えんぜるびっつ。 (ぽらり)
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 目が覚めた。まずはじめに目に入り込んできたのは知らない天井--なんてことはなく、その辺りをふらつけばどこにいても拝めそうな晴れ渡る空。青空。

 

「知らない天井だ……」

 

 でもちょっとした義務感が。なんとなく呟かなくてはいけない様なそんな感じ。誰にふられた訳でもないのに、そんな些細な理由から、ついつい言葉が漏れた。

 

「むぅ。ツッコミがない」

 

 当然である。首を右へ左へ動かして周囲を確認してみるも、どうやらここ、どこかの屋上と思われる場所には自分しかいないようだった。

 

「ツッコミ不在。由々しき事態である」

 

 思ったことを言葉にしてみるも、当然反応する声はない。面白くない。どうすっかなー、とか言いつつ常に野晒しの状態である屋上をゴロゴロ転がってみる。硬い。固い。堅い。ただひたすらに。ついでにちょっとばかし冷んやりしていて気持ち良い。

 

「んー、なんか記憶が曖昧」

 

 名前は思い出せる。あと、好きだったことと言うか、興味のあったものも。でも後者は断片だけっぽいけども。そんなことを考えながら屋上でのゴロゴロがエクストリームしかけたあたりで、屋上での行動範囲の限界位値、つまりは壁際へ到達した。いつのまにか着用していた真っ黒だった学ランは真っ白である。白ランにクラスチェンジしたらしい。

 

「ん? 柵があるから壁際というより柵際?--まぁ、どっちでもいいや」

 

 ここから下見えるだろうなー、とか思いつつも立ち上がらない。眠いなーとか、めんどくさいなーとか、だるいなーとかそんなくだらない理由ではけしてないとは言い切れない今日この頃。

 

 結局その後もむーむー唸りながらエクストリームゴロゴロしてたら段々と意識がルナティック。気が付いたら見事なまでの星空がコンニチハしていた。どうやら寝てしまったらしい。

 

「夜なのにコンニチハとはこれいかに……っ」

 

 若干悔しさを醸し出しながら呟いてみた。ビクンビクンはしない。ちなみに硬い場所で寝たからか、体の節々が悲鳴を上げていて起き上がれない。へるぷみー。

 

「起きるなり何を言ってるんだアンタは」

 

「あらま」

 

 人がいた。眠りにつく前にはいなかったはずの人だ。アコースティックギターを抱えたセーラー服姿の少女。少し離れた位置に座り込み、呆れた様な視線を投げかけている。視線は華麗に無視した。

 

「その髪って地毛? 何色って言うの?」

 

「……半音上げてみるか」

 

 華麗に無視された。

 

「悔しい! でもビクンビク--痛い!」

 

 缶飛んできた! 未開封のコーヒーのヤツ!

 

「それあげるよ。もらったヤツだけどあたし飲まないし」

 

「貰い物を初対面のヤツの頭目掛けて投げつけんな! くれた人に謝れ!」

 

「コーヒーってあんまり飲まないんだよね」

 

「知らんがな。会話しようよー。言葉のキャッチボールしようよー」

 

「アンタ、NPC?」

 

「もうヤダこの人」

 

 話聞いてよプリーズとか言ってみるも反応なし。アコギ弾き出しおった。

 

「へんじがない。しかばねのようだ」

 

「ハハ、あながち間違ってないな」

 

 返事あったことにも驚いたけど、その内容にも驚いた。

 

「え? 何、君死体なの? 死んでんの?」

 

「ん、死体ではないけど、死んでるね」

 

 なにそれこわい。肯定されちゃったよ。やべー、やっと会話成立したと思ったらコレだよ。話しかける人間違えたかもなんて思ったけど、ここには他に人いねーや。選ぶ余地皆無だった。

 

「ちなみにアンタも死んでる」

 

「ケンシロウ風でよろ」

 

「……ケンシロウ? あ、北斗?」

 

「知ってんのね」

 

 なんてやり取りを交えつつ『この世界』の大まかな説明を受ける。聞くところによれば、ここは死後の世界で学校。身分は学生だ。生前、ロクな人生を送ることのできなかった学生たちがここに集められているとのこと。あと、補足をすると彼女はトキ派らしい。理由はなんとなくだそうだ。どうでもいいね。話を戻そう。

 

「この世界に来れるのは学生限定なの?」

 

「正確には高校生になるのかな。少なくとも知り合いにそれ以外はいないよ」

 

「永久学割……だと……?」

 

 あまりの事実に戦慄した。

 

「残念だけど、割引できそうなものはここに無いね」

 

「生殺しじゃないすか!やだー!」

 

「アンタ、変わってるな」

 

「よく言われます」

 

 とかなんとか言ってる間に彼女はギターをケースにしまい帰り支度を始めた様だった。さて俺はどうしよう。と言ってもどこ行けばいいかわかんないし、大人しくここで一夜を明かそうかな。幸い冬ではないようだし。

 

「アンタまだここにいるの?」

 

「帰る場所がないのです。家なき子なのです。同情するなら3LDKの庭付きをください」

 

「アンタの部屋なら寮にあるよ」

 

「マジか」

 

 そういう世界なんだ、と彼女は言った。曰く、ここに来た瞬間からこの学校に席が置かれ、学年やクラス、はたまた学生寮にある部屋が割り振られるらしい。全寮制だそうな。

 

「至れり尽くせりですな」

 

「そんな感想言ったヤツは初めて見たよ」

 

 クスクス笑う彼女は自分の左胸の辺りを指でトントンとつついた。

 

「――A?」

 

「胸ポケットに生徒手帳が入ってるハズだから、学校のルールについてはそれ読みな」

 

「あ、ホントだ。あんがと」

 

「あと、Bだから」

 

「あ、ホントだ。あんがと」

 

 言っておいてなんだけど、何がありがとうなのか。甚だ疑問である。

 

「えっと、着痩せする人?」

 

 どうだろう。自分じゃよくわからないな、と答える彼女を一瞥したあと、ご丁寧に顔写真まで貼ってある生徒手帳を見ながら、知らない天上だ……とか呟いてみる。はたして、知ってる天上はあるのだろうか。言わずもがな、返事はない。

 

「あたしはまだ寮には行かないけど、途中までなら道は一緒だよ。どうする?」

 

「せっかくなのでお世話になります」

 

 人の厚意は無駄にしない。てか早く布団で寝たい。お腹空いたけど後でいいや。

 

「それじゃあ、えっと……そう言えば、名前聞いてなかったな」

 

「吾輩は猫である。名前はまだない」

 

「猫なのか。いや、名前はないのか……?」

 

「ナツメでござる」

 

「ああ、なるほどナツメね。あたし岩沢。よろしく」

 

 死後の世界とやらに来てからのファーストコンタクトはこんな感じだった。

 

 

 

 

「……ところでさ」

 

「ん? なになにー」

 

「いつまでそこで寝転んでんの?」

 

「実はツッコミ待ちでした。ずっとスルーされてたけどな!」

 

 



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「岩沢さん岩沢さん。なんで岩沢さんは岩沢さんなの? 岩沢さん」

 

「アンタって何か楽器できる?」

 

「話聞いてよ」

 

 岩沢さんと屋上を後にしてから少し経って、場所は天上学園の学習棟内。こんな感じで適当な会話(?)をしながらズンズン進む。ズンズンズズン、ガンコちゃん。ここはザワザワ森ではないけども。

 

「夜の学校って初めて入ったかも。幽霊とか出るのかな? ん? 死んでるなら俺が幽霊?」

 

 どうなんだろう。そこんとこどうなんすかね? 隣を歩いてる岩沢さんに視線を投げてみた。

 

「ん、あたし? 見ての通りギター弾けるよ」

 

「話聞いてよ」

 

「アンタはリコーダーとか似合いそうだ」

 

「知らんがな」

 

 リコーダーて。

 

「……あたし達にはちゃんと身体があるし、触れる。半透明でもないし、話もできる。オマケに腹も減れば、眠くもなるよ。トイレだって行く。少なくともあたしはそんな風に過ごす幽霊なんて聞いたことないね」

 

 もう一回言ったら答えてくれた。一回目のは本当に聞いてなかったらしい。おそろしい子。

 

「じゃあ、普通の幽霊はいるのかな? いるのかな?」

 

「見たことないからわからない」

 

 ですよねー。そもそも俺自身が霊感ないし、知り合いにも霊感ある人がいなかったから幽霊見たんだせ的な話は生前でも皆無だった。

 

「いたらどうするのさ?」

 

「破ぁ!! ってやってみたい」

 

 この世界なら手からなんか出せるんじゃね? 的な期待が僅かながらにあったりなかったり。求む青い光弾。

 

「何それ?」

 

「寺生まれのすごい人が使う技。相手は死ぬ」

 

 あれ、なんか違う気が。まぁ、いいか。

 

「へぇ、寺生まれだったのか」

 

「いや、違うけどね」

 

 じゃあ使えないじゃないか、とグーで肩を小突かれた。なんだよぅ。見たかったのかよぅ。

 

 昇降口に着いた。自分の下駄箱を探してみると、岩沢さんの話通りに当たり前の様にそれはあった。

 

「きみどりいろのくろっくすをてにいれた!」

 

「それワニじゃなくてトカゲだと思う」

 

「パチモンだった! ただでさえガッカリしたのに! パチモンだった!」

 

「大事なことだから二回言ったのか?」

 

「岩沢さんうっさい」

 

 無言でグーが飛んで来た。右肩に被弾。照れ隠しですね、わかります。でもさっきよりちょっと力が篭ってて痛かったです。

 

 閑話休題。

 

「寮ってあっちだよね。なんかどんどん遠ざかってる気がする件」

 

 昇降口を出た後、こっちだよと言った岩沢さんを追って歩き出したのだけど、校舎内から指差して教えてくれた学生寮が気のせいってレベルを通り越して現在進行形で遠ざかっている。口に出したのは建前だ。

 

「そうだよ。寮には向かってない」

 

「できれば早く言って頂きたかった……!」

 

 そんな気はしてたけどな!

 

「気が変わったんだ。早めに皆に紹介しておきたい」

 

「ん? 皆って?」

 

「んー、友達、仲間、親友、戦友。表現の仕方は人によって変わるけど一言で簡潔に言えば……」

 

「言えば?」

 

「アホの集団」

 

「実家に帰らせていただきます」

 

 誰が好き好んでそんなヤツらに会いに行くかってんだとばかりに踵を返し、寮の方向へ向かう。べべべべ別に興味なんてないんだからねっ! とか返した方が良かったのだろうか? とか余計なことを考えだしてすぐに右手首を掴まれた。

 

「やだー。離してー。やだー」

 

「――アンタ、消えたいの?」

 

「え?」

 

 随分と真剣な声色。さっきまでのぼーっとしたというかゴーイングマイウェイ的な雰囲気がいつの間にやらなくなってた。

 

「さっき屋上で説明しただろ? この世界で何も知らずに規則的な生活を送ると天使にその存在を消される」

 

「岩沢さん、それ本気で言ってるの?」

 

 真剣な眼差しで彼女は頷いた。俺はそれに応える様に真剣な声色をどうにか絞り出した。

 

「――消えるとか天使とか初耳なんだけど」

 

 岩沢、沈黙しました! 反応ありません! ちなみに本当に消えるとか天使とか聞き覚えありません!

 

「規則的な生活云々もむしろ学校のルール覚えろぐらいに生徒手帳読めって言われた気がする」

 

 あ、目が泳ぎ出してる。

 

「……ルールを覚えてそれを守らないように日々の生活をだな」

 

「言い訳乙」

 

 良い感じで肩にグー入ったった。理不尽だと思うんだ。

 

 

 

「ここが食堂。食事は大抵ここで済ます」

 

 それから結局、半ば引きずられる形で食堂まで連行された訳だけど、お金かかるんじゃないの? 俺持ってないよ。無一文でござる。

 

「ん、コレ使って」

 

 なんか差し出された。『素うどん』という文字が印刷されているちっさい券。何これ食券?

 

「そう、食券。オペレーションの後だから大分余裕あるし、遠慮なく使って」

 

 オペレーションはなんだかわかんないけど。

 

「そっちの肉うどんが良いなー」

 

「いらないなら……」

 

「岩沢さん。俺、さっき消えてたかもしんない」

 

「…………」

 

 無言で券を差し出してきた。冗談だったのに。

 

「実は素うどんは好物なのでありがたくコレをいただきます。からかってごめんね」

 

 だからコレどうやって使うのかおせーて下さいなと言えば、まだ今いち納得のいってなさそうな表情を顔に張り付けたままカウンターまで案内してくれた。そこにいたお残しをけして許さないタイプではない食堂のおばちゃんに食券を渡す。ややあって、トレーに乗ったそれを受け取った。まごうことなきスープ・ウィズ・ウ・ダンヌ。要するにただの素うどん。要さなくてもただの素うどん。

 

 ワタルくん俺言えたよ、なんてちょっとした感動を噛み締めていたところ視線を感じれば待っていてくれたらしい岩沢さんが前にいた。自由席? と尋ねれば、自由席。でもちょっと着いて来てと返された。何事でしょうか。

 

 少し歩いて岩沢さんが立ち止まる。そこから不意に前方を見せる様に半身をこちらに向けたら、あらびっくり。

 

「……食堂に入ってからのやり取りが長いのよ、アナタ達」

 

 視線の先にはセーラー服に身を包んだ少女が頬杖をつきながら呆れたような視線でこちらを窺っていた。なんかデジャヴ。頭のリボンはチャームポイントなのだろうか。まぁ、それはどうでもいいか。でも、聞いておきたいことはある。

 

「……その髪って地毛? 何色って言うの?」

 

 肉うどんの乗ったトレーをそっとテーブルに置いた岩沢さんに今日一番のグーをいただきました。すーぷがゆびにかかってとてもあつかったです。

 

 

 



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 食堂での新たな出会い。その瞬間、俺の胸にまるで電流が走ったかような感覚がなんて展開には残念ながらならず、普通に三人で合席してうどんすすってた。素うどんうまー。

 

「岩沢さん、七味とってくだしあ」

 

「ん」

 

「うん、コレ醤油だね。そっちの赤いヤツが欲しいなー。ああ、違う違う。それソース。確かに醤油よりは赤みあるけども、うどんにソースは無理。うん、ノールックで掴めるのはスゴイけども、できればちゃんと確認してから指定したものをとって下さい」

 

 最終的に渡されたラー油を少しだけうどんに入れた。食べられなくはないけども、やっぱり入れなくてもいいと思う。ついでに悔しいから隣の肉うどんにも少し入れてやった。足踏まれた。

 

「話をしてもいいかしら?」

 

 目の前の席には先ほどのリボンの少女。仲村さんというらしい。彼女の前にはラー油を入れられそうなものはない。食事はもう済んでしまっているそうな。ちくしょう。

 

「食べながらになりますけど構いませんね!」

 

「ここでダメって言ったらどうするのかしら。構わないけど」

 

 短い返事と呆れた様なため息を頂戴した。何故だろう。第一印象は良くないのかもしれない。掴みを失敗した様です。

 

「岩沢さん、なんでこんなヤツ拾ってきたの?」

 

 こんなて。本人目の前にしてこんなて。

 

「面白そうだったから」

 

「コレは面白いんじゃなくって変って言うのよ。元の場所に戻して来なさい」

 

「ちょっと待て」

 

 あまりにもアレな扱いなので口を挟まざるを得ない。はい、そこー。岩沢さんも渋々立ち上がらないで。戻して来ようとしないで。大人しくうどんすすっててお願いだから。

 

「何よ? どうせ私が世話することになるのよ。毎日エサやったり、散歩したり。そんなの嫌よ」

 

「どこのお母さんですか?」

 

「誰が母さんかっ!」

 

「ノリいいね」

 

「それほどでもないわ」

 

 2人してちょっと満足。思ったより話せそうな人だった。向こうも向こうで先程の印象が少しだけ崩れたのか柔和な顔つきで口を開く。

 

「とりあえず言っておこうかしら。ようこそ、死後の世界へ。何か質問とかある? 私に答えられる範囲なら答えてあげるわよ」

 

 視線から鑑みるに岩沢さんからある程度は聞いているんだろう的な感じな物言い。はっきりと言葉にしなくても伝わるし、表情って大事なことだと思う。でも何より話聞いてくれない誰かさんと違って会話がスムーズに進行できそうで嬉しい限りです。

 

「うどんとラー油のコラボレーションについてどう思いますか?」

 

「すごく……食べたくないです……」

 

「実は可もなく不可もなくだったりします」

 

「でもナンセンスよね。ナンセンス。やっぱりうどんには七味でしょ。鉄板だしもはや常識と言っても過言ではないわ!」

 

 バンッと手の平をテーブルへと振り下ろした仲村さんは、そうよね岩沢さんとラー油をよこした張本人に確認作業を行った。あてつけか何かだろうか。

 

「ん? ああ、ほら」

 

「いや、別に私ラー油とってとか一言も言ってないんだけど。差し出されても困るわ。入れるものもないし。飲めって? 飲めってか? 一体何の罰ゲームよ」

 

「……?」

 

「私には岩沢さんがそんな不思議そうな顔して首をかしげる理由がサッパリわからないわ」

 

 もうヤダこの娘と崩れる仲村さんにそっと水を差し出した。お疲れ様です。

 

「あら、ありがと」

 

「隠し味にラー油を入れてみました」

 

「微塵も隠れてないのに隠し味とは奥が深いわね……」

 

 俺はこの人アホだな、と思った。

 

「ゆりはアホだな」

 

 一方、岩沢さんは口にした。コップが宙を舞ったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

「ところでナツメくん。なんでそんなに制服が汚れてるの? まるで転げ回りでもしたかの様に見えるのだけど」

 

「ええ、まぁ、屋上で少々エクストリームしまして」

 

 コップが宙を舞い岩沢さんが頭をさすりながら用があるからと言って退場して行った後、軽い自己紹介してから仲村さんと雑談をすることにした。あと、岩沢さんがちょっとだけ涙目だったのは見なかったことにしようと思う。優しさって大切だよね。話を戻すけど、仲村さんは聞けば何やらよくわからんことをしている戦線のリーダーだとかなんとか。すごいね。何がすごいのかもわからないけども。

 

「戦線に入ってくれるのなら新しい制服支給するけど? 」

 

「セーラー服はちょっと……」

 

「誰がセーラー服支給するっつった」

 

 戦線メンバーの男子用制服はブレザータイプらしい。

 

「ブレザーを羽織ってプリーツスカート姿の男子が拳銃片手に戦ってるの? 色んな意味で怖いね」

 

 あまりお近付きになりたくないです。

 

「女子用の制服から離れなさい」

 

 怒られちった。

 

「入れば綺麗な制服くれるの?」

 

「ええ、ちゃんと支給するわ。そうね、今ならオマケにアホな男子たちも付けてもいい」

 

「アホはいらね」

 

「ですよね」

 

 不良債権の押し付けいくない。

 

「あとは、ああ、消えない方法も教えるわ」

 

 うーん、それは知りたいかも。まぁ、ぶっちゃけ抽象的過ぎて『消える』の意味が今いち掴み切れてないけども知っておいて損はないだろうし。あと、何にしろ消えるのはなんかヤダし。

 

「まぁ、無理強いはしないけどね。アナタ、はっきり言って戦力にはならなそうだし」

 

「聞き捨てならない。数々の武器を使いこなし、無数の敵を駆逐してきたこの俺を侮辱するのか」

 

「ゲームの話なんて聞いてないわ」

 

「なぜバレた」

 

 G級むつかしいです。

 

「で、どうする? 戦線に入ってくれるのなら歓迎はするわよ」

 

「戦力にならないのに? お荷物なのに?」

 

「戦えなくてもできることはある。何より仲間が増えるのは喜ばしいことなの」

 

「やだイケメン」

 

 この人は本当に同年代の女子なのだろうか。はなはだ疑問である。でも、まぁ、仲間とか友達とかはやっぱりほしいよね。どこぞの魔法少女も独りぼっちは寂しいもんなって言ってたし。

 

「参加させていただきたく候」

 

「――そう。これからよろしくねナツメくん。死んだ世界戦線はアナタを歓迎するわ」

 

 今この時を持って俺は死んだ世界戦線、通称SSSに参加することになった。これから先、どうなることやら。それはきっと、神のみぞ知る……。

 

 

 

「ところで俺は何すればいいの?」

 

「雑用全般」

 

「ちょ」

 

 シリアス展開かと思った? 残念! シリアル展開でした!

 

 



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 岩沢さんと仲村さんと出会い、死んだ世界戦線に加入したのが少し前のお話。学生寮にある自分に宛がわれた部屋の壁にはもはや見慣れた戦線メンバーの証でもあるブレザータイプの学生服がかかっていた。

 

 それを身に纏い、ふともう一度視線を壁へと投げた。視界に入ってきたのは詰め襟の黒い学生服。丁寧に扱っているのか、それとも一晩経てばこうなる仕様なのかは知らないが、皺どころか糸クズすら付着していなそうだ。

 

「もしかして、NPCが着るとこうなるのだろうか?」

 

 そうかも知れない。そんなことを思いながらルームメイトである生徒の顔を一瞥した。詰め襟の学生服は二段ベットの下段で静かに寝息を立てている男子生徒のものだった。

 

 戦線のリーダーである仲村さんの話によれば、宛がわれた部屋にいるルームメイトは大抵の場合はNPCだとのこと。NPC。つまりノンプレイヤーキャラクター。俺たちとは違い、この世界を構成する一つの備品の様なものらしい。早い話が人形であり、人ではないそうだ。そしてそれは俺のルームメイトにも当然の如く当てはまる訳で。

 

「……まぁ、普通に会話できるだけマシなのかもねー」

 

 NPCである男子生徒の顔を覗きこむ。そう。彼らとは会話ができた。ゲームのように同じことを繰り返して言うだけの存在ではなく、俺たちと同じように話し、学び、遊ぶ。食事もとれば、トイレも行く。睡眠だって当たり前だ。だから。

 

「そぉい」

 

 男子生徒の目元に先日購買で買ったリップクリームを塗ってみた。すると、何か違和感でも感じたのだろうか。徐に起き上った男子生徒が目元をこする。悶え始めた。そりゃそうだ。

 

「お、おま……なに、しやがっ……」

 

「おはござ。良い朝だね」

 

「なにしたって、聞いて……」

 

「そうだね。メンソレータムだね」

 

 午前5時。まだ若干ほの暗い朝の出来事である。

 

 

 

 その後、飛んできた枕や目覚まし時計を華麗に避けながらやはり先日買ったフリスクを投げ返したりして、そのまま半ば追い出される様にして寮を出てきた。せっかく爽快な目覚めを演出しようと頑張ったのに。

 

「という訳で、おはござ。仲村さん」

 

「どういう訳よ。おはよう、ナツメくん」

 

 場所は死んだ世界戦線の本部。ブリーフィングルームとか別の呼び方もあるけども、ぶっちゃけ校長室である。戦線を設立して即行で乗っ取ったらしい。恐るべき行動力。で、戦線に参加した翌日の朝にここに連れて来られ、制服を渡された上で全員ではないけど戦線の主要メンバーと顔合わせした。岩沢さんをしてアホの集団と言わしめたことだけあって見事にアホばかりだった。さすが主要メンバー(笑)。

 

「でも本当に今日はまた随分と早いのね。どうしたの?」

 

「実はかくかくしかじかで」

 

「なるほど、これこれうまうまって訳ね。ギルティ」

 

「ファッ!?」

 

 ありのままに説明したらいきなり有罪判決いただきました。

 

「異議あり!」

 

「却下。被告人は静粛に」

 

 被告人て。いきなり取り付く島もないでござる。

 

「NPCには手を出さないってのが戦線のモットーなのよ。忘れたの?」

 

「忘れてたけど何か質問ある?」

 

「せめて言い訳をしなさい」

 

「実はアイツが……」

 

「言い訳なんて見苦しいマネしてんじゃないわよっ!」

 

「コーヒー淹れるね」

 

「戸棚にクッキー入ってるからそれも出してくれるかしら」

 

 イエス、ボス。割と慣れたやり取りだったりします。平和だね。

 

 

 適当にくつろぎながら1人でコーヒーをすする。うまうま。あの後、仲村さんは調べ物があるとかで本部を軽やかなステップで出てった。きっとステップに意味はない。俺はと言うと、作戦本部を空にするのはあまり得策ではないと最近になって言い出した仲村さんにここでの待機を命じられる。要はお留守番ですね、わかります。

 

 でも、実は最近の戦線でのお仕事はもっぱらこんな感じだったりする。一応これでも男なので力仕事があったりもするのだけども、そこはアホの集団だからなのかわからないが何故か他の男衆が率先して動く。動く。動く。おかげで出番がないという訳だ。楽だから良いんだけどー。

 

「おーい、ゆり――げっ、ナツメ……」

 

「ようFカップ」

 

 不意に扉が開いたと思ったらひさ子ちゃん来た。アイアンクローされた。

 

「痛い痛い痛い。コーヒー飲んでる時はやめてってば」

 

「お前も会う度にそうやって呼ぶのやめろっつってんだろ? ああん?」

 

 なんてバイオレンス。ややあって解放されました。こめかみがずきずきするよぅ。

 

「ところでどうしたの? 珍しいね。ここに来るなんて。コーヒー飲む?」

 

 本部での顔合わせ以来ここでは見ることの無かったひさ子ちゃん。実はここに彼女が来るのは珍しかったりするのだ。ガールズデッドモンスターと言う死んだ世界戦線お抱えのガールズバンドの一員であるひさ子ちゃんは普段はもっぱら音楽室とか軽音部の部室とかで時間を潰しているとかなんとか。ちなみに岩沢さんも一員らしい。と言うか、リーダーだそうだ。人は見かけとか言動によらないな、なんて思ったのことは誰にも言ってない。肩パン痛いし。

 

「いや、別にいいよ。ゆりに用事あったんだけど、どこ行った?」

 

 キョロキョロと本部の中を見回しながら言うひさ子ちゃん。こんなとこにいるはずもないのに。

 

「向かいのホーム、路地裏の窓」

 

「そんなとこにいるはずないだろ」

 

「わんもあたいむ」

 

「うるせーよ」

 

 ひさ子ちゃんはちょっと冷たいです。でも岩沢さんと仲村さんがツンデレって言ってたからめげない。

 

「で、ゆりはどこ行った?」

 

「仲村さんなら調べもので席外してるよ。残念ながら居場所は知らない」

 

「早くそう言えよ」

 

「ごめんね。ところで急ぎの用事? 遊佐ちゃんに連絡とってもらおうか? コーヒー飲む?」

 

「いや、別に急ぎじゃねーから出直すよ。あとコーヒーはいらねー」

 

「うん、ミルクと砂糖は? どれくらい?」

 

「いや、いらねーって、あー! もう淹れてるし!」

 

「うん、カフェインだね」

 

「会話しろ! 会話ぁ!」

 

「そうだね。ポリフェノールだね」

 

「うわぁー! マジでイライラするっ!」

 

「ストレス? 砂糖多めに入れとくね」

 

 結局その後もぎゃーぎゃー騒いでなんだかんだ雑談に付き合ってくれたひさ子ちゃんはお昼過ぎに仲村さんが帰って来るまで本部にいました。結構良い子です。

 

 



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「ようFカップ」

 

 不意に立ち寄った食堂にて偶然にもひさ子ちゃんと邂逅。お一人様でした。ご一緒しましょう。そうしましょう。

 

「……またお前かよ」

 

 そんな心底嫌そうな顔しないで下さいよ。傷つくじゃないすかやだー!

 

「それ肉うどん? ガルデモの人って肉うどん好きだよね」

 

「お前だって素うどんばっかじゃねーか」

 

「ノンノンノン。スープ・ウィズ・ウ・ダンヌ」

 

 ここ大事。

 

「要は素うどんだろ」

 

「そうとも言う」

 

 むしろそうとしか言わねー。言うんじゃない、感じるんだ。うっせ。なんてやり取りをしつつ向かいに着席。座んなよとか言ってるけど、無視して着席ったら着席。ツンデレですよ、わかってました。

 

「ひさこちゃんひさこちゃんひさこちゃん」

 

「ちゃん付けで連呼すんな」

 

「ひさコング先輩」

 

 スネ蹴られた。普通に痛い。

 

「不服と申すか」

 

「申さないヤツがいるなら会ってみてーよ」

 

「しかし藤巻くんには大ウケの様です」

 

 少し離れたテーブルを指差せば、腹を抱えて机に突っ伏した藤巻くんがプルプルしてます。コング発言した時点で水を吹き出してたのは確認しますた。ちなみにその水を盛大に浴びたのは向かい合って座っていた大山くん。哀れなり。

 

「てめっ、藤巻ぃ! 笑ってんじゃねー!」

 

 無理言うんじゃねー、とのお返事。変なあだ名が定着しないと良いね。

 

「ひさ子ちゃん、がんばっ!」

 

「うるせーよ。てかそのちゃん付けもやめねーか? 普通にひさ子でいいんだけど」

 

「ヤダ、つまんない」

 

 うわっ、すごい顔された。とても華の十代である女子高校生のする顔とは思えない。でもスネ蹴られないだけマシか。と思ったらスネに激痛。時間差とは小癪なことを。

 

「お前と話すと疲れる」

 

「岩沢さんとどっちが疲れる?」

 

「……お前」

 

「今の間は何だろうね。岩沢さんに代わって小一時間ほど問い詰めたいんですが構いませんね!」

 

「もうお前めんどくさいー。帰れよー」

 

 とか言いながらスネをゲシゲシするのやめて下さい。足ずらしても同じ位置をピンポイントで蹴ってくるひさ子ちゃんには脱帽です。足に目でも付いてんじゃないのこの子。

 

「……お前、なんかちょっと関根と気が合いそうだな」

 

「関根? 誰それ?」

 

 残念ながらそんな友達も知り合いもいなのですよよよ。

 

「ガルデモのベース弾いてるヤツ。会ったことないのか?」

 

「ひさ子ちゃんと岩沢さんだけしか」

 

 そもそもひさ子ちゃんと会ったのも最近だよね。そだな、今度練習見に来れば? 暇があったら行く。お前いつも暇じゃん。ですよね。

 

「差し入れはラー油でよろしいか?」

 

「なんでラー油? そのチョイスがわかんねーよ」

 

「ラー油はお嫌いですか? 醤油の方がお好みですか?」

 

「調味料を選択肢から外せ」

 

「調味料の大切さを知らないとは。これだから料理できない人は……」

 

 まったくやれやれだぜ。きっと料理のさしすせそ言えないよこの人。

 

「砂糖、塩、酢、醤油、味噌」

 

「どや顔ワロタ」

 

 ああん、スネ痛い。

 

 

 

 楽しいお食事会の後、ひさ子ちゃんと食堂で別れて腹ごなしがてら校舎内を闊歩する。かっぽかっぽ。馬の足音っぽい擬音だね。別に蹄は無いけども。

 

「なっつん先輩見っけー!」

 

 めんどいの来た。

 

「ユイにゃんめんどい」

 

 自称小悪魔系パンク美少女のユイにゃん。割と戦線加入当初から仲良くなった子です。でもめんどくさいのがたまにキズ。

 

「会うなり何ですかその言いぐさー! せめてオブラートに包めやコラー!」

 

「オブラート? なにそれおいしいの?」

 

「あ、基本的にオブラートは無味無臭ですね。味の付いてるものもあるそうですが、そもそもの使用用途がお菓子とか薬の包装ですのでそれに味を求めるのもどうかと」

 

 ヤダこの子博識。そんなムダ知識どこで仕入れたのだろうか。

 

「それより聞いて聞いてー! 先輩聞いてー!」

 

「聞くから離れて。あと俺1年だから。先輩じゃないから」

 

 うん、実は1年生でした。俺含め、誰もあんまり気にしてないんだけどねー。みんな優しい(遠い目)。

 

「今更呼び方変えるのもめんどくさいんでこのままいきます」

 

「文字にして4つ程とるだけなのですが」

 

 むしろ省略できて良いのではないでしょうか?

 

「じゃあ、先輩で!」

 

「なぜ名前の方を省略したし」

 

 実は、と言うか戦線メンバーには大抵当てはまるけども、この子も例に漏れず中々ぶっ飛んだ子です。頭のネジが5、6本足りてないとは戦線主要メンバーである日向くんの言葉。割と的を射てるかと。

 

「そんなことより、さっき岩沢先輩に会ってたんですよ! 凄くないですか? ユイにゃんスゲー! てめぇも褒めろよオラー!」

 

 うわぁ、テンションたけぇ。

 

「うん、よかったね。ユイにゃん岩沢さん好きだもんね。2人で何してたの?」

 

「岩沢先輩は自動販売機で水買ってました!」

 

「ユイにゃんは?」

 

「それを陰から見てました!」

 

「ユイにゃん、それは会ってたじゃなくて見かけたと表現するのが正しい」

 

 言い方って大切。それに今のはなんか聞き様によってはストーカーっぽいのであまりよろしくないかと。

 

「話しかければよかったのに」

 

「そんな恐れ多いことできるかー!」

 

 一体この子の中で岩沢さんはどんな扱いなのだろうか。無駄に神格化とかされてないかちょっと心配になります。が、しかし。だが、しかし。

 

「そう言えば俺さっきまでひさ子ちゃんと一緒にご飯食べてたんだぜ(ドヤァ」

 

 ふはははは、どうだ羨ましかろう。実際蹴られまくっただけの様な気がしなくもないんだけど、事実は事実なのだ。でもまだちょっとだけ脛がズキズキしてるのはここだけの秘密なんだぜ。

 

「そんな、一緒にご飯食べてるだけでも羨ましいのに、その上あのひさ子先輩をちゃん付けだなんて……」

 

「むしろ呼び捨てで良いくらいに言われますた」

 

「い、何時の間にそんな親しくなりやがったんですかこの裏切り者ー!」

 

「一体いつから――味方だと錯覚していた?」

 

「何……だと……?」

 

 驚愕の事実に顔を歪ませるユイにゃん。戦線の人って大概ノリが良くて助かります。

 

「まぁ、何はともあれ、今度そういう機会あったら声掛けますよ」

 

「絶対ですよ! 嘘吐いたら屋上からヒモ無しバンジーの刑ですからねー!」

 

「節子、それバンジーやない、飛び降りや」

 

 そんな感じでしばらく2人でワイワイやってました。この子と絡むといつもこんなもんです。

 

 



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 ある日、浦島ナツ太郎が暇を持て余し歩いていると1人の少女とその少女に虐められている一匹のカメと出会いました。要はユイにゃんと日向くんですね。大変仲が宜しいようで何よりです。

 

「おー、綺麗なコブラツイスト」

 

「見てねーで助けろナツメぁぁぁあぁああ!?」

 

「オラオラオラー!」

 

 小柄なクセして頑張るユイにゃんマジぱねぇっす。よくその身長差できめられたもんだわさ。俺じゃあ絶対無理かと思われ。

 

「そしてここで豆知識。コブラツイストってアバラ折りとも言うんだってさ。ホントに折れるのかな?」

 

「今実証しますよせんぱーい! あ、ちなみに他にはアブドミナル・ストレッチとかグレイプヴァインって言い方もあるそうです」

 

 さすがユイにゃん変なところで博識。てか本当に先輩って呼ぶのね。別にいいけども。

 

「へぇー、詳しいなお前ら--って言ってる場合かぁぁあぁあああ!?」

 

 とかなんとか言ってもちゃんとのってくれてる日向くんの芸人魂もさすがです。見上げたものだと思います。まぁ、見習いはしないけども。ところで。

 

「2人とも仲良いね」

 

「お、嫉妬? 嫉妬ですか先輩? もうどうしようもない位に可愛いユイにゃんがこの青いのとキャッキャッウフフしてるからって嫉妬ですか? 醜いけどわかるよその気持ち! だってユイにゃん可愛いもんね! でも残念! ユイにゃんにはもう心に決めた人が」

 

「はっ」

 

「鼻で笑われたー! せめて最後まで聞けやコラー!」

 

「だが断る!」

 

「聞いてよー! 最後まで聞いてくれればサービスしちゃうよ!」

 

「ほう、詳しく」

 

「期間限定! ユイにゃんの」

 

「はっ」

 

「だから聞けっつってんだろてめぇぇぇ!」

 

「ユイにゃんテンション高いね。すごくめんどくさい」

 

「オブラート包んでってばー!」

 

「オブラート? なにそれおいしいの?」

 

「いや、前回も言いましたが基本的には」

 

「ところで日向くんが泡吹いてるけど大丈夫?」

 

「あ」

 

 手遅れでした。こうしてまた一つの尊い命が天に召されましたとさ。あーめん。

 

 

 

「危うく死ぬところだったじゃねーか……」

 

 さっきまで締められていた首をさすりながらジトっとした眼で見てくる日向くん。

 

「正直、生きてたことに驚きです」

 

「生命力がゴキブリ並みですね!」

 

 絶賛正座中なのは俺とユイにゃん。床が冷たいよーい。ちなみにユイにゃんのコブラツイストは素人ながらもどうやら結構しっかりと決まっていたらしく、日向くんは呼吸困難に陥っていたそうな。泡吹いて倒れた日向くんだったけど、意識が落ちてただけだったってさ。丈夫だね。

 

「しかしなぜ俺まで正座を強要されているのだろうか。説明を要求する」

 

「旅は道ずれ世はなさけー!」

 

「お前俺を見殺しにしたじゃねーか」

 

「いちれんたくしょー!」

 

「オ、レを……オレオ? この世界にあるのかな?」

 

「死なばもろともー!」

 

「そこだけ抜粋すんなよ。ちなみにオレオはある」

 

「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん」

 

「これが俗に言う桃園ならぬ学園の誓いである」

 

「あ、無理だわ。俺じゃ手に負えねーや」

 

 お疲れー、と退場して行く日向くんでした。とてもさわやかさんでした。

 

 

「ところでユイにゃん仕事とかないの?」

 

 日向くんに見捨てられ、特にすることもないので一緒にいたユイにゃんと校舎内をうろつく。まぁ、元々すること無くて暇を持て余してたんだけども。で、実はこの校舎内をうろつくって行為はユイにゃん曰く、今は授業中なので一応これも消えないための行動だったりするとかなんとか。

 

「こう見えて私は陽動部隊のサポーターなんですが、ぶっちゃけ」

 

「その尻尾ホンモノ? 引っ張っていい?」

 

「最後まで聞ーいーてーよー!」

 

 襟元掴んでガックンガックンするのはやめて欲しい。苦しいです。割と。

 

「で、暇人さん? 多忙さん?」

 

「暇です!」

 

「働けこの暇人がっ!」

 

「そっくりそのままお返しします!」

 

「返す言葉もございません」

 

 戦線に加入してからいまだに雑用係りで、主なお仕事は戦線本部、つまり校長室でのお留守番。仲村さんがいる時は基本的にお暇を頂く感じです。それから、最近では力仕事すら回ってこなくなってます。非力なのがバレたのだろうか。別に隠してたつもりもないけども。まぁ、実は楽だから割と気に入ってたりしてる。ビバ自由業。いや、なんか違うな。

 

「どこ行こっか? 特に目的ないけども」

 

「適当にフラつきましょう! 先輩は誰かとのエンカウント率がやたらと高いと有名なのでガルデモの皆さんに会えるかもですから!」

 

 早くもよくわからない噂が流れているらしかった。誰かって誰さ。噂流したのも誰さ。

 

「まぁ、いいけど。あんまり期待はしないでね」

 

「何してるの?」

 

 とか言ってたら即行でエンカウント! 驚きの早さです。

 

「おー! さっそく来ましたねー!」

 

「今は授業中よ。教室に戻りなさい」

 

「って、天使じゃないすか! ヤダー! いきなりボスキャラとエンカウントとかどんな裏ワザ使ったんですかー!?」

 

「授業中の校舎内を大声出しながらフラつくという裏ワザをだな」

 

「裏ワザというより暴挙ですね!」

 

「むしろ天使さんの正しい召喚方法だよね」

 

 天使さんって実は生徒会長らしいし、お仕事だもんね。そりゃ来るわ。

 

「ユイにゃんと先輩をリリースして天使をアドバンス召喚っ!」

 

「甘い。リバースカードオープン! トラップ発動! 奈落の落とし穴!」

 

 そんなもの除外してくれる!

 

「あぁ! せっかく召喚したのに! 鬼! 悪魔!」

 

「勝負の世界とはこういうものです。身の程を知りなさい小娘が」

 

 腕組んでドヤ顔してやったった。めっちゃ悔しがってる。ざまぁ!

 

「ざまぁ!」

 

「うー! 先輩大人げない!」

 

「うん、たぶん年齢は一緒です」

 

 学年が一緒だしね。

 

「知ってます! 言ってみただけです!」

 

 そんな折、コホンとわざとらしい咳ばらいが一つ。やべ、忘れてた(爆)。

 

「せ、先輩、どうしましょう。完璧に忘れてました。デュエルしてる場合じゃなかったです……!」

 

 デュエルて。めっちゃ真剣な顔で言ってるけどデュエルて。

 

「話を聞く気になった? 授業に出て。それから……」

 

 ゴクリ、と唾を飲み込む音が聞こえた。

 

「個人的にはシンクロ召喚の方が好きよ」

 

「!?」

 

「光射す道になってみたいの」

 

「!?」

 

 この天使、やりおる……!

 

 



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「聞いたわよ、ナツメくん」

 

 戦線本部で仲村さんとブレイクタイム。コーヒー片手にオレオ摘む。購買に普通にありました。

 

「天使と一戦交えたそうね。無事で何よりだわ」

 

「激戦でした。よく無事だったなと自分でも思います」

 

 遠い目であの日を馳せる。

 

「――で、どうだった?」

 

 漂う真剣な空気。緊張感が増した気がした。それを誤魔化すためにコーヒーをあおる。

 

「結論から言いうと、彼女は皆と一緒です」

 

「っ!? そんな、じゃあ……まさか……?」

 

「ええ、お察しの通りかと」

 

 ソーサーのうえに置いたカップが無機質な音をたてた。

 

「彼女も、GX派だとでも言うの……?」

 

「シンクロ云々言ってたときは5D's派かと思ったけど、やはり1番好きなのはE・HEROだそうです」

 

 オレオうめぇ。

 

「そこはサイバー・エンジェルとお答えいただきたかった!」

 

「ああ、はいはい。天使だけにネー」

 

「黙りなさい少数派。カードダス派なんてナツメくんだけよ」

 

「いいじゃないかカードダス! よくわからないキャラクターカードにやたら高い攻撃力! ルールもわからず出したもん勝ちだったあの頃が懐かしい!」

 

 オリジナルキャラクターとかいたよね。みほって誰さとか言わせない。俺の心の中で生きている。

 

「うるさいわね。何が来ようと私の青眼が粉砕して玉砕して大喝采する宿命なのよ」

 

「この社長スキーめ。あんなキャベツ太郎のどこが良いんだか」

 

「スゴイぞーカッコいいぞー!! ところでキャベツ太郎と言えば、昔はあの味の濃いヤツが好きだったわ」

 

「激しく同意。一袋に結構な割合で入ってるあの黒いヤツね」

 

「最近じゃちょっと濃すぎる気もするのよねー」

 

「話してたら食べたくなってきた。ちょっと買って来てよ」

 

「嫌よ。ナツメくんが行って来て」

 

 おこづかいわたされました。はじめてのおつかい。なんつって。

 

 

「という訳で購買ですね、こんにちは」

 

 挨拶したのに購買のおばちゃんに怪訝な目で見られた。

 

「キャベツ太郎はありますか? もろこしでも可です」

 

 そこにあるよと指差された場所を確認。キャベツももろこしもしっかりとありました。この購買、結構バリエーション豊かだったりする。

 

「授業中の買い食いは禁止よ」

 

 エンカウント!

 

「またフィールドでエンカウントとか、どこのバルバトスさんですか?」

 

「別にアイテムを使っても怒らないわ」

 

 知ってることに驚きです。

 

「こんちは天使さん」

 

「こんにちは。でも天使じゃないわ」

 

「天使じゃないの?」

 

 無言でこくりと肯定の証。

 

「サイバー・エンジェル?」

 

「弁天が好きよ。でもそれも違うわ」

 

 機械じゃないもの。じゃあ天使? 天使じゃないわ。ですよね。

 

「アニメとかゲーム好き?」

 

「ゲームはたまにしかやらないけど、アニメは好きよ」

 

 結構インドア派なのねこの子。

 

「オススメのアニメを教えてくだしあ」

 

「王道が好きならジャンプ系は外せないわ。ワンピースに加えてトリコ辺りは抑えておきたいところね。片方は話数が多いから空いた時間を活用してドンドン見ないと消化しきれないから要注意。燃え系ならダントツでグレンラガンを倍プッシュよ。カミナ、シモン、ヴィラル、ヨーコ。メインである彼ら以外にも味方勢には魅力的なキャラクターが豊富にいるし、何よりドリル。何たってドリル。ドリルは男の子がよく好きだって言うけど、女の子だって好きよ。大好きよ。私も天元突破してみたいもの。それから萌え系は正直私はあまり得意ではないの。ごめんなさい。どうしても聞きたいなら、そうね、副会長の直井くんにでも聞くと良いわ。彼はバレてないって思ってるみたいだけど、大分わかりやすかったわ。ちなみに直井くんはボーカロイドも守備範囲みたいだから興味があったら彼と話すのが良いと思う」

 

「お、おう」

 

 ちょ、地雷踏んだっぽい。

 

「ごめんなさい、喋りすぎたわね」

 

「いや、意外と話せる人の様で嬉しい限りでござる。熱いのがお好み?」

 

「そうね。ロボット、ガンダムは勿論のこと特撮も好みの部類だわ。どちらかと言えば戦隊ものよりはライダー派。といっても平成シリーズから入ったからにわかレベルも甚だしいんだけど、痺れるわ。個人的にはフォームチェンジのシーンが熱いわね。新しいフォームが出るたびに心が躍るもの」

 

 地雷だった!

 

「最近ではご当地ヒーローも気になるの。あのチープさが良いと言うかなんと言うか。スーパーヒーロータイムでは味わえない何かがあるのよ。役者さんの演技も味があって好み。大根って言ったら失礼だけどあの棒読み感がたまらなくクセになったりしない? しないの? もしかしてまだ見てないのね? だったらまずは、そうね、主題歌がとても熱いシージェッター辺りを」

 

「ストーップ! ストーップ!」

 

 ちょ、天使さんマジぱねぇ!

 

「もうお腹がいっぱいでござる!」

 

「授業中の買い食いは禁止よ」

 

 お、デジャヴ。無限ループフラグですね、わかります。

 

「またフィールドでエンカウントとか、どこのバルバトスさんですか?」

 

「うん、TOD2も中々名作だと思うけど、やっぱり私はTODの方が上だと思ってる。リメイクが繰り返される度に段々とシナリオに修正が入っていくのはなんとも言えない気持ちになるけど、結局スタンとリオンがいれば良いんじゃないかって結論にたどり着いたわ。だって」

 

 さっきこっちに地雷無かったのに!

 

「と、ところで天使さん!」

 

「天使じゃないわ。何かしら?」

 

 と、ここでチャイムが鳴りました。終業の鐘です。はい、授業終わり!

 

「もう授業中の買い食いじゃないもんね!」

 

 へへーんだ。さっさと買って帰りたーい。

 

「前回と一緒ね。また私まで授業をサボってしまったわ。アナタと話すとどうしてこうなるのかしら?」

 

 ユイにゃんといた時のことかな。確かに長話したもんねー。こんなに饒舌じゃなかったけどな!

 

「自分の胸に手を当てて聞いてみると良いかと」

 

「……?」

 

 わからないって顔してる。自覚がないようで心配になる子です。

 

「アナタ、名前を教えてくれる?」

 

「お、どしたの急に?」

 

「要注意人物として覚えておきたいの」

 

 要注意人物指定いただきました。話してただけの様な気がするんだけども。まぁ、いいか。

 

「ナツメと申す。天使さんのお名前は?」

 

「ナツメ……? なつめ……友人帳。あれは熱くないけど大好きよ。ノスタルジックな雰囲気もさることながらニャンコ先生のかわいさったらもう言葉も」

 

「ちょ」

 

 もうやめて! とっくにナツメのライフはゼロよ! うん、誰か助けろください。

 

 



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 またもや戦線本部でコーヒーブレイク。なんか技名っぽいね、こう、ギガコーヒーブレイクッ! みたいな。どうでもいいです。あぁん、冷たい。なんてことを遊佐ちゃんと話す。ちなみにここの主である仲村さんはちょっと前にギルドに用があるとかで華麗なステップで本部を後にしていった。やはりステップに深い意味は無い。本物の主は校長だった気もするけども、知りません。知りませんったら知りません。

 

「という訳で遊佐ちゃん」

 

「そういう訳でしたか。どうも、遊佐です」

 

 この子に一体何が伝わったのだろうか。驚愕である。

 

「ギルドって何? どこにあるの?」

 

 気を取り直して質問タイムに突入。実は戦線に加入した当初、色々と教えてくれたのがこの遊佐ちゃんだったりします。大抵のことは教えてくれるので、早くもかなりお世話になっている現状。仲村さんにもそうだけど、頭が上がりませぬ。

 

「ギルドは主に武器等の製造を行っています。戦線の皆さんにお渡ししてある銃や刀剣類、インカムもギルドで作られました。場所については地下、としか。詳しくはゆりっぺさんに聞いて下さい。案内してもらえるかと」

 

「俺インカムもらってない」

 

「必要無いと判断されました」

 

 ひでぇ。でもめげない。

 

「遊佐ちゃんはオペレーターさんだっけ。普段は何やってるの?」

 

 戦線の主要メンバー、要するに日向くんとかはオペレーションのとき以外はインカムあんまり使ってるイメージはない。他にもまだ見ぬ戦線メンバーはいるらしいけども、もしかしてその辺りの人たちと通信しているのだろうか。

 

「主に情報収集を。諜報活動と言うヤツです」

 

「諜報活動(笑)」

 

 ティースプーン飛んできた。しかし華麗に回避!

 

「当たらなければどうということはごめんなさい」

 

 だから無言でカップを構えるのはやめて下さい。液体はちょっと避けられそうにないので。

 

「仕事大変? 俺にもできる? 俺もやってみたい」

 

 てかぶっちゃけインカムがほしいです。インカム。

 

「オペレーションが無い限りはそこまででもありません。しかし、ナツメさんにはまだ早いかと」

 

「遊佐ちゃんが俺を過小評価する。これはもう真の力を解放せざるを得ない」

 

「断らざるを得ない」

 

「この戦線って自分勝手な人が多いよね」

 

「その筆頭が何を言いますか」

 

 いやいや遊佐ちゃんもなかなか。いいえ、淑女です。淑女? どうも、淑女な遊佐です。

 

「俺もそのインコム欲しい! それで私に……打たせたなぁ!? とか言ってみたい!」

 

「アンジェロ乙。あとこれはインコムではなく、インカムです」

 

 そもそもその台詞の時点ではまだローゼンさんではないかと。うん、ズールさんだね。はい、ズールさんです。

 

「オールドタイプはダメですか? せめてサイコフレーム積まなきゃですか?」

 

「はいはいわろすわろす」

 

 なんてドライ。遊佐ちゃんスーパードライ。でもアルコール成分はこれっぽっちも含まれておりません。不思議だね。そうでもないか。

 

「すみません、紅茶のおかわりを下さい」

 

「とても今までコーヒー飲んでた人の台詞とは思えない」

 

「実はコーヒーより紅茶が好き。どうも、遊佐です」

 

 淹れるけどね。戦線本部、実はその辺は完備してたりします。家庭科室から色々と拝借済みなのですよ。高松君と一緒に運びました。彼って意外と力持ち。筋肉凄かったです。なんで上半身裸で荷物運んでたかは最後までわからなかったけども。まぁ、とりあえず気にしない方向で落ち着きました。

 

「結構なお手前で」

 

「恐悦至極。仲村さんに仕込まれました。割と何でもできるよね、あの人」

 

「何でもはできないわ、できることだけ」

 

「羽川乙。神原が好きです」

 

「ガハラさんこそ至高。そこは譲りません。遊佐です」

 

 松下五段は撫子ですね、わかります。

 

「八九寺ちゃんの可能性も侮れないかと」

 

「となると忍の可能性も捨てきれない」

 

「ファイヤーシスターズもあり得ます」

 

 結局そっち系なんだよね。最近は女性メンバーからの評価が著しく低下している傾向にあります。なにそれ評価とか怖い。女性陣の鉄板ネタです。ガールズトーク? 死んでいたって立派な乙女、遊佐です。

 

「ちょいちょい名前はさむね」

 

「ゆりっぺさんからの私個人にあてた指令です。存在感が薄いからアピールした方が良いとのことで」

 

 存在感薄いについて思うことはないのか疑問ではあるけど本人が気にしてなさそうなのでそこは触れない。めんどくさいとかじゃない。けして。本人が気にしてなければそれでいいと思います。

 

「アピールでしたか」

 

「アピールでした。どうも、遊佐です」

 

「ナツメです」

 

「遊佐です」

 

 何か他にアピールの方法はなかったのだろうか。疑問である。

 

「正直なところ、あまり乗り気ではない遊佐です」

 

「乗り気な遊佐ちゃん見てみたい!」

 

「どうも、遊佐です。ぶい」

 

「遊佐ちゃんぐうかわ。ナデシコですね、わかります」

 

 ユリカかわいいよユリカ。そして劇場版よりテレビ版のルリルリの方が可愛いと思うのはきっと俺だけじゃないはず。リョーコちゃんも捨て難いけども、あのヘルメットはいただけなーい。

 

「大抵のネタが通じることに驚きです。記憶が曖昧と以前にお聞きしましたが?」

 

「んー、そだね。そういうのは何故かわかるんだけど、昔の事とかはあんまりわかんない」

 

「そうなんですか」

 

「うん。過去とかわかんない超わかんない。どうも、ナツメです」

 

「マネしないで下さい」

 

 とか言ってコーヒーに大量の砂糖を投入された。ジョリジョリするコーヒーってのも新しい。しかし甘すぎワロエナイ。さっきは許してくれたのにー。

 

「遊佐ちゃんが糖尿病にしようとする」

 

「問題ありません。この世界では糖尿病は発症しませんので。太りはしますが」

 

「太るの?」

 

「太ります。現に最近のゆりっぺさんの体重は増加の傾向にあり」

 

 遊佐ちゃんがそこまで言ったところで扉が勢いよく開いて仲村さんが駆け寄ってきて遊佐ちゃんの頬をひっぱたいて鼻息荒くして出てった。つまり嵐。なんという嵐。

 

「…………」

 

 叩かれた頬に手を当ててやや俯いた遊佐ちゃんの姿がとても哀れです。ドンマイ。

 

「遊佐ちゃんドンマイ」

 

「……どうも、叩かれた遊佐です」

 

 アピール精神すげぇ。

 

「ちなみに具体的な数字は?」

 

「46.2キロ」

 

 2人して仲良くひっぱたかれますた。

 

 



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 あ、そう言えばと思い出したのがつい先日。実際にそれを言われたのはもう少し前だったり。うん、暇があったら行くと言ったのをすっかり忘れてました。忙しかったんです。嘘です。ごめんなさい。ひさ子ちゃん怒ってないといいけどなーとか思いながら目指すはガルデモの練習スペースである軽音部の教室。けいおん! りっちゃんかわいいれす。

 

 途中、ハルバートを片手に携えた野田くんとはち合わせて仲村さんに対する胸の内を厚く語られたので椎名さんに頼んで半狂乱の鬼ごっこに興じてもらったり、謎の男であるTKが徐に目の前でヘッドスピンし始めたので先日仲村さんにもらったベイブレードをゴ―シュウッ! 対抗してきたTKの髪を巻き込んでアウチッ。さすがドラグーン。

 

「お邪魔しますけどかまいませんね!」

 

 教室に着いて、扉を開いて叫んだ。キョトンとした顔がお出迎え。

 

「ど、どちらさまで……?」

 

 ドラムを叩いていたであろう少女がおずおずと尋ねてきた。

 

「ナツメです。ひさ子ちゃんいますか? もしくは岩沢さんでも可」

 

 見た感じいないけどね。

 

「2人とももう帰りましたけど……」

 

「ですよね」

 

 どうやら入れ違いらしく少し前に2人とも仲良く帰ってしまったらしい。野田くんとかTKと遊んでる場合じゃなかた。ちくせう。

 

「せっかく遊びに来たのに。岩沢さんと一緒にひさ子ちゃんで遊ぼうと思ったのに」

 

「ひ、ひさ子先輩で遊んじゃダメですよぅ……」

 

 ダメですか。ダメダメですよぅ。

 

「ところでアナタはどちらさん? 噂の関根さん?」

 

「あ、い、入江です。しお――関根はちょっと用事で。でもすぐ来ると思います」

 

「しお、関根? しお、しお、あ、塩。塩関根? よくあるよね。塩チョコとか、塩飴とか。でも普通の関根さんがほしいのですが売り切れですか? 入荷待ちですか?」

 

「え、あ、えと、その、あ、あの……!」

 

 テンパってる。超テンパってる。戦線では珍しいタイプのようで面白い。とかなんとかやってると。

 

「たっだいまー! 愛しのみゆきち! 待たせたな!」

 

 なんか来た。

 

「お? 誰だ貴様はー! あたしのみゆきちに手を出したらただでは済まさんぞー!」

 

「ナツメがログアウトしました」

 

「逃げんのか―い!? って、ナツメ? ナツメって、もしや君が噂のナツメくん?」

 

「人違いです」

 

「違わないです」

 

「違わなくないです」

 

「違わなくなくないです」

 

「違わなくなくなくないです」

 

「違わなくなくなくなくないです」

 

「キリないです」

 

「ないですね」

 

 誰か止めてくれないと、と入江さんに視線を送れば。

 

「せ、関根入荷しましたっ!」

 

 とてもなごみました。

 

 

 

「改めまして、ナツメです」

 

「あたし関根。先輩達から話は聞いてるよ。ようやく会えたねー」

 

「ここで会ったが?」

 

「百年目! ではなく初邂逅! 覚悟しろラー油王子!」

 

「うん、ひさ子ちゃんに練習見に来ればって言われたので来ました!」

 

「ひさ子先輩帰ったけどな!」

 

「知ってたけどな!」

 

「あたしとみゆきちしかいないけどゆっくりしていってね!!!」

 

 入江さんおいてけぼりで2人で騒ぐ。

 

「あ、でも本当にちょっと見てく?」

 

「いいの? おらワクワクすっぞ」

 

「よーし、みゆきち! いっちょやってみっかー!」

 

 関根さんはとても元気な子のようで、話してて楽しいです。

 

 

 で、一通り演奏してもらったら丁度いい時間になったので三人で食堂へ向かう。お腹空きました。と、そう言えば、二人とは短時間ながら結構仲良くなれたようで入江ちゃんも普通に話してくれるようになり、それぞれ呼び方もさん付けからちゃん付けへ変更しますた。

 

「なっつん! なっつん!」

 

 関根ちゃんとはすごく仲良くなりました。ひさ子ちゃんの言う通りだったね。気が合いそうです。でも若干ユイにゃんと被る。

 

「関根ちゃんに懐かれた。困る。入江ちゃん助けて」

 

「こ、困るんだ?」

 

「このままフラグがたってしまうと入江ちゃんを交えた三角関係に発展してしまい修羅場ルートの回避ができない」

 

「交えないでよぅ」

 

「交じりませんか? 一緒に修羅場りませんか?」

 

 修羅場らないよぅ。ですよね。

 

「そうだそうだ! みゆきちはあたしのだ!」

 

「ダメ。この際入江ちゃんは戦線の共有財産にすべき」

 

 こんな珍しいタイプは大切に保存しなくては。さぁ、早くしまっちゃおうね。あれ、なんか違う。

 

「そんなふうに考えていた時期が私にもありました。でもやっぱりみゆきちは個人で愛でるべきだという独占欲に気付き云々」

 

「うるせー! 松下五段ぶつけんぞ!」

 

「ごめんなさい」

 

 そんなに嫌ですか。

 

「んー、嫌って訳じゃないんだけどねー。直接話したことないし。でもイメージが先行しすぎてる感じかなー」

 

「遊佐ちゃん情報?」

 

「そうそう、遊佐さん情報」

 

 関根ちゃんも遊佐ちゃんの言ってたガールズトークに参加してたらしい。この様子だと入江ちゃんどころかガルデモは四人とも参加してそうな勢い。あれ、やばい。この二人はともかく残りの二人のガールズトークって想像つかない。おかしいな。でもとりあえずゴメンよダブルギターウーマンズ。

 

「ちなみに入江ちゃんも松下五段は苦手?」

 

「私は別に……」

 

 苦笑いで濁す入江ちゃんに優しさを感じた。この子ええ子や。

 

「入江ちゃんマジ天使」

 

「天使じゃないよぅ」

 

「今のは松下五段の気持ちを代弁しただけです」

 

「やっぱりちょっと苦手かも」

 

 ゴメンよ五段。陥れるつもりはこれっぽっちもなかったんだ。できる限りフォローしとくからね、と思っていたけど話してるうちに脱線して忘れてました。いつものことだけども。

 

「また今度練習見に行くので、その時はよろしくです」

 

「お、待ってるよー! 一緒にひさ子先輩で遊ぼうね!」

 

「ひさ子先輩で遊んじゃダメだよぅ。でも、いつでも来てね」

 

 まってるよー、と入江ちゃんに言われてしまったのでこれはもう行くしかない。行って関根ちゃんと一緒にひさ子ちゃんで遊ぶしかない。もしくは岩沢さんでも可。今日練習見に行って良かったです。新しく友達が二人も増えました。

 

 そして食堂にて。

 

「二人とも肉うどんだ。ひさ子ちゃんたちも肉うどんだったしやっぱりガルデモの人って肉うどん好きだよね肉うどん肉うどん」

 

「女の子に向かって肉肉言うなー! このス・ウドゥンスキーめ!」

 

「私は食券が余ってたからだよぅ」

 

 大変賑やかな食事でした。

 

 



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10

 

 仲村さんに朝一で本部に来るように昨日中に言われたのでまだ夢の中にいたルームメイトの枕元にそっとファービーを設置してから寮を出る。時刻は午前6時。結構眠い。こんな朝早くから一体何の用だろうか? そんなことを考えながら歩いていると前方に見慣れた後姿を発見。声をかけました。

 

「岩沢さん見っけ」

 

「ん? ああ、アンタか。おはよう」

 

「おはよう、早いね」

 

「アンタだって」

 

「女の子に呼び出されてるんで。気になる? ねぇ気になる?」

 

「関根達と会ったんだってね、聞いたよ」

 

「話聞いてよ」

 

 聞いたよ、本人から。その話じゃないです。他に何の話が? 女の子に呼び出しされた。えっと、大山……? もういいです。

 

「むぅ、岩沢節が相変わらずのキレ。こうれはもう俺も対抗せざるを得ない」

 

「実はエレキギターはこっちに来てから触ったんだ。今でこそ大抵のことはできるけど、最初はひさ子に色々教えてもらったよ」

 

 すでに聞いてねぇ。

 

「アンタもひさ子に教われば? あたしでも良いけど」

 

「そうなんだ、すごいね!」

 

「すごいかどうかはやってみないと、かな」

 

「そうなんだ、すごいね!」

 

「……昨日ひさ子が肉うどん食べてた」

 

「そうなんだ、すごいね!」

 

「……その前は」

 

「そんなことより野球しようぜ!」

 

 拳で肩をドンってされた。ドンって。

 

「あまりあたしを怒らせない方がいい」

 

「正直、すまんかった」

 

 とても痛かったです。

 

 

 その後も適当に話しながら歩き、途中で別れた。なんでも岩沢さんは学習棟の屋上に用があるとかなんとか。インスピレーションがどうとか言ってたけどよくわかんないから適当に相槌打ってたらちゃんと聞けと怒られた。話を聞かない人に言われると説得力が違うね。もちろん、逆の意味で。

 

 そして、本部に到着。

 

「おはよう、ナツメくん。心なしか表情に疲労が窺えるのだけど?」

 

「ネクストナツメズヒント。話を聞かない」

 

「もしかして:岩沢」

 

「正解」

 

「把握。御苦労さま。甘いもの食べる?」

 

 仲村さんが優しくて涙が出そう。

 

「ところで今日はどんなご用事で?」

 

「ああ、そうだったわね」

 

 思い出したように手を止める仲村さん。すでにブレイクタイムの準備はバッチリです。さすがは元裕福な家庭のお嬢様。実は先日チラッとお話聞きました。

 

「ギルドに行くわよ」

 

「急だね。この間一人で行ってなかったっけ?」

 

「その時にアナタのことを話したら面白そうだから連れて来いって」

 

「誰が?」

 

「チャーが」

 

「チャーか」

 

「チャーよ」

 

「チャーね」

 

「チャーってもういいわよ。チャーって言いたいだけでしょ」

 

「そんなチャーなんて、別にチャーなんて言いたくないし。そもそもチャーって、チャーって」

 

「はいはい、出発は二時間後よ」

 

 随分ゆっくりなんですね。

 

「せっかく用意したのに勿体ないじゃない。それとも何? 私のお茶が飲めないとでも言うのかしら?」

 

「めっそうもない」

 

 てな訳で時間ギリギリまで二人でゆっくりとお茶してました。

 

 

「着いたわよ!」

 

「なんというショートカット」

 

 驚きを禁じ得ない。と言うのも仲村さんが言っている通り、あっという間に目的地であるギルドに着いてしまったからである。まぁ、ネタバレをすれば本来は無数の罠が設置され、単独ではたどり着くのが不可能とまで言われているらしいのだが、仲村さんにより来訪の旨を伝えてあるので罠は全解除済み。さらに、道のりを完璧に把握している仲村さんがいるおかげで目的地までの時間を大幅に短縮できたという裏があったりするのだが。

 

「さすがリーダー。俺たちにできないことを平然とやってのける。そこにシビれる。憧れる」

 

「あーっはっはっはっ。もっと褒めなさい! 称えなさい! 崇めなさい!」

 

「それはちょっと……」

 

「そうね。私もやりすぎたと反省しているわ」

 

 着いて早々そんなやり取りをしていると背後から楽しそうだなとのお声がかかりました。どちらさまでしょうか?

