閃乱カグラ ケイオス・ブラッド (虚無の魔術師)
しおりを挟む

設定&プロローグ
プロローグ


頑張って書きました。

読んでくれたら幸いです。


ここには大規模な街があった。

 

そう、確かにあったのだ。

 

その街は10年前に原因不明の災害によって人のいない無人の街となった。

 

人がいないのは無理もないだろう。

 

 

何故ならその災害によっておよそ10万人が亡くなったのだから。

 

国はその街を封鎖し、一般人が入れないようにした。

 

 

とある秘密を隠蔽するために。

 

 

 

 

 

その街の中、多くの建築物が崩れ、通行が難しいが、その先には、広場があった。その広場では草木が生い茂っており、森林と呼べる状況だった。

 

だが、唯一周りと合っていない物が存在していた。巨大な長方形の石だった。近くに花が人為的に置いてある事からお墓にも見える。その大きさは大人の2、3倍の大きさを遥かに越えていた。

 

 

 

そして、草木を掻き分けて、一人の青年が現れた。黒いフードに藍色のスラックスという服装で、首元にイヤフォンを掛けていた。その青年はその墓のような物の前に座り込むと、本人が持っていたと思われる花を一本供えた。それから数十分が経った。その時、

 

 

 

「いつまでそこにいる?出てこいよ」

 

 

 

呆れたように眉をひそめながら、青年は周りに向かって呼び掛けた。その青年の声に周りの草木がざわめき始めた。

 

 

「やはりバレておったか、儂も歳かのう」

 

 

草木の中から一人の老人が現れた。その老人は着物についた木の葉を払い落としながら、呟いた。その呟きを聞いた青年は文句をついた。

 

 

「何が歳だ、まだ健在じゃねぇか。伝説の忍、半蔵さんよぉ」

 

 

青年の文句に老人、半蔵は声をあげて笑うと、青年の隣に座り込んだ。

 

 

「しかし、あの日から10年が経ったのか」

 

 

「あぁ、10年だな」

 

 

半蔵の言葉を青年は短く肯定する。二人の言う『あの日』とは、かつてこの街が滅びた日のことだった。

 

 

「しかし、お主まだ理想を捨てぬのか?」

 

 

直後、青年の脳裏に声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

──■■■、私の夢をお前に託そう。

 

 

 

 

 

 

──近寄るな!この■■■!!

 

 

 

 

 

 

──これが君の夢なのかなぁ?だとしたら滑稽だねぇ!!

 

 

 

 

──お前には何も■えない。

 

 

 

 

 

 

 

「………残念だったな、もう捨てたさ。俺には無理だった」

 

 

ハッと鼻で笑い、青年は立ち上がった。青年の様子を見た半蔵は一瞬だけ悲しそうな顔をすると、ゆっくりと立ち上がった。

 

立ち去ろうとしたかのと思えば、すぐに

 

 

「そうじゃ、お主依頼を受ける気はないか?」

 

 

「あ?」

 

 

青年は顔をしかめ、胡散臭そうに睨み付けた。だが、半蔵の雰囲気を察した青年はそれを止めた。

 

 

「まともな依頼なんだろうな」

 

 

 

「あぁ、依頼内容は『五人の忍と一緒に学院で学ぶ』じゃよ」

 

 

 

「そうか、そうか、なら話が・・・・・えぇ!?」

 

 

 

途中で気付いた青年は目を見開き、絶句していた。だが、すぐに半蔵に掴みかかった。

 

 

「お前さぁ!何でそんな依頼しか出さない!?前も変な依頼出しやがったよなぁ!!」

 

 

「ほれほれ、落ち着け。報酬は良いものをだすからのお」

 

 

ピタリと動きを止めると青年は半蔵の襟から手を話して、腕を組んで離れた。

 

 

「…………報酬は?」

 

 

「お主の探している情報の提供、かのぅ?」

 

 

「…………乗ったよ、その依頼」

 

 

青年はニヤリと笑みを浮かべると、半蔵の言葉を肯定し、歩き出した。半蔵は青年を見て呟いた。

 

 

 

「期待しておるぞ、『孤高の黒電』天星 ユウヤよ」

 

 

 

そして、これから逸脱した物語が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはそうと依頼は明日からじゃぞ?」

 

 

 

「うぉぉい!?それを早く言えよ!?」

 

 

 

………………始まるはずだろう。




感想や評価など是非宜しくお願いします。

それがあると頑張れます。


ユウヤ「欲張るなぁ、お前」


…………そういう主義ですから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キャラクター設定

自分も作ってみました!


ある程度のネタバレがあるので注意してください!


No.1 天星(てんせい) ユウヤ

 

 

【挿絵表示】

 

 

「傭兵、天星ユウヤだ。俺が来たからには、血も涙も流させないぞ」

 

年齢:17歳

誕生日:10月17日

身長:170.2㎝

性格:素っ気ない態度→お人好し

趣味・特技:コインゲーム、炭酸飲料を飲むこと。

好きなもの:炭酸飲料(特にコーラ)、仲間。

苦手もの:セクハラ(することもされることも苦手、見ることは躊躇するくらい)。

 

 

 

裏社会で有名な傭兵の青年。ある日、半蔵との依頼により、国立半蔵学院、忍学科に特別に入学することになる。そして『七つの凶彗星(グランシャリオ)』の正規メンバー、No.4でもある。

 

 

 

無愛想で冷酷な性格だが、お人好しでもあり、頼まれたことを結果的に引き受けてしまう。

『電気』の異能と複数の武器を扱う。灰色のフードに藍色のスラックスを着て、首にイヤフォンをかけている。

 

 

裏社会でも有名で、『孤高の黒電』、『ブラック・ハンター』などの異名を持つ。『化け物』という言葉ひトラウマを感じており、それを聞くと感情が昂り、残虐性が増す。

 

 

《過去》

 

聖杯の儀式に相応しいとされる地脈の集合地帯、『聖印街』の出身。聖杯の弊害で自分以外の住人全てを殺される。生き残った所を、《師匠》に拾われてその人物に師事することになる。

 

 

が、『ある事件』でその師匠も失う。その時点で半蔵と情報通があり、傭兵稼業に専念し始める。

 

 

 

 

 

 

 

戦闘スタイルは雷撃と鋼鉄の鎧を組み合わせた接近戦闘。

 

 

 

・『電磁装甲(コイル・フレーム)

 

周りの砂鉄を電気で集めて、鉄の装甲を作り出す。場合によると、装甲の形を変えることができる。

 

 

・『電気障壁(ボルト・シールド)

 

電気による防御障壁を作り出す。戦車の砲撃を防ぐほどの耐久力を持つ。

 

 

・『電撃波動斬(ボルティック・ソニックムーブ)

 

電気の纏った腕を勢いよく振るうことにより、空気の刃を飛ばす。

 

 

・『電撃側面主砲(ボルティック・カノン)

 

両腕から電気の弾丸を複数に飛ばし、莫大な電気エネルギーを放出する。

 

 

・『雷電装化(ストライカー)

 

全身の神経に高圧の電気を流し、凄まじい身体能力を生み出す力。

 

余談 学校では成績抜群でよくモテるが、喧嘩には容赦しない。

 

 

 

No.2紅蓮/灰瀬

 

「この俺の烈火が!お前たちの邪悪を焼き払う!」

 

蛇女学園の選抜チーム『焔紅蓮隊』のリーダーの青年。

 

 

年齢:見た目(16から17)、実際(1、2歳)

誕生日:4月5日

身長:165cm

性格:思いやりのある、優しい

趣味・特技:料理

好きなもの:仲間、焼肉などの焼く食事

苦手もの:水、海、水泳

 

 

 

いつも何かのキャラのようなフードで顔を隠しているため、素顔を知ってるのは『焔紅蓮隊』の皆と鈴音、カイルだけ。

 

 

 

その正体はカイルが作り出した『人造人間(ホムンクルス)』であり、異能を与えられ、カイルの配下として動いていた。

 

 

 

蛇女編で超秘伝忍法書を奪うために、半蔵学院に襲撃を仕掛け、ユウヤと戦闘になるが、結果的に撤退する。

 

 

その後、焔達を殺せと命令したカイルに逆らい、焔達を守るために瀕死に陥るが、桜木医師の力により無事に生存している。

 

 

 

戦闘スタイルは炎と剣技の複合させたもの。

 

 

・『業火・炎獄の陣 焼却式』

 

複数の炎の柱を発生させ、逃がさないように囲み、殲滅する。

 

 

 

・『業火・溶熱渦』

 

周りの炎を吸収する炎の渦を作り出す。

 

 

 

余談 出会った当初は、焔達の風呂の最中に入ろうとしたことがあったとか、なかったとか。

 

 

No.3シルバー

 

「あー、なるほど?そういうことね─────はぁ、だる」

 

 

特別強襲部隊『深海の魔神(ディープ・バロール)』の元リーダー、雪泉たちの知り合いの青年。

 

 

年齢:18歳

誕生日:12月15日

身長:174.9㎝

性格:冷徹、(抜けてるところがある)

趣味・特技:重火器の改造

好きなもの:ロボットやメカ、戦隊もの

苦手もの:行き過ぎた正義

 

 

 

 

装束のようなコートの中に、沢山の武装を携帯しており、数秒も掛からずに展開する事が可能。全武装展開状態でなら、軍隊すら軽々と制圧できる。

 

 

 

元々は有力な悪忍の血筋の人間だったが、抜忍の黒影に両親を殺害され、後に『忍狩り』と呼ばれるようになる。

 

 

思想の違いから雪泉たちを否定していたが、その境遇に思うところを感じ彼女達と共に行動していくようになるのだが、彼女達の敬愛する黒影が自分の仇である事を知り、複雑な感情を抱く。

 

 

他人の前では冷静沈着といった態度をとるのだが、本当の姿は引きこもりニート。

 

 

戦闘スタイルは水の異能と銃器を組み合わせたもの。

 

 

 

No.4 常闇綺羅/キラ

 

「フッ、俺様の独壇場って訳だな!」

 

焔紅蓮隊のカイルのいなくなった蛇女に居座る異能使い。

 

年齢:19歳

誕生日:9月1日

身長:154㎝

性格:厨二病

趣味・特技:《今現在不明》

好きなもの:強さ、

苦手もの:身長ネタ

 

 

 

上層部にはその実力から相当の地位を持っているのだが、本人はそんなに興味を持っていない。

 

 

記憶を取り戻した雅緋を唆し、蛇女を再興させ思い通りに動かしていた。そして何も言わずに蛇女から去り、聖杯を手に入れようとするが、紅蓮たちによって敗北する。

 

 

自身の強さに絶対的な自信を誇っており、無敵や最強と自称していたのだが、文字通り相応の強さを発揮していた。強さ事が絶対の理と自負しており、強さを追い求めようとする。

 

 

 

彼の持つ『闇』の異能は、普通なら何かを作り出す程度なのだが、キラの心の中の『闇』を動力源として闇と同化することまで可能になった。

 

闇自体は実態が無く、彼の思い通りの特徴や性質を持つ物質もしくはエネルギーに変化する。

 

 

“孤独であることが自分にとっての強さ”と決めつけていた自分に“仲間と共にいる自分の強さ”を紅蓮に指摘されると同時に、倒され始めての敗北を得る。

 

 

身長に関する話を聞くと不機嫌になる。

 

 

戦闘スタイルは今現在は無し。(いずれ編み出す模様)

 

 

斧や槍に分離するハルバードと闇を利用したスタイル。

 

 

 

No.5 カイル

 

 

年齢:24歳

誕生日:不明

身長:不明

性格:不明

趣味・特技:不明

好きなもの:不明

苦手もの:不明

 

 

 

蛇女学園の最高出資者である男性。蛇女学園で多くの生徒のサポートを行い、自分の連れてきた紅蓮を含めた選抜チーム、『焔紅蓮隊』を作らせる。

 

 

 

 

 

青年期に家族を殺され、妖魔に追われていた途中で、はぐれた妹の血塗れのリボンを見つけ、異能を覚醒させた。

 

 

生き残った後、家族を失った哀しみは、徐々に世界への憎悪に変わり、【聖杯】への狂気を抱かせた。

 

 

その後、『人造人間(ホムンクルス)』を造り出し、異能を使えるように研究を行っていた。

 

 

 

 

蛇女編にて、自分の命令に逆らった紅蓮に怒り、焔達を殺そうとして、止めようとするユウヤ達と戦いになる。

 

 

そして、ユウヤと飛鳥の目の前で焔達を殺そうとするが、それを庇い瀕死に陥った紅蓮を侮辱した後に、超秘伝忍法書の力をもらった飛鳥とユウヤと戦い、『ケイオス・ブラッド』を使い強化するが、二人の合体技の前に敗れ去る。

 

 

 

『光』の異能を使うことができ、今存在してる異能使いの中では実質最強とされる。その名の通り、光系統の攻撃を扱う。

 

 

 

『技不明』

 

カイルの技の一つ。光を纏うことにより、光の速さ並みの移動を可能とする。

 

 

『ヴァルティング・レイ』

 

無数の光線の雨を放つ技。範囲五百メートル以内にいる場合、避けきることは無理で防御するしかない。

 

 

 

『ケイオス・ライトノア・ジャック』

 

ケイオス・ブラッドによる強化状態の時に使える全範囲攻撃。枝のように分かれた翼の先から追尾する光線を放つ。

 

 

 

余談 実を言うと彼の妹は生きている。ついでだが、カイルという名前は偽名らしい。

 

 

No.6 ゼールス

 

 

 

年齢:不明

誕生日:不明

身長:181cm→13cm

性格:高慢

趣味・特技:

好きなもの:人間の作ったもの、小型のもの

苦手もの:

 

 

『統括者』と名乗り、聖杯を操る事で世界を支配しようとした存在。

 

自分以外の全てを見下し、支配されるべき生き物と認識がありながら、自身を妖魔を超越した存在と自負している。

 

 

 

 

《過去》

 

かつて妖魔であった頃、理性を持っており人を襲うことを良しとしていなかった。忍の少女と共に過ごすに連れ、感情を持ち始める、彼女の願いでもあった『人と妖魔の共存』を叶えようとする。

 

 

 

ある日、その少女が目の前で死に『統括者』として覚醒してからその願いは歪む。

 

『人と妖魔の共存』ではなく、『支配による全ての生物の共存』というものに。

 

 

かつてそれを叶えようと聖杯を手に入れようと暗躍していたが、その時代の『カグラ』に封印されて、月閃の学校の地下に眠っていた。

 

 

 

 

 

七つの凶彗星《正規メンバー》

 

 

No.1 神威

 

 

【挿絵表示】

 

 

性別:女性

 

性格:明るく活発的

 

年齢:25歳

 

髪色と髪型:白銀色のロングヘアー

 

身長:182cm

 

スリーサイズ:B:100 W:52 H:93

 

特技:肉弾戦、将棋

 

誕生日:不明

 

一人称/二人称:妾/お主、○○

 

好きな物(人):平和、戦い

 

苦手な物(人):特になし

 

特徴:世界を平和にする為に七つの凶彗星を創設した人物。口調はともかく、寛容でどんなことも認める器の大きさを持つが、あまりの強さにメンバーからも人外扱いされることが多い。

 

 

ユウヤを気に入っており、弟のように思っているらしい。本人は悪くは無いらしいが、少し苦手らしいが。

 

 

 

 

No.2時崎 零次

 

 

 

性別:男性

 

性格:不明

 

年齢:不明

 

髪色と髪型:不明

 

身長:不明

 

特技:不明

 

誕生日:不明

 

一人称/二人称:不明

 

好きな物(人):不明

 

苦手な物(人):不明

 

特徴:組織のメンバーでも顔を知ってるのは、神威のみ。それほど組織に顔を出す事が無いので、男としか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

No.3 武蔵

 

 

 

性別:男性

 

性格:気さく、飄々としている。

 

年齢:31歳

 

髪色と髪型:濃い黒髪

 

身長:190cm

 

特技:瞑想、剣の素振り

 

誕生日:3月6日

 

一人称/二人称:拙者/君、○○殿

 

好きな物(人):剣士としての勝負、酒(度数の強いもの)

 

苦手な物(人):不意打ち、卑怯な手、二日酔い

 

特徴:組織の中でもまだ良識のある人物。

 

 

 

過去に手違いとはいえ妻と娘を忍たちに殺され、報復として彼らを何十人も殺害し、忍連合に追われていた所を、神威に助けられ組織に加入する。

 

 

 

No.4 ユウヤ

 

上記に記載。

 

 

 

 

No.5 香織

 

 

 

性別:女性

 

性格:短気、サッパリとした

 

年齢:18歳

 

髪色と髪型:薄い茶色のショートヘアー

 

 

身長:168cm

 

スリーサイズ:B:59 W:51 H:64

 

特技:嘘を見破る(その人の状態で)

 

誕生日:不明

 

一人称/二人称:私/アンタ

 

好きな物(人):牛乳、肉類全般

 

苦手な物(人):エンデュミレア

 

特徴:比較的に組織の中で一番活発的な少女。男気があると言われてるが、短気なので挑発にすぐ乗る。胸に非常なコンプレックスを抱き、巨乳などの人に対しては敵意を向けてしまうことも。

 

意外とバカなので、詳しいことは良く考えようとしない。

 

 

 

 

 

No.6 エンデュミレア

 

 

 

性別:女性

 

性格:性悪(他人の嫌な事を率先して行うタイプ)

 

年齢:不明

 

髪色と髪型:青紫色のボサボサ

 

身長:179cm

 

スリーサイズ:B:91 W:55 H:68

 

特技:嫌がらせ、挑発、洗脳

 

誕生日:不明

 

一人称/二人称:私/キミ、○○クン

 

好きな物(人):他人の嫌がる事

 

苦手な物(人):秘密♪(byエンデュミレア)

 

特徴:良い人に見せかけて、性悪、人間のクズ、外道(自覚してる)。ユウヤ曰く、『この世で最も人類の邪悪さを体現した野郎』と吐き捨てている。

 

 

 

 

 

No.7 志藤

 

 

 

性別:男性

 

性格:自虐的、開き直りタイプ

 

年齢:17歳

 

髪色と髪型:茶髪

 

身長:169cm

 

特技:指揮、研究、解析

 

誕生日:月日

 

一人称/二人称:僕/君

 

好きな物(人):想定内のこと、策謀

 

苦手な物(人):弱い自分、世界

 

特徴:正規メンバーの中での非戦闘員(自称)。聖杯を解析した人物。戦えない自分を自虐、皮肉ったりすることが多い。

 

自らを『最弱』と称するが、組織の中枢核の一人。彼がいたからこそ『七つの凶彗星』はその強さを高めたと言っても過言ではない。

 

数十基の衛星兵器や戦略兵器の製作にも携わり、それらの兵器を所有している。

 

 

 

 

 




不具合が有れば、指摘などよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

用語確認

難しい言葉とか、何だこれとか思う方の為のものです。




【異能】

 

かなりの低確率で人間に発現する力。その人の過去や精神に関係し、能力が変わる。異能を発現させる、もしくは所有すると、脳や神経に接続され、自身の肉体を強固なものへとする。

 

その者の感情に呼応し、新たな力を目覚めさせる事も多い。

 

 

伝説の一つにある【聖杯】との関係性があるとされる力。

 

 

 

【異能使い】

 

【異能】を振るう者の呼称。その強さから忍の上層部も欲するという。

 

本編ではまだ出てないが、世代ごとへの区切りがある。第一世代がノーマルな属性、第二世代が肉体と同化する事ができる。第三世代は特殊な技術により、忍としての性質をも持ち合わせる者たち、通称『同調者(ユナイト)

 

 

第一世代

 

ユウヤ《電気》→《雷神》、紅蓮《炎》、シルバー《水》

 

第二世代

 

カイル《光》、常闇綺羅/キラ《闇》

 

第三世代

 

同調者(ユナイト)』たち全般。

 

 

 

 

混沌の異形(ケイオス)

 

 

謎の異形の呼称。妖魔とは違い、自我を持つが、言葉を話す個体より言葉を話さない個体が多い。一番弱い個体でも、一つの街を滅ぼすことが可能。

 

昔の伝説にも少しだけ記されているが、『悪魔』や『ドラゴン』などの幻想の種族としての認識がある。

 

五君帝(フルガール)』と呼ばれる者たちも属しているが、彼らの中でも高位の存在。

 

 

 

造られた人間(ホムンクルス)

 

指導者カイルが聖杯を手にいれる為の兵士として造っていた人造の異能使い。

 

今現在は紅蓮しかいないが、彼以外の個体も存在していた事が確認されている。

 

 

 

 

【ケイオス・ブラッド】

 

 

正式名『聖杯の瘴気』。『光』の異能使い、カイルが協力していた組織から渡された物質。世界の法則、生物の常識を塗り替え、神へと届きうる力を持つとされる。普通の人間や生物が取り込むと、自我のない化け物と変化するが、適正を持つ者が取り込むと、その体を侵食し、強大な力を与える。

 

 

 

 

キラからも明かされたが、忍と異能使いは同じ性質とされる理由は“同じように『聖杯の瘴気』の残滓を宿している”からだった。

 

 

 

飛鳥たち忍は残滓が覚醒していないから異能は使えないが、ユウヤたち異能使いは覚醒している為に異能を行使できる。

 

 

 

 

 

 

 

【聖杯】

 

多くの物語や伝説で語られる神々の遺品の一つ。アーサー王伝説や、聖書関連でも語られるが、どれとも一致しない。そもそも、杯であるのかすら不明である。その力は全能ともいえるものであり、完全に起動すれば、神を越える存在にも成り得る。

 

 

統括者により引き起こされた『聖杯事変』に使用された聖杯は偽物。降臨の地となった聖印街に住んでいった人間たちの生命を使い、擬似的な形で生み出された。

 

本来の物とはかけ離れた模造品の為、目的のために使うには多くの生命と地脈が必要。

 

 

 

 

【聖杯事変】

 

 

本編3章で起こされた事件。統括者ゼールスが強制現界させた聖杯を主軸の戦闘の総称でもある。

 

 

 

 

七つの凶彗星(グランシャリオ)

 

正式名称、世界連合所属異能特別部隊『七つの凶彗星(グランシャリオ)』。階級は構成員の一人ずつが国家元首と同等であり、この部隊は文字通り世界連合が認めた特殊部隊だが、一つの国家としての認識を受けている。

 

 

 

 

【禍の王】

 

正体不明の組織。素性が知れる構成員たちから確認できる事だが、多くが表と裏の世界で生きられない者たち。

 

四元属性(エレメント)》に所属する戦闘員たち。前にも少しだけ動いていたが、『聖杯事変』の後に活発敵になり、破壊と混乱を繰り広げている。

 

 

 

同調者(ユナイト)

 

【禍の王】の戦闘員。忍と異能(混沌の力)の技術で融合された力を振るう。戦闘員の数は二十数人程。

 

『同調者』になれるのは、忍の素質を持つ者、元忍とされているが、それ以外の者でもなれるらしい。

 

 

 

《混沌派閥》

 

『混沌の王』と彼が造り出したホムンクルスたちによる組織。

 




今のところはこれだけですが、少しずつ増えていきます。

気になる事があれば感想でお願いします。答えられる答えは全部答えていきますので!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章 電気の異能使い
一話 出会いと蹂躙


久しぶりの投稿です。

少しだけども見てくれる人がいるのが嬉しいです!


ユウヤ「じゃあ、さっさと書けよ。嬉しいだろ?」


……………本編に行きます。


「ちくしょう、何でこんな依頼を………」

 

 

ブツブツと文句を言いながら、ユウヤは夜の街中を歩いていた。そもそも承諾したのは彼なのだから、文句を言うのは流石に理不尽だろう。考え事をしていたユウヤは周りへの配慮が忘れていた。

 

 

「きゃあ!?」

 

 

ユウヤは飛び出してきた少女とぶつかってしまった。ユウヤは何とか持ちこたえたが、少女はそのまま地面に倒れこんだ。

 

 

「あぁ、悪いな。大丈夫か?」

 

 

ユウヤは少し戸惑ったが、すぐに倒れた少女に手を差しのべた。その少女は長い黒髪のポニーテール、何処かの制服を着て、首にスカーフを巻いた美少女だった。無論、ユウヤ自身もその少女に目を奪われかけた。

 

 

「っと、ごめんなさい!少し急いでて……」

 

 

「気にするな、俺も考え事をしてたからな」

 

 

少女はユウヤの手を掴み、起き上がると、ペコリと頭を下げて謝ってきた。だが、彼自身も責任があると思い、少女に声をかける。

 

 

「あんた、何で急いでたんだ?」

 

 

ユウヤはふと疑問を抱いた。少女の着ている制服から、高校生だと言うのは理解できる。だが、今は夜も遅い。それなのに普通の高校生が夜の街中にいていいのだろうか。

 

 

(あぁ、そういうことか)

 

 

ある程度理解ができた。少女は普通ではない、分かりやすく言うと、こちら側の人間だろう。

 

 

「あ!そういえば、もう時間だ!」

 

 

少女はユウヤの言葉に気付き、焦ったように走り出そうとする。直後にすぐ止まり、ユウヤの前に戻ってきた。

 

 

「さっきはありがとうございます!」

 

 

「いやいや、大丈夫だって───」

 

 

もう一度頭を下げて礼を言う少女に、ユウヤは内心鬱陶しいと愚痴を言うが、────違和感を感じた。

 

 

「………俺は天星 ユウヤ。お前は?」

 

 

その違和感を感じながらも、ユウヤは少女の名前を聞こうとした。普通なら初対面の人に名前を言う事はないだろう。だが、少女はハッキリと答えた。

 

 

「えっと………私、飛鳥っていいます!」

 

 

これが少女、飛鳥との始めての出会いである。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

歩道を歩きながらユウヤは先程会った少女、飛鳥の事を思い出していた。彼女の事を見ていると、ふと脳裏に過る。

 

 

『お前は好きにすればいい、私より強いのだから』

 

 

「チッ!くそが…………」

 

 

悪態をつきながら、ユウヤは歩き始めた。自身の下らない考えを払拭する為に。そして、彼の横をワゴン車が通り過ぎ─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、待てよ」

 

 

 

ズガァァァァンッ!!!

 

 

爆音を立ててワゴン車は壁へと叩きつけられた。ワゴン車はガラスが全て割れ、車体もひしゃげてしまった。何も知らない人なら、事故と見るのが正しいだろう。

 

 

だが、そうではなかった。

おかしな事を呟いたユウヤの周りには電気がバチバチと音を立てていた。ユウヤは割れたガラスの欠片を踏みながら、車に歩きよった。

 

 

「……孤高の………黒電……」

 

 

「へぇ?その呼び名を言うってことはこっち側か」

 

 

車の中にいた男の掠れ声に反応し、ニヤリと笑みを浮かべる。そして、車の扉を片手で引き剥がしたユウヤは、男の首を掴み引きずり出した。その時、僅かに隙ができた。

 

 

 

「───クッ!」

 

 

直後、男は懐から取り出した小刀でユウヤの首を切り裂きにかかった。普通ではない速さと急所を狙った一撃、防ぐ事も避ける事も不可能、致命傷を免れない。

 

 

ガギィン!

 

 

最も本人に効いていればの話だが。

男の小刀は根本から折られ、刃の先が遠くの地面に突き刺さった。小刀が当たったと思われるユウヤの首の周りには、電気がバチバチと音を立てて帯電していた。

 

 

「…………化け物めっ!」

 

 

自分の不意打ちが効かない事に男は文句を呟いた。それは男にとって自身を落ち着かせるための行動だった。だが、よりよってその言葉を言ってしまったのだ────彼の前で。

 

 

『近寄るな!この化け物め!』

 

 

「………化け物?………フ」

 

 

男の呟きに反応し、ユウヤは硬直した。男は奇妙に感じ、最善の行動をとろうとした。途端にユウヤは口を開けた。

 

 

「フフ、はははははははははははははははははは!!」

 

 

突如声をあげて笑うユウヤに、男は戸惑ったが、すぐに理解した。目の前の青年は笑っていたのだ、嬉しそうに。

 

 

「そうだ、そうだ!俺は化け物だろうなぁ!けどよぉ」

 

 

不気味そうに体を揺らしているユウヤだったが、男が更に別の武器を手に持つと────変化が起こった。

 

 

 

バチバチッバチバチッ!!

 

 

帯電していた電気が唸り始め、徐々に強力になっていた。危険を感じ退避しようとした男の体は一瞬で貫かれた。そして、数秒で男の体を焼き、断末魔をあげる事すら許さず、消し炭と化した。

 

 

「俺からしたら、お前らの方がおかしいぜ、なぁ?」

 

 

先程の男の事を忘れたように、額に手を当てて笑うユウヤは暗闇にそう問いかけた。返事は返ってこなかったが、複数の影が暗闇から飛び出してきた。

 

 

 

彼らの服装は明らかに異質だった。黒装束を身に纏い、口元を布で隠している。そして、一人ずつが刀やクナイのようなものなどを持っている。その内の一人がユウヤを睨み付けた。

 

 

「………よくも仲間を殺してくれたな」

 

 

「あぁ、おもしれぇ事言うなぁ、おい!こんな数で女を襲おうとする奴の口には思えねぇなぁ!!」

 

 

ユウヤは先程の男と目の前の集団の目的に気付いていた。ユウヤがさっき前に出会った少女──飛鳥の事だった。

 

 

「だが、貴様は我らの邪魔をした。我らが悪忍の名において、処分するとしよう」

 

 

自分達を悪忍と称する彼らは戦闘態勢を取り、いつでも戦えるようにしていた。

 

 

対象にユウヤはヤレヤレとした様子で呆れ果てていた。

 

 

「俺が消える?前提が間違ってるぜ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消えるのはテメェらだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『臨時ニュースです。

 

 

先程■■■街の■■区で車が衝突しているのが確認されました。車は激しく破損しており、地域の壁も崩壊しています。運転手は行方不明で捜索が行われています。現場には複数の謎の焼け跡が残っており、何か関連性があるのか詳しく調べています。

 

 

次のニュースです。』




追記:タグにハーレムを付けました!


「ったく、そんなの決めとけ………おい、どういうことだ!?」


アドバイス、感想、評価どうぞよろしくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二話 再開と勝負

皆さん、遅くなりましたが、明けましておめでとうございます!!


ユウヤ「遅い!何やってんだ!?テメェはせめて元日に挨拶と投稿しておけよ!?」


んな、無茶を言うなよ!俺にも用事があるんだよ!?


ユウヤ「用事?」


シノビマスター、ダークソウルリマスターをやってました!


ユウヤ「くだらねぇ!?そんな事やってんのか、テメェは!?」


くだらなくない!!シノビマスターでは月光と閃光をとらねばならないんだ!!ダークソウルでもあと少しで20周になるんだ!!


ユウヤ「んなことより、小説を書けぇぇぇぇ!!!」




……………本編にいきます。


国立半蔵学院、1919年に開校し、全校生徒はおよそ一千人、マンモス進学校として名高い普通科の高等学校である。だが、この学校にある秘密を知る者は僅かしかいない。

 

 

 

 

 

そう、この学校は忍を育成する機関でもあるのだ。善忍と呼ばれる忍になるように育成する、それこそがこの半蔵学院、忍学科である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会わせたい人がいる?」

 

 

その忍学科に所属する少女、飛鳥は先程言われた事を呟いた。

 

 

 

 

「あぁ、半蔵さまが信頼する者らしいが……」

 

 

そして、彼女達の教師である白髪の男、霧夜はそう答えた。至って冷静そうだが、少し戸惑っているようにも思える。

 

 

「半蔵さまが信頼する………か」

 

 

「…どうしたの、柳生ちゃん?」

 

 

右目に眼帯をつけた少女、柳生の呟きに反応した、同年代と思われる少し幼い雰囲気をもつ少女、雲雀は彼女にそう問いかけた。

 

 

「半蔵さまが信頼する者が誰か分からない、と柳生さんは言いのでしょう」

 

 

黒髪ストレートの長髪の真面目そうな印象の少女、斑鳩は柳生の言いたい事を答えてみせた。斑鳩も柳生も同じように不安なのだ。

 

 

「アタイは強い奴ならいいけどなぁー」

 

 

頭の後ろに両腕を組んで元気そうに笑う金髪の少女、葛城の言葉にその場の全員が苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、強いってのは否定しねぇよ」

 

 

突如、彼女達の後ろから声がした。声をした方には入口で背中をかけたフードの男がいた。彼女達はその男に警戒し、それぞれの武器を取り構えるが、男は平然としていた。

 

 

「止めとけ、やる気はねぇ」

 

 

そう言う男に警戒を強める彼女達だが、ふと飛鳥は違和感を感じた。

 

 

(………あれ?この声って)

 

 

そう思った直後、男はフードを取り自身の顔を見せた。その顔を見て驚愕する飛鳥を横に男は自身の名前を口にした。

 

 

「半蔵の爺の依頼で来た傭兵、天星 ユウヤだ。よろしく頼むぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、飛鳥、斑鳩、葛城、柳生に、雲雀か………」

 

 

彼女達の名前を聞いたユウヤは少し考えたが、直ぐに止めフーッと息をついた。

 

 

「天星くん、じっちゃんの知り合いだったの?」

 

 

「腐れ縁だ」

 

 

飛鳥の疑問にユウヤは即答してリュックに入っていた炭酸飲料をがぶ飲みし始めた。

 

 

「昔、師匠と一緒に悪忍を倒した時に出会った」

 

 

悪忍を倒した、あっけらかんに言う言葉に飛鳥達は言葉を失うが、一人だけ質問してきた人物がいた。

 

 

「じゃあ、お前は強いのか?」

 

 

葛城は真剣にユウヤを見つめ、そう問いかけた。その問いにユウヤは炭酸飲料を飲み干し、口を拭うとニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「あぁ、強いぜ?忍よりはな」

 

 

挑発とも言える発言に葛城は怒る…………のではなく嬉しそうに笑った。そして、立ち上がり、ユウヤに指先を向けた。

 

 

「なら!アタイと勝負してもらうぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────時が、来たか」

 

 

「長かった、実に長かった」

 

 

「我らの悲願が、遂に叶う」

 

 

「落ち着け、もう少しだ。あと少し待てばいい」

 

 

「その為に我らは動いてきたのだ」

 

 

 

「ところで、

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから人の話を聞こうとするのは、頂けないな?」




自分的にシノビマスターで月光と閃光が来てくれたら、ユウヤのヒロインにします!!


ユウヤ「いや、淡い期待をいだくなよ」


感想、評価、アドバイスなど!よろしくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三話 決闘

皆さん、何とですね……………シノビマスターで月光と閃光が来てくれましたーーー!!



ユウヤ「何ィーーーーー!?」


いや、嬉しかったですよ?まさか一回目の十連で出るとは思わなかったですよ?


ユウヤ「馬鹿な!こいつにそんな運がある訳ないだろ!?」



まぁ、いつか必ず出てくるので期待してください。

それでは本編に行きます。


校舎とは別の方にある訓練所にて、

 

 

「ルールはどうする?」

 

 

ストレッチをしながら聞いてくるユウヤに、葛城は嬉しさを隠しきれていなかった。強者との闘い、それが彼女にとっての望みなのだ。

 

 

「一対一のタイマン!全力で頼むぜ!」

 

 

そう答える葛城にユウヤはため息を吐いて、後悔するなよ、と呟いた。その直後、二人は互いに構えを取り、その場が静かになった。

 

 

静寂がその場を支配し、全員が真剣に見ていると、ユウヤは懐から弾丸を取り出し、そのまま空中に放り投げた。

 

 

ゆっくりと弾丸が空中を舞った。この行為の意味が分からないほど葛城は馬鹿ではない。

 

 

 

この弾丸が地面に落ちた直後が、始まりだ。

 

 

 

トンッ

 

 

「ッ!!」

 

 

葛城はその音に体が反応し、勢いよく駆け出した。明らかに人にはできない速さで走り、目の前の敵を────捉えられなかった。

 

 

「後ろだ」

 

 

混乱していた葛城の後ろにいたユウヤは、体を捻り、蹴りを打ち込んだ。

 

 

「──っ、しゃあ!」

 

 

「────チッ」

 

 

だが、元気そうに起き上がる葛城に、ユウヤは舌打ちをした。彼女の胴体に打ち込んだ蹴りが浅かった事、そして、彼女をよく捉えられなかった事に対しての舌打ちだ。

 

 

「フッ!」

 

 

ユウヤは次の攻撃に移ろうと動き出した────直後に起きた。

 

 

「─────ガッ!?」

 

 

脳裏に激痛が走った。訳の分からない光景が映像のように頭に流れ込み、一瞬だけ動きを止めた。

 

 

「もらったぁ!!」

 

 

その隙を葛城は見逃さなかった。自身の具足による渾身の足蹴。直撃すれば首を吹き飛ばす程の威力だった。この闘いに高揚していた葛城は力加減が上手く出来ていなかったのだ。

 

 

観戦していた少女達は後に起こる光景を予測してしまい、息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

ガキィィンッ!

 

 

 

 

 

葛城の足蹴は黒い腕のようなものによって防がれていた。

 

 

「あぁ、悪ぃな。戦いで気を抜くのはらしくねぇんだがなぁ」

 

 

後退した葛城に対し、ユウヤは自身の体をバキバキと鳴らしながら、謝罪をした。一方、葛城はとある事実に気付いた。先程までの闘いは準備運動だったという事実に。

 

 

「さて、そろそろ本気でやろうと思うが………どうだ?」

 

 

この決闘は、葛城の降参で幕を閉じた。

 

 

 

 

「ねぇ、天星くん」

 

 

「あぁ?」

 

 

決闘が終わり、炭酸飲料をがぶ飲みしていたユウヤに、飛鳥が声をかけてきた。

 

 

「天星くんが葛ねぇとの決闘で使ったあれって何なの?」

 

 

飛鳥の疑問だが、他の四人も同じことを考えていた。決闘の時に出たユウヤの黒い腕のようなもの、あれは葛城の渾身の一撃を防ぐ程の硬さを持っていた。

 

 

 

「…………お前ら【異能】って知ってるか?」

 

 

【異能】。その単語に飛鳥達は考え込むが、その事についてよく分からなかった。彼女達の事を知ってか知らずかユウヤは淡々と説明をした。

 

 

 

「ごくわずかの人間に発現する特殊能力。詳しくは知らねぇが、その人間の過去や精神に関係して【異能】は変化するらしい。あと、【異能】を持つ人間は肉体が強固で心臓を潰しても、頭を潰すか、消し飛ばすかしないと死なねぇな」

 

 

「ついでに言うと俺の【異能】は〈電気〉。そして、葛城の足蹴を防いだ時に使ったのは『電磁鉄甲』(コイル・フレーム)っていう技だ」

 

 

 

なるほど、と納得した少女達は改めてユウヤの実力を再確認した。もし、ユウヤが悪忍に入っていたらと思うと戦慄してしまうだろう。

 

 

「まぁ、改めさせてもらうが、これからよろしく頼むぜ」

 

 

ユウヤは彼女達に向き直り、握手をするように手を差し出した。

 




アドバイス、評価、感想、よろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四話 新たな敵

日常を書こうとしたけど、とある事実に気付いた。

ネタが無いィ!!


だから物語を進めることにしました。日常編はちゃんと投稿するので!お許しください!


日曜日、学校では比較的に生徒は全員休みである。誰もいない筈の屋上にユウヤは一人でいた。

 

 

「………………」

 

 

学校の屋上からある場所を見つめながら、ユウヤは炭酸飲料を飲み干した。そのまま炭酸飲料の入っていた缶を持ちながら、静かにフェンスに腕をかけた。

 

 

「おーい、天星くんー!」

 

 

手を降りながら声をかける飛鳥にユウヤは目をやると、すぐにまた同じ方向を見やった。その様子を妙に感じた飛鳥は心配そうにユウヤに声をかけた。

 

 

「………どうしたの?」

 

 

突然、缶を握り潰すユウヤにギョッとする飛鳥だが、その直後にユウヤが漏らした言葉に気をとられる事になる。

 

 

「……………旧校舎」

 

 

「え、うん。そうだけど………」

 

 

戸惑いながらユウヤに答える飛鳥は、彼の様子に気付いた。────『警戒』だった。自身の知らない『ナニか』に対する。飛鳥も妙に思ったが、確かに朝から変な感覚がしていた。まるで、おぞましいナニかがいるかのような───────

 

 

 

 

ドガァァァァンッッ!!!

 

 

 

突如、爆音が響き渡った。

 

 

その爆音の発生源が旧校舎であることは、旧校舎に空いた巨大な穴と莫大な量の砂塵が物語っていた。

 

 

「ッ!」

 

 

フェンスを乗り越えて地面に飛び移り、旧校舎に向かって走り出した。ユウヤの体には電気が纏われて、常人には目で追うのが精一杯な程の速さだった。

 

 

 

「───待って!」

 

 

その場に取り残されていた飛鳥も遅れを取ったが、すぐに飛び降りて、ユウヤの後を追った。少女とはいえ彼女は忍だ。ユウヤとの差は広まらないが、逆に縮まりもしない。

 

 

「ッ!?君達は忍学科の!?」

 

 

「先輩の皆さん!」

 

 

旧校舎に着くと複数の忍達が立っていた。息切れをする飛鳥を横目に見てユウヤは一人の忍に聞いた。

 

 

「状況は?」

 

 

「爆発の原因は不明、生存者は不明だ。彼らと共に捜索を行っている」

 

 

ユウヤは舌打ちをしながら周りを見渡していた。これほど巨大な穴が空くのは、内側からの爆発だろうと推測していた。

 

 

「居たぞ、生存者だ!」

 

 

周りの捜索をしていた忍の一人が声をあげた。その忍の視線の先にはボロボロの男が倒れていた。

 

 

「………ぉ、……………ろぉ」

 

 

掠れたような声を出す男に飛鳥が顔色を変えて、駆け寄ろうとした。飛鳥だけではなく、ユウヤ、その場にいた忍達も駆け寄ろうとしていた。

 

 

 

───男の言葉を聞くまでは、

 

 

「………げろぉ、………逃げろぉ!」

 

 

 

 

 

 

瓦礫の中からぬるりと手が出てきた。絶句している一同を無視するように腕はボロボロの男の足を掴んだ。

 

 

「ッ!助け…………アアアアアァァァァァァ!!」

 

 

恐怖によりユウヤ達に向かって手を伸ばすが、そのまま勢いよく引き摺り込まれ、悲鳴をあげながらその場から消えてしまった。

 

 

バギッ、ボリッ、ゴキッ、グシャリッ!

 

 

 

その代わりに穴から妙な音が響き渡った。そして、穴から出てくる鉄、血の匂いに忍達は鼻、ユウヤは顔をしかめた。

 

 

 

 

 

「アハッ!ハハハハハハハハハッ!!」

 

 

そう笑い声をあげながら、ソレは出てきた。

 

 

真ん丸な黒い目だけがついた頭部、

 

複数の刺が生えた筋肉質な灰色の肉体、

 

腰から生えた口の生えた尻尾、

 

そして、胴体の部分にあるはずがない人の口、

 

 

ソレの姿は戦闘をしてきた忍達を恐怖させる程のものだった。ソレの姿に小さな悲鳴をあげる倒れそうになる飛鳥をユウヤは支えた。

 

 

「何だ、こいつ!?」

 

 

「妖魔か!?」

 

 

その醜悪な異形に忍達は恐れながら、とある単語を口にした。

 

妖魔、忍達の敵と呼べる存在。忍が倒さなければいけない怪物。そう揶揄したのは納得できない訳ではない。だが、それは目の前の異形を激昂させた。

 

 

「あぁ?俺を、あんな木偶どもと比べんなよぉ!?」

 

 

異形は自身の大木のように太い腕を地面に叩きつけた。明らかに空振ったと思われる一撃に忍達は呆然としていた。

 

 

「避けろォ!」

 

 

声をあげたユウヤは飛鳥と近くにいた忍の襟元を掴み、その場から飛び退いた。乱暴な扱いに飛鳥は抗議の視線を向けようとした。

 

 

直後、自分達のいた場所がゴッソリと削られていた。ユウヤは唖然とする飛鳥と忍を地面に座らせると、その光景を見て、悔しそうに顔をしかめた。

 

 

「野郎!衝撃波を飛ばしてきやがった!」

 

 

その言葉に忍は絶句してしまった。そして、自分達のいた場所を見やると異変に気付いた。

 

──────誰もいない。

先程まで隣にいた筈の仲間達がいない。実践慣れしていた忍は現実が受け入れられなかった。自分達は何体の妖魔を倒してきた、あの怪物も倒せるはずだと…………そう思っていた。

 

 

「あ?あんた、まだあれが妖魔だと思ってんのか?」

 

 

忍の心中を察しているユウヤは呆れたような態度をとっていた。隣の方で座り込んでいた飛鳥もユウヤと同じ考えだった。

 

 

「単純だ、あれは妖魔じゃない。それ以上の化け物だ」

 

ユウヤの言葉に反応した異形は胴体にある口を開きながら、低い声を発した。

 

 

「……お前、普通の人間どもとは違うな?」

 

 

「あぁ、そうだ。…………聞くが、お前は何だ?」

 

 

ユウヤは全身に電気を帯電させ、目の前の異形に警戒をする。だが、目の前の異形はそれを見て、胴体の口をニヤニヤとさせていた。

 

 

「俺?…………俺はァ」

 

 

異形は両手を広げ、口を盛大に開きながら、大声で叫んだ。

 

 

「俺は『渾沌の異形(ケイオス)』の一体。グラ、『貪食』のグラ様だぁ!恐怖しろ、人間(エサ)どもがァ!!」

 

 

異形、グラは長い舌を口から垂らしながら、ケタケタと笑い続けた。

 




初登場した『渾沌の異形(ケイオス)』のグラ。凶悪な敵をユウヤと飛鳥は倒せるのだろうか………。



感想、評価、アドバイスを是非ともよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五話 『貪食』のグラ

やはり、私は気づいてしまった。



圧倒的に、小説が上手く書けていない事に!!


……………どうしよう。


「『貪食』…………?」

 

 

飛鳥は先程、異形グラが口にした単語を知っていた。貪食、むさぼり食うという意味をもつ言葉。そして、7つの大罪の罪のひとつ、『暴食』として成り立っている。

 

 

 

「……………まずいな」

 

 

ユウヤが現状を確認して顔をしかめる。敵の力は未知数、そして、味方はの一人はさっきからうわ言を呟いて動けるとは思えず、戦えるのは二人だけ─────

 

 

「飛鳥さん、天星さん、大丈夫ですか!?」

 

 

────いや、六人だろう。

声のする方には騒ぎに駆けつけてきた斑鳩達がいた。飛鳥は来てくれた自分の仲間達に嬉しく思えていた。

 

 

「バァッハァ!まぁた、餌が増えてきたァ!」

 

 

グラは歓喜の声をあげ、体をよじっていた。明らかに興奮していると思われる行為に───不意がつかれた。

 

 

「ハァァァッ!」

 

 

体をよじっていたグラは、その勢いで飛鳥達の方に刺を飛ばした。飛鳥達も驚き避けようするが、動けなかった。刺は彼女達を貫───けなかった。

 

 

「『電気障壁(ボルト・シールド)』!」

 

 

彼女達の前に飛び出したユウヤは両手から電気を出し、電気の壁を作り出し、その刺を防いだ。

 

 

「モタモタするなッ!戦わねば、死ぬぞ!」

 

 

ユウヤは硬直していた飛鳥達に向かって声を張り上げた。その声に飛鳥達の硬直は解け、戦闘が始まった。

 

 

「グリャァァ!!」

 

 

「はぁッ!」

 

 

グラは自身の大木のような腕を振り上げ、走り出した飛鳥を叩き潰そうとした。だが、飛鳥はその攻撃を避け、グラの腕、そして、胴体を斬りつけた。

 

 

「ギイイッ!!」

 

 

切り裂かれた苦痛にグラは口を歪め、攻撃を止めた。斬られた部分からは黒い液体が垂れ落ちて、地面にシミを作った。

 

 

「はぁっ!」

 

「オラァッ!」

 

 

斑鳩の剣による斬撃と葛城の足甲による連撃がグラの胴体に叩き込まれた。苦しそうな悲鳴をあげながら、後退するグラだったが、その行動は間違っていた。

 

 

「『電撃波動斬(ボルト・ソニックムーヴ)』!」

 

 

グラの後ろに回り込んでいたユウヤは電撃を纏った自身の腕を振り、電気を帯びた空気の刃をグラに飛ばした。グラは死角からの攻撃に反応できずに─────右腕が飛ばされた。その右腕はユウヤ達の後ろに落ちて、ようやくグラは自覚をした。

 

 

「ギャァァァァァァァ!?」

 

 

周りにグラの絶叫が響き渡る。右腕の切れ口から溢れる黒い液体を止めるように片方の腕で抑える。そして、いまだに響く絶叫は痛みによるものから、怒りへと変わった。

 

 

「アアアアァァァァァァ!!」

 

 

怒り狂ったように自身の尻尾を叩きつけ、身体中の刺を飛ばす。対するにユウヤは前に出て、力を抜くように手を伸ばした。

 

 

「消えろ、『電撃主砲(ボルト・カノン)!』」

 

 

莫大な電気エネルギーが収縮され、ユウヤの拳に溜め込まれた。そして、莫大なエネルギーは─────放出された。

 

 

 

地面を削り、空間を割り、そして、目の前の異形に届いた。

 

 

「グ…………ギャ────」 

 

 

断末魔をあげることすら出来ずに、グラはエネルギーによって吹き飛ばされた。そして、その場を静寂とたくさんの砂塵が支配した。

 

 

 

「………勝ったの?」

 

 

体力の消耗が激しい様子の飛鳥は、そう呟いた。そして、他の四人も同じように消耗していた。

 

 

───おかしい。

 

そう思ったユウヤは静かに目を閉じて考え込んだ。

 

 

───もし伝承通りなら、奴はこの程度では死なない。

 

 

だが、重症であるのは間違いないだろう。そう決定して周りにいる飛鳥達を見渡した。

 

 

───この五人に連戦は流石に難しいだろう………やはり、逃が──────

 

 

そこで、違和感に気付いた。五人、いや一人が足りない。斑鳩達四人が来る前に、ユウヤは誰を──助けただろうか。飛鳥、そして────

 

 

「あの時の、忍はどうした!?」

 

 

「え?確か、後ろに…………」

 

 

声を張り上げて飛鳥に問いかける。突然の大声に戸惑いながらも、後ろを指差し、振り向いた。やはり、誰もいなかった。そして、後ろを振り向き、ユウヤはもう一つの事実を理解する。

 

 

「無い、奴の右腕も!」

 

 

ユウヤ自身の言葉に飛鳥達は起き上がり、いまだに周りに漂う砂塵に向かい、互いの武器を構えた。

 

 

バリィッ、ボリィ、グチャッ、ゴギュッ!

 

 

咀嚼するかのような音に全員が予想したくない事実を脳裏に浮かべる。その事実を肯定するように足音が響く。

 

 

「はァッー?やっぱぁりぃ、人間はウマイなぁ」

 

 

砂塵から出てきたのは口から人の腕と大量の血を垂らし、歩いてくる無傷のグラだった。

 

 

「喰った、のか………人間を」

 

「あったり前だろぉ?人間は俺にとって餌にしかねぇのさぁ。

 

 

 

 

見ろよ、お陰で力を取り戻せたぜぇ!少しだがなぁ!」

 

───勝てない。

 

ふと飛鳥はそう思ってしまった。飛鳥だけではない斑鳩、葛城、柳生、雲雀も逃れられない恐怖があったのだ。

 

 

「…………俺に作戦がある」

 

 

飛鳥の横からユウヤは小さな声で囁いた。その声を飛鳥だけではなく、その場の全員が静かに聞いていた。

 

 

 

「今から俺が煙幕を飛ばす。その間にお前らは───

 

 

 

 

 

 

 

逃げろ、全力で」




面白ければ、感想、評価、アドバイス、是非よろしくお願いします。




元気が、出るから!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六話 仲間

今日、もう一つの話が投稿できた…………暇すぎだろ、自分。


「………え?」

 

 

逃げろ、そう言ったユウヤを飛鳥は呆然と見つめていた。見つめられているユウヤは目の前で残りの忍の腕を貪り食っていた。

 

 

「分かってる筈だ、あの化け物には生半可な攻撃は通用しねぇ」

 

 

「それなら、天星くんもっ!」

 

 

「…………ハッキリと分かりやすく言ってやる」

 

 

止めようする飛鳥の手を払いのけ、冷たい目で睨み付けた。そして、冷酷な言葉を突きつける。

 

 

「邪魔なんだよ」

 

 

「!?」

 

 

「テメェらはあの化け物相手じゃ力不足、足手まといだ。俺も足手まといを守って戦うのは御免だ」

 

 

足手まとい、その言葉に飛鳥は反論をしようとするが、出来なかった。現に自分はあの怪物に恐怖していた。勝てないとまで思ったのだ、足手まといと呼ばれても無理もない。

 

 

「だから、さっさと逃げろ」

 

 

 

 

 

 

──何故だ?

 

 

ユウヤは疑問だった。

 

 

──何故なんだ?

 

 

ユウヤは理解できなかった。

 

 

──何故、逃げろと言ったんだ?

 

 

先程、自分が煙幕を出すから逃げろとそう言ったのを覚えている。

 

 

まるで、自分が囮になると言っているみたいだった。

 

 

それが、有り得なかった。

 

 

 

今の自分は無情として生きようとした。

 

表の世界で家族を失い、師匠と共に裏の世界を生きた。

 

 

その師匠も裏の世界で死に絶えた。

 

 

そして、裏の世界と表の世界で生きて、彼は理解した。

 

 

 

────誰かの為に、この力を使うべきではない。

 

 

 

嗚呼、そういうことだ。

 

 

彼女達に逃げろと言ったのは依頼の為だろう。彼女達が死ねば、自分の依頼は失敗するのだから。

 

 

そうだ、きっとそうなのだ、そうに違いない。

 

 

 

 

 

 

「………ないよ」

 

 

「あぁ?」

 

 

俯いていた飛鳥がふと呟いた。上手く聞き取れていなかったユウヤは

 

 

「置いて逃げるなんて、できないよ」

 

 

飛鳥は真剣な目でユウヤを見つめながら答えた。ユウヤは馬鹿馬鹿しいと思い、飛鳥を睨み付け─────

 

 

『一人では寂しいだろ?』

 

 

脳裏に───あの人が浮かんだ。ユウヤは理解できずにいたが、彼女の目を見て、理解ができた。

 

 

───同じだ、あの人の目と。

 

 

自分がかつて憧れた存在と飛鳥が同じように見えてしまった。

 

 

「お前は、お前達は逃げる気はないのか?」

 

 

ユウヤは飛鳥だけではなく、今まで黙っていた四人に聞いた。彼女達も、もしかすると怖いのではないか、そう思いながら。

 

 

 

「えぇ、確かに私は恐怖してしまいました。ですが、ここで退くわけにはいきません」

 

 

「アタイも逃げないぜ、そもそもまだ負けてないからな」

 

 

「あの化け物は強いだが、雲雀を怖がらせた。だから俺が倒す……!」

 

 

「柳生ちゃん………えっと、雲雀も頑張るよ!」

 

 

当然のこと、四人の覚悟は決まっていた。諦める気は無さそうだ。

 

 

 

「話は、終わったかなァ?」

 

 

振り返ると、グラは腕を組んで立ちながら、こちらを見ていた。腹が減ったと言うでもなく、不満そうではなく、ただ静かな態度で待っていた。

 

 

「悪かったな、こっちも話がついてな」

 

 

「アァ、何でだろうなァ。自然と待ってたからなァ、腹減ってんのになァ?けどよォ、どーでもいいぜェ」

 

 

グラは胴体にある口を開き、舌を垂らしながら、笑った。

 

 

「サァ、俺の腹を、気持ちを、満タシテクレヨォ!!」

 

 

グラがそう叫ぶと同時に、変化が起こった。グラの体が一回りでかくなり、クルッとしてい丸い目もつり上がり、完全な化け物へと化した。そして、その巨大な図体からは予測できない速さの突進を繰り出した。

 

 

「くらいなさいっ!」

 

 

「隙ありだ!」

 

 

突進を避けた斑鳩はグラの右腕を切り刻み、葛城は左腕に渾身の蹴りを撃ち込み、吹き飛ばした。

 

 

「ナメルナァッ!『三つ首の魂喰い(トライデント・イーター)』!」

 

 

両腕を失ったグラの戦意は変わらず、紫色のオーラが溢れだしていた。そして、溢れだしたオーラが実体化し、三体の蛇のようなモノに変わった。その蛇たちは、口を開き、斑鳩と葛城に襲い掛かった。

 

 

 

バンッ、バンッ、バンッ!

 

 

その直後、柳生は持っていた番傘の仕込み銃を使い、三体の蛇を撃ち抜いた。全弾全て直撃し、体を抉るが、すぐさま再生する。そして、標的を柳生へと変えた。

 

 

「柳生ちゃん!右から来るよっ!」

 

 

「あぁっ!」

 

 

全方向から迫り来る蛇を撃ち続ける柳生を雲雀がサポートを行う。どんな方向からも攻めにかかるが、攻撃を与えることすら出来なかった。そして、今、グラの意識が集中していた。

 

 

「今だよ、行こうよ。天星くん!」

 

 

「…………合わせてやる、着いてこい!」

 

 

飛鳥は懐から武器である脇差を構え、ユウヤは自身の腕を黒い鉄の装甲を纏い、グラに向かっていった。

 

 

「グゥッ、フザケルナァ!『双鋭角の貫槍尾』(ツイン・ランステイル)!」

 

 

二人が迫ってくることに気付いたグラの尻尾が鋭く変化し、破壊力のある槍へと変貌した。その尻尾を勢いよく振りかざし、飛鳥へと叩きつけた。

 

 

「くぅっ!」

 

 

「オレガァ………マケルノハ!ア、アリエナイィィィ!!」

 

 

飛鳥は自身の持つ脇差で何十回も防いでみせた。ギリギリの体力で何十回も防いだのは流石だろう。だが、隙をついたグラが尻尾を打ち上げ、飛鳥の持つ脇差の長い方が弾き飛ばされた。

 

 

「あっ!」

 

 

「死ネェェェェェ!!」

 

 

グラは口を三日月のように裂け、尻尾の鋭い先を向け、突きを放った。空間を切り裂き、どんなモノをも破壊する一撃、間違いなく致命傷は免れられないだろう。

 

 

「フンッ!」

 

 

その一撃は飛鳥には直撃しなかった。ユウヤによる鋼鉄の如くの腕をクロスにさせたことにより、破壊の一撃は防がれていた。ユウヤは弾くと飛ばされた脇差を手に取り、走り出した。

 

 

「飛鳥!任せろ!」

 

 

「うん、お願い!」

 

 

ユウヤは飛鳥にそう声をかけると、飛鳥は自身の持っていた短い脇差をユウヤに投げ飛ばした。ユウヤはそれを受け取ると、二本を重ね、電気を帯びさせた。そして、走り出した飛鳥の手に渡した。

 

 

「はぁぁぁっ!」

 

 

「うぉぉぉっ!」

 

 

飛鳥は長い脇差を使い、ユウヤは短い脇差を使い、グラを中心に回り始めた。そして、何回も斬りつけた。電気を纏う連撃はグラの肉体に多くの傷をつけた。

 

 

「グッ、ガキャァァァァ!!」

 

 

鼓膜を引き裂くような絶叫にも飛鳥とユウヤは止まらず、ユウヤは飛鳥に脇差を渡し、自身に電気を纏わせた。飛鳥は脇差を受け取り、構えをとった。

 

 

直後、二人はグラに向かい走り出した。今さらだが、二人は互いの持つ技を掛け合わせて、グラに攻撃を与えた。それは合体技とも言えるモノである。

 

 

「「異能・秘伝忍法『電装乱撃双刃(ツインブレイド・ボルトラッシュ)』!!」」

 

 

二人の一撃が同時に、グラの肉体を斬り、破壊した。グラの肉体は崩壊し、上半身だけが残った。

 

 

「───アぁ、負けたノカ…………悪くナイナ」

 

 

人ではない生物だからか、グラは僅かに生きていた。もう、長くはないだろうが。

 

 

「少し聞かせろ、お前がケイオスなら………本当なのか?あの伝承は……」

 

 

「あァ、実在しているゾ。神の奇跡、『聖杯』ハ」

 

 

『聖杯』。その言葉にユウヤは目を見開き、飛鳥達は首を傾ける。グラは雲が移動し、晴れた空を見て嬉しそうに呟いた。

 

 

「ようやくダ、俺は満たされタ。あの世で、待つゼェ─────エレン、ツァーリ」

 

 

体が一気に崩れ、灰のようにサラサラと散っていった。そして、残ったのはボロボロな六人と崩れ果てた旧校舎だった。

 

 

「さて、皆さん。霧夜先生に詳しく説明をしなければ、行けません。戻りますよ」

 

 

斑鳩の言葉に頷き、ほぼ全員が歩いていった。その場に残っていたユウヤはグラのいた場所を見詰めていた。

 

 

「……どうしたの、天星くん?」

 

 

訂正しよう、残っていたのはユウヤだけではなく、飛鳥もだった。飛鳥は心配そうにユウヤに声をかけるが、ユウヤは静かに歩き始めた。

 

 

「…………少し考えてた」

 

 

「まって!」

 

 

声をあげてユウヤの動きを止めた飛鳥だったが、振り向いたユウヤになんだ、という視線を向けられ、戸惑ってしまったが、決意して言うことにした。

 

 

「これから…………下の名前で呼んで言いかな?」

 

 

恥ずかしそうに言う飛鳥に、ユウヤは呆然とするが、苦笑いをしながら、頭を掻いた。そして、両手をポケットに入れて体ごと飛鳥の方に向き直った。

 

 

「まぁ、仲間だからな。別にいいぜ」

 

 

傭兵として生きてきた昔の自分なら絶対に言わないような言葉を言ったことに内心で驚いていたが、それでも良かった。

 

悪くない気分だったのだから。

 

 

 

飛鳥はユウヤの答えを聞くと嬉しそうな笑顔でユウヤの横を歩きだした。

 

 

「それじゃあ、明日一緒にじっちゃんの太巻きを食べようよ!」

 

 

「………えぇ、俺肉が好きなんだが………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アハハ、あと少しだぁ、楽しみだねぇ」




次、日常編とか書こうかな…………。


面白ければ、感想、評価、アドバイス、よろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七話 説明会

まず、安定の説明会。


ん?日常編……………なんのことですかね?(すっとぼけ)



ケイオス、グラによる襲撃から数日が経ち、ユウヤは飛鳥達と共に忍学科の寮にて話をしていた。

 

 

「………天星さん、聞きたいことがあります」

 

 

「ん?なんだよ」

 

 

楽しい談話の中、セクハラ行為をしまくっていた葛城を撃沈させた斑鳩はユウヤに声をかけた。ユウヤ自身も炭酸飲料を、がぶ飲みし終えて胡座をかいた。

 

 

「貴方は先日の戦いで『混沌の異形(ケイオス)』について何か知っていたんですか?」

 

 

その言葉に談話していた飛鳥達、そして、いつの間にか復活していた葛城も聞き入るように、ユウヤを見詰めていた。

 

 

「………俺も師匠から聞いた話だ────」

 

 

 

 

 

 

 

───はるか昔、一人の男がソレを見つけた。

 

 

 

───白銀色に輝く杯のようなモノを。

 

 

 

───それは、男は病を負っていた妹にソレを渡した。

 

 

 

───すると、妹の病は治り、元気になった。

 

 

 

───それだけではなく、不治の病を治し、人々を救った。

 

 

 

───男、人はソレを、『聖杯』と呼ぶことにした。

 

 

 

 

「…………『聖杯』かぁ………」

 

 

 

飛鳥はユウヤの説明を聞き、思い悩むような様子だったが、横にいた柳生は表情を変えず、ユウヤに問いかけた。

 

 

「話を聞くと、凄まじいが………他に出来るのか?」

 

 

「あぁ、死んですぐの人間なら生き返らせたり、世界を支配できたりするものらしい」

 

 

世界を支配できる、その言葉に飛鳥達は戦慄をする。そして、数人の顔が曇る中、不安そうな顔をした斑鳩が手を上げた。

 

 

「ですが、それがケイオスと関係するのですか?」

 

 

ユウヤはその問いを聞くと、俯いて拳を力強く握った。表すには難しいナニかを押さえ込むかのように。そして、吐き捨てるようにその事実を言い放った。

 

 

 

「………関係するさ。何故なら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

混沌の異形(ケイオス)』は聖杯から出てきたのだから」

 

 

 

「「「「「な!?」」」」」

 

 

明かされた事実に口をあんぐりと開けて、唖然する飛鳥達だが、ユウヤはそのまま話を続けた。

 

 

「何が原因か分からないが、それが理由で昔の人間達は聖杯を持っていた男もろとも、何処かに封印したらしい」

 

 

静寂がその場を支配していた。話が壮大すぎたこともあるだろう。

 

 

「………だが、やることができたな」

 

 

「やること?」

 

 

「………決まっている」

 

 

今もなお、黙っている彼女達の言いたい事を代弁するような飛鳥の質問に、ユウヤは素っ気なく、そして力強く答える。

 

 

「『聖杯』を使おうとする奴を消すのみ、悪人だろうが、善人だろうがな」

 

 

 

その覚悟に戦慄していた飛鳥達を無視し、ユウヤは街の何処かで妙な違和感を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、存在するんだな?」

 

 

薄暗く沢山のカプセルが設置してある部屋があった。カプセルな中には色んな姿の生物が液体の中に使っていた。部屋の真ん中では、黒髪ロングヘアーの男が椅子に座り込んで声を発した。

 

 

『うぅん、本当、本当、存在するんだよねぇ。『聖杯』がさぁ』

 

 

男の前に長方形の光の画面が現れ、そこから愉快そうな声が響いた。

 

 

「ククク、俺も運がいいな。新しい道具も手に入っただけではない、よもや『聖杯』を見つけられるとはな」

 

 

ニヤリと笑みを浮かべ、男はグラスにある飲み物を口に含んだ。

 

 

『でもさぁ、あの木偶もいるから手が出せないんだよねぇ。そこんとこ、どうすんの?』

 

 

「その為に、俺は貴様を利用してるに過ぎん。貴様は、俺の知らない事を知っているのだ。貴様がどれほどの策士かは知らんが、『聖杯』を手にするのは、俺だ」

 

 

『酷いねぇ。まぁ、『聖杯』が欲しいのは僕だけじゃないしね。でも、君なら出来るはずだよ?何故なら君は────』

 

 

男は指を鳴らし、光の画面を消滅させた。光の画面が消え去ることにより、その声も消え去り、場が沈黙を支配する。男が歩きだし、一際大きいカプセルに手を当てた。

 

 

 

「俺の望みを果たす為に、価値を果たしてもらうぞ?」

 

 

声に反応するように、そのカプセルの中にいた黒い影が僅かに動いた気がした。




うん、もう何も言わないよ…………。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章 消えぬ火焔と狂気の光
八話 襲撃


ユウヤ「よぉ、言い残すことはあるか?」


いや、待って、待ってください!何が!?


ユウヤ「テメェの罪状を教えてやろうか、




『日常編を投稿すると言ったくせに投稿せず、新しい話を進めている罪』」



確かに、そうだけど!待ってください!!ちゃんと投稿しますから!






何時か!


ユウヤ「よし、決めた!






お前マジで■すわ」


………………本編に入ります。


半蔵学院校舎の屋上、

 

 

そこに複数の人影があった。

 

 

「ここが、国立半蔵学院か」

 

 

露出度の高い制服を着たポニーテールの少女が建物を見て、そう呟いた。

 

 

「"あの方"直々命令ですから少しはと思いましたが、思いの外簡単に済みそうですわ」

 

 

「そうかしら?あの『黒雷』がいるらしいの、私たち全員が集められるのも納得じゃない?」

 

 

"あの方"という単語を漏らす金髪の少女とくるくるロールの女性が互いに声を交わす。

 

 

「ふーん、そいつ強いんか?」

 

 

「分からないけど…………強いんじゃないの?」

 

 

緑髪の少女と片目に眼帯がつけられている少女が『黒雷』と呼ばれる存在について語っていた。

 

 

 

「…………関係ない」

 

 

ふと、聞こえるか分からない声で呟く人物がいた。全身に布を着込み、顔を隠した人物だったが、声からして男とは分かるだろう。

 

 

「誰がいようが、俺達の使命を───」

 

 

 

──果たすのみ。

 

 

男と思える人物の言葉に5人の少女達が当然のように頷いた。ゆっくりと立ちあがり、自分達の使命のために────動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、やることねぇな」

 

 

半蔵学院忍学科の校舎内をユウヤは暇そうに歩いていた。仲間である飛鳥達は現在訓練中のため、無理もないが。

 

 

「…………俺が訓練してやろうかな」

 

 

ボソリと呟いた後、少し考えるような仕草をしていた。若干、本気だったのかもしれないが、その事を忘れさせるかのように──────違和感を感じた。

 

 

「…………あ?」

 

 

ふと、気配を感じたユウヤは外に視線を向けた。その気配の方向を睨み付けていた途端────

 

 

 

 

────空間が隔絶された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………くっ!」

 

 

壁に叩きつれられた霧夜は口から流れる血を拭い、目の前の人物を睨み付けた。目の前の着込んだ男は静かに立っていた。

 

 

(飛鳥達は………無事なのか?)

 

 

自身のピンチの時でも、教え子達の心配をすることから、彼は良い教師だろう。

 

 

「終わりだ」

 

 

だが、この状況でその事を考えても意味はない。男は止めをさすように赤い刀を振り上げ────

 

 

「『電気鉄拳(ボルト・スマッシャー)』!!」

 

 

 

電気を纏った拳が男の体を殴りつけた。男はそのまま壁をぶち破り、部屋の外に吹き飛んだ。

 

 

「すまん、ユウヤ。助かった」

 

 

霧夜は自分を助けてくれたユウヤに感謝を述べた。だが、ユウヤ自身は返答をせず、真剣な声で霧夜に問いかけた。

 

 

「…………誰だ、あいつは?」

 

 

「侵入者だ。蛇女子学園のな」

 

 

「………あの蛇女か?」

 

 

蛇女子学園、半蔵学院と同じく忍を育成する機関の一つ。違うとすれば、彼らが育成するのは悪忍だということだ。

 

 

(飛鳥達は………気付いてるのか?)

 

 

こいつも一人だけで侵入するわけがない。仲間がいるはずだ。そう推測しながら、飛鳥達への心配が彼にはあった。

 

 

「その必要はない」

 

 

吹き飛ばされた場所から瞬時に戻り、ユウヤの心のなかを見透かすような態度をとっていた。

 

 

「ここの忍学生なは、俺の仲間が相手をしている。」

 

 

ユウヤは行き場のない苛立ちを押さえるために、舌打ちをしていた。自身の腕に鉄を纏い、完全な戦闘体勢をとる。

 

 

「で、テメェは何だ?忍じゃねぇし、霧夜先生を押してんだからタダ者じゃねぇだろ」

 

 

「……………お前の方が、よく分かると思うぞ?」

 

 

男はそう呟くと、自身の両腕を広げ、布をたなびかせた。途端、周りに変化が起こった。

 

 

 

 

壁や床から、炎が出現したのだ。そして、男の体に炎が燃え移る……………正確には男が燃えているのだ。燃える炎の中で、男の顔を隠していた布が焼失し、顔が明らかになった。

 

 

 

 

 

黒とも白とも言えない、灰色のような色の長い髪、藍色の瞳、そして、

 

 

 

 

 

 

 

顔の半分に痛々しく残っている火傷の後、

 

 

それが目の前の男に深く印象を与えている。男はそのまま炎に恐れずに、静かに声を発した。

 

 

 

「俺は、蛇女子学園選抜チーム…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………炎の異能使い、紅蓮(ぐれん)

 

 

 

男、紅蓮が話終えると同時に、燃え盛る炎が部屋を包み込んだ。




ユウヤの前に現れた、もう一人の異能使い 紅蓮。


初めて他の異能使いとの戦いに、ユウヤは勝てるのだろうか!


次回、『炎の紅蓮』



アドバイス、感想、評価などよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九話 炎の紅蓮

ふー、小説書くの大変だね(今更)


「ルアァっ!!」

 

 

「はぁっ!!」

 

 

刀と手甲がぶつかり合い、火花が飛び散る。炎が燃え盛る部屋の中でユウヤと紅蓮は互いの異能を使い、争っていた。

 

 

紅蓮の剣戟をユウヤは全て、手甲で防いでいた。僅かに剣戟が遅れた隙を狙い、ユウヤは刀を弾き、紅蓮を殴り飛ばした。

 

 

 

「『業火・炎獄の陣─────」

 

 

紅蓮が後ろに飛び退くと同時に、ユウヤの足下に陣のようなものが浮かび上がる。

 

 

「───焼却式』!!」

 

 

陣から放たれた炎の渦が周りを破壊しながら、ユウヤを飲み込んだ。

 

 

あの炎は鉄すら溶かす高温の炎、人が直撃すれば、灰しか残らない。

 

 

ガシッ

 

 

「な!?」

 

 

炎の渦から飛び出してきたユウヤに右腕を捕まれたのだ。予測していない所からの出現により、戸惑ったが、彼も実戦の経験者。ユウヤに向かって炎を帯びた刀を心臓の方に突き刺しにかかった。

 

 

だが、実戦に慣れているのは、ユウヤも同じ────いや、ユウヤの方が上だ。心臓を突きにかかる刀を避けるのではく、そのまま手甲で掴んだ。

 

 

「これで、外さねぇ!!」

 

 

いつの間にか、右腕から手を放して、電撃を纏った拳を紅蓮の胴体に打ち込んだ。

 

 

「────ぐっ、はぁっ!!」

 

 

紅蓮の体は後方に勢いよく吹き飛び、壁を破壊するが、空中で体勢を立て直し、地面に着地してみせた。

 

 

「やる、な………」

 

 

「テメェこそ、中々骨があるな」

 

 

二人は互いを認めた。ただの侵入者、ただの傭兵、ではなく、本気ではないと倒せない、完全な敵として。

 

 

そして、紅蓮はこれまで以上の炎を放出し、周りを焼き尽くそうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────ギィ────ガァ!?」

 

 

しかし、無理だった。紅蓮は苦しそうに悶えると、大量の血を吐血したのだ。

 

 

「な!?」

 

 

ユウヤは絶句して動きを止めた。

 

 

「ぐ…………薬の………効力が………」

 

 

尋常ではない量の血を吐き、やはり苦しそうに悶える紅蓮に、ユウヤは心配し、駆け寄った。

 

 

 

 

空気が─────僅かに動いた。

 

 

「ッ!!」

 

 

日々、傭兵として生きていたユウヤは自然と回避行動を行っていた。

 

 

 

「迎えにきたわ、紅蓮」

 

 

「……………春花、か」

 

 

ユウヤに攻撃を行った女性、春花は紅蓮に小さなカプセルを手渡した。紅蓮はそれを受け取り、飲み込んだ。顔色が戻ったところを見ると、あれが薬なのだろう。

 

 

 

「………未来がやられたわ」

 

 

「───そう、か」

 

 

その話はユウヤにはある程度、理解ができた。彼らの仲間の一人が負けたのだろう。そして、紅蓮は春花の言いたいことが分かったようだ。

 

 

 

「…………『無常の送り火』」

 

 

紅蓮がそう呟くと同時に青色の炎が周りに出現した。その炎は紅蓮と春花を包み込んだ。

 

 

「させる、かァ!!」

 

 

彼らの意図に気付いたユウヤは黙って見ている訳がなく、溜め込んだ電撃を青色の炎の壁に向かって放った。

 

 

爆発を起こし、風圧と煙がその場に巻き起こった。

 

 

 

「………ユウヤ、侵入者は?」

 

 

その場に霧夜と黒い学ランを羽織った女性が現れた。霧夜は周りの惨状に驚愕しながら、ユウヤに問いかけた。

 

 

「逃げられた、全員にな」

 

 

ユウヤは紅蓮達の消えた場所を睨み付けていた。不機嫌そうではなく、真剣な顔つきで。

 

 

「霧夜先生、頼みがある」

 

 

「………何だ?」

 

 

「『紅蓮』という人間について情報を探してくれ」

 

 

分かったと頷く霧夜を見ると、ユウヤはゆっくりと歩き出した。

 

 

「あいつら、大丈夫か?」

 

 

自分の仲間である少女達の心配をしながら、彼女達のいる場所に向かった。




蛇女の襲撃を受けたユウヤ達。


仲間に伸びる魔の手。


そして動き出す、黒幕。



次回、『蠢く陰謀』

アドバイス、感想、評価、是非よろしくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十話 蠢く陰謀



ユウヤ「えぇ、本日は作者から皆様に謝罪を申し上げます」


閃乱カグラ ケイオス・ブラッド 10話 炎の紅蓮 が何故か、二つ分投稿されてました。





すいませんでした!!




ユウヤ「この野郎!そもそも何で気付かなかった!?」



え…………ごめん、疲れて寝てたから。


ユウヤ「…………何か凄い怒りにくい」



本編に入ります。


「つまり、奴らはその、超秘伝忍法書を狙ってたんだな」

 

 

襲撃から数日が経ったその日、ユウヤは飛鳥達から説明を受けていた。だが、説明を受けているのには理由があった。

 

 

 

──そもそも、奴らの目的って何なんだ?

 

 

彼は忍ではない為、超秘伝忍法書と呼ばれる物がよく分かっていなかった。そして長い間、説明を受けたのをまとめてみると、

 

 

───忍にとってなんか凄いアイテムみたいなもの。

 

 

そう認識したユウヤは自身の考えを心の中に留めておくことにした。彼女達の前でそんな事言うと、また説明をされるからだ。(主に斑鳩に)

 

 

その話を聞いたユウヤは盗まれなくて良かったな、と彼女達に声をかけた。

 

 

 

 

 

 

数時間後、

 

 

「…………何で俺、あんなこと言ったんだろ」

 

 

自室のベッドに寝転がりながら、先程の出来事のその後をユウヤは思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「超秘伝忍法書が盗まれた!?」

 

 

ユウヤの発言から数時間後に現れた霧夜がそう告げたのだ。

 

 

「え、何?俺、フラグ立てたの?」

 

 

冷や汗をかきながら、先程の発言のことを知っている斑鳩達のジト目をユウヤは受けていた。だが、彼自身も知ってて言ったのではないから、すぐにやめてもらえたが。

 

 

「………数日前の襲撃から警備を厳重にしていた。だが、その警備を掻い潜れるのは……俺を含め、ここにいる者達だけだ」

 

 

その話を聞き、ユウヤは霧夜の言いたいことを理解した。彼は疑っているのだろう。この中に裏切り者がいるのではないかと。まぁ、ユウヤの推測とは少し違うが。

 

 

 

「………俺もお前達がそんなことをするとは思えない。だが、奪われたことに変わりはない。今日は自室で待機してくれ」

 

 

 

そして、今に至り、ユウヤは部屋の中で思索に明け暮れていた。

 

 

(確かに霧夜先生の言う裏切り者が正しいだろうな。だが…………)

 

 

もうひとつの可能性を彼は疑っていたのだ。

彼は自分の仲間である少女達の事を思い出す。

 

 

(飛鳥、斑鳩、葛城は普通に敗北したらしいが、柳生は敵の一人に勝ったらしい。だが、雲雀を助けようとして重傷を負った。)

 

 

そこでユウヤはふと、疑問に思った。

 

 

(そういや、何であいつらは一人倒されただけで撤退した?)

 

 

おかしかった。明らかに数も強さも相手が有利だった。それなのに、何故撤退をしたのか…………。

 

 

「ッ!!」

 

 

彼の中の疑問の芽が疑惑の花となって開花した。ベッドから飛び起き、すぐさま部屋を出て目的の場所に向かう。

 

 

目的の場所にユウヤはすぐに着いた。仲間の部屋だった。そして部屋の主の名前を声に出した。

 

 

「………雲雀、居るか?」

 

 

扉をノックしながら、声をかけるが、返答はない。ドアノブに触れ、開いてるか確認をする。

 

 

───開いていた。

 

扉を開き、部屋を見渡す。可愛いぬいぐるみがたくさん置いてある。紳士なら少女の部屋に入ることはしない(そもそも部屋を開けてる時点で紳士とは言いがたい)が、周りを見渡し、ソレを視認した。

 

 

「…………クソッ!」

 

 

ユウヤはソレ、ピアスを確認すると悪態をつきながら、壁を殴りつけた。その拍子にピアスが地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────もうすぐだ」

 

 

黒髪の男が喜びを押さえたような声を出す。ふと、男は机に置いてある物に手を伸ばした。

 

 

 

それは写真だった。ボロホロになりながらも、原型を保っているところを見るに昔の物だろうと理解できる。

 

 

そして写真に写っているのは、二人の男女と二人の子供だった。彼らの様子から四人が家族であるのは確かだろう。男はその写真に写る一人の少女をスッと撫でた。

 

 

「俺は────『聖杯』を手にできる」

 

 

写真を撫でて、男はボソリと呟いた。『聖杯』を手にする為なら、手段は問わない。すでに数十人の人間を手にかけた、今更止める訳がない。

 

 

「フフフ、ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 

男は笑う。待ち遠しかった望みが果たせる日が来るのだから。男は笑う。自分がここまで来たという事実を噛みしめ。男は嗤う。自分を生かした世界の愚かさに。

 

 

男は笑う。

 

 

男は笑う。

 

 

男は笑う。

 

 

男は嗤う。

 

 

 

男は────

 

 

 

 

 

 

─────笑い続けた。

 

 

 

 




えぇ、何これ?

と思っても何も言わないで欲しい。


次回、『仲間達の決意』


アドバイス、感想、評価、よろしくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十一話 仲間達の決意

いやー、皆さんインフルエンザは大丈夫ですか?

私は、二日前にかかりました。


…………インフルエンザってマジできついですね。


死ぬかと思ったわ。


 

私立蛇女子学園、半蔵学院とは反対に悪忍を育成するための学園。

 

 

そして、もうひとつの目的が隠された場所でもある。

 

 

 

 

 

 

「ここが、蛇女子学園」

 

 

巨大な入口に一人の少女が立っていた、その少女の名前は雲雀。

 

 

何故、彼女がここにいるかというと。

 

 

数日前の襲撃の時に、返り討ちにあった柳生を助けようとした時に、敵であった女性────春花にピアスを渡された。

 

 

しかし、そのピアスには洗脳する能力があった。意識の無いまま、超秘伝忍法書を盗み出してしまった雲雀はこう言われた。

 

 

 

『あなたがこのままここに居ればどうなるかわからない………私たちのところに来てくれるなら助けてあげる』

 

 

そう言われた雲雀は必死に考えたのだ。自分が蛇女子学園に入り、超秘伝忍法書を取り返すと。

 

 

 

「…………でも、どうすれば?」

 

 

自分の前にある扉は開くわけもなく、誰かが来るまで待つしかない、それが雲雀の考えだった。

 

 

その考えは当たっていたが、例外があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すでに誰かがここにいる場合だ。

 

 

 

「────誰、だ?」

 

 

「っ!?」

 

 

扉に寄りかかるようにしていたのは、着込んだ男、紅蓮だった。紅蓮はボソリと呟くように声をかけた。

 

 

「善忍が、ここに、何のようだ?」

 

 

「あの………春花さんに言われたの、蛇女に来ないかって」

 

 

紅蓮は少し考えるような仕草をした後、あぁ、と呟きながら、扉に手を置いた。直後、ゆっくりだが、扉は開き始め、紅蓮は雲雀に向きなおった。

 

 

クイッ

 

 

何も言わないまま、こちらに着いてくるように、手招きをした紅蓮を呆然としながらも雲雀は後を追いかけた。

 

 

 

 

 

「あの…………」

 

 

「…………紅蓮、だ」

 

 

 

二人は校舎の中の長い廊下を歩いていた。雲雀は紅蓮に声をかけようとしてが、名前が分かっていなかった為、戸惑っていた。だが、見かねた紅蓮がボソリと自分の名前を教えたのだ。

 

 

 

「紅蓮さんは、ユウヤくんと同じ異能使いなの?」

 

 

その問いはある種の疑問があった。襲撃から次の日にユウヤは自身の戦った紅蓮について色々言っていた。その時にユウヤはこう発言していた。

 

 

『アイツには俺とちがうナニかがある』

 

 

ユウヤの言っていた、この謎も解けるかもしれない。雲雀は微かな期待を抱いていた。

 

 

 

 

「────違う」

 

 

「………え?」

 

 

返ってきた言葉に雲雀は唖然とする。紅蓮は雲雀に向き直ると、感情の無い声で淡々と口にした。

 

 

「俺は──とは、根本的なところから違う」

 

 

途中、風が窓を叩く音により遮られたが、雲雀はその言葉を確かに聞いた。

 

 

無言で歩き始める紅蓮を雲雀は小走りで追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、部屋には手紙とこのピアスしかなかった。」

 

 

ユウヤが雲雀の部屋でその二つを見つけた後、飛鳥達をいつもの部屋に呼びだしたのだ。そもそも雲雀の部屋に入った時は、若干一名が食って掛かり、詳しく教えろと言ってきた者がいた。それが誰かは言わない…………名前がやで始まる眼帯の少女だとは。

 

 

…………話を戻そう。

 

 

手紙には雲雀が超秘伝忍法書を盗んだと書かれていたのだ。

 

 

「……俺の予想だと、雲雀は蛇女の奴に操られたんだろうな」

 

 

ユウヤはピアスを握り潰し、中から出てきた洗脳装置を投げ捨てながら、話した。ユウヤの言葉に飛鳥達は強く頷いた。雲雀が裏切ったと信じられないのだろう。だが、ユウヤは静かに自身の推測と手紙の内容を述べた。

 

 

「そして、雲雀は蛇女に行った……………超秘伝忍法書を取り返す為に」

 

 

──同時に一人、動き出した。

その人物は普通ではない動きで駆け出し、窓から飛び出した。

 

とっさに、飛鳥はその人物の名前を口にした。

 

 

 

「柳生ちゃん!!」

 

 

 

 

 

 

 

柳生は走っていた。

 

邪魔な木々を避けながら、速度を遅くせず。

 

何処にいるか分からないが、関係ない。

 

自分の大切な存在を。

 

命を懸けてでも、探しだすと───「よぉ、待てよ。柳生」

 

 

「ッ!?」

 

 

ようやく気が付いた。

 

目の前に立っている青年、ユウヤの存在に。柳生の前に立つ彼を柳生は静かに睨み付けた。

 

 

 

「………どうやって見つけた?」

 

 

「飛び出した方向、足跡の向きから距離と速度を演算したからな。後は追いかけるだけだ。」

 

 

ここを使わねぇとなとユウヤは自身の頭を人差し指で叩いた。からかうような態度から一変し、真剣な顔つきでユウヤは諭した。

 

 

 

 

「柳生、少し落ち着け。今、雲雀がどこにいるか分からないぞ」

 

 

「………だが、それでも」

 

 

俯いていた柳生は顔を上げると、覚悟を決めた顔をしていた。

 

 

「それでも、俺は絶対に雲雀を助ける!そこをどけ!」

 

 

「…………馬鹿野郎が」

 

 

自身に傘を突きつける柳生にユウヤは悪態をついた。直後、自身の腕に鉄を纏わせ、傘を弾き飛ばした。そのまま柳生を取り押さえた。

 

 

 

「いいか、俺は別に助けに行くな、なんて言ってねぇ」

 

 

「……?」

 

 

暴れていた柳生はその言葉に動きを止め、疑問を抱いた。

 

 

 

「俺は傭兵、それ以前に男だ。やられたまま、じゃあ気分が悪い」

 

 

ニヤリと笑みを浮かべ、左腕を空に向かって掲げ、ぎゅっと握りしめる。

 

 

雲雀(なかま)を助け出して、ついでに超秘伝忍法書とか言う物を奪い返せばいいんだからな!」

 

 

高らかと宣言するユウヤに柳生は呆然としていた。

 

 

 

 

 

 

「────話は聞きましたわ」

 

 

木陰から飛鳥、斑鳩、葛城が現れた。隠れて話を聞いていた、その事実に柳生はともかく、ユウヤも絶句していた。

 

 

 

「…………え?おい、まさか…………何時からいた!?」

 

 

 

「ふふふ、『よぉ、待てよ』のところからです」

 

 

 

「最初からじゃねぇか!?あぁ、くそ!今思うと恥っずかしいな!?」

 

 

うがぁぁぁ!?と頭を抱えて地面に倒れこむユウヤを見て飛鳥は笑いをこらえ、対照的に葛城は大笑いをした。

 

 

 

「───でも、ユウヤくんの言う通りだよね」

 

 

「「………………」」

 

 

飛鳥の呟いた言葉に斑鳩と葛城は頷いて肯定した。

 

 

「雲雀ちゃんを助け出そうよ、私達の手で!」

 

 

「はいっ!」

 

 

「おうっ!」

 

 

「……………あぁ」

 

 

今の彼女達に迷いはなかった。仲間を大事に思う、意思があったからかも知れない。だが、彼女達にとっては気にすることではないだろう。

 

 

 

「あぁ、やってやろうぜ!お前ら!!」

 

 

何故なら、もう既に決意していたのだから。

 

 

大切な仲間を助けると。

 




───次回予告!

