不能になって倒れた。

 

「!? こ、これはバーヴァン・シーの竪琴か!?」

 

 こちらも驚いたバーゲストが、援護のおかげで敵の攻撃が緩んだ隙にさっと周囲を流し見る。するといかなる定めか偶然か、生前の同僚が2人もいるのを見つけてしまった。

 その後ろには見知らぬサーヴァントも大勢いる。何かの組織に属しているのだろうか?

 

「メリュジーヌもいるのか!? なぜここに」

「その辺の話は長くなるから後にして、僕たちからの手助けを受ける気はあるかな?」

「……そうだな、私の方から断る理由はない。では新手が私たちの背後から来るから、そちらを任せていいか」

「そうだね、そちらの男性は知らない人だから別々に戦う方がいいか」

 

 バーゲストは初手敵対はしてこなかったので、メリュジーヌとバーヴァン・シーは彼女の依頼を受けて2人の背後から現れた敵に当たることにした。

 前方にもいる海魔めいたやつに加えて、巨大な怪鳥や多頭蛇までいる。総勢20匹ほどか。

 特に多頭蛇は見るからに強そうだ。こんな集団に挟み撃ちされたら、確かに並みのサーヴァントの1人や2人ではやられてしまうかも知れない。

 

「まあ、僕たちは並みじゃないし1人や2人でもないんだけどね」

「……しかし汎人類史(こっち)って、魔物も妖精國とは違うんだな」

 

 普通の動植物はそんなに変わらないように見えるが、神秘が関わると違いが大きくなるのだろうか?

 まあそんなことより迎撃である。パーティ8人のうち純粋な近接前衛型はジャンヌとメリュジーヌの2人だけだが、人間要塞と竜の妖精なのでこのくらいの敵なら後衛を襲わせないよう足止めしておくことができていた。

 

「なぎ払います!」

 

 その発言の通りに、旗槍1本で自分より体重が重い魔物たちをどっかんどっかんと叩いては吹っ飛ばし叩いては吹っ飛ばすジャンヌはまさに聖女ならぬ凄女であった。体長10メートル、体重は2トンほどもありそうな多頭蛇を一撃で全身のけぞらせた上に骨まで折ってしまったのにはもう乾いた笑いしか出て来ない。

 

「ふっ、はっ、とぁぁぁ!」

 

 一方メリュジーヌは体躯が小さく両腕に付けた剣も短めなので間合いが狭い代わりにやたら速く、まるで人型の蒼い光が縦横無尽に跳び回っているようだ。その鋭い刃がほんの一瞬きらめくたびに、魔物たちの首や触手が落ちていく。

 もうこの2人だけで十分のような気もするが、そういうわけにもいかないのでバーヴァン・シーたちもむしろ2人の邪魔にならないことを重視しつつ飛び道具で支援した。

 

「不良品になぁれぇ!」

「ひれ伏す気はないか」

 

 木の枝の上から後衛側に魔力弾や矢を連射すると、魔物軍はにっちもさっちもいかなくなってあっさり全滅した。

 すると前方の敵を倒し終わったバーゲストと綱が近づいてくる。

 

「そちらも片付いたか。まあ妖精騎士が3人そろったのだから当然だな。

 ……いや、汎人類史にも強い者は大勢いるのは実感したが。こちらの男もそうだし、住処にいる5人もそれぞれ秀でたものを持っている」

 

 サーヴァントにはスペック保証や信仰補正や逸話再現があって生前より大幅に強くなる例も多いが、綱の技量は間違いなく生前から持っているものだし、他の4人もある者は普通に武技の達人であり、ある者は罠や狙撃に長けており、またある者は卓越した指揮能力を持っていた。騎士たる者、事実は事実として認めねばなるまい。

 

「そうだね。それじゃまずは自己紹介かな?

 僕は妖精騎士ランスロット。メリュジーヌと呼んでもらってもいい」

「妖精騎士トリスタンだ。バーヴァン・シーでもいい」

 

 まずは2人がそう名乗ると、綱も小さく頷いて自己紹介した。

 

「ふむ、おまえたちも人ならぬ妖精の騎士か。人を喰らう鬼でないなら、争うこともあるまい。

 渡辺綱、セイバーだ。何の因果か『白雪姫』という異国の童話に登場する妖精(こびと)の役を付けられて現界した身だが、よろしく頼む」

「おまえもそうなのか。私も『シンデレラ』の義姉役なんてやらされてる身だけど、マジ難儀だよな」

 

 バーヴァン・シーは綱に少し親近感を抱いたようだ。彼は頭のネジはちゃんと締まってそうだし、うさんくさくもないので。

 

「まったくだな。それで、おまえたちはここで何をしているのだ?」

「ああ、それそれ。私たちはこの特異点を修正するためにあの城に向かってる最中なんだけど、おまえたちがいるのを探知したから情報収集しようって話になったんだよ」

「そうか、ならばついてこい。我ら8人、この迷妄の森に居を構えている。1人はずっと眠りっ放しだがな。

 皆、良い奴だぞ。食糧は無限にあるから、そろそろ昼時だし昼食がてら話をしよう」

(食糧が無限……?)

 

 バーヴァン・シーは何か不思議な台詞を聞いたような気がしたが、すぐ見せてもらえるだろうから訊ねるのはやめておいた。

 

「それはとても美味しい~森の果実~♪」

 

 エリザベートは特に疑問を持たず、嬉しそうに唄っているだけだったが……。

 

 

 

 

 

 

 綱たちの住居に向かう道すがら、光己たちの自己紹介が終わるとバーゲストがメリュジーヌとバーヴァン・シーに小声でいろいろ訊ね始めた。

 

「先ほどあの少年が『カルデア』と言ったが、カルデアとは妖精國に来た『異邦の魔術師』が所属していたあのカルデアなのか?」

「うん、そうだよ。ただし妖精國に来る前どころか、妖精國や異星の神が汎人類史に来るより前の時間軸のカルデアだけどね。

 だからお兄ちゃんを含めたカルデアの人たちは妖精國のことは知らないから、あまり詳しいことは話さないようにね。陛下に口止めされてるから」

「お兄ちゃ……? い、いやそれより! 陛下に口止めされてるとはどういうことだ!?」

 

 バーゲストが泡喰った顔でメリュジーヌに詰め寄る。まったくこのロリっ子め、何気ない口調で心臓に悪い話を投げ込むんじゃない!

 しかしロリっ子は相変わらず淡々としたまま続きを話してきた。

 

「そのままだよ。陛下は今カルデアに身を寄せておられるんだ。もちろんサーヴァントとしてだけどね」

 

 とメリュジーヌが先日バーヴァン・シーに話したことを繰り返すと、バーゲストは納得はしづらいながらも、理解はできたという顔をした。

 

「うーむ、陛下がそのようなことを考えておられるとは……。

 しかし陛下はそれでいいとして、カルデアはよく受け入れられたな。完全に敵対して、あれほど激しく戦ったのに」

「そこはそれ、さっきも言ったけど今のカルデアはまだ妖精國に行ってないからね。

 陛下ほどの実力者なら、多少のことは飲み込んで採用しようと思ったんじゃないかな」

「ふむ……」

 

 そういうことなら話は分かる。メリュジーヌとバーヴァン・シーがカルデアに所属している理由も分かった。

 

「それで、君はどうする? カルデアに来るかい?」

「え、私がか……!?」

 

 まさか王の方針に賛成できず反逆した者を勧誘してくるとは。バーゲストは意外すぎて即答できなかったが、するとメリュジーヌは説明が足りなかったと思ったのか補足を加えてきた。

 

「参考までに言っておくと、妖精國が滅びた以上、カルデアでは陛下も僕も君も一介のサーヴァントに過ぎない。もちろん冷遇はされてないけど王様扱いはしてもらえてないし、君も地位や領土はもらえない。いや陛下がブリテンを征服したら、それなりのポストはくれるかも知れないけど」

「…………」

「ああそうそう、肝心なことを忘れてた。

 陛下は僕を全く咎めなかったから、君のことも怒ってはいないと思うよ」

「そ、そうなのか……!?」

 

 何という寛大さだ。民を見捨てた冷酷な王だと思ったあの時の判断は間違い……いやあの時点での判断としては間違っていなかったが、いろいろ理解した今であれば、モルガンこそが妖精國を最も深く愛していた妖精なのだと思える。

 

「それで、どうする? もし来るのならお兄ちゃんに取り次ぐけど」

 

 メリュジーヌの勧誘がバーヴァン・シーの時ほど積極的ではなく相手に判断を任せている感じなのは、彼女の時と違って両者が再会したいと思っているかどうか確信が持てなかったからである。バーゲストがきつく咎められることはないと思っているが、歓迎されるかどうかまでは分からないのだった。

 当のバーゲストは、メリュジーヌの今の台詞でもう1つの疑問を思い出していた。

 

「い、いやその前に。そのお兄ちゃんというのは何者だ?」

 

 そう直球で訊ねてようやく、ロリっ子はその単語が同僚にとって不可解なものであることを理解できたらしく説明を始めた。

 

「そこにいる男の人のことだよ。カルデアのマスターにして、僕の(つがい)でもある人さ。

 おおらかで気前が良くって、すっごくやさしくしてくれるんだ。他のサーヴァントに対しても、単なる使い魔じゃなくて仲間として尊重してる立派な人だよ」

「ベタ褒めなのは分かったが、なぜ兄が番になるんだ?」

「え、そこが1番大事なところなのに」

「……」

 

 生前も性格が合わないと思っていたが、会話が噛み合わないレベルにまでなってしまうとは。バーゲストは少し頭痛がしてきたが、仕方ないので今少し詳しく訊ねてみることにする。

 

「しかしあの少年、妖精國に来た『異邦の魔術師』ではないようだ、が……!?

 何だあれは!? まるでおまえみたいな……!?」

 

 そしてその途中でカルデアのマスターが純然たる人間ではないことに気づいて、またメリュジーヌの方に向き直る。確かにあれなら兄妹というのも分からなくはないが……!?

 

「うん。妖精國では最後まで会えなかった同族が、まさか汎人類史にいたなんて本当にびっくりしたよ。まったく同じってわけじゃないけどささいなことだよね」

「……そうか。とりあえずおめでとうと言っておこう」

 

 妖精氏族の出身で同族が大勢いたバーゲストには、メリュジーヌの心情は正確には理解できない。なので当たり障りがなさそうな言葉を贈るにとどめておいた。

 

「うん、どう致しまして。祝福してもらえると嬉しいよ」

「……しかし何だな。彼ほどの大魔力の持ち主がいるのに、なぜ妖精國に来たのは妖精國の(ただの)人間よりいくらか強い程度の者だったのだ? 我々を甘く見ていたのか?」

「来る前は内情を知らなかったはずだから、そういう理由じゃないと思うよ。

 お兄ちゃんがどこかで殺された……とは考えたくないから、魔術王を退治してから異星の神が来るまでの間に裏世界に行っちゃったとか、そういうのだと思いたいな」

「ふむ……」

 

 そうであれば妖精騎士の誇りは傷つかない。考えて結論が出る話ではなさそうなので、とりあえずそういうことにしておいた。

 

「……ところでバーヴァン・シー。先ほどから黙っているが、私に言いたいことはないのか?」

 

 まあそれはそれとして、こちらを見てはいるが何も言ってこないもう1人の同僚に水を向けてみると、つっけんどんという言葉の見本のような態度で答えてきた。

 

「山ほどあるに決まってるだろ。でも私にそれを言う資格はないから黙ってただけだ。

 でも1つだけ言っておくぞ。おまえが来ようと来まいとどちらでもいいけど、来た上でまたお母様を裏切ったら、それは絶対に許さないからな」

「…………分かった、覚えておこう」

 

 バーヴァン・シーにとっては当然の話だ。バーゲストは深く頷いて、ただ言葉の上ではあえて短く答えた。

 ―――これで聞くべきことは全部聞いたと思うが、どうするべきだろうか。

 今さら領地や領民など欲しくはないし、汎人類史のために戦う義理もない。しかし旧主に不明を詫びる機会が与えられたのなら、それを投げ捨てたくもなかった。

 どの面下げてという気もするが、メリュジーヌの見込み通り帰参が許されればそれで良し、見込み外れで罰を受けることになったなら、それはそれで正当なものだからどちらに転んでも後悔はない。

 あと問題になるのはマスターになる者の人格や能力だが、人格はメリュジーヌが褒めていたから問題なし、能力も今見た通り十分すぎるものだ。

 

「………………そうだな、では取り次ぎを頼む」

「うん、それじゃさっそく」

 

 そしてついに決断してロリっ子同僚にその旨を述べると、やはり軽い口調で了承してくれた。

 

「お兄ちゃん。こちら妖精騎士って名乗った通り僕の生前の同僚なんだけど、また陛下にお仕えしたいそうだから契約お願いしていいかな」

「ん? ああ、問題起こさない人ならいいけど……」

 

 光己が見たところ、バーゲストは女性ながらヘラクレスやスパルタクスに似たゴリマッチョな感じで、雰囲気も近いものがあるしちょっと怖い。パンピーマスターの言うことなんて聞いてくれるだろうか。

 するとメリュジーヌは妹だけあって、光己の不安を察してフォローしてくれた。

 

「それは大丈夫だよ。カルデアに帰れば陛下からご指示があるだろうし、そうでなくてもすぐ分かってくれると思う」

 

 バーゲストは「弱肉強食こそ絶対のルール。弱き者は強き者に従うのみだ」という思想を持っているので、光己がドラゴンパワーを見せれば文句なしで全面承認になるというわけだ。ただそれを露骨に言うのも何なので、ぼかして表現したのである。

 光己にはそこまで分からなかったが、妹が太鼓判を押すなら是非もない。

 

「分かった。それじゃよろしく頼む」

「ああ、こちらこそ」

 

 こうしてカルデアに妖精騎士が3人そろったのだった。

 

 

 




 次回投稿は来年になります。皆様よいお年をm(_ _)m




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第189話 白雪姫1

 一行が綱たちの住居に着くと、まずはいかにも気っ風(きっぷ)が良さそうな、筋骨逞しい純日本人男性が迎えてくれた。

 そして何故かろくすっぽ話もせぬ内に広間に案内され、家の住人も含めた大人数でのお昼ごはんになだれこむ。

 

「うむ!

 山海珍味、山盛りの米! もちろん日本酒もあるぞ!!」

 

 しかも誰かが調理している様子もないのに、人数分の美味しそうな食事をどこからか取り出してテーブルに並べている。人類の歴史に名を刻んだ英霊たちは多士済々とはいえ、こんな芸当ができる者はごくわずかだろう。

 光己も如意宝珠を出せるようになれば同じことができるが、今はまだレベルが足りなかった。

 

「ええと、まだ未成年なのでご飯と味噌汁を……おお、これはまさに古き良き日本の味」

「へえー、これがマスターの生まれ故郷の料理か。なかなかいけるな」

「ふむ、確かはるか東方の、海を越えた先の島だったな。温かみを感じる味だ」

 

 日本食が初めてのメンバーにも好評のようだった。

 もちろんこの家の住人たちも普通に食べている。サーヴァントは身体的には食事をする必要はないが、精神的な楽しみとしては大きな意味があるのだ。

 

「サケか……悪くない、悪くないが、やはりここはコニャックだ!」

 

 自己紹介もまだなのに酒を飲み始める者もいたが……。

 しかも酒が入ったからかナンパまで始める。

 

「こんな怪しい森に迷い込んでしまったのは不運かも知れんが、気にするな!

 不運は幸運に転じるもの。ここでアンタのような美しいお嬢さん(マドモワゼル)と出会えたことが、オレにとっては幸運だ!」

「そのように軽薄な台詞は控えた方がいいだろう。いろいろ問題を招く」

「塩対応~♪ ちなみにアタシには何かないかしら~♪」

「おお、麗しの姫よ。その蜂蜜のような声は、オレに愛を(ささや)くためにあるのかい?」

「ほ、ホントに口説いてきた!? 子イヌ、後は任せたわヨロシク!」

 

 まあうまくはいってないようだが、多分彼にとっては挨拶代わりのようなものなのだろう……。

 なお光己は大奥国の民に対するNTR行為は断固粉砕する所存であるが、ゼノビアやエリザベートは()()帰化していないので、まっとうな男女交際やその申し込みであれば無粋に邪魔するつもりはない。

 そこに緑色の服を着た、野伏(レンジャー)っぽい男性が話しかけてきた。

 

「しかしオタクら、この見るからに怪しげな森に突っ込んで来たのかよ……。

 もうちょい用心深くなるべきじゃない?」

「いや、さっきまでは空を飛んでたんですが、バーゲストさんと綱さんを発見したので降りてきたんです」

「マジか」

 

 空を飛べると言われては、緑衣の男性も突っ込む余地がないようで沈黙した。

 変わって中性的な美貌を持った人物が話しかけてくる。フランスの特異点で仲間になってくれたデオンだ。

 

「やあ、やっと普通に話せる状況になったね。

 こちらはどうだろう? ハーブのお茶だ」

「おー、覚えててくれたんですね。これは心強いな」

「うん、あの時は世話になった。君も元気そうで何よりだ」

 

 とまずは久闊を叙した後、カルデア一行を見た当初から気になっていたことを訊ねる。

 

「しかし白いジャンヌはともかく、黒い彼女まで一緒にいるとはどういう風の吹き回しなのかな? フランスを愛する心が戻ってきたとか、そういうタイプじゃないと思うけれど」

 

 デオンはジャンヌオルタに聞こえるように言ったわけではなかったが、当人には聞こえていたらしくすぐさま反応してきた。

 

「ええ、そんな気持ちはまったくないわ。もちろん、罪滅ぼしとかそういう殊勝な動機でもないわよ。

 ……まして白い私にほだされたなんてことは絶対に、それこそ神に誓ってあり得ないわね」

「ふむ、するとどういう理由なのかな?」

 

 彼女は本気で仲間になったのではなく後で裏切るつもりなのではないかとか、そういう疑念は抱いてないが、そうなると本当に想像がつかない。素直に白旗を上げて訊ねてみると、黒い聖女はフフンとドヤ顔で語ってくれた。

 

「別に深い理由は……あったけど過去形ね。今は単に、マスター(めいゆう)の大業を手伝っているだけよ。

 やってみたら面白いことけっこうあるしね」

 

 最初は「自分の存在を確立するため」だったが、それはオケアノスの特異点が修正されたことで完了したので、今は友情と趣味のために参加しているのである。

 冬木の街は目新しいものが色々あったし、ジルと話して分かり合うこともできた。外国の冥界の温泉に慰安旅行&お手伝い&詐欺師退治なんてレア体験、カルデアに所属してなかったら絶対できなかっただろう。

 今回は今回で砂漠の街とか童話の役をかぶせられたサーヴァントとか、初めて見るものが矢継ぎ早にやって来て本当に刺激的だ。

 短刀に紐付けされた時は怒ったが、今は感謝している。口に出す気はないが。

 

「……そうか、それは良かった」

 

 デオンにとってはジャンヌオルタもまた被害者である。それが吹っ切れて明るくなって、友人までできたのは喜ぶべきことだった。

 なので素直に祝福すると、ジャンヌオルタは気を良くしたのか問われもしないことまで語り出した。

 

「まあね。私とマスターともう1人の盟友が揃えば、不死身の羅刹すら葬る超必殺技を放つことすら可能よ。友情パワーというやつね」

 

 ジャンヌオルタは自分語りできてご満悦そうだったが、そこでふと食事を終えて日本酒を手酌でかぱかぱ飲んでいる若い女性がどこかの誰かに似ていることに気がついた。

 

「……えっと、まだ名前聞いてないけどそこのお酒飲んでる女の人。閻魔亭っていう旅館に行ったことあったりしない?」

「……」

 

 ジャンヌオルタには深い考えはなく思いつき程度の感覚で聞いてみただけだったが、すると女性はぴたっと手の動きを止め、壊れた蝶番(ちょうつがい)のようにぎぎーっと首を回してジャンヌオルタの方を向いた。

 

「さ、さあ、何のことかしら。そんな雀がやってる旅館なんて知らないし、ましてお酒飲み過ぎて暴れて出禁になったことなんてないわよ」

「…………」

 

 女性は酒が入り過ぎたせいか、語るに落ちすぎてジャンヌオルタも光己もデオンも数秒固まってしまったほどであった。閻魔亭でのことはあんまり懲りていないようである。

 ただジャンヌオルタは別に女性を咎めるつもりで聞いたのではないので、効き目があるかどうかは分からないがフォローしておくことにした。

 

「そ、そう。いえ別に私に被害はなかったからどうでもいいんだけどね。

 でもせっかくだから、名前だけ聞いてもいいかしら? あ、私はジャンヌオルタっていうんだけど」

 

 すると女性はつい数秒前の焦りっぷりを忘れたかのように無邪気に名乗ってくれた。

 

「へー、ジャンヌオルタさんね。異人さんかあ。まあサーヴァントなんてやってると珍しくないんだけど!

 あ、私は宮本武蔵。こう見えても二刀流のセイバーよ。よろしくね!」

「え、ええ、よろしく……」

 

 なんとあの羅刹が日本で最も有名な剣豪(の製作品)であったとは。いやネームバリュー的には納得なのだが、剣一筋の求道者だと思っていたのにとんだ買いかぶりだった……。

 なお武蔵はいわゆる時空漂流者で、光己はいずれ生身の彼女と出会う可能性もあるのだが、今ここにいる武蔵はサーヴァントである。酒をいくら飲んでも肝臓を悪くしたりしないので、景虎と同じように生前以上の飲んべえになっているのだ。

 そういう意味では「食糧を無限に出せるサーヴァント」の仲間として現界できたのは彼女にとってとてもラッキーなことだったといえよう。

 それはそれとして食事が終わると、ようやく食事を出してくれたサーヴァントが光己たちの来意を訊ねてきた。

 

「うむ、今日もよく食った。おまえさんたちもなかなかの食いっぷりだったな!

 それで、おまえさんたちは何用でこんな怪しい森に来た……いや自己紹介が先か。(おれ)は俵藤太、藤原秀郷(ふじわらのひでさと)ともいう」

「デジマ」

 

 名前を言ってはいけないあの御方を討ち取ったといわれるビッグネームの出現に光己は驚愕した。龍神に頼まれて大百足(おおむかで)を退治したという逸話もあるので、最新最後のドラゴンとしては粗略に扱えない人物である。

 いや龍神ともあろう者が多足類なんぞに恐れをなして人間に助けを乞うとはいかがなものかとも思うが、この百足は山を七巻き半するほどの超巨体だったそうだから仕方ないのかも知れない。雷でヘッドショットとかそういうのは龍神でも難しいということか。

 なおこの時龍神が藤太に贈った宝物は正当な謝礼なので、光己の「蔵」には戻ってきていない。

 食糧を無限に出せるというのは紅閻魔を始めとするカルデア厨房組にとってはぜひお招きしたい逸材だと思われるが、やはり出会ってすぐは無理である。

 

「あ、俺はカルデアという組織から特異点修正のために派遣されてきた藤宮光己という者です。どうぞよろしく」

「ほう、まだ若いどころか武門の出にも見えぬのに大変だな。まあこんな狭い所で良ければ、好きなだけ休んでいくといい。食う物だけはたっぷりあるからな!」

 

 藤太がそう言うと、先ほどゼノビアとエリザベートをナンパした偉丈夫が話に加わってきた。

 

「オーララ! 確かにその通りだが、これだけの麗しきお嬢さん方に囲まれて冒険ができると考えると少々羨ましくもあるな!

 おっと、名乗りが遅れたな。オレはナポレオン・ボナパルト、生前はフランス皇帝なんてやってたこともあるが、しょせんは過去の……いやここから見れば未来か。まあ気にせずフランクにいこう、フランスだけにな!」

「お、おおぅ!?」

 

 日の本の大物弓兵に続いて、知名度補正がヤバそうな初代フランス皇帝までがご出陣とは! メンタル一般人の未成年には刺激が強すぎである。

 他のメンツもガチ武闘派揃いだし、もしかしてここは難易度EXのヘル&ヘヴンな特異点なのだろうか。仲間が増えたから忘れていたが、カルデアのサーヴァントの侵入を阻む障壁まで用意されていたのだし。

 だとすると黒幕がちょっと抜けてそうに見えたのもフェイクであろうから、これまで以上に慎重にせねばなるまい。

 ……光己がそんなことを考えて眉をしかめていると、最後に緑衣の野伏が名乗ってきた。

 

「まあそう緊張なさんな。無駄に疲れるだけだしな。

 オレはロビンフッド。皇帝や騎士様なんてお偉方じゃないケチな弓兵だが、まあよろしく」

「おお、ロビンフッドというとあの義賊の!? いやいや、遠い未来の外国人の俺が名前知ってるってだけでも『ケチ』じゃないですよ」

「ほぅ!? いやあ、そこまで言われると照れちまうな」

 

 ちょっとヒネくれた所があるロビンだが、未来の外国人が自分のことを知っていたというのは嬉しいらしく、顔を綻ばせて手で頭をかいた。

 

「……で、黒幕やこの森についての情報だったか? うーん、森については確かにいくつか知ってるが、空を飛べる奴にはいらない話ばかりだなぁ」

 

 たとえばこの森は(ヌシ)がいるとか草木が異様に速く生え変わるとか方向感覚が狂わされるとかいったことだが、いずれも空を飛んで行く分には障害にならないのだ。

 

「黒幕のことは何も知らんし……そうだ、せっかくだからお姫様の顔も見ていくか?

 オレたちじゃ起こせなかったが、オタクらなら起こせるかも知れないしな」

「あー、そうですね。ぜひ」

 

 光己はすでに「シンデレラ」の魔法使い役をしている身だが、もしかしたら他の童話の役も兼任できるかも知れない。仮にできなくても魔術師(キャスター)クラスであるシバなら起こせる可能性はあるし、失敗しても損はないのだから試さない手はない。

 するとバーゲストが案内を申し出てきた。

 

「こちらだ。ついて来い」

「ああ、そう言えばお姫様はアンタと同郷なんだったな。んじゃ頼むわ」

 

 なんと、白雪姫役も妖精國出身のようだ。どんな妖精なのだろう?

 そして光己たちがバーゲストに連れられて別室に入ると、童話で語られている通りガラスの(ひつぎ)の中に女の子が眠っていた。光己と同年代の、アルトリアリリィによく似た感じの娘である。

 白いワンピースの服を着て青い帽子をかぶっているが、まるで汎人類史の女学生の制服のようなデザインだった。傍らには黒い杖が置かれている。

 光己たち汎人類史組は当然初対面だったが、メリュジーヌとバーヴァン・シーは知っていた。

 

「ま、まさか予言の子!?」

「ああ。私も最初に見た時は驚いたが、この特異点が童話をモチーフにしているというのならさほどおかしくはないな」

 

 白雪姫に限らず、童話や昔話には妖精がよく出て来る。つまり召喚されやすい下地があるという意味だ。

 

「さっきロビンが言った通り私たちには起こせなかったが、おまえたちなら可能か?」

「うーん、シバさんどう思う?」

 

 光己が魔術師クラスに見解を求めてみると、シバは棺のフタをずらして予言の子と呼ばれた少女の顔をじっと観察し始めた。

 シバは「精霊の目」というスキルを持っており、鑑定や欺瞞の発見が得意なのだ。

 

「…………ええとぉ。これは普通の魔術じゃなくて、童話の役柄として眠ってるというか、仮死状態になってるものですので、魔術で起こすのは無理ですねぇ」

「つまり、童話のストーリーに沿った方法でないとダメだと」

「はいぃ」

 

 やはり王子様が起こすしかないようだ。確かキスだっただろうか?

 光己がそんなことを考えると、表情でバレたのかエリザベートがダメ出ししてきた。

 

「いいえ~♪ 棺ごともらっていくだけで~♪ 良かったはずよ~♪

 私は~♪ 詳しいの~♪」

「ぬう、なんと風情のない」

 

 大変残念なお話だったが、それはそれとしてメリュジーヌたちは棺の中の少女のことを知っているようなので、引き取る前に人となりを確認しておかねばなるまい。

 

「3人とも、この娘の性格や生い立ち知ってる?」

「うん、でもどこまで話していいものかなあ」

 

 訊ねられたメリュジーヌはちょっと困ってしまった。

 予言の子を起こすか起こさないかの判断材料を提供するという面ではなるべく詳しく教える方がいいのだが、そうすると妖精國の内情を明かすことになってしまうのだ。

 またこれだけ(カルデア方式で召喚されたのではない)妖精國出身者が増えるとカルデアも多少は警戒するようになるだろうから、ヒナコが言った「もしかして後で裏切るつもりか?」という疑念を払拭するために、モルガン案出の「ベリルを殺害することで妖精國が来るのを防ぐ」という方針を早めに表明する必要が出てくるかも知れない。

 ……まあその辺は王が判断すべきことだろうから、一介の騎士としてはまずマスター(おにいちゃん)の質問に必要十分最低限にうまいこと答えねばならない。

 

「……予言の子というのは、未来を知る力を持ったある妖精が残した予言で謳われてる妖精のことでね。

 異邦の旅人、つまりカルデアのマスターとともに、妖精國を襲う災いを退けた後モルガン陛下も倒して『真の王』を玉座につけて、でも当人は元いた場所に帰るという内容だよ」

「…………その予言は当たったの?」

「うん。予言の全文までは覚えてないけど、覚えてる範囲では全部当たった」

「……そっか。するとこの娘はモルガンやメリュたちにとっては敵なわけ?」

 

 光己にそう訊ねられて、メリュジーヌは小さく首をひねった。

 

「うーん、どうだろう。確かに敵対はしたけど、お互い私的な憎悪はなかったと思う。

 彼女が僕たちの仲間になる理由も、汎人類史を助ける理由もないと思うけれど」

 

 もし光己が妖精國に来た「異邦の旅人」本人であったなら、その縁で協力してくれるかも知れない。しかしそうでない以上、予言の子にとって汎人類史は見ず知らずの、故郷と共存できない異世界というだけのものだろう。

 汎人類史のブリテンを征服したいとか、モルガンの力になりたいなんてことも考えないだろうし。

 

「むうー、それなら起こしてもケンカになるのがオチだな。やめとくか」

 

 眠りっ放しなのは可哀想だとも思うが、それも特異点が修正されて座に還るまでのことである。光己が火中の栗を拾うのはやめて安全策を採ると、予言の子と共闘したことがあるバーゲストはちょっと残念そうな顔をしたが、メリュジーヌの意見に反論できる材料がないらしく沈黙していた。

 

「そうですねえ、仕方ありません」

 

 聖女メンタルのジャンヌも、敵対する動機は確実にあるのに味方になる動機はなさそうな者をあえて起こそうと言うほど無鉄砲ではないようだ。

 というわけで一同はこのまま部屋を出ることにしたのだが、ああ、何という運命の悪戯か、それとも世界設定の強制力というものか。部屋が狭くて混んでいたせいで、ジャンヌオルタが棺に足をぶつけてしまった。

 するとどうだろう……童話の展開の通り、棺が揺れた拍子に予言の子(しらゆきひめ)の喉に詰まっていたリンゴの欠片が口から出てきたではないか!

 目を覚ました姫が棺のフタをどけて体を起こし、まずはざっと辺りを見渡す。

 

「王子様だ! 王子様来た! ついに私にも妖精生の春が来た、やったー!」

 

 そして光己と目が合うと、喜色満面でガッツポーズを取るのだった。

 

 

 



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第190話 白雪姫2

 予言の子は棺から出ると、まっすぐ光己の前に行って彼の手を強く握った。

 

「王子様、助けていただいてありがとうございます!

 私は白雪姫と申します、よろしくお願いしますね!」

 

 そして愛想よく笑顔を振りまいたが、無論これには彼女なりの思惑がある。

 予言の子、本名アルトリア・キャスターは生前は予言の子の使命と「楽園の妖精」の役目を果たすだけで妖精生が終わってしまい、楽しいことはごくわずかで、しんどいことばかり多かった。なので死んだ後くらいは自分のために生きよう、幸せになってやる、うおおおおー!という心境なのである。

 その観点で見ると妖精國ではなく汎人類史で童話の主人公、それもハッピーエンドを迎えることになっているキャラクターとして現界したのは絶好のチャンスだった。なぜか妖精騎士が3人もいるが、今は王子様と初対面という重要な場面なのだから構ってはいられない。童話の展開通り王子様とくっつくために、まずは全力で媚びを売らねば!と考えているのだ。

 普段のやぼったい服ではなく、センスのいいデザインの一張羅を着て来られたのは運が良かった。白雪姫は名前が示す通り本物の王女なので、服装もそれに合わせたものが選ばれたということか。

 なお光己を王子様に認定したのは、目が覚めた時に周りにいた人たちの中で唯一男性で、しかもサーヴァント(けらい)を連れていたからだ。また予言の子アイでの鑑定によれば、「国王の子」かどうかは分からないが相当なお金持ちなのは確かであり、性格も良さそうに見える。見た目年齢も近いし、結構な良物件と思われた。

 ―――お金持ち! なんと聞こえのいい言葉か!

 そういえば生前に偽札でオークションに参加したことがあったが、お金持ちならその手の危険な橋は渡らなくていいのだ。素晴らしい。

 王子様はよく見ると純粋な妖精でも人間でもなく、ちょうど妖精騎士ランスロットに似た存在のようである。しかし予言の子はもうやめたのだし、そもそも妖精國自体がもう滅びたのだから気にせずアタックしよう。目指せ玉の輿!

 しかしいきなり求愛や求婚は気が早すぎる。まずは王子様と一緒にいられる状況をつくる所から始めるべきだろう。

 

「実は私、継母の女王に命を狙われていまして。

 もしよかったら王子様の国に連れていっていただけると嬉しいのですが」

 

 そこで童話の設定に沿って庇護を願い出てみると、王子様はちょっと困ったような顔をした。

 

「うーん、どうしたものかなあ」

 

 実際思春期男子としては可愛い女の子が「王子様♡」とか言って持ち上げてくれるのはとても気分がいいのだが、この娘は慣れてないのかあざとさが露骨なのが惜しかった。

 ……いやそういう問題ではなくて。これまで会ったここのサーヴァントは役柄の影響を受けてはいても名乗りは本来の名前だったのに、この娘だけ名乗りも言動も役柄そのものなのは、もしかして完全に洗脳されてるとかそういうレベルなのだろうか?

 だとしたらここに置いていくのは忍びないが、戦闘の場に連れていくのも悪い気がする。

 ―――なお光己のこの考察は明らかに間違いというか、アルトリア・キャスターに騙されているのだが、今の段階では無理もないことだろう……。

 

「これは難題……いや正直に事情を話して本人に選んでもらえば済むことか。

 お姉ちゃん、どう思う?」

「そうですね、それでいいと思います」

 

 ただ独断は避けて姉に意見を求めたところ同意してもらえたので、光己はとりあえずお姫様向けにカルデアとか人理とかいった専門用語は出さずに、自分たちはこの怪しい世界をつくった元凶を退治して元の世界に戻そうとしているところで、途中で危険な戦闘もあると思われるがそれでも来るかという趣旨のことを説明した。

 

「はい! 私こう見えても魔術はそこそこ使えますので、きっと王子様のお役に立てると思います!」

 

 すると姫は何故かノリノリで同行を選んだので、希望通りにさせてあげることにする。

 

「そっか、じゃあよろしくね」

「はい、こちらこそ!」

 

 うまくいった! キャスターは口では純真そうに答えつつも心の中ではにんまりほくそ笑んでいたが、そこに不埒にも生前の知り合いの大女が口をはさんできた。

 

「予言の子、さっきからなぜお姫様の真似事をしているんだ? 役柄に意識を乗っ取られたわけでもあるまいに」

「……予言の子? 聞いたことがない言葉ですが、何のことでしょうか。見知らぬ……いえ妖精(ドワーフ)の方」

 

 そこでまずはシラを切ってみたが、大女は思ったより賢かった。

 

「聞いたことがないって……おまえはついさっき『妖精生の春が来た』と言っただろう。本来の自分の意識が主体でなければ出て来ない言葉だと思うが」

「しまったぁぁ!」

 

 喜びのあまり、初手で致命的な失言をしていたとは。キャスターは絶望に身をよじってうずくまった。これで白雪姫のフリはできなくなったし、計画はおじゃんだろうか!?

 

「……で、どういうことなんだ?」

 

 すると大女がしつこく問いただしてきたので、やむを得ず起き上がって釈明することにする。

 

「別に深い理由はありませんよ。汎人類史(こちら)では玉の輿って女の子の憧れじゃないですか。サーヴァントは良くも悪くも逸話に引っ張られる存在だそうですから、白雪姫として振る舞っていた方が王子様を落としやすいと思っただけで」

「確かに白雪姫は王子と結ばれることになっているし、今の流れだとマスターが王子の役をしているというのも分かるが、マスターは王子でも何でもな……いや待て」

 

 特異点に現界したはぐれサーヴァントは通常は特異点が修正されれば英霊の座に還ることになるが、カルデアのマスターと契約すれば帰還先がカルデアになる。つまり新天地に連れて行ってくれるわけだから、まさに童話における王子のムーブそのものといえよう。

 ……とバーゲストは思ったが今少し考えてみるに、光己は妖精國に来た「異邦の魔術師」ではないのだから、予言の子は初見では光己がカルデアのマスターだと分からないはずだ。つまり今の考察は外れということになる。

 すると本当に玉の輿目当て……しかし光己は王族や貴族の出身ではなかったはずだが。

 バーゲストがその疑問を口にすると、予言の子はふふんと笑った。

 

「ええ、確かに王子様は貴種ではないかも知れません。でもお金持ちであることは分かりますから!

 むしろ身分や地位よりお金の方が大事ですね」

 

 開き直ってそう言うと、今度は生前は最後まで敵だったロリドラゴンが憤怒の相で割り込んできた。

 

「見損なったよ予言の子!

 お金目当てで男性に言い寄る卑しい女め! 愛にかけてお兄ちゃんは渡さないぞ」

「!?」

 

 こうまで言われてはキャスターも受けて立たざるを得ない。

 

「そちらこそ現実が見えてないお花畑め! 愛でお腹はふくれないんだぞ」

「現実が見えてないのはどちらかな? お兄ちゃんはもう陛下と結婚しているんだぞ」

「な、何だってー!?」

 

 雷に打たれたような衝撃でキャスターががくりとよろめく。

 ついで怒りをあらわに、光己に詰め寄って胸倉をつかんだ。

 

「裏切ったな、私の気持ちを裏切ったな。オベロンと同じに裏切ったんだ!」

「いやそんなこと言われても……」

 

 光己にとってはいわれなき弾劾でこう答えるしかなかったが、するとキャスターは思い直したらしく手の力を緩めた。

 確かにこれは光己が悪いというより、モルガンの打つ手が早かったというべきだ。あの魔境を2千年も統治していただけのことはあるが、今この場に来ていないとは詰めが甘い!

 

「こうなったら寝取ってやる! 男の人の好みのタイプは人それぞれだけど、だいたいは年増より若い子の方が好きだよね」

「ちょ!? それはさすがに予言の子として外聞が悪すぎるんじゃないかな」

「予言の子? 彼女ならもう死んだよ」

「そりゃそうだけどさあ!」

「#$%&*@¥!!」

「∀‰※=+△£!!」

 

「……」

 

 光己もジャンヌたちもどうしていいか分からず、2人の口論を呆然とみつめるばかりだった……。

 ところでバーヴァン・シーはモルガン以外のほぼすべての妖精が嫌いだが、予言の子だけは立場的には敵だったのになぜか嫌悪感が湧かず、普通に接することができていた。なので彼女のために仲裁に入ることにする。

 

「あー、何だ。2人ともその辺にしといた方がいいんじゃないか?

 私は愛とか玉の輿ってのは詳しくないけど、その泥仕合続ければ続けるほどマスターの好感度が下がってくってことくらいは分かるぞ」

「「!!」」

 

 まことにもっともな指摘で、メリュジーヌとキャスターは一瞬びくっと固まった。

 

「い、いや問題はないよ。確かに騎士としてちょっと品位に欠けてたかも知れないけど、お兄ちゃんを心配してのことだからね!」

「むぐぐ」

 

 とはいえメリュジーヌは動機は純粋だったのでダメージは少なかったが、純粋に不純だったキャスターは取り繕いようもない。雨に濡れた捨て犬のごとく、上目遣いで光己の顔を見上げるくらいしかできなかった。

 

(……うーん、どうしたものかな)

 

 当の光己は色々と予想外の展開にはたと考え込んでいた。

 今までの話から想像するに、予言の子というのは相当厳しい使命を課された存在なのだろう。だから死んで異世界転生(?)した後くらい、いい思いをしたいというのは分かる。

 しかし彼女を受け入れてしまっていいものだろうか?

 モルガンはカルデア式召喚で来た身だから汎人類史に敵対はしないはずだし、妖精騎士3人はモルガンが「我々は妖精國と汎人類史の争いでは中立を保つ」とでも言ってくれれば大丈夫だろう。しかし予言の子はモルガンの敵だったようだから、モルガンの命令に従ういわれはない。つまりカルデアが妖精國と戦うことになったら、レフがやったようなテロ行為をする可能性は否定できないのだ。

 

「……ところで君は妖精國の生まれの妖精なんだよね? 汎人類史の人間についてっていいの?

 ほら、将来汎人類史と妖精國が戦うことになったら居心地悪くなるでしょ」

 

 そこでまず軽く探りを入れてみると、予言の子はむしろ不思議そうな顔をした。

 

「へ? いえ、妖精國はもう滅びてますので、その心配は無意味かと思いますが……」

「いや、それがモルガンやカーマによると、俺たちがいる世界は妖精國や異星の神が来るより前の時間軸らしいんだ。つまり妖精國と接触するのはまだこれからってことでね」

「うえっ!?」

 

 何てことだ! キャスターは真っ青になってうろたえた。

 またあれをやらないといけないのか!? いやあの旅を後悔してはいないが、結果的には妖精國の滅亡の一因になったわけだし、またやりたいかと問われれば答えはノーである。

 といってモルガンの側について異邦の旅人(リツカたち)と争うのも嫌だし、それ以前にあの悪意の嵐の中にまた入るのはごめんこうむりたい。

 ……いや待て。確かリツカたちは汎人類史の(生身の肉体を持たない普通の)サーヴァントは妖精國には入れなかったと言っていたではないか。助かった!

 

「あー、えーと。聞けば汎人類史のサーヴァントは妖精國には入れないそうですから、私の意向に関係なく、どちらにもつかないということで……。

 いえ私自身どちらとも争いたくありませんので、何もしないということでご理解いただければと……。

 何でしたら、令呪で縛っていただいてもかまいません」

「うーん、そういうことならまあいいか……」

 

 カルデア式の令呪はサーヴァントへの強制力は低いし、やるつもりもないが、彼女の方からこう言ってくるからには嘘ではあるまい。カルデアに帰ったら清姫がいることだし、さしあたって現段階では彼女を拒む必要はなさそうに思える。

 

「といってもあれだな。愛でお腹がふくれないのは事実だけど、100%お金目当てなのも嫌だからまずはお友達からってことでいい?」

「アッハイ。ソウデスネ、ヨロシクオネガイイタシマス……」

 

 王子様のお沙汰はあの泥仕合を見た上での判断としては大変寛大なもので、キャスターはははあーっ!と頭を下げて全面承服するしかなかった……。

 ただそれはそれとして、確認したいことがある。

 

「ところで王子様はいろいろ知ってらっしゃるようですけど、どちらから見えられたのですか?」

「ん? ああ、カル……いやその前に、君のことは何て呼べばいいかな。俺は藤宮光己っていうんだけど」

「それはもう、白雪姫と! 長ければ姫、でも構いませんので」

「そ、そっか」

 

 どうやら彼女はあの泥仕合の後でもなお、自分を白雪姫だと主張したいようだ。

 まあ実害はないことだし、希望通りにしてあげてもいいだろう。

 

「それじゃ姫で。

 で、今言いかけたけど俺たちはカルデアっていう組織の現地調査部隊で、この特異点を修正するためにやって来たんだ」

「カルデア!?」

 

 その固有名詞にキャスターは仰天した。リツカたちが所属していた組織ではないか!

 

「知ってるの? ……って、カルデアのマスターが『異邦の旅人』なんだから知ってて当然だったか」

「はい、リツカという方なんですけど……」

 

 ただリツカは「最後のマスター」だったはずだが、するとこの少年はカルデアが妖精國と接触する前に辞職、もしくは死亡してしまうのだろうか? 辞職はともかく、死亡は困るのだが。

 まあその辺は今は知りようのないことだし、こちらから触れるべきことでもない。キャスターは気づかなかったフリをした。

 

「うーん、コフィンに入ってる人たちの名前は確認したことないからなあ」

 

 コフィンで凍結処置されている人たちのことを詳しく知ると精神的に重荷になりそうなので、光己はあえて避けていたのだ。だから今「異邦の旅人」がカルデアにいるかどうかは分からないが、予言の子がカルデアに来れば判明するから問題はあるまい。

 

「そういえば友達に立香って娘がいるけど、まあ無関係だろうな」

 

 そして何の気なしにそうごちると、まったく突然に頭の中に声が響いた。

 

(―――呼んだな、私の名を!)

「何っ!?」

 

 それは気のせいや幻聴で済ませるにはあまりにもはっきりし過ぎた声だったので光己は思わず反応してしまったが、すると気のせいではない証拠に明確な返事が来た。

 

(フフフフ……そう! オヌシのニューロンに居座る邪悪存ざ……もとい。あなたの頼れる脳内セ〇ム、藤丸立香ちゃんだよ!)

「アイエエエ!? 立香!? 立香ナンデ!?」

 

 藤丸立香と名乗った人物は実際光己の幼馴染なのだが、脈絡もなく人の頭の中に直接話しかけてきたとはいかなる事態か!? 光己は驚愕と恐怖におののいた。

 

(ふふん、いい驚きっぷりだね。満足だよ。

 でも声に出してると変な人扱いされるから、心の中で念じるだけにしといた方がいいかな。私はそれで分かるから)

(お、おう)

 

 確かにそうなので光己が立香の勧めに従うと、また彼女の声が聞こえた。

 

(実は今までもずっとあなたのサポートしてたんだけどね。

 今あなたが私の名前を呼んでくれたから、ようやくこうして会話もできるようになったんだよ)

(マジか。いや日本のこと思い出すと「みんな死んじゃったんだろなー」ってなって気が重くなるから考えないようにしてたんだよ。ごめん)

(んー、なるほど。それなら仕方ないかな、ただでさえ責任重大なんだものね。

 まあ今こうしてお話できるようになったからもういいよ)

 

 立香が鷹揚に許してくれたので、光己は話を進めることにした。

 

(それでサポートしてたって何? ていうか何がどうなってこうして話してるんだ!?)

 

 その根本的な疑問に対しては、一般人であるはずの立香にしては魔術的な回答が返ってきた。

 

(光己最初の頃はサーヴァントと契約するたびに魔力切れでダウンしてたでしょ。その心配がなくなったら今度はドラゴンになっちゃうとか、身体のケアが大変だったんだよ。

 私がいなかったら死んで……はいなかったと思うけど、今みたいな都合のいい状態にはなってなかったよ)

(マジか。全然気づいてなかった、ありがとな)

(うん、どう致しまして)

 

 立香のその一言には、深い情動(エモーション)が感じられた。特異点Fの頃からサポートしてくれていたのなら結構な長期間に渡るから、それにようやく気づいてもらえたということに感慨深いものがあるのだろう。

 

(うん、ほんとにありがと)

(うん。……といっても私が起きてるのは何かあった時か、こうして呼んでくれた時だけなんだけどね。光己も忙しい身みたいだし、暇な時にちょっとお話してくれれば十分だから)

(そっか、分かった)

 

 光己は忙しい身なのは事実なので、そちら方面を配慮してくれるのは助かる。また「私が起きてるのは何かあった時か~~」の真偽は不明だが、プライバシーにも配慮してくれているのだろう。

 学校ではコミュEXと謳われていた気配り上手だが、それだけのことはあると改めて感心した。

 

(で、そもそも何で俺のニューロンに?)

(あー、それはね。実は私もカルデアのマスターになってたんだけど、何かとても珍しい「レイシフト適性100%」らしくてね。だから光己たちがいうレムレムレイシフトみたいな感じでついて行けてるんだと思う)

(それなら俺のニューロンに住まなくても、普通に現界すればいいんじゃないか?)

(そこはそれ、私は身体の方は重傷で凍結処置されてるから、それが再現されたらその場で死んじゃうからじゃないかな)

(あ、そっか。ごめん)

 

 なるほどそれはその通りだ。光己がデリカシーに欠けた発言を謝罪すると、立香は「気にしなくていいよ」と大らかに許してくれた。

 

(ここにいる分には健康体だし、光己の脳内って居心地いいしね。

 何でか分からないけど布団とコタツとノートパソコンとお茶菓子まであるし)

(ううむ、人理修復なんて大仕事やってる友達の脳内で勝手にくつろぐとはやはり邪悪存在……。

 まあそれはそれとして、立香がカルデアに来てたとなると、妖精國組がいう「異邦の旅人」とか「異邦の魔術師」ってやっぱり立香のことなのかな?)

(うーん、どうだろ。今の状況からマスターが私1人になるというのは考えづらいし。

 まあ人理修復が終わって、私が解凍されてコフィンから出たら分かるんじゃないかな?)

(そだな。じゃああまり長引くとみんな心配するだろうから、また後で)

(うん、久しぶりにお話できて楽しかったよ)

 

 それで光己が脳内会話を切り上げて現実世界に戻ってくると、予想した通りメリュジーヌたちが心配そうにこちらの顔を見上げていた。

 

「お兄ちゃん、大丈夫? 突然ぼーっとして声かけても返事してくれないからどうしようかと思ってたんだけど」

「うん、もう大丈夫だよ。カルデアに来る前のこと思い出してただけだから」

 

 さすがに皆の前で脳内会話の実情は明かせないのでそう言うと、幸いメリュジーヌは素直に納得してくれた。

 

「ああ、そういえばお兄ちゃんは騎士とかじゃなくて一般人だったんだよね。なら仕方ないか」

「うん、でもなるべく心配させないようにはするから。

 ……で、姫はカルデアに来るってことでOK?」

「え? あ、はい、そうですね。お願いします」

「分かった、じゃあ忘れないうちに契約しとこうか」

「はい」

 

 ―――こうして、予言の子も無事カルデアに加入したのだった。

 

 

 



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第191話 白雪姫3

 何はともあれ妖精國の予言の子、本名アルトリア・キャスター、自称白雪姫もカルデアに加入するということで話がついたので、光己たちは部屋を出て藤太たちに事の次第を報告した。

 

「なるほど……確か童話では姫は王子についていくことになっていたな。その通りになったというわけか」

お伽噺(メルヘン)が世界の(ことわり)を形作るとは。特異点は、つくづく恐ろしいところだな……」

 

 綱はその流れを聞いてちょっと恐れをなしたようだが、光己たちはキャスターの名誉のために彼女の玉の輿狙いや泥仕合のことは伏せていたので、まあ致し方のないことだろう……。

 

「しかし童話にはまだ続きがあったんじゃなかったかな。継母の女王が姫と王子の結婚式に招かれて殺されるという流れだったはずだが」

「そういえばシンデレラの義姉も酷い目に遭ってたな。早い内に妹側に寝返って良かったってとこか」

 

 デオンが小さく首をかしげながら所感を述べると、バーヴァン・シーもこくこく頷いた。

 

「うーん。あんまりむごたらしいことはしたくないけど、やっぱり継母の女王役のサーヴァントもいるのかな?」

 

 あるいは光己がシンデレラの魔法使いと白雪姫の王子を兼任しているように、義母と女王もカーミラが兼任しているという可能性もなくはない。もしそうだったらさすがに同情を禁じ得ないが。

 まあそれは実際に出会った時のこととして、ここでの用は済んだからそろそろお暇するべきだろうか。藤太たちにカルデア入りを誘えるほど親しくなったとは思えないが、せめて写真とサインは欲しいものだけれど。

 ……なんてことを光己が考えていると、ジャンヌが近づいて注進してきた。

 

「マスター、皆さん。サーヴァントが接近しつつあります。東から2騎、北から1騎ですがどうしましょうか?」

「んんっ!? まさかついに元凶が本気になったってことなのか!?」

 

 これは偶然とは思われない。この特異点をつくった元凶が、カルデア側が順調に戦力を増やしていることに危機感を抱いて決戦を挑んできたと解するべきだろう。

 

「家の中に残ってるのは得策じゃないですよね。外に出て迎え撃った方がいいと思うんですが」

「そうだな。単純に(おれ)たちとおまえさんたちの二手に分かれればいいと思うが、問題はどちらが強いと思われる方(ひがしがわ)に当たるかだな」

 

 光己が藤太に相談すると、逆に問いを返された。

 サーヴァントの人数は、バーゲストと白雪姫を移籍済みと考えるならカルデア側が9人で妖精(ドワーフ)側が6人だから、カルデアが東側を担当するべきだろう。

 光己がそう言うと、藤太は大きく頷いた。

 

「うむ、それでよかろう。あと贅沢を言うなら、この家の建物を守る担当が欲しいところだが」

「それなら私が。宝具は結界ですので」

 

 するとキャスターが自薦したので、そういうことになった。実はデオンも立候補する気だったのだが、結界宝具を持っていると言われれば是非もない。

 そういうわけで一同が家の外に出て待っていると、やがてがさごそと草をかき分ける音とともに、まずは東側からカボチャ兵と、鉄の仮面をかぶって紫色メインのワンピースぽい服を着た女性が大勢現れた。カボチャ兵は兵士らしく剣や斧などのちゃんとした武器を持っているが、紫衣の女性の得物は(のこぎり)や鉄棒といった、武器というより拷問の道具のように見える。

 ついで北側からは魔獣の群れが襲ってきた。サーヴァントは手下たちの後ろに控えているようで、まだ姿は見えない。

 

「これはどう考えても敵だな。姫、頼む」

「はい!」

 

 友好的あるいは中立のサーヴァントなら、わざわざ大勢の手下に先行させたりしないだろう。光己が戦闘不可避と見て予定通り結界を依頼すると、キャスターは屋根の上に飛び乗って宝具を開帳した。

 

「……きみをいだく希望の星(アラウンド・カリバーン)!!」

 

 すると家を囲む形で金色に輝く光のドームが現れる。一見は紙のように薄い光の幕で頼りなく思えたが、しかし幕の向こうはまるで遠い異世界のように見えた。

 何しろこれは「対粛正防御」という特殊な結界で、しかも中にいる者の毒や病気や呪いなどを癒してくれる優れものなのだ。

 似た効果のジャンヌの宝具と比べると、防御力は勝っているが、ケガまでは治せないとか結界の内外の出入りができないといった短所があるので状況に応じて使い分けるということになるだろう。

 これで背後の安全は確保された。カルデア新入りのバーゲストは典型的なパワーファイターで、大きな剣を振り回してカボチャ兵を叩き割り、紫衣の女性兵をぶった斬っていく。

 両者とも生身の生物ではなく魔術的につくられたものらしく、行動不能になると煙のように消えていた。

 左右のメリュジーヌとジャンヌも彼女に劣らぬ戦果を挙げているし、後衛のアーチャーたちからの支援もある。今のところは圧倒的有利だった。

 

「無力だな、本当に!」

「無礼者ーぉ!」

 

 しかし敵方もやられっ放しではなく、まだ幼いが権高そうな女の子の声とともに、大きな魔力の針が10本ほども飛んで来る。

 

「チッ!」

 

 バーゲストの技量なら打ち払うことも避けることもできたが、一太刀で全部打ち払うことはできず、避ければ後衛の光己たちに当たってしまう。やむを得ず、バーゲストは片手で剣を振って半分ほどはたき落し、残る半分は鎧と籠手で受けた。

 

「刺さったか……だが痛手ではないな」

 

 針は鎧や籠手を貫通したが、身体に刺さったのは1センチくらいだ。毒もないようだし、この程度なら問題はない。

 とはいえ手下の後ろから何本でも飛ばせるとなれば面倒な相手だ。これとは別に宝具も持っているはずだし、なるべく早く接近戦に持ち込みたいところである。

 

「……見えました! あの紫色の髪の少女が武則天、アサシンです。宝具は『告密羅織経(こくみつらしょくけい)』、対象1名の足元に毒酒が入った大きな壺を出現させて中に沈めるというものです」

「武則天……中国唯一の女帝か!」

 

 そこにジャンヌが真名看破したのと、その名前に驚いた様子の光己の声が聞こえた。ジャンヌはスキルで情報をすっぱ抜いただけのようだが、光己は当人のことを多少は知ってそうである。

 

「マスター、武則天とはどういう奴だ!?」

「ああ、今言ったけど中国の……いやそういう話じゃないか。

 彼女は政治力はあったけど、武術や魔術の心得はなかったと思う。密告や拷問で有名だから、手下と宝具もその逸話が再現されたものじゃないかな」

「なるほど、綱や武蔵とは違うタイプか」

 

 武則天とやらは生前から強かったのではなく、サーヴァントとしての現界にともなうスペック保証や逸話再現の力で戦うスタイルのようだ。ならば戦いの駆け引きは未熟なはずだが、こちらもサーヴァント戦自体に慣れていないので油断はできない。まだ姿を見せていないもう1人のサーヴァントもいることだし。

 

「このタイミングで来たということは白雪姫の継母の女王か? 隠れていれば助かったかも知れないものを、わざわざ自分から童話を再現しに来るとはな!」

 

 そこで役柄を探るのを兼ねて軽く挑発してみると、皇帝だっただけに煽り耐性は低いのかすぐ乗ってきた。

 

「何をー! ドワーフ(こびと)……いや小人のわりにでかいがともかく小癪(こしゃく)なー!

 確かに(わらわ)は女王の役をしておるが、女王が謀殺されたのは間抜けにも姫と王子の結婚式にのこのこ出向いたからであろう? いやおそらく姫は偽名を使ったのであろうが、ともかく今は関係ないわ!」

「ふむ、確かに」

 

 言われてみればその通りである。しかも「小人」と「小癪」をかけているあたり、光己が言った通り政治方面では知恵が回る人物のようだ。

 とにかく役柄は確認できた。この方向でもう少し話してみることにする。

 

「だが王子はすでにここに来ている。おまえに勝ち目はないぞ?」

「なんじゃとぉ!? いかに妻を守るためとはいえ、他国の王を謀殺という穏やかでないことを仕出かしたあの王子か。よし、聖神皇帝たる妾がじきじきに躾をしてくれる」

「確かに穏やかではないが、両国の併合まで見据えての行為なのかも知れんぞ!?」

 

 白雪姫の立場で考えれば、女王は自分を何度も殺そうとしてきたのだから仕返ししたくなるのは当然だし、そうでなくても生きているのを知られたらまたいつ殺しに来るか分からないので放置はできない。夫となった王子も気持ちは同じだろうが、他国の王をだまし討ちなんてしたら国際問題になるのはもちろん、戦争になる可能性も高い。女王の意見は妥当といえよう。

 ただ白雪姫は女王の国の王位継承権を持っているはずなので、王子が姫と結婚するのは女王の国を攻め取る格好の口実にもなるのだ。最初は単なる一目惚れだったとしても、王子たる者が結婚までするにあたっては、そうした計算があってもおかしくはない。

 ―――まあ童話にそんな政治的な考察を持ち込む方が野暮というものかも知れないが。

 

「ほう、脳筋そうな見た目のわりに賢いようじゃな。妖精役でなかったら登用したいところじゃの」

「それは光栄だが、生憎私が仕える王は1人しかいないのでな」

「そうか、残念じゃの。ところで王子はどこじゃ?」

 

 といっても目の前の妖精役が素直に答えるわけはないので、さっさと自分で敵陣を見回して探す武則天。すると後衛の中に1人だけ、男性でしかもサーヴァントではない者がいるのを発見した。

 

(あれがシンデレラの義母役(カーミラ)が言っていたカルデアのマスターとやらか? シンデレラの魔法使い役だと聞いたが、白雪姫の王子役も兼ねているということか。

 恨みはないが、妾の敵となってしまったからには致し方ないの)

 

 ただ彼を含めた後衛組はL字型の擁壁のような形をした白い煙の上に乗って宙に浮いているので、酒壺に沈めることはできなかった。先ほど旗槍を持った娘に真名と宝具を暴かれたからか、対策を取られたようだ。

 なお攻撃(ごうもん)方法は他にもいろいろあって、これらは召喚できる手下の「酷吏(こくり)」が持っている得物や先ほど飛ばした魔力針という形になっている。

 ただ現在の状況では、距離の関係で彼をいきなり攻撃できるのは魔力針だけだった。

 

「刑の執行じゃ!」

 

 武則天は魔力を溜めると、20本ほども針を出してバーゲストに全力攻撃する―――と見せかけて光己の方に飛ばした。人間の魔術師、まして狭い足場の上では避けられるはずもなく、助かるとしたら左右のサーヴァントが己の身を盾にするしかあるまい。

 ……と武則天は計算したが、少年は素早く煙の陰から盾を取り出して体の前にかざした。

 それだけなら驚くほどではなかったが、その盾が当たった針すべてを子供が投げた石ころか何かのようにはじき返すとは。

 

「何じゃと!?」

 

 武則天には知るよしもないが、この盾を含む武具一式はシバの女王の鑑定により、伝説の騎士アーサーがとある強敵と戦う時に使った特別な品であることが判明しているのだ。敵の攻撃を受けるとなぜか簡単にパーツごとに分離して脱げてしまうが、個々のパーツ自体は非常に硬いので盾単品として使う分には有効である。

 なお武具の内訳はこの盾と鎧と槍と剣の他、なぜか手榴弾もついていた。

 この手榴弾もまたアーサー王が別の冒険で使ったものの複製品らしいが、今は本人がいないので真偽のほどは確認できない。

 

「無駄無駄無駄ァッ!

 最後のマスターに同じ技は2度も通じぬ、今やこれは常識!!」

 

 ギルガメッシュと戦った時は彼が強すぎて言えなかった台詞だが、今回はしっかり言えて光己はご満悦であった。

 なお今は光己は「最後の」マスターではないのだが、そこはスルーである。

 

「おのれ、ちょっと攻撃を防いだ程度でこの聖神皇帝に対して不敬な!」

「そちらこそこの大奥王に対して不意打ちとは無礼千万! 天罰が下るぞ」

「……そなたがか!?」

 

 武則天はカルデアのマスターとやらの礼を失した発言を叱責してみたが、それへの返事によると彼もどこぞの王であるらしい。しかし王らしい威厳とか教養とかそういうのがまるで感じられないので、たぶん血筋だけのぼんくら王なのだろう。なので会話は打ち切ってさっさと討伐することにする。

 とはいえこの距離では飛び道具はもう通じないし、かといってうかつに近づいたらこちらが敵の前衛にやられてしまう。そこで同僚、という名の互いに多少の親近感はあるが利用し合うだけの関係の同行者に頼ることにした。

 

「義母役! そちらはどうなっておる!?」

 

 わざわざ役柄名で呼んだのは別に悪意あってのことではなく、サーヴァントとしての真名を敵の前で口に出すと戦闘スタイル等がバレる恐れがあるからに過ぎない。サーヴァントの人数はこちらの方が少ないので、細かい点にも気を遣っているのだ。

 いや白雪姫の継母やシンデレラの義母の名前がしっかり決まっていたらそれを使えたのだけれど……。

 

「あー、応援は無理ね。この娘小さいのにやたら強い」

 

 シンデレラの義母役(カーミラ)は先日の10倍以上の数のカボチャ兵を連れて来ていたが、それでもメリュジーヌ1人に劣勢であった。

 森の中だから敵後衛からの支援攻撃があまり来ないのはいいが、代わりにこちらも包囲して一斉攻撃といった効果的な戦術がうまく使えないのでプラマイゼロなのである。兵士は頭がカボチャだけあって知能が低いし。

 

「でもカルデアのマスターは素人に毛が生えたようなものだから、こんな燃費の悪そうな娘を長時間戦わせ続けることはできないはずよ。魔力切れになった時がチャンスね」

(いつの話してるんだろう……)

 

 メリュジーヌは敵の迂遠さにいっそ哀れを催したが、真実を教えてやるほどお人好しではなかった。なおメリュジーヌは竜の炉心を持っているので、マスターの負担はむしろ少ない方である。

 とはいえカボチャ兵と紫衣の女性兵合わせてぱっと見200体以上というのは確かに多いが、今までの経験から考えてこれくらいならまったく問題ない。

 ……と思いきや。女性兵側にいるジャンヌから注意を促す声が聞こえた。

 

「皆さん、気をつけて下さい! またサーヴァントが1騎、かなりの速さでこちら側に接近しています」

 

 となれば敵の援軍だろう。残念ながらメリュジーヌの位置からでは見えないが、武則天の後ろの方から黒い人影が木の陰を縫うようにして駆けてきていた。

 ちょうど冬木で戦った分裂アサシンと似た感じの若い女性で、骸骨の仮面もつけている。本当に武則天の仲間らしく、その傍らにさっと降り立った。

 

「すみません、遅れました」

「遅いぞー! だが間に合ったから良しとしよう。さっそくそなた得意の毒を、連中に存分にぶち込んでやるがよい」

「……お客様のご依頼とあれば」

 

 この仮面の女性こそ、女王に毒りんごを提供した毒物職人である。毒を用いた暗殺術に長けていた。

 

「―――真名、静謐のハサン。アサシンです。宝具は『妄想毒身(ザバーニーヤ)』……彼女は全身が毒そのもので、触れるだけでも猛毒を受けることになります!」

「何だと!?」

 

 だとしたらたとえば剣で斬って返り血を浴びるのもNGということか。さすがのバーゲストも久しぶりに戦慄を覚えるのだった。

 

 

 



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第192話 白雪姫4

 返り血を浴びるのもNGとなるとどう戦えばいいのか? 実戦経験豊かなバーゲストもさすがに困惑したが、そこに後ろから同僚が飛び込んできた。

 

「仕方ねえ、私が相手するよ」

「バーヴァン・シー!? そうだな、頼んだ」

 

 なるほど飛び道具メインのバーヴァン・シーなら、接近させないように戦えるから問題ない。また彼女が木の枝の上に乗っているのは、武則天の宝具への対策だろう。

 バーゲストは少し下がって、静謐のハサンの相手を彼女に任せた。

 

「うーん、真名看破ってマジ便利だなあ」

 

 バーヴァン・シーが武則天と静謐のハサンの動きを目で追いつつ1人ごちた。

 サーヴァントにとって宝具とは象徴であり切り札であるそうで、逆に喰らう側にとっては最大の警戒対象になる。それをこちらだけ事前に教えてもらえるとか、これがチートとかイカサマとか呼ばれるずるっこ行為か。

 

「最っ高ね! それじゃアナタたちはやられ役らしく、ゴミになぁれぇ!!」

 

 サディスティックに(あざけ)りつつ、まずは小手調べに軽く魔力の矢をばらまくバーヴァン・シー。大小さまざまな黒い(やじり)のような形をしており、特殊な効果はないが大きなものは1本でもこの森の太い木を貫く威力がある。

 すると静謐のハサンは大きく横に跳んで避けると同時に短刀を数本投げてきた。当然毒を塗ってあるだろう。

 

「さすがに元素人じゃないみたいね。でも暗殺者(アサシン)弓兵(アーチャー)と飛び道具対決するなんてナンセンスぅー♪」

 

 バーヴァン・シーはバレリーナのようにくるっと身を翻して短刀をかわしつつ、先ほどの倍の数の矢を放って静謐のハサンと、ついでに酷吏たちも攻撃した。

 狙いは甘いが数と威力は十分な乱射を静謐のハサンは避け切れず、何本かが体をかすめて肉をえぐられ血が飛び散る。酷吏も何人か倒された。

 

「くっ……つ、強い」

 

 静謐のハサンの暗殺スタイルはハニートラップ的な方法がメインであり、樹上の少女が言う通り射撃戦で弓兵と張り合えるほどの技量はない。

 ただケガをして出血したのは彼女にとって有利な要素でもある。純粋に攻撃の手数が増えるのだから。

 ……弓兵相手には意味のないものだけれど。

 しかしまだ打つ手はある。静謐は木の陰に隠れると、1度真上に跳躍してから木の幹を蹴って別の木の陰に移動した。

 そこで木を掴んだ手を放して少しだけ自由落下してから、また木の幹を蹴って次の木の陰に飛ぶ。

 つまり隠れるのと3次元移動を織り交ぜることで弓兵少女を攪乱しようとしたのだ。

 

「んんっ!? な、なかなか考えたな」

 

 静謐のハサンは動きがかなり素早い上に時々短刀を投げて来るし、武則天も心得たものでたまに針を飛ばして牽制してくる。バーヴァン・シーは両方から目を離せないわけで、童話の役柄で押しつけられた仮初の関係のくせに連携が取れているのがメンドくさくて小面憎い。地形をうまく利用している点もちょっちムカつく。

 

「でもざぁんねん♪ 宝具ってのを持ってるのはおまえたちだけじゃねえんだよ」

 

 バーヴァン・シーがいったん射撃を停止し、代わりにファンシーな金槌と大きな釘を取り出す。いわゆる丑の刻参りの呪いだ。

 藁人形は通常は対象の髪の毛や爪など肉体の一部から作り出すのだが、対象が見えているのならイメージだけで何とかなる。

 この呪術は普通は「人を呪わば穴二つ」になる危険なものだが、宝具化に伴って自身の被害は連続使用しなければ無視できる程度に収まっていた。

 

「そーれっ! 『痛幻の哭奏(フェッチ・フェイルノート)』!!」

 

 バーヴァン・シーが「藁人形」に釘の先端を押しつけ、ついで釘の頭部を金槌でカーンと叩くと、当然に釘が人形の胸に刺さる。その直後、静謐本人も心臓に激痛が走った。

 

「がッ!?」

 

 痛みのあまり静謐は空中で姿勢を崩し、そのまま木の幹に背中を打ちつけて地面に落下した。それでもすぐ立ち上がったが、まだ痛みは激しくまともに動けない。

 そうと見た弓兵少女が追いかけて来る。とどめを刺す気かと思ったが、意外にも話しかけてきた。

 

「アッハハハハ! ブザマに逃げ回ったあげく墜落なんて見苦し~い♪

 そろそろおうちに帰った方がいいんじゃなぁい? 負け犬みたいに」

 

 バーヴァン・シーは自分の優位を確信すると、いや相手が自分が劣勢だと自覚していると判断するとかさにかかってこき下ろした。

 とはいえこの台詞は、もし静謐のハサンが逃げるなら背中は射たないという趣旨でもある。バーヴァン・シー的に主君を裏切って刃を向けるのは敵のすることであっても不愉快だが、逆に仮初の王だか商売相手だかのために命を捨てることもなかろうと思ったのだ。

 

「……いいえ。貴女の気遣いは嬉しく思いますが、ハサンの名を預かった者としてそうするわけにはいきません」

「へえ!?」

 

 すると仮面の女性はバーヴァン・シーの思惑を理解した上で断ってきた。ハサンというのが何なのかは分からないが、おそらく彼女にとって大変な名誉と責務を持ったものなのだろう。

 バーヴァン・シーは驚きかつ感心したが、現界した時に得た知識によると彼女のような誇り高き戦士に対してはしつこく勧めたり攻撃を手加減したりするのは失礼に当たるらしい。

 もとよりバーヴァン・シー自身にも負けられない理由がある。この先は情けもお遊びも無用のデスマッチだ。

 

「そっか、じゃあ仕方ないな。気持ち良く逝っちゃえぇぇ!」

 

 バーヴァン・シーが先ほどのさらに倍の矢を飛ばす。一方静謐の心臓、つまり霊核は見た目には傷ついていないものの深刻な損傷を受けており、もはや満足に戦うどころか矢を避けるのも難しかった。

 

「くぅぅ……!」

 

 それでもこのまま終わるわけにはいかない。静謐のハサンは文字通り死力を振り絞って、横に跳んでまた木の陰にもぐりこんだ。

 しかし今回の矢は威力も別格で、静謐が隠れた木をへし折ってしまった。次の矢が右肩と左腿に突き刺さる。

 

「ぐっ……!」

 

 これはいけない。最期の時が来たようだ。

 しかしハサンを名乗る者として、せめて1人くらいは道連れにしなければ。

 

(誰を……!?)

 

 弓兵少女は無理だ。投剣は通じなかったし、まして手が届く距離まで近づけるわけがない。

 ならば鎧を着た剣士か、それとも旗槍のルーラーか? この2人は飛び道具を持っていないようだから、接近戦に持ち込むことは可能だろう。

 

(いえ、ここはあの男性を……!)

 

 彼が弓兵少女たちのマスターなのだろうから、彼さえ倒せば勝利になるのだから。しかも狭い足場の上にいて、避けるのもままならないわけだし。

 といっても右と左にサーヴァントが1人ずついるから分の悪い賭けだが、何とか……!

 

「参ります……! 死んで、下さい」

 

 どの道これで死ぬのだ。静謐は霊基を燃やして最後の力に変えながら、ムササビのように木の枝から枝へ跳んで少年の元に奔った。

 

「チッ、マスター狙いか!」

 

 バーヴァン・シーは静謐の狙いにすぐ気づいたが、位置関係的に先ほどのように乱射するとマスターに当たりかねない。ならばと単発の精密射撃で確実に当てようとすると、またも武則天の魔力針に邪魔されてしまう。

 

「甘いわ!」

「あぁもうメンドくさい!」

 

 一方ジャンヌとバーゲストは周りに酷吏がいて追いつけそうになかった。エリザベートとゼノビアはメリュジーヌの援護に行っているので、今光己の傍らにいるのはジャンヌオルタとシバの女王の2人である。

 

「させるかってーの!」

 

 静謐が木と木の間を跳んでいる瞬間を狙って、ジャンヌオルタが魔力弾を放つ。サーヴァントといえども飛行能力を持っていなければ空中で軌道を変えることはできないから躱すのは無理―――のはずだったが、なんと静謐は片手で魔力弾を下から押し上げて、その反作用で体を下げるという離れ業で黒い魔弾を回避してのけた。

 

「嘘っ!?」

「もう少し……!」

 

 代わりにその片手は潰れたが問題はない。とりあえず今のお返しとして、まだ生きている右手で敵の3人に1本ずつ短刀を投げた。

 

「わわっ!?」

 

 シバの煙は一瞬で広く展開できるものではないので、今この場では間に合わない。シバとジャンヌオルタは横にかがんで避けるしかなかった。

 真ん中にいる光己はそれもできないが、まだ手に持っていた盾をかざしてはじいた。

 

「なっ、盾……!?」

 

 まさか魔術師が武闘系サーヴァントの投擲をあっさり防ぐとは何という反射神経。静謐は大いに焦ったが、ここまで来て方針変更はできない。だって本当にもう少しなのだから。

 静謐は地上に降りると、地面を蹴って猛然と駆け出した。

 

「あと少し……!」

 

 標的まで7~8メートルというところか。半秒もかからない距離だ。盾で阻まれたとしても、その盾ごと押し倒せば手を触れることくらいはできるだろう。

 しかし少年の口元が一瞬光ったように見えた直後、左目に何か突き刺されたような鋭い痛みを感じた。

 

「痛っ!? 含み針か何か……!?」

 

 サーヴァント相手に魔術師がそんなことをするなんて予測できるはずがない。驚きと痛みで静謐の姿勢が乱れたのは致し方ないことだろう。

 といっても熟練の暗殺者だけにその乱れはほんのわずかなものだったが、サーヴァント戦においてはそのわずかな時間と動作が命取りになり得る。勢いのまま前につんのめった静謐の顔面を、少年の盾が真正面からぶっ叩いた。

 

「んぶっ!?」

 

 しかもその腕力たるや、サーヴァント基準でも強い部類に入るというおかしなものだった。本当に何者なのかこの少年!?

 静謐はあやうく後ろに吹っ飛ばされるところだったが、必死で踏ん張り盾をつかんでそれを免れた。しかしその直後、背中から腿にかけて何ヶ所も痛みが走る。

 追って来た弓兵少女に射られたのだ。

 

「これでおしまい。消えちゃえぇ!!」

「うぅっ……ここまで……来たのに……」

 

 痛みとともに(まりょく)が抜けて、静謐の視界が絶望の暗い色に染まっていく。

 ついに目の前まで近づけた少年に手を伸ばそうにも、盾が邪魔で届かない。脚はまた矢が刺さってもう動かない。

 これで、終わり……!?

 

「いえ……まだ、まだ1つだけ方法が!」

 

 今度は矢が後頭部と延髄に刺さったが、まだ数秒は保つ。静謐はぐっと上体を起こすと、短刀でみずからの咽喉を掻き切った。

 

「なっ……!?」

 

 あまりのことに光己たちが呆然と硬直する。4人が我に返ったのは、静謐の咽喉の傷口から噴き出した大量の毒の血が光己の頭にぶっかけられた後だった。

 

 

 

 

 

 

 光己が普通の魔術師だったならこれで死んでいたところだが、幸いにして彼は「五巨竜の血鎧(アーマー・オブ・クイントスター)」略して無敵アーマーと称する能力により、毒物や呪詛の類に対しても強力な耐性を持っている。平気な顔で立っていたが、それを見た静謐の驚きの表情は、ここまでしたのに倒せなかったという落胆ではなく、生きていてくれたという喜びと、その人ともうお別れなのだという名残惜しさがないまざった複雑なものだった。

 

(ああぁぁ、私に触れるどころか血を浴びても平気な人がいるなんて……。

 もし次があるのなら、どうか味方として……)

 

 静謐のハサンはいわゆる「毒の娘」であり、触れた相手は彼女の意志とはかかわりなく死んでしまう。それは暗殺の手段としては良くても、私人として誰かと深いかかわりを持つことは難しくなるものだった。なので彼女の毒が効かない人というのは、彼女にとって人間大の宝石のように特別で貴重な存在なのである。

 ただ静謐は致命傷を複数受けている上に霊基も燃やし尽くしていて、その旨を口に出す力も残っていなかった。

 そして無言のまま、光の粒子となって座に還っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 静謐のハサンが退去すると、ジャンヌオルタとシバの女王も我に返って光己の身を心配し始めた。

 

「ちょ、ちょっとマスター大丈夫なの!? 頭から血をかぶってるけど」

「はわぁぁぁ!? マ、マスターに今亡くなられると困るんですけどぉ~!?」

「いや、大丈夫だって」

 

 光己はそう答えはしたが、静謐の毒が1種類だけとは限らない。遅効性のより強い猛毒が混じっているといった可能性もある。何か手を打っておくべきだろうか?

 

「そうだ、白い私の宝具なら解毒できるんじゃないかしら」

「その手があったか! でもちょっと遠いし戦ってる最中だから、普通に呼ぶだけじゃ聞こえなさそうだな」

「私がひとっ走り行って呼んできてもいいけど?」

 

 マスターの命がかかっているだけにジャンヌオルタは普段より親切だったが、これにはちょっと難点がある。戦争で最も被害が出るのは退却戦であり、2人がこちらに戻ってくる時に武則天や酷吏たちに追いすがられてケガをするのではないかということだ。

 

「そうだ、こういう時こそ令呪だ」

 

 令呪によるワープならそうした問題はない。光己がさっそく、左手の甲をジャンヌの方に向けて令呪を起動させる。

 

「令呪を以て命じる。お姉ちゃん、ここに来て(viens ici)!!」

 

 必要もないのにあえてフランス語を使う、いやその単語を知っているあたり本当に重傷であった……。

 無断で移動させるのではなく、一瞬ではあるが事前に主旨を伝えるようにしたので、突然光己の2メートル前に出現、つまりいきなり目の前の光景が変わったジャンヌに混乱した様子は見られなかった。

 

「マスター、何事……っきゃああ!?」

 

 ただどんな理由で呼ぶかまでは伝えられなかったので、マスターの頭と顔が血まみれなのを見て絶叫したのは仕方ないことだった……。

 

「マ、マスター!? だ、大丈夫なのですか!? い、いえ早く治療を!?」

「あー、今は大丈夫だから落ち着いて。静謐のハサンが自分で咽喉を切って溢れた血を浴びただけ……いやかなり大事だけど、とにかく今は平気だから」

「そ、そうですか……ああ、そういえば彼女は全身が毒だと私が看破したのでしたね。

 マスターの方に走っていくのはちらっと見ましたが、自分で咽喉を切ってまでとは恐ろしい執念ですね」

「うん、1人で敵中突破なんてしようとする奴はやっぱり気迫が違うと思った」

 

 ローマで戦ったスパルタクスも、オケアノスにいたメアリーもそうだった。そういうド根性はこちらに向けず、魔術王や魔神柱に向けてくれればいいのに。

 

「それはそうと、毒の治療お願いしていい? 今は平気と言ったけど、後遺症とかあるかも知れないから」

「なるほど、そういうことでしたか。分かりました。では宝具……いえ洗礼詠唱の方がいいですね」

 

 洗礼詠唱とは魔術儀式の1つで、呪いを解いたり霊体を浄化したりするのに用いられる。解毒用のものではないが、サーヴァントは血も霊体だから有効だ。

 

「主の恵みは深く、慈しみは永久(とこしえ)に絶えず……」

 

 ジャンヌが詠唱を始めると周囲に神々しい雰囲気がたちこめ、静謐の血が静かに蒸発していく。効果覿面(てきめん)のようだ。

 するとバーヴァン・シーが木の枝の上から声をかけてきた。

 

「ええと、マスターはもう大丈夫ってことでいいのか?」

「うん。心配してくれてありがと」

「べ、別におまえの心配したんじゃねえよ。おまえが死んだらお母様に会えなくなるから気になっただけだ」

 

 光己が礼を言うと、バーヴァン・シーはそっぽを向いて前線に戻ってしまった。

 ジャンヌが本陣に来たから前線は今バーゲスト1人しかいないので早く戻るべきなのは事実だが、まさに古き良きツンデレそのままの振る舞いであった……。

 一方武則天は細かい経緯は森の中で距離もあるので分からなかったが、弓兵少女が無事戻ってきたのなら作戦失敗であることは分かる。もう援軍はないので、これ以上戦っても勝ち目はない。

 

「よし、退くぞ!」

 

 ためらいも未練もなく、あっさり回れ右して逃走を始める武則天。その仲間の死を何とも思っていないような態度にバーヴァン・シーが怒りの声を上げる。

 

「あ、あの女自分だけ逃げる気か……!?」

 

 しかし見方を変えると、たとえばバーヴァン・シーがモルガンと一緒に強大な敵と戦っていて、もう勝てないと判断したバーヴァン・シーが死を覚悟して囮になるとしたら、モルガンには死なずに生きて帰って欲しいと思うわけで。つまり武則天は静謐の思いを酌んだからこそ、一見は無情に見える行動をしたのかも知れない。

 

「……いや待て。毒女は単にハサンとかいうのに殉じただけで、武則天のためじゃなかったって可能性もあるよな。それなら武則天も一緒に死ぬ義理ねえし」

 

 難しいものである。まあいずれにしても武則天を逃がす理由にはならないのだが。

 バーゲストも当然追撃に移ろうとしたが、その最初の一歩を踏み出した地面がぬかるんでそのまま身体ごと下に落ちてしまった。

 

「おおっ!?」

 

 武則天がこっそり宝具を仕込んでいたのだ。空を飛べないバーゲストに底なしの毒沼から脱出するすべはないし、バーヴァン・シーも自分では助けようがない。

 慌ててUターンし、マスターに事の次第を報告する。

 

「マスター、やべえ! バーゲストの奴が武則天の宝具くらって毒壺に落ちた」

「デジマ!?」

 

 光己はついさっきジャンヌを呼んでいなければバーゲストを助ける方法を思いつかなかったかも知れないが、今はすぐ実行できた。

 

「れ、令呪を以て命じる。バーゲスト、ここに来い!」

「……す、すまん。助かった」

 

 救出されたバーゲストは濃紫色の毒酒まみれでさすがにグロッキーだったが、命に別状はないようである。すぐ治療を始めたが、この状況では武則天を追うことはできない。

 

「うーむ、令呪を2画使って取り逃がすとは。まあたまにはこんなこともあるか……」

「そうね。それに1人は倒したんだし、気にすることないわよ」

「ええ、それにまだ戦いは終わっていませんから」

 

 光己の述懐にジャンヌ2人がそんなことを言った。そう、まだ敵は残っているのである。

 

 

 



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第193話 白雪姫5

 武則天が逃走すると、カーミラも同様に撤退していった。メリュジーヌは追撃するかどうか迷ったが、今回は光己とジャンヌが援護に来なかったのと、まだ北側に敵がいるのでやめておくことにする。

 エリザベートやゼノビアと一緒に本陣に帰還して、リーダーに経過を報告した。

 

「終わったよ。カーミラは逃がしちゃったけど、こちらもみんな無事だったからいいよね」

「お母様ったら~♪ 逃げてばかりなんて~♪ 根性ないわね~♪

 次はヤキ入れて~♪ あげないと~♪」

「いや、友軍が退却を始めたのだから仕方ないだろう……。

 カボチャ兵は意外と頑強だったが、攻撃面は大したことなかったしな」

 

 エリザベートは童話的(メルヘンチック)な服装のわりに普段以上に嗜虐的(サディスティック)だったが、もともとシンデレラを含む童話というのは原典は残酷シーンがよくあるので、むしろ必然なのかも知れない。ゼノビアはちょっと引いていたが。

 

「うん、気にしないで。3人ともお疲れさま」

「うん。それで北側の応援には行くの?」

「そりゃもちろん。バーゲストは大丈夫?」

「うむ、もういける。妖精騎士として汚名を返上せねばな」

 

 光己がバーゲストに体調を訊ねると、鎧の剣士は大きく頷いた。

 武則天の宝具は実際避けにくいものだったとはいえ、事前に内容を聞いていたのにあっさりハメられてしまったとは迂闊すぎる。旧主の元に帰参するにあたってはこの特異点での出来事が土産話になるわけだから、功績どころか失態しかないとなったら文字通りお話にならないのだ。

 

「そっか、じゃあそろそろ行こうか」

 

 光己がそう言って音頭を取ると、それに合わせたように屋根の上から女の子の声が聞こえた。

 

「あのー、王子様、家を守る役そろそろ誰かに代わってもらえませんか?」

「へ? ああ、確かに宝具使いっ放しは疲れるか」

 

 光己たちには見えていなかったが、北側では魔物軍がなかなか強くて藤太たちは抑え切れず、家を壊す、あるいは中に押し入ろうとする魔物に何度も結界に体当たりされていた。なのでアルトリア・キャスターはひと休みすることもできず、ずっと結界を張り続けていたのである。

 

「それじゃお姉ちゃん、タイミングを見計らって交代してあげてくれる?」

「分かりました」

 

 そして藤太たちの攻撃で家のそばにいる魔物がいなくなったのを見定めると、キャスターは宝具を解除して屋根の上から飛び降りた。

 代わりにジャンヌが飛び乗ると、すぐに宝具を開帳して家の守りを再開する。

 ところでキャスターの服はミニスカートの上に布地が薄いので、高い所から飛び下りると舞い上がってしまう。それに気づいてあわてて手で押さえた時には、タイツの内側の可愛らしい純白パンツを光己にしっかり見られてしまっていた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! お、王子様のえっち!!

 ……い、いや待って。逆に考えるんだ、責任を取ってもらえばいいと考えるんだ!」

「いやいや、自分の不注意でパンツ見られたくらいでご成婚というのはさすがに無理があるんじゃないかな。いいもの見たとは思うけど」

「うぐぅ~、王子様厳しい」

 

 キャスターは顔を真っ赤にしつつも逆転の発想でタナボタを狙ってみたが、王子様は可愛い女の子が好きっぽい言動のわりにガードが固かった。やはりお金持ちたる者、その辺の教育はしっかり受けているのだろうか。それともモルガンの入れ知恵か?

 

「おのれ陰険女王! でも私は絶対負けないぞ!」

「……?」

 

 光己はキャスターが武則天を罵ったと思ったのでなぜ今頃と訝しんだが、今はもっと急ぎの用事があるのでそちらを訊ねた。

 

「それで姫、魔力は大丈夫? 戦える?」

「え? あ、はい、そうですね。何かたくさん魔力が流れ込んできてますので、さしあたって後方支援なら大丈夫です」

 

 これがマスターを持ったサーヴァントというものか、とキャスターは不思議な気分を味わった。

 ただ逆に言うとキャスターがもらった魔力、それにメリュジーヌたちが使っている魔力も最終的には光己が提供しているわけだから、マスターというのもなかなか大変なものみたいである。

 

(あれ……? だとしたら異邦の旅人(リツカ)は……?)

 

 魔力量は光己の100分の1以下でしかなかった彼女が、サーヴァント戦に使う魔力を全部賄えたとは思えない。多分あの手の甲の怪しい紋様を通じてカルデア本部から供給してもらっていたのだろうが、そんな(当人にとっては)大量の魔力を短時間に出し入れするのはあんまり健康に良くなさそうである。

 実際戦闘の後でつらそうにしていたこともあったし。

 

(やっぱり王子様の方が適任だよね……)

 

 リツカには精神面でも戦闘面でもお世話になったが、やはり彼女にはキツいのではないかと思う。もし一時召喚で呼べるサーヴァントの人数が召喚者の魔力量に比例するなら、光己は1千人くらい呼べるわけだし。

 それならモルガンの分身の術だって楽勝だし、ケルヌンノスを倒すためにキャスターが命がけでロンゴミニアドを使う必要もない。

 

(……ってあれ? ロンゴミニアドっていえば、もともとリツカは妖精國を滅ぼすためじゃなくて、ロンゴミニアドを手に入れるために来てたんだよね。でもカルデアにモルガンがいるんだったら、もう行く必要ないんじゃ)

 

 ……と思ったが、モルガンは最後の方では汎人類史を滅ぼそうとしていたし、ケルヌンノスはともかく奈落の虫は汎人類史にも害を及ぼすだろうから、やはり対決は不可避のようだ。まったく、あの魔境はどこまで詰めば気がすむのか!

 

「ところで王子様、サーヴァントの一時召喚はしないんですか? それとも常駐サーヴァントが多いと魔力の負担が大きくてできないとかそういう事情がおありとか?」

「あー、一時召喚か。うん、モルガンにも言われたけどまだ研究中なんだ」

「え、そうなんですか」

 

 残念、今はまだサーヴァント大隊は編成できないようだ。

 それはともかく、北側戦線の応援に行かねばならないのであまり長話はできない。キャスターがいったん口を閉じると、光己もメリュジーヌたちも移動を始めた。

 北側では藤太・綱・武蔵・デオンが前衛で、ナポレオン・ロビンが後衛を受け持っているようだ。藤太はアーチャーだが、森の中では弓は使いづらいのであえて前に出ているのだろう。

 まずは先頭のバーゲストが東側の経過を報告し応援に来た旨を告げた。

 

「東側は終わったから来てみたが、そちらはどうだ?」

「オーララ! 強い方を受け持ってもらったのに助けてもらうハメになるとは面目ない。

 こちらに脱落者はいないが、ちと押され気味ではあるな。連中、前に戦った時より微妙に強い感じがする」

「なに、こちらも敵サーヴァント3人の内2人に逃げられたから威張る気はない。しかし前より強い、か……」

 

 やはりサーヴァントが大将として率いているからだろうか? 魔物にも影響力があるとは相当な強者、あるいは魔術師だと思われる。

 この新情報に対してリーダーは何か特別な判断をするだろうか? バーゲストが足を止めて光己の指示を待っていると、代わりに生前の反乱仲間の声が聞こえた。

 

「なるほど、そういうことならここはパワーをバゲ子に!」

「いいですとも!」

 

 つまりキャスターはこちらの前衛もバフスキルで強化しようと提案したわけだが、すると王子様もノリよく魔術礼装のスキルでさらに上乗せしてくれた。

 これでバーゲストは攻撃力大アップの上に強力な魔術障壁をまとったので、きっとメテオのごとき破壊力を見せてくれるに違いない。

 

「いや、さすがに隕石とまでは……」

 

 バーゲストはキャスターの心の声が聞こえたのかそんなことを呟いたが、援護には感謝した。実際技も力も大幅強化されたので、迫りくる魔物の群れに自分から突っ込んで次から次へと斬り捨てる。

 

「ぬおおおぉっ! よし、いけるな。このまま叩き潰してくれる!」

 

 バーゲストの感覚でも確かに魔物はちょっと強くなったというか行動が攻撃的になっているような気はしたが、それ以上に自分が強くなって優勢なのですっかり意気軒高になっていた。とはいえバフの効果はそう長くは続かないので、早い内に敵サーヴァントを見つけたいものである。

 そこでジャンヌにより精細な探知を依頼しようとした時、彼女は今家を守る役をしているので会話ができないことに気がついた。

 

「うーむ。予言の子の魔力も有限だから交代するのは致し方ないのだが、やはり作戦ミスというべきなのだろうか? いやないものねだりをするのは真っ当な作戦ではないし、やむを得ない事と認識すべきか……」

 

 しかし敵サーヴァントも相手に援軍が来たのはもう気づいているだろうから、そろそろ逃げるなり決戦を挑むなりしてくるはずだ。普通の感覚なら退却一択だろうが、その予想に反してバーゲストの前に(彼女にとっては)異国風の鎧を着て赤いマントをはおった男性剣士が現れる。

 光己かエルメロイⅡ世ならそれが古代中国のものだと分かったのだが、バーゲストが現界する時もらった知識ではそこまで識別できない。

 容貌魁偉でいかにも強そうで山をも引き抜きそうな迫力を感じるが、同時に機械のような冷静さも備えていそうに見える。

 

「ほう、この人数差で逃げずに、しかも私の前に来るとはな! わざわざ声を上げたり派手めに戦ったりした甲斐があったというものだ」

 

 無論バーゲストは臆したりせず、いきなり剣士に斬りかかった。バフが切れる前に戦闘を始めたいのと、武則天の時のようにこっそり宝具を使われるのを警戒したのだ。

 名誉ある騎士として当然のことながら、同僚が来て横から手柄をかっさらわれる前にケリをつけたいなんて私欲はあんまりない。

 

「速攻で叩き潰す! はぁぁぁっ!!」

 

 裂帛の気合いと共に、バーゲストが大上段から剣を振り下ろす。並みのサーヴァントなら真っ二つになるその一撃を、剣士はがっちりと受け止めた。

 本人の腕力はもちろん、得物も一級品のようである。

 

「なるほど、見た目に恥じぬ程度の力はあったというわけか。

 だがこれを受け切れるか!?」

 

 必殺を期した渾身の一撃で小揺るがせることすらできなかったことにバーゲストはちょっと衝撃を受けたが、すぐに意識を切り替えてまばたきも許さぬ超速の乱撃に移った。

 彼女はかの円卓の騎士ガウェインの力の一部を借り受けており、技量の面でも一流なのである。

 

「ぬう!?」

 

 典型的パワーファイターに見えるバーゲストが軽妙かつテクニカルな剣技を振るい始めたので剣士はいささか驚いたが、それも最初だけのことで的確に彼女の剣を防いでいた。耳障りな金属音が断続的に響き渡り、森の空気が激しく軋む。

 しかも驚くべきことに、剣士はバーゲストの動きを分析あるいは学習しているかのように、だんだん反応が早くなり受ける動作に余裕が出てきたではないか。

 

(こ、この男……!?)

 

 自信家のバーゲストもさすがに少し焦ってきたが、そうこうしている内にバフの効果が切れてしまう。

 すると剣士は彼女の技と力が落ちたのを瞬時に見抜いて、鋭い横薙ぎの一閃でバーゲストの側頭部を襲った。

 

「くぅぅっ!」

 

 バーゲストはとっさに真後ろに跳び退いて、その致命の一撃を回避した。

 それにしてもこの剣士、こちらがバフを受けているのに気づいていて、それが続いている間は防御に徹して、切れると同時に反撃に移ったというのか!? だとすれば恐るべき観察眼というべきで、バーゲストは冷や汗が背筋をつたうのを感じた。

 しかし同僚に援護を求めはせず、まして退却などしなかった。

 

「そう、これでこそ本当の戦いというもの!

 私は妖精騎士ガウェインという者。勇猛なる剣士よ、貴公の名を伺いたい」

 

 先ほどは急襲したが、強者同士の名誉ある戦いを行うに当たっては、まず名乗り合っておくのが礼節というものだろう。相手の名を知らぬでは勝っても手柄にならないし、負けた時も覚えていてもらえなくなってしまう。

 剣士もいったん剣を引き、落ち着いた口調で名乗りを返した。

 

「妖精……なるほど、『7人の妖精』の1人ということか。

 私は項羽。かつては西楚の覇王と呼ばれていた者だ」

「覇王……つまりどこかの国の王だったというのか?

 西楚というのは聞いたことがないが、王がこれほどの者ならきっと武を重んじる国柄なのだろうな」

 

 光己やジャンヌたちがこの場にいたら即座に仲裁に入っていたところだが、残念ながら戦闘の音や魔物の鳴き声が大きいせいで2人の会話は後衛まで届いていなかった……。

 ―――だがしかし。今が正念場とばかりにガイアの精霊の加護と願いと祈りが霊験を(あらわ)(たも)うたのか、項羽の名を知っている者がもう1人たまたま前衛としてその会話が聞こえる距離にいた。大慌てでバーゲストと項羽の間に割り込む。

 

「わああああ、待った待った待ったー! ふ、2人とも剣を引いて!!」

 

 2人はびっくりしてとりあえず1歩引いたが、バーゲストの方は少々不満げであった。

 

「何事かと思ったらメリュジーヌか。助太刀は要らんぞ」

「そういう用事じゃないよ。そちらの人のつが……妻がカルデアにいるんだ」

「何!?」

 

 これにはバーゲストより項羽の方が驚いて、思わず身を乗り出した。

 実は項羽はその戦士然とした外見からは想像しづらいことに未来予知じみた演算能力を持っているのだが、あくまで既知のデータに基づいた予測なので、関連情報がまったくないことについては対象外なのである。

 

「虞が、我が妻が汝らの陣営に所属しているというのか? それは真か」

「うん。……と知らない人が口で言うだけじゃ場合によっては信用してもらえない可能性も考えて、ちゃんと証拠も用意してあるよ」

「何と!?」

 

 何という用意周到さか、しかも妻はここに自分がいることを想定していたというのか!? 夢にも思っていなかった展開に項羽はまたも驚いた。

 ただそれなら虞はなぜ自分で来なかったのか、何か特別な事情でもあるのか!? 疑問は尽きないが、それを訊ねるのは目の前の蒼い少女が言う「証拠」を見せてもらってからでも良かろう。

 

「して、その証拠とは?」

「僕たちのリーダーが手紙を預かってるんだ。ちょっと待ってて」

 

 少女はそう言うと、踵を返してわたわたと飛び去って行った。

 後に残された項羽とバーゲストがお互いちょっと居たたまれない思いをしつつも待っていると、やがて少女が何人かの男女を連れて戻ってくる。

 

「お待たせ。これがその証拠だよ」

 

 少女はさすがに項羽のすぐそばまで近づいては来ず、少し離れた所から数枚の細長い木の板を投げてきた。

 実際これはヒナコが項羽宛てに書いた手紙で、彼が()()していた時代は紙がまだなかったので、わざわざ当時一般的だった木簡(もっかん)を使ったのである。

 しかしこんな物まで事前に用意するあたり、ヒナコの項羽に向ける愛情と再会を望む気持ちは本当に深いもののようだ。

 

「うむ、これは確かに虞が書いたもの……!」

 

 木簡に墨で書かれた文字は、間違いなく楚漢戦争の頃何度も見た妻の筆跡で書かれたものだった。それによると彼女は項羽のサーヴァントに会うためにカルデアという組織に所属しており、今回は自分でこの特異点に来たかったがまだ他のサーヴァントと契約していないため1人では危険なので、別のマスターに代理を頼んだということらしい。

 そのマスターと契約すれば、特異点修正と同時にカルデアに来られると書いてある。

 

「これで信用してもらえるかな?」

「うむ。虞がいて、しかも世界を救うために戦っているというのであれば拒む理由はない。

 ……しかし私は自力では今の主導者との契約を解除できぬ。今こうして会話したり、攻撃を手控える程度のことはできるが、契約解除してそちらの主導者と契約し直すというのは無理である」

「何てこったい!?」

 

 項羽のあまり抑揚のない、しかし無念さがにじみ出るような回答に光己も頭をかかえた。ブラダマンテが来られていればその問題は解決できたというのに!

 あの自称ジェーン、当社比1.5倍くらいシバいてやる!と光己は改めて決意を固めたが、実際そうする以外に項羽を連れ帰る方法はない。

 

「ええと。サーヴァント契約してるってことは、マスターは令呪持ってるはずですよね。気絶させればそれ分捕って俺との契約に変えられますので、この場は負けたフリして撤退してもらうってのはどうですか?

 項王ほどの武人にとっては不愉快かも知れませんけど、奥様に会うためということでひとつ」

 

 この場で移籍できないのなら、いったん帰ってもらって黒幕の所で再会するしかない。光己がそう提案すると、項羽もそれしかあるまいと同意した。

 

「承知した。汝の配慮には感謝するが、もはや王ではなくなった我が身には不要である。

 ただここには私の相方として、サーヴァントではないが強力な怪物が同行している。人を喰らう悪鬼ゆえ手心を加える必要はないが、姿を変えたり見えなくしたりする能力を持っているので注意せよ」

「デジマ!? あー、えーと。ありがとうございます」

 

 変身と透明化とはまたずいぶん羨ま、もとい厄介な能力を持っているものだ。こちらも合流して人数は増えたとはいえ、まだ楽観はできないようである。

 

 

 



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第194話 白雪姫6

 木簡(もっかん)を項羽が持っていると彼の今の主導者(マスター)に見られる恐れがあるので、いったんカルデア側に返しておくことになった。

 その上でメリュジーヌ&バーゲストと八百長バトルを始める。まずはお互い様子見で10合ほど打ち合った辺りで、森の奥の方から身長5~6メートルほどもありそうな人型の何かがずしずしと地響きを立てながら近づいて来たではないか!

 どうやら木の幹を組み合わせて作ったゴーレムのようだ。左手に大きな棍棒を持っており、頭頂部には緑の葉が茂っている。

 

「おお、あれが項王が言ってた怪物か!?」

「はいぃ~。魔術でつくった人形じゃなくて、れっきとした生き物ですぅ」

 

 光己がその巨大さに驚きの声を上げると、傍らにいたシバの女王が解説してくれた。

 なるほどこの巨体で姿を見えなくできるというのなら、項羽ほどの強者が注意を促すのも当然である。

 なぜゴーレムみたいな姿をしているかは分からないが、怪物は光己たちの存在に気づくと本当に姿を消して見えなくなってしまった。当然このまま攻撃してくるだろう。

 

「ちょ、これヤバくないか!?」

「大丈夫ですぅ、私は見えますから」

 

 さすがに慌て出した光己に、シバはそう言って怪物が元いた場所の少し右を指さした。「精霊の目」は透明化スキルも看破できるようである。

 その指さされた方向では足音がしたり踏んだ地面に穴が開いたり、体がぶつかった木が揺れたりするので、彼の姿勢までは分からなくても居場所だけなら判明するというわけだ。

 

「さすがは伝説の女王、有能だな……」

「オーララ! まったくだ」

 

 光己が感心していると、ナポレオンもまったく同感という風に頷きながら手に持った大砲をぶっ放した。

 弾が空中で炸裂して轟音と爆炎をまき散らしたので命中したのは確かだが、倒せたかどうか分かるのはシバだけである。

 

「ちょっと穴が開きましたけど、まだまだ元気そうですぅ~。

 ……あ、跳んだ。って、私を踏み潰そうとしてるぅ!?」

 

 怪物はウッドゴーレムのような姿ながら、シバには彼の姿が見えていてその位置を仲間に教えているということを把握するだけの知能があるようだ。

 しかもシバはマスターのすぐ隣にいるので、避難するなら彼も連れて行かねばならない。とっさに後ろから抱きかかえてバックステップした。

 

「わわっ!?」

 

 その直後2人がいた所からものすごい轟音が響き、地面に大きな穴が開くと共にトランポリンのように揺れた。

 何しろこの怪物、体重が見た目通りなら推定で3トンほどもありそうな超重量級なのである。かつてベオウルフという勇士に倒されたといわれているグレンデルという怪物……の忌名(いみな)をどこかの不定形生物に押しつけた存在だ。

 名前に紐付けて力を与えられたという点では妖精騎士たちに似ているが、その辺の事情はカルデア勢や「7人の小人」たちには分からない。

 なお光己はシバの豊かなおっぱいが背中に当たってむにゅむにゅたわむ感触に大変感銘を受けていたが、厳しい戦闘の最中に顔や声に出さない程度の自制心は持っていた……。

 他の後衛組も思い思いの方向にジャンプして退避しつつ反撃に移った。

 

「お、間抜けが土に埋まったか? よっし、抜け出す前にハリネズミにしてやるよ!」

「頑張るわよ~♪」

「うーん、生き物といっても木に俺の毒は効いてくれるかねえ?」

 

 バーヴァン・シーとエリザベートとロビンがグレンデルの頭がありそうな所に矢を連射する。刺さる音が聞こえるが、砕けるところまではいっていないようだ。

 なおジャンヌオルタとゼノビアは魔物軍の退治に行っているのでこの場にはいない。エリザベートはドレス姿で森の中を駆け回るのが嫌になってきたので、あまり動かなくて済みそうなマスター護衛役に代わってもらったのである。

 ……その見込みはちょっと外れていたが。

 

「…………!!」

 

 グレンデルは口はあっても植物だけに声帯はないのか、何か吠えたような雰囲気が感じられたが声は聞こえてこなかった。そして穴から飛び出し、今度は普通に徒歩で執拗にシバを追いかける。

 シバの方はここで光己を横に放り投げれば彼は狙われずに済むようになる可能性が高いが、万が一その観測が外れだったら大変なことになる。なのでそれはできないが、ランプから煙を出す時間はあったので2人でそれに乗って退避する。

 

「わあ~♪ 空飛ぶ雲って何だかアラビアチック~♪」

「オーララ! こういうマジカルな芸当を見られるのもサーヴァントのいい所だな!」

 

 エリザベートの歌いながらの賞賛にナポレオンがそう相槌を入れつつ、また大砲を撃つ。大柄な彼の体躯よりさらに大きな大砲による至近距離からの砲撃に、さすがの怪物も太腿を砕かれ地面に片膝をついた。

 

「わあ、これは効いたみたいですぅ! 右腿に大きな穴が開きました……でもナポレオンさんの砲撃以外はあんまり効いてなさそうですねぇ」

 

 シバがさっそくその様子を実況してくれたが、生物とはいえ魔術人形(ゴーレム)的状態だからか、矢が刺さるのはたいしてダメージにならないようである。痛みで動きが鈍るというのもないだろうし。

 

「むう……仕方ない、どっちみちロックオンされてるんだし参戦するか。

 いやこの特異点に来てから参戦頻度高すぎるような気もするけど」

 

 光己は立場上自分の身を守るのが第一なので自分から攻撃するのは控えめにしているのだが(ゼロということではない)、透明化なんてヤバいスキルを持っている巨大エネミーが相手では早期決着を優先せざるを得ない。戦闘が長引けばその分シバのおっぱいの感触を味わっていられるのだが、人理修復に臨むマスターたる者時には私情を抑えねばならないのだ。

 大急ぎで口に魔力を集めて、必殺のドラゴンブレスをぶっ放す!

 

「アルビオン・ビィィム!!」

 

 どこか異境的な印象を受ける金色のビームがグレンデルの腹部を強打し、後方によろめかせ尻もちをつかせる。

 なおシバの手が間違ってブレスの射線内に入らないよう、彼女のたおやかな手を軽く握っておいた上での行為であり、安全面の配慮に手落ちはない。褐色おっぱい美人の手を握れて嬉しいなんて思春期な感想もないのは当然だ。

 

「ひわわぁ!? マスターってばそんなことまでできたんですねぇ」

 

 まあ当人はドラゴンなマスターが人間形態でもブレスを吐くという奇行に驚いていてそれどころではなかったけれど。光己の正体を知らないナポレオンやロビンは尚更だ。

 

「おお!? 口から光線を吐くとは、未来の魔術師ってのは面白いことを考えるもんだな」

「そういうモンなんですかねぇ……というか威力がおかしくなかったですかい!?」

 

 なるほど口からビームを撃つのは敵の意表を突けるといえば突けそうだが、それなら牽制程度の威力があれば十分なのに、何故わざわざ武闘派サーヴァントの全力攻撃並みの出力にまで鍛えたのだろうか。未来人の感性は難しい。

 

「ま、今はそれより怪物を倒すのが先か」

「そうね~♪ アナタとは腐れ縁を感じるし~♪ 勇敢なる円卓の騎士ロビン卿として~♪ 被虐的(マゾヒスティック)に~♪ 頑張るのよ~♪」

「どれもこれも全力で辞退したいんですがねェ!?」

 

 エリザベートの好意あふれる激励にロビンは渾身の塩対応を返したが、まったくもって残当であった……。

 まあそんなことより追撃である。シバに「効いた」とお墨付きをもらっていたナポレオンが手早く次弾装填して発射した。

 

「そいっ!」

 

 これも命中して相応のダメージを与えたが、ここで怪物は予想外の行動に出た。左手に持っていた棍棒をナポレオンめがけて投げつけたのだ。

 

「え、投げ……!?」

 

 シバの警告が一瞬遅れたのも無理はない。棍棒が透明になっていたなら怪物の体の一部のはずだから、それを投げるなんてできないはずなのだから。それとも棍棒は彼にとって爪や髪程度の、体から分離してもいい小さなパーツ程度のモノだったのか!?

 狙われたナポレオンの方は一級の英霊だけあって、目には見えずとも危険が迫る気配は感じていた。とっさに大砲を体の前にかざして盾代わりにした直後に棍棒が当たって、耳ざわりな衝突音が響く。

 

「……っぐ、デカいだけあって腕力は強いな」

 

 踏ん張り切れず、棍棒と大砲と一緒に後ろに倒れてしまった。しかも受けた拍子に手首と肘を痛めたようである。

 棍棒が本体から離れたからか透明化能力を失い、目に見えるようになった。ナポレオンは大砲は撃てなくなってしまったので、代わりに急いで起き上がるとその棍棒をかついで遁走した。

 

「…………!!」

 

 怪物が怒ったような気配を感じるが、これはこの行為が有効ということである。ただ好き好んで自己犠牲する趣味もないので、カルデアのマスターとシバの女王の方に走った。

 ナポレオンは2人の後ろにいればおおむね安全だし、2人はもともと狙われている身だからナポレオンが来てもマイナスにはならないのだから。

 

「ナポレオン帝、大丈夫なんですか!? てか帝が大砲撃てなくなったってことは、メインアタッカーは俺だけなのか……!?」

 

 アテにされた光己は怒ったりはしなかったが、状況が悪くなったことには狼狽した。

 令呪でメリュジーヌを呼ぼうかとも思ったが、いくら無窮の武練があるとはいえ見えない巨怪と戦わせるのは気が引けるし、怪物の前にいられるとブレスを撃てなくなってしまう。どうしたものだろうか。

 

「うーん、マジでどうしよう?」

 

 せめてカルデアと通信ができれば軍師の知恵を借りられるのに。自称ジェーン許すまじ!と光己は元凶への怒りをさらに深めたが、そこにいかにも自信ありげな声が響く。

 

「あらら、あっち行ってる間にピンチになってたみたいね。でも私が来たからにはもう恐れることはないわ。

 燃え尽きろ! 『焼却天理・鏖殺竜(フェルカーモルト・フォイアドラッヘ)』!!」

 

 ジャンヌオルタが怪物のさらに向こうから宝具を開帳し、三つ首の黒竜の形をした炎を飛ばしたのだ。

 怪物が木の性質を持っていれば当然燃えるし、炎に包まれていれば居場所も姿勢も分かる。またこの森に生えている草木は生育が異常に速いそうなので、山火事になっても問題ないという判断もあった。

 

「おお、さすがは我が盟友!」

 

 恐ろしかった怪物も、間接的にとはいえ見えるようになればもはや図体が大きいだけの木偶の坊に過ぎない。光己の2発目のブレスが彼の腹部を貫通して風穴が開き、さらにエリザベートやバーヴァン・シーも傷ついている部位を狙って集中攻撃する。

 怪物は矢弾の痛みと炎の熱さに苦しみ悶えていたが、やがて右腿がへし折れてそのまま体ごと右側に転倒した。

 

「やったか!?」

「あの~、その台詞はフラグだと私ですら分かるんですがぁ~?」

 

 光己の失言にシバがツッコミを入れた通り、怪物はかなり弱ってはいるものの力尽きてはいなかった。事前情報の通り、その全身がうねうねと変形していく。

 ダメージが大きいせいか、サイズ的には縮みつつあった。透明化能力も一時解除されており、人間大で粗末な服を着た女性のゾンビという感じになっていくのが分かる。

 変身の効用か、体の傷や欠損は修復されて五体満足になるように見えた。

 

「変身でケガも治るのか!? なら変身し終わる前に倒すんだ!

 特にジャンヌオルタは炎を絶やさないように!」

 

 光己は敵の変身中は攻撃を控えるなんてお約束を律義に守るタイプではないので、むしろチャンスと見てさらなる攻撃を指示していた。無論仲間たちも一部を除いて同類である。

 

「ええ、もちろん!」

「ガラスの靴よ! 残酷でしょ?」

「アハハハハ、小さくなったら矢のダメージも相対的に大きくなるのにお馬鹿さぁん!」

「ちょ、やめ……」

 

 怪物は曲りなりにも人型生物になったことで喋れるようになったようだが、出せた言葉は短い哀願の言葉だけだった。いと哀れ……。

 この変身は体を治すのと、巨体とパワーで押す作戦が失敗したので小さくなってスピードと(ゾンビではなくグールの)麻痺毒の爪で戦おうという算段だったのだが、敵の容赦なさと大魔力量による継戦能力は彼の予想以上だったのだ。なにせ黒幕側のカルデアのマスターに対する認識は「素人に毛が生えたようなもの」なのだから。

 

「怪物よ、我が国から立ち去れ!」

「アバッ……サ、サヨナラ!」

 

 そして最後は応援に来たゼノビアのバリスタ連射により、しめやかに爆発四散したのだった。

 

 

 

 

 

 

 グレンデルが斃れ魔物たちも減らされてきたのを確認すると、項羽はバーゲストにチラッと目配せして合図した。

 バーゲストがそれに応じて剣で斬りかかると見せて蹴りを繰り出すと、項羽はわざとそれを受けて派手に後ろに吹っ飛ぶ。背中を木に打ちつけて尻もちをついた。

 とはいえさすがにこれで終わりというわけではなく、いかにも痛手だったという風に演技しつつのろくさと立ち上がる。

 すると予兆もなくぶわっと蒼い炎が噴き上がり、その後に先刻と同じスクリーンが現れた。映っているのは言うまでもなく自称ジェーンだ。

 

「あらあら~、東方の覇王もさすがに多勢に無勢だったかしらね。

 まあ仕方ない、動ける内に退散してもらおうかな。メルシーメルシーお疲れさまー」

「……うむ」

 

 項羽は大仰に頷くと、これまた無駄に大げさな身振りをしながら退却していった。

 バーゲストは彼を追わないという行動を正当化するため、いかにも怪しんでいるという表情をつくりながら自称ジェーンに話しかける。

 

「おまえがこの特異点をつくった元凶だな。一体何を企んでいる?」

「ふふふー、何でしょうかねー。

 どうしても知りたければ、直接聞きに来ることね。そう、そこのお姫様の片割れが囚われているお城までね?」

 

 自称ジェーンがそう言ってニヤッと笑うと、それで用は済んだということかスクリーンはぱっと消えた。

 

 

 




 つまり項羽は原作のヘクトールの代役というわけですね。名前ネタはオミットということで(ぉ
 なお原作ではグレンデルは助命されてましたが、ここでは戦闘中に倒しちゃってます。透明化能力を持ったそこそこ強い怪物なんてのは、光己君の感覚では怖すぎてとても助命できないのです(^^;




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第195話 チェイテシンデレラ城へ

 項羽が撤退を始めると、魔物軍もそれを追うようにして逃げ始めた。

 ここで光己たちには、①このまま見逃す、②追撃して魔物を討ち取る、③魔物は無視して、項羽と武則天・カーミラが戻るより早く城に行って自称ジェーンを急襲する、という3つの方針が考えられる。

 ただし③は急ぐあまり城内で罠にかかったりする恐れがある上に、それを乗り越えて自称ジェーンの所にたどり着いても、彼女には令呪で項羽たちを呼びつけるという手があるのでリスクの割にリターンが少ないかも知れない。いや3画全部使ってしまったら3人とも反逆しそうだから、3人全員は呼ばないだろうけれど……。

 

「どうすればいいと思いますか?」

 

 光己が自分の考えを語りつつそばにいた元軍人皇帝と元義賊に意見を求めてみると、2人は慎重策に票を入れてきた。

 

「……ふむ。機動部隊で敵本拠地を衝くってのは確かに戦術の常道の1つだが、大将みずからってのはあまり褒められたことじゃないだろうな」

「魔物を追い討ちする必要もないと思いますよ? だいぶ減らしたから、これ以上減らすと逆にあの黒幕がまた何かやらかすかも知れねえからな」

「ほむ、なるほど……」

 

 手駒が減ったから補充しよう、という発想は確かにあり得る。せっかく追撃して被害を与えても、同じだけ追加召喚されては意味がない。

 特に自称ジェーンはいろいろな芸当を使える奴だから、どんな手練手管を弄してくるか分からないし。

 

「じゃあそうします。せっかくですから、行く前にケガ人の手当てしていきましょうか?」

「ほう、そんなこともしてくれるのか。さっき知り合ったばかりだってのに、カルデアのマスター(メートル)は気が利くな!」

 

 まあナポレオン自身がそのケガ人なのだが、この度の襲撃は敵の数が多くて質的にも強かったので、彼が見た限りでも何人かは負傷していた。またここが襲われる可能性はあるのだから、治療してくれるのはありがたい。

 ……というわけで光己とジャンヌがケガ人の治療をしている間に、無事だった者で魔物の遺体を1ヶ所に集めてジャンヌオルタが(腐敗するのを防ぐのも兼ねて)火葬したら、光己たちはもうここでやることは―――とても大事なことが残っていた。

 

「それじゃそろそろお別れですが、その前にせっかく会ったのですからサインと写真いただけませんか?」

 

 いつものお宝願いである。今の状況でカルデアに誘う度胸はなかったが、共闘したのだからサインと写真くらいはいけると判断したのだった。

 

「サイン? 写真?」

 

 まあ「7人の小人」はサインはともかく写真の概念なんて知るはずもなかったが、これはいつも通りのことなので、いつも通りに説明して7人とついでに白雪姫の分も手に入れた。

 サーヴァントたちにしてみれば、はるか未来の、しかも世界を救うために奔走しているという少年が自分のことを知っていて、しかも自分との出会いを覚えておくために形になるものを残しておきたいと言われれば悪い気はしないのだった。

 アルトリア・キャスターだけは「王子様と並んでの姿絵……これは玉の輿に1歩近づいた!」なんて俗なことを考えていたけれど。

 

「クックックッ……今回のお宝もグレートだな。まさに王に相応しい家宝、いや国宝というべきか……しかし国宝なら蔵に入れて独り占めはよろしくないかな。王立博物館を建てて他のお宝と一緒に展示すべきか……?」

「記念にしてもらえるのはいいんだが、そこまで言いますかねぇ……」

 

 光己が悦に入っているとロビンにちょっと引いた目で見られてしまったが、まあささいなことだろう……。

 またそれとは別に、ケガの手当てをしたからかナポレオンが手助けを申し出てくれた。

 

「まあ、それはそれとしてだ。

 どうだい皆の衆。このお嬢さん(マドモワゼル)方とそのメートルと世界を救うため、あの黒幕を討つ旅の供回りに興じたい奴は?」

「もちろん構わないが、全員というわけにはいかないだろうね。

 さっきの魔獣が砂漠に押し寄せたり、その逆も考えられる。

 それを抑え込む者が必要だから、同行できるのは……白雪姫とバーゲスト込みで3騎というところかな」

 

 するとデオンがそんなことを言った。

 7人の家はチェイテシンデレラ城と山向こうに通じる洞窟をつなぐ経路の途中にあるので、ここを抑えておけば城と砂漠の行き来を止めることができるのだ。

 

「数としては妥当だが……誰が行く?」

「ジャンケンでいいんじゃないかしら?」

 

 真面目くさった綱とテキトーな感じの武蔵が実に対照的だったが、誰が向いてるとかそういうことは分からないのだから、後でモメる要素がない方法だと言えるかも知れない。

 

「別に行きたくないんですけどねえ?」

 

 ロビンが露骨に嫌そうな顔をしているのは、(絶対に変なトラブルに巻き込まれる)と確信しているからだろう。実に真っ当な危惧であったが、武蔵は頓着しなかった。

 

「まあそう言わないで、いっしょに戦った仲なんだしみんなで決めましょう!」

 

 そして公正なジャンケンの結果、参加権を獲得したのは最初に提案してくれたナポレオンであった。

 

「というわけで、オレが行くことになった! よろしくな!」

「はい、こちらこそ。心強いです」

 

 実際彼の大砲は強力だ。光己は本心からそう言った。

 そして藤太たちに別れを告げて森の中を歩く道すがら、光己は先ほど会った項羽について考えていた。

 

(わりと冷静で話が通じる人みたいだな。あれなら問題なさそうだ)

 

 史実では彼は確かに強い将軍だったが、敵に対して苛烈すぎる所があった。捕虜や敵都市の住民を恒例のように穴埋めにして殺していたので、恐れられると同時に敵の戦意を高めることにもなっていた―――が、ある街を陥とした時に住民の少年にその非を指摘されて改めたという逸話があるので、あまり無茶なことはしないだろう。

 味方に対しては謙虚で敬意を示し言葉遣いも穏やかだったが、手柄を立てた人に土地や爵位を与えず、有能な者に権限を与え任せることもしなかったのが劉邦に負けた原因であるらしい。しかしカルデアでは賞罰や登用を行う立場ではなく大勢いるサーヴァントの1人に過ぎないので、その辺も問題にならない。「もはや王ではなくなった我が身」と言っていたからそこまで出しゃばらないはずだし。

 

(そうだ、自称ジェーンのことも調べとくか)

 

 彼女については名前しか知らなかったので、端末(タブレット)に入れてもらってある歴史的著名人事典(サバペディア)で概略だけでも予習しておくことにした。

 それによると自称ジェーン、本名ジャック・ド・モレーは1244年頃生まれで1314年没、フランスの小貴族出身だったとされている。テンプル騎士団という有名な騎士修道会(聖地エルサレムへの巡礼者守護を使命とした組織)の最後の総長で、その資産を奪おうとしたフランス王フィリップ4世に異端の疑いをかけられて火刑に処されたという。

 

(うーん、最期はお姉ちゃんに似てるかな?)

 

 しかしモレーは復讐に燃えているという感じはしなかったし、彼女が異端だというのは冤罪であろうから、悪魔崇拝がどうこうということもあるまい。何が目的なのかさっぱり分からなかった。

 

(いや、そういえばツノが生えてたな。あれか、無辜の怪物というやつか)

 

 フランスで会ったヴラドが本当に吸血鬼だったように、モレーも悪魔崇拝者にされているのかも知れない。だとしたらその崇拝する悪魔を召喚するのが目的だとか? 女性の悪魔崇拝者とはすなわち魔女だから、いろんな魔術を使っていたのも納得だし。

 しかし仮にそうだとしても、この特異点が童話をモチーフにしている所とか、エリザベートが人質になっていること等は説明がつかない。本当に何を考えているのだろうか?

 

「マスター、何を考えこんでいるんだ?」

 

 するとゼノビアが声をかけてきたので、光己は今の考察を説明して意見を求めてみた。

 

「―――というわけなんだけど、ゼノビアさんはどう思う?」

「ふむ、敵についてあらかじめ調べておこうとは良い心がけだな。感心した。

 しかし今の話では、私にもさっぱり見当がつかないな。ましてなぜ千年も昔の我が国を拠点に選んだのか、理解に苦しむ」

「うーん、ゼノビアさんでも分からないか」

 

 まあ2人は接点が皆無だし生い立ちも全然違うから、思考や心理を推測するのが難しいのはむしろ当然なのだけれど。

 一方光己たちから少し離れて、バーヴァン・シーがアルトリア・キャスターに小声で何事か訊ねていた。

 

「なあ予言の子、ベリル・ガットって知ってるか?」

「ベリル? ええ、覚えてますけど、彼がどうかしたんですか?」

 

 キャスターがこちらも小声で答えると、バーヴァン・シーはさっそく本題に入った。

 

「ああ、メリュジーヌの奴と少し話したんだけど、あいつが私を陥れたりお母様を裏切るようなことしたのは、汚名をかぶってでも汎人類史を救おうとしたからじゃないかっていう説が出たから他の奴にも意見聞いてみたくてさ」

「え」

 

 ベリルの本性を知っているキャスターにとって、その推測は的外れもいい所である。思い切り眉をしかめた。

 

「それはないですね。大外れすぎて笑えもしません。

 だってあのいけ好かないひねくれ野郎、異邦の旅人(リツカ)を殺そうとしたんですよ!? 汎人類史の味方なわけねえです」

「マジか!?」

 

 その回答に、今度はバーヴァン・シーが驚いて目を白黒させた。

 

「じゃああいつは何が狙いだったんだ!? 妖精國も汎人類史も潰れたらあいつ自身の居場所が、いやあいつは他の異聞帯に行けるんだっけ……するとクリプターのボスのキリ何とかって奴のためか? いやでもあいつってキリ何とかも殺したんじゃなかったっけ。違ったかな?」

 

 確かそのためにモルガンがギリシャ異聞帯にロンゴミニアドを1本飛ばしていたと思ったが、ちょっと記憶に自信がない。

 まあベリルの目的が何であれ、汎人類史の味方ではなかったことは確定したが。

 

「ま、もう死んだ奴のことそこまで深く考えても仕方な……いや待て。確かマスターたちのカルデアって、妖精國と異星の神が来る前の時間軸だったよな。てことは、ベリルはまだカルデアで生きてるってことか? いやそれだったらお母様がとっくの昔に始末して……あれ、でもそうなると異星の神が来た時はどうなるんだ? もし妖精國が汎人類史に来なくなるんだとしたら、私たちが汎人類史(ここ)に召喚されるだけの縁はないはずだし……うーん、やっぱ今考えても仕方ないか!」

 

 頭がこんがらかってきたので、バーヴァン・シーは考察を打ち切ることにした。どちらにせよカルデアに行ったらモルガンに聞くことになるのだし。

 メリュジーヌはモルガンがベリルを()()殺していないことをバーヴァン・シーとバーゲストに話していないので、こういう結論になってしまったのだった。無論今ここで聞く手もあるのだが、彼女は先頭を歩いているので内緒話をするのは避けたのである。

 

「そうですね。まああいつはマシュのことが好きだったぽいくせに、そのマシュにも容赦なく攻撃してましたからね。単なる考えなしのサディストだと思いますよ」

 

 当然のことながら、キャスターはベリルに対しては実に塩評価であった……。

 一方後列では、ナポレオンがオーバーな身振り手振りをしながらジャンヌと何か話していた。

 

「まさか救国の聖女と肩を並べて世界を救うために戦える日が来るとはな! 小人役なんてやってた甲斐があるってもんだ。素晴らしい(トレビアン)!!」

「そ、そうなのですか? 光栄だとは思いますが……」

 

 ジャンヌは聖女扱いされるのを好まないからか少々当惑していたので、光己はちょっと私見を述べてみることにした。

 

「お姉ちゃんはお姉ちゃんが思ってる以上に後世で象徴として祭り上げられてるからなあ。21世紀でさえ、空母とかの名前に採用されてるくらいだし。

 というか、帝自身が国民の戦意高揚のためにお姉ちゃんの業績を宣伝したって話もありますけど」

「おお、メートルは詳しいな! 何しろいくつもの国に同盟組んで攻められたからな、国内は団結しなきゃ勝ち目はない。

 というわけで、今回手伝いを提案したのは名前を使わせてもらった礼って意味もあったのさ」

「そ、そうなんですか」

 

 ジャンヌは思うところはあったが、フランスを守るためだったと言われては何も言えない。とりあえず無難な相槌を打つと、ナポレオンは光己の方に顔を向けた。

 

「ところでメートルは聖女のことをお姉ちゃんと呼んでいるが、何か事情でもあるのかい?」

「あー、それはですね。お姉ちゃんとはフランスに発生した特異点で偶然会えて共闘したんですが、それが終わっていったん別れた後また別の特異点で会えて共闘することになったので、これはもう家族みたいなものなんじゃないかとお姉ちゃんに言われまして」

「ほほぅ、そりゃすごいな! 確かにまあ、同じサーヴァントが何度もはぐれとして召喚されること自体珍しいだろうに、それと2度も会えるなんてのは相当な幸運、あるいは縁だろうからな」

「というかそろそろ洗脳から抜け出しなさいよ……」

 

 光己の説明にナポレオンが大仰に感心しているのと対照的にジャンヌオルタはいたって憮然としていたが、彼がそれを聞き入れる気配はなかった。ファミパン恐るべし!

 

「そうだ、せっかくだからここ……じゃ風情ないから、街か城についたら帝とお姉ちゃんが握手してる所の写真も欲しいですね」

 

 ローマではブーディカとラクシュミーの握手写真を撮らせてもらったが、今回は同じ国の英雄である。縁はあるし経歴も似た所があるし、フランス人が見たら卒倒モノの1枚になるだろう。我ながらよく思いついた!と光己は自画自賛した。

 

「ハッハー、我らが聖女とツーショットの写真とは男冥利に尽きるな! 座に持って帰れないのが残念なくらいだ」

「マスターのご希望とあればかまいませんけど……」

 

 ノリノリのナポレオンに比べてジャンヌはやはり聖女扱いは好まないようだったが、ツーショット写真を断るほどではないようだ。

 やがて一行は無事城下町に到着したが、そこには人っ子1人いなかった。

 

「……うーむ、あの女何を考えているんだ? それに城も街並みも家屋も我が国のものとはまるで違う。

 エリザベート、この街もやはりおまえの時代のものなのか?」

「ええ、そうよ。まったく、ハロウィンなのに~♪ トリック・オア・トリートもないなんて~♪

 ……ハロウィン舐めてるわね、あのモレーって女」

 

 ゼノビアの問いにそう答えたエリザベートは光己と会った時にハロウィンに言及しただけあって、お祭りがちゃんと開催されていないことにすっかりおかんむりであった。

 一応カボチャの街灯がそこかしこに飾られているのだが、それがかえって不気味に感じる。街の住民はどこかに拉致されたのか、それとも城と街の建物類だけがここに来ていて、住民は初めから来ていないという線か?

 

血まみれ(ミートソース)な~♪ 拷問をかけてあ~げ~る~♪」

「凄い歌だな!」

 

 これにはさすがのナポレオンもちょっと引き気味であった……。

 それはそうと街に手掛かりはなさそうなので、一行は素通りして城門前に到着した。城は魔術か何かでライトアップされていてお祭りムードを出そうとしているようだが、黒幕のアジトだからかおどろおどろしさしか感じない。

 でもせっかくなので、光己は予定通りナポレオンとジャンヌの握手写真を撮らせてもらうと、気持ちを切り替えて真面目に作戦を考えることにした。

 

「まずは敵情の確認からかな。お姉ちゃん、城の中にサーヴァントは何人いる?」

「反応は5つですね。普通に考えるなら、モレー、エリザベートさん、項羽王、カーミラ、武則天でちょうど5人ですが」

「ほむ」

 

 想定通りである。ではこれからどうするか。

 素直に正門から入るか、裏手に回ってみるか、それとも上の階から忍び込むか? あるいはビームや砲弾で門や壁を壊して入るという手もある。

 

「マンガとかだとあの門が開いたりするんだけどな」

 

 光己が何の気なしにそう言うと、なんと本当に木製と思われる門扉がぎぎーっと音を立てて開き始めたではないか。

 

「おお、マジか!?」

 

 これは見え透いた罠か、それともモレーの自信の表れか? 光己たちは思わず門をまじまじと見つめ直してしまうのだった。

 

 

 



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第196話 祈りを捧げ、地に呪いを1

 門扉は開いたが、人が出て来る様子はない。モレーは城門前で戦う、あるいは話をするつもりはないようだ。

 

「もしかして自動ドアなのかな? 強い魔力の持ち主(サーヴァント)が門の前に来たら開閉する、みたいな」

「そうかも知れんが、私たちが来たことはすでに知られていると思った方がいいだろうな」

 

 光己がぼそっと呟くと、ゼノビアが慎重論を唱えた。

 まあ確かに、そう思っていた方が安全だろう。

 

「うーん、それだと尚更どうすべきか悩むな……。

 いやそれも自称ジェーンの作戦なのかな?」

「だとしても~せっかくの~♪ シンデレラ城なのに~ナイトの1人もナシ~♪

 不用心にも~ほどがあるわ~♪」

 

 とはいえエリザベートの意見にも一理はあった。実際城を守る兵士がいないおかげで、光己たちは城のどこから侵入するか自由に選べるのだから。

 

「……守備が薄いのはいいけど、アタシを甘く見てるのは気に入らないわね。

 やっぱり拷問ね~♪」

「はははは! 物騒なのは置いといて、どこから入る? 守備の兵士はいなくても、代わりに罠が張ってある可能性は十分あるからな」

「そうですねえ。わざわざ虎口に入る理由もないですし、上の階から行きましょう。

 建物の中に入ったらまたシバさんに煙出してもらえば、床にある罠は踏まずに済みますし」

 

 さすがのシバもこの人数を空輸するのは大変かも知れないが、疲れたら休憩すれば済むことだ。問題はあるまい。

 

「はいぃ~、頑張りますぅ。ただ11人はさすがに重いので、歩くのと変わらない速さになると思いますが……」

「うーん、まあ仕方ないか。手間かけるけど頼むな」

 

 シバの言い分はもっともなので、光己もそこは妥協することにした。

 ジャンヌの探知によるとモレーたちは3階にいるようだ。一行はサーヴァントの身体能力で3階のベランダに飛び乗ると、アルトリア・キャスターの「独自魔術」で扉のカギを開けて建物の中に入り込んだ。

 

「魔術ってそんなことまでできるんだ。すごいな」

「はいっ、王子様のお役に立てるかと思って勉強したんです!」

「そうなんだ、ありがと」

 

 キャスターの台詞は嘘というより媚びを売っているだけだったが、光己もそこにツッコミを入れるほど朴念仁ではなく素直にお礼を述べていた。

 その後は予定通りシバが出した煙に乗って、モレーたちがいる部屋に向かってのんびりと飛んで行くことになる。

 建物の中は特におかしなところはなく、何の変哲もない近世ヨーロッパの城のように見えた。敵の姿も罠もない。

 

「うーん、考えすぎだったかな?」

「そうね~ここはまだチェイテ城ね~♪ 変な細工されてなくて良かったわ~♪」

 

 その後エリザベートの最期の時の話やゼノビアが虜囚のような姿でいる理由などを話している内に、何事もなく一行はモレーたちがいると思われる部屋の前にたどり着いていた。

 

「ううむ、結局杞憂だったか。シバさん、余計な手間かけて悪かった」

「いえいえ、結果論ですから~。マスターの判断自体は正しかったと思いますよぉ」

「うん、ありがと」

 

 扉はかなり大きなもので、おそらく謁見の間とか大広間とか、そういう部屋に続いているのだろう。

 そして妖精騎士3人とエリザベートとゼノビアが煙から降り、バーゲストが扉を慎重に開ける。

 

「……いたか」

 

 扉の向こうの部屋は実際広くて、しかも3階分くらい吹き抜けになっていた。奥には玉座があり、天蓋付きのベッドのように上から青いレースのカーテンがかけられている。

 部屋の真ん中あたりに、モレーと項羽、カーミラ、武則天が待ち受けていた。光己たちが部屋に入るのを邪魔することもなく、全員入っていったん足を止めたところで話しかけてくる。

 

「……ほーう、来たねぇー?」

 

 自分たちの倍以上の人数の敵に本拠地に乗り込まれたのに、モレーは余裕綽々といった様子だった。罠を仕掛けていなかったくらいだから、本当に勝てる自信があるのだろう。

 

「森の8騎を揃えて来るかと思ったけれど、追加戦力は結局3騎だけ、か。

 エリザベート・バートリー、女王ゼノビア、女王シバ、カルデアのマスターとそのサーヴァント3騎。

 加えて……皇帝ナポレオン、あとよく知らないけど妖精3人」

 

 モレーはそこで一息つくと、また話を続けた。

 

「悪くはないラインナップだけど、でも。残りの5騎を置いてきちゃうとか、もしかして舐めてるー? あたし、舐められてるー?」

「……」

 

 確かに藤太たちはみな強力なサーヴァントだから、彼らを連れて来なかったのはモレーたちを侮っていると思われても仕方ないかも知れない。

 もっともモレーもカルデア側の実情を見抜けているとは思えず侮っているようだが、光己は今はあえて沈黙を保ち「慢心してる鼻っ柱をへし折って泣き顔見る方が面白いだろ?」を実行に移す最善の機会を待っていた。

 

「ああ、そーゆー意味じゃなくてさ? もーっと悪い意味でね。こっちの企みが、ほんの何手か先に進んでるってだけだから。

 絶対に逃せないチャンス、大切な現界の機会だもの、自分にやれることを最大限やるんだ。

 舐めてかかってくれてもいいよ。その隙を見逃さないからさ! そーゆーこと」

 

 モレーが自信たっぷりなのは、やはり何らかの仕込みがあるからのようだ。

 それをこれから明かしてくれるのだろうか?

 

「……何ですって?

 お城を乗っ取ったあげく、その物言い! どこまでもバカにしてくれるわね。

 許さないっていうか、元々許すつもりなんかこれっぽちもないけど、大拷問! 大決定!」

 

 光己は沈黙していたが、エリザベートはモレーの長広舌に我慢ならなくなったようで一歩前に出るとまずは言葉でケンカを売り、いや買い始めた。

 ただあまりモレーを挑発すると人質になっているもう1人のエリザベートの身に危険が及ぶ可能性があるのだが、それをこちらから口に出すと逆にモレーにそれを有効なカードであると再認識される恐れがあるので、光己はあえて指摘は控えた。

 ちなみにそのもう1人のエリザベートは玉座でぐっすり眠っている。暢気なものというべきか、それとも魔術か薬物で眠らされているのだろうか。

 

「……メリュジーヌ。この女ずいぶん長話をしているが、我らを前にして余裕がありすぎる。何か隠し玉があるのは間違いないが、推測できるか?」

「あるだろうね。仮に僕たちの力を分かっていないにしても、単純な人数でも倍以上の差があるというのに。聖杯で何か仕掛けを作ってあるのかも知れない」

 

 一方口論に参加していない妖精騎士たちは別のことを小声で話していた。ただその仕掛けが何なのかは、3人にも想像がつかない。もちろん警戒はするけれど……。

 

(……しかし、あれがジャック・ド・モレーか。

 テンプル騎士団最後の総長。団の本拠地、パリのタンプル塔は血に濡れすぎた。なんでまあオレがブッ壊した訳だが。そのへん謝る筋合いは―――まあ、ないな!)

 

 ナポレオンはモレーと多少かかわりがあったようだが、わりとあっさり割り切っていた。

 まあ生前の彼女に直接何かしたわけでなし、引け目を感じる必要はないといえばないのだが。

 

「まー何ていうか。小悪魔系とか別に自称しないけど~♪ 他の誰かがやろうとしてるの~見てると~♪

 イラッとするわ~♪ イラッとするの~♪

 ってことで自称ジェーン、本名ジャック・ド・モレー! ついに追い詰めたわよ!」

 

 そしてエリザベートがずびしと指を突きつけて正体を暴いてやると、モレーはさすがに驚いた顔をした。

 

「ええっ!? あたしの本名、バレてたの!?」

「まあねー。このミュージカルなエリザにかかれば、黒幕の正体を見抜くくらいお茶の子さいさいってやつよ。今すぐ降伏して、舐めた口利く代わりにアタシの靴を舐めたら特別に許してあげないでもないわ」

 

 この台詞の前半はもちろん嘘なのだが、ここに清姫はいないので特に問題にはならない。

 

「言うまでもないけど~♪ もう1人のアタシも返してもらうわよ~♪

 いやだと言うなら~♪ アタシのナイトたちが~黙っておかないの~♪」

「はっはっは。ナイトとは嬉しいことを言ってくれる。淑女の期待には無論応えよう!

 ―――オーララ!」

 

 ナポレオンが調子よくそう言って気炎を上げると、モレーはにやりと不敵に笑った。

 エリザベートの降伏勧告に応じるつもりはナッシングのようだ。

 

「ウーララ! 威勢がおよろしいことで、皇帝陛下!」

「面識はないがこちらこそだ総長殿! 同じフランスの英霊同士、語ることがないでもないが―――今は敵味方! ここは突破させてもらう!

 いくぞ!!」

 

 ナポレオンが戦闘開始を告げて大砲を構えると、ゼノビアも同じようにバリスタを出現させた。

 

「我が国の平穏のため! 手加減はしない!」

「ふっふふふ、母と仔と堕落の御名(みな)において! いざ、お相手つかまつる!」

 

 モレーも何やら悪魔崇拝者めいた単語を口にしつつ戦闘態勢に入る。

 項羽と武則天とカーミラも同様に身構え、さらに部屋の奥の扉からカボチャ兵たちがわらわらと大勢入り込んできた。どうやら戦力をここに集結させていたようだ。

 そして光己も、時は今と見さだめてモレーを泣き顔にする秘策を実行に移した。

 翼と角と尻尾を出す「熾天使形態(ゼーラフフォルム)」である。同時に天使の翼から白い光を部屋全体に放射した。

 さらに小道具として、「蔵」から立派な剣を一振り取り出す。これは「隕鉄の(ふいご)」や「フスベルタ」といった「火を噴く剣」の原典で、光己が念と魔力をこめると刀身から松明のような火が噴き上がった。

 それを見たモレーとカーミラが光己の目論見通り思い切り狼狽して驚きの声を上げる。

 

「アイエエエ!? 天使!? 天使ナンデ!?」

 

 まさか天使、それも最上位の熾天使が実在して、しかも自分の敵として現れるとは!

 キリスト教圏に生まれ育った2人にとっては信じられない、いや信じたくない光景だった。だって自分たちが天使に助けてもらえるような、そんな高潔な人間だなんてまったく思っていないので。

 

「あれは、ウリエル……!?」

 

 モレーは騎士修道会の総長だっただけに天使にも詳しく、彼の正体を何とか推測できていた。

 3対の翼を持っている時点で熾天使と分かるが、その中でも有名な「四大天使」の中でウリエルだけはローマ教会会議により堕天使扱いされていた時期があるのだ。彼が黒い蝙蝠の翼を持つ上に強い魔性を感じられるのはそのせいだろう。

 ウリエルとは「神の光」「神の炎」という意味だが、彼が今放射している光からはまさに「神の光」と呼ぶに相応しい神々しさを感じるし、手に持っている炎の剣もウリエルの象徴的アイテムである。これはヤバいのが来てしまった!

 

「ちょ、ウリエルっていったら私でも知ってる有名所じゃないの!」

 

 それを聞いたカーミラがますます慌て出した。

 何しろウリエルは地獄(タルタロス)の管理者でもあり、罪人の魂を炎で焼く仕事も持っているのだ。悪魔崇拝者と大量殺人犯を引っ捕らえに来たとしか思えない。

 現に今彼の白い光を浴びているだけでも、何かこう針串刺しの刑でも喰らってるかのような、痛みに近いレベルの不快感を覚えるし。

 

「こんな所にいられるもんですか! 私は部屋に帰るわ!」

「ひ、1人だけ逃げようったってそうはいかないよ。令呪を以て命じる、カーミラ、最後まであたしと運命を共にせよ!」

「ちょ!?」

 

「ククク、効いてるようだな。計画通り!」

「やるわね子イヌ!」

 

 モレーとカーミラのぐだぐだぶりに光己とエリザベートは思い切り溜飲を下げたが、モレーは黒幕だけあってさすがにしたたかだった。すぐに恐慌から立ち直って、カーミラをなだめ始める。

 

「まあまあ落ち着いて。本物がそのまま降臨したんだったら確かに勝ち目/Zeroだけど、彼は前の特異点ではへっぽこ魔術師だったんでしょう? なら疑似サーヴァントだろうから、それなら何とかなるんじゃないかな」

「なるほど、確かにそうかも知れないわね」

 

 フランスの特異点でカルデアのマスターが一般人同然だったのは事実だから、その後天使が憑依して疑似サーヴァントになって、それでもマスター適性が残っていたと考えれば現在の状況にも筋が通る。高位の神霊はサーヴァント化するとパワーがだいぶ落ちるというから、それなら勝てる可能性はある。

 ――――――モレーとカーミラの考察は大間違いではあったが、2人が持っている情報からの推理としては致し方ないといえるだろう。とにかく戦意を回復して、待機していたカボチャ兵たちに攻撃を命令した。

 

「というわけで戦闘開始! もちろんカーミラも武則天も項羽もね」

「やれやれ、ようやくか」

 

 武則天はウリエルというのが何者なのかは分からなかったが、さほど気にしなかった。確かに雰囲気は変わったし妙な圧迫感はあるが、実害といえるほどのものではないので。

 そしてまず、先ほどと同じく酷吏を召喚して攻撃を命じた。

 

「ゆっけーい!」

 

 酷吏とカボチャ兵は合わせて50人くらいである。カボチャ兵はまだあと70人ほど残っているが、部屋にあまり大勢入るとすし詰めになって動きが取れなくなるので外に控えているのだ。

 項羽もポーズとして剣を抜き、先ほど対戦したので八百長がやりやすいバーゲストの方に向かう。

 

「おおぅ、ついに決戦だな……ここはモレーに1発牽制かましとくか」

 

 いろんな魔術を使えるラスボスを自由にしておくのはよろしくない。そう判断した光己は、本格的に戦闘が始まる前にもう少しデモンストレーションしておきたいという意図もあって一撃入れることにした。

 

「人間よ、罪を(あがな)うがいい!」

 

 まずは地獄の管理者っぽいことを高らかに宣告してから、剣を真上にかざす。ついで魔力をこめると、赤く燃え立つ炎の鳥が出現した。

 オケアノスで1度マシュに披露した、威力より見栄え重視の芸当である。天使の翼の光を出しながらなのでパワーはさらに落ちるのだが、今回はあくまで演出重点なのだ。

 

「ちょ、何あれ!? あれが罪人を焼く神の炎ってわけ!? (ついば)まれながら焼かれるって、プロメテウスより悲惨じゃない!?」

「さすが王子様、カッコいいです!」

「テュケイダイト以外の武器はあんまり使ってほしくないんだけど、今回は確かにカッコいいからまあ良しかな!」

「あんなもの作れるお宝持ってるなんて、リッチなドラゴンってすげぇな……」

「うむ、魔力が強いだけでなく実技もできるようだな……」

 

 それでもカーミラを震え上がらせることはできたし、妖精國組には受けが良かったのだから意義はあったといえるだろう……。

 そして光己が剣を振り下ろすと、炎の鳥はモレーめがけて飛んで行った。

 

「ちょ!? ……っ、ぴぎゃーーーっ!!」

 

 見栄え重視といっても、術者の魔力はオケアノスの頃とは段違いである。モレーは周りにカボチャ兵がいたため逃げることもできず、灼熱の炎鳥の体当たりをまともに喰らって悲鳴を上げ……たように見えたのだった。

 

 

 




 熾天使ネタとギルから巻き上げた武器をやっと使えました。
 モレーとカーミラは犠牲になったのだ(ry




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第197話 祈りを捧げ、地に呪いを2

 モレーは光己が飛ばした炎の鳥の体当たりをまともに喰らったように見えたが、その直前に使い魔の大きな黒いナマコのような魔物を盾にして間一髪で回避していた。

 

「びっくりしたあ……()()()()()()この火力だなんて、もしかして本当にウリエルの疑似サーヴァントかも知れないねえ」

 

 まあ彼が本物のウリエルそのままだったら今頃こちらは全員蒸発して地獄(タルタロス)にご招待されてただろうから、それに比べればずっとマシなのだけれど。

 

「なのだけれど……これ相当マズくない?」

 

 モレーの当初からの目的は、崇拝している「森の黒山羊」を顕現させることだった。聖杯を体内に宿した者に仮面をかぶせて生贄にすればそれが叶うのだが、探していた聖杯はいつの間にかカルデアのマスターの体の中に転移していたことが判明したのだ。つまり目的を達成するには、カルデアのマスターをここにおびき寄せなければならない。

 そこでいろいろ手管を弄して、まずはこの特異点を「マスターは侵入できるがサーヴァントは侵入できない」ようにした。カルデアのマスターは一般人に毛の生えたようなものだというから、サーヴァントがいなければカボチャ兵士でも捕まえられるだろう―――と思っていたが、なぜか3騎も連れてきていたので失敗してしまった。熾天使パワーというやつか?

 しかし策はこれだけではない。エリザベートを分裂させてその片方を人質にすることで、彼をここに来させる計画も立ててあって、それはうまくいったのだが……。

 この後は、彼に味方するサーヴァントたちを倒して正面から仮面をかぶせるか、武運つたなくこちらが敗れてしまった場合でも、彼らが勝ったと思った隙を突いて、自分を分裂させてその片方で彼の背後を取るなりして人質にすればどうにでもなる。そういう隙を生じぬ二段構えの作戦だったのだけれど。

 

(あの翼が邪魔で背後は取りにくいし、取れても人質になんかできないよねえ。強いし剣持ってるし)

 

 そうなると彼を動けなくなるくらい痛めつける、つまり勝つしかないわけだが勝てるだろうか。それとも玉座で寝ているエリザベートを人質にして、自分の手で仮面をかぶらせるというのはどうだろう。

 

(……いや、どう考えても無駄だね)

 

 人類にとって「最後のマスター」と野良サーヴァント1人とどちらが大事かなんて分かり切っている。いかにカルデアのマスターがパンピーの甘ちゃんでも、そこは間違えないだろう。「助けに来る」のと「その人のために自分の身を犠牲にする」のはまるで違うのだ。

 というかウリエルの意識が前に出ていたら即決でエリザベートごと燃やされかねない。彼女は「狂う前」の特に邪悪ではない存在だが、「血の伯爵夫人」のそういう側面を抽出しているというだけで生前は大量殺人犯だったのだから。

 しかしウリエルが前に出ているなら、それはそれで打つ手はある。負けそうになったら哀れっぽくドゲザとかして謝罪しつつ、同じ「無辜の怪物」で貶められた者同士という点を強調すれば、いくら厳格といわれる彼でもちょっとは同情してくれるだろう。その隙を突いて仮面をかぶせるという策だ。

 生前も1度はあの2人に従うフリをしたことがあるのだし、ここは大願を果たすのが優先である。

 熾天使の疑似サーヴァントで聖杯を持っているマスターとなれば、生贄として極上だろう。禍を転じて福となすとはこういうことか。

 

(……いや、逆に顕現を阻害しちゃう可能性の方が高いかな。

 それより聖杯を奪う方が確実かも)

 

 カルデアのマスターの言動を見るに、体内に聖杯があることに気づいていない模様である。それなら仮面をかぶせるより、聖杯をかすめ取る方が手間は少ないし安全だ。あとは別の生贄を見繕って予定通り儀式をすればいい。

 

「よし、それでいこう。それで戦況はどうなってるかな?」

 

 改めてざっと左右を見渡してみると、まず項羽と彼に付けたカボチャ兵は妖精の剣士とカルデアの蒼い少女に抑え込まれていた。項羽は前衛としてはこちら側で最強なのだからもうちょっと頑張ってほしいものだが、相手の2人も強いからむしろよくやってくれているというべきか。

 武則天と彼女の酷吏、カーミラと彼女に付けたカボチャ兵ははっきり言って劣勢である。カルデア側が飛ばしてくる弾幕の前に酷吏とカボチャ兵は近づくこともできず次々と斃れていき、武則天とカーミラも攻撃している時間より逃げまどっている時間の方が長い。

 

「おーのーれー、聖神皇帝たる妾に対してよくもここまで遠慮のない攻撃を……この無礼も、っ、あいたぁ!?」

「あわわわわ、何かさっきより露骨に不利じゃない!?」

 

 カーミラは針串刺しの刑めいた不快感に耐えつつも一応戦況分析していたが、何かこう勝てる筋がまるで見えなかった。

 何しろ小人たちの家での戦闘と比べるとモレー側は兵士の人数が少ないのにカルデア側はアルトリア・キャスターとナポレオンが参戦しており、しかもこの部屋は遮蔽物がないので射手たちにとって有利な戦場なのである。劣勢なのは当然だった。

 特に娘役2人からの攻撃が激しい。ふと大きな黒い矢が頬をかすめて飛んで行って、カーミラはたらーりと血と冷や汗を流した。

 

「っきゃぁ!? 危な、ほんとに死ぬとこだった!?

 アナタたち、仮にも母親役相手に殺意高すぎじゃないかしら!?」

「おまえ視点だと確かにそうだけど、私としてはお母様以外のお母様にちょっとでも心を許したと思われたくないんだよな。

 それにはほら、私自身の手で始末するのが1番だろ?」

「母と娘が殺し合うなんて~♪ まさに悲劇ね~♪ ららら~♪」

「人のこと言えた立場じゃないけど、貴女たちたいがい性格悪いわね!?」

 

 そこで苦情を述べてみたが、娘と義娘は血も涙もない冷酷女どもだった。親の顔が見てみたい……って、自分だった! 産んだ覚えも育てた覚えもないけれど。

 

「マ、マスター! 何とかなるっていうのなら早めにそうして下さらないこと!?」

 

 なので今度はボスにヘルプを求めると、モレーも危機感を抱いてすぐ参戦を決意した。

 カルデアのマスターがまた何かしてくるかも知れないが、そんなこと言ってられる情勢ではないのだ。

 

「そうだねえ。それじゃ一発、パリの中心で呪いを叫んじゃったりしますか!

 いあ、いあ。森の王、豊穣の担い手よ。夜の虚ろに現れ、星海の淵ぞ至りて讃えん。いあ、千の子を孕みし森の黒山羊よ。我が生贄を受け取り給え!」

「ん、何か大技使う気だな!」

 

 モレーが何やら禍々しい呪文を唱え始めたのを聞いて、光己が妨害しようとまた剣をかざす。しかしそれを予測していたモレーが素早く玉座の前、つまり人質のそばに移動したので中止せざるを得なかった。

 

「むむ、やっぱり分かってたか!」

「ふっふふ、こういう時のための人質というものさ!

 では先ほどのお返しを。『13日の金曜日(ヴァンドルディ・トレイズ)』!!」

 

 モレーの体から薔薇色の炎が噴き上がり、その背後に黒い大きなぬいぐるみのような謎生物が現れる。彼女の台詞によれば「千の子を孕みし森の黒山羊(シュブ=ニグラス)」なる豊穣の女神だと思われるが……?

 その謎生物が水風船のように弾け、黒い濁流となってカルデア後衛組に襲いかかる!

 

「なんとぉ!?」

 

 あまりに予想外な攻撃方法に光己やエリザベートは一瞬固まってしまったが、モレーが呪文を唱え始めた時点で準備していたジャンヌは対処が間に合った。

 

「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ! 『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』!!」

 

 ジャンヌが掲げた旗から白い光が広がり、それが光己たちを包んだ直後に濁流がその光のドームを呑み込む。

 それは悪魔崇拝者の呪いと聖女の祈りが(しのぎ)を削る、まさに叙事詩的な激突だった。両者の宝具は生前から使えたものではなくサーヴァントになってから得たものという点も共通している。

 ただジャンヌはスペックが1.6倍になっているし知名度補正も上だから、モレーの宝具を防ぐことはできるはずだ。光己はそのように計算したが、どうもそれは外れのようだった。

 

「マスター、押されています。このままでは……!」

「デジマ!?」

 

 言われてみれば結界は少しずつ軋み始めているし、何となく嫌な感じがするのは呪いが浸透してきているからであろう。モレーが予想以上に強いのか、森の黒山羊が強いのか、それとも聖杯ブーストによるものか?

 

「王子様、私も宝具使いましょうか?」

「いや、聖杯ブーストなら宝具連打もありえるからそれは待って」

 

 同じ理由で最後の令呪を使うのも避けたい。光己がそう言ってアルトリア・キャスターの申し出をいったん断ると、少女は次の案を出してきた。

 

「なら普通の魔術で支援するというのは?」

「そうだな、俺もやるよ」

 

 ジャンヌの宝具は結界の中から外に干渉できる便利仕様なので、光己の炎やキャスターの魔術で外の濁流を攻撃することができる。魔力EXとAなだけあって、それなりに濁流を打ち払えているようだ。

 なおジャンヌオルタやエリザベートやバーヴァン・シーの攻撃方法はあんまり効果なさそうなので、今は控えて魔力温存してもらっている。

 一方メリュジーヌとバーゲストと項羽の前衛組は濁流が届かない所にいたが、当然モレーが宝具を使ったことには気づいていた。その見るからに毒々しい光景にメリュジーヌが柳眉を跳ね上げる。

 

「お兄ちゃんに何てことするかな。もう怒ったよ」

 

 言うなり手近なカボチャ兵から剣を奪うと、ノータイムでモレーの首を狙って投げつけた。もちろんお互いの位置はちゃんと見ていて、もし避けられてもエリザベートには当たらないのは確認している。

 

「!!」

 

 モレーは生前は騎士団のトップを務めていただけあってその狙撃には気づいたが、宝具を開帳している最中なので反応はわずかに遅れた。首筋をざっくりと、致命傷まであと数ミリという深さで斬られて血が噴き出す。

 

「痛ったぁぁ!?」

 

 モレーが反射的に剣が来た方に目をやると、投げたのはカルデアの蒼い少女のようだった。ただでさえ高速で変態駆動するヤバい娘なのに、殺意もヤバいだなんてマジヤバい。

 

「ム、ムッシュ項羽ぅぅ! と、とりあえずその蒼い子最優先で抑えてぇ!」

 

 痛みと恐怖で目をぐるぐる回しながらそんな悲鳴を上げたのも、まあ致し方ないことだろう……。

 項羽の方は名指しで命令されては仕方ないので、あんまり気は進まないながらもメリュジーヌの前に立ちはだかる。

 

「むう、()り損ねたか……しかし人質がいるとほんと面倒だね」

 

 項羽に前に立たれては、さすがのメリュジーヌも追撃は難しい。つまらなさそうに舌打ちすると、バーゲストも考え込むような顔をした。

 

「そうだな。しかも後ろで寝かせているだけで、後ろから抱きかかえて喉元に刃物を突きつけるようなマネはしてないのが逆に厄介だ」

 

 モレーがそこまでやったら、光己も人質救出はリスクが高すぎると見て「はぐれサーヴァントなんて黒幕を倒して聖杯を奪ったらどのみち退去になる身だから、もうモレーごとやっちゃうか」と開き直る可能性だって無くはない。しかし後ろに寝かせて攻撃しづらくするだけであれば、彼の性格ならそこまで思い切ったことはできないだろう。よくよく人質の使い方を心得ているようだ。

 いや光己が熾天使ムーブをしているのはそれをさせないためでもあるのだが、妖精國出身の2人にはその辺の細かい機微までは分からないのだった。

 

「それをやられたらバーヴァン・シーがブチ切れそうだから、お互いのためにラッキーな展開なんだけどね……」

 

 まあそれはそれとして、今のメリュジーヌの攻撃でモレーは精神集中が乱れて宝具の開帳が中断され濁流がいったん消えた。この隙に後衛側で何とかして欲しいものだが。

 ―――そして1番早く反応したのは知恵者の女王だった。モレーの宝具で彼女とカルデア後衛の間にカボチャ兵がいなくなり、射線が通ったのに気づいたのである。

 もちろんすぐ扉の向こうから援軍が来るだろうが、それまでの何秒かがあれば十分だ。シバは金のランプから全速で煙を出すと、大きな手の形にしてモレーめがけて伸ばした。

 

「んひゃあっ!?」

 

 モレーはとっさに横に身を投げ、床を転がって手が鷲掴みにしてくるのを回避した。首に深手を負ったので激しい運動は避けたいのだが、あれに掴まれてカルデア本陣に拉致られてはおしまいなので。

 すると手はそのまま伸びていって、眠ったままのエリザベートを掴んだ。こちらも隙を生じぬ二段構えで、煙でつくった手なら罠が仕掛けてあっても平気という計算もあった。幸い罠はなかったけれど。

 

「ああっ!?」

 

 モレーは後悔の悲鳴を上げたが、もはや後の祭りである。手がエリザベートを掴んだまま引っ込んでいき、人質は奪還されてしまった。

 

「おお、さすが3つの問いの女王様だ。うまい!」

「お褒めに預かり光栄ですぅ~♪」

 

 一方カルデア陣営ではシバの見事な手際を光己が大仰に褒め称え、シバも満更ではないらしく相好を崩していた。その分モレー陣営は反対にお通夜ムードで、武則天とカーミラの後ろに逃げて来たモレーに武則天が訊ねる。

 

「こうなってはもはや勝ち目はなさそうじゃが、どうするのじゃ?」

 

 ただでさえ押され気味だったのに、大将が重傷を負った上に人質を奪われたのでは敗北は必至である。他に切り札があるなら早く使うべきだし、ないならカボチャ兵が残っている内に退却すべきだろう。

 モレーもそのくらいのことは分かっている。「二段目」を実行する時が来たと覚悟を決めた。

 

「大丈夫、2人とも安心して。あたしにはまだとっておきの策があるから」

「とっておきの策じゃと!? それはいったい」

「謝るんですぅ~~~!!」

「は!?」

 

 そしてモレーがためらいもなく流麗な土下座を敢行したので、武則天とカーミラは思わずずっこけそうになってしまった。

 いやまあ、ある意味間違ってはいないけれど……。

 

「ほら、貴女がたも! 土下座が嫌なら手を上げるくらいは」

「ま、まあこうなったら仕方ないわね」

「むう!? 女帝たる者がすることではないが、妾1人だけ意地を張るわけにはいかんか……」

 

 武則天よりはプライドが高くないカーミラが先におずおずと両手を上げると、武則天も仕方なくそれに倣った。

 項羽も1歩下がって、剣を鞘に納めると同じように手を上げる。

 

「ええー……!?」

 

 モレーのまったく予想外の行動に、光己もエリザベートたちもいささか当惑して間の抜けた声を上げてしまうのだった。

 

 

 



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第198話 祈りを捧げ、地に呪いを3

 光己は他の特異点(えんまてい)ラスボス(ぬえ)に謝って来られた経験があるが、それと今回はだいぶ状況が違う。モレーは何を考えているのか?

 

「すいません、出来心だったんですぅ! 生前は真っ当に騎士団総長してたのに、あの忌まわしきフィリップ4世とクレメンス5世のせいで無辜の怪物くらって悪魔崇拝者にされたんで、つい魔が差して思い知らせてやろうと思っただけなんですぅ!

 この気持ち、ローマ教会会議で堕天使扱いされたことがあるウリエル様ならお分かりになるんじゃないかと」

 

 モレーは土下座のまま熱弁を振るっているが、どこまで本心なのかは大変疑わしかった。清姫がいれば鑑定できるのだが、いないものは仕方がない。

 しかし確かに、モレーの言い分にも一理はある。金目当てで異端扱いされ財産を奪われむごい殺され方をしたのなら、仕返しの1つもしたくなるのは当然だろう。

 とはいえ彼女を陥れた2人は彼女が処刑されたその年の内に死んでしまったという話だし、まして時代も地域も違う所でやらかすのは筋が通らないし動機としても弱い。

 

「というか、具体的には何がしたかったの?」

 

 そこでまずその根本的な疑問を訊ねてみると、モレーはそこは語ってくれた。

 

「それはもちろん、フランス王家への復讐。そして全人類の堕落と、我が神である深淵の聖母への回帰ですぅ。素晴らしい野望でしょ……いえ! もう諦めましたので何とぞお情けを!」

「…………」

 

 光己の感覚では、フィリップ4世個人への復讐ならともかく、フランス王家全部にまでターゲットを拡大するのはちとやりすぎに感じられる。まして全人類の堕落だなんて言われては、彼女にどんな事情があろうとシバいて阻止するしかない。

 いや本当に諦めたのなら、無辜られた身なわけだし必要以上に痛めつけたくはないが……。

 光己が決めあぐねていると、強硬派、いや残虐派が意見具申してきた。

 

「マスター、小難しいことは分からねえけど、要するにコイツは人類の敵なんだろ?