 

「チャー。約束通り連れて来たわよ」

 

「おう。わざわざ悪いなゆりっぺ」

 

 噂のチャー、くん? いや、チャーさん? とても高校生とは思えない風貌ですな。

 

「私は奥を見てくるから」

 

 そういって颯爽としたステップで去る仲村さん。置いて行かれたようです。言わずもがな、ステップに意味はない。

 

「お前がナツメか。ゆりから話しは聞いている。俺の名前はチャー。俺はここで武器の生産を――何か言いたそうな顔だな? 言ってみろ」

 

「老けてるね。歳いくつ? 本当に高校生?」

 

 思わず本音が口から漏れた。むしろダダ漏れだった。

 

「………っ」

 

「ん? 何か言った? 聞こえないお」

 

「がーっはっはっは! 話通りの神経してやがる! ちっとも物怖じしやがらねぇとは!」

 

 大口開けて笑われてしまった。

 

「バカにされているのだろうか。ぐぬぬ」

 

「ああ、悪い。そうじゃない。あまりにも反応が期待通りでな」

 

「どゆこと?」

 

「こっちの話だ。それより、お前に見てもらいたい物がある。着いて来てくれ」

 

 挨拶もそこそこにそう言って案内されたのは少し離れた場所にある小屋。割と大きいけど特にこれと言った特徴のない小屋。大きいのに小屋とはこれいかに。

 

「入ってくれ」

 

「こ、これは……!」

 

 入った瞬間に目についた物に驚愕した。まさか、この世界でこんな物が拝めるとは。

 

「ここまで作るのに苦労したぜ……」

 

 男、いや、漢の顔をしていらっしゃる。

 

「に、二段式のバンクに加え、次に構えるのはループコース……。バンク対策で速度を落とせばループが回れず、ループ対策で速度を上げればバンクで飛ぶ。連続で襲い来る難関にセッティングがシビアになることは必至だ。なんて、恐ろしいものを……!」

 

「やはりわかるか。チャー特製サーキットの恐ろしさを走らせもせずに初見で看破したのはお前が初めてだ。やはり俺の勘は正しかったようだな」

 

 そう言って何かを手渡される。

 

「これは、マグナム……!?」

 

「ああ、来たる同士のために用意しておいたとっておき、ビートマグナムだ」

 

「え、でも……」

 

 ふっ、とシニカルに笑ったチャーさんは腰のポーチからスッとそれを、アバンテと呼ばれるミニ四駆を取り出した。

 

「一緒に、かっ飛ぼうぜ」

 

「……うんっ!」

 

 そして、この日は日が暮れるまでチャーさんと一緒になって遊んで、一緒になって仲村さんにこっぴどく怒られた。今度は一人で来ようと思います。

 

 



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11

 

「――僕は神になる男だぞ?」

 

「アイタタタ」

 

「貴様っ、バカにするのも大概にしろ!」

 

 生徒指導室に大声が響きわたる。机を挟み、向かい合って座ってる直井副会長さんが立ち上がらんとばかりに声を張り上げたのだ。どうしてこんなことになったのだろうか。少々思い返してみる必要がありそうなので、頭を捻った。でも思い出せない。仕方ないのでもう一人の当事者、と言うか目の前の彼に聞いてみることにした。

 

「俺なんでここにいるんだっけ? 副会長さん」

 

「少しは話を聞こうとしろ! 愚民が僕の手を煩わせるな!」

 

「うん、萌え系のアニメはあんまり得意じゃないんだ。ごめんね」

 

「話を聞けッ!」

 

「そうだね、ボーカロイドもだね」

 

「貴様は人生の半分は損しているぞ!」

 

 死んでいるのに人生とはこれいかに。

 

「いいか? 萌え。すなわちコレはこの娯楽に欠ける世界において重要なファクターだ。そして」

 

「ミニ四駆たのしいれす」

 

 娯楽というか、遊ぶものはこの世界にも結構ある気がするのは俺だけなのだろうか。

 

「いいから聞け。ミニ四駆などと言う低俗なオモチャ如きの追随を許さない存在。それがボーカロイドだ」

 

「俺のビートマグナムがバカにされた。おこだよ。激おこプンプン丸だよ」

 

 チャーさんにも謝れこんちくしょう。

 

「聞けと言っている。ツインテール、ミニスカート、ニーソックス。萌えの三種の神器を体現している彼女はもはや――神だ」

 

 なんでちょっと恍惚とした表情してるのさこの人。ところで。

 

「あれ、副会長さんも神になるんだよね?」

 

「そうだ。僕は神になる。そして、神になった僕は彼女と添い遂げるっ!」

 

「シロー乙」

 

 ノリスが好きです。彼はイケメンだな。でもそれ萌えないでしょ。別に萌えだけが守備範囲ではない。さいですか。

 

「しかし、貴様。一体どこでその情報を手に入れた?」

 

「その情報? どの情報?」

 

「それは、アレだ。その、僕が、つまり……」

 

「ああ、萌え豚だってことね」

 

「僕が寛大で良かったな……」

 

 とかなんとか言いつつ、とても顔が引きつっておられます。寛大(笑)。

 

「この話は天使さんから聞きました」

 

「天使……? ああ、会長のことか。あのアニメオタクめ、何時の間に気がついたのやら」

 

「どの口が。結構わかりやすかったって言ってたけども」

 

「ふん、そんなことはあり得ないな。少なくとも年単位では気が付かれていないはずだ」

 

 どっからくるのその自信。

 

「とにかくだ。今後一切、そのことを口にすることを禁じる。いいな?」

 

「そのこと? どのこと?」

 

「いや、だから、つまりだ。その、僕がだな……」

 

「ああ、夜な夜な一人でアニメ見てはブヒィィィってしてることね」

 

「後学のためにも言っておいてやろう。言葉には気を付けろ」

 

 なんと言うMK5。要はマジでキレる5秒前。でもそんなの関係ねぇ!

 

「よう萌え豚」

 

「貴様……」

 

 青筋って初めて見た。

 

「ところで、副会長さん。質問があるのですががが」

 

「却下だ」

 

「副会長さんってもしかしなくても俺達と同じ死んだ人間だよね?」

 

「……な、何を言ってるのかわからないな」

 

「うん、手遅れだね」

 

「……僕はNPCだ」

 

「そうだね、NPCは自分のことをNPCって言わないね」

 

 誤魔化すの下手だね。誤魔化してなどいない。でも、神になるんでしょ? そうだ僕は神に。NPCはそんなこと言わないね。あ。とかなんとか。この人隠す気ないんじゃないんだろうか。と言うか本当にもれなくアホばかりな世界です。

 

「こうなったら……」

 

 徐に立ち上がった副会長さんはぐるりと机を迂回し、そのまま俺に近付いてきた。肩に手を置かれ、顔がすぐ近くに。超至近距離である。

 

「喜べ。貴様が記念すべき実験台第一号だ。これを人間相手に使うのは」

 

「や、あの、ホント勘弁して下さい。俺、ノーマルなんで女の人が。男の人はちょっと……」

 

「や ら な い――おい、止せ。これから神になる僕になんてことを言わせるんだ」

 

「ウホッ! いいノリ……」

 

 少し黙ってろ、頼むから。何するの? ちょっとした催眠術だ。使えるの? すごいね。神になる男だからな。アイタタタ。

 

「……まだ未完成な部分もあるが、どうとでもなるだろう」

 

「神(笑)だもんね!」

 

「……貴様はこれから成仏する。さぁ、幸せな夢を見るがいい」

 

「えっ……」

 

 副会長さんの目がその色を変える。まるで血のような、赤だ。

 

「目を閉じろ。そうすれば幸せな夢が待っている。死ぬこともできないこんな世界でも、貴様は夢を見る事ができるんだ。さぁ、目を閉じるんだ」

 

「…………」

 

 交差した視線を外すことができない。

 

「ゆっくりでいい。ゆっくりと、目を閉じるんだ」

 

「…………」

 

 吸い込まれるようなその眼差し。

 

「目を閉じるんだ」

 

「…………」

 

 怪しく光るその瞳はまるで。

 

「 目 を 閉 じ る ん だ 」

 

「それなんて写輪眼? ちゃんと開眼してないね」

 

 できそこないの血継限界でした。

 

「なぜ言うことを聞かない!? 僕は神になる男だぞ!?」

 

「ちょっと何言ってるかわかんないです」

 

 先程まで座っていた席に戻った副会長さんは俯いてしまい何やらブツブツ言っている。まだ改善の余地がどうとか、人間相手にはまだ出力不足だとかなんとか。ちょっと本当に何言ってるかわかんないです。

 

「もう帰ってもいい?」

 

 お腹空きました。素うどん食べたいれす。

 

「……これ書いたらな」

 

 そう言ってため息と一緒に差し出されたのは数枚の原稿用紙。まっさらなそれに何を書けと?

 

「反省文だ。貴様、よもや自分が何をしたのか忘れたのか?」

 

「忘れたけど何か質問ある?」

 

「もういいから。適当で良いから。早く書け」

 

 すごくお疲れのようです。どうしてだろうか。疑問である。

 

「あと、約束は守れよ」

 

「約束? なんだっけ?」

 

「あのことだ。ほら。アレだ、アレ……」

 

「ああ、萌え豚ブヒィィィのことね」

 

「頼むから早く書いて帰ってくれ」

 

 そんなこんなで適当に反省文書いて帰りました。内容とか超適当、ハイパー適当。だって何で書いてるかわかんないんだもの。しょうがないよね。で、帰り際に自分がNPCじゃないことと神になろうとしていることも秘密にしてくれとのことだったので、素うどんの食券を何枚かもらうことで了承しました。取引成立ぅ! ちなみに、結局なんで反省文書く様な事態になったのかはわからず仕舞いだった。まぁ、別にいいんだけども。

 

 



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12

 

 一人寂しく食堂で素うどんを食べる。勿論、ラー油は入れない。

 

「うまうま」

 

 今日の戦線の皆さんは何やらお忙しい様子だった。朝、ルームメイトの枕元にフラワーロックを3体程セットした後、本部へ行ってみるもそこはもぬけの殻だったし、校舎内ですれ違った数人の男子メンバーは話をする間もなく何やら慌ただしく外へ駆けて行ってしまった。何かオペレーションでもあるのだろうか? なんて思いもしたが特にこれといった指示は受けていないので動きようもない。というより動きたくない。これが本音。

 

「そして今に至る訳ですね、わかります。ずるずる」

 

 素うどんうめぇ。

 

「相席、失礼します」

 

「あれま。遊佐ちゃんだ」

 

「どうも、遊佐です」

 

 目の前にオムライスを持った遊佐ちゃんが座った。不思議と食堂ではあんまり見かけないからなんだか新鮮。

 

「そしてそしてー! 一家に一人は御用達! ユイにゃんさんじょー!」

 

「遊佐ちゃんだけ残して大人しく帰りなさい」

 

 実は珍しい組合せだけどユイにゃんめんどい。

 

「なーんーでー! 一緒に素うどんしましょうよー!」

 

 食事中の首ガックンガックンは本当にやめてほしい。あと素うどんはするものではなくすするものです。俺、今うまいこと行った。

 

「わかったから放して。そして座って。でないと素うどんにラー油投下の刑に処す」

 

「ぶっちゃけ大したことないですね!」

 

「うどんは鼻から食う以外不可」

 

「隣失礼します!」

 

 素直でよろしい。

 

「そして遊佐ちゃんがケチャップで絵を描いてる件」

 

「かわいいですね!」

 

 はげど。遊佐ちゃんきゃわわ。

 

「オムライスはこうするものだとゆりっぺさんに教わった遊佐です」

 

「何書いてるの?」

 

「冨嶽三十六景 凱風快晴」

 

「無茶しやがって……」

 

「無茶しやがりますね……」

 

 ユイにゃんと二人して綺麗な敬礼をした。座りながらで失礼。

 

 

 

 

「ところで遊佐ちゃん」

 

「何でしょうか? 遊佐です」

 

「もしかして今日は何かオペレーションとかやってたりする? なんか皆いないんだけども」

 

「先輩! ユイにゃんがここにいますよ! ここに! こーこーにっ!」

 

「THIS WAY」

 

 素うどんにラー油を投下しますた。

 

「で、どうなの遊佐ちゃん」

 

 涙目で微妙……と呟きながらうどんをすするユイにゃんを尻目に会話を続行。自業自得ってやつだわさ。でもお残しは許しません。

 

「本日は極めて緊急性の高いオペレーションが一件、先程まで行われていました。今はゆりっぺさんを含めた実動部隊の皆さんが事後処理に回っている頃かと」

 

「俺呼ばれてない」

 

「必要無いと判断されました」

 

 ちょ、デジャヴ。

 

「いえ、今回は緊急だったこともあり、陽動部隊をはじめ、大半のメンバーへの招集は行っていません」

 

「そうなんだ。遊佐ちゃんは?」

 

「私はオペレーターとして参加していました。しかしながら、すでに私のできる事は終わってしまったので休憩がてら食事を摂りに来たと言った次第です」

 

「なるほど、ナツメです」

 

「遊佐です」

 

「ユイにゃんです!」

 

 三人してちょっと満足。それぞれ料理に口をつける。うまうま。

 

「オペレーションの内容が気になるところなのですががが」

 

「ユイにゃんも気になります!」

 

「違う。そこは『わたし、気になります!』と言うのが正解」

 

「えるたそ乙。オペレーションの内容は生徒の救出、もしくは奪還です」

 

「――ジャスト一分だ。悪夢は、見れたかよ?」

 

「邪眼乙。けして奪還を生業にしている訳ではありません。遊佐です」

 

「が……離れて……死にたくなかったら早くユイにゃんから離れて!!」

 

「節子、それ邪眼やない、邪気眼や。遊佐です」

 

 そんなくだらないやり取りをちょいちょい挟みながら話を聞けば、なんでもこの世界に新しい人が来たらしいとかなんとか。しかし、どうやら天使さんの方が先に接触してしまったらしいのでどうにかしてこちらに引き込もうというオペレーションだったそうな。お疲れ様ですね。

 

「奪還は成功しています」

 

 だそうです。事後処理に新しく来た人への説得、この世界についての説明も含まれているそうなのでせっかくだし食事が終わり次第三人で本部へ向かってみる事に。もしかしたらその新しく来た人に会えるかもだしねー。しかし俺の時とのこの待遇の違いはなんなのだろうか。まぁ、別にいいけども。

 

「ぺろりんちょ。ごちそうさまでした」

 

 てな訳でつつがなくお食事も終わり、移動開始。

 

「どんな人なんですかね! ユイにゃん気になります!」

 

「なんかちょっとそのフレーズ気に入ってない? 同意だけども」

 

 ユイにゃんと二人して遊佐ちゃんに視線を送ってみた。わくわく。

 

「真面目そうな男子生徒、としか。実は遠目からしか確認していない遊佐です」

 

「おー、男子ですか! どうせアホなんでしょうね!」

 

「可能性は高いかと」

 

 この二人の女子の中では男子=アホの図式が確立しているらしかった。なんとも酷い話でとても反論したかったが、戦線メンバーの男子のことを思うと、とてもじゃないが反論できそうになかった。ごめんよ皆。まぁ、ぶっちゃけ男子も女子もアホばかりのアホ戦線な訳だけども。

 

 そうしてアホ達のアホ達によるアホ達のための不毛な話し合いが佳境に入ったとき、絶妙なタイミングで本部の方から衝撃音が聞こえた。なんだなんだと三人して野次馬根性丸出しで見に行くと、本部入口に設置されたトラップの発動の跡と床に転がるハルバートを確認した。

 

「野田くんか」

 

「野田さんですね」

 

「つまりアホですね!」

 

 ユイにゃん正解。

 

 ハルバートさんはさておき、とりあえず合言葉を唱えてから扉を開いて入室。中にいたのはいつも通りの位置に腰を落ち着けている我らがリーダー仲村さんと、その仲村さんの視界の端に映るくらの位置にいる日向くん。今日も青いね。そして仲村さんの正面に立つ見慣れない赤い髪の男子生徒の三人だった。それぞれ目が合い、最後に赤い髪の男子生徒が視界に入った時点でそれを留める。

 

「こんちは。ナツメです。アナタのお名前なーに?」

 

「え、音無、だけど……」

 

「ん? 小鳥遊?」

 

「ちっちゃくないよ!」

 

 いや、ユイにゃんちっこいよ。

 

「音無だ。お・と・な・し」

 

「かたなし?」

 

「ちっちゃくない遊佐です」

 

「ナツメです」

 

 新人さんセーイ。

 

「……音無です」

 

「ん、よろしくー」

 

 まぁ、何はともあれ、よろしくどーぞです。

 

 



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13

 

「劇をやります」

 

 は? と本部にいる全員の声が重なった。

 

「劇をやります」

 

 いつもの定位置に座り、どこぞの指令よろしく顔の前で手を組み合わせた仲村さんが同じ抑揚でもう一度告げた。

 

 珍しく戦線メンバーとして呼び出しを受けたかと思ったら、この有様である。隣を見れば珍しくマヌケな表情を浮かべたひさ子ちゃんがいた。指差して笑ってやった。蹴られた。

 

「題目はロミオとジェリエット。この場にいるメンバーは全員参加。練習は三十分後に開始。拒否権は無し。以上」

 

「……質問、いいか?」

 

 急すぎる超展開にいまだ困惑しつつもおずおずといった様子で手をあげたのは、めでたくも先日戦線に加入したばかりの音無くん。仲村さん曰く、そこそこの順応性らしい。期待の新人ですね、俺と違って。

 

「許可する」

 

「なんで、劇?」

 

「こまけぇこたぁいいんだよ!!」

 

 どこぞのAAとばかりに手を振った仲村さんに代わり説明をしたのは遊佐ちゃんだった。

 

「今回のオペレーション『プレイ・バイ・スリーエス』は、はっきり申し上げまして今後のオペレーションの成功率を上げるためのブラフにすぎません。普段は戦ったり演奏しかできない様なアホたちでも実はこんなこともできるという意外性や手札の多さを天使に見せつけ、今後の妨害活動に対する支障を誘うという狙いがあります」

 

「それがなんで劇なんだよ。他のでもよかったんじゃねーの?」

 

 日向くんが仲村さんに疑問をぶつける。まぁ、正論でござる。皆そう思ってるだろうし。

 

「こまけぇこたぁいいんだよ!!」

 

 説明する気が皆無のリーダー様である。遊佐ちゃん頼んだ。あなただけが頼りです。

 

「劇には複数の役割が存在します。監督、脚本家、役者、衣装や音響、照明。細かく分ければさらに増えるうえに、それぞれにはそれ相応の技量が必要となってきます。要するに基本的にアホでド低能な戦線メンバーがそれを見事にこなして意外性をアピールしようという魂胆です」

 

 なるほど……! すげぇ、さすがゆりっぺだぜ。とか呟きが聞こえてくる。めっちゃ貶されてますがそこはスルーですか。そうですか。

 

「はいはーい! 質問です! しつもーん!」

 

 ユイにゃんがビシッと手を真上に伸ばして発言許可を得ようとする。もう喋ってるけども。そして仲村さんは無視した。ひでぇ。

 

「許可します」

 

 遊佐ちゃんが救いの手を差し伸べた。よかったねユイにゃん。

 

「配役とかはどうするんですかー? ユイにゃんヒロイン希望!」

 

「残念ながら時間が惜しいため、配役を含めた役割はこちらですでに決めてあります。一度全員に台本を配りますので各自目を通しておいて下さい」

 

 ぶーたれるユイにゃんを無視しつつ、遊佐ちゃんに台本を配るお手伝いをお願いされたため適当に配り歩くことに。まずは近くにいたガルデモの四人。

 

「ほい」

 

「ん、サンキュ」

 

 さすが岩沢さん動じてない。話し聞いてなかった可能性も捨てきれないけども。

 

「そぉい」

 

「投げんなバカ。つーかなんかあたし達もボロクソに言われてた気がすんだけど」

 

 ひさ子ちゃんの気のせいです。基本的にそう言うことはすぐ言わないとダメなんですよね。これ鉄則。

 

「関根ちゃんパース!」

 

「ヘイヘイカモーン! なっつんカモーン!」

 

 関根ちゃんは元気。無駄に元気。

 

「はい、入江ちゃんの」

 

「ありがとー」

 

 入江ちゃんは癒し。異論は認めない。

 

 くるりと見回し、まだ台本貰ってない人達を発見。突撃します。

 

「大山くん台本いかがですか!」

 

「え、あ、い、いただきます!」

 

 人の声に釣られて声が大きくなる人っているよね。

 

「藤巻くん、通称ふーにゃんにもプレゼント」

 

「ンだよその呼び方。おい、ひさ子笑ってんじゃねぇ!」

 

 うわははははっ、ナイスだナツメ! 変だった? 変つーか似合わねー! だははははっ。ひさ子ちゃんがとても楽しそうです。

 

「高松くんにも、ほい」

 

「ありがとうございます」

 

 すんなり受け取って台本を読み始めた高松くんが何故かブレザーを脱ぎ始めたので何も見なかったことにしてそっとその場を離れた。きっと正しい判断。

 

「全員に行き渡った様ですね。集合時間は先程ゆりっぺさんが言った通りに。場所は体育館。各自、遅れないように行動して下さい。では解散」

 

 遊佐ちゃんの号令で皆がぞろぞろと本部を出て行く。仲村さんのいる意味が有ったのか激しく疑問なのですががが。

 

「こまけぇこたぁいいんだよ!!」

 

「ですよね」

 

 で、皆が出てった後、本部に残ったのは俺と仲村さんと遊佐ちゃんの三人。

 

「で、お二人に質問です。主に仲村さん」

 

「あら、何かしら。ナツメくん」

 

 ニコッとわざとらしい笑みを浮かべた仲村さんが答えた。

 

「本音は?」

 

「暇つぶしよ」

 

 即答しやがった。なんか清々しく思えてしまう不思議。

 

「あとはコレを付けたかっただけだったりもするわ」

 

「超監督て。それなんて涼宮さん?」

 

「あたしね、萌えってけっこう重要なことだと思うのよね」

 

「今のやり取りに萌えるポイントなんてあったっけ? とても疑問です」

 

 遊佐ちゃんが台本を持ち上げた。超監督はほっといてとりあえず見ろってことらしい。

 

「あれま、割とまともに役割振ってあるね。チャ―さんまでいるし」

 

 監督兼脚本兼演出:ゆり

 大道具兼小道具:チャ―、ギルド勢

 音響:岩沢、ひさ子

 照明:遊佐

 衣装:椎名

 

「私を何だと思っているのかしら」

 

「照明と衣装は一人で大丈夫なの?」

 

「話聞きなさいよ」

 

 遊佐ちゃんが無表情のままサムズアップ。大丈夫だそうです。

 

「念のために他の戦線メンバーにも有志で協力を仰ぐつもりよ」

 

「ん? あれ? 俺の名前がないお」

 

「あるわよ。ちゃんと見なさい」

 

 そう言って指差された場所には。

 

 ロミオ:ナツメ

 

「嘘だと言ってよバーニィ……」

 

「事実よ!」

 

「嫌でござる! 絶対に嫌でござる!」

 

「言ったはずよ。拒否権は無い、と」

 

「だが断る!」

 

「はっきりと言うのね。男らしくてステキよ。だが無意味だ」

 

「ファッ!?」

 

 勝てる気がしません。

 

「くやしいのう。くやしいのう。どうも、遊佐です」

 

 遊佐ちゃんうっさい。

 

 なんてやってたら、日向くんをはじめ、配役に対して物申したい人たちが雪崩のように押し掛けてきた。しかも、仲村さんの暇つぶしだということもバレてしまい、結局劇自体が中止になりましたとさ。

 

「ちなみにヒロイン、つまりジュリエットは大山君だったわ」

 

「ちょ、誰得」

 

 



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14

 

 先日は遊びに行ったにも関わらず、肝心のひさ子ちゃんに会えなかったのでもう一度ガルデモさん達の所に足を運ぶ。もともと練習を見に行くだけのはずだったのが、いつの間にか目的がひさ子ちゃんに会うことにすり替わってることに途中で気がついた。

 

「ということなんですが、どう思いますか椎名さん」

 

「浅はかなり」

 

「ですよね」

 

 道中何故か待ち伏せしていたかのように壁にもたれかかっていた椎名さんをパーティーに加え、一路ガルデモの練習スペースを目指す。

 

「はっ!? 今気が付いた! まさか、コレが恋ってヤツか!?」

 

「浅はかなり」

 

 ああん、椎名さん冷たひ。なんかこの戦線ってドライな人多い気がする。岩沢さんしかり、遊佐ちゃんしかり。

 

「しいなさんしいなさんしいなさん」

 

「む?」

 

「吾輩コロ助ナリって言ってみて」

 

「吾輩ころ助なり」

 

「案外ノリが良くて驚きです」

 

「?」

 

 あ、違うわ。普通に復唱してるだけだこの人。むしろ通じない人かもしれぬ。

 

「じゃあ、次は柔らかいナリ」

 

「やらわかいなり」

 

「ん?」

 

「む?」

 

 あるぇー? 気のせい?

 

「やわらかい」

 

「やらわかい」

 

 気のせいじゃなかった!

 

「とうもろこし」

 

「とうもころし」

 

 ……おお、面白い。ちょっと趣向を変えてみよう。

 

「すいぞくかん」

 

「すいぞっかん」

 

 ワロタ。

 

「ふんいき」

 

「ふいんき。何故か変換できない」

 

「!?」

 

 

 

 そんな感じで話しながら歩いてたら遊佐ちゃんとばったり遭遇。なんでも、仲村さんが椎名さんに用があるらしく連れてくる様に言われて探していたらしい。てな訳でその場で二人とは別れ一人でガルデモの元へ向かった。

 

「だと言うのに何このデジャヴ。また入江ちゃん一人しかいない」

 

「えーっと、なんかゴメン……」

 

 着いたのは良いものの、前回来た時と同じでひさ子ちゃんも岩沢さんも関根ちゃんもいない。いたのはドラムスティックを持ってはいるけど、どうにも手持ち無沙汰の様子で黒板に熊の落書きをしていた入江ちゃんだけ。

 

「お気になさらず。でもまた入れ違いですか。そうですか」

 

「ま、まだ来てないから大丈夫だよぅ」

 

 これから来るの? 来るよぅ。待ってていい? いいよぅ。

 

「ではお話でもして待ってましょう。そうしましょう」

 

「私同意してないよぅ」

 

「入江ちゃんが俺と話したくないって言う。傷ついた」

 

「そ、そんなこと言ってないよぅ」

 

「傷ついた。あー、傷ついたなー」

 

「あ、そんなつもりは……えと、あぅ……」

 

 あうあう言ってる入江ちゃんがとても可愛かったです。でも罪悪感が半端じゃなかったので適当なところでゴメンねしておいた。

 

 

 

「……何してんのお前ら」

 

「あれま、ひさ子ちゃん何時の間に。こんちは」

 

 あれから入江ちゃんと適当に話してたけど、どちらからともなく徐に手がチョークに伸びたため、黒板に落書きを開始していた。しかし、夢中になりすぎた様でひさ子ちゃん達が教室に入ってきていたのに気がつかなかった。

 

「岩沢さんも、やっほー」

 

「ん」

 

 軽く手をあげたら向こうもあげてくれた。

 

「関根はまだ来てないんだな」

 

 岩沢さんの言葉である。どこか確認するようなニュアンスが含まれていた様なので入江ちゃんに対応を任せてひさ子ちゃんとお喋り。

 

「ようFカうっ」

 

 良いボディブローです。きっと世界狙える。

 

「二人で落書きして遊んでたのか? お前結構絵上手かったんだな」

 

「何事も無かったかのように会話をするひさ子ちゃんに脱帽。でも褒めてくれたから許す」

 

 で、ここで何してんの? 見学に来ました。ああ、そんな話したな。

 

「見学してっていい?」

 

「いいよ。岩沢ー。ナツメが見学してくってさー」

 

 わかった、と短いお返事が。

 

「つっても、関根が来ねーと始まらねーけどなー」

 

 言いながら背負ったギターケースを机の上に置き、黒板の方へ向かう。着いて行く。

 

「よくもまぁこんなに書いたもんだな。お、これあたしらか」

 

 黒板に所狭しと書かれた落書き。半分くらいは入江ちゃんが書きました。

 

「それ書いたの入江ちゃん。てか女の子の絵は大抵入江ちゃん」

 

「へぇ、ギターまで書いてあるし。お前は男共を書いたのか?」

 

「そだね。でも色々書いてたら結局戦線の主要メンバーが勢揃いしてた件」

 

「これ誰?」

 

「竹山くん。この間この世界におけるガリガリ君の当たる確率を調べるために手伝ってもらった。もちろん食べる方の手伝い」

 

「どうだった?」

 

「五本食べた時点でお腹壊してました。貧弱! 貧弱ゥ!」

 

「竹山はどうでもいいよ。確立の方だよ確立」

 

 竹山くんに合掌。今度ガリガリ君を差し入れに行こうと思います。

 

「ひさ子ちゃん常に確変状態じゃん」

 

 藤巻くん曰く、強運を超えた豪運。

 

「豪……運……。豪……剛? はッ!? つまりアレか! ひさ子ちゃんは剛の者! あれ、ぴったりじゃね?」

 

 ボコボコにされました。

 

 

「しおりん遅いなー」

 

 そんでもって岩沢さんと入江ちゃんもこっちに来て四人でお話。話題は黒板の絵から今日はまだ見ぬ関根ちゃんのことにシフト。

 

「どっかで寄り道でもしてんだろー?」

 

 ひさ子ちゃんはちょっと投げやり。

 

「そのうち来るだろ。それよりひさ子。ここなんだけどさ……」

 

 岩沢さんはいつもと変わらずマイペース。そして、ふと思う。

 

「しまった。お菓子とか持ってくればよかった」

 

「れ、練習見に来たんだよね?」

 

 練習してないじゃん。しおりんが来ないからだよぅ。

 

 なんてことを暫く話してたらガラッと教室のドアが開いた。関根ちゃんでした。

 

「やっと来やがった」

 

「よし、始めるか」

 

 岩沢さんとひさ子ちゃんがギターを持つ。実はチューニングはすでに終わってたりします。

 

「遅かったねー」

 

 ドラムスティックを持った入江ちゃんがトテトテと関根ちゃんに近付く。しかし、関根ちゃんの反応はなかった。さすがにおかしいと思ったのか、岩沢さんとひさ子ちゃんも視線を関根ちゃんに。だが関根ちゃんは俯いてしまった。

 

 全員で顔を見合う。首を傾げた。

 

「……くも……で……」

 

 聞こえた声に反応すればその華奢な肩をわなわなと震わせる関根ちゃんが。

 

「あん?」

 

 ひさ子ちゃん、女子としてその聞き返し方はどうなんだろうか。

 

 関根ちゃんが顔をあげた。顔をキッと、こう、キッとした。なんていうか、キッと。そして。

 

「よくもあたし抜きで楽しそうなことを! あたしもまぜろー!」

 

 関根ちゃんがこの調子なので、結局この日は練習にならず一日中お喋りしてました。またそのうち遊びに来ようかと思います。

 

 



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15

 

 グラウンドにて。

 

「来い音無!」

 

「行くぞ日向!」

 

 やる気なバッター日向くんに対するピッチャーは同じくやる気な音無くん。元気な赤青コンビ。

 

「…………」

 

 高松くん。ボディビルダー顔負けのポージング決めてないで服を着よう。ポジションはファースト。グローブと上裸のコンビネーションは結構シュール。

 

「……ふん」

 

 セカンド。野田くん。百歩譲ってグローブはしてなくてもいいからハルバート離せ。たまには離せ。

 

「バッチこーいってか」

 

 やる気あるんだかないんだかよくわからないのはふーにゃんこと藤巻くん。サード。片時も離さない長ドスは一種のトレードマークらしい。けして野田くんとの差別化とかじゃない。多分。ところで両手ふさがってるね。

 

 ショートはTK。一旦もちつけ。あと英語わかんない。

 

「今日も良い日だ。肉うどんがうまい」

 

 ここは食堂じゃないのにそんなことは関係ねぇ! とばかりに肉うどんをすする松下五段。ポジションはセンター。

 

「飛んで来ませんように。飛んで来ませんように……」

 

 必死になって何かに願っているのは大山くん。とりあえず目は開けた方がいいと思う。ポジションはレフト。

 

「だるい。まじダルビッシュ」

 

 んで、俺ライト。運動苦手れす。

 

 それから、キャッチャー及び審判はその辺歩いてたNPCの男子生徒を起用。案外乗り気でした。

 

「しまってこー!」

 

 音無くんの掛け声にバラバラながらもそれぞれが返事。今いちしまってないけど、審判のNPCが開戦を告げる。ん? NPCの審判か? まぁ、どっちでも同じだね。とりあえずプレイボール。

 

「皆で野球でござるの巻」

 

 お送りしますのは死んだ世界戦線男子メンバー+αでござる。帰りたーい。

 

「が、しかしだがしかし。どうしてこうなった」

 

 遡ること三十分程。いつもの如く暇を持て余し、ニートよろしく自宅警備ならぬ本部警備に精を出そうとしていたらいきなり日向くん、松下五段、TKに拉致されて、気が付いたらグローブを持たされてここに立たされていた。うん、つまりどういうことだってばよ。

 

「ナツメー。ぼさっとしてんなよー」

 

 ピッチャーマウンドの音無くんから声が飛んできた。手をあげて大きな声で発言。ターイム。審判に認められたので小走りで音無くんの元へ。

 

「いきなりどうした?」

 

「帰りたい」

 

「お前な……。これは常日頃から外に出ないで女子と喋ってばっかのお前のための企画らしいぞ?」

 

「本音は?」

 

「……昨日、日向がパワプロでゆりに惨敗した。それはもう目も当てられない程に」

 

「憂さ晴らしですか」

 

「そうとも言う。あとは、たまには男子だけで遊ぶのも良いんじゃないかって」

 

「ん、なるほど」

 

「おまえはああでも言わないと来なそうだしな」

 

「そんなこと……あるかも」

 

「まぁ、今日ぐらいはアイツに付き合ってやってくれ」

 

 バッターボックスを見れば、なげぇだの早くしろだのギャアギャア騒いでいる日向くんが。慰めてみましょうそうしましょう。

 

「ねぇねぇ女の子にパワプロで惨敗したみたいだけど、今どんな気持ち? ねぇどんな気持ち?」

 

「うるせーよ! 傷抉んな!」

 

 あれま、怒られちった。でも挫けない。

 

「まさかとは思うけど、アレンジチームとか使ってないよね?」

 

「つつつつつ使う訳ねねねーだろ。何言ってんだよバカだなー!」

 

 使ったみたいでした。仲村さんの使ったチームも気になる所だけど、あの人はどのチームを使っても強そうだ。

 

「ドンマイ! 日向くんマジでドンマイ!」

 

「うるせーっつってんだろ!?」

 

 投球して無いのに乱闘騒ぎ手前でした。早々に守備位置に戻りましょうそうしましょう。

 

 で、気を取り直して、音無くんがボールを投げる。気のせいか日向くんと目が合った。こっちに打つ気かもしれない。打った。セカンド強襲。欠伸をしていた野田くんの鳩尾を強襲。野田くんノックアウト。退場です。審判が無情に告げた。

 

 高松くんが野田くんをベンチに寝かせたら、再びプレイボール。セカンドには大山くんを置き、外野は右中間に俺、左中間に松下五段の外野二人体制。守備範囲広がってもーたがなー。

 

 そして三度目のプレイボール。

 

「だっしゃあぁぁぁぁっ!」

 

 音無くんから放たれたボールを真芯で捉えた日向くんの雄叫び! 打ち返されたボールはセカンドの顎を強襲! 大山くんノックアウト。退場です。審判が無情にも告げる。

 

 再びセカンドを失った守備陣営はサード、ショートを向かってやや右寄りに。ファーストを左寄りに配置することでどうにか誤魔化すことに成功。よし、プレイボール。

 

「WRYYYYYYYY!」

 

 どこのDIO様なのだろうか。三球目のやや低めのボールを綺麗にはじき返した日向くん。ボールは高松くんの下腹部を強襲。さすがの筋肉ダルマもそこは鍛えられなかったらしい。高松くんノックアウト。退場です。無情な審判が告げた。

 

「ってやってられるかぁぁっ! なんだこのデスゲーム!」

 

 藤巻くんがキレた。

 

「デースボールってか? ハハッ、面白いこというじゃねーか」

 

 爽やかに返した日向くん。やかましい。

 

「言ってる場合じゃねぇだろ! 打つ度に人数減ってるじゃねぇか!」

 

「たまたまだって。大げさなんだよ」

 

 何故かとっても良い笑顔でした。

 

 んで、また守備位置いじる。さっきから右寄りのポジションが危ねぇのにそんなとこ守れるか! 俺は自分のポジションを譲らねぇ! と藤巻くんは頑ななのでショートよりに。それに対し男を見せたTKをセカンドよりに配置する。俺と松下五段は変わらずです。プレイボール。

 

 もはや物言わぬピッチングマシーンと化している音無くんが投げる。素人目にもわかる程の絶好球だ。ホームランもあり得るかなーなんて思った。

 

「死ねぇぇぇぇっ!」

 

 もはや何も言うまい。スポーツマンシップなどクソ食らえとばかりに日向くんが打ったボールが強襲したのは藤巻くん。まぁ、なんかフラグっぽかったしね。藤巻くんノックアウト。ゲームセット。審判が短くコールした。

 

 でもって、大分人数も減っていたので審判の指示に従い野球はやめて皆でいつも通りのお喋りモードへ突入。ちなみに退場者たちは放置しようと言うのが総意。別に酷くなんてないよね。寝てるのが悪い。

 

「で、日向くんのストレスは解消されたの?」

 

「おう。気分爽快だぜ!」

 

 なんて会話があったりなかったり。

 

 



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16

 

「裏メニュー?」

 

 本部での作戦会議と言う名の単なるティータイム中に投げ入れられた一つの単語を音無くんが目ざとく拾った。

 

「ええ、あるらしいわよ」

 

 投げた張本人である仲村さんが紅茶の入ったカップをソーサーに置きながら答えた。らしいと言うことはまだ確認が取れていないのだろうか。遊佐ちゃんに視線だけで聞いてみる。ぶいサインが返ってきた。遊佐ちゃんきゃわわ。

 

「俺も噂だけは聞いたことあんなー」

 

 お茶請けのクッキーを手で弄びながら日向くんが続く。曰く、この天上学園の食堂には裏メニューなるものが存在しているらしい。どうにも信憑性に欠けるが、このNPCだらけの世界で火の無いところに煙は立たないだろうとかなんとか。なるほどなるほど。

 

「特に重要な案件じゃないから、調査してないのよねー」

 

 まぁ、確かに。仲村さんの発言に思わず頷く。しかし、ここで遊佐ちゃんがポツリと。

 

「その件に関しましては松下五段を筆頭に男子メンバー数人が独断で調査を進めている様です」

 

「へぇ、知らなかったわ。ギルティ」

 

 ひでぇ。

 

「それくらい別に良いじゃねーかよ」

 

「わかってないわね、日向くん。言わば私たちは組織なのよ? 個人プレイは控えてもらわないと」

 

 もっともらしいことを言ってる。でも。

 

「本音は?」

 

「気分よ」

 

「ですよね」

 

 ええ、わかってました。

 

 

 

 で、食堂にやってきました。音無くんと日向くんの三人で。

 

「本当に調べるのか?」

 

 あまり乗り気でない音無くん。

 

「リーダーの命令とあっちゃなぁ」

 

 やるしかねーだろとぼやく日向くん。

 

「まぁ、情報は松下五段たちからもらってるし、なんとかなる、のかな? なるといいね」

 

 正確に言うと、情報はもらったのではなく仲村さんが松下五段たちから取り上げた。奪ったとも言う。それを押し付けられ、調査引き継ぎのサイン。しかし、泣く泣く調査結果をこちらに引き渡した松下五段たちからは非難の視線どころか、後は頼んだ、がんばれ。とちょっとした激励をもらってしまった。結構行き詰まっていたらしい。

 

「情報っつってもだな……」

 

 日向くんが託されたメモ用紙を見る。そこにはいくつかの検証結果が書かれていた。

 

 ・まかないではない

 ・大盛りの類ではない(検証済み)

 ・NPCは裏メニューを知らない

 

「本当にあるのかも疑わしいぜ……」

 

 どうしたものか。三人で頭を捻る。

 

「とりあえず、何か頼んでみないか?」

 

 音無くんの提案。そうだな、と乗ったのが日向くんで、お腹空いてないお、と断ったのが俺。だって、さっきクッキー食べたし。小食なのです。

 

「ナツメ。これは任務だ。オペレーションだ。俺たちに拒否権は存在しない。お前も食うんだ」

 

「うん、あっち座ってるね」

 

 うだうだ言ってる日向くんを無視して適当に席を取る。と言っても今は授業中だから席はガラガラなんだけど。そして、ややあって二人が手にトレーを持ってやってきた。

 

「何頼んだの?」

 

「俺はカレーライス。日向はラーメンと素うどん」

 

「よく食べるね、日向くん」

 

「残念だったなナツメ。コレはお前のだ。ああ、礼ならいい。食券もいらない。お前はただ食うだけで良いんだ。さぁ、お前も食え」

 

「マジか」

 

 目の前に置かれた素うどん。仕方なしに箸を持つ。

 

「それと、念のためにカウンターにいたおばちゃんにも聞いてみたけど、裏メニューなんて無いってさ」

 

 席に着いた日向くんがぼやく。

 

「NPCは知らないんだっけ。おばちゃんも含まれてたのかも」

 

「ああ、多分な。きっと教師たちも知らない。となると噂の出所、大分限られてくるよなー」

 

「死んだ人間。戦線メンバーって線が有力?」

 

「だよなー」

 

 言ってはみたものの、とてもそうは思えなかった。他の二人も同じようで、納得のいっていない表情を浮かべている。同じ戦線に所属する仲間がこんなことを隠す理由がない。それにしてもお腹キツイ。

 

「音無くんにあげる。カレーうどんにでもしちゃいなよ」

 

「食いかけじゃないか。いらない」

 

 食いかけじゃなかったら良いのだろうか。

 

「ん? カレーうどん……?」

 

 日向くんの何かに引っかかったらしい。音無くんと二人で料理を差し出した。

 

「いらねーよ! あと、お前ら持ってる食券全部出せ」

 

「カツアゲはんたーい」

 

「良いから出せ」

 

 怒られたのでしぶしぶ並べる。

 

「見事に素うどんしかねーのな……」

 

「岩沢さんとかひさ子ちゃんが交換してくれるものでつい」

 

「ついじゃねーだろ。音無は?」

 

「俺はコレだけだ」

 

 カレーライス、ラーメン、オムライスとか結構バリエーションに富んでます。

 

「カレーうどんは、ないよな」

 

 そっと二人で料理を差し出す。

 

「だからいらねーって! 食いたい訳じゃありませんから!」

 

 じゃあなんなのさ。

 

「思い出したんだ。前にカレーうどん食ってたヤツを見たことがある。でも、カレーうどんの食券は今まで一度も見たことがない」

 

 それはおかしい。と言うことで三人で券売機を確認しに行くことに。料理は頑張って完食しました。お腹苦しいです。

 

「俺、券売機使ったこと無い」

 

「俺も無いな」

 

 券売機ビギナーな俺と音無くん。すぐに食券もらえたしねー。

 

「俺も暫く使ってねーよ。消えるかもしんねーしなー。うん、やっぱりカレーうどんはないな」

 

 券売機に目を向けながら日向くんが答える。券売機での食券の購入は正規の手順がどうとかで消える可能性があるらしい。忘れてた。

 

「ここ、見てみろよ」

 

 日向くんの言葉に俺と音無くんがなんだなんだと券売機を覗きこむ。そこには。

 

「カレーライスと、カレー(単品)……?」

 

 何のために? と思ってたら日向くんがカレー(単品)を購入。音無くんがお前、消えるのか……? と呟いた。

 

「一回くらいなら大丈夫だろ。それよりナツメ。これと素うどんの食券を一緒に持って行ってみてくれ」

 

「ヤダ」

 

 食券を渡して行ってもらいました。

 

 

 

 

「思った通りだぜ」

 

 そう言う日向くんはトレーに乗ったカレーうどんをテーブルに置いた。

 

「どういうことだ?」

 

「組み合わせだ」

 

 む?

 

「特定の食券を組み合わせることでこうした料理が出てくるってことだよ。多分組み合わせは他にもあるぜ」

 

 なるほど。

 

「これが裏メニューってこと?」

 

「多分なー。なんか拍子抜けだな」

 

 でもこれは要検証になるのかな。食券が自由に手に入らない戦線メンバーには長い道のりになりそうだった。

 

 



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17

 

 あらすじぃ!

 

 食堂の裏メニューの調査に乗り出した俺たちは苦悩の末に裏メニューと思われるものを発見した! しかしそれだけでは終わらないのがこの世界である! あらすじ終わりぃ!

 

 

 

「アナタたち、随分と早いのね。授業はちゃんと出ないとダメよ」

 

 日向くんがカレーうどんを持って席に着いた直後、まさかの天使さん降臨です。気が付いたら放課後でした。ちょっと早いけど、夕飯時だね。

 

「そ、そんなことないんじゃないか? むしろ丁度良いくらいだよ。なぁ?」

 

「ソウデスネ―」

 

 音無くんに同意を求められたら頷くしかない。だから音無くんから向けられているジトっとした視線なんてなんのそのなんだぜ。

 

「授業の方もそれくらい積極的に出てくれると助かるのだけど」

 

「あー、まぁ、考えとくわ」

 

 僅かに呆れたような視線と言葉におざなりな返事を日向くんがして、会話は終了。それ以上は何も言わずに立ち去る天使さんの背中はちょっとだけ寂しそうでした。

 

「――なぁ!」

 

 音無くんが声をあげて天使さんを呼び止めた。

 

「お前もこれから飯食うんだよな? せっかくだし、一緒にどうだ?」

 

「音無っ!」

 

 日向くんが肩を掴んだ。俺もびっくりです。

 

「ありがとう。でも、遠慮しておくわ」

 

 少しだけ振り返って返事した天使さんはまた踵を返して行ってしまった。

 

「音無、お前……」

 

「あー、深い意味はないさ。俺はただ、アイツが……」

 

「いや、いい。何も言うな」

 

 そう言って日向くんは音無くんへカレーうどんを差し出した。

 

「……なんだよコレ」

 

「え、これから天使と一緒に飯食うつもりだったんだろ? いや、頼んだまではよかったんだけどさすがに腹一杯でさー。残す訳にもいかねーし、困ってたんだわ。助かるぜ!」

 

「冗談、だよな……?」

 

 とても良い笑顔の日向くんでした。

 

「ナツメ。助けてくれ」

 

「うん、いきなりご飯誘うのはどうなんだろうね」

 

「いや、何の話……」

 

「そうだね。まずはちょこちょこ顔見せて好感度上げないとだね」

 

 あと、頑張って食べてくだしあ。

 

 

 結局、カレーうどんは音無くんと日向くんの二人で分けて完食。俺は先に報告してくると言ってその場を後に。逃げた訳じゃないお。残してきた二人にはあとで何か言われそうだけども。で、なんか微妙な報告になりそうだなーなんて考えながら帰路に着くと偶然にもまた天使さんに出会いました。

 

「お、こんちは。天使さん」

 

「こんにちは、ナツメ。でも天使じゃないわ」

 

 なんかこのやり取りも懐かしい。

 

「さっきは申し訳ないことをしたわ。あの赤い髪の……誰だったかしら?」

 

「ん、日向くんだよ。青い方が音無くん」

 

 あ、逆だった。まぁ、いいや。

 

「そう。あとで改めて謝罪しておくわ」

 

 気にしすぎかと。それにしても、天使さんって絶対悪い人じゃないと思うのは俺だけなのでしょうか。あとで音無くん辺りに話してみようかな。

 

「それにしてもまだ食べる人がいたのね、カレーうどん」

 

 お?

 

「知ってたの?」

 

「ええ。前は券売機にもちゃんとあったわ」

 

 なんですと?

 

「私が廃止したの。染みが落ちないって苦情があまりにも多かったから」

 

「なんて所帯じみた苦情」

 

 死ねない世界でもカレーの染みは対処できないらしい。カレー最強説が浮上した瞬間である。

 

「でも、アナタたちもちゃんと説明書きは読んでくれているのね。嬉しいわ」

 

「説明書き?」

 

「券売機の近くに貼ってあるわ。カレーうどんは読まないと頼めないはずなのだけど。読んでいないの?」

 

「アレは裏メニュー調査してたら偶然見つけますた」

 

「裏メニュー? むしろカレーうどんは正規のメニューの一つよ。いえ、正確には正規メニュー落ちかしらね。オサレに言えばプリバロン・メニューよ」

 

「なぜオサレに言ったのか小一時間程問い詰めたい」

 

 オサレは嫌い? なんだかんだ好きです。よかった、私も好きよ。

 

「各種メニューの組み合わせは券売機の近くに貼ってある紙を見てもらえればわかるはずだから、機会があれば見ておくのがいいと思う」

 

「マジか」

 

 気が付かなかった。

 

「残念だけど、この学園に裏メニューはないわ」

 

「マジかー」

 

 これはどう報告するべきなのだろうか。

 

「ん?」

 

 いつの間にか天使さんがなんか考え込むようにしてブツブツ言ってる。なんでしょうか。耳を傾けてみると、定義がどうとか何とか聞こえます。何のことだろうね。

 

「ナツメ」

 

「ここにおります」

 

 何のご用でしょうか天使さん。天使じゃないわ。ですよね。

 

「前言を撤回するわ。裏メニューはある、かも」

 

「マジすか」

 

「ええ、恐らく、なのだけど」

 

「してそのメニューとは?」

 

「 麻 婆 豆 腐 よ 」

 

「じゃあ、お疲れー」

 

 こんなに聞いて損したと思ったのは初めてかもしれない。恐るべし麻婆天使。

 

「待ちなさい。アナタは知らないの。麻婆豆腐の真の力を」

 

「知りたくない。ハイパー知りたくない」

 

「いい? この学園の麻婆豆腐は」

 

 聞いてないし。

 

「――ワイルドなの」

 

「もういいってー。個人の主観じゃんそれー。ワイルドでもマイルドでもどっちでもいいってー」

 

「そういう意味じゃないわ。確かに味もワイルドだけど。そうね、ワイルドカードと言えばいいかしら?」

 

「ワイルドカード? トランプとかの?」

 

「概ねその理解で構わないわ。ただ言える事は、組み合わせが自由と言うことよ」

 

 組み合わせが自由? つまり。

 

「どの食券とも、併用できる……だと……?」

 

「ご飯(小・中・大盛り)以外なら、可能よ……!」

 

 なんて恐ろしいカードなんだ……!

 

「麻婆丼はすでにメニューにあるから除外するとしても、麻婆チャーハン、麻婆オムライス。麻婆ラーメンに麻婆うどん、麻婆そばや麻婆スパに加え」

 

 俺の中で麻婆がゲシュタルト崩壊。考えただけですでに無理です。

 

「サラダだろうとデザートだろうと関係なく組み合わせる事が可能なの」

 

「もはや悪ふざけの領域ですね」

 

 食べ物で遊んじゃいけません。

 

「他の生徒も皆知っているけど、麻婆豆腐自体があまり注文されないから、見ることはまずないわ。どうかしら? これはある意味裏メニューだと思うのだけど」

 

 なるほど。だからNPCは裏メニューなんて知らないと言う訳だ。正規落ち、つまりプリバロン・メニューな訳だし。でも。

 

「裏メニューというか、表に出しちゃいけないメニューです」

 

 これにて、裏メニュー調査終わり。本当にどう報告しようかなコレ。

 

 



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18

 

「ちょっと心許ないわねー」

 

「ん? ああ、そう言えばね」

 

 食堂にて。仲村さんとの食事中の会話。

 

「そろそろやりましょうか」

 

「そうだねー。やっといた方がいいかもね。うまうま」

 

 素うどん最強です。カレー最強説? 知りません素うどんが無敵です。

 

「ナツメくん、あの子たちに連絡をお願いできる? 手筈はいつも通りだから」

 

「どの子たち?」

 

「あの子たちよ。他に誰がいるの?」

 

「ああ、あの子たちか。りょーかいですお」

 

「本当にわかってるのかしら……」

 

 なんというジト目。不本意である。

 

「仲村さんが俺をバカにする。これは訴えざるを得ない」

 

「きみはじつにばかだな」

 

 ユリえもーん。

 

「ちなみに誰に連絡するつもりだったのか言ってみなさい」

 

「遊佐ちゃん」

 

 ため息吐かれた。

 

「せめて二人以上は名前をあげてほしかったわ」

 

「と、ユイにゃん」

 

「遊佐さんはともかく、その子はダメね。20点」

 

 一体何の点数だろうか。

 

「ナツメくんはガルデモの四人に連絡しておいて」

 

「ああ、逆にね。そっちだったか」

 

「逆もクソも無いわよ。一体何をやるつもりだったのかしら」

 

「こまけぇこたぁいいんだよ!!」

 

「黙りなさい」

 

「おこなの? 仲村さんおこごめんなさい」

 

 テーブルの上にベレッタさんが置かれたらそりゃ謝るさ。ゴトッて。重量感ありすぎです。一般ぴーぽーな俺が見たらガクブルもいいとこです。

 

「やるわよ、オペレーション・トルネード。決行は三日後」

 

「ああ、逆にね」

 

「それ、流行らせたいの?」

 

「うん、逆にね」

 

「あ、めんどくさい。すごくめんどくさいわナツメくん」

 

「なあに、かえって免疫力がつく」

 

「そこは『え、逆に?』とかでしょう。ちゃんと統一しなさいよ」

 

「ちょっと何言ってるかごめんなさい」

 

 だからベレッタさんしまって下さい。お願いします。

 

「アナタと話してるとどうしていつも脱線するのかしら」

 

「――敷かれたレールの上を歩いていて楽しいのかい?」

 

「うるさいわよ。ドヤ顔すんな」

 

 どやぁ。臨戦態勢。本当にごめんなさい。

 

「さて、それじゃあ、ミッション・スタート!」

 

「ちょ、それどっちかって言うと俺のセリフ」

 

「こまけぇこたぁいいんだよ!!」

 

「ですよね」

 

 

 

 てな訳でガルデモさんの元へレッツラドン。到着。

 

「オペレーション警報発令! 総員直ちに準備せよ! 繰り返」

 

「うるさい」

 

 ヴォルヴィック岩沢がヴォルヴィック投げてきた。鼻に当たってとても痛いヴィック。

 

「あたしらんとこ来たってことはトルネードか。タイミング的にはそろそろだと思ってたよ。決行はいつ?」

 

 ヴォルヴィックな岩沢さんと違いやる気なのがひさ子ちゃん。女の子なのにニヒルな笑顔が似合うとか俺より男らしいよね。本人に言ったら蹴られるかグーパン飛んでくるかで恐いから言わないけども。誰だって痛いのは嫌です。

 

「三日後とだけ。追って連絡はあると思うのでよろしくです」

 

「まっかせとけー!」

 

 ベーシストな関根ちゃんは今日も元気です。そんな彼女はきっとガルデモのムードメーカーさん。

 

「入江ちゃんもよろしくです」

 

「が、頑張る」

 

 すでに何回かライブは経験済みなのにいまだ緊張しまくりの入江ちゃん。でもステージ立っちゃえばなんてことはないとは関根ちゃん談。本番に強いタイプなのかもね。

 

「よし、再開するよ」

 

 ヴォルヴィックさん、もとい岩沢さんはいつも通り。何事にも動じないお人です。さすが陽動部隊のリーダー。忘れられているような肩書だけども、この人も実は戦線では結構偉い立場だったりする。まぁ、あんまり立場とか気にするような組織じゃないけども。

 

「ヴォル沢さんヴォルさ」

 

 またヴォルヴィックが顔に! 投げすぎぃ!