蛇女に潜入した雲雀は、紅蓮達と行動することになる。

その過程で雲雀は知ることになる。

裏で紅蓮達を、蛇女子学園を動かす、陰謀に────


「ほう?貴様は新入りの者か?」


次回、『蛇女子学園』


アドバイス、評価、感想、よろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十二話 蛇女子学園

普段あまり動かないせいで、今日部屋掃除で机持ち上げたら、腰と脚がつった……………。



本気で死ぬかと思ったわ。


「───着いたぞ」

 

 

ボソリと呟くような声音で紅蓮は雲雀(ひばり)に声をかけた。彼は扉の前に立っていた。

 

 

「………え?ここは───」

 

 

戸惑う雲雀を他所に、紅蓮は扉のドアノブを掴み、扉を開けた。

 

 

「久しぶりね、雲雀」

 

 

「春花の部屋、だ」

 

 

蛇女選抜チームの一人、春花は嬉しそうにしながら、部屋から出てきた。

 

 

 

「ここに来たということは………答えは出たの?」

 

 

春花は先程とはうって代わり、真剣な声で雲雀に問いかけた。雲雀は少しの間、目を閉じて、

 

 

 

 

 

 

 

「うん、………春花さん。雲雀、蛇女に、春花さんたちの仲間になる」

 

 

蛇女に入ると決断をした。

 

 

「……………そうか」

 

 

「そう………懸命な判断ね」

 

 

雲雀の決断に、紅蓮と春花は納得したように反応をする。

 

 

(これは雲雀にしか出来ないこと。蛇女に入って隙を見て超秘伝忍法書を取り戻してみせる)

 

 

 

雲雀は自分の目的を果たそうと、心の中で再度決意を抱いた。

 

 

 

 

(まぁ、魂胆は見え見えだけど、しばらく付き合ってあげるわ。…………面白そうだし。ふふふ)

 

 

 

(………春花も理解しているのか?………ならいいと思うが)

 

 

 

だが、二人に感づかれていることは、雲雀はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

「ここが、訓練所だ」

 

 

仲間になると決めた雲雀のために、紅蓮と春花は案内をしていた。だが、紅蓮は不満そうに呟く。

 

 

「本来なら、まずは、あの方に、紹介するつもりだったがな」

 

 

「別にいいじゃない、鈴音先生も出掛けてるし、あの方も今は忙しいんでしょ?」

 

 

項垂れる紅蓮に春花は少し嬉しそうに説得をしていた。雲雀は訓練所で少女達が行う訓練に息を飲んだ。

 

 

「………それで、いつまで、隠れてる?」

 

 

ため息を漏らした紅蓮はおもむろに後ろの木々に声をかけた。

 

その直後に、木々から飛び出した4つの人影が地面に着地をした。

 

 

 

「新しく入ったお前に、紹介をしよう。眼帯を着けているのが、未来。さっきから無表情のこいつが、日影。そして、お嬢様みたいなのが、詠だ」

 

 

 

紅蓮の紹介に、未来は不満そうにそっぽを向き、日影は同じような無表情を浮かべ、詠はニコニコと笑みを浮かべる。

 

 

「最後に…………この褐色ポニーテール(脳筋バカ)が、焔だ」

 

 

「おい、今バカって言ったか!?」

 

 

「きのせー、きのせー」

 

 

その紹介に憤慨する焔を紅蓮は適当に流していた。その時、紅蓮の目が笑っていないことを雲雀は視認していた。

 

 

「新入り?この子、半蔵学院の忍ですわ」

 

 

「あら、私がスカウトしたのよ」

 

 

二人の問答を他所に詠が思い出したかのように聞き、春花は全員に詳しい事情を説明した。

 

 

「………本気なのか?」

 

 

「はっ、はい……もう半蔵には戻れませんから」

 

 

焔の問いに雲雀は少し怯えながらも答えた。

 

 

「そうか、では今日からお前は私達の仲間だな」

 

 

あっさりと仲間と認める焔達に雲雀は驚愕を隠しきれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「雲雀、良いこと教えてやる。実はこいつ、さっき俺に挑んできてボロクソ負けてるからな」

 

 

「何かお前、冷たくないか!?」

 

 

陰口を言うように紅蓮は雲雀に耳打ちをした。それを見逃さなかった焔は戸惑いながらも、紅蓮に突っかかる。

 

 

 

 

「冷たい?………当然だろ」

 

 

その直後、紅蓮の様子が明らかに変わった。全身に着込んでいた服から凄まじい程の熱気があふれでる。そして、親の敵を見るような憎悪の視線を浮かべ、勢いよく焔に指差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、俺の『期間限定ふっくら手作り生クリーム大増量バニラアイスシュークリーム六個入り』を食っただろうが!!」

 

 

 

 

「───────え?」

 

 

修羅場を予想し、慌てていた雲雀は、その事実をよく理解できなかった。まぁ、ある意味、修羅場なのだが。

 

 

「なっ!?それくらい別にいいだろ!!」

 

 

「一個だけなら妥協はしたさ。だが!お前、全部食った癖になに言ってるんだ!!」

 

 

「また買えばいいじゃないか!!」

 

 

「『期間限定』なんだよ!!もう売ってないだろ!!」

 

 

物凄い勢いで取っ組み合いを始める焔と紅蓮。それを見ている選抜チームの皆さん。そして、混乱している雲雀。

 

 

………二人の取っ組み合いは半時間もの間、続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない、迷惑をかけた」

 

 

訓練所を後にし、紅蓮は着いてきた雲雀と春花に平謝りをした。雲雀は

 

 

 

 

「………どこに行くんですか?」

 

 

「仲間と決まったからな、あの方にご紹介をする」

 

 

────あの方、

 

何度も聞いたそのフレーズに、雲雀は疑問を抱いた。

 

 

 

「………そういえば、雲雀はまだ知らなかったのね」

 

 

春花がそう言ったと同時に、目の前の扉がゆっくりと開いた。

 

その部屋は明かりがついていない周りが暗く、部屋の広さを確認することができなかった。

 

 

 

 

「────選抜チーム『焔紅蓮隊』紅蓮、春花、御用があります」

 

 

紅蓮と春花は真剣な顔つきになり、その場で頭を垂れた。

 

 

 

 

「………ご苦労だったな、よく頑張ってくれた」

 

暗闇から声と共に、現れた。

 

銀色のローグコートを着た黒髪の男だった。よく見れば、男の両腕には機械のような腕があった。そして、男は藍色に輝く瞳を立ち尽くしている雲雀に向けた。

 

 

 

 

 

「………で、その娘は?」

 

 

男は興味深そうに雲雀に視線を向けた。その視線に雲雀は違和感を感じた。

 

 

 

───黒いナニかが蠢いてる……その視線に。

 

 

 

「春花がスカウトしてきた者です。才能もあります」

 

 

頭を垂れた状態のままで、紅蓮は男にそう答えた。男はそうか、と呟くと顎を撫でて考え込んでいた。

 

 

 

 

 

「フム、新しく入ってきたのなら、自己紹介をしよう。オレはカイル、この蛇女子学園の最高権力者だ」

 

 

混乱する雲雀に男、カイルは両腕を広げ、歓喜するような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………よろしいのですか?」

 

紅蓮達が雲雀の紹介を終えた後、すれ違うように一人の女性が入ってきた。その女性はその話を聞き、

 

 

 

「鈴音先生か…………どういう意味かな?」

 

 

椅子に背中をかけてくつろいでいたカイルは、鈴音に対してそう聞いた。

 

 

「いや、にわかに信じがたい話で………」

 

 

「まぁ、別にいいだろう。邪魔になるなら、始末すればいいだけだからな」

 

 

機械の腕をクイクイと動かしながら、物騒なことを言うカイルの言葉に鈴音は頭を下げて部屋から出ようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ところで、鈴音先生。少し話があるんだが」

 

 

そして、扉の前で呼び止められた。

 

鈴音は表情を変えずに、くつろぐカイルに振りかえる。そして非難の視線を向けた。

 

 

「………次の訓練の準備があるんですが」

 

 

「安心してくれ、すぐに済む」

 

 

軽い口でそう答えるカイルに鈴音はドアノブに手を置き、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スパイごっこは楽しかったかな?元半蔵学院の善忍 凛とやら」

 

 

────戦慄した。

 

 

 

「オレが貴様の秘密を理解していないとでも思ったか?全て知っているさ、貴様が半蔵学院に情報を漏らしたこともな」

 

 

くだらん、と吐き捨てるように立ち上がるカイルは先程とは別人のように変わっていた。

 

 

 

「───クッ!」

 

 

鈴音は懐から忍が常時持っている武器、苦無を両手に持ち、カイルに向けた。

 

 

 

途端に、後ろの扉から数人の忍が飛び出し、鈴音を囲んだ。

 

 

 

 

「抵抗は止めて下さい、先生」

 

 

「私達も貴女を殺したくはない」

 

 

一人対数人、明らかに不利な状況に、鈴音は素直に苦無を地面に落とした。

 

 

 

 

「悪いな、鈴音先生。オレの計画、望みの邪魔をされたくなかったからな」

 

 

 

両腕に錠を付けられた鈴音にカイル近寄って謝罪をした。だが、その謝罪は心からのものではない。ただ、目の前の部下(裏切り者)に向けた侮蔑だったのだから。

 

 

「────計画?」

 

 

だが、鈴音───いや、凛には引っ掛かることがあった。それはこの男の計画、目的が何なのかを理解していなかった。

 

 

「いい機会だ、短い余生に免じて教えてやろう!オレの計画の目的を」

 

 

 

カイルは嗤う。もうすぐ叶う自分の望みに興奮を抑える為に。そして、大声を張り上げた。

 

 

 

 

 

「───神々の奇跡、『聖杯』を手に入れる、そしてオレの望みを叶える!それがオレの目的だ!」

 

 

 

カイルは高笑いを周りに響かせ、歓喜の表情を浮かべた。だが、まだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

カイルの『聖杯』に執着する狂気と歪みを。

 

 




蛇女子学園の黒幕たる存在、カイル。


その存在を知らないユウヤ達は雲雀を助け出すために蛇女子学園への潜入を決行する。


次回、『蛇女子学園 潜入』


アドバイス、評価、感想、是非よろしくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十三話 蛇女子学園 潜入

いやー、この小説を読んでくれている皆様、ありがとうございます!



なんとか完結までさせるで、是非ともこの小説をよろしくお願いします!!


蛇女子学園は現在、警戒体制がとられていた。半蔵学院の善忍を侵入させないためのものだった。

 

それは入口たる大門でも、同じだった。

 

 

「…………暇だな」

 

 

「ちゃんと見張れ」

 

 

門番をしている二人はこういう他愛のない話をしながら、見張りをしているのだ。

 

 

「………………?」

 

 

その内の一人が眉を潜めた。自身の耳に靴を擦るような音がしたからだ。不安に思い、もう一人に声をかけるが───少し遅かった。

 

 

 

「………おい───ギィッ!?」

 

 

「なに?─────ガッ!?」

 

 

ほぼ同時に二人は地面に倒れ込んだ。体も動かずに、ビクビクと痙攣をしている。

 

 

 

「─────悪いな」

 

 

二人を動けなくしたユウヤはそう呟く。彼が流した電気は少しの間、動けなくする程の強さなのだ。

 

 

 

「さて、大丈夫か?あいつらは」

 

 

 

 

 

 

数時間前、

 

 

「蛇女に向かうことになったけど…………どう行くんだ?」

 

 

霧夜や半蔵にも蛇女子学園に潜入して、雲雀を助け出すことを認めてもらえた飛鳥達にユウヤはそう質問した。

 

 

「やっぱり忍だから、近くまで徒歩で接近して───」

 

 

「飛んでいくんだよ?」

 

 

「は?」

 

 

あっけらかんと言う飛鳥にユウヤは目を丸くした。

 

 

「え………は、マジで?」

 

 

「うん、こういう(カイト)を使って……………どうしたの?」

 

 

今までにないくらい、ガタガタと震え出したユウヤに飛鳥達は戸惑いながらも声をかける。

 

 

「─────飛ぶの?その(カイト)とやらを使って?マジで?空を?」

 

 

「え?ちょっと、ユウヤくん!」

 

 

虚ろな瞳になったユウヤの体を飛鳥は力強く揺らしていた。

 

 

「飛ぶでござるか、空を………ハッ!俺は一体何を!?」

 

 

 

ようやく正気に戻ったユウヤに飛鳥達はホッとする。そして先程のことについて飛鳥は聞くと、ユウヤは俯いて答えた。

 

 

 

 

 

 

「俺…………高所恐怖症なんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、今に遡る。

 

 

「おかしいだろ。にん■まとか、バジ■スクとかの忍者は空飛ばないよ?異常だろ」

 

 

蛇女へと全力疾走でついたユウヤは鬱憤を晴らすかのように愚痴を漏らす。そしてユウヤは、大門を開けて、学園の中に侵入した。

 

 

「で、何処にいるんだ?あいつら」

 

 

困ったかのように眉をしかめるユウヤは塀に近くを沿って歩いていた。

 

だが、忘れてはいけない。

 

 

 

 

 

「居たぞ!侵入者だ!」

 

 

ここが既に敵陣であることを。

敵にとって侵入者たる自分を見逃しておく理由が無いのだから。十数人の悪忍達が攻撃を放ってくる。

 

 

「くそッ!」

 

 

突破をするしかない、

そう認識したユウヤは脚に力を込めて、弾丸のように彼らに突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────やはり、あいつらでは足止めしか出来ないか」

 

 

画面に写っている戦いの様子を眺めながら、カイルは椅子に座り込んでいた。

 

 

「ふん、まぁ期待はしていないからな」

 

 

カイルは適当な調子で切り捨てる。

だが、彼の顔には少しの苛立ちが浮き出ていた。

 

 

「毒は────同じ毒を以て制するべきだな」

 

 

苛立ちを抑えるように額に手を置いたカイルは、ボソリと呟いた。

 

 

 

「────出でよ、選抜チーム」

 

 

 

暗闇から五つの影が飛び出してきた。

五つの影、焔、詠、日影、未来、そして紅蓮は深く頭を垂れた。

 

 

「俺は敗北を許さない、それは決定事項だ」

 

 

冷やかな瞳で五人を見下ろしたカイルは両腕を広げる。

 

 

「『軛の術』………………忍術には精通が無いが、これぐらいは使用できる」

 

 

ニヤリとカイルが笑みを浮かべた。

他の人が見れば恐怖を抱くような邪悪な凶悪な笑みを。

そして、五人は一瞬だけ顔を歪める。

 

 

『軛の術』

それは蛇女の司令官が行える呪いとも呼ばれる術。この術は本来蛇女に所属する全員にかけられる脱走などを防ぐ為のものだが、司令官は自由に発動条件を変更できる。

 

 

「俺が倒される、もしくは超秘伝忍法書とやらが奪われる。そうなれば貴様らも死ぬ。分かるだろう?」

 

 

歌うような声はすぐさま変わる。

そして、優秀な者達(使える道具)に冷酷な命令を下した。

 

 

「お前達に命令を下す、

 

 

 

 

 

 

 

侵入者を排除しろ」

 

 

「「「「「ハッ!」」」」」

 

 

五人はカイルの言葉を聞くと同時に、外へと飛び出していった。

 

その様子を見届けたカイルは部屋の入口付近に目を向けた。そして、大きな舌打ちをする。

 

 

「……………逃げたか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城内にて一人の少女、雲雀が駆け回っていた。

 

 

「早く、みんなに知らせないと!!」

 

 

超秘伝忍法書を取り返すために、彼女は捜索活動を行っていたのだ。

 

 

そして、先程のカイルの言葉を聞いたのだ。

 

 

『俺が倒される、もしくは超秘伝忍法書とやらが奪われる。そうなれば貴様らも死ぬ。分かるだろう?』

 

 

 

沢山の人の命を思い通りに、操ろうとするカイルに戦慄を抱きながらも、雲雀は走る。

 

 

自分の仲間である、ユウヤや飛鳥達にこの事を伝えるためにも。

 

 

 

 

 

「あら、どこに行くのかしら、雲雀?」

 

 

「春花さん!?」

 

 

その前に選抜チームの一人、春花が立ち塞がった。先程あの場にいた彼女が気付いているのか分からない。だから、何とか誤魔化すしかなかった。

 

 

「どうしたの、そんなに慌てて?」

 

 

「あっ、いえその、道に迷っちゃて…………」

 

 

優しそうにニコニコと笑みを浮かべる春花に雲雀は焦りながら、苦し紛れの言い訳をした。

 

 

 

「うふふ、そう…………嘘つきね、雲雀」

 

 

だが、とっくにバレていたのだ。雲雀のしようとしていたことも。

 

 

「ひゃっ!?」

 

 

雲雀は春花が瞬時に出した紐で縛られて、吊し上げられた。そして、春花はニッコリと笑い、悲しそうな声で呟いた。

 

 

「ごめんなさいね。でもこれは、貴方のためなの。貴方が敵になって───」

 

 

 

───あの方、司令官に殺されないように。




実を言いますと、春花はカイルの真実に気付いてるんですよね。だから、雲雀を敵対させたくないのですよ。


まぁ、ある程度の方は気付いてるかもですね。



次回、『互いの敵』

アドバイス、感想、評価、是非ともよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十四話 互いの敵

グフッ、あと少しで、この話が、ある程度、まとまる………。



キツいよ…………本気で、時間と、気力が、足りないッ!


『電気衝撃波』(ボルト・ブラスター)ァ!!」

 

 

両手を組んで押し出すことにより、圧縮された電気の空気砲が放たれた。その空気砲は一直線に進み、悪忍達を吹き飛ばした。

 

 

「チィッ!数が多いな、おい!」

 

 

ギリィと奥歯を力強く噛んだユウヤは、悪態をつきながら、両手で銃の形を真似てみせ、人差し指から電気を飛ばした。

 

 

(……………このままじゃ、押しきられるな)

 

 

先程の攻撃で悪忍達も統率がとれずに乱れているのが分かる。今なら撤退が可能だろう。

 

 

「───だが、ただじゃしねぇよ!」

 

 

ユウヤは地面を殴り、周りに砂を散らした。何故ユウヤが砂を散らしたのか、それは理由がある。

 

彼が散らした砂の中には、砂鉄があったのだ。

 

ユウヤの異能は『電気』、電気は金属に通りやすい。

 

 

つまり、今空中に舞う砂鉄に電気を通すと───

 

 

 

 

「今決めた大技!『電気連結磁場』(ボルター・チェイン)!!」

 

 

 

 

莫大な電気が、空気中に流れた。そして流れた電気は彼らの前の壁を崩した。

 

 

瓦礫の山が完全に道を塞いだ。通るのには時間がかかるだろう。

 

 

 

「…………よし、この技封印だな!」

 

 

ニッコリと満面な笑みでユウヤはそう決断した。

 

 

 

 

 

 

 

「ユウヤくん!」

 

 

「飛鳥!お前ら!」

 

 

塀を沿って歩いていたところ、ユウヤは飛鳥たちと合流した。

 

 

「なるほど、ここが入口ってわけか」

 

 

隠し通路のようなものにそう呟くユウヤに飛鳥は催促した。

 

 

「ユウヤくん、早く行こうよ!」

 

 

「あぁ、分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───だが、その前に」

 

 

ユウヤが足で薙いだ。

その直後、真っ二つに切れた爆発物が彼女たちの前に落下し、爆発した。

 

 

「───やはり、気付いていらしたのですね」

 

 

呆然としていた飛鳥たちは声のする方を向くと、一人の少女が立っていた。

 

 

「誰だ?テメェは」

 

 

「?…………あぁ、そうでした。貴方とは初対面でしたわね」

 

 

警戒を緩めずに睨みつけるユウヤに少女はクスリと笑う。ユウヤが警戒をする理由は、少女が軽々しく持つ巨大な大剣だった。

 

 

「私は蛇女子学園選抜チームの一人、詠ですわ。あの方のご命令で、丁重におもてなし致しますわ」

 

 

少女はそう言うと、大剣の先をユウヤ達に突きつけた。

 

 

「ふっ!」

 

 

飛び出した斑鳩が詠に斬りかかり、詠はそれを大剣で防いだ。

 

 

「斑鳩先輩!?」

 

 

「皆さん、ここは私にお任せを!忍結界!」

 

 

驚くユウヤ達に斑鳩はそう言うと斬りあう詠を連れて結界に転送した。

 

 

「…………先を急ぐぞ!」

 

 

ユウヤの言葉に飛鳥達は答え、先を進む。一本道を通っていた途中で、

 

 

「うわぁぁ!?」

 

 

「くっ!?」

 

 

床がパックリと開き、後ろを走っていた葛城と柳生が落下する。

 

 

「かつ姉!柳生ちゃん!」

 

 

「待て!飛鳥!」

 

 

慌てて落下した葛城と柳生を助けようとする飛鳥をユウヤは止める。

 

 

「俺達の目的を忘れるな」

 

 

抗議をしようとする飛鳥にユウヤはハッキリとそう言った。その言葉に飛鳥は無言になった。

 

 

「そうだぜ、飛鳥!アタイたちを気にするな!」

 

 

「あぁ、雲雀を頼む」

 

 

穴から答える二人に飛鳥は口を噛み締め、ユウヤは無表情で走っていった。

 

 

「………………すまない」

 

 

ボソリとそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

一方、雲雀は春花に捕まり、牢に捕らえられていた。そして、春花に『軛の術』について言うが、彼女は雲雀の期待を突き放した。

 

 

 

「………私たちはあの方に救われたの」

 

 

そして、呆然とする雲雀にそう告げた。それと同時に語り始めた。自分の過去を。かつて春花は自分の親との関係にて自暴自棄になり、自宅を放火しようとした。その時、『あの方』に出会ったのだ。

 

 

 

『ほう、才能はあるな。このまま死なせるのも勿体無い』

 

 

『そこの小娘、お前に生きる理由を与えよう』

 

 

あの方、カイルは春花を蛇女へと入学させ、力を与えてくれた。彼が自分達をどう思っていようと関係はないと。

 

 

「…………でも、そんなの間違ってる!!」

 

 

だが、雲雀は認められなかった。自分の姉ように思えた春花や蛇女の皆には死んでほしくはないのだ。

 

 

「なら、どうするっていうのかしら?」

 

 

真剣な顔つきで見つめる春花に雲雀はグッと目を合わせた。

 

 

「春花さんを………雲雀が絶対に止める。止めてみせる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛鳥、ここからは分かれ道だな」

 

 

目の前には階段と一本道があった。ユウヤのこの先の道を見て告げる言葉に飛鳥は理解していた。この先にお互いの敵がいることを。

 

 

 

「ユウヤくん」

 

 

歩き始めたユウヤは飛鳥の言葉に足を止めた。そして、ゆっくりと飛鳥の方を向く。

 

 

「絶対に、勝とう!」

 

 

「………当たり前だろうが」

 

 

素っ気なく呟いたユウヤに飛鳥は苦笑いを浮かべ、一本道に向き直った。

 

 

「気を付けろよ」

 

 

階段に登り始めるユウヤは飛鳥にそう声をかける。飛鳥は笑顔で頷くとそのまま一本道を駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………来たか」

 

 

階段の先にあった部屋の奥の柱。そこに服を着こんだ一人の男、紅蓮が寄りかかっていた。

 

 

「おう、悪いな。少し時間がかかってよ」

 

 

「………………」

 

 

軽口を叩くユウヤに紅蓮は無言で答えた。その様子にユウヤは苦笑いを浮かべた。

 

 

「それよりも、分かったぜ」

 

 

「……………何がだ?」

 

 

目を細め、疑うかのような視線を向ける紅蓮に、ユウヤは笑いを消して、真剣な声音で答えた。

 

 

 

「テメェの正体が」

 

 

 

その言葉に紅蓮は目を見開いて反応した。だが、すぐに平然に戻る。いや、少し違かった。

 

 

その言葉は紅蓮の何かに触れた。

 

 

「それが、どうした?」

 

 

 

ジュッと何かが焼けるような音が耳に入る。周りを見渡すと、所々から火が出現し、燃え始めていたのだ。

 

 

「別にどうでもいいだろ」

 

 

炎が燃え盛る。

 

 

炎が渦巻く。

 

 

炎が部屋の中を包み込んだ。赤に支配されたその世界の主、紅蓮は着込んでいた布を剥いだ。隠されていた顔にはかつてあった火傷が存在していない。

 

 

「だって、やることは決まっている」

 

 

濁った瞳がゆっくりと開き、ユウヤを睨み付ける。炎が集まり、業火と化した。

 

 

 

「俺達の敵を、焼却する!!」

 

 

業火が空気を焼きながら、全てを焼き尽くさんと、唸り始めた。

 

 

「焼却?やってみろよ」

 

 

ユウヤは鼻で笑い、腕を鳴らす。そして、ユウヤの体からバチバチと電気が流れ始め、完全な帯電状態となる。

 

 

二人が構えをとると同時に、炎と電気が周りを呑み込もうとする。その現象の中心たる二人は互いを睨み付ける。

 

 

「残念ながら、勝つのは俺だ!!」

 

 

「結構、勝利は俺の手で掴みとってやるよ!!」

 

 

 

そして今、炎と電気が互いを倒すために、ぶつかり合った。




『電気』のユウヤ、『炎』の紅蓮が、互いの目的、使命のために戦う。


だが、ついに『光』が動き始める。



次回『蛇女の異能使い』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十五話 蛇女の異能使い

好きなゲームのデータが永久消滅したので、哀しみと怒り、憎しみを胸に抱き、泣きながら小説を書きました。





おのれ、わが友達!!


激しい戦いの中、後ろに退避した紅蓮は腕を捻った。

 

 

 

「呑み込め!『業火・溶熱渦』!!」

 

 

周りの炎を吸収しながら、大きさを変えていく炎の渦が、ユウヤを文字通り呑み込もうとする。

 

 

「くッ!」

 

 

炎の渦を消し飛ばそうと攻撃をするが、渦に呑み込まれ、攻撃が打ち消される。

 

 

『電気槍撃』(ボルト・スパイラル)!」

 

 

ユウヤの両手から作り出された電気の槍は投擲すると、勢いよく炎の渦に突っ込んだ。

 

 

そして、爆発を代償に炎の渦を打ち消した。だが、その直後、ユウヤは理解した。

 

 

 

(…………何処だ?)

 

 

周りには燃え盛る炎しかない。そう、先程の炎の渦は囮、自分が隠れるためのデコイだったのだ。

 

 

───後ろから、地面を擦るような音がした。

 

 

「ッ!」

 

 

瞬時に体を捻ると、後ろから炎を纏った刀が突きだされた。奇襲に失敗した紅蓮は戸惑うこともなく、もう一撃をユウヤの腹に打ち込もうとした。

 

 

「ッ、ルァ!!」

 

 

ユウヤは更に全身を捻らせ、一回転をすると、紅蓮の側頭部に蹴りをいれた。紅蓮は吹き飛ばされ、壁に激突する。

 

 

「悪いが、まだ終わっていない」

 

 

攻撃を受けた紅蓮はゆっくりと機械のように起き上がった。

 

 

「なぁ、少しだけ聞いていいか?」

 

 

ユウヤの問いかけに紅蓮は目を細めた。それは抗議のつもりかもしれないが、やれやれと首を振ると近くの柱に寄りかかった。

 

 

「かつて、半蔵学院に襲撃してきた際に俺は霧夜先生にテメェのことを調べてもらった」

 

 

紅蓮は、なるほどと頷く。それは納得したという意味ではなく、他人の話を聞くときにするものである。

 

 

「────無いんだよ」

 

 

 

「?……一体何が────」

 

 

「紅蓮という人間の記録がな!」

 

 

その言葉にはユウヤの言いたいことがあった。たとえ、忍でも基本、表社会で暮していく。ならば、戸籍などが必要なはず。

 

 

目の前の男、紅蓮には戸籍などが無い。消去されたわけでも、隠蔽されたわけでもない、存在していないのだ。

 

 

 

「─────紅蓮、お前は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何者なんだ?」

 

 

 

ユウヤは俯く紅蓮にそう問いかける。だが、その問いの答えは言葉ではなかった。

 

 

ドゴォンッ!!

 

 

爆発が起こった。その爆発により、床が崩れ始めた。足元が崩れ、落下しそうになったユウヤは手を伸ばし、崖を掴んだ。

 

 

 

 

「ッ、…………ガ」

 

 

崩れた穴を見下ろすと、ユウヤは崖に上がろうとする。そして、ユウヤの元に紅蓮は静かに歩み寄る。

 

 

 

 

「────そうだな、答えるよ」

 

 

今にも落ちそうになるユウヤを見下ろして、紅蓮はそう答えると自身の服を脱ぎ捨てた。その行為を疑問に思っていたユウヤは─────目を疑った。

 

 

 

 

紅蓮の上半身の胸部には紅く光り鼓動する、結晶が埋め込まれていた。普通の人間に存在しない露出したそれは、まるで心臓のように蠢いていた。

 

 

 

直後、ユウヤの掴んでいた岩が崖から離れ、ユウヤは穴に落ちた。必死に手を伸ばすが、届かずに空振った。

 

 

穴に落ちるユウヤは紅蓮の言葉を聞き逃さなかった。

 

 

 

「俺は、『造られた人間(ホムンクルス)』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、ユウヤと別れた飛鳥は、先の部屋にいた焔と戦い、何とか勝利してみせた。

 

 

───そして、異変が起こった。

 

 

「え!?」

 

 

「な!?」

 

 

飛鳥と焔を淡い光が包み込んだ。瞬時のことに反応出来ずにいたが、すぐに視界が晴れた。

 

 

「…………ここは?」

 

 

そこは、研究室のような場所だった。複数のカプセルが並び、中には液体と人のようなものが入っていた。

 

 

「飛鳥さん!?」

 

 

「斑鳩さん!?皆!?」

 

 

周りを見渡すと、斑鳩達が走ってきた。他にも蛇女の選抜チームの者達がいた。困惑した飛鳥は詳しく話を聞こうとするが、

 

 

 

 

 

 

 

 

「────流石だな、半蔵の忍ども」

 

 

部屋の中に、声が響き渡る。戸惑いながら、その声の方を向こうとした────

 

 

 

 

「ッ!避けろ!」

 

 

何かを察した焔が飛鳥を突き飛ばした。突然のことに、理解できずに地面に倒れ込む飛鳥は、焔に疑問の声をかけようとする。

 

 

 

 

 

「ぐぁぁぁぁ!?」

 

 

飛鳥のいた場所にいた焔が無数の光弾に呑み込まれる。いや、呑み込まれたのは焔だけではない。蛇女の選抜チームの者達もだ。

 

 

「焔ちゃん!」

 

 

光の柱が消失し、ボロボロになった焔が地面に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

「ふん、外したか。…………まぁ、別に構わんがな」

 

 

部屋の奥からコツコツと足音が響く。そして、姿を現したのは、灰色のような黒髪の男。

 

 

「………貴方は!?」

 

 

「……………蛇女学園の最高権力者、

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、『光』の異能使い、カイルだ」

 

 

男、カイルの存在を知らなかった飛鳥の問いかけに、カイルは着ていたロングコートを翻し、ニヤリと笑う。新たに現れた異能使いに飛鳥は驚愕するが、カイルは動き出した。

 

 

「本来なら、貴様らをここで始末してやるのが道理だが、ここまで頑張ったのだ。面白いことを教えてやろう」

 

 

カイルは近くにあったカプセルに歩み寄り、そのカプセルに光を当てた。

 

 

 

───中には人がいた。

液体の中で眠るように浮いている人間が。周りのカプセルにも同じように人が入っているのが見える。

 

 

「俺の望みは、『聖杯』を手に入れる。その為には、戦力が足りない」

 

 

忌々しそうにカイルは吐き捨てる。

 

 

「だから、俺は生み出した!人を、異能を使える人間を造り出す、その技術を!!」

 

 

歓喜するように、そう謳った。その目にあったのは、単純な感情─────憎悪だった。

 

 

「それでようやく、完成したのが……………試作品(プロトタイプ)、紅蓮だ」

 

 

その言葉に、焔達は目を見開き絶句した。だが、カイルはそんなことお構いなしに話を続ける。

 

 

「何千人の『人造人間(ホムンクルス)』が適合できずに処分したが、紅蓮はその中で自我を持ち、『炎』と適合した」

 

 

───何千人ものホムンクルスを処分した。

あっさりと言っているが、この男は沢山の命を奪っていると宣告した。そんなことが許されるはすがないというのに。

 

 

 

「そして、俺はあと少しで異能を使うホムンクルスを生み出すことができる!!」

 

 

 

戦慄している飛鳥たちを、他所にカイルは酔いしれるように高笑いを響かせる。笑い、笑い、笑い─────止まる。

 

 

 

 

「──だから、貴様らにはここで死んでもらおうか」

 

 

あっけらかんと外食をするかのような調子でカイルは死の宣告を告げる。動けない飛鳥たちに向けて、機械の腕を向けて、

 

 

 

 

 

 

 

「───カイル様!!」

 

 

部屋の奥から声が響く。奥にいたのは、着込んでいた服を捨てて、疲れたように息が荒い、紅蓮だった。

 

 

 

そして、紅蓮を見たカイルは周りを見渡し、邪悪な笑みを浮かべた。




人造人間(ホムンクルス)』だった紅蓮。その過去が明らかになる。


───そして、彼は選択する。



次回『人形の意思』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十六話 人形の意思

まさか、一日に2話投稿できるとは思ってなかった………


───少年が覚醒したのは、ガラスの中だった。

 

 

目が開き、周りを見渡す。

 

…………やはり、同じだった。右にも左にも同じようにガラスの中に入っている人がいた。

 

 

 

 

 

ガラスが開き、液体と共に外へと出た。

 

 

「───か、は」

 

 

外に出ると急に苦しくなり、口を押さえる。過呼吸になりかけながらも、何とかゆっくりと呼吸が出来るようになる。

 

 

「───ほう?驚いたな」

 

 

目の前に、男が立っていた。男は興味深そうな声をあげ、少年の顔を覗き込むように、しゃがみこむ。

 

 

 

「『人造人間(ホムンクルス)』が自我を得た?…………成る程な」

 

 

小難しい言葉を呟き、考え込んでいた男はゆっくりと立ち上がり、少年を見下ろす。

 

 

 

「個体名、KF.H-5641………だったか」

 

 

「────?」

 

 

少年はその奇妙な単語に疑問を抱く。その少年の様子に気付いた男は頭を掻きながら、コートのポケットを弄る。

 

 

 

「貴様の名前だが、オレも少し興味が湧いた─────生きたいか?」

 

 

その言葉はどういう意味があったかは分からない。だが、答えは既に決まっていた。

 

 

 

「生、き───た──い」

 

 

蚊の鳴くような小さな掠れ声で少年は強く呟いた。聞こえるか分からない声だったが、男は聞こえていたのだろう。満足そうにポケットから『とあるもの』を取り出した。

 

 

 

「…………なら、貴様に与えよう────『炎』を」

 

 

男は機械の腕で持っている小さくユラユラと燃える火を、少年の体に押し当てた。火が少年の体を焼くことは無かった。ズブリと少年の体に沈んでいった。

 

 

 

直後、重かった体が軽くなった。ゆっくりと両腕を使い、慎重に起き上がる。まるで、体そのものが変わったような感覚だった。

 

 

「フム、適合したか」

 

 

落ち着いた言葉の割には、嬉しそうに笑う男は少年に問いかけた。

 

 

「さて、貴様のことだが……………いちいち個体名で呼ぶのは面倒だ。だから、名前をつけてやろう」

 

 

だが、少年には男の言葉が聞こえていなかった。少年は見とれていたのだ。先程の火に。

 

 

男はそれに気付くと、成る程と呟く。そして、少年に声をかけた。

 

 

「決めたぞ、貴様…………いや、お前の、新しい名前を」

 

 

ハッと少年が振り返った。唖然としている少年に男は告げた。これから少年が死ぬまで名乗り続ける名前を。

 

 

 

 

 

「紅蓮、炎を使うことになるお前にはうってつけの名前だろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ………はぁ………」

 

 

今現在、彼は苦しそうに胸元を押さえながら、歩いていた。

 

 

彼の異能には欠点が一つあった。

 

 

 

単純なもの────時間制限だ。

彼はユウヤとの戦いで異能を使いすぎたのだ。その代償として彼は頭が砕かれるような激痛に襲われている。

 

 

 

それでもなお、彼が休まないのには理由があった。

 

 

 

「………焔は、皆はどうしたんだ?」

 

 

仲間である少女たちの存在があったからだ。

 

 

 

 

──彼女たちは仲間というものを教えてくれた。

 

 

──彼女たちは忘れられない思い出をくれた。

 

 

──彼女たちは希望を与えてくれた。

 

 

だからこそ、彼女たちのためなら、自分は────

 

 

そう考えた途端、目の前に扉があった。その扉を力ずくでこじ開ける。激痛を押さえながら、叫んだ。

 

 

 

「────カイル様!!」

 

 

侵入者である少女たちと大切な仲間の目の前にいる、その男の名前を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………紅蓮か、お前の相手はどうした?」

 

 

カイルは軽い口調で紅蓮に聞いた。その言葉に飛鳥たちは息を飲んだ。彼の言う相手が、ユウヤだと分かっていたから。紅蓮はチラリと飛鳥たちを見ると、すぐに答えた。

 

 

 

「───始末、しました」

 

 

途切れ途切れの言葉に、飛鳥たちは目を見開いた。信じられなかったのだ。自分達より強かったユウヤが倒されたことに。

 

 

「よくやったな…………悪いが、少し頼まれてくれるか?」

 

 

「何、ですか」

 

 

褒め称えるような言葉から一変し、頼み事をし始めたカイルに紅蓮は頭を押さえながらも答えた。

 

 

「安心しろ、簡単な頼み事だ」

 

 

優しく笑うカイルは機械の腕を上げて、指を指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────は」

 

 

指を指した方を見た紅蓮は、絶句した。まぁ、無理もないだろう。

 

 

 

 

「そこにいる、役立たずどもを殺せ」

 

 

カイルが指を指した方にいたのは他でもない、ボロボロの焔達だったのだから。

 

 

 

「そいつらは侵入者に負けた。負けた者には用などない」

 

 

カイルの冷酷な宣告に焔達の顔が強張った。紅蓮は限界だったのか、膝をついた。彼は否定するように呟く。

 

 

「でも……………そいつらは、俺の────」

 

 

 

 

 

 

「忘れたのか?」

 

 

空気が凍ったような感覚に陥った。カイルには容赦がない。自分の目的を叶える為なら何でもする…………人を殺すのも厭わない。

 

 

 

 

「貴様を作ったのはオレだ、貴様は人形だ。人形が感情を持つのが許されると思うか?」

 

 

ギチリと機械の腕から、音がなる。今のカイルには優しさなど有りはしない。

 

 

 

「命令だ、個体名、KF.H-5641。そいつらを殺せ」

 

 

だからこそ、目の前の人形に残酷な命令を下す。周りが静かになる中、膝をついていた紅蓮がピクリと動いた。

 

 

 

 

「──────い」

 

 

首をゴキリと曲げて、カイルは紅蓮を見下ろした。言葉が聞こえずに、あぁ?と眉を歪める。

 

 

「───できない。そんなの、できない!」

 

 

今もなお続く激痛に頭を抱えながら、紅蓮は立ち上がった。口から血の塊が吐き出される。だが、ゆっくりと、確実に言葉を紡ぐ。

 

 

 

「焔達は、皆は、俺を救ってくれたんだ!」

 

 

奥歯を強く噛み、ギシリッと音が響く。口から垂れる血を拭い、紅蓮は決意の籠った瞳を向ける。

 

 

そして、目の前の敵に向かって吠えた。

 

 

 

 

「俺は、仲間を、死なせない。この手で─────守るんだァ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後、立ち上がった紅蓮の腹部を鋭利な光の槍が貫いた。




彼の選択は、間違っていたとは言えない。

だが、正しいとも言えない。


何故なら、どれを選択しても大切なものを失うのだから。


───そして、彼は絶望の果てに、光を見た。


次回『人の在りかた』


アドバイス、評価、感想、是非よろしくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十七話 人の在りかた

何も書くことないんですけど…………


「────ガフッ」

 

 

腹を光に貫かれ、紅蓮は口から血を吹き出し、倒れこんだ。焔達が驚愕して紅蓮の元に向かおうとする。

 

 

「………ったく、何の冗談だ?」

 

 

無理だった。目の前の男 カイルの威圧感が彼女達の体を押さえていたのだ。カイルはそんな事お構い無しに、紅蓮に近寄ると────

 

 

 

 

 

─────腹を、蹴り抜いた。

 

 

「────ガハァッ!」

 

 

勢いのある蹴りが腹に直撃し、紅蓮は苦しそうに悶えた。

 

 

「…………この世界に隠された神々の奇跡、聖杯。それを手にいれるには俺の力では足りん」

 

 

────蹴りつける。

 

 

「聖杯の守護者である『奴』がいる以上、俺以外に強い人間を集めねばならない」

 

 

────蹴りあげる。

 

 

「だが、俺は成功させた。人為的に異能使いを作り出せる実験を!」

 

 

────蹴り飛ばす。

 

 

「あと一ヶ月をすれば、人工的な異能使いを十人作り出せる。オレは、2年と言う月日を経て!聖杯を手にできるのだ!」

 

 

人を作り出すという狂気の実験はそれが理由だった。何百人もの人造人間(ホムンクルス)を作り出し、実験に扱った、その狂気が。

 

 

 

「そのための────」

 

 

自身に酔いしれるような演説をピタリと止め、足下に倒れこむ紅蓮を見下ろす────直後、

 

 

 

 

 

「そのための、試作品(プロトタイプ)だったんだ!貴様はァ!!」

 

 

激情が溢れたかのように、怒り狂いながら、何度も紅蓮を蹴りつけた。

 

 

「俺が作った命を、何故オレのために使おうとしない!?貴様は、俺が作った、人形だろうがァ!!」

 

 

 

「ふざけやがって!このゴミクズが、舐めやがって、さっさと死ねよ、オイ!?」

 

 

彼の怒りを、紅蓮は静かに受けていた。だが、紅蓮の瞳には揺るがない決意が宿っていた。

 

 

──それに、カイルは気付いたのだろう。

 

 

「ふん、あくまで人であるつもりか」

 

 

不快そうに顔を歪ませると、周りを見渡した。そして、笑みを浮かべた─────凶悪な笑みを。

 

 

 

「────あぁ、そうか………なら」

 

 

紅蓮から足を退け、別の方に視線を向けた。

 

視線の先には─────

 

 

 

 

焔達がいた。

 

 

 

「………………あ?」

 

 

呆然とする紅蓮を他所にカイルは歩みを始めた。ニヤニヤと笑みを浮かべながら。

 

 

 

「───待て、待てよ」

 

 

 

彼は気付いた。いや、気付いてしまった。カイルが何をやろうとしているのかを。

 

 

「待てよ、おい!俺が、俺が悪いんだろ!?」

 

 

口から血を吹き、必死に動かない体に鞭を打ち、強引に動かす。

 

 

 

「いやー、無理だ」

 

 

 

血の滲むようなカイルの懇願をカイルは払いのける。

 

 

 

「これが貴様の選択だ」

 

 

「──────ぁ」

 

 

「止めることも出来ずに、仲間が殺されていく様をしかと目に焼きつけるがいい!」

 

 

高笑いをしながら、カイルは両腕を焔達に向ける。自身の光で殺すために。

 

 

「───や、め──ろぉ!」

 

 

「光素、収束」

 

 

紅蓮の言葉に耳を貸す様子がなく、機械の腕に光が集まり始めた。少しずつ光が集まるのを、全員が理解する。

 

 

そして、無慈悲にも────

 

 

「やめてくれぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

紅蓮の絶叫を踏みにじるかのように、完全に光が集まった。そして、カイルは笑いながら、突き出した腕を振るう。────詠唱を、始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォーティカル・ライト────」

 

詠唱が途中で終わる。静まり返る空気に何事かと全員がカイルに視線を向ける。

 

 

原因は、すぐに分かった。

 

 

 

「─────がァ!?」

 

 

 

 

カイルの顔面に青年の拳が打ち込まれたことを。打ち込まれた拳の力が強かったのか、もしくはカイルが油断していたからだろうか、カイルはそのまま吹き飛ばされ、壁に衝突し、崩壊させた。

 

 

 

 

 

カイルを吹き飛ばした下手人は、座り込む飛鳥たちに声をかける。

 

 

 

「悪いなァ、遅くなったぜ!」

 

 

 

「……………ユウヤくん?」

 

 

 

彼女たちは聞いていた話を思い出す。始末されたと言われたときは頭が真っ白になり、何も考えられなかった。

 

 

 

 

 

「──生憎だが、まだ喜ぶ場合じゃねぇぜ?」

 

 

 

瓦礫が吹き飛び、音を立てて周りに落ちる。

 

 

 

「おいおい、ふっざけんなよ。おかしいだろォ」

 

 

殴られたことも忘れ、フラフラと体を揺らしながら、立ち上がる。

 

 

 

 

「何故、貴様が生きてる!?」

 

 

 

その様子には、もはや余裕など有りはしない。困惑しながら、ユウヤに指を指して、声を張り上げる。

 

 

 

「そうだ、確かに始末したと─────────あ?」

 

 

ここで、ようやく気付いた。自分はユウヤの生死を確認していないことに────そして、それを伝えたのは誰だろうか。

 

 

ギギギと首がブリキ人形のように、動く。そしてカイルは自身にユウヤを始末したと報告した人物に声をかける。

 

 

 

「…………どういうことだ?紅蓮」

 

 

紅蓮は答えない。倒れ込んだ状態のまま、動かずにいた。

 

 

「まぁ、テメェに分かりやすく教えてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こいつは、仲間を守るために戦ってたって訳だ」

 

 

ユウヤは語る。自身が落ちた穴の先はこの研究室の真上だったと、本来ならすぐに降りようとしたが、カイルが油断している隙をつこうと隠れていたという事実を。

 

 

「………紅蓮」

 

 

焔が倒れ込んでいる紅蓮に声をかける。紅蓮はピクリと体を動かすが、何も話さない。

 

 

 

 

「そう……………か」

 

 

 

何も感じさせないように、下を俯いていたカイルは静かに答える。不気味さを感じる様子だった雰囲気は、一瞬で払拭された。

 

 

 

にこやかな笑顔を浮かべ、明るい声でハッキリと話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────では、貴様から散れ」

 

 

 

有り得ない現象が起こる。

 

 

|数百メートル離れていた筈のカイルが、一秒もせずにユウヤの前に立っていたのだ。

 

気付くことが出来なかった者たちの前で、カイルは機械の義手を降り下ろ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ、釣れないことをするなよ?」

 

 

───されなかった。

カイルの機械の腕をガチリと掴み、ユウヤは不安そうに抗議をする。

 

 

「あぁ?」

 

 

呆けた声を出すカイルに、ユウヤはなんのためらいもなく、回し蹴りを打ち込んだ。

 

 

カイルは吹き飛ぶが、空中で体を捻り、体勢を立て直す。

 

 

操り人形のように、カクカクと顔を上げると、静かに言った。

 

 

「あー、なんだ。───ムカついた。もうただじゃ済まさない。絶望させてから、再起不能にしてやる」

 

 

 

「ハッ、他の奴らに命令させて、偉そうにふんぞり返ってるテメェが?こりゃ何で再起不能にするんだ、オセロとか何かか?」

 

 

「殺す」

 

 

ユウヤの挑発に完全にキレた。

一言で終わらせると、またあの現象が起きる。

 

一瞬でユウヤの後ろに移動し、光の弾丸を撃ち込む。

 

 

 

 

 

「はぁっ!」

 

 

だが、また失敗する。

ユウヤの近くを走って来た飛鳥に光の弾丸は打ち落とされた。

 

 

「私たちも、戦うよ!」

 

 

「ッ、お前ら!」

 

 

自分の元に駆け寄ってきた飛鳥たちにユウヤは目を見開き、驚愕していた。

 

 

彼女たちはボロボロだった、先程の戦いもあり、疲れているはず。だが、彼女たちの瞳には強い意志があった。

敵であった彼らを助けようと、あのカイルを倒そうと。

 

 

 

 

 

 

「どいつも、こいつも、このオレの邪魔をしやがってぇ……………!」

 

 

怒りを通り越した憎悪に染まるような視線をカイルは向ける。そして、ふとゆっくりと深呼吸を行い、落ち着き始める。

 

 

 

「で、まだ戦うか?」

 

 

六対一、明らかにカイルが不利な状況。警戒を緩めない飛鳥たちの代わりにユウヤが問いかける。

 

 

 

カイルはやれやれと首を振ると、

 

 

 

 

 

 

 

「──────無理だな」

 

 

あっさりとそう宣言した。




────二つの絶望が彼らに襲いかかる。



次回『ケイオス・ブラッド』

アドバイス、感想、評価、是非よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十八話 ケイオス・ブラッド

今回は、少し長いかもしれない。


カイルの発言にユウヤたちは耳を疑う。

 

 

「だって、そうだろ?」

 

 

興味深そうにカイルは顎を撫でた。そして、目を細めながら、状況を確認する。

 

 

「5対1、その内一人は異能を使う………圧倒的に不利じゃないか」

 

 

機械の腕をゆっくりと下ろし、事実を静かに認めた。その場に立っている姿からは、何も感じられない。

 

 

「なら、大人しく降参するか?」

 

 

「───おいおい、何を言っている?」

 

 

不満そうな葛城の言葉にカイルは眉を潜めた。右手を懐に入れて何かを漁り始めた。

 

 

「俺がいつ─────負けを認めた?」

 

 

そう、カイルの無理だなという発言は、戦いに勝てないと言う意味ではなかったのだ。

 

 

懐から取り出した右手には小さな瓶が握られていた。親指ほどの小さな瓶が。その瓶の中には赤黒い液体のようなモノが入っていた。

 

 

 

「ククク、特別だ。貴様らに見せてやろう」

 

 

カイルはその瓶を強く握り──────

 

 

 

 

 

 

 

「俺の研究の、成果を!」

 

 

───そのまま潰した。

 

瓶は音を上げて、周りにガラス片を散らした。瓶を握り潰した右手からは、鮮血のように赤黒い液体がドロリと垂れて、地面に付着した。

 

 

 

突如、変化が起きた。

 

地面に落ちた筈の液体が、時間が戻るかのように右手の中に収まったのだ。

 

 

「───ギ、ギギギ、ギりギギりギ」

 

 

対照的に、カイルの口から機械の壊れたような音が漏れた。体の至るところから、ゴギリ、バギリとずれるような音が鳴る。

 

 

 

「ギギギギィ──■■■■■■■!」

 

 

音が止んだ直後、カイルは体を反り、形容し難い絶叫を上げた。途端に、赤黒い液体がカイルを包み込んだ。

 

 

 

「ッ!!お前ら、避けろォ!!」

 

 

呆然と立ち尽くしていた飛鳥達にユウヤは声を張り上げた。反応に遅れた飛鳥達は後ろへと飛び退いた。

 

 

 

 

 

ドーム状になっていたソレが破裂したのだ。

 

破裂により衝撃波が発生する。衝撃波は全体に起こり、壁を吹き飛ばした。

 

 

 

「クッ、大丈夫か!?お前ら!!」

 

 

ユウヤの声に衝撃波を耐えきった飛鳥達は頷いて肯定した。先程の衝撃波により、周りには煙が充満していた。

 

 

 

「アぁ─────成功だ」

 

 

ハッキリと聞こえた。

 

煙が晴れ、その人影が確認できた。

 

 

 

ゆっくりと一歩ずつ歩み始める。

だが、その足元からは黒いオーラが滲み出ている。

 

 

更に、両腕に取り付けられている機械の腕。隙間からは赤黒いソレが溢れそうになっていた。

 

 

そして、首元と頬には赤黒い紋様が刻み込まれていた。刻み込まれている筈の紋様はドクンッと鼓動を打つ。

 

 

紋様に侵食されたのか左目が赤黒く変色している。

 

 

「………切り札の一つとしていたが、その必要もなさそうだな」

 

 

 

ソレを自身に宿した男、カイルは落ち着いた声の割には、歓喜を隠しきれない顔をしていた。

 

 

「…………何だ、その力は」

 

 

冷や汗を流しながら、ユウヤはそう呟く。明らかに雰囲気が変わったこともあるが、彼の中で

 

 

 

「そうだな、無知な貴様らに教えてやろうか」

 

 

カイルはユウヤたちに対して余裕そうな態度を取りながら、語り始めた。

 

 

 

「オレは人形(ホムンクルス)どもを作り出す以外にも、聖杯を見つけようと躍起になっていた」

 

 

「そしたら、オレの協力者が妙なモノを渡してきた」

 

 

 

当時、カイルは協力者と呼ばれる人物からとあるモノを渡された。赤黒い液体の入った瓶を。

 

 

『これはさー、凄いんだよ?普通の人間が使えば、化け物になるけど、忍や異能使いが使うとメチャクチャ強化されるんだよ?』

 

 

その時のカイルは胡散臭いとしか思っていなかった。どうでもいいと協力者を突っぱねようとすると、その協力者は妙なことを口にした。

 

 

 

『これはー【ケイオス・ブラッド】って僕は呼んでるけど、これが何なのか詳しく知りたい?知りたい?』

 

 

その言葉に興味を抱く。ニタニタと笑う協力者に早く言えと睨み付ける。

 

 

『へへーん。実はね、これは────』

 

 

 

「────聖杯が生み出した、神へと近づける物質だ」

 

 

 

そして、協力者の言った同じ言葉を口にする。

 

 

「神に近づく…………物質?」

 

 

飛鳥はカイルの語った言葉に驚きを隠せなかった。神と呼ばれる存在を信じているかと言われれば、飛鳥はいるかもしれないと言うだろう。だが、実際にいると言われても現実味が無いものだ。

 

 

 

 

 

「………だが、残念ながらまだ足りないようだ」

 

前から聞こえていた筈の声が後ろから聞こえた。その瞬間、ゾクリと全神経が震える。無意識に飛鳥は前へと避難しようとする。

 

 

 

───が、あと少し遅かった。

 

 

なんの躊躇も無く、カイルの足が飛鳥の脇腹に食い込んだ。メリメリと音が鳴り、吹き飛ばされる。

 

 

「───がはッ!」

 

 

壁に激突し、大きなクレーターを作り、飛鳥は地面に倒れこむ。

 

 

「「「「「飛鳥(さん)(ちゃん)!?」」」」」

 

 

 

五人は吹き飛ばされた飛鳥を見て、声をあげる。

 

 

「急所を外したか…………まぁ、一人ダウンだな」

 

 

まぁ、いいかとどうでも良さげに呟いた。そして、首だけを残ったユウヤたちに向ける。

 

 

 

「他の奴らは────面倒だ。まとめて片付けるか」

 

 

 

体を捻り向き直り、ゆっくりと両腕を広げた。すると、よく見えないが、少しずつ光が小さな球体となり、増え始める。

 

 

「全員、避け───」

 

 

 

「消えろ───『ヴァルティング・レイ』!」

 

 

光球が破裂し、無数のビームとなり、雨のように一気に放たれる。

 

 

 

 

周りの崩壊時によって生まれた粉塵が周囲に広まる。鬱陶しく思ったカイルは腕を振り払い、粉塵を消し飛ばす。

 

 

 

 

周りを見渡すと四人の少女たちが地面に倒れていた。何とか防御したようだが、もう戦えないだろう。

 

 

他にも射程外にいるボロボロになって集まっている焔達。同じように近いとも言えない距離で気絶している紅蓮。

 

 

 

 

 

「ぐ───ガァ!」

 

 

「ユウヤくん!?」

 

 

そして、咄嗟に動けなかった飛鳥とそれを庇うように前に立っていたユウヤがいた。何とか耐えきったが、相当のダメージを負い、膝をつくユウヤに飛鳥は駆け寄った。

 

 

カイルは何かを思い出したかのような顔を浮かべる。

 

 

 

「そうだ、いいものをくれてやろう」

 

 

懐から何かを取り出したカイルは飛鳥に向かって投げつける。それを手に取ると飛鳥は目を見開いた。

 

 

 

「超秘伝忍法書!?」

 

 

そう、カイルが放り投げたのは、半蔵学園から奪われた超秘伝忍法書だった。

 

 

「それからは、エネルギーを戴いた。もう何も残っていない」

 

 

欠片もな、と嘲るように笑う。笑い終えたと思ったら、また笑う。

 

 

 

「さて、貴様らに面白いことをしてやろうか」

 

 

ゲームをしようと言うときの明るい声にユウヤと飛鳥は顔をしかめる。クハハと笑いながら、右腕を振り上げて両手を開く。

 

 

直後、掌に光の球体が出現する。それは徐々に大きくなり、ついには人間一人分の大きさになる。そして、カイルはニヤリと笑う。

 

 

 

「さぁ、楽しませろよ!『ゼノ・ライトニング』」

 

 

 

そして、光球が勢いよく投げ飛ばされた。その方向を見て飛鳥は叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「焔ちゃん!!」

 

───気付いただろうか。光球は焔達に向けて放たれていたのだ。

 

 

 

「クソッ!?」

 

 

「焔ちゃん!逃げて!!」

 

 

ユウヤは悪態をつき、飛鳥は焔に向かって叫ぶ。焔は他の四人に声をかけ、回避を試みるが、他の四人も焔も回避する体力が無くなっていた。飛鳥とユウヤは何とか助けようとするが、間に合わない。

 

 

「───さぁ、絶望しろ」

 

 

 

「やめろォォォォォ!!!」

 

 

 

もう─────、間に合わない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

筈だった。

 

 

視界の隅から凄まじい速さで何者かが走っていた。何者かは一瞬で突っ込む光球を通り過ぎると、焔達の前に立つ。

 

 

 

 

 

 

「お、うぉァァァァァ!!」

 

 

血を吹き出しながら、青年 紅蓮は絶叫する。彼の体から炎が発火する。そして、周りを炎が包み込んだ。

 

 

そして、紅蓮と光球がぶつかり合う。紅蓮は炎を両手に纏い、光球を抑え込む。

 

 

「が…………ぐ、ギガァァァァァあああああ!!」

 

 

紅蓮が大量の鮮血を吐血する。異能の限界までの行使に肉体が悲鳴をあげているのだ。膝をつき、押し込もうとする。

 

 

 

「「「「「紅蓮!!」」」」」

 

 

焔が、詠が、日影が、未来が、春花が青年の名前を叫ぶ。紅蓮が声に反応し、体がピクリと動く。

 

 

 

 

「ああああァァァァァァァァ!!!」

 

 

何の執念か分からない。悲鳴をあげる体を動かし、ただ吼える。

 

 

 

 

───試験管から生まれた命、それが自分だった。

 

 

『紅蓮!私と勝負しろ!今度こそは勝ってやる!』

 

 

───何かの目的の為に作られた存在。そう思って生きてきた。

 

 

『もやしは食べると栄養にいいんですよ?紅蓮さんもどうです?』

 

 

───けど、彼女たち(みんな)と出会ってから変わってきた。

 

 

『わしは感情が無いんやで…………ここに来た時の紅蓮と同じらしいけど』

 

 

───人形のように振る舞っていた自分の中で、感情というものが芽生えていき、それを理解し始めた。

 

 

『私だって立派なレディ、そうで…………って、あんた!何よその目、そらに何処見てんの!ため息つくな!』

 

 

───色々なことがあった。だからこそ、楽しかった。嬉しかった。

 

 

『あらあら、どうしたの?そんなに震えて…………そうだ、私と楽しい事でもしない?』

 

 

 

 

 

 

───確かに、俺は人形なのかもしれない。でも、関係ない。

 

 

 

そう言ってくれる、大切な仲間たちがいるのだから。

 

 

 

 

 

結果、紅蓮の炎に押し潰され、光球が消失する。

 

 

紅蓮の体は、最早見るに絶えないほど、悲惨だった。体の至るところからは血が溢れ、目もどこを見ているか定かではなかった。

 

 

「─────ぁ」

 

 

大量の血反吐が口から溢れ、足元がぐらいつた紅蓮はそのまま地面に倒れ込んだ。

 

 

 

 

「ッ!紅蓮!!」

 

 

声をあげ、焔達が駆け寄る。ビチャッ!とおびただしい量の血の池に倒れ込んだ紅蓮は彼女達の姿を見て、ホッと安堵する。

 

 

「………ぁ、よ………った、ぁ」

 

 

「……何でだ!何で………」

 

 

掠れた声で嬉しそうにニコリと笑う紅蓮だったが、痛々しい以外の何もない。焔が声を張り上げ、紅蓮の出血を止めようとする。

 

 

 

「────俺は、何も──なかった」

 

 

ふと、静かな声でそう呟く。焔達は動きを止め、紅蓮の言葉に聞き入る。

 

 

「自分が………作られた命だと………知ってたから………ずっと、考えてたんだ…………俺は、何なんだって」

 

 

ユウヤと飛鳥も静かに聞いていた。

 

 

「怖かった………自分が………何も感じることが………できずに……死ぬことが………だから、願ったんだ………『生きたい』って」

 

 

カイルは感情の無い顔で、無言を貫き通す。

 

 

 

「それから………俺は………死にたくない……一心で…………あの人に………従った………人形の、ような…………生き方を………し続けた」

 

 

ふと、上を見上げる。

 

 

「でも、皆に会えたんだ」

 

 

焔………始めて会ったときは、突っかかってきて、少し面倒だった。

 

詠………お嬢様みたいな姿だけど、もやしが好きらしく何時間も、もやしへの愛を話していた。

 

日影………感情が無いらしいが、何とか笑顔を見たいと思い、笑わせるのに努力した。

 

未来………皆の中で一番年下かと思った────どこを見て判断したかとか、そんなの知らない。

 

春花………最初は何度もイタズラ(意味深)をしてきて、正直苦手だった。

 

一人、一人が個性的で何よりも、優しかった。

 

 

 

「それから……皆との、生活は………とても………楽しくて………嬉しかった」

 

 

紅蓮の目元から涙が溢れる。そして、傷だらけの腕をゆっくりと上げ、空へと伸ばす。

 

 

 

「いつしか、俺は…………皆と生きたいと………そう、思ってたんだ」

 

 

 

──だから、守ると誓ったんだ。誰が相手だろうと。

 

 

 

 

今までの思い出が脳裏を過る。ふと、自分の近くにいる少女たちに向けて、精一杯の笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

「…………ありが、とう………みん───ぁ───」

 

 

 

 

ガクリッと紅蓮の力が抜けた。腕もだらしなく垂れ下がり、瞳は既に閉じられている。

 

 

 

 

そして─────彼の中で火が静かに消えた。




次回『Miracle Star』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十九話 Miracle Star

すんません、今回の話のタイトル変更しました。




お詫びとして、ネタバレします。





カイルの妹は原作キャラでーす。



これから出てきまーす。


紅蓮が動かなくなり、その場を静寂が支配していた。

 

 

 

「…………………は」

 

 

 

 

 

 

「ハハハ……………フフ」

 

 

 

 

 

「クハハッ、あっはぁッはははははは!!!」

 

 

 

抑えきれないモノを吐き出すかのように、カイルは高笑いを響かせていた。

 

 

「実に、くだらんッ!人形風情が人のように、生きたいなどと!笑わせてくれる!!ゴミはゴミだろうがぁ!!そうだろ、なぁ!?

 

 

 

 

 

ヒヒッ、模造品の木偶人形がよぉ」

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

傷だらけの焔が自身の武器を手に取ると、叫びながら斬りかかった。

 

 

「フンッ!」

 

 

だが、今だ無傷のカイルと傷だらけの焔では相手にならず、一瞬であしらわれる。

 

 

その彼女たちにカイルは邪悪な笑みを見せながら、歩み寄る。

 

 

 

 

そして、嘲笑った。

 

 

 

「そう荒れるなよ、お前達も同じところに送って………………あぁ、そうだった。

 

 

 

 

人形に魂なんて無いんだ─────」

 

 

 

振るわれたユウヤの拳がカイルの顔面にめり込み、カイルの罵声を途中で終わらせ、壁へと吹き飛ばした。

 

 

 

「テメェは…………」

 

 

前立つユウヤは血の滲むほど手を握りしめる。奥歯からも砕くような音が鳴る。

 

 

 

「テメェは人の命をなんだと思ってやがるっ!」

 

 

 

ユウヤは声を張り上げると、カイルの吹き飛んだ壁を見る。変化が無いと理解すると後ろへ振り向く。

 

 

 

「………おい、焔だっけか?」

 

 

立ち上がろうとする焔にユウヤは注射器のようなものを投げ渡す。焔はそれを手に取ると、驚きを隠せずに、ユウヤを見る。

 

 

 

「………それを打ち込め。まだ、血液を活性化させられる」

 

 

「………だが、もう…………」

 

 

 

「まだ、助けられる!!」

 

 

怒鳴り声をあげたユウヤは懐から取り出した携帯を弄り、どこかに連絡をする。

 

 

「………そうだ、助けてほしい奴がいる。場所は────」

 

 

連絡を終えて、携帯を閉じると、ユウヤは焔達に向き直る。

 

 

「俺の知り合いなら、助けられる。今のうちに連れていけ」

 

 

「…………分かった、すまない」

 

 

そう言うと、焔達は紅蓮を連れて、急いで外へと駆け出していった。

 

 

 

「ふん、くだらんことを……………まぁ、いい。先に貴様らを殺すのも悪くはない」

 

 

やれやれとコートについた埃を払うカイルは、腕を動かし、準備運動を行う。

 

 

「どうして………こんなことを?」

 

 

「あぁ?」

 

 

飛鳥の言葉にカイルは眉をしかめる。

 

 

「こんなひどいことをしてまで…………どうして聖杯を欲しがるんですか!?」

 

 

「……飛鳥」

 

 

怒りの籠った声で飛鳥はカイルに問いかける。その様子を見たカイルは腕を後ろに組んで、ゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

「このオレの両親は善忍だった。」

 

 

 

「父さんと母さんに妹、そして、オレは家族四人で楽しく暮らしていた」

 

 

「だが、希望は奪われた」

 

 

「オレは、妖魔により両親を殺され、妹は行方知らずとなった」

 

 

 

「オレの大切な存在は、世界に殺されたんだ」

 

 

この時、ユウヤと飛鳥は理解した。カイルの中にある一つの感情を。

 

 

「オレの望みはただひとつ、聖杯を使い、この世界を滅ぼすのさ!!」

 

憎悪だ。

 

世界、全てに向けられた憎悪がカイルをここまで動かしたのかも知れない。その狂気と執念に納得したユウヤは、言った。

 

 

 

「ふざけるな」

 

 

あ? とカイルは眉をひそめる。だが、そんなこと関係なしにユウヤは続ける。

 

 

「ふざけるな、そう言ったんだ。誰かを憎むのは勝手だが、テメェの憎しみを他の奴に押し付けんなよ」

 

 

「黙れ」

 

 

ビキリと音と共にドスの効いた声が響く。そして、飛鳥もカイルに問いかける。

 

 

 

「そんなことされても……………貴方の家族は、嬉しくなんかない。もっと幸せに生きてほしかったはずだよ!!」

 

 

 

「黙れと言ってるんだろォォォォォ!!」

 

 

激昂とともに、両腕を振るい、鋭い光線がばらまかれる。怒り狂ったことにより、光線はユウヤと飛鳥には掠りもしない。

 

 

「貴様らに、何が、分かる!失った者の苦しみが!!奪われた者の痛みが!分からぬ癖に、

知ったような!偉そうな口を聞くなぁ!!もういい!貴様らまとめて!!ここで、死ねぇェェェェェアアアアぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

更に倍の量の光線が放たれる。先程とは違い、強力な光線が。

 

 

「テメェの八つ当たりで、他の人を傷付けさせねぇ!」

 

 

「焔ちゃんたちの為に絶対に負けない!」

 

 

倒れそうになったところを互いに支えられ、ユウヤと飛鳥は声をあげる。

 

 

 

「俺たちが!」「私たちが!」

 

 

 

「止めて見せる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後、奇跡が起こった。

 

───光が照らした。

 

 

カイルにより、放たれた殲滅の光ではなく、純粋な優しい光が。その光の中心にあるものを、飛鳥とユウヤは見つけた。

 

 

「あれは………」

 

 

「超秘伝忍法書?」

 

 

そう、それはカイルが投げ捨てたはずの超秘伝忍法書だった。だが、考えると一つの謎が浮かんでくる。

 

 

 

「馬鹿なッ!!エネルギーは残っていなかったはず…………」

 

 

カイルの言うことが本当ならば、エネルギーの無くなった超秘伝忍法書は何も出来ないはずなのだ。

 

 

 

 

直後、驚いている飛鳥とユウヤにその光が放たれる。そして光は二人を包み込んだ。

 

 

 

───変化が起こった。

 

 

飛鳥のリボンが解け、ポニーテールからストレートになる。その変化に飛鳥は目に見えて驚く。

 

 

変化があったのはユウヤも同じだった。

髪が一部だけ、銀色へと変色する。そして、左目も対照的な金色へと変わる。

 

 

「……この姿は」

 

 

「なんか、身体中に力が溜まってくる!」

 

 

目に見える変化だけではなく、潜在能力を解放されていく。

 

 

「…………ふざけるなよ」

 

 

絞り出すように立ち尽くしていたカイルは呻く。だが、少しずつ体を震わし、駆けた。

 

 

「ふざけんじゃねぇぞ!ガキどもがァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 

 

先程の瞬間移動のような技を使い、飛鳥の後ろに移動する。右腕を光の剣へと変え、背中を貫こうとする。

 

 

目にも止まらぬ速さで飛鳥は光の剣を防いだ。絶句するカイルの胴体を飛鳥は蹴りつけた。

 

 

「──ガハァッ!!」

 

 

体がくの字に曲がり、吐血する。が、やはり戦い慣れているからだろう。カイルはその反動を使い、飛鳥から距離を取り、遠くへ着地すると、すぐさま瞬間移動を使い、その場から消える。

 

 

 

 

 

 

直後、カイルは地面に叩きつけられる。

 

 

「ガッ!…………馬鹿な、体が………重い……だと」

 

 

起き上がろうとするも、地面に引き寄せられるように、体が動かなかった。

 

 

「テメェのそれ、ようやく読めたぜ」

 

 

歩み寄るユウヤにカイルは無表情を貫く。その様子にユウヤは困った顔をしながらも、語り始める。

 

 

「空間を転移する瞬間移動の類じゃない、光と同化することによる高速移動。そうだろ?」

 

 

無表情を貫いていたカイルが目を見開く。その様子で事実だと確認された。

 

 

 

『電気・磁力操作』(ボルト・ラディーク・コイル)。電気により、磁力を強くしてテメェの光速移動を無効化させた」

 

 

カイルが腕を振るい、地面を吹き飛ばす。ユウヤと飛鳥が砂塵を払う間に、すぐさま飛び退く。息切れをしながら、二人を睨み付ける。

 

 

(何故だ?あの娘ならともかく、何故あの男まで強化される?)

 

 

忍ですらないユウヤに超秘伝忍法書が力を与えた。それが今、カイルを惑わす謎だった。ひたすら思考を動かし、謎を解こうとする。

 

 

 

(……………忍、忍法、異能…………まさか、そういうことか!?)

 

 

脳裏で至った考察を全力で否定する。自分でも信じられない話だったからだ。

 

 

そして、歯軋りをしながら、目の前の少年少女に殺意を向ける。

 

 

「そんなことが…………有り得るものか。何も………力の無かったガキどもが、何故………」

 

 

「超秘伝忍法書が、いや皆が私たちに力を与えてくれる!」

 

 

飛鳥の答えにカイルは頭を押さえる。頭痛をこらえるように、血が滲むくらいに唇を噛んだ。

 

 

 

「…………ふざけんじゃねぇよ!何が皆だ!お前らに奇跡が起こるなら、何故オレの家族を救ってくれなかった!?」

 

 

 

理解したくないとカイルは癇癪を起こした。そして、怒りを含みながら、声をあげる。

 

 

 

「|ケイオス・ブラッド』ォ!こいつらに力が与えられるなら、オレに力を寄越せ!絶望的な、力をォ!!」

 

 

無論、物質であるケイオス・ブラッドは答える訳が無い。

 

 

 

「………グギィルゥ、ガァァァァァァぁぁぁぁぁ!!」

 

 

だが、カイルの言葉に答えるように、体を侵食し始める。叫び声をあげ、蹲るカイルを凄まじいほどの激痛が襲っている。

 

 

 

その弊害が確認できた。

 

カイルの背中がゾワゾワと蠢くと同時に────翼が生えた。

 

 

鳥や天使など、生易しいものではなかった。

 

 

 

枯れた木の枝のような細く、全てを破壊せんとする憎悪で塗り固めたような赤黒い翼だった。間接部分に埋め込まれた青い結晶が輝きを見せる。

 

 

 

そして、機械の義手の付けられた両腕を侵食が飲み込む。そのまま赤黒いナニかが徐々に形を変え、暴虐の化身と称することのできる大きな腕へと変貌した。

 

 

 

「いっひゃはははははははははははははははははははははッッ!!」

 

 

絶叫と笑い声ともとれる叫び声を放ちながら、反られた体はすぐさま元に戻る。ブランと両腕をぶら下げ、俯いていた顔をゆっくりとあげる。

 

 

 

カイルの額にある三つ目の瞳が二人を見た。悪寒を感じたユウヤと飛鳥はすぐさま飛び退く。

 

 

 

 

二人のいた場所を巨大な腕が叩き潰した。地面は砕け、瓦礫が辺りに散らばる。腕をゆっくりとあげたカイルは首をゴキリッと鳴らす。

 

 

 

「さぁ、楽しませろよォ?ぶっ潰してやるからさァ!!」

 

 

 

途端、力強くその場に踏み込むと────飛びかかった。

 

 

二人は互いに回避を行い隙を探るが、暴虐の限りを尽くすカイルに近づけない。

 

 

「アァァァァァァ!!」

 

 

カイルは咆哮をあげると、翼を振るい、空中へと飛んだ。

 

 

 

そして、翼を全方位に広げる。

 

 

「『ケイオス・ライトノア・ジャック』ッ!」

 

 

翼の先が枝のように分かれ、さらにその先を地上に向けると、光の刃が地面に放たれた。

 

 

「飛鳥!大丈夫か!?」

 

 

「うん、まだいけるよ!」

 

 

地面を抉りながら、殲滅せんと迫る猛攻にユウヤと飛鳥は声をかけ合う。だが、その行為を見ていたカイルをキレさせた。

 

 

「クソガァァァァァ!!」

 

 

翼を閉じて、地面に着地する。同時に、両手を地面に押し付けた。ズブリッ、ズブリッと地面に手が沈み、肘まで沈んだ所で止まった。動きを止めた二人を見て、カイルは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「死ねェ!『ケイオス・バンデッド・ライトヴァァァァン』ッッッ!!!」

 

 

 

辺りの地面からどす黒い棘が突き出る。二人は何とかそれを避けきり、一瞬の隙をつき、走り出した。

 

 

その二人の行動を見逃す訳が無く、カイルは容赦なく潰しにかかる。

 

 

「両親が死に、妖魔に襲われていたオレと妹は共に逃げた!」

 

 

攻防の中、カイルは語り始めた。かつての自分の過去を。森の中で、カイルは妹と共に妖魔に襲われ、逃げていた。

 

 

「妹を助けるために、オレは囮なり────両腕を喰われた」

 

 

生半可の状態で生かされながらも、生き延びようと、逃げ続けた。どれくらい走ったかも分からずに、それでも走った。

 

 

 

 

 

 

「必死に逃げて、逃げて、ソレを見つけた」

 

 

 

木々が無い所に出てきた青年は逃げようと周りを見渡して、目に入った。その場に座り込み、ソレを存在しない両手で掴もうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分が、かつて妹にあげた……………血のついたリボンを。

 

それを見た青年は、すぐに分かった。そして、そのまま泣き叫んだ。

 

 

「妖魔を倒すのが、忍の使命だろう!?その妖魔を見過ごしたからこそ、あんなことにはならなかった!!それなのに、誰も気にしようとしない!!失われた命に眼も向けず、世界は回り続けている!!」

 

 

青年は絶望した。人に、世界に、全てに。その時に知ったのだ、『聖杯』の存在を。

 

 

 

「両親や、妹の犠牲で、この世界が成り立つのなら……………そんな世界、ぶち壊してやるッ!!」

 

 

自らの宿した力を使い、多くの人間を殺してでも、家族の復讐を果たすと。そう誓ったのだ。

 

 

「それはッ、テメェの全てをかけてまでやることなのかよ!?」

 

 

ユウヤは叩きつけられた腕を防ぎ、キッと目を向ける。

 

 

「貴様らには、分からんだろうなァ!!」

 

 

カイルが両腕を地面に叩きつけた隙を狙い、ユウヤが電気を打ち込んだ。カイルの胴体に直撃し、痺れさせる。

 

 

「………グゥッ!」

 

 

「行くぞッ!飛鳥!!」

 

 

「うん!これで決める!!」

 

 

二人は互いの動きに合わせ、殴りつけ、斬りつけ、蹴り飛ばし、切り刻む。

 

 

 

「くっそぉ、があああァァァァァァッ!!!」

 

 

痺れが解けたカイルは光の槍を無数に放ちながら、二人を殺さんと腕を伸ばした。

 

 

ユウヤは自身に黒い電気を纏わせ、飛鳥と共に跳躍する。飛鳥の体にも黒い電気が纏わり、同時にカイルに突っ込んだ。

 

 

 

無数の光の槍、刃、光線、そして振るわれた暴虐の一撃を避け、カイルの目の前にたどり着く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「『漆黒電撃・斬鉄一閃』(ボルティック・ブラック・ストライカー)ッ!!!」」

 

 

黒い電撃を帯びた二人の攻撃は、カイルを文字通り一閃する。

 

 

 

「■■■■■■■■■ァァァぁぁぁ!!!!」

 

 

 

その一撃は、カイルだけではなく、ケイオス・ブラッドにまで与えられていた。カイルの口から違う声が叫び声をあげる。

 

 

 

だが、電撃よりケイオス・ブラッドは消滅する。それにより、カイルの体から赤黒い紋様が消えた。

 

 

 

ドシャァァンッ!!

 

 

翼を失い、そのまま地面に落下して、カイルは倒れた。

 

 

 

 

世界への憎悪を抱き、『聖杯』を求めた『光』の異能使い、カイル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここに、異能使いの青年と忍の少女に破れ去った。

 




狂気に染まる『光』が倒され、戦いは幕を閉じる。




そして、消えた火が、灯る。


次回『Soul Flare』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十話 Soul Flare

今回でこの章は終わりです!



いやー、凄い頑張ってきたわ。


「………やったか」

 

 

起き上がらないカイルを見てユウヤはそう呟く。飛鳥は頷くと元の姿に戻り、フラリッと倒れかける。

 

 

倒れそうになった飛鳥を誰かが支える。

 

 

「やったな、ユウヤ、飛鳥!」

 

 

「すごいよ、二人とも!」

 

 

「見事ですわ」

 

 

「流石だな」

 

 

和気あいあいと仲良さげに語り合う飛鳥達に、ユウヤは苦笑いを浮かべる。だが、斑鳩がそれに気付き、声をかける。

 

 

「ユウヤさん、その姿は?」

 

 

「あ?」

 

 

ユウヤは呆然とすると、鏡を取り出して顔を覗く。鏡には髪の一部が銀色で右目は金色のままの自分の顔が写っている。

 

 

「……………何で」

 

呆然として鏡を見つめていたユウヤはそう呟く。その様子に飛鳥たちは疑問を浮かべる。

 

 

 

 

直後に、大きな揺れが発生する。

 

 

 

 

「…………なに!?」

 

 

混乱する六人は周りを見渡す。大きな揺れと同時に壁や天井に亀裂が入る。自分達がいる建物が崩れてきているのだ。

 

 

 

 

「クソッ!皆、早く逃げるぞ!」

 

 

ユウヤの言葉に頷くと、急いで外へと飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

「………が………ぁ………ぁ」

 

 

部屋の中で一人、カイルは呻き声をあげる。動かぬ体を力ずくで動かし、ビキビキと音を立てる機械の腕を伸ばした。

 

 

 

「まだ………オレは……………『聖杯』ヲォ………」

 

 

 

ふと、上へと伸ばしていた腕がピクリッと止まる。天井から穴が開き、自身を照らす輝かしい光を見たからだ。

 

 

───あぁ、ようやく理解できた。

 

 

ゆっくりと体の力を抜き、その場に大の字で倒れる。

 

 

 

「……………ごめ………ん、父さん…………母さん……

 

 

 

 

 

 

 

……………ゆ─」

 

 

声は瓦礫が落ちる音に遮られる。カイルは静かに涙を流しながら、落ちてくる瓦礫を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、白一色の部屋にいた。いや、少し付け足そう。自分はベッドの上で寝ていて、近くには機械が置いてあった。

 

 

 

「──────は?」

 

 

そこで紅蓮は、朦朧としていた意識が覚醒した。自分の体に取り付けられた器具を見て、ふと思い出した。

 

 

 

(…………あの時、俺はカイルの攻撃を防いで………)

 

 

死んだはずでは?と訳のわからない疑問に抱くが、分からないものは仕方がないと思い、起き上がる。

 

 

 

 

「やぁ、目が覚めたようだね」

 

 

 

扉が開く音と共に声が響いた。驚きを隠せずに、扉の方を見やる。

 

 

 

 

「え?」

 

 

そして、口をポカンと開いたまま、硬直した。扉から出てきたのは、ダボダボの大きな白衣を着ている、子供だった。

 

 

「フーム、やはり見てみると右腕と両足が麻痺を起こしているね。検査によると、薬の副作用。最低二日は安静にしないと駄目だね、ウン」

 

 

子供の割には随分と小難しい話をしている白衣の男の子。紅蓮から見て、8,9歳くらいだと推測できる。

 

 

「………あの、君は?」

 

 

「ん、あぁ、そうだね。まだ何も分からないんだったね」

 

 

その男の子はやれやれと困ったような顔をすぐに消して、笑顔を見せる。

 

 

 

「僕は、桜木・ツァーリ・フロントライン。こう見えてもこの病院一の医者だよ。後、病院の皆からは桜木先生、もしくはDr.ツァーリなんて呼ばれてるさ。それと、僕はロシア人のハーフだからね」

 

 

 

「………………………はぁ!!?」

 

 

多分、紅蓮がこのくらい声を張り上げて驚いたのは、初めてだろう。何せこの子供が医者だと言ったのだから。

 

 

 

「いやー、驚いたよ。彼に電話を貰った後に、女の子たちが君を抱えて来たんだからね」

 

 

その言葉に紅蓮は反応する。女の子たち、それは焔たちのことだろう。だが、紅蓮は周りに焔たちがいないことに少し困惑を隠せなかった。

 

 

 

「安心してくれ、あの娘達は無事さ。昨日も君に会いに来てくれたよ」

 

 

「……………え、昨日も?」

 

 

安心させるように言った桜木の発言に紅蓮は確認をするように桜木を見る。

 

 

「君はね、3日間も眠ったままだったんだよ?」

 

 

3日間。そのくらい眠っていたという事実に紅蓮は俯いた。自分を助けてくれた彼女たちに迷惑をかけたと思い悩む。

 

 

 

「僕もホムンクルスを治療するのは初めてだったけど、彼の助けがなかったら危なかったね」

 

 

 

何か重要な事を言ってる気がするが、それよりも気がかりなものがあった。

 

 

(…………彼?)

