お前と俺の 君と私の (さっちゃん☆)
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お前と俺の 君と私の
─うん、帰ろう。私たちの明日に
家族(フィム)を取り戻した俺達は、血と砂と涙でぐしゃぐしゃになった顔で笑いながらゆっくりと歩き出した。
チラリと横目でアイツを見ると、傷だらけの体で愛おしそうにフィムを抱きしめている。
まるで本当の母親みたいだな、なんて口に出してみると「お母さん役長いことやってたからね」と返ってきて思わず笑ってしまった。
あの牢獄の中に居た俺達がこんな風に笑っていられるなんて誰が想像出来ただろうか。
いつか此処をでて自由に生きるんだと、いつも自分に言い聞かせていたが、心のどこかではどうせ俺達はゴミのように使い潰されて死ぬもんだと思っていた。
だけど、そうはならなかった。何度も死にそうな目にはあったし、再びペニーウォートの牢獄に逆戻りしそうになったこともあったが。その度に周りに皆に助けられて、俺達はついに自由を勝ち取ったんだ。
その事実を受け入れるにはまだ時間が必要ならしく。自由になったんだという実感が湧かない。
だが、焦る必要は無い。
なぜならもう大灰嵐によるオーディン搭乗者徴兵の心配もなく、グレイプニルに追われる事も無いのだから。
牢獄からの脱走からルルとの出会い。アヌビスのコンテナ襲撃、灰域種との連戦に続き、フェンリル本部奪還作戦のルート開拓。それからひと月程度でフィムの奪還と出来事の連続だったのだ。そろそろゆっくりしてもいいだろう。
凝り固まった体をほぐそうと、軽く伸びをして肩をコキコキと鳴らす。そうしていると、フィムを抱いたアイツが「疲れたね」と苦笑いを浮かべる。
「ああ、流石にちょっと疲れちまった」
「でも、休むのはパーティが終わってからだからね」
「おいおい、今日やるのか? 明日でもいいだろうに」
主役のフィムはオーディン搭乗の影響で、他の皆はオーディンとの戦闘で体はボロボロだ。
こんな状態でパーティなんてとてもじゃないが出来そうにないだろう。
「ぱーてぃ! やろ!! ぱーてぃ!ぱーてぃー!」
ところがどっこい。どうやらフィムはまだまだ元気なようだ。これは帰っても寝かしてもらえそうにない。
「だってさ、今日くらいはワガママ聞いてあげよう?」
「わがまま! きいてやれ!」
「そうだぜ、今日は生真面目ユーゴはなしだからな!」
フィムを抱いたアイツが困ったように笑い、フィムはそれを聞いて嬉しそうに声を上げる。
ジークはフィムに便乗してパーティコールを始める。
「帰ったらパーティか、これはもうひと頑張りしなければな」
「私も手伝うよ、ルル」
「おじさんの腕の見せ所だねぇ」
ジークのパーティコールに気づいたのか、ルルがクレアがリカルドが、皆が俺達の周りに集まってくる。
「おいおい、これじゃ歩きづらいぞ」
皆との距離があまりに近すぎるため、歩幅が狭くなり地味に歩きづらい。
どうしたもんかとアイツの方に目を向けるが、アイツは今の状況を気に入っているらしく、少しだけ口角が上がっている。
これは助けは期待できそうにない。
「ユウゴ、今日は皆と肩を並べて帰りたい気分なんだ」
アイツは余り表情にでないタイプなのだが、今日はその限りではなく。満面の笑みで俺にそう告げた。
何年も見ていなかったアイツの本気の笑顔を見て、思わず見惚れてしまった。
俺はどうにもコイツの笑顔に弱いみたいで、直ぐに毒気が抜かれてしまう。そして、コイツが笑ってるならそれでいいか。なんて思ってしまうのだ。
「お前がそう言うならそうすればいいさ」
「うん」
「おかあさんがしたいこと!すればいい!」
「ふふ、フィムもありがとね」
ヒュウと風が吹き、コイツの髪が俺の鼻をくすぐる。独房にいた頃から、ガキの頃から嗅ぎなれた匂い。
この匂いはいつも俺を安心させてくれる。
「よーし、ユーゴのお許しも出たことだし今日は騒ぐぞー!! ポーカー? それともブラックジャックか? くぅ〜楽しみだ!」
「その前に料理を作らないとな、ジークには運ぶのを手伝ってもらうぞ」