 

「コレは飲むものであって、けして投げるものでは」

 

「え? 何? 聞こえない」

 

「すいませんでした」

 

「ん。見学なら邪魔にならないところで。いいよね?」

 

 最後のはメンバーへの確認だろう。関根ちゃんが渋い顔して私は一向に構わんとか言ってるし。烈海王乙。

 

 で、俺が邪魔にならない位置に移動したら演奏開始。

 

 今思うと四人そろってやる演奏聞いたのほとんど初めてだったりして。おお、岩沢さん歌もギターもうめぇ。あ、関根ちゃんは元気そう。ひさ子ちゃんの指先がなんかもうもはや分離して別の生き物になっててすげぇけどこえぇ。うん、関根ちゃんは元気だ。おー、入江ちゃんは普段の様子からは想像できない程の激しいストローク。それにとっても楽しそう。あと、関根ちゃんは元気。

 

「ちょ、異議ありー! あたしの華麗なベースさばきも見てよー!」

 

「ハハッワロス」

 

 追い出されました。

 

 

 

 で、行くとこないから本部へ足を運ぶ。仲村さんがいつもの席にいつものように座ってました。暇なのだろか。

 

「連絡はちゃんとしてくれた?」

 

「三日後にオペレーションやるよーとだけ」

 

「そう。ありがと」

 

「コーヒー淹れる?」

 

「んー、紅茶がいいわ」

 

「ただし茶葉は尻から出る」

 

「出してみなさいよ」

 

「えっ」

 

「出してみなさいって。ほら、どうしたの。早く出しなさいよ」

 

「さすがの俺もそれは引くわ」

 

「なんで私が悪いみたいになってるのよ」

 

「とかなんとか言ってる間に」

 

「ん、ありがと」

 

 お茶請けは冷蔵庫にあったミニシューです。

 

「腕を上げたわね」

 

「仲村さんのおかげです」

 

「ナツメくんはわたしが育てた」

 

「ぬかしおる」

 

 ハッハッハッ。お互いに笑って閑話休題。

 

 

「ライブ中は俺何すればいいの? 前回と一緒でNPCの誘導?」

 

「いいえ、ナツメくんには現場指揮をやる遊佐さんのサポートに回ってもらうわ」

 

 新しいお仕事もらった。前回やった時は外で立ちっ放しでライブ見れないし疲れたしでちょっと嬉しいけどいきなり荷が重すぎやしませんかね。

 

「仲村さんは? サボタージュいくない」

 

「常に授業サボってる人のセリフじゃないわね。私と男子の何人かは別のオペレーションに当たるわ」

 

「同時進行ですか」

 

「そうね。ああ、今のうちにこれをアナタにも渡しておくわね」

 

「インカムだ。くれるの?」

 

「必要だと判断したわ。常に耳に付けておいて。使い方は」

 

「あ、もしもし遊佐ちゃん聞こえるー? やっはろー! インカムもらった! 必要だって判断された! これでアンジェロできるよ! オーバー」

 

 はいはいわろすわろすオーバー、とのお返事が。さすが遊佐ちゃん。

 

「で、なんか言った? 仲村さん」 

 

「インカムはオペレーションが終了次第返却しなさい」

 

 ああん、そんな殺生な。

 

 



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19

 

 翌日。本部にて真面目に荒ぶる鷹のポーズについて議論していた戦線メンバーの所にアコースティックギターを抱えた岩沢さんがのっそりやってきて、できた、新曲、聞いて、と何故か片言で言ってきた。わくわくすっぞ! が、しかし。

 

「……なぜ新曲がバラードなのかしら?」

 

「ん? いけない?」

 

 仲村さんは気にいらなかったご様子。言葉と雰囲気でそれを物語ってます。なんでだろう。バラード良かったのに。

 

「陽動にはね。向いていない曲よ」

 

「だがそれがいい!」

 

「ナツメくん黙りなさい。岩沢さんもドヤ顔止めなさい」

 

 岩沢さんがローテーブルに腰掛けた。行儀悪いけど生憎ソファーは男子メンバーが占領しておりますので仕方のないことかと思われます、はい。

 

「で、どうなの? ダメ?」

 

 とりあえず結論を言えとばかりに岩沢さんが仲村さんを急かした。まぁ、さっきの仲村さんの物言いから察するに結果は見えている気もするのだけども。

 

「さっきも言ったけど、陽動には向いていないわ」

 

「ん、ボツね」

 

 そう言うことだよね。個人的には好きな感じの曲だったからとても残念です。

 

「そうなるわね。申し訳ないけど、その曲では私たちが派手に立ち振る舞えないと思うのよ」

 

「まぁ、ゆりがそう思うんならそうなんだろう。ゆりの中ではな」

 

「なんで私ケンカ売られてるのかしら」

 

 自信作だったのかと。

 

「まぁ、いいわ。えー、総員に通達する。今回のオペレーションはトルネード、それから天使エリア侵入作戦のリゾンべを並行して行う」

 

「春原乙」

 

「アナタなら気付いてくれると思ったわ。決行は二日後」

 

 おお……。その作戦ですか……! なんか男子メンバー達がざわついている。リゾンべ、もといリベンジってことはすでに一度行われているオペレーションらしい。少なくとも俺と音無くんは知らないけど。

 

「前回は失敗に終わったけど、今回は彼が同行するわ」

 

 彼って誰さ。なんて思った矢先。

 

「よろしっ」

 

 ローテーブルの下から這って出て来たのは竹山くんだった。岩沢さんにおもいっきり頭踏まれたけども。意外性を狙ったのかはわかんないけど、そんなとこから出てきたらそりゃ踏まれるわ。ドンマイ。

 

「今回の作戦はそこの天才、改め変態ハッカーの名をほしいままにした彼、ハンドルネーム:竹山くんを作戦チームに加え、エリアの調査を綿密に行う」

 

 竹山くんが立ち上がった。眼鏡にヒビ入ってらー。

 

「僕のことはクライストと」

 

「アイタタタ」

 

「なぁ、ゆり。納得いかないんだけど。もう一回聞いてくれないか?」

 

「日向くん、音無くん。このアホ二人を摘み出しておしまい」

 

 アラホラサッサー。岩沢さんと二人して廊下にペイッとされた。

 

 

 

 

「新曲残念だったねー」

 

「また作るさ」

 

 行くとこないから岩沢さんと二人でガルデモの練習スペースに向かう。まぁ、岩沢さんも俺も天使エリア侵入作戦の方には参加しないみたいだから別にいいんじゃね的な流れです。

 

「アレ、もう歌わないの?」

 

「ライブじゃ歌えないな。……聞きたいの?」

 

「ん、聞きたいかも」

 

「じゃあ、オペレーションが終わったら、うん、屋上でどう?」

 

「二人が初めて出会った思い出の場所ですね。イベントフラグだ。困る。超困る」

 

「あの時着てたアンタの制服やたら白かったな」

 

「あの時ガン無視してたクセして何を今更」

 

 とかなんとか昔話(?)に華を咲かせながら通りかかった廊下で見知った姿を発見。何かチラシみたいなのを壁に張り付けてました。珍しくお仕事中のようです。精が出ますな。

 

「ユイにゃん発見」

 

「お! せんぱくぁwせdrftgyふじこlp」

 

「日本語でおk」

 

 会うなりショートしやがった。何だってんだいこの子は。面白い子だねまったく。

 

「い、い、いいわ、わわわさわさささっさん」

 

「ん? あたし?」

 

 ああ、そっか。大ファンだったっけね。そんなことを前に聞いたような気がしないでもない。それにしても、よくわかったね岩沢さん。俺何言ってるか全然わかんなかった。

 

「あ、あのあのあたし、ユイって言います! えと」

 

「知ってるよ」

 

「はい! 大ファンで――え?」

 

「コイツから聞いてる。いつもサポート助かるよ。サンキュ」

 

 岩沢さんはユイにゃんの肩をポンっと軽く叩いて歩き去っていく。今度練習見に来なよとかなんとか言い残して。ついでに俺も残して。

 

「じゃあ、引き続きお仕事頑張ってねー」

 

「せんぱいだいすきだーっ!」

 

 ユイにゃんには特別用事も無いので岩沢さんの後を追おうと歩を進めた時、すれ違いざまにユイにゃんが後ろから腰にドーンってきて前のめりにズシャーってなった。普通に痛い。

 

「ユイにゃん痛い」

 

「だいすきだーっ!」

 

「ユイにゃんめんどい」

 

「だ、だいすきだー」

 

「ユイにゃんうるさい、ウザい、ちっこい、ペッタンコ、ゲラウトヒア」

 

「さっきから黙って聞いてりゃ言いすぎなんだよテメェーッ! ペッタンコじゃねんだよオラー! どうだあるだろー! このたわわに実った甘美な果実がよー!」

 

 とりあえずさば折り痛いれす。でも黙ってなかったじゃない。喋ってたじゃない。

 

「とりあえず離れて」

 

「はっ! これは失礼しました! 興奮のあまりつい!」

 

 うん、気を付けようね。

 

「でもでも、まさか先輩が岩沢さんと会わせてくれるどころか、あたしのこと紹介しておいてくれるなんてカンゲキです! 雨あられです!」

 

「そういう機会があったからね。たまたまです」

 

「でもあられです!」

 

 もはや単なる天候になってしまった。一体どういうことなのだろうか。

 

「それにしても先輩はなんだかんだでユイにゃんのこと大好きですね!」

 

「わりとどうでもいい」

 

「いや照れなくていいんですよ! 隠さなくていいんですよ! だってしょうがないもん! ユイにゃんかわいいし! かわいいしー! あ、大事なことなので二回言いました!」

 

「ハハッワロス」

 

「たまに最後まで聞いてくれたと思ったらこのザマだよ!」

 

「ユイにゃんうっさい。ほらほら、さっさとチラシを貼る作業に戻りなよ」

 

 なんのチラシかは知らないけども。

 

「これはガルデモのライブ告知用のチラシですね!」

 

「へー、よくできてるね」

 

「あ、ちなみに結構な枚数あるんですよ先輩!」

 

「うん、それで?」

 

「手伝ってくれるという選択肢は……?」

 

「ないんだな、それが」

 

 適当に手を振って逃げました。世の中そんなに甘くありません。ユイにゃんふぁいとー。

 

 



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20

 

 そしてさらに翌日。なんだかんだで時間は足早に過ぎていき、いつの間にかオペレーション決行まであと十分です。ガルデモの四人はすでにステージ上でスタンバイ済み。入江ちゃんのみ緊張した面持ちだけど、他の三人は中々大物の様です。

 

「わしから教えることはもう何もない」

 

「し、師匠……!」

 

 でも関根ちゃんとは直前までこんなやりとりしてて普通に怒られたけども。主にひさ子ちゃんに。脛が痛いです。で、遊佐ちゃんに引きずられる形でステージから退場させられて、その途中。

 

「そう言えば、今回のトルネードは告知なんだね。てっきりこの間みたいなゲリラ的な感じなのかと」

 

「今回のトルネードは食券の回収よりも天使の陽動の意味の方が強いので告知しました。事前に情報を漏らすことでライブ開始、あるいは開始前に天使が出現する可能性を高め、長時間この場に留まらせることが目的です」

 

「んー、それってつまり囮だったり?」

 

「正直に申し上げまして、はい。しかし、その件に関しては前もってガルデモの皆さんの了承を得ました。実はやり手な遊佐です」

 

 でもたまにシビアな判断するよねあのリーダー。ゆりっぺさんですから。ですよね。

 

「私に与えられた仕事は、ゆりっぺさんへの状況報告のみ。そしてナツメさんはそのサポート」

 

「うん、知ってる」

 

「しかし、私は優秀なのでサポートは必要ありません。どうも、遊佐です」

 

「遊佐ちゃんが唐突に俺の仕事を奪い去っていく。これはもう好き勝手やらざるを得ない」

 

「許可します」

 

「マジか」

 

「ナツメさんがこちらに配属されたのはそのためです。こちらからは指示を出しませんのでご自分の判断で行動して下さい」

 

 なんという無茶振り。

 

「もっとも、やるべきことは決まっているようですが」

 

 遊佐ちゃんがそこまで言った時点で足を止めた。で、誰かがナツメ、と俺を呼ぶ。アレは誰だ。うん、ヴォルヴィック。

 

「岩沢さんだ。何してんの? 早く戻らないともうライブ始まるよ?」

 

「ん。これやるよ」

 

「岩沢さんがくれた初めての天然水。それはヴォルヴィックで私は困りました。でもその味はとてもまろやかで、こんな素晴らしい天然水をもらえる私はきっと特別な存在なのだと感じました。今では私が岩沢さん。遊佐ちゃんにあげるのはもちろんヴォルヴィック。なぜなら彼女もまた特別な存在だからです」

 

「いりません」

 

「ですよね」

 

 わかってました。

 

「アンタはいつでも変わらないね」

 

 いきなり何さ。

 

「褒められてる気がしない件」

 

「褒めてるよ。っと時間だ。ナツメ」

 

 ん?

 

「頼んだ」

 

 何をー? なんて聞く暇もなく岩沢さんはステージに戻った。程なくして遊佐ちゃんとも別れ、ライブが始まる。

 

「この水ユイにゃんに売れるかな……?」

 

 開演である。

 

 

 

 

 気のせいか前のときより観客が少ない。一曲目のユイにゃん的お気に入りランキング第一位のなんとかソングが終わったときにそんなことを思った。場所は放送器具がいっぱい置いてある所。ちょっと二階的な部分にあるため、客席が良く見えます。だから客に交じって騒いでいるユイにゃんを発見することも容易いのです。仕事しろ。そんな折りに、二曲目がスタート。曲名はわかんない。だから仕事しろユイにゃん。

 

「天使、出現しました」

 

 不意に遊佐ちゃんの声が耳に届いた。素晴らしきかなインカム。

 

「お、ホントだ。先生もいるし」

 

 体育の先生だろうか。中々ガタイの良い先生はNPCともめながらも、それをものともせずにどんどん岩沢さんたちの方へ近づいて行ってる。

 

「行けNPC。君に決めた」

 

 サートシくんのごとく華麗にポケモン、もといNPCに指示を出してトレーナーと言う名の先生を撃退だっぜ! 少ないおこずかい巻き上げてやんよ!

 

「陽動班、取り押さえられました」

 

「ですよね」

 

 

 陽動班、つまるところのガルデモの四人が取り押さえられてしまったため、ライブは中止。NPCの生徒からブーイングの嵐である。先生まじアウェーわろた。そしてぼちぼち出番でしょうか。ナツメ、いきまーす。

 

「あえて言おう、カスであると!」

 

 放送機器があったらやることは一つだよね。全体放送って一度やってみたかったんだ。

 

「ガルデモの忠勇なる天上学園の生徒達よ、今や彼女達の全員が融通の利かない大人たちによってその身を拘束された。しかし、この光景こそ本来の学園の正義の証である。ライブを中断され、決定的打撃を受けたガルデモにいかほどの戦力が残っていようと、大人たちにとってそれは既に形骸かもしれない」

 

 何か下がざわついてますね。わっふるわっふる。

 

「だが、あえて言おう、カスであると。もう一度言おうカスであると! さらにもう一度だ! カ ス で あ る と ! たかが数人。軟弱者の大人集団がこの死んだ世界戦線の誇るバンド、ガールズデッドモンスターを縛りきることは出来ないと私は断言する。そう、つまり私が言いたいのは」

 

「話がなげーんだよ! バカナツメ! でもよくやった!」

 

 ひさ子ちゃんが飛び込んで来た。喋ってただけなのですががが。

 

「でもせめてジークまで言わせてほしかったお」

 

 ジークガルデモ!

 

「いいからマイク切れ! でもってステージの音最大で拾え!」

 

「ポチっとな」

 

 スライド式のツマミだけど、つい口が。不思議と言いたくなるよね。で、拾った音が流れ始める。

 

「あれ、新曲だ。岩沢さん、ライブじゃやらないって言ってたのに」

 

「岩沢の判断だ」

 

 固唾を飲んで岩沢さんを見守るひさ子ちゃん。ここまで真剣な表情のひさ子ちゃんは初めて見る。それほどのことが今、ここで、起こっているのだ。俺もさすがに空気読まざるを得ない。

 

「びっくりするほどユートピア! びっくごめんごめんごめん」

 

 だから足グリグリ踏んじゃらめぇぇ!

 

 そこから大人しく聞いてました。怒られるの嫌なので。それからどれくらい経っただろうか。しばらくひさ子ちゃんと一緒に上から見てると、一瞬だけ岩沢さんがこっちを見た気がした。

 

 だから、手を振ってあげた。なぜそうしたかはわからない。強いて言うなら、なんとなくそうした方が良い気がしたからだ。

 

「え……?」

 

 そんな俺の横でひさ子ちゃんが驚いたように呟く。その理由は俺もわかった。つまり。

 

「……なるほど。これが『消える』ってことか。消える要因は正しい学生生活送るだけじゃなかったんだね」

 

 

 音が、止んだ。

 

 



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21

 

 結果的に言うと、仲村さん達が行った天使エリア侵入作戦は成功を納め、俺達のオペレーション・トルネードは失敗に終わった。

 

「ん、じゃあもう行くね」

 

 結果報告と情報交換。それから、教師陣に取り上げられていた岩沢さんのアコースティックギターの引き取りを兼ねて本部に来ていた俺は断りを入れてから本部を後にする。

 

「あ、ナツメくん、その……」

 

 去り際に仲村さんが何か言っていた様な気もしたけども、聞こえなかった。聞こえなかった、ことにした。

 

 

 想像以上に質量のあるギターケースを肩にかけて廊下を歩く。中に入ったアコースティックギターに気を配るのも忘れない。そして俺が目指すはガルデモの練習スペースだ。

 

「結構重いなー、コレ」

 

 あの人は、岩沢さんはいつもこんなものを持って歩いていたんだねーなんて考えていると、あっという間に目的の場所に着いていた。

 

「よ、ナツメ」

 

 ひさ子ちゃんだ。ノックしてから扉をあけると、彼女がこちらに視線を向けていた。一人でギターの弦を張り直していたのだろう。ちらほらとそれらしき形跡が見て取れる。

 

「お届けものですお」

 

 肩にかけていた岩沢さんのギターを渡した。今まであった重みが急に消えて少しだけ寂しさを感じた。

 

「岩沢のか、悪いな」

 

「関根ちゃんと入江ちゃんは?」

 

「あー、アイツらは、まだ」

 

「そっか」

 

「……関根が、な。入江はそのお守りってとこだよ」

 

「入江ちゃんって意外としっかりしてるもんね。ひさ子ちゃんは? 大丈夫なの?」

 

「あたしを誰だと思ってんだ」

 

「ひさ子ちゃん。ひらがな二つと漢字一つでひさ子。呼ぶときは、ひさ子ちゃん。でも本音は?」

 

「……あたしがしっかりしなきゃダメだろ」

 

「ですよね」

 

 わかりきったこと聞くな。ごめんね。……許す。

 

「まぁ、あたしは大丈夫だから、気が向いたら関根達のとこに顔出してやってくれ」

 

「了解ですお」

 

「しかし、アイツもバカだよな」

 

「アイツって?」

 

 多分、あの人。容易に想像はつく、聞き返したのは、なんとなく。

 

「岩沢だよ。あの音楽バカのこと」

 

「俺も大概だと思うけど、岩沢さんには負ける」

 

「自覚あったのか。でも残念ながら僅差でお前の勝ちだ」

 

「聞き捨てならない。撤回を要求する」

 

「――なんか似てるとこあるよ、お前ら」

 

「……撤回を要求する」

 

「間があったってことは、ちょっとは自覚あるんだろ」

 

「ひさ子ちゃんがいじめる」

 

 たまにはいいだろ、と笑ったひさ子ちゃんに今日はなんとなく勝てる気がしなかったので戦略的撤退を余儀なくされた。そんな日があってもいいと思う。

 

「あ、ちょっと待て」

 

「ん? どしたの?」

 

「これ、お前が持ってろよ」

 

 そう言って渡されたのはさっき届けたはずのアコースティックギター。

 

「せっかく届けたのに」

 

「いいから持っとけって」

 

 半ば押し付けられる様に渡された岩沢さんのギターケースを再び肩にかけた。

 

「意外と様になってんじゃん」

 

「岩沢さんに怒られそう」

 

「岩沢はそんなことで怒らねーって」

 

 ほら行け行け。また遊びに来る。いつでも来いよ。

 

 ひさ子ちゃんと別れ、関根ちゃん達の所に向かう。ひさ子ちゃんには気が向いたらって言われたけど、今気が向いたってことで。

 

「関根ちゃんと入江ちゃんが百合百合してる」

 

「なっつん……」

 

 ユリ? と頭を傾げる入江ちゃんの横にいた関根ちゃんが泣き入りそうな声で名前を呼んだ。普段の関根ちゃんだったら気軽に乗って来るはずなのに。調子が狂う。

 

「関根ちゃんが参ってると聞いて。でもこれは予想以上でした」

 

「……ごめん」

 

「謝ることはないかと」

 

「……うん、ありがと」

 

 力なく笑った関根ちゃんが痛々しいです。見てられなくって思わず隣の入江ちゃんに目を向けてしまった。

 

「それ、岩沢先輩の?」

 

 肩にかけられたギターケースを見ながら入江ちゃんが言う。

 

「ん、ひさ子ちゃんに押し付けられた」

 

「そうなんだ。うん、それがいいかもね」

 

 何か腑に落ちたような表情の入江ちゃん。こちらとしては何がいいのかさっぱりである。

 

「入江ちゃんは、大丈夫そうね」

 

「うん、だからしおりんのことは任せて」

 

 ぐっと両方の手で拳を作り、言い切る入江ちゃん。やっぱりしっかりしてます。

 

「……約束、したのになー」

 

 ポツリと零した関根ちゃんに入江ちゃんと二人して視線を向ける。

 

「なのに、岩沢先輩ってば一人でさっさと先にいっちゃうんだもん。ズルいよ……」

 

「しおりん……」

 

 約束。俺にはそれが何なのかさっぱりわからないけど、表情を見るに、入江ちゃんはわかっているらしかった。きっと、彼女達の間で何かやり取りがあったのだろう。

 

「約束? ナツメ、気になります」

 

「……あたしと代わってくれたら、教えたげる」

 

 それなんて無理ゲー。今の関根ちゃんの状況と代わることは俺にはできない。と言うか、誰にも代わることはできないだろう。だってこれは関根ちゃん自身が乗り越えるべきことだから。

 

「なんかいても役に立たなそうなので、関根ちゃんは入江ちゃんに任せて退散します」

 

「うん、来てくれてありがとう」

 

 苦笑いの入江ちゃんにお礼を言われた。

 

「……どこ行くの?」

 

 関根ちゃんに聞かれて、返答に困った。確かにそうだ。これからどこに行こう? そう思って考えたら、自然とあそこが浮かんだ。

 

「んー、屋上にでも」

 

 本当になんとなく、そこが浮かんだ。

 

「……岩沢先輩がいそうだね」

 

 そんなつもりはなかったのだけども。

 

「いたらいいね」

 

「……会ったら伝えといて。この裏切りものーって」

 

 冗談めかして言えたあたり、ちょっと元の関根ちゃんに近付いたみたいです。

 

「把握。じゃあまたね」

 

「……うん、来てくれてありがとね。ちょっと元気出たよ」

 

 それは何よりです。そう言い残して学習棟の屋上に向かう。岩沢さんと初めて会った場所だったっけなーとか考え事してたらあっという間に着いた。この世界ってこんなに狭かったっけ。

 

「……あの時も。そう、あの時もこうやって俺がインスピレーションを感じたくてギター持って屋上のドアを開けたんだよね。そしたら、なんか真っ白な人が転がってんの。最初はNPCかと」

 

「ん、それ逆。転がってたのがアンタで、来たのがあたし」

 

「ですよね」

 

 記憶の改ざんはもう一人の当事者様にあっけなく阻止される。ちなみに屋上で佇んでいた岩沢さんは転がっていませんでした。

 

 



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22

 

「よう裏切り者」

 

「何のこと?」

 

 関根ちゃんから岩沢さんに伝えてほしいと言われたことを伝えたら伝わらなかった。

 

「わかんない。関根ちゃんがそう伝えてって」

 

「……ああ、なるほど。ということは関根はまだ生徒指導室か」

 

「うん、涙目になりながら反省文さんと戦ってますた」

 

「入江は?」

 

「もう書き終わってるみたい。でも関根ちゃんが逃げない様に監視してる」

 

 そりゃもうしっかりと。

 

「ん、じゃあ問題ない」

 

 いや、一人で納得してないで説明プリーズなのですが。

 

「なんか約束したって言ってたけど」

 

「ん? ああ、確か……『ここを出るときは一緒です。一蓮托生です。一人で先に出たひさ子先輩なんてただの巨乳です。えろい人にはそれがわからんのですよ』……だったかな」

 

「把握。ひさ子ちゃんと岩沢さんはすぐ書き終わったんだ」

 

「反省文なんて書いたの初めてだったけど、作文感覚だった」

 

「敵作ったー。はい今敵作ったー」

 

 これだから頭の良い人は。全国の反省文経験者、候補者に謝んなさい。

 

「それ、あたしのギター?」

 

「話聞いてよ」

 

「なんでアンタが?」

 

「ひさ子ちゃんに押し付けられた。重いからあげる」

 

「ん、サンキュ。よく取ってこれたな」

 

「昨日、日向くん達が職員室への潜入オペレーションを。エレキの方は取ってこれなかったって。まぁ、ベースとドラムセットもなんだけど」

 

 奪還作戦はちょっと失敗。ガルデモの楽器は先生たちに没収されたままです。

 

「無事なのはひさ子のエレキだけ、か」

 

「仲村さんがちょっと申し訳なさそうにしてた気がする」

 

「別に気にしなくていいのに」

 

「というか、岩沢さんもひさ子ちゃんみたいにさっさとギター奪って誰かに渡して逃げてもらえばよかったのに」

 

 ひさ子ちゃん呆れてたお。

 

「……アイツはあたしのギターを蹴った」

 

「だからと言って先生相手に大立ち回りするのはどうなんだろう。女子としても」

 

「――暫く、ライブはできそうにないな……」

 

「それっぽく言って話し逸らすんじゃありません」

 

 そのせいでギター二本没収されたうえに、連帯責任で反省文書くはめになったクセに。

 

「反省はしてる。でも後悔はしてない」

 

「本音は?」

 

「またギター蹴られたら蹴る」

 

 反省すらしてなかった。岩沢さんは大物です。

 

「――っと、そう言えば」

 

「総入れ歯? ポリデントだね」

 

「もう一つ、約束があったな」

 

「そうなの? 関根ちゃんと?」

 

「違うよ」

 

 そう言って岩沢さんは壁際で腰を下ろし、ギターケースを開く。

 

「どっかの誰かさんとの約束。ライブが終わったら屋上で新曲を聞かせるって」

 

「あー、あったねそんな話」

 

「座りなよ」

 

「新曲か。俺、消えるのかな……?」

 

「アンタは大丈夫だろ。アイツらじゃないんだから」

 

「あの最前列にいた人達のことね。仲村さんも把握してなかったみたい」

 

「あたし達もNPCだと思ってたよ。毎回最前列にいたから顔は覚えてたんだけどね、あの女子二人」

 

「まぁ、ここに来た全員が全員戦線に入る訳じゃないしねー」

 

 きっとまだNPCに紛れて生活している死んだ人間がいるはず。仲村さんは炙り出すと息巻いてました。紛れてる人達逃げてー。超逃げてー。

 

「岩沢さんの新曲聞いて消えたってことは、その新曲にはお経と同じ効果があると見ました」

 

「アイツらも歌が好きだったのかな」

 

「曲名はJOH!仏で決まりだね」

 

「でもあたしなんかの歌で満足してくれるとはね」

 

「話聞いてよ」

 

 くそう。この人に勝てる気がしない。と言うか、ん?

 

「満足? どゆこと?」

 

「ん? ああ、消える条件だよ。心残りを無くして満足すること。それがこの世界から消える、つまり、来世へ行くことのできるただ一つの方法」

 

「学園生活云々は?」

 

「それも大きく捉えれば同じ意味。ここに来る連中は大抵ロクな学園生活を送ってないって話だからね。だからちゃんとそれを、青春を謳歌できれば大半は満足できるって理屈だったかな」

 

「なるほど。詳しいね」

 

 なんか異様に詳しくない? 説明し忘れてた頃が嘘みたい。

 

「心配しなくてもゆりは知ってる。確証が無いから無暗に話したりはしないみたいだけど」

 

「岩沢さんは誰かに聞いたの?」

 

「今の話? そうだよ。聞いたのは少し前かな」

 

「誰から?」

 

「それは言えない。口止めされてる」

 

「なんで?」

 

「さぁ? 本人に聞いてよ」

 

 その本人がわからないから聞いてるんじゃないすかー! やだー!

 

「じゃあ、ヒントやるよ。それで勘弁」

 

「助かります」

 

「今のあたしと同じ状態。つまり、もういつでも消えられる状態のヤツは結構前から戦線の中に何人かいるんだ。あたしはその中の一人に聞いた」

 

「色々驚きなんですが」

 

 え、いつでも消えられるって何さ。岩沢さん消えるの? 何人かって? え、誰さ? てかあんまりヒントになってない。

 

「あたしもそいつらも、もう満足してる。心に折り合いがついてるってことさ」

 

「……岩沢さん消えちゃうの?」

 

「ん、それよりさ、座れば?」

 

 急かされました。お隣失礼します。

 

「で、消えちゃうの?」

 

「思い残してることはないな」

 

「逝ってしまうのね、円環の理に導かれて」

 

「何それ?」

 

「お気になさらず」

 

 じゃあ言うなと久々に肩にグーが突き刺さる。わけがわからないよ。

 

「あたしは単純にタイミング逃しただけだしな。先に目の前で人が消えたらさすがに驚く」

 

「びっくりするとしゃっくりが止まるみたいな感じ?」

 

「ん、なんか近いかも。そんな感じ」

 

「でも。そっか。なんか寂しくなるね」

 

「なんで?」

 

「岩沢さん消えちゃうんでしょ? 友達がいなくなるのは寂しいもんです。でも泣かない! だってナツ」

 

「消えないけど」

 

「メだもん……消えないの?」

 

「消えるなんて言ってないじゃないか」

 

「そう……だね。あれ、言ってないね」

 

 思い残しがないと言っただけのなんというトラップ。やりおる。

 

「まだひさ子達と歌っていたいし、あの子の件もある」

 

「あの子って、この間の?」

 

「ん、ひさ子がかなり前向きに検討してるよ。反対意見もない」

 

「あらま、本当に? きっと喜ぶよ」

 

「じゃあやっぱり消えるのは暫く後回しだ。ここでいなくなったら勿体ない」

 

「うん、て言うか岩沢さんバリバリ思い残しあるよね」

 

「ワクワクするな。これからあたし達はどこまで行けるんだろ」

 

「そうだね。もう好きなとこ行けばいいんじゃね?」

 

 真面目に聞けと再び肩にドーン。そんな話を日が暮れるまでずっとしてました。岩沢さんはまだまだこの世界で歌い続けるそうです。結局新曲聞いてないけど、まぁ、いいか。

 

 

 

 

「そいえば、ライブ前に頼んだって言ってたけど、アレ何だったの?」

 

「あたし達の分の食券確保」

 

「ですよね」

 

 そんなオチでした。

 

 

 



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23

 

「困ったわね」

 

 戦線本部。仲村さんが呟いた。

 

「どしたの?」

 

「食券が足らなくなるかもしれないわ」

 

「あー、この間のトルネードダメだったしねー」

 

 あれからさらに数日経ちました。落ち着いたもんです。

 

「多少は回収できてるのだけど、所詮は雀の涙ね」

 

「実際に雀って泣くのかな?」

 

「泣かぬなら 縛って吊るして 銃の的」

 

「やめてくださいしんでしまいます」

 

「銃の的」

 

 やめたげてよぉ!

 

「遺憾ながら現状ではトルネードはできないし、まずはガルデモの楽器を取り返すのが先決かしらね」

 

「そうしてあげてくだしあ」

 

 関根ちゃんと入江ちゃんが暇を持て余し過ぎてむーむー唸ってたし。

 

「でも、一回潜入しているから警戒されてるのよ。それに潜入するメンバーも新しく編成し直さなきゃいけないし。すぐにすぐとはいかないわ」

 

「でもグズグズしてると食券足んなくなっちゃうね。困ったね」

 

「最悪の場合、今まで貯蓄してた分を放出するわ」

 

「そんなのあったんだ。知らなかった」

 

「備えあれば憂いなし。こんな時のためにね」

 

「ウリバタケさん風でよろ」

 

「こんなこともあろうかと! ところでナデシコと言えばクルーが人の話を聞かないことで有名よね。岩沢さん乗れるんじゃないかしら」

 

 ワロタ。

 

「冗談はさて置き、楽器の奪還は近いうちにこっちでなんとかするわ。だからナツメくんは……」

 

「俺は?」

 

「いつも通り留守番よろしく。ちょっとひなた、じゃなくて雀を泣かせてくるから」

 

「縛って吊るすんですね、わかります」

 

 日向くん逃げてー。超逃げてー。

 

 

 

 

 仲村さんがランバダを踊りながら本部を後にして暫く。特に来客の様子がないのでお茶をすする。いつもの如く、ランバダに意味はない。

 

「お茶請けにせんべいがほしい年頃」

 

 そんな時に扉がドーンと開かれる。

 

「そんなこともあろうかとー!」

 

 関根ちゃんいらっしゃい。珍しく一人です。

 

「こんちは、関根ちゃん。どしたの? ここに来るなんて珍しいね。お茶飲む?」

 

「オッケーオッケー! オールオッケー! あ、でもあんまり渋くないのがいいなー」

 

「紅茶にしとく? お茶請けは、あれ、それせんべい? 持って来てくれたの?」

 

「これはひさ子先輩から。あと、手間だしなっつんと同じでいいよー」

 

「ん、ありがとです。でもなんでひさ子ちゃん?」

 

「愛ゆえ、かな。言わせないでよ恥ずかしい」

 

「フラグだ。困る。超困る」

 

「だがしかしそんなことはこのあたしが許さないのでコレはあたしが一人で食べます!」

 

「ダメ。ひさ子ちゃんの愛は渡さない」

 

「よろしい、ならば戦争だ」

 

「ぬかしおる」

 

 ところで本音は? 麻雀でいっぱい巻き上げたから適当に配り歩けって。返してあげればいいのに。ねー。

 

 閑話休題。向かい合って着席します。れっつとーきんぐなう。おーいぇー。

 

「入江ちゃんがいないのもなんか新鮮だね」

 

「みゆきちは岩沢先輩にあげてきた。なんか意見聞きたいって言ってたし」

 

「なるほど。生贄か」

 

「そだね」

 

 認めやがった。ドンマイ入江ちゃん。強く生きてくだしあ。骨は拾ってあげよう。関根ちゃんと一緒に。

 

「でも、あれ。もしかしてなっつんと二人きりって初めてだっけ?」

 

「んー、そうかも。大体入江ちゃんいるしね」

 

「そ、そっか。あたしたち、今、二人っきり、なんだね……」

 

「え、あ、うん……」

 

 二人の間に漂う微妙な空気。

 

「て言う展開を今度みゆきちにやらせようと思うんだけど相手は誰がいいと思う?」

 

「大山くんあたりが無難。でもやめたげてね」

 

 微妙な空気なんてなかった。いつも通り。平常運転です。

 

「でもしっかり意見する辺りさすがなっつん!」

 

「つい反射的に。これからはアクセラさんとお呼び」

 

「ロリコン!」

 

「それ違う」

 

「うぃ」

 

 閑話休題。

 

「ガルデモ活動休止中だけど、みんなどんな感じ?」

 

「岩沢先輩はいつも通りだよ。ひさ子先輩は、あー、でもなんだかんだ皆でまったりしてるかも」

 

 ガルデモはちょっと音楽から離れてるみたい。まぁ、楽器がないからしょうがないけども。

 

「まったり楽しそう」

 

「ずっと話してるね。今度おいでよ。お菓子持ってきてくれると嬉しい。主にあたしが」

 

「行く。超行く。岩沢さんと一緒にひさ子ちゃんを餌付けする」

 

「甘いものがオススメ。あれで結構乙女なとこあるから」

 

「関根ちゃんもご一緒にどうですか? 餌付けませんか?」

 

「あたしにはみゆきちがいるから。浮気すると怒られちゃうのよ。あの子嫉妬深くて」

 

「モテる女は辛いですな」

 

「ホントよねー。なっつん、惚れちゃダメよ?」

 

「いや、そのりくつはおかしい」

 

「あーん、ナツえもんが冷たーい」

 

 せき太くん、きみもじつにあほだな。

 

「でもこれだけ男女がいて恋バナの一つもないのもねー。学校生活と言ったら恋バナでしょ恋バナ。なっつん好きな人とかいないの?」

 

「みんな愛してる(キリッ」

 

「だってお」

 

 笑いながら机をバンバン叩く関根ちゃん。お茶こぼれるがなー。

 

「そう言う関根ちゃんは? 好きな人いないの?」

 

「あたし? うーん、あんまりピンとくる人がなー。基本的にアホばっかりだし」

 

「否定できない悲しい実情。でもイケメンは多いかと」

 

「でもアホだよね」

 

 アホですね。

 

「関根ちゃんは内面重視派だったのか。じゃあ戦線のメンバーとは相性最悪だね。壊滅的だね。絶望的だね。オワコンです」

 

「そこまで言うか。でも確かに人には許容範囲と言うものがうんぬん」

 

「否定しないのね」

 

「うぃ」

 

 素直でよろしい。

 

「あ、そだ。なっつん、ここって紙とペンある?」

 

「ん、あるよ。ちょっと待ってて」

 

 どこだっけ、と適当に漁ったら出てきました。割となんでもあるのよねこの部屋。

 

「ほいパース」

 

「ナイスパース! なっつんもこっち座って! ハリーハリー!」

 

 テンション上がってきたみたいだね。お隣失礼します。

 

「何すんの?」

 

「カップリング!」

 

「またこの子は……」

 

 突然何をするかと思えば。

 

「いいからなっつんも考えんの! カップル! カップラー! カップレストー! はいまずはゆりっぺ先輩!」

 

「語呂悪いね。野田くん」

 

「お、即答とは乗り気だねー! しかも野田先輩! でもそれでこそなっつんだぜ!」

 

「しまった。つい反射的に」

 

「ロリコン!」

 

「違うから」

 

「うぃ」

 

 その後もワイワイ騒ぎながら作ったカップリング表は今度のガールズトークのネタにするそうな。怒られる気しかしません。

 

 



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24

 

「遊びに来ますた」

 

「おう、よく来たな。待ってたぜ」

 

 今日はギルドでチャーさんと遊ぶ。かっ飛べマグナーム。

 

「ギルドの方はどんな感じなの?」

 

「ナローワンウェイホイールを作った」

 

「マジか」

 

 誰しもが一度は憧れるあれ。誰だ構造に詳しいヤツ。ぜひ友達になって下さい。

 

「作ったはいいんだが、実は使い勝手がよくないんだよな」

 

「スポンジだけ流用しようず」

 

「だな」

 

 ここはこうであそこはああで。なんてチャーさんと言い合いながらたまに走らせる。そんなことを繰り返していたら、いつの間にか。

 

「ナツメさん」

 

「あれま、遊佐ちゃんだ。どしたの? 一緒にかっ飛ぶ?」

 

「いえ、お仕事です。至急ナツメさんをお連れする様にと」

 

「誰が? 仲村さん?」

 

「はい、ゆりっぺさんが」

 

「ん、把握です。本部に行けばいいの?」

 

「はい。私も同行します」

 

 てな訳で名残惜しくもチャーさんと別れて地上へ戻る。全然遊び足りないけども、至急とのことだから何かあったのかもしれない。その旨を遊佐ちゃんに聞いてみるも。

 

「行けばわかります」

 

 どうやら遊佐ちゃんは答える気がなさそうです。そんなに大事ではないのやも。

 

 ならいいかと半ば諦めの境地で本部へ向かう。といっても地下のギルドにいた訳だから結構時間がかかってしまった。仲村さん怒ってないといいけどなー。

 

「ナツメさんをお連れしました」

 

 しっかりと合言葉を言ってから扉を開いた遊佐ちゃんが言う。

 

「御苦労さま」

 

 仲村さんの声が聞こえる。遊佐ちゃんの後ろから中を覗いてみたら。

 

「あれま、なんか珍しいメンツだね。女の子しかいないや」

 

 いたのは仲村さんに椎名さん。岩沢さんとひさ子ちゃんに、関根ちゃんと入江ちゃん。それから今来た遊佐ちゃんだ。

 

「ユイにゃんもいるんだゾ☆」

 

「え、ああ、どうも」

 

「なーんーでー! 他人行儀なーんーでー!」

 

 恒例の首ガックンガックン。やめてくだしあ。

 

「さて、ここに呼んだのは他でもないわ」

 

 ひさ子ちゃんにユイにゃんを引き剥がしてもらってから仲村さんが口を開いた。

 

「コレ、見覚えあるかしら」

 

 なにやら紙をヒラヒラさせてるけども。

 

「ないんだな、それが」

 

「う、裏切り者ー!」

 

 関根ちゃんから裏切り者認定されました。なんだってんだい。

 

「関根さんからこの『【カップリング】死んだ世界戦線【してみた】』の作成にアナタが携わっていると証言があったわ」

 

「あー、それか。意見を求められたので」

 

「認めるのね。つきましては、色々言いたいことがあるのだけど」

 

「どぞ」

 

「私のカップリング相手が日向くんなのはなぜかしら。てっきり野田くんがくるかと思ったわ。不本意だけど」

 

「最初はそうだったんだけど、途中で変更。なんだかんだ仲良いし、付き合いも長いとかなんとか」

 

「割と真っ当な理由ね。他の人から見たらそう見えるのかしら。まぁ、いいわ」

 

「ちなみにひさ子ちゃんと藤巻くんの組み合わせは関根ちゃんと意見が一致しますた」

 

「私でもそうした。異論無し」

 

 ひさ子ちゃんギャーギャーわめいてます。無視します。関根ちゃんがヘッドロック食らってます。でも無視します。

 

「次ね。岩沢さんとTK。コレはなぜかしら。どう考えても異次元カップルよ」

 

「なんか、こう、ほら、音楽的な? リズム的な?」

 

「言いたいことはなんとなくわかったけど、岩沢さん的にはどう?」

 

 興味無さげに自分の爪をいじってた岩沢さんがこっち見た。なんか女子高生っぽい仕種でしたね。

 

「ん、きっとすぐに終わる。原因は音楽性の違い」

 

「バンドの解散理由みたいな言い方ね」

 

 きっとTKはバックダンサー。うん、絶対合わない。

 

「じゃあ、続いて入江さんと松下五段。また訳のわからないカップルね。接点無いじゃない」

 

「この中では一番松下五段の好みかと予想。次点で遊佐ちゃん」

 

「嫌です」

 

 嫌て。遊佐ちゃん嫌て。松下泣いちゃう。だって五段だもん。

 

「入江さんは? 松下五段は嫌?」

 

 ちょ、聞き方に気を使って上げて下さい。繊細な五段なんです。

 

「えっと、い、嫌ではないですけど」

 

「ここに本人はいないわ。遠慮なんてしなくていいのよ」

 

「無理です。ごめんなさい」

 

 哀れ松下五段。

 

「さて次、椎名さんと野田くん。気のせいか、悪意を感じる組み合わせね」

 

「関根ちゃんがこの間仲よさそうにトレーニングしてるの見たって言ってたので。実は仲良いんじゃないかなと言う期待を込めて」

 

「遠回しな野田くんへの死刑宣告ね。ちなみにきっとそれは一方的な命がけのトレーニングよ」

 

 悪気はなかった。

 

「一応、椎名さんの意見を聞きましょうか」

 

「売れているのが良いもんなら、世界一うまいラーメンはカップラーメンだ」

 

「懐かしいネタ引っ張ってくるのはやめなさい」

 

 懐かしいとな? 一体過去に何を仕込んだのでしょうか。ナツメ、気になります。

 

「で、遊佐さんと、大山くんか。大山くんを当てたのは少し意外ね。理由は?」

 

「一番害が無さそう。遊佐ちゃんの邪魔をしないかと」

 

「アナタがなんで遊佐さんに優しいのか疑問だけど、まぁ、いいわ。遊佐さんは大山くんはありかしら? 忌憚のない意見を」

 

「なしです」

 

「あら、随分とバッサリなのね。大山くん泣いちゃうわよ?」

 

「なしです」

 

「そう。もう聞かないわ。本当に可哀そうになってきたから」

 

 そうしてあげて下さい。切実に。

 

「あとは……」

 

「はいはーい! ユイにゃん! ユイにゃんがいます!」

 

「そうだったわね。相手は、高松くん? これはまた一段とわからないわね。ぜひ理由を聞きたいわ」

 

「あまりもの同士」

 

「そんなことだろうと思ったよチクショー!」

 

 ユイにゃんうっさい。

 

 

 それからなんだかんだで関根ちゃんと仲良く並んで正座させられています。やっぱり怒らりた。

 

「質問、いいか?」

 

 そんな折りです。なんでしょうか岩沢さん。

 

「このリスト、関根の名前がないけど、なんで?」

 

 興味ないのかと思ったけど、違ったのだろうか。

 

「他の人の組み合わせ考えてて忘れてました! 相手もいないしそのままでいんじゃね的なことをなっつんとうんぬん」

 

 同じくそんな感じで入り損ねました。

 

「そのナツメがいるだろ」

 

 え?

 

「なっつんと……?」

 

「関根ちゃんと……?」

 

 互いに見合う。視線が交差し、そして。

 

「ないないないない」

 

「ないないないない」

 

 ですよね。関根ちゃんとはいい友達です。

 

 




音無「お、俺にはかなでがいるし! べべべ別にさみしくなんかねーし!」



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25

 

 お腹が空いた。そんな不意に沸き起こった至極当然の欲求を満たすため、一路食堂へ向かう。時刻は14時を少し過ぎたくらい。昼休みはとうに終わっている。でも気にしない。

 

「今日は何を食べようか。悩む」

 

 食堂の入口で手持ちの食券を取り出してうんうん唸る。うんうんうん。

 

「悩む間もなく素うどん一択じゃねーか」

 

「ですよね」

 

 後ろからヒョコっと顔を出してきたひさ子ちゃんに言われた。こんにちは。

 

「ひさ子ちゃんも今からご飯?」

 

「そうだよ。食券巻き上げてたら一人だけ遅くなっちまった」

 

 その言い方だと単なる恐喝です。本当にやりそうだから恐いけども、きっと麻雀だよね? だよね?

 

「というか、このトルネードができない状況下で平然と食券巻き上げにかかるひさ子ちゃんに驚愕です」

 

「あたしだって食券賭けてんだ。条件は同じ。負ける方が悪いんだよ」

 

「ちなみに相手は?」

 

「藤巻、TK、松下五段」

 

「いつメンだね」

 

「いや、いつカモだな」

 

 いつものカモがネギ背負ってきたですね、カワイソス。

 

「ひさ子ちゃんの鬼! 悪魔! ひさ子!」

 

「最後のどういう意味だ? あん?」

 

 アイアンクローらめぇぇぇぇ!

 

 

 

 

「痛いよぅ。頭がズキズキするよぅ」

 

「あたしに非はない」

 

 力の限り制裁した人のセリフじゃないね。うっせ。ゴリラみたいな握力。あん? すいませんでした。

 

「ところでひさ子ちゃん何食べるか決まった?」

 

「あー、パスタでいいや。松下五段から巻き上げたヤツだけど」

 

「ん、じゃあご一緒しましょう。そうしましょう」

 

「お前はどうせ断っても勝手に座るだろーに。好きにしろよ」

 

「ツンデレFカップとかお呼びじゃごめんごめんごめん」

 

 脇腹を力いっぱい抓るのはマジで勘弁して下さい。

 

 

 

「向かい合って着席します」

 

「口に出していうことじゃねーな」

 

「そうだね」

 

 深い意味はなかった。そして互いに料理を自分の口へ運ぶ。うめぇ。

 

「そういやお前さ」

 

「ん? なになにー?」

 

「記憶の方はどうなった? 戻った?」

 

「いんや、全然まったくこれっぽっちも進展なし」

 

「まだ思い出せねーのか。しょうがないヤツだな」

 

「音無くんもまだ思い出せてないお」

 

「ああ、そう言えばあいつもか。忘れてた」

 

「あれ、あんまり仲良くない感じ?」

 

「いや、あんまり話す機会がない感じ。あたしらのとこ全然来ないし」

 

「むこうが来ないなら、こっちから行けば良いジャマイカ」

 

「えー。別に用ねーしなー。麻雀やるなら話は別だけど」

 

 新しい麻雀メンツですね。いや、新しいカモ。ひでぇ。

 

「ひさ子ちゃんの鬼! 悪魔! 岩沢!」

 

「お前は岩沢を何だと思ってんだよ……」

 

 なんだろね、とか言ってたら。

 

「呼んだ?」

 

 トレーにラーメン乗っけた岩沢さんが来た。ひさ子ちゃんと二人で驚く。いたのね。

 

「なんだよ岩沢。いたなら声かけろよ」

 

「今来たとこ。声かけようと思って近付いたらあたしの名前が聞こえた」

 

「そっか。岩沢も今から飯?」

 

「ん、曲作ってたら食べ損ねた」

 

「またかよ。ほらこっち座って。ちゃんと食わなきゃまた倒れるんだからしっかり食え」

 

「大丈夫だ。ちゃんと食べてる。ひさ子は心配し過ぎ」

 

「一回それでぶっ倒れてるヤツを見てるからな。身に染みてわかって」

 

「ナツメ、コショウとって」

 

「聞けよ」

 

 岩沢さんはラーメンにコショウを入れる派なのか。ちなみに俺は入れない派。

 

「ああ、聞いてるよ。確かにラーメン食べてるとギョーザもほしくなるよな」

 

「聞いてねーよ。ちっとも聞いてねーよ」

 

「ん? あたしは醤油派、かな」

 

「あれ、おかしいな。とうとう日本語が通じなくなったぞ。ちなみにあたしも醤油派だ」

 

 俺は塩派。あっさり好きです。

 

「岩沢節が平常運行すぐる。ひさ子ちゃんガンバ」

 

「他人事みてーに言いやがって。お前も味わえバカ」

 

 そうは言われても。でもやります。男の見せ所だと判断しました。

 

「いわさわさんいわさわさんいわさわさん」

 

「ん? 何?」

 

「ラーメンにラー油をそぉい!」

 

 岩沢さんの踵が俺のつま先を襲った。あれ、気のせいかつま先の感覚なくなったんだけども。 コレ大丈夫?

 

「岩沢さん、ブーツは反則だと思います」

 

「ラーメンにラー油は邪道だ」

 

「ですよね」

 

 目の前にはラー油のたっぷり入った素うどんが。岩沢さんからのサービスだそうです。とても良い迷惑。

 

「なんかさぁ」

 

 俺と岩沢さんが麺類inラー油を食していると、ひさ子ちゃんがゆっくりと口を開いた。

 

「やっぱ似てるわ、お前ら」

 

「だそうですがどうですか岩沢さん」

 

「どうでもいい」

 

 ひでぇ。

 

「ナツメと似てるのは嫌ですか? ラー油の方がお好みですか?」

 

「どっちも普通」

 

「岩沢さんが冷たい。ひさ子ちゃんあたたたたたたためて」

 

「こっちみんな」

 

 俺に対して暖かいのは素うどんだけだと思い知った気がします。

 

 

 

 それからお食事は滞りなく済み、普通に帰る。適当なとこで岩沢さんとひさ子ちゃんと別れて普通に帰る。帰るのだ。

 

「ユイにゃんの戦闘力は53万です!」

 

 しかし残念ながらうっさいのと遭遇してしまった。

 

「いきなりめんどくさい」

 

「ふっふっふ。戦闘力……たったの5か……ゴミ痛い痛い痛い! すいません正直調子に乗ってましたー!」

 

 つむじを親指で力の限り押してやった。縮めばいいと思う。縮め。

 

「うう、乗ってくれてもいいじゃないですかー」

 

「乗っても即死ぬじゃん。あっという間じゃん」

 

「いいじゃないですかー。なんだかんだ広い年齢層に愛されるキャラですしおすし」

 

「ユイにゃんうっさい。ところでどう? 仲良くやってるの?」

 

「はい! もうバリバリですよ! この間もひさ子先輩と一緒に演奏しました!」

 

「それは何よりです」

 

 実はユイにゃん、最近ガルデモの所にちょくちょくお邪魔しているらしい。ユイにゃんはなぜかギターも持ってるし、暇を持て余したガルデモさん達には丁度良い遊び相手なのかもね。ってことで話を合わせてます。

 

「ユイにゃんのガルデモ入りももう秒読みですね!」

 

「ソウデスネ―」

 

 あながち外れてはなかったり。実際は仲村さん達の楽器奪還オペレーション次第だったりします。

 

「ふっふっふー。先輩なら特別にサインあげてもいいですよ? 今のうちにあげましょうか? どうします? いりますか? いる? いるの? うん、そうだよね! いるよね! ほしいよね! でもあーげない! っていねーし!」

 

 長そうなのでお先に失礼しました。ユイにゃんふぁいとー。

 

 



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26

 

「日向、それ」

 

 音無くんが静かに告げた。

 

「ふっ、音無。お前の言いたいことはわかる。だがな、よく考えるんだ。お前は良いのか? 本当にそれで良いのか? その選択肢は間違ってないのか? 後悔、しないか……?」

 

 日向くんが不敵な笑みで答える。

 

「大丈夫だ、問題無い」

 

 即答。揺るぎない。そして、譲れない想いがあるのだろう。

 

「……そうか。お前の意思は変わらない、か。ハハッ、そうだよな。お前はそういうヤツだ。今も昔も変わらない。本当に困ったヤツだよ。少しは付き合うこっちの身にもなれってんだ。……だがな、音無。今回ばかりは俺も譲らない。いや、譲れないんだよ。ここでお前の選択を受け入れちまったら、俺はお先真っ暗だ。もう、ゴールが見えなくなっちまうんだよ」

 

「日向」

 

「ああ、みなまで言うな。俺とお前は親友だ。他の誰でもない。俺がそう決めた。決定事項ってヤツだ。なぁ、親友?」

 

 今度は悪戯な笑みだ。そして、一拍置いて。

 

「だから、親友。お前の意思が固いことはわかる。わかってる。だが、頼む。考え直してくれ。この通りだ」

 

 頭を垂れる日向くんを、音無くんは無機質な眼差しで見下し、静かに告げた。

 

「日向、ダウト」

 

 日向くんの目の前にトランプの山が差し出された。終盤でのこの仕打ちは手痛すぎる。最下位が暫定的に決まった瞬間ですた。

 

 空は快晴。おでかけにはバッチこいの陽気だけども、本日は戦線本部にてトランプ大会。メンバーは音無くんと日向くんと仲村さん。それに遊佐ちゃんと岩沢さんと俺とでお送りいたしまする。

 

「ハハッ、終わった……」

 

 崩れ落ちる日向くん。ドンマイです。

 

「茶番乙。そしてあがりです。どうも、一番の遊佐です」

 

 遊佐ちゃんラッキーすぐる。そして音無くんが戦犯です。

 

「音無くん。ここは日向くんじゃなくて遊佐ちゃんの時にダウトを言うべきだった」

 

「ああ、それはわかってたんだけど、遊佐の上りが濃厚っぽかったしな。順当な順位であがれそうなとこで仕切り直したかったんだ」

 

 確かに音無くん手札多かったもんね。あ、基本的には通常ルールに乗っ取りまして、手札を先に無くした人の勝ちになってます。後は手札の少ない人の順に順位が決まるのです。

 

「なんと言うリセット精神。まぁ、それも作戦だね」

 

「良い迷惑だちくしょう!」

 

 日向くんドンマイ。

 

「敗者には罰ゲーム!」

 

 ドン☆と効果音が付きそうな程の悪い笑顔で言い放った仲村さん。なんというエジプトの王様。一体コレはいつから闇のゲームになったのだろうか。

 

「聞いてねーよ!」

 

 日向くんから抗議の声があがった。そりゃそうだ。ここにいる誰も聞いてないし。

 

「今決めたわ」

 

 ですよね。

 

「横暴だ! 断固抗議させてもらう!」

 

 無理だと思うお。早いうちに諦めなさい日向くん。諦めが肝心です。

 

「所詮この世は弱肉強食。弱者の戯言に耳を傾ける人なんて誰もいやしないのよ。ねぇ、岩沢さん」

 

「ん、そうだな。ビートルズは定番だな」

 

「ほら見なさい。全く聞いてないわ」

 

 人選に悪意が見え隠れ、いや、隠れてないね。丸見えだった。

 

 日向くんが岩沢は反則だろとか言いながら机に突っ伏した。ドンマイだけど、罰ゲーム確定。

 

「罰ゲーム!」

 

 仲村さんがとても良い笑顔です。活き活きしてます。

 

「……わかったよ。やればいいんだろ。やれば。で、俺は何すればいいんだよ」

 

「そうね。とりあえず手っ取り早くそこから飛び降りてもらえるかしら?」

 

 右手の親指で窓に向かってゴーサインを出す仲村さん。鬼です。

 

「もらえませんから!」

 

 ですよね。

 

「わがままね、じゃあこっちでいいわ。ロシアンルーレット」

 

 ゴトリとリボルバーがテーブルの上に置かれた。遅れて弾も一つ。鬼畜です。

 

「よくありませんから! なんでそんな攻撃的な罰ゲームばっかなんだよ! 遊びってレベルじゃありませんから!」

 

「なんで敬語なのかしら、気持ち悪いわ」

 

 日向くんのクセだそうです。

 

「平和的に行こう。無暗やたらに血は流すもんじゃないぜ、ゆりっぺ」

 

「てめえの血はなに色だーっ!!」

 

「青じゃね? ほら、日向くん髪も青いし。あれ、ということは俺らと混ぜると紫だね。ナメック星人になれるんじゃね?」

 

「赤ですから! 好き勝手言ってんじゃねぇぞナツメ!」 

 

「なんでナツメくんにまで敬語なのかしら。気持ち悪いわ」

 

「それはもういいですから! お気になさらずにー!」

 

 ギャーギャーわめく日向くん。それにしても、陥れた張本人のはずの音無くんが我関せずのスタンスを貫いていてこの人も中々鬼だと思った。

 

「中々決まらなそうだからこっちはこっちでババ抜きしましょう。そうしましょう」

 

 音無くんと遊佐ちゃんと岩沢さんにカードを配って、四人でゲームスタート。

 

「最初は岩沢さん、俺から引いてね」

 

「ん」

 

「音無くんカードプリーズ」

 

「ほら」

 

 で、音無くんが遊佐ちゃんから引いて、遊佐ちゃんが岩沢さんから引くと。で、それを続けながら適当にお喋り。

 

「そう言えば今日は松下五段に会ってない気がする」

 

「アイツなら昨日から山籠りしてるぞ」

 

「マジか」

 

「ああ、自分を鍛え直すとか言ってたな」

 

「急だね。どしたんだろ」

 

「俺は知らないけど、藤巻とTKが知ってるみたいだぞ。何か言ってた気がする」

 

「ああ、把握しますた」

 

 ひさ子ちゃんか。多分麻雀でカモりまくったのだろう。それはもう慈悲も無く。

 

「松下五段いなくてオペレーションの時とか大丈夫?」

 

 その辺どうでせうか。おせーて遊佐ちゃんさん。

 

「さんは付けなくていいんだよデコ助野郎。スケジュールにオペレーションの予定はありませんし、特に問題はないかと」

 

「そうなんだ。あ、岩沢さんジョーカー引いたね」

 

「ん、問題無い」

 

 さすが動じない女、岩沢。

 

「今思ったけど」

 

 なんでしょうか音無くん。

 

「皆ポーカーフェイスだな。勝てる気がしない」

 

「ババ抜きは運ゲーですお」

 

 まぁ、最初の手札の枚数は調整させていただきましたがががが。

 

「あがりです」

 

 遊佐ちゃんさっきからつえぇ。でも

 

「ん、俺もあがり。二番いただき」

 

 頑張れ二人とも。罰ゲームはないから安心してくださいな。

 

「罰ゲームと言えば日向くん達は、っていないし。いつの間に」

 

 どこ行った?

 

「ついさっき出」

 

 \アッー!/

 

 音無くんがそこまで言ったあたりで何やら日向くんのものと思わしき悲鳴が。この世界は今日も平和です。

 

 



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27

 

 

 とある日のギルドにて。チャ―さんとの会話。

 

「ちゃーさんちゃーさんちゃーさん」

 

「なんだ?」

 

「ミニ四駆も良いけど、ゲームやりたい。作れないの?」

 

「作れないな。構造が複雑すぎる」

 

「ですよね」

 

「作れないが、手に入れることはできるぞ」

 

「マジか。どうやって?」

 

「思い出せ、と言うか寮に帰ったら部屋をよく探してみろ」

 

「ゑ?」

 

 

 

 

 そして夜、寮、自室にて。

 

「桃鉄なう」

 

 普通にありました。プレステとロクヨン。そう言えば日向くんとか仲村さんとかパワプロやってたね。なんでゲームがこの世界にあるんだろうか? と思ったけど、この年頃の男子高校生が持っててもおかしくないからじゃないのか、とチャ―さんは言ってた。最新ハードではないけど、別に気にしない。むしろこのハードをチョイスした神様(仮)がナイスセンスすぐる。

 

「冬のプラスマスには興味ありません。このゲームの中にいるボンビー、スリの銀次、デビル系のカードはユイにゃんのところに行きなさい。以上」

 

「うわー! 言いながらボンビー擦り付けんなコラー! って、あー! 関根先輩、デビル派遣カード禁止ー!」

 

「うわはははは! 友情なんてこうしてくれるわ! こうしてくれるわ!」

 

「友情クラッシャーですね、わかります。ユイにゃん今度ドカポンやろうず」

 

「どかぽん? なんか可愛い名前ですね! ぜひ!」

 

 計画通り……!

 

「わ、先輩と関根先輩がすごく悪い顔で笑ってる! もしかしてユイにゃんピンチ!?」

 

 モノホンの友情クラッシャーってヤツを見せてやんよ!

 

「はい、次は君だねー」

 

 そう言いながら関根ちゃんがコントローラーを渡した。ここのもう一人の住人にだ。当然の如く、彼はNPCである。でも話せるし遊べるしなので関根ちゃんが(人数合わせのために)一緒にゲームやらない? と声かけたら二つ返事でOKでした。NPCでも女の子に誘われたら嬉しいらしい。新しい発見ですね。でも名前とかわかんない。超わかんない。

 

「しっかし、アレだね。なんかこんな時間にあの、男子寮でゲームなんてなんか、アレだよね! アレ! アレアレ!」

 

「もうちょっとまとめてから話してくだしあ」

 

「せ、青春……?」

 

「恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」

 

 関根ちゃんにポカポカ叩かれても痛くないです。岩沢さんとひさ子ちゃんあたりに感謝です。いや、なんかおかしい。これは絶対に違う。

 

「なっつんもさー、部屋に女の子が来てるんだからさー、なんかこう、ないの? こう、ほらドキドキーとか、モンモンーとか、ムラムラーとか。ねーねー」

 

「出雲の独占を宣言させてもらう」

 

「え、あー! あたしの出雲がー! 狙ってたのにー! なっつんのバカー!」

 

「ざまぁないですね! 関根先輩!」

 

「ユイ、表へ出ろ」

 

 関根ちゃんの無表情初めて見た。

 

 

 で、暫く桃鉄に勤しみ、そろそろ飽きたねーってところで違うゲームに移行。今はユイにゃんとNPCくんが無双してます。バッタバッタと敵をなぎ倒しております。で、俺は関根ちゃんとお喋りんこ。

 

「来た時も思ったけど、男子って意外と綺麗にしてるんだね」

 

 辺りを見回しながら関根ちゃんが言う。

 

「部屋のこと? 俺は寝に来てるだけだし、もう一人はNPCだからね」

 

 散らかる。汚れる。この二つに繋がる要因は少ないかと思われます。コレと言って意識して綺麗にしてる訳ではなかったりします。

 

「そもそもあんまり物が増えないかな。ここにいたら私服とかいらないし」

 

 制服、ジャージ。あとは何着かの部屋着があれば困りません。この辺は結構楽で助かってます。あ、ちなみにこの世界では私服は売ってなかったり。NPCさん達が着ている制服は購買で売ってるけども、私服とか戦線の制服とかは自作しないとダメみたい。

 

「それもそっか。あたし達と似たようなものだねー。あれ、でも、だったらなんであたしはこの間みゆきちに怒られたんだろう……?」

 

「あれ? 入江ちゃんと同じ部屋だったの? いいね。楽しそう」

 

「そだよ。あたし言ってなかったっけ?」

 

「初耳。あ、そいえば今日来なかったね入江ちゃん。誘ったのに」

 

「あの子初心だからねー。男子の部屋は恥ずかしいって……ちょっと待った! これじゃあたしがビッチみたいだ! なし! 今のなしー! あたしだって一人で来るのは無理! 恥ずかしい! だって女の子だもん!」

 

 関ビッチ乙。なっつんの命にかかわるパンチをします。ごめんなさい。うぃ。

 

「む? 待てよ。今の話から察するにつまり俺は入江ちゃんに男として見られてるってことに……?」

 

「いや、それはない。あたしもいるし、なっつん一人なら大丈夫って言うか気にしないって本人も言ってたよ。相部屋の人がダメなんだってさ。あとみゆきちは渡さないから」

 

「ですよね」

 

 入江ちゃんは少しだけ男嫌いの傾向があるのでは? なんて思ったりしたけど、戦線メンバーと話してる時は普通だし、そもそも俺とはお話してくれるので単なる人見知りっぽいね。ちょっと安心。

 

「でも、なっつん的にはどう? みゆきちはあり? なし? ちなみにあたしはありだ!」

 

「関根ちゃん恋バナって言うか、その手の話大好きだよね」

 

「そりゃあもちろん大好きだよ。女の子だもん。だもんだもん」

 

「あれ、女の子は他にもいるのにそっちではその手の話が出てない様な……?」

 

「うん? そう、だね。あれ、変だね」

 

「うん、おかしいね」

 

「あ、でも女子会で少し話すよ。好き嫌いとかよりはありかなしかだけだけど」

 

「お、なんかすごく女子っぽいね」

 

「女子ですー。れっきとした女子ですー」

 

 知ってました。

 

「男子はやらないの? そういう感じの、ほら、男子オンリーイベントとか」

 

「それなんか違う。でも前に男子だけで野球やったかな。まぁ、立ってただけだけども」

 

「なつ子、それプレイやない、ウォッチや」

 

 誰がなつ子やねん。

 

「野球と言えば、ぼちぼちアレだね」

 

「アレ? 君が何を言ってるかわからないよ……なっつん……」

 

「シンジくん乙。学校主催の球技大会ですお」

 

「あー、そんなのあったね。あったかも。え、なっつん出るの?」

 

「いや、そのつもりはないけども、なんか仲村さんが悪だくみしてた」

 

「いつものことだね」

 

「そうだね。いつものことだね」

 

 なっつん出るならみゆきちと一緒に応援してやんよ、とか。ユイにゃん出ます! 出まくります! とか。でも運動苦手なので参加しません。興味ないのです。NPCくんも何か言ってたけど、聞こえなかった。ごめんね。

 

 



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28

 

「鬼ごっこをします」

 

 うわぁ、とか。また始まった、とか。色んなとこから声が漏れた。

 

「鬼ごっこをします」

 

 死んだ世界戦線本部で不敵に佇んでいた仲村さんの二度目の発言に反応したのはおずおずと手をあげた音無くん。

 

「……質問、いいか?」

 

「許可する」

 

「なんで、鬼ごっこ?」

 

「こまけぇこたぁいいんだよ!!」

 

 あ、この流れ見たことある。なんて大山くんの呟きは聞こえない。聞こえないったら聞こえない。

 

「ご説明します」

 

 遊佐ちゃんお疲れ様です。

 

「今回のオペレーション『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』は」

 

「待て待て待て待て待て」

 

 日向くんからストップ入りましたー。大山くん、この流れは見たことないとか言わないの。

 

「何でしょうか? 遊佐です」

 

「何でしょうかじゃねーだろ。なんだそのオペレーション名は」

 

「訳しますと『できるものなら捕まえてみろ』。日本語の『鬼さんこちら』に当たります。妥当かと」

 

「予想以上に妥当な理由で日向くんぐうの音も出ない。ドンマイ」

 

「うるせーよ。悪かったよ流れ止めて。続けてくれ」

 

「では改めて。今回のオペレーション『ホールド・ミー・タイト』の説明を」

 

「待て待て待て待て待て!」

 

 天丼だね! じゃないよ大山くん。なんでそんな嬉しそうなのさ。

 

「……何でしょうか?」

 

「あからさまに不機嫌になったことについてはつっこまねー。だがな、明らかに変わったオペレーション名に関しては無視できない!」

 

「訳しますと『強く抱きしめて』。日本語の『鬼さんこちら』に当たります。妥当かと。それとも不服だとでも?」

 

「遊佐ちゃん困ってるからそろそろ大人になろうよ日向くん」

 

「いや、あれ間違ってるからな。絶対『鬼さんこちら』に当たらないからな」

 

 わりとどうでもいい。

 

「では、時間が惜しいのでくれぐれも話を遮ることのないようにお願いします」

 

「だってさ日向くん」

 

「ナツメうるさい」

 

「今回のオペレーション『アイル・ビー・ゼア・フォー・ユー』は先程ゆりっぺさんが」

 

「待て待て待て! 待て! 待つんだ! お願いします待って下さい!」

 

「うわ、遊佐ちゃんが今まで見たことない様な表情で日向くんを見てる。それはもうゴミの様に。バルス」

 

 そして大山くん。二度あることは三度ある、定番だね! じゃない。こらテンション上げるんじゃない。

 

「だが俺は負けない! 遊佐! 訳してみろ!」

 

「訳しますと『私が側にいるから』。日本語で言う『鬼さんこちら』に」

 

「当たりませんから! それ絶対違うから! 百歩譲って当たったとしてもどちらかと言えば鬼さんのセリフですぅ!」

 

「なぜ敬語なのでしょうか。気持ち悪いです」

 

「常時敬語のヤツに言われたくねーよ!」

 

 話が進まないので仲村さんに一喝してもらいました。さすがリーダー。じゃあ遊佐ちゃんよろです。

 

「オペレーションの説明をさせていただきます。今回の狙いは基礎体力、判断力の向上。そのためにオペレーション外、つまり単独や少数で天使と戦闘行為に入った際の逃走方法を学んでいただきます。校舎内と言う限定された空間。ひしめくNPCという障害物。被害が最小限で済み、なおかつ状況を打破できる様な最適なルートをいかに最速で見極められるかがカギとなります」

 

「鬼ごっこ、だよな? コレ」

 

 音無くんが不安そうに尋ねます。仲村さんが答えます。

 

「鬼ごっこよ。ただし、天使を鬼として利用させてもらうわ」

 

「そんなことできるのか?」

 

「簡単よ。エンカウントしたら即仕掛けなさい。で、後は逃げる」

 

 うん? それはちょっとなー。

 

「ちょっかい出しては逃げてってなんかいじめてるみたいだな」

 

 あ、音無くんそれ正解。

 

「……やっぱりそう思う? なんか代替え案ないかしら?」

 

 考えてはいたのね。ならやらなきゃいいのに。てか。

 

「普通にやればいんじゃね? 何だったら天使さんも入れて」

 

「ナツメくん、正気? 天使が授業中に鬼ごっこに興じる訳ないじゃない」

 

「参加自体はいいのね。だったら放課後使って適当に何か条件付けたげれば来るんじゃない?」

 

 多分。暇してそうだし。

 

「来るかしら。今まで散々敵対してきたのに」

 

「わかんない。話してみてからだね」

 

「そう。じゃあ任せたわ」

 

「え?」

 

「交渉。行って来てちょうだい」

 

「マジか」

 

「言い出したんだもの。それくらいわね。心細かったら、そうね、岩沢さんでも連れて行きなさい」

 

「人選に悪意を感じる。ひさ子ちゃんがいいです」

 

「ここにいないじゃない。もう音無くんでも連れて行けば?」

 

「そうする」

 

「え」

 

「じゃあ、二人ともお願いね」

 

 

 てな訳で二人で校舎内をうろつく。程なくして天使さんハケーン。驚異のエンカウント率ぅ!