 なら人類の味方であるマスターとしては、とっととドタマかち割っちまえば済むと思うんだけど」

「そんな簡単に済ませちゃダメよ~♪ 大拷問するって~♪ 決めたんだから~♪」

 

 バーヴァン・シーとエリザベートの義姉妹である。この2人はモレーの事情なんてどうでもよくて、姉の方はめんどくさいことは早く終わらせて母に会いたいし、妹の方はイラつかされたのでお返ししたいのだった。

 

「そういえばこの娘そんなこと言ってた!?

 いやでも決めるのはウリエル様のはず! あたし生前はまともにしてましたし、この特異点に来てからだってそこまで悪い……少なくとも生きた人間には迷惑かけてないってことでどうかお慈悲を!」

 

 モレーとしては「血の伯爵夫人」に拷問されたあげく妖精に頭蓋骨粉砕されて果てるのは嫌すぎるし、そうなっては野望も達成できない。額を床に擦りつけて哀願した。

 その様子を見た光己は彼女が無辜であるという同情もあって、半分信じてしまう。バーヴァン・シーの意見通りいきなりモレーの頭を叩き割るのが最善手なのだが、鵺の時と違ってモレーは見た目はほぼ人間だし、彼ほど野卑なふるまいをしていないというのもあったので。

 といってもモレーの野望は完全に潰しておかねばならないが、幸いそれは光己の元々の役目とほぼ一致していた。

 

「うーん、それじゃ降参の証として、聖杯と令呪差し出してもらおうかな?」

 

 それを聞くとモレーはフフッと薄く嗤った。勝ち筋が見えたと踏んだのだ。

 

「ええと、ウリエル様。令呪はともかく、聖杯はなくしちゃったから持ってないんですぅ。

 本当ですよ、何なら身体検査してもらってもいいです」

 

 言うなりゆらり立ち上がると、妖艶に微笑みながら服を脱ぎ出す。

 むろん光己の言葉遣いを聞いて、今は彼の意識が前に出ていると判断しての行動だ。案の定少年は食いついてきた。

 

「何と!? いやはっきり言って怪しいけど、確かに検査は必要だな」

「マスター!? てかあんた命令されてもないのに何で脱ぐのよ。悪魔崇拝者だからって痴女じゃないでしょうに」

 

 思わず身を乗り出した光己を、ちょっと顔を赤らめたジャンヌオルタが慌てて押さえる。他のサーヴァントたちも戸惑った様子である。

 そこにモレーは一瞬の隙を見出した。

 

(勝機!)

 

 モレーの魔力が半分ほどに薄れ、代わりに光己の1メートルほど後ろにまったく同じ姿の彼女がもう1人現れる。カルデア勢は皆元のモレーが脱いでいるのに気を取られて、その異変にまだ気づいていない。

 光己の後ろから首を掴んだり仮面をかぶせたりできるほどには近づけないが、聖杯を奪うだけならもう少し離れてもいいし、背後からの方がやりやすいだろうという計算だった。

 彼の心臓の真裏の方に手をかざし、小声で呪文を唱える。

 

「いあ! いあ! 聖杯よ、我が手に戻れ!」

 

 すると今まで休眠状態だった聖杯がわずかに活性化し、モレーの手に吸い寄せられ始めた。しかしそれはごくわずかな距離で、すぐにぴたっと止まってしまう。

 

「あれ? まだ気づかれてないはずなのに?」

「瞬間移動……いえ分身ですか!」

 

 その直後、分裂したことがバレたのか白い服の娘が旗槍で突きかかってきた。やむを得ず、いったん後ろに跳んで避ける。

 当の光己には、脳内で女の子が注意を促していた。

 

(光己、後ろにいる敵が何か引き抜こうとしたみたいだよ。今回は私が止めたけど、貴方もガードして!)

(立香か!? 分かった、でもどういうことなんだ!?)

(それは後で。まずはコレの制御を奪うから)

(確かに何か魔力を感じるけど、そんなことできるのか?)

(まっかせて! いくよ超必殺。極上! グレイル・ドライヴァー!!)

 

 立香が何かヒサツ・ワザの名前らしきものを口にしたが、おそらくただの演出で、実際はノートパソコンのキーボードを叩いているだけであろう……。

 しかしその効果は覿面(てきめん)で、謎の魔力源は元の位置に戻るとまた休眠状態に戻り、光己には存在を感じられなくなった。

 

(おお、マジでできたみたいだな……つまりモレーは今の魔力源をかっぱらおうとしてたわけか?)

(そうみたいだね。正体は分からないけど、結構すごい代物だと思うよ)

(ほむ……するとまさか聖杯!? いやさすがにそれはないか)

(その辺は当人に聞いてみればいいんじゃない?)

(そだな、それじゃまた後で)

(うん、気をつけてね)

 

 光己が脳内会話を終えて後ろを見てみると、モレーがもう1人いてエリザベートとバーヴァン・シーに追いかけ回されていた。

 つまり土下座と脱衣で注目を集めつつ緊張をゆるめておいて、その隙にエリザベートを分裂させた魔術を自分に使って分裂し、それで背後を取って魔力源を盗もうとしたという所か。おそらくは魔力が半分しかないはずなのに2人相手に捕まっていないあたり、何だかんだでラスボス張っているだけのことはある。

 

(手の込んだ偽装降伏しかけてきたわけだからもう情け無用でよさそうだけど、何を盗もうとしたかは聞いとくべきか……)

 

 光己は追われている方のモレーはスルーして、脱衣しようとした方の彼女に顔を向けた。ところがモレーはすでに服を着直してしまっているではないか! これは減点1である。

 

「それで、何がしたかったの?」

 

 なのでとりあえず普通に訊ねてみると、モレーは作戦失敗したとあってガクブルしながら教えてくれた。いやこれも演技かも知れないけれど。

 

「それはもちろん。あたしが求めていた聖杯が、気付いたら、なぜか消えちゃっててね?

 あれこれ探して、あれこれ呪詛なんか仕掛けたりして……ついこの前、ようやく判明した。聖杯は、カルデアのマスターさんの中にあると」

「ほむ、やっぱり聖杯だったのか」

 

 しかし何がどうなっていつの間にそんなことになったのか。世の中分からないものである。

 

「だから、わざわざこんな騒動を引き起こさなきゃいけなかったんだよねー。

 貴方の背後を取る所までは読み抜いてたんだけど、まさかその最後の一手で失敗するとは思わなかった。やっぱり熾天使パワーなのかな?」

「いや。ウリエルとは別の、俺の中の人のファインプレイだよ。誰かは教えてあげないけど」

「ええー、中の人が2人もいるなんてそんなのずるい!

 というか、その聖杯は()()()()()()()()なんだから()()()くれると嬉しいなー、なんて思うんだけど」

 

 モレーは最後のあがきなのか、言葉を選んでいるようだ。しかし当然のことながら、カルデアとしてはモレーに限らず黒幕側にどんな事情があろうと聖杯は譲れない。

 

「絶対にノゥ!

 というかさっきも言ったけど令呪もよこせ! さもなくば宝具8連打だ!」

「8連打って……いやそれより、令呪を渡すって手首切り取るってことだよねえ。それはちょっと」

「いや、俺はケガさせずに令呪だけ奪えるけど……でも手を触れる距離まで近づくのは不安があるな。

 ……おっとその前に。令呪はどっちのあんたが持ってるんだ?」

「あっちの追われてる方。だから令呪が欲しいなら、あの2人止めなきゃいけないねえ」

「……むう」

 

 利敵行為ではあるが、だからこそモレーはじらさずすぐ答えたのだろう。

 仕方ないので光己がエリザベートとバーヴァン・シーに声をかけて攻撃をいったんやめてもらうと、追われていたモレーは意外な素早さで脱いでいたモレーの所に戻って融合し1人に戻った。

 しかもその間にカボチャ兵が部屋に入ってきていて、彼女たちの前で隊列を組む。完全に仕切り直しされてしまった。

 

「うむむ、さすがにしぶとい……」

 

 とはいえこちらは失ったものは特にないが、分裂状態から1人に戻るのは意外と簡単らしいことや、光己の体内に聖杯があることが分かった。人質も奪還できたし、有利にことを運んでいるといって良かろう。

 

「でも聖杯奪うのに失敗したんだから、もう諦めた方がいいんじゃないか?」

 

 モレーは普通に戦っても勝てないと踏んだからこそ奇策に走ったのだろうから、それが功を奏さなかった以上勝ち目はあるまい。光己はそう考えたのだが、しかしモレーはこの期に及んでなお不敵に笑ってみせた。

 

「ふっふふ、それはまだ早いかな。だって『自分にやれることを最大限やる』って決めたんだから。これだけはやりたくなかったけど仕方がない」

「そうはさせるか!」

 

 モレーにはまだ奥の手があるようだ。光己は炎を飛ばして妨害しようとしたが、それよりモレーが腰に吊るした2つの仮面の片方をかぶる方が早かった。

 

「あたしは人間をやめるぞ! カルデアのマスターーーッ!!」

「何っ!?」

 

 モレーがかぶった骨製らしき仮面の端から太い針が何本も飛び出し、モレーの頭にぐさぐさと突き刺さる。あれではサーヴァントといえども即死と思われるが、まさかあれで人間をやめる、つまり死ぬことによって「森の黒山羊」に転生するとかそういう流れか!?

 やがて仮面がぱらぱらと風化して崩れ落ちたが、モレーはしっかり生きていて、転生とか変身といった異変の兆候は見られなかった。

 

「……??」

「ああ、人間やめるって言ったのは単なるモレージョークだよ。

 本当はただのドーピング剤。ひと時の超パワーを得る代わりに、後で結構な筋肉……いやエーテル体痛でのたうち回るって代物さ。だから使いたくなかったんだ」

 

 不思議顔をした光己にモレーは親切に解説してくれたが、それは彼女が魔力を集める時間を稼ぐためでもあった。前置きの詠唱を省いて、速攻で宝具を開帳する!

 

「何人生き残れるかな? 『13日の(ヴァンドルディ)―――がっ!?」

 

 ……が、途中で胸に激痛が走り中断させられてしまった。

 

「アッハハハハッ! 残念だったな、そうそう何度もやらせるわけねえだろ!?」

 

 バーヴァン・シーが先に宝具を使ったのだ。殺傷力はさほどでもないが、矢弾を射たないのでカボチャ兵が何人並んでいても素通りして当てられるのだった。

 

「いや、まだ魔力が散っていない! ここは私も行く、『砕けよ黄金の枷鎖、黄金の恥辱(オーセンティック・トライアンフ)』!!」

「あーもー仕方ないわね、『幻想の鉄処女(ファントム・メイデン)』!!」

 

 ゼノビアの宝具は矢を乱射するもので、カボチャ兵を倒しつつモレーたちも攻撃しようという意図だったが、それを察したカーミラがモレーの前に宝具を展開して彼女に矢が当たるのだけは何とか防ぎ止めた。

 カーミラの宝具は本来は女性特攻の拷問器具を現出させるものだが、硬い棺でもあるので盾代わりに使ったのである。

 

「すまない、助かったよ。うぐぐぅぅ……『13日の金曜日(ヴァンドルディ・トレイズ)』!!」

 

 モレーが苦悶の呻きを上げつつも今度は開帳を成功させ、先ほどより段違いに強力な濁流がカルデア後衛組に襲いかかった。

 しかしこれだけ前振りがあれば、防御担当も準備が間に合う。

 

「では今度は私が。『きみをいだく希望の星(アラウンド・カリバーン)』!!」

 

 小人たちの家での戦いの時と同じく、金色の光のドームが光己たちを囲む。モレーの感覚ではさっき旗槍娘が張った結界より貧弱に思えたが、なぜかドームの向こうは遠い異世界のようで、実際モレーが放った黒い濁流は光の膜を破れそうな気配さえなかった。

 

「何あれ……?

 でもあんな変わった結界、そんな長時間張り続けられるわけない。根気比べだよ」

「うーん、確かに」

 

 アルトリア・キャスターの結界宝具は中から外に攻撃できないので、貝のように閉じこもって濁流が消えるまで待つしかない。果たしてどちらが先に音を上げるのか?

 ……しばらく経って。モレーは重傷を負っている上に聖杯を完全に奪い取られたのでやはり持続時間は短かったが、彼女にはそれを補う手段があった。

 

「令呪を以て命じる。あたし、宝具の開帳を続けて!」

「ちょ、そんな手アリ!?」

 

 まさか自分に令呪を使うとは。それはまあ、モレーもサーヴァントだから令呪の対象にはできるけれど……。

 微妙に出力が落ちかけていた濁流が力を取り戻したのを見て、光己とキャスターも延長戦に応じる覚悟を決めた。

 

「しょうがない、こっちも使おう。令呪を以て命じる。姫、宝具の開帳を続けて!」

「は、はい!」

 

 これで光己は令呪を使い切ってしまったが、一緒に戦っているサーヴァントたちに裏切られる心配はまったくない。一方モレーは今日までに令呪を使っていなければあと1画残っているが、項羽たちが彼女の目的に賛同しているとは思えないので、モレーが令呪を使い切ったら裏切られる可能性は十分ある。果たして使うだろうか?

 

「ううううううーーん……使うか使わざるか、それが問題だ……」

 

 実際モレーは悩んでいた。

 モレーは光己を注意深く観察していて、彼の手の甲に令呪はもう残っていないのを確認していた。だから最後の1画を使えば妖精娘の結界を押し切れると計算したが、そうすると先ほど令呪で縛ったカーミラはともかく、項羽と武則天が寝返らない保証はない。

 何しろこちらは悪魔崇拝者で、向こうは人類を救うために戦っている正義の味方なのだから。2人にいくらかでも人類や故郷を愛する気持ちがあるなら、モレーが令呪を使った直後に襲いかかってくるだろう。

 しかし使わなければ宝具を耐え切られて、その後は反撃でやられるだけである。早くもエーテル体痛で全身がピシピシ痛くなってきたし。

 

「えーいっ、どっちにしても分の悪い賭けなら、全部出し切る方に張ってやる!

 持ってけドロボー! 追加の令呪だぁー!!」

 

 そして令呪の効果が切れる寸前に、なかばヤケクソでそう叫びながら最後の1画を切った。それを聞いた武則天がさすがに驚く。

 

(むう、こやつ妾や項羽が叛くのを恐れておらんのか? いや危険は承知の上で、あえてそちらを取ったのか)

 

 実際武則天は聖杯も令呪も失って負けそうなモレーにいつまでも従う義理はないのだが、しかしモレーが体の負担が大きいのか口や鼻、そして首の傷から血を流しながらも必死で宝具を制御している姿を見ると横から刺す気にはなれなかった。

 

(そういえば妾も皇位に即くまでは、あんな感じでなりふり構わずやっておったのぅ……)

 

 だからまあ、そういう奮闘を邪魔するような無粋はやめておこうと思う。

 カーミラも横槍を入れるつもりはなさそうで、カルデアに内応しているはずの項羽も動く様子はなかった。

 

「項羽王?」

 

 それに疑問を抱いたバーゲストが小声で事情を訊ねてみると、項羽も小声で説明してくれた。

 

「心配は要らぬ。私が寝返らずとも彼らはあの宝具を凌げるが、逆に私が寝返ってモレーを討てば、その後私とそちらの主導者が契約するのが間に合わず私がそのまま退去になる恐れがあるのだ」

「……そうなのか」

 

 バーゲストは項羽が高度な未来推測能力を持っていることは知らないが、彼の言葉から嘘や迷いは感じられなかった。なので自分も手を出さず、黙って戦況の推移を見守ることにする。

 

「―――王子様、モレーが最後の令呪を使ったみたいです! どうしましょうか」

「むう、あっちも勝負かけてきたか……」

 

 キャスターのちょっと焦った面持ちでの報告に、光己も新しい方針を決めることを強いられた。

 

「これは逃げるしかないか? でも俺とシバさんで7人は無理……いやお姉ちゃんとジャンヌオルタに短刀に戻ってもらえば5人だから、3人と2人に分ければ何とかなるか……?」

 

 といっても黒い濁流はかなり波が立っていて光のドームの上にも結構かかっていたりするので、単に上に飛べば無傷で脱出できるというわけでもない。逆に言えば、ある程度のダメージを覚悟すれば抜けられるということでもあるが……。

 ちなみにエリザベートはもう合体して1人に戻っているので、カウントも1人分になっている。

 

「でもこの呪い、なかなか強力ですよ。サーヴァントでも浴びたらかなり痛いと思いますし、まして王子様にはキツいんじゃないかなと」

 

 キャスターは光己の無敵アーマーのことをまだ知らないのでこう言ったが、光己としてもなるべく無理はしたくない。しかしそういうわけにもいかなさそう―――と思った時、救いの手ならぬ声がまた脳内に響いた。

 

(大丈夫だよ光己、今聖杯から魔力引き出せるようになったから。それを彼女に送れば宝具の持続時間延ばせるでしょ?)

(おお、マジか! さすが俺の立香、さっそく頼む)

(誰彼かまわず俺の扱いするの良くないと思うなあ)

 

 とか言いつつも、立香は言った通り聖杯から魔力を引き出して光己に送ってくれた。これでキャスターへの魔力供給量が増えたので、宝具を展開し続けてもらうことができる。

 

「さすが王子様! これならまだまだ保ちますよ」

「よし、勝ったな! 風呂入ってくる」

「それはまだ早いんじゃ……」

 

 光己のジョークの出来はともかく、これで延長合戦はこちらの勝ちだ。カルデア勢がそう判断した時、モレーも己の敗北を悟っていた。

 

「うーん、あの娘そろそろ限界だと思うんだけどなあ……って、そっか、聖杯か!

 あちゃー、今まで使わずにいたのはこういう勝負所が来るのを待ってたからかあ」

 

 まさか令呪を無駄打ちさせる策だったとは。いやこの推測は外れなのだが、ウリエルの疑似サーヴァントなら聖杯の魔力を適量引き出すくらいすぐできるはずと考えるならむしろ順当な判断だった。

 

「これはもう打つ手なしだねえ……負けたかな。

 まあもともと人間の良心も神の愛も信じ切れず、異端に走っちゃった身だしね。英霊の器なんかじゃなかったし、聖杯に逃げられるのも当然か。

 でもやれるだけのことはやり切ったんだから、後悔だけはないかな」

 

 そして魔力も尽きると、宝具の効果が切れて濁流が消えていくのを眺めながら意識を失ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 モレーは気絶するとそのまま膝から崩れ落ちたが、武則天が後ろからさ支えて倒れないようにしていた。

 濁流が完全に消えてカルデア側も結界を解除したところで静かに訊ねる。

 

「どうやらこちらの負けのようじゃが、そなたたちこの娘をどうする気じゃ?」

「さっき言った通り令呪はもらうかな。カルデアに虞美人がいるんで、項王は連れて帰りたいから。

 実はそういうことで話ついてて、そうだとバレない程度に八百長してもらってたんだ」

「何、虞美人じゃと!?」

 

 虞美人が実在して、しかもカルデアにいると聞いて武則天はさすがに驚いた。

 

「うーむ、それなら内応しても仕方ないか……ぶっちゃけ妾も項羽もこの娘に尽くす謂われはないからの。

 そういえばそなた、『ケガさせずに令呪だけ奪える』と言っておったな。つまりこの娘を無駄に痛めつける気はないということか?」

 

 これはモレーを意味もなくいたぶったりするのなら抗うという意味である。武則天は生前は酷い拷問で大勢殺害していたが、だからこそたまには誰かを苦痛から救うムーブもしてみたいと思ったのだ。

 まあ単なる気まぐれでもあるが。

 

「エリザベートは痛めつける気満々ぽいけど、俺としては無辜られた人を必要以上にシバく趣味はないかな。

 負けを認めてたし魔力もすっからかんみたいだから、令呪取り上げたら退去になると思うし」

「ふむ、それなら構わんと思うがどうじゃ?」

「そうね、この状況で悪あがきしても意味ないしいいんじゃない?」

 

 光己の返事を受けて武則天が同僚に訊ねてみると、異存はないようなので素直に降伏することにした。

 

「そうか、では妾たちは手を引こう。後は任せた」

「分かった。それじゃシバさん、お願い」

 

 光己は令呪を奪うためには手で触れる必要があるが、こちらからは接近せずシバの煙の手でモレー1人だけを運んできてもらうという用心深さを見せていた。武則天やカーミラにはそれにケチをつける筋合いもなく、穏便に気絶したモレーを連れてくることができた。

 さらに念には念を入れて、ジャンヌオルタとゼノビアにモレーが本当に気絶しているか確認してもらった上で、2人がかりで両腕を押さえていてもらう。

 

「ここまですれば安心だな。それじゃ予告通り、令呪もらおう」

 

 モレーの右手の甲に自分の右手のひらを重ねて、冬木でもやったように彼女の令呪を奪い取る光己。

 モレーの令呪は3画とも使い切られているが、サーヴァント契約の媒介としては意味がある。つまり今モレーの令呪を奪った光己は、彼女と項羽たちとの契約を解除し自分と契約し直したことになるのだ。

 

「項王、どうですか?」

「……うむ。モレーとの間にあった魔力のつながりが汝に移行したのを知覚した」

「よかった。それじゃカルデアに帰ったら虞美人にマスター権譲りますので」

「なんと、我が妻もマスター適性を持っているというのか。……承知した、宜しく頼む」

 

 これで項羽を連れ帰るという当初の目的を達成できることになった。光己は深く安堵しつつ、抱き合わせで契約してしまった武則天とカーミラに顔を向けた。

 

「ええと、お2人は来ませんよねえ?」

「そうじゃな、このたびは敵であることを貫かせてもらうとしよう」

「当ッ然! 絶対にノ……いえイエスと言わせていただくわ」

「分かった、それじゃ契約解除で」

 

 当然ながら2人はカルデアに来る気はないというか、仮に来てもらえても扱いが難しいのは分かり切っているわけで。光己はむしろ安心しつつ、一応それは顔には出さずに2人との魔力パスを断ち切った。

 するとさっそく武則天とカーミラ、そして戦力も魔力も失ったモレーの姿が薄れ始める。

 数秒遅れて、光己たちカルデア勢も同じように退去が始まった。

 

「おお、これで修正終了ということか……しかしいつもながらせわしいな。

 それじゃメリュとバーゲストと項王、こっちに来て。

 エリザベート、またどこかで会ったらよろしくな。

 ナポレオン帝、いろいろありがとうございました。英霊の座で俵公たちに会ったら、カルデアのマスターが感謝していたと伝えていただければ幸いです」

 

 特異点修正に伴う退去はいつもながら別れを惜しむ時間をあんまり取ってくれないので、光己が早口で挨拶すると2人も笑顔で応えてくれた。

 

「ええ、またマネジメントお願いね!」

「こちらこそ面白い冒険をありがとうだメートル! またいつか会おう!」

 

 ―――こうして、初のハロウィン特異点は無事修正されたのだった。

 

 

 



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幕間
第199話 再会と出会い


 カルデア本部では特異点修正における最後の戦いの時だけはサーヴァントたちも管制室に入って観戦、及び光己たちが帰還した時にお出迎えする習慣になっている。しかし今回は通信が妨害されていたので最後の戦いがあったことを把握できず、光己たちが戻った時に管制室にいたのは一部の所員だけだった。

 所員たちは光己の存在証明と彼への魔力供給は何とかできていたが、通信はなかなか開通させられず悪戦苦闘しており、その最中に突然コフィンエリアにサーヴァントが9騎も出現したのでそれはもうびっくりした。

 

「な、もしかして特異点からの逆攻勢!? それとも魔術お……じゃないわね。ジャンヌたちがいるから、修正できて帰ってきたってことかしら」

 

 たまたま管制室に来ていたオルガマリーも仰天して一瞬心臓が凍る心地がしたが、サーヴァントたちの中に見知った者がいたことでほっと気分を緩める。

 何しろ今回の特異点はサーヴァントは入れずマスターだけを入れ、しかも通信を遮断するというまるでカルデアのマスターを抹殺するのが狙いのような所だったので、今までずっと不安だったのだ。

 

「はい、何度か戦闘はありましたが首謀者は退去させて、聖杯も入手してきました。

 こちらの6騎は、現地で会ってカルデアに協力してくれることになった方々です」

「そうですか、3人ともお疲れさまでした。

 ……そちらの皆様、私が人理継続保障機関フィニス・カルデアの所長、オルガマリー・アニムスフィアです。さっそく所員とサーヴァントたちを招集してお互いの自己紹介をしたいと思いますので、少々お待ち下さい。

 シルビア、館内放送お願い。ムニエルは藤宮のコフィンを開けて」

 

 オルガマリーはジャンヌの回答を聞くと、きびきびと所員たちに指示を下していった。

 しかしいくら現地班リーダーが自称大奥王とはいえ、来てくれた6騎中5騎が若い女性とはずいぶん偏った、しかもその内2騎は露出多めの褐色美人というのはどういう事情なのだろうか? 後でしっかり聞いておかねばなるまい。

 ……まあそれはそれとして、今はコフィンから出て来た功労者にねぎらいの言葉をかけておくことにした。

 

「今回もお疲れさま。サーヴァントがはじかれる上に通信まで邪魔されていた危険な場所だったのに、無事に帰ってきてくれてよかった」

 

 任務達成より生還についての言葉の方が長かったことにオルガマリーの心情が現れていた。光己はそれに気づきはしたが人前で口に出すほどヤボではなく、あえて任務についてのことを話した。

 

「はい、どう致しまして。聖杯は手に入れはしたんですがちょっと込み入った事情がありますので、後で説明しがてら渡しますので」

「……? まあ貴方がそう言うなら」

 

 特異点が特殊だっただけに、聖杯にも何か仕込まれていたのだろうか? オルガマリーは小さく首をかしげたが、急ぐ用事というわけではないので、彼の申し出通りにすることにした。

 ところで今回来た6騎の内5騎はカルデアに知人がいる。やがて館内放送を聞いた所員とサーヴァントたちが三々五々集まって来たが、最初に知人と会ったのはその知人がいることを知らなかったシバだった。

 

「アイエエエ!? シバの女王!? シバの女王ナンデ!?」

 

 この悲鳴のような叫びをあげたのはロマニ・アーキマンである。実はこの男、隠してはいるが元はマリスビリーのサーヴァントだった「魔術王ソロモン」が聖杯に願って人間になった存在なのだ。

 生前あるいはサーヴァントだった頃の彼ならこんなヘマはしなかっただろうが、今の彼は神的要素や頭のネジがだいぶ抜けた、善良で責任感はあるものの気弱なゆるふわ青年に過ぎない。W R S(ワイフリアリティショック)を発症して彼女の名前を叫んでしまったとしても無理もないことであろう……。

 

「…………」

 

 シバの方はロマニが自分を見つけるより早く彼の正体に気づいていて、しかも何か深い事情があると見て知らんフリしていたのだが、これには苦笑いを浮かべるしかなかった。オルガマリーもカルデアが誇る近未来観測機に名前を冠されるほどの大物が目の前に現れたことに驚きつつ、とりあえず情けなくも怪しい行動を見せた部下は追及せざるを得ない。

 

「あー、えーと。後で清姫と一緒に事情聴取させてもらうから、心の準備だけしておきなさいね……」

 

 清姫に同席してもらうのは真実を洗いざらい吐かせるという意志表示だが、ロマニにとって悪い話というわけでもない。何故なら本当のことを喋れば、それは無駄に疑われることなく信じてもらえるからだ。

 

「アッハイ……」

 

 なのでロマニに抗弁のすべはなく、首を垂れてうなずくしかない。彼は副所長のエルメロイⅡ世につぐカルデアのNo3なのでいつもはオルガマリーの傍らに陣取るのだが、今回は一般所員エリアの隅っこで肩をすくめていた。

 ―――次に現れたのは芥ヒナコ=虞美人だった。項羽の姿を見た瞬間、思考と足の動きが止まる。

 

「項羽……様……!?」

 

 彼と最後に会ってからもう2200年も経つが、それでも色鮮やかに思い出せる当時の彼と寸分変わりない姿。間違いなく愛する夫だった。

 駆け寄ってその胸に飛び込もうと思ったが、感動が過ぎたせいか足に力が入らない。

 

「ぐっちゃん、もしかして……?」

 

 すると一緒に来ていた友人に訝しまれたので、ヒナコは「ええ」と頷いた。

 

「ちょっとは期待してたけど、まさか本当に連れて来てくれたなんて……嬉しすぎて腰が抜けちゃった」

「そうでちか……それは良かったでチュ。さすがは藤宮様、いえぐっちゃんと項羽様の愛のなせる業でちかね。

 でも今はそこにいた方がいいと思いまチュよ。所員の皆様には独り身の方も多いでちから、熱愛ぶりを見せつけるのは趣味がいいとはいえまちぇん」

「そ、そうね」

 

 言われてみればもっともである。ヒナコ自身の評判はともかく、項羽の印象が悪くなるのは避けたい。

 なのでヒナコが大人しく所員エリアに控えていると、項羽の方も気づいたのか、時々不自然にならない程度に視線を送ってくるではないか。

 

(あわわ、項羽様のこの意味深なまなざし……ヤバい、ホントに腰抜けてへたりこみそう。

 いえ、耐えるのよ私! 項羽様の体面を傷つけるわけには)

「…………」

 

 ヒナコの今まで見せたことがない浮かれっぷりに紅閻魔はかなり面食らったが、長年の想いが報われためでたい時なのでツッコミは入れないことにした。

 ―――そして次に、アルトリアズ5人が揃って現れる。

 

(!?)

 

 カルデアにアルトリアズがいることを聞いていなかったアルトリア・キャスターが「ぶふうぅぅっ!」と思い切り噴き出した。実はこの少女、汎人類史のアーサー王(じぶん)にコンプレックスのような感情を持っているのだ。

 傍らの光己の袖をつかんで、泡喰った顔で訊ねる。

 

「お、王子様!? あれってもしかしてアーサー王なんですか!? 本物のアーサー王!? しかも5人も!?」

「ほえ!?」

 

 光己は光己でいきなり袖をつかんで腕を揺すられて驚いたが、そういえばキャスターは見た目はアルトリアリリィにそっくりだし、生前はモルガンを倒す役どころだった。つまり妖精國(むこう)アーサー王(アルトリア)ということなのだろうか。

 

「うん、そうだけどそういえばまだ言ってなかったな。でも何かまずいことでもあるの?」

「やっぱりそうですか……いえ、まずいというわけではないんですけれど」

 

 キャスターとしてはこちらが一方的に苦手意識というか尊敬というか理解できないというか、ちょっと表現しにくい微妙な感情を抱いているだけで、面識はないどころか、彼女たちはこちらの存在さえ知らないかもしれないのだから。

 しかしあの過酷な上に何も報われない人生をやり切っただけあって面構えが違う。高潔で凛としたアトモスフィアが……と思ったが、いかにも騎士王ぽいのは1人だけで、1人はモルガンみたいにスレちゃってるし、1人は何かすごい純真そうで眩しくて正視できないくらいだし、1人はいろいろ突き抜けちゃって服まで脱げて露出過多だし、ああでもスタイルいいのは羨ましい。

 

(って、何このヒト!?)

 

 そして最後の1人は王様というより貴婦人みたいで、なぜかモルガンより年上な感じでしかも胸がやたら大きかった。異世界とはいえ同一人物のはずなのに、こんな格差が許されていいのか!? 異聞帯差別反対!

 

(……って、そんなわけないか)

 

 汎人類史の中ですでに格差があるのだ。異聞帯だからどうこうという話ではあるまい。

 しかし1人で5種類ものサーヴァントになれるとは、さすが騎士王だけあっていろんな側面を持っている……と言っていいのだろうか。あのアーサー王にも黒い一面があったと知って、ちょっと安心してしまっている自分がいるのだけれど。

 

(まあそれはそれとして……考えてみたら私やアーサー王はしくじってもブリテンが滅びるだけで済むっていうか実際滅びちゃったけど、リツカや王子様は世界全部なんだっけ)

 

 責任の重さを人数で測るなら数十倍どころじゃない。リツカも光己もそちら方面では深刻さを見せなかったが、内心ではどう整理をつけているのだろう。「なんで私がこんなことしなきゃならないのか」とか「私なんかにできるわけない」とか思わないのだろうか。もう少し彼と親しくなったら聞いてみたいと思う。

 ―――キャスターがそんなことを考えている間に、今度はモルガンがやってきた。

 キャスターやバーヴァン・シーとバーゲストはカルデアにモルガンがいることを知っていたのでさほど驚かなかったが、モルガンの方は眼前の光景を信じ切れず3回ほども目をこすって見直してしまったほどだった。

 

「バーヴァン・シー……!? それにバーゲストと予言の子まで……!?

 夢でも幻でもない、本当にあの子が私の所に……!?」

 

 今回の特異点はヒナコの夫に会いたいという強烈な願望のせいで発生したとか言われているが、そのおこぼれにあずかったのであろうか。

 しかしバーヴァン・シーは自分の判断ミスであんな酷い目に遭わせてしまったのに、それでも来てくれたのか。それともメリュジーヌがまだ事情を教えていないのか? だとしたらどう接すればいいものか……。

 ―――モルガンにとってバーヴァン・シーが来たのは本来最高に喜ばしい出来事なのだが、罪悪感も深いため思考がまとまらずにいるようだ。一方バーヴァン・シーは心の準備をする時間があったので、さっそく母の前に出向こうとしたが同僚に手首を掴んで止められてしまった。

 

「メリュジーヌ!? 何で止めるんだよ」

「再会を喜ぶだけなら止めないけど、君は()()()()を詫びるつもりなんだろう? それは人前ではよした方がいいんじゃないかな」

「へ!? ……あ、ああ、そうだな。悪い」

 

 バーヴァン・シーは羅刹のような目でメリュジーヌを睨みつけたが、止めた理由を説明されると納得して謝罪した。

 まあ確かに、自分たちの惨い死にざまを大勢の前で語られてはモルガンもたまったものじゃないだろう。といってそれに触れず普通に挨拶するだけでは何か白々しい気がするし、ここは機会を待つのが得策のようだ。

 ついでにもう1人の同僚の方を見てみると、さすがガチガチの騎士様だけあって直立不動であった。予言の子はモルガンより自分に似た顔の女5人の方が気になっているようで、こちらも動く気配はない。まあどうでもい……いや抜け駆けされなくて良かったというところか。

 ―――その後所員とサーヴァントが全員揃ったところで自己紹介会となったが、キャスターがカルデア(ここ)に来てなお自分は白雪姫だと強弁したので、モルガンとアルトリアズはかなり戸惑うことになったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 自己紹介会の後は、ロマニの事情聴取をしている間に虞美人&項羽とモルガン一党に水入らずの時間を過ごしてもらって、その後で恒例の報告会と構内案内をすることになった。光己が聖晶石を持ってきたのでサーヴァントを新規に1騎召喚できるが、これは誰の所属にするかという問題もあるので明日ということにする。

 

「それにしても本当に項羽王が来て、しかもおこぼれ?でモルガン女王の娘まで来るなんて……ガイアの精霊ってすごいわね」

 

 なおおこぼれはもう1組あるのだが、それが判明するのは今少し先である。オルガマリーは幹部組のエルメロイⅡ世とダ・ヴィンチ、そして嘘発見役の清姫と万が一に備えてヒルドとジャンヌにも来てもらった上で所長室にてロマニ(とシバ)の事情聴取に臨んだ。

 

「さて……貴方には隠しごとしてた前科があるから、今日はきっちり全部しゃべってもらうわよ。隠すのは嘘ついたことにはならないって思ってるかも知れないけど、それは『もう隠してることはないわね?』って聞けば(あば)けるから。

 といっても貴方が人理とカルデアの敵じゃないのなら悪いようにはしないから、そこは安心してもらっていいわ」

 

 オルガマリーはそこまで言うと、チラッと清姫の方に目をやった。最後の台詞が嘘ではないと表明してもらうためだ。

 

「はい、今の所長さんの言葉に嘘はありません」

「アイエエ……」

 

 言い逃れの道を完全に断たれたロマニが哀れっぽい悲鳴を上げる。隣席のシバにアイコンタクトで助けを乞うてみたが、賢明なる知恵の女王にも打つ手はないらしく沈黙していた。

 ゆるふわドクターの明日どころか0.3秒後はどっちだ!?

 

 

 



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第200話 ロマニ・アーキマンの正体

 事ここに至って、ロマニはついに黙秘も詭弁もあきらめて真実を語ることにした。

 

「むう、こうなったら仕方がない。すべてを白状しよう……。

 ―――そう、ボクこそがかの伝説の王! 魔術王ソロモンだったんだよ!」

「な、何ですってーーー!?」

 

 ただどんな意図からか大仰に芝居がかった言い方をしたので、オルガマリーも乗せられたのかものすごく驚いてかん高い声を上げる。

 

「……って、こっちは真剣なんだからふざけないで。ねえ清姫?」

 

 しかしやはり信じられなかったのか清姫に水を向けると、嘘鑑定家は蒼白な顔で小さく震えていた。

 

「いえ……この方おちゃらけた言い方はしましたが、嘘ではないようです」

「……へ? するとマジ? マジでロマニが魔術王なわけ?」

「はい、少なくとも本人はそう思っています……」

「何てこと……」

 

 つまりロマニが誇大妄想狂ででたらめを信じ込んでいるとかでない限り、彼は本当にソロモンなのだ。オルガマリーは驚愕のあまり、10秒あまりも息が止まったほどだった。

 しかし酸欠になりかけた頭を再起動させて考えてみるに、ロマニはサーヴァントでも魔術師でもない一般人のはずである。今こうして間近で観察してみても、魔術の祖とまでいわれる大魔術師の要素はまるで見て取れない。

 とはいえシバの女王の顔を見ただけで素性を言い当てたのだから、生前の彼女を見たことがあるのは確かだ。もしかしてソロモンの生まれ変わりで前世の記憶を持ってるとかそういうのなのだろうか? いや光己が安珍の生まれ変わりなのかどうかは知らないが。

 

「ええっと、シバ女王……?」

 

 そこで今度はシバに発言を求めてみると、女王も困った様子ながらロマニと清姫の言葉を肯定した。

 

「はいぃ~。この方こそ生前の私の夫、ソロモン王様ですぅ~。

 ただ生前とは外見も雰囲気も物腰もまるで違いますが、おそらくは今の状態が本来の王なのだと思いますぅ」

「……!?」

 

 他ならぬシバの女王がこう言う以上、やはりロマニは生まれ変わりとかではなく本物のソロモンのようだ。

 ならば生前とはまるで違うとはいったい!?

 

「ええい、じらしてないでキリキリ話しなさい! こっちはやることいっぱいあって忙しいんだから」

「いや、所長たちがボクの話に割り込ん……待って待って、落ち着いて!」

 

 オルガマリーは堪忍袋が温まってきたのか声が荒くなってきたので、ロマニは慌てて顔の前で両手を振って自制を求めた。

 これは彼女の言う通り急ぎで話さないと比喩じゃない本物の雷が降ってきそうだ。

 

「ええとですね。ボクはもともとマリスビリー前所長……つまり所長の父君が聖杯戦争に参加した時に召喚されたサーヴァントだったんですが、勝利して入手した聖杯に『人間になりたい』と願ったんですよ」

「受肉したい、じゃなくて?」

 

 オルガマリーとしては父が聖杯戦争に参加していたとかそれに勝利していたとかいう話も重大だが、今はそれよりロマニが口にしたその微妙な言葉の方がもっと肝心である。すぐさま確認すると、ロマニもここは重要な所なのか表情と声色を改めた。

 

「はい、『人間になる』です。

 いえ生前も生物学的には混じりけなしの人間でしたが、英霊としての力をすべて放棄したんですよ。だからサーヴァントでも魔術師でもないわけです」

 

 ロマニは放棄した理由までは語らなかったが、オルガマリーとしてはそこはある程度推測できるし、さすがに偉大な魔術師の内面の問題を必要以上にほじくり返す気はない。なのでそこには触れず、彼がソロモンであり、かつ(人間になることを望んだくらいだから)人類の敵ではないことはもう既定のこととして―――ただし英霊であることを放棄したと言ったのだから、ソロモン王に対する態度ではなくロマニ・アーキマンへの態度で話を続けた。

 

「なるほどね……。

 それで、私たちの敵の方の『魔術王』についてはどう思う?」

 

 ロマニとしてもオルガマリーのそのスタンスは望ましいもので、こちらも今まで通りのスタンスで答えることにした。

 

「生前のボク、あるいはサーヴァントだった頃のボクであれば、人理焼却なんて考えもしないと思います。

 ただアーサー王にもオルタがいたり、ジル・ド・レェがジャンヌオルタを創った例もあります。あるいは無関係の誰かがソロモンを騙っているという可能性もありますので、そちらの『魔術王』の正体や動機については何とも」

「うーん、確かに本人はまだ出てきてないものねえ」

 

 どうやら敵の正体を特定することはまだできないようだ。しかしそれでも、聞いておきたいことはある。

 

「じゃあ仮に魔術王がソロモンオルタだったとしたら、今までに見せたもの以外にどんな能力があるのかしら?」

「うーん。実はボク生前に奇跡を成したのは1度きりですし、英霊であることを放棄した時点で『ソロモンの魔術』については()()()()忘れちゃいましたので、ソロモンオルタに何ができるのかは分からないんですよね……。

 ただ彼の権能的なものだけなら推測できます」

「え、ホントに!?」

 

 それだけでも十分有用な情報だ。よくも今まで黙ってたなこの優男!なんてことを思いつつも、オルガマリーは顔には出さずに普通に訊ねた。

 

「はい。まず召喚術の元祖的存在として―――『召喚された者』からの攻撃を否定・破却できると思います。ネガ・サモンとでもつけましょうか。

 あとは『ソロモンの指輪』ですね。もし10個すべて揃っていたなら、人間が行う魔術はすべて無効化、あるいは配下にしてしまえるでしょう」

「ふえ!?」

 

 久しぶりに半泣き顔を披露しつつ、ヘタレっぽい悲鳴を上げるオルガマリー。だって今の話が本当なら、ソロモンオルタにはサーヴァントや魔術師からの攻撃は効かないということになるのだから。

 

「そ、そんな奴どうやって倒せばいいの!?」

「落ち着いて下さい。決して無敵ってわけじゃないんですから。

 早い話が、召喚された者でも人間でもない者……つまりミズ芥や藤宮君の攻撃なら通るんです。

 ただサーヴァントの持ち物を使うのはNGかも知れません。マシュの盾とか、藤宮君がギルガメッシュから巻き上げた武器とか」

「そ、そう。よかった、抜け道はあるのね」

 

 確かにガイアの精霊やアルビオンであれば、権能面でも力量面でもネガ・サモンを突破できる。2人とも人理を修復せねばならぬ理由があるから、やってくれないということはないだろう。

 

「でも誰が頼むわけ? サーヴァント抜きでたった2人で魔術王と殴り合えだなんて」

「それはまあ……トップである所長ご自身しかいないかと」

「何言ってるのよ。貴方のオルタがやらかしたことなんだから、少しは泥をかぶるべきじゃないかしら?」

「いやいや、ボクごときただの医療スタッフが、偉大なる精霊様や竜種の冠位様にそのような無理難題を頼めるわけが。

 それにほら、まだ魔術王がボクオルタと決まったわけじゃありませんし」

 

 とはいえやってくれるだろうということと、それを実際に頼むということは別である。オルガマリーとロマニは互いにその嫌な役を相手に押しつけようと舌戦を繰り広げた。

 さすがに見かねたエルメロイⅡ世が、いかにも仕方なさそうな顔で仲裁に入る。

 

「2人とも落ち着け……。

 確かに人理修復を頼んだ時よりさらに言いづらいことだろうが、実際にやる方よりはずっとマシだろう。2人で一緒に、せーので言えばいいのではないか?

 いやまあ、マスターはともかくレディ芥に今日言うのはよろしくないと思うが」

「……そ、そうね。久しぶりに動転しちゃったけど、反省するわ」

「うん、確かに副所長の言う通りだ。そうしましょう」

 

 すると2人ともⅡ世が危惧したよりは物分かりが良かったので、やれやれと肩の力を少しだけ抜きつつちょっと気になったことを訊ねた。

 

「ところでドクター。サーヴァントの持ち物を使うのはNGかも知れないという話だが、サーヴァントがカルデアの資材でつくった武器ならどうだ?」

「ああ、それなら大丈夫だと思いますよ。サーヴァントが使ったら効かないと思いますが」

「ふむ、やはり普通の魔術障壁ではなく概念的な防御というわけか……」

 

 さすがは魔術の祖というところだが、カルデアの技術力とモルガンの魔術とワルキューレのルーンが合わされば対抗できなくはないだろう。少なくとも素手で戦わせるよりはずっといいはずである。

 

「個人的にはこれを機にレディ・モルガンに魔術を教わりたいところなのだが、そんな暇はなさそうなのが残念だな」

「そうね。私もそれ考えたことあるけど、仮に教えてくれるとしたら藤宮にだけでしょうね」

 

 魔術は大勢に知れ渡ると効力が減ってしまうので、広めようとする者はあまりいないのだ。秘匿されている理由の1つである。

 

「それはそうと、普通に戦って倒す以外の方法はないのかしら? 何かこう、弱点を突くとか概念バトルでひっくり返すとかそういうの」

 

 オルガマリーのその問いかけは、本人は意識していないことながらまさにロマニの急所を突くものであった。ロマニは「あるには……あります」と答えはしたものの、さすがに顔色が悪くなり、言い淀んで押し黙る。

 

「どうしたの? そりゃまあ自分の効果的な倒し方を教えるなんて嫌でしょうけど、別に貴方を倒すわけじゃないんだから、そこまで深刻にならなくていいと思うんだけど」

 

 この発言もまたロマニ視点では無神経なものといえたが、知らないものは仕方なかった。ロマニも不快感は抱かず、改めて秘密を明かす決意をする。

 

「…………いえ。いってみればボク自身の肉を切らせてボクオルタの骨を……いやそこまではいかないかな。骨を断たせて肉を切るとか、そんな感じですね」

「!? どういうことなの!?」

 

 オルガマリーはちょっとだけ先ほどの発言を後悔しつつ、しかし聞く必要があるのも事実なのであえて続きを促した。するとロマニはまず左手の中指にはめた指輪をかざして見せてから、ゆっくりと語り始める。

 

「……これはソロモンの10個の指輪の内、ボクに残されたただ1個の指輪です。

 これを使うと、ソロモンの宝具『訣別の時きたれり、其は世界を手放すもの(アルス・ノヴァ)』を開帳できるようになるんです」

「……どういう効果なの?」

「これを発動した時にボクは死亡し、生前のボクが成したことの痕跡もすべて消滅します。英霊の座からも。

 つまり2度とソロモンは召喚されなくなりますが、今現に存在して指輪を10個とも所持している者にどこまで打撃を与えられるかは、ボク自身にも分かりません」

「!?」

 

 オルガマリーはまた驚愕で息が止まってしまったが、いつまでも(ほう)けてはいられない。肺から絞り出すようにして言葉を紡いだ。

 

「……なるほど、それで骨を断たせて肉を切るなわけね。

 しかも死ぬんじゃなくて消滅って……重いわね」

「ええ……ですがもし、それ以外にボクオルタを倒す方法がないのなら。

 ボクは命令される前に、ボク自身の意志でこの宝具を使いたいと思います」

 

 それは「人として」人類が滅ぼされるのを見過ごすことはできないという純粋な気持ちの発露でもあり、光己とヒナコに対する礼儀でもあった。何しろ片や拉致されて来た未成年の一般人にすでに人であることを捨てさせてしまっており、片や初めから人間ではない。そんな2人に「人類のために」魔術王と殴り合ってもらうのだから、いみじくもオルガマリーが言ったように「少しは泥をかぶるべき」だと思ったのだ。

 

「………………………………」

 

 オルガマリーはさすがにすぐには答えられなかったが、自分の使命の重大さは分かっている。言うべきことは1つしかなかった。

 

「分かりました。カルデアのトップ、いえ1人の人間として、貴方の献身に感謝します」

 

 それはまだ年若く経験も少ない彼女にとって苦渋の決断ではあったのだが、それを聞くとロマニはなぜか不意に表情を崩していつも通りのゆるふわな顔と雰囲気になった。

 

「あ、でも所長。これが効くのはさっき話したアーサー王型のボクオルタに対してだけで、ジル型オルタや騙りに対してはまったく無意味ですので、それは覚えておいて下さいね!

 ボクも消えたいわけじゃありませんし!」

「……そうね。じゃあヒルド、ちょっとこのおバカを吊るしておいてくれるかしら」

「はーい!」

「え、あ、ちょ!? 事前に注意点を説明しただけなのに何で!?」

「お黙りなさい。あと事情が事情とはいえ、今まで黙ってた罪も軽くはないわ」

「アイエエ……」

 

 ロマニは本当に命大事なだけだったのか、それとも雰囲気を和らげようとあえて軽薄に振る舞ったのかは不明だったが、どうやらハズしてしまったようで蓑虫めいて吊るされるハメになったのだった。

 

 

 

 

 

 

「……えーと。それでロマニ、人理やカルデアに関わる隠し事はもうないわね?」

 

 オルガマリーがあらかじめ予告しておいた通りの質問をすると、ロマニは蓑の中でこくこく頷いた。

 念のため清姫に確認を求めると、嘘センサー娘も首を縦に振って問題ない旨を答える。

 

「はい、これは嘘ではないと思います」

「ありがとう。それじゃとりあえず、今回はこの辺にしておこうかしら。

 でもこの件、所員たちにはどう説明すればいいかしら? 頬かむりで済ませるわけにはいかないし」

 

 写真がなかった頃の者の顔を知っていたからには、何か普通でない背景があるのだ。それを皆の前で言ってしまった以上、説明なしでは済まされないだろう。

 かといって今聞いた話をそのまま公表したら所員たちが動揺するのは避けられないが、いかがしたものだろうか。オルガマリーがそう言って軍師に意見を求めると、エルメロイⅡ世は胃が痛そうな顔をしながらも彼女の求めに応じて案を出してくれた。

 

「……そうだな。先のことはともかく、今の段階では『シバの女王の縁者の生まれ変わり』ということでいいのではないか? 具体的にどんな縁があったのかは、デリケートな問題だから今は公表できないということで。

 とはいえマスターとレディ芥には近い内に教えるべきだろうな。

 ……清姫、強弁ではあるが嘘ではないはずだがこんなところでどうだろう」

 

 魔術王がジル型か騙りだった場合はロマニが指輪を使うことにならない、つまり正体を明かす必要がないので、今は隠しておこうという趣旨である。

 ただこの席には嘘に厳しい人物がいるので了承を求めたのだが、清姫もこのたびは事態の重大さに鑑みて普段より心が広かった。

 

「そうですわね。確かに強弁ですが、事実といえないこともありません。

 今回はそれで納得いたしましょう」

「ありがとう。所長も皆も、これでいいだろうか?

 ただこの場合、ドクターはソロモン王とはいえないわけだから、シバの女王と人前で過度に親しくされては困るが」

「そうね、いいんじゃないかしら」

「そうだね、皆に正体バラすよりはマシか」

「そうですねぇ~、いいのではないでしょうか」

 

 そして他の出席者にも異存はなかったので、とりあえずマスター2人以外にはロマニの正体は隠しておくということになったのだった。

 

 

 




 現時点では敵の魔術王がゲーティアだと判明してませんので、こういう展開になったわけです。
 しかし原作ではなぜ対ゲーティア特攻武器を作ろうという話が出なかったんでしょうねぇ。2部ではブラックバレルとか作ってるのに。




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第201話 残酷な真実

 その頃ヒナコと項羽、そしてモルガンとバーヴァン・シーはそれぞれの個室に移動していた。メリュジーヌとバーゲストは空気を読んで主君親子に同行せず、光己たちと一緒に……今は何もすることがないと思われたが、アルトリア・キャスターがふと思い出したことを光己に訊ねる。

 

「あ、そういえば王子様。異邦の旅人(リツカ)ってカルデア(ここ)にいるんですか?」

「ん? ああ、そうだな、確かめておこうか。誰か所員の人……いやコフィンにはネームプレートが貼ってあるから、人に聞く前に直接見て回っとくか」

 

 光己は中(意味浅)に立香がいるので彼女がカルデアにいることを知ってはいるが、一応コフィンを見ておくことには意味がある。キャスターと一緒にコフィンエリアを見に行くことにすると、メリュジーヌとバーゲストも興味を持ったのかついてきた。

 さらに暇だからか、他のサーヴァントたちもぞろぞろついてくる。

 

「旦那さま、コフィンに何か御用でもおありなのですか?」

 

 清姫はストーキングスキルを持っているだけあって、光己が普段コフィンエリアをあまりうろつかないことを知っている。今日に限って何故と訝しんで声をかけると、何か予想もしなかった答えが返ってきた。

 

「ああ、実はね。妖精國……姫やモルガンたちの異聞帯に行ったマスターは俺じゃなかったそうなんだけど、そのマスターはどうやら俺の知り合いらしいから確認しようと思ってさ」

「え」

 

 それは容易ならぬ話だ。この自称白雪姫(真実ではないが嘘でもない)やモルガンたちが並行世界ではなくこの世界の未来から来たのであれば、光己は(2度目の)人理修復が終わる前にカルデアから去った、もしくは死亡してしまったことになるからだ。

 いや1度目の人理修復ができたら凍結してあるマスターたちを解凍するのだろうから、光己だけ働かせるのではなくその解凍したマスターを派遣したという可能性もある。それなら光己が去ったり死んだりはしていないと判断することもできるが……。

 

「まあ、そんな先のことを考えても仕方ありませんわね。

 そういうことでしたら、わたくしもお手伝い致します」

「うん、ありがと」

 

 コフィンは光己の分を含めても48基しかないから、手分けして探せばすぐだ。やがて「藤丸立香 Ritsuka Fujimaru」と書かれたネームプレートが貼られたコフィンが光己のものの隣にあるのを発見した。

 

「うーむ、まさか俺の隣だったとは。まあ立香も素人だろうから当然か」

「やっぱりいたんですね。でも自己紹介会の時にいなかったってことは、今はこの中で凍結されてるってことですか?」

「うん、魔術王を倒せば解凍できる技師を呼べるらしいんだけどね。

 それじゃさらに念を入れて、写真も見せてもらっておこうか。世の中には同姓同名の人もいるから、姫はその方が安心できるだろ」

「そうですね、ありがとうございます」

 

 光己には必要のないことだが、キャスターにとっては確かにその通りである。好意に甘えることにして、彼と一緒に担当らしい男性所員のところに行って事情を説明した。

 

「マジか。そういうことなら芥かアインツベルンが行くんじゃないかと思うが……それって何か怖いことになってないか!?」

 

 その所員、ムニエルは話を聞くとちょっと顔を青くした。

 端末で名簿を調べてみたところ立香は適応番号47、これは光己と同じ一般枠である。BチームからDチームまでの面々どころかガイアの精霊やアインツベルンの最優マスターを差し置いて派遣されるとは考えにくく、なのに立香が妖精國に行ったというのは、光己やヒナコやアイリスフィールを含む他のマスター全員が死亡したからではないかと思ったのだ。

 

「しかし妖精國に要員を派遣して支援もできたからには、カルデア本部は無事なんだよな。その状況で、不死身のはずの芥が死ぬとか……うーん、分からん!」

 

 なのでムニエルはこの場で結論を出すことをあきらめ、光己たちの要望に対応することにした。

 

「カルデアにも個人情報保護に関する内規はあるんだが、同僚の名前と写真だけなら決裁取るまでもないな。今画面に出す」

 

 ムニエルはそう言うと端末を操作して、立香のバストアップの写真を画面()()に表示させた。光己とキャスター、そしてその後ろからメリュジーヌとバーゲストがその画面を覗き込む。

 

「うーん、これは間違いなく立香……やっぱり来てたのか」

「はい、私が知ってるリツカでもあります。3歳か4歳くらい若く見えますが」

「……へ!? うーん、すると妖精國行くのは3、4年くらい後ってことになるのか。ずいぶん先だな」

 

 異星の神が来る時期によっては、立香が妖精國に行ったのが(現時点から見て)3年後だろうと4年後だろうとおかしくはない。しかしその間はずっとカルデアに居なければならないわけで、人理修復を担うマスターとは何とも窮屈なものだった。

 

「王子様もリツカも大変ですね……」

 

 キャスターは2人の境遇に本当に畏敬と同情の念を禁じ得なかった。

 人理修復の旅は質的にはキャスター自身がやった予言の旅とそんなに変わらないだろう。それを妖精ならぬ人間の身で3年とか4年とかどれだけー、とか思ってしまう。

 

「まあ仕方ないか。それじゃいつまでも居座ってると迷惑になるし、そろそろお暇しよう。

 それじゃムニエルさん、失礼します」

「あー、えーと。失礼します」

 

 まあそれはそれとして、光己たちは管制室から出るようなので、キャスターもついて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 光己たちは談話室とやらに向かうようだが、キャスターはちゃっかり彼の隣のポジションをキープしていた。カルデアに来られたのはいいが所属しているサーヴァントは美女美少女ばかりで、しかも光己に好意を持っている人が多いようだから、玉の輿に乗るためにはこのような細かい努力も欠かせないのだ。

 

「それにしてもカルデアって、何ていうか……ハイテクって感じがしますね」

 

 逆に妖精國の文明レベルは、もらった知識によると汎人類史(ここ)でいう中世くらいでしかない。良い悪いや正しい間違ってるの問題は抜きにしても、本当に遠い世界なんだなぁと思う。

 

「そうだなぁ。俺から見ても未来的でSFチックだけど、その分無機質で色が無くて温かみがない感じもするな。しかも外は吹雪しか見えないし。

 代わりに個室に観葉植物が置いてあるし、屋内型の農園まであるけど」

「へえー」

 

 そんな雑談をしつつ歩いている途中、光己がふと何かを思い出したような顔をした。

 

「ところで姫は玉の輿志望なんだよな。具体的にはどんな贅沢したいの?」

「へ? あ、うーん、そうですねえ」

 

 突然話を変えられてキャスターはちょっと戸惑った。

 キャスターはただの村娘だったので、たとえば女王や領主が実際にどのような贅沢をしていたかは知らない。美味しいものを食べたりいい服を着たりはデフォとして、住居が広いから使用人の類はいたと思うが、女王や領主がプライベートタイムにどんな暮らしをしていたかは知るよしもないのだ。

 まあ使用人なんて欲しくもないし、そうなると大きすぎる家は負担になるからそこそこのサイズで、その分衣と食……いや衣服や装飾品や金銀財宝にはそんなにこだわりはないから、やはり食に全ツッパになるだろうか。

 

「……食事ですね! 美味しいもの心ゆくまで食べたいです!」

 

 まさにアルトリアの系譜な答えであったが、それを聞くと光己はニヤソと薄く笑った。

 

「ほむ、メシか……今は紅閻魔さんがいるからいいけど、あの人は1年限りって話だからその後が問題なんだよな。いや清姫と玉藻の前とキャットも上手だけど、さすがにプロにはかなわんし。

 ―――だが安心するがいい。俺は今回の仕事と立香と聖杯のおかげでまたちょっとレベルアップして、ついに我が竜種の最上の財を出せるようになったのだから!」

「最上の財!?」

 

 光己が時々見せるこの芝居がかかった仰々しい言動は、これももらった知識によると中二病というらしい。キャスターが点稼ぎのためにツッコミは入れずあえて驚いた顔を見せると、王子様は得々とした様子で説明してくれた。

 

「フッフフ……そう、その名も如意宝珠! 詳しくは報告会の時に改めて語るが、要はあらゆる願いをかなえてくれる、小型の聖杯のようなものなのだ!」

「えええっ、本当なんですか!?」

 

 キャスターが今度こそ本気で驚くと、光己は逆にちょっとバツ悪げに中二オーラを引っ込めた。

 

「いや、()()()()()()はランクが低くてあらゆる願いとまではいかないんだけどね……。

 それでも飲食物や衣服を出したり、病気を治したり()()()()()()()()()できるから、姫の希望はかなえられるよ。他の特異点で聖杯メシ出してたこともあるし」

「聖杯メシ……?」

 

 謎のパワーワードにキャスターが目をぱちくりさせる。その隙に、後ろから何人かの食事にこだわりがあるサーヴァントたちがずざざっと2人の前に躍り出てきた。

 

「素晴らしいですね! 紅閻魔たちは確かに優れた料理人ですが、惜しむらくは和食に偏っているきらいがあります。なので洋食や中華も食べたいと思っていたところなのですよマスター!」

「うむ、それでこそ私のマスターだ。ノーマルが言う通りここのコックは腕はいいのだが、やはり私はジャンクが好みだ。スパムだ、スパムをよこせ!」

「そこまで贅沢は言いませんけど、マスターがごちそうしてくれるご飯と思うと美味しいですから!」

「久しぶりにユニヴァースなご飯食べたいんですけど、出せますかねえ?」

「私はベガス風がいいですね」

 

「…………あー」

 

 そういえばアルトリアズは食事に大変執着があるのだった。それを思い出した光己がちょっとげんなりした顔で頷く。

 光己としては、キャスターは汎人類史を助ける理由が玉の輿の件と立香との友誼しかないので少しでも対価を払おうという意図だったのだが、どうやらそれだけでは済まないようだった。

 まあ減るものではないからいいのだけれど……。

 

「あ、でも如意宝珠というのは聖杯と違ってマスターの私物ですから、それで食事を出してもらうのはマスターに個人的に奢ってもらうってことになりますよね。マスター所属のサーヴァントである私たちはいいですが、人間の所員さんたちは頼みづらそうですね」

「そうですねえ。ま、私は婚約者(フィアンセ)でもありますから何の問題もありませんが!」

 

 リリィの発言にヒロインXXはフンスと胸を張りながらそう答えたが、その中にキャスターにとって看過できない単語があった。

 

「え、あ、ちょ!? ちょっと待って下さい。婚約者って何なんですか!?」

「文字通りですよ。私とマスターくんは深い絆で結ばれていて、人理修復っていうか魔術王を倒したらマスターくんは正式に大奥王に即位して、私はその王妃様になるのです! いえまあ、名前だけで領土も領民もゼロなんですけどね。

 でも今さら国とか会社つくって運営するなんてメンドくさいだけでいいこと何にもなさそうですし、ご飯を生み出す珠(にょいほうじゅ)黄金を生み出す指輪(アンドヴァラナウト)でスローライフする方がいいですよね」

「えええっ!?」

 

 モルガンがこの場にいたらXXの台詞の最後の一行が刺さったわけだがそれはともかく。キャスターはXXがまた誇らしそうに胸をそらせた拍子に無駄に立派なおっぱいがぷるんと揺れたのがちょっとムカつき、でもなく光己の中二病も置いておいて。どうやらXXは本当に光己とくっついているらしいことにびっくりした。

 

「そ、それじゃ王子様って姉妹丼してるってことなんですか!?」

「……どこでそんな言葉覚えたんです?

 まあそれはともかく、姉上のは政略結婚っていうか、王様気質抜けてませんからサーヴァント(めしつかい)扱いされたくないっていうことみたいですよ。いえ仲は悪くありませんけど」

「あー、なるほど」

 

 確かにあの陰険サボリ魔はプライド高そうだったし、光己個人に恨みはなくてもカルデア自体は敵だったから、下風に立つのは嫌なのだろう。嫌みったらしく仮面夫婦めいたムーブをしているのに違いない。

 ならば愛はなさそうだから寝取るのは容易……いやXXの方は愛があるみたいだからこちらの方が強敵か?

 

「でも姉妹丼なのは事実ですよね?」

「それはまあ、大奥王ですからねえ。以前から一夫多妻ですし」

 

 大奥≒ハーレムと王様という男のロマンをくっつけたような称号だが、自分も王を名乗ることで王様系サーヴァントに位負けしないようにするためという実は結構切実な理由もあるので、この名乗りを本気で止めようとする者はいない。

 

「へ!?」

 

 光己が一夫多妻主義者でそれを実際にやっているというのはカルデア内では周知のことだが、キャスターには初耳である。王子様はちょっと女の子好きで、悪い女王(モルガン)にも騙されているかも知れないが、本当はお伽噺(メルヘン)のお姫様の相方らしく真摯で一途な人だと思っていたのに!

 

「お、王子様のえっち学派ーーーー!!」

 

 そしていつぞやのなすびサーヴァントよろしく、光己を突き飛ばして逃げて行ったのだった。

 

 

 




 長いこと引っ張っていた如意宝珠がようやく実装になりましたが、まずは低ランクからになります。「災いを防ぐ」とか「宝物を出す」とかはいきなり出すには強すぎですし(^^;




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第202話 母の想い、娘の想い

 アルトリア・キャスターはお伽噺(メルヘン)の王子様が本物のハーレム野郎だったことにいたく衝撃を受けていたが、考えてみれば道を誤ったヒーローがヒロインの愛で正道に立ち戻るというのもまた物語(フェアリーテイル)の王道である。この程度で落ち込んではいられない。

 ただキャスターは今のところ光己に対してlikeはあってもloveはないのだが、それはこの際遠くの棚に上げておくことにした。

 しかし王子様を突き飛ばしてしまったから、自分から戻るのは少々気まずい。善後策を考えていると空気を読んだのかバーゲストが迎えに来てくれたので、素直に善意に甘えてついていくことにする。

 すると光己は鷹揚に許してくれたので、これ幸いとキャスターはこの件はまるごと水に流して話を元に戻した。

 

「それで、これからどうするんですか?」

「うん、さっきまでのお話通り所長たちが来るまで談話室で休憩とおやつだよ」

 

 というわけで一同談話室に到着したら、いよいよ如意宝珠とやらのお目見えとなる。光己がいつもの黒い波紋を出し、そこから直径1メートルほどもある赤い珠を取り出した。

 

「大きいですねえ!?」

 

 仏教の知識があって多少の先入観を持っていた玉藻の前や景虎がびっくりして目をぱちくりさせる。確か片手で持てるサイズだと思っていたが……?

 

「そりゃまあ、龍規格だからね」

「なるほど、言われてみれば」

 

 そういえば竜種というのはたいてい人間より体がケタ違いに大きいのだった。それなら「手のひらサイズ」も大きくなるのは当然である。

 

「それで、どうやって食べ物を出すんですか?」

「そうだね、トレーを持って1人ずつ注文してくれればいいかな」

「分かりました」

 

 というわけでサーヴァントたちが光己の前に並んで1人ずつ食べたいものを注文すると、その手に持ったトレーの上に魔法か手品のごとく望んだ料理が出現するのだった。しかもユニヴァース料理も妖精國料理もOKという都合の良さで。

 

「うーん、思考を感知して、それを魔力で物質化しているのでしょうか? しかしご飯という繊細で多様なものをこんなに簡単に作れるなんてすごいですね」

「むむ、汎人類史もなかなかやるようだな……」

 

 キャスターは素直に感心していたが、バーゲストはちょっぴり対抗心を抱いたようだった……。

 それはともかく無事全員に配膳したところで光己がいったん珠を「蔵」にしまおうとすると、また脳内に声が響いた。

 

(あれ、光己は食べないの?)

 

 立香である。どうやら特異点から帰っても光己のニューロンに居座るつもりのようだ。

 いや自分の意志で自分の体と行き来できるのかどうかはまだ聞いていなかったが。

 

(うん、今は食欲ないから)

 

 光己がそう答えると、なぜか立香は食べることを執拗に勧めてきた。

 

(光己が食べないとみんな食べづらいんじゃないかな? だからこの前光己がもらった5つ星のメニュー見てスイーツ食べまくるべきだと思うよ)

(……?)

 

 彼女の台詞の前半は妥当だが、後半は意味が分からなかった。なぜわざわざ「スイーツ」と指定するのか?

 

(それはもちろん、こうしてお話できるようになった、つまり回路がつながったおかげで、光己が食べたものはこの部屋で再現できるようになったからだよ。

 さあ光己、メニューの最初から最後までじっくりたっぷり、詳細に味わいながら食べまくるんだ! さもなくばリヨグダコ神の怒りと呪いが降り注ぐであろう!)

(おのれ邪悪存在め!)

 

 友人の強欲ぶりに光己は憤然と抗議したが、言われてみればサーヴァントたちにご馳走しておいて立香には何もなしというのは確かに不公平だ。メニューの最初から最後までというのは多すぎだとしても、いくつか提供するくらいは正当な報酬として認めるべきか。

 

(でもそれなら俺にも何か欲しいものだけど……)

(大奥の人たちに言えばくれると思うけど、あえて私に言うからには私から欲しいってことかな?

 まあ光己も命がけでがんばって結果も出してるのは事実だし……そうだねえ。光己今回のお仕事でえっちな服持ってきたでしょ。あれ着てあーんしてでおやつ食べさせてあげようか)

(おお、マジか)

 

 さすが幼馴染ヒロインだけあって男心が分かっている。光己は大変感動したが、それが魔術王を倒して立香がコフィンから出してもらった後というのは遅すぎるのではあるまいか?

 光己がそう言うと、意外な答えが返ってきた。

 

(そうでもないよ。今言ったけど回路がつながったから、光己がその気になれば夢の中で会えると思う)

(マジか。分かった、それじゃ商談成立ということで)

 

 これは良い取引をした、と光己はほくほく顔になったが、そこでふと気になったことを訊ねてみることにした。

 

(それはそうと、君も知っての通り俺はアルビオンっていうドラゴンになっちゃったわけだけどさ。化け物だとか怖いだとか思ってたりしない?)

 

 それに対する答えはすぐさま返って来た。

 

(まさか。分かってて聞いてるんだろうけど、そんなこと思ってたら夢で会えるなんて言わないよ。

 そりゃ頭の中身が変わってたら別だけど、あなたは何も……いや変わってるかな。前より強気というか一回り大きくなったっていうか)

 

 立香が思うに、鍛えて強くなっただけでなく、何度も修羅場を乗り越えたり歴史上の英傑たちを相手にリーダーとして振る舞ったりしていれば、人間的に成長するのはむしろ当然である。ただ負荷が重すぎると成長する前に折れてしまったりもするが、今回は光己の思春期脳と中二病、そして何より彼に好意を寄せてくれるサーヴァントたちのおかげでその兆候はないのは嬉しかった。

 

(さすがにホントのハーレムつくっちゃうとは思ってなかったけどね)

(そりゃまあ、こんなすごい美女美少女たちを前にして1人に絞る方が失礼に当たるだろ)

(ものは言いようだねー。

 それじゃそろそろ引っ込むよ。また後でね)

(うん)

 

 というわけで、光己は立香のサービス、もとい彼女へのお礼のためにスイーツをほおばるのだった。

 

 

 

 

 

 

 その頃モルガンとバーヴァン・シーはモルガンの個室で2人きりで向かい合っていた。

 

「お母様……私、私……!」

 

 バーヴァン・シーはモルガンと会った時に何をしゃべるかはあらかじめ考えてあったが、いざ当人を前にすると口がうまく動かなかった。それでも必死に、ちょっとどもりながらも思いの丈をぶつける。

 

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……私、全部見てたのに、目の前でお母様が酷い目に遭ってるの見えてたのに、なのに何もできなかった、見てるだけだった……!

 私がベリルに騙されてなかったらあんなことにならなかったのに……それなのにお母様は何も怒ってなかったってメリュジーヌに言われて……!

 だ、だからその……合わせる顔ないと思ってたけど、やっぱりちゃんと謝らなきゃって思って……!! あの、本当にごめんなさい……!!!」

 

 バーヴァン・シーはここまでは一気に話したが、途中で涙があふれてきた上に、気持ちが乱れて頭の中も考えがまとまらず言葉が思いつかなくなってしまった。心の準備はしてあったはずなのに、と内心で自分を叱咤していると、モルガンがついっと1歩前に出て肩を抱いてくれた。

 

「そんなに自分を責めるな、バーヴァン・シー……。

 事情は聞いているようだが、それなら分かっているだろう。私があの男に自由行動を許さず牢に入れておくか、せめておまえと接触するのを禁じていれば良かったのだ。

 おまえだけが悪いわけじゃない」

「お母様……」

 

 メリュジーヌが言った通り、モルガンは怒っていなかった。バーヴァン・シーが顔を上げ、潤んだ瞳で母の顔を見やる。

 

「それより事情を聞いてなお、おまえがまた私の所に来てくれたのが嬉しい。おまえが私を母と呼んでくれるのが、私はとても嬉しいのだ」

「お母様……」

 

 モルガンのあまりにも優しい、しかも自分が来たのを喜んでくれている言葉に、バーヴァン・シーは感激のあまり頭が真っ白になって何も言えなくなってしまった。大して役に立ったわけでもない、それどころか足手まといになってしまった自分をここまで愛してくれているなんて。

 ただじっと見上げながら口をぱくぱくさせていると、モルガンは髪と背中を撫でながら言葉を継いでくれた。

 

「ところで今おまえは『ちゃんと謝らなきゃって思って』と言ったが、それで用は済んだからさようならじゃないだろうな。当然これからも私のそばにいてくれるものだと思っているが」

「へ!? あ、う、うん! お母様がそう言ってくれるならいつまででも!」

 

 バーヴァン・シーは涙で顔をくしゃくしゃにしながら、モルガンに思い切り抱き着いた。

 

 

 

 2人はそのまましばらく抱き合っていたが、やがて落ち着いたところでバーヴァン・シーは確認しておくべきいくつかの疑問について訊ねることにした。

 

「それでお母様。メリュジーヌの奴が、お母様は汎人類史で人理修復を手伝って報酬としてブリテンの女王になるつもりだって言ってたけど本当なの?」

「ん? ああ、本当だ。メリュジーヌにも言ったが、私たちはもう異聞帯のブリテンには入れないからな」

「そうなんだ……」

 

 まあそうでもなければモルガンが汎人類史の存続に手を貸す理由はない、いや異星の神が来る前にカルデアが負けたらベリルも死んで妖精國が汎人類史に来られなくなるからというのもアリかも知れないが、そういえばベリルはまだ生きているのだろうか?

 いやそれより先に言いたいことは。

 

「でもお母様。私が言うのも何だけど、王様なんて大変な割にたいして感謝もされないどころかいつ裏切られるか分からない罰ゲームなんだから、もうやめてどこか田舎でのんびり暮らそうとか思ったりしない?」

「☆※△▼#*◇<>!?」

 

 バーヴァン・シーの台詞は自分で「私が言うのも何だけど」と言ったようにとても控えめな口調だったが、それでもモルガンには巡礼の鐘を6(こう)ほどサラウンドで鳴らされたような衝撃だった。

 ブリテンの王であることが存在意義であるモルガンは考えたこともなかったが、そうではないバーヴァン・シーならむしろ自然な発想である。王とその娘でなければ、皆に裏切られて親子一緒に惨殺されることはなかったのだから。

 モルガンは元々「バーヴァン・シーが幸福である生き方ができるのなら、そのために自分の(ブリテン)を捧げても良い」というくらいにバーヴァン・シーのことを愛している。今その愛娘に逆に自分の幸せを願われて、モルガンはついふらふら~っと首を縦に振りそうになったが、それはさすがに母としても王としてもチョロすぎると思い直した。

 

「…………そ、そうか。うむ、確かにおまえの言うことも一理あるな。妖精國は私が王でなければ保たない國だったが、汎人類史(こちら)のイギリスはそうではないわけだし。

 しかし私はブリテン島から王になるために招かれたのかも知れないとも思っているのだ」

「え、そうなの?」

 

 そこで光己がアルビオンになった時に思ったことを話してみると、さすがにすぐ理解はできないらしくきょとんとした顔をされた。まあ当然のことで、さらに説明を重ねる。

 

「うむ。エルメロイⅡ世によれば、汎人類史ではアルビオンというのはブリテン島の古名でもあり、近世ではイギリス人とその国家の異名でもあったそうなのだ。つまり我が夫(マスター)は、ブリテン王配(わたしのおっと)として最も相応しい存在ということだな。

 しかも私は何もしていないのにおまえを含めた妖精騎士がこんな早々に勢揃いするなどと、ただの偶然とは思えん」

「へえー……」

 

 バーヴァン・シーにはよくは分からなかったが、ともかく現状はモルガンにとってとても好ましい状況のようだ。しかしだからといって、ブリテン島に招かれたと決まったわけではないような気がする。

 ……という趣旨のことをバーヴァン・シーがなるべく差し出口にならないよう控えめな言葉を選んで訊ねてみると、モルガンもそこは自覚があるようだった。

 

「そうだな。だがもし本当に私がブリテン島に招かれたのであれば、人理修復した後に何かはっきりそうと分かる事件が起きるはずだ。

 この場合はいわば世界の流れとか運命といったものが私の味方であるわけだから、おまえが危惧するようなことにはなるまい。むしろ汎人類史には『天の与うるを取らざれば(かえ)って()の咎めを受く』という言葉があるくらいだから、やらない方が危険だ」

 

 ついでにこうなれば光己やアルトリアも自分の王業に強く反対しないだろうという利点もあったが、モルガンはそこまでは口にしなかった。

 

「うーん、それは確かに……。

 でももしそういう事件が起きなかったら?」

「その時は仕方ない。招かれたというのは私の思い込みに過ぎなかったわけだから、おまえの言う通りおとなしく田舎で隠居暮らしをすることにしよう。

 ……いや順序が逆か。事件が起きたらそれに乗って王業を始めるが、起きるまでは隠居暮らしという流れだな」

「お母様……!」

 

 まさかモルガンが大して頭がいいわけでもない自分なんぞの提案を受け入れてくれるなんて。バーヴァン・シーは感激と感動と感謝のあまり、またモルガンに抱きついてしばらく離れられなかった。

 

 

 

 そしてあと1つ、先送りにしたベリルについても聞いておかねばならない。

 

「それはそれとして、ベリルの奴は生きてるの?」

 

 モルガンもそれを聞くと、緩みっ放しだった頬と気分を引き締めて真面目になった。

 

「うむ。いずれひねり潰す予定ではあるが、今はまだ生かしておいてある。

 ……そうだな。この辺の事情はバーゲストと予言の子にも説明せねばならんから、また後で話そう」

「あ、そっか。そろそろ時間だものね」

 

 バーヴァン・シーが壁掛け時計を見てみると報告会が始まる時刻が近づいていたので、お話を切り上げて会場の談話室に赴くことにするのだった。

 

 

 



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第203話 英霊召喚 6回目

 モルガンとバーヴァン・シーが談話室に向かって歩いていると、オルガマリーたちと項羽&ヒナコ夫妻を見かけた。

 夫妻が見るからに幸せそうなのは当然として、オルガマリーたちが胃が痛そうな顔をしているのはロマニの正体があまり喜ばしいものではなかったからだろう。まあこちらが知る必要のあることなら先方から話してくるはずなので気にしないことにする。

 そして揃って談話室に入ると、なぜか皆ごはんやスイーツを食べていた。酒を飲んでいる者までいる。

 

「え、えっと、何これ?」

 

 オルガマリーがたまたま1番近くにいた玉藻の前に訊ねてみると、狐の美女は今口に入っていたケーキをごっくんと飲み込んでから説明してくれた。

 

「マスターが如意宝珠を出せるようになったんです。それで私たちがただ待ってるのは暇だろうからと言って、こうしてご飯や甘味を出してくれたんですよ」

「如意宝珠……って、閻魔亭で言ってたあの?」

「はい、その如意宝珠です」

「本当に……!?」

 

 事実だとすれば大変なことだ。オルガマリーがさっそく本人のもとに赴いて訊ねてみると、少年はあっさり肯定した。

 

「はい、まだ低ランクのやつですので、食べ物や衣服出すのと、あと病気治すのと濁った水を清めるのだけですけど。

 所長も何か食べます?」

「あ、いえ、今はいいわ……というか分かってるとは思うけど、それ、なるべく人前に出さないようにしなさいね……」

 

 その事態の重大さをまるで理解してなさそうなのほほんぶりに毒気を抜かれたオルガマリーがとりあえずそう答えると、後ろに続いて来たエルメロイⅡ世が話に割り込んできた。

 

「ううむ、相変わらずウチの生徒たちに負けず劣らずの非常識をかましてくれるな……。

 それで、新しく出せるようになったのはそれだけなのか?」

「いえ、竜言語魔術の概要が書かれた本、というか大きな石板と、如意宝珠ほどの効能はないですけど竜の体の一部を使って作られたアイテムがいくつかですね」

「「ぶふぅぅぅっ!!」」

 

 光己の台詞の前半のとんでもなさに、オルガマリーとⅡ世は思い切り噴き出した。見方によっては如意宝珠よりヤバい代物だ。

 

「そ、その本はどういうものなんだ!? 読めるのか!?」

 

 オルガマリーと違って魔術の才能は凡庸なⅡ世ががばっと身を乗り出す。

 何しろ今までまったく知られていなかった魔術系統の存在を知らされたのだ。もしかしたら自分でも気づいていなかった適性があって、根源に近づけるかも知れぬではないか。

 というのも諸葛孔明には臥竜という二つ名があるから、その依代である自分に竜関係の魔術の適性があるというのは決して荒唐無稽な妄想ではないのだ。おまけにマスターが竜種の冠位だから倍プッシュだし。

 光己はⅡ世の血走った目と顔にちょっと引いてしまったが、答えは真面目に返した。

 

「読めますよ。アルビオンになったら何故か分かるようになりましたんで。

 中身は普通に解説書ですね。手で触れたら身につくとかそういう都合のいいのじゃなくて、理論とかやり方を竜の言葉で書いてあるだけです」

「よろしい、ならば翻訳だ。翻訳を!! 一心不乱の大翻訳を!!」

「ちょ、ちょっとⅡ世。藤宮は忙しいんだから、強要するのは良くないわ」

「ん!? んん、確かにそうだな。すまん」

 

 Ⅱ世は竜言語魔術によほど興味が湧いたのか普段の冷静さを那由多のかなたまでブン投げて光己に翻訳をせがんだが、オルガマリーにたしなめられるとさすがにおとなしくなった。

 

「しかしせめて概要くらいは知りたいところだな。前書きだけでも訳してみてくれないか?」

「んー、まあそれくらいなら」

 

 妥協が成立したので、光己はまた波紋を出すと中から大きな石板、いや岩板を取り出した。縦横ともに1メートル、厚さは2センチほどもあり、その片面に人間の感覚ではかなり大きめに見える文字(らしきもの)がびっしり彫られている。

 それを壁に立てかけて黙読し始めると、メリュジーヌがそばに寄ってきた。

 

「魔術の解説を岩板に刻んで残すなんて、汎人類史の竜は面白いことするんだね」

「あ、メリュ。読めるの?」

「それはもちろん。何しろ最強だからね」

「へえー、すごいな」

 

 光己は戦闘力と語学の知識には何の関係もないような気がしたが、ツッコミを入れても仕方ないので素直に褒めてあげた。

 するとメリュジーヌは今の発言を実証しようと思ったのか、読んだ内容を話し始める。

 

「ええと。このページの説明によると、この本で扱ってる竜言語魔術には大別して3つのジャンルがあるみたいだね。

 まずは人間の魔術を竜種向けにコンバートしたもの、妖精や人間といった竜以外の存在が一時的に竜の力を使えるようになるもの、そして竜種の大魔力が前提の大魔術」

「おおー、俺の訳とまったく同じだ」

 

 2人の翻訳が同じであるなら信頼性は高い。Ⅱ世としては1番目と3番目はともかく、2番目にはとても興味が湧いたのでさっそくメリュジーヌに翻訳を依頼することにした。

 

「そうか、ならば時間がある時でいいから翻訳を頼めないだろうか。むろんできる限りの対価は払おう」

「うーん、僕が欲しくて君からもらえそうな対価なんて……いや、そういえば君は汎人類史におけるブリテンの神秘に詳しくて、アルビオンのことも知ってるんだったね。それを聞かせてもらうことにしようかな。

 もちろん、陛下とお兄ちゃんがいいと言ったらの話だけど」

 

 メリュジーヌがそう言って主君と兄の顔を顧みると、光己は何も考えてない様子ですぐ承知したが、モルガンはさすがに抜け目なかった。

 

「ふむ。別に構わんが、私も興味があるからコピーを取っておくように」

「は、ではそのように」

 

 こうして交渉が成立したので光己がいったん岩板を「蔵」にしまうと、オルガマリーの希望で報告会の前にロマニの正体の話をすることになった。

 一同座り直して、オルガマリーとロマニの顔を注視する。

 

「聴取の結果、ロマニは『シバの女王の縁者の生まれ変わり』であることが判明しましたが、具体的に誰であるかはかなりデリケートな問題なので、今は公表しないということになりました。

 少なくとも人理とカルデアの敵ではないことは確かですので、そこは安心して下さい。

 当人は今まで通りロマニ・アーキマンとして扱われることを希望していますので、そのようにお願いします」

「――――――」

 

 デリケートな問題と言われてロマニの正体に勘づいた者もいたが、もしそうなら確かに軽々しく話題にしていいことではなさそうなので、とりあえず沈黙を保っていた。

 そしてロマニとシバの女王が知人同士ということもあって、シバは特異点修正には参加せずカルデア構内で庶務的な仕事をしてもらうことになったとオルガマリーが述べると、なぜか光己が憤怒もあらわに拳を突き上げる。

 

「寝取りは悪い文明! 断固反対! 粉砕する!」

「何言ってるの、シバの女王は貴方の大奥に入ってないじゃない」

「うぐぅ」

 

 しかしオルガマリーの的確なツッコミであっさり撃沈されたが、まったくもって残当であった……。

 そしてシバは同じく留守番役のアイリスフィール組に移籍することになり、代わりに次の新規召喚は光己が行うことになる。

 

「だから報告会と所内案内の前に、召喚を先にやりましょう」

「そうですね、玉藻の前の時は2度手間になりましたし」

 

 そんなわけで、光己たちはそろって召喚ルームに向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 光己が魔法陣の真ん中に聖晶石を置き、いつものように召喚の呪文を唱える。

 

「――――――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!!」

 

 するといつも通り光の柱が立ち昇り、やがてそれが消えた後には、ここでの召喚では初となる男性のサーヴァントが立っていた。

 身長は光己より少し高い程度、体格的にはあまりゴツくないから魔術師タイプであろう。黒髪黒眼の東アジア系と思われる風貌で、どこか捉えどころのない飄然とした雰囲気を漂わせている。

 年齢は20代半ばぐらいだろうか。黒を基調として赤い模様と縁取りが入った服を着て、金属製の黒い棒を持っていた。

 

「此度はライダーの霊基にて現界しました。

 真名を、太公望!

 あ、呂尚でも姜子牙でも姜太公でも、好きに呼んでくれて構いませんよ。

 しかし、惜しいなァー。キャスターで喚ばれてたら、僕は絶対、グランドキャスターだったろうになァ」

 

 その自己紹介を聞いた直後、玉藻の前が盛大な悲鳴を上げる。

 

「アイエエエ!? 太公望!? 太公望ナンデ!?」

「おお、ついに悪が滅びる時が来たか! さあそこのうさんくさい糸目、その棒切れでこの腹黒女狐を成敗するのだ!」

 

 一方タマモキャットは大喜びで、玉藻の前の背後に回って羽交い絞めにしていた……。

 

「誰が腹黒女狐ですか!

 てか私が成敗されるとしたら、私の分け御霊である貴女も同じ目に遭うんですが分かってます!?」

「ふふん、アタシはいつでもオリジナルと刺し違える覚悟は完了済みなのだな。

 でもその前に辞世の句代わりにゴールデン猫缶を3個ほど欲しいのだワン」

「意味が分かりませんよ!?

 そもそもマイネームイズ玉藻の前! ノット妲己! アンダースタンド!?」

 

「…………」

 

 超有能軍師である太公望にもさすがにこのコントは内容を全部は理解できなかったが、玉藻の前と名乗った女性からは自分がよく知っている人物の気配を少なからず感じる。もし人類を救うべく孤軍奮闘している組織に暴虐な妖怪がいるのだとしたら不用心にも程があるわけで、太公望は担当者に見解を聞くことにした。

 

「……ええと。マスター、この2人はいったい?」

 

 問われた光己の方は召喚に応じたのが美女美少女でなかったことを大変悲しみつつも、太公望ほどのビッグネームならカルデアのマスターとしては喜ぶべきかとも思いつつ、今は質問に答えなければならない。

 

「あ、はい。玉藻の前は日本の伝承では妲己本人だか生まれ変わりだかなんですけど、当人は妲己のことは一切存じ上げないというスタンスだそうで、実際カルデアでは何も悪いことしてませんので、ここは見逃してもらえるとありがたいです」

「そうですか。ええ、邪悪な者ではないのなら、討つ理由はありませんとも」

 

 太公望は屈託なくそう答えてくれたが、その時一瞬ひどく複雑な、切なげといってもいいような表情をしたことに光己は気づいたが、まだ初対面なので追及するのは避けた。

 

「むう、おかっぱ糸目のくせに何たる甘ちゃんぶり。さては酒池肉林をご所望か? よかろう、ご主人の宝具にも劣らぬタマモ地獄をお見せしよう!」

 

 キャットの方はやはり意味不明だったが……。

 

「ちょ、待って、キャットステイ!」

「というか僕に酒池肉林ってどういう嫌がらせなんです!?」

「酒池肉林が要らぬとは、さてはオヌシベジタリアンか?

 ではとりあえず、その服で爪をといでもいいカ?」

「いえ、よくありませんが……」

「むむう、オリジナルを殺すのもとぐのもダメと言う。つまり、どちらかが死ぬしかないというワケか?」

「いえ、殺し合いをする理由はないという話をしていたのですが……」

「そう。必要なのは対話。理解する心。さすが軍師だけあってインテリなのだな」

「…………」

 

 太公望はキャットが単なるバーサーカーではなくいくつか真理を突いた発言もしていたような気がしたが、どう答えていいものかは見当もつかなかった。本当にどう答えるべきか悩んでいると、玉藻の前が猫缶とかいう缶詰を餌にしてどこかに連れて行ってくれたので、心底ほっとしつつ改めて担当者に訊ねる。

 

「……それで、あのキャットという方はいったい?」

「あー、はい。何でも玉藻の前が切り離した尾が神格を得て分け御魂として英霊化したものだそうで……俺も詳しくは知らないんですが」

「な、なるほど……」

 

 そういえば玉藻の前は一尾しかなかったが、そういうことだったのか。

 しかしずいぶん奇妙なことになっているものだと思ったが、口に出すのは控えた。

 

「それで、太公望さんは史書的な普通の軍師なのか、それとも封神演義的に仙術を使えたりしますか?」

 

 するとマスターの少年はこの話題を続けたくないのかスペックを訊ねてきたので、それはもうばばっと胸を張って答えることにする。

 

「仙術? 使えますとも! この僕は一人の人間であった頃の僕ではなく……仙境にて修行を積んで道士になった後の僕のようですし。

 僕はなかなかやりますよォ。キャスター霊基なら、グランドキャスターにもなり得る僕ですからねェ!」

「おお、マジですか!

 でもそれなら何でライダーなんですか? キャスターで来てくれれば良かったのに」

「……」

 

 しかし予想外かつ率直な質問をくらって、太公望は一瞬硬直してしまった。

 

「そ、そこはそれ、サーヴァントは自分でクラスを選べないといいますか。ランサー希望なのにキャスターで現界してしまった人もいるそうですし」

「なるほど、適性が多ければいいってものじゃないんですね」

 

 幸いマスターは物分かりは良くて素直に納得してくれたので、太公望はほっと胸を撫で下ろ―――すのはまだ早かった。

 

「うーん、でもどうせならもう少し早く来てくれてれば聖杯問答に参加してもらえたのに」

「聖杯問答?」

「はい、少し前に行った仕事場で、現地の聖杯戦争に参加したアーサー王とギルガメッシュ王とイスカンダル王が聖杯の所有権と己の王道の正しさをかけて論戦するというイベントがありまして」

「控えめに言って、君子危うきに近寄らずな案件だと思うんですが」

「その時ギルガメッシュ王が『世界の宝全ての所有権は今もなお我にある』とか言ってましたんで、これは太公望さんとしては絶許なんじゃないかと」

「マスターもしかして僕のこと詳しいんですか?」

「六韜と三略と史記と封神演義は読んだことあります」

「そ、それはどうも……」

 

 サーヴァントとしてははるか未来の異国に生まれたマスターが自分のことを知っていたというのは嬉しいといえば嬉しいのだが、知られ過ぎているのは困る場合もあるような気がした……。

 

「というわけで、もし次があったらお願いしますね。

 ああそれと! 仙術を使えるんでしたら、ぜひ房中術を教えて欲しいんですが!!」

 

 人理修復の大任を負ったマスターといえども、思春期の男子らしいところもあるようだ。

 とはいえ太公望はそちらは修めてないのでそう答えるより早く、10歳くらいの女の子が彼の腰にしなだれかかった。

 

「もう、マスターさんてば。そういうのをお望みでしたら、私がカーマスートラを手取り足取り腰取り教えてあげるのに」

「ええっ!?」

 

 カーマスートラというのは確かインドの性愛の教典だと思ったが、マスターはともかくこの少女が実践するのは色々まずいのではないか。太公望はそう思ったが、すると少女はその考えを読んだのかニヤリと笑った。

 

「ふふん。あいにくですがそんな堅苦しい俗世間の倫理観念など、私には関係ないのですよ。

 何故なら!」

 

 少女がそう言った直後、ぶわっとその姿が変わる。見た目20歳くらいになり、何故か服も炎のような形状の襟と裾と袖口がついた紫色のコートになった。

 

「どうです、これなら文句ないでしょう!?」

「おお、その服なら普通に人前にも出られるな。そんなことできるようになったのか」

「ええ、私も日々研鑽を積んでますから。もちろんすべてはマスターさんと私の将来のためですから、そこんとこ忘れないで下さいね!」

「うんうん、カーマちゃん色っぽいヤッター!」

「!?!?!?」

 

 カーマといえばインドの性愛の神だが、まさか神霊が現界しているのか!? しかもマスターとこれほど親しいとは。

 さらには人間出身じゃなさそうな者がけっこう大勢いるという、ずいぶんキテレツな、あるいは危険なところに来たものだと太公望は(微妙にあきれつつ)心に呟くのだった。

 

 

 




 何かと厄介事をかぶることが多いⅡ世ですが、竜言語魔術がご褒美になるかどうかはまだ決まっていないのです(酷)。太公望が来たので、軍師としての仕事は減りそうですが。
 太公望の方は妲己ぽい人が2人もいる所に来られてラッキーですね!(棒)




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第204話 報告会3

 愛の神(カーマ)みずから性愛の教典(カーマスートラ)を実演指導するという大技でカーマが派手に点を稼いだので、同じくマスターガチ勢の清姫やメリュジーヌが光己に抱きついて点差を埋めようとする一幕があったがそれはさておき。ニューカマーの召喚が無事終わったので、一同は談話室に戻って今度こそ報告会をすることにした。

 特に今回はレイシフトと通信を妨害されるという重大なアクシデントがあったので、技術局にとっても重要な会合である。

 

「実際レイシフトの途中で妙な感覚があったんですよね。

 あの時はアルビオンになったせいかとも思いましたけど、黒幕のジャック・ド・モレーが、聖杯を手に入れるためにいろいろ細工してたみたいなこと言ってましたから、聖杯持ってる魔術系のサーヴァントならこういう妨害工作ができるみたいです」

「ジャック・ド・モレー……確か騎士団の総長だったね。なるほど、無辜られて悪魔崇拝者にされたから、その悪魔経由で魔術を使えるようになったってところかな。

 しかしサーヴァントだけ弾いてキミは入れるようにしたのはどうしてだろうね? それともマスター、あるいはアルビオンの侵入を阻止することはできなかったとか?」

 

 ダ・ヴィンチはさすがの推理力だったが、現時点では分からないこともあるようだ。

 幸い光己はこの問いの答えを知っているので、普通に教えることにする。

 

「モレーによれば、本来は彼女の物だった聖杯が何故か俺の体の中にあるのが判明したから、おびき寄せて取り返そうとしたそうです。

 で、都合のいいことに俺はカルデアのマスターですから、特異点をつくれば来るだろうっていう計画だったみたいですね。だから(マスター)だけ入れてサーヴァントは弾くっていう仕様は意図的だったと思います。

 ……あーでも聖杯なしで特異点つくるなんてできるわけないですから、その辺の前後関係はよく分からないですね」

「「―――!?」」

 

 ダ・ヴィンチと、ついでにオルガマリーとエルメロイⅡ世も目を剥いて一瞬思考停止した。彼は今、何かとても非現実的なことを言わなかっただろうか?

 

「……ええと。私の耳が確かなら、貴方は特異点に行く前から聖杯を体の中に持ってたってことになるのかしら?」

 

 代表してオルガマリーがそう訊ねると、マスター氏はあっけらかんと頷いた。

 

「そうなんですよね。でも異物感とかはなかったですから、いつからあったのかは分からないんですが」

 

 光己はそう言うと、聖杯は実は彼ではなく立香が制御しているので、脳内会話で出してくれるようにお願いすると、脳内少女は特にごねることもなく出してくれた。

 光己の胸元から見慣れた金色の杯が出現するのを見てオルガマリーたちがまた目を剥く。

 

「この魔力、確かに聖杯ね……どういうことなのかしら」

「さあ……!?」

 

 これについては光己にも立香にも見当がつかない。とりあえず聖杯をオルガマリーに引き渡しつつ、質問に対しては言葉を濁すしかなかった。

 

「うーん、まあ分からないものは仕方ないわね……。

 でもそういうことなら、身体検査しておいた方がいいのかしら?」

「いえ、それは大丈夫です。立香がケアしてくれてますので」

「リツカ?」

 

 オルガマリーが小さく首をかしげる。そういえばどこかで聞いたことがあるような名前だが……。

 

「思い出した、確か一般人のマスターの中にそんな名前の人がいたわね。もしかして知り合いなの?」

「はい、俺の幼馴染で、コフィンも隣でした」

「!?」

 

 オルガマリーは一般人マスターの名前まで覚えていたのは立派なものだったが、光己の返事を聞くと表情をぴしりと凍りつかせた。まさか彼だけでなく、親しい人まで爆破テロに巻き込んでしまっていたというのか!?

 それに親しい人がすぐそばでコフィンに入っているとなれば、人理修復に対する切実さとか責任感といったものが重くなって精神的につらくなりそうだし。

 ―――すると光己はその辺の機微に気づいたのかフォローしてくれた。

 

「いえ、気にしないで下さい。所長のせいじゃないですし、むしろこうなったおかげでケアしてもらえてるんですから、めぐり合わせとしては良かったというか」

「…………ありがとう」

 

 オルガマリーは光己のために具体的に何かしてあげられたことは少ないのに、彼はいつもこうして気遣ってくれる。嬉しいのと申し訳ないのが半々だったが、それはそれとして彼が言う「ケアしてもらえてる」というのは何なのだろうか?

 オルガマリーがそれを訊ねると、光己は何やら途方もないことを言い出した。

 

「立香が言うには、俺たちがいうレムレムレイシフトと同じ理屈で意識だけ俺のニューロンに来てるらしいです。それで俺が魔力切れで倒れた時とかドラゴンになった時とかは回復の手伝いしてくれてたそうで」

「……?? それはまあ……絶対にあり得ないとは言わないけど。要は憑依ってことだしね。

 でもええと、こんなこと言いたくないけど幻聴とかじゃないわよね?」

 

 オルガマリーがこう言うのは客観的には妥当というか、光己も逆の立場ならそう思ったであろうから不快には思わなかった。

 なおこの時太公望は(んん? 今マスター「ドラゴンになった」とか言いませんでしたか? 聞き間違いでしょうか)と首をかしげたが、今は話に水を差すのは控えた。

 

「所長がそう思うのは分かりますけど、モレーが俺の体から聖杯抜き取ろうとした時にそれを防いでくれましたから、幻聴という線はないです」

「そ、そう……それなら幻聴ではなさそうね……。

 でもそれならそれで、確か彼女は素人枠だったのに何でそんなことできるのかという疑問が」

「そこはそれ、17年の付き合いですし、ずっと俺のニューロンの中にいたそうですから色々練習してたんじゃないでしょうか。あるいはアラヤの加護という可能性も」

「……そうね、そういうことにしておくわ」

 

 オルガマリーは光己の説明を聞いても完全に納得はできないようだったが、害はなさそうなので深く追及するのはやめておくことにした。

 

「でもそうなると、リツカを貴方のニューロン?から出すのはやめておいた方がいいのかしら?

 いえ、今は彼女を解凍することはできないんだけど。当人は何か言ってた?」

 

 そこは聞いていなかった光己が当人に訊ねてみると「解凍できないならこのままでいい」と言われたのでそのまま伝えるとオルガマリーはほっと安堵したような顔をした。

 

「そう、じゃあとりあえずこのままにしておくわね。

 でも何か希望があったら遠慮なく言ってね。できる限りのことはするから」

 

 といっても実際にできることはあんまりなさそうに思えたが、それでもこう言ったのは立香と光己への誠意のつもりである。素人をこんな修羅場に巻き込んでしまったのだから。

 

「―――それで、ええと。じゃあリツカの件は今はここまでとして、レイシフトした後はどうなったの?」

 

 そして話を元に戻すと、光己も立香関連のことはとりあえず話し終えたと判断してオルガマリーの質問に答えることにした。

 ちなみに新米の太公望はこの時点で(人類最後の砦とはいえ、ずいぶんキテレツな所に来たものだなァ……)などと思っていたが、この程度はまだ序の口だったりする。

 

「気がついた時は洞窟の奥でしたね。マシュたちがいなくてびっくりして、通信も反応なくてどうしようかと思ってたところに頭がカボチャで胴体が西洋甲冑の兵士が5~6人くらい現れまして。

 ぼっち状態だったんで関わり合うのは避けて熾天使形態(ゼーラフフォルム)で洞窟の外に脱出したんですけど、今度は頭がカボチャで首から下が骸骨な奴らまでいたんで2度びっくりです」

 

 またトンチキなのが来たようだ。崑崙(こんろん)山にも黄巾力士(こうきんりきし)という仙術ロボ、こちら風にいえばゴーレムがあったが、その類であろうか? 一介の道士としては好奇心がそそられてしまう。

 あと熾天使形態とは何なのだろうか?

 

「後で判明したんですけど、これ俺を捕えるためにモレーがつくって特異点各地に送り出してたゴーレムなんですよね。頭がカボチャなのはハロウィンだったからということで」

「「……は?」」

 

 これには太公望もオルガマリーたちも目が点になってしまった……。

 ハロウィンとはいったい。

 

「や、俺もそこはよく分からないんですけど。

 ともかくその洞窟があった山の頂上まで避難してから、お姉ちゃんとジャンヌオルタとメリュに来てもらったわけです」

「なるほど、レイシフトの到着先を固定した上で捕縛部隊を送り込んでたってわけか。

 だとしたら敵がその程度の数で良かったというべきなのかな? 周到なのかおざなりなのかよく分からない敵だね」

 

 するとダ・ヴィンチがそんなことを言ったが、実際カボチャ兵は100人単位でいたわけだから、もっと大勢送り込むことは可能だったろう。あるいは到着先を1ヶ所に固定することはできず、いくつかの小部隊に分けて複数の地点を巡回していたのかも知れない。

 

「いずれにしても、モルガン女王が言ってた『サーヴァントの侵入を拒む特異点』が実在することが証明されたわけだ。つまり一時召喚の必要性も証明されたのだけれど、これについては今しばらく待って欲しい」

 

 まず「サーヴァントの侵入を拒む特異点」の中でサーヴァントを召喚するというのがなかなか難しい上に、このたびソロモンオルタ対策という難題も出てきたので技術局は忙しいのである。

 一応ひとつの案として、「白夜」のようなサーヴァントを憑依させておけるアイテムを作るというのがあるが、これはそのための素材が非常にレアなので今現在は無理だった。

 

「ほむ、やっぱり難しいですか……。

 じゃあそれはそれとして報告の続きに戻りますと、その岩山の周りは砂漠だったんですが、麓の近くに何故か大きな一軒家がぽつんと建ってたんですよね。しかもそこにサーヴァント反応があるという」

「砂漠に一軒家でサーヴァントがいるって、怪しんでくれと言わんばかりねえ……」

 

 どう考えても黒幕の仕込みの罠である。オルガマリーがそう言ってため息をついたが、情報収集のためにも行かないわけにはいかないのが難儀だった。

 

「はい、でも罠じゃなかったんですよね。家の前にいたのは童話のシンデレラの役を付けられた上で現界したエリザベート・バートリーでした」

「??????」

 

 話がまたトンチキになったせいで、オルガマリーたちの頭の上にはてなマークがふわふわ浮かび上がるのだった。

 

 

 

「ええと、つまりどういうことなの?」

「そうですねえ、戦国時代に行った時に景虎やリリィが殿様だったり後継ぎだったりしたのと同じようなものだと思います」

「あー、なるほど」

 

 そういえば似たような事例は過去にあった。はぐれサーヴァントにもいろいろあるようだ。

 光己は一同の理解が得られたと判断すると、エリザベートが自己拘束(セルフギアス)していたのを光己の呪文で解除したとかそういうしょーもないパートは省いて次のパートに移った。

 

「で、その時にエリザベートがチェイテシンデレラ城に行くとか今はハロウィンだとか言い出したんで、とりあえず当面の行動目標は決まったかな~~、となったわけです」

「そ、そう。大変だったわね」

 

 オルガマリーにはもうその言葉しか思い浮かばなかった……。

 こんなトンチキな仕事でも投げ出さずに果たしてくれる光己には本当に頭が上がらない。

 

「はい、どう致しまして。

 といっても城がどこにあるかは分からなかったんですが、そこにバーヴァン・シーたちが現れまして」

 

 光己はそこまで語ると、ここは当人に譲るべきかと判断してバーヴァン・シーに目を向けた。

 すると妖精少女も自分で語りたいと思ったのか、今までモルガンの隣にいた席から立って光己のそばに腰を下ろした。

 

「私は気がついたら特異点にいた、いわゆるはぐれサーヴァントってやつなんだけど、私もなぜかシンデレラの義姉っていう役を付けられてたんだよな。

 んですぐそばにカーミラっていう女がいたんだけど、こいつはエリザベートの10年くらい後の未来の姿でエリザベートとは相容れぬ関係らしくて、ついでにシンデレラの義母の役もついてたんだ」

 

 その時バーヴァン・シーは自分が何をしていいかまるで分からなかったので、童話の役柄上の関係とはいえ親子だからカーミラについて行くことにしたわけである。

 ただここで、バーヴァン・シーには声を大にして述べておかねばならないことがあった。

 

「でもお母様、誤解しないでね! 私のお母様はお母様だけだから!

 カーミラについて行ったのは他に行くあてがなかったからで、用が済んだらポイ捨てしたから!」

 

 その弁明は21世紀の汎人類史のモラル的には少々問題があるものだったが、モルガンは満足げに大きく頷いた。

 

「うむ、よくやった。それでこそ我が娘だ」

「えへへ~~」

 

 娘が母に褒められて喜んでいる絵面自体は大変微笑ましいのだったけれど、やはり異聞帯ともなるとモラルや常識も違うのかも知れない……。

 

「それで、その後どうなったのだ?」

「うん、カーミラと手下のカボチャ兵たちと一緒に少し歩いてたら、今マスターが言った一軒家についたんだ。エリザベート(シンデレラ)を襲撃しに行ったのか、単に自宅に帰るつもりだったのかは分からないけど」

「ふむ、それで我が夫たちと遭遇してこちら側についたというわけだな」

「うん、メリュジーヌがお母様がいるって教えてくれたから。

 その時のカーミラの間抜け面は傑作だったな! そこですぐ逃げたのは、見た目歳喰ってるだけあって判断速かったけど」

 

 あの後現れた黒髭や武則天も逃げ足は速かったが、静謐のハサンのように最後まで戦う者もいたのでこの辺は人によるようである。

 その後バーヴァン・シーはメリュジーヌと一悶着あったが、皆に語るような話ではないので飛ばした。

 

「その後はメリュジーヌに仲介してもらってマスターと契約して、その次は……ええと、砂漠にいるっていうサーヴァントを探しに行ったんだっけ」

 

 正確には契約してから砂漠に行く前に靴箱の件があったが、それは家探しの件と一緒に話した方が分かりやすいだろう。そう判断したバーヴァン・シーは自分の役目はこれで終わりということにして、モルガンの隣に戻った。かなりはしょったが、問題はないと思う。

 そして次の語り手としてゼノビアが進み出る。

 ここで光己としてはスタイル抜群の高露出美女が隣に座ってくれたのはいいが、彼女が下着姿である理由はまだ判明していないので、じっくり鑑賞するのは避けてチラ見程度にとどめねばならない。

 

「ふむ、私の番か。私もはぐれサーヴァントだが、同じ時代の現地人だったからか童話の役は付けられなかったな。

 最初は私も何をしていいか分からなかったが、しかしいろいろ見て回っている内に、地形を変えられていたり怪しい盗賊がいたりといった異変が起きていることが分かった。それを解決するために、まずは近辺を調査していた時にマスターたちに遭遇したんだ。

 いやジャンヌはサーヴァント探知ができるそうだから、発見されたというべきか」

 

 そこまで言うと、ゼノビアはちょっとバツが悪そうな顔をした。

 

「その時マスターが接近してくるのを見てつい宝具を使ってしまったが、サーヴァントとはいえ人間が巨大な竜に先制攻撃されたら一巻の終わりなのだからそこは勘弁してほしい」

「あー、それはもういいよ。話がついたことだから」

 

 光己が鷹揚にそう言うと、ゼノビアも「うむ、ありがとう」と軽く頷いて話を戻した。

 このまた時太公望は(んん? やっぱりマスターはドラゴンということになるんでしょうか? しかし21世紀の表世界に竜種など存在しないはずなのですが……!?)とさらに首をかしげたが、他の人は誰も疑問を持っていないようなのでやはり口出しは避けた。

 

「で、ちょっと信じがたいというか少し自信をなくしてしまうことにマスターには宝具がまったく効かなかったのが逆に良かったのか、すぐに和解できて私も合流したというわけだな」

「なるほど、やっぱり硬いのは正義ね」

 

 するとオルガマリーがうんうんと得心げに頷く。光己が人間でなくなったのは申し訳なく思っているが、そのおかげで彼が死なずに済んで、ひいては人理修復も順調に進んでいるのは喜ばしいことなのだった。

 

「あとジャンヌがついて行けたのはやっぱり大きいわね。サーヴァント探知がなかったら多分出会えなかったわけでしょ?」

「そうだな。あの砂漠は砂嵐がひどくて視界も狭かったから、よほど幸運でなければすれ違いになっていただろう。

 その上敵の真名や宝具まで看破してくれるから戦闘ではとても有効だ」

「やはりお姉ちゃん……お姉ちゃんは全てを解決するな」

「だからいい加減洗脳から抜け出しなさいよ……」

 

 なお当の光己は相変わらずファミパン状態だった……。

 

「その後はもう夜だからということで、先ほど話に出た一軒家に帰ったんだったな?」

「うん。時間移動するんだから仕方ないとはいえ、出発した時と時刻が大きく違うとつらいんだよな……。

 まあそれはともかく。次は家の住人(シンデレラしまい)の許可を取って家探ししたんですよ。特異点修正に役立つ物があるかも知れませんし」

「確かにね……それでどうだったの?」

 

 オルガマリーがそう訊ねると、光己は会心を笑みを浮かべた。

 

「それはもう。今回の仕事は人的な成果は極大でしたが、物的成果も十分でしたよ。

 まずはこれ、バーヴァン・シーから預かってた靴箱。それとバーヴァン・シーが街で買った分もだな」

「おお、ちゃんと持って来られたんだな。良かった。

 ……って、エリザベートの奴が来なかったってことは、金の靴も銀の靴も私の物ってことだよな。やったぜ!」

 

 そして光己がブツを出すと、バーヴァン・シーが大喜びで受け取りに来た。

 バーヴァン・シーはエリザベートのことは嫌いではなかったが、物欲を上回るほどの好意も抱いていないのだった。

 

「あー、そういえばそうなるか。

 戦利品はなるべく公平に分配することにしてるけど、俺が知る限り他に靴集めてる人はいないからバーヴァン・シーの分はそれってことで」

「あー、なるほど、そうなるのか。うん、それでいいかな」

 

 マスターの言い分は妥当である。それどころかバーヴァン・シーの価値観では靴を全部もらえるのは優遇なくらいなので、一も二もなく了承した。

 モルガンへのお土産については、人前で見せるのは気恥ずかしかったので後で渡すことにする。

 

「それじゃ次。まずはいつどこのものかは分からないけど金貨や銀貨と、お高そうな宝石とアクセサリー。この辺はまた後で山分けかな。

 そしてここからはマジックアイテム! この紫色の毛玉を紐でつないだ服はマシュに、こちらのコウモリの羽がついたレオタード風の服はアイリスフィールさんへのお土産にしようと思う。ぜひ後で着てみせてほしい!」

「せ、先輩のえっち学派ーーーー!!」

 

 手渡された服をマシュが見てみるに、マフラーとドレスグローブとタイツとケモ耳はともかく、肝心の胴体部分は三角ビキニ並みの露出度ではないか。箱入り少女は顔を真っ赤にして、服を光己の顔面に投げつけた。

 

「何をするマシュ! それはシバさん公式鑑定済みの、サーヴァントでもパワーアップできるすごい服だというのに」

「え!?」

 

 信じがたいことを聞いてしまったが本当だろうか。マシュがシバの女王に顔を向けると、シバはこっくり頷いた。

 

「はい、本当ですぅ~。その礼装『デンジャラス・ビースト』は攻撃力を高めるのに加えて、文字通り危険な獣のごとく、敵の急所を狙い撃つセンスをも高めてくれるんですぅ」

「えええ!?」

 

 シバの女王ほどの人物がここまで細かく解析したのであれば信じざるを得ない。誰が何の目的でこんなハレンチなデザインにしたのかは想像もつかないが、有効なのは確かだ。

 

「あ、でもそれだと盾兵(シールダー)である私にはアンマッチなんじゃ……」

 

 こういうのは元々軽装かつテクニカルアタッカーのブラダマンテや沖田オルタあたりが使う方がいいのではないかと思ったが、自分が着たくない服を他人に着ろとは言えない。マシュがちょっと悩んでいると、光己がまた口を開いた。

 

「そりゃまあ、性能面より見栄えのマッチングで誰に贈るか決めたからな。マシュだと似合うのはもちろん、俺の前にいることが多いから俺からはしっかり見える上に、前面に盾構えてるから敵、つまり俺以外の男には見られにくいし」

「せ、先輩の超えっち学派ーーーー!!」

 

 マシュは光己の手から服を取り上げて、もう1度彼の顔面に両手で投げつけた。

 

 

 



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第205話 報告会4

 マシュが考えるにこのデンジャラス・ビーストなる服はいくら有用とはいえ盾兵(シールダー)にはアンマッチだし、何よりハレンチすぎる。こんな物を着て人前に出られないし、かといって他の人に押しつけるのも憚られる。

 とはいえ有用な魔術礼装なのは事実だし、下心満載とはいえ「先輩」が贈ってくれた物を捨ててしまうのも気が進まない。

 

「ですのでこれは私が厳重に保管しておきますね!」

「つまり人前では着ないけど、俺と2人きりの時は着てくれるってことでOK?」

「どうしてそうなるんです!?」

 

 マシュは真っ赤になってぷりぷり怒っているが、口調や雰囲気にはトゲがないので、実際は怒りより羞恥心の方が大きいのだと思われる。オケアノスでは一緒にお風呂に入ったり同じテントで寝たりしたほどの仲なので。

 

「むう、このお固さは盾兵だからか、それとも箱入りだからなのか……?

 しかし話をいつまでも引き延ばすのも皆に悪いし、次に行くべきか。というわけでアイリスフィールさん、どうぞ」

「うーん、これも普通の服とはだいぶ違ってそうね……!?」

 

 アイリスフィールは普通に服を受け取ったが、マシュのがアレだったのでまずはちゃんと見てみることにした。

 ツノと翼と尻尾の形状からすると、悪魔を模したデザインのようである。胴体部分は露出度高めの水着かレオタードのような感じだった。

 

「ガーターベルトとストッキングとアームカバーまであるから、水着でもなさそうだけど……?

 女王様、これはどういう服なのかしら?」

「そちらは『ハロウィン・プリンセス』といいまして、攻撃力と耐久力、さらには宝具あるいはそれに類したものの威力も高めてくれるんですぅ。

 さらには宝石魔術のように事前に魔力を貯蔵しておいて、宝具を使う時に一気に引き出すという用法もできますぅ」

「まあ、するとこれはハロウィンの仮装をイメージして作られたものなのね?

 ……ああ、それで悪魔ってこと! 何だかわくわくしてきたわ。でも今はまだ1月だから当分先ね。残念だわ」

 

 仮装用の服だとするとかなり露出度が高いデザインだが、アイリは気にしていないようだ。それよりハロウィンパーティーの方が楽しみな様子である。

 天の衣を披露した時はちょっと恥ずかしがっていたが、おそらく光己の視線を感じたからだろう。あるいは下着をつけていなかったからかも知れない。

 

「うん、10ヶ月近く先ってのはさすがにアレですよねえ。

 ところでマシュに贈った服も多分ハロウィン用だと思いますので、ここは逆に考えて、2ヶ月遅れの仮装パーティーを3人でやるっていうのはどうでしょう」

 

 こちらは脈アリと見た光己が(マシュも入れることで2人きりになるわけではないという小細工を弄しつつ)すかさずアプローチしてみると、アイリはわりと乗り気そうな顔をしてくれた。

 

「いいわね、カボチャ料理とかは貴方が用意してくれそうだから紅閻魔さんに負担かけずに済むし。

 でも貴方用の服はあったの?」

 

 もちろんそれはある。あるから提案したのだ。

 

「それはもちろん。かなり重いですが、アイリスフィールさんとの仮装パーティーのためなら平気平気」

 

 などと調子のいいことを言いながら波紋から西洋風の全身甲冑一式、さらに剣と槍と手榴弾を取り出す光己。これにはアイリも驚いた。

 

「うわあ、そんなものまであったの?」

「ええ、こちらもかなりの掘り出し物です。シバさん、解説お願い」

「はいは~い。まずそちらの武具一式は名前はついていませんが、伝説の()()()()()()がとある強敵と戦う時に使った逸品ですぅ。オークションに出したらいくらになるか見当もつきませんねぇ。

 手榴弾の方は()()()()()がそれとは別の冒険で使ったものの複製品ですね。複製品とはいえ、なかなかの神秘がこもってますからお値段はそれなりにいけそうですぅ」

「へええっ!? 本当なのアルトリア」

 

 アイリは冬木では別のアルトリアのマスターだったので、アーサー王ゆかりの品と聞いてまた驚いた。とりあえず当人に真偽を訊ねてみる。

 

「うーん、私はどれにも見覚えありませんが……鎧は明らかに体格が合いませんし、まして手榴弾なんて見たこともありません。

 ルーラーにXX、貴女がたはどうですか?」

 

 アルトリアは自分やオルタとは違う人生を歩んだと思われる2人に水を向けたが、こちらの2人も知らないようだった。

 

「うーん、私も生前にこのようなものを使ったことは……」

「そうですね。もし女王の鑑定が正しいとするなら、平行世界で男性に生まれた私が使ったものだと思います」

「へええ……」

 

 平行世界の存在については、アイリ自身やカーマが今ここにいることで証明されている。アーサー王が男性だった世界もあるだろうし、その世界の物品が何かの拍子で流れてきたというのはあり得ないことではない。

 

「しかし今の女王の解説、『騎士アーサー』と『アーサー王』と言い分けられてますね。修業時代と王位に即いた後の区別までつくとは、さすが聖書で語られた知恵の女王です」

「いえいえ、それほどでもぉ」

 

 ルーラーがシバの鑑定眼を賞賛すると、シバはにこやかに微笑みつつ謙譲の美徳を発揮した。

 ただシバは銭ゲバの傾向があるのを早々に露呈していたが、多分計算の上でのことであろう……。

 

「手榴弾は神秘が乗ってるって話だからダ・ヴィンチちゃんに暇を見て複製をお願いするとして、甲冑の方も女性用に鍛え直して欲しいところなんだよな」

 

 そこに光己がまた何か技術局の仕事が増えることを言い出すと、当人より先にアルトリアリリィが反応した。

 

「つまり私にくれるってことですか?」

「うん、それもアリだけどいつかエリザベートに必要になるような気がするんだ。根拠はなくて勘だけなんだけど。もともと彼女(シンデレラ)の家にあった物だしね」

「へええ~~。まあ私は重鎧着込むタイプじゃありませんのでいいんですけど」

「うん、だからとりあえずその時まで保留ということで」

「はい」

 

 そんな感じで武具一式の扱いは決まったが、それを待っていたかのようにマシュが光己に喰ってかかった。

 

「甲冑の扱いに異議はありませんが、私はパーティーに出るなんて一言も言っていないんですが! だからといってアイリスフィールさんと2人きりはもっとダメですけど!」

 

 まあ当然の主張だったが、そこに意外な横槍が入る。

 

「そんなに嫌なんだったら、私がその礼装引き取りましょうか?」

「え、所長!?」

 

 しかもこの言いようだと、パーティー()に参加するつもりなのではあるまいか。比較的潔癖な方だと思っていたオルガマリーがこんな話に乗ってくるとは。

 

「だってその礼装、サーヴァントが着ても有効なくらい強力なんでしょ? 人間の魔術師が着たらどれくらいの効き目になるのか興味はあるわ。術式の解析もしてみたいし。

 その格好で日常業務やれって言われたら嫌だけど、藤宮に1回見せるだけなら安いものよ」

「そ、それはまあ……」

 

 オルガマリーの言い分は一理、いや三理くらいある。マシュは言葉に詰まった。

 しかしこのような暴挙を受け入れるわけにはいかない。

 

「でもダメです! これは私がもらった物なんですから、所長は安心して業務に専念して下さい!!」

「そ、そう? 残念ね……」

 

 なのでマシュは感情の赴くままに、礼装を抱えたまま脱兎したのだった。

 

 

 

 

 

 

 逃げたマシュをメリュジーヌが文字通り飛んで行って連れ戻すと、報告会はつつがなく再開された。

 

「本当は地図とか元凶の手掛かりが欲しかったんですが、それはなかったんですよね。まあゼノビアさんが来てくれたから何とかなりましたけど」

「うむ、こちらもマスターに乗せてもらったおかげで移動が楽になったからWinWinというやつだな。そもそも私1人で進んでいたらおそらくどこかでやられていただろうし」

「うん、やはり現地サーヴァントとは仲良くするべきだと再確認した」

 

 それが美女美少女で有能とくればさらに倍プッシュなのだが、光己はそこまでは口にしなかった。

 

「ああ、順序が逆になったけど、家探しの前に情報交換はちゃんとしましたよ。

 それで城の場所と行き方が分かりましたし、砂漠の中に街があることも教えてもらいましたし」

「砂漠に街……なるほど、オアシスの街ってことね」

 

 オルガマリーがほわーっとした声をあげたのは、多分アラビアンな砂漠の街を想像して異国情緒を感じたからだろう。あるいは行ったことがあるのかも知れない。

 

「はい、ゼノビアさんのおかげで要らないトラブルやぼったくりに遭わずに済んで良かったです。やはり現地現時代サーヴァントは正義……!

 あ、これ街で買ってきたお土産です。マジックアイテムとかはなくて、露天市で買ってきた食べ物や日用品ですけど」

「うん、いつもありがとう」

 

 光己が波紋から袋を出してオルガマリーに渡すと当人は嬉しそうに受け取ったが、例によって太公望はまた首をかしげた。

 

(買ってきたお土産……?

 そう都合よくカルデアが特異点で使える通貨を持っていたとは思えませんが、先ほどの一軒家にあったということでしょうか? いやマスターはそうは言わなかったような)

 

 それとも光己がもともと持っていたのだろうか? というか彼が出すあの黒い波紋、どこにつながっているのだろう。

 彼は見た目の印象は道士や魔術師ではなく市井の善良な一般人なのだが、魔力はやたら強い上に人外のものだし、先ほどもドラゴン云々という話があった。いったい何者なのだろうか。

 

(聞くべきか、聞かざるべきか……これは難しいですねェ)

 

 サーヴァントとして人理修復という大業に臨むなら、マスターの素性や生い立ちや性格や能力を知っておくのは必須、とまでは言わないが重要である。しかしただの一般人でないのならそこにどんなトラウマが潜んでいるか分からないわけで、知り合った直後にいきなり踏み込むのは軽率かも知れない。

 ただでさえ、(光己が人理修復のために訓練を積んできた魔術師か軍人の類でないのなら)大変な仕事に巻き込まれてストレスが溜まっているはずだし。

 

(もう少し様子を見ますか……知ってそうな人に聞くという手もありますし)

 

 なので太公望がこんな結論に至って沈黙を保っていると、光己の話はその街に入って買い物して昼食を摂っていたらまたサーヴァントが現れたという展開になった。

 

「仕方ないんでそっちに行ったんですが、街の外壁の上に行ってみるとサーヴァント1人を別のサーヴァント1人と手下40人が追いかけてるって構図だったんですよね。

 で、追われてる方を真名看破してもらったらシバの女王さんでしたので、先手を取ってメリュに確保しに行ってもらったんです」

「女王と『魔術王』の関係にすぐ気づいて、しかも僕に頼めばすぐ連れて来られることにも考えが及ぶなんて、やっぱりお兄ちゃんは賢いね!」

「そりゃまあ、メリュの兄貴なんだからそのくらいはね」

「えへー」

 

 間接的に褒める上に好意も示した台詞に妹はご満悦であった。

 まあ確かに、高校2年生がとっさにした判断としては上々のものといえよう。

 そして次は名前が出たシバの女王の番である。光己は褐色露出多めおっぱい美人に左右から挟まれて大変幸せだったが、シバとはまだそこまで親しくなっていないので顔に出すのは控えた。

 

「え~と、私の番ですねぇ~。

 私もはぐれサーヴァントでしてぇ、何故か『アリババと40人の盗賊』のアリババの役を付けられて現界したんですよぉ。迷惑ですよねぇ」

 

 シバが困り顔でそう言うと、バーヴァン・シーがしごく同意といった風に頷いた。

 といってもバーヴァン・シーには実害というほどのものはなかったのだが、シバにはとても大きな実害があった。

 

「そのせいでさっきマスターが言った40人、つまり『40人の盗賊』に追われてたんですよぉ」

「ああ、『アリババと40人の盗賊』ってそんな話だったわねえ。

 でもどうしてそんな役つけられたのかしら?」

 

 オルガマリーが同情しつつもそう訊ねてみると、シバも光己も首をひねった。

 

「うーん、それは最後まで分からなかったんですよねぇ。

 モレーさんは色々語ってましたけど、その辺には触れなかったですし」

 

 光己の体内の聖杯を奪うのが目的だったのなら、はぐれサーヴァントに童話の登場人物の役をかぶせる、いや役をかぶるようにする必要はなかったと思うし、実際それでモレーが何か得をした様子はなかった。

 

「あるいは、モレーさんが意図的にやったんじゃないのかも知れません」

「なるほど、特異点をつくってる内に偶発的にそんな法則ができちゃったということもあり得るのね……。

 特異点修正ってホント大変なのね。みんなありがとう」

 

 オルガマリー自身何度か特異点に行ったことがあるが、正直に言って大した手柄は立ててない。だから光己とサーヴァントたちには感謝と敬意を忘れないようにしたいし、自分の今のメインの役目である裏方の取りまとめはきっちりやり遂げたいと改めて思うのだった。

 

「どう致しまして。所長のお仕事も大変でしょうけど、あんまり無理しないで下さいね」

 

 すると光己がそう言ってくれたが、実際オルガマリーの仕事は魔術王を倒した後が本番なので、今根を詰め過ぎるのは良くないのだった……。

 

「……うん。

 それで、『40人の盗賊』の方のサーヴァントは誰だったの?」

「…………黒髭。エドワード・ティーチです」

「黒髭」

 

 忘れもせぬ、あれはオルガマリーが管制室でオケアノス特異点における最終決戦を見ていた頃……黒髭、エドワード・ティーチはその(おぞ)ましき言動によりカルデアの女性陣を阿鼻叫喚の坩堝(るつぼ)に陥れた恐るべき強敵だった。その黒髭がまた現れたというのか。

 

「ええと、その……本当に大変だったわね」

「そうですね、たった1人で追われていた女王の心中は察するに余りあるかと」

 

 男の光己でさえ、二言三言話しただけで甚大な精神的ダメージを受けたのだ。若い女であるシバが冷静さを保てていたのは僥倖だったといえよう……。

 

「今回は黒髭は1人きりで、しかも思い切りアウェーの地だったのに、倒すの苦労しましたからねぇ。世界一有名な海賊だけのことはありました」

「そうねえ。まあ黒髭にとっても望ましい召喚じゃなかったとは思うけど」

「―――」

 

 光己はここで「黒髭は『愛しのシバにゃん』とか『拙者のピュアなハートを盗まれた』とか言ってましたから、美女美少女美幼女がいればどこでもOKだと思います」と言おうと思ったが、シバの心情に配慮してやめておいた。

 

「まあ黒髭についてはあまり語りたくもないのでこの辺にして。

 その後はシバさんと改めてお話して、人理焼却と魔術王のこと話したら仲間入りしてくれたわけです」

「はぃぃ~、あの方の冤罪を晴らすためですから」

 

 まだ冤罪と決まったわけではないのだが、シバとしてはそう思いたいのだった。

 

「ええ、一緒に頑張りましょう。

 それでその後はどうしたの?」

「さすがにすぐ出立する気にはなれませんでしたので、気分直しがてら街で買い物して宿屋で一泊して、次の日の朝になってからチェイテ城に行くことにしたんです」

「なるほど、まあ妥当なところね。

 でもエリザベートはともかく、城まで召喚されたのはどういうことなのかしら。いろいろ謎が残るわね」

「そうなんですよねぇ……」

 

 オルガマリーがふと口にした疑問に、光己も改めて首をひねるのだった。

 

 

 



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第206話 報告会5

 オアシスの街からチェイテシンデレラ城に行くには、徒歩だと砂嵐がひどい砂漠を踏破した上で険しい山を越えて行くしかないが、空飛ぶ竜の背中に乗って行くなら楽なものである。カルデア一行は円形に連なる山脈をあっさり飛び越した。

 山脈の内側には草木が鬱蒼(うっそう)と茂ったどこか怪しげな森が広がっており、その中央には小高い山がそびえている。その山の頂上に建っている西洋風の城こそがエリザベートが言うチェイテシンデレラ城、そして黒幕の居場所だと思われた。

 

「いきなり城に押しかけることもできましたけど、森の中にもサーヴァント反応があったので寄り道してそちらに行ったんです」

「そうね、サーヴァントだけ弾くなんて罠仕掛けてきた相手なんだから、戦力や情報は多いに越したことはないわ」

 

 カルデアと通信できないということは、やられそうになってもレイシフトで脱出といった非常手段は取れないということでもある。オルガマリーが光己の慎重策に同意したのも当然だった。

 

「それでどうなったの?」

「はい、2人と6人に分かれてましたのでまずは2人の所に行ったんですが……ゼノビアさんの時の失敗に鑑みて少し離れた所に着地したら、森全体に変な魔術がかけられてて堂々巡りになるようになってたという」

「まだ罠があったのね……それでどうしたの?」

「はい、その魔術の罠はメリュが切り裂いてくれたので困りませんでしたが、そしたらモレーが空中に平面映像出してアプローチしてきたんです」

 

 これはよく考えたら恐ろしいことである。モレーは城内に居ながらにして光己たちの居場所を把握し、さらには魔術を届かせることができたということなのだから。

 つまり仮にモレーの目的がカルデアのマスターの殺害で、光己が一般人のままであったなら、ここで攻撃魔術を喰らって死んでいたかも知れないのである。

 

(…………うーん、特異点修正の仕事って私が思っていたより厄介だったのね)

 

 ヒナコは光己たちの話を黙って聴いていたが、その表情はあまりよろしくなかった。

 もし我を張って自分がこの特異点に行っていたなら、不死身だから戦闘で負けて殺されることはないとしても、エリザベートやバーヴァン・シーを味方にできたかどうか怪しいし、ゼノビアには会えなかっただろうから、どちらに進んでいいかも分からない。仮に正解を選べて山脈を越えるところまで行ったとしても次は森の罠があったとなると、チェイテシンデレラ城とやらにたどり着くのはいつになっていたことか。

 すると項羽が表情で考えを読んだのか、小声で話しかけてきた。

 

「うむ。彼には後ほど、改めて礼を述べねばなるまい」

「そ、そうですね。でもご安心下さい! 元々項羽様をお連れできるか、召喚用の素材を持ち帰れたら礼品を渡すと約束していましたから!」

「そうであったか。私は無一文でここに来た身ゆえ恩を返す手立てを計算できずにいたが、これで安堵した」

「それはもう、項羽様に居心地の悪い思いをさせるわけにはいきませんから!」

 

 ヒナコはふんすと胸を張ったが、もし最初に依頼した時に光己がすぐ了承していたら無償でやらせていた可能性が高いことについてはつつましく沈黙を保った。

 

「―――まあ幸いというか何というか。モレーは妙に自信満々で、攻撃はしてきませんでした。

 んで俺たちにはこの迷妄(めいもう)の森は突破できないとか何とか言って煽ってきたのはいいとして、実はエリザベートは分身の術みたいな感じで二分割されてて、その片方が城で眠らされてることが分かったんですよね」

「つまり人質ってこと? やっぱり周到ね。

 それにサーヴァントを分割するなんて相当優秀な魔術師、いえ魔術使いだわ」

 

 オルガマリーがちょっと青ざめた顔で感嘆と畏怖の声をもらす。

 遠隔で聖杯を抜き取る技術までは持っていなくて良かったというところか。立香が阻止してくれるといっても、彼女は素人枠だからあまりアテにし過ぎるべきではないし。

 

「そうですね。もし彼女がポンコツでなかったら、3倍くらい苦戦してたかも知れません」

「ぽ、ぽんこつ!?」

 

 優秀かつ周到な魔術使いには似つかわしくない単語を聞いたような気がするが事実だろうか。

 

「はい、優秀で周到なのは事実ですけど、言動や雰囲気には隠しようのないぽんこつ風味が……。

 いえまあ、それもこちらを油断させる策だったという見方もあるんですが」

 

 後の話になるが、モレーは土下座からの脱衣でこちらの気組みを乱しておいて背後から不意打ちという策を使ってきたので、後者の見方にも根拠はあるのだ。

 

「まあその時は顔見せだけで終わりまして、そのまま進んでさっき話した2人と対面したわけです。

 それじゃバーゲスト、お願い」

「ふむ、私の番ですか」

 

 バーゲストが光己のそばまで来ると、ゼノビアとシバは元いた場所に戻って行った。

 なおバーゲストは特異点ではずっと鎧を着ていたが、今は黒い夜会服(イブニングドレス)を着ている。この服の時は騎士というより氏族の貴族というスタンスでいるらしく、言葉遣いも変えていた。

 身体の雄大さに対して服の生地が薄いのでとても肉感的に見える……のだが、光己の感覚では女ヘラクレスめいて筋骨隆々の上に迫力たっぷりなので色っぽくは感じなかった……。

 

「先ほどマスターが『2人と6人に分かれてました』と言いましたが、実は1つのグループで、その時はたまたま2人で外に出ていただけです。『白雪姫』に登場する姫と小人7人で、合わせて8人ということですわね」

「ずいぶん大勢なのね。みんなはぐれサーヴァントなの?」

「ええ、8人セットの設定だから8人で召喚されたのだと思いますわ」

「へえ……」

 

 オルガマリーが感嘆の声を上げる。確かに理屈としては分かるが、自分で召喚するわけでもないサーヴァントにそこまでの設定を付けられるとは。

 カルデアの召喚システムに応用できれば費用対効果が大幅に改良されそうなのだが。

 

「まあ希望的絵空事は置いといて……その8人はどんな人だったの?」

「ええ、まず白雪姫がそこにいる自称姫で、小人役が私、俵藤太、渡辺綱、宮本武蔵、ナポレオン・ボナパルト、シュヴァリエ・デオン、ロビンフッドの7人ですわ。

 私と自称姫以外は汎人類史出身だったと思います」

「大物ばかりじゃない……」

 

 オルガマリーは冬木の頃は日本のことはあまり知らなかったが、戦国時代から帰った後は勉強したのでそれなりに詳しくなっている。藤太と綱と武蔵は個人戦闘では最強クラスだし、デオンとロビンも得意芸が活かせる環境なら大活躍するだろう。ナポレオンは信仰補正がすごそうである。

 バーゲストもメリュジーヌの同僚なら十分強いだろう。自称姫はまだ分からないが。

 

「ええ、皆優れた戦士でしたわ。それで逆にマスターはあの特異点は恐ろしい所だと思って顔をしかめていましたが。

 私たちはあの特異点や迷妄の森をつくった何者かが森のどこかにいることは分かっていましたが、森は迷路になっている上に(ヌシ)がいて簡単には突破できませんので、とりあえず近辺に出没する魔物を退治していたわけです」

「なるほどねえ……」

 

 おそらくその主とやらもモレーの仕込みであろう。しかし聖杯の持ち主(みつき)に城に来て欲しいなら森を迷路化したり強敵を配置したりするのは逆効果になるような気もしたが、おそらくモレーには何らかの考えがあった……のだと思う。多分。

 

「それで、その魔物退治の最中に藤宮たちに出会ったというわけね」

「ええ、メリュジーヌが仲介を申し出てくれたので陛下の元に帰参することにしたのです」

 

 帰参というと1度主君の元を去った者がまた戻って来て仕えるという意味があって、実際バーゲストはそういう趣旨で述べていた。生前にモルガンに叛いたのも、今帰参しようとしているのも、正しいかどうかはともかく恥じることではないと思っているので。

 そこでチラッとモルガンの顔を横目で見てみたが、表情に変化は見られなかった。まあもともと表情豊かな人物ではなかったし、人前でもあるから何もおかしくはないが。

 怒りや拒絶といった感じはしないから、帰参を断られることはないだろう。

 

「―――その後は、マスターたちは特異点を修正するために情報収集しているというお話でしたので、私たちの家に案内したわけです。俵さんたちは皆正統派の英霊ですから、マスターたちが特異点を修正にしに来たのであれば、協力するのに否はないでしょうから。

 そこで今話した主の件とか、森は迷路になっているとか草木の成長が異常に速いといったことを説明したのですね」

「そんな罠まであったの」

 

 主と迷路に加えて草木の成長を速める罠とは。おそらく木を切り倒すとか下草を刈るとかして目印を作るのを無効にするとかそういう意図があったのだろう。

 

「ええ、そのせいで私たちもあまり動けなかったのですわ。

 自称姫が寝ていたので皆で出向くわけにもいかないという事情もありましたが」

「ああ、白雪姫ってそういう話だったわね。

 でも今ここに来てるってことは、王子役のサーヴァントでも現れたの?」

「ええと、それは」

 

 そこでバーゲストは一瞬言葉に詰まった。

 ここのカルデアはまだ妖精國に行っていないそうなので、どこまで話していいかすぐには決めかねたのだ。

 後でモルガンに確認するべきだが、さしあたっては、あの時メリュジーヌが語ったことの範囲内なら大丈夫だろう。

 

「……いえ。実は自称姫は生前はモルガン陛下と敵対していたのですが、汎人類史の味方というわけでもありませんでしたので、マスターは自称姫は起こさず眠ったままにしておくことにしたのですわ」

「ああ、それならカルデアの味方になる理由がないものねえ」

 

 モルガンに敵対したからといって、汎人類史を助ける義理はない。確かにその通りだが、ならば何故自称姫はここにいる、いやその前に棺から出ることになったのだろう?

 

「…………それはですね。眠ったままにしておくことになったので皆部屋を出ようとしたのですが、その時ジャンヌオルタさんが棺に足をぶつけまして。それで棺が揺れた拍子に、自称姫の喉に詰まっていたリンゴの欠片が口から出てきたのです」

 

 このあんまりな展開を説明するのはバーゲストもあまり気が進まないらしく、まさに苦虫を噛み潰しているような口調であったが、流れ的に語らないわけにはいかないので仕方なかった……。

 

(むうー。王子様、私を起こさないつもりだったんですね。ひどいです!)

 

 ここで自称姫、本名アルトリア・キャスターはこんなことを思ったが、生前の自分が汎人類史の味方ではなかったのは事実なので追及はできなかった。光己はカルデアのマスターの役目を遂行しただけで悪気はなかったのだし、責めても得はあるまい。

 ……という結論に達したキャスターが沈黙を保っていると、バーゲストが声をかけてきた。

 

「では自称姫、自分のことは自分で話して下さい」

「自称じゃありませーん!」

 

 キャスターとしてはここは譲れないのだった。

 先ほどの件だって、王子様にその気がなくてさえ白雪姫が目を覚ます展開になるほどに逸話再現力だか世界設定力だかは有能だということでもあるのだ。つまり玉の輿に乗るためには白雪姫名義のままでいる方が圧倒的に有利なのだから。

 

「では王子様、ここからは私もお話しますね!」

 

 まずは笑顔で媚びを売りつつ、彼の隣に座って軽く肩を触れ合わせてスキンシップを図る。逸話再現力がいかに有能であろうと、それに頼りっ放しで自助努力を怠る者に勝利はないのだ!

 

「うん、お願い」

 

 光己は可愛い女の子が媚び媚びで来てくれるのは嬉しいのだが、自称姫はやっぱりまだ慣れていなくてわざとらしさが透けて見えるのが惜しかった……。

 

「えーと、今の話だと私がカルデアに来た理由が分からない方もいると思いますので最初に言いますと、ズバリ! 王子様のハートを射止めて玉の輿に乗るためです!」

「「!?!?!?!?!?」」

 

 いきなりぶっちゃけたキャスターにオルガマリーやエルメロイⅡ世など常識派は思い切りびっくした様子で目をぱちくりさせ、清姫や景虎たちマスターLOVE勢には派手に柳眉を逆立てた者もいれば、(マスターは勇士を惹きつける魅力を備えてきたようですね、好ましい傾向です)と喜ぶ者もいたりとさまざまであった。

 キャスターは室内の空気がざわついたことには気づいたが、それなりに修羅場をくぐった身なのでまったく動じず、本来は最初に述べておくべきことを口にする。

 

「あともしカルデアが妖精國と戦うことになったら中立で何もしないということで、王子様の了承ももらってますから! そこはご安心下さいね!」

「ああ、そういう問題もあるのね……」

 

 そう言われて改めて異聞帯組の危険性に気づいたオルガマリーがチラッとモルガンに目を向けると、モルガンもそこはしっかり考えていたらしく普通に答えてきた。

 

「そうですね、私もそこの自称姫と同じ方針です。

 ……と口で言うだけでは信用できないでしょうし、むしろ鵜呑みにされる方が甘ちゃん過ぎて不安ですから、妖精國が発見されたら解決するまで妖精國組はまとめて軟禁でもしておけば良いでしょう」

 

 これは「冬の女王」の発言としてはずいぶん弱気なものだったが、サーヴァント契約を解除して座に退去させるという簡単かつ確実に反乱を防げる手段を取らせないようにするための牽制である。モルガンが召喚に応じた時は妖精國出身者は自分1人だったのでそこまで警戒されまいと思っていたのだが、5人にもなったらさすがにそうはいかないので。

 なお実際は妖精國は汎人類史に来させない方針なのだが、今はまだ伏せておいた。

 それを聞いたオルガマリーが今度は清姫の顔を見ると、嘘発見少女も現界してから結構経つだけにこれは重要な問題だと判断してしっかり鑑定しており、こくりと小さく頷く。

 

「……そうね、検討しておくわ」

 

 それを踏まえて、ただここで「ではそうします」と言ってしまってはそれこそ甘ちゃんなのでオルガマリーはそんな返事をしたのだった。

 

 

 



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第207話 報告会6

 妖精國組の反乱の問題についてはオルガマリーが清姫の見解をもとに納得したので解決済みということになり、その瞬間を素早く捉えたアルトリア・キャスターが報告の続きを始めた。

 

「そういうわけで私も王子様の仲間になりまして、いったん俵さんたちの所に戻ったのですね」

 

 何故そうしたかといえば、あの時の泥仕合を皆の前で解説されたくないからである。光己やジャンヌたちは知っていることだが、より多くの人に語るメリットはない。

 もっとも光己もメリュジーヌもあえて人の黒歴史を理由もなくバラすほど性悪ではなかったが、代わりにモルガンが嘴を入れてきた。

 

「待て予言の……いや白雪姫と呼んでおくか。確かに童話はそういう展開だったが、おまえはそれだけでカルデアに来ることを決めたのか?」

 

 どうやら言葉が足りなかったようである。キャスターはしっかり述べておくことにした。

 

「いえ、あくまで王子様の人柄()()をちゃんと観察した上でのことですよ。そもそも王子様を王子様認定したのは、王子様がカルデアのマスターだと聞く前でしたし。

 正しかったか間違ってたかはともかく、予言の子の使命も楽園の妖精の役目も果たしたんですから、死んだ後くらい好きにしてもいいですよね」

「……そうか、それならいい」

 

 モルガンは自分が役目を果たさず放置していたせいでキャスターがそれをやるハメになったことでキャスターにちょっと引け目を感じているので、彼女が死後とはいえ役目から解放されて自分の妖精生を生きられるようになったことにほっと安堵の息をついた。

 

「ただ我が夫はモテる男だからな。大奥に入るだけなら容易だろうが、正室になるとか、ましてや寵愛を独り占めなんてしようとしたら地獄めいた難易度になるから覚悟しておくのだな」

「むう。普段からの夫呼びで刷り込みを図るとは、やはりあの魔境でずっと女王をしていただけのことはありますね……」

 

 キャスターはここで「でも若さなら貴女よりは上ですから!」と言おうとしたが、それを口にしたらガチ戦争なのでやめておいた。

 

「これが汎人類史(こちら)の言葉でいう『おまいう』というやつか……?

 ん、ちょっと待て。今『王子様認定したのは、王子様がカルデアのマスターだと聞く前』と言ったな。ということは、我が夫は『異邦の魔術師』ではないということか?」

「……? 何言ってるんです? 貴女も異邦の旅人(リツカ)とはキャメロット城で会ったじゃないですか」

「え!? ……あ、ああ、そうだったな。思い出した」

 

 モルガンは今日まで記憶がぼやけていて異邦の魔術師が光己だったかどうか分からずにいたのだが、キャスターの言葉でようやくはっきりしてぽんと手を打った。

 いったん思い出してみれば、顔も性別も違うのに分からずにいた方が不思議なくらいである。6千年も生きたから記憶が多すぎたせいだろうか?

 

「まあ今後の展開によっては、王子様が異邦の魔術師になるかも知れませんけれど。

 むしろその方が順当じゃないですか?」

「確かにな、未来は変わるものだ。いや我々にとっては過去だが……んん!?」

 

 そこでモルガンは何か引っかかるものがあった。

 仮に光己が妖精國に行くことになった、あるいは妖精國を汎人類史に来させなかった場合、妖精國の行く末は自分たちの記憶とは違ってくることになるが、そういうことはあり得るのか? 未来は変えられても、確定した過去を変えることはできないはずではないか?

 

(……いや、そうでもないか)

 

 カーマやアイリスフィールのようにモルガンたちが平行世界の出身であったなら、ここの妖精國が自分たちの記憶と違う顛末になってもおかしくない。「過去」を変えるのは可能だろう。

 縁ならそれこそカーマがいるのだし。

 もちろんただの推測で、根拠は何もないが。

 

「どうかしましたか? 急に考え込んじゃって」

「いや、何でもない。記憶を整理していただけだ」

 

 するとキャスターが訝しげに口を挟んできたのでこう答えたが、これは結構重大な問題であるような気がする。もし平行世界説が正解なら、妖精國のありようも自分の記憶とは違っているかも知れないのだから。

 もし違うありようの妖精國というのがあるなら一目でも見てみたいものだが、どのみち共存できないのなら詮ないことだろうか。

 

「―――そうですか、じゃあ報告の続きに戻りますね。

 これで小人たちの家での用事は済んだと思ったんですけど、そこにジャンヌさんがサーヴァントが接近中だと警告してきたのですね」

「タイミングが良すぎるわねえ。モレーの差し金か、それとも白雪姫の継母かしら?」

 

 オルガマリーがまた畏怖混じりの声を上げる。ここまで積極的に絡んできた特異点ボスは初めてではあるまいか。

 

「そうですね、その両方だと思います。

 来たのは私の継母役の武則天さんと毒りんご職人の静謐のハサンさん、さっき話に出たカーミラさん、あと別方面から項羽さんでしたから。それぞれ手下に酷吏とかカボチャ兵とか魔物とか連れてましたし」

「えっ、項羽様敵方だったんですか!?」

 

 てっきり普通にはぐれサーヴァントだと思っていたヒナコがびっくりして項羽に顔を向けると、項羽はそれが分かっていたかのように落ち着いた様子で頷いた。

 

「うむ。今彼女が名を出した、私を含む4騎はモレーの配下として召喚された。シンデレラや白雪姫、小人たちが現界したのは『童話の役』で紐付けられた連鎖召喚だと推測される」

「うぐぐ。項羽様を呼びつけて手下にするなんて許せないけど、そのおかげで会えたわけだから怒るに怒れない……!」

 

 ヒナコが深刻な葛藤に頭を抱えて悶え始めたが、キャスターはそれが終わるのを待たずさっさと説明を再開した。

 

「えー、それでですね。私と王子様たちは武則天さんたちを、俵さんたちは項羽さんたちを迎え撃つことにしたんですね。

 で、まず私たちの東側ですが」

 

 武則天とカーミラは生前は荒事の経験がなかったらしく戦闘技術は低めで、手下も数こそ多かったが質は大したことなかったので、戦況はカルデア側有利に推移した。しかし静謐のハサンは勝算が小さいのを悟るとこちらの急所=マスターに単騎突撃を仕掛けたのだ。

 

「あの捨て身っぷりにはびっくりしましたけど、王子様って意外と戦い慣れしてたんですよね。口から細いビーム吐いて目潰しするとか、それでも突っ込んできた彼女の顔を盾で殴るとか」

(??????)

 

 魔術師どころか人間から逸脱した戦闘法を聞かされた太公望の頭の周りにはてなマークが浮き上がる。針を飛ばす宝貝(パオペエ)を使った武将なら知っているが、何故にわざわざビーム?

 

「でも静謐さんって執念深くて、そこで盾をつかんで踏ん張ったと思ったら、自分で喉を短刀で掻き切って毒の血を王子様に浴びせたんですよ。王子様が無敵アーマー持ってなかったら死んでたそうなんですけど、何が彼女をそこまでさせたんですかねえ」

「たまにいるのよね、そういう覚悟ガンギマリな人。なんでそれを人理の味方(こっち)に向けてくるのか分からないけど」

 

 オルガマリーがはあーっとため息をつく。そういう手合いはローマにもオケアノスにもいたが、なぜその気合いを魔神柱なり特異点ボスなりに向けてくれないのか。

 

(……無敵アーマー?)

 

 一方太公望は別の単語にまた首をかしげていた。こちらも生前に似たような技能を何度か見たが、神秘が薄れたこの時代でここまでやるとは、もしかして宝貝人間(ナタ)の同類か何かなのか!?

 だとするととんでもない技術だが、その内容によっては光己こそが英霊の座でまことしやかに噂されていた、カルデアの闇だという可能性も……!?

 いや、よそう、僕の勝手な推測でみんなを混乱させたくない……などという与太はいったん横に置いて続きに耳を傾ける。

 

「それで静謐さんが退去したら武則天さんとカーミラさんは退却したので、私たちも北側に向かったんですね」

「そっちには項羽様がいたわけよね!? まさかケガさせたりしてないでしょうね!?

 いえ、項羽様を傷つけられるサーヴァントなんているわけないけど」

「あー、えーと」

 

 ヒナコがぐるぐる目で詰め寄ってきたので、キャスターはこれはめんどくさいと判断して王子様……に丸投げすると好感度に悪影響がありそうなのでバーゲストに投げることにした。

 

「私は後衛担当でしたので、ここは直接対峙したバーゲストが話すべきかと」

「貴女という妖精は……いえまあ、私が対峙したのは事実ですが」

 

 なので仕方なく、バーゲストはキャスターの依頼を引き受けて説明を始めた。

 この時点では項羽の真名は判明していないが相当な強者だと思われた上に、魔物軍も以前より強いという話を聞くと、キャスターの提案で彼女と光己がバフをかけてくれたのである。

 

「その私と互角以上に渡り合えたのですから、勇猛な剣士だったのは確かですね。お互い剣技だけで特殊なスキルなどは使っていませんでしたが」

「そうでしょうとも、さすがは項羽様ね!」

 

 見た目いかにも強そうなバーゲストに夫の武勇を褒められて、すっかり鼻高々なヒナコ。当の項羽は自慢たらしいことは好まないのか無言だったが。

 

「その時点では私は貴女と項羽王のことを聞いていなかったので戦って倒すつもりでしたが、メリュジーヌが来て仲裁してくれたのでお互い剣を引いたのですわ」

「なるほど、それで項羽様もこちらに移籍したというわけね?」

「いえ。あの場では項羽王とモレーのサーヴァント契約を解除することはできませんでしたので、ここは退却してもらって後でモレーもいる所で、となりましたが」

「ぐむむ、項羽様をそこまで縛りつけるとは不埒な……」

 

 ヒナコの怒りは荒ぶるばかりだったが、それで報告の邪魔をするのはお子ちゃま過ぎるので今回はこの辺にしておくことにした。

 

「……それでどうなったの?」

「項羽王が撤退する理由を作るためにお互い手加減して打ち合っていたのですが、その最中に変身と透明化の能力を持った巨大な怪物が現れたのですわ。

 シバの女王の眼力のおかげでそこまで苦労せず倒せたようですが」

「変身はともかく透明化って危なくない?」

 

 オルガマリーが青ざめた顔でまた話に加わる。フィクションじゃあるまいし、いくら武闘派の英霊でも目に見えない敵とまともに戦うのは難しいと思うが。

 

「そうですわね、女王がいなければもっと苦戦していたでしょう。フレンドリーファイアを気にせず広範囲攻撃をしていいなら別ですが、そういうわけにもいきませんから」

「なるほどねえ」

 

 確かにサーヴァントには「約束された勝利の剣(エクスカリバー)」や「最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)」のような派手な必殺技を持つ者もいるが、この手の技はたいてい敵も味方もない無差別攻撃なので、使い勝手が悪いところもある。難しいものだった。

 

「……そういうわけで怪物を倒した後は、項羽王に合図して一撃喰らって傷ついたフリをして撤退したもらったのです」

「うーん、まあ仕方ないかしら」

 

 同僚が倒れたからといって、項羽ほどの強者が無傷なのに撤退したら怪しまれる恐れがある。なのでヒナコはケチはつけなかった。

 

「実際、そうしたらモレーが空中にスクリーンを出して顔見せしてきましたからね。

 様子を見ていたのでしょうから、このくらいの演技は必要だったでしょう」

「そうねえ」

 

 こうして項羽も撤退すると魔物軍も逃げ始めたため、カルデア一行と白雪姫組はどうにか勝利を収めたのだった。

 その後ケガ人の治療とか魔物の遺体の処理をしたらそろそろ出立の時なのだが―――。

 

「おっと、忘れるところだった。エリセ、俵公たちをカルデアに誘う度胸はなかったけど、サインと写真はちゃんともらってきたから安心して。後で印刷して渡すから。

 ジャンヌ・ダルクとナポレオン・ボナパルトのツーショット写真というスペシャルなお宝に震えるがいい」

「うわー、ありがと光己さん!!」

 

 エリセは英霊マニアなので、光己に影響を受けてサーヴァントのサインと写真を集めているのだ。居ながらにしてコレクションが増えていく幸せに頬が緩むばかりである。

 

「うーん、でもホントに良くしてもらってばかりで申し訳ないなあ。今度仕事行く時はメンバーに入れてね」

「うん、次はイギリス組と太公望さんにお願いすることになってるけど、その次くらいで考えるから」

「うん」

 

 実際エリセは今は食堂の手伝いくらいしかしていないので、1度くらい現場仕事に出ないと肩身が狭いなあ、などと思っているのだった。

 

「―――これで俵公たちとはお別れになったんですが、ナポレオン帝が好意でついてきてくれまして。チェイテ城には11人で行くことになりました」

 

 その後は城に着くまで襲撃はなく、城内にも罠の類はなかったので、ようやく謁見の間っぽい大広間でモレーとご対面になったわけである。

 

「長かったわねえ」

 

 日程的にはわずか2泊3日だったのだが、事件が起こる密度が濃い。逆にローマや戦国時代のような長期に渡ったものは事件の頻度は低かったので、特異点の面積が狭いと事件や現地サーヴァントも密集するということだろうか。

 いやそれよりオルガマリーが1番気にかかったのは。

 

「でもあれね、そこに人質のエリザベートもいたんでしょう? いざとなったら人質ごと大技でモレーを倒すって手もあるけど、こちらにもエリザベートがいたらやりにくくなるわね」

「そうですね、わざわざ分割までしたのはそのためでしょうし。

 でも対策考える時間はありましたので、喉元に剣突きつけて『彼女の命が惜しかったら~~』的なことまではされずに済みました」

「へえ、どうやって?」

「はい、まずは熾天使形態(ゼーラフフォルム)で翼出しまして、さらに光も出してですね。ダメ押しでギルガメッシュから分捕った武器の中に『火を噴く剣』の原典がありましたので、これで炎出して見せればウリエルの疑似サーヴァントのフリができるってわけです」

「ウリエル? ……ああ、なるほどね」

 

 オルガマリーはそちら方面の知識はあるので、光己の策の狙いをすぐ理解できた。

 ウリエルはとても厳格な性格だと言われているから、血の伯爵夫人(エリザベート)に組みつく、つまりくっついて動きを止めたりしたらこれ幸いとばかりに彼女ごと殺しにいく可能性が高い。それを示唆することで、人質作戦は逆効果だと思わせたのだろう。

 

(翼を出した? ギルガメッシュから武器を分捕った?)

 

 一方太公望は例によって宇宙猫状態だったが……。

 またそれとは別に、光己に苦言を呈する者もいた。

 

「あ、そうそう! あの時は言いそびれましたけど、主の御使(みつか)いを騙るのはダメですからね!

 今回は事情がありましたから仕方ありませんが、軽い気持ちでやっちゃいけませんよ」

 

 ジャンヌである。敬虔なキリスト教徒としては当然の発言だった。

 

「んん!? ああ、そういえばお姉ちゃんはキリスト教徒だったか……。

 実際威圧効果はあったんだけどしょうがない、この手はなるべく使わないようにするよ」

「分かって下さればいいです」

 

 お姉ちゃんに怒られては仕方ないので光己が「なるべく」という含みを残しつつも了承すると、ジャンヌも彼とカルデアの使命の重大さに鑑みて妥協してくれた。

 穏便に済んで何よりである。

 

「それで戦う前にあれこれ問答したんですが、モレーはこの時点では目的は話してくれかったんですね。でも戦力はこっちが上だったから追い詰めたら、いきなり土下座してきたからびっくりしました」

「土下座!?」

 

 これにはオルガマリーも驚いた。さんざん手管を弄しておきながら、負けそうになったら恥も外聞もなく命乞いとは。

 

「はい、それでまず目的を語ってくれたんですが、何でもフランス王家への復讐と、全人類の堕落と深淵の聖母への回帰、とか言ってました」

「復讐はともかく、深淵の聖母への回帰って危なくない?」

「俺は詳しくは知りませんけど、激しくヤバい奴ですよね。

 どっちにしてもやらせるわけにはいきませんので、降参するなら聖杯と令呪よこせって言ったら今度は服を脱ぎ出しまして」

「!?」

 

 斜め上の展開にオルガマリーがぼっと頬を赤らめる。戦闘の真っ最中に男性の前で服を脱ぐとは何という破廉恥な、もしかしてモレーは魔女のサバトのアレとかコレとかそういうのをやっていたのか!?

 

「いや、これも彼女の策でして。それで俺たちが驚いてる隙に、自分を分割して俺の背後から聖杯を抜き取ろうとしたんです」

「ああ、そういえば貴方の体内に聖杯があったんだったわね」

「ええ、そこでさっき言った話ですけど、立香がインターセプトしてくれたんです」

「へええ、それはお手柄ね」

 

 テロで重傷を負って凍結処置されている、しかも素人の身でありながら特異点ボスから聖杯を守ってくれたとは。いずれそれなりの礼をせねばなるまい。

 

「その後もモレーは結構粘りましたけど、まあ何とか倒す、というか気絶に追い込めまして。そしたら武則天とカーミラも負けを認めましたんで、モレーから令呪を奪ってミッション完了というわけです」

「……ああなるほど。モレーから令呪を奪う前に致命傷与えて退去させちゃったら、項羽王と契約し直すのが間に合わなくなる恐れがあったわけね」

「はい、武則天とカーミラを先に退去させてたらそちらでも良かったんですけど」

「……そうね。

 貴方は物理的に強くもなったけど、判断力も育ってきたわね。

 本当にありがとう。サーヴァントの皆もお疲れさま」

「はい、どう致しまして」

 

 ―――ということで、2度目の報告会は無事お開きとなったのだった。

 

 

 



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第208話 精霊様からのヤバい礼品

 報告会が終わったら予定通り新入りサーヴァントたちに構内案内と部屋割りをするわけだが、これはいつものことなので特に滞りもなく終了した。しかしその時にはもう夜になっていたので、諸々の細かいことは明日にして今日のところは解散と相成った。

 ただヒナコには、光己に約束していた礼品を渡すという用事がある。光己の方は1人で行くのは何なので、この機に項羽と虞美人からサインと写真を貰おうという意図もあってエリセを誘って同行した。

 その道の途中、ふとヒナコが光己に訊ねる。

 

「そういえば後輩、おまえ如意宝珠を持ってるんだったわね。談話室で『食べ物や衣服出すのと、あと病気治すのと濁った水を清めるのだけ』って言ってたけど本当なの?」

「本当ですよ。低ランクのやつですので、ここの制服みたいな魔術付きの服とかは無理ですけど」

「そう……じゃあ肩や背中の()りは治せたりする?」

「肩こりですか? そうですね、完治すると約束まではできませんが、効き目はあると思います」

 

 それを聞くとヒナコは思い切りガッツポーズを決めた。

 

「よっしゃー!