 

 

性別は男と分かるが、誰だかは不明だ。ユウヤかと思ったが、話を聞くとカイルと戦っていたと聞く。

 

 

「まさか……………」

 

 

自分が知る人物で男は一人しかいない。だが、有り得ないという考えがあった。

 

 

 

 

 

 

 

「紅蓮、無事だったか!」

 

 

勢いよく扉を開けて、焔達は走るように入ってきた。その様子を見て桜木は、静かに入っておくれよ…………と頭を抱えていた。

 

 

 

「皆!……………その、すまない」

 

 

駆け寄ってきた彼女たちにユウヤは頭を下げる。自分のせいで迷惑をかけたと深い後悔があったのだ。

 

 

 

「いやー、紅蓮。こっちも言わなきゃいけないことがあるんだが………………」

 

 

焔が困ったように頭を掻く。いや、よく見ると他の四人もそっぽを向いてる。おい、待て、目をそらすな。

 

 

とか、変なことしているうちに意を決したように焔は言った。

 

 

 

 

 

「……………私たちがカイルを倒したってことになって、抜忍になったんだ」

 

 

 

 

 

……………………は?

 

 

紅蓮はまた、口をポカンと開き、唖然としていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………そう言えば、桜木先生……でしたわよね」

 

 

「ウン、そうだけど………何か用かい?」

 

 

ようやく正気に戻った紅蓮が焔に掴みかかり、詳しく問いただそうとしている間に詠は桜木に声をかけた。

 

 

「前も言ってましたが…………紅蓮さんを助けてくれた『彼』って誰のことです?」

 

 

先程も口にしていた『彼』と呼ばれる人物に詠は奇妙に思っていた。

 

 

「…………僕もね、名前は分からないんだ。けど」

 

 

桜木は椅子に腰を掛けて、机に資料を積み重ねる。そして、資料を整理しながら、話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────両腕に機械の義手を着けていたね、彼は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死塾月閃女学館。

 

 

半蔵学園とは違う、善忍の育成機関の一つ。半蔵学園とは違い、女子校とされている。

 

 

 

その近くの森の中で人影があった。

 

 

『こちら、レフト・チーム。特別強襲作戦β-3、プラン05無事成功』

 

 

黒ずくめの武装した男の懐から取り出した無線機から声が聞こえる。

 

 

「ご苦労、指示があるまでその場で待機」

 

 

『了解』

 

 

黒ずくめの男は顔に着けていたマスクを外す。そして、顎髭を擦りながら、森の奥へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

奥には武装した兵士達が隊列を組むように、並んでいた。

 

 

 

「いつでも作戦を実行できます……………ボス」

 

 

 

大木に寄りかかっている青年がいた。整えられた白髪に一本だけピンッと立ち、自己主張を表している。そして、薄暗い軍服の上に口元を隠すような上着を着ていた。

 

 

 

「いいだろう、丁度頃合いだ。

 

 

 

 

 

 

午前14:52、特別強襲作戦β-5を実行するッ!」

 

 

青年の言葉を聞き、兵士たちが近くの機器を弄り始める。そして、ガラスケースを開き、赤いボタンを押した。

 

 

 

ドガァァンッ!!

 

 

死塾月閃学館の校舎の一部から爆発が起こる。突然の爆発に驚いたように数人が飛び出してくる。

 

 

「プランⅠ、成功。プランⅡを開始します」

 

 

兵士の一人がそう言うと、青年がゆっくりと腰を上げる。その様子を確認した男は持っていた無線機のスイッチをいれる。

 

 

 

「プランⅡを開始するッ!全員、突撃ィ!!」

 

 

無線機からの声を聞いた兵士たちが、森の中から飛び出す。

 

 

「なッ!?」

 

 

「クッ!襲撃────がッ!?」

 

 

兵士たちに驚いた男女は兵士たちに針を撃たれる。針を撃たれた男女はすぐさま引き抜こうとするが、ガクンッと白目を剥いて、地面に倒れこんだ。

 

 

「先生ッ!」

 

 

校舎から出てきた少女達が周りを確認すると、すぐさま兵士達の銃撃を回避し、自分達の武器を構える。

 

 

少女達の様子を見て、兵士達も銃の弾を別の物に変える。そして、銃の先を少女達に向ける。

 

 

「───お前達は、アレを探せ。時間(タイムリミット)はあと少しだ」

 

 

歩いてきた青年が腕を兵士達の前に出して止める。兵士たちは少し戸惑ったが、すぐに敬礼をすると、校舎の中に入っていった。

 

 

そして、この場にいる襲撃者が一人になった。

 

 

少女達は困惑を隠せずに、互いを見るが、警戒を忘れてはいない。少女達は武器を構えながら、青年の隙を狙う。

 

 

 

ポツリッ

 

 

腕に落ちてきた水滴に少女は気を取られた。だが、それは他の少女達も同じだった。ふと、少女達は空を見上げる。

 

 

「……………雨?」

 

 

空から落ちてくる水滴の正体を呟いた。だが、少女達は信じられないと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

空に雲一つもなく、太陽が照らされていた。それなのに水滴は空から降り注がれる。

 

 

 

 

 

 

「────悪いが、大人しくしててもらう」

 

 

 

 

青年の言葉に答える者は居なかった。

少女達は体の至るところから、鮮血が噴き出たのだから。少女達は何が起こったかも分からず、全員地面に崩れ落ちる。

 

 

 

「安心しろ、急所を外した。死にはしないだろう」

 

 

雨と少女達の血が混じり、地面を濡らす。青年は意識を失った少女達の横をゆっくりと歩き始める。青年は雨がかかっているにも関わらず、濡れてはいない。

 

 

 

「さぁ、計画を実行しようか」

 

 

 

 

そうして、襲撃者達は死塾月閃学館に侵入した。





次章 『Judgment to Abyss』



是非とも、この小説をよろしくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章 Judgment to Abyss
二十一話 闘いの予兆


昨日確認してたら、評価10貰ってました。

お気に入りも30超えて、自分の小説を見てくれてる人がいると思うと、泣けてきました。


どうか、この小説をよろしくお願いいたします!!


蛇女学園での闘いが終わり、いつも通りの生活をしていたユウヤ達。しかし、また新たな闘いの予兆があった。

 

 

 

 

 

 

「おいお前ら、今日客が来るって言ったろうが」

 

 

部屋に集まった飛鳥達に、ユウヤは苛立ち気に声をかけた。

 

 

「いや、お客って聞いてないよ!?」

 

 

「あ?俺、一昨日葛城に伝えとけって…………」

 

 

戸惑う飛鳥にユウヤは、詳しく話そうとしてた口を閉じて、ゆっくりと葛城に振り向いた。

 

 

「…………なぁ、葛城。俺は一昨日伝えて欲しいと言ったよな?」

 

 

「…………あぁ!すっかり忘れ…………イタタタタタタ!!ちょっ、悪かったから!無言で掴まな……イタタタタタタ!!」

 

 

アハハと笑いながら、誤魔化そうとする葛城の頭にユウヤのアイアンクローが炸裂している。ユウヤは葛城の言葉に耳を貸さず、それどころか無言で力を強めていた。

 

 

「あの、そのお客とは一体………」

 

 

「ん?あぁ、そうだな」

 

 

ようやく葛城はアイアンクローから解放され、地面に突っ伏す。その様子を無視して、斑鳩にユウヤは答えた。

 

 

 

 

 

「死塾月閃女学館、半蔵学院とは違う善忍の育成機関だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ、その通りです」

 

 

直後、部屋の中に白い粉、雪が舞った。空中を舞う雪は勢いよく部屋を白銀へと包み込んだ。雪が晴れると、五人の少女が立っていた。

 

 

「私の名は雪泉、死塾月閃女学館の忍学生です」

 

 

「アタシは四季で~す。よろしく~♪」

 

 

「夜桜じゃ」

 

 

「美野里はねっ、美野里って言うんだよっ」

 

 

「…………叢だ」

 

 

リーダー格と思われる黒髪の少女、雪泉が自己紹介すると、他の四人も自己紹介を行った。個性的な方々が多いな、とユウヤは小さく呟く。

 

 

「今日、貴方達の所に来たのは、頼みがあるからです」

 

 

「頼み?」

 

 

雪泉の言葉に飛鳥は首を傾ける。えぇと雪泉は頷くと、ハッキリと告げた。

 

 

「先日、私達のいない間に死塾月閃女学館が襲撃されました」

 

 

その言葉に飛鳥達は驚いて目を見張る。だが、対称的にユウヤは静かに聞いていた。

 

 

「私達がいない間の襲撃でした。すぐさま戻ってみると他の忍学生が傷だらけで倒れ込んでいて、襲撃者は既にいませんでした」

 

 

(…………いない間?)

 

 

眉を顰め、ユウヤは悔しそうに両手を握り締める雪泉を見た。何故か、そこの部分が引っ掛かったのだ。

 

 

 

 

「恥を忍んで頼みます。どうか、私達の学校を守っていただけないでしょうか?」

 

 

雪泉はそう言うと、ユウヤ達にペコリと頭を下げた。

 

 

「…………協力する前に、一つ質問がある」

 

 

頭を下げてお願いする雪泉にユウヤはそう声をかける。

 

 

「お前らがそこまで頼み込むほどの奴等か、その襲撃者は」

 

 

ユウヤの言葉に雪泉は黙り込むと、ハッキリと答えた。

 

 

 

 

 

 

「襲撃者の正体は、深海の魔神(ディープ・バロール)です」

 

 

聞き慣れない単語に飛鳥達は首をかしげる。だが、その単語に反応する者がいた。

 

 

「な!?」

 

 

ユウヤが目を見開き、少しの間硬直する。そして、すぐに頭を抱え込んだ。

 

 

「馬鹿なっ!?あいつらが、動いたのか!?…………何の為に!」

 

 

クソッ!と悪態をつきながら、頭を掻きむしったユウヤに飛鳥は混乱しながら、問う。

 

 

「ちょっと待って!その『でぃーぷ・ばろーる』ってなんなの?」

 

 

飛鳥の問いにユウヤはフーッと息をついて座り込む。

 

 

「『深海の魔神(ディープ・バロール)』、国家が正式に認めた、忍を殺すための組織、正確には対忍殲滅特別部隊だ」

 

 

忍を殺す、その言葉に飛鳥達は顔を歪める。一人前の忍になろうとしている彼女達には良い印象が受けないだろう。

 

 

「忍達が国家に逆らった時の為の対応策。いわば、抑止力だな」

 

 

「えぇ、彼らに始末された忍の育成機関は少なくは無いです」

 

 

ユウヤと雪泉の説明に飛鳥達は、なるほどと頷く。だが、飛鳥はとある疑問を呟いた。

 

 

「でも、何で雪泉ちゃん達の学校に襲撃してきたんだろう?」

 

 

ユウヤも同じ疑問を抱いていた。何故、月閃女学館を襲撃したのか。それが分からない限り、奴らへの対処法も分からないままだった。

 

 

 

「心当たりはあります」

 

 

 

雪泉はハッキリと口にした。全員の視線が彼女へと集まった。彼女は閉じていた目をゆっくりと開き、続きを話した。

 

 

 

 

 

「私達、月閃女学館に眠る宝物、『白銀の欠片』。それが彼らの狙いです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜になり、空は暗闇へと変化する。この夜中に歩き回る者は少ない。

 

 

パスッ!

 

 

無機質な建物の中で、小さな音が響いた。ドサッと黒ずくめの兵士が倒れこむ。

 

 

「かっ、ひゅ────」

 

 

地面に蹲った黒ずくめの兵士が喉から溢れる赤い液体を押さえようとする。

 

 

ゆっくりと口元を隠すような服装の青年が歩み寄る。そして、右腕に持つ黒く光る銃の先を向ける。兵士が青年の顔を見て、喉を押さえた腕とは反対の腕を伸ばした。

 

 

 

 

 

パスッ!パスッ!パスッ!

 

 

青年は容赦なく、兵士の体に弾丸を何発も撃ち込んだ。兵士は悶えると、その場動かずに大きな血の池をつくった。

 

 

「失敗は許さない、そう言ったぞ」

 

 

青年は動かぬ亡骸に告げる。だが、亡骸が答える筈もなく、青年はため息を吐くと、サッと腕を上げる。同じような黒ずくめの兵士達が亡骸を運び出した。

 

 

 

 

「先日の第一計画(ファーストプラン)は一人が足を引っ張ったことにより、失敗した。よって、第二計画(セカンドプラン)に移行する。準備を行え」

 

 

 

淡々と感情の感じない声で青年は伝える。残りの兵士達も顔色を変えずに頷くと、部屋の外へと出ていった。

 

 

青年が窓を開け、夜空を見上げる。暗い夜を照らす月の光が青年の顔を照らした。

 

 

「────」

 

 

悲しそうに何かを呟く。だが、その言葉は誰にも届かない。

 

 

「…………もう二度と」

 

 

 

「もう二度と、あの悲劇を起こさせない」

 

 

銀色の髪が光に照らされ、輝きを見せる。強く拳を握ると、青年はコートを翻し、部屋から出ていった。

 




次回『深海の魔神』


アドバイス、感想、評価、できればよろしくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十二話 深海の魔神

何か書くのが難しくなってきたよ、ねぇ。


月閃女学館の雪泉という少女から、協力してほしいと頼まれたユウヤ達。飛鳥達ならともかく、相手が悪いと首を捻っていたユウヤだったが、

 

 

 

「…………やっぱり、引き受けんだよなぁ」

 

 

目の前で仲良くする少女達を見て、甘いなとため息を吐く。だが、彼には少し違和感が残っていたのだ。

 

 

(こいつら、何か隠してるのか?)

 

 

雪泉と他の四人の動きに何かぎこちないものがあったのだ。まるで、後ろめたい事があるような…………。

 

 

(いや、よそう。あまり疑うべきじゃない…………警戒はするがな)

 

 

「生憎、仲良くしてる所、悪いが」

 

 

心の中で決心したユウヤは両手を叩いた。その音に反応して少女達は一斉に振り向く。

 

 

「まずは、今後のことについて話し合うべきだろ?」

 

 

その後、ユウヤの言葉通りに話し合いが行われ、結論が出た。

 

 

───互いに別れて見張りをするという結論に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、結局俺一人になるのかよ」

 

 

一人で校舎をパトロールしながら、ユウヤは悪態をつく。まぁ、自分の実力を知ってての事だろうが、やはり寂しかったりするのだ。信頼されてるとはいえ、泣けてくる、と項垂れる。

 

 

 

 

 

だが、彼は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

「あの人、誰でしょう?お客様でしょうか?」

 

 

「よく見ると、格好いいですよ」

 

 

教室から扉を開けて、生徒達が見ていることを。そして、顔を赤らめていることも。

 

 

「あ?」

 

 

熱い視線にユウヤは振り向くが、何も変化は無い。前へ向き直り、歩き始めたユウヤはふと外を見た。

 

 

(風が一つもない、か)

 

 

静かになっている外を睨む。風が少しもない…………まさに、攻撃にはいい状況──────

 

 

 

ドガァァンッ!!!

 

 

突如、爆音と共に衝撃が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何ですか!?」

 

 

「爆発!?」

 

 

校舎内にいた生徒達が困惑を隠せずにいた。

 

 

「皆さん、早く避難を!」

 

 

雪泉の言葉に頷いて、生徒達は急いで外へと駆けていった。時間が経ち、その場には雪泉達、五人しかいない。それが普通だ。

 

 

「…………もう誰も居ませんよ。出てきなさい」

 

 

誰もいない空間にそう問いかける。彼女達しかいない場合、返答が返ってはこない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅん、気付いてたか」

 

 

だが、答える声があった。それと同時に空間が歪んだ。文字通り、『歪んだ』のだ。

 

 

そして、その場に一人の青年がいた。

 

 

コートを羽織った口元を隠すような銀髪の青年だった。青年は左右の手にショットガンに、マシンガンを持っていた。

 

 

「貴方ですね、私達の学校を襲撃したのは」

 

 

「…………いかにも、その通り」

 

 

青年は身振りをして、腰を曲げる。そして、続けた。

 

 

「まずは、自己紹介をしておこう、自分の名はシルバー。対忍殲滅部隊『深海の魔神(ディープ・バロール)』の指揮官を努めている」

 

 

シルバーはそう言うと自身の持つ二つの武器を地面に投げ捨てた。

 

「覚えとく必要はないね。君たちはどうせ痛めつけるし、」

 

「…………私達を舐めているのですか?」

 

「舐めてる?とんでもない」

 

余裕そうな態度に雪泉達は怒りを顕にする。だが、シルバーをそれを見て、やれやれと困ったような顔をした。

 

 

そして、呆れた声音とは違い、嘲笑するように告げた。

 

 

 

 

「これは、ハンデさ。むしろ、感謝してほしいね。君達のような現実を見ない子供に『くだらない正義を叶える』チャンスをあげているんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉が彼女達のナニかに触れた。

 

 

「────さい」

 

 

「?」

 

 

「取り消しなさいッ!!」

 

 

雪泉の足元から吹雪が起こった。一瞬で、部屋の中を氷の世界へと変えた。

 

 

「私達の前で正義を語らないでくださいッ!!」

 

 

雪泉だけではなく、夜桜に叢、四季、美野里もシルバーの前に立ちふさがった。

 

 

 

 

額に手を置いたシルバーは、深いため息を漏らす。そして、彼女達に告げた。

 

 

「ほら、だから言ったんだよ」

 

 

そう口にすると、彼は手で払った。

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

少女達は衝撃を受けた。凄まじかった怒りを忘れるほどの衝撃を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シルバーが手を振るっただけで、氷の世界は消滅した。吹雪が吹き飛ばされ、氷は粉々に砕かれる。

 

 

 

そして、シルバーが続けた言葉が呆然とする雪泉の耳に聞こえた。

 

 

 

─────現実を見ない子供とね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ、どういうことだ?」

 

 

周りにいた生徒を避難させ、爆発の起こった場所に向かったユウヤは舌打ちをしながら、周りを見渡す。

 

 

「……………静かすぎる」

 

 

そう、静かすぎるのだ。今もなお、避難していた生徒達の声が遠ざかり、物音ひとつも聞こえない。

 

 

(襲撃者の気配もしない…………何故だ?)

 

 

どれだけ神経を研ぎ澄ましても、何一つ感じられなかった。この感覚にユウヤは不安になってくる。

 

 

(まるで、世界そのものが別のものへと入れ替わったような……………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はろー、元気かなぁー?」

 

 

 

ゾクリ、その声はそう感じさせた。

 

 

「ッ─────ぁ」

 

 

強者の威圧感とは違うソレに、彼は久しぶりにある感情を抱いた。

 

 

 

 

 

 

『恐怖』だった。

 

 

逃げろ、と全神経が悲鳴をあげる。だが、体が地面に同化したように硬直していた。

 

 

 

ユウヤは声のする方向に視線を向ける。

 

 

 

 

侵食される。

 

 

侵食される。

 

 

世界が徐々に侵食されていた。

 

 

闇でもない、聖でもない、光でもない、影でもない、黒でもない、白でもない、

 

 

 

 

 

 

 

 

純粋な『混沌』に。

 

 

 

 

 

 

その『混沌』の中から人影が現れた。

 

 

 

 

赤黒いフードの付いたコート。

 

 

 

 

 

タランと垂れるボロバロの袖。

 

 

 

 

そして、フードの中から見える─────ニンマリと笑う明るそうな仮面。

 

 

 

その仮面は幼い子供が着けていそうな雰囲気を醸し出している。

 

 

 

だが、仮面にあるどす黒い丸い瞳が、その雰囲気を台無しにする。

 

 

 

 

 

「お前………………は?」

 

 

込み上げてくる吐き気と恐怖に堪え、震えながらそう聞いた。

 

 

 

 

 

目の前にいる、全ての邪悪な部分を塗り固めたような本物の『怪物』は嗤い、首を捻った。

 

 

 

 

 

 

「そうだねぇーーーーーーーー。僕は『カオス』。かつて君達が倒した男、カイルの共犯者。分かりやすく言うと、彼を操っていた黒幕さぁ」

 

 

 

 




次回『混沌』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十三話 宝物の真実

何かおかしなところがあれば、伝えていただけると嬉しいです!


校舎を襲った爆発。その爆発の時に少女達が動いていた。

 

 

「皆、こっち!」

 

 

飛鳥達は急いで廊下を駆けていた。彼女達が向かっている場所、そこは─────

 

 

『地下にある部屋、そこに『白銀の欠片』は隠してあります』

 

 

雪のような少女、雪泉から教えてもらった襲撃者の狙いと思われる宝物の場所。目の前にある重い鉄の扉を開くと、階段が現れる。その階段を駆け足で降りると、

 

 

 

 

 

 

 

 

十数人の黒ずくめの兵士達が部屋の中にいた。

 

 

 

 

「なんだ、こいつら!?」

 

 

「情報に無い……………新手か!」

 

 

部屋に入ってきた飛鳥達を見た兵士はすぐさま武器を構える。だが、その様子には困惑が隠しきれなかった。

 

 

 

「関係ないッ!そいつらも忍だろう、始末しろ!」

 

 

違う装備の兵士が怒鳴ると兵士達もキッと飛鳥達を睨みつける。

 

 

「はぁぁぁっ!」

 

 

声を張り上げ、武器を振るう飛鳥を筆頭に、彼女達は『深海の魔神』と激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、

 

 

侵入者である銀髪の青年 シルバー。雪泉たちは彼の前に立ち塞がっていた。

 

 

「………本来なら、使うつもりは無いんだが」

 

 

彼はそう言うと着ていた軍服を脱ぎ捨てる。

 

 

胸元に機械のような物が取り付けられていた。機械の真ん中には動力源とも見える球体状のコアが光続けている。

 

 

突然、変化が起こった。

 

 

 

ウィーンッ、ガシィンッ、ガシャッ!

 

 

機械が音を立てて、変形を始める。シルバーの体を包み込むように、機械がその形を変えていく。

 

 

 

 

 

呆然とする雪泉達の前にその姿を現した。

 

 

銀色に光る分厚い鋼鉄の装甲。

 

 

後ろから複数の武器がある腕がギチリと蠢く。

 

 

 

シルバーは機械の装甲が何一つ無い。だが、シルバーの脚と腕の先に武装兵器が取り付けられ、シルバーの頭部に特殊なゴーグルのような物を被せられる。

 

 

その姿は、SFに出てくる駆動鎧(パワードスーツ)そのものだった。

 

 

「自分達が秘密裏に開発した特別強襲用武装兵器 PS.K-02。お前達、忍を殲滅することに特化した兵器」

 

 

ガシャアンッ!と複雑な構造の脚が音を立てて動く。

 

 

「この兵器の前に、勝てる忍など……………いない!」

 

 

シルバーは両腕に装備している細長い鉄の筒を雪泉達に向けた。だが、それがただの筒ではないとは、すぐに分かった。

 

 

「皆さん!回避を!」

 

 

雪泉の言葉に彼女達は左右に飛び退いた。

 

 

直後、彼女達のいた場所を無数の弾丸が放たれる。床は蜂の巣へと変わり、壁も大きな穴を開けている。

 

 

シルバーは両腕を全方位に向け、高威力かつ無数の弾丸を撒き散らした。

 

 

 

「むんっ!」

 

 

美野里と四季を後ろに避難させた夜桜は、巨大な手甲を前に出して、弾丸を防いだ。

 

 

「何じゃと!?」

 

 

銃撃を防いだ夜桜の手甲はボコボコとへこんでいた。シルバーの両腕の筒からの攻撃が止み、筒の横から沢山の薬莢が地面に落ちる。

 

 

 

駆動型両腕武装機関銃(パワードアーム・ガトリング)。戦車の装甲をも貫く破壊力……………だが、それだけではない」

 

 

「はあっ!」

 

 

般若面の少女、叢が後ろから駆動鎧(パワードスーツ)の背中の動力源を槍で貫こうとする。

 

 

 

後ろに取り付けられていた一本の腕が槍をガシリと掴んだ。そして、もう一つの腕が叢の横腹に叩きつけられる。

 

 

「かはッ!」

 

 

「叢さん!?」

 

 

地面に倒れ込み、苦しそうに呻く叢雲に少女達が駆け寄った。止めを差そうと近づくシルバーに雪泉は疑問を聞いた。

 

 

 

 

「何故、こんなことをするのですか!?」

 

 

「世界の為、それが自分達の行動原理」

 

 

感情の籠っていない言葉とは裏腹にその目には覚悟があった。例えどんなことをしてでも、自らの目的を果たすという覚悟が。

 

 

だが、彼女も引き下がれなかった。自分達の信念の為にも、あの方の為にも。

 

 

そう誓った彼女達にシルバーは、

 

 

 

 

「お前達は、何も理解していない」

 

 

落胆と失望、その二つの籠った言葉を告げた。青年を睨みつけようとして、彼女達は絶句した。

 

 

 

虚空。

 

 

その言葉は、感情を失った無の表情を浮かべるシルバーを表すにはふさわしかった。そして、シルバーは侮蔑の感情を抑えずに続けた。

 

 

 

「アレが何かも知らないクセに、よく平然とできる。アレの復活を止めるためにも、今こんなに争いしてる暇はない」

 

「アレ………、それは一体」

 

 

「『白銀の欠片』、正確にはそれに封印されている存在をだ」

 

 

 

 

 

 

少女達の奮闘により、『深海の魔神』の兵士は五割が気絶し、三割が戦闘不能になっている。

 

 

 

 

 

 

「動くなッ!」

 

 

鋭い声が飛鳥達の動きを止めた。その声の方向に急いで振り向いた。

 

 

 

マスクを外した兵士の男が、右手にある銃を少女達に向けて、左手にはある物を持っていた。

 

 

光輝く白銀の装飾が施された小さな宝玉、『白銀の欠片』だった。

 

 

「これがあれば、攻撃ができまい!」

 

 

男の言う通り、素直に攻撃が出来なかった。『白銀の欠片』を取られる訳にはいかないのだが、何とか無事だった兵士が飛鳥達を囲んだ。

 

 

「…………不味いですね」

 

 

「奴らに隙があれば!」

 

 

悔しそうに斑鳩は顔を歪め、葛城は不満を漏らす。だが、

 

 

(…………どうすれば)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴォォン

 

 

変な音が耳に入った。まるで、空気そのものが捻れるような音が。

 

 

周りを見ると、斑鳩や葛城、柳生に雲雀だけではなく、兵士達も聞こえていたらしく、不安そうな顔をする。

 

 

 

 

 

「え…………あ?」

 

 

呆けた顔で兵士の男はそれを凝視していた。

 

 

 

 

 

男の宝玉を持っていた方の手首が先が、綺麗に消失していたのだ。

 

 

プシュリッと吹き出る鮮血に男は、感じた。

 

 

 

 

 

「………あ、あああぁぁッ…………があああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

地面に蹲り、手首の先を必死に押さえるが、溢れ出る鮮血が周りに飛び散る。周りにいた兵士達が、ようやく我に返り、急いで応急手当をしようと動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり脆いな…………………人間とやらは」

 

 

 

音もなく、ソレが目の前に顕現した。飛鳥達も、動こうとしていた兵士達も、出血を押さえていた男も、全員な硬直していた。

 

 

 

 

色が抜け落ちたような白髪の大人しそうな青年に見える。

 

 

 

顔半分に描かれた赤黒い紋様。

 

 

露出された胸部にある縦に裂けたギザギザからはみ出し、ギョロギョロと蠢く赤い眼球。

 

 

 

この二つを無視すれば、そう見えるのが普通だった。

 

 

 

 

 

 

青年、いやソレの手には宝玉が握られている。青年はその場から動かずに立ち尽くしている。

 

 

 

 

「さてと………………」

 

 

ソレが口を開いた。ゆっくりとこちらに歩み寄り、両手を広げる。

 

 

────笑いながら、告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「下等な人間が、目障りだ」

 

 

 

あっさりとした死の宣告と共に、空間が悲鳴をあげた。




次回『混沌』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十四話 混沌

 

青年の姿をしたナニかは腕を振るっただけだった。

 

 

突風が周りに吹き荒れ、校舎を半壊させた。

 

 

だが、その影響を受けたのは、飛鳥達だけではなかった。

 

 

 

「きゃああぁぁ!!?」

 

 

ガラスを割り、壁を吹き飛ばす程の強風が雪泉を襲った。突然起こった強風に耐えきれず、彼女達は壁に叩きつけられる。

 

 

 

 

「…………遅かったか」

 

 

地面に駆動鎧の脚と腕を打ち込み、強風に耐えきったシルバーは半壊した校舎の方へと目を向ける。

 

 

「全部隊に伝令、緊急非常事態発生。標的への攻撃を優先しろ。不可能な場合、撤退を許可する………繰り返す」

 

 

 

シルバーは小さなマイクに向かって声を出す。だが、マイクからは返事が来ないことに、彼は舌打ちとともにマイクを地面に叩きつけた。

 

 

 

「………まずいことになったな。もし、史実通りの奴だったら、相当危険だぞ」

 

 

「どういう、意味ですか?」

 

 

余裕のないシルバーに背中を打ち付けた雪泉は苦しそうに問いかけた。

 

 

「お前達、月閃女学館が所持してる宝物さ…………まさか、本当に知らないのか?」

 

 

雪泉は戸惑いながらも、首を横に振る。その様子を見たシルバーは呆れたように顔をしかめた。

 

 

そして、銀髪の青年は聞こえるようにハッキリと告げた。

 

 

 

「あれは伝説上の存在、『混沌の異形(ケイオス)』を封印してる物さ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ッ!?」

 

 

ハッと、意識が覚醒したユウヤは勢いよく飛び起きた。そして周りをキョロキョロと見渡し、自身の体に手を置いた。

 

 

「夢…………か?」

 

 

ズキリと杭が打ち込まれるような頭痛に頭を押さえる。彼は自身の記憶を辿ることにした。

 

 

『深海の魔神』の襲撃に備え、パトロールを行っていた最中、爆破があったのだ。

 

 

その直後、

 

 

 

 

『はろー、元気かなぁー?』

 

 

とてつもない吐き気が込み上げてきた。口を押さえ我慢しようとするが、思い出すだけでも震えが止まらなかった。

 

 

「何だよ………アレは」

 

 

彼は今まで多くの敵と戦ってきた。

 

 

人間、忍、妖魔……………自分が対面したアレはそんな優しいものではなかった。

 

 

 

この世の悪意の塊、その呼び方が相応しかった。

 

 

 

もう止めようと両頬をパンっと叩く。

 

 

 

「………奴の事は後だ。それよりも、どういう状況だこれは」

 

 

周りの荒れように戦慄していたユウヤは、服についた誇りを払いながら、立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ここは?」

 

 

意識を取り戻した飛鳥は周りを見渡す。倒れていた仲間達に気付き、助けようと動こうとした途端、すぐさま目を疑った。自分達がいたのは確か地下だったはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ならば何故、太陽の光が自分達を照らしてるのだろうか?

 

 

先程の出来事を思い出そうとすると同時に、

 

 

 

 

 

「…………人間が、まだ生きていたか」

 

 

青年、いや青年の姿をしたナニかが、飛鳥を見下ろしていた。青年はつまらさそうに手をゆっくりと─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『電撃磁槍(ボルティック・ライザー)』ァァァァ!!!」

 

 

 

青年のすぐ横に向かって電気の槍が穿たれた。青年の目が目の前の飛鳥から外れ、遠くから槍を放ったユウヤへと向けられる。

 

 

 

 

 

「今のうちに、逃げろォ!!」

 

 

その怒鳴り声に飛鳥はすぐさま走り出して、倒れていた仲間を助けようとする。

 

 

 

「………その力、そういうことか」

 

 

青年は少しだけ興味深そうに彼を見た。ニヤリと笑みを浮かべ、彼へと向き直った。

 

 

 

何もしようとせずに、立ち尽くしたまま。

 

 

 

 

「…………上等だ」

 

 

舐められてる、そう確信したユウヤは奥歯からギリィッと音が鳴るのを耳にする。だからこそ、彼も決断した。

 

 

全力で葬り去ると。

 

 

 

 

バッとユウヤは右腕を空へと掲げた。彼の右腕から電気が音を立てて唸った。

 

 

 

先程の一撃とは違う、凄まじいくらいの電撃が蓄えられる。そして、銃のようにした右手を青年へと向ける。

 

 

 

 

「…………一撃で仕留める!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

射撃型・超電磁砲(アサルト・レールガン)』ッ!!!」

 

 

 

光速の勢いで空間を焼く程の電撃が、青年へと放たれた。明らかに人を殺すだけではなく、死体をも消滅させる程の威力。

 

 

青年は何もせずにその一撃を────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴォン

 

 

「………え?」

 

 

まるで、空間そのものが声をあげたようだった。そして、飛鳥は目の前の出来事に呆然とするしかなかった。

 

 

 

青年は傷一つ付いていない、だが問題はそこではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は」

 

 

一撃を放ったはずのユウヤの右腕が喪失していた。肩の先から、焼き焦げた後が残っている。

 

 

遅れて視界の上から、彼の右腕が確認できた。

 

 

 

ユウヤはバランスを崩し、転げ落ちる。地面に落ちた直後、落下の痛みと右腕の痛みに苦しそうに悶えた。その痛みでなお、我を失わなかった彼は流石と言えるだろう。

 

 

 

「……あがッ……………何だよ、テメェは」

 

 

ユウヤは有るだけの敵意を向ける。青年は満足そうに笑うと、腰を折り丁寧な礼をする。

 

 

 

そして、告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が真名(まな)はゼールス。『聖杯』より使われし、全ての生命体の頂点と立つ『混沌の異形(ケイオス)』を統括する者。そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『聖杯』の命に従い、この地上の生命体を殲滅させる者である」





次回『統括者ゼールス』




アアドバイス、感想、評価、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十五話 統括者ゼールス

一日に二話投稿できたよ


半壊した校舎の瓦礫の山の頂点で、統括者ゼールスは周りを見下ろした。ピクリとゼールスは動きを止めた。

 

 

「…………それにしても」

 

 

瓦礫の山から飛び降りると、硬直している飛鳥の前に立つ。飛鳥は戦おうと武器を取ろうとするが、やはり動けなかった。

 

 

 

「貴様を何処かで見たことがあるんだが、知らないか?」

 

 

 

 

 

 

バヂィッ!!と音とともに電撃の槍がゼールスへと打ち込まれた。槍はそのままゼールスの胴体を貫かんと突っ込んでいき、

 

 

 

 

 

 

ヴォン

 

 

 

その音が鳴り響くと同時に結果は分かった。電撃の槍は先程現れた場所に向かっていき、瓦礫を吹き飛ばした。

 

 

 

 

左腕を青年に向けたままユウヤは荒い呼吸で立ち尽くしていた。もちろん右肩から先には腕は存在していない。

 

 

 

「…………分かったぞ」

 

 

「………………」

 

 

絞り出すような発言にゼールスは答えない。どうでもいいか、とユウヤもお構い無しに続けた。

 

 

 

 

 

「先程の一撃を見て、よく分かった。明らかに空間が捻れた。テメェは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空間そのものを操ってんだろ。だからこそ、俺の一撃を弾き返すこともできるよなぁ!?」

 

 

沈黙、それが周りを支配した。

 

 

長い長い沈黙が─────ようやく解かれた。

 

 

 

 

 

パチパチパチパチ

 

 

ゼールスは手をはたき、拍手をしながら歩き出した。満足そうな笑顔を見せて、盛大に青年を誉め称えた。

 

 

 

「見事、見事、人間ごときに我が権能(ちから)を見破られたのは始めてだ!」

 

 

 

ゼールスはすぐに余裕そうな表情へと戻り、青年と少女へと腕を向ける。

 

 

 

「だが、見破ったところでどうするのだ?我が空間で押し潰す前にどうすると?」

 

 

 

「………どうする、か」

 

 

彼は飛鳥へと目線を向ける。不安そうにしていた彼女に精一杯の笑みを浮かべると、ゼールスへと指を指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なら、他の奴と協力してお前を倒す」

 

 

直後、ゼールスは横から衝撃が来るのが分かった。横へと目を向けると氷塊がそこにあった。何とか空間をねじ曲げ、弾き返そうとする。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

そして、気付いた。

 

 

自身の真上から四つの攻撃が向かってくることに。

 

 

防ぐことも、弾き返すこともできずにゼールスは攻撃を受けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「………間に合いましたね」

 

 

そう言うと雪泉は扇子を振るい、槍のように鋭い氷塊をゼールスへと向ける。彼女と共に叢、夜桜、四季、美野里も徹底的に攻撃を与える。

 

 

 

「……………小娘共が」

 

 

だが、通用している様子もなく、ゼールスへの攻撃は全て弾き返され、周りへと被害を与える。

 

 

そして、ゼールスを無数の弾丸が撃ち抜かれた。

 

 

 

 

「照準修正、確実に、精密に、殲滅する」

 

 

当たっていないのを理解しているシルバーは攻撃を止めない。ガシャンッと駆動鎧の背中の砲台が肩の部分へと移動する。その砲の先は煙へと向けられ、

 

 

 

全砲、一斉射撃(オール・バレッド)!!」

 

 

オレンジ色の光を纏いながら、砲弾は煙の先へと飛来し、爆発を起こす。

 

 

「クッ、ソ!!」

 

 

始めてゼールスは余裕を失う。煙を払い、今自分への攻撃をしている六人と妙な感じの女を潰さんと─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────あと、一人はどこ行った?

 

 

そう考え、動きを止めたその瞬間、

 

 

 

 

 

 

「テメェは、どうやら同時に防ぐことは出来ねぇようだな」

 

 

ドスッと懐から響く。ゼールスはすぐに気付いた。

 

 

 

 

懐へと移動したユウヤが長い方の脇差を胸元へと突き刺していたこと。

 

 

 

 

「貴様、─────」

 

 

 

ゼールスの体は震え始める、だがユウヤは脇差へと力を込めて切り裂こうとする。止めを指そうと足を踏み抜いく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『恨むなら恨んでくれてもいい、私を』

 

 

ふと、一瞬の間に力が抜けた。その隙を狙い、勢いよくゼールスの腕がユウヤの首へと伸び、ガシリッと掴んだ。

 

 

 

「がっ………は…………!?」

 

 

締め付ける苦しさに吐血するユウヤに耳を貸そうとしない。そのまま絞め殺さんと力を強めていた。

 

 

「止めて………………止めてっ!」

 

 

雪泉達とシルバーが急いで駆け出し、飛鳥は苦しそうに呻くが、間に合わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の首を締め付けていたゼールスの腕は一瞬で消し飛ばされた。

 

 

 

「なっ!!?」

 

 

その場にいた全員が唖然とする。文字通り、一瞬だった。数秒で起きた出来事に全員が認識できなったのだ。

 

 

 

(今の一撃、読めなかった!?)

 

 

ゼールスは後ろに飛び退くと、すぐさま辺りを見回した。だが、何も変化が無い。それが不気味に感じた。

 

 

 

 

 

────退避するべきか。

 

 

何時、何処から来るか分からない攻撃に警戒しながら、腕を叩きつけた。砂煙が周りに巻き起こり、視界を隠す。

 

 

 

「…………く、そ」

 

 

何とか生き延びたことを喜ぶべきなのだが、彼は違かった。倒れ込む少女へと手を伸ばす。

 

 

 

「あす…………か…………」

 

 

そう呟き、彼は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回『協力』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十六話 協力

前回の話を少し修正しました!


本当にすいません。


月閃女学館の校舎は半壊したことにより、ほとんどの月閃の生徒達は別の校舎を使うことになった。

 

 

 

 

「ふざけないでくださいッ!!」

 

 

「ふざけていない。事実を提示したまで」

 

 

バンッと机を叩き怒りをみせる雪泉に対し、銀髪の青年シルバーは表情を変えずに告げる。

 

 

 

 

 

 

「……………はぁ、」

 

 

自然にため息を漏らしたユウヤは右腕で(・・・)頬杖をついていた。

 

 

 

 

 

 

 

先日現れた統括者ゼールスとの戦いで自分達は被害を被った。

 

 

彼は右腕を切断させたが、知り合いの医者により元に戻してもらったおかげで、充分に戦えるようになった。

 

 

 

だが、問題なのは飛鳥達だった。

 

 

ゼールスの攻撃が直撃したらしく、全員動けるのもやっとな状態だったという。今病院にて安静にしてるが、いつものように動けるようになるには、時間がかかるらしい。

 

 

 

 

 

────自分が力不足だったばかりに!

 

 

やり場の無い怒りに壁を殴りつけることも多かった。だが、何もしない訳では無かった。

 

 

 

互いの利害の一致により俺と雪泉達、シルバーによる協定を組むことにしたのだ。

 

 

 

それは協定を組んだすぐ直後のことだった。

 

 

 

 

 

────君たちに忠告だ。正義の為とか言うのは止めた方がいい、そう言う時点でそれは偽善だ。

 

 

シルバーのその言葉に話し合いをしていた雪泉は憤慨し、口論になっていたのだ。

 

 

「偽わりの善、という意味のもの。自分達の都合だけを押し付けるような正義だ、それを教えた人もろくな人物じゃない」

 

 

「っ!好き勝手言わないでください!!!」

 

 

せっかく協力しようとこじつけたというのに、こんな風になっては関係を悪くしてどうするつもりなのだろうか。

 

 

 

 

「…………頭が痛ぇな、くそっ」

 

 

 

先日から入院してる五人が恋しくなってきたユウヤは今もなお、いがみ合う者達に対する頭痛を堪えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは蛇女子学園の本部。

 

 

 

「ったく、ふざけおって!!」

 

 

廊下をツカツカと歩く老人は激しく憤っていた。理由は老人が手に持つ紙が関係している。

 

 

 

蛇女子学園の損害、及び指導者でもあったカイルの行方。

 

 

そして、選抜チームが抜忍となり行方を眩ましていること。

 

 

 

記されたこれらの問題に老人は苦々しく眉をひそめる。紙をクシャリッと握り締め、悔しそうに呻いた。

 

 

 

「このままでは、儂等の面子が───」

 

 

 

 

「面子?そんなものがあったとは、驚きだな」

 

 

 

周りに声が響き渡る。老人はその声に反応し、辺りを見渡す。老人の後ろの窓に人影が寄りかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「貴様は………キラ!」

 

 

「高血圧で死んでるかと思ったが、まだ存命か」

 

 

シワだらけの顔を更に歪める老人に彼は辛辣な言葉を浴びせる。その青年に老人は不快そうに眉をしかめる。

 

 

「何の用だ、儂は今忙しい」

 

 

「何だその態度は、老いぼれである貴様の為にこの俺様が手助けをしてやるのだぞ?」

 

 

対するキラは高慢な態度で老人を見下す。忌々しそうに顔を歪めた老人はふとキラの言葉に反応した。

 

 

「手助けだと?」

 

 

 

「貴様が何を企んでいるのか、知らぬと思ったか?」

 

 

青年は老人を指差すとそう答えた。そして、その手を開き五本の指を広げた。

 

 

 

「他の奴等より強い忍が5人いるだろう?そいつらを貸してもらおう」

 

 

「…………何のつもりだ?」

 

 

疑うような老人の言葉にキラはククッと笑い、懐から取り出したタブレットの画面を見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『伝説の忍』半蔵の孫娘を殺せるかもしれんぞ?」

 

 

 

画面に映る病室で寝ている少女を指差し、キラは目の前に老人に告げた。




次回『相互の理解』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十七話 相互の理解

眠いけど投稿するわ。



だって、完成したから。


「………………」

 

 

「………………」

 

 

雪泉とシルバーは互い睨みあっていた。先程の作戦会議からこの調子の二人にユウヤは徐々に苛立ちが溜まっていた。

 

 

分からないと思うかもしれないが、他人が喧嘩したりしてるのを見るのは無性に腹が立つものである。

 

 

 

 

 

 

 

そして、彼の中で何かがブチリッと音をたてて切れた。

 

 

 

 

「………………が」

 

 

 

小さな声で呟くユウヤに二人は、ん?と顔を向けた。ユラリと体を揺らし俯いていた彼は、キッと顔を振り上げた。

 

 

 

 

「フッざけんなよ!テメェらがそんな状態で協力が出来るわけねぇだろうがァ!!」

 

 

 

我を忘れるほどに怒り狂ったユウヤはそう怒鳴る。あまりの剣幕に二人も硬直するが、そんな二人に対してユウヤは更にとんでもない言葉を言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「同盟なんざ止めだ、止め!望み通り、テメェらも好き勝手にやりやがれ!」

 

 

 

 

「ちょ───」

 

 

「待っ───」

 

 

 

ドカンッ!!と叩きつけるように扉を閉めてユウヤは出ていった。唯一のまとめ役である人物がいなくなったことにより、この部屋を沈黙が支配した。

 

 

 

「………………」

 

 

「………………」

 

 

ここで二人はとある事実に気付く。

 

 

 

 

 

 

 

(気不味い………!)

 

 

実を言うと、こんな風に気不味くなることがあるのだ。喧嘩した相手と二人っきりになると、どうすればいいのか分からなくなるという。

 

 

 

二人がチラリッと横を見やる。互いの顔色を確認するかのように。目が合った途端、すぐさま目線を顔ごと反らした。

 

 

 

 

それから何分か経ち、二人は意を決して声を出す。

 

 

 

 

 

「「…………あの」」

 

 

 

────被った。

そう理解した二人の動きがピタリと停止した。

 

 

 

「…………君からどうぞ」

 

 

「…………いえ、貴方の方こそ」

 

 

何というか面倒くさいことになってる。シルバーも雪泉も譲り合いをしてるせいで、なんかもうそれだけで時間が過ぎていってる。

 

 

そして、ようやくシルバーの方が口を開き始めた。

 

 

 

 

「君、どうして忍になったの?」

 

 

 

え?と漏らす雪泉にシルバーは続けた。その顔は少し暗そうになっている。

 

 

 

「昔の自分は忍なんて国の道具って認識だった。けど、何故か君の忍になった理由が知りたくなったのさ」

 

 

近くにあったコップに紅茶を注いだシルバーは雪泉の分の紅茶を渡した。

 

 

そして、次は雪泉が話を始めた。

 

 

「私の家族は、幼い時にいなくなりました」

 

 

「両親は事故で亡くなり、兄も私を守って行方不明になりました。そして一人になった私を、

 

 

 

 

黒影おじいさまに育ててもらいました」

 

 

話の最中に雪泉はにこやかな笑みを浮かべるのをシルバーは見逃さなかった。

 

 

 

「そして、五年前にボロボロになって帰ってきて…………私たちが月閃に入学して、すぐ亡くなりました」

 

 

「黒影おじいさまの願いであった悪のいない世界を作るのが私の、私たちの目的です」

 

 

そうか、とシルバーも相槌をうつ。口元を歪め笑みを見せる。

 

 

「なら自分と似てるね」

 

 

「…………え?」

 

 

「自分は、世界を平和にするつもりだからさ。まぁ、行き過ぎた正義は人を苦しめるだけだから」

 

 

ハッキリと告げられた言葉に雪泉は戸惑いながらも、ある程度理解ができた。

 

 

心配をしてるのだ。

 

 

今は亡き黒影の望みを叶えんとする雪泉たちを。

 

 

 

 

 

 

「……………あのさ、少しいいかな」

 

 

躊躇した態度でソワソワし始めたシルバーに雪泉は首を傾けた。

 

 

 

そして、意を決した青年が震える口を開いた。

 

 

「自分も……………君やあの子達とも、仲良くなれないかな?」

 

 

そう言った銀髪の青年を雪泉はようやく理解できた。彼は仲間が、友達がいなかったのだ。一人だけ、孤独に生きていたシルバーが世界平和を望んだのも、そうすれば誰かと仲良くできるかもしれないと思ったから。

 

 

 

 

当の本人であるシルバーは適当にとんでもないことを口にする。

 

 

「じゃあ改めて、自分は『水』の異能使いシルバー。是非ともよろしく頼むよ」

 

 

 

数少ない異能使いの一人だと明かした青年に雪泉は一瞬の間に驚愕したが、

 

 

 

 

「────私の方こそ、よろしくお願いします」

 

 

そう言うと、優しく、嬉しそうに、微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………一体、何があったんだっ」

 

 

出入口の端の方から覗いていたのは、キレて出ていったが罪悪感に駆られて戻ってきたユウヤだった。

 

 

このあとユウヤが二人に全力で謝り、同盟は無事に進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ククク、俺様の目的も既に計画済み。後は実行に移すのみ」

 

 

「例の少女も、あの男も、全ては俺様の手中に収まるのさ」

 

 

 

 

「───さぁ、楽しいゲームの始まりといこうか」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十八話 陰謀と戦い

国立桜木病院に入院していた飛鳥達が動けるようになってから数日。ついに退院ができるようになった彼女たちをユウヤは迎えにいっていた。

 

 

「そういえば、雪泉ちゃん達とシルバーさんって仲良くなったよね」

 

 

「…………色々あったんだろ」

 

 

険悪に近い雰囲気だった月閃の少女たちとシルバーだったが、今では仲間のように楽しく談話をするくらいの仲になっている。

 

 

 

「それにしても、君も元気そうで何よりだね」

 

 

「……桜木先生か」

 

 

部屋の扉が開くと同時にスタスタと白衣を着た子供に、ユウヤは素っ気ない態度をとる。その子供を見たユウヤ以外の者達は普通の子供と認識していたが、

 

 

「言っとくけど、僕23歳だよ」

 

 

『はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?』

 

 

 

桜木のカミングアウトに絶叫していたのも先程の話だ。

 

 

「そういえば、紅蓮はどうだ?」

 

 

「もう少し前に退院してるよ。今は何処にいるかはよくわからないけどね」

 

 

そうか、とユウヤは俯いた。不安そうに飛鳥は声をかけようとするが、

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────ッ!!」

 

 

突然の違和感に全員が反応する。他の人間には感じられないが、彼らにとって違和感は何度も感じたことがあるからだ。

 

 

 

「…………忍結界?」

 

 

病院に張り巡らされた結界の名称を飛鳥は呆然と呟く。それを理解した桜木はゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よぉ、老害。挨拶をしておくぜ』

 

 

「何の用だ。貴様は貴様のやることを果たせ」

 

 

老人は豪華な椅子に腰掛け、連絡相手である高慢な青年に低い声で命令する。

 

 

『まったく偉そうに………………そこまで邪魔か?貴様が目の敵にする、半蔵は』

 

 

 

 

 

ピタリと老人の表情から感情が消えた。強く握った左手から血が垂れる。

 

 

「────邪魔だとも、我らの望む世界に古き時代の忍はいらん。さっさと消えてもらおう」

 

 

老人にとって『伝説の忍』半蔵は心底不愉快な存在だった。かつて忍だった頃に同期だった半蔵に嫉妬したから。

 

 

ふーん、と電話の奥から平坦な声が続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『では、地獄でまた会うことになるなぁ』

 

 

グチャッ、

 

熟したトマトが破裂するような音を老人は耳にする。消える意識の中、手から落ちた電話が言葉を紡いだ。

 

 

 

『だから挨拶するって言ったろ?………お別れのだが』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忍結界の中心へと飛鳥たちは走っていた。ユウヤと桜木は途中で別れて、雪泉たちと共に行動していた。

 

 

 

 

 

「こんな小娘どもにあいつらはやられたのか………私がいない間に蛇女も随分に貧弱になったものだな」

 

 

声のする方を振り向くと、一人の女性が屋根から地面に降り立った。

 

 

 

「焔紅蓮隊と蛇女の中枢でもあったカイル様を倒した…………半蔵学院」

 

 

 

その言葉を聞いた半蔵学院の忍である飛鳥たちは目を見開き、雪泉たちは目の前の女性に警戒をする。

 

 

女性は両腕に籠手と刀を持つと、刀の先を彼女たちへと突きつける。そして、自身の正体を告げた。

 

 

 

「私は新生蛇女の選抜チームの雅緋。お前達の足止めを命じられている」

 

 

女性、雅緋が自己紹介を終えた直後、複数の少女が現れる。雅緋は周りを見渡すと、飛鳥たちに向かって斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「順調に俺様の役に立っているなぁ、蛇女の忍どもは」

 

 

装飾の施された剣を杖のようにつきながら、キラは廊下を歩く。真っ白な廊下を進んでいき、壁と床が本格的に変わり始める。

 

 

 

そして、目の前に見えてきた巨大な機械の前に立つ。いや、この表現は少し違う。

 

 

 

巨大な機械の前に立つ白衣の子供と睨みあうようにキラは立っていた。

 

 

「────そこに、何の用だい?」

 

 

白衣の子供が無表情で感情のこもってない声で問いかける。

 

 

 

「使えるモノを貰いにきたのだよ」

 

 

 

 

キラが後ろの機械を指差す。その先には、ガラスが張られ、その中に一人の少女が眠っている。

 

 

 

 

 

「十年もの間、『アレ』と(ライン)が連結してるとはいえ、この子に何をするつもりだい?」

 

 

 

「決まっている。神罰を使うのさ」

 

 

素っ気なく出された答えは桜木の余裕を完全に奪った。

 

 

「───君は、神の使いを呼び起こすのか!?」

 

 

「当然だろう、何度も言わせるな」

 

 

平然とするキラに桜木は声を張り上げる。その目には強い意思があった。

 

 

 

「アレは世界を平和にしない!大地を焼き、人を殺し、世界を蹂躙するものだぞ!」

 

 

 

「人の歴史と変わらないじゃないか。くだらん戦争を起こして、多くの人々の命を奪い続けた歴史と」

 

 

二人は互いに理解し合った。お互いにらちが明かないと。桜木は懐に入れた腕を戻すと、両手に十枚の刃が指の間に挟まっていた。

 

 

 

「なら、仕方ない……………………君を殺してでも止める」

 

 

 

「クハハッ、俺様を殺す?…………………できるものならな」

 

 

 

桜木は懐から八枚のギザギザの刃をブーメランの要領で全方位に飛ばし、残りの二枚を掴むとキラへと突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、冗談にしては笑えない」

 

 

シルバーは赤黒い空間にて立ち尽くしている。ひきつった笑みを浮かべながら、目の前の人物を睨みつける。

 

 

「へへぇー、そんなことぉ言わないでほしいなぁ」

 

 

ニッコリと笑った仮面を着けた邪悪なる者 カオスは体を捻り、殺気をぶつける銀髪の青年に笑いかける。






次回『宵闇の支配者』




感想と評価、是非よろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十九話 宵闇の支配者

マジで時間と小説を上手く書ける技術がほしいでござる。


「………………はっ」

 

 

全方位に飛ばされた捻れた刃はキラの体を切り刻まんと迫り来る。その黒い刃は影に溶け込むようにして、襲い掛かった。

 

 

「………《黒殺刃狼・乱戦舞(フルンティング)》」

 

 

桜木はただ静かに発する。影の刃は無数に無抵抗の青年の体を引き裂いた。

 

 

 

 

 

「───────流石だ、やはり噂は現実か」

 

 

その筈なのに。キラの体には傷一つもついていない。だが、キラは笑いかけると顔半分に突き刺さった刃を引き抜いた。

 

 

「……………」

 

 

「良いことを教えてやろうか」

 

 

抉れた箇所からは血が出るどころか、真っ黒な闇がそこにある。闇は蠢き始めると顔半分を元に戻した。

 

 

「俺様はなぁ、生れつきこの力『異能』を持っていた。この力は俺様を死なせようとしない、死なせてくれないのだ」

 

 

 

捻れた刃を片手で弄ると、自身の首を裂いた。切れ口から大量の鮮血が吹き出す。周りを赤く染めあげ、変化を見せた。

 

 

 

切り口を包み込むように、闇が現れた。桜木は異常すぎる光景に喉を鳴らす。闇はキラの首の傷を完治させると、右腕へと移動した。

 

 

 

「俺様はこの力を、『宵闇の支配者(ダークマター)』と呼称し──────」

 

 

 

 

ズバッ!と話を聞かずに桜木は歪んだ短刀を一瞬で振るった。隙を付いた一撃にキラは立ち尽くし、

 

 

 

 

 

 

 

「…………話は最後まで、聞くものだぞ?」

 

 

闇を纏った右手で短刀を押さえつけていた。少し力をいれると、短刀の先が真っ二つにへし折れる。

 

 

桜木は舌打ちをすると、すぐさま飛び退いた。一瞬で影と同化した彼に語りかけるようにキラは腕を広げる。

 

 

 

「その動き、殺気、センスといい、不確定な噂は真実と化した」

 

 

 

 

無論、影に潜む桜木は答えはしない。彼は音を立てずに、捻れた刃を回収する。今もなお話を続ける青年の背中へと移動する。

 

 

 

 

 

 

「『カグラ』の名を冠する忍、その忍の弟子の一人、『陰狼(かげろう)』の段蔵」

 

 

息が止まった。

 

 

その言葉を聞いた桜木は息どころか心臓までが止まったように錯覚する。激しく取り乱し、焦りを見せる。

 

 

だが、その行為は戦場では許されない。

 

 

 

「ある理由で忍をやめたようじゃないか、腕が鈍ってるぞ?」

 

 

 

右腕が歪に変形する。真っ黒な闇がボコボコと音をたてて、一気に後ろの桜木の腹部に直撃する。一撃を受けた桜木は口から血を吐き、砲弾のように吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

ガシリッ

 

 

くの字に吹き飛ばされた桜木は受け止められた。その様子を見たキラは口を三日月のように歪める。

 

 

 

「……………」

 

 

戦えるとは言いにくい状態の桜木を地面へと寝転がし、ユウヤは電気を放出しながら、漆黒の闇と相対する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪物。

 

 

色んな二次創作物でも登場したりする人ならざる存在。もしくは、力などを恐れられる者などはそう呼称される。

 

 

シルバーも妖魔などと戦ったことがある。まぁ、楽には倒せたが。

 

 

 

だが、今シルバーの前にいる存在に比べれば、怪物なんてまだ優しい子供だった。

 

 

 

「そぉんなにぃ、怯えなくてぇ、いいんだよぉ?」

 

 

ボロボロのフードの中から、ニッコリと笑った仮面を見せる凶悪な存在 カオス。その凶悪性を理解したシルバーは試行錯誤を行った。

 

 

(今、自分が奴に勝てる可能性は不明。まずは、戦略を)

 

 

「………そぉ言えばぁ」

 

 

腕と足をブランッと振り回しながら、首を回転させる。あまりの異常さにシルバーはゴキリッ、と停止した。仮面の隙間から避けた口を見せて。

 

 

 

 

「あの子達の育て親の黒影っていたじゃぁん?

 

 

 

 

 

 

 

あれさぁ、僕がぁ痛めつけたのぉ」

 

 

………………………。

 

 

「ボコボッコにしてぇ、滅茶苦茶に苦しませてぇ、生かしてやったのさぁ。でぇぇもぉぉ、あいつぅ死んじゃたぁ。でも、良かったなぁ、

 

 

 

 

 

 

 

 

あの子たちのぉ、悲しんでぇ、泣いてる姿がぁ見れたからさぁっ!」

 

 

 

 

 

─────殺す

 

 

シルバーは何一つ躊躇をしない。目の前の邪悪がどれだけ異常だろうが関係ない。

 

 

 

彼女たちを嘲笑ったこいつを楽には殺さない。銀髪の青年の使命は確定し、行動は決定された。

 




割と切実に思ったこと。


天性の異能使い多くない?って考えるんだよ。


(ユウヤ、シルバー、カイル、キラ以下の数名)


紅蓮?



彼、ホムンクルスですから。




次回『混沌の悪意』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十話 混沌の悪意

HEY、書くことがないYO!


「あーぁ、最近こんな騒動ばっかだな」

 

 

バヂッ、と紫電の弾ける音が鉄の壁に響く。言葉とは裏腹に荒れ狂う電気が周りの空気すらも焦がす。その現象を引き起こしているユウヤは内心苛立っているのだ。

 

 

 

「───失せろ、そうすれば見逃してやる」

 

 

 

裏社会の傭兵の本気の威圧。本来なら一般人は気絶し、裏社会の人間でも戦意を失う程のものに青年は平然とする。そして、服を払うと口を開いた。

 

 

 

 

「その前にいいか?」

 

 

「…………なんだ?」

 

 

高慢な態度を見せていた青年は行動する。ユウヤに向かって右手を伸ばすと、

 

 

 

 

 

「少し話おう。やっぱり俺様でも勝てなさそうだし」

 

 

ストップと手の平を見せながら、すぐさま頭を下げてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

有り得ない。

 

シルバーは脳裏でそう叫んだ。自身は水の異能を使用する。水は個体・液体・気体の状態に変化することができる。知っているだろうか、人間はほぼ水分で出来ていると言っても過言ではない。シルバーはその気になれば、どんな人間も手で触れれば、一瞬で殺せるのだ。

 

 

それなのに─────、

 

 

 

 

 

「あひゃひゃっ!ざーんねーん、でぇーしたぁー!」

 

 

「ッ!?」

 

 

後ろから首を捻りながら、ボロボロのフードの存在が狂気の声をあげる。不意打ちにシルバーは心臓が止まりかけるが、後ろに振り向くと同時に水を飛ばす。

 

 

 

 

 

弾丸のような速さで放たれた水のつぶては、フードの存在の体に複数の風穴をつくる。鮮血を撒き散らし、死んだ──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへぇ、だぁからぁ、僕はぁ君じゃあ、殺せないんだよぉ?」

 

 

いや、死んでいなかった。胴体に空いた穴はズブズブと傷口から膨らんでいき、完全に元通りに戻った。フードの存在、カオスも挑発するような喋り方でシルバーに告げる。

 

 

 

「─────化け物め」

 

 

 

現実から目を背けようとしていたシルバーは正気に戻ると、カオスを睨みつける。

 

 

 

「えへへ、そういえばさぁ」

 

 

 

「?」

 

 

 

「君のご両親、災難だったねぇーー」

 

 

最後に伸ばしながら話すカオスに、青年は我慢の限界だった。腕を振り上げ、もう一度、確実に殺そうとした。

 

 

 

 

「………………誰が殺したか、知りたくなぁい?」

 

 

「─────────何?」

 

 

 

ビキリッと引っ掛かった。

聞くに耐えない戯れ言と無視することもできた。だが、その話し方には何かを隠したように籠っている。警戒しながら、耳を済ませた。

 

 

 

「君がぁ、知ってる人だよぉ。確かぁ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒影って、言ってたねぇ?」

 

 

 

「…………………は?」

 

 

 

聞いた、聞いてしまった。頭が真っ白になり、何もかもが考えられなくなる。

 

 

黒影とは、あの少女雪泉達の育て親でもあった人だったはず………………そんな訳がないと。

 

 

「おかしいと思わなぁーい?君のご両親はさぁ、悪忍でしょ。黒影って悪を嫌ってたじゃん、殺さないわけがないよねぇ?」

 

 

 

 

ゾッと悪寒が走った。

シルバーの両親が悪忍だという事実は彼しか認知していない。それは、目の前の存在の言葉が事実だということ。

 

 

 

 

その考えが、唯一の隙となった。冷や汗をかきながら試行錯誤をしていたシルバーにカイルは邪悪そうに嗤った。

 

 

 

 

「安心してよぉ。僕はぁ、君を強くしてあげるだけだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く、くがぁぁぁぁぁぁあああああァァァァァァァァァァァァァァ!!!?」

 

 

言葉で形容できない程の激痛。それに襲われたシルバーは地面に蹲り、絶叫する。全身を抱え、血液を、肉を、神経を食い破られるような痛みに悶えた。

 

 

 

「異能使いってさぁ、凄いんだよねぇ」

 

 

「ぎぎぃぃぃぃ、いぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!?」

 

 

 

全身の至るところから砕ける音と共に血が吹き出る。よく体を見ると血管が黒く変色し、蛇のように蠢いていた。

 

 

 

「普通の人間や忍より、頑丈だしさぁ!!」

 

 

 

───壊れる

 

 

───こわれる

 

 

───コワれる

 

 

激痛に呻くシルバーは肉体と精神、そしてなにかが音を立てて壊れる感じがした。大切なものはまだ耐えてるが、無事というわけではない。

 

 

 

 

壊れた場所を埋めるようにセレが侵食を行い始める。シルバーは全てを押さえ込むように絶叫した。

 

 

 

 

 

「ぎ、ぎぃ、ぐがぁぁぁぁぁァァァァァァァぁぁぁぁぁぁああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァ────────!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

意識が、消えた。







次回『深淵』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十一話 深淵




感想と評価が欲しいなぁ…………………(切実)


「とりあえず、説明が必要だな?よし、話すぞ?」

 

 

先程まで凄い偉そうにしていた青年、キラは身振り手振りで説明を始めた。目の前にいる電気を纏った黒髪の青年の警戒心と冷たい目を向ける少年の敵意を解くために。

 

 

「テメェの話し方、いろいろ変わってるな」

 

 

「別にいいじゃないか。俺様の自由だし」

 

 

呆れたようなユウヤの言葉にヒラヒラと手を振るキラ。なんか口調が変わりすぎて困るんだよなぁ(作者の愚痴)

 

 

「俺様が今回襲撃した理由だが、桜木さん……………もとい段蔵さん、あんたの隠す物をもらいに来たのさ」

 

 

 

「……………僕に、その名前で呼ばれる資格はない」

 

 

 

長髪の青年の言葉を否定するかのように桜木は俯く。

 

 

 

「それで、テメェは何が欲しかったんだ?」

 

 

「……………絵蓮(エレン)

 

 

 

 

 

二人の視線を受ける桜木は静かに機械を指差した。正確には、機械の中で眠っている少女に。

 

 

「本来なら、死んでいるはずの子だった。でも、彼女は生きていた。だから僕は調べてみたら──────接続されていたんだ」

 

 

「何に?」

 

 

 

「『聖杯』にね」

 

 

 

「……………………チッ、また『聖杯』かよ」

 

 

 

何度も聞く単語にユウヤは悪態をつく。反応が意外だったのか桜木はキョトンとしていたが、すぐに態度を戻そうとする。

 

 

その二人に視線を向け自身の懐をまさぐりながら、能天気そうな声でキラは質問をした。

 

 

「なぁ、ちょっと連絡いい?」

 

 

「いい訳ねぇだろ。テメェが俺たちのこと言うか分からねぇんだから」

 

 

「もしもしー、雅緋?」

 

 

「って、聞けよォ!テメェ!!」

 

 

「まぁまぁ、落ち着きなよ」

 

 

話を無視して電話をかけるキラ。それに憤慨するユウヤを桜木は苦笑いを浮かべながら宥める。後で起こっている状況を同じように無視をしながら、ハッキリと口にした。

 

 

 

「早く逃げた方がいい。間に合わなくなる前に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわあああぁぁぁっ!」

 

 

長短の脇差を弾かれ、飛鳥本人も何度もバウンドし、地面へと叩きつけられる。

 

 

仲間である少女たちは複数の敵との戦いもあり、声をかけることもできない。

 

 

「こんなに弱い奴らに蛇女は負けたのか?」

 

 

彼女を吹き飛ばした雅緋は冷たい瞳で見下ろしていた。助けようと雪泉が駆け寄ろうとするが、間に合わない。

 

 

 

 

「終わりだ」

 

思いきり刀を振り上げ、止めを差そうとする。誰しもが飛鳥の死を覚悟した。

 

 

 

ピピピピピピピピピピピピピピピピッ!!!

 

 

突如、甲高い音が周りに鳴り響いた。雅緋は刀をゆっくりと下ろすと、腰から携帯を取り出す。

 

 

携帯の画面に目をやり、顔を歪めると不安そうに携帯を耳元に近付けた。

 

 

『もしもしー、雅緋?』

 

 

「キラか。何のつもりだ?今私は」

 

 

『早く逃げた方がいいぞ。間に合わなくなる前に』

 

 

「何を───────」

 

 

遮られたことなど、既にどうでもよく雅緋は視界に入ったモノに漸く気付いた。それは人為的に植えられたとされる樹。それが問題ではない。

 

 

 

それを蝕んでいるドロドロとした黒いナニかだった。それは樹だけではなく、少女たちを囲むように蠢いていた。

 

 

「なにこれ!?」

 

 

「囲まれている…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────」

 

 

見た。見てしまった。

 

 

全てを呑み込まんとする黒い液体の奥に人の姿を。

 

 

 

右手に深い青色の装飾の長剣、左手に薄い青色の宝玉のついた杖、後ろには鎌、槍、斧、盾、弓、鞭などの青を基本とした武器が円を描くように浮遊している中、顔に紋様の刻まれたマスク、厚く着込んだマフラーと外套をたなびかせている。

 

 

 

 

カツンと杖で地面を叩く。

 

 

海のように広がったはずの黒い液体は潮が退くように下がり始める。液体はついにその人物の足元にまで後退する。

 

 

 

 

 

その黒い液体を操っていると思わせるような人物は液体の上をゆっくりと歩く。沈むはずの足は液体に波紋を作り、音を一つも響かせない。

 

 

 

そして、硬直する少女たちの前に立ちふさがる。なにも話せない彼女たちにその人物は動きを見せた。

 

 

 

刀を振り上げていたままの雅緋の体が、壁へと叩きつけられる。

 

 

 

「─────がっ」

 

 

背中を建物の壁に強打し血塊を吐いた雅緋。彼女の仲間である少女たちも血相を変えてその人物へと飛びかかるが、

 

 

 

 

 

 

 

元素よ、空気を燃やし、爆裂を起こせ(イクラヴァ・ゼラ・ゼラ・ウェザート)

 

 

直後、少女たちの前方に爆発が発生する。飛びかかった際に放たれた爆発を避けられるはずがなく、少女たちは重症を負い地面に落下する。

 

 

 

 

 

 

傷だらけの飛鳥を守るように雪泉は扇を構えながら、その人物の前に立った。

 

 

何をするか分からない相手に最大限の警戒を見せる。雪泉は目の前の人物の行動に目を凝らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────見覚えのある銀髪が宙を舞った。

 

 

 

「え」

 

 

それを見た雪泉は扇を落とすが、本人はそれに気付かない。いや、気付いていない。ガクリと座り込んだ雪泉の顔に剣先が向けられる。

 

 

 

 

剣を自身へ向けた人物を見上げた雪のような少女は、目の前の異質な存在に震えながら声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………シルバー?」







うん、これがやりたかったんだよ。自分は(悪魔のような笑みを浮かべて)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十二話 銀の青年

今回も長いなぁ、オイ。


桜木病院の前の広場。そこで飛鳥たちと雪泉たちは、雅緋率いる蛇女学院の選抜メンバーとの戦いをしていた。

 

 

そう、していたのだ。

 

 

 

「……………シルバー?」

 

 

 

現れた直後に雅緋たちを戦闘不能にした謎の人物。その人物が周りを支配している中、地面へと座り込んだ雪泉はそう問いかけた。

 

 

 

 

 

 

長い静寂がその場を支配した。

 

 

十人の少女たちが息を殺して、その人物の言葉を待つ。そして、漸くその人物は口を開いた。

 

 

 

 

「残念な話だが、私はシルバーではない」

 

 

出てきたのは否定の言葉。謙遜が込められたその言葉には彼女たちを気遣うようなものがあった。

 

 

 

 

「だが、私はもう一人のシルバーでもある」

 

 

矛盾。その感情を抱くような物言いに全員が首を傾ける。いや、その表現には少し語弊があった。目の前の怪しい人物と、そしてもう一人。

 

 

 

 

 

 

 

ブゥオッッ!! と。

 

凄まじい勢いで突っ込んできた電気の異能使い、ユウヤの黒鉄の拳がその人物へと振るわれた。

 

 

だが、その一撃は当たらない。

 

 

青年の後ろに浮遊している複数の武器が、互いを重ねて攻撃を防いだのだ。それどころか攻撃したはずの黒鉄の籠手が音を立てて砕け散り、ユウヤを後ろへと後退させる。

 

 

 

「…………テメェがシルバーだと?」

 

 

傷ついた飛鳥と雪泉の前に立ちながら、ユウヤは先程の攻撃の弊害か、出血する腕を押さえながら疑問を漏らす。

 

 

「君たちの言うシルバーという人間なら私も同じ存在と言うべきである」

 

 

「ハッ!笑わせんなよ。テメェ自身はシルバーの異能も使えねぇくせによぉ(・・・・・・・・・・・・)!」

 

 

目の前の青年は答えない。

ユウヤの言葉の真意を傷だらけの飛鳥と雪泉たちは理解できずにいたが、青年は理解できたらしく、ククッと笑った。

 

 

 

 

「『シルバー』と彼が自身を名付けた理由が分かるかな?」

 

 

「……………」

 

 

「『シルバー』は英語では『silver』。銀という意味をもつが、それには一つの特徴がある。銀は古来から吸血鬼などが嫌いとするものでもあり、月の魔力を宿すともされている」

 

 

「……………」

 

 

「『月』には多くの話が関係しているだろう?満月になると狼男に変身するとか……………シルバーや私にも関係しているのである」

 

 

「……………」

 

 

 

「シルバーを月の光によって魔力が発生する『満月』であれば、私は月の光が存在せず魔力が失われる『新月』。つまり、とある理由でシルバーから月の魔力が失われ、この私ができたのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「私もシルバーとは違う存在である。名前もないと面倒であるな。そうだな、私の名は………………アビス・ノイモートと名乗るとしようか」

 

 

シルバーと瓜二つな青年、アビス・ノイモートは子供のような無邪気な笑みを見せ、自身の杖をかざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────面倒なことになってるな。逃げてて正解、正解」

 

 

病院での騒動を山奥から双眼鏡で見やり、やれやれとキラは呟く。彼の近くには雅緋たち、秘立蛇女の選抜メンバーが寝かせられている。

 

 

「にしても、もう一人のシルバーか」

 

 

キラは彼女たちを救出する際に、盗聴機を隠していた。(まぁ、アビスの攻撃に巻き込まれて壊れたが)その盗聴機から聞き出せた情報にキラは頭を掻く。

 

 

そして、その情報をまとめ、アビスなる人物の正体を口にする。

 

 

「さしずめ、二重人格ってところか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「るぁぁぁぁァァァァァ!!!」

 

 

絶境、いや咆哮と呼ぶべきだろう。咆哮をあげたユウヤは地面に拳を叩きつける。グシャッ!と無数の砂と岩石の波を前方に発生させる。

 

 

 

 

「ふーん、私への目隠しと後ろの少女たちを守るための行為か……………………無駄だと思わないかね?」

 

 

 

 

 

 

砂塵の波を吹き飛ばしたアビスは掲げた杖を下げると剣を地面へと突き刺した。剣の柄の結晶から剣の刀身に何かの力が移動する。

 

 

 

罪の剣よ、大地に戒律を刻み穿て(ギルティ・ディレ・ディレ・フェルティーク)

 

 

影から出現した無数の剣がユウヤを串刺しにせん、と殺到する。無論、彼も簡単に受けるわけがなく、回避するために走り出す。無数の剣も彼を追いかけるように、群れをなして襲い掛かる。

 

 

 

 

「チッ!鬱陶しいなぁ、オイ!」

 

 

どれだけ回避しても、追いかけ続ける剣の群れに痺れを切らしたユウヤは行動に出る。壁を駆けて、群れが繰り出した一撃を跳躍して避ける。逃げ場の無い空中にいる青年に、群れが勝利を確信したように牙を剥いた。

 

 

 

 

ユウヤの両腕が群れへと向けられる。親指と人差し指を立て、拳銃のジェスターを表す。

 

 

バヂィッ!と破裂する音が響くと同時に、彼の両腕に黒い砲身が現れる。銃とは言えない砲身からおびただしい電気が収束させる。

 

 

 

「まだ不完全だが、『殲滅双対・超電磁砲(ツインスレイド・レールガン)』ッ!!!」

 

 

左右の黒い砲口から電気を越えた敵を殲滅するための閃光が放たれる。その一撃を正面から受けた剣の群れは無事な訳がなく、一瞬にて消滅する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近くにあった病院を半壊させて。

 

 

 

 

「僕の病院がぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!?」

 

 

病院から飛び出していた桜木はその惨状を認識し、頭を抱えて踞る。

 

 

 

すまん、と心で謝ったユウヤは視界にアビスを捉えようとして、

 

 

 

 

 

神罰の槍よ、見えぬ裁きを人に与えよ(ロストヴァン・ルィア・ルィア・アルグセム)

 

 

フィンッ!

 

 

と軽い音が脳裏に響く。何事かと察したユウヤはそれを理解した。胸元にポッカリと空いた小さな穴を。スルリとナニかが抜ける感覚がする直前に激痛が彼の脳裏を焼いた。

 

 

 

「がっ、ぶぉ!? ギ、ぎうァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァッッッ!!!?」

 

 

 

体が引き裂け、焼かれ、刻まれるような激痛。細胞が体の中で暴れまわってると錯覚できる。

 

 

「裁きは人の罪を抉る。神罰の槍はその人間の後悔、贖罪を礎とする。どうやら、君も後悔を持っているようだね?」

 

 

「ぐぅ、後悔…………してねぇ、訳、ねぇだろうがぁ…………」

 

 

「ふぅん、罪はないにしろ、後悔はあるのか。本質はいいな、だが生かす理由にはならない」

 

 

 

それだけで充分だった。

激痛に顔を歪め、その場に膝をつくユウヤに対し、アビスは剣の持ち方を変える。杖を持つような持ち方から、人を斬るための持ち方へと。

 

 

 

 

 

 

「では、死にたまえ」

 

 

そして、無防備な首元へと剣が振るわ──────

 

 

 

 

 

 

「ユウヤくんっ!」

 

 

横から見知った少女が飛び出してきた。絶句して目を見張ったユウヤに答えず、その少女は前へと立ちふさがり、その一撃を二本の刀で受け止めた。

 

 

 

 

「……………飛鳥?」

 

 

定まらない瞳孔に収まった明るい笑顔を見せる少女の名前をユウヤは呟く。ボロボロで傷だらけの体でアビスの剣を必死に止めていた。

 

 

「助けようとする気かな?ならば同じように神罰の」

 

 

「させるかぁっ!」

 

 

「させませんっ!」

 

 

止めに入った飛鳥に目を向けたアビスは呆れたようにため息を漏らし、不透明なナニかを左手に持ち、突き刺そうとするが、左右から突風を起こしながら剛脚を振るう葛城と鋭い突きを放った長剣を握る斑鳩の二人によって妨害を受ける。

 

 

 

「ッ!旋風の刃盾、真妖の巨刀よ!」

 

 

だが、それを許さないと言うばかりにアビスが声をあげる。三本の刃のついた丸い盾と禍禍しい気を纏う巨大な刀が二人の攻撃を受け、隙をつこうとする。

 

 

 

「斑鳩さん!後ろに避けて!」

 

 

「っ!」

 

 

葛城と斑鳩は二つの武器の猛攻を凌いでみせる。僅かな隙をサポートするように雲雀が攻撃の軌道を読み取り、二人へと伝える。

 

 

 

 

「天空の光弓!覇獄の魔弓!そこの娘を始末せよ!」

 

 

すぐさまアビスは行動に移した。厄介な雲雀へと的を絞り、二対の弓矢を彼女を倒すために構えさせる。

 

 

二対の弓矢に複数の弾丸が撃ち込まれ、その目的を妨害する。雲雀を守るように展開された傘、それに仕組まれた銃によって放たれた弾丸は弓矢には効かないが、動きを止めることに成功する。

 

 

 

「…………雲雀には手を出させない」

 

 

傘を持って雲雀を守る柳生の言葉に反応したのか、弓矢も怒りに震えるようにギチギチと音を鳴らす。

 

 

 

目の前の様子にアビスは無表情で杖をかざした。そして、多くの声が交じったよう声で詠唱を始める。

 

 

 

 

「『全能の神よ、この地上を火の海に変える七体の兵を」

 

 

詠唱は遮れた。

横から飛来した氷塊が彼の顔に直撃したのだ。ビキビキと首を動かし、アビスは下手人の少女を睨みつける。

 

 

 

 

 

「シルバーを、返して貰います!」

 

 

周りに氷雪の風を吹き起こし、強い覚悟を雪泉は見せた。扇を払い氷雪を一つの嵐と変え、アビスへと向かわせるが、彼は剣を薙ぎ払い、嵐を四散させる。

 

 

 

 

 

「そうか、なら真なる絶望を味わうがいい」

 

 

彼の背後に円を描くように浮遊する武器たちが一斉に動き出す。空中にて武器たちは円陣に回転を始める。

 

 

 

ピタリッ!と動きを止めると、複数の武器が魔方陣のように見え始める。光のラインを宿し、周りを照らした。

 

 

 

 

 

呼応するように黒い液体が反応する。ズブズブと唸り始め、その形を変えていく。

 

 

 

 

 

 

 

より恐ろしく、より異質な存在へと。

 

 

 

 

「出よ、偉大なる深淵の魔神。全てを呑み込む深淵の王として、地上を蹂躙するがいい」

 

 




補足すると、アビス・ノイモートの名前の由来は『深淵』の英語と変えたのがAbyss(アビス)、ノイモートはドイツ語の『新月』です。


アビス・ノイモートはシルバーがカオスによる強制的な異能の活性化によりできた第二人格。目的はなく、ただ自分の好きなことを行う。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十三話 真なる悪

実を言うと、とある作者の方が自分の作品とのコラボ作品を作ってくれました!



本当に、嬉しい限りです!


「出よ、偉大なる深淵の魔神。全てを呑み込む深淵の王として、地上を蹂躙するがいい」

 

 

アビス・ノイモートが告げると同時に変化は起こった。謎の存在の形を作っていた黒い液体が徐々に元に戻っていったのだ。

 

 

 

「…………?どうした、深淵よ。命令に答えよ」

 

 

その異変に気づいたアビスに黒い液体は従おうとしない。それどころか、何処かへと動こうとしていたのだ。

 

 

 

「クッ!深淵よ、私に従え!…………何故だ!?何故言うことを聞かない!?私が主だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

本来の主たるシルバーの意識が無い今(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、私こそが……………」

 

 

言いかけて、アビスは息を呑んだ。飛鳥たちは分からずにいたが、静かに聞いていたユウヤは頭を回転させてた。

 

 

(話をまとめると、アビスはシルバーの第二人格。アビスのいる体は、シルバーの体と言うのが妥当だろう)

 

 

そう、シルバーが意識が無いからこそ、アビスという人格が出てきた。それが、自分たちの考えとも言ってもいい。

 

 

(あいつの言葉が本当なら、何故出てこない?)