 

「こんちは、天使さん」

 

「こんにちは、ナツメ。でも天使じゃないわ。それと、アナタは確か……」

 

「え、ああ、食堂で会って以来か。久しぶり」

 

「思い出したわ、確か、日向くんだったかしら。あの時はごめんなさい。せっかく誘ってくれたのに無下にしてしまって」

 

「ああ、それなら気にしなくていい。俺も急過ぎたと思う。でも、コレは言わせてくれ。俺の名前は音無。日向じゃない」

 

 これ大事と言い聞かせる音無くん。天使さんから少し非難の目を向けられたけど、気にしない。俺は悪くねぇ!

 

「ところで天使さんは放課後お暇ですか? 鬼ごっこしませんか?」

 

「鬼ごっこ? 懐かしいわ。確か同じ名字の人しかいないのよね」

 

「それ違う。リアルの方じゃないふつうの鬼ごっこです」

 

「構わないけど、生徒会の仕事が終わってからになるわ」

 

「時間かかりそう? 手伝う?」

 

「ありがとう、でも大丈夫よ。そんなに時間はかからないわ」

 

「ん、では放課後は一緒に遊びましょうか。お仕事終わり次第下駄箱に集合でよろです」

 

「わかったわ。じゃあまた放課後に」

 

 踵を返した天使さん。俺達も用は済んだし報告に行きますかーとなったところで思いついたように音無くんが。

 

「なぁ、名前なんて言うんだ?」

 

 天使さんの背中に声を投げた。そいえば俺も知らないや。

 

「……立華」

 

 ちょっと間があったけど、答えてくれた。立華さんでしたか。

 

「下の名前は?」

 

「かなで」

 

 立華かなで。音無くんが天使さんの名前を聞きだした。うん、普通に答えてくれました。

 

「よし、覚えた。また放課後にな、立華」

 

「ええ、また。ナツメも」

 

「ん、またね」

 

で、今度こそお別れ。放課後が楽しみです。

 

 



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29

 

 放課後楽しみだねー。そうだな。鬼やりたい。俺は逃げたいな。捕まえてやんよ! 無理、お前運動苦手だろ。ですよね。

 

「ただいまー。立華さんも参加するってさ」

 

 本部に着くなりそう言ったら怪訝な目をされた。なぜに。

 

「立華さんって誰かしら?」

 

 ああ、そうか。と仲村さんのセリフに納得がいった。皆も知らなかったのね。

 

「天使さんの名前。音無くんが誘導して聞きだした。やり手です」

 

「いや、普通に聞いただけなんだけど」

 

 ネタバレ早い。

 

「へぇ、案外普通の名前なのね。思わぬ収穫だわ。ご苦労様」

 

 何か考えるように口元に手を当てた仲村さん。

 

「とりあえず放課後に下駄箱に来てもらう方向で話しますた」

 

「そう。じゃあそれまでは各自自由にしてもらって構わないわ。ルール説明は開始前に行うこととする。以上。解散」

 

 はい帰った帰ったーとばかりにヒラヒラ手を振る仲村さん。あっさりと解散しました。

 

 

 

「割とあっさり了解してくれたね。立華さん。校舎内全力疾走フラグ立ってるのに」

 

 本部から追い出されて行くとこも無いので、音無くんと二人で自動販売機へと向かう。

 

「校舎内でやるのか?」

 

「ん、仲村さんが言ってたよ。それに外は部活で使ってるだろうし、中の方が面白いかと思われ」

 

「そう言えば言ってた気がするな」

 

「まぁ、校舎内走りまわる行為は模範的じゃないし、その方が立華さんも止めに来るかと」

 

「……なるほど」

 

「ところで音無くん何飲むの? あ、わかった。コーヒー?  コーヒーでしょ? コーヒーだよね? このコーヒージャンキーめ。もうカフェインと結婚すればいいよ」

 

「お前の結婚相手は素うどんだな」

 

「残念。すでに素うどんは俺の隣で寝てます。毎食イチャイチャしてます」

 

「汁物と寝るとベットが大変なことになりそうだ」

 

「ヤダ卑猥」

 

「その発想は無かった」

 

 到着して飲み物購入。オレンジジュースうまうま。

 

「記憶の方はどうだ? 戻ったか?」

 

「全然。音無くんは?」

 

「同じく進展はない」

 

 そう言えば、戦線きっての記憶無しコンビです。今気が付いた。

 

「記憶戻るといいねー」

 

「お前もな」

 

 そうだねーとか言い合いながら和む。記憶に関してはお互いあまり焦ってません。それこそ時間は腐るほどある訳だし、そのうち戻るんじゃね? と二人で話したのは結構前だった気がする。

 

「俺、記憶戻ったら結婚するんだ」

 

「素うどんとか。祝儀でかき揚げ包んでやる」

 

「浮気を促すとか音無くんサイテー」

 

「基準がわからん」

 

「素うどんは素うどんであり素うどんだから素うどんは素うどんなのだよ素うどん」

 

「なるほど、わからん」

 

「ですよね」

 

 俺もわかんない。

 

「話戻すけど、多分立華は鬼だよな」

 

「そだね。そうなると仲村さんは確実に逃げる方」

 

「ん? 待てよ。戦線メンバーは全員逃げる方の可能性も……?」

 

「さすがにそれはないかと。相手が生徒会全員ならまだしも」

 

「だよな。さすがにそこまでしないよな」

 

「うん。しないと思うよ」

 

 そうやって笑いあってたんですけど、何気なく言ったことってたまに当たるよね。

 

 

 

「なぜ僕まで……」

 

 不満そうに顔を歪める直井副会長を含む生徒会役員さんたちが下駄箱でたむろしてました。これは驚き。

 

「たちばなさんたちばなさんたちばなさん」

 

「何かしら」

 

「いっぱいいるね。どゆこと?」

 

「せっかくだし皆でやった方が楽しいかと思ったの。いけなかったかしら?」

 

 立華さんと二人して呆然と立ち尽くしていた仲村さんを見る。

 

「……やってくれるわね」

 

 ん?

 

「ははぁん、なるほど。なるほどね。いいわ。わかったわ。そっちがそのつもりならやってやろうじゃない……」

 

 んん?

 

「 全 面 戦 争 よ 」

 

「どうしてそうなった」

 

「説明しましょう。どうも、遊佐です」

 

 任せた。

 

「任されました。要するに、生徒会が総力戦を望むのであれば、我々死んだ世界戦線もやぶさかではない。つまり、生徒会と死んだ世界戦線の威信を賭けたハイパー鬼ごっこをしようじゃないか、とゆりっぺさんは言っています」

 

「おお、わかりやすい」

 

「しかし、あまり捻る余地がありませんでした。遊佐です」

 

「ドンマイ。ナツメです」

 

「遊佐です」

 

 しかし、副会長さん以外は皆やる気です。案外ノリが良いのね生徒会。

 

「ルール説明!」

 

 声高らかに宣言する仲村さん。

 

「基本的に既存の鬼ごっこのルールに沿って行うわ! 制限時間は3時間! 時間内に生徒会チームが我々戦線チームを全員捕まえればそっちの勝ち! そして我々が逃げ切ればこっちの勝ちよ! それから行動範囲も絞らせてもらうわ! 学習棟内限定! これ絶対!」

 

「却下だ。校舎内を走り回るなんて行為を見す見す許す訳がないだろう」

 

 絶対零度の副会長からのお達し。ですよね。横で立華さんも頷いております。

 

「そしてさらにエキスパートルール追加ぁ!」

 

 こいつ聞いてねぇ。おそらく全員が思った。皮肉にも死んだ世界戦線メンバー(仲村さんを除く)と生徒会勢の心が初めて一つになった瞬間である。

 

「アナタ達、つまり鬼は私達にタッチする際に『デュクシ』と宣言すること! 出なければタッチは無効よ! そして私達はタッチされた際に『これが世界の選択か……』と嘆きながら呟きなさい! 以上!」

 

 あちこちからすでに嘆きの声が聞こえる。そこ、着いて行く人間違えたかなとか言わないの。

 

「ふざけたことを……!」

 

 そう言って一歩にじり寄る副会長さんを宥め、代わりに一歩前に出たのは会長さん。つまり立華さん。そしてそんな立華さんに相対するのは我らがリーダー仲村さん。

 

「あら? ルールに何にか不満でもあるのかしら?」

 

 挑発的な態度である。

 

「ええ、そうね。申し訳ないけれど」

 

 淡々とした態度である。

 

「言ってごらんなさい」

 

 態度はなおも変わらず。

 

「じゃあ遠慮なく言わせてもらうわ」

 

 一瞬の静寂。誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。そして。

 

「私は『デュクシ』よりも『メメタァ』を推奨するわ」

 

「!?」

 

「そしてさらにその宣言に対しては『このド畜生がァーッ!』もしくは『何をするだァーッ』あたりが妥当だと思うのだけど」

 

 おお……! とか言いながら周りがざわつき始める。

 

「やるじゃない……!」

 

「光栄だわ。それで、採用はしてくれるのかしら?」

 

「いいわ。先の二つに今の三つを加える。その中から好きなものを各々がチョイスしてちょうだい」

 

 これでいいかしら? 構わないわ。交渉成立ね。そうね、有意義な交渉だったわ。とか。

 

「校舎内走るのには触れないのね立華さん」

 

 間もなくハイパー鬼ごっこスタートです。

 

 



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30

 

「準備はいいかしら?」

 

 不敵に笑いながら腕を組んでいる仲村さんが言う。

 

「いつでもどうぞ」

 

 立華さんが淡々と答える。

 

 それを確認した仲村さんがこちらに振り返り、一人一人の顔を見回す。それぞれが頷き、仲村さんはまたも不敵に笑った。そして。

 

「ミッションスタート!」

 

「だからそれ違うって」

 

「いいから逃げるわよ!」

 

 私達も5分後に行動開始よ。だからなんで僕まで……。

 

 いまいち締りのないスタートです。

 

 

「ナツメさん、指示通りに行動して下さい」

 

 全員が生徒会の視界から外れてから少し経つと、突然耳から遊佐ちゃんの声が。おかえりインカム。

 

「遊佐ちゃんだ。オーバー」

 

「どうも、遊佐です。前方に見える階段を上がって2階へ。上がりましたら右方向へ向かって下さい。野田さんと合流できます。オーバー」

 

「マジか。オーバー」

 

「進路クリア。残念ながらナツメさんの周辺で合流可能なのは野田さんのみです。オーバー」

 

「作戦だもんね。了解。オーバー」

 

 作戦。そう、作戦なのである。

 

 スタート後に近くにいるメンバーと合流し、その後は基本的に二人一組で行動すること。鬼と遭遇した場合、逃げ切ることを優先させるがそれが不可能と判断された場合、どちらか一方を残し、もう一方はその場を離脱すること。

 

 これが開始前に仲村さんから言われたこと。要は囮です。

 

 それから、実は校舎内には参加していない戦線メンバーがインカム装備で多数潜伏しており、その情報をリアルタイムで遊佐ちゃんと竹山くんに報告。その情報を元に竹山くんが生徒会勢の動きを監視、そして予測。で、それを遊佐ちゃんが参加メンバーに逐次連絡。あんまりフェアじゃないね。ちなみに遊佐ちゃんと竹山くんは鬼ごっこには不参加です。

 

「あ、そう言えば遊佐ちゃん。他の皆はどんな感じ? オーバー」

 

 階段を上がる。

 

「手筈通りにゆりっぺさん、椎名さん、ユイにゃんさん、音無さん、日向さん、大山さんの六名が撹乱の準備に入っています。残りの参加者もそれぞれ近場の参加者と合流しています。オーバー」

 

 なんか一人さかなクンさんみたいなのいた気がする。右へ前進。

 

「ここまでは順調と。お、野田くん発見。合流しますた。オーバー」

 

「合流確認。140秒後に生徒会勢が動き出します。スタート地点からできるだけ距離をとって下さい。オーバー」

 

「了解でござる。オーバー」

 

「それからナツメさん。インカムでの通信は相互で会話ができるのでオーバーは必要ありません。遊佐です」

 

「実はツッコミ待ちでした。ナツメです」

 

「そうでしたか。気が付けなくて申し訳ない遊佐です」

 

「お気になさらずナツメです」

 

「遊佐です」

 

 通信おーわり。

 

「長話は終わったか?」

 

「何気に静かに待っててくれたね野田くん。よろです」

 

「足手纏いにはなるなよ」

 

「善処しますお」

 

 信用されてない目線を頂き、小さな声で行くぞと促されました。どこ行くの?

 

「天使たちに奇襲をかける」

 

「どうしてそうなった」

 

「開始早々まとめて倒せば俺の勝ちだ。三時間も付き合ってやる必要はない」

 

「なんと」

 

 ルールのルの字もねぇ。

 

「確かにゆりっぺの作戦には背くことになる……。しかし! それでも、俺は……!」

 

「野田くん君って人は……」

 

 そこの抜けのアホですね。

 

「わかって、くれるのか……?」

 

 いいえ、残念ながらまったく。

 

「ただのふざけたヤツだとばかり思っていたが、貴様も漢だったか」

 

「あ、もしもし遊佐ちゃん? 野田くんが早くも暴走してるんだけど」

 

 まさか……暴走……? ミサトさんが好きです。野田さんの暴走は想定内です。マジか。様子を見てから適当なところで離脱して下さい。あいさー。

 

「行くぞ。この命、ゆりっぺに捧げる!」

 

 とりあえず着いて行きます。そう言う指示もあったし、面白そうだし。だしだし。

 

 

「生徒会勢、動き出しました」

 

 

 そんな折りの遊佐ちゃんからの通信。全体に向けてだったのか、野田くんも反応した。

 

「聞いたな? 走るぞ」

 

 言うや否や走り出した野田くん。足速いね。

 

「見失うのも道理です」

 

 呟くも返事はない。

 

 \ユリッペァー!?/

 

 耳に遊佐ちゃんの声が。野田さんロストです。

 

「ですよね」

 

 早くもパートナーを失った。

 

「これはもう憎しみに身を焦がさざるを得ない」

 

 ナツメさん、離脱して下さい。はーい。

 

 遊佐ちゃんの言う通りにスタコラサッサなんだZE☆とか言ってると通り過ぎた空き教室から声がかかった。仲村さんでした。

 

「何してんの? サボり?」

 

「失礼ね。待機中って言ってくれるかしら。あとこっちに来なさい」

 

 お邪魔します。

 

「野田くんが逝きますた」

 

「予想通りね。でも、彼は……犠牲になったのよ……。戦線設立当初から続く犠牲……。その犠牲にね」

 

「犠牲……?」

 

「犠牲よ」

 

「犠牲……」

 

「野田くんは犠牲になったのよ。犠牲の犠牲にね」

 

「ぎせ」

 

 

 イ ザ ナ ミ だ 。

 

 

 遊佐ちゃんが遠くからストップかけてくれました。ナルトス、じゃなくてトンクス。

 

「さて、おふざけもここまでにして、仕掛けるわよ」

 

「おお、何するの? 何するの?」

 

「まぁ、見てなさい。椎名さん、行ける?」

 

 ああ、と仲村さんのインカム越しに椎名さんの肯定する声が聞こえた。ユイにゃんもー! あれ、なんか聞こえた。

 

「音無くん、日向くん、大山くん、そっちも準備はいいかしら?」

 

 任せろ、とか。バッチこい、とか。今日の僕は阿修羅すら凌駕する存在だ、とか。この男達ノリノリである。

 

「ナツメくん」

 

「いつでも」

 

「何がよ。近いわ。少し離れてちょうだい」

 

 だって聞こえないんだもん。

 

「カウントスタート――10」

 

 短く呟いた仲村さんが窓際へ向かう――9。

 

 窓を開け放つ――8。

 

 銃を取り出す――7。

 

「マジか。あ、6」

 

 遊佐ちゃんがマジです、とお返事してくれた――5。

 

 仲村さんが外に向けて銃を構え――4。

 

 そのままゆっくりとハンマーを倒す――3。

 

 そいえば遊佐ちゃんどこにいるんだろ。あ、耳塞がなきゃ――2。

 

 楽しそうに口の端を吊り上げ――1。

 

 トリガーを引いた――0。

 

 鳴り響く銃声。塞いでいても割と至近距離なので耳が痛いです。

 

「 空 砲 よ 」

 

 ドヤ顔で言われても。

 

「相手は五人。今の銃声を合図に撹乱班が一斉に生徒会にアクションを仕掛け、分断する手筈になってるわ。こちらが不利になるような二対一の状況を作り出さないためにね」

 

 なるほど。しかし。

 

「まとまってた方が監視し易いんじゃないの?」

 

「MORE THRILL」

 

 監視しておいてどの口が。

 

「さぁ、逃げるわよー!」

 

「誰よりも楽しそうですね」

 

 さすがなかむらさんっておもいました。

 

 

 

犠牲:野田

 

戦線チーム残り14人

 

 



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31

 

「うははははははー!」

 

 仲村さんが笑いながら廊下を爆走。テンションたけぇ。そしてこの人も足はえぇ。

 

「生徒会に足りないものは、それは! 情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! そして、なによりも!」

 

 

 速 さ が 足 り な い ! !

 

 

 なんという兄貴。

 

「この世の理はすなわち速さだと思わない? 物事を速く成し遂げればそのぶん時間が有効に使えるのよ! 遅いことなら誰でも出来る! 20年かければアホでも傑作小説が書ける! 有能なのは月刊漫画家より週刊漫画家、週刊よりも日刊! つまり速さこそ有能なのが文化の基本法則! そして私の持論よ!」

 

「いいえ、兄貴のです」

 

「今なら大いに共感できるわ!」

 

 世界を縮めるつもりなのだろうか。

 

「ナツメくん! 私はこのまま椎名さんと合流するわ! アナタは」

 

 高松さんロストです。

 

「なっ!?」

 

 遊佐ちゃんの思わぬ報告に驚き足を止める仲村さん。野田くんと違って予想外だったのだろうか。野田くんの扱いが垣間見えた瞬間です。

 

「高松くんは捕まるって意味じゃ速さが足りてたみたいだね」

 

 結果的には足りなかったみたいだけども。

 

「うっさいわね。でもまさに衝撃ね。壊滅よ。瞬殺だわ」

 

「でも、世の中ってそういうものかと」

 

「なんでちょっと達観してるのよ」

 

「シェリスかわいいれす」

 

「わかり辛いわ」

 

「ですよね」

 

 

 

 で、さっき途中になっちゃったけど仲村さんは椎名さんと合流するそうなんで適当な位置でお別れ。遊佐ちゃんが三階に向かえだってさ。大人しく指示に従います。

 

「はい到着」

 

 しかしながら廊下を見渡すもちらほら見かけるのはNPCばかり。どうやら合流できそうな人がいないようです。

 

「遊佐ちゃんが謀った。しかし俺とて戦線の男。無駄死にはしない!」

 

「ガルマ乙。ナツメさんこちらです」

 

 ひょこっと教室から遊佐ちゃんが顔を出して言った。距離的にはちょっと離れてるけど声だけは耳にダイレクトアタック。さすがインカム。

 

「戦線に栄光あれ。どうも、ナツメです」

 

「また心にもないことを。遊佐です」

 

 そそそそそんなことないんだからねっ。坊やですね。遊佐ちゃん百式乗れそう。機体色ですか。機体色ですね。遊佐です。

 

「竹山くんもやっほー」

 

「僕のことはクライ」

 

「遊佐ちゃんずっとここにいたの?」

 

「肯定です。開始後二時間はこの教室に潜伏し、参加者への指示に専念せよとの指令が出ています」

 

 へぇ、なるほど。でもあれ?

 

「あとの一時間は?」

 

 確か鬼ごっこは三時間だったはす。もしやサボりでしょうか? 

 

「主に機材の撤収を」

 

「あれ、お仕事終わる感じだね」

 

「はい。終了までの残り一時間は全力で勝負に挑むとゆりっぺさんがおっしゃってましたので指揮系統は凍結させるとのお達しが。遊佐です」

 

「さすがにチートすぎるもんね。ナツメです」

 

「藤巻さんロストです」

 

「マジか」

 

「現時点で三人の犠牲者が出ている状況です。足元をすくわれないように充分注意して下さい。私も細心の注意を払いながら指示を出しますので」

 

「しのびねぇな」

 

「かまわんよ。遊佐です」

 

「ナツメです」

 

 遊佐ちゃんと一緒に竹山君を見る。

 

「クライストです」

 

「アイタタタ」

 

「入江さんロストです」

 

「ちょ」

 

 マジか。ペースはえぇ。

 

「これは……」

 

 遊佐ちゃんが深刻そうな顔つきで呟く。この展開は予想外だったのだろう。生徒会の人たちも本気かもしれない。と、そんな時、スパーンと小気味の良い音をたてて教室のドアが開かれた。ひさ子ちゃんでした。岩沢さんも後ろに控えています。やっぱりそのペアで逃げてたのね。

 

「おい、遊佐。どうなってんだ? さっきから指示が何もねーぞ」

 

 ひさ子ちゃんが言う。みんなで遊佐ちゃんを見る。

 

「……こんな時、どんな顔をしたらいいかわかりません」

 

「わらえばいいとおもうお」

 

「……てへぺろ」

 

 遊佐ちゃんきゃわわ。でもひさ子ちゃんからゲンコツいただきました。なんで俺だけ。

 

「状況見て理解した。どうせお前が遊佐の邪魔をしてたんだろ」

 

 なんて言いがかり。

 

「しかし、現に私がナツメさんと話しだしてから瞬く間に三人が犠牲に」

 

 まさかの裏切り。手痛い裏切りだよぉっ!

 

「コイツはあたし達が連れて行くから、しっかり頼むぜ」

 

 そしてそのままひさ子ちゃんと岩沢さんに連行される。自分で走れるってばー。

 

 

 

「岩沢さんってこういうの参加するんだね。ちょっと意外でした」

 

「たまにはね。ライブもできないし」

 

「走ってる岩沢さん見るのなんか新鮮」

 

「そっくりそのまま返すよ」

 

 どっちもどっちだわーとひさ子ちゃんが笑う。否定できないのがまたなんとも。

 

「そう言えばひさ子ちゃんは運動得意って日向くんに聞いたことある」

 

「ん、そうだな。ひさ子はすごい。運動神経抜群。あとすごい揺れる」

 

「揺れるんだ」

 

「Fカップだしな」

 

「Fカップだもんね」

 

 ひさ子ちゃんから振り向き様にボディーブローがドーン。普通に痛かったです。

 

「……正直、すまんかった」

 

「おう」

 

 なんて男らしいのだろうか。

 

「セクハラだな」

 

「岩沢さんうっさい」

 

 なんで他人事なのさ。話ふったくせに。

 

 

 それからは遊佐ちゃんからの指示も特になく、適当に校舎内を三人でふらついていると関根ちゃんと遭遇。合流しました。あれ、お一人様?

 

「みゆきちが捕まっちゃいました……」

 

 しょんぼりと言った関根ちゃんをひさ子ちゃんが慰めてます。最近姐御になりつつあるひさ子ちゃんです。

 

「入江ちゃんはあんまり運動できない子?」

 

 隣にいる岩沢さんに聞く。

 

「どうだろ? 文学少女的な感じはするけど」

 

「今日は……風が騒がしいな……」

 

「そう? 別にいつも通りだと思うけど」

 

「違う。そこは『でもこの風、少し泣いています』と答えるのが正解」

 

「……?」

 

「あ、わかんないなら大丈夫です。今日はちゃんとお話聞いてくれてるからそれで充分です」

 

「いつも聞いてると思うんだけど」

 

「それは勘違いです」

 

 この後、岩沢さんから肩パンもらった。痛いです。んで、それからすぐに関根ちゃんが立ち直って元気になったのでペア組んで二手に分かれました。お互い頑張りまっしょい。

 

「そう言う訳でよろです。関根ちゃん」

 

「よろしくなっつん。みゆきちの分まであたし達は生きようね!」

 

 関根ちゃんの中で入江ちゃんはすでに故人のようです。アーメン。

 

 

 TKさんロストです。

 

 

 マジか。

 

 

 

犠牲:野田、高松、藤巻、入江、TK

 

戦線チーム残り10人

 

 



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32

 

 校舎内を関根ちゃんと散策。遊佐ちゃんからの指示のおかげで鬼とは遭遇せずに済んでます。ナイスオペレーティング。オペレーティング? まぁ、どうでもいいや。

 

「出合え出合えー!」

 

「出合っちゃダメです」

 

「うぃ」

 

 どこで見つけたのか30cm定規を振り回す関根ちゃん。危ないからポイしなさい。

 

「しかしアレだねー。ハイテク鬼ごっこだから全っ然捕まる気しないねー」

 

 まぁ、確かに。鬼ごっこの割に逃げてる感じが全然ないのです。しかしながら。

 

「勝負はラスト一時間だってさ。指示無しのリアル鬼ごっこ」

 

「マジでか。みんな名字バラバラだよ。困ったね」

 

「困ったね。結婚する?」

 

「まあ! なっつんったら、いけないひとッ!」

 

「俺の人生半分あげる(キリッ」

 

「等価交換ですね。ごめんなさい」

 

 フられちったお。

 

「でも結婚かー。あたし考えたことなかったなー」

 

「そもそもこの世界でできるのかな?」

 

「本人達の意思があれば問題ない(キリッ」

 

「やだイケメン」

 

「でも、実際のところ、できなくはないんじゃないかなー。真似事みたいになっちゃうかもだけど」

 

「なるほど。たぶんこの世界ならずっと一緒にいられるし、好きな人がいる人なら誰かしらやりそうだね」

 

 大山さんロストです。

 

「なっつんは?」

 

「とくにいないです」

 

「つまんないー。恋バナしようよー。なっつんなっつんなっつんー」

 

 袖引っ張んないでほしいれす。

 

「ほんと好きだね」

 

「好きです。好物です。大好物です。あたしにとっての必須栄養素なのです」

 

「難儀な体質をお持ちのようで」

 

「だからなっつんから摂取します。ゆりっぺ先輩とかどう? ねぇねぇ?」

 

「仲村さんは先輩とか、お姉さん的な感じがする」

 

 生前は長女らしいし。きっとあの人は生粋のお姉さん体質かと。

 

「あ、すでにポジション決まっちゃってる感じだ。これはきっかけないと脈無しだね。ゆりっぺ先輩残念!」

 

 きっと残念ではないかと。

 

「椎名さんとかは? こう、クールビューティーだし、忠義って言うか、尽くしてくれると思うから実は隠れた優良物件だと思うよ」

 

「実はあんまり話したことなかったりします。エンカウント率が低いんだよね」

 

「なるほどなるほどー。これからに期待、と。椎名さんまだチャンスあるよ! 頑張って!」

 

 べつにがんばらないでいいです。

 

「じゃあ、ユイは? 結構仲良いよね」

 

「ユイにゃんめんどい」

 

「だよね。知ってた」

 

 なら聞くなし。

 

「見てる感じだと、世話の焼ける妹的なポジションのイメージかなー」

 

「わりとどうでもいい」

 

「あ、親友ルートの可能性もあるかも。まだ脈は薄い、と」

 

 どちらかと言うと悪友やもですお。でも妹はない。

 

「次は、みゆきち。前聞いたけどはぐらかしたもんねー。ふっふっふっ、あたし覚えてるよー」

 

「入江ちゃんか。かわいいよね。ハムスター的な感じ」

 

「わかる! 超わかる! 一生懸命に何かやってるとこをちょっと遠くから見てたいよね!」

 

「ん、何か近いかも。そんな感じ」

 

「しかしこれはアレだね。雛の巣立ちを見守る親鳥的な心情だね。つまり脈無し。実は関根さんちょっと安心したよ!」

 

 さいですか。よかったですね。

 

「さぁ、お次はあたしの見たてでは見事3位の座を射止めましたこの人! 殺人ギタリストことひさ子先輩! どうだ!」

 

 どうと聞かれても。

 

「ひさ子ちゃんはFカップ。異論は認めない」

 

「なぜだろう。答えになってないのに不思議と納得してしまったあたしがいる」

 

「それもこれも全部Fカップのせい」

 

「ぐぬぬ、おのれFカップ。羨ましい......!」

 

 あたしだって、あたしだって……。やっぱ女の子的に羨ましいんだ。男の子にはわからない悩みなのです。ごめんね。うぃ。

 

「さぁ気を取り直して大本命! 岩沢先輩と遊佐さん! 一位タイ! どうだなっつん! 参ったか!」

 

 参りませんお。

 

「二人とも良いお友達です」

 

「はい、ダウト。友達にしたってよく一緒にいるじゃん遊んでるじゃん話してるじゃん。あたし見てるもん知ってるもん。もんもんもーん」

 

「うん、関根ちゃんもだね」

 

「いやそんなこと……あれ? あるね。最近良く遊んでるね」

 

 しかも入江ちゃん抜きです。

 

「ダ、ダメだよなっつん! あたしにはみゆきちと言うマイスウィートエンジェルがっ!」

 

「スイーツ(笑)」

 

「それ違う」

 

「ですよね」

 

 そんなことを言いながら曲がり角を曲がったらごく最近に見かけたことある人とばったりご対面。この人は確か生徒会の書記さん。要するに鬼さんですね。やばば。

 

「あ、お前ら逃がさ」

 

「誰だよテメーは。いきなり現れて好き勝手言ってんじゃねーぞ」

 

「レイチェル乙。いいから逃げるよ関根ちゃん」

 

 いきなり暴言とは。でも女の子がそんなこと言っちゃいけません。そして関根ちゃんは俺の言葉に対して首を横に振った。

 

「ここはあたしに任せて! なっつん逃げて! 超逃げて! あたしを囮にハイパー逃げるんだー!」

 

 関根ちゃんが鬼さんの前でわーわー騒いで時間稼ぎ。なるほど、そう言うことでしたか。

 

「はやくしてっ! 間にあわなくなってもしらんぞーっ!」

 

「べジータ乙」

 

「あ、触った! この人今あたしの身体触った! お嫁に行けなくなったらどうしてくれるんだー! ハラスメントコード発動しちゃうもんねー!」

 

 お嫁に行く気があったのか。あと、これはゲームであって遊びでもありますよ。

 

「関根ちゃん……」

 

「なっつん、あたしね、この鬼ごっこが終わったら……みゆきちと結婚するんだ」

 

「二次会には呼んでね」

 

「なっつんはちゃんと披露宴から参加させる予定です」

 

「楽しみにしてるお」

 

 じゃあそう言うことで。お言葉に甘えて自らフラグを立てた関根ちゃんに鬼さんをお任せして逃げます。

 

「もしもし遊佐ちゃん。道案内よろです」

 

 ルート案内を開始します、とのお返事が。れっつナビタイム!

 

「鬼さんと会っちゃった。どうして教えてくれなかったのでしょうか?」

 

「何度も口頭でお伝えしました。遊佐です」

 

「え? いつ?」

 

「イケメンがどうとか言っていたあたりです」

 

 あらま。

 

「お話に夢中で聞こえてませんでした。ごめんね」

 

「関根さんロストです」

 

「ですよね」

 

 これからは遊佐ちゃんの指示をちゃんと聞こうと思います。あ、大山くんも捕まってたんだね。全く気が付かなかった。なんかごめんね。

 

 

 

犠牲者:野田、高松、藤巻、入江、TK、大山、関根

 

戦線チーム残り8人

 

 



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33

 

「ごめんね関根ちゃん。この仇はきっと……」

 

 振り向かずに走る。ちなみに言っただけです。これっぽっちも仇なんてとるつもりはありません。あと、耳からポリポリと何かをかじる音が聞こえるけど気にしたら負けだと思う。

 

「遊佐ちゃんこっちで大丈夫?」

 

 ごくん、と何かを飲み込む音がしてから遊佐ちゃんが答えてくれた。

 

「いえ、大丈夫ではありません。このままだと鬼と鉢合わせします」

 

「できれば早く言って頂きたかった……!」

 

 急ブレーキをかけて、踵を返す。

 

「そちらからも鬼が接近中です」

 

「マジか」

 

 あれ、詰んだ? そう思った時。

 

「ナツメ、こっち」

 

「えっ」

 

 言われるや否やグイッと腕を引かれ、扉がパタン。

 

「岩沢さんだ。さっきぶりだね」

 

「ん、もうちょっとそっちつめて」

 

「んー」

 

 もぞもぞと動くもあんまり変わらない。ていうかここはどこ? 真っ暗です。何も見えない。

 

「いわさわさんいわさわさんいわさわさん」

 

「ん?」

 

「ここどこ? よく見えないんだけども」

 

 ていうか今気付いたけどすごく近いね。岩沢さんとの距離が。かろうじてだけども、うっすらと岩沢さんが見えてきた。

 

「消火栓の中。前にゆりが改造したんだってさ」

 

 一体何のために改造したんだろうか。

 

「消火栓の中に隠れるって言うのはなんか憧れらしいよ」

 

 あ、ちょっとわかるかも。あたしはわからない。うん、でもちょと狭いね。狭いな。

 

「あれ、そいえばひさ子ちゃんは?」

 

「囮になった」

 

「そっか。大丈夫かな?」

 

「そろそろエレキ弾きたいな」

 

「話聞いてよ」

 

 ギターの話なんてしとらんがな。

 

「ひさ子とかユイの借りて弾く時もあるけど、やっぱり自分のが弾きたいんだ」

 

「なんか感覚違うの? あ、ひさ子ちゃん逃げられたかな?」

 

「ん、持ち主のクセって言うのかな。感覚だけど、弾いてるとわかる」

 

「なんかプロっぽいね岩沢さん。あと、ひさ子ちゃん無事だといいね」

 

「褒めても何もでないよ」

 

「あとで何か聞かせてほしいです。あー、ひさ子ちゃん大丈夫かなー?」

 

「いいよ。遊びに来な」

 

「うん、実は岩沢さんひさ子ちゃんのこと嫌いでしょ」

 

 いきなり何を言い出すんだ、とおでこをパーン。デコピン入りました。

 

「あれ、パーンだからデコパン? なんか痛そうだね」

 

 肩パン的な。どうでもいい、と目の前の人に言われました。ぼくもそうおもいました。

 

 

 

 

「で、岩沢さん」

 

「……ん?」

 

「今ちょっと寝てたでしょ。いつまでここにいればいいの? そろそろ身体が痛いです」

 

 あれからしばらく経つけど、いまだ岩沢さんと二人で消火栓の中に閉じこもってます。ここは盲点らしく見つからないみたい。死角? ありません無敵です。

 

「……そうだな。ジャニスはカッコイイ」

 

「ジャニスって誰さ。寝ぼけてる?」

 

「……ジャニス・ジョプリンはアメリカの女性ロックシンガーで」

 

「なんでそこは聞きとってるのさ。起きてよー。岩沢さん起きてってばー。あー、ほら顔伏せないの。寝ないでってー」

 

「んー……」

 

 駄目だこいつ……早くなんとかしないと……!

 

「とか言いつつ実は俺も眠くなってまいりました」

 

「…………」

 

 岩沢さん寝ちゃった。小さく寝息立ててるし。

 

「ゆさちゃんゆさちゃんゆさちゃん」

 

 なんでしょうか、とインカム越しに眠そうな声が。遊佐ちゃんもおねむのようですね。

 

「今どんな状況? 俺寝てても良い?」

 

「……現在は、ゆりっぺさんと椎名さんが大々的な撹乱と言う名のちょっかいを鬼に対して行っている状況です。他の皆さんは上手く立ちまわっていますのでご心配なく」

 

「そっか。じゃあ、ちょっと寝てても良い?」

 

「わたしもねむいです。ゆさです」

 

「ナツメです。ホントに眠そうだね。おやすみー」

 

 おやすみなさい、と言われ通信を終わる。うん、ちゃんと睡眠の許可もらった。オペレーター公認。これできっと怒られない。うん、この鬼ごっこ負けるかもわからんね。

 

「まぁ、いっか。じゃ、岩沢さんおやすみー」

 

 んー、と目の前からお返事来ました。岩沢さん寝てるのに返事できるとか、すごい器用だね。

 

 

 

 

 

「と言う夢を見た」

 

「んー……」

 

 岩沢さんはまだ若干夢の中の様です。

 

「ほら、行くよ岩沢さん」

 

 遊佐ちゃんに外の安全を確認してもらってから、んーんー言ってる岩沢さんの手を引き消火栓から出る。広いって素晴らしい。あと空気がうまし。

 

「あら、二人してそんなところにいたの?」

 

 仲村さんが近くにいました。遊佐ちゃんが教えてくれなかったのは何故だろうか。まだ眠いのかな。

 

「うん、隠れてた」

 

「そう。でも丁度よかったわ」

 

「何かするの?」

 

「残り時間はもう少しで一時間ジャスト。ここからは遊佐さんの指示がなくなるわ。アナタ達、死ぬ気で逃げなさい」

 

「知ってた」

 

「あら、情報が早いのね」

 

「遊佐ちゃんから聞いた。最初に言えば良かったのに」

 

「バカね。途中で言うから燃えるんじゃない」

 

「そんなもんですか」

 

「そんなもんよ」

 

 よくわかんないです。

 

「とりあえず今からここに生き残ってるメンバーが来る手筈になってるの。アナタ達もまだここにいてくれるかしら」

 

「ん、了解です」

 

 一応まだ遊佐ちゃんが監視してくれてるから鬼が来る心配はないそうな。

 

「ところで今誰が残ってるの?」

 

「音無くんに日向くん。それからユイって子と、ここにいる三人だけよ」

 

「え? ひさ子ちゃんと椎名さんは?」

 

「遊佐さんからの連絡あったでしょう? 聞いてなかったの?」

 

「ええ、まぁ、はい」

 

 寝てましたとは言えない。となりで岩沢さんがまだ半分寝てるけど。

 

「正直ね。嫌いじゃないわ」

 

「どもです」

 

「ひさ子さんは音無くんを逃がすために犠牲に。椎名さんは弱点を突かれて犠牲になったのよ」

 

「犠牲……?」

 

「そうよ。犠牲の犠牲ってこのくだりは飽きたわ」

 

「サスケェ……」

 

「誰がサスケよ誰が」

 

 とかなんとかやってたら岩沢さんが次第に目を覚まし、遠目にはこちらに向かってくる戦線メンバーの姿が見える。さっき聞いたメンバーだったのでとりあえずこれで今生きている全員が揃った訳です。

 

「来たわね」

 

 待ってましたと言わんばかりに笑った仲村さん。本当に楽しそうだね。

 

 

 

 

 

 

「ところでナツメくんと岩沢さん。いつまで手をつないでるのかしら?」

 

「忘れてた」

 

「ん、同じく」

 

 

 

犠牲者:野田、高松、藤巻、入江、TK、大山、関根、ひさ子、椎名

 

戦線チーム残り6人

 

 



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34

 

 ここまでのあらすじ。

 

「行くぞ! ゆりっぺに男を見せる時だ!」

 

「あ、野田くん、待って! そっちは……!」

 

 \メメタァ/

 

「このド畜生がァーッ!」

 

「の、野田くーん! ちくしょう……! 君のこと、は忘れないよー!」

 

 

 

「行ってなっつん! あたしのことはいいから、お願い……なっつんは生きて!」

 

「い、嫌だ! 関根ちゃんを置いて行くなんて、俺にはできない、できないよ……!」

 

「……ふふっ、もうしょうがないな、なっつんは。でも、男の子でしょ? わがまま言わないの」

 

「関根ちゃん……」

 

「ありがと、なっつん。君の気持ち、誇りに思う。でもね……」

 

 \メメタァ/

 

「これが、世界の選択なの……」

 

「せ、関根ちゃーんっ!?」

 

 

 

「ナツメ、関根はもうダメだ。アタシと来い」

 

「君は、岩沢さん……?」

 

「ああ、そうだナツメ。あたしが、アンタと一緒にいてやる」

 

「でも……」

 

「言い方を変える。あたしが、アンタと一緒にいたいんだ。言わせないでくれ恥ずかしい……」

 

「……そんなこと言われたら、断れないね」

 

「断るつもりだったのか?」

 

「まさか」

 

「ん、時間だ。行こう」

 

「うん、そうだね。俺たちはようやく登り始めたばかりだもんね」

 

「ああ、この果てしなく遠い鬼ごっこ道を、な……!」

 

 次回作にご期待下さい!

 

 

 

 

「てな感じで今に至ります」

 

「なるほどわからん」

 

「ですよね」

 

 合流した音無くんにこれまでのことを聞かれたので端折りながら説明を試みたところ、ダメだった。だいぶ加筆修正はしておりますががが。

 

「野田と関根が捕まったのはわかったぜ」

 

 日向くんが言う。伝わってたみたい。ちょっと嬉しい。

 

「野田先輩がアホだってこともわかりました!」

 

 ユイにゃんそれ正解。

 

「そろそろいいかしら?」

 

 岩沢さんと話してた仲村さんがこちらに向き直って言った。誰も答えなかったけど、それを肯定と受け取ったのだろう。仲村さんが口を開く。

 

「さっきも言ったけど、ここから先、遊佐さんの指示はないわ」

 

 実は合流した時点で全員にお話済みです。

 

「各自、自分の力で乗り切ってちょうだい」

 

 皆が頷く。すごく真剣なムードなんだけども、もともと鬼ごっこってそういうもんだよね。

 

「良い顔ね。それでこそアナタ達よ」

 

 隣で岩沢さんが欠伸を噛み殺してますがそこには誰も触れない。優しさって素晴らしい。

 

「全員、手を出してくれるかしら」

 

 そう言って仲村さんが右手を前に出す。それに重ねる様に音無くん、日向くん、ユイにゃんと手が連なる。次に岩沢さんが手を重ねて、その上に俺の手を置いたら完成。

 

「絶対に生き残るわよ」

 

 仲村さんの声に音無くんがああ、と返し、日向くんが当然だ、と笑う。ユイにゃんはいつものテンションでおー! とお返事。岩沢さんは特に何か言うことはなかったけど、ちょっとだけ楽しそうでした。

 

「生きてまたここで会いましょう。解散!」

 

「ここ廊下だけどね」

 

 言うや否や皆は散り散りになった。とは言うものの、廊下のど真ん中でこのやり取りしてたから、行ける方向が二通りしかない訳です。結局、仲村さんと音無くんの二人が一方を、日向くんとユイにゃんの二人がもう一方を行っている状況。そして、俺と岩沢さんがその場に留まってます。

 

「岩沢さんどっち行く?」

 

「ん、ロックだよ。メタルはちょっと」

 

「話聞いてよ」

 

 音楽の方向性とか聞いてないんだけども。曲解とかそんなちゃちなレベルじゃないよ。

 

「ああ、勘違いしないで。別にメタルが嫌いってワケじゃないよ。ロックの方が性に合ってるんだ」

 

 勘違いしてるのはあなたです。

 

「寝て起きたら絶好調だね」

 

「それに、ひさ子達と話して決めたことだしな。大切にしていきたい」

 

「そうなんだ。あ、俺こっち行くからー」

 

 バイバーイと手を振るもついて来ました岩沢さん。手を振った俺バカみたい。

 

「……?」

 

「気にしないでくだしあ」

 

 虚空に手を振る俺を岩沢さんが怪訝な目で見てきた。アナタに振りました、とは言えなかった俺を誰が責められようか。

 

「どこ行く?」

 

「ん、音楽室」

 

「では行きませう」

 

 ギター弾きたい。だと思った。見つからなければいいんだろ? そだね。ん、音楽室。向かいませう。

 

 

 

「はい、到着。でも楽器あるの?」

 

「探せばあるんじゃないか?」

 

 音楽室を物色。はたしてギターはあるのだろうか。

 

「ん……?」

 

「どしたの岩沢さん」

 

 岩沢さんの手にはエレキギターが握られている。ギターはあったみたい。でも、あれ? どっかで見たことあるね。

 

「これ、あたしのギターだ」

 

「マジか」

 

 驚きです。先生に没収されたままだと思ってたけど、なんでこんなところにあるんだろうか。

 

「思わぬ収穫。関根ちゃんと入江ちゃんのは?」

 

「ん、ちょっと待って」

 

 そう言って当たりを見回す岩沢さん。程なくして関根ちゃんのものと思われるベースが見つかった。でも入江ちゃんが使ってたドラムセットがない。

 

「ないねー」

 

「ん……?」

 

 岩沢さんがまた何か見つけたらしい。扉だ。鍵はかかっていなかったようですんなり開いた。お邪魔します。

 

「あった」

 

「あ、ホントだ。あとで仲村さんに連絡して取りに来てもらおうか」

 

「ん、そうだな」

 

「嬉しそうだね」

 

「また皆で演奏できるからな」

 

「そっか。よかったね」

 

 岩沢さんがすごく嬉しそうです。なんでここにガルデモの楽器があったのかはわからないけども、思わぬ収穫。

 

「あ、じゃあガルデモ再始動に向けてユイにゃんが本格的に加入する感じ?」

 

「ん、そうなるな。その辺りの話は、まぁ、ひさ子にでも頼むさ」

 

 頑張れひさ子ちゃん。

 

「あたしは勝手に弾いてるけど、アンタはどうする?」

 

「ギター弾いてる岩沢さん見てる」

 

「面白くないと思うけど」

 

「でも他にすることも無いしね」

 

「それじゃあ……」

 

 コレ持って、とその辺にあったギター渡されました。

 

「弾いたことないんだけども」

 

「なんとかなるだろ」

 

「なるの?」

 

「あたしが教えるよ」

 

 急かされる様に座れと促されれば、従うしかない。

 

「よく見て。こう。これがCコード」

 

「こうですか? わかりません」

 

「違う。こっち」

 

「どっち?」

 

「ん、こっち」

 

「あ、そっちね」

 

「そう、そっち」

 

 鬼ごっこそっちのけで岩沢さんのギター講座がスタート。しかし、残念ながらできる気しないです。

 

 

 

犠牲者:野田、高松、藤巻、入江、TK、大山、関根、ひさ子、椎名

 

戦線チーム残り6人

 

 



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35

 

「こう?」

 

「違う」

 

「こう?」

 

「違う。こう」

 

「こうか!」

 

「センスないな」

 

 うわん。岩沢さん容赦ない。

 

「向いてないのかもな」

 

「俺もそんな気がしてきた」

 

「ん、ドンマイ」

 まさか岩沢さんに慰められる日が来ようとは思わなんだ。

 

「がしかし、だがしかし」

 

「ん?」

 

「俺は約束したのだ! 諦めないって! 日本一になるって!」

 

「…………」

 

「無視ですか。シカトですか。修造はスルーですか」

 

「誰?」

 

「何……だと……?」

 

 知らない……だと……?

 

「あまりテレビは見てなかったんだ」

 

「そうなの? 面白いよ」

 

「生きてた頃はギターばっかりだったよ。あとバイト」

 

「そっか。でもなんか岩沢さんらしいかも」

 

「そう?」

 

「うん。音楽バカ」

 

 ごめんなさい。謝るからピックでグリグリしないで。

 

「アンタはどうだったんだ?」

 

 どうだろう。頭捻ってみるけど想い浮かぶのはいつも通りのことばかり。

 

「あにめ、まんが、げーむ、だいこうぶつれす。たぶん」

 

「ああ、記憶無いんだったっけ」

 

「です」

 

 そう、と短いお返事の後、岩沢さんはご自分の世界に入って行きましたとさ。

 

「手持ち無沙汰である」

 

 要さなくても暇である。岩沢さんが構ってくれないから。

 

「何か面白そうなものはないのだろうか」

 

 わざとらしく口に出してみたものの、岩沢さんはスルー。久しぶりに自分のギターに触れたからか、いつにも増して没頭している模様です。

 

「あ、ピアノ。ピアノ発見。よーしナツメ弾いちゃうぞー」

 

 チラッチラッと見てみるもスルー。わかってたけどな!

 

「どっこいせっと」

 

 なんとなくピアノを弾いてみようとしてとりあえず着席。楽譜とかないからどうしようかな、とか考えてたんだけど不思議なことに手が自然と鍵盤の上に。

 

「あれ、もしかして……」

 

 弾けるんじゃね? そう思いながらも確信に近いものがあったので弾いてみた。弾けた。

 

「こいつ、動くぞ……!」

 

 ええい、ナツメの十指は化け物か!? なんつって。言いつつも手は滑らかに鍵盤の上をなぞる。

 

「ナツメのテーマ」

 

「いや、それ猫踏んじゃった」

 

「ですよね」

 

 あれ、岩沢さん聞いてたのね。でも気を取り直して次の曲。

 

「ウイングス・トゥ・フライ」

 

「翼をください。なんで英語で言ったんだ?」

 

 気にすんな。

 

「そしてぇ!」

 

「何それ? 随分短いみたいだけど」

 

「FFのレベルアップしたときの曲」

 

「曲って言うのか、それ」

 

「ですよね」

 

 で、打ち止め。もうネタげふんげふん弾ける曲ないみたい。

 

「ピアノ弾いたことあったんだな」

 

「んー、わかんない」

 

「指の動き見てたけど、素人じゃないと思う」

 

「これで履歴書の特技の欄にピアノって書けるね!」

 

「どこに出すんだその履歴書」

 

「明るい未来に就職希望だわ」

 

「モー娘? 就職できると良いな」

 

「ありがと」

 

 おれがんばる。

 

「しかし、そうか。ピアノ弾けるのか……」

 

 いや、でも今弾いたヤツしかできないし、楽譜読めないしなので弾ける側としてカテゴライズされるのは正直心苦しかったりしますです、はい。

 

「ん、これ弾いてみて」

 

「楽譜読めないってば」

 

 こっち来て渡された。読めないって言ってるのに。あと、そもそもどっから出したのこの楽譜。

 

「あたしが教える」

 

「Aカップなんてお呼びじゃホントにごめん」

 

 そんな表情初めて見た!

 

「Bだから」

 

 そう言えばそうでした。

 

「あたしじゃなかったらセクハラだぞ」

 

 いいえ、岩沢さん相手でもセクハラです。

 

「岩沢さん、自分を大切にしてね」

 

「何? 急に」

 

 いいからと言い聞かせてとりあえず頷いてもらうことに成功。わかってるかも、いや、確実にわかってると思うけどもあとでひさ子ちゃんにも言っておこう。なんか岩沢さんって色々無頓着すぐる。

 

「ん? 前にひさ子にも同じこと言われたような……? まぁ、いいか」

 

 あ、やっぱり。さすがひさ子ちゃん。でもまぁ、いいかで切り捨てる岩沢さんもさすがです。

 

「ほらまずはここ」

 

「あ、ダメだ。このピアノ、ドとレとミの音が出ない」

 

「それクラリネット。これピアノ」

 

「ファとソとラとシの音も出ない」

 

「いいから」

 

 ああん。音楽絡むと途端にボケが減るのよねこのお人。せっかくパパからもらったのに。なんつって。

 

「ほら、ここ」

 

「ここ?」

 

「そう、そこ」

 

「ん、次は?」

 

「こっち」

 

「よし来た」

 

「ん、次は」

 

「そう言えばベートーベンて音楽嫌いな時期が」

 

「ちゃんと見ろ。あと口じゃなくて手を動かせ」

 

「すいませんでした」

 

 そんなこんなでナツメにもわかる(わからなかったけど)岩沢さんのギター講座からピアノ講座へシフトチェンジ。ギターに比べてスパルタです。解せぬ。

 

 

 

 で、少し経ってから急に扉が開いた。ユイにゃんでした。

 

「Bear the cross and suffer……」

 

「あ、ゴメン。今忙しいから」

 

 主に岩沢さんの講座のせいで。

 

「やーだー! 真面目な先輩はやーだー!」

 

 駆け寄ってきた勢いのまま腕を掴むんじゃないよ。岩沢さんに怒られるじゃないか。でも仕方ないので。

 

「なるほどYUINYANじゃねーの」

 

「そうだ! それでこそせんぱ痛い痛い!? 岩沢先輩非常に痛いです! 主に頭部がー!」

 

 ほら岩沢さんが怒ったー。滅びよ……、とか言ってるし。ひさ子ちゃん直伝のアイアンクローですね、わかります。なんで俺まで。

 

「岩沢さんも結構力あるね。痛いです」

 

「でもひさ子先輩程じゃないですね! 痛いです!」

 

「あの握力何なんだろうね? 痛いです」

 

「きっと前世がゴリラだったんじゃないかと予想します! 痛いです!」

 

「ひさ子ちゃん聞いたら、うん、痛いね」

 

「はい! 痛いです!」

 

「岩沢さん、まだ怒ってる?」

 

「そろそろ本当に許して下さーい!」

 

 限界じゃー! とユイにゃんが叫ぶ。岩沢さんが中々頭から手を外してくれなかったので会話して誤魔化そうと試みたものの、むしろ痛みは増す一方。なのでユイにゃんも言ったけどそろそろ本当に許しを乞います。傍から見たらきっとシュールな光景なんだろうなーとか思ってない。断じて。

 

「ここにいたのね」

 

 突然耳に侵入してきた透き通るような声に俺達三人の動きが止まる。岩沢さんの指の隙間から覗き見てみたら、ユイにゃんが開けっ放しにした扉からあの人がこちらを窺っていた。

 

「立華さんってより……天使じゃねーか」

 

「天使じゃないわ」

 

「ですよね」

 

 どう見ても生徒会長さん(鬼)です。本当にありがとうございました。

 

 

 

犠牲者:?

 

戦線チーム残り?人

 

 



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36

 

 さて、どうしたものか、と考えた時に思わずため息が漏れた。自分のことながら無理もないと思う。今現在は忘れそうになってたけども、しっかりと鬼ごっこの最中であり、この場にいる俺と岩沢さん、それからユイにゃんは逃げる側である。しかし、どうだろうかこの光景は。

 

「どうしてアナタはナツメ達の頭を掴んでいるのかしら?」

 

「アンタには関係ないだろ?」

 

 いまだにアイアンクローを継続させる岩沢さんは不思議そうに首を傾げながら言った天使さん、もとい、立華さんに言葉を返す。聞き様によっては喧嘩腰にも捉えられる発言だけども、きっと岩沢さん本人にその意思はない。聞きなれてるこっちの身からしたらいつも通りなのだ。でも立華さん、助けてくれると嬉しいです。割と切実に。

 

「それもそうね」

 

 なんてこった。あろうことか、かの無敵生徒会長様がかわいい生徒(笑)を見殺しにしなさった。この世に慈悲はないらしい。この世かどうかは怪しいけども。

 

「たちばなさんたちばなさんたちばなさん」

 

「何かしら?」

 

「ボスケテ」

 

「決して走らずに急いで歩いて行けばいいのかしら?」

 

「まさか通じるとは」

 

 セクシーコマンドーまで知ってるとは驚きです。どうやら侮っていたようで、認識を改める必要がありそうだ。

 

「ところで岩沢さん、そろそろ手疲れない?」

 

「ん、ギタリストの握力舐めんな」

 

 はたして本当に関係あるのだろうか。俺もユイにゃんもギターじゃないお。肩ひも付いてないし。純粋な握力がものを言います。

 

「ところでユイにゃん大丈夫? 全然喋ってないけども」

 

「ま、まだまだっ……! これくらい、大、丈夫です……!」

 

「そっか。岩沢さん、ユイにゃんまだ大丈夫らしいから、俺だけ離してくだしあ」

 

「ん、わかった」

 

 うは、開放感パねぇ。自由って素晴らしい。ビバフリーダム。

 

「う、裏切りものー! 岩沢先輩! ユイにゃんも! ユイにゃんも限界です! ヤバイです! ヤバすぎます! どれ位ヤバイかって言うと」

 

「そう言えば立華さん。首尾はどう? 誰か捕まえた?」

 

「まさか残りはあたし達だけ、なんてことはないだろ?」

 

「残念だけどアナタ達だけよ、なんて言えたら良かったのだけどね。安心していいわ」

 

「聞いて! お願いします! 先輩方! 聞いて! いや、聞いて下さい!」

 

 必死なユイにゃん珍しい。でもさすがに哀れなので一緒に岩沢さんにお願いしました。離してくれた。よかったねユイにゃん。

 

「青い髪の彼。名前は、何て言ったかしら?」

 

 立華さんまた忘れたのか。ならば仕方ない。教えて進ぜよう。

 

「音無くん」

 

「ああ、そうだったわ。その彼なら少し前に捕まえたわ」

 

「おー、なるほど。あ、ちなみに青い髪は音無くんじゃなくて日向くんです」

 

「……ナツメ。アナタはまた騙したわね」

 

「ついうっかり」

 

「次はしっかりね」

 

「ついちゃっかり」

 

「つまりはったりだったのね」

 

「うん、びっくり?」

 

「いいえ、がっかりよ」

 

「おお、きっぱり言うね」

 

「ええ、はっきり言った方が良いでしょう?」

 

「うん、つまり?」

 

「八兵衛ね」

 

「さすが過ぎて惚れる」

 

 二人だけでちょっとした満足感を得ました。

 

「このまま話しているのも楽しいのだけど、私は生徒会長。いえ、今は鬼。言わば修羅」

 

「天使さんじゃないの?」

 

「天使じゃないわ」

 

「ですよね。知ってました」

 

「ナツメ、私にも修羅としての矜恃があるの。だから、私は私の仕事を全うさせてもらう」

 

 いつの間にか鬼ごっこが修羅ごっこになっていたでござる。言っといてなんだけど修羅ごっこって何ぞ。

 

「……修羅は、修羅の子しかなれぬ!」

 

 お、急に復活したねユイにゃん。回復早い。

 

「今の私は人間じゃないわ」

 

 しゅらもんですね、わかります。立華さんもノリノリですね。しかし岩沢さんは完璧に置いてけぼり。しゅらもんは読んでなかったようで。

 

「ユイにゃんもそろそろ本気になるよ!」

 

「私はまだ本気になんてなっちゃいない」

 

「でも、恐怖がユイにゃんを止めるどころか、加速する……!!」

 

「愚か者は勝利者にはなれないの。決して、ね」

 

 あれ、俺も置いてかれてるみたいです。まぁ、いいか。

 

「ナツメ」

 

「ん?」

 

 どしたの岩沢さん。

 

「小腹が空いた」

 

「岩沢さん自由だね」

 

 何というフリーダム加減。

 

「ん、今日は麺類の気分」

 

 見かける時はいつも麺類の様な気がするのは俺だけなのだろうか。あとでひさ子ちゃんとか関根ちゃんとか入江ちゃんあたりにでも聞いてみようかな。

 

「食堂は移動範囲外だけども」

 

「ラーメン、いや、今日はパスタ」

 

「話聞いてよ」

 

「ん? 食券なら交換したと思ったけど、この間」

 

 その節は大変お世話になりました。おかげでポケットに素うどんがいっぱい、いや、違くて。

 

「この状況どうすんのさ」

 

 入口付近に立華さんいるし、さすがにばれずに出て行くことは無理かと思われ。

 

「んー……」

 

 あ、面倒臭そうな顔。すごく面倒臭そうな顔。

 

「連れて行く」

 

「誰を?」

 

「アイツら」

 

「二人とも?」

 

「ん、二人とも」

 

「どうやって?」

 

「任せた」

 

「えっ」

 

 なんて無茶ぶり。早く。え、あ、はい。

 

「たちばなさんたちばなさんたちばなさん」

 

「生徒会長のハートはいつだってハンドソニック、何かしら?」

 

 まだやってたのねしゅらもん。どっかのゆるキャラみたい。しゅらモン。でもお話聞いて下さいな。

 

「お腹空いた。岩沢さんが」

 

「食堂に行けば済むことよ。どうして私に言うのかしら?」

 

「ご一緒しませんか?」

 

 お、立華さん考えてる。音無くんのときはすぐ断ったのにね。と思ったらお腹触ってる。立華さんもお腹空いてるのかな? 確かに時間的にはころ合いだったね。

 

「誘いは嬉しいのだけど」

 

「今ならもれなくユイにゃんがご馳走してくれます」

 

「行きましょう。麻婆豆腐がいいわ」

 

 フィーッシュ。釣れた。いや、釣った。ユイにゃんが何か言ってるけど、聞こえない。

 

「岩沢さん。せっかくだし、みんな誘ってみる?」

 

「どっちでもいい」

 

「誘うね。あ、立華さんも生徒会の人誘ってみてくれる?」

 

「そうね。来るかはわからないけど、声をかけてみるわ」

 

「ん、よろです」

 

 てな訳で急遽ではあるけど戦線、生徒会合同のお食事会が決まりました。みんな来てくれるといいねー、とか話ながら皆で音楽室を後にします。三人とも鬼ごっこしてたの忘れてるみたい。言わないけどもー。

 

 



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37

 

「ナツメくん。これは一体どう言うことなのかしら。説明を要求するわ」

 

 怒りを通り越して呆れた様な表情の仲村さんが言った。場所は食堂入口付近。他の人達の邪魔にならないようにちょっと避けてます。

 

「お腹空いたからご飯行こうと誘った結果」

 

「簡潔ね。連絡事項としては満点よ。でもギルティ」

 

「仲村さんも同罪です」

 

 ここにいるってことはご一緒するんだろうし。

 

「あら、言うようになったじゃない」

 

「人間は日々成長するものなのです」

 

「はいはい。ところで、天使、いえ、生徒会の人達も誘ったの?」

 

「せっかくなので」

 

 適当に声をかけて回っていたら、気が付けば遊佐ちゃんと竹山くん、それに生徒会メンバーを含めた鬼ごっこ参加者が勢揃い。たいへん大所帯です。座れるかな?