 じゃあちょっとお願いするわ。何千年も生きてると結構深刻でね」

 

 すると光己が答える前に、ヒナコの傍らにいた項羽が口を開いた。

 

「ふむ、我が妻は精霊の身でありつつも、人が持つような身体的な悩みも持ち合わせていたか……。

 ならば私が、夫として按摩(あんま)の1つも学ぶべきだろうか?」

「こ、項羽様!? い、いえ項羽様にそのような手間をかけさせるわけには、ああでも項羽様にマッサージしていただけるなんて最高すぎじゃないかしら!? それでもって、していただいてる内にお互い気分が高まってきて(ry」

「……」

 

 ヒナコが顔を真っ赤にしてくねくね踊り始めたので、光己とエリセはちょっとあきれつつも項羽に目配せしてフェードアウトしようとすると、さすがに気づいたヒナコが正気に戻って光己の手首をつかんだ。

 

「待ちなさい、いくら何でもそこまで色ボケしてないわよ。

 それに褒美を与えると言ったでしょう」

「アッハイ」

 

 そういうわけで4人はヒナコの部屋に入ると、ベッドの上でうつ伏せになったヒナコの傍らに光己が立って如意宝珠をかざした。

 

「それじゃ始めますね」

 

 光己が如意宝珠に念を込めると、珠から白く柔らかな光が放たれてヒナコの背中に吸い込まれていく。数十秒ほどすると、ヒナコがもう感極まったかのような気持ち良さげな声をあげた。

 

「おおぉおぉ、これは凄い、これほどとは……。

 積年の凝りが嘘のように溶けていくではないか。閻魔亭の按摩は仙人の技だったが、それとはまた違った絶妙さよ……」

「おお、効果あったか。精霊にも効くってよく考えたらすごいな」

「というか閻魔亭に按摩のサービスなんてあったんだね。雀の羽や足でどうやってたんだろう」

 

 ……などと光己とエリセが感心したり雑談したりしていると、ヒナコが注文を付けてきた。

 

「しかし……ううむ。絶妙ではあるが、完全とはいかぬ……。

 もう少し強くならぬものか?」

「強くですか? はい、でも初めてやることですので、強すぎだったらすぐ言って下さいね」

 

 光己がそう前置きしてから、少しずつ珠の出力を上げていく。するとヒナコは全身が汗ばみ、悲鳴のような声を上げ始めた。

 

「お、ぉぉおぉぉ……こ、これは……。

 身体の芯までほぐれるどころか、煮られて溶けていくような……ぉぉお……んぅぁ。

 何という威力……し、しかし項羽様以外の者の前でこんなだらしない声を出してしまうとは……」

「うーん、それはご自身でこらえていただくしか……あと身体に力入れるとエネルギーの通りが悪くなりますので、リラックスして下さいね」

「うむ、それはもう頭はともかく体は強制的に溶かされているが……ふぉぁ」

 

 ヒナコは積年の凝りとやらが治っていく感覚が相当激しいらしく、身内以外の人の前で出してはいけない声と表情をしているが、自力で止めることはできないらしい。

 なおその項羽はどうしていいか分からないらしく、とりあえず沈黙していた……。

 しばらくすると感覚が収まってきたのか、ヒナコは表情が普段通りになり声も出さなくなってくる。

 

「そろそろ良くなった感じですか?」

「……………………そうね、もういいわ。感謝する」

 

 光己が訊ねてみるとたっぷり20秒ほども経ってから、ヒナコはうつ伏せのままちょっとかすれた声で返事してきた。

 そして光己が如意宝珠を引っ込めると、いかにも大儀そうにのろくさと体を起こす。

 

「……ふぅ。まさかカルデアに来てこんな癒しを体験するとは思わなかったわ。

 シャワー浴びてくるからちょっと待ってなさい」

 

 そう言って、ちょっとふらふらしながらシャワールームに歩いて行った。

 肌が火照って汗だくなのは、血行促進とか新陳代謝とかデトックスとかそういうのが大量に行われたからだろう。

 項羽は心配そうにしているが、光己とエリセの前でシャワールームに付き添うのは気が引けたのか、何か他の配慮があるのか、はたまたそこまでする必要はないと判断したのか、そのまま妻の後ろ姿を見守っていた。

 待つことしばし、ヒナコがいかにもすっきりした様子でシャワールームから出て来る。

 心なしか、その美貌もまた一段増したように見えた。

 

「待たせたわね、それじゃ約束通り礼をしよう。望みのものを好きなだけ持って行くがいい」

 

 そう言いながら部屋の隅に置いてあった箱を持ってきて、物をたくさん置ける場所がないことに気づくと床にシートを広げて箱の中身を並べ始めた。

 

「仙境の秘宝ってわけでもないのに、人間の商人に見せると馬鹿みたいな買値がつくのよね。ホント人間の価値観って分からないわ」

「ほむ……おお、これは確かにグレートな品揃え……」

 

 光己はシバの女王の「精霊の目」ほどの高等な鑑定眼は持っていないが、「コレクター:D」のスキルによりお宝の価値を何となく値踏みすることができる。それによると二束三文にしかならないものもあったが、出す所に出せば驚愕の高値がつくものや、金銭では評価できない代物すらあった。

 

「光己さん分かるの?」

「うん、といってもごく大ざっぱにだけどね。

 特にすごいのはこの木の枝っぽいのと、本の中でもこの2冊だな。この辺の陶磁器も相当な骨董品と見た」

「それに目をつけるとは言うだけのことはあるわね。その枝は『蓬莱の玉の枝』といわれてるやつの本物よ。ああ、これだけは『仙境の秘宝』っていってもいいかもね」

「デジマ!?」

 

 光己もエリセも噴き出しそうになってしまった。蓬莱の玉の枝といえば「竹取物語」に登場する有名なレアアイテムであり、閻魔亭で鵺が盗まれたと主張していた品物でもある。

 夫を妻の元に連れてきたお礼にもらう品としては最上級のものといえるだろう。

 

「本は題名が書いてあるね。『太平要術の書』に『遁甲天書』……って、確か三国志の張角だか左慈だか于吉だか、その辺りの人が持ってた本だよね。本物!?」

「うん、この感覚だと原本か、写本だとしてもかなり良品」

「ほんとに」

 

 エリセはまたびっくりしてしまった。まさかこちらも創作上のアイテムではなく実存したとは。

 まあ太公望が普通の軍師ではなく道士だったのだから、仙術について書かれた本があっても当然なのかも知れない。

 

「じゃ、この3点をいただくということで……」

「陶磁器も持っていっていいわよ。私にとっては大したものじゃないし、おまえなら邪魔にならないでしょう?」

「それじゃお言葉に甘えて。それとこの際ですので、お2人のサインと写真が欲しいんですが」

 

 約束の品を受け取ったところで光己が計画通りいつものお宝をお願いしてみると、ヒナコは一瞬首をかしげた。

 

「サイン? 写真? ああ、そういえばさっきもそんな話してたわね。

 そうね、項羽様がいいんだったら」

「ふむ。この2人が悪しき呪術に使うとも思えぬし、断るほどのことはなかろう」

「おお、ありがとうございます!

 あーでも芥さんは現代の服着てると虞美人っぽくないですね。服出しますので、着替えてもらえませんか?」

「……別にいいけど」

 

 ということで、光己は「蓬莱の玉の枝」「太平要術の書」「遁甲天書」「考古学的にヤバい陶磁器10点」「項羽と虞美人のサインと写真」を手に入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 その夜。光己が床に就いてからふと気がつくと、マンションの一室の土間らしき所にぽつんと立っていた。寝た時と同じパジャマを着ている。

 どうやら知らない部屋のようだ。電灯がついていなくて暗いが、暑くも寒くもなく適温なのでエアコンはついているのかも知れない。

 

「……? もしかしてまたレムレムレイシフトか?」

 

 とりあえず壁にあったボタンを押してみると、電灯がついて明るくなった。正面は廊下になっており、左右に風呂・トイレ・洗面所・台所がある。

 廊下の向こうはドアになっていてその先は見えない。

 

「……うーん。玄関前じゃなくて土間に出たんだから、この家から出るんじゃなくて部屋を訪ねるべきなんだろうけど……用心はしといた方がいいか」

 

 そこでまず波紋を出してみたが、メリュジーヌは来なかった。彼女が寝ていたら感知できないようだ。

 ジャンヌとジャンヌオルタも「白夜」に戻していないので、今呼び出すことはできない。

 

「仕方ない、せめて武器でも持っとくか? いやそれじゃモロ強盗だな」

 

 光己はしばらく悩んだ末、「白夜」を服の内側に隠していくことにした。そしておもむろに廊下に上がり、ドアを軽くノックする。

 しかし反応はない。今一度、もう少し強く叩いてみる……が、やはり返事はなかった。

 

「むう……しょうがない、入ってみるか」

 

 慎重にノブをつかみ、軽く回してみる。カギはかかっていなかったようで、ドアはゆっくりと開いた。

 

「…………」

 

 その向こうは12~14畳くらいの洋間だった。電灯はやはりついていない。

 室内には机やら本棚やら姿見やらいろいろ家具が置いてあるので空き部屋ではなさそう……というか部屋の真ん中に布団が敷いてあり、誰か女の子が眠っていた。

 

「うーむ、珍しい展開だな……」

 

 光己がそう呟きつつ左右を見回すと壁に先ほどと同じボタンがあったので押してみると、ぱっと部屋の電灯がつく。

 それで光己が部屋の主の素性に気づくのと、部屋の主が目を覚ましてこちらを見たのはほぼ同時だった。

 

「え、まさか立香!?」

「光己!?」

 

 何とびっくり。立香が昼間言っていた「光己がその気になれば夢の中で会えると思う」が本当に起こったのである!

 

 

 

「……えーと。いったん部屋出た方がいい?」

 

 親しい幼馴染とはいえ女の子が寝ている部屋に入ってしまったということで光己がこう訊ねると、立香は気にした風もなくむっくりと上体を起こした。

 

「ううん、大丈夫だよ。まだ寝入ってなかったし」

 

 そしてかけていたタオルケットをどけて立ち上がったが、その直後に2人してびっくり顔で頬を染める。

 何故なら立香は1人暮らしの部屋着ということで、ラフにタンクトップとパンツだけという寝姿だったのだ!

 ちなみに上下とも無地の薄ピンク色のシンプルなもので、ブラジャーはつけていないことも光己の鑑定眼にはしっかり識別できていた。

 

「え、えっと。ちょっと向こう向いててくれる?」

「お、おう」

 

 お宝映像はちゃっかり心のHDDに保存しつつも言われた通り回れ右する光己。やがて後ろから「もういいよ」という声が聞こえたのでまた向き直ると、立香はさっきの服にドルフィンパンツだけ追加して立っていた。

 これでもかなりラフというか露出高めだが、光己なら構わないらしい。

 

「あーびっくりした。

 でもまさか初日に来てくれるなんて思わなかったよ。ありがと、すごく嬉しい」

 

 立香がそんなことを言ってくれたので、光己も言葉を返しておくことにした。

 

「そだな、俺も立香に会いたいと思ってたけどホントに来られて嬉しいよ。

 うん、これこそまさに愛の証明だな」

「うんうん、私も愛してるよー」

 

 などときわどいことを言い合っているが、これでもこの2人恋愛関係ではないのである。

 

「とりあえずその辺に座って。お茶淹れてくるから」

「ん」

 

 光己が頷いてテーブル、というか布団を外したコタツの前に腰を下ろすと、立香は台所からお盆にポットとカップとお菓子を乗せて持ってきた。

 

「さっき光己にお願いして食べてもらったスイーツだよ。他にも出して食べてみたけど、5つ星だけあってどれもこれも美味しかった!」

「そっか、それは良かった」

 

 光己は特に甘いもの好きというわけではないが、ケアしてくれている幼馴染が喜んでくれるなら何よりだった。

 しかしこちらが出すもの出した以上、もらうべきものももらわねばならぬ。

 

「うん、言わなくても分かってるよ。3着あるけどどれがいい?」

「え、3着?」

 

 さすがコミュEXは察し力が違った! しかし3着とはいったい。

 

「オケアノスでアルトリアさんのランサーのオルタ?さんがランジェリーみたいなの着てたでしょ。あれもあるんだよ。

 光己の思春期パワーはすごいねえ」

「マジか。じゃあそれで!」

 

 ならばチョイスはそれしかない。他の2着はマシュとアイリスフィールに着てもらえるが、あのランジェリーは今ここでしか見られないのだから!

 今でも鮮明に思い出せる、あれは白い薄布のベビードールめいたデザインで、花柄模様をあしらった部分以外は半分透けて見えるという危険な服だった……。

 裾は一応足元まであるのだが、体の前面部分は腰の左右から深いスリットが入っていて、脚の前面はほぼ露出している。

 透けて見えているパンツは黒で、布面積少なめの上に細かいレース模様が入っているアダルティな一品だった。しかもそこに黒ガーターベルトと黒ストッキングも添付しており、総じて男性の情欲を煽ることに特化した服といえよう。

 

「おおぅ、まさか即決でそれを選ぶとは。光己に女の子にえっちなランジェリーを着させて喜ぶ趣味があったなんて……」

 

 立香は大げさに震え上がるポーズをしているが、本当にイヤなら最初から教えなければ良かったわけで、単に言葉遊びをしているだけであろう……。

 実際顔色も変えずに立ち上がってタンスに向かった。

 

「それじゃまた向こう向いててね」

「おー!」

 

 そしてまた待つことしばし。立香は本当にあのえっちな礼装?を着てくれた!

 さすがに恥ずかしいらしく頬を赤くしてもじもじしているが、普段の活発美少女ぶりとのギャップで凶悪的なまでに可愛い。

 問題の首から下だが、この服はランサーオルタのような大人の女性向けと思われる意匠だけにやや浮いてみえるきらいはあるものの、色っぽさは普段の200%増である。たわわに育った胸の谷間を思い切りよく出していたり、ピンク色の突起が微妙に透けているように見えるのもポイント高い。

 黒のパンツとガーターとストッキングも、健康的な素肌とのコントラストが実に映える。

 

「おおぉ、これはマジでヤバいですよ立香=サン……」

「あー、えーと。あんまり見つめられると恥ずかしいから、ほどほどにしてくれるかなぁ……?」

 

 思わず見入ってしまっていた光己だが、ちょっと引いたような声で苦情をつけられて我に返った。

 

「あー、ごめんごめん。立香があんまり綺麗だったからさ」

「うん。見せるために着たんだから見るのはいいけど、襲うのはやめといてね」

「それはもう。嫌がる立香を無理やり押し倒すなんて絶対にないから」

 

 光己はその点にはそれこそ絶対の自信があったが、すると立香はちょっと訝しむような顔をした。

 

「……うん。でももし嫌がってなかったら?」

「嫌がってないなら問題ないんじゃないか? 責任取れるだけの甲斐性はあるつもりだし」

「それもそっか」

 

 しかしすぐ納得してしまったようで、光己に倣ってコタツの前に腰を下ろした。

 

「それじゃお茶とお菓子、どうぞ」

「おー、ありがと」

 

 立香が紅茶を淹れてくれたのでそれを飲みつつ、約束通りあーんしてでスイーツを食べさせてもらう光己。1度食べたものだが、何度目でも美味なものは美味だった。

 えっちな服を着た可愛い幼馴染のあーんしてプレイで倍プッシュだし。

 

「うん、実際美味しいな」

「2人でこうしてお茶するの久しぶりだよね。懐かしいな。

 和むねえ、幸せだねえ」

「うん。ベタな言い方だけど、日本にいた頃はこんな毎日がずっと続くと思って……いや、そういうことを考えてもなかったな」

「平穏な日常がある日突然、ってやつだね。

 ……日常といえば、光己は人理修復、っていうか魔術王倒したらどうするの? いったん日本に帰るの?」

 

 何だか日本にいた頃のような気分になってのんびり心地だった光己だが、そう問われて頭の回転をちょっと速めた。

 

「そうだなあ。異星の神が来るのが分かってるといっても、スジでいうならBチームとかの人に任せて俺や立香は引退になるところなんだろうけど」

 

 とはいえアルビオンより強い魔術師なんていないだろうし、モルガンやワルキューレズあたりは光己が途中で投げ出すのは許さないような気がする。他のマスターに移籍なんて納得するはずもないし。

 

「だから異星の神打倒までカルデアにいることになると思うな。

 でも立香は別に……いや待て。実は俺はカルデアには拉致されて来たんだけど、立香はどういう経緯でカルデア(ここ)に来たんだ?」

 

 立香はレイシフト適性100%だそうだが、それでも普通なら高校生が年度途中に外国の会社?に就職するなんてことはまずない。光己自身のケースと同様、非合法なことが行われたのではあるまいか。

 

「あ、光己もそうだったんだ!

 私は献血に行った時に適性がどうとか言われて熱心に勧誘されたんだけど、初対面の女の子にいきなりそんな話持ち出すなんてどう考えても怪しいよね。だからどうにか波風立たないように穏便に抜け出そうと思ってのらりくらりしてたら眠くなってきて、気がついたらカルデアにいたんだよ。

 目が覚めた時は『誘拐か!? 身代金か!? 犯罪組織か!?』ってなってパニクったけど、周りにいた人は全然そんな感じじゃなくてさ。でもスマホは圏外で外とは連絡取れないし、何がどうなってるのか分からないからとりあえず流れに任せてたら例のテロに巻き込まれたってわけ」

「うぬぬ、俺とまったく同じだな。俺だけならともかく立香まで……ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」

 

 光己は激怒した。かならず、かの邪知暴虐の誘拐犯をシバかなければならぬと決意した。

 

「でもレフは別として、所長やドクターやダ・ヴィンチちゃんが犯罪に手を染めるとは思えんからな。組織ぐるみじゃなくて、担当者個人の暴走ってとこか? あんまり後先考えてなさそうだけど」

 

 もし光己と立香がオルガマリーたちに訴え出たら、担当者はしかるべき罰を受けるだろう。それを考えてなかったのか、分かっていてやるほど追い詰められていたのか?

 

「でも拉致は拉致だからな。俺の父さん母さんも立香のご両親も警察に捜索願出してるだろ。それで何ヶ月も経ってからひょっこり帰ってきたら面倒なことになるだろうなあ」

 

 そこまで口にした時、光己はふともっと根本的な問題に気がついた。

 

「……って、待てよ。前にちょっと話したことがあるんだけど、神秘の秘匿ってかなり重要らしいからカルデアとか魔術とか人理修復とかサーヴァントとか、その辺全部社外秘だよなあ。拉致の件を別にしても、俺たちがどこで何をしてたかは一切しゃべるなって話になるんじゃないか?」

「ふええっ!?」

 

 これには立香も驚倒した。両親だけならともかく、警察に黙秘しきれるとは思えないのだが。

 いやそもそも、そんな事情があるなら何故一般人を勧誘したのか!?

 

「だから1番手っ取り早いのは口封じに始末しちゃうか、さもなきゃ魔術で記憶を消すとか、そういう方向だろうなあ。

 所長たちが俺たちを殺すってのは考えづらいけど、神秘の秘匿ってやつの重大さによっては記憶を消すのはあり得るな」

「うぐぐぅ~~。そりゃ拉致とかテロとか凍結とかいい記憶じゃないけど、消されちゃうのは嫌だなぁ。

 それに記憶がなくなっても追及はされるよね」

「うん、俺たちはまったく幸せにならない。

 だからまあ、日本に帰らずカルデアに就職するか、どこか遠くで新しい人生始めるか、そんな感じになるんかな? 俺は表世界に残りたかったらモルガンと一緒にイギリスに行くしかない身だからそっちの選択の余地はないけど」

「あー、光己にはそっちの問題があったんだったね」

 

 その辺は立香にも思うところはあったが、当人が後悔していないのは知っているので言及は避けた。

 

「まあ立香は解凍してもらってから所長たちに相談すればいいだろ。俺が同席すれば悪いようにはされないだろうから」

「……うん、ありがと。光己はいつも優しいね。

 それじゃ胃が痛くなる話はこの辺にして、楽しい話にしようか」

「そだな、じゃあそのランジェリーの素晴らしさについてでも語る?」

「それは『楽しい』じゃなくて『えっち』っていうんだよ」

「むうー」

 

 ……などと仲良くお茶している内に、2人はだんだん眠くなってきた。

 

「まあもう夜中だしな。立香、もう寝る?」

「うん、それじゃその前に歯磨きしとこっか。ここの食べ物で虫歯になるかどうかは分からないけど、歯ブラシと歯磨き粉はあるから。

 ……って、そういえば光己って自分の意志でここから帰れるの?」

「いや、実はレムレムから帰るのはいつも強制だから、自分で帰ったことってないんだよな」

「そっか、じゃあ一緒に寝よう。目が覚めた時には帰ってると思うよ」

「いいの?」

「うん、もちろん」

 

 女の子と同衾するということで光己が一応念押しすると、立香は安心しきった表情で答えてくれた。

 光己の方にも前言を翻すという選択はないので、2人は健全な一夜を過ごしたのだった。

 

 

 




 蓬莱の玉の枝は原作の閻魔亭イベでパイセンが持っていたもので、陶磁器はラスベガスイベで持っていたものですね。でもそれだけでは寂しいので、読書好きという設定からヤバい本も追加してみました。
 ぐだの拉致については漫画版でも描かれているのですが、ホントどうなっているのか……。




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死界魔霧都市 ロンドン
第209話 第四特異点


 いろいろあった夜も明けて翌朝。無事現実世界に戻ってきた光己は午前中は休養ということで談話室でサーヴァントたちとだべっていたが、太公望はエルメロイⅡ世がやっていた現地組の軍師役を拝命したので今までの特異点修正の映像記録のダイジェスト版を視聴しており、モルガンは妖精國組を自室に集めて第1回妖精円卓議会を開催していた。

 

「我々は異聞帯出身ゆえに、汎人類史出身の者たちとは利害が異なる所がある。それについては昨日私が方針を表明して皆に理解を得たが、おまえたちには細部まで説明しておく必要があるからな。

 おまえたちも言いたいことがあるのなら、この機に述べておくがいい」

 

 まずそう前置きしてから、いつぞやメリュジーヌに語ったことを改めて説明した。

 バーヴァン・シーたちはすでに聞いたことだから驚きはしなかったが、やはり納得しきれないといった様子だ。

 

「無理もない、私とてそうなのだからな。

 仮に共存できる方策があるとするなら、たとえば妖精國のテクスチャごと、ケルヌンノスと奈落の虫以外を汎人類史の裏世界にでも引っ越すとかだが……言うまでもなく夢物語だな。

 テクスチャは諦めて住人だけ、それも希望者のみというのでもまだ非現実的だ。500人か1千人くらいに絞るならできるだろうが、それはもう妖精國の完敗に近いから生前の私はまず認めまいし、仮に認めたとしても行く者の選別が地獄絵図になる。選別された側とて遺恨やわだかまりは深く残るだろうな」

 

(…………)

 

 バーゲストは500人引っ越しと聞いて生前のある出来事を思い出したが、今言うべきことではないので沈黙を保った。

 

「というわけで、共存は無理だし反逆も難しいから、妖精國は汎人類史(こちら)に来ない方がまだマシ、というのが私の結論だ。

 しかし今すぐ決行するわけではないから、もし何かいいアイデアが浮かんだならいつでも述べるがいい」

「…………はい」

 

 バーゲストは短く頷いて了承の意を示したが、モルガンが諦めたことを自分がどうにかできるとはとても思えなかった……。

 

「あとそれとは別に、メリュジーヌにはすでに言ったが妖精國の内情は汎人類史の者にはなるべく語らないようにしてもらいたい。まったく語るなというわけではないが」

「それはかまいませんが、どうしてですか?」

 

 アルトリア・キャスターは生前モルガンに反旗を翻したといっても個人的な恨みはない。だからこの程度の頼み事は聞いてもよかったが、理由も聞いておきたかった。

 

「うむ。私は生前は『汎人類史から来たお客様が、私の國を美しい、夢のような國だと思ってもらえれば喜ばしい』などと思っていたが、今振り返ってみればあれだ、人間が人間牧場を見て愉快な気持ちになるはずはないな」

「ああ、それは……」

 

 キャスターもこれには返す言葉がなかった。妖精にとって人間は不可欠な存在だし、妖精國の人間には生殖機能がないからああいう方法で繁殖させるしかなかったのも事実だが……こういうことは理屈ではないのだ。逆を考えればすぐ分かる。

 リツカは態度には出さなかったが、面白い気分ではなかっただろう。

 

「そうですね、そういうことなら承知しました」

「うむ」

 

 キャスターが了承して、他に意見がないのを確認すると、モルガンは次の話に移った。

 

「人理修復が成功したら私はブリテン島に移住して女王になる、という話を前にしていたが、今は『本当に私がブリテン島に招かれたとはっきり分かるような事件』が起こったらという条件付きで考えている。だからすぐ決行するわけではないし、あるいは決行する時は来ないかも知れないからそのつもりでいるように」

 

 モルガンは方針変更については語るべきこととして当然語ったが、その理由までは明かす気はないようだ……。

 

「その事件とはたとえばどのようなものなのですか?」

 

 バーゲストはモルガンの意向については特に異存はなかったが、気になる点はあった。むろんモルガンもまったく心当たりがないわけではない。

 

「うむ。あくまで1つの例にすぎんが、北欧神話で語られている『神々の黄昏(ラグナロク)』だな。ワルキューレどもが我が夫をヴァルハラに連れて行きたがっているのがその証拠だ。

 もっとも汎人類史(こちら)の表世界では神秘は薄れて神々との接触はほぼ断たれたという話だから、あるいはすでに戦争が終わった後なのかも知れんが」

「神々の黄昏……なるほど、そういうことですか!」

 

 得心いったバーゲストがぽんと手を打つ。

 現界した時に得た知識によれば「神々の黄昏」とやらはブリテン島で起こるものではないが、場所は近いから余波が来ることは十分あり得る。その時来るのが小物ならともかく、神秘が濃い大物が来たら銃火器やミサイルといった現代兵器は通用しないかも知れない。

 そこに古の女王が妖精の騎士とともに参戦して見事島を守り抜いたなら、大きな称賛と人気を得ることができるだろう。脈絡もなく突然平地に乱を起こすのに比べれば王への道は近いし、ブリテン島がモルガンを招いたという話にも信憑性が出てくるというものだ。

 

「うむ。アーサー王(アルトリア)も加わってくれればさらに人気が上がるのだが、贅沢はいうまい。

 我が夫は当然来るわけだし、そうなればルーラーとXXも来るはずだからな」

 

 何でもアーサー王の墓には「かつての王にして未来の王」と書いてあるそうで、これはイギリス人は彼女の再来を受け入れる下地があるということだろう。聖剣や聖槍があるから本人証明は容易だし。

 ブリテンの危機を救うために姉と和解しての帰還となれば人気は天井知らずになるはずで、勝利の暁には王位は姉に譲って当人は首相になるとか、そういう方向にすれば万事(モルガンにとっては)都合よくいくという計算なのである。

 こういう展開なら国民支持率が高いから、生前のような皆に裏切られるということはまずないだろうし。

 

「なるほど、さすがは陛下!」

 

 メリュジーヌは大仰に主君の智謀を褒め称えたが、本音はモルガンと光己が仲良くしてくれればそれで良くて、神々の黄昏とかはむしろ無い方が楽でいいと思っていたりする……。

 

「うむ。これで今回の議題はすべて終わったが、何か意見はあるか?」

 

 モルガンは最後にこう言ったが発言希望者はいなかったので、第1回妖精円卓議会はつつがなく閉会となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 午後は光己のいつものトレーニングの時にバーゲストが彼の頑丈さに感心したり、ロンドン特異点に向けた勉強会ではバーヴァン・シーが意外にも(?)文化や文明や機械類についての理解力が強かったり、ミス・クレーンに発注していた竜モードになっても破れない礼装がようやく完成したり、彼女が優秀な服飾デザイナーであることを知ったバーヴァン・シーが弟子入りすることを考え始めたり、アイリスフィールが自分が聖剣の鞘を持っていても意味がないことに気づいてアルトリアに貸し出したりと、忙しくはあったが平穏に過ぎていった。

 さらには光己が、エリセが自分は人間だと思っていたが実はサーヴァントだったと告白されるというイベントが発生する。

 

「えーっと。俺たちはエリセのことは最初からサーヴァントだと認識してたんだけど、エリセ自身にとっては違ったってこと?」

「うん。さっきまではアイデンティティとか、なぜ自分はこういう状態なのかとか、そういう哲学的な考え事してたけど、とりあえず折り合いつけたから光己さんにも話しておこうと思って」

「そっか、それなら良かった。

 気がついたら現界してたってのははぐれサーヴァントあるあるだけど、自分がサーヴァントだっていう自覚はあるし、生前のことも覚えてるからな。エリセはそれがなかったんだな」

「うん。サーヴァントになったってことは、私も英霊の座に登録されるだけの実績を残したってことだからそれは誇らしく思うけど、その記憶がないってのがもどかしくて」

「ああ、なるほど」

 

 記憶喪失と考えればエリセが悩んだのも分かる。多感な年頃だから尚更だろう。

 

「うん、でもよく考えたら悩んでどうにかなることじゃないし、それで今具体的に困ってることもないからまあいいかな、って。

 人理修復が終わったら英霊の座に帰るのか、それとも現世に残って何かするのかっていう問題はあるけど、それはかなり先の話みたいだし」

「そっか、エリセは強いな」

「そうかな? えへへ……」

 

 年長者に褒められてはにかんでいる様子などは、本当に見た目年齢相応なのだし。

 

「まあここには専門家(ドクター)も頼れそうなサーヴァントもいるし、何かあったら相談すればいいと思うよ。

 ところで何でエリセはサーヴァントだって判明したの?」

「うん、雑談してる時に『次に聖晶石が貯まったら、私に使わせてもらってサーヴァント欲しいな』って言ったら、『貴女はサーヴァントだから無理でしょう』って言われたんだ」

「あー、そっかあ」

 

 サーヴァントがサーヴァントを召喚して使役するには、聖杯を持っているとか当人がA級の魔術師であるとかいった難しい条件があるから、今のエリセではまず無理だろう。残念だがどうしようもなかった。

 

「とりあえず今のところ光己さんに特に配慮してほしいこととかそういうのはないから、お付き合いの仕方は今まで通りにお願いね」

「分かった、こちらこそよろしく」

 

 ここで光己は「お付き合い」という単語が出たので何か冗談の1つでも言ってみようと思ったが、元の話題がごく真面目なものだったのでやめておいた。

 マスターたる者その辺の気遣いは大切であろうから。

 

「ただサーヴァントって分かって良かったこともあるんだ。

 そう、サーヴァントはいくら甘いもの食べても太らないってこと!」

「なるほど、女の子ってみんな、とは言わないけどたいていスイーツが好きなんだよな」

 

 というわけで、光己はエリセの気晴らしのために甘味を出してあげたのだった。

 

 

 

 

 

 

 その翌日には、オルガマリーたちがついに決断して光己とヒナコにロマニの正体と、「ソロモンオルタ」が持っているであろう能力「ネガ・サモン」について話していた。

 これは魔術王との戦いでは防御はともかく攻撃は光己とヒナコによるものしか通用しないということで、2人は当然困惑したがエルメロイⅡ世が予測したように2人にはやらないという選択肢はないので、渋々ながらも受け入れざるを得ない。しかしそのためにできる限りの支援を求めるのは当然のことで、ダ・ヴィンチは他のサーヴァントたちにも協力を依頼してエクスカリバー砲もしくはグングニル砲といった攻撃兵器の他、「麗しきは美姫の指輪(アンジェリカ・カタイ)」のような対魔術礼装も製作する準備があることを説明した。

 ただこれらを人間サイズで作るか竜サイズで作るかについてはまだ検討中である。

 

「うーん、まあそういうことなら……」

「そうね、せっかく項羽様と再会できたのに世界を終わらせるわけにはいかないわ」

 

 こうなると光己はもちろんヒナコも戦闘訓練をする必要が出てくるが、爆破テロの前もいくらかはしていたことである。異存はなかった。

 

「……あー、そうだ。ギルガメッシュから分捕った武器の中に『魔術師殺しの剣』の原典ってのがありましたので、良かったら使って下さい」

 

 光己がこんなことを言いながら一振りの剣をダ・ヴィンチに差し出したのは、ヒナコが剣術をいくらか嗜んでいるのを知っているからだが、実はこの剣、当人は知らないが守護者エミヤキリツグが持っていた「神秘轢断(ファンタズム・パニッシュメント)」に酷似した代物だったりする。

 

「それはすごい、まさに特効武器じゃないか!

 いやあ、カルデアの48番目のマスターがキミで本当に良かった!」

 

 ダ・ヴィンチの嬉しそうな顔はどちらかというとすごい研究材料を提供されたからのような気がしたが、突っ込みを入れる者はいなかった……。

 

 

 

 ―――こうしてソロモンオルタに対抗する方法は決まったわけだが、そのしばらく後、メリュジーヌが光己のところにやってきて「つよつよドラゴンハート」なる赤い物品を差し出してきた。

 

「お兄ちゃんは魔術王と直接戦わなきゃいけないそうだね!

 それについて思うことはあるけど今は置いといて、これ! 本当はバレンタインデーに渡すつもりだったけど、大急ぎで作ってきたよ!

 これを食べればお兄ちゃんはまた一段強くなれるんじゃないかな!」

 

 メリュジーヌがこの極秘情報をどこから入手したかは不明だが、どうやら光己をパワーアップさせるために自分の血を宝珠を模した―――と言っているがどう見てもモチーフは心臓っぽい―――チョコレート(に見えるもの)にしたということらしかった。

 妖精の姿のままでは量的に不足なので宝具で竜になってから採血して、それを圧縮して妖精モードの心臓と同じくらいのサイズにしたという危険な一品である。

 笑顔だが目がぐるぐる状態なのは貧血だからか、それとも狂的なまでの愛によるものか。

 

「そ、そっか、ありがと。それじゃさっそくいただこうかな」

 

 光己はこう答えるしかない。そして純度100%の濃縮アルビオンブラッドを1度に多量に摂取したため、貧血に耐えられなくなったメリュジーヌと一緒にしばらくバタンキューになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 そしてまたその翌々日、カレンダーでいうと2016年1月15日。マスターはちゃんと休養を取り、他の準備も万端整ったので、いよいよ次の特異点、1888年のロンドンに向かうこととなった。

 光己は仮装パーティをする時間が取れなかったことが残念だったが、今回の仕事を終えてからの楽しみにとっておくということで心の整理をつけていた。できればもう1着見つけてオルガマリーも招きたいものである。

 

「何かまたマスター君が強くなってるけど、今回の同行枠は7騎だ!

 私と技術局の努力を褒め称えてくれたまえー!」

「おお、さすがは万能の天才!!」

 

 光己は素直に手を打ってダ・ヴィンチを称賛した。

 努力を要求していい立場ではあるが、結果を出してくれるのは大変ありがたいことである。

 

「あー、でもあれですよね。魔力や電力の都合なら、聖杯を使えばいいのでは?」

「ああ、それは私も考えたんだけどね。でもレイシフトのたびに聖杯を出し入れするのは防犯とか危険物の管理といった問題がね?」

「むうー」

 

 言われてみれば、ここにある聖杯は万能の願望機ではなくなっているそうだが超抜級の魔力源ではあるから、何度も人前に出したら誰かが魔が差すということはあるかも知れない。なるべく隠しておく方が無難というのは分かる。

 

「済まないねえ。その分我々も精進するからさ」

「うーん、喜ばしくはないですけど事情は分かりました。

 それで、今回は7騎ですね」

 

 さて誰を選ぶか?

 まずマシュは固定で太公望とモルガンは予約済み、モルガンが行くとなれば妖精騎士たちも同行したいだろう。今回はジャンヌとジャンヌオルタは逸話再現や信仰補正の関係でなるべく出さない方針にしたので、ルーラーアルトリアも確定だ。

 ヒロインXXとメリュジーヌは別枠なので、アルトリアのノーマル・オルタ・リリィ、それと自称白雪姫の4人からあと1人選ぶということになるだろうか。

 できれば諜報・斥候の担当者も入れたいところだが、冬木の経験を鑑みるにルーラーとモルガンと太公望がいれば索敵は大丈夫だろうし、食料や金銭の問題は解決した。今回は必須というほどではあるまい。

 

「―――ということでどう?」

「そうですね。メンバー全員がブリテン出身者というのも逆に不都合が起こるかも知れませんし、これでいいのでは」

「ではまたジャンケンだな」

 

 光己の意見にアルトリアノーマルが同意すると、オルタがさっそくずいっと1歩前に出た。リリィとキャスターも当然参戦を表明し、4人でジャンケンを行う。

 

「……っと、私の勝ちですね!」

「むう、またもノーマルに敗れるとは……」

「残念です……」

 

 そして参加権を獲得したのはノーマルだった。ローマの時も勝っていたし、勝負事は1番強いようである。

 

「ではマスター、今回もよろしくお願いしますね」

「うん、こちらこそ」

 

 そして参加者が決定したので管制室に移動し、いつも通り幹部組が訓示を行う。

 

「すでに周知してあることですが、今回の特異点は1888年、イギリスの首都ロンドンです。今までと違って狭い範囲に特定されていますが、その理由までは分かっていません。

 目的は今までと同じ、特異点の調査及び修正、それと聖杯の回収もしくは破壊です。

 そして必ず、生きて帰ってくるように。

 ……何か質問はありますか?」

 

 この辺は実務というより行事とか儀式といったものなので、特に質問や意見は出なかった。

 ロマニは今回の特異点に私的な興味があるようだったが、何か不穏な予感がするらしく口を開くのを控えているようだ。

 そして現地班がコフィンに入るとダ・ヴィンチたちが装置を作動させ―――いつもの光の渦とともに、光己は意識を失った。

 

 …………。

 

 ……。

 

 レイシフトは無事成功し全員ロンドンに到着したが、そこは「本来の歴史」同様に濃い霧と煙が漂っておりサーヴァントでも視界が阻害されるほどだった。

 そこにさっそくカルデア本部から通信が入る。

 

《空を埋め尽くすほどの霧と煙。これ自体はこの年代のロンドンであれば正史の通りだけど、これらには異常な濃度の魔力反応が検出されているわ。大気の組成そのものに魔力が結びついたレベルといってもいいくらいに。

 当然ここの異変の一端だろうけど、ここまで濃いと生体に有害よ。特に生身の藤宮とマシュ、身体に異常はないかしら?》

 

 オルガマリーである。レイシフト直後ということで、管制室に残って存在証明や情報交換などを少し引き受けているのだ。

 

「はい、俺は特に」

「はい、問題ありません。デミ・サーヴァントであるからでしょうか」

 

 光己が平気なのはむしろ当然といえたが、マシュが無事なのは僥倖であった。視界は阻害されているが、探索や戦闘はすぐに可能のようだ。

 

《それは良かったわ。確かにバイタルの測定値にもさしたる変動はないそうだけど、何かあったらすぐ報告をするようにね》

「はい」

 

 光己が頷くと、オルガマリーは霧の中で外部と長話は良くないと思ったのか通信を切った。

 

「それじゃ、まずはメリュだけでも呼んでおこうかな?」

 

 こんな霧の濃い所で初手令呪全消費は不安があるが、メリュジーヌは無償で呼べるので問題ない。光己が波紋を出すと、竜の妖精はスタンバっていたらしくすぐさま飛んできた。

 

「呼んでくれてありがとうお兄ちゃん、今回もがんばるね!

 ……って、何この濃い霧!?」

「うん、これも異変らしいけど、毒になるほどの魔力がこもってる分『正史』よりタチが悪い。俺は平気だし、メリュも大丈夫だと思うけど」

「そっかあ。まあ僕に任せてくれれば大丈夫だから!」

「うん、期待してるよ」

 

 これでメンバーがそろったので、いよいよ本格的に探索になる。

 まずは今一度辺りを見回してみると、まだ昼間なのに建物はみな窓と戸を閉めており、屋外には人影がまったくなかった。有害な濃霧が漂っているのだから当然のことなのだが。

 

「人影がないってことは、情報源もないってことだよな……。

 その辺の民家に押し入るわけにもいかないし、どうしようか」

 

 なので光己が方針案を募ってみると、ルーラーがサーヴァントの接近を注進してきた。

 

「マスター、皆さん。サーヴァントが1騎、前方から接近してきています」

「そのようですね、至近距離にそのサーヴァント以外の魔術的存在はいないと思いますよ」

「うむ。この魔力量、1騎だけとはいえなかなかの強者だな。皆気をつけろ」

 

 すると太公望とモルガンが補足してきた。

 現地住人とのコンタクトが難しいと思った矢先にサーヴァントが現れるとは、これもアラヤの導きだろうか。油断は禁物だが、こちらからケンカを売るべきではないだろう。

 アルトリアとメリュジーヌとバーゲストに前に出てもらって、くだんのサーヴァントの接近を待つ。

 

「……来た」

 

 そのサーヴァントはアルトリアによく似た顔立ちと体格の、赤い服の上に白っぽい金属鎧を着た剣士だった。ただ雰囲気はかなり違っており、良く言えば野生の猛禽類のような、悪く言えばガラの悪い不良のような感じがする。

 そしてルーラーの真名看破を待つまでもなく、前衛にいたアルトリアが驚きの声を上げた。

 

「貴女は……もしかしてモードレッド!?」

「何!? ……って、ま、まさか父上!?」

 

 これがアラヤの導きだとしたらいかなる意図によるものか。特異点で最初に出会ったサーヴァントが、アーサー王(アルトリア)の部下にして彼女の王国を滅ぼした叛逆の騎士、モードレッドであったとは!

 

 

 




 幕間が意外と長くなりましたが、ようやくロンドン編に入りました。
 あと恒例の主人公の現時点での(サーヴァント基準での)ステータスと絆レベルを開示致します。
 以前のものは第39話、56話、75話、91話、108話、132話、152話、175話の後書きにあります。

 性別   :男性
 クラス  :---
 属性   :中立・善
 真名   :藤宮 光己
 時代、地域:20~21世紀日本
 身長、体重:172センチ、67キロ
 ステータス:筋力B 耐久B 敏捷B 魔力EX 幸運B+ 宝具EX
 コマンド :AABBQ

〇保有スキル
熾天使形態(ゼーラフフォルム):EX
 額から角、背中から3対の翼、尾てい骨から尻尾が生えた姿に変身します。時間制限はありません。

冠竜形態(ドラゴンフォーム):EX
 体長25メートルの巨竜に変身します。こちらも時間制限はありません。

・フウマカラテ:D+
 風魔一族に伝わる格闘術、らしいです。呼吸法や魔力放出もできます。

・ドラゴンブレス:E+
 「境界にかかる虹」のような破壊の光を吐き出します。どの形態でもできますが、今までと勝手が違うので出力も命中精度も低いです。細くして目潰しに使えるくらいには習熟しました。

竜の遺産(レガシーオブドラゴン):C
 財宝奪取スキルの進化形で、「王の財宝」の亜種です。竜たちが表世界に残した財宝が「蔵」に入っています。ただし持ち出すには相応の格が必要です。
 新しく手に入れた財宝を収納することもできます。
 現在取り出せる財宝:テュケイダイト(第3再臨のメリュジーヌが持っている武器)、如意宝珠(低ランク)、竜言語魔術の解説書の石板、竜の体の一部を使って作られたアイテム数点、守り刀「白夜」、ポルクスの剣、ダインスレフ、フロッティ、エーギスヒャールム、アンドヴァラナウト、ヴィーヴルの宝石の瞳、ウィングドブーツ、騎士アーサーの武具一式、聖なる手榴弾(複製品)、蓬莱の玉の枝、太平要術の書、遁甲天書、考古学的にヤバい陶磁器10点、ギルガメッシュから奪った刀剣類(例:氷の剣の原典、炎の剣の原典、魔術師殺しの剣の原典(貸出中))、サーヴァントたちのサインと写真、ネロにもらった金貨、その他金銀財宝類。

神恩/神罰(グレース/パニッシュ):C
 味方全員のデバフを解除した後、絆レベルに比例した強さのバフを付与します。さらに敵全員に敵対度に比例したデバフがかかります。熾天使形態中と冠竜形態中のみ使用可能。

・慣性制御:E+
 慣性とその反動を操作して、急激な加速や減速を行えます。熾天使形態中と冠竜形態中のみ使用可能。

・魂喰いの魔竜:E+
 大気中もしくは敵単体から魔力を強力に吸収します。熾天使形態中と冠竜形態中のみ使用可能。

・コレクター:D
 お宝に執着心があり、その匂いにも敏感です。多少の鑑定もできます。常人には発見できない隠された財宝を感知できるかも知れません。

〇クラススキル
六巨竜の血鎧(アーマー・オブ・セクストスター):A+
 A+ランク以下の攻撃を無効化し、それを超える攻撃もダメージを10ランク下げます。宝具による攻撃の場合はA+++まで無効化し、それを超えるものはダメージを20ランク下げます。弱体付与に対しても同様です。光や炎や眠りや時空系に対してはさらに10ランク下げます。

・境界竜:E
 ??????
 さらに毎ターンNPが上昇します。

・神性&魔性:A
 熾天使形態中と冠竜形態中では、相反する属性を高いレベルで持っています。

〇宝具(というか必殺技)
蒼穹よりの絶光(ガンマ・レイ):EX
 自身に宝具威力アップ状態を付与(1ターン)<オーバーチャージで効果アップ>+敵単体に超強力な無敵貫通&防御力無視攻撃+敵単体にガッツ封印(1ターン)。対霊宝具。冠竜形態中限定。
 超高エネルギー状態の光子の塊を撃ち出す技……らしいです。直線状ビーム、円錐形に広がる拡散ビーム、などのバリエーションがあります。

・ギャラク〇アンエクスプ〇ージョン:EX
 敵全体に強力な攻撃<オーバーチャージで効果アップ>。対銀河宝具。
 銀河の星々をも砕くという概念を持った爆圧を放出します。
 使用する時はポルクスの剣を装備している必要があり、かつギャグシーン限定です(ぉ

人類悪もびっくり(ビーストエクスクラメーション):EX
 敵単体に超強力な〔ビーストまたは人類の脅威〕特攻攻撃<人数増で効果アップ>。対界宝具。
 邪〇眼もしくは愛の力に目覚めた者が3人以上集まって、宇宙開闢(ビッグバン)的なパワーを放つ究極の必殺技です。当然ギャグシーン限定です。

〇絆レベル
・オルガマリー:7      ・マシュ:5       ・アイリスフィール:1
・芥ヒナコ:3        ・藤丸立香:14
・ルーラーアルトリア:8   ・ヒロインXX:10   ・アルトリア:4
・アルトリアオルタ:2    ・アルトリアリリィ:4
・モルガン:7        ・バーヴァン・シー:1  ・メリュジーヌ:7
・バーゲスト:1       ・キャストリア:2
・ワルキューレ3姉妹:8
・加藤段蔵:6        ・清姫:7        ・ブラダマンテ:9
・カーマ:10        ・長尾景虎:10     ・諸葛孔明:3
・玉藻の前:3        ・ジャンヌ:6      ・ジャンヌオルタ:6
・タマモキャット:2     ・クレーン:1      ・宇津見エリセ:4
・沖田オルタ:4       ・紅閻魔:2       ・ゼノビア:1
・シバの女王:1       ・項羽:1        ・太公望:0

〇備考
 特になし。




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第210話 王と王姉と叛逆の子と

 モードレッドといえばアーサー王(アルトリア)が大陸に出征した時、留守居役を任されておきながら反乱を起こして彼女の国を滅ぼした上に、王当人をも弑殺したという、普通に考えてアルトリアにとって不倶戴天の仇敵である。

 実はアルトリアは個人的にはモードレッドをそこまで憎んでいないのだが、彼女の出現が良い展開だとは思えなかった。

 

ブリテンの首都(ロンドン)につくられた特異点に亡国の騎士(あなた)が現れるとは……。

 貴方はブリテンを守るためにここにいるのか、それとも滅ぼすつもりなのかどちらですか?」

 

 アルトリアの虚偽も黙秘も許さない強い視線がモードレッドの双眸を射抜く。その王者の威風にモードレッドは一瞬気圧されて半歩下がりかけてしまったが、はっと気づいて踏ん張った。

 

「オ、オレは……」

 

 ただ思ってもみなかった邂逅に、言葉がすぐ出て来ない。

 モードレッドは以前はアルトリアの顔を見たら即斬りかかるというほどに憎悪に囚われていたが、ある聖杯戦争を経て今はかなり緩和している。ただそれでも愛憎、憧憬、ライバル心などが入り混じった複雑で根深い感情を抱いているので。

 だからお互い1人なら戦いを挑んでいたかも知れないが、この人数差でそうしたら袋叩きに遭うだけである。大半は知らない顔だが、盾ヤロウ(ギャラハッド)とモルガンまでいるのだからまずは話を―――。

 

「……って、何でモルガンと一緒にいるんだよ!?」

 

 2人は姉()とはいえ宿敵同士だったのに何故!?

 モードレッドが思わず半オクターブほど高い声で尋ねると、アルトリアは「ああ」と今気づいたような顔をした。

 

「それについては、貴方が私たちの敵ではないと分かったら教えましょう。

 ……で、どちらなのですか?

 ただし私が騎士王だからといって、ブリテンを守りに来たとは限りませんよ。悪逆なマスターに強いられて滅ぼす側に回ったという可能性だってあるのですから、守るつもりだと言えばこの場は切り抜けられる、などとは思わないように」

 

 アルトリアが心にもないことを言って揺さぶりをかけているのはモードレッドの本音を引き出すためか、それともやはり多少の憎しみや怒りはあって意趣返しをしているのか、その辺りはアルトリアの表情や声色からは読み取れなかった。

 

「なっ……!?」

 

 モードレッドは一瞬で沸騰した。まさか騎士王がブリテンを滅ぼす手伝いをさせられているなどと!

 

「……ッ、てめぇかあ!」

 

 そして目の前の連中をざっと見渡して、盾兵の後ろにいる東洋人らしき少年だけはサーヴァントではない、つまりマスターだと判断すると猛獣のような勢いで斬りかかった。

 しかし当然ながら、それを読んでいたアルトリアにあっさり止められてしまう。

 

「この程度の挑発であっさり暴発するとは何という軽率、短慮。

 そんなことで一国の王が務まると思っていたのですか?」

「う……」

 

 確かにそうなのでモードレッドは言葉に詰まったが、しかしここはモードレッドの本音とは微妙に違う所があった。

 考えてみればこうして父王と話ができる機会なんてめったにないのだから、言いたいことは全部言っておくべきだろう。

 

「でもオレは……王になりたいわけじゃなかったから」

「は!?」

 

 今度はアルトリアが不可解そうにぽかんと口を開いた。では何のために謀反を起こしたというのか?

 

「オレは……父上に認めて欲しかっただけなんだ、と今では思う。

 ただあの時は、それがかなわなかったから尊敬と憧憬が怒りと憎しみに変わったんだ。それで、父上が愛していた国を逆に穢してやろう、という」

(反抗期の子供か何かですか……)

 

 アルトリアはそう思ったが、それを言うのは避けた。

 

「十分に認めたでしょう。円卓の騎士に登用しましたし、最後には遠征の留守居役に抜擢したではありませんか。

 留守居役が端役だと思うほど貴方は愚かではないでしょう? いや愚かなのは私の目利きでしたが」

「それはそうだけど……」

 

 留守居役は能力と忠誠心を兼ね備えた者にしか任せられない大役で、確かに騎士としては認められたといえる。しかしモードレッドが真に欲しかったのはそれではないのだ。

 

「でもオレは、父上には息子だと認めて欲しかったんだ。王になるのはそのオマケみたいなもので」

 

 なので率直にそう言うと、アルトリアの目がすうっと細くなった。

 

「息子として、ですか。確かに貴方は、今も私を父上と呼んでいますね。

 では聞きますが、母親はどこの誰ですか?」

「母親?」

「父がいるのなら母もいるでしょう。ギネヴィアではないのは分かっていますが、では誰なのですか?」

 

 そう問われれば、モードレッドは答えざるを得ない。

 モルガンの顔をチラッと流し見てから、覚悟を決めて答える。

 

「……そこにいる母上(モルガン)だ」

 

 するとアルトリアの目が、今度はすごく危険な光を帯びたように見えた。

 

「なるほど。つまり貴方は、私は不倫で近親相姦して子供までつくった()れ者で、しかも妻が同様に不倫をしたら処刑する恥知らずでもある、とそう言うのですね。

 これほどの侮辱を受けたのは初めてです。楽には死なせませんよ」

「うえっ!? い、いや確かにそうなるけど!!」

 

 モードレッドは思い切り困惑した。

 今の話だけで考えればまさに父王が言う通りで怒るのは当然なのだが、そういうつもりではなかったのだ。

 

「ま、待ってくれ父上。これには複雑な事情があってだな」

「事情?」

「そう! 父上が不倫したんじゃなくて、母上が父上の寝所に忍び込んで、魔術で子、子種を奪ってきたらしいんだ。だから父上は悪くないと思う」

 

 モードレッドは途中でちょっとどもったが、ともかく最後まで言い終えた。

 しかしアルトリアは疑わしげな顔である。アルトリアは女だから子種など無いという問題もあるが、それはモルガンほどの魔術師なら何とかなるのだろうから、より根本的な話だった。

 

「……本当ですか?

 そこまでできたならその場で私を殺せばいいではありませんか。何のためにそんなまだるっこしいことを?」

「うーん。そう言われれば確かにそうだけど、でもあの陰湿でヒネくれまくった母上のことだからな。ひと思いにやっちまうより、父上がつくり上げたものを自分の子供に横取りさせる方がいいとか思ったんじゃねえか?」

「ふむ、考えられなくはありませんね」

 

 モードレッドの推測をアルトリアは否定しなかった。

 ただそれを聞かされたモルガンは激しくショックを受けた様子で、地面に両手両膝をついてうなだれていたが……。

 

(何をしたのだ、汎人類史(こちら)の私!? しかもそれを私に隠すとは何事だ!)

 

 どうやらこの辺の記憶はもらっていないようだ。

 カルデアに来た後でアーサー王伝説は一通り読んだから、モードレッドがアーサー王とモルガンが近親相姦してできた子だという説があるのは知っていた。しかしアルトリアは女なのだからその説は間違いだと思っていたのに、まさか事実だったとは!

 しかもその「子」の母親評が「陰湿でヒネくれまくった」だなんて……。

 妖精騎士たちもどう言葉をかけていいか分からずとまどっていたが、それを見たモードレッドは小さく首をかしげた。

 

「……? 母上は何を落ち込んでるんだ? 自分がやったことなのに」

「その辺も後で話しましょう。

 ……貴方の心情は理解しました。貴方を子だと認めるのは、子種を盗めば王家でも乗っ取っていいと表明することになりますから、少なくとも表向きは認められませんが」

「……う゛う゛」

 

 父王の言うことは一々もっともで、モードレッドには反論のしようがない。

 しかし彼は「少なくとも表向きは」と含みを持たせた。これはつまり、私的になら認めてもいいということではあるまいか。

 今はお互いサーヴァントの身で、国を治めてるわけではないのだし。

 モードレッドがそれを訊ねてみると、父は同意を示した。

 

「そうですね。といっても、まずは罪を償って余りある手柄を立ててからの話ですが」

「いいやっふー! 任せとけ父上、父上の敵はオレがみーんなぶった斬ってやるからよ」

 

 これも当然の話、というか何もせずに認めてもらうより張り合いがあるというものだ。モードレッドは意欲百倍、天にも昇る心地であった。

 

(ああ、今短慮を咎めたばかりだというのに……)

 

 一方アルトリアはかくんと肩を落としていた。

 相手はしょせん謀反人ということで、子と認めるのを餌に手柄を釣っているという解釈だってできるのだからもう少し冷静でいてほしいものだが、信頼と敬愛の証と考えれば嬉しくなくもない。謀反人だが。

 ……それはそれとして、まだ話は終わりではない。

 

「では話を戻しますが、貴方はここで何をしていたのですか?」

「え!? あ、ああ、そういえばそれ訊かれてたんだったな」

 

 真剣な口調で問い直されて、モードレッドも頭のネジを締め直した。

 父王の先ほどの言葉を思い出すに、王の子や騎士としての建前ではなく、モードレッド個人としての本心を聞きたいのであろう。ならばどう思われようと正直に語るしかない。

 

「オレは―――ああ、そうだ。

 このオレは、オレ以外の奴がブリテンの地を穢すのは許せねえ。父上の愛したブリテンの大地を穢していいのは、このオレだけだ。それだけは、他の誰にも任せやしない。

 そのために、ジキルの奴とも組んでよく分からねえ人形とかと戦ってたんだ」

「そ、そうですか……」

 

 モードレッドは父王に本心を述べるということで胸を張って堂々と言ってのけたが、これを聞かされたアルトリアの方は先ほど以上に肩ががっくり落ちていた……。

 まさかここまでヒネくれていたとは。これはどう考えても幼少時の環境と育て方が原因、つまり母親(モルガン)の責任であろう。

 アルトリアがチラッとモルガンの方に目を向けると、駄姉はさらなるショックで立つ気力もないようだった。追い討ちするのはさすがに気が引けたので、この場は放置してモードレッドに向き直る。

 

「まあ、いいでしょう……。

 先ほどはああ言いましたが、私たちはブリテンを滅ぼすために来たのではありません。マスターもむろん悪逆ではなく、ここの異変を解決し本来の歴史に戻すために来たのです」

 

 特異点が修正されたら現地サーヴァントはすぐ座に帰還になるし、仮に居残ったとしてもモードレッドがわざわざ恨みもない一般市民を殺して回るとは思えない。さしあたって、この場で成敗する必要はないと判断したのだった。

 

「おお、やっぱそうか、そうだよな! まったく父上も人が悪いぜ」

 

 モードレッドは一安心したらしくお気楽そうに笑っているが、親の心子知らずとはこういうことを言うのであろうか……。

 まあ魔術王が作った特異点では現地サーヴァントをカルデアに連れ帰ることはできないという話なので、それはつまりモードレッドとの付き合いはこの特異点にいる間だけということで本格的に教育指導する時間もないということだから、アルトリアはその辺深く考えないことにしたけれど。

 

「ええ、なにぶん重要な使命ですから。

 あとはモルガンの件ですが、こんな見晴らしの悪い路地で長話するのは不用心です。といって人がいる民家に押し入るわけにはいきませんから、どこかに手頃な空き家などはありませんでしょうか?」

 

 アルトリアがモルガン、はまだダウンしているので太公望に周辺の調査を依頼すると、彼が答えるより早くモードレッドが口をはさんできた。

 

「それならオレたちのアジトに来ればいいんじゃねえか?

 ジキルに聞かせたくない話なら別の部屋ですればいいんだし」

 

 そうなればなしくずしに一緒に異変解決をすることになる。モードレッドはそんな思惑だったが、カルデア一行にとっても現地サーヴァントと友好的に接触できるのは良い話だ。

 それでもアルトリアは一応、現地班リーダーに意向を確認することにした。

 

「マスター、行ってもいいと思いますがどうでしょうか?」

「そうだな、アルトリアが信用したのなら」

 

 光己もむろんアルトリアとモードレッドの関係は知っているが、その上でアルトリアが信用したのなら却下する理由はない。素直に承知した。

 その道中、モードレッドがルーラーアルトリアに話しかける。

 

「ええと、そっちの父上も父上なんだよな? 何か母上より年上に見える、いやそれ以前にどう見ても女なんだけど」

 

 モードレッドが知るアルトリアとルーラーでは容姿や雰囲気がだいぶ違うのだが、どういうわけかきっちり識別できるようである。

 それでもかなり当惑気味なのは無理もないことだったが……。

 

「ええ、私もアーサー王ですよ。ただし聖剣(エクスカリバー)ではなく聖槍(ロンゴミニアド)を使っていた世界の、ですが。

 聖剣には身体の成長や老化を止める作用がありましたが、聖槍にはありませんでしたのでこうして大人の身体になったのです。

 あと私だけでなく、そちらのノーマルも元々女性ですよ。男装していただけです」

「そ、そうなのか……!」

 

 情報量が多すぎてモードレッドは理解するのにちょっと時間がかかったが、まさか父王が女だったとは。確かにあの時代は女が王になるのは難しかったが、しかし聖剣の父王ならまだしも、こちらの父王のこの立派なボディで男装はかなり無理があるような気がする。それこそモードレッドと同じくらいゴツい全身鎧を着て兜をかぶって、声も変えないとすぐバレてしまいそうだが。

 すると内心が顔に出ていたのか、聖槍の父王が説明してくれた。

 

「そうですね。苦労しましたが、もしかしたら皆分かっていてスルーしてくれていたのかも知れません」

「あ、ああ、そうかもな」

 

 モードレッドにはこう答えるしかなかった……。

 

「ってあれ? 父上が女だったなら、義母上……紛らわしいな、ギネヴィア王妃はどうなるんだ?」

「ええ、彼女には要らぬ心労をかけました。もし私が男性だったら……いえ、その時はその時で、似たような心労を抱えることになったでしょうね」

 

 たとえばマーリンが女性、それも絶世の美女である上に、無駄に王に馴れ馴れしく接するとか。あの半夢魔が女性だったらそういうことしそうな気がする。

 あの時代のブリテンにおいては、初期設定が違っても結果は変わらないのだ……。

 

「そ、そうなのか……ち、父上もギネヴィア王妃も、オレが思ったより大変だったんだな」

「フフッ、ありがとうございます。

 ……そうそう。貴方を子と認めるのは、ノーマルと同じタイミングにしておきますね」

「マジか!? やったぜ!!」

 

 さすがに同情心を抱いたモードレッドが思わずいたわりの言葉をかけると、槍の父上も同じ条件で子供認定すると言ってくれた。

 サーヴァントになって良かった!

 

「でもあまり無茶はしないように……んん!?」

「どうかしたのか?」

 

 ただそこで彼女は不意に表情を鋭くしたが、何が起こったのだろうか。

 

「サーヴァントです。北側から1騎……こちらに接近中ですね」

「ええ。南からも魔術的な……生物ではないですね。モードレッド殿が言う人形でしょうか。これが結構多数」

 

 しかも後ろにいた東洋風の男も注意を促してきた。

 サーヴァントはともかく、人形の方は敵である。彼らが偶然同時に来ただけか、それとも両者が組んでいて挟み撃ちを仕掛けてきたのかは不明だが、戦闘は避けられまい。

 モードレッドがそう言うと、マスターの少年が指示を出してきた。

 

「マジか。じゃあえっと、妖精國組が南側に対応して、他の人は北側ということで。

 北側は先制攻撃は控えるってことでよろしく」

「妖精國? 知らん言葉だけど、オレは父上2人と一緒に北側ってことでいいんだな?」

「うん」

 

 ―――さて、人形とはいったい何なのであろうか?

 

 

 




 アルトリアとモードレッドが生前にお互いの事情をどの程度知っていたかはよく分からなかったのですが、ここでは「アルトリアはモードレッドの母親を知らなかった、もしくは知らないフリをした」「モードレッドはアルトリアが男だと思っていた」という設定だということでお願い致します。




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第211話 霧都の殺人鬼

 サーヴァントと人形?の群れ、リーダーがどちらに注力すべきかといえば、考えるまでもなくサーヴァントの方だろう。なので光己は北側を向いて、背後は妖精國組で1番頑丈そうで体も大きいバーゲストに守ってもらうことにした。

 

「ふむ、まあ仕方ないか」

 

 バーゲストとしては帰参してからは初陣となるこの戦いで目立てないのはちと不本意だが、マスターの言うことは妥当である。素直に承知した。

 彼は前回の特異点では騎士アーサーの盾とかいう防具を使っていたが、あれをモードレッドに見せたらめんどくさいことになるのは必定だし。

 

「うん、よろしく」

 

 これでひとまず安全になった、と光己がほっと息をついたところで、まずは南側からの来訪者が到着した。金属とプラスチックで作られたマネキンのようなモノがぱっと見数十体、耳ざわりなモーターめいた駆動音を上げながらすごい速さで迫って来る。

 意図的なのかそうでないのか、無表情で動きも機械的なのが恐怖を煽っていた。

 そのさまを見たモルガンが小さくごちる。

 

「……敵が来たなら落ち込んではいられないな。

 ふむ、確かにあれは生物の使い魔ではなく自律駆動する人形(オートマタ)といったところか。

 それだけならたいしたことはないが、どういう仕組みで周囲の光景の内容や敵味方を識別して次の行動に反映させているのかは興味が湧くな。それとも持ち主がどこかで見ていて遠隔操縦しているという線もあるか?」

 

 自動人形の仕組みに関心を抱いた辺り、戦闘になったことでいくらか立ち直ったようだ。それでも普段よりだいぶ気力が落ちているように見えるが……。

 ところでモードレッドはこの人形たちは敵だと言っていたが、やはり女王たる者、1度は帰順勧告をしておくべきだろう。モルガンはそう判断すると、魔術で声に指向性を持たせて人形たちの方に強く飛ばした。

 

「人形ども、止まれ! 女王モルガンの面前だぞ、膝をつき(こうべ)を垂れて慈悲を乞うがいい!」

 

 その勧告は確かに威圧感十分で、一般市民なら言われるがままに平伏していたかも知れない。しかし人形たちはまったくの無反応であった。

 

「むう。やはり気落ちしていると声にも力がこもらぬか……」

「あの、お母様……気持ちは分かるけどそういう問題じゃないんじゃ」

「う、うむ。そうだな」

 

 モルガンはやはりまだ本調子ではなかったようだが、愛娘に注意されるとさすがに気を取り直した。

 

「女王の勧告を無視した以上、もはや情けは要らぬな。

 まずは私が一当てして、連中の力を測ってみるとしよう」

 

 そう言いながら掲げた槍に周囲の魔力が吸収されていく。誰の制御下にもない無料の魔力(リソース)が大量にばらまかれているのだから利用しない手はない。

 その間、人形軍は近づいて来るだけで攻撃はしてこなかった。飛び道具は持っていないようだ。

 

「……モルゴース」

 

 そしてタイミングを見計らって槍を振り下ろすと、その先に高さ3メートルほどもある黒いタールコールのような濁流が出現して人形たちの方に向かって行った。

 人形たちが十把一絡げの雑魚なら、これで全部押し潰せるだろうが―――。

 

「……おお!?」

 

 何と人形たちは身軽にも、ジャンプして濁流を跳び越えてきた。この時代どころか、1世紀先の技術を上回る高性能ぶりである。

 ただジェット噴射の類ではなく単なるジャンプのようで、空中で軌道を変えることはできないようだ。そうと見たバーヴァン・シーがすぐさま黒い(やじり)を乱射する。

 

「文字通りに、壊れちゃえ!!」

 

 人形たちは身をよじったり腕を振って払いのけようとしたりしたが、それで回避できた鏃はごく少数だった。ほとんどの鏃は人形の頭部や胴体にぐさぐさと突き刺さり、ひび割れ砕けて動かなくなっていく。

 しかし約半数、15体ほどは行動可能で、特に痛そうな様子も見せずに向かってきた。

 

「よし、あとは僕が!」

 

 ここまでで人形の性能はだいたい分かった。恐れるほどのことはない、とばかりにメリュジーヌが両手に剣を出して突っ込んでいく。蒼い光芒が縦横無尽に駆け抜けるたびに、人形が両断されて地に倒れた。

 

「ふむ、こちらは問題なさそうだな。まだ油断はできんが……」

 

 どうやら後衛の位置までは来られなさそうだ、と判断したモルガンがふうっと軽く息をついた。このままいけば、破損が少ないものを回収して持って行く暇もできそうである。

 その前に北側は?とモルガンが少しだけ様子を窺ってみると―――。

 

「見えました! 真名、ジャック・ザ・リッパー。アサシンです。本名ではなく、それが不明なので一般に伝わっている俗称のようです。

 宝具はまず『暗黒霧都(ザ・ミスト)』、自身の周辺を硫酸の霧で覆うもので、これ自体にも毒性がありますがもう1つの宝具の準備にもなっています。

 それが『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』、霧が出ている、夜である、対象が女性である、の条件を満たした場合に攻撃対象を呪的に殺害するというものです」

 

 ルーラーアルトリアはきっちり真名看破を行ったが、その台詞が長かったので、ジャックはそれが終わるのを待たずに攻撃を仕掛けてきた。モードレッドがそれを迎え撃ち、2人の得物がぶつかり合って火花を散らす。

 ジャックは見た感じ10歳くらいの無邪気そうな幼女で、上半身は黒いボロ布をはおっているが下半身はスカートやズボンといったものを穿いておらず、小さな黒いパンツがチラチラ見えていた。黒いニーソックスと桃色の靴は何の変哲もないものだったが、外見年齢や雰囲気にそぐわない大型のナイフを両手に持っている。

 ジャック・ザ・リッパーといえばイギリスの有名なシリアルキラーだが、その正体がこんな幼女というのはさすがに無理が……いや刃物を持っているから衝撃の正体というやつなのだろうか!?

 

「またあなた……わたしたちはおかあさんの中に帰りたいだけなのに、どうして邪魔するの?」

「おまえがブリテンの民を殺してるからだろうが!!

 つーかまだ分かんねえのか!? 1度出ちまったモンは、どうあがいても帰れやしねえんだよ」

 

 ジャックとモードレッドは前にも遭ったことがあるようだ。

 ジャックは子供の割に素早く身軽だったが、腕力と剣技は円卓の騎士には及ばないらしく劣勢である。

 実はジャックには「情報抹消」というスキルがあって他者に自分のことを忘れさせることができるのだが、モードレッドは再度遭遇したことで思い出したのだろう。

 

「おお、強い……!?」

 

 見た目特に武術を修めている風でもない幼女が曲がりなりにも円卓の騎士と渡り合えている様子に、光己が感嘆の声を上げる。

 宝具2件は逸話再現タイプと思われるが、殺人の技術は生前から持っていたのかも知れない。

 しかし「わたしたち」とか「おかあさんの中に帰りたい」とかいう意味深な台詞にはどんな意味があるのだろうか。

 

「まあ、どっちにしろ倒すしかないか……」

 

 モードレッドの台詞をジャックは否定しなかったから、彼女は実際にロンドン市民を殺害しているのだろう。ましてこちらにまで襲いかかってきた以上、幼女だろうと何だろうと容赦はできない。

 

「アルトリアとルーラーはジャックの退路を塞いで! 太公望さんは何か支援お願い」

「え、父上も動くのか!? ……まあいいか」

 

 モードレッドは父上2人の前だからいい所見せたいのだが、敵がジャックなら逃走を防いでくれるのはむしろありがたいので文句は言わなかった。ここは挟撃の態勢が整うまでジャックに宝具を使わせないための牽制をするのが良策かと判断したが、ジャックは1人きりだからか反応が1歩早く、ふっとバックステップすると同時に宝具開帳に入る。

 今は昼間だから「解体聖母」を使っても強力なサーヴァントは倒せないだろうが、濃霧で身を隠す効果は見込めるのだ。

 

暗黒()―――」

「させませんよ。風王鉄槌(ストライク・エア)!」

「きゃあっ!?」

 

 しかしそれはルーラーが開示した情報があったため読まれていた。不意に襲った突風に出足をくじかれ、ジャックは宝具開帳に失敗した上に建物の壁に叩きつけられた。

 

「さすが父上! とどめはオレが!」

 

 当然モードレッドは喜び勇んでとどめを刺しに行こうとしたが、それを何故かルーラーが押しとどめる。

 

「いえ、待って下さい! またサーヴァントが1騎、北側から猛烈なスピードで近づいてきています!」

「え、また……!? しかも北側ってことは、もしかしてジャックの味方か!?」

 

 モードレッドがそう言い終える前に、霧の向こうから若い女性のサーヴァントが姿を現した。頭にネコミミっぽいものが生えていたり肩当てが猛獣を模していたりする以前に、醸し出している雰囲気がもうすでに獣っぽい。

 腕と肩と膝から下は金属製の黒い鎧を着けているが、胸の下部と腹部と太腿は露出している。つまり黒いパンツが丸出しの上に、へその下にはいかがわしげな紋様まで浮かんでいた。

 左手に黒い弓を持っているからアーチャーだろうか?

 

「あ、貴女はアタランテ!?」

「!? も、もしかして汝らはカルデアの……う、ぐ、うぁぁぁ!!

 すまない、許せ……!」

 

 アタランテと呼ばれた黒鎧の女性は苦悶の表情を浮かべたが、行動に逡巡はなかった。ジャックの方に近づきつつ、弓に魔力の矢を数本同時につがえてルーラーたちの方に向ける。

 

「!? 何故!?」

「やばい、マシュ頼む!」

「は、はい!」

 

 モルガンたちはまだ北側に背を向けており、背後から射られたら危険だ。とっさにそう判断した光己がマシュに防御を依頼すると、マシュも盾兵の役目は重々承知していてすぐに「誉れ堅き雪花の壁」を発動させる。

 放たれた矢は太公望が張った魔力障壁のおかげでルーラーたちには当たらず、外れた矢もマシュのシールドエフェクトに跳ね返されて、モルガンたちの所には届かずに終わった。

 しかしその間に、アタランテは右腕でジャックを抱えて逃走してしまっていた。

 

「やれやれ、間一髪でしたが間に合いましたか。

 逃げられたのは残念ですが」

「おお、太公望さんも防御してくれてたのか……。

 まあ確かに、この濃霧の中で追いかけるのは危険かな。今回は諦めた方がいいか……。

 しかし一体何だったんだ!?」

 

 今の矢は不意打ちではあったが、アタランテが射ったものとしては精度も速さも劣っていた。つまり本気ではなかったと思われたが、しかし何故カルデアの敵に回ってシリアルキラーをかばったのか? 彼女が子供好きなのは知っているが、殺人者をかばったせいで別の子供が殺されたらどうするのだ。

 あとフランスやオケアノスで会った時とは姿と雰囲気が違うのは何故なのだろうか。

 

「髪や鎧の色合いからしてオルタっぽいから、アルトリアみたいに性格変わってるのかな?

 下乳と淫〇付きのお腹とパンツと太腿見せつけてくれるのはノーマルよりグッドだけど」

「先輩……」

 

 光己の駄弁はともかく、マシュやルーラーにはアタランテの思惑がさっぱり分からず、せっかくのチャンスを奪われたモードレッドもいまいましげな顔をした。

 

「畜生、今度こそやれたと思ったのに。

 しかしあの女、どこかで見たことあるような……?」

「モードレッド、アタランテのこと知ってるの? ……いやそれより南側ケリつけるのが先かな」

「……そうだな」

 

 確かにそうなので2人が後ろに向き直ると、そちらは特に問題もなく勝勢だった。メリュジーヌが最後の1体を両断し、モルガンが動くものや魔力反応がないことを確認してから光己たちの方を向く。

 

「こちらは今終わりました。そちらは何かあったようですが、大事ありませんか?」

「うん。サーヴァントは2騎とも逃がしちゃったけど、ケガ人はなし」

「そうですか、それなら良かったです。

 ところで我が夫、自動人形の残骸をいくつか持ち帰ってもかまいませんか?」

「いいけど、何に使うの?」

「面白そうな技術が使われていそうなので、研究してみたいと思いまして」

「そっか。マシュ、頼んでいい?」

 

 モルガンが「面白そうな技術」というほどの代物とはいえ、叩き壊された残骸ではお宝認定は難しい。それに万が一「蔵」の中でまた起動されたら大変なので、あえてマシュに頼んだのだった。

 

「はい、そういうことでしたら」

 

 マシュが持っている収納袋はダ・ヴィンチちゃんの特製品で、特異点で入手した物品をカルデアに持ち帰れるのはもちろん、携帯している間重さをほとんど感じさせないよう魔術がかけられている。今回の人形のような物を持ち帰るには打ってつけの装備であった。

 モルガンが人形の品定めをしている間、ふとモードレッドが光己に話しかける。

 

「ところでおまえはサーヴァントじゃなくて人間なんだよな。この霧の中で平気なのか?

 魔術師でも長時間いたら危険だと思うんだが」

「うん、これでも頑丈さには自信があるから」

「それで済む話なのか……?

 いや仮にも父上2人のマスターなんだから、そのくらいできて当然か。何か知らんが、母上まで『我が夫』なんて呼んでるしな。

 ……ん、我が夫? ってことはアレか。おまえはオレの義父に当たるってことか?」

 

 モードレッドがものすごく困惑した顔をする。光己としても、初対面で見た目同年配の人物を義娘認定するつもりはない。

 

「……いやあ、政略結婚みたいなものらしいし、その辺は深く考えない方がお互いのためじゃないかな」

「そ、そうだな。そうすっか」

 

 そしてあっさり同意に達し、お互いちょっと気まずげな顔で数歩距離を取ったのだった。

 

 

 




 モルガンと結婚するとモーさんとトリ子が娘になってくれるってマ!?(死亡フラグ)




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第212話 霧都の協力者

 その後はモードレッドとヘンリー・ジキルなる人物が拠点にしている集合住宅(アパルトメント)に到着するまで何事もなく、一行は無事ジキルと対面する運びになっていた。

 

「戻ったぜ、ジキル!」

「ああ、お帰り……って、ずいぶん大所帯だね」

 

 ジキルは温厚そうな学究肌の青年で、特に怪しいところは……ルーラーアルトリアがちょっと首をかしげたが、サーヴァントであるとは言わなかった。

 部屋はなかなか立派なもので、暖炉には薪が入れられて火がついており、壁にはランプが灯されている。ソファや壁に掛けられた絵画も、それなりに値が張るものと思われた。

 室内がきっちり整理整頓され掃除も行き届いているのは、多分モードレッドではなくジキルのおかげであろう。

 

「ああ、聞いて驚け! オレの父上2人と母上とその仲間たちだ!

 しかもこの異変の解決に協力してくれるってよ」

「へえ、君のご両親が……って、もしかして!?」

「はじめまして、アルトリア・ペンドラゴンです。アーサー王と名乗った方が通りがいいかも知れませんね」

「右に同じです」

「モルガン・ル・フェだ。モルガン王妃とでも呼ぶがいい」

 

「#$%&☆!?!?」

 

 ジキルは驚愕のあまり、王と王妃の前で不躾にも噴き出してしまうところだった。

 何しろアーサー王とモルガン王妃といえばイギリスでは伝説的な王とその姉にして宿敵として知られており、その2人、いや3人が予告もなく肩を並べてやって来たのだから。

 この辺りは現代日本でいうなら、ちょっとインテリなだけの一般市民の家に坂上田村麻呂と鈴鹿御前がアポもなしに訪ねてきたようなものだから、ジキルが慌てふためいたのはむしろ当然といえよう……。

 

「こ、このような狭苦しい所にようこそおいで下さいました!

 ヘンリー・ジキルと申します! お目にかかれて光栄です!」

 

 ジキルは冷や汗を流しつつも、何とか失礼にならないような挨拶をひねり出すことができた。まったく、モードレッドも分かっていたならあらかじめ知らせてくれればいいのに!

 ちなみにこの時代、電話機はすでに存在しているが、公衆電話や携帯電話はまだ存在しない。もっとも今はロンドンの都市機能がほぼ壊滅しているので、どのみち電話による通信はできないが。

 

「これはご丁寧に。連絡もせずに大勢で押しかけてしまいましたが、ご寛恕下さい」

「いえいえ、滅相もありません!」

 

 しかも王の方から軽くとはいえ頭を下げられてジキルが対応に四苦八苦していると、どんな思惑なのかモルガンが割り込んでくれた。

 

益体(やくたい)もない挨拶はその辺で良かろう。

 それよりさっさと情報交換だ。その後でモードレッドとも話をせねばならんしな」

「アッハイ」

 

 ただモルガンは普通にしていても圧が強いので、英雄豪傑ではないジキルが応接するのはかなり荷が重かったが……。

 あとモルガンとモードレッドが話をするというと失礼ながら厄ネタの気配しかしないので、できれば外でやってくれると有難いのだが、そんなこと言えるはずがなかった。

 ―――まあ味方になってくれるなら得難い戦力である。ジキルが気持ちを切り替えて、椅子やら飲み物やら茶菓子やらを用意しに行くと、マスターと思われる少年が妙なことを言い出した。

 

「あ、そうだ。今のうちにXX呼んでおこうかな」

「……?」

 

 ジキルには何のことか分からなかったが、少年が腕時計ぽい装置を何やらいじると、空中にスクリーンが出現して、そこに映っている若い女性が喋り始めた。

 これは相当に高度な科学、あるいは魔術と思われるが、彼らはいったい何者なのだろうか?

 

《あら、何か相談事かしら?》

「はい、そろそろXX呼んでもいいかなと思いまして」

《分かったわ、ちょっと待ってて》

 

 女性が一時画面から消え、しばらくするとアルトリアやルーラーによく似た、ちょうど2人の間くらいの年齢の女性が現れた。画面の向こうは結構広い場所のようだ。

 

《やっとですか! もうマスターくんってばじらすの上手なんですからー、って、もしかしてモードレッドですか!?》

「ええ!? って、まさかまた父上!?」

 

 ヒロインXXがモードレッドを見て驚いたのは順当だったが、モードレッドがXXを見てすぐアルトリア属だと分かったのはもう何かの特殊スキルの類かも知れない。

 なおXXは水着ではなく、例の遊園地スタッフめいた服を着ている。婚約者(フィアンセ)サマ(はーと)は独占欲が強くて、自分以外の男性がいる所では水着姿は避けてほしいという意向なのだ。困っちゃいますねぇー!(棒)

 

《そうですよ。まあ話はそちらに行ってからということで、マスターくんお願いします!》

「うん。それじゃ令呪3画を以て命じる。XX、ここに来い!」

「はーい!」

 

 XXが元気よく答えた直後、その姿がスクリーンから消える。ついで光己の目の前に出現した。

 

「おおっ!?」

 

 これにはモードレッドもジキルも目が点である。令呪には遠くにいるサーヴァントを呼び寄せるという使用法があることは知っているが、3画も使った所を見るによほど遠くから呼んだのだろう。

 

「てかおまえ、令呪3画全ツッパなんてよくやれるな……」

 

 ただモードレッドが驚いたのは、技術的なことより光己が「サーヴァントへの絶対命令権」を全部あっさり使い切ってしまったことだった。これではいつ裏切られるか知れたものではないのだが。

 さすがに気になったのでオブラートに包みつつ訊ねてみたが、光己は平然としていた。

 

「んん? 確かにそうだけど、ここにいる皆は裏切ったりしないって分かってるから。

 というかカルデアの令呪って、1日1画回復する代わりに束縛的な使い方には向かないらしくて」

「そ、そっか」

 

 そこまで信頼しているならもはや言うことはない。モードレッドが沈黙すると、XXがずいっと距離を詰めてきた。

 

「当たり前でしょう、カルデアにマスターくんを裏切るような不埒者なんているはずがありません。もしいたらユニヴァースの彼方までぶっ飛ばしますけどね!

 それはそれとして、まさか不良息子(あなた)がここにいるとは思いませんでしたが、ちょうどいい機会です。城の壁を壊して回ったことと、クラレントを盗んだことへのお仕置きです! 鎧を脱いでお尻をこっちに向けなさい」

「ふえっ!?」

 

 父上が増えたのは喜ばしいが、今度の父上は過激であった。

 モードレッドは恐れをなして逃げ出したが、人が多くて動きづらく、すぐに捕まってしまう。慌てて別の父上に助けを求めた。

 

「あばばっ!? た、助けてくれ剣の父上に槍の父上!」

「やれやれ、仕方ありませんね。

 XX、人前で叱るのはよろしくないと聞きます。後で家族会議をする時間を取ってありますので、その時にした方が良いのでは?」

「ふむ、確かにそうですね」

 

 もっとも、その結果は単なる先延ばしに過ぎなかったが……。

 なおジキルは王家の教育問題になんぞ絶対関わりたくなかったので、一切をスルーして饗応の準備に専念していたりする。

 そしていろいろ一段落したところで、用意した飲み物と茶菓子を提供した。

 

「王と王妃にお出しできるほどの物ではありませんが、準備する時間もありませんでしたので……」

「いえいえ、お気になさらず。贅沢は言いませんので」

「恐縮です」

 

 アーサー王3人は姉と違って圧がないし物腰も穏やかなので幸いだった。なぜ3人いて、しかも2人はどう見ても女性なのかは聞きそびれたが。

 そしてまずは改めてお互い自己紹介をした後、いよいよ本題に入る。

 ところでヘンリー・ジキルといえばここの日付から2年ほど前に刊行された有名な小説の主人公の名前なのだが、ジキルはそれに覚えがなく、この街に住む人間の1人に過ぎないそうだった。ルーラーはやはり少し不審そうにしているが、口に出せるほどの確信は持てないようである。

 

「ええと。それでは僭越ながら、今ロンドンを襲っている異変について説明させていただきます」

 

 そしてジキルが説明してくれたところによれば、およそ3日前から夜毎に生物の命を奪うほどの霧がこの都市に満ちており、今や昼間でもこの有様だという。それでも霧が薄い場所なら、人間でもマスクで顔を覆ったりすれば死ぬことはないそうだ。

 しかし濃い場所では、呼吸するだけで通常の生物は霧に含まれる魔力に侵され、体質などにもよるが、悪ければ1時間もすれば死亡してしまうらしい。

 

「正確な数までは分かりませんが、僕の試算ではすでに数十万単位の死亡者が出ています」

「数十万、ですか」

 

 その膨大な数字にアルトリアが小さくうめく。確かにあの危険な霧がロンドン全域に広まっているのであれば、そのくらいの犠牲者が出ていてもおかしくはないが……。

 

「このあまりに濃厚な魔力を帯びた常ならざる濃霧―――僕らはこれを、仮に『魔霧(まきり)』と呼んでいます」

「まきり……そういえば冬木には『間桐』という魔術師の名家がありましたが……」

 

 ジキルと間桐に関係はあるまいから、多分偶然だろう。アルトリアは軽く首を振って、その想像を頭から振り払った。

 

「しかも魔霧だけではありません。すでに遭遇されたかも知れませんが……」

「サーヴァントですね。あと怪しげな自動人形(オートマタ)の群れとも戦闘しました」

「やはり戦闘になっていましたか。

 他にも魔術で作られたと思われる殺人ホムンクルスや正体不明の怪機械(ヘルタースケルター)、さらには屍食鬼(グール)動死体(ゾンビ)といったものもいます」

「グールにゾンビ、ですか。

 数十万人が犠牲になっているのに、ここに来るまでの道中市民の死体を見かけなかったのは」

「ええ、グールに変えられた市民が、魔霧で死亡した市民を食べたのでしょう」

「…………」

 

 思った以上にホラーで陰鬱な話に、光己とアルトリアたちの顔色が悪くなる。おそらくフランスの時と同様に、吸血鬼の性質を持ったサーヴァントがいるのだろう。

 それともちろん先ほど逃がしてしまったジャックとアタランテ、そして聖杯を持っている特異点ボスも。

 

「……って、あれ? 記憶がぼやけています。

 アタランテさんのことは覚えているのに、ジャックさんのことを思い出せません」

 

 そこでマシュが妙なことを言い出した。

 ジャックと遭遇してから逃げられるまでの流れやアタランテの顔は普通に思い出せるのに、ジャックの容姿や得物、戦い方、しゃべったこと、そういったことはそれこそ霧がかかったように不鮮明ではっきりしないのだ。

 

「え、あ、言われてみれば……私も真名看破したことは覚えていますが、その内容を思い出せません」

「私もですね……」

 

 ルーラーもアルトリアも同様のようだ。太公望にも顔を向けてみたが、彼も今気づいたかのように首を横に振る。

 もしかして自分のことを忘却させるスキルでも持っているのだろうか? だとしたらジャックはこちらのことを覚えていて対処法も考えられるのに、こちらはできないのだから逃げられて再戦するほど不利になるということか。

 

「これも逸話再現による能力でしょうか? かなり厄介ですね」

 

 ただでさえ面倒な事態になっているのに、とアルトリアが困り顔になるが、しかし例外も存在した。

 

「そうなの? 俺はちゃんと覚えてるけど」

「え、マスターは覚えてるんですか?」

「うん。黒いボロ布はおった10歳くらいの幼女で、両手に大きなナイフ持ってる暗殺者(アサシン)、だろ? 宝具は確か『暗黒霧都(ザ・ミスト)』と『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』だったかな」

「おお、合ってる。父上が忘れさせられたこと覚えてるとはやるじゃねえか」

 

 実はモードレッドも何故か全ては忘れずある程度は覚えていられたので、光己の記憶が正しいと理解して称賛の声を上げた。

 これなら再戦で不利になることはなさそうだ。

 

(ほう、マスターは精神干渉も跳ねのけられるのか……)

 

 一方バーゲストも内心で感心していた。

 光己は物理的に硬いだけでなく毒耐性もあるが、こういう方面にも強いとは。これほど頑丈ならもしかして―――。

 

(いやいや何を考えている。仮にもマスター、しかも陛下が夫とお呼びしている方に)

 

 どうやら光己に何か期待したいことがあるようだが、それはあまり好ましくないことのようだった。

 そしてバーゲストが煩悶している間に光己たちはジャックとアタランテの説明を終えて、自分たちが何者でここロンドンに何をしに来たのかという話に入っていた。

 

「―――ということで、ここは本来の歴史が捻じ曲げられている空間で、それを元に戻しに来たというわけです」

「なるほど、話は分かりました。そういうことなら是非協力させて下さい」

 

 何しろジキルが得ている情報によればロンドンはもはや政府としての機能は麻痺しつつあり、外からの救援も魔霧に阻まれて入れず孤立状態だ。魔霧は屋内には入り込まない性質があるが、それでも水や食料がなくなれば住人は全滅するだろう。

 のんびり構えて手段を選んでいる暇はないのだった。

 

「はい、こちらこそ。

 それで、これからどう動くかという方針はありますか?」

「待って下さい。その前に家族会議をしなければなりませんから」

「ああ、そういえば」

 

 事態は急を要するが、これはこれでやっておかないと人間関係的な問題が残ってしまう。その微妙なわだかまりが戦闘に影響することもあり得るから、先に解決しておくべきことではある。

 というわけで、アルトリアズとモルガンとモードレッドは別室に引っ込んでいったのだった。

 

 

 



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第213話 霧都の道化師

 モルガンたちが別室に去って行くと、妖精騎士3人は一様に心配そうな顔をした。

 

「ううむ。汎人類史(こちら)の陛下にはお子様が何人かいらっしゃることは本で読んだが、よりによってモードレッドがいたとは……」

 

 バーゲストのこの発言は当然モルガンとモードレッドがこの場にいないからこそで、しかも同僚以外に聞こえないよう小さな声でのものである。

 

「彼女が言ったことが事実なら、それは多少ヒネくれても仕方ないしね……」

 

 メリュジーヌはモードレッドにやや同情的であった。王にもらった着名(ギフト)がランスロット、つまりアーサー王に叛逆した者という共通点があるからかも知れない。

 

「アルトリア王が3人もいるから荒事にはならないとは思うけど」

「お仕置きはされるみたいだけどな。

 それより問題は、あの女が私の姉妹……なのはいいけど、お母様の娘ってことなんだよな」

 

 バーヴァン・シーとしてはモードレッドと姉妹になるのはそこまで嫌ではなかったが、母の寵愛を半分奪われるようなことになるのは耐えがたい。いっそ決裂してくれればいいのにとか思っていたりする。

 

「うーん、その辺は僕たちにはいかんともしがたいことだからねえ……」

 

 最強の竜でも妖精関係や人間関係はどうにもならないんだなあ、と改めて自覚せざるを得ないメリュジーヌなのだった。

 

 

 

 モードレッドはモルガンには不信と嫌悪を抱いているが、アルトリアには信頼と敬意を抱いている。なのでつかみの部分はアルトリアが話すことにした。

 なおアルトリアはマシュに通信機を借りて、カルデアにいるオルタとリリィもスクリーン越しに参加してもらっている。モードレッドはそれぞれ特徴ある5人もの父上に注目されて幸福絶頂、特にリリィの可憐さにはハートを思い切り撃ち抜かれてもう失神寸前であった。

 

「何を呆けているのですモードレッド。貴方に説明するためにわざわざ時間を取ったというのに」

「!? おっ、おう。大丈夫、オレは常在戦場だぜ父上」

「……」

 

 ここに清姫がいたらモードレッドに火を吹きつけていたところだが、アルトリアは面倒くさかったのでスルーした。

 

「……まあいいでしょう。

 時間も惜しいですので簡潔に言いますと、ここにいるモルガンは私たちが知るモルガンではなく、妖精國ブリテンという遠い平行世界から召喚されてきたモルガンなのです。妖精の騎士3人が彼女のことを『女王』といっているのが証拠といえば証拠ですね。

 しかしモルガンはどういうわけか、私たちの生前の頃のブリテンのことを現界時に与えられる一般常識以上に知っていたのです。だから逆に、自分がやったことのはずのモードレッドの事情を知らなかったのがむしろ不思議なのですが……」

 

 そして当人に水を向けると、モルガンは渋々といった様子ながらも話し始めた。

 

「うーむ、こうなっては話さざるを得んか……。

 確かに私は異聞帯に生まれた身だが、生前に汎人類史出身のサーヴァントだった私と融合していたのだ。だから汎人類史(こちら)のブリテンのことやおまえたちのことも知っていたというわけだな」

「融合、ですか。どういう経緯で?」

「こちらの私は妖精國でベリルに召喚されたのだが、素直に従ってやるほどお人好しではなかったのでな。それよりたとえ遠い平行世界であろうと、ブリテンの王になりたかった。

 そのためにカルデアのレイシフトを解明して、自分自身の情報を過去の『私』に送信したのだ。『(コフィン)』がなかったから、その時点でこちらの私は消滅したが」

「な、何か途方もないことしてますね……」

「さすが母上、って言うべきなのか?」

 

 アルトリアはその離れ業と自身を犠牲にしてまでという執念に冷たい汗を流し、モードレッドは専門用語が多かったこともあって半分くらいしか理解できず唸るばかりであった。

 それでもこれでここにいるモルガンが汎人類史(こちら)のブリテンのことを知っていた理由は分かったが、それならそれで何故モードレッドの事情だけ知らなかったのか?

 アルトリアがそれを問うと、モルガンは当然ながらものすごく嫌そうに、しかしここまで来て黙秘するわけにもいかず白状した。

 

「……単に、自分に都合が悪い情報は送らなかっただけだと思う。

 この分だと、もらっていない情報が他にもあるかも知れんな……」

 

 政治や戦争は綺麗事だけで片付くものではないから、多少の悪行や権謀術数はやむを得ない。しかし弟ならぬ「妹」の子種でホムンクルスを作るというのはさすがに性根がヒネくれ過ぎていて、現地の自分に引かれてしまって王になる意欲まで削がれてはまずいと判断したのだろう。

 あるいは単に、いくら自分とはいえあまり外聞が悪いことは隠しておきたかっただけかも知れないが。

 

「な、何だとぉ……」

 

 言外に「おまえをつくったのは自分自身にも言えないようなことだ」と言われたモードレッドが怒り心頭になるのは当然だったが、それをやったのは目の前にいるモルガンではない。モードレッドはかろうじて剣を抜くのを自制した。

 

「おまえにとっては許しがたい話かも知れんな。

 私自身がやったことではないが、言い訳はせん……黙って殴られてやる趣味はないが、河原で殴り合ったら親友(ダチ)ならぬ母娘というのなら受けよう」

 

 モルガンは魔女めいた服装や技能とは裏腹に元祖魔猪の氏族であり、実際にこの方法で友人をつくってきた実績がある。モードレッドはこちらのモルガンをかなり嫌悪しているようだから和解とまではいかなくても、多少わだかまりを解くぐらいはしたいと思ったのだ。

 一方モードレッドはいかにも魔術師然とした、というか本当に魔術師であるモルガンがまさかの殴り合いを提案してきたことに当惑して、とりあえず父上に意見を仰いでみた。

 

「えっと、ち、父上……?」

「そうですねえ。モルガンにも考えがあるんでしょうから、貴方にその気があるならやってもいいと思いますが……。

 しかし魔術も武器もなしの素手の殴り合いだとしても、人様の家でやることではありませんからね。といって外もああですし、機会があったらでいいんじゃないですか?」

「なるほど……」

 

 確かにその通りである。モードレッド的にはうだうだ抱え込むよりシンプルに分かりやすく発散する方が好きなので、モルガンの提案を受けることにした。

 

「よっしゃ、そういうことならやったるぜ。もちろん勝とうが負けようが後くされなしだよな?」

「当然だ」

 

 ―――これでモルガンとモードレッドの話はひとまず終わったが、家族会議の議題はもう1つ残っていた。

 

「あとは私のお話ですね。こちらも後くされなくお仕置きしてあげましょう!」

「うえっ!? ま、まだその話覚えてたんだ父上」

「当たり前でしょう。もう逃げ場はありませんよ」

「へるぷみー!」

 

 モードレッドは助けを乞うたが誰も応じる者はなく、他の父上4人と母上の前で実年齢的には妥当ともいえるお尻ぺんぺんの刑に処されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 モードレッドたちがジキルたちの所に戻って経過を簡単に報告すると、バーヴァン・シーがものすごく心配そうな顔で母娘バトルを止めてきたが、モルガンに「気持ちは嬉しいが、自分で蒔いた種は自分で刈らねばならんからな」と言われるともう止められなくなってしまった。

 

「で、でも立会はするからな! 特にモードレッド、勝負がついても殴り続けるようなマネはするんじゃねえぞ」

「分かってるって。そのくらいの作法は知ってるよ」

 

 モードレッドは自分だけ釘を刺されたことよりモルガンとバーヴァン・シーの仲の良さにちょっともやもやするものを感じたが、それは口には出せなかった。

 するとその辺の微妙な空気を読んだのか、ジキルが別の話を始める。

 

「それはそうと、王と王妃にお願いするのは心苦しいのですが、ひとつ依頼したいことが……」

「遠慮は要りませんよ。どうぞ」

 

 アルトリアが寛容に続きを促すと、ジキルは依頼の内容を語り始めた。

 ロンドンの市中にはジキルの協力者が何人かいるのだが、その中の1人であるスイス人碩学(せきがく)のヴィクター・フランケンシュタイン氏が今朝から連絡が取れなくなっている。なので様子を見てきてもらって、場合によっては保護してほしいというのである。

 なおフランケンシュタインも小説の登場人物だが、今回はそのモデルとなった魔術師の孫であるらしい。

 

「ふむ、分かりました。

 ただ敵の襲撃を受けた可能性を考えるなら、ここにも留守番を残した方が良さそうですね。幸いこちらにはサーヴァントが大勢いますし」

 

 というわけで汎人類史組と妖精國組から1人ずつ、アルトリアとメリュジーヌが残ることになった。非常時の通信用にマシュの通信機をアルトリアに持たせたまま、都合9人で出発する。

 

「ヴィクターのじいさんは、少なくとも昨日までは無事だったんだけどな。

 まあ行けば分かるだろ。何事もなければ、普通に歩いて1時間くらいだ」

 

 モードレッドによるとフランケンシュタイン宅はジキル宅から3キロか4キロくらい離れたソーホーにあって、そこは例の人形やホムンクルスの縄張りらしい。

 といってもサーヴァントさえいなければ連中が何体現れようとこのメンツの敵ではないのだが、目的地まであと1キロくらいになったところでほぼ同時に2ヶ所で1騎ずつ探知された。

 片方は距離と方角から見ておそらくフランケンシュタイン宅と思われる地点、片方は右側にほぼ90度方向違いの、これも1キロほど離れた場所である。

 

「うーん。本来ならサーヴァント探知は半径10キロまで可能なはずなのですが、魔霧のせいで精度が落ちているようです。

 マスター、どうなさいますか?」

「や、1キロでも100メートルでも、先に分かるだけでも助かってるから気にしないで。

 しかしどうするか……二手に分かれるってのはあんまりしたくないんだけど」

 

 二手に分かれてもなお人数は勝っているが、光己は敵の単騎突撃で守りを突破されて攻撃を受けた経験が何度もあるのでなるべく固まっていたいのだった。

 まあこういう時こそ軍師の意見を仰ぐべきだろう。さっそく太公望に訊ねてみた。

 

「太公望さん、どうすればいいと思う?」

「そうですねぇ。右側のサーヴァントのことがまるで分からないのなら、どちらが正解だとも言えません。ですからマスターが分かれるのが嫌なのでしたら、全員でまっすぐフランケンシュタイン殿宅に行ってしまってもいいかと。

 ……霧がこれほど濃くなければ、土遁の術を使っても良かったのですが」

 

 土遁の術とは「封神演義」でよく使われている高速移動術だが、ワープではなくあくまで高速移動なので、今現在のように目的地が遠くないのに術者が正確な位置を知らず、しかも濃霧で視界が狭い上に敵がいる可能性があるような場所では使いづらいのだった。

 ちなみに太公望はこの術が得意で、ドアを閉めた車の中と外を一瞬で行き来できるほどの腕前である。

 

「おお、土遁の術! フランスやローマの時にあれば便利だったのになあ。

 まあ負けそうになってもほぼ確実に逃げられるってのはポイント高いか」

「えぇ、あの戦争の時はよく逃げたり逃げられたりしたものです。懐かしいなァ!

 帰り道でなら使えますので披露しますよ」

「おお、それは楽しみ」

 

 しかし今は普通に徒歩で行くしかないようだ。いや今まさにフランケンシュタインが襲撃を受けている真っ最中なのかも知れないのだから、全速力で走っていくべきである。

 そこで光己が武闘派サーヴァントのダッシュに自力でついて来たことにモードレッドがまた驚いたりしつつ、ようやく目的地についてみると屋敷の門の前に大柄な道化師風の男が立っていた。異様な形と色をした大きな(はさみ)を持ち、危険な雰囲気を蒸気のように漂わせている。

 一行が足を止め、ルーラーアルトリアは真名看破を行った。

 

「真名、 メフィストフェレス。キャスターです。宝具は『微睡む爆弾(チクタク・ボム)』、懐中時計にクモの脚を付けたような形の爆弾を出しますが、実際は真名解放した時点でターゲットの体内に呪いの爆弾が設置されます」

「マジか」

 

 メフィストフェレスといえばまたもや小説の登場人物で、有名な悪魔である。小説通りの存在であれば、間違いなく人類の敵だ。

 しかしそうと決まったわけではない。今少し近づいてから、先頭のモーレッドが声をかけてみる。

 

「おい、そこのカカシ。それともリビングスタチューか?

 どっちでもいいや。おまえさ、アホみたいに匂うぞ。血と臓物と火の匂いだ。あと、じいさんの好きだった元素魔術の触媒。ここまでぷんぷん匂ってくる。

 殺したな、おまえ。ヴィクター・フランケンシュタインを」

 

 距離が近づいたおかげで、モードレッドはメフィストフェレスはすでにフランケンシュタインを殺した後だと看破できたようだ。

 その今にも斬りかかりそうな怒気と殺気をこめた詰問に、メフィストフェレスは恐れるどころか楽しげに答えた。

 

「ええ、ええ―――真名を看破されてしまったからには、もはや言い逃れはしません。

 確かに、確かに。かの老爺(ろうや)は二度と口を開かず、歯を磨かず物を食べず、息をしないでしょう。有り体に言えば絶命しているということです。

 残念なことです。彼は『計画』に参加することを最後まで拒んだ。

 ですのでまあ、始末すると同時に、彼の協力者、つまり貴方様がたが様子を見に来るのをこうして待っていたのですよ!」

 

 つまりメフィストフェレスは「計画」とやらに参画していて、それに協力しなかったフランケンシュタインを殺害した上で、こうしてモードレッドたちが様子を見に来たところを殺害するつもりということらしい。

 

「それがまさかこれほど大勢とは思いませんでしたが、そちらには哀れにもマスターがいる模様。

 ようくお守りなさい。でなければ、あっという間に……」

「御託はいい。そのニヤけた口元を今すぐに止めろ」

 

 モードレッドがメフィストフェレスの長広舌を遮るように斬りかかる。何しろ彼がマスター狙いだと明言した以上、それこそ宝具を使われては万事休すだからだ。

 

「おおっと!」

 

 メフィストフェレスは素早く横に跳んでモードレッドの斬撃を回避した。

 

「いやはや、貴方様は血の気の多いお人であるようだ! 殺しますか、私を! 殺せますか、私を!

 しかし我が宝具はすでに()()()()! せいぜい、爆発にはお気を付けくださいませ!」

 

 光己たちを囲むようにして脚がある懐中時計めいた物品、つまり魔術回路やサーヴァントの霊基にバグを仕込んで呪う爆弾が30個ほども出現する。ただこれはイメージ映像に過ぎず、実際は真名を発動すれば即ターゲットの体内に仕込めるものだ。

 

「ではさようなら。『微睡む(チクタク)―――」

「させませんよ!」

 

 しかしその寸前、ヒロインXXが額からビームマシンガンをメフィストフェレスの口元を狙って乱射する。一瞬遅れて、バーヴァン・シーも黒い(やじり)を大量に飛ばした。

 

「うぐがっ!?」

 

 真名解放の途中に口や鼻や喉に強打を喰らっては発動は難しい。むしろ気絶あるいは死亡してもおかしくなかったが、そこは有名な悪魔だけあって設置済みの爆弾をその場で、つまり時計を爆発させるだけの力は残っていた。

 

「うわっ!?」

 

 その爆発でモードレッドたちが困惑している間に「光己たちから見て左側に」逃走を図るメフィストフェレス。

 人数差を考えれば妥当な判断だったが、彼女たちに背中を向けたがゆえに、そちらから小さなパイナップルのようなものが飛んで来るのは見えなかった。

 

「あじゃぱーっ!?」

「爆弾には爆弾! 試作品だから退去させるのは無理だろうけど」

 

 悪魔を祓うには聖なる力!という発想で光己が投げつけた「聖なる手榴弾」の爆発によりメフィストフェレスは背中にも重傷を負ったが、それでも死力を振り絞ってどうにか逃げ帰ったのであった……。

 

 

 

 

 

 

「うーん、また逃げられたか……まあ今回は準備して待ち伏せされてたみたいだから仕方ないか」

 

 頑丈にも1人だけ無傷だった光己が、礼装の機能でサーヴァントたちを治療しながらそうごちた。真名発動まではされなかったからか、あるいはメンバーが皆対魔力が強いからか退去や重傷まで至った者はいないが、人数差を考えれば痛み分けというより敗北に近い。

 

「うーん、面目ない……」

 

 軍師として登用されながら待ち伏せを見破れず引っかかってしまったとは。太公望は肩をすくめて縮こまっていたが、不意にはっと顔を上げた。

 

「って、この気配!? 右側からキョンシーに似た気配の魔術的存在が4桁単位で近づいて来てますよ!?」

「先ほど話した右側のサーヴァントもです! もしかしてジキルとの話に出た、吸血鬼のサーヴァントがグールやゾンビを引き連れて来たのでしょうか」

「デジマ!?」

 

 これはあれか、こちらがメフィストフェレスと戦っている間に吸血鬼とアンデッドの軍団で横から殴るという策だったのか?

 挟撃は免れたが、戦うしかなさそうだ。

 

「みんな、やれる!?」

「はい、いけます!」

 

 マシュたちが再び戦闘態勢に入る。今度は数こそ多いが、挟み撃ちや待ち伏せでないだけまだ楽というものだ。

 そこでルーラーが小さく首をかしげた。

 

「あれ、サーヴァントの動きがちょっと変ですね……この感じだと、建物の屋根の上を跳び移ってこちらに来てるように思えます」

「……? アンデッド軍の大将として本陣に控えてるんじゃないってこと?」

「はい」

 

 建物の上を跳び移っているのなら軍の先頭に立つということでもなさそうだし、どういうつもりなのだろう? 光己たちが訝しみつつも待機していると、やがてサーヴァントはアンデッド軍を追い越して一行の前にしゅたっと降り立った。

 20歳くらいで金髪紅眼のものすごい美人で、白い薄手のセーターと紺色のミニスカートに黒いタイツと現代的な服装をまとっている。明るく天真爛漫そうな雰囲気だ。

 

「こんにちは! 吸血種を殺す吸血種、アルクェイド・ブリュンスタッドです!

 見たところ、貴方たちもあのグールやゾンビの敵なんでしょう? わたしもそうなんだけど、さすがに1人であの数はメンドいからもし良かったら共闘しない?」

 

 何とサーヴァントはアンデッド軍のボスではなく、それと敵対している者だったようだ。吸血種を殺す吸血種というのはよく分からないが、事実だとしたらこの女性も吸血種ということになるけれど……?

 そんな疑問が光己たちの顔に出ていたのか、女性はいたって明るい口調で弁明してきた。

 

「大丈夫よ、安心して? 吸血鬼だけど血は吸わないから! 絶対可憐な淑女なので!」

 

 これも真偽のほどは分からないが、嘘は言ってなさそうに見える。光己はとりあえず信用することにした。

 

「分かった、そういうことならこちらこそよろしく。

 それでブリュンスタッドさんは前衛と後衛どちらが希望?」

 

 彼女は堅苦しいやり取りは好みじゃなさそうなのであえてフランクに話してみると、女性はぽんと手を打って満足そうに笑った。

 

「わあ、物分かりいいのね。ありがと~!

 ()()わたしはバリバリ前衛格闘タイプよ。見たとこ貴方がマスターよね? バッチリ守ってあげるから、わたしの華麗な勇姿をとくとご覧あれ!」

「おお、実に頼もしげ……」

 

 こうして謎の吸血鬼、アルクェイド・ブリュンスタッドとの一時共闘が成立したのだった。

 

 

 



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第214話 霧都の吸血姫1

 アンデッド軍と接敵するまでに少しだけ時間があったので、アルクェイドが屍食鬼(グール)動死体(ゾンビ)について解説してくれた。

 

「要は両方とも大元の吸血鬼に血を吸われた時、運良くなのか悪くなのか、死に切れなかった人たちの成れの果てよ。基本的にはグールの方が格上ね。

 直接吸血鬼に血を吸われた人だけじゃなくて、グールが人の血を吸ってその人がゾンビになる場合もあるっていうか、数的にはこちらの方がずっと多いわ。

 どっちにしても生まれたばかりだから、能力的には大したことないはずよ」

 

 まともな自我は残っておらず、魔術の類も使えない。身体能力面は歩くのがやっとの者もいれば、常人並みに動ける者もいる。

 ただ歯や爪に腐敗毒や麻痺毒がある場合もあり、上級グールだとサーヴァントにも多少は効くかも知れないから要注意だ。

 

「人間に戻すのは無理だから、素直にあの世に送ってあげるのが親切だと思うわ」

「ほむ……」

 

 確かにフランスで見たゾンビも人間に戻せるとは思えない有り様だったし、ここでもそうだろう。

 

「すっご~~~~~~くたまに血を吸われてすぐグールを飛び級して吸血鬼になる、つまり自我を取り戻して超人的な強さになるイレギュラーがいるけど、そんな人は頭吸血鬼じゃなければあの行列には加わらないでしょうし」

「そんなケースもあるのか……まあ襲って来ないなら放っておいていいか」

 

 特異点が修正されればそのイレギュラーも人間に戻る……いや今人間には戻れないという話をしたばかり? まあ人為的な手段で戻すのと歴史そのものが元に戻るのでは原理からして違うはずだし、何とかなるはずと考えることにした。

 

「んー、そろそろ来るわね。どう戦うの?」

「そうだなあ。ブリュンスタッドさんとモードレッドとバーゲストに並んで前衛張ってもらって、XXとバーヴァン・シーがその後ろから射撃でサポート。

 ルーラーは探知の精度が落ちてるって話だから戦闘よりそっちに専念してもらって、モルガンと太公望さんは後方から支援。マシュはいつも通り、俺と後衛の護衛を。

 ケガしたら無理しないで後ろに下がるように……っと、みんなこんなとこでいい?」

「おう、いいんじゃねーか?」

 

 アルクェイドは作戦を訊ねはしたが光己たちの能力はまだ知らないので意見は述べず、代わりにモードレッドが「今度こそ活躍できそうだな!」という私情マシマシで肯定の意を口にした。

 まあ他のメンツにとっても特に異議がある内容ではなかったので、この作戦で布陣を行う。

 そしてついに、アンデッド軍の先頭がはっきり視界に入った。隊列も組まずに道路いっぱいに広がって、ふらふらと頼りない足取りで近づいて来る。

 彼らは見た感じ典型的なスプラッター的ゾンビで、まともな意識もない様子……と思いきや。モードレッドたちの存在に気づくと生きた人間(ここには2人しかいないが)への憎悪をたぎらせたのか、あるいは食欲を刺激されたのか、目の色を変えて迫って来た。

 今はまだ先頭しか見えないが、雰囲気的には本当に4桁いそうに感じられる。

 

「うわ、何だコイツら……こりゃ確かに元に戻せそうにねえな。

 畜生、オレの国民(モノ)をここまで貶めやがって。タダじゃすませねえからな」

 

 モードレッドとしては当然無辜の民を殺したくはないのだが、これはもうやるしかなかった。怒りと悲しみをこめて剣を振り上げる。

 

「せめて王の剣で眠らせてやるよ! 『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』!!」

 

 そして剣を振り下ろすと、幅広の赤い雷がアンデッド軍めがけて地を奔る。まっすぐの道路の上を群れてくる集団に対して直線状に飛ぶ宝具は多数の敵を捉えやすく、800体近くを木っ端微塵に粉砕した。

 普通の敵ならこの強烈な一撃に恐慌して逃げ出してもおかしくないところだが、アルクェイドが言ったようにグールやゾンビには知性がない。残った者はそのままの勢いで寄せてきた。

 

「ああもう、頭もゾンビなのかよ」

「では次は私が」

 

 敵は数が多い上に見た目がグロいので接近戦になる前になるべく削っておきたいが、大規模な宝具は魔力消費が大きいので連発できない。なので次鋒としてバーゲストが進み出た。

 「円卓の騎士」に派手な大技を見せつけられて対抗心が湧いたからでもあるというのは内緒だ。

 

「哀れな死者たちよ、今その無惨な(むくろ)から解放してやるぞ! 『捕食する日輪の角(ブラックドッグ・ガラティーン)』!!」

 

 こちらも対軍宝具で、額の角を引き抜き「妖精剣ガラティーン」に変えて巨大な黒炎を敵陣営に叩きつけるというものだ。捕捉人数は100人程度と少なめだが、炎を持続させておけば通り抜けようとする敵にダメージを与えることができる。

 

「……! …………!!」

 

 アンデッドたちが口をぱくぱくさせているのは、悲鳴を上げようとしているのだろうか。しかし口や咽喉の器官が傷ついているらしく、まともな声にはなっていなかった。

 

「うーん。可哀そうではあるけど、実際こうするしかないからなあ……」

 

 リアルスプラッターは精神衛生上とても良くないのだが、光己はフランスで何度か見ていたおかげでギリギリ平静を保つことができていた。これで安らかに成仏、いや天国に行ってくれればいいのだが……。

 

「そうですね。ブリテンの首都に毒霧を充満させただけでも許しがたいのに、このような蛮行まで働くとは不敬極まります。首魁には厳罰が必要でしょう」

 

 モルガンも王様目線ではあるが、怒りを抱いてはいるようだ。

 なのに動く気配がないのはサボっているのではなく、アルクェイドが何か大技、つまり宝具を使う気配を感知したからだ。彼女が後々敵に回る可能性はゼロではないのだから、手の内を見せてくれるのを邪魔する手はない。

 

「へえ、サーヴァントってなかなかやるのね!

 それじゃわたしも披露するかぁ。月の光を、受けるがいいー!」

 

 アルクェイドはそう言うとタンッと軽く地を蹴って、真上に20メートルほども跳躍した。

 まあ武闘派サーヴァントにとっては容易なことだが、ミニスカートを穿いていると、その武闘派サーヴァントの視力ならその内側を地上からでも覗き込むことができてしまう。今回それをやって「ほむ、飾り気少なめの白か……タイツ越しのパンツってえっちだよな」と小声で呟いたのは1人だけだったけれど。

 アルクェイドは気づいた様子もなく、空中でいったん停止するとくるっと斜め下を向いた。ついで青白い光球をまといつつ、高速で敵のただ中に吶喊する!

 

「そぉーれっ! 真祖、いっきまーーす! 『空想具現化(マーブルストライク)』ッ!!」

 

 そして地面に衝突すると、まるで隕石落下で衝撃波が広がるかのように光が炸裂して周りのアンデッドを消し飛ばす。

 ただここで普通なら衝撃は半球形に広がるのに、今回はほぼ前方だけに広がっていた。言うまでもなく、道路脇の民家に被害を与えないように制御したのである。

 そして当人は後ろに跳んで味方陣地に戻って来たので、光己はさっそくパンツ、ではなく手際を褒めることにした。

 

「うん、確かにすごかった。

 あと民家に当てないようにしてくれてありがと」

 

 アルクェイドが人間だったなら人道上当然の配慮だが、そうではないなら特別に気遣ってくれたということになる。なのでお礼を言ったわけだが、するとアルクェイドも我が意を得たりと微笑んだ。

 

「どう致しまして! 実際配慮したんだけど、自分から言うと恩着せがましい感じになりそうだから気づいてくれて良かった」

「うん、こう見えてマスター歴長いからさ」

「へえ、そうなの? 聖杯戦争って1週間かそこらで終わるっていうイメージあった、というか1人でそんな大勢サーヴァント連れてるのってあんまりないわよね」

「うん、普通はそうらしいけど俺の場合は事情があって」

「へえー」

 

 アルクェイドは興味を抱いたようだったが、戦闘中なので深入りはしなかった。これだけ圧倒的な力を見せつけたのに、アンデッド軍はペースを落としさえせず迫って来ているのだ。

 

「それで、宝具連発はまだやるの?」

「うーん、そうだなあ」

 

 問われた光己が後衛2人に顔を向けると、太公望がすっと姿勢を正した。

 

「そうですね、では次は僕が」

 

 するとその傍らに角が生えた馬らしき動物が現れる。彼こそが太公望がライダークラスである由縁の、師匠元始天尊より授かった「四不相(しふそう)」であろう。

 

「それじゃ行ってきますよ。『擬竜神獣・四不相(ぎりゅうしんじゅう・しふそう)』!!」

 

 太公望が四不相にまたがって真名を解放すると、1人と1頭が青白い光に包まれた。そのまま路上を駆けてアンデッド軍のただ中に突進して、当たるを幸い薙ぎ払い、灼き尽くす。

 そのさまを見たアルクェイドがぽんと手を打った。

 

「ああ、わたしもああすれば良かったかも」

 

 弱い敵が細長い隊形で攻めて来るなら、爆撃1発で終わるよりローラー作戦の方が大勢攻撃できる。似た形態の宝具でより有効そうな使い方を見せられて感心したのだ。

 

(わたし、『知識』はあるけど『経験』は少ないからなあ。

 サーヴァントって人間の中でも特に強くて戦闘経験も人生経験も豊かな人たちってことだから、一緒にいれば面白いかも)

 

 アルクェイドがそんなことを考えながら太公望の後ろ姿を眺めていると、1人と1頭は敵軍を蹴散らしながらその最後尾まで行くのはさすがに無理だったらしく、途中で宙に浮いてこちら側に戻って来た。

 到着した太公望に光己が声をかける。

 

「お疲れさま。あとは普通に迎え撃つだけかな?」

「そうですね、横槍が入らなければそれでいけるでしょう。

 しかしまだ1千体くらいは残ってそうですが、魔力は大丈夫ですか?」

「うん、平気平気」

 

 いかにカルデア本部からの供給があるとはいえかなりの消耗になるはずなのだが、やはり竜種は格が違うようだ……。

 

(それどころか、この特異点に来てから何だか体調いいんだよなー。

 それに誰かに呼ばれてるような気がする)

 

 しかし光己はイギリスに来たのはこれが初めてだから気のせい……いやそういえばエルメロイⅡ世が、魔術師の本拠地の1つである「時計塔」は大英博物館の地下にあって、そのさらに下に「霊墓アルビオン」があるとか言っていたが、アルビオンは大昔に亡くなったそうだからやっぱり気のせいだろう。

 太公望はその辺には気づいた様子はなく、普通に安堵した顔を見せた。

 

「それは良かった。では僕はこのまま、四不相くんの上で」

 

 四不相は口からビームを吐いて攻撃する技も持っているのだが、地上でやると前衛組に当たってしまう恐れがある。しかし空中から敵後方を狙って斜め下に吐く分には、その心配はないのだ。

 それを聞いたバーヴァン・シーが光己に近づく。

 

「なるほど、確かにその方がやりやすいか。マスター、アレ出してくれよ」

 

 アレとはモルガンにお願いして一緒に作った、空を飛べる靴(ウィングドブーツ)の複製品である。まだ自由自在に空を飛ぶとはいかないが、敵が飛び道具を撃って来ないのなら空中から射る方が楽だろう。

 何かの役に立つこともあろうかと思って光己の「蔵」に入れてもらっておいたのだが、戦闘で使うことになるとは予想外だった。

 

「おお、アレか」

 

 光己が靴を出して渡すと、バーヴァン・シーはさっそく履き替えて宙に浮かんだ。

 パルミラの特異点でやった時より動きがずっとスムーズになっていたのを見た光己が驚きの声を上げる。

 

「おお、ずいぶん上手になってるな」

「まあな。靴コレクターとして下手っぴのままじゃいられねえし、何よりお母様と一緒に作ったんだから」

「なるほど、いつもながら親子仲いいなあ」

 

(バーヴァン・シー……楽しそうで何よりです)

 

 なおその様子を横目で見ていたお母様は、娘が努力の成果を披露できてご満悦だったり、親想いなことを言ってくれたり、「我が夫」とも仲良くできていたりすることを大変喜んでいたが、人前というか戦闘中なので言葉と表情には出さなかった。

 もう1人の中衛のヒロインXXは自前で空を飛べるのでこちらも浮上して、3人でアンデッド軍に矢弾とビームの雨を浴びせる。モルガンも空間転移で槍や斬撃を飛ばした。

 それでも敵軍はまだ数が多く、しかも恐れや痛みを知らずがむしゃらに攻めてくるので遠距離攻撃だけでは止め切れない。しかし突破された先にはまだ前衛が3人もいた。

 

「あーあ、ここまで来やがったか。仕方ねえ、オレが直接あの世に送ってやるよ」

「うむ、私も騎士の務めを果たそう」

「グロいのは好きじゃないんだけどなー」

 

 ノリはそれぞれ違っていたが……。

 モードレッドとバーゲストの剣がグールとゾンビを引き裂き、ぶった切り、焼き払っていく。一方アルクェイドは武器を持たず、素手で彼らの頭を水風船めいて叩き割ったり、横蹴りで鞠のように吹っ飛ばしたりしていた。

 

「ブリュンスタッドさんはステゴロ派なのか……しかし確かに強いな」

 

 ただ光己の目で見ても何らかの武術を修めているような動きではなく、身体能力でゴリ押しのように思えた。まあその身体能力たるや超A級なので、よほどの強敵でなければ問題なさそうだけれど。

 惜しむらくはこの位置関係だとせっかく彼女が「スーパー真祖キック」とやらを披露してくれてもパンツは見えないことだが、今回のようなほぼ危険がない戦闘ではマシュの後ろ姿を鑑賞する余裕がある。何しろ彼女のインナーは股のVカットの角度がとてもえぐい上に、なぜかお腹と背中に大きなくり抜きがあって素肌を見せつけてくれる大変眼福な仕様なのだ。

 あんまり役に立ったことがない鎧なんて外しちゃえばいいのに!

 

「先輩、何か変なこと考えてませんか?」

 

 すると要らない時だけ勘がいい後輩が嫌疑をかけてきたので、光己は丁重に説明責任を果たすことをした。

 

「いや、真面目に戦闘のこと考えてるよ」

「本当ですか? ……まあそれはそれとして、私だけ何もしてなくて心苦しいのですが」

「うーん、気持ちは分かるけど前衛に行ってもらうわけにもいかないしなあ。

 ここは俺の精神衛生面で役に立ってるってことでひとつ」

「先輩のお役に立ててるならいいのですが……」

 

 そんな話をしている間にグールとゾンビはどんどん減って、もはやリーダーとおぼしき他より数段強めのグールと、その取り巻き数名のみになっていた。

 

「へえー。こんな短期間でここまで成長するなんて、それなりに素質あったのかしらね。

 どっちにしてもここで終わりだけど」

「…………!!」

 

 そしてアルクェイドの容赦ない一撃で、ついにアンデッド軍は全滅したのだった。

 

 

 

 

 

 

「はあー、終わった終わった! ありがとう、貴方たちのおかげで想定よりずっと楽だったわ。

 でも返り血と返り肉片で服汚れちゃったわね。どうしよう」

「霊体化すれば全部落ちるよ」

「ああ、サーヴァントならその手があったわね!」

 

 こうして前衛3人が身づくろいを終えたら、今後の方針について話し合うことになる。

 

「そもそも貴方たちはここで何をしてるの? 聖杯戦争?」

「ある意味そうだけど、普通のとは少し違っててね。俺たちはこの異変を解決して街を元に戻すために来たんだけど、そのためには聖杯持ってる元凶を退治する必要があるんだ」

「へえー、大変そうねえ。

 あ、それだとこのグールやゾンビつくった吸血鬼が聖杯持ってる可能性もあるってこと?」

「ゼロじゃないけど、断言はできないかな」

「うーん、そっかあ」

 

 するとアルクェイドは腕組みしてちょっと考えた後、また質問をしてきた。

 

「仮に別のやつが聖杯持ってたとして、それを貴方たちが取り上げたら吸血鬼はどうなるの?」

「元の歴史では吸血鬼はいなかっただろうから、いなかったことになるはずだよ。サーヴァントなら単純に座に還るだけかな。

 あー、もしかしてブリュンスタッドさんは自分の手で吸血鬼を倒すことにこだわってるとか」

「ううん、その辺は気にしてないわ。

 過程や方法なぞどうでもよいのだァーッ!って感じ」

「その台詞は負けフラグでは?」

 

 というか何故この時代に現界したサーヴァントがこんなフレーズを知っているのか不思議だったが、そういえばアルクェイドは現代の服を着ているから、20世紀後半以降の生まれなのかも知れない。

 

「あははー。

 ……そういうことなら、わたしも貴方たちと一緒に行っていいかしら?

 もし吸血鬼が聖杯持っててグールとゾンビも連れてたらさすがに1人じゃつらいし、貴方たちが異変解決すれば吸血鬼も消えるならそっちでもいいわけだし。

 もちろん、吸血鬼と関係ない戦闘でも手伝うから」

 

 ところでアルクェイドがこの特異点にいるのは吸血鬼を退治するためだけではなく、他にも大きな理由があるのだが、そちらは本人にもまだ自覚はない。

 

「うん、ブリュンスタッドさんなら大歓迎だよ」

 

 美人で性格も良さそうな女性の加入を光己が断るわけがない。

 こうしてアルクェイドが正式加入したのだった。

 

 

 



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第215話 霧都の吸血姫2

「それで、これからどうするの?」

 

 アルクェイドは正式加入が決まると次にどうするか訊ねてきたので、光己は今行こうとしていた屋敷を指さした。

 

「あの家に住んでるフランケンシュタイン氏の安否を確かめに来てたんだけど、家の前でメフィストフェレスってヤツに襲われて、撃退したところでブリュンスタッドさんとアンデッド軍がやって来たんだ。だから改めてあの家に行くってとこかな」

「メフィストフェレスって確か小説の登場人物よね。ノンフィクションだったのか、それとも概念が実体化したサーヴァントなのか……どっちにしても悪魔が家の前で待ち伏せしてたのなら、そのフランケンシュタインって人はもう殺されたかさらわれたかどっちかじゃない?」

「うん、その可能性が高いとは思うけど一応は確かめないとね。手がかりが残ってるかも知れないし」

「それはそうね」

 

 確かにそうなのでアルクェイドが頷くと、モードレッドが話に加わってきた。

 

「ただヴィクターじいさんはジキルと違って正真正銘の魔術師だから、気を付けろよ。あれこれと結界やら何やら仕掛けてやがって、知らずにあちこち触ると、サーヴァントでも多少痛い」

「あー知ってる、工房っていうんでしょそれ」

 

 アルクェイドは魔術師について多少知識があるようだ。

 ちなみにアルクェイドは対魔力がA+もあって、文明によって生じた干渉術式はほぼ通用しない……のだが、魔術的な武器は有効なので注意が必要である。

 

「おう、それそれ……って、いや待て。今は母上がいるから問題ないか」

 

 建物の外は魔霧のせいで発見しづらいかも知れないが、屋内なら簡単だろう。魔術を使わない純物理的な罠は別だが、有能な魔術師ほどその手のものは好まないものだし。

 

「うむ、任せておくがいい」

 

 そんなわけで屋敷に仕掛けられたいくつもの罠を片っ端から解除しつつ、手分けして探索を進める光己たち。そして書斎らしき部屋に、あの爆弾でも使われたのかひどく損傷した死体を発見した。

 

「……やっぱり遅かったか」

「ああ、これは間違いなくじいさんの遺体だ。仇は討ってやるから、安らかに眠りな」

 

 モードレッドとバーゲストが遺体を庭に埋めに行き、残った者で部屋を調べると何やら書きつけが見つかった。

 

「博士が遺したものでしょうか。これを書いている最中に襲われたようです」

 

 それには「私はひとつの計画の存在を突き止めた。名は『魔霧計画』。実態は、未だ不明なままだが。計画主導者は『P』『B』『M』の三名。いずれも人智を越えた魔術を操る、恐らくは英霊だ」と書かれていた。

 この街に今も立ち込めている、魔力がこもった毒霧を使って何かするつもりということだろうか?

 「M」というと先ほど対面したメフィストフェレスが頭に浮かぶが、ジャックとアタランテは主導者ではないようである。吸血鬼については全く分からない。

 

「持って帰ってジキルさんに渡せばいいか……」

 

 せっかくなので他に遺品になりそうな物を探していると、彼が残した資料や魔術的物品の類とは別に聖晶石を2個見つけた。敵が英霊と分かったので、サーヴァントを召喚して対抗しようとしたのだろうか?

 一応ジキルに渡すが、できればこちらで回収したいとも思う。。

 

「……うーん、この部屋はこんなもんかな?」

 

 あまり長居したい部屋でもないので用が済んだら早々に引き払うことにして後始末をしていると、モードレッドが何故か1人で戻って来た。

 

「まだこの部屋にいたか。一つ面白いものを見付けたからこっち来い」

「面白いもの?」

 

 言われるがままに光己たちがモードレッドについていくと、その部屋にはバーゲストと一緒に見知らぬ女の子が1人いた。

 身長は光己とほぼ同じと女の子としては高めで、ウェディングドレスに似た感じの白い服を着ている。メイスのような棒を持っているのが花嫁というには少々物騒だけれど。

 額には金属製に見える角が1本生えており、両耳の辺りにも大きなビスのようなパーツが付いていた。この屋敷の主がフランケンシュタインであることを考えると、もしかして彼がつくった人造人間であろうか?

 ルーラーアルトリアが何も言わないので、少なくともサーヴァントではなさそうだが……。

 

「……ゥ」

 

 女の子は自己紹介しようとしたようだが、言葉をうまくしゃべれないようだ。

 

「こいつは奥の部屋の棺に入ってたんだけど、そのおかげでメフィストフェレスに見つからずに済んだみたいだ。

 一緒に入ってた説明書きによると、祖父ヴィクター・フランケンシュタインが制作した1体目の人造人間、ってことらしい」

「ほむ、やっぱり人造人間なのか。しかしこの時代に1人で作ったとは……」

 

 2015年でもまだ作れていないのに大したものである。光己は素直に感嘆した。

 さしあたって、「人造人間」とか「フランケンシュタインの怪物」などと呼ぶのはいささか失礼なので、二、三のやり取りの後「フラン」と呼ぶことになったのだが……。

 

「しかしこの子がサーヴァントじゃないのなら、魔霧には耐えられないよな。といってここに置いてくのも何だし、どうしようか」

「ご心配なく。先ほど話した通り、土遁の術で僕たちと一緒にジキル殿の家に行けばいいだけのことですから」

 

 さすがは名高い道士にして軍師、光己の危惧は一瞬で解決されてしまった。

 ただモードレッドによるとフランは呼吸をしていないそうで、当人もそれを肯定したから魔霧は平気かも知れないが、必要もないのに試すこともあるまい。

 

「しかしフラン殿を連れ帰る前に、ジキル殿に話しておくべきでしょう。アルトリア殿に預けた通信機を使えば済みますし」

「あー、それは確かに」

 

 そうするとジキルは快諾してくれたので、これでようやくここでのミッションはすべて終了と相成った。結構な時間が経ったし色々あって精神的にも疲れたので、そろそろひと休みしたいものである。

 

「それでは帰りましょうか。皆さん、僕のそばに来て下さい」

「おお、お待ちかねの土遁の術だ……」

 

 そして太公望が術を使うと、目の前の景色が歪んだように見えたのに続いてエレベーターに乗った時のような移動感が数十秒ほど続いた後―――光己たちはジキルの家の前に到着していた。

 

 

 

「おお、これは速い上に器用……封神演義で何度も使われてただけのことはあるな」

「事前の準備もごくわずかで済むみたいですし、確かに優れた術ですね」

「東洋の魔術師もなかなかやるわねえ!」

「なるほど、世界に偏在する元素のエネルギーを借用して高速移動に用いているのか。これも実に興味深いな」

 

 光己やマシュやアルクェイドあたりは素直に感心していたが、モルガンは相変わらず研究熱心であった。単に向学心が強いというのではなく、何らかの思惑があるのかも知れない……。

 それはともかく、光己たちがジキル宅に入って彼への報告は元々協力者であるモードレッドに任せて休憩していると、ジキルがまた依頼をしてきた。

 何でもソーホーエリアに、屋内にまで入り込んで市民を襲う、人間くらいの大きさの本が現れたらしいのだ。当然退治なり何なりしなければならない。

 今までは自動人形その他の敵対存在が屋内まで侵入した例は確認されていないので、新しい局面に入ったといえよう。悪い意味でだが。

 具体的な被害は、その家の住人を眠らせてしまうというものだ。魔術なのか薬物の類なのかは分からないが、もしサーヴァントが魔術でやっているのならこちらのサーヴァントにも効く可能性はあるので用心しなければなるまい。

 なおジキルはフランケンシュタインの遺品や資料は受け取ったが、聖晶石は要らないそうで光己にくれた。喜ばしい話である。

 

「僕は仮にこれを『魔本(まほん)』と仮称することにしました。

 頼み事ばかりでまことに心苦しいのですが……」

「構いませんよ。貴方は外に出られない分、自身にできることをしているのですから」

 

 なのでアルトリアはジキルを責める気はない。

 ただ壁掛け時計を見ると4時50分で、もう日暮れが近いのだが……

 

「各家庭に置いてある水や食料がなくなったら街が全滅するということは、持ってあと3日くらいでしょうからね。そうなればこの特異点の人理も崩壊になるでしょうし、多少のリスクは覚悟の上で急がねばなりません」

 

 夜になるとただでさえ魔霧のせいで狭い視界がますます狭くなる上にジャック・ザ・リッパーの危険度が増すから、なるべく日没後は外に出たくないのだが、締め切りがこうも厳しいのではやむを得ない。アルトリアとしても苦渋の発言ではあった。

 

「それはそうですが、それなら元凶である魔霧の発生源を叩くべきでは?

 姉上か太公望さんに探査してもらって……いえ太公望さんには輸送要員としての仕事がありますから姉上一択ですか」

 

 これを提案したのはヒロインXXである。なるほどこの調子で目先の問題ばかりに対応している内に3日間が過ぎ去ってしまっては本末転倒にも程があるというものだ。

 ご指名されたモルガンもこの意見は軽視できない。

 

「そうだな。おそらくそこが連中の本拠地で、聖杯もあるのだろうし。

 この特異点にはいろいろ興味があるのだが、私がやるしかないか」

 

 カルデア本部に依頼するという手もあるのだが、モルガンはそれは口にしなかった。

 ここでは魔霧のせいでマスターの目の前にいる者がサーヴァントかどうかの識別すらおぼつかない様子なので、そんな広域の探査を頼んでも無理だと分かっているので。

 

「しかしこの魔力の濃さと広さだと多少時間がかかるから、それまでは目の前の状況を追うしかあるまい。

 そちらは任せるが、もし時計塔とやらに行くことになったら教えるように」

 

 モルガン陛下はサーヴァントになってもまことに勉強熱心であった……。

 もしこの台詞をオルガマリーやエルメロイⅡ世が聞いていたら血相を変えて止めるか、それとも人理修復が最優先と考えて見て見ぬフリするか難しいところである。

 サーヴァントたちは時計塔に思い入れなんて無いので、誰も気にしなかった。

 

「話はまとまったか? じゃあそろそろ行こうぜ」

 

 するとモードレッドが出発を促してきたので、光己はもう少し休憩したかったが重い腰を上げることにした。

 モードレッドやジキルの前だと女の子、特にルーラーやXXとはいちゃいちゃしづらいので、APの回復が遅いのだが仕方がない。

 

「それじゃ留守番はモルガンとバーヴァン・シーになるのかな?」

「フランもだな。魔霧は平気だとしても、戦力になるかどうかは別だからな」

「ほむ、まあここで試すわけにもいかないしそうなるか」

「ソーホーエリアに行くのであれば、フランケンシュタイン殿の家の前まで土遁で行って、それから徒歩で行くのが早いでしょう。アルトリア殿が言ったように、時間は貴重ですからね」

「なるほど、それは助かる」

 

 こうしてフランケンシュタイン宅前から、ジキルの協力者がいるという古書店に向かうカルデア一行。ルーラーと太公望のおかげで不意打ちを受ける危険は少ないので、モードレッドはマシュと「魔本」についてとか生前の頃のブリテンのことなどを話していたが、どこかムズムズするものを感じていた。

 

(ああもう何だか面倒くさいな!? いや問題はオレの性根の方なんだが)

 

 マスターの方はモードレッド自身より頑丈ぽいというだけでも能力的には十分すぎるし、メンタル面も魔術師らしからぬ一般人的のほほんぶりとはいえ、本物の悪魔やアンデッドの大軍に嫌悪は見せても恐怖は見せなかったからケチをつけたいと思うほどの不満はない。

 マシュについては別に嫌いではないが、能力を受け継いだだけの別人なのに、性格面にも生前の盾ヤロウと似た所があるのが何とも落ち着かなかった。

 

(でもそれに非があるってわけじゃねえしな……。

 能力はだいたい受け継げてるみたいだし)

 

 なのでその辺りは気にしないようにしていると、そのマスターが新入りと何か聞き捨てならない話をしているのが聞こえた。

 

「そういえばさ。わたしはマスターがいないはぐれサーヴァントってやつなんだけど、普通はサーヴァントはマスターがいるものなんじゃなかったっけ?」

「そだな。はぐれサーヴァントってのは聖杯か抑止力に召喚されてるらしいんだけど、基本的にはマスターがいないと現界できないんだし。

 ただマスターは大抵サーヴァントより弱いから守る必要があるっていう点では、メフィストフェレスが言ってた『マスターがいるのは哀れ』ってのも間違いではないかな」

「なるほどねー。でもサーヴァントの強さってマスター次第っていう話もあるじゃない?

 マスターとの絆とか援護とか、それ以前にマスターの能力でサーヴァントの能力も変わってくるんでしょ?」

「ああ、それはあるな。俺が契約してる皆も、付き合いが長くなると少しずつ強くなってるし」

「へえー、やっぱりそうなんだ」

 

 アルクェイドはその話にいたく関心を持ったようだ。

 

「それならわたしとも契約しない? 魔力には困ってないけど、わたしが強くなれば貴方たちもお得でしょ?」

 

 アルクェイドは星の精霊なので自然の魔力をいくらでも引き出せるから、今言ったように魔力には困らないのだが、サーヴァントとして現界した以上はその性質も持つことになる。つまり「世界卵」ではなく「霊基」の筐体であるがゆえに、「原初の一」という「戦闘相手より少しだけ出力が上になる」という能力がかなり低下しているのだ。

 なので強くなれるならなっておきたいという実利的理由と、サーヴァントとしての現界という珍しい機会にマスターとの契約も体験してみたいという好奇心からの発言である。

 マスターとなる彼とは性格面の相性は良さそうだし。

 

「うん、ブリュンスタッドさんなら喜んで」

 

 光己は秒でOKした。彼女の同行を認めた時点で、契約を断る理由もないのだ。

 

「ありがとー、貴方ってそういう人よね。

 それでどうすればいいの?」

「そちらは難しいことは何もないよ。俺が呪文唱えて最後に呼びかけるから、それにOKしてくれればいいだけ」

 

 英霊の座からの召喚だといろいろ面倒だったりリソースが必要だったりするのだが、目の前のはぐれサーヴァントと契約するだけなら本当にこれだけで済むのだ。

 

「そうなんだ、楽でいいわね!」

「うん、それじゃさっそく。

 ―――告げる!

 汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に! 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら―――。

 我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう!」

「わあ、何かいかにもそれっぽいわね!

 OK、契約締結よ!」

 

 光己の詠唱にアルクェイドがそう応えると、彼の右手の甲の令呪から膨大な魔力が放出され、アルクェイドとの間に魔力のラインを形成した。

 これでサーヴァント契約が結ばれたことになる。

 

「うっわぁ、何これ!? 何だかあったかくって力強いのが流れてきて……それにホントに出力が上がった!?」

「おお、何度もやってるけど成功するとやっぱり感慨深いな……」

 

 光己は人類を救うための戦いに身を投じてから何ヶ月も経っているが一般人気質はまだ抜けていないので、歴史上の英雄とか、今回は真祖の姫君なんてよくは分からないが凄そうなお方と魔術的な盟約を結ぶというのは大変なビッグイベントなのだった。

 

「それで、具体的にはどんな風に?」

「まずは標準の出力が上がったのと、性能が落ちてた『原初の一』がだいぶ改善されたってところかしら」

「原初の一?」

 

 何やら凄そうな名前だが初めて聞くスキル名だ。どんな効果なのだろう?

 

「わたしは戦闘する時は地球からのバックアップで敵より一段上の出力を得られるんだけど、霊基の体だと宝具を出してる間普段よりちょっと強くなるだけのものになっちゃうみたいなのよね。

 それが一応、上限はあるけどだいたい戻った……って、よく考えたらとんでもない効果ね。貴方絶対ただの魔術師じゃないでしょ」

「地球からのバックアップ!? ブリュンスタッドさんってやっぱりすごい人、じゃない吸血鬼だったんだなあ」

 

 アルクェイドは契約の効果に驚き、光己もアルクェイドの素性に驚いていたが、「原初の一」についてはもう少し詳しく知りたいところだ。

 

「……ってことは、今のブリュンスタッドさんは天下無敵ってこと?」

「そうでもないわ。能力的に『少し』上回るだけだから上手に立ち回られたら苦労するし、たとえば敵が心臓穿ちの槍(ゲイ・ボルク)持ってても心臓に鎧が付いたりはしないから」

「なるほど、世の中そこまで都合よくはないのか……。

 するとたとえば一般人が荷電粒子砲持ってるとか、あるいは今の俺たちみたいに味方が大勢いる場合はどうなるの?」

「そういう場合は普段の状態のままね。さっきの戦いではそうだったわ」

「ほむ、普段であれ、いや今はそれ以上なのか……それなら文句はまったくないな。

 それで上限ってどのくらいなの?」

「ええと、普段の数百倍ってとこかな? 古代の上位竜種みたいな存在規模になるわね」

「古代の上位竜種」

 

 それはもしかして、光己自身の竜モードのことなのではないか? いや、よそう、俺の勝手な推測で彼女を混乱させたくない。

 とりあえず、今ここで正体を明かすのはやめておくことにした。アルクェイドはともかく、モードレッドは生前に竜種を含むいろんな幻想種と戦ったそうだから竜種に隔意があるかも知れないし。

 そこでふと、光己はそのモードレッドがこちらを見ているのに気づいた。

 

「あ、モードレッドも契約する?」

「え!? あ、オレは……うーん」

 

 はぐれのままでいるよりマスターと契約した方が強くなるのは分かっているが、光己は父上と母上に認められて契約した人間で、だからこそモードレッドとしてはそれに追従するのではなく、みずからの眼でしっかり見極めた上で判断しなければならない。我ながらめんどくさい性分だとは思うが仕方ないのだ。

 

「いや待て。もしかしておまえと契約したらカルデアってとこに行けるのか?」

「いや、今までの例だと魔術王がつくった特異点では無理だった」

「そっか、ならまだやめとく」

 

 ただ彼のことが嫌いというわけではないので、含みは持たせておくことにした。

 それでも光己は断られた形になるが、特に気にしなかったようだ。

 

「そっか、まあ仕方ないな」

 

 光己にしてみればまだ会ったばかりなので、むしろアルクェイドと契約できたのが僥倖という感じだから、断られたから嫌われてるとか、そこまで思いつめはしないのだった。

 アルクェイドと仲がいいのにヤキモチを焼いたメリュジーヌがくっついてきたので、考えこんでいる暇もないし。

 

「お兄ちゃん、新入りに構うのもいいけど最強で最愛な妹を放置するのは良くないと思うなあ」

「あー、ごめんごめん。そういえばメリュはさっきは留守番だったしな」

「メリュジーヌ、陛下がいらっしゃらないからといって任務中に私情を出すのは感心しないぞ。

 第一目的地は目の前だしな」

 

 そしてバーゲストが言った通り、一行はジキルが指定した古書店の前に到着したのであった。

 

 

 




 アルクェイドの「原初の一」による地球からのバックアップは、味方がいたらその分減るという話をしていますが、光己が人間モードの時は人間の出力、竜モードの時は竜の出力で計算されます。
 あと敵味方とも武器や戦術はカウントしません。この辺は原作通りのはず……。




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第216話 霧都の絵本

 光己たちは無事目的地である古書店に到着したが、入る前に今一度サーヴァント探知をしておくべきであろう。

 

「……ええと、1階にはいません。2階に2騎ですね。片方は万全な現界ではなさそうな感じですが」

「ほむ……」

 

 魔本がサーヴァントだとして、他にもいるということか? これは慎重に進まねばなるまい。

 

「それじゃ入ろうか」

「よし、じゃあ先頭はオレが行くぜ」

 

 するとモードレッドが1番手に立候補して、そのまま扉を開けて中に入っていく。光己たちもそれに続いた。

 中はごくありきたりな書店で、1階には不審なものは見当たらなかった。

 

「ホントにただの本屋みたいだな。それじゃ2階に行くか」

 

 そしていよいよ2階に赴くと、カウンターに10歳くらいの少年が座って本を読んでいた。青っぽい髪と目と服の、妙に大人っぽいというかヒネた印象を受ける。

 

「真名、ハンス・クリスチャン・アンデルセン。キャスターです。宝具は『貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)』、味方全体の攻撃力や防御力、回復力を強化するものですね」

 

 さっそくルーラーアルトリアが真名看破の結果を当人に聞こえないよう小声で告げる。名前がアンデルセンで宝具が「物語」となればかの有名な童話作家だと思われたが、光己とアルクェイドは別の人物を想起していた。

 

「アンデルセンっていったら、もしかしてブリュンスタッドさんのライバル?」

「そうね。ここは『()ろうぜユダの司祭(ジューダスプリースト)』とか言ってタイマンを受けるべきかしら?」

「何を言ってるんだおまえたちは。俺はただの童話作家、荒事なんてまったく縁がない男だぞ」

 

 2人の推測は大外れのようだった……。

 それはそうと、この少年やはり態度と声が外見年齢より妙に大人びている。まあサーヴァント、それも文豪つまり頭脳派ならそういうこともあるのだろう。

 

「……それにしてもようやくか。待ちくたびれたぞ馬鹿ども。

 おかげで読みたくもない小説を1シリーズ、20冊近くを読みつぶすハメになった」

 

 ついでに口がずいぶん悪かった。そういえばアンデルセン童話はバッドエンドが多いが、そういう……?

 

「おまえたちがヘンリー・ジキル氏の言っていた救援だな。では、早速こちらの状況を伝えるとしようか」

 

 しかし頭脳派だけあって話が早いのは楽だった。

 それによると、この古書店の店主はすでに魔本に襲われて昏睡中であり、ソーホーエリアの半数近くが同じ状況になっている。

 その魔本は、何とここの隣の部屋にいるそうだ。本当に話が早い!

 

「しかし先輩、屋内戦闘は危険です。建物も破壊してしまうでしょうし、なるべく避けるべきだと思いますが」

「ほむ……」

 

 するとマシュが場所を変えることを提案してきたが、確かに妥当である。隣の部屋に客が大勢来て自分のことを話しているのに反応がないくらいだからあまり活動的なサーヴァントではなさそうなので、逆に外におびき出すのは難しいかも知れないが、初手突撃もして来ないだろうし。

 そして一応はノックをしてから(返事はなかったが)部屋に入ると、その中央に高さが60センチほどもある立派な装丁の本がふわふわ浮かんでいた。

 表紙にメルヘンな感じの絵が描かれており、「ALICE IN WONDERLAND」というタイトルも書かれている。

 攻撃してくる様子はなく、話しかけてくる様子もない。もしかして眠っているのだろうか?

 

「不思議の国のアリス、かな?」

「そうみたいですね。本格的に、小説や物語が具現化する特異点になってきたようです」

「……これは、真名が『まだ』無いようです。サーヴァント未満というか以前というか、そんな存在です」

 

 ルーラーアルトリアが真名看破してくれたが、そのような存在までいるとはサーヴァントも色々あるようだ。

 

「もしかしたら、この本が街の人を襲っていたのはマスターたり得る人を探していたのかも知れません。

 契約を結ぶことによって、そのマスターを媒介に自身をサーヴァントとして確立させることができるのでしょう」

「ほむ、なら俺と契約すればこの本は味方になってくれるってこと?」

 

 光己ならずとも考えることであったが、ルーラーは首を横に振った。

 

「そうですが、その際にマスターの精神が悪影響を受けないとは限りません。ここは自重した方が良いかと。

 現に被害者は皆昏睡しているわけですし」

「ほむ……」

 

 なるほど確かに、正体不明のサーヴァント未満だか以前の存在と安易に魔術的な契約を結ぶのは賢明とは言えない。光己が引き下がると、太公望が話に加わってきた。

 

「いずれにせよ動かないなら話は早いですね。僕が外に放り出しましょう」

 

 太公望が持っている打神鞭の柄から赤いテープのようなものが伸び、魔本に巻きついて縛り上げた。窓を開けて、ぽいっと外に放り投げる。

 続いて光己たちも窓から外に跳び下りて、ようやく戦える態勢が整った。

 

「よっしゃ、もうやっていいんだな!」

 

 父上の前なので意欲が普段の10割増しなモードレッドがさっそく王剣で斬りつける。本はテープがすでにほどかれているので避けることは可能と思われたが、特に反応せず剣はまともに命中した。

 しかし傷ついた様子はない。

 

「あれ?」

 

 ならばと追加で二撃、三撃するもまったく効いた様子がない。メリュジーヌとバーゲストも参加したが、妖精騎士の剣ですら掠り傷1つ付けられなかった。

 

「これは一体? 幻術でごまかされてるとか、そういうのじゃないよね」

 

 最強の竜に最強の騎士の名前を与えられた者の剣が通じないとは。メリュジーヌがいささか当惑していると、攻撃に加わらず後ろで見ていた太公望が「なるほど!」とばかりに手を打った。

 

「分かりました。この本自体が『固有結界』なんですよ。普通は自身の心象風景で外界を侵食するものですが、おそらくこの本は自分自身に通常の物理法則とは違う法則を適用させているのでしょう」

「おお、こんな短時間で見抜くとは頭脳労働者も混じっていたようだな!

 それで、どうすれば倒せると考えている?」

 

 するとアンデルセンが「ご名答!」という感じで褒めてくれたが、倒し方は教えてくれなかった。分からないのか知っていてもったいぶっているのかは表情や口調からは判断できない。

 しかし解答は意外な所からやってきた。

 

「なるほど、そういうことだったんだね。それなら倒す手はあるよ」

 

 メリュジーヌである。やはり最強の竜の名はダテじゃないようだ。

 

「さすが俺のメリュ! それでどうすればいいんだ?」

「固有結界なら対界宝具で破れるからね。つまりお兄ちゃんのブレスなら一発だよ」

「ほえ?」

 

 この妹は何を言っているのか? 光己が首をかしげると、メリュジーヌは懇切に解説してくれた。

 

「僕の妖精騎士ランスロットじゃない、メリュジーヌとしての宝具はドラゴンブレスなんだけど、これは対界宝具なんだ。お兄ちゃんが吐いてるのもモノは同じだから、規模は小さくても対界宝具としての性質は持ってるはずだよ。

 もちろん僕の宝具でもいいんだけど、これは周囲の被害が大きすぎるからね」

「ほむ、なるほど……」

 

 そんな大層なものだとは思っていなかった光己が大仰に頷いている傍らで、モードレッドが宇宙猫状態になっていたのはまあ当然の流れだろう……。

 

(…………?? 「メリュジーヌ」がドラゴンブレス吐くのは分かるが、人間が対界宝具なブレス吐くって何の冗談だ?)

 

 ただ光己は忘れていたが、彼女は竜種への隔意はなさそうなのは幸いであった。

 

(あー、やっぱりこのマスターさん普通の人間じゃなかったわね。そういえばさっきわたし「古代の上位竜種」って言ったけど、もしかして大当たりなのかしら?)

 

 一方アルクェイドは人間ではないからか理解が速いようだ。偏見もなさそうである。

 それより攻略法が判明した以上、魔本が起き出す前にカタをつけるべきだ。光己がさっそくパワーチャージを始めると、危険を感じたのか本がぱらぱらページをめくったかと思うとその紙面から何やら飛び出してきた。

 

「もしかしてトランプの兵士ってやつか!?」

 

 不思議の国のアリスに登場する「トランプの兵士」が、そのものズバリな外見で50体ほどもわらわら襲いかかって来る。人間サイズのカードに手足がついて剣や槍といった武器を持っているのは、3次元で見ると実にシュールだ。

 

「ほほう、普通に心象風景を外部に投影することもできるとは。

 長持ちはしないでしょうが、戦闘に使う分には十分でしょうね」

「まさかこいつらにも剣が効かねえってことはねえよな!?」

 

 太公望はのんびり論評していたが、モードレッドは最前衛担当だけに気が急いていた。

 まああれこれ問答するより、試してみた方が早い。

 

「っせぁぁ!」

 

 モードレッドが王剣で手近なトランプ兵を斬りつけると、あっけなく両断されてそのまま消滅した。さすがの魔本も、外に出したものにまで固有結界内のルールを適用させることはできないようだ。

 

「何だ、大したことねえな。さっさと掃除して、対界宝具とやらの射線を開けてやるよ」

 

 モードレッドはメリュジーヌの言葉をまだ理解しきれてはいなかったが、現状では他に手立てがない。アルトリアたちも参加してトランプ兵を掃討していると、またしてもルーラーがサーヴァントの接近を報告してきた。

 

「皆さん、サーヴァントが2騎、前方から高速で接近してきています……!」

「チッ、またかよ……敵か味方か!?」

 

 モードレッドが忌まわしげに吐き捨てる。敵である可能性が高いと思ったようだ。

 その予感通り、魔本の向こうから現れたのはジャックとアタランテの2人だった。

 

「またおまえらか!? 何しに来やがった」

「やっと見つけた! ()()()()()は友達なんだから殺させないよ」

「何だと!?」

 

 まさかこの2人が魔本と組んでいたというのか!? それに「ナーサリー」とは何だ!? モードレッドも光己たちも面食らったが、その間にジャックは改めて魔本に声をかけていた。

 

「ナーサリー……えっと、フルネームは『誰かの為の物語(ナーサリー・ライム)』だったね。早く逃げよう」

 

 すると魔本が金色の光を放ち始める。やがてそれが収まった時、驚くべきことに身長140センチくらいの、黒いゴスロリドレスを着た女の子になっていた。

 まるでメルヘンな魔女の魔法でもかけられたかのようだ。

 

「何なんだ一体!?」

「む、やはりこうなったか……」

 

 モードレッドには何が何だか分からなかったが、アンデルセンはこうなるのが読めていたようである。

 どうやら名前を呼ばれることで、真正のサーヴァントとして存在が確定したらしい。

 

「………………!!

 ナーサリー……ライム……いいえ、ちがうわ。それは名前じゃない。名前は、アリス(あたし)

 ありす、どこ? ここには……ありすがいない……」

 

 ナーサリー・ライムは存在が確定したのはいいが、状況がよく分からず困惑しているようだ。「ありす」つまり元の本の主人公を探しているのだろうか?

 

「ねえ、あなたたち。ひとりぼっちのありす(あたし)はどこにいるの?」

「それは分かんないけど、今は逃げないと殺されちゃうよ。早く!」

「え、ええ」

 

 ナーサリーはこの2人が敵かどうかは分からなかったが、光己たちが敵なのは100%確実である。ここは2人についていく方がいいと判断して、ジャックに手を引かれるがままに戦線離脱を試みた。

 

「あっ、おい、待て!」

「悪いが、そうはさせられん!」

 

 モードレッドが思わず追いかけようと1歩前に出るが、アタランテの矢が素早くそれを阻む。この時点でトランプの兵士はほぼ全滅していたから皆でかかればアタランテを倒すことはできそうだったが、そうと見たナーサリーがまた本のページを開く。

 すると今度は身長が彼女の倍ほどもある、赤黒い悪魔のような怪物が飛び出してきた!

 

「おおっ!? こいつはちょっと手強そうだな」

 

 一見して段違いの迫力に前衛組が一瞬足を止める。これほどの怪物を出したらナーサリー自身の消耗も大きいだろうが、この場を逃げ延びることを優先したのだろう。

 実際、3人の姿は濃霧にまぎれてまったく見えなくなっている。

 

「うーん、また逃がしたか……この特異点に来てから逃げられてばかりだな」

「やはりこの霧が痛いですね……」

 

 魔霧のせいでサーヴァント探知の精度が落ちているし、濃霧の中で俊足の凄腕弓兵(アタランテ)を追うのは危険すぎる。残念だがこの場は致し方なかった。

 しかも現れた怪物はただのモンスターではないらしい。

 

「いや、ナーサリーとやらは実体を得たのだから、もうむやみに人を眠らせることはないはずだ。個人的には退治して()()()()()がな!

 それよりその怪物は『ジャバウォック』だ!

 原典ではヴォーパルの剣で倒されたというだけで、それでなきゃ倒せないというわけじゃなかったはずだが、おそらくそいつは普通の方法じゃ倒せない」

「とはいえ『本物』ではなく召喚あるいは創造された使い魔に過ぎませんから、魔力が尽きれば消えるとは思いますが」

 

 アンデルセンがさすがに慌てた口調で解説してくれたのに続いて、太公望も見解を述べる。強いことは強いが、無敵というわけではないようだ。

 

「要するに殴ってればそのうち死ぬってことだな! うん、特に珍しくもないな」

「そういうことなら私もやろう」

 

 それを聞いたモードレッドが実に脳筋な台詞をのたまいながら前に出ると、バーゲストもその傍らに並んだ。こちらは「強食」という魔力を奪うスキルがあるので、太公望の見解に沿うなら順当な配置である。

 もちろんメリュジーヌも前衛に入って、マスターを狙われないよう立ちはだかっていた。

 

「……オオォォオォ!!」

 

 怪物が3人に襲いかかってくる。特殊能力はないようで腕を振り回しているだけだが、その分強力でバーゲストでも素直に受けたら押し負けそうなパワーがあった。

 

「これほどとは……!

 しかし技はなってないな!」

 

 バーゲストがジャバウォックの豪腕を受け流しつつ、剣で脇腹を斬りつける。しかし硬くて思ったほどには傷つけられず、しかもその浅い傷すらすぐに治っていくではないか。

 

「なるほど、これが『ヴォーパルの剣でなければ倒せない』ということか!

 だが魔力は奪えている。果たしていつまで保つかな?」

「オォォオ!」

 

 すると怪物はバーゲストを危険視したのか、集中的に攻撃してきた。

 それを当のバーゲストが防御優先でさばきつつ、モードレッドとメリュジーヌが彼の左右から斬りかかる包囲攻撃で対処するカルデア前衛組。

 

「むう、僕がつけた傷はバーゲストがつけた傷より治りが速いな……」

「今回は大規模な宝具は使えねえしなあ」

 

 メリュジーヌが最強の竜の矜持を傷つけられたように感じてちょっとむくれたり、モードレッドがめんどくさそうにぼやいたりしていたが、ここに後衛組も参加すれば攻撃力は十分である。XXのビームが怪物の肉を灼き、太公望が投げた打神鞭が側頭部をぶっ叩いて膝をつかせた。

 

「あれ、打神鞭って一撃で頭カチ割れるんじゃないの?」

 

 さすがかの元始天尊みずからつくった宝貝(パオペエ)だけのことはある威力だったが、光己はそれでも不満であった。

 封神演義の記述によるなら、「あの程度の」怪物など一発で封神台送りにしてしかるべきだと思うのだが。いやこの特異点に封神台はないけれど。

 

「ええ、真名解放すればそうなると思いますが、今は通常の使用法、つまりアルトリア殿やモードレッド殿が聖剣や王剣でビームを出さず普通に振り回しているのと同じと思っていただければ」

「ほむ、なら真名解放すればいいんじゃ?」

「いえ、今やったら前衛の皆さんが巻き添えになりますので」

「なるほど、演義の記述とはちょっと違うのか……」

 

 詳しい仕様は後で聞くとして、どうやら今攻撃宝具を使える人はいなさそう……だと思ったら、意外な人物が立候補してきた。

 

「はいはーい! ここはわたしに任せて!」

「ブリュンスタッドさん? いやさっきのアレは思い切り巻き添えが出ると思うんだけど」

「ふっふーん、それはまだわたしを見くびってるわね。契約記念に真の力を……1%くらい見せてあげるわ」

 

 アルクェイドがそう言いながら槍投げのような姿勢を取ると、その右手に大きな木製の槍が現れた。

 彼女の宝具「空想具現化(マーブルファンタズム)」は本来自然からできるものを自由に作成するという超能力である。人間の手による科学化合物や建築物などは苦手だが、今回は「トネリコの木の枝」を削ったものだから難易度は高くない。

 アルクェイドがさらに魔力をこめると、槍が赤い光芒を放ち始めた。

 

「それじゃいっくわよー! くらえぇ、神槍グングニル(嘘)!!」

 

 タンッと軽く跳躍して、ジャバウォックが目を向けてきたところに念入りにも「虹の魔眼」で睨みつけて一時的に行動制限をかけた上で槍を投げるアルクェイド。

 ジャバウォックは避けられるはずもなく、胸板に槍がまともに突き刺さる。

 

「グォォォォ……」

 

 ジャバウォックは心臓を潰されても再生できる治癒力があるのだが、槍が刺さったままでは不可能だ。当然引き抜こうとしたが長すぎてすぐには抜けず、へし折ろうにもやたら硬くて折れなかった。

 その隙を逃すカルデア前衛組ではない。

 

「よし、チャンスだ! 『今は知らず、無垢なる湖光(イノセンス・アロンダイト)』!!」

 

 さっきまでは包囲を保つのが忙しかったので宝具解放の時間がなかったが、今ならやれる。メリュジーヌは両腕の剣をかざして、空飛ぶ蒼い槍のように突進した。

 

「ガッ……」

 

 剣の切っ先がジャバウォックの頭部をえぐり、完膚なきまでに破壊する。ところがこれで終わったかと思いきや怪物はなお生きており、腕を棍棒のように振り回してメリュジーヌをぶっ叩いた。

 

「くぅっ……! っく、げほげほ」

 

 体重の差で軽く吹っ飛ばされ、建物の壁に体を打ちつける少女騎士。最強を自称するだけあってケガはなかったが、衝撃でちょっと咳き込んでしまう。

 しかも怪物の頭部は首から少しずつ再生しつつあった。伝承に恥じないどころか上回る、恐るべき生命力である。

 

「メリュ、大丈夫か!? ……って、どうやらケガはなさそうだな。

 しかしここまで強いとなると、これは俺が出張るしかないのか?」

 

 怪物の予想以上の強さに光己は冷や汗を流したが、それはマシュが止めてきた。

 

「いえ、先輩。人間の姿では危険ですし、竜になりますと街に被害が出ます」

「うーん、やっぱ市街戦は面倒だよなあ……」

 

 ローマやオケアノスではこういう心配はあまりしなくて済んだのだが、魔霧といい今回は色々やりづらかった。

 しかしあっけらかんとした態度を崩さない者もいた。

 

「大丈夫よ。今度は頭に刺せばいいだけだから」

「へ!?」

 

 アルクェイドはそう言ってまた槍をつくると、今度はさらに高く跳躍して、なんとジャバウォックの真上から垂直に投擲した。つまり怪物の脳天から股間まで貫通させ、さらに地面に深く突き刺して固定したのである。

 

「おおぅ、なんて腕力……」

「というかあの槍宝具じゃなくて、弓兵(アーチャー)が作る矢と同じような消耗品扱いなんですね……」

 

 光己とマシュはもう驚嘆するしかなかったが、怪物は頭部と心臓を完全再生できなくなった上に動きを阻害されたからもはやサンドバッグに過ぎない。最初に太公望が言ったように、魔力がなくなるまで攻撃され続けてついに消滅したのだった。

 

 

 




 ジャックたちとの決着がなかなかつきませんが、どうなるかはまだ未定なのです。




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第217話 死せる魔術協会1

 戦闘が終了すると、アルクェイドは槍を分解して虚空に還してしまったばかりか、槍で道路に空けた穴も修復してしまった。

 

「おおぅ、空想具現化って便利なんだなぁ……あと飛び道具に投槍を選んだところもgood(キャッツ)

「それはもう、わたしはれっきとしたお姫様ですから!