 

 

先程の発言を聞けば、シルバーの意識が戻ったのなら、アビスにも影響はあるはずだろう。だが、目の前の銀の青年には変化は何一つ無かった。

 

 

 

ならば、可能性は一つ。そのあるのかも分からない可能性を誰かに問いかけるようにユウヤは呟いた。

 

 

 

 

「シルバーとアビスは、分離してるのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なるほど、貴様が現在蛇女最強の忍だな?目にすれば、嫌とでも分かるな』

 

 

一室。飾りなどが存在しない簡素な紅色の部屋。その部屋で二人の男女がいた。もう一人、紫のロングコートを着た黒髪の青年は話ながら、肩を竦める。

 

 

『俺様は常闇綺羅(とこやみきら)、キラと呼べばいい。俺様は、まぁ、口だけは五月蠅い老害どもの使いっぱしりだ』

 

 

『…………………』

 

 

『おいおい、俺様も名乗ったのだ。貴様も名乗るのが道理であろうが』

 

 

『……………雅緋だ』

 

 

中性的な男よりの美顔に多くの女性が羨ましがる程の豊満なスタイルを持つ女性、雅緋は不満そうに答えた。ガラスのカップに飲み物を入れたキラは彼女の様子にニヤニヤと笑っていたが、突然その笑みを消す。

 

 

 

 

『なぁ、雅緋。今の蛇女をどう思う?』

 

 

『……………昔と比べ、変わったな』

 

 

『そう、変わったのだ。悪い意味でだが、な』

 

 

フッと笑うとキラは手に持っていったカップを飲み干す。服の裾で口を拭い、空になったカップを弄て

 

 

『半蔵学院の忍と例の異能使いにより、この蛇女の名誉は失墜した。今では老害どもが慎重に動かしている…………………実に不愉快だ』

 

 

グシャリッと砕かれる音に続いて水滴が落ちる音がする。キラは手にしていたガラスのカップを握り潰したのだ。水滴の正体はガラスの破片が彼の手を傷つけたことにより流れた血だった。

 

 

 

 

 

 

『蛇女としての誇りはどうした?学園の存続?そんな物のために誇りを、悪としての矜持を捨てたのか?そんなものの為に、強さを捨てたのか!?ふざけている!!』

 

 

キラは声を張り上げ、怒りを見せる。その問いは近くで聞いていた雅緋へのものではない、それが誰に対するものかは、彼にも正確には分かっていない。

 

 

 

『俺様は強者、真なる悪を目指す。全ての人間が俺様の名前を聞けば、怖れ、畏怖する存在へと君臨する!!そうすれば……………俺様が望んだモノが、手に入る』

 

 

それを見た雅緋はたじろく。彼は両腕を振り上げ、グッとその手を握り締める、骨がへし折れるぐらいの力で。だが、彼は姿勢を戻すと、雅緋の目の前に立ち、手を差しのべた。

 

 

 

 

『雅緋よ、俺様と共に革命を起こさないか?』

 

 

『……………な、』

 

 

『貴様の敵を俺様が潰し、俺様の目的の為に貴様も協力する……………………利害が一致するだろう?』

 

 

 

戸惑いの色を隠せずにいる雅緋にキラは続ける。青年の笑顔にしては、少しばかり不器用な笑みを浮かべながら。

 

 

 

『安心しろ。協力し続けるのならば、その間は俺様が貴様を守ってやろう』

 

 

そう言った彼の瞳には、何故か悲しさが籠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アビスとの戦闘から撤退し、蛇女学園についたキラは重症を負った五人を連れて戻っていた。彼女たちは医務室のベッドに寝て、安静にしている。それを確認したキラは医務室から出た廊下に立っていた。

 

 

 

「…………………俺様に用があると聞いたが?」

 

 

眼鏡をかけた美人の女性 鈴音に対して、廊下の壁に寄りかかるキラは高慢な態度をする。数分の静寂を遮ったキラを鈴音は睨み付けた。

 

 

 

 

「議員の数人を殺害したのは、お前か?」

 

 

「何故?俺様が殺したと言える。議員たちの死因は傷害だったのか、それとも俺様がやったという証拠でもあったのかな?」

 

 

鈴音は口を閉じる。キラに疑いを持っていたが、肝心な証拠が無い以上、彼を糾弾する理由も答えもありはしない。

 

 

「もういいだろう、俺様も雅緋たちの無事を確認した。用はない」

 

 

何かを言いたそうな鈴音を他所に、振り替えるとキラは出口へと歩いていった。

 

 

 

 

青年の背中に、大人としてではなく、一人の教師として彼女は聞いた。

 

 

 

「……………お前は何がしたいんだ?」

 

 

「何も、俺様が語るわけないだろう」

 

 

ズキリっと胸の奥から響く痛みに胸元を強く押さえながら、彼は口を裂くように笑う。

 

 

そして、宣告する。

 

 

 

 

「強者になるぞ、俺様は」

 

 

表から迫害され、影へと追放された闇の青年は、自身の苦痛と渇きを癒すために、歩み出した。

 

 

 

 

だが、悲しいことに彼は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の望むものは、すぐ近くにあることには。

 

 




シルバーとアビスについてですが、黒い液体こと深淵はカオスによって暴走したシルバーの本来の力です。ですが、シルバーの意識の無い間は、深淵の力はアビスのものです。



キラの本名は表記したように、常闇綺羅(とこやみきら)です。



まぁ、キラがどうなるかは決まってるんですが…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十四話 乱入

今回は少し短いと思います。


「シルバーとアビスが、分かれてる?」

 

 

彼の予測を聞いた雪泉が繰り返すように呟いた。

 

 

シルバーの第二人格たるアビスとの戦いの途中、明かされた事実に全員が動きを止めている。それが普通、理解しがたい事実でもあるからだ。

 

 

「シルバーと私が分離してる、か………………その通りだ。このアビスがここにいる間にも、シルバーは別の場所に存在している」

 

 

地面につく程の長さを持つローブの埃を払い、アビスは説明口調で話す。ハッと顔をあげる雪泉たちに、だが、と付け足して、

 

 

 

「それを知ってどうするのかね?深淵の力を使わずとも、私が負けることはないのだよ」

 

 

高らかに、嬉しそうに、周りを浮遊する複数の武器をちらつかせる。血をペッと吐き捨て、現状を確かめたユウヤはゴギリィッ!と奥歯を鳴らす。仲間である彼女たちだけは逃がそうと立ち上がった─────その瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ、無理でしょう」

 

 

「ククク、そうだろう?誰も私には───────?」

 

 

 

おかしい、この場の全員が思った。

 

その声は丁寧に優しく告げていた。声は一般男性のより高いが、男のものだと理解できる。だが、男性は今ユウヤとアビスの二名しか存在していない。

 

 

なら、声の主は誰だ(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らの目の前で鮮やかな赤色の飛沫と共に、杖と剣を持ったままの二本の腕が宙に舞った。

 

 

 

「……………………、は」

 

 

 

両腕を失ったアビスは絶叫をあげることも、詠唱するこたも許されなかった。無防備な彼の胴体を身の丈以上の大剣が深く食い込み、服ごと貫いた。

 

 

 

大人しそうな金髪の青年は巨大な剣をぐっと押し込む。それに連動するようにアビスの傷口と口元から鮮血が吹き出る。

 

 

苦しそうに呻き声をあげるアビスに対して、金髪の青年はにこやかに笑いかけると、

 

 

 

 

 

 

 

ザンッ!!と突き刺さった大剣を勢いよく上へと振り上げた。目を見開いたまま倒れ込んだアビスに、ユウヤたちは戸惑いを見せる。彼の体は白く輝き発光すると、黒い銀色の結晶を残して消失した。

 

 

 

「…………うそ、消えた?」

 

 

ユウヤに肩を貸されて、起き上がった飛鳥は目の前で起きた出来事に震え上がっていた。その隣で、ユウヤは目を細めて金髪の青年を睨む。

 

 

(あいつの感じ、何処かで)

 

 

「お見苦しいところをお見せしました」

 

 

後ろを振り向こうとせずに、剣に付いた赤黒いシミを拭き取りながら謝罪をした。何処と無く丁寧な口調と態度で。

 

 

 

「彼と同じように貴方も失う訳にもいかずに、手を出してしまいました」

 

 

体ごと向き直った青年はキチンと腰を折り曲げる。鎖の巻かれた大剣を肩に乗せながら、礼節を忘れないように。

 

 

 

「──────な」

 

 

近くから声が上がる。どうしたのかと全員が振り返ると、般若の面を付けた少女 叢が立ち尽くしていた。

 

 

 

「…………いや、なんで────そんなッ」

 

 

「叢さんっ!」

 

 

般若面が落下したことにも気付かない程、錯乱している叢に雪泉たちが駆け寄る。

 

 

青年も叢の様子に眉間をしかめる。背中まで伸びた金髪を払いながら、ふーっと息を吹く。

 

 

 

一連の行動を終えると、青年はユウヤに向かって、

 

 

 

「挨拶が遅れましたね、『世界の鍵』よ」

 

 

「…………あ?」

 

 

彼の言葉を聞いたユウヤは地面を踏みつけ青く輝く電流を起こした。威嚇の意思を込めたものに、青年は飄々とした態度でいる。

 

 

肩に乗せられていた鋼鉄の刃が柄から乖離する。ガシャンッ、ガシャンッと変形すると同時に、彼は大剣を大きく横に振り払う。

 

 

空気を裂くほどの強靭な刀身のジグザグに折れ曲がった剣を見せながら、金髪の青年は言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

「私の名前は、黄泉(ヘル)。『禍の王』の構成員であり、『絶対切断の刃(ギロチン・ブレード)』の名を持っている者ですよ」

 

 








まぁ、他にも分からない所があれば質問をお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十五話 絶対切断の刃

なんか適当じゃないかな?この話。


「私の名前は、黄泉(ヘル)。『禍の王』の構成員であり、『絶対切断の刃(ギロチン・ブレード)』の名を持っている者ですよ」」

 

 

金髪の青年 黄泉は地面を踏み抜くと同時に身の丈以上の鎖の巻かれた剣を横に一閃する。力強く振るわれた一撃は空気を切り裂く音よりも速く────アビスによって荒れた惨状を更に蹂躙する。

 

 

 

 

「全員、建物に隠れろぉ!」

 

 

荒れ狂う剣戟と飛び交う瓦礫などを避けながら建物に向かって駆ける。

 

 

 

「るぉぉぉっ!!」

 

 

僅か数センチぎりぎりの一撃を回避し、スライディングで建物の影に入り込む。

 

 

呼吸を整えながら周りを見ると、飛鳥、斑鳩、雪泉、叢が疲れたように座り込んでいた。

 

 

 

「─────お前ら、無事か?」

 

 

崩れ落ちた建物の影に隠れる少女たちに聞こえるように声をかける。数メートル近くの建物から顔を出した葛城が首を縦に振る。

 

 

「あぅ~、我のお面、我のお面は」

 

 

「おらよっ」

 

 

肩についた傷を押さえながら、オロオロとする叢に般若面を放り投げる。雑な渡し方だが、受け取れるように配慮もしている。

 

 

「ありがとうござい……あぁ!ヒビが入ってるぅ!?」

 

 

「大丈夫ですよ、この辺はこうすれば……」

 

 

 

 

お面を被りホッとしている叢を待って、ユウヤは建物の影から指を差した。

 

 

 

 

破壊そのものような剣を豪快に振るう青年を。

 

 

 

「さて、少し教えてもらおうか………………アイツは何だ?」

 

 

 

落ち着いた叢が悲しそうに顔を俯かせる。ユウヤもその様子は理解できるが、なりふり構っている場合ではなかった。

 

 

 

「…………だ」

 

 

「ん?」

 

 

「我の幼馴染みの(よみ)の弟だ」

 

 

その話を聞いていたユウヤと飛鳥、斑鳩は互いを見やった。

 

 

詠、焔紅蓮隊の一人であり、モヤシを愛するお嬢様みたいな少女である。

 

 

「だが、有り得ない」

 

 

「何故ですか?」

 

 

強く否定する言葉に斑鳩が口を開く。僅かに声も震えており、指がぎゅっと握り締めている。

 

 

 

 

「詠の弟、黄泉は…………十年前に死んでいる」

 

 

 

ふと、ユウヤはひっかかる所があった。

 

 

(十年前、だと?)

 

 

何処か聞き覚えのある単語に脳を回転させる。必死に謎を解こうと頭を押さえていた────その時、

 

 

 

 

 

 

 

「────茶番はもういいですか?」

 

 

優しく言うような言葉に、冗談抜きで背筋が凍ったと錯覚してしまう。それ故に上空から飛来する青年に気付くのが遅れる。

 

 

声音とは相反する、相手を殺さんと言わんばかりに剣を叩き潰そうと振るう。

 

 

 

 

「無駄ですよ、魔剣フルンティングは全てを切り裂く、逃げるなど無駄の極みです」

 

 

剣から手を離し、両腕を真っ直ぐ向ける。赤黒い文字が腕に浮き出ると同時にビキビキと千切れる音が響く。苦痛に笑みを浮かべ、

 

 

 

 

「『呪縛怨結界(じゅばくおんけっかい)』」

 

 

 

ゾゾゾゾッ!と紫色の煙が巻き起こり、彼を中心に結界が構成される。板のように細長いソレはゆっくりと隙間を無くすように動き、

 

 

 

「ユウヤっ!飛鳥、斑鳩っ!」

 

 

 

「雪泉っ、叢っ!」

 

 

 

すぐ近くに物陰に隠れていた葛城と夜桜が走り出す。だが、残念ながら間に合わず、

 

 

 

 

 

結界は密室空間となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、これでキチンと戦えますね」

 

 

邪悪なオーラを滲ませる大剣を肩に乗せながら、余裕そうな態度を取り始める。

 

 

 

「飛鳥、斑鳩、結界を破れねぇか確かめろ」

 

 

 

驚愕したように飛鳥と斑鳩は顔をあげる。ダメっ!と否定しようとした飛鳥は、彼の真剣な顔つきを見て言葉を呑んだ。

 

 

 

明確な敵意を感じたのか剣を下ろし、心底困ったように眉をひそめる。服装の埃を払うと、ため息と共に言葉を漏らした。

 

 

 

「止めてくださいよ、『鍵』を二人(・・)も失いたくないんです」

 

 

……、

 

 

…………、

 

 

………………二人?

 

 

「……………テメェ、今なんて言った?」

 

 

聞き捨てならない言葉に自然と動きが止まった。一人は、自分を含めているとして、もう一人は誰だ?

 

 

 

 

「フフフフ、貴方たちの知り合いですよ。よーく知っている、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『水』のシルバー。彼はカオス様の力に耐えきれずに死にました」





シルバーについてですが…………………次に話します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十六話 水

「『水』のシルバー。彼はカオス様の力に耐えきれずに死にました」

 

 

あっけらかんと話された事実に雪泉は首を横に振る。嫌々と知りたくない現実から目を背けるように。

 

 

 

「え……………嘘、そんなわけが」

 

 

 

「何なら見てみますか?ちょうど彼処にありますよ…………………グチャグチャで見るに絶えないですが」

 

 

 

気力を失ったように膝をつく雪泉に哀れむような視線で見下ろし、巨大な剣を軽々と振りかぶる。

 

 

 

「止めて、黄泉!」

 

 

 

「─────あぁ、ッ!!?」

 

 

叢に名前を呼ばれたその瞬間、明らかに黄泉の様子がおかしくなる。飛び出す程に目を見開き、身体を折れるかもしれないくらいに仰け反らせる。

 

 

 

 

 

「───カハッ、………………何だ、これ?」

 

 

口先から垂れきった涎を拭い、黄泉は頭を押さえつける。酷く困憊したようだったが、すぐに落ち着いたのか、冷たい目を雪泉と叢に向けた。

 

 

 

 

「………もういい、です。貴方たちでも殺せば、気分が優れるでしょう」

 

 

 

「飛鳥、斑鳩さん、二人を頼む」

 

 

「…………ユウヤくん?」

 

 

「…………はい、分かりました」

 

 

覚悟を決めた顔つきで、紫色の瘴気を帯びる剣を軽々と持つ黄泉の前に立ちふさがる。鼻で笑った黄泉は困ったように顔をしかめる。

 

 

 

 

「あの……………話聞いてました?これ以上『鍵』を失いたくは──────」

 

 

青年の眼はギョロリと開かれる。そして、目の前に立ユウヤ、いや傷を雪泉と叢を抱えあげている二人に視線が向いた。

 

 

 

「────ないんですよっ!!」

 

 

 

黄泉がとった行動は単純なものだった。ユウヤを無視して、後ろにいる彼女たちへと疾走したのだ。一瞬で距離を積め、飛鳥たちを殺そうと剣を振り上げる。

 

 

 

 

 

「させる、かぁぁっ!!」

 

 

それをユウヤは見逃す訳がなく。勢いよく地面を、いや石を蹴り飛ばす。バヂィッ!と焼けるような音を響かせながら、音速の一撃が黄泉の身体へと吸い込まれるように放たれた。

 

 

 

魔剣を振り下ろそうとした直後、黄泉はすぐに気付くと、すぐさま対処をする。飛鳥たちに振るおうとした剣の軌道を切り替え、飛来した石を野球のように打ち払った。

 

 

その隙を狙い疾走したユウヤは黄泉の死角へと回り込む。地面を砕くような脚を踏み込み黒鉄の拳を振り絞った直後、振り替えることなく黄泉は口を開いた。

 

 

 

 

「能力上昇、移動速度」

 

 

囁くように呟かれた言葉をユウヤはハッキリと耳にした。空振った拳を勢いよく戻し、そして消えた気配を追うように、

 

 

 

「…………上ッ!?」

 

 

「移動速度、解除、能力上昇、筋力」

 

 

黒鉄の腕甲を左右に交差させ防ごうとするが、黄泉は再度呟く。それと同時に

 

 

(コイツ、さっきといい何をしてやがるッ!)

 

 

致命傷になる攻撃を回避しながら、格段に上がった戦闘能力に警戒を高める。

 

 

(能力上昇に解除……………この言葉が奴の)

 

 

「筋力、解除、武器変換、貫通細剣」

 

 

機械的に告げられた言葉にユウヤは考察を止める。大剣の持ち方を変え、突っ込んできた一撃を防ぐために左腕を上げる。

 

 

だが、ユウヤは判断を誤ったのだ。お気付きかもしれないが黄泉は何と言っただろうか?

 

 

 

『筋力、解除、武器変換、貫通細剣(・・・・)

 

 

 

 

 

纏われていた紫色の瘴気が大剣を包み込み、その形を変化させた。歪な形をしていた大きな剣は、糸のように刀身の細い鋭いレイピアのように変わった。

 

 

紫色の瘴気を纏った細剣はユウヤの腕を黒鉄の鎧ごと貫いた。突き出た細剣の先が赤く滲み、傷口から赤い液体が少しずつ垂れ落ちる。

 

 

 

 

「ぐぅ、ぎぃぃいいあああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

「理解できない、ですね」

 

 

傷口を抉るように弄くる黄泉は心底どうでもいいというように、肩に突き刺した剣を動かし、ユウヤを宙に持ち上げる。

 

 

 

「貴方は何故戦う?そこまで自分の身を省みずに、何故?」

 

 

「……………テメェには、理解できねぇよ」

 

 

そんな黄泉をユウヤは鼻で笑う。彼は視界に映る、数人の少女を見る。そして、肩に刺さる細剣を引き抜くというより、根本的に砕こうと掴んだ。

 

 

 

「誰かを傷つける奴に、誰かを守りたいと思う気持ちが理解できるかァっ!!」

 

 

「なるほど、理解できませんね」

 

 

 

 

「貴方はイカれてる。それは異常の域だ」

 

 

無邪気な笑顔とは裏腹に残忍な瞳を向ける。肩に突き刺した剣を動かそうとする。ユウヤ自身諦める気は一つもなく、放電を起こそうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、後は任せてくれ」

 

 

 

その言葉は凛として囁くような小ささ関わらず、その場にいた全員に聞こえていた。それは黄泉にも聞こえていたらしく、ギチリと首を捻り周りを探す。

 

 

 

 

 

鋭い音が炸裂した。

 

 

大砲そのものが放たれたような爆音と共に、黄泉の身体が吹き飛ぶ。瓦礫の山を崩し膝をついた黄泉は、先程の一撃の正体に気付く。

 

 

 

 

 

 

 

水、

 

近くに存在する水溜まりと僅かな間に降った雨がそれを物語っていた。衝撃を口を震わせる。

 

 

「な、に…………?」

 

 

瓦礫から飛び出した黄泉は、理解できない現実に硬直する彼は、有り得ないと首を横に振り、吼えるように叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿なッ、何故………………………何故生きているんだ、『シルバー』ッ!?」

 

 

全身血塗れでありながら、風雅な銀髪の青年、シルバーは両手に水を生成する。彼はゆっくりと歩きながら雪泉と叢を守るように立つと、

 

 

 

 

 

 

 

「決まっている、守りたい人を守るためだ!!」

 

 

高圧の水。透明の刃が全てを削る勢いの攻撃が、シルバーの両手から解き放たれた。

 

 

避けることも許されない状況に黄泉は最適な判断をとった。吹き飛んだ剣をその手に掴み、水の刃を分解するが如く斬る。

 

 

「水を、圧縮して…………打ち出したのか!?」

 

 

「自分は水の異能使い、なのに何故自分が異能を使おうとしないのか………………分かっているか?」

 

 

 

 

 

 

水が自分を否定する(・・・・・・・・・)、昔からそうだった。だけど、カオスとか言う人が与えた血が、自分に適合して─────思い通りに扱えるようになったのさっ!!」

 

 

グッ!と握り締めた拳に続き、黄泉の近距離で爆発が発生する。だが、火による爆発でなく、水が破裂したような爆発が。

 

 

無数の爆撃をほぼ避けきった黄泉は服についた埃を払う。

 

 

「フッ、なるほど………、流石に分が悪いですね」

 

 

先程までの邪悪な覇気を消し、剣を下ろした黄泉はそう呟く。その目でシルバーとユウヤを睨み、剣についた血を拭き取る黄泉は血の混じった唾を足元に吐き捨てる。

 

 

 

「でも、忘れないでくださいよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方たちは生かされてる、ということをお忘れなく。それでは」

 

 

鮮血のように真っ赤なオーラに飲まれたその直後、周りを包み込んでいた結界ごと黄泉はその場から消え去った。




多分、次回で終わります。



知りたいことがあれば、コメントなどをお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十七話 終わりと予兆

何故か二章だけ長かった、実に長かったよ。


桜木病院。

 

国家が認めた病院で外国から来る人も少なくはないとされる日本でも最高峰の病院。

 

シルバーの半身であるアビス・ノイモートとユウヤとの戦いにより(ていうか、ほぼユウヤの攻撃が原因だが)半壊しているが、普通の病院として使えているらしい。

 

 

 

「イッッッッッッッッテぇェェェェぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

 

 

激痛に泣き叫ぶ青年の絶叫が病棟内に響き渡る。多くの看護師や患者たちが驚いて周りを見渡すが、何も知らないと言わんばかりに静かになる。

 

 

「全く、少し我慢してください」

 

 

「………そうは言ってもね、マジで痛いんだよ。全身が潰れるくらいに、いや待って。そこは冗談抜きで痛いから」

 

 

壁も床も白一色の部屋、一人一部屋の病室で二人の男女が話し合っていた。真っ白なベッドの上にいる青年、シルバーは泣きそうな顔で悶えている。その青年を心配するように寄り添うのは雪のような少女、雪泉。

 

 

 

「───無茶するからですよ」

 

 

思い出すのは、黄泉と名乗る剣士との戦い。唯一戦えるユウヤですら押され、敗北しそうな時にシルバーが現れ、彼を撤退させたのだ。

 

 

だが、彼の身体はボロボロの状態で動くことすら危うかった為、急いでいた桜木の治療もあり、今病室でゆっくりと休んでいる。

 

 

ふと、上半身だけを起こしたシルバーが側の窓を覗く。振り返ろうとせずに、雪泉に声をかけた。

 

 

「…………………なぁ、雪泉」

 

 

「?」

 

 

「いや、何でもないさ」

 

 

不思議そうに首を傾ける少女にシルバーは笑顔を見せる。満足そうに頷く雪泉に銀髪の青年の内心は正常ではなかった。

 

 

(自分の両親を殺したのが、雪泉の育て親である黒影という人…………………)

 

 

どうすればいいのだろうか、そう俯くシルバーは自身の仲間と認めた少女に感づかれないように、つくり笑いを浮かべる。

 

 

とある理由もあり、シルバーは雪の少女にその事実を告げることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちら黄泉、戻りました」

 

 

無機質、簡素な通路を通り大きな扉を丁寧に開けた黄泉は腰を折り曲げ丁寧に頭を下げた。

 

 

十数人の男女が反応し、スタスタと歩く黄泉に軽めの挨拶をし始める。彼等に気を使うように礼をする黄泉に近寄る人物たちがいた。

 

 

 

「お久しぶりー♪黄泉さーん」

 

 

「………………………無事か」

 

 

白いワンピースを着た腰まで長い赤髪の少女。見た目からして小学生の少女は笑顔を絶やさずに、隣にいる男性の服の襟を掴む。

 

 

対照的に少女の横に立つ大人しそうな男性は無色、不透明な白色の髪をかきあげた髪型。僅かに顔の前に垂れ下がった髪の毛が印象的な糸目の男性。

 

 

(のぞみ)黒雲(くろぐも)、どうもお久しぶりです」

 

 

 

少女は(のぞみ)、男性は黒雲(くろぐも)。そう名前を呼ばれる。彼は仲間の中で一番仲の良い二人と話そうとする。

 

 

 

 

「ハッ!無様に帰ってきて情けねえなぁ、黄泉ぅ」

 

 

部屋の中に嘲るような声が響く。それに気付いた数人が蜘蛛の子を散らすように退避し、風雅な貴公子の雰囲気をもつ黄泉は、

 

 

「………日向(ひなた)、『お前(・・)』ですか、」

 

 

優しそうな笑みを消し、嫌そうな顔をする。それも心底見たくないものを見たような不快感剥き出しの顔を。近寄ってきた日向(ひなた)は黄泉の様子を気にせず、煙草の煙を噴きながら邪悪に笑う。

 

 

「聞いたぜ?『鍵』に妨害されたとはいえ、このザマとは『絶対切断の刃』が呆れるぜぇ?」

 

 

「何もしてないお前には言われたくないですね」

 

 

「おうおう、聞こえるなぁ?負け犬の遠吠えがよぉ!」

 

 

 

「────よく口が回るな、この愚図蜥蜴野郎(ぐずとかげやろう)が」

 

 

「………………あぁ、?」

 

 

礼節を整えた口調から一転、笑顔で放たれた罵倒の言葉にに日向は口の端にくわえた煙草を落とす。

 

 

火のついたまま落ちた煙草をかき消すが如く、地面ごと踏み潰す。日向は踏み込んだ脚を引き抜くと、平然とした黄泉へと食いかかる。

 

 

「おい、クソナルシスト!今なんつった!」

 

 

「ナルシストって──────意味も理解できずにそんな単語を使うとか、恥ずかしくないんですか?」

 

 

「あ゛ぁ!?」

 

 

近くにいた構成員たちがあらかさまに距離をとる。先程まで黄泉と仲良く談話していた黒雲も望を連れて遠ざかっていった。

 

 

 

 

「うるせえぞ、テメェら」

 

 

────ビクッ!!と、

怯えるように二人は騒ぐのを止める。

 

 

 

フードで頭を隠している男。

 

 

入口の扉に立つその男は濃厚な殺気を放つ。角度ゆえに完全に隠れていたと思われた顔をあげ、怪しく光る瞳で喧騒の原因である二人を睨む。

 

 

 

「人の睡眠を邪魔しやがって──────まとめて死にたいのか?」

 

 

 

 

 

「ッ!?…………申し訳ありません!アルト様!!」

 

 

「いやぁ!俺たち、ちょっと小突きあってまして……」

 

 

犬猿の仲と言えるほどの仲の悪さは鳴りを潜め、明らかにキレてるフードの男、アルトの怒りを抑えるために黄泉と日向は説得を始める。だが、結果は───、

 

 

>黄泉の謝罪。

 

>ミス、アルトには効かなかった!

 

>日向の言い訳。

 

>ミス、アルトには効かなかった!

 

 

まるで某冒険ゲームの経験値モンスターの如くの異常な回避力。しかも、それが逃げることが得意の臆病者ではなく、ゲームの最後に出てくる逃がすことを許さない魔王そのもの。

 

 

普通の人でも手段も効かない最悪のラスボスの殺し合い(オーバーキル)とか死んでも嫌だろう。

 

 

自分たちに告げられた死の宣告に絶望する青年二人。

 

だが、運命は彼等に味方した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんまり怒っては駄目ですよ?」

 

 

おっとりとした優しい声をかける女性が気を使うように現れる。明らかに発育が良すぎる母性の象徴が目に留まるくらいの美人の女性にアルトはバツが悪そうに頭を下げる。

 

 

 

「………悪い。やっぱり、カッとなっちまう。俺の悪い癖だ」

 

 

「うふふ、ならいいですよ…………お二人も喧嘩しないでくださいね?」

 

 

ハイッ、ありがとうございますっ!!と泣きそうな顔で叫ぶ二人はさっきまで喧嘩していたとは思えないくらいの連携の上手さである。

 

即死の危機から逃れた二人は助けられた運命に喜ぶが、忘れてはいけない。彼等を追い込んだのも運命の仕業だということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それて、『鍵』はどういう結果になった」

 

 

自分に引っ付いてくるおっとり系の黒髪女性をひっぺがしたアルトは近くの椅子に腰を掛ける。黄泉は膝をつき平伏すると口を開いた。

 

 

 

「『水』のシルバーはカオス様の血液に適応しました、やはり『鍵』に相応しいかと」

 

 

「───それは?」

 

 

「シルバーの第二人格、アビスです」

 

 

言葉に反応するように黄泉の手の中にある藍色の結晶は光輝く。ふわふわと浮遊したそれはアルトの手へと渡る。観察するように眺めていた結晶を服の中にしまいこみ、首をゴキリッと捻る。

 

 

 

 

「で、どうするつもりなんだ?…………カオス様」

 

 

覇者のように玉座に居座るのは一人の男。駆動部分、装甲の隙間から光のラインが張り巡らされている。両腕、両脚、胴体、多くのチューブが繋がった状態で鎧は言葉を発した。

 

 

「───賢明な諸君、長い年月を経た」

 

 

鎧から聞こえるのは低い、男性特有のテノール。呟くような話に、その場の全員が静かに耳を立てて聞いている。

 

 

「我らは遂に、──を手に入れることができるのだ。その為にも今は楽しみにしたまえ、」

 

 

「来るべき時────神を墜とし、殺す為に」




割と原作をよく知ってる方は、『禍の王』のメンバーに違和感を感じる人が多いかも知れませんが、



ご安心を、自分も調べているので。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 焔紅蓮隊




エイプリルフールなんで投稿しようと思いました。



本編出せよ、オラと石投げられる気もしますが(投げてくれる人がいればいいけど)適当に見ていただければ幸いです!


街から離れた静かな山、その中でも垂直に切り立った崖に人が通れる程の大きさの洞窟があった。

 

 

奥に進むと、通路よりも何倍を広い空間が存在した。

 

 

 

 

「………………よし、これでいいかな」

 

 

グツグツと煮込む鍋を前に一人の青年が座り込む。伸びに伸びきった灰色の髪を束ね、ジャージを身に纏った青年は小皿に移したスープをゆっくりと飲み干す。

 

 

 

「……………あっつ」

 

 

…………凄い淡白、いや簡素な評価である。そんな評価を下した青年、紅蓮は鍋を煮えている火に更に薪を投げ入れた。

 

 

 

 

 

 

焔紅蓮隊、

 

 

ホムンクルスの紅蓮をリーダーとした悪忍の選抜チームであり、最高権力者カイルの私兵でもある。しかし、神の遺品とされる『聖杯』を求めたカイルの暴走により、彼等はカイルを殺したとして蛇女に命を狙われているのだ。

 

 

 

『困っているなら、僕に言ってくれ。知り合いが蛇女にいるから、なんとか頼んでみるけど』

 

 

 

 

当初、瀕死だった紅蓮を治療し蛇女の追っ手から匿ってくれた子供のような容姿をした医師 桜木にそう声をかけられたが、迷惑をかけられないと断り、今はこの洞窟に隠れ住んでいる。

 

 

 

リーダーである紅蓮はここで食事を作ったり、洗濯をしたりなど基本的に家事を優先的に行っている。

 

 

 

山奥の洞窟に住んでいるのだから、家賃はいらないのだが、食費や生活のための家具などが必要となるだろう。

 

 

「ただいまー」

 

 

「おかえり、皆。バイトどうだった?」

 

 

洞窟に入ってきたのは五人の少女。彼女たちは紅蓮の仲間である焔紅蓮隊のメンバーである。

 

 

紅蓮はちゃぶ台に六つの皿を置くと、背中を伸ばし少女たちに食事について話した。

 

 

「今日のご飯は野菜入りのシチューとモヤシ炒めだ」

 

 

「おっ、待ってました!」

 

 

「まぁ!今日は久々のモヤシ料理ですね!」

 

 

今日もだろ、と付け足す紅蓮はちゃぶ台の前に座り食事をし始めた。他の五人と共に楽しく談笑をしながら。

 

 

 

「ねぇ」

 

 

「ん、どうした」

 

 

「前々から思ってたんだけど、最近追っ手が少なくない?」

 

 

焔紅蓮隊の女子の中でも貧に───身体的に幼い未来がそう指摘をする。

 

 

当時は十数回くらい善忍や悪忍との戦いもあったが、最近は何一つ変化がない。それに彼女たちも違和感を抱いていたのだ。

 

 

「こないなら、別にいいんやけどなぁ」

 

 

「確かにそうね……………何かあったのかしら」

 

 

日影と春花も心情を吐露する。それが幸せなのだが、逆に不安を感じたりもするのだ。

 

 

 

「追っ手がいつ来るかは分からないだろう!だからこそ、修行が必要だろ?紅蓮」

 

 

「戦いたいだけだろ、おいコラ。こっちは残りのシチューを戴きたいんだぞ」

 

 

肩を掴んで外に連れていこうとする焔に皿から手を離そうとせずに紅蓮は抵抗する。

 

 

 

「仲良いなぁ、ほんま」

 

 

 

やめろ、まだシチューが、離せぇぇぇぇぇっ!!!と真夜中の山奥に反響した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅蓮や焔たちが洞窟の中で楽しく騒いでいる中、

 

 

 

 

「ひぃっ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 

生い茂る草木をかき分けるように、一人の男が走っていた。見た目からして二十代くらいの容姿をした男は、顔を恐怖に歪ませている。

 

 

右手で小刀を握り締め、腰には鞘に入った何本もの短刀がちらつく。明らかに只者ではないこの男は忍、そのなかでも精鋭と呼ばれる実力者だ。

 

 

 

その実力者である忍が戦うこともせず、ただひたすら逃げていたのだ。

 

 

 

(なんで、……………どうしてこんな事にぃ!)

 

 

石ころに引っ掛かりながら、悪忍の男は悪態をつく。そしてどうにもならい過去を悔いるように

 

 

 

 

 

────蛇女を抜けた抜忍の殺害、捕縛と最重要秘密の排除。

 

 

本部から出されたそれを彼等は簡単な依頼だと思っていた。抜忍が全員女だと聞いた仲間の一人が汚ならしく下品な笑いをして引いたりもしていたが、それほどまでに簡単だと思っていたからだ。

 

 

仲間たちと共に報酬の配分を考えながら、詳しく調べようともせずに、彼等は依頼の為に山奥へと向かっていった。

 

 

 

だが、彼等は知らなかった。

 

 

その依頼を受けた結果、約六十人の忍(・・・・・)が意識不明もしくは重症を負っていることを。

 

 

そして何より、紅蓮たちが撃退したのは十数人の忍(・・・・・)だけだということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目標が隠れているとされる場所はすぐに分かった。洞窟の中に六人ともいるらしく、談笑を続けていると見える。

 

 

(こりゃあ、早く済みそうだな)

 

 

「俺が合図をしたら突撃しろ…………………オイ」

 

 

仲間からの反応が無いことに少しずつ苛立っていたが、我慢の限界だと振り返ると、

 

 

 

 

仲間たちが地面にひれ伏していた。いや、表現が少し違う。鮮血で滲んだ泥に押さえ込まれるように倒れていたのだ。

 

 

 

「ッ!!!?」

 

 

 

男は小刀を抜き取ると全方位に神経を集中させた。隙を出せば狙われる、そう理解していた男の耳に、

 

 

 

「ぅ…………………ぁあ」

 

 

死にかけた仲間の呻き声に硬直した。よく見ると両手と両足の首の部分が有り得ない方向に捻れている。手の平に打ち込まれように生えた氷の杭が溢れ出る赤い液体を凍らせ、雪化粧が舞う世界を作り出す。

 

 

 

「…………………は、」

 

 

 

だが、そんなことなど男にはどうでもよかった。彼等は自分にも引けを取らない精鋭たちだ。それが、その仲間たちが、自分の見ていない間に無力化をする者がいたとしても自分には──────、

 

 

 

 

 

─────本当にそうだろうか?

 

 

 

「………………………ひっ」

 

 

スーッと背筋に感じる悪寒に声が裏返る。もしかしたら、襲撃者は自分たちを遊んでいるのではないか?殺すなら殺せる筈なのに無力化を選んだのは、自分の反応を楽しんでいるのでは?

 

 

 

その場にへたれこみ、ガチガチと歯を鳴らす彼の心は崩壊寸前に達していた。

 

 

 

つんざくような冷気が肌を刺激する。ピキピキと周りの空間が凍り始める。そして、彼の靴ゆっくりと凍りついたその瞬間、

 

 

 

 

目に見えない恐怖に心が支配された男がとった行動は簡単なものだった。

 

 

 

 

 

「はひっ、ひぁぁぁぁぁああああああっっ!!!」

 

 

威厳やプライド、誇りまでもを棄てて来た道を逃げるように走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、今の状況に至る。

 

 

震える身体を押さえるように男は周りを見渡す。何もないと感じてホッとするが、

 

 

「………………は、」

 

 

その直後、視界の隅に残像が映った。人の姿をした残像はすぐにかき消えるが、頭の中に鈍い音が響く。

 

 

そして、消え行く男の意識は前に立つ人物の姿を目にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両腕に付けられた義手が印象的な黒髪の男、それを見た瞬間に男の意識は完全に消えた。






今回の補足、紅蓮さんは料理が得意です。理由は二つあります。

一つ目は焔紅蓮隊の中でもまともな料理を作れるのは紅蓮のみだからであり、

二つ目は本人も食事が好きだからです。



そして、精鋭として出てきたのに呆気なく退場なさったこの男………………多分原作にもいるけど大道寺さんとか鈴音さんの二人に並ぶくらい強いんですよね。



その男たちを倒した人物は──────誰でしょうね

♪~(・ε・ )


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外章 それぞれの日常
宵闇の懸念



今回はとある異能使いのお話です。


かつて、皆さんにはこう話しただろう。

 

 

【異能】とは、その人間の過去やトラウマ等に起因して発言するものと。

 

 

『電気』の異能使いユウヤの場合は、彼の苦々しい過去に、『炎』の異能使い紅蓮の場合は、彼自身を構成する命の火に由来しているように。

 

 

 

だがそれは、『闇』の異能を扱う常闇綺羅(とこやみきら)もといキラにも当てはまる。どんな攻撃をも無効果する、彼の『闇』にも。

 

 

 

もし異能の力がその人物の精神に関係するならば、

 

 

 

───彼の『闇』は深く底に根付き、『彼』を侵食()した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フム、なるほど。こうすればいいのか」

 

 

何かを呟き読書をしながら歩く青年 キラ。蛇女学園でも特別議員の階級を持つ人物。黒一色、正に闇そのものと言えるマント付きの軽めの鎧を身に纏った彼は、今もなお訓練をしている忍の少女たちを他所に隅を通っていた。

 

 

そんな彼を観察する視線が複数あった。

 

 

「いい?あの人の隙を狙うの。そしたらイケるわ」

 

 

「えぇ、分かってる」

 

 

視線の主の正体は、近くの木々に隠れて息を潜めている忍の少女たちだった。彼女たちは読書中のキラの隙を見計らっているが、それには大きな理由があった。

 

 

「…………おっと、本が」

 

 

(────今だッッ!!!)

 

 

手から滑り落ちた本を拾おうとしたキラ。その行動が合図になったのか、辺りから数十の少女たちが飛び出す。

 

 

それぞれ武器をその手に握り締め、全方位からキラに襲いかかる。

 

 

「『Dark matter』」

 

 

その単語をトリガーとしたのか、鎧が蠢いた。一瞬で彼の身体から解離した鎧は形を変化させ、少女たちの攻撃を防ぐ。奇襲の一撃を防がれた少女たちは、鎧に力強く弾かれ体勢を崩す。

 

 

「『Chrome Auto Coordinate』」

 

 

追い討ちをするように告げた単語は鎧に命じるように発された。鎧は重なるように収束し、姿を現したのは巨大な黒い球体。球体の表面に文字の羅列が白く発光すると同時に、少女たち一人一人に一撃が放たれる。

 

 

 

「「「「きゃあぁぁぁぁ!!!!」」」」

 

 

急所を外した一撃に少女たちは吹き飛ぶ。そのまま意識を失った彼女たちを安静に寝かせる。

 

 

目が覚めた彼女たちにキラは、

 

 

 

「まず貴様らの反省だが、最初の奇襲は見事だった、一撃で仕留めようするのもだ。だが、俺様の『Dark matter』は奇襲にも対応できる、それと戦闘力もだな。

 

 

俺様が期待したのだ、存分に訓練に励むがいい」

 

 

聞く人が聞けば、傲慢だと言うであろう発言をして青年は堂々と立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄い…………私たちが相手にならなかった」

 

 

「でもあの人の言う通り、もっと訓練が必要ね」

 

 

「あぁ、キラ様~。傲慢なところが格好いいですぅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、雅緋」

 

 

「…………なんだ、キラ」

 

 

壁に寄りかかってるキラは一つの本を読みながら、雅緋に声をかけた。雅緋は無口かつ高慢なキラの行動に、疑心を抱きながら目を向けるが─────すぐに顔が変わった。

 

 

 

「俺様ってさぁ、よくよく考えると話したのってお前と鈴音教師ぐらいなんだ」

 

 

「………そう、か」

 

 

ペラペラとページを捲るキラ。彼に対して雅緋はバツが悪そうに顔を背ける。その様子の彼女に、キラは純粋な疑問を問いかけた。

 

 

 

 

「どうすれば、他の皆と仲良くなれると思う?」

 

 

───猿でも分かるコミュニケーションの取り方。

如何にも胡散臭げなその題名の本を必死に読書しているキラが真剣に考えての発言。(ていうか、コミュニケーション問題は多くの人が抱え込んでる問題でもあり、実際に作者も【ここからは作者が必死に隠したがった為、こういう風にさせていただきます。本当にご了承ください、お願いします。いやマジでry】)

 

 

「どうすればと言われても、私には分からないぞ?」

 

 

「そうか?俺様的には貴様は割と仲間たちと仲が良いと思うが………………ほら主に、あの──でこ眼鏡」

 

 

「……忌夢(いむ)の事なら止めてやれ」

 

 

因みに話に出てきたのは選抜メンバーの一人であり、最も雅緋の近くにいた人物である。キラの評した通り、おでこが広いが、それを告げると怒りを顕にする。頭を抱え込む雅緋は互いを傷付けない為に、キラに注意を促した。

 

 

「…………キラ」

 

 

「む?どうした、雅緋………安心しろよ、俺様もこうやって本で勉強してるからな、仲良くなってみせ」

 

 

「お前は家族や友達とかいないのか?」

 

 

 

それは、素朴な疑問だった。雅緋からしたら、他の人との接し方が難しいと悩むのは、目の前にいるキラが初めてだったから。だからこそ、彼の言葉を遮り気になったことを口にした、してしまった。

 

 

 

「────居たな」

 

 

顔色を伺わせないように、俯いたキラが呟いた。開いた本を閉じたと同時に、窓から遠くを見やる。まるで古い過去を語るかのように、口を開いた。

 

 

「俺様にも、家族と言える人が───」

 

 

それだけを語ると、キラはハッ!としたように目を見開く。ブンブンと首を横に振り、正気を取り戻そうと奮闘している俺様系の青年。その様子を見ている雅緋の視線は何故か優しい。

 

 

 

「っていうか!そう言う貴様は家族や友達はいるのか!?」

 

 

「あぁ、いるぞ。父親だけだが、」

 

 

「……そういえば、貴様の父親はここの学園長だったな」

 

 

その直後、キラは記憶にあったことを思い出した。雅緋の母親は彼女の目の前で妖魔に殺されたという話を、当時のキラは気紛れで調べていたが、

 

 

「…………すまん」

 

 

「何だ、いきなり」

 

 

突然の謝罪に雅緋は戸惑いの色を見せる。彼女の過去に触れてしまったかと思っての行動だった。

 

 

そんな二人に、勇敢にも声をかける人物がいた。

 

 

「あのー、雅緋先輩に常闇さん」

 

 

「キラでいいぞ、キラで」

 

 

声をかけてきたのは、忍の少女。戦いを仕掛けに来たのかと雅緋は警戒するが、キラは敵意が無いことを理解していたため平然としている。

 

 

しどろもどろで何かを言おうと躊躇う少女に二人はどうしたのか?という視線を投げ掛ける。胸に手を当て深呼吸した少女は────告げる。

 

 

「実は気になってたんですが………………、

 

 

 

 

 

お二人は付き合ってるんですか?」

 

 

 

「「ブフォッ!?」」

 

 

男のキラはともかく、女性の雅緋が勢いよく噴き出した。目の前の純粋無垢な少女から放たれた言葉の一撃はそこまで恐ろしいものだったのだ。

 

 

「───何故だ!?何故そうなった!?」

 

 

「え、でもお二人が仲良さげだと聞いたので、てっきり」

 

 

「そんなことはないッ!私とキラはそんな関係ではないッ!!」

 

 

「うぇー、すげー否定された。そこまで否定されると俺様悲しくなってくるですが」

 

 

棒読みだったキラの目尻から一滴の汗が垂れる。どうせ自分には好意を抱いてはないと理解はしてるが、ここまで否定されるとは思ってなかったらしい。

 

 

そのせいで彼は知らなかった。少女へと食いかかる勢いで否定した雅緋の顔が真っ赤になっていたことを。

 

 

 

 

「そもそも!キラは年下だから、無理に決まって」

 

 

「オイ待て、雅緋。どういうことだ」

 

 

必死に否定する雅緋の肩を掴む。微笑ましい笑顔を浮かべる彼の瞳は何も籠ってない、あるのは真っ黒──虚空だ。

 

 

「え、どういうことだって…………」

 

 

「まさかとは思うが、身長で判断(・・・・・)してないだろうなぁ?」

 

 

──賢明な皆様ならお気づきだろう。

 

そう、キラは身長が低いのだ。154cmという男性では高いとは言えない数値。彼みたいな人物を分かりやすく言うと、『チビ』だ。

 

 

「だ、大丈夫だ!成長期も来るはずだからな!」

 

 

「……俺様19歳なんですけど、」

 

 

「………………てことは、キラさんはずっとこのまま小さいままなんですか!?」

 

 

「グボォッッ!!?」

 

 

無配慮かつ無遠慮な純粋な少女の発言は言葉の刃となって、キラの心を抉る。精神的なダメージが肉体と連動してるのか、彼も胸元を強く握り締め吐血した。

 

 

たとえどれだけ強い人間だろうと、心は強くなかったりする。ていうか、紙耐久の心は一撃で破壊されかねない。

 

 

とりあえず雅緋はキラの事を『チビ』と言わないようにと決意した。




補足

『Dark matter』

キラの異能によって造られた闇の鎧。遠隔操作や自動追尾、全範囲索敵、自動戦闘などの機能がある。


『Chrome Auto Coordinate』

闇の鎧の二つ目の形態。相手の座標を特定し無力化を行う。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宵闇の努力


中二病傲慢系コミュ障男性こと、キラさんのお話です。



お茶すすりながらでも読んでくだせーな。m(_ _)m


───この力は、最強(さいあく)の力だ。

 

 

 

『うわー、近寄るなよ!化け物!!』

 

 

 

───自分の敵を無意識で排除して(知らない誰かを苦しめて)

 

 

 

『…………ごめんなさい、こうしなきゃいけないの。貴方は、生きてはいけないの』

 

 

 

───どんな傷を受けても再生して(その度に大切な人に裏切られ)

 

 

 

『苦しかったよね、どうか………幸せに生きてね』

 

 

 

───そして、傷跡は消えてなくなる(心の傷だけを残し続けて)

 

 

 

『えへへー?なら君はぁ、こっちで生きればいいじゃん』

 

 

 

───僕は、俺様は心、体、全てを闇へと染め上げた。

 

 

 

───その力を用いて、俺様は裏の世界で君臨する。

 

 

 

───そうすれば、俺様は手に入れられるんだ。

 

 

 

 

 

俺様のどす黒い闇を照らすほどの綺麗な光を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キラ、君に聞きたいことがあるんだ」

 

 

「………………ハァ、」

 

 

自分の前に座る女性に対して、隠すことのないため息。そんな彼の顔には、面倒だなぁ、早く帰りたいなどの怠惰が滲んでいる。

 

 

 

「で、俺様から何を聞きたいのだ?忌夢(いむ)

 

 

──忌夢、

秘立蛇女子学園の三年生、そして選抜チームの一人である眼鏡の女性。委員長気質の性格で、選抜チームをまとめてることにはキラも純粋に評価している。

 

 

だが、キラのため息の真意はそれらが関係してる訳ではない。

 

 

「雅緋と、付き合ってるっていうのは本当か!?嘘だろ!?嘘だと言え!言ってくれッ!!もし本当だとしたら!僕が絶体に許さないからな!!!」

 

 

──そう、分かったかも知れないが、彼女は雅緋のことが大好きなのだ。友情としてではなく、愛情として。

 

 

凄まじい剣幕で肩に掴みかかる忌夢にキラはある種の恐怖を感じた。問題児ばかりの秘立蛇女選抜メンバーだが、彼女も異質と言えば異質だろう。

 

 

「嘘に決まってるだろ、俺様が雅緋と付き合っるという話は…………誰から聞いた?」

 

 

「校内新聞に載ってた、知らなかったのか?」

 

 

手の中にあるジュースの缶が軋む音が耳に入る。心辺りが無くはない、つい最近新聞部の少女たちが自分の元に来て色々と聞いていたことがあった。

 

 

「とにかく、その噂は嘘だからな。俺様と雅緋はそんな仲じゃない…………奴と俺様はただの協力者なのだからッ、」

 

 

そう言い切ったキラは一瞬顔を歪める。痛みを抑えるように胸元をさすっていたが、今は感じられなくなっていた。

 

 

「………別に僕はそう言いたい訳じゃないんだが、」

 

 

忌夢はそっとキラの肩に手を乗せる。彼女の顔から見るに本気で彼の事を心配しているようだった。

 

 

「そうか、じゃあ好きに話をしてくれ」

 

 

その後、忌夢の雅緋に対する気持ちをうんうんと聞かされ、キラは冗談抜きでヤバイなコイツと思い、久しぶりに恐怖を抱いたという。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

一人孤独で図書室でキラは静かに読書をしている。そんな彼は何十分も集中している訳では無かった。

 

 

本を机の端に置き、座ったまま後方を振り返る。自分自身もひっそりと呼吸を止め、探るような視線で見渡すが気配が無かった。

 

 

「……………気のせいか」

 

 

ボリボリと頭を掻き体を机へと向かせ、黙読を続ける。

 

 

 

 

そんな彼をひっそりと息を殺し、本棚から覗き込む人影があった。

 

 

彼女の名前は、(むらさき)。コミュ障のキラが仲良くなろうとしている秘立蛇女の選抜メンバーの一人。性格は内気な方で滅多に外に出ようとしない為、キラがきちんと話せるか不安だと難儀していたこともあった。

 

 

その彼女が何故、彼を観察するように見ているのかというと。

 

 

(………どうすれば、あの人と話せるのかな?)

 

 

実は紫にはある特徴がある。

匂いを嗅いだ相手の生活状況、人柄、考えていることが分かるというぶっ飛んだものだった。

 

 

 

初対面の時、怯えながらもキラの匂いを嗅いだ紫は知った、いや知ってしまったのだ。

 

 

───高慢な態度が特徴的な、彼の本当の人柄と重苦しい過去を。

 

 

彼女が感じたのは、自分と同じだったという共感と彼のことを知ってしまったという罪悪感。それ故にキラから許可をとってしまったのだ。

 

 

仲良くなるなってしまえば、この事を気付かれるのではないかと、そう思ったから。

 

 

紫は自分が抱き締めているぬいぐるみに目をやる。

 

 

 

(べべたん…………今日はもう帰ろう)

 

 

特に何もしてないが、面と向かって話せる自信が起きない紫はべべたんを抱き締めて部屋に帰ることにした。

 

 

床を見るように俯きながら歩いていた紫は何かにぶつかった。倒れることはなかったが、ふらついた紫は顔をあげる。

 

 

 

「…………………紫か」

 

 

「…………!?」

 

 

遠くで本を読んでいるはずの見覚えのある青年が立っていた。

 

 

 

(あー!?こんな時って何をしゃべればいいんだ!?何だ!?何だよ!?どうすれば、仲良くなれる?考えるんだ、考えるんだ!!俺様はどうすればいい!!?)

 

 

(……………どうしよう!どうしよう!どうしよう!!べべたん、どうすればいいの!!?)

 

 

こんな感じで二人は内心混乱状態だった。まあ、結局中二病コミュ障と内気な引きこもり少女がタイマンしたら、こんな風になるんですよねぇ(人のこと言えない作者の呆れた様子)

 

 

「………なぁ、紫」

 

 

ようやく口を開いたのはキラだった。紫は彼の言葉に何を話せばいいのか戸惑ったが、

 

 

 

「……………え?」

 

 

彼はスッと手を差し出した。まるで、握手を求めるように。余計に混乱しそうになっている紫に聞こえるようにキラはこう言った。

 

 

「……俺様と仲間になると言う訳だから、これくらいは必要だろう?」

 

 

恥ずかしいのか素っ気なく顔を反らした彼だったが、内気な紫でも気付くくらいの心掛けだった。

 

 

 

「…………………ぅん」

 

 

羞恥ゆえに顔を真っ赤に染めた紫は片方の手でべべたんを抱き締め、差し出されたキラの手を握った。照れている彼女に、彼はにこやかな笑みで口にする。

 

 

 

「これからもよろしく頼む、紫」

 

 

 

その時だけは、彼は自分の闇が少しだけ、僅かに晴れた感じがした。





うーん、自分でも思うけど………キラさん死ななきゃいいよなぁ(希望視)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章 混沌妖魔戦線 真影と黒神
三十八話 仲間たちの亀裂


新しい章に入りまーす。多分ここらへんから、この小説の山場になると思われます。


「………ハァ」

 

 

ため息を漏らしたのは、いつも明るい飛鳥だった。教室の窓から外を覗き、ぼーっとしていた。

 

 

「どうしたんですか、飛鳥さん」

 

 

「…………あ、みんな」

 

 

そんな彼女を見るに見かねたのか、仲間である少女たちを代表するように斑鳩が声をかける。

 

 

 

『悪いな、俺は少しの間仕事に行っているから。いつ会えるかはよく分からない』

 

 

そう言ってから一週間が経つが、彼は全然戻ってこない。心から心配している飛鳥は仲間である青年が何処にいるのかと、再度ため息をしようとするが、

 

 

 

 

 

「おー、あの不良(仮)君。こんなに可愛い女の子たちと一緒なのかー、実にいけませんなー」

 

 

「誰!?」

 

 

いつの間にか横に立っていた謎の女性に飛鳥たちは不意を突かれたように驚愕する。咄嗟に飛び退く彼女たちに顔色を変えずに女性は飛鳥を見やった。

 

 

「そこの君は、ユウヤと会いたいかい?」

 

 

「ッ、誰……ですか?」

 

 

飛鳥は僅かに反応をしたものの、再度同じ質問をした。無視するかと思ったが、今度はニッコリと笑い答えた。

 

 

「私はエンデュミレア。七つの凶彗星(グランシャリオ)の構成員、君たちの知るユウヤの同僚であり親友さ♪」

 

 

そう答えた彼女は、あたかも楽しめる玩具を見つけた子供のような無邪気な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

───七つの凶彗星(グランシャリオ)

 

 

 

正式名称、世界連合所属異能特別部隊『七つの凶彗星(グランシャリオ)』。階級は構成員の一人ずつが国家元首と同等であり、この部隊は文字通り世界連合が認めた特殊部隊だが、一つの国家としての認識を受けている。

 

 

「……つまり、世界を救う為の特別な部隊なのですか?」

 

 

斑鳩の疑惑を楽しそうにエンデュミレアは頷く。飛鳥たちを率いるように彼女はとある建物に辿り着いた。

 

 

「ここが私たち七つの凶彗星(グランシャリオ)の拠点さ♪」

 

 

 

線のようなものが虹色に輝く、円方形の要塞らしき建物に飛鳥たちは目を奪われていた。科学的とも見てとれる筈なのに、どこか神秘的な要素があったのだ。

 

 

 

 

「さてと、やりますか!」

 

 

「え?…………何を」

 

 

パンッと両手を叩いたエンデュミレアに飛鳥は不安そうに声をかける。そんな彼女を遮るようにエンデュミレアは、

 

 

 

 

 

「おーい、不良(笑)くーん!天然ジゴローーーーー!」

 

 

 

「ぶっ殺すぞ!!クソ根暗野郎がァッッッ!!!」

 

 

 

エンデュミレアの叫び声に怒りを露にして青年が飛び出してきた。勢いよく拳を振り抜き殴りかかるが、遊ぶように軽く避ける。

 

 

「こんのクッソ野郎、今更なにを────」

 

 

余裕そうな態度の彼女にキレていたユウヤの動き、呼吸が止まる。彼の視線はエンデュミレアの後ろ、飛鳥たちへと向いていた。

 

 

 

「いやーね?ユウヤ君に会いたいって、彼女たちが言っていたからさ♪」

 

 

「…………………嘗めた真似すんなって言ったはずだぞ」

 

 

周りに険悪な空気が広がる。調子が良さそうに笑うエンデュミレアにユウヤは今まで見せたことのない程の殺意まで放ち、周りの空気がバヂバヂバヂィッ!と唸った。

 

 

その状況に耐えきれなくなった飛鳥は止めようとするが、

 

 

 

「まぁまぁ、二人とも喧嘩は止めるでござるよ」

 

 

二人の間に割り入ったのは侍のような男だった。時代劇に登場する和服、その懐に腕を突っ込んだ状態は気楽さが感じられる。

 

 

 

「…………悪かったな、武蔵」

 

 

 

「あれー、私は~?私に謝罪はないのー?」

 

 

しつこく構ってくるエンデュミレアをスルーし、侍の男

武蔵に頭を下げると飛鳥たちには何も言わずに何処かへ移動した。

 

 

「すまんでござるな。アイツはいっつもああいう態度でござるよ」

 

 

謝罪と言う割には少し軽いとも言えるが、彼女たちは素直に受け取った。

 

 

そして気になった飛鳥は侍の男に名前を聞いた。

 

 

「…………あの、貴方は?」

 

 

「拙者は武蔵。アイツとは悪友の関係でござってな」

 

 

カッカッカッ、と高笑い?をする武蔵は自身の腕を見やる。正確には自分の手首にある腕時計に。

 

 

「すまんな、お嬢さんの方々。アイツに会うのは少し待ってくれないか」

 

 

「?」

 

 

「拙者たち、七つの凶彗星(グランシャリオ)の定期の会議が始まるからなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個室の真ん中にある机を中心として数人の男女が座っていた。誰も声を発する者がいないため、長い間静寂が起こる。

 

 

 

「集まってくれてご苦労、妾は感謝するぞ」

 

 

それを無視するように声をあげたのは一人の女性。平安時代の姫様が着てそうな和服を身に纏い、堂々と椅子の上に立ち上がる。何処からか取り出した扇をパッと開き、白い長髪を払う女性をユウヤは静かに観察していた。

 

 

 

神威=カタストロフ。

 

 

七つの凶彗星(グランシャリオ)序列一位。凄まじいほどの戦闘センスを持ち、この場の全員の中で誰よりも強いのが、彼女だった。

 

 

ユウヤは精神的にも肉体的にも理解している。この場に居る全員が戦っても彼女には勝てはしないことを。

 

 

(序列二位が居れば楽勝だろうが………)

 

 

ふと、ユウヤは空席の一つを見る。性悪と評したエンデュミレアの反対側、神威の隣の席を。

 

 

 

第二位 時崎零次(ときざき れいじ)

 

 

神威に次ぐ実力者の人物。能力、戦闘力が不明である男は二番目の席に座しているのだ。何も知らない者たちからすれば自分の方が強い、と不満を漏らしたりするものだが、この場に居る彼等は納得していた。

 

 

───まぁ、人間じゃないから仕方ないか、と。

 

 

そんなことで納得するのかと思うかもしれないが、そこは呑み込んでいただきたい。

 

 

「………またあの二人は来てないのか」

 

 

「あの二人、世界を救う為の組織としての自覚が無いじゃない!」

 

 

素朴な服、平凡な顔の少年 志藤(しどう)は誰も座っていない二つの席に訝しげな視線を向ける。同じようにこの場にいない二人に対して、赤髪ツインテールの少女は憤慨する。

 

 

 

 

 

────事情により不在。誰も座ってない二つの椅子がそれを物語る。まぁ、先程来ていた者が一名いるのだが、

 

 

「エンデュミレアならさっき帰ったのでござるよ」

 

 

「…………あんの馬鹿、まともに会議をしたこともないじゃない」

 

 

「あの性悪の話はどうだっていい……そうだろ?」

 

 

 

飛鳥たちと共にいた黒髪の青年、ユウヤは無機質な机に脚を掛けている。そして、呆れたように全員に問いかけた。

 

だが一番驚くべきなのは、仲間であるはずのエンデュミレアの信頼が低いという事だ。いや、少し語弊があった。この場に居る全員がエンデュミレアを嫌っている、彼等の顔と態度から見れば分かるのだが………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──これが俺からの報告だ」

 

 

話を終えたユウヤ。他の全員は様々な反応を示した。深く考え込む者、興味があるように口笛をして顎を擦る者、手元にある資料を睨み付ける者、

 

 

 

「封印から解かれたケイオスと呼ばれる怪物、蛇女を裏で支配していた異能使い、『カオス』と名乗る異質な存在、そして『禍の王』の戦闘員の黄泉と言う人物か、」

 

 

 

面倒事ばかりじゃな、と神威が飄々とした態度で口にする。

 

 

「やはり、『聖杯』は保護するべきでしょうか?」

 

 

「いや、破壊よ。残しておいて他の奴に渡っても面倒じゃない」

 

 

断言する香織(かおり)の顔にはある種の決意があった。破壊を最優先、それだけが彼女なら感じられた。

 

 

 

「──妾はある現象を調べておった」

 

 

突如告げれた言葉が喧騒を止める。そして、静かになった状況で神威=カタストロフはまとめられた資料を見せつけるように掲げた。

 

 

 

「最近この国の地脈からエネルギーが減少し、とある場所へと集中しておる。このままいけば、

 

 

この地から生命が失われていく」

 

 

息を飲む音が部屋に響く。資料から手を離した神威は、浮かない顔をするユウヤへと視線を向ける。

 

 

ユウヤ自身もそれに気付き怪訝そうに睨むが、

 

 

 

「場所は聖印市、かつて災害により崩壊したとされる、お主の故郷と聞いておった場所じゃ」

 

 

ビキッ、と憔悴していた彼の心にヒビが入った。




──補足、

七つの凶彗星(グランシャリオ)

構成員は僅か七人、それだけで国家と同等の権限を持つ世界連合公認の組織。世界を救うという思想を持ち、多くの事件を解決してきた。



質問、アドバイス、評価など出来ればよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十九話 ひび割れた絆

皆さんどうも!

シノマスのデータが消えてて、泣きながら始めからやり始めたところ、爆乳祭で両姫さんが出てきて呆然としていた作者です。



今さらですがダーク要素ありですよね、この作品。


ていうか、この話を読んで不快になるかもしれないのでご注意を。


「…………聖印(せいいん)街、か」

 

 

既に失われたとは言え、自分の故郷の名前にユウヤの反応は静かなものだった。

 

 

聖印街、古くから存在している神々が眠るという伝説が有名な街。その伝説もあり多くの人々が住み着き、総人口は数十万人だった。これが県としてではなく、街としてなのだから、国家も新たにもう一つの都県と変えようかと本気で話し合っていた程だ。

 

 

 

 

───その数十万人が死に絶える災害が無ければ。

 

 

一夜で一つの街が滅びた事に対して総理大臣は『原因不明の大災害』世界中にそう講評したが、何処からか『未確認の凶悪な疫病』、『テロリストによる宣戦布告』などの噂が流れた。

 

 

その噂の中でも、『突如現れた怪物による大量虐殺』というものがあった。今でも多くの人々が語り、酒のつまみとして使ったりする話だ。

 

 

 

───半分、当たっている。

 

 

「確か報告によると、街中に大量に出現した妖魔が住人を襲った………とあるが」

 

 

「………間違いはない」

 

 

吐き捨てるように告げるユウヤにヒラヒラと扇で仰ぐ神威は憐れみの視線を向ける。ユウヤ自身落ち着いているが、彼はあの地獄の災害から生き延びた唯一の生還者。

 

 

彼以外に、生存してる者はいないかったのだから。

 

 

「了解した。調査を行い何かを発見すれば、すぐに報告をする」

 

 

その発言に意見はない。決まりだと席から立ち上がったユウヤはなにも言わずに出入り口の扉から出ようとする。

 

 

「待て、ユウヤ」

 

 

そんな彼の背中に声がかけられた。七つの凶彗星(グランシャリオ)のリーダーたる神威は、静かに呟いた。

 

 

「お主がどれだけ他人を信用していないかは分かる。現に妾たちの事も信じていないのだからな」

 

 

 

「じゃが、彼女たちにも少しは気を許してやらぬか」

 

 

まるで何も知らない子供を諭すような物言いに彼の心はぐらつくが、口を苦々しく閉じて部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待って!ユウヤくん!」

 

 

後ろから引き留めるように声がかかる。聞き覚えのある、いやあの日からよく聞いていた声が。

 

 

「何の用だ、飛鳥」

 

 

声の主を知っているユウヤは振り返らずにいた。振り返る必要がないから、彼女の言うことに答えるつもりはないからこそ。

 

 

「どうして?」

 

 

冷たい、相手の心を考えない無情な彼の態度に、ではない。それもあるが、

 

 

「どうして、一人で背負おうとするの?」

 

 

本気で悲しんで心配している声に心が締め付けられる。だが、彼は自身を心配する少女を引き離そうとする。

 

 

「ッ、これは俺たち七つの凶彗星(グランシャリオ)の使命だ、部外者のお前らには関係ないんだよ!」

 

 

「関係なくないよ!」

 

 

拒絶するユウヤに対して、否定するように飛鳥は叫ぶ。

 

 

「だって! 私たちは仲間だか」

 

 

直後、大声で叫ぼうとした飛鳥のすぐ横に黒い光が迸った。一瞬の出来事に飛鳥は硬直していたが、何が起こったのかを理解した。

 

 

 

話を聞いていたユウヤが身体から放出した漆黒の電撃が周りに解き放っていたのだ。飛鳥への威嚇の意思表示でもある攻撃を。

 

 

「…………黙れ、黙れよ」

 

 

血が滲むほど手を握り顔が見えないように俯きながら、身体を震わせボソリ、ボソリと呟く。

 

 

「ふざけんじゃねぇよ、さっきから。何が、俺を知ってる、だぁ?」

 

 

「何も知らないくせに、俺を語るんじゃねえよ。死にてぇのか?」

 

 

初めて自分に向けられた本気の殺意に飛鳥はたじろいた。ここで退いてはいけないと、彼の言葉を認めている自分の心を全力で否定する。

 

 

「でも、あのとき…………」

 

 

「ハッキリと言わせてもらう」

 

 

希望にすがろうとする飛鳥に対して、彼はかつてとは違う、冷ややかな目付きで見下ろす。そして、彼女の弱った心を打ち砕く言葉の刃を放った。

 

 

 

「俺とお前らは仲間じゃねえ、ただの依頼での関係、小さな幻想だ。そんなものは」

 

 

 

 

そのまま去り行こうとするユウヤを引き留めようとする。その場から起きて、去ろうとする彼を追いかけようとするが、

 

 

「…………え?」

 

 

疑問の声が口から漏れた。その理由は脚が地面と同化したように動かなくなり、立ち上がることすら出来なかったからだ。何故なのかと飛鳥は自答したが、答えは明白だった。

 

 

恐怖したからだ、彼に。

 

 

一度人間が抱いた感情は消えることがない、それと同じように飛鳥は先程ユウヤへの畏怖により、身体を縛られていた。

 

 

そんな飛鳥に、彼が向けたのは失望の籠った言葉だった。

 

 

「………あぁ、結局同じだな」

 

 

「─────ぁ」

 

 

「やっぱり人間だよ、お前も俺が大嫌いな人間だ」

 

 

結局彼がいなくなった後も、しばらくの間、飛鳥は動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、馬鹿だったんだよ。人間とは違う、化け物の俺が、仲間なんて求めるのがおかしかったんだよ」

 

 

山奥を一人で歩きながら、彼は自らを嘲る。ひひっと笑う彼の通った道には赤い斑点が点々と続いていた。

 

 

「本当に馬鹿だよな、今まで俺は教えられてきたのに」

 

 

頬を濡らす液体に気付かずに、嗤っていた。そして、ようやく理解した事実を自分に突きつけるように強く握ったことにより真っ赤な血で濡れたその手で顔を覆った。

 

 

 

「俺とあいつらは違うって、何で気付かなかったんだ?」

 

 

そして青年は、自ら孤独へと堕ちた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十話 誰の為に


一日の間家に引きこもってたら、もう一話出来ました。


意識がゆっくりと覚醒し始める。自分がどうしていたのか分からずに、飛鳥は声を発した。

 

 

 

「………ここは?」

 

 

 

 

───答える者はいない。誰一人もいない部屋で返ってくるのは静寂のみ。

 

 

…………そう思っていた飛鳥だったが、現実は違かった。

 

 

 

「我ら、七つの凶彗星(グランシャリオ)の拠点だよ」

 

 

「ひゃっ!?」

 

 

気の抜けた状態で真横から聞こえた声に驚愕する。飛鳥は声の方に振り向くと、一人の青年が壁に寄りかかっていた。

 

 

いつの間に、心の中で混乱していた飛鳥だったが、青年は平然としたまま告げる。

 

 

「近くで気を失ってたから助けたが、あまり迷惑をかけないでほしいな」

 

 

どうやって来たのかを告げずに茶髪の青年は前髪をかきあげる。そして他の誰かにも分かるよう懇切丁寧に、

 

 

七つの凶彗星(グランシャリオ)序列七位、志藤(しどう)。こう見えても軍隊とはやり合えるから、そこはよろしく」

 

 

彼 志藤の紹介、正確には彼の発言に飛鳥はようやく理解ができた。

 

 

『やっぱり人間だよ、お前も俺が大嫌いな人間だ』

 

 

「………………そうだ」

 

 

思い出した、と漏らす。ユウヤを追いかけて引き留めようとしたが、彼から告げられたのは拒絶だった。

 

 

あのときに向けられた明確な殺意を思い出すだけで、飛鳥は自分の身体が震えていることに気付く。

 

 

 

「「「「飛鳥(さん)(ちゃん)!」」」」

 

 

スライド式のドアが勢いよく開き、数人の少女が入ってくる。飛鳥の仲間である斑鳩たちは、飛鳥を心配そうな顔で見守っていた。

 

 

「飛鳥さん、その………」

 

 

ベッドで上半身を起こした飛鳥に斑鳩がバツの悪そうな顔をする。後ろにいる皆の雰囲気からしても彼女が言おうとしていることはよく分かった。

 

 

 

「………さて、君らはどうしたいの?」

 

 

飛鳥を含めた全員の視線が志藤へと集中する。彼はそんなものをお構い無しと言わんばかりに、彼女たちを睨みながら話を続けた。

 

 

「ボスからも言われてるけど…………彼を連れ戻したいなら、生半可な覚悟なら行かない方がいい────本当に死ぬぞ」

 

 

彼女たちの意思を確かめるように志藤は真顔で見下ろす。

 

 

 

『………俺は天星 ユウヤ。お前は?』

 

 

忍になったばかりで浮かれていた飛鳥の前に現れた彼に名前を教え、その場から立ち去った飛鳥は翌日自分の祖父である半蔵から教えられた。

 

 

───自分を追跡して捕縛しようとした悪忍たちを彼は一人で撃退した、と。

 

 

それからユウヤや仲間たちとの出来事を思い出した飛鳥は──────決断した。

 

 

「…………なるほど、それが答えか」

 

 

志藤の目の先にいるのはベッドから起き上がった飛鳥、彼女の顔だった。彼女の顔には迷いなど一つもなかった、あるのは助けたい誰かの為に戦うという信念。

 

 

その時、志藤は笑った。悪意のある陰湿な笑みを浮かべ、

 

 

「それじゃあ、その目で見てもらおうか」

 

 

志藤がそう告げた直後、パチンッ!と指を鳴らす音が響く。小さい音であるはずなのに何故か、何回も反響する。

 

その直後、世界が歪んだ。比喩など無しで、グニャリと気味が悪くなるように。

 

 

「目を背けるなよ。これは試練でもあるのだから」

 

 

「………何、これ」

 

 

「異能使い、天星ユウヤの過去」

 

 

 

まるで語り手となったように平坦な声音。その様子の志藤の瞳は笑みとは裏腹に虚無を覗き込んでいるように、真っ黒だった。

 

 

そして少女たちに試練を与える者として、その覚悟が真実か、虚偽か、試すことにした。

 

 

「彼が傭兵、我らの仲間になった理由、他人との接触を拒む理由────その目と肉体で確かめろ」

 

 

 

 

七つの凶彗星(グランシャリオ)序列七位、志藤(しどう)

 

彼の力は、『幻想廻帰』。味わうことの出来ない過去、奇跡、悲劇を体現することができる能力。

 

 

 

それは、世界を塗り替える事が可能である、神の力。

 

 

 

 

 

 

 

 

聖印街、今現在国が立ち入り禁止をしている街のあった場所。その街の中心部、

 

 

「ここが、俺の故郷」

 

 

ポッカリと地面に開いた巨大な穴を前に、一人の青年 ユウヤが見下ろしていた。ズボンのポケットに手を入れたまま、彼は懐かしそうに呟いた。

 

 

「そして、『俺』の生まれた場所」

 

 

 

 

 

 

 

───???───

 

 

「『柱』の完成率 約56.8%、起動エネルギー総量 95.8%、『計画』の誤差は僅か 0.05%、修正の必要はない」

 

 

ドウンッ、ドウンッ、ドウンッ、と。

 

 

心臓の鼓動というか、重機のエンジンのような轟音が鳴り響くと同時に、空間全体が振動する。

 

 

「完璧だ、これでようやく完成する」

 

 

太古の民族が神々を崇めるために作ったような祭壇、その玉座にいるのは、一人の青年。血のように赤黒いマントの翻し、自身の腕へと手をやる。

 

 

 

「後は、『神の器』。それだけだ」

 

 

変貌しているグロテスクな見た目の腕を撫でて、祭壇に座する『統括者』は歓喜に口を歪め、広がる空洞に高らかな哄笑を響き渡らせた。





補足

志藤(しどう)


七つの凶彗星(グランシャリオ)序列七位の人物。平凡な容姿だが、国を滅ぼせる実力者の一人。


味わうことの出来ない過去、奇跡、悲劇を体現できる『幻想廻帰』と呼ばれる異能の力を持つ。



さて、これから始まるのはユウヤの過去です。楽しみにしていただければ、幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十一話 追憶の記憶

分かりにくいかも知れませんが、ユウヤの過去体験回です。


意識が覚醒した彼女たちがいたのは、街の中だった。

 

 

正確には、子供たちが遊んでいるような公園。何が起きたか分からずに、混乱している少女たちは疑問を口にする。

 

 

「……………ここは?」

 

 

「言ったろう、理由を確かめろと」

 

 

彼の言葉にようやく理解する。これは、擬似的に再現された誰かの過去だと。

 

 

──誰の過去かは、まあ言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

「────じゃあ、なれなかったの?」

 

 

彼女たちの視線の先には一人の少年がいた。幼い見た目と口調の少年は、ベンチに腰掛けていた男性に駆け寄って話していた。

 

 

 

「ハハッ、違うさ。ならなかったのさ、母さんと一緒にいたかったからな」

 

 

「……でも、なりたかったんでしょ?『忍』さんに」

 

 

息を呑む音が周りから聞こえる。誰のものだったのか、既に彼女たちの興味には無かった。そこまで目の前の出来事に集中していたからもあるが、

 

 

そんな少年の言葉に男性は苦笑いを浮かべる。

 

 

「あぁ、なりたかったよ。あの人、半蔵様のお手伝いをしたかった」

 

 

「…………え?」

 

 

自分の祖父の名前に飛鳥は反応する。そして、その少年の容姿が、自分たちのよく知る青年に酷似していることに気付いた。

 

 

──before(少年時代)after(青年時代)の変わりようが激しいが。

 

 

「半蔵様の隣で戦って………多くの人を助けたかったけどなぁ、」

 

 

 

「じゃあ、僕が戦うよ。おとーさんの代わりに、困ってる人を助けるためにがんばる!」

 

 

ピョンピョンと跳び跳ねる少年の言葉に男性はキョトンとした顔をしていた。そして大声をあげて笑い、少年の頭を優しく撫でた。

 

 

 

「…………できるだろうな、お前なら。俺たちの息子である、お前なら」

 

 

うん!と頷き、少年は精一杯の笑顔を浮かべた。そんな少年を見ていた男性は腰を上げ歩み始めた。

 

 

「さ、帰るぞ。母さんがユウヤの大好物のシチューを作って待ってるぞ?」

 

 

「え、ほんと!?やったーっ!おとーさん、おとーさん、早くおうちに帰ろー!」

 

 

あぁ、待て待て、と困った顔の男性の服を引っ張って、少年は公園から出ていった。その幸せそうな世界に飛鳥は自然と笑みが溢れていたのに気付いた。

 

 

「これが、天星ユウヤの最初の幸せ。家族や友達、優しかった街の人に囲まれて生きたいた、楽園のような世界」

 

 

志藤がそう呟くと、公園から出ていった親子とすれ違うように男性が現れた。ローブを身に纏った、怪しい男が。

 

 

「────始まるぞ」

 

 

「?」

 

 

「何だ、分からないのか?それもまた僥倖」

 

 

不思議そうな様子の彼女たちに男性を指差して無言で指摘する。男性の手に握られていたのは、見たことのある瓶、その中に入った赤黒い液体。

 

 

怪しく笑った男性は瓶を広場の中心に放り投げ、液体は地面へとぶちまけられた。

 

 

それと同時に白く輝く世界に少しずつヒビが入り始める。それらを広げるように志藤はヒビに指先を差し込み、現実を告げた。

 

 

 

「第一の幸せを奪い尽くす、第一の絶望が」

 

 

 

その直後、世界が反転した。

 

 

純粋無垢な光を帯びた世界を、惨劇しか無い黒を帯びた世界に塗り替えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが悲鳴をあげた。それを非難するものは、誰一人としていない。志藤本人も物言わず、少女たちはその光景に目を奪われていた。

 

 

 

 

 

 

───地獄、その言葉以外に表現する事ができなかった。

 

 

あんなに楽しそうに皆が笑っていた世界が、阿鼻叫喚の世界と変化を見せる。

 

 

炎と殺戮に飲まれた街中で、膝をつく少年の姿。

 

 

声をあげることもできなかった彼女たちに、志藤は少年に、いやその一歩手前に指差した。

 

 

 

「大好きだったもの全てを目の前で奪われ、地獄の中で自分だけが生き残ったのさ」

 

 

 

その少年の前で倒れていたのは、下半身を失った父親の姿。引きちぎられた部分からはおびただしい量の血液が溢れでいた。

 

 

ついに、少年はその地獄に慟哭を響かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、と……………これが第一の記憶だ」

 

 

指を鳴らす音と共に、世界が元に戻った。正確には、自分たちがいた部屋に。

 

 

「第二の記憶に続く……………訳にはいかないか」

 

 

ユウヤの記憶を見た飛鳥たちの顔色はよくはなかった。まぁ、当然だろう。彼女たちは人が死に絶えるという記憶をその目で見て、感じてしまったのだから。

 

 

 

ピピピピピッ!!と甲高い音が鳴り響いた。顔色を変えずに志藤は服の中から音の主である───携帯電話を取り出し、耳元に当てて話始める。

 

 

「──僕だ。何かあった………………なんだと?」

 

 

少しばかり距離が空いてても電話から喧騒が聞こえた。聞き取ることが出来るのか分からない程の騒ぎ声に志藤は何度も頷く、そしてようやく口を開いた。

 

 

「そうか、分かった。君たちはそこで待機だ、ボスに報告しておけ、僕らが現場に向かう」

 

 

電話の電源をブチリと切り、服の中に戻した志藤は深い溜め息を吐く。

 

 

───不味いことになった。

 

 

その表情と態度から、そう読み取れる。

 

 

「……………何かあったんですか?」

 

 

真剣に問い掛ける飛鳥に志藤は口を閉ざしたままだった。だが観念したのか、ようやく口を開き話はしめた

 

 

「単刀直入に言おう、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖印街にて発生した膨大なエネルギーの確認と同時に調査に向かったユウヤの反応が消失した」




もうお分かりの方もいるかもしれませんが、お察しください、お願いします。m(_ _)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十二話 異常事態・降臨

最近、この小説は閃乱カグラの要素が薄れてきた気がするでござる……………。


「………という話だけど、どうする?」

 

 

「どうするって、何がですか?」

 

 

他の所に電話をかけている志藤を他所にヒソヒソと話す少女たち。遠くから見ると悪口言ってるように見えなくもない、そんなの自分だとしたら相当キツいよなぁ………(遠い目)

 

 

「………私は、助けに行きたい」

 

 

「まだユウヤくんに会わなきゃいけない、伝えたいことがあるから、嫌われてたとしても!」

 

 

 

飛鳥の覚悟に全員が頷いた。どうやら決意ができたらしいが、そんな彼女たちに声が飛んできた。

 

 

 

「君たち、早く準備をしろ。時間は待ってはくれないからな。それよりも君たちに渡しておく、簡易型の強化アイテムだ」

 

 

「…………ん?」

 

 

「肉体に負荷が掛かるかもしれないからな、滅多な時以外使うんじゃないぞ」

 

 

疑問の声を無視して五人全員に向けていた藍色のクリスタルを手渡した。何かおかしい、皆がそう思った。

 

 

「え、待ってください。ここは普通止めるべきなのでは?」

 

 

「…………あぁ、なるほど。待っていろ、と言うのかと思ったのか」

 

 

納得したような志藤は何度も頷くと、体のある部位を指差した。──腕というより、筋肉を。

 

 

「僕はこう見えても無力だ。君たち全員ならともかく、そこにいるピンクの()……雲雀だったか、君にも勝てる自信がしない」

 

 

「「「「うわぁ」」」」

 

 

自信がないと言う割には、やけにハッキリとした物言いと雲雀に負けるという志藤の力にほぼ全員がドン引きした。一人だけ………柳生は当然だと言わんばかりに首を振っていたが、素直に無視するとしよう。

 

 

「まあ、それが本音で、建前は戦力は多い方がいいからな」

 

 

「…………逆ではないでしょうか?」

 

 

それだけ言われた志藤は顔をそらし、何も言わずに指を鳴らした。あたかも、聞こえないふりをしてるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛鳥たちの視界がすぐさま切り替わった。建物の部屋の中にいた筈なのに、見れば屋外になっていたのだ。

 

 

 

建物の瓦礫の山がいくつも鎮座しており、見るからに人一人もいない滅んだ場所。

 

 

「…………ここは!?」

 

 

「聖印街だよ、ここがね」

 

 

「準備しろって言ったじゃないですか!」

 

 

「いや、そんな必要なかったじゃん」

 

 

彼女たちの言葉を瞬時に切り捨てた志藤はさっさと先へと進んでいく。

 

 

「何処に行くつもりですか?」

 

 

「僕たちの部下と合流する」

 

 

その先には、即急に作ったと思えるたくさんの機材の置かれた軍事基地があった。機材を見回っていた兵士が顔色を変えて、此方に向かってきた。

 

 

「オイ、貴様ら手を…………あっ、志藤さま!ご苦労様です!」

 

 

「状況は?」

 

 

敬礼をする兵士たちに迎え入れられた彼は近くの兵士に問いかける。彼の言葉に兵士は機材の一部を持ち上げ、画面を見せる。

 

 

「やはり情報通り、この街に地脈エネルギーが収束しているのは確かです……そして、中心となっている場所は」

 

 

「………この穴、か」

 

 

そんな話をしている志藤はチラリと目を向けて確認した。地面に空いた巨大な穴、それに恐る恐る近寄る飛鳥。

 

 

異界とも見えるほど、先の見えない闇を覗き込もうとした飛鳥は何か、悪寒を感じた。

 

 

 

 

 

 

『む、懐かしいな。あの時の小娘どもじゃないか』

 

 

聞いたことのある声が、近くにあった無線機から流れた。ボロボロに壊れかけていた機械にしては鮮明すぎる声に、

 

 

『そうだとも、我こそは統括者ゼールス。貴様らのことは忘れてはおらんぞ?』

 

 

余裕そうな声には、彼女たちを見下しいているようにも聞こえた。

 

 

「──へぇ、君が話に聞いた『混沌の異形(ケイオス)』、統括者ゼールスか」

 

 

興味深そうな声で志藤は無線機………正確には、その奥にある地面に空いた巨大な穴に目を向ける。

 

 

 

「その口の聞き方からしてでも分かる────人を人として見てない、その見下した態度、クソヤロウだと言うのはよーく分かったよ」

 

 

『見下す?当然だろう、我らのように聖杯の恩恵を受けずに、その力だけを欲するゴミどもが』

 

 

「ゴミで結構。んじゃあ、聖杯とやらを使っていびり散らしてる君たちは、それ以下ってことだろ?」

 

 

その途端、無線機の奥から何かを破壊するような轟音と怒り狂ったようなが絶境が響く。それを聞いていた飛鳥と兵士たちは微妙な顔を浮かべ、志藤は嘲るようにニコニコしていた。

 

 

落ち着いたのか静かになるが、すぐに声が出てきた。

 

 

『………ここで我が貴様らを皆殺しにするのも悪くはないが、今は神聖な儀式の最中でな……………そうだ、面白いものを見せてやろう』

 

 

「面白い、もの………?」

 

 

『そうだ。面白いものだぞ?………貴様らにとってもな』

 

 

 

 

 

その直後、穴から何かが飛び出してきた。それは赤黒いエネルギーのようなものを身に纏っていた、

 

 

見知った黒髪の青年だった。

 

 

その青年のことは少女たちはよく知っている、何故なら

 

 

「ユウヤ………くん?」

 

 

人形のように体が力なく垂れ下がり、顔も俯いていて見えないが、自分たちの知る青年だとよく分かった。

 

 

『感動の再会の所悪いが…………それに続いて二つほど面白いことがあるが、何だと思う?』

 

 

声だけの統括者が今にも笑いそうな声音で問いかけてきた。

 

 

 

 

 

『コイツが貴様らの為に、こうなったことだ』

 

 

 

『貴様らをここには来させん、と混沌の血を取り込んで我に挑んだが…………残念ながら我を倒せず、精神を混沌に呑み込まれた』

 

 

『人間とは分からんな。何故他人を命をかけて守ろうとするのか………………まぁ、そんなことはどうでもいい』

 

 

それだけ告げたゼールスは薄く笑うと、無線機からの声が消えた。いや、正確には別の場所からの声が彼女たちの耳を叩いた。

 

 

 

「一番面白いのは────これからなのだからな!」

 

 

その声は人形のように吊るされたユウヤからのものだった。身体をぶらんとしたまま、勢いよく顔だけをあげたユウヤ、その額にあったのはギョロリと開かれた三つ目の瞳だった。

 

 

ゾゾゾゾゾゾゾゾッッッッ!!!!と周りの建物の残骸、大地から黒い瘴気が溢れだし、青年を囲むように渦巻いた。

 

 

「きゃあああっ!!」

 

 

「なんだ!このエネルギーはっ!?」

 

 

 

全てを削り取らんばかりの漆黒の渦に大きな影が浮かび上がる。その影の一部に、僅かに光点が垣間見えた────その直後、

 

 

 

 

 

その渦をかき消すほどの膨大なエネルギーが大空へと放たれた。太いエネルギーの波動は一瞬で天を闇へと染め上げる。

 

 

 

────エネルギーの柱の中から現れた、この世界に降臨した『ソレ』は無機質でありながら、ただならぬ威圧感を抱かせる咆哮で周囲を揺るがした。




次回から、本格的に物語が進んできます。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十四話 『神の器』・動き出すもの

皆さん、出来れば感想と評価をお願いします!していただくと、






私が元気になります。


空中を漂うに浮遊している黒い機械のような存在。おぞましい威圧感だが、この感覚を飛鳥たちは知っている。

 

 

『混沌の異形』、彼女たちが一度だけではなく二度も戦った正体不明の生命体。

 

 

だが、目の前の存在を生命体と呼べるのだろうか?そう彼女たちは思っていた。

 

 

今まで見たこともない、未知の金属で構成された存在。しかし、それが生命活動をしているとは、お世辞でも言いがたい。

 

 

ならばどう呼ぶべきか、そう聞かれたら彼女たちはこう答えるだろう。

 

 

────『兵器』と。

 

 

まず、その存在には下半身がなかった。あったのは、深海のように暗い宝玉が手の甲に埋め込まれている二本の腕、それらが取り付けられた漆黒の胴体には血管のような赤黒いラインが通っている。

 

 

そして頭部と思われるものには、口が無かった。鼻が無かった。耳が無かった。目が無かった。

 

 

あったのは、頭部と思われる部位の中心にある、横一線に延びた白色の光だった。

 

 

 

ガシャンッ!ガシャンッ!と武器を装填する音が何度も鳴り響く。

 

 

目を向けると『兵器』の腕と胴体との駆動部、正確には肩と呼ばれる場所にある装備だった。

 

 

UFOを連想させる丸い円盤、その間のくぼみには複数の巨大な武器が設置、いや装着されている。

 

 

砲身の長い機関銃、四つのミサイルの装填された砲台、ギザギザの刃を走らせ唸り声をあげるチェンソー、それ以外にも人を殺すことだけではなく、国を滅ぼしかねない装備の存在が地上からでも伺える。

 

 

 

最後に、『兵器』の背中にはソレがあった。

 

 

空想上のファンタジーに実在していてもおかしくない複雑な線で描かれた円陣。まばゆく光輝くその円陣は、現実とはかけ離れていた。

 

 

 

ギチギチッと『兵器』が身体を広げる。姿が変わった時には、背中を折り曲げ自分で屈むような姿勢。

 

 

直後、

 

 

【ォォォォォォォォォォォォォ───────】

 

 

 

声を発する部位などあるはずもないのに、【兵器】は甲高い咆哮を全方位に響かせた。

 

 

 

『────『神の器』。我らが宿願の為に、奴等を祭壇に誰一人として通すな』

 

 

 

頭部にあるラインが、薄く光りを見せた。それに連動するかのように、円陣が激しく回転する。

 

 

 

ピタリと回転が止まった時には、円陣は紋様で形作られた翼へと変化していた。まるで羽化したばかりのように広げられた翼は、

 

 

 

 

ドザァッッ!!!と周りの大地へと突き立てられた。翼は巨大な刃と化し、周りの瓦礫を空間ごと引き裂いた。

 

 

轟音と同時に悲鳴があがる。逃げ惑うことしかできない兵士たちに対する彼の行動は早かった。

 

 

「全部隊!撤退しろ、出来るだけ離れろ!」

 

 

 

必死に志藤は声を張り上げ、兵士たちを後ろへと下げる。戦力は多い方が良いと聞くが、あまり多すぎても足を引っ張りかねないのだ。

 

 

その隙に、『神の器』の前に少女たちが立ち塞がる。相手もそれに気付いたらしく翼を折り曲げ、ジロリと見下ろした。

 

 

 

「「「「「忍転身!」」」」」

 

 

直後、少女たちの服装が目に見えて変化する。忍として戦闘体制へと切り替わった彼女たちに、志藤は戦えないことに忌々しそうに歯を噛みきる。その代わりに懐から結晶を取り出し、高らかと宣言した。

 

 

 

「──効果領域発動、全ステータス上昇!」

 

 

その言葉と同時に、彼女たちは自分たちの力が大きく上がったことを理解する。再度、大きく翼を広げた『神の器』に彼女たちは構えをとる。

 

 

白い光の翼が槍のように彼女たちに襲い掛かる。殺到する翼の雨を掻い潜り、宙に浮く『神の器』に辿り着いた斑鳩は鞘から、彼女が授かった鳳凰財閥の宝刀 飛燕を抜く。

 

 

 

「ッ、はぁっ!!」

 

 

斑鳩の叩きつけるかのような、正確には重く斬りつけた一撃が『兵器』の胴体に直撃する。

 

 

だが、無傷。斑鳩の一撃を受けたはずの場所には傷など一つもなく、綺麗なままだった。しかし彼女の攻撃により、変化があった。

 

 

 

 

『神の器』の目のような光が、斑鳩を捉えたのだ。飛躍したことにより、他の足場へ降り立った斑鳩を。

 

 

 

 

巨大な柱のような太さの腕を曲げ、ガシャンッ!と間接部を動かし、足場ごと吹き飛ばすそうと構える。そして、腕を振るった直後、

 

 

 

「ッ、るおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

ガゴォンッ!!と頭部へと打ち込まれた一撃に『神の器』はその体をよろめかせる。振るった剛腕も斑鳩のいた足場の奥の建物を崩しただけになる。そして、ギロリと周りを見渡して、気付いた。

 

 

 

すぐさま斑鳩の隣へと退避した葛城。そう、先程の一撃は葛城による蹴りだったのだ。

 

 

【ォォォォォォォォ───────】

 

 

今度こそ、吼えた。その咆哮には怒りが籠っているということに二人も理解したらしく、

 

 

「………怒ったぽいよな」

 

 

「………ですよね」

 

 

肩に取り付けられた円盤が回転し、両方とも同じ武器を装填した。機関銃と呼べる武器は、銃口を左右二人ずつに向け────火花か散った。

 

 

互いに別れ、他の足場に移動しするが、無数の銃弾は後を追うように二人の通った場所を削り取る。

 

 

【──、────】

 

 

銃撃をピタリと止めて機関銃を円盤の奥へと格納する。諦めたのか、と全員が思っていた。

 

 

 

だが、違かった。畳んで閉じていた翼を大きく開き、空を包み込むように広げた。真っ黒に染まった空を照らすかように神々しく光り始める。

 

 

 

翼の先が割けるように分離して、大地を串刺しにし始める。残骸と瓦礫の山を吹き飛ばしながら彼女たちへの攻撃を続けた。乱雑にも見えるが、それが一番やるべきことだろう。

 

 

 

 

 

「ッ!雲雀!」

 

 

遠くから狙撃を行っていた柳生は白い翼の雨から雲雀を守るように傘を広げ彼女の前に立つ。

 

 

残念ながら、彼女の傘では白光の翼を防げるとは言い難い。防げたとしても、二発が限界だろう。

 

 

 

だが、半透明な障壁が翼の猛威から彼女たちを守った。

 

 

「おぉ、中々にヤバイな」

 

 

雲雀と柳生を庇うように結界を張った志藤は『神の器』の蹂躙に舌を巻く。余裕そうな表情に、壊れない結界に『神の器』は翼による広範囲の破壊を止め、一点に攻撃してきた。

 

 

「あーあ、狙ってきたか」

 

 

言葉の割にはニヤニヤと笑った志藤。彼は攻撃を続ける『神の器』に聞こえる声で問いかけた。

 

 

 

 

「さっきから僕なんかに構ってる暇あるの?あるんならいいけど」

 

 

ピタリと連撃が止まった。志藤の馬鹿にするような笑みと言葉を理解したのだろう、攻撃に使った翼を戻し、即座に周りを確認する。

 

 

 

結界内にいるのは三人、そしてビルなどの残骸に跳び移って回避していた二人だけ。

 

 

───六人いた、あと一人は何処だ?