 

「まさか生徒会と食事することになるとは。少し前なら考えられなかったわね」

 

 そうなの?

 

「以前に話したと思ったのだけど。覚えて、ああ、やっぱりいいわ。どうせ覚えてないんでしょうから」

 

 失礼な。正解だけども。

 

「私たち死んだ世界戦線と生徒会は敵対関係にあるのよ。まぁ、ここのところ、正確にはアナタが来てからというもの、その関係は曖昧になりつつあるのだけどね」

 

「まるで俺が悪いみたいに」

 

「悪いとまでは言わないわ。だけど、アナタが要因なのは否定できないのよ」

 

「なんかゴメン」

 

「ギルティ」

 

「ファッ!?」

 

 謝ったのに。俺は悪気ないのに。

 

「冗談よ。謝る必要もないわ」

 

「仲村さんも人が悪い」

 

「失礼ね。こんな善良な人間、なかなか居ないわよ?」

 

「そうだね、お腹空いたね」

 

「話を聞きなさい」

 

「うん、今日も素うどん日和だね」

 

「あら、素うどんの食券がこんなところに」

 

「焼肉定食と交換でよろしいか?」

 

「明らかに釣り合わない物を提示しないでほしいわね。持ちかけたこっちが遠慮しちゃうじゃない」

 

 お肉の油苦手です。量食べられません。

 

「今ならオマケにチャーハン作るよ!」

 

 ちがった。付けるよ!

 

「話を聞きなさいってば。チャーハンだけで十分よ」

 

 そう言って仲村さんはチャーハンと素うどんの食券を交換してくれた。さすがはリーダー。器が違う。これからもこのひとについていこうとおもいました。

 

「ああ、そうそう。ちなみにもう一つの要因として彼の名前もあがるわ」

 

 仲村さんの視線は言葉を発すると同時に立華さんと親しげに話している戦線メンバーを捉えていた。音無くんである。

 

「ん、音無くんは立華さんが気になるみたいだね。たまに話しかけようとしてるみたいだし」

 

 ただ、今だに名前を覚えてもらえていないところを見ると、立華さんと何か意識の違いのようなものがある希ガス。

 

「アナタもそうなのだけど、目の前でああも仲良くされるとね」

 

「何か不都合、あ、もしかして嫉妬? 嫉妬ですか? ジェラシーですか? かわいいとこあるじゃん」

 

「最後の一言が余計よ」

 

「あれ、否定しないの?」

 

「そうね。多分これは、それに近い感情だと思うの」

 

 予想外なお返事。今日のリーダーは何やら殊勝です。

 

「どしたの中村さん。調子悪い? どっか痛い?」

 

「ありがとう。大丈夫よ」

 

「我慢いくない」

 

「我慢なんてしてないわ。誰にも言えなかったことも言えたしね」

 

「ん?」

 

 誰にも言えなかったこと?

 

「忘れてちょうだい。今言ったことも。さっき言ったことも」

 

「まかせて。忘れるのは得意」

 

「知っているわ。だからこそ話したようなものなのだから」

 

「褒められてると受け取りますが構いませんね!」

 

「好きになさい」

 

 ヒラヒラと手を振り仲村さんは先に食堂へと入って行った。反応がいつもより冷たいとか思ったけど、別にそんなことなかった。そして、そんな彼女に続くように戦線メンバーと生徒会勢は足を動かす。さて、どこに座ろうかな。

 

「素うどんゲッチュ」

 

 とりあえず食券を品物と交換してもらい、空いてる席を探す。丁度ご飯時なこともあってか、席は程良く埋まっていた。まとまった席がなかったのか、戦線メンバーはややバラバラだ。岩沢さんを筆頭としたユイにゃん含むガルデモの五人と藤巻くんと大山くんなどの男子数名のグループ。少し離れて遊佐ちゃんと椎名さんに野田くんと高松くんの四人。後者は随分と静かなお食事会になっているようである。お通夜みたい。遊佐ちゃんに睨まれた。無視した。

 

「あれま」

 

 ふと目に入った生徒会の人たちは数人の戦線メンバーと共に食事中の様だ。その中で仲村さんと立華さんが並んで座っているのが少し意外。仲悪いんじゃなかったっけ? そしてターゲット、もとい空いている席を発見。突撃します。

 

「なおいくんなおいくんなおいくん」

 

「気安く呼ぶな。僕は神に」

 

「体は麺で出来ている」

 

「血潮はスープ、心はダシ」

 

「幾たびの食堂に通って完食」

 

「ただ一度の――おい、何を言わせるんだ貴様は」

 

「アンリミテッド・ヌードル・ワークス」

 

「だから、おい、止せ。座るな。向こうへ行け」

 

「お断りします」

 

 対面いただきます。素うどんもいただきます。

 

「直井くん七味とってー」

 

「気安く呼ぶなと言っている」

 

「とか言いつつちゃんと取ってくれる辺り直井くんはツンデレですね、誰得ですか?」

 

「…………」

 

「無言でラー油入れてくるとか鬼畜すぐる」

 

 岩沢さんみたい。

 

「粗末にするなよ」

 

「うん、がんばる」

 

 もう辛いものは慣れました。誰かさんのおかげです。

 

「そうだ、直井くん。聞いても良い?」

 

「却下だ」

 

「うん、直井くんって生前のこととか覚えてる人?」

 

「話を聞け」

 

「そうそう。俺は覚えてない人。あ、ちなみに音無くんも覚えてない人」

 

「だから話を」

 

「直井くんも覚えてないならどうですか? 一緒に同盟組みませんか?」

 

「……悪いが、記憶はある」

 

「あれ、どしたの頭抱えて。頭痛? 頭痛が痛い?」

 

「わざとらしい二重表現は止せ」

 

「ですよね」

 

 あと別に頭痛がする訳ではないようです。

 

「しかし、貴様は記憶がなかったのか」

 

「ん、ないのですよ」

 

「それは幸せなのかもな」

 

「そう?」

 

「生前のロクでもない人生を覚えていないんだ。それほど楽なことはない」

 

「実は不安があったりするのだけども」

 

「不安、か。似合わない言葉だな」

 

「直井くんが失礼なことを言う。これは断固抗議せざるを得ない」

 

「却下だ」

 

 ああん、冷たい。

 

「ところで最近CMにボーカロイドが使われ始めた件についてだけど」

 

「由々しき事態だ。ただでさえ女神のミクがCMというメディア進出を持って」

 

 ここから三時間ほど拘束されましたとさ。安易な気持ちで地雷は刺激するもんじゃないね。いいべんきょーになったとおもいました。

 

 




地味にタイトル変更いたしました。


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38

 

 鬼ごっこ? なにそれおいしいの? なんて展開から派生したお食事会は無事に終わり、死んだ世界戦線と生徒会の絆が深まった。それが事実かどうかは別として素うどんおいしかったです。

 

 そしてそれから数日経ったある日、戦線メンバーはブリーフィングルーム、またの名を校長室にまたもや集められた。言わずもがな、仲村さんからのお呼び出しである。

 

「さて、今日集まってもらったのは他でもないわ」

 

 定位置に座り腕を組んだ仲村さんが言った。

 

「……質問、いいか?」

 

 おずおずと手を上げた音無くん。

 

「まだ何も言ってないじゃない」

 

 ごもっともである。やらなきゃいけないような気がした、とか言ってるけど音無くんも大概染まってきているようで嬉しい限りです。仲村さんもご満悦の様子。

 

「では改めて。まずは連絡事項よ。遊佐さんよろしく」

 

 結局遊佐ちゃんなのね。そんな気はしてたけども。

 

「ゆりっぺさんに代わりましてお伝えします。遊佐です」

 

 スッと一歩前に出て遊佐ちゃんが口を開く。

 

「本日付けで陽動部隊、ガールズデッドモンスター、失礼、Girls Dead Monsterは5名で活動をしていただきます。ユイにゃんさん、こちらへ」

 

 何で言い直したのだろうか。やたら発音良いし。ほら、日向くんめっちゃうずうずしてる。つっこみたくてしょうがないって顔してる。

 

「どーも! 今日からガルデモ! ユイにゃんガルデモ! ユイにゃんです!」

 

「何言ってんだこいつ」

 

 思わず口からもれちった。

 

「ふっふっふっ! 先輩! 事実が受け入れられていないんですね! この事実が! ユイにゃんガルデモに電撃加入と言う事実が! 事実が! じーじーつーがっ!」

 

「ユイにゃんうっさい」

 

「なんでなんでなんでなーんーでー! ほーめーてーよー!」

 

「その髪、地毛? 脱色していい?」

 

「はーなーしーきーいーてー!」

 

 コホン、と誰かが咳払い。遊佐ちゃんでした。ユイにゃんと一緒にごめんなさいしておいた。

 

「続きまして、翌日にある球技大会についてお話しします」

 

 あ、やっぱりなんか仕掛けるんだ。仲村さん何か考えてたもんね。

 

「それについては私から言わせてもらうわ」

 

 ここぞとばかりに仲村さんが発言。遊佐ちゃんがつまらなそうに一歩下がります。ドンマイ。

 

「遊佐さんの話にあった通り、明日は球技大会があるの」

 

「へぇ、そんなものがあるのか」

 

 音無くんは知らなかったようです。まぁ、俺も少し前に仲村さんに聞いて知ったんだけど。

 

「ライブでもやって邪魔するのか?」

 

 日向くんが少し悪い笑みを浮かべて言う。その言葉に一番反応したのは仲村さんや音無くんではなく、岩沢さん。先日楽器も戻ってきたし、ユイにゃんも正式に加入したしでライブやりたくて仕方ないみたい。

 

「いいえ、ガルデモは新メンバーも増えたばかりだし、5人体制に慣れるまではライブでの陽動は行わないつもりよ」

 

 だそうです。残念だったね岩沢さん

 

「ん、今回は仕方ない」

 

「あれ、意外にすんなり引き下がったね」

 

「この間楽器が戻ってきたばかりだしな。まだ5人でのちゃんとした音合わせはやってない」

 

「そっか。じゃあライブはまた今度だね」

 

「すぐにやってやるさ」

 

「楽しみに待ってます」

 

「ん、期待してていいよ」

 

 な、と岩沢さんがガルデモの皆に視線を投げる。その中にはもちろんユイにゃんも含まれており、一瞬遅れてから、びっくりさせてやるぜコラー! 今からとても楽しみです。

 

「ひさこちゃんひさこちゃんひさこちゃん」

 

「連呼すんな」

 

「うん、ライブのときはカメラとか持ってった方がいい?」

 

「ライブ中は原則カメラ禁止。第一お前持ってないだろ」

 

「チャ―さんに作ってもらう」

 

「いや、仕事増やしてやるなよ」

 

「ですよね」

 

 残念だけど、仕方ない。てかそもそもチャ―さんはカメラ作れるのだろうか?

 

「関根ちゃんは、まぁ、いいや」

 

「異議あり! なっつん異議あり!」

 

「発言を認める」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

「白状します。却下されると思って何も考えてなかったです」

 

「素直でよろしい。そんな関根ちゃんには差し入れに素うどんを持って行きます」

 

「ハムッ、ハフハフ、ハフッ!!」

 

「熱いから気を付けてね」

 

「うぃ」

 

 ほんとは甘いものがいいなー。ん、なんかケーキ的なもの持ってく。やったー。

 

「入江ちゃんも頑張ってね。応援してる。超してる。ハイパーしてる。あ、横断幕とかいる? 作るよ?」

 

 椎名さんが。裁縫とか得意なんだってさ。仲村さんが言ってた。

 

「え、えと、いや、ちょっと……」

 

「入江ちゃんが俺の応援なんかいらないって言う。傷ついた。超傷ついた」

 

「えっと、ダウト」

 

「お?」

 

「なんかこのやり取りも慣れて来た、かも……?」

 

「この調子で適当に相手してくれると嬉しいです」

 

「がんばる……!」

 

「うん、ライブに向けて頑張ってくだしあ」

 

「あ、そ、そうだね。ライブがんばる……!」

 

 この子は本当に大丈夫なのだろうか。少し不安である。

 

「そしてユイにゃんめんどい」

 

「そこは応援するところー!」

 

「俺なりに精一杯応援してるつもり」

 

「罵倒してるの間違いだろテメー!」

 

「うわ、すごくめんどくさい」

 

「ユイにゃんにもカメラとか差し入れとか頑張ってとか言ってよー!」

 

 ガックンガックンされてます。なんか最近これに慣れ始めてる自分が嫌。

 

「頑張ってカメラを差し入れに持ってく」

 

「そんなもんいるかコラー! ユイにゃんも甘いもの! 甘いもの! あーまーいーもーのー!」

 

「甘いもの? 大学芋でよろしいか?」

 

「あ、割と好きです」

 

「マジか」

 

 予想外の反応。

 

「芋けんぴとかも好きだったりします!」

 

「あ、ユイにゃん」

 

「はい?」

 

「いいからじっとしてて」

 

「え、このシチュエーション、まさかキス――」

 

「芋けんぴ、髪に付いてるよ」

 

「う……わー」

 

「うん、ありえないよね」

 

「ありえませんね! 髪に芋けんぴくっついてたら普通にわかると思います!」

 

「差し入れで持ってくから髪に付けてライブ出てよ」

 

「嫌です!」

 

「ですよね」

 

 ガルデモの人たちとそんなくだらないやり取りをしていたら、不意に仲村さんが声を張った。

 

「そういう訳だから皆頑張ってちょうだいね! はい、解散!」

 

 どう言う訳なのだろう。

 

「岩沢さん聞いてた?」

 

「ん、主に洋楽を」

 

「話聞いてよ」

 

 この人に聞いた俺がアホでした。しかし、仲村さんの話なんも聞いてなかった。ガルデモの人たちも聞いてなかったみたいだけど、俺のせいじゃないと思う。

 

 



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39

 

「やっぱ普通に参加するんじゃない?」

 

「それだと消えちまうんじゃねーのか?」

 

 ひさ子ちゃんが答えてくれた。確かにその通りかも。ただいま自動販売機の前でガルデモ5人と一緒に緊急会議中。お話聞いてなかった組です。

 

「やっぱりここは新生ガルデモでライブでしょー!」

 

「いや、ライブは少しの間お休みって仲村さん言ってたじゃん」

 

 ユイにゃんそこすら聞いてなかったのか。きっと岩沢さんですら聞いてたかと。

 

「ねぇ、岩沢さん」

 

「ん、邦楽のロックも好きだけど洋楽の」

 

「話聞いてよ」

 

 聞いてなかってぃんぐ。現在進行形で聞いてなかった。さすがの一言に尽きます。

 

「遮るな」

 

「え、あ、ごめんね」

 

「ん」

 

 謝っちゃったけど、俺が悪いのだろうか。どこか腑に落ちないお。

 

「なっつんなっつん」

 

「なに? 関根ちゃん」

 

「 ド ン マ イ 」

 

 顔がめっちゃ笑ってますがな。

 

「関根ちゃんがいじめる。入江ちゃんに助けを求めよう。そうしよう」

 

 急に話し振られた入江ちゃんが驚いた顔してる。とりあえずなんか言ってやって下さいな。

 

「ひ、卑怯だぞなっつん! みゆきちに助けを求めるなんて!」

 

「関根ちゃんって入江ちゃんに弱いよね」

 

「ぐ、ぐぬぬ……! おのれ、なっつん……!」

 

「おお、関根ちゃんよ。そこで引き下がってしまうとは情けない」

 

「な、仲良くしなきゃダメだよぅ」

 

 とは入江ちゃんのお言葉です。

 

「え、あたし達仲良いよ? ねー、なっつん」

 

「そだね。桃鉄で開始早々打ち合わせ無しで一人を狙い撃ちする位には仲良いよね」

 

 ユイにゃんのことかー! とか近くで聞こえるけど気にしない。関根ちゃんも気にしてないし。

 

「また遊び行くね。今度はみゆきち連れて」

 

「ん、お菓子用意して待ってる」

 

 相部屋のNPCくんには外してもらわないとだけと。じゃないと入江ちゃんが人見知りスキル発動しちゃって来れないし。

 

「こ、今度は行けるようにがんばる……!」

 

「ん、待ってます」

 

 ぜひ頑張ってくだしあ。

 

「しっかし、どうすっかなー」

 

 ひさ子ちゃんが後頭部を書きながら言う。恐らく球技大会のことだと思われる。岩沢さんはあんまり興味ないみたいで、さっき自販機で買ったお水飲んでる。まじヴォルビック。

 

「誰かに聞いてみる?」

 

「それが無難かー」

 

 ひさ子ちゃんの賛同を得たので、聞きこみミッション開始です。と思いきや。

 

「岩沢さんどこ行くのさ」

 

「屋上」

 

「へ何しに?」

 

「ギター」

 

「を弾きに?」

 

「ん」

 

 だそうです。こうして岩沢さんは屋上へ向かいましたとさ。その左手にはヴォルビック。

 

「いやいや、なに普通に送り出してんだよ」

 

「つい」

 

 あまりに自然と言うもんだから。だからひさ子ちゃん、怒らないでほしいです。

 

「ついじゃねーよ。どうすんだよアイツ」

 

「ほっとけばいんじゃね?」

 

 あんまり参加したくなさそうだったし。

 

「……そうもいかねーだろ」

 

「今ちょっと間があったね。なんで? ねぇ、なんで?」

 

 うっせ、と言われて耳引っ張らりた。地味にいたひ。

 

「この屈辱をユイにゃんにもって、ん?」

 

 遠目に戦線メンバーが見えた。ひさ子ちゃん達も気付いたみたいで、皆そっちを向いてる。あの人は確か……。

 

「高松くんだ」

 

「高松だな」

 

「筋肉達磨ヤローですね!」

 

 ユイにゃんせめて名前で呼んであげて。

 

「こっち来るね。逃げる?」

 

「なんでだよ。球技大会のこと聞けばいいじゃねーかよ」

 

「ひさ子ちゃん天才か」

 

「お前がアホなだけだ」

 

 ひでぇ。

 

「なっつんアホだね!」

 

「先輩アホですね!」

 

 二人ともうっさい。

 

「げ、元気出して……!」

 

 別に落ち込んでないけども。

 

「でも入江ちゃんだけが俺の味方。入江ちゃん甘いもの好き? デザートの食券あげよっか?」

 

「え、いいよぅ。悪いよぅ」

 

 遠慮しなくていいのに。それから関根ちゃんとユイにゃんにはあげないから。騒いでもダメです。あげません。

 

「みゆきち贔屓だ! あたしもほしい!」

 

「べジータ風でよろ」

 

「食券くれよぉっ!」

 

「やーだよっ!」

 

 あたしあのCM結構好きだったなー。うん、なんかクセになるよね。ねー、あ、グミ食べたくなってきた。奇遇だね、俺も。買いに行こっか。行きませう。

 

「ユイにゃんも行く?」

 

「行きます! 暇なので!」

 

「ん、入江ちゃんは、誘うまでもないか」

 

 すでに関根ちゃんが確保済み。

 

「ひさ子ちゃんは? 行く?」

 

「いや、パス。高松に話聞いておく」

 

「あとで教えてくれると嬉しいです」

 

「はいよ。じゃあ、またあとで」

 

 バイバーイと手を振ってお別れ。ひさ子ちゃんは高松くんの方へ向かい、残った四人はグミを求めて一路購買へ。

 

「ユイにゃん運動得意そうだね」

 

「はい! よく言われます!」

 

「球技は? 得意?」

 

「まったくダメです!」

 

「ですよね」

 

 そんな気がした。

 

「ぶっちゃけスポーツ苦手です! 生きてた頃も全然やってませんでしたし!」

 

「ん、そっか」

 

 実はユイにゃんの生前の頃の話は聞いたことがなかったりする。本人がこの調子だし、あんまり話す雰囲気にならないのだ。てか運動苦手なのね。お仲間さんでした。

 

「今度バドミントンでもやろっか。みんな誘って」

 

「はい! トリプルカウンター見せてやります!」

 

「ならばこちらは無我の境地というものを見せてやろう」

 

「まだまだですね!」

 

「ワシの境地は百八式まであるぞ」

 

「そんなに使い分ける必要ってあるんですかね!」

 

「元も子もないことを」

 

「まだまだでしたね!」

 

 そのようです。

 

「いりえちゃんいりえちゃんいりえちゃん」

 

「なに?」

 

「入江ちゃんって運動得意?」

 

「えっと、あんまり……」

 

「ナカーマ」

 

 二人目の同族発見しました。よかった。戦線の人たちって運動得意な人多くて肩身狭いのですよよよ。

 

「あたしもそんなに得意じゃないなー」

 

「あれ、関根ちゃんも? ちょっと意外」

 

「多分、ガルデモだとひさ子先輩くらいじゃないかなー。運動得意なのって」

 

 話し聞く限りだと、岩沢さんも得意じゃないみたい。まぁ、進んで運動するようには見えないし、納得できるかも。

 

「とかなんとか言ってる間に購買に到着です」

 

「グミくれよぉっ!」

 

「関根ちゃん落ち着いて」

 

「うぃ」

 

 購買のおばちゃんに怪訝な目で見られてしまったジャマイカ。気にしないけども。

 

「グミありますか? ねるねるねるねでも可です」

 

 みんなでグミを含むオヤツを選びながらキャッキャッしてました。今日の収穫はぐるぐるもんじゃです。

 

 



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40

 

 購買でお菓子買って、どこで食べる? って話になって、どこでもいい! とか言われて、結局迷ったあげくに追加で二人分お菓子買って移動を開始した。目指すは屋上。岩沢さんの邪魔してやんよ! じょうだんですお。

 

「先輩! 見て見てー!」

 

 コーラガムをこれでもかって位に膨らませたユイにゃんが現れた!

 

「でゅくしっ」

 

 関根ちゃんの攻撃! ガムが破裂した!

 

「でもユイにゃん地味にすごい。俺、そんなに大きく膨らませない」

 

 顔にガム貼り付けてなんかむーむー言ってるユイにゃん。褒められて嬉しいのか、袖まで引っ張ってきた。そんなに強く引っ張んないでもたまには褒めてあげまするですよ。ところでそれ前見えてんの? まぁ、いいか。

 

「関根ちゃんも風船ガム膨らませる?」

 

「できるよー。ちっちゃい頃よくやってた」

 

「さすが関根ちゃん。そして入江ちゃん。できる?」

 

「実はできなかったり……」

 

 そんな気がした。だからこそ。

 

「れっつちゃれんじ」

 

「えっ」

 

 せっかくなので。

 

「ガム買ってないよぅ」

 

「こんなこともあろうかと!」

 

 五個くらい買っておきました。さすが俺。

 

「一個まるまるだと入江ちゃんには大きいかもだから関根ちゃんと半分こしてね」

 

「あ、うん、ありがとー」

 

 俺も一個食べよう。だがしかし、邪魔されました。一体なんだってんだい。

 

「むー! むー!」

 

「どしたのユイにゃん。テンション高め? 鬱陶しいね」

 

「むー! むー! むー!」

 

「うん、何言ってるかわかんない超わかんない」

 

「むーぁっ! 取れたー!」

 

「口元だけね。安っぽいペプシマンみたい」

 

「シュワー! じゃねんだよテメー! 可愛い後輩が苦しんでんだぞコラー!」

 

「ユイにゃん炭酸好き? 実は俺ちょっと苦手だったり」

 

「きーいーてーよー!」

 

 パンク少女 feat.顔面ガムに首をがっくんがっくんされた。軽くホラーです。早くガムとりなはれや。

 

 

「で、入江ちゃんが苦戦中、と」

 

 いつまでも劣化ペプシさんは連れて歩きたくなかったので、関根ちゃんが近くの女子トイレへ連行中。さすがに俺は着いて行けないし、付き添い二人もいらんでしょーってことで入江ちゃんと風船ガムの特訓中。俺は見てるだけだけども。

 

「でひない……」

 

「なんだろ、こう、口の中でガムを丸めて」

 

「む」

 

「歯でガムを支えながらベロをぐーっと突き出して」

 

「むー」

 

「で、ベロを抜きながら、空気を入れる感じ」

 

「むー、むー」

 

「違う違う。膨らますのはガムであってほっぺたじゃないです。気持ちはわかるけども。あと、あんまり力み過ぎるとガムだけスポーンと口から飛び出すようなアクシデントがって、ああ、遅かった」

 

 粗相ですね、わかります。涙目になってたのでよしよしして慰めてました。ティッシュもあげておきました。ドンマイ女の子。強く生きて。

 

 

 

「あ、やっぱり二人ともいた」

 

 あたしのいないうちにみゆきちを泣かしたとかで関根ちゃんに軽く睨まれてたけども、不可抗力ですと説明をしながら屋上まで来ました。予想通り、屋上には二人の女生徒の姿が。言わずもがな、岩沢さんとひさ子ちゃんである。

 

「お? なんだまた集合かよ」

 

 確かにその通りだね。さっきのメンツがまた揃いました。話聞いてなかった組再集結。

 

「まぁ、丁度良いか。さっきの球技大会の話あっただろ? 高松に聞いておいたぞ」

 

「あったっけ? 関根ちゃん」

 

「え、わかんない。ユイは知ってる?」

 

「わかりません! 入江先輩なら何か知ってるかもです!」

 

 早くも面倒臭そうな顔したひさ子ちゃんと一緒に入江ちゃんを見ると、何やらほっぺた膨らませてむーむー仰ってました。そうですね。ガムですね。もしかしてさっきのが悔しかったのだろうか。後で関根ちゃんに聞いておいてもらおうと思います。

 で、むーむー言ってる入江ちゃんを関根ちゃんが引っ張ってきて、ひさ子ちゃんの近くに座った。それに便乗する形でユイにゃんと俺が近くに座って、実はギター弾いてて喋らなかっただけであまり存在感の無かった岩沢さんも加えて輪になって座る。

 

「お菓子パーティーの開始を宣言する」

 

「いーやっほーぅっ!」

 

「ユイにゃん食べるぜー! 超食べるぜー!」

 

 関根ちゃんとユイにゃんのテンションがうなぎ登りでまじパねぇ。ひさ子ちゃんもなんだかんだで楽しそうにお菓子吟味して、女子っぽさを発揮中。岩沢さんは相変わらずギター弾いてるけども、何も言わないってことはここで騒いでも良いってことなんだと思う。そして、入江ちゃんはまだむーむー言ってる。そろそろぺってしてきなさい。

 

「あー、そうだ。さっきの話だけど、球技大会は参加するらしいぞ。ゲリラで」

 

 言いながらひさ子ちゃんは岩沢さんの口にポッキーを一本差し出した。面白そう、と関根ちゃんがひさ子ちゃんに便乗。岩沢さんの口にはポッキーが二本。

 

「全員参加だとよ。で、一般生徒より低い成績残したチームには罰ゲーム」

 

 ユイにゃんが恐る恐る岩沢さんの口元にポッキーをチラつかせる。ぱくりんちょ。岩沢さんがユイにゃんの手からポッキー掻っ攫って行った。ひさ子ちゃんから一本ポッキーもらってやっとこさ落ち着いてきた入江ちゃんに渡す。よくわかってなかったみたいだけど、ユイにゃん見たらゆっくり頷いた。

 

「罰ゲームって何すんの?」

 

「さぁ? 死より恐ろしいらしいぞ」

 

 ひさ子ちゃんがまた岩沢さんにポッキーを。ユイにゃんと入江ちゃんも同時に攻めて岩沢さんの口にはポッキーが三本。

 

「チームは自由に組んでいいってさ。まぁ、あたしはもう高松のとこ入っちまったけど」

 

「あれま、早いね」

 

「負けたくねーしなー」

 

 ポッキーの箱をひさ子ちゃんから渡される。どうしろと。と思ったら岩沢さんが口開けて待機してました。10本くらい突っ込んどいたけども、ものともしませんでした。女子ってすごいね。

 

 

「何してんのお前ら……」

 

 チームどうしよっかー、とか。だるいねー、とか話しながら適度に岩沢さんにお菓子あげてたらキジとイヌとサルを連れた、じゃなくて、音無くんと椎名さんと野田くんを連れた青太郎が来た。違った。日向くんが来た。あれ、青太郎でも間違ってない気がした。不思議だね。

 

「お菓子パーティー」

 

「餌付けの間違いだろ?」

 

 そんなつもりはなかった、と後のガルデモメンバーは語るとか語らないとか。まぁ、どっちでもいいね。

 

 



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41

 

「えーと、つまり、アレだ。まとめると、日向くんは球技大会のメンバー集めをしていた、と」

 

「そうだ。で、まだ人数が足らないからお前を探してたってワケだ」

 

「えっ? 俺? 運動苦手だって知ってるよね?」

 

「それがどうした。俺はな、ナツメ、お前と野球がやりたいんだ」

 

 だそうです。俺の所に来るくらいだからよっぽどチームに入ってくれる人がいないんだね。哀れ日向くん。

 

「とりあえず座ってお話ししよっか。お菓子あるよ」

 

 屋上で行われていたお菓子パーティーに日向くんと音無くんと野田くんと椎名さんを追加。すでにいたガルデモメンバーを加えると中々の人数。うーん、これはお菓子足りるか不安です。

 

「ちなみに球技大会って何やるの? ひな、やっぱ音無くん」

 

「え、ああ、野球だそうだ」

 

 なんでだよ!? とか日向くんが何か言ってるけど聞こえない。不思議だね。我ながらなんと都合の良いお耳。

 

「となると、俺入れてもメンバー足らないね。どうすんの?」

 

「そうなんだよな。ナツメはあてとかないか?」

 

 ユイにゃんが! ユイにゃんが! ここに期待の助っ人美少女が!

 

「なくもないことはないようなそうでもないような」

 

「ないんだな?」

 

 打つぜー! 超打つぜ―! ユイにゃんにおまかせあれー!

 

「えっと、メンバーはここにいる音無くんと日向くん。野田くんに椎名さんだよね?」

 

「あとお前な」

 

 地元で名を馳せに馳せたこのユイにゃんがいれば勝ったも同然! サントアンヌ号に乗ったつもりでいて下さいよー!

 

「あと四人だね。NPCの人達に協力してもらうことってできないの?」

 

「なるほど、その手があったか。あー、でもアレだ。ゆりに睨まれるかもしれん」

 

 ところでサントアンヌ号と言えば豪華客船と銘打ってはいたものの一年中短パンしか穿かない子憎とか単純に趣味に特化していた釣りしてる人とか乗ってましたよね。しかもアニメで沈没してましたし。

 

「そだね。できれば戦線メンバーでチーム組んでおきたいね」

 

「でも目ぼしいところはもう押さえられてる感じなんだよ。日向の人脈が凄くってさ」

 

 ハハッと笑う音無くん。実は鬼畜の才能があるようです。日向くんがへこんでる。入江ちゃんがそっと差し出したチョコバットはきっと入江ちゃんなりの慰め。でもアウト。追い打ちですね、わかります。

 

「かーまーえーよー!」

 

 ドーンとユイにゃんが横からタックルをしてきた。いたひ。

 

「めんどくさいです。とても」

 

「かまってよー!」

 

「うわぁ、いつにも増してめんどくさいことこの上ない。どうしてくれようこいつ」

 

「かまってってばー!」

 

 何このかまってちゃん。すごくめんどくさい。音無くんとかもう視界に入れてすらないし。その気持ちわかります。

 

「じゃあ、ユイにゃんあと四人心当たりある? 野球やってくれそうな人」

 

「おまかせあれーって、ちょっと待てコラー! さりげなくユイにゃん除外してんじゃねーぞテメー!」

 

「うん、心当たりあるの?」

 

 音無くんもそこは引っかかったみたいでようやくユイにゃんを視界に収めた。ようやくね。

 

「いやいや、心当たりがあるもなにもここにいるじゃないですか」

 

 え? と音無くんと顔を見合う。それから改めてここにいる人を見回した。音無くん、日向くん、野田くん、椎名さん、ユイにゃん、岩沢さん、ひさ子ちゃん、関根ちゃん、入江ちゃん。そして、俺。以上10人。そう、10人。

 

「おお、なるほど」

 

 ひさ子ちゃんは高松くんのチームに入ったとか言ってたからチームには誘えないにしても残りは9人。

 

「野球、できるじゃん!」

 

 盲点だったと言わんばかりの表情をした音無くんの横で日向くんが嬉しそうに言った。

 

 

 

「改めて見ると不安になるメンツだな……」

 

 男子高校生さながらのお世辞にも綺麗とは言えない字で書かれた即興オーダー表を見ながら日向くんが呟く。場所は自動販売機前。甘いお菓子ばかりだったためか、音無くんが苦味を欲したので男子メンバーのみ移動したのだ。ついでに女子メンバー(岩沢さんを除く)の飲み物も買って来いとのお達しがあったが、けしてパシリではないと言っておく。ここ大切。

 

「よかったね。三人とも参加してくれて。特に岩沢さん」

 

 実はここに来る前に岩沢さん、関根ちゃん、入江ちゃんへのメンバー勧誘はすでに終わっていたりする。快く、とは言えないまでも日向くんの話術(笑)によって彼女達は参加してくれるようだった。しかし、人のことは言えないけども、運動得意そうには見えないね、あの三人。

 

「まったくだぜ。しかし、まさか岩沢まで参加してくれるとは」

 

 自分で誘っといてなんだけどダメもとだった、と日向くんは言った。確かに興味のないことにははっきりとその意思を示す岩沢さんが参加してくれる確率は結構低い。しかし。

 

「でも一つだけ。岩沢さんは何やるか分かってないかと思われ」

 

「……冗談だよな?」

 

 岩沢さん慣れしていないのがよくわかる。引きつった笑顔の日向くんだけども、酷だが言うしかあるまいて。音無くんと目が合った。下されたGOサイン。では遠慮なく言わせていただこうか。

 

「岩沢さん、始終話聞いてなかったと思う」

 

「参加してくれって頼んでちゃんと返事したぞアイツ」

 

「パターン岩沢。返事だけです」

 

 ぶっちゃけ良くあるらしいです。ひさ子ちゃんが愚痴っていたのを聞いたことある。あの子もなかなかの苦労人なのです。と言うか、岩沢さん関連に関してはあの子が一番の被害者かもしれぬ。てかそもそも聞いてたとしても、岩沢さんは野球できるとは思えない。まぁ、関根ちゃんと入江ちゃんもそうなんだけども。

 

「し、しかしっ! 言質は取ってる! 無理やりにも参加させてやるぜ!」

 

「まぁ、言ったからには参加してくれるとは思うけども」

 

 これは負けかもわからんね。日向くんには申し訳ないけども、メンバーに不安がありすぐる。もちろん、俺も含めて。

 

 で、このあとは適当に女子メンバー達の分の飲み物を買って屋上へ戻りました。ひさ子ちゃんにおせーぞーとか文句言われたけど甘い物食べてたからかニコニコしてて全然怖くなかったです。しっかり女の子してるね。

 

「ところで音無くん。いつの間にか野田くんいないけども、どこ行ったの?」

 

「さぁ?」

 

 まぁ、いいか。明日会うだろうし。今日は皆で夜までこのままお菓子パーティーする所存です。

 

 



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42

 

 はい、やって来ました。いや、やって来てしまった球技大会当日。戦線本部に集まった球技大会参加メンバーにどこから調達して来たのか、しっかり人数分のグローブと数本のバットを配った仲村さんは気合い十分である。参加しないのに。もう一度言おう。参加しないのに。オマケにもう一度。参加しないのに。

 

「こまけぇこたぁいいんだよっ!!」

 

「好きだね、それ」

 

「最近バリエーションの少なさを嘆いているわ」

 

「どうでもいいです」

 

「そうね。自分で言っておいてなんだけど、私もそう思ったわ」

「奇遇だね」

 

「そうね、奇遇ね」

 

 閑話休題。

 

 戦線本部に仲村さん一人を残し、全員で第一会場である野球場へと向かう。グラウンドとは別に野球場があるってちょっと贅沢な世界だね。そして、途中で遊佐ちゃんがオペレーターの仕事があるとか言って一人で屋上へ向かい、何故かごく自然な動作でその後を追おうとした岩沢さんを日向くんが頑張って止めてた。ギターを弾きに行こうとしたらしい。岩沢さんマジ岩沢さん。

 

「で、どこのチームから行くの?」

 

「まぁ、どこのチームでもいいような気もするけどな」

 

 俺の素朴な疑問に続いたのは音無くん。激しく同意だけども、なんか言わなきゃいけない義務感が。何言ってんだお前、と視線をいくつも受け取ったけどそのまま後ろにポイした。

 

「いや、実質受け取ってないだろ、それ」

 

「ノンノンノン。一度受け取ってからの、ポイ。一応受け取ってはいるのだよ、ワト無くん」

 

「誰だワト無って」

 

「音ソン、あ、音スンくん」

 

 ソンとスン、どっちが正しいんだろうな。確かスンが多数派だったかと。そうなのか? うん、確か。まぁ、どっちでもいいな。そうだね、どっちでもいいね。

 

 とかなんとか言ってるうちに高松くんのチームが先陣を切ってゲリラ参戦を試みる。またの名を乱入とも言う。何か色々と単語並べて理屈っぽく参加しようとしてるけどはたして上手くいくのかって、あ、脱いだ。一体高松くんは何に訴えかけているのだろうか。しかし参加は認められたらしい。恐るべし着痩せ体質。

 

「着痩せは関係無いだろ」

 

 と音無くん。ですよね。

 

「おー! ひさ子先輩見っけー!」

 

 ユイにゃんがひさ子ちゃんを発見。守備につくのだろうか、グローブ片手に歩く後ろ姿を確認しました。姿を見ないと思ったら、そう言えば高松くんのチームだったんだっけ。すっかり忘れてた。

 

「かっ飛ばせー! ひ! さ! 子!」

 

「バッターをですね、わかります」

 

 高松くんチームは後攻。ひさ子ちゃんのポジションはショートです。

 

「いやきっとひさ子先輩なら校舎すらかっ飛ばしますよー!」

 

「きっとひさ子ちゃんならやってくれる。わくわく」

 

「わ、わ、先輩! ひさ子先輩が物凄い形相でこっち見てます!」

 

「睨んでるとも言う。でもわくわく」

 

 そうとしか言わないな、とは音無くんのお言葉。あれ、なんかひさ子ちゃんのとこだけ空間歪んでね? 気のせいだと思いたい。あとが恐いや。

 

「そしていつの間にか竹山くんチーム、通称チームクライスト(笑)が行方不明に」

 

 どこに行ったのやら。存在感がなゲフンゲフン。なんでもないです。

 

「あっち行ったよー」

 

 サンクスです、関根ちゃん。

 

「向こうでも試合やるんだね」

 

「みたいだねー」

 

 関根ちゃんが示した方向に向かって目を凝らせば、大山くんや松下五段を率いた竹山くんが審判と相手チームを相手に交渉中。高松くんと違って真面目に理詰めできる人だからなんだかんだ理由付けて参加するんだろうなーと思う。さすが天才、改め変態ハッカー。でもハッカー関係ないね。で、だ。

 

「ひなたくんひなたくんひなたくん」

 

「…………」

 

「日向くんが無視する。キャプテンがチームの輪を乱すとはなんとも許し難い」

 

 そうだそうだー! とユイにゃんの援護をもらったけども、日向くんはお返事くれない。ふむ、何やら様子がおかしい。視線で音無くんに尋ねてみるも、首を横に振られた。知らない、と。

 

「日向くん」

 

 返事はない。

 

「ひなっちー」

 

 またも返事はない。どうしたものか。

 

「ふっふっふっ。ここはユイにゃんの出番ですね!」

 

「あ、面倒臭そうなんで結構です」

 

「なーんーでー! ここはユイにゃんの見せ場でしょー!」

 

「じゃあ、例えば。ユイにゃんはどうするつもりだったの?」

 

「まずはこのバットをですねー」

 

「音無くん、よろしくー」

 

「最近気付いたけどユイにゃんの扱いが雑過ぎんだよテメーはー!」

 

 今更気付いたのかこの子。それはそうとバットで背中グリグリしないでほしいです。そして、そんな俺たちを華麗にスルーした音無くんが日向くんの肩に手を置きます。

 

「……えっ、ああ、悪い。どうした?」

 

「それはこっちの台詞だ。今日のお前、変だぞ」

 

 そうだそうだー。ユイにゃんと一緒に抗議の声をあげるも無視された。カナシス。

 

「あー、いや、そんなことないぜ。いつも通りだよ」

 

「……お前、消えるのか?」

 

 何を突然、とも思ったけども、確かに言われてみればそんな気がしなくもない。何と言うか、言葉では表し辛いのだけども、雰囲気が何時もより儚く見える。もしかしたら、この球技大会の結果次第では日向くんは消えてしまうのかも知れない。しかし。

 

「ゆいにゃんゆいにゃんゆいにゃん」

 

「なんですかなんですかなんですか」

 

「これだけの人数巻き込んでおいて、一人だけ満足して消えそうな人がいる件」

 

「先輩……! 阻止が、したいです……!」

 

「よく言った。さすがユイにゃん。今日は日向くんを要チェックや」

 

 密かに燃える俺とユイにゃん。後で音無くんとか野田くんとか椎名さんとか岩沢さんとか関根ちゃんとか入江ちゃんとかも巻き込もうと思います。要は全員ですね、わかります。張りきって企画しなくては。

 

「やってやんよ!」

 

「やんよー!」

 

 俺とユイにゃんの言葉に反応した日向くんが言います。

 

「お、おお、二人ともやる気だな! 俺も負けてらんないぜ!」

 

 なんかやる気のベクトルが違う気もするけども、適当に話を合わせておきました。あ、でもなんか急にめんどくさくなってきた。日向くんの件は仲村さんに相談してみようかな。一番手っ取り早そうだし。リーダーさまさまですね。こんな時ばっかり。

 

 おっと、ぼちぼち参加交渉のようです。レッツゴー日向くん。いったってー。

 

 



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43

 

 順調にゲリラ参戦を果たし、順調に勝ち進んだチーム高松とチームクライスト(笑)。そんな彼らに対して、俺達も負けてらんねー、と息巻く日向くんを先頭に第一会場へと赴く。当然の如く歓迎はされずにまたか、とぼやかれるもこちらのチームは誰も動じない。実に図太い神経の持ち主達が集ったものだと感慨深くなる。なんて思いつつ、日向くんの人望に一抹の不安を感じている俺を尻目に、我らがキャプテン日向秀樹は球技大会への参加権利を勝ち取った。どうやらユイにゃんがアシストしていたみたいだけども、きっと役に立ってないだろう。むしろ邪魔していたと思う。不思議とそんな気がするのだ。でもそれがユイにゃんクオリティー。

 

「いわさわさんせきねちゃんいりえちゃん」

 

 参加交渉後、意気揚々と自軍のベンチへ向かう日向くん達を追う途中で歩きながら三人に声をかける。

 

「ん?」

 

 なんだなんだー、と興味津々の様子で近寄ってくる関根ちゃんと違い、岩沢さんは僅かに視線だけを向けて返事をする。入江ちゃんはなにー? と小首を傾げながらトテトテと寄って来た。なにこの小動物かわゆい。

 

「実はかくかくしかじかで」

 

「ん、これこれうまうまね」

 

 消えそう云々とかを適当にぼかしつつ、試合中に日向くんにイタズラしようZE☆と提案。岩沢さんはあまり興味なさそうだったけど、手伝ってくれるそうで。入江ちゃんは少し渋ったけど、言わずもがな乗り気も乗り気な関根ちゃんに後押しされる形で了承。残りの三人は試合中に声をかけるつもりです。

 

「うし、ここで負けたら罰ゲーム決定だからな」

 

 ベンチの前で円になり一人一人の顔を見回した日向くんが言う。そう言えばそんな話もあったね。

 

「一番、ピッチャー音無」

 

 そう続けて音無くんを指差す。前に軽く打順やポジションは決めていたので特に驚くこともなく音無くんが頷く。

 

「俺はっ!?」

 

「まぁ、待て。待つんだ野田。二番は俺。ポジションはセカンド」

 

 自分より先にあがった音無くんの名前に過剰反応を示した野田くん。そんな彼を嗜めつつ、日向くんはオーダーを発表していく。

 

「椎名っち、三番でショートな」

 

 浅はかなりではなく心得たと小さく頷いた椎名さん。野球初心者らしいけども、何故か頼もしい限りです。

 

「そして四番キャッチャーが、お前だ」

 

 わざとらしく野田くんの肩に手を置き、頼んだぜとばかりに熱い視線を送る日向くん。さすがの野田くんも四番の意味は理解していたらしく、満更でもない様子だ。チョロいな野田くん。

 

「ただし、走者一掃しないとお前の負けだからな」

 

「容易いことだ」

 

 日向くんは発破をかけるのも忘れない。やはり付き合いが長いだけあるのか、野田くんの扱いが上手い。ユイにゃんが茶番乙ですね! と言ったのは仕方ないと思う。

 

「次は関根。サード頼んだぜ」

 

「だが断る」

 

「なんでだよっ!?」

 

「あたし野球やったことないんですよー。それに女の子ですしおすし」

 

 野球自体をやったことない上に五番と言う大役には抵抗がある様で、あたしには無理ですよーなっつんいるじゃないですかーと言う関根ちゃん。まぁ、そうなるよね。

 

「ナツメは運動神経がアレだから。ひさ子から聞いた話だとお前の方がマシなんだとさ」

 

 なん……だと……? あまりの事実に驚きを隠せない、と言うのは冗談でそんな気が薄々してた。自分の運動神経の無さはある程度自覚しております。そして、関根ちゃんが渋々納得して引き下がる。なんかゴメンね。

 

「で、次が岩沢。センターな」

 

「ん? 歌っていいのか?」

 

「守備位置な。センターマイクじゃない」

 

 なんだ、とつまらなそうに岩沢さんが言う。この人これから野球をするってことわかってるのだろうか。多分、チーム全員が同じことを思ったに違いない。人選ミスかな、と日向くんが呟いたけどはっきり言おう。人選ミスです。

 

「七番ファースト、ユイ」

 

 気を取り直して日向くんが続ける。

 

「お、ラッキーセブンですねー! ユイにゃん頑張っちゃいますよー!」

 

「やる気があるのがせめてもの救いだな……」

 

「ところでファーストってなんですか?」

 

「……後で説明するから待ってろ」

 

 軽く頭痛を覚えたのか、頭を押さえて苦悶の表情を浮かべた日向くん。胃薬とかも必要になるかもわからないね。救急箱あったかな。遊佐ちゃんに用意してもらえば良かったかもです。

 

「入江はーー」

 

 日向くんはそこまで言って言葉を飲み込んだ。何事だ、と日向くんを見てから入江ちゃんを見たら、あら大変。入江ちゃんが顔を青くして小さく震えてます。何事でしょうか。

 

「だ、大丈夫か……?」

 

 引きつった笑顔で恐る恐る声を掛け直した日向くんに向かって入江ちゃんが小さく頷いた。

 

「そ、そうか。お前は八番レフトだ」

 

 つつー、と入江ちゃんの目から涙が零れた。

 

「みゆきちを泣かすなーっ!」

 

 関根ちゃんがオーバードライブ。先輩だろうが関係ねぇー! と掴みかからんばかりの勢いで日向くんに詰め寄る。そのままギャーギャー文句を言い、日向くんもギャーギャー言い返す。収集つかなそうなので、先に静かに泣き始めた入江ちゃんの様子を伺います。

 

「どしたの? お腹痛い?」

 

「……だいじょぶ」

 

「無理して出なくても大丈夫だと思われ」

 

「……だいじょぶ。でる」

 

 そう言われてもとても大丈夫そうには見えない。無理やりにでも休ませるべきかと音無くん辺りに判断を仰ごうとしたら、入江ちゃんの頭に手が置かれた。岩沢さんである。

 

「ん、いつも通りでいいよ」

 

 そのまま入江ちゃんの頭を撫でる。安心したように入江ちゃんの顔が緩む。顔色も僅かにだけど良くなってきているみたい。どうやら緊張してただけのようです。そして、そこへ日向くんとのお話が終わった関根ちゃんが横からドーン。入江ちゃんに抱きついた。

 

「大丈夫。あなたは死なないわ、あたしが守るもの」

 

 綾波乙。できれば入江ちゃんではなくサードを守ってほしい。で、神妙な顔した関根ちゃんの発言で雰囲気がぶち壊れてなんとか一息。そんな時、不意に肩に手を置かれた。心底疲れた顔した日向くんでした。

 

「九番、ライト」

 

「知ってた」

 

 試合前からすでに疲れてる人もいるみたいだけど、試合自体は何事も無かったかように開始されます。先行は我々チーム日向。では、プレイボール。

 

 



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44

 

 一番バッターである音無くんが打席に立ちます。動き辛いからだろう、戦線のブレザーはベンチでお留守番。同じように日向くんと俺もブレザーは脱衣済み。野田くんだけは変わらず着てるけど、邪魔じゃないのか気になります。聞かないけども。

 

「ひなたくんひなたくんひなたくん」

 

「どした?」

 

「ルール確認。これってコールドはあるの?」

 

「あるぞ。七点でコールド」

 

「――コールドゲームだ」

 

「えっ」

 

 ベンチの後ろの方で茶番だーっ! とか聞こえた気がしたけど気のせいだった。だって恭介じゃないし。ナツメ違いです。りとるばすたーず。

 

「まぁ、とにかく天使が来る前にサクッと決めちまおうぜ」

 

「そだね。頼りにしてます」

 

「任せとけって、おっ!」

 

 日向くんの視線を追えば、音無くんが痛烈な当たりで右中間へ打ち返したところだった。これは2ベースくらいいけそうだ。岩沢さんと最初から立っていた椎名さんを除いたベンチにいるメンバーが思わず立ちあがり、歓喜の声を上げる。と思いきや。

 

「貴様の打球はぁっ……!」

 

 野田くん、なぜ君がそこにいる。

 

「こんなもの、かーっ!」

 

 野田くんは音無くんの打球を音無くんめがけて打ち返すという器用な真似をやってみせた。そして、さらにその弾を音無くんが打ち返す。なんという悪循環。

 

「新しいな」

 

「新しいね」

 

 呟いた岩沢さんと答えた俺以外は誰も言葉を発しようとはしない。審判が呆れたようにアウトコールをした。

 

 そして二番セカンド、日向くん。生前は野球部らしいので、その経験が生きてボールをレフト方面へ打ち返し悠々と塁に出る。さすがの一言です。続きましては椎名さん。心配する理由もなく、楽々出塁。椎名さんステキ。で、ランナーを一、三塁に置き、バッターは野田くん。四番です。日向くん曰く、長いものを使わせたら右に出る者はいないとかなんとか。さっきはアレだったけども、期待は大きかったりなんかしちゃったり。

 

「そう言えば野田くんって野球の経験あるのかな?」

 

「無いだろ。チームワークって言葉と無縁のヤツだし。そもそも友達もいなかったんじゃないか?」

 

 音無くんが毒舌です。さっき邪魔されたからかなって思ったけど、よく考えたらいつも通りでした。

 

「なんにしろ打ってくれればそれでいいさ」

 

 これが大人の余裕ってヤツか……! ちょっとした嫉妬と尊敬のまなざしを音無くんに送っていたら甲高いバッティング音が耳に入ってきた。打席に視線を向ければ、そこには退屈そうな顔をして佇む野田くんがいた。

 

「おー、入った入った」

 

 隣の音無くんが他人事のようにぼやく。どうやらホームランらしい。塁に出ていた日向くんと椎名さんがホームインして二点獲得。そして、遅れて野田くんもホームイン。一挙に三点のリードを奪う。このまま勢いに乗りたいチーム日向だったけども、続くバッターの関根ちゃんがサードゴロ、岩沢さんが見逃し三振と二者凡退に終わってしまい攻守交代。しまってこー。

 

「ばっちこーい」

 

 野球をやるなら一度は言いたいこの言葉。でもやっぱくんな。動きたくないし。

 

「てか音無くんがナイスピッチ」

 

 先頭打者はキャッチャーである野田くんとのいざこざで出塁を赦すも、続く二番、三番バッターはストライクゾーンの際どいところを突いて見事に三振させた、らしい。日向くんが歓喜しながら説明口調で騒いでたのを見たから多分そうなんだろう。ぶっちゃけライトの位置からだと大まかにしか見えないんで正直ありがたい様なそうでもない様な。まぁ、何はともあれ頑張れ音無くん。このままずっとボールが飛んでこなければ個人的には言うこと無しですお。

 

「で、バッター四番。何という劣化ジャイアン」

 

 ガタイの良いガキ大将的な人が打席に立った。思わず対戦相手のチーム名を確認してしまったが、普通にチーム森だった。一安心。草野球でもやってろー! 空き地に帰れー! 関根ちゃんとユイにゃんは自重しなさい。

 

 そして音無くんが一球目を放る。外角低めというバッターが手を出し難い場所をピンポイントで攻め、なんてことは見えるはずもなくとりあえず空振り。ストライクです。猿山の大将めー! 綺麗になって出直して来いやー! 二人とも本当に自重しよう。

 

 二球目。音無くんが投げたボールは野田くんの構えるキャッチャーミットにおさまーーらない。バッターに弾き返されたのだ。弾丸ライナー、とまではいかないもののそこそこの速度を持った打球は関根ちゃんの右側を通り過ぎる。2ベース、いや3ベース級の当たりだった。

 

 思わず全員が打球の向かった先を見やる。そして、日向くんがカバーに回ろうと走り出したそのとき。

 

「ファウル!」

 

 審判が声をあげる。伸びを見せた打球は僅かに逸れ、ファウルとなった。またもや一安心である。

 

「つーか誰か動けよっ!?」

 

 日向くんの魂の叫び。反応できなかった関根ちゃんとカバーに回ろうとした日向くんを除き、誰も動こうとしなかったためだと思う。本当に動じない人ばかりのチームだと再確認した。意外なことに椎名さんも動かなかったのだけども、椎名さん曰く、早々にファウルだと判断した、だそうな。さすが椎名さんステキ。

 

 で、さっきの打球でびっくりしたのか、随分と大人しくなった関根ちゃんと試合開始当初からガクブルな入江ちゃんを尻目に音無くんが三球目を放る。ボール。ストライクゾーンから少し外れた、いや、外したのかな? しかしバッター手を出さない。よく見てます。やるな劣化ジャイアン。

 

「ヘイへーイ! バッターびびってるー!」

 

「タイム」

 

 ユイにゃんが野次を飛ばしたところで間髪いれずに日向くんがタイムをとる。何事かと思いきや、徐にユイにゃんの方へ行きヘッドロック。

 

「ななな何すんですかー! 痛い痛いいーたーいー! ひなっち先輩痛いですー!」

 

 あの日向くんが無言で制裁を開始。おふざけが過ぎたユイにゃんには丁度良い薬です。ナイス荒療治。それから程なくして試合再開。さっきの日向くんとユイにゃんのやり取りでペースを崩されたのか、音無くんの投げたボールを高く打ち上げてしまったバッター。ピッチャーフライ。音無くんが難なく捌いてスリーアウトチェンジです。

 

「音無くんナイスピッチ」

 

「おう。なんとかなるもんだな」

 

「てかアンダースローなんだね。スカイフォークとか投げられる? さとるボールは?」

 

「よくわからんが、多分無理だ」

 

「ですよね」

 

 



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45

 

 三点リードで迎えました二回表。我々チーム日向はイケイケムードのまま攻撃に移ります。バッターは七番、ユイにゃんからです。人一番やる気のある彼女ははたして打ってくれるのでしょうか。少なくとも日向くんは期待していないようですけども。ユイにゃんまじドンマイ。

 

「かかってこいやー!」

 

 打席に立ち、審判の方に向かって構えて叫ぶ。お約束です。

 

「かかってこいやオラー!」

 

 ちゃんとピッチャーの方を向いて仕切り直し。なんとも締まらない二回表の攻撃。岩沢さんとかもうすでに飽きてるっぽいし。あ、違う。この人は最初からだった。

 

「ダメでしたー!」

 

 うん、知ってた。清々しいくらいバットとボールの間が離れたスイングを披露してくれたユイにゃんはあっという間に空振り三振。悔しそうにベンチへと帰ってきた彼女は次のバッターである入江ちゃんに激励を送る。

 

「入江せんぱーい! あたしの仇うってくださいねー! あ、ついでにボールも打ってくださーい!」

 

「ユイにゃんうっさい」

 

「ユイうっさい」

 

 関根ちゃんと気持ちがシンクロしますた。誰ウマなんて言ってあげない。あんま入江ちゃんにプレッシャーかけんな。ただでさえプルプルしてて心配なのに。

 

 なんでじゃー! とかなんとか言ってるユイにゃんを関根ちゃんと二人して無視。入江ちゃんを見守ります。今度入江ちゃんを見守る会とか設立しようかな、関根ちゃんと。

 

「なっつん。みゆきちが可愛過ぎる件について」

 

「激しく同意」

 

「アレはもう、アレだ。罪だよ」

 

「なお本人は無自覚の模様」

 

「ーーギルティ」

 

 真面目な声色で関根ちゃんが有罪判決を下す。入江ちゃんの運命や如何に。

 

「バカなこと言ってないでさっさと準備しろよナツメ。次お前だぞ」

 

 忘れてました(爆)。日向くんに指摘されていそいそと用意する。ヘルメット被ってバット持ってベンチの人たちに見送られてネクストバッターサークルへ向かった。関根ちゃんとユイにゃんが敬礼してたから敬礼し返すのも忘れない。いざ逝かん戦場へ。

 

「と言ってもまだ入江ちゃんの番なんですががが」

 

 またも涙目でガクブルな入江ちゃんが相手だとやはりやり辛いのか、ピッチャーさんの方の顔もなんだか優れない様子。カウントは1ストライク2ボール。入江ちゃんの苦悩はもうちょっとだけ続くんじゃ。

 

「お、あと一球だ。入江ちゃんがんがれ」

 

 審判が告げたストライクコールによってストライクカウントが一つ増えた。チームとしては塁に出て欲しいから悔しがる場面のはずなんだけども、ここにいる俺も含めて味方チームからはそんな様子が伺えない。それもそのはず。多分、今の皆の気持ちは一つになっている。早く楽にしてあげて。入江ちゃんにとってフォアボールとか鬼畜以外の何ものでもないです。入江ちゃんのライフはもうすぐ0よ。

 

「ん?」

 

 そんなことを考えていたら相手のピッチャーさんと目が合った。何やら意味深な顔つきで頷かれたのでこちらもややあってから同様に頷き返す。気持ちが通じたようでちょっと驚き。対戦相手のNPCまで巻き込むとか、入江ちゃんが愛されているようで何よりです。関根ちゃんとしては面白くないかもだけども。

 

 そして告げられるストライクコール。入江ちゃん、お務めご苦労様でした。安堵しながらベンチに戻って行く入江ちゃんと入れ替わりにバッターボックスへと入る。チラリとベンチの様子を伺えば、関根ちゃんに抱きつき頭を撫でられている入江ちゃんと、それを讃えるように囲んでいるチームメイトが見えた。なんとも微笑ましい光景です。さらに、相手のピッチャーさんを見ると、なんともやりきった表情を浮かべてこっちのベンチを見てた。そして不意に顔をこちらに向けたピッチャーさんと目が合う。一仕事終えた男の表情で立てられた親指。あんた男、いや、漢や。対戦相手だろうがNPCだろうが関係無い。サムズアップ。

 

「だがしかし」

 

 俺との勝負は話が別なワケで。所謂、真剣勝負ってヤツです。こちらの気概が届いたのか、相手のピッチャーさんも真剣な眼差しで迎え撃ってくれた。バットを構える。ピッチャーさんがセットポジションに入った。やってやんよぉっ!

 

「ストラーイク!」

 

「ですよね」

 

 俺がバットを振る暇もなくボールはキャッチャーミットに収まった。ど真ん中ですね、わかります。絶好球ぅ! とか、振らなきゃあたらねーぞー! とか。ミートカーソル合わせてー! とか、無理に強振しなくていいよー! とかとか。あの人たちは野球なんてロクにやったことないヤツに何を求めてるのだろうか。あと誰だパワプロ脳。いや、なんとなくわかるけども。

 

 で、第二球目。とりあえず振るだけ振ってみようと思ったのでスイング。

 

「ストライクツー!」

 

「知ってた」

 

 擦りもしないのはご愛嬌。無理ゲーでござる。しかしだからと言ってどうなることもなく、すでに相手のピッチャーさんはセットポジションに。やる気満々ですがなー。ならば仕方ない。

 

「ーーこれはもうリミッターを解除せざるを得ない」

 

 ザワザワし出す味方のベンチに、驚愕の色を浮かべる相手チームのバッテリー。はじめから解除しとけなんて声は聞こえない。聞こえないったら聞こえないんだ。

 

 どよめいた球場。焦る相手に、固唾を飲みながらも見守ってくれる味方。

 

「もう何も、怖くない……っ!」

 

 ピッチャー振りかぶって、投げた!

 

「これぞ秘打法! 花は桜木! 男は岩鬼! グワァラゴワガ」

 

「ストライクスリー!」

 

「あふん」

 

 ダメでした。せめて最後まで言わせて欲しかったです、まる。

 

「走れナツメー!」

 

「えっ」

 

 日向くんの声が聞こえた。走れって。なんで? アウトじゃないの?

 

「振り逃げだバカ! 早く走れバカ!」

 

 ああ、なるほど。そんなルールあったね。

 

「走れっつってんだろバカヤロー!」

 

「バカバカ言い過ぎな件」

 

 いや、走るけども。

 

 

 

「で、まさかのセーフという」

 

 どれだけ後逸したのだろうか、あのキャッチャーさんは。お世辞にも速いとは言えない俺の駆け足でもセーフになってしまったワケです。しかしまさか塁に出ることになろうとは思いもしなかった(爆)。そして日向くん狂喜乱舞。大袈裟な。そんなにダメな子に見えるのだろうか。心外である。で、打順は戻りましてバッターは一番の音無くん。もう疲れたから頑張って俺をベンチに返してくだしあ。

 

 



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46

 

「りーりーりー」

 

 ファーストにて。

 

「りーりーりー。ところでこのりーりーりーって何だろ。知ってる? なんとなく言わなきゃいけない気がするよね」

 

 相手チームのファーストさんに聞いてみるも、返事はない。それどころか睨まれちった。

 

「さては知らないと見た。なら仕方ないね」

 

 さらに睨まれた。解せぬ。

 

「致し方ない。こんなときは」

 

 というワケでタイム。審判の許可を得て日向くんの元へ。

 

「ひなたくんひなたくんひなたくん」

 

「どうした?」

 

「りーりーりーについて」

 

「お前はそんなことを聞くためにタイムを取ったのか……」

 

「わからないことは放って置かずに聞けって先生が言ってた」

 

「……リードのことだよ。わかったら戻れ。この回で終わらせるぞ」

 

「らじゃ」

 

 またひとつかしこくなりました。

 

「りーりーりー」

 

 再びファーストにて。タイムも終わり、塁に戻ったところでまたも相手チームのファーストさんに声をかけてみる。

 

「りーりーりー。これってリードのことなんだってさ。知ってた? ねぇ知ってた?」

 

 うるせぇと視線で封殺されてしまった。解せぬ。

 

「て言うか、リードしてないのにりーりー言うのはどうなんだろう。そこんとこどう思いますかね?」

 

 もはや目も合わせてくれない相手チームのファーストさん。どうやら接し方を完璧に間違えたらしい。一体何がいけなかったのだろうか。少しだけ悲しみに暮れながら数歩リードをとってみる。りーりーりー。

 

 そして音無くんがバッターボックスに入ったところで相手チームのファーストさんが俺をグローブでタッチ。審判が言った。

 

「アウト! スリーアウトチェンジ!」

 

 なん……だと……?