「そうね、遊ぶのはその後で」
「わかってるって! その代わりちょー美味いの頼むぜ!」
俺はまだ許可出てないんだけどなぁ…なんて思うが、はしゃいでるジーク達にそんなことを言うつもりもないし、俺自身も今日くらいは眠くなるまでフィムと遊んでやるのもいいかもしれないと思っている。
「ジーク、トランプするのはいいが、イカサマは無しだぞ?」
「じーく! ずるしてばっかりだもんね!」
「わーってるよ、フィムにも言われちまったし正々堂々やるさ」
フィムからの手紙で少し思うところがあったのか、少しバツが悪そうな顔をしながら生返事をする。使えるものは使う根性はいいが、こういうなんでもない遊びに持ち込むのは無粋というものだ。
『皆さーん、パーティの準備は先に始めておきますから、早く帰ってきてくださいね!』
『そうね、早く帰ってらっしゃい、子供達もみんな待ってるわよ』
「了解だイルダ、俺達も帰り次第直ぐに準備に取り掛かる」
歩幅を合わせて皆で歩いていると、通信でエイミーやイルダ、ガキどもの騒がしい声が聞こえてきた。
みんなフィムが帰ってくるのが嬉しいのだろう、元気な笑い声が聞こえてくる。
「帰りを待ってくれてる人がいるってのは、いいもんだな」
「そうだね、牢獄にいた頃じゃ考えられない」
アイツと俺は互いに目を合わせてクスリと笑う。
そのままアイツの手を取って、走り出す。
「わっ…!」
急に手を引かれたことによりバランスを崩しかけるがその程度でコケるほどコイツもヤワじゃない。
直ぐに立て直して、俺の速度に合わせて走り出す。
それに気づいたジーク達も慌てたように、着いてくる。
右手から伝わる温かさに幸せを噛み締めながら、明日への1歩を踏み出した。
今作主人公めっちゃ喋りましたよね。びっくらこいた
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クリスマス
「みなさーん、今日はクリスマスですよー!」
「クリスマス?」
「なんだそれ、食えんの?」
連日のミッションの疲れを癒すために、太陽が真上に登るまで爆睡していた私とジークは、起き抜けにエイミーからの聞きなれない単語に首を傾げる。
「あ、ジークさんにリィンさん! クリスマスとはですね…キリスト様のお誕生日をお祝いする日なんですよ!」
「え、そんなの聞いてないぜ、プレゼントも何も用意できねえぞ」
「私は今ある貯金を崩せば何か買えるかも?」
今日は誰かの誕生日だったのか、最近はフィムの服やカバンを買ったり、神機の強化や整備をしてしまったせいで自由に使えるポケットマネーはあまり残っていないのだ。
今、ターミナルに預けている貯金はまだまだあるが、あれはユウゴにこれから先何が起こるか分からないから、金はなるべく貯めておけって言われているものだからあまり使う気は起きない。
だが、誰かの誕生日に何もないというのは可哀想だろう。私だって誕生日にジークやユウゴから何もなかったら悲しいし、その逆も然りだ。
「ジーク、私の貯金貸してあげるから一緒に何か買おう」
「う…悪いリィン、恩に着るぜ」
ジークがお金がないのは無駄遣いをしているというわけではなく、子供達にお菓子やおもちゃを買ってあげたりしているからである。
そんなジークを責めることなんてできるわけが無い。
それに、この程度の出費なら1度ミッションに行けば取り戻せるし、大丈夫だろう。
ユウゴに怒られるかもしれないのは嫌だが、誕生日に何も用意しない事の方が怒られるはずだ。
だって、私やジークに誕生日の大切さを教えてくれたのはユウゴなのだから
「あ、あのー…お二人共、別にプレゼントはなくても大丈夫ですよ?」
覚悟を決めた。さぁ貯金を引き出そうと意気込んだ私を引き止めたのはエイミーの言葉だった。
何故プレゼントがいらないのだろうか?もしかして誕生日になにか贈り物をするのは私達だけの習慣だったのか?
だとすると子供の頃にユウゴの言った「誕生日は生まれてきてくれてありがとうって意味を込めて贈り物をする日」というのは間違いだったという事だろうか?