 でもマスターさんも分かってる人で嬉しいわね」

「……?」

 

 光己が何を分かっているのかマシュやモードレッドには皆目見当がつかなかったが、多分異変解決とは何の関係もないことだろうからスルーしておくことにした。

 

「えーと、それで。ナーサリーとジャックとアタランテは逃がしちゃったけど、みんなお疲れさま。こうなったらいったん引き揚げるしかないと思うけど、アンデルセンさんはどうします?」

 

 ついで光己がまず皆をねぎらってからアンデルセンに去就を伺うと、作家殿は何か不届きなことを言ってきた。

 

「ふむ。実は俺は店員じゃなくて、店主が寝てる間に裏口からこっそり忍び込んでただけなのでな。店主が目を覚ました時にここにいたら警官を呼ばれかねん。

 助けてやったのに捕まるなんぞ、駄作にも程がある! なので同行させてもらうことにしよう」

「はあ!? 無許可で上がりこんどいて、あんだけ堂々としてやがったのかよ、おまえ!?」

「何を言う。『助けてやった』んだから当然の権利だろうが」

 

 彼とウマが合わないモードレッドが渾身のツッコミを入れたが、アンデルセンは馬耳東風であった……。

 光己は触らぬ神に何とやらという古人の教えを忠実に守ってこれをスルーし、ふと今思いついたことをマシュに語ってみた。

 

「ところでさ。ロンドン市も結構広いのにジャックとアタランテが都合のいいタイミングで俺たちの前に現れたのは、もしかして敵方にもルーラーがいて俺たちや他のサーヴァントの位置を教えてるんじゃないかと思ったんだけどどうだろう」

「なるほど、それはありえますね。フランスにも冬木にもいたわけですし」

「うん、だとしたら面倒になるよな」

 

 そのルーラーも探知範囲は狭いはずだが、探知や真名看破ができるというだけで厄介なのは味方ルーラーの今までの役立ちっぷりを考えればよく分かる。むろん根拠のない当てずっぽうに過ぎないが、もし当たっていたなら優先的に倒すべきだろう。

 

「マスター、その辺の考察は安全な所に帰ってからゆっくりやる方が良いのでは?」

「ん? ああ、そうだな。それじゃ太公望さん、お願い」

「はい。では皆さん、僕のそばに集まって下さいね」

 

 ―――こうして光己たちはいったんジキル宅に引き揚げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 光己たちはジキル宅に戻ると、例によって彼への報告はモードレッドに任せて休憩と考察をしていた。

 もっともいずれも根拠はないので結論が出る話ではなく、心づもりをしておく以上のことはできなかったが。

 その間にアンデルセンが、モルガンが魔霧の発生源及び聖杯のありかを探知する作業のために閉じこもっている書斎に入ろうとして、バーヴァン・シーに鬼のような形相で止められていたりもする。

 アンデルセンは書斎に入れないとすることがなくて暇を持て余したのか、今度は彼やナーサリー・ライムたちがどうやって現界したのか語ってくれた。

 それによると彼もナーサリーも魔霧から現界、それもマスターの存在もなく、当然召喚の手順も踏まれずに現界したそうなのだが、いくつもの特異点で大勢のはぐれサーヴァントと遭遇してきた光己たちにとっては今更の話だった……。

 

「うーん、つまり黒幕が魔霧を作った目的の1つは、サーヴァントを現界させて手駒にするためってことか?」

 

 とはいえジャックやナーサリーのような子供ならともかく、モードレッドやアタランテのような大人の強者を簡単に引き込めるかというと疑問だが、数撃ちゃ当たるという発想なのかも知れない。

 しかし聖杯があるなら直接それを使って召喚すれば確実に手駒にできるわけで、やはり真の目的が別にあると見るべきだろう。

 

「いや待てよ。そういうことなら、そのサーヴァントに俺たちが先に遭遇すれば味方にできるのかな?」

 

 そこで一策を閃いた光己が太公望に顔を向けると、軍師殿は選択肢を提供してくれた。

 

「そうですね、方向性としては間違いではないと思います。

 ただ普通に街を歩いて探すとなると、自動人形(オートマタ)やアンデッドの討伐を兼ねるとしても非効率的な上に、もう日が暮れてますからジャックの宝具が有効です。

 空を飛んで探すのは効率は良いですしジャックも手を出せないでしょうが、万が一アタランテに先手を取られたら非常に危険ですね」

「むう、どっちも問題点があるんだな……。

 というかよく考えたら、濃霧が立ち込めてる外国の夜の街を一般人が出歩くのは不用心すぎるな。決まった目的地もないんじゃ疲れそうだし」

「一般人……?」

「……って誰のこと?」

 

 モードレッドとアルクェイドが乾いた声でツッコミを入れたのはまあ当然といえるだろう……。

 しかしアンデルセンの発言は方向性がちょっと違っていた。

 

「おまえが一般人か逸般人かはどうでもいいが、目的地が欲しいならくれてやるぞ」

「ほえ?」

 

 今は特段の事件は起こっていないはずだが、何があったと言うのだろうか?

 

「おまえたちに聞いた特異点修正、いや正しくは聖杯戦争という魔術儀式に引っかかるものがあるというか……判断するには資料が足りない。

 そこで、俺の考察を裏付けるための資料を集めるというのはどうだ?

 要はお使いだな。体力のあるおまえたちにはもってこいの仕事じゃないか?」

「ほむ……でも資料を集めるといってもどこに?」

 

 それで事態が進展するなら是非もないが、そんな都合のいい資料がどこにあるというのか?

 

「おいおい、ここはロンドンだぞ? であれば自ずと行き先は決まっている。

 西暦以後、魔術師たちにとって中心とも言える巨大学院―――魔術協会、時計塔だ。

 世界における神秘を解き明かす巨大学府がこのロンドンには存在している。活用しない手があるか?」

「ほむ、なるほど」

 

 ただここで口をはさんできたジキルとモードレッドによるとそこはすでに確認済みで、真上にある大英博物館が入口だそうだが瓦礫の廃墟になってしまっていたらしい。

 この特異点では珍しく建物が破壊されていたのは、魔霧計画の首謀者たちが反抗しそうな者を先手を取って潰したからであろう。

 

「破壊されていようが構わん。瓦礫でもな。

 必要なのは記録だ。資料だ。重要な資料庫の類なら相当に頑丈な封印なりで守られているのはまず確実だ。そこまで俺を連れて行け」

「連れて行くのはいいとして、その頑丈な封印はどうするんですか?」

「そっちには肉体労働者だけじゃなくて、魔術を使う王妃と道士?とやらがいるんだろう?

 ああ俺は当てにするなよ。あくまでしがない物書きだからな」

「……」

 

 光己は色々呆れたが、そういえばモルガンが時計塔に行きたがっていたからいいかと達観することにした。

 そして当座の行動が決まったので、バーヴァン・シーにモルガンを呼んできてもらって、その間にカルデア本部に経過報告をしておくことにする。

 ビッグネームなサーヴァントが増えたのでオルガマリーたちは現場の判断を尊重してむやみな口出しは控えているのだが、それはそれとして現地組からの定期的な報告は必要だ。

 光己が通信機のスイッチを入れると、スクリーンにオルガマリーとエルメロイⅡ世の顔が映った。光己の存在証明は24時間休みなしの仕事なので、幹部組が最低1人必ず管制室にいるようになっているのだ。

 

《今は特に異常はないと思ったけど、何か相談でもあるの?》

「いえ、ただの経過報告です」

 

 光己がそう言ってモードレッドとジキル、アルクェイドとアンデルセンを紹介するとスクリーン上の2人は驚愕を露わにして噴き出した。

 先刻の家族会議とやらの時にモードレッドの名前を聞いた時はアーサー王との相性が最悪だと思って心配したものだが、今度はそちら界隈では伝説的存在である真祖の姫君まで仲間入りしたとかどんだけぇ!?

 

《あ、あわわわわ……》

 

 オルガマリーは冬木以降だいぶ落ち着いてきたとはいえ今回は衝撃が大きかったらしく、目を回してしまってまともに会話できない様子なのでⅡ世が応接することにした。

 できればやりたくないのだが!

 このアルクェイドといいモルガン一党といい、超抜級の人外をほいほい連れて来られると実に心臓に悪い。何しろどんな価値観や思考形態を持っているか知れたものではないのだ。

 ……そういえばヒナコや紅閻魔やワルキューレズや玉藻の前ズやカーマやクレーンも人間ではなかった。この「人理」継続保障機関、人外比率がちょっと高すぎではあるまいか?

 いやこれだけ人外がいるなら、今さら吸血鬼の1人や2人たいしたことは……いやいや「人の血を吸う鬼」はまずいだろう! ネズミ算式に人間をグールやゾンビに変えられる点で他の人外とは危険度が違うのだ。

 まあ魔術王がつくった特異点では現地のサーヴァントや生物はカルデアには来られないという話だし、そこまで思い悩む必要はないか……!?

 

《Ⅱ世、そういうの藤宮や宇津見たちの界隈じゃ『フラグ』っていうらしいわよ》

《その発言こそその『フラグ』なんじゃないかね!?》

 

 表情で読まれたのかオルガマリーが不穏なことを言ってきたので、Ⅱ世はとりあえず年長者の権威で沈黙させた。

 しかしトップが復帰したのなら彼女に話してもらうべきかとも思ったが、ここで交代するのも何なので自分で話すことにする。

 

《―――ああ、すまない。私はカルデアの副所長、エルメロイⅡ世という者だ。

 失礼だが、貴女がかの真祖の姫、堕ちた真祖や死徒を狩っているというレディ・ブリュンスタッドということでいいのだろうか?》

「ええ、そうよ。といっても生身じゃなくてサーヴァントとしてだけどね。

 そういえば生身のわたし、いやこの時代だと『私』かな。どうなってるのかしらね」

 

 アルクェイドはそこまで言うとふと考え込むような顔をしたが、会話中なのを思い出してⅡ世に向き直った。

 

「ごめんなさい、話がそれたわね。

 わたしはいつも通りお仕事に来ただけで、実際グールやゾンビが大勢いたから吸血鬼がいるのは確実なんだけど……マスターさんと話したらそいつが特異点の黒幕で聖杯持ってる可能性もあるって話になってね。もしそうだったらこの霊基の体じゃ辛いから共同戦線組んだってわけ」

《なるほど……》

 

 真祖の姫君ともあろう方が同行してくれている理由は分かった。しかし最大の懸念はまだ解決しておらず、といって初対面でそれを聞くのはいかがなものかとオルガマリーとⅡ世が躊躇していると、アルクェイドの方が察して自分から話してくれた。

 

「ああ、大丈夫よ。わたしは人の血は吸わないから。堕ちた真祖を狩る者が人の血を吸ってたら示しつかないしね。

 それにほら、もしわたしが人の血を吸う鬼だったら、マスターさんだって組むどころか退治しに来るはずでしょ?」

《そ、そうだな。感謝する》

 

 彼女の最後のセンテンスは確かにその通りだ。現時点ではこれ以上藪を突っつく必要はなさそうである。

 しかしこの姫君、思ったより雰囲気や口調が軽い。人類としてはありがたく思うべきなのだろうか……?

 

「ところで貴方たちって、今から130年くらい後の人なんだって?

 ここの状況からたったの1世紀と少しで時間旅行したり通信したりできるようになるなんて、人類の進歩って凄いのねー」

《……そうだな。まさにこの産業革命の時代から、人類の科学は指数関数的な勢いで向上し始める。

 良い面ばかりとは言えないが》

「そうねえ。まあその辺はわたしがとやかく言うことじゃないか。

 それじゃそろそろ、他の人に交代しようかしらね」

 

 アルクェイドは自分ばかり話していては良くないと思ったのか、1番近くにいたアンデルセンにバトンを渡した。

 オルガマリーもⅡ世もアルクェイドが危険ではないと分かったなら特に長話する必要はないので、引き止めることもなくアンデルセン、その後モードレッドとジキルとも話をして、改めて異変解決に協力を依頼する。

 モードレッドは「円卓の騎士」のイメージよりガラが悪い感じがしたが、アーサー王やモルガンとの仲は険悪ではないようで何よりだった。

 そして現地勢との話が済むと、オルガマリーは光己に現在の状況を訊ねた。

 

《それで、敵の手掛かりとかはつかめてるの? 時間があんまりないようだけど》

「あ、はい。モルガンが聖杯のありかと魔霧の発生源の場所を調べてくれてるんですが、すぐにとはいかないようですので、アンデルセンさんの提案でこれから時計塔に資料を探しに行くとこなんです」

《ほう、時計塔にな》

 

 するとⅡ世がメガネの端をキュピーンと光らせた。

 

《しかしミスター・アンデルセン。いかに異変解決のためとはいえ、余所者が簡単に貴重な資料を見せてもらえるとは思えないが?》

「そうだろうな。しかしモードレッドとジキルによれば時計塔の上に建っている大英博物館は瓦礫の山にされていたそうだから、おそらく地下は無人だろう。

 魔術師に話を聞けないのは残念だが、資料を見るのを邪魔する者もいないということだ」

《なるほど、敵はそれなりの知識がある上で、目端も利く人物ということか……。

 まあこんな手の込んだことをするくらいだから当然といえば当然か。ところでマスター》

 

 そして急に光己の方に真剣きわまる顔を向けてきたので、未成年マスターはびっくりして思わず背筋を伸ばした。

 

「あ、はい。何か?」

《確かマスターは財宝の価値を鑑定するスキルを持っていたな。これぞアラヤの助け、もし貴重な書物や礼装の類があったら回収してきてもらいたい》

《ちょ、Ⅱ世!?》

 

 その無法ぶりにオルガマリーが目を剥いて止めようとしたが、Ⅱ世は平然としていた。

 それどころかオルガマリーを丸め込みにかかる。

 

《特異点を修正すれば無かったことになるのだろう? なら気にすることはない。

 むしろ130年の間に失われたかも知れない貴重な資料を発掘すると考えれば、称賛されるべき善行だと思うが》

《ええ!? う、うーん、それはそうかも知れないけど……!?》

《それに貴女もこのような貧乏クジ、失礼、責任重大な仕事を毎日真面目に果たしているのだ。この程度の報酬はあって当然だろう》

《し、仕事を果たしてる報酬……!?》

 

 オルガマリーは人理修復が終わったら功績を称えられるどころか罪を問われる身だと思っているので、報酬と言われるとつい心が揺らいでしまった。

 

《そ、そうね。それじゃ藤宮、もし機会があったらお願い》

「……アッハイ」

 

 トップとナンバー2が揃っての依頼となれば、平所員としては頷くしかない。

 なおその後ろでモルガンが(まさかオルガマリーたちの方から言い出してくれるとは手間が省けたな。汎人類史(こちら)の私の1400年後の魔術書がどれほどのものか楽しみだ)なんてことを考えながらほくそ笑んでいたが、気づく者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 方針が決まると、時計塔に行くと聞いたジキルが行きたがったが人間である彼は魔霧に耐えられないので不可であり、フランとヒロインXXとバーゲストと一緒に留守番になった。残念そうにしているがやむを得ない。

 

「では、出発だ。かつての華やかなりし神秘の学府を訪ねるとしよう!」

 

 アンデルセンがそう音頭を取って、都合11人でジキル宅を出るカルデア一行。

 時計塔の入口は先の話に出たように大英博物館にあるが、そこに行くにはまず前回同様フランケンシュタイン宅まで土遁で行って、そこから北にしばらく徒歩という流れになる。

 その途中、一行の前方50メートルほどの位置に突然、降って湧いたようにサーヴァント反応が現れた。

 

「なるほど、これが魔霧から現界するということですか……!」

 

 ルーラーアルトリアの警告で一同が警戒態勢に入りつつ、慎重に接近する。先方がルーラーでなければ、こちらの方が先に発見するはずだ。

 すると姿より先に声が聞こえてきた。

 

「さあ―――吾輩を召喚せしめたのはどなたか! キャスター・シェイクスピア、霧の都へ馳せ参じました。

 と、言いたいところなのですが。どうやらこれは聖杯戦争による召喚ではない模様。

 さあ、これは困ってしまいましたね。神よ、吾輩が傍観すべき物語は何処にありや?

 答えはない。答えはない。ああ、神は私を見放したか。血湧き肉躍り、心震い魂揺らす物語は何処にありや!

 …………、………………!!」

 

 黄緑色の服を着て橙色の本を持った壮年の男性が、何やら大仰に独り言をいっている。

 都合の良いことにわざわざ名乗ってくれたが、それによるとかの有名な劇作家、シェイクスピアであるようだ。彼は俳優でもあったから、この言動はむしろ自然といえるかも知れない。

 

「真名とクラスは名乗りの通りですね。宝具は『開演の刻は来たれり、此処に万雷の喝采を(ファースト・フォリオ)』、対象者を自作劇の登場人物に仕立て上げ、その劇中で対象者のトラウマを刺激して心を折るというものです」

「…………ハズレだ。次」

 

 するとモードレッドが心底失望した面持ちで、道を変えることを一同に勧めてきた。

 生前の知り合いではないはずだから、他の聖杯戦争で遭遇したことがあるのだろうか?

 ところがその声が聞こえたのか、シェイクスピアの方から近づいて来た。

 

「おお、これは。異様の霧の中にて、今度こそ貴方とこうしてお目に掛かれようとは」

「やっぱり知り合いなの?」

 

 光己がそう訊ねると、モードレッドはやはり不快そうに首を横に振った。

 

「知らん。こいつはハズレだ。

 だが、本当に確認できたな。たった今、こいつは魔霧の中から現界してきた」

「マスターが存在しないことは不幸ではありますが、こうして貴方にお会いできました。これも運命でしょう。

 今は貴方の物語を紡ぐとしましょう。噂に違わぬ物語を期待していますよ」

 

 一方シェイクスピアはモードレッドの嫌悪感あふれる反応をまったく気にせず、当然のように仲間入りを表明してきた。

 まあ確かに、劇作家なら「叛逆の騎士」を見たら創作のネタにしたいと思ってもおかしくはないが……。

 

「あー、敵ってわけでもなさそうだが……しかし、いよいよそうなると奇妙ではあるよな」

 

 モードレッドはシェイクスピアが敵でないのなら、斬りかかったり追い払ったりするほどには嫌っていない様子である。

 またそれとは別に、魔霧から現れたサーヴァントが黒幕の味方に付く付かないの基準がはっきりしない。現界した時点ではどちらの味方でもなく、当人の価値観によって去就を決めているのだろうか? それとも黒幕側が探し出して(多分強制的に)勧誘しているのだろうか。

 ただこうして出会ってしまった以上、何もせずに別れてしまうのは好ましくない。黒幕側の仲間にされてしまう恐れがあるからだ。

 しかし光己はそういうこととは別に、シェイクスピアに対して存念があった。

 

「シェイクスピアといえば、多分世界一有名な劇作家……しかしそんなことはどうでも、いやそれこそがまさに罪!

 貴様はお姉ちゃんを事実と異なるあたおかな魔女扱いした劇をつくって彼女の名誉を深く傷つけた、よってこの場で処刑!」

「ファッ!?」

 

 見ず知らずの異国風の少年にいきなり死刑宣告されて、シェイクスピアはいたく当惑した。

 

「ええと、何の話ですかな? 吾輩、貴方の姉君という方にはまったく心当たりがありませんが」

「ネタはあがってるからとぼけても無駄だぞ。ジャンヌ・ダルクという名前を知らないとは言わせん」

「ジャンヌ・ダルク……!?」

 

 その名前ならシェイクスピアは確かに知っている。生前は少年が言った通りのことをしたし、別の聖杯戦争で彼女に対心宝具をぶつけたこともあるが……。

 その弟なら怒るのは当然だろう。しかし彼女に弟、それもどう見ても東洋人風の弟がいるとは初耳だが。ましてやまったく時代が違うこの場所に。

 シェイクスピアがそれを訊ねると、少年は憤怒を露わにしつつも答えてはくれた。

 

「血のつながりはないよ。お姉ちゃんがサーヴァントになってからの義姉弟……オルタも入れて三国志の劉備関羽張飛みたいなもんかな」

 

 ジャンヌオルタがこれを聞いたら血相を変えて否定していたところだが、今は残念ながら短刀の中で待機中であった……。

 

「何なら今この場でお姉ちゃんに来てもらって、代わりに判決出してもらってもいいけど」

「なんと、彼女を呼び出せると!?」

 

 どうやらこの少年、本当にジャンヌと知り合いどころかマスターであるらしい。シェイクスピアは顔中に冷や汗をだらだら流した。

 ところがそこに助けの天使が現れる。

 

「まあまあ先輩! せっかく味方になってくれるんですし、ここは穏便に収めた方が異変解決のためになるのではないでしょうか」

 

 マシュは読書好きなので、シェイクスピアに対しては好意的なのだ。

 光己も慕ってくれている後輩にそう言ってなだめられては譲歩せざるを得ない。

 

「うーん、それはそうなんだけど……。

 じゃあこうしよう。生前に書いた劇と同じ文量だけ、お姉ちゃんを褒め称える劇を書いてもらうということで。サーヴァントなら疲れ知らずで書き続けられるはずだし。

 断るなら火炙りの刑かな」

「……むう」

 

 シェイクスピアは少年が言ったことについては、多少悪いことをしたとは思っている。

 それに面白そうな物語を間近で見る機会なのは確かなので、要求に応じることにした。

 

「……承知しました。ならばそのように」

 

 こうしてシェイクスピアも仲間に加わったのだった。

 

 

 

 その後は自動人形の他、奇怪な肉人形のような生物(ホムンクルス)に加えてノコギリのような刃物を持ったロボット兵士の集団、さらに大英博物館が見える所まで近づくと宙に浮いて攻撃魔術を飛ばしてくる本にも出くわしたが、軽く蹴散らして目的地に到着した。

 博物館はモードレッドとジキルが言ったように無惨なまでに破壊されており、その中の展示品も同じ運命を辿っていると思われた。

 

「まあ、首謀者がイギリス人じゃなかったら思い入れなんてないだろうしな……」

 

 光己は歴史好きとしては残念に思うので、Ⅱ世も言ったように特異点を修正したら元に戻るよう祈るばかりである。

 

(それよりここに来たら呼ぶ声が強くなったような気がするんだけど、気のせいかな……?)

 

 ただちゃんとした言葉ではなく、「呼ばれてる」「求められてる」という感覚しかないのが困りものだったが。しかも皆に相談する気にならないというのは、思考操作でも受けているのだろうか?

 またそれとは別に気になったのは。

 

「ところでロボットは自動人形の上位機種なんだろうけど、本の方は魔本の劣化版か何かなのかな? 最初から攻撃が通用したし、変身もしなかったけど」

「前に来た時は、あんなのいなかったぜ。ふわふわした本なんざ」

 

 モードレッドは宙に浮く本に見覚えはないようだ。

 こういう時は魔術師の出番だろう。

 

「おそらく、魔術書の類が変質したものだろう。それこそ魔術協会に保存してあったものがな」

「……本が群れを成して襲って来る、か」

「……悪夢、もしくは地獄の如き様相でしたな」

 

 モルガンの見解に、アンデルセンとシェイクスピアが不快そうな顔で感想を述べる。物書きとしては当然の反応だろう。

 ただこの敵「スペルブック」が出現した時に、偶然にも地下階層への入口が形成されたので、瓦礫を掘り起こして入り口を探す労力が省けたのは幸いであった。

 

「それじゃ入ろうか。みんな慎重にね」

「はい!」

 

 さて、魔術協会では何事が待っているのであろうか……!?

 

 

 




 原作ではナーサリーの事件の後はスコットランドヤードに行っていますが、ここではジャックたちが逃げてすぐそうするのは不自然と思われるので後回しになりました。




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第218話 死せる魔術協会2

 地下に入ると、そこはまるでファンタジー系RPGのような迷宮(ダンジョン)になっていた。

 通路は石でつくられており、一定の間隔で魔術の燭台が灯っているので薄暗くはあるが外より明るいくらいである。

 空気はやや湿っているが、地下迷宮ならこんなものだろう。

 なおシェイクスピアは「叛逆の騎士」に加えて彼女と縁深いアーサー王やモルガン王妃、さらには東洋の大軍師や真祖の姫君といった錚々たるメンツと共に迷宮探索ができるとあって早くもウッキウキであった……。

 

「モンスターとか出そうな雰囲気だなあ。いや黒幕が送り込んだのが残ってるなら本当に出るんだろうけど」

 

 さっき遭遇した自動人形とかスペルブックとか、その他諸々が居残っている可能性は十分ある。時計塔所属の魔術師が設置したトラップの類がまだ生きているということも考えられるし、よくよく警戒してかかるべきだろう。

 

「部屋の入口はどこもかしこも潰れていたり、瓦礫で埋まったりしていますね。

 相当念入りに破壊したと思われます。近くには人の気配もありませんし」

「サーヴァントは……探知できる範囲内では存在しません」

 

 魔霧はここにも入り込んでいるので、モルガンと太公望、そしてルーラーアルトリアの探知能力は地上にいた時同様かなり制限されていた。それでもすぐ近くまで来られれば分かるが、目的の書庫がどこかは分からない。

 通路は一本道ではなく時々分岐や曲がり角があって、まるで初見の者を意図的に惑わせようとしているみたいでもあるし。

 しかも光己たちが危惧した通り、ヘルタースケルターやスペルブックが時々襲ってくる。のんびり試行錯誤していられる状況ではなさそうだ。

 

「うーん、これは俺がやるしかないか。みょんみょんみょ~~~ん」

 

 ふざけているように見えるが、これでも当人は真面目にやっているつもりである。

 やがて災害救助犬が被災者の匂いを嗅ぎ分けるかのように、光己の感に当たりが来た。

 

「おお、これはグレートなお宝の香り……こっちだ」

「本当かあ……!?」

 

 モードレッドは疑わしげな顔をしたが、父上たちと母上が当然のようについて行くのを見るに遊びや冗談ではないようだ……。

 

「マスターさんって面白い特技持ってるのねえ」

「確かに、雰囲気は凡人ぽいですが能力と運命には非凡なものを感じますな!」

 

 アルクェイドは素直に感心しているが、シェイクスピアにはどことなく、というか露骨に愉悦のアトモスフィアがあった。

 まあ度を越したらメリュジーヌあたりがシバくであろう……。

 いくつの交差点と曲がり角を越えた後、光己は1つの扉の前で足を止めた。半ば以上瓦礫で埋まっていたが、太公望なら仙術でどけることができる。

 扉の向こうは更衣室のようだった。ロッカーがいくつも並んでいる。

 光己はその中の1つを開けようとしたが、当然カギがかかっていた。

 

「では私が」

 

 お宝が入っているものだけにかなり強力なロックで、それでもモルガンが秒で開けてしまったけれど。御年6千歳の神域天才妖精だけあって、近代の魔術師の魔術など歯牙にもかけないようだ。

 

「ううむ、簡単すぎて逆に面白みがない!」

 

 とはシェイクスピアの感想である。もっと起伏が激しい、当人の職業通り劇的な展開が好みなのだろう。

 

「これがお宝なのですか?」

 

 ロッカーの中に吊られていた服を見たマシュがそう訊ねると、光己は大きく頷いた。

 

「うん、パルミラで見つけた服と同類のものみたいだな」

 

 3着あって、1着めは白を基調にしたノースリーブワンピースとアームカバーとヘッドドレスである。リボンがいくつもついていて可愛いデザインだ。

 ただしワンピースはミニスカなのはともかく、胸の真ん中から下は幅15センチから40センチほど透明になっていて同梱の純白パンツが丸見えという、まるでネロが監査したかのような仕様であった。

 2着めは美しいデザインの白い冠とワンピースだが、どうもアイリスフィールの「天の衣」の類似品のようである。肌の露出はこちらの方がかなり多い。

 3着めは黒いイブニングドレス風の服だが、何だか禍々しい感じがする。腰から下は肌を完全に隠している代わりに、そこから上は下着並みの露出度の高さだ。

 

「アインツベルンってえっちな服つくるのが趣味なのかな? 大変けっこ、もといけしからんな!

 本部に帰ったらまたシバさんに鑑定してもらおう」

「それはアイリスフィールさんに失礼……とは言い切れないのがつらいですね」

 

 さすがのマシュもこのえっちさを前にしては擁護できないようだった……。

 これらは光己的に大変貴重な財宝なので、マシュに任せず自分の「蔵」に収納せねばならない。いつものように黒い波紋を出すと、モードレッドがどんな魔術なのか訊ねてきた。

 

「何だそれ?」

「謎空間に物を収納しておくオリジナル魔術だよ。ただし俺がお宝だと認定できる物だけなんだけどね」

 

 ドラゴンの特殊能力だと言うと無用の警戒心を買うかも知れないので、オルガマリーとエルメロイⅡ世が考えてくれた体裁である。魔術師は基本的に己の魔術を隠すものなので、こう言えば深く追及されまいという意図もあった。

 

「へえー。そう言や今もこの服探知なんてしたし、財宝に特化した魔術ってことか?」

「うん、そういうこと」

「なるほど、城攻めする軍に同行する財宝発見役と考えれば需要あるのかもな……」

 

 彼は頑丈だから流れ弾くらいでは死なないだろうし、敵のアジトの隠し部屋に隠された財宝を探す役とか、そういうニーズはありそうである。現に今役に立った……この露出が多い服が何の役に立つのかは知らないが。

 

「それじゃ次行こうか」

 

 光己は服を波紋の向こうに入れると、もうこの部屋に用はないとばかりに出立を促した。

 確かに正論ではある。一同は部屋を出て、光己の誘導に従って次の目的地に向かった。

 そこは倉庫めいた場所で、いかにも重要な物を保管してありますよという雰囲気が漂っている。その分セキュリティの魔術も先ほどの部屋よりずっと強力だったが、やはりモルガンが解除してしまった。

 

「書庫ではなさそうですが、礼装はありそうですね」

「うん、さっそく探そう」

 

 捜索の結果、魔力をこめると爆発する火薬や精霊が宿った木の根などいろいろなマジックアイテムを見つけたが、中でも特にレアっぽいのは、柄は長いのに刃が小さめの鎌、鉢植えに植えられた花、長い棒の先端に月を模したようなパーツが付いた杖の3点だった。杖についてはアルクェイドが見覚えがあるような顔をしたが、多分気のせいであろう。

 

「なかなかの収穫でしたね。では次に行きましょう」

「うん」

 

 お宝を奪取、もとい置き捨てられた魔術道具をすべて回収すると、一行は部屋を出て次なるお宝エリアに向かった。

 そここそは当初の目的地である書庫で、扉の上にそう書かれたプレートも貼られている。入ってみるとまさに図書館のように本棚が並び、たくさんの書物が収蔵されていた。

 

「我が夫、どうですか?」

「うん、当たりの気配が多すぎて入口からじゃどの辺が1番か分からないくらいだな」

「よろしい、ならば全部お持ち帰りです。本に持ち出しさせないための魔術がかけられていますが、こんなものはちょちょいのちょいです」

「そうだな、後でゆっくり精査すればいいか」

 

 入手した物を手で持って運ぶ必要がない、つまり欲しい物は全部丸ごと持って行けるので、良い物だけ選ぶとかそういう考えは光己にもモルガンにもまるでなかった……。

 

「……」

 

 ちなみにバーヴァン・シーはモルガンが光己を「我が夫」と呼んでそれなりに仲良くしている様子にちょっと微妙な顔をしていたが、バーヴァン・シー視点だと彼は人を裏切るような性格ではなさそうだし、ブリテンの象徴のような存在でリッチで強い大魔術師なので、今のところケチをつけるほどの不満はないようである。

 

「ではさっそく」

 

 そしてモルガンが数十冊分の盗難防止魔術を一括で解除し、解除済みの本を光己が「蔵」に入れる流れ作業をしていると、太公望が警告を出してきた。

 

「皆さん、敵が大勢近づいて来ています。本を持ち出そうとしているからかどうかは分かりませんが……」

「むう。協会の防犯システムか、それとも黒幕の置き土産がまだ残っていたか……?

 室内で戦うわけにはいかんし、ここは手分けするしかないな。我が夫、指示を」

「うん。えーと、この部屋にもまだ何かあるかも知れないから何人かは残すとして……単純に妖精國組が残るってことでいいかな。

 他の人は部屋の外で防戦お願い。指揮は太公望さんで」

「分かりました」

 

 特に問題のない配置なので迎撃担当になった太公望たちは急ぎ部屋の外に出て行ったが、1人シェイクスピアだけは動く様子もなく何やら悩みを口に出していた。

 

「片や、神秘の園の深奥にて知識を集め! 片や、並み居る強敵を前に扉を守らんとする!

 片や、知の戦い! 片や、武の戦い!

 なかなかにこれは、そう、まさしく、心踊る状況(シチュエーション)ではありますまいか!!

 嗚呼、吾輩はどちらにて立ち居振る舞うべきか! どちらの様子をこの目にし、本として記し残すべきか!」

「いいからおまえはこっちで戦え! 来るぞ!」

 

 当然のようにモードレッドに外に引っ張られて行ったが、そろそろこの劇作家はかなりの問題児であると一同認識し始めていたりする。

 太公望が言ったように敵はやたら多く、比率はスペルブック9にヘルタースケルター1というところか。前者が空中をふわふわ無軌道に動きながら攻撃魔術を放ち、後者がその前に立って護衛するというチームワークを発揮している。

 特に厄介なのは「サンダーブック」で、放つものが稲妻、つまり秒速30万キロメートルなので発射された時に照準が合っていたら武闘派サーヴァントでも躱せないのが痛かった。

 もっともアルクェイドは対魔力がA+もあるので、魔本が放つ稲妻など衣ずれで起こる静電気ほどにも効かない。爪を一振るいするたびに紙屑にしていた。

 それを阻もうとするヘルタースケルターも、真祖パンチや真祖キックで簡単にスクラップにされている。

 

「たん、たん、たーん、と! あーあ、まるでお人形ね。見た目はゴツいのに」

「ええと、もうこの方1人でいいんじゃないでしょうか……?」

 

 とマシュがちょっと肩を震わせながら呟いたのも分かる活躍ぶりだったが、他にもアルトリアは対魔力Aに「聖剣の鞘」の治癒力が加わって頑健無比な前衛になっているし、太公望とモードレッドも相応の撃墜数を挙げていた。

 

「おお、かの騎士王と叛逆の騎士が肩を並べて魔物退治するという伝説の一場面のような戦いを特等席で見られるとは! 惜しむらくは敵が2人の時代にそぐわぬつくりものということですが、実に執筆意欲が高ま……あだっ!? 吾輩非戦闘員ですので、あまり狙わないで欲しいのですが」

「奇遇だな、実は俺もだ。セイバーにシールダー、もう少し気合いを入れて守ってもらいたいものだな」

「うるせぇ、オレは守る者なんかじゃねえんだよ!」

「そう言われましても、挟み撃ちですから背後には手が回らなくてですね」

 

 なお作家勢2人は安定の観客ムーブであったが……。

 そのせいもあって魔力面はともかく精神面で疲れてきた頃、例によってルーラーが警告してきた。

 

「またサーヴァントが現界しました。しかもこの階、かなり近くで……こちらに向かっているようです!」

「この状況でですか!? 魔霧から現界した直後なら、敵と決まったわけではないのが救いですが……」

 

 せめて終わってから来て下さればいいのに、とマシュは小さくぼやいたが、そのサーヴァントは盾少女のそんな願いを完全にスルーして一直線に近づいて来る。そして一同の視界に入った。

 足まで届きそうな紫色の長い髪を風にたなびかせた長身の女性である。おそらくは大変な美女なのだろうが、大きな眼帯を付けているので容貌をさだかに描写することはできない。

 黒いベアトップを着て、同じく黒いアームカバーを付けニーハイブーツを穿いている。鎖が付いた大きな釘のような武器で戦っているが、ヘルタースケルターとスペルブックに前後から襲われて苦戦しているようだ。

 

「真名、メドゥーサ。ライダーです。宝具は『騎英の手綱(ベルレフォーン)』、ペガサスに乗って突撃するというものです。

 さらにあの眼帯は石化の魔眼を封じている『自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)』で、『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』という結界をつくってその中の生き物を溶解し魔力として吸収する宝具も持っています」

 

 メドゥーサといえばゴルゴン3姉妹の末妹で、姿を見た者を石に変えてしまうという危険な怪物だ。しかしルーラーたちに異状がないのを見ると、彼女が看破した通り眼帯で石化能力を封印しているのだろう。

 人間に対しては敵対的だろうから眼帯を外される前に退治するのが良策と思われたが、アルトリアは違う考えを持っていた。

 

「確かに彼女は反英雄ですが、人間皆を殺したいとか滅ぼしたいとか思っているわけではありません。私たちは彼女の姉2柱との縁もありますし、黒幕の手がまだ伸びていないのなら説得できると思います」

「おや、アルトリア殿は彼女と知り合いですか? ならお任せしましょう」

 

 太公望としても戦わずに済むならそれに越したことはない。すぐに一任すると、アルトリアは1歩前に出て大きな声で呼びかけた。

 

「ライダー!」

「……セイバー!? いえ1人じゃないですね。こんな所で何を!?」

「私たちはここの異変を解決しに来ているのですが、それに反対でないならこちらに来て下さい」

 

 反対でないなら、というのは中立でもいい、無理に協力しなくてもいいという意味である。

 実際メドゥーサは気がついたらこの迷宮にいた身で状況が何も分かっていないので、異変解決とやらに協力を求められてもすぐには返事しづらい。アルトリアの申し出は受け入れやすいものだった。

 

「分かりました。貴女なら騙し討ちはしないでしょうし、とりあえずそちらに行きましょう」

 

 メドゥーサはそう答えると、猫のような身軽さで通路の壁や天井を三角跳びしてアルトリアのすぐ前までやってきた。

 ただ挟み撃ちで攻撃魔術を乱射されていたのでかなり傷ついており、今すぐ共闘するのはきつそうである。

 

「マスターがもうじき来ると思いますので、詳しい話はそれからにしましょう。

 とりあえずマシュ―――こちらの盾兵の後ろに」

「そうですか、助かります」

 

 メドゥーサが軽く頭を下げてマシュの後ろに下がると、東洋風のちょっとうさんくさい感じがする若い男性が治癒魔術をかけてくれた。相当な技量のようで、メドゥーサが受けた傷があっという間に癒えていく。

 

「ありがとうございます。それでそちらのマスターはどこにいるのですか?」

 

 見ればこの場にいるのはサーヴァントばかりで、マスターらしき者はいない。すぐそこに扉があるから、マスターはその向こうにいて彼らは侵入されないように守っているというところか?

 

「こちらの書庫の中ですよ。そろそろ来ると思いますが……」

 

 太公望がそう言ったまさに直後、扉が開いて4人の男女が現れた。

 

「お待たせ、本は全部回収……って、まだ敵来てるの?

 いやそれよりこの女性は?」

 

 驚いた顔をしているこの少年がマスターのようである。メドゥーサは自己紹介することにした。

 

「はじめまして。気がついたらここに召喚されていたライダー……メドゥーサです。そちらのセイバーとは別の聖杯戦争で顔見知りでしたので、あの本と機械に襲われていたのを助けてもらいました」

「え、メドゥーサ!?」

 

 すると少年はさらに驚いた顔をしたが、人を石にする恐ろしい怪物だからではなく、別の理由みたいだった。

 

「あー、これはこれは。お姉様方には大変お世話になりました」

「へ、姉様たちが……?」

 

 メドゥーサが知る姉2柱は勇者や英雄をからかったりもてあそんだりはするが、世話をするなんてことは考えられない。もしかして皮肉的な意味でだろうか?

 その疑問が顔に出ていたのか、少年は説明をしてくれた。

 

「いやいや、普通の意味でですよ。他の仕事場でのことなんですが、ステンノ神には情報をもらったり他のサーヴァントを紹介したりしてもらいましたし、エウリュアレ神にも聖晶石というアイテムをもらいましたから」

「ええっ、あの姉様たちが……!?」

 

 メドゥーサは驚愕した。まさかあの姉2柱が人間に普通にご利益を与えるとは、どういう風の吹き回しなのだろうか!?

 

「もちろん捧げ物は出しましたし、ステンノ神からは試練を課されましたけど、それは神話的に考えて普通だってことでネロ帝も納得してましたから、特に問題はなかったですよ」

「えええー……」

 

 もしかしてこの少年は勇者っぽくないから、逆に親切にする気になったとかそういうのだろうか。なら自分にももう少し手心を加えてくれても……なんてことをメドゥーサは思ったが、今度は口にも顔にも出さなかった。

 

「あ、もしかしてお姉様方とは不仲だとか?」

「滅相もない。大変良好です」

 

 しかし隠し切れなかったのか軽く追及されたので、その疑惑は全力で否定しておいた。

 

「……それで長話してる状況ではないようですが、これからどうするのですか?」

「ここに来た当初の目的は達成したんですけど、別の目的がまだありますのでそれを取りに行くつもりです。具体的には()()()()を倒してお宝ゲットという。

 メドゥーサさんは俺たちから離れると黒幕に捕まって手下にされる恐れがありますので、手伝ってくれとまでは言いませんが同行して下さるとありがたいのですが」

「……黒幕?」

 

 そういえばアルトリアが異変解決をしているらしいがその関係だろうか。

 まあ目的もないことだし、一緒にいた方が良さそうである。

 

「そうですね。姉様たちのお知り合いとなれば私もぞんざいにはできませんし、とりあえずついていきましょう」

「ありがとうございます」

 

 こうして光己とメドゥーサのファーストコンタクトは姉2柱のおかげでスムーズに終わったが、2人の話を聞いていたマシュがちょっとしんどそうに訊ねてきた。

 

「先輩、まだ宝探しするんですか? 目的は達成したと思いますし、敵がまだ大勢来てますけど……」

「うん。せっかくここまで来たんだから、途中で引き返すのはちょっとね。

 でも確かにこの魔本は厄介か……」

 

 アルトリアたちは苦戦している様子はないが、敵が次から次にやってくるので休憩もできずにいるようだ。さらなる前進を求める以上、何か貢献をしておくべきだろう。

 

「うーん、どうするかな……おお、いい手があった」

 

 光己はぽんと手を打つと、「蔵」からパルミラでも使った炎の剣を取り出した。

 魔本といっても紙だから火には弱いだろうという発想である。迷宮の壁や床は石造りだから、よほどの高熱を出さない限り大丈夫だろう。

 

「おおおぉぉお、喰らいやがれーーー!」

 

 そしてこのたびは見栄えではなく威力重視で炎の波涛を飛ばす。そちらはアルトリアとモードレッドが担当していた方だが、見えていた魔本が全部燃え尽きた。

 ヘルタースケルターは多少溶けながらも残っているが、彼らだけなら数が少ないので大した脅威ではない。

 

「よし、これならいけるな。ともかくこの場を離脱しよう!」

「は、はい!」

「何ですか今の火力!? もしかして現存する宝具だとか、そういうのですか? そもそも何で1人のマスターにこんな大勢のサーヴァントがついてるんですか?」

 

 メドゥーサはいろんな疑問が頭に浮かんでいたが、今はとにかく彼らについて戦場離脱するしかなかったのだった。

 

 

 



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第219話 霊墓アルビオン1

 光己たちは追っ手を振り切ると、ひと休みがてらメドゥーサに事情を軽く説明した。

 メドゥーサとしてはアルトリアは別の聖杯戦争で敵ではあったが嫌いではないし、光己は姉2柱からご利益をもらった人だからぞんざいにはできない。それに人類が滅ぼされたら「彼女」が存在しなかったことになってしまうので、この特異点だけのことでもあるし彼らに協力することにした。

 

「分かりました。怪物の私でよければ、手伝わせていただきましょう」

「おお、ありがとうございます!」

 

 姉2柱は純然たる非戦闘員だったが、この末妹は戦闘的な宝具を3つも持っている。腕力も強いみたいだし、頼りになりそうだった。

 ただ光己は別の特異点で彼女にドラゴンブレスをぶっぱしたことがあるのだが、当人は気づいていない、もしくは当地の記憶がないようだからこちらから言い出すこともあるまい。

 

「それじゃそろそろ行きましょうか」

「はい」

 

 光己たちは話を切り上げると探索を再開したが、時計塔は横にも広いが縦にもずいぶん広かった。時々思い出したように襲ってくるヘルタースケルターとスペルブックを撃退しつつ歩いていたが、ふと気がついた時はキロメートル単位で地下に潜っていた。

 

「うーん、まさかここまで広いとは思わなかったな」

「ずいぶん時間が経ちましたし、ジキルさんたちに1度連絡を入れておいた方がいいのでは?」

「そうだな、そうしとくか」

 

 マシュの提案で途中経過を報告してからまた探索を続けていると、街のように人家が並んでいるエリアにたどり着いた。ただし人はいないが。

 ヘルタースケルターとスペルブックは来ないし、魔霧も届いていないから静かな風景だった。

 

「これは一体?」

「そういえば、時計塔には地下の遺跡―――霊墓アルビオンを発掘している人たちがいると聞いたことがあります。その人たちの住居ではないでしょうか? 過去形のようですが」

 

 ふと思い出してそう言ったマシュはこれで光己がこんな地下深くまで来た理由が分かったが、実際にどんなお宝があるかまでは知らない。

 この街にはお宝は残っていないようなので、さらに先を急ぐ一行。

 通路は石造りではなく岩肌が露出しており、しかも空気が今までと違っている。具体的には神秘が濃い。

 

「これは……アルビオンが生きて、はいないんだったね。魔力だけ残留しているか、それともこの土地自体が特別なものなのかな?」

 

 同じくアルビオンであるメリュジーヌが物珍しげに辺りをきょろきょろ見回しているが、仔細は分からないようだった。

 そればかりか、この時代にはいなくなっているはずの幻想種がどこからともなく出現して襲いかかってくるではないか。

 

「やはりこの場所が特殊だからか、それとも単に特異点だからでしょうか? いずれにしても打ち倒していくしかなさそうですね」

「おお、任せとけ父上!」

 

 アルトリアが戦闘態勢に入り、モードレッドもむしろ嬉しそうに剣を構えた。

 今回現れたのはケルピーが5頭ほど、ここイギリスの伝説で語られている、水上を歩ける青い馬である。人肉を好んで喰う上に魅了スキルまで持っているとされる危険な魔獣だ。

 今回は挟み撃ちではないし、一行が皆対魔力が強かったので問題なく倒せたが、この先は不意打ち等を受けないよう気をつけて進むべきだろう。

 

「古来より伝わる神秘の洞窟にて、魔獣を打ち倒しつつ宝を求めて進む勇者一行! まさに神話の一節のごとき状況(シチュエーション)ですな! 吾輩皆様と同行していることを心より嬉しく思っておりますぞ!」

「ならもう少し真面目に働け!」

 

 作家組とモードレッドの掛け合いはもはや風物詩になっていたが……。

 ところで光己の感覚とモルガンや太公望の探知によれば、この洞窟はまだまだ10キロ単位で続いているようである。普通に歩いていては何時間かかるか知れたものではない。

 といって走っていくのは不用心だが、そこで太公望が一案を出してくれた。

 

「では土遁の術を自動車くらいの速さで使いましょう。マシュ殿がスキルで我々を囲むようにドームをつくれば万全ですね」

「なるほど、まさに自動車……!」

 

 さっき遭遇したケルピーくらいなら、逆に加速すれば跳ね飛ばしてそのまま離脱できる。なかなかのアイデアだった。

 それでも一応はなるべく回避しつつ、まさに本物の洞窟のようになってきた通路を飛ばしていく光己たち。やがて周りの雰囲気がまた変わってきた。

 

「これは……この辺り一帯に強力な魔術回路がクモの巣のように広がっていますね。通路はそれを避ける形で続いているようです」

「やっぱりアルビオンの?」

「その可能性が高いですが、最初からこの土地が持っていたものという線もあります」

「うーん、謎は深まる一方だなあ」

 

 モルガンがその変化の理由を説明してくれたが、霊墓アルビオンとは一体何なのか、光己もマシュも首をひねるばかりであった。

 先に進むにつれ、神秘が濃くなると共にデーモンやソウルイーターといった強力なエネミーが出現するようになったので、なるべく回避してさらに進む。

 そしてついに、明らかにいわくありげな大きな空洞に到着した。こここそがアルビオンの心臓が発掘された場所なのだが、光己もマシュもそれは知らない。

 その真ん中に、ちょっと古い感じの議場めいた建物が建っている。

 しかも空洞の岩壁には大きな生き物の背骨と肋骨が埋まっていた。肋骨の内側が空洞になっている形だが、もしかしてアルビオンの遺骨なのだろうか?

 

「…………太公望さん、止めてくれる?」

「分かりました」

 

 どうやらここが目的地らしい。太公望が土遁の術を解除し、マシュも「誉れ堅き雪花の壁」を消すと、一同議場に向かって歩き出した。

 ただ肝心の光己は、何だかぼんやりして夢遊病者のような頼りない足取りである。メリュジーヌが心配して声をかけると、それが刺激になったのか光己が突然変身を始めた。

 

「え、何!?」

 

 いきなりのことでメリュジーヌもマシュたちも反応できず吹き飛ばされ、転倒してしまう。その間に光己は竜モードへの変化を終えると、ふわっと空中に浮き上がった。

 

「先輩!?」

「お兄ちゃん!?」

 

 マシュたちが慌てて呼びかけるが、反応はない。光己はそのまま浮上して天井に接触すると、そのまま溶けるように吸い込まれてしまった。

 

「…………!?」

 

 アルビオンである光己がここに来れば何らかの影響を受ける可能性があることは誰しも予想していたが、吸収されるとまでは思っていなかった。そういえば彼は初めて来る地下迷宮を知っているかのようにナビゲートしていたが、もしかしてこの遺骨が誘導していたのか!?

 

「もう死んでるくせに! お兄ちゃんを返せ!」

 

 兄を奪われて激昂したメリュジーヌが飛び上がって光己が消えた辺りを剣で斬りつけたが、驚くべきことに、いや順当というべきかまったく効き目がない。さすがに彼女と光己の大元だけあって、死後相当な年数が経った今でも桁違いの硬度を保っているようだ。

 かといって変身してドラゴンブレスをぶつけるとモルガンたちを巻き添えにしかねないと考えてためらっていると、何やら地響きのような音が聞こえてきた。

 

「いったい何が……!?」

「これは……何かがここに集まって来てるみたいですね」

 

 太公望がそう言うと、モルガンははっと気がついたような顔をした。

 

「そうか、バラバラになってこの迷宮一帯に散らばっていた遺骨がここに集まろうとしているのだ。我が夫を取り込んだことで生き返って、身体を再生しようとしているのだろう。

 これがこの骨の狙いだったのか!? 何千年も前に死んだはずなのに、よくここまでしたものだ」

「しかし陛下。お兄ちゃんが取り込まれたなら、僕たちも無事では済まないはずですが……?」

「うむ、我が夫は少なくともまだ生きてはいる……しかしこの後どうなるかは予想できぬ」

「お兄ちゃん……」

 

 メリュジーヌにはもはや打つ手がなく、光己が消えた辺りを心配そうに見上げるばかりだったが、現状では別の危険も存在する。

 

「ところでおまえたち。この辺一帯に散らばった巨大な骨がここに集まって来るとなると、その進路に大きな穴が開いて地盤が崩落する可能性があるのではないか?」

「しかもこの空洞はいわば肋骨の内側ですからな。もののついでに我々も餌にされるおそれがないとは言えませんぞ」

「え!? あ、うーん」

 

 作家組の発言は我が身可愛さで自分たちだけ逃げたがっているようにも聞こえるが、実際は客観的かつ必要な指摘である。むろんマシュたちはマスターを残して避難するわけにはいかないが、指摘については考えざるを得ない。

 しかしすぐには善後策が浮かばず考え込んでいると、アルクェイドが手を挙げてくれた。

 

「つまり肋骨の外側に出ればいいわけね。まっかせて!

 えーい、『空想具現化(マーブルストライク)』ーーッ!」

 

 アルクェイドがアンデッド軍との戦闘でも使った隕石めいた落下技を使うと、轟音と共に地面に深いクレーターができた。何とも荒っぽい大技だったが、この底にいれば取り込まれる危険は少ないだろう。

 後は地盤崩落の件だが、これも何とかできるようだった。

 

「要は骨がこっちに来る時にできる空洞が崩れないように周りの土を固くすればいいんでしょ? それなら空想具現化でできるわよ」

「その通りだが、骨の位置を把握できるのか?」

 

 モルガンならずとも気になることだったが、真祖の姫君ともなれば十分可能なことのようだった。

 

「ええ。

 マスターさんが取り込まれたのに生きてるってことは、あの骨がマスターさんの体ってことでもあるでしょ? 幸いサーヴァント契約してるから、パスを通じて感覚共有すれば何とか。

 ()()()()()()()()()()()()()から、パワー不足にはならないしね」

「ほう、真祖とは大したものだな。ならよろしく頼む」

「良かった、お兄ちゃん土砂崩れで生き埋めにならずに済むんだね」

 

 メリュジーヌは諸々の問題や疑問点より、まずそこに思考が行くようだ。

 アルクェイドもそういうのは嫌いではない。

 

「そうね、せっかく契約したんだし、いっちょやってみますか!

 ……って、何これ!? 2キロどころじゃないわよ。その10倍以上あるじゃない」

 

 どうやら遺骨はよほど広範囲に点在しているようだ。アルビオンが地下に潜った時にそうなったのか、死後地殻変動などで散らばったのかは分からないが。

 

「まあここまで来たらやるしかないか。『空想具現化(マーブルファンタズム)』連続使用ぉぉ!!」

 

 いかに出力が上がってもこれは結構な大仕事なのだが、とにかくアルクェイドは地盤崩落を防ぐため土を固めたり支柱を作ったりする作業を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 一方渦中の光己はといえば。身体はアルビオンに取り込まれて一体化したように思われたが、意識の方は残っていた。ただし失神寸前でぼんやりして、ものを考えるのもままならぬ有り様だったが。

 そこに自分の名を呼ぶ大きな声が聞こえてきた。

 

(光己! 光己! 起きて! 今気を失ったら、2度と起きられなくなるよ!

 ええい、起きなさい! いいから起きろ!! 返事しろー!!!)

 

 どうやらかなり危険な状況らしく、口調と内容がだんだん乱暴になってきている。しかも普通の音声ではなく、立香からの脳内通信のようだ。

 ちょっとうるさいがそのおかげで少し意識がはっきりしたので、まずは彼女の要求通り返事をすることにした。

 

(おお、立香か!? 気を失ったら起きられなくなるってどういうこと!?)

(良かった、やっと声が届いたよ。

 今言った通りだよ。光己は身体はアルビオンに取り込まれて、意識は残ってるけど、アルビオンの身体全体に広がりつつあって、それで薄くなってるの)

 

 元々人間サイズで、竜モードでも体長25メートルの意識だったのだ。それが準備もなく体長2キロにまで拡大されつつあり、密度がどんどん薄くなってまともに働かなくなっているのだ。

 アルビオンの身体は神秘が光己よりはるかに濃いので尚更である。コップ1杯のジュースをプールに放り込んだようなものだ。

 そんな状態で気絶したら最悪は意識が消滅、良くても再起動できなくなるということらしい。

 

(マジか……街に来たあたりからずっとぼんやりしてたけど、もしかしてかなりマズいのか? てかどうすればいいんだ?)

 

 光己は会話はできてもまだかなり朦朧としているようで今イチ危機感が足りない様子だったが、立香は一言も咎めなかった。

 

(そうだねえ。外での会話によるとアルビオンの遺骨は結構広くまで散らばってて、それがここに集まって来てるそうだから、今はそれが終わるまでこのまま耐えてみるべきだと思うよ)

(そっかあ。痛いとか苦しいとかはないんだけど、とにかくぼうっとして力が入らないんだよな……でも寝たら死ぬっていうなら仕方ないからやってみるか)

(うん。光己が消えたら私も貴方のご両親も、もちろんマシュさんたちも悲しむんだから頑張ってね)

(おおぅ、そんなこと言われたら死んでも死ぬわけにはいかんな)

(それはシャレのつもりなのかな?)

 

 こんな状況でもいつも通り仲よく、光己の気つけのために雑談などしつつとにかく遺骨が集まり終えるのを待つ2人。

 

(おおぉぅ、気合い入れようとはしてるけどこれはヤバい……意識がずんどこかすれてく……)

(うん、こっちでも起こす操作はしてるけど、覚醒度の数値がもう寝落ち寸前レベル……とにかく頑張って、今がホント正念場なんだから)

 

 しかし状況は悪くなる一方のようだ。なにぶん光己は勇者や英雄ではなく、メンタル面ではまだ一般人なのだから、精神力の勝負になると分が悪いのだった。

 

 

 

 

 

 

 しかしそこにアラヤ、いやガイアの助けか。また別の女性の声が聞こえた。

 

(あ、もしかして身体感覚つなげたらテレパス回路までつながっちゃったのかしら?

 でも何この金塊を極薄金箔にしてさらに網状にしたみたいなペラペラスカスカ状態。おーい、マスターさん生きてる?)

 

 アルクェイドのようだ。口調はあっけらかんとしているが、一応心配してくれているようである。

 光己が気力を振り絞って事情を話すと、アルクェイドは彼女の状況も説明してくれた。

 

(なるほどね。わたしは散らばった遺骨が集まる拍子に地盤崩落が起きないように空想具現化で土を固めてる最中なんだけど、こうなったら仕方ないわね。マスターさんが落ち着くまでメンタルケアもしてあげるわ)

(おお、そんなことできるのか?)

(あんまりアテにされても困るけどね。それじゃいくわよー)

 

 すると光己は何か精神的な力が流れ込んでくるのを感じて、意識が少しはっきりしてきた。

 これでまたしばらく保ちそうだったが、本人が言った通りさほどアテにできるものではないらしく、意識の拡散が進むと共にまたぼやけてきてしまった。

 

(おおぉ、また落ちそうになってきた……2人とも出力アップお願い)

(うん、これでも最初から全力なんだけどね……)

(わたし、こういうことは慣れてないからなぁ……)

 

 2人がかりの支援でも足りないとは、アルビオンの図体のデカさと神秘の深さは文字通りの桁違いのようだ。

 しかし2人の支援が稼いだ時間は無駄ではなかった。まさに光己が寝落ちしようとした直前、真打ちが忽然と現れたのだ!

 

(良かった、間に合ったみたいだね。私が来たからにはもう大丈夫だよ。

 そう、花の魔術師マーリ……げふんげふん。このレディ・アヴァロンが来たからにはね!)

 

 ちょっと間が抜けてそうな感じもするけれど。

 

 

 

(マーリンっていうと、アーサー王の宮廷魔術師だったというあのマーリン!?)

 

 光己はアルトリアズと契約しているから、マーリンとの縁はあるといえる。しかしレディ・アヴァロンと名乗った者はあくまで自分はマーリンではないと言い張った。

 

(ああ、マーリンは私の兄だよ。でも私個人としては、アーサー王やモルガン王妃とは世界で最も無関係な存在といえるだろうね。

 そんなことより今はキミだよ。気絶したらマズいんだろう? でも私は人間と夢魔の混血だからね、その手のサポートはお手のものさ!)

(おお、そういえば!)

 

 レディ・アヴァロンの台詞の前半は怪しいが、後半は確かにそうだ。これは頼りになりそうである。

 彼女がどんな経緯と理由で今ここに現れて助けてくれるのかは気になるが、それは後回しでもいい。

 夢幻的なまでに美しい若い女性が額にそっと手を触れてくれたような感触の後、光己の意識は急速に覚醒し始めていた。

 

(これはすごい……さすがはあのマーリンの妹、えっと、ればのんさんだっけ)

(寝ぼけてるとはいえその略し方はさすがにどうかと思うよ? ちゃんとレディ・アヴァロンと呼んでほしいな)

(あー、すいません。

 そういえば日本でも領主が領土の地名を姓にすることはよくあったし、それと同じようなもんか……)

 

 アヴァロンというのは人名ではなく地名のはずだが、花の魔術師の妹ならそういうこともあるのだろうと光己は納得することにした。

 レディと付ける時点で敬称込みだから、さらにさん付けする必要はあるまい。エルメロイⅡ世もそうだし。

 いや本当に妹かどうかはすこぶる怪しいが、助けてくれている人をそこまで疑って見捨てられたら大変である。下手に藪を突っつくのは避けることにした。

 

(それで、レディ・アヴァロンはどうして俺を助けてくれるんですか?)

 

 彼女のたおやかな手のひらの感触を味わいつつ光己がそう訊ねると、レディ・アヴァロンはフフッと薄く笑った。

 

(別に深い理由はないよ。

 この洞窟が星の内海(アヴァロン)に通じる路だってことは知ってるよね? 何しろアルビオンの遺体があるんだから。

 で、その遺体で何か騒ぎが起こったみたいだから見に来たら妙なことになってたから、気まぐれで人助けをしてるってわけさ)

(ああ、そういえばマーリンはアヴァロンに幽閉されてるって話がありましたねえ)

(うん、私は閉じ込められてないけどね)

 

 とにかくこれで話がつながった。本当に間一髪で助かった!

 

(でもこう都合よく間に合ったということはあれだね。キミは何か私に所縁のある品を持ってたりしないかい?)

(へ? うーん、アルトリアたちと関係ないと言われると……あ、そうだ。さっきお宝として価値がある花を見つけたから、それかも知れません)

(なるほど、地上に私かお兄ちゃんが残した花か……それなら大いにあり得るね、キミはなかなかの幸運児みたいだ。

 いやこんな騒ぎに巻き込まれてるんだから不幸なのかも知れないけれど!)

(褒めてるのかくさしてるのかどっちなんでしょう?)

 

 この女性、人助けするくらいだから善人だとは思うが、何だかつかみどころがない。面白ければそれでいい、というタイプのような気もする……というか、施術してもらっているからか彼女の心と触れ合えているのだが、それで感じた彼女の性格は基本善良だし混血ながら人間好きではあるのだけれど、本当に面白いこと好きで自由奔放で混沌(カオス)属性みたいなので、この辺のコンボが決まると厄介そうである。

 まあ悪いことしないならいいのだけれど……。

 

(それで、レディ・アヴァロンならこの骨が何のつもりで俺を取り込もうとしたのか分かったりします? 生き返ろうとしてるんじゃないかとは思うんですけど)

 

 光己が気つけも兼ねて真面目な話をしてみると、レディ・アヴァロンもちょっと真面目になった気がした。

 

(そうだね。地上の知的生命体は普通肉体・精神・魂の3要素でできてるわけだけど、この遺骨は当然肉体だけになってる。

 でも神秘の濃さが濃さだから、肉は土に還っても骨と神秘は残ってた。つまり自身の存在を維持しようとする身体的な本能はあるわけだ。

 そこにキミというアルビオンの新たな精神と魂として相応しい者が現れたから、一も二もなく食いついちゃったということだね)

 

 だからアルビオンに光己の精神を消す気はなく、むしろ消えられては困る立場だった。しかし細かい配慮や制御ができる思考や判断力は残っていなかったので、一直線に手加減なしで取り込んでしまったと推測される。

 

(え、あの、ちょっと待ってちょっと待って。アルビオンに相応しい精神と魂って何?

 マスターさんはドラゴン関係のヒトかなとは思ってたけど、そこまで古代のヒトなわけ?)

 

 するとアルクェイドが泡喰った顔で割り込んできた。まあ驚くのも当然といえよう……。

 

(あー、それはね。ブリュンスタッドさんとは知り合ったばかりだからまだ話してなかったんだけど……)

 

 話をする時間はある、というかそれしかすることがないので光己がファヴニールの血を飲んでからアルビオン(幼生)になるまでの経緯を簡単に説明すると、普通なら真に受けてはもらえない話だが今は状況が状況なのですぐ信じてくれた。

 

(―――なるほど。そりゃ人に話せないっていうか、話してもあたおか扱いされるのがオチよね。

 異変解決担当のマスターとしては優秀なんでしょうけど、無理しない程度にね。実際こんな目に遭ってるんだし)

(うん、ありがと)

 

 アルクェイドは光己が本当に竜だと知ってもまったく態度を変えず、むしろいたわってくれた。

 まあ彼女自身が人外というのもあるのだろうけれど。

 

(―――さて、そろそろ遺骨の集合が終わるみたいだ。

 そのまましばらく待てばキミの意識は落ち着いて……具体的にいうと今日の夜まで普通に起きてればその後は寝ても大丈夫になるよ。

 私も頑張ったけど、キミもよく耐えたね。褒めてあげよう!)

(おお、ようやくですか! ありがとうございます)

 

 光己はほーーっと大きな安堵の息をついた。ガチで生命の危機に陥ったのは久しぶりなのだ。

 ところでレディ・アヴァロンはこの大きな骨がどうやって地上に出て、さらには人間社会で活動するのかという点はまったく心配していないようである。実際その必要はなかった。

 

(うん、骨の接着は無事終わったみたいだよ。

 人間の姿に戻る能力は無事だったけど、アヴァロンさんの言う通りもう少し待ってからの方がいいかもね)

(そっか、じゃあそうするかな)

 

 何しろ美女美少女3人とハートでつながるやさしく甘酸っぱい感触は大変幸せで満ち足りて気持ちいいので、合法的に引き延ばせるならそれに越したことはないのだ。

 ……と思ったが、世の中そこまで甘くはなかった。

 

(じゃあ私はこの辺で引き揚げるかな。ちょっと疲れたしね)

(え、帰っちゃうんですか? お礼もしてないのに)

(なあに、すぐまた会えるさ。それじゃ!)

(ならわたしも接続切ろうかしらね。土固めながらだからハードだし)

 

 3人中2人が、用が済んだとたんに帰ってしまったのだから。

 しかしこの大変な試練を乗り切ったのだから、まずは幸甚というべきだろう―――。

 

 

 




 ねんがんの卑弥呼様をお迎えできたので、卑LAトリアが自力で可能になりました(マーリンは持ってない)。周回向きではなさそうですが、耐久戦は強いですね。
 LAは相手次第で変えてもいいので融通が効くのも良いですな。
 というか卑弥呼様と壱与ちゃんあの服で飛んだり跳ねたり蹴ったりとか(ry




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第220話 霊墓アルビオン2

 アルクェイドは光己とのテレパス接続を切ると、マシュたちに向こうで起こったことを報告した。

 

「先輩は無事だということですね? 良かった……」

「お兄ちゃん……良かったぁ……」

 

 マシュとメリュジーヌは安堵のあまり、全身の力が抜けてへなへなと地面にしゃがみ込んでしまった。

 アルトリアとモルガンが2人を抱え起こしつつ、気になったことをアルクェイドに訊ねる。

 

「貴女もお疲れさまでした。しかしレディ・アヴァロンというのは……?

 確かにマーリンにはガニエダという妹がいましたが、あえて偽名を名乗る理由はないと思うのですが」

「さあ? わたしはマーリンもそのガニエダって人のことも知らないから何とも」

「そうですね、すみません」

 

 なるほどその通りなのでアルトリアは軽く謝罪したが、まあ無償でマスターを助けてくれたのだから深く詮索することはあるまいと考え直した。

 しかし光己は精神面は無事で済んだとはいえ、身体面は竜モードはあの遺骨になるということなのだろうか? 竜の炉心たる心臓がないのでは、高速飛行もブレスぶっぱもできないと思われるが。

 体長2キロは大き過ぎてかえって不便そうだし。

 

「そうねえ。でもあんなのに取り込まれて無事帰って来るだけでも幸運なんじゃない?」

「それもそうですね。高望みはやめておきますか」

 

 とアルトリアがいったん締めた時、空気の振動ではなく、空間自体を震わせているかのような声が響いた。

 

「フッフッフ」

 

 何やら得意げに笑っている。何なのだろうか?

 

「俺は手に入れたぞ。ドラゴンの体を手に入れたぞ!」

 

 そしてさらに激しく宙を揺るがせつつ、くわっとポーズを決めた、ような雰囲気がした。

 

「俺は! 俺は! 竜人間(ドラゴンマン)だ!」

 

 最後にカッコつけて決め台詞を吐く。どうやら光己の中二病が発症しただけのようだ……。

 

「えーと、つまりわたしみたいに同族殺しになったってこと?」

「いや、むしろ親類みたいな感じなんだけどね……」

 

 しかしアルクェイドが軽くツッコミを入れると、あっさりトーンダウンしていつもの調子に戻った。1度テレパス回路をつないだからか、親密度が上がって掛け合いのテンポも良くなったようである。

 ただ光己が親類とは言っても遺産のことまでは口にしなかったのは上出来といえよう。

 

「ところで立香って娘は『人間の姿に戻る能力は無事だった』って言ってたけど、いつごろ戻るの?」

「あー、うん。ちょっと待って、聞いてみるから……うん、いいみたいだから戻るよ」

 

 と光己は答えたが、実際に戻って来る様子はない。いや何かを引きずっているような音が聞こえるから、体が大きくなった分時間がかかっているのだろう。

 やがて空洞の岩壁に埋まっていた背骨があった所から人間の姿に戻った光己が落ちて来た。

 なお服はちゃんと着ている。ミス・クレーンの技術は確かであった。

 

「おおぅ!?」

 

 空洞の天井は非常に高く、常人が落っこちれば即死を免れない。サーヴァントでも場合によっては大ケガしかねないが、光己の体は生き返ったアルビオンの骨+αという地上最硬級の物質でできているので平気―――ではあったが、ヴァルハラ式トレーニングを受けている身でもあるので、とっさの判断で背中から翼を出して慣性制御で軟着陸した。

 

「おぉ、俺もスペックオンリーじゃなくてワザマエも育ってきた感じがするな……」

 

 そして自分の成長に少しばかり感慨にひたっていると、正面から女の子に抱きつかれた。

 

「お兄ちゃん! 良かった、本当に戻って来られたんだね。お兄ちゃん、お兄ちゃん……!!」

 

 メリュジーヌは泣いているようだ。そういえば取り込まれていた時間は結構長かったから、相当心配させてしまっていただろう。

 

「うん、心配させてごめんな。もう大丈夫だから。

 ……あー、そういえば。戻って来られたのは立香とブリュンスタッドさんとレディ・アヴァロンのサポートのおかげだけど、それでもギリギリだったからな。メリュのチョコのおかげでちょっとでも強くなってなかったら本当にヤバかったかも。

 改めてありがとな、メリュ」

「お、お兄ちゃん……!」

 

 メリュジーヌは感動に潤んだ瞳で兄の顔を見上げた。実際光己が強くなるために頑張って作ったものだが、それをちゃんと覚えていて、口に出してくれるなんて。

 

「うん……うん! お兄ちゃんの役に立てて良かった……!」

 

 メリュジーヌは全力で光己に抱きついて当分離れない勢いだったが、光己の方はリーダーとして彼女ばかりに構っているわけにはいかない。

 彼女の髪を撫でつつも、自分を見つめているサーヴァントたちに声をかける。

 

「みんなにも心配かけて済まなかったけど、本当にもう大丈夫だから。

 それじゃ、ここにはもう用はないからそろそろ帰ろうか」

 

 この洞窟は強い幻想種が出没するので、用がないなら速やかに退散するべきである。光己の提案はまったく正しかったが、それを止める者がいた。

 

「いや、用ならまだあるんじゃないかな。命の恩人を皆に紹介していないじゃないか」

「ほえっ!?」

 

 人の気配なんてまったくなかったのに。光己が声が聞こえた方に振り向くと、これまたすっごい美人が微笑みながら立っていた。

 身の丈は155センチくらいか。整った顔立ち、銀色のふわっとした長い髪、紅玉(ルビー)のような赤くきらめく瞳、バランスのいいスタイル、やわらかく余裕ありげな雰囲気を持った、外見的には極上で非の打ち所がない花のような美女である。

 服装は白い長袖ワンピースに黒いサイハイストッキング(多分ガーターベルト付き)、魔術師らしく手に杖を持っているが、スカート丈がやたら短くてちょっと動いたらパンツが見えそうだった。光己的には何の問題もないどころか歓迎だが。

 

「レディ・アヴァロン!? レディ・アヴァロンナンデ!?」

 

 星の内海に帰ったとばかり思っていた彼女がいつの間に。光己が驚愕を顔と声で表すと、レディ・アヴァロンはおかしそうにクスッと笑った。

 

「おやおや。私とキミの仲―――具体的にはそう、身体的には指1本触れてないけど、精神的にはどろっどろに溶け合ってお互いを深く感じ合って、(光己が危機を乗り切ったという)悦びに浸った仲じゃないか。今後とも手助けするのは当然だろう?」

「言い方ァ!」

 

 光己は寝落ちしないよう助けてもらっただけで、Hなふれ合いはしていない。というかそこまで深いふれ合いですらなかったはずだ。

 なのにレディ・アヴァロンのこの表現では誤解されるではないか! 現にメリュジーヌはすごく剣呑な眼を彼女に向けているし。

 

「……冗談はともかく、キミの旅路に興味が湧いたのは事実だよ。ついて行ったら迷惑かな?」

「いえ、レディ・アヴァロンほどの方なら歓迎ですが」

 

 それはそれとして、彼女が美人かつ優秀な魔術師なのは事実だ。ちょっとおちゃめを言う程度は受忍範囲内だろう。

 気になることもあるし。

 

「ところで女性の夢魔といえばアレだ、サキュバスってやつですよね。そっちの方はできるんですか?」

「フフッ、それを聞くとはやはり思春期男子だね。

 それはもちろん、キミが望むなら至福の一夜を過ごさせてあげるよ。対価はもらうけど、キミの魔力量から見れば誤差のようなものさ」

 

 レディ・アヴァロンは本気なのかどうかきわどいことを言ったが、その肩に黒い刃物がぽんと置かれた。

 

()()レディ・アヴァロンとやら。我が夫を弄ぶような真似をしたら命は……いや今度こそ出られぬ牢獄に永遠に閉じ込めてやるからそう思え」

「お、おおぅ!? そう言うキミはモルガン()()じゃないか。

 え、ええと。彼を我が夫って……もしかしてそういう関係?」

 

 レディ・アヴァロンが両手を上げつつもそう訊ねると、モルガンは特に表情も変えずに頷いた。

 

「今の所は政略結婚のようなものだがな。それでも他人に弄ばれるのは非常に不愉快だ。

 いや今回は我が夫も話に乗っていたが」

 

 なのでモルガンはあまり強くは咎めなかった。ただ彼女の先ほどの台詞は、レディ・アヴァロンの人間性あるいは夢魔性をあまり信用していないことの現れだとはいえるだろう……。

 

「……で、何故名を偽っている? 我々と誠実に付き合う気はないということか?」

「ぶっ!?」

 

 レディ・アヴァロンは噴き出した。まさかいきなり追及されるとは!

 逃げようかとも思ったが、多分無意味だろうから素直に白状することにする。

 

「いや、そういうわけじゃなくてね。並行世界の出身の上に半分夢魔だから、この世界の人間社会とは一線引いておこうと思っただけさ。本当だよ!?」

「なるほど、嘘ではないようだな。

 だがそれをいうなら私と我が騎士たちは並行世界出身の上に妖精だし、カルデアには並行世界出身の者は他にもいる。そういう配慮は要らん、むしろ迷惑だからするな」

「アッハイ」

 

 怖い王妃様直々の命令とあっては、レディ・アヴァロンは首を縦に振るしかなかった……。

 

「ええと、そういうわけで本名マーリンだよ。コンゴトモヨロシク」

「あー、やっぱりマーリンだったんですね。こちらこそよろしく」

 

 光己にとってレディ・アヴァロン改めマーリンのスタンスは否定すべきものではなかったが、モルガンの言い分も理解はできる。なのでそこには触れずに普通に挨拶だけすると、ルーラーアルトリアがついっと近づいて来た。

 

「なるほど、並行世界のマーリンは女性だったのですか。しかもサーヴァントじゃなくて生身とは驚きました」

「ええと、そういうキミはどちら様かな?」

「これは失礼。私はこの世界のアーサー王、アルトリア……の聖剣ではなく聖槍を持った一側面です。聖剣の私もいますし、そのオルタとリリィと、ユニヴァースという世界から来た私もいますよ」

「!!??!?!?」

 

 並行世界の王は多重人格で多重顕現でもしているのか? マーリンは困惑したが、とりあえず挨拶はして、ついでに他のサーヴァントたちにも自己紹介だけしてもらった。

 その後本来なら光己の元々の正体やら何やらをモードレッドたち現地組にも話すべきところだが、それはジキル宅に帰ってからということにして、一行は土遁の術で霊墓アルビオンを後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ジキル宅に着いてみるともう朝だったが、光己は今は寝るわけにはいかない。まあ色々話すことがあるのでいいのだけれど。

 まずは先ほどアルクェイドに話したのと同じように、最初はただの一般人だったのが色々あってアルビオンの遺骨と融合した所まで説明する。普通ならただのヨタ話でしかないのだが、モードレッドたちは光己が竜になってから遺骨に取り込まれ、ついで遺骨が消えてから人間の姿で戻って来たのを己の目で見ているので信じるしかない。

 

「うーん、セイバーがそう言うなら僕も信じるしかなさそうだね。この時代、いや130年後の未来だったかな? 人間に変身できる竜なんて地上に残ってるはずがないし、人間がファヴニールの血を飲んで竜になったと考える方がまだ蓋然性(がいぜんせい)が高い……のかな? まあ異変解決には有利なんだし、深く追及することもないか……」

 

 ジキルは思考を半分放棄していたけれど。フランも一応同席はしていたが、こちらはあまり理解できていないようだ。

 なお作家勢2人が興味を持って詳しい話を聞きたがったので、光己は特異点修正の経緯を話して対価としていつも通りサインと写真をもらった。

 なお作家勢のサインを21世紀に持ち帰るととんでもない値段がつくのだが、光己にはそんなつもりはまったくない。まあその手の思惑が見えていたら、2人はサインを断っていただろうが。

 光己はこの際なのでモードレッドたちにももらったが、その辺の話が終わるとアルトリアが質問してきた。

 

「ところでマスター。マスターが竜モードになる時は今までと同じなのか、あの大きな骨になるのかどちらなのでしょうか?」

 

 理想を言うなら外皮や筋肉や内臓も備えた巨大アルビオンになることだったが、そう都合良くはいかないようだった。

 

「え!? あ、うーん、ちょっと待って……っと、やっぱり大きな骨になるみたいだな。

 立香によると()()()()()()()()()()()()()そうだから、魔力さえあれば生前通り、いや天使の翼と悪魔の翼も込みで再生できるみたいだけど」

「魔力ですか、では外の魔霧を吸収するというのはどうでしょう。一石二鳥だと思いますが」

「なるほど……っと、いい考えだと思うけど、今の竜モードには悪魔の翼がないからダメみたい」

「ふうむ、難しいものですね」

 

 アルトリアはモルガンと太公望とマーリンにも顔を向けてみたが3人とも口を開かないので、どうやら即席でちゃんとした身体にする方法はないようだ……と思ったら、このたびもチート姫君が手を挙げた。

 

「できるんですか!?」

 

 これにはアルトリアも光己も、モルガンも太公望もマーリンも驚いた。人間サイズの生物が体長2キロの大怪獣に有意な魔力を供給できるとは、どれほど大規模な術を持っているというのか?

 

「ええ。私が宝具で『千年城』をつくれば、『今を生きる人類』に魔力を与えられるから。

 戦闘じゃないから上限いっぱいまでは出力上がらないし、マスターさんは身体的には『人類』じゃないから多少効果落ちるだろうけど、やらないよりはマシだと思うわ」

「マジか、すげぇ……じゃあ早速お願いしていいかな」

 

 当然の流れとして光己がそう言うと、何故かマーリンが待ったをかけてきた。

 

「ああ、ちょっと待ってくれないかな。それ、結構時間がかかるんだろう?

 ならその前に、私とも契約してほしいんだ」

「契約? ……って、マーリンさんはサーヴァントじゃないのに?」

「うん、だからあくまで似たようなものであってサーヴァント契約そのものじゃないよ。

 でも相手がキミ(アルビオン)なら相応に強くなれるし、宝具的なサムシングも使えるようになるからね。

 その分キミには負担があるけど、普通のサーヴァント契約よりは少ないから悪い話じゃないと思うよ」

「ほむ、そういうことなら」

 

 光己はこの特異点だけで10騎抱えている身である。1人増えても大したことはない。

 マーリンが何やら呪文を唱えて光己がそれに応答すると、魔力のパスがつながれた。

 

「よし、契約完了だね。私のさらなる活躍を期待してくれたまえ!」

 

 こうして光己は契約者がまた1人増えたが、そういえば時計塔から帰ってからカルデア本部にまだ報告をしていなかった。

 魔力供給に時間がかかるならそれも先にやっておこうと考えて通信機を取り出した時、ジキルの無線機から音声が響いた。

 

「おお、すごいタイミングだな」

 

 そばで話をすると邪魔になるので連絡を延期してジキルが無線機を操作するのを見守っていると、やがて通信を終えたジキルが真っ青な顔で向き直ってきた。

 

「大変だ。籠城状態にあったロンドン警視庁(スコットランドヤード)が何千、あるいは万に届こうというゾンビの集団に襲われて救援を求めているという電信を受信した。

 ブリュンスタッドさんが言っていた、吸血鬼の仕業なのではないかな?」

 

 万に届くというと、今回は吸血鬼本人も出張っているだろうか? アルクェイドがキッと表情を鋭くして光己に向き直る。

 

「マスターさん!」

「うん、これは報告してる場合じゃないな。急いで行こう」

「なに、外出か? ならそう言え。土産は……そうだな、スコーンあたりが欲しいな」

「おまえは来ないのかよ! いや、来られても別に役に立たねえか……」

「吾輩は行きますぞ! 勇者と強敵の戦いを見逃す手はありませんからな」

「うーん、役に立たんどころか気力が萎える分マイナスかもな……」

 

 いつもの掛け合いはともかく、新入りのメドゥーサは宝具でペガサスを出せるので四不相も使えば空を飛んで行けそうだったが、やはり狙撃のリスクは避けたい。今回は土遁で大英博物館まで行って、そこから徒歩で南に4キロほどという行程だ。

 

「でも万に届くってのは多いな。留守番はどうしよう」

 

 光己的にはなるべく大勢連れて行きたいが、その隙にここを襲われる懸念もある。どうしたものだろうか?

 

「そうですね。メドゥーサ殿とマーリン殿が加入したことですし、今まで通り2人でいいのでは?」

「では私が残りましょう」

 

 太公望の意見にモルガンが残留を表明したのは当然といえるだろう。この特異点に来て1日が過ぎた今、黒幕発見のタイムリミットはあと2日しかないのだから。

 

「じゃあ私もまた留守番するよ。自主的に留守番したいって奴はあんまりいないだろ?」

「そうだな、騎士としては目の前に戦場があるのに留守番はしたくないところだ」

 

 こうして人員の割り振りもスムーズに済んだので、光己たちは急ぎ出発したのだった。

 

 

 




 レディ・アヴァロンはマテリアルに「正体を明かすと泡になって消えてしまうかも」とありますが、鯖のプリテンダーの彼女ならともかく、生身ならそうはならないと考えました。ウルク編のマーリンが徒歩で来たのと同じであります。




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第221話 霧都の吸血鬼

 ゾンビの大軍は当然に移動は遅い上にカルデア勢が逆に非常に速いので、ロンドン警視庁(スコットランドヤード)を発見した時はまだ無事のようだった。

 しかしその手前にサーヴァントが1騎いるのをルーラーアルトリアが探知する。

 路上に佇んだまま動く様子はなく、むしろカルデア勢が来るのを待ち受けていたようだ。ただし敵か味方かは接触してみないと分からない。

 

「真名、アルトリア・ペンドラゴン。ランサーです。宝具は……って、オケアノスで会ったランサーオルタですね」

 

 ただ今回はランジェリーではなく、黒い金属鎧を着ている。おかげで情緒は安定しており、カルデア一行を見かけると普通に話しかけてきた。

 

「来たか、思ったより早かったな。

 おまえたちも承知のように時間がないから、今は手短に言おう。私はおまえたちの味方だが、この霧をつくった黒幕とは別の第三勢力がいる。気をつけることだ。

 今ここに来ている吸血鬼がどの陣営に属しているのか、あるいは一匹狼なのかは知らんが」

「あ、俺たちのこと覚えててくれたんですね。良かった、それなら話が早い」

 

 光己が素直に喜ぶと、ランサーオルタは逆に容赦なくクギを刺してきた。

 

「ああ。ただし記憶がある者が必ず味方になるとは限らんから、油断はせぬことだ」

「あー、はい。分かりました」

 

 言われてみれば、記憶があるのに敵になったアタランテという実例がある。光己は今度も素直に頷いた。

 

「うむ、では行くぞ。

 連中は西側から来ているが、数が多いからか全員が1列に並ぶのではなくその辺の道路を適当に分かれて進んでいる。スコットランドヤードが最終目的地かどうかは分からんが、迎撃しなければ侵入して中の人間を喰い殺す可能性はあるな」

 

 ランサーオルタはそれで会話を打ち切ると、馬首を返してスコットランドヤードの方に向かった。

 光己たちもそれを追ったが、敵が散らばっているならこちらも分けるべきだろうか。それともこちらは一団のまま各個撃破するのが賢明だろうか?

 ―――しかし相談する暇もなく、一行はヤードの敷地のすぐ北まで到着していた。壁を跳び越えて中に入り、ついで建物の上に跳び乗って状況を窺う。

 するとヤードの西側の道路という道路にゾンビが群れをなして移動しているのが見て取れた。家屋には侵入していないようなので、ランサーオルタが言った通りヤードを襲う気なのかどうかは分からない。

 

「どっちにしても放置はできないけど、どう戦えばいいんだ? こっちは俺とシェイクスピアさん入れても14人しかいないからあんまり分散するわけにはいかないし」

「そうですね、この人数でヤードの四方を守るというのは現実的ではありません。

 マシュ殿、宝具かスキル……いや来るのがグールやゾンビだけなら、ブリュンスタッド殿に高い壁をつくってもらえば足りますか」

「そうね、吸血鬼本人が来るのでなければ大丈夫だと思うわ」

 

 リーダーの意見募集に軍師が作戦を提案すると、依頼を受けた姫君はごくあっさりと了承した。

 白っぽい石の壁がヤードを囲んでそそり立つ。ゾンビ軍が到着したのはそのほんの10秒ほど後とギリギリのタイミングであった。

 光己たちが壁の上の通路から様子を窺っていると、ゾンビたちは突然壁ができたことに当惑して、ヤードの周りを頼りない足取りでうろうろ歩いている。壁に登ろうとか壊そうとかする者はいないようだ。

 

「危ないところでしたが間に合いましたね!

 それでブリュンスタッド殿。もし大元の吸血鬼を先に倒した場合、手下のグールやゾンビはどうなるのですか?」

「残念ながら、いきなり土に還るとかそういうことはないわね。でも統制された行動は取らなくなるから……あー待って、それは縛りがなくなるってことでもあるから民家に押し入るようになる可能性も……いえ、戸締りしてある家に押し入るほどの知能は残らないかな。絶対とは言えないけど」

 

 ドアや窓が閉めてあって人の姿が見えなければ、壁や塀と区別がつかず中に入ろうとは考えないということだ。哀れなものだった。

 

「ふーむ……万全を期すなら先にゾンビを掃討してから満を持して吸血鬼に当たりたいところですが、それが終わる前に吸血鬼がここまでたどり着く可能性の方が高そうですね」

 

 ただそれに対しては先ほど彼自身が言いかけたように、吸血鬼が壁を越えたらマシュがスキルで建物を守るという手はある。

 吸血鬼がサーヴァントならルーラーが探知してこちらが好きなタイミングで対決を挑むことができるから、これが最善の策だと思われた。

 ゾンビやグールは非力とはいえ万近いとなると、こちらが消耗しすぎて肝心の対吸血鬼戦が不利になる恐れはあるが、残留組とアルクェイドは問題ないし。

 

「じゃあそれでいこう。ここに残るのはマシュと……アルトリアとメドゥーサさんとマーリンさんかな」

 

 これは前衛と遊撃兼逃走と魔術支援の役割を期待したもので、出撃組が戻るまで吸血鬼を抑えておく役割としては順当といえよう。マーリンは「えー、初戦闘がキミと別々だなんて寂しいなぁ」などと挑発的なことを言い出したが、どこから見ても冗談のようだった……。

 

「それじゃ4人とも、あとお願いね」

「はい、先輩も皆さんもお気をつけて」

 

 実のところ光己はゾンビ軍団との戦闘、というか戦闘自体あんまりしたくないのだが、マスター及びリーダーとして現場に出る義務があるのだった。

 ―――いよいよ開戦である。敵は前回より数倍も多いが同時にかかって来られるわけではなく、またサーヴァントは魔力さえあれば身体的な疲労というものはないので、展開は前回とそう変わらない。違うのは吸血鬼に備えて宝具を温存している点くらいだろう。

 

「気分的には最悪だが、新しい父上の前だから気は抜けねえからな!」

「まさかおまえがブリテンを守るために現れるとは意外だったが、マスターと契約していないなら敵将と会う前に魔力切れにならぬよう気をつけるのだな」

「おう、騎士なら体力の把握は当然だぜ!」

 

 ランサーオルタが持っている槍は生前モードレッドを殺したものなのだが、今はいろいろ納得しているからかわだかまりはないようだ。

 ―――その戦いを、少し離れた高い建物の上から見下ろしている者たちがいた。

 

「うーん、これだけ霧が濃いとサーヴァントの視力でもあまりはっきり見えませんね。

 向こうにもルーラーがいるというなら、これ以上近づくわけにはいきませんし」

 

 そう言ったのは黒い服を着て片手に長剣を持った、温和そうな青年である。名を天草四郎といって、ランサーオルタが言及した「第三勢力」のリーダー格である。

 その傍らで同じように戦闘を見ていた若い女性、アタランテが話しかける。

 

「彼らと合流はしないのか? 目的が衝突するわけではないんだろう?」

「難しい所ですね。貴女とて彼らの事情のすべてを知っているわけではないのでしょう?

 それに貴女とナーサリーはともかく、ジャックを彼らが許すとは思えません」

「それは……」

 

 アタランテの顔が苦悩にゆがむ。

 光己はオケアノスで「カルデア現地部隊は生前のことはあまり追及しないスタンス」と言っていたが、この特異点で人を殺していたのは許容できないだろう。今は天草のサーヴァント探知スキルのおかげで、魔霧から現界したサーヴァントを見つけて魂喰いをさせることでジャックに「人間は」殺させずに済むようになっていたが、それで既遂の罪が消えるわけではないのだから。

 それに彼らのチームにはジャンヌ・ダルクがいた。昨日会った時は姿が見えなかったが、もしここに来ているなら「あの聖杯戦争」の時のようにジャックを浄化しようとするだろうから、やはり諍いは避けられなさそうである。

 

「しかし貴女の話通りであればカルデアの目的は特異点の修正であって、聖杯を持ち帰るのは絶対条件ではないですからね。横取りしても()()しないならそこまで執拗に追いかけては来ないでしょう」

 

 どうやら天草は特異点修正を邪魔するつもりはなく、カルデアと黒幕が争っている隙に聖杯だけかすめ取るつもりのようだ。

 しかもその聖杯にかける願いを「悪いこと」だとは思っていない模様である。何を望んでいるのであろうか……。

 

「まあ、そうなのだが……」

 

 アタランテは天草の考えを否定はしなかったが、その表情は冴えないままだった。

 

 

 

 

 

 

 光己たちはゾンビやグールを倒しつつ西に向かって進んでいたが、ついにルーラーがサーヴァントの存在を探知した。

 

「ここからさほど遠くない所に1騎いますね。ゾンビの足に合わせて、ゆっくりこちらに移動しているようです。

 どうしますか?」

「ほむ、じゃあ作戦通り、なるべく接触を遅らせる方向で」

「はい」

 

 光己たちは道を曲がって、吸血鬼のサーヴァントとは付かず離れずの距離を保つことにした。吸血鬼はこちらの存在を知ってか知らずか、歩む速度に変化はない。

 そしてついに、吸血鬼はヤードを囲む壁が見える距離まで近づいた。

 

「何だあれは? ただの石の壁のように見えるが……?」

 

 吸血鬼は壮年の背が高い男性で、いかにも高貴そうではあるが、凶悪な、というか憤怒に満ちた雰囲気を漂わせている。着ている黒い服は王侯貴族が着るような上等なもので、手に持った槍も立派な(こしら)えのものだった。

 それもそのはず、男性はフランスの特異点にも現れたヴラド三世、つまり生前は実際に王だったのだから。

 

「ゾンビどもにヤードに侵入されぬよう、サーヴァントがつくったものと考えるのが順当か……? 余自身が襲うのでなければ、ただの石で十分だからな」

 

 ヴラドはバーサーカーではあるが、カルデア側の思惑を見抜く程度の知性は残っていたようだ。

 しかしバーサーカーが何用で警視庁を襲うのであろうか。

 

「それにしても王に囮をさせるとは、あの不埒な魔術師めが……。

 確かに邪魔をする者は現れたが、彼らと余が戦っている間に盗みを働こうなどとはせせこましいにも程がある」

 

 どうやらヴラド自身の目的ではなく、黒幕の目的のために囮をしているだけのようだ。

 このヴラドという人物、生前はキリスト教世界を守るために戦ったにも関わらず、サーヴァントとして現界してみたら何故かキリスト教では忌まれている吸血鬼になっていたことに深い憤りを抱いている。なのにそれをいいことに手下としてグールやゾンビを作らされ、しかもその役目は王たる者には不似合いな囮ということで怒りは高ぶる一方であった。

 できることなら今すぐマスターとその取り巻きどもを八つ裂きにしたいのだが、彼らは聖杯を持っているのでその強制力は強く、ヴラドは叛逆するどころかせめてもの抗議として自害することもできない有り様なのである。

 

「願わくば彼らが余を、そして邪悪の輩を討ち果たす心正しき強者であらんことを……」

 

 ゆえにヴラドはこんなことを考えているのだった。残念ながら手加減の類は、受けている強制力的にも王としての意地的にもしてやることはできないが……。

 ……そして壁のすぐ手前まで来て、ようやくヴラドは「邪魔をする」いや「してくれる」者たちの姿を発見した。壁を背にして、さらにご丁寧にも近くのグールとゾンビは掃討して万全の態勢で待ち受けていたようだ。

 人数は10人ほどとかなり多い。個々には……強者らしき者もいれば、そうではなさそうな者もいる。

 

「ふむ……今の余の前に立つ度胸は褒めてつかわすが、覚悟はできておるのだろうな?」

 

 その低く重い声は怒れる王の威圧感と迫力に満ちていたが、恐れ入る者はいなかった。

 それどころか、1歩前に出てタンカを切ってくる者までいた。

 

「何言ってやがる。テメエこそオレの国でこんなふざけたマネしやがって、生きては帰さねえからな。

 このモードレッドが直々に、1対1で細切れにしてやる」

 

 モードレッドは最初にゾンビを見た時も不快感をあらわにしていたが、1人でやると言い出すあたり元凶を前にして少々冷静さを失っているようだ。

 確実に勝つことを優先するなら当然皆で囲んで叩くのがいいのだが、モードレッドの性格だとそれを言ったら「オレじゃ奴に勝てねえって言うのか!?」とか言って怒り出しそうである。

 しかし平気な顔で割り込む者もいた。

 

「えー、それじゃわたしの立つ瀬ないんだけど」

「何!? って、ああ、おまえは吸血鬼を倒すためにここにいるんだったな……しょうがねえ、2人でやるか。

 父上たちは邪魔が入らないよう警戒しててくれ」

 

 しかしアルクェイドに対しては彼女の仲間入り理由的に考えて拒否しにくいらしく、素直に参戦を受け入れた。

 警戒を依頼されたランサーオルタがやれやれと軽くため息をつく。

 

「まあ、モードレッドにしては上出来というべきか……」

「うーん、それはまあ」

 

 確かに叛逆の騎士がブリテンを守るために騎士王と共闘してくれるというだけでも御の字なのだから、多少血気に逸る程度はやむなしだろう。

 ヴラド三世がフランスで遭った時と同じであれば、モードレッドとアルクェイドの2人がかりなら遅れは取るまい。とりあえず任せておいて、何かあったら割り込むという形で良さそうである。

 ……と光己が考えた時、ルーラーがまたサーヴァント出現を報告してきた。

 

「マスター、東側からサーヴァントが4騎接近しつつあります。中立のままなのか、すでに敵になっていて挟み撃ちをもくろんでいるのかは分かりませんが」

「ほえ!?」

 

 分からないといっても、このタイミングだと挟み撃ち狙いの可能性が高い。ヤードの中に、黒幕にとって重要な物品でもあるのだろうか?

 そこにアルクェイドが方針を提案してくれた。

 

「マスターさんたち、あっちに行ってもいいわよ。こちらは2対1だしね」

「そっか、じゃあXXとランサーオルタに抑えをお願いするかな。俺たちはマシュたちと合流していくから」

 

 これはヴラドがモードレッドとアルクェイドを振り切ってヤードに入ろうとしたら妨害しろということであり、XXとランサーオルタを指名したのはモードレッドは父上に見ていてほしいはずだからということでもある。敵4騎と戦うのにマシュたちを遊ばせておくのはもったいないという意味もあった。

 そのあたりの思惑は、4人にすぐに通じた。

 

「なるほど、そういうことですか。了解しました!」

「おう、なかなか気が利くじゃねえか。父上の前でブザマなとこ見せたりしねえから、安心して行ってきな」

「うん、4人ともよろしく」

 

 というわけで、光己たちは新たなサーヴァントに対処するため東側に向かったのだった。

 

 

 




 ロンドン編は原作でもAPO勢が多いシナリオですが、その比率がさらに高くなりました(ぉ
 とりま天草の「双腕・零次収束」はオミットです。マシュとジャンヌとキャストリアの宝具をまるごと打ち消した上でダメージが全部届くとか理不尽なので!
 バニ王VSセミラミスの空中戦艦対決とか書いてみたいですが、ロンドンがひどい事になる悪寒。




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第222話 スコットランドヤード防衛戦

 光己たちは壁を跳び越えてスコットランドヤードの中庭に入ると、まずはマシュたちと合流して東側に移動しつつ事情を説明した。ついで東壁の上に跳び乗って、地上を観察してみる。

 まだ残っているゾンビたちがヤード周辺の道という道を群れ歩いているが、敵(と思われる)サーヴァント4騎はルーラーアルトリアの探知によると、まだそこまで到達していないからか普通に街路を歩いているようだ。ゾンビたちがいる地域に着いたら、倒す理由はなさそうなので地上を歩かず建物の屋根の上を跳び移って来ると思われる。

 庁舎の中の人たちが騒いでいる声がかすかに聞こえるが、敷地内での戦闘にでもならない限り建物から出て来ることはないだろう。

 

「うーん。屋根の上で戦うのは面倒だから、そうなる前にこっちから出向いた方がいいのかな? それとも空を飛べる人は逆に有利になるからそっちの方がいいとか」

「そうだねえ。キミは弓兵に狙撃されるのを気にしていたけど、私が幻術を使えばその範囲外からは狙いをつけられないことを参考として述べておこうかな」

 

 建物の上で戦う場合、そこと同じかそれ以上高い場所からは狙撃可能になるが、マーリンはそれを防ぐことができるようだ。さすがアーサー王の宮廷魔術師だっただけのことはある。

 なお今いるメンバーで飛べるのは、光己以外ではメリュジーヌと太公望とメドゥーサ、あとマーリンは自分が出した魔力塊の上に乗って飛ぶということができるらしい。これなら囲んでボコれるから、路上で戦うより有利そうだ。

 

「よし、それで行こう。つまりしばらく待機かな」

 

 そういうわけで一同がじっと待っていると、やがて4騎はゾンビの圏内に入ったのか建物の上に乗ったようだ。さっそくカルデア側も出発して、山形ではなく水平の屋根の建物を選んで対峙する。

 同時にマーリンが幻術を使い、ルーラーも真名看破を……するまでもなく、先頭にいたサーヴァントには見覚えがあった。

 

「メフィストフェレス……敵で確定ですね!」

 

 残る3人は白い服を着た学者風の若い男性、黒い網のレオタード風の肌着の上に黒い布を巻きつけているだけの煽情的な服装の少女、そして白い和服を着た若い女性である。3人とも初見だが、あの悪辣な殺人悪魔と同行している時点で悪の手先と断定していいだろう。

 光己は即座に攻撃を指示した。

 

「よし、攻撃だ!」

「はい!」

 

 アルトリアとメリュジーヌとバーゲストが声もかけずに斬りかかり、太公望とメドゥーサはそれぞれの乗騎に乗って空から大回りしてメフィストフェレスたちの背後に回る。マーリンはサーフボードのような形をした魔力塊をつくって真上に浮上した。

 シェイクスピアはいつも通り、光己と一緒にマシュの後ろで待機である。まあ武闘派サーヴァントが狭い場所で入り乱れる混戦の中で、作家に的確な支援をしろという方が無理だから順当ではあるのだが。

 ルーラーは例によって真名看破を始めたが、それより戦闘が始まる方が早い。

 

「ちょ、いきなり一斉攻撃ですか!?」

「おおぅ!? これはこれは、昨日お会いした正義のサーヴァント様がたではありませんか! もしかして私たちをお探しだったということですかな」

 

 名前も用件も言わず誰何もせずに突然攻撃するという蛮行に白衣の男性は当惑して一瞬硬直してしまっていたが、メフィストフェレスは身に覚えがあるので即応していた。メリュジーヌの剣を素早く鋏で受ける。

 黒網の少女も反応が速く、忍者が使うクナイのような黒い刃物を投げてきた。和服の女性は何故か服を変える……と思いきや、体長2メートルを越す恐竜に変身する!

 

「アイエエエ!? 恐竜!? 恐竜ナンデ!?」

「え、ええと。彼女は鬼女紅葉(きじょこうよう)、宝具は『紅葉狩(もみじがり)』、単に突進して咬みついたり、前腕を大きくして爪で切り裂いたりするだけのようです。しかしあの体格で暴れたら屋根が落ちそうで心配ですが、バーサーカーみたいなので仕方ありませんね……」

 

 あまりにも想像外な変身に光己が驚愕していると、ルーラーは最初に彼女を看破して教えてくれた。

 鬼女紅葉は平安時代の人物で、戸隠山で平維茂に討ち取られた盗賊集団の首魁だったとも、近辺の里人に読み書きを教え、病を治す貴女だったともいわれる。光己はそこまでは知っていたが、恐竜になる理由は分からなかった。

 

「まあいいや、暴れられる前に退治! もしくは道路に蹴り落として」

「うむ、では私が!」

 

 するとカルデア側最重量級のバーゲストが彼女の鼻先を抑えにかかった。紅葉が前情報通り前腕を大きくした上で掴みかかってきたのを、自分も前に出て彼女の手首を剣で受ける。

 

「む、硬い!?」

 

 バーゲストはこれで紅葉の片手を切り落とせると思ったのだが、意外にもわずか数ミリ程度の軽傷しかつけられなかった。しかも紅葉は腕力も強く、バーゲストは危うく押し負けてよろめきそうになったところで、その勢いのまま後ろに跳んでいったん間合いを広げる。

 ―――これはある意味当然の結果かも知れない。年月を重ねたモノほど神秘が濃いというのなら、恐竜の神秘は妖精や人間とは文字通りケタが違うのだから。

 ただし紅葉の場合は本物ではなく、恐竜に変化しているだけだからこの程度で済んでいるともいえるだろう。いずれにしても侮りがたい難敵だ。

 

「なかなかやるな。全く、汎人類史に来て以来強者が多くて退屈する暇もないではないか!」

 

 当のバーゲストはむしろ嬉しそうだったが……。

 一方メフィストフェレスと戦っているメリュジーヌは理想の騎士の名を冠しているだけあって剣の技量は素晴らしく、すでに彼に何ヶ所も深い傷をつけており宝具を使う暇も与えていない。アルトリアも黒網の少女に接近して剣の間合いにまで踏み込んでおり、剣と刀で打ち合っているが優勢のように見える。この2組は放っておいても勝てそうだった。

 

「少女の真名は望月千代女、アサシンです。宝具は『口寄せ・伊吹大明神縁起(くちよせ・いぶきだいみょうじんえんぎ)』、ヤマタノオロチなる邪神の分霊を使役して攻撃対象を呪殺するというものです。

 白衣の男性はパラケルスス、キャスターです。宝具は『元素使いの魔剣(ソード・オブ・パラケルスス)』、一時的に神代の真エーテルを擬似構成して周囲を破壊するというものですね」

「ほむ、パラケルスス……もしかしたら『P』かも知れないな」

「そうですね、優先的に狙いましょう」

 

 紅葉と千代女は戦闘力はあっても、魔霧絡みの陰謀のコアな部分には関わっていないだろう。ここはキャスター2騎を先に倒すのが得策と思われた。

 

「よし、それじゃ空にいる3人はパラケルスス狙いでお願い!」

 

 光己とマシュとルーラーとシェイクスピアが控えに回っていても人数的には6対4で有利である。前衛3人が一騎打ちしている間に、パラケルススを3人がかりで倒そうという意図だった。

 

「承知しました。では四不相くん、お願いします!」

 

 それに応えて、まず四不相がパラケルススの背中を狙ってビームを吐く。パラケルススはどう見ても非武闘系だが何らかの感知能力があるのか、ぱっと横に跳んで避けた。

 そこにマーリンがまさにサーフィンのような動きで突撃する。サーフボード型魔力塊の先端をぶつけようという、可憐な容姿にそぐわぬ過激な攻撃方法だ。

 

「ぐはぁ!?」

 

 ボードの先端が腹にずどんと命中して、パラケルススが身体を「く」の字に曲げながら吐くような呻きをもらす。

 マーリンの方は命中した直後にボードから跳び上がると、体操選手めいた身軽さで空中でトンボを切って、戻って来たボードの上にまた着地した。魔術一辺倒ではなく、身のこなしも優れているようだ。

 

「おお、やはりガーターベルト付き、それも黒か。なかなか大人だな……」

「おやおや、戦闘中だというのに私のパンツなんか見ていていいのかい?」

 

 ところでマーリンが宙返りした時に光己は彼女のスカートの内側を鑑賞させてもらうことができたのだが、うかつにもその喜びを口に出したためバレてしまった。しかしマーリンは躍起になって怒ったりせず、婉麗な口調で軽くたしなめるだけで済ませる辺り光己評の通り大人であった。

 

「先輩!?」

「待て、あわてるなマシュ。これは孔明の罠なんだ」

「なぜここでⅡ世さんの名前が出るのですか!?」

「じゃあマー、いや夢魔の罠ってことで。うん、これなら精気目当ての誘惑ってことで筋が通るな」

「それは通してはいけない筋では!? とにかく後でお説教です」

 

 まあその分、後でマシュにお説教されるのだけれど。

 そしてメドゥーサがペガサスの背中から屋根の上に跳び下りて、パラケルススの背後から釘剣を投げつける。パラケルススは腹の痛みをこらえつつも横に跳んで何とか避けたが、その避けた先に飛んできた打神鞭を肩に喰らって転倒した。

 

「ぐぅぅっ……頭に受けるのだけは避けましたが、これはもう戦えませんね。

 私はここで斃れるべきなのでしょうが……まずは、役を果たさねばなりません」

 

 そう言うなり、パラケルススの姿がふっと消え去る。霊核を破壊されて英霊の座に退去したのではなく、どこか別の場所に瞬間移動したのだ。

 

「消えた!? これは一体……」

 

 メドゥーサは驚いたが、光己やマシュはこの現象に見覚えがある。ローマでのカリギュラやオケアノスでのエイリークと同じように、マスターあるいは聖杯の所持者が帰還させたのだろう。

 

「これはパラケルススが『P』で確定かな? とにかくあと3人、まずは性格悪い悪魔から落とそう!」

「いいでしょう」

 

 1人を逃走させて人数的にはさらに有利になったが、ここで慢心せず1人ずつ集中攻撃して確実に倒すというのは間違いではない。メドゥーサは軽く頷いて、防戦でいっぱいいっぱいになっているメフィストフェレスの背後に回った。

 

「えい」

 

 そしてむしろアサシンのようなムーブで、音もなく心臓の真裏に釘剣を突き刺す。これにはさすがの悪魔も悲鳴を上げた。

 

「ごふぅっ!? ……いくら敵が悪魔(わたくし)とはいえ、ここまでえげつない不意打ちをするとは、正義の英雄様がたもなかなかやるものですなァ!?」

「あ、そういうのはいいですので。私、怪物ですから」

 

 それでもメフィストフェレスは何かの矜持があるのか、最後まで道化師めいて笑いながら皮肉な物言いをしてきたが、メドゥーサは軽くあしらって、空いている片手で彼の腕をがっしと掴んだ。

 とどめは今まで正面から戦っていた少女騎士に任せるという意味だろう。

 

「ふむ、ならご厚意に甘えて」

 

 メリュジーヌは両手の剣を振るって、メフィストフェレスの首と彼が鋏を持っている腕を斬り落とした。

 

 

 

 

 

 

 今度は確かに倒せたようでメフィストフェレスが光の粒子となって座に還ったので、残るは紅葉と千代女の2騎である。

 当然のことながらもはや勝ち目はないと判断した千代女は撤退を決意したが、目の前の騎士っぽい少女は得物が見えないという点を抜きにしても相当な強者で、簡単に逃がしてくれるとは思えない。まずは1歩だけ引いてクナイで牽制しつつ、どうにか紅葉の後ろに回り込んだ。

 しかし蒼い剣士もこっちに来たからここも安全ではないが、千代女には秘策が残っていた。紅葉の体にしがみついて、彼女の耳元に何事がささやく。

 すると紅葉が突然猛気を発して一声大きく咆哮した!

 

「ぐるるるぐがぁっ!!!」

 

 人語ではないので光己たちには意味が分からないが、紅葉は宝具を使用したのだ。しかも今まで戦っていたバーゲストをほっぽってマシュ、いやその後ろの光己めがけて突進する。

 

「……! 先輩狙いですか」

 

 昨日メフィストフェレスが「そちらには哀れにもマスターがいる模様。ようくお守りなさい」と言っていたから、彼らがマスター狙いを戦術の1つにしているのは想定済みだ。

 しかし不意のことで宝具開帳は間に合わず、マシュはスキルで受けることにした。

 

「守ります! 『奮い断つ決意の盾』……!!」

 

 雪花の壁より守備範囲が狭い代わりにより強固な壁をつくって、恐竜の体当たりを真正面から受け止める。自動車がビルに衝突したような耳ざわりな音が響き、紅葉の足ががくんと止まった。

 

「うぐぐ……!」

 

 しかしいくらマシュに力を与えたギャラハッドが強力なサーヴァントだとはいえ、宝具をスキルで止めるのは厳しい。踏ん張った後足に無理な力がかかって足首を挫いてしまった。

 

「痛っ……でもこのくらいで!」

「ごおぉっ! ごぎゃあっ!!」

 

 その程度で怯むマシュではなかったが、紅葉の方も突進を止められても退かず、前腕で「決意の盾」をがんがんとぶっ叩いてくる。アルトリアとバーゲストとメリュジーヌに斬りつけられている上にマーリンの魔術弾まで喰らっているのだが、そちらはスルーしてマスターに一点集中のようだ。

 

「むう、これはやむを得ませんか」

 

 その猛烈な勢いに、ルーラーもマシュの後ろから出て傘からビームを撃って援護する。さすがの紅葉も満身創痍になっていたが、それでも方針を変えないのは狂化がひどいのか、それとも強制されているのか?

 そこに少し高い所から声がかかった。

 

「皆さん、離れて下さい! 吹き飛ばします」

 

 見ればメドゥーサがまたペガサスに乗って、しかも明らかに魔力が高まっている。宝具を発動する態勢と見たアルトリアたちが慌てて下がると、ペガサスが猛スピードで飛んで来た!

 

騎英の手綱(ベルレフォーン)!!」

 

 そして恐竜の横から派手に体当たりをかます。これにはたまらず、紅葉は吹っ飛ばされてそのまま屋根から転落した。

 わずかに遅れて、彼女が地面に衝突した物凄い音が響く。

 

「うわ、すごい音……死んではなさそうな気がするけど」

「と、とにかく助かりました。ありがとうございます」

「ええ、どう致しまして」

 

 マシュのお礼にメドゥーサは小さく微笑むと、次は光己に顔を向けた。紅葉を追うのかという意味だ。

 

「そうだな。とどめを刺せる時に刺したいけど、マシュが捻挫したみたいだからどうするか……って、千代女に逃げられた!?」

 

 ふと見ると千代女がいつの間にかいなくなっていた。紅葉に気を取られている内に逃走されたようだ。

 

「仲間を躊躇なく囮にするとはな! いや幹部3人以外は使い捨ての駒ということか?」

「あの吸血鬼もそうなんだろうね。お兄ちゃん、どうする?」

「うーん。とりあえず、紅葉がどうなってるか、メドゥーサと2人で見るだけ見て来てくれる?」

「分かった」

「分かりました」

 

 メリュジーヌとメドゥーサは短く頷くとさっそく建物の下に飛んでいったが、そこにはもう紅葉の姿はなかった。どこかに隠れている様子はなく、逃走済みのようだ。

 本当に大した耐久力である。2人がいったん戻ってその旨を報告すると、マスターは仕方ないという風に息をついた。

 

「そっか、2人ともありがと。まあ1騎だけでも倒せたんだから良しとしとくか……いや太公望さんとマーリンさんは?」

「あの2人なら、チヨメを追いかけて行きましたが」

 

 光己は2人の動きを把握できていなかったが、アルトリアはトップサーヴァントの一角だけあって戦場全体を見渡せていたらしい。光己はスペックでは負けていないのだが、経験の差は大きかった。

 

「ほむ、じゃあ飛べる人……とルーラーで追いかける方がいいのかな?」

「いえ、その必要はありませんよ」

 

 光己の問いかけにアルトリアやルーラーが答えるより先に、上の方から太公望の声が聞こえた。たった今戻って来たようだ。

 マーリンもそばにいてまたパンツが見えたが、光己は今回は同じ轍を踏まず冷静さを保った。

 

「2人ともお疲れさま。どうだった?」

「はい、千代女を退去させてきました。我々は無事なのでご安心下さい」

「そっか、良かった。しかしあれだな、千代女は紅葉を囮にして自分だけ逃げようとしたのか、それとも単に二手に分かれただけだったのかな?

 まあいいや、マシュを治療したら戻ろうか」

「分かりました」

 

 敵の半数を倒し半数を撃退したのだからここでは勝ったといえるが、戦いはまだ終わっていないのだ。光己は礼装の「応急手当」でマシュの足首を治すと、皆を促して早々にスコットランドヤードに戻ったのだった。

 

 

 



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第223話 報告会7

 光己たちがモードレッドたちがいた所に戻ると戦いはすでに終わっていて、4人は自分たちだけでゾンビ退治に行くわけにもいかず所在なさげに立ちすくんでいた。

 モードレッドはいくつかケガの痕があるが、他の3人は無傷のようだ。光己はまずモードレッドを礼装で治療しつつ情報交換を始める。

 

「こっちは4騎中2騎倒して2騎は逃げられたけど、そっちはどうだった?」

「おう、きっちり退去させたぜ。確かに口だけのことはある強さだったが、オレの敵じゃあなかったな!」

「―――」

 

 観戦していたヒロインXXとランサーオルタは(もし一騎打ちだったらかなり苦戦するか、悪ければ負けていたかも知れないのに)とは思ったが、勝利を報告している場で水を差すのは控えた。

 

「でもあの人、生粋の吸血鬼じゃなかったのよね。無辜の怪物、っていうの? 生前は死ぬまで人間だったのに、後世の人が吸血鬼扱いしたせいで本当に吸血鬼として現界しちゃったんだとか何とか。

 サーヴァントって大変ねえ」

 

 アルクェイドはそういうことより、ヴラド三世の事情の方に関心があるようだ。

 生まれた時から吸血鬼だった彼女にとっては当然のことだろう。

 

「うん。吸血鬼扱いされたのは戦争や刑罰で残酷なことをしたからなんだけど、その残酷なことした理由が『キリスト教世界を守るため』だったんだから当人はたまらんだろうな」

「うっわあ、それであんなに不機嫌だったんだ。

 まあ倒されたの喜んでたから、こっちが気にすることはないわね」

「そだな。ヴラドとしては吸血鬼にされた上に囮扱いなんだから、さっさと退去したいだろうし」

 

 それはそうと吸血鬼を退治したなら、したくはないがしなければならない話がある。

 

「それでブリュンスタッドさん。吸血鬼は退治されたわけだけどこれからどうするの?

 俺としては最後まで一緒にいてくれると嬉しいんだけど」

 

 そう、アルクェイドがカルデア勢と一緒にいるのは吸血鬼を倒すためだったので、それを終えた今彼女は光己たちにもう用はないのだ。

 つまりアルクェイドとはこれでお別れという心配があったわけだが、しかしそれは杞憂だった。

 

「それはもちろん、マスターさんのご希望通り異変解決までお手伝いするわよ。

 ここで別れてもすることなくて退屈だしね」

「おお、やった! ありがとう」

 

 スペシャルな美人さん、もとい超有能な真祖が最後まで同行してくれる喜びに光己は全身でガッツポーズを決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後光己たちは残ったゾンビを掃討してからジキル宅に帰ると、まずは留守番組に今回の経緯を報告してランサーオルタを紹介した。

 

「聖槍を持ったアルトリアの、さらにオルタ、だと……!? 本当にいろんな側面があるのだなおまえは」

「姉上……!? まさかカルデアに所属していたとは」

 

 その時モルガンとランサーオルタがとても微妙な顔をしたが、今は2人とも争う理由はなかったし、目的を同じくする同志でもあるので、姉妹仲良くとはいかないが諍いにはならずに済んだ。

 それにしても聖槍のアルトリアは聖剣の方より図体がかなり大きい。聖槍に身体の成長を促進する効果があるのか、それとも聖剣に抑制する効果があるのだろうか? モルガンとしては妹が姉より大きいのは面白くないので、聖槍が促進説を採用したいところだったが。

 それが済んだら、延び延びになっていたカルデア本部への連絡である。空中に現れたスクリーンに、待ちかねたといった様子のオルガマリーとエルメロイⅡ世の顔が映った。

 

《みんな無事みたいね、良かった。

 昨日貴方のバイタルがおかしな変動してたから心配したけど、何かあったの?》

「はい、ちょっとした事件があったんですけど、とりあえず順番に」

 

 光己がそう言ってまずは時計塔で入手した本やアイテムの一部を見せると、Ⅱ世は《素晴らしい。よくやった》と褒めてくれた。

 

《個人的な好奇心があるのは否定しないが、人理修復した後協会とカルデアの扱いについて交渉する時の材料に使えるからな。マスターにはあまり関係ないことかも知れんが》

「いえいえ、所長とⅡ世さんが有効利用できるなら行った甲斐がありますよ」

 

 モルガンも欲しがっていたことだし、光己は自分が直接得をするかどうかにはあまりこだわっていなかった。

 いやえっちな服が手に入ったから直接的な利益も望めるが。

 

「ただ時計塔って、地下にアルビオンの遺骸が埋まってたんですよね。しかも完全に死滅したわけじゃなかったみたいで、俺が行ったらテレパシーか何かで誘導されちゃいまして」

《……!?》

 

 これは厄……でもなさそうだが激しく大事の気配がする。オルガマリーとⅡ世はぴしりとこめかみを引きつらせたが、光己は構わず続きを話した。

 

「地下は洞窟みたいなのが地下数十キロくらい続いてまして、その終点、でもなかったですが大きな空洞があってですね。俺がそこに着いたら急にぼうっとしてきて……後で聞いたら、アルビオンの遺骨に吸収されてたそうです」

《!?☆★※くぁせdrftgyふじこlp※★☆?!》

 

 彼にはこれまでも(当人の意志によるよらずは別として)いろいろと驚かされてきたが、今回のはその中でもヤバ過ぎる。2人は口から泡を噴いて失神しそうになったが、理性と気力を総動員して意識を保った。

 

《そ、そう……た、大変だったわね。

 み、見た感じ無事みたいだけど……そ、それでどうなったの?》

 

 続きを聞くのは大変怖いが、彼の雇用主としても個人的な情誼の面でも聞かねばならぬ。オルガマリーは勇気を振り絞って続きを促した。

 かなりどもっていたが、何しろ時計塔そのものと大きく関わりがある古い竜のことだから致し方ないことだろう……。

 

「はい、相手は大昔に死んでるとはいえ、俺とはサイズが違いすぎますから完全に取り込まれて意識も拡散して消えちゃいそうだったんですけど、立香とブリュンスタッドさんが気つけをしてくれてまして。

 遺骨がバラバラに散らばってたのが勝手に集まってきてて、それが終わったら何とかなるんじゃないかってことで耐えてたんです」

《えええええ……!?》

 

 まだ「生きている」アルビオンの遺骨が一ヶ所に集まるとかまずいんじゃないだろうか。オルガマリーはかすかにそんなことを思ったが、まずは口出しせず最後まで聞くことにした。

 

《そ、それでその後は?》

「2人ともがんばって気つけしてくれてたんですけど、それでも落ちそうでこのまま寝たら死ぬヤバいってなった時に、こちらのマーリンさんが来て夢魔的なワザで意識を保ってくれたんです」

《マーリン!?》

 

 マーリンといえば最優クラスの魔術師で、しかも人間と夢魔の混血という話だから、この件の助っ人としては最適である。実に心強い援軍だ。

 きっとアーサー王の縁で来てくれたのだろう。

 

「うん、みんなの妹マーリンお姉さんだよ!

 並行世界の出身だけど、怖い王妃様から気にするなって言われたからそうさせてもらってるよ」

《妹? お姉さん?》

 

 すると何かすごい美人が自己紹介してくれたが、伝承ではマーリンは確か男だったはず……なんてのは今更として、王妃様というのはモルガンのことだろうからその辺の事情も想像がつくとして、妹とはいったい。

 

《……まあいいわ。カルデアは内輪もめせずに協力してくれるなら、出身も種族も問わないオープンな組織だから》

 

 そもそも残存のマスター3人がガイアの精霊とアルビオンとホムンクルスというガチ人外で、サーヴァントにも妖精國組に加えて並行世界出身の元人類悪(カーマ)第三魔法的世界(ユニヴァース)出身の者までいるのだ。マーリンの事情なんて大したことはない。

 

「へえ、懐深いんだねえ。じゃあよろしくお願いするよ」

《ええ、こちらこそ。藤宮を助けてくれてありがとう》

「うん、どう致しまして」

 

 これでマーリンとの挨拶は済んだので、この際だからもう1人の新入りの眼帯の女性にも自己紹介してもらうことにした。

 

《ところでそちらの貴女は?》

「ギリシャのメドゥーサと申します。この特異点のはぐれサーヴァントですが、他の聖杯戦争でセイバー……アーサー王と知り合ってましたので、その縁で協力することになりました」

《メドゥーサ……ああ、それで眼帯してるのね。よろしく》

「ええ、こちらこそ」

 

 メドゥーサといえば姿を見た者を石にしてしまうという恐ろしい怪物だ。あの眼帯でそれを防いでいるのだろう。

 敵対するのは怖いが、味方となれば頼もしい存在である。オルガマリーは彼女を仲間にできた幸運を喜んだ。

 

《それじゃ話を戻しましょうか。遺骨が集まった後はどうなったの?》

「はい。マーリンさんによればアルビオンは俺を捕食したかったんじゃなくて、自分に相応しい精神と魂を持つ者に宿ってほしかったみたいで。つまり合体とか融合とか、そういう路線ですね」

《なるほど。死んで遺骨だけになってたアルビオンは、今生きている精神と魂と肉体を持つ者と融合したことで生き返ったというわけね。

 ……つまり、今の貴方はアルビオンそのものということ?》

「はい。幸い人間モードになる能力は残ってたので、こうして普通にお話できてますが」

《そ、それは良かったわね》

 

 つまりもしその能力が残っていなかったら、光己はずっと体長2キロの骨のままだったということになる。そんな代物カルデアでは扱い切れないわけで、ホントに危なかった!とオルガマリーは冷や汗を手を拭った。

 

《貴方から報告が来るたびに驚かされてるような気がするけど、何はともあれ貴方が無事で良かったわ》

 

 オルガマリーは万感をこめてそう言ったが、傍らのⅡ世はそれだけでは済まされない。

 

《経緯は理解した。どうやら私の依頼のせいで、マスターは人間からさらに離れた存在になってしまったようだな。

 申し訳ないことをした。できる限りの償いはしよう》

 

 話の始まりはアンデルセンの依頼だが、Ⅱ世がそれに乗っかったのも事実だ。責任を感じて謝罪したのだが、当人はさほど気にしていなかった。

 

「いえ、融合しなかったとしても純人間に戻るわけじゃありませんし、頭の中身は無事でしたからそんなに気にしないで下さい。

 もしそれじゃ気が済まないというのなら、人理修復が成功した時にその手柄と合わせて、俺と立香が()()()()不自由しないで済むようサポートしてくれると嬉しいですね」

 

 しかしいい機会ではあるので、いつか立香と話した事後の安全保障を求めてみる。なお「なるべく」を強調したのは、立香にも話した「神秘の秘匿」についても配慮したからだ。

 もとよりⅡ世もオルガマリーも光己と立香に報いる気持ちは大いにある。

 

《当然、いや控えめすぎるほどの要求だな。というかマスター(アルビオン)とその仲間たちと音信不通になるのはとても不安だから、嫌でも連絡を保たざるを得んのだが》

 

 連絡を保つというのは何か問題が起きたら相談に乗る、つまり彼の要求通りサポートをするということだ。

 なお「その仲間たち」と言ったのは、大奥組を無理に座に退去させたりはしないという意味である。人理修復が終わったら時計塔と国連はサーヴァントを退去させようとする可能性が高いのだが、それに応じる姿勢を見せたら光己と大奥組に加えてモルガン一党も敵に回すから怖くてできないのだけれど!

 幸いマシュ以外のサーヴァントは霊体化すれば査問の類は誤魔化せるから難しい問題ではないし。

 

《ただ後でこじれるといけないから今言っておく、というかマスターならおそらく分かっていると思うが、貴方の正体や功績を全世界に喧伝して英雄として賞賛するとか、そういうことはできないからあらかじめ承知しておいて欲しい》

「あー、それはもう。むしろ世間一般から注目なんてされたくないので、俺は魔力中継用のカカシで交渉や指揮は所長やⅡ世さんがやってたってことにしてもらってもいいですよ」

《そうか、なら良かった》

 

 ここで光己にゴネられたら面倒なのだが、やはり彼はその辺物分かりが良くて実にやりやすかった。

 しかしその物分かりの良いマスターに、Ⅱ世はもう少し嫌な話をせねばならない。

 

《ただ問題は、マスターを最初の体裁通り一般枠の素人ということにした場合、心ない魔術師がマスターを見下したり、あらぬ言いがかりをつけてくる恐れがあるということだな。

 魔術という特殊能力を持っているだけに、良く言えばプライド、悪く言えば高慢な面を持つ者も多いのだ》

「ほむ……」

 

 実はⅡ世の魔術師評は分厚いオブラートに包んだものなのだが、光己は部外者なのでそれには気づかず「確かに世の中そういうこともあるか」と普通に納得して思案し始めた。

 光己は今コフィンで凍結されている魔術師たちに難癖をつけられる謂われは全くないのだが、何十人もいる中には性格が悪いのもいて「俺がカッコよく世界を救うはずだったのに、よくも見せ場を奪いやがったな」とか「パンピーにアーサー王やワルキューレはもったいない。俺に寄こせ」とか言ってくる可能性はないとはいえない。その時に喧嘩を買ってアルビオンカラテで分からせたりしたら、それはまあ問題になるだろう。

 かといって言われっ放しは癪だし、ましてサーヴァントを譲るなど論外なのだが、Ⅱ世にはそれを避けるいいアイデアがあるのだろうか?

 

《うむ、単にマスターが魔術師を名乗れば済むことだ。

 幸いにして、竜言語魔術には貴方のドラゴンブレスや熾天使形態(ゼーラフフォルム)、だったか? それと外見的には類似したものが含まれているからな。それに獣性魔術や蝶魔術にも似たものがある。

 だから魔術師として最低限の常識だけ覚えておけば、魔術師を名乗るのに支障はない》

 

 しかも魔術師は自分の研究については基本的に秘匿するものなので、光己の芸当が魔術ではなくドラゴンの超能力であることを隠しておくのも容易だ。必要とあれば時計塔にいる自分に紹介状を書いてエルメロイ教室の生徒という身分を与えるのもやぶさかではないが、そうした細かい話は後日でいいだろう。

 

《まあ今すぐ決めねばならぬことでもない。興味があるなら、具体的なことはマスターがカルデアに帰った後で話そう》

「そうですね、分かりました」

 

 確かに今長話するべき用件ではないので、光己はこの話はここまでにすることにした。

 ついでヴラドやパラケルススの件を報告したら、今後の予定についても話すべきだろう。

 

「―――そんなわけで今の俺の冠竜形態(ドラゴンフォーム)は骨だけなんですが、立香が言うには魔力さえあれば筋肉や内臓も再生できる……といっても心臓を再生するまでは外部からの供給が必要なんですが、ブリュンスタッドさんが何とかできるそうなので、これからやろうと思ってます」

《そ、それはまたすごい話ね》

 

 骸骨状態から自力で筋肉や内臓を再生するとか、体長2キロの大怪獣がそれをやるだけの大魔力を個人の能力で調達できるとか、オルガマリーは今までの人生で得てきた魔術方面の常識が砂の山のように崩れていくのを感じたが、「このヒトたちは例外!」とジャンルを分けることで表面的な冷静さを保った。

 人理修復のためには有利なことなのだから、カルデア所長としては歓迎すべきなのだし。

 

「……ええと、今報告することはこのくらいですかね。それじゃまた後で」

《ええ、気をつけてね》

 

 そして通信を終えると、何かこういろいろ疲れて大きな息をついたのだった。

 

 

 



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第224話 アルビオン再生計画1

 アンデルセンが資料を読んで考察を裏づけるにはまだ時間がかかるので、光己はオルガマリーに言った通り竜モードの身体の再生をすることにした。

 ただ竜モードは体長2キロと巨大なので家の中ではできず、広い場所が必要なのでジキルに地図を借りて近場の公園に行くことにする。また例によって留守番も必要なので、同行するのは光己と契約したサーヴァントだけにした。

 シェイクスピアは来たがったが、今回は仲間入り条件の「ジャンヌを褒め称える劇を書く」を申しつけている。

 連絡用にマシュの通信機をジキルに預けてから、光己たちはその公園に向かった。

 

「うん、人間もエネミーもいないな。ここでいいか」

「そうだな、問題なさそうだ」

 

 一応誰もいないことを確かめてから、モルガンが認識阻害と人払いの魔術を使ってさらに安全を保つ。その上で、まずアルクェイドが先に空想具現化(マーブルファンタズム)で「千年城」をつくり出した。

 銀色に輝くいくつかの尖塔や渡り廊下などで形成された、美しくもどこか物寂しい感じがする建物だ。庭園にはこれも銀色の花が咲き乱れている。

 

「おお、これがブリュンスタッドさんの家なのか……それじゃ俺も」

 

 ついで光己も竜モードになったが、図体が大きくなった分変身に時間がかかるようになったのは仕方ないことだろう。慣れれば多少速くなるかも知れない。

 

「それじゃいくわよー」

 

 アルクェイドが千年城の機能と、ついでに自身の「ファニー・ヴァンプ」というスキルも使うと、光己の全身に魔力が流れ込み始めた。アルビオン基準でもはっきり体感できる莫大な量である。

 なのでマシュやモルガンたちはそれを浴びないよう千年城の外にいるから護衛の役には立っていないが、ぶっちゃけその必要はないといえよう……。

 しばらく待っていると、竜の背中にすでに生えている骨の翼の後ろに、もう1対骨が生え始めた。タケノコもびっくりの勢いでぐんぐん伸びていく。

 

「へええー、ホントにできたんだ」

「すごいですね……」

 

 これにはアルクェイドもマシュたちも目が点である。当の光己も驚いて、立香に事情を聞いてみた。

 

(すごいな立香。自然治癒力を1ヶ所に集中するって結構大変なんじゃないか?)

(それほどでもないよ。大ざっぱに方向性を設定したら、あとは身体が勝手にやってくれるから。本能ってすごいねえ)

(なるほどなあ。言われてみれば、食べたご飯が栄養になる過程とかは何も言わなくても自動的にやってくれてるわけだし)

(そうだねえ)

 

 生命の神秘と奥深さに改めて感動と畏怖を覚える光己と立香。世界はまだまだ、分からないことに満ちている!

 

(それにしてもこの回復力、どこから来たんだろうねえ。アルビオンの能力だとしたら、前の光己だって持ってたはずだし)

 

 少なくともロンドンに来る前は、骨が目に見える速さで形成されるほどの治癒力はなかったのだけれど。それとも大元はやはり別格ということだろうか?

 

(もしかしたらブリュンスタッドさんと契約したおかげかもな。創作だと吸血鬼ってすごい治癒力持ってるし)

(あー、そういえば光己って影響受けやすい体質だったよね)

 

 ファヴニールと清姫とタラスクの血で無敵アーマーを手に入れたのはともかく、アルトリアズと契約して竜モードに開眼したり、カーマと契約して天使の翼が生えたりと普通では考えられない現象を起こしている。もし光己に魔術でいう「起源」や「属性」があるとするなら、きっとそういう方面だろう。

 

(なるほど、つまり「勘違いしていた。俺の竜化ってのいうのは、竜になることじゃないんだ。俺は無限に奥さんを内包した世界(じぶん)を作る。それだけが、藤宮光己に許された魔術だった」とか言いながらラスボスと対決するって感じか)

(無限の奥さんかあ。そのうち刺されるんじゃないかな?)

(幼馴染が冷たい……)

 

 そんな雑談をしている内に、ふと光己は気づいたことがあった。

 

(そういえば、今は目も耳も脳みそもないのに見えたり聞こえたりするんだよな。フランスでスケルトン見た時も不思議に思ったけど、どういう仕組みなんだろ)

(スケルトンのことは分からないけど、今の光己は目や耳で見聞きしているんじゃなくて、ええと、心眼とかオーラとかそういうので知覚してる感じかな? だから見ようと思えば後ろも見えるはずだよ)

(ほむ、やはり大元だけのことはあるな……。

 でもこのサイズだと、人間はかなり小さく見えるんだよな。足で踏んだりしないよう気をつけないと)

 

 アルビオンから見た人間は人間から見たアリより小さい。うかつに味方をケガさせないよう、今まで以上に慎重に行動するべきだろう。

 

(そうだね。その辺は私もフォローし切れないし)

 

 身体が大きくなれば強くなるのは事実だが、いいことばかりではないのだった。

 そして魔力をもらうこと1時間、ようやく悪魔の翼が皮膜も込みでできあがる。これで魔霧を吸収することができるはずだ。

 光己は翼を高く掲げると、それに全力、いや思い直してまずは少しずつ、皆に予告してから試すことにした。

 

「それじゃそろそろ魔霧を吸い込んでみるから、みんな巻き添えくらわないように下がっててね」

「あ、もうやるんだ。りょうかーい」

 

 アルクェイドは大丈夫だろうがそれでも下がって、マシュたちと一緒に「誉れ堅き雪花の壁」の中に引っ込んだ。それを確かめてから、光己がミッションを開始する。

 すると少しずつのはずだったのに、竜巻のような猛烈な勢いで周囲の魔力が翼に吸い込まれていく。どうやらこの身体は光己の想像以上のパワーを持っているようだ。

 

「うわ、すっごい。これなら千年城消してもいいわね」

 

 アルクェイドが感心しつつ、当初の予定通り城を消して自身の出力も通常状態に戻した。光己は吸い込んだ魔力は心臓の再生に使うそうで、それができたら自力だけで再生できるようになるらしい。

 心臓がつくられていく光景はちょっと気味の悪いものではあったが、もう2度とお目にかかれない極レアで奇跡的な光景でもある。目をそらす者はいなかった。

 その最中、モルガンがふとなかば無意識に小さな声でつぶやく。

 

「これでまだ復活直後の、全盛時には程遠い弱体状態だというのか。生前の私にこの力が加われば、妖精國を救うことができるかも知れんな……」

「お母様!?」

 

 隣にいた娘にそう声をかけられて、モルガンは初めて自分が独りごとを言っていたことに気づいた。

 

「……ああ、驚かせたか? 私自身も驚いたが、まあ言葉の通りだ。

 私自身が妖精國に入れずとも、手紙を託することはできるからな。生前の私にいろいろ事情を教えれば、我が夫の力を借りて妖精國を星の内海に引っ越させるという案に同意させることはできるんじゃないかと思ったのだ」

 

 形としては負けのようにも見えるが、この引っ越しにはケルヌンノスや奈落の虫とお別れできるというビッグなメリットがついてくる。逆に引っ越しを拒否すればアルビオンと戦うことになるわけで、そもそも妖精國が呼ばれもしないのに汎人類史に押しかけた(妖精國の意志ではないが)という立場も考えれば、よほどトチ狂っていない限りそちらを選びはしないだろう。

 

「な、なるほど……さすがはお母様!」

 

 バーヴァン・シーはほとんどの妖精が嫌いなので妖精國自体にはさほど愛着はないのだが、お母様が愛しているものであるのは知っているので、ここは素直に喜んでおいた。

 しかし多少の問題はあるようだ。

 

「もっとも今言ったように私たち自身は入れな……いや余った聖杯で受肉すれば入れるか? ……いやそれでも私はダメだな」

「……? どうして?」

「私は手紙を送るだけなら信用されるだろうが、私自身が行ったら妖精國(むこう)の私は王位を奪いに来たと思うだろうからな。うまくいく話もいかなくなってしまう」

「ええっ!? お母様同士仲良くできないの!?」

 

 バーヴァン・シーが悲鳴のような声で訊ねたが、モルガンは悲しげにかぶりを振った。

 

「うむ、無理だ」

「…………」

 

 ここまできっぱり断言されては、バーヴァン・シーは二の句も継げなかった……。

 

「まあ本当に王位を奪う手はあるが、それは我が夫を難色を示すだろうし、私も自分殺しはさすがに気が引ける。

 ……もっとも疑われるのは私だけだから、おまえたちは好きにするが良い。

 いやもちろんこの計画自体が我が夫の意向次第なのだが、我が夫の性格なら真剣に頼めば認めるだろう」

 

 このたびも娘や騎士に自由を許す寛大さを見せたモルガンだったが、3人とも行くつもりはないようだった。

 

「え!? えーと。お母様が行かないのなら、私も行くわけないんだけど……」

 

 生前の母にはすでに生前の自分がいるのだ。サーヴァントの自分はサーヴァントの母と一緒にいるのが順当というもので、バーヴァン・シーに迷いはなかった。

 

「そうですね。陛下がこちらに残られるのなら、僕も当然残ります」

「私も残ります」

 

 メリュジーヌとしては生前のモルガンやオーロラと顔を合わせるのは気まずいし、何よりも向こうにはお兄ちゃんがいない。モルガンの選択は大歓迎なのだった。

 バーゲストにとってはどちらの王に仕えるかという問題だが、妖精國のモルガンと違ってこちらのモルガンには家来がバーゲスト自身を含めても3人しかいないのだ。どちらにすべきかは明白だった。

 

「……そうか、感謝する。

 といってもこの計画は今ぱっと思いついたばかりの具体性のない話だからな。他の者には話さないように」

 

 モルガンは3人が故郷に帰ることより自分と共にいることを選んでくれたことに涙腺がちょっと緩む思いだったが、顔に出すのは抑えてとりあえず口止めをしておいた。

 

「……自分の國だけ救って他の異聞帯は滅ぼすのかという批判はあるかも知れんが、そこは他の異聞帯の王のスタンス次第だな」

 

 彼らが汎人類史や他の異聞帯との共存を望んでいるのなら対話協調路線もあり得るのだ。ほとんどの王は対決路線だと思うが。

 なお人間は星の内海には行けないから、そこに引っ越すという方法は妖精國だけの特権である。妖精國にも人間はいるが、彼らは妖精國で生まれ育った者たちだから多分大丈夫だろう。

 

「……」

 

 バーヴァン・シーたちは他の異聞帯との共存なんて考えたこともないので、とりあえず沈黙していた。モルガンの方も返事を望んでいたわけではないらしく、すぐに話題を変える。

 

「……この調子で魔霧を全部吸い尽くしてしまえば市民が屋外に出られるようになるから、あと2日、いや1日半という制限がなくなるな。人形やロボットは残っているから、危険がなくなるわけではないが……」

 

 魔霧の発生地、すなわち敵本拠地の割り出しはかなり進んでいるから、魔霧をなくすより異変解決を先にしてしまうという選択肢もある。しかしカルデア本部にはアルビオンの再生作業ができるほど広い場所はないので、ここでできるだけのことはしておく方が後々有利かも知れない。

 

「お兄ちゃんはどうするつもりなのかな?」

 

 決めるのはリーダーの役割なのだが、今はそこまで考えてないような気がする。最低限心臓まではつくるとして、そこまでいったら選択肢を示して判断を求めるべきか?

 しかしそれより先に、ルーラーアルトリアが1歩前に出ていつもの報告をする。

 

「マスター、サーヴァント反応です。3騎ほどこちらに近づいてきています。

 魔霧を奪われているのに気づいた黒幕が様子を見に来たのではないかと」

 

 まだ断定はできないが、そう考えるのが最も自然だ。

 今光己がやっている魔霧大吸収は黒幕にとっては怪しくも危険極まりない現象だが、放置するわけにもいかない。おそらく先ほど逃走したパラケルススと紅葉、そして新たに引き入れたもう1騎が彼らが今偵察に使える最大戦力なのだろう。

 

「ほむ……」

 

 来たのがパラケルススだとしたらまた逃げられる恐れがあるから、できれば竜の姿は見せたくない。しかし人間モードに戻るのは間に合わないが、いかがしたものだろうか。

 

「太公望さん、どうすればいいと思います?」

「そういうことなら、モルガン殿かマーリン殿に隠してもらえばいいのでは? ついでですから僕やマシュ殿たちも隠れておいて、来た者の顔を見てからどうすれば決めればいいと思いますよ」

「ほむ……でもこの姿で声出したらその『来た者』にも聞かれるから、みんなへの指示をお任せしていいですか?」

「承りました」

 

 臨時リーダーを拝命した太公望がさっそく最初の仕事をするべく、モルガンとマーリンに顔を向ける。するとマーリンが手を挙げた。

 

「それなら私が。でもマスターは術式も食べちゃえるみたいだから、私の術まで吸い込まないよう注意してくれたまえよ?」

「あー、そういえば前にそれやった覚えがあるな。分かった、気をつけるよ」

 

 光己はマーリンとはまだ知り合ったばかりだが、性格と雰囲気の問題でもうタメ口な間柄になっていた。

 お願いすればえっちな夢はともかく、膝枕で耳かきしながらとろけそうな甘い声で愛をささやいたりしてくれそうな感じがある。

 ―――それはともかく、サーヴァント3騎は迷う様子もなく近づいてきているので、そろそろ行動に移らねばならない。マーリンが幻術で光己の身体を隠し、それとは別にマシュたちも隠れた。

 やがて3騎が公園に入ってくる。ルーラーの推測通りパラケルススと紅葉と、もう1騎は光己が知らない顔だったがアルトリアだけは知っていた。

 

「あれは……アサシン!?」

 

 青を基調とした昔の日本の服を着たその青年は、真名を佐々木小次郎というサムライだ。アルトリア自身とメドゥーサの縁で現れたのだろうか?

 

「おや、ご存知なのですか?」

「ええ。佐々木小次郎といいまして、剣術の達人ですがそれ以外の技能はありませんので、飛び道具を使うか複数でかかるかすれば有利に立ち回れるでしょう」

「なるほど……」

 

 アルトリアの言葉に太公望はこっくり頷いた。

 パラケルススたちは現場に到着したはいいものの、マーリンの幻術によって誰の姿も見えず、上空で魔霧が渦を巻いているのが分かるだけのはずだ。現にかなり戸惑った様子で、渦の中心を見上げて困惑した顔をしている。

 そこに赴く度胸はまだ無いようだが、いずれはそうするだろう。

 

「さて、どうしますかねェ……?」

 

 前回同様不意打ちするか、それとも会話して少しでも情報を引き出すべきか。太公望は軽く頭をひねるのだった。

 

 

 



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第225話 アルビオン再生計画2

 太公望は数秒の思案の後、今回は会話を試みることにした。パラケルススたちは今は十分警戒しているはずだから不意打ちはカウンターを喰らう可能性が高いので、普通に対峙するなら戦う前に情報収集した方がお得という判断である。

 ただ全員で出向いたら戦力差があり過ぎて即逃走されそうなので、自身とアルトリア、メリュジーヌ、バーゲストの4人だけで行くことにした。

 他の者はマーリンに頼んで、幻術で身を隠しつつ彼らと光己の間に移動してもらった。戦闘になったらマスターを守りながら二方向から攻めるという作戦である。

 その二手に分かれる直前、アルトリアがちょっと不安そうな顔で警告めいたことを口にした。

 

「普通に考えればあの3人が今のマスターを傷つけるのは無理のはずですが、何故か、アサシンは警戒した方がいいような気がします」

「アサシン……あの侍ですか?」

 

 伝説のアーサー王にこんな発言をさせるあたり、佐々木小次郎という人物は相当の強者のようだ。

 そう感じたマシュが相槌を打ってみると、アルトリアは重々しく頷いた。

 

「はい、あの腰に刀を差した青年です。

 マシュ、くれぐれも彼から目を離さないように。彼の宝具は『燕返し』といいまして1度の斬撃が3つに分裂して襲ってくるというものですが、それぞれの斬撃の殺傷力は通常のそれと変わりませんので、貴女のスキルで受けることはできるはずです」

「……分かりました」

 

 大役を仰せつかったマシュが表情を引き締め、盾をぐっと握り直す。

 そして太公望たち4人が幻術の圏内から出て姿を現すと、パラケルススははっと驚いた顔をした。

 

「貴方たちは……まさかこの現象は貴方たちが起こしたものだというのですか?」

 

 太公望の思惑通りパラケルススたちは逃げずに話しかけてきたので、こちらも予定通りそれに応じる。

 

「ええ、魔霧を放置すると市民が屋外に出られなくて全滅してしまいますのでね。人形やロボットは残っていますが、全滅よりはマシでしょう」

 

 この理由は副次的なものに過ぎないが、これだけで話はできるのだからすべてを教える必要はない。これも駆け引きの一環である。

 

「こうして貴方たちを釣り出すこともできましたしね。しかし戦う前にロンドン警視庁(スコットランドヤード)を襲った理由、そして貴方たちの最終的な目的などを聞かせてもらえると嬉しいのですが」

 

 太公望はパラケルススたちが来ることを予見していたようだ。

 するとパラケルススは何を思ったか、普通に説明してくれた。

 

「なるほど。私たちの行動に受け身で対応するにとどまらず、積極的に攻めに出たというわけですか。

 確かに、それができるならその方が賢明ですね。その知恵と力に敬意を表して、少し自分語りをするとしましょうか。

 私はキャスターのサーヴァント。貴方たちの知る、『計画』を主導する者の1人です」

 

 やはりパラケルススがフランケンシュタインが書き残した「P」であった。

 しかしその目的は一体?

 

「私たちにも、幾らかの都合と事情というものがある。ああ、私のことは『P』とでもお呼び下さい。

 スコットランドヤード内部には、私たちの必要とするものが保管されていました。貴方たちが私たちの活動を妨害していることは知っていましたので、ヴラド公を囮にしてその隙に潜入するつもりでしたが、一枚上を行かれたようですね。

 今言っても詮無いことですが、大掛かりな真似はせず千代女に依頼して盗んでもらえば良かったのかも知れません」

 

 そこでパラケルススはふうっと軽くため息をついた。何を思っているのかは、その表情からは推測できない。

 太公望は彼が言う「必要とするもの」が何なのか聞きたかったが、それはさすがに言うまいから止めておいた。

 

「それで、貴方たちは最終的に何をしたいのですか?」

「ええ、私たちには果たすべき大義があるのです―――そのために、慈まれるべき人々も、尊く眩き愛も想いも、哀しいかな、やむなき犠牲にせざるを得ないのです。いえ、私の力では救うことはできない、できなかったというべきか」

「なるほど。確かに戦争で味方の死者がゼロということはあり得ませんし、何事かを成そうとすれば相応の対価や労力は必要でしょう。僕も人のことは言えません。

 それで、この街の人々を皆殺しにしてでも果たすべき大義とはいったい何なのですか?」

「……時代のすべては焼却されつつある。人類のすべては焼却されつつある。

 文明の歩みも、想いも、愛も潰えて、世界に残された特異点は、既に、たった4つのみ」

 

 この台詞を聞く限り、パラケルススは人理焼却の実情をかなり深く知っているようだ。

 微少特異点や閻魔亭のような特殊例までは知らないようだが……。

 

「何という哀しさでしょうか。けれど、それを私も貴方たちも止められない。

 いいえ、止められなかったのならば―――」

 

 そこでパラケルススは目を伏せ、次の言葉を言い淀んだ。

 今までの人の愛や想いを尊いものとする発言と人理焼却に加担する行為は明らかに矛盾しているのだが、当人もそれを自覚しているのであろう。

 そして太公望ほどの知者ならば、彼の言動や表情からその一端くらいは想像できる。

 

(ふーむ。西洋の魔術師は根源に到達するのを至上の目的にしているそうですが……人情としては人理焼却に反対でも、魔術師としては「魔術王」には抗えない、もしくは根源到達のために積極的に従っている、というところでしょうか)

 

 単に勝ち目がないから諦めているというだけなら、妖精國組の存在を教える=魔術王が倒された実例があるのを示すことで翻意させることもできるかも知れないが、目の前にいる青年にはどうも人格に危ういものを感じる。具体的には、仮に一般人性をつついて味方につけたとしても、何かの拍子に魔術師性がまた勝ったら簡単に裏切って非人道的な真似をやらかしそうな危険性を。

 

(これではやはり味方にはできませんねェ。他の2人は……まず「P」だけを先に倒すか退けてからになりますが、流れ次第ですかね)

 

 2回目だからか戦力比が前回より有利だからか、はたまたあの厄介な悪魔がいないからか、太公望には目の前の敵対者たちを味方に引き入れようという構想があるようだ。実行するなら先にマスターに意見具申して了承をもらうべき案件だから、今は事前調査の段階なのだろう。

 

「―――いえ、これは語らずにおきましょう。

 こちらも誰が魔霧を奪っているのか聞いておきたいところですが……」

「ええ、残念ながらそれは明かせません」

 

 魔霧を奪っている者が誰かを明かせば、当然その者が狙われるからだ。パラケルススもたいして期待はしていなかったらしく、怒りも失望も態度に出さなかった。

 

「そうでしょうね。見れば貴方たちは先刻より人数が少ないようですので、この機に倒しておきましょうか」

 

 おそらくこの場にいないマスターや盾兵たちがどこかに隠れて魔霧奪取の魔術を使っているのだろう。彼らが来て参戦されたら勝ち目がなくなるので、パラケルススとしてはその前に目の前の4騎を打倒せねばならない。

 

「真なるエーテルを導かん……!」

 

 それには開幕即宝具が1番手っ取り早い。パラケルススは妨害されないよう1歩後ろに跳びつつ、愛用のアゾット剣に魔力をこめ始めた。

 

「我が妄念、我が想いのうぐぅっ!?」

 

 しかし途中で胸に激痛が走り、真名解放を中断させられてしまう。

 敵の4騎は今戦闘態勢に入ったところで、しかも紅葉と小次郎が間にいるから攻撃されたとは思えない。他に人影は見当たらないし、誰に何をされたのか!?

 

「アッハハハ。大事なところで不意打ち喰らって、痛かったかしらねぇ!?」

 

 正解はバーヴァン・シーの宝具「痛幻の哭奏(フェッチ・フェイルノート)」である。この宝具は矢弾やビームといった目に見えるものを出さないので、幻術や認識阻害の中から使うと居場所がバレないのだ。

 殺傷力は低いが、使われる側にとってはいつ誰が攻撃されるかまるで予測ができない脅威そのものといえよう。

 モルガンはさっそく娘の手柄を褒め称えた。

 

「うむ、良い援護だったぞバーヴァン・シー!

 さて、太公望たちの話が終わったなら我が宝具で終わりに……いやもう遅いか」

 

 今戦場ではすでにメリュジーヌとバーゲストが紅葉と戦っており、アルトリアは小次郎と切り結んでいる。パラケルススは胸が痛むのか手でさすりつつ、追って来る太公望から逃げているがここから離脱するつもりはまだないようだ。

 つまりもう混戦になっているので、長距離型の宝具で敵だけを狙い撃ちするのは難しかった。

 

「では仕方ない、普通に戦うとしよう。

 ……しかし連中がまた逃げ出す可能性があるのなら、まだ顔を見せてない者は隠しておくべきか。私は引っ込んでいてはメンツが立たないから出るがな。

 バーヴァン・シーとブリュンスタッド、あとルーラーはここに残って我が夫の護衛を頼む。私とマーリンでパラケルススの牽制と援護射撃をするから、マシュとXXは佐々木小次郎とやらに当たれ。恐竜は後回しでいい」

 

 モルガンは当然のように仕切っているが、このメンツならまあ順当といえよう……。

 そしてモルガンたちがパラケルススたちの背後に出現すると、パラケルススはさすがに劣勢を自覚して青ざめた。

 

「くっ、まだこんなにいたのですか……!」

 

 援軍が来るのは予測していたが、まさかまだ新顔がいたとは。しかも挟み撃ちでは勝ち目がないが、せめて魔霧被奪現象の詳細は見極めたい。

 

「はあっ!」

 

 そこで魔霧が渦、いや竜巻のような形状と勢いで流れ込んでいる空間の上の方を狙って魔術弾を撃ってみると、何か硬いものに当たってはじけてしまう。その残滓は魔霧に混ざって、その空間に溶け込んで消えていった。

 

「これは……目に見えない何かがあって、それに吸収されているようですね」

 

 魔力を吸収する機能を持った柱か何かを建てて、それを目に見えないよう細工したというところか。ロンドン全域から派手に吸い込んでいる高性能ぶりに加えて、パラケルススの魔術弾がまったく効かなかった堅固さも併せ持つ大魔術のようである。

 

「これはキャスターのサーヴァントでも通常のスキルではとても無理……宝具だとしてもかなり特殊なものでしょう。ずいぶんとピーキーな人を味方につけたようですね」

「ええ、僕もそう思いますよ。ここにシェイクスピア殿がいたら『P、天と地の間にはおまえの哲学では思いもよらない出来事があるのだ』とでも言うんでしょうかねェ」

「『ハムレット』ですか。私の死後の作品ですが、なぜか知識にありますね。

 もしかしてかの有名な劇作家が貴方たちと一緒にいるのですか?」

「さて、どうでしょう」

 

 太公望は一応ぼかしたが、そもそも必要もないのにシェイクスピア語録を出したあたり、何らかの思惑があるのだろう。まあシェイクスピアは相方(アンデルセン)と違って役に立とうとする素振りすら見せないので、敵に注目されるよう仕向けられても残当といえるが……。

 

「さて、それじゃいとしのマスターのためにまた戦うとしようかな。そーれ、っと」

 

 そのやり取りを聞いていたのかいないのか、マーリンが杖を振って瞬時に魔力の剣を5本ほども作り出してパラケルススの方に飛ばす。軽く唄うような口調に反して殺意の高い攻撃だ。

 

「何と!?」

 

 パラケルススも反射的に得物のアゾット剣を振って、空中に魔力の障壁を生成する。間一髪で間に合ったが地力は相手の方が上らしく、障壁はまさに剣で突かれたガラスのように割られてしまった。

 

「……っと!」

 

 それでも剣の勢いを削ぐことはできたので、パラケルススは何とか避けることに成功する。しかし右手に妙な重みを感じたので見てみれば、大事な剣に赤いテープが巻きついているではないか。

 そのテープは、今話をしていた東洋風の男性が持っている鉄棒から伸びていた。

 

「これは一体!?」

「うちの()()()()は宝物を集めるのが趣味でしてね。タダで何度も逃げられるのも業腹ですし、もし逃げるなら代わりにそれを置いていってもらおうと思いまして」

 

 太公望がそう言いながらテープを巻き戻したので、パラケルススはそちらに引かれてよろめいてしまった。

 

「くっ……そういう手できましたか」

 

 サーヴァントは生前持っていた量産品の矢弾や呪符の類なら魔力で作り出すことができるが、宝具やそれに類する一品物はそうはいかない。それを押えることで退却をためらわせるとは、敵は純然たる魔術師や碩学ではなく戦闘の駆け引きや手練手管にも長けているようだ。

 人数で負けているのに技術面でも負けていては世話はない―――が、それは最初から分かっていたことだ。パラケルススが軽く左手を振ると、待ちかねていたかのようにヘルタースケルターの集団が公園に乱入して来る。

 

「何と、そちらも第二陣を用意していましたか」

「ええ、なかなか強くて頑丈ですよ。さてどうします?」

 

 テープを通じてつながったままでは彼も満足に動けまい。パラケルススはそう思ったのだが、東洋男性は意外なほど冷静だった。

 

「ええ、こうします」

 

 太公望の傍らに四不相が出現する。太公望はその背中にひらりとまたがったが、この公園は真名解放するには狭すぎた。代わりに真上に上昇する。

 するとどうなるか……そう、パラケルススも宙吊りになるのだ。

 しかもこれで終わりではなかった。

 

「ここからが本番ですよ。ふぬりゃーーーっ!!」

 

 太公望が打神鞭の柄を両手で握って大きく振り回し始める。それにつられて、パラケルススもハンマー投げの鉄球めいて空中で高速回転した。

 そのワイルドすぎるやり方に、パラケルススがさすがに困惑しつつ苦情を入れる。

 

「ちょ、貴方本当に魔術師ですか!?」

「はて、魔術師だと名乗った覚えはありませんが? しかし貴方も粘りますねえ」

 

 パラケルススはアゾット剣がよほど大事なのか、遠心力で身体がピンとまっすぐになっても剣から手を離す様子はない。

 太公望はいっそ感心してしまったが、ハンマーならぬサーヴァントをいつまでも回している時間はなかった。

 

「仕方ありませんね、いきますよ四不相くん!」

 

 高度を下げながら、ヘルタースケルターの方に近づいていく太公望と四不相。あわせてパラケルススを回している向きを横から縦に変えていく。

 そして―――パラケルススの身体を先頭のヘルタースケルターの頭部に叩きつけた!

 

「ぐはぁっ!?」

 

 これはたまらない。パラケルススはさすがに剣から手を離してしまい、衝突の反動であさっての方向に跳ね飛ばされて行ったのだった。

 

 

 



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第226話 セイバーVSアサシン

 パラケルススは学者肌の人物で身体的には頑強な方ではないので、ヘルタースケルターの硬いボディに胸板を思い切り叩きつけられれば即死してもおかしくはなかったが、その直前に体をひねって致命傷を受けるのは免れていた。

 しかし代わりに左腕が潰れたから、戦闘に復帰するのは厳しい。アゾット剣を奪われたのは口惜しいが、ここは退却するしかなさそうだ。

 

(ちょっと肩身が狭くなりそうですが、仕方ありませんね。また会いましょう)

 

 パラケルススの姿がフッとかき消える。太公望から見れば2度も逃げられてしまったわけだが、さほど残念そうにはしていなかった。

 

「想定の範囲内ですし、宝具を奪いましたからね。彼は戦力が半減しますし、マスターも喜ぶでしょう」

 

 逆に今パラケルススが座に退去になっていたら彼の剣も一緒に消えていたわけで、この展開もそう悪いものではないのだった。この剣は西洋魔術の粋を凝らした逸品のようだから、カルデアに持ち帰って解析すれば何かの役に立つだろう。

 ―――それはさておき地上では。モルガンたちの参戦で1度は勝勢になったかに見えたが、ヘルタースケルターは数十体もいるので数的には劣勢だ。モルガンたちは紅葉と小次郎から離れてそちらに向かわざるを得ない。

 しかしアルトリアとメリュジーヌとバーゲストは今のところ問題なさそうである。太公望が見る限り、3人は先刻の戦いの時よりずっと強くなっているのだから。

 何しろマスターが、まだ生き返ったばかりで骨と翼一対だけとはいえアルビオンに変身しているのだ。契約したサーヴァントは100%以上の魔力供給に加えて冠位のドラゴンパワーが乗ったので全員生前より強くなっており、ただし技量は変わらないのでスーパースペックに慣れるまで力をセーブしているくらいである。太公望自身、通常の筋力はDなのに人間ハンマー投げなんて大技ができたのはこの恩恵のおかげなのだ。

 

「……これは不可思議な。セイバー、そなた私が知るそなたをはるかに上回る剛腕ぶりだがどのような手品を?」

「サーヴァントはマスター次第とはよく言ったものということです。いえあの時のマスターに不満は……ありますが、それはそれとして今のマスターはやたら強いので」

「ほほぅ、それはそれは……」

 

 言われてみればセイバーのマスターとやらはこれだけ大勢のサーヴァントを率いているのだから、どんな裏技を使っているかは知らないが膨大な魔力を持っているのだろう。もしかしたら魔霧を吸い込んでいる当人なのかも知れない。

 小次郎はちょっと興味が湧いたが、残念ながらここから見える所にはいないようだ。

 それにしても今回のセイバーは強い。あの時も見た目にそぐわぬパワー派だったが、今回は剣をまともに受けたら一発で刀を折られそうな重さを感じる。

 

「貴方はあの時と変わりませんが、やはり強いですね。一介の剣士としては敬意を抱きますよ」

 

 アルトリアが振っている見えない剣に対応できるだけでも一流といっていいが、それを毎回避けるか受け流すかするというのは並大抵の技量ではない。刀が長い、つまり間合いが広いのを有効利用してアルトリアの間合いに入らないよう巧妙に立ち回っているのだった。

 アルトリアは「燕返し」の存在を知っているから、それを避けられなくなるような強引な突進はしてこないだろうという計算もしているはずだ。

 

「なに、これしか能がない野人でござるよ」

 

 穏やかに会話しつつも、2人の剣閃に躊躇や遠慮はない。そんな不純物を混ぜたら即死しかねない速さの戦いなのだ。

 ―――それはつまり、誰かが横槍を入れれば一瞬で形勢が大きく動くということでもある。当然2人は周囲の戦況にも気を配っていたが、アルトリアはパラケルススが逃亡したのを確認すると1歩間合いを広げて問いかけた。

 

「ところでアサシン、貴方とて好きで人類皆殺し計画に手を貸しているわけではないでしょう。どうにかして彼らからの支配を脱することはできないのですか?」

 

 アルトリアも引き抜きを考えているようだ。面識があって人格能力とも信用できる相手と分かっているなら、むしろ考えない方が不自然である。

 むろん小次郎もそれができるなら大いに望むところだ。

 

「そうさな。あの女狐の宝具のような、魔術を強力に解除する手段があれば可能だ。

 ただその前に、私が抵抗できないよう縛るなり気絶させるなりする必要があるが」

「ふむ、やはりそうですか」

 

 つまりフランス特異点にいたマルタやデオンと同じということだ。

 今回は「麗しきは美姫の指輪(アンジェリカ・カタイ)」も「魔術万能攻略書(ルナ・ブレイクマニュアル)」もないが、最高クラスの魔術師と道士が3人もいれば何とかなりそうな気もする。光己がその手のお宝を持っているかも知れないし。

 具体的には、アルビオンと融合したのだから上位の如意宝珠を使えるようになっているはずである。

 

「ほう、その顔つきからするともしかしてやれる見込みがあるのか?」

「ええ、必ずとはいえませんが」

「……ふむ。この状況から考えるに、魔霧を吸い込んでいるのはそちらのマスターで、その魔力をそなたたちに回しているのであろうからな。それほどの大魔術師ならば、私にはめられている枷を外すこともできるか」

「そのあたりはすべてうまくいったらお話しますよ」

 

 小次郎の推測は半分正解半分外れというところだが、アルトリアはまだ種明かしはしなかった。それは味方になってからの話である。

 それでも彼がわざと負けるとまではいかずとも、宝具を使える場面でもそれを控えるくらいの手加減は望めるはずだ。

 そこにマシュとヒロインXXが来たので、とりあえず用件だけ早口で述べる。

 

「2人とも、アサシンは殺さないようにして下さい!