 

 

 

 よくわからないうちにアウトになってしまったのですごすごとベンチに戻る。とりあえず日向くんに何か言っておかないとなワケなので。

 

「まず服を脱ぎます」

 

「落ち着けナツメ。脱がなくていい」

 

「しかし日向くん。どうにも解せない」

 

「相手がボールを隠し持っていた。それだけだ」

 

「まさか二個目……?」

 

「いや、一個目だバカ」

 

「ですよね」

 

 何時の間にボールを渡したのかはわからないけど、別にルール違反とかはないから単純にこちら、と言うか俺のミス。せっかく華麗にホームインしてやろうと思ってたのにとか言ったら岩沢さんにこの方がアンタらしいって言われた。皆して頷かれると流石に悲しくなるでござる。

 

「なんかゴメンね」

 

「過ぎたことは気にすんなって。この回きっちり守って次で決めるぞ」

 

「さすが日向くん」

 

「まぁ、すんなり勝っても面白くないしな」

 

「ちょっとしたスパイスですね。さすが俺」

 

「とりえず後でゆりに報告しとくわ」

 

「ちょっ」

 

 やめてくださいしんでしまいます。

 

 

 

 気を取り直しまして二回の裏。相手のバッターは五番の人。名前とかわかんない超わかんない。チーム森だから、もう全員森くんでいいいと思う。五番森。六番森。七番森。森、森、森。森林どころの騒ぎじゃないね。もはや樹海レベル。なんか違う気がするけども、とにかく強そうだ。

 

「そして音無くんが生前に野球やってたんじゃないかと疑うレベル」

 

 またも三振に収めた音無くんは涼しい顔で次の打者を待っている。そもそもアンダースローだし、コントロール凄いし、アウトにはなっちゃってたけどもバッティングの方も問題なさそうだし。だしだし。

 

「日向くんもかたなし。あれ? 日向くんの活躍が掠れてきてる。おかしいね」

 

 唯一自覚のある野球経験者よ、強くあれ。あ、睨まれた。聞こえてないはずなのに。すごいね。

 

 

 で、野球経験者疑惑のある音無くんが六番と七番の森くんをすんなり打ち取り三者凡退。スリーアウトチェンジですお。なんか無駄にチームの成績が良くなりそうな予感。完封コースもあり得るかもです。加えて言えば、コールド狙いだし。

 

「かっ飛ばせーおーとなし」

 

「おーとなし」

 

「浅はかなり」

 

 岩沢さんと二人で声援を送る。もっと気合入れろと日向くんにダメ出しもらった。精一杯なのですががが。

 

「浅はかなり」

 

 この回で試合を決めるつもりな日向くんは今にも飛び出しそうな野田くんを必死に押さえている。俺が言うのもなんだけども、五番打者以降がとても残念なチーム日向打線的には何が何でも音無くんには塁に出てもらわないとだし。理想としては野田くんまでアウト無しで繋いでそのまま走者一掃。4点追加で丁度7点。そのまま守りきってコールドゲーム。

 

「浅はかなり」

 

 俺、コールドが決まったらまた言うんだ。あの台詞。

 

「浅はかなり」

 

「どしたの椎名さん」

 

 何時の間にやら忍者さんに背後を取られていたようで腕を組みながらちょっとだけ暇そうにしている椎名さんを見つけた。

 

「退屈だ」

 

「そうなりか」

 

「なり」

 

 確かにまだ一打席しか回ってきてないし、守備の方も割りと音無くんがきっちり押さえてるから椎名さん的には退屈なのかもしれない。個人的には楽なので大歓迎なのですけども。

 

「何かして遊びますか? ナツメとの戯れをご所望ですか?」

 

「浅はかなり」

 

 どうすればいいのさ。

 

「あ、そうだ。そんな椎名さんに相談です」

 

「聞こう」

 

「岩沢さんと関根ちゃんと入江ちゃんとユイにゃんと一緒に日向くんへのイタズラを考えているのですけども、何かアイディアない? ついでに協力してくれると嬉しいです」

 

「ふむ、あいでぃあか……」

 

「いえす、あいでぃあ」

 

 そして椎名さんは徐に苦無を取り出した。

 

「却下の方向で」

 

「解せぬ」

 

「できればスプラッターは無しの方が好ましいです」

 

「すぷらったぁは無し、と」

 

 ……ん?

 

「えーっと、もっとこう、ハートフルでチャーミングなサプライズボンバイエみたいなニュアンスでよろです」

 

「はぁとふるでちゃぁみんぐなさぷらいずぼんばいえ、みたいなにゅあんす……」

 

「しいなさんしいなさんしいなさん」

 

「む?」

 

「萌え」

 

「もえ?」

 

 横文字苦手な椎名さんがとても可愛いです。もっと殺伐とした人かと思ってたけども、認識を改める必要があるみたい。

 

「ね、関根ちゃん」

 

「なっつん、グッジョブ」

 

「ぐっじょぶ?」

 

 何この可愛い人。これからは会う度に横文字言わせてみようと関根ちゃんと決心しました。なんだか椎名さんと仲良くなれる気がする。

 

「椎名」

 

 そんな中、岩沢さんが椎名さんの名前を呼ぶ。岩沢さんもご一緒にどうでしょうか。

 

「いや、アンタの番」

 

 塁に出ている音無くんと日向くんとそれから審判とチーム森の皆さんが飽きれた表情でこっち見てた。何時の間に。

 

「浅はかなり」

 

「なり」

 

 全くを持ってその通りかと。

 

 



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47

 

「椎名さん頑張って出塁してね」

 

「ああ。頑張るのはいいが――別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

「ん、遠慮はいらないので、がつんと痛い目にあわせてやってくだしあ」

 

「そうか。浅はかなり」

 

「ちょっ」

 

 提案したのはそっちなのに、なんてことは頭の隅にでも置いておく。そして意外にも粋な返しをしてくれた椎名さんが両手に持つ小太刀が干将・莫耶に見えてきてしまって困る。まじブロークン。

 

「椎名さんにネタが伝わることに驚いたよ、あたし」

 

「ね。前は伝わらなかったはずなのに」

 

 関根ちゃんと一緒になってそこんとこどーなんでしょうか? と椎名さんに視線を送るも首を傾げられた。きゃわわ。

 

「クール系ピュア忍者っ、キタコレ……っ!」

 

「関根ちゃん、落ち着いて」

 

 そんな感じで適当に話しながら椎名さんから色々お話を聞くと、どうやら仲村さんが大きく関わっているようだった。さすがと言うべきか、それともやはりと言うべきかは正直なんとも言えないラインなのでコメントは控えさせていただく所存です、とも思ったけどもやっぱり言います。さすがです。

 

「今度みんなで一緒にお茶でもしませう」

 

「馳走になろう」

 

「コーヒーとか飲める? やっぱり日本茶とかの方がいい?」

 

「茶を所望する」

 

「ん、じゃあ後でみんなでお茶パーティーしませうパーティー。和菓子用意しなきゃ」

 

「ぱーてぃー。祭りのことだな。是非参加させてもらおう」

 

「むしろ主役です。隣の席は俺と関根ちゃんが予約ね」

 

 主にカタカナ攻めにしようと思います。ついでにTKでも呼ぼうかな。英語わかんないから何言ってるか全然理解できない気がするけども。後は基本的にガルデモのみんなと仲村さん、音無くんと日向くんにって考えたけども、もう球技大会の打ち上げでよくね? って考えに至った。この試合が終わったら仲村さんの所に行って打診してみようと思います。自分で言って悲しくなるけども、別に俺いなくても勝率とか変わらないだろうしこのチーム。

 

「と言う訳で、関根ちゃん」

 

「殿は任せて」

 

 以心伝心。とても良い仲間を持ちました。

 

「椎名」

 

 と、そこで岩沢さんが椎名さんを呼ぶ。なんだ? と首を傾げながら岩沢さんを見る椎名さんに関根ちゃんと一緒にキュンキュンしつつも同じく岩沢さんに視線を送る。どうかしたのでしょうか?

 

「いや、だからアンタの番」

 

 あ、忘れてた。

 

「浅はかだったなり」

 

「二回目なり」

 

 でもちゃんとまっててくれたのでみんないいひとだとおもいました、まる。

 

 

 

 

「でね、関根ちゃん」

 

「なになになっつん」

 

 椎名さんを見送った後に関根ちゃんに声をかける。

 

「さっきからずっと思ってたんだけども、やっぱり人って定期的に構ってあげないとダメだと思うんだ」

 

「急にどしたの?」

 

「入江ちゃんが岩沢さんとずっとくっついてる件」

 

「なん……だと……?」

 

 椎名さんに夢中で気が付いてなかったみたい。

 

「そ、そんな……。みゆきちが、あたしのみゆきちが、岩沢先輩に寝取られた……!」

 

 寝取られたとかまた人聞きの悪いことを。はい、そんな絶望的な表情しないの。女の子なんだからもうちょっと人目気にしなさい。

 

「で、でもっ! でもでもっ! あたしがしーなたんに夢中になってたせいで、みゆきちが……っ!」

 

 しーなたんて。もう一回言おう。しーなたんて。

 

「どうしようなっつん! あたしどうしたらいいのっ!?」

 

「うん、好きにしたらいいんじゃない?」

 

 別に入江ちゃん怒ってないと思うし。

 

「他人事だと思って!」

 

「あれ、関根ちゃんがめんどくさい」

 

「なっつんのバカ! もう知らない!」

 

「サツキちゃん乙」

 

 いいから早く行ってきなさい。うん、行ってくるー。岩沢さんと入江ちゃんに打ち上げのこと言っといてね。なっつんの奢りって言っとく。やめてください。うぃ。

 

 とかなんとかやっていると小気味の良い音が耳に入ってくる。椎名さんだった。宣言通り相手のピッチャーさんを倒した(?)椎名さんは一塁ベースでストップ。先に出塁していた音無くんと日向くんは走った様子はない。どうやら満を持して打順を迎える野田くんを出来る限り最高のシチュエーションで打席に立たせるつもりなのかも知れない。モチベーションコントロールですね、わかります。やるな日向くん。もしかしたら音無くんかもわからないけども。

 

「のだくんのだくんのだくん」

 

「……なんだ?」

 

「満塁だね」

 

「だからなんだ?」

 

「ここでホームランとか胸熱です。音無くんに勝てるかも」

 

「ふん、そもそも負けてなどいない」

 

「仲村さんも惚れちゃうかも」

 

「見ててくれゆりっぺぇー!」

 

 はい、いってらっしゃい。日向くんに向かってサムズアップ。お返事に良い笑顔と同じくサムズアップいただきました。我ながら良い仕事したんじゃないかと思う。

 

「自画自賛ですね!」

 

「ユイにゃんうっさい」

 

 わざわざ隣に来てギャーギャー騒ぐうるさいユイにゃんは華麗に無視して悠然たる態度で打席に佇む野田くんを見守る。実は野田くんってイケメンだよね。性格と言うか、言動でそれを補って余るほど残念な仕様になってるけども。普通にしていれば案外仲村さんも多少は振り向いてくれるんじゃないのだろうか。後で仲村さんに聞いてみよう。

 

 で、ピッチャー第一球、投げました。ボール。ややストライクゾーンから外れてたみたいです。第一打席で初球ホームランを打っている野田くんだから警戒してるのかも知れない。まぁ、野田くんはしっかり見極めていたみたいでピクリとも動かなかったんだけども。

 

 そして第二球。ボール。野田くんはまた動かなかった。続いて三球目。ボール。野田くんは動く気配すら見せていない。

 

「おい」

 

 このままフォアボールで押し出しコースかと言う空気が漂った瞬間、突然相手チームのピッチャーさんに向かって声をかけた野田くん。場が静まった。

 

「真面目にやれ」

 

 手に持ったバットのヘッドをピッチャーさんに向けて静かに言い放った野田くん。スーパーイケメンタイム始まるよー!

 

「先輩、相手のピッチャーってふざけてたんですかね?」

 

「野球には敬遠と言う作戦があってだな」

 

 別にふざけていた訳ではないかと思われ。

 

「つまり野田先輩がアホってことですね!」

 

「単純に打ちたかっただけかと」

 

 主に仲村さんのために。

 

「時にユイにゃん。球技大会終わったら」

 

「あ、打った」

 

「えっ」

 

 ゴメンね野田くん、せっかくの満塁ホームランの瞬間見てなかったよ。つまりスーパーイケメンタイム終了のお知らせです。

 

 



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48

 

 皆さんこんにちは、お昼のナツメです。なんつって。さて、意気揚々と参戦したこの球技大会の第一回戦。現在のスコアは我らが野田くんの満塁ホームランによる走者一掃で一挙四点を加算し7-0と大きく引き離して勝ち越しています。このまま守りきればコールドゲームとなり我々の勝利なのですが、実はまだこの回はアウトカウントが一つも無いのでもう少しだけ攻撃が続きます。さぁさぁ、お次のバッターはどこのどいつだい?

 

「あたしだよ!」

 

「関根ちゃんでしたか。そうでしたか」

 

「てゆーかなんで試合続くの? 7点取ったら終わりじゃないの?」

 

「こっちが先攻だからだね。この点差のままでもう一回守備ついて守りきれば」

 

「――コールドゲームだ」

 

 あぁん、俺の台詞ぅ。

 

 

 

「関根せんぱーい! かっ飛ばしてきちゃってくださいねー!」

 

「ユイ、現実を見よう。無理だから。あたしみたいな素人の女がいきなりバット持ったところで打てるはずないじゃない」

 

「そうだ……っ! この世界は、残酷なんだ……!」

 

「あたし達にできることは、あのピッチャーをこのバットで……!」

 

「特に理由の無い暴力が相手のピッチャーを襲うー!」

 

「行くぞユイ! 駆逐してやるー!」

 

「してやんよー!」

 

 今日も相変わらず仲の良い関根ちゃんとユイにゃんです。微笑ましいね。 

 

「ナツメ、そろそろあの二人止めてくれ」

 

「ヤダ。日向くんが行けばいいジャマイカ」

 

「一般人が奇行種を止められる訳ねーだろ」

 

「ジャマイカはスルーですか。そうですか」

 

「真面目な話、いい加減試合進行の妨げになってるとか言われちまう。無効試合とかになっちまったらゆりっぺに何言われるかわかったもんじゃねーぞ」

 

「岩沢さん、よろ」

 

「ん」

 

 怒られるの嫌です。でも俺が行くとそのまま巨人化しちゃいそうだからここは岩沢さんにお任せ。駆逐しちゃってくださいな。

 

 

 

「じゃあ、みゆきち、なっつん。行ってくるね!」

 

「しおりん、ファイトっ」

 

「いてら。ケガしないように適当にやり過ごしてくだしあ」

 

 岩沢さんから何を言われたかは分からないけども、何故か元気いっぱいの様子で打席へ向かっていく関根ちゃん。やる気があるのは良いことだ。日向くんが何度も頷きながら言っていた。やる気と結果って比例しないよねって言ったらほっぺを抓られた。痛かったでござる。入江ちゃんに慰めてもらおうかと思ったけども、真剣な眼差しで関根ちゃんを見てたから遠慮して野田くんと遊ぶことにしました。だって暇そうにしてたんだもの。

 

「野田くん、さっきのホームラン凄かったね」

 

 全然見てなかったけども。

 

「あの程度、誇ることでもない」

 

「またまた謙遜しちゃって。後で仲村さんに感想聞かなきゃね」

 

 見てなかったと思うけども。

 

「ゆ、ゆりっぺは、見ててくれただろうか……?」

 

「ちゃんと伝わったんじゃないかな」

 

 耳から。遊佐ちゃんが報告はしてると思うし。

 

「そ、そうか。そう思うか」

 

「え、うん」

 

 遊佐ちゃんの仕事はとても信用できますので。そう言えば遊佐ちゃんはまだ屋上にいるのかな、と思ったら普通にフェンスの後ろにいました。いつの間に。あんなに綺麗な金髪さんだし、戦線の制服着てるしで割と目を引くはずの遊佐ちゃんなんだけども不思議と存在感がなく目立っていない。いつからいたのか、全く気が付かなかった。

 

「そもそも俺とゆりっぺの出会いは」

 

 今思うと俺は遊佐ちゃんのことをあんまり知らない。まぁ、自分自身のこともよく知らないんだけども。そして、これはあくまで推測。たぶん、戦線のメンバーの中でも遊佐ちゃんのことを深く知っている人は少ないんじゃないかと思う。特別、自分から情報を発信するタイプではないだろうし。もしかしたら誰も知らないなんてこともあり得るかもしれない。そんな時、遊佐ちゃんと目が合った。見過ぎた様だ。

 

「その時だ、俺は咄嗟に」

 

 しばし見つめ合い、不意に遊佐ちゃんが右手をあげた。ぶいサイン。遊佐ちゃんぐうかわ。

 

「おい、聞いているのか?」

 

「うん、かわいいは正義」

 

「そうか。そうだな!」

 

 過去とか知らないけども別に気にしないよね。いいお友達です。

 

「あ、ときに野田くん。実は手伝ってほしいことがあるのですが」

 

「断る」

 

「仲村さんからの指令だったりするんだけども」

 

「……なぜ貴様がゆりっぺから直接指令を?」

 

「遊佐ちゃんと仲良いからかと。連絡もつきやすいし」

 

「……なるほど」

 

「ん、手伝ってくれるとみました。と言っても具体的なことは何も決まってないんだけどね」

 

「どういうことだ?」

 

「とりあえず、追って連絡するので頭の片隅にでも置いておいてくだしあ」

 

「ゆりっぺの頼みとあればやぶさかではない」

 

「ん、よろです」

 

 チョロいね! 野田くんにチョロインの称号をあげてもいいんじゃないかと思う。間違いなくヒロインじゃないけども。あと気が付いたら関根ちゃんは三振してました。お疲れ様。1アウトです。

 

 そして、次のバッターは岩沢さん。一応構えてはいるけれども、岩沢さんからは打つって言う気概が微塵も感じられないのは何故だろうか。あ、岩沢さんだからか。納得。

 

「お前って結構薄情なとこあるよな」

 

「音無くんには負ける」

 

 割と本気でそんな気がする。

 

「ゆりから聞いた。岩沢、消えかけたんだってな」

 

「ん、未練たらたらで残留してるけどね」

 

「残留か。岩沢が残るって、ここにいたいって、そう思ったってことだよな?」

 

「そだね。まだこの世界でガルデモの皆と歌いたいって言ってた」

 

 そして岩沢さんバッターアウト。見事に一回も振らなかったよあの人。

 

「……アイツはどうなんだろうな」

 

 呟く音無くん。アイツって誰でしょうか? なんて疑問は浮かばずに真っ先に浮かんだ青い顔。違った。青い人の顔。つまりブルーメン。

 

「音無くん的には日向くんに消えてほしくない感じだ」

 

「――そう、だな。うん、多分、きっと、消えてほしくないんだろうな、俺は」

 

「うん、そんな音無くんに朗報ですお」

 

「朗報?」

 

「今日、日向くんが消えるのを阻止します。協力者は本人と音無くんを除いたこのチームの人たち」

 

「……本気か?」

 

「ん、割とみんな乗り気なようで何よりです」

 

 みんなゲスだね。人の成仏邪魔しようってんだからさ。

 

「俺は……」

 

「まぁ、具体的に何するとか決まってないけども、音無くんも協力してくれると楽しい、違った。嬉しいです」

 

「……考えさせてくれ」

 

 さて、あんまり見てなかったけども、いつの間にか打席にいたユイにゃんが三振したようなので守備にでもつきませう。うん、これが最後になることを祈ってます。もう動きたくないです。

 

 



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49

 

 うし、行くぞ最終回。ぼちぼち終わらせましょうか。お前何もしてないけどな。日向くんもあんまり目立ってないよね。打ってますから、二回くらいホームベース踏んでますから。ちょっとホームベース踏んでくる。後にしなさい。ですよね。

 

「外野ってベンチから遠いよね。だるいです」

 

 戻るときに小走り強制とかマジ苦痛。後で岩沢さんと入江ちゃんとグチろうと思います。

 

 で、相手のバッターは、うん、もう何番かわかんない超わかんない。でも名前は森くん。たぶん森くん。きっと森くん。うん、もう何でもいいや。とりあえず頑張れ音無くん。主に動きたくない俺たちのために。達ってのは言わずもがなあの人達。

 

「つーかーれーたーよー」

 

 激しく同意です、関根ちゃん。

 

「オラオラオラー。ばっちこいやー」

 

 ユイにゃんの声に元気がないです。さすがに疲れた、いや、あれは飽きてるのかもしれぬ。

 

「入江ちゃんは相変わらず、と」

 

 プルプルしてます。ビクビクしてます。大丈夫かなあの子。いや割りと本気で。

 

「で、岩沢さんは、ってドコ見てんのあの人」

 

 岩沢さんの視線は校舎の方へ。自分のギターにでも思いを馳せているのだろうか。あの人もう帰っていいと思う。

 

 とかなんとか言ってるうちにバッターアウト。音無くんが好調のようで嬉しい限り。さっきの会話のことはあまり気にしてないのかな。それはそれで日向くんが憐れでござる。

 

 しかしダルい。ボール飛んでこないし俺いらない気がする。

 

「野球かー」

 

 左手にはめられたグローブを見る。似合わない。制服だからとかそういう理由じゃなくて、なんかこう根本的に似合わない。生前のことはあんまり覚えてないけども、自分の運動神経とかを見ると運動とか全然してなかったんだろうなと思う。きっと、生前の自分は動くのが嫌いだったんだろうし、苦手でもあったんじゃないのだろうか。まぁ、もしかしたら動けなかったという可能性もあるけども。

 

「うん、むりぽ」

 

 考え出すときりがないから考えないようにしようと言う結論に至った。ていうか考えてもわかんないと言うのが本音。でもこの世界には同じように記憶が曖昧だったりする人も結構いるらしいので大した問題じゃないよね、きっと。

 

「重要なのは、今をどう生きるかだってじっちゃんが言ってた」

 

 お前死んでるけどな、なんてツッコミがほしいところだったけども生憎と近くに人はおりませぬ。外野寂しいです。あ、森くん(仮)打った。日向くん取った。ナイスプレー。ツーアウト。

 

「あっとひーとり。あっとひーとり」

 

 むぅ。1人で言ってても今いち盛り上がりにかける。せめて近くに関根ちゃんかユイにゃんがいればまた話は違ってくるのに。もしくは遊佐ちゃんでも可。あ、そうだ。この後は仲村さんのとこに行くし、ついでにインカム貸してもらえるか聞いてみようかな。これでいつでも遊佐ちゃんと仲村さんと、あと竹山くんあたりとお喋りできるんだぜ。各方面から野球しろとか怒られそうだ。動きたくないんです。はい。

 

 で、だ。ラストバッターの森くん(仮)。こっちが全くもって意識していなかったらいつの間にか肩で息しながらバッターボックスに立ってます。立華さんがお好みの熱い展開にでもなったのだろうか。まぁ、音無くんは相変わらず涼しい表情のままだけども。あれ、音無くんって汗かくのかな? ふと思ってしまった。かかなそうって思われるってなんか怖いね。

 

「このまま楽に終わってくれると個人的には最高の試合です」

 

 せっかくの最終局面なのでそんな願いを込めて意識を試合の方に向ける。音無くんがセットポジションに入る。迎え撃つのはわずかにバットを構え直した森くん(仮)だ。

 

 場が静まり返る――チーム森は緊張から。チーム日向は疲労から――緊張の一瞬だ。誰がなんと言おうがそうなんだ。言ったもの勝ち? 知りません。現場主義です。

 

「音無くん、やったってー」

 

 アンダースローという珍しい投球フォームから放たれたボールは野田くんのミットに収まる――ことはなくファースト方面のファウルラインを大きく逸れていった。

 

「ちなみにファールではなく、ファウルね。これ豆知識」

 

 誰に言うでもない豆知識は虚空へと消えた、なんて無駄に厨二っぽい表現を使ってみようかなとか思ったけども、やめた。虚空とか日常会話でまず使わないよね。あとで直井くんあたりと議論しよう。話が膨らみそうですね。立華さんも交えたらあら大変。終わりが見えないお。なんというエンドレス。

 

「これがエンドレスエイト……いや、ナインか」

 

 ハルヒさんマジハルヒさん。うん、音無くん気にしないでドンドン投げたってー。はい、投げたー。打ったー。ファウルボール。今度もファースト方面。

 

「なんだろう。今になって感じ始めたこのそこはかとない疎外感は」

 

 なんだかんだ言っても結構内野陣はいい感じの連帯感みたいのが生まれてる気がする。っていうか関根ちゃんとユイにゃんは良いポジションについてるよね。入江ちゃんは、まぁ距離的に遠すぎるし、何よりそれどころではないと思われ。もうひと踏ん張りです。

 

「踏ん張り、ふんばり……ふんばり、温泉? 入りたいね」

 

 くつろぎに行ってるはずなのに踏ん張るとはこれいかに。

 

「この世界に温泉とかないのかな。ゆっくり疲れをとりたいです」

 

 日向くんとかひさ子ちゃんあたりに聞かれたら疲れるようなことしてねーだろとか言われる気がする。というか言われる。

 

 お、打った。フライが上がったお。カラッとね。なんつって。

 

「こっちくんな」

 

 紛うこと無き本音です。でもボールさんはこっちの方向にいらっしゃる訳です。だがしかし。

 

「残念、飛距離が足りない」

 

 惜しかったね。これは俺の守備範囲外です。日向くん任せた、と思いきや。

 

「ここはユイにゃんに任せて先に逝けー!」

 

 天国にですね、わかります。

 

 でしゃばりユイにゃんの猛攻。日向くんへとタックルをお見舞いした後にボールへ突撃。目を見張るほどの切り替えの早さだった。何気に運動神経いいと思うあの子。しかし、なんでやってやったぜみたいな視線をよこすのさ。まるで俺が指示したみたいじゃないか。冤罪の瞬間を見た。でも。

 

「ユイにゃんグッジョブ」

 

 消える条件として野球が絡んでそうな日向くんの邪魔したことは良い感じだと判断します。日向くん的にはアレだろうけども。

 

「論点は逝ってほしいのか、それとも逝ってほしくないかと言った所ですな」

 

 そんなどうでもいいこと考えてえてたらユイにゃんがナイスキャッチ。スリーアウトでゲームセットです。つまり。

 

「コールドゲームですよせんぱーい!」

 

 だから俺の台詞ぅ。

 

 



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50

 

「と言う訳でお邪魔しますけども構いませんね!」

 

「アナタのチームはまだ試合中だと思ったのだけど?」

 

 宣言通りに戦線本部である校長室にお邪魔しています。色々とご相談があったりなかったり。今はいないけども、来るときに遊佐ちゃんにも声かけたのでそのうち来ると思います。

 

「とりあえず一回戦は勝った。7-0の」

 

「――コールドゲームね」

 

「みんなわざとやっているんじゃなかろうか」

 

 そんなに俺に言わせたくないのだろうか。

 

 

 

「それで? 何しに来たの? ありがと」

 

「粗茶ですが。ちょっとお話が」

 

 お茶を淹れて、一息。話すことをまとめます。まずはなんだろう。インカムのことは遊佐ちゃん来てからでもいいし、日向くんの件もインカムあった方がやりやすいから話的には繋げておきたいよね。うん、じゃあまずはあの話題だ。

 

「昨今の若者の食の乱れについて」

 

「嘆かわしいことね。私にもいるわ、食生活の乱れている友人が」

 

「心中お察しいたします」

 

「その人、素うどんしか食べないのよね」

 

「ですよね」

 

 だと思ってました。では改めて。

 

「打ち上げって、いいよね」

 

「否定はしないけど、手持ちには手持ちの良さがあると思うわ」

 

「うん、ネズミ花火とか投げ付けたくなるよね」

 

「持ってないじゃない」

 

「そうだね、爆竹もだね」

 

「また持ってないわね。放置系がお好みかしら?」

 

「投擲系が好きです。でも花火やる時は何故かいつも両手にチャッカマンがあるんで花火持てないれす」

 

「いるわよね、そういう子」

 

「そんな子だけど、何か?」

 

「なんでちょっとドヤ顔してるのよ」

 

 どやぁ! 

 

 

 

「まぁ、そういう訳なのですが」

 

「いいんじゃないかしら。賛成よ」

 

 さすがリーダー。あんな短い会話の中でもこちらが言いたいことをしっかりと聞き取ってくれていた。打ち上げって単語しかなかったけども。仲村さんまじすげぇ。

 

「準備は球技大会の罰ゲーム組にやってもらいましょうか」

 

「あれ、死より恐ろしい罰ゲームは?」

 

「考えてなかった、と言うのが本音よ」

 

「マジか」

 

「死より恐ろしいって何よ。そんなの思いつく訳ないじゃない」

 

「仲村さんならできる! 諦めんなよ! 日本一になるって」

 

「言ってないわ」

 

「ですよね」

 

 

 

 

 打ち上げで花火やりたいね。そうね、でもあまり目立つものはダメよ。なんで? 前にキャンプファイヤーやった時にボヤ騒ぎを起こしたのよ。さすがリーダー。褒め言葉として受け取っておくわ。褒めてないお。うっさい。

 

「何にせよ、野外で火を扱う場合は生徒会の許可が必要なのよね」

 

「そうなの? ヒャッハーだから? 汚物は消毒しなくちゃだから?」

 

「そんな人が現れてしまうからよ」

 

「時は、201X年っ……!」

 

 なんてことは冗談な訳で、実際はさっき仲村さんが言ったボヤ騒ぎが原因らしい。なんでも仲村さん達がボヤ騒ぐ前に過去に一度だけボヤ騒いだ人たちがいたそうな。その2回の事例が結構な尾を引いているらしく、火器を外で扱う際には生徒会の厳正なる審査とやらが必要だとかなんとか。めんどくさい。しかしながら打ち上げ花火等は無しの方向で持っていけば、なんとかなるかも知れないというのが仲村さんの読みだ。

 

「という訳で、ナツメくん」

 

「ですよね」

 

 そんな気はしてました。

 

「でもまだ仲村さんにはお話があるのでもう少し待ってくだしあ」

 

「何かしら?」

 

「日向くんについて」

 

「青いわね」

 

「うん、青いね」

 

 お話終了。

 

「違くて日向くんが消えるような気がしなくもないわけだからみんなで」

 

「長いわ、三行で」

 

「日向くん

 

 成仏

 

 そんなことより打ち上げやろうぜ!」

 

「許可する。全力で阻止しなさい」

 

 まさか今ので通じるとは思わなかった。驚愕である。しかし。

 

「任務了解。つきましてはインカムください」

 

「連携が取りやすいようにかしら? と、ちょうどいい所に」

 

 仲村さんが入口の方に視線を向けた。釣られるようにして視線を追えば、そこには遊佐ちゃんが佇んでいた。ぶいサインのオプション付きである。きゃわわ。

 

「空気の読める女。どうも、遊佐です」

 

「早速で悪いけど、ナツメくんにインカムを渡してあげてちょうだい」

 

「数は?」

 

「9つ。彼のチームの人数分よ」

 

「把握しました」

 

 あれ、日向くんにも渡すのだろうか。作戦聞かれちゃいますがな。

 

「日向くんにだけ渡さなかったら逆に怪しまれるわよ」

 

 それもそうか。

 

「日向くんには私につけるように言われたとか言って渡しなさい。そうでも言わないと付けないだろうし」

 

 なるほどなるほど。確かにそうかもです。野球に限った話じゃないけども、スポーツってのは余計な装飾品は外すように言われるんだったっけ。まぁ、普通に危ないもんね。

 

「ではナツメくん、アナタにオペレーションを通達する」

 

「え、あ、はい」

 

「チームのメンバーと協力し、日向くんの消滅を全力で阻止しなさい。オペーレーション名は『ただし日向、テメーはダメだ』!」

 

 なんというネーミングセンス。

 

「作戦の細かい内容はアナタに一任することとする」

 

「あい、わかった」

 

「……最終的な判断もアナタに任せるわ」

 

「そこは日向くんじゃないの?」

 

「……その点も含めて、よ」

 

「あい、任された」

 

オペレーションなんて大層な物言いだけども、要約すれば皆で日向くんにイタズラしようZE☆ってこと。わかりやすいね。

 

「でもその前にナツメくんには行くところがあるわよね」

 

「ん、立華さんのところだね」

 

「あら、話が早いわね。それじゃあ、今から行ってきてくれるかな?」

 

「いいともー!」

 

 いい番組だったわね。途中から誰が出てるか把握できなくなってたのは俺だけじゃないはず。入れ替わりが激しかったのよね。そだね。

 

 閑話休題。

 

「ではいってきます。あ、遊佐ちゃん一緒に行く?」

 

「仕事がありますので」

 

「あれま、残念」

 

 仲村さんはここで球技大会の様子を見てなきゃいけないとか何とかで待機しているそうな。どうやら立華さんのところには一人で行くことになりそうです。

 

「どこにいるのかわからないので生徒会室へ向かおうと思います」

 

 いってらっしゃい。仲村さんと遊佐ちゃんからそんなお言葉を頂いた。ついでにインカムも。いってきます。とりあえず生徒会の人達のところへ向かいます。と言っても生徒会室に向かうだけなのですが。

 

「あれ、立華さん達も球技大会参加してたら会えないんじゃねこれ」

 

 思わず足が止まったけども、他に行くとこもない。

 

「まぁ、いいか」

 

 気にせず向かいます。

 

 



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51

 

 見慣れた校舎を歩く。今は球技大会だからだろう、人影があまり見当たらない廊下はとても静かだった。ふと、思う。球技大会のことだ。

 

「何故に野球一択なのだろうか……?」

 

 もっと色々あってもいいと思う。もしかしたらあったのかもしれないが、そんな話は一切耳にしない。戦線メンバーは誰も気にすることがなかった様だが。ヤー。レッツエンジョイベースボール。無理だ。エンジョイする前にバテる自信がある。

 

「オラに、体力を……っ!」

 

 廊下のど真ん中で足を踏ん張って両手を上げる。元気玉ならぬ体力玉。汗臭そうだ。それはもうとても。

 

「貴様、通行の妨げになっているぞ。道を開けろ」

 

「お、直井くん見ーつけたっ」

 

 体勢をそのまま維持しつつ後方からの声に反応すれば、そこには直井くんがいた。さらに、ちょっと視線を後ろに向ければ両手を上げながらこっちを見ている立華さんが控えているのも確認できる。どうやら体力をわけてくれているらしい。さすが生徒会長。

 

「どけ」

 

「オラに体力を」

 

 わけておくんなまし。あ、立華さんはもういいです。そんな目一杯背伸びしなくても大丈夫です。足がプルプルしてる。でも気持ちは受けとっておこうと思います。ありがとう。

 

「くだらないことを――」

 

「ならばいいだろう! 今度はミックミクにしてやる! あのボーカロイドのように!」

 

「――あのボーカロイドのように? ミクのことか……ミクのことかーっ!!」

 

「私の女子力は53万です」

 

「貴様のハートも資産もいただ――おい、止せ」

 

「げっとまにまに」

 

「止せと言っている」

 

 でも後ろの生徒会長さんは嬉しそうな顔してます。この2人はこういう話とかしないのかも。確か直井くんは隠してる的なこと言ってたっけ。バレバレだったらしいけども。

 

「改めてこんちは。ナツメです」

 

「副会長の直井だ。跪け愚民が」

 

「こんにちはナツメ。私は天使じゃないわ」

 

 言ってないです。

 

「貴様は何故こんな所で油を売っているのだ。全校生徒が参加を義務付けられている球技大会が行われているのを知らない訳じゃないだろう?」

 

「運動苦手れす。あと、生徒会って言うか立華さんにお話があって来ました」

 

「却下だ」

 

「実は球技大会が終わったらみんなで打ち上げやりたいねってお話なんだけども」

 

「却下だ」

 

「そうだね、大々的にワーワーやりたいし、とりあえず生徒会の許可もらって来いって仲村さんが」

 

「却下、と言っている」

 

「うん、悲しいけどこれ立華さんに聞いてるのよね」

 

 そんなに睨まないでくだしあ。

 

「で、立華さんはどう? 反対ですか?」

 

「打ち上げだけなら特別な許可はいらないはずよ。目的は何かしら?」

 

「花火やりたい」

 

「残念だけど、火の使用は――」

 

「あぁ、花火が夜空」

 

「――綺麗に咲いてちょっと切なくなるのね。許可するわ」

 

「心からありがとうを叫んでおきます」

 

 立華さんはかっけーんすよ。でもメンマは見つけていませんよ。

 

「だけど、あまり派手なのは許可できないわ。花火ではないけど過去に火が関わった事故があったの」

 

「ん、聞き及んでまする。なのでそこは大丈夫かと」

 

 仲村さん達が自ら起こしてることだし、さすがに二度目はないはず。同じ轍は踏まないお人だと思ってます。仲村さんもかっけーんすよ。

 

「という訳で打ち上げやるよ直井くん!」

 

「勝手にしろ」

 

 何故かやさぐれモードの直井くん。解せぬ。

 

「一緒に花火やろうず」

 

「断る。僕に関わるな」

 

「直井くんと、花火がしたいです……っ!」

 

「諦めろ。試合終了だ」

 

 何というホワイトヘアードデビル。

 

 

 

 その後、直井くんは不満そうな顔を隠すこともせずに一人で早々に去ってしまいました。立華さんは置いてけぼりです。お話しましょうか。球技大会戻りたくないし。

 

「たちばなさんたちばなさんたちばなさん」

 

「何かしら?」

 

「メンマが可愛過ぎて辛い」

 

「わかるわ、その気持ち。クォーター故の日本人離れした可愛い外見。そう、彼女はプリティー。それに加えてあの成長しきれていない幼さの残る言動。そう、彼女はピュア。つまりプリティーピュア。略してプリピュア。2人じゃないけど、2人はプリピュア。ナツメもそう思うでしょう?」

 

「あ、はい」

 

 久しぶりにスイッチが入ったと思ったら、一体何を言っているのだろうかこの人は。と思っていると。

 

「……ナツメ。こんな時に言うのもどうかと思うのだけど、実は貴方に言ってなかったことがあるの」

 

「あ、はい」

 

 急ですね。なんでしょうか。

 

「いいえ、違うわね。貴方だけじゃなかった。これは今まで誰にも言ってなかったことだったわ」

 

 あれ、シリアス? メンマはどこにいったのだろうか。あ、隠れてるのかな。もーいーかーい?

 

「あのね、ナツメ。実は私は……カップリング厨なのっ……!」

 

「うん、もーいーよー」

 

 相変わらずシリアスなんてなかった。僕はメンマを探しに行こうと思います。

 

「ナツメ! お願い……っ!」

 

「そんなことできない」

 

「ナツメっ! 貴方が信じてきたことを、私にも信じさせて……」

 

「これなんて最終回?」

 

「最終回? 何を言っているの?」

 

「なんか受信しただけっぽいのでお気になさらず」

 

 

 閑話休題。

 

 

 立華さんがなんか球技大会の様子を見に行くとかで外に行くと言うので一緒に着いて行きます。ぼちぼち戻らないと日向くんに怒られそうだし。

 

「ところでなんで急にカミングアウトしたの? 急すぎてとても困りました」

 

「それはもちろんメンマのカップリングについて聞いてもらおうと思ったからよ。ナツメはどう思う?」

 

「え、まぁ、そこは」

 

「やっぱりじんたんかしら。王道よね。とてもお似合いだと思う。でもね、ナツメ。他の2人のことも忘れないでほしいの。まずはゆきあつ。亡くなった彼女に扮したり、亡くなってからもずっと想っていたりとどうにもストーカーの気が見え隠れしているけどアレは純愛。履き違えてはいけないわ。そう、彼もまたピュアなのよ。きっとお互いを尊重できるステキなカップルになれると思うの」

 

「お、おう」

 

「そして次にぽっぽ。彼もまたステキな人間よ。大らかで包容力も合ってユニークな人柄。本人はあまり恋愛事とかには興味なさそうだし、イメージ的にもそうなのだけど彼も年頃なわけだし、きっと歳相応な恋愛観は持っているはず。言い方は悪いけど、確かに過去のことで逃げまわっていたわ。でも、最後にはそれも解消された。だから――」

 

「もーいーよー」

 

「かくれんぼがしたいの……?」

 

「なんでもないです」

 

 グランドがとても遠くに思えた。不思議だね。

 

 




こっそりと各話を修正いたしました。
でも特に大きな変化はございませぬ。


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52

 

「やっぱり当麻には美琴だと思うの。なんだかんだ言っても一番ヒロインやってるのは美琴。インなんとかさんには負けてないって言い切れるわ。びりびり。そうね、ツンデレはいいものだわ。これも言い切れる。なんか、こう、素直になりたいんだけど素直になれなくて、やっとの思いで素直になれたと思ったら、今度は相手が気が付いていなくて。結局、それに対して怒っちゃうからまたツンツンしちゃうの。つんつんでれつんでれつんつん。個人的にはこれくらいの割合が好きよ。デレすぎるのはどうかと思うの。それじゃあ、単なるデレデレだし。何よりチョロイン臭が醸し出されてしまう気がするの。え? 夜桜? ……さすがナツメね。正直なところ、アレで伝わってくれるかわからなかったの。でも、いらない心配だったみたいね。大丈夫、私たちが試金石よ。おまけにナツメが歌ったら四重奏」

 

「にはならないね」

 

 頭痛いから、少しずつにしてって言い聞かせたい。願い事は叶えていけそうにはないけども。

 

「やっぱりナツメに打ち明けたのは正解だったみたい。今まで色々な人がこの世界に来たけれど、こんなに話せる人はいなかったわ」

 

「直井くんは?」

 

「彼は隠してるみたいだから。こう言う話はしないの。それに、アナタ達の言葉を借りれば、彼はNPCになりきってるみたいだし、基本的には事務的な会話しかしてないわ」

 

「なんか寂しいね」

 

「そうね。だから、さっきは嬉しかったわ。アナタたちが楽しそうに話してる姿が見れて」

 

「ああ、それで」

 

 なんか嬉しそうな顔してたわけだ。遠慮なんかしてないで今みたいにドンドン話せばよかったのに。

 

「いきなり交じるのもどうかと思ったの。でも、いつかは三人であんな風に話してみたいわ」

 

「三人でいいの?」

 

「どう言う意味かしら?」

 

 割とそのままの意味だったりするんだけども。

 

「音無くんとか日向くんとか関根ちゃんとかユイにゃんとか遊佐ちゃんとか、あと仲村さんとか」

 

「それは、無理ね。嫌われてるもの」

 

 まあ、確かに敵対はしてるけども、別に嫌われてはないんじゃないかなとナツメさんは思う訳ですよ。根拠? ありません。勘です。

 

「確かめてみる?」

 

「どうやって……?」

 

「打ち上げやろうず!」

 

 立華さんもご一緒に。

 

「ありがとう。気持ちは嬉しいわ。だけど……」

 

「直井くんは強制的に参加させるつもりです」

 

「難しいと思うけれど頑張ってほしいわ。でも、私は……」

 

「のーこんのほしぞらに」

 

「私たちが花火みたいなのね」

 

「一緒に心から光の矢(ロケット花火)を放ちませんか?」

 

「……わかったわ。ただし、顔を出すだけよ」

 

 しかしながら、実は顔を出したら最後という罠。せっかくの機会なので、そのまま最後までお付き合いしてもらおうと思います。うん、ヤックデカルチャー。

 

 

 というわけで、当初の目的通りに打ち上げの許可を取った。多少のイレギュラーもあるかもだけども、一応ミッションコンプリートはしたし、一回仲村さんに報告しとこうかなって思った。が、しかし、すでに球技大会の会場が視界に入ってきてしまっている現状。そう言えばこっちに向かってたのを忘れてた。でも、実は俺も球技大会の会場に用がある身なのである。これは忘れたかった。あ、仲村さんへの報告は多分近くにいるであろう遊佐ちゃんにでも後でお願いしようと思います。でもよく考えたらインカムもらってるし、仲村さんと直で連絡取れるね。でも、ここはあえて遊佐ちゃんにお願いしてみようと思います。そうだね。気分だね。

 

「なんだろう。なにやら険悪なふいんき」

 

「なぜか変換できないのね。急ぎましょう」

 

 細かいことにも律儀に反応してくれる立華さんに感動しながら、ちょっと小走り。段々と近く付いて行くと、どうやら二つのチームが睨み合いをしているようだった。目立つ青い髪と、同じく目立つ学帽。つまり、チーム日向とチーム直井(?)ですね。どうしてこうなった。

 

「ナツメ。お前、なんで天使と一緒に……?」

 

 こちらに気が付いた日向くんが驚いた様な表情で質問を投げて来た。隣から聞こえた天使じゃないわという小さな呟きは無視した。

 

「ポンデリングについて議論してたらつい」

 

「いや、答えになってねーから」

 

「うるせー! なんでもポンデに挟みやがって!」

 

「いきなり何言ってやがんだよお前は! 確かに展開し過ぎだと思いましたけども!」

 

「しかしクランツリング派の俺に死角は無かった」

 

「俺は断然オールドファッションだな!」

 

「ここはミスドビッツとお答え頂きたかった!」

 

「なんでだよっ!?」

 

「……?」

 

「首かしげんな」

 

 みすどびっつ。

 

 

 

「で、どんな状況なの? 岩沢さん」

 

 日向くんを放置して後ろの方でぼーっとしてた岩沢さんに声をかける。聞く人を果てしなく間違ってると自分でも思う。でも、この人だけが暇そうにしてたんです。

 

「ん、ストーンズはまだアンタには早いと思う」

 

「ですよね」

 

 日常会話が困難になるほど深刻なレベルだと思う。

 

「まずはサッドマシーンを」

 

「大人しくワンダイレクションでも聞いてます」

 

「いや、あれはポップ・ロックだから」

 

 違いがわからぬ。

 

「ナツメ」

 

「ん、どしたの?」

 

「ドーナツ食べたい」

 

「脈絡なさ過ぎわろた」

 

「アンタ、さっきドーナツの話してたじゃないか」

 

「なんでそこは聞いてるのさ」

 

「ん、あたしはフレンチクルーラー派」

 

「話聞いてよ」

 

 フレンチクルーラーも好きだけども。

 

「ひさ子はストロベリー系が好き」

 

「女の子だ。ひさ子ちゃんがちょっと可愛い」

 

「そしてF」

 

「さすがF」

 

 その後も二人してエフエフ言ってたら、どこからかボールが凄い勢いで飛んできた。二人して華麗に回避。当たらなければどうということはない。でもユイにゃんに直撃。生きてんのかね、アレ。

 

「上等だっ! やってやんよっ!」

 

 岩沢さんと一緒にユイにゃんの生死を確認しようとしたら何やら日向くんが大声で啖呵を切った。一体何をやってやんのだろか。

 

「岩沢さん聞いてた?」

 

「演歌はきいてなかったな」

 

「話聞いてよ」

 

 あと、演歌じゃなくて啖呵です。微妙に惜しい。

 

「音無くん。展開がわからないです」

 

「悪戯が過ぎたみたいだな。生徒会が野球部連れてきたから相手してくれるそうだ」

 

「なんという展開。帰っていい?」

 

「8人での野球は辛いってのはよくわかったからダメだ」

 

「ですよね」

 

 俺がいない間に一試合してたみたい。お疲れ様ですね。

 

 

 

「あ、音無くんはミスドだと何が好き?」

 

「クリスピークリームドーナツ」

 

「!?」

 

 




れっつついーと。


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53

 

 展開が今いち把握できてないけども、結論を言えば生徒会率いる野球部チームと試合をすることになったようだ。おかしいな、途中からではあるけども、その場にいたはずなのにどうしてこうなったかが全くわからない。どういうことだってばよ、と最初からその場にいたはずの岩沢さんに聞いたらストーンズがどうのとお返事をいただいた。だからどういうことだってばよ。

 

「でもやることは一緒です。はい、これあげる」

 

「インカム? 何に使うんだよ?」

 

 訝しげな顔の日向くんから疑問をもらいながらもチームの全員にインカムを配る。疑われたようだった。場所はベンチの前。円状に広がって作戦を練っている最中だ。作戦なんてないけどな!

 

「わかんない。仲村さんがつけろって」

 

「ゆりっぺのヤツ、何考えてんだ」

 

 だったら仕方ない、とばかりに呟いた日向くんの手にインカムが渡る。これで全員だ。

 

「とりあえず着用が義務なんでそこんとこよろしくです」

 

 各々から適当な返事をもらった。インカム配るのはひとまず成功。さてお次はどうしようか。なんて考えてなんとなしにポケットに手を突っ込んだら何かが当たった。取り出してみると、それは皆に配ったものと同様のインカムだった。

 

「あれ、全員に配ったのに」

 

 一応、辺りにいる人を見て確認してみたけども、全員インカムは持っている。すでに装着済みだ。もちろん、自分も含めて。と言うことは、だ。つまり。

 

「遊佐ちゃんに、ドジっ娘属性……だと……?」

 

「妄想乙」

 

 インカム越しの声が耳を襲う。出処を探してみれば、すぐ後ろに。野球帽のオプションがついた遊佐ちゃんが何食わぬ顔でベンチに腰をおろしていた。

 

「あれま。何してんのそんなとこで」

 

「どうも、マネージャーの遊佐です」

 

「南ちゃんと申したか」

 

「甲子園に連れてって」

 

「悪意のない顔してるだろう。ウソみたいだろ。ただの球技大会なんだぜ、これ……」

 

「呼吸を止めて」

 

「時間の指定は無しですか」

 

「そこから何も聞けなくなったの」

 

「お亡くなりになりましたか……」

 

 死因は窒息ですね、わかります。

 

「どうも、遊佐です」

 

「ナツメです」

 

 でも本当に遊佐ちゃんは何をしているのだろうか。どうやらチーム日向は先攻らしいのでベンチに戻るついでに遊佐ちゃんに近づく。手にはバインダーとシャープペンシルが握られていた。もしかしたら、本当にマネージャーをやるのかも知れない。

 

「スコアつけるの?」

 

「いいえ、形だけです」

 

「ですよね」

 

 薄々そんな気はしてました。

 

 

 

 で、だ。インカム配って、遊佐ちゃんとの会話も済んで、後は試合に臨むだけになった。オペレーション「ただし日向、テメーはダメだ」についての内容は適当なタイミングで俺が伝えるか、遊佐ちゃんに伝えてもらおうと思います。まぁ、内容と言っても日向くんが成仏するんじゃないかってタイミングでイタズラ、でなくて、阻止しに行こうぜってだけなんだけども。うん、疑わしきは罰せよ。ちょっとでも成仏臭がしたら即GOサインを俺か遊佐ちゃんが下します。

 

「日向くんがッ 成仏しなくなるまで 邪魔するのを やめないッ!」

 

「このきたならしいなっつんがァーッ!!」

 

「関根ちゃんが俺を汚物扱いする。失礼にも程がある件について」

 

「試合サボった」

 

「ごめんなさい」

 

 結構な感じでお疲れの様子の関根ちゃんでした。俺のいない間に何試合かこなしたんだっけ。それはそれはお疲れ様ですね、なんて労いの言葉を投げれば帰ってきたのは関根ちゃんの黄金の右。なんとも手痛い仕返しが俺の脛を直撃した。あれ、足だから手痛いじゃなくて、足痛い? まぁ、どっちでもいいか。正直、ひさ子ちゃんの蹴りに比べたらそんなに痛くなかったし。

 

「そういえば関根ちゃんが髪縛ってる。珍しいね」

 

「動いてる内に鬱陶しくなってきたからねー。みゆきちにゴム借りてみた。似合う? ねぇ、似合う?」

 

「うん、ボリュームあるね」

 

「あたしはみゆきちと違ってちょっと天然入ってるしねー」

 

「自称天然と申したか」

 

「誰が言動が常識からずれている事に気付かず、その場にいる大半の人間をイラつかせることに定評があり、それを100%可愛いと思い込んでいる自称天然か」

 

「なんかごめん」

 

「うぃ」

 

 入江ちゃんはちょっと天然だよね。そだね。岩沢さんは? あ、あれは、どうだろね……? コメントに困ってる関根ちゃんワロス。

 

 閑話休題。

 

「うし、行くぞテメーら!」

 

 日向くんがやる気満々の様子でベンチでまったりしていた俺達に言った。

 

「言い方が気に食わない」

 

 と、関根ちゃんが。

 

「何様だテメーはー! 頭沸いてるんじゃないっすかねー!」

 

 と、ユイにゃんが。

 

「そろそろ帰ってもいい?」

 

 と、岩沢さんが。

 

「――浅はかなり」

 

 トドメに椎名さん。チーム日向の女性陣がキャプテンに軒並み冷たい。日向くんは思わず両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。まじドンマイ。

 

 とりあえず、音無くんと一緒に日向くんをよしよししておいた。その間に遊佐ちゃんに頼んで女性陣をなんとか説得してもらう、と言うのは嘘だったり。実はすでにオペレーションが始まっていたりするのだ。若干、一名が本音をぶつけていたりしたけども、基本的には全てオペレーションです。ココ、間違えないように。

 

 ここまでの試合の中で肉体的にも精神的にも相当疲弊しているであろう日向くんを音無くんが引っ張っていき、整列。スポーツとは礼に始まり礼に終わるものなのです。マナーって大切。乱入してる身だけども、今更なんて言葉は聞こえないし気にしない。

 

 生徒会率いる野球部と向かい合う。先頭で向かい合っているのは日向くんと、野球帽とジャージャを羽織った立華さんだ。なんという優等生。俺? 最後尾ですけど何か?

 

「ナツメ」

 

 挨拶も終わり、ベンチに戻ろうとしていた俺に後ろから声が掛かる。立華さんだった。

 

「どしたの? 帽子似合うね」

 

「ありがとう。ところで、その耳にしているのは何? そっちのチームは全員付けているようだけど」

 

「インカム。これでみんなでお話しながら野球する」

 

「そう。仲がいいのね」

 

 そう言えば。

 

「はい。立華さんにもあげる。1個余ってるし」

 

「……いいの?」

 

「でも後で返してね。無くすと怒られるから」

 

 ちょっと嬉しそうな顔してお礼を言ってきた立華さんはそのまま戻って行った。うん、まぁ、大丈夫でしょ。根拠は全くない。

 

「立華と何話してたんだ?」

 

「ん、なんでもないよ。音無くん」

 

 



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54

 

「さて始まりました。一回の表、チーム日向の攻撃。バッターは一番、記憶のない孤高の狩人、音無。見事、相手のピッチャーのボールを射抜くことができるでしょうか。実況の遊佐です」

 

「どうした遊佐ちゃん」

 

 いきなり始まった遊佐ちゃんの実況。淡々と繰り出される言葉の押収はベンチにいた俺達を大いに驚愕させた。マネージャーやりに来たと思ったら実況だったでござる。でもちょっと面白そうだ。ぜひ混ざりたいものである。

 

「ここまでの試合、素晴らしい投球でチームを勝利へ導いてきた音無選手。なんとバッティングにもそのセンスは光ります。同チームのナツメさん。何かコメントを」

 

「そうですね。彼にはいつも助けられてきました。また今度も助けてくれると嬉しいです。あと遊佐ちゃん愛してる」

 

「ありがとうございました。遊佐です」

 

「あれ、スルーされた。スルーされましたナツメです」

 

 悲しいね。

 

 

 で、さっき遊佐ちゃんが言っていた通りに音無くんがバッターボックスに立っているわけだけども、チーム日向は生徒会がつれてきた野球部相手にどこまで通じるのだろうか。言ってしまえば、こちらのチームは日向くん以外に明確な野球経験者がいないのだ。いるのは、記憶の無いのが2人、青いの、アホ、忍者、話を聞かない人に、めんどくさいのと元気な人。あと可愛い小動物みたいな人。なんというカオスな構成メンバー。ここまで勝ち進んだのが奇跡だと誰もが口を揃えて言うことうけ合いである。なので。

 

「遊佐ちゃんにお願いがあります」

 

「話を聞く女。遊佐です」

 

「打ち上げの件、許可もらったので仲村さんに報告よろ」

 

「ご心配なく。ゆりっぺさんはすでにその気で動いています」

 

「なんと」

 

「なので本題をどうぞ」

 

 仲村さんがすでに動いているのも驚きだけど、本題に入っていないことに気づかれたのも驚きである。

 

「さとい女。どうも、遊佐です」

 

「さとり世代と申したか」

 

「本題を」

 

「あい」

 

 そこはのってくれないのね。

 

「さすがにこのメンバーで野球部を相手取るのは難しいと思われるので、適当に運動神経の良さそうな暇している人を見繕ってほしいです」

 

 聞くところによると、すでに死んだ世界戦線の球技大会参加チームはチーム日向を除いて、全てのチームが敗退してしまっているそうなのできっとそれも可能だろう。

 

「建前乙」

 

 なぜバレたし。

 

「さとい女。遊佐です」

 

「さとられる男。ナツメです」

 

 なんてやり取りはさておいて、結局遊佐ちゃんは動いてくれるそうで、早々に去っていった。優しいね。そう言えば、ベンチにバインダーとシャープペンを置いて立ち上がった遊佐ちゃんが言い残していったけども、なんと驚くことにすでに松下五段は勧誘済みだそうです。しかも勧誘したのは音無くん。肉うどんの食券で釣った。釣れた。違った。交渉した。音無くんも罰ゲームは怖いのだろうか。ここで負けたら同率だからきっと罰ゲームになるだろうし。と言っても罰ゲームは打ち上げの準備なのだけども。あれ、この際ここで負けてみんなで準備した方が効率がいい気がする。まぁ、いいか。

 

「で、いつの間にか音無くんに続いて、日向くんと椎名さんが出塁している件」

 

 なんだろう。球技大会の展開が早い気がする。まぁ、見てないのが悪い気もするけども。でも、打順とかは変わってないみたいだから次のバッターは野田くんあたりだろうか。

 

「なっつーん」

 

「ん? どしたの関根ちゃん」

 

「つかれたつかれたつーかーれーたー」

 

 とてもお疲れの様子で項垂れている関根ちゃん。たれ関根ちゃんとでも呼ぼうか。試合中は緊張のあまりプルプル震えている入江ちゃんによしよしされている始末です。なんか珍しい。

 

「もうちょっとで遊佐ちゃんが代打連れてくるからそれまでの辛抱です」

 

「遊佐さん愛してるー!」

 

「それさっき言った」

 

 スルーされましたががが。

 

「みゆきちが一番だけどな!」

 

「知ってたけどな!」

 

 関根ちゃんの入江ちゃん至上主義は目を見張るものがあります。しかし、一体何が関根ちゃんを駆り立てるのだろうか。

 

「ところで入江ちゃん大丈夫? 疲れてない?」

 

「うん。だいじょぶだよー」

 

 第一試合開始頃の入江ちゃんはもういないようだった。慣れたのか、開き直ったのか。はたまた今だけなのか。それは判断しようもないけども、元気そうで何よりです。

 

「なっつんがみゆきちに優しい。さてはなっつん! みゆきちのこと好きだな! 渡さんぞー! みゆきちはあたしンだー!」

 

「と言ってますが入江ちゃんはどうですか? ナツメはご入用ですか?」

 

「お、お友達で……」

 

 ふられちったお。関根ちゃんがすごく勝ち誇った顔してます。でも不思議と負けた気がしない。

 

「ではそんな関根ちゃんはどう? 入江ちゃん的にご入用ですか?」

 

「えっと、うん。ご入用、かな」

 

 はにかんで言うみゆきちマジ天使、とは後の関根ちゃんが語るとか語らないとか。とりあえず今言えることは一つなワケで。

 

「関根ちゃん、落ち着いて」

 

「なっつん。あたし、今なら成仏できる気がする!」

 

「だから、落ち着けと」

 

「みゆきち以外、何もいらない」

 

「ベースもいらぬと申したか」

 

「あ、こら。余計な……うわ、見てる。岩沢先輩めっちゃこっち見てる」

 

「なんでこういうことは聞こえてるんだろうね」

 

 ふしぎだね。ねー。ところで次のバッターって誰? あ、あたしだ。入江ちゃんと一緒に応援してるね。がんばる、超がんばる。

 

 見てろよなっつーん、と意気揚々とバッターボックスへ向かう関根ちゃんにそこは入江ちゃんじゃないのだろうかとか思ってたらいきなり右肩をガシリと誰かが掴んで、そのままグイッと強制的に方向転換。誰かと思えばなんだ岩沢さんじゃないか、なんて建前を口にした所で岩沢さんが口を開いた。酷く慌てた様子である。

 

「せ、関根がガルデモ抜けるって言って……!」

 

「ないね。一旦落ち着こうか」

 

 どうどう、と岩沢さんを宥める。こんな岩沢さん見たことないからなんか新鮮です。あとでひさ子ちゃんに報告してみようかな。

 

「……本当に?」

 

「本当に」

 

「……絶対だな?」

 

「この世に絶対は無いのだよ。絶対にね」

 

「関根は抜けないんだな」

 

「話聞いてよ」

 

 安心してないで突っ込んで欲しかったのが本音だけども、岩沢さんが嬉しそうなのでもういいです。

 

「ところで今、試合はどんな状況なの?」

 

「ガルデモは5人でガルデモだ」

 

「ですよね」

 

 次からは素直に音無くんに聞こうと思いました。

 




転職しまして、うまく時間がつくれませぬ。
でも頑張るよ!


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55

 

 ゴメンね、全く見てなかった。なんて関根ちゃんに伝えたのがついさっきのような気がしたんだけども、不思議なことにすでにライトにて待機。現在進行形で守備についていますいんぐ。とてもダルいけども、やらなければいけないという。遊佐ちゃん、早く誰かつれてきてくだしあ。

 

「ん、さすがの音無くんも野球部が相手だと荷が重いと見た」

 

 大きい当たりこそないものの、ちょっとずつ打ち崩されてきてる感じ。まぁ、ここで野球部相手に完封とかやらかしたら、もう高校球児確定だよね。疑いようもない。

 

「つまり、センスの塊か。音無くんおそろしい子」

 

 高校球児じゃないことで何かとてもすごい事実に気がついてしまった気がするけども、まぁ、いいか。日向くんが泣きを見るだけだろうし。きっとメシウマ。

 

「あ、そうだ。遊佐ちゃん聞こえますかー?」

 

「聞こえません。遊佐です」

 

「聞こえてるがな」

 

 インカムから聞こえてきた声にはとりあえず言ってみた臭がそこはかとなく漂ってるけども、ちゃんとお返事してくれたので気にしない。世の中にはミリ単位でお話聞いてくれない人もいるしね。例えば、岩ゲフンゲフン。なんでもないです。

 

「これ、全体通信?」

 

「基本的には。しかし、チャンネルを変えることでアラ不思議。なんと個人での通信が可能に」

 

「まぁ、すごい。でもお高いんでしょう?」

 

「そんなことはありません。なんと今なら逆の耳に装着できるアタッチメントも込みでこのお値段」

 

「うわっ……このインカム、安すぎ……?」

 

「ゆさネットたかた」

 

「なぜジャパを消したし」

 

 ゆさなのかたかたなのかそれが問題だ。遊佐です。いや、知ってるけども。遊佐です。なんか今日はテンション高いね。そんな日もあります。なるほど、覚えとく。遊佐です。ナツメです。

 

「そして本題。誰か適当な人とお話した」

 

「ポチっとな」

 

「仕事早いね」

 

 いつも通りの仕事の早さで嬉しい限り。さて誰につながるのやら。わくわくが止まらねぇ!