 

 

ふと、自分の真上から影が射した。小さな人の形をした影が。思い切り、顔を持ち上げた『神の器』はハッキリと見た。

 

 

「───秘伝忍法」

 

 

二本の刀、銘を柳緑花紅(りょうりょくかこう)を振り抜いた忍の少女 飛鳥の姿を。

 

 

「《半蔵流(はんぞうりゅう)(みだ)()き》!!」

 

 

彼女の忍としての力は、志藤の援護により倍増し、『神の器』の外装を幾度となく切り裂いた。外装には傷がないが、肉体に行き届くダメージは増えていく。

 

 

【ァァァァ──────、】

 

 

追撃しようと振るわれた拳が止まる。そして身体から流れるビーッ!という機械音と共に『神の器』は光を消して項垂れた。

 

 

 

 

【………ksm装甲.tjtw損傷juvjg&m15%、】

 

 

ようやく、ソレは言葉を発した。

 

だが、多くの者には聞き取れず、理解できない言語……音声と言ってもいいだろう。

 

 

───数人だけ、それを理解した者たちがいる。

 

 

(………装甲、損傷?)

 

 

(15%、なるほど、あと少しと言うわけか)

 

 

飛鳥と、志藤。この二人はその音声の意図を読み解けた。何故この二人だけなのかは、本人たちも疑問に思わず、仲間たちに伝えようとする。

 

 

【────個体kskt行動、修正】

 

 

だが、彼女たちの動きを止めるように『神の器』は音声を紡いだ。少しずつ変化したようにも聞こえる、声を。

 

 

そして出てきたのは先程のような未知の音声ではなく、

 

 

【標的、殲滅、βモード、移項】

 

 

途切れてはいるが明確に意味が分かる言葉。

 

 

ガガガガガガガガガガガガガ!!!!と騒音が響き渡る。まるで、工場にある機械が作業をしているかのような音が。

 

 

それと共に胴体の下から禍々しい負の塊が溢れだす。液体のようにドロドロとした混沌は、徐々に形作り始め、金属の部位を生み出した。

 

 

脚と呼ぶべきには、少し不完全なもの。筒からはエネルギーを吹き出し、宙を浮遊する。

 

 

二本の腕がある肩の部位から、更に腕が出現する。最初にあった腕と同じような骨格と外装だが、腕の先にあるものは五本の指の繋がった手──ではなく、何もなかった。

 

 

ポッカリと腕の先に開いた穴、ロケット砲みたいなそれはガシャンッ!と動く。

 

 

 

最後に頭部、光のラインしかない顔がパックリと横に裂けた。

 

 

裂けたところの表面はデコボコだったが、ようやくそのデコボコが歯だということが発覚する。

 

 

そして、先程の姿から変化した『神の器』は口を大きく裂き、音声を張り上げた。

 

 

先程の無機質な咆哮とは明らかに根本的に違う………言うなれば、

 

 

 

 

 

莫大な殺意と敵意を上乗せした雄叫びを裂けた口から放ち、敵を殲滅せんと地上へと突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

───聖印街、その近くの廃虚。

 

 

激しくなっていく戦闘を目にしている人物がいた。黒一色の服装で、金色の髪をした青年。仲間たちを置いて、この街に来ていた青年は顔を歓喜に歪めた。

 

 

 

 

「…………素晴らしい」

 

 

遠くからだったが、『神の器』と呼ばれる存在の力を見ていて、とてつもなく歓喜していた。押されてはいるが、その力の全貌に気づいていたキラは思っていた。

 

 

──『神の器』であの力ならば、あの街にあるとさせる『聖杯』はどれ程の物なのだろうか。

 

 

 

「クフフ、ハッハハハハハハハハハ!!」

 

 

狂ったように笑うと、彼を包むように闇が顕現する。『Dark Matter』、自動で敵を殲滅する鎧は、周りを破壊する。刃を振るい、木を切り裂き、地面を削る。

 

 

そして、今もなお争いが起こる街へと目を向ける。──正確には街中にある巨大な穴に。

 

 

 

「『聖杯』は俺様の物だ!誰にも渡すものか!アレさえ手に入れれば、俺様の心が、渇望が、満たされるんだ!!

 

 

 

 

俺様が何を望んだのかが、分かるんだよッッ!!!」

 

 

キラには見えていない、その過程で何を失うのかを。キラには聞こえない、自分を止めようとする心の声を。そして、

 

 

 

 

 

 

 

キラは気付いていない、自分が望んだものが、既にあったこと。




この戦いは中心ではない、始まりだ。


これから始まる戦争の、序章になるものだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十五話 殲滅・烈光

今日から新元号、令和ですね!


皆さん、これからもこの小説をよろしくお願いします!


【シャァァァァァァァァァァァァッ!!!】

 

 

白い翼を回転させ、奇怪な円陣に戻した『神の器』は先程の姿にはなかった口を開き、高速の勢いで地上へと突っ込んだ。

 

 

狙いは結界の奥にいる柳生と雲雀。その二人を始末せんと結界を破ろうとする『神の器』を止めようと飛び掛かった斑鳩と葛城。

 

 

 

その二人はゆっくりと動く時間の中、確かに目にした。

 

 

 

 

二人へと目の代わりに光のラインを向けながら口先を歪め、笑っているかのように見える『神の器』。

 

 

 

 

そして、視界外から迫る四枚の刃。

 

 

 

空中で二人は身体を捻り、斑鳩は宝刀で、葛城は足甲で飛来した刃を弾いた。刃は回転しながら逸れて行き、そのまま『神の器』の腕────その小さな穴へと収納された。

 

 

 

先程の戦い方と違うと、全員が理解する。最初に彼女たちが戦った時は、機械のように優先する敵への攻撃を行っていたが、今の形態は違う。

 

 

普通に暴れ狂ってるように見えるが、他人の知覚を騙して仕掛けてくる。

 

 

 

【ギギ、ギギギギ!!】

 

 

 

地面付近へと降り立った『神の器』の行動は単純なものだった。四本の腕を地面へと突き刺しながら、彼女たちへと近づいていく。

 

 

見る人には虫のような動きで嫌悪感を抱かせるが、その動き方が何の意図なのかはすぐに感づいた。

 

 

 

「クソッ、近づけない!」

 

 

そう、乱雑に暴れるように動き回る為、動きが予想できない。だが、それが動く度に瓦礫が周りに飛び散るので回避に集中しなければならない。

 

 

 

「もう一度、隙を見て、攻撃しないと!」

 

 

このままではいけないと避けながら飛鳥は考える。まずは避けながら移動しようと距離を置こうとした。

 

 

──残念ながら、飛鳥は知らなかった。その行動こそが、アレの狙いだったのだ。

 

 

 

 

サクッときれいに切れた音がした。飛鳥はその音のした方に首を向ける。

 

 

胸と腹部の間、あばら骨がある部分。そこにあったのは白い槍。

 

 

 

顔をあげて槍の先を目で追いかけると、槍と同じ色のした細長いものが『神の器』の口から出ていた。ニヤリと裂いたデコボコの口から無機質な音声が漏れた。

 

 

 

【──標的、一人、弱体、排除】

 

 

勢いよく、槍が引き抜かれる。それに引っ張られ、飛鳥の身体は吹き飛ばされ、瓦礫へと叩きつけられる。地面へと落下した飛鳥は遅れて液体の感触を感じた。

 

 

 

「………う……ぁ」

 

 

口から赤いものが溢れるのを感じながらも、飛鳥はポッカリと身体に空いた穴を右手で押さえた。だが、彼女の手からドロドロとナニカ大切なものが垂れ落ちていく。

 

 

「──飛鳥ちゃん!!」

 

 

突然、身体が担ぎ上げられたのを感じる。飛鳥は顔を動かしてよく見ると、隣にいたのは結界内にいた雲雀だった。雲雀は飛鳥を抱えあげ、結界内へと連れてきたのだ。

 

 

 

【瀕死、重体、一人、排除、逃走、邪魔、拒絶、殲滅、殲滅、殲滅、殲滅、殲滅、殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅】

 

 

だが、それを許さない。『神の器』が狂ったように音声を再生し続け、彼女たちへと牙を向く。瀕死の飛鳥に止めを指すつもりか、もしくは飛鳥を助けようとするのを妨害するつもりかは知らないが、どちらであろうと一人を殺すのには変わらない。

 

 

「させませんっ!!」

 

 

「邪魔すんなよ!!」

 

 

前線で戦っていた二人が前に立ち塞がり、押さえ込んだ。金属の装甲を切り裂かれ、蹴り飛ばされた『神の器』は二人を見てはいない。裂けた口をより引き裂きながら、同じ言葉を繰り返す。

 

 

【殲滅、邪魔、殲滅、撃退、殲滅、排除、殲滅、殲滅、殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅殲滅sssssssssssssssssssss─────────!!!!】

 

 

ボゥン!!と円陣が爆裂する。十対の白い模様が徐々に伸びながら、乱雑にも周りの残骸を吹き飛ばし、破壊し続ける。

 

 

複数の紋様が結界へと傷をつけ、何度も破ろうと叩きつけてくる。

 

 

「柳生、奴を撹乱しに行け!あの二人が倒れると次の狙いは僕たちだ!」

 

 

「言われなくても分かってる!」

 

 

志藤の指示に答えると柳生は結界の外へと出ていった。そして仕込み銃を使い、二人を援護している。

 

 

 

「志藤さん、飛鳥ちゃんは!?」

 

 

「駄目だ!出血の量が多すぎる、血が足りない!」

 

 

 

落ち着いた様子を失い、戸惑いながらも志藤は自らの能力で血を止めようとする。傷口は少しずつ塞がっていくが、少しだけ───溢れだす赤い液体はどうしようもなかった。

 

 

 

「くそッ!なんでだよ!どうして、僕はこんなことも出来ないんだよ!」

 

 

「……………ぁ」

 

 

「死なせないぞ、君は僕の仲間の信頼する人だ。そんな君を死なせたら、アイツにどう顔を会わせればいいんだ!!」

 

 

自分を鼓舞するように志藤の言葉に薄れ始めた意識に一人の青年が思い出される。

 

 

(ユウヤ、……………くん)

 

 

口や素行が悪かった青年は、結局自分以外の誰かの為に動いていた。どれだけ自分が傷つこうと関係なく、ただ他人を守ろうとしてきた青年。

 

 

考えていく内に叫ぶような声が遠退いていき、意識が消えて───────、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間に合ったとは言えないな。だが、良くここまで頑張ってくれた」

 

 

 

 

 

飛鳥の耳に聞こえたのは、聞き覚えのある男性の声。途端、瀕死の状態の飛鳥を仄かな光が包んだ。少しずつ、飛鳥の意識が覚醒し始めると同時に傷が塞がり、そのまま消えてなくなった。

 

 

元の元気を取り戻した飛鳥は、起き上がった拍子に近くにいたその人物を目にした。

 

 

 

 

 

 

白みのある灰色に見える黒髪。藍色の瞳。ロングコート。そして、両腕が義手の男だった。飛鳥たちにはその人物は知っていた。

 

 

「詳しく説明したいが…………時間が無いみたいだな」

 

 

そう言った男は結界から出ていく。そして、今もなお暴れる『神の器』の前へと歩んでいく。

 

 

「………貴方は」

 

 

「………マジかよ」

 

 

「彼を助けるためには外装(アレ)を剥がせばいいんだな?」

 

 

ギョロリと光のラインがその人物を映す。非武装だと思い警戒をしていなかったが、その思考を一瞬で打ち消した。

 

 

【危険、個体、確認、重要、戦況、反転、排除、撃退、殲滅、排除、撃退………………】

 

 

目の前にいる男に対して、『神の器』は怯えていた。全神経が警報を出しているを理解する。だからこそ、答えが出た。

 

 

 

【─────────殲滅!!】

 

 

四本の豪腕を振るい、『神の器』は目の前の男への攻撃を行った。叩き潰すだけではなく、捻り、ちぎり、抉り、砕き、刻むために。

 

 

 

 

 

 

 

だが、男はどこにもいなかった。

 

 

一瞬で消えた男に全範囲への警戒を行う。そうしなければ捉えられないと思ったのだ。

 

 

 

そんな中、近くで声がする。そう、すぐ近くで。

 

 

 

 

 

「協力しよう、このオレでもそれが許されるのならば」

 

 

光の異能使い カイルはそう言うと、光の速度で『神の器』の目の前へと移動すると、勢い良く頭部を蹴り飛ばした。




カイル「待たせたな」


悪役だったカイルさん、満を持しての登場!


こんな登場の仕方はヤバすぎる……………ヤバすぎるだろ、オイ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十六話 輝光・混沌

カイルに殴られ、吹き飛んだ『神の器』は瓦礫の山を吹き飛ばし、カイルへと襲い掛かる。四本の豪腕を全力かつ、がむしゃらに男の命を刈り取らんと振り上げ、地面ごと叩きつけた。

 

 

一瞬で倒した、と勝ち誇った『神の器』は咆哮を轟かせた。今もなお結界内にいる少女たちへと顔を向け、静かな声が耳に届いた。

 

 

 

 

「──これで終わりなら、次はオレの番だ」

 

 

直後、天から無数の光が降り注いだ。周りを巻き込まないように、『神の器』だけを狙った攻撃。一瞬の隙も与えず、少女たちの攻撃に傷を受けなかった外装に損傷が増え始めた。

 

 

【グルォォォォォ、ギシャァァァァァァッッッ!!!】

 

 

背中にあった円陣が高速で回転し、『神の器』の真上へと展開される。巨大に広がった紋様に光の雨は遮られ、防がれた。

 

 

 

 

ッッドッ!!と爆音が戦場に炸裂する。その音の正体は、光の雨を放ち終えて、『神の器』を殴り飛ばした音だった。

 

 

空中で体勢を取り戻した『神の器』の肩にある円盤が回転する。それと同時に無数のミサイルが射出された。

 

 

 

「───輝ク鏡 ストラトス・イレーヴァ」

 

 

それだけ告げたカイルが残像のように消えた。そして、それに連なるように目では捉えられない程の速さで光がミサイルを貫き、爆煙を巻き起こした。

 

 

 

「──光ル剣 アメノ・ハバギリ」

 

 

そう呟いたカイルの右腕、義手が光り輝く。白い光が包むと思えば、そこにあったのは腕から伸びた光の刃だった。

 

 

カイルを消し去ろうと殺到する弾幕、捻り潰そうとする四本の豪腕を掻い潜り、カイルはすぐ目の前に近付く。反応ができない『神の器』、その肩へと光の刃を叩きつけるように斬りつけた。

 

 

 

ガッ、ギィィィィィィィィッッ!!!と光の刃が肩の駆動部に食い込み、火花を散らす。それからの行為を止めるように発せられた悲鳴にカイルは耳を貸さず、空気を斬るように刃を降り下ろした。

 

 

 

 

それだけの行動で、一つの肩に付いていた円盤と二本の腕が『神の器』から離れ、地面へと落下する。切断面から遅れるように赤黒い瘴気が溢れ出す。

 

 

 

【ギィィ、グガ、ガガガガガ───────ッ!!!】

 

 

 

咆哮、絶叫、ではない。それは明らかに声ですら無かった。完全な勝利ができなくなり、自我が崩壊寸前の怪物は、ただひたすら暴れまわるのを選んだ。

 

 

 

 

 

 

「………おい、なんだアイツは」

 

 

凄まじい戦闘の弊害により、壊れそうになる結界を修復しながら、呆然と目の前の状況に声を漏らしていた。

 

 

「確かに、私たちもあの人に倒されましたが」

 

 

「そうじゃない」

 

 

遮った志藤は自分の手を、いや指に嵌められたリングを見詰める。その後すぐさまカイルに目をやり、事実を話した。

 

 

「アイツ…………僕の援護術式の効果を受けていない」

 

 

「それなのに、『神の器』に傷を与えるどころか腕をぶった斬ったぞ……」

 

 

志藤の言いたいことは分かるだろう。志藤の術式を受けた彼女たちは『神の器』にダメージを与えるしか出来ずいたが、突然現れたカイルは『神の器』に対して余裕で戦えていた。

 

 

だが、傷が完治した飛鳥はある疑問があった。たった一つの、些細な疑問が。

 

 

「でも、何で私たちを助けたの?」

 

 

 

 

 

 

 

今の『神の器』には命令などどうでも良かった。巨大な穴に誰一人として通すな、と指示されたていたが、目の前の存在を前にして勝率は0.5%なのだ、負ける未来の方が当然だろう。

 

 

 

【勝算、確保、危険、状況、実行】

 

 

 

もう一度、右側の二本の腕を切断しようとしてくるカイルに突っ込む。驚きながらも光の刃を振りかぶるカイル、そして『神の器』はとある手段を実行に移した。

 

 

わざと自らの腕に光の刃を突き刺させたのだ。光の刃が腕を刺している間、カイルは動けない。勝利を確信して口を開き、エネルギーを収束させる。

 

 

 

 

そして、気付いた。自分の身体の動きが重くなっていることに、装甲が氷に包まれていくことに。

 

 

【────────疑問、不可、何故】

 

 

 

「逆に問おう。何故このオレが光以外の力を使えないと思った?」

 

 

煙が晴れて、その場にいたのは無傷のカイル。だが、彼が纏っていたのは光ではなく、氷だった。

 

 

カイルを中心に全てが凍り始め、白い雪が舞う。そして、カイルの周りに氷の槍が形成される。細く、鋭く、相手を串刺しにすることに特化した槍。

 

 

 

「終わりだ。───『光輝き穿つ氷結槍(フォトン・ゼロ・クレイシス)』」

 

 

無数に空を覆い尽くす氷槍が光の速度で地上に、『神の器』に照射された。凍った身体ではそれらを避けることは出来ず、無惨に串刺しにされた。

 

 

【損傷、…………0%、機能、停止、】

 

 

胴体を貫いた氷の槍を引き抜こうとした『神の器』はそれだけ発すると、光のラインが消える。腕も力なく垂れ下がり、地面に大の字に倒れ込む。

 

 

「……………倒したの?」

 

 

「今のところはな」

 

 

結界の中に入ってきたカイルは静かに肩を竦める。全員が警戒する中、カイルはとある方向に指を()した。

 

 

「外装は剥がした、問題はアレだ」

 

 

彼が()しているアレとは、完全に動かなくなった『神の器』、その胸部だった。装甲が剥がれた場所には心臓とは言いがたい、真っ黒な球体が鼓動を打っていた。

 

 

「アレは濃厚なケイオス・ブラッドで構成されてる。戻れる確信はないが……………止める必要はないようだな」

 

 

それに歩み寄ったのは飛鳥だった。彼女はゆっくりとその球体に恐る恐ると触れた─────直後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───一つの人生が脳裏に流れ込んできた。

 

 

一人の青年の生きた、歩いた道が。

 

 

『……まだ、俺は貴方に』

 

 

『ここでお別れだ。私の可愛い弟子よ』

 

 

大切な人が目の前で笑って消えていった。

 

 

『これが君の夢なのかなぁ?だとしたら滑稽だねぇ!!』

 

 

悪意の塊のような存在にそう罵られても、あがき続けた。

 

 

『……お前には分からないだろうな、他人の気持ちが』

 

 

そして、仲間だった者はそう告げて、自ら自分の前から去っていった。

 

 

 

 

『…………あぁ』

 

 

それらの光景、地獄の前で膝をついた青年は笑った。涙を流しながら、静かに笑っていた。

 

 

ようやく、理解したように彼は自身の結末を宣言した。

 

 

『俺は、幸せになってはいけないんだ』

 

 

例え、どれだけ努力しても足りない。あの地獄を生き延びてしまった以上、運命は自分を許さないだろう。

 

 

だからこそ、傷つくのは自分だけでいい。仲間も守るべき人もいらない。そして、あの『統括者』が自分を利用してる気ならばそれでいい、奴がこの地に『アレ』を降ろそうと、自分が全てを破壊すればいい。

 

 

 

皆が笑って生きれる世界を失わせる訳にはいかない。幸せになっていいのは彼ら、決してこんな力を継承した自分ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ここは」

 

 

飛鳥はその光景に息を飲んだ。知っていた、この場所を見たことが、体験したことがあったからだ。

 

 

人為的な大災害に巻き込まれたユウヤの故郷 聖印街。少し歩いた先で、飛鳥はようやく見つけた。

 

 

「ユウヤ………くん」

 

 

 

「…………飛鳥、何しに来た」

 

 

 

闇のように黒い瘴気の奥に座っていたユウヤがいた。混沌の渦巻く空間で彼はそれを拒絶していない、それどころか諦めているように見えた。

 

 

今の彼には届かない、そう知っていた。だが、いやだからこそ、飛鳥は彼の前に手を差し伸べた。

 

 

 

「────戻ろう、皆の所に」




自分から他人を遠ざけるために敵意を向けられるような態度を取り続けた青年。彼は最後まで救いを求めてはいなかった。

だが、少女は違かった。青年を救おうと手を差し伸べる。


───そして、縛り続けた(くびき)が外れる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十七話 自己犠牲・再起

ヤベェ、上手く書けた自信がねぇよ………。



批判されないかな、心配だなぁ。(;゚Д゚)


あとついでにですが、アンケートを作りました。皆さんの意見を教えてください。


「戻ろう、だと…………俺に?」

 

 

差し伸べられた手にユウヤは彼女の顔を見て沈黙する。前髪で隠れたせいで表情が見えないが、諦めたような顔をしているのが声と態度で伺える。

 

 

「馬鹿言うんじゃねぇよ、お前は俺が言ったことを忘れたのか」

 

 

吐き捨てるように告げた言葉。それはただ飛鳥を諦めさせる為のものだった。だが、飛鳥は既に気付いていた。

 

 

 

 

「知ってるよ…………嘘だってことくらい」

 

 

「…………マジか、こっちは必死だったてのに」

 

 

ユウヤは苦笑いを見せるが、どう考えても嘘だと気付けてしまう。あんなに仲間だとか言って楽しそうだったのに、実は嫌いだったと言われても説得力が無さすぎる。

 

 

「あーぁ、やっぱ俺には嘘はつけねぇな。こんなに簡単にバレるんだから」

 

 

「…………」

 

 

「だが、それが嘘だと知ったからって…………俺がお前らのところには戻るつもりはない」

 

 

その言葉を聞いた飛鳥は先程見聞きしたものを思い出した。ここに来る前に流れ込んできた情報を。

 

 

苦渋の果てに、ユウヤが決断した事を。

 

 

「……………死ぬつもりなの?」

 

 

「あぁ、そうだ」

 

 

否定して欲しかった事を、即答して答えた。静かに瞳を伏せながら、ユウヤは立ち上がった。近くにある瓦礫に歩み寄り、破片を握りながら、彼は飛鳥へと声をかけた。

 

 

「聖杯、あれは希望なんかじゃなかった………絶望だよ。あれの中には、俺が見捨てた人たちがいる。これ以上、誰も苦しませる訳には!」

 

 

「……………違う、それでも」

 

 

「お前も見たんだろ、この地獄を。それなら分かるだろ?」

 

 

あたかも当然だろうと促すユウヤ。彼にとってこの地獄は自分を繋ぎ止める杭の役割を持ったものだった。

 

 

「あの日、あの時間…………俺は生き残った、いや生き残ってしまった」

 

 

強かった、だから嬉しかった。

 

 

かっこ良かった、だから憧れていた。

 

 

そして、優しかった───だから父のようになりたかったのだ。

 

 

『………とぉ、さま?』

 

 

そんな父は自分を守り、崩れ落ちた建物の倒壊に巻き込まれた。瓦礫の隙間からはみ出た腕。がっしりとして、そして優しく包んでくれたその腕は冷たく動かなかった。

 

 

足元に池があった。赤い池、この地獄を映したように赤いそれは…………血で出来ていた。その血が流れているのは、冷たくなった腕の先────、

 

 

その瞬間、ようやく理解した。

 

あぁ、死んだ。俺の大切な人も、そして『俺の心』も。

 

 

 

 

──だが、肉体は死ななかった。助けられたから、後少しで死ねたのに…………そう思っても何も変わらない。

 

 

自嘲するような笑いが漏れた。今覚えば、何故自分だけ生きれたのか、可笑しくて笑いが止まらなかった。

 

 

「顔を知らない誰かの為に、俺は戦い続けた。それが俺が生き延びた理由だ……………俺は誰かの為に、傷ついて、戦って、消えるべきなんだよ」

 

 

生きてしまった分だけ、死んでしまった人への報いの為に、今生きる人を死なせないように自分だけを犠牲にする。

 

 

──まさに、自己犠牲。ただのではない、正真正銘自分を犠牲にしてきたのだから。

 

 

 

そうして、決定した現実を吐き捨てる。それが正しいのだ、それが一番だと、自分の意見などを何も言わずに、彼は多くの者が救われる道を選んでいた。

 

 

その過程で、自分がどれだけの救済の代償を受けるかを知っていながら。

 

 

そう思っていたユウヤはフッと鼻で笑う。目の前の少女にではなく、自分に向けて。

 

 

───こうすればいい、これが一番なんだ。

 

 

そう思っていた、そう判断していた彼の耳に入ったのは一つの音だった。災害に起こされた破壊音などかき消して、それは彼の鼓膜を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

パンっ! という音が。

 

 

「っ………………?」

 

 

ユウヤがすぐに感じたのは痛みだった。ヒリヒリと頬を突き刺すような痛みに彼は眉をしかめる。

 

 

そして、ようやく気付いた。

 

 

飛鳥が自分の頬に平手打ちをしたということに。

 

 

「…………そんなこと、言わないでよ」

 

 

 

 

 

「自分だけが傷つくだけでいいなんて、そんなこと言わないでよ!ユウヤくんが苦しんで、悲しむ人だっているんだよ!」

 

 

 

「───じゃあ!一体、どうすればいいんだよ!!」

 

 

今まで溜め込んできた激情が、彼女の前に噴き出した。ずっと彼が押さえ込んできたものが、たった今飛鳥の言葉が起爆剤となり、大きな感情の爆発を起こしたのだ。

 

 

「あぁ、そうさ!最初から気付いてたよ、こんな事しても意味がないって、それぐらい分かってたさ!」

 

 

不良のような態度や仕草をして、残酷なことを口にしたりしてたのも、全て他人を遠ざけるためのものだった。

 

 

 

「ずっと自分を偽って、誰かの為に進み続けたその結果!………………本来の自分が何をしたいのか、分からなくなった!!───誰だよ、悲しむ人って、こんな俺のことを、涙流して悲しんでくれる奴がいるのかよ!?」

 

 

他人を助けるために戦う者は多くの者から称賛を受ける、そして英雄と呼ばれるようになっていく。だが、自分のやりたい事を少しずつ失っていったりもする。

 

 

その結果、本当の自分すら分からなくなってしまった者はどうなるだろう?

 

 

……どうにもなる訳がない、そう確信していた。当然だろう、自分を知ってるのは自分自身だ。それを忘れてしまえば、他人にはどうすることも出来ない。

 

 

滑稽(こっけい)だろうよ、自分のことも理解できない人間が、会ったばかりの誰かを助けたいだの、守りたいだの、自分が傷つくならそれでいいって、豪語しやがる!」

 

 

そうしてきた結果、それがこれだった。

 

 

「そんな奴に何も変えられはしない、……無力なんだよ、俺は」

 

 

例えどれだけ強い力を持っていても、それを扱う人間に何もなければ意味をなさない。いや、力を持たない者の方がまだマシだろう、力がない分努力するのだから。

 

 

傭兵、異能使いなど、所詮名だけ。その正体は自己犠牲しか出来ない人間。それが、彼が語る天星ユウヤだった。

 

 

 

 

 

「確かに、ユウヤくんはそういう人かもしれない。皆がユウヤくんの言ったように言ったりするかもしれない」

 

 

「………………そうだ、だから」

 

 

「なら私たちが違うって否定する!」

 

 

今度こそ、ユウヤは呆気に取られたように声が出なかった。

 

 

「誰よりも心優しい人だってことを、誰よりも人を思いやれる人だってことを、誰よりも他人が傷つくのを怖がる、泣いたり笑ったりすることのできる…………私たちの仲間だって、否定して見せる!」

 

 

 

「…………………どうして」

 

 

分からなかった、理解ができなかった、何故そこまで自分を助けようとするのか、誰にも許されてはいけない、何かもが分からない、そんな自分にどうして、と彼は呻く。

 

 

「そんなの決まってるよ」

 

 

「──────ッ」

 

 

「私が、皆が、ユウヤくんのことが大好きだから」

 

 

傭兵としてでもあり、たった一人しか存在しない 天星ユウヤとして。力が抜けたように膝をついた彼の両頬に手に添え、彼女は笑顔を向けた。

 

 

 

眩しい輝きをもった笑顔、そして心優しい言葉、それを目に、耳にしたユウヤは心の傷が癒えてゆくのを感じる。

 

 

 

 

 

「───────あぁ、」

 

 

 

 

そうか、と彼はようやく答えを得た。あの地獄で死んだ者たちが自分を縛っていた訳ではない、ユウヤという青年を縛っていたのは自分自身だったのだ。

 

 

生き延びた自分が多くを救わなければいけない、という風に自身の心に軛をかけ続けてきたのだ。

 

 

 

 

「…………間違ってたのか、俺は」

 

 

───自分は救われてはいけない。

 

 

それは誰が決めた?

 

 

───誰かの為に戦わなければいけない。

 

 

その為には何もかもを捨てなければならないのか?

 

 

───本来の自分が分からない、どうすればいいか分からない。それでもか?

 

 

 

 

……簡単だ。時間をかけて、探せばいい、見つければいい。早く見つける必要はない、自分が分からなかったとしても支えてくれる大切な仲間がいるのだから。

 

 

「でもユウヤくん、自分のことを大事にして…………あっ、」

 

 

注意しようとした飛鳥は途中で自分の言ったことに気付いて顔を羞恥の赤色に染める。恥ずかしがり顔を両手で覆い悶絶する飛鳥を他所に、ユウヤは飛鳥に言われたことを徐々に理解していた。

 

 

諦めなかった一人の少女により、ユウヤは救われていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、この場所にそれを許さない存在がいた。

 

 

突如、ユウヤを包んでいた闇の瘴気が動いたのだ。靄の姿を変え、自分たちの邪魔をした飛鳥を殺そうと武器へと変化して襲い掛かる。

 

 

 

直後、瘴気が凄まじい電撃を浴びせられた。瘴気たちは甲高い絶叫をあげ、抵抗する暇もなく青く光る電気に一つも残らず焼かれた。

 

 

膝をついた飛鳥の前に立っていたのは、ユウヤ。彼は飛鳥に背中を向けた状態で体から電気を発生させ、彼女を襲おうとした瘴気を浄化したのだ。

 

 

「………ありがとう、飛鳥」

 

 

振り返らずに、告げられた言葉に迷いはなかった。透き通るような綺麗な声音で告げた

 

 

 

「俺は、救われたよ」

 

 

白い奔流が世界を包み込んだ。阿鼻叫喚の地獄を元にした世界は真っ白に染まり、消失する。

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が戻り、黒い球体に触れていた手がバチィッ!と弾かれた。勢いのままに、吹き飛んだ飛鳥は地面へと倒れ込んだ。

 

 

「飛鳥さんっ!」

 

 

結界の中から心配そうな顔で彼女たちが駆け寄ってきた。飛鳥も起き上がり、心配ないと返そうとしたが、

 

 

【─────────ッ!!!!】

 

 

 

黒い球体が唸る。声が出せないそれは空間を震わせ、絶叫のように響かせていた。暴走するようにその球体が膨らんだり、縮んだり、大きくなったり、小さくなったりと姿を変化させる。

 

 

一連の動きが止まった途端にピシッ、と割れ目が入る。割れ目から漏れた光が周りを照らす。それと同時に動かなかった『神の器』に変化が起きた。

 

 

黒い装甲が砂のようにサラサラと崩れ始めたのだ。あれほど凄まじい威圧感を放った神々の兵器は何千年も過ぎた建造物のように消え去ろうとする。

 

 

 

パァァァンッ!

 

 

黒い球体が完全に砕け散り、ガラスが割れるような音が周りに響き渡る。そして、『神の器』は真っ黒な砂、正確には砂鉄へと戻り、地面へと落下した。

 

 

 

「おう、少しやりすぎだろ。俺」

 

 

煙が周りを漂う中、一つの人影と聞き覚えがある声がした。白い煙から出てきた青年は体についた砂鉄を払うと、飛鳥と駆け寄ってきた彼女たちの前に立った。

 

 

 

 

「…………ごめんな、色々と迷惑をかけた」

 

 

今の彼を縛るものは何もなくなり、憑き物が落ちたように彼は彼女たちの前で見せることのなかった笑顔を浮かべた。

 

 

「そして、遅くなったが…………ただいま」

 

 

傭兵としてではなく、過去と使命に縛られた人間としてではなく、たった一人の青年として、天星ユウヤは信頼する仲間である彼女たちにそう言った。




ユウヤさんは優しすぎる人なんだよなぁ、自己犠牲って自分で卑下するくらいには。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十八話 戦いの始まり 前編

アンケートはこの章が終わるまでやるつもりです。


『神の器』との戦いが終わり、元の状態に戻ったユウヤはとある行動を取っていた。そう、社会人がしたりする一つの行為を。

 

 

 

 

 

 

 

「────────すいませんでしたッ!!!」

 

 

見る人が見れば綺麗、上手だと褒め称えたくなる程の土下座を飛鳥たちにしていた。

 

まぁ、彼からしたら色々と迷惑をかけたのでそうするのも理解は出来なくはない。

 

 

「ちょっと!落ち着いてよ………」

 

 

「彼女の言う通りだ、今はそうしているべきじゃない」

 

 

「いやそういう訳には………………………………ん?」

 

 

自分の行為を咎めた声にユウヤはキョトンとする。その声が聞いたことがあるだけではなく、声の主の姿を見たことがあったのだから。

 

 

 

「────ッ、カイル!!」

 

 

すぐさまユウヤは構える。目の前の男がかつて死闘を繰り広げた相手なのだから、当然な行動だろう。

 

 

 

「まって!違うよ、ユウヤくん!」

 

 

「…………なに?」

 

 

飛鳥からの説明を受けてユウヤはカイルを睨む。カイル本人も肩をすくめている。ユウヤ自身、自分と飛鳥たちを助けたことに感謝はしていたが、明らかに警戒をしていた。

 

 

だが、そんな中カイルは首を動かす。周りを見渡し、静かに目を細めていた。

 

 

 

「…………………………どうやら黒幕のご登場らしい」

 

 

 

突如、地面が激しく揺れた。大地震と捉えてもおかしくない位の振動が響き、そして収まった。突然の出来事に混乱していたが、すぐに驚くべきことが起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、ここまでやるとは思わなかった」

 

 

心からの驚愕の声が聞こえる。巨大な穴を漂う神秘的な祭壇、その中央の玉座から。

 

 

「器を奪われるとは、どうやら我も慢心していたようだ。反省せねばな」

 

 

 

「ゼールス!!」

 

 

かつて自分たちと戦った存在は玉座に居座り、静かに笑い声を響かせる。よく見ると喪失していた筈の左腕が醜い肉塊のようなものになっていた。

 

 

ニヤニヤと含んだ笑いをしていた統括者の視線が止まる。ユウヤたちの隣にいるカイルを指差し、左腕を擦りながら告げた。

 

 

「…………そこの光使い。あの時といい、我の邪魔しかしないな、貴様は」

 

 

 

「彼らを死なせるわけにはいかなかったからな、オレの間違いに巻き込んでしまった彼らを」

 

 

 

自分から話しかけた割には興味を失った風に見下ろす。それにすら飽きたのか、統括者は玉座に掛けたあった棒を取り出す。

 

 

 

 

「さて、役者が集まってきたところで………そろそろ最期の仕上げだ」

 

 

いや、棒ではない。深紅の石を嵌め、細く延びたそれは杖でもあり、剣でもあると言えるだろう。統括者はその棒の真ん中を掴み、空へと掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

────巨大な穴からゆっくりとそれは姿を見せた。

 

 

 

 

人工物とは言い難い、神秘さを持った五本の柱。中心には、翡翠の結晶が取り付けられてあり、漂うように浮遊していた。

 

 

そして、その柱に囲まれているもの。統括者の言葉通りなら、それが聖杯であるのは確かだった。

 

 

 

それが杯とはお世辞でも言えないだろう。そもそも、そんな形ではないのだから。

 

 

 

多くの物質で固めたようなそれは脈動する。生まれる寸前の卵のように。ビシ、ビシビシビシィ!と音を響かせ割れ始める。

 

 

 

宙に浮遊し始める祭壇の玉座に脚を掛け、興奮しきったように統括者は杖から手を離す。両腕を広げ、望んでいたものを前にしたような歓喜の色を浮かべる。

 

 

 

そして、高らかと叫んだ。

 

 

 

 

「目覚めるがいい、我らが偽りの神『聖杯』よ!!貴方が望んだ、多くのエネルギーを糧として!!!」

 

 

直後、それが音を響かせて、殻を砕かせた。

 

 

 

ーーーー矛盾が起こっていた。

 

 

光と闇。

 

 

神と悪魔。

 

 

秩序と混沌

 

 

破壊と再生。

 

 

絶望と希望。

 

 

 

混沌渦巻く球はそれらの多くの矛盾が存在を(かたど)っていた。無数の黒い闇と光が翼を構成し、世界を包んだ。

 

 

 

真っ黒に変えられた空は無色の布のような翼が蠢くと同時に、鮮血の如くの赤へと塗り替えられる。

 

 

球体の形を作る混沌を中心に、文字と紋様の浮かんだ白が回転する。複数に、何重に上書きされたものが展開される。

 

 

 

 

 

「あれが………………聖杯」

 

 

話に聞いていたそれを目の当たりにしたユウヤ。彼だけではない、少女たちは自分の身体の芯が震えるのを感じていた。

 

 

それに戦慄していたユウヤは微かな音を耳にした。周囲を見渡し…………理解した。

 

 

 

【ギィィ、ギィィィ】

 

 

「──妖魔!?」

 

 

 

聖杯が出てきた穴から這いずるように湧き出てくる妖魔の群れ。様々な姿をする異形たちは奇声をあげて、彼らに牙を剥いた。

 

 

 

 

 

直後、その妖魔たちは光輝く白によって薙ぎ払われた。何が起こったかも分からずに、妖魔たちは浄化されていく。

 

 

「……なるほど、未完成の聖杯から作り出されたのか」

 

 

純白の光を帯びた義手の腕を無造作に振るい、瞬時に妖魔を殲滅したカイルが冷静に周囲を観察する。もう一つの義手で街中に上がる光の柱を指し示し、説明をする。

 

 

 

「五本の柱があっただろう。それが聖杯を起動させているエネルギー源だ」

 

 

 

聖杯が出現してから、その中にある膨大なエネルギーが増え続けている。そして、そのエネルギーが送られているのが街の至るところに散らばった五本の柱だとカイルは推測する。

 

 

近くの妖魔に電撃を放つユウヤはその考えに気付き肯定する。同じように戦う飛鳥たちに声をかける。

 

 

「………聞いたな、飛鳥たちは柱の破壊を頼む。そうすれば、聖杯も動かなって妖魔たちも」

 

 

「ユウヤくんは?」

 

 

両腕に黒鉄の手甲を纏い、ユウヤは腕を動かす。掌に拳を叩きつけ、聞いてきた飛鳥に答える。

 

 

 

「少し借りを返さなきゃなんねぇ奴が居るんでな」

 

 

その言葉は天空の聖杯に付き従うように浮遊する神代の祭壇へと向けられていた。正確には、その祭壇の主たる怪物に。

 

 

皆が動こうとする途中、飛鳥がユウヤに振り返った。心から心配していた飛鳥は彼女たちの意見を代表するように口を開く。

 

 

「……無茶しないでね」

 

 

「────お互い様だろ」

 

 

ふっと笑い、空を覆い尽くそうとする聖杯を睨む。自分はこんな所で倒れるつもりも、死ぬつもりもない。迷惑をかけた分、彼女たちに精一杯謝り倒すつもりなのだから。そして、許されるのなら──────、

 

 

 

それ以上の考えを止め、ユウヤは駆け出した。天上の祭壇に君臨する存在の野望を止めるために。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最も聖杯に近い場所、祭壇に居座る統括者は杖の形をした剣を空気を切り裂くように振るう。天上に君臨する、求めていた筈のそれを忌々しそうに睨みながら。

 

 

 

「…………これだけの生命エネルギーでも完全に至らんのか」

 

 

まぁいい、と素っ気ない態度をとる。そして、ゼールスの瞳が地上を映す。良いことを思いついた子供のような無邪気な笑みを浮かべ、残酷な言葉を紡いだ。

 

 

 

 

「足りないエネルギーは補給するとしよう、人間というエネルギーでな」

 

 

カツン、カツンとリズムよく床を叩く。杖の先に埋め込まれた深紅の石が怪しく光る────地上の妖魔たちに連動するように。

 

 

「───妖魔ども、人間どもを駆逐しその血を流せ。もしくは聖杯を守護しろ。これは統括者の命令である」

 

 

それだけを言うと深紅の石は元の色に戻り、静まり返る。玉座に我が物顔で腰を掛けるゼールスは上空の聖杯を見上げる。

 

 

 

 

 

統括者の目の先で、聖杯に五つの光が浮かび上がる。

 

 

一つずつがそれぞれ違う、別々のマークを示した光は聖杯から離れると、五本の柱のある方にへと飛んでいった。

 

 

ゼールスは気にした様子ではなく────いや少しばかり嬉しそうに笑う。右手で杖を弄りながら、待っていたように呟いた。

 

 

「来たか、我が同胞たち…………聖杯の守護者、五君帝(フルガール)よ」








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十九話 戦いの始まり 中編

この戦いが激化していく話です。



斑鳩は走っていた。この街に出現した聖杯、それを囲むように設置されている柱を破壊するために。

 

 

だが少しおかしいと思ったのか周囲を見渡した斑鳩は静かに呟く。

 

 

 

「────少ない」

 

 

いや、たくさん出現していた筈の妖魔が一匹たりともいなかった。その事実は素直に安心するべきなのだが、斑鳩は安心できなかった。

 

 

ユウヤと飛鳥たちと別れた直後は何体もの妖魔が襲ってきたというのに、この静けさは場所が変わったように感じさせた。

 

 

 

彼女が知らなかったその理由は一つだけある。

 

 

 

妖魔たちが恐れる存在が彼女の目的の場所にいたのだ。気付いた斑鳩は歩みを止める。柱の前に着いたからではない、その柱の前に佇む存在を目にしたから。

 

 

 

「……………貴方は」

 

 

「見たところ、貴公も其と同じ剣士と見える」

 

 

斑鳩の前に立つ全身甲冑の男。一本の刀剣を背中の鞘に仕舞い込み、腕を組んでその場に仁王立ちしていた。

 

 

 

「貴公は、この戦乱の元凶を止めるために来たのであろう」

 

 

「ならば引いてください。あれを止めないと多くの人が」

 

 

 

 

 

「──────笑止(しょうし)

 

 

甲冑の男はそう告げる。兜の隙間から漏れる光が薄い色に輝く。呆然とする斑鳩に甲冑の男は腕を組んだ状態で静かに、そして強い言葉を言い放った。

 

 

 

「其は聖杯より使われた守護者 五君帝(フルガール)の一人、スロウ。聖杯を守るのが其の使命である…………………………………それに、」

 

 

背中の刀剣の柄がガシリッと握られる。鞘から引き抜かれたのは、精錬された強靭な剣。スロウは視線を反らす────斑鳩から彼女の腰に差してある愛刀に。

 

 

 

「貴公も武人ならば、どうすればいいかは分かるであろう」

 

 

 

鋭利な剣先を向けられた斑鳩は愛刀 飛燕を構える。刀身を向けられたスロウは、ほぅ……と興味を示す。

 

 

赤黒く染まった空を刀身が映す。その刀剣の柄に片方の手を添え、深く腰を落とす。

 

 

両手で掴み直した剣を腰に差すように、剣先を地面に押し付け、

 

 

 

「───────いざ、勝負ッ!!!」

 

 

腰を深く落としたスロウは直後に疾走する。反応に遅れた斑鳩も飛燕を握る。迫り来る強靭な刃を切り払い、この戦いを終わらせるために。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

同時刻、葛城も斑鳩と同じように柱に辿り着いていた。だが破壊するどころか、動かなかった。いや、動けなかったのだ。

 

 

 

 

 

「よぉ、待ってたぜ。暇だったがなぁ」

 

 

現れたのは男。ボサボサとした白い長髪、濁った瞳、牙のような歯を持つ男。だが、他にある特徴が男を異常足らしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

身体を包み込む程の黒い翼、漆黒に偏食した剛腕、腰から延びた棘の多い尻尾、これらの特徴が。

 

 

男はにやけながら、首を鳴らす。ゴギゴギ、ゴキと。上と下の牙を噛みながら、余裕そうに立ち上がる。

 

 

「───アンタは?」

 

 

「ファフニール、聖杯の守護者 五君帝(フルガール)の一人だ。まぁ、んなことはどうでもいいんだがなぁ」

 

 

自己紹介をしたファフニールは腕を広げる。胴体に浮かび上がった薄い光の紋様を輝かせ、鋭い牙を見せるように笑っていた。

 

 

 

 

 

「折角復活したってのに、カスどもの相手で退屈してんだ………………ほんとに弱くてよぉ」

 

 

 

ファフニールの周囲にあるのは沢山の死体と肉片。人の身体の部位もあったが、獣の牙や脚もあったことから葛城はそれらが妖魔だったものだと理解する。

 

 

死体からして、妖魔の数は数十を超える数だった。それらを倒したファフニールはつまらなさそうに嘆息している。

 

 

 

自分よりも強い。そう確信した葛城は体が震えているのを感じる。それが恐怖などではなく、武者震いによるものだと葛城は考えた。

 

 

 

「へぇ、じゃあアタイとやり合おうぜ。そうすれば退屈しなくなるかもな……………退屈なんだろ?」

 

 

「───クハハハ」

 

葛城の挑発にファフニールは静かに笑う。怒っている訳でも不愉快な訳でもなく、純粋に笑っていた。そして、笑いながら言葉を紡いでいく。

 

 

 

「いいぜ、いいぜ、そういうのよぉ!大抵の奴らは俺に恐れて戦おうとすらしねぇ!だがテメェは違う、俺の言いたいことがよぉーく分かってる奴だッ!!」

 

 

 

────戦闘狂。それも芯からのだ。

 

 

苛烈な戦いを好き好む者の呼称に葛城は複雑な感じだった。かつての自分も似たようなものだったから。

 

 

 

そんな事お構い無しと言わんばかりにファフニールは地面を砕くように踏みつける。奥歯を噛み締め、口を歪めると音速の勢いで飛びかかった。

 

 

「実力行使の勝負だぁ、簡単にやられてくれんなよォ!!?」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「くっ、はぁ!!」

 

 

宙に吹き飛ばされた柳生は勢いに任せて体を捻る。握る傘の先を自分の出てきた砂煙へと向ける。傘に仕込まれた銃が何発もの弾丸を砂煙の中に放つ。

 

 

だが、砂煙からは音が返ってこない。その現実に柳生は再度狙撃する為に距離を置こうとして、声に遮られた。

 

 

 

 

『──────これを何と呼ぶべきか、知っているか』

 

 

 

実体も形も無い個体は物質の動く音で音声を構成する。いや、本当は喋っているのかもしれない。だが、無数の物質の集合体であるそれは、関係ないと言葉を紡いでいく。

 

 

 

『無駄、無謀、無意味。これだけではなく多くの言葉が該当する』

 

 

 

『生憎、私は同胞のように油断はしない。五君帝(フルガール)の一体 黙示録(アポカリプス)を前にして、柱の破壊は僅かな確率でしか、成功しない。それが私が指定する事実なのだ』

 

 

淡々と現実を告げる個体は人の形をしていない。世界に張り巡らされたインターネットに存在する情報の集合体と称せることができるソレはノイズで包まれた体を動かす。

 

 

 

『────だが、興味深い事例が一つある。こんな状況で君は諦めようとしていない』

 

 

実像の見えないソレは嗤う。ノイズの集合体がその姿を変化させ始める。ノイズと雑音が物凄い高さで周りに反響する。

 

 

 

ノイズが晴れた場所にあったのは、複数の重火器を搭載した砲身の長い武装兵器。

 

 

 

 

周囲を焼き尽くしかねない火力のエネルギーが砲頭に蓄積させられる。大砲が射程を柳生へと向け、興味を抱いた嬉しそうな声を発した。

 

 

 

『どれ程の事をすれば、君が折れるのか────確かめたくなった』

 

 

傘を掴む手に力を入れる。直後、火花と轟音が周囲を包み込んだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

柱を破壊する為に雲雀は巨大な迷宮に入り込んだ。そもそも、何でこんな所に迷宮があるのかと思ったが、そんなことを思い悩んでる暇ではなかった。

 

 

迷宮に入って道を進み続けた雲雀だったが、幾度も進んでも出口が見つからなかった。

 

 

 

 

疲れたのか、空を隠すほどの高さの壁にもたれ掛かる。どれだけ歩いたのか分からなくなり、少しずつ不安が心を支配していく。

 

 

 

 

「………でも、ひばりは引き返す訳にはいかないよ。ひばりだって戦えるから」

 

 

決意を、覚悟を決める。足手まといにならない為にも、自分でも誰かを守る為に、雲雀は歩み始めた。

 

 

 

直後の出来事だった。

 

 

 

 

「やぁ、見知った顔だと思ったら君だったか」

 

 

「───ッ、誰!?」

 

 

迷路の奥から足音と共に声がする。足音に比例し声も大きくなっていることに気付いた雲雀は身構えていた。だがすぐに警戒を解いた。

 

 

「志藤さん!!」

 

 

 

「出口を聞こうとか、そういうのは止めてくれよ。僕も現在迷子なんだから…………迷子なんだからッ!!」

 

 

恥じらいもせず、俗に言うどや顔を見せて堂々と宣言する志藤。頼れるのか分からない人物に雲雀は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………はぁ、憂鬱だわ」

 

 

欠伸を漏らしながら、四体目の五君帝(フルガール) パンドラはつまらなさそうに呟く。自分の掌サイズの箱を優しく抱き抱えながら、彼女は思考する。

 

 

(私は同胞たちとは違うわ。面と向かって戦う理由なんてないじゃない……………迷宮から出られたら考えなくもないけど)

 

 

自身の潤しい髪を撫で、パンドラは笑う。愚かしいと見下ろした嘲弄の笑みを浮かべ、質素な箱を開けるか、開けないか、片手で弄っていた。

 

 

「まぁ、無理でしょうね。迷宮を突破する事なんて出来ないの。仕組みに気付かなければね」

 

 

◇◆◇

 

 

飛鳥は対峙していた。

 

 

五体の怪物────その最後の一体と。

 

 

どす黒い邪悪に染まったオーラを解き放つ、目の前の存在に。

 

 

 

口を閉ざし続けていた存在はようやく言葉を紡いだ。ゆっくりと歩み、身に纏った金属類の音を鳴らしながら。

 

 

 

「───五つの柱が杯を支え、眷属が死と命で満たす」

 

 

 

王様の風格と騎士の姿をした男。

 

 

 

「幾千万の血と肉、魂を媒体として………偽りの神は降り立つ」

 

 

 

軽めの鎧を着込み、紫色の閃光を灯す長剣と身の丈以上の大盾を持った男がいた。

 

 

後方で浮遊する柱を守護するように。

 

 

顔を隠していたバイザーを持ち上げた騎士の顔が露になる。濁った瞳。黒と白の絵の具をグチャグチャにかき混ぜたような眼に飛鳥を映した騎士は静かに告げる。

 

 

「世界の歪みを正す──────その邪魔はさせない」

 

 

 

 

「…………その為に、沢山の人を傷つけるの?」

 

 

 

「それで世界が救われるのなら」

 

 

即答だった。迷う必要もないと、騎士は断言した。この世界が進み続ける為ならば、どれだけの命を犠牲にすることも許容するという決意が感じられる。

 

 

小を救い、大を救う。

 

 

この騎士の行いを例えるなら、その言葉が相応しい。数多くの人間が許容してきたそれをこの騎士は信条としていた。正しいだろう、その選択は間違いとは言えないし、明らかに正しいだろう。

 

 

 

だからと言って、彼女はその事実を認める訳にはいかなかった。認めてしまえば、全てが終わる。

 

 

終わりゆく世界を救ったとしても、そこで人々が笑えなかったら、本末転倒だから。

 

 

 

飛鳥の思いを理解したのか、騎士は嘆息する。言っても聞かない子供を前にした大人のように、呆れた様子だった。だが、それはすぐに純粋な敵意へと変わる。

 

 

 

「受け入れないか………………理解はしている。簡単に理解できるのなら、世界に争いは消えているのだから」

 

 

今一度、ここでこの騎士の正体を明かそう。

 

 

 

 

黒騎士 アルトリウス。五君帝(フルガール)の一体であり、それらを束ねる強力なケイオス。

 

 

だが、それを知ったとしても飛鳥には関係ないだろう。彼女は二本の脇差を両手に握り、騎士と対峙する。

 

 

 

 

悲しまなくていい人々を悲しませない為にも。

 

 

 

 

そして、大切な仲間たちと一人の青年との約束を守るためにも。

 

 




補足しときますが、五君帝(フルガール)の強さは閃乱カグラのゲームに出てくる巨大妖魔と同等です。


強さを表しますと、


アルトリウス>スロウ=ファフニール=アポカリプス=パンドラ=巨大妖魔



統括者?…………………それ以上ですよ(震え)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十話 戦いの始まり 後編

一週間ぶりですが、最近暑くなってきましたね!


シャツとか汗でズブ濡れになってんですよ、大丈夫かよ今年の夏。


「ったく、想像以上のエネルギーだな。俺様でも勝てるかも分からん」

 

 

街の至るところに飛んでいった光を見たキラは率直な感想を呟く。今の彼には闇の鎧は存在していない武器も所有していない、素手ということだ。

 

 

 

【ギィ、ギャァァァァァッ!!───────】

 

 

キラの足元で瀕死の状態の妖魔が吼える。四肢をグチャグチャにされ、全身がボロボロなのに未だに敵意を放つその姿には恐ろしいと感じてしまうものがあった。

 

 

 

だが、キラは顔色を変えずに瀕死の妖魔の頭を踏み潰す。それだけの行為で騒いでいた妖魔の動きは停止し、その代わりに地面を更に大量の血で汚す。

 

 

 

ズズズと踏み抜いたキラの足から闇が溢れ出す。地面に散らばった惨状を闇は津波のように飲み込んでいく。少しの間蠢き、周りを綺麗にして主たるキラへと戻っていった。

 

 

 

「………闇は全てを喰らい、力として取り込む。その代償があるがな」

 

 

ビキビキと血管が張り始める。複数の赤と黒の血が混じり合う。互いに違う素質を持つ二つの血液は極度の暴走を引き起こしていた。

 

 

 

 

──コップに入った液体に別の液体を入れるとどうなるか。分かるだろう。

 

 

 

濁り、別の液体となる。そのように人間の身体に妖魔の力を取り込もうとすれば、肉体がそれに耐えられなくなる。そもそも、そのような芸当をして、まだ人の形を保っていられるのはキラだけである。

 

 

 

 

全身を耐え難い激痛が襲っている筈だが、そんなもの・・・・・キラにはどうでも良かった。

 

 

 

力が流れ込んでくる。暴走が肉体をグシャグシャにするが、永久に再生する闇の身体がある以上、何も問題はない。

 

 

 

 

───精神的な苦痛も、気に留める必要はない。

 

 

 

 

沢山の妖魔を取り込み、同じように五体の怪物を取り込み、あの聖杯を手に入れる。

 

 

 

それこそが、キラの野望…………それを叶える過程だ。

 

 

ザッ、と地面を踏み締める音にキラは振り向かない。後ろにいる人物を見て、ただ何も感じさせない程冷たい声を出していた。

 

 

 

「雅緋か」

 

 

「………………キラ」

 

 

 

キラの後方に立ち尽くしていた雅緋は何も言えずにいた。臆していた………そうも言えるかもしれない。キラが放つ威圧に押されていたのだから。

 

 

 

「何をしに来たんだ、雅緋」

 

 

 

唐突にキラが切り出してきた。何も話さずにいるのは面倒と言いたげな顔を向けて、心底鬱陶しそうな態度をしながら。

 

 

 

「…………皆で、お前を探しに来たんだ」

 

 

「そうか」

 

 

納得したように頷く。瞬時に答えた割には興味なさげな態度に雅緋は悲しそうにキラを見詰めた。

 

 

「──ところで雅緋」

 

 

「…………何だ?」

 

 

不安定になっている瓦礫の山に手が添えられる。今にも崩れ落ちそうに揺れるが、直後に掌から伸びた闇が包み込んで消し去った。

 

 

漆黒から剥き出しになった肌を撫でながら、キラは薄く笑う。まるで、自嘲するかのように。

 

 

 

「聖杯、どんな願いをも叶える神々の遺物。それにはもう一つの呼び方がある……………知ってるか?」

 

 

首を傾げる雅緋。聖杯についてはある程度は知ってるが、何故急にそんな事を言うのだろうと思っていた。

 

 

「『造られた神』、そうあれは一種の神だ!俺様が手にするには相応しいと思わないか。最強の異能を持つ、この俺様が!」

 

 

 

意味が分からない、雅緋はそう思うしかなかった。そもそもの話、雅緋も含む裏社会の者たちも『聖杯』はおとぎ話という認識しかなかったからこそ。嬉々とした様子のキラの目的がまったく掴めなかった。

 

 

 

そんな中、キラがピクリと動きを止める。まるで何か大切なものを聞いた時と似ている仕草をしたキラは裾を捲り、手首に付いたチョーカーを覗く。

 

 

そして、小さく口が動いた。

 

 

 

────やれやれ、まだ半分以上か。思ったより時間がかかるようだ。

 

 

 

聞こえないような微かな呟きを雅緋は耳にする。それ以上は聞き取れなかったが、確実に耳に入った言葉に引っ掛かっていた。

 

 

 

(半分以上?一体何を……………)

 

 

 

「そう言えば、貴様にも見せてなかったな」

 

 

「………………何がだ?」

 

 

「俺様自身の戦いを」

 

 

 

ズズズズズズズズズッと爪先から闇が這い上がってきた。両腕の指先、首元までを覆った闇はざわめくように胎動を見せる。霧とも言えるくらいに薄いはずなのだが、質量を持った物体のように音が軋む。

 

 

 

蠢いていた闇が霧散し、変化したキラの姿が露になった。

 

 

 

 

 

漆黒の戦闘スーツ。黒以外の色があまり存在しない、より動きやすくするために、装飾を無くした身体に整うサイズのスーツ。薄暗い金色に輝くマントを翻したキラは腕をそのまま振るった。

 

 

異様に軽々しく、異様にゆっくりと。

 

 

 

ズザンッッッ!!!!と雅緋のすぐ近くが弾け飛んだ。両腕を十字にクロスさせ、衝撃を和らげた彼女は自分のいた足場のすぐ真横がごっそりと削り取られているのを確認する。

 

 

 

 

(この火力が…………キラの力‼)

 

 

 

 

「加減はしない、貴様は俺様の認めた者だから」

 

 

 

光の失った真っ黒な闇をその身に纏わせたキラ。膨大な執念と虚無が渦巻くそれは怪物の顎のように裂けていき、がむしゃらに暴れながら鋭い牙を剥く。

 

 

 

「──────クッ!」

 

 

自らの力である黒炎を掌に作り出した雅緋は悔しそうに顔を歪める。倒さなければ止められない、と覚悟は決めていたつもりだった。だが、どれだけ心の中で決意しても躊躇いだけが消えなかった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

───報告、報告。Dark Matter,『ネオ・プロジェクト』までのエネルギーが64%まで溜まりました。これより効率を整えるために、余分な行動を排除します。

 

 

 

 

 

───マスターキラに報告、『Dark Matter メインシステム』に僅かなエラーが発生しました。至急、削除の許可を求めます。

 

 

繰り返します、『Dark Matter メインシステム』にエラーが発生しました。至急、削除の許可を─────、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

様々な方向から凄まじい轟音が響く。飛鳥たち五人が柱を破壊しようとしてるのだろうと理解する。そうだというのに────、

 

 

 

「───俺は、何をしてるんだ」

 

 

そう呟いたユウヤは憤っていた。荒々しく怒り狂うのではなく、静かに燃えている怒り。それを抑えるために自分の近くの柱に拳を叩きつけて粉砕する。グローブを付けたとはいえ、素手で行った一撃にじんっと響く。

 

 

 

赤く腫れる手を擦り、ユウヤは真上を静かに睨む。今もなお、空を染め上げている『聖杯』、そのすぐ近くを漂っている祭壇がその瞳に入った。

 

 

 

「………どうやってあの祭壇に行けばいいんだ」

 

 

 

ふとユウヤは呟いていた。そうするしかなかったのだ。足場も数少ない天空祭壇、一体どうすればそこに届くのか。

 

 

 

届かないのでは?という弱気な考えを打ち消す。そんな事を思う暇があるのなら、打開策を捻り出せ! と頭を回転させる。

 

 

考えながらも歩み始めたユウヤはすぐさま動きを止めた。思考に明け暮れていた彼は重要な事に気を配れていなかった。

 

 

 

 

────人の呼吸、二つ。すぐ近くにいる!

 

 

 

「誰だっ!隠れていないで出てこい!!」

 

 

 

久しぶりに腕に黒鉄のガントレッドを纏い、声を張り上げた。隠れているのは分かっている、だがむやみに攻撃は出来ない。攻撃した隙を狙われる可能性を考慮しての行動だった。

 

 

 

変化がない。しんとした空気にユウヤは徐々に落ち着いていた。胸に手を当てて、深い呼吸を吐くと、静かに口を開く。

 

 

 

 

 

 

「…………大人しく出てこないのなら、辺り一体を吹き飛ばす」

 

 

 

バヂィッ、バヂバヂバヂィッ!と破裂音と共に前髪から火花が散る。全身を覆い被せるように電気が空気を焼き焦がしながら、周囲に蓄電されていく。

 

 

 

高火力かつ広範囲の攻撃を放つために感覚を研ぎ澄ませる。そうしていたら、声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────やはり、話に聞く程の強さだな」

 

 

 

声のする場所に瞬時に体を向ける。相手が誰であろうとも遅れを取るわけにはいかなかった。そのユウヤの視線の先から人影が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

建物の影からひょっこりと出てきたのは二人の少女。金色と黒色の服を来た銀髪の少女たちにユウヤは驚いたように面食らっていた。

 

 

だが、警戒を怠ることはない。彼女たちのような存在をユウヤはよく知っている、裏社会で生きる者なら間違いなく認知している存在。

 

 

 

「………………忍か」

 

 

 

「あぁ、それだけで見抜くとはな。伊達に名高い傭兵になっただけはある」

 

 

 

何だコイツ………。寝不足なのか目元に隈がクッキリとした黒色の服の少女の言葉にユウヤはそんな感想を抱く。

 

 

 

 

「安心してください、ユウヤさん。私たちに敵対するつもりは無いですよ。ただ貴方の助力をする為に来たですから」

 

 

 

両手を挙げて降参の意思を見せた金色の服を着た少女が穏やかに説明をする。その説明に僅かばかり、納得したが、違和感があった。

 

 

 

(…………何だ?この感覚は、)

 

 

ツンと針で刺すような小さな痛みを感じる。その痛みが何なのかも分からずに、ユウヤは二人の少女の顔を見た。

 

 

二人は互いの顔を見やり、ユウヤへと自己紹介をした。片方が穏やかな笑みを浮かべながら、片方は顔色を変えずに。

 

 

 

 

 

「私が月光でこの子が閃光です。先程説明した通り、貴方のサポートをさせてもらいます」

 

 

 

「………閃光だ。出来る限りはする、よろしく頼むぞ」

 

 

 

何を考えているのか分からない。それがユウヤの今の心情、だが手助けをしてくれるのなら頼むしかない。そう考えながら、目の前の少女たちに応じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ところでさぁ、あの上の祭壇に行きたいんだけど行き方知らないか?」

 

 

 

 

「「え?」」

 

 

 

 

「……………え?」

 

 




月閃姉妹、初登場しました。前から出すって宣言してましたが、ようやく出すことができました!


割とこの章で重要なキャラの一人である、キラ。


あの人、本編でもカイルさん以上に真実に近づいてますからね。実質この章のボスの一人ですし、おすし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十一話 超越の速さ・悪竜/■■

主人公四人の絵を描いてみました。手書きですが、良ければ見てみてください。


【挿絵表示】
天星 ユウヤ



【挿絵表示】
紅蓮



【挿絵表示】
シルバー



【挿絵表示】
常闇綺羅/キラ


今現在はこの四人だけです。ご要望があれば、是非お願いします。


振るわれるのは強靭な刃。剣の技の特徴の無さから我流と判断した斑鳩は歯噛みをする。

 

 

(相手がどういう風に動くのか分からない以上、無闇に攻撃は出来ない・・・・・)

 

 

彼女は本来、抜刀術を得意とする忍。そもそも抜刀術とは、鞘に収めた状態で帯刀し、鞘から抜き放つ動作で一撃を加えるか相手の攻撃を受け流し、二の太刀で相手にとどめを刺す形、技術を中心に構成された武術。

 

 

そして、彼女は不安定な剣術を使うスロウの出方が読めずにいる状況である。だが、見たことのある構えをスロウがとった。

 

 

直後、重い一撃により力を込めた剣が横一閃に凪ぎ払われる。それを読んだ斑鳩は腰に納めた愛刀、飛燕の柄を握り、勢いよく鞘から放った。

 

 

 

「はぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・む」

 

 

兜の隙間から少し驚いた声が漏れた。視線の先には甲冑についた小さな切り傷があった。愛刀を鞘に戻した斑鳩は兜の隙間にあるモノアイを見詰めた。

 

 

 

「・・・・・少しですが、読めてきました。貴方の剣」

 

 

「ふむ、ならばペースを上げてみよう」

 

 

直後、スロウは一瞬で消えた。何処に行ったか目で追えなかった斑鳩は飛燕の柄に片手を添えた。何時でも迎撃できるようにしていたのだが、

 

 

 

 

 

 

「──隙だらけだ。簡単に首を取れるぞ?」

 

 

ゾッ!と背筋を冷えつかせる言葉が耳元で囁かれる。すぐに姿勢を崩し、地面に倒れ込むようになった斑鳩は自身の鼻の先、立っていた場所が刀剣で薙ぎ払われたのを目視する。

 

 

 

一撃を回避した斑鳩はすぐに身体を無理矢理捻り、二撃目をすれすれで避けた。安心するもつかの間、地面に叩きつけた剣を自然な動きで下から斑鳩を斬ろうと動かす。

 

 

 

(────ッ!この一撃は防がなければ、急所を!)

 

 

ゆっくりと振るわれた斬撃がどう動こうと致命傷に至ることに気付いた斑鳩は僅かに歯噛みするも、すぐに最善の行動を取ることにした。

 

 

下から斬ろうとする刀剣を勢いよく抜刀した飛燕で防ぐ。ぶつかり合う時に発生する金属音が鼓膜を叩き、斑鳩は手首が鈍く痛むのを感じながら、何度も素振りをしているスロウから目を離さずにいた。

 

 

 

 

 

よくは見えなかったが、その刀剣が残像のように揺れていたのが確認できる。甲冑の剣士はその剣の持ち方を変え掲げると、静かに告げた。

 

 

 

「一ノ太刀 無影瞬斬撃。其の磨きあげた剣技の一つ、避ければ避けるほど切れ味を上げ半永久的に斬りつける・・・・・貴公に耐えられるかな?」

 

 

 

薄い青色のオーラを籠めた剣の刀身をちらつかせる。剣士は余裕の様子だったが、静かに飛燕を構える斑鳩を見て驚いた声を甲冑の隙間から漏らす。

 

 

 

「ふむ、ふむふむ、人間だからといって慢心していたのかもしれないな。貴公も其と同じ剣士だ、本気を出さねば侮辱になる」

 

 

(かぶと)の顎を擦りながら、何度も頷く。明らかに気の抜けた態度だが、斑鳩は余り構うべきではないと考え込み、一度鞘に納めた飛燕を抜刀するために踏み込んだ。

 

 

だが、気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・遅れを取らない方がいいぞ?まぁ、無理なのだが」

 

 

いつの間にか、自らの懐に滑り込むように放たれた斬撃。それは防御する時間も与えずに、彼女の胸元を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・くっ」

 

 

だが、彼女自身に傷はなかった。先程とは別の剣術と察した斑鳩は後ろに飛び退いていたのだ。スロウの剣は斑鳩の服を斬るだけで止め、彼女を傷つけるまでにはいかなかった。

 

 

今度こそ、刀剣を地面に押さえたスロウは何度も首を降る。習慣のように何度も頷くのをやめると、兜から声を聞かせた。

 

 

「ふぅむ、よく避けたものだ。先程から僅かに能え続けている其の『本命』を受けてもなお、戦えるとはなあ」

 

 

「・・・・・・・『本命』、ですか?」

 

 

そうとも、と肯定するスロウを前に斑鳩は疑問が浮かんでいた。自分は何もおかしい所はない、一体何をされたのか?という謎が頭の中を駆け巡っていく。

 

 

ブォン、ブォンと風を切る音を響かせながら、素振りをしたスロウは剣の刀身を撫でる。そして、甲冑のラインを光らせて、挑発の意思を見せつけるように剣先を彼女に向けた。

 

 

 

「世界そのものを越える速さ、その秘密が分からないのならば、貴公に勝ち目はあるまいよ」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

各地から響く轟音に葛城は飛鳥たちの事を心配していた。ユウヤも心配するべきかもしれないが、自分よりも強いのでする必要はないと心で決めつける。

 

 

 

 

「よそ見してる、場合かぁァ!!?」

 

 

 

直後、鋼の槍が大地を削りながら殺到する。土を突き破り出てきた鋭い槍の矛先を葛城は横へと飛び退いた。

 

 

 

ザシュッ! と彼女の頬を槍が通り抜けた時に耳に入る。槍の横についた刃が彼女の頬を浅くだが切ったのだ。

 

 

「おっ、せェ!!」

 

 

 

バランスを崩した葛城の眼前に鋼色の鱗が帯びた手、五本の指先にある鋭い爪がファフニールの怒号と共に迫り来る。切り裂こうとするのではなく、押し潰す為の攻撃に葛城は避けようとしない。

 

 

 

「──おらぁぁ!!」

 

 

逆に脚甲で蹴り上げた。ゴギィィ!!と凄まじい音に二人は飛び退いた。音は葛城の脚からした訳ではない、ファフニールの腕からだった。

 

 

歪に曲がった右腕をぶらんと垂らしたファフニールは笑う。苦痛などもろともしないという表情を浮かべ、先程出てきた槍、否細長い先端が尖った尻尾をくねらせて。

 

 

 

「クカカッ!やり甲斐があるぜぇ、オイ!このファフニールとここまで戦えるとはなぁ、人間にしては中々やる方じゃねぇかァ」

 

 

「ヘッ、そっちこそ!アタイもこんなに強い奴と戦えるとは思えなかったからな!」

 

 

ファフニールは、おう?と首を傾げ、心底分からなさそうな顔を浮かべる。そして葛城に指差してきた。

 

 

 

「一応聞くぜ?・・・・・テメェ、本当に人間か?」

 

 

「意外に失礼じゃないのか?」

 

 

「いや、冗談じゃねぇさ。何かおかしいんだよなぁ」

 

 

突然の言い分に呆れた葛城にファフニールは頭を抱える。どういう風に説明すればいいか、悩んでいるようだったが、クシャクシャと髪をかきむしると疑問を問いかけてきた。

 

 

 

 

「テメェからなんつーか・・・・・・・・・俺たちと似た感覚があんだよ(・・・・・・・・・・・・・)。よく分からねぇが、そーいうのは感じるんだぜ。お前は心当たりねーのか?」

 

 

ん?と葛城は深く考え始めた。ファフニールに言いたいことが分かっている訳ではない以上、何を伝えたいのかよく分からないが、一つだけ分かることがあった。

 

 

(・・・・・つまりアタイ、いや他の皆もファフニールって奴と同じ何かがあるのか?)

 

 

それが何を指し示しているのかは、考えるつもりはない。だが、葛城は引っ掛かった所があるのだ。

 

 

前にあった。確かに、ファフニールの言葉の真意に気付けるような事が。だが、決定的な何かを思い出せなかった。

 

 

真剣な空気が嫌になったのか、ファフニールは溜め息を漏らしてボサボサとした髪をかきむしる。あー、うん。 と呟いた彼は申し訳なさそうに(訂正。コイツ、顔と声からして反省すらしてない)葛城に語りかける。

 

 

 

「・・・・・・やっぱ止めるか、俺にはそーいうのは向かねぇわ。こーいう、戦いが一番だな!」

 

 

「そっちから言い出したってのに・・・・・・まぁ、アンタの言う通りだな!」

 

 

────こんな風に対応できるのは、半蔵学院の中でも葛城くらいだろう。ユウヤとかだったらジト目で呆れたりはするから。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・ついでに、宣言しとくぜ?」

 

 

「・・おいおい、今度は何だ・・・・・よ」

 

 

流石に鬱陶しいと思ったのか、眉をひそめる葛城は目の前の状況に言葉を失った。ビキ、ビキビキビビキビキィ!!と曲がっていたファフニールの右腕が蠢く。

 

 

 

そして、何事も無かったかのように戻った腕を見せつけ、ファフニールは首をゴキリと鳴らし、葛城にこう告げた。

 

 

 

「悪竜の俺でこの程度なら、■■の俺には勝てねぇよ。それが現実だ、って所だなァ」

 

 

 

───ブォォッ!

 

 

ファフニールの背中の影が肥大化した。しかし、その表現はやはり正確ではない。巨大な翼、鳥などのものではなく、コウモリのような翼。

 

 

 

神話などに存在するドラゴン。それにシンクロするような姿のファフニールは空高く飛翔する。はためかせた翼を広げ、

 

 

 

「────クカ」

 

 

大空からジェットの如く吹き飛んでくる。流星に並ぶ破壊力と戦闘機以上の駆動力を重ねて、ファフニールは飛来する。

 

 

 

もはや今のファフニールに使命など関係ない。ただ自分を高揚させる戦いの為に暴れ回る、それがファフニールが自分自身で決めた事だった。

 




スロウ。


全身が西洋の甲冑である謎の武人。一人称は()二人称は貴公。刀とも剣とも言えるデカイ刀剣を使う。


避ける度に威力が上昇し、半永久的に切り続けられる剣技を持つが、他にも強力な剣技を使える。


斑鳩も反応できなかった位の速さを持ったりしていますが、意外なトリックが隠されてます。暇な時に考察してみてください。



ファフニール。


竜人のような男。割と戦闘狂な方で、命をかける程の戦いの果てに、自分が望んだものがあると信じていたりします。


葛城に興味を抱いているのは、彼女の秘伝忍法が龍であるからでもあり、もう一つの理由があったりします。


そして何より、今回の話で一つの伏線を示してくれました。ファフニールの言った言葉、難しいと思いますが、第一章を全部読破してくれた方なら気付けるかもしれません。



次話は他の五君帝がまとめて出てきます(予定)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十二話 黙示録・災厄の箱・黒騎士

アンケートで紅蓮さんに一票入ってましたわ。


………顔隠したの、良かったのか。


黙示録(アポカリプス)、神が選ばれた預言者に与えたとする「秘密の暴露」、またそれを記録した書物。

 

 

そして、その名を冠するケイオス 黙示録(アポカリプス)の力は分かりやすいが恐ろしいものだ。

 

 

黙示、いや新旧の聖書に記されたことを現実へと昇華する力。

 

 

 

「ヨハネの黙示録 展開、及び詠唱開始。064 『神理障壁・光帯乱射(アウティマ・オーヴス)』 発動」

 

 

 

視界を埋め尽くすほどの閃光が広がる。ノイズで構成された肉体が変化していき、複数の半透明な鏡となる。

 

 

その鏡の真ん中にある小さなミラーボールのような光球。その球体から周囲を温める熱量の光が一点に注がれた。

 

 

 

ジッ!と空気を焼く音が響き、光は直進していく。そして、標的の柳生は回避しなければ一撃で貫かれる。それが普通の事象だ。

 

 

だが、光は柳生の前に出てきた半透明な鏡に直撃する。フォン!と鏡に当たった光は垂直に折れていく。

 

 

「なっ」

 

 

これには覚悟を決めようとした柳生も唖然とする。しかし、それだけではすまない。

 

 

 

フォン!フォン!フォン!フォン!フォン!フォン!フォン!

 

 

複数の鏡の障壁が光の移動する先に待ち構え、何度も屈折させ続ける。あまりの出来事に遅れた柳生はすぐさま軌道を確認しようとするが、

 

 

 

(・・・・・まずい、読みきれないっ!)