「……?」
「なんでだ?」
ジークと私はよく分からない。と互いに目を合わせる。
それに対してエイミーは困ったような顔をみせる。
「えっとですね、キリスト様はですね「キリスト様ってのはとっくの昔に死んでしまってんのさ」あ、ユウゴさん!」
私とジークが考えこんでいると、今やっている経営の勉強がひと段落ついたのか、本を片手に持ったユウゴがやってきた。
「おいおいユウゴ、それマジかよ!?」
「死んでるのに誕生日祝うの?」
ユウゴの言うことが正しければ、私達は今日死人の誕生日を祝うということになる。
というか死人は祝うというよりは弔うという方が正しいのでは?
まるで分からないのでとりあえずユウゴに聞いてみる。ユウゴは頭がいいし博識だからいつものように私達の疑問に応えてくれるだろう。
「キリストってのは俺達が生まれるずっとずっと前に死んじまってんのさ、気が遠くなりそうな程にな」
「ん?てことは皆会ったことないの?」
「そりゃそうさ、なにせ何千年も前なんだから」
「千年って長すぎね? そんな前の会ったこともない奴の誕生日を祝うのか?」
おかしな話だ。と再びジークと目を合わせる。
てっきり私はエイミーかイルダ、もしくはリカルドとかの知り合いだと思っていたのだが、そうではないらしい。
そんな私たちを見て、エイミーとユウゴはクスクス笑っている。
なんだかちょっとバカにされてるみたいてムッとしてしまう。
「ユウゴ」
「あー、悪い悪い。バカにしてるわけじゃないんだ。お前らの反応が俺が初めてクリスマスを知った時の反応とまるで同じでな」
「ユウゴさんも『なんで知らねえ奴の誕生日を祝うんだ?』なーんて言ってましたもんね?」
そう言ってユウゴ達はまた笑う。
どうやらバカにされていたわけではないらしい。というかユウゴは私たちをバカにしたことなんて1度もなかったのだからそういうつもりじゃないなんてことはすぐに気づけただろうに。
勘違いでムッとしてしまった自分を少しだけ恥ずかしく感じてしまう。
「とりあえず、プレゼントはいらないってのは分かったけどよ、どうやって祝うんだ?そのキリスト様とやらの誕生日は? とうに死んじまってんならおめでとうも言えねえし、何もしてやれねえぞ?」
ジークの言う通りだ。祝うと言われても祝う対象が死んでしまってるのなら何も出来ない。私達が死者に対して出来ることなんて。その死が無駄にならないように今を全力で生きることと祈ることくらいだ。
「なに、心配するな。ここ百年くらいはキリストの誕生日を祝うなんて名目上だけで、ただ適当に美味いもの食ったり、遊んだりするだけだからな」
「ふーん、よく分かんないけど祝わなくていいってこと?」
「まぁ、そうだな。」
「んだよ、慌てて損したぜ」
ジークはホッと胸をなで下ろす。
「じゃあ、クリスマスって別にいつも通りと変わらないじゃん、なくてもいいんじゃないの?」
ユウゴの説明を聞く限りではクリスマスというものは別になくても大丈夫な気がしてしまう。
美味しいものなら、このクリサンセマムに来てから毎日食べているし、子供たちとだって毎日とはいかないがジークがよく遊んでいる。
私もフィムにおねだりされてだっこしたり遊んだりしているのだから、いつもとそう変わらないだろう。
「いえいえ、そうでもないですよ? 今日はいつもより豪華な食事になりますし、後で私がケーキを焼きますから」
「ケーキ焼いてくれんのか! 楽しみだなぁ」
「ケーキ…」
前言撤回。やっぱりクリスマスは必要だ。
エイミーが焼いたケーキを食べられるのは大きすぎる。
自らの誕生日をケーキを食べることに利用されるキリスト様には申し訳ないが、今の私にはケーキが必要なのだ。日々の疲れで体が甘いものを欲している。
「あ! 後、クリスマスといえば、恋人とか大切な人と一緒に居る日だったりもしますよね! 皆さんはそういう人はいないんですか?」
顔にはあまり出さないが、ケーキに浮かれていると、エイミーから追加の言葉が飛んできた。
恋人と考えても、私達AGEにはそういうものは無縁だと今まで思っていたから全然考えられない。最近になってAGEも他の人達と同じように扱われるようになってきてはいるが、1部ではまだ差別的なところもあると聞く。