 

「何が早いのかしら?」

 

「お、仲村さんだ。さっきぶりですね。そうですね」

 

「そうね。定時報告かしら。試合中だけど」

 

「いや、単なる暇つぶしだったりします。試合中だけども」

 

 今回ばかりはボールが飛んでくる可能性はあるけども、別に気にせずお話します。これが音無くんへの信頼の証でもあると思うんだ。音無くん信じてる超信じてる。

 

「ここはきっと怒る所なのだろうけど、なんかアナタ相手だとその気も失せるわ」

 

「恐悦至極」

 

「褒める要素がないわ」

 

「知ってた」

 

 あ、打ち上げの件OKもらったよー。ご苦労さま。大きい花火はダメだけども、小さいのなら大丈夫っぽい。なるほど、用意しておくわ。しておく? 訂正、させる――って何言わせるのよ。うん、立華さん達も呼んどいたから。えっ。遊佐ちゃんよろー。

 

 どこからともなく聞こえたポチっとなの声の後、俺の耳に装着されたインカムはチャンネルを変えたようだった。このインカムは基本的に遊佐ちゃんとは繋がってるのだろうか? まぁ、いいか。

 

「お次は誰だい?」

 

「私だ」

 

「わからんがな」

 

「浅はかなり」

 

「椎名さんでしたか。これは失敬」

 

 しーなたん改め椎名さん。いや、椎名さん改めしーなたん? どっちだっけ?

 

「どっちでもいいね」

 

「……何の話だ?」

 

「こっちの話ですのでお気になさらず」

 

「浅はかなり」

 

 椎名さん、リピートアフターミー。……あふたみ? アフターミー。あふたーみー。しーなたん発見しました。……何の話だ? こっちの話。浅はかなり。それもうやった。……浅はかだったなり。

 

「では、しーなたん。オペレーション」

 

「おぺれーしょん」

 

「ウォーズ」

 

「運営頑張れ」

 

「こらこらこら」

 

 頑張ってたから、きっとすごく頑張ってたから、なんて思ってたらどこからともなく魔法の言葉が。

 

――ポチっとな。

 

「遊佐ちゃんの切り替えタイミングが秀逸。絶好調だね」

 

 あれ、でも遊佐ちゃんここにいなくね? どこからタイミングを測ってるんだか。

 

「……驚いた。その声はナツメね」

 

「ん、あれ? 立華さんだ。元気?」

 

「私は元気よ。ナツメは?」

 

「そろそろ休みたいです」

 

 いくらこの世界だからと言っても、身体は大切にしなきゃダメよ。そだね。ちゃんとご飯は食べてる? 睡眠は? ゲームばかりしていてはダメよ。母さんか。母さんじゃないわ。ですよね。

 

「と、インカムはこのように使用すると宜しいですヨっ」

 

「…………」

 

「あら? 立華さん?」

 

「しゃかしゃかへいっ」

 

「お気楽、極楽、騒がし乙女。立華さん、野球好き?」

 

「見るのは好きよ」

 

 そのまま話を聞くと、立華さん自身はあまり運動が得意ではないとかなんとか。まぁ、確かに見た感じ大人し目な文系少女な訳だし、納得です。しかし、普段はエンジェルなんとかを使って運動神経の底上げをしているらしい。底上げってなんぞ。公式チートですか、ぜひ教えてほしいと頼んでみると意外にもあっさりと。

 

「無理ね」

 

「ですよね」

 

 断られてしまった。情報の独占いくないとか言ってみるも効果は無く、情報を共有してもらえることはなかった。うん、やっぱりズルはダメだ。正直に生きなきゃね。死んでるけども。

 

「正直に、そしてでっかく生きるよ男なら」

 

「横道逸れずにまっしぐらなのね。ハートはいつでも?」

 

「まっかっかっかっかでござる」

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

「気がついたら3点取られていて、入江ちゃんが泣いてる。そして関根ちゃんが視線で人を殺しそうな勢い。どうしてこう、展開が飛び飛びなのでしょうか。ナツメは困惑中でございます」

 

 見てないからだ、と誰かに言われそうだ。立華さんとの通信も終わり、ひとまずインカムで遊ぶのは終了して現状を把握しようとしたところ、どうにも認識していた場面から2、3ステップ飛んでいるらしかった。時間の流れとは残酷である。

 

「さて、どうしたもんかね」

 

「交代要員、到着しました」

 

「なんと」

 

 遊佐ちゃんからの全体通信によってもたらされた朗報に思わず全員がベンチの方へ視線を向けた。そして日向くんが声も高らかに告げる。

 

「選手交代!」

 

 まずはセンター。やる気皆無の岩沢さんに代わって、音無くんの肉うどんに釣られた松下五段。その手には肉うどん。

 

 次にレフト。これ以上は全員からストップがかかりそうな感じの入江ちゃんに代わり、TK。踊ってる超踊ってる。

 

 サード。入江ちゃんの件で今にも相手チームに噛みつきそうな関根ちゃんも交代。高松くんが代わりに己の身体一つでサードに入ります。グローブ持ってこい。

 

 そして最後。日向くんが言った。

 

「ナツメ、藤巻と交代」

 

「ですよね」

 

 長ドスを抜き放った藤巻くんがすれ違いざまに任せろと言って、去っていく。とても不安だ。そして、遊佐ちゃんが連れて来た交代要員はこれで全員。チーム日向が、チームSSSになったのだ。ユイにゃんはーっ!? チームSSSになったのだ。しかし、それにしたって……。

 

「肉うどんとかダンスとか、みんな野球なめてるよね」

 

「ん、そうだな」

 

「お前らには言われたくないだろうよ」

 

 応援に駆けつけてくれてたひさ子ちゃんが呆れた目でこっち見てましたとさ。

 



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56

「ところでなんで入江ちゃんは泣いていたのでしょうか? ナツメ気になります」

 

 未だ涙目の入江ちゃんを胸に抱きながらガルルルと唸っている関根ちゃん。そんな彼女たちを見てそう言えば、と思い出した。ベンチに座っているのは先程の関根ちゃんと入江ちゃんの他に遊佐ちゃんに岩沢さんと、ひさ子ちゃんに竹山くん、大山くん。その中の誰に、という訳でもなく質問を投げてみた。

 

「見てなかったのかよ。お前、ライトで何してたんだ?」

 

 呆れたような表情のひさ子ちゃんが答えてくれた。質問に対しての回答は得られなかったようだけども。

 

「お話してた。遊佐ちゃんとかと」

 

 ねー、と遊佐ちゃんに話を振ってみれば、ふいっと顔を逸らされた。解せぬ。

 

「……入江は、アレだ。ボールが飛んで来てだな」

 

「ん、頭にでも直撃しましたか」

 

「いや、飛んで来ただけ」

 

「怖かったのかな。でも入江ちゃんだから許す」

 

 そだな、とひさ子ちゃんから同意をもらって入江ちゃんを見る。さすがにそろそろ落ち着いてきたのか、恥ずかしそうに関根ちゃんの腕の中でもぞもぞしてた。関根ちゃんもそろそろ離してあげてもいいと思うんだけども、過保護モードになっているらしく、入江ちゃんの頭をがっしりとホールドしていて離す気配がない。親の敵を見るような視線は、生徒会チームのベンチに向いているようだった。報復とか物騒なことを考えてなければいいなと切に願う。

 

「あ、ひさこちゃんひさこちゃんひさこちゃん」

 

「連呼すんな。なんだよ」

 

「ひさ子ちゃんにも協力してほしいことがあったりなかったり」

 

「どっちだよ」

 

「あったりします」

 

 訝しげな視線なんてなんのその。日向くんについてのオペレーションの内容を簡潔に伝えると、ひさ子ちゃんは少しだけ考えるような仕草をした後、わかったと小さく頷いた。協力はしてもらえるようだけども、ひさ子ちゃんは何か思うところがあるのかもしれない。だとしたら、ひさ子ちゃんにはあまり積極的に……。

 

「でもそこはあえてバリバリ動いてもらおうと思います」

 

 遊佐ちゃんがインカムをひさ子ちゃんに差し出す。ナイスタイミングですお。

 

「何すりゃいいんだ?」

 

「とりあえず常にボール持っといて。事ある毎に日向くんに向けて投げてもらう」

 

「コントロールはあんま自信ないけどなー」

 

 でも投げる気満々なひさ子ちゃんに脱帽。予想以上に乗り気なのかも知れぬ。

 

「とりあえず、攻撃要員一人確保、と」

 

「投げるタイミングは?」

 

「俺か遊佐ちゃんがGOサインを出します」

 

 ねー、と再び遊佐ちゃんに話を振ってみたら遊佐ちゃんが呟いた。

 

「GO」

 

「ちょっ」

 

 ひさ子ちゃんの手からボールがビー。日向くんのグローブにズバーン。レーザービームだった。どんな肩してんだこの人。

 

「――チッ」

 

「ほら、そこの女の子。舌打ちとかしないの」

 

 捕球されてしまったひさ子ちゃんはすでに次のボールに手をかけている。なんだろう。次こそは、みたいな顔つきだ。何かフラストレーションでも溜まっているのだろうか。後で岩沢さんと一緒にお話を聞いてあげようかな、と思ったけども、岩沢さんは人選ミスだね。わかってました。そして、突然ボールを投げられて何やらギャーギャー騒いでいる日向くんを視界の端に収めて――る人がいないや、このベンチ。これもわかってました。

 

 で、その後。ピッチャーである音無くんが投げたボールを生徒会チームの人がセンター方面へ打ち返して、それを松下五段が難なく捕球して攻守交代。いつの間にアウトカウント稼いでいたのだろうか、そんなシーンはなかった気がするのだが。

 

「そしてそろそろ岩沢さんの禁断症状が出ると見た」

 

「何の話?」

 

「ギターの話」

 

「――始めるのか?」

 

「しまった」

 

 眠そうにしていた岩沢さんの目の色が変わった。球技大会に出ているみんながベンチに戻って来ているのに、そんなことは関係ないとばかりに詰め寄られる。岩沢さん、近いです。

 

「アコギ? エレキ? まずはそこからだ」

 

「わりとどうでもいい」

 

「個人的にはアコギを薦める。フォークデュオとかどう? 面白そうじゃない?」

 

「ゲームのがいい」

 

「…………」

 

「いふぁいれふ」

 

 ちゃんと話聞かなかったからって頬を引っ張るのはやめてほしいです。結構痛かったりなんかして。

 

「そもそもこの世界でギターはなかなか手に入ら――あー、うん。ゴメン。俺が悪かったんでそんなシュンとしないで。チャ―さんに頼んで作ってもらう? ギルドに行けば誰かしら作れるやもだし。最悪、音楽室から借りようか」

 

 現実を突き付けたら思いのほか岩沢さんにダメージがいってしまったらしく、とても悲しそうな顔をしていらっしゃる。

 

「元々、ガルデモはひさ子と二人で始めたものなんだ」

 

「急に語らい始めた。どうしよう」

 

「一人で好き勝手にギター弾いてたアタシを――」

 

「長くなりそうなんでカット」

 

 かっと。

 

 

「おとなしくんおとなしくんおとなしくん」

 

「どうした?」

 

「今スコアはどんな感じ? 勝ってる? 負けてる?」

 

「お前、参加して――」

 

「うん、腹は決まった?」

 

「……そうくるか」

 

 日向くんは身を乗り出してって言うか、もうベンチから出てバッターであるTKを応援してた。都合が良いのです。

 

「とりあえす、まぁ、アレだよ。ほら、軽い気持ちでさ」

 

 ボールを音無くんへ手渡す。不思議そうな顔をした音無くん。そうだね。見本が必要だね。

 

「ひさこちゃんひさこちゃんひさこちゃん」

 

「んだよ」

 

「GO」

 

「この距離なら外さねー」

 

 ひさ子ちゃんの手からボールがビー。日向くんの頭部にゴーン。勢いよく振り向いて何か言ってる日向くんだったけども、みんな素知らぬ顔。恐ろしいね。

 

「ほらね。これですよ。見ましたか? 音無くん」

 

「ああ、イジメだな」

 

「オペレーションの一部ですお」

 

 序の口、序の口ィ!

 

 音無くんはボールを握り締めて何かを考えている。どうするべきか悩んでいるのだろう。日向くんを成仏させるべきか、否か。

 

「俺は……」

 

「音無くん。失敗したっていいじゃない。やりたいようにやるのがうまく生きるコツだって誰かが言ってた」

 

 もう死んでるけども。あと、自分で言っておいてなんだけども、誰かって誰だろうね。

 

「やりたいように、か。そいつは、最高に気持ちが――待て。コレはダメな気がする」

 

「この世界って変な電波飛んでるよね」

 

 その後、日向くんの背中に向けてボールを放る音無くんがいたとかなんとか。これで役者は揃った。あ、違う。松下五段とかに話してないや。まぁ、いいか。とりあえずオペレーションを本格的に始動したいと思います。

 

 



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57

 

「ーー見果てぬ夢の結末を知るがいい。この神になる僕が手ずから理を示そう」

 

「直井くんがノリノリだ。テンション高いね」

 

「なぜ貴様がここにいる」

 

 なんでだろうね。ってことでただいま生徒会チームのベンチにいます。敵情視察って言えば聞こえはいいけども、もはや単なる暴挙ではないだろうかという感覚が否めない。でもそんなのは関係なかったりするのがこの世界特有のクオリティなのだ。すごいね死後の世界って。

 

「遊びに来ますた」

 

「帰れ」

 

 なんとも冷たい反応が返ってきたものである。でもいつものことなのでさほど気にしません。きっとツンデレ。

 

「立華さんもこんちあ」

 

「こんにちは、ナツメ。でも天使じゃないわ」

 

「言ってないです」

 

 立華さんもテンション高いのだろうか。きっと帽子のせいだと思う。今の状態ならば何か無茶なこと言っても許される気がする。

 

「直井くんもそう思うよね」

 

「――――理想を抱いて溺死するがいい」

 

 何やら悪そうな笑みを浮かべてブツブツ言ってるので、そっとしておこうかとおもいます。しかし、直井くんの守備範囲は萌系じゃなかったっけ。あ、あとボカロ。

 

「まぁ、いいか」

 

「何がいいのかしら?」

 

 首をかしげながら訪ねてくる立華さん。あ、帽子がズレた。乗せてるだけだったのねソレ。衝撃の事実。でもないや。それはそうと。

 

「たちばなさんたちばなさんたちばなさん」

 

「何かしら、ナツメ」

 

「グリフィ」

 

「スリザリンは嫌だスリザリンは嫌だスリザリンは嫌だ」

 

「魔法使ってみたいね」

 

「そうね。バインドからのバスターは燃えるものね」

 

「個人的には3期が好きです」

 

 1期も2期も好きだけども。

 

「私は全部好きよ」

 

「そんな気してた」

 

「一見可愛らしい魔法少女なのだけど、物語的にはとても熱いものがあるわよね」

 

「きっと直井くんも好きだと思われる」

 

「え……?」

 

 立華さんと2人で直井くんを見る。不自然なくらいにそっぽ向いてました。逆に怪しいってばよ。

 

「なおいくんなおいくんなおいくん」

 

「……気安く呼ぶな」

 

「さっきまで聞き耳立ててた直井くん」

 

「裁くぞ」

 

「なんでさ」

 

 何もしてないじゃないのさ。いや、割と本気で。

 

「いい加減なことを言うなよ。この神になる僕に」

 

「それ言っていいの?」

 

 ねー、立華さん、とお話を振ってみる。普通にお隣に立華さんがいらっしゃいますので、不可抗力だよね。うん、現代文とかわかんない超わかんない。

 

「えっと、直井くんも、魔法少女好きなの?」

 

「な、なな、何をおかしなこと言ってるんですか会長! 僕がそんな……っ!」

 

「そんな?」

 

「そ、そんな……」

 

 直井くんが葛藤してる。超葛藤してる。本当は大好きなんだろうね。それはもう隠したいからと言っても、罵倒するのが嫌なくらいに。きっと愛だと思う。

 

「ところでご両人。魔法少女と言えば新しく始まりますが、ご視聴のご予定は?」

 

「私はとりあえず録画かしら」

 

「愚問だな。リアルタイムで視聴、その上、録画をするに決まっている」

 

「ですよね」

 

 聞くまでもなかったね。分かってました。でも聞きたかったんです。そんな義務感がなぜかヒシヒシと。あるよねそういう時。きっと誰かわかってくれると信じてる。

 

 その後も3rdの話とかで3人で盛り上がってました。3人ね。ここ大切。まぁ、気がつけば我慢の限界だったのであろう直井くんが率先して話しだしてくれていて、立華さんも思わずほっこり。すごく嬉しそうにしてて、かわゆかったです。

 

 

 

「そしてお久しぶりです。こんにちわ」

 

 もうちょっとお話ししてたかったけども、遊佐ちゃんからのお呼び出しで自軍のベンチへ戻ります。ひさ子ちゃんがドコ行ってたんだ? 的な視線を投げてきますが、とりあえずGOサイン出して意識を逸らす。日向くんは犠牲になったのだ。でも、こっそり大山くんも参加しててワロタ。

 

「ところで遊佐ちゃんは何のご用だったのでしょうか?」

 

「コレを」

 

「なにこれ?」

 

「打ち上げの買出しリストとなっています」

 

「まじか」

 

 手渡されたメモ。なるほど、買って来いってことか。もはや球技大会の球の字もないくらいに参加していない件。まぁ、今更なんだけども。

 

「コレを」

 

「みなまで言わずとも把握しますた」

 

「日向さんへ」

 

「鬼か」

 

「いいえ、遊佐です」

 

「知ってた」

 

 相変わらず変わらない表情でぶいサインを向けてくる遊佐ちゃんきゃわわです。しかし、その発想はなかった。でも面白そうだと思ってしまった俺を誰が責められようか。日向くんだね。そりゃそうだ。

 

「とりあえずわたしてくる」

 

「お願いします」

 

「わたしてきた」

 

「ご苦労様です」

 

 さて、キャプテン不在となりました球技大会。この先不安ですね。なんて話を振ろうかと思ったけども、誰も気にしてないご様子。とりあえず、代理決めましょうか。

 

「というわけで、代理のキャプテンを決めたいと思います」

 

 面倒くさそうな視線と、ダルそうな視線がこっちに集中した。今は攻撃の最中らしく、ベンチにはバッターと次の打者、それから絶賛パシられ中の日向くん以外はいるみたいです。

 

「じゃあ、この中で我こそはって人いる?」

 

 まずは立候補者を募る。募らなかった。

 

「仕方ない。ここはこのナツメが」

 

「却下」

 

 遊佐ちゃんが。

 

「却下だな」

 

 ひさ子ちゃんが。

 

「却下ですね!」

 

 ユイにゃんまでもが。

 

「不都合でもあると申すか」

 

「不都合しか見当たらねーよ」

 

 ひさ子ちゃんの言葉が辛辣でナツメ涙が出てきますよ。

 

「でも、なんかユイにゃんは腹立つから後でラー油神拳の刑に処す」

 

「なーんーでー!」

 

 腹立つからって言ったがな。あと服引っ張るのやめれ。

 

「でも、代理は決めておいた方が良いよな」

 

 音無くんが言った。皆それもそうだな的な雰囲気を醸し出し始める。何気ない一言なのに、俺が言った時との違いはなんだろうか。別にいいけども。

 

「じゃあ、とりあえず」

 

「私の出番のようね!」

 

 仲村さん来た。

 

「大将が直々におでましとは」

 

「ヒマだったのよ」

 

「ちょ」

 

 もうちょっとオブラート包もうよ。体裁とかあるでしょリーダーって。

 

「どうでもいいわ。些細な事よ」

 

 さいですか。

 

「さぁ、私が指揮を執るからには、負けは許されないわよ!」

 

 めっちゃやる気な仲村さん。戦線本部でよく被っているベレー帽まで取り出しちゃった。

 

「行くわよ! オペレーション・スタート!」

 

 喝が入ったのか、気合も十分な戦線メンバーが次々にベンチを後にします。さすがはリーダー。でも、今は攻撃の最中だから、みんな早く戻ってきましょう。

 




「ラー油神拳奥義!辣々流星群!」

「にぎゃぁああ!」



お久しぶりです。いまだにお仕事忙しくてロクに
更新できませぬが、生きてます。
ABOWで生きてます。


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58

「 球 技 大 会 な ん て な か っ た 」

 

 皆で汗水垂らして青春しようぜなんて粋なイベントは開催なんてされなかった。夢である。死んだ後にも夢を見るのは不思議な感覚だけれども、きっと夢である。

 

「そんなワケないじゃない」

 

「ですよね」

 

 呆れ顔の仲村さんに言われて現実へ戻る。死後の世界が現実ってのもなんとも言えない感覚なんだけども、これが今の現実であるから仕方ないことなのだ。

 

 さて、生徒会の介入、そして我らがリーダー仲村さんの参戦により球技大会は盛り上がりを見せていた。自惚れじゃなければ、きっと今大会最高の盛り上がりなのではないのだろうか。他のあんまり見てないから知らないけども。

 

「さぁ、ジャンジャン行くわよーっ!」

 

「なかむらさんなかむらさんなかむらさん」

 

「何よ、ナツメくん。今イイトコなんだから邪魔しないでくれない?」

 

 ちょっと不服そうな顔をした仲村さんがこっちを見ながら言う。

 

「うん、日向くん買い出し行っちゃったね」

 

「言いたいことは早く言いなさい」

 

「うん、守備足りないね」

 

「さぁ、出番よ大山くん!」

 

 いきなり話をふられて困っている大山くん。でもちゃんとグローブをはめる辺り真面目さが垣間見える。まだ攻撃の最中だけども。とりあえずアレだ。仲村さんが楽しそうだからいいか、なんて結論が導き出された。別に考えることを放棄したとかじゃないのであしからず。

 

「あ、そうそうナツメくん」

 

「呼ばれた気がした」

 

 何か言い忘れたことでもあったのだろう。仲村さんに呼ばれた。そして手渡される巾着袋。何これ?

 

「そこにお金入ってるから、日向くんと一緒に買い出しお願いね」

 

「なぜこのタイミングで」

 

 日向くんは既に遥か彼方へ。影もない状況です。せめてもう少し早く言ってほしかったです、はい。

 

「今は日向くんに建て替えてもらっておけばいいじゃない」

 

 そういう問題なのだろうか、甚だ疑問ではあるけども、ぶっちゃけ疲れて、はないけどあんまり動きたくないです。要するに面倒くさい。要さなくても面倒くさい。

 

「つまり、面倒くさい」

 

「ワガママ言わないの。ナツメくんが何もしてないの知ってるんだから」

 

「それを言うなら仲村さんだって」

 

「私はいいのよ。リーダーだから」

 

 素晴らしきジャイアニズム。否、ゆりズム。なんか響きがエロいね。

 

「不満だというなら、尤もらしい理由つけてあげるわ」

 

「言っちゃった。尤もらしいって言っちゃった」

 

 もうどんな理由つけられようと信じられる気がしませぬ。だって尤もらしいって言い切ったもん。

 

「日向くんを足止めしなさい」

 

「どれくらい?」

 

「試合が終わるまでよ」

 

「もはや参加させないつもりだったとは……」

 

 さすが我らがリーダー。考える事が違う。やる時は徹底的にやるのが信条とでも言うのだろうか。きっと死んだ世界戦線は安泰です。多分。

 

「いいえ、そこまでは言わないわ」

 

「おろ?」

 

「言ったはずよ。アナタに任せるって」

 

 心なしか真剣な眼差しがこちらに向けられる。仲村さんはたまにこういう目をむけてくるから困る。そんな顔されたら……。

 

「やるったらやる!」

 

「頼むわよ、ナツメくん」

 

「俺だけが頼りなんですね、わかります」

 

「しまっていこー!」

 

 ああん、冷たひ。無視は心に響くのよ。

 

 

 

「という訳で、さっきぶり」

 

「何しにきたんだよ、お前……」

 

 購買で呆れ顔の日向くんに遭遇だっぜ。何も手に持ってないところを見ると、お買い物はまだみたい。

 

「オススメは素うどんです」

 

「食堂行け」

 

「あんまりお腹空いてないれす」

 

 あーそうですかと言わんばかりの日向くんの感情はさておき、あまり急いでなさそうなことに違和感を覚える。

 

「球技大会なんてなかった?」

 

「いや、あるだろ。真っ最中だろ」

 

「ですよね」

 

 日向くんは不意にこちらに向けていた視線を外した。後頭部をポリポリと書いており、何かを言いたそうな雰囲気を醸し出している。デキる男は空気にも敏感なのだ。何が言いたいのかも容易に察することができるワケで。つまり。

 

「――ゴメン。俺、ノーマルだから」

 

「告白とかじゃありませんからっ!」

 

 違った。デキる男の称号を返還する必要があるかもしれぬ。

 

「お前は俺から何を感じ取ったんだよ……」

 

「音無くんが言ってた。日向くんがいつもと違う空気出したら気をつけろって」

 

「音無ィ……」

 

 音無くんって実は日向くんのこと嫌いなんじゃね? 今度仲村さんあたりを交えてじっくりお話しして見ようかな。

 

「あー、その、なんだ。ナツメはさ」

 

「うん、ナツメです」

 

「この世界で満足、できたか?」

 

「どしたの、急に」

 

 どこか優しくも、わずかに真剣さを帯びた眼差しの日向くん。普段と違い、周りに気を遣っているような、その場のノリなどでは言ってないようだった。

 

「俺だって、馬鹿じゃない」

 

「うん、アホだよね」

 

「茶化すなよ。かなり真面目な話だ」

 

「ん、ゴメンね」

 

 日向くんはわかってるならいい、と苦笑を浮かべた後に視線を空へと向ける。綺麗な青空だ。

 

「戦線の皆が俺の成仏を阻止しようとしていることくらいは、わかってる」

 

「気付いてたんだ」

 

「お前らはやり方が露骨すぎるんだよ」

 

 正直意外だった。日向くんはふざけているように見せて、実は結構考えて行動している人なのかもしれない。

 

「オペレーション『ただし日向、テメーはダメだ』失敗の模様」

 

「もうちょいマシな名前つけてくれよ」

 

 呆れ顔の日向くんだったが、これからどうするのだろうか。

 

「今から球技大会に行けば、まだ間に合うよな」

 

「きっと、行ったら日向くんは消えちゃうんだろうね」

 

 実際、その可能性は高いと思う。仲村さんの命令を振りきってまで戻るのだ。その覚悟はきっと伝わる。

 

「なぁ、ナツメ。俺はどうしたらいいんだろうな」

 

「知らない」

 

「なんだよ。冷てーな。友達だろ?」

 

「そんな役、俺にはむりぽ。音無くんにでもお願いしてくだしあ」

 

 会話が途切れる。日向くんはきっと色々考えているのだと思う。戦線のことや、音無くんのこと。それに仲村さんのこととか。戦線初期メンバーである日向くんは、俺なんかとは比べ物にならないくらい死んだ世界戦線への思い入れは強いはずなのだ。

 

 それからどれ位経っただろうか。長かったような、短かったような。日向くんはしっかりとした意志の篭った目をこちらに向けた。

 

「決めたんだね」

 

「ああ、悩むなんて俺らしくなかった。かっこ悪いトコ見せちまったな」

 

 少しだけ恥ずかしそうに笑う日向くんにかけるべき言葉は一つしかない。

 

「大丈夫。いつも通り」

 

「いつもかっこ悪くありませんからっ! かっこ良い俺もいますからっ!」

 

「ん、その調子です」

 

 やっぱり日向くんはそうじゃなきゃいけないと思う。例え付き合いが短かったとしてもそう思ってしまったのだから、仕方ないのだ。

 

「……お前と話してると疲れるな。ひさ子の気持ちがちょっとわかったぜ」

 

「でもなんだかんだ相手してくれ――」

 

「俺、ちょっと行ってくるわ」

 

「そっか。うん、いってらっしゃい」

 

「買い物、頼むな」

 

「頼まれた。見事任務を遂行してみせようぞ」

 

 日向くんは走り出した。廊下を走るな、なんて常識は今は忘れよう。かの王様だって言っているのだ。

 

「もう考えるな、走ってしまえ」

 

 そう呟いた直後、日向くんが急ブレーキをかけた。走れってば。

 

「ナツメー! 俺の分のらぁめんババア買っといてくれー!」

 

 柄にもなく、苦笑が漏れた。

 

「ん、ババアをいっぱい用意しておく」

 

「ババアじゃなくて、らぁめんババアな!」

 

「選り取り見取りのババアを用意してみせよう」

 

「食いきれる量で頼むぜ! じゃあ、打ち上げで!」

 

「ちょ」

 

 せめて最後まで付き合って欲しかったでござる。

 

「まぁいいか。追加ミッション。日向くんのらぁめんババアの確保っと」

 

 きっと、これでいいのだ。

 

 

 

 

 

「そっか。それがなっつんの選択なんだね」

 

 

 

 

 

 振り返る。この子はいつの間にいたのだろうか。

 

「ん、さっきぶりです。関根ちゃん」

 

 意味深な笑顔の関根ちゃんが、そこにいた。

 

 




お久しぶりです。
かろうじて生きてました。


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59

 

「やっほー、なっつん」

 

 一瞬。ほんの一瞬だけ、誰かわからなかった。

 

「……何してるの? 関根ちゃん」

 

 いつもと雰因気が違った。そう感じた気がした。先ほどまでポニーテールだった髪もすでにおろしていて、いつも通りの関根ちゃんのはずなのに。

 

「なっつんが大変かなーっと思って追いかけてきたんだよ」

 

「一人で? 入江ちゃんは?」

 

「疲れてるみたいだったから、岩沢先輩とひさ子先輩に預けてきた」

 

 いつも通りなのだろうか……?

 

「本音は?」

 

「球技大会飽きた」

 

 いつも通りだった。いつもと違う雰囲気なんてなかった。

 

「なっつんいないしー、みゆきちお疲れだしー。遊ぼうぜなっつん! ヘイヘーイ!」

 

 平常運転でござる。でも。

 

「さっきの選択って?」

 

「質問ばっかりだね、なっつん」

 

 ちょっと困ったような表情の関根ちゃん。珍しい気もする。

 

「言い難いこと?」

 

「ちょっとだけね」

 

「じゃあ、聞かない」

 

「うん、そうしてくれると助かるなー」

 

「でもここはやっぱり聞こうと思います」

 

「そりゃないぜなっつーん!」

 

 冗談ですお。うん、知ってた。でも、いつか話してくれると嬉しいです。うん、待っててね。待ってる、超待ってる。ごめんね、あとありがと。

 

「では、気を取り直して参りましょう」

 

「さすがなっつんだぜ!」

 

 よくよく考えて見ると、ここは購買なワケで。日向くんと話していたときから考えると、結構な時間買い物もせずに話し込んでいるのだ、そりゃ購買のおばちゃんの視線も気になってくる。なので。

 

「選り取り見取りのババアを下さい」

 

「ダメだよなっつん。ババア一人しかいないもん」

 

「ホントだ。ババア一人しかいないね」

 

 すごい目で睨まれた!

 

「ところでなっつん」

 

「ん、ここにおります」

 

 関根ちゃんからお呼びがかかった。その手にはモロッコヨーグル。いつ見てもそれはネタとしか思えない。しかし、駄菓子の話をすると必ずと言っていいほど話題に上がる優秀なネタ要員である。

 

「購買に何しに来たの?」

 

「あれ、もしかして聞いてない? 打ち上げやるよ!」

 

「あたしはなっつんを信じてた……!」

 

 そういえば打ち上げ開催については伝えてなかったっけ。こちらの落ち度である。関根ちゃんは気にした様子はないけども。

 

「というワケで、お菓子買おうず!」

 

「いぇーい! あ、こんなことならユイも連れてくればよかったかも」

 

「ユイにゃんいらね」

 

「知ってた」

 

 ていうか球技大会にはちゃっかり参加していた気がする。運動苦手なクセして。

 

「でも頑張ってるからユイにゃんにも何か買っていってあげようと思います」

 

「あれ、珍しくなっつんがユイに優しい」

 

「ジンギスカンキャラメルとかないのかな?」

 

「あ、そんなことなかった」

 

 そして、二人してあーでもないこーでもないと話しながら結局全員にそれぞれお菓子をチョイスすることに。

 

「岩沢さんはポッキーにしよう」

 

 また皆で餌付けしようと思います。参加者求ム。

 

「ひさ子先輩には、アポロ! 確かイチゴ好きだったと思うし」

 

 意外とヌイグルミとかも好きなんじゃね? そういえば部屋にあったかも。マジか。4つくらいあった。ひさ子ちゃんが女子だ。四角くて東西南北って書いてあった。女、子……?

 

「入江ちゃんは……フーセンガムかな」

 

「個人的にはにんじんを買ってウサミミを付けたい」

 

「それだ」

 

 そのまま次々にお菓子を手にとって行く。

 

「仲村さんにはミックス餅」

 

「しーなたんは、すももー!」

 

 なんてやりとりしながら各々チョイス。もちろん、日向くんのらぁめんババアも忘れない。お金足りるかな? なんてことは気にしません。軍資金は仲村さんからしっかりと預かってるし、心配ない。きっと。多分。足りなかったらポケットマネーから工面します。使うとこあんまりないし、実はお金は余ってたりする。

 

「立華さんはどうしようかな」

 

「立華さん……? あ、天使のことか」

 

「そうそう。何がいいかな?」

 

「うーん。話したことないしなー。どんな感じの人?」

 

「熱血系のアニメとか特撮が好きな人。あ、辛いもの好きだったかも」

 

 あとカップリング厨らしい。これは言わないけども。

 

「じゃあ、無難にムーチョかな」

 

「ムーチョだね」

 

 後は、女の子だし甘いものを適当にチョイスしようと思いました。

 

 

 購買で買い物も終わり、両手にビニール袋を下げながら関根ちゃんと廊下を歩く。

 

「それにしても、日向先輩も残留かー。まぁ、なんとなくそんな気はしてたんだけどねー」

 

「そだね。音無くんも仲村さんも喜ぶんじゃないかな」

 

 きっと仲村さんは恥ずかしがって言わないだろうけども。実はツンデレなんじゃね? 本人に聞いてみようかな、なんて思ったけども、ベレッタさんをプレゼントされる未来が見えたので止めておくことにした。自分は大切にしなきゃだね。

 

「それにしても、関根ちゃん。日向くんのこと知ってたんだ」

 

「まぁねー。あ、多分みゆきちもわかってたよ。日向先輩の状態も、なっつんのしようとしてたことも」

 

「つまり俺と入江ちゃんは相思相愛。照れる」

 

「あれ、あたしは? あたしもみゆきちと相思相愛じゃね?」

 

「ユイにゃんあげる」

 

「ユイいらね」

 

「ですよね」

 

 閑話休題。

 

 

「あたしさー、生きてた頃は友達いなかったんだよねー」

 

「そうなの?」

 

「うん。こんな性格だし、周りと波長が合わなかった」

 

 あはは、と苦笑を浮かべた関根ちゃん。関根ちゃんの過去の話は初めて耳にする。正直、意外だった。人はみかけによらないものだ。

 

「こんなに良い子なのに」

 

「なんか照れる。結構照れる」

 

 一息吐いて、関根ちゃんが口を開く。

 

「頑張って合わせようとしてたんだけどね。段々と孤立しちゃって、疲れちゃった。そう思ったら何もかもどうでも良くなっちゃってさー」

 

「自殺?」

 

「違うよ。あたしは事故。それに、自殺した人はここには来れない。多分だけど」

 

 死後の世界。生前ロクでもない人生を送った高校生のみが来ることを許される世界。関根ちゃんも例外なく、その条件に当てはまる人生を送って来たらしい。

 

「全員の生前知ってる訳じゃないけど、あたしはきっと『軽い方』なんだと思う」

 

 軽い方とは死んだ理由のことなんだろう。

 

「そんなことないと思われ」

 

「さすがなっつん。良いこと言うね」

 

 うーん、と関根ちゃんがぼやいて、大股で歩き出した。

 

「ねぇ、なっつん」

 

少し先を行った関根ちゃんが振り向きながら言った。

 

「――あたしが消えたら、寂しい?」

 

 

 



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60

 

「寂しい」

 

「うはー、即答か。聞いておいて何だけど、ちょっと照れるね」

 

 仲の良い友だちがいなくなってしまうのは寂しい。

 

「でも入江ちゃんが一番寂しいと思う」

 

 関根ちゃんと誰よりも仲の良い入江ちゃんが、間違いなく一番寂しがると思った。しかし、関根ちゃんはゆっくりと首を横に振った。

 

「みゆきちは大丈夫だよ。ちゃんと話してあるし、約束もした」

 

 何を、と口を挟もうとしたがそれよりも先に関根ちゃんが口を開く。

 

「もし、どっちかが先に消えちゃっても恨みっこなし。ちゃんと笑顔で送ろうね、って」

 

「薄々感じてたけども、もしかしなくても関根ちゃんって」

 

「あとひと押しってところかなー」

 

 おどけながら言う関根ちゃん。あとひと押し。もしかしたら、ここから先の会話次第で関根ちゃんは消えてしまうのかもしれない。消えてしまうのだ。『関根しおり』という人間が、この世から。

 

「さて、そこでなっつんにお願いがあります」

 

「ん、聞きましょう」

 

「あたしと友達になってよ」

 

 差し出される右手。迷いのない表情はこのあと自分がどうなるかわかっているからなのだろう。

 

「それが、関根ちゃんがこの世界に呼ばれた理由?」

 

「そだね。あたしは友達がほしかった。気を遣ったり、遣われなくていい、本当の友達」

 

 ありのままの自分を受け入れてくれて、関根ちゃんがありのままを受け留められるような人。そんな友達を渇望したから、この世界は『関根しおり』という人物を招いたのだろう。生前、終ぞできなかった『友人』という存在を求めた少女は、晴れてこの世界で本当の友人を得て、来世への扉を開く。それがこの世界が『関根しおり』に敷いたレールであり、『関根しおり』が望んだこと。しかし――。

 

「すでに関根ちゃんは良いお友達です」

 

「そうだね。でもほら、改めてって言うか」

 

「それに、関根ちゃんにはすでに入江ちゃんがいるでしょ?」

 

 人生とは思うようにいかないものである。すでに死んでいる人間に当てはまるかは微妙な所だ。

 

「君と、友達になりたいんだ」

 

「名前を呼んで」

 

 魔法少女乙、なんて言葉はと心の中で留めておいた。

 

 

 

「……もしかしてバレてる?」

 

「割りと」

 

「……どこで?」

 

「あとひと押し辺り。友達がほしかったで確信しますた」

 

「うわー! 最後でミスったー!」

 

 つまり、だ。

 

「関根ちゃんはもう未練はなかったんだね」

 

「うぃ」

 

 曰く、すでに岩沢さんと同じ状態。つまり、いつでも消えられる状態なのだそうだ。確かに、友達がほしくてここに呼ばれたのなら、その願いはすでに入江ちゃんのおかげで叶っているだろう。仮にまだだとしても、ここに呼ばれた理由を自覚しているのだ。消える条件を最初から知っているなんて、事前にWikipediaでも見たんじゃなかろうかと疑うレベルのチートである。

 

「でも、何がしたかったの?」

 

「実験!」

 

「何の?」

 

「それは秘密!」

 

「気になる」

 

「乙女の秘密を暴こうとは。なっつんそれは野暮ってもんだぜ!」

 

 あ、でも友達になってほしいのは本当だったり。ん、すでに良いお友達だけども、改めてよろしくです。えへへ、よろしく。

 

「……これでもなさそうだなー」

 

「何が?」

 

「んー、秘密!」

 

「関根ちゃんが俺に隠し事ばっかりする。友達とは何だったのだろうか」

 

「なっつん、女の子は秘密が多いんだよ」

 

「そうだね。体重とか良い例だよね。今日で何キロ増えるかな?」

 

「あー! あー! 聞こえない聞こえなーい!」

 

 いつでも消えられる状態であるなら、彼女は何のために残っているのだろうか。そんな疑問が一瞬頭をよぎったが、隠し事ばっかりする関根ちゃんのことだ。きっと教えてくれないだろうから別にいいやって答えに落ち着いた。そのうち教えてくれるんじゃね?的な感じですお。

 

 

 

「という訳で関根ちゃんと友達になりました」

 

「むしろ今まで何だったんだよお前ら」

 

「会いたかったぞみゆきちー!」

 

 突貫した関根ちゃんを無視した呆れ顔のひさ子ちゃんがギターを持ってお出迎え。場所は軽音部の部室である。花火やるから外で打ち上げやるにしても、具体的な場所を決めてなかったのでとりあえず仲村さんのいる球技大会の会場に向かおうとしたのだけども、何故か聞こえてきたギターの音にまさか、と関根ちゃんと顔を見合わせ軽音部の部室によってみた結果である。

 

 まぁ、案の定だったワケで。

 

「球技大会はどうした」

 

「お前にだけは死んでも言われたくねー」

 

 もう死んでるじゃん。うっせ。Fカップのクセごめんごめんごめん。

 

「ひさ子ちゃんがいじめる。でもなんか懐かしい」

 

 ひさ子ちゃんがすごい顔でこっち見てるけども、気にしない。

 

「やけに静かだと思ったら、ユイにゃんがいないのか」

 

「まだ野球やってんだろ」

 

 そういえばそうだった気もする。

 

「ひさ子ちゃん達はサボリ?」

 

 ひさ子ちゃんが顎でとある方向を指した。岩沢さんがいた。察した。

 

「我慢しきれなかったか……」

 

「禁断症状みたいなモンだろうな」

 

「そろそろギターに求婚し始めるんじゃなかろうか」

 

「だな」

 

 ひさ子ちゃんは付き添い? そんなとこ。お疲れさま。おう。チョコ食べる? おう、さんきゅ。

 

「球技大会ってどうなったの?」

 

「えーっと、天使が代打で出てきて、ゆりが投げるとこまでは見た」

 

「なにそれ胸熱」

 

 俺のあずかり知らぬところで面白い展開になっていたようです。忘れがちだったけど、インカム付けっぱなしだったし、せっかくなら遊佐ちゃん実況生放送して貰えばよかったと後悔した。ちょっとヘコむ。

 

「遊佐ちゃんも教えてくれればよかったのに」

 

「あいつベンチで座ったまま寝てたぞ」

 

「あらま」

 

 座ってるだけだったし、暇だったのかな。遊佐ちゃんのお昼寝の邪魔はしたくないので、連絡とらなくて良かった。

 

「……なぁ、関根となんかあったか?」

 

「なんで?」

 

「いや、なんとなくなんだけど、お前と帰ってきてから関根がいつもより嬉しそうにしてる気がした」

 

「そう? あ、友達になったからかも」

 

「……」

 

「ナツメ、嘘つかない」

 

 疑われてる気がして仕方ないけども、改めて友達になったのは本当のこと。嘘つかないってのは嘘だけど。

 

「……まぁ、そういうことにしておいてやるよ」

 

「ん、さすがひさ子ちゃんです。惚れそう」

 

 これ以上聞いても意味が無いと判断したのか、本気で面倒くさくなったのかは定かではないけども、ひさ子ちゃんはもう詮索する気はないようだった。これができる女子ってことなのだろうか。というか、戦線内では意外と女子力が高い方に分類されるのもしれぬって思ったけども、周りが低すぎるだけだね。岩沢さんとか、ユイにゃんとか、関根ちゃんとか。もしかしたら他にもいるかもだけども、俺だって命は惜しいのでこの話はここまでにします。

 

 

「みゆきち愛してるぞー! だからあたしを愛せ―!」

 

「……しおりん、ちょっと恥ずかしい、かも」

 

 関根ちゃんは扉の前で誰か待っているみたいです。それが誰なのかなんて関根ちゃん本人にしかわからないけども、きっと一緒に扉を開けてほしいんじゃないかな、なんて思いました。

 

「もうみゆきちがいれば何もいらない!」

 

 多分、入江ちゃん待ちかな、とも思いました。

 

 



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61

 

 打ち上げ。興行を終えること。打ち上げ。それは宴会のこと。つまりそれは――。

 

「聖戦である。異論は認めない」

 

 NPCの生徒達が去ったグラウンドにて。

 

 戦線メンバーは夕暮れに染まるグラウンドで絶賛打ち上げの準備中。ひさ子ちゃんと関根ちゃんと入江ちゃんと俺は先ほどまでは軽音部の部室で遊んでいたが、ひさ子ちゃんのそろそろ戻るか発言があったので移動してきたのだ。岩沢さんは動く気が無いみたいだったから置いてきた。ギター取り上げようとしたら泣きそうな顔してイヤイヤってしたので置いてきた。

 

「まぁ、そのうち来るでしょ」

 

 最悪迎えに行くとはひさ子ちゃんの言葉。頼りになるFカップです。あ、なんか飛んできた。当たらなかったけども、これ後で怒られるパターンや。

 

 さて、夕方だからなのか、はたまた球技大会の余韻が残っているからなのかわからないが、ほんの少しだけノスタルジックな気分になってしまう。耳をすませば僅かに聞こえる風の音と、相変わらずやかましいユイにゃんの声。今日もお相手は日向くんだ。いつもご苦労さまです。

 

「必殺、殺人ギロチンこーげきーっ!」

 

「落ち着けユイ! バットは死――」

 

 本当に、いつもご苦労さまです。あーめん。

 

 ふと視線を後ろにやれば、死んだ世界戦線の男子メンバーがどこからかちょろまかしてきた机とその上に乗るお菓子とジュースの山。打ち上げの準備は結構順調で、あとは人数が揃えばいつでも始められるんじゃなかろうか。

 

「いつもゆさゆさあなたの後ろに忍ぶ通信士、ニャル遊佐ホテプ」

 

「あれ、遊佐ちゃんテンション高め?」

 

「どうも、ニャル遊佐です」

 

「ニャル遊佐ちゃん、ぎゃんかわ」

 

「ぶい」

 

 いつもより若干テンションの高い遊佐ちゃんが現れたため、打ち上げの準備を中断しつつお話します。

 

「ナツメさんは何もしていないように見えましたが」

 

「と見せかけて、実は」

 

「ご冗談を」

 

「そだね」

 

 買い出しというミッションをこなしたため、現状何もしていなかったという事実。でも誰にも咎められないから問題ないよね。諦められてるとかじゃないと切に願う。

 

「ところで何かご用?」

 

「日向さんの件につきまして、連絡を」

 

「ん、日向くんは」

 

「――などど理由をつけて体良くサボろうと目論む遊佐です」

 

「あ、やっぱりテンション高めだね遊佐ちゃん」

 

「ぶい」

 

 クー音さんが好きです。遊佐はニョグ太が気になります。意外すぎて反応に困る。名前の響きがステキです。名前、だけ……? 正直、あまり知らない遊佐です。なるほど。後でwiki見ておきます。それがよいかと。

 

「ところで遊佐ちゃん」

 

「なんでしょうかナツメさん」

 

「球技大会あったよね」

 

「いいえ、ありませんでした」

 

「えっ」

 

「ありませんでした」

 

「いや、一応参加したんだけども」

 

「ありませんでした」

 

「えっと」

 

「でした」

 

 どうやら球技大会は無かったことになったらしい。果たして一体何があったのだろうか。仲村さんと立華さんが出てきたトコまではひさ子ちゃんから聞いたけども。あ、だから日向くん残留したのかな。球技大会なんてなかったから。うん、なんか哀れ。

 

「ちょっとナツメくん。キャベツ太郎がないんだけど、どういうこと?」

 

 少しばかり置いてけぼりを食らった気分でいたら、いつの間にか仲村さんが近くに来ていた。同じくいつの間にか遊佐ちゃんはいない。相変わらずの気配遮断スキルである。もしかして椎名さんと同業者だったりするのだろうか。今度聞いてみよう。

 

「遊佐ちゃんって忍者かな」

 

「知らないわよ」

 

「ですよね」

 

 とりあえず聞く人を間違えた。目の前にいたからといって仲村さんに聞いたのだけども、ちょっと困ったような顔して返された。そういえば誰からだったかは忘れてしまったが、仲村さんと遊佐ちゃんはそこそこ付き合いが長いと聞いた気がする。実は遊佐ちゃんは戦線設立に近い時期に加入したメンバーなのだそうだ。結論として、遊佐ちゃんはつよい(確信)

 

「なんで遊佐さんが忍者だと思ったのよ?」

 

「最近、光の戦士の仲間入りをしまして……」

 

「光の戦士といえば、ララフェルはカワイイわよね。タタルさんが好きだわ」

 

「ナナモ様に一票」

 

「ああ、手乗り姫か」

 

「手、違う。腕」

 

「大差ないわ」

 

 確かに。ぐうの音も出ないです。

 

 その後、死んだ世界戦線が誇るリーダー様を労いつつ談笑すれば、気が付いたらキャベツ太郎がない件について怒られてた。おかしいな、いつの間に。あ、でも今回キャベツ太郎を外したのにはちゃんと理由があります。

 

「歯に海苔がつくという女子からの苦情の元、惜しみながらも選定の時点で外させていただいた所存です」

 

 主に関根ちゃんからの苦情ですががが。

 

「それがいいんじゃない!」

 

「なんと」

 

 同じ女子でもこんな違いがあるものかと驚愕した。

 

「確かに、大抵の人が歯に海苔を付着させる。ただでさえアホな面構えに磨きがかかるの」

 

 結構酷いこと言ってる気がするのは俺だけなのだろうか。

 

「でもね、ちゃんとそれを指摘してくれる人は必ずいるのよ」

 

「大山くんとかは無理そうだよね」

 

 気を遣って。

 

「いいところに気が付いたわねナツメくん。いい? この世界には3種類の人間がいるの。まずは、歯に付着した海苔を指摘して馬鹿にする人間。次に、気を遣って言えないけど心の中で指さして笑っている人間。そして気付いているけどあえて無視する人間よ」

 

「ロクな人がいない件について」

 

「ちなみに私はその光景を見て愉悦に浸る人間よ!」

 

 4種類いた。でもやっぱりロクな人がいねぇ。

 

「あなたももっと愉悦をやりなさいよ。愉悦を」

 

「あれ、おかしいな? 仲村さんが金ぴかに見えてきた」

 

「誰が黄金聖闘士よ」

 

「そうきたか」

 

 バビロンではなかったらしいばびろん。

 

「ところでナツメくん。ぼちぼち打ち上げの準備が終わりそうなのだけど、まだ天使たちの姿が見えないのよ」

 

「多分、直井くんの説得に追われていると思われ」

 

「直井くん?」

 

「副会長さんのこと」

 

「ああ、そういえば彼って人間よね」

 

「知ってたの?」

 

「いや、気が付くわよ。彼からも漏れ無くアホの匂いがするわ。ちょっとアクションかけてみようかしら」

 

 直井くんが仲村さんにロックオンされたようです。彼の無事を祈りながら、打ち上げの開始を粛々と待ちたいと思います。

 

 




エオルゼア楽しいよエオルゼア。


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62

スマホで投稿。


 

「野郎共! 準備はいいかー!」

 

 仲村さんの号令で死んだ世界戦線のテンションが上がり、野郎共が雄叫びを挙げた。やや遅れてやってきた生徒会のメンバーは戸惑いながらも便乗するように声を挙げていた。どうやらNPCでもお祭り騒ぎは楽しみらしい。中々に人間臭い。しかし、生徒会の副会長である直井くんのみ表情が優れない。不機嫌と言ったところだろうか。きっと嫌々ながらに参加してくれたからだろうと予測する。なるほど、ツンデレか。後で仲村さんに報告して、煽ってもらおうかな。でも、その前に参加してくれたことを賞賛してあげようかなとも思った。まぁ、それを実行するかしないかはまた別の話なワケで。

 

「とりま放置。仲村さんが絡みに行ったらご一緒しようかなと思います」

 

 隣にいた関根ちゃんが面白そうだと目を光らせた。こやつ、便乗する気満々である。止める気は欠片もないけども。でも、せめて入江ちゃんは巻き込まない様に配慮しようかと思います。だって入江ちゃんだもの。

 

「流石なっつん。わかってるよね」

 

 むふー、と満足気な表情の関根ちゃんが言う。当然ですと返せば、今度愛護団体作ろうず! と返ってきた。メンバーは二人。名誉会長は関根ちゃんで決まりです。異論はないし、受け付けません。

 

「んー、皆楽しそう」

 

 関根ちゃんを一旦放置して、徐に周りを見渡してみた。打ち上げでテンションの上がっている死んだ世界戦線の主要メンバーが目に入る。手放さ過ぎてもはやトレードマークと化している長ドスを持った藤巻くんが大山くんと肩を組みながら紙コップを掲げていた。大山くんも藤巻くんに合わせて紙コップを掲げている。この二人はなんだかんだ良いコンビなのだと仲村さんから聞いた気がするけども、割りとどうでもいい情報なので捨て置く。そして、藤巻くんと大山くんの周りには何故か上半身裸な高松くんや、何故か肉うどんをかかえた松下五段。紙コップを持ったまま踊っているせいで制服やあちこちにジュースを撒き散らしているTKがいた。実にカオスである。

 

「今はあまりお近付きになりたくないなぁ」

 

 主に汚される気がして。今身につけている制服はデフォルトのものじゃないから汚されたら洗濯せねば汚れは落ちないのだ。汚れ一つでわざわざ新しい制服をもらうのもなんだし、何より死んだ世界戦線の制服には限りがあるし。汚されるのは不本意なのだ。実は戦線立ち上げ当初に裁縫のできる部活を酷使して制服のストックを大量生産したらしいけども、最近ではストックを消費する一方。主な原因は野田くん。死亡回数がダントツな彼を見れば、納得である。なので、できれば遠慮したいところである。あるある。

 

「そんなこと言ってないで、男ならドーンと行って来いよ!」

 

「お、今日も青いね」

 

 そうそう色は変わらねーよと笑いながら返してくれたのは日向くんだ。その手にはなんとバルディッシュ、ではなくポリンキー。三角形のヒミツを教えてくれないニクいあんちくしょうである。けして高速脱ぎ魔である魔法少女のデバイスではない。いえっさー。

 

「ちなみにジャン、ポール、ベルモントはまとめてスリーポリンキーズと呼ばれる」

 

「急にどうしたナツメ」

 

「更に豆知識。ベルモントとは昔の呼び名であり、今では略してベルって呼ばれてるみたい。クラネルくんじゃないよ」

 

 ここ大切。

 

「わかってますから! ルーキーじゃねぇし、その業界じゃもはやベテランの域ですからっ!」

 

「青様………。僕、強くなりたいです……!」

 

「誰が青様だ」

 

 なんでそこで素になってしまったのか小一時間ほど問い詰めたい。そんなの俺が知ってる日向くんじゃない。

 

「なのでやり直しを要求する」

 

「却下だバカヤロウ」

 

「ですよね」

 

 ちゃんとババアも美味しくいただくぜ! と爽やかに言い残し、日向くんは去って行く。

 

「熟女スキーだったとは……」

 

 違うとわかっていても、日向くんの台詞には何故か戦慄した。字面にしても、言葉にしても誤解を生みそうなものだったので。しかし、何の臆面もなく言い放った彼には脱帽せざるを得ない。中々の益荒男である。

 

「ね、音無くん」

 

 いつの間にやら隣に来ていた音無くんに同意を求めたところ、ちょっと距離を置いてみるとのお返事が。賢明な判断かと思われます。

 

「まぁ、人の趣味はそれぞれってことだよな、うん」

 

「そだね。あ、ちなみに音無くんの好みとか聞いてみたかったりします」

 

 音無くんが一歩距離を置きながら、お前こっちなのか? と聞いてきた。その右手は左の頬に手の甲が来るように添えられている。どうしてそうなった。驚愕である。

 

「どう解釈したかが非常に気になるけども、単純に関根ちゃんとの話のネタにするために聞きますた」

 

 恋バナ大好きっ娘の関根ちゃんの良い養分になること請け合いです。なので、音無くんには大人しく関根ちゃんの糧になってもらいたく候。

 

「……日向は消えなかったな」

 

「もしかして、ほっとしてる?」

 

 急な話題の転換だったけども、そう返せば音無くんは小さく頷いた。

 

「日向くんが残るって、ここにいたいって、そう思ったんだろうね」

 

「そうだよな。日向が自分で出した答えなんだよな」

 

 日向くんの出した答え。それは今目の前に繰り広げられている光景そのものだ。気のおける仲間たちとジュース片手に肩を組んで笑いあう。冗談を言い合いながら、ちょいちょい横槍を入れてくる後輩の女の子をあしらっている。あ、コブラツイストかけられた。やっぱセンスあるな、ユイにゃん。反撃されてヘッドロックかけられてるけども、負けるな。頑張れユイにゃん。君の明日はどっちだ。

 

「楽しそうだな、アイツ」

 

「音無くんもダイナミックエントリーしてくるといいよ」

 

「それやるとアイツは喜びそうだな」

 

「そだね。気持ち悪いね」

 

 青春だーとかなんとか騒ぎ出しそうで、始末に置けない。熱血タイプの日向くんには似合いのやりとりかもだけども、なんか必要以上に喜びそうで困る。きっとどこか別の世界線ではホモ認定されている気がしてならない。日向くんに幸あれ。

 

「何が決め手になったかはわからないが、残るってんなら今日くらいは付き合ってやるか」

 

「お、ダイナミックエントリー?」

 

「かましてくる」

 

 不敵に笑った音無くんがサムズアップ。珍しくテンション高めらしい。音無くんは軽くジャンプを繰り返し、やがて構えた。クラウチングスタートである。この人ガチやがな。

 

「ナツメ」

 

「任された。では位置についてー」

 

 呼びかけに応えるように声を出せば、周りにいた人達がなんだなんだと視線を投げてくる。その顔には楽しそうな笑みがデフォルトだ。

 

「よーい……どんっ!」

 

 リズムに乗るぜ、なんて言葉を置き土産に音無くんは駆け出した。それなんて神尾。彼はいつの間にスピードのエースになったのだろうか。いや、確かに球技大会ではエースだったけども。

 

「しかし、決め手ねー」

 

 蹴りかかろうとしている音無くんを横目に呟く。音無くんには言わなかったけども、実はなんとなくわかっていたりする。日向くんが残りたいと思った決め手。そんなものは一つしかない。それは……。

 

「ババアでしょ」

 

違いますからっ! なんてツッコミは無視するに限りますね。

 



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63

 

 日向くんや音無くんが去っても打ち上げは続く。ジュース片手にふらついていたら地上では珍しい顔を発見したため、思わず話しかけてしまったのは仕方のないことだと思うのだけども、久しぶりに会う気もするし、何より彼と話すのは楽しいので全く問題無いと判断した。

 

「やっぱりレイスティンガーはロマンだと思う」

 

「確かにあのギミックには驚いたな」

 

 ギルドの主、チャーさん。その人である。半ば地底人化しているチャーさんが地上に出てきているのは中々のレアケースなので、そのうち深海王とか天空王とかボロスさんとか出てくるんじゃないかと戦々恐々待った無し。サイタマ先生はいずこに?