 

 

「くっ!」

 

 

何処に移動するかが読めない以上、見ているだけでは危険と判断したのか、柳生は横へと走り出す。

 

 

 

「同時多重詠唱開始、006 『自動追撃・連鎖爆弾』(オートアタック・チェインボム)

 

 

 

ノイズの至近距離で小さな爆発が発生した。だが、何が起きてるかも分からない爆発は続いていき、走り出していた柳生へ蛇のように爆発を連鎖させて迫り来る。

 

 

爆発を回避していく柳生を見たアポカリプスは ほう、と漏らす。

 

 

「素晴らしいなぁ。君は実に興味深い、実に面白い。どだ、私と来ないかね?」

 

 

「ふざけるな!誰が貴様なんかと!」

 

 

ノイズの塊の勧誘を、案の定柳生は拒絶した。そもそも普通殺し合っている相手と手を組めるなどそう簡単にいかない。

 

 

それを聞いて残念そうな声を漏らすアポカリプス。そして、彼女にとってとてつもなく恐ろしい発言をあっけらかんとした。

 

 

 

「そうか、君は妹を救うチャンスを捨てるつもりなのか。いやぁ、実に残念だなぁ」

 

 

息が、心臓が止まった。そう錯覚してしまう程の驚愕を柳生は味わった。傘を持つ手が極限の震えに達して、手から傘を落とした。

 

 

聞いてしまってはいけない、そう分かっている筈の柳生は激しく狼狽している。そして戸惑いを隠せずに、心のなかを不安と恐怖が覆っていく。

 

 

「な、何を・・・」

 

 

「君の記憶を見た。私の能力はそういうモノなのだよ」

 

 

そう言ったアポカリプスは何故か自慢気だった。ふんぞり返っていたノイズから、高低が分からない声が響いた。

 

「もう一度聞くが、チャンスを捨てるつもりなのかな?君は」

 

 

ザザ、とノイズが唸る。徐々にそれは肉体を歪ませていき、変貌していく。

 

 

「まあ別に切り捨てるのなら切り捨てればいい。淡い幻想にすがり、死んでいけばいい」

 

 

 

「だが、君には、私と同じ道を歩んだ君には、素質がある。世界を憎み、怨みを晴らす素質が」

 

 

「・・・・素質、だと?」

 

 

そう口にしたアポカリプスには感情が滲んでいた。ノイズから引き剥がされた素顔を見せた彼は柳生へと手を差し伸べる。

 

 

「私と共に()たまえ。聖杯を使い、願いを叶えようじゃないか」

 

 

目が合った。光の無い瞳をした男性は薄く嗤った。まるで、心から思ってもいないかのような。

 

 

 

◇◆◇

 

 

巨大な壁で囲われた迷宮。雲雀と志藤の二人はその迷宮を彷徨っていた。

 

 

「はぁ~、疲れたよ~」

 

 

左側の壁に沿って歩いていた雲雀が座り込む。彼女たちはこの迷路に入ってから少しも休んでなかったので、彼女の言葉は納得できるものだった。

 

 

「チッ、そういう構造かよ」

 

 

同じように壁を沿っていた志藤が辿り着いた広間を見て苛立ちを隠さずにいる。正確に、見ていたのは広間の中心にある印が付けられた柱だった。

 

 

くたびれてその場に座り込む雲雀に志藤は振り返る。

 

 

「ようやくだが、コイツについて分かったぞ」

 

 

「? それってどういう」

 

 

「─────この迷路は生きてる」

 

 

遮ってまで発せられた言葉に雲雀は首を傾げる。何を言いたいのか、よく分からない、そんな彼女の考えを読んだのか、志藤は詳しく説明する。

 

 

 

「いや、正しくは動いていると言った方が良いだろうな。どういう仕組みかは分からないが、僕たちが出ようと努力すればするほど、コイツが反応して出れなくするんだろうな」

 

 

そう言った志藤は迷路の壁を叩いた。彼はそもそも人並み外れた頭脳をもつ。一般人や普通の忍ならもっと時間がかかりそうなモノを早めに理解したのは彼の特徴からだろう。

 

 

そして、志藤の答えを誉めるモノもいた。

 

 

 

───あら、もう気付いたの?案外早かったのね。

 

 

大きさの割には迷宮を反響する声が二人の鼓膜を叩いた。驚いた二人はすぐさま周囲を見渡すが、近くに誰かがいるわけでも、スピーカーが有るわけでもない。

 

 

二人の態度を知ってか知らずか、声の主はクスクスと笑っている。そして、自身の姿を見せずに静かに自身の名前を明かした。

 

 

───私はパンドラ、五君帝(フルガール)の一人。

 

 

「パンドラ・・・・・ってことは『あの箱』を所持してるのか?」

 

 

瞬時に考察をした志藤は問いかける。隣で雲雀が首を傾げているが、志藤には説明する暇が無かった。

 

 

あら?と惚けた声が迷宮の壁に反響する。少しの静寂が起こるとすぐにクスクスと笑う声が二人の耳に入ってきた。

 

 

 

───その『箱』なら、既に貴方たちの目の前にあるじゃないの。

 

 

 

「────は?」

 

 

人並み以上の頭脳を持つ志藤が呆然とする。何を言ってるのか、まるで理解できてないようだった。志藤は周囲を見渡すが、『箱』と呼べるものは存在しな─────

 

 

「し、志藤さん!」

 

 

焦った雲雀が叫ぶ。二人の目の先で迷宮の壁が紫色に変色した。ボゴボゴボゴボゴゴゴゴ!!と石で作られた壁が膨らみ始めていく。

 

 

───私の箱、『災厄の箱(パンドラズ・ボックス)』は自由自在なのよ。どんなモノにも変化できる、今貴方たちのいる迷宮のようにね。

 

 

でこぼこになった壁から沢山の目玉が浮き出る。硬直している二人を前に、その目玉たちがギョロリと二人を捉えた。

 

 

───さて、貴方たちに教えてあげるわ。私たちの力、その一端をね

 

 

 

◇◆◇

 

 

最強のケイオス。その名はやはり伊達ではない、飛鳥はそう思わざるを得なかった。

 

 

「はあぁっ!」

 

 

掛け声と共に飛鳥は何度も切りつけるが、相手は人の大きさをした盾を少し動かすだけで全ての攻撃を防ぐ。基本的に防戦に徹底した構えを見せている。

 

 

「───フッ!」

 

 

だが、たまに飛鳥のバランスを崩させて、その隙に凄まじいほどに重く鋭い一撃を放ってくる。的確に振るわれた剣はそのまま飛鳥の脇腹に掠り傷を与える。

 

 

二本の脇差を盾に叩きつけ、距離を置こうとする飛鳥。それを視認したアルトリウスの行動は早いものだった。

 

 

 

巨大な盾を前に構え、疾駆してきたのだ。

 

 

戸惑いを見せる飛鳥に盾が突進し、彼女を吹き飛ばそうとする。何とか耐えきった飛鳥は盾の横から降り下ろされた長剣を柳緑花紅(りゅうりょくかこう)を交差させて防いだ。

 

 

 

 

「理解できない。何故そこまで戦おうとする?」

 

 

漆黒の長剣と柳緑花紅(りゅうりょくかこう)がぶつかり合うことで火花を発していく。飛鳥は吹き飛ばされないように両手で押し返そうとするが、黒騎士は片手で押し込んでいく。

 

 

 

「『聖杯』がこの地に顕現すれば、人類は永劫を約束される。──────本当の救済を得られるのだ」

 

 

「それで、どれだけの人が苦しむ」

 

 

 

「先程も言ったはずだ」

 

 

グッと長剣を再度強く握る。縦に切り裂こうとしていた剣が切り換えられ、秒単位の遅れと共に横へと薙ぎ払われる。

 

 

ギリギリ掠り傷で済んだ飛鳥を見据え、長剣を地面に突き刺す。剣から放した右腕でマントを広げ、アルトリウスはバイザーを持ち上げ、確認するように事実を告げる。

 

 

 

 

「幾千万・・・・およそ五千万以上の人間の生命エネルギーを使えば、聖杯は完全に至ると」

 

 

極めて平坦。だが、その内容が恐ろしいものだった。五千万という数は人類の総人口の数十分の一だけと言える。しかし、それだけの数の人々が知りもしない『聖杯』という存在を動かす為だけに殺されなければならないのだ。

 

 

「そんなの間違ってる」

 

 

ビキと黒騎士の方から響く。否定の声をあげた飛鳥は黒騎士の様子を確認してない。だからこそ、強く糾弾した。

 

 

「そんなこと間違ってるよ。何も知らない人を、関係ない人を、そんな理由で傷つけるなんて間違ってる!そんな事をしたって、誰も喜ぶ筈がない。そんな事で救われる訳がない!」

 

 

そうかもしれない。アルトリウスは彼女には聞こえない声で呟いた。例え、それで永劫の救済を行ったとしても、心は癒されない者もいる筈だ。確かに、救済と呼べる訳がなかった。

 

 

「それがどうした?」

 

 

だが、アルトリウスは嘲笑った。『かつての自分』なら彼女には応えただろう。しかし、『今の自分』はそれを否定した。それが自分たちの信念の邪魔になるから。

 

 

「私はアルトリウス、聖杯の守護者 五君帝(フルガール)の一人。『聖杯』の意思を望み、それをトレースする者」

 

 

 

「我らは多くの人間を殺してきた───聖杯を守るためにだ。怪物と称されても否定はしない。それでも、『聖杯』を誰にも渡すわけにはいかない。これは五君帝(フルガール)としてではない。私の、一つだけの正義だ!」

 

 

「私にだってあるよ、正義は」

 

 

飛鳥は二本の愛刀を握り直した。戦闘でついた傷や泥を拭い、必死に叫んだ。

 

 

「みんなを笑顔にするために戦う!それが私の正義!私の忍の力はそのためのものなんだ!」

 

 

「───ふん、ならば示して見せろ。その正義が我らを討ち果たすに足るか、人類を救うに足るか、ここで証明して見せるがいい!」

 

 

対するアルトリウスも叫んだ。長剣と大盾を振るい、地面に叩きつける。ゴシャッ!!!!と大地にヒビを入れた黒騎士とそれらの攻撃を避けて疾駆する忍の少女がぶつかった。




補足、

黙示録(アポカリプス)


柳生の相手として現れた存在。ノイズ状で構成された歪みという姿をしている。


今回の話では柳生を勧誘していました。そこでも分かる通り、アポカリプスは聖杯を守ろうと思ってはいません。




パンドラ。


彼女自身はそんなに強くないです。普通の忍よりも弱いと言っても過言ではないでしょう。問題は彼女の持つ『災厄の箱(パンドラズ・ボックス)』です。


彼女は箱の事を自由自在に変化すると称していますが、事実です。ただ一つだけあるとすれば、



まだ箱は開けられてないということぐらいです。


アルトリウス。


五君帝(フルガール)の実質リーダー。多分一番まともだと思える人。聖杯を覚醒させ、世界を元に戻すことを使命としている。


そして一番話が通じない人でもあります。説得は無理と思うべきです。


今回はほんかくえきてーだけで終わりましたが、


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十三話 闇の王

各地で『柱』をかけた戦いが起こっている中、規模の小さな戦闘が起こっていた。

 

 

人の形をした妖魔の胸部を刀が指し貫いた。数十年前には日本刀と称されたそれをゆっくりと引き抜く。

 

 

数回目の戦闘を終えた軍服の青年、名前は 大和(やまと)

 

 

元々は名のある忍の一族の人間だったが、忍としての素質の無いことが原因で善忍にも悪忍にすらなれなかった彼は、『七つの凶彗星』の配下となったのだ。

 

 

 

そんな彼は息切れをしながら、周囲を見渡した。仲間を探す為に、他の敵を倒す為に。

 

 

そして、奥の方に厳重な装備をする兵士を見かける。息をつく前にその兵士の元に駆け寄っていった。此方を見て銃を向けようとする兵士に両手を上げながら、叫んだ。

 

 

「俺は大和(やまと)、第5小隊隊長大和(やまと)、味方だ!」

 

 

「第5小隊…………他の隊員はどうした!?」

 

 

「─────ほぼ全滅だ、そちらは何でここに来たんだ?」

 

 

瓦礫の隙間から現れた妖魔に兵士は銃弾を浴びせる。ダダダダダダッ!という連射する音よりも大きな声で兵士は怒鳴った。

 

 

「私たち第12小隊は潰滅寸前、各小隊に援軍を頼みたい、それが伝言だ!」

 

 

「ふざけるな!俺たちの方が押されてる、援軍が欲しいのはこっちも同じなんだ!」

 

 

理不尽な物言いに憤る大和という青年兵士に、そんなの見れば分かる! と兵士も怒鳴り返す。舌打ちを隠そうとしない大和もこれ以上は無駄だと思ったのか、目の前の妖魔に向かって日本刀を降り下ろす。

 

 

急所に当たり絶命した妖魔。悲鳴をあげることなく灰となった怪物を前にして大和は自身の握る日本刀に付いた血を拭った。その時に、ふと後ろを振り返り、言葉を失った。

 

 

 

 

死んでいた。先程まで話していた兵士が死んでいた。獣のような妖魔、人の形をした妖魔、鳥とも蛇とも言えない妖魔、それ以上の数の妖魔たちに無惨に惨殺された兵士は声をあげる暇もなく死んだ。もしかしたら、兵士としての矜持もあったのかもしれない。だが、そんなこと今は関係なかった。

 

 

視界を覆い尽くす程の妖魔たちを前にして力が抜けた。日本刀をゆっくりと腰の鞘の中に戻していく。

 

 

「……………潮時か、クソ。まだ好きな娘とか出来てないんだが」

 

 

悪態をついてワシャワシャと髪をかきむしる大和に妖魔たちが唸り声を漏らす。静寂が僅かに広がる中、いずれ起こる少しの物音が妖魔たちを動かすトリガーとなっていた。

 

 

 

そう理解した青年兵士はせせら笑いながら、問いかけた。

 

 

「だけどな化け物ども、『神風特攻』って知ってるか?」

 

 

スッと腰を深く落とす。自然と右手が鞘に、左手が日本刀の柄に添えられていた。両手に強く力を入れ、いつでも振るえるようにした。

 

 

(最低でも十匹は殺す、それで限界なら爆弾で自爆するまでだ。こいつらを野放しにして、他の人を苦しませる訳にはいかない!)

 

 

決意と共に深く呼吸をした大和は妖魔たちを睨み付ける。自分の命で誰かを助けられるならそれで充分だ、と心で決めつけた大和は鞘から刀を────『ドガァッ!!』

 

 

 

 

「……………………うぇ?」

 

 

轟音に続いて、視界から妖魔の群れが消えた。何処に行ったのか周囲に目を向ける大和だったが、やはり見つからない。

 

 

代わりにすぐ近くにいる四人の少女に目がいった。

 

 

「これでほとんどの妖魔はいなくなったはずだ」

 

 

「……………」コクコク

 

 

「──ふぅん。じゃあ、後はある程度湧いてくる妖魔たちを倒せばいいだけね」

 

 

「あーん❤両備ちゃーん、もっとぉ、両奈ちゃんを踏んでぇ~♪」

 

 

(…………………ハッ!!?え、何?この人たち。凄い個性的すぎて、どうすればいいのか良く分からないッ!?)

 

 

あまりの衝撃に現実逃避しかけていたが、すぐに戻る。そして、どうすればいいか、と激しく混乱していく大和。やがて彼は自分の中で冷静な部分が何かを叫んでることを理解する。

 

 

何度も少女たちと周囲に視線を向けた彼はまさか……と震える体を動かして、問いかけた。

 

 

「………まさか、忍なのか?」

 

 

何を今更、というような目と共に頷く少女たち。その数秒後、大和は膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

遠くで響き渡る戦闘の音を雅緋は耳にした。自分と対峙する青年に悟られないように眼球だけを動かす。

 

 

パキパキと指を鳴らしたキラは興味深そうに首を捻る。そして彼女に向けられていた視線がずれた。

 

雅緋が見ようとしていた所に。

 

 

「何だ?貴様がそこまで気にかけるものがあるのか、あちらには」

 

 

「……………忌夢たちだ」

 

 

気付かれていた事に悔しく思いながらも懸念していた事を口にするが、キラは、そうか とだけ言う。何とも思ってないような態度に脳がかっと熱を帯び始める。

 

 

「皆と話し合ってここに来た。忌夢や紫に両備、両奈もお前を連れ戻したい、そう思ってるから、私たちはここにいるんだ!」

 

 

「へぇ」

 

 

対してキラは顔色を変えない。そもそも雅緋の方に身体を向けずに、静かに息を吐いた。そして金色の髪を弄くりながら告げる。

 

 

「随分と信頼してるものだなぁ、前は手駒としか見てなかった癖に。…………あぁ、情が湧いたってやつか?」

 

 

「ッ!」

 

 

足元の瓦礫を蹴り飛ばし疾走する雅緋。彼女を右眼に捉えたキラは退屈そうに片腕を振るう。

 

 

 

───────ザンッ!!! と闇の刃が地面を割った。否、刃ではない。他者の首を切り落とすかのようなギロチンの正体は、闇に包まれた手だった。

 

 

「ハハッ、どうした?反撃しないなら俺様からやるぞ?」

 

 

そう笑ったキラの片腕────切り刻んでいた腕とは違う、反対の腕を闇が纏い始めた。黒いソレに覆われた腕がボゴボゴと形状を歪ませていく。

 

 

 

直後、キラが振り上げた時には腕は本来の形を成していなかった。戦車の砲身、人の肌とは違う素材で作られた筈なのに、何故かキラの腕と同化していた砲口は雅緋に向けられる。

 

 

 

直後、熱を帯びた光弾が続けて砲口から放たれた。空気を焼くほどの勢いと熱量でそれらは雅緋へと殺到していく。

 

 

 

「悦ばしきInferno!!」

 

 

素早さを利用した剣技により、光弾を打ち落としていく。切り裂かれた光弾は飛沫のように破裂し、周囲の光弾を巻き込んで誘爆していった。

 

 

それでも、全ては防ぎきれない。

 

 

弾幕を潜り抜け、雅緋の足元で光弾が破裂する。足場であった地面が砕け、バランスを崩した雅緋に弾幕の雨が降り注いだ。

 

 

白い煙幕から飛び出した雅緋を瞳に捉えたキラの両腕を靄が包む。腕を覆う闇を払ったキラの腕は元に戻っていた。どんな構造か良くはわからないが、これがキラの力の一つだろう。

 

 

 

「………つまらんな。いやぁ、貴様が弱いと言う訳ではない。むしろ、この俺様と渡り合えるのは素直に褒め称えるべきだ。問題は………そう、『闇』が強すぎる事だ」

 

 

聞く人が聞けば、傲慢と称する言葉に耳を傾けた雅緋は周りを見渡す。周囲の地面や瓦礫の山はキラの攻撃により、原形を留めていなかった。

 

 

雅緋は『鎧』を着てないキラなら勝てるのでは? と思っていたが、それはただの夢見心地のいい話。

 

 

自分が動くか、なにもしないか、それだけの違いであり、実力など何一つ変わらなかったのだ。

 

 

数分前の自分の甘さに歯噛みしながらも、雅緋の唇が小さく動く。

 

 

「『闇』だと?」

 

 

「あぁ、俺様の異能は『闇』の属性を司るものだ。だが、『闇』とは不確定なもの。他の異能はキチンと決められた属性にも関わらず、だ」

 

 

何が要因か分かるか? と口では語らず、その意味を含んだ視線を投げ掛ける。

 

 

雅緋には分からなかったが、その要因は単純かつ恐ろしいものだった。

 

 

この世界で最も多く存在するもの。

 

 

たった一人の青年を最強、無敵へと変えた『闇』、その根源であるもの。

 

 

その名は、

 

 

「─────人々の負の感情」

 

 

一言だけだった。それだけで雅緋は何かを感じていた。だが、キラは両手を広げ、まるで大袈裟な演説をするかのように見せつける。

 

 

「怒り、憎悪、悔恨、嫉妬、それらの悪意こそが、俺様の異能の(みなもと)、俺様を最強に至らしめたのだ。それを聞いた以上、俺様の『闇』がここまで強大な理由、貴様にもよく分かるはずだ」

 

 

人々の悪意に比例して、強さが増していく。

 

 

言葉だけなら、聞いただけなら簡単かつ強力と思えてくる力。裏側を知らない一般人でもその凄さを理解できるかもしれない。

 

 

だが、この世界で生きている雅緋には、それがどれ程の効力を表すのかは考えるまでもなかった。

 

 

 

 

「愉快だな、それを知ってまで俺様に挑もうとするとはな。さっきから貴様を駆り立てるものは何なんだ?」

 

 

「分からないだろうな………………今のお前には」

 

 

一瞬、僅か一瞬だけ惚けた顔を見せたキラはすぐさま鼻で笑う。軽く持ち上げられた両手に黒い(もや)が絡み付く。

 

 

「そうか、では大人しく退場してもらおう」

 

 

靄が晴れて本来の形から変貌した腕が悪意を滲ませながら、雅緋へと向けられた。広げられた掌に莫大なエネルギーが蓄積されていく。

 

 

戦いなど起こらない。数秒もかからずに終わるから。苦痛などもない。放たれる技が即死の一撃だから。

 

 

 

 

 

 

だからこそ、何も変化がないのが最もおかしかった。

 

 

「─────な」

 

 

いや、変化はあった。雅緋は誰があげたかも分からない声を耳にしながら、目の前の現象を見ていた。

 

 

 

 

キラの黒い巨大な腕が、空中で切り裂かれていた。掌で蓄えられていたエネルギーも四散して、周囲へと消えていく。

 

 

直後、そんなキラを爆炎が飲み込んだ。爆炎に遅れて、轟音が鼓膜を叩く。更に爆発の影響で発生した風圧が周囲に吹き荒れた。

 

 

 

凄まじい威力の攻撃に言葉を失う。だが、雅緋はこれだけでキラが倒れるとは思ってなかった。無傷でなかったとしても、すぐに再生すると知っているから。

 

 

 

「──っしゃあ!今のは直撃したぞ!」

 

 

「……いや、当たったか以前の問題だと思うけど………うわぁ、全く効いてなさそう」

 

 

後ろから聞こえたのは男女の話し声。驚いた雅緋が振り替えると、6本の刀を両手に握る少女と何かの生き物をモチーフにしたと思えるフードを被った青年がいた。

 

 

だが、彼女にとっての問題はそこではない。その二人の正体こそが問題だったのだ。

 

 

 

「………なあ、紅蓮。あそこにいるのって蛇女の生徒なんじゃないか?」

 

 

「ん?確かに雰囲気からして似てるけど…………どうする、焔。声かけてみる?」

 

 

焔と紅蓮。

 

 

雅緋たちがいない間の蛇女学園選抜メンバーの二人。そして蛇女最高権力者 カイルを斬ったことにより、蛇女で一時期狙われていた者たち。

 

 

 

そして、雅緋たちも蛇女の誇りを取り戻すために、彼らの命を狙っていた。だが、彼女もここで会えるとは思っていなかった。

 

 

 

「………………」

 

 

その様子を平然として見ていたキラは顔を歪める。笑っていた、押さえきれない歓喜に身を震わせていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十四話 Neo=Dark matter

紅蓮ってホムンクルスじゃないすか。


実質年齢って五歳くらいなんですよね…………………めっちゃ年下じゃんか(驚愕)


「えーあー、始めまして、俺は紅蓮です。そしてこいつが焔です。失礼ですけど、貴方は蛇女の生徒ですよね?名前は」

 

 

「雅緋だ」

 

 

できる限りフレンドリーに話しかける紅蓮だったが、警戒した雅緋は遮るように名前を言う。彼女からして、紅蓮と焔は蛇女を失墜させた宿敵のようなものだから仕方はないのだが。

 

 

その態度にひきつった笑み(口元しか見えない)を浮かべた紅蓮は隣で聞いてた焔を引き連れて遠くに移動する。

 

 

小声で話してるのを遠目で見た雅緋は静かに耳を澄まして聞くことにした。そうして聞こえてきたのは、

 

 

「…………うん、何であんなに冷たいのかな」

 

 

「自分の姿見たらいいんじゃないか。お前はそういう怪しそうな服が好きだしな」

 

 

「えー、私服のセンスがどうかしてる焔に服のこと言われるのはちょっと」

 

 

紅蓮の愚痴のような発言をきっかけに、二人は取っ組み合いをし始めていた。その原因を耳にしていた───してしまった雅緋は呆れたように二人を見る。だが、仲が良さそうな彼らに雅緋は自然と羨ましいと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………あの、え?何で俺様無視されてんの?え、前回かっこよく登場したから?ていうか、考えてみるとおかしいよね。俺様割と本格的に動いてたのに…………分かった、あれか!作者がめんど(これ以上は自分のポリシーが危ないので、伏せさせていただいます)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、三分後。

 

 

「…………ふぅ、ようやく覚悟ができたみたいだ。でも、三分はちょっと遅いと思うんだけどなぁ。俺様」

 

 

冗談半分でそう言ったのは黒い戦闘スーツを着たキラ。流石に紅蓮と焔も警戒の色を見せる。紅蓮が刀に炎を纏わせると、キラの目がそちらに向いた。そして、興味深そうな言葉を呟く。

 

 

「その炎────やはり地脈からのエネルギーも使っているのか。なるほど、なるほど、|似て非なるものだからこそ、俺様たちはこのような構造になるのか」

 

 

「…………何?」

 

 

敵の言い分。それだけなら聞く耳を持たなかったが、たった一つの単語に彼らの意識が奪われた。

 

 

『似て非なるもの』、何を指しているのか、よく分からなかった。

 

 

彼らの反応を見て理解したのか、キラが首を降る。やれやれ、と呆れた顔は一瞬だけ。すぐにキラは失笑するような息を漏らした。

 

 

「なんだ、貴様らは異能使いと忍…………何も関係ないと思ったか?」

 

 

含んだ言い方に焔と雅緋は首を傾げる。だが、紅蓮だけは違った。彼は知っていたからだ、蛇女の事件で起きた事を。

 

 

強化されたカイルを飛鳥とユウヤがどうやって倒したのかを。

 

 

その時、秘伝忍法書は飛鳥だけではなく、ユウヤまでにも力を与えたということを。

 

 

事件の後から知ったのだが、だからこそ紅蓮は誰よりも先に答えに近づけた。

 

 

 

「───同じ、なのか。異能も、忍も、同じだって言うのか!?」

 

 

有り得ないと理解しながらも、その事実が震える口から発せられた。

 

 

「なっ、紅蓮!?」

 

 

「ッ、どういう意味だ!」

 

 

紅蓮の言葉に二人は激しく反応する。焔は驚愕を隠しきれずに、紅蓮を見る。雅緋はその言葉の真意を聞こうと、彼の襟首を掴もうとする。

 

 

だが、大袈裟な拍手により遮られた。お見事、お見事、と口に出さずにそう称賛する。

 

 

「………半分正解で半分不正解だ。僅かな作りが違うだけ、根底は変わらんさ。その根底たるものは俺様やお前たちの中にもあるぞ?」

 

 

告げたキラは口先を歪め、親指を立てる。そして親指で胸元を叩く仕草をして、その正体を明かした。

 

 

 

「ケイオス・ブラッドの残滓。少量の残滓が肉体と混じりあった人並みとは違う者たちは忍となり、残滓が他の残滓と融合し、ケイオス・ブラッドの核を生み出した者は異能使いになる───という訳だ」

 

 

誰も声を出すことができなかった。あまりにも衝撃的な事実に彼らも考えがまとまらなかったのだろう。

 

だが、キラは違う。歪んだ口を更に歪ませ、興奮したように捲し立てる。紅蓮は彼の足元に何か黒いものが滲んでいるのを目にした。

 

 

「そして!俺様は他の異能使いの誰よりも、膨大な残滓を、それらによって精製された強力な核を所有している!だからこそ、限界が無いとも言っていい」

 

 

直後、杭が地面から飛び出してきた。杭の形をした闇は十数本。それら全てはキラを囲むように構えられる。

 

 

「故に、見せてやろう。俺様の全力を!Dark Matter,『ネオ・プロジェクト』、最終段階実行!!」

 

 

高らかとそう宣言したキラ。闇の杭はその形を完全に崩し、周囲を闇に染め上げた。津波のように広がっていく闇に紅蓮たちは下がろうとするが、

 

 

「…………止まった、のか?」

 

 

つま先に当たるか、当たらないかの距離で、闇は動きを停止した。雅緋は疑問の声を漏らすが、誰も答えることができなかった。

 

 

彼らの目の前で闇がボコボコボコボコ!!と膨らんでいたから。あまりの大きさにソレを包んでいた闇の衣が剥がれ始める。

 

 

 

 

 

膨大な闇から異質な巨人が孵化した。いや、闇から生み出されたというべきそれは、剥がれる闇の鱗から姿を露していく。

 

 

白く輝く金属の鉤爪(かぎづめ)がポッカリと開いた掌に三つほど間隔を空けて並んでいた。先が折れた爪が開閉する度にガシャン!ガシャン!と火花を散らす。

 

 

そのようなモノが先にある腕は6本。四本は背中から、二本は肩の部位から生えていた。肩は横に大きくなっており、それだけで巨人を大きく見せていたのだ。

 

 

6本の腕が生えた胴体は一番小さいと言える。胸元にある4つの小さな穴、それらの穴の中心にある大きな砲口。装飾のない、不気味な雰囲気を帯びた対面する者たちに恐怖を与える。

 

 

 

だが、一つの問題があったのだ。その巨人には頭部がなかった。比喩でも冗談でもない。首と頭部があるべき場所には窪みがあった。小さな窪み、まるで人一人ならギリギリ入れるような───

 

 

 

 

「───素晴らしいだろう?俺様の鎧は」

 

 

声のする方にいたのはやはりキラだった。彼は紅蓮たちの顔を見ると満足そうな笑みを浮かべ、指を鳴らす。

 

 

「この地で発生した妖魔たちとの戦いで発生したエネルギー、そして我が闇の力により『Dark matter』は新たなる力を手に入れた」

 

 

宙に浮いたキラの体が巨人の真上へと移動する。ピタリと動きを止め、ゆっくりと降り立つ。窪みの中から出現したワイヤーがスーツごとキラの体に食い込む。乱雑にではない。両肩や両肘、膝や背中に胸元に固定されたワイヤーが引っ張っていく。

 

 

極限まで開いた窪みの中にキラの体が入った。直後、窪みが小さくなり、キラの下半身を飲み込んだ。ギュイイインッ!と全身を響かせた巨人が発光する。

 

 

「………………は、は」

 

 

身体中に張り巡らされたワイヤーに光が伝い、キラの身体へと押し込まれていく。彼の話が本当ならば、妖魔たちのエネルギー、そして人々の悪意。それらが流れ込んでいるのだろう。

 

 

 

「ははっ、ハハハ、クハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 

それなのに、キラは笑っていた。唇を愉快そうに歪めて、盛大に笑っていたのだ。耐えきれなくなった、という訳ではない。ならば何なのか………決まっている。

 

 

 

楽しみなのだ。これから新たに手にした力で自身の目的を果たすことが。

 

 

 

「ハハハ、────────ふぅ、疲れた。少し興奮しすぎたなぁ」

 

 

荒い呼吸を整える。遥か上から紅蓮たちを見下ろしたキラは目線を別の方に向けた。

 

 

「さぁーてと、そろそろ脇役の諸君にはご退場を願おうか。これからは俺様たちによる決戦の始まりなのだから」

 

 

舞台上の役者と小道具は全て揃っている。だからこそ、他の奴らには用はない。

 

鎧を完成させるための者たちには余計な事をされても困る、そいつらに邪魔されるのも最も面倒。

 

 

故に、消えてもらう。

 

 

 

両腕を広げたキラの動作に連動するように巨人の6本の腕が全方位に向けられる。それに続いて鉤爪がパックリと開き、砲口に光が圧縮される。

 

 

「ッ、やめろ!」

 

 

咄嗟に叫ぶ紅蓮。だが、無駄だった。何をしようと巨人は、キラは止まらない。いや、今更止まるはずがないのだ。

 

 

やれ、とキラが冷たい声を吐くと同時に6つの掌から熱線が放たれた。6本の太い極光が大地を破壊していく。

 

 

一速く動けた紅蓮は、焔と雅を庇うように前に立つ。目の前に迫ってくる極光を防ぐこともできず、彼の視界が光に飲まれた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「──────かは、げほ」

 

 

全身に痛みが走る。そんな身体を力ずくで動かし、ゆっくりと起き上がったユウヤは周囲に目を配る。自分たちのいた場所は、何か強い破壊の力で蹂躙されたようだった。こめかみを指で押さえながら、ユウヤは自身の記憶の最後にあったもの、

 

 

──こちらに迫ってきた一条の極光が脳裏をよぎった。

 

 

 

「ッ、月光!閃光!無事か!?」

 

 

それと同時に自分と同行していた少女たちの名を叫ぶ。だが、返ってこない。近くの惨状の中に、ばっくりと裂けた地面があった。まさか、ここに落ちたのか? と考えたユウヤはピタリと動きが止まった。

 

 

 

視界の隅に、写ったのは、

 

 

地面にめり込んだ神秘的な祭壇。

 

 

空中を舞っていた混沌の祭壇。

 

 

確か、彼の記憶が正しければ、あの祭壇にいたのは──、

 

 

 

「─────予定が狂った」

 

 

コンッ、と床を叩く音に冷えきった低い声が入り混じる。声を出せずにいるユウヤを無視して、声の主は歩み寄った。

 

 

「守護者どもが対峙する奴らならまだいいが、妖魔どもを取り込んだあの人間は危険だ。このままでは聖杯を落とされかねん。至急、我が手で対処せねばならないだろう」

 

 

統括者 ゼールス。

 

 

この騒動を引き起こした全ての元凶。自分たちを生み出した『聖杯』を復活させようとする『混沌の異形』の一体。そして、かつてユウヤが二回ほど敗北した最悪の敵であり、倒さなければならない宿敵の一人。

 

 

倒すべき相手が目の前にいる。それなのに、素直に受け入れることが出来ない。

 

 

何故ここに、いや何をしに来たのか、簡単に理解したから。

 

 

「その為に、俺を回収しに来たのか」

 

 

「当たり前だ。前も言ったろう、貴様は器だ。器には器になるだけの価値しかない。それは有効に使うべきであろうが」

 

 

相も変わらない人間を見下した態度。ツンと痛む冷気が顔を叩く。心臓を直で握られるような威圧に気圧されそうになるが、それでもユウヤは引き下がらない。

 

それどころか、一歩前に出ていた。拳を握り締め、動くその姿には迷いなんて何一つ無かった。

 

 

「テメェの思い通りになんかならない。俺は自分の手で進むべき道を切り開く………………そう、あいつらと約束したんだ」

 

 

それだけだった。統括者は最早何も言う気はなくなったのだろう、静かに杖のような剣の握り方を変える。

 

 

それはユウヤも同じだった。唸り声を響かせる電気を周囲に帯電させる。地中にある砂鉄を両手と両足に纏わせ、装甲を作ったユウヤは呼吸を殺して、構えを取った。

 

 

 

その二つ影が激突したのは、数秒も経たない頃だった。




このストーリーの実質ボスの二人登場回。


統括者 ゼールスはまだいけるかもしれないけど、キラ&Neo=Dark matterは強くしすぎた感が無いわけでもないです。

まあ、正確には統括者は表ボスで、キラ&Neo=Dark matterは裏ボスみたいなものです。



まだ、出てきてない主人公いるんだよなぁ。本当にどうしようかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十五話 立ち向かう少女たち

今回は普通より多いと思われます。ご了承してください。

ついでですが、UA1万ありがとうございます!この小説を今後ともよろしくお願いします!


ユウヤと統括者 ゼールス。

 

一度だけではなく、二度も戦ったお互いに因縁を抱く二人。彼らが戦ってる間も、戦況は変化し続けていた。

 

 

 

 

ズバシュッ! と肉を綺麗に切る音が響く。それと同時に肩から鮮血が噴き出した。出血を防ぐ為に手で押さえるが、それもあまり意味がない。

 

 

(…………やはり、読めないッ!)

 

 

苦痛に顔を歪めた斑鳩は相手を睨む。甲冑の剣士、スロウと名乗る者は謎の力を振るっている。

 

 

───世界そのものを越える速さ、とスロウはそう言った。それに対処しなければ、勝ち目はない。

 

 

自身の肌から赤い水滴が落ちた。自身の血、本来の戦闘では意識しない筈のそれに今は目がいく。

 

 

肌から離れ、地面に落ちる筈の水滴は落ちるのが遅かった。まるで撮った動画をスローモーションで再生してるように。落ちた血が地面に斑点を作る、やはりそれも遅かった。

 

 

斑鳩はようやく気付いた。今まで自分を苦戦させてきたその力の正体を。

 

 

「…………遅くさせる、それが貴方の力ですか」

 

 

「ご名答、ご名答。最も、今は貴公の感覚を遅くさせているだけなのだがね」

 

 

侮辱することもなく、罵倒することもない。スロウは素直に賞賛した。だがそれで終わるわけがない。

 

 

甲冑の隙間、目があると思われる部分が妖しく光る。その直後、だった。目に捉えられない勢いで接近したスロウが指摘してきた。

 

 

「だが、気付くのが“遅すぎた”と思うぞ」

 

 

深紅のオーラを纏う刀剣。それが斑鳩の心臓部に迫っていた。

 

───動こうにも、間に合わない。反応が、“遅れた”。

 

 

 

 

 

 

 

ファフニールは一連の行動を繰り返していた。殴る、蹴る、引っ掻く、叩く、そして殴るという簡単な動作を。

 

 

それを続けてから、何回、どれくらい経っただろう? と考える。だが、葛城という少女が防戦一方に陥ってる以上、相当な数は打ち込んだはず。

 

 

(…………違うだろ、そうじゃねぇだろ、テメェはそんなもんじゃあねぇだろうが!)

 

 

一撃を防いでいく葛城を目にして、心の中で荒れ狂っているはずのファフニールの激情が少しずつ冷めていく。彼女には反撃する体力など、今のところないのだろう。

 

(……………及第点、だとおもったんだがなぁ)

 

そして、肉体を温めていた熱が、一気に冷めた。それにより、ようやく欲望に抑えられていた理性が働き始める。

 

 

「─────萎えたな」

 

 

冷めた様子でファフニールは葛城への猛攻の手を止める。

 

優しさ、ではない。彼は本能で動くことも厭わない、何より敵に慈悲などは与えない。

 

 

期待外れ、でもない。先程までの彼は楽しんでいた、だが彼が望む程の強さではなかっただけだった。

 

 

「いやぁ、確かにテメェは強かったぜ?俺もここまで戦ったのは久しぶりだしなぁ」

 

 

ただ、と付け足される。そしてゆっくりとファフニールの片腕が持ち上げられ、ビキビキと動く。

 

そして、

 

「もうちょっと足りなかった。テメェが二倍か三倍くらい強けりゃあホント良かったぜ」

 

 

五本の指がついた掌が降り下ろされた。叩き潰すのか、振り払うのか、そんなことは関係ないだろう。

 

 

一撃で終わる。それだけは完璧な事実なのだから。

 

 

 

 

 

 

───私と共に来たまえ、

五君帝(フルガール)の一体、アポカリプスは柳生に対してそう言った。呼吸すらしない目の前の男は静かに柳生の返答を待っている。

 

そして、ようやく口を開いた。

 

 

「それが、君の答えかな?」

 

 

「…………そうだ」

 

 

自身の喉元に向けられた傘を前に静かに納得していた。先程までの憎悪は鳴りを潜め、フムと深く考え込む。

 

 

「理由は………聞かずともいいか?」

 

 

返事を聞こうとせずにアポカリプスは後ろに下がった。その行動を仕込み銃を突きつけていた柳生が逃すつもりはなかった。

 

 

「まあ、待ちたまえ。こんな所で盛り上がっても仕方がないだろう」

 

 

だが、アポカリプスは制止した。何? と訝しむ柳生だったが、すぐに最大限の警戒をする。何をするのか分からない以上、それは当然の判断だろう。

 

 

「これからどうなるかは、お楽しみという訳だ」

 

 

そんな事お構い無しといった様子でアポカリプスは楽しそうにしていた。顔は無表情だったが、声の弾み具合からよく分かるものだ。

 

 

 

 

 

 

 

───どれだけ斬り紡いだか、戦っている二人にも分からなかった。

 

 

飛鳥の攻撃をアルトリウスは全て大盾で防ぐ。そして隙を作り出し、一撃を叩き込もうとするが、それすら避けられる。

 

 

これらの繰り返し、鬱陶しいと言わんばかりに歯軋りしたアルトリウスの動きが乱れる。

 

 

「何故抗う、我々は人を滅ぼすつもりもない。むしろ救済しようとしている。多くの人類が、それを望むだろう!」

 

 

「違う!誰も犠牲にならない道もある。皆が笑顔になれる道だってあるよ!」

 

 

「だから、それが理想だというのだ!夢物語に過ぎない話だというのに、何故気付かない!?」

 

 

互いの主張がぶつかりあう。冷静さを保っていた筈のアルトリウスも飛鳥の言葉に声を荒らげて反論する。

 

 

それは、彼女の言葉が心に響いてきてるからでもある。

 

 

「誰も犠牲にせずに救う、 それがふざけている証拠だ!犠牲なくして誰も救えない、それがこの世界の真理だろう!」

 

 

「じゃあ、何で貴方はその盾を使ってるの!?」

 

 

「ッ…………何を、言っている?」

 

 

飛鳥の言葉にアルトリウスは戸惑った声を漏らす。一瞬だけ顔を歪め、長剣から離した片手で頭を押さえる。

 

苦しそうに呻く彼が、大盾から手を離すことはなかった。

 

 

「人を守る力だってある!刀だけじゃない!盾だって力だよ!貴方も、守りたいものがあるから盾を使ってるんでしょ!?」

 

 

「盾も、守る力?………違う、黙れ。一々、耳にさわる、ことを…………!」

 

 

「……黙らないよ。黙ったら、貴方は分からなくなる。でも、気付いてるでしょ。こんなことしても、誰も喜────」

 

 

ドゴッ! と大盾がくい込んだ脇腹から鈍い音が響く。くの字に折れ曲がった飛鳥の身体が吹き飛び、アスファルトのような地面に何度もバウンドする。

 

 

急所に入った、これでもう限界だろう。というアルトリウスの期待は数秒後に砕け散った。彼の視界内では地面に突っ伏した少女が起き上がろうとしていた。

 

 

どれだけ打ちのめしても、彼女は折れなかった。

 

 

「ゼェ………ハァ、ゼェ…………ハァ」

 

追い詰めていたはずのアルトリウスは息切れを起こしている。肉体的にではなく、精神的な疲れ。それほどまでに、飛鳥は諦めていなかったのだ。

 

 

アルトリウスは荒い呼吸を整えながら、ゆっくりと飛鳥に歩み寄る。

 

 

「あくまで、その理想を、捨てるつもりはないか」

 

 

長剣を飛鳥の目の前に突きつける。脅しかもしれないし、純粋な質問かもしれない言葉で聞くが、飛鳥の答えは決まっていた。

 

それをアルトリウスは理解した。

 

 

「──ならばその理想と共に果てろ」

 

 

故にそう呟く。直後、垂直に持ち上げられた長剣が怪しい光を帯びて、ゆっくりと、確実に、飛鳥を仕留めるために、振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

筈だった。

何かに反応したアルトリウスは長剣を瞬時に引き戻すと、大盾に身を隠した。咄嗟の行動に目を丸くした飛鳥は目にした。

 

 

周囲を凍えさせる冷気を纏った風。それに気付いたアルトリウスは動こうとする…………だが遅い。大盾を持った軽装の身体が氷によって停止させられた。

 

 

「ッ!───舐、め、る、なァ!!」

 

 

だが、それは数秒程度。怒号と共に霜のついた腕と脚がビシィビシィと氷を剥がしていった。ようやく氷が溶けたアルトリウスが目を開くと同時に、

 

 

「グゥッ!?」

 

 

彼の顔に氷弾が命中する。意識外からの攻撃にアルトリウスは呻き、その体は瓦礫の山へと吹き飛んだ。

 

 

「………ここで何があったかはよく分かりません。街の構造も分からず、気配を探って来ましたが……」

 

 

「───貴様」

 

 

膝をついたアルトリウスが下手人を睨み、殺気を向ける。しかしその人物は顔色を変えず、ゆっくりと飛鳥の方に歩んできた。

 

 

「遅くなりました、飛鳥さん」

 

 

白い浴衣の衣装に身を包んだ少女、雪泉。

 

 

かつての戦いを経て、友となった飛鳥を助けるために彼女は戦場に立った。

 

 

 

 

同じ時間、各地でも変化が起きていた。

 

 

 

血のような赤色のオーラを帯びた刀剣が数センチ近づいた───その時だった。

 

 

何かを目にしたスロウ。貫こうとしていた刀剣を勢いよく引き寄せ、地面を蹴り飛ばした。後ろへと飛び退いた剣士の行動を理解できずにいた斑鳩だが、その理由は数秒後に分かった。

 

 

二匹の狼。

斑鳩の前に現れた彼らは跳躍した。狙いはスロウ、二匹は空中で無防備とも言えるスロウに飛び掛かった。

 

 

そんなスロウの兜の隙間が妖しく光った。薄暗い光に捉えられた二匹の動きが目に見えて遅くなる。現実的ではない光景だったが、スロウの後ろから人影が飛び出した。

 

 

「───フッ!」

 

 

その人影はがら空きなったスロウの首筋に向かって、巨大包丁を降り下ろす。だが、その包丁が首を切り落とすことはなかった。

 

 

首と包丁、その間に差し込まれた刀剣。後ろを見ずに防いだスロウは片手で包丁を押し返す。勢いよく吹き飛ばされたその人物は華麗に着地する。

 

 

 

「貴方は……!」

 

 

「……………久しいな」

 

 

その人物を見て斑鳩は絶句する。彼女の名は(むらくも)、一時期彼女たちが協力することもあった忍学生の少女。般若の面で顔を隠している彼女は短く告げると剣士のいる方に向き直った。

 

 

 

 

 

竜と化した豪腕による攻撃。何がどうであろうと、ただでは済まないその一撃は葛城に当たることはなかった。

 

 

「あ?」

 

 

攻撃した張本人のファフニールが眉をひそめる。感触がおかしかった。人を潰した時は柔らかく、破裂すると彼は覚えている。だが、今自身の手にあるのは固い物を叩いたような───

 

 

「─────うぉ!?」

 

 

直後、腕が上へと吹き飛ばはれた。下から殴られたような感じを理解するが、その時にはファフニールはバランスを崩し、無防備な姿を晒した。

 

 

それを、“彼女”は逃さなかった。

 

 

アッパーのような構えを解き、踏み込んだ“彼女”は拳、いや手甲を振るった。重量のある一撃はがら空きなった胸元を殴り飛ばし、ファフニールは後ずさらせた。

 

 

「夜桜!」

 

 

立ち上がった葛城はその少女の名前を口にした。夜桜と言われた少女は葛城を見て、笑みを浮かべながら胸を張る。

 

 

 

 

 

 

「ヤッホー、柳生ちん♪」

 

 

「四季か……………何故ここに来たんだ?」

 

 

世間一般では、ギャルと呼ばれる部類の少女 四季が柳生に声をかける。振り向いた柳生は顔には出てないが、驚きながらも四季に質問する。

 

 

それを聞いた四季は、んー、と軽めに考える。その間もアポカリプスは腕を組んで待っ……………いや違う、寝てる。あいつ立ったまま寝てやがる!!?

 

 

「いやーね、周りの空があんな色になってさ。アタシたち皆で行こうって事になってね、シルちんを無理矢理連れてきてここに来たんだけど、途中で柳生ちんたちが危ないって教えてもらって♪」

 

 

………シルちんと呼ばれた人物について大体察しがついてしまった柳生は何処にいるかも分からない銀髪の青年に心の中で黙祷を捧げた。

 

それが届いたかはさておき、気になることが一つだけあった柳生は四季に問いかけた。

 

 

「……教えてもらった?」

 

 

「そうそう!いやー、格好いいイケメンさんだったよ♪もー、ホント紳士的でさー」

 

 

四季が言うイケメンとは誰のことだろう。 と思ったが、そんなこと考えている暇もない。

 

 

「あいつは厄介だ、いけるか?」

 

 

「ん~、まあアタシはいけるよ、柳生ちんは大丈夫?」

 

 

「…………んあ? 寝てない、私はちゃんと話を聞いていたよ。イイハナシダッタネ…………後、君だれ?」

 

 

あ、起きた。いや待て、寝てだろ。良い話なんてしてないぞ。オイ、コラ。

 

 

パチクリと目を開いたアポカリプスは自分の前に立つ柳生と四季を見て首を傾げる。そして何かを感じたのか口を閉じて沈黙した。

 

 

 

 

 

「雲雀ちゃん~、久しぶりだね!」

 

 

「美野里ちゃん!どうしてここに!?」

 

 

「え、君の知り合いなの?この子、どちらかというと戦闘向いてなさそうだけど」

 

 

いやお前が言うのかよ、と言う事を抜かしている非戦闘員1号の志藤は無視するとして。

 

 

雲雀の隣にいる少女は美野里という名を持つ忍学生。幼い印象を持つ彼女はよく他人と遊んだりすることが多いのである。

 

 

「──ふうん、一人増えたわね。別にどうでも良いのだけれども」

 

 

髪を払い、大人びた様子で三人を見下ろすのは少女、パンドラ。変貌していた『災厄の箱(パンドラズ・ボックス)』を後ろに下げて、現れたのはプライド故かもしれない。

 

 

「それじゃあ、勝負してあげるけど、私は負けるつもりはないし…………何ならハンデをつけてあげる。何で私を戦いたいか選ばせてあげるわ!」

 

 

凄いくらいに慎ましい胸を張り、ふん!と鼻を鳴らすパンドラ。その態度には自信しかない、負けるなどとは思ってない顔。

 

 

それを聞いた美野里は満面の笑顔を浮かべると近くにいた雲雀の手を握る。そして、ピョンピョン!と跳び跳ねながら、とんでもないことを言った。

 

 

「じゃあ、鬼ごっこ!美野里と雲雀ちゃんとそこのお兄さんが逃げるから、お姉さんが鬼だよ~!」

 

 

「何、ですって…………!?」

 

 

「え、は?……………僕もかよ!?」

 

 

一瞬だけ呆けたパンドラと志藤が問い詰めようとするが、手遅れだった。その間に美野里は同じように呆けていた雲雀を連れてどっかに走っていく。

 

 

───何やかんやで少女たち(一人男+一人人外)の真剣勝負?が幕を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ふむ、ふむふむ、これも運命というものか。思い通りにいかないものだ」

 

 

甲冑の剣士は溜め息と共に言葉を吐く。兜の顎を擦り、何度も頷く剣士には呆れではなく、納得という感情があった。

 

 

 

 

「へえぇ、2対1かぁ。悪くはねぇんじゃあねぇか?葛城と同じような強さの奴もいるしよぉ、

 

 

 

よぉーやくッ!盛り上がってきたなぁ、えぇ!?」

 

 

竜の男 ファフニールは興奮していた。自分の感情を抑えることなく、外に吐き出し、自身を取り巻く歓喜に身を捩らせている。不死とはいえ、苦痛があるはずなのに、ファフニールはゆっくりと歩いてきた。

 

理解できない、夜桜は目の前の男を前にそう思った。だが、葛城は自身と似ている男の根底に気付く。

 

 

闘いへの欲求、そして強さへの渇望。それだけが男、ファフニールの動力源なのだ。

 

 

 

 

「─────興味深い」

 

 

柳生と四季を前に黙示録は沈黙していた。しかし、それは一瞬の事。すぐさま口を裂き、口癖となっている言葉を発する。

 

人の肉体が気味の悪い悲鳴に続いて、ノイズの塊に戻っていく。そして、崩れていく肉体から、繰り返されるように言葉が発された。

 

 

「実に、興味深い」

 

 

 

 

 

 

「……………我らは聖杯の守護者、五君帝(フルガール)。その我らをここまで追い込んだ事を誉めてやる」

 

 

立ち上がったアルトリウスは雪泉の攻撃で凍り、ひび割れた盾を地面に叩きつける。すると、巨大な盾がその形を変貌させていき─────巨大な大剣に変化した。

 

木の枝のように太い柄を握り、黒騎士は別種類の二本の剣を十字に交差させる。

 

 

刀身1m以上の長剣と盾の巨大さを引き継いだ凶悪な見た目の大剣。守りの盾を捨てたアルトリウス、彼は一つのものに特化していた。

 

純粋な破壊、敵を倒す殲滅力。

 

攻撃に優先した騎士は高らかと宣言する。

 

 

「だからこそ、我らは『本気』で相手をしよう」

 

 

これからが騎士の『本気』。だが、勘違いしてはいけない。持てる力を全て使う『全力』ではなく、真剣な心構えの『本気』だということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、閃光。どうする?」

 

 

「………どうしようもないだろう」

 

 

月光と閃光は困ったような表情を見せる。先程までユウヤと同行していた二人だったが、凄まじい衝撃に気を失い、いつの間にか他の場所にいたのだ。

 

 

地下に落ちたと思っていた二人は地上に上がろうとはせずに、更に降りてみることにした。忍である彼女たちからも下に何があると感じられる。

 

 

そんな彼女たちは物陰に隠れて、遠くの方に目を向けていた。

 

 

 

 

 

 

「…………ほんと、最近良いことない。雪泉たちの頼みでこの廃墟に来てみたら、大量の妖魔に襲われるし、でっかいビームに巻きこれるし、そして何より雪泉たちとはぐれるって、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!ほっんと良いことねぇじゃねぇですかぁ!?何だってんですか!何だってんですか!自分が一体何したってんですか、こんちくしょうがぁぁぁぁぁァァァァァァ!!!」

 

 

「「……………………」」

 

 

無数の重火器を体に纏う銀髪の青年。落ち着いたような態度は鳴りを潜め、溜まりに溜まったストレスに発狂しかけてる。

 

 

月光と閃光は互いを見合う。どうする? という無言の視線に誰も答えなかった。




五君帝(フルガール)の中で『聖杯』をちゃんと護ろうとしてるのは、実質アルトリウスのみ。


まともじゃねぇ………………。


ついでにようやく登場してきた主人公の一人、シルバーあまりの扱いに怒り狂う。出番無さすぎで自分も忘れてるくらいでしたwww


まあ、お詫びとしてシルバーのイラストを描かせてもらいました。手描きですが、良ければお願いします!


シルバー
【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十六話 佳境

先週は投稿できずに申し訳ありませんでした。どうしようかと悩んだ結果、日が過ぎていってしまったので謝罪が遅れてしまいました。



本編の話に何話かという数字を入れようと思っています。よろしくお願いします。


「聖杯を守る異形たち、彼らを動かす司令官。そして、闇の巨人か」

 

遠くからその状況を確認していたカイルはそう呟く。義手をメキメキと鳴らし、深いため息を吐いた。

 

何がどうなればここまでの怪物たちが同じ場所に現れるのか。そう呆れていたが、すぐにその考えを止める。

 

 

「何をしているのか分からないが、そろそろ立ち上がるべきだろう、紅蓮」

 

 

聞こえはしない声でカイルは囁いた。視線の向けられていた所に紅蓮はいない。いるのは巨大な闇を纏った巨人、その頭の部分にいる金髪の青年を見て、言葉を続けた。

 

 

「早くしなければ、あの青年は闇から戻れなくなるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の巨人、Neo=Dark matterは未だ完全ではない。形を為しているのは上半身だけ、下半身はドロドロの闇で構成され、今にも崩れそうになっている。このまま動けば、全部壊れるのではないかと錯覚してしまう。

 

 

「…………そうだ、そうじゃないか。何を臆する」

 

 

しかし、そんなことは関係なかった。キラは力ずくで巨人を動かそうとする。そこまでするのには、理由はない。だが、やりたい事、望みがあった。

 

 

 

「俺様たちを否定した人間も、大切な人を殺していった妖魔も、そいつらを作り出した聖杯も!そして、それらを全てを許容する、こんな世界も!」

 

 

異能使いと忍、その二つを『闇』へと追いやったモノたち。

 

同じように『闇』で生きていながら、自分たちを利用しようとした老害どもも。

幾度となく彼らの未来を奪った妖魔や混沌という化け物も。

自分たちの存在も、何も知らずに生きている人間たちも。

 

 

全てを許さない、赦す訳がない。そんな感情が身体の奥から溢れ出てくる。

 

 

「Neo=Dark matter、この世界が生み出した悪意と闇の権化よ。俺様を含む全てを呑み込め!そして、一つの闇に!!」

 

 

もう、後戻りは出来ない。

自分の元いた場所には帰れない。

そう止める声があったが、キラはそんな考えを振り払った。

 

元いた場所?帰れない?何を言うのか。

 

 

この世界でずっと孤独だった自分に、そんなものなど有り得ないだろう。心地がいい闇の中でそう断じたキラは口を裂いて嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

「──ラァッ!」

 

 

「クッ、…………このガキがッ!!」

 

 

鋭い拳を剣へと叩き込んだユウヤにゼールスは剣を持ち直し吼えながら斬りかかった。

 

 

しかし、簡単に受ける訳もなく、ユウヤは地面を踏みしめると回し蹴りをゼールスの顔へと放つ。慌てたゼールスが変異した腕で強引に反らす。

 

 

何とか攻撃を回避したゼールスは轟音につられ、目を向ける。

今もなお、破壊を繰り返す闇の巨人を見て、ゴギィ!と歯軋りをした。

 

「守護者どもめ…………一体何をしている!?人間よりもあのデカブツの方が危険だろうがッ!」

 

 

統括者の考えは納得できるものだ。今は少ししか動かない闇の巨人だが、もし暴れれば柱どころか聖杯も破壊されかねない。

 

 

それだけはいけない、絶対に。己の望みのためにも、許してはいけないのだ。

 

 

「──五君帝(フルガール)!!あの巨人を集中攻撃しろ!奴は優先対象だ、目の前の状況よりも優先して動け!!」

 

 

長剣を杖へと変形させ、杖の先にある小型の宝玉にそう怒鳴った。無線のように使っているのかもしれない宝玉からは返事がなかった。

 

中々返事が返ってこない事に苛立つゼールスは杖を砕かんとばかりに力を入れた。

 

 

「…………どうした!?返答しろ、聖杯を護るのが貴様らの役目だろう!!命令に『───ぇ』…………何?」

 

 

宝玉から聞こえてきた声に眉をひそめる。蚊の鳴くような小さい声がした宝玉に怪訝そうに耳を近付け──

 

 

 

『────うるっせぇッ!!!』

 

 

鼓膜を破壊しかねない声が統括者の耳を叩いた。耳に近かった為、咄嗟に宝玉を落としそうになり慌てたゼールスは自身の耳を疑った。

 

 

………今、我に逆らったのか?

 

 

彼の、ケイオスたちの『統括者』の中心が警報を鳴らす。自然と剣を握る腕が強く音を立てるが、そんなこと関係なしに声は響いた。

 

 

『ンなことたぁ、どうだっていいンだぜ。……だってよぉ、今、俺は楽しみなンだよ!!もっと、勢いよく暴れられる………真剣に闘えることがさァ!』

 

 

ビキ、ビキビキビキと額の青筋が浮き出る。

全てが自分の思い通りにいくとは思ってなかった……だが、何故───。

 

 

『……其の力を見破るだけではなく、援軍が来るとは……これが闘いというものか』

 

 

『いやはや、本当に、実に、興味深い!だからこそ、人間には興味が尽きないのだよ。何時でもね』

 

 

『──待ッッちなさい、貴方たち!何処にいようとまとめて捕まえてあげる!だから覚悟してなさいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 

 

戦闘(数人は明らかに違う)をしている他の三人の声を聞こえるが、最後の一人の声だけがなかった。最後の一人はリーダーの黒騎士、奴だけは逆らいはしないな、と断じて頭を軽く押さえる。

 

 

──だが何故だ、何故こんなにも…………。

 

 

「自分の思い通りにいかない……か?」

 

 

心を読んだように、ユウヤが紡いだ。さっきから上手く戦い続けている彼を、苛立ちを隠さずにいるゼールスは双眼で睨みつける。

 

 

「いくわけがないさ、誰も信用しないお前の計画なんて。そんなもの」

 

 

「…………ガキが。貴様の言う仲間とやらが守護者たちを討ち果たすとでも言う気か?」

 

 

ゼールスは嘲るように捲し立てる。しかし、それを聞いたユウヤは「そうさ」と告げる。

 

 

突然の事にポカンとした顔のゼールスに向けて、ユウヤは拳を地面に打ちつける。ミシィ!と拳の骨が軋むが、それを無視して続けた。

 

 

「そうすると俺は信じてる。ちっぽけだと言われても関係ない!あいつらがこんな程度の障害に膝をつく訳がないって!どんな敵だろうと打ち倒す!俺もやるんだ、あいつらもやるさ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この場の全てを遅くさせたスロウは短く嘆息する。目の前にいるのは、斑鳩、叢、そして叢の秘伝忍法である狼の【小太郎】と【影郎】。彼らはスロウの『遅速』の効果を受け、その動きを制限されていた。

 

 

「ッ………秘伝忍」

 

 

「させると思うのか」

 

 

自らの秘伝忍法を発動しようとした斑鳩にスロウは冷静に対処する。彼女が抜こうとした飛燕の横に剣を叩きつけ、数メートル先に弾き飛ばした。

 

 

すぐさま叢が鉈と槍を用いてスロウに攻撃を仕掛ける。兜の目のようなラインの光が叢へと向けられ、動きが目に見えて遅くなった。

 

 

「ぐっ…………がは」

 

 

「叢さん!」

 

 

般若の面が二つに割れ、無防備な体に蹴りを入れられた叢が吐血した。斑鳩は彼女の意図を理解し、弾かれた愛刀 飛燕を取りに走る。

 

 

しかし、スロウにはその様子を黙って見逃す気など更々もない。すぐに追いつき、斑鳩へと一太刀浴びせようと構えた─────直後、

 

 

 

「ご、おおおおおぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁ!!?」

 

 

左腕に走った激痛にスロウは吼えた。首を向けると、自身よりも大きい狼が左腕の鎧に噛みついていた。

 

 

「…………よく……やった、【大五郎】」

 

 

ビキビキと鎧に牙が食い込み、スロウは兜のラインを発光させ、【大五郎】の動きを遅くするとそのまま振り払う。

 

 

グシャッ! と勢いにより噛みつかれていた腕が宙を舞った。痛みを振り切り、スロウは言葉を紡いだ。

 

 

 

「『世 界』 最 大 ま で 遅 速 せ よ」

 

 

 

全てが、遅くなった。愛刀を手に取った斑鳩も吹き飛ばされ地面に突っ伏した叢も遠くにて巨人に破壊される世界も。

 

ただ一人、甲冑の剣士は腕の喪失した左肩を、そして周囲を見回した。

 

 

(………………どうする)

 

 

スロウは遅くなる世界で思考をフル回転させる。今斑鳩は宝刀を鞘に仕舞い、構えをとっている。抜刀術の構え、それに対するスロウの対抗策は二つ。

 

 

この極限まで遅くなった世界で彼女を斬るか。

 

 

時間の早さを戻し、攻撃を行う彼女を剣ごと切り伏せるか。

 

 

(…………剣を、砕く)

 

 

考えた末に、スロウは後者をとった。五君帝(フルガール)としではなく、ただ一人の剣士として。

 

 

(何の力だろうが関係ない、其の剣で切り伏せるのみ!)

 

 

そして、遅くなった世界が元の動きを取り戻す。それと同時に斑鳩の後ろに移動する。そして右手に握った刀剣を振り上げた。

 

 

 

(終わりだ………!)

 

 

自然と不敵な笑みが溢れた。斑鳩が振り返り、再度攻撃をしようが関係ない。混沌の刃を前に何の力を持たない刀がどうにもできる訳がない。

 

 

 

───筈だったのだ。

 

 

バヂィッ!! ガキィン!!

 

 

「───なっ!?」

 

 

だが、現実で起こった出来事は違った。斑鳩を刀ごと切り裂こうとした重力の刃は刀により、防がれていた。

 

 

(……………馬鹿な)

 

 

 

(馬鹿な、そんなことは有り得ん!其の『遅速』の力を打ち消すどころか其の剣に反応した?そんなことがあるものか!!)

 

 

内心激しく混乱するスロウだったが、彼は知らなかった。

 

 

スロウは、一度でも目に入ったものを対象として、どんなものをも遅くさせることができる。だが、その力には欠点、誓約というものがあった。

 

 

スロウが遅くした分だけ、それなりの修正が入る。つまり最初に斑鳩の感覚を遅くさせた時の修正により、彼女はスロウの剣を読むことが出来たのだ。

 

 

そんなことに気づくこともなく、相手を斬ってきたスロウもそれを体験した斑鳩もその事に気づくことはなかった。

 

 

「絶・秘伝忍法、絶華鳳凰閃ッ!!!」

 

 

「──覇王重断絶斬ッ!!!」

 

 

 

炎のような蒼い光を帯びた刀と惑星を動かす重力を帯びた剣が交差する。それだけだった。音もない、武器に宿った光が消失し、周囲に四散する。

 

 

 

「…………………フッ」

 

 

ビシッ、ビシビシビシと二つのものに亀裂が入った。一つはスロウが右手で握る刀剣。そして、もう一つは──

 

 

 

「見事だ」

 

 

ガラスの割れる音と共に全身の鎧に大きな亀裂が出来る。スロウの体がグラリと横に揺れるが、踏みとどまった。

 

「なるほど……………貴公らは『それ』は其より強かったのだな。それならば負ける訳だ」

 

 

まだ立つのか、と驚きの表情を浮かべる斑鳩の前でスロウは刀剣を振りかぶり、斑鳩ではなく、彼女の後方にある巨大な柱を斬った。

 

 

キレイサッパリに切断された柱が崩れ落ち、ヒビの入った鎧をスッと撫でた。失笑の色を含み、完全に砕けた剣を地面へと放り捨てる。

 

 

「いいんですか?……それは貴方の守るべきものでは」

 

 

「生憎、其はそこまで聖杯に執着などはないのでな。君たちのような者の剣を受けただけでも満足した」

 

 

アッサリと告げるスロウに斑鳩は少しの間警戒したが、それは無用だと感じ、甲冑の剣士を目を向ける。

 

 

瓦礫に背中をかけるスロウの兜が、嬉しそうに笑ってるように見えた。

 

 

 

「お面が…………………あっ、すみません!見ないでください!見ないでください!我の汚ない顔を見ないでくださいぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 

 

「…………何がどうしたというのだ?あの娘は」

 

 

ひたすら顔を隠そうとする叢にスロウが困ったような様子で(兜なので顔は見えないけど声からして分かる)斑鳩に疑問を投げ掛ける。

 

 

そうされた斑鳩はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

 

────五君帝(フルガール)スロウ敗北、残り四人。聖杯の柱、残り四本。

 




五君帝(フルガール)の一人、スロウの敗北です。


スロウの敗因はどちらかと言うと、強敵との戦いが少なかったことです。

そのせいで自身の力の欠点について上手く把握できてなかったことにあります。


まあ、本人も満足そうなんで、そこんところは納得してくださいお願いします(土下座しながら)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十七話 混沌を統べる者

ファフニールと闘っていたのは、葛城と夜桜。

人並みに大きい手甲と具足、二つの武器を扱う二人はそのコンビでファフニールへと挑みかかっていた。

 

 

「おおァ!どォした、この程度かァ!?響いてこねェぞォォォォォォォォォ!!!」

 

無防備な胴体に連擊を浴びせられようが、顔を殴られようが、ファフニールは平然として立ち上がる。その体には、傷は一つもなかった。

 

 

 

「俺を倒せねぇなら、柱は壊せねぇ。それは確実なことだ、決定的な事実なんだよォ!!

 

 

だからァ、死ぬ気でこいやァァァァァァ!!!」

 

怒号を放ったファフニールが両腕で地面を砕く。それだけの動作のはずなのに、岩や瓦礫が二人へと牙を剥いた。

 

そして、それらを回避した夜桜に近づいた葛城はファフニールに聞こえないように耳打ちをする。

 

「…………なぁ、やっぱり効いてないよな」

 

「そうですね、あんなに硬いのは私も初めてです。何か突破口はないでしょうか?」

 

「…………実を言うと、もしかしたらいけるかもしれないぜ?」

 

 

 

 

 

少しの間の話し合いが終わり、二人の少女がこちらに向くのをファフニールは確認した。そして次の動きを決定する。

 

彼女たちの一撃を食らおう、そして自身の強さを見せつけて本気を出させて見せる。大したことがなければ、それでいい。その時は殺すのみだ。

 

そして、葛城と夜桜が二人同時に放った攻撃。空気を押し出した圧が拳と足に纏われ、ファフニールに向かっていく。

 

しかし、

 

 

「あァン?」

 

そんな攻撃は外れる。ファフニールの後ろへと吹き飛んでいった。軌道が明らかに外れてるのを理解し、呆気に取られたファフニールは少しずつだが、苛立ちを覚えた。

 

 

「アァ?どういうことだ、オイ。テメェら、数打ちゃ当たるとでも思ってンのかァ!!?」

 

 

怒りに任せて周りを吹き飛ばすが、それでも現状は変わらない。二人は攻撃を続けるが、それら全てはファフニールの横へと反れていく。

 

言葉では表せない、形容不能なほどの怒りがファフニールの脳を沸騰させていた。ふざけるな、本気で闘え。嘗めた真似をするな。

 

ふと、自身のいる場所が真っ暗になった。正確には、周囲が大きな影で覆われたのだ。

 

 

「───どんな硬い物も通用しないって言ったよな」

 

 

あァ?と怪訝そうに真上を見たファフニールの顔が一瞬で変わった。慌てて走るが、もう遅い。

 

目の前に跳んできた葛城はニッコリと笑う。その目にあった強い遺志をファフニールは見た。

 

 

「だったら、これを受けても平気だろ?」

 

胴体に蹴りが打ち込まれ、ファフニールは後ろに下がった。そんな彼は上を見上げて影の正体を理解した。

 

支えを失い倒れてきた柱。後ろに下がってしまったファフニールは避けることも出来ず、そのまま地面に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

二人の作戦はこういうものだった。

ファフニールは、『柱は俺を倒さないと破壊できない硬さになってる』と言った。それはファフニールの硬さと柱の硬さは同じかそれ以下という意味になる。

 

逆を取れば、柱を使えば、ファフニールにダメージを与えることができる。

 

そして、葛城と夜桜は互いに交代して柱の付け根である固定具を攻撃し、ファフニールを柱の前に誘い込み、一気に固定具を破壊する。

 

 

その作戦は成功していた。だが、

 

 

「やってぇ、くれるじゃねぇか」

 

全身血濡れのファフニールが立っていた。両腕はダランと垂れ下がり、思い通りに動かせないように見える。

 

実を言うと、ファフニールは柱に叩きつけられた直後に柱に一撃を入れて破壊したことにより、ダメージを軽減させていたのだ。まあ、それでも軽傷とまでしか抑えられなかったのだが。

 

 

その状態で、ニヤニヤと笑うファフニールは身構える葛城と夜桜に向かって何とか健在な尻尾をヒラヒラと動かしてみせた。

 

「あー、いや。敗けだ敗け。今回の戦いは胸にきたぜ。それに、もうやり合う気力も体力もねーよ」

 

「本当…………なんですか?」

 

疑うような視線の夜桜にヘラヘラしたようにするこの男。戦う以外はどうでもいいので、そんなに気にしてない。

 

 

「まあ、んな細かいことは気にすんな。この俺が敗けを認めるなんてレアだぜ?誇っていいくらいだぜ」

 

多くの敵を玉砕してきたファフニールが二人の少女を、ライバルと認めたのだ。知らないと思うが、二人はこの後もこの男に執拗に(闘うために)狙われるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

各地で激しい闘いが起こっている中、まともに闘ってすらいない人もいる。

 

 

「はい、これで美野里と雲雀ちゃんの勝ち!お姉さんの負けだよ~!」

 

 

「やったね、美野里ちゃん!」

 

 

「ハァ……………ゼェ………………ハァ、…………ゼェ、何……………………です、って……………?」ガーン

 

 

「…………………マジかよ、この人。僕よりも先にバテてるとか、どんだけ運動してないんだよ」

 

 

雲雀と美野里、ついでの強制参加の志藤(女の子に力で負ける貧弱)とパンドラ(露出のヤバイ運動音痴)だったが、結果は雲雀たちの圧倒的すぎる勝利。

 

※ここに戦績について表記させてもらう。(試合回数/勝利/敗北)

 

雲雀、20/8/12

 

美野里、20/9/11

 

志藤、20/3/17

 

パンドラ、20/0/20

 

こんな散々な戦績を残して、完全にバテきってるパンドラを見て、志藤は割とドン引きしている。

そして、見事大敗北をしてしまったパンドラは泣く泣く柱を破壊しましたとさ、めでたしめでたし(呆れ)。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、なるほど、君たちのいる時代ってそんなに便利ものがあるのか。凄いものだな、人々の築く文明とは」

 

「でしょ、でしょ!?」

 

魔女のような姿をした少女が最新のスマホを細目の厳格な男性(しかし正体はノイズの塊)のアポカリプスが見せているこの光景、割と凄いものである。

 

 

そんな状況に心底困った様子の柳生は意を決して疑問をぶつけることにした。

 

「…………………いいのか?こんなことして。お前の仲間もこの事を知ったら」

 

「…………ぶっちゃけると、私は他の五君帝のやることなんてどうだっていい。スロウは剣士としての誇り、ファフニールは強者と闘いたい、パンドラは退屈な生活から脱したい。私は特にやりたいことなどない、興味があることしかやる気が起きないのでな」

 

やる気が起きないから闘うの止める。この男、いやこのケイオスは飽きっぽいのだろう(自由奔放とも言えるが)。

 

「あと、アルトリウスは真面目だからな。私たちの行動は咎めはするが、気にはしないだろう。

 

 

一番の問題は統括者だ」

 

統括者、かつて自分たちの敵となった怪物の名前に二人は真剣になった。

 

その様子を確認したアポカリプス。だからこそ、ハッキリと告げた。その怪物の本質の一つを。

 

 

「奴は我々を仲間とも見てない。奴にとっては自分以外の存在はゴミや道具だからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルトリウスの本気。

どんな攻撃をも捌くことのできる盾を捨て、剣を持つことで二刀流になる。

その状態のアルトリウスの戦闘の仕方は極めて単純。

 

相手を押しきる。それだけがアルトリウスの最も気に入るやり方だった。

 

 

「………………………馬鹿な」

 

激しい闘いの中でそんな声を漏らしたのはアルトリウス当人だった。今、自分は連続で斬りつけている。

しかし、彼の相手である飛鳥は押されてはいない。むしろアルトリウスへと攻撃を防ぎ、その隙を見て反撃に転じていた。

 

 

「────ッ!盾を捨て攻撃に集中したのに、なんで押しきれない!?」

 

激しい息切れを起こしながら、アルトリウスは飛鳥を睨む。おかしい、そんな訳がない。鋭い剣先を向けて、更に続けた。

 

「相手は人間だ。我らが本気を出せば簡単に殺せるような人間だぞ。それに防御を捨て、攻撃に特化させた!それなのに、何故勝てないのだ!!」

 

 

 

「盾を捨てたからだよ」

 

「…………………………は?」

 

ポカン、とした顔をアルトリウスは浮かべた。何を言ってるのか分からない、そんな様子だった。

 

「闘う力だけじゃない……………守る力も立派な強さなんだ!貴方はそれを捨てた。そんな貴方に私は負けない、負けるわけがない!」

 

「……………………………………れ」

 

「でも、貴方だって分かってると思う。大勢の人を救うって言ってたけど、違うでしょ?本当は、全ての人を救いたいって」

 

「黙れ!黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ、黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇェェェェェェェェ!!!」

 

プツンとナニかがキレると同時に、アルトリウスは半狂乱になりながら両手の剣を振り回した。その剣筋に先程までの精密な動きは存在せず、がむしゃらにただ目の前の現実を否定するかのように暴れまわっていたのだ。

 

 

 

 

「私は、世界を救う!永劫の救済を果たしてみせる!そう誓ったんだ!その為に、私は人を捨てた!人を殺してきたんだ!!

 

 

だから、邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァッッッ!!!」

 

アルトリウスが吼えた直後、二本の剣が周囲の黒い靄を吸い、巨大化する。長剣はより歪により猟奇的に、大剣は倍以上、天空に伸びる程の大きさへと変化していく。

 

 

「ダウンフォール・アヴァロォォォォォォォォンッッッッ!!!!」

 

又の名を、不浄なる楽園の失墜。

 

人々の希望などを嘲笑うような絶望が一条の柱となり振り下ろされた。大地、海、空、世界、全てを一刀両断するような勢いで地上へと迫る。

 

これを防がなければいけない。飛鳥はそう理解する。

そして、振り下ろされた絶望の一撃を、二本の脇差を交差させて、受け止めた。

 

 

「う、あああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

そんな一撃、それほどの一撃を飛鳥が押しきれるはずがなかった。腕からミシミシと骨が軋む音が鳴る。

 

終わりなのかもしれない。ふと、飛鳥は思ってしまった。

 

 

そして、彼女は──────

 

 

「…………………………………?」

 

そこでようやく、アルトリウスは気づいた。大剣は既に振り下ろされた。脆い奇跡を砕く絶望の剣により崩壊した地盤はこの地域を崩落させるだろう。

 

それなのに、何故いつになってもその現象が起きない?

 

 

「……………まさか、そんな」

 

大地を、大空をも切り裂く一撃だ。人間一人が防げるわけが────

 

 

「貴様、いやお前………」

 

 

緑の闘気が、強靭な風が周囲に巻き起こる。髪をまとめてた紐が解け、髪を下ろす。

 

その姿を見た黒騎士は焦りと恐怖を抱き、大剣を振るっているのもお構いなしに叫んだ。

 

 

「何なんだ、その力はァァァァァァ!!?」

 

 

真影の飛鳥――

 

疾風を身に纏い、二本の刀で巨大な剣を押し返していく。どちらが圧倒的かは明らかなはずなのに、それが全て無意味だった。

 

 

「飛鳥。真影の如く、正義の為に舞い忍びます――!!」

 

「ッ!!?──────お、のれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇェェェェェェェェ!!!」

 

絶望の一撃が粉々に砕け散る。目を見開き硬直したアルトリウスは次の行動を取った。歪な長剣を振るい、飛鳥に斬りかかっていた。

 

 

しかし、覚醒した飛鳥と正気を失ったアルトリウス。どちらが勝つかは明確だった。

 

 

 

 

───彼は、王として聖剣と民に選ばれた。そして民の為に努力した。

その結果、多くの部下から見限られ、裏切りにより彼の王は地に堕ちた。

 

 

 

だから、彼の王(アーサー)黒騎士(アルトリウス)になった。

 

そして執念により、聖杯を守護し続けてきた。全ては、世界の為に。もう間違えない。間違えるはずがない。

 

必ず世界を救ってみせる。

 

 

「そう思ったのに……………私はまた間違えた」

 

 

手から離れた長剣が地面に落ち、アルトリウスはその場に膝をついた。それを目にした飛鳥も動きを止め、刀を下ろす。

 

「聖杯を使うことが、最善だと思ってた。何が駄目だった?一体何が」

 

 

『─────アルトリウス』

 

聞いたことのある声が頭の中に、脳に響いた。

その声の主を知っていたアルトリウスは心の中で止まない警報に心を委ねていた。

 

────統括者、今更何を言うつもりだ?

 

 

『貴様以外の五君帝は柱を破壊された。やはり、あいつらも人間に負ける雑魚か』

 

自分以外の五君帝が負けた。

告げられた事実にアルトリウスは静かに納得していた。

そうか、皆が負けたのか。

 

ならば、仕方ない。自分たちはその敗北を────

 

 

『決まりだ、雑魚には他の方法で役立ってもらうとしよう』

 

あぁ、そうだった。

奴はそういう存在だった。

 

 

 

 

 

 

「────クッ!?この、力は…………!?」

 

短く呻いたスロウが地面に崩れ落ちる。自身に影響を与えた力を見て、驚いたように遠くを見やる。

 

 

「グ、ゴォォォォォォォッ!!…………そう、か。統括者、あのクソヤロウがァァァァァァ────!!」

 

ファフニールは全身に走る激痛に呻く。そして、自分たちにこのような真似をした統括者に怒りを見せた。

 

 

「……………むぅ、やはりか。統括者め、自暴自棄に成り果てたか。そうだろうと思っていたが」

 

酷く冷静に状況を把握したアポカリプスがそう漏らす。自らに起こる変化を理解してなお、彼は達観しているようだった。

 

 

「………………………………ふぅん、これで終わりなの。少し楽しかったのだけど」

 

 

自身の体に起こる変化を理解しながらも彼女は平然としている。いや、その表現は違った。悲しそうに呟いたのだ。

 

 

その四人の体からそれぞれの色を輝かせる宝玉が出現する。宝玉は空中を少しの間漂うと、凄まじい速さで飛んでいった。

 

四色の宝玉が向かう先、そこにあるのはただ一つ。

 

 

 

 

 

聖杯、空中に浮かびながらこの世界を塗り替えようとする混沌の神。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!周りから、反応が消えた!?」

 

五つの反応の内四つが消失したことにユウヤは驚愕する。攻撃の手を止めたのは強力だったその反応は飛鳥たちが原因ではないのだから。

 

なら、誰が原因かは簡単だ。

 

 

「準備は、整った」

 

「………………」

 

統括者ゼールスが聖杯を見上げたまま、呟いた。

 

 

「聖杯、我らが神も動き出す。こうなったら、我も真の姿で動くしかあるまい」

 

 

ただの青年の姿が、何故か鳴り響く心臓の音に続くように、変異していく。

 

紫と赤黒い色を練り混ぜたような混沌がゼールスの身体を包み隠さず覆っていく。

 

 

胸元がボゴボゴと膨れ上がり、露出した真っ赤な目。ギョロリと蛇に睨まれるかのようなおぞましさを感じさせる。

 

 

背中から深紅のナニかが浮き上がる。魔方陣、見たものは総称するそれは何重にも重なり、大きさを変えた。

 

 

「──────さぁーて、と」

 

 

これが統括者ゼールスの、混沌の異形(ケイオス)としての真髄。

 

 

「愚かな人間ども、殺し合うことしか知らぬ妖魔、自らの使命も果たせないケイオスよ、改めて名乗ろう。

 

 

 

我はゼールス、混沌を統べる者。そして、いずれは─────この世界全てを統べる存在だ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十八話 一つの闇

小説の書き方ってやっぱり難しいィ!