でも、大切な人と言われれば直ぐに思いつく。
これまで一緒にこの地獄を生き抜いてきたユウゴとジーク、そしてキース。
ペニーウォートの牢獄で頑張ろうと思えた子供達の存在。
あの牢獄から私達を助けてくれたイルダ、エイミー、リカルド。
ここで家族になったルル。
普通のゴッドイーターなのに私達AGEの味方になってくれたクレア。
私におかあさんというものを教えてくれたフィム。
色んなところで助けてくれるアインさん。
考えればキリがないくらいに、大切な人達は思い浮かぶ。
こんなに、数え切れないくらいに沢山の大切な人がいるなんて、牢獄にいた頃の私じゃ想像もつかない。
その事があまりに嬉しくて、いつも働いてくれない表情筋が活発に動きだす。
ユウゴもジークも私と同じ気持ちならいいなぁ、と思いながら、緩んだ顔で彼らを見る。
「ふふっ…」
うん、やっぱり同じ気持ちだった。二人とも私の方を真っ直ぐ見てくれていた。
また嬉しくなって声を出して笑ってしまった。
私が声を出して笑うなんてここ数年なかったからか、二人ともポカンとしてしまっている。
「恋人とかはよくわかんないけど、大切な人はいっぱいいるよ」
エイミーの言葉に私は正直にそう言った。
「見ればわかります。リィンさんは本当にジークさんとユウゴさんを大切に思っているんですね」
「もちろん、大事な家族だもん」
私の言葉にエイミーは嬉しそうに笑ってくれる。
「だから、エイミーのことも同じくらい大切に思ってるんだよ」
「はえ?」
私のこの言葉は予想外だったのか、エイミーは面食らったような顔をして、彼女のあくびする時にも似たちょっと間抜けな声が聞こえた。
「ふふっ、私みんなの所に行ってくるね、また後で」
この嬉しさをみんなにも伝えよう。そう思い立ったらすぐ行動だ。
私は3人に手を振りながら駆け出した。
■ ■
「あ、それとケーキ楽しみにしてるね」とエレベーターに乗る前に言って立ち去ったリィンを見て、ふぅ、と一息ついた。
まだ心臓がうるさく鳴っている。顔が熱い。
リィンがいる手前冷静を保っていたがもう限界だ。俺は風邪を引いたように熱くなった顔を右手で覆う。
「アイツ…あれ分かってやってんのかなぁ…?」
「分かってるわけないだろ…」
「だよなぁ…」
俺とジークはうるさい心臓を落ち着かせるために再びふぅ、と息を吐く。
本当にいつものあの無表情からの笑顔は反則だろう。あの顔を俺以外の男に見せているのかと思うと無性にイラつくし、あんな顔は俺以外に見せるなと言い聞かせたくなる。
だが、俺にそれを言う権利はない。俺はアイツの相棒であっても恋人ではないのだから。
「あー……ユウゴ、もう好きって言っちまえよ」
「それが出来たら苦労はしねえよ…」
ここまでアイツに独占欲を感じているというのに、俺は"好き"というたった2文字の単語が口に出せないでいる。
灰域種と戦う時だってどうにかしてみせると立ち上がれた。フィムを取り戻すために灰域種を誘導するのは怖くはなかった。グレイプニルに敵対することだって平気だった。
でも、アイツの事になると途端に臆病になってしまう。今の関係を変えてしまうのが怖いのだ。だから告白する勇気がでないままでいる。
それに、アイツは俺が告白しても付き合うということ自体がなんなのか分かっていない節がある。
もしアイツが何も分かってないまま承諾したら、それは俺がアイツの無知を利用したという事になる。
そんな事をしたら俺は自分自身を許せなくなってしまう。
「俺の心の準備が出来るのと、アイツがそういう事に関する知識がついたら…ってとこだな…」
「それ、いつになるか分かんねえぞ?」
今でもなんの躊躇もなく俺達のベッドに入り込んでくるからな、とジークが笑う。
とりあえずはちゃんとそういった意識を持ってもらう為にも、今度ベッドに潜り込もうとしたら注意しようと決意した。
後日、「私のこと嫌いになったの……?」と涙目になったリィンを前にユウゴとジークが折れることになるのだが、それは別のお話
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