 

「海外勢とか色々いたのになんだかんだみんな大好きレイスティンガー」

 

「ブロッケンも中々だが、ビークは何故かダメだったな」

 

 ああ、いたねそんなの。影薄いからな。記憶に残らない薄さです。ん? 記憶喪失のヤツに覚えられてるくらいには濃いのか……? あれ、そうかもね。まぁ、作らんがな。ですよね。

 

「しかし珍しいね。チャーさんが上に来るなんて」

 

「ゆりから声がかかってな」

 

 だから来てみたと言うチャーさん。よくよく周りを見回してみれば、作業着と思わしきツナギ姿の生徒がチラホラ。総出というワケではないみたいだけども、チャーさんに便乗して打ち上げに参加しているギルドメンバーもいるみたいだ。きっと息抜きも兼ねているのだろう。

 

「いつもお疲れ様です。ギルドは相変わらず忙しい感じ?」

 

「最近はそうでもないな。武器の発注もなくなった」

 

「なんと」

 

 それは知らなかった。

 

「今はもっぱら子供の頃に流行ったものを各々が作ってる」

 

「なにそれ胸熱」

 

 そうだろうそうだろうと満足気に頷くチャーさんは自分が作ったものを含め、今まで作成されてきた試作品を持ってきているらしい。これはもう見せてもらうしかあるまいて。それを伝えれば、元よりそのつもりだと返された。俺以上の適任はいないとのこと。光栄である。もうワクワクが止まらない。

 

「まずはコレだな」

 

「ワイルドワイバーン……だと……?」

 

 そうだ、コレがワイのワイルドワイバーンや。ワイのワイルドワイバーン……。ちゃう、ワイのや。ワイのやない? ワイの。

 

「フェニックスシリーズも作られていたんだがな、スプリングが強すぎて本体は壊れるわ、怪我人は出るわ。基礎設計からやり直しだ」

 

 話から察するに製作者はチャーさんではないらしい。しかし、本体が壊れる程のスプリング強度とは。原作通りに岩とか粉砕するのが目標だったのだろうか。ガラス玉には少々酷なハードルである。

 

「グリフォンが好きでした。作ってほしいれす」

 

「ライトとレフトだな。任せろ、発注済みだ」

 

「さすかチャーさん、惚れた」

 

「悪いがコレでも嫁がいる身でな」

 

 そういえば前にそんなこと聞いた気がする。確か、仲村さんに似てる人だとかなんとか。チャーさんが死んだ世界戦線に力を貸してくれている理由はそこに繋がるらしい。これは日向くんだか大山くんからのリークです。

 

「次はこのファイヤーボール」

 

「ストリングプレイスパイダーベイビー!」

 

「とりあえず、ゆりに渡そうと思う」

 

「中村ならぬ仲村名人ですね、わかります」

 

 その後もチョロQ、ゾイド、ダンガンレーサーに爆丸と出るわ出るわの懐かしホビー達。個人的にはバイオパズラー製作者に賞賛を送りたい、とか思ってたら製作者はチャーさんでした。あなたが神か。バイオセイレーンは部屋に飾ります。

 

「後は、ああ、コレがあったな」

 

「こ、これは……」

 

 すっと差し出されたそれは手のひらに納まってしまうような小さなイルカ。しかし、その身に刻まれた紅いファイヤーパターンが王者の風格を漂わせる。返しのついた針すらその自己主張の強い姿にとっては、オマケにしか過ぎないのだろう。

 

「キングオルカイザー……!」

 

「ギルドに釣り好きなヤツがいてな。そいつが魂込めて作り上げた一品の一つだ」

 

「まさか、他にも……?」

 

 こちらからの質問に対しチャーさんはスケルトン、レジェンダーホーク、ドラゴンワーム等と思い出しながら答えてくれた。締めに覚えてるかぎりだけどな、とシニカルに笑う姿は死んだ世界戦線のギルドを束ねる長に相応しい背中だったと記載しておく。

 

 

「なんかなっつんが嬉しそうな顔してる!」

 

「良い物が見れたもので」

 

 関根ちゃんからの第一声。チャーさんが仲村さんに挨拶してくると席を外した後、近くにいた関根ちゃんと入江ちゃんとひさ子ちゃんとユイにゃんのところにお邪魔することにしたため、反応してくれたのだ。個人的には未だに素晴らしい作品の数々を見れたことによる余韻が残っているが、その場には4人以外にも気になる人がいたので顔を出してみることにしたのである。

 

「やっほー椎名さん。打ち上げパーティ楽しんでる?」

 

「うむ。心が躍る」

 

 椎名さんにしては珍しく第一声が浅はかなり以外の回答だったことを鑑みると、返答の通りに楽しんでくれているらしい。そして。

 

「ようFうっ」

 

 無言で人の鳩尾に肘をぶち込まれた。言わずもがなひさ子ちゃんだね。その後もグリグリと肘を押し込んでくるひさ子ちゃんは最近遠慮がない、なんてことはなく初めから割と遠慮なかったです。早々に打ち解けたんだとポジティブ解釈すればきっと救われるじゃないかな。ああ、なんて希望的観測。うん、やっぱり人間素直が一番だ。素直になろう。ひさ子ちゃんは口より先に手が出る人です。俺限定で。

 

「正直、すまんかった」

 

「次言ったらお前一週間岩沢担当な」

 

「あの人担当とか付いてんのね」

 

 務まる気がしない件について。気をつけねばいけない様です。というか、岩沢さんが若干問題児扱いされていることについては誰も触れーーないね。満場一致。こと音楽以外に無関心な岩沢さんに対する妥当な評価なのだろうか。まぁ、基本的に無害だから偏に問題児とも言えないのだけども。そして、件の岩沢さんご本人は未だに姿を見せていない。やはりと言うかなんというか。とりあえず。

 

「ひさ子ちゃん、いつもご苦労様です」

 

「別に苦労とかはねーよ。親友だしな」

 

 さも当然の様に言い放つひさ子ちゃん。素晴らしき友情に乾杯したい所だけども、ひさ子ちゃんがそろそろ迎えに行ってくるとこちらに背を向けて歩き出したのでとりあえず背中に向かって手を振っておいた。

 

「そのまま戻って来れないに肉うどん一枚!」

 

 と関根ちゃん。

 

「岩沢さんと一緒にギター持って帰還に素うどん一枚」

 

 これは俺。

 

「案外普通に帰ってくるに焼きうどん一枚で!」

 

 ユイにゃんものってきた。残るは入江ちゃんと椎名さんだ。

 

「う、うどんのレパートリーがないよぅ」

 

 別にうどん限定のベットではなかったのだけども、言いたいことはちゃんと椎名さんが言ってくれるはずだ。

 

「1つだけ日本語に訳せない言葉がある。それはRock’n Rollだ」

 

「そこは浅はかなりとお答え頂きたかった!」

 

 



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64

 

 満を持して開催された球技大会の打ち上げも参加者達の熱に促され盛大な盛り上がりを見せる、なんて時間はとうの昔に過ぎ去り、次第に漂い始めた穏やかな空気の元に皆和やかな雰囲気で会話を楽しんでいるように見えた。普段は敵対している死んだ世界戦線と生徒会の各人もこのような場では自制が効くのか、場を乱そうとする無粋な輩も現れそうにはない。この場で戦闘行為が行われそうにないことにほっとしたかどうかと聞かれれば、少しだけ首を傾げてしまうのだけども。何故なら、明確な戦闘や敵対行為というものを見たことがないからだ。そもそも敵対してたっけ? と疑うレベルである。未だに死んだ世界戦線の一部からは生徒会に向けて強い視線が行くこともあるようだけども、戦線のリーダーである仲村さんを含めた大半の戦線メンバーからの生徒会に対する視線には棘がない。たぶん。あくまでこちらからの主観である。しかしそれが事実だとしたら、仲村さん達の掲げる打倒神の精神はどうなるのだろうか。最悪、直井くんに僕が神だとか一芝居打ってもらう、必要もなく普段から似たようなこと言ってたやあの人。うん、問題ない。後で何か差し入れでもしておこうか。なんだろう。ハードディスクとかが良いのかな? 大容量のヤツ。あれ、でもディスク媒体かも知れない。後でお話ししないとダメなヤツだコレ。

 

「さて、関根ちゃん。そろそろはじめますか」

 

 周囲を見て色々考えてはみたがやっぱり大切なのは目の前のことなワケで。入江ちゃんやユイにゃん、椎名さんと一緒にお喋りをしていた関根ちゃんに声をかける。腰の高さを優に超える綺麗な長髪を翻しながら彼女は答えてくれた。心なしか目が輝いている様に見える。

 

「待ってました! 頃合いだよね!」

 

 ツーカーの仲という言葉をご存知だろうか。古くは明治だったか大正だったか、あれ? 昭和と平成、は違うかも。まぁ、つまり古い時代からある言葉で、物事が通過するようにと言う建前の元、要するに言いたいことを言い切らなくても伝わってしまうような仲のことだったと思う。うろ覚え感が否めないけどもそんな感じ。きっとそんな感じ。なんかユイにゃん知ってそうだ。聞く気はないけども。でも関根ちゃんとはそんな感じで伝わったようだ。損な感じ。いや、得な感じです。で、横で頭上にクエスチョンマークを浮かべながら首を傾げる入江ちゃんと椎名さんとユイにゃん。とりあえずユイにゃんは除外しつつ、関根ちゃんと一緒に2人にキュンキュンしながら説明を試みる。

 

「ユーイーにゃーんーはー! キュンキュンしたでしょー!」

 

 すごい出鼻挫かれた感。ユイにゃんには反省してほしい所だ。というか、もはや視界に入ってなかったなんて誰が言えよう。

 

「視界に入ってなかった」

 

 俺が言える。言えた。言った。しかし毎度の如く首をガクガクするのは止めてほしい。酔ってしまうではないか、と思いきや耐性がついてきたらしく、特にコレといったダメージはなかったりする。でもガクガクするのは止めてほいのだけども。

 

「ユイにゃん苦しいので離して」

 

「キュンキュンしーろーよー!」

 

「あ、めんどくさい。久々にとてもめんどくさい」

 

 でもなんか懐かしい。だからと言って続けてほしい訳ではないので早急に止めてもらう。意外と話せば分かる子な時がたまにあったりなかったり。まぁ、要するによくわからん子ですね。

 

「ね、椎名さん」

 

「む?」

 

「約束通り、お茶しませう」

 

「ああ、そんな話もしたな」

 

 覚えててくれたようで何よりです。お茶会と言うには少々騒がしい気もするけども、なんだかんだそれに付随するのだろうからまぁいいやなんて考えに落ち着く。平常運転。良い言葉である。

 

 程なくして空いているテーブルを見つけた。少し前までは誰かが使っていた形跡があるけども、現在は誰も使用していないようで少し片付ければ問題なく使えそうだ。

 

「とりあえず」

 

「飲み物だね! みゆきち行くぞー!」

 

 入江ちゃんの手を取り走り出す関根ちゃん。せめて何を飲むのかの確認くらいしてほしかった。でもさすがツーカー。その行動力に免じてお咎めなしにしようと思います。

 

「じゃあ」

 

「お菓子ですね! ユイにゃんに任せろー!」

 

 ここにもいたのかツーカーの仲。些か不安はあるけども、とりあえず任せます。でもユイにゃんだからお菓子の内容によってはギルティ。譲歩してます。これでも。

 

「居残り組は片付けですね、わかります。椎名さん、初めての共同作業だね。テレるね」

 

「そうだな」

 

「言葉にも表情にもテレが微塵も無い件について」

 

「浅はかなりぬる」

 

「!?」

 

 ぬる。

 

 その後、椎名さんとぬるぬる言ってたら飲み物を確保してきた関根ちゃんにガッされた。ぽは付いて無かったはずなのに何故ガッされたのだろうか。まぁいいや。あと、ユイにゃんも帰ってきた。遅れたけどガッ! なんて。お前もか。

 

「さて、本日はお日柄も良く」

 

「なっつん長い」

 

「出だしだがな」

 

 お決まりだよね。お決まりだね。

 

「では、改めて。いつだったか忘れたけども、椎名さんと約束していたお茶会を始めます。メンバー少ないけども、まぁいいや。何話そっか?」

 

 せっかくなので話題の提供を求めてみたところ、関根ちゃんがはいはーいと勢い良く手を挙げた。負けじとユイにゃんも手を挙げながらユイにゃんも! ユイにゃんもー! と張り切っている。入江ちゃんはジュースの注がれた紙コップを両手で持ち、ニコニコしていた。かわゆい。

 

「じゃあ、ユイにゃん」

 

「ご趣味は!」

 

 見合いか。なんてツッコミは心の中に留め、椎名さんの反応を伺う。悩む素振りを一瞬も見せず椎名さんは答えた。

 

「暗殺を少々」

 

「暗殺教室と申したか。E組? クラップスタナーとか使える?」

 

「くらっぷ……?」

 

「いえす、くらっぷ」

 

「くらっぷ」

 

 手をパチパチしながら言ってみたが、首を傾げられてしまった。残念ながらクラップスタナーは使えない模様。しかし、暗器や刃物の扱いは得意なのだとか。オマケにクナイは肌身離さず持ち歩いているのだそうだ。それなんて忍者。

 

「椎名さんの生前は忍者でしたか。まぁ、なんと言うか、そんな気がしてた」

 

 きっと生前はアイエエエエ!  ニンジャ!?  ニンジャナンデ!? とか言われていたに違いない。ここは俺も言っておいた方が良いのだろうか。しかし、特に忍者リアリティショックは受けていないのでやっぱり断念。

 

「いや、忍者ではない。私は暗殺者だ」

 

 不思議と通る声の椎名さんの訂正の言葉は喧騒の中に消えた。

 

 



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65

 

「いや、忍者ではない。私は暗殺者だ」

 

 椎名さんのその発言によって、俺たちが囲むテーブルはまるで周囲から切り取られたかの様に静まり返った。ゴクリ、と入江ちゃんが息を飲み、同じくゴクリとユイにゃんが喉を鳴らした。ジュースで。

 

「ーーやはり暗殺教室」

 

 真剣な眼差しの関根ちゃんがいち早く反応をした。考えることは一緒だったみたいです。

 

「ターゲットは先生。でも流石の椎名さんでもマッハ20は捉えられないと思われ。やはり殺せんせーは強い(確信)」

 

「マッハ20は早いよねー。だってマッハだよマッハ。正直体験したことないからよくわかんないけど」

 

 だよねー、と関根ちゃんと言い合う。マッハとか普通に生きてたら体験することはそんなにないと思う。未知の領域です。あと、酔いそう。ちなみに中村さんが好きです。仲村さんではないのでご注意を。

 

「と言うかユイにゃん。質問しといて興味が無さそうなのはどうかと思う。見事は投げっぱなしジャーマンである」

 

「想像通りでしたので! もうちょっとこう、意外性が欲しかった!」

 

「否定はしない」

 

 なんとなく皆察してたと思う。多分。

 

「と言うワケで、アレやりますか関根ちゃん」

 

「コードネームだね! やってみたかった!」

 

「関根ちゃんがツーカーすぎてちょっと怖い」

 

「なんだとー!」

 

 そんな関根ちゃんはさて置き、この場にいる人のコードネームを考えようのコーナーになります。まずはユイにゃんがターゲット。

 

「はい、思いついた人は挙手」

 

「きた! なっつん! 降りてきた!」

 

「ほい、関根ちゃん」

 

「淫乱ピンーー」

 

「それアカンやつや。需要も無いし」

 

「じゃあ、ロリ枠(笑)」

 

 いろいろ心外じゃー! と憤慨してるユイにゃんはさておき、続いて椎名さん。暗殺者だし、なんかかっこいいコードネームとか考えてくれそうで結構期待値が高い。ここはビシッと決めてくれるやも、とユイにゃんも目がキラキラしてる。

 

「尻尾……」

 

「いや、生えてるけども。まぁ、いいや」

 

 無かったことになんかしてないので悪しからず。お次は、と視線を入江ちゃんに送るも何やら真剣に考えている様なので一旦おいておく。ユイにゃんのコードネームなのだからそこまで真剣に考えなくても良いのに。さすが入江ちゃん、とてもよいこ。

 

「なっつんは? 何かある?」

 

「シンプルにめんどくさい」

 

「え、考えるのが?」

 

「いや、コードネームが」

 

「え、あ、うん。シンプルに『めんどくさい』って言うコードネームってことだね」

 

「いや、『シンプルにめんどくさい』で」

 

 シンプル大切。あるのとないのでは大違い。

 

「なるほど。シンプルにめんどくさいか。コードネームと言うか、感想な気がするよ、なっつん」

 

「そう? 結構合ってると思うけどもシンプルにめんどくさい」

 

「シンプルにめんどくさいかー。まあ、候補としては有りかな」

 

「でしょ。ユイにゃんはシンプルにめんどくさいで」

 

 どや、と関根ちゃんと一緒にユイにゃんに視線を投げれば、なんと言うことでしょう。俺に向かって飛びかかってきた。

 

「あ! やせいの ユイにゃんが とびだしてきた!」

 

「めんどくさいめんどくさい言い過ぎなんだよー! あたしめんどくさくないー!」

 

「ナツメは なにを なげる?」

 

 おかし

 ジュース

 バイオセイレーン

 ▶︎暴言

 

「どうしようもないくらいめんどくさいな君は」

 

「くさくないって言ってんだろー! 何がくさいだよ! クンカクンカしろよオラァァァッ!!」

 

「いや、それはちょっと……」

 

「ひーくーなーよー!」

 

 ユイにゃんやっぱめんどくさい。なので関根ちゃんに引き剥がしてもらって気を取り直します。

 

「入江ちゃんどう? 無理しなくても大丈夫なので、気軽にどぞ」

 

「えっと、その、ピ、ピンーー」

 

「ピン?」

 

「ピンキー、とか」

 

 なんと言うか、もう、こう、アレだ。入江ちゃんはかわゆい。はっきりわかんだね。関根ちゃんなんか鼻おさえながら上むいてる。きっと愛が溢れそうなんだ。誰か首を叩いたげて。

 

「ユイにゃん気に入ったのあった? シンプルにめんどくさい?」

 

「ピンキー!」

 

「だよね。でも名前負けだから却下」

 

「なんでじゃー!」

 

「個人的にはシンプルにめんどくさいがイチ押し」

 

「やーだー! ピンキーが良いです! かわいいし!」

 

「じゃあ、近しいので淫乱ーー」

 

「それは絶対に嫌」

 

 ユイにゃんの真顔初めて見た! そこまでか。そんなに嫌か。そりゃそうだ。なので仕方ないけども協議の結果、ユイにゃんのコードネームは尻尾に決定。椎名さんの案が通りました。ピンキー? 却下です。だって溶解液出せないじゃないのさ。芦戸さん見習え。

 

「次は誰いく?」

 

「なっつんなっつん! 次はあたし!」

 

「ほい、関根ちゃんね。元気寿司」

 

「えっ」

 

「コードネーム、元気寿司」

 

 いや、関根ちゃんの取り柄かなって。あと、お寿司食べたい。玉子とか。

 

「みゆきちー! あたしにも! あたしにもかわゆいのをー!」

 

「……しおりんは、しおりんだよ」

 

「見たかなっつん! かわゆかろう! かわゆかろう!」

 

「入江ちゃんが?」

 

「もちろん!」

 

「ですよね」

 

 わかってました。でも、入江ちゃんは世界遺産にしようと思います。関根ちゃんは協力してくれるだろうし、死んだ世界戦線の皆んなもきっとわかってくれる。死んだ世界戦線の世界遺産。縮めると死んだ世界遺産。あれ、世界遺産(入江ちゃん)が死んでしまった。これダメなヤツだわ。

 

「ユイにゃん、あー、尻尾は? ちなみにこのままいくと関根ちゃんのコードネームは自動的に元気寿司になります」

 

「ちょっとなっつん! しおりん! あたしは断固としてしおりんを推します!」

 

「いつもどおりでつまんない」

 

「なん……だと……?」

 

 なので却下。いつもとは違う何かを求めましょう。

 

「むむむ! 以外と難しいですねコレ!」

 

「考え過ぎずに思ったこと、感じたことを言ってみよう」

 

「詐欺笑顔!」

 

「ユイ、いや、尻尾。ちょっと屋上に行こう」

 

 久々にキレちまったよ、と言いながら関根ちゃんはユイにゃんの襟を掴んでフェードアウトーーはさせません。どうにか堪えてもらって続行。多分、ユイにゃんは後で何かある。関根ちゃんからきっとある。その時は入江ちゃんと遊んでようと思います。

 

「さて、元気寿司、詐欺笑顔ときまして続いては椎名さん」

 

「日本のほこり」

 

「ん、なんかスゴイのきたね」

 

 関根ちゃんも嬉しそうだ。ちょっと照れてる。いきなり日本の誇り扱いだもの。意外にも椎名さんからの関根ちゃんへの評価は高いのだろうか。

 

「し、しーなたん! その心は?」

 

 嬉しさを隠しきれていない関根ちゃんが椎名さんに問う。やはり気になるのだろう。そして椎名さんがゆっくりと口を開いた。

 

「寿司は日本のほこりだと、ゆりから聞いた」

 

「寿司かよっ!」

 

 すーしーかーよー! と悔しそうにテーブルをバンバン叩く関根ちゃん。そんなことだろうと思ってました。薄々気がついてたけども、椎名さんもそこはかとなくポンコツ臭がするよね。仲村さんの影響か。と言うか、戦線メンバーの中ではポンコツ臭がしない人の方が少ない気がすることに気がついた。陽動班のリーダー様とかが顕著である。

 

「関根ちゃん、気に入ったのは?」

 

「うぐぐ……。げ、元気寿司で……」

 

「じゃ、それで。次は誰行こうか?」

 

 楽しいお茶会はまだ始まったばかりです。

 

 

 

 

▼コードネーム

ユイ:尻尾

関根:元気寿司

入江:

ナツメ:

椎名:

 

 



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66

 

 唐突に始まったコードネーム決めはユイにゃん、関根ちゃんと続いた。なので、その次に彼女がターゲットに選ばれたのは必然とも言えるだろう。

 

「次はみゆきち! もちろんみゆーー」

 

「みゆきちはダメ。関根ちゃんは過去から学ぶべき」

 

「なっつんがイジワルだ! さてはなっつん、あたしのこと好きだな!」

 

「恋愛脳乙」

 

 冗談だよー。知ってた。なっつんは岩沢先輩か遊佐さんだよね。みんな好きです。ハーレムと申したか。みんな良いお友達れす。だよねー。

 

「しかし、みゆきちがダメかー。どうしよう」

 

「思ったことを」

 

「みゆきちマジ天使」

 

「ん、それね」

 

 じゃあ、次はユイにゃん言ってみようか。関根ちゃんの時は中々インパクトあったのでちょっと期待。

 

「むー……。あ!」

 

「思い付いた?」

 

「貧乳系コミュ障!」

 

「お前マジぶっ飛ばすぞこのやろう」

 

「えっ」

 

 誰がコミュ障だ。入江ちゃんはちょっと人見知りするだけだ。あと、早いとこ謝っときなさい。入江ちゃんがショックを受けて泣きそうな顔してるから。こみゅしょうけい、ひんにゅう……とかつぶやいてるから。それにしても、入江ちゃんって胸気にしてたのね。これは女子特有の悩みか。男にはわからんのです。

 

「しかし、関根ちゃじゃなくて、元気寿司が怒ってない。意外です」

 

 怒るそぶりどころか、特になんの反応も示さない関根ちゃんに違和感が発生。どしたの?

 

「だってなっつん。みゆきちの貧乳はステータスだもん。希少価値だもん。ただでさえ愛くるしいのに希少価値まで付いてるんだよ。つまり、お得感満載!」

 

「その発想はなかった」

 

 ひんにゅう……。わたしはこみゅしょうでひんにゅう……。とブツブツ呟きながら力無く笑う入江ちゃん。入江ちゃんにしては珍しい表情です。実は結構気にしてた様だ。ひさ子ちゃんにコンプレックスとか抱いてなければ良いけども。

 

「でもそこの尻尾も貧乳だよねー。見事なブーメラン! 全体的にロリロリしいし、松下五段のとこ行けば? あ、ロリポップ持ってってね!」

 

 カラカラ笑いながら言う関根ちゃん。やっぱりちょっと怒ってるみたいです。さっきのコードネーム、そして入江ちゃんへのという見事な二連撃が関根ちゃんに刺さったらしい。嫌じゃー! と喚くユイにゃんを放置した関根ちゃんは入江ちゃんに慰めの言葉を並べている。そんなみゆきちが大好きだよ、とか。どんなみゆきちでも大好きだよ、とか。もう付き合えば良いんじゃないかな、この二人。

 

「さて、椎名さん。入江ちゃんのコードネームよろです」

 

「待て。確かゆりが何か言っていた様な気がする」

 

「あ、コレ多分ロクでもないヤツだ」

 

 あーでもないこーでもないとうんうん唸りながら椎名さんは記憶の掘り返しに没頭し始めた。じゃあ先に俺が、と言おうとしたら椎名さんは手をポンっと叩いて、思い出したと言った。せっかくなので聴きませう。入江ちゃんはまだ完全には復活してないけども。

 

「椎名さん、どぞ」

 

「りあす式海岸」

 

「それは入り江。いや、正確にはちょっと違うけども。でも、しーなたんがちょっと出てきたから良しとします」

 

 確かリアス式海岸は色々な何かが入り組んでるんだっけ? 何かが何かは正直覚えていない。まぁ、それでも、名称だけはしっかり覚えてる不思議。前方後円墳とか竪穴式住居とか百葉箱とか。今でも忘れない不思議な単語の数々。特に思い入れはないのだけども。

 

「じゃー、先輩の意見いってみましょー! ラストですよ! 早く早くー!」

 

 椎名さんの意見は無かったことにしたのか、ユイにゃんが少し急かしながら意見を求めてきた。ちゃんと考えてありますがな。

 

「まいなすいおん。カタカナじゃなくて、平仮名ね。そっちの方がかわゆい」

 

 近くにいるだけで癒されるよね、入江ちゃんって。そんな想いを込めてこのコードネーム。こら、ユイにゃん。また懐かしいものを……。とか言わないの。貧乳系コミュ障よりマシでしょうに。

 

「み、みゆきち。気に入ったのあった? いや、無いとは思うんだけど」

 

 関根ちゃんがやや気を遣いながら入江ちゃんに聞く。いや、まいなすいおんは大分マシな方だと思うのだけども。関根ちゃんはお気に召さなかったのか。

 

「あ、これダメだ。みゆきちがまだ貧乳ショックから抜け出せてないや。こっちで決めちゃう?」

 

「よろしい。ならば協議だ」

 

 このあと滅茶苦茶協議した。

 

 

 

 

「じゃあ、入江ちゃんのコードネームはりあす式海岸で」

 

 入江ちゃんが正気に戻ったところで協議の結果を伝えた。微妙そうな顔してたけども、貧乳系コミュ障よりマシだったのだろう。入江ちゃんが個人的にはまいなすいおんが良かったと呟いてくれたのはとても嬉しかった。明日からも頑張れそうです。

 

「次はしーなたんかな! あたし張り切っちゃうよ!」

 

「いや、次はこのナツメが行こうかと」

 

 関根ちゃんのやる気を削ぐのは申し訳ないが、椎名さんは最後と決めておりました。だって今日の主役だし。

 

「お? そうなの? まぁ、いいや。なっつんのコードネームだね! よし、覚悟しろ!」

 

「かかってきなさい」

 

 まず最初は、と関根ちゃんが視線を巡らす。一生懸命に考えてくれてる様子の入江ちゃんに、いつもと変わらない表情の椎名さん。それに、無い頭を懸命に捻っているユイにゃん。だから思ったことを言えと。考えるんじゃ無い、感じるんだとは誰の言葉だったか。

 

「まぁ、あたしからかな」

 

「では元気寿司ちゃん、お願いします」

 

「うむ。なっつんのコードネームはラー油王子!」

 

「好んで入れたことは無いけども」

 

 だいたい岩沢さんのせい。でも無難な意見か。前に関根ちゃんにそうやって呼ばれたことあるし。

 

「椎名さん、次お願いします」

 

「転生者」

 

「この世界はある意味で皆転生者な希ガス」

 

「ゆりもそんなことを言っていたな」

 

 また仲村さんか。付き合いが長いとは聞いていたものの、椎名さんが仲村さんから教えてもらった知識については、そこはかとなくアホの匂いが漂う。一体、椎名さんをどうしようというのかね。

 

「そろそろみゆ、えっと、りあす式海岸いってみようか。難しく考えずに気軽にいってみよー!」

 

 関根ちゃんの前ぶりにより、視線が入江ちゃんに集まる。急に集まった視線に僅かに緊張したのか、一瞬だけ驚いた表情を浮かべた。入江ちゃんらしくて和みます。誰も急かすことはないので、ゆっくりどうぞと伝えれば、じゃあ……、と前置きし、入江ちゃんが口を開いた。

 

「誰とでも仲良くなれる人、かな」

 

「入江ちゃんが八方美人って言う。死にたい」

 

 死ねないけども。しかし、入江ちゃんに言われるとかなりヘコむ。もう頑張れない。

 

「い、言ってないよぅ」

 

「言ってないの?」

 

「色々な人と仲良くなれて、スゴいなーって。私、人見知りだし……、コミュ障だし……」

 

 おおう、自虐入った。でもそれは関根ちゃんにお任せ。

 

「特に何も考えてないんだけどもって言ったら入江ちゃんはどう思うのだろうか」

 

「そ、それもスゴいかな……」

 

 気を遣わせてしまった。後でデザートの食券をあげようと思います。

 

「ラー油王子、転生者に八方美人。良い感じだねー。ラストは尻尾だよ! 決まった?」

 

「ちょ、八方美人違う」

 

「ラストは尻尾だよ!」

 

 流さりた。まぁ、いいや。あと、尻尾とはユイにゃんのこと。

 

「そーですねー。先輩はー……」

 

「考えたらアカンって尻尾にゃん」

 

「負債!」

 

「おい」

 

「戦線の高額負債!」

 

「何で言い直した」

 

 こちらの話は聞き流され、協議が始まる。もう好きにして下さい。文句は言わないので。多分。

 

「候補としては尻尾の案かしーなたんかなー。あたしのは在り来たりだし、りあす式海岸のにすると何かなっつんだけズルいし」

 

 ズルいって何ぞ。せっかくりあす式海岸の入江ちゃんが考えてくれたのに。でも八方美人って人聞き悪い。遊佐ちゃん辺りには鼻で笑われそうだけども。

 

「あたしは尻尾の案に1票! そっちのが面白い! みゆきち式海岸は?」

 

「混ざっとる混ざっとる」

 

「私は、どっちでも……」

 

「じゃあ、尻尾の案に決定で!」

 

 この度、めでたく戦線の高額負債なりました。まぁ、文句は言わないのです。でもユイにゃん、てめぇはダメだ。

 

 

 

 

▼コードネーム

ユイ:尻尾

関根:元気寿司

入江:りあす式海岸

ナツメ:戦線の高額負債

椎名:

 



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67

 

「ん、じゃあ、最後は椎名さんだね。本日のメインゲストです」

 

 4人が決まり、残すは椎名さん1人。さて決めますかと言えば、よしきた! と気合いを入れる関根ちゃんとユイにゃん。入江ちゃんもちょっとだけやる気みたい。このまま2人が仲良くなってくれればなと思うのは過保護だろうか。過保護で良いじゃない、もっと甘やかそうず! とは関根ちゃん談。全面的に肯定です。

 

「さて、椎名さんのコードネームだけども」

 

 手始めに誰にしようかと考えてたら、椎名さんが待てとストッブをかけてきた。何でしょうか。

 

「私のコードネームは既にある」

 

「ん? そなの?」

 

「ああ、私のコードネームはC7。そう呼ばれていた」

 

 呼ばれていた。もしかして生前の話なのだろうか。そう言えば、椎名さんの過去話って聞いたことがない。記号のような呼称が椎名さんの過去を物語っているようにも思える。きっと壮絶な人生だったのだろう。でも。

 

「C7ってことはアレか。C.C.の親戚みたいな」

 

「シオリーシュ・ウィ・ブリタニアが命じる! ユイ! 自害しろ!」

 

「ギアスキャンセラー! びびびー!」

 

 壮絶な人生でしたね。実に大変そうだ。あと関根ちゃん、それはランサーや。

 

「ぎあ、きゃんせら……?」

 

「まぁ、昔の話は置いておいて、新しいの決めたいと思います」

 

 皆もその気だし、気にせずいきます。昔の話はまた今度にしましょう。そうしましょう。

 

「トップバッター、尻尾にゃん」

 

「タカマチ!」

 

「戦闘民族と申したか」

 

 まさかのタカマチ性説。確かに小太刀二刀流だけども。ピンクのビームぶっ放す子が姉か妹にいたりするのかな。砲撃から始まるコミニュケーション術には戦慄です。しかし、キョトンとした表情を浮かべる椎名さん。よくわかってないみたい。

 

「次はりあす式海岸ちゃんで」

 

「お、御庭番衆御頭、とかどうかな?」

 

「また二刀流繋がりだね。まぁ、しっくりくるのは言わずもがな」

 

 御頭という単語に椎名さんの目がキラキラし始めてる。気に入ったらしかった。やはり忍者。今度、回転剣舞六連やってもらおう。野田くん相手に。

 

「ん、次は俺。じゃあ、忍たま乱太郎で」

 

 微妙な表情の椎名さん。えー、と他の女子からも不服そうな声が上がった。

 

「ちょっと戦線の高額負債ー。しーなたんは女の子なんですけどー」

 

「いや、忍者なので。他意はないのでござる」

 

 だから気にしちゃやーよと伝えれば、渋々といった様子で引き下がる関根ちゃん。まぁ、気持ちはわからなくもないけども、深く考えたら負けである。

 

「ラスト元気寿司ちゃん。よろしくね」

 

「任された! せきっ、じゃなくて元気寿司さん、ちゃんと考えたよ!」

 

「ほう。それじゃ言っちゃって下さいな」

 

「ギャップの極み乙女!」

 

「ギャップ? まぁ、確かにそうかも」

 

「でしょ! 最初は怖かったけど、最近はもうしーなたんが可愛くて仕方ない!」

 

「元気寿司ちゃん、椎名さん好きだもんね。なのでりあす式海岸ちゃんは俺が貰います」

 

「それは許さぬ」

 

「ですよね」

 

 それとコレとは話が別だから。だよね。2人ともあたしの。それはズルいかと。あたしの。あ、はい。

 

「椎名さん出揃ったけど、どう?」

 

「私はC7、もしくは椎名だ」

 

「なるほど。皆、協議の時間だ」

 

 もうアレなので、こっちで勝手に決めちゃいます。関根ちゃんと入江ちゃんとユイにゃんを交えて話し合い。椎名さんはちょっと待っててね。すぐ済みます。済みました。

 

「ギャップの極み乙女で」

 

「あたしの案が通ったー!」

 

「ぎゃっぷ……?」

 

 自分の案が通って関根ちゃんが思わずバンザイ。よかったね。椎名さんはちょっとよくわかってないみたい。その後もぎゃっぷぎゃっぷ言ってたけども、意味については後で仲村さんにでも聞いて下さいな。けして丸投げではない。

 

「まぁ、面白い企画だったねー」

 

「そだね。もうコードネームで呼ぶの終わりにする?」

 

「うん。正直呼び辛い」

 

「ですよね」

 

 やってみたかっただけだったという罠。関根ちゃんと俺は大満足です。

 

「次は何を話そうか。あ、椎名さん、スーパーBIGチョコあげる」

 

「む? すーぱーびっぐ……」

 

「コーラドリンクもあげようかね」

 

「どりんく……!」

 

「ちなみにチョコとの相性はすこぶる悪い」

 

 チョコに合う飲み物って限られてくるよね。生憎、このテーブルには存在しないので我慢して下さい。ちなみに、コーラドリンクは飲み物なのかと聞かれれば、人それぞれですとお答えします。

 

「あ、先輩! あたしもコーラドリンク欲しいです!」

 

「ユイにゃんにはまだ早い。そら、ロリポップをくれてやろう」

 

 ユイにゃんの口にガポッとロリポップを突っ込む。甘ったるい……と微妙な表情になるユイにゃん。口に含んだのだから責任持ってちゃんと食べなさい。

 

「ろり、ぽ……?」

 

「ロリポップ。棒のついた飴のことを指す」

 

「ああ、飴か」

 

「椎名さんは何味が好き?」

 

「純露」

 

 これまた懐かしいものを。純露とは、何故かおばあちゃんの家によくある綺麗な色をした飴のことである。思い出すと不思議と食べたくなってくるよね。購買にあったかな? 後で探してみよう。ちなみに『じゅんろ』ではなく『じゅんつゆ』である。憶えておいて損はない。得があるかと聞かれれば謎であるけども。

 

 さて、その後も純露と黄金糖の違いや、何故おばあちゃんが常備しているのかなどの話題で盛り上がった。話題的に疎そうな椎名さんが除け者になってしまうやもと危惧したが、そこは関根ちゃんや入江ちゃんが時折答え易そうな質問を投げてくれていたので無問題。ナイスフォローです2人とも。ユイにゃんは基本的に賑やかしというか、椎名さんの放つ何気ない一言にもオーバーリアクションしてくれるので、結構助かってたり。素の反応だと思うけども、何気にファインプレー。ユイにゃんグッジョブ。報酬としてロリポップを尻尾に巻き付けておいた。後で食してたもれ。

 

「ナツメさん。こちらにいましたか」

 

「あれ? 遊佐ちゃんだ。どしたの?」

 

 不意に現れたのは死んだ世界戦線きってのオペレーターである遊佐ちゃんだった。俺を探していたらしく、酷く慌てた表情ーーなんて事はなく、紙コップ片手にぶいサインを決めていた。いつも通りかわゆい。

 

「お、本当だ。いつの間に。あ、一緒にどうです?」

 

 遊佐ちゃんに気が付いた関根ちゃんが紙コップを持ち上げながら言う。一瞬、居酒屋で偶然鉢合わせたサラリーマン達を幻視した。きっと気のせいである。そして、遊佐ちゃんは入江ちゃんやユイにゃん、椎名さんの視線も集めながらも、やんわりと関根ちゃんの誘いを断った。

 

「ゆりっぺさんがナツメさんをお連れするようにと。どうも、遊佐です」

 

「仲村さんが? なんだろ。ナツメです」

 

 なんでしょうね、と遊佐ちゃんは言葉を濁した。コレは知ってるパターンや。知っててあえて言わないパターンや。まぁ、いいや。行けばわかるさ。

 

「ん、じゃあ、ちょっと行ってくるね」

 

 関根ちゃん達に断りを入れて席を立つ。リーダーからのお呼び出しとあれば、行かないワケにはいかないね、なんて。行くのにいかないとはコレいかに。俺、今うまい事言った。でも、遊佐ちゃんに鼻で笑われましたとさ。

 

 

 

 

▼コードネーム

ユイ:尻尾

関根:元気寿司

入江:りあす式海岸

ナツメ:戦線の高額負債

椎名:ギャップの極み乙女

 



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68

 

 関根ちゃん達とお茶会してたら仲村さんに呼び出されたので、遊佐ちゃんに連れて行ってもらうことに。一体、何の用なのだろうか。しかし、お互いにジュースとお菓子を装備した我々に死角はない。無敵です。何でもこい。

 

「遊佐ちゃん、プリッツちょうだい」

 

「では、チョコあ〜んぱんと交換で」

 

 お菓子を交換しながら目的地に向かっていたら、遠目に仲村さんが見えてきた。近くにいるのは……。あれ、立華さんだ。直井くんもいるようでちょっと驚き。

 

「直井くんは……ああ、捕まったのか」

 

 そういえば、アクションかけるとかなんとか言ってたっけ。正直、忘れてた。あー、関根ちゃんも直井くんと絡みたそうにしてたっけな。呼ばないと、と思ったけども、まぁ、いいや。あっちのお茶会の方には入江ちゃんもいるし、関根ちゃんは入江ちゃんといたり、椎名さんとお話ししてる方が楽しいでしょうしね。

 

「ああ、やっと来たわね、ナツメくん」

 

「お待たせしました。ナツメです」

 

 程なく仲村さん達と合流。ちょっと嬉しそうな表情をしてくれた立華さんと、面倒なのが来たとでも言いたげな直井くんもセットです。仲村さんはジュースを片手にチャーさんから渡されたであろうファイヤーボールを弄んでいる。チャーさんはちゃんとミッションをコンプリートした様で、仲村さんは仲村名人になったらしい。ちなみに遊佐ちゃんは私はコレでと言い残し、人混みの中に消えていった。一緒にお話ししてくれないようで残念である。

 

「立華さんと直井くん。楽しんでる?」

 

「ええ、とっても。今日は誘ってくれてありがとう」

 

「気安く呼ぶな。無理矢理連れて来られて楽しめる訳がないだろう」

 

 顔を出すだけと言っていたのに、ほっこり笑顔の立華さんと真逆な答えの直井くんだった。オマケにフンッと鼻を鳴らし、そっぽを向いてしまった。

 

「彼、ずっとこの調子なのよ。どうにかならないかしら?」

 

 仲村さんが溜息を吐きながら困った様に言った。手に持ったファイヤーボールのストリングスもやや草臥れたように見える。呼び出されたのはこのせいか。

 

「直井くんはアニメとかボカロが好きだから、その手の話をふってあげると喜ぶ」

 

「なるほど萌え豚か」

 

 至極冷静に仲村さんが最短で真実にたどり着いた。驚愕である。さすがのリーダー様といったところか。さすゆり!

 

「お、おい! 貴様、それは内密にとあれ程……!」

 

 え、俺は萌え豚とは言ってない。アニメとかが好きだってしか言ってない。コレは俺悪くない気がするのだけども。あれだけで答えを導き出した仲村さんがスゴいんだと思われ。あ、口止め料の食券はすでに美味しくいただきましたので返せませんよ。ゴメンね。

 

「しかし、あの副会長様が、ねぇ……」

 

「なんだその顔は!? あのお固そうで真面目で時折見せるアンニュイな表情がたまらないと噂のクールな副会長様がまさかの童貞感丸出しの萌え豚野郎とでも言いたげだな!?」

 

「自己評価高いのね。素直に引くわ」

 

「貴様ッ!!」

 

 キッカケを掴んだのか、活き活きと直井くんを弄り始める仲村さん。あれよあれよと直井くんのメッキが剥がされていく様を目撃した。いや、メッキがあったのかと聞かれれば、返答に困ってしまうのだけども。

 

「まぁ、楽しそうで何よりです」

 

 どこがだ! と直井くんから苦情が飛んできたけども、聞こえない。我ながら都合の良い耳をお持ちなことで。

 

「ナツメ」

 

 ボケっと仲村さんと直井くんのやり取りを見ていたら立華さんから声がかかった。何か咎める様な表情の彼女はそのまま告げた。

 

「何の約束をしていたかはわからないけれど、約束は守らなくてはダメよ」

 

「話すキッカケになればと思って。まさかこうなるとは」

 

「確かに、あんなに感情を表に出している直井くんを見るのは初めてよ」

 

 直井くんの新しい一面を見れて少しだけ嬉しそうな顔の立華さん。これを機に生徒会でもお話しができるようになれば良いと思います。怪我の功名ってヤツですね。よし、良い感じにまとまった。

 

「もうちょっと落ち着いたら仲村さん達に混ざる?」

 

「……そうね。せっかくだし。それに、彼女とはもう少し話してみたいわ」

 

「ん、何か思うことがあった感じだ」

 

「元々、話してみたかったの。立場上、仲良くはできないけれど」

 

「そっか。でも、立場とか気にすることないと思われ」

 

 立華さんというただの1人の人間として、対等に話せば良いと思う。きっと、生徒会とか戦線のリーダーとか、人と人との間には些細な問題なのだから。

 

「そういうものかしら?」

 

「とりあえず、行ってみよう。ダメだったらその時考えれば良いでしょ」

 

「……でも」

 

 今いち踏ん切りのつかない様子。何が彼女をそこまで悩ませるのだろうか。

 

「……でも、いきなりだと、変な子って思われないかしら」

 

「大丈夫。戦線には変な子いっぱい」

 

 遊佐ちゃんがいたらその筆頭が何をと鼻で笑われそうである。遺憾の意を示そう。それでも鼻で笑われる未来が見えた。解せぬ。

 

「本当に?」

 

「ん、考えすぎかと」

 

「死んだ世界戦線のメンバーでカップリングしてみたから聞いてほしいって言っても?」

 

「おおっと」

 

 それはダメかも知れぬ、と思ったけども、良く考えたらそれはすでに俺と関根ちゃんがやってた。うん、問題ないなコレ。

 

「ちなみにどんな感じでカップリングしてみたの?」

 

「まずは仲村さんね。案外誰とでもカップリングできるのだけど、ここはあえて赤い髪の、音無くんだったかしら? 彼を推すわ。一見クールに見える彼もきっと完璧ではないの。そこでちょっとしたヘタレ属性を加えてみたわ。すると、あら不思議。仕方ないわね、本当に私がいなきゃダメなんだからと呆れながらも優しく手を差し伸べる仲村さんが現れるの。音無くんも恥ずかしがりながら嬉しそうに仲村さんの手を取って、これから先もずっと一緒に歩いて行けたら良いな、なんて呟くのよ。仲村さんは聞こえないフリをするのだけれど、実は聞こえてて耳が真っ赤。真っ赤っかなの。ああ、なんて初々しい。ベストカップルよ。時代が時代ならベストカップル賞受賞間違いなしね。ほら、想像したら愛が溢れ出てこない? こないの? ダメよナツメ。貴方は近くにいるのだから私なんかよりもっとずっと具体的に感じられるはずよ」

 

「oh……」

 

 どデカイ地雷を盛大に踏み抜いてしまった。打ち上げの空気に浮かれててちょっと油断してたことは否めない。ああ、断言しよう。ここから長い。覚悟はできたか? 俺はできてない。

 

「あの青い彼にはあのとても元気なピンクの髪の子が似合うと思うの。ユイにゃん? それがあの子の名前? そう、随分変わった名前なのね、リアルにキラキラネームって初めて見たわ。ちょっと感激。やっぱり、にゃんは猫って書くのかしら? ーーああ、そうだ。カップリングの話だったわね。青い彼は一見爽やかなスポーツマンなのだけれど、実は少し暗い過去があって、それを隠すために常に明るく爽やかに装っているの。周りに心配をかけたくないからよ。なんて健気。ユイにゃんさんは、そんな青い彼と気安い距離にいる後輩ってところかしら。でもある日、ユイにゃんさんは不意に気が付いてしまった。キッカケは些細なことだったの。何気ない日常に感じた違和感を出来心でつついてしまった。それが、青い彼が隠す知って欲しくない事情を白日のもとに晒してしまうことになるの。ユイにゃんさんは深く後悔をするわ。何てことをしてしまったんだ、と。青い彼も酷く動揺して家に引きこもってしまう。でも、これこそがスタートの第一歩。謝りたい一心のユイにゃんさんは足繁く青い彼の自宅へと通うわ。もちろん、初めは会ってももらえない。でも、彼女はめげなかった。それでも、と毎日毎日通った。健気よね」

 

 日向くんとユイにゃんの件なげぇ。あ、まだ続くんですかそうですか。ジュースのおかわりとってきたいです。ダメですかそうですか。

 

 



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69

 

「そしてある日、やっとのことで青い彼と会うことのできたユイにゃんさん。彼女は謝ろうとしたけれど、いざ目の前に立つと上手く言葉が出てこない。しまいには涙が零れだしてしまう。謝りたいのに。仲直りしたいのに。また、前みたいにバカなことやりたかった。また、一緒に笑いたかった。なのに……。そんな彼女に青い彼は言葉をかけるの。お前はどうして、毎日来てくれるんだ……? って。どうしてって……。ユイにゃんさんはそこで考えた。でも、答えはすぐに見つかったわ。ああ、そうか。なんでこんなにもこの人のことが気にかかるのか。なんで、この人と一緒にいたくなるのか。スゴく単純なことだったのよね。ユイにゃんさんは気が付かなかっただけ。いえ、気が付かないようにしていたのかもしれないわ。心地良い関係を壊したくなかった、とかね。良くある理由よ。ここまで来たら、もう彼女は止まれない。告白タイムよ、告白タイム。セリフは、そうね。どうしてって、そんなの先輩のことが好きだからに決まってるでしょーが! とかどう? ベタかしら? でも青春よね、青春。青い春と書いて青春。私も一度で良いから、そんな青春をしてる告白を見てみたいわ」

 

「……いつにも増して長かったね。立華さんならモテそうだし、その内あるんじゃない?」

 

「私は別に遠目でも良いから、見てみたいだけなのだけれど」

 

「野次馬か」

 

 自分が告白したいワケでも、されたいワケでもなかった。実は耳年増だったりするのだろうか。しかし、長かった。終ぞ青い彼と呼ばれ続けた日向くんとユイ猫の青春ラブストーリーとか。早くもお腹いっぱいです。

 

「次はあの人ね。あのいつも槍みたいなものを持っている彼。アレはハルバート、よね? 私も一回持ってみたいわ。彼、お願いしたら貸してくれるかしら……?」

 

 え、まだ続くのコレ。でも、今度は野田くんか。ちょっと興味出てきた。あと、貸してくれないと思います。

 

「そんな彼の相手はあのバンドを組んでる子の1人。ポニーテールの子よ。ひさ子ちゃん? 彼女、ひさ子さんって言うのね。あの子、少し目つきがキツめだけれど、きっと心は乙女なタイプね。可愛いものとか、甘いものが好きだったりするんじゃないかしら。属性で言えばツンデレと見たわ。素直になれない彼女はすぐに手が出てしまうのだけれど、きっと1人になったり、本音が言える友達の前ではまたやってしまった、どうしようと愚痴を吐露しているはず。そんなひさ子さんが気になっているのは普段はクールに佇みながらも、胸の内には熱いものを持っている彼。ここではハルバートの君としましょうか。ハルバートの君に冷たくあしらわれていたひさ子さんは、彼の内面にある熱い心に気が付いた。そこから恋に落ちるのは早かったわ。ギャップ萌えよ。気になって気になって仕方なくなってしまったひさ子さんは事あるごとにハルバートの君にちょっかいをかけ出すの。小さい子が好きな子に意地悪しちゃうのと同じ理屈ね。あら、そう考えると小さい子ってみんなツンデレなのね。誰もが一度はツンデレだったけれど、みんな忘れている。偉そうな顔した政治家や、目の上ブルーなおばさんも。はいはい亀有亀有。それで、ひさ子さんはやっぱり冷たくあしらわれるのだけれど、既にハルバートの君の内面の一端を知ってしまっているから、そんな態度にも惹かれてしまうの。ハルバートの君の言葉はまるで麻薬のようにひさ子さんの体を蝕み、最後には彼無しでは生きていけないところまで……。ああ、なんてことなのかしら。でも、ツンデレであるひさ子さんは素直にその気持ちを伝えることができない。悪循環ね。照れ隠しでつい手が出てしまう彼女は、自分が本当に嫌になって苦悩してしまうのだけれど、そこは友人のお陰でなんとか持ち堪えられた。でも、まだ結果は出ていない。彼女はきっと、まだハルバートの君へアタックして続けているわ。とても不器用で解り辛い、彼女なりの精一杯のアタックを。いつか、ひさ子さんの想いが届く様に祈っているわ。どうか、彼女の想いが報われます様にってね」

 

「あ、はい」

 

 立華さん、とても良い笑顔である。こんなにキラキラした立華さん見るのは初めてです。活き活きしてて良い事だと思うのだけれど、名前も知らない人でここまで妄想できるとは。やはり生徒会長なだけはある。ただ、本人には絶対に言わないで下さい。多分、右ストレートが躊躇い無しに飛んでくるので。でも、ひさ子ちゃんがツンデレなのはちょっと同意。

 

「それから、次はーー」

 

「おおっと、なかむらさんたちが なかまになりたそうに

こちらをみている! なかまにしますか?」

 

 え、と立華さんが驚きながらも仲村さんと直井くんのほうに顔を向ければ、引きつった表情の仲村さんと鳩が豆鉄砲食らった様な顔をした直井くんがそこにいた。

 

「……随分、面白い話をしてるのね。アナタ達」

 

 達ではなく、立華さんだけであると声を大にして言いたい。冤罪でござる。

 

「あ、その、ごめんなさい。今のは……」

 

 オロオロし出す立華さん。まさか聞かれているとは思っていなかったのだろう。仲村さん達、すぐ横にいたんだけどね。そりゃ聞こえてますがな。でも、どこから聞いていたのだろうか。

 

「最初から聞いてたわよ。意外だったわ。あの生徒会長様がこんな性格だったなんて。まぁ、もれなくナツメくんの所為だと思うけど」

 

 心外でござる。大体ナツメくんのせい。そんなバカな。とかなんとか。

 

 その後、仲村さんは少しお話ししましょうかと言って立華さんだけ連れて何処かに行ってしまった。女同士の話をするらしい。しゅんとした立華さんが助けを求める様な視線を投げてきたから、頑張れとだけ言っておいた。何を頑張るかは知らないけども。

 

「それで、直井くんはどうしたの? まだフリーズ中?」

 

「……いや、もう大丈夫だ」

 

 でも、本当にどうしたのだろうか。仲村さんに何かやられたりしたのかな?

 

「いや、そっちではなく、会長の方だ。長い事、生徒会で接してきたがあんなに饒舌な会長は初めて見た」

 

 だから少々驚いた、とのこと。完璧にフリーズしてたし、少々どころではない気がするけども、まぁ、そういうことにしておきます。

 

「よかったね直井くん。立華さんの新しい一面が見れて」

 

「良かったのか……?」

 

「ーーでも、Anotherなら死んでた」

 

「死者を……! 死者を死にかえーーおい、止せ。既に全員死者だ」

 

「安心して。直井くんは死者じゃないから」

 

「いや、死者だろう」

 

「そんな……!? 直井くんが、死者……!?」

 

「だから、おい、止せ。どこから持ってきたんだその傘」

 

「傘は拾った。おい、デュエルしろよ」

 

「せめてカードを拾え。Anotherなら真っ先に死んでるぞ」

 

「ですよね」

 

 呆れた表情の直井くんでした。

 

 



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70

 

 どっと疲れたから帰る、と言い残し直井くんは帰って行った。まだメインイベントが残ってるのに。まぁ、本当に疲れている様子だったので引き止めることはしなかった。ゆっくり休んで下さいな。

 

「さてと、どうしようかな」

 

 直井くんがいなくなってしまったので、一人ぼっちになってしまったでござる。仲村さんと立華さんはまだ帰って来る気配がないし、ここまで連れて来てくれた遊佐ちゃんは現在行方不明。ここは大人しく関根ちゃん達のところにでも戻ろうかなと足を向けることにした。

 

「あれ、ナツメじゃん。1人でなにやってんだ?」

 

「あ、ひさ子ちゃんだ」

 

 思い立って数秒、不意に呼ばれたのでそちらを向けばひさ子ちゃんがいた。傍には岩沢さんもいる。その手にギターはない。2人ともだ。そこで思い出して欲しい。俺、関根ちゃん、ユイにゃんはひさ子ちゃんが岩沢さんを引っ張って来る際にどうやって戻ってくるかを賭けていたのだけども、これはどうやら案外普通に戻って来ると言ったユイにゃんの勝ちが濃厚。ちくせう。

 

「仲村さん達とお話ししてたんだけども、気が付いたら1人になってた」

 

「なんだそりゃ」

 

 どうせまたお前が何かしたんだろうと呆れた視線をよこすひさ子ちゃんは無視して岩沢さんに話しかける。

 

「岩沢さん、やっほー。もうギターの方は満足したの?」

 

「ん、最近はTHE LIBERTINESが熱い」

 

「話聞いてよ」

 

 知らんがな。仕方ないのでひさ子ちゃんを介して聞いてもらったら、なんとTHE LIBERTINESとはロンドン出身のロック・バンドなのだそうだ。メンバーの1人がドラッグ中毒でーー違う。そうじゃない。聞きたかったのはそれじゃないのよ岩沢さん。本当になんでド直球のストレートを投げてるのにかすりもしないのこの人。岩鬼並みの悪球打ちなのかと思いきや、打席にギター持ってきて歌い出された感覚。ああ、そりゃ当たらんわ。土俵が違いますもんね。

 

「この人、そろそろ本当にどうにかしないとマズイ気がするのですが。そこのとこどう思いますか? ひさ子ちゃん」

 

「あたしは常々思ってるよ」

 

「なるほど。でも改善される気配がないね」

 

「前はもう少しマトモだったと思ったんだけどな。何が悪かったのか……。……ああ、お前か」

 

「酷い冤罪を見た」

 

 大体ナツメのせい、なんてことは無いと思いたい。岩沢さんは俺が初めて会った時からこんな感じで話を聞いてくれなかった時があったし。あれ、でも前はもう少し会話が成立したような……? いや、気のせいだった。岩沢節は絶えず変わらず。

 

「そういや、関根達は?」

 

 岩沢さんとのコミニュケーションは諦めたのか、俺が手に持っていたチョコあ〜んぱんをひょいと奪いながらひさ子ちゃんが聞いてきたので、あっちと指で示す。これから俺も向かうので一緒に行きますか? と問えば、そだなと返ってきたので一路関根ちゃん達の元へ。岩沢さんは……あ、大丈夫だ。ちゃんと着いてきてる。しれっとギターを弾きに戻るんじゃないかと思った俺を誰が責められようか。だって、本当に実行しそうなんだものこの人。

 

「しかし、人多いな。NPCも混ざってるし。生徒会のヤツらじゃないよなアレ」

 

 ひさ子ちゃんの言う通り、ベージュのブレザーの生徒やセーラー服の生徒に混じって、黒い詰襟の男子生徒やブレザータイプの制服に身を包んだ女生徒がチラホラと見られる。お祭りの雰囲気にフラフラと引き寄せられてきたのだろうか。

 

「ん、多分。NPCとは言え高校生だし、騒ぎたい年頃なのかと推測」

 

 まあ、お菓子もジュースも大量にあるし問題ないでしょと言えば、ひさ子ちゃんからは、そだなと簡潔に。岩沢さんからは、レスポールとはそもそも人の名前だと見当違いに。話聞いてよ。

 

 

 

「お、なっつんおかえり! 岩沢先輩とひさ子先輩もどもども!」

 

 程無くお茶会の会場にたどり着いた俺たちを関根ちゃんが笑顔で迎えてくれた。関根ちゃん達はあの後も楽しくお話ししてたみたいで、程よく和やかな表情を浮かべている。良きかな良きかな。岩沢さんとひさ子ちゃんが短く返事をしたのちに輪に加わることになり、見事にガルデモ勢揃いである。

 

「賭けはユイにゃんの勝ちですね! さぁ、先輩方! 食券をよこしやがって下さい!」

 

 ハリー! ハリー! と嬉しそうにユイにゃんが我々を急かす。まぁ、賭けは賭けだ仕方ない。別にザワザワはしないけども、懐に手を入れて食券を取り出すことに。何のことだ? と首を傾げるひさ子ちゃんには入江ちゃんから説明をしてもらうことにします。入江ちゃん、賭けてないもんね。

 

「ユイ。まぁ、落ち着きなよ」

 

 関根ちゃんが興奮してうぇいうぇい言い出しそうなユイにゃんにストップをかけた。何事でしょうか? ユイにゃんは食券を! 早く食券を! と騒いでいる。ストップかかってなかた。

 

「負け惜しみですか? それとも命乞いですか? わかりますよその気持ち! でも残念! 賭けは賭け! 勝負とは非情なのです! いくら普段お世話になってる先輩方とは言え、ユイにゃんここは手を抜きません! ユイにゃん心を鬼にして言います! さぁ、とっとと食券出せよ負け犬どもー!」

 

 あくまでも煽っていくスタンスらしい。なんと見上げた精神。テンション任せとも言うけども。しかし、関根ちゃんは動じません。

 

「残念だけど、この賭けはドローだよ」

 

「なーに言っちゃってんですか関根先輩! お二人は案外普通に戻って来たんだから、ユイにゃんの勝ちでしょJK!」

 

「甘いねユイ! ひさ子先輩達は普通に戻って来たんじゃなくて『なっつんと一緒に』戻って来たんだよ! つまり人類は滅亡する!」

 

 な、なんだってー! な理論を展開する関根ちゃん。いや、言ってることは分からなくもないけども、中々に乱暴ですな。いいぞもっとやれ。

 

「き、詭弁だ!」

 

「ーーどうして。あたしの意見を詭弁だと思うの?」

 

「そ、それは……!」

 

「ふっふっふ。なっつんのファインプレーによってユイの勝ちは阻止された! つまり人類は滅亡する!」

 

 関根ちゃんはどうしても人類滅亡の理由を俺にしたいらしかった。まぁ、食券、もとい素うどんの消費を免れたから目をつぶろう。素うどんは偉大である。びばスープ・ウィズ・ウ・ダンヌ! ワタルくんマジワタルくん。

 

 その後、勢揃いしたガルデモと椎名さんに加えオマケなナツメの7人で談笑していたのだけども、ふと校舎に設置してある時計に視線がいった。気が付いたら、中々良い時間になっていた様である。

 

「そろそろ時間かも」

 

「時間? 何かあるの?」

 

 俺の呟きには関根ちゃんが答えてくれた。

 

「ん、メインイベント。花火の時間ですお」

 

 さぁ、お待ちかねの時間がやって参りました。

 

 



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71

 

 花火の時間がやって参りました。死んだ世界戦線の男子メンバーが中心になって会場の机を片付け、花火の準備を行う。と言っても、机を端によせることと、水の入ったバケツを用意する事くらいしかやることは無いのだけども。あ、立華さんもバケツの用意を手伝ってくれてる。男子に任せとけば良いのに。あれ? 直井くんもいる。帰るって言ってたのに、バケツ持ってる。お、向こうでは音無くんに日向くんがバケツを両手に。高松くん、大山くん、松下五段、TKも同様だ。しかし、藤巻くんと野田くんは一個だけ。片手だ。なんでって、片手がふさがっているからだろう。なぜ片時も武器を離さないのだろうか。疑問は尽きない。と言うか

 

「バケツ用意しすぎじゃね? 何個用意するのさ」

 

 会場の男子がもれなくバケツを持っている。男子1人につきバケツ一個くらいの割合になりそうだ。うむ。ここは俺も取りに行くべきか。でないと疎外感が否めない。

 

「バケツ取ってくる」

 

「おー、行ってこい。ついでに火もな」

 

「取ってきた」

 

「おう。ごくろーさん」

 

 そんなひさ子ちゃんとの短いやりとりも済み、後は花火が配られるのを待つのみだ。残念なことに花火は数が限られてしまっているので平等にとのことだ。

 

「ようやく来ました。花火の時間ですね。わくわく」

 

 いくつかのグループに花火が配られ始めた。配るのは遊佐ちゃんを始めとする諜報班及び、ギルド勢などの裏方部隊。しかし、チャーさんは配る方にはおらず、戦線の男子メンバーと一緒に話をしながらジュースを飲んでいる。けしてお酒ではない。

 

「まぁ、チャーさんはジュースよりお酒の方が似合ってるよね」

 

 この世界にいるってことは高校生なのだろうけども、たまにいるよね、そんな人。ちなみにこの世界にお酒はない。生前、ロクな人生を送ることのできなかった高校生が対象のこの世界だもの。そりゃそうだ。しかし、お酒を作ることはできると思われる。まぁ、本来は違法になってしまうが、生前の法が機能しているかと聞かれれば怪しいものである。だから問題無いとか仲村さんあたりなら言いそうだ。きっと誰も止めないし。でも未成年の飲酒喫煙はダメ絶対。

 

「ひさ子ちゃんはお酒って飲んだことある?」

 

「ねーよ。女子高生なんだと思ってんだ」

 

「年齢的にヤンチャ盛りかと」

 

「わからなくもねーけど、こう見えて結構真面目だよ私は」

 

「えっ」

 

 おい、なんだ今の反応は? 意外でした。あたしを何だと思ってんだよ。Fカップ。お前一週間岩沢担当な。ごめんなさいだから手離して頭が割れちゃう。

 

「頭がズキズキするよぅ」

 

「良い薬に……ならねーか。お前だし」

 

「そだね。もう結構投薬されてるけども効果ないもんね」

 

「お前も中々手遅れだよな」

 

「お前も? お前もって言った? もう一人は誰なのか小一時間ほど−−」

 

「うるせーよ」

 

 あふん。

 

 なんてやりとりをひさ子ちゃんとしてたら、関根ちゃんと入江ちゃん、ユイにゃんがいつの間にか花火を持ってウズウズしていることに気がついた。花火を配る人はまだこちらには来ていないというのに何故花火を持っているのでしょうか。非常に不思議です。

 

「我慢できなかったから、みゆきちと一緒に取りに行ってきた!」

 

 瞬く間に不思議が解消された。

 

「なるほど。ユイにゃんは?」

 

「ファンの子達がくれました!」

 

「ああ、大きいお友達からか」

 

 とても納得した。強く生きろユイにゃん。君の賞味期限は短いぞ。

 

「ファンの子っつってんだろー! 松下五段からじゃーなーいー!」

 

「なぜ個人に限定した」

 

 誰も松下五段とは言ってなかろうに。あんま松下五段いじめんな。きっと重い過去を持っていても強く生きてる人なんだから。ここは死後の世界だけども。

 

「まぁまぁ、なっつん。松下五段は置いといて、花火やろーぜ!」

 

「ん、まぁ、いいか。やりませう」

 

「なっつんバケツ準備!」

 

 関根ちゃんの号令のもと、みんなの中心になるようにバケツを地面に置く。

 

「先ほど取って来たバケツがこんなに早く役立つとは……」

 

 またアホなこと言ってるとばかりの視線がひしひしと。きっとひさ子ちゃん。とりあえず無視します。

 

「お次は火!」

 

「まかせろ」

 

「なぜ両手にチャッカマン」

 

「シークレットオブソード2」

 

「紅蓮腕……だと……?」

 

 驚愕した様子の関根ちゃんはさておき、みんなの手に花火が渡っていることを確認したので火をつけて回ることに。同時にそれとなく周りを確認すれば打ち上げ参加者全員に花火が行き渡ったのか、生徒会長からの諸注意が行われていた。がしかし、真面目に聞いているのはおそらく生徒会勢とNPCだけのようだし、ここは死んだ世界戦線の意向に則り花火を始めようと思います。ごめんよ立華さん。反省はしていない。

 

「火着けるよー」

 

 とりあえずいつの間にか一番近くに来ていた岩沢さんに声をかけると、彼女は少し驚いたような表情を浮かべた。あれ、何か変なこと言ったっけ?

 

「ハートにか?」

 

「ん、ちょっと何言ってるかわかんないです」

 

「ハートに火をつけて、か?」

 

「いや、花火につけたいです」

 

「The Droosだろ? 隠さなくていい」

 

「話聞いてよ」

 

 あと、割と曝け出してると自負してます。隠すようなことは特にない。遊佐ちゃん辺りは自重して下さいとか言うかもしれないけども。

 

「あたしはやっぱり、ジ・エンドかな」

 

「あ、続くんだコレ。ひさ子ちゃんヘルプ」

 

 思わずひさ子ちゃんに助けを求めるも、担当はお前だろと視線で返された。そういやそんなこと言ってた気がするけども、マジだったんですか。そうですか。務まる気がしません。助けてください。なんて視線で返したら、しょうがねーなとかぼやきつつもひさ子ちゃんは岩沢さんの手を引き俺からちょっと離れた。ありがとうひさ子ちゃん。ありがとうFカップ。小石が飛んできた。エスパーかひさ子ちゃん。顔を狙うのは勘弁してください。

 

「んじゃ、みんな付けるよー」

 

 再びそうやって声をかければ、両手を上げて元気よく返事をしてくれた関根ちゃんとユイにゃん。二人には負けるけども、楽しそうな様子で入江ちゃんも頷いた。ひさ子ちゃんは岩沢さんに手を焼いてるけども、しっかりと花火やろうぜと楽しげに語っていた。普段あまり表情の変わることない岩沢さんも楽しそうに少し口角を上げてわかったと了承。みんな楽しそうで何よりである。

 

「ね、椎名さん」

 

「む?」

 

「花火。楽しみましょう」

 

「……そうだな」

 

 岩沢さん以上に表情に変化のない椎名さんは、少し間があって同意してくれた。椎名さんがこれを機にみんなともう少し打ち解けてくれればいいなと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、この花火を誰に当てれば良いんだ?」

 

「野田くん or 日向くん」

 

「心得た」

 

 

 

 

 

 



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