「なに、何が起こったの!?」

 

空を凄まじい勢いで飛来する四つの光。それがすぐ真上を通り過ぎた事に飛鳥と雪泉は混乱していた。

 

 

「統括者……………我々の同胞を、切り捨てたか」

 

膝をついたアルトリウスの言葉に雪泉と飛鳥は首を傾げる。

 

「飛鳥さん、どういうことでしょう?」

 

「私もよく分かんない………でも、あそこは確か」

 

その方角に向かっていた人物を思い出した飛鳥は胸騒ぎを感じた。急いで向かおうとした飛鳥を「待ってくれ」とアルトリウスが声を掛けた。

 

 

「私も行かせてくれ。奴は私の仲間をあのように扱った。どのような真意があるかを聞く理由がある」

 

 

真剣な彼の言葉に飛鳥は頷く。

感謝する、と頭を下げるアルトリウスは剣と盾を仕舞い、飛鳥と雪泉を連れて光の向かった方に走った。

 

 

 

 

 

 

誰も居なくなったその場に、一人の男が音もなく現れた。哀愁の漂う瞳を細くし、飛鳥たちの向かった方に目を向ける。

 

 

「………先程まで敵だった者と共に行動するか、流石だね。やはり君はオレを止めた者だよ」

 

 

その男、カイルは静かに微笑む。義手で柱の表面を撫で、スッと手を置く。

 

 

「だが、やはり詰めが甘いな。柱を破壊せずに、このままにしていくとは」

 

 

それと同時に、柱がメキ!とヒビ割れる。彼の手から出現した冷気が柱を凍らせたのだ。

 

「────、絶体氷結・侵凍崩壊」

 

静かに呟くと、冷気の鋭さが増す。

そして、数秒もせずに氷に覆われた柱が歪んでいき、粉々に砕け散った。

 

これで全ての柱は破壊され、供給の絶たれた聖杯は無敵ではなくなった。後は本体に強力な一撃をぶちこめばいい。

 

だが、そう単純なものではないだろう。

 

「オレ的には、あの娘(・・・)の様子が見れて僅かながら満足している。しかし、簡単には解決しないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ここ、は?」

 

紅蓮はボロボロになった状態で紅蓮は地面に転がっていた。全身を貫く痛みに意識が覚醒していく中、何がどうなったかを思い出そうとしていた。

 

視界の隅から現れた人影を見なければ。

 

「ッ!?おい、焔!大丈夫か!?」

 

「───ぁ、紅蓮か?」

 

近くの岩影から出てきた焔に紅蓮は近寄る。焦りながら彼女の傷を見るが、酷くないことにホッと安堵していた。

 

 

「紅蓮さん、焔さん!大丈夫ですか!」

 

「雅緋!無事か!?」

 

 

聞き覚えのある声のする方を見ると複数の人影が此方に向かってきていた。詠たちと、後の数人は………雅緋さんの味方かな?と心で考え込む。

 

「えっと、確かウチらがそこの人たちと妖魔を倒してたんやけど」

 

「そしたら、でっかいビームがこっちの方から来て、妖魔がまとめて消し飛ばされたんだけど」

 

「私たちも驚いていたら、あの巨人が見えてね。急いでこっちに来たのよ」

 

「……………キラ、か」

 

日影、未来、春花の話を聞いた紅蓮は少し前にキラが六つのビームを放った事を思い出す。多分、そのビームが辺りにいた妖魔たちを消し飛ばしたのだろう。

 

 

「…………、皆」

 

紅蓮が焔たちに目配りをする。

その間は無言だった。だが、彼の心意は伝わっていた。

 

 

「───待て、いや待ってくれ」

 

忌夢に肩を貸された雅緋が呼び止めた。

 

 

「キラを止めるのか?何故なんだ?理由がないだろう、お前たちに。このまま逃げても何も言われない。それなのに………………」

 

「理由はないさ」

 

ハッキリと紅蓮は言い切った。驚く雅緋たちを前にして、紅蓮は口元を緩めながら続けた。

 

 

「───理由なんてもがなくても、助けてくれる人はいるだろ?」

 

雅緋たちは知らないが、一つの話があった。

 

かつて、蛇女にいた男の道具して扱われていた自分たち。その男の凶行により仲間たちが危なくなり、庇った事で自分も倒れた。

 

だが、関係ない筈の彼らは自分たちの為に戦ってくれた。それは、紅蓮にとっての一つの行動原理になっていた。

 

 

「俺も、助けたい。大した理由がなかったとしても、偽善とか言われても」

 

「…………ホントに変わったよな、悪くない意味で」

 

 

そうかな?と聞き返すと苦笑いをしながら頷く焔たち。やっぱり分からないなぁと紅蓮は考え込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、皆!行くぞ!」

 

掛け声を発し、脚を避けると同時に戦闘が始まった。

 

 

「………………うざいな、邪魔だ」

 

自分に攻撃を仕掛けてきた者たちを理解したキラが鬱陶しそうに吐き捨てる。キラが手を払うと巨人の腕から細くなった無数のビームが伸びる。

 

 

炎を纏わせた刀を紅蓮は払い、火炎弾を飛ばす。巨人の体に命中した時には小さい爆発を連鎖的に起こしていく。

 

 

次の攻撃をしようとした途端、ガクン!と足が何かに引っ張られ、紅蓮はバランスを崩した。

 

 

足首をガッシリと掴んでいるアンカー。アンカーのついた鎖の伸びた先にあったのは、片腕を鎖へと変えたニヤリと笑うキラの姿。

 

 

腕を動かす動作に連動し、紅蓮の体が宙を舞う。不規則に振り回され、気持ち悪くなる。モーニングスターの鉄球の気持ちがよく分かる。

 

だが、そんなに明るく受け取れるわけなく、思うように出来ない状況に紅蓮は冷や汗をかいた。

 

 

(まずい…………こんな状態で攻撃されたら)

 

「へーい」

 

気さくな声が何故か耳に入る。

紅蓮が首を動かした時には目の前が真っ黒になっていた。

 

巨人の腕。六本の内、一本が紅蓮に叩きつけられる。紅蓮の何倍もの大きさと重量の腕、そんなもの無防備な状態で受ければ、どうなるのか。

 

 

「がっ、ばあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 

聞いたことのないくらい鈍い音が、脳内に炸裂する。空中で振り下ろされた巨腕に対応できず、そのまま地面へと叩きつけられた紅蓮は大量の血を吐く。

 

骨が何本も砕けたかもしれないが、元々忍並みには頑丈に造られているので動けない訳ではない。激痛が全身に響き渡る中、紅蓮は立ち上がった。

 

「くっ……焔、皆!大火力をぶちこむ!下がってくれ!!」

 

「あ、あぁ!」

 

 

「猛火を味わえ!零式・流星の紅火焔!!!」

 

凄まじい熱を帯びた刀から、宇宙から落ちてきた隕石のような炎の塊を投げ飛ばす。破壊力は例えと同様。

 

離脱した焔たちの前を通り過ぎ、炎の塊は巨人の体へと激突した。爆炎が辺りに飛び散り、周囲を煙で覆う。

 

 

 

「最強の異能を誇る俺様に勇敢にも挑もうとするか、その覚悟は称賛に値する」

 

馬鹿な、と思った。

 

巨人はその攻撃をもろに受けた。直撃だった、防御もせずに攻撃できた筈なのに、だ。

 

平然と立ち尽くしていた巨人の頭部でキラは高笑いをしながら、六つの剛腕を持ち上げた。

 

 

「悲しいけどぉ、効かないんだよなぁ!!」

 

 

鉤爪が大きく開き、砲口に光が圧縮されていく。先程、この周りを大きく吹き飛ばしたレーザー攻撃。

 

こんな至近距離で放たれれば避けられる筈がない。逃げるにも間に合わない。止めるしかない、そう思っていたが、その時は来なかった。

 

 

「待ってくれ、キラ!」

 

紅蓮たちの前に来た雅緋がそう叫んだ。

後ろを見ると近くから忌夢たちが走ってくるのが見える。

動きを止めた巨人、それを操るキラが心底嫌だいうような舌打ちをする。苛立ちを隠しきれていない、腹立ったものを。

 

 

「………………雅緋か、待った所でどうなる?貴様に何か出来るというのか?憎悪と敵意に身を委ねた貴様に」

 

んん?と付け足したキラは嘲笑するように、雅緋を見下ろす。わざと煽っているのだろう、と紅蓮は思った。

 

確証はない、それなのにそう信じていたのだ。

 

自分に構うのを、諦めさせようとしているのかも知れない。

 

「───という魂胆か?」

 

 

「残念だったな、その手には乗らない。私は、私たちは決めたからな」

 

「────ッ」

 

雅緋の答えを聞いたキラが顔を歪ませる。驚きと悲しみ、その中に本の少しだけ嬉しさがあったのかもしれない。

焦って目を反らそうとしたキラは不意に他の四人、忌夢、紫、両備、両奈の顔を見てしまった。

 

心から心配するような優しい顔、自分に向けられたそれを理解して、理解してしまった。

 

 

「─────そうか」

 

スッとキラの手がゆっくりと下ろされた。

巨人の動きも停止する、キラの力が少しずつ鎮静していく。

 

 

「───俺様は」

 

戻っていいのか? と聞こうとして、耳元でナニかが囁いた。

 

──受け入れるのか?光を、優しい光を。

 

自分が、この世界でどのように生きてきたのか。

 

──おいおい、忘れたのか?お前はどれだけ裏切れてきたのか。

 

自分がこの世界でどのような事を味わったのか。

 

───そうだろ、分かるだろ?なら、やることは一つ。

 

そう、だから。

 

 

「俺様は───────孤独でいい」

 

 

顔を覆った十本の指を食い込ませ、キラは強い拒絶を示した。垂れ下がった金髪との隙間から向けられた目に宿った拒絶が徐々に強い敵意に変わる。

 

ゾワッ!と彼の敵意に比例するように、闇が膨れ上がった。

 

上半身スーツのキラの身体を闇が覆っていく。闇が晴れた時に現れたのは、漆黒の鎧。

 

 

Dark Matter(ダークマター)』、彼の愛用する戦闘特化の自動装備。

 

 

ゴキリ、と首が鳴る。身体を反らしていたキラが首を動かし、上から大地を見下ろした。

 

 

「さぁ、造られた人形、そして忍たち」

 

 

此方を向いたキラの顔は見えない、それは当然だった。顔にはいつの間にか、漆黒のバイザーがあった。

真っ黒な、全ての光を塗り潰すような絶対の暗黒の色をしたバイザーが。

 

「融合の、今こそ交わる時だ。表と裏、光と影」

 

両手を広げたキラの背中から六本の虫の足ような刃が発現する。巨人の脚が音もなく消え去り、残された身体が宙を舞う。

 

 

「二つの不純(希望)を、一つの(絶望)に」

 

 

そして、巨大な闇が降臨した。




ぶっちゃけ、あと何話かでこの章は終わります!それだけじゃなくて色々続きますが、それでもいいという方はこれからもよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十九話 絶体絶命

一週間以上、期間を空けていた事を、この小説を気に入ってくれている方や読んでくれている方に謝罪します。本当に申し訳ありませんでした。


下手なものですが、うまくなるように努力していくのでよろしくお願いします。


「闇の力もよく馴染んできたし、そろそろ本気で暴れるとするか」

 

楽しそうな笑みを浮かべ、『Dark matter』を動かすキラ。脚を失った巨人は何故か宙を浮遊し、空から辺りを見下ろしていた。

 

 

「そんなことさせませんわ!」

 

 

キラの行いを止めようと詠は跳躍する。大剣を振るい、少しでも動きを抑えようとしていた。しかし、キラは一瞥もせずに手を払う。

 

 

そして、その一撃は防がれた。

キラではない、第三者の手によって。

 

 

それは黒一色だった。

闇のような漆黒の鎧を纏い、背中から四本の昆虫の脚のような刃を生やしている存在。

 

その乱入者は、今のキラと同じ容姿をしていた。

 

 

「おいおい、何を驚いている」

 

彼女たちの反応が見ていて楽しいのか、キラはニヤニヤと笑いながら腕を組んでいた。

 

 

「貴様らの相手をしている俺様は闇の王だぞ?この世界全ての悪意を含んだ王が、数で押しきれるば勝てる─────その程度のものかと思ったか?」

 

 

そう言ったキラが両手を広げる。腕から闇がこぼれ落ち、粘着性のある液体となって地面に染み付いた。

 

液体が闇となり黒となった時、キラが腕を動かした。勢いよく両手を合わせ、詠唱する。

 

 

「『Darkness Phantom Avatar(闇の幻影分身)』」

 

 

ドロリ、と黒が形を作る出来上がった七体が闇の中から音もなく出現した。合計八体、キラが闇から作り出した存在。

 

それらは全て、同じ姿をしていた。

 

「分身とは言ったが、偽物じゃあないぞ?血も流れてるなら脳ミソもある。思考がない状態だが、俺様の考えを理解して動く」

 

 

意志を持たずに命令だけを実行する肉体を持った分身体。機械のように起き上がったそれらは、無機質な仮面を向けた。

 

 

「貴様らの行動パターンは既に補足済み。ソイツに一体ずつ抽出、最適な能力を書き換え(インプットし)ている」

 

ガシャッ!と駆動音を響かせ、分身たちは同時に動いた。空高くに跳ぶと紅蓮と焔、雅緋から離れた詠たちを囲むように着地した。

 

背中の刃が開かれ、何時でも襲いかかれるように構えを取り始める。円陣を回りながら、相手を逃さないように。

 

「お前ら!」

 

「………クッ!」

 

 

そうはさせないと焔と雅緋が駆け出した。紅蓮も同じように走り出そうとしたが、すぐに脚を止め二人の腕を掴んでその動きを止めさせた。

 

 

何を………!と抗議しようと振り返った二人の前を熱線が横切った。

 

 

そんな事が出来るのは、この場で一人しかいない。

 

 

「おっと待てよ。貴様らの相手は俺様だろうが」

 

 

煙を吹いた剛腕を下ろし、『闇王の鎧(Dark Matter)』の上でキラはやれやれと首を振る。

 

 

「やるしかない………………二人とも」

 

紅蓮は変なマスコットのようなフードを深く被り、刀の束を握る。そして、隠れた目を後ろにいる二人に向け、アイコンタクトを取った。

 

 

二人も自身の武器を手に取り、その姿を変化させる。焔は『紅蓮の焔』に、雅緋は『深淵の雅緋』に。

 

 

万全な力を見たキラは身をよじった。先程光線を放った腕を含めた六つの砲口、胴体に取り付けられた四つの砲台、合計十の砲がエネルギーを充填し始める。

 

 

「まぁ、本気で潰しにいってやるから……………簡単に死んでくれるなよ?」

 

 

文字通り、一撃でも当たれば即死の弾幕が迫る中、三人は鎧を纏ったキラに突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その場に着いた飛鳥たちが見たのは、荒れ果てた惨状だった。激しい戦闘により、巨大なクレーターや痕が出来ている。

 

そしてもう一つ、

 

 

姿が異様に変化したゼールスと相対しているユウヤの姿だった。

 

 

ユウヤはボロボロの状態だ。体の至るところに傷ができ、血で汚れている。骨は何本折れているか分からない、いつ倒れてもおかしくなかった。

 

それでも、ユウヤは限界に近い身体を動かす。

 

口から血を吐きながらも、拳を握り締める。その直後、鋼鉄を纏ったラッシュを繰り出した。

 

 

対するゼールスは無表情、何一つ感じてないような空虚を抱きながら、立ち尽くしている。

 

それなのに、ユウヤの連撃は届かない。正面出現した半透明な障壁が全ての攻撃を無力化していた。

 

 

「うっ、らぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァッッ!!!」

 

 

地を砕くように力強く踏みつけたユウヤは叫びながら電撃と砂鉄を纏った腕を振るう。空気中で混じりあったそれらは電気の(あぎと)と化し、ゼールスへと向かっていく。

 

 

脅威と認識したのか、ゼールスは両腕を向ける。何とか防ごうと、再度半透明な障壁が張られる。

 

 

───押し勝ったのは、ユウヤの方だった。

 

 

「がっ、ばああぁぁっ!?」

 

ゼールスが呻き声をあげ、辺りに赤黒い血を散らした。

 

見れば、肘から先にあるはずの右腕と左腕が消失し、空中に二本の腕が舞っていた。

 

ユウヤの一撃が通った。強固とされたゼールスの障壁を打ち破り、大ダメージを与えることに成功したのだ。

 

だが、おかしかった。

ユウヤの攻撃を受けて、両腕を失ったゼールス。

 

何故か口を裂いて笑っていた。腕の痛みを味わっていながら、その笑みは嬉しさに染まっていた。

 

そして──────

 

 

 

ズンッ!!! と鼓膜に響くと同時に、彼の攻撃は終わっていた。

 

ゼールスの目の前、直線の方に半透明な一撃が貫いている。瓦礫の山だろうと、残骸だろうと関係なしに穴を空けていた。

 

読み取ることができない一撃は、音もなく消失した。

 

だが、忘れてはいない。ゼールスは目の前に攻撃を放った、その目の前にいたのは一体誰か────

 

 

「─────────────ご、ぶ」

 

ゴボリ、と口から赤黒い液体がドロリと吹き出る。グラリと揺れたユウヤの胸の中心は、ポッカリと削られていた。心臓があるべき場所を消し飛ばされ、ユウヤは膝をつき崩れ落ちた。

 

 

「…………障壁は守りだけではない。相手を殺すことにも使えるのだ。理解が及ばなかったな、人間」

 

 

両腕を失ったゼールスが豪語し、何かを囁く。すると切断された部分から黒いオーラが膨れ上がっていった。そして、集合したオーラが肉体となり、元通りに戻った腕を見せたのは数秒後のことだった。

 

 

「心臓を潰した。死は免れられんが、念を入れて置こうか」

 

ユウヤとの戦闘での傷をもろともしないのか、ゼールスはただ平然としていた。再生したばかりの腕を持ち上げ、ユウヤの方に向けた。

 

 

 

 

「………………ぐ、ば」

 

 

ズドォッ!!!!!と再び震動が走り、目の前が消し飛んだ。

 

何が起こったか、飛鳥自身もよく分からなかった。

 

 

空高くから落下してきた障壁。

 

それが先程の攻撃の正体、ゼールスが操る空間の力。何重にも束ねられた隕石にも及ぶ程の一撃は、ユウヤをいた場所ごと押し潰した。

 

 

彼の姿は、もう何処にも見えない。

 

 

「───ンフフ、クフフッ、フハハハ!ハーッハッハッハッハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 

ゼールスは嬉しそうに高笑いを響かせる。両腕を広げ背中を曲げながら、彼は玉座に脚をかけた。

 

そんな彼には飛鳥たちは見えてはいない。当然だろう。今の彼にはどうでもいい、興味など起こらない些事に等しいのだから。

 

 

「これで邪魔者は消え、我が神はついに目覚めた。もう誰も、我を止めることはできん!」

 

 

上空を見上げれば、宙に浮かぶ聖杯があった。その表面に、4つの紋様が光と共に浮き出た。

 

それが先程見た、他の五君帝のものだと。アルトリウスが説明したのを、飛鳥と雪泉は聞いていた。

 

 

「そうだ、この世界に思い知らせてやるとしよう──────新たな世界の支配者である、このゼールスの存在をなぁ!!!」

 

 

───■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!!!

 

世界そのものを軋ませ、崩壊させると錯覚するような不協和音を雄叫びのように響かせる聖杯。鮮血のような赤色の滲んだ、白と黒の翼が世界を塗り潰すように広がっていく。

 

聖杯という最悪の切り札を手にした統括者は両手を振るい、その力を思う存分に振るう。

 

 

絶対絶命。

ゼールスが言った通りだった、飛鳥も雪泉も自分たちが勝てるとは思っていない。そして、唯一彼に届きうるかもしれないアルトリウスは片腕を失い、思うように戦うことはできない。

 

 

「ユウヤくん…………」

 

 

膝をついていた飛鳥はその青年の名が、一滴の涙と共にこぼれた。

 

 

 

直後、血の色に染まった天空に一つの星が煌めいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十話 雷神《手書きイラストあり》

 

 

 

 

『どうした?そんな顔をして』

 

声を聞いて、硬直する。その声に視線を向けると、女性がいた。大人のようなスタイルをしているが、子供みたいな雰囲気をもった人物。

 

その人を見て、ユウヤはポツリと呟いた。見知っているその人物の正体を。

 

 

「………………師匠」

 

聞こえるような声であったのにも関わらず、彼女は反応しなかった。おかしいと訝しむユウヤはとある結論に至った。

 

 

─────違う、現実ではない。夢なのか?

 

そう思っていたユウヤは師匠の前にもう一人いることに気づく。彼女に弟子入りした黒髪の少年、そう昔の自分。

 

『ししょー、僕は強くなりたいです』

 

『……』

 

『あの日、みんながいなくなりました。あんなことが起きないように、僕みたいに悲しむ人がいないように』

 

 

…………そうだ、そういう理由で俺は戦ってきたんだな。今まで、あいつらに会ってからも。

 

そう考えてた途端に、それは起きた。

 

『ほーい』

 

『イタッ!え、え!?』

 

……何か今チョップされたよな?されたよな!?

 

突然頭に手刀を叩き込まれ、混乱する過去と現在のユウヤ。頭を抱え悶絶するユウヤ(過去)に師匠は呆れたように指摘する。

 

 

『まったく、急いでばかりだと何も見えないぞ?止まるのも大事だ、大事なものを見落とさずに済むからな』

 

『そんなこと言う為にチョップしてきたんですか!?』

 

不服を漏らす少年期のユウヤに笑って誤魔化そうとする師匠。

 

前に聞いた言葉。当時の自分はよく分からずにいたが、今聞いてみれば、理解できていく気がする。

 

 

俺がこの力を授かったのは、誰かを守るべきだとずっと思っていた。だからこそ、生き延びたあの災厄から。

 

 

だが、違った。

結局、そんな難しい話ではなかったのだ。答えは目の前にあった、焦っていた自分にはそれが見えなかったんだ。

 

それを知ったのなら、行かなければいけない。待たせる訳にはいけないから。

 

 

「────師匠、行ってきます」

 

彼女の横を通った時にそう囁く。自分に言い聞かせる為、心を強く持つ為のものだった。

 

 

『あぁ、行ってこい。ユウヤ、私の最愛の弟子』

 

聞こえている筈がなかった。答える筈もなかった。だが、確かに耳にした。振り返ろうとしたが、踏み留まる。戻らなければいけない、進まなければいけない。

 

 

優しく肩を押されるのを感じながら、脚を進める。

 

 

歩いた先には、眩い光が差していた。ここを通れば、戻れる。また戦うことになるだろう。

 

 

「───待て、答えを得たか?」

 

ユラリと前に立った影がそう問いかけていた。突然の事に一瞬驚くが、その意図を理解する。

 

生半可な覚悟で行かせない。そういうつもりだと察し、彼は言葉を紡ぐ。

 

「いや、まだだ。俺はよく分かってない」

 

 

「俺が助けたい、俺が守りたい、これからそれだけの理由で戦う。使命だから救うんじゃない、救いたいから救う、それが俺のやり方だ!!」

 

言葉を聞いた影が揺れる。何を感じたのか分からないが、フッと笑うとそのまま引き下がった。

 

「───そうか、ならば行け。時間は少ないぞ」

 

 

分かってる、そう告げて光に向かっていく。迷いはなかった。彼自身は気付いてないが、既にその答えは得ているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………?」

 

ピクリと誰かが顔を上げた。

その人物、アルトリウスは何かを感じた。何も出来ずにいる飛鳥と雪泉も続いて反応する。

 

ゼールスは気付かない、邪魔者を消せたのがそこまで嬉しかったのか。まだ哄笑を響かせていた。

 

 

 

雷が、落ちた。

 

 

 

ズッッッドォォォォンッ!!!!

 

 

 

あまりの衝撃に大地に激震が走る。見たこともないくらいの大きさの雷が近くに落ちただけ、そう思うべきだろう。

 

 

雷の落ちた場所に立つ人影を見なければ。

 

 

「─────────────は?」

 

 

高笑いが止まる。この場を支配していたゼールスが、唖然としていた。目にした、目にしてしまったからこそ、声が出ずにいるのだ。

 

 

ズンッと、地面を踏みつけた彼の体には電気が帯電していた。いや、電気というには強すぎる。正確には、『雷電』だろう。

 

バチッ、バチッ!と唸る音の中で、彼は言葉を口にしていく。

 

「異能『雷神』…………神化覚醒、初期段階(ファースト・アウト)

 

 

金属で出来た機械のような右腕と左脚、赤色のマフラー、前より長くなり所々が白く染まった黒髪、後方に漂う金属の刃、

 

 

それらの特徴をした青年、天星ユウヤは煙の中から姿を現した。

 

 

ザッ!と立ち尽くすユウヤは傷を一つも負ってない。それどころか、無傷とも言ってもいいだろう。絶句しているゼールスを見据え、彼は指を向け啖呵を切った。

 

 

「第二ラウンドといくか、統括者。勝ってばかりもつまらないだろ?」

 

 

「────いいだろう」

 

敵意にも似た重圧がこの場にいた全員にのし掛かってくる。無表情となったゼールスの口がブチブチと裂け、恐ろしいくらいに冷たい声が漏れていた。

 

 

「力が覚醒した?強くなった?それが何だ、だからどうした。その程度のもので我が、統括者を打ち倒せると思ったか!?」

 

 

「見くびるなよ!我は支配者だ!人を、忍を、妖魔を、混沌を、神そして世界をも支配する者である!!絶望しろ、我という災厄を前に!!!」

 

 

ごっ!! と空気が振動する。血のようなオーラを全身に帯びたゼールスは力の限り振り上げた腕を───叩きつけた。

 

 

 

先程と同じように、障壁が上空から降り注いだ。流星のような質量の一撃を前にユウヤは動じない。

 

そんな彼に真上から障壁が叩きつけられる。

 

 

だが、変化は起こらない。障壁が地面を押し潰すことはなかった。

 

 

「──『雷神武装・巨王力帯(メギンギョルズ)』」

 

 

青白いエネルギーが肉体に通り、半透明なそれを鋼鉄の腕で掴む。ビキビキビキと五本の指を食い込ませ、手の中に歪ませていく。そして腕を振るい、障壁をガラスを砕くかのように破壊する。

 

 

「なにっ!?」

 

 

絶対不変の一撃を打ち消され、ゼールスは慌てる。彼が身構えた時には周りに散ったガラス片に隠れ、その姿を消していた。周囲を見渡すがその姿は見られないのだが。

 

 

ズッと地面を擦る音。それを耳にしたゼールスは目を下に向け、言葉を失う。ゼールスの視線の先には───

 

 

懐にまで迫り、拳を構えたユウヤがそこにいた。

 

 

「『雷神武装・剛腕鉄槌(ミョルニル)』!!」

 

 

言葉と共に、後方に浮遊していた鋼鉄の刃が解離し、そのパーツが腕に装着される。まさに鉄槌に相応しくなった一撃が、ゼールスの顔面をぶち抜いた。

 

 

フルスイングの勢いが重なり、瓦礫の山に吹き飛ばされるゼールス。崩れる瓦礫の中からゼールスは姿を見せる様子はなく、次の行動を起こす。

 

 

 

文字通り、空気が突っ込んできた。

姿を見せないゼールスによる障壁弾を放ってきたのだ。挙動を見せない不意打ちとも取れる一撃にユウヤがとった行動は単純なものだった。

 

雷電を帯びた機甲の腕を払い、障壁が粉砕する。無数の破片が周囲に散る前に彼の雷撃を浴びて消失する。

 

 

「………ユウヤくん」

 

「………すごい」

 

飛鳥と雪泉はその圧倒的な力に驚愕する。

 

「彼が、人が、ここまで戦えるとは……………」

 

片腕を失った騎士アルトリウスはそう呟く。人を救うためにと願っていた彼だったが、彼の姿を見て何かを感じたのか、自分の片手を見下ろしていた。

 

 

 

ドゴォンッ!!と瓦礫を薙ぎ払い、ゼールスが起き上がる。全身に赤黒いオーラを纏い、彼は無表情ながら的確にユウヤの力を言い当てる。

 

「………それは、神の力。人には過ぎたものを、そこまで行使できるとは」

 

不愉快そうに鼻を鳴らし、オーラが消えていく。そうして現れた彼の姿は治っていた。全快ではないにしろ、完治するのは時間の問題だ。

 

 

「だがそれだけだ。神ごときの力で支配者に勝てると思うか?世界を支配するこの我に」

 

「………………前から気になってたんだが、

 

 

 

 

お前、何で支配者になろうとしてるだ?」

 

「はぁ?」

 

心底おかしそうにゼールスは眉をひそめる。そして、くだらないと言わんばかりに溜め息を吐く。

 

無視することにしたゼールスにユウヤは更に続けた。

 

「統括者になって世界を支配するって言うけど、さっきからよく分からないだ。そこまでやる理由が、お前がそこまでしたいと思う理由が」

 

 

ギチリ、と。

 

何故かその言葉がゼールスの中に疑念を抱かせた。理由、支配にこだわる理由。言われてみればそうだった、一体どれほどの理由があったから、支配を望んだのだろうか。

 

普通なら分かるはずのそれが分からない、そんなゼールスは突然起きた頭痛に頭を抱える。

 

 

 

『どうしたの?貴方一人?』

 

声がした。前にも聞いたことがあるような声が。

 

目を開くと、景色が変わっていた。自身のいた世界が相対していた青年ごと消え、別の世界へと変わっている。

 

彼の目の前で、一人の■の少女がそう声をかけていた。少女の目線の先にいるのは、少年。

 

『…………………?』

 

ボロボロの姿をした彼は、この世全てに絶望したような目で少女を見上げていた。

 

 

 

───景色が変わる

 

『■■くん。私ね、■■■になる。皆が幸せになれるように』

 

『………………?……、………』

 

笑顔を浮かべながら夢を語る■の少女に、少年■■は静かに聞いていた。

 

 

『ありがとうね。私も頑張るから、■■くんも見ててね』

 

 

駄目だ、駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ─────

 

興味の無いはずなのに、心の奥から見たくないという感情が溢れてくる。

 

 

思い出せない(思い出せ)思い出したくない(忘れてはいけない)、この先は─────

 

 

「理由など、ない。必要ない」

 

それ以上、見ることを拒絶した。関係ない、訳の分からない記憶より、自分が果たすべき事だけが重要なのだ。

 

 

 

「我は統括者ゼールス。混沌より生み出された異形、ケイオスの王。この世界の全てを支配する、邪魔はさせんぞ!!」

 

「………………………そう、かよ」

 

ユウヤは拳を握り、憐れみの目を向ける。まるで自分の心中を見透かされたような態度にゼールスは腹が立つ。

 

 

「だったら止めてやるよ、テメェの野望とやらを。そして、教えてやる。俺たちの生きる世界が、そんな簡単に支配されるもんじゃねぇってなぁ!!」

 

ユウヤの叫びにゼールスは否定しようとして、また頭を抱える。まただ、さっきから頭痛がする。分からない謎に困惑しながら、ゼールスは決めた。

 

 

目の前にいる敵を潰す、確実に。

 

 

「────やってみろよ、人間風情がぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

「人間を、俺たちを舐めるなよ!!統括者ァ!!!」

 

吼えたゼールスが自らの血液を弾丸のように飛ばし、それに応えたユウヤが同じように雷撃の武器を作り出す。

 

 

そして、跳躍した数秒後に、雷撃と混沌が激突する。互いの望みの為にぶつかり合う。

 

 

一人は全てを支配下に置くためだけに、一人は守りたい人たちを守るためだけに。

それだけの理由で彼らは戦う。望みを叶えるのに、大した理由なんて必要がないから。




覚醒ユウヤの手書きイラスト


【挿絵表示】



今の画力ではこれで限界です。もう少し上手くなろうと思うのでよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十一話 炎獄王

手書きイラストは下です。よろしくお願いします!


圧倒的、それが三人が抱いたキラとの差についてだった。

 

どれだけ強力な攻撃を浴びせても、コンビネーションを合わせて攻撃しても、キラ本人と鎧はすぐに回復していく。ジリ貧、そう言うしなかい状況に、「二人とも」と紅蓮が声をかけてきた。

 

「詠たちのところに向かってくれ、あいつは俺が倒す」

 

「なっ!…………無茶だ、私たちでも勝てるか分からないんだ。お前だけが戦っても、意味がないだろ!」

 

雅緋の抗議に紅蓮はそれ以上答えない。その様子を静かに見ていた焔は、紅蓮に聞いた。

 

「…………やれるのか?」

 

「あぁ」

 

「…………………分かった。行くぞ、雅緋!」

 

それだけ言うと焔は雅緋を連れて走っていく。見届け終えると、キラとその鎧に相対する。

 

同じく黙って見ていたキラは高笑いを響かせ、紅蓮に対して声をあげた。

 

「倒すとは、豪語したなぁ!だが、貴様がどうやって俺様を倒すと言うのだ!?」

 

「こうやって、だ」

 

刀を地面に刺し、紅蓮は目を閉じる。長い沈黙にキラは眉をしかめるが、ようやく口を開いた。

 

 

「──造られし肉体に宿る原初の炎よ、我が意思に答えよ。肉体を薪としてくべ、煉獄の業火で世界を包め。

 

 

 

 

モード、炎獄王!!」

 

烈火の嵐が紅蓮を包み、周囲に火を撒き散らす。そして、その中から人影が動き出した。

 

 

灰色の髪に蒼い瞳、炎の如くに赤い服装。そして、地獄の炎を体現したかのような大剣を片手に構えている。

 

あまりの気迫に慌てたキラが手を振り上げ、鎧に攻撃をさせる。六本の腕から極光のレーザーを放つ。

 

姿を変化させた紅蓮は立ち尽くす。そのまま大剣を横に振るう。

 

ズザンッ!!!

 

 

「なッ!?──────コイツ…………!!」

 

キラは驚愕する。無敵と自負していた一撃が斬撃で突破され、鎧に大きなダメージを与えられた。言葉が出ないキラだが、それは目の前の出来事にではない。

 

彼は最初、紅蓮を見ていた。そして互いの目が合う、

 

 

蒼い瞳の奥に────ナニかを見た。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、俺様の鎧に傷を付けるとは。少しばかり、見くびっていたかもしれん。貴様の炎は俺様の闇を打ち消す、この事実は飲み込むべきだな」

 

巨人の外装が破壊され、怪しく渦巻いた黒い闇が隙間から覗いている。そして、前と同じく闇が破壊された箇所を包めば、元に戻っている。

 

「その上で一つ聞かせろ──────貴様は何だ?」

 

先程までの余裕を全て捨て去り、キラは問いかけた。瞳の奥に見えた、自分の言葉では説明不可能な存在。

 

彼の問い掛けに紅蓮は首を傾げる。そして、平然と答えた。

 

「俺は俺だ。他の誰でもない」

 

「………そうか、ならいい。それにしても、厄介な炎だな。貴様のそれは」

 

少し不服そうなキラだが、嘘をついて無いことは分かるので、引き下がっていく。

 

 

そして、一転。紅蓮に冷たい視線を向け、もう一つの事実を指摘した。

 

「だが、それも制限がある。例えば、莫大な火力を出すには相応の生命エネルギーを変換なければいけない、とかな」

 

直後、紅蓮は膝を付き大量の鮮血を口から吐いた。ビキビキと身体中の血管が悲鳴をあげる中、声をあげることなく紅蓮は言葉を発することはなかった。

 

 

「無謀なものだ。貴様の体は人とは違う、故に炎に耐えきれていない。同情するよ」

 

地面に大量の血を吐く人に似たモノを見下ろし、キラはそう憐れんだ。

 

地面を引っ掻くように起き上がった紅蓮は口を拭い、大剣を掴む。自身の血で出来た池を踏み締め、噛み砕くように告げる。

 

 

「────陽炎獄魔王剣(レーヴァテイン)、解凍」

 

ジュッ!と血の池が沸騰し、蒸発する。紅蓮、そして彼の持つ大剣が激しい熱と火を帯び始めたのだ。

 

 

「一気に押し切る気か。分からなくもない、それが最適解だ。

 

 

 

だから俺様もそうする」

 

 

高らかと宣言し、キラは指を鳴らす。

 

巨人は六本の腕を広げると円を作るようにしていた。全ての腕が回転し、ガチリという音と共に動きを止める。

 

そして、今までの倍以上のエネルギーを光として、砲口から見せつけていた。

 

「装填開始。有限(リミット)無限(インフィニット)、全ての因果は輪廻する」

 

 

詠唱と同時に互いのエネルギーが増幅していく。そして、対立する相手を睨み、自らの力を解き放った。

 

 

「灰燼も残さず───焼き払え、神魔焼却・閻魔=零式!!!」

 

「『THE・ZERO(ゼクード・エレメンタル・ロスト・オウルガーン)』!!!」

 

 

紅蓮は魔剣を振るい、灼熱の業火を放つ。対してキラは自身の中にある全てのエネルギーを収束し、破壊の一撃を今までのとは比較にならないビームにして放出する。

 

 

互いの最強の攻撃は一瞬だけ均衡する。しかし、一瞬だけ。二つの光はぶつかり合い、一気に縮小する。

 

そして、

 

 

 

 

 

その場を中心とした、辺りを巻き込むほどの大爆発が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ………………」

 

「俺様の勝ち、貴様の負け。勝敗は決まったようだぞ?」

 

宣告と共に、片手で敗者を持ち上げながら、勝者は爆発の中心に立っていた。だが、キラも軽傷ではない。身体中ボロボロになり、彼の切り札だった鎧も既に破壊された。

 

だが、関係ない。勝ったのは自分なのだから。そう思い、キラはニヤリと微笑んだ。

 

 

「少し………教えて、やろう………か?」

 

「…………………聞くだけ、聞いてやろう」

 

すぐに殺されかねないこの状況で、紅蓮はそう聞く。その度胸にキラは呆れるしかなかったが、紅蓮の言葉に耳を貸す事にした。

 

 

「さっきの………爆発だけど、皆はどうなったと思う?」

 

「消し飛んだ───それ以外無いだろう。生身で受ければ即死は間違いない」

 

「……………ハッ」

 

平然と告げたキラに紅蓮は鼻で笑って見せた。不愉快そうに眉をしかめ、首を絞める手に力を入れる。苦しそうに呻いた紅蓮はゆっくりと片手で指差した。

 

 

その様子におかしく思いながら、キラはその差された先を見る。

 

 

爆発で発生した煙の隙間から見えたのは、起き上がった焔と雅緋の姿だった。

 

 

 

「は……………、なぁッ!!?」

 

混乱したキラの視界の隅に更にもう一つ見える。自身の分身たちと戦っていた筈の詠たちと忌夢たち。彼女たちは傷を負っているが、誰一人として瀕死の重体などではなかった。

 

 

「馬鹿な……なぜ誰もやられていない!? ……どうなって、あれだけの衝撃を受けて全員無事でいられるはずが」

 

「………………それだけ、じゃないだろ。よく見てみろ」

 

時間が経ち、視界を遮っていた煙が晴れていく。それにより、キラはもう一つの存在を確認した。

 

キラの分身たち、彼が闇から作り出した分離体。邪魔と認識した少女たちを排除するために戦わせていた十体の個体。

 

その彼らが、敵であるはずの彼女たちの前に立っていた。まるで、身を挺して衝撃から庇ったかのように。

 

 

「馬鹿な……そんな馬鹿な!何故、そのような行動をする!俺様の分身ども!有り得ない、何時そのような命令を下した!?」

 

「まだ、分からないのか!?」

 

混乱するように叫ぶキラに紅蓮は睨み付けるながら首を掴む腕を掴み返す。

 

 

「さっき、お前も言ったじゃないか………『分身たちは、俺様の考えを理解して動く』って」

 

「ッ!!」

 

そう、キラがどう言おうと分身体が彼女たちを庇った。その事実は変わらない。

 

 

「同じように言ったよな、誰も必要としてないって。仲間なんて思ってないって!」

 

「…………うる、せぇ」

 

「本当は、本心は違うだろ!彼女たちを仲間だって思ってるから!その心がお前の言う闇にも伝わったんだ!!」

 

「うるせぇって、言ってんだろうがぁ!!!」

 

表に見せた激情と共にキラは腕を振るった。掴まれていた紅蓮が吹き飛び、瓦礫に叩きつける。

 

紅蓮が起き上がるかどうかのタイミングで、腹に蹴りが入れられた。ボールのように転がっていく紅蓮にただひたすら、キラは殴る蹴るを続けるだけだった。

 

 

もう体力の残ってない紅蓮は避けることも防ぐことも出来ない。キラの猛攻を受けるしかなかった。

 

何度も殴り、蹴られ、地に伏した紅蓮の頭を足で踏み、キラは笑う。ようやく落ち着いたのか、息切れをしながら紅蓮を見下ろしていた。

 

「貴様は……生きてれば、奇蹟が起こるとでも思ってんのか?こんな影で生きる俺様たち異能使いや忍が、表で笑ってられるとでも思うのか?」

 

 

ゾワッとキラの全身から黒い靄が吹き出した。今まで見てきた闇とは違う───正真正銘、暗黒に染まった闇がキラの腕に纏わりつく。

 

その闇に触れた周囲の瓦礫が一瞬で消える、そこにあった存在が元々無かったと思わせる。

 

「ふざけんな!光なんて、希望なんて、そんなもの見れる訳ねぇだろ!惨めに影で生きるしかねぇんだよ!俺様も貴様も、全員だ!だったら、俺様たちが生きれるように!世界を染め上げてやろうじゃねぇかッ!!」

 

 

比喩などの優しさは無い、暴れ狂うようにキラは吼えた。地面に倒れ込む紅蓮に、闇を纏った手で触れようとする。触れれば、終わり、簡単に死ぬ……………だからこそ遠慮なく牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それが普通だった、今までは。

 

 

「は?」

 

 

おかしな出来事が起きた。限界だと思われていた紅蓮が立ち上がり、キラの腕を掴んでいる(・・・・・・・・・・)

 

 

「…………う、ぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

文字通り、血を吐きながらの絶叫と共に紅蓮は腕ごとキラの身体を引き寄せると、振り上げた拳をキラの顔面に叩き込んだ。

 

 

バキッ!と音と共にキラはヒビの入ったバイザーから苦悶と驚愕の表情を見せる。





【挿絵表示】


ここに貼っておきます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十三話 決着

世界の命運を握る二つの最終決戦。


その決着が今、つこうしている。


少年は、もともと混沌ではない───妖魔だった。

 

知性と人の形を得た少年は妖魔たちから迫害され、その命を狙われ、心身ともに疲れ果てていた。

 

 

しかし、一人の忍が彼の生き方を変えた。笑顔が絶えない少女、少年が知る中で誰よりも人々が笑える世界を望んだ少女に、少年は憧れていた。

 

 

しかしその少女は死んだ。妖魔を狩り尽くす存在である『彼女』から少年の命を守り、その戦いの傷で亡くなってしまった。

 

声を掛ける事すら出来ず、少年は少女を死なせた。彼女を笑顔にさせるという、ちっぽけな願いを叶えられず。

 

 

だから、少年は統括者になった。全ては、今は亡き少女の『願い』を果たす為に。

 

 

 

 

 

 

「……………ふん、慢心していたな。我は」

 

一歩後退ったゼールスがそう吐き捨てる。『雷神』へと覚醒したユウヤ。彼との戦いにゼールスは少しずつだが、確実に押されていた。

 

 

しかし、余裕の表情は消えていなかった。ニヤニヤと笑うその顔には、まだ勝利への渇望が残っていた。

 

「なぁ、人間。お前は全力で挑んできたよな?だったら、我も持てる全てを使ってでもお前に挑まなければ………駄目だよなぁ?」

 

「………どういう、意味だ?」

 

 

何も答えないゼールスだったが、すぐにその意図が分かった。

 

 

変化が、あったのだ。

 

天空に浮遊する未知の物体 『聖杯』。それが動き出していた。先程まで大きく広げていた翼を縮ませ、その身に凄まじい熱量が溢れていく。

 

 

「…………お前、分かってるのか」

 

対立していたユウヤが歯軋りしながら呟いた。彼の言いたい事を理解しているゼールスは尚更と言わんばかりに告げる。誰よりも勝利を確信した様子で。

 

 

「数千万の命と世界の地脈を使ったエネルギーを放出すればこの場所、この街…………それだけでは済まないな。この大地に絶大なダメージを与える。

 

 

さぁ、どうするつもりだ?」

 

──全ては宿願の為に。本末転倒と言われようが、彼は止めることは無いだろう。しかしそれは、たった一人を覗けばだが。

 

 

 

 

 

 

 

つんざくような感覚が、全身に走った。訳が分からないまま、キラは自分の手を見ていた。

 

彼は知っている。その感覚が痛みだということを。しかし、それが今まで自分が味わってきた精神的なものではなく、肉体的な痛みだと気づくのに大きな時間がかかった。

 

 

何故、と思うキラは知らない。今までの戦いで自分が気づかない程に体力と気力を消耗していたことを。そして、何よりもう闇の力が扱えないほど自身が困憊していることも。

 

だが、どうでもいい。何もかも、どうでもいい。

 

 

「…………ふざけろォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!」

 

 

ただ一つ、自分に傷を与えた相手を叩きのめす。それがキラの選択だった。

 

 

勢いよく飛びかかるキラだが、紅蓮はそれを迎え撃とうと腕を振るう。その攻撃を避け、キラは両腕を振るった。

 

右、左、右、左、右、左、右左右左右左右左右左右左。凄まじいラッシュを食らわせ、よろめいた紅蓮に馬鹿にするかのように吼えた。

 

 

「どぉしたァ!?この程度かよ!?俺様にふざけたこと言いまくったのに、この程度で終わるのか!?だったら、テメェの仲間もぶちのめしてやるかぁ!!」

 

「────ッ、ウアァ!!」

 

 

紅蓮が動いた。胸倉を掴んだ両手首を掴み返す。そして、精一杯の強さで歯噛みすると彼の顔に向かって頭突きを食らわした。

 

「グ、ごぉ………!?」

 

顔面に直撃し、鼻が砕かれるような音にキラは思わず手を離す。直後、紅蓮は身体を捻り、回し蹴りを食らわせる。

 

 

脇腹に叩き込まれた衝撃に、吐きそうになる。しかし、キラは踏ん張り、立ち止まった。

 

「────ッあ!テ、メェぇぇぇぇぇぇぇェェェェェェェェェェ!!」

 

 

絶叫を響かせ、キラは持てる力を振り絞る。そして、本気で紅蓮の顔面をまた殴る。何度も続けた行為に、息切れしながらキラは睨む。

 

 

「………何で、そこまでやりやがるんだ!さっきから、」

 

テメェらには、何も関係ねぇだろ!と続けるキラに紅蓮は瓦礫に手を掛けて、立ち上がる。

 

紅蓮自身も、キラの目的に対する執着はない。自身の命を張る理由もない。あるとすれば一つ、自分が戦うことで守られるものがあるとすれば─────彼は全力で戦う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

疑問があった。

 

何時まで経っても、終わりの一撃は来ない。この街を吹き飛ばし、挙げ句には星にすら重大なダメージを与えかねない威力の光が。

 

一番最初にその事実に驚愕したのは他でもない────────統括者 ゼールスだった。

 

 

「───なっ!何故だ、………何故動かんッ!?」

 

 

慌てながら彼は叫ぶ。だが、聖杯の動きがピタリと停止し、反応すらしない。今この場で最強とされていた存在が、その動きを止めたのだ。

 

 

何故、と頭を回転させ────ハッと思い出した。眼球だけを動かし、あの場所を見る。ポッカリと空いた大穴、聖杯が出現した場所を。

 

 

「………………おのれ」

 

そう吐き捨てるゼールスの顔には、最早余裕など無かった。

 

 

 

 

 

彼の視線の先、巨大な穴の中で起きていた事は簡単だった。

 

穴の奥には沢山の装置が置いてあった。ゼールスが聖杯を動かす為の制御装置など、重要な物が。

 

それらを前に、銀の青年は呆れたようにため息をつく。

 

 

「よく分からない構造だけど、何をどうすれば壊れるのかは理解できる、ね!」

 

腕を振るい、水の飛沫を飛ばす。小粒の水滴は、周囲にある装置に風穴を空けていく。

 

ふーっと深呼吸をした青年 シルバーは作業を続けながら、近くにいる二人の少女に質問した。

 

 

「で、自分に教えてくれたのは助かるけど………君ら誰なの?」

 

彼女たちの動きから忍だと分かる。忍狩りも伊達ではない、そう思うシルバーだったが、彼の様子を気にしないように顔を見合わせた二人は、

 

 

「「通りすがりの忍(だ)です」」

 

「名前だよ、名前言えっつってんだよ。話聞いてくれないなぁ、この()たち」

 

 

こめかみを片手で押さえたシルバーは、更に装置を壊しいった。自分にやれることはこれだけ、後は譲るべきだ。決着をつける役目の人物に。

 

 

 

 

 

 

誰かの意図を瞬時に理解し、彼は走っていく。多くの人に背中を押されるように、ただひたすら。

 

 

自らの望む世界へと変えようとする支配者を演じる少年の所へと。

 

「う、おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 

 

「───ッ!障壁よ!」

 

 

ゼールスが手を掲げる。直後、七枚の半透明な障壁が展開された。

 

今までの物とは違う。ゼールスが全身全霊の力で作り出した障壁の束。走る脚を止めることなく、ユウヤは自らの拳を叩きつけた。

 

骨が折れるかと思う程の衝撃が身に染みる。しかし、それで止まらない。文字通り、血を吐くような絶叫を響かせ、七枚の障壁を一気に貫通していく。

 

 

無敵の絶対防御は破られた。しかし、七枚の障壁を破壊したユウヤの一撃には最早威力は無い。何故なら、その腕はもう既に使い物にはならないのだから。

 

 

勝った、確定的な事実にゼールスは嗤った。片腕を失った彼はもう片方の腕を使うだろう。

 

 

──その前に、終わらせる。

 

「終わりだなァ!天星ユウヤァァ!!!!」

 

 

勝利宣告と共にゼールスは片腕の爪を伸ばし、容赦なく振るった。体を切り裂き、腹を破り、それで確実に殺す。

 

 

 

 

だが、

 

 

「これで、捉えたぞ………!!」

 

 

馬鹿な、そんな馬鹿な。

勝利を確信したゼールスは目の前の出来事に絶句した。

 

 

防いでいた。障壁を破壊した腕で、殴るために振るわれた腕で、ゼールスの爪を食い込ませながらその攻撃を防いでいた。

 

 

 

 

障壁を使う?無理だ、こんな至近距離では発動しても意味などない。

 

聖杯を使う?忘れてない、何者かに制御装置は破壊された。動かすことなどできない。

 

他の手段を使う?

 

 

 

 

 

そんなもの、今の自分には残ってなどいなかった。

 

 

 

ユウヤが防ぐ腕とは違う、片方の腕を振るう。後方へと払われた腕に莫大なエネルギーが集まっていった。

 

電気、電撃、雷の力。いやそれだけではない、本質的な違うモノ。ゼールスが気圧される程の濃厚なエネルギーの総量。

 

 

 

避けられない、確実にこの一撃は直撃する。

 

 

(何なのだ、コイツは………コイツらは!!ここまで我が追い詰めたというのに、明らかに絶望的な状況だったというのに!!)

 

 

 

腕に蓄積するエネルギーが膨大な量へと倍増していく。たった数秒の事だったが、ユウヤにとってそれは長い時間に感じていた。

 

やることはただ一つ─────ありったけの力を相手にぶちこむのみ。

 

 

 

「ライジング・スターフォール・ユニゾン、ブレイカァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」

 

 

けたたましい雄叫びを響かせ、全身全霊───それ以上の力を溜め込んだ拳を、ゼールスの胸に叩き込んだ。

 

 

 

 

 

ピシッ、と音が響き、何も聞こえなくなった。

 

 

───負け、る?我が?嫌だ、そんなの、そんなもの認めない。我は、この世界を統括する。終わる、終わる終わる終わる終わる、終わる?そんな事あり得ない、あってはならない。そう、約束した。約束したのだから。思い出せない誰かと、だからこそ────

 

 

『もういいよ』

 

 

ひっ、と喉が詰まった。

貪欲にも諦めようとしなかった支配者はその声に震える。だが、何処から聞こえてくるのか確かめる為に、耳を澄ませていた。

 

 

『………ずっと戦ってくれたんだね。あの時、死んじゃった私の夢を叶える為に』

 

 

───そうだ、我は、その為に生きてきたんだ。君の願いを、争いの無い世界、影でも生きる者たちも自由に、笑って過ごせる世界を作る────その為だけに。

 

それが、それこそが、希望を抱かなかった我の最初で最後の願いだったのだ。

 

 

『でも、もういいよ』

 

 

ゆらりと暗闇の中に人影ができる。前見た時と変わらない容姿をした忍の少女は振り返った。

 

 

今にも泣きそうなくらいに眩しい笑顔。彼が最後まで守ろうとして、出来なかった笑顔を浮かべ、少女は告げた。

 

 

『私はもう、………貴方が普通に生きてくれるだけで、幸せだから────────だから、生きて』

 

 

 

 

 

雷光の奔流をもろに食らったゼールスは勢いに飲まれ吹き飛んだ。流星のように、光り輝く一つの星のように。そして、上空に聖杯にめり込み、その中心部へと激突した。衝撃はまだ消えない。

 

 

 

ようやく停止した時には、聖杯のコアにヒビが入る。そして、ガラスが割れるかのように、音もなく砕け散った。

 

 

 

【■■■■■、■■■■■■■■ッッッッッ!!!!!】

 

 

核を失った聖杯は悲鳴とも絶叫とも取れる音響を放つ。周囲に光を放ちながら、その姿をボロボロと崩していく。小さな粒子となって分解して、ブォッ!!と凄まじい風を起こす。

 

 

 

赤黒く塗り替えられた世界は吹き荒れた風によって元に戻る。

 

 

 

ようやく終わったと、地面に座り込んだユウヤは深く息を吐く。此方に向かってくる少女が彼の様子を見て、目を見開いた。

 

 

「え、………ちょっと!ユウヤくん、大丈夫!?」

 

「…………飛鳥、ハッキリ言う─────駄目だキツイ、マジで腕が痛い、泣きそう」

 

激痛に悶えるユウヤを心配そうに見ていた飛鳥は安堵すると、彼に自分の肩を貸して、一緒に歩いてく。

 

 

雲一つ無い青天の空、暖かな光が二人を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度も殴り合い、蹴り合いを続けていた紅蓮とキラは互いに息切れをしていた。いつ倒れても可笑しくないというのに、

 

 

「………まだやる気か?正気じゃねぇな、何を望んでやがるテメェは!この救いのない世界で!奇跡なんてものがあるわけないだろ!?絶望と不幸しかないというのに!!」

 

「例えそうだったとしても、希望や奇跡が無かったとしても、俺には仲間がいる。それだけで充分なんだ」

 

 

ボロボロの状態の紅蓮はそうとしか答えない。その様子は自信しか感じられない。

 

 

だからこそ、キラは更に怒りと不快感を募らせた。

 

「仲間……………どいつもこいつも、仲間だ仲間だ好き放題言いやがる。気に入らねぇ、気に入らねぇよテメェ。

 

 

 

 

そーいうの見てると、イライラするからなぁ───こうしてやる!!」

 

 

ぶつぶつと呟くキラの背中からまた鋭利な刃が出てくる。今度は二本だけだが、すぐにその刃が牙を剥いた。紅蓮は構えるが、彼の横を通り過ぎる。

 

 

そう、狙いは紅蓮ではない。その後ろにいた焔と雅緋だったのだ。

 

 

「希望なんてねぇんだよ!そんなもの打ち砕いてやる!目の前で見と─────、け?」

 

哄笑に続いて吐き出された言葉はそこで途切れた。目の前で起きた事を飲み込めてないキラも少しずつ理解していく。

 

 

 

その間に割り込んだ存在、キラの分身体が刃を防いでいた。自らの身を呈して少女たちの前に立っていた、主の命令に背いてでも守るかのように。

 

 

『……守る、彼女たちを、守る。それが───命令』

 

「──────は、ぁ」

 

 

自身の分身にすら否定され────壊れた。彼、キラを支えていた柱が音を立てて崩れると同時に、錯乱したような絶叫をあげた。

 

 

「馬鹿に、するなぁあああああああ!!俺は、俺様は最強、無敵、誰にも負けること無い、絶対的な強者!!その俺様にこんなこと、あっていい訳ねぇんだよォォォォォォォォぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!」

 

「…………キラ」

 

 

喉の奥から轟かせた叫び声と共に、もう一度キラの背中から四本の刃が生えてくる。前とは違うような、巨大かつ鋭利と変わった刃が。

 

本来なら使うことなど出来ない闇の力を自らの精神力で酷使しているのだ。ボロボロな体を動かしながら、死ぬかもしれないというのに。

 

 

「…………まだ、分からないなら、言ってやるさ」

 

 

紅蓮は立ち上がり、キラの元に疾駆した。四つの刃が刈り取ろうと迫ってくるが、全てを避ける。身体を掠ろうが、脚を止めず──────驚愕するキラに向かって叫んだ。

 

 

「現実を見やがれ、お前は俺にそう言ったろ!だからお前も、仲間を、自分の本心を、全部まとめて受け入れやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

瞬間。

渾身の拳は、的確にキラの顔面に突き刺さっていた。グラリと一撃を受けた身体が揺れる。倒れ込む青年を覆ってた闇の鎧は灰のように消失し、その存在を無くした。

 

 

 

相手が動かなくなったのを確認し、紅蓮も足から崩れ落ちる。体力の限界、それが一番の理由だった。指すらも動かせない程の疲労に、紅蓮は困ったように笑う。

 

 

 

 

 

 

 

晴れていく青空を見上げているキラの意識は落ちかけていた。動けない体の中で思考をフル回転させ、ひたすら自答していた。

 

 

「おれ……さま、は…………」

 

 

間違っていない。そう言えるだろうか、彼を見ても。

 

自分とアイツの違い。

それは、単純なものだろう。戦う理由になる誰かがいるか、そうなのかもしれない。

 

いや、そう考えてる時点で、あの男には届かないだろう。

 

 

「………負けた、あぁ負けた。無様なくらいの完敗だぜ───────けど」

 

視界の隅に見える、此方に駆け寄ってくる少女たちの姿を目にしながら、ポツリと本心が漏れた。

 

 

「………………悪くない、気分だなぁ」

 

生まれて始めての敗北を、キラはただ受け入れた。少しずつ抱き始めたその感情と共に。




次回、三章完結。


アンケートは来週の金曜日 9月6日の17時ピッタリに終了させて貰います。皆様、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ

今回が三章の最終回です!


体力を激しく消耗したユウヤは飛鳥に肩を貸されていた。来た道を戻るように歩いていく中で、ポツリと言葉が漏れた。

 

「──統括者は、何を求めてたんだろうな」

 

その呟きにユウヤが何を考えていたかは飛鳥には分からない。だが、後悔の色があったのは確かだった。

 

 

「あの時、俺が殴ったあの時、どんな顔をしてたと思う?」

 

互いの望みを優先し全力で戦った。そしてユウヤがようやくゼールスを破ろうとしたあの時、

 

──満足そうにしていた。憑き物が落ちたかのような顔を浮かべながら。

 

 

「この世界で、あいつは何を願ったんだろうな」

 

「それは────」

 

ユウヤの呟きに飛鳥が答えようとする。だが、意味がない。それ以上続きを紡ぐことはないからだった。

 

 

 

『ハハハ、まさか我を完全に滅したとでも思ったか?なら、それは誤算だったなぁ』

 

 

忘れられない、忘れられる訳のない声が耳に響く。統括者 ゼールス、覚醒したユウヤによって倒れされた強敵の声だったのだ。

 

 

飛鳥に肩を貸されていたユウヤすらも身構える。だが、何時まで経っても変化はない。復活したゼールスが『さぁ、最終決戦といこうかッ!』と言ってきてもおかしくないと思ってた二人は今度こそ、ん?と思ってたら、

 

 

『…………下を見ろ、貴様ら』

 

沈黙と共にそう促す声。下を見て何がある、と思いながらも下を見たユウヤと飛鳥は固まる。そして、

 

 

 

 

 

「「ちっさあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」」

 

 

「あまり言うな、自覚はある」

 

 

驚愕に叫ぶ二人に十数センチサイズまでに縮んだゼールスがそう言った。ふんっと鼻を鳴らし、見上げる形で二人の足元にいた。

 

「ゼールス、生きていたのか」

 

「当然…………………………と言いたいが、我にも予想外でな」

 

「予想外?」

 

自分の状態を認識してなお、余裕を崩さないゼールスはチョコチョコと歩きながら小難しい説明をする。

 

 

「聖杯の加護を失った我に消滅は避けられなかった。何の因果かは知らぬが、消えかけた聖杯のエネルギーが我の肉体をこのように再構築した、という訳だ」

 

 

「……これからどうするの?」

 

「さあな」

 

ぶっきらぼうにそう吐き捨てる。自分の目的が思い通りにいかなかったというのに、未練が無さそうだった。

 

 

 

「ゼールス、お前世界を見てきた事があるか?」

 

「無いな」

 

「なら見てくればいいだろ、お前がまだ知らない世界を。お前が弱いと思ってた世界の広さを」

 

ユウヤの言葉に思い悩む小さいゼールス。少し難しい顔をしていたが、数秒後に答えを告げた。

 

「………良いだろう、ならば貴様らの近くで世界というものを見ていく事にしよう」

 

さっきみたいではないが驚く二人。人嫌いと称していた彼が自分たちと行動しようとすることがあり得ないと思っていたからだ。そして、ゼールスが足元からいなくなってるのに気づく。

 

 

「あの…………なんで私の頭に乗ってるの?」

 

「乗りやすいというのが理由だな。ついでだが、そいつの髪はボサボサしてるから無理」

 

「鳥かなんかかお前。後どさくさ紛れに人の髪型ディスんな」

 

そう言い合いながら、道なき道を進んでいると人影が見える。四人、少し前に互いの敵を倒すために別れたの仲間たちだが、全員が無事に帰ってこれたのだ。

 

周りを見回していた彼女たちも気づいたのか、此方に駆け寄ってきたのが見える。

 

 

ようやく全てが終わった。そう理解したユウヤは心から安堵した。

 

 

 

「うぉっ!?おい飛鳥!頭にいるのって…………小人か?」

 

「………あぁ、紹介するか。元統括者のミニゼールスだ」

 

「「「「え」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あう……………ここは?」

 

「っ!起きたか!心配したんだぞ!?」

 

目が覚めた途端、凄い剣幕の焔に襟を掴まれ怒鳴られる。色々迷惑をかけたので紅蓮も文句は言えずに、ご、ごめん。と謝った。

 

 

「………そうだ。キラは!?」

 

「……お前と一緒に気絶してから、雅緋たちに連れていかれたぞ」

 

何故か不満そうに頬を膨らませる焔に、何だろうと紅蓮は首を傾げる。遠くにいる仲間の元に向かおうと立ち上がる焔に続いて紅蓮も起き上がった。

 

 

カチッ、

 

「…………………ッ、?」

 

「ん、どうした紅蓮?」

 

何でもないよ、と心配してくれる少女に向かって手を振る。先程感じた不快な感覚に胸を押さえ、紅蓮は仲間たちの元に駆け寄っていく。その時だった、

 

 

カチッと。また、何かが切り替わるような、音が──────。

 

 

 

 

 

「あー、別に自分がここに来る必要無かったんじゃない?」

 

ぶっちゃけ聖杯の制御装置を破壊し、世界を滅びの危機から救った(自覚なし)銀色の青年はそう愚痴った。

 

 

「良かったじゃないですか、これ以上被害を出さずに済んだのですから」

 

「だって、自分の手助けをしてくれた人たちも制御装置を破壊してたんだよ?それなら自分が行った意味ないじゃんか」

 

「そう言うもんではないじゃろ。結果的にはシルバーがやったのなら、それでいいじゃろうが」

 

まぁ………そうだけどさ。と愚痴を漏らすシルバーは少し前に出会った忍の少女たちの事を思い出していた。

 

 

「──そう言えば、あの娘たち容姿似てたなぁ。姉妹なのかな?」

 

唐突の言葉に雪泉たちは硬直する。シルバーはこう言ってた。『あの娘たち』、『姉妹』と。

 

「………シルバー、貴方の手助けをしてくれた人って女性だったんですか?」

 

「…………………ん?」

 

何かおかしな雰囲気にシルバーは冷や汗を垂らす。

 

「へぇー、つまりシルちんはアタシ達が戦ってたのに(一部を覗く)他の女の子と知り合ってたのー?」

 

「………………いや、おかしいじゃん」

 

ようやくシルバーも気づいたらしい。やる気のない顔にいつも以上の真剣さが宿る。そして、氷のように冷えていく空気の中で必死に言い訳を重ねながら後ずさっていく。

 

 

「いや、いやいや待っておかしいじゃん。これってあれじゃん、ハーレム漫画とかの主人公のやつじゃん!何で?何で自分がこんな風になってんの!?」

 

おかしいでしょ!!と説得が無理なのを理解して全力ダッシュの逃走に移るこの男、自身の状況を全く理解してない。客観的に見てから物を言ってくたばれこの野郎(作者の逆恨み)

 

 

 

 

その頃一方、 作者おしおき中 (゜o゜(☆○=(-_- )゛

 

 

 

 

目が覚めると、そこは何処かの病室だった。全身の至る所に包帯が巻かれ、痛々しさが残っている。一瞬だけ訝しんだ青年 キラは、そこが蛇女の保健室だと気づく。

 

 

引戸が開かれ、スタスタと彼女は部屋に入ってくる。知り合いである彼女は彼の名前を呼んだ。

 

 

「…………………キラ」

 

 

「む、なん───グボッ!!?」

 

 

振り返ったキラの顔面に雅緋のストレートが打ち込まれた。女性の力ならまだ良いが、生憎彼女は忍だ。それにこの人、肉体強化の忍術も使っている。

 

 

かつて無敵だったとはいえ、メッタメタに打ちのめされようやく動けるようになったキラには少しやりすぎじゃないかと思うが、まあそもそも自業自得だし生きているし大丈夫だろう。

 

 

「ぶふ…………、ぶぼぉ、お」

 

「…………………気が、済んだか?」

 

此方を睨むように見下ろした雅緋の言葉の意味を知っている。何が言いたいかを。

 

 

「何も言わねぇよ………何も、言えねぇ。」

 

 

でも、答えることが出来なかった。自分を止めに来てくれた彼女たちを否定し、暴れまわって傷つけた。

 

弁明なんて、出来る権利すら無いと思っていたのだ。

 

「俺様はずっと知りたかった。心の中でポッカリと空いてた感覚の正体を。それだけのために、ただひたすら暴れた─────答えなんて、既に提示されてたのに。それを見ようとせずにいたんだ俺様は」

 

 

仲間を求めていた、共に影で生きられる仲間を。だが、自分はそれを知る前に否定してきた。

 

自分の苦しみは誰にも理解されない、この影の中で一生孤独に生きるのだ。

 

そう勝手に信じてきた、確実な証拠なんて無かったというのに。あの男の言うように、現実を見てなかったのは自分だった。

 

 

「もし、許されるのなら…………俺様は仲間を求めていいと良うのか?」

 

出ていこうとする背中を向ける雅緋が脚を止める。それはキラの疑問だった。今まで裏社会を仲間を一人も作らずに生きてきた正真正銘の一人だった青年の、純粋な疑問。

 

雅緋はため息を漏らす。そして、振り替えることもなく青年に当たり前というように告げる。

 

「元から私たちは仲間だ、違うか?」

 

 

 

 

 

 

 

仲間の大切さ。そんなものはキラには未だ分からない。ああは言われたが、絶対的な強さを求める為にまた同じことをするかもしれない。

 

 

だけど、あいつらを悲しませるのは嫌だな。

 

前よりも弱くなった闇の力を確認しながら、孤独だった闇の王 キラはそう思う。

 

小さく息を吐き、窓の外を眺めた。曇りのない晴れた青空が視界の中に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───以上がこの街で起こってた事だ」

 

『なるほどな、ご苦労だったぞ志藤』

 

耳元に当てた通信機から聞こえる女性の声に志藤は肩を竦める。

 

戻ってみれば部下のほぼ全員が全滅状態、最早笑えない状況だった。部隊隊長の一人が行方不明………確か大和とか言っていたが、この時の志藤はあまり深く考えていなかった。他に考えるべきことがあるからだ。

 

 

「…………なぁ、神威。アンタはこの件についてどう思う?」

 

『妾からしたらか?憶測でしか物を言えないぞ?』

 

「それでもいい。とにかくアンタなら何かは思いつくだろ」

 

長い間からの付き合いから分かるが、神威は勘と洞察力は凄まじいものだとかれは理解している。故にお手上げの志藤は彼女に頼ることにした。

 

彼女からの答えはすぐに返ってきた。

 

『何かおかしい、とは思わぬか。聖杯の出現、それを守ろうとするケイオスたち、他の異能使いの干渉。ここまで都合よくなるものかのう?』

 

「………それって、つまり」

 

そして神威はハッキリと宣言する。今回の出来事を得て明らかになった事実。全ての核心に繋がる事実を。

 

 

『この事件には黒幕がいる。妾たちの想像の範疇を越えた黒幕が』

 

 

 

 

 

 

神威の発言の通り、黒幕は確かに存在していた。思い通りに状況動かしていた黒幕。そいつは最後の最後に失敗した事を悔しがって──────いる訳ではない。

 

 

 

「“統括者を利用して聖杯を昇華させる”都合よくはいかないと思ってはいたが、まさかここまでの邪魔をされるとはな」

 

 

今回の騒動を引き起こした黒幕、はフードを脱ぎ平然としていた。彼自身が言った通り、そこまで上手くいくとは思っていなかった…………もう少し良い段階まではいけるとは思っていたのだが。

 

 

強く舌打ちをして、苛立たしそうに黒髪を掻きむしる。先程ああは言ったが、思い通りにならないのは腹が立つ。こうしていても意味がないのは自分でも理解している。失敗したのなら次の事を行えば良い。時間とチャンスはまだあるのだから。

 

その為にも、保険をつけておかなければいけない。

 

 

「チマチマしていても仕方ないな。やはり本腰を上げるしかないだろう─────我々も」

 

 

そう言う男の後ろには数百もの影が列を成していた。ほぼ全員が血のような赤色のフードパーカーを着用し、白と黒が入り交じったような仮面を被っている。

 

 

その集団の前、男の後ろに十数人の男女が立つ。様々な装備、服装をした彼等は歓喜や自信に満ち足りた表情を浮かべる。

 

 

満を持すと言わんばかりに時を待ち続けていた獣たち。そう呼ぶに相応しい者たちに、男は振り変えることなく告げた。

 

 

「始動せよ『禍の王』。忍と異能のハイブリット、『適合者(ユナイト)』たち。貴様らの猛威を存分に振るい、世界に傷痕を残せ」

 

 

────これからが正真正銘本命。首をもたげた怪物たちが牙を剥く。




三章読んでくれた皆様、どうもありがとうごさいました!
今回ボスだったゼールスは小さくなって、ユウヤたちと行動することになってるのですが、案外想像すると面白いことになってますwww


それとアンケートお疲れ様でした!

結果は本編とはそんなに関係ないので気にしないでください。


次週からは番外編になります。



注意、少し直しましたのでご了承ください。


偽造者(フェイカーズ)→『禍の王』になりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章 災禍を導く者 story the RISING
六十四話 傭兵の依頼


突然ですが、今回から新章に入ります。


聖杯の眠る廃墟の町、聖封町で統括者 ゼールスが引き起こした『聖杯事変』から、数日が経った頃。

 

 

 

少年少女たちの死闘により、守り抜いた平和はすぐに終わりを迎えることになる。

 

 

新たな戦いが、始まるのだ。

 

 

 

 

 

「──忍の間で不穏な動きがあるだと?」

 

 

半蔵学院、応接室でユウヤはその話を聞いて僅かだが驚いていた。

 

最近滅多な問題がないと思ってた否やの急報。飛鳥たちすら駆り出される程の異常事態に上層部は切羽詰まっているというのが理解できた。

 

 

対して、半蔵は和菓子を頬張りながら話を続けようとする。このジジィ、本気で心配してるのか?とユウヤから怪訝な視線を向けられているのだが、それを気にしようとしない態度だった。

 

 

「うむ、善忍だけではない。悪忍、それ以外の者たちにも接触する存在が確認されたんじゃ」

 

 

「……で、そいつらについて分かった事は?」

 

 

「何も、有力な忍たちが捜索しても尻尾も見せん。見つけられたとしても忍たちを瀕死にまで追い込み、その間の記憶を消されとる」

 

 

話を聞くに、想像の範疇を越えている程のものらしい。多くの者たちに接触している連中はその跡を残さずに、好き放題しているとか。

 

 

思考に明け暮れるユウヤに、半蔵を思い出したように手を叩く。ニヤニヤと笑みを浮かべながら、ユウヤに目を向けていた。

 

 

「ところでお主、最近どうじゃ?特に飛鳥はお主のことばかり話しておるからなぁ。まさかとは思わんが、付き合ったりとかは───」

 

 

「無駄話はいい。本題を言え」

 

 

ユウヤは仕事とプライベートは切り替える人物だ。故に、傭兵の任務では滅多な事が無ければ私情を挟まない───罪の無い人が犯罪者にされるなどの事がなければ。

 

つまらんのぉ、と困った顔をする半蔵を一転、真剣な顔つきになる。

 

 

「先程の話を儂の旧知、『遠野』の里に伝えに行ってはくれんか?」

 

 

「…………それは、あの『遠野』か?」

 

 

退役した忍、負傷して戦うこともままならない忍たちが隠れるという外との繋がりが少ない忍の里。

 

 

そう、あまり外の情報が届かない故に、この事態に気付くのが遅れるという半蔵の懸念を、大方理解したユウヤは深く息をついた。

 

 

「分かった。迅速に済ませてくる」

 

 

そう言いきり外へ出ようとするユウヤ。彼にとって特別な依頼、傭兵の誇りとして失敗を避けたい為、早めに向かおうとしているのだろう。

 

 

 

「そうじゃそうじゃ、重要なことを忘れとったわ」

 

 

扉を開けようとする手がピタリと止まる。ユウヤは目を細め、壁に背中を掛けて振り返る。

 

早くしろ、という無言の態度に半蔵は髭を撫でながら資料を机の上に提示する。そして、マーカーで線を引かれた所に自然とユウヤも目がいった。

 

 

「十年の前の災害、それで死んだ者の遺体を調べた結果………、

 

 

 

 

 

お主の父、天星 古堂(てんせい こどう)のものは、無かった」

 

 

「…………そうか」

 

 

静かに、心なしか納得したように呟いたユウヤはそれ以上口にせず部屋から立ち去った。

 

心配そうにその背中を見る半蔵を置いて。

 

 

 

 

 

 

 

あれから数時間後の山奥、

 

 

「………ったく、相当離れた所にあるみたいだな。『遠野』は」

 

 

不満を愚痴に出しながら、ユウヤは携帯端末に撮った地図を覗き込む。『遠野』の里は外界から来れる者はいないとされる場所、半蔵から教えられた地図が無ければ近づくことも出来なかっただろう。

 

 

 

──キィンッ!

 

 

聞き覚えのある音が小耳に届く。例えるなら、刀が弾かれる音。ユウヤは顔を上げ、木や草の生い茂る山奥を睨む。

 

 

 

 

 

 

 

「ったく!手間取らせやがって!」

 

 

悪態をついたのは、赤いローブを纏う仮面の男。血がこびりついた巨大なハンマーを肩に掛け、足元にいる人物を蹴り飛ばす。

 

 

「くっ…………あ、」

 

 

腹に蹴りを入れられたのは、褐色の女性。腰までいきそうな白い長髪も、地面に転がってるせいで泥がついている。抵抗出来ないのは武器である刀が遠くに飛んでいるから、でもあり立ち上がれないほど痛めつけられたからだった。

 

 

その様子に気づいたのか、男は脚をピタリと止める。忌々しそうに唾を吐き捨て、後ろにいる者に振り返り様に問いかけた。

 

 

「で、どうするよ?この女」

 

 

「始末する───それ以外あるまい」

 

 

もう一人の仮面の男はあっさりとそう言いきる。冷たいもんだ、と皮肉る相方を無視し、ローブの中からある物を取り出す。

 

 

何重に鎖が巻かれた鞘、そこから引き抜かれたギザギザとした刃の刀を。

 

 

ノコギリのような断面の刃を女性の首めがけて振り下ろす─────、

 

 

 

 

 

「──────よぉ」

 

 

──ことはなかった。刀が斬ったのは、空気と地面だけだったから。ハンマーの男が……あ?と唖然とした様子で固まり、ノコギリ刀の男はすぐに気付き周りを見た。

 

 

 

そこには、一人の青年がいた。

 

 

「二対一とか、つまらないことするなよ。俺みたいな奴が来るからなぁ?」

 

 

ボロボロの女性を抱えながら、青年 ユウヤは二人に目を向ける。冷酷かつ敵意が濃厚な鋭い目を。

 

女性は抱えられたまま、戸惑うようにユウヤの顔を見て疑問を漏らす。

 

 

「あ、あの………貴方は?」

 

 

「通りすがりの傭兵」

 

 

あっさりと答え、ユウヤはその女性をすぐ近くの木の根元に降ろす。休むように肩に手を置き、二人の相手になるように前に立つ。

 

それは、褐色の女性を守るような立ち位置だった。言外に示された事実に、男たちは黙っていない。

 

 

「テメェ何してやがる!俺たちはその娘に用があんだよ!邪魔すんじゃねぇ、さっさと失せろ!」

 

 

「──いや、奴も始末する。我らの姿を目にした以上生かして置くわけにはいかない」

 

 

激情する男を落ち着いた様子の男が制した。二人は互いを見合うと、自分の得物を構える。

 

 

ユウヤは嘆息する。

動きから見るに、あの二人はエリートの忍よりは格上の実力者だろう。

 

今いる敵がその二人だけなら負ける気はしない。例え後ろの女性を庇いながら戦ったとしても。

 

 

だが、ユウヤの考えは外れた。思いもよらぬ形で。

 

 

「待て」

 

 

二人の後ろからそう声がかかる。声の主はカツカツと靴を鳴らし、木陰から出てきた。

 

 

「情報通りだ。電気の異能使い、『鍵』に違いない。報告のように『神の力』を有するのであれば、今の我らでは実力不足だ」

 

 

細目の青年。真っ白なスーツを着た青年。片手の甲に取り付けたボウガンをカチャカチャとさせながら、彼は戦闘員たちの前に立ちそう言った。

 

 

ノコギリ刀の男が足音をたてず、スーツの男の横に移動する。不気味なデザインの仮面をユウヤたち向けながら、否定的な声をあげる。

 

 

「しかし、咲人(さくひと)様。我らの姿はあの少女に見られています。里の人間にバレてしまえば、我々の目的が遂行できなくなるのでは……」

 

 

「『鍵』の出現を報告するのが重大だろう。それに、『彼』の事だ─────そこの少女が生きようが死のうが、やることは変わらないだろう」

 

 

顔色を変えることなく平坦としながら告げる咲人(さくひと)に、ノコギリ刀は何も言わずに後ろに下がる。

 

 

へぇ、と呟き、ユウヤは鋭く睨みつける。明らかな警戒の色を浮かべながら問いかけた。

 

 

「テメェら、何者だ?」

 

 

「名乗るほどの者ではない。そもそも、その必要はないのだから」

 

 

謙遜するような態度で、無表情のまま咲人は告げる。まるでそういう風に作られた人形のように。

 

その男を前に、ユウヤも顔色一つ変えない。しかし、付き合いきれないと言わんばかりの溜め息を吐くと、全身からバチバチと電撃を響かせる。

 

 

───スーツの男は、無表情のままで行動を起こす。

 

 

「出来ると思うかな?────忍法」

 

 

「ッ!」

 

その言葉を聞いて目を見開くユウヤの前で、ガシャンッ!と右手に填め込まれたボウガンの音を鳴らし、此方に向けてくる。

 

 

しかし、ボウガンには矢は装填されていない。それなら武器として使えない筈なのだが、男は続けて口を開く。

 

 

「──圧縮空爆弾」

 

 

空気が放たれた。

比喩ではない、文字通りボウガンから空気が飛び出したのだ。色の無い半透明な一撃がユウヤの足元の地面に接触し、

 

 

 

爆弾を使用したと疑われる程の威力の爆発が起きた。凄まじい衝撃が烈風を作り出し、辺りの山に吹き荒れる。

 

 

 

「……あの野郎ッ、わざと狙いを外しやがったか」

 

 

爆心地にいたユウヤは電気の力で生み出した鋼鉄の鎧で威力を防ぎきっていた。だからこそ、あの敵が狙って行ったことに勘づいたのだ。

 

 

前方に目を向けるが、誰もいない。この惨状を作り出した咲人という奴も、そいつに従ってた男二人も、完全にその姿を消していた。

 

 

 

(秘伝忍法────あいつ、忍なのか?いや、動きが違う。じゃあ、一体…………)

 

 

深く考え込んでる中、ふとあることに気付いた。

 

 

「………ん、あいつはどこだ?」

 

 

さっきの女性がいない。

逃げたという訳ではない、そもそもボロボロで、何より逃げられる体力が無かったはず。

 

 

 

────────!

 

 

 

信じがたいが、思い当たるのはただ一つ。

 

 

 

───────ぁ!

 

 

 

顔をひきつらせたユウヤは、ギチギチと首を動かす。向いた先は、すぐ真上。

 

 

「きゃああああああああ!!?」

 

 

空からさっき女性が落ちてきてた。無論、まっすぐとユウヤの方に。

高さからして、避ける余裕などある訳ない。

 

「えっ、ちょ!?マジk────」

 

 

慌てたユウヤが叫び終える間もなく、落ちてきた女性に激突する。律儀に足止めされた、そう考えるのが妥当なのだと理解しながらも、癪に触る感じだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……すみません………助けていただき……ありがとう、ございます」

 

 

「お、おう……気にすんな」

 

 

オドオドとした様子で頭を下げてくる褐色の女性に、ユウヤは困ったように頬を掻く。

 

 

先程、ユウヤは激突した女性を受け止めたのだが、姿勢が姿勢だった。

 

 

ユウヤの顔にその女性の豊満な胸が当たっていたのだ。事故とは言え、きゃーえっちーと言われて血祭りにされてもおかしくない(誰にとは言わない、言いたくない)。

 

 

そもそも、ユウヤも健全な青年。女性の体に触れてしまえば、色々と考えてしまうお年頃なのだ。

 

 

「俺は、天星ユウヤ。お前は?」

 

 

自身の感情を誤魔化すように、ユウヤは自ら名乗る。それを聞いた女性の態度は変わらない。

 

 

やはりオドオドとしながら、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「私は……遠野天狗ノ衆選抜メンバーの筆頭を担う夕焼……と、申します」

 




今回の話は普通にオリジナルです。いや、そもそも原作通りいったの無かったろとか石投げられそうですが、それでもハッキリと宣言します。



ネタが頭に過るのが悪i (殴)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十五話 遠野の里

「なぁ、夕焼。遠野ってこっちで大丈夫なんだよな?」

 

「………は、はい………もうすぐで……入り口の、所へ……」

 

山奥の森を歩いていたユウヤは隣を歩く夕焼に確認を取る。戸惑いながらもそう言う夕焼の視線の先に目を向けると、何かの建築物のような物があった。

 

 

あれが、入り口? 思考するユウヤは眉をひそめていると、その門の方から何人か此方に向かってきていた。

 

 

背丈の大きな大人たち。彼らは顔を引き締め、それぞれの武器を持っている。その様子に夕焼は驚愕していたが、一々ユウヤも反応できる訳ではなかった。

 

 

まずは、喉元に感じるヒンヤリとした感じを対処するべきだと認識したから。

 

 

「随分と物騒なものだな。それはお前らなりの挨拶か?」

 

 

「黙れ侵入者。我々の遠野に入り込もうとしている事に気が付かぬとでも思ったか」

 

 

厳格な顔つきの男が低い声でそう言う。蛇の如くの鋭い眼光を向け、喉に鞘から抜いた刀を突き付けていた。

 

歓迎されてるとはお世辞にも言えない空気に、呆れたような態度のユウヤはその刀を片手で掴み取る。

 

 

「………ッ!」

 

周りの大人たちが戸惑い始める中、その男は違和感にすぐ気付いた。刃を掴んでいるであろう手は、明らかに肌が露出している。

 

なのに、何故血が出ないのか(・・・・・・・・・)

 

 

トリックは、意外と簡単なものだった。手の平に電気で集めた鉄を固め、そこだけを鎧のように守らせていた。だからこそ、ユウヤの手が斬れなかったのだ。

 

 

しかし、その事に黙ってない人物がいた。

 

 

「待って……ください…!」

 

 

慌てた様子で二人の間に入る夕焼はそう言う。突然の行為に男は顔を歪め、無言で彼女を睨み付ける。夕焼も少し戸惑いながらも、自分に何があったのかを彼等に説明した。

 

話を聞いた男以外の大人たちは安堵したかのように武器を下ろす。それを目の前の男も感じたのか、自身も刀と共に身を引く。だが、ユウヤに対して鋭い眼を向けていた。

 

「………我々は貴様を信じてはいない。怪しい真似をすれば即刻斬り捨てるつもりだ」

 

 

「好きにしろ………黙って斬られるつもりもないけどな」

 

 

ユウヤの言葉にフンッと男は顔を背け、他の武装した大人たちを連れて立ち去っていった。手首をブンブンと振りながらその背中を見ていたユウヤに、夕焼は

 

 

「……すみません、あの人たちは……この里の大人たちです。いつもは……あんな風に冷たくないんですが」

 

 

「分かってるさ。例の侵入者とかいう奴等だろ?」

 

 

夕焼はコクリと頷く。脳裏に思い浮かべたのは、先程の男たち。深紅のローブを着た仮面の男、そしてボウガンの青年。

 

だがそもそも、外界と距離を置いてるここの住人たちかたら、外の人間ほど信用できないものは無いのだろう。

 

 

 

「………にしても、ここが遠野の里か」

 

 

里の中に入り、その様子にユウヤは感嘆の声を漏らす。隠れ里というだけあって、中々の実力者たちが集まっている場所だった。

 

 

周りと比べると明らかに違う、大きな建物がある。何かの訓練の施設だろうか、そう思っていたユウヤは見た。

 

 

その小屋の入り口の方から歩いてくる人影が見えたのだ。その人物はユウヤの隣にいる夕焼を見ると、納得したように頷きスタスタと歩いてきた。

 

 

 

「うふふ、始めまして、天星ユウヤさん。半蔵様からの連絡を聞いてからお待ちしてました」

 

 

笑顔を見せるその少女に、ユウヤは何処となく何かを感じていた。そう、例えるならば………お金持ちのお嬢様みたいな感じを。

 

 

「遠野天狗ノ衆、そして隠れ里の領主、那智です」

 

 

優しく笑う少女 那智はそう言う。フーッと深呼吸をしたユウヤは、自分の目的を果たすために彼女たちに歩み寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山奥の中で、男は歩いていた。

ゆっくりと体を揺らしながら、男は歩いていた。携帯端末を耳元に押し当て、含むような声を出す。

 

 

「─────はぁー、なるほどよく分かりましたよ?」

 

 

『………分かってないな。もう一度言うぞ、本来の目的はレイナにやらせる。お前は咲人と共に遠野の連中を押さえておけ』

 

 

「…………………はぁー」

 

 

男は沈黙の後に嘆息する。携帯から聞こえる声に呆れている───という訳ではない。男は気だるげそうに周りを見回し、すらりと呟いた。

 

 

「それなら別に、里の連中は殺しても(・・・・)構わないのですかねぇ?」

 

 

『構わん。元より、我々の障害になるものを生かしておくつもりはない』

 

 

「はぁーー、ですが咲人からの報告では………『雷電』が来てるらしいですけど、どうします?」

 

 

『…………何?』

 

 

電話の奥の声が驚いたように聞き返す。予想外だったのか呆然とした声にデュークは顔に笑みを浮かべるが、すぐに反応が返ってきた。

 

 

『………………構わんさ。この障害を乗り越えられないなら、奴に資格はないのだからな』

 

 

「はぁー、開き直っても焦ってるのが分かりますよ?計画修正といきますのですかね?」

 

 

『抜かせ。この程度の些事で計画を立て直す理由にはならん。さっさと任務をしろ、貴様にやる事があるだろう』

 

 

ほーい、と適当に答える男は片腕を振るう。ひゅッ!と擦れる音と同時に何かが地面に倒れ込む。

 

 

人の姿をした異形、妖魔。ビクンッビクンッと痙攣する妖魔の頭部を踏みつけ、男は片手に持った少し汚れた剣を使い、何度もその妖魔を斬り続けた。

 

 

正気とは思えない行為に、ククッと笑う声がする。男が耳と肩に挟んだ携帯からした声だった。今彼が何をしているのか理解したようか声音で、囁くように告げる。

 

 

『期待しているぞ、デューク。我々の災禍を存分に振るい、世界を恐慌と絶望に陥れろ』

 

 

「りょーかい」

 

 

ガシャッ!!と、男は声の聞こえなくなった携帯を近くに木に投げつける。木の表面に当たった時点で壊れ、鉄製の部品が地面に転がるが、気にした様子もない。

 

そしてデュークは肩を揺らし、動かなくなった妖魔を容赦なく蹴り飛ばす。どちゃっ! と生々しい肉塊を横目に口を横に裂き、満面の笑みを作る。

 

 

「ククク……………さぁーてと」

 

 

ニタリと男 デュークは再び笑う。頬に飛び散った血を自分の舌で舐めとり、歯を見せて笑う。その姿には謙遜な対応は見えない。血を拭き取り、先程よりも表面が綺麗になった(・・・・・・・・・)剣を肩に乗せ───告げる。

 

 

 

「行くぞテメェら、狩りの時間だァ」

 

 

─────満を持したように牙を鳴らす災禍の獣が、今迫り来ようとする。




久しぶりに短くなったと思うこの頃、感想が欲しいなぁと素で思う作者であった…………。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十六話 侵入

「────なるほど、そういうことだったのですか」

 

 

ユウヤから、最近起きている異常の話を聞いた那智は深く考え始める。

 

 

「夕焼さんが襲撃されたところから、彼等はここで何かをしようとしてる可能性もあります。

 

 

 

 

…………それより、どうかしました?」

 

 

何処かをチラチラと見る挙動不審のユウヤは、んーあーいや、と話を切りある場所に親指を向ける。疲れたと目尻を指腹で押さえながら、聞くことにした。

 

 

「俺の近くで騒いでるアイツら、一体どうする気なんだよ……」

 

 

 

 

 

 

「へ、へぇ、あそこの人が話に聞く傭兵ね…………意外に格好いいじゃない(ボソッ)」

 

 

「────なるほどなぁ、ああいうのが好みなのかお前は」

 

 

「はっ、はぁぁぁぁっ!?何言ってるの!別にそんな訳にないじゃない!馬鹿じゃないの!?」

 

 

「どうかな~?じゃあ、どう思うのか言ってみろよ?」

 

 

「ッ!──しつこいわよ!バカ九魅!そんなんだからあそこの人に変な目向けられてんのよ!」

 

 

「んだと!?バカとはなんだ!このアホ深里!」

 

 

 

 

 

「……………うわぁ」

 

漏れだした声は当然感嘆などではない。何だコイツら、というような呆れ一色のものだった。

 

壁から此方を覗いてる二人の動きからして忍だと思われるけど、何かそう思いたくなくなってきた。前半はよく聞こえなかったのだが、バカと付けられた九魅というのがおちょくり、アホ呼ばわりされていた深里というのが憤慨してるように見える。

 

 

関わるつもりなど、彼には毛頭ない。何故自分から火種を増やしに行くのか、と結論下しユウヤは無視を決め込むことにしたが、

 

 

「あのぉ~」

 

 

おっとりとしたような少女がそんなユウヤに声をかけてきた。

 

 

「ユーちゃんを助けてくれてありがとうございますぅ~」

 

 

「あ、あぁ…………………ん?ユーちゃん?申し訳ないんだが、誰なんだそのユーちゃんってのは」

 

 

「えぇ~?ユーちゃんはユーちゃんだよぉ~?」

 

 

駄目だ、話が通じない。たった数秒の会話でそう断じたユウヤは頭を抱える。今まで自分が会ってきた忍たちも少し異質な問題児(頭のおかしい奴)ぐらいだから何とかなったのだが、彼女たちは本当の意味で手が付けられない。

 

悪意がある悪党の野郎と悪意なんて全くない問題児、どっちが面倒かと言われればユウヤは即に後者を選ぶ。

 

 

ついでだが、夕焼曰く、ユーちゃんというのは自分の愛称らしい。夕焼とあの少女、牛丸は幼なじみらしく、夕焼も牛丸のことをウーちゃんと呼んでるんだとか。

 

 

そして更についでだが、喧嘩してたあの二人。九魅と呼ばれた少女は昔にいる妖怪 九尾のように狐の尻尾が何本を生えてるらしい。

 

そしてもう一人の深里は、葉の扇で天候を操れるらしいこだが、その姿はもう狸に見えなくもない。

 

 

───もしかして喧嘩してるのって狐と狸だからなのか?だったら古典的すぎじゃね?