 それと念のため、何か拘束しておける道具を」

 

 これで意図は伝わるはずだ。期待通り、マシュが一瞬戸惑いはしたもののすぐ理解してくれた。

 

「え……あ、は、はい! そういうことでしたら。

 拘束しておけるもの……ワイヤー、いえ『縛鯖索(ばくせいさく)』ですね」

 

 縛鯖索とは太公望に依頼して強化ワイヤーに術式を追加してもらって、ついでに宝貝(パオペエ)っぽい命名をしてもらったものである。これでめでたく光己がお宝認定して「蔵」に入れられるようになったのだが、一応マシュの収納袋にも何本か入れてあるのだった。

 ただし武闘派サーヴァントでも捕縛しておける強靭さを優先しているので、封神演義における宝貝の描写でよくある飛行能力や追尾能力は持っていない。

 

「やれやれ、用意のいいことだな」

「はい、こういうことは何度もありましたので!」

 

 小次郎が感心と呆れがまじった苦笑をもらすと、純朴なマシュは文字通りに受け取って真面目にそう返した。もっとも自分から襲いかかりはせず、モルガンやアルトリアの指示を忠実に守って、あくまで彼と光己の間に立ってマスター防衛が最優先というスタンスである。ただこれはマシュの後ろに彼女が守るべき者がいると示す行為でもあるが、当人は気づいていない。

 小次郎は気づいていたが、彼女の背後を襲う意図もなければ余裕もなかった。彼女の傍らにはもう1人、素性は分からないものの強いのは確かな女性がいるからだ。

 その女性が予告抜きで額から光の弾丸を乱射してきたのをとっさに横に跳んで回避することができたのは、小次郎の卓越した技量と素早さのおかげといえるだろう。しかしその時さっと周りを観察してみると、引率の魔術師はすでに退散しており、同僚の恐竜娘は剣士2人に袋叩きにされて半死半生、手下の絡繰り兵の群れは今まさに黒衣の女魔術師が放った無数の魔術弾で全部鉄くずになったところだった。

 その圧倒的暴力にさすがの小次郎もつーっと冷や汗など流しつつ、追って来たアルトリアに訊ねる。

 

「…………。これはちと強すぎるのではないか?」

「さっきも言いましたが、今のマスターは本当にケタ外れですので。貴方も見れば分かりますよ。

 ところであの恐竜は貴方と同郷で鬼女紅葉という名だそうですが、彼女は異変解決に賛同してくれそうな人物ですか?」

「それは分からぬな。ろくに話もしておらぬし、彼女の真名すら今知ったくらいだ」

「ふむ、それでは致し方ありませんね」

 

 アルトリアは心ならずも従わされているだけの者を袋叩きにして倒すことに良心の呵責があるようだったが、味方にしても大丈夫だと太鼓判を押せない者を、それでも救おうとするほど甘くはなかった。マスターの光己はメンタルが一般人だから大勢のサーヴァントを引率するのは大変なのは分かっているので、過度の負担をかけてはいけないという配慮もある。

 

「―――では、そろそろ決着をつけましょう」

 

 アルトリアがいったん足を止め、気合いを入れて剣を構え直す。その魔力の高まりとともに彼女の剣を包んでいる風の勢いと大きさが増していき、ついには四本指の熊手のような形になった。

 

「私なりに、貴方の奥義を模倣してみました。さあ、見事受けてみせて下さい」

「……。そなた、見た目は可憐なわりに勝気よな」

 

 小次郎には「熊手」のおおよその形状が感じ取れるが、それは長さ4メートル太さ50センチの棍棒が4本アルトリアの剣の先端から伸びているような形だった。「燕返し」の3本より1本多くつくったところに彼女の性格が見て取れる。

 4本の棍棒で四方から同時に打ちかかられては、いかに燕返しでも受け切れないのは明白だ。仮に受けられたとして、相手が風の渦では刃がすり抜けてしまいそうだが。

 

「いきますよ! とああああーーっ!!」

「とはいえ、やらぬわけにはいかぬか。秘剣―――『燕返し』!!」

 

 右・右上・左上・左の四方から迫り来る4本の棍棒を、その必殺剣にて迎え撃つ小次郎。

 しかし自分で予測した通り手数が足りず、そもそも風の渦を刀で斬っても切れはせず―――そしてあえなく、4連打をくらって地に倒れ伏すのだった。

 

 

 

 

 

 

 小次郎がふと気がつくと、得物を奪われた上で上半身を太い縄でぎちぎちに縛られてしまっていた。両足首も40センチくらいしか開けないように括られている。

 ただ体の痛みはないので、ケガは治してくれたようだ。

 

「これはまた念入りな。一介の棒振り相手にここまでせずとも良いと思うが?」

「そうかも知れませんが、貴方の技量に対する敬意の表れと思っていただければ」

「……ふむ」

 

 アルトリアの口調や表情に嫌味や侮蔑の色はないので、小次郎は素直に頷いた。

 戦闘はすでに終わっているらしく、剣戟の音は聞こえない。軽く周りを見渡してみたが、鬼女紅葉の姿もなかった。

 

「鬼女紅葉殿は?」

「メリュジーヌたちが退去させました」

「……そうか」

 

 ごく短時間とはいえ一応は同僚だったので思うところが多少はあるが、性格不明で意志疎通も難しい恐竜人間を仲間にするというのは実際酔狂が過ぎる。小次郎はこれ以上の言及は控えた。

 

「では、そなたご自慢のマスターに御対面させてもらうとしようか」

「ええ、こちらです」

 

 小次郎がアルトリアの先導に従って歩いて行くと、途中で妙な魔力を感じる無色透明な(もや)を通り抜けた。そしてその先にいたのは―――。

 

「おおっ!?」

 

 それは怪しげな幻術でも見せられているかと見まごうような、とぐろを巻いてうずくまっている巨大な竜の骸骨だった。しかも蝙蝠の翼を生やし、肋骨の内側では心臓がどくどくと脈打っている。

 小次郎は驚愕のあまり10秒ほども呆然としていたが、やがて体がこわばっているのかぎぎーっと音を立てながら首を横に回した。

 

「……セイバー、この骸骨がそなたたちのマスターなのか? いや生きているのは分かるが」

「ええ、色々前後の事情がありまして。頭の中身は人間、それも善良な部類ですので安心して下さい」

「安心……していいものなのか?」

 

 どう見ても危険度極大な妖怪変化の類なのだが、小次郎は今はまともに身動きも取れぬ身なのでここは流れに任せることにした。

 すると骸骨の頭部の方から、肉声ではなく空間自体を震わせているような重い声が響いてきたではないか。やはり生きているようだ。

 

「アルトリア、この人も知り合いなの?」

「ええ、少なくとも自分の意志で人類抹殺に参加するような人物ではありません。

 ですのでフランスでのマルタやデオンの時のように、呪縛を解いていただければと」

 

 アルトリアはそう言うと顔を向けて視線で自己紹介を求めてきたので、小次郎はそうすることにした。

 

「名乗っても知らぬと思うが、佐々木小次郎という者だ。このたびは気がついたら霧の中に現界していて、わけも分からぬ間にあの白衣の魔術師に呪縛をかけられて従わされていただけで、彼らの目的に興味はない。

 セイバーとの縁もあるし、呪縛を解いてもらえれば礼代わりに異変解決とやらに協力しよう」

 

 小次郎は自分で言った通り相手は自分のことは知らないと思っていたが、意外にも骸骨は戦国期の日本に詳しかった。

 

「おお、佐々木小次郎といえばあの剣豪の!?」

「知っているのか!?」

「宮本武蔵と巌流島で決闘したんですよね? 俺は貴方より400年くらい後の生まれですけど、日本人なら知ってる人結構多いですよ」

「なんと、そなた未来の日の本の者なのか!?」

 

 小次郎またびっくりである。まさか(小次郎の生前よりは)未来の遠い異国で、さらに未来の故国の者、それも人語を話す竜の骸骨なんて謎存在と出くわすとは。

 雰囲気や話し方を見る限りでは、邪悪な存在ではなさそうだが……。

 

「ええ、藤宮光己といいます。カルデアという団体に所属してるマスターで、今はここの異変の解決のために未来から出張ってきてるというわけです。

 それじゃさっそく呪縛解きますね。モルガンたちに頼んでもいいけど、『破邪の剣』の原典があるからそっち使う方が早いかな? いやこの姿だと小さすぎて指でつまめないな」

 

 といって人間モードに戻って、用が済んだらまた竜モードになるというのは時間がもったいない。今回は別の手にしようか、と光己があれこれ考えていると、なぜかモルガンが口を開いた。

 

「破邪の剣だと……聞いたことがあるな」

「知っているのお母様!?」

 

 するとバーヴァン・シーが漫才の相方のようにタイミングよく訊ねてくれたので、モルガンは得意げに蘊蓄を語り始めた。

 

「うむ、妖精國ではなく汎人類史(こちら)の話になるが……破邪の剣はそれ自体では名前通りの効能しか持たぬが、知勇兼備にして清廉高潔な真の英傑と『融合』することにより、『光の聖剣』なる知性ある剣(インテリジェンスソード)になるという伝説があるのだ」

「光の聖剣!?」

「ああ、何でも人間の身で『混沌の王』と対峙できるようになるほどの逸品だとか……アルトリア、試してみてはどうだ?」

 

 この台詞はアルトリアを真の英傑として絶賛したものでもあるが、言われた当人は当然ながら思い切り眉をしかめた。

 

「……それが言いたかっただけですか。貴女がやればいいでしょう」

「私は清廉でも高潔でもないし、やることもある身なのでな」

「はいはいさようですか」

 

「……じゃれ合うのはほどほどにね」

 

 姉妹のいつもの口ゲンカはさておき、モルガンの話が事実だったとしても光己は美女美少女を剣に捧げるなんて蛮行には同意できない。なので今回は別の道具を使うことにした。

 

「どの道この体じゃ出せないしね。こっちの方が確実だし」

 

 そう言いながら光己が「蔵」から出したのは、直径20メートルほどもある馬鹿でかい宝玉だった。アルトリアが推測した通り、上位の如意宝珠を出せるようになったのである。

 20メートルとなるともはや人間ではまともに扱えないサイズだが、アルビオン視点だと手に持つのではなく指先でつまんで運ぶ小さな玉だった。

 

「私の見込み通りですね。どんな権能があるのですか?」

「ズバリ、『願いをかなえる』だよ。限界も制限もあるけど。

 具体的には、この特異点を今すぐ修正するとか、死者を生き返らせるとか、俺の身体を一瞬で再生しちゃうとか、そういうのは宝珠の力を超えてるから無理ね。

 あと仏教的に考えて悪いことやエゴを助長しそうな願いもダメで、他人のことを願う場合は当人の承諾が必要なんだ」

 

 なのでコフィンに凍結されているマスターたちを治療して外に出すことはできない。いや立香だけは可能だが、立香は今は光己のサポートをするために自発的に現状に甘んじているのだった。

 

「なるほど、大きな力には相応の自制が求められるというわけですか。しかしアサシンの呪縛を解くのは問題ないのでは?」

「うん、それじゃさっそく」

 

 光己がそう言い終えた直後、小次郎の全身にビリッと小さな痺れが走る。それが収まった時、小次郎にかけられていた呪縛はきれいに取り除かれていた。

 

「おお、これはまた……異国の妖怪変化と思っていたが、実は我が国の龍神であったか。しかもその神恩に(あずか)るとは世の中分からぬものよ」

 

 小次郎の台詞が合っているかどうかは微妙だったがそれはともかく。一応モルガンと太公望とマーリンが身体検査して確かに呪縛が解除されたことを確認すると、アルトリアは小次郎を縛っていた縛鯖索をほどいて刀も返した。

 

「かたじけない。では約束通り、そなたたちに協力することにしよう」

「うん、よろしく」

 

 これで小次郎は無事カルデア一行に仲間入りとなったが、そうと見たメリュジーヌが光己に話しかけてきた。

 

「それでお兄ちゃん、心臓はだいたいできたみたいだけどその後はどうするの?

 ここで全身再生するのはさすがに時間かかり過ぎそうな気がするけど」

 

 先ほどちょっと考えた、今後の方針についてである。言われて光己も首をひねった。

 

「……そうだな、でもせっかくの機会だから翼は3対とも完成させておきたいかな。

 メリュたちには悪いけど、もうしばらく待ってくれる?」

 

 機竜の翼がないと空を飛べないし、天使の翼も役に立つ場面が多かった。多少の時間をかけてでも早い内に再生しておきたいという趣旨である。この図体で飛べないと相当不便そうだし。

 

「うん、お兄ちゃんがそう決めたのなら」

「そうですね、異論はありません」

 

 メリュジーヌもアルトリアたちも反対しなかったので、一同そのまま待機して光己の再生作業を見守ることになる。

 心臓が完成したら予定通り残る2対の翼の再生に入るわけだが、そこで何故か翼の骨格が4対も生えてきたので、特に生前からキリスト教を知っていたアルトリアズは思い切り目を剥いた。

 

「なっ……!? ドラゴンの身体に翼が6対ということは、まさか堕天使ルシフェル、サタンなのですか!?」

 

 考えてみれば光己は「本物の」竜種の冠位になったのだから、天使と悪魔の方も冠位になってもおかしくない。しかも冬木で彼が喰ったヴリトラは別名が「魔族の王(アスーレンドラ)」つまり魔王なのだから、こうなるのはむしろ必然で時間の問題だったのかも知れない。

 その上パルミラで熾天使(ウリエル)を騙っていたとあっては、フラグ回収という観さえある。

 

「いえ、マスターくんは元々天使と悪魔が半分ずつでしたから、天使長と魔王が半分ずつということになるのでは? 本当にルシフェルになったならの話ですが」

 

 もっともこちらは「本物」ではなく、あくまで「世間一般でのルシフェルのイメージ」に過ぎないはずだが、そのパワーの強さやバランスによってはやっぱり大変なことになるかも知れない……。

 

「つまりアルビオンがルシフェルの疑似サーヴァントになったようなもの、ということになりますね。

 あの、ええと、大丈夫なのですかマスター……!?」

 

 ルーラーアルトリアは経緯よりマスターの心身の方が気になるようだ。本当に心配そうな顔で安否を尋ねる。

 当の光己は割と余裕があるようだった。

 

「うん。元々天使的パワーと悪魔的パワーが同じで中和されてたおかげで精神面は影響なかったし、今んとこは大丈夫だよ。俺は体は悪魔になった……だが人間の心を失わなかった!って感じで」

「そうですか、ならいいのですが」

 

 ルーラーがほーっと大きな息をつく。また大変な事態になったが、光己の頭の中は無事のようで何よりだった。

 なお小次郎は天使とか悪魔とかいう異国ワードで光己の正体がまた分からなくなってきて頭を悩ませていたが、まあささいなことだろう……。

 

「それにほら、ルシフェルといっても全面的に悪の権化ってわけじゃないしね。イブに知恵の実を食べさせた逸話もグノーシス主義的には善だし、バナナ型神話的にはよくある事例だから」

 

 グノーシス主義とはキリスト教で異端とされている宗派で、ルシフェルは人類に知恵を与えてくれた善なる存在ということになっている。バナナ型神話とは神話の類型の1つで、人間は石のように堅固で長久な存在になることはできず、バナナつまり植物のように、次代を残すことはできるが自身は柔らかく短命な存在にしかなれないというものだ。ギルガメッシュが不老不死を求めて失敗したケースや、ニニギノミコトがコノハナサクヤヒメとだけ結婚しイワナガヒメを親元に帰してしまったため短命になったケースなどがある。

 なおこの辺の知識は光己が元々知っていたものではなく、カルデアに来てから勉強して得たものである。人格パンピーが古今東西の英雄たちを引率するにあたっては、体力だけでなく知力も必要で大変なのだ。

 アルトリアが(あまり口には出さないが)気づかっているのも妥当といえよう。

 

「……? よく分かりませんが、マスターが苦にしていないのなら良かったです」

 

 今回は空振り気味だったけれど。

 まあ差し迫った問題はないようなので光己は再生作業を再開したが、10分ほど経ったところでルーラーがまたサーヴァントの存在を知らせてきた。

 

「マスター、サーヴァントです。数は4騎……今までより少し遠くから探知できました」

 

 ここの近辺は魔霧が吸われて薄くなっているからか、それともルーラーがアルビオンパワーで一時的に強くなっているからか、今までの1キロより遠い位置にいる者を探知できたらしい。

 

「むう、またか……いやこんな派手なことしてるんだから当然か。

 パラケルスス一党とは別だろうなあ。するとランサーオルタが言ってた第三勢力かな?」

 

 アタランテとジャックとナーサリーにリーダーポジを加えれば4騎になる。遠くから様子見していると考えるのが1番順当そうだ。

 

「そうですね。今の私たちが追えばナーサリーの時のように逃げられずに済むと思いますが、どうしますか?」

「うん、それじゃお願いしようかな。といっても俺は動けないから全員でってわけにはいかないか。ルーラーは確定で……アタランテがいる可能性が高いならマシュも行った方がいいな。引率は太公望さんにお願いするとして、他に立候補する人いる?」

 

 光己がそう言って有志を募ると、何人かが手を挙げてくれた。

 

「ふむ、では恩返しに一働きするとしようか」

「わたしも行こうかな。見てるだけで退屈になってきたところだし」

「私も行きましょう。空飛べる人が多い方が有利でしょうし」

 

 小次郎とアルクェイドとヒロインXXである。それぞれの動機が何であれ、人数的には問題なさそうだ。

 

「ありがと、それじゃ6人でお願いね。無理はしなくていいから」

「ええ、では行ってきます」

 

 というわけで、太公望たち6人は第三勢力と思われる4騎のもとに向かったのだった。

 

 

 




 ここのアルトリアさんは本当に騎士道ガン無視だなぁ……まあいざとなれば普通に不意打ちとかかます方ですし!(目そらし)




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第227話 軍師の弁舌

 ルーラーアルトリアが探知した4騎のリーダーポジである天草四郎も、ルーラーたちが1キロ弱の距離まで来たところで6人の存在を探知した。

 

「これは、今もうこちらに走って来ている……!? あちらのルーラーは私より探知範囲が広いということですか」

 

 本来ルーラーの探知範囲は当人の魔力等に関係なく10キロなのだが、ここでは魔霧にジャミングされているのか大幅に狭まっている。その狭まる度合いが天草の方が大きかったため、先方はこちらが探知できない距離で探知してアプローチしてきたというわけだ。

 

「これは迂闊でしたね。彼らが黒幕側かカルデア側かは分かりませんが、今から逃げるのは難しいですか……」

 

 アタランテとジャックは素早いが天草自身はそこそこだし、ナーサリーは見た目通り鈍足だ。といってナーサリーを誰かが抱えていくとその人が戦えなくなってしまう。どうしたものだろうか?

 

「悩んでる時間はありませんが……アタランテ殿、どうしましょうか?」

「ううむ、魔霧が吸収されているのと関係があるのか……? どちらにしても、ここはナーサリーの時と同じ手を使うしかなさそうだな」

 

 先方のルーラーの探知範囲が広いといっても、こちらの2倍3倍とまではいくまい。なので彼らをまず目の前まで引きつけてから、ジャバウォックで足止めしてその間に3キロも離れれば先方はこちらを見失うはずという計算である。足止め役がいるならナーサリーを抱えて走っても支障はないし。

 なおアタランテは来ているのがカルデアではなく黒幕側なら戦って斃してしまいたいという気持ちもあったが、4対6では厳しいのでそれは提案しなかった。

 

「そうですね。ナーサリー、頼めますか?」

「……うん」

 

 ナーサリーは頷くしかない。

 今回も建物の上から見ていたので、いったん地上に降りて逃走経路を確認しながら待っているとやがて6人の姿が現れた。メンツを見るにカルデア側のようである。

 先頭に立っているのはマシュで、しかもきっちり盾を構えているから矢で牽制するのは効き目が薄そうだ。マスターがいないのは、急いで来たからだろうか?

 

「仕方ないな。ナーサリー、頼む」

「うん。怖い人たち、帰って!」

 

 ナーサリーが本を開くと、ジャバウォックとトランプ兵が現れてマシュたちに襲いかかる。

 彼らの魔力量は前回とほぼ同じで、アタランテたちはこれなら3キロ逃げる程度の足止めはできると考えたが、今回はカルデア側の条件が違っていた。

 

「またそれ? どうせなら新しいの出してほしいんだけどな」

 

 ちょっとだけつまらなさそうにそう言いながら、アルクェイドがマシュの盾より前に進み出る。何しろアルビオンパワーの恩恵が1番大きいのは彼女なのだ。

 アルクェイドは光己と契約したことで「原初の一」の性能が上がったが、これによる出力上昇は地球の省エネ志向により敵より一段上までとなっている。しかし省エネを求めないアルビオンという別のバックアップ元があれば、敵の5倍でも10倍でも好きなだけパワーアップできるのだ。

 

「また逃げられるのは面倒だから、手早くいくわよ。くらえぇ、ハイパー真祖クロー!」

 

 アルクェイドが滑るような足取りでジャバウォックの足元まで接近し、ついで右掌を上に向けて大きく振り上げる。その指先から見えない衝撃波が火山の噴火のごとく噴き上がり、怪物の股間から脳天まで貫いて真っ二つに引き裂いた!

 ジャバウォックがそのまま左右に分かれて倒れるのを見て、ナーサリーが恐怖に(おのの)く。

 

「え、嘘……!?」

 

 当然トランプの兵士たちなど瞬殺であり、足止め策はあっさり崩壊してしまった。前回は通用したのに、これがカルデアの本気ということか!?

 

「一丁上がりね。ここからどうするのかしら?」

「ぐむむ、かくなる上はこの身を挺してでも……」

 

 普通に戦っても勝ち目は薄そうである。アタランテは宝具で突撃して相打ちに持ち込もうと開帳準備を始めたが、するとその気配を察したのか後方の東洋風男性が声をかけてきた。

 

「おっと、まあそう先走らずに。聞けば貴女はマスターとは何度も共闘した仲だとか。何故今回に限ってそこまで敵対するのですか?」

「―――」

 

 アタランテは会話でカルデアと和解するのは無理だと思っていたが、先方が持ちかけてきたのなら拒むこともない。先ほどの白い服の女がいったん下がったのを確認してから、こちらも臨戦態勢に入っていたジャックを手で押さえた上で話を始める。

 

「ああ、確かに彼らには世話になったし、今回も共に戦いたいという思いはある……が、私にはジャックを見捨てることはできない。

 逆に言えばジャックを受け入れてくれるなら文句はないのだが……汝らには無理な話だと思う」

「ジャック……そちらの黒い服の娘ですね。女性を大勢殺害したと聞いていますが」

 

 太公望はアタランテが子供好きなことは知っているが、だからといって殺人犯をかばうのは筋が通らないように思う。その疑問を率直に口に出すと、当人も分かっているのか露骨に表情を歪めた。

 

「ああ、それも分かっている……しかしジャックは外見通りの存在ではなく、堕胎された赤子の霊の集合体で、しかも私は他の聖杯戦争で彼女と会っていて、救おうとしたが救えなかったんだ。

 だから今回こそはどうにかしてやりたいと思っているのだが……」

 

 その方法として天草の宿願である「魂の物質化による全人類の救済」に同意して共闘しているのだが、本当にそれでうまくいくのかどうかには確信を持てていなかった。

 今はバーサーカーになっているせいで思考力が落ちているから尚更である。

 

「……? 赤子の霊の集合体がなぜ幼女になって、しかも刃物を持った殺人犯になるのですか?」

「……その辺は私にも分からんが、本人の自己認識はそうなっている」

 

 太公望はジャックの成り立ちにも疑問を持ったが、そこはアタランテも分からないようだった。

 仕方ないので、そこはスルーして話を進めることにする。

 

「……そうですか。それでジャック自身は何を望んでいるのですか?」

「母親の胎内に還ることだ。無理なのは何度も言われたし、私も分かっているのだが……」

 

 それこそ聖杯に願うくらいしか方法はない……とアタランテは思っていたが、驚くべきことに東洋男性はそれができると言ってきた。

 

「なるほど、当人にとっては自然で切実な願いですね。

 マスターに頼めばできると思いますよ。確約まではできませんが」

「なん……だと!? ほ、本当なのか!?」

 

 アタランテはカルデアのマスターがファヴニールの血を飲んで自身も竜になったことは知っているが、そんな大それた真似ができるとは聞いていない。上ずった声で訊き返すと、男性はごくあっさり頷いた。

 

「ええ、要はジャック殿が女性の胎内に収まる程度に小さくなればいいわけですから。

 といっても生身の人間では無理でしょうが、サーヴァントの身体はエーテルで出来てますからね。宝具で変身するサーヴァントがいるくらいですから、決して不可能なことではありません。

 ……情状酌量の余地はあるとはいえ殺人犯の願いをかなえていいのかという倫理的な問題はありますし、もし我々の中に被害者の遺族がいたら大惨事でしたが、幸いにしてそういう話は聞いていません。

 マスターは話が分かるお方ですから、ジャック殿の願いをかなえる方が人類全体としては得だと説けば分かって下さるでしょう」

「遺族、か」

 

 アタランテは「被害者の遺族」という言葉に少し胸が痛んだが、ここまで来たら立ち止まれない。そのまま話を続けた。

 

「……確かにあのマスターなら分かってくれそうだな。いつの間にそんな芸当ができるようになったかは本人に聞くとして、人類全体としては得とはどういうことなんだ?」

「ジャック殿が戦わずしてリタイアする上に、アタランテ殿がカルデア(こちら)につく。これが1つめですね」

「……」

 

 1人リタイア1人引き抜きという話に天草がわずかに頬をひきつらせたが、太公望は丁重に気づかなかったフリをした。

 天草が太公望の話を邪魔したらそれこそアタランテ&ジャックと決裂することになるし、仮に天草がそれでも邪魔する猪武者であったとしても、間にアルクェイドとマシュと小次郎がいる。今太公望が天草を恐れる必要はないのだった。

 当然ながら、4騎と接触する前に真名看破は済ませているし。

 

(とはいえ、天草殿はマスターには会わせたくないものですが……)

 

 光己が歴史に強い方だからか、太公望は現界の時に天草についての知識をもらっていた。それによれば彼は敬虔なキリスト教徒だそうで、現在の光己を見たらサタン認定して敵対しかねないからだ。

 実際あの黒い蝙蝠の翼は悪魔的な雰囲気がすごいから冤罪とはいえないし。せめて天使の翼もできていればプラマイゼロになるかも知れないのだけれど。

 まあその辺は天草の意向次第だから、今はアタランテ&ジャックに集中すべきである。

 

「もう1つは、ジャック殿が願いをかなえた上で『座』に帰る、つまりその記憶を持ち帰れば召喚される動機がなくなりますし、仮に召喚されてもその願いをかなえる必要はありません。要するに、ジャック殿が殺人を犯す必然性がなくなることです」

「なるほど、それは素晴らしい流れだな!」

 

 アタランテはそもそも赤子の霊が聖杯戦争(ころしあい)に参加すること自体をよく思っていない。太公望の考えに諸手を挙げて同意した。

 しかしあと1つだけ解決すべきことがある。

 

「あと問題は、母親になってくれる女性をどうやって探すかだが……」

「探すまでもないでしょう。若くて健康で子供好きで、しかもジャック殿をとても気にかけている女性が今ここにいるのですから」

「おお!」

 

 アタランテがぱーっと表情を明るくしてぽんと手を打つ。

 この後どう転んでも出産にはならないのだから、生身の人間に頼む必要はないのだ。

 

「確かにその通りだな。いやここで他の女に頼むようでは私の矜持が疑われるというものだ。

 よし決めたぞ。ジャック、私が汝のお母さんになってやる!」

「え、ほんとに!?」

 

 ジャックは太公望の話はよく分からなかったがアタランテの立候補には大変喜んで、しかし何か早とちりしたらしくいきなり両手にナイフを構えた。恐怖を覚えたアタランテが慌てて1歩跳び下がる。

 

「待て待て今すぐじゃない! カルデアのマスターが、汝を母親のお腹の中に入れるくらい小さくしてくれるそうだからその後だ」

「…………うん。よく分からないけど分かった」

 

 ジャックは敵であるカルデアのマスターがそんな大層なことしてくれるだろうかという疑念はあったが、今までのやり方ではうまくいかなかったのも事実である。他にいい方法があるわけでもないので、ここは2人の提案に乗ることにした。

 しかし気がかりがまだ1つ残っている。

 

「わたしたちはそれでいいとして、ナーサリーはどうなるの?」

「ナーサリー殿ですか? そうですね、ジャック殿を処さないのにナーサリー殿を処するのは道理に合いません。この後ロンドン市民に危害を加えるとか僕たちの邪魔をするとかしない限り、戦う理由はないですね。

 アタランテ殿と一緒にこちらに来てもらっても構いませんが、もちろん無理強いはしませんよ」

 

 太公望がいたって穏やかにそう言いながらナーサリーに顔を向けると、ナーサリーはびくっと震えて天草の後ろに隠れてしまった。

 太公望が怖いとか信用できないとかではなく、アルクェイドの超暴力に恐れをなしているのだろう。

 そしてこうなると、次は太公望と天草が話すことになる。

 

「―――さて。話の流れで2人引き抜いてしまいましたが、そもそも貴方はなぜカルデアにも黒幕にも加わらず第三勢力をしているのですか? 天草四郎殿」

 

 さりげなく真名看破済みであることを明かしつつ直球で太公望が訊ねると、天草もぱっと見は飄々とした感じで、同様に看破済みであることを示してきた。

 

「これはこれは、かの太公望姜子牙殿と差し向いで話せるとはまことに光栄です」

 

 そのやり取りはアルクェイドが(うっわー、2人ともうさんくさ! マスターさんてば大変ね!)と内心で評した通りのものだったが、天草はこの顔ぶれを相手に腹芸は無意味と見たのか本題に入ると雰囲気も態度も改めた。

 

「ええ、私もキリスト教徒の端くれとして、魔術王という大敵から人類を救うという偉業には賛成ですとも。ですがそれ以上に、どうしても譲れない願いがあるのです」

「ほう……その願いとは?」

「人類の救済です。いえ人理修復ではなくて、あらゆる悪が駆逐された『この世全ての善』が実現された世界をつくることです。

 そのために、聖杯による奇跡で人類全員に第三魔法『魂の物質化』を付与するというのが私の願いです」

「…………ほほう」

 

 その壮大で真摯な願いに太公望はさすがに即答はできず、しばし黙考してからゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「大変尊い願いだと思います。

 ですが―――魂の物質化という方法では、悪がない世界はつくれませんよ」

「……何故です?」

 

 天草は自分の願いに強い執着を持っているが、ダメ出ししてきたのが太公望ほどの知恵者となればその理由を訊かざるを得ない。むろん太公望も真面目に答えた。

 

「貴方がいう魂の物質化と同義、つまり不老不死を達成した人間でも争い、殺し合うからですよ。いえ仙人は不死ではありませんがほぼ不老で疫病や貧困といった生活上の不安もなく、しかも世俗の欲望や執着をおおむね捨てた人たちです。それでも闘争心や党派性はなくせず、徒党を組んで殺し合ったのですよ」

「…………」

 

 実際に見聞き・体験した人物の発言は重い。天草はすぐには反論できなかった。

 なおヒロインXXもサーヴァントユニヴァースという、人類すべてがサーヴァント化≒魂の物質化をした世界から来ていて、しかもそこはヴィランとダークマター企業がはびこる末法の世であるのだが、軍師が真剣に話をしている最中なので口出しは控えた。

 

「あ、そういえばマスターがバナナ型神話について話していましたね。まさにこの問題そのものじゃないですか」

 

 太公望がふとそう言って軽く首をかしげる。

 魂の物質化とは人間がバナナから石になる、アダムとイブが再び生命の樹の実を食べるという一大ムーブメントなわけだが、実際これにはまだ考察しておくべき点があった。

 

「それと仮にあなたの願いがかなったとして、子供は新しく生まれるのですか? 今いる人間が死なないのに生まれるのなら当然人口爆発しますし、生まれないなら世代交代がなく今存在する者だけが成長も老化もなく同じ年代のまま存在し続けるわけですから、『変化がない行き詰まった世界』と見なされて剪定される恐れも出てきますが」

 

 ここで最後の仮定がもし正しかった場合ルシフェルは本当に世界と人類の救い主ということになるのだが、初対面のキリスト教徒の前で口にするのは避けた。まあ当然の配慮といえよう……。

 天草の方は魂の物質化をした人間が子供をつくるかどうかは考えたことがなかったが、それより「剪定される」という危険そうなセンテンスの方が気にかかった。

 

「行き詰まった世界が剪定される、というのはどういうことなのですか?」

「ああ、これははぐれサーヴァントではなかなか知り得ない話でしたね。ではまず、並行世界というものがあることはご存知ですか?」

「ええ、言葉の意味くらいは」

「それなら話が早い。実際宇宙には無数の並行世界があるのですが、実は宇宙のリソースは有限で、存在できる世界の数には上限があるのですよ」

「な……!?」

 

 これには天草も心臓が止まる思いだった。まさか「世界」自体が生まれたり死んだりしているというのか!?

 

「ええ。そこで『死ぬ』というか消え去るのが今言った『変化がなくなった世界』なのですよ。

 一応、この世界は変化があるということで存続できる世界らしいですが」

「…………手放しに喜んでいいことかどうかは分かりませんが、安心はしました」

 

 自分たちの世界の存続が他の世界の犠牲の上に成り立っていると考えると心苦しくはあるのだが、他の世界、まして宇宙のリソースなんて一介のサーヴァントの身ではいかんともしがたい。天草は深く言及することは避けた。

 

「しかし、それが事実だという根拠はあるのですか?」

「ええ、何しろその剪定された世界出身、しかもその世界の主権者だったサーヴァントが実際にカルデアにいますからね。

 それとは別に、剪定が予定された世界―――『異聞帯』と呼んでいるのですが―――に侵入されて追い出そうとしている最中の世界から来たサーヴァントもいます」

「……」

 

 天草はもう反論の言葉すら思いつかない。

 いや「剪定される恐れも出る」というのは根拠こそあるがあくまで推測に過ぎないのだが、無視していい話ではないわけで。

 しかし太公望は天草が考えをまとめる前に話題を変えてきた。

 

「―――というかですね。悪がない善なる世界を望むのであれば、それそのものを願えばいいのでは?

 全人類がブッダやキリストのような聖者になったら、その日の内に地上のあらゆる悪徳は消えてなくなるでしょう」

「おお、なるほど!」

 

 言われてみればその通りだ。魂の物質化は目的ではなく手段であって、直接目的を達成できるならその方が良いに決まっているではないか!

 

「キリストが幸福だったかどうかは僕には分かりませんが、ブッダは幸福だったでしょうからね」

「……なぜそう言えるのです?」

 

 自分が信じる教えの教祖が他の教祖に劣っていると言われたように感じて天草は目を細めたが、太公望とて根拠なく発言したのではない。

 

「だってブッダは悟りを開いた者ですからね。内なる平和とかそういう境地にあるわけですから、世俗の一般人よりは幸せなんじゃないですか?」

「……それはまあ」

 

 これは反論しにくい。ブッダについては確かにそうだし、キリスト自身の幸不幸なんて天草に分かることではないのだ。

 なお2人が想定している「ブッダやキリストのような聖者」というのはあくまで「ような」であって、ブッダやキリストそのものになるのではない。つまり聖者並みの悟性や愛を持つだけで性格や嗜好や職業適性は個々に異なるから、社会の運営と存続はできるはずだ。

 

「しかしこれだと次世代の善性は保証されませんね。さすがの聖杯もそこまで面倒見てくれるかどうか分かりませんし……いえ親や社会が愛と善に満ちていれば、子供もそのようになってくれるでしょうか」

 

 これまた悩ましい問題である。先ほどの人口爆発か剪定かの問題もあるし、今ここで結論を出すのは無理そうだ。

 ではどうしようかと天草が悩んでいると、太公望は自分でかけたハシゴを外してきた。

 

「ただマスターを初めとするカルデア職員がブッダのようになったら闘争心をなくして人理修復に取り組めなくなるかも知れませんので、今はやめておいて欲しいところですが」

 

 何しろ「仏は人類の存亡について関与しない」と言われているくらいなので、あまり楽観はできないのだ。そういうことは人類の脅威が完全に取り除かれてからにしてほしいと思う。

 たった1人の願望で全人類の身体や価値観を改変する行為の是非という根本的な問題はまた別だが。

 

「う、うーん。それもそうではありますが。

 カルデアの職員だけは例外にしてくれなんて細かい望みが実現される保証はないわけですし」

 

 人理修復が失敗になっては本末転倒である。天草は唸るしかなかった。

 とりあえず、異聞帯と剪定について当人に詳しい話を聞きたい。天草が太公望にそれを頼むと、なぜか太公望はちょっと渋い顔をした。

 

「うーん、それは構いませんが……マスターの姿を見ても驚く、のはいいですが襲いかかったりしないで下さいね」

「……? アタランテ殿とジャックが世話になる方に無体なことをするつもりはありませんが」

「ならいいですが……あとはナーサリー殿ですね。どうしますか?」

「う、うーん。みんなが行くなら私も行くわ」

 

 こうして、天草一党は4人そろってカルデアのマスターに会いに行くことになったのだった。

 

 

 




 太公望が強い……! これがFGO原作でも封神演義原作でも活躍しまくった軍師の実力か……。




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第228話 ルチフェロなりしサタン

 太公望たちが第三勢力の4騎を全員連れてきたことにアルトリアたちは目を丸くしたが、報告を聞いてみるとマスター決裁案件のようなので、サーヴァント全員が同席の上で光己と対面してもらうことにした。

 小次郎の時同様に怪しい(もや)を通り抜けると、同様に巨大な竜の骸骨が天草たちの目に映る。

 

「な、ななな……!!??」

 

 そのあまりに異様な姿にアタランテは硬直し、ジャックとナーサリーは後ろによろめいて尻もちをついてしまった。しかし天草は厚き信仰心の賜物か、動転したのは一瞬のことですぐ戦闘態勢に入っていた。

 

「あ、あれはまさしくルチフェロなりしサタン……なるほど、大天使ミカエルに受けた傷を癒すために魔霧の魔力を吸い込んでいたというわけですか。

 すると太公望殿たちは操られているということに!?

 ……勝てる気はしませんが、抗わぬわけにはいきません」

 

 なおとある特異点では悪堕ちした天草がその「ルチフェロなりしサタン」の使徒になっていたりするのだが、今ここにいる天草は彼とはまったくの別人である。

 

「待て! ジャックの願いをかなえる邪魔はさせないぞ!」

 

 するとアタランテも我に返って、天草を後ろから羽交い絞めにする。

 なおアタランテが動かなければメリュジーヌあたりがもっと過激な方法で止めていたので、天草はむしろアタランテに感謝すべきところなのだが、当人にそんなことに気づく余裕などあるわけがなかった。

 

「ちょ、アタランテ殿!? サタンのことは知らなくても、この骸骨の禍々しき気配は感じられるでしょう。人間の願いを素直にかなえてくれると思いますか!?」

「思う! カルデアのマスターに何が起こったのかは分からないが、彼らはこの街の住人を殺していないからだ」

「そ、それは確かにそうですが」

 

 なるほどカルデア一行はロンドン市民を殺害するどころか、それをしている黒幕を打倒するために活動しているのは事実だ。しかしそれだけで人類の味方と断定はできない。

 

「ですがあの蝙蝠の翼の悪魔的なオーラを見て下さい。住人を殺していないといっても、何か裏があると見るべきではないでしょうか」

「それはそうかも知れんが、そうと決まったわけでもあるまい」

「しかしですね」

 

 ……などと2人がもめていると、上から重厚にして貫禄ある声が降ってきた。

 

「少し落ち着いたらどうか、いと小さき者よ」

「しゃべった!?」

 

 しかも人間への呼びかけ方がそれっぽい。2人はびっくりしてしまった。

 上からの声が続く。

 

「人理の影法師である青年よ、汝は何故我に剣を向けるのか?」

 

 その白々しい質問に天草は露骨に眉をしかめた。

 

「知れたことを。貴方がサタンであるならば、まぎれもない人類の宿敵でしょうが」

「ほう? だが()()イブに知恵の樹の実を食べさせなければ、かの夫婦は無垢なままずっと2人きりでいただろう。つまり我がいなければ、汝らは皆この世に生まれていなかったというのにか?」

「んんんっ!? そ、それは」

 

 骸骨はあっさり己がサタンであることを認めたが、それは自分が人類の恩人だと主張できる理屈を持っていたからのようだ。

 確かに一理あるが、それを認めるわけにはいかない。自身が魔王サタンと直接話をしているという聖書的状況に非現実感と不思議な高揚感、そして総身が震えるほどの畏怖を感じつつも反論を試みる天草。

 

「い、いやそれは結果論でしょう。

 それに貴方は人間を惑わして神に罰されるハメに陥らせたでしょう。それも善だと言い張るのですか?」

「我が悪とされるのは、単に負けたからに過ぎぬ。汝の生国でも、楠木正成が朝敵だったり石田三成が奸臣だったりした時代があったであろう。それと同じことだ」

「なんと!?」

 

 予想外にも、サタンは日本の歴史に詳しかった。

 しかし敗者が悪とされるのは人間世界ではままあることだが、天界でもそうだというのだろうか。

 

「否、天界においてはそのようなレッテル貼りは行われぬ。何故なら宇宙で起こるあらゆる事象、すなわち『神』の采配は人の価値観や感覚を超えた高き視点から見れば全て完璧だからである」

「な、何ですって……!?」

 

 まさかサタンが神を称賛するとは。ただでさえ太公望との討論で頭が疲れていた天草はすっかり混乱してしまった。

 とりあえず、1番の疑問点を率直に訊ねてみる。

 

「つまり、貴方は人類の味方だというのですか?」

「然り。このたびの人理焼却案件においても、人類を救うため尽力している」

「な、なんと……」

 

 まさかサタンがこれほどはっきり、己が人類の味方だと明言するとは。

 いやそれもこれもこちらを惑わすための虚言という可能性もある。天草はますます混乱してきて両手で髪をかきむしったが、すると見かねたのか若い女性が仲裁に入ってくれた。

 

「我が夫、(もてあそ)ぶのはその辺にしておいては?

 天草はともかく、マシュが困惑していますから」

「え!?」

 

 言われてみれば盾を持った少女がなぜか妙におろおろしているが、それは先方の内輪事情として、もっと気になることがあった。

 

「夫……? サタンが……? ということはまさか貴女はリリス!?」

「大外れだ。私はモルガン、ここ汎人類史においては、アーサー王の姉でありロット王の妻であった者だ」

「へ!? そ、それは失礼しました……」

 

 天草はとりあえず見立て違いを謝罪したが、なぜイギリスの王妃がサタンを夫と呼ぶのか? 遅まきながら真名看破してみたが、彼女の真名は名乗った通りだった。

 モルガンたちは本当に自分の意志でサタンに従っているのか、それとも洗脳か何かされているのか? 一体何がどうなっているのか、天草のSAN値(しょうきど)はもう直葬寸前であった。

 それでも黙っているわけにはいかない。もしモルガンが洗脳されているのなら何を聞いてもサタンに都合のいい答えしか返って来ないだろうが、それを確かめるためにも会話は必要だ。

 といっていきなり「夫婦」の内輪事情を詮索するのは紳士的とはいえないので、まずは今彼女が口にした「弄ぶ」という単語について訊ねることにする。

 

「それで、サタンが私を弄んでいるとは一体?」

「我が夫がおまえに言ったことは()()()()が出任せということだな。あの姿と声の迫力もあって、一応はもっともらしく聞こえるのがタチが悪い」

「……は!?」

 

 天草呆然である。完全に思考停止して、再起動するまで数十秒ほども要した。

 

「……ほわい!? なぜそんなことを!?」

「簡単なことだ。我が夫は先ほど『俺は体は悪魔になった……だが人間の心を失わなかった』と言っていて、しかも『人類を救うため尽力している』と言ったのは本当だ。なのに見た目だけで人類の敵扱いされれば、不快に思うのは当然だろう」

「見た目だけで判断するのが良くないのは分かりますが、さすがにあれはちょっと……いやそれより、サタンは人間だったというのですか!?」

 

 またもSAN値が削れる驚愕の新情報だ。聖書の記述に矛盾するのはもちろん、当人の「イブに知恵の樹の実を食べさせた」発言とも矛盾してそうな点がさらにCOOL。いやそこはやはり出任せでデタラメだったのだろうか?

 

「やっぱりおかしくないですかそれ!?」

「何もおかしくはないな。端的にいえば今の我が夫は人間藤宮光己がアルビオンという竜の遺骨と融合して、それがルシフェル、おまえのいうルチフェロなりしサタンの疑似サーヴァントになった、ようなものなのだから。

 つまり本物のサタンではないのだから矛盾はあるまい。

 ……おっと、言い忘れるところだった。サタンといっても100%魔王なのではなく、天使長と魔王が半分ずつであるおかげで人格への影響はないそうだ。だからこそ人間の心を失わずに済んだのだな」

「!!!?!!?☆※#*★!? …………、……!!」

 

 まずは己の宿願の是非に挑戦する危険で重大な情報をいくつも提示され、次はおぞましき大悪魔(?)に弄ばれ、さらには宗教的信条ともかかわる密度が高すぎる話まで聞かされた天草はついにSAN値がゼロになって発狂、もとい知恵熱が上がり過ぎて失神したのだった。

 

 

 

 

 

 

 天草はアタランテに羽交い絞めにされているままなので、失神しても地べたに倒れたりしないですんだが、そのままにしておくのは何なのでナーサリーが本からファンシーなベッドを出してそこに寝かせておくことになった。

 それが済んだところで、マシュが気ぜわしげな様子でモルガンに訊ねる。

 

「あ、あの、モルガンさん! 先ほどのお話はいったい……それと先輩は無事なのでしょうか!?」

 

 無事というのは、光己の意識がルシフェルに乗っ取られていないかという意味だ。疑似サーヴァントはエルメロイⅡ世(諸葛孔明)のような一部の例外を除いて、依代の人格はなくなってサーヴァントの人格だけが表に出るようになるので、光己もそうなってしまったのではないかと心配になったのである。

 人類の敵扱いされて腹が立ったとしても、相手の宗教的信条をつついて弄ぶなんて光己らしくないと思うし。

 するとモルガンはマシュの心配が杞憂であると示すかのように小さく笑った。

 

「心配は要らん。我が夫の頭の中身は藤宮光己のままだ。

 といっても普段よりは秩序・悪に寄っているがな。らしくないというならそのせいだ」

「えええっ!?」

 

 前半はともかく、後半は心配要ると思うのだけれど。やはり異聞帯の女王ともなると感性が違うのだろうか。

 

「でもどうしてですか?」

「我が夫は先ほど『元々天使的パワーと悪魔的パワーが同じで中和されてたおかげで精神面は影響なかった』と言っていたな。しかし今はどうだ?」

「ああっ、確かに!」

 

 言われてみれば、今の光己は悪魔の翼だけがあって天使の翼がない。ならば精神面が悪魔側に引っ張られるのは必然だ。天使の翼ができるまでのこととはいえ、本当に心配要らないのだろうか?

 マシュは今一度光己の顔を見上げてみたが、遠い上に骸骨なので彼の内面はまったく判断できなかった……。

 

「アルビオンと融合したことで精神干渉への耐性も上がったはずだが、あの翼も巨大だからな。単に意志力や善性が強いというだけでは抵抗しきれまい。

 なのにこの程度で済んでいるのは奇跡……などではなく、ちゃんとカラクリがある」

 

 モルガンがそう言って光己の方に目をやると、骸骨の頭部はむうーっと感心したような動作をした。

 

「さすがはモルガン、ここまで完璧に見抜くとは……」

「フフッ、政略結婚とはいえ妻ですからね。このくらいは察しますよ」

「……むー」

 

 モルガンが自慢気に小さく鼻を鳴らすのを見てマシュは何となく不愉快になったので、気づかってくれた彼女には悪いと思いつつ割り込むことにした。

 

「そ、それでそのカラクリとは何なのですか!?」

「如意宝珠に精神安定を願っているのだ。それで悪魔の翼の影響を減らせる」

「な、なるほど! さすがは先輩です」

 

 これまで素晴らしい機知で何度も戦況を好転させてきた彼だが、これは今までのトップ3に入るナイスアイデアではあるまいか。アルビオンやルシフェルといった超存在になっても驕り高ぶる所はないし、まさにこの冬ナンバーワンのマスターである。

 しかしこの妙案と光己の心理状態をも的確に見抜いたモルガンもまた、異聞帯の女王を2千年もやっていただけのことはあるというべきか……。

 

「つまりこの先は、骨格が6対とも出来上がったら天使の翼を重点的に再生するという流れになるのでしょうか?」

「そうだな。最初からそうすれば良かったといえばその通りだが、6対出来たのは当人にも予想外だったようだから仕方あるまい」

「そうですね。先輩には驚かされてばかりです」

 

 マシュとモルガンがそれでいったん話を締めると、今度はアタランテが「やっと話ができる」といった面持ちで近づいてきた。

 

「それで、結局何がどうなっているんだ? 恩義があるのに敵対しておいておこがましいとは思うが、もう少し分かりやすく説明してくれないか」

 

 神話時代のギリシャ人であるアタランテには、アルビオンとかルチフェロとかサタンとか言われても何のことかさっぱりである。頼み事をするために来た身だが、そこは聞いておかないと落ち着かない。ジャックとナーサリーが怖がって自分の後ろに隠れているし。

 善良で純朴なマシュはその辺気にせず、親切にアルビオンとは何かとか、光己がなぜ今こうなっているのかを懇切に説明した。

 

「―――そういうわけで、先輩はこの場で翼だけでも再生しておこうとしているのです」

「うーん、そんなことになっていたのか。どう言葉をかけるべきか悩んでしまうが……何にせよ、無事ではあるわけだな?」

「はい。天使の翼が再生されれば気分も落ち着くはずですので、もし込み入ったお話があるのでしたらその後にするのが良いかと」

「ふむ、ではそうさせてもらうか」

 

 こちらの頼み事は特に急ぎではない。相手が現在精神的に不調だというなら、治るまで待つのが道義的にも頼み事を了承してもらえる可能性的にも順当な判断だと思われる。

 天草については、その天使の翼ができるまで寝かせておくのが彼のためであろう……。

 

「それにしても、目に見える速さで骨が生えていくというのはすごいな……」

 

 アタランテも生前は猪退治に参加したりアルゴー号に乗船したりといろんな冒険をした身だが、こんなのを見るのは初めてだ。しかしこれなら、そう長いこと待たなくても良さそうである。

 そして翼の骨格が6対とも完成すると、モルガンの見立て通り1番上の骨格に肉や皮が生えてきた。

 はっきりいってグロい。狩人のアタランテや解体マニアのジャックはわりと平気だったが、絵本の概念であるナーサリーは我慢できず両手で目を隠してしゃがみこんでいた。

 しかし羽毛が生えてくると骨や肉が隠れてグロさが薄まり、代わりにその美しい純白の羽根が放つまばゆい光の神々しさといったらもう、適切に表現する言葉が思いつかないほどである。

 なるほどこれほど強大な存在ならば、ジャックの願いを叶えるくらい造作もなかろう。もしかしたらアタランテの願いさえ実現できるかも知れない。

 

「うわ、すっごいきれい……」

「天使様だわ、天使様だわ。羽だけは」

 

 ジャックとナーサリーも感嘆の声をあげていた。2人はなるべく悪魔の翼から目をそらして、天使の翼だけ見るようにしているようだ。

 そして再生が完了すると白い羽翼は一段と荘厳さを増して、アタランテたちはまるで神殿の中にいるような気分だった。骸骨と蝙蝠の翼を視界に入れなければ。

 

「―――ふう、これで人心地ついたな。あとは4対同時進行でいいか。

 お待たせしちゃったけど、アタランテたちがここに来たってことは何か頼み事でもあるの?」

 

 するとまた声が降ってきた。

 声質は竜種の冠位らしい重厚なものだが、口調は以前の光己と変わらないのほほんとしたものなので大変違和感がある……が、アタランテにもそれを指摘しない程度の慈悲はある。すみやかに用件に入った。

 

「その通りだ。身勝手なのは承知しているが、それをかなえてくれたらまたそちらの味方になろう」

「ほむ……」

 

 もしかして太公望が如意宝珠のことを教えたのだろうか? いずれにせよ、まずは彼女の望みを聞いてみるべきだろう。

 

「で、どんな願い事?」

「ああ。ジャックは実は見た目通りの存在ではなくてだな―――」

 

 そこでアタランテが太公望に説明したことを繰り返すと、さすがに光己はちょっと渋い顔をした。太公望が予想したように、倫理的な面で不快感を抱いたのだ。

 ジャックは自分からカルデア側にも攻撃したから尚更である。

 

(簡単に承知したらモルガンやアルトリアたち、あとモードレッドが気を悪くしそうだしな。

 でも太公望さんが連れて来たからには何か考えがあるんだろうから、その辺話してもらおうか)

 

 思案の末そのような結論に達した光己が軍師に目を向けると、太公望も当然心得ていてモルガンたちにも聞こえるように話し出した。

 

「―――というわけで、我々は警察でも裁判所でもありませんから人理修復に得か損かで判断した方がいいと思うのですよ」

「なるほどな。犯罪者を安易に赦免するのは治安維持と市民感情の観点から好ましくないが、公表されないなら問題ない。

 再犯防止になるのならやっても良かろう」

「むう、まさかモルガンがここまで真っ当な政治論を述べるとは……遺憾ながら、まったく反論の余地がありません」

「そうですね、いいのではないでしょうか」

「マスターくんがそれでいいなら!」

 

 元ブリテン王組が同意したのなら、光己は言うことはない。他のメンバーもそうだろうし、最後に当人の意向を確かめておくことにした。

 

「それで、君はアタランテのお腹の中に入るのが願いってことで間違いない?」

「うん。そうしてくれたら、もう解体しないから」

 

 ジャックは太公望たちが話していたことを全て理解できたわけではないが、自分の願いをかなえてもらうための条件が人殺しをやめることであるのは分かっていた。まあおかあさんの中に還れたなら解体する理由自体がなくなるわけだから、条件を飲むのは支障ない。

 

「ほむ、じゃあやるか。

 あー、いや待った。その前に天草にお別れとか言わなくていい?」

「え!? あ、うーん。おねえさん、どうしよう?」

「ふむ……天草が起きたらまたもめるかも知れないからな。私が後で言っておくから、汝は気にしなくていい」

「うん、じゃあそうする」

 

 ジャックはちょっと迷ったようだが、アタランテに「挨拶はいらない」と言われるとあっさり頷いてしまった。まあ特に親密というわけでもなし、もめるかも知れないとあっては仕方ないことだろう。

 

「それじゃナーサリー、またね」

「うん……元気でね」

 

 といってもナーサリーにはちゃんと挨拶していたが……。

 

「よし、それじゃ改めて。

 いやまだその前に。おかあさんの胎内(なか)に入るなら、服は脱いどく必要があるな。

 アタランテもパンツ脱いでね」

「「……!?」」

 

 唐突にハラスメントなことを言われて、ジャックもアタランテも真っ赤になってしまった。

 いや言われてみれば確かに、胎児は服など着ていないし、パンツを穿いていては胎内に迎えることはできない。光己の指摘は正当といえよう。

 しかしこんな人前、まして野外で脱ぐわけにはいかない。

 

「う、うむむむむ……そうだ、魔術で衝立か何か出してもらうわけにはいかないか!?」

「あー、なるほど。男はもちろん、女同士でも見られたくないよなあ。もちろん大丈夫だよ。

 でも俺だけは……」

 

 そこで光己がいったん言葉を切ったので、アタランテとジャックは思わず生唾を飲んでしまった。やはり施術者である彼には見せなければならないのだろうか!?

 

「見なくても問題ないんだな、これが」

「先輩、その言い回しだと本当にセクハラですよ!? 見なくてもできるなら、わざわざ『俺だけは……』なんて不安を煽るようなこと言わなくていいじゃないですか」

「いや待て落ち着けマシュ! これは思春期男子として自然な欲求なんだ。『見てないとできない』とは言わなかったんだから、よく自分を抑えたと思ってるくらいなんだが」

「それでよく抑えたと思っているのなら、先輩には常識とか配慮というものがまったく足りてません! 後でまたお説教です」

「そう言うマシュには男性性への理解が足りてないんじゃなかろうか」

 

 アタランテとジャックがほっと安堵するのをよそに光己とマシュはまた夫婦漫才を始めたが、いつものことなのでカルデア組は誰も気にしていなかった……。

 そして漫才が一区切りついたところで、モルガンが魔力でドームをつくってアタランテとジャックを皆の視界から隠す。

 

「これでいいな。脱いだら声をかけるがいい」

「済まないな」

 

 そしてかすかな衣擦れの音の後、ドームの中から声がした。

 

「準備できたぞ。始めてくれ」

「分かった」

 

 その後何が起こったのかは、ドームの外からでは見えない。

 やがてアタランテが終わった旨を告げてモルガンがドームを消すと、そこにいたのはアタランテ1人だけだった。

 

「うまくいった?」

「ああ、無事ジャックは胎児に戻って私の中に入った。感謝する。

 この恩は粉骨砕身して戦うことで……ああいや、それは次回以降ということにして、今回は後衛専門にさせてもらいたいが」

「そりゃそうだよな。もちろんそれでいいよ」

 

 というわけで光己の思春期の欲求は満たされなかったがジャックの願いはかなって、アタランテがカルデア側についたのだった。

 

 

 




 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致しますm(_ _)m




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第229話 救済の夢とある異聞帯

 アタランテはジャックの願いがかなったことを大変喜んでいたが、彼女自身にもこの世を「全ての子供たちが愛される世界」にしたいという願いがある。しかし天草と太公望の会話を聞いた限りでは、実現するにはまず人理修復を達成してから、適切な方式をきっちり指定した上で願う必要があるようだ。

 つまりこのたびの現界でかなえるのは無理なので、恩返しに専念するのが順当だと思われる。

 

「それでカルデアのマスター、天草はどうするんだ?」

「うーん。サタン扱いされたのは見た目的に仕方ないとは思うけど、天草って仲間として信用していい人?」

 

 そこでまず天草の扱いを訊ねてみると逆に質問されたので、忌憚のない意見を述べることにした。

 

「有能かつ善性の人物なのは間違いない。ただし、自分の宿願のためなら他者を裏切ったり踏みにじったりするのをためらわないから、仲間にするなら十分用心すべきだと思う」

 

 この返事だと寝ている内に始末しろと言っているのに等しいような気がしたが、事実だから仕方がない。実際に何人ものマスターを傀儡にして操っていたのだ。

 ルーラースキルは便利だが、1人いれば足りるものだし。

 

「ああ、そういえばそちらにはモードレッドがいたな。知っているはずだから聞いてみるといいんじゃないか?」

「ほむ」

 

 モードレッドといえばモルガンとのお話()をまだしていなかった。翼が完成するまでまだ時間がかかるから、ここに呼べばちょうどいい。

 ただ1人で来てもらうのは不用心なので、太公望に土遁タクシーをしてもらえば安全かつ迅速である。

 

「……ということでどう?」

「なるほど、実に合理的……いや今の状態だと私が有利すぎるな。まあ一時的にでもモードレッドが我が夫と契約すれば対等か」

 

 光己の提案をモルガンはいかにも名案といった風に歓迎した。

 モードレッドは何か意地を張って光己と契約せずにいるが、光己が嫌いというわけではなさそうだから、お話の間だけということなら文句はあるまい。

 バーヴァン・シーは逆に不本意そうにしているが、反対意見を口に出す気はないようだ。

 そしてまず通信機で連絡してから、太公望と念のためアルトリアも同行して迎えに行ってもらうことにする。道中は何事もなかったようで、3人はすぐ戻って来た。

 

「時間かかってるなと思ってたが、こんなことになってたとはな。いや言われてみれば、魔霧を派手に吸い込んだら連中が様子見に来るのは当たり前といえば当たり前か」

 

 モードレッドは土遁から下りると、まず光己たちにそう一声かけてからアタランテたちに近づいた。

 

「ジャックがいねえな……ってことは本当にあの願いをかなえたのか。

 できるわけねえって思ってたっつーかそれが常識的な判断だと思うが、カルデアのマスターすげえな」

 

 そう言いながら、モードレッドは改めて光己の顔を見上げた。

 

「うん、マジすげえ。それしか言葉が思いつかん」

 

 口が悪いモードレッドも、アルビオンの遺骨+天使長の翼+魔王の翼という超キテレツ案件にはそんな感想しか出て来ないようだ……。

 

「ブリテンの人間を殺した奴の願いがタダでかなっちまったのは面白くねえけど、父上が認めたんならしゃあねえ。理屈は分かるし」

 

 そしてジャック(とアタランテ)に危害を加える気はないことを表明してから、まだ気絶したままの天草の方に顔を向けた。

 

「んでもって、あいつが仲間として信用できるかどうか意見を聞きたいって聞いたんだけど」

「ああ。先ほどまで敵対していた私の言葉だけではカルデアのマスターも信じ切れないかも知れないと思ってな」

「なるほど、そういうことか」

 

 天草はぱっと見の印象と本性がだいぶ異なるが、それを理解してもらうにはより多くの者が語った方がいいというのは分かる。バーサーカーになってる割には知恵が回るな、とモードレッドはさすがに口には出さず内心でそうごちた。

 そして今一度光己の方に向き直る。

 

「よし、じゃあこのオレががっつりとコイツの性根を語ってやるぜ!

 ズバリ、今ここで斬っちまうのが後くされなくてお勧めだな! ……って、一言で終わっちまったっていうか、讒言(ざんげん)っぽくて父上の騎士としてどうかとも思うけど、実際仲間にしたらシレッとした顔でおまえに怪しい毒盛りかねんからな」

 

 怪しい毒と聞いてモルガンが一瞬頬をひきつらせたが、モードレッドはそちらは見ていなかったので気づかなかった。

 

「マジか。そんな風には見えないけど」

「マジだ。だからアタランテもオレを呼ばせたんだよ。

 いや私利私欲じゃなくて人類を救済したいとかいう立派な、多分立派な願いのためなんだけどな」

「ほむ……」

 

 人類を救済と聞いて光己がちょっと考え込む。

 宗教的信念が暴走してるとかそういうタイプなのだろうか? 彼の生涯を考えればありえないことではない。

 とはいえこちらも人類を救おうとしている身だし、毒を盛るのは勘弁してもらいたいが……。

 

「まあどうしても仲間にしたいんなら、契約して令呪で裏切らんよう命令……いやカルデアの令呪はそういう使い方はできないんだったか」

 

 光己自身が言ったことだが、実は今は状況が違う。天草を連れて来た責任を感じたのか、太公望が口を挟んだ。

 

「いえ、向かないというだけで不可能ではありません。今のマスターの力ならたやすいことかと」

「ほむ、なら話くらいは聞いてもいいか」

 

 もっとも天草の方が「ルチフェロなりしサタン」との契約を拒むかも知れないが、その時は仕方ない。彼の意向次第で普通にお別れするか、腕力で決着をつけるかということになるだろう。

 

「そうですね。そもそも天草殿はカルデアの仲間になるというより、異聞帯について聞くために来た身ですから」

「ほえ?」

 

 いや言われてみれば、天草とナーサリーはカルデアの仲間になるとは言っていなかった。

 天草が人類の救済を望んでいるなら、地上を聖書的な天国にしたいとかそういう感じだろうが、その具体的な内容によっては異聞帯化の条件を満たしていつかこの世界自体が剪定されてしまうということだろうか。それなら詳しく聞いておきたくなるのは当然だ。

 

「うーん、地獄への道は善意で舗装されているってのはこういうことか。怖いな……。

 モルガン、話してあげてくれる?」

「そうですね、この世界が私たちが知らない内に異聞帯化してしまっては大変ですから」

 

 モルガンにとっても他人事ではないので、当然のように承知した。

 そしてアタランテが天草に気つけをすると、天草は悪い夢でも見ていたかのような陰鬱な表情で目を覚ました。

 

「うーん。仮にも聖職者の端くれである私が、まさかサタンに惑わされる夢を見てしまうとは……」

「現実逃避するな。両目を大きく開いてしっかり見ろ」

 

 天草は光己とのやり取りに相当な衝撃を受けていたようだ。しかしアタランテが無慈悲にも両手で顔をはさんで光己の方に向けたので、また竜の骸骨をまじまじと見つめることになってしまった。

 

「サ、サタン!? するとさっきのは夢じゃなかった……!?

 いや翼が増えてますね。あの白い翼の神々しさ、モルガン殿が『天使長と魔王が半分ずつ』と言ったのは事実でしたか……」

 

 疑似サーヴァントのようなものとも言っていたが、そのような存在が実在して、しかも目の前にいるとは。天草はせっかく少し回復したSAN値(しょうきど)がまた削られていく思いだった。

 すると不意に竜の骸骨が胸の前あたりで両手を合わせた。

 

「ドーモ、天草四郎=サン。藤宮光己です」

「……!?!? ド、ドーモ。あ、天草四郎です」

 

 天草は「ルチフェロなりしサタン」が、いかに日本に詳しいとはいえ日本式のアイサツをしてきたことに驚いたが、アイサツされたからには返さねばならない。自分も手を合わせてオジギをした。

 なお光己はアイサツすることで己が日本人であること、つまり同郷だと言いたかったのだが、天草は返礼するのが精一杯どころか混乱の度合いが増しただけだったりする。

 

「そ、それで藤宮殿、その翼はいったい……!?」

 

 見れば光己の翼は白い羽翼が増えただけではなく、その下にある4対もどんどん再生が進んでいる。白い羽翼の下の2対めは燃えるように赤い羽翼、3対めは黒い金属の翼、4対めは羽毛の代わりに青っぽい水晶柱が生えており、そして5対めは真っ赤な蝙蝠の翼だ。いずれも並々ならぬ存在感がある。

 

「3対めと4対めは分かりませんが、2対めと5対めは……」

 

 敬虔なキリスト教徒である天草にはある程度想像がつく。赤い羽翼といえば熾天使に生えているとされるもので、赤い蝙蝠の翼はサタンの化身ともいわれる「黙示録の赤い竜」のものに違いない。おそらく彼らの能力をいくらか再現できるのだろう。

 聖書の記述によれば赤い竜は頭部を傷つけられてもすぐ再生する治癒力を持っているので、それが再現されていると考えればこの回復の速さも納得がいくし。

 ただ赤い竜は尾の一振りで天の星の3分の1を地上に叩き落すほどの力もあるそうで、話半分どころか100分の1でも再現されていい力ではないと思うのだが。

 天草がそれを述べると、骸骨はちょっと困った風な顔をした。

 

「まあキリスト教徒的にはそうだろうけど、俺もなりたくてなったわけじゃないんで……」

「なったと言いますと、モルガン殿が仰ったように元々は人間だったと?」

「人理修復に関わる前は魔術のまの字も知らない純一般人で、その一般人の未成年が何でカルデアにいるかっていうと、自分の意志じゃなくて拉致されたからなんだ。マジで」

「そ、それは何ともはや」

 

 どう答えていいものか困ってしまう話である。しかもこれが事実ならカルデアという組織の正当性や信頼性にも関わってくるのだが、被害者にそれを言っても仕方ないのでやめておいた。

 

「ところでジャックはどこに?」

「アタランテのお腹の中だよ。貴方が目を覚ましたらもめるかも知れないからその前にって。

 まあ天草視点だと、サタンが処女懐胎させるようにも見えるし」

「……言われなければ気づかなかったんですが」

「あー、それは失礼しました」

 

 天草が本当に恨みがましい目で見つめてきたので、光己はとりあえず謝罪した。確かに言う必要のなかったことかも知れない。

 しかしお互い好感を抱く要素があまりないせいか、コミュニケーションが今イチ噛み合わないようにも思える。

 

「まあたまにはこんなこともあるか……。

 ところで天草は異聞帯について聞きに来たんだっけ」

「あ、そう、それです! 話がそれまくってましたが、元々そのために来たんです。

 それで、どなたが異聞帯出身なんですか?」

 

 天草がそう言いながら辺りを見回すと、すでにスタンバイしていたモルガンがずいっと1歩進み出た。

 

「私だ。

 ただその前に、我が夫の翼の2対めと5対めについて語ってくれた礼に、3対めと4対めのことを教えてやろう。他にも早く知りたい者はいるだろうしな。

 3対めは我が夫(アルビオン)()()持っていたもので、慣性制御による高機動飛行を実現するものだ。そして4対めは……」

 

 そこでモルガンが一瞬口ごもったのは彼女も完全に看破できたわけではないからだったが、100%でなければ言わないというほど頑固ではなくすぐ続きを語った。

 

「一見は鉱物らしく冷たく無機質だが、その奥に春の花畑のような暖かさとのどかさを感じさせる……あれは星の内海(アヴァロン)と関係があると見たが、どう思うマーリン」

「さすが王妃様慧眼だね。うん、多分私の『宝具』と似たような作用をもたらせるんじゃないかな? つまり理想郷の夢を皆に示すというか」

「示すというか、実際に顕現させられるんじゃないかしら。わたしの千年城に似た雰囲気もあるし」

 

 マーリンの回答に続いて、アルクェイドも星の内海出身だけに感じるところがあったのか私見を述べた。しかし3人とも100%の分析はできなかったらしく、当人による解説を求めて視線を送る。

 

「……ほむ」

 

 水晶の翼は光己にとっても想像外の事態で、現在鋭意調査中の立香もまだ全貌を把握できてはいないのだが、仕方ないので今分かっている分だけでも語ることにした。

 

「水晶宮……一般的な言葉でいうと竜宮城を顕現させる権能があるっぽい。絵面としてはマシュやブリュンスタッドさんの宝具みたいな感じかな。

 それで何ができるかはまだ判明してないけど、戦闘時にはお姉ちゃんめいて空飛ぶサメの軍団を」

「お姉ちゃんって確かジャンヌ・ダルクのことだっけ? それはいいけど、サーヴァント戦で空飛ぶサメはその絵面がひどいことになるからやめといた方がいいと思うわよ」

「ほむ、それもそうか……」

 

 光己はまた何かしょうもないことを考えたようだが、アルクェイドにツッコミを入れられると素直に引っ込めた。

 なお日本では海神の宮殿が竜宮と同一視されている面があり、古事記にはその海神が和邇(わに)=サメを呼び集めたり使役したりした話が書かれているので、竜宮城にサメがいるという話は(空を飛ぶという点を除けば)むしろ自然である。

 さらにはブリテン異聞帯にあった星の内海に続く洞窟には、光己の翼の水晶に酷似した水晶柱がたくさん生えていたのだが、これを語れる者は今ここにはいなかった。

 そこに小次郎が声をかけてくる。

 

「カルデアのマスター殿、竜宮城というのはあれか、乙姫がいて玉手箱をくれるというあの竜宮城のことなのか?」

「はい、その竜宮城ですけどあれは数ある竜宮城の内の1つですので、俺が出すものにはいないですよ。

 俺のやつには多分星の内海要素が混じってますし」

「ほほう、それはそれで興味が湧く。もし暇があれば、英霊の座への土産話に見せてもらえると嬉しいのだが」

「いいですよ、翼が完成してからになりますが」

 

 小次郎は天草とほぼ同じ時代の日本人なのだが、こちらのコミュニケーションはいたって円滑であった……。

 その辺の話が一段落したところで、モルガンがまた天草に顔を向ける。

 

「―――どうやら1対めと6対め、2対めと5対め、3対めと4対めが形状や性質の面で対になっているようだな。神性と魔性が等量なのは変わっていないから、むやみに危険視する必要はないと思うが?」

「…………むむむ。確かに人格が一般人の未成年のままなのであれば、あまり攻撃や非難をするのは不当であるばかりか、攻撃者への怒りを募らせて本当に人類の敵に追いやってしまう恐れすらありますね。それは得策ではありません」

 

 天草はそこまで教条主義ではなく、人情や損得勘定も分かる人物であるようだ。まあそうでなければ一揆の指導者など務まらなかっただろう。

 モルガンたちの話はどれもこれもサタンの計略という見方もできるが、証拠もなしに疑い続けてもキリがない。今は棚に上げておくことにしたのだった。

 

「では、話を戻して異聞帯のことを教えて欲しいのですが」

「ふむ。簡単に言うなら、無数にある並行世界の中でも、文明的に行き止まりになり変化が見込めなくなったため『剪定事象』として消滅する運命にある世界のことだ。

 その世界の住人にその自覚はないし、まして剪定の詳細な基準など知りようがないがな」

「確かに、そんなことが分かるのは『神』か、でなければ剪定をしている当人?くらいのものでしょうね……」

 

 剪定の詳細な基準が分かれば「人類が第三魔法で救済された世界」がその対象になるかどうか判断できると天草は考えていたのだが、さすがに難しいようだ。いや「変化が見込めなくなったため」と分かっているだけでも御の字というべきか。

 

「おまえが気絶している間に聞いたが、おまえは第三魔法で人類を救済するのが望みだそうだな。

 確かに死や老衰や病気や飢えがなくなれば、それを原因とする不幸や闘争や暴虐もなくなるだろう。

 しかし当然、それ以外の原因で起こる不幸はなくならないな。いやいつかは克服してなくなるかも知れないというか、おまえはそれを期待しているのだろうが」

 

 6千年の長きに渡って妖精たちと関わってきたモルガンには、これがうまくいくとはあまり思えなかったが、種族の違いもあることなので言わずにおいた。

 

「そうですね。一朝一夕とはいかなくても、現在の状態がこのまま続くよりは期待を持てると思っています」

「そうか。しかし死がないとなると、その救済の日が来るまでは『死んで楽になる』ことすらできない哀れな弱者が多数出るのは承知の上だろうな? おまえが信じる教えでも言っている『地獄』そのものなわけだが」

「…………ええ、それでもです」

 

 地獄と聞いて天草はさすがに一瞬青ざめたが、それでも決意は揺るがなかった。

 生前の経験だけではなく、サーヴァントになってからの出来事も信念をより深めているのだろう。

 

「そうか。まあ第三魔法に加えて善性も同時に与えれば、この問題は最初から発生しないのだが」

 

 モルガンは天草の返事に感想を述べなかったが、代わりに解決策を示したところを見るに彼の反応を見ること自体が目的だったようだ。

 天草がかくっと脱力したのをスルーして話を続ける。

 

「さて、こうしてめでたく地上が天国になったとして。

 おまえと太公望は、その世界に子供が生まれるかどうかを話していたそうだな」

「ええ、そうですが貴女には予想がつくのですか?」

「ああ、おそらくは生まれないだろう。

 というのも、自然界では多産多死か少産少死が普通だからだ。危険が多く次世代を産める年齢まで生存できる可能性が低い種ほど子を多く産み、逆に安全で成年に至れる可能性が高い種は子が少ない。

 人間だけを見ても、各時代や地域における出生率の違いはおおむねこの法則に合致している」

「なるほど。私は生物学には詳しくありませんが、確かにその通りですね。

 少産多死では絶滅してしまいますし、多産少死ではその種だけ数が増えすぎて生態系のバランスを崩してしまいます。自然とは実によくできていますね」

 

 つまり第三魔法が与えられた世界では人口爆発になる可能性は低いと分かったわけだが、では剪定の方はどうなのだろうか?

 

「実は地上が天国になった異聞帯は存在するのだ。私の所ではなく、その様子を人に聞いただけだが」

「何ですって!?」

 

 思わず身を乗り出した天草に、モルガンは淡々とした口調のまま説明を続けた。

 

「そこはギリシャの神々の庇護、あるいは支配を受けていた所でな。人々は何千年もの間変わらぬ姿のまま平和と繁栄を享受し、幸福な満ち足りた日々を送っていたらしい。

 異聞帯だから滅びはしたが」

「そう、ですか……」

 

 ギリシャの神々を「主」に置き換えればまさに天草にとって理想ともいえる世界なのに、それでも消えてしまうのか。世界とは、宇宙とはいったい何なのだろうか。

 

「まあそう落ち込むな。幸福だったから消されたというわけではあるまいし。

 おまえにとって第三魔法とは手段であって目的ではないのだろう? ならば別の手段、あるいは世界と人類のあり方を模索すればいいだけのことではないか」

 

 モルガンにも生前似たような経験があっただけに、その言葉には重みがあった。うなだれていた天草がふっと顔を起こす。

 

「…………そう、ですね。少なくとも検討は必要なようです」

 

 自分が求めていた理想世界が破滅に続く落とし穴だったと知らされてなお、すぐこう言える天草もまた大変な精神力の持ち主であった。といってもすぐ次の手段を思いつけるわけもなく、かなり落胆気味だったけれど。

 一方モルガンはこれで天草の宿願についての話は終わったと解釈して、別の話題を切り出した。

 

「それでおまえはこれからどうするのだ?」

「どうする、とは?」

「身の振り方だ。私たちと同行するなら、おまえはマスターに毒を盛ったりするそうだから令呪で縛る必要があるが、『ルチフェロなりしサタン』と契約するのが嫌ならここでお別れということだな。もちろん同行しても鉄砲玉扱いはしないから安心するがいい。

 もしくはキリスト教徒としてサタンを倒したいというのなら真正面から相手になる……というのが我が夫の方針だ。魔王とは思えぬ実に寛容な沙汰だな」

「……そうですね」

 

 ここで別れたら何らかの理由で敵対したり聖杯を横取りしようとしたりする可能性だってあるのだから、契約を拒否しても見逃してくれるというのは本当に寛容というしかない。人格が一般人のままというのは信じて良さそうである。

 

「しかし私がマスターに毒を盛るという話はどこから?」

「モードレッドとアタランテに聞いた」

「そ、そうですか」

 

 そこで天草は2人にチラッと視線を送ってみたが、2人は悪びれる様子もなく見返してきた。我ながら残当だと思ったが、口には出さずモルガンの方に注意を戻す。

 

「……それで、契約するとしたら具体的にはどんな縛りを?」

「我が夫を含むカルデア関係者及びその協力者に危害を加えたり裏切ったりすることを禁じる、というところだな。当然ながら手段にかかわらず精神干渉や欺瞞も含まれるぞ」

「なるほど、きっちり詰めてきますね……」

 

 これでは「聖杯大戦」の時のような黒幕ムーブはできない。いやあの時天草自身がしたことに比べれば有情というべきか。

 

「しかし独断では決められませんね。ナーサリー、彼らと同行したいですか? それともここで別れたいですか?」

 

 ただ即決はしかねたので被保護者の希望を聞いてみたところ、童話の少女はちょっとだけ考え込んだあと同行の方を選んだ。

 

「ええと、ええと。この人たちはまだちょっと怖いけど、こんな危険な街で2人ぼっちはもっと怖いから大勢の方がいいわ」

「なるほど、それはもっともですね。では同行ということで」

 

 こうして、天草とナーサリーもカルデア側に仲間入りしたのだった。

 

 

 



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第230話 竜宮城談議

 天草とナーサリーがカルデアに仲間入りすることになったので、光己は天草と契約した後、モルガンが予告した通りの内容で天草に制約を課した。

 その時天草がちょっと苦しげな顔をしたのは純粋に制約の作用がつらかったのか、それとも裏工作ができなくなったからはさだかではない。

 なおナーサリーとは本人が希望しなかったので契約していない。今の光己の見た目を考えれば残当であろう……。

 

「まあ令呪は1画しかなかったから、どの道ナーサリーに制約は課せないんだけど」

 

 とはいえナーサリーが裏切りや悪事を働くとは考えにくいから、あえて当人が望まぬ契約を強いる必要はあるまい。

 

「で、次はモルガンとモードレッドのお話だったな。契約はする?」

「ああ、頼む」

 

 このたびのお話()は勝ち負けではなく感情の発散と相互理解が目的なので、片方だけが他者の助力で強くなって相手を圧倒するのが好ましくないのはモードレッドにも分かる。しかしモルガンが契約解除したら特異点から退去になってしまうので、モードレッドが一時契約するしかないのだった。

 そして光己と契約すると、途轍もない魔力が流れ込んできて自身のスペックが大幅に上昇したのを感じた。

 

「お、おおぅ……!? なるほど、これなら母上が気にしたのも当然だし、はぐれサーヴァントなんか一捻りになるよなあ」

「そういうことだ。我が夫があの姿でいる間だけの一時的なものだが」

 

 ちなみにマスターが人間である場合、たとえばアルトリアが「半人前の魔術使い」と契約するのと「成熟した魔術師10人分の魔力量を持つ魔術師」と契約するのとでは筋力・耐久・敏捷・魔力すべてが1ランク違うという程度の差である。これを大きいと見るか小さいと見るかは解釈の余地があるだろう。

 

「ではやるか。しかし人前ですることでもないから、隅の方で衝立も立ててやろう」

「あー、そりゃそうだな」

 

 というわけでモルガンとモードレッド、そして立会人としてアルトリアズとバーヴァン・シーが公園の隅の方に移動して親子の語らいを始めた。

 それで彼女たちの姿は見えなくなったが、モルガンは防音処理をし忘れたようでえげつない打撃音が響いてくるではないか。

 

「…………まあ、聞いてないフリするのが気遣いってものかな?」

「そうですね。何度もやるわけじゃありませんし、あえて注進しに行くまでもないでしょう」

 

 相談をもちかけられた太公望も頬をひきつらせていたが、水を差す気はないようだ……。

 

「しかしこの派手な音、()()()()遠慮なくやってそうですね。

 まあそうでなければ、特にモードレッド殿は鬱憤を吐き出すことはできないでしょうが」

「バーヴァン・シーがお労しいけど、家族問題だから口出しはしにくいからなあ」

「……そうですね」

 

 なので皆黙ってお話()が終わるのを待っているとやがて打撃音が聞こえなくなり、衝立も消されてモルガンたちが戻ってきた。モルガンもモードレッドもケガをしていないのは、モルガンが魔術で治療したからだろう。

 

「まいったまいった、まさか母上があんなにステゴロ強いとは思わなかったぜ!」

 

 そう言ったモードレッドは実にすっきりした顔をしているので、モルガンの試みは成功したと思われる。それでも一応、光己はリーダーとして確認しておくことにした。

 

「人は見かけによらないよなあ。それで話し合いはうまくいった?」

「ああ、カルデアの母上にはもう遺恨はねえよ。

 もし他の母上に会ったら……まあ状況次第だな」

「そっか、それなら良かった」

 

 他のモルガンがどんな性格でモードレッドにどう接するかなんて分かるわけがない。光己は素直に、モードレッドの心境が少しでも改善されたことを喜んだ。

 

「モルガンはどう?」

「私は元々モードレッドに隔意は持っていませんので、()が納得してくれたならそれでいいです。

 ところで我が夫、翼の1対めと6対めについて聞きそこねていましたが」

「あー、そういえば」

 

 ただ光己も自分のことながらまだあまり分かっていないので、このたびも脳内幼馴染に講釈を受けてから説明した。

 

「まず1対めは見た目通り、天使長の翼。光属性の御業を使えるけど、今は熟練度(スキルレベル)の関係で、今まで使えてたバフデバフだけみたい。

 6対めはこれの反対の魔王の翼。闇属性の技を使えるけど、こちらも今はドレインだけ。

 それと天草が2対めを熾天使の翼といってたけど、具体的には量子と電脳の属性らしい」

「量子? 電脳?」

 

 さすがのモルガンも、これだけでは意味不明だというように首をかしげた。アルトリアズや天草に至っては完全にちんぷんかんぷんな顔をしている。

 

「いや電脳は量子に含まれるって感じかな? 身体を量子化する、いや物質はみんな量子なんだから元々量子なんだけど、人間サイズでも量子的な振る舞いができるというか」

 

 光己はカルデアに来てから勉強したといっても、それは英霊絡みの神話や伝承についてのことが大部分なので、量子論を語るのがたどたどしくなるのは致し方ないことだろう……。

 

「あー、えーと、要するに結論を言うと。テレポーテーションとか複数の場所に同時に存在できるとか、応用で電脳世界に入れるとかそんな感じ……かな?

 そういえばカーマは元の世界では単独顕現とか万欲応体なんてのができたそうだけど、現象としてはそれと似たようなもの……だと思う。

 ただこれは俺自身に行使するものだから、先に理論を勉強しておかないと実践練習はできないみたい」

「ふうむ。ちと要領を得ん説明だが、会得できれば有用なものであるのは分かった」

 

 考えてみるに愛の神が悩める者たちの求めに応じて出向くとするなら、身体が1つで移動手段が徒歩や飛行というのではとても追いつかない。瞬間移動や分身といったことができるのはむしろ当然といえよう。

 同様に最上位の天使ともなれば担当する業務が多いから、そうした能力を持っていてもおかしくない。といっても非常に高度な技能だけに、元一般人が簡単に会得できるものではないようだが。

 なお電脳云々のくだりはさすがのモルガンにも理解が及ばなかった。

 

「うん。何しろ分身の術ってことだから、これをマスターすれば奥さんが何人増えても寂しい思いはさせずに済むってわけだからな! これもアラヤの加護、いやご褒美に違いない」

(何か急にやる気が萎えてきたよ。あとは光己1人でがんばってね)

「ちょ、神様仏様立香様!?」

 

 また思春期なことを考えて気炎を上げた光己だが、それを口に出して協力者のご機嫌を損ねてしまうとはまだまだ未熟であった……。

 

「……やれやれ。

 ただこの手の技能は衣服や所持品に行使できるかどうかという問題があるのだが、我が夫なら『蔵』に入れておけば何とかなるか……」

 

 光己が何やら脳内夫婦漫才しているのを見て、モルガンは生前出会った異邦の魔術師(リツカ)の顔を思い出しながら苦笑したのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後しばらくしてようやく翼がすべて完成したので、光己は小次郎のリクエストに応じて竜宮城を披露することにした。

 

「それじゃいくか。『水底より招き蕩う常世の城(パレスオブドラゴン)』!!」

 

 なおスキルのネーミングは言うまでもなく中二的独創である。宝具ではないから真名開帳とかそういう手続きは必要ないのだが、ヒサツ・ワザを使う時にその名前を高らかに唱えるのは当然行うべき重要な儀式なのだ。

 そして予兆もなく、薄青い透明な水晶だけでつくられた小さな宮殿が出現する。魔霧のため重く淀んでいた空気がたちまち浄化され、春の日の真昼のように明るく暖かく澄み渡った。

 地面にも色とりどりの美しい花が咲き乱れている。

 

「おお、この景色と雰囲気はまさしく星の内海(アヴァロン)……!」

「そうだねえ。まさか地上で見ることになるとは思わなかったよ」

 

 モルガンとマーリンが驚愕と感嘆の声を上げる。

 そういえば汎人類史(ここ)のアルビオンは星の内海に行く途中で力尽きて息絶えたという話だが、これで半分くらいは願いがかなったということになるのだろうか。もしかしたらこうなることを見越した上で光己を呼び寄せたのかも知れない。

 ここでモルガンは(我が夫に星の内海との縁ができたのなら、妖精國引っ越し計画はよりやりやすくなるな)と思ったが、計画自体がまだ素案の段階なので口にはしなかった。

 

「ええ、これは確かに私が最期に行った……行った? アヴァロンによく似た雰囲気ですね。

 聖剣の鞘を真名開帳した時の感覚にも似ています。おそらく同じような効果があるでしょう」

 

 アルトリアも同様の見解を示したが、生前の自分が本当にアヴァロンに行ったのかどうかは確信を持てないようである。冬木で会った別の自分が行ってないからでもあるだろう。

 もう1人の星の内海関係者であるアルクェイドも素直に感心していた。

 

「マスターさんすっごいわねえ。空想具現化(わたしとおなじちから)じゃなくて、固有結界(〇〇・〇〇〇のげい)に近い感じかしら?

 この心安らいで癒される感じはわたしともあいつとも〇〇〇〇とも違うけど」

「ほう、ブリュンスタッド殿はこの術の仕組みに見当がつきますか。

 まあ()()()()()()()()()感覚がすごいですからねえ」

 

 すると太公望が近づいて話しかけてきた

 なお地面の花園には碁盤の目のように通路があり、花を踏まずに歩けるようになっている気の配りようである。

 

「貴方には分かるの?」

「ええ。これはマスターが言った竜宮城、水界にある理想郷が固有結界として展開されたものだと思います。

 そういえばアーサー王伝説に出てくる『アヴァロン』も湖の中、つまり水界の理想郷でしたね。しかも王はいつかは現世に還ってくることになっているあたり、マスターの生国の山幸彦や浦島太郎と同じ類型の物語なのが興味深いです。

 もちろん他の国にも似た話はいくつもあります」

「へええー。人間考えることは同じってやつかしら?」

「そうですね。ですからこの景色は固有結界といってもマスター個人の心象風景ではなく、アルビオンが行こうとしていた実在する『星の内海』と、『水界の理想郷』という元型(アーキタイプ)的イメージが混ざったものというところでしょうか」

 

 なおアルクェイドは別名を「アーキタイプ:アース」というのだが、これと今太公望が言った「元型」は別物である。

 

「なるほどねー。冠位の竜と合体したからドラゴンの城ってだけの話じゃないんだ。

 そういえばさっきマスターさんアラヤの加護がどうとか言ってたけど、人理を救おうとしてるのなら、人類の集合的無意識との関わりが深くなるのは当然よね。

 でもここまでいろんな属性ついて、マスターさん頭大丈夫かしら?」

「見た感じでは平気そうですが……その辺も込みでアラヤの加護なんでしょうね」

 

 関係者と有識者はこのような小難しい話をしていたが、言い出しっぺの小次郎はそちら方面に造詣がないので別方向の感想を述べていた。

 

「これは何とも雅……実に良いものを見せてもらった。私にもう少し文才があったら俳句のひとつでも詠んで礼代わりにしていたところだが、無学者で相済まぬ」

 

 そう言い終えて、ふと小次郎は首をかしげた。

 

「……相済まぬと言っておいてあつかましいとは思うが、ここには食事はあるのかな?

 浦島太郎は魚の踊りを見ながらご馳走を食べたというが」

 

 小次郎は元敵だし大した手柄もないので実際あつかましいといえばあつかましいが、日本人なら竜宮城のもてなしに興味を抱くのはいたって自然である。光己は気にせず快諾した。

 

「ご馳走ならありますよ。魚はサメとイルカなら……いやイルカは魚類じゃなくて哺乳類だっけ」

「サメ? イルカ?」

 

 はて、竜宮城で踊りを披露するのは鯛やヒラメではなかったか。もしかしてこの辺りが星の内海要素なのだろうか? 小次郎と天草がそんなことを考えると、表情で察したのかマーリンが駆け寄ってきた。

 

「いや星の内海にサメやイルカは……探せばいるかも知れないけど、陸の上にはいないからね!?」

「む、やはりそうなのか……!?」

 

 ではどこ由来なのか2人はちょっと気になったが、触れない方が良い案件だとも思ったので距離を取ることにした。

 

「……怖いものを見てみたい気持ちはあるが、今回はやめておくことにしよう。

 それでそのご馳走はどこに?」

「建物の中です。食べ物だけなら外に出せますので、ジキルさん……といっても分かりませんね。俺たちが居候させてもらってる家に持って帰って皆で食べましょう。

 俺の熟練度の関係でお土産はまだ出せませんけど」

「……いや、お気遣いなく」

 

 竜宮城のお土産といえば玉手箱である。当然に小次郎と天草が丁重に辞退すると、竜の骸骨はちょっと不本意そうな顔をした。

 

「いや玉手箱は例外で、普通はいい物もらえるんですよ」

 

 たとえば山幸彦や俵藤太や安倍晴明、中国の柳毅、インドのナーガルジュナあたりは本当に良い宝物をもらっているのだ。むしろもらった物が地雷だった上に、現世と水界で時間の流れの速さが違っていたという隙を生じぬ二段構えの罠だった浦島のケースの方がレアなのだが、乙姫が地雷を渡した理由は不明である。

 

「まあここのお土産は要するにガチャで、実際ハズレもあるんですが」

 

 その時光己は誰かが「ガチャァァァッ!!」と叫んだのが聞こえたような気がしたが、幻聴ということにしてスルーした。

 

「え、ハズレがあるのか!?」

「ええ、ハズレの逸話がある以上は……」

「さ、さようか」

 

 ガチャという言葉は初耳だが、多分クジのようなものであろう。普通のクジは外れても何ももらえないだけだが、そうではなく老化ガスを浴びせられるとは何と恐ろしい……。

 2人は話題を変えることにした。

 

「で、では食事の方をいただくとしようか。建物の中と聞いたが、取りに行けばよいのか?」

「そうですね。俺は行けませんので、お2人にお願いします」

「承知した」

 

 光己が建物の中に入れないのは見ての通りなので、小次郎と天草が建物に向かうとモルガンたちも興味を持ったのかついてきた。

 中は壁も床もすべて水晶製で美しかったが、家具の類はほとんどなく殺風景でもあった。光己が言った熟練度とやらのせいだろう。

 生物の姿は見当たらない。今は必要ないからか、それとも別の理由があるのだろうか。

 やがて厨房らしき部屋にたどり着くと、テーブルの上に酒肴が用意されていた。一目で王侯の宴会で出されるような豪華なものと分かるレベルだ。

 

「これはこれは……しかもよく見ると魚や貝の類はないな。昔話を初めて聞いた時に少し気になったのだが、これで安心した」

「ふむ。言われてみれば穀物や肉といった陸上でとれるものばかりで、海産物はないようですね……まあ乙姫にとって海藻類はともかく、魚類は家来でしょうから当然ですか。

 しかしそうなると、肉や野菜をどうやって調達していたのでしょうか」

「かの俵藤太公は百足退治の礼として、龍神から無限に米が出る俵を授かったとか。

 乙姫が同様のものを持っていたのなら不思議はあるまい」

「なるほど」

 

 こうして乙姫は客人に家来を食わせるマッドな人物ではなかったことが判明した。日本人として大変喜ばしいことである。

 ところで酒肴は2人で普通に運ぶにはあまりに多すぎる量だったが、魔術師が複数いれば搬出も保温その他の処置もたやすい。すみやかに建物の外に持ち帰ったのだった。

 

 

 




 Fateで熾天使(セラフ)といえばEXTRAですので、熾天使の翼の属性は電脳となりました。
 しかしこれだけではニッチすぎますのでもう1つ追加しましたが、瞬間移動はともかく分身は強すぎますので習得しなさそうです。




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第231話 ヘルタースケルター1

 いろいろあったがここでやることはひとまず終わったので、光己はモードレッドとの契約を解除し竜宮城も消してから人間の姿に戻った。

 その時天草が大げさに驚いたが、この辺はいつものことなので光己は特に気にせず、これもいつも通りサインと写真をもらった。もちろん小次郎とナーサリーにもである。

 

「ふっふふ、仕事場に来るたびにコレクションが充実していくな……。

 エリセの分ももらってるけど、そろそろ本人を連れて来てあげたいとこだな」

 

 卑弥呼や日本武尊の時代なら服装的にもマッチしているのだが、そこまでは高望みというものか。

 

「でもあれだな。このアルビオンの身体って確かにパワーや魔力はすごいけど、やっぱり人間の姿の方が身軽でいいな」

 

 単に大き過ぎて不便というだけの話ではない。身長172センチが2キロつまり1160倍になると、(体形が同じであれば)体重は3乗の約16億倍になるのだが、筋力や骨格の強度は2乗の135万倍にしかならないのだ。つまり筋肉や骨格にかかる負担は1160倍重くなるわけで、普通の生物なら身動きどころか自重で圧死不可避である。

 なのにアルビオンが無事なのは神秘の濃さとドラゴンの超能力のなせる業なのだが、それでも(面積あたり)人間モードの時の1160倍のパワーを出してようやく同じ速さで動けるというハードさだ。アルビオンに慣性制御による移動スキルは必須レベルだったといえよう……。

 ―――それはさておき。光己たちは予定通り土遁タクシーでジキル邸に戻ったわけだが、これだけ人数が増えるとかなり手狭で、特に皆で食事をするとなるとかなり窮屈だ。近くの空き部屋を接収するという手はあるがそれはそれで時間を取るので、今回はジキル邸だけで済ませることにする。

 光己たちはまず留守番組に天草たちを紹介し、公園で起こったことも説明した。

 

「……なるほど。まさかカルデアのマスターが東洋の竜神の宮殿を再現して、そこで出されたであろう料理を持ち帰ってくるとはな。うむ、実に旨い」

「気分転換とエネルギー補給は無論のこと、新たなる創作意欲まで湧きますな!」

 

 作家組は諸々の経過を深く気にせずお土産のごはんを遠慮なくむさぼっていたが、彼らもやることはやっていた。食事を終えると、まずはシェイクスピアが光己に1冊のノートを手渡す。

 

「約束の品、きっちり書き上げましたぞ。ご査収下され」

「おお、さすがに仕事が速い……どれどれ」

 

 光己がノートの中身を流し読みしてみると、注文通りジャンヌが正統的ヒロインとして描かれた劇の台本のようだった。エンディングは悲劇的だったが、これは正史的に考えて致し方あるまい。

 

「……はい、確かに受け取りました」

 

 なので光己が遺恨を解いて言葉遣いも改めると、シェイクスピアも安心したらしく笑顔を見せた。

 

「おお、ご納得いただけたようで何より。では次のミッションには心置きなく同行させていただきますぞ! このような大冒険、そうそう出来るものではありませんからな」

「……まあ、モードレッドの堪忍袋が切れない程度で」

 

 リーダーといっても知り合ったばかりの大人にあまり強くも言えないのでクギ刺しはこの辺にしておいて、光己はもう1人の作家に顔を向けた。

 

「アンデルセンさんはどうでしたか?」

「ああ、知りたいことは分かったぞ。簡潔に解説してやろう」

 

 その後の話によると、まず英霊召喚というのは本来人間の力だけで行えるものではないそうで、もしそれができたとしたら、そこには何か他の理由、あるいは人間以上の存在の後押しがあるということらしい。

 その理由・後押しがまさに聖杯で、元々は「降霊儀式・英霊召喚」といって「1つの巨大な敵」に対して「人類最強の7騎」をぶつけるための儀式だった。しかしたとえば冬木などで行われた「儀式・聖杯戦争」は、それを魔術師などが利己的に使えるようにアレンジしたものと思われる。

 もちろん今ここで行われている魔霧計画も後者だ。

 

「ほむ。つまり人類悪(ビースト)異星からの侵略者(フォーリナー)を倒すために、グランドサーヴァントを各クラス1騎ずつ呼ぶとかそういう感じなんですかね?」

「ずいぶん詳しいな!?」

 

 アンデルセンは光己が口にした専門用語を聞いたことがない。この少年は魔術師らしからぬのほほんとした顔をしているが、もしかしてその界隈に相当詳しいのだろうか。

 

「いや、カルデアには元人類悪とユニヴァースから来た人とグランド候補がいて話を聞いたことがあるだけですよ」

「そ、そうか」

 

 人類を救うための組織に元人類悪とやらがいていいのかどうかアンデルセンは激しく気になったが、深く追及できるほど親しくなっていないのでスルーすることにした。

 

「しかしこれはいい話ですね。魔術王は人類悪かそれに準ずるものでしょうから、英霊召喚をやる条件は満たしてますし、カルデアには使用済みとはいえ聖杯がいくつもありますから」

「使用済み聖杯がいくつもある……!?」

 

 もしかしてカルデアというのは結構ヤバい組織なのではないかとアンデルセンは改めて思ったが、1人の少年の人類を救おうという志に水を差すのも何なのでこの件もスルーした。

 

「―――それはそれとしてだ。聖杯戦争のシステムの元になった原点の7つ、おまえのいうグランドとやらはいったいどれほどの霊基を与えられていたのだろうな。

 で、似たようなことを考えた奴が他にもいたわけだ。何しろこの辺りの情報が、散逸してしかるべき部分までご丁寧に1ヶ所に集めてあったのだから」

「ほむ……?」

 

 それはつまりまだ出会っていないはぐれサーヴァントがいて、こちらが魔術協会に行くことを予測して書庫に忍び込み資料をまとめておいてくれたということか。未来予知じみた推理能力と高度な魔術知識と魔物ひしめく迷宮を踏破する潜入スキルと集団行動を好まない孤高性を兼ね備えるとは、世の中には奇特な人物もいるものだ。怪盗の類であろうか……?

 

「ま、味方なのは確かだからそこまで気にしなくてもいいか……。

 カルデアに帰ったらさっそく研究してもらいます。ありがとうございました」

「お、おう。役に立てたなら幸いだ」

 

 魔術王には「ネガ・サモン」という芸があってサーヴァントの攻撃は効かないかも知れないという話があったが、人類最強の7騎ともなればそれを破る能力や武器を持っていることも期待できる。研究する価値はあるだろう。

 なお当のアンデルセンは単に気になったことを分析しただけで、カルデアで「降霊儀式・英霊召喚」を実行してほしいとまでは考えていなかったのだが、せっかくいい方向に勘違いしているのをあえて修正する理由はない。そういうことにしておいた。

 そして光己がアンデルセンに預けていた魔術書を「蔵」に片付けていると、モードレッドがふと口を開いた。

 

「んでもさあ。今の話って黒幕の居場所とか連中の目的とか、そういう目先の問題にはさして関係ないよな」

「当然だろう。俺は英霊召喚のシステムに引っかかりを覚えただけだからな。

 目先の問題の解決に役立つなんて一言も言ってないぞ」

「…………」

 

 モードレッドのツッコミはもっともといえばもっともだったが、アンデルセンは1ミリのダメージも受けていなかった……。

 ただこうなると次の手はモルガンが黒幕調査を再開するか、光己がまた竜モードになって全力全開で魔霧を吸い尽くすくらいしかない。今夕方の4時だから、遅くともあと24時間くらいで目鼻を付けたいところだが……。

 

「しかし我が夫はまだアルビオンの体に慣れていませんからね。力加減を誤ったらロンドン市民の生命力まで吸い込んでしまう恐れがあります」

 

 先ほどはある程度上空にある魔霧だけを吸っていたから良かったが、地上ゼロセンチまで対象にするなら、そこに住んでいる人達の生命力は吸わずに魔霧の魔力だけを吸い込むようにしなければならない。もししくじったら守るべき市民が全滅して特異点修正失敗になるわけだから、最後の手段にしておく方が賢明だと思われた。

 

「ほむ、じゃあここはモルガンに任せるしかないわけか」

「そうですね。ですが24時間もあれば十分です。

 だからこそさっきも我が夫の再生作業を見に行ったのですから」

「んー、確かに」

 

 なるほどモルガンほどの人物が、こんな簡単なことで優先順位を間違えるわけがない。調査の方は安心して良さそうである。

 

「じゃ、お願いね」

「はい、ではまた後で」

 

 そんなやり取りの後モルガンが別室に引っ込んでしばらくすると、珍しくロマニから通信が入った。

 

《やあ、みんな元気にしてるかな? 実はヘルタースケルターの解析が進んできたから、分かった分だけでも知らせておこうと思ってね》

 

 解析自体はダ・ヴィンチたち技術開発部の管轄なのだが、当人は多忙なのか来ていなかった。代わりにシバの女王が傍らに控えている。

 

《あれはやはりボクらには不明の技術で作られた機械だ。恐らくは、魔力で作られた機械―――のはずだ》

 

 といっても魔術と科学を併用して作られた物品ではなく、あくまで魔力で形成されたものである。要するにイスカンダルやダレイオス三世が持っていた軍勢召喚型の宝具の同類ということだ。

 自律稼働しているように見えるが、実際は宝具の所有者が操作していると思われる。従って、宝具を開帳しているサーヴァント当人を退去させればヘルタースケルターもすべて消える、もしくは稼働停止するはずだ。

 

「なるほど、そういうことか。何だ、一気に話が見えてきたな!」

 

 分かりやすい目的ができたことにモードレッドが喜んだが、これを実行するにはもう1つ課題を達成せねばならない。

 

「それでドクター、宝具の所有サーヴァントはどこに?」

《……わかりません! 現状では、カルデアの設備では無理だ》

「なあんだ、それじゃあんまり意味ねえな」

 

 残念ながら最後の詰めは甘かったが、まあ彼自身が言ったように「分かった分だけでも」ということなのだろう。モードレッドは露骨にがっかりしたが、マシュはロマニやダ・ヴィンチを咎めることはしなかった。

 

「やはりモルガンさんの調査を待つしかないようですね。

 あ、それと先輩のお体の回復の件なのですが」

《え、また何かあったのかい?》

 

 ロマニもシバも光己がアルビオンと融合した件は聞いている。もしかしてそれに匹敵する厄ネタなのか!?と2人は思わず身構えた。

 

「先輩、ご自分で報告しますか? お疲れでしたら私からしますが」

「んー。疲れてはいるけど、報告くらいはできるよ」

 

 ということで光己が自身がルチフェロなりしサタンの疑似サーヴァントのようなものになったことを報告し始めると、ロマニは途中で泡を噴いて気絶した。

 まあ神からもらった指輪を放棄した「人間」にとっては、自分オルタやアルビオンより「神の大敵(アークエネミー)」の方がずっと怖いだろうから無理もない。

 なお気絶したロマニはシバがとっさに抱きかかえたので、床に頭を打つといった事態は免れている。代わりにケモ耳褐色露出多めおっぱい美女と密着するという幸せを見せつけられた光己が大変妬ましく思ったりしていたが……。

 いや光己は普段は他人を妬むことはあまりないのだが、今回の仕事場にはモードレッドがいるのでルーラーアルトリアやヒロインXXとスキンシップを取れずにおり、美女のおっぱいからだけ得られる必須栄養素が不足しているのである。

 

(そういえばソロモン王って妻や妾が何百人もいたんだよな。男として人誅を下しておくべきか……?)

 

 とはいえこの思考を口に出すほどそそっかしくはなかったが、付き合いが長いマシュは彼の表情で察していた。

 

「あの、先輩。先輩はそちら方面では人を妬める立場ではないと思いますが」

「……むう」

 

 常識的に考えれば光己はむしろ妬まれる側である。分が悪い論法は引っ込めることにした。

 

「じゃあ、『人間よ、おまえ達を狂わせたのは欲望だ』とかそういう方向で」

「それこそシャレですまないのでは……?」

「というかサタンがそれ言ったらマッチポンプそのものよね」

 

 マシュやアルクェイドは呆れたり面白がったりする余裕があったが、ロマニ(ソロモン)の妻であるシバは顔色が真っ青になっていた。そもそもサタンはもちろん、「天使長ルシフェル」だって人類に好意的というわけではないのだ。

 何しろ彼が堕天した理由とされるものの1つに「神が人間を天使より上位に置いたこと」というのがあって、それならルシフェルがマッチポンプで人間を堕落させようとするのはまったくもって順当なのだから。

 

《ええと、その。藤宮さんは人類の味方ということでいいんですよねぇ……?》

 

 シバの表情と口調はガチ寄りのガチだったので、光己も冗談はこの辺にしておくことにした。

 

「はい、それはもう。マシュたちにも言いましたけど、頭の中身は変わってませんから。

 何でしたら清姫呼んでもらってもいいですよ」

《いえいえ、それには及びませぇん》

 

 清姫を呼んでもいいというのは嘘は言っていないという意味だ。シバはほーっと一安心した。

 しかし彼がアルビオンと融合した上にルシフェルの疑似サーヴァント的なものになったという一連の展開は魔術王に対抗できる力を得られたのを喜べばいいのか、その力が一般人の少年1人の私有物であることを危惧すればいいのか、悩ましいものである。

 まあ光己のメンタルケアはオルガマリーやエルメロイⅡ世やロマニの役目……いやそうなると医療部門トップの妻として少しは手伝うべきだろうか? それともモルガンを初めとする彼の奥様たちの誤解を招きかねない行為は控えるべきか?

 

《うーん、世の中難しいですねぇ》

「……?」

 

 光己にはシバの発言の真意は分からなかったが、深く追及することでもなさそうなのでスルーして、報告の続きを進めた。

 

「―――という流れで、天草たちも仲間入りしてくれたわけです」

《なるほどぉ、いろいろお疲れ様でしたぁ。

 それにしても熾天使の力が電脳ってどういう意味合いなんでしょうねぇ》

「うーん。カルデアはセラフィックスっていう油田基地を持ってるそうですけど、それは関係ないでしょうしねえ。

 俺のはPCとかのアプリ作ったりもできるそうですが。熟練度が上がったら、魔王らしく悪〇召喚プ〇グラムとか作ってみたいですね」

《あのぉ、それは黙示録戦争(ハルマゲドン)待ったなしなのですがぁ……》

「や、もちろん冗談ですって。

 あ、そうそう。ダ・ヴィンチちゃんに、量子論とコンピュータやネットの仕組みとプログラミングの概論について教えて欲しいって伝えておいてくれますか?」

《分かりましたぁ~。それじゃまた》

「はい、それでは」

 

 光己がそう言って通信を切ると、不意に今まで特異点修正の仕事にはほぼ没交渉だったフランが身を乗り出してきた。

 

「……ゥ……」

「ん、何か教えてくれるの?

 しかし何言ってるか分からんな、せめて筆談ができたらいいんだけど」

「……ゥ、ゥゥ……」

 

 残念ながらフランは筆談もできないようで光己には意志疎通のすべがなかったが、なぜかマシュとモードレッドは彼女の言葉を理解できるようで話に加わってくれた。

 

「……何だと、それ本当か?」

「驚きました。フランさんに、まさかそんなことができるなんて……」

 

「つまりどういうことだってばよ!?」

「内輪だけで納得してないで教えてくれないとつまんなーい!」

 

 ただ3人のやり取りはやはり部外者には意味不明だったので説明を求める声が出ると、モードレッドがくるっと顔を向けて端的に語ってくれた。

 

「ああ、こいつヘルタースケルターの所有者の居場所が分かるらしいんだよ」

「な、何だってー!?」

「ホントに!? すっごいわねえ」

 

 科学と魔術の粋を凝らしたカルデアの設備で無理なことが、そのどちらも修めてなさそうな少女にできるとは。それとも彼女をつくった博士が何か仕込んでいたのだろうか?

 どちらにせよ次に打つ手は決まった。

 

「よし、それじゃ行動開始だ!」

「おー!」

 

 こうして光己たちは元を断つべく、あの機械兵士の製造者のもとに向かうのだった。

 

 

 



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第232話 ヘルタースケルター2

 今回の出撃はジキルとモルガンとバーヴァン・シーとバーゲストとヒロインXXが留守番で、その他の18人が出向くことになった。この特異点に来てからまだ1日半しか経っていないのに、メンバーがずいぶん増えたものである。

 

「……しっかし、慣れたとはいえこうも視界が悪いとイライラするぜ」

「……ゥ」

 

 モードレッドとフランは光己たちよりこの特異点に来て長いが、やはり魔霧は不快なものであるようだ。

 そしてハッと何か思いついたような顔をする。

 

「なあ藤宮、おまえんとこの宮廷魔術師……いやそっちを頼るまでもねえな。

 並行世界出身とはいえマーリンがいるんだから、遠見の水晶とか作ってもらえばもっと簡単に済むじゃねえか」

「おお、なるほど!」

 

 水晶玉に遠方の景色を映すというのは、21世紀でもファンタジー系の創作ではよくあるシチュである。マーリンほどの大魔術師なら朝飯前だろう。

 そういえば太公望も封神演義では占い師をしていたことがあるから、物探しは得意なはずだ。

 

「マーリンさんに太公望さん、どんなもんでしょ」

 

 光己もモードレッドもグッドアイデアだと思っての提案だったが、すると2人は鏡で映したようによく似た動作で肩をすくめた。

 

「確かに作れるけど、遠見の水晶なんてそんな都合のいいものじゃないよ?

 もしそうだったら、たとえば王がお求めだった聖杯や聖剣の鞘のありかだって分かったわけだしね」

「右に同じですね。特定の誰かや何かを探すというのは、簡単なようで難しいんです。

 桃精柳鬼を討った時だって、占いで探したわけじゃありませんしね」

 

「なあんだ、思ったほど頼りにはならねえんだな。

 いや言われてみれば確かにそうなんだけど」

 

 モードレッドは悪意はないものの露骨にがっかりした態度を見せてマーリンと太公望を苦笑させていたが、光己は彼女より諦めが悪く物欲が強かった。

 

「いや、魔術師マーリンお手製の遠見の水晶ともなれば実際お宝……!

 なので後で作ってくれないかな」

「へ!? そりゃキミの頼みとあれば否はないけど……。

 でも素材になる水晶玉は持ってるのかい?」

「もちろん。水晶玉でもQP玉でも、何ならヴィーヴルの宝石の瞳もあるよ。

 他にも翡翠とか琥珀とか血玉石とかトルコ石とか、たいていの石は持ってる」

 

 ここでアルクェイドが一瞬耳をそばだてたが、それ以上の反応はしなかったので理由は不明である。

 

「……そ、そう。なかなか物持ちなんだね」

 

 マーリンは微妙に引いてしまっている感じだったが、光己は構わずさらに押した。

 

「そりゃもう大奥王たる者これくらいのお宝はね。

 それで、マーリン製の水晶玉ってどれくらいの性能なの?」

「そうだねえ。今回の件でいうなら、ヘルタースケルターの所有者の姿や周囲の景色は見えるけど、それがどこかは分からないって感じかな。その『周囲』に、場所を特定できる何かがあれば、それで判明することはあり得るけど。

 あとそれとは別に、ターゲットの魔術スキルによっては見てることがバレて呪詛とか飛ばしてくる可能性もあるね」

「ほむ、『カルデアのマスター! きさま! 見ているなッ!』ってやつか……」

 

 なるほど魔術王や高位の魔術師系英霊であればそんなこともできそうである。あまり他人のプライベート(?)を覗き見するのは良くないということか。

 ―――そしてフランのナビゲートに従って道を急ぐ光己たちだったが、彼女の誘導が正しいと証明するかのようにヘルタースケルターが何度も襲いかかって来る。しかしヘルタースケルターだけでサーヴァントも他のエネミーもいないので戦術の幅が狭く、もはや脅威とはいえず単に硬くて手間取るだけの敵になってしまっていた。

 

「ま、同じ攻撃方法を何度も見てたら慣れるよな」

「そうねー、同じ芸ばかりじゃお客さんに飽きられちゃうって分かんないのかしら」

「確かにそうですが、マスターもブリュンスタッド殿も油断はしないようにして下さいね」

 

 アルクェイドあたりはそろそろ飽きが来ていたが、太公望は軍師だけあって慎重であった。

 そしてさらに進むと、アルクェイドのリクエストに応えたわけでもあるまいがオートマタやホムンクルスも混じってくる。しかしサーヴァントの姿はなく、ルーラーアルトリアと天草の探知スキルにも反応はない。

 

「まだ遠いの?」

「さてな……この先はウェストミンスターエリア、国会議事堂もある所だから黒幕気取りが拠点にしたがりそうな場所だとは思うが」

「ほむ……」

 

 民主主義国家で生まれ育った一般人としては外国とはいえ国会議事堂で派手なバトルは避けたいものだが、敵がいるのでは仕方がない。特異点修正で修繕されるのを願うばかりである。

 そして本当に議事堂正面まで来てしまった。すると前方から、他のものより三回りほど大きなヘルタースケルターが通常型を20体ほども引き連れて出現する。フランのセンサーは確かだったようだ。

 

「おお、あれか!? 普通サイズも結構いるぞ」

「今回はオレはフランの護衛に回る。フランはオレの後ろから離れるなよ!」

「サーヴァントではないようですが……!?」

 

 しかし大型ヘルタースケルターはサーヴァントではなく、所有者当人が近くに潜んでいる様子もない。ここに至ってなお出て来ないとは何を考えているのだろうか?

 

「まあ、倒すしかないか……」

 

 何にせよ、敵が外に出てきてくれたのはもっけの幸いである。(議事堂内に)逃がさないように立ち回るべきだろう。

 

「それじゃ空飛べる組はヤツらの後ろに回って! 挟み撃ちで一気に仕留めよう」

「承知しました」

 

 まずアタランテや天草が矢や投剣で牽制してから、アルトリアや小次郎たち前衛組が吶喊する。その間に光己の指示通りメリュジーヌや太公望たちがヘルタースケルター勢の背後に回って、あっさり挟み撃ちの態勢を整えた。

 あとは火力の差で逃亡すら許さぬ一方的殲滅である。カルデア側は光己・マシュ・モードレッド・フラン・アンデルセン・シェイクスピア・ナーサリーがほぼ不参加だから実質11人なのだがまったく問題にならない。

 大型ヘルタースケルターはサイズに見合った耐久力とその割に素早い剣腕を備えており、武闘派でないサーヴァントなら倒し得るスペックはあったが、今回の敵はそういうレベルではないのだった。

 

「そーれ、っと! これでおしまい」

「……敵性存在、全機沈黙しました。戦闘終了ですね」

 

 特にアクシデントもなく最後のヘルタースケルターが倒れると、カルデア本部からの依頼でマシュが残骸の映像情報を送信し始めた。そしてその最中、大型機に何やら刻印がされているのを見つける。

 

「これは……製造者の氏名でしょうか。『チャールズ・バベッジ AD.1888』と書いてあるようですね」

「…………ゥ!!?」

 

 その名前を聞いたフランが一瞬顔色を変えたが、それに気づいた者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 その頃カルデア本部の所長室では、光己が今度はルチフェロなりしサタンの疑似サーヴァント的なものになったという報告を受けて緊急の対策会議が開かれていた。

 

「シバの女王。改めて確認しますが、藤宮の人格に変化はなかったということでいいのですね?」

「はいぃ~。本人はその旨を述べた時に『清姫を呼んでもいい』と言っていましたし、マシュさんたちの態度も変わっていませんでしたから確かだと思いますぅ」

「そう、なら今まで通りの扱いでいいわ。変に警戒すべきじゃないし、まして排除なんてもっての外よ」

 

 シバの女王の報告を聞いて、オルガマリーは心底安心したという様子でおかまいなしという判断を下した。エルメロイⅡ世も同意といった風に頷く。

 

「そうだな。1人の人間としても、カルデアの副所長としても、彼を追放あるいは殺害することには反対だ」

 

 ぶっちゃけ光己所属のサーヴァント以外の戦力で彼を殺すのはほぼ不可能だし、それどころか計画が露見した時点で大奥組が突撃してくるだろう。確実にこちらが死ぬ。

 武力によらない方法として彼が特異点にいる時に存在証明を取りやめて意味消失させるという手があるが、彼は最初の特異点Fの時はコフィン無しでレイシフトした上に存在証明無しで生存していたし、まして「単独顕現」の素質を得た今は通じないと考えた方がいいだろう。

 

「歴史的には君主が功臣の叛逆を恐れて、あるいは単に邪魔になって粛清するのはよくあることだが、それがクーデターの引き金になって返り討ちに遭うのもよくあることだからな。

 それに我々は一般人の未成年に、古今東西の英雄つまり変わり者を率いて歪められた歴史と戦うという難業を強いているのだ。彼が人の心を保っている間は、それを信じるのが我々の責務だろう」

 

 この発言は光己が人の心を失ったら何らかの措置を取るという意味でもあるが、それはカルデア副所長として当然の仕事であり、オルガマリーも反論はしなかった。

 しかしここでⅡ世は傍目にも分かるほど表情と口調を変えた。

 

「それにだな。例の竜言語魔術の石板の翻訳はまだまだ時間がかかるし、竜宮城のお土産といえば玉手箱以外は貴重な呪具や書物が目白押しだ。

 彼が無事なまま人理修復を終えられればモルガン女王やワルキューレに魔術を習うチャンスもあるだろうし、いっそのこと如意宝珠で根源……までは無理でも、魔術の才能を上げてもらうくらいは可能なはずだ。

 魔術師としては、敵対するより友好関係を結ぶべき相手だとは思わんかね」

「アッハイ」

 

 珍しく私欲全開で力説してきたⅡ世の本気ぶりに、オルガマリーは首を縦にこくこく振るしかできなかった……。

 光己とは友好関係を結ぶべきという意見には大いに賛成なのだけれど。

 なおロマニもシバもダ・ヴィンチも現時点で光己をどうこうすべきだとは思っていなかったのでこの件はこれで満場一致となったが、彼については別の問題が残っていた。

 

「それはそれとして、アルビオンと融合したとなるともうカルデアのコフィンではレイシフトさせられないと思うわけだけどどうしたものかねえ?」

「な、何ですってー!?」

 

 ダ・ヴィンチが投下した爆弾発言にオルガマリーたちが一斉に目を丸くする。

 つまりコフィンの最大出力でも光己を霊子変換することはできないだろうという意味なのだが、ここで彼の「単独顕現」の素質が逆に幸いする。霊子変換させる代わりに単独顕現を後押しすれば、特異点に赴くことは可能だと思われた。

 しかもこれができれば彼の存在証明をしなくて済むようになり、職員の負担を減らせて一石二鳥である。

 ちなみに存在証明はカルデア本部でマスターが現地にいることを認識できれば事足りるので、必ずしも当人の映像や音声を鮮明に拾い出す必要はなく、現在も用事がある時以外はプライバシーに配慮してそうしている。いやもし24時間鮮明な映像や音声が必要だとなると現地マスターは入浴やトイレに至るまでプライバシーゼロということになるので、少なくとも女性はマスターになるのを拒否していたであろう……。

 

「でもお高いんでしょう?」

「それはもう、コフィンを大改造するわけだからね」

 

 ただ機能を追加するだけではなく、光己が翼を出した状態でも入れるよう筐体を丸ごと作り変えるレベルの改造になるのだから、多大な手間暇資材が必要になるのは当然だ。

 改造中の特異点修正はヒナコかアイリスフィールに行ってもらえばいいから、人理修復の日程という点では問題ないけれど。

 

「まあしょうがないわね……でも単独顕現の後押しなんて本当にできるの?」

「実はそこがネックでね。ズバリ、1から研究を始めるレベルだよ!

 そもそも本当に単独顕現なのか確認しなきゃいけないしね」

「間に合うのそれ!?」

 

 オルガマリーの悲鳴が所長室に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 光己たちがジキル邸に帰るとそれに気づいたモルガンが部屋から出てきて、夜半頃には敵本拠地の場所をおおむね特定できると教えてくれた。今5時30分だから、あと6時間ほどである。

 あくまで「おおむね」ではあるが、ルーラーによるサーヴァント探知があるからそれで十分なのだ。

 

「そっか、ありがと。じゃあちょっと仮眠するかな」

 

 昨晩は寝ていないから、決戦に備えて休養を取っておくべきだろう。問題はどこで寝るかだが……。

 

「やっぱり空き家を探すしかないか」

 

 ジキル邸は彼1人の家としては十分広いが、今は20人以上いるのに別室をモルガンが使っているので、ゆったり眠れるような環境ではない。人がいる家に押しかけるのは気が引けるが、空き家ならいいだろう。

 すると太公望がひょいっと手を挙げた。

 

「では先ほどのリクエストに応えて、占いで空き家を探してみましょうか?」

「おお、マジですか」

 

 太公望の道術スキルなら人の気配で空き家を探すのは容易だろうが、それをせずあえて占いを披露してくれるというのだ。光己が喜んで彼の前に腰を下ろすと、太公望はジキルに紙切れとコインを借りてまず簡単なクジを何本か作った。

 

「ではこの中から1本選んで引いて下さい」

「ほむ……」

 

 光己が言われた通りクジを1本引いて太公望にそれを渡すと、太公望は次はコインを6枚床に放った。表と裏の組み合わせは2の6乗で「易経」でいう「六十四卦」になり、そこに光己が引いたクジでさらに「六(こう)」に細分するという方式のようだ。

 

「…………なるほど。

 ではマスター、この部屋を出たら右に曲がって、その先にある階段で2つ上の階に行って下さい。通路に入って3つ目の部屋が空いているはずです」

「ほほう……」

 

 コインとクジで何をどうすればそんな結論を導き出せるのか光己にはまったく分からなかったが、とにかく行ってみることにした。

 こちらも生身なので一緒に寝ることにしたマシュと、護衛を買って出たルーラーアルトリアとヒロインXXとアタランテ、遠見の水晶を作ることになったので静かな場所が欲しいマーリン、そして太公望本人の7人でジキル邸を出て現地に向かう。

 たどり着いた部屋は当然ながらカギがかかっていたが、マーリンが魔術で開けた。中は真っ暗だったが、これもマーリンが魔術の明かりを灯して解決する。

 

「魔術って便利だなあ……」

「フフッ、お褒めにあずかり光栄だよ」

 

 室内は太公望の占い通り無人で、しかも比較的綺麗な上に家具がいくつか残っていた。寝室に行ってみるとベッドも置いてあるではないか。

 

「なるほど、空き家の中でも過ごしやすい部屋を見つけたってわけか……。

 単に住人の魔力を探知するだけじゃこういうことは分からないもんなあ」

「さすがは有名な道士ですね!」

 

 マシュも東洋の神秘に感嘆しきりである。

 こうして光己たちは安眠できる場所を手に入れたのだった。

 

 

 




 遠見の水晶については原作で実際にモードレッドが言及しているのですが、これでヘルタースケルターの所有者の居場所が分かったら今後人や物を探す系のミッションが全部解決してしまうので、ハーミットパー〇ルくらいの性能にすることにしました。
 主人公が今後どうやって特異点に行くのかについては先の展開をお待ち下さい!




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第233話 ロンドン・イブニング1

 光己が休憩している間、サーヴァントたちはやることがないわけではない。モルガンは引き続き魔霧の発生源を探しているし、メリュジーヌは例の竜言語魔術書の翻訳をしていた。デジカメで石板の写真を撮ってデータを端末(タブレット)に入れたので、いちいち現物を出さなくても翻訳できるのである。

 

「それにしても、本当に妖精や人間が竜種になれる体系的な手法が存在したなんてね。

 お兄ちゃんが宝物認定してるからガセじゃないし、お兄ちゃんや清姫みたいに魔術なしで竜種になった実例もあるんだけど」

 

 今翻訳しているのは他種族用の物の初級編で、竜種の身体的特徴を一時的に発現させる、つまり筋肉や骨格や(心臓を含む)内臓を強化したり鱗をまとったり翼を生やしたりブレスを吐いたりといったものだ。戦闘する機会が多い者には有用であろう。

 これをすべてマスターしたら中級編、術を全身に同時に発現させて竜人(ドラゴニュート)に変身する段階に進み、その次にはワイバーンや(みずち)等といった竜種の幼生的生物への変身を目指すことになる。

 なおどんな種類の竜になるかは魔術回路の質や量より、属性や起源や出身地といった要素で決まる。たとえば火属性の西洋人なら火を吐く西洋竜になる可能性が高く、水属性の東洋人なら雨を呼ぶ東洋龍になりやすいという感じだ。

 それができたら上級編、自身を変身した状態に固定すれば完全な竜種となる。ただその後で竜種専用大魔術編にある変身魔術を習得すれば元の人間等の姿に化けることもできるので、そうなれば竜種の魔力と寿命を持って人間社会で暮らすことも可能となるわけだ。「人間をやめてでも根源に到達したい」というガチ勢ならここまでやる気になるかも知れない。

 大魔術には他にも時空操作や気象制御やマジックアイテム作成など様々なものがある。いずれも人間の限界を軽く超えた強力なものだ。

 

「まあ、この域まで到達できる魔術師はそうそういないと思うけど……」

 

 などとぶつくさ言いつつも仕事はちゃんとしているメリュジーヌの傍らでは、バーゲストが妖精國料理のレシピを書いていた。

 これは光己所属のサーヴァントの中で料理が分かる者全員に課せられたお仕事で、できたレシピは(如意宝珠で出した)実物の写真とともにカルデアのデータベースに納められ、その後光己が持っているメニューに追加される。これにより、皆が古今東西どころか異世界の料理も食べられるようになるわけだ。

 バーゲストは妖精國組の中で1番料理が上手なので、文化方面においても故郷の名誉を揚げるべく奮闘しているのである。

 ちなみにジャンルは今はスイーツ系が優先だった。光己が立香の機嫌を取るため、異世界の甘味を依頼したので。

 

「弱肉強食が世の摂理とはいえ、強いだけでは蛮族や獣と変わらん。妖精騎士たる者、文化や礼法にも通じていなくてはな!」

「……まあ、お兄ちゃんたちに見せるものと見せないものは選びたいよね」

「どう頑張ろうと、マスターが妖精國行ったら全部見られちまうがな!」

 

 バーゲストはフンスと荒い息をついて気焔を上げたが、同僚2人とは温度差があるようだった……。

 

 

 

 

 

 

 1888年のロンドンでは上下水道はすでに普及していたが、各家庭で入浴するという習慣はなく、寝る前にたらいに水を張って体を拭く程度である。公衆衛生等の関係で1846年頃から銭湯が整備され始めているが、今営業しているとは思えない。

 つまりお風呂に入れないのだ!

 大気汚染と魔霧に毒された街や迷宮を丸1日以上駆け回ったのに入浴できないとは何事か。光己は大いに憤った。

 

「なのでお風呂を! 一心不乱の大お風呂を!

 マーリンさん、魔術でどうにかならない?」

「お風呂……古代ローマ帝国にあったという公衆浴場(テルマエ)のことかい?

 仮に今のロンドンにあったとしても、この状況では営業していないんじゃないかな」

「……あー」

 

 マーリンはサーヴァントではなく生身で来たから本来はこの時代の一般常識はインストールされないのだが、そこはグランド級だけに魔術で実現している。それでこういう返事ができたのだが、21世紀の日本人ほど風呂にこだわりがないのは当然だった。

 それに気づいた光己が家庭用内風呂の何たるかについて懇切に説明すると、マーリンは宮廷魔術師を務めていたこともあるだけに理解が早かった。

 

「―――ふむふむ。温かいお湯に浸かることで疲労回復や新陳代謝の促進、リラックス効果が望めるというわけか。その際に体を洗って清潔にするから、当人の病気予防に加えて公衆衛生を良くする効果もある、と……。

 素晴らしいね。惜しむらくは、魔術師でもなければそれだけの湯を沸かすのは相当大変だということかな? 『彼』の頃のブリテンじゃ無理だったろうね」

 

 ただこの発言を聞く限り、マーリンの世界の当時のブリテンもあまり豊かではなかったようだが、まあそれは今は関係ない。

 

「うん、だから日本人にとってはマストな習慣なんだ。

 俺が氷の剣と炎の剣を持ってるから湯を沸かすことはできるんだけど、バスタブとそれを置いてよさそうな場所がない」

「なるほど。それならリビングに投影でバスタブと、床が濡れないようフロアを作って、あふれた湯は台所の排水口に流すようにすればいいね。簡単だよ」

「おお、さすが大魔術師話が早い!」

 

 最低限の着替えはマシュの収納袋に入っているし、如意宝珠(小)で出すこともできるので、これで日本人らしく湯舟に浸かるお風呂に入れる。しかし独り占めはよろしくないだろう。

 

「それじゃマシュ、別々に入ると時間と手間がかかるから()()()()()一緒に入ろう」

「え!? あ、は、はい」

 

 光己が意図的なのかそうでないのかランチに誘う程度の気軽さでマシュを混浴に誘うと、マシュの方もオケアノスで何度もやったことなので顔を真っ赤にしつつも頷いた。

 しかし事情を知らないマーリンは驚愕せざるを得ない。

 

「ええっ、キ、キミたちそういう関係なのかい?」

「いや、大奥に勧誘はしてるんだけど盾兵(シールダー)だけあってガードが固くて、今はこういう事情がある時に一緒にお風呂に入ったり一緒のテントで寝るくらいが精一杯って状況かな。

 そうだ、マーリンさんも生身だと霊体化して汚れを落とすってわけにはいかないでしょ。一緒に入らない?」

「ふええっ!?」

 

 まさかナチュラルに自分まで誘ってくるとは。人理修復という大任を負ったマスターともあろう者のナンパっぷりにマーリンは再び驚愕した。

 それとも「アルビオン・ルシフェル」になったことでやはり人格に悪影響……いやそうだとしたらこんなしょうもない方向ではあるまいから、単に疲労や眠気で自制心が落ちただけと見るべきか……?

 

「あ、ここは日本じゃないから水着着用でもOKだよ。日本は『裸の付き合い』って言葉もあるくらいで、特別に水着可の所以外は裸が普通だけど」

「そ、そうなのかい? まあ水着でいいならOKかな」

「おお、やったー!」

 

 水着着用とはいえ知り合ったばかりの超美女と混浴できる喜びに光己が思わずガッツポーズを取ると、ちょっと複雑そうな視線が2対ほど飛んできた。

 確かめるまでもなく、ルーラーアルトリアとヒロインXXだと分かる。モードレッドの手前、たとえ本人がこの場にいなくてもふしだらなことは憚られるのは分かっているが、後で自分たちにも埋め合わせしてほしいという意味だろう。

 まあそれは本部に帰ったら実施することとして。

 

「アタランテはどうする? 今霊体化したらジャックを落っことしちゃうかも知れないけど」

 

 理由があるとはいえ貞操観念が強いアタランテにまで混浴をもちかけるとは、やはり光己は多少頭が溶けているようだ。それとも勧誘ではなく意向確認の形になっているだけマシというべきか?

 

「む? う、うーん、そうだな」

 

 するとアタランテはちょっと迷った顔を見せた。

 母となったからにはできるだけ清潔にしていたいものだが、言われてみればその通りで霊体化は避けた方が良さそうである。

 といって男性と一緒に入浴というのは避けたいが、しかし湯を沸かすのは光己で、彼は風呂から上がったら仮眠を取る予定になっていることを考えれば、彼らの後で1人で入るわけにもいかない。

 迷った末、条件次第ということにした。

 

「マーリン、私にも水着は用意してもらえるのか?」

「ああ、ご希望とあればもちろん」

「そうか、なら一緒に入ろう」

「おおー、じゃあ()()でだな」

 

 ここで光己は大げさに喜んで見せない程度の自制心は発揮しつつ、遠回しに太公望に退室してくれと求めていた。溶けている割には回転が速い頭といえよう……。

 太公望の方は妻が20人以上いた男(しゅうのきしょう)に仕えていたこともあるのでその辺の機微は分かるし、それでいて房中術を使わない清浄派の道士だからそちら方面の欲求は()()ない。なので気を悪くすることもなく、小さく苦笑してマスターの意向に従った。

 

「そうですか、では僕は隣の部屋にいますので」

 

 こうして太公望、それにルーラーとXXも部屋から出たら、いよいよお風呂イベントの始まりである。

 まずはマーリンが、投影魔術で部屋の3分の2ほどの広さのフロアを作った。その縁には高さ10センチほどの枠がついており、大きなお盆のような形になっている。

 枠の端には同じ高さの水路が1つ接続されている。彼女が先ほど言及した、バスタブからあふれた湯を台所に流す仕組みだ。

 ついで4人が一度に入れそうな、大きなバスタブを投影する。ここまで30秒とかかっていない。

 

「フフッ、ざっとこんなものだよ」

「おお、さすが大魔術師」

 

 バスタブもフロアも無地で形状も凝っていないが、今はそれより中に入る人や湯の重さに耐える頑丈さが大切である。その条件を満たしているなら自慢や賞賛に値する技量と成果といえよう。

 

「それじゃさっそく……あー、その前に服を洗濯しとくべきかな?」

 

 光己とマシュは着替えは持っているが、大気汚染と魔霧で汚れた服をそのまま持っておくのは気分が良くない。この服をまた着る可能性もゼロではないし、入浴の前に洗っておいた方が良いように思う。

 

「それもそうだね。じゃあ水着を作るよ」

「うん、お願い」

 

 手順としてはまずバスタブに湯を入れ、その後皆水着に着替えて、脱いだ服をバスタブで洗ってマーリンの魔術で乾かす。乾いたら光己とマシュの服はマシュの収納袋にしまい、マーリンとアタランテの服は部屋の隅にでも置いておけばいい。

 乾かしている間に湯を入れ替え、それが済んだらお楽しみの入浴タイムだ。その後は光己とマシュは仮眠するのでまた投影でバスローブを作ってもらい、マーリンとアタランテは今洗濯した服をまた着る。

 用済みになったフロアやバスタブや水着は、投影でつくった品だから放っておけばその内消えるから後始末の必要もない。

 なお如意宝珠(小)には濁った水を清めるという権能があるのだが、それでも洗濯した後の残り湯という事実は消えないので、気分的な問題で今回は使わないことにした。

 ……湯を沸かすのもマーリンに頼んだ方が早いのだがそこはそれ。自分でできることは自分でやる姿勢を示した方が好感度アップになるという光己の思春期判断である。

 

「そういえばマーリンさんは寝る必要ってあるの? 水晶玉作るのお願いしてたけど」

「おや、気づかってくれるのかい? そうだね、生身だから睡眠の必要は確かにあるけど、人間よりは融通が利くから2~3日くらいは平気だよ」

「そっか、じゃあ予定通りよろしく」

「うん、任せておきたまえー」

 

 話が済んだら、いよいよ湯の用意である。光己はまず、閻魔亭で存在自体は明かしていた氷の剣(アイスソード)を取り出した。

 その名の通り氷のような刃を持つ立派な両手剣で、魔力と念をこめると吹雪を巻き起こすことができる。今は人間サイズとはいえアルビオンが全力を出すと大変なことになるので、様子を見ながら少しずつ魔力をこめていかねばならない。

 そして剣の先端を湯舟に入れて柄に魔力を送ると、先端からかき氷機のように白い氷の粉が噴き出した。結構な勢いで湯舟の底に積もっていく。

 

「よし、うまくいった! 俺もなかなかやるようになってきたな……」

 

 カルデアに来てからまだ半年も経っていないのに、よくもここまで来たものだ。光己が昔のことを思い出して感慨にひたっていると、この様子なら会話しても大丈夫と見たのかマーリンが話しかけてきた。

 

「へーえ。キミは元一般人だと聞いたけど、小技も器用にこなすじゃないか」

「うん、これでもヴァルハラ式トレーニング受けてる身だから」

「ヴァルハラ式!?」

 

 そのパワーワードに、さすがのマーリンも驚いた様子を見せた。

 

「……っていえば、実戦そのものの訓練で死んでもその場で生き返って訓練続行っていう……ああ、キミの頑丈さなら斬られてもケガしないからそのまま続きができるわけか。

 ブリテン軍の調練も楽なものじゃなかったけど、世の中上には上がいるんだねえ。お疲れさま」

 

 そしてそこまで言うと、今度は何かを思いついたような顔をした。

 

「ところでこれはまったくの戯言なんだけど、キミは竜の冠位で天使の冠位で悪魔の冠位なんだから、人間の冠位もゲットしたら四冠王で何かいいことあるかも知れないね」

「ほむ、四冠王とな」

 

 光己は中二病患者なので、こういう話題がとても好きである。

 

「うん、語感からして素晴らしいな!

 でも人間の冠位って誰なんだろう。グランドサーヴァント候補の中で1番強い人? それともアダムやミトコンドリア・イブみたいな始祖的な存在か、あるいはブッダやキリストのような宗教的な偉人、あとは言語や農耕や火とかの基幹技術を発明した人っていう線も……」

 

 どの基準でも考え方次第で結果はいかようにも変わるので、誰もが納得するトップを決めるのは難しそうである。ギルガメッシュあたりは「そんなもの我に決まっていようが」とか言いそうだが。

 

「しょうがない、範囲を狭めてマスターの中の冠位で妥協するか。グランドマスター、って響きがカッコ良すぎるしな。

 条件は人理修復を達成するか……もしくは巨大ロボットをゲットってところかな。ロボの操縦席で『グランドマスターたる余の力、見せてやろう』とか言いながら余裕の手加減攻撃をかますとか、いや『正しき怒りを胸に、我らは侵略宇宙人(フォーリナー)を断つ剣を執る!』って感じで熱血する方が受けがいいか!?」

「………………」

 

 光己の突然のイミフトークに、さすがのマーリンも突っ込む言葉が思い浮かばず沈黙するしかなかった。やむを得ず、マシュが割って入って強引に話題を変える。

 

「あの、先輩! 冠位と言いましたが、そもそも本当にルシフェルの疑似サーヴァント的な存在になったのですか!?」

 

 彼を精神的な拠り所にしている身としては、あんまり受け入れたくないのである。

 しかし光己は確たる証拠を持っていた。

 

「うん、間違いなくね。疑似サーヴァントになったんじゃなくてあくまで『世間一般でのルシフェルのイメージが具現化したもの』が乗っかっただけだけど、逸話再現的なサムシングがあるそうだから。

 その名も『終末の時きたれり、其は神に叛くもの(ハルマゲドン・ゴグ・マゴグ)』といって、ズバリ悪魔や不信心者の軍団を召喚するワザだからな。神の軍団と戦う時限定だけど」

 

 「神」といっても一神教的な造物主に限らず多神教的な神霊やその化身等であってもいいが、単独や少数で来た場合は使用できない。また召喚できる数はその場の状況と光己の熟練度に左右される。

 ヴリトラの宝具「魔よ、悉く天地を塞げ(アスラシュレーシュタ)」がルシフェル仕様になったものであろうか。

 

「そ、そうなのですか……。

 あ、あの、先輩」

 

 そのような確証があっては否定のしようがない。マシュはしゅーんと落ち込んでしまって、大変な身の上になってしまった先輩を励ます言葉も出て来ない。

 この宝具的サムシングのヤバさを考える余裕もないようだ。

 もっとも当の光己もそこはあんまり考えていなかったが、それゆえにここはマシュを元気づけるべきだと判断した。

 

「そんなに気にしなくていいよ。ファヴニールになった時に心の整理はつけたから、アルビオンになろうがサタンになろうが人外って点では同じだと思ってるから。

 幸いこうして人間の姿になれるし」

「は、はい、すみません」

 

 自分から話を振っておいて慰められていては世話はない。マシュはきまり悪そうに肩をすくめた。

 しかしせめて、自分が味方であることだけは強調しておこうと思う。

 

「……先輩は強いですね。

 でも私にできることがありましたら、何でもおっしゃって下さいね」

「ん、ありがと。それじゃお……」

 

 光己は「お肌のふれ合い」と言いかけて、これから一緒にお風呂に入るのだから無駄に藪をつっつく必要はないことに気づいていったん口をつぐんだ。

 

「……あー、いや。マシュがそんな風に思ってくれてるだけでも嬉しいよ。

 でも何かあったら、遠慮なくお願いさせてもらうから」

「はい、先輩」

 

 という流れで、光己は今回は平穏に乗り切ったのだった。

 

 

 



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第234話 竜と獣1

 氷の粉が湯舟に十分溜まったら、炎の剣に持ち替えて加熱である。ただ熱い水や空気は上に行くという関係上、湯舟の上から加熱するのは効率が悪いことは今までの経験で分かっているので今回は一工夫していた。湯舟の下にスペースを作って、そこに剣を入れて加熱できるようにしてもらってあるのだ。

 ただ火力が強すぎると湯舟が熔けたり水が沸騰してしまったりするので、火加減には細心の注意を払わないといけないが。

 

「よし、やるか……」

 

 光己がパルミラや時計塔でもやったように炎の剣に念と魔力をこめると、剣の先端から赤い炎が噴き出した。

 しゃがみ込んでその様子を見ていたアタランテが感嘆の声を上げる。

 

「おお、氷の次は炎とは……」

 

 アタランテの生前の頃は、水や火の調達は重労働だったのだ。それを魔術師でもない者が刃物2本でできるとは何とも便利なものである。

 しばらく黙って見ていると光己は出力調整に慣れてきたようなので、ふと気になったことを訊ねてみた。

 

「ところで、天使や悪魔というのはどんな戦い方をするものなのだ?」

 

 古代の狩人でアルゴー号の冒険に参加したこともあるだけになかなかのバトルフリークぶりだったが、光己はワルキューレズあたりで慣れているのか特に気にせず普通に答えた。

 

「んー、そうだなあ。天使といってもピンキリだし、悪魔は出身からして色々あるけど、ルシフェルみたいな高位の天使や堕天使だと戦闘前に結界やバフをいくつも重ね掛けしておくみたいだな」

 

 これにより、よほどの実力差あるいは対界宝具的なモノがなければ遠距離戦ではそう簡単に落ちなくなる。なのでレベルが近い天使と堕天使の戦いでは、接近して格闘しながら互いに結界やバフを剥がしたり張り直したりしつつ、機を見て必殺の一撃を叩き込むという展開になるようだ。

 ちなみにどこぞの祭神も「呪層」という似たようなスキルを持っているらしいが、詳しいことはさだかではない。

 

「ほう。つまり天使や悪魔は接近戦はもちろん、結界魔術や付与魔術にも長けているということか?」

「そうとも限らないかな。高位の天使ともなると、呪文や儀式や道具なしで魔術的効果を顕せるらしいから。権能とか御業(みわざ)とかいうみたい」

 

 妖精は神秘的現象を起こすのに魔術基盤とか術式とか礼装とかは不要だそうで、天使もそれと同様ということなのだろう。もっとも不要といっても使えないというわけではなく、それこそモルガンやアルトリア・キャスターがあえて魔術を使うからにはそれなりのメリットがあるはずで、具体的には同じリソースでより大きな効果を出せるというところか?

 なので光己も熾天使、いや天使長形態(ルツィフェル・フォルム)になれば魔術を学ばなくても魔術的な芸当ができるようになるはずだが、それはそれで相応の勉強と訓練は必要と思われる。カルデアにも天使の御業の教本までは無いだろうが、天使長形態でチャドー呼吸法をやれば多少の成果はあるだろう。

 

「ふむ。確かに接近戦の最中に魔術を使おうとすれば隙になるし、それ以前に武術と魔術両方を修めるのは大変だろうからな」

「そだな。狩人風に言うなら、二兎を追う者は一兎をも得ずってとこか。いや俺自身が五兎くらい追ってるような気もするけど。

 あと竜人(ドラゴニュート)の戦士は自分の腕力と魔力に耐えられる頑丈な武器を振り回すのがスタンダードみたいだな。勇者クラスになるとオリハルコン製の剣とか使うらしい。

 分かりやすく言うならアルトリアオルタ」

「なるほど、力こそパワーというやつか」

 

 いやオケアノスで見た彼女は技量も十分持っていたが、分類するなら典型的なパワーファイターである。まあ彼女ほどのパワーがあるなら、小手先の技をせこせこ磨くよりそちらの道の方がお得であろう。

 ―――ところで日本には「噂をすれば影」今風にいえば「フラグ」という言葉がある。まるでこの話題に誘われたかのように、部屋の隅に何やら強烈な、しかも邪悪な気配が現れた。

 光己たちがはっとそちらに身体ごと向き直ると、床に血だまり―――のように見える濃い魔力が噴き出しているではないか。

 

「またサーヴァント!? ここには魔霧は入ってないのに」

「気をつけろ! この禍々しさ、並大抵のサーヴァントではないぞ」

 

 想像外の事態に光己が当惑していると、アタランテが厳しい口調で警戒を促してきた。彼女自身はすでに弓と矢を出し、戦闘態勢に入っている。

 マシュもすぐさま盾を出して先頭に飛び出し、マーリンも杖を構えた。

 

「確かに激ヤバな気配だな……いったいどんな奴なんだ!?」

 

 サーヴァント当人はまだ姿を見せていないのに、すでに部屋中に血生臭い雰囲気が満ちている。これは会話で仲間にするどころの話じゃなさそうだ。

 そしてついに、血だまりから湧き上がるようにしてサーヴァント(と思われる者)が現れた。

 10歳くらいの金髪紅眼の少女で、頭に金の冠をかぶり、左手に大きな金の杯を持っている。両肩にも冠が乗っていた。

 右腕と両脚はドラゴンを思わせる赤と金のごつごつした防具を着けているが、太い尻尾が動いているのを見るに、腕と脚も防具ではなく当人の身体なのかも知れない。

 ただその物々しさに反して、胴体に着ているのは恐ろしく露出度が高い赤色のスリングショット水着のような布だけである。いろんな意味で危険そうな幼女だった。

 そして何より光己たちを驚かせたのは、彼女の顔がローマで会ったネロにそっくりなことだった。ネロオルタとかそういう存在であろうか?

 一方幼女も何やらとまどっていた。

 

「む、ここはどこだ? 雰囲気からするとロンドンの特異点か?

 特異点は7つとも修正し終わっているはずなのだが……しかも星の獣(マーリン)がいるとは不愉快な。いやそれよりカルデアのマスターはどこだ?」

 

 カルデアのマスターは目の前にいるのだが、幼女が知っている「カルデアのマスター」は光己ではないようだ。

 幼女は「ストーム・ボーダー」という船にいる()()を目標地点にして()()()()したつもりだったのだが、どうやら違う場所に着いてしまったらしい。

 

「……いや、この男もマスターではあるのか!? マシュもいるからな。

 移動に使える魔力はあと1回分だけだし、今はこの男で妥協するしかないか……」

 

 しかし何か事情があるらしく、このたびは光己を標的と定めてギラリと瞳を光らせる。といっても頭を下げてお願いするなんて殊勝なことを考えているはずもなく。光己の背後の床に出現した血だまりから、ドラゴンめいた魔獣が音もなく首を出した。

 幼女は実はかなり弱体化している身なのだが、それでもカルデアのマスター、いや人間の魔術師風情を捕獲するくらいは造作もない。しかしマシュたちに邪魔されたら面倒なので、牽制のために尻尾の先端を向けて赤いビームを乱射する。

 

「うわ、何でか分からんがやっぱり敵だったか!」

「シールドエフェクト、発揮します!」

 

 マシュがとっさに「誉れ堅き雪花の壁」の障壁を展開したが、幼女のビームは小手調べレベルの軽い感じで撃っているように見えるのに、受けている感触は異様に重かった。ちょっとでも気を抜いたら障壁を破られるか、あるいは身体ごと後ろに転ばされそうである。

 

「つ、強い……!」

「むう、これは援護がいりそうだね!」

 

 アタランテの弓矢は障壁越しでは使いづらかったが、マーリンの魔力剣は思念誘導で回り込ませることが可能だ。何本もの鋭い剣が猛禽類のような勢いで幼女を襲う。

 しかし幼女はそのごつい右腕を振り回して、すべての剣を叩き折った。そしてサーヴァントたちの視線と注意をこちらに集めた隙に、先ほど出した魔獣にマスターの少年を背後から襲わせる!

 

(もらったな。たやすいミッションだった!)

 

 ……と幼女は思ったが、ここで事態は彼女の予想を超えた。少年は魔獣の接近を感知すると、素早く向き直って自分から突撃したのである。

 そして信じがたいことに、大きく踏み込んでの拳打1発で魔獣を部屋の外まで叩き出してしまった!

 

「何とっ!?」

 

 魔術や礼装を使うならともかく、まさか素手のパンチで外身(ガワ)だけとはいえ「魔獣赫(まじゅうかく)」を殴り倒すとは。幼女が心底驚いた表情を見せると、少年はこちらを向いてドヤ顔決めてきた。

 

「ニンジャを甘く見たようだな! これぞジュー・ジツ奥義、ポン・パンチだ!

 というか今のであんたの正体が分かったぞ」

 

 そして光己は得々とした様子で幼女の正体を明かそうとしたが、その前に気配と物音で異常事態に気づいたヒロインXXとルーラーアルトリアと太公望が部屋に乱入してきた。

 

「マスターくん、無事ですか!?」

「やはりサーヴァントですか……って、真名が『ソドムズビースト』でクラスが『ビースト』!? まさか()()人類悪なのですか」

「本当ですか!? まあ相当弱っているようですが」

 

 なお太公望は相手が妲己であれば特攻の術式を持っているのだが、他のビーストに対する特別な備えはない。

 

「…………」

 

 光己はせっかくカッコつけているのを邪魔されてちょっと鼻白んだが、助けに来てくれたのだから文句はつけづらいし、それより先に言っておくべきことがあった。

 

「みんな、彼女は()()()()殺さないようにしてくれ!」

「!?」

 

 事情を知らないマーリンとアタランテには理解できない要請だったが、付き合いが長いマシュたちにはすぐ分かった。ネロにはローマで良くしてもらったし、ビーストについてはカーマを助命した前例があるので、即殺はしたくないという趣旨だろう。

 ただ幼女は先制攻撃をかけてきた上にかなり強いので、「できれば」という前置きをつけたというところか。

 

「なるほど。そういうことでしたら私にお任せ下さい!」

 

 カーマの権能を剥いだ実績があるXXが、さっそくやる気十分な様子でツインミニアドを振りかざす。しかし幼女はそれを鼻で哂った。

 

「ふ。いくら頭数を増やしたからとて、余を生け捕りにできるつもりなのか?」

 

 幼女がそう言うと、少年がまた口を挟んできた。

 

「そうだな、確かにあんたは強いと思うよ。何しろ『黙示録の獣』なんだし」

「む、余の正体が分かったというのは本当だったのか」

 

 確かに彼は先ほどそんなことを言っていて、しかもその推測は正解なのだが、その「黙示録の獣」を前にして畏怖も気負いもなく平然としているとは。それにどうやって見破ったというのか?

 幼女がそれを訊ねると、少年は得たりとばかりに説明してくれた。

 

「だってさっきの魔獣、『赤い竜』か『獣』の『7つの頭』の1つだろ。それにネロ帝は獣の数字がどうとかで『海の中から上って来る獣』ってことにされてるし、そうなるとその杯も『バビロンの大淫婦』が持ってるやつってことになるよな。

 もちろん生前のネロ帝は生物学的には純然たる人間だったから、例によって無辜られたんだろうけど」

「ああ、貴様は生前の余を知っているのだったな……。

 しかし何故、アレが『7つの頭』だと分かった?」

 

 すると少年は先ほどの倍くらいのドヤ顔を見せつけてきた。

 

「フ、それを聞くのか、聞いてしまうのか!?

 いいだろう、相手が『獣』であれば隠す理由もない。論より証拠、その眼でしかと見るがいい!」

 

 光己はそう言い放つと、満を持して天使長形態を披露した。

 その圧倒的パワーを放つ6対の翼を目の当たりにした幼女が盛大に噴き出す。

 

「ぶっ!?

 ……じゅ、12枚の翼といえばかの堕天使ルシフェルではないか!」

 

 まさか()()()()()マスターがルシフェルだった、いやルシフェルがマスターになっていたというのが正しいのか!? どちらにしても予想外すぎる無茶苦茶な事態だ。

 いやまあ、ルシフェルなら「7つの頭」が分かるのも「獣」を恐れないのも当然といえば当然なのだが……。

 しかし翼が1対ごとに形も感じるパワーも違うのはどういうことなのだろうか?

 

「それはだな。俺は冠位竜(アルビオン)と融合した上で、ルシフェルの天使長と魔王の要素が半分ずつと、熾天使と『赤い竜』の概念、さらに何故か『水界の理想郷(アヴァロン)』の概念も無辜られた、でも人間の心は失わなかった竜人間(ドラゴンマン)だからだよ」

「何ぞそれ」

 

 少年は嘘は言っていないようだが、幼女にはその内容は半分も理解できなかった……。

 

「だが余が何故ここに来てしまったかは分かった。

 実は余はここではなく別のカルデアに行くつもりだったのだが、貴様の『赤い竜』の要素に引っ張られてしまったのだろうな。

 ……ああ、そういえばまだ名乗っていなかったな。ソドムズビーストでは長くて呼びにくいだろうから、ドラコーとでも呼ぶがいい」

「……ほむ」

 

 幼女は光己の推測を否定はしなかったが、ネロとは呼んでほしくないようだ。当人が嫌がることをあえてする必要はあるまい。

 ドラコーは今気になることを言ったが、それを聞く前に―――。

 

「それじゃこっちも名乗っとくかな。ドーモ、ドラコー=サン。カルデアのマスターの藤宮光己です!

 ……ということで、話の続きはあんたの権能を剥いでからにしようか」

「来るか!」

 

 聖書には「竜は獣に力と王座と権威を与えた」という記述があるので、逆に力を回収できてもおかしくない。さすがのドラコーも大口は叩けず、まずは1歩下がって身構える。

 すると少年はある意味当然のことながら自身で戦おうとはせず、1番上の白い羽翼を大きく開くと、そこから純白の眩い光を放射し始めた。

 

「……何だ!?」

 

 実はドラコーは光己に対する殺意や害意はないので、光を浴びても特にダメージは受けない。しかし代わりに、何人かのサーヴァントが激烈にパワーアップしたのがはっきり分かった。

 それでもドラコーがビーストとして万全な状態であれば恐れるほどのものではなかったが、現状では1対1でも厳しいレベルだ。光己が令呪を使った形跡はなかったが、これが天使長の力だというのか?

 そして先ほどの槍の女がずいっと前に進み出る。

 

「ではいきますよ。覚悟!」

「ちょ、おま、強すぎじゃない? 余は悪くな……」

 

 そして容赦ないリンチで、あえなくドラコーは気絶したのだった。

 

 

 




 めでたくドラコーさんをお迎えできたので、さっそく登場してもらいました。
 ドラコーさんは果たしてどうなってしまうのか……!?




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第235話 竜と獣2

 ドラコーがはっと目を覚ますと、ワイヤーで腕と脚を厳重に縛られていた。当然強力な魔術がかけられており、今の力ではちぎれそうにない。

 しかも先ほど予想したように、「黙示録の獣」の力が奪われている。獣の外身(ガワ)の腕と脚と尾もなくなっていた。「バビロンの大淫婦」の力は残っていて、杯も無事だったが……。

 周りを見回してみるとまず光己の姿が目に入ったが、なくなった外身は彼のものになっていた。力を取り戻すための協力者になってもらうはずだったのに、逆に残っていた力を奪われた上に虜囚にされてしまうとは何という皮肉!

 光己に殴り飛ばされた魔獣赫が壊した壁は直っていた。おそらくマーリンの処置だろう。

 

「……む、サーヴァントが増えているな。こんなにいたのか」

 

 部屋の端の方に、さっきはいなかった者が4人ほど立っている。戦闘の気配を察して駆けつけたか、光己に呼ばれて来たのだろう。

 ―――その内訳はモードレッドとアンデルセンとシェイクスピアと天草である。他の者も来ていたのだが、侵入者は捕縛済みだし、あまり大勢だと窮屈になるので元の部屋に戻ったのだ。

 カルデアに連絡して、尋問の補助要員としてスクリーン越しに清姫とカーマを呼んでおり、相手が相手だけにオルガマリーたち幹部勢もその後ろに控えているし。

 なおモードレッドが残った理由は純粋な使命感だが、作家組は好奇心と野次馬根性であり、天草はキリスト教徒的な関心である。ネロといえば最初にキリスト教を迫害した人物だし、それが「バビロンの大淫婦」「黙示録の獣」として並行世界から襲って来たとなれば無関心でいられるわけがなかった。

 

(……「無辜の怪物」とはいえ大淫婦といわれるだけあって破廉恥な格好をしていますが、しかし何故あんな幼い姿に?)

 

 それを初対面の幼女にいきなり訊ねるほど天草は不躾ではなかったが、口さがない者も2人程いた。

 

「カルデアのマスターが我が英国の冠位竜(アルビオン)と融合したとか、その次は堕天使ルシフェルの疑似サーヴァント的な存在になったとか聞いた時は驚きましたが、そのルシフェルの元にかのネロ帝がバビロンの大淫婦として黙示録の獣に乗って現れるとは!

 次は竜と獣が暴れ回るのか、それとも速攻で鍵と鎖を持った天使が降臨してお二方は封印されてしまうのか!? 吾輩、その場面を想像するだけで興奮が抑え切れません!」

「童話のモチーフとしてはいささか大仰すぎるが、黙示録がどこまで再現されるかは興味があるな! その度合いによってはこの狭い特異点などたちどころに潰れそうだが」

「その時はその時、仮にそこで果てたとしても、見聞きした記憶は余さず座に持ち帰りますとも!」

 

 さすがに光己とドラコーには聞こえないよう小声で話す程度の配慮はしていたが……実は光己は2人の想定より耳が良かったので全部聞こえていたりする。

 しかし光己的には2人の口が悪いのは今更だったし、今のも警告と考えればむしろありがたいものと言える。なので文句はつけなかった。

 それよりドラコーと話をせねばならない。

 

「それじゃ、尋問(インタビュー)の前にこちらの自己紹介しとくかな」

 

 普通の聖杯戦争では、サーヴァントが真名を明かすのは能力や弱点がバレることになるのであまりやらないそうだが、特異点修復では名前を隠す者は少ない。それにこちらはドラコーの生前の名前をすでに知っているので、一応は誠意を示すことにしたのだ。

 そしてマシュから始まって天草まで名乗り終えると、光己はスクリーンを手で示した。

 

「わざわざスクリーンで同席してもらってるのにはそれなりの理由があってね。

 こちらの清姫は嘘を見破るのが得意で、こっちのカーマはあんたと同じ、並行世界から来た『元』人類悪なんだ。

 もちろん『獣の権能』は剥がしてあるし、清姫の前で『人類悪はやめる』って明言してもらってるけど」

「何と!?」

 

 ドラコーは仰天して、思わずカーマの顔をまじまじと見つめてしまった。年の頃は自分と変わらない幼女だが、確かに同類ではあるようだ。

 しかしこれで、自分が気絶している間に殺さなかった理由が分かった。まさかすでに前例がいたとは本当に驚きだが……。

 とはいえ獣の権能を剥がして人類悪もやめさせた上でのことだそうだが、光己たちにしてみれば当然のことだろう。つまり自分は権能はすでに奪われた身だから、あとは人類悪をやめれば助命してもらえるわけだが……さて。

 

「それじゃまずは、ここに何をしに来たのかから話してもらおうかな」

「……むぅ」

 

 生前は皇帝、今は人類悪(ビースト)ともあろう者が縛られて尋問を受けるなんてのは大変な屈辱なのだが、意地を張って黙秘しても無駄に痛い目に遭うか殺されるかするだけで得はない。生き残りたいのなら、知られても不都合のないことはおとなしく白状した方が良さそうだ。

 

「……それはだな。

 実は余は当初はビーストⅥとして完全ではなくてな、まずは成体になる必要があった。そこで、貴様たちも知るゲーティアがやった『人理焼却』を模倣した七層の特異点からなる『証明世界』を生み出した。

 そこに無数の並行世界から『カルデア』を引き寄せ、彼らの願い、世界を救わんとする『救世主の願望』を集めて喰らうことで、余は見事成体となることに成功したのだ」

「…………むう。それはまた、ずいぶんとスケールが大きい話だな」

 

 魔術王でさえ並行世界に手を出したという話は聞いてないのに。光己は思わず唸ってしまった。

 しかも今、ドラコーは重要な人名を口にしなかっただろうか。「ゲーティア」とは何者であろうか?

 いやカルデアで勉強したから、ソロモンが書いた本の題名であることは知っているが。彼が使役した72人の悪魔について記されているものだ。

 まあこの辺はオルガマリーたち魔術師勢が後で検証するだろうから、光己は今の話題を続けることにした。

 

「でも結構リスク高くないか? たとえば10個のカルデアが組んで同時に攻めて来たら、幼体のままじゃ厳しいだろ。

 それとも1個ずつ引き寄せてタイマンでやってたのか?」

「ふむ、そこに気づくとはマスターとして最低限の戦略センスはあるようだな。

 1個ずつ引き寄せるのは面倒だから複数が断続的に来る形にしていたが、実際に戦闘する時は1対1か2程度に抑えていたぞ」

「ほむ……」

 

 ドラコーは大スケールをかましつつも、細かい作戦を立てることもできたようだ。

 そうして成体に至れたということは連戦連勝していたはずだが、その成体になった後で不覚を取ったということか?

 光己がそれを訊ねると、ドラコーは今思い出しても悔しいのか唇を噛みつつも答えてくれた。

 

「そうだ。とあるカルデアに破れて魔獣赫を失い、証明世界も崩壊のさなかにある。

 しかしこんな終わり方は納得できぬ! 余は一縷(いちる)の望みをかけて、残った力でまた別の並行世界に脱出したのだ。

 むろんただ逃げたわけではないぞ。そこのマスターと契約して多少は力を取り戻した上で、証明世界に再侵攻するためだ!」

「ほむ、それで俺の所に来ちゃったわけか」

 

 おそらくドラコーはたとえばカーマやモルガンたちが元いた世界のような、マスターが立香1人だけで、しかも当人は大して強くない世界に行くつもりだったのだろう。そして先ほどの魔獣で捕獲して、そのまま自分もろとも証明世界に帰還するという計画だったに違いない。

 それがよりによってアルビオン・ルシフェルなマスターに引き寄せられてしまうとは、これがいわゆる悪運が尽き、いやまだそうと決まったわけでもないか……。

 

「でも再侵攻してどうするんだ? 証明世界を直せるのか?」

「いやそれは無理だ。しかし失った魔獣赫を取り戻す、つまり成体に戻ることはできる。そうすればまた別の並行世界に行けるしな」

「なるほど……」

 

 筋は通っている。ここで光己が清姫にチラッと目をやると、嘘発見少女は小さく頷いた。

 ドラコーは今のところ「嘘をついては」いないようだ。

 光己としては並行世界のことまで責任を取りたくはないが、あえて災いの元を放り込む趣味もない。彼女の希望をかなえるのはNGだろう。

 ―――もっともドラコーも、この希望を光己たちが簡単にかなえてくれると思っているわけではない。

 

「それで不運にも貴様たちの所に来てしまって今に至るわけだが、貴様たちは余を打倒したわけだからな。逸話的に考えて()赤い竜(きさま)はベストパートナーだし、敗者として勝者に従う気がないでもない。

 仮にもカルデアのマスターにして堕天使ルシフェルであるなら、獣の1匹、いや2匹になるのか。乗りこなしてみせよ……!」

 

 などと光己を煽ったドラコーだが、これは彼と契約すれば多少は力を取り戻せるし、性格的に見て今すぐは無理でも時間をかけて誑かせば再侵攻に付き合ってくれる可能性はあると踏んだからである。「敗者として勝者に従う気がないでもない」という台詞も(ビースト成体に戻るまでは)嘘ではないから清姫とやらも怖くないし。

 しかし煽るばかりでは何なので、セーフティがあることも述べておく。

 

「いや不安がる事はない。そこの軽薄そうな男が言ったように、逸話的には余と貴様が組んで悪事を働いたら天使が封印しに来るわけだからな。貴様と契約を結んでいる間は悪さはせぬ」

 

 シェイクスピアの放言はドラコーにも聞こえていたようだ。劇作家は小さく肩をすくめたが、謝罪等はしなかった。

 

「…………ほむ」

 

 一方光己はそんな些事に関わっている暇はなく、ドラコーの言葉をよくよく吟味しないといけない。

 ―――悪事はやめて仲間になってくれると言うが、それは光己と契約している間だけという風にも解釈できる。それはちと、いやかなり問題だ。

 しかし考えてみれば人類悪ともあろう者が、1度負けただけで簡単に改心するというのも都合が良すぎる話なわけで。カーマだって、本当に人類悪をやめるまでには結構時間がかかっていたし。

 逆にいえばドラコーも時間をかければ本心から人類悪をやめてくれる可能性はあるのだが、無論それは確定ではない。

 なお魔術王がつくった特異点では現地サーヴァントをカルデアに連れ帰ることはできないという過去の例があるのだが、ドラコーは(光己が返せば)単独顕現を持っているから、彼女が来る気になれば契約をたどって来られるだろう。来る気にならなければ? 他のサーヴァント同様、座に退去となるはずだ。

 ただ光己と契約してドラコーが強くなったとしても、その契約を解除されたら今のレベルに戻るわけだから、並行世界に逃亡しても大した悪事はできないだろう。その辺彼女はどう考えているのだろうか?

 

(うーん。俺のコミュ力じゃ深く追及したら藪蛇になるかなあ?)

 

 サーヴァントとかかわるようになってから結構経つが、それでも歴史上の著名人(えいれい)、ましてや人類悪と「人理修復をしているマスター」という補正抜きの純粋な人間力だけで対等に渡り合う自信はない。どうするべきか……?

 

(まあ、マスターには「アルビオンにしてルシフェルである」という別次元の補正があるのですが……今言うことじゃないですね)

 

 なお太公望は光己の表情を見てこんなことを考えたが、その思考の通り沈黙していた。

 相手によってはマイナスになる補正なので、いずれ伝えねばならないが。

 

「ま、こういう時はストレートにいくしかないか……。

 ドラコー、今の台詞は『俺との契約を解除したら悪さを再開する』とも聞こえるけど、契約解除したら今と同じ力でしかなくなるから人類悪的な大事業はできなくなると思うけど、その辺どう考えてるんだ?」

「それは現状での話であろう。余が魔獣赫を取り戻せば、契約解除しても問題ない。

 つまり()天使長(きさま)にほだされて芯から人類悪をやめるか、天使長が獣に誑かされて魔獣赫(ちから)を取り戻すのを手伝うことになるか、まさに善と悪の最終決戦というやつだな! はははは」

「…………むう」

 

 ドラコーは愉快そうに高笑いしたが、光己の方はそう暢気していられない。とりあえず、清姫に顔を向けて真偽の判定を求めた。

 

「……そうですわね、今のドラコーさんの言葉に嘘は感じられませんでした。言い方はアレでしたが、真剣に己の在り方を賭けてのことだと思います。

 とはいえ旦那様ほどの徳の高い方が獣とやらに誑かされるわけがありません。ドラコーさんは逸話的には! 逸話的には旦那様とベストパートナーだそうですので戦闘などでは役に立つでしょうから、仲間にすることにあえて反対は致しません」

 

 清姫が「逸話的には」と2度も言って強調したのは、言うまでもなく愛的にベストパートナーなのは自分だと主張したいからである。しかし初対面の者を含む大勢の前で露骨に言うのはさすがに恥ずかしかったのでこういう形にしたのだった。

 

「ほむ……」

 

 なるほど確かに、ドラコーと契約した場合のパワーアップ効果は逸話的に考えて他のサーヴァントの場合よりはるかに大きくなるだろう。戦力としては大いに期待できる。

 清姫の前で悪さはしないと言って真偽判定が通ったのだから、そちらの心配も(光己が誑かされない限りは)要らないし。

 

「……よし、話はだいたい分かった。

 それじゃそろそろ決めるかな。ドラコーを仲間にするのに反対の人っている?」

 

 光己がそう言って皆の顔とスクリーンを見回したが、口を開く者はいなかった。ビーストを仲間入りさせるのは心理的な抵抗もあるはずだが、やはり前例があるというのは大きいようだ。

 

「なさそうだな。それじゃドラコー、希望通り、仲間に入れて契約もしよう」

 

 光己はそう言いながら、彼女の後ろに回って自ら縄を解いた。

 ちなみに光己は三国志に張飛が厳顔を縛った縄を自ら解いて賓客にした逸話があるのを知っているが、意識してやったわけではない。実際ドラコーには特に感激した様子はなかったし。

 そして2人で向かい合って立って、サーヴァント契約の儀式を始める。

 

「それじゃさっそく。

 ―――告げる!

 汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に! 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう!」

 

 光己が令呪をドラコーに向けて契約の文言を唱えると、ドラコーも表情を引き締めてそれに応えた。

 

「うむ、ビーストの名にかけて誓いを受けよう。

 貴様が、()のマスターだ!」

 

 すると令呪がひときわ強く輝き、大量の魔力がドラコーに流れ込む。それにつれて、ドラコーはすさまじい力が体の奥底から湧き上がってくるのを感じた。

 さすがにビースト真体には及ばないものの、凡百のサーヴァント程度なら何人群れようが一捻りにできそうなパワーだ。

 先ほど失った竜腕と竜脚と竜尾、それに権能も戻ってきた。

 

「おお、これが逸話再現というものか……たいしたものだ」

 

 ドラコーはほっと安心しつつも予想以上のパワーアップぶりに感嘆していたが、ふと光己の姿を見直して、彼は自分に力を与えた(返した)はずなのに腕と脚と尻尾が竜のままでいることに気がついた。しかもドラコーと違い、右腕も竜腕になっている。

 

「……? なぜ貴様はその姿のままなのだ?」

 

 不思議に思って率直に訊ねてみると、その回答も単純なものだった。

 

「ん? それはまあ、俺がそういう起源だか属性だからじゃないかな。単なる魔力やエネルギーだったら、返した分減ってそれで終わりなんだけど」

 

 なので権能も一部残っている。今は服を着ているので見えないが胸から腹にかけて「666」という数字を含む怪しい紋様が浮かんでおり、これはドラコーが持っていた「獣の数字」「七つの獣冠」というスキルの顕れで攻撃力・防御力・抵抗力・回復力を増す作用があるのだ。さらに「単独顕現」が「量子テレポーテーション」に統合されて、レベルは低いものの一応使用可能になっていた。

 ただ本来ならこういうことは光己自身が試行錯誤して解明せねばならないことなのだが、今は立香が解析してくれるので非常に早い段階で正確に知ることができる。これもアラヤの加護というものであろうか……。

 

「そ、そうか。まあ余は返してもらえればそれでいいのだが」

「ん。それにしてもこの腕や脚なかなかカッコいいよな。これは悪魔として『悪魔の力で、死ぬ迄ブッ飛ばす!』って感じにダークヒーローっぽくいくか、それとも『これが、これだけが、俺の自慢の拳だあーっ!』とか叫んで熱血的に決めるか、なかなか悩ましいところだな」

「……?? よく分からぬが、好きにすればいいのではないか?」

 

 なおドラコーには、光己の中二的なノリは理解できなかった。

 

 

 



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第236話 竜と獣3

 こうしてドラコーとの戦闘もその事後処理も終わったので、光己は最初からの予定通りお風呂に入るためモードレッドたちにはジキルの部屋に戻ってもらうことにしたが、その最後尾にいた(おそらく意図的なものだろうが)天草がドラコーに問いかけた。

 

「初対面なのに不躾な質問だとは思いますが、生前の貴女は何故キリスト教徒を弾圧したのですか?」

 

 するとドラコーはちょっとびっくりしたのかぱちぱちっと目をしばたたかせたが、すぐに皮肉げな笑みを浮かべて反問した。

 

「ふむ。では逆に聞くが、キリスト教徒は何故異教徒や異端者を弾圧するのだ?」

「んぐっ!?」

 

 これには天草も返す言葉がなく、喉からしゃっくりめいた音を立てて硬直した。

 このたびの現界はどうも調子がよろしくない、いや新しい知見を得られたことを喜ぶべきか? と少し悩んで―――ふと光己の方に顔を向けた。

 無論援護を望んでいるのではなく、単にはるか未来から来た同郷(にほん)人、それもマスターをしている人物はどんな思想を持っているだろうか、という興味に過ぎないから口に出しはしなかったが、光己は察してあえて持論を開陳した。

 

「まあ宗教弾圧はよろしくないとは思うな。

 ただ俺が契約してるサーヴァントにはさっきのインドの女神(カーマ)に加えて、ここにはいないけど日本の太陽神の分け御霊(たまものまえ)北欧の主神の娘(ワルキューレ)キリスト教の聖女(ジャンヌ・ダルク)敬虔な毘沙門天信者(ながおかげとら)までいるから、特定の宗教や神話体系をえこひいきしたり非難したりするのはちょっと」

「そ、それは何ともはや。お、お疲れさまです」

 

 天草も人を統率する大変さは知っている。そんなガチ勢が何人もいるのならリーダーは宗教が絡む話題は避けたいだろうことはすぐ理解できるというか、労をねぎらう以外の言葉が出て来なかった……。

 

「すみません、失言してしまったようです。ではまた後で……」

 

 そして天草が小さく頭を下げて退室すると、ドラコーがやれやれといった風に軽く息をついた。

 

「ふむ、そういえばカルデアとはそういう所なのだったな。あのマスターどももよくやっていたものだ」

 

 集団統率の基本は信賞必罰なのだが、ドラコーが知っているカルデアのマスターたちにはサーヴァントに対してそれができるだけの権力も財力も武力もなかった。つまり人間力だけで数十人から数百人もの出自や経歴や価値観が異なる=いつ内ゲバを起こしてもおかしくない強者どもを率いて危険な戦場を渡り歩くという離れ業を演じてきたわけで、大したものだと素直に感心したのである。

 その点光己はルシフェルという最強者だからまだマシ……いやサタンが凡俗な大衆ではなく「英霊」を従えるのは逆に難易度高いか?

 

(まあどちらでもよいか……)

 

 黙示録の獣と赤い竜が組んで征くのだから、他のサーヴァントなどもはやオマケであろう。嫌な者はとっとと契約解除して英霊の座に還ればいい。こちらは何も困らぬどころか、光己を誑かす機会が増えるというものだ。

 試しに少しばかりやってみることにした。

 

「それはそうとマスターよ、余と契約できたことを改めて喜ぶが良い。何しろ余は力だけではなく、貴様がこれから行くことになる特異点の内容を知っているのだからな。

 値千金どころではないぞ!?」

「デジマ!?」

 

 ドラコーの唐突な自己アピールとその内容に光己は大いに驚愕した。

 そういえば彼女が作った「証明世界」とやらは、人理焼却で作られた特異点を模倣したものという話だった。それが事実なら、魔術王製の特異点の内容を知っているのは当然である。

 

「マジだ。といっても概略に過ぎぬ上に並行世界の話だから、鵜呑みにするのはお勧めせぬがな。違ってたからといって咎められてもつまらぬし、あくまで参考意見と考えてもらいたい」

「ほむ……それでも確かに千金どころか万金だな。

 でも何で今になって言うんだ? もっと早く言ってれば、俺たちがあんたを助命する確率がもっと上がったのに」

「それも考えはしたが、命乞いのようで嫌だったのだ。

 情報を吐かされた後で、もう用済みだと言って始末されたりしたら屈辱だしな」

「んー、なるほど」

 

 その心情は理解できる。光己が大きく頷くと、ドラコーも満足げに微笑んだ。

 

「ふむ、やはり貴様は話が分かる方のようだな。

 だからさっそく1つ教えてやろう。実はこの特異点では、最後にゲーティアが突然現れるのだ。カルデアを殺しに来るのではなく、散歩感覚らしいがな。

 とはいえ仮に奴をここで倒しても本拠地に逃亡されるだけだから、貴様はマーリンにでも頼んで正体がバレぬよう隠しておくのが賢明であろう」

「マ」

 

 何という爆弾情報。光己はまともな返答すらできなかった。

 まあこういう重大な話はオルガマリーやエルメロイⅡ世や太公望やモルガンといった幹部と頭脳派組も交えてじっくりするべきことだから、今は(メンタル的に)疲れていることだし予定通りお風呂にしたいところである。

 光己がそう言うと、ドラコーはきゅぴーんと目を光らせた。

 

「なに、風呂とな?」

 

 そう、彼女は生前に「テルマエ☆エンペラー」と讃えられたこともあるほどの風呂好きなのだ。

 そこで光己が今は魔霧その他の問題でここの公衆浴場は閉店中なので、この部屋に浴槽と湯を用意して入浴するつもりだったことを話すと、ドラコーは深く頷いて感心した。

 

「なるほど、余が来たのは貴様たちがまさに入浴しようとしていた所だったのか……それはすまぬことをしたな。

 しかしそれだけの手間をかけてでもそんな小さな風呂に入りたいとは、貴様もよほどの風呂好きのようだな。ちょっと親近感が湧いたぞ。

 うむ、せっかくだから余もご相伴してやろう」

 

 ドラコーは己が風呂好きだからか、それを邪魔するのはとても悪いことだと思っているようで素直に謝罪してきた。

 ただその次に、自分が入浴したいのに「してやろう」なんて言い方をするあたり、皇帝気質なのか素直じゃないだけなのか……。

 

「おお、マジか」

 

 光己はその辺にツッコミを入れることもなく素直に了承して喜んだ顔を見せたが、そこには思春期的な色合いはなかった。清姫やカーマを大奥に入れている身だから幼女NGというわけではないはずだが、内心は不明である。

 もっとももしドラコーがローマや閻魔亭で会ったネロと同じ年代だったら小躍りして、いやこの露出度激高の服で現れた時点でヘブン状態だっただろうが。

 なお湯舟は戦闘が始まった直後にマーリンが避難させており、今から入る(正確には洗濯が先だが)ことになったので、これから戻してもらうところである。

 そしてマーリンが湯舟を戻すと、ドラコーはそれを物珍しげにしげしげと眺め回した。生前には見たことがない品物のようだ。

 まあローマ皇帝ともなればプライベートテルマエでもどでかいモノだった、というか湯を調達する仕組みがない単なる湯舟というもの自体が無かったかも知れないが。

 

「それで、肝心の湯はどうするのだ? マーリンが魔術で作るのか?」

 

 湯舟を避難させた時に湯はこぼれてしまったので、改めて入れ直さないといけないのだ。

 

「その方が早くはあるけど、今回は俺が作ってるんだ」

 

 光己はそう答えつつ、「蔵」にしまってあった氷の剣(アイスソード)をまた取り出して湯舟に氷粉を入れ始めた。

 ドラコーは彼が「疲れている」と言っていたくせにわざわざ自分で湯を作り始めたのを少し疑問に思ったが、新入りの身なのでこのたびは深く突っ込むのは避けて黙って見守る。

 なおドラコーは「蔵」のスキルは初見なのだが、天使長にして魔王であるならこの程度の芸当はできて当然くらいに思っているのか、特に反応しなかった。

 すると氷粉が湯舟の半分くらいまで溜まったところで、彼の方から話しかけてきた。

 

「それはそれとして、ドラコーにはちょっと感謝しないとな。

 100%自己基準で自己満足で名前だけの話なんだけどグランドマスターにもなれたし」

「グランドマスター……マスターの中の冠位ということか? ふむ、余のマスターになったのだから当然の自己評価よな」

 

 ドラコーがふんすと胸を張る。

 その台詞は前半は当たりでも後半はハズレだったが光己はあからさまにそうは言わず、しかし正解はきちんと語った。

 

「んー、まあそれもそうだけど、何しろ男の夢、巨大ロボットを召喚できるようになったからさ。まさかこんなに早くフラグ回収できるとは思ってなかった」

「巨大ロボット!?」

 

 ここでドラコーの目が点になったのは無理もないことといえよう……。

 しかし光己は構わず続きを話した。

 

「ああ。あの竜腕とか出す形態を解析してもらったところ、天使長形態(ルツィフェル・フォルム)と併用はできない上にスペックも劣るんだけど、専用の宝具的サムシングがあるらしくてさ。

 ドラコーの宝具の『抱き融す黄金劇場(ベイバロン・ドムス・アウレア)』だっけ? あれがカスタマイズされたわけだな。『獣の機神(デウス・エクス・マキナ)』とでも名づけるか……」

 

 ただしこの宝具は光己1人では開帳できず、同乗してくれる相方が必要だ。またロボットの性能や特徴がその相方の魔術的性質に影響を受けるのは逆に楽しみなことだとしても、相方はある特殊な属性を持っていなければならないらしいのはちと困りものであった。

 なおその「特殊な属性」の詳細についてはまだ解析中だが、ここにいるメンツの中ではナーサリー・ライムが該当するようだ。

 

「まあ巨大ロボットって安全性や操作性その他諸々の問題があるから、あくまでロマンなんだけどね……」

 

 一応光己が出すものは(ビースト)の宝具的サムシングだけあってその辺りはおおむね解消されているのだが、巨大ロボットを使えるような状況なら竜モードになれば済むわけで、やはりロマンの域を出られな……いや仮にも男のロマンであるならば、サイズ的に考えて総エネルギー量では竜モードにとても及ばないにしても、それを補って余りあるグレートな武器やマーベラスな機能を持っていてしかるべきではあるまいか。

 

「うむ、それでこそ男のロマンだな! 早いとここの目で見てみたいもんだ」

「貴様の感性はよく分からぬな……いや、そういえば巨大な動く彫像を宝具にしているサーヴァントもいたな。名前は分からなかったが、ギリシャぽい風貌の男と女だった」

「へえー、ギリシャで彫像というとコロッサスとかタロスかな? 味方として会いたいものだけど。

 ……ところでドラコーの竜の腕や尻尾って引っ込められるの? そのままで入浴するのはちょっと邪魔かなと思うんだけど」

「ああ、できるぞ」

 

 ドラコーが軽く腕を振ると、その腕と脚を覆っていた竜身と尾と、両肩にあった金の冠がフッと消えた。代わりにノースリーブの真っ赤なドレスをまとっている。

 だいぶ可憐で楚々とした印象になったが、赤い眼光の鋭さは変わっていないのでお子様扱いするのはやめておいた方が良さそうだ。

 そして氷粉が十分たまったら、先ほど同様炎の剣で加熱である。

 

「……ふむ、ちゃんと沸かせるようだな。確か洗濯を先にするのだったか?」

「うん、魔霧の中をずいぶん歩き回ったから。というわけでマーリンさん、水着お願い」

「ああ、もうできてるよ。もちろんサイズもぴったりさ」

 

 マーリンはどうやってサイズを測ったのかは言わなかったが、おそらく魔術的サムシングで何とかしたのであろう……。

 光己用がただの手拭いだったのは手抜きではなく、彼の故国のスタイルを尊重したものと思われる。女性用はシンプルな白いビキニで、海やプールならともかく個室での洗濯と入浴であまり凝ったものにしても邪魔なだけだろうという判断だった。

 

「ドラコー、キミはどうするんだい?」

「この時代では風呂に入る時は湯浴み着を着るのか……それとも男女混浴の時だけか? まあいい、今回は皆に合わせておくことにしようか」

 

 ドラコーの生前は公衆浴場(テルマエ)は裸で混浴だったから、その流儀で行くことにして1人だけ脱げば光己へのアピールになるとも思ったが、初対面で突っ走り過ぎると逆に引かれるかも知れない。なので自重したのだった。

 

「わかった、じゃあこちらをどうぞ」

 

 マーリンがその台詞を言い終えた時には、ドラコー用の水着がその手の中に現れていた。さすがは冠位級魔術師というところか。

 ―――こうして水着の準備ができたわけだが、すると光己は奸智を働かせて、いかにも無造作な様子で服を脱ぎ始めた。このまま自然に女性陣の着替えを鑑賞しようという企みである。

 

「せ、先輩はむこう向いてて下さいっっ!!」

 

 当然マシュにバレて回れ右させられたわけだが、部屋の外に追い出されなかっただけ有情というべきだろう……。

 仕方ないので光己がその位置のまま着替えると、やがて後ろからマシュが女性陣も着替えが終わった旨を知らせてきた。

 

「先輩、もういいですよ」

「おお、やっとか」

 

 振り向いた思春期少年の視線の先は、まさに花も恥じらう美の競艶の舞台だった。

 水着は全員同じデザインで、布面積少なめで露出度高めの仕様である。水に濡れたら透けそうな、しかしおそらく透けないであろう絶妙な厚みと材質で作られているというのが光己アイによる鑑定結果だ。

 そのため先頭のマシュはちょっと恥ずかしげに頬を薄く染めて、両手で胸と股間の辺りを隠している。股間はともかく、大きな胸は片手ではあんまり隠せていなかったが。

 マーリンは自分が作った水着だけにさほど意識した様子はなく、いたって平然としている。ウインクなどしながら、水着の感想を訊ねてきた。

 

「どうかなマスター、気に入ってくれたかな?」

「おお、水着も着てる人もバッチリ」

「うん、それはよかった」

 

 光己が芸が無い台詞ながらも本心から褒め称えると、マーリンもにこやかに微笑んだ。

 美貌に加えてスタイルも大変よろしい上に、夢魔とのハーフだからか露出した艶っぽい素肌から蠱惑的な匂いまで漂ってくる。光己は理性とポーカーフェイスを保つのに一苦労であった。

 

「うーむ。湯浴みをするのだから布が少なめになるのは分かるが、やはり男性の前だとちょっと恥ずかしいな……」

 

 アタランテは野性味あふれるしなやかなボディが売り(光己的感覚)の美人だが、胸部はともかく腰部の露出度はそんなに変わらないのに恥ずかしそうにしているのは、やはり布の強度の問題であろうか? 光己としては基本強気な彼女が頬を赤らめてそわそわおろおろしている様子は大変レアで結構な風情であった。

 

「ふむ、これが当世風の湯浴み着か。まあ良かろう」

 

 そしてドラコーは対照的に実に堂々としていた。まあ露出度的には先ほどのスリングショットの方が高いくらいなので当然といえば当然だが。

 しかし白ビキニだと犯罪感がさらに増したように思えるのは気のせいであろうか……?

 

「まあいいや、それじゃ予定通り洗濯だな」

「はい。ですが先輩の分は私に任せて、先輩はその辺でご休憩なさってて下さい」

「……? 別にそこまで疲れてないけど」

「いえその、下着を洗っている所を見られるのは恥ずかしいので」

「あー」

 

 言われてみればその通りだ。光己はマシュの希望を容れて、おとなしく部屋の隅っこに腰を下ろして―――することもなかったので、チャドー呼吸法で暇潰しすることにした。先ほどアタランテと話をした、天使や竜人の戦闘術について啓示を得られればいいなあという狙いもある。

 天使長形態になって胡坐を組み、静かに呼吸に集中すると、やがてぼやけてはいるものの、2人の男が空中で激しく戦っている映像が見えてきた。クマバチのようにちょこまか飛び回りつつ砲弾めいた強烈なパンチを打ち合うと同時に、結界やバフの張り合いや剥がし合いもしているようだ。

 

(おお、こんな感じなのか……てかすごいパワーだな)

 

 一撃ごとに閃光がはじけ轟音が響き、映像自体ががくがく揺れる。今の光己の感覚で見ても凄まじい戦闘であった。

 かつてどこかの誰かが実際にやったことなのか、それともフィクションなのかは判然としないが。

 あと攻性防壁的なものがないのも気にかかった。攻撃をくらったら毒や呪いを返す的な。それともそういうのは術者自身に毒になるのだろうか。

 ……光己がそんなことを考えている間にも戦況は進み、小柄な方が優勢になってきた。大柄な方の結界とバフが削られていき、ついにクリティカルなブローが―――。

 

「……先輩、先輩。お風呂沸きましたよ」

 

 入るかと思われた直前、マシュの声で集中が乱れて映像は消えた。

 

「……あ、マシュ」

 

 我に返った光己がのろくさと目を開けると、マシュたちがこちらをじっと覗き込んでいた。少し没頭しすぎていたようだ。

 

「訓練の邪魔をするのは申し訳ないとは思ったのですが、このままだとお湯が冷めてしまいますから」

「お湯? 冷める? どういうこと?」

「はい、洗濯も乾燥も終わったんですが、先輩が訓練中ということでマーリンさんがお湯を入れ直して下さったんです」

「そっか、それは手間かけさせたな。ありがとマーリンさん」

「なあに、お安い御用さ」

 

 そういう流れで、洗濯と乾燥と湯の入れ替えはすでに終わっていたようだ。湯舟の中では、新しい綺麗な湯がほかほかと白い湯気を立てている。

 

「よし、それじゃいよいよお待ちかねの入浴だな! まずは掛け湯だ」

「……うむ。マスターは風呂好きだけあって分かっているようだな」

 

 光己が浴場でのマナーを遵守して、あらかじめ作ってもらってあった桶を手に取ると、ドラコーがうんうんと嬉しそうに何度も頷いた。

 マスターが逸話的にベストというか唯一のパートナーであるばかりか、文化面でも気が合う相手だったことをいたく喜んでいるようである。

 そして掛け湯をして、水ならぬ湯もしたたるいい女状態になった4人の艶姿に光己は大変ご満悦であったが、その時部屋の隅に、今度は白い蒸気のようなものが湧き始めた。

 

「何だ!? もしかしてまたサーヴァントか!?」

 

 せっかくのお風呂が何故こうも邪魔されるのか。怨嗟の声を上げつつ、とりあえず蒸気に向かって身構える光己。マシュは盾を出し、マーリンとアタランテとドラコーも警戒態勢に入った。

 5人の視線の先で蒸気は向こう側がまったく見えなくなるほど濃くなってきて―――その中に人影らしきものが現れる。

 やがて蒸気が薄らぐと、1人の少女が佇んでいるのが見えた。

 銀髪紅眼で白いワンピースを着ており、頭の左右には「3」とそれを左右逆にしたような形の特徴的な角が生えている。特徴的といえば、瞳孔も「X」のような珍しい形だ。

 武器の類は持っていないようだが、何者であろうか? 光己がそれを問う前に、少女の方から声をかけてきた。

 

「追いつきましたよ、ソドムズビースト! 子供たちを貴女の好きにはさせません!」

「ティアマトか!? しつこい奴め」

 

 ドラコーが敵に追われる身なのはある意味当然だったが、追っ手がメソポタミア神話の創世神の1柱という超大物であったとは。光己たちは戦慄とともに難しい判断を迫られたのだった。

 

 

 



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第237話 竜と獣4

 ティアマトはソドムズビースト=ドラコーを倒すためにこの特異点まで追って来たわけだが、彼女のそばに人がいるのなら、動く前に状況を見極めねばならない。4人の内2人、マシュとマーリンには見覚えがあって元の世界では味方だったが、並行世界でのことだからここでも味方だと決めつけるのは早計だろう。

 そこでまず声をかけてみることにした。

 

「マシュ、マーリン! その金髪の娘は危険な人類悪だ。おまえたちが人理を守るために来たのなら敵だぞ」

「!?」

 

 マシュとマーリンはいきなりやってきた創世神に名指しされた上に、その台詞の内容もすでに知っていて、しかも事情が変わっているということもあってすぐに返事ができず戸惑ってしまう。そこに奥の扉が開いて、ヒロインXXたちが部屋に入ってきた。

 

「またサーヴァントですか、ほんとにもう!」

「とにかく真名看破します!

 真名ティアマト、アルターエゴです。宝具は『毅き仔よ、創世の理に抗え(ナンム・ドゥルアンキ)』、竜に変身してブレスを吐くものです」

「確かメソポタミアの創世神でしたか……おそらく分霊の類でしょうが、それでもかなり強い霊基を持っているようですね」

 

「え、こんなに大勢いたの……?」

 

 ティアマトはちょっとひるんでしまったが、しかし理はこちらにある。先ほどと同じことを今一度喋ってみると、今度はドラコーが反応した。

 

「獣は危険だと!? 貴様も獣ではないか」

「わたしは『元』だ! 現役ビーストのおまえとは違う」

「フン、何を都合のいいことを。

 貴様がここに来たのは『単独顕現』のスキルを使ってであろう。しかも『獣の権能』まで残しておいて『元』とは片腹痛いわ」

「うぐぅ」

 

 ドラコーの観察眼と舌鋒の鋭さにティアマトはまたひるんでしまった。

 実際「単独顕現」も「獣の権能」もビーストのクラススキルなので、それを2つも持っておいてビーストではないと主張しても説得力は薄いというのは否定しがたい。

 しかし「単独顕現」がなければ追って来ることはできなかったわけで、そこはご容赦願いたいところである。

 

「……いや、スキルではなく気持ちの問題! 今のわたしは母として、人類を守るためにここに来たのだから」

「ほう、気持ちか。ならば()()余も人類を害する意向はないから問題ないということになるな?」

「何だって!?」

 

 そこで論点を変えてみたら、ドラコーは今度は明らかにおかしなことを言い出した。

 クラス・ビーストが人類を害する気はないとはいかなる仕儀なのか?

 

「それも貴様と同じだ。貴様はカルデアとの戦い……武力だけではなく心のぶつかり合いの中で料簡を変えたのであろう? 余もそうしたのだ」

「…………!?!?」

 

 信じがたい発言だが、考えてみれば人類悪とは(歪んではいても)人類への愛を持っているからこそ成り果てるものだから、ドラコーが宗旨替えしてもおかしくはない。しかし彼女がこの特異点に着いてから長くても数十分程度しか経っていないはずなのに、そんな簡単に寝返って、しかもそれを信じてもらえるなんて都合のいいことがあり得るだろうか。

 これは本人より、信頼できる他者に確認する方が良さそうである。

 

「マシュ、ソドムズビーストが言っていることは本当なのか?」

「え!? あ、は、はい。ソド……ドラコーさんが言っていることは本当です。

 清姫さんという、嘘を見抜くのが得意な方にも立ち会ってもらっていますから間違いありません。

 ただその……本人も言っていますが、『今は』という但し書きがつきますが」

 

 また名指しされたマシュはちょっとどもりつつも、とにかく知っていることを真摯に説明した。問題は最後のセンテンスだが……。

 当然のように、ティアマトは勝ち誇った顔でドラコーを糾弾した。

 

「そんなことだろうと思った! 今は敵の数が多いから大人しくしておいて、隙ができたらまた料簡を変えてここのマスターを拉致しようとか、そういうことを考えているのだろう!

 マシュはともかくマーリン、おまえがいながら何故こんな言い草に乗っているの」

「いやあそれがね。マスターがただの魔術師ならそうなるんだけど、このマスターはちょっとわけが違ってて」

 

 矛先を向けられたマーリンは困り顔でそう答えつつ、さてどこまで話していいものかと頭を悩ませた。ティアマトは自分のことを知っているようだが、こちらは彼女のことを知らないので。

 するとドラコーがニヤリと楽しげかつ皮肉げな笑みを浮かべつつ語り始めた。

 

「マーリンの言う通りだな。マスターが並みの魔術師であれば、マーリンも太公望たちも余を受け入れはしなかったかも知れぬ。

 しかしこのマスターは並みとは程遠くてな。ズバリ言って先ほどまでの余より強いのだ」

「……は!?」

 

 ティアマトの目が点になり、数秒ほど硬直した。

 まあ、魔術師が(大幅弱体化状態であっても)ビーストより強いだなんてトンチキを聞かされればそうもなるだろう……。

 

「だからたとえば寝込みを襲って証明世界に拉致したとして、その後マスターが起きたら余は契約解除されてまた弱体化した上でシメられてしまうのだな。

 ただそうするとマスターは1人で異世界に取り残されることになるが、自力で元の世界に戻れるから何も困らぬ。

 つまり余にマスターの意に反する形で誘拐するという選択肢はないわけだ」

「…………!?!?」

 

 しかも何か、並行世界から自力で元の世界に戻れるというのか!?

 それはもうビーストの同類なのではあるまいか。

 いやまあ本当にマスターがそんなに強いのなら、ドラコーがあっさり恭順したのも、それが許されたのも理解できるが……。

 

「あともう1つ、ここのカルデアには『元』人類悪がすでに1人所属していてな。前例があるというのも大きかったのだ」

「は!?」

 

 ビースト相手にそれはちょっと油断しすぎじゃないだろうか。前回うまくいったからといって、今回もうまくいく保証なんてないのに。

 

「そうだな、だから貴様は帰れ。しっしっ」

 

 するとドラコーはこちらの考えを読んで、邪険に手を振って追い払う仕草をしてきた。何と性格の悪い!

 

「ノゥ!!

 それにその話だと『今は』という但し書きの件は解決されていないぞ」

「むう、やはり覚えていたか……。

 先ほど『マスターの意に反する形で』と言ったが、逆に言えば同意の上で来てもらう分には最強の味方だからな。ゆえにそれまでは悪事は控えて好感度を稼ごうと思っているわけだ」

「つまり偽りの絆を結んで、用が済んだらポイ捨てするわけか! まるで美人局か悪徳セールスマンのようだ。お母さんは許さないぞ!」

「何だその美人局とか悪徳なんちゃらとかいうのは……!?」

 

 ドラコーがイミフそうな顔をしたが、ティアマトは構わず攻勢を続けた。

 

「聞いたかマシュ、マーリン! このまま彼女を置いておけば大淫婦的な手管を駆使してそちらのマスターを篭絡して、いずれビースト真体への復活を果たすに違いない。

 今すぐ打倒するべきだぞ」

「む、むむむむむ……!」

 

 大淫婦の手管で篭絡、と聞いたマシュがはっとした顔で呻吟し始める。

 ただでさえ最近の光己は大奥ヒャッハーしているのに、(現状では)愛はないとはいえ大淫婦が参入なんてことになったらますます堕落してしまうではないか。彼の盾兵として見過ごせない一大事だ。

 しかし1度了承したことを反故にするのは気が引ける。どうすべきか悩んでいると、今度もドラコーが先に反応した。

 

「ハッ、そんなことはとっくの昔に話してあるわ。

 だからこれは先ほど言った、余とマスターの心の戦いなのだ。そう、余が勝ってマスターに余の復活に協力させるか、マスターが勝って余に人類悪であることをやめさせるか、というな」

 

 そこでドラコーは一拍置いてティアマトたちに頭の準備をする時間を与えてから、さらに細かい説明を始めた。

 

「もっとも余は獣ではあっても恩知らずではないから、真体復活の暁にはマスターはこの世界に帰すし、この世界にも手は出さぬ。つまりマスターは負けても自身の損害はないのだな。ただ見知らぬ他の世界が獣に喰われるだけで。

 もちろん多少なりとも良心を持った人間なら気が咎めるであろうが、マスターたちは長く苦しい、しかも負けが許されぬ戦いをしておるのだ。他所の世界のことまで構っておられぬのも無理からぬこと。そもそも余がこの世界に来たこと自体、他所の世界の不手際なのだし。

 それにマスターが勝てばその『他の世界が喰われる』も起こらないし、勝った後はもちろん『勝負』の最中も余の武力と知識を使い続けられるのだ。実にお得な賭けではないか」

「…………ええと」

 

 ドラコーの説明は長い上に情報密度が高かったのでティアマトは理解するのに少し時間がかかったが、やがて重大な問題点を1つ発見した。

 

「つまりおまえはここのマスターを陥としたら、この世界は喰わないが他の世界を喰うということだな!? やっぱり獣じゃないか」

「それはまあ、余はまだ獣をやめてはいないからな。先ほど話に出た清姫はマスターが勝つと確信していたが」

「は……!?」

 

 もし清姫の人物鑑定眼が正確であるなら、ここのマスターは武力のみならず人格面でもビーストに勝るスーパー人材ということになる。さすがに信じかねたティアマトは、マシュ……はマスターびいきで客観性に欠けそうなのでマーリンに訊ねてみた。

 

「マーリン、どう思う?」

「難しいところだねえ。マスターは精神面に限っても当たりの部類だとは思うけど、あくまで一般人の枠内だから。

 でも『だからこそいい』というケースもある。それこそ生前のネロ帝は謀略や毒だらけの人生だったから、信用できて気楽に付き合えるタイプの人は貴重に思うんじゃないかな。

 というかドラコーは『反救世主(アンチキリスト)』的なスキルを持ってるみたいだから、救世主や英雄的な気質を持ってる人はむしろ不利だしね」

 

 そもそもドラコーは「世界を救わんとする願望」を喰うことでビースト成体に至ったのだ。あまり立派すぎない人物の方が攻略しやすいというのは道理であった。

 他のビーストに対しても有利かどうかは不明だが。

 

「ほう、さすがに鋭いなマーリン。正式名称は『ネガ・メサイヤ』といって、信仰による加護を無効化したりできるのだ。

 そういえばマスターは特定の宗教や神話体系をえこひいきしないと言っていたな。つまり強い信仰心はないわけだから、確かに余にとって相性不利か」

 

 ドラコーはそう言うとククッと唇の端をゆがめて笑った。不利なのがむしろ楽しいようだ。

 

「……う~~ん」

 

 そしてティアマトは少し考え込んだ後、ついに最終の結論に到達した。

 

「決めました! それならわたしもここに残って、ここのマスターの手伝いをしながらソドムズビーストの見張りをすることにします」

 

 ここのマスターがドラコーに相性有利なのは分かったが、メンタル一般人ではやはり不安である。といって現在の状況ではドラコーを今すぐ倒すという流れにはならなさそうだし、彼女がいれば特異点修正に有利なのも事実なので、自分も残って監視しようというのだった。

 しかしこの案がドラコーにとって面白かろうはずがない。

 

「紀元前の爬虫類がまた何を言い出すのか……貴様がいたら篭絡の邪魔、もとい勝負の決着がつきにくくなるだろうが」

「それはそれで、おまえ以外誰も困らないから問題ないぞ」

「……むう」

 

 ティアマトが残るのがマスターとカルデアにとってお得なのもまた事実で、ドラコーには彼女を帰らせる名目が思いつかなかった。先ほど「だから貴様は帰れ」と煽りはしたが、それが本当に通じるはずもなし。

 ……いや1つあった。

 

「だがここのカルデアはまだ第四特異点だぞ。このまま第七特異点に行けば、貴様は人類悪のままの貴様自身と戦うことになるのではないか?」

「その時は自分と戦うか、あるいは中立になればいい。マスターたちに敵対さえしなければ問題ないはず」

 

 しかしティアマトの決意は固く、逆にカウンターを返してきた。

 

「そう言うおまえはどうなんだ?」

「余も同じだ。この世界でマスターと物理的に戦う気はない」

「……むむ」

 

 2人の視線がぶつかり合って火花を散らす。

 だがこうなっては、2人そろってカルデア入りという方向で妥協するしかないようだ。獣らしく腕力で決めるという手もあるが、この狭い上に街中の特異点で不必要に暴れるのは間違いなくマスターから絶大な不興を買うし。

 

「ではそういうことで。ええと、そちらの男の子がマスターなのか?」

 

 この場にいるサーヴァントではない人物はマーリンと見知らぬ少年の2人だが、その少年はティアマトが知っている「最後のマスター」とは外見が全然違うので一応確認したのだった。

 メンタルパンピー少年としては黙示録の獣と創世神のよく分からない諍いになんてなるべく関わりたくなかったので今まで沈黙を保っていたのだが、こうなっては話に加わらざるを得ない。

 

「あ、はい。ドーモ、カルデアのマスターの藤宮光己です」

「え……あ、これはごていねいに?

 ド、ドーモ!? えーと、メソポタミアのティアマトです」

 

 そこでまず例の合掌して軽く頭を下げるアイサツをすると、ティアマトにとっては初めて見る挨拶だからかちょっと戸惑ったようだが、とりあえず同じ形で応えてくれた。

 次は今一度用件の確認である。

 

「ええと、それでティアマト神はドラコーの監視のために俺たちの仲間になってくれるということでいいんですか?」

「うん、もちろん特異点修正のお仕事も手伝う。

 母を頼りにするといいぞ」

「……母」

 

 その単語に光己はちょっと、見咎められない程度に眉をしかめた。「母」と対になる「子」がどこまでを指すのか気になったからだ。

 メソポタミア神話ではティアマトの遺骸から天と地がつくられたと言われているので、それこそ世界全部の母と称してもおかしくはないのだが、そうされるとイザナギイザナミの国産みの話や北欧のユミルや中国の盤古とかち合ってしまうので。

 先ほど天草に語ったことともつながるが、神話の登場人(神)物は、あくまで自分が属する地域だけの創世神なり主神なりでいてもらいたいと思うわけだが……さて。

 

「そうですか、それは助かります」

 

 もっとも現段階ではティアマトが信用できるという保証もないのだが、コミュニケーションを円滑にするためにまずは感謝の意を示したわけだ。

 その上で本題に入る。多少の経験は積んだとはいえメンタルパンピーには大変に荷が重いのだが、こういうことは先に言っておく方が後々揉め事のタネにならずに済むはずなので仕方がない。

 

「ただ俺は日本という国の出身で、俺が契約してるサーヴァントには『日本列島を産んだ神の娘の分け御霊』がいますので、ティアマト神が世界全部、つまり日本もつくったという説には同意しかねますので、その辺りご理解願えればと」

「む、むう~~~」

 

 するとティアマトはやたら寂しそうな面持ちで唸り声を上げた。

 光己の台詞はティアマトが母神であること自体は否定していないが、自分の母神ではないと言っているのと同義なので、メンタルお母さんなティアマトには痛恨の一撃だったのである。

 しかし彼の主張は大変もっともで反論の余地がない。言われてみれば確かに、天地創世の神は自分だけではなく何柱もいるのだ。

 ただそれだと「本当に」天地を創ったのは誰なのかという疑問が出てくるが、それは怖い考え―――神は本当に実在する(した)のか―――になりそうなのでやめておいた。

 

「そ、そういうことなら仕方ない。

 でもわたしの母性に浸りたくなったら、いつでもこの胸に飛び込んで来るといいぞ」

「はい、その時は遠慮なく」

 

 どうやら納得してもらえたようだ。光己は内心でほ~~~っと深い安堵の息をついた。

 しかし疲れた。早く風呂に入って癒さねば。

 そう思った光己が桶に湯をくんで温度を確かめていると、ティアマトが不思議そうに訊ねてきた。

 

「マスター、何をしているの? というかその湯が入った大きな桶は何?」

「ああ、ティアマト神は浴場文化なんて知りませんよねえ」

 

 なので光己がお風呂について簡単に解説すると、ティアマトはくわっと目をいからせた。

 

「なるほど、皆妙に露出度が高いなと思ってたがそういうことだったのか。

 ならわたしもご一緒するぞ」

 

 この提案はティアマトはお風呂については理解したが、同時に大淫婦が男を誘惑するのに恰好の場所であることにも気づいたからである。マスターは分かっていないかも知れないが、だからこそ母が守護(まも)らねばならぬ!

 

「はい、入り方や作法については私がレクチャーしますので!」

 

 そこにマシュがやたら歓迎ムードで口を挟んだのは、言うまでもなくティアマトと同じことを考えているからだ。初対面の上に元ビーストらしいからまだ全面的に信用できるわけではないが、この目的に限れば頼りになる味方である。歓迎は当然だった。

 

「うん、よろしく!

 ところでマスターはソドムズビーストと契約はしたのか? したのならわたしともしよう」

「あー、はい」

 

 ティアマトはほわほわした印象があるが、そこはちゃんとしてるんだな。光己は疲れた頭でそんなことを思ったのだった。

 

 

 



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第238話 竜と獣5

 今度こそお風呂の時間になったはずだ。ただティアマトの件はすぐ報告せねばならないが、光己はもう(精神的に)とても疲れていたのでカルデア本部に対しては太公望に通信機を預けてお願いし、別室のモードレッドたちについてはヒロインXXとルーラーアルトリアに頼んだ。

 その間にマーリンが冷めていた湯を追い焚きし、ティアマトの水着も用意した。

 ただこの湯舟のサイズでは6人いっぺんには入れない。3人ずつに分かれて、片方が入っている間にもう片方は体を洗うということになる。

 

「余の生前の頃はオイルと肌かき器(ストリジル)を使っていたが、当世ではどうしているのだ?」

「俺の時代の日本では石鹸やボディソープをタオルで肌にまぶしながら、擦って汚れを落としてるんだけど……」

 

 しかしここにはそのような文明の利器はない。さすがのマーリンも知らないものは作れな……いや石鹸の役割を果たしていた物品は歴史が古いからブリテンにもあっただろうが、貧しかったそうだからローマ皇帝が喜ぶようなものは無理だろう。

 

「だがここに例外が存在する……そう、オリーブオイルで作る石鹸なら食べ物と言い張れば如意宝珠で出せるのだ!」

「如意宝珠?」

 

 初めて耳にする、しかも何だかすごそうな名称にドラコーとティアマトが興味を惹かれた顔を見せる。光己はニヤリとカッコつけた笑みでそれに応じつつ、「蔵」から例の赤い宝珠を取り出した。

 

「ほう、ずいぶんと大きな珠だな」

「うん、何しろ龍の至宝だからね。

 いくつか種類があるけど、これの権能は『食べ物や衣服を出す』『病気を治す』『濁った水を清める』の3つなんだ」

「ほう……!?」

 

 そんな夢物語のような、しかも天界や魔界の産物ではなく龍の財宝まで持っているとは。我がマスターはなかなかやるではないか、とドラコーは楽しげに何度も頷いた。

 それでどのように石鹸とやらを出すのか? ドラコーが興味津々で見守っていると、待つ必要もなく、その掌の上に片手で持てる程度の大きさの茶色い石のようなものが3つほど現れた。

 

「おお、まるで手品のようだな! これがその石鹸というやつか?」

「うん、濡らしたタオルを擦ると泡が立つんだ」

「ほほう……」

 

 龍の財宝の権能と未来の風呂用品を目の当たりにしたドラコーは大喜びだ。さっそく試してみるべきか、それともまずは湯に浸かってからにするべきか? ドラコーがわりと真剣に悩んでいると、アタランテが心底感心した様子で感想を述べてきた。

 

「ううむ、ジャックの時も見たが大したものだな。しかもその権能、孤児院の経営にうってつけじゃないか。

 どこに行けば手に入るんだ?」

「東洋龍オンリーのお宝だからヨーロッパにはないよ。日本か中国かインドの山奥とか海中とかかな。

 そちらでもかなり珍しいものだし、運よく持ってる龍に出会えても交渉や取引では無理だからお勧めはしないけど」

「まあ、そうだろうなあ……」

 

 竜種の強さと財宝に対する執着はアタランテも知っている。これほどの上物を「奪おう」と思うなら、それこそアルゴノーツを大勢そろえる必要があるだろう……。

 

「うん、だからその時間と労力で普通にお金稼ぐ方が確実だと思う」

「確かにな……」

 

 光己は特に邪悪でもない竜を退治することにはあまり賛成ではないのでそういう方向に誘導してみると、アタランテもコストとリスクを鑑みたのかやや気落ちした様子で頷いた。

 その機に素早く話を変える光己。

 

「それじゃ、マスターみずから石鹸の使い方を実演するとしようか!

 ああ、タオルとイスをまだ出してなかったな。マーリンさん、お願い」

「うん、こんなものかな?」

 

 すると床にバスチェアが3脚と、その上にメッシュタオルが1枚ずつ現れた。むろん今までと同じ投影品だが、出来栄えの方も外見手触りとも実物同然という優れモノである。

 

「おお、ホントに器用だな。ありがと。

 それじゃさっそく」

「あ、お待ち下さい。私がレクチャーする約束をしましたので」

 

 そして光己がイスに座ろうとすると、マシュがそんなことを言って自薦してきた。

 

「そう? じゃあお願い」

「ふむ、なら私も先に習っておくか」

 

 光己はそこまでこだわっていなかったのであっさり譲ったが、そこでアタランテが先に体を洗う組に入ったのは、恩人とはいえ男性と同じ湯舟に入るのはちょっと気が引けたからである。

 それ自体はごく自然なことだったが……。

 

「そうか、では先に湯に浸かるのは余とマスターとマーリンということになるな。

 余を抱っこするか? それとも余が抱っこしてやろうか」

(しまったああ!!)

 

 その直後にドラコーがニヤリほくそ笑みながら光己に抱きついたのを見て、マシュとティアマトは思わず目を剥いてしまった。大淫婦がマスターを篭絡するのを阻止すると息巻いておきながら、逆にそのチャンスを提供してしまうとは何たる失態!

 しかし今更組変えを要求するのは浅ましすぎる。今回は脇から見張っているしかないようだ。

 

「おお、それは嬉しいな。どっちにしようかな」

 

 当の光己は平然としているように見えた。パンピー面しているが、実は薄着の幼女にくっつかれるのには慣れている特異な男なのだ。

 

「てかドラコーがこの湯舟の中で俺を抱っこするのは身長的に無理があるだろ。()()()俺が抱っこする側だな」

「そうだね、じゃあマスターを抱っこするのは私がやってあげよう」

「デジマ!?」

 

 するとマーリンが悪戯っぽい口調でとてもタナボタなことを提案してくれたが、これはもう一押しいけるかも知れない。

 

「ならやっぱドラコーは抱っこする側にして、マーリンさんはされる側というのでもいい?」

「いや、それは色々されちゃいそうだから遠慮しておくよ」

「うぐぅ」

 

 マーリンとは彼女曰く「精神的にはどろっどろに溶け合ってお互いを深く感じ合った」間柄なので、相互理解度と友好度もそれなりに高いからこうしたやり取りもできるのだった。

 実際光己はマーリンを抱っこしたら手が勝手に動いてしまいそうだし。

 ところでこの流れはドラコーにとっては面白いものではなかった。何しろ自分よりマーリンを抱っこする方がいいと言われたのだから。

 

「マスターよ、貴様何を腑抜けたことを言っておる。男なら見目麗しい幼女を見たら自分の色に染めてみたいと思うものではないのか?」

「犯罪ィ!!」

 

 1世紀ローマ生まれの人類悪に21世紀日本の法律や道徳を説いても詮ないことではあるが、それでも反射的に叫んでいた光己はむしろ根っから善良なのだと褒めてやるべきだろう……。

 といっても清姫が大奥に入っている時点で弁解の余地はないのだが。

 

「いやサーヴァントに年齢は無意味どころか人間ですらないから、道徳や外聞はともかく法律的には問題ないぞ?」

「うーん、サーヴァントが『人間』かどうかというのは割と難しい問題じゃないかと思うんだけど」

 

 光己自身が「体は竜になったが人間の心を失わなかった竜人間(ドラゴンマン)」を自称しているので、この辺の問題には敏感なのだった。

 

「なるほど、人間とは何かというのは哲学的にも意味のある命題だな。

 しかし今それを考えても仕方あるまい。それより早く湯に浸かろうではないか」

「んー」

 

 確かにその通りだ。まずマーリンが湯舟に入って、短辺側の側板にもたれる形で座った。ついで光己が背中から彼女の脚の間に入って上半身にもたれる形で座り、最後にドラコーが光己にもたれて座ることになる。

 思春期男子としては背中に当たる立派なおっぱいの感触がもうたまらないのだが、それを口に出すのはデリカシーがなさすぎるので、この場で出すのにふさわしい別の感想を語った。

 

「おお、この湯の温かさよ。やはり風呂はいいな……」

「うむ、まったくその通りよな!」

 

 ドラコーがいかにも上機嫌そうに相槌を打つ。どうやらお風呂は久しぶりのようだ。

 ただ光己の両手を取って自分のお腹に添えさせているのは、おそらくマーリンへの対抗心であろう。単に以前いた世界で敵対したというだけではなく、価値観的にも相容れない相手なのだ。

 光己の方はロリコンではないにせよ幼女が嫌いというわけではないので、手を握られて抱っこしてもらいに来られれば悪い気はしない。もしくは単に幼女とはいえ大淫婦の色香に迷っただけかも知れないが素直にドラコーを抱っこ、というか自分から彼女のお腹や太腿を撫でたりしていた。

 ドラコーはむろんそれには気づいていたが、気づかぬ(てい)を装っていた。目的にかなったことだし、不快ではなかったので。逸話的にベストパートナーというのもあるし、マーリンが「だからこそいい」と言ったのも実際当たっている。しかもお風呂の中という心安らぐ場所なのだから。

 

「んっ……ふ」

 

 つまり今ちょっと甘い吐息が漏れてしまったのはお風呂が気持ちいいからであって、他の理由はない。

 

「……むー」

 

 ところでマーリンはたいていの事は笑顔で受け流せるおおらかさはあるものの、自分をライバル視している「幼女」に女勝負で負けるのはちょっと面白くなかった。少しばかり反撃してやることにして、まず光己の上腕にそっと手を添えて支点にすると、軽く体を揺すってその豊かな乳房を彼の背中でむにむにとたわませる。

 ……いやマーリンも普段はもう少し慎みがあるのだが、こちらも大淫婦のエロスパワーに毒されているのであろう……。

 

「……おぉっ!?」

 

 ターゲットの少年がびくっと体を震わせたので、効果は確かにあったようだ。しかしマーリンが期待したほどのものではなかったのは、おそらくすでに似た経験をしているからであろう。

 ならば二の矢、三の矢とたたみかけるしかない。ドラコーたちに気づかれないよう、最初に会った時もやった精神感応(テレパス)で話しかけた。

 なお類似のスキルに、ある程度魔術を使えるマスターとそのサーヴァントなら誰でも使える「念話」というものがあるが、光己は魔力は山ほどあっても技量がないので使えない。

 

(フフッ、(いと)しのマイマスター。気分はどうかな?)

 

 耳かき音声作品を作ればサーヴァントでさえ知らない内にQPを払ってしまうほどの女夢魔(サキュバス)めいた激甘ボイスで「愛しの」だの「マイマスター」だのとラヴいワードをささやきかける凶悪な攻撃である。しかもこれは精神から精神に直通なので効果は抜群だった。

 

(うん、これはマジヤバじゃないかな……)

 

 当然メンタルパンピー少年など一撃でヘロヘロだったが、彼は(元)ビースト3人と契約しているだけあってリビドーが高まり過ぎると(性的な意味で)ビースト化する危険性があることは当人もマーリンも気づいていなかったりする……というかその兆候はもう現れていた。

 

(でもあの時もそうだったけど、これ私の方も気持ちいいね。私がやる精神感応や夢介入とは明らかに違う全精神的な交流というか、そんな感じになってる。()()()()()()()()、ライブとかの一体感に似てるかも)

 

 景虎やワルキューレズたちも体験した精神的交歓だが、マーリンほどの術者になるとだいぶ余裕があるようだ。ごく落ち着いた様子で話を続ける。

 

(しかもこれ、キミが持ってる他のいろんな権能とも関係してると見たよ。もしかしてこの辺りがキミの魔術起源なのかな? やっぱり面白いねマスターは。

 ……でもすごいね。人間は森羅万象から切り離された―――と思い込んでる―――孤独な魂だけれど、今この瞬間、私とキミはひとつなんだ。幸せだよ)

 

 ここで「と思い込んでる」と述べたのは、「人類の無意識下の集合体(アラヤ)」が存在する以上人類はみんなそれを通してつながっている、つまり本当は孤独ではないからだ。

 隠し事をしない程度には誠実だったが、彼の魔術起源についての推測を披露して知性をアピールしつつ、「あなたとひとつになれて幸せ」などとさらなるラヴワードで攻める手際はまさに「宮廷」魔術師であった。ただしここまでしておいて光己と恋仲になろうなんて思惑はまったく無いという、無邪気なのか悪女なのか分からないグランドろくでなしぶりも発揮していたが……。

 

(うんうん、俺も超幸せ。このままずっと2人で幸せに生きよう!)

(うーん、それはどうしようかなあ)

 

 なので急にドライな返事になったりもするのだが、この時ようやくドラコーは後ろで何か妖しい異変が起こっていることに気がついた。

 

「む。マーリンめ、マスターに何か良からぬことをしているな」

 

 有害な魔術とかではなさそうだが、やめさせた方が良さそうに思える。

 そこで掌にちょっと魔力をこめて光己の額を軽く叩くと、光己とマーリンの精神感応はあっさり途切れた。さすがは黙示録の獣というところか。

 光己はまだぼーっとしているが、ただそれだけで変な術を植え込まれたりはしていないようだ。

 

「まったく、マーリンなどに気を許すからそうなるのだ。

 とりあえず、助けた礼にもっと余を()でるが良い」

 

 この台詞には恣意的解釈と我欲がだいぶ混じっていたが、それこそ獣なのだからむしろ当然といえよう……。

 続いてマーリンに対抗するべく、大胆にも可愛いお尻を光己の股間に擦りつけつつ、彼の手を取って自分の胸に押し当てるドラコー。光己の方はまだ正気に返っていないようで、促されるままに幼女のまだ薄い胸をやさしく撫で始めた。

 

「ちょ、2人とも何やってるんですか!!」

「お母さん許しませんよ!?」

 

 ……もっともすぐ自称保護者にバレて引き剥がされたが。

 

 

 

 

 

 

 その頃立香はノートパソコンの画面を見ながら、腕組みして考え込んでいた。

 

「これ絶対ティアマトさんと契約した影響だよねえ。早い内に教えた方がいいのかなあ? なぜか天草さんに知られたらつきまとわれそうな気がするけど」

 

 その画面に表示されている文章は―――。

 

    〇ネガ・ディヴィジョン:E-

       獣形態限定。

       光己の魔術起源がビーストスケールまで成長・拡張する余地を持ったもの。

       現時点では精神交流現象が多少発生しやすくなる程度。

 

 

 




 ネガ・ディヴィジョンでなぜ天草につきまとわれるかというと、うまく使えば人類みんな仲良くなって暴力も搾取も抑圧もない平和な社会になるからですね。
 ただし仮にもネガスキルですから、ランクが上がりすぎると月姫のネロ・カオスの「獣王の巣」とかヘルシングのアーカードの「死の河」とかエヴァの人類補完計画みたいになったり、最後には完全に融合して自我が消滅したりする罠ですので、天草は出禁にしておく方が無難ですw
 なお本文にある通り獣形態限定ですので、人間モードでいる時は無効です。




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第239話 竜と獣6

 自称保護者に怒られたので、光己とドラコーとマーリンは()()()おとなしくすることにした。

 しかしおとなしくしていても出来ることはある。

 

「おお、軽く擦っているだけなのにあんなに泡が……」

 

 そう、マシュたちが石鹸とやらで体を洗っているのを見学することだ。ドラコーは未来文明の利器に大いに感心していた。

 

「うん、あれでただタオルで擦るだけより汚れが落ちやすくなるわけだな。

 オリーブオイル製の場合、詳しくは知らないけどお肌を保護する効果もあるとか」

「ほう……」

「たいしたものだねえ」

 

 ドラコーもマーリンも文明の利器でスキンケアする必要はない身だが、若い女性だからその辺の話題には多少の興味はある。未来から来た少年の話に興味深げに耳を傾けていた。

 

(しかし体洗ってる女の子ってエロいな! 泡まみれで肌が見え隠れしてるとことか、洗う動作のたびにおっぱいが揺れるとことか。

 水着なしのハダカだったらもう最高なんだけど)

 

 もっとも話をしている当人は内心こんなことを考えていたが……。

 マシュたちは今は、マシュの監督下でティアマトがアタランテの背中を流している。ティアマトはジャックの件をまだ知らないが、それを踏まえて見るとエロいを通り越してエモいの域だった。

 

(……これでだいたい洗ったから、次はいよいよおっぱいとお尻だな! 楽しみすぎる)

 

 水着の下にタオルを入れて洗うのは面倒だから脱ぐだろう。胸元や太腿を洗っている時は大変えっちで眼福だったが、それ以上のえちえちが期待できる。

 ―――などという不埒な目論見をマシュが看過するはずがない。水着の下以外を洗い終えると、どこからか手拭いを取り出して光己の鼻先に突きつけた。

 

「それじゃ先輩、これから水着の下を洗いますのでこれで目隠ししていて下さい」

「な、何だとぉぉ!? マシュ、おまえには人の心がないのか」

「あるから言ってるんです!」

「そのような心を俺は認めぬ! 媚びぬ! 省みぬぅぅぅ!」

 

 とか強気なことを言いつつ、ヘタレにも味方を求めて周りを見渡す光己。しかし当然ながら、好ましい反応はまったくなかった。

 

「ううむ、この世界のマシュは大変だな。いや戦闘時の負担は少ないはずだから、トータルでは同じくらいといえるのか……?」

 

 まあ大淫婦(ドラコー)がこんな風にごちているくらいだから、初めから勝ち目のない抗戦だったといえよう……。

 

「進んでも退いても構いませんが、目隠しは付けて下さいね!」

「うぐぅ」

 

 こうして光己はあえなく目隠しされてしまったが、ここでふと閃くものがあった。竜モードの時は目玉がないのに前が見えたのだから、目隠しされてる=目を閉じていても見ることはできるのではないか!?

 そこでさっそく精神集中したり、逆にリラックスしたりいろいろ試してみたが、成果はゼロだった。アラヤもそこまで至れり尽くせりではないようである。

 ……そのまましばらくすると、マシュがそばに来た気配がして目隠しを外してくれた。

 

「お待たせしました! それでは交代しましょう」

「……むー」

 

 マシュがとてもにこやかにしているのが光己はちょっとばかり怨めしかったが、彼女の濡れた白ビキニおっぱいを間近で鑑賞できたので差し引きゼロということにした。

 大きくて柔らかそうで形も良くて、揉みしだきたい欲求を抑えるのが大変だったが、何とかポーカーフェイスを保ちつつ湯舟の外に出る。

 その時ふとアタランテの姿が視界に入って、光己はふと気がついた。しなやかかつ強靭そうな肢体の美しさ……ではなく、いやそれもあるが彼女は今母親で、しかもお風呂が初めてというのを思い出したのだ。

 

「そうだな、ちょっと神経質だとは思うけどサービスでお湯を綺麗にしておこうか」

 

 なので少しでも良いお風呂を体験してもらって、できれば風呂好きの同志になって、あわよくばいつかどこかでまた混浴してくれれば理想的という計画である。如意宝珠(小)を取り出して「水を清める」権能を行使すると、たちまちお湯が森の奥の湖のごとく透明で澄んだ感じになった。

 下心混じりとはいえ、不本意なことがあった直後に人のために何かすることができるのは褒められていいところだろう……。

 

「へえ、マスターはなかなか気が利くんだね。じゃあ私も」

 

 するとマーリンもそう判断したのか、湯に軽く手をかざして今一度追い焚きをした。これで光己たちが入る前より浸かり心地が良くなったはずである。

 

「むむ。ここまで厚遇されるとちょっと心苦しいが、これは堪能させてもらうのが礼儀か」

 

 なのでアタランテはありがたくこのまま湯に入らせてもらうことにした。少しずつ足先から湯に浸かっていくと、じんわりした温かさが体に広がっていく。

 

「おお、これは確かに川や池で水浴びするのとは違うな。気分が緩む感じになるのは、湯の温かさのおかげか、それとも浮力で体が軽くなるからか? なかなか面白い趣向だな」

「そうか、じゃあわたしも入ってみよう。

 …………うん。生命の海は母なる海だけど、体温より温かい海はなかった。

 でもこの水の中は温かい。何だかいい感じ」

 

 ティアマトも喜んでくれたようだ。初体験者2人ともに好評を得られたことで、光己はほっと胸で撫で下ろした。

 

「良かった良かった。それじゃマシュ、後はよろしく」

「はい、お任せ下さい!」

「うん」

 

 こうして光己が体を洗うフェーズに移行して椅子に座ると、ドラコーとマーリンが左右に膝立ちで寄り添ってきた。

 

「先ほどは残念だったな。代わりに余が背中を流してやるから機嫌を直すが良い!」

「もちろん私もね!」

 

 2人とも実にサービスが良かったが、ここで光己は思うことがあった。

 

「おお、マジか!

 でもうーん。確かにすごく嬉しいんだけど、なぜみんな俺を洗ってはくれても洗わせてはくれないんだろう」

「んん? もしかして貴様、体を洗ってくれる女がそんなに大勢いるのか?

 いやそれは後で聞くとして、そんなもの貴様に洗わせたら襲われるからに決まっていようが。

 2人きりならともかく、皆の前では嫌だろう」

「なるほど、確かに!」

 

 まことにもっともなご意見で、光己は思わず手を打って賛同してしまった。

 やはり家族風呂が欲しいものである。カルデア本部でオルガマリーに申請しても却下されるのは目に見えているが、何かいいアイデアはないものだろうか。

 

「……ま、その辺はまたいずれとして、今は2人のご好意を堪能しようかな」

「うむ、テルマエ☆エンペラーと讃えられた余の洗体技術に酔い痴れるが良い!」

 

 もっともドラコーは石鹸とメッシュタオルを使うのは初めてなのだが、そこに突っ込むのは野暮というものだろう……。

 なお大淫婦としてカラダで洗う技術はA+++++の超抜級を誇っているが、このたびはマシュとティアマトが目を光らせているので不採用となっていた。

 

「へえ、じゃあ私もがんばらないとねえ」

 

 マーリンも張り合ってやる気が上がったようだ。2人はさっそく石鹸でタオルを擦って準備を整えると、まずは光己の手から洗い始める。

 

「おお、これは……!?」

 

 光己が驚いたことに、ドラコーは大言壮語した通りの洗体技術を持っていた。タオルで擦る力加減や速さが実に絶妙で気持ち良く、日本にはつい最近までいたという三助(さんすけ)を思い起こさせる。

 

「フフッ、どうかなマスター?」

「うん、すごくいいけど良すぎて大変……」

 

 一方マーリンには当然そんなスキルはないが、代わりにそのたおやかな手でこちらの手を握ってくれたり腕を撫でてくれたりとスキンシップが多い。さらに泡まみれのナイスバディが悩ましすぎて、光己は思春期の内なるビーストを抑えるのが大変だった。

 

「おやおや。まあその辺は辛抱してもらうしかないかな?」

 

 マーリンがこんなことを言いつつも楽しそうなのは、理解があるというより弄んでいるのだろう。光己はそれには気づいたが実際彼女の言う通りなので、悔しい、でも(ry状態であった。

 その後マーリンとドラコーは光己の頭の天辺から足の指先までていねいに洗ってくれたが、腰に巻いた手拭いの内側はさすがに飛ばしていたし、2人が自分を洗うところも見せてはくれたが、やはり水着の下についてはまたマシュに目隠しをされたので―――確かに素晴らしくはあったが、同じくらい生殺しなイベントになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 お風呂からあがって諸々の後始末を済ませた後、光己は当初の予定通り仮眠を取ることにした。

 その前にこれも予定通りマーリンに水晶玉を渡して「遠見の水晶」にしてくれるよう依頼し、ついでに先日ヒナコにもらった「太平要術の書」と「遁甲天書」を太公望に披露する。

 

「ある人にもらった仙道書なんですけど、どんなことが書いてあるかざっと見てみてほしくて。

 俺の鑑定眼によると原本か、写本だとしてもかなり良品だと思うんですが、内容までは分かりませんので」

「ほほう、確かに並々ならぬ雰囲気を感じますね……ええと、現界の時にもらった知識によると三国志演義に出てくるものですか」

 

 太公望は丁重に本を受け取ると、ぱらぱらと流し見始めた。

 

「ふむ、確かに仙道や仙術について書かれたものですね。うん、これは興味深い」

 

 何しろこの本を手に入れた張角と左慈は人間(あるいは仙人)の師匠なしで、本を読んでの独学だけで正史に名前が載るほどの術者になったのだ。技術指南書としては極上の部類といえよう。

 仙人志望者にとっては垂涎ものの一品、いや二品である。

 

「いやあ、まさに役得ですね! 喜んで読ませてもらいましょう」

「良かった、それじゃよろしく」

 

 こうして太公望も依頼を快諾してくれたので、光己はふうっと一仕事終えた顔をして―――マシュと並んで―――ベッドにもぐりこんだのだった。

 

 …………。

 

 ……。

 

 すっかり寝入っていた光己がふと目を覚ますと、隣でマシュが側臥位になってこちらに顔を向けていた。

 先ほど光己のセクハラを警戒していた割には、赤子のように無防備で安心しきった寝顔ですうすうと静かな寝息を立てている。寝ている時に何かするほど下衆ではないという信頼か、それとも単に番人がいるからか?

 

(まあ、いいんだけどさ)

 

 光己が内心で小さくごちると、敏感にも彼が起きたのに気づいたヒロインXXが(マシュを起こさないよう)小声で話しかけてきた。

 

「マスターくん、お目覚めですか? もう11時ですので、起きたままでいた方がいいですよ」

「ほむ、もうそんな時間か」

 

 モルガンが敵本拠地の位置を割り出すのは11時30分頃の予定だから、今から二度寝するのは時間的に中途半端だ。なので光己はもう起きて、先ほどマーリンと太公望に依頼した件について進捗を聞きに行くことにする。

 2人に割り当てた部屋に入ると、太公望はまだ本を読んでいたがマーリンはすでに作業を終えたらしく、水晶玉を掌の上でお手玉のように弄んでいた。

 

「マスター、いい夢見られたかな? ご依頼の品は完成させたよ」

 

 半夢魔めいた枕詞の後、マーリンが不躾にも貴重品のはずの「遠見の水晶」をぽいっと放り投げてきたので光己はびっくりしたが、とっさに受け止めようとした彼の掌の上3センチほどの位置で水晶玉はぴたりと止まった。

 どうやらこのホバリング機能を見せるためにあえて投げたようだ。

 

「おお、これは一体?」

「なあに、使う時に宙に浮いていたら格好いいんじゃないかという、マスターが好みそうな仕様にしてみただけだよ。気に入ってもらえたかな?」

「なるほど、さすがマーリンさん気が利く!」

 

 光己は大変喜んでさっそく使ってみようと思ったが、仲間に無断で覗くのはプライバシーの侵害になるし敵を覗くと逆探知される恐れがあるそうなので、今は控えておくことにした。

 

「太公望さんはどんな感じですか?」

「ええ、おおまかなところは分かりましたよ。

 両方とも本格的な仙道書ですが、一直線に不老長寿や還虚合道を目指すのではなく、術の比重がわりと大きめですね」

「ほむ、やっぱり」

 

 特に「太平要術の書」の方は名前からして個人的な成仙より天下太平のために書かれたものと思われるから、太公望の解説は正しいと見るべきだろう。

 

「しかしこれはマスターにとってはむしろ喜ばしいことですね。アルビオン・ルシフェルに人間用の長生術など不要でしょうから、そちらより術に頁を割いている方が有意義でしょう。

 ……マスターが望むなら日本語に翻訳するのもやぶさかではありませんが、習得するには真剣に取り組んでも年単位の時間がかかるでしょうから、人理修復の間に実用レベルにするのは難しいかと思いますが」

「おおぅ、やっぱりか」

 

 そんなところだろうと思っていたが、やはりそんなところだった。世の中って世知辛い!

 しかし太公望の方から翻訳を申し出てくれたのはタナボタである。歴史的著名人事典(サバペディア)によれば左慈は房中術を修めていたという記録もあるので、遁甲天書にはそっちのさわりくらいは書いてあるかも知れないし。

 といっても実際に翻訳をお願いするのは、2冊の各ページの写真を撮って端末(タブレット)に入れてからの話である。今日のところは、水晶玉と一緒に「蔵」にしまっておいた。

 

「じゃ、あとはモルガンから連絡が来るまで待つだけかな」

 

 というわけで、光己は暇つぶしに壁にもたれて歴史的著名人事典を読み始めたのだった。

 

 

 



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第240話 決戦準備

 その後光己たちがマシュを起こしたり部屋の掃除をしたりしてモルガンから連絡が来るのを待っていると、11時半の5分前に妖精騎士3人が呼びに来たので一緒にジキルの部屋に帰還した。

 そうしたらさっそく敵の本拠地の位置……の前に、ドラコーからこの特異点の情報を聞いておく方がいいだろう。光己がドラコーにも言った通りカルデア本部に通信を入れると、ダ・ヴィンチとシバの女王がスクリーンに映った。

 

「そろそろ来る頃だと思ってたよ。でも所長と副所長はティアマトの件を聞いたらショックで寝込んでしまってね、代わりに私たちが聞くことになったからよろしく」

 

 なおロマニは医療部門のトップとして2人の看護をしているそうだ。

 

「実際にドラコーやティアマトと対面したキミたちがしゃんとしてるのにトップが倒れるとは何事だと思うかも知れないけど、トップには現場以外の仕事や心労もあってね。大目に見てやってくれるとありがたい」

「あー、それはもう。お大事にって伝えて下さい」

 

 光己はまだ学生だがダ・ヴィンチの言うことが分かるくらいの常識はあるし、現地組が人類悪の脅威を軽く考えすぎているという見方もある。オルガマリーとエルメロイⅡ世を責めようとは思わなかった。

 

「いやあ、いつもながら藤宮君は物分かりが良くて助かるね。

 それじゃドラコー、さっそく話してもらえるかな」

「うむ。ただマスターにはすでに言ったが、並行世界でのことの上に概略に過ぎぬから、あくまで参考程度に考えてもらいたい」

「うーん、まあ仕方ないかな」

 

 言われてみれば、100%正確かつ詳細になんてのは高望みにもほどがある。ダ・ヴィンチも現地組もやむを得ないこととして受け入れた。

 

「よし、では何から話すか……そうだな、やはりまずは事の核心からか。先ほども言ったが、この特異点で貴様らは奴と対面することになるのだからな。

 すでに知っておるかも知れぬが、このたびの人理焼却の犯人は魔術王ソロモンではない……いや完全に別人というわけでもないな。つまりソロモンの遺体の魔術回路に巣食っている奴の使い魔、72の魔神柱の集合体なのだ」

「な、何だってーーー!?」

 

 この爆弾情報にはダ・ヴィンチも現地組も心底魂消(たまげ)た。

 しかしこれなら「生前のボク、あるいはサーヴァントだった頃のボクであれば、人理焼却なんて考えもしないと思います」というロマニの発言とも符合する。とはいえ遺体及び使い魔の管理不行き届きという罪は残るが、これらはあくまで過失だから故意犯よりは罪が軽いはずだ。シバは少しだけ気分が楽になった。

 

「ふむ、その反応だとまだ知らなかったようだな。

 では奴……ゲーティアの目的も話しておくか。人理焼却も目的と言えなくはないが、どちらかというと手段なのだ」

「つまり、人理焼却を利用して何か別のことをするつもりだということかい?」

「そうだ。奴は人類史を文字通り『焼却』して、己が地球創生期に時間移動するための燃料にした、いやしようとしている、か」

「地球創生期に時間移動!? そんなことをしてどうしようと」

「余も詳しくは知らぬが、要は地球の代わりに己が永遠不滅の新たな星になろうということのようだ」

「何だって……!?」

 

 ダ・ヴィンチは凍りついたように表情を固まらせたまま次の言葉を紡げずにいたが、ここで場違いなほど軽い音調でぽんっと手を叩く音が響く。

 ドラコーがそちらに目を向けると、金髪紅眼の女が何やら腑に落ちたぽい顔をしていた。

 

「ん、貴様はブリュンスタッドだったか? 何か分かったのか?」

「ええ、わたしがここにいる本当の理由がね。

 吸血鬼を討つのはただのオマケ、本当は地球を滅ぼすかも知れない者を偵察するために送り込まれてきたのよ」

「ああ、そういえば貴様はただの吸血鬼ではなく地球の触覚なのだったな。

 星の抑止力(ガイア)もさすがに危機感を抱いたということか」

 

 実に順当な話である。ドラコーはいたく感心した。

 元の世界ではアルクェイドの姿を見たことはなかったが、この世界の星の抑止力はなかなかに鋭い感覚と機敏な行動力をお持ちのようだ。

 もちろん人類にとっても強力な援軍だが、多少の注意点はある。

 

「……ふうむ。星の抑止力に派遣されたのであれば、人間の召喚術とは別物だからサーヴァントの身であってもネガ・サモンを突破できるかも知れぬな。

 仮にできたとしても、ここではやらぬ方がいいが」

「どういうこと?」

 

 ここでアルクェイドが小さく首をかしげたのは、ネガ・サモンという言葉についてと「やらぬ方がいい」理由の両方からである。ドラコーもそれを察して、大事なことなので丁寧に説明した。

 

「ネガ・サモンというのは名前の通り敵の召喚術を否定・破却する、ひいてはサーヴァントによる攻撃は通用しないというものだ。奴からの攻撃を防ぐことはできるが。

 ソロモンは召喚術の祖ではあっても英霊召喚の専門家ではなかったはずなのに都合の良いものだが、余やティアマトも似たようなものだから深くは追及するまい」

 

 どうやらビーストのネガスキルは共通してそうしたものであるらしい。光己のものもそうなのかどうかはまだ不明だが。

 

「やらぬ方がいいと言ったのは、仮にこの特異点で奴を倒しても本拠地で再生するだけで滅びはしないからだ。余計な情報は与えぬに越したことはない。

 だから貴様とマスター、あと余とティアマトはマーリンの幻術か何かで正体を隠しておくべきだろうな」

「なるほどねー」

 

 敵が本気でこちらを潰しに来るならともかく、自分の優位を過信しての散歩感覚であるならこちらも全力を出さずに逃走なり何なりする方が後々有利だ。アルクェイドが納得して頷くと、ドラコーは次の話題に移った。

 

「奴の倒し方については、また()()語ろう。

 あとはこの特異点の黒幕だな。3人いてそれぞれ『P』『B』『M』と名乗っているが、首領は『M』マキリ・ゾォルケンで、奴だけはサーヴァントではなく生身の人間だ。何でもこの時点で齢何百歳という老人だとか」

 

 「P」「B」「M」の存在を知っているのならドラコーの情報は信頼度高そうである。そして「マキリ・ゾォルケン」の名を聞いたメドゥーサがぴしりと頬をひきつらせた。

 

「ゾォルケン……!?」

「おや、知っているのか?」

「ええ、別の聖杯戦争での私のマスターの祖……義祖父だった人物です。なるほど、彼なら自分の目的のためなら人理焼却でも何でもやらかすでしょう。

 ……あ、私の知り合いだからといって遠慮はしなくていいですよ。むしろこの手で始末したいくらいですから」

「ああ、合点がいきました。マキリ・ゾォルケンで間桐臓硯(まとうぞうけん)なのですね。

 ええ、確かに彼に気を遣う必要は絶無ですね」

 

 するとアルトリアも先ほどのアルクェイドと似た表情でぽんと手を打った。どうやらゾォルケンは敵にも味方にも嫌われるタイプのようだ。

 

「そうそう、マスターもまったく縁がないわけではないですよ。冬木で会った間桐雁夜の父親ですから」

「何だと?」

 

 そこでアルトリアの台詞に反応したのは光己ではなくモルガンだった。

 

「つまりそのゾォルケンとやらがあの(おぞ)ましき蟲屋敷の主だったのだな?

 ブリテンの首都に毒霧を撒いただけでも許しがたいのに、あのような大罪まで犯していたとは……。

 メドゥーサ、この手で始末したいと言ったな。ならば楽には死なせず、たっぷりと苦しませて苦しませて苦しみ抜かせてから殺すのだ。もしそのために魔術的な支援が必要なら、望むだけくれてやろう」

「アッハイ」

 

 メドゥーサはモルガンの家来ではないのだが、珍しく憤怒と嫌悪をむき出しにした女王様の迫力の前には首を縦に振るしかなかった……。

 そんなに憎いなら自分でやればいいのにと思わなくもなかったが、聞いても良いことはなさそうなのでやめておいた。

 

「……私怨を晴らすのはいいが、隙を突かれぬ程度にな?

 あと『P』がヴァン・ホーエンハイム・パラケルススで、『B』がチャールズ・バベッジだ。両名とも学者だと思ったが、バベッジはなぜか鉄人形の姿をしていたな」

「ゥ……ウ、ゥ! ……ウゥ……ァ……ア、ウ」

「ん、何か言いたいことがあるのか?」

 

 今度はフランが反応したが、ドラコーには彼女の言葉が理解できず首をかしげた。表情からすると何か異議があるようだが……。

 するとフランの言葉が分かるモードレッドが通訳してくれた。

 

「ええと、バベッジはこんなことする人じゃないとか何かの間違いだとか言ってるみたいだな。

 オレはバベッジって奴のことは知らないから何とも言えねえけど」

 

 モードレッドはそこでいったん口を閉じたが、ふと思いついたことがあってまた口を開いた。

 

「いや、2人とも合ってるって線もあるな。つまりバベッジには何かよっぽど深い理由があるか、でなけりゃ単に強制されてるってことだ。

 佐々木小次郎、だっけ。おまえもそうだったんだろう?」

「そうだな、というかまともな者であれば皆そうだろう」

 

 まあよほど性根がブッ飛んでいるか、あるいは人類そのものを憎んでいる者でもなければ人類皆殺し計画に積極的に加担はするまい。小次郎の回答はいたって常識的なものであった。

 

「なら話は簡単だ。強制されてるんなら解除した実績がある奴が今ここにいるし、そうでなかったらおまえが説得すればいい。そうだろ、フラン」

「……ゥ、ゥ!」

 

 するとフランは大いに元気づけられた様子で何度も頷いた。しかも「深い理由」があるなどとは露ほども思っていない様子である。

 モードレッドも笑顔になって、光己の方を顧みた。

 

「つーわけだけど、できるよな?」

「うーんと。如意宝珠(大)は竜モードでないと使えないから、まずさっきの公園みたいな広い所に連れて行く必要があるな。それと当人の意志表明が必要だから、佐々木さんみたいなケースならいいけど完全に洗脳されてて自分の意志がゼロになってると無理だ。

 その場合はモルガンと太公望さんとマーリンさんで解呪ってことになるかな」

「……んん? 完全に洗脳されてる奴こそより優先的に解呪すべきなんじゃないのか?」

「俺もそう思うけど、なぜかそういう仕様なんだ」

「そうなのか、やっぱ竜種ともなると人間とは感覚違うのかな?

 まあ母上とマーリンと、よく知らんが東洋の凄ぇ術者までいるなら何とかなるだろ」

 

 モードレッドは如意宝珠の仕様についてはまだ不満というかよく分からない様子だったが、モルガンたちの技量には信を置いているようで強くはこだわらなかった。

 ただこの時そちらに思考を奪われていたせいで、アルトリアズが(モードレッドにも幼子(?)を労り励ますという心根があったのですね)とやわらかい微笑を浮かべていたのを見逃してしまったのはまさに痛恨の極みであった……。

 

 

 

 「P」についてはすでに何度も遭遇していたので誰も言及しなかったため、ドラコーの黒幕説明はこれで終わりとなった。

 あとは彼らの所在地だがこれは今調査が終わった所なので、選手交代してモルガンが話し始める。

 

「灯台下暗しとはこのことだった。奴らの本拠地はここシティ・エリアの地下深くにある。もちろん聖杯もな。

 カルデアで見た資料によればロンドンでは1863年に世界最初の地下鉄が開業したそうだが、それよりずっと深い」

「ほえー。つまり地下鉄の構内に秘密基地の出入り口があるってこと?

 魔術協会も大英博物館が入口だったし」

 

 相変わらずのほほんとして緊張感に欠けるマスターだったが、この見解は合っていた。

 

「ええ、空気の流れを見る限りではその可能性が高いですね。

 地下鉄と何らかの関わりがあるのか、通路に使っただけなのかは分かりませんが」

 

 どちらにせよモルガンほどの大魔術師が時間をかけて調べただけあって、侵入のための経路もある程度割り出せているようだ。入口を探すために右往左往せずに済むのは大変ありがたい。

 その後は現地組もダ・ヴィンチとシバも特に意見はなかったので、作戦会議はお開きとなった。

 

「よし、それじゃいよいよ最終決戦……の前に」

 

 恒例の、写真とサインをもらうのを忘れてはいけない。人数が多かったのでちょっと時間がかかったが、これで本当に決戦……ではなく、もう1つ用事が残っていた。

 

「ナーサリー、ちょっといいかな」

「あら、私に何かご用かしら?」

 

 これから最後の戦いに向かおうというまさにその時、総大将たるカルデアのマスターが絵本の概念に名指しで声をかけるとは何用であろうか? ナーサリーは思わず体をこわばらせてしまった。

 

「うん。実は俺宝具的サムシングで巨大ロボ出せるようになったんだけど、それには相方が必要でさ。で、その相方になれる条件を満たしてるのはここではナーサリーだけなんだ。

 これだけの人数だし行き先が地下道だから使うことはまず無いと思うけど、備えあれば憂いなしと思って。竜モードは胴体がまだ骨だけだから戦闘では使いたくないし」

「……??」

 

 このたびの決戦では敵のラスボスが来るそうだから、光己が万が一を警戒するのは分かる。しかし巨大ロボとは何であろうか? ナーサリーは頭の上にはてなマークをいくつか浮かべて理解不能の意を示した。

 光己も察して説明を始めようとした時、モルガンが割って入ってきた。

 

「我が夫、その『巨大ロボ』とか『条件』とかいうのは何なのですか?」

「ん、モルガンも興味あるの?

 まあ簡単に言うとヘルタースケルターとかオートマタが身長20mとか50mになって、人間がその中に乗り込んで戦う兵器ってとこかな。

 んで条件っていうのは、理由はまだ分からないけど『魔導書』属性を持ってる必要があるんだ」

 

 条件は先刻は不明だったが、光己が寝ている間も立香は仕事をしていたようだ。

 ナーサリーは絵本の概念とはいえ、本自体が固有結界だったり物語の登場人物を外に出せたりするから「魔導書」と呼ばれる資格は十分だろう。

 

「なるほど、大きいというのはそれだけで強みですね。だからといってマスターがむやみに前線に出るべきではないというのは変わりませんが。

 しかし魔導書ですか」

 

 そこでモルガンは考え込む、というか迷ったような顔をした。

 普段の戦闘等では本など使っていないが、もしかして隠し持っていたりするのだろうか?

 光己がそれを訊ねると、モルガンは意を決した様子で頷いた。

 

「ええ。この霊基では持っていませんが、キャスターの霊基なら持っています」

 

 なおモルガンのキャスター霊基は「雨の魔女トネリコ」「救世主トネリコ」「水妃モルガン」の3種から選べるという豪華仕様だが、魔導書を持っているのは「雨の魔女トネリコ」だけである。その内容は「1冊の本の内容を凝縮して、現象として再現する」「起きた事を本にして、それを魔術として会得する」という、1番目の神秘の在り方ともいわれる代物だ。

 

「……そうですね。ナーサリーとはこの特異点限りで別れるわけですし、我が夫の『唯一の』相方になれるというのは悪くありません。

 デメリットはありませんし、ちょっと変えてきます」

 

 これで好感度を稼げば妖精國救済計画に有利ですし、とまでは言わなかった。

 そして1度別室に引っ込み、その数分後に白黒青の3色を基調にした品の良い服に着替えたモルガン、いやトネリコが現れた。雰囲気がかなり変わり、いかにも善なる白魔女といった印象を受ける。

 頭にはいかにも魔女チックなとんがり帽子をかぶり、なぜか眼鏡をかけていた。右手には木製の杖を持ち、黒い装丁で青い紙の大きな本が宙に浮いている。

 なお光己的には肌の露出が激烈に減ったのは巨大なデメリットだったが、彼女にそれを言うのは怖かったので沈黙を保った。

 ―――というか反応したのはある意味当然なバーヴァン・シーだった。

 

「ま、魔女様!?」

 

 しかも母ではなく魔女と呼んだあたり、モルガンとトネリコが同一人物であるとは知らなかったようである。義母娘の間柄であっても明かせぬ事情があったのだろうか?

 

「ええ、そうです。皆の前でわけを話すのも何なので後にしますが、今まで通り母と呼んでくれますか?」

「え、あ、う、うん! それはもちろん」

 

 バーヴァン・シーは生前も「魔女」に感謝し尊敬していたから、それが母だったと聞かされて愛がもう天元突破する勢いだった。普段の性悪ムーブが吹っ飛んで、目がキラキラ輝いている。

 

「良かった、いえ信じてはいましたけどね?

 メリュジーヌとバーゲストも、今まで通りに接してくれると嬉しいです」

「は、はい、それはもう……」

 

 まさかかの魔女=救世主が自身の主君であったとは。メリュジーヌとバーゲストも唐突な自己開示に驚愕したが、何とか女王に対する礼節を保って頭を下げる。

 トネリコはそれを見届けるとふうっと安心したように息をついて、改めて光己に向き直った。

 

「そういうわけで、この姿の時はトネリコと呼んで下さい。そう名乗っていましたので」

「あー…………う、うん」

 

 モルガン改めトネリコのイメチェンぶりの激しさに光己も仰天していたが、じかに声をかけられたのでとりあえず頷いた。どうやらモルガンの過去の姿のようだが、本当にイメージ変わり過ぎだと思う。

 

「それでは皆を待たせていることですし、さっそくロボとやらを出してみましょう。

 いえここじゃダメですね。先ほどの公園にでも行くのですか?」

「あー、うん。そうだな」

 

 こうして一同は予定を少し変えて、巨大ロボットの召喚実験のために公園に赴くのだった。

 

 

 

 

 

 

 ロボットのサイズや性能は実際に召喚してみないと分からないので、光己とトネリコだけが公園の中央に陣取り、他のメンツは隅の方に控えていた。

 実験が終わったらそのまま地下道に行く予定なので、今回ばかりは留守番なしの全員参加である。人間であるジキルも、マーリンの魔術でしばらくは魔霧に耐えられるようにしてもらって同行していた。

 光己とトネリコが並んで、宝具(的サムシング)の真名を高らかに詠唱する!

 

「「獣の機神(デウス・エクス・マキナ)!!」」

 

 すると2人の後ろに、未来的な感じがする紫と黒の装甲板を全身にまとった巨人が地面からせり上がるようにして出現し始めた。身長は40mくらいで、武器の類は持っておらず素手のように見える。

 足元まで地上に出終わると、巨人の首の後ろから大きなカプセルが射出された。光己とモルガンのそばに降りていって2人を中に入れると、同じ経路で帰って行ってまた巨人の体内に収納される。

 

「な、何だアレ!? お母様拉致されちゃったのか!?」

「いえ、ロボットの乗組員として搭乗したのだと思いますが……あんな乗り込み方をするとは思いませんでした」

 

 その奇天烈すぎる展開にバーヴァン・シーが顔色を変えて慌て出したが、マシュは一応現代人だけあって状況を正確に理解していた。ただこの先どうなるかは予想できず、はらはらした面持ちで巨人を見守っている。

 そして20秒ほど経った頃、巨人の仮面の内側で黒く閉ざされていた双眸に白い光が灯った。

 

「あれは……巨人、いえロボットが無事起動したということでしょうか!?」

 

 正解である。その頃光己とトネリコは、先ほどのカプセルの中で外の光景を眺めていた。

 巨人が見ているものがカプセルの内側に映されているのだ。ただカプセルはかなり狭くて、2人で入ると身動きもできないのがつらかったが。

 

「おお、無事開帳できたみたいだな。俺はついに男のロマンを現実のものにしたのだ……」

「男のロマン……?

 まあそれはともかく、まずは仕様を知りたいところですね」

 

 ところで人型巨大ロボットともなると操縦は戦車や戦闘機よりずっと複雑で難しいものになると思われたが、このロボはパイロットの頭に付けたヘッドセットを通じて思考波で操縦するのでハンドルやレバーといったものは不要である。トネリコが仕様を見せるよう念じると、カプセル内側の一角に四角いメッセージ欄が表示された。

 その内容は―――。

 

 

 〇名称   :未定

 〇種別   :厄災及終末装置及悪妖精討伐用騎士型決戦兵器

 〇身長/体重:40m、1000t

 〇運動能力 :人間サイズに換算すると時速65kmで走れる程度

 〇稼働時間 :通常5分

 

 〇UNDバリアー:E

   世界を拒絶し、世界と分離する概念結界。

   堅牢な防御力を誇るが、使用中は強い孤独感にさいなまれる。

 

 〇捕食同化・現象登録:C

   捕食した対象のデータを魔導書に記載する。次回以降の召喚時にそのデータを参照できる。

 

 〇聖剣遙か夢の名残(メモリー・オブ・ロンディニウム)改:B

   ロボットに見合う武器を製造する。不要になったら霧散させることもできる。

 

 

「んんー、何かよく分からん上に物騒な記述が……」

「ですねぇ……」

 

 5分というのはこの手の宝具の持続時間としては(2人で開帳しているからか)長い部類だが、細かい検討をするには短い。どこから始めるべきか、2人は並んで頭をひねるのだった。

 

 

 




 唐突にロボットが出現しましたが、この特異点で使う用事はちゃんとありますので!




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第241話 絢爛なりし蒸気の果て1

 仕様についての検討は重要だが、実際に動くかどうかの確認も必須である。光己は仕様の詳細を読むのはトネリコに任せて、自身はロボの身体の動作チェックを請け負うことにした。

 

「よし、やるか!」

 

 腕を垂らして普通に立っていた姿勢から、まずは軽く両腕を真上まで上げてみる。身長が23倍になると手足を動かす時の移動距離も23倍になるのだが、「人間サイズに換算すると時速65kmで走れる」運動能力を持つだけに、思ったよりスムーズに万歳の姿勢にすることができた。

 次は脚の実験になるが、こちらは特に慎重にしないといけない。万が一バランスを崩して転んだら、サイズと重量が人間とはケタ違いだから大惨事になるのだ。

 当然、市街地で戦闘なんかするのは以ての外である。いやそうも言っていられない事態というのもままあるものだが。

 

「んじゃ、まずはそうっと」

 

 少し腰を落として、すり足で少しずつ歩いてみる。体重が体重だけに、すり足でも1歩前に出て地面を踏むたびに地響きが立つのはちょっと、いやかなり心臓に悪かった。

 

「ううむ、夢が現実になると厳しいこともあるんだなあ……」

 

 しかしせっかく男のロマンを実現したのにこの程度で弱音を吐いてはいられない。むしろ先駆者(パイオニア)の使命として、こうした問題点等をあまさず記録に残しておくべきであろう。

 

「ということで、続きするか」

 

 次は脚の屈伸や前屈や上体反らしや首回しをして、全身の可動性を確かめてみる。普通にやれたので、一般人並みの柔軟さは備えているようだ。

 

「技術的には大変そうだけど、こうでなきゃ人型のメリットだいぶ減るしな」

 

 ……などと光己が通ぶったことをごちていると、トネリコが声をかけてきた。

 

「動作確認はできましたか? そうでしたら、スキルの実験もしておいた方がいいかと思うんですが」

「ん? ああ、そうだな」

 

 由来が分からない上に物騒なものもあったが、それだけに使いこなせば強そうである。まずはどれからやるのだろうか?

 

「『捕食同化・現象登録』は今はできませんので、説明だけしておきましょうか。

 ()()が冬木でヴリトラを吸収(ドレイン)した時は貴方自身の強化材料になりましたが、その代わりにロボットの性能が向上すると考えてもらえばいいかなと思います」

「ほむ。じゃあたとえばヴリトラ……は人間サイズだったから対象外として、ファヴニールの竜の炉心を吸収したらロボの稼働時間を伸ばせたりするの?」

 

 光己は邪悪でない竜種を退治するのは好まないが、邪竜であればそこまで忌避感はない。もし強化の方向性を自分で決められるならかなりの良スキルではないかと思ったが、ここで大きな問題点に気がついた。

 

「いや待て、このロボには悪魔の翼ないよな。どうやって吸収するんだ?」

「……顔に口がありますので、スキル名の通り『食べる』のでは?」

「……」

「……」

 

 数秒ほど、重い沈黙がたゆたった。

 

「……ま、まあ! 今貴方が仰ったことならできますので! その気があるなら頑張って下さい!」

「お、おう」

 

 何故2人がこうもテンパっているのかというと、このロボットには「同期率」という要素があるからだ。光己とトネリコの気分や思考が一致し盛り上がるほどロボを自在に動かせるようになるのだが、代わりにロボが受けた衝撃などもフィードバックしてくる、つまり捕食対象の肉や臓器の感触や味をリアルに味わうことになるのだった。

 ちなみに悪魔の翼は霊体しか吸収できないが、このロボは「肉」や「臓器」という単語が示すように生身の生物も捕食できる。実は悪魔の翼ではなくネガ・ディヴィジョン由来のスキルなのだが、2人ともまだそれには気づいていなかった。

 

「……で、では次に行きましょう! 『聖剣遙か夢の名残(メモリー・オブ・ロンディニウム)改』は見てもらった方が早いと思いますので、実際に出してみますね」

 

 このスキルは100%トネリコ由来だからか、制御はすべてトネリコ担当になっていた。トネリコが武器のイメージを軽く念じると、ロボの手に大ぶりのナイフがパッと出現する。

 これも未来的なデザインだが、いかにも人を刺す道具的なアトモスフィアがあってちょっとコワイ。しかしトネリコはそんなことを気にするほどヤワではないので、まったく声調を変えずに説明を続ける。

 

「他に長剣や銃も出せますよ。剣が折れたり銃が弾切れになったりしたらすぐ霧散させて替わりを出せますから、消耗品感覚で使っても大丈夫です。

 切り札として携帯型窒素爆弾というのもあります。これならク……ブリテン最悪の魔物も倒せますね!」

「それ自分も死んじゃうやつー」

 

 まさか本当に(破壊力だけでも)アルビオンを凌駕するかも知れない武器があったとは。光己は大いに驚嘆したが、自分が巻き添えになるのは困る。

 

「いや、そのためにバリアーがあるのか? UNDって何の略なのか分からんけど」

「こちらは100%マスターの管轄ですね。常時展開されている(パッシブ)スキルですが、必要があれば一時的に出力を上げることは可能です」

「なるほど、でも今実験するのは無理か」

「そうですね、もう時間もありませんし戻りましょう」

 

 というわけで2人が宝具開帳を終了すると、召喚型の宝具が大抵そうであるようにロボットがすうーっとぼやけて消え始める。カプセルは残っていたが、これも2人を地上に送り届けると同じように消えていった。

 そこにバーヴァン・シーを先頭にサーヴァントたちがぱたぱたと駆け寄ってくる。

 

「お母様! 色々びっくりしたけど大丈夫だった?」

「ええ、いろいろと規格外でしたけど嫌なものではなかったので安心して下さい」

「そっか、それなら良かった」

 

 トネリコ=モルガンほどの大魔術師をして「規格外」と言わしめるあたり、彼女自身と(ビースト)パワーが乗った宝具(的サムシング)というのは相当危険な代物のようである。

 しかしそれをまったく危険視せず、純粋に喜んでいる危険人物もいた。

 

「うむ、確かに大したものだが余の力を写し取った宝具ならむしろ当然か!

 余にも魔導書属性とやらがあったなら相方になったものを」

「そうですね。先輩は本当にすごいですし、私も魔導書を持っていればよかったのですが」

 

 ドラコーは元(?)人類悪だから順当とはいえ、マシュがそれに同調したのは少々危ないかも知れない……。

 まあそれはそれとして、ロボの実験が無事終わったなら今度こそ決戦に出発である。モルガン(トネリコ)の調べによれば、ここからほど近い場所にある地下鉄の駅から行けるようだった。

 総勢25人が濃霧の中を、しかも敵襲を警戒しながら進むわけだから歩みは遅いが、一刻一秒を争うほどの急ぎではないから特に問題はない。むしろ立香が光己にちょっとばかり重大な報告をする余裕があって幸いとすらいえた。

 

(重大な報告?)

(うん。率直に言うと、光己がいう天使長形態(ルツィフェル・フォルム)が使えなくなったから早めにと思って)

(ぶふぅっ!?)

 

 光己は脳内で噴き出した。

 

(な、何事!? 何故ゆえに!?)

(使えなくなったというか、獣形態(ビーストフォーム)に置き換わったというのが正しいかな。いろいろ操作してみたけど、形態は3つが限度みたいで。

 竜属性がある3対めと5対めは獣形態の時に生えるようにできたんだけどね)

(おおぅ……)

 

 何ということだ。光己は天を仰いで慨嘆したが、立香を責めることはしなかった。

 

(まあ仕方ないか、お疲れさま。2対だけでも使えるんだから良しとしとくよ)

(うん。それで代わりと言ったら何だけど、獣形態専用のネガ・ディヴィジョンっていうスキルが生えてきたから伝えておくよ)

(ネガ・ディヴィジョン?)

 

 獣形態専用で「ネガ」というとドラコーやゲーティアのスキルが思い浮かぶが、もしかしてヤバいやつなのだろうか!?

 

(光己が時々やる「ひとつになる」とかスキルコピーとかがパワーアップするって感じかな。()()()()大したことないみたいだけど、ロボットのバリアーと「捕食同化」はこれの派生だよ)

(ほむ……)

 

 つまり女の子と仲良くなるのに使えるということか? 光己はそんなことを思ったが、言葉には出さなかった。

 

(まあいいや。新スキルが生えたのはいいことだから喜んでおこう)

(うん、それじゃまた後で)

(ん、いつもありがと)

 

 ……さて。新スキルの件はともかく天使長形態が使えなくなったという一大事は当然皆に知らせる必要があるが、ジキルや作家勢や天草の前でというのはちょっと気が引ける。ここは機会を待つことにした。

 するとその辺りを察していたかのようなタイミングでトネリコが話しかけてくる。

 

「ところでマスター、ロボットの名前は決めましたか?」

「ああ、そういえば未定だったっけ。何か希望ある?」

「ええ、輝けるバーヴァン・シー号というのはどうでしょう」

「俺はいいけど、本人に了承取った?」

「……」

 

 トネリコがついっと目をそらす。了承は取っていなかったようだ……。

 しかしすぐ立ち直って、第2案を持ち出してきた。

 

「ではスプライトノッカーというのは?」

「ほむ、それならいいか」

 

 スプライトノッカーとは妖精の一種の「ノッカー」のことか、それともロボの「種別」的に考えて「妖精を叩く者」と解すべきか。どちらにせよ第1案よりはずっとマシなので、光己はこれを採用することにした。

 こうしてめでたくロボの名前が決まり、その後も歩き続けて半分くらいまで来たところでフランが何かに気づいたのかモードレッドに話しかける。

 

「……ゥ……ウ、ゥ」

「何、マジか。考えられなくはないけど、この人数相手に1人……いやヘルタースケルターをお供に連れてるんならアリか!?」

 

 どうやら待ち伏せか何かをされているようだ。話の内容が耳に入ったアルトリアがモードレッドに顔を向けた。

 

「モードレッド、フランは何と言っているのですか?」

「ああ、駅のそばらしき所にバベッジがいるそうなんだ。だからオレたちの動向に気づいてそこで待ってるのかって思って。

 といってもこの人数を1人で迎え撃つのはさすがに無理があり過ぎるけど、地図では駅前に広場があったから、そこでならヘルタースケルターを使えるからアリかなと」

「なるほど、十分考えられますね」

 

 アルトリアがモードレッドの推測に同意を示すと、天草が補足情報を提供してきた。

 

「1人じゃないですよ。今ちょうど、駅前とおぼしき場所に2騎探知しましたから」

「何? 奴らまたはぐれを味方にしやがったのか」

 

 腹立たしい話だが、幸いにして行き先は変わらない。一同が慎重に駅前広場に向かって進むと、やがてこの魔霧の中でもはっきり分かる、強い魔力の塊が2つぶつかり合っている気配が感じられてきた。

 ぶつかり合う……まさか戦闘している!?

 

「味方にするのに失敗したってことか!?」

「分かりませんが、急ぎましょう」

 

 もし戦闘になっているのなら、どちらが優勢であるにせよ決着がつく前に介入したい。一同は慌てて足を速めるのだった。

 

 

 

 光己たちが駅前広場に入ると、ガラゴロガシャン!という耳障りな金属音とともに1台のヘルタースケルターがサッカーボールのように蹴り転がされてきた。

 動く様子はない。一撃で機能停止させられたようだ。

 恐るべきパワーだが、(くだん)のサーヴァントは黒幕の「勧誘」をはねつけることができたくらいだからむしろ当然と見るべきかも知れない。そして一同がまた慎重モードで様子を窺いつつ進んでいくと、霧の向こうでヘルタースケルターの集団と1人の女の子が戦っているのが見えた。

 ヘルタースケルターは大型が1台と通常型が10台ほどで、しかも大型はナーサリーがトランプ兵を出していたのと同じ要領で通常型をつくり出している。

 彼こそが街中にヘルタースケルターをばら撒いている張本人であろう。ひょっとしたらナーサリーのような攻撃無効化能力も持っているかも知れない。

 女の子の方は見た目15歳くらいで、金と黒のオッドアイと深緋色の長い髪が印象的……なのはいいとして、服といえるものは黒い泥を編んで作ったようなミニスカートだけで、他は赤と黒の粘液のようなものが素肌にへばりついているだけという大変いかがわしい恰好をしていた。

 もっともこの粘液はただの粘液ではない。

 

「あれは、ケイオスタイド……!?」

 

 ティアマトも同種のものを扱っているので、その危険な実質を見抜くことができるのだ。うかつに触れればサーヴァントでも侵食されて彼女の眷族になってしまうだろう。

 ついで天草とルーラーアルトリアがいつもの真名看破を行う。

 

「真名看破します。大型ヘルタースケルターは前情報通りチャールズ・バベッジ……宝具は『絢爛なりし灰燼世界(ディメンション・オブ・スチーム)』、蒸気噴射で跳躍して、敵に向かって落下しつつあの大きな鉄槌を叩きつけるものです」

「少女の方はテュフォン・エフェメロス……クラスはプリテンダーというもののようです。

 宝具は『我、願望反す無常の果実』、敵の能力を低下させるものと思われます……それともう1つ、『汝、宙を裂く雷霆(ネガ・ケラウノス)』、ドラゴンの姿になって雷のブレスを吐き出すというものです」

 

「……デジマ?」

 

 光己は一瞬硬直してしまった。

 バベッジはともかく、テュフォンといえば1度はギリシャの主神ゼウスに勝ったという大怪獣ではないか。この特異点、狭いわりに大物が多すぎである。

 ただ彼女の思惑はまだ不明ながら、黒幕の1人と戦っているのだから今のところ人類の敵ではなさそうだ。逸話では神々とは戦ったが人類とは敵対していないし。

 といって人間大好きというわけでもあるまいから、ご機嫌を損じるのは賢明ではないが……。

 

「先輩、どうしましょうか」

 

 彼の傍らのマシュも少々顔色が悪いのは、大怪獣を敵に回すリスクを恐れているのだろう。

 戦況としては、やはりテュフォンが優勢のようだ。よく見るとバベッジの身体には何ヶ所も大きな傷やへこみがあるし、そのせいか近づくのを避けて通常型をけしかける戦術を採っているがどれもこれも鎧袖一触で叩き壊されていた。

 さしあたって、バベッジが攻撃無効化能力を持っていないのは確かだと思われる。

 

「しかしこれはどう話をもちかけるべきか……」

 

 なにぶんバベッジは強制されていると決まったわけではなく自分の意志で魔霧計画に協力している可能性もまだあって、そんな彼をかばったらこちらも黒幕の仲間と思われるかも知れないのだ。それでも相手があまり強くないサーヴァントなら人数差で押し切れるが、大怪獣相手にそれは避けたい。

 戦って勝てる勝てない以前に、もしここで「汝、宙を裂く雷霆」とやらを吐かれたら周囲の被害がひどいことになるからだ。先ほども思ったことだが、テュフォンがその辺に配慮してくれる人間好きな性格かどうかを確かめるまではなるべく刺激しない方がいいだろう。

 ……という光己の長考は、1人の少女の果敢な行動によって強制的に中断させられた。順当にというべきか、フランがバベッジを助けるべく飛び出したのだ。

 

「ゥ……ゥゥ……ウ!」

「あっ、おい待てフラン!」

 

 そばにいたモードレッドが慌てて追いかけたが、捕まえる前に少女の姿はバベッジにもテュフォンにも発見されていた。

 さて、2人の運命やいかに!

 

 

 




 主人公のスペックがいろいろ変動しましたので、現時点での(サーヴァント基準での)ステータスと絆レベルを開示致します。
 以前のものは第39話、56話、75話、91話、108話、132話、152話、175話、209話の後書きにあります。

 性別   :男性
 クラス  :---
 属性   :中立・善
 真名   :藤宮 光己
 時代、地域:20~21世紀日本
 身長、体重:172センチ、67キロ
 ステータス:筋力A 耐久A 敏捷B 魔力EX 幸運B+ 宝具EX
 コマンド :AABBQ


【保有スキル】

獣形態(ビーストフォーム):EX
 機竜の翼と赤い竜の翼と竜の尾を生やし、腕と脚に竜の外皮をまとった姿に変身します。時間制限はありません。

冠竜形態(ドラゴンフォーム):EX
 体長2キロメートルの巨竜に変身します。天使長の翼、熾天使の翼、機竜の翼、水晶の翼、赤い竜の翼、魔王の翼を持っています。こちらも時間制限はありません。

〇アルビオンカラテ:E
 フウマカラテとドラゴンブレスと翼の御業・権能による結界・バフ等を組み合わせたオリジナルの戦闘スタイルです。御業・権能は獣形態では境界属性を、冠竜形態では光・量子・電脳・境界・星・闇の属性を扱えます。

〇コレクター:D
 お宝に執着心があり、その匂いにも敏感です。多少の鑑定もできます。常人には発見できない隠された財宝を感知できるかも知れません。

竜の遺産(レガシーオブドラゴン):C
 財宝奪取スキルの進化形で、「王の財宝」の亜種です。竜たちが表世界に残した財宝が「蔵」に入っています。ただし持ち出すには相応の格が必要です。
 新しく手に入れた財宝を収納することもできます。
 現在取り出せる財宝:テュケイダイト(第3再臨のメリュジーヌが持っている武器)、如意宝珠(小、大)、竜言語魔術の解説書の石板、竜の体の一部を使って作られたアイテム数点、守り刀「白夜」、ポルクスの剣、ダインスレフ、フロッティ、エーギスヒャールム、アンドヴァラナウト、ヴィーヴルの宝石の瞳、ウィングドブーツ、騎士アーサーの武具一式、聖なる手榴弾(複製品)、蓬莱の玉の枝、太平要術の書、遁甲天書、考古学的にヤバい陶磁器10点、縛魔索、ギルガメッシュから奪った刀剣類(例:氷の剣の原典、炎の剣の原典、破邪の剣の原典、魔術師殺しの剣の原典(貸出中))、サーヴァントたちのサインと写真、ネロにもらった金貨、その他金銀財宝類。
 及びこの特異点で入手した聖晶石2個、礼装3着、ハルペー、マーリンが残した花、メディアの杖、励振火薬・精霊根ほかアイテム類、時計塔の蔵書多数、アゾット剣、マーリン製遠見の水晶。

神恩/神罰(グレース/パニッシュ):C
 味方全員のデバフを解除した後、絆レベルに比例した強さのバフを付与します。さらに敵全員に敵対度に比例したデバフがかかります。冠竜形態中のみ使用可能。

〇魂喰い:E+
 大気中もしくは敵単体から魔力を強力に吸収します。冠竜形態中のみ使用可能。

〇慣性制御:E+
 慣性とその反動を操作して、急激な加速や減速を行えます。獣形態中と冠竜形態中のみ使用可能。

〇量子&電脳テレポーテーション的単独顕現:E
 ビーストが持つ単独顕現と同種のものです。獣形態中と冠竜形態中のみ使用可能。


【クラススキル】

七巨竜の血鎧(アーマー・オブ・セプテットスター):EX
 攻撃を受けた時のダメージを20ランク下げます。弱体付与に対しても同様です。
 火炎、毒、誘眠、境界の属性の攻撃はさらに20ランク下げます。

〇境界竜:A
 ??????
 さらに毎ターンNPが上昇します。

〇ネガ・ディヴィジョン:E-
 光己の魔術起源がビーストスケールまで成長・拡張する余地を持ったものですが、現時点では精神交流現象が多少発生しやすくなる程度です。獣形態中のみ使用可能。

〇神性&魔性:A+
 冠竜形態中は相反する属性を高いレベルで持っています。


【宝具的サムシング(形態不問)】

〇ギャラク〇アンエクスプ〇ージョン:EX
 敵全体に強力な攻撃<オーバーチャージで効果アップ>。対銀河宝具。
 銀河の星々をも砕くという概念を持った爆圧を放出します。
 使用する時はポルクスの剣を装備している必要があり、かつギャグシーン限定です(ぉ

人類悪もびっくり(ビーストエクスクラメーション):EX
 敵単体に超強力な〔ビーストまたは人類の脅威〕特攻攻撃<人数増で効果アップ>。対界宝具。
 邪〇眼もしくは愛の力に目覚めた者が3人以上集まって、宇宙開闢(ビッグバン)的なパワーを放つ究極の必殺技です。当然ギャグシーン限定です。


【宝具的サムシング(獣形態限定)】

獣の機神(デウス・エクス・マキナ):EX
 人型巨大ロボットを召喚します。魔導書属性を持つ相方が必要で、その相方の特性によりロボの性質や性能が変化します。宝具種別も不定。


【宝具的サムシング(冠竜形態限定)】

蒼穹よりの絶光(ガンマ・レイ):EX
 自身に宝具威力アップ状態を付与(1ターン)<オーバーチャージで効果アップ>+敵単体もしくは全体に超強力な無敵貫通&防御力無視攻撃+命中対象にガッツ封印(1ターン)。対霊宝具。
 超高エネルギー状態の光子の塊を撃ち出す技……らしいです。直線状ビーム、円錐形に広がる拡散ビーム、などのバリエーションがあります。

水底より招き蕩う常世の城(パレスオブドラゴン):B
 水晶宮(竜宮城)を顕現させる固有結界です。現時点では食べ物は用意できますが、それ以外のお土産は出せません。結界宝具。

終末の時きたれり、其は神に叛くもの(ハルマゲドン・ゴグ・マゴグ):D~A
 神(多神教の神霊やその化身等であっても可)の軍団と戦う時限定で、悪魔や不信心者の軍団を召喚します。軍団の規模や内容はその場の状況や光己の熟練度で変化します。対神宝具。


【絆レベル】
・オルガマリー:7      ・ロマニ:3       ・ダ・ヴィンチ:3
・エルメロイⅡ世:3     ・マシュ:5       ・アイリスフィール:1
・芥ヒナコ:3        ・藤丸立香:14
・ルーラーアルトリア:8   ・ヒロインXX:10   ・アルトリア:4
・アルトリアオルタ:2    ・アルトリアリリィ:4
・モルガン/トネリコ:7   ・バーヴァン・シー:2  ・メリュジーヌ:7
・バーゲスト:2       ・キャストリア:2
・ワルキューレ3姉妹:8
・加藤段蔵:6        ・清姫:7        ・ブラダマンテ:9
・カーマ:10        ・長尾景虎:10     ・玉藻の前:3
・タマモキャット:2     ・ジャンヌ:6      ・ジャンヌオルタ:6
・クレーン:1        ・宇津見エリセ:4    ・沖田オルタ:4
・紅閻魔:2         ・ゼノビア:1      ・シバの女王:1
・項羽:1          ・太公望:1


〇備考
 特になし。




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第242話 絢爛なりし蒸気の果て2

 フランとモードレッドはバベッジとテュフォンに発見されてしまったが、幸いにも2人はすぐ攻撃してはこなかった。

 まずバベッジはいくらか正気を残していてフランが友人がつくった人造人間であることに気づいていたし、テュフォン……正確には身体の主導権を握っている無常の果実が人格を持った存在(エフェメロス)は個人的に神々や英雄が嫌いだがフランはそういう感じがしなかったのに加えて、人間の姿では飛び道具を持たないからでもある。

 モードレッドはどうにかフランに追いついて後ろから羽交い絞めにしたが、さてここからどうすればいいのか?

 

「……カ、カルデアのマスター!」

 

 そしてちょっとだけ泣きが入った声でヘルプを求めた。

 自信家で猪突猛進タイプのモードレッドも、この状況を2人でどうにかするのは無理だと諦めたようだ。正しい判断であろう……。

 

「あ、ああ!」

 

 こうなっては光己も長考はしていられない。ざっくりとカルデア勢と現地の契約済み勢でテュフォンに向かい、未契約勢にバベッジを任せることにした。

 光己側の前衛はテュフォンとケイオスタイドに対抗できそうなメリュジーヌとアルクェイドとドラコーとティアマト、そしてメリュジーヌが指名されたならということで自薦してきたバーゲストの5人である。純人間のサーヴァントが1人もいないが、これも正しい判断といえよう……。

 

「んん? 何だおまえたちは」

 

 大勢のサーヴァントがぞろぞろやってくるのを見てエフェメロスは少々戸惑った。

 この特異点では濃い魔力を含んだ霧が勝手にサーヴァントを呼び込んでいることは承知していたが、その仕掛け人とは別と思われる者たちがこんな大勢で徒党を組んでいたとは、もしかして聖杯によるカウンターとかそういう手合いなのだろうか?

 徒党は襲いかかっては来ず少し離れた位置で止まり、盾兵の後ろの少年が話しかけてきた。

 

「ドーモ、カルデアのマスターの藤宮光己です。

 今テュフォンさんが戦っていた相手は確かに黒幕の1人ですが、魔術で強制されているだけなんじゃないかという意見がありましたので、貴女に倒される前に介入しようと思った次第で」

 

 光己は先ほどの考察通りなるべく礼儀正しく初対面の挨拶をしたが、その効果があったのかなかったのか、テュフォンは戦闘態勢には入らず何故か訝しげな顔になった。

 

「何、カルデアのマスターだと!?

 ……いやカルデアというのは組織の名前なのだから、あの女とは別のマスターがいてもおかしくはないのか」

「え、もしかしてカルデアをご存知で?」

「ああ、おまえとは別のマスターにしてやられた記憶がしっかりとな」

「!?」

 

 テュフォンがそれはもう皮肉をたっぷり効かせた笑みを見せつけてきたので光己は驚愕してしまった。またか、またこのパターンなのか?

 

「……いや、職場が同じなだけの別人に八つ当たりするのはさすがにひねくれすぎか。

 とはいえ興味はあるな」

 

 しかしテュフォンは思い直したのか、そう言うと真顔になって質問してきた。

 

「おまえもカルデアのマスターなら、特異点を修正するために多くの敵を打ち倒してきたことだろう。

 しかしその敵にも戦う理由はあったはずだし、彼らに心惹かれたり共感や同情を感じたこともあったろう。己が勝たなければよかったのだと、そう思ったことはないか?」

 

 これはエフェメロスが「別のマスター」にも投げかけた問いである。彼女の出生にまつわる、大変重要な命題だった。

 すぐには意図を理解しがたい質問に光己はちょっと面食らったが、会話をするのは好ましい展開なので普通に答えることにする。

 

「ないですね」

「……」

 

 きっぱりはっきりにべもなく断言されて今度はエフェメロスが困惑した。「別のマスター」はちゃんと悩んで態度にも出してくれたのに……。

 

「ああ、もしかしてまだあまり戦闘を体験していないとかそういうのか? この特異点が初仕事だとか」

「いや、レムレムまで入れるとえーと……ここでちょうど10個めですが」

「そ、それでそこまで迷いなしか……!?」

 

 どうやらこの少年、あの女とは性格や価値観がだいぶ違うようである。

 英雄ぽさは全然ないのほほんとした感じなのに、実はとても強い意志力の持ち主なのか、それとも他者の気持ちや事情など知ったことではないサイコパスなのだろうか?

 すると少年は察したのか言葉を足してくれた。

 

「そりゃまあ今まで倒してきた人たちもそれなりの戦う理由持ってましたけど、俺自身や家族や友達どころか全地球生物の命より大事だと思えるような理由は聞いたことないですね」

「そ、それはまあそうだが」

 

 言われてみれば確かに、カルデアのマスターは普通の武将や冒険者とは背負っているものが違うのだからもっともな話だ。それに自分の命を引き合いに出されて否定したら、エフェメロス自身の「今の」願いも否定することになってしまう。

 しかしこの条件はあの女も同じのはずだが、だとするとあの女は何か情緒を激しく揺さぶられる特異な経験でもしたのだろうか?

 まあその辺はまたいずれ考えるとして、これで質問終わりではつまらない。ここはキーワードを変えることにした。

 

「では、夢や願い事が叶わなかったらよかったのに、と言い換えようか。

 これなら自分や家族の命とか、他と比べようのないものを考える必要はあるまい」

「んん? そりゃ夢が叶ったはいいけど思ったよりつまらなくて後悔するってことはあるでしょうけど、俺個人としてはそういう経験はないですね」

 

 光己は律義に答えはしたが、テュフォンがこんな奇妙な質問をする意図はまだ測りかねていた。

 しかし少女は構わず問いを続けてくる。

 

「なるほど、おまえにとって夢はまだそういうものか。

 さしあたって、今の願い事は人理修復を無事達成するといったあたりか?」

 

 光己の最終目標は大奥国を建国することだが、途中経過として人理修復を達成する必要はある。なのでイエスと答えようとしたところでインターセプトが入った。

 

「おおっと、そこまでですマスター。これは誘導尋問ですよ!

 彼女の宝具には『無常の果実』という言葉がありました。雑談の中で願い事を口にしただけで完全にダメになるとまではいかないでしょうが、いくらかのマイナス要素はつくと思われます」

「何!? む、おまえは太公望か」

 

 エフェメロスが思わず舌打ちする。

 まさか同じ人物にまた邪魔されるとは。生前の縁とかはないのに何故!?

 もっともエフェメロスは光己を殺害するとか人理修復を阻止するとかいったことまでは考えておらず、いみじくも太公望が言ったようにマイナスを付けてやろうといった程度の思惑だった。先ほど口にした通り、本気で八つ当たりするつもりはなかったのである。

 しかし太公望がいてまた邪魔されたとなれば話は別……とも考えかけたが、その時バベッジたちの方で何やら騒ぎが起こった。

 

「む、何だ!?」

 

 見ればいったんおとなしくなったあの大型鉄人形がまた暴れ出しそうになっていた。そういえば光己が「(バベッジは)魔術で強制されている」とか言っていたがその関係か?

 なおエフェメロスがバベッジと戦っていたのは別に人理のためとかではなく、呼びかけもなかった現界に戸惑っていたら、バベッジともう1人白衣の男が襲ってきたので反撃していただけである。白衣の男は初撃をはじいてやったら即逃げていったが。

 なのでバベッジについてはさほど深い感情や執着は抱いておらず、大勢が取り巻いていて手出しするのは面倒なので今は放置という方針になっていた。しかし光己にとってバベッジは基本的には救助の対象であり、慌てて駆け出していく。

 

「これ、は……何だ……アングルボダ、の、介入か……! 組み込んだ、聖杯……!

 そうか、『M』……が……この、私、さえも……!!」

 

 するとバベッジのうめくような声が聞こえた。どうやら「M」は仲間の彼をも支配しようとしているようだ。

 しかしバベッジは抵抗している、つまり自分の意識が残っているのならまだ間に合う。光己は今1歩近づいて大声で呼びかけた。

 

「バベッジさん! 貴方はこのまま支配されるのを良しとしますか? それとも自分の意識のままでいたいですか?」

「ヴィクターの娘……! 逃げ……!?

 ―――それは問われるまでもない、自分の意識のままでいたいに決まっている……が、聖杯の力には抗いようがな……グ、ガ」

 

 バベッジは光己の呼びかけには答えたものの、それで力つきたらしく喋らなくなり苦しげに身体を震わせ始めた。

 フランが駆け寄ろうとするが、モードレッドがその手を掴んで止める。

 

「カルデアのマスター!」

「ああ、大丈夫。今ので意志表明は取れたから、完全に洗脳された後でも如意宝珠は使えるよ。

 その前にトネリコたちが解呪できればそれに越したことはないんだけど、どっちにしてもテュフォンさんに話つけてからだな」

 

 何しろテュフォンはバベッジと戦っていたのだから、その理由によってはバベッジを助けるのを不愉快に思うかも知れない。なので彼女を説得している間モードレッドたちはバベッジを殺さないように取り押さえておかねばならないが、やむを得ない手順であろう。

 

「分かった、こっちは任せとけ!」

 

 モードレッドは光己がなぜわざわざ答えが分かり切った質問をしたのか理解すると、あえて自信ありげな笑みを浮かべて見せた。

 バベッジは図体がやたら大きいから取り押さえるのは大変そうだが、これだけの人数がいれば―――非戦闘員も多いが―――できないことではないと思う。

 

「うん、よろしく!」

 

 急ぐ状況なので光己が短くそう言って元の場所に戻ると、テュフォンがなぜかちょっと不機嫌そうな面持ちで訊ねてきた。

 

「カルデアのマスター、如意宝珠とは何だ? 字面的には『願いを叶える珠』のようだが」

「んん?」

 

 どうも彼女はこの種の話柄にこだわるタチのようだ。彼女の出自を考えれば順当なことだし、正直に教えるしかなさそうである。

 

「そうですよ。如意というほど意のままじゃなくて、限界も制限もありますけど」

「なるほど、つまりおまえは聖杯ほどではないにせよ願望機を持っているというわけか。

 ならば八つ当たりではなく、おまえ当人に対する悪意で踏み(にじ)ってやるとしよう」

「アイエエエ!?」

 

 テュフォンがニタリと嗜虐的な笑みを浮かべたのを見て、光己は小市民的な悲鳴を上げた。

 仮にも主神より強い大怪獣がまさかここまで喧嘩っ早い性格で、しかも自分がターゲットになってしまうとは。これは厄い。

 そこで問題だ! どうやってあの怪獣娘をなだめるか?

 3択―――ひとつだけ選びなさい

 

 答え①ハンサムの藤宮光己は突如詭弁がひらめく

 

 答え②口達者な仲間が丸め込んでくれる

 

 答え③戦闘は回避できない。現実は非情である。

 

 光己がマルをつけたいのは答え②だが、1番当てになりそうな太公望はすでに彼女に嫌われているようなので期待はできない。答え①ができるのはコミュEXくらいのものだろう。

 つまり答え③、答え③、答え③……。

 しかし光己は太公望という人名で、やらないよりはやった方がマシな一手を思いついていた。テュフォンが動く前に急いで叫ぶ。

 

「えーい、仕方ない。太公望さん、土遁であの公園へ!」

「承知しました」

 

 すると太公望は超有能軍師だけあってそれですべてを悟ったらしく、すぐさま行動に移った。その場にいた何人かの姿がパッとかき消える。

 そしてその一瞬後には、太公望自身と光己とテュフォン、ついでに特に光己の近くにいたマシュとトネリコとメリュジーヌとドラコーの7人が先ほどの公園に移動していた。

 

「……!? こ、これは強制的に移動させられたのか!?」

 

 エフェメロスは一瞬視界がブレるのと何か妙な移動感を覚えはしたが、そこからレジストするのが間に合わないほどの素早さで術を発動・完了させるとは。しかもエフェメロスのみカルデア側と少し離れた所にいるという芸の細かさである。

 太公望が優れた軍師であり道士であることは知っていたが、やはり恐るべき達人であった。

 

「しかしカルデアのマスターよ、おまえも大したものだな。

 自分が標的にされたのに、あえて味方の数を減らしてでもバベッジとその周りの者が巻き添えにならないよう場所を変える……という名目で、実は足手まといがいなくなる方がやりやすいと考えたのだろう?」

「いや、そういう要素がなかったとは言いませんがさすがにそこまで露骨には」

 

 光己の1番の目的は周辺住民が巻き添えになるのを()()()()防ぐことだったのだが、テュフォンの推測も全くの的外れではない。しかしあまり露悪的な言い方は返事に困るので控えて欲しいという趣旨のことを控えめな表現で主張してみたが、怪獣娘はあんまり斟酌してくれなかった。

 

「どちらにせよなかなかの機転だ。太公望の即応ぶりと技量も含めて褒めてやろう。

 おまえのことは英雄ぽくないと思っていたが、評価を改めようではないか。

 その証に、我の本当の姿を見せてやる」

「アイエッ!?」

 

 褒めると言った直後に全力出す宣言とはヒドい話である。もはやこれまでと判断した光己は「敵」が本当の姿とやらになる前に先制攻撃すべきかとも思ったが、味方がまだ準備ができていなかったので自重せざるを得なかった。

 

「罪なるかな、(とが)なるかな、悪なるかな!

 罪とは願い。咎とは祈り。悪とは夢。

 古き哲人はその本質を知り得た。願望こそが醜悪なる怪物の正体なのだと。

 そして女神は与えた! すべての願いが叶わなくなる果実を!」

 

 その間に少女の全身から赤と黒の炎が噴き上がり、ついで少女自身の姿が変貌していく。全体にやや活動的な印象になり、身にまとっていたケイオスタイドが黒いミニスカワンピースと軽甲冑に変化した。両腕には鉤爪付きの籠手が現れ、背中には大きな灰色の羽翼が生えてくる。

 しかしこれらは次なる大変化の予兆に過ぎなかった。

 

「さあ! 今こそ目覚めよ、太祖竜テュフォン!」

 

 少女の全身がさらに激しく燃え上がり、巨大化していく。形状も根本的に変わっていき、口に出した通りドラゴンのような姿になった。

 体長は50メートルほどか。前半身を直立させて二足歩行するタイプで、3つの首を持つ堂々たる黒い巨竜―――なのだが、どういうわけかその身体はどう見ても生物ではなくロボットのように思われた。特に前腕なんてロケットに酷似しているし。

 

「何ぞあれ!?」

 

 光己が驚愕の声を上げると、トネリコが訳知り顔で説明してくれた。

 

「ああ、そういえばベリルが言っていましたね。ギリシャ異聞帯の神々はSFじみた宇宙船みたいだったと。人間に似せたアバターは作っていたそうですが」

「ほえー」

 

 それならテュフォンがロボットなのは筋は通るが、すると彼女が今言った「願いが叶わなくなる果実」とは何なのだろうか。ロボの機能を狂わせる電磁波発生装置みたいなものなのだろうか?

 今はサーヴァント化しているから、普通に魔術的な作用になるのだろうけれど。

 

「ところで彼女は今、『目覚めよ、太祖竜テュフォン』と言いました。この他者に呼びかけるような言い方からすると、もしかしたらあの少女はテュフォン自身のアバターではなく、『無常の果実』のアバターなのかも知れませんね」

「あー、そういえば真名も『テュフォン・エフェメロス』だったっけ」

 

 それならば無常の果実は聖杯の逆の反願望機みたいなものだから、如意宝珠の持ち主をこれほど敵視するのも分かる。だからといってやることは変わらないが。

 ―――そう。竜モードがまだ戦闘には使いづらい今、巨大ロボを召喚できるようになったのはこの強大な敵ロボットと戦うために違いないのだ。

 

「うおおおお、なんかテンション上がってきたー!

 みんな、ロボ出すから時間稼ぎ頼む。トネリコはもちろん相方お願い」

「よかろう。しかしマスターよ、別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

「いや、構うから時間稼ぎって言ったんじゃないかなあ。お兄ちゃんが戦闘でこれだけやる気になるの珍しいし」

 

 ドラコーとメリュジーヌは大怪獣ロボ相手の時間稼ぎを求められても、反発したり悲壮ぶったりする様子はまるでなかった。自分の強さによほど自信があるようだ。

 もちろん慌てふためいている者もいるが。

 

「それより先輩、皆さん、テュフォンの口腔内に膨大な魔力反応が! ブレスが来ると思われますが」

「むう、せっかちな。じゃあまずマシュ、宝具お願い!」

「は、はい。『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』!!!」

 

 その間にもテュフォンの魔力は高まり続け、やがて極限に達すると電光の嵐となってマシュが築いた白亜の城に降り注いだのだった。

 

 

 



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第243話 絢爛なりし蒸気の果て3

 テュフォンの宝具「汝、宙を裂く雷霆(ネガ・ケラウノス)」は元は主神の武器だっただけあってその名の通り(ソラ)をも引き裂きそうな威力だったが、マシュの宝具も使い手の心が折れない限り仲間を守り通す無双の堅城だ。城全体を呑み込む勢いで落ちて来た巨大な雷撃をがっちりと受け止めた。

 しかし今回ばかりは相手が悪かったようで、城の天蓋がきしんで今にもひび割れそうになっている。当人も厳しさを自覚しているのか、青ざめた顔に脂汗を流していた。

 

「むぐぐぐぐ……せ、先輩は私が守ります!」

 

 マシュはそれでも必死で宝具を維持していたが、どう見ても長くは保たなさそうである。城外で荒れ狂っている電光の嵐は、それほどの神威を城内にいる光己たちにまざまざと感じさせていた。

 先ほどは自信たっぷりだったメリュジーヌとドラコーもこれは予想外だったらしく顔色がさえない。しかし光己はつい先日同じような経験をしていたので、対策をすぐひねり出すことができた。

 

「大丈夫だマシュ、まだ手はある!

 令呪を以て命じる、テュフォンのブレスを防ぎ切れ!」

「せ、先輩!? は、はい、頑張ります!!」

 

 ついさっき午前0時に1画戻った令呪を、ここでさっそく切ったのだ。敬愛するマスター(せんぱい)の絶妙な援護でマシュは気力も魔力も大回復、ついに大怪獣の宝具開帳が終了し電光が消えるまで耐え切った。

 ただしマシュはもう疲労困憊、脚が震えて立っているのがやっとの有り様である。もし次があったらとても防ぎ切れないだろう。

 

「いや十分だ、大手柄だよ。

 それじゃ次、メリュたちお願い!」

「ええ、それではただちに。

 84符印、全機以下略! 『打神鞭』!!」

 

 光己が功労者をねぎらいつつも、もはや後はなくなったので急ぎで次の対策を依頼する。それに応じて、おそらくはすでに準備していたのであろう太公望が詠唱をはしょって速攻で宝具を開帳した。

 テュフォンの頭上に巨大な黒い柱が現れ、そのまま落下して3つ首の真ん中の首の脳天にぶち当たる!

 

「あぐっ!?」

 

 黒い柱はもちろん打神鞭が巨大化したもので、高さはテュフォンの体長の3倍の150メートルほどもあった。その大重量+神性特攻攻撃を宝具使用直後という脱力状態でもろに喰らってしまっては、3つある分1つ1つはやや小ぶりなテュフォンの頭がひしゃげ首が折れるという悲惨な目に遭ったのも残当といえよう……。

 逆に3つあった分、1つが潰れても生きていられるわけだが。

 

「おおおおのれ太公望、またしても……」

 

 エフェメロスが痛みと怒りで身を震わせつつも、怨敵を同じように踏み潰さんと1歩前に足を踏み出す。しかし敵の2人めはそれよりわずかに早かった。

 

「じゃあ次は僕だね。行くよ、『世界で2人の、聖なる鼓動(ホーリーハート・アルビオン)』!!」

 

 メリュジーヌはパルミラで宝具名変更を検討していたが、すでに実行していたようだ。といっても内容は変わらないが、意欲が増したので出力と持続時間が心持ち上昇している。

 メリュジーヌの竜形態は体長20メートルほどでテュフォンには比べるべくもないが、機動力には自信がある。上空からまっすぐ突っ込むと見せかけて、テュフォンが首の後ろから迎撃のビームを2条―――真ん中の頭は潰されたのでビームも撃てない―――撃ってきたのを、まったく速度を変えない直角カーブで回避した。

 

「なんと!?」

 

 そしてテュフォンが驚いている隙に背後に回り、体を回転させながら尻尾を鞭のように振って彼女の背中を強打する!

 

「痛っ!? この、小物のくせに」

 

 体格の関係でテュフォンにとってはさしたるダメージではないが、痛いことは痛い。こちらも尻尾を振って反撃したが、軽くかわされてしまった。

 

「遅い!」

 

 メリュジーヌがさらに回転を加えた尾撃で、今度はテュフォンの右脛を打ち叩く。そこから速度を落とさないどころか加速して、左首の付け根を蹴り飛ばした。

 体格差でさほどの痛手にはなっていないことはすでに承知しているが、時間稼ぎ=テュフォンのヘイトを自分に集める効果は期待できるのだ。

 

「この、ちょこまかと……!」

「いやあ、君が遅すぎるだけじゃないかな? 英語で言うとスロゥリィ」

「ふざけ……!」

 

 エフェメロスは人(果物)生経験が非常に少ない上に、スペックは超弩級なのでこんな風にコケにされたことはない。しかもそのスペックには自信を持っているので煽りには弱く、すっかり頭に血が上ってメリュジーヌの狙い通り彼女を追いかけ回すハメになっていた。いやメリュジーヌもこと武力に関して自信家なのは人後に落ちないが、実戦経験は比較にならないほど多いのだ。

 ただテュフォンの強みとして竜モードが時間無制限なのに対し、メリュジーヌはせいぜい数十秒である。そろそろタイムリミットが近づいていた。

 

「本当は竜種の必殺技(ブレス)使いたかったんだけど、僕のは爆発型だから敵と味方が接近してるとNGなんだよね」

 

 それで今回は格闘だけしていたわけだが、ここでメリュジーヌは面白い手を考えついた。

 彼女のブレスは口から吐くのではなく、胸部の外殻が裂けてその内側の心臓から直接破壊光線を放出するものなのだが、同時に光を凝集させて作った竜サイズの(テュケイダイト)も射出している。つまり破壊光線を出さずに槍だけ飛ばすなら敵だけを攻撃できるというわけだ。

 テュフォンの炉心があると思われる胸部を穿(うが)いてやれば、即死はしないまでも大ダメージになるだろう。陛下とお兄ちゃんが褒めてくれること間違いなしである。

 

「よし、やるよ」

 

 まずはいったん上空に飛んで間合いを広げてから、おもむろに今考案した手順に沿って攻撃の準備を始めるメリュジーヌ。

 それ自体は滞りなく進んでいたが、実はこの新技には1つだけ問題点があった。光線なしで槍を作ると、胸殻を開いた時点で何をする気なのか敵に丸分かりになってしまうのである。

 

「露出させた心臓から槍を発射しようということか……? おかしなことをする奴だ」

 

 当然エフェメロスはそれを理解して小さく首をかしげた。

 急所を自分からさらけ出すのは愚の極みだし、肝心の槍だって飛ばす瞬間の穂先の向きを見ていれば躱すなり防ぐなりするのは容易だろう。それともそこまで速さに自信があるというのか? 確かに奇怪な機動力を持ってはいるが。

 

(……それでもテュフォンを起こせればどうとでもなるものを)

 

 実はテュフォンは万全の状態ではなく、生物でいえばほとんど眠っているような状態にあり出力が大幅に下がっているのだ。サーヴァントは全盛期の状態で召喚されるもののはずなのに、世界はいつも理不尽で冷たかった。

 

(……ここのマスターと敵対せず、仲間になっていれば起こしてもらえたのだろうか)

 

 エフェメロスは反願望機なので、「テュフォンを起こしたい」という己の願いを叶えることはできない。前回の現界の時試みてできなかった実績もある。

 でも願望機の持ち主ならもしかして―――いや、今更考えても詮ないことだ。

 

(とにかく、あの小賢しい羽虫に好き放題されるのは面白くない)

 

 そこで対応策を考えるに、今使える兵器のうち「ゼウスの雷霆」は威力が高い分クールタイムも長いので今しばらくは使えないし、「不死殺しの円環」では彼女は捉えられない。有効な手としては「雷霆」のクールタイムを逆に伸ばして、それで浮いたエネルギーをビーム砲に回して連射速度を上げることくらいだろうか。

 

「よし、やってみるか。落ちろ羽虫!」

 

 エフェメロスが怒りを込めたビーム乱射をぶっ放すと、さすがの素早い小竜も慌て出したようだった。

 

「うわわ、ちょっと煽りすぎたかな」

 

 実際心臓を露出して槍を作っている最中に予想以上の攻撃を受けるのはメリュジーヌといえどもつらい。右腕と尻尾に1発ずつ被弾した。

 しかも乱射なのに威力は強く、カルデアに来て初めてケガをしてしまった。重傷というほどではないが、結構痛い。

 

「いたたたた。太祖竜だっけ? 名前だけのことはあるなあ」

 

 しかし槍の生成は完了した。テュフォンは警戒していて頭部と胸部は腕でガードしているが、甘い!

 メリュジーヌは慣性駆動全開で一瞬にしてテュフォンの背後に回り、ついで両手両足で彼女の身体を掴んだ。これなら防御も回避もかなうまい。

 

「お返しだ。時を示せ、テュケイダイト!」

 

 通常の使用法なら最大500匹を捕捉できる破壊エネルギーをただ一点に集約するのだから、その穿貫力は絶大である。光の槍はテュフォンの背中から胸板まで刺し貫き、そのまま虚空に飛び去っていった。

 

「う、ぐ……!」

「よし、作戦成功だね。じゃあもう時間切れだし、引き揚げようかな。

 ……ああ、がんばりすぎてドラコーの出番潰しちゃった。でも陛下とお兄ちゃんに援護がいるかも知れないし、むしろお手柄だよね」

「……何!?」

 

 メリュジーヌの見込み通り、テュフォンは胸の真ん中を槍で貫かれても生きていた。しかも「ドラコーの出番潰しちゃった」という言葉に反応して、顔を向けて説明を求めてくる。

 

「そっち見れば分かるよ。それじゃ!」

 

 教える義理はないが回答拒否するのも何なので、メリュジーヌは竜の情けで尻尾でテュフォンの右前方を指し示してやった。

 その後は妖精の姿に戻りつつ、また撃たれないよう高速で退避する。

 

「なに……何、だと!?」

 

 エフェメロスは恨み重なるメリュジーヌを逃がしたくない気持ちはあったが、説明を求めたくらいだからそちらも気にはなる。幸い頭が2つあるので片方だけ向けて見ると、なんとかつて敵対した機神の1柱に似たデザインの巨大ロボットが佇んでいるではないか。

 エフェメロスは心底驚愕した。

 

「こ、これは……!

 おそらく杖を持った女の宝具だな。アレスの姉妹か何かだったというのか!?」

 

 これでメリュジーヌが自分につきまとったり暴言を吐いたりしていた理由も分かった。このロボットを召喚するための時間を稼いでいたのだ。

 またしてやられたわけだが、機神が現れた以上竜化が解けて逃げて行った小物を追っている暇はない。

 

「しかし……本当にアレスの縁者か?」

 

 ただこの巨人に装甲板をつけた形のロボット、外見的には確かに機神アレスに近しいものがあるが、雰囲気的にはまったくの別物のようにも思えるのだ。

 こういう時は素直に訊ねるのが1番だろう。聞くだけならタダだし、教えてくれなくても元々である。

 

「杖を持った女のサーヴァント。その巨人はおまえの宝具もしくは本来の姿と見たが、ギリシャの機神アレスに形状が似ている。

 もしやおまえはアレスと縁がある者なのではないか?」

「……は!?」

 

 トネリコはテュフォンの問いかけが自分に向けたものであることには気づいたが、その内容があまりにも的外れ過ぎてぽかんと口を開けて数瞬ほど放心してしまった。

 やがてハッと気を取り直すと、ここは宝具の開帳者に返事してもらおうと光己の方を顧みる。

 

「んー」

 

 応答を任された光己だが、彼は敵があまりにも強大もしくは性悪な場合は卑怯な手を使うこともあるが、今回は巨大ロボの初陣という記念すべき戦いなので正々堂々とやるつもりでいる。時間制限があるから長話はできないが、これくらいの質問なら答えてもいいと判断した。

 ―――なお光己は今「獣の機神(デウス・エクス・マキナ)」を使うため獣形態になっているが、立香が言ったように機竜の翼と赤い竜の翼がデフォルトで生えている。しかし()()()()()心身に異変や不調はなく、当人も戦闘中ということもあってそれを意識していなかった。

 

「いや、これは俺の宝具的サムシングだけどギリシャの機神とはまったく関係ないよ。

 形状が似てるというなら偶然じゃないかな」

「……そうか」

 

 どうやら「雰囲気」の方が正しかったようだ。エフェメロスはちょっと拍子抜けしたが、現状で機神と戦うのはきついので、ほっとしたのも事実である。

 

「しかし加減はしてやらないぞ。ケガもさせられたしな」

 

 何しろ(テュフォン基準では)細身の槍とはいえ心臓(炉心)を刺されたのだ。別に恨むとかではないが傷は深いし、そもそも手加減などする義理はない。

 

「まー、そうだろなあ」

 

 光己も今更手加減など期待していない。戦闘開始の合図も兼ねてジュー・ジツの構えを取ると、トネリコが横から格闘するのを制止してきた。

 トネリコは巨大ロボにロマンなど感じていないので、光己とテュフォンが会話している間に彼女の機体の解析をしていたのである。

 

「マスター、殴り合いはやめておいた方がいいですよ。

 このロボット(スプライトノッカー)の重量は1千トンほどですが、テュフォンはロボの解析によると推定2万5千トン前後ですから」

「ほえっ!?」

 

 光己は大いに驚かされた。上背はこちらの方が高いのに、そんなに重量に違いがあるのか!?

 

「まあ、横幅は向こうの方が大きいですからね。あと材質も違うみたいです」

 

 スプライトノッカーは装甲板と一部のパーツ以外は生体細胞でできているので、総金属造りのロボより比重が軽いのだ。

 いずれにせよボクシングやレスリングの体重による階級分けの細かさ的に考えて、自分の25倍重い相手に格闘戦を挑むのは無謀にも程がある。

 

「ならしょうがないな。トネリコ、さっき話してた銃を頼む!」

「はい、ではまず扱いやすそうなのを」

 

 トネリコがそう言った直後、ロボの手にアサルトライフル風の銃が出現した。

 口径は21センチほどで、これを光己とスプライトノッカーの身長比の23で割ると拳銃の口径と同じ9ミリになる。つまり小口径・遠距離用のライフル弾ではなく大口径・近距離用の拳銃弾を撃つ仕様ということになるが、今回は接近戦なので適切な選択といえよう。

 ……といっても口径21センチとなると戦車砲のそれより大きいのだが。

 それはさておき、問題は光己もトネリコも銃の練習をしたことはないことである。

 

「そんなことは先刻承知よ!

 今こそ燃え上がれ俺の妄想力(コスモ)、杉谷善住坊の位まで高まれ!!」

「久しぶりですねその台詞。それで銃の腕前も上がればいいのですが」

「杉谷善住坊、だと!?」

 

 知っている名前なのかテュフォンがわずかに眉をしかめたが、光己はもはや斟酌せず銃の引き金を引く。その直後、電磁加速された重金属製の弾丸が全自動(フルオート)で連射されてテュフォンの全身に襲いかかったのだった。

 

 

 



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第244話 絢爛なりし蒸気の果て4

 当然のことだが、気合いや根性で射撃の腕前は上がらない。ただ今回は両者の距離が(ロボ基準では)近かった上にテュフォンは横幅が大きいので、今の所流れ弾が公園の外に飛んでいく事態にはなっていなかった。

 戦車砲の弾より大きな巨弾がテュフォンの体表で轟音とともに何度も炸裂する。すさまじい光景だった。

 

「あわわわわ……あんなのが飛んできたらひとたまりもありませんね」

「うむ。余が戦った中には銃を使うサーヴァントも、デカブツを召喚したり自分がデカブツに化けたりするサーヴァントもいたが、巨大な銃というのは初めて見たな。大したものだ。

 ……しかしよく見るとテュフォンは体表がちょっとヘコんでいる程度だな。さすがは主神に勝った竜というところか。反撃まではできぬようだが」

 

 恐れおののいているマシュとは対照的に、ドラコーは劇の観客のように観戦を楽しみつつもしっかり状況を観察していた。

 なおマシュたちはすでに公園の隅の方に退避している。マシュが今言ったように、弾やビームが飛んできたら危なすぎるので。

 メリュジーヌの傷は太公望が治癒の術をかけている最中である。

 

「……ふうむ。するともしあのロボットがあの銃より強い武器を持っていないのであれば、僕たちが何とかするしかないわけですが……」

 

 光己は魔力量が桁違いに多いので、普段ならサーヴァントに供給できる魔力も多い。しかし今は宝具的サムシングを開帳中なので、サーヴァントに回ってきている量は非常に少なかった。

 これではマシュと太公望とメリュジーヌが宝具を再使用できるまで溜め込むには相当な時間がかかる。いやマシュは魔力だけ溜まっても難しいが。

 

「令呪もさっき使ってしまいましたしね。

 そういえばドラコー殿の宝具はまだ見ていませんが、テュフォンを倒せそうですか?」

「フ、余の力をもってすればあの程度の絡繰など……と言いたいところだが、足止めならともかく倒すのは難しいな。

 7頭の竜で7ヶ所を同時に攻撃することはできても、一点に7倍の力を籠めることはできぬ」

「……なるほど。奇襲もそう度々は通じないでしょうし、あのロボットが取り押さえてくれればいいのですが」

「最初にカラテの構えをとって、その後それをやめて銃を出したから望み薄なんじゃないかな。多分陛下が指摘したんだと思う」

 

 メリュジーヌは「無窮の武練」を持つだけに、そうしたことを見抜く眼力は他のメンツより優れているようだ。実際当たっていたが、もっと簡単な攻略法も実はある。

 

「バーゲストたちがこちらに来てくれれば1番楽なんだけど」

「そうですね、マスターは『あの公園』と言いましたから場所は分かるはずですから」

 

 通信機を持っているのば光己とマシュだけだから今は連絡できないのが残念だった。

 メリュジーヌやバーゲストのような前衛格闘組に持たせたらすぐ壊れそうだから、単に増やせばいいというわけではないが。

 太公望が土遁で迎えに行くという手はあるが、これも魔力がもう少し回復しないと難しかった。

 

「1番の問題は、先ほどの『雷霆』がいつ来るかですね。あれほどの大技ですから、リチャージにも時間がかかるとは思いますが」

「それだよね。陛下とお兄ちゃんも考えてはいると思うけど……。

 そういえばあのロボット、防御力はどれくらいなんだろう」

 

 話柄はいろいろあったが、巨大ロボット強いばんざーい!だけでは済まないのは確かのようだ。

 そしてもちろん、現にテュフォンと戦っている光己とトネリコもその辺のことは考えている。

 

「うーん。弾が当たった時に派手に炸裂したり音を立てたりしてますから効いているように見えますが、実際はさほどでもなさそうです」

「やっぱり? 一応牽制も入れてるんだけど」

 

 光己が言う牽制とは、銃を撃つのは初めてであることを踏まえて基本的には的として大きい胸や腹を狙って撃ってはいるものの、時には頭部も撃っているという意味だ。

 テュフォンがいくら頑丈でも、雷霆を吐こうとした瞬間に口の中に弾丸を喰らえばただでは済むまい。それを狙っていることをあえて示すことで、雷霆を使わないよう圧力をかけているのである。

 

「意図は分かりますが、多少ためらわせるくらいならともかく完全に諦めさせるのは難しいかと」

「むう……ならもっと強い武器使うしかないのかな?」

「そうですね。ですが銃はこれより強い物は大き過ぎて機動力が下がるので、1対1の接近戦では使いづらいです。

 かといって殴り合いは厳しいのはさっき言った通りですが、剣や薙刀や斧、あと盾もありますよ。よく分からないテクノロジーで、見た目以上の切れ味があるみたいです」

「ほむ……」

 

 テュフォンの装甲がなかなかに硬いということが判明した今、比較的脆いと思われる頭部を刃物で狙うというのは十分にアリだろう。銃と違って部外者を巻き添えにするおそれがないので安心してやれるし。

 あと前腕はロケットだからかとても大きいが、それと胴体をつないでいる上腕は細くて脆そうなので、こちらも狙い目のように見える。

 

「竜特攻のバルムンクとかがあったら一択なんだけど」

「残念ながら、そのような都合のいいものはないですねえ……。

 あ、でも剣だけはバリアーを上乗せして威力を増すことができるみたいです。マスターに分かりやすく言うなら魔法剣」

「おお、まさに勇者の武器だな! じゃあ剣と盾で」

 

 そこで光己が剣と盾の2点を選んだのは間違いではなかったが、銃と持ち替えて構えたところで前方からビームが飛んできた。

 

「人のトラウマを突いて動揺させた隙に飛び道具を連射してさらに動きを止めるとは考えたものだが、その連射を止めたのは失敗だったな!」

「何の話!?」

 

 光己はトラウマ云々の件は理解できなかったが、敵に反撃する余裕を与えてしまったことは分かった。しかしビームはもう何度も見ているので、すかさず盾をかざして防ぐ。

 この盾は逆三角形型のかなり大きなもので、特に熱や光波に対して耐性がある。対テュフォン用として設計された物ではないがたまたま相性が良く、ビームを2条受けてもいくらかヒビが入るだけで済んだ。

 なお剣はどちらかというと日本刀に似た形状である。光己が日本人だからだろうか。

 

「おお、なかなか硬いな!」

「むう、これはまた厄介そうな……」

 

 ビームが通じないのでは、「雷霆」のチャージが終わるまでテュフォンには敵ロボットに対する有効な攻撃手段が―――ないわけではない。

 

「愚直にビームを撃つと見せかけて……『我、願望反す無常の果実』!!」

 

 うつ伏せの姿勢から腕のロケットで敵に向かって頭から突進し、命中すれば通常のダメージに加えてデバフも与えるという攻撃宝具だ。巨体と推進力を活かした、単純だが強力な技といえよう。

 

「おおぅ、いきなり体当たりだと!?」

 

 テュフォンは今までエネルギー兵器ばかりだったのに、突然プリミティブなグラップル芸に転向してくるとは。光己もトネリコも驚いたが、スプライトノッカーがこれを喰らうのは常人が普通車に()ねられるようなものだ。盾で受けるのも当然論外である。

 しかもテュフォンは翼を左右に広げ尻尾を垂直に立てているので、真上と左右には避けられない。では斜めに跳ぶか? 翼と尾を動かされたら同じことだ。

 

「ええい、仕方ない。UNDバリアー全開!」

 

 バリアーには副作用があるという説明だったがやむを得ない。直撃だけは喰らわないよう1歩横にずれてから、光己はバリアーを前面に展開した。

 ところがテュフォンは巧妙にもわずかに曲がって、きっちり光己の真正面からぶつかってきたではないか。

 

「アイエッ!?」

 

 ビジュアル的にはものすごく怖い光景なので、巨大ロボに乗って戦うという男のロマンを実現したことでハイになっていた光己のメンタルの化けの皮が少しはがれてパンピーな悲鳴を上げてしまったのを責めるのは酷というものだろう……。

 そしてテュフォンがスプライトノッカーの5メートルほど手前まで来たところで輝く光の板のような物が現れて、いやすでに準備されていたバリアーが具現化して彼女の突進を阻んだ。

 耳をつんざくような衝突音とともにテュフォンの突進が停止する。バリアーの方は小揺るぎもしない。

 ビーストスキル由来だけのことはある防御力だったが、しかしその分代償も大きかった。

 

「お、おぉぉ……!?」

 

 まさに世界から切り離されたかのような、世界中の人間が自分を無視するどころか存在に気づいてさえくれないかのような困惑と恐怖と孤独感が少年の精神を塗り潰す。今まで人類の命運を背負っているという重圧こそあったが、人間関係は良好で大勢のサーヴァントたちに好かれていた彼にとって不慣れで苛烈な痛みだった。

 無敵アーマーは本来は精神的な干渉に対しても有効なのだが、自分の宝具(的サムシング)の副作用までは防げないようだ。

 

「まさかここまでキツかったとは……心の準備してなかったら悶絶してたかも」

 

 幸い痛みが発生するのはバリアーが実際に防御効果を発揮している瞬間だけなので何とか耐えられたが、立て続けに喰らったらまずい。光己はいったん跳び下がって間合いを取った。

 エフェメロスの方は敵が高性能の防御技まで持っていたことに驚嘆しつつ、こちらも硬い壁に頭突きした形で結構痛かったので、やはり1歩退いて態勢を整える。

 この後は両者回復のためにしばらく睨み合いになるかとも思われたが、光己には時間制限があるのであまり悠長なことはできない。すぐまた前に出ようとしたが、その時テュフォンの背後にドラゴン、形状的には西洋竜より東洋龍に近い感じの赤いドラゴンが7頭現れるのが見えた。

 

「フフ。最高のタイミングで敵を横合いから思い切り殴りつけて援護するとは、我ながらベストパートナー過ぎるムーブよな!」

 

 ただし当のドラコー自身は宝具開帳直後にマシュたちと一緒にかなり離れた場所まで遁走しているが。まあテュフォンのビームはともかく、あの巨体に殴られたり蹴られたりしたらS級サーヴァントでもミンチ必至なので、見つからないよう避難するのはむしろ当然の行動といえよう。

 

「うぐっ!?」

 

 前方の敵を注視している時に背後から不意打ちされてはたまらない。テュフォンは7頭の竜に頭3つと両腕両脚に咬みつかれてしまった。

 牙が刺さる傷より、動きを鈍らされる方がつらい。振り払おうともがいてみたが、敵の竜はなかなかに剛力でテュフォンのパワーをもってしてもすぐにとはいかなかった。

 

「おのれ、面倒な……」

「おお、ナイスアシスト!」

 

 光己はこの戦いは正々堂々とやりたいと思ってはいたが、優勢とはいえない戦況で仲間が支援してくれたのを無駄にするほど頑固ではない。テュフォンの頭はドラコーの竜に咬まれていて狙いづらいので、先ほどもターゲット候補にしていた上腕を斬ることにした。

 

「これが勇者の必殺剣、名づけてバリアストラッシュだ! イヤーッ!」

 

 バリアーの副作用の痛さは先ほど身をもって経験したが、これほどの勝負所でためらってはいられない。勇者なのかニンジャなのかよく分からない喊声を上げながら斬りかかる。盾を投げ捨てて両手で剣を持つと、渾身の唐竹割りでテュフォンの右上腕を一刀の下に両断した!

 そこでドラコーの竜が切り落とされたテュフォンの前腕を公園の隅に運び去ったのはなかなかの機転といえよう……。

 

「う、あ……」

「よし、このまま左腕も!」

 

 ドラコーの宝具も長くは保たないだろうから、その間に戦果を稼げるだけ稼いでおくべきだ。光己は心の痛みに耐えて再び剣を振り上げた。

 一方エフェメロスとしてはこのまま左腕まで落とされたら万事休すである。何としても防がねばならないが、竜を振り払うのは間に合いそうにない。

 ではどうするか―――手は1つしかなかった。

 

「チャージはまだ不十分だが、仕方ない。ネ……『汝、宙を裂く雷霆(ネガ・ケラウノス)』!!」

「―――! マスター、テュフォンの魔力が急激に上昇を……前回より量が少ない分早い!」

「向こうも勝負かけてきたか! 首を斬るのは……無理だな」

 

 トネリコと光己はテュフォンが雷霆を使おうとしていることは察知できたが、阻止するのは無理だった。せめてものダメージ軽減策として、真横に跳びつつ自分を包む形でバリアーを展開する。

 するとテュフォンは律義にスプライトノッカーの真正面に向き直ってからブレスを吐き出してきた。

 光己とトネリコの視界が真っ白に染まった。

 

 

 

 チャージ不十分であってもゼウスの雷霆の威力はすさまじく、急ごしらえのバリアーをガラスのように叩き割ってロボ本体に到達した。装甲板も貫通して、生体細胞を大量に焼き焦がす。

 

「ぐあああああ!!」

「いたたたたた!!」

 

 光己とトネリコが入っているカプセル自体は無事だったが、全身を内側から焼かれる強烈な感覚が2人を襲う。光己はバリアーの副作用もあってあっさり気絶したが、トネリコは精神面の苦痛耐性が極めて高いので最後まで意識を保つことができた。

 ロボの身体を動かすのは基本的には光己の役割だが、補助的にトネリコが動かすことは可能である。しかし今は電撃のダメージが深いのか、地面に尻餅をついたまま動けなくなっていた。

 武器は出せるが、体を動かさずに使えるものはない。つまり戦闘不能ということだ。

 トネリコからは見えないが、ロボの眼も光が消えて黒く閉ざされていた。

 

「こ、これはマズいですね……。

 本格的にロボが壊れそうになったらカプセルを外に射出して逃げることはできますが、それをビームで撃たれたら大変です。主に私が」

 

 もしくはロボの時間制限が先に来るだろうか。この場合はカプセルも消えるのでトネリコが光己を抱っこして逃げることになるが、やっぱりトネリコが危険だった。

 

「まあやられてもカルデア本部に帰るだけではあるのですが……気絶したマスターを1人きりで残すわけにもいきません」

 

 いくら光己の無敵アーマーが硬くても、失神中に大怪獣に踏んづけられたらさすがに死にそうな気もする。せめて彼が起きるまでは面倒見るべきだろう。

 いやメリュジーヌたちがどこかにいるはずなのだが、彼女たちも雷霆でケガして動けなくなっているかも知れないからアテにするべきではあるまい。

 

「なので早く起きて下さいマスター!」

 

 半分ヤケになってそう呼びかけてみたが、反応はまったくない。

 そういえばマーリンとアルクェイドが時計塔で似たようなことをしていたが、トネリコにはその手のスキルはなかった。何しろ元祖魔猪の氏族なので。

 

「むむ。あんまり時間はないのですが、ほんとこれどうしましょうか」

 

 などとトネリコが悩んでいる間に、ロボの全身にテュフォンのビームが飛んできた。近づいて殴る蹴るをするとまたどんな反撃を喰らうか分からないので、飛び道具でトドメを刺そうということか。

 ロボの装甲板が割られ、露出した生体細胞が撃たれて焼けていく。わりと痛い。

 

「うぐぐ。これで起きないマスターも深刻ですが、メリュジーヌたちが出て来ないのはやっぱり感電して動けなくなってるんですかね?」

 

 正解である。メリュジーヌたちはテュフォンに見つからないよう木の陰に隠れていたのだが、雷霆はそこにも届いて4人とも全身が麻痺して倒れているのだった。

 一方エフェメロスはいちかばちかの反撃が見事に成功して喜ぶというより安堵していたが、トネリコが察した通り油断まではしていなかった。

 

「はあ、はあ……きわどい所だったが、今度こそ勝てたか。

 ……いやまだだな。あの小竜たちがまた奇襲して来るかも知れないし、少なくともあのマスターを殺すまでは気は抜けん」

 

 なのでエネルギー消費量的には近づいて踏みつける方が楽なところを、あえて距離を取ってビームで攻撃しているのである。それでもダメージは着実に与えているので、巨人はそのうち完全に機能停止するだろう。

 その認識はトネリコも同じで、打つ手も援軍もなく焦燥感は深まる一方だった。

 

「どうしたものでしょうねえ。バーヴァン・シーたちも来ないところを見ると、バベッジが予想以上に強いのでしょうか? それとも道中にまたはぐれサーヴァントが出たのでしょうか」

 

 こうぼやいている間にもビームが当たって痛いし、ロボの残り時間は減っていく。本当にどうすればいいのか?

 

「せめてマーリンだけでも来てくれればいいのですが。グランドロクデナシなんて揶揄されてる身なんですから、こんな時くらい真面目に役に立ってくれればいいのに」

「呼んだかな王妃様?」

「!?」

 

 するとまったく突然に、カプセルの中にそのマーリンが出現した。

 噂をすれば影という言葉そのもののタイミングの良さにトネリコは心底びっくりしたが、それにしても宝具的サムシングであるロボの中のカプセルの中に空間転移して来られるとは、この世界でも実力()()は本物のようだ。

 

「まあ契約してるし、2度もひとつになった仲だしね!

 何だか胸騒ぎがしたから来てみたんだけど、こんなことになってるとは思わなかったよ。とりあえず、マスターを起こせばいいのかな?」

「ええ、お願いします」

 

 トネリコはマーリンが「ひとつになった」とやらが自慢げなのがちょっとカンにさわったが、それより状況を理解してくれていて説明を省けるのは助かる。些事はスルーして最優先案件を依頼すると、マーリンは光己の正面に移動して額と額をくっつけた。

 

「……ム」

 

 身体的に接触する方がやりやすいのは分かるが、そういう所だぞ!と言ってやりたくなったのをぐっと抑えて、マーリンの施術を見守るトネリコ。待つことしばし、カプセルの中の雰囲気が急に変わった。

 いやそんな小さな規模の話ではない。この公園どころかロンドン全域を圧するほどの巨大な気配だ。

 

「な、何事……!?」

 

 その困惑はロボの敵として相対しているエフェメロスにとってはさらに深刻だ。ついでロボの眼に禍々しげな赤い光が灯るに及んで、困惑は前の現界で「杉谷善住坊」に「聖杯の雫弾」を撃ち込まれた時にも似た恐怖に変わった。

 その上ロボは生体細胞も装甲板も急速に修復し始めている。いったい何が起こっているのか!?

 

「……WuOOOOOOOーーーッ!!!」

「ひっ……!?」

 

 巨人の獣めいた咆哮にエフェメロスはびくっと身をすくめて、思わず1歩下がった。

 すると巨人は低い姿勢のまま異様な速さで追いすがってきて、テュフォンの左腰に掌を上にした右の貫手を繰り出す。それは指が4本根元近くまで突き刺さる威力で―――さらに巨人がその右手を思い切り振り上げると、テュフォンの外板は豆腐のようにやすやすと切り裂かれて、4筋の深い裂傷が刻まれたのだった。

 

 

 



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第245話 絢爛なりし蒸気の果て5

 スプライトノッカーは腕を振り上げた勢いを利用して立ち上がると、その刃物じみて()()()()指先でテュフォンの身体をざくざくざくっと切り裂いていく。そしてラッシュの最後には、彼女の腕を引っ張り足を払って地べたに引きずり倒してしまった。

 

「嘘、この体重差であっさり転ばせるなんて……!?」

 

 トネリコがその怪力ぶりに目をぱちくりさせたが光己もロボも返事もしない。いやその行動こそが返事であろうか。

 うつ伏せにしたテュフォンの背中を踏みつけて固定すると翼を左右とも引きちぎり、ついで左上腕を握り潰して前腕を放り捨てた。続けてテュフォンの背中に馬乗りになると、ビームの発射口を殴って壊す。

 凶獣めいた暴戻な雰囲気が漂っているわりに、無力化の手順がやたら的確であった。その圧倒的暴力の前にテュフォンはろくな抵抗もできない。

 そして仕上げとばかりに、ロボがテュフォンの右の頭にかぶりつく!

 

「「ぎゃーーーっ!?」」

 

 エフェメロスとトネリコの、淑女としてはちょっとはしたない悲鳴が綺麗に唱和する。

 まあ生きながら喰われるという苦痛と恐怖に加えて生前と同じ、しかも今は納得していない最期となれば、エフェメロスが恐慌して体裁に構っていられなくなるのも無理はない。

 なおトネリコの方は口の中に鉄(正確にはチタンやアルミのような軽金属の部類だろうが)を咀嚼する感触と味がリアルにフィードバックしてきたからで、彼女の長い妖精生の中でもこんな経験は初めてであった……。

 

「あばばばば……これでまだ起きないマスターは本当に深刻ですが、金属食べて傷つかないなんてどんな構造してるんでしょうねえこのロボの口の中」

 

 それにしても不快すぎる感触だが、これでテュフォンの炉心とゼウスの雷霆が手に入る(かも知れない)のだから耐える価値はあるだろう。いや耐えられなくても止めさせる方法はないのだが。

 そういえばロボ召喚の実験をした時に光己が「ファヴニールの炉心を吸収したらロボの稼働時間を伸ばせるのではないか?」と言っていたが、まさか暴走(?)したロボが実は機械仕掛けだった太祖竜にかじりつく展開になるとは想像もしていなかった。

 

「それで、マスターはどうなってるんでしょう? そろそろ中間報告が欲しいんですが」

 

 ミイラ取りがミイラになっていなければいいのですが、とトネリコが少しだけ心配しつつマーリンの肩を軽く叩いて帰投を促してみると、夢魔娘はふっと顔を上げてこちらを向いた。

 

「いやあ、またとんでもないことになったね。マスターと一緒にいるとホントに面白いよ……って言ったらさすがに不謹慎かな。

 立香にいろいろ聞いてきたけど、ええと、まずこのロボットはマスターの赤い竜の翼……ルチフェロなりしサタンの化身と何かリンクしてるらしくてね。

 で、このロボは生体細胞使ってるから生存本能だか闘争本能だかがあって、それと赤い竜の神への敵意が合体してマスターが気絶しちゃった拍子にこんなことに」

「なるほど。テュフォンはいわゆる造物主ではありませんが、神には違いないですから……って、立香に聞いた!?」

 

 ここにいるのはトネリコ自身とマーリンと気絶した光己だけだから多少の不謹慎や不作法は気にしないが、立香がこんな分析をしてそれを人に教えることまでしている、いや出来るとは有能を通り越してトンチキ……なのは光己の脳内環境か、それともアラヤのちょっかいもとい加護の賜物だろうか?

 

「まあそれはそれとして、赤い竜の翼にはどんな権能があるんですか?」

「宝具を含めた全体的なスペック上昇と再生能力だって。ただし副作用として邪悪化……今回はロボが狂暴化したわけだけど。

 幸い赤い竜の翼は力を使わなければ副作用もないそうだから、魔王の翼よりは危険度が低いみたい」

「ふむ……」

 

 そういうことならロボの現状と符合する。しかしロボや翼をこのまま放っておいて大丈夫なのだろうか?

 

「マスター自身は気絶してるから邪悪化の影響はないそうだよ。

 ただロボをこのままにしておいたら、テュフォンが退去して目先の敵がいなくなった時に何をしでかすか分からないから、その前に赤い竜の力はオフにした方がいいみたい」

「なるほど、敵がいなくなったら赤い竜の力も消えるとは限らないんですね」

「うん、そこまで都合良くはないんだって」

「まあ魔王の化身ですものね……」

 

 ただロボの元々の稼働時間である5分はとっくに過ぎているので、赤い竜の力を止めたらロボ自体がすぐに消えてしまいそうだが……テュフォンの方もほぼ無力化しているから大丈夫だろうか。

 まあロボが消える前にテュフォンの炉心を喰ってしまえば問題な……いや赤い竜の力なしでそれは無理か?

 

「その辺りは出たとこ勝負でやってみるしかなさそうですね。

 で、赤い竜の力を止めるにはどうすれば?」

「マスターが起きれば止められるって立香は言ってたよ」

「ふむ。自分の身体の一部ですから当然ですね」

「そうだね、それじゃマスターを起こしてくるよ」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 そんなやり取りの後、マーリンがまた光己の額に額をつけて施術に入る。

 具体的に何をしているのかはトネリコには計り知れなかったが、やがて光己がぱちっと目を開けた。

 

「……んん、ってぁあぁぁあ!? おぉおおぉぉお!?」

 

 その直後に何か奇声を上げながらもがき始めたのには驚いたが、そこでマーリンが予告抜きで彼の頬を両手ではさんでキスしたのにはもっと驚いた。

 

「えええええ!?」

 

 それも唇を触れ合わせるだけのプレッシャーキスではなく、口の中に舌をねじ込んで舌と舌を絡ませるディープなやつである。ナンデ!?

 トネリコは理解が追いつかず呆然と2人を見つめるばかりだったが、すぐに光己は騒ぐのをやめておとなしくなったので、どうやら彼を落ち着かせるためだったようだ……多分。

 

「ちゅ……む……んんっ……ふ」

 

 ただマーリンはその後数十秒に渡ってキスを続けていたが、これもきっと念には念を入れて万全を期しただけ……のはず。仮にも強敵と戦っている最中なのだから。

 

「……………………ふう。満足」

 

 マーリンが唇を光己の唇から離した後に呟いた「満足」の4文字は、おそらくは女夢魔(サキュバス)的な意味であろうと推測されるが、当然ながらトネリコには聞こえないごく小さな声量でのものだった。

 ついで、むしろキスのすぐ後には似つかわしくない鋭い声で告げる。

 

「マスター、赤い竜の翼の力が励起してるから停止させて!!」

「へえっ!? ……あ、ああ、そういうことか。

 ―――っと、これでいいかな」

 

 すると先ほどトネリコが「ロンドン全域を圧するほどの巨大な気配」と評したパワーがすうーっと薄れていき、最後には完全に消え去った。立香が言った通り、光己の意志で赤い竜の力をオフにできるようだ。

 それとともにロボの眼も通常の白色に戻り、動きも止まる。テュフォンにとっては反撃の好機だが、もはやその力はないらしく身じろぎすらしなかった。

 

「うん。ごめんね、いきなり変なことしちゃって。

 落ち着かせるにはあれが1番いいかなと思って。分かってるとは思う……いやあの状況じゃ無理か。ただのキスじゃなくて魔術的な干渉もしてたからね」

「や、マーリンさんならいつでも歓迎だよ。それに言葉だけで落ち着けたかどうか疑問だし」

 

 マーリンは殊勝にも光己に詫びているが、光己が謝罪を受け入れるどころか次回を期待している様子なのは思春期男子ならいたって自然なことだろう……。

 それはともかく彼女のここまでの台詞からすると、キスはやはり仕事と私欲を兼ねたものだったようだ。比率や詳細は不明だが。

 

「ええと、事情は後で聞くとしてロボがもうすぐ消えそうなんですが!」

 

 一方トネリコのこの台詞は私情より仕事を完全に優先した、本当に殊勝なものだった。

 なお光己がもがいていたのは目が覚めた時いきなり赤い竜の超パワーとそれに伴う破壊衝動を感じたせいでパニックに陥ったからで、マーリンがキスしたのはそれを鎮めるため(という名目)である。その重大情報を(ある程度推測はできるにしても)まだきちんと説明してもらっていないのに現場の仕事を優先できるトネリコは人理修復の実行者たるカルデアサーヴァントの鑑といえよう……。

 

「えええっ!? わか、いやよく分からんから任せる!」

 

 状況を理解していない者が独断専行する危険性を考えれば、理解してそうな者に委ねるのはリーダーとして適切な判断だ。トネリコもそう考えてすぐに意見具申した。

 

「はい、では今すぐカプセルで脱出しましょう」

 

 テュフォンはいまだ動きがないが、用心するに越したことはない。少なくとも、ロボが消えてから脱出するよりは攻撃される確率が低いはずだ。

 ロボは停止した時はテュフォンの右頭を食べ終えて右肩から胸部を食べているところだったが、また動かしても赤い竜パワーなしで炉心までいけるようには見えないからねばっても仕方ないし。

 

「分かった、それならさっそく」

 

 ロボの首の後ろからカプセルが射出され、万が一を警戒しつつ公園の端の方に飛んでいく。テュフォンはそれが見えているのかいないのか、まったく反応しなかった。

 カプセルが着地し光己たちが降機すると、カプセルが消えロボも一緒に消える。やはり時間切れだったようだ。

 

「さて、ここからどうしようか」

 

 マーリンはともかく光己とトネリコはかなり消耗しているから、今すぐテュフォンにとどめを刺しにいくのは難しい。まずはマシュたちと合流しようと周囲をサーチしてみると、逆に先方がこちらを発見して近づいてきた。

 ティアマトを先頭に、バーゲストとバーヴァン・シーとアルクェイドとランサーオルタがマシュたちを介抱している。

 マシュたちはまだ感電が治り切ってはいないが、自分の足で歩くくらいはできるようだ。

 

「あ、来てくれたんですね。こちらはどうにか無事……マシュたちは大丈夫ですか?」

「うん、遅くなってごめんなさい。

 マシュたちは感電してるみたいだけど、命には別条ない」

「それは良かった。じゃあ俺がマシュたちを治療してる間に、ティアマト神たちにテュフォンのとどめをお願いするのが合理的でしょうか」

 

 経緯の説明は事態を収拾させてからにするべきだろう。実際合理的な案だったが、ティアマトは微妙に気が進まないような顔をした。

 

「ティアマト神、何か?」

「……うん。テュフォンがちょっと可哀そうに見えて」

「あー、ティアマト神とは共通点ありますからねえ」

 

 両者とも竜属性持ちの女神で、その竜モード時のサイズも近い。主流派に敗れている点も同じである。それがこんなボロボロになって倒れているのを見れば、同情心を抱いてもおかしくはない。

 しかしテュフォンが敵対をやめないなら、何しろ強大な怪獣だから倒せる時に倒さないとこちらが危険なわけだが……。

 

「うん、だからまず意向を聞いてみたい。話せば分かってくれるかも知れないから。

 嘘は見破れるのだろう?」

「ほむ……」

 

 テュフォンを単に逃がすというわけにはいかないが、和解して仲間にするのであれば今までに何度もやっていることだから構わない。しかしティアマトの希望だけで決めるのはよろしくないので光己は一同の顔を見回してみたが、反対意見は出なかった。

 

「んー、ならいいか……」

 

 といっても人間サイズの者があの巨体に会話できる距離まで近づくのは危険だが、ティアマトの竜モードは清姫やメリュジーヌと同じで短時間しか保たないそうなので不可である。

 アルクェイドなら「原初の一」があるから1人で行ってもらう分には大丈夫だろうが、新入りのお姫様にこんなこと頼めないし、それ以前に種族と生い立ちと性格がかけ離れているから降伏勧告の使者というセンシティブな役目は向かなさそうだ。

 

「うーん、難しいな。

 あ、そうだ。俺が竜モードになればいけるか?」

 

 これなら万が一を恐れずに長話できる。真偽判定役の清姫は安全かつテュフォンの声が聞こえる位置でマシュに呼んでもらえばいい。

 どのみちバベッジを助けるために変身するのだから、今やっても手間は同じだし。

 

「テュフォンが女の子の姿に戻ってくれるならこんなこと考えなくて済むんだけど、それこそ降伏を承知させた後の話だからなあ。

 そういえばテュフォンの竜モードって時間制限ないんかな? だとしたらすごい強スキルだ」

 

 もっともこれから行くのは地下通路だから意味はないのだけれど。

 まあそれはそれとして光己がティアマトに自分がやるのがベターという旨を話してみると、ティアマトはまた悩んだ顔をした。

 

「むむ、それは確かに。

 しかしわたしの希望なのにマスターに手間をかけさせるのも……でも子が心配してくれるのは嬉しい。母はどうすれば!?」

 

 ティアマトが人類悪になったのは「人類に『おまえはいらない』と言われて追放された」からなので、心機一転して守ることにした人類に心配してもらえる、つまり必要とされるのは大変喜ばしいことなのだった。

 とはいえそれに甘えっ放しでは母として失格であろう。光己とはまだ知り合ったばかりなのだから頼もしい所を見せる時期だとも思うし、やはり自分の発言には責任を持つべきだろうか?

 ティアマトは10秒ほど考えた末、前の世界での仲間に意見を求めることにした。

 

「マーリン、どう思う?」

「え、私に聞くのかい? ……そうだねえ、まずはマスターに任せてみて、失敗しそうになったらフォローに入るというのはどうかな?」

「なるほど、やはりおまえは知恵者だな」

 

 それでティアマトはいったん納得したが、おかしな点が1つ残っているのに気がついた。

 

「……って、あれ? わたしがこの姿で行くのが危ないというのなら、マスターはもっと危ないのでは? それともまたロボットを出すの? それには賛成できない」

 

 いくらカルデア本部から魔力を供給してもらっているとはいえ、あんな大規模な宝具を連続使用するのは体に良くないだろう。ティアマトは母として子の健康が気になったのだが、それは情報不足による杞憂である。

 

「ああ、その辺はまだ説明してなかったですね。うーん、見てもらった方が早いかな」

「……?」

 

 光己はそう言うと何故か一同から離れて広い場所に走っていったので、ティアマトと、もう1人事情を詳しく知らないドラコーは不思議そうに首をかしげた。彼は何を考えているのだろうか?

 待つほどのこともなく、その答えはすぐ明らかになった。なんと光己は変身型宝具を持つサーヴァントのように姿を変え、ぐんぐん巨大化し始めたのだ!

 しかもその大きさたるや、ティアマトの竜モードやドラコーの竜ですら比較にならない超々巨大サイズである。

 

「え、何これ……!?」

「なんと、マスターは竜に変身することもできるというのか!?

 しかしあの異様な姿はいったい」

 

 おまけに竜は翼と心臓以外は骸骨というあまりにもおどろおどろしい姿で、さすがのティアマトとドラコーも思わず生唾を飲んだまましばらく硬直してしまった。

 そんな2人が落ち着いた頃を見計らって光己が声をかける。

 

「……とまあ、こういうわけでして。

 詳しい事情はまた後で……うまくいけばテュフォンとバベッジ氏が加わるわけですから」

「…………あー、うん」

 

 もっとも当のティアマトはまだあんまり落ち着いておらず、反射的にこくこく頷くのが精一杯だったが。

 

 

 



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第246話 絢爛なりし蒸気の果て6

 竜モードになった光己は、まずはテュフォンに声をかけてみることにした。彼女はまだここにいる、つまり退去していないのだから生きてはいるはずだが、意識があるかどうかすら不明な様子に見えたので。

 

「テュフォン、起きてるか?」

 

 そのテュフォンは(ロボ基準では)すぐ近くに(ロボ基準でも)巨大な存在が出現したというのに、それに気づく様子もないほど重篤な状態だったが、声をかけられると1つだけ無事に残った左の頭を動かしてそちらを向いた。

 

「ん、我はまだ生きているのか? ……ってわぁぁ!?」

 

 予告抜きでアルビオンの超巨大かつ異様な姿を直視したエフェメロスが呂律の回らない奇声を上げる。まったく、今にも退去しそうなほど弱っているのに何て心臓に悪い!

 

「な、なななななな何者だ!?」

「あー、はい。ドーモ、カルデアのマスターの藤宮光己です」

 

 光己の方はこうした反応はもう慣れているので、ごく淡々と改めてアイサツをした。

 エフェメロスは一瞬信じがたげな顔をしたが、このアイサツや口調は彼そのものなので偽者疑惑は口に出さず、とりあえずこのまま話を進めることにする。

 

「…………うーん、こちらのカルデアのマスターはこのような芸当まで持っていたのか。

 ならば最初からこの姿で戦えば……いやそれはつらいか」

 

 骸骨竜がどんな能力を持っているかはまだ不明だが、動作はそんなに素早くないだろう。たとえばテュフォンに肋骨の内側に滑り込まれて、露出した心臓を殴られでもしたら痛いでは済むまい。こちらを半死半生まで追い込んだからこそ、安心して骸骨の姿をさらしたのだと思われる。

 しかしそれなら今回もロボットで来れば……いやあれは宝具的サムシングだと言っていたから、連続使用は難しいということか。

 人間の姿で来るのは……こちらが急に寝返りでも打った日には押し潰されてしまう。軽率に近づかないのは当然だろう。

 

「しかし何故我を殺さない?」

 

 巨人がテュフォンを全部食べずに消えたのは宝具の時間切れか、でなければ「無常の果実」ごと食べてしまうのを恐れたからということで説明がつく。それは分かるが、今骸骨竜が自分を踏み潰さずに会話を試みている理由はエフェメロスには見当もつかなかった。

 前回の現界の時のマスターなど「聖杯の雫」を弾丸にしてまでしてこちらを抹殺したくらいなのに。

 

「あー、それはね。俺はとどめを刺そうと思ったんだけど、ティアマト神がそれは可哀そうだって。

 それでまあ、逃がすわけにはいかないけど、和解して仲間入りするならいいかなということで」

「ティアマト……なるほどな」

 

 エフェメロスは現界時に得た知識のおかげで、ティアマトというのが何者かを知っていた。

 テュフォンとは共通点が多いからシンパシーを抱いたというわけか。創世神の一角ともなれば発言力も強くて、マスターもむげにはできなかったのだろう。

 

「だがそれで我が裏切ったらどうするのだ?」

「それは大丈夫。この会話は嘘を見破るのが得意な娘が聞いてるから、擬装降伏は通用しないよ」

「嘘を見破る……!? なるほど、単なるお人好しではなかったのだな」

 

 それでも危険性を挙げるなら、今は本心から降伏したが後で心変わりするというケースだが、それは待遇次第というものだ。使い捨ての鉄砲玉にするためであれば待遇なんて下の下でいいという考え方もあるが、それは圧倒的強者が弱者に対してすることで、いくら何でも太祖竜にそんな扱いはしないだろう。

 

「まあね。

 それでどうする? 仲間になるなら皆と平等な扱いを約束するけど、嫌なものを無理にとは言わないよ」

「……そちらから勧誘してきたわりには淡泊な口ぶりだな。やはり本当は我を仲間になどしたくないのか?」

「いや、強い人ってたいていプライド高いからさ。しつこい誘い方すると怒るかなと思って。

 『この我が命惜しさに降伏などするとでも思っているのか? 舐めるなよ人間(ヒューマン)』とかそんな感じで」

「おまえは我をどんな目で見ているのだ……?」

 

 なるほどプライドと生命を天秤にかけてプライドを取る事例はあるだろうし、武闘派の英雄にはそういうタイプが多そうな気はするが。

 ちなみに今のエフェメロスは命の方がわりと大事である。だから勧誘自体はむしろ好ましいことだった。

 

「……まあ、おまえに悪気はないのは分かった。

 しかしそうか、和解して仲間入り、か……」

 

 思い返せば前回の現界でも、「あのマスターとサーヴァントみたいに」なんてことを考えたりした。それが叶うというのか?

 このマスターは「あのマスター」とは性格がだいぶ違っててちょっと不安はあるし、仲間入りといってもこの狭い特異点を修正するまでのわずかな時間だろうが、それでも、生前には仲間や友人などいなかった、できるはずもなかった果実や怪獣には意味があることなのではないかと思う。

 ……神々や英雄は嫌いだし、このマスターには酷い目に遭わされた、というか現在進行形でまだ痛いのだが、ケンカを売ったのはこちらだ。その辺りは飲み込んでおくことにした。

 ―――とはいえもう少し聞いておきたいことはある。

 あのマスターとプトレマイオスの言葉で「生きるのを目的にしていいのだ」と気づいたが、このマスターはどうなのだろうか?

 

「ところで全く違う話になるが、おまえは『命』に意味はあると思うか? とある英雄は『生きて、生きて、生き足掻いて、死んだ後にやっと、命の意味が決まるんだ』と言っていたが」

 

 すると骸骨竜は「意味分からん」というような顔をした。と思う、多分、雰囲気的に。

 

「そうか? 死んだ後に決まるってことは、他人が勝手に決めるってことだよな。俺は命の意味は自分で決めるもんだと思うけど」

 

 光己は誰かに何かを強いる態度をあまり取らないことが示すように、自由意志を重んじる傾向がある。ゆえに「自分の」存在意義は自分で決めるべきという発想になるのは必然だった。

 単にガチ一夫多妻という21世紀初頭では世間に受け入れられがたい志向を持っているから、存命中だろうと死後だろうと他人に決められたら困るからかも知れないが。

 

「いやその英雄にとってはそうなんだろうけどさ。『(かん)(おお)いて事定まる』って言葉もあるし。

 俺みたいなパンピーと違って、特に王や武将だと行動の1つ1つが大勢の人に影響するからそちらを重視せざるを得ないのかも」

「誰がパンピーだって……?」

 

 エフェメロスはどう突っ込むべきか言葉に迷ったが、面倒になったのでスルーすることにした。

 

「まあいい、とにかくおまえはそんな風に思うのだな。

 ではおまえにとってその意味は何だ? 前の現界の時に会ったマスターには『私たちはきっと生きるために生きるんだ』と言われたが」

「今度は禅問答か何かか? 俺はそんな生きてるだけで幸せみたいな境地には達してないぞ」

「幸せ、か。つまりおまえは幸せになるため、もしくは幸せであるために生きているということか?」

「まあそうなるかな? 俺だけじゃなくてたいていの人類はそうだと思うけど。

 ただし何が幸せかは十人十色だな」

「ふむ、ではおまえにとっての幸せとは何だ?」

 

 エフェメロスは妙に熱心だった。

 というのも、先ほどの「生きるために生きる」という言葉は彼女が「あのマスター」に「叶っても幸福など訪れないと悟ったはず」と言った時の返事だったからである。ここでその「幸せ」という共通のキーワードが出て来たので興味を惹かれたのだ。

 前の現界の時に「思うままに生きる」と決めたはいいものの、その具体的な内容の参考になるものが欲しかったというのもある。

 

「それはもちろ……いや待て。確かあんたにそれ言ったら叶わなくされるんじゃなかったか?」

「今更それをする気はないが……仮にやったとして、このボロボロの状態でおまえほどの巨大な存在に干渉はできん。

 何かの間違いでできたとしても、願望機を持っているならそれで相殺すれば済む話だろう」

「ほむ」

 

 自分の権能を無力化する方法を明かしたとなれば信じて良さそうである。清姫からの注進もないし。

 

「それじゃ明かすか。……ズバリ、美女美少女といちゃいちゃしたり、身体的()()()に深く触れ合ったりすることだな!

 あと最近は紅閻魔さんと如意宝珠のおかげでメシが旨い」

「……………………」

 

 エフェメロスは光己の返事を聞いた直後はかなり呆れた顔を見せたが、やがて思い直したのか納得した様子になった。

 

「いやおまえくらいの年代の男子ならむしろ自然か?

 王とともに外国を征服するとか元同僚を蹴落として自分が王になるとかいうのに比べれば、確かに一般人のささやかな幸せといえるものだ」

 

 それに彼の立場が()()()()()()軍隊の小隊長(ただし部下は神々英雄豪傑)のようなもので、しかも敗北が許されない重責を負っていると考えれば、それを紛らわせるために若い女性との触れ合い(意味深)を求めるのも無理はない。咎めるのは酷だろう。

 

「だが今の台詞だと、願望機で食事を出しているように聞こえたがそれはいいのか?」

「何か問題ある? ドレイクさんも聖杯でやってたし、如意宝珠は使い減りするものじゃないしね。

 人間ぽい姿の時に人間の食事ができるなら、あんたにも当然出すよ」

「そ、そうか」

 

 反願望機としては願望機をそんな俗な使い方されるとちょっともにょる。ドレイクというのは多分この国の海賊だか提督だかのドレイクのことだろうが、やはり英雄は好きになれない……。

 聖杯や如意宝珠が使い減りしないものなら、1度喰われたら終わりになる「無常の果実」とは扱う時の感覚が違うのは当然かも知れないが。

 あと光己が食事をしている時は幸せだというのなら、「叶っても幸福など訪れない」は必ずしも正しくないと認めざるを得ないようだ。いや彼に言ったことではないが。

 ―――さて、訊きたいことはこのくらいだろうか。

 

「まあ、どれもこれも青筋立てて怒るほどのことではないな。

 分かった、そういうことなら和解して同行しよう。嘘判定がしたいなら好きなだけするといい。

 ただ我は見ての通り半死半生でまともに動けない身だが、おまえの願望機は治せるのか?」

 

 なのでエフェメロスが最終的にそんな結論を出してそう言うと、骸骨竜は1度斜め下を向いてから、改めて向き直って来た。

 

「それは良かった。清姫チェックは通ったから、これからは仲間ってことでよろしく。

 治すのはやってみないと分からないけど、サイズ比的には多分できると思う」

「サイズ比?」

 

 エフェメロスにはその言葉が何を意味するのか分からなかったが、光己が空中に現れた波紋の中に手を突っ込むという不思議芸の後そこから取り出した球体を見て驚くとともに理解した。

 

「おお、如意宝珠というのはそんなに大きいのか!」

 

 聖杯と同じく人間の掌サイズだと思っていたが、まさか直径20メートルもの巨大アイテムだったとは。なるほどそれなら「サイズ比」的には人間の掌サイズの珠で人間を治すよりも楽である。

 

「うん、ランクによるんだけどね」

 

 光己はそう答えると、まずドラコーの竜が放り捨てたテュフォンの右上腕を彼女のそばに持ってきてから宝珠の力を行使した。

 その効能は素晴らしく、ちぎられた両腕と両翼があっという間にくっつき、他の傷もどんどんふさがっていく。1分と経たぬ間にテュフォンは完治してしまった。

 

「大したものだな。しかも願望機の力が反願望機である我に良い効果をもたらせるとは……。

 そうだ、この際だから聞いてみるが、その如意宝珠でテュフォンを起こすことはできるか?」

 

 エフェメロスはその出自ゆえの感傷に浸りつつも、ちょっと欲が出て来たようだ。

 起こす、の3文字だけでは理解してもらえなかったがいろいろ説明して―――やってくれるかどうかは難しいところだとエフェメロスは思っていたが、返ってきた回答は何だか妙なものだった。

 

「つまりあれだけ強くてまだ昼寝状態ってことか。とんでもないな……。

 ただ如意宝珠は仏教由来だから悪事の原因になったりエゴを助長したりするような願い事はNGになっててね。そんな強い力を得るのなら天地が引っ繰り返っても悪用しない……ブッダやキリスト並みの聖者にならないと無理だと思う」

「…………は?」

 

 エフェメロスは10秒ほど思考が止まって目が点になってしまった。反願望機に聖者になれとはまたご無体な。

 やがて再起動したところで、考えをまとめて返事をする。

 

「そ、そうか。いや無批判にどんな願いでも叶えてしまうよりは良心的ともいえるか。

 初めからダメ元のつもりだったし、仕方ないな」

 

 どうやら聖者になる気もなれる自信もないようだ。まあ正しい自己認識であろう……。

 

「悪いな、そういう規格だからさ。

 それじゃテュフォン、次の行き先は地下通路だから人間の姿になってくれるか? 俺はまだやる事があるからこのままだけど」

「ああ、バベッジの件だな。分かった」

 

 するとテュフォンは躊躇することもなく人間の姿になってくれた。光己はそれを眺めながら、(どうにかうまくいったか。今回も疲れたー!!)と心の中で大きく息をついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 次の仕事はバベッジの解呪だ。やる事が、やる事が多い……!

 そういえば並行世界のマスター(たち?)は話を聞く限り能力的には一般人に毛の生えたようなものらしいのだが、彼(女)(たち)はこんな風に自分で敵と戦ったり治療したりはしない分暇があるのだろうか。それとも非力な分危険でつらい思いをしているのだろうか。お金や食料などの問題もあるし、やはり苦労の方が多いのだろうか?

 

「まあ他人事なんだけどさ。それじゃ太公望さん、お願いできる?」

「はい、承りました」

 

 いつもの土遁タクシーならすぐである。太公望はアルクェイドを護衛役として連れて行ったが、光己が竜モードになったことでこの2人とアルトリアズ3人が一時的に強くなったからバベッジを取り押さえながら連行してくるのは至って容易なことだった。

 そして太公望にもう一往復してもらって全員揃うまでの間に光己はバベッジの様子を観察してみたが、かなりボコボコになっているのに暴れるのをやめようとしない。聖杯パワーを使った支配は相当に強力なようだ。

 

「それじゃ解呪……解呪……解呪!」

 

 それだけに如意宝珠をもってしても一発完了とはいかなかったが、何度でも挑戦できるのだから問題はない。少しずつでも支配の効力を弱めていけばいつかは成功するのだ。

 

「さらに解呪解呪解呪……解呪ぅぅぅ! ……おお、これはやったか!?」

 

 その後十数回にも及ぶリトライの末、ついに光己は確かな手応えを感じた。

 ところがその直後にバベッジが糸の切れた操り人形のようにがくっと倒れ伏して動かなくなったのでびっくりしてしまう。

 

「おおっ!? まさかの解呪失敗!?」

「いや、全力以上の力を出し続けさせられてた反動だよ。要するに人間でいう筋肉痛さ。

 ただし早めに治して魔力も供給しないと退去になっちゃうけどね。あ、解呪は成功だから安心して治していいよ」

 

 そこでマーリンが解説してくれたのはいいが、そのお気楽な口調に反して内容は一刻を争う深刻なものだった。

 

「何ですと!?

 いや俺のヘマじゃなかったのはいいけどさ!」

 

 などと小市民的なことを呟きつつ、言われた通り急ぎで治療と魔力供給を行う光己。そのかいあって、バベッジは身体の不調を感じさせないしっかりした所作で起き上がると光己に礼の言葉を述べた。

 

「どうやら貴様が聖杯の(くびき)から解放してくれた上に体まで直してくれたようだな。感謝する。

 我はチャールズ・バベッジ。貴様たちには魔霧計画の首魁の1人『B』として知られて()()者だ」

「あー、どう致しまして。カルデアのマスターの藤宮光己です」

 

 光己はバベッジが骸骨竜を見てもさほど驚いた様子を見せなかったことに逆に驚きつつ、とりあえず挨拶を返した。

 ついで特異点修正チームのリーダーとしての本題に入る。

 

「それで、バベッジさんは魔霧計画から抜けたということでいいんですか?」

 

 光己がその必須の質問を口にすると、バベッジはそれが意志あるいは感情の表現方法なのか頭部から蒸気を噴き出しながら答えてきた。

 

「然り。我は我が世界を夢見てしまったがために妄念の有り得ざるサーヴァントと化したが、友の娘の言葉で碩学たる務めを思い出したのだ。我らは人々と文明のためにこそ在るはずだ、と。

 我が夢を叶えなかった世界であっても、隣人(きさま)たちの世界を終わらせようとは思わない」

「―――」

 

 どうやらバベッジはフランの説得で改心したということのようだ。

 喜ばしいことではあるが―――この話だとバベッジは最初から洗脳されていたのではなく、自分の夢を叶えなかった世界を終わらせる、もしくは改変するつもりがあって、それで魔霧計画に加わっていたということにならないか? それではゲーティアと同類ということに……。

 まあ改心したのなら問題はないのだし、今更突っ込みを入れても誰も幸せにならないのは明らかなので、光己はここはスルーすることにした。

 

「それは良かった。よろしくお願いしますね」

「こちらこそよろしく頼む。

 では罪滅ぼしと言っては何だが、我が知っていることは全て明かそう」

 

 そんなわけでバベッジが語ってくれたところによれば、まず魔霧計画の首魁は彼とキャスターのパラケルスス、そして人間の魔術師のマキリ・ゾォルケンの3人で、その拠点は地下鉄(アンダーグラウンド)のさらにずっと奥深くということだった。

 この辺りはすでに知っていたことだが、拠点への正規のルートを道案内してもらえると考えれば無駄ではないだろう。

 あとその拠点にバベッジが造った「巨大蒸気機関アングルボダ」という施設があり、聖杯はその動力源として設置されているそうだ。

 

「ほむ、つまりそれを壊せば魔霧の新規発生は止まるのか……」

 

 魔霧の発生が止まれば特異点修正の日数制限がなくなる、というか聖杯を奪取すれば任務終了なのだから、たとえばゾォルケンが留守で拠点にいなかったとしても追う必要がなくなる。苦労してバベッジを助けた甲斐がある、大変に良い情報であった。

 

「でも疲れたから一休みしたいところだな。その間に俺の胴体を……如意宝珠でも一瞬では治せないけど、ペースを上げることはできるし」

「テュフォンは強敵でしたからね……」

 

 トネリコは光己とともにテュフォンと戦っただけに理解があった。他のメンバーも、魔霧を止める方法があるなら疲れていて当然のマスターを急かして今すぐ出発したいと思う理由は特にない。

 こうして光己の希望は反対者なしで承認されたが、光己は自分の都合で皆を待たせるからには対価を払うべきだと考えた。

 

「うん、でもただ待ってるだけじゃみんな退屈だろうからおやつでも……いや魔霧のただ中じゃ落ち着かないか。じゃあまた水晶宮出せばいっぺんで済むな」

 

 ちなみに水晶宮(竜宮城)で出せる料理は「アジアで海に面した国」の「魚介類を使わないもの」限定だが、光己が知らないものでも出せるのでレパートリーは多い。今回は小休憩なので、各種高級和菓子を提供することにした。

 

(和菓子といえば、和三盆を山盛りで用意したらフランスで会った……えーと、ヒロインXオルタだったっけ。触媒召喚で来てくれないものかな)

 

 何しろミニスカセーラー服や体操服&スパッツというとてもワンダフルな服が正式な衣装の美少女という逸材なのだ。ぜひまた会いたいものである。

 

「そんなささやかな夢を抱きつつ、『水底より招き蕩う常世の城(パレスオブドラゴン)』!!」

 

 光己が宝具の真名を詠唱すると、前回と同じく水晶の城と美しい花園が現れた。空気も浄められ、楽園のような暖かく澄んだ雰囲気が漂う。

 

「おお!? こんな宝具まで持っているとは、我がマスターは実に多芸だな」

「うん、確かにこれは綺麗。すごい」

「ええ、出してくれる食事も大変美味ですよ」

 

 ドラコーとティアマトが感嘆の声を上げ、アルトリアズはおやつへの期待に胸ならぬお腹を高鳴らせるのだった。

 

 

 




 今年の投稿はこれが最後になります。
 皆様良いお年を!m(_ _)m




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第247話 絢爛なりし蒸気の果て7

 水晶宮が出現すると勝手知ったるトネリコと小次郎たちが食事を取りに行ったが、その間にフランが光己の正面に現れて万歳のポーズで手を振ってきた。

 

「ア……ウ……ウ……ア!!」

「うん、どう致しまして。バベッジさんも他の皆も無事で良かった」

 

 光己はフランの言葉は理解できないが、彼女が今言いたいことくらいは分かる。こちらも軽く手を振って返答すると、フランは満足げにいったん離れて行った。

 というのも順番待ちをしている者がいるからだ。

 

「星の触覚と星の獣と黙示録の獣と創世神に続けて太祖竜まで仲間に引き入れる無節操なまでの度量と手腕、貴様は見かけによらぬ人……人外誑しよな。その上聖杯に毒されたサーヴァントを救ってこれも味方にしてしまうとは恐れ入った。

 まさに余のマスターに相応しい!」

「うんうん、マスターはとても立派で母も鼻が高い。

 でも次は母が活躍するところを見て欲しい」

 

 光己の一連の勧誘は実際偉業なのでドラコーもティアマトも彼を褒めてはいたが、その内容には性格とスタンスの差がかなり出ていた。言われた側は気にしていなかったが……。

 

「それは難しいかも知れぬな。何しろマスターやバベッジが言った通り次の行き先は地下通路、貴様の宝具が使える場所ではないからな!」

「うぐぐ……でもそれはおまえも同じ。少なくとも抜け駆けはできない」

「それはどうかな。余と貴様はビーストである点は同じだが、踏んだ場数は同じではないぞ?」

「2人ともケンカは程々にね。いや派手な攻撃は控えるようにというのは正しいけど」

 

 そんなことを気にしている暇はなかった、が正解かも知れないが。

 するとドラコーは改めて光己に向き直った。

 

「それで結局、貴様は何者なのだ?

 いや契約する前に聞いたことは覚えているが、あれではよく分からぬ」

 

 ドラコーは光己との「勝負」が長丁場になることも予測しているので、相手のことはちゃんと知っておきたいのだった。

 ティアマトとテュフォンは言わずもがなである。口には出さないが、説明を求める視線を光己に向けた。

 

「ほむ。じゃあおやつも来たことだし、食べながら聞いてもらえばいいかな。

 バベッジさんも良ければ」

 

 その時ちょうどトネリコたちがお菓子を持って戻って来たので、光己はそんな風に答えた。

 バベッジについては、「説明を聞く」のと「(見た目的には食事はできなさそうなので)もしお菓子が食べられるならどうぞ」という2つの意味を兼ねている。

 

「ふむ。では食事はできないが説明は聞かせてもらおうか」

 

 バベッジは自身がすでに人ならぬ鋼鉄の体と化していることもあって、志を同じくする善人であれば種族や出身等は気にしないが、説明など要らないと突っぱねるのは印象が良くない。素直にドラコーたちの方にやって来た。

 

「……ほう、あれがマスターの故国の菓子か。

 しかしマスターよ、貴様自身はその姿では食事はできないと思うがいいのか?」

「うん、俺はまたいつでも食べられるから」

「そうか、貴様がいいのであれば何も言うまい」

 

 そんなわけでドラコーたちはおやつを食べながら光己の話を聞くことになったが、エフェメロスはドラコーやティアマトと違って食事自体が初めてである。それが最上級の和菓子だという、文字通り甘美すぎる刺激にぱああっと顔を明るくしながら目をしばたたかせた。

 

「お、おおぉっ!? な、何だこの舌の上で溶けていく不可思議な感触は!?

 こ、これが甘いという味覚なのか。うおぅっ、頬までとろけるようだ……。

 え、この飲み物が甘い菓子に合うだって? ぅお、これは苦いというのか? だが菓子の甘味との対比を味わうものと見た……しかも口の中に残っていた砂糖のくどさが流されていく」

 

 などとなかば無意識に評論家のような感想を並べながら夢中で菓子をほおばるエフェメロス。ドラコーたちは機微を察して何も言わず見守っていたが、一段落ついたあたりで光己が声をかけた。

 

「フッフフ、どうだテュフォン。それが食べることの喜びというものだ。理解できたかな?」

「ああ、知らぬこととはいえ甘く、いや無味に見ていた。与えられた知識で知るのと実際に体験するのとでは大違いだな」

 

 エフェメロスは光己のなぜか妙に大仰な口ぶりを気にせず、素直に彼の主張に同意した。むやみに我を張るタイプではないようだ。

 

「クッククク、正直で結構……だが今回出したものは先ほど言った通り暇潰し用の軽食よ。

 億を数えるそのレパートリー、世界中のあらゆる料理はおろか、料理かわからぬモノまで網羅する我が至高の水晶宮&如意宝珠レシピ。その深奥はまだまだこんなものではないぞ」

「何……だと……」

 

 エフェメロスは驚愕した。億という数字の信憑性はともかく、こんな美味しくて手間かかってそうな料理が「軽い」間食だとはどこまで凝り性なのか。恐ろしさすら感じてしまう。

 

「……で、何が目当てだ?」

「知れたこと、スカウトよ。カルデアに来れば毎日極上の多種多様な食事が供されるというな。

 残念ながら単独顕現スキルがなければこの特異点から直接カルデア本部に行くことはできぬが、気が向いたら我が召喚に応じるが良い」

「……むむ」

 

 光己がレシピの豊富さを自慢してきた目的はエフェメロスの予想の範囲内だった。こちらが喜びそうな報酬を出せる=信頼性が増したので、本格的に味方にしたくなったのだろう。食べ物で釣るというのは子供騙しのような気がするが、文字通り美味しいお誘いなのも事実だ。

 それにサーヴァントたちがお菓子を食べながらなごやかに談笑している様子を見るに、むしろこれ以上ない対価だとさえ思える。

 まだ生きる意味を見つけていない身だから、その場所と機会をもらえるということでもあるし。

 そこに魔女のサーヴァントが近づいてきて、対価の上乗せを提示してきた。

 

「もう1ついいことがありますよ。当分先の話になりますが、カルデアがいずれ対決することになる『ギリシャ異聞帯』を支配しているのは貴女が言う機神たちなんです。

 つまり嫌いな奴を殴れる機会があるということですね。しかもサポート付きで」

「…………!?!?」

 

 エフェメロスはさらなる驚愕で数秒ほど硬直してしまった。

 なるほど確かに素晴らしい対価である。といっても今の状態では機神たちには勝てないだろうが、実はテュフォンは場所と時間さえあれば自力で覚醒できるので、「当分先」であるなら逆にきっちり起きてから対決できるわけだからむしろ望ましい話だ。

 

「いいだろう。我はその単独顕現というスキルは持っていないが、おまえたちの呼び声が届いたならば応じよう」

「ありがとうございます。カルデアに来たがっているサーヴァントは多いので競争率は高いですが、お待ちしていますよ」

 

 魔女はそう言って軽く一礼すると、次は光己の方に体を向けた。

 

「……で、これとは別の話ですがお喜び下さいマスター。テュフォンの首と肩を捕食したおかげで、例の宝具に『対神()究極決戦兵器』という機体が新しくロールアウトされました。

 テュフォンが何のために生み出されたのかを考えれば納得の種別ですね」

「おお、それは大変結構!

 いつもながら見事なワザマエよ。テュフォン説得の功も含めて、後で褒美を取らせよう」

「え……ええ、ありがたき幸せ、です……?」

 

 魔女は光己のこのノリは苦手なのか用事が済むとそそくさと立ち去ろうとしたが、エフェメロスには聞き捨てならない話題である。慌てて呼び止めて詳しい説明を求めた。

 

「待てトネリコ。今の話はどういうことだ?」

 

 すると魔女はまたこちらを向いて親切に教えてくれた。

 

「言葉通りですよ。あの巨人型ロボットは私とマスターのスキルを引き継いでいて、捕食した対象の能力をいくらか取り込むことができるんです」

「なるほど、ただの嫌がらせではなかったのだな」

 

 雷霆で痛い目に遭った仕返しとしてエフェメロスの生前の死に方で殺すとか、そういう悪意ではなかったようだ。果実少女はちょっと気分が緩むのを感じたが、今回は彼女の方が言葉足らずだったらしく魔女が訝しげな顔をした。

 

「……嫌がらせ?」

「ああ、そういえばまだ話していなかった、というか自己紹介もまだだったな」

 

 テュフォン・エフェメロスの事情を知らなければ、何が嫌がらせなのか分からないのは当然だ。この際だから自己紹介も済ませておくのが順当だろう。

 エフェメロスは皆に声をかけてこちらを向いてもらってから、テュフォンには意識がなく、身体を動かしているのは「無常の果実に自我が宿った存在」であることを説明した。

 

「まあテュフォンでもエフェメロスでも、好きな方で呼ぶがいい」

「なるほど、では今後はエフェメロスさんとお呼びしますね」

 

 これで今度こそ用が済んだトネリコが去って行くと、次はドラコーが話しかけて来た。

 

「エフェメロス、それにバベッジよ。真面目な話になったからこの機に説明しておきたいことがあるのだが、今良いか?」

「構わないが、そんなに重大な話なのか?」

「重大だぞ。何しろこの特異点には人理焼却の実行犯が現れるという話だからな」

「……何だと!?」

 

 エフェメロスはまた硬直してしまった。

 まだ光己の正体の件が残っているのに、どれだけ人(果実だが)を驚かせれば気が済むのかこの連中は!

 いや今回はこのマスターやサーヴァントたちのせいではないが。

 

「本当なのか?」

「絶対とまでは言えぬが、余が知る限りではほぼ確実だ。

 いきなり遭遇するより心の準備をしておく方がいいし、余の提案で対応方針も決まっているから早い内に教えておかねばならんのでな」

「対応方針?」

 

 かつてテュフォンがされたように、毒でも盛るつもりなのだろうか。

 ……という生前の体験に基づいた想像はまったくの的外れだったが、実行犯の目的を聞くとエフェメロスは思わず口元が笑みの形に緩んでしまった。

 

「む、何か可笑しな点でもあったか?」

「ああ、大アリだ。何せ我がこの特異点に現界した理由が分かったのだからな」

「ほう?」

「えー、何々!? 面白そうなお話?」

 

 するとアルクェイドやティアマトも興味を持ったのか近寄ってきたので、エフェメロスは(見当違いの考えだったらどうしようか!?)なんて後ろ向きなことを考えつつも、もう後には引けないので語ることにした。

 

「何、簡単な話だ。地球の抑止力も人類の抑止力も、ゲーティアに目的を達成されたら困るどころか滅びるのだろう? それを少しでも邪魔する権能を持つのが我ということだ。

 そういえば現界した時に与えられた知識によれば、地球の抑止力は『ガイア』と呼ばれているそうだな。ガイアといえば我の創造者、縁もあるというものだ」

「なるほどー! 最初にわたしを派遣して真偽を確認した上で、これは本当に危険だって分かったから貴女を送ったというわけね。

 抑止力も本気出してきたってことかしら」

 

 するとアルクェイドがぽんと手を打って賛同してくれたので、エフェメロスはメンツを守れて一安心した。

 

「しかしエフェメロスよ、ゲーティアはネガサモンを持っている。いかに貴様が女神に創造された存在とはいえ、サーヴァントの身では通用しないのではないか?」

「ならばサーヴァントでなくなればいい。ちょうどよく、それができそうな者がいることだしな。

 抑止力というのはなかなか知恵が回る存在のようだ」

 

 エフェメロスがそう言いながら光己の顔を見上げると、今懸念を表明したドラコーも大きく頷いて感心した様子を見せた。

 

「おお、確かに! 受肉すればサーヴァントではなくなるから、ネガサモンは無効になるな。

 地球と人類、いや全生物を守るためとあらば如意宝珠も否とは言うまい」

「そういうことだな。

 ……ゲーティアとやらめ。神々すら考えなかったその傲慢きわまる願い、我が全力で以て台なしにしてやるぞ。クッククク」

 

 エフェメロスは抑止力に選任されたからではなく、私情でやる気になっているようだ。まあやる事やってくれるなら、抑止力も動機なんて気にはしないだろう……。

 ただこの行為が心配になった者はいた。

 

「でも大丈夫か? それをやったら、ゲーティアは怒り狂っておまえに集中攻撃をしてくるかも知れないぞ」

 

 ティアマトはテュフォンの身体を動かしているのが「無常の果実」と聞いてなお、彼女(たち)を気に掛ける姿勢は変わらないようだが、当人はわりとさばさばしていた。

 

「確かに今の状態では人類悪には勝てないかも知れないが、特異点が修正されれば退去になるのだから大差はない。

 それに我が集中攻撃を受けるのなら、その隙におまえたちは安全にカルデア本部に帰れるではないか。

 我がやりたくてやる事だから、恩に着せる気はないが」

「…………むう」

 

 人理焼却の邪魔をするのに加えて光己たちが帰還する助けにもなると言われれば、ティアマトも強く反対はできない。小さく唸りつつも、この場は引き下がるしかなかった。

 これで反対意見はなくなったと見たエフェメロスが光己の方に向き直る。

 

「というわけだ。さっそく……いや今受肉したら胃袋の容量に制限ができるかも知れんな。食べ終わってからにしておこう」

「アッハ……いや待った。受肉したら特異点が修正されてもここに居残ることになったりしない?」

 

 光己は冬木でイスカンダルが聖杯に受肉を望むという話を聞いていたからエフェメロスたちの話を理解するのは容易だったが、その分気になることもあった。

 イスカンダルが受肉と特異点修正の関係をどこまで承知していたかは分からない、というかあの冬木が特異点だったことを知っていたかどうかさえ不明だが、とにかく受肉によって聖杯戦争終了後も現世に居残ろうとしたのは確かなのだから。

 ……そんな難しい考察をしたせいか中二モードは終わったようだが、エフェメロスはそれには触れなかった。

 

「それはない。純粋な人間のサーヴァントでも考えづらいのに、まして我のような高レベルの幻想種がこの時代の表世界に居残るのは不可能だ。

 裏世界に飛ばされるというのも考えられるが、単に無かったことになる可能性の方がずっと高いな」

「ほむ……」

 

 オケアノスで会ったフリージアは「特異点が修正されたら家に帰れる」と言っていたが、彼女は元々裏世界の住人だった。英霊の座から来たのなら退去先もそちらになるのが自然と思われるから、エフェメロスの考察に間違いはなさそうである。

 

「でも一応、有識者にも聞いておこうかな。

 トネリコに太公望さんにマーリンさん、どう思う?」

「……そうですね。無かったことになって英霊の座に還る、で合ってると思います。

 不安でしたら、如意宝珠に願う時にそうなるよう言葉を足しておけばいいかと」

「さすがはトネリコ殿、その方法なら確実ですね」

「それでいいんじゃないかな?」

「ほむ、じゃあそれでいくか……」

 

 頭脳派3人の意見が一致したので、光己はそれを採用することにした。

 エフェメロスも自分の見解通りになるだけのことなので異存はない。

 

「じゃ、次は俺の事情の話かな?」

「いやちょっと待ってもらいたい。

 自分から説明を求めておいてこんなことを言うのはさすがの余も心苦しいが、今の貴様と向かい合って長話するのはつらいものがある」

 

 というのも光己は現在鋭意胴体の再生中で、全身で肉や臓器がうねうね増殖しまくっているグロ映像状態なのだ。これを正視しながら会話するのは相当なスプラッタ耐性が必要で、さすがのドラコーも勘弁願ったというわけである。

 

「うーん、それは仕方ないか……」

 

 光己自身も自覚はあってなるべく自分の体を見ないようにしているくらいなので、むしろ「今の貴様はグロいから見たくない」とはっきり言わずオブラートに包んでくれたのを感謝する余裕があった。特に不快感を示すこともなく、ドラコーの希望を容れて再生が終わるまで待つことにしたのだった。

 

 

 



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第248話 絢爛なりし蒸気の果て8

 光己の体の再生がさらに進むと、肉と臓器はほぼ出来上がって体表面に鱗が生えてきた。小さめの青白いもので、蛇っぽい印象を受ける。額の上に生えてきた2本のツノもそれに近い色だった。

 美しいといってもいい形状と色彩だったが、それを見たメリュジーヌがわずかに眉をひそめる。

 

「お兄ちゃん、ちゃんと生きてるだけあって()とは違うんだね……。

 ううん、喜ばないといけないことなのは分かってるけど」

 

 メリュジーヌは妖精國のアルビオンの遺骸が腐って黒いアメーバ状になっていたものから生まれた存在で、着名(ギフト)を外した本来の姿は身体各所が(あざ)のように黒ずんでいるのも、竜の姿が黒いのもそのためだ。なのに光己は生前通りと思われる姿になっているのを見て、羨望と疎外感を感じてしまったのである。

 しかしその時、メリュジーヌの全身に電流のような痺れが走った。

 

「!?」

 

 ついで着名が外れて本来の姿に戻ったかと思うと、翼の黒い覆い(?)がひび割れ、得物のテュケイダイトが小さくなっていく。何が起こっているのか!?

 

「く、苦し……」

「メリュジーヌ!?」

 

 どうやら本人が意図的にやっていることではなく、しかも苦しそうに悶えているのでトネリコが慌てて駆け寄ってまずは診断を始める。バーヴァン・シーとバーゲストも不安げに見守っていた。

 

「これは……クラスチェンジしようとして、いえされようとしてる!?」

 

 トネリコ自身が先ほどやったことだが、メリュジーヌにはそんな能力は……いや他者からの干渉ならそれは関係ない。しかしメリュジーヌがレジストできないほどの力を誰がどこから何のために!?

 

「しかし害をなすものではなさそうです。メリュジーヌ、ここは逆らわずに受け入れなさい。

 下手に止めようとすると、かえって良くない結果になりかねません」

「は、はい!」

 

 メリュジーヌが主君の忠告を素直に聞いて緊張を緩めると、身体にも変化が始まった。

 まずは肌色が良くなり、黒い痣が薄れていく。尻尾は太くなり色が青白くなっていった。ツノも同じ色になり、上方に細長く伸び始める。

 

「これは、もしかして……」

 

 翼の覆いが全部割れて剥がれ落ちると、その内側に蝙蝠風、いやドラゴン的な翼が現れた。青白い皮膜に、蝶の羽にあるような模様が浮かんでいる。

 テュケイダイトはガントレットよりやや大きいくらいのサイズで固定された。服も色が抜けて真っ白になる。

 そうした変貌が全部終わると、体の苦しさもなくなったのかメリュジーヌはふうっと大きく息をついた。

 とりあえず、身体的な不調はなさそうに見える。むしろ健康的になったくらいだ。

 

「メリュジーヌ、一体何が……?」

「いえ、それが僕にもさっぱり……」

 

 主君の問いかけにメリュジーヌは分からないと答えかけたが、変貌が始まったタイミングから考えて思い当たることはある。

 

「もしかして、お兄ちゃんが羨ましいなあって思ったからかな……?」

「なるほど。それだけでクラスチェンジできるわけはありませんが、今はマスターが如意宝珠を出してますからね。無意識に彼と同じようになれるよう願って、それが叶えられたのでしょう。

 自分で願ったことであれば、いくら強くてもレジストできないのは当然ですね」

 

 トネリコはメリュジーヌが何を羨ましく思ったのかは聞かなかったが、謎解きはできたので一安心した。敵の攻撃じゃなくて良かったというわけである。

 

「いえ、ここは愛の奇跡ということにしておくのが美しいですかね。

 では念のため、専門家(ルーラー)に鑑定してもらっておきましょうか」

「いえ、それには及びません。ルーラーになったみたいですから」

「なんと」

 

 メリュジーヌの性格でルーラーとは。強引グマイウェイを地でいくヒドい裁定者になりそうな気がしたが、カルデアではルーラーに裁定権はないので問題は……多分ないだろうとトネリコは達観することにした。

 

「ええと、クラスはもう分かったから宝具を……名前は『虹を架ける、無垢なる鼓動(スプライト・アルビオン)』で、内容はっと。

 翼からミサイルを複数発射して広域攻撃……なんで!?」

 

 そしてメリュジーヌが自分で宝具を看破してみると、光己と同じ姿のドラゴンに変身するのを期待していたのに、何故か妖精の姿のまま汎人類史の21世紀の兵器をぶっ放すものだった。ほわい!?

 生前のアルビオンの妖精態ともいえる姿になれたのは喜ばしいことだが、これでは満足いく結果とは言いがたい。

 なお先ほどの姿は無くなってしまったわけではなく、いつでも選択することができる。宝具も元のままだった。

 つまり同じ宝具が2つあっても仕方ないから違うものになったということだろうか? 1つの霊基で2つのクラスと3つの宝具を選べるのはお兄ちゃんの最愛さいつよサーヴァントに相応しい豪華仕様だけれど。

 

「まあ、半分だけでも叶って良かったと思うべきなのかな?

 角や翼を出しても外皮が黒くならない身体がタダでもらえたんだし」

 

 しかも光己の3対めの翼も、いつの間にか黒い覆いが消えてメリュジーヌと同じ皮膜の翼に変わっていた。つまりお互い相手の姿に合わせたということで、まさしく兄妹愛の発露といえよう。

 

「ありがとうお兄ちゃん! これからもがんばるね」

「……?? よく分からんけど、メリュにとっていいことだったなら良かった」

 

 光己にはメリュジーヌが何を羨んでいて何を喜んでいるのか分からず、しかも軽々に首を突っ込んでいい話題でもなさそうなので回答に困ったのだが、とりあえす無難に思える返事をした。

 

「うん!」

 

 メリュジーヌはその辺には気づかなかったが、お兄ちゃんが喜んでくれたことで満足した。

 そういえばテュフォン戦で手柄を立てて褒めてもらう計画だったが、彼女が味方になった上に危険覚悟でラスボスに大技かます予定となると、痛めつけたのを誇るわけにはいかない。今回は諦める方が良さそうである。

 そこにトネリコがすぐそばまで近寄ってきて、小声でささやいてきた。

 

「メリュジーヌ、今回はお手柄でした。貴女の機転でテュフォンの胸を貫いていなければ、私とマスターはもっと苦戦していたでしょう」

「……!! は、はい!」

 

 まさかこのタイミングできっちり褒めてくれるとは。メリュジーヌは感激のあまり、思わず大きな声を上げて主君がわざわざ小声で述べた配慮を無にするところであった。

 これが多くの争いを収めてきた魔女様の気配り(ちから)というものか!

 

「フフッ。

 それはそうと、その服装はここではちょっと浮いて見えるので変えた方が良いと思いますが」

 

 するとトネリコは今度は普通の声量で、しかし少しだけ控えめな口調で再度のクラスチェンジを提案してきた。

 まあ確かに、この白い水着風の服―――というかこの姿は「夏モードのサーヴァント」のようだから実際に水着なのだが―――はこの陰鬱な霧都にはそぐわないし、地下通路ではミサイルの宝具は使えない。ルーラーはすでに2人もいるから探知や看破も足りているので、今この霊基にこだわる理由はなかった。

 

「はい、ではそのように」

 

 なのでメリュジーヌは抗弁はせず、素直に着名(ギフト)を付けたランサーに戻った。

 またこの話をしている間に光己の鱗がだいぶ生え揃ってグロさがなくなったきたので、そろそろ彼の事情説明に戻れそうである。

 

「…………えっと。アルビオンと融合した所からだと何でそうなったのか分からんよな。

 ということは、ファヴニールの血を飲んだ所から始めなきゃならんのか!?」

 

 かいつまんで話しても相当な長さになるが、まあやむを得まい。

 しかし何も知らない人もいるのだから、先に今現在の状態を簡単にでも話してからの方がいいだろう。

 

「というわけで、ドラコーには1度言ったけどまずは概略から……そう!

 俺は冠位竜(アルビオン)と融合した上で、ルシフェルの天使長と魔王の要素が半分ずつと、熾天使と『赤い竜』の概念、さらに何故か『水界の理想郷(アヴァロン)』の概念も無辜られた、でも人間の心は失わなかった竜人間(ドラゴンマン)なんだ!」

 

 するとティアマトとエフェメロスは光己の予想通り「何ぞそれ」という顔つきになったが、バベッジは頭部から蒸気を噴き出しながら賞賛してくれた。

 

「素晴らしい。それこそ人が人たる由縁(ゆえん)だ」

 

 バベッジは体は肉ならぬ鋼鉄のものとなり、しかも1度は「妄念の有り得ざるサーヴァント」に堕ちながらも、「人々と文明のために」という碩学たる務めを果たすために人の世界に戻って来た身である。それで光己の「人の心を失わなかった」という言葉に共感したのだ。

 では人の心とは何かというとちょっと定義が難しいが、まず自己認識が「人間」であることと、あまり高望みはしないがいくらかの善性を持っていることであろうか。

 

「分かってくれますか。ありがとうございます」

 

 そうした感覚は似た状態にある光己には当然伝わるわけで、竜少年は軽く頭を下げて礼を述べた。

 まあただの中二病でもあるのだが、それは言わなければ分からない。

 

「……これで結論は話しましたので、次は原因と過程、なぜアルビオンと融合なんてトンデモなことになったのかですが……。

 その説明をする前に今の銀河、もといグランドオーダーが始まった時のカルデアの状況を理解する必要があります。少し長くなりますよ」

「銀河!?」

 

 ドラコーはいきなり話のスケールが超巨大になったのでびっくりしたが、どうやら彼のいつもの駄弁だったようである。無駄に驚かせないで欲しいものだが、いちいちツッコミを入れる方が面倒ぽいのでスルーした。

 その後はドラコーもある程度知っているレフの爆破テロから話が始まり、光己が予告したようにかなりの長話の末、天使長形態が獣形態に差し替わったくだりまで聴き終えた。

 

「ふうむ、まさかマスター()最初は素養があるだけの純一般人だったとはな。

 それにしてもファヴニールの血で無敵アーマー、か……確かにあの邪竜とジークフリートが一緒にいたなら思いついてもおかしくないな。むしろやった者が他にいなかったのが不思議なくらいだ」

 

 少なくともドラコーが対面したマスターの中には、無敵アーマーを持った者はいなかった。やはり後任がいない=失敗は許されないというプレッシャーで冒険はできなかったのだろうか。第1特異点の時点でワルキューレのような優秀な魔術系サーヴァントがいるケースは少なそうだし。

 何しろマシュと現地サーヴァントだけで特異点修正を乗り切ってきたと思われる、光己とは違う意味で強者のマスターすら複数いたくらいなのだから。

 

「でもさすがにやり過ぎのような気がする。これからは母がしっかり見張って、無茶させないようにしないと」

「しかしそこまでしたからこそ、今日まで生きて来られたとも言えるのがな……」

 

 ティアマトが母性を刺激されたのか両手を固めてフンスと荒い息をつくと、テュフォンはそれに同意のような反対のような、曰く言い難げな表情で相槌を打った。

 まあ「このマスター」に黙示録の獣と創世神が同行するなら、もはや無理無茶無謀は必要ない……と言い切るのは早計かも知れない。機神たちが支配する異聞帯なんてキワモノが控えているのなら。

 ただそうなると、「あのマスター」がどうやってギリシャ異聞帯を突破したのかとても気になる。トネリコが知っているのなら聞いてみたいところだ。

 

「マスターさんてば波乱万丈ねえ。()()()()()()()()()詳しく聞かせてもらわないと」

「映像記録も見たいところだね」

 

 一方アルクェイドとマーリンはお気楽だった。何も考えてないとか心配してないとかではないだろうから、光己の能力だか運命力だかを信じているのだろう。

 

「―――というわけで、未熟なマスターですがコンゴトモヨロシク」

「貴様が未熟と言うと嫌味になるような気がするが……まあ諸事余に任せておくが良い!」

 

 光己の締めの挨拶にドラコーがそう応じて、竜少年の事情説明は終了した。

 その後は忘れない内にテュフォン・エフェメロスの受肉、そして彼女とバベッジのサインと写真をもらってから改めて最終決戦に向かうのだった。

 なお残ったお菓子はアルトリアズがおやつ、もとい行軍中の兵糧として回収したが、これは完全な余談である。

 

 

 

 

 

 

 光己たちは土遁タクシーで駅前に戻ると、バベッジの先導で地下通路に侵入した。

 敵にとっても通路だからか照明がついていて前が見えるのはいいが、地下に深く潜るごとに魔霧がますます濃くなっていく。ここの1番下の階に魔霧製造機があるのだから当然のことなのだが、そのせいでエネミーが頻繁に出現するのが面倒だった。

 そう、「危険」ではなく「面倒」である。たいして強くもないゾンビやスケルトンばかりなのだから。

 

「しかしこれがこちらの侮りや疲れを誘う策で、突然強いエネミーあるいは罠の類が出て来る可能性はあります。皆さん決して油断しないようにして下さい」

 

 アルトリアは時々お菓子をほおばりつつも、警戒を怠ってはいなかった。

 実際あり得る話で、一同さらに気を引き締めつつ進んでいく。

 そのさなか、ふと光己がトネリコに話しかけた。

 

「そういえばさっき褒美取らせるって言ったけど、何か欲しいものとかある?」

 

 わざわざ改めて望みを聞くあたり、新しいロボットを造ったのは相当な大手柄のようだ。トネリコの方は自分の力だけでというわけではないのであまり自己主張する気はなかったが、せっかくの申し出なので1つお願いしてみることにした。

 

「そうですね、ではもし可能であれば『妖精騎士トトロット』を召喚してもらえればとても嬉しいです」

「へえ、妖精騎士ってまだいたんだ。でも所縁の品でもない限り狙って呼ぶことはできないらしいけど」

「ええ、ですので『可能であれば』と前置きをつけました。

 心の隅に置いておくくらいで十分ですから」

「そっか、じゃあその時は一緒に召喚しよう」

「はい」

 

 呼びたいと思っている当人が同席した方が成功する確率は上がる。光己の提案にトネリコが同意したのは自然な流れといえよう。

 それで2人の話が途切れたところに、エフェメロスが割って入る。

 

「トネリコ、ちょっと聞きたいことがあるのだが今いいか?」

「はい、大丈夫ですよ。どんな話でしょう」

「おまえの異聞帯に来たマスターはギリシャ異聞帯を突破した後で来たのだと思うが、機神が支配する世界をどうやって打ち破ったのか知っているなら聞きたいのだ」

「ああ、それですか」

 

 気持ちは分かる。トネリコは妖精國のことは必要以上に明かさない方針だが、ギリシャ異聞帯のことを語るのは問題なかった。

 

「私も詳しいことは知りませんが、機神たちは一丸ではなくもともと分裂状態で、カルデアに味方した者さえいたらしいですからそれが主因だと思います」

「なるほど、そういうことか。どこの神話にも神同士の諍いはあるからな」

 

 そもそもエフェメロスやテュフォンが生み出されたこと自体が、ギリシャの神々に内訌があった証である。その隙を突かれて敗北したのだろう。

 実に愚かな話だと思うが、神々や人間にとどまらず野生動物にもボス争いや縄張り争いがあるくらいだから生き物全般のサガと解するべきかも知れない。

 ―――この話の間に、光己にはマーリンが話しかけていた。

 

「……それでマスター。キミはカルデアに来る前は素人だったとなると、サーヴァント、より広義には使い魔を使役する技法はまったく学んでいないということになるのかな?」

「んー、そうだなあ。それでも今まで支障なかったし、魔術って学ぶの大変みたいだし」

 

 光己がそう答えると、マーリンは不服そうに肩をすくめた。

 

「それは良くないなあ。確かに魔術の勉強は大変だし時間もかかるけど、それはキミが素人のままならという話だからね!?

 今のキミだったらすぐいろいろ習得できるよ。さっき見て感じたけど、獣形態ならさらに上手くね。

 効率的な魔力供給はもちろん、念話(テレパシー)や感覚共有は使える場面があるんじゃないかな?」

「……感覚共有?」

「そう。魔力供給が上達すればサーヴァントから遠く離れても魔力を届けられる、つまり偵察に行ってもらえるようになるからね。そこで念話だと電話みたいに会話できるだけだけど、感覚共有ならサーヴァントが見てる光景をそのまま、自分の眼で見てるように脳裏に映し出すことができるんだよ」

「へえ……」

 

 それは確かに有用そうだ。いろいろと。

 

「共有できるのは視覚だけ? 触覚や聴覚は?」

「もちろんできるよ。訓練すれば双方向でね」

「へええ……」

 

 それを聞いた光己は思わず鼻の下と口元が緩んでしまった。えっち方面で使うととても幸せになれそうな気がしたので!

 するとマーリンはそれを察したのか、悪戯っぽい笑みを浮かべつつさらに煽ってきた。

 

「興味が湧いてきたようだねえ。

 でも()()()()()()この程度は序の口だよ。経験を積めば、一時的にサーヴァントを憑依させる……つまり疑似サーヴァントみたいな存在になるのも難しくはないと見てる」

「疑似サーヴァントってカーマやⅡ世さんみたいな?

 うーん。面白い技だとは思うけど俺の自我やマスター適性がなくなったりしない?」

 

 カーマには依代の人格が見られないし、依代の人格が残っているエルメロイⅡ世もマスターとして活動するという話は聞いたことがない。疑似サーヴァントになるのはそういうリスクがあるのではないか?と光己が指摘したのはなかなか鋭い指摘といえよう。

 しかしそれは彼に限っては杞憂だった。

 

「キミはサーヴァントより強いから大丈夫だよ。あくまで『みたいな存在』であって、本当にサーヴァントになるわけじゃないしね。

 というかそれくらいで失くなるようなら、とっくの昔に失くなってるんじゃないかな」

「あー、それは確かに」

 

 アルビオンと融合しても残っているものが、サーヴァントが一時的に憑依したくらいでどうにかなったりはしないだろう。納得の根拠であった。

 

「でね、憑依するサーヴァントは1人とは限らないんだ。私が知っているだけでも、1人の依代に神霊を含む3騎が憑依して、しかも人格は依代ベースという例がある」

「それはすごいな。相当強そうだ」

「うん、かなり強いよ。

 でもキミの身体の容量ならもっと大勢収容できるよ。理論上は、ドラコーかティアマトの単独顕現でレイシフトを使わずにキミとサーヴァント全員を特異点に連れて行くとか、30騎分の魔力で『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』をぶっ放すとか、そういう離れ業も可能だね」

 

 もちろん「理論上は」であって、実際に収容できる人数や、その中で能力を行使できる人数は訓練等の要因で変動するわけだが。

 あと現地に連れて行ったサーヴァントが使う魔力をカルデア本部がきっちり補給できるかどうかというのもまた別の問題である。

 

「ただしキミほどの超存在に憑依するのはサーヴァントでもハードル高いから、相応の同調率と相互信頼は必要だよ。つまり現地で知り合ったばかりのサーヴァントは無理ということだね。

 ひとつになるのはそれなりにおつきあいしてから、ってわけさ。フフッ、きっとお風呂の時より気持ちいいんだろうねえ」

 

 マーリンは最後の一言だけは他の人に聞こえないよう小声で言ったが、その1つ前のフレーズが心琴に触れた者もいた。

 

「ほほう、マスターとお突き合いすればひとつになれる、と!? 面白そうな話ではないか。詳しく聞かせるが良い」

「ドラコーさん、字が違うんじゃないですかっ!?」

「何も間違ってはおらんぞ。同調率を上げる、つまり親睦を深めるのに1番手っ取り早い方法ではないか」

「そ、それはそうですがこう、倫理とか風紀とかいうものが。

 ましてそのようなまだ幼いお姿で」

「バビロンの大淫婦に何を言っておるのだ貴様。

 あと余は実年齢はマスターより上だぞ」

「ああっ、そういえばそうでした!

 で、でも先輩の盾兵(シールダー)としてそのような破廉恥やご禁制を見過ごすわけにはいきません!」

「ククッ、貴様はどこの世界でもお堅いなマシュ。自分に正直になってマスターを押し倒した方が幸せになれるぞ!?」

「そ、そんなことは決してっ……!!」

「フフッ、口調に動揺が見られるぞ!?」

「うぐぐ……」

 

 箱入りなマシュでは海千山千のドラコーにはとても敵わないようだった……。

 光己は2人の論戦がどうなるのか大変興味があったが、ふと気づいたことがあってマーリンに向き直る。

 

「でもマーリンさん、憑依って霊がやることだよな。マーリンさんやマシュみたいに生身の肉体持ってるとできないんじゃないか?」

「うん、実は残念ながらそうなんだ。

 でもキミは将来的にはやらかしてくれそうな気がするよ。実際似たようなことをやった人間、いや元人間もいるしね」

「へえー」

 

 そんなことができる者がいるとは世の中広い。先ほどのアルトリアの言葉ではないが、竜種の冠位になったからといって油断は禁物だろう。

 そして彼女の警告の正しさを証明するかのように、ルーラーアルトリアが注進にやって来た。

 

「マスター、サーヴァント反応です。数は7騎。

 バベッジに聞いてみたところ、どうしても接触を避けたいなら地面を掘って行くしかないそうですがどうしますか?」

「7騎」

 

 今までにない大所帯だ。敵か味方か?

 

「うーん。太公望さんが全力出せばやれるかも知れないけど、穴の中歩いてる時に後ろから襲われたら大変だよなあ。こっちから出向く方がマシか」

「そうですね、そもそも敵ではない可能性もありますし」

 

 そういう方針になったので、警戒度をさらに上げつつ早歩きで一本道を進む光己たち。

 やがて前方に扉が見えた。その向こうからは強い魔力のぶつかり合い、つまり戦闘の気配が感じられる。

 どうやら7騎は1つのグループではなく、複数のグループに分かれて敵対しているようだ。

 急いだ方が良さそうだが、いきなり全員で乗り込むのは不用心である。そこでモードレッドとティアマトを先頭に、その後ろにルーラーアルトリアと太公望が続く4人で扉を開けて先に進むことになった。

 

「単純に考えりゃ、どっちかが敵でどっちかが味方になるってことだよな。行くぜ!」

「うん、母の出番が来た」

 

 扉に鍵や罠の類はなくあっさり開き、その先は部屋になっていた。戦闘で壊された家具や調度品がそこかしこに散らばっている。

 室内にいるのは探知した通り7騎で、3対4で戦っているようだ。カルデア勢から見て手前側にいる3騎は揃って光己と同じ現代日本の高校生のような容姿と服装だが、奥側にいる4騎は時代も地域もバラバラのように見える。

 7騎とも扉が開いたことには気づいたようだが、両グループとも目の前の敵と戦うのに忙しいのかちょっかいを出しては来なかった。

 

「ではこの隙に急いで真名看破を、まずは奥の方からいきますか。

 尾が生えている男性はクー・フーリン、バーサーカーです。宝具は『噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)』、海獣クリードの外骨格を鎧のように身に纏うことで防御力を高めるというものです。

 赤い外套を着た白髪の男性はエミヤ、アーチャーです。宝具は『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)』、固有結界を展開し、その中にある無数の武器を投射する攻撃です。

 全身黒ずくめで仮面をかぶった男性は呪腕のハサン、アサシンです。宝具は『妄想心音(ザバーニーヤ)』、悪性の精霊の腕で対象1人を呪殺するものです。

 1騎だけ女性なのがメディア、キャスターです。宝具は『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』、特殊な短剣で突き刺して、その対象にかけられている魔術を破戒します」

 

 ルーラーアルトリアはここでいったん切って一息入れたが、この時点で4騎の名前を知っているアルトリアとメドゥーサと小次郎の3人は我が目で確かめようと急いで列の前に移動し始めた。

 

「手前側の3騎は全員疑似サーヴァント、それも人格は依代がベースになっているようです。

 1騎だけ男性なのが衛宮士郎、憑依しているのは千子村正、セイバーです。宝具は『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)』と『無元の剣製(つむかりむらまさ)』の2つです。前者はエミヤと同じで、後者は究極の一刀を作り出して複数の敵を攻撃するものです。

 赤い上衣と黒いミニスカートの少女が遠坂凛、憑依しているのはイシュタル、ライダーです。宝具は『神峰天廻る明星の虹(アンガルタ・セブンカラーズ)』……えーと、騎乗したスクーターから魔力を放射してダメージを与える、もののようです。

 ブレザー姿の少女は間桐桜、憑依しているのはパールヴァティー、ランサーです。宝具は『恋見てせざるは愛無きなり(トリシューラ・シャクティ)』、槍で雷を呼び出すものです。

 ……おや。偶然なのか必然なのか、7騎で基本7クラスがぴったり埋まっていますね。まるで普通の聖杯戦争のようです」

 

 情報量が多いのでルーラーは早口で一気にまくし立てたが、それが終わる前にメドゥーサは早足が跳躍に変わっていた。

 

「サクラ!? これが連鎖召喚というものですか、今行きます!」

「え、もしかして知り合い!? 味方とは限らないから気をつけて下さいね」

 

 光己はメドゥーサとは契約していないので、直接迷惑をかけられるのでなければあまり行動を掣肘できない。とりあえず、用心だけ促して見送ったのだった。

 

 

 




 唐突に第5次聖杯戦争めいたバトルが始まりましたが、誰が勝っても聖杯は手に入らないのです(酷)。
 SN特異点も書いてみたいのですが、邪馬台国と川中島とハロウィン3部作が予約済みなので難しいところです。

 モルガン(トネリコ)はバーヴァン・シーが来た時点で大勝利なのですが、この後トトロット(ハベトロット)召喚と妖精国救済を果たせば完全勝利ルートになりますw
 人理修復の後イギリスに住むことになったら我が夫がお金持ちなので仕事をする必要はないのですが、もしやるならこのメンツだとウェディングドレスと靴のオーダーメイドの店とか良さそうですね。店内にバゲ子がカフェを併設して、メリュ子が王子様ムーブを活かして店員をやれば若い女性に受けそうな気がします(^^




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第249話 第5次聖杯戦争外伝

 部屋はそこそこの広さがあったが、カルデア勢全員が入って戦闘できるほどではない。それどころか先客の7騎だけでも狭く見えるくらいなので、中に知人がいるアルトリアとメドゥーサと小次郎の3人が先行することになった。

 出番が来たと期待したモードレッドとティアマトは残念がったが、まあやむを得ないことだろう。いやイシュタルはティアマトの子孫に当たるが、人格が出ていないのでは順番を譲ってもらうほどの重みはない。メリュジーヌも生前千子村正と戦ったことがあるが同様である。

 あとアタランテは生前メディアと仲間だったことがあるが、今は激しい運動を避けている身なので動かなかった。彼女を助命してほしいと思わなくはないが、カルデアのマスターはオケアノスでメディアがイアソンを魔神柱にした(?)ところを見ているから、仲間にするどころか近づくのも嫌がるだろうし。

 ところでエミヤといえば冬木で会った守護者の姓もそうだったが、部屋の中の2人とは何か関係があるのだろうか?

 ―――そう。実は衛宮士郎とエミヤは同一人物で、エミヤは士郎が死後抑止の守護者になった存在なのだ。冬木にいた守護者キリツグの養子でもある。

 守護者の仕事は大変にブラックなので親子そろって感情その他が摩耗しているのだが、エミヤの場合守護者になる原因になった昔の自分(しろう)の正義の味方志向を憎悪しており、士郎を殺すことで自分が守護者になった現実を抹消しようとしたことさえあったりする。

 ゆえに士郎を発見したエミヤは後先構わず吶喊しており、今も一騎打ちしている最中だ。エミヤは戦闘方面では士郎の完全上位互換なので普通ならすぐ倒せるのだが、今の士郎は千子村正の力を受け取っているので逆に士郎優勢になっている。

 

「馬鹿な、なぜ私の方が押されている!? しかも貴様が干将莫邪でもカリバーンでもなく日本刀を使うとは」

「残念だったな! 人様の力を借りてる身だから『自分には負けられない』なんて言えないけど、おまえの思い通りにはさせてやらない。今のおまえが間違ってるのは明らかだからな」

「減らず口を!」

 

 というのも、この2人が戦闘時に使う投影魔術は単に刀剣類をつくるだけのものではないからだ。かつてその剣を使った者の技術を再現するという反則芸まで持っており、士郎は村正が打った刀を使った剣豪の技を使って戦っているのである。

 その剣豪の名は宮本武蔵、刀の銘は「明神切村正」という。つまり今の士郎の武力は村正の名作を持った宮本武蔵に匹敵するのだ。

 強い使い手がいた剣のレパートリーがまだ少ない士郎にとって、憑依したのが村正だったことは本当に幸運だったといえよう。

 士郎の幸運は彼を殺そうとしているエミヤにとっては不運であり、士郎がエミヤを煽るネタでもあるというわけだ。

 

「これはあれだな。おまえが守護者の仕事をサボって八つ当たりなんか始めたから、抑止力が怒って邪魔してるんじゃないか?」

 

 士郎はこの街の状況を詳しくは知らないが、そもそも聖杯戦争自体が魔術師の私利私欲で開催される傍迷惑な儀式である。ましてマスターがいないサーヴァントだけの戦いだなんて怪しさてんこ盛りだ。

 この地下道に漂う有害な濃霧の件も含めて、悪しき魂胆を持った魔術師による危険な企みと見て間違いあるまい。守護者たる者率先してこれを阻止しに行くべきなのに私怨を優先するとは何事か、という趣旨である。

 ……士郎の方もエミヤのことはあんまり好きじゃないので、彼がなぜ自分を殺そうとしているのか承知の上で煽っているのだった。

 

「余計な心配は要らん。今は有給中だ」

「それだと返り討ちに遭っても二階級特進にならないんじゃないか?」

「ほざけ!」

 

 エミヤ視点では士郎は愚かな理想に固執している未熟な若造で、そんな黒歴史に軽口を連発された上になかなか倒せないときては冷静さを保つのは難しいだろう。額に何本も青筋を立てつつ、さらに力をこめて激しく斬りかかる。

 しかし二刀が一刀に勝るとは限らない。士郎がエミヤの剣を防いでいる動きが崩れる様子はなかった。どうやら勝負はすぐには終わらないようである。

 

 

 

 士郎とエミヤが2人の世界に入っているので、凛と桜がクー・フーリンとメディアと呪腕のハサンの3騎と戦うことになる。凛は素手で桜は槍を持っているので、桜がクー・フーリンと対峙しつつ、凛が遊撃で呪力弾(ガンド)を連射して桜を援護しながらメディアとハサンにも攻撃するという態勢だ。

 凛&桜は人数は少ないがイシュタルやパールヴァティーは高位の神霊だから十分補える……と思いきや。神霊はサーヴァント化するとたいてい弱体化する上に、クー・フーリンはいかにも兇悍そうな風貌の通り恐るべき剛腕の持ち主でむしろ劣勢に追い込まれていた。

 

「強い……! 姉さん、このままじゃやられる」

「分かってるてば! このこのこのっ!!」

 

 凛が敵3騎に指を向け、ガンドをシャワーのように撃ちまくる。

 弱体化しているとはいえ「金星の女神」が「アベレージワン」に憑依しているだけあってその威力は素晴らしく、クー・フーリンの牽制を果たした上でメディアとハサンが攻勢に出てくるのも封じていた。

 しかしその分魔力の消費は大きく、長時間は続けられない。メディアはそれを見切っており、防戦に徹して凛が疲れるのを待っていた。

 

「どこの英霊が憑依してるのか知らないけど、大した威力と速さね。でもいつまで保つかしら?」

「くっ、余裕ぶってからに……」

 

 凛もメディアの思惑は理解しつつ、といって手を抜いたら桜を集中攻撃されて負けかねない。メディアは武術の心得がないことは知っているから接近戦に持ち込めば倒せるのだが、向こうもそれを知っていて間合いを調整しているので近づけずにいるのだった。

 

「お互い手の内を知ってるってのは面倒ね。こっちだけ知ってて向こうは忘れてるってのがベストなのに」

 

 まあそんな都合のいい話はそうそうないということだろう。

 こうなると士郎がエミヤを倒して加勢してくれるのを期待したいところだが、肩書きだけ見るなら半人前の魔術使いに刀鍛冶が憑依しているだけの者が抑止の守護者を1対1で抑えているわけだから高望みはできなかった。

 実態はむしろエミヤの方が健闘しているというレベルなのだが、それを凛が知ったら「さっさと決着つけて手伝いなさいよこの宿六!」などと各方面にケンカを売るような咆哮をあげていたかも知れない。

 ―――しかし横槍が入れば流れは変わる。凛がそろそろ一休みしないとマズいと思い始めた時、最初に部屋に入ったメドゥーサが声もかけずに得物の釘剣をクー・フーリンの顔面めがけて投げつけたのだ。

 

「チッ、ただのはぐれと思ったが違うのか!?」

 

 クー・フーリンは釘剣は槍で軽く弾いたが、闖入者の意図は解しかねた。いきなり自分を狙ったのは何者にどういう意図があってのことか!?

 

「それとも赤の陣営とやらにここのことが漏れたのか!? まあいい。テメエが何者なのか白状するなら、敵になった3人の代わりになるチャンスくらいはやらんでもねえぞ」

 

 この台詞から解釈するに、クー・フーリンはメドゥーサのことを知らないようだ。

 なおこの姿のクー・フーリンは非常に好戦的かつ残虐な性格で、本来なら自分に剣を向けた者は(むご)たらしく鏖殺(おうさつ)しなければ気が済まないタチだが、今は面倒な敵に手こずっているからか何か別の理由があるのか、不意打ちした者に生き残る機会を与えるという「慈悲深い」ムーブを取っていた。

 自分が圧倒的強者で相手の生殺与奪を好きにできると信じているからこその判断だろうが、この行為はメドゥーサに違和感を覚えさせただけだった。

 

(赤の陣営……? 初めて聞く言葉ですね)

 

 何か変な暗示を仕込まれているようだ。誰の仕業なのか?

 

「まあどうでもいいです。見たところ貴方が1番強そうですし、初手全力で行きますよ。

 魔眼キュベレイ、解放!!」

 

 かの有名な、ゴルゴンの石化の力の封印を解いたのだ。その眼を見てしまった者は対魔力が低ければ伝説通り石になり、高くても「重圧」のデバフを受ける強力な代物である。

 カルデアとしてはまず7騎のスタンスを確認して、魔霧計画に反対している側の味方をするべきなのだが、メドゥーサはそういうことより桜の命が優先なので彼女と戦っている危険そうな奴にアンブッシュからの全力攻撃となったのだった。

 

「ぐっ!?」

 

 メドゥーサの正体を知らなければ、魔眼による攻撃を避けるのは不可能に近い。彼女と目を合わせてしまったクー・フーリンの動きが鈍くなり苦しげに呻く。

 しかしそれはほんの一瞬のことで、メドゥーサが次の攻撃に移る前に「重圧」を破ってしまった。

 

「強い!?」

「え、もしかしてライダー!?」

「良かった、私のことを覚えていてくれたのですね。

 とりあえず下がって仕切り直しましょう」

 

 しかし一瞬だけでも時間を稼げたのは無駄ではなかった。元マスターにあの頃の呼び方で呼んでもらえたことに懐かしさを覚えつつ、まだ落ち着かない様子の少女を促して間合いを広げることができたのだから。

 そしてアルトリアと小次郎までが部屋に入ってきたら、凛とメディアとハサン、士郎とエミヤも闖入者はただの迷い人ではなく何らかの目的を持った集団と判断せざるを得ない。3人の意図を見極めるために同様に後ろに跳んだ。

 

「ライダーにセイバーにアサシン!? 本格的にあの聖杯戦争めいてきたけどどういうこと!?」

 

 凛のこの質問は()()()()()()()()()()6騎の気持ちを代弁したものといえよう。カルデア側は事情を1番よく知っているアルトリアが代表して答えた。

 

「さて、それは私には何とも。

 このメンツが揃ったのは、連鎖召喚か縁召喚によるものではないかと」

 

 魔霧が勝手に召喚したのであればゾォルケンとアルトリア自身から始まる連鎖召喚、メディアが何かやらかしたのであれば縁召喚だろうという意味である。

 そういえば「魔霧」と聞いた時に「間桐」を連想したが、まさか臓硯が黒幕でその孫娘まで現れるとは思ってもいなかった。

 

「ただし私は別で、カルデアという団体からこの街の異変を解決、つまり魔霧計画を阻止し、ひいては全人類を守るために派遣されて来ています。

 貴方がたは人類の敵か味方かどちらですか?」

 

 アルトリアがモードレッドの時と違って先に自分のスタンスを明かしたのは、こう言えば(洗脳されていなければ)少なくとも士郎と凛と桜はこちらに付くと分かっているからだ。

 エミヤはこの様子だと士郎と二者択一になりそうな気がする。メディアとハサン、あとクー・フーリンと思われるバーサーカーはまだ分からない。

 そして最初に答えたのは、大方の予想通り士郎だった。

 

「ぜ、全人類!? いきなりそんなこと言われても困るけど、セイバーがそう言うんなら全力で手伝うぞ」

「ありがとうございます。シロウならそう言ってくれると確信していました」

 

 別世界の自分のとはいえ元マスターが洗脳されていなかったことに一安心しつつアルトリアがそう答えると、凛もこちらに付いてくれた。

 

「そうね、嫌だって言ったら貴女まで敵に回しかねないし。

 でも全人類のためっていうなら、それなりの対価はあっていいと思うけど?」

「私の今のマスターは砂金と宝石を山ほど持っている男です。言い値とまでは言えませんが、今の貴女に見合った報酬は出すと約束しましょう」

「OK、契約成立ね」

 

 今の貴女とは、イシュタルの疑似サーヴァントになっている凛ということだ。当然報酬は人間の魔術師がもらう額よりずっと多くなるだろう。

 ならば乗るしかない、このビッグオファーに!

 え、元の世界に宝石は持って帰れないって? そんなことは分かってる、宝石をもらうという事実が重要なの!

 しかし砂金と宝石を山ほど持っているとはどういう男なのだろう。大変興味があるのだが。

 

「え、えーと。ライダーはどう思う?」

「セイバーに付くべきかと。敵に回すのはNGですし、中立は両方に嫌われるものです」

「じゃ、じゃあ私もセイバーさん側に」

 

 桜はまだ状況を理解しきれていなかったが、士郎と凛がセイバーに付いた以上メドゥーサへの問いかけは単なる義理立てに過ぎない。メドゥーサも今更クー・フーリンたちに付けなんて言うはずもなく、主従は秒でセイバー、いや士郎側に流れた。

 

「良かった、2人ともありがとうございます」

 

 光己に確認を取る暇はなかったから無断で報酬を払う約束をしたが、後で回収できるのだから問題はあるまい。アルトリアは緒戦の戦果に満足した。

 

「ところで今のセイバーさんって私が知ってるセイバーさんより強いように見えるんですけど、今のマスターの方ってそれなりに強い魔術師なんですか?」

「いえ、マスターの能力の問題ではなく、カルデアのやり方が特殊なんですよ」

 

 カルデア方式では本部から魔力を一括でマスターに送って、それを各サーヴァントに分配するという形になっているのでマスターの能力がサーヴァントの能力に影響しにくい。たとえばアルトリアの場合、立香のようなド素人がマスターでも通常の聖杯戦争で凛がマスターである時よりやや弱いという程度まで強くなる代わりに、光己のような超弩級魔力量持ちでも大して変わらないのだ。

 竜モードアルビオンくらいまで突出すれば別だが……。

 

「ほらマスター、魔力供給ができるとこういう時に有効なんだよ」

 

 一方部屋の外では、この会話をしっかり聞いていたマーリンがさっそく光己に講義を始めていた。

 ここで光己が自分の魔力を追加でアルトリアに送れば大幅に強くなって、戦闘が有利になるというわけだ。

 

「ほむ……」

 

 光己が素人だった頃は無理な芸当だが、今ならたいした負担もなく実行できる。学ぶべき価値がある技術と思えた。

 カルデアの魔術礼装でも似たことはできるが、これは見えていないと使えないし、仮に使えても持続時間が短いので適切なタイミングが測れない。やはり自前の方が有効そうである。

 

「それに今やむを得ないこととはいえ我が王がちょっと独断専行したけど、念話ができればそういうことも防げるからね」

「なるほど……」

 

 アルトリア、いや自分と契約しているサーヴァントたちが自分や人理に害をなす悪事を働くとは思わないが、だからといって報連相が要らないわけではない。マーリンの意見は正しかった。

 それに使い魔スキルや疑似サーヴァントの話をした直後にそのモデルケースと遭遇するとは偶然を超えている。アラヤとガイアのメッセージかも知れない。

 

「そうだな、ここの仕事が終わったら真面目に検討してみるか。

 ところで独断専行って何したの?」

「遠坂っていう子に報酬を要求されて承知したんだよ。

 女神イシュタルの依代に選ばれた人の要求としては可愛いものだし、断ってヘソ曲げられたら一大事だからね」

「うーん、確かに」

 

 イシュタルといえば美と豊穣の女神と称えられている麗しの女神様だが、具体的な所業は異様にヤバい。ぞんざいに扱って彼女が表に出て来たら実際大変だし、約束を反故にするのは避けた方が良さそうだ。

 ……というわけで、アルトリアの独断専行は(ダシにされるのと引き換えに)本人の知らない間に事後承諾してもらえたのだった。

 

 

 



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第250話 偽聖杯大戦1

 アルトリアは士郎と凛と桜を味方に引き入れたが、エミヤたちがそれに続いて来ないところを見ると4騎は洗脳されているか、もしくはパラケルススのように自分の意志で魔霧計画に賛同していると思われた。

 それでも今すぐ襲いかかって来ないのは、会話する意志はあるということか。もう少し情報を得ておきたいだけかも知れないが。

 さしあたっては、エミヤたちに話をする気がある内にできるだけの話をしておくべきだろう。

 

「アーチャー、貴方はどうですか? 守護者、いえ単に1人の人間としてでも、魔霧計画には反対すべきだと思うのですが」

 

 そこでまずあの聖杯戦争の時1番関わりが深かった人物に水を向けてみると、守護者の青年は苦々しげに口元をゆがめた。

 

「いや、小僧にも言ったが今は守護者は休暇中でね。

 1人の人間としては、ギアスと妙な暗示をかけられていて自由に行動できないのだよ」

 

 ギアスというのは聖杯による洗脳じみた精神支配ではなく、小次郎が受けたような人格には影響がないが行動は干渉されるということだろう。当然あり得ることだが、アルトリアは疑わしげな目を向けた。

 

「ふむ、前例は複数ありますが……本当ですか?」

「……本当だ。小僧と遠坂と桜が干渉を免れたのは、疑似サーヴァントである上に、そのサーヴァントの人格が表に出ず引っ込んだのがたまたま良い方向に働いたのだろう」

 

 するとエミヤはついっと目をそらしたが、前言を翻しはしなかった。

 なお憑依したサーヴァント3騎はギアス対策で引っ込んだのではなく恋愛事情を察してのことだろうとエミヤは邪推していたが、それを口に出さない程度の自制心は残っていたようだ。

 もしくは士郎たちの方が憑依した3騎よりこの特異点に知人が多い分表面に出やすかったからという線もあるし。

 

「……なるほど」

 

 アルトリアとしては士郎たち=英雄でもない学生3人が無事だったのに、それより精神力は強いと思われる成人の通常サーヴァントであるエミヤたちがむざむざ干渉を受けたというのも不審だったのだが、疑似サーヴァントなのが逆に良かったという解釈は納得できないものではなかった。これは信じて良さそうだ。

 

「で、妙な暗示というのは?」

「何故か知らんが、我々は聖杯大戦とかいうチーム戦の同僚なのだそうだ。

 詳しいことはそこのキャスターに聞くがいい」

 

 エミヤはギアスと暗示をかけた者=首謀者の正体をバラす程度の自由は持っていたようだ。

 アルトリアがメディアに顔を向けると、紫衣の魔女はネタばらしされたのは平気だったらしくフフンと薄く嗤った。

 

「ええ。魔霧の性質を利用すれば、サーヴァントを召喚するのも維持するのもあの時よりずっと楽だったわ。

 とはいえ何の秩序もなしに大勢を操るのは面倒だから、今アーチャーが言った聖杯大戦の形式を一部術式に仕込んだのよ」

「その聖杯大戦とは?」

 

 知る必要まではないかも知れないが興味は湧いたのでアルトリアが訊ねてみると、メディアはわりと饒舌に語ってくれた。

 

「冬木の地から奪われた大聖杯の争奪戦としてルーマニアで西暦2000年……今より未来のことだけど、サーヴァントには関係ないわね。ともかくルーマニアのトゥリファスで開催された、14人のマスターと14騎のサーヴァントが『黒』と『赤』の陣営に分かれて戦った聖杯戦争よ」

「14人と14騎……冬木式の倍ですね」

「ええ。『黒』は大聖杯を入手したユグドミレニア家一党、『赤』は彼らを討伐しようとした魔術協会側の魔術師たちよ。

 最終的には、大聖杯はどちらの手にも渡らず失われた……らしいわね」

 

 メディアは結末の詳細までは知らないようだ。むしろ数字や固有名詞がこれだけ出て来たことを褒めるべきだろう。あるいは誰か経験者に聞いたのかも知れない。

 

「この部屋にいたサーヴァントが私を入れると7騎だったのはそういうわけよ。

 6騎中3騎に離反されたのは計算外だったけどね。()()()()()()()6騎もいっぺんに召喚したのがまずかったのか、それとも術式自体に問題があったのか……まあそれは後で考えましょう」

 

 戦わ()()()()()()敵が来てしまったのだから、反省や考察は後回しという意味である。

 ただ反省する気があるというのは、4対6でも勝つつもりでいるということでもあるが。それとも逃走だろうか。

 

「……で、私が組んだ術式では『黒』が今聖杯を持っている私たち、『赤』が聖杯を奪いに来た貴女たちカルデアという図式よ。よくできてるでしょう?」

「……! 貴女、最初からカルデアのことを知って……!?」

 

 アルトリアがはっと表情を改める。しかも「聖杯を持っている」というのは、メディアが魔霧計画に属しているということになるが!?

 

「ええ、それはもう。私はあの男に、魔術師として敗れてしまったから。

 神の血を引き、月の女神に魔術を習った神代の魔女でありながら、生物としては純人間であるあの男に、ね。

 ……フフ。幼い頃の私なら貴女たちに『星を集めなさい』なんて言うかも知れないけど、私は言わない。何故なら、サーヴァントが何人群れてもあの男には勝てないのだから」

「……!」

 

 なんと、メディアはゲーティアと対面し戦って敗北したから従っているというのだ。アルトリアは大いに驚いたが、この話はドラコーが言っていたこととも符合する。

 ならばここで「勝つ方法がある。勝った実例もある」と言えばメディアはこちらに付くだろうか? いや万が一その「勝つ方法」をゲーティアに通報されたら最後だから、ここは知らないフリを貫くべきだ。

 

「貴女ほどの大魔術師がそこまで言いますか。人理焼却なんて大それたことを始めただけのことはある、ということでしょうか」

「そうね。それと私が何故ここまでペラペラ長話してたか、だけど」

「!!」

 

 やはりメディアはただの気まぐれやお人好しで喋っていたのではなく、何か理由があってのことのようだ。

 ギアスや暗示の気配は感じないが、何をもくろんでいるのか!?

 

「―――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

「……サーヴァント召喚の呪文!」

 

 その疑問はすぐ解けた。長話は、士郎たちを失った分の補充をするための時間稼ぎだったのだ。

 大魔術師が魔霧や特殊な術式を使うという条件下でも、1度に6騎を召喚するというのは負担が大きかったのだろう。それで疲れたから士郎たちと戦っている間は追加召喚せずにいたが、人数的に不利になったのでやむを得ず実行したというあたりか。

 

「そちらは扉の外にまだ何人かいるみたいだしね。

 でもお生憎さま。さっき言ったけどこの術式は聖杯大戦を模してるから、どちらの陣営も戦闘に参加できるのは7騎までよ」

 

 これもメディアが聖杯大戦をモチーフにした理由の1つである。カルデア側に何人のサーヴァントがいようと、同時に参戦できる人数に上限があるなら各個撃破できるのだ。

 ただこの部屋は合計14人が戦うには狭すぎるが、これも解決策はちゃんとある。実はメディアから見て左側、アルトリア視点では右側の壁の向こうは空き部屋になっており、壁を壊せば2部屋がつながって戦場の広さが倍になるのだ。

 メディアが片手をかざして魔力弾を何発か放つと壁はあっさり崩れ、しかもその向こうの部屋には今メディアが召喚した3騎がすでにスタンバイしていた。

 

「周到な!」

「フフッ。貴女たちはあの男どころか私にさえ敵わずに退場するのよ。

 現世からかこの地下道からかは選ばせてあげてもいいけどね」

 

 これはアルトリアたちが撤退するなら追わないという意味だ。真偽のほどは全くさだかでなく、単に余裕を見せただけと解するべきだろう。

 

「何をバカな……」

 

 なのでアルトリアもメディアの言葉を真に受けたりせず、口調で嫌悪感を示しただけだった。

 ところでギアスと暗示がメディアの術式によるものなら、彼女の宝具で解除できそうである。実物を奪わなくても、士郎が投影すれば手に入るし。

 しかしメディアもそれは分かっているはずだから、思い切り役に立つ一発逆転な状況にでもならない限り出さないだろう。あまり期待しない方が良さそうだ。

 というか「破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)」のことを考えたら、士郎との契約を断たれて酷い目に遭わされた記憶がふつふつと湧き上がってきてとてもムカついた。

 これはリベンジせねばなるまい。

 

「復讐の時は来た。性悪魔術師殺すべし慈悲はない!」

「……は!?」

 

 アルトリアが突然怒りもあらわに魔力を高め出したので、メディアは一瞬ぽかんとしてしまった。

 確かに挑発的な台詞だったが、本気で激昂するほどのものじゃなかったと思うのだが……。

 

「えと、貴女何がそんなに気に障ったのかしら?」

「とぼけたことを。貴女があの宝具で私に何をして、いえその後貴女がしたことを忘れたとは言わせませんよ」

「いきなり何の話? というかそれを言うなら、私が一方的に負けた記憶もあるんですけど!?」

「関係ありません。私は貴女をボコる、ただそれだけです!」

 

 メディアは強硬に抗議したが、怒れる騎士王はまったく取り合ってくれなかった。メディアがそこまで酷いことをしたのか、それともアルトリアが怒りっぽいだけなのかは不明である。

 アルトリアに好意的な解釈をするなら、メディアに「破戒すべき全ての符」を出させるために、それを嫌悪しているさまをあえて見せているという線だが、アルトリアの性格から見て可能性は低そうだ。

 

「吠えろよ私の竜の炉心(ドラゴンハート)! 老魔女に見せつけろ、この私の……」

「誰が老魔女よっ!?」

 

 黒魔女とか邪魔女ならともかく、老魔女と言われてはメディアも黙っていられなかったようだが、アルトリアはやはり無視した。

 

「自慢の拳をォッ!!!」

 

 そして突き出したパンチの先から強烈な魔力弾を放つ。

 飛び道具なら風王鉄槌の方が早いのにわざわざ普段使わない(オルタはわりとよく使っているが)魔力弾を使ったのは、おそらく武器を用いず自分自身の力でやりたかったからであろう。もしくは大将をいきなり狙うという難易度の高い攻撃を当てるために、敵にとって予想外と思われる技を選んだのかも知れない。

 

(拳って何!?)

 

 実際メディアは虚を突かれて反応が遅れたが、実戦経験豊かな戦士たちは甘くなかった。エミヤが素早くメディアの前に移動し、掌を前にかざす。

 

熾天覆う七つの円環(ローアイアス)……!!」

 

 それでもタイミングはぎりぎりだったが、7枚羽の盾を展開するのはどうにか間に合った。弾と盾が衝突して激しい爆音が響き、羽が1枚砕けて破片が飛び散る。

 

「むう、防がれましたか。しかしアーチャー、キャスターとは性格的にも合わないと思うのですが熱心なことですね」

「さっきも言ったが、単に縛られているだけなんだがね。

 しかし宝具ではないただの魔力弾で、1枚とはいえこの盾の羽を割るとはな。小僧と契約していた時とは違うということか」

 

 エミヤはアルトリアの力を褒めつつ、忌まわしき黒歴史への皮肉を混ぜるのも忘れていなかった。士郎が一瞬眉をひくつかせたのを見て先ほど煽られた溜飲を下げる。

 ともかくこれで双方話すこととやることに一段落ついたので、戦いは第2ラウンドに入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして部屋の外では、室内の会話を聞いていたモードレッドが俄然やる気を高めていた。

 

「聖杯大戦を模しただと……? ならオレが行くしかねえよなあ!」

 

 何しろ「赤」のセイバーだった上に、父上がすでに参戦しているのだから行かない理由がない。勇躍、剣を抜いて室内に躍り込む。

 

「あ、ずるい。わたしも行く」

 

 そうなるとティアマトも黙ってはいられない。モードレッドに続いて部屋に入ろうとしたが、扉をくぐろうとしたところで見えない壁に阻まれる。

 メディアの言葉に嘘はなかったようだ。

 

「あ、本当に入れない……。

 でもこれしきの障壁で止まるものか。母の愛を舐めるな」

 

 魔術の破戒とか小難しいことはしていられない。力ずくで突破すべくティアマトが拳を振り上げると、ドラコーが慌てて止めに入った。

 

「待て待て、敵のキャスターは相当な達人の上にゲーティアと関わりがある様子。貴様が姿を見せるのは好ましくない」

「でも7対7を強制され続けるのなら、たとえ勝てても無傷では済まないぞ」

 

 両者の言い分は共に正しく、どうしたものかと向かい合って首をひねる。そうしている間にも戦いは続いているから結論は早く出したいのだが、単純な二者択一だけに簡単には決まらない……というのは情報不足によるもので、ここで中に入れるかも知れない者が1名手を挙げた。

 

「では私が試してみましょうか」

 

 聖杯大戦で監督役と「赤」のマスターを兼任していた「シロウ・コトミネ」こと天草四郎である。大戦の関係者かつ参戦サーヴァント以外の役柄を持っていた者なら、障壁の識別機能をごまかせる可能性はあると考えたのだった。

 障壁には攻撃的な術式は仕込まれていないようなので、試すだけのために体を張る必要はないし。

 

「……? 障壁を破る礼装でも持ってるの?」

「いえ、私こう見えて聖杯大戦では監督役とマスターを兼任してまして。もしかしたらその伝手で入れてもらえるんじゃないかなと」

「……それは兼任していいものなのか?」

「ええ、稀によくあることですよ」

「……そういうものなの?」

 

 ティアマトとドラコーは完全に納得はしなかったが、天草が入れても入れなくても損はない。脇にどいて通してやると、天草はそのまますたすたと歩いて行って―――なんと、あっさり扉を通り抜けてしまった。

 

「わ、本当に入れた」

 

 術式が精緻すぎて逆に仇になったようである。

 これなら他にも入れる者がいるのではないか? ティアマトがそう言って呼びかけると、シェイクスピアが光己の前に進み出た。

 

「シェイクスピアさんが入るんですか?」

「いや吾輩ではありません。ジャンヌ・ダルクなら入れるのではないかと愚考した次第で」

 

 それはちゃんとした根拠がある提案だったが、カルデアのマスターが何故彼女を引っ込めているのか知った上での行動なのが彼の性格を如実に表していた……。

 何しろその内心は(フランスの聖女(ジャンヌ・ダルク)自分を火刑に処した敵国(イギリス)を守るために、しかも宿敵の天草四郎と肩を並べて戦わねばならぬとは何たる皮肉! その戦う姿をこの目で見られないのが残念です)なのだから。

 

「え、お姉ちゃんがですか?」

「おや、聞いていませんでしたか。実は彼女、聖杯大戦ではルーラーとして裁定役を務めていたのです。つまり天草同様、関係者でありながら『7騎』の枠外なのですな」

「へえー」

「では吾輩はこれにて。

 あ、ジャンヌ・ダルクには吾輩が提案したことは内密にお願いしますぞ」

「え……あー、はい」

 

 シェイクスピアが言いたいことを言い終えるとそそくさと引っ込んだのはまあ今更として、これは光己にとって悩ましい問題である。当人は何も気にしないのは分かっているが、弟としてはそうはいかないわけで。

 しかしドラコーとティアマトの意見ももっともだ。リーダーとしては、戦力の逐次投入になりかねない方針は避けねばならぬ。

 

「仕方ない、この戦いだけ呼ぶことにするか……」

 

 なのでこういう結論に至った光己は「蔵」から「白夜」を取り出すと、頭上に掲げて召喚の呪文を高らかに詠唱した。

 

「出でよ、我がお姉ちゃんとオルタ!」

 

 ジャンヌオルタまで入れる可能性はさすがに低いが、ダメ元というやつである。

 なおシェイクスピアはオルタの存在を聞いてはいたが本当に一言だけだったので、知り合いに続いて肌の色と雰囲気以外はそっくりな人物が水着姿で現れたのには心底驚いた。

 その上ジャンヌは彼が知っている彼女より6割くらい強そうに見えたので、迂闊にもしゃっくりめいた驚声を漏らしてしまう。

 

「んひゃぉぉぉっ!? ジャンヌ・ダルクが2人!?」

 

 するとジャンヌもその驚声に気づいて、ギロリとそちらに鋭い視線を向けた。

 

「おや、まさかあの人の神経を逆撫でするのが趣味の上に何事も他人事な劇作家がいるとは驚きました。

 今度悪口雑言をばらまいたらその舌を引っこ抜きますから覚えておいて下さいね」

 

 ジャンヌは異邦の魔術師(リツカ)がマスターなら「今度私に宝具を使ったら、出るとこに出てもらいましょうね」くらいの比較的穏当な台詞になっていたところだが、サーヴァントは性格面もマスターの影響を受けるという説は事実かも知れない……。

 もっともシェイクスピアはジャンヌを狂人呼ばわりしたのをはじめ罵倒の限りを尽くしたから狂気的反応を返されても仕方ないのだが、史実のジャンヌはあのイカサマまみれの異端審問を何ヶ月も凌いだ件だけでも、ただの狂人や猪武者ではなく高い知性と胆力を兼ね備えた人物だったと思われる。

 

「…………アッハイ」

 

 そしてさすがのシェイクスピアも、パワーだけでなくアグレッシブさも6割増しのジャンヌと謎のクリソツ娘の2人を前にしてはこう答えるしかなかったようだ。

 それはともかくジャンヌズとしては、周りを見るに特異点修正はまだ終わっていないどころか怪しい霧が漂っている上に戦闘の気配までするので、まずは事情を聞かねばならない。マスターからそれを聞き終えると、2人は当然のように出撃を了承した。

 

「分かりました。マスターの心遣いには感謝していますが、そういうことなら遠慮は要りませんよ」

「そうね、戦いは数だよっていう名言もあるくらいだし」

 

 まあ部屋に入れたのはジャンヌだけでオルタは弾かれたのだが、オルタの誕生の経緯を知っているトネリコがそれに合わせた偽装の魔術をかけると入ることができた。

 これで10対7になったからかなり有利である。光己もドラコーもティアマトもひとまず納得して、戦いの行方を見守ることにしたのだった。

 

 

 



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第251話 偽聖杯大戦2

 アルトリアの初撃はエミヤが防いだが、メディアとしては追加召喚で魔力を消費したので回復するまでは敵とは距離を取りたい。エミヤたちを促して、元空き部屋に移動して3騎と合流した。

 その直後に、モードレッドが部屋に飛び込んで来る。これで7対7で向かい合う構図になった。

 

「父上! 赤のセイバーとして先陣切りに来たぜ」

「え、貴方まさか『聖杯大戦』の参加者だったんですか?」

 

 ここでアルトリアが、モードレッドが「赤のセイバー」を称したのは単にメディアの術式に乗っかってのことではなく、実際の聖杯大戦に参加していたからではないかと推測できたのは「直感」のおかげか血のつながりがあるからか。いずれにせよ、モードレッドは自分の言葉の意味を父上が正しく理解してくれたことで闘志がさらに上がった。

 

「ああ、さすが父上分かってるな!

 てか黒の連中が2人もいるとは、本当に聖杯大戦を模したんだな」

 

 黒のランサー・ヴラドと黒のライダー・アストルフォである。セイバーと思われる金髪の男性は知らない顔だが、さすがに大魔術師の術式も百発百中とはいかないのだろう。

 しかしこれで魔霧に召喚されたはぐれサーヴァントに聖杯大戦参加者がずいぶん多かった理由が分かった。術式を本格起動はさせずとも、存在するだけで外の魔霧に影響を与えていたというわけだ。

 

「あ、そういえば黒のランサーとはスコットランドヤードでも会ってたな。あの時はお互い頭に血が上ってたからかそういう話にならなかったけど。

 いやあの時はバーサーカークラスだったっけ? まあどっちでもやる事は同じか」

 

 敗れて退去したのにまた召喚されるとは気の毒な話だが、こちらも息子認定とブリテンの安寧がかかっている。モードレッドに手加減の意向はなかった。

 ヴラドやアストルフォは悪党ではないから、気絶させて室外に放り出せばトネリコたちが解呪して味方にできるかも知れないが、集団戦の中で重傷を負わせずに気絶だけさせられるほどの実力差はない。全力で倒すしかないのだった。

 それで7対7なら誰と戦うべきか? ヴラドと再戦するか、それともセイバー同士の一騎打ちとしゃれこむか? モードレッドがちょっと迷っている間に、敵セイバーはいかにも不満げな面持ちで苦情を述べていた。

 

「何だここは? 何で俺がこんな辛気臭い地下室で、しかもセイバーなんぞで召喚されるんだ。別に聖杯戦争なぞしたくもないが、どうせ呼ぶなら大海原でライダーとして召喚するべきだろう」

 

 どうやら場所とクラスに納得しかねている模様である。どこの誰なのだろう?

 

「ぎゃーっ、メ、メディア!? おま、おまえ……何で俺なんぞ召喚したんだ。もっと役に立つ奴が大勢いるだろう、ってまさかフィギュアにするつもりか!? それだけは勘弁してくれ!!」

 

 ついでメディアの顔を見た直後に錯乱して意味不明なことをわめき始めたところを見るに、術式ではなく縁召喚でやって来た者のようだ。

 男性は心の底から嫌がり恐れているようだが、メディアにとっても望まざる召喚だったらしく不機嫌そうに言い返す。

 

「呼びたくて呼んだんじゃないわよ。本来なら『黒のセイバー』ネーデルラントの竜殺しが現れるはずだったんだから」

「つまり事故ってことか。まあ人間誰でもミスはするからな。

 しかし竜殺しって、聖杯戦争じゃなくてドラゴン退治でもするつもりなのか?」

 

 なお男性はまったく意識していないが、アルトリアとモードレッド(と室外にいる何人か)には竜属性があるので、ドラゴン退治というのはあながち的外れではなかったりする。

 

「まあどうでもいい。事故だってんなら俺は部屋の隅でおとなしくしてるから、おまえは召喚をやり直し……いや召喚の間護衛するくらいは元夫としての責務か?」

 

 男性いや元夫氏の言い分は事故の被害者としては好意的なものだったが、残念ながらメディアにはそれを受け入れられない事情があった。

 

「ええと。気持ちは嬉しいけど、今は7騎制限があって貴方がいる間は追加召喚はできないのよね。

 だからさくっと自害してくれないかしら?」

「するかボケェェェ!!!」

 

 元夫氏が咆哮したのは当然といえよう……。

 メディアもさすがに怯んだが、それでも要望の根拠らしきものを述べた。

 

「しょ、しょうがないじゃない。貴方弱いくせにしぶといから、普通に戦わせたら戦果は挙げないのに自分は生き残る枠潰しなんだもの」

「リーダーとして理想的なリソース配分だろう。だからライダーで呼べとさっきも言ったんだ。

 あ、理想とリソースをかけたシャレじゃないからな」

「誰もそんなこと考えてないわよ。でも困ったわねえ」

 

 なおこのやりとりの間、モードレッドたちは戦いを始めずに2人の会話を拝聴していた。神話で有名な悲劇の夫婦が図らずも再会したのだから、どんな話をするのか大変興味があったのだ。

 

「契約切っても即座に退去になるわけじゃないし……いえ、その後で魔力を使い切れば退去になるわね。

 というわけで、魔力が尽き果てるまで宝具連発してきなさい」

「鬼かおまえは!?」

 

 元夫氏は再び怒りの声を上げたが、今度はあんまり効かなかった。契約を切られてもギアスは残っていたので逆らえず、宝具を使うためいったん彼女から離れる。

 なお士郎と凛と桜も契約を切られているので退去関係の事情は同じなのだが、その辺に気づいたアルトリアの仲介でこっそり光己と契約したのでもう問題はない。しかし元夫を召喚しただけで戦闘中断から離反者の現界継続にまでつながってしまうとは、痛恨のミスとはこういう事をいうのであろう……。

 とはいえ悪い事ばかりでもない。元夫氏が宝具を使うと、なんと光己たちも1度遭遇したヘラクレスが出現したのだ。

 

「おお、こんな状況でもおまえだけは来てくれるのか。やはりおまえは真の友だな!」

 

 元夫氏―――イアソンの宝具「天上引き裂きし煌々の船(アストラプスィテ・アルゴー)」は生前アルゴー号で共に冒険した仲間たちが一斉攻撃を仕掛けてくれるというものなのだが、現れる人数はその時のイアソンの立ち位置が正しければ正しいほど多くなり、逆に明らかに悪役だったりすると誰も来なくなってしまう。このたびはイアソン自身の意向ではない上に、やらせたメディアも何だか悪役ぽいのでイアソンは参加者ゼロでも仕方ないと思っていたが、それでもヘラクレスだけは来てくれたので感動したのだ。

 これにはメディアもにっこりである。

 

「ヘラクレスを呼べたのなら結果オーライね!

 ヘラクレス、貴方にとっても連中はあの時戦った仇敵でしょう。やっておしまいなさい!」

「………………。

 ■■■■■■■■■ーーーーッ!!」

 

 ヘラクレスはメディアには返事もしなかったが、来たからには戦う意志はあるようで雄叫びを上げてカルデア勢に襲いかかった。

 なしくずしに戦闘再開となったが、カルデア側でヘラクレスと腕力で渡り合えるのはアルトリアだけである。とっさに前に出て、振り下ろされた斧剣を風王結界で受け止めた。

 

「むう、相変わらずのパワーですね」

 

 受けた感じでは、冬木の時と同じくらいのように思えた。

 アルトリアの方はあの時より強いので、その分やりやすくなっている。それでも難敵中の難敵ではあるが、メディアとイアソンの会話によればあまり長時間は現界していられないようだから、12回殺す必要はなさそうだ。

 室内で15騎が入り乱れて戦う混戦は初めてだし、ここは守勢に徹してしばらく様子を見るべきか。アルトリアがそう考えて剣を構え直した時、今度は天草が部屋に入って来た。

 

「うわ、何か凄そうな方がいますね。

 では取り急ぎ真名看破を。その斧剣の巨漢はヘラクレス、宝具は『十二の試練(ゴッドハンド)』、命のストックが11個あるというものです。

 彼の後ろにいる金髪の男性はイアソン、宝具は『天上引き裂きし煌々の船(アストラプスィテ・アルゴー)』、ヘラクレスがいるのがそれみたいですね。なるほど、宝具による一時的な召喚()7騎制限の例外というわけですか」

 

 メディア側にサーヴァントが8騎いたのはそういう仕組みだったようだ。

 謎が解けたところで、天草が看破を続行する。そのためにこの部屋に来たようなものなのだから。

 

「槍を持った壮年男性はヴラド三世、宝具は『血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)』、体内で生成した『杭』を射出するというものです。

 桃色の髪の少年はアストルフォ、宝具はまず1つめが『この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)』、鷲と馬の合成獣に乗って突撃します。

 2つめが『恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)』、魔音を発生させる音波兵器です。

 3つめが『破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)』、あらゆる魔術を打破する手段が書いてある本です。

 4つめが『触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)』、槍の穂先で触れたサーヴァントの膝から下を霊体化させて転倒させます」

 

 アストルフォは宝具を4つも持っているので大変だったが、これで最低限の役目は果たせた。後は敵の今後の追加召喚に備えて、死なないように立ち回っていればいい。

 なので天草は敵に狙われないよう後ろに下がったが、逆にメディア側は彼を放置してはおけない。

 

「ちょ、ちょっと貴方どうやって入ってきたのよ。しかもあっさり真名と宝具を見破るなんて」

「ええ、実は私聖杯大戦でサーヴァントの身でありながらマスターと監督役を兼任してまして。つまり7騎制限に引っかからない関係者だからじゃないかと。

 聖杯大戦を模したのはいいですが、余計な所まで模し過ぎたようですね」

 

 模する度合いが高ければそれだけ暗示や障壁の強度が増すが、代わりにセキュリティホールが発生してしまったのだった。とはいえメディアは自身で聖杯大戦を経験したわけではないから、迂闊と責めるのは酷であろうと天草は思っている。

 

「確かにね……。

 でもサーヴァントがマスターと監督役を兼任したって何? いくら何でも無理があると思うんだけど」

「ええ、それはもう聞くも涙語るも涙の苦労は多々ありましたとも。

 最終的には実らずに終わってしまいましたが」

「……そうらしいわね。

 で、ヘラクレスたちの真名を看破できたのは?」

「深い理由はありませんよ。ルーラークラスの特権です」

 

 アルトリアとヘラクレスが戦っているのをよそに、天草は親切にメディアの質問に答えていた。

 答える義理はないのだが、ヘイトを稼がないためか、あるいは自分が何か聞きたくなった時に答えてもらいやすくするためだと思われる。

 

「ルーラー……知識としてはもらってたけど、本当に存在したのね。

 貴方は中立の裁定者にはとても見えないけど」

「はっはっは、よく言われますよ」

 

 メディアの天草評は的確かつ辛辣なものだったが、それに露骨に韜晦(とうかい)した笑顔で返すあたりがまさにこういう評価を受ける理由であった……。

 そこにジャンヌとジャンヌオルタが現れる。

 

「え、何!? 聖杯大戦の関係者ってこんなに現界してたの?」

「貴女がここの首魁ですね。私は聖杯大戦で裁定役を務めた縁で入って来られた者です」

「その贋作よ。短い付き合いになるでしょうけど、せいぜいよろしく」

 

 ジャンヌは自分が部屋に入れた理由は語ったが、真名まで明かすほどお人好しではなかった。一方オルタは自分から贋作であることを明かすあたり、出生の事情は完全に吹っ切れているようである。

 

「え、またルーラー……!? というか贋作?

 まあ入れてしまったものは仕方ないわ。皆、戦闘再開よ」

 

 作戦としては、まずメディア自身は魔霧を使って自分の魔力回復と手下たちへの魔力供給をする仕事があるので戦闘には参加しない。イアソンはメディアの護衛とヘラクレスの現界維持が役目だから、彼も後方で控えとなる。

 なおメディアとしてはイアソンがヘラクレスを呼べるのなら契約し直しても良かったが、それはさすがに人の心案件なので、彼が魔力を使い果たして退去になったら、礼の言葉くらいは述べながら見送るつもりだ。

 ハサンは接近戦より短刀投擲の方が有用なので遊撃である。

 残る5騎は前衛格闘タイプだが、連携とかはお任せだ。メディアは武術は修めていないので、初見の武闘派同士がうまく連携できる指示なんて想像もつかないので。

 その武闘派たちは、まずエミヤは当然のように士郎に襲いかかって一騎打ち再開となり、クー・フーリンは桜とメドゥーサの2人と戦っている。ヘラクレスはアルトリアと小次郎が迎え撃っていた。

 凛は引き続きガンドによる支援である。魔力をタダで潤沢に供給してもらえるようになったので、上機嫌で乱射していた。

 なおエミヤとクー・フーリンとヘラクレスに連携と呼べるような動きはない。初見がどうとかより、連携しようと思うほどの仲間意識がないので。

 ヴラドとアストルフォはモードレッドと天草とジャンヌズが相手だ。こちらは戦力的に不利なのもあって、そこそこ助け合う形になっている。

 故意か偶然か、冬木組と聖杯大戦組に分かれる形になっていた。

 

「ええと、確か監督役でマスターの暗躍ルーラーと裁定役の色ボケルーラーだったっけ? 仲悪いと思ってたけどなんで一緒にいるの?」

 

 その激戦の最中、聖杯大戦組の1人アストルフォが目の前の4人の内2人に素朴な疑問と見せた悪口をぶつけていた。

 いやアストルフォは理性が蒸発しているから、悪口ではなく純粋に思ったことをそのまま口に出しただけかも知れないが。しかしそれならなおのこと、ジャンヌはスルーするわけにはいかない。

 

「色ボケは貴方でしょう! あとこの監督役と仲が悪かったのは事実ですが、彼がここにいるのを知ったのはこの部屋に入った時なのです」

「ええ、でも今は手を取り合えると思いますよ。

 私の願いには問題があることが判明しまして現在()()中ですが、人理修復には賛同していますから」

「え、本当に!?」

 

 天地が引っ繰り返ってもあの願いを諦めそうにない天草がまさか。ジャンヌは驚愕したが、よく考えれば「停止」は一時的にストップするというだけで「取りやめる」という意味ではない。それなら「問題」の内容によっては合理的な判断ともなり得るわけで、ジャンヌはむしろ安心した。

 

「……そうでしたか。詳しい事情……を聞く暇があるかどうかは分かりませんが、貴方が味方なら大変心強いですね」

「ええ、私もそう思いますよ」

 

 敵対したら厄介な者ほど、味方になれば頼もしい。2人の偽らざる心境だったが、アストルフォにとっては喜ばしくない展開である。

 

「うわー。物語でよくある、敵だった者同士が意気投合する流れだー。

 ところで人理修復って何?」

「簡単に言えば、巨悪から人類を守るための戦いということですよ。

 そして残念ながら、今の貴方はその巨悪の家来です」

「がーん!」

 

 素直で正義派のアストルフォは自分が悪の手先なのだと知らされてショックを受けていたが、ヴラドも人理とか巨悪とかいう仰々しい単語を頭から否定はしなかった。

 

「……監督役は策士ゆえ言うことを鵜呑みにはしがたいが、裁定役が同じ意見だというなら事実なのであろう。

 しかし今の余は黒のランサー、そちらにつくことはできぬ」

「そうなんだよねー。ボクも正義の味方してみたいんだけど」

 

 ヴラドとアストルフォにかけられた暗示はこういう具合に作用しているようだ。

 天草にギアスと暗示をどうにかしようという意図があったかどうかは不明だが、神代の魔女がかけた術がそう簡単に破れるはずもない。決着は剣と魔術でつけるしかなさそうであった。

 

 

 



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第252話 偽聖杯大戦3

 モードレッドと天草とジャンヌとジャンヌオルタはヴラド&アストルフォと戦うにあたって、ざっくりとまずモードレッドがヴラドを抑えている間に、他の3人がかりでアストルフォを倒すという作戦を立てた。こういう時は弱い方から倒すのがセオリーなのだ。

 アストルフォは集団戦での攪乱に向いた騎士であり、一騎打ちの類はあまり強くないのである。

 その攪乱も、室内ではヒポグリフは使えないし、魔笛もここでは味方にも効いてしまう。「破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)」は今は特に用がなく、「触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)」はその名の通り当たらねば意味がないので、自分より武芸達者な敵には使いづらい。つまり現在は攪乱役としてもあまり役に立たない状態なのだが、何かの拍子に逆転の一手をかませるポテンシャルは持っているので、先に仕留めておこうという意図もある。

 うまくやって彼の宝具を奪えれば使い道はあるし。

 

(ピンクの宝具を使えば、キャスターがかけたというギアスと暗示を破れるかも知れませんね)

 

 何しろジャンヌはフランスの特異点で、アストルフォとブラダマンテが黒ジャンヌがかけた狂化を解除した現場に立ち会っているのだ。当然思い至る発想であった。

 マルタやデオンの例から考えるなら光己が「破却宣言」を奪って真名開帳すれば解除できそうだが、ギアスだけでなく暗示もかかっているとなると本人が協力するどころか抵抗してきそうなので、このたびは気絶させないと難しそうだ。

 なおモードレッドが先ほど「重傷を負わせずに気絶だけさせられるほどの実力差はない」という判断をしていたが、それは7対7ならのことであって、4対2であれば話は別なのだ。

 

(かなり面倒ですが、試みる価値はありますね。

 それで、「破却宣言」はどこに隠しているんでしょうか?)

 

 槍と笛は分かるのだが、本は見当たらない。技能型や召喚型ではなく物品型の宝具だから、服の中かマントの内側にでもしまってあるのだろう。あるいは笛と同じように、普段は小さくして持ち運びしやすく(=隠しやすく)してあるのかも知れない。

 こちらから「出せ」と言うのは意図が見え透いているからギアスで逆に隠す方向に行かれそうなので、彼の方から宝具を使って解除したくなるような魔術を使ってみせる方が良さそうである。

 もっともここにいる4人にそこまでの高等な「魔術」を使える者はいなかったが。

 

(うーん、結局気絶させるしかないみたいですね)

 

 やはりすべてを解決するのは単純な暴力のようである。ジャンヌは旗槍を構えて突進すると、兜割りめいてアストルフォの頭上から思い切り振り下ろした。

 

「うわあっ!?」

 

 そのパワーは槍をかざして受けたアストルフォの両手が痺れるどころか、槍を押し下げられて柄を額にぶつけてしまうほどだった。さらにジャンヌオルタが放った魔力弾と天草が投げた黒鍵が襲いかかる。

 

「わわわっ!?」

 

 この体勢では避けようがない。「破却宣言」による対魔力のおかげで魔力弾は効かなかったが、黒鍵は右脇腹と右太腿に突き刺さった。

 深手というほどではないが結構痛い。

 

「いたたっ……こ、これはピンチかも」

 

 このままでは黒鍵を連投されてゲームオーバーだが、ジャンヌは異様に腕力が強くて旗槍を押し返せない。槍を捨てて後ろに跳ぶしかないかと思われたその時、ヴラドが同僚の危機を救うべくジャンヌの横合いから突きかかった。

 

「おっと、させるかよ!」

 

 そのヴラドをモードレッドが追いかけて、後ろから袈裟懸けに斬りつける。ヴラドはそれを甘受して背中に裂傷を負うのと引き換えに、ジャンヌを退がらせることに成功した。

 

「そう来たか、だがオレのターンはまだ続いてるぜ!?」

 

 ただヴラドがモードレッドに背中をさらしている位置関係はそのままであり、当然モードレッドは二太刀目を浴びせようと執拗に追いすがる。しかしそこにハサンが投げた短刀が3本同時に飛んできたので、断念していったん停まった。

 

「チッ、あの仮面野郎マジ鬱陶しいな」

 

 しかも彼は「気配遮断」のレベルがかなり高いようで、攻撃を気配や殺気で感知するのが難しく、警戒リソースを常に多めに割く必要があるのが厄介だった。宝具も危険ぽいし早めに倒した方がいい相手なのだが、彼もその辺分かっているのか前衛に出て来ないので手が出せないのがまたウザい。アルトリアの後ろにいる呪力弾使いが牽制してくれているからまだマシだったが……。

 一方ヴラドはアストルフォをかばうべくその真ん前に立ち、天草とジャンヌオルタが放った黒鍵と魔力弾を喰らいつつも、あえて反撃せずぐっと踏ん張って力を溜めた。

 そんなことをする理由はサーヴァントならただ1つ、宝具の開帳である。

 

「血に塗れた我が人生をここに捧げようぞ。『血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)』!!」

 

 ヴラドの腹が裂け、鮮血と共に何本もの杭が飛び出す。彼の足元の床にも生えてきて、ジャンヌたちの方に広がり始めた。

 やや窮屈ながらも10人以上のサーヴァントが戦える広さがあるとはいえ、室内は室内だから逃げ場はない。しかしジャンヌはこの宝具をすでに見ており、その分反応は早かった。

 

「皆さん、私の後ろに! 『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』!!」

 

 ジャンヌが旗を掲げながら宝具の真名を開帳すると、旗から白い光が広がって彼女たちを包む防護幕を形成する。押し寄せてきた杭の群れと激突して、その進攻を食い止めた。

 パルミラでモレーと戦った時は押され気味だったが、今回は危なげなく受け切れている模様だ。

 

「おお、我が宝具をこうもあっさり防ぐとは。

 しかもこの光の神々しいまでの眩さ、聖女の名は伊達ではないということか……」

 

 ヴラドとジャンヌは戦争で名をなしたキリスト教徒という点は同じでも世間での扱いは正反対という因縁的な組み合わせだが、ヴラドの言葉に妬みや羨望の色はなく純粋に感嘆していた。身体は忌むべき吸血鬼となり果てても、王あるいは武人としての高潔さは失っていないようである。

 ところで「我が神はここにありて」は防護幕の中から外を攻撃できる器用な宝具だ。モードレッドと天草はそれを知らないがジャンヌオルタは当然ながら知っており、安全に全力攻撃できるチャンスを見逃さずこちらも宝具を開帳した。

 

「今度はこっちの番よ! 『焼却天理・鏖殺竜(フェルカーモルト・フォイアドラッヘ)』!!」

 

 ジャンヌオルタが飛ばした三つ首の黒竜が杭の群れの上を迂回し、ヴラドとアストルフォをもスルーしてメディアの斜め上から喰らいつこうと宙を翔ける。この戦いの勝利条件はメディアを仕留めることなのをきっちり理解していたのだ。

 

「おっと、そうはさせないよ。『破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)』!!」

 

 メディアがいかに大魔術師といえども、思わぬ角度から宝具で不意打ちされては防げまい。アストルフォがそれを察していたかどうかは不明だが、ともかく少年騎士は黒炎の竜を追いかけて距離を詰めつつ魔術破りの本を開いた。

 すると本のページが何枚かちぎれて舞い上がり、光の板となって黒竜の突進を阻む。元が紙であるわりに耐熱性も耐衝撃性もやたら高く、黒竜が咬みついても体当たりしても焦げ目1つ付けることができない。

 

「何あれ硬い!?」

「いえお手柄ですよオルタ。さあ皆さん、今こそピンクの意識を害草のごとく刈り取る時です!」

 

 何故か相変わらずジャンヌはアストルフォへの悪意が強く、しかもこのたびは表現の仕方が実に農家チックだった……。

 その目的は明らかである。アストルフォが「破却宣言」を出したので、それを奪う計画を実行に移すということだ。

 モードレッドたちは当然にその言外の意図に気づいたが、敵側にもそれを察した者がいた。

 

「メディア、ランサーとライダーが受け持ってる方の連中はライダーが今使った本の宝具を奪うつもりみたいだぞ」

「え、何で……って、ああ、そういうことね」

 

 イアソンの意見にメディアは一瞬不得要領な顔をしたが、「破却宣言」の効用を思い出すと納得して頷いた。

 ちなみにメディアが「破却宣言」の真の効用を知っていたのは天草が看破したのをちゃんと聞いていたからで、声に出さずに任意の対象複数だけに念話を送る魔術があればそういうことは防げるのだが、メディアならともかく天草の技量では無理だった。

 

「確かに敵に奪われたらまずいわね。でもギアスじゃ自害はさせられないみたいだし、貴方と同じように宝具連発させて退去させればいいかしら」

「そこまでせんでも、本だけ取り上げればいいんじゃないか?

 おまえ、もう少し穏便に済ませるということを覚えた方がいいと思うぞ」

 

 メディアの単純かつ非情なアイデアに、イアソンは大いにドン引きしつつもごく常識的な苦言を呈した。

 生前のメディアは事情がどうあれ弟や他国の王を惨殺したり、他にも自分の都合で多くの人々を殺したり殺そうとしたりしたせいで「裏切りの魔女」という烙印を押されて世を去り、サーヴァントとしての宝具までそれにちなんだものになっている。それを考えれば、イアソンの意見は単に配下の意欲低下を恐れただけではなく、元妻への配慮も兼ねたものと思われる。

 心底彼女を恐れていても多少の愛情はあるのか、あるいは捨てたことにまだ負い目があるのだろう。

 

「う、うるさいわね。でもサーヴァント退去から次を呼び終わるまでには多少のタイムラグがあるし、退去させずに済むならそれに越したことはないかしら」

 

 痛い所を突かれてつい反発してしまったメディアだが、その痛い所を突いた人物の意見を採用できる程度には冷静だった。ただ自分で受け取りに行くとモードレッドたちに狙われるし、イアソンだけ行かせると護衛がいなくなる。かといってアストルフォをこちらに呼ぶと前衛が薄くなってモードレッドたちが攻め込んで来そうだから、手渡しは避けて投げて寄こさせる方が良さそうだ。

 

「ライダー、今使った本の宝具をこちらに投げて寄こしなさい!」

「へ? うーん、リーダーのご意向じゃ仕方ないか」

 

 アストルフォは理性が蒸発しているだけに「破却宣言」の危険性が分かっていないようだったが、指示に逆らう理由もないらしくすぐ本を放り投げてきた。

 その本が、空中でいったん停止したと思ったら肉食獣から逃げる脱兎のごとく反対方向に急加速して部屋の外に出て行ってしまうとは。

 

「…………!?

 メ、メディアおまえ心を持たない本にさえ逃げられるってどんなえげつない悪事働いたんだ!?」

「そんなわけないでしょ!

 確かに肉眼で見えない位置にある物品を、しかも準備なしで自在に動かすのは魔術だとすごく難しいけど、今のは多分超能力の類よ」

 

 イアソンは今度こそガチでドン引きしていたが、今回はメディアの意見の方が正解に近かった。

 つまり光己がマーリン製遠見の水晶で室内の光景を見ながら、「誰かの手に持たれていない宝物」に慣性制御を行使する能力で移動させたのである。ジャンヌの発言を聞いて、もしかしたらと思って機竜の翼改め冠竜の翼と波紋と水晶玉を出して待機していたのだ。

 あとは飛んできた宝物を光己が手に取れば、所有権も奪取してミッションコンプリートである。

 

「よっしゃー、魔術破りの本ゲットだぜ!」

「さすが先輩、今回も見事なお手並みでした!」

 

 作戦成功を見届けたマシュが心底感心した顔でマスターのワザマエを称賛した。

 彼の機転はたいていはマシュ自身でも時間を取って考えれば思いつけそうな内容だが、それを急場ですぐに考えつくのがすごい。

 

「それで、先輩がそれを持って部屋に入るんですか?」

「うーん。それが順当なんだけど、そうすると絶対集中攻撃されるからなあ。

 誰だってそーする。メディアもきっとそーする」

「そ、それは確かに……」

 

 敵の大将が味方を寝返らせるアイテムを持って近づいて来たなら、罠を疑ったとしても放置はするまい。光己が言う通り、全力で攻撃する可能性は高いと思われる。

 それなら彼の(ここ重要)盾兵としては彼が出向くのには反対せざるを得ないが、ではどうすればいいのか……?

 

「仕方ない、発案者のお姉ちゃんにお願いするか……いや魔術書だから魔術スキルがないと使えないか? いやアストルフォが使えるんだから大丈夫か……」

 

 魔術スキルゼロの上理性が蒸発していても真名開帳できるのだから、使用難易度は低いはずだ。ジャンヌでも使えるだろう。

 自分がやりたくないものを姉に押しつけるのは心苦しいが、マスターという立場上やむを得ない。

 そういえばアストルフォがデフォで「破却宣言」を持っているなら魔導書属性があるということだから、仲間にできれば巨大ロボの相方にもなってもらえそうである。理性が蒸発してるのがちょっと不安だが。

 まあそれはそれとして、ジャンヌに本を渡す前に他にアイデアがないか皆に確認しておくべきだろう。

 

「―――というわけで、他に何かいい考えあったりしない?」

「前衛やってる人に本持たせたらそっちがおろそかになるんじゃないかな。後衛の人に頼んだ方がいいと思うよ」

 

 するとメリュジーヌがそんな意見を出してきた。言われてみればその通りだ。

 

「つまりジャンヌオルタか……お姉ちゃんより読書家だし、そうするかな」

「遠坂って子の方がいいんじゃないかな? フリーに動ける立ち位置だから狙われても逃げやすいし、依代自身の魔術スキルも高いと見たよ」

 

 これはマーリンの意見である。そういうことなら凛の方が良さそうだが、光己は念話を使えないので今の話を彼女に伝える手段がない。

 

「いや、現代日本人なら日本語読めるから、本にメモでも貼って一緒に渡せば済むじゃないか。

 あー、そうだ。渡すのも慣性制御よりトネリコの分身使う方が確実だな」

 

 分身はそのままでは部屋に入れないかも知れないが、所有権を光己に移せば行けるはずだ。本を渡し終わったら、聖杯問答の時と同様自爆突撃……はメディアほどの達人なら真似してくるかも知れないからやめておく方が無難か。現にメディアは本を奪われて危機感を覚えたのか、骸骨の兵士を出してヴラドとアストルフォを援護し始めたし。

 

「なるほど、そういうことでしたらすぐに」

 

 トネリコとしても偽アイリスフィールなら1度つくったし、自爆もトランシーバーも要らないなら製作に時間はかからない。

 そして偽アイリができあがると、光己は所有権をもらい「破却宣言」と手書きのメモを手渡した。当然ながらそれがメディアたちに見えないよう、服の内側にしまい込ませる。

 ついでに骸骨兵対策として聖なる手榴弾も持たせた。

 

「おお、ちゃんと俺の思い通りに動くんだな。よし、それじゃ部屋にGO!」

「―――」

 

 偽アイリは喋れないので返事はしなかったが、光己の指示通りに歩き出す。部屋の扉も無事通過して、室内に乗り込んだのだった。

 

 

 



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第253話 偽聖杯大戦4

 偽アイリスフィールが部屋に入るとメディアはすぐそれに気づいたが、この入室者にはいくつか不自然な点があった。

 

「サーヴァントじゃない……? ということはカルデアのマスターかしら?

 でも見たところあの本は持っていないわね」

 

 部屋に入れるサーヴァントがいないので、リスクを承知でマスターみずから入ってきたというのは無謀だとは思うが理解はできる。しかしそれなら何故、せっかく奪った魔術破りの本を持っていないのだろう。

 何かの罠と見るべきだが、だとしても放置する手はない。

 

「アサシン、やりなさい」

「……承知」

 

 指示に応じて、ハサンが得意の短刀を偽アイリに投げつける。罠を警戒した様子見程度の投擲だが、それでも並みの魔術師程度では回避も防御も間に合わない人外の速さだ。

 偽アイリ、いや光己はこの攻撃は想定の範囲内だったので(凛に近づく方向で)横に跳んで避けたが、それでも腹に2本まともに突き刺さる。

 刺さった()()でふらついたところに、追撃でまた3本胸と腹に刺さった。

 

「……あら?」

 

 短刀があっさり刺さって、しかも反撃がないのでメディアは拍子抜けしてしまったが、しかしカルデアのマスター(?)が悲鳴を上げるどころか痛がる素振りも見せないのはどういうことだろうか。

 これが罠? だとしたらどんな意図が?

 

「……でも本当に痛くないのかしら?」

「その痛みに反逆する!」

 

 喋れない偽アイリに代わって光己はそうタンカを切ったが、メディアまで届くほどの大声ではなかったし、そもそも偽アイリには痛覚自体がなかったりするのは秘密だ。

 まあそれはそれとして、やられたからにはやり返さねばなるまい。偽アイリはさっそく、隠し持っていた聖なる手榴弾のピンを抜いた。

 次は主の御心に沿って3数えてから投げるわけだが、ここでもしメディアやイアソンやハサンを直接狙っていたら3人は反射的に迎撃していたかも知れない。しかし3人とヴラド&アストルフォのちょうど真ん中あたり、それもアンダースローで床を転がすように投げられたとあっては対処が遅れるのも致し方ないことだった。

 

 

   どっか~~~~~ん☆

 

 

 手榴弾が爆発し、閃光と爆風がメディアとイアソンとハサンの目を灼き体をよろめかせる。骸骨兵、正しくは竜牙兵たちは粉々になって吹っ飛んだ。

 アストルフォはたまたま竜牙兵が盾になったおかげで軽傷で済んだが、吸血鬼であるヴラドは大ダメージを受けて転倒してしまう。

 

「ぐううっ……これが、この痛みが神の理に反する呪われた体の罪ということか……!?」

「ちょ、ちょっとランサー大丈夫!?」

「余に構うな、それより敵の追撃に備えよ」

 

 それでもなおヴラドは気丈に立ち上がったが、彼が警戒した追撃はすぐには来なかった。モードレッドたちも爆風に煽られて動きが取れなかったからである。

 つまり戦闘全体の流れを変えるには至らない単発攻撃に終わったわけだが、偽アイリが凛のそばに到達するまでの時間を稼ぐことはできた。急いで「破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)」とメモを取り出して凛に手渡す。

 

「貴女いったい……というかこれさっきアストルフォとかいうのが使った宝具じゃない」

 

 凛には目の前の女性の正体も意図も分からなかったが、日本語で書かれたメモを見ると元が聡明な人物だけに必要な事柄はすぐ理解した。

 

「なかなか見る目あるじゃない。報酬割り増しも期待したいとこだけどね」

 

 報酬アップを求めたのは、敵に1番狙われるポジションになったのも理解したからである。それでも本を使う役を拒否しなかったのは、自身の力量に相当な自信があるからだろう

 実際凛は魔術師としては一流で体術もこなせるし、その上憑依しているのはかの金星の女神である。自信を持つのはむしろ当然だった。

 

「偶然だけどアストルフォがこの本使う所はバッチリ見てたし、開帳できると思うわ。でも誰を狙おうかしら」

 

 メモによれば、本をいきなり使っても暗示のせいで抵抗される可能性があるから、事前に気絶もしくは行動不能に追い込んでからの方が良いらしい。ただそれだと味方にしても即戦力にならないが、動けるなら扉のそばに行かせればカルデア側で治療すると書いてあった。

 

「どっちにしても後衛の3人は後回しね。まずは前衛の5人の誰かからってことか」

 

 エミヤは士郎がいなければギアスと暗示を解けば確実に味方になると思われるが、今は難しそうである。クー・フーリンは冬木の時と違って言動も雰囲気もめちゃくちゃ凶悪なので味方にできる気がしないし、ヘラクレスはメディアというかイアソンの味方ぽいがイアソンはギアスなしでもメディアの味方をしそうなのでやはり不可だ。

 

「うーん。先にあっちの2人にやる方が良さそうね」

 

 そもそも最初にこの作戦を考えたのはあっちの旗槍を持った女性である。ギアスと暗示を解けば説得できる見込みがあるのだろう。

 つまり凛は解除だけして、説得は旗槍の女性に任せればいいわけだ。

 ……と思ったが、宝具の元の持ち主にあまり接近するのはよろしくないかも知れない。現に目ざとく本を見つけてクレームを入れて来たし。

 

「あー、取られたと思ったらまた持って来てる! 何のつもりか知らないけど、持ち主の前で見せつけるように使うなんて意地が悪いんじゃないかなあ。

 ……ってあれ? 『破却宣言(それ)』ボクの霊基(もの)じゃなくなってる? 何したの?」

「知らないわよ。そこの旗槍の人に聞いたら?」

 

 凛はそう答えるしかなかった。アストルフォの発言にはちょっと驚いたが、本当に何も知らないのだ。

 そこに妹がか細い声でヘルプを求めてきた。

 

「あの、姉さん。そちらの事情は分かりませんが、こちらはそろそろ負けそうなのですが……」

「え!? 分かった、すぐ行くわ」

 

 どうやらこちらの方が緊急性高そうである。凛は桜とメドゥーサの援護に戻ることにした。

 

「そういうわけだから、他に何かいいものあったらお願いね」

「―――」

 

 偽アイリは喋れないので返事をしなかったが、光己は水晶玉を通して戦況は知っている。当然凛の要請に応じて善後策を考えるべき場面だが、今彼は何事かマシュに怒られていた。

 

「先輩! 爆風で女性のスカートがめくれたところを水晶玉に映すなんて破廉恥すぎます!

 もしかして手榴弾を使ったのはそれが目当てだったのですか!?」

「それは誤解だマシュ! 確かに俺の動体視力を以てすれば遠坂さんのパンチラを鑑賞するのはたやすかったが、しかしよく考えてみろ。本当にパンツを見るのが目当てなら、足元から上を見た映像を映せば済むことじゃないか」

「そ、そこまでやったら弁解不能の痴漢ですよ。先輩のことですから、弁解できる範囲での破廉恥行為を目論んだのではないかと言っているのです」

「何という信頼の無さ!?」

 

 どちらの主張が正しいのかは現時点では不明だったが、そこにドラコーが割り込んだ。

 

「まあ落ち着けマシュ。元はといえば、戦いの場にあんなヒラヒラした短いスカートを穿いてきたあの女に非があろう。

 ……いやもしかして男を惑わせるための意図的なものか? うむ、奴の体術に蹴り技があったら確定だな!

 見てくれはいいし、なかなかの逸材と見た」

「そ、その見方は果てしなく失礼なのではっっ!?」

 

 マシュは真っ赤になって糾弾したが、ドラコーは眉ひとつ動かさなかった……。

 

「それより今は奴の希望通り手助けをするべきであろう。何か面白いアイテムはないのか?」

「んー。確かにあのクー・フーリン、ヘラクレスに見劣りしないくらい強いからなあ」

 

 アルトリアと小次郎は2人とも剣の達人だからヘラクレスと何とか渡り合えているが、桜とメドゥーサは純前衛というわけではないので、その辺の差で劣勢になっているように見える。テコ入れしないと本当に負けてしまいそうだった。

 

「とはいえどうしたものか。手榴弾は2度目は対処されるかも知れんし、玉手箱は見せたくないしな。

 ……そうだ、マーリンさんは竜牙兵つくれる?」

「竜牙兵かい? 触媒があればつくれるけど……キミの歯を使うなんて言ったら怒るからね!?」

 

 マーリンは本気の表情をしていたが、もちろん光己にはそこまでの自己犠牲精神はない。

 

「いやそんなことしないって。ここにテュフォンの牙があるんだけど、これならどう?」

「ちょ、おま!?」

 

 光己が波紋の向こうから紫色の大きな牙を5本ほど出してきたのを見て、エフェメロスは驚愕に目を剥いた。あの激闘の中で牙を折って回収していたとは何という抜け目なさだ。

 いやまあ、これから歯を抜かれるよりはマシだけれど。

 

「ああ、それなら最上級のものができるね」

 

 マーリンはエフェメロスの驚声には反応せず、光己の質問だけに端的に答えた。テュフォンの牙を竜牙兵にできる魔術師は世界史的に見てもごく少数だと思われるが、この回答を緊張も気負いもない淡々とした口調で返した辺りに彼女の技量と自信のほどが窺える。

 

「竜牙兵は形状的に槍や投剣みたいな刺突系の攻撃は当たりにくいし、しかも心臓がないからあの有名な魔槍も無意味だしね。いい考えだと思うよ。

 でもいいのかい? テュフォンの牙なんてもう2度と手に入らないと思うけど」

「うん、惜しい、すごく惜しいけど全部使うわけじゃないし、仲間になってくれた人達のピンチだしね……。

 衛宮ってヤツは爆発するべきであると考えるけど」

「衛宮少年もキミに言われたくはないと思うなあ」

 

 実に的確なツッコミだったが、光己は今回は屈しなかった。

 

「いや、ヤツは俺とは違うタイプでね。一見善良で純朴で女にはあまり興味なさそうな感じだけど、そのくせエロゲの主人公みたいにモテる上に、知り合って数日でヤることヤっちゃうこともある手の早い男と見た」

「い、いやに具体的かつ偏った観察だねえ……。

 それが合ってるかどうかは私には分からないけど、今は仕事が先じゃないかな」

「ほむ」

 

 今は仕事優先というのは正しい。光己は気分を切り替えて、マーリンにテュフォンの牙をまず1本だけ手渡した。

 ついでマーリンが竜牙兵をつくっている間に偽アイリをこちらに戻す。竜牙兵と同時に動かすのは難しそうなのと、偽アイリが竜牙兵をつくったとメディア達に誤認させるためだ。

 なお偽アイリに刺さっていた短刀は、魔術というか逸話再現的能力でつくられた量産品とはいえ「ハサン・サッバーハ」が愛用したものなので宝物として「蔵」に収納した。

 

「マスターは本当にコレクターだねえ。

 ……さて、ご注文の竜牙兵お届けだよ」

「おお、一品物だけあってあっちの量産品とはオーラが違うな。お疲れさま」

「そこは素材の差と言ってほしいところだがな」

 

 無事完成した竜牙兵は実際素晴らしく、サーヴァント相手でも互角に戦えそうな出来映えだった。

 なおメディア側の物は剣兵、槍兵、弓兵の3種がいるが、マーリン製は「竜牙兵は刺突系の攻撃は当たりにくい」と製作者が述べたくらいだから剣兵である。しかもメディア側の剣兵は持っていない盾まで装備していた。

 

「よし、それじゃ出撃だ!」

 

 光己は竜牙兵の所有権をもらうと、さっそく部屋の中に入らせた。

 メディアは手榴弾のダメージからはもう立ち直っており、竜牙兵が入って来たのとカルデアのマスター(?)がいなくなっていることに気づくと「彼女」の思惑も理解した。

 

(なるほど。本を自分で使うんじゃなくて、使えそうなサーヴァントに渡すつもりだったのね。

 それが済んだから引っ込んで、代わりに竜牙兵出してきたってわけか)

 

 しかもあの竜牙兵、自分の物より相当強そうに見える。よほど上等な触媒を用意したか、それともカルデアの技術が進んでいるのか?

 

「どちらにしても1体だけなら後回しね。まずは本を奪わないと。

 貴方たち、行きなさい」

 

 メディアはそう判断すると、新しく出した竜牙兵に凛を襲うよう命じた。

 光己は自分の竜牙兵、略して光牙兵に桜&メドゥーサのフォローをさせる予定だったが、こうなってはメディアの、こちらも略してメディ兵と戦わせざるを得ない。

 飛んできた矢は盾で受け、突き出されてきた槍は剣で払う。1歩踏み込んで返す刀で胴を薙ぐと、一太刀で背骨を両断できた。

 どうやらスピード、パワー、テクニック、そして硬度もこちらが上回っているようだ。

 

「ふ、まあ我の牙を使ったなら当然だな!」

 

 エフェメロスが自慢げに胸をそらす。なるほど身体スペック面はそうだろうが、しかし剣術のスキルはどこから来たのだろうか?

 

「んん? 言われてみればそうだな。我もテュフォンも人間の剣術など知らん」

「それはもちろん私だよ。ブリテンカラテにも剣の技はあるからね」

「ブリテンカラテ」

 

 まあ素材提供者でなければあとは術者しかいないわけだが、まさかこの可憐でたおやかな美女がそのような武張ったものに造詣があったとは。

 そういえばマシュというかギャラハッドの技もカラテらしいし、アルトリア・キャスターも「天上の騎士はブリテンカラテの使い手」とか何とか言っていたような気がするが……。

 

「今はそんなことより現場だよ。見たところメディアは武術も戦術も付与できてないみたいだからね、いわば烏合の衆さ。

 さっさと撃破して、メドゥーサたちの援護に行かないとね」

「んー」

 

 確かにマーリンにブリテンジュードーも修めているかどうか訊ねるのは戦闘が終わってからすることであり、今は光牙兵の操作に専念すべきだろう。

 光己がこっくり頷くと、マーリンがなぜかそばに寄って手をつないできた。いかにも女性らしい、あたたかくてやわらかくてきめ細やかな感触が集中力を削いでくるのだが……。

 

「フフ。あの竜牙兵はキミの注文で私がつくったものだから、あの巨大ロボと同じようにキミと私が精神的接続(コネクト)同期(シンクロ)して操作することで最大の性能を発揮するのさ。

 筋としてはエフェメロスも入れて三位一体にするべきなんだけど、()()()()嫌がりそうだから今回はオミットしてある」

「そ、そうか」

 

 エフェメロスは2人とシンクロなんてしたくないのはその通りだから良いとして、「今はまだ」なんて枕詞を付けられたのが少々、いやかなり気になったが、下手に理由を聞いたら藪蛇間違いなしである。今回は短く相槌を打つにとどめた。

 

「よし、それじゃいってみようか。目標は400%だよ」

「その数字危なくない?」

 

 光己はお約束的に軽くツッコミを入れたが、それにしてもマーリンは楽しそう、というか本当に楽しんでいるのが伝わってくる。

 バトルモンガーというわけではないのだが、人生エンジョイ勢かつグランド級魔術師である彼女にとって「この程度の」戦闘なら楽しめる範囲なのだろう。

 不謹慎という見方もあろうが、人理修復という大任を担っている身としては見習う所があるかも知れない。少なくとも、今は彼女に合わせるべきだ。

 

「よし、そうと決まれば水着お姉ちゃんパワー解放だ。エンジョイ&エキサイティング!」

「ん、言葉の意味は分からないけどマスターもテンション上げてきたね。見てごらん、さっそく竜牙兵の技のキレが良くなっただろう?」

「おお、確かに!」

 

 マーリンの事前説明に嘘はなく、カラテはまだまだニュービーの光己でもはっきり分かるくらいに光牙兵の動きが変わった。メディ兵の矢を盾で受けるまでもなく身体をちょっとずらすだけで躱し、剣や槍も躱してカウンターを叩き込む、あるいは弾いて別のメディ兵にぶつけるなど脳細胞を持たない骸骨とは思えない技巧派ぶりである。

 

「これは勝つる! 水着お姉ちゃんパワーACT2!」

 

 行動の成果を目の当たりにしてやる気が上がった光己が謎の掛け声とともにさらに気合いを入れると、マーリンもそれに応じて次なる機能を開示した。

 

「マスターはノリが良くて嬉しいなあ。これなら英国式チャ……いや日英の合体秘技も出せそうだよ。

 ここからわりと近い未来に日英同盟なんてのも結ばれることだしね」

「合体秘技!?」

 

 なんと聞こえのいい言葉か! 光己が別の方向でテンションを爆上げすると、マーリンはびくっと体を震わせた。

 

「んぅっ!? ……ふ、はぁ。

 いやあ、シンクロ中にマスターに妄想力(コスモ)だっけ? 突然あちら方面で高められると響くねえ。

 お返しはまたいずれするとして、今は秘技の方を見せようじゃないか。名づけて『ローリング・オブ・アルビオン』!!」

 

 マーリンが何故かちょっと息を荒くし頬を上気させつつもコマンドを送ると、光牙兵は一瞬ふっと脱力した後また動きを変えた。

 それはとある日本剣法の極意「(まろばし)」を彷彿(ほうふつ)とさせる、たとえるなら盤の上を転がる珠のように自由で形にとらわれない、それでいて振るわれる剣はまさに竜の牙めいた暴威で敵を次々と両断していく戦慄の秘技。そしてメディ兵をあっという間に討ち果たすと、その勢いのままクー・フーリンの背後から斬りかかるのだった。

 

 

 




 カラテについてのギャラハッドやキャストリアのくだりは原作準拠であります。
 「転」は新陰流の極意ですので柳生但馬守は会得していたでしょうから、加藤段蔵にカラテを習ってる光己君は縁があることはあるのですな。もちろん実際に見たことはありませんが(ぇ
 あとテュフォンの牙って英霊召喚の触媒に使えば確実にツモですよね。オークションに出したら大金になるでしょうから、それを初対面の桜たちのために差し出せる光己君は実際男前ですが、凛が知ったら報酬の一部として要求されそうな気がしますw




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第254話 偽聖杯大戦5

 クー・フーリンは桜とメドゥーサの2人を相手にしつつ凛のガンド攻撃も受けていたが、その状態でなお背後からの光牙兵の接近を襲われる前に察知した。素早く後ろに下がって正面の2人の間合いから出ると、光牙兵に槍の石突を繰り出す。

 光牙兵にとってはクー・フーリンが背中を向けたまま自分から近づいてきたのは予想外で、メディ兵にやったようなカウンターはできず盾で受けるしかなかった。しかも彼の腕力はすさまじく、突っ込んだ光牙兵の方が跳ね返されてよろめく。

 またクー・フーリンの槍は光牙兵の盾に当たった反動で元の位置に戻ったので、桜たちがつけ込めるほどの隙はなかった。

 

「つ、強い!」

 

 光己とマーリンとエフェメロスの驚きの声が唱和する。今までの観戦で分かってはいたが、やはりケルト神話の代表的な戦士だけに実力は並みではなかった。

 しかし光牙兵は傷ついてはいないし、挟み撃ちのポジションも維持している。クー・フーリンの背後にいればメディアとハサンは飛び道具での援護はしづらいし、状況的には優勢だ。

 

「ところでマスター。アストルフォたちはもう宝具を手から離すことはしないだろうし、キミが獣モードでいると彼らと契約する時に魔物か何かだと思われてためらわれそうだから人間モードに戻った方がいいんじゃないかな」

 

 そこにマーリンがこんな提案をしてきたが、ドラコーが異を唱える。

 

「いや、自分から放り投げることはなくても、何かの拍子に手から離れてしまうことはあり得よう。

 見た目の問題なら、貴様が幻術で誤魔化せば済むのではないか?」

「なるほど、それはそうだね。それじゃさっそく」

 

 マーリンが光己に幻術をかけて、普通の人間の姿に偽装させる。これで光己の種族が原因で契約を嫌がられることはなくなったので、気分一新戦闘再開だ。

 

「よし、今度は俺のカラテ技を披露しよう!

 我が一撃必殺の……あれ!?」

 

 光己のヒサツ・ワザの目潰しブレスと魔王掌はたとえクー・フーリン相手でも決まれば特大ダメージ必至の強力な技だが、前者は光牙兵には使えないし、後者は剣と盾を手放し素手になる必要がある。現状では難しかった。

 

「といって俺は剣術はやってないしな。今は見送りか」

「それは残念。そうそう、さっきは使われなかったけどクー・フーリンは尻尾があるから気をつけてね」

「ほむ」

 

 なるほどあの太い尾を振り回されたら、形状的に体重が軽い光牙兵など簡単に吹っ飛ばされそうである。まあ背後を取っているだけでも牽制の役目は果たしているから、無理をする必要はないといえばないのだが……。

 

「いや待てよ。メディ兵が持ってた剣や槍を投げつけるという手があるな」

 

 それなら尻尾の間合いの外から安全に攻撃できると光己は思ったが、倒したメディ兵たちはいつの間にか影も形も残さず消え去っていた。

 どうやら機能停止すると消滅する仕様のようだ。

 

「むう、そこまでうまくはいかないか……。

 しかし飛び道具なら他にもある」

 

 先ほど回収したハサンの短刀を渡せばいいのだ。運搬役の偽アイリと光牙兵を同時に動かすのはまだ難しそうだが、マーリンとの精神的接続(コネクト)は継続中だから光牙兵の操作は彼女に任せられる。

 ―――何、3対1で戦っている者の真後ろから刃物を投げつけるのはさすがに卑怯? それでも正義の味方かだと? フ、悪いが俺は人理と地球の味方であって正義の味方ではないのでな!

 

「というわけでもう1回お願いしていい?」

「なるほど、確かにいい考えだね」

 

 マーリンは何故かちょっとだけ生暖かい顔をしたが、その理由を語ることもなく光己の案に賛同した。

 そして光牙兵の操作権を受け取ると、短刀をもらうまでは牽制に徹するということでクー・フーリンの尻尾が届かないぎりぎりの間合いを維持しつつ剣を向けて威嚇する。

 

「……チッ、嫌味なマネしやがるぜ」

「さ、さすがにどうかと思いますが助かりました……」

 

 クー・フーリンが思い切り不愉快そうに舌打ちし、桜はちょっと引いた様子ながらもふうっと一息入れてほんの少し気を緩めた。実際とてもキツかったので。

 メドゥーサもいったん手を休めたが、凛は逆にここぞとばかりにガンドを撃ちまくっている。クー・フーリンはその対処だけでも忙しいくらいだった。

 彼への援護は来なかった。メディアとハサンは手を出しづらいし、エミヤとヘラクレスもうかつに動けば今戦っている敵に背中をさらすことになるので安易には動けない。ヘラクレスは命が12個あるとはいえ、「選定の剣」で1度に7個刈られた記憶があるので「あの時」より強いアルトリアに隙を見せる危険性を知っているのだ。

 その膠着状態の間に偽アイリが短刀を持って到着すると、光牙兵は剣を左前腕の2本の骨の間に差し込み、盾も持ち手を剣の柄にはめて両手をフリーにした。右手で投げ、左手は残りの短刀を持つ形である。

 

「ちょ、おま、まさか……!?」

 

 さすがのクー・フーリンもちょっとばかり青ざめた。この状況で避けられるわけがない。

 

「カルデアのマスター、こういう正統派英雄はもちろん反英雄でもあんまり考えないような小悪党ぽい策が得意なんですよね」

 

 メドゥーサがいっそ暢気な口調でそう評した直後、クー・フーリンの腰に短刀が突き刺さる。頭や首や心臓といった急所をあえて狙わない、つまり彼の本能的な危機回避力を下げているのがまた小面憎かった。

 

「ぐっ! テ、テメェ!」

 

 こうなってはクー・フーリンも黙っているわけにいかず、なかば反射的に槍を横薙ぎに振るって光牙兵を排除にかかる。しかしこれは当然読まれており、光牙兵はかがんで回避した。

 さらにここで、クー・フーリンの注意が背後に向いたことで余裕ができた桜が槍の本来の用法を披露する。つまり先端から稲妻を放ったのだ。

 

「がッ!?」

 

 稲妻は光と同じ速さなので、発射した時に照準が合っていれば回避はできない。しかもシヴァの三叉戟(トリシューラ)が放つものだから、サーヴァントでもくらえば感電症状を引き起こす。具体的には熱傷、体細胞の壊死、麻痺といった危険性の高いものだ。

 もっともクー・フーリンほどの強者なら、宝具開帳ではない通常攻撃ならさしたる痛手にはならない。まして麻痺まではいかないが、想像外の攻撃だったこともあり一瞬わずかに力が抜けてしまう。

 光牙兵がすかさず2本目の短刀をクー・フーリンの右脛めがけて投げつけ、避けられはしたがそれで彼の注意を下に向けておいて槍に組みついた。彼の動きを阻害するのはもちろん、あわよくばかの有名な心臓穿ちの魔槍(ゲイ・ボルク)を分捕ろうというマスターが大変喜びそうなムーブである。

 しかも単に組みつくのではなく、それは左腕だけにしておいて右手は3本目の短刀を握ってクー・フーリンが槍を持っている右手を刺しまくるという、絵面的には正義っぽさのカケラもないやり口だった。

 

「こ、この骨野郎が……!」

 

 クー・フーリンにとってゲイ・ボルクは命の次に大事な得物だ。こんな見た目もやる事も薄汚い骸骨風情に奪われるなど、とても許せるものではない。光牙兵を殴ったり槍ごと振り回して床に叩きつけたりして引き剥がそうと試みるが、敵はしぶとくてなかなか離れようとしない。

 

「今よ桜! さっきの稲妻撃ちまくりなさい」

「え、ええと。いくら何でもえげつなさ過ぎとは思いますが、手加減できる状況ではありませんので……!」

 

 そこに凛と桜がガンドと稲妻を連射する。こちらは光牙兵に当たっても問題ないので気楽なものだった。骨からできたゴーレムに呪いや電撃は無効なので。

 クー・フーリンは光牙兵を盾にして防ごうとするが、当然抵抗されるのでうまくいかない。ダメージがどんどん重なっていく。

 

「ちょ、ちょっとさすがにアレはまずいんじゃない!?」

「ううむ、しかしどうしたもんか……」

 

 自陣営の武力()()()()()()であるクー・フーリンの苦境に、メディアとイアソンはそろそろ危機感を抱き始めてきたようだ。

 しかしエミヤはともかくヘラクレスは何故動かないのか? せめてその理由が分かれば打つ手もあるかも知れないのだが、あいにく彼は言葉を話せなかった。

 

「じゃあ竜牙兵をヘラクレスの援護に送ってみるか? 無駄にはならんし、それで何か分かるかも知れん」

「そうね、やってみましょうか」

 

 メディアがまた竜牙兵を10体ほど創り出して、ヘラクレスの左右からアルトリアと小次郎を襲う形で進ませる。

 この10体がもし光牙兵と同じ作戦を採るなら、速さや技量は劣っていても十分2人の脅威になるだろう。今度はアルトリアが危機感で眉根を寄せる番だったが、戦場経験豊かな身だけに一瞬で部屋全体を見渡すと即座に対策を考えついて依頼した。

 

「ジャンヌ、ジャンヌオルタ! あの竜牙兵を止めて下さい」

 

 アルトリアが見たところジャンヌたちはかなり優勢で余裕があるので、メディ兵10体を倒すくらいの時間なら2人抜けても大丈夫だろうという判断である。ジャンヌ2人も断る理由はなく、すぐ承知した。

 

「……! はい、分かりました!」

「もう少しで勝てそうなんだけど、仕方ないわね」

 

 ジャンヌはアストルフォと戦っていたが、天草がフォローに入れば追撃を受ける恐れはない。オルタは元々後衛なので問題はなく、2人は急いでメディ兵のインターセプトに入った。

 

「なぎ払います!」

 

 ジャンヌがその言葉の通り、旗槍を大きく振るってメディ兵を出来損ないの人形のように片っ端から吹っ飛ばしていく。オルタを呼ぶ必要はなかったかと思われるような無双ぶりったが、今の2人の位置ならメディアはフレンドリーファイアの恐れなく魔術攻撃ができた。

 

「そこならいけるわ。絶望なさい!」

 

 マントを蝙蝠の翼めいて広げて、そこから大きな魔力弾を雨霰と撃ちまくるメディア。神代の魔女の名に恥じない威力と連射速度だったが、すかさず妹の盾となって立ちはだかったジャンヌの対魔力はアルトリアを上回るEXを誇っており、通常攻撃はまるで用をなさなかった。

 

「ちょ、何貴女!? 裁定役とか言ってたけど、ルーラーってみんなそんなに硬いの!?」

「他のルーラーのことを詳しくは知りませんが、私はそれなりに硬い方だと自負しています」

「貴女が『それなり』!?」

 

 ルーラーは総じて高い対魔力を持つが、その中でもジャンヌはピカ一である……が、慎み深い聖女がそんな自慢たらしいことを言うはずがない。とはいえ謙遜しすぎるのも嫌味なのでこんな表現になったが、驚愕と畏怖でメディアの声が1オクターブ高くなったのも残当といえよう……。

 そしてその間に、ジャンヌの後ろに隠れていたオルタが宝具を開帳する。

 

「じゃあ聖女の贋作らしく、いい所だけもらっていきましょうか。『焼却天理・鏖殺竜(フェルカーモルト・フォイアドラッヘ)』!!」

 

 メディアやアストルフォではなく、現在4人がかりで攻められているクー・フーリンへのダメ押しだ。避けられるはずもなく、三つ首の炎竜がクー・フーリンの頭と両肩に喰らいつく。

 

「ぐううううっ……!」

 

 灼熱の痛みに、勇猛無比なクー・フーリンもさすがに苦悶の呻きを漏らす。もはやこれまでと覚悟を決めたが、敵を1人も斃さぬままに退去するのはプライドが許さなかった。

 

「おおおっ……『噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)』!!」

 

 まずは宝具で海獣の外骨格をまとってから、おもむろに光牙兵をベアハッグで絞め上げる。槍から手を放すわけにはいかないので左腕1本だけだが、それでもテュフォンの牙製で神話級の硬さを誇るはずの光牙兵がメキメキと軋みを上げヒビが入り始めた。

 

「おおああっ……道連れだ!!」

 

 とどめに身の守りを捨てて全魔力を籠めた死の抱擁で、光牙兵は砕け散った。

 しかしその間もガンドと稲妻と竜火を浴び続けていたため、クー・フーリン自身も力尽きて霊基が崩壊を始める。

 

「それでも戦果は骸骨野郎1体だけか……だが槍は守り抜いたことだし良しとしとくか」

 

 そして()()()()()()()、光の粒子となって座に還ったのだった。

 

 

 

「うーむ、さすがはクー・フーリン……あの状況で最後まで槍を守った上で光牙兵まで壊すとは」

 

 その様子を水晶玉で観察していた光己は、魔槍を入手できなかったことを残念がりつつも敵の天晴れぶりに感心していた。

 しかしクー・フーリンは倒せた。メディアが穴埋めに追加召喚するとしても、彼ほどの猛者を引き当てられる可能性は低いから有利になるはずだ。

 そして光己の、というか大方の予想通り、メディアはクー・フーリンの退去が確実と思われた時点で追加召喚の準備に入っていた。そして退去の次の瞬間、大急ぎで呪文を唱える。

 

「―――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 その呼び声に応じて、部屋の隅に1騎のサーヴァントが現れた。

 身長170センチくらいの若い女性である。濃灰色のコートと黒いスーツを着て、黒っぽい筒らしき物を背負っている。

 服装や雰囲気からすると、光己や士郎たちと同じく20世紀末から21世紀初頭の人物のようだ。

 ジャンヌがさっそく真名看破しようとしたが、それより早く凛が驚き、いや勧誘の声を上げる。

 

「バゼットじゃない! ギアスと暗示がかかってないならこっちに付きなさい。

 今のキャスターは人類の敵だそうだし、もしこっちの敵になったら速攻で家宝ブン捕られるわよ」

「な、何ですと!? というか貴女は冬木のセカンドオーナーじゃないですか」

 

 どうやら凛と召喚された女性(バゼット)は知り合いのようだ。

 バゼットは「海神マナナン・マク・リール」の疑似サーヴァントなのだが、「第3再臨」以外は依代の人格が表に出るスタイルだ。そのおかげでギアスと暗示を受けずに済んでおり、凛の言葉を素直に受け取ることができていた。

 といっても鵜呑みにするほどバカ正直でも彼女と親しくもなく、まずは自分の目で状況を観察してみる。10人以上のサーヴァントが乱戦しているのには驚いたが、「あの聖杯戦争」のキャスター(メディア)が片方の大将なのは事実のようだった。

 そして「裏切りの魔女」と「伝説の騎士王」が敵対しており、しかも騎士王側の方が人数が多く優勢らしいとなれば、そちらに付くのが順当というものだろう。バゼットは凛の言葉に乗ることにして、1番近くにいたジャンヌ2人に合流した。

 「家宝ブン捕られるわよ」という台詞も無視できないし。

 ちなみにバゼットのクラスはアルターエゴである。クー・フーリンの後釜ならバーサーカーが来るはずなのだが、今はヘラクレスがいて7クラスとも埋まっているからかエクストラクラスから選ばれたようだ。あるいはバゼットは「あの聖杯戦争」でクー・フーリンのマスターだったことがあるのでその縁かも知れない。

 

「事情はよく分かりませんが、そちらの味方に付くことにします。よろしく」

「ギアスと暗示を受けずに済んだのですね。こちらこそよろしく」

 

 ジャンヌも当然にバゼットの合流を歓迎したが、召喚直後に寝返られたメディアの方はたまったものではない。7騎制限のカウントから外すため速攻でバゼットとの契約を解除すると、正直魔力と精神力がキツかったが超特急で再度追加召喚を行う。

 

「まったく、どうしてこうなるの……前略、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」

 

 さて、今度はどこの誰が現れるのであろうか……!?

 

 

 




 ねんがんのバゼットさんをマイカルデアにお招きできたので、さっそくSSにも登場してもらいました。
 それにしてもこの方、2臨が「それにしても臀部が(ry」で、3臨が「はいてないつけてない」とは素晴らしい服装センスですな。さすがケルト!(ぇ
 そういえばどこぞの神父もアルターエゴかつ疑似鯖だったような……いえ何のことかは分かりませんが。




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第255話 偽聖杯大戦6

 現れたサーヴァントは、黒い聖職者の平服(カソック)を着た壮年の男性だった。今回も光己たちと同じ現代人、しかも日本人のように見える。

 身長は190センチほどもあり、武術か何かの達人なのか相当鍛えられた体躯と鋭い眼光を持っていた。

 ジャンヌが真名看破しようとすると、このたびも凛が、今度は怒りのこもった声を張り上げる。

 

「綺礼ィィィ! サーヴァントになってまでしてまた私の前に顔を出すとはいい度胸ね!

 OK、今度こそ私の手でアンタが行くべきところに叩き落してあげるわ。永遠の地獄にね!!」

「おおっ!? いきなり罵倒されたかと思えば凛ではないか。しかも衛宮士郎に間桐桜にマクレミッツ、それにキャスターにアーチャーにバーサーカーにセイバーにライダーにアサシンまでいる、だと!?

 冬木の聖杯戦争の再現でもしているのかね」

 

 綺礼と呼ばれた男性は唐突な殺害宣言に戸惑った顔をしたが、やはり武術の達人のようで即座に周囲を見回して状況を推測していた。正解ではなかったが、まあこれだけ関係者が揃ったのだから無理もないといえよう。

 

「さあ? でもセイバーが『私はこの街の異変を解決し、ひいては全人類を守るために派遣されて来ています』って言ってたから多分違うんじゃないかしら。

 ところでアンタ、その口ぶりだとギアスは分からないけど暗示はかかってなさそうね。

 ……いえ、どっちにしても同じだけどね! かかってたら当然倒すし、かかってなくてもアンタみたいな外道仲間になんてできないもの」

「ちょっと待て、全人類!? ギアス!? 暗示!? いったい何の―――」

 

 60億人規模の話と自分1人だけの、それもかなり深刻そうな話を同時に持ち出されて綺礼はますます当惑したが、凛は答えるどころかその隙をついた先制攻撃を試みる。しかしバゼットが慌てた様子で割って入ったので、不承不承ながら手を止めた。

 

「待って下さい凛。あの穏やかで理解力と包容力に満ちた、理想的な神父ともいえる綺礼神父を地獄に落とすとか外道とか、何か勘違いしているのではないですか!?」

「バゼット!? いえ勘違いしてるのは貴女でしょ。自分を騙して腕ごとサーヴァント奪った奴をかばうなんてどういう神経してるの」

「え、ええ、そ、それは事実ですがそれは騙された自分が悪かったと言いますか」

「加害者の論理に被害者が丸め込まれてどうするのよ。もし素で言ってるなら尚更救いがないわよ。

 てかアイツ、『この世全ての悪(アンリマユ)』を顕現させようとしてたのよ。擁護の余地はないわ」

「アンリマユ……ですか。はっきり覚えてはいませんが、彼はそれほど悪党ではなかったと思うのですが」

「……貴女アンリマユに会ったことあるの!? だとしても騙されてるわよ絶対。

 そもそも『この世全ての悪』が悪以外の何だっていうのよ」

 

 ものすごい説得力だ。バゼットは一瞬ひるんだが、なお抗弁を試みた。

 

「いえ、それは本人を知らない部外者による勝手な命名でしょう。貴女の国でも『百聞は一見に如かず』というではないですか」

「聖杯が真っ黒の泥に汚染させられてたのはヤツが中にいたせいだってのは、私も士郎も己の目で見てるんだけどね。

 あの泥がどれだけ危険かは貴女も知っているでしょう」

「ええっ!?」

 

 それは初耳だ。いや凛だけなら嘘をついている可能性もあるが、この場にいる士郎の名前を出した以上それはない。

 するとアンリマユを顕現させようとした綺礼も悪ということになる。バゼットは己がさらに劣勢になったのを感じた。

 一方光己たちも凛の話に驚愕していた。

 

「うーん。あの綺礼っていう人やアンリマユが具体的にどんなヤツかは分からないけど、バゼットさんは人を見る目がかなり曇ってるんじゃないかなあ。まだ会ってすらないけどさすがにちょっと心配になる」

「もしくはダメンズどころか悪人好きか、単なるマゾヒストという線も考えられるがな」

 

 ドラコーのバゼット評は壊滅的であった……。

 

「それにしてもアンリマユとはな。もし遠坂の話が本当なら、綺礼とやらにギアスがかかっていようがいまいが天草とジャンヌは奴を討たざるを得まい」

「あー、同じカトリックの聖職者と聖女だからなあ」

 

 神父の職にある者が異教の大悪魔を顕現させようと試みるとか、不祥事なんてレベルではない。

 それでも綺礼だけの話なら大きな組織にたまたま1人の不心得者がいただけというどこにでもあるケースだが、同じ組織の役職持ち複数がそれを見過ごしたとあっては組織自体の鼎の軽重が問われてしまう。ドラコーに「余が貴様らを弾圧したのは正しい判断だったな!」なんて煽られても抗弁のしようがない。

 まして天草にとって「この世全ての悪」を助けようとする者は最大の敵であるはずだし。

 

「しかしアンリマユといえばサタンと同格の大物だ。思い通りに動かせるはずもなし、綺礼は何がしたかったのだろうな」

「破滅願望でもあったのかなあ。ところで天草たちには言ったけど、サタン……ルシフェルは全面的に悪で人類の敵ってわけじゃないから」

 

 光己は「同格」という言葉に「同類」の意味が含まれると思ったのか、ルチフェロなりしサタンを擁護するようなことを言い出した。

 当然にドラコーが首をかしげて問いただす。

 

「……? ルシフェルは人類の宿敵なのではないのか?」

「いや。グノーシス主義では善なる存在だし、()()()()()()()()()人類を敵視してはいない感じだしね」

「グノーシス……? ああ、人類に知恵をもたらしたことか」

 

 ドラコーは相変わらず博識かつ頭の回転が速かった。

 

「確かに今の人類が存在するのはルシフェルのおかげとも言えるが……しかしあらゆる不幸の作り主とも言えるのではないか? あれが理由で神の楽園(エデン)から追放され、死や労働や相争う運命を背負ったのだからな」

「うん、でもその理屈なら無垢なままじゃ得られなかった喜びや楽しみや進歩や発展の作り主でもあるわけだから、敵でも味方でもあるということで」

「んん? うーむ、理屈としてはその通りだが……」

 

 どうやらドラコーはベストパートナーが善的存在でもあるという説をすぐには受け入れられないようだったが、そこに何故かトネリコが話に加わってきた。

 

「あの時話していたバナナ型神話のことですね。

 そういえば秦の異聞帯では、人間は知恵を失った上に不死でもなかったそうですが」

「ほえ?」

 

 今の話とは関連があるがここの現場とはまるで無関係、しかもかなりトンデモな話題を突然持ち出されて光己とドラコーはびっくりしてしまった。

 しかし知恵を失ったとはいったい!?

 

「いえ、正確には奪われた、ですかね。

 又聞きの話なのであまり細かいことは言えませんが、何でも世界を統一した始皇帝は、民には秦建国の頃……いえもっと昔の原始的な農耕生活を強いていたと聞きました。

 戦争も飢えもなかった代わりに、文明の発展を完全に停止させていたそうです。文字すら存在せず、食事は始皇帝が開発したと思われる万能麦の他は、たまに彼から下賜される薬物だけであったとか」

「なんと……!?」

 

 情報密度が激烈に高かったので光己は理解するのにちょっと時間がかかったが、これはずいぶんと(いびつ)ではあるまいか。本当に戦争や飢えを根絶したのなら大したものだが、その代償が大き過ぎる。アルトリアズが聞いたらブチ切れそうだ。

 異聞帯全体としての学問(ノウレッジ)技術(テクノロジー)のレベルは相当高そうだが、それを始皇帝とその周辺が完全に独占しているのだろうか?

 

「つまり愚民政策ということか。始皇帝とやらが焚書坑儒とかいう思想統制をやっていたことは余も知っているが、それを徹底的に推し進めたのだな。

 しかしそこまでやったら民というよりペット同然だな」

 

 相変わらずドラコーは口に遠慮がなかったが、その単純化したワードを聞いた光己はピシリと顔を引きつらせた。

 

「ああ、そうなるのか。二重の意味で人をバカにしてるよなあ。

 個人的にも不愉快だが、俺のこの赤い竜の翼と内なるスパさんも『叛逆せよ』と言っている」

「……。赤い竜(ルシフェル)は神の意に背いてまでして人間に知恵を与えた者だから怒るのは分かるが、内なるスパさんとは誰のことだ?」

 

 ドラコーのその疑問にはマシュが答えた。

 

「ええと、おそらくローマの剣闘士で反乱を起こしたスパルタクスさんのことではないかと……。

 ローマの特異点に現界してましたから、ドラコーさんもご存知なのでは?」

「ああ、あの男か。確かにインパクトはあったな。

 あの男なら、組んだにせよ戦ったにせよマスターの印象に強く残ったことだろう。あんまり影響受けてほしくない奴だが」

 

 黙示録の獣とかバビロンの大淫婦とか呼ばれる大物であっても、スパルタクスは警戒の対象のようだった……。

 

「……よし、決めたぞ。戦争と飢えをなくしたのは偉大だと思うが、それはそれとして空想樹切除の前に始皇帝のツラに反逆のドラゴンブリットを叩き込むとな!」

「あー、いえその……秦異聞帯の担当クリプターは芥ヒナコでしたので、この世界では出現しないと思われます……。

 ちょっと興味がわいたものですから。現実的な意味がない話題を出してしまって済みません」

 

 光己が拳を握り締めて叛逆の気焔を上げるのを見て、トネリコはそう言って謝りつつも内心では(愚民政策はしてなくて良かった)と、ほーーーっと深く安堵の息をついていた。

 彼の反応がギルガメッシュやイスカンダルの時より攻撃的なのは、始皇帝が思惑はどうであれ民の知性や創造性を直接スポイルしていたからだろう。彼が嫌いそうな話だ。

 モルガンの場合は、自然状態では文明や文化を創らない妖精たちに創るよう仕向けていたので、逆方向の圧制だと言われればその通りだが、内なるスパさんはともかく光己とルシフェルはそこまで怒らないだろう……。

 

「え、そうだったんだ。

 いや謝るほどのことじゃないよ。ちょっと残念ではあるけど、見てみたいとも思わないしね」

「うむ、別に気にすることはない。

 ただ余としてはそちらの話よりマスターの『俺が受けた感覚では』という台詞が気になるが、今はそろそろ目の前の現実に戻ろうではないか」

「んー、そうだな」

 

 バゼットと綺礼の動向や能力によってはまた援護する必要があるので、ドラコーの意見は妥当である。しかし幸い、凛とバゼットの論戦は今なお凛優勢だった。

 

「じゃあ決定的なネタを教えてあげるわ。綺礼は教会の地下室に、無関係の子供を何人も閉じ込めていたのよ。ギルガメッシュへの生贄、魔力源としてね。

 魔術師ならともかく、聖職者がやっていいことじゃないわよね」

「なあっ!?」

 

 バゼットは激しく衝撃を受けてよろめいた。生贄、人身御供という風習は古来より世界各地にあったが、現代の聖職者がやったとしたら狂気の沙汰だ。

 

「い、今の話は本当なのですか綺礼神父」

「……ふむ。ここにいるのが凛だけなら嘘だと言い張ることもできるが、衛宮士郎やセイバーやアーチャーまでいるのでは無駄骨だな。

 凛が言っているのは事実だよ。『この世全ての悪』の件も、今の子供たちの件もね」

「何ですって……!?」

 

 バゼットはまたも衝撃を受けたが、本人が認めてしまったのでは是非もない。このたびは己の見る目が間違っていたことを素直に認めた。

 「穏やかで理解力と包容力に満ちた」と思っていた彼の姿は、上っ面の仮面に過ぎなかったのだ。

 だがそうとなれば、腕とサーヴァントを奪われたお返しをせねばなるまい。正義の味方を気取るつもりはないが、この悪徳神父は右ストレートでぶっ飛ばす!

 そう決めたバゼットがボクシング風の構えを取ると、後ろから何やら切羽詰まったような声が聞こえた。

 

「ちょ、ちょっとお待ちを。その男と戦うのなら私も! 私も戦いたいので誰か代わって下さい」

 

 天草である。ドラコーが推測した通りの理由で、綺礼は己の手で倒さねばならぬと考えたのだ。

 なお天草は綺礼の義兄に当たるのだが、お互いその認識はないように見える。

 ちなみにアタランテも「子供を閉じ込めて生贄にしていた」と聞いた直後に飛び出しかけたが、こちらはフランとナーサリーが取り押さえていた。

 

「……あー」

 

 凛とバゼットは天草が綺礼と同様にカソックを着ていることで彼の動機を察したが、初対面の者に譲ってやる義理はない。誰か他の者はいないだろうか?

 するとクー・フーリンが退去して手が空いた桜とメドゥーサが立候補した。

 

「あ、それなら私が……」

「では私も」

 

 2人とも綺礼には執着していないので、強く望む者がいるなら譲ってもいいのだった。

 さっそく聖杯大戦組のエリアに赴いて選手交代する。

 

「ありがとうございます。ではまた後で」

 

 天草はお礼に続けてさりげなく互いの無事を祈る言葉を述べると、すぐさま凛のそばに走った。

 その直後にジャンヌも来たので、疑問に思っていたことを訊ねてみる。

 

「ところで今までどこにいたのですか? まったく見かけなかったのですが」

「ええ、マスターの好意で先ほどまで短刀の中に戻っていたのです」

「短刀の中?」

「いわゆる憑依ですね。サーヴァントも幽霊ですから、それ用に造られた物になら宿れるということです。いえ私は正確にはサーヴァントではありませんが」

「……!? よく分かりませんが、詳しいことはまた後で教えて下さい」

 

 何しろこれから巨悪を討つ戦いが始まるのだから。ジャンヌも表情を引き締めた。

 なおオルタは「5対1は過剰でしょ」と言って元の場所に戻っているが、この判断は別の理由で正解だったかも知れない。桜&メドゥーサと対峙しているアストルフォに、唐突に強化イベントが発生したので。

 

「わ、今度は2対1かあ。でもまだ負けないよ。だってボクはキミたちの竜牙兵のおかげで、新しい戦闘スタイルが閃いたんだからね!」

 

 言うなりアストルフォの雰囲気が変わり、ただでさえ理性が無いのがさらに亢進して全く何も考えていないかのような印象になった。今までの戦闘で何ヶ所か傷を負っていたが、それに耐えられなくなったのかフラリとよろめく―――ように見えた直後、鋭い突きがメドゥーサを襲う。

 

「!?」

 

 その刺突には殺気とか予備動作とかそういったものがまるでなかったため、メドゥーサは一瞬反応が遅れた。釘剣で何とか打ち払いはしたが、肩を少し切り裂かれてしまう。

 

()ぅっ……!?」

「ライダー!?」

 

 何だか妙な展開に泡喰った桜が慌ててアストルフォの横から槍を繰り出す。しかしこれも、風に舞う木の葉めいた流れるような動きで躱されると同時に横薙ぎの一閃が飛んできた。

 

「きゃっ!?」

 

 反射的に上体を後ろにそらせたおかげで、ブレザーの胸元を裂かれたものの傷は負わずに済んだ。しかしアストルフォは動きを止めず、勢いのまま槍を回して石突でメドゥーサの腹部を狙う。

 

「!!」

 

 先ほど以上に予兆が感じられない攻撃にメドゥーサは反応できず、腹を打たれてたたらを踏んだ。当然追撃を受ける場面だが、今度も桜が割り込んでくれたので何とか体勢を立て直す。

 

「な、何だか強い……!?」

 

 彼がジャンヌや天草と戦っているのをチラチラ見ていたが、その時はこんなに厄介じゃなかった。これが「新しい戦闘スタイル」なのか……?

 

「も、もしかして無我の境地とか無想剣とかそういうアレなんでしょうか……!?」

 

 弓道を嗜んでいて日本の武道に詳しい桜が、1つの可能性に気づいて驚愕の声を上げる。

 さっきのアストルフォの台詞と今の彼の雰囲気を合わせると、そんな答えになりそうに思えたのだ。理性が無いという特質をこんな方向に活かしてくるとは……。

 もしこの想像が当たっていたならとんでもない強敵だ。アストルフォは12勇士の中では弱い方、つまり素のスピードやパワーやテクニックは低めだから今の攻撃を凌げたが、これがクー・フーリンだったらとっくにこの世とおさらばしていたことだろう……。

 

「で、でもこっちは2人、いえ贋作さんも来てくれたから何とか……!」

「そうですね、それでもかなわなければカルデアのマスターがまた竜牙兵を寄越してくれるでしょうし」

 

「…………過度に頼られるのは困るんだけど……」

「しかしまさか戦いの中で武道の極意の1つに開眼するとはね。こうなると桜とメドゥーサが対抗するには彼と同じように無我の、菩薩の領域に達するか……さもなくば修羅、つまりドゥルガーかカーリーになるしかないかも知れないよ」

「菩薩はいいけど、ドゥルガーやカーリーはまずいんじゃないかなあ」

 

 光己が困り顔しているのと、マーリンはやっぱり楽しそうにしているのがとても対照的であった。

 

 

 




 バゼットの綺礼に対する認識ですが、原作だとバゼットのマイルームでは好意的なのに綺礼のマイルームでは敵対的ですので、ここではこんな流れにしてみました。
 原作ではバゼット実装から綺礼実装までに11ヶ月経ってますので、その間に認識が変わったということなのでしょうか。




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第256話 幻のイリヤルート

 天草にとって綺礼は公的にも私的にも許しがたい敵だったが、ルチフェロなりしサタンだと思った者が人類の味方だった例があるので一応は話をしておくべきだろう。ただその前にと真名看破を行った。

 

「真名、言峰綺礼。クラスはアルターエゴ、ですか。宝具は『零れ氾く暗黒心臓(ザジガーニエ・アンリマユ)』、悪しき心や肉体を燃やす呪いの炎……!?

 しかもこの男、ラスプーチンとアジ・ダハーカとバールーが憑依して、いる……!?」

 

 1人の依代に複数の、それも互いに関連がない英霊や神霊が混ざって憑依しているなんてことがあり得るのか。天草は大変驚いたが、しかもその1柱の「アジ・ダハーカ」はアンリマユの腹心であり、宝具の名前にも「アンリマユ」が入っているとなれば、言峰綺礼がアンリマユを顕現させようとしたという話はほぼ間違いなく事実であろう。

 一方綺礼は初対面の、しかも同国人かつ同じ宗教宗派に属すると思われる者に名前や能力を(あば)かれたとあって、ちょっと驚きつつ天草に話しかける。

 

「これはこれは、このような異郷の地で同宗の日本人に出会うとは。

 失礼ですがどこのどなたですかな?」

「……島原の乱の首謀者だった、天草四郎と申します。宝具は諸事情で使えなくなっていますが」

 

 聖杯戦争では真名を明かさない方が有利なのに天草があっさり名乗ったのは、すでに綺礼の真名と宝具を暴いたのと、今はできる限り正々堂々とやりたいと思っているからだ。

 真名を明かされたことに逆に驚いた綺礼がその理由を訊ねる。

 

「天草四郎……ああ、知っているとも。日本人のキリスト教徒としては、知名度は高い方ではないかな。残念ながら殉教者認定はされていないようだがね。

 しかし自分から聞いておいて何だが、なぜ何の得もないのに真名を明かしたのかね?」

「今回は名誉がかかっているというか、かけていますからね。カトリックそのものの名誉はもちろん、私について来てくれた一揆衆たちの名誉も」

「ほう……?」

 

 綺礼は天草の真意を理解しきれなかったらしく、小さく首をかしげて続きを促した。

 

「一揆衆は確かに暴政と宗教弾圧の被害者でしたが、純然たる被害者だったわけではありません。略奪をしたこともあれば、神社仏閣を破壊したこともあります。近辺の住民を強制的に参加させたこともありました。外患誘致といえるようなこともしています。

 かく言う私も、別の現界では後ろ暗い行為に何度も手を染めました」

 

 天草はまずこう背景の説明をしてから、いよいよ本題に入った。

 

「……だからこそ彼らの首領として、1度は正々堂々公明正大に恥じる所が一切ない、彼らが胸を張って語れるような戦いをしたいと思ったのですよ。そう、たとえば異教の大悪魔への協力者という極めつけの背教者などを相手にね。

 ……それで、なぜ貴方はアンリマユを顕現させようなどとしたのですか?」

「なるほど。私は江戸時代初期の武士や農民の流儀には詳しくないが、与えられた能力で相手の素性や切り札を見抜いておきながら、己のそれは隠すというのは褒められた振る舞いではなかろうな。

 ただそれより1対1でないことの方が大きそうだが、この状況では仕方ないか」

 

 もし一騎打ちをして天草が勝ったら凛とバゼットは拳の振り下ろし先がなくなってしまう。認めるわけがないのだった。

 

「それはそれとしてだ。私は地獄に堕ちる身だが、主に仕える者として、唯一告白できることがある。それは『何者であれ、その誕生を祝福する』ということだ。

 アンリマユだから祝福したのではない。新しく生まれる命だから祝福したのだ。

 悪の機能が備わって生まれたとしても、生まれたばかりの命に罪科はない。私は新しい命を祝福し、その誕生を阻む者があれば、全霊を以て対決する―――対決したというだけだ」

 

 綺礼の言い分は一聴は聖職者らしい美しいものに聞こえるが、それに騙されるほど天草はお人好しではない。決定的な問題点をすぐさま指摘した。

 

「なるほど。それで、『今すでに生まれている人』の命はどうなるのです?

 貴方が責任を持って、全員守り抜くとでも言うのですか?」

 

 すると綺礼は小さく肩をすくめて、しかし困った風もなく薄く笑った。

 

「ああ、これは痛い所を突かれたな。いや衛宮切嗣なら一瞬も迷わず、数が多い方を救うのだろうが。

 だが私は少々ひねくれ者でね。生まれつき皆が美しいと思うものを美しいと思えず、他人の苦痛や不幸にしか喜びを見出せない異常者だったのだよ」

「……!?

 なるほど。仮に貴方が『新しく生まれる命だから祝福したのだ』と言ったのが事実であったとしても、それはそれとしてアンリマユが誕生するのは貴方の性癖にかなう、というわけですか」

 

 さすがに天草は理解が速く、驚愕と嫌悪をむき出しにした顔と声色で念押しするように訊ねる。綺礼はもちろん、今更前言を翻したりはしない。

 

「そういうことになるな。ところで君は無謀な一揆で何万もの民を死に向かわせた責任者だったわけだが、当時はどのような心境だったのかな?」

「救済のための象徴として祭り上げられた身としては、皆にその救済が与えられるよう心から願っていましたとも。救済の内容は人によって違いましたがね。

 貴方にとっては不愉快な答えかも知れませんが、反論は受け付けませんよ。どうしてもとなら、この刀、いえ黒鍵で聞きましょう」

「ほほう、まさか君が代行者だったとはね。良かろう、ならば私も黒鍵で訊ねさせてもらうとしようか」

 

 天草と綺礼が黒鍵、聖堂教会の悪魔退治者がよく用いる投擲用の直剣を構える。ジャンヌと凛とバゼットも戦闘態勢に入った。

 ジャンヌとバゼットが前衛、天草と凛が後衛である。

 その様子を見ていたドラコーが、皮肉げという言葉の見本のような笑みを浮かべた。

 

「―――ククッ、救済ときたか。立派なものだが、分不相応な願いを持つと苦労するものよな。

 異教徒は救済の対象ではなかったようだが、神や救世主でさえ『人類全員が天国に行ける』とは言っていないのだからそこは妥当か」

 

 なおドラコーは天草の現在の宿願は知らない。

 

「ところで余の見立てではあの綺礼という男なかなかの強者だぞ。もし天草たちが劣勢になったら、また竜牙兵を送るのか? メドゥーサにも要請されたら2ヶ所同時になるが」

「んん? うーん、竜牙兵はAI的なもの積んでるから、片方はそっちに任せてもいいんだけどね……」

 

 ただアストルフォが本当に無我の境地に開眼したなら、マーリン製とはいえAI制御ではいささか技量不足に思えるが、彼の腕力と得物ではテュフォンの牙は砕けないだろうから特攻要員にはなる。

 綺礼の方は実際に見てみなければ何とも言えないが。

 

「頼まれもしないのに援護送ったらお姉ちゃんはともかく、天草と遠坂さんとバゼットさんは怒るかも知れないしね」

「その通りだが、人間とは難儀なものよな。クッククク。

 もっとも貴様はテュフォンの牙が惜しいという気持ちも強いのだろうが、それは人として普通の感情だしな」

 

 というわけでカルデア側はしばらく様子見となったが、メディア側はまた新しい作戦を思いついていた。

 

「あの監督役、ギアスと暗示はかかってないみたいだけど、あの様子なら契約切っても寝返りはしない、っていうかできなさそうね。

 4対1じゃ勝てないだろうし、契約切ってもう1騎追加しようかしら」

「本気か!? いやまあ確かにそうだが、もしやるんなら『捨てるんじゃなくて味方を増やすためだ』って先に言っておく方がいいと思うぞ。少なくともやる気には影響するからな」

「ああ、それはそうね」

 

 なるほどその通りだ。元夫氏の助言にメディアは素直に頷いた。

 

「でも本当にやるのか? おまえまだ顔色悪いぞ」

「ええ、だから護衛の方しっかりお願いね」

「ちょ!?」

 

 ヘラクレスを維持するだけでもキツいのに何という無茶振り。くやしい、でも逆らえない! イアソンは本格的に魔力が不足してきたのか体をビクビク痙攣させ始めたが、メディアは構わず、ちゃんと綺礼に予告してから契約解除した上で追加召喚を始めた。

 

「―――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」

 

 部屋の隅にまたも魔力の渦が吹き荒れ、その中にサーヴァントが現れる。

 今回は12~13歳くらいの少女だった。純真そうな微笑を浮かべているが、その奥には底知れない残酷さをも秘めていそうな―――その意味では、まさに「無邪気な子供」といえるだろう。

 白と桃色を基調にしたアイヌ風の服を着て、腰には刀を佩いている。後ろには何故か、肩高が彼女の身長と同じくらいの大きさの白熊が護衛のように控えていた。

 

「イリヤ!?」

 

 ある意味当然というか、今回も凛(たち)の知り合いのようだ。

 ただ凛たちの知人である「イリヤ」は名前的にはドイツ、イメージや服装的にはロシア辺りの出身ぽいのだが、今現れた少女がアイヌ風の服なのは、やはり疑似サーヴァントだからだろうか。

 その疑問を解消すべく、天草がただちに真名看破を行う。

 

「真名イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。宝具は『吼えよ我が友、我が力(オプタテシケ・オキムンペ)』、当人の弓と刀、そして使い魔による突撃の三連攻撃です。

 やはり疑似サーヴァントですね。憑依しているのはシトナイ、フレイヤ、ロウヒ……なんと、こんなまだ幼い娘にまたも3騎が憑依しているとは」

 

 さすがに心配になってくるが、この辺りは天草にはどうにもできない領域である。それより彼女は敵なのか味方なのか……!?

 少女は見た目年齢の通りバゼットや綺礼より戦闘経験が少ないようで反応は2人より遅かったが、やがて彼女なりに状況を把握するとこれまた子供らしい歓声を上げた。

 

「わー、何これ!? もしかして冬木の同窓会……なわけないわよね、戦ってるんだし。

 でもバーサーカーとシロウが敵同士だなんて、私にどうしろって言うの!?」

 

 イリヤはやはりギアスと暗示を受けておらず、しかも士郎とヘラクレスに特に好意を抱いているようだ。なら士郎が説得すれば仲間にするか、悪くても中立になってもらえると思われたが、彼は現在一騎打ちで忙しい……いやそれ以前に、士郎にイリヤをヘラクレスと敵対させるようなことを言えるはずがなかった。

 カルデア側の冬木組で長話をする余裕があるのは凛だけだったが、こちらはイリヤとさほど親しくないので説得は難しそうである。

 そこにヘラクレスがむしろ当然というべきか、まず1歩引いてアルトリアと小次郎との間合いを広げてからイリヤに声をかけた。

 

「■■■■■■■■ーーーッ!」

 

 ただし彼は人語を喋れないので獣のような咆哮にしかならなかったが、イリヤはその意味するところを正確に理解した。

 

「え、そうだったんだ」

 

 ヘラクレスの語るところによれば、彼はイアソンとの友誼で現界しただけであり、そのイアソンが大将のメディアに協力しているのも半ば強制されてのことらしい。しかもメディアの立ち位置は完全なる悪なので、ヘラクレスは勝つつもりはまったくないという。

 だから自分のことは気にせず士郎たちに付くべきだとヘラクレスは言ったのだった。

 

「う、うーん」

 

 イリヤはヘラクレスの立ち位置と意向は理解したが、こんなことを言われて「はいそうですか」と即答できるものではない。ちょっと悩んでしまったが、そこにイアソンと思われる男性が声をかけてきた。

 

「お嬢さん、もしかしてどこかの聖杯戦争でヘラクレスのマスターだったのか?」

「え? ええ、そうだけどそれが何か?」

「そうか、ならばヤツの友としてあえて聞こう。ヘラクレスは最高だっただろう?」

 

 その種の問いに対するイリヤの答えは決まっている。

 

「そうね。バーサーカーは全てを解決する、いえ、したわ」

「そうかそうか、そうだろうな! さすがはヘラクレスだ!」

 

 イアソンにとってヘラクレスはよほど誇らしい存在なのか、痛快そうに高笑いする。一方イリヤはマウントを取りに来られたような気がしてちょっとムカついたが、どうやり返すか決まる前に今度は凛が不思議そうな、いやとてもためらった感じの顔で質問してきた。

 

「イリヤ……バーサーカーが全てを解決したってどういうこと?」

 

 凛が体験した聖杯戦争では、ヘラクレスはギルガメッシュに敗北して退去し、その後イリヤ自身も殺害されたのだ。それを「解決した」と言うのは無理がある。

 といってイリヤが見栄を張って嘘をついているようにも見えないので気になったのだ。

 

「……?」

 

 逆にイリヤはなぜ凛がそんな腰が引けた様子なのか分からず首をかしげたが、魔術方面の知識はあるので理由を推測することができた。

 

「あー。もしかして貴女、私とは違う世界から来たんじゃない?

 私が体験した聖杯戦争では私もバーサーカーも生き残ったけど、貴女が体験したのはそうじゃない、とか」

「!!」

 

 遠坂家は「宝石翁」を大師父としているので、凛も並行世界の概念は知っている。

 といっても複数の異なる並行世界から疑似サーヴァントがそれぞれ召喚されるなんてトンデモ現象は通常の聖杯戦争ならまず起きないと思われるが、現界の時に与えられた知識によれば、この「特異点」は時空の乱れが激烈にひどいらしいからワンチャンあるのかも知れない。

 

「……もし良かったらどんな流れだったのか教えてくれない?」

 

 聞かねば困るというわけではないが、興味はとても湧く。

 幸いにして綺礼との戦いはまだ始まってはいないから、概要を聞くくらいなら大丈夫だろうし。

 するとイリヤも拒むほどのことはないと思ったらしく、わりとあっさり承知してくれた。

 

「そうね、じゃあ貴女たち以外の所は戦ってるから、とりあえず要点だけ話してあげるわ。

 まず大聖杯が汚染されてて願いを叶えるどころか世界破滅の危機だってことが分かってね。それで私とバーサーカー、シロウとセイバー、リンとアーチャー、サクラとライダー、ソウイチロウとキャスターとアサシンの5組同盟が成立したの」

「5組同盟!? ……ってかそれだとランサー組は」

「ええ。仮にも人類の危機だっていうのに、そこの麻婆とランサーとギルガメッシュが空気読めずに邪魔してきてね? その時バーサーカーがギルガメッシュを倒したのよ。一騎打ちじゃなかったけどね」

「へえ……」

 

 世界が違うとそこまで流れが違ってくるのか。凛は素直に感心した。

 

「で、それからどうなったの?」

「麻婆一味を倒したら、そのまま大聖杯を汚染してた『本物の』この世全ての悪(アンリマユ)と決戦よ。といっても完全に顕現する前の超弱体状態で、だからこそ勝てたんだけどね」

「本物の……!? あー、そりゃそうか」

 

 聖杯に宿っていたのが生贄にされた青年ではなく本物の大悪魔だったのであれば、メディアでも利用はできないだろうから、5組同盟が結ばれたのも当然だろう。麻婆が加入しなかったのも残当だが。

 

「でも弱体状態とはいえよく勝てたわね」

「ええ、死者こそ出なかったけど全員ボロボロになったわよ。

 麻婆一味が祝福だの強え奴だの試練だのとわけ分かんないこと言わずに手伝ってくれればもっと楽にいけたんだけど」

「……世界が違ってもそいつらの性格は変わらないのね。

 何にせよ、大災害にならなくて良かったってとこか」

 

 凛がそう言ってやれやれと肩をすくめると、その隙にメディアが口をはさんできた。

 

「ちょっと待ってイリヤスフィール。死者は出なかったってことは、私も宗一郎様も無事だったってこと!?」

「へ!? ええ、そうよ。大聖杯を破壊した後はサーヴァントはみんな退去したけど、貴女は居残って()()ソウイチロウとあの寺で一緒に暮らしてるわ」

 

 それはメディアにとってとても喜ばしい結末のはずだが、何故か当人は天を仰いで慟哭した。

 

「何故!? その私だけずるい! せめて記憶を寄越すくらいしてくれてもいいのに、何故その記憶すら私には何もないの」

 

 実はこのメディアには聖杯戦争を生き残れた記憶が1つもないのだ。なのにそれを達成し、しかも願いを叶えた「自分」がいると聞いて嫉妬したのである。

 そんなメディアに待っていたのはさらなる追撃だった。

 

「何故って? バーサーカーが言うには今の貴女は完全なる悪だそうだから、因果応報ってことじゃない?」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

 

 人理焼却の犯人の手下になった者に「人並みの」幸せなど与えられるわけがない。無慈悲な正論パンチにメディアは(精神的に)吐血して床に崩れ落ちた。

 しかしこれしきで終わる「裏切りの魔女」ではない。メディアは四肢に力を込めて、杖を支えに立ち上がった。

 

「まだよ、まだ終わらないわ!

 意地があるのよ、女の子には!」

 

(女の子って歳か?)

 

 イアソンはそんなことを思ったが、口に出したらお互いヒドいことになるので沈黙を保った。精神的にも魔力的にもツラくてテンパってるだけだと思うし。

 

「そ、それで貴女はどちらに付く気なの?」

「そうね。バーサーカーがいる間は中立で、もし退去になったらシロウに付くわ」

「……そう」

 

 イリヤは「士郎が退去になったらメディアに付く」とは言わなかったので彼女はメディア側にとって敵に近い存在なのだが、しかし今はイリヤを攻撃するわけにはいかない。ヘラクレスが襲って来るのは確実なので。

 とはいえ契約を維持する=魔力を与える理由もないので解除して、代わりにイリヤが中立でいる条件を少しでも長い時間満たしておくための策を実行した。

 

「それじゃイアソン。さすがに悪いとは思うけど、もう1度契約し直してくれないかしら?」

「別にいいが、今の俺と契約したら魔力をかなり持っていかれるぞ?」

 

 イアソンはヘラクレスの現界を維持するため魔力を相当消費しており、今のメディアがそれを全部穴埋めしたら魔力切れで退去すらあり得る。メディア自身それは分かっているのだが、今はこれしか打てる手がないのだった。

 さしあたっては、黒のライダーが唐突に強くなったので、他のメンツが耐久している間に彼が盤面をひっくり返すのを期待したいところだが……。

 

「ええ、承知の上よ」

「そうか、まあ新規召喚はハズレ率高いみたいだしな」

「言わないで……」

 

 済んだことをあれこれあげつらっても仕方がない。メディアはイアソンと再契約し、とりあえず彼の魔力を半分だけ補充した。

 それでもメディアは本当に杖を支えにしないと立っていられないくらいエンプティになってしまったが、とにかくこれで黒のライダーと綺礼の頑張り次第では逆転できるかも知れない、できたらいいなあ、くらいの態勢にはなったのだった。

 

 

 




 いつの間にかUAが100万を超えていました。お読み下さっている皆様ありがとうございます。
 今回凛とイリヤがどのルートから来たのか判明しましたが、士郎と桜については近い内に。




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第257話 ブラックチェリーブロッサム1

 イリヤと凛とメディアの話が一区切りついたので、凛とバゼットと天草とジャンヌはいよいよ綺礼との戦闘を開始したが、イリヤは両陣営から中立を承認されたので今は安全である。イリヤはそれをきっちり確認した上で、アストルフォと必死で戦っている桜の方に顔を向けた。

 そして残酷というか悪戯っぽいというか、といって100%悪意ではなく4割くらいは善意と仲間意識で構成された微妙な笑みを浮かべる。

 

「サクラ! 実は(私がいた世界では)シロウは私とくっついちゃったの!

 ごめんね、何年も恋焦がれてた人を横取りしちゃって」

 

 戦闘中だというのにひどいカミングアウトである。しかも今の言葉にはフレイヤの権能の応用で普段の30倍(当社比)の煽り力がこもっていた上に、「私がいた世界では」のくだりだけは口の外に出ない程度の小声だったため、桜は一瞬で沸騰した。

 

「え、な、何ですって!?

 せ、先輩は私だけの味方になってくれたはずなのに、それを私が知らない内に寝取ってたというんですか? こ、この泥棒猫ぉぉぉ!!」

 

 どうやら桜は元いた世界では士郎と恋人関係になっていたらしい。それなら怒るのは当然なのだが、彼女の場合それだけでは済まない。というのも桜は間桐臓硯の手で「この世全ての悪(アンリマユ)」に汚染された聖杯の器の欠片が「刻印虫」という形で埋め込まれているので、ある条件を満たすと「マキリの杯」になってしまうのである。

 というか彼女が経験した聖杯戦争では実際に「マキリの杯」になっており、その時は姉たちの尽力で元に戻れはしたのだが……。

 

「許せない許せない許せない……」

 

 桜の顔色が青ざめ、髪は色が抜けて白くなり、眼も血のように赤く染まっていく。()()ブレザーが強酸の液体に漬けられたかのように溶けて、代わりに黒いワンピース風の何かをまとった。

 雰囲気も一変し、まるで暗く淀んだ闇そのもののように見える。

 

「許せないいぃっ!!!!」

 

 このたびは恋人を寝取られた(と桜は思った)せいで再発したのだった。

 ただしそれだけの理由ではなく、すぐそばに「心臓に銃弾を受けたが、汚染された聖杯の泥が心臓になって蘇生した」上に、「宝具名にアンリマユが入っている」人物がいたからでもある。つまり桜がマキリの杯になるのは汚染された聖杯(アンリマユ)の存在が必要条件の1つであり、かつ魔力源でもあるのだ。

 ……よって、今の桜は契約した光己からだけではなく、綺礼からも大量の魔力を奪うことになる。

 

「ぐおおおおっ!? ま、魔力が吸い取られている!?」

「ちょ、イリヤ!? 俺はおまえとくっついた覚えはないし、桜だけの味方になった覚えもない……っていうか桜はいったいどうなったんだ!?」

「な、ななな何を考えているのですかイリヤスフィール!」

「まあまあ見てなさいって」

 

 綺礼が突然のドレインに驚いたり士郎が身に覚えのないカミングアウトに驚いたりメドゥーサが元マスターの黒化に驚いたりするのをよそに、仕掛け人のイリヤはまったく平気な顔をしていた。

 今まさに桜が殺しに行こうとしているのに何故か? その理由はすぐ判明した。アストルフォが桜の後ろから槍で心臓を突いたのだ。

 

「!!」

 

 槍の穂先が桜の胸元から突き出ている。これはサーヴァントでも致命傷だろう。

 まさかイリヤは恋仇を敵の手で抹殺しようとしたのか? いや仮にそうだとしても、恋人の目の前でやるのはリスクがある。イリヤはそこまで考え無しではないはずだが……。

 ―――実際その通りで、アストルフォが何かを察したのか槍を引いて自分も数歩下がると、桜は倒れるどころか傷口が何事もなかったかのようにふさがってしまった。やはり桜を殺すつもりではなかったようだ。

 ただしこの再生は無償ではなく大量の魔力が必要で、現在は綺礼持ちである。契約を切られて魔力補充ができない綺礼はその支払い負担で顔も心も思い切り青ざめた。

 

「ぐうううっ……こ、これは間桐桜に魔力を奪われているのか!? 事情は分からんが早急に対処しないと危険だな」

 

 つまりこれがイリヤの真の狙いだったのだろうか? 当人が沈黙しているので正否はまだ不明である。

 仮にそうだったとしても、それを口にしたら「中立」と言ったのが嘘になるので言うわけはないのだが。

 

「邪魔するにしても、後ろから心臓を刺すなんて酷いじゃないですか。貴方から先に食べてあげます」

 

 一方桜は先にアストルフォを始末するべく、回れ右して襲いかかった。

 ところで綺礼はギアスと暗示を受けていないのでメディアの味方をする動機はないのだが、寝返るのは無理だし無抵抗で殺されるのも趣味ではない。抗えるだけ抗うのが生物として自然な姿であろうから、全力で立ち向かうことにする。

 ただメディアは持久戦を望んでいたようだが、この状況では速攻で決めないと魔力切れで終わってしまう。

 

「先の見通しはないが、仕方あるまい。『零れ氾く暗黒心臓(ザジガーニエ・アンリマユ)』!!」

「ええ、そちらはそうするしかないでしょうね。でも私の宝具が(あば)かれていなかったのが貴方の運の尽きです。『斬り抉る戦神の剣(フラガラック)』!!」

 

 綺礼は当然の備えとして、宝具開帳の準備中に妨害されて失敗しない程度の身の守りはしていたが、残念ながらバゼットのインタラプトはそういうもので防げるレベルではなかった。何しろ「敵が切り札を使った時、その後で放った自分の攻撃が敵が切り札を使う前に命中した」という結果を作り出すイカサマ宝具なのだから。

 ただしこのイカサマ宝具で敵が死亡もしくは行動不能にならなければ敵の切り札はそのまま使用されるのだが、ビームで心臓を貫く攻撃なのでたいていの敵は倒せる。実際胸に風穴を開けられた綺礼は宝具開帳に失敗し、苦しげに片膝をついていた。

 ……が、死亡してはいなかった。見ればペースは桜より遅いが、傷が徐々に治っていっているではないか!

 

「このおぞましい魔力……さてはアンタ、あの聖杯の泥を浴びるか何かしたわね」

 

 凛はさすがに察しが良く、しかも追撃のチャンスなのにも気づいて一気に畳みかけに向かう。しかしハサンがこちらも素早い反応で短刀を連続で投げてきたため、凛も他の3人もいったん後ろに下がることを強いられた。

 その間に綺礼が立ち上がり、どうにか戦闘を続行できる程度にまで回復する。

 

「……ああ、望んでのことではなかったがね。

 しかし仮にも主に仕える者が異教の悪魔に2度も命を救われるとはな。世の中とは皮肉なものだ」

「じゃあ今度こそその皮と肉、再生不能になるまでぎったぎたのミンチにして……いえ、あのウザいアサシンが先かしら」

 

 ハサンは今は牽制に徹しているが、隙を見せたらいつ宝具を使ってくるか知れたものではない。しかし今なら綺礼は傷がまだ治り切っていないし、メディアも疲れ果てていて大したことはできないだろうから、シバいておく絶好のチャンスだ。

 ちょうどいいアイテムも手元にあることだし。

 

「よし、そうと決めたら善は急げよ。まず『破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)』かーらーのー! 『神峰天廻る明星の虹(アンガルタ・セブンカラーズ)』!!」

 

 つまり「破却宣言」のページを自身の周囲に配置して盾にしてから、自分の宝具で攻撃するという二段構えの大技だ。

 出現したスクーターに凛が飛び乗って浮かび上がる。空中でくるくるターンを決めながら、虹色の破壊光線をばらまいた。

 

「む、これは面妖な!?」

「ちょ、何あれ!?」

「よく分からんが威力はあるみたいだぞ」

 

 凛の攻撃目標はハサンだが、破壊光線はエイミングはいたって雑なので近くにいたメディアとイアソンも巻き込まれていた。いや初めからそのつもりだったのかも知れない。

 3人とも数発くらって負傷したが、破壊光線は1本1本はそこまで強くないので()()致命傷にはなっていない。しかしこのままではすぐそうなるのは必至であり、といって魔術による攻撃は効かないのは分かっているのでハサンがまた短刀を投擲する。

 すると短刀はページを突き破ってスクーターに命中したが、スクーターは掠り傷1つつかなかった。

 

「ほーっほほほ! スクーターの形はしてても、コレは天舟マアンナの一部なのよ。そんなチャチな武器が効くわけないでしょ、無駄骨ご苦労様!」

 

 今まで何度も邪魔されてきた鬱憤を晴らすべく、ここぞとばかりに高笑いして煽る凛。

 しかし彼女もそれなりに戦闘経験はある身なので、ストレス解消にうつつを抜かしているわけではなく思惑もちゃんとある。まず固まっていては不利と考えたイアソンがメディアを抱えて離れた、つまりハサンから離れたのでそちらを主目標にした。

 すると恨みがあるはずのハサンに破壊光線が行かなくなるわけだが、もちろんそれには理由がある。その直後、あらかじめアイコンタクトを受けていたバゼットがハサンの懐まで一瞬にして滑り込んだのがそれだ。

 つまりハサンの注意力を空中にいる自分に向けておいて、その分警戒がおろそかになった地上から奇襲するという策なのだった。

 

「しまっ……」

「ワンツー、せぇいッ!」

 

 バゼットのボクシング風3連コンビネーションブローがハサンの脇腹と顔面にヒットする。思わぬ痛撃に後ろによろめくハサン。

 

「ぐうっ……だがこの程度で!」

 

 しかし何とか後足で踏ん張ると同時に、その長い右腕を横に大きく振り回してバゼットの視界の外から側頭部を狙ったフックを放つ。ところがバゼットはさらに踏み込んできて、ほぼゼロ距離からのショートアッパーをまた脇腹に打ち込んできた。

 

「ぐっ……この威力は!?」

 

 ハサンの体が浮き上がり、フックが空振りに終わる。そこにバゼットが渾身の、まさに稲妻のような右ストレートをハサンの胸板に叩きつけた。

 

「ごっはぁ!?」

 

 ハサンが吹っ飛び、壁に背中をぶつけて床にずり落ちる。

 意識はあるがグロッキーで、立ち上がろうとしてはいるがその動きは鈍い。宝具でも何でもないただのパンチなのに、相当な威力があったようだ。

 つまりとどめを刺すチャンスだが、凛はそれを止めた。

 

「待って、深入りは危険よ。私の宝具がもう時間切れだし」

 

 2つ同時に使っている分、持続時間は短いのだ。凛はスクーターを消してそのまま床に降りたが、ページは消えるに任せてしまってはもったいない。有効利用せねば。

 

「行きなさい!」

 

 飛ばす先はハサン、と見せかけてエミヤだ。獲物を襲う蜂の群れのように、赤い弓兵の斜め上から殺到する。

 

「士郎を殺しても守護者は辞職できないのは分かってるでしょ。そろそろ意地張るのは止めなさい!」

「地獄に落ちろ元マスター!」

 

 凛の極めて真っ当な叱咤に、エミヤは罵倒を以て答えた。

 エミヤがギアスと暗示を受けているのは事実で、言わばそれを大義名分にして未熟な黒歴史に八つ当たりするのを正当化していたわけだが、その大義名分を失ってはこの状況で八つ当たりを続けるのは難しい。

 といってページを斬り落とそうとすればその隙を士郎に突かれるのは必定であり、どうしたものだろうか?

 

「これが究極の二択というやつか!? ええい、仕方がない!」

 

 エミヤは一瞬の懊悩の後、多少の被害は覚悟してページを撃墜する方を選んだ。しかしその直後、悲痛な哀願の声が耳を打つ。

 

「やめてアーチャー! 私の士郎を殺さないで」

「ぐっはぁ!?」

 

 姉でもある幼女にこんなことを言われては、根がお人好しのエミヤが平静を保てるはずもない。思わず金縛りになった全身にページがわらわらと貼りつく。

 ギアスと暗示を破戒されるのが苦しいのか、エミヤは激しくもだえてうずくまった。

 

「ぐおおおおおお!」

「これは酷い……私よりあの娘の方がよほど魔女よね」

「見た目は悪い子じゃなさそうなのになあ」

 

 その哀れな姿、いやイリヤのえげつなさにメディアとイアソンはドン引きであった……。

 一方夢の魔女は手を打って面白がっていたが。

 

「あっははは、面白い子だねえ。いろんな意味で逸材だよ。将ら……いや、何でもない」

 

 ただ何故か途中から尻すぼみになり、露骨に話題を変えた。

 

「ああ、そうそう。実はあのイリヤと綺礼が、さっき言った『1人の依代に神霊を含む3騎が憑依して、しかも人格は依代ベース』の例なんだよ。まさかここに2人とも出てくるとは思わなかった」

「へえー」

 

 噂をすれば影とはこのことか。世の中って意外に狭いのかも知れない。

 

「それでマーリンさん、間桐さんのあの変貌はいったい?」

「そうだねえ。菩薩でも修羅でもなく悪魔になる、いやさせられるとはこの海のマーリンの目をもってしても……なんて冗談は置いといて、多分あの娘も汚染された聖杯のカケラか何かを仕込まれてるんじゃないかな。それが怒りで活性化してああなったんだと思うよ」

「ほむ……。

 それで、間桐さんは元に戻るの? 仮に『破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)』が効いたとしても、イリヤさんがいる間はまた同じことになると思うんだけど」

「うん、そこが問題だね。メディアを倒してから『あれは嘘だった』なんて言っても聞く耳持たないだろうし、何を考えてるのやら」

 

 面白半分でかき回して遊んでるだけとは思えないが、かといって自分を犠牲にしてという風にも見えない。士郎に説得してもらうとかそういう方向か? 桜のあの様子では難しそうだが。

 

「見た感じ、間桐嬢のあの黒い服の攻撃はサーヴァントにとって猛毒みたいに危険だから、取り押さえるのも簡単じゃなさそうだしね。

 キミがハルペーで殴って分からせるっていう手もあるけど」

「メドゥーサさんがブチ切れそうな案だなあ……」

 

 ハルペーは不死系の復元スキルを無効化する効果を持っているから桜の再生能力を封じることはできそうだが、ペルセウスがメドゥーサを殺す時に使った剣でもある。それで桜をシバくというのはまあ、何らかの事情でメドゥーサが退去になった後の話だろう。

 なお光己もマーリンも桜の攻撃で光己が殺されるという心配をしていないのは、アルビオンの身体が再生されたことで無敵アーマーが強化されて、光・闇・対界等々の属性への完全な耐性を得たからだ。アルビオン・ルシフェルの名に恥じない防御能力といえよう。

 

「でも間桐さん、どっちかというと弱くなったように見えるな」

 

 桜の主な攻撃方法は服の袖や裾を伸ばして当てることのようだが、闇落ちしたらパールヴァティーの力が出てこなくなったのか、動作は明らかに遅くなっている。そのせいでせっかくのマーリンお墨付きの殺傷力が宝の持ち腐れになった上に、アストルフォの攻撃が当たる回数が増えてしまっているのだ。

 

「その傷の再生のために綺礼の魔力を奪っているみたいだから、それもイリヤの狙いの1つかも知れないね」

「代わりにジャンヌオルタとメドゥーサさんが置物になっちゃってるけど……」

 

 ジャンヌオルタとメドゥーサも桜の危険性に気づいて距離を取ったので、アストルフォとの戦いに参加できなくなっていた。といってモードレッドの助太刀に回ると桜が「私を見捨てるんですか?」とか言い出しそうで怖いので、動くに動けないのである。

 

「ところでカルデアのマスターさん。貴方がもっとたくさん魔力をくれればエリア攻撃でこのめんどい騎士を一発で落とせるのに、なんで寄こしてくれないんです?

 ケチな男性はモテませんよ?」

「ンな怖いことするかボケ!」

 

 すると桜がドアの方に顔を向けてそんなことを言ってきたので、光己は思いっ切り買い言葉を、ただしヘタレにもドアの向こうには届かないような小声で返した。

 まったく、こんなヤバそうな人と契約してること自体嫌なのに、追加サービスなんてとんでもない話である。

 服が薄いからかちょっと動くだけで大きなおっぱいがぶるんぶるん揺れたり、攻撃する時はスカートの裾がほつれて太腿がチラチラ見えたりするサービスの良さは評価できるが。

 

「ま、まあまあ先輩。確かに間桐さんは失恋でやさぐれてらっしゃるでは済まない危険な状態に見えますが、それほど愛が深いとも言えるのですからそんなに怒らなくても。

 魔力を送るべきかどうかは私には判断しかねますが……」

「おお、マシュはいい子だなあ……。

 まあ俺は直接見えない場所にいる人にはうまく魔力送れないし、礼装の機能も使えないんだけどさ」

 

 なのでどちらにせよ桜の要請には応えられないのだが、彼女が魔力さえあれば広域攻撃を繰り出せるのが分かったのはラッキーだったかも知れない。

 

「それはそれとして、衛宮はモテ男だという俺の見立ては正しかったな!

 爆発するべきと言ったのは撤回してもいいけど」

「うん、こっちも意外だった。

 でもこれで一気に優勢になったし、メディアはあの様子じゃ追加召喚は無理だろうからこのまま押し切れそうだね。

 ……間桐嬢がやらかさなければ」

「その時はイリヤさんが責任取って収めてくれる……といいなあ」

 

 ―――マーリンの分析は実際正しく、メディアもエミヤがページを浴びた時点でこの場での勝利を諦めていた。

 しかし今なら後ろのドアから逃走できる。ただしハサンたちは置いて行くことになるので最悪全員カルデア側に取られてしまうから再戦しても勝ち目ゼロだし、イアソンに抱っこしてもらって2人で逃避行という形になるのも嫌すぎる。よって潔くこの場で果てることにした。

 といっても今更魔術で立ち向かう気はなく、傷つき魔力も失ったのを逆手に取って今すぐ退去するだけである。契約しているサーヴァント全員を即時の道連れにして。

 初めからそういう術式にしてあったのだ。メディア、イアソン、ハサン、ヴラド、アストルフォ、そしてヘラクレスとエミヤも金色の粒子となって消えていく。

 想像もしていなかった展開に慌てた凛がメディアに事情を訊ねる。

 

「え、あ、ちょ、何これ、どういうこと!?」

「ほほっ、見ての通りよ。元サーヴァントを味方にできなくて残念だったわね。

 私は負けたけど、代わりに妹さんとせいぜい仲良くするといいわ」

「むっきー、この年増め!」

 

 何故か無性に腹が立った凛が悔し紛れに罵倒したが、メディアは今回はまったく意に介さなかった。

 

「ほーっほっほっほ、その顔が見たかったというやつね。これが『一矢報いた』って気分なのかしら。

 じゃあさよなら。またいつか会いましょう」

「やれやれ、まあ斬られたり殴られたりして消えるよりはマシってことにしとくか」

「そうですな、私も治してもらえる見込みはなかったですし」

「む、これはどういうことだ!? 余がいるのに負けを認めるとは不埒な、次に会った時は覚悟しておくが良い」

「え、何これ!? ちょ、退去は別にいいけどボクの本返してー!」

「■■■■■…………」

「このタイミングで負けを認めるとはな。潔いというか中途半端というか……小僧と肩を並べて戦うハメにならずに済んだのがせめてもの幸運か」

 

 こうしてメディア側のサーヴァントたちはそれぞれ思うところを吐露しながら退去していったが、アンリマユなサーヴァント2人はしっかり残っているのだった。

 

 

 




 バゼットさんが戦闘参加しましたが、味方だとフラガラックって強すぎかも……?
 もしカルデアに来るのなら原作通り月1個か、マナナンボーナスで月3個くらいにしないとパワーバランスが崩壊しそうですな。




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第258話 ブラックチェリーブロッサム2

 メディアたちが一斉に退去したことで、状況は大きく変化した。

 綺礼は痛手を負った上に魔力を奪われながらもジャンヌと天草相手に互角以上に戦っていたが、手が空いたバゼットとジャンヌオルタとモードレッドと小次郎がやって来て6対1になるといくら何でも厳しかった。

 

「君たち、胸に風穴が開いている者相手に6人がかりはさすがにどうかと思うがね」

 

 そこで効き目はあまり望めないと知りつつこんなことを言ってみると、重鎧の剣士がすぐ言い返してきた。

 

「悪魔崇拝者が何言ってやがる。

 てかおまえの宝具って、よくは分からんが汚染された聖杯の泥とやらをブチ撒けるものなんだろ? そんなもんオレの目の前では絶対に使わせねえ」

 

 モードレッドとしては元々「オレ以外の奴がブリテンの地を穢すのは許せねえ」と思っていたのを父上にも語った以上、それはもう絶対に果たさねばならない誓いなのだ。まあこの伝でいえば桜もアレなのだが、彼女は士郎や凛やイリヤが説得できる余地があるみたいなので先に綺礼を倒しに来たというわけである。

 

「でもまあ、トドメ役まで寄こせとは言わねえから安心してくれ」

 

 父上には「父上の敵はオレがみーんなぶった斬ってやるからよ」とも言ったが、これについては、他に強い動機を持つ者がいるならトドメ役は譲る方が父上は好感を抱くであろう。そんな余裕がない強敵相手なら別だが、今回は胸に風穴が開いている者1人に6人がかりなのだし。

 

「ふむ。私も1度くらいは見せ所が欲しかったが、このたびは天草殿に譲るのが人情というものか」

 

 モードレッドと小次郎がそんなことを言いながら、綺礼の横合いから斬りかかる。特に小次郎は、味方が複数そばにいる中で五尺余という長刀を同士討ちせずに振るっているというだけでも超一級の技量であった。

 

「くっ!」

 

 綺礼は八極拳の達人にして凄腕の代行者、さらには3騎の英霊が憑依している特殊なサーヴァントであり、ドラコーの見立て通りその実力は並大抵のものではない。とはいえこのメンツに囲まれたらさすがに即死するので、今は足を止めて打ち合うのは避けて逃げるしかなかった。

 

「お心遣い感謝します!」

「あ、私は譲る気ありませんのであしからず。競争ですね」

「誰がとどめ刺してもいいけど、それで隙ができないようにしなさいね」

 

 そこに天草とバゼットとジャンヌオルタが黒鍵やらルーンやら魔力弾やらを飛ばす。即席の割にはなかなかの連携ぶりであった。

 カルデア現地班が得意とするリンチ攻撃ともいえるが。班員ではないどころかマスターと顔合わせすらしていない者もいるが、陣営に属するだけでも多少は影響を受けてしまうのだろう……。

 

「ぐうっ……!」

 

 形状的に1番危険そうな黒鍵だけは何とか避けたが、代わりにルーンと魔力弾は全部被弾してしまう綺礼。それなりに痛手だった。

 アストルフォが退去したことで桜からのドレインは止まっているが、このままでは勝ち目はないどころか、いみじくもメディアが言った「一矢報いる」すらできずに敗退しそうである。

 

「……いや!」

 

 しかしふっと周りを見渡した時、幸運と言っていいものかどうか、一矢のチャンスが目に入った。凛が桜に気を取られて、無防備にもこちらに背中を向けていたのだ。

 ためらいもなく、右手に持った黒鍵3本を投げつける。

 

「!?」

 

 黒鍵が投げられた方向を見たバゼットたちは(手元が狂ったか?)と思ったが、そうではないと気づいた時にはもはや追いかけて払いのけるのは間に合わない距離になっていた。

 いや天草だけは得物を持っていれば間に合う場所にいたのだが、彼は今黒鍵を投げたばかりで無手だった。素手ではたき落すのはさすがに難しい。

 ―――が、天草に迷いはなかった。黒鍵の射線の前に立ちはだかり、身をもって凛の背中をかばう。

 

「ぐっ……」

 

 黒鍵が3本とも天草の胸板に突き刺さる。その内1本は心臓つまり霊核を貫通する致命傷で、さすがの天草もがっくりと床に片膝をついた。

 それでも顔を上げて前を見ると、綺礼がかすかに笑っているのが見えた。どうやら凛ではなく天草が本命だったようで、同門の者を退去の道連れに選んだということか。

 

「―――貴方は!」

 

 怒りに燃えたバゼットが綺礼の正面に突進する。綺礼の方は黒鍵を出す余裕はなかったが、それでも身構えて防御、いやカウンターの態勢を取った。

 しかしその真後ろに、冬木勢では随一の敏捷度を誇る小次郎が追いつく。

 

「不意打ちも詐術も(いくさ)の習い、是非は言わぬ。しかし自身にそれが降りかかるもまたしかり。

 受けてみよ、秘剣―――『燕返し』!!」

 

 一振りで三筋の斬撃が飛ぶ必殺の対人魔剣が綺礼の両腕と背筋を襲う。先ほどの宣言通り、殺しはせず戦闘力だけを奪いに行ったのだ。

 

「ぐううっ!」

 

 両の上腕を骨まで斬られ、さらに背骨にも深いヒビを入れられた綺礼がさすがに眉をしかめる。そこにバゼットが正面からルーン山盛りの稲妻ストレートを放ち、モードレッドは斜め後ろから王剣で斬りつけた。

 

「く……!」

「やってくれたわね綺礼! とどめはアンタが教えてくれた技で決めてあげるわ」

 

 そして満身創痍になったところに、後ろで何があったのか気づいた凛が憤怒も露わに突進してきて―――。

 

「喰らいなさい、これが女神式八極拳の必殺技、イシュタル連環腿よ!!」

「ぐふぅっ!?」

 

 その大威力の連続蹴りで、綺礼はついに霊核が再生不能なレベルで崩壊したのだった。

 

 

 

 綺礼が光の粒子となって退去していく。その表情は満足げでもあり心残りがありげでもあったが、特に何か言い残す気はないようで終始無言のままだった。

 そして天草も同じ運命をたどろうとした時、ジャンヌが慌てて駆け寄ってきた。

 

「まったく、貴方らしいのからしくないのか判断に困るところですが無茶をしますね。とりあえず応急処置をしますよ。『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』!!」

 

 まず胸に刺さっていた黒鍵を抜いてから宝具を開帳すると、眩い光のドームが天草の全身を包み込んだ。

 この光は強力な防御結界というだけではなく、中にいる者のケガや病気などを癒す力があるのだ。致命傷をいきなり完治させるほどのものではないが、当人が今言ったように応急処置にはなる。

 

「ああ、これは済みませんね。お手数かけます」

「どう致しまして、とりあえず下がりましょうか。

 いえ私はまた戻りますが」

 

 ただしあくまで応急処置なので、何かやたら危険そうな黒いモンスターがいるこの部屋に居残るのはよろしくない。ジャンヌは天草を抱えていったん部屋の外に避難した。

 そしてその黒いモンスターだが―――。

 

「ええと、よく分かりませんが邪魔者はいなくなったみたいですね。それじゃイリヤさん、泥棒猫に相応しいお仕置きをしてあげますね」

 

 お仕置きとやらの具体的な内容はともかく、桜がイリヤに怒りを表明すること自体は妥当であろう。ところが何と、イリヤはまったく悪びれるところがなかった。

 

「え、何言ってるの? 私、お仕置きされるようなことなんて何もしてないのに」

「……は!?」

 

 この清々しいまでの開き直りっぷりには、桜の方が毒気を抜かれて一瞬ぽかんとしてしまう程だった……。

 

「いえその何言ってるんです? 悪いことしたと思ってるからさっきだって謝ったんでしょう?」

「ええ、謝ったわ。でもそれで済む程度って話よ。

 だって私、『横取り』はしたけど『寝取り』はしてないもの」

「…………?? どういうことです?」

 

 思い出してみれば確かに、イリヤは「横取りしちゃって」とは言ったが「寝取った」とは言っていない。ではその違いが意味することは何なのか?

 

「貴女がいた世界では貴女はシロウとくっついてたみたいだけど、私がいた世界はそうじゃなかったってこと。つまりシロウはフリーだったから早い者勝ちで、私が先に告白してくっついたってだけだから、別に悪いことじゃないでしょう?」

「……貴女がいた世界? 私がいた世界?」

 

 凛はこの話を聞いてすぐ並行世界のことだと理解したが、桜は分かりが遅かった。間桐家では教わっていなかったのか、もしくは黒化して思考力が落ちているのかも知れない。

 

「並行世界って聞いたことない? 魔術師界隈ではそこそこ知られてる概念だと思うけど」

「…………ああ、そういうことですか。分かりました。

 でも別々の世界から同時に疑似サーヴァントが召喚されるなんてことがあり得るんですか?」

 

 幸い桜は並行世界について知ってはいたが、ここで起こった現象についてはまだ半信半疑のようだ。無理もないことだが、事実なのだから仕方がない。

 

「疑う気持ちは分かるけど、シロウとリンも違う世界から来たみたいだから信じるしかないんじゃない?」

「そうなんですか……」

 

 イリヤだけではなく士郎と凛までがそうだと言われては、いかに疑わしい、あるいは極レアな現象であっても信じるしかない。桜はこの件については認めた。

 

「ええと、それで話を戻すと……確かにフリーな人には誰が告白しても悪いことじゃないですけど、でも先ほどの話だと、イリヤさんは私が先輩を好きだったのは知ってたんですよね?」

 

 それで「横取り」という表現になったのだろうが、それはちょっと意地が悪いのではなかろうか。桜はそう思ったが、イリヤは別の見解を持っていた。

 

「知ってたけど、でも私はあと1年くらいしか生きられない身だもの。そんな忖度してられないわ。

 短い分、やりたいことは全部やって後悔しないように生きたいもの」

「1年しか生きられない!?」

 

 なるほどそれなら他人に忖度なんてしていられなくて当然だ。桜は突っ込む言葉を失って、空しく口をぱくぱくさせるばかりだった。

 しかし恋仇が短命だと聞いて喜んだり嘲ったりするのではなく狼狽してしまうあたり、今回の黒化は邪悪度が低いようである。「汚染された聖杯(アンリマユ)」が存在しないからか、それとも善なる女神(パールヴァティー)が憑依しているからだろうか。

 

「ええ。それに私が死んだ後はシロウは好きにしていいって言ってあるしね。

 サクラとくっついてもリンとくっついても、私が知らない誰かとくっついても、私は何も気にしないわ」

「!?」

 

 さらには自分がいなくなった後まで恋人を束縛しようとはしない善性と潔さを見せつけられて、桜はその眩しさを直視できず両手で目を覆って転げ回った。やはり邪悪度は低めらしい。

 するとイリヤはまた小悪魔な笑みを浮かべた。

 

「今よシロウ。弱気になって魔力も減ってるところに『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』で心臓を突けばサクラは元に戻るわ」

 

 驚くべきことに、ここまでの流れはすべて計算ずくだったようだ。しかし残念なことに、最後の詰めの一手だけは実行不能であった。

 

「ん? 何だその『破戒すべき全ての符』って」

「何だって……キャスターの宝具よ。知らないの?」

「ああ、初耳だ。……って、もしかしてそれがないと桜は元に戻せないのか!?」

「まさかホントに知らないの? えっと、どうしよう」

 

 ここで初めてイリヤが本気で焦った顔を見せる。どうやら士郎が「破戒すべき全ての符」を投影できるものと信じ込んでいたようだ。

 こうなっては打つ手は……まだある。運が良いことに、似た効果を持つ宝具を凛が借りて持っていたのだ。

 

「話は聞かせてもらったわ! 大丈夫、魔力がちょっとキツいけどあと1回くらいなら!

 正気に戻りなさい桜! 『破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)』!!」

 

 まだ悶えている桜に輝くページがべたべた貼りついて、彼女にかかっている魔術を破戒する。これで全部終わったか―――と凛も士郎もイリヤも思ったが、どうしたことか、エミヤには効いていたページが桜には効かなかったのだ!

 ページは短剣と違って体に突き刺さずに体表面で作用するものだから効き目が薄かったのか、それとも凛は宝具の担い手でも持ち主でもないので出力が低いのか、はたまた桜の対魔力が高いからか。いずれにせよ、ページが消えた後には黒いままの桜がいた。

 そして微妙に黒さに増しながらむっくりと立ち上がる。

 

「……イリヤさん、さっきの言葉はこれを使う隙を作るためのデタラメだったんですね。

 許せません、本当にお仕置きです!!」

「え!? いや待って、言ったこと自体は全部ホントで……」

「問答無用! ロリブルマ死すべし慈悲はない!!」

「ロリブルマって何!?」

 

 言葉の意味はよく分からないが、とにかく桜はすごい怒りっぷりだ。アストルフォ戦の時の倍くらいの速さで袖や裾を伸ばしてイリヤを攻撃する。

 イリヤはこの「影」を防ぐ手段を持っておらず、とにかく逃げ回るしかない。士郎と凛は桜に声をかけて宥めているが、桜は完全に頭に血が登っていて想い人と姉の言葉すら届かなかった。

 

「ええい、ちょこまかと! そのよく回る舌を細切れにするだけで許してあげますから、おとなしく捕まりなさい」

「そのお仕置きは『だけ』なんて言わないー!」

「最近のロリっ娘は軟弱ですね!

 ……そういえばイリヤさん、そもそも何で戦闘中にあんなこと言ったんです?」

()()()たちに勝たせるために決まってるじゃない。貴女あのままじゃあの槍の子にやられてたわよ。

 でも私が煽ったおかげで槍で刺されても死ななくなって、しかもキレイから魔力を奪えるようになったんだから大手柄でしょ」

「なるほど、それは確かにそうですね。

 それはそれとしてお仕置きはしますが」

「そんなに意地悪いとそっちの世界でもシロウに嫌われちゃうわよ!?」

「貴女は私を怒らせた!!」

 

 一周回ってケンカ友達のようなどこかゆるい雰囲気を醸し出しつつ、追いかけっこに興ずる桜とイリヤ。といってもイリヤの命まではいかずとも重傷くらいは負いかねない非常事態なのは事実であり、かといって桜をケガさせずに取り押さえるのは難しい。アルトリアやメドゥーサたちも手をつかねて見守るばかりだ。

 打つ手に悩んだ凛は、またカルデアのマスターにヘルプを求めることにした。

 

「カルデアのマスター、何とかして!」

「ザッケンナコラー! スッゾオラー!」

 

 ちょっと顔を合わせただけの人に痴情のもつれの仲裁まで要請されたのでは、光己がヤクザスラングで返したのも残当といえよう……。

 人がいいマシュもさすがに何も言えずにいたが、今回はマーリンがその役を請け負った。

 

「まあまあマスター、そんなに怒らなくても。

 間桐嬢は魔力源がなくなった上に破戒の宝具を喰らってだいぶ弱ってるから、魔術か何かで眠らせれば後はどうにでもなると思うよ。すっかり興奮してるから不意打ちは避けられなさそうだしね」

「ほむ……」

 

 眠らせるというのはフランスでマルタにやって成功した実績がある有効な作戦だ。マーリンならば打ってつけであろう。

 

「でもマーリンさん部屋の中に入れるの?」

「もうみんな入れるよ。メディアたちが退去した、つまり聖杯戦争が終わったから彼女の術式も解除されたから」

「ああなるほど、そういうことになるのか。

 でもさっきも言ったけど、その後間桐さんが目を覚ましたら元の木阿弥じゃない?」

「それも大丈夫。どうやら彼女のあの症状は『汚染された聖杯』あってのものみたいだから、それがなくなったならもう再発はしないよ」

「へえ……」

 

 桜は元に戻ってもイリヤへの怒りはゼロにはならないだろうが、舌を細切れにするなんて物騒なお仕置きはするまい。この作戦はやる価値がありそうだ。

 マーリンはサーヴァントではないから、桜の「影」による攻撃も「比較的」ダメージが少なくて済むし。

 

「それでも心配ではあるな。破邪の剣かアゾット剣でも持っていく?」

 

 前者はギルガメッシュから、後者はパラケルススから分捕った物である。邪竜の面目躍如というところだった。

 

「ああ、そういえばそんな物があったね。今すぐは要らないけど、間桐嬢を元に戻す施術の時には使えそうだ」

「そっか、あとは礼装で『瞬間強化(ブーステッド)』ってのができるけどやる?」

「そうだね、せっかくだからしてもらおうかな」

 

 ということでマーリンが光己に「瞬間強化」をかけてもらうと、確かに戦闘力、というか魔力や身体能力が大幅に上昇したのを感じ取れた。

 

「大したものだ。カルデアの技術力がすごいのか、それともキミが強いからか……まあどちらでもいいか。それじゃ行ってくるよ」

「うん、気をつけてね」

「ああ、吉報を待っていてくれたまえ」

 

 マーリンはそう言ってくるりと身を翻すと、幻術で自身に認識阻害めいた術をかけてから部屋に入って行った。

 そして飽きずにイリヤを追っている桜の背後に、音も気配もなく風のような速さで接近する。真後ろまで来たところで、手に持った杖を振り上げた。

 

「安らかに眠るといいよ、ラリ〇ー!」

「んきゃっ!?」

 

 そして杖のヘッドで桜の後頭部を決断的に殴打する、もとい眠りの魔術を頭に直接叩き込むと、黒い少女はあっさり失神して床に倒れた。

 こうなれば後はベイビーサブミッションである。マーリンとトネリコと太公望が「破却宣言」とアゾット剣と破邪の剣を使って施術するというSVIP級の体制で、桜は対症療法にとどまらず元の世界に帰っても2度と黒化せずに済むレベルで完全に根治したのだった。

 ただその時桜の服が風船のように破れ散って全裸になってしまい、女性陣が慌てて男性陣の目を隠すという一幕もあったけれど。

 

 

 



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第259話 偽聖杯大戦エピローグ1

 桜は目を覚まして正気に戻った後、落ち着いて今一度考えてみるにイリヤの煽りのおかげで戦闘が有利になったのは事実のようだ。この特異点でやりたいことはないし未練もないが、異世界のとはいえ士郎がケガせずに済んだのは喜ばしいことである。

 とはいえ感情面では納得しきれなかったので、とりあえずイリヤの頬をつねってやったが、士郎たちはこれくらいは仲直りのための儀式として許容しているようで特に反応はなかった。

 

「何にせよ、これほど大人数での戦いで退去者が出なかったのですから奇跡的な大勝利ですね」

「そうですね、その意味ではイリヤスフィールはお手柄でした。心臓には悪かったですが」

 

 そう言ったアルトリアとメドゥーサは何ヶ所かケガしているが、この場で治療すれば治る程度のものだ。天草だけはしばらく戦闘禁止らしいが、むしろそれで済んだのが御の字である。

 それとは別にイリヤの寿命の問題もあったが、彼女が疑似サーヴァントになっていなければともかく、神霊を含む3騎が憑依していては無理だった。当人が延命を求めておらず、運命に納得していたのが幸いだったが。

 そしてその次は、カルデア一行が部屋の中に入ってきて自己紹介&事情説明タイムだ。

 人数が多いので1人1人が時間をかけることはできないが、アイサツは大事である。光己はずいっと進み出ると、胸元で合掌して型通りのお辞儀をした。

 

「ドーモ、カルデアのマスターの藤宮光己です。この地下道には、歴史を歪めてる悪党を退治して元の歴史に戻すために来ました」

 

 すると士郎だけはこのアイサツの由来を知っていたようで、やけにびっくりした顔を見せた。

 

「そ、それってもしかして古事記に書かれてるアイサツってやつか!? ニンジャもやってるっていう。

 いや驚く前に、アイサツされたら返礼しないとシツレイになるな。ドーモ、衛宮士郎です。

 ここには疑似サーヴァントってやつの依代として召喚されただけで、正直何も分かってないけど」

 

 そして光己と同様に合掌してお辞儀をする。こうなると凛たちも追随せざるを得ない。

 

「え、何、ニンジャ!? それ、私もしなきゃいけないの?

 ま、まあ挨拶ならしょうがないか。ドーモ、遠坂凛です。ここにいる理由は士郎と同じよ」

「え、ええっと。ドーモ、間桐桜です。先ほどはご迷惑おかけしました」

「へー、昔の日本ではそういう挨拶したんだ。ドーモ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンです」

「確かに社会人なら挨拶は重要ですね。ドーモ、バゼット・フラガ・マクレミッツです」

 

 現代の日本人や西欧人が6人も並んで古代のニンジャの挨拶をしている図はいささかシュールではあったが、光己だけは知ってて応じてくれる人がいたことに大変満足していた。

 また桜の自己紹介を聞いた時に冬木の特異点で会った雁夜と幼い彼女のことを思い出したが、彼はカーマが彼女を依代にしていることを良く思っていなかったので、メドゥーサがいる間はカーマを紹介するのはやめておくことにした。

 あとイリヤはおそらくアイリスフィールの親戚か何かと思われるが、こちらは話が済んだら紹介しても良さそうである。

 

「そ、それでカルデアってのは何なんだ? セイバーも『全人類を守るために派遣されて来た』とか言ってたし、もしかして魔術も使えるニンジャの隠れ里とかそういうのなのか?」

 

 士郎がやけに興奮した様子で早口なのは、彼も日本の男子だからニンジャには興味があるからだろう。しかし凛はそうでもなかった。

 

「ニンジャの隠れ里が横文字の名前のわけないでしょ。

 てか実際何なわけ? これだけ大勢のサーヴァント連れて歩けるなんて普通じゃないわ」

「正式名称は『人理継続保障機関フィニス・カルデア』といって、業務内容はアルトリアが言った通りだよ。今は、さっき言った通りこの地下道の先にいるエリアボスをシバきに行くところなんだ。

 だからニンジャの隠れ里じゃなくて、単に俺が加藤段蔵のサーヴァントにカラテ習ってるからあのアイサツしてるってわけ。

 あとカルデア本部から連れてきたのは9騎だけで、他の人はみんなこの特異点で会った人たちだから」

 

 光己は初対面のサーヴァントには敬語で話すことが多いが、今回は依代メインの上その依代が同国同時代同年代の人間で、しかも先方がすでにフランクなので初手から同じ対応になっていた。先ほどの戦いの間の言動を見る限り、(黒桜以外は)悪党ではなさそうだし。

 逆に士郎たちは光己の人となりは全く知らないのだが、セイバーが契約しているというだけで人間性はある程度保証されているので安心して話ができるのだった。

 

「いや、9騎でも十分多いんだけど……やっぱそれって、カルデアってとこの魔術か礼装の類でどうにかしてるわけ?」

「加藤段蔵にニンジャのカラテを習ってるだって? それならむしろ本当にニンジャの隠れ里じゃないか。カルデアってすごい所だな……。

 ……いやそれより、人知れず人類を守るために戦ってる組織が実在するってことの方が驚きだ。昔見てたTVの戦隊モノを思い出すな。

 そうだ、もしよかったら連絡先を教えてくれないか?」

「士郎、貴方にはとても向いてるけど向いてないからやめときなさい」

 

 士郎が「人類を守るために戦ってる組織」に興味を示すのは当然だったが、それを凛が冷え冷えとした口調で止めたのは、無茶なことをして早死にすると心配したからだろう。

 またアルトリアも同じことを考えて、しかし追い討ちはせず口出しは控えていた。士郎が料理人として(ここの)カルデアに来るのなら学ぶことが多そうなのだが、彼の性格からして特異点修正に行きたがるに決まっているし。

 ところで光己は実はカルデアの連絡先を知らないので、これ幸いと士郎の質問はスルーして凛の疑問だけに答えた。

 

「ああ、サーヴァント用の魔力は常時カルデア本部が送ってくれてるんだ」

「なるほど。セイバーが言ってた『マスターの能力の問題ではなく、カルデアのやり方が特殊』ってのはそういうことだったのね。

 それでも9騎、いえ現地サーヴァントと契約したらもっと増えるわね。身体の負担重いんじゃない?」

「うん、最初の頃はキツかったけど最近はもう慣れた」

「ああ、そういえばさっき私たちと契約した時も平気そうだったわね」

「まあね、こうなるまでにはいろいろあった」

 

 平気なのは慣れたのではなく魔力量が増えたからなのだが、部屋に入る前に相談して光己の正体は当面隠しておくという結論になったのでそう答えたのだった。当然獣モードは解除して人間モードに戻っており、ドラコーも名前は名乗るが正体は隠すことになっている。

 そして魔力供給絡みの話が終わったところで、士郎が別のことを訊ねてきた。

 

「それで、エリアボスってのは何者なんだ?」

 

 正義の味方なら気になるのは当然といえよう。光己の方は逆にちょっと気が引ける話だが、隠しておくわけにはいかない。

 

「あー、マキリ・ゾォルケンっていうサーヴァントじゃなくて人間の魔術師でね。アルトリアやメドゥーサさんによると、間桐さんの祖父らしいんだけど」

「え、お爺様が!?」

 

 すると当然ながら、士郎より先に桜が反応した。

 

「あー、えーと。ゾォルケン、で臓硯ですか。なるほど……。

 そうですね、お爺様はこの時代ならもう生まれてるどころかかなりのご年配ですし、ここが私がいたのとは別の世界だというなら、イギリスで悪のエリアボスやっててもおかしくありませんね」

 

 孫娘から見てもゾォルケンは悪党で、しかもエリアボスが務まるだけの実力者のようだ。敵なのは確定したが、油断はしない方が良さそうである。

 

「うん、だから間桐さんに戦ってくれとは言わないけど、ここの敵にはかなり強引な勧誘するヤツがいるから同行だけでもしてくれるとありがたいんだけど」

 

 光己としては桜が別れた後パラケルススに遭遇して暗示やギアスで敵にされては困るので、この提案は譲れないところである。しかし幸い、彼が危惧したよりも桜は協力的だった。

 

「あ、その辺は大丈夫ですのでお気遣いなく。むしろ身内として率先して止めるべきって思ってますから」

 

 桜は口にはしなかったが、臓硯とは血のつながりはない上に虐待されていたので、遠慮する筋合いは全くないのだった。ただメドゥーサは彼女には戦って欲しくないらしく翻意を促した。

 

「いえサクラ、メディアの都合で召喚されたに過ぎない貴女がこれ以上戦う必要はないのでは?」

「ありがとライダー、でも先輩はきっと先頭に立って戦うと思うから。

 疑似サーヴァントになってなかったら足手まといだから大人しく引っ込むけど、役に立てる力があるのに、並行世界のとはいえ先輩が戦うのを見てるだけなんてできないよ」

「……そうですか。では前衛は私が受け持ちますので、貴女は私の後ろにいて下さい。

 槍術よりも稲妻の方が有用だと思いますし」

「むう、そこまではっきり言われるともにょるけど否定できない……。

 分かった、それじゃそうさせてもらうけどライダーも気をつけてね」

「ええ、もちろん」

 

 どうやら桜とメドゥーサの動向の鍵は士郎が握っているようだが、彼の意向は聞くまでもなく分かり切っている。

 

「俺か? 俺はもちろん行くぞ。よその世界のこととはいえ、人類の存亡にかかわるような悪事を見過ごすわけにはいかないからな」

「シロウならそう言うわよね。なら私も参加するわ」

「そうですね。他にすることもありませんし、乗りかかった船ですから最後まで付き合いましょう」

 

 イリヤとバゼットも同行してくれるようだ。残るは凛だが、彼女の意向はすでに表明済みである。

 

「ええ、私も行くけど、その前に約束の報酬を! 今の戦いの分と、()()()をシバく分の前金を宝石で! 一心不乱の大量の宝石で!!」

 

 そう、凛だけは人理のためではなく報酬のために戦うのだ!

 

「リン、ここで宝石もらっても元の世界には持って帰れないと思うわよ」

「分かってるってば! でもほら、私の魔力を大量に注いでおけば『私の一部』的なものになってワンチャンあるかも知れないし!」

 

 ただ凛の感覚では光己は金持ちにも魔術師にも見えないのだが、セイバーがあのように断言したからにはそれなりの資産家であるか、カルデアから工作費を預かっているのだろう。

 事実、光己はいきなり大量の宝石を要求されても眉ひとつ動かさなかった。

 

「ほむ、宝石……イシュタル神の疑似サーヴァントとしては順当なとこか。

 それでどんな宝石をご希望? 指輪やネックレスの類か、それとも裸石(ルース)(研磨やカットはされたが枠や台などに付けられていないもの)や原石(研磨もカットもされていないもの)?」

「むむ。男の子なのにすぐ宝石関係の専門用語が出て来るとは、本当にセイバーが言った通りみたいね……。

 よろしい、ならば裸石よ。裸石を山盛りで頼むわ! もちろんそれだけの仕事はするから」

「OK、裸石ね」

 

 凛の回答に光己は(仕事の一部として遠坂さんの裸体も欲しいなあ)なんてことを思ったが、もちろん顔にも口にも出さなかった。

 なお桜の裸体は一瞬だけだが鑑賞できて大変眼福だったが、こちらも知らないフリするのは当然の配慮である。

 

「じゃあさっそく……の前に、入れ物が必要だな。マシュ、宝石入れても大丈夫な袋か何かある?」

「はい、小物袋でよろしいですか?」

「うん、ありがと」

 

 光己がマシュから袋を受け取り、宝石を出すために波紋を出すと、当然ながら凛たちはびっくり仰天して目を丸くした。

 

「な、何それ!? まるでギルガメッシュの宝具みたいな……()()()()()()()

「お、ギルガメッシュと会ったことあるのか?

 そう、これこそは我が財宝魔術の真髄! 虹回転が金回転より上であるように、我が宝物庫はギルガメッシュのそれを超えたのだ!

 ……まあ俺の『蔵』には宝具の原典なんてチートは(分捕ったもの以外は)入ってないし、宝具を射出なんて贅沢なこともできないんだけどね。ちくせう」

 

 光己が「財宝魔術」なんて造語を口にしたのは、言うまでもなく正体を隠す行為の一環である。

 波紋が虹色になったのは、アルビオンの体が再生したことで「蔵」もランクアップしたからだ。とはいえ今言ったように「宝具の原典」なんて都合のいいものは無いし、ギルガメッシュを超えたとか何とかいう台詞もまったくのデタラメなのだが……。

 

「あ、何が入ってるかは秘密ね」

「え、ドヤ顔しといてここでヘタレるの? ここは景気よく開帳しちゃう方が男らしいと思うわよ」

「自分の財布の中身をほいほい見せる人なんていないでしょ。ましてイシュタル神相手に」

「ぐうの音も出ない返しね」

 

 凛はせっかくなので光己の財宝の内訳を訊ねてみたが、さすがにそこまでゆるくはなかったようだ。

 まあ興味本位でダメ元だったので深く追及する気はなかったが、光己が「破却宣言」と剣2本を波紋の向こうに入れたのを見た時はまた目を剥いて声も裏返ってしまった。

 

「え、あ、ちょっと待ってちょっと待って!? サーヴァントが退去したのに何で宝具だけ残留してて、しかもそれを当たり前のように収納なんてしてるの!?」

 

 普通はあり得ないことだ。アーチャー・エミヤの投影品はそのめったにない例外だが、これは魔術でつくっている贋作であって本物ではない。ましてや元の持ち主の意に反して宝具を残しておけるとは一体!?

 するといったん普段顔に戻った光己がまたドヤ顔になった。

 

「フ、そこに気づくとはなかなかの注意力をお持ちのようだな。

 そう、これも我が魔術の1つ! サーヴァントの宝具でも、こうして手に取れば所有権を奪うことができるのだ!

 というわけで宝具の買取もやってるから、要らない宝具があったらお気軽にご連絡を」

「宝具の買取ってアナタ……」

 

 光己の非常識な言いぐさに凛はかなり呆れたが、敵サーヴァントの宝具を奪って味方のサーヴァントに使わせることができるなら今回のように相当役に立つことが期待できる。凛自身と同年代という若さで特異点修正の現地主任に抜擢されたのも順当といえる凄腕ぶりだ。

 そういえば竜牙兵がやけにしつこくクー・フーリンの槍を奪おうとしていたが、あれもゲイ・ボルクを手に入れるためだったというわけか。クー・フーリンには及ばなかったとはいえメディア製竜牙兵相手に無双できる竜牙兵をつくれるサーヴァントまでいるとは、カルデアとはずいぶんと人材の層が厚い組織のようだ。

 

「まあいいわ。それじゃいよいよ宝石……の前に。

 貴方さっきエリアボスって言ったわよね。つまり、性悪爺とは別にラスボスがいるってこと?」

 

 ガチの聖杯戦争を体験したからか、今日の凛はうっかり属性持ちのわりに鋭かった。逆に光己が説明不足を謝罪する。

 

「ああ、それ言い忘れてたな。悪かった。

 ラスボスはゲーティアっていって、ソロモン王の72柱の『使い魔』の集合体なんだ。()()()()()()()情報によるとこの特異点に散歩感覚で様子見に来るらしいけど、対策はできてるから安心して」

「ぶふっ!?」

 

 凛とバゼットが並んで噴き出した。

 ソロモン王といえば有名な魔術の王ではないか。当人ではないのは幸いだが、その使い魔の集合体……使い魔? 「悪魔」ではなくて?

 

「うん。『フラウロス』と『フォルネウス』に遭遇したけど、両方ともグロい肉柱だったから悪魔学でいってる『72柱の悪魔』とはまったくの別物だな。

 強さ的にはヘラクレスならタイマンで勝てるくらいってとこ」

「へえ……。

 1人で来たならともかく、72柱総がかりで来たらヤバそうね」

「うん、その時は連中は機動力はなさそうだから逃げるのが得策かな。

 ただ問題はゲーティアでね。こいつは『ネガ・サモン』っていう、サーヴァントの攻撃を無効化するスキルを持ってるそうなんだ」

「はあ!?」

 

 凛とバゼットの声が1オクターブ半ほど上がった。そんな奴どうやって倒せというのか!?

 

「もしかして貴方自身が戦うとか、そういう? さすがに無茶じゃないかしら」

「んー、ラストバトルはそうなるかも知れないけど、今回はやらない。

 エフェメロス、話してあげてくれる?」

「良かろう」

 

 するといかがわしい恰好をした赤黒の女の子が進み出てきた。エフェメロスという名の英霊は聞いたことがないどころか、よく見るとサーヴァントではないようだが……。

 すると女の子はこちらの考えを察したのかニヤリと笑った。

 

「気づいたか。サーヴァントの攻撃が効かないというのなら、サーヴァントでなくなればいいわけだな。()()()()()()受肉させてもらったのだ」

「……」

 

 とある、という単語がまた出て来たが、どうやらカルデアは表に出せない情報源やテクノロジーをいろいろ持っているようだ。人理を守るための機関が有能なのは頼もしいといえば頼もしいのだけれど。

 

「それで、貴女1人でゲーティアに勝てるの?」

「勝てるかどうかはやってみなければ分からんが、気を引くことはできるぞ。

 無常の果実に『おまえの願いは叶わない』と言われれば、大きな願いを持っている者ほど平静ではいられまい。

 それで我と奴がやり合っている間に、おまえたちは逃げるなり何なりすればいいというわけだ。カルデアの連中は本部に帰れば済むことだしな」

「……」

 

 それは囮というやつなのだが、当人がすごく楽しげかつ悪辣な顔をしているので凛とバゼットは指摘するのはやめておいた。

 いやそれより、無常の果実とは大怪獣テュフォンが食べさせられたという、あの無常の果実なのか!?

 

「そう、それだ。

 といっても果実の姿になることはできないから、我自身を奴の口にねじ込んで喰わせるのは無理だが」

「ああ、それで『言われれば』になるわけね」

「そういうことだな。口にねじ込むのに比べれば効き目はだいぶ落ちるが、わりと強めの呪いがかかるくらいの効果はある」

 

 なおエフェメロスはテュフォンもセットの存在なのだが、それは口にしなかった。この地下道では機神の姿になれないから説明する意味がないし、ぶっちゃけメンドくさいので。

 

「へえー」

 

 凛たちにはエフェメロスが真の正体を隠していると疑う理由は特にないので、素直に彼女の台詞を額面通りに受け取っていた。

 何にせよ、自分の意志でラスボスの相手を引き受けてくれるのなら言うことはない。初対面の身であれこれ詮索したり差し出口を叩いたりするのも何だし、任せてしまって良さそうだ。

 ―――これで事情説明はだいたい終わったので、次はカルデア側の自己紹介になる。サーヴァントというのは歴史上の著名人(人外含む)がなるものだから大抵の者はいわゆる「大物」なので、聖杯戦争経験者である凛たちは誰の名前を聞いてもそうそう驚いたりはしない。しかしティアマトが出て来ると、凛の内なるイシュタルが激しく動揺した。

 

「え、何!? こんなとこで母さんに会うなんて思ってなかった? カルデアの敵にならなくて良かったっていうか正しい判断したのを褒めてあげるけど、どっちみち私は出られないから任せる、だって? ちょ、貴女の母親というかご先祖様でしょ!? 自分で相手しなさいよ」

 

 初対面の創世神相手に、その子孫の依代として挨拶するなんて冗談じゃない。凛は強硬に抗議したが、内なるイシュタルからの返事はなかった。

 出て来られないならせめてカンペの1つでも寄こせばいいのに何と気が利かぬ駄女神ぶりか、そんなことだからあの性悪のギルガメッシュにまで振られるのよ!と凛は内心で悪態をついたがやはり反応はない。

 一方ティアマトはイシュタルの存在に気づいているらしく、何かを期待しまくっている表情でじっと凛の顔を見つめている。仕方ないので凛は自分で挨拶することにした。

 

「初めまして、イシュタル神の依代をさせていただいている遠坂凛と申します。

 かの名高い愛と美と豊穣の女神から依代に選ばれたとは大変光栄なことで、神意に沿うべく微力を尽くす所存であります」

「あ、やっぱり依代の方が出ててイシュタルは出て来られないのか。でも仲が悪い様子じゃなくてよかった」

 

 そこで相手が相手なのでまずは社交辞令全開でいってみると、ティアマトは子孫と話ができないのが残念なのかちょっと肩を落としたが、不興は買わずに済んだようなので凛は少しだけ気が楽になった。

 

「はい、それはもう」

 

 しかしまだ油断はできない。凛は慎重に言葉を選んでいたが、するとティアマトは背中を押すというか退路を塞ぐというか、そんなことを言ってきた。

 

「本当はわたしは母だから貴女たちもみんなも守りたいのだけど、今回は目立たないようにと言われてるからできない。貴女はやる気があるみたいだから、イシュタルと一緒にがんばってほしい」

「アッハイ、それはもちろん……」

 

 どうやら光己とのやり取りをしっかり聞かれていたようだ。凛は内心冷や汗を流したが、ティアマトはポジティブに解釈してくれているみたいで深く安堵した。

 目立たないようにというのは、いかにゲーティアがサーヴァントの攻撃が効かないとはいえ、ティアマトほどの超存在が出張ったら警戒するからだろう。ここで決着をつけるならともかく、そうでないなら鬼札は隠しておくというのは順当な作戦だ。

 別に彼女を戦力として期待していたわけでなし、特に不満はない。

 

「……私、姉さんがあそこまで緊張して丁寧にお話してるところ初めて見ました」

「遠坂の剛胆にも限界はあったんだな。むしろ安心した」

「(写真や録音用に)携帯電話持って来られなかったのが残念だわ」

 

 ただ応対に苦闘しているところを士郎たちに見られて噂話のネタにされてしまったが、もしかしたら1人だけ報酬をもらう代償なのかも知れなかった。

 

 

 




 凛(イシュタル)と会ったので、SW2フラグが立ちました。とはいえSイシュタルの宝具は地上で使っていいものじゃなさそうですが(^^;




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第260話 偽聖杯大戦エピローグ2

 凛はティアマトの応対で気力がだいぶ削れてしまったが、自己紹介フェーズが終わって報酬フェーズに戻るとすぐ全快した。

 

「さて、今度こそ報酬ね! 私の宝石愛は百八式まであるわよ!」

「つまり108個欲しいと……そのくらいならこの袋に入るかな」

 

 あまり大きい物は入り切らないが、大きい上に鑑定書の類がないと換金しづらいし変に目立ってしまうから、ほどほどの物の方が良いかも知れない。

 そんなわけで光己が「蔵」から宝石を出しては袋に入れていると、凛はその1個1個に鋭い視線を走らせては目を¥マークとハートマークに点滅させていた。さすがはイシュタル神に選ばれた娘である。

 とりあえず宝石の質に文句はないようで、光己はほっと安堵した。

 

「……はい、108個確かに頂いたわ。毎度ありー!」

「うん、ご満足いただけて良かった」

 

 凛に報酬を渡し終えたら、次は光己の要望でいつものサインと写真である。今回は皆疑似サーヴァントかつ依代メインということで、サインはサーヴァントと依代両方の名前を書いてもらうことにした。

 イシュタルやパールヴァティー、マナナンにフレイヤといった有名神霊が目白押しなのは大変頼もしいが、それより光己(とジャンヌオルタ)の目を引いたのは「千子村正」という日本人だった。

 

「村正といえばムラマサブレードつくった人か!? 俺には装備できないけど」

「私はできるわよ。てか刀工の端くれとしても興味あるわね。

 スキルか何かで1本くらい出せない? 代金はマスターが言い値で払うわ」

「ちょ、勝手に言い値なんて言葉使わないでくれるか!? しかし欲しいか欲しくないかで言えばとても欲しい! お土産に景虎や段蔵や沖田ちゃんや紅女将にも……いや沖田ちゃんは微妙か」

 

 村正は徳川に害をなす妖刀だという風説があるから、沖田ノーマルに渡すのはケンカを売るも同然なのはすぐ分かる。しかしオルタは沖田総司であるのは事実だが新選組には入ってなさそうなので、渡すのが意地悪なのか渡さないのが意地悪なのか判断が難しい。率直に事情を話して、望むなら渡すということで良いだろうか……?

 一方士郎は2人の話をすぐ理解し切れず、情報を整理する時間を求めた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんないっぺんに言われても」

 

 2人の話は文字数の割に情報量が多かったので無理もないことであろう……。

 まずカルデアは所属しているサーヴァントを全員連れて来ているのではなく、何らかの事情で9騎だけに制限しているということのようだ。その中で、村正の刀を欲しがりそうな者が(光己を別にすれば)5騎いるということか。

 沖田ちゃんというのが沖田総司のことなら確かに渡すのは微妙だが、その辺は先方の事情であって、士郎が考える必要はない。

 ジャンヌ・ダルクの贋作(ジャンヌオルタ)が刀工の端くれだというのはよく分からないが、村正的には外人の別嬪さんが同業者だというのは悪い気はしないようである。

 士郎としては自分の投影品が人類を救う役に立つのであれば何本でもつくるし、代金なんてどうせ持って帰れないのだから無料でいい。

 

「……そうだな。実物を作るのは場所や材料が要るし時間もかかるから無理だけど、俺が投影した物で良ければ何本でも出せるぞ。実物より1ランク落ちるけど、そのままでもずっと置いておけるし代金は要らない」

 

 士郎はそこで一拍置いてから、次は憑依している人物の意向を口にした。

 

「ところで景虎ってのは、戦国時代の上杉謙信のことでいいのか?

 村正が、もしそうだったら普通に打っただけのモノなんて出せないから宝具の刀にしてくれって言ってるんだが。

 ただしこちらは普通はすぐ消えちまうんだけど、さっきの話だとあんたが持てば残るようにできるんだよな?」

「おお、マジか! 世の中言ってみるもんだな。1ランク落ちるくらいは仕方ないし、消えちゃう宝具でも大丈夫だぞ。

 あと景虎はご明察の通り上杉謙信だよ。言われてみれば上杉謙信といえば有名大名中の有名大名だから、そりゃモノにこだわるか。

 何だったらTV電話みたいなのがあるから話してもらってもいい……ただし若い女性だけど、アーサー王もそうなんだから今更だな」

「あー、それは確かに今更だ」

 

 上杉謙信には元々女性説があるからまだマシとさえいえるくらいだ。

 村正は(イシュタルと同様)出て来られないから会話はさせてやれないが、ご拝顔の栄に浴させてもらえればやる気は上がるだろう。

 

「それじゃせっかくだから頼むか」

「うい……っと、その前に。イリヤさん、カルデアにはアイリスフィール・フォン・アインツベルンっていう人がマスターとして在籍してるんだけど知り合いだったりする?」

「へ!?」

 

 唐突にもほどがある問いかけに、さすがのイリヤも数秒ほど硬直してしまった。

 

「………………。知り合いというかママなんだけど……」

「え、ママ!? マジで!?

 うーん、するとかなり遠い世界ってことになるな。うちのアイリスフィールさんは独身だから」

「はあ!?」

 

 イリヤの返事に光己は驚いたが、光己の情報開示にイリヤもまた驚かされた。

 

「そ、それは確かに遠そうね……。

 ということは、そちらのママは私のこともキリツグのことも知らないのかしら?」

「イリヤさんのことは知らないだろうな。衛宮切嗣さんとも生前の彼とは面識なかったみたいだけど、死後の、抑止の守護者になった彼とは他の特異点で少しだけ共闘したことがある」

「そ、そう…………」

 

 イリヤはかくーんと肩を落とした。

 抑止の守護者とはアレか、アーチャー・エミヤと同じ人理の掃除人か。親子そろって死後までセイギノミカタを貫くとは何と業の深い。ふと気になって士郎の顔を見てみると、やはり何ともいえない微妙な顔をしていた。

 それはそれとして母の件だが。

 

「………………会うのはやめとくわ、話合わなさそうだし。

 実を言うと私の世界のママはもう亡くなっててね。今会ったら変な未練出てきそうだし」

「そっか、そういうことなら仕方ないな」

 

 まさかイリヤの世界のアイリがすでに亡くなっていたとは。光己は驚いたが、初対面の身で深く聞くことではないので軽く流した。

 カーマは紹介しないと先ほど決めたので、他に紹介すべき者はいない。光己が通信機のスイッチを入れると、空中にスクリーンが現れエルメロイⅡ世が映し出された。

 なおイリヤを紹介しないということもあって、凛と桜とバゼットも引っ込んでいる。つまり今光己と一緒に前に出ているのは士郎だけだった。

 

《あー、もしかしてまた何か大事件でも起きてしまったのかね?》

 

 この特異点では連絡が来るたびに厄ネタがぶっこまれているので、Ⅱ世はかなり腰が引けていた。無理もないことだったが、幸いにして今回は胃痛案件ではない。

 

「いや、今回はそういうのじゃないです。かくかくしかじかで、景虎呼んでほしいんですが」

《なるほど……そういうことならすぐ呼ぼう》

 

 光己が事情を説明すると、Ⅱ世はほっと緊張を緩めて館内放送で景虎を呼び出した。

 すると何故か、凛がずずいっと光己の真横に進み出る。そして凛が何か言う前に、Ⅱ世が思い切り顔色を変えて狼狽した。

 

《む、他にも現地サーヴァン……って、も、もしかして君は遠坂凛か!?

 なぜ君がそこに!? もしかして英霊トーサカとか、そういう哀れな存在に成り果ててしまったのか!?》

 

 このむちゃくちゃな言いよう、どうやらⅡ世にとって凛はかなりの問題児らしい。

 言われた側の凛は当然怒るかと思われたが、ニヤソと意地の悪そうな笑みを浮かべただけだった。

 

「あら先生ってばヒドい。私はただイシュタル神の疑似サーヴァントとして、神意に沿うべく人理を救うために戦っているだけだというのに」

《何、イシュタル神の疑似サーヴァントだと!?》

 

 Ⅱ世自身が諸葛孔明の疑似サーヴァントであるだけに、こう言われれば理解は早い。ただ凛が神意なんてものを本気で尊重しているとは思えないが、ティアマトがいるから猫をかぶっているのであろう。

 

「ええ。私としては先生がカルデアにいたことの方が驚きですけど。

 どういったご事情でそこに?」

《実は私も疑似サーヴァントでね。特異点でカルデアの所長に会って、その時勧誘されて副所長に就任したのだよ》

「へえ、先生が」

 

 凛がⅡ世を先生と呼んで、Ⅱ世もその呼び方に疑問を抱いていないところを見るに、2人とも時計塔かどこかで教師と生徒の間柄である世界から来ているようだ。

 

《まあ、私にも守りたい者はいるのでね。胃痛案件なのは承知の上で、こうして大役を請け負っているわけさ。

 それで、君は何用でわざわざ私の前に出て来たのかな》

「それはもちろん、知り合いがいたから挨拶を……なんて社交辞令は時間の無駄みたいですから省いて率直にいきましょう。

 ……そう! 助太刀する報酬は藤宮君に貰いましたけど、それはそれとして教師なら生徒が魔術王なんて巨悪と戦うと聞いたら餞別の1つも出すものじゃないかなー、なんて思いまして」

《大変正直で逆に好感が持てるが、あいにく私も身一つでカルデアに来た身でね。そのカルデアも素寒貧で餞別など出せる立場じゃないのだよ。

 具体的に言うと、マスターの現地での活動費どころか、本部の運営までマスターの私財に頼っている程度には資金・物資とも不足している》

 

 凛の台詞はあっぱれなほどにストレートだったが、Ⅱ世の回答はそれに輪をかけてあけすけであった。

 さすがの凛もドン引きである。

 

「えええ……!? い、いいんですかそれ」

《そういうわけだから、仮に君がカルデアからの召喚に応じても、金銭的な報酬は期待できないと思ってくれたまえ。無論君だけではなく他のサーヴァントにも言えることで、皆納得済みの話だが》

 

 おそらくこれを言いたいがために、Ⅱ世はあえてカルデアの懐事情を皆の前でバラしたのだろう。それほど凛に来てほしくないのだろうか。

 だって金銭以外の報酬、たとえばこの度光己が手に入れた大量の魔術書を読む権利とか、モルガンやワルキューレといった大先達に魔術を習うチャンスとか、そういうお金に換えられない利益について口を拭っているのだから。

 

「そ、そうなんですか。先生も大変ですわね。おほほほほ……」

 

 凛はこめかみのあたりを引きつらせつつも何とか無難な返事をしたが、何かを期待していてそれを裏切られた様子なのは、海千山千のⅡ世には手に取るように感じられていた。どうやら人類最後の砦に「核兵器のボタンを持った赤い悪魔」が来たがるようなことにならずに済んだと一安心していたが、本当に来ないかどうか、もしくは別の特異点でまた会ったりしないかどうかはまた別の話である。

 そこに景虎がやって来たので、(特に得るものがない)話は一段落ついたことだしⅡ世は選手交代することにした。

 

《お待たせしました。名のある刀鍛冶がわざわざ宝具で刀を打ってくれると聞きましたが、そちらの殿方がそうなのですか?》

 

 この質問に答えたのは、凛ではなく光己である。

 

「うん。景虎の生前の頃だとそんなに有名じゃなかったかも知れないけど、俺の時代だと1、2を争う知名度だよ。

 村正ってのは流派の名前でもあって、今回来てくれたのはその初代の千子村正っていう人なんだ」

《ほほぅ、それはそれは……》

 

 景虎はランサーだが、宝具の「毘天八相車懸りの陣(びてんはっそうくるまがかりのじん)」では刀を何本も出しているだけあってこちらの造詣も深い。いかにも興味を惹かれたという(てい)で、すうっと目を細める。

 そのまさに抜き身の刀のような迫力に、サーヴァント慣れした士郎もちょっとビビってしまった。

 

「うお、軍神といわれただけあって凄味があるな……。

 ……おっと、失礼しました。『千子村正』の疑似サーヴァントの衛宮士郎です」

《長尾景虎です。わざわざ宝具でというのですから、私についての細かい説明は要りませんね。

 そちらは長話していられる状況でもなさそうですから、さっそく見せてもらいましょうか》

「は、はい」

 

 完成品を献上するだけではなく、打っている所を御覧に入れるとなると村正も緊張するだろうなと士郎は思ったが、下がっててもらうわけにもいかない。せめて自分はできるだけ冷静でいようと決めると、部屋の真ん中に移動して静かに目を閉じた。

 

「……其処に到るは数多の研鑚。築きに築いた刀塚。縁起を以て宿業を断つ。八重垣作るは千子の刃」

 

 その詠唱は士郎自身の宝具を開帳する時とは違う文言だった。村正の心象風景、あるいは刀鍛冶としての目標やあり方を示すものであろう。

 

「真髄、解明。完成理念、収束。鍛造技法、臨界」

 

 詠唱がそこまで行った時、不意に彼の周りに赤い炎が渦巻く。しかしそれはすぐに消え、その後には雑草1本生えていない代わりに無数の刀が突き立った荒野が広がっていた。

 

「……固有結界!」

 

 光己やマシュたちが驚愕に目を見開く。前に見たイスカンダルのそれは部下の将兵と同じ心象風景を彼らとともに展開するものだったが、村正は1人で実現したというのか。

 また「八重垣」というのは確か須佐之男命が詠んだ歌に出てきた言葉だと思ったが、つまりあの無数の刀が術者を守るというのだろうか?

 ―――と思ったらその刀の群れはすべて砕けて雪の結晶めいて散り消えてしまったので、光己は「あれ!?」と間の抜けた声を上げてしまったが、宝具はこれで終わりではなかった。士郎、いや村正の手にただ一振りだけ、新しい刀が現れる。

 

「刮目しやがれ! 剣の鼓動、此処にあり!!」

 

 村正が刀の柄を握って吠える。その表情を見るに、どうやら会心の出来映えだったようだ。

 光己の鑑定眼でも異様なまでの価値を感じるから、この一振りこそが「宝具の刀」に違いあるまい。

 

「……ふう」

 

 仕事を終えた村正が疲れたのか軽く息をつくと、荒野は消えて元の部屋に戻った。

 士郎が光己のそばに戻り、ついでに鞘も投影して手渡す。光己はそれを受け取ると、自分の物になったのを念入りに確かめてから景虎の顔を顧みた。

 景虎がこくんと頷き、士郎の方に向き直る。

 

《『村正』の鍛造、確かに見せてもらいました。スクリーン越しでも分かる素晴らしい、いえ恐ろしいほどの一振りですね。

 これほどの逸品をいただいたのなら、相応の扱いにせねば非礼というもの。私の第二宝具にしたいと思いますが、銘は何というのでしょうか?》

 

 村正の刀は切れ味の良さで知られており、しかも「この」刀は単に刃が触れた物品を切るだけのものではなく、時間や空間、因果をも断ち切る大業物だ。景虎があえて「恐ろしい」と言い直したのは的を射た目利きといえよう。

 しかも第二宝具にするというのだから最高級の評価である。士郎と村正の方がちょっと恐れ入ってしまって、回答するのが数秒遅れたくらいには。

 

「…………あ、はい、ええと、ありがたき幸せ、とでも言えばいいんかな?

 銘は『都牟刈村正(つむかりむらまさ)』というそうです」

《都牟刈というとかの天叢雲剣の別名ですね。それほどの自負があるということですか。

 実際に振るう時が楽しみです》

 

 その後景虎と士郎が二言三言話して対面が終わったら、次はお土産である。

 宝具ではない通常の投影魔術でつくった刀「明神切村正(みょうじんきりむらまさ)」は光己やジャンヌオルタにも分かるレベルで「都牟刈村正」には及ばないが、それでも超抜級の名刀、いや刀の銘からすると魔刀と評すべきか? ともかくそういう代物だった。

 

「こっちも凄いわね。普通の材料でもこんなのつくれるんだ」

 

 やはり歴史に名前が残る鍛冶師は違う。ジャンヌオルタは素直に感心した。

 ただこうなると同等の知名度を誇る「正宗」も見てみたくなってきたが、口に出すのは控えた。まあ特異点修正に付き合っていれば、いずれ見られる時も来るだろう。

 そして光己が刀と鞘を「蔵」に収納したら、ようやくここでやることは全部終わって部屋の先に進むことになったのだった。

 

 

 




 Ⅱ世が凛を「核兵器のボタンを持った赤い悪魔」と思ってるのは原作のマイルーム台詞準拠であります。一方凛はカルデアはお金はあまり持ってないことを知りましたが、高度な魔術を駆使していることも知りましたので、そちら目当てで来る可能性はありますね。お労しやⅡ世(酷)。
 景虎が都牟刈村正を第二宝具にしましたので、川中島イベントで信玄が景虎に刀の宝具について訊ねた時に展開がバグりそうです(愉悦)。
 いや都牟刈村正があれば偽謙信を最初の遭遇の時に倒せちゃいそうですから、この問答は発生しませんね。それどころか景虎が謙信になるかどうかも微妙に!?




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第261話 アングルボダ1

 部屋の外は今までと同様の通路だったが、人数が多いので縦列に並ぶことになる。先頭集団はバベッジとモードレッドとアルトリアズで、ゾォルケンの所に着くまでの案内と露払いが仕事だ。

 その後ろに冬木組が続いており、役目は言うまでもなくゾォルケン退治である。バベッジも余力があれば参戦する予定だ。

 さらにその後ろには光己とマシュ、参謀の太公望、そして隠匿組のアルクェイド・マーリン・ドラコー・ティアマト・テュフォン……になっていたが、ティアマトは冬木組に混じって凛と身の上話をしていた。当然凛のAPは減る一方で、まことにお労しい話だが士郎も桜も止める度胸はなかった……。

 ジキル・フラン・アンデルセン・シェイクスピア・アタランテ・天草・ナーサリーの非戦闘員組がその後ろに続き、妖精國組が最後尾を固めている。最後尾、つまり殿(しんがり)はこの手の隊列では先頭に次ぐ重要な役目なのは常識であり、誇り高き騎士たちにも文句はなかった。

 ジャンヌ2人は当初からの予定通り、短刀の中に戻っている。サーヴァントが憑依できる持ち運び可能な物品という常識外れなアイテムに、凛がまた騒ぎそうなものだったが沈黙していたので、何か深い考えでも出て来たのかも知れない。

 その道中、アルトリアがいつになく厳粛な表情と口調でモードレッドに話しかける。

 

「……さて。この先は私たちが大きな戦いをすることはなさそうですから、そろそろ例の件について結論を出しておきましょうか」

「!!」

 

 アルトリアとモードレッドの間で例の件といえば、息子認知の件しかない。モードレッドが一瞬びくっと全身を震わせる。

 ただモードレッドの主観では、先ほどの戦いでヴラドを倒せなかったこともあって父上が納得するほどの手柄はまだ立てられていないのではないかという不安が大きかったのだが、アルトリアはそれを察してその文脈から話を始めた。

 

「……そうですね。功績だけで考えるならまだ不足という気はしますが、しかし貴方のブリテンの地と民を守ろうという意志は本物だと感じましたし、あのフランという少女に対する思いやりにも感心しました。

 その心映えの分を加点して、息子認知試験は合格とします。ただしあの時言ったように、あくまで私的にではありますが」

「お、おぉぉ……マ、マジで!?」

 

 モードレッドは今度こそ震えが止まらなかった。ずっと憧れ、認めて欲しいと思っていた父が、今ついに自分を息子だとはっきり口に出して認めてくれたのだ。

 しかも血がつながってるからというだけではなく、ちゃんと行動を見た上で。

 

「もちろん、嘘や冗談でこんなことを言うほど私は性悪ではありませんよ。

 ……そうですね、仮にも人の親になったからには、躾の真似事でもしておきましょうか。

 モードレッド、世間一般的に、1番の親不孝とは何だと思いますか?」

「へ!? う、うーん。王とか騎士なら代々の地位や名誉を失うような不祥事かますことだと思うけど、世間一般って言われると……やっぱあれか、親より先に死ぬとかそういうことか?」

 

 不意の問いかけにモードレッドはちょっと当惑したが、それでも何とか頭をひねって答えてみると、正解だったようで父上は微笑を浮かべてくれた。

 

「その通りです。まして親の目の前で殺されるなんてのは許しませんので、よく覚えておくように」

「!!!!!」

 

 今親子と認めたとはいえ、1度は国を滅ぼし自身をも弑殺した不良息子の命を心配してくれるとは。しかも単に命を大事にしろというありふれた躾ではなく、息子と認められた喜びで気を昂らせて無謀な突撃をしないようにという具体的な注意でもあるのだ。

 モードレッドは腹の底、いや全身の細胞の1つ1つから感動と歓喜がふつふつと湧き上がってきて、認知してくれたことへのお礼とか、注意への返事とか、そういう今喋るべき言葉がまったく浮かんでこないほどだった。周りについて歩いているのが精一杯である。

 アルトリアは「息子」の大仰な喜びぶりに小さく苦笑したがあえて何も言わず、別側面たちに声をかけた。

 

「……とまあ、こんなところでどうでしょうか?」

「ええ、いいと思いますよ」

「そうですね、異論はありません」

「まあ、よかろう」

 

 その後モードレッドは落ち着いた頃に白槍の父上と宇宙の父上と黒槍の父上にも認知してもらえて、喜びの余り体から魂が抜けて昇天というか本当に現世から退去しかけて父上4人を慌てさせたり叱られたりしたのだが、それはまあ余談である。

 

 

 

 

 

 

 その頃列の真ん中では、ドラコーが1個前の集団、つまり冬木組に聞こえないよう小声で光己に何やら問いかけていた。

 

「ところでマスターよ。先ほど貴様は『俺が受けた感覚では、ルシフェルは人類を敵視してはいない感じ』とか言っていたが、あれはどういう意味なのだ?」

 

 黙示録の獣かつ人類悪としてはきっちり聞いておきたい話柄のようだ。光己の方も、語るのを拒む理由は特にない。

 

「んー、そうだな。じゃあそもそも論として、ルシフェルの最終目標から話すか。あくまで俺が受けた印象での話だけど」

「……ほう? 『主』に取って代わって自分が宇宙の支配者になることではない、と言うのか?」

 

 もしそうなら大変興味がある。ドラコーが続きを促すと、光己はごほんと軽く咳払いして調子を整えてから話を始めた。

 

「うん、半分は合ってるけど半分は違うかな。簡単に言うと、新世界ならぬ『新』宇宙の神になることなんだ。造物主に取って代わるんじゃなくてね。

 一応、聖書にも根拠になりそうな記述はある」

「ほう!?」

 

 ここで聖書が話題になるとはまことにもって面白い。どの節を持ち出してくるつもりなのか?

 

「細かい文言は覚えてないけど、『あなたは先に心の中で思った』から『いと高き者のようになろう』ってのがあるだろ。『ようになろう』ってのは、『倒して席を奪う』とは違うよな。

 しかも『竜とその使いたちも応戦したが、勝てなかった』という記述もある。応戦したっていうんだから、先に仕掛けたのはルシフェルじゃなくてミカエルだよな」

「ふむ、確かにそういう解釈もできなくはないな。至高者に取って代わるのではなく、しかも彼と同等の存在になるのであれば、自分も同じように宇宙を創造するという結論になるわけか。貴様が言ったグノーシスでいうデミウルゴスだな」

 

 ドラコーは理解が非常に早い上に正確なので、光己は説明がとても楽だった。

 

「そうそれ。新宇宙の神……口にするだけで心が浮き立つ、素晴らしいフレーズだよなあ。

 ……で、それと人間に対するスタンスの関係だけど」

 

 おかげで多少余裕ができたのかいつもの中二病を発症したが、今回はすぐ治まって話を続けた。

 

「知恵の樹の実を食べさせたのは、反逆者、神からの離脱・自立者仲間が欲しかったというのもあるけど、それとは別に、その知恵でもって宇宙の仕組みを解明することを期待したんだと思う。

 実際、20世紀後半以降の宇宙科学の進歩はすごいからな」

「なるほど。新宇宙の創造と、その前段階の現宇宙からの脱出のための知識が欲しかったわけか。神の一の使徒ならば自前の知識もあるはずだが、違う観点からの知識が役に立つこともあるだろうからな。

 そういうことなら、敵視してはいないというのは妥当か」

 

 しかしそれなら、赤い竜が獣と組んで地上を支配しようとしたのは何故なのか?

 

「うん、確かに今までのやり方より武断的だけど、それはあれだ。ミカエルに負けて地上に投げ落とされて気が立ってたんじゃないかな」

「身も蓋もない話だな……」

 

 まああくまで光己がそういう印象を受けたというだけの話なので、真偽を深く追及しても仕方ないのだが。

 それより大事なことがある。

 

「それで、貴様はその新宇宙の神とやらになるつもりなのか?」

「うーん。フレーズには心惹かれるんだけど、スケールが大き過ぎて非現実的だからなあ。

 ユニヴァースにはアシュタレトっていう、『体は銀河で出来ている』『ヒトの形をした銀河』な女神がいるそうだけど」

「体が銀河? 汎神論的な存在か、それとも固有結界の類か?

 しかし銀河とは大きく出たな。余はビースト真体に戻れば存在規模が『一等惑星級』になるのだが、それですら足元にも及ばぬではないか」

 

 そんなモノがいるとは宇宙は広い。いや「本物の」ルシフェルも、造物主と並ぼうとするからには宇宙級かそれに準ずる存在規模の持ち主なのだろうが。

 そういえばどこかの誰かが「ルチフェロなりしサタンなる異星の神」とか言ってルシフェルと異星の神を同一視していたが、おそらく何らかの象徴的な意味合いであって本当にルシフェルが異星の神になったわけではないと思う。

 ちなみに光己の存在規模は、ドラコーの見立てでは惑星級を超えているのは間違いないが正確には測り切れないという感じだ。ただし意図的に行使できる魔力量については、経験不足のためか特に人間モードでは無惨なほどに極少で、たとえるなら平均的なサーヴァントがバスタブの水をタライで汲んでいるようなものとすると、黒海の水をバケツで汲んでいるといったところか。

 

「それはそうと、さすがの貴様でも非現実的なのはその通りだな。

 自前で宇宙を創れるほどのリソースなどどこにもないし、かといっていかに貴様がヴリトラを喰ったりアルビオンに取り込まれたりしても生き延びてきた剛の者とはいえ、『銀河の精神』相手に同じことをするのは無謀だ」

「うん、銀河の女神にケンカ売る勇気はないかな」

 

 なので現宇宙脱出も新宇宙創造も能力的・知識的に実現は無理と思われたが、そこにマーリンがものすごく楽しそうな顔つきで割り込んできた。

 

「おおっと、諦めるのはまだ早いよ。そりゃアルビオンがいくら強くても銀河の女神にはかなわないだろうけど、確かカーマはビーストだった時は概念的なものとはいえ『宇宙の肉体』を持っていたんだろう? マスターも同様のスキルを持てば、概念バトルで勝つ目はあるさ」

「ふむ? なるほどな、それならこの世界に出現するビーストカーマを喰えば済むし、概念的なものでいいならそれで『宇宙の神』になれてしまうわけだしな。固有結界(りゅうぐうじょう)と接続できれば、()()()()()()()()()()()()()通常技でメテオやスーパーノヴァを出せるかも知れぬし。

 カルデアにいるカーマも文句は言えまい」

「そういうことだね。マスターがユニヴァースに行って銀河の女神と戦うハメになる可能性なんて無いようなものだけど、この世界にビーストカーマが現れる可能性は逆にほぼ確実だ。やったねマスター、野望がかなうよ!

 とはいえビーストを喰うのは今のマスターの()()ではかなり荷が重い。だからさっきも言ったけど、今後は魔術の訓練にも励まないといけないね。

 大丈夫、私が手取り足取り優しく指南してあげるから」

「……ほむ」

 

 マーリンとドラコーのやり取りは魔術界隈的世界観マシマシだったので元一般人の光己が理解するのはやや大変だったが、言われてみれば納得はできた。魔王(サタン)魔王(マーラ)を喰って偽りの神(ヤルダバオト)になるとか、浪漫回路が大回転してエンドルフィンドーパミンがだばだばである。

 ただしこの世界のビーストカーマが、カルデアが彷徨海に移転した後で現れると決まったわけではなく、極論すれば明日やって来てもおかしくはないのだからのんびりはしていられない。

 

「そうだな、マーリンさんに手取り足取り()()()教えてもらえるなんて最高に光栄だからお願いしようかな」

「フフッ、さりげなく怪しいセンテンスを加えるとは仕方ないなぁキミは!

 たとえばこんな感じかい?」

 

 ……だというのに光己は煩悩まみれだったが、マーリンもそれを咎めるどころか彼の正面に回って片手をその腰に回しつつ、己の下腹部を彼の下腹部にすりつけるという暴挙に出た。

 こちらも魔術指南にかこつけて、光己と(光己で?)遊ぼうという目論見だったようだ……。

 

「お!?」

 

 マーリンの下腹部に加えて豊かなおっぱいもふにふに当たってきて光己はとても幸せだったが、彼女の宿敵たるドラコーはそんな光景を見せつけられて黙っていられるはずがない。光己の片腕を掴んで胸の間にかき抱いた。

 なおドラコーは今は士郎たちに正体を隠すため、竜腕竜脚竜尾と杯と冠を消して、代わりに赤いドレスをまとった「第一再臨」に近い姿になっている。幼女形態とはいえ大淫婦だけに、そのたおやかな手や指、ふくらみかけのバストの感触は男を惑わし蕩かす魔性の魅力を十分すぎるほど備えていた。

 

「魔術についてはマーリンほど詳しくないが、こちら方面では負けぬぞ。

 ほれほれ、未成熟な肢体も良いものであろう?」

「おお、これは確かに……!」

 

 光己は無邪気に喜んでいるが、メンタルパンピーの思春期男子がグランド級半夢魔とビーストな大淫婦に挟み撃ちで誘惑されてはいつまで理性を保てるか大変心もとない。しかしこのような時のために、彼には頼もしい貞操ガーダーがついていた。

 

「……って、3人とも何してるんですかー!」

「ああっ、せっかくいい流れなのに何するんだマシュ!」

「ふふっ、マシュはいつも可愛いねえ」

「むう、だから貴様も混じればいいと何度言えば分かるのだマシュ」

 

 そもそもこの場でR15やR18になる事態まで進めるわけはないのだが、いつも通りマシュの活躍で光己の野望は挫かれ、彼の貞操と理性は守られたのであった。

 ―――ちなみに妖精國組は多少距離があるので普通ならこの最後のやり取り以外は聞こえないのだが、トネリコは何を思ってか魔術でそれより前の話もしっかり聞いていた。そして(マスターさんの宇宙だか銀河だかの性質によっては、妖精國はそちらに引っ越させるという手もありますね。私も()()()できるかも知れませんし)なんてことを内心で呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後の道のりもかなり長かった上に何故かスケルトンやゾンビが何度も現れて面倒だったが、それを乗り越えて一同はついに地下道の最下層に到着した。

 そこは冬木の特異点の終点だった大空洞に地形も雰囲気もよく似ており、同様に中央部に高台がある。そこに冬木にあった大聖杯に酷似した、大きな魔術炉心が据え付けられていた。

 いやよく見ると、太いパイプや覗き窓がついたドーム型のボイラーのようでもある。実際排気筒から蒸気を吐き出しているし、あれこそが「巨大蒸気機関アングルボダ」に違いあるまい。

 光己たちは予定通り冬木組を先頭に出し、光己を含む隠匿組にはトネリコたちが認識阻害の術をかけてから空洞の中に足を踏み入れた。

 人影は見あたらないが、ルーラーの探知スキルにより高台にサーヴァントが1人いることは分かっている。そして光己たちが宝具による奇襲を警戒しつつ高台の上に上がると、アングルボダの前に男が2人立っているのが見えた。

 片方はサーヴァント・パラケルスス。そしてもう1人は人間―――おそらくはマキリ・ゾォルケンであろう。青い髪に赤い眼の、やや陰鬱な気配を漂わせる壮年のヨーロッパ人だ。

 

「―――奇しくもパラケルススの言葉通りとなったか。悪逆は、善を成す者によって阻まれなければならぬ、と」

 

 先頭の士郎が口を開くより先に、ゾォルケンらしき男が話しかけてきた。

 ここで光己が司令塔なら問答無用の宝具連打でアングルボダごと吹っ飛ばすなんて作戦もあり得たが、士郎は彼の若い姿にやや違和感を覚えつつもまずは言葉で答えた。

 

「……あんたが『M』マキリ・ゾォルケンか?」

「いかにも。

 私がマキリ・ゾォルケン、この『魔霧計画』に於ける最初の主導者である。この時代―――第四の特異点を完全破壊するため、魔霧により英国全土の侵食を目指す、1人の魔術師だ。

 しかしバベッジよ。おまえが裏切った上でここまで来られるとは、そちらにはよほど優秀なサーヴァント、もしくはおまえの心を強く揺り動かす何者かがいたようだな」

「…………」

 

 バベッジは万が一にも隠匿事項を漏らさないため黙秘して答えなかったが、ゾォルケンは気にした風もなく言葉を続けた。

 

「もっとも結果は変わらぬがな。

 ……巨大蒸気機関アングルボダ。これは我らの悪逆の形ではあるが、希望でもある。

 ここでおまえたちの道行きは終わりだ。善は、今、我が悪逆によって駆逐されるだろう」

 

 やはりこの男がエリアボス、そして向こうの魔術炉心が魔霧発生装置と見て間違いないようだ。

 一方光己たちはパラケルススと向かい合っていた。

 

「とうとうここまで来ましたか。そちらの人数相手に宝具なしで立ち向かうのはいささか無謀ではありますが、事ここに至ったからには己の役割を最後まで遂行しましょう」

 

 パラケルススが怪獣VS巨大ロボの超常識バトルを見ていたかどうかは不明だが、ともかく悪役をやり通すつもりのようである。

 そうと見た光己が、ついっと1歩進み出た。ただしパラケルススからは、認識阻害の効果で見知らぬサーヴァントに見えているが。

 

「そうか。ところでパラケルスス、おまえこの世で最も大きな罪というのは何か知っているか?」

「……?」

 

 光己の問いかけはアルトリアのモードレッドへの質問を下敷きにしているのかどうかは不明だが、パラケルススはとっさに趣旨を理解できず小さく首をかしげた。

 すると光己は無理に答えさせるつもりはなかったようで、すぐ自分でそれを語り始めた。

 

「それは親兄弟殺しの大罪だ。同じ血を持つ者を(あや)める罪。

 つまり人の身でありながら人理焼却に加担しているおまえには……」

 

 そこで光己がいったん言葉を切ると、彼の全身が眩い光を放ち始める。まるで神仏か天使のような荘厳さだ。

 驚いて思わず1歩退いたパラケルススに、判決を言い渡す裁判官のごとき厳粛な口調で告げる。

 

「天罰が、下る―――!!」

 

 その直後、パラケルススの頭上から西瓜大の岩塊が落ちてきて脳天に直撃した!

 あらかじめ魔術障壁を張っていなかったら即死していただろう。

 

「う、うぐぐぐぐ……」

 

 わりと痛かったのか、パラケルススが手で頭を押さえてうずくまる。しかし足音が近づくのを感じると慌てて立ち上がった。

 

「い、今のは一体!? 彼が魔術を使った気配はなかったのに」

「さっきの台詞聞いてなかったのか? 悪いことをすると報いが返ってくるんだよ。

 そういえば悪逆な魔術師が根源に近づくと抑止力が邪魔するなんてヨタ話を聞いたことがあるけど、それなんじゃねえのか?」

 

 そう答えたのは光己ではなく、足音の主のモードレッドである。ゾォルケン退治は彼と私的な因縁があるバベッジや桜たちに譲って、父上たちと一緒にこちらに来ることにしたのだ。

 なお答えの内容は全部仕込みである。光己の台詞と合わせると「魔術王に従っていると根源に行けない」という意味になり、パラケルススが別の特異点に現界した時にまた魔術王の手下にならないよう誘導しているのだった。

 光己の体が光ったのは太公望の仙術で、岩塊が落ちて来たのはあらかじめそれを持ったマーリンが幻術で姿を隠してパラケルススの頭上に待機していたという仕掛けである。

 

「マスターさんてばホントそういうの好きねえ」

 

 もう出番はない(予定の)アルクェイドがその立場通り、暢気そうな口調でごちた。

 趣旨はいいと思うが、そのために手の込んだ寸劇をしたり、その劇にわざわざ自分が出てカッコつけた台詞を吐くとか、次回があったら参加してみたいものだ。

 

「フッフッフ。お姉ちゃんに御使(みつか)いを(かた)るのはダメって言われてるけど、今回は天使と思わせたわけじゃないからセーフのはず」

「そんなことしてたんだ」

 

 新宇宙の神とか言い出す男はやはり違う、とアルクェイドは素直に感心した。

 ただ彼自身に天罰が下らなければいいのだが……人理修復なんて究極の善行をしている間は大丈夫だろう、多分。

 

「それで、親兄弟殺しが1番の大罪っていうのは本当なの?」

「うん、ちゃんとした根拠はないけど、まったくのデタラメってわけでもない。

 少なくとも人間社会では、加害者被害者の身分とか国の都合とかを抜きにして考えると古今東西だいたい殺人罪が1番重いし、その中でも尊属殺は扱いが違うからな。

 で、血縁や地縁や団体縁が薄くなる、遠くなるほど軽くなる。21世紀ではそこまで差をつけないけど、昔はムラの外から来た正体不明の旅人の命なんてお軽かったし。

 さらにその先、哺乳類、鳥類、魚類、昆虫類と人間から遠い種になるほど殺すのに罪悪感や忌避感がなくなっていくって感じ。

 良い悪いとか正しい間違ってるとかは別にして」

「なるほどー」

 

 アルクェイドは人類の性質や歴史についてそこまで詳しいわけではないが、そういう傾向はあるような気がした。

 しかしこのマスターさん、元一般人だというがアドリブでよくここまで知恵が回るものである。大した掘り出し物なのか、それとも苦労を重ねて成長したのか。いずれにせよ、リーダーが面白い上に賢いのは喜ばしいことだ。

 

「……って、モードレッドが動いたわね」

「おお、ついに奴との決着をつける時が来たか」

 

 話すべきことは話し終えたモードレッドが、クラレントを構えてパラケルススに斬りかかる。アルトリアズはそのフォローに回っていた。

 さて、自分で言った通り勝ち目がまるで見当たらないパラケルススはどう動くのであろうか……?

 

 

 




 モーさん大勝利……これは6章では原作と異なるムーブをしそうです。
 光己君が新宇宙の神とか途方もないことを言い出しましたが、第18話や第37話の時点で竜魔神だの超龍皇だのと言ってたくらいですので今更なのです(ぉ
 存在規模の概念を使うと、物質的な図体の大きさと保有魔力量は関係ないという考え方ができますね。つまり光己君は総魔力量は人間モードでも竜モードでも同じで、ただし発揮できる魔力量やスキルは形態によって異なるというところでしょうか。
 さりげなく妖精國以外の異聞帯も存続できる可能性が示されましたが、異聞帯は王とパンピーの意識の乖離が大きいですからねえ。パンピーは降伏&国ごと引っ越ししてでも生き残りたいと思っても、王は拒否するなんてケースもありそうで難しいです。




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第262話 アングルボダ2

 士郎たちはゾォルケンがこんな大勢のサーヴァントを前にして恐れる様子がまるでないのが気がかりだったが、彼の人となりを知りたいという気持ちもあって、とりあえず彼の話を今しばらく聞いてみることにした。

 バゼットの宝具「斬り抉る戦神の剣(フラガラック)」の開帳準備はできているから、ゾォルケンに「切り札」があったなら阻止できるし。

 またゾォルケンについての情報を持ち帰るのと冬木組に欠けている魔術的な支援をするために、トネリコと護衛の騎士たちが後ろに控えている。何でもトネリコは蟲が大嫌いだそうで、なので支援はバリバリやるが、直接攻撃はなるべくしたくないという意向だった。

 さらに後ろに非戦闘員組が続いているが、彼らはよほどの事態にならない限り手出ししないことになっている。

 

「ロンドンのみの破壊では足りぬ。この時代を完全に破壊することで人理定礎を消去する。それこそが、我らが王の望みであり、我らが諦念の果てに掴むしかなかった行動でもある」

「時代を完全に破壊、だと……!?」

 

 士郎たちはここに来るまでに人理焼却についてのあらましは聞いていたが、ゾォルケンもそのつもりでいるようだ。我らが王というのはおそらくゲーティアのことなのだろうし。

 

「そうだ。アングルボダは既に暴走状態へと移行している。都市に充満させた魔霧を真に活性化させるに足る、強力な英霊が、是より現界するだろう。

 かの英霊の一撃により魔霧は真に勢いを得、世界を覆い尽くす。そして、すべてに終焉が充ちる」

「世界を覆い尽くす、だって!?」

 

 魔霧はすでにロンドン全域に充満していると聞いたが、全世界にまで蔓延させるなんてことができるのだろうか。

 いや間桐臓硯はそれなりに周到な人物だったから、ここで出来もせぬホラを吹くとは思えない。つまりそれほど「強力な」英霊を狙って召喚できる見込みが実際にあるのだろう。たとえばアングルボダに入れてあるという聖杯を取り出してしまうとか。

 しかも彼は「アングルボダは既に暴走状態へと移行している」とも言った。つまり自分たちがここに来るのがもう少し遅かったら、この場、あるいは地上のどこかでその強力な英霊が現界していたということになる。時間にはまだ少し余裕があると聞いていたが、実はギリギリだったわけだ。

 

「……って、ちょっと待って下さいおじい……じゃなくてゾォルケンさん!

 何のために人類を滅ぼす、いえそんなことする人に唯々諾々と従っているんですか!? 第一そんなことをしたら自分も死んでしまうでしょう」

 

 そう言って青ざめた顔で割り込んだのは桜である。彼とは血のつながりはないし虐待もされたし、そもそも並行世界の別人なのだが、それでも長いこと一緒に暮らした祖父だけに、完全に突き放して考えることはできなかったようだ。

 臓硯は身勝手かつ嗜虐的な人物ではあったが、むやみに人を殺したがる殺人鬼ではなかったと思う。ついでに自分の命にはすごい執着があったのに、何故人類皆殺し計画のエリアボスなんてやっているのだろうか?

 するとゾォルケンは見知らぬ少女に「おじい」なんて呼ばれかけたことにちょっと不審そうな顔をしたが、本人が取り下げたものをあえて追及するほどの興味は持たなかったらしく、問われたことだけに答えた。

 

「無論。抗おうと試みた。だが、すべては無為と知った。

 私があまねく人々の救済を望んだとしても、既に、人々の生きるはずの世界は焼却されている。過去も、現在も、未来も、我らが王は存在を許さないと決めてしまった」

 

 この台詞を聞く限り、ゾォルケンは根っからの悪党というわけではなく、ゲーティアに抵抗はしたが力及ばず諦めたということらしい。しかし今は見張られている風でもないのに、こっそり反逆するとかそういう考えすら浮かばないほど完全に屈服してしまっているのか……?

 

「―――すべては未到達のまま滅びる。もうこれ以上の無様を、これ以上の生存を見るのは飽きたと王は(たまわ)れた。ならば、最早…………。

 いいや、これ以上は言うまい。我らが王の力を以ておまえたちを消去する。最後の英霊を目にすることなく、おまえたちは死ぬ。破滅の空より来たれ。我らが魔神―――!」

 

 そこまで言い終えた直後、周囲に漂う魔力が猛烈な勢いでゾォルケンに吸い込まれ始めた。それと共にゾォルケンの全身が醜い肉塊に変貌しつつ、ぼこぼこと膨張していく。

 「来たれ魔神」と口にした通り、ローマやオケアノスに出現したのと同様の「魔神柱」に変身しようとしているのだ。

 しかしこの何かをひどく冒涜しているようなおぞましい形状と雰囲気、これがゲーティアが人類に対して抱いている感情の表れなのだろうか……?

 

「な、何だありゃ……!?」

 

 士郎たちは肉柱のあまりのグロテスクさに度肝を抜かれて、敵の変身中という絶好のチャンスタイムにただ立ちすくむばかりだ。しかし1人、切り札阻止担当のバゼットだけはきっちりと役目を果たす。

 

「なるほど、これが貴方の強気の源でしたか。でもそこまでです、『斬り抉る戦神の剣(フラガラック)』!!」

 

 因果逆転の光剣がきらめき、ゾォルケンの心臓とおぼしき場所を正確に撃ち抜く。向こう側が見えるほどの大きな風穴が開いたが、それでも肉柱の膨張速度は鈍らない。

 

「何ですと!?」

 

 しかし無駄打ちに終わったわけではなく、士郎たちを正気に戻して攻撃を始めさせる効果はあった。すぐさま近接オンリーの小次郎以外の全員がつるべ打ちを始める。

 中でも強力なのは士郎の「壊れた幻想(ブロークンファンタズム)」という、投影した武器を爆弾として使う非常識技だ。剣を弓につがえて矢として放ち、敵に命中した時点で爆発させるという仕組みなので、起源と特性が「剣」で弓も達者な士郎には最適な技といえよう。

 ……弓を射っている間は当人が吶喊しないという面でも。

 

「てか体の中で爆発するんだから凶悪よね。もう攻撃は士郎だけでいいんじゃないかしら」

 

 実際、報酬をもらった分やる気十分な凛がこんなことを言い出すくらいには殺傷力に差があった。

 

「でもシロウって盾も出せるんでしょ? 防御に専念してもらうって手もあるわよ。

 結局変身中には倒し切れなかったみたいだし」

 

 しかも逆の意見も出るあたりなかなかの多芸ぶりで、さらには料理を初めとした家事全般や電化製品などの修理にも長じている。まさに1部隊に1人、一家にも一人欲しいブラウニー少年といえよう。

 

「さすがに両方は無理だぞ……というかこんなデカブツ飛び道具だけで倒せるのか!?」

 

 変身を終えたゾォルケンは体高が10メートルほどもあり、しかも体表面からはヘドロのような毒々しい体液をとめどなく分泌している。今までの攻撃でそこそこダメージを与えたようには見えるが、ヘラクレスならともかくここにいるメンツが接近戦を挑むのは無茶というものだ。

 

「変身中に攻撃したのは良かったが、惜しかったな。時間切れだ。

 七十二柱の魔神が一柱(ひとはしら)、魔神バルバトス―――これが、我が悪逆の形である。

 我が醜悪の極みを以てして―――消え去れ、善を敷かんとするかつての私の似姿たち!」

「喋った!?」

「口がないのに器用なものよなあ」

 

 こうしていよいよエリアボスマキリ・ゾォルケン、いや魔神柱バルバトスとの本格的な戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 一方カルデア側とパラケルススの戦いはすぐにケリがつくと思われたが、パラケルススが指をパチンとはじくと彼の前の地面が玄関のドアのようにぱかっと開いて、その下に深い縦穴が現れた。

 

「お、落とし穴!?」

 

 モードレッドとアルトリアズ、その後ろの光己たちがまとめて穴に落ちていく。まさか最終決戦の場でこんな原始的な、いや穴は高度な魔術で掘ったのだろうから高等なトラップと称すべきか? しかも穴の底には岩の槍がハリネズミめいてびっしり並んでおり、おまけにぶわっと横殴りの風が吹いてきてみんな姿勢を崩されてしまった。

 このままでは全員串刺し―――になるほどカルデア現地班はノロマではない。まずヒロインXXが素早くアルトリアとルーラーアルトリアを両腕で左右に抱え、両脚でモードレッドの腰を挟んで支える。

 太公望はこの状況では土遁の術は使えないが、四不相を召喚することはできた。図体が大きいのであまり動き回れないが、1番近くにいたテュフォンを自分と一緒に四不相の背中に座らせる。

 マーリンは光己に抱きつくと同時に、真下にボードを出して2人一緒にその上に降りた。

 

「キミが岩の槍程度でケガするとは思わないけど、何事にも絶対はないからね。最優先事項だよ」

「……うん、ありがと」

 

 今回は遊び心なしの純粋な善意みたいだったので、光己は煩悩的な言動はせず素直に礼を述べた。おっぱいの感触を堪能するのは我慢である。

 他の者は自力で空を飛ぶことはできない―――が、マシュは逆立ち状態になった、つまり下方が見えるようになったのを逆手に取って「誉れ堅き雪花の壁」を横板状に展開して穴をふさいだ。

 これでマシュ自身と飛べない組は「横板」の上に落ちることになったのでちょっと痛い程度で済んだが、そこに飛べる組も含めて全員が降りると横板自体がずりずり落ち始めた。重すぎて、板の端が岩壁に接触しているだけでは支え切れないようだ。

 

「せ、先輩! このままでは障壁ごと槍の山の上に落ちてしまいます」

 

 もし岩の槍が雪花の壁を貫くほどに硬かったなら、飛べない組は結局串刺しを免れない。いや即席の岩槍程度にあっさり貫かれたりしないという自信はあるが根拠はないので、できれば落ちる前に対処してほしいところである。

 しかも穴の上からパラケルススが魔力弾を乱射してきたのが煩わしい。もっとも彼は宝具のアゾット剣を失っているので、通常攻撃では対魔力高い勢にはほとんど効いていなかったが……。

 

「うーん、さすが有名な碩学だけあって頭いいな。飛んで穴の上に出ようとしたら魔力弾で撃ち落とすってわけか。

 槍以外の仕掛けもあるかも知れないし」

 

 たとえばサーヴァントにも効く毒ガスとか……は、今出てないのだから無いだろう。と思いきや、パラケルススが直径40センチくらいの布袋を投げ落としてきた!

 

「マジか!?」

 

 中身はそれこそ毒物あるいは爆発物の類に違いない。魔力弾などで袋を破るのはNGだ。

 しかし落ちて来るのを普通にキャッチしたとしても、その後強力な魔術が飛んできて破裂するということは考えられる。なにげにピンチだったが、カルデア現地班は多士済々で現場慣れもしているので判断は早かった。

 

「私にお任せを。風よ、舞い上がれ!」

 

 ジャックの濃霧を吹き飛ばした実績があるアルトリアがすかさず風王鉄槌(ストライクエア)で布袋を受け止め、さらに押し返す。ぱっと見いや直感スキルで袋の強度や中身の重さを推測して、袋が破れず、かつ持ち上げられる適度な風圧と風量を送るという匠の技だ。

 

「何とぉ!?」

 

 これにはパラケルススも動転した。何しろ袋の中身は魔力入りの火薬に釘などを混ぜて殺傷力を高めたモノホンの爆弾であり、穴の上で爆発したら死ぬのはパラケルススの方なのだ。うかつに手出しはできないが、といって即逃げるわけにもいかず呻吟してしまう。

 一方カルデア側には迷っている暇などなく、迅速に行動せねばならない。

 

「よし、穴の上まで出せたな。それじゃ中見てみるか」

 

 しかしまずは袋の中身を確かめたいところだ。光己が「蔵」からマーリン製水晶玉を出して映してみると、黒っぽい粉末と釘や小石などが見えた。

 まごうことなき爆弾である。起爆させるには火炎系魔術をぶつけるか、もしくは遠隔操作で着火できる信管の役割をする礼装でも入れてあるのだろう。科学と魔術両方で高名なパラケルススならではのアイテムだった。

 

「この手の罠使ってきた敵って初めてじゃないか? マジで頭脳派だな。

 しかしどうしたもんかな。遠くでなら爆発させてもいいのか、それとも断固阻止するべきなのか……?」

 

 その初めての罠に光己が方針を決めかねていると、軍師が助言してくれた。

 

「爆弾の正確な威力は想像しづらいですが、この穴の中で爆発させてなおアングルボダを破壊するほどのものではないと思いますよ。

 つまり高台の下に放り投げれば大丈夫かと」

「ほむ、なるほど……じゃあそれでいこう」

 

 水晶玉の視点を変えて上から俯瞰するようにすれば、アルトリアが風の向きを操るのに難儀はするまい。パラケルススに邪魔されないよう、マーリンが魔力剣を飛ばして援護することもできる。

 

「―――という感じでお願いしていい?」

「ふむ、そういうことならできると思います」

「それはもう。というか、パラケルススを倒してしまっても構わないんだろう?」

「その台詞、何か不吉のような気がするなあ」

「なあに、キミと私が一緒なら怖いものなんてないさ!」

 

 マーリンはやっぱり楽しそうだったが、これをパラケルススから見ると投げ返された爆弾がどう操っているのか高台の外に向かって飛んでいくと思ったら、穴から空飛ぶ剣が何本も現れて襲ってきたという酷い絵面である。剣を避けるのが精一杯で、爆弾の方にはとても手が回らなかった。

 

「アゾット剣があればもう少し何とか、いえ穴の中を攻撃した時に大打撃を与えることができたのですが……!」

 

 サーヴァントと宝具は同じものとさえ言われるが、なるほど宝具を失ったサーヴァントとは哀れなものだ。パラケルススは他人事のようにごちたが、その間に何人かが穴から飛び出てきた。

 ヒロインXXと太公望である。パラケルススは2人の名前は知らないが、もはや打てる手はないことはすぐ分かった。

 

「……どうやら悪逆が討たれる時が来たようですね」

「ええ。冷や汗かきましたが、今度こそ終わりにさせてもらいます」

「なかなかの策士ぶりでした。感心しましたよ」

 

 そしてごくわずかな時間の戦いの後、意外にも(?)マーリンの剣によってパラケルススは霊核を貫かれ、光の粒子となって英霊の座に退去したのだった。

 なお爆弾は高台の下の地面に落ちても爆発しなかったが、そのままにしておくのは不安が残る。そこで光己が氷の剣で小さな氷片をたくさん出し、それをアルトリアの風で飛ばして布袋に当てることにした。

 これで袋が破れると同時に風で火薬が飛び散り、しかも氷片で湿気(しけ)るので爆発しなくなるというわけだ。

 

「ふぅー、どうにか終わったか」

 

 あとは土遁の術で皆が穴の外に出ればミッションコンプリートである。もっともすぐ次のミッションとして、魔神柱と化したゾォルケンとの対決が控えているのだが。

 

 

 



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