 

 

とかくだらない事を考えないようにしたユウヤはふと、あることを脳裏に浮かべた。疑問、純粋な疑問。それを解くために、夕焼に声をかけた。

 

 

「………夕焼、ちょっといいか?」

 

 

「は、はい」

 

 

「お前があいつらに襲われたのって一人の時だったんだよな?」

 

 

「はい………丁度、近くにあった薬草を取りにいこうとして……」

 

 

「そのことを誰に伝えた?詳しく教えてくれ」

 

ユウヤの詰問にこの場の全員が怪訝そうな顔をする。どういう意味なのだろうと思ってのことなのだが、今にとってはどうでもいい。

 

「那智さんとウーちゃん、そして厳戒さんです」

 

 

「厳戒?……そいつは誰だ?」

 

 

「さっき入り口前で大人たちを引き連れてた人です」

 

 

「あぁ、さっきの強面のおっさんか…………噂をすれば、来やがったな」

 

舌打ちに続いて吐かれた悪態に夕焼たちが入り口を見たと同時に、次の動きは起きた。

 

扉からスッと入ってくる男、厳戒は刀の刃をちらつかせながら此方に歩いてきていた。三人の大人たちを連れた厳戒に、那智は険しい声を投げ掛ける。

 

 

「厳戒さん!どういう事です!?」

 

「申し訳ありません、那智殿。やはり私は、そいつを信用できません」

 

 

ギロリと効果音が付きそうな目でユウヤを睨む。

 

 

「この男が半蔵という者の遣いだとしても、危険であるかは分かりません!この里に居させる訳にはいかんのです!」

 

 

「………………ハ、そうかよ」

 

ボソリと、失笑が漏れた。と言わんばかりの態度に、厳戒は強面を更に深くし、刀の先を首に向ける。

 

何度刀を突きつけられれば気が済むのだろうか、とユウヤは素直に思う。

 

 

「確かにアンタの言う通りだ。危険な連中をここに置いとくのは駄目だよな」

 

 

「ユウヤさん!?」

 

 

「フンッ、ようやく理解したか……………?」

 

 

突然の言葉に驚愕する少女たち、僅かな笑みを作った厳戒は自然と不思議な感じを抱いた。厳戒はユウヤだけを追い出そうとしているのだが、ユウヤは先程こう言った。

 

危険な連中────まるで、追い出すべき者が自分以外に、そして複数いるような言い方ではないか。

 

 

 

「──だから、まとめて追い払わせてもらおうか」

 

 

そして、躊躇なく、正面から。

 

人並み外れた身体能力を活かした脚力で、呆ける厳戒────その横にいる男の一人の顎を蹴り飛ばす。

 

 

何を、と咎めようとする直後、ピキ! と男の顔にヒビが入る。徐々に亀裂が大きくなっていくとその顔が一瞬で崩れ、白黒のマスクへと変化した。

 

その様子を確認することなく、ユウヤは目を向ける。白い光と共にその姿を現した赤いローブの二人。

夕焼を襲った彼等を見据え、ユウヤは笑みを浮かべ拳を握った。

 

 

「よぉ、さっきぶりだなテメェら。まさか自分から侵入してきるとは思わなかったぜ」

 

 

「チ、ィッ!」

 

歯を砕きかねない程の音を鳴らし、一人が何処からかハンマーを取り出す。間違いなく、夕焼を襲った一人だった。

 

何時でも戦える準備を整えた男は、仲間であるもう一人が武器を構えようとすらしないことに気付く。更に歯を噛み締め、正面を見ながら吠えるように怒鳴り散らした。

 

 

「おい、何してやがる!こいつらを片付────」

 

 

ドゴッ!! と。

大きなハンマーを握った赤いローブの男の背中からそんな打撃音がした。

 

意識外からの攻撃、何より相手を気絶させることに専念された攻撃。男に不思議そうな感情が籠ると同時に、その意識が完全に絶たれた。

 

 

「…………さて、これでゆっくり話が出来るな」

 

 

深い溜め息と共に言葉を吐いたのは、ノコギリ刀の赤いローブだった。

 

 

「なっ!?どういうことだ!貴様、こいつらと与していたのか!?」

 

 

「うるせぇ少し黙れ。話が進まない」

 

 

口煩く取り乱す厳戒をユウヤは一睨みして、その口を閉じさせる。他の皆も何もせずに、静かに話を聞く様子だった。

 

 

「お前たちに伝えたいことがある。だからこの状況を作り出した」

 

 

「だから敵のお前を信用しろと?そもそも、何を伝えにここに来たって言うつもりだ?」

 

 

「この里の窮地、では不満かな?」

 

 

あっさりとそう言い切る姿勢にユウヤは考え込む。嘘を言ってる訳ではないと判断し、続けろと促す。

 

 

「我らの司令官 デューク様はこの里の人間たちを虐殺するつもりだ。勿論、1人残らず」

 

 

沈黙が、部屋に浸透した。この場の全員が言葉を失っていたのだ。何の理由も無しに里の人間を皆殺しにするという事実、理解できないのは無理もないだろう。

 

 

「──ふッ、ざけんなよ!?ここには元忍がいるとはいえ、戦えない奴だっているんだぞ!」

 

 

「それがどうした。そんな事にあの人は躊躇しない。ここが善忍に関係する場所である以上、標的になったら何も出来ない」

 

 

九魅の怒りに対しても落ち着いた声は変わらない。斬鉄は嘆息と共に白黒のマスクに手を置き、

 

 

「───だからこそ、協力するべきだろう?」

 

顔から剥がしたそれを地面へと投げ捨てる。カランッと軽い音と共に仮面は灰となり消失する。

 

 

裏切る、とも取りかねないその発言に反応を示したのはユウヤ。指を鳴らす仕草をする彼の目は、信用してる者に向けるものではなかった。

 

 

「疑問だな、何でお前は仲間やその司令官に逆らう真似までしてこの里の人間の味方になろうとする?」

 

 

「後味が悪いだけだ。顔も知らん奴等が縁のある場所で殺されるなど──」

 

 

『─────はぁぁぁぁぁぁ』

 

 

突然、その場に深い溜め息が響いた。

その声はこの場にいる誰の者でもない。だが、戦い慣れている彼等はすぐに気付く。

 

その声が、地面に倒れ伏した男から聞こえている事に。少し正確にするとマスクから、なのだが。

 

 

『良くない、良くないよ斬鉄(ザンテツ)ぅ?標的どもに情報を教えるなんて、俺たちを裏切るつもりなのかなぁー?』

 

 

「…………デューク様」

 

 

声を聞き、苦々しそうに顔を歪める斬鉄。

 

 

『まぁー、どっちでもいいや。どうせテメーら構成員どもは死んでもらうつもりだからなぁ?裏切って死ぬなら俺の為に死んで欲しかったがなぁ』

 

 

「ひどい………何でそんなことが!」

 

 

『抜かせよ、善忍の餓鬼が』

 

 

部下や仲間すらをも何とも思わない事への非難の言葉に、人の肉体を借りた声が嘲るように告げる。その声音は今までとは違う、ナニかがあった。

 

 

しかし、それは一瞬だけ。またおちゃらけた態度に戻った声の主は、きっと笑っているだろう。声音が弾んでいたから、楽しみが待ちきれないと言わんばかりに。

 

 

『さてとさてと、さぁーてぇーとぉー?つまらない戯れ言はこれっきりにして、さっさと始めるとしようかぁー。

 

 

 

世紀に残るであろう、お祭りを!ここにいるテメェらの血肉でなぁ!!!』

 

 

引き裂くような笑いと共に声は途絶えた。その場を沈黙が支配し、誰かが声をあげようとした───直後、

 

 

「───敵襲だぁぁぁぁぁァァァァァァッ!!!」

 

 

戦いの火蓋は、既に切り落とされていた。

 

 

 

 

そして、数秒前に遡る。

 

 

里の入り口に並ぶ、武器を持つ見張りたちは談笑をしていた。侵入者と騒いでいたがそんな早く来る訳がない、そう楽観視していたのだ。

 

 

だからこそ、木々に隠れていた沢山の人影に気付くのが遅れた。赤いローブがユラリと木陰から姿を露にし、ようやく唖然としていた見張りたちは行動を起こした。

 

 

「な、何だコイツら────ばっ」

 

 

見張りの男が声をあげようとする途端、駆け出した赤ローブの一人が武器を使い、辻斬りのように切りつける。

 

血を吹き出し叫ぶ暇もなく、地面に倒れ込んだ男に仲間たちは声を失う。容赦なく一撃で殺した赤ローブは武器の血をピッと周りに払い、顔をあげた。

 

 

白と黒が渦巻くようなマスク。その中心に埋め込まれた深紅の石が、血を欲するかのように怪しく光る。

 

 

「ッ、敵襲だぁぁぁぁぁァァァァァァッ!!!」

 

 

死ぬかもしれないという危険な状況で、危険を知らせようとするその意気は素晴らしいものだと称賛出来る。しかし、それも意味がないだろう。

 

 

 

 

突然だが、『禍の王』、その組織の方針は決まりきっている。

 

 

───制御できない災厄、(わざわ)いを世界に振りかざす。たったそれだけ、彼等の行動原理はそれだけなのだ。

 

故に、彼等は厭わない。沢山の人間を手に掛けることも、世界全てを滅ぼし尽くすことも。

 

 

だからこそ、彼等は何も感傷を抱かずに戦うだろう。例え、それで自分が死のうと。




まとめ


敵の一人が裏切って司令官が部下連れて攻めてきた。


────みたいなもんですよね。




ついでのオマケ


キラ「さぁ始まりを迎えたケイオスブラッド色々と解説するもしくは質問などを受け応えたりする番組!略して『作者の暇潰し』!」

シルバー「何処も訳せてないんだが、それ」

キラ「ほぉ……、なら俺様命名にしていいか?」

シルバー「いや、いい。っていうか、お前の命名センスはもう厨二のそれだから」

キラ「厨二病で何が悪い!というのを信条にするこの俺様は闇の王 キラ!秘立蛇女に所属する闇の異能使いだ」

シルバー「開き直んな─────はぁ、自分はシルバー。水の異能を使えるが、他の奴よりは明らかに弱い。だから自分は重火器を使っている。今現在は月閃に仲間になる、というのを建前として所属している………よろしく」





キラ「さて、今回解説するのは本編にも出てきてる『禍の王』だ」

シルバー「あの時に会った奴等だったよな?昔は表だった行動をしてなかった筈なんだが」

キラ「昔まではな。ユウヤたちが解決した『聖杯事変』から動き出してきやがった。その動き方はあまりにも異常、多くの忍ですらその全貌を掴めない謎の組織だと聞くぜ」

シルバー「自分たちが接触したのはたった一人………黄泉という奴もその一人とは分かった。なら、本編に出てきた咲人、そして名前と声しか分からないデュークって奴もそうなのか?」

キラ「いーや、作者いわく構成員と咲人たちは明確な違いがあるらしいぜ?」

シルバー「それは………どういう意味なんだ?」

キラ「生憎だが、今回はこれ以上は無理だろうぜ。次の話でそこんとは分かるから、多分そこで出来ると思うからな。


───それじゃあ!今回はこれで終わりだ!」


シルバー「作者は感想と評価を欲しがる強欲な奴だからな。まぁ、皆は好きにしてくれた方がいい。あと質問などがあったら感想で頼む。答えられる部分なら何度でも答えられる────か」

キラ「…………おい、シルバー。カンペ、もうちょっとバレないように読めよ。丸分かりだぞ?」


シルバー「……………次回もよろしくお願いします。



口に出てんだよキラ、そんなのバレるに決まってるだろうが(ボソボソ)…………………は?これあげるから許してぴょん?気持ち悪いぞお前──────は、いや待て?何でこの封筒に雪泉たちの写真入ってるんだ!?しかも、水着姿とか!何処で撮った!?『別にいいじゃんか、仲間の写真ぐらい喜べよ』っていやいや!納得出来るかそんな理由!おいコラカメラマンども!なーにが『そこんとこどうなんです?もしかして誰かとデキてるんですか?どうなんですか!?』だ!ネタ狙いならマジで帰れお前ら────────《ブツン!》」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十七話 (まが)つ者たち

またイラストを描きました。一つは目次の所に提示してあります。


【挿絵表示】



東京妖魔篇のopのワンシーンをモチーフにした物です。もっと上手く書きたかった……………。


『禍の王』による襲撃、それはこの里の人間たちを滅ぼすものだった。二人の指揮官たちが率いる構成員たちを倒せなければ、大量の人々が死ぬことになる。

 

 

『この襲撃の被害を拡大させない為にすることは単純、役割分担だ。二人ずつが二組、三人が一組でだ』

 

 

静かに告げられた斬鉄の提案を否定する者はいない。それどころかその案には全員(厳戒を除く)が賛同した。

 

 

そうして組分けが決まった。里の人たちの避難を牛丸と那智の組、ついでの厳戒。襲撃をする『禍の王』の指揮官二人を倒すのが、ユウヤと夕焼の組、そして九魅と深里に斬鉄の組に。

 

 

 

 

 

 

「………………チッ、しつこいな」

 

 

沢山集まってくる構成員たちを見て、ユウヤは溜め息を吐く。これだけ数が多くても撃退できなくもないが、近くには知り合いの少女がいる。

 

 

隣にいる夕焼に囁くように聞く。どうにか時間を稼げないかと。

 

 

「………夕焼、お前少しでもアイツらを押さえられるか?秒の時間を稼げれば俺が何とか─────え?」

 

 

何が起こったか、説明するべきだろう。ユウヤが横にいる夕焼にそう言おうとした途端、夕焼は突風と共に突っ込んでいったのだ。

 

それどころか、四人の赤ローブたちを有無を言わさず切り伏せた。それに掛かった時間は、僅か十秒程。

 

 

そして、彼女はこう述べた。

 

 

 

「───ハッ!何だぁ、どいつもこいつも大した事ねぇなぁ?もっと強い奴はいねぇのかぁ!?」

 

 

「は?………………………は、あぁぁぁぁぁぁッ!!?」

 

 

驚愕一色の絶叫が響き渡る。今、彼の目の前にいるのは夕焼で間違いない────しかし、信じたくない。

 

 

穏やかな少女は鳴りを潜め、今いるのは凶暴性を剥き出しにした少女。果たして同一人物と言われて納得できるだろうか?ユウヤからしたら、否としか言えない。

 

 

 

「それにしても、コイツら一体どうなってやがる?普通の忍なら殺れると思うが、こんなんで襲撃とか出来んのかよ?」

 

 

倒れている構成員たちを目にしていき、ユウヤは深く思考していく。謎が深まるほど、更なる疑問へとのめり込む。

 

 

そうやってる内に、ようやく気付いた。

 

 

「……………って夕焼?あっ!アイツいない!?何処行った!?」

 

 

 

 

 

 

夕焼は基本的に穏やかな性格である。しかしそれはある事がトリガーとなり、常時とは反対の凶暴性を剥き出しになる。

 

それは、武器を手に取ること。ただそれだけの動作で彼女は変化するのだ。

 

 

しかし、荒くなった彼女の考えることは変わらない。里でこれ以上戦いが起こることを防ぐ、その為に指揮官を倒す。

 

 

「──にしても、野郎は何処だ?」

 

 

偶々出会った構成員たちを薙ぎ倒していった夕焼はようやくその事実に気付いた。倒していった構成員たちは決して少なくはない、それなのに指揮官らしき影も見えはしない。

 

 

 

 

 

「クク、こんにちは。クククク」

 

 

不意打ちのような声に夕焼は反応出来なかった。いや、文字通り彼女の真横から迫った斬撃は不意打ちとしか言えないだろう。

 

 

 

夕焼は走る脚を止め、首を軽く捻る。僅かに頬を掠り、少しの血が宙を舞うが、そんなことを気にする余裕はない。

 

 

「クククククク、まさか人形たちをあっさりと倒すなんてねぇ……意外と言えば意外ですよ、まったく」

 

 

ユラリと木陰から何者かが出てきた。見たところ、体は細く長身で両腕は力なくぶら下がっている、やる気が見えない。

 

肩を揺らし、引きつるように笑う男の右手には何かが収まっていた。

 

剣。

西洋の物と思える装飾が施されている、その刀身には黒いラインが横に通っている。

 

しかしよく見てみるとその刀身には赤い液体が付着している。それが自分の血だとすぐに夕焼は勘づいた。

 

 

「……つまり、お前が親玉か。そこいらの奴等は肩慣らしにもならなかったが、お前は違うだよなぁ?」

 

 

「………………あぁ、なるほど、ここの善忍だったか」

 

 

雰囲気が一瞬にして変わる。おちゃらけたような態度は鳴りを潜め、細められた眼にナニかが宿る。そして、剣の表面を指先で撫でながら、彼は嗤う。

 

 

 

 

「───善忍は、一人残らず殺さなきゃ、なぁ?」

 

 

カランッ!と夕焼の手から刀が落ちる。

 

は?と夕焼は声を出す間もなく、地面に膝をついていた。そしてそのまま倒れ込む、まだ動けた筈なのに、体がピタリとも反応しなかった。

 

 

 

 

「そして死ねよ。臓腑(ぞうふ)散らして、無様になァ!」

 

 

凶悪の一言しかない。それほどの笑みを浮かべ、青年は剣を振り下ろす。身動きをとれない夕焼を確実に殺すための一撃。

 

数秒後の未来が脳裏に映り、夕焼は恐怖に両目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────少し前も、こうなってたよな」

 

 

聞いた事のある声が、聞こえた。

 

瞑っていた目をゆっくりと開いた夕焼は、確かに目にした。目の前にいる、黒髪の少年の姿を。

 

 

「ご、ぶぉ───ッ!?」

 

 

死刑宣告を下した剣の青年が呻く。乱入者の脚蹴りが頬に食い込んでいたのだ。ビキビキッ!と骨が割れるような音が響くが、関係ないと言わんばかりに青年は強く力を入れる。

 

 

爆音、そして人影が吹き飛んで行った。

 

 

 

「ったく、立てるか?夕焼」

 

 

そう言って黒髪の少年、ユウヤは地面に倒れていた夕焼に優しく手を差し伸べる。戸惑う夕焼も顔を俯かせながら、彼の手を借りて立ち上がった。

 

 

少し顔が赤い気がしたが大丈夫だろうか、とユウヤが思考していた途端、

 

 

 

「──クカッ、クカカカカカカカカカカカカッ!!」

 

 

完全にぶっ壊れた笑いが、木々の奥から戻ってきた青年のパックリと開いた口から漏れ出る。不気味さしかないその姿にユウヤは全身に力を入れる、何時でも動けるように。

 

 

にんまりとした表情を顔に張り付けながら、彼は首をゴキリと鳴らす。舌を見せつけながら、またゴキリと。

 

 

「勇敢だね、尊敬するね、憧れるね────なら今日がテメェらの命日だァ、鮮血散らして死ねよッ!」

 

友人に話しかけるような声が一転して粗暴な声音になる。それと同時に彼の表情が残虐な笑みへと切り替わった。半眼の両目がカッと見開かれ、垂れ下がった右腕を剣ごと振るう。

 

 

「ッ!伏せろォ!!」

 

 

危険を察し叫んだユウヤはすぐに地面に殴りつける。ゴッ!!という音と共に地盤が崩れ、穴の中に夕焼が落ちた。

 

 

すぐさま鋼鉄化した腕で顔を守った直後、衝撃と共に吹き飛ばされる。しかしダメージは防げたのか、ユウヤは空中で体を捻り地面に着地する。

 

 

「ユウヤさん!」

 

「俺の事はいい、お前は周りを警戒しろ!急所をやられるぞ!」

 

 

穴から顔を出そうとする夕焼を片手で止める。戸惑う彼女に、ユウヤは無言で前方を指差した。

 

 

 

ギチ、ギリリリリリリリリッ!と駆動音を鳴らしながら剣が生きた蛇のようにうねっていた。本来なら有り得ない現象、彼の青年の仕業としか思えないが、彼は全く手を出してるようには見えない。

 

それどころか、攻撃を防ぎきったユウヤに口笛を吹き、称賛する。

 

 

「はぁーー、『アマルガツ』を見切るとかスゲーじゃんか。アレだアレ、強者の勘ってヤツ?」

 

 

『アマルガツ』。

気さくに声を掛けてきた青年はそう言った。二人はそれが、あの動く剣の名称だとすぐに気付いた。青年はその様子にさぞ満足そうな顔で、また長剣、『アマルガツ』を軽々しく振るう。

 

 

 

 

どういう風に動いてるのか、分からなかった。

 

瞬時にユウヤは真っ直ぐに刀身を伸ばしてきた剣先を鋼鉄の手甲で叩き落とす。ガキンッ!という金属音と共に、それはL字に曲がる。そのまま地面に向かっていった。

 

 

だが、剣は地面に刺さることなくギリギリで曲がり、ユウヤの後ろへと回り込む。がら空きになった首元を刃が抉ろうとするが、振り返り様に放たれた電撃がさっきと同じように弾く。

 

 

何度も急所を狙った剣が捻れながら、青年の元へと戻っていく。攻撃の手を一体止めた青年は僅かに舌打ちをすると、

 

邪悪さ剥き出しの笑みを作り、残忍そうに告げていく。

 

 

「自己紹介、一応しとこーか。

 

 

 

俺は『禍の王』 所属『適合者(ユナイト)』の一人、【鮮血王(ローブラド)】デューク。よろしく─────なァッ!!」

 

そして、捻れ暴れる旋刃が迫り来る。刀身の部分が血を求める獣のように怪しく光り、二人に襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

集落の人々を守る為、『禍の王』の構成員たちと戦う那智たち。

 

途中で那智と牛丸と別れた九魅と深里、そして斬鉄は構成員たちとの戦闘をしていた。

 

しかし、それはすぐに終わりを迎えた。

 

 

「…………この、裏切り者が………」

 

 

ノコギリ刀を押し付けられた首から血が出ない。首元に接しているのは、ジグザグの刃ではなく峰の方だった。

 

呻きながら倒れた赤ローブを見下ろす斬鉄は、本人でも驚くような低い声で吐き捨てる。

 

 

「大義もなく、保身の為に殺戮を行おうとする者からそんな言葉が出るとは、意外だ」

 

 

だが、仮にも苦楽を共にした仲間だ。殺人を行うとしてるとは言え、無闇に殺すことなど出来る訳がない。そうやって、斬鉄は彼等を無力化していっていたのだ。

 

 

「……………此方は片付けた、君たちはどうだ?」

 

 

「あぁ。何とか終わったぜ」

 

 

答えた九魅に対し、そうかと短く呟き斬鉄は周りを見回した。確かに赤ローブはほぼ壊滅している、殺してはいない。忍とはここまで強いものか、と彼は素直に思う。

 

 

「…………ところで、他の二人はどうした?」

 

 

「牛丸ちゃんと那智は厳戒さんと一緒に、住人たちを麓に避難させるって言ったわ。もうすぐ里から出るとは思うけど」

 

 

「悪いが、それは無理な話だ」

 

 

言い終える事無く、斬鉄は刀を振るっていた。そこには何もない、空振るだけだと二人は思っていたが、

 

 

ギュオォォォォォーーーン!

 

 

ノコギリ刀が空中で停止する。しかし、そこは重要ではなかった。ノコギリ刀が止まったすぐ近くで空間が反響する水の様に揺らいでいたのだ。

 

 

見たこともない現象に呆然とする九魅と深里に、「これ、知ってるか?」と聞いてきた斬鉄が答える間もなく続ける。

 

 

「『適合者(ユナイト)』の一人の忍結界。大体だが、この里を覆っている。誰一人として逃がす気が無いのだろうな。耐久力に関しても無駄だ、破壊などは出来ない」

 

 

試してみるか?と問う声に二人は何も言えなかった。一つの山里ほどの大きさで他人を閉じ込める忍結界、そんなもの彼女たちは全く知らなかったのだから、無理もないだろう。

 

 

 

 

「その必要は無い────お出ましだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「────無闇に人を、殺す理由はない」

 

 

グニャリ、目の前の空間が歪んでいく。最初は虫一匹が入るくらいの大きさだったが、それは人間一人分のものへと変わる。

 

 

そして、ベリベリと剥がれていく空間の中から、それが姿を現した。

 

 

「我々が君らと戦う、それでいい。それだけで我らの目的は果たされる」

 

 

真っ白なスーツを纏う男、何の武器を持たないその人物はその場に立っていた。見えてるのか分からない伏せられた両目に何か凄まじい覇気が感じさせられる。

 

 

ノコギリ刀を両手で握る斬鉄は諦めたように笑う。冷や汗を頬に伝わせながら、彼はその名を呟いた。

 

 

咲人(さくひと)、寄りによってあの人か……!」

 

 

その声が聞こえたであろう二人は斬鉄に見る。説明しろ、と言わんばかりの視線に斬鉄はあっさりと口を開いた。

 

 

「忍と異能、その二つを融合させた数少ない特殊戦闘員、『適合者(ユナイト)』の一人。この忍結界を張った張本人、そしてデュークに比べればまだ冷静かつ穏便な方だ」

 

 

「だったら、簡単じゃないの?話し合うとか…………」

 

 

「そんなに優しく見えるか?何とか済ませられると思うか?」

 

 

パンパンパンと乾いた音がする。咲人が両手を叩き、拍手をしていたのだ。しかし、斬鉄はそれに反応を示さず、ノコギリ刀により深く力を入れる。

 

 

 

「斬鉄、覚悟の方は称賛しよう。だが、やはり感心はしないな。今回は『王』の命令で動いていたのだ、それに逆らった──────どういう意味か、分かるだろ?」

 

 

ギロッと効果音が付きそうな威圧感と共に両目が細く彼等を睨んでいた。

 

 

「『王』は裏切り者を許さないだろう。これより真っ当な人生を送れると思わないべきだ」

 

 

「理解している、だからこそ裏切った」

 

 

そうか、と興味の無さそうな声量であっさりとする咲人。彼には構えというものがない、片手をポケットに突っ込んだまま此方を見てるだけ。

 

 

それなのに、いやだからこそ、斬鉄が二人に警告をした。

 

 

「気を付けろよ───デュークが『適合者(ユナイト)』になったのは二週間前、だが咲人は三年前だ」

 

 

「それって……」

 

 

「戦い慣れてるのさ、ここを襲撃してるヤツらの中で一番。あの傭兵と同じように」

 

 

危険性ならデュークの方が上だったが、生憎彼は最近戦いを経験したばかりなのだ、策を労すれば勝てるだろう。

 

しかし、咲人は違う。経験という物を多く学んでいる熟練者の彼には、策を労しても勝てるかは分からない。

 

 

その点で言えば、まだデュークの方がマシだとそれが斬鉄の考えだった。

 

 

 

「光でも影でも生きられない我々、その居場所は混沌(カオス)しかあるまい」

 

 

ガシャッ、ガシャガシャッ!と咲人のスーツの袖から複数の鋼鉄の棒が伸びる。複雑な絡み合いにより、一つのボウガンが形作られていく。

 

 

上空へと上げられた腕にあるのは、彼が持つ唯一の武器。そのボウガンの使い方には経験というものが感じられた。

 

 

「────この世界に、禍いを」

 

 

自分たちの組織 『禍の王』の謳い文句を口にした咲人は腕を振り下ろす。手の甲に取り付けられたボウガンの弦は既に引かれていた。

 

 

 




《おまけ》


シルバー「さぁ、始まってしまいました今回のケイオスブラッド、略してケイブラ。『作者の暇潰し』ーー」

キラ「………なぁ、シルバー。ケイブラって、ケイオスブラッドの略?意外と言いやすいじゃんか(そうか?)


さてと、そんなどうでもいい事は放っておいて……今回はゲストが来てまーす!」

シルバー「二回目でゲストが来るか………(呆れ)」





雪泉「こんにちは皆さん。死塾月閃女学館の忍学生の雪泉です」

シルバー「………………………………え、」

キラ「おー、こんにちは雪泉さん。俺様はキラですよろし────ぐふっ!?」



シルバー「おいキラぁ!どういうことだ!何故雪泉がここにいる!?」ボソボソ

キラ「知らねぇよ!俺様に聞くな作者に聞け!アイツなら原因分かるだろうし、ていうか四苦八苦アイツが原因だろ!!」ボソボソ


雪泉「…………あの、今回やることがあるのでは無いのですか?」



二人「………………………」



シルバー「そうだよな、アイツをしばくのは後からにするか」

キラ「ほんじゃ!準備整ったところで前回話した続きを解説するか!」




キラ「前回は確かデュークに咲人と、構成員たちの違いを話したんだよなぁ」

シルバー「あぁ、しかし今回ので明らかになったな。奴らの特徴が」

雪泉「?……何がどういう風にですか?」

シルバー「もしかして、雪泉……知らないのか?ならここで解説しとこうか」

キラ「あのー、俺様の扱いと違わない?」

シルバー「女性と野郎は違うだろ…………って話がまた反れた!さっさと戻すぞ!」

キラ「お、おう……それよりあの二人の特徴だったな」

シルバー「忍と異能のハイブリッド………『適合者(ユナイト)』か。本来の性質的には忍よりだなぁ」

雪泉「忍結界や忍法まで使えるなんて……ですけど、本物の忍の方が良いのでは?」

キラ「そこなんだよなぁ、アイツらはなんで『適合者(ユナイト)』なんて作りやがった?何か重要な目的でもあんのか?」

シルバー「─────いや、そんなまさか」

雪泉・キラ「?」

シルバー「いや、何でもない。それより、今回はここまでにしよう」

雪泉「そうですね。………え?一斉に挨拶をする?はい、分かりました」






三人「(せーの、)ご愛読ありがとうございました!!」



作者の書き置き:おまけの解説回に出てくるキャラは本編とは全く関係ない(意味、解説回の話は聞いてない)のでそこのところはよろしくお願いします。後あの三人からしばかれそうなので逃げさせてもらいま────(なんて書いてあるのか読めない)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十八話 やってみろよ

今回は少し早く投稿できました。時間があったのでつい……………、書きすぎてしまいまして。



あと台風強すぎ………東北の方は水止まったし………


人里より少し離れた森の中、破壊と殺気が降り注ぐ。ユウヤは、デュークと名乗った青年と対峙していた。

 

 

「──!くそがッ!」

 

 

考える暇も与えられない。何とか身体を後ろへ引き、鼻先を通り過ぎる鉄製の刃を回避する。しかし、斬撃は雨のように襲い掛かってきた。

 

 

「ぎゃはっ!ははははははははははっ!避けろ避けろぉ!さもねぇと腕の一本は落としちまうぜ!?」

 

 

何メートルにもなる長剣を鞭のようにしならせ、デュークは適当かつ乱雑に振るう。

 

それだけで剣 『アマルガツ』はのたうち回り、周囲の物を無差別に切り刻んでいく。暴れまわる刃を防ぎきるのが難しいと判断したユウヤは、後ろにいる夕焼に向かって声をあげた。

 

 

 

「……夕焼、立てるか!?お前だけでも退避しろ!」

 

 

「ユウヤ、さん………無理、なんです………」

 

 

そこで、ようやく疑問に思う。彼女の様子がさっきからおかしかった。地面に倒れ伏したままだった、武器である刀を取ろうとも起き上がろうともしなかったのだ。

 

 

「体が、いうことを………きかないんです……力が、抜けて……」

 

 

「……………何だって?」

 

 

不意に動きを止めたユウヤはすぐにハッとなる。考えるのなら何時でも出来る。だが油断や隙だけは見せてはいけない、今自分がしているのは戦いなのだから。

 

 

「へッ!逃がすかよぉ、簡単に!せっかく捕まえた善忍だ、グチャグチャにシェイクして血袋に変えてやるから────楽しみにしとけェ!!」

 

 

グォォン!と風を切る音に並ぶようにうねる刃がユウヤの腕を斬りつける。腕に鋼鉄を纏っていた為、血が出ることは無かったが、それも時間の問題だろう。

 

 

(クッ………考えろ!奴の能力とそれを突破する方法を!出来なきゃ俺も夕焼もやられる!)

 

 

必死に体と脳を動かしながら、突破口を思考する。そうやって今ある謎を解き明かそうとして────ある事に気付いた。

 

 

夕焼の頬には傷があった。掠り傷程度のものだが、何か引っ掛かる。身に付いた勘が、これだ!と警鐘を鳴らす。

 

まさか…………、と奥歯を噛み締めながら、ユウヤは口にした。

 

 

「……………傷、なのか?さっき斬られたのが、動けない原因?」

 

「良い線はいってる、だが違うんだよなぁ!?」

 

 

長剣を戻そうと引っ張ったデュークが、体を捻る。伸びる剣はその動きにつられて奇怪な動きでもう一度ユウヤへと牙を剥いた。

 

 

しかし、やることは変わらない。手甲で弾き飛ばして攻撃を防ぐ。

 

地面に突き刺さった剣をへし折ろうと拳を振り上げるが、すんでの所でのたうち回ってそれを妨害する。

 

 

ジャジャジャン! と刀身がくっつき、一本の剣へと戻った。剣を肩に乗せながら、デュークは自慢するように指を差してきた。

 

 

「禁術『血塊侵食』、俺が触れた血液を自由自在に操ったり出来る最ッ高の代物さぁ!羨ましぃだろー!?」

 

 

禁術『血塊侵食』。

自身の能力らしき名前を、デュークはさらっと告げた。元々負けることがないと思うほどプライドが高いのか、単に馬鹿なのか、それら以外のものかと思うユウヤだったが、すぐに思考を切った。

 

 

能力が分かれば、それでいい。対策のしようはあるから。

 

 

そんなユウヤの目の前で溜め息を吐くデューク。やる気というものが全く感じられないが、別のものなら感じられた。

 

 

「ボスは実戦に役立てろとか言ってたし……。使い方も分からなくて困ってたが……………やっぱ、テメェらで試すのが一番だよなぁ?」

 

 

コイツは不味い、夕焼に対する尋常じゃない敵意と殺意から分かる。コイツは、弄ぶように人を殺すだろう。そんなの、殺人に躊躇しない奴よりもタチが悪い。

 

 

「────笑わせんな」

 

 

放っておけば、奴は『血塊侵食』とやらを使いあの里を蹂躙するだろう。それだけはさせる訳にはいかない。

 

 

「そんな事させる訳ねぇだろ。ここでお前を倒す、そしてくだらない襲撃なんざ終わらせてやる」

 

 

「クヒ」

 

 

鋭いユウヤの宣告に対してもデュークは余裕を崩さない。その様子にユウヤは疑心を抱き、その事に気付いた。

 

 

剣が、さっきから剣の動きが無かったのだ。

 

 

「『鍵』にはあまり手を出すなって言われたけどよぉ……邪魔なら殺してもいいよなぁ?殺してもいいって言ったし………………よし決めた」

 

 

ズザシュッ!!

 

 

生々しい肉の音が木霊する。その正体は地面の中から突き出された『アマルガツ』がユウヤの片腕に迫り、分断した音だった。

 

 

 

「まずテメェから殺すわー。その方がそこの女の精神にダメージが入るみてぇだしなぁッ!!」

 

 

ニンマリと笑うデュークは更にその口を横に裂く。この後の事を思い、楽しみなのだろう。そうして狂気の哄笑と共に長剣をくねらせて、片腕を失ったユウヤを切り裂こうとした。

 

 

だが、おかしい事が、起きた。

 

 

一瞬にてデュークの懐に移動したユウヤ。目の前の出来事に驚いていたデュークは視界の端っこにとある物を確認した。

 

 

それは、有り得ない物だった。

 

 

「俺や、里の人を殺すだって?」

 

 

「……………は?おい、いや待てよ」

 

 

「───やってみろよ」

 

 

「さっき、その腕ふっ飛ばしたろうが(・・・・・・・・・・・・)────」

 

 

バギィッ!!とデュークの顔面に拳が突き刺さった。少しばかり力を入れた一撃は彼を吹き飛ばし、木々を薙ぎ倒していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────圧縮、放出」

 

 

弦を引かれたボウガンから放たれたのは透明な塊だった。決して速くない、遅くもないスピードで迫り来る塊に、斬鉄の顔色が変わる。

 

 

「不味いッ!何かに隠れろ!」

 

 

斬鉄の本気の警告に二人は咄嗟に木の後ろへと避ける。斬鉄も視界の隅で確認し、転がるように物陰へと隠れる。

 

 

「そして、拡散」

 

 

ボソリと呟かれたと同時に透明な塊がパァンッ!と弾けとんだ。まるで手榴弾の爆発のように、目に見えない衝撃波が破片のように辺りを削り取る。

 

 

「今度は此方からやらせてもらうぜ!」

 

 

「酸素─────圧縮、消失」

 

木々から移動してきた九魅が尻尾に巻き付けた様々な武器で攻撃しようとする。しかし咲人が何かを呟いた途端、変化が起きた。

 

 

「がッ…………は!?」

 

 

九魅が苦しそうに呻く。地面に蹲り喉を押さえるその姿は、呼吸が出来ないように見える。

 

その様子を見た咲人は、無表情のままボウガンを向ける。ガシャンッ!と弦が引かれ、再度装填された。

 

 

「圧縮、圧縮─────そして」

 

 

「─────はぁっ!」

 

 

言い終わる前に、木陰から斬鉄が駆け出してくる。咲人の目が向くのを気にせず、勢いよく蹴り飛ばす。

 

ただし、狙いは咲人ではない。その蹴りは呼吸が出来ない九魅を飛ばし、彼の射程から力ずくで逃がした。

 

 

そして、目の前で標的に逃げられた咲人の行動も早い。

 

 

「変更─────放出、同時に固定」

 

 

ズヒュン! とボウガンの銃口から棒が飛び出す。実際には空気により形成された剣なのだが、そんな事は今関係ない。目の前で転がっている斬鉄目掛けて無造作な動きで腕ごと振り下ろす。

 

 

しかし、金属音が鳴り響き、それは防がれた。振り返った斬鉄が振るったノコギリ刃の刀、咲人の空気の剣を押さえていた。

 

 

そして唯一露になった隙を見逃さないと言わんばかりに九魅と深里が後ろから飛び掛かる。

 

本来ならナイス!と言うべき状況だが、斬鉄は目を見開くと捲し立てるように怒鳴った。

 

 

「馬鹿野郎!早く下がれ!まとめてかかると───」

 

 

「防壁、展開」

 

 

音が、消えた。九魅と深里の攻撃は空中で止まっていた。いや、違う。透明な塊が咲人の周りに覆われていたのだ。

 

勢いよく空気の剣で斬鉄が吹き飛ばされる。秒もかかる事なく、咲人はボウガンに手を置く。

 

 

「拡散」

 

 

先程の爆発とは比にならない衝撃が咲人を中心に起こる。何故爆発源の中心に被害が無いのか、それは分からない。

 

しかしそれどころではない。真の破壊が波となって二人を消し飛ばそうと、

 

 

「ッ!『遅感加速(タイムエラー)』!」

 

 

直後、斬鉄は行動を起こす。勢いと共に跳躍し、有り得ない速度で移動していく。そして衝撃波が来る前に二人を担ぎ上げると、凄まじいスピードで森の奥へと消えた。

 

 

 

「───体内時間を強制的に進ませる事により、加速したかのように動く能力。『適合者(ユナイト)』計画の副産物か」

 

 

無表情の割には感心した声で咲人は彼らの消えた方角を見つめていた。だが、と付け足した途端咲人はボウガンに触れた。

 

 

「副産物は所詮副産物だ。思い通りに使えるなら、君も『適合者(ユナイト)』に成れた筈だろ?」

 

 

咲人の言葉だけが森の中に浸透する。返事のないことに彼はあまり反応を示さない。別にそれ事態には興味はない、そもそも何も感じることなどない。

 

 

ボウガンの駆動音が再び響く。獲物を少しずつ追い詰める肉食動物のように、咲人は奥へと歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「ごぼっ!?げばっ!!」

 

 

「ちょっ、大丈夫なの!?」

 

 

少し離れた大木の裏で、斬鉄は大量の血を吐く。決して少ない量ではなく、ピチャリと池を作る程の出血だった。しかし外傷はない、傷があるのは内側だ。

 

 

遅感加速(タイムエラー)』。

中々に使いやすい能力と思うが、重大な欠点がある。体内時間を強制的に進ませる事により、耐えきれずに身体の内部が破裂することが多い。

 

 

どうする?と九魅は無言で問いかけた。それを聞いて思考に明け暮れる深里は、対処法を考えていた。

 

そんな中だった、

 

 

「…………咲人は、空気を操る『適合者(ユナイト)』だ」

 

 

ごぼり、と血の塊を吹き出した斬鉄の口からそんな言葉が零れた。ぎょっとした顔の二人を見て苦笑いを浮かべる彼は、失った血の量など気にせず、そのまま告げる。

 

 

「操れる空気の条件は無いと言ってもいい………酸素や二酸化炭素などの気体すらも思いのままだ」

 

 

「………何だよソレ、そんなの無敵じゃねぇか!!」

 

 

「あぁ………だが、俺にも欠点があるように、奴にも欠点がある。空気を操れるが、それは正確じゃあない。細かく操る為の……装置がいる」

 

 

「装置…………それって……!」

 

 

「そうだ、あのボウガンはいわば銃の安全装置。あれを破壊してしまえば咲人は上手く戦うことが出来ない……もしその力を簡単に振るえば───」

 

 

──咲人の周りの空気が乱れていき、そのまま自滅する。

 

 

ダンッ……!と立ち上がる斬鉄。口から溢れていた血を拭い、咲人は木に寄り掛かりながら二人を見る。呆然とする少女たちを見据え、斬鉄は強く言い切った。

 

 

 

「──────俺だけでは出来ない、協力者が欲しい。咲人を上回る知恵を持つ者と奴の動きについてこれる強者。君ら二人に、頼めるか?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十九話 現れるモノ

ユウヤと夕焼って、言い方似てると思ってたけど……、



ユウヤ、夕焼(ゆうやき)…………似てるどころじゃねぇ、一文字あるかないか違いだわ。


「─────姿を隠して隙を伺うか、得策ではある」

 

 

空気を操る『適合者(ユナイト)』、咲人。木々の生い茂る森の中を、純白のスーツという服装で歩いていた。

 

無防備に見えるが、戦い慣れた者は違うと感じるだろう。だらんと下げられた腕のボウガンは何時でも相手を吹き飛ばせるように弦が強く引かれている。

 

 

(あの斬鉄の事だ。無策で私に挑もうとはしまい、私の情報を忍の少女たちに教えているのだろう。その上で協力して倒そうとする、その方が勝率が高い。

 

 

………隙を付くまで待つ気か)

 

 

 

「ならば、素直に誘き寄させて貰おう」

 

 

ガシャッ! と弦がぐるりと回転する。まるで爪のように展開された弦の間にある穴から、空気が爆発的な火力で放たれた。

 

 

しかし放たれたのは空中。何より速度が全くもって遅いため、巨大な空気の塊はシャボン玉のような遅さで宙に舞おうとする。

 

 

「圧縮、圧縮、そして圧縮」

 

 

そもそも、あの咲人が簡単に終わらせようとはしなかった。何度と紡がれる単語に連動するように、震動と強風と起こしながら空気の玉が少しずつ縮んでいく。

 

『圧縮』、咲人がボウガンを介して空気の体積を小さくしていく術。塊を一気に破裂させる『拡散』とは違い、どんなものでも圧縮されていく。

 

 

それならば、何十にも『圧縮』された空気を『拡散』すると、どうなるのだろうか。答えは簡単、空気は凄まじい力で戻ろうとして大規模な破壊を起こすことになる。

 

 

咲人は自分が包んだ『忍結界』全てを消し飛ばす程の火力までにはするつもりはない、精々半径500メートルくらいの規模にしようと考えていた。

 

 

 

 

「───来たか」

 

結果的には、そうはならなかった。咲人が詠唱を止めたその時、暴風が吹き荒れた。体が押されるが、咲人は体制を崩さない。

 

それどころかその現象を前に、酷く冷静な様子で感嘆とした声で呟く。

 

 

「なるほど、天候を操るとは……あの少女の忍法か」

 

 

脳裏に浮かぶのは深里と呼ばれていた少女、葉っぱの扇を持っていたのは覚えている。葉の扇と言えば、天狗。天狗と言えば風を操るが、忍にもなる者がその程度とは思えない。

 

そうやって判断したのだ、相手の力を。

 

 

「だが、忘れたのか?私が何を操っているのかを。忍法 『分裂』」

 

 

何の力か分かれば怖いものはない。最も恐れるべきこと、それは不明なことだ。

 

持論を提示する咲人はボウガンを少しだけ弄る。それだけで膨張した空気の玉は勢いよく暴発する。

 

 

その数秒後、彼の周囲をシャボン玉ほどの大きさの空気弾が宙を漂っていた。『分裂』、文字通りの意味。何回も圧縮されて膨大な空気を複数の弾へと分裂させたのだ。その状態は圧縮された空気と変わらない。

 

 

突風を空気で作った壁で防ぎながら、咲人は考える。彼らの攻撃、別に来るであろう一撃について。

 

 

 

(次に来るとすれば………………後ろ!

 

 

 

 

 

と、見せかけて!)

 

 

咲人は分裂させた空気弾を後方から飛来してきた物を撃ち落とした。ノコギリ刃の刀、回転して飛んできたそれは軌道を反らして、咲人の足元に突き刺さった。

 

 

それまで無感情に動いていた咲人に、始めて少しの余裕ができた。感触からして間違いはない、斬鉄の物だ。彼は一瞬の隙を狙い、咲人の首筋へと刀を投げ飛ばしたのだろう。

 

 

だが、防がれれば意味がない。脅威は消えた、武器を失った斬鉄にもう戦う術はない。

 

 

「本命は上………!気付かれないと思ったのか!」

 

 

上を見上げてみれば、飛び掛かってくる人影が見えた。狐のような九本の尻尾の少女、九魅と呼ばれていた少女だった筈だ。

 

 

「────終わりだ」

 

 

彼女が着地した直後に、手元に残った空気弾十発を飛ばす。残りは彼女が空気弾を防げば、放てばいい。

 

 

勝った、咲人は確信の笑みを浮かべ─────絶句した。

 

 

「な…………」

 

 

九魅という少女が攻撃の手段として取ったのは、今まで見たものとは違かった。武器を持った尻尾によるものではない、そもそも攻撃ではない。彼女は凄まじい速さで咲人の懐へと駆け出したのだ。

 

 

だから、咲人も動きがワンテンポ遅れてしまった。空気弾を飛ばそうとした時には、少女はあるものを手に収めていた。

 

 

斬鉄のノコギリ刀を。

そして有無を言わさない勢いで斬鉄の腕、正確にはボウガンを切り裂き、完全に破壊した。

 

 

バラバラ! と金属部品が地面に落下する。息を呑んだ咲人は地面の上の部品を九魅を蹴り飛ばす。

 

 

 

「どういうことだ………動きが違う。こんな短い時で、斬鉄と同等の動きになるなど……………!」

 

 

「忘れたか、咲人」

 

突然、九魅がそう言った。声は彼女のもの、だが喋り方は違う。それを聞いたと同時に、咲人はようやく気付いた。

 

そして、九魅は嘆息しながら片手で顔に触れる。直後、彼女の体が崩れていく。数秒も経たずに、彼女の姿をした人物が声をあげた。

 

 

 

「里の人間に『変装』し、襲撃のタイミングを狙えと命令を下したのはお前だったろう」

 

 

斬鉄、顔に付けられていたマスクを外した青年は酷く落ち着いた様子で呟いた。やはり女性の真似はもう止めよう、と嘆息する彼に咲人は思考に明け暮れた。

 

 

 

構成員たちのマスク、それには変装機能が備わっていた。侵入して様々な事が出来るようにする、そのような性能が利用された。

 

 

ノコギリ刀を投げられた途端、咲人は油断してしまった。それが九魅という少女に変装した斬鉄に渡すためにもの、そもそも九魅本人が刀を投げたのだが、今の咲人には関係ない。

 

 

全てはボウガンを破壊することにより、咲人自身の強みを消そうとしたのだろう。ならばその目的は成功したものだ。

 

 

「………破壊したから何だ?」

 

 

低い声が、咲人の口から吐かれる。それは粘着質なものだった、それは執念に近いものだった。

 

たかが武器を失っただけで戦いを諦めるほど、咲人には誇りがない訳ではなかったのだ。

 

 

 

「確かにこれでは空気を操ることなど難しい。だからどうした、その程度の障害に!この私が屈すると思うか!!」

 

 

破壊されたボウガンの取り付け具の填められた腕を振り上げる咲人。彼の真上で空気が渦を巻くように集まっていく。

 

 

「分かっていたさ、咲人。お前は『同調者(ユナイト)』の中でも古参、王の理想に賛同する男だ。こんな策だけで負けを認めないだろう」

 

 

 

「だからこそ、止めは彼女に任せた」

 

 

あ? と眉をひそめる。どう意味か問い詰める前に、咲人は察した。

 

 

「…………今回の襲撃で夕焼も傷つけられたし、アタシたちの里で戦いが起こされた」

 

 

そう言ったのは九魅、変装ではない正真正銘本人。咲人は振り返らずにいた。この戦いの決着をつけるのは斬鉄ではない、彼女なのだろう。

 

 

 

「そのツケは!テメェで晴らさせてもらうぜ!!」

 

 

彼女の顔は怒りに染まっていた。大切なものを多く傷つけられた者の気持ち、かつて咲人本人も感じたこてがあるであろう感情。

 

 

あぁ、と咲人は思う。抵抗する気は、最後に周りを破壊してやろうという気は、不自然なくらいに起こらなかった。

 

 

そして九本の尻尾による連撃が、無抵抗な咲人の意識を刈り取った。

 

 

 

 

 

そして、同時刻(・・・)

 

 

「………ふぅ、これで一人は倒したな」

 

 

手首を回してその動きを確認するユウヤ。いつの間にか体が動くようになっていた夕焼は、その事に気付かないくらい呆然としていた。

 

 

先程、目の前で腕を切られた筈のユウヤが五体満足だったのだから。

 

 

「え……………だけど、さっき……………腕を」

 

 

「…………あぁ、そっか。まだ説明してなかったよな」

 

 

やっぱり混乱する夕焼にユウヤが気付いたように反応する。彼は切られた筈の方の腕を動かしながら、真実を告げる。

 

 

「残像だよ、電気を使って見えるようにしたんだ」

 

 

軽く言ってるが、そう簡単なものではない。異能と戦闘経験の豊富なユウヤだからこそ、出来るものだ。

 

 

「夕焼、立てるか?」

 

 

「は、はい……」

 

 

夕焼に手を貸し、立ち上がらせたユウヤは何処か遠くを見つめる。

 

 

「…………結界は、まだ消えてない」

 

 

不安そうに空を見上げるユウヤ。彼の言葉に続いて夕焼も同じように上を見る。普通より変色した光景に困ったように髪を掻き────、

 

 

 

 

 

 

 

「────────逃がさねぇよ」

 

 

怨念の籠りすぎた呪詛が耳に聞こえてしまった。

すぐ前の木の隙間から『何か』が伸びる。それに反応したユウヤは言葉より体の動きを優先した。

 

 

ただ真横にいる夕焼を貫こうとした『何か』を手の甲で殴り飛ばす。それだけの行動だが、『何か』が夕焼に行おうとした攻撃を妨害するのには充分だった。

 

 

そんな『何か』を引き戻し、その人物は森の奥からゆっくりと歩いてきた。

 

「元よりこの里の関係者は計画の証拠隠滅の為に皆殺しにするつもりだったんだ……………誰一人だって逃がす訳ねぇだろうが」

 

 

「ッ!おまえ─────は」

 

 

『それ』には見覚えがあった、間違いはない。先程打ちのめした青年の物だった。だが、目の前に現れた青年は先程とは雰囲気を含め、全く違っていたのだ。

 

その事に言葉を失うユウヤと夕焼に、青年は俯いていた顔をあげた。

 

 

前髪で隠れていた顔の右側は赤黒く変色し、血管のようなラインが走っている。そして右の眼も紅に染まり、別の生き物のようにギョロギョロと蠢いていた。

 

 

両手に握る『それ』を振り上げ、周りの木々を切り裂いていく。『アマルガツ』鞭のようにうねる特殊な性質の剣、それが二本に分裂していた。破壊の惨状を見て青年 デュークは凶悪そうに笑い、ユウヤを睨み付けた。

 

 

「それが善忍なら当然────それを庇うテメェも!何もかも!!一つ残らずぶち殺してやるぁァ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ハァ、ハァ」

 

 

「………やった、の?」

 

 

「いや、そうでもなさそうだ」

 

 

合流した深里と九魅は激しく息切れをする。無傷で勝てる相手ではなかった、そう直感する二人は意識のない咲人を見て呟く。だが、瞬時に否定した斬鉄がノコギリ刀を握る。

 

 

「………………私は、負けたか」

 

 

いや、意識は消えてなかった。その現実に直面した咲人はポツリと呟く。受け入れたくないと思えば、否定できただろう。だが、彼はしなかった。

 

それが、『同調者(ユナイト)』としての最大の敬意の表し方だったから。

 

 

「さてと、話してもらおうか咲人。お前らの目的を」

 

 

喉元すれすれに刀の先を向ける。慌てて止めようとする二人を片手で制し、斬鉄は動かない咲人を見下ろす。

 

聞かなければならない。自分でも知らない、『同調者(ユナイト)』にしか知らされてない目的の内容を。

 

 

「この里の人間を皆殺しにする、それが目的では無いだろ?それが目的ならもっと戦力を連れてくる筈だ」

 

 

「フフッ」

 

 

斬鉄の見解に、咲人は小さく笑った。泥に汚れた自分の白スーツを見下ろしながら、呆れたような声音で口にする。

 

 

「……………先に言ったぞ、我ら『適合者(ユナイト)』と君たち忍が戦った、その事実があればいいと」

 

 

何?と怪訝そうな顔の斬鉄を咲人は見ていない。その視線は九魅と深里の間の方、もっと先を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────結界は消えませんな、那智様」

 

 

「はい……そのようですね」

 

 

何時でも避難が出来るように結界の隅にいた里の人々を見ていた厳戒の言葉に那智は賛同する。何時になっても結界に変化はない、少しずつだが不安が増してきた。

 

そわそわと何処か遠くを見ていた牛丸に、那智は声をかけた。

 

 

「牛丸さん、大丈夫ですか?」

 

 

「ユーちゃんたちのことがぁ~、気になってぇ~」

 

 

「夕焼さんたちなら大丈夫、天星さんや斬鉄さんもいますし………無事に戻ってきてくれます」

 

 

憶測的な希望なのだが、那智は信じていた。仲間たちが負ける訳がないと、帰ってくると。

 

そんな中、牛丸がぼんやりとしながら疑問そうに聞いてきた。

 

 

「それよりもぉ~、何か聞こえませんかぁ~?」

 

 

「え?」

 

 

───メギ、メギメギグガギィ!!

 

 

確かに耳を済ませば聞こえてくる、何か強力なものを引きちぎろうとするような音が。場所は────真上。

 

 

 

ハッと即座に気付いた那智と牛丸、厳戒が上を向くと結界に変化が起きていた。何か、大きなものが見えた。爪のようなものでこじ開け、結界内に入り込もうとしていたのだ。

 

 

開ききった隙間の中から、垂れるかのようにそれが落ちてくる。真っ直ぐ、此方の方へと。

 

 

「全員!!避けろォォォ!!」

 

 

我に帰った厳戒の言葉に里の人たちもそれに気付き、慌てた様子でその場から離れる。そして飛来した『それ』が地面に衝突し、風圧を起こした。

 

 

 

衝撃により発生した砂煙が突風に巻かれ、『それ』が姿が見えていく。

 

 

四本の鉤爪のような二対の翼。

 

木のように細い腕と脚。

 

薄暗い青紫という不気味な色の胴体。

 

 

ドグンッ!と鼓動が震動となり、その場の全員が露になったその姿を目にした。

 

 

それは竜、現実には存在しない生き物の一つ。

かつて葛城たちが相対したファフニール、彼が本物の竜だとすれば、目の前の存在は竜と言うには異形過ぎた。

 

 

深紅に光る二つの眼光、鉱物のような結晶が光を灯す。両眼の上、額に位置する場所から割れるようにギョロリと生き物のような眼球が露出する。

 

 

異形の竜は二本脚で立ち上がり、翼を広げる。禍々しく変色していく結界を覆うように。

 

その現象に、那智が思い出しかのように竜を見上げる。そして、その重圧に震えながらも、その正体を看破した。

 

 

「─────まさか、妖魔!!?」

 

 

【「クルルル、キュールルルルッ!!」】

 

 

 

忍と忍の力を持つ『同調者(ユナイト)』、似た性質の者たちの争い、それにより僅かに発生した血の匂いに誘われ────一体の妖魔がこの戦場に降臨した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十話 鮮血

沈黙が、空気を支配していた。

それにより那智たちを含む多くの人々が、硬直して動けずにいる。

 

原因は、おぞましい威圧感と恐怖がオーラとなって振り撒かれているからだ。それの理由は一つしかない。

 

 

妖魔、見たこともない竜の姿をした妖魔。単眼の竜は結晶の眼光を蠢かせ、周囲を見渡していた。

 

 

【「─────、────。」】

 

 

シューーッ、と風が吹くような音が竜から吐かれる。口を開いてる訳ではない、呼吸の音かもしれない。

 

バサッ!!と爪のような翼が大きく広げられる。竜は今にも折れそうな脚で地面を踏み抜き─────跳躍した。

 

 

半透明な結界を打ち破り、竜は天空へと飛び立った。流星のような光を帯び、正体不明の妖魔は数秒の間に姿を消した。

 

 

 

 

その光景を目にしていたのは、那智たちだけではなかった。遠くで咲人を倒した九魅と深里、斬鉄たちもそれを見てしまったのだ。

 

 

「…………消えた、消えたのか?何だ、アイツは?一体何をしたかったんだ?」

 

 

常時、冷静さを保っていた斬鉄も言葉を失ったように結界に開いた穴を見ていた。

 

 

「探していたのだよ、我らと同じように」

 

 

ポツリと、呟く咲人にその場の全員が振り向く。木に背中を預けながら立ち上がった咲人という人間は微かに震えていた。

 

それが恐怖という感情だと思わない者は、ここにはいなかった。

 

 

「奴は知性を持つ妖魔、本来下界には降り立つことなどない怪物。だがな、奴にも恐れるものがある。だからこそ、それの排除の為に奴は探し回っているのだ。………まさか、我らの作戦内に干渉してくるとは」

 

 

どうでもいいと言わんばかりの諦念の声に、斬鉄は掴み掛かる。ドガッ!と大木に叩きつけられた咲人が呻くが、彼には見えていない。

 

今にも噛みつきかねない様子の斬鉄は、咲人の胸元を掴み上げた。俯く彼に、斬鉄の鋭い声が放たれる。

 

「あれは何だ?何を知ってる!?お前たちは何を──!!」

 

「奴は、我らの宿敵。後の計画の為に、倒すべき障害」

 

 

正体不明の竜について知っている、その事実が斬鉄を焦らせる。更に問い詰めようとするが、咲人は抵抗することもなくあっさりと情報を吐いた。

 

 

「異質な進化を遂げた妖魔、この世界で最も神に近づいた存在、生態系を越えた生物、それら全ての言葉があれには当てはまる」

 

「何を、言ってる?どういう意味だ!?」

 

「我らがただの脅威であれば、『あれ』はただの天災だ。挑むことすら愚行なのだ、君らがいくら束になろうと」

 

 

紳士的な対応をしてきた咲人は冷酷に吐き捨てる。

 

 

「我が主も『あれ』を危険視されている。何でも、善忍と悪忍を同時に相手していた時に現れ、一瞬で腕を持っていかれたらしい」

 

 

九魅と深里の二人は、それがどういう意味かは分からない。しかし斬鉄は絶句していた以上、それは凄まじく有り得ない事なのだろう。襟を掴む手から力が抜け、少しの間、言葉を発するとこはない。

 

 

 

「だが、奴の乱入がお前らの目的の妨害になったらしい。誇る事ではないが、これでお前らは終わりだ」

 

 

「…………あぁ、全くだ。失敗だとも、緻密に練ってきた計画は」

 

 

斬鉄の突きつけるノコギリ刀に咲人はヒラヒラと手を振るだけだった。余裕のありすぎた様子にこの場の全員が不思議そうになる。

 

その理由は彼の口からあっさりと告げられた。

 

 

「しかし、私が気にする必要などなくなった。証拠は無くなる、一つも残らず」

 

 

「…………?何を」

 

 

「デューク。このまま失敗に終わるなどあいつが許さない。善忍を憎むあいつは、この里の全てを殺し尽くすだろう」

 

 

 

 

 

少しの前に遡る。

 

 

「………………………ご、」

 

 

何十メートルも遠くに吹き飛ばされていたデュークはようやく起き上がった。頬が痛い、殴り飛ばされた直後の事はよく覚え────────、

 

 

「──善忍、何処だ……!俺ぁまだ負けてねぇッ!あいつっ、あいつらはっ何処に行ったァァァァッ!!!殺す殺してやる!この、俺──────がッ、ば」

 

 

あの時の事を思いだしたデュークが怒号を響かせる。まだ負けてない、必死に立ち上がろうとするが、体は言うことを聞かなかった。

 

ガクンッと膝をついてしまう。痛みがだんだんと消えていき、瞼が閉じられていく。その感覚にデュークは微笑む、これで終わりなのか………………。なら、仕方ないかと。

 

 

 

 

何故か、声が聞こえた。聞こえてしまった。

 

 

『■■■────お願い』

 

 

少女の声が、デュークの鼓膜を叩く。脳裏に浸透する言葉が、麻薬のように彼の心を和らげる。

 

 

呼んでる、彼女が呼んでる。果たせねば、果たせねばならない──復讐を。この世界全ての血を使ってでも、彼女への弔いをしなければ。

 

 

例え、彼女から託されたこの命全てを使いきってでも────、

 

 

「禁、術…………『血界突破』ァ!─────ご」

 

 

それを告げた直後、デュークの肉体に変化が発生した。全身から更に血が吹き出した、血管が膨張し身体が耐えられなくなったのだ。

 

 

「ギッ、ぐッが……ばあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁッッ!!!」

 

 

消えかけた意識を覚醒させる程の激痛にデュークは絶叫を放つ。それに籠っているのは─────歓喜だった。

 

 

良かった、これで…………約束が叶う。これで、善忍どもをみなゴロシニデキル!

 

 

そして、ビチャリと。

 

破裂音と共に彼の体から、無数の何かが飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

そして、今に至る。

 

 

 

「────ハハッ、どうやらアイツは俺にまだやれと言いたいみてぇだな?」

 

 

 

血のような赤いラインが通る顔半分を黒く変色させたデューク。彼は自分の姿を嘲笑うかのように、呟いていた。

 

 

『アマルガツ』という長剣は、最早剣ではなくなっていた。デュークが指を動かすだけで、思い通りに動くことが出来る。

 

手足、体の一部と言っても過言でもないだろう。現に少しだけ腕が動いただけで、剣が生物のようにうねり狂っていた。

 

 

「それって…………まさか!?」

 

 

「はぁー、分かるのか?大した頭がねぇとは思ってたんだがよぉ」

 

 

驚愕する夕焼にデュークは挑発するように吐き捨てる。

 

 

「『血界突破』。熟練の忍、『カグラ』ですらも命を落とす禁術。今思えば『あの人』はこれを使える俺の才能を見抜いてたんだなぁ」

 

 

ユウヤは記憶の中にある単語を思い出す。前に半蔵学院の文献にそれについての情報を確認していたのだ。

 

──空間に染み付いた血を肉体に摂取する禁術。禁じられている以上、これがどれだけ恐ろしいのかは想像しなくても分かる。

 

 

そんな中、彼の黒い眼からドロリと血が溢れる。それに気付いたデュークは顔を拭い、手の甲に付いた血の汚れに不満そうに舌打ちした。

 

 

「血が足りねぇせいか?不完全な姿になっちまったが…………やっぱ心配いらねぇわ。もっと血の量を増やせば済むしな。

 

 

 

忍結界───鮮血世界=強制侵食」

 

 

 

視界の全てが深紅に染まった。──いや、世界の色がその様に変化した。

 

より細小に、詳しく説明すると、咲人が張り巡らせた結界内に血が充満していたのだ。使い手による強制的な上書き、それによる変化をユウヤはすぐに理解する。

 

 

体から、スーッと何かが抜けてきていたのだ。こけそうになり頭を抱えながら、

 

 

「………血を吸ってるのか、この結界の中の人間から……!」

 

 

「吸収って言えよ、虫みてぇで不愉快だからなぁ」

 

 

僅かな訂正をするデュークは、『アマルガツ』を縦に振るう。

 

それだけで、一本の長剣は複数の攻撃へとなる。次元を越えた出来事に戸惑うことも許されず、ユウヤは防御に徹するしかなかった。

 

 

ニヤリと笑うデュークは片方の腕を持ち上げる。隙を付くために、動かしていなかったもう一本の『アマルガツ』。ユウヤの不意を狙い、身体を抉り飛ばそうとする一撃を放とうと──────

 

 

 

 

「忍法───エンカ・トゥイパ!」

 

 

「忍法、斬鞭長剣(アマルガツ)=十二式」

 

 

することはなかった、飛びかかってきた夕焼にデュークは長剣を容赦なく振るう。

 

二刀の刀と十二の刃となった蛇状の長剣が衝突する。

 

連続で刀を叩く衝撃に夕焼は耐えきれずに吹き飛ばされる。しかし、彼女も忍だ。ついでに放たれた攻撃を軽く回避し、後ろへと飛び退く。

 

それを見た彼は、苛立たしそうに顔を歪める。その後に放たれた言葉は、やはり悪態だった。

 

 

「…………チッ、ウゼェな。さっさと死ねよ」

 

 

「………デューク、だったか?それより少し聞かせろよ」

 

 

「あ?」

 

 

「何で里を襲撃してきた?何でお前は善忍に執着する?それに答えてもらうぜ、疑問に思ったからな。それぐらいは知っておきたい」

 

 

「…………あぁ、そういうこと」

 

 

その質問にデュークは嘆息し、そのまま両手から剣を離した。降参と言わんばかりの様子に夕焼とユウヤは一瞬だが、気が抜けた。それを目にしたデュークはゆっくりと口を開き─────、

 

 

 

 

 

「─────素直に話すかよバァーーーッカ!!!」

 

 

直後、二本の『アマルガツ』が彼の足元から伸びた。目を見開いたユウヤが剣の直撃を受け、吹き飛ばされる。すぐ近くにいた夕焼は切り伏せようとするが、強い衝撃により二本の刀を遠くに弾かれる。

 

 

「………あっ…………!」

 

 

「形成逆転だなぁ、馬鹿じゃねぇの?アホ正直に信じやがって…………こっちは遠隔操作出来んだよマヌケが!」

 

 

ズドッ!と彼女の腹をデュークが蹴り上げる。大木にぶつかり、呼吸が難しくなる彼女を見下すように笑った。

 

 

「それにしてもお前、さっき言ってたけどよぉ。人だけが悪いみたいな言うなよな」

 

 

おかしな言い回しに眉をひそめながら、彼女はデュークは見る。そんな青年はその視線を受けても笑みが消えることがない、寧ろより邪悪なものに歪んでいった。

 

 

「まだ分からねぇのか?俺たちがこの里の襲撃した理由の一つ…………………それはテメェだよ、女」

 

 

 

「…………………え?」

 

 

「テメェがあの時俺たち『禍の王』の存在を見てしまったから、あの時俺たちに気付いたから、俺たちはこんな風に皆殺しを決行することになったんだ」

 

 

言葉の刃が、彼女の心を揺らしていく。不安定に、かつ隙間に食い込むように。純粋な優しさに、罪悪感というものを作り出す。

 

 

「あの時、ひっそりと殺されとけば良かった。それだけで里の人間は数ヶ月ほどは生きられた、いやそもそも皆殺しにならずに済んだのにさぁ!」

 

 

「………ッ!」

 

 

夕焼に心無い言葉が響いた。もしも、あの時、どれもが希望的憶測だが、それが彼女を苦しめるのには充分すぎたのだ。

 

──自分があの時助けられなければ、

 

後悔の念が大きな波となって彼女に軛を与えていく。助かった事に、仲間たちは喜んでくれた。だが、そのせいでこうなってしまった。

 

 

「悲しいか?けどよぉ、結局はお前のせいなんだぜ。お前の死で償えよ、この里の悲劇を」

 

他者を精神的に苦しめ物理的に傷つけようとする悪質な声、それは酷く落ち着いたものだった。

 

今度こそ殺す、と言う殺気の帯びたデュークの一撃。

 

 

 

赤い液体が、宙に飛び散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ピチャリ、と。

水滴が地面に落ちる音が二人の耳の奥に響く。自分の意識を消し去ろうとする凶刃が来るのを待っていた夕焼、その凶刃を振るおうとしたデューク、この二人が絶句した様子で固まっていた。

 

 

そして、何度も落ちる赤い液体の発生源を追うように顔を上げ───それを、呆然と見ていた。

 

 

「…………ぐっ!」

 

 

長剣に突き刺された、ユウヤの肩を。

夕焼の前に立ちはだかるようにしていた彼は呻く。呻きながら、彼は剣を掴み力を込めて引き抜いた。ブチブチッ!と引きちぎれる音がし、傷口からの出血がコートと地面を汚していく。

 

そこでようやく、デュークの顔色が変わった。焦りと戸惑い、そして怒りを含んだ声で彼は怒鳴る。

 

 

「な、何してんだテメェ、何しやがってんだテメェはよぉ!?」

 

 

最早、『アマルガツ』を振るう余裕さえなかった。膝をついたユウヤに向かって叫ぶ。届いていようが、届いていなかろうが、関係なく。

 

 

「何でさっきから邪魔するんだ!テメェなんかと一つも関係ねぇのに!

 

 

 

何だテメェ!その女を守ることに、知らねぇ奴を守ることに何でそこまでやりやがる!!?」

 

 

彼、デュークはツギハギのある顔を歪め、鋭い声をあげていく。単に気に入らなかったのかもしれない、理由が欲しかったのかもしれない。

 

 

それを分かってたユウヤは納得し、口を開いた。

 

 

 

「……さっきから聞いてたらなんだ。夕焼が殺されてたら良かった?────それは後から言えることだろうが」

 

 

それは、反論だった。デュークの言葉を否定し、夕焼を擁護する言葉。くだらない、とデュークは笑うことができなかった。

 

現にこの男はそれだけの為に、夕焼の前に立ち塞がったのだ。肩を抉られるような攻撃を受けてまで。

 

 

「何でって、お前はそう言ったな」

 

 

ユウヤが前に歩み寄ると、デュークは無意識に後ろに下がる。その事に彼は気付かない、気付くことの出来ない程に戸惑っていた。

 

 

「誰かを守るのに、理由はいらないだろ。この脚は立つ為にある、この腕は戦う為にある。だけど、その根底にあるものは一つだ」

 

 

彼は、優しい心の持ち主だ。自分以外の誰かが苦しむ事を拒む、その誰かを助けるためなら躊躇しない性格の持ち主だ。

 

だからこそ、彼は止まらない。例え手足を切り刻まれようと────彼は進み続ける。今まで守ってきた、己の信念に従いながら。

 

 

「夕焼は殺させない、傷つけさせない。お前が俺を攻撃しようが、俺は立ち上がってやる。これ以上の悲劇を止めるために、

 

 

 

守りたい奴を!この手で守るために!!」




おまけ

天星ユウヤにとっての人物関係(本人談)part1

飛鳥
「あいつか…………色々と教えてもらったよ。仲間としても友達としても大切な人だ。



ん?あいつが好きかって?それは………何だ、上手く言えないな。どう返答すれば難しい、でも俺は好きだぞ。……どういう意味だと?想像に任せるさ」


斑鳩
「半蔵学院の中でも数少ない常識人だな。丁寧な人で、苦労してるなぁと思ったよ。だが真面目すぎるしな、何時も依頼帰りの俺を叱りつけてくる。………迷惑かけてるよな、やっぱり」


葛城
「…………あいつ、か(嫌そうな顔)いやぁ、嫌いって訳じゃないんだが…………セクハラ癖が困るなぁ。俺も男だし、目の前でセクハラされてるとこ見るとちょっと…………ていうかあいつ、最近俺にまでセクハラしてくるんだが」


柳生
「無口な奴だと思ったら、やっぱ普通じゃなかった。あいつ、俺が雲雀に声掛けるだけで警戒してくるからな。別に話すぐらいはいいだろ、後ろから仕込み傘向けてくるんじゃねぇよ(愚痴り)」


雲雀
「最初は怖がってたのか、あいつから距離置いてた覚えがあるが、ゲーセンで少し遊んだら仲良くなってた。今もゲームで遊ぶし……まぁぶっちゃけ、妹みたいなもんだよ」




半蔵
「ジジィ扱いはしてるが、感謝はしてるさ。俺の師匠の知り合いだし、いつも世話になってるからな。



けどさぁ、ことある事に早くひ孫が見たいのぉとか俺に言うなよ!飛鳥に言えよ自分の孫だろ!俺に言ってどうするそれを!!」



次は紅蓮たちについてです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十一話 デューク

??「人は皆、運命の奴隷って言葉。意味が分かるかい?どれだけ努力しててもどれだけ正しくても、運命は、世界はそんなものを気にしない。容赦なく、人に過酷な末路を定めていく。



だからこそ、我々は運命に反逆する事にした。災禍を振るい、世界を壊す、それが我々の宿願」


デューク、公鏡 紅樹(こうがみ こうき)はごく普通の学生だった。勉強も運動神経を人並み、学校でもガールズフレンドもいたりと、普通と言われる人物だったのだ。

 

ある、一つのことを除けば。

 

 

『紅樹ー!ごめーん!遅れちゃった!』

 

『はぁー、反省の色が無いよな』

 

 

彼女の名は対馬、紅樹の恋人の少女。滅多に見ない美少女の一人と数えられる容姿をしている少女。そんな彼女には紅樹しか知らないある秘密があった。

 

 

『学園はどうだったの、対馬。大変じゃなかった?』

 

『うーん!選抜の焔さんたちはやっぱり強かったよ!皆で挑んでも勝てないやー』

 

 

そう、彼女は忍だった。国の為に戦う善忍ではない、企業や個人を主とする悪忍と呼ばれる忍、彼女には主はいなかった。

 

ただ一人、紅樹と一緒にいる為に彼女は悪忍を続けていた。バイトをしていた彼は、別に忍を止めてもいいと思っているが、彼女の意思を踏みにじることはしたくないとも思っていたのだ。

 

 

 

 

何より、紅樹は幸せだった。困ったことや悲しいこともあったが、最愛の人と共に生きられる人生に充実としたモノを感じていたのだ。

 

 

 

そして、いつもと変わらない夏の夜。紅樹は帰ってくるのが遅い恋人の為に料理の買い出しに行っていた。普通と変わらない事、そう彼は思いながら道を歩いてた、その時。

 

近くの廃屋から気配を感じた。続いて、人の声のようなものが聞こえてくる。不安に思った彼は廃屋へと歩みを進め、奥の部屋に耳を当てた。

 

 

『忌々しい悪忍め。よくもまぁ、私の邪魔をしてくれたものだ』

 

『ふざけ………ないで!あの娘を、親を失った娘を殺そうとした癖に!どうして善忍がそんなことを!』

 

『少し必要だったのでね。彼女の両親は資産家だからね、それを手に入れる為に少々、仕組もうとしていたが…………貴様のせいで失敗したよ』

 

 

部屋の奥から男女の話し声が聞こえる。女性の声は知ってる、対馬のものだ。もう一人は分からない、知らない誰かのものだった。

 

話の内容から、対馬は何かを知ってしまい、それ故に襲われているのかもしれない、そう判断する。

 

手を出すべきではない、今の自分は普通の学生。忍になんて逆立ちしたって勝てる訳がない、黙ってるのが一番だ。そう思っている間に、状況は変化していく。

 

 

『仕方ない。貴様を殺して今は満足するしかない』

 

『くっ……………は、』

 

 

愛する人の呻き声に慌てて顔を出して、彼の顔が蒼白になる。男の手が対馬の首を掴んで、締め付けていた。彼女は苦しそうに呻き、脚をバタつかせている。

 

死んでしまう、大切な人が。そう判断した紅樹の行動は速かった。数秒も時間をかけない。

 

 

『対馬を、離せよテメェぇぇぇぇぇッ!!』

 

『なッ!きさ─────ごっ!?』

 

 

壁から飛び出して叫んだ紅樹はその男に突っ込んだ。突然の事に善忍は反応しきれず、紅樹に激突し─────血を吐いた。

 

 

突撃したデュークの握った近くに落ちてた包丁が、腹を突き刺していたから。包丁など何回も使ったことがあった、だが人を刺したのはやっぱり始めてだった。けど、必死だったから、どうでも良かった。

 

 

『この………ゴミクズがァああッ!!』

 

しかし、善忍の男が黙ってはいない。男は忍としての力で紅樹を引き剥がし、近くにあった棒を握る。

 

 

そして、体が宙を舞うことになる。

 

『え、が?』

 

何が起こったのか分からない、声が出たのは床に落ちた時だった。ドサッ! と音をたてたが、幸い目立つ傷は無い。立ち上がろうと床に手を付こうとして、

 

 

片腕が無くなっている事に気付いた、ようやく。

 

 

『ドイツもコイツも、人の邪魔をしやがって……正義を妨げやがってぇ………!』

 

血に濡れた巨大な棍棒 メイスを片手に、善忍の男は何度も呟いていた。あっさりと人を吹き飛ばしたというのに、その目には全く映っていない。紅樹は始めて恐怖を感じ、怯えていた。

 

視界の端で必死に叫ぶ対馬、共に生きようと誓った少女を泣かせてしまった事に後悔を抱きながら、紅樹は顔をあげる。

 

真っ赤なメイスが、振り下ろされ─────

 

 

 

 

 

 

 

『気が付いたかい?まさか本当に助かるとはね』

 

 

意識が覚醒した時には、真っ白な部屋にいた。ピーッ!という警報に近い音の後に部屋に入ってきた子供のような医者はそんな事を言ってきた。

 

あんな様だったのに、驚きだよ。そう、医者は話す。眠りから覚めたばかりだったから、頭が痛かった。苦痛が腕と脚に響いた直後、思い出したように彼は聞いた。

 

 

『………対馬は?対馬は何処です?』

 

 

『…………………』

 

 

医者は答えない。

沈黙が、彼をより一層に不安にさせる。しかし、医者はすぐに人差し指を向けてきた。

 

良かった、その安堵しかなかった。対馬は生きてる、早く彼女を起こさなければ。そう思った紅樹は周りを見て、疑問に思った。

 

 

何故、この部屋に自分以外誰もいないのだろうか?そう思い医者を見るが、彼は顔を伏せて此方を見ようとしなかった。

 

 

そこで紅樹は、医者が自分を指差していた事に気付く。不自然な動作に眉をひそめる彼はある部位を静かに見詰めた。

 

 

彼が目にしていたのは自分の腕だった。いや、自分の腕ではない、脚も同じだった。こんなに細くない、これでは女性の───────、

 

 

 

『………………………え、は、ぁ?』

 

 

それだけ思考して、彼の喉が干上がった。よく見てみると腕と脚の付け根の部分に頑丈に包帯が巻かれている。ガタガタと震える彼に、医者は静かに話を始めた。

 

 

『君の体はボロボロだった。腕と脚は再起不能、心臓を含む臓器がグチャグチャで死んでないのが可笑しい状態だったね』

 

 

『打つ手がなかった僕に、君を病院まで連れてきた女の子が泣きながら言ってきたんだ。私の血を使ってください、私の腕と脚を使ってください、私の心臓を使ってくださいって』

 

 

 

それだけ聞いた紅樹は、全ての意図を知ってしまった。この腕と脚は彼女のものだ、この身体に流れてるのは彼女の血だ、この生命は彼女の命だった。

 

 

───理解したく、ナカッタ。知リタクハナカッタ。

 

 

そして彼は、発狂して病院を抜け出した。呼び止める声が聞こえたが、なりふり構わず彼は必死に逃げた。受け止めるべき現実から。

 

 

包帯が剥がれ、ツギハギから血が流れる。痛いと思う一方、これが命だと実感させれた。

 

 

 

───死んで方がいいのでは?死んだ先で彼女に会えるのでは?

 

 

歓喜の笑みを浮かべながら、彼は周りへ手を伸ばす。そして、包帯が巻かれた手にある物を掴み、持ち上げた。

 

細く先端が鋭い木の枝。

人なんて殺せそうには見えないが、今この場にある物で一番凶器として使える物だった。彼はそれを、首元に押し付ける。

 

少し力を入れれば、プツンと枝が皮膚を破った。ツーと血が流れる、少し安堵した。救われる、これが俺の救いだ。もとより、こんな体で生きれる訳がないのだ。

 

だから、死んだ方が一番の─────

 

 

【………紅樹、お願い】

 

 

 

『…………………カハッ』

 

 

───出来なかった。聞こえること自体がおかしい少女の声に動きが止まる。首に突き刺そうとした枝がそれ以上は進まない。力を込めようとしても、首を引き裂くことができなかったのだ。

 

こうして、彼は自殺を諦めた。悔しそうに地面を殴りながら彼は嘲笑う────死ぬことも出来ない、臆病者の自分を。

 

 

『ハハ、ハハハ、ハッハッハッハッ……………ハハ』

 

 

渇れた笑いが、口から溢れていた。何と浅ましいのだろう、自分から死ぬことが出来ない。彼女は自分の命を与えることが出来たというのに。

 

笑うしかなかった、この世界のくだらなさに。嗤うしかなかった、その愚かさに。

 

自分で死ぬことが出来ないなら、衰弱死か餓死を選んでみるのも悪くない。そう思考する彼は気付いていなかった。

 

この場に、自分以外の誰かがいる事に。

 

 

『ほぉ、混じっているな?それも純粋に』

 

 

無防備な背中に、そう投げかれられる。慌てて振り替えると、誰かがいた。フードの隙間から黒髪を垂らした青年らしき人物が。

 

気付かなかった、いやそもそも最初からいなかったのかもしれない。

 

『ここまで他者の血と適合しているとは………俺も始めて見た、少しばかり驚いた』

 

 

怯えて後ろに下がろうとする紅樹を見ながら、彼は落ち着いた声で呟く。そもそも戦いなんてものと無縁だった紅樹にも理解できた。

 

この人は、強い人だ。対馬やあの善忍だろうと、この人を前にしたら敗北しかない、と。

 

 

その男は顎に手を当て考え込む。絶望の淵にいた紅樹に広げた片手を向ける。何かよく分からずにいる彼に、男はそのまま言葉を続けた。

 

 

『どうだ?その力と憎悪を活かさないか?少しは楽になるかもしれないぞ』

 

 

これが、分岐点だった。この男は手を差し伸べて、重要な選択を迫る。手を取らずに消極的に生き続けるか、手を取り彼女の願いとは相反の道を歩むか。

 

 

迷うことは、ない。彼の手を取り、紅樹は影でも闇でもない道へと歩み出そうとする。

 

自分から大切なモノ全てを奪った、善忍たちを殺すモノとなる為に────

 

 

 

 

 

 

 

『─────クソ、くだらねぇな』

 

あの日を連想させるような真っ黒な夜、紅樹は公園のベンチで自身の心情に対する答えを吐いた。あの人、王の組織に入って1ヶ月、正直なところ彼は迷っていた。

 

5本目の缶コーヒーを開け、口につけようとして。

 

 

『もぉ~、何で他のお店夜までやってないの~?これじゃあ、骨折れ損だし~』

 

あ? と眉をひそめ、公園の入口から誰かが来るのが見えた。暗闇に隠れた人影は走っているのか、少しずつだが輪郭が浮かび、その姿が明らかになる。

 

ギャルのような、ていうかギャルそのものの少女だった。

 

 

『何してるんだテメェ。今深夜だぞ』

 

『ん?そういうキミこそ何してるの~?たった一人で黄昏てさ~』

 

『………悩んでるだけだ、色々あってな』

 

何故声を掛けたのか、それは紅樹自身にも分からなかった。ただの気紛れだろうと思い、缶コーヒーを飲む。

少女はふーん、と怪しい笑みを浮かべながら、彼の隣に座り、少し考えた後こう言ってきた。

 

 

『………ていうかキミ、コーヒー飲んでるの?見た感じと違うじゃん………ちょっと分けてくれない?』

 

『ザケンナ、人をどう見てやがる────オイそれ苦いぞ、ってオイィィィィッ!!?人のもんだぞ!?何勝手に戴いてくれてンだテメェ!!』

 

分けてくれ、と言ったのに堂々と飲む少女に紅樹は真っ青になった後すぐに真っ赤になる。忙しいヤツと思うが、彼自身久しぶりに感情を吐露したのだ。

 

憤慨する彼に、少女はコーヒー缶の味を答えた。

 

『うぇー、ニッガーい!こんなの毎日飲んでるとか、絶対に健康に悪いっしょ!止めた方がいいって!』

 

『………キレていいよな?俺。他人にコーヒー飲まれて、ダメ出し食らうとか、マジでキレてもいいよな?』

 

怒りのあまりに笑顔になるという高度な行為を前にしても、少女は余裕そうに笑っている。分けてくれないと言ったのに全部飲まれてる事も知り、怒る気が失せたのか溜め息を漏らす。

 

 

 

『じゃあな、俺も用事があるからな。コーヒー代は払えよ、ギャル女』

 

『ちょっと~!アタシそんな名前じゃないし!ちゃんとした四──』

 

『あー、あー、今はもういいだろ。次会った時に聞いてやるよ。いつか会った時、コーヒー代のついでに』

 

文句の垂れるギャルにそう言い切り、公園から立ち去る。つけられないように角の多い道を通り、よく離れたのを確認すると静かに息を吹く。最も、と付け足し彼は言う。

 

 

 

『…………二度と会わないかもしれないがな』

 

この少女との出会いもあったのか、彼は密かに決意していた。その後、王という存在に頼み込み、『同調者(ユナイト)』へとなった。

 

 

【血】を冠する者に、彼が嫌悪していた善忍と似た存在に。

 

身体に埋め込まれる忍の因子と微量の【ケイオス・ブラッド】を取り込みながら、その矛盾は善忍への憎しみとなり、彼の純粋だった心を邪悪へと蝕んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、今の死闘に至る。

 

「──空っぽになってたこの俺に、『あの人』は力と生きる理由を与えてくれた」

 

 

怒濤の攻撃の中、デュークはポツリと呟く。二本の長剣『アマルガツ』で障害となるもの全てを切り裂き、吹き飛ばし、標的たる青年を殺そうとする。

 

復讐の邪魔をしたからではない。自分達の敵として、確実な形で殺そうとしているのだ。

 

 

「俺はこの世全ての善忍を殺す!それがあいつへの弔い、それこそが『あの人』の悲願に近付く道ィ!ふざけたこの世界をぶっ壊す!それが、テメェら如きに妨げられるものじゃあねぇンだよォッ!!」

 

 

「くだらないのは……お前らの方だろうが」

 

ガリリ!!と甲高い音が、左右から聞こえる。引き潰すように迫ってきた長剣を、跳躍して避けたユウヤは駆け出す。

 

近寄らせないようにされたデュークの剣戟の嵐を両手の鎧で防ぎながら突貫する。

 

 

「どんなに不条理な運命でも理不尽な世界でも、生きてる奴はいるんだ!それを、その程度の理由で、人の幸せを!易々と奪うんじゃねぇよ!!」

 

 

「俺たちを、『同調者(ユナイト)』を、世界をも覆す災禍を………………その程度と見下すんじゃねぇぞテメェぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

轟ッ!!

激突した二人を中心に衝撃波が吹き荒れ、木々を揺らしていく。飛び退いたユウヤは自分の腕に纏った装甲に入った大きな傷を見て、舌打ちと共に頭を回す。どうやって倒すか、あの剣(アマルガツ)を、あの男(デューク)を。

 

 

(………あの剣、俺の鎧の硬さを越えてる!このままじゃ勝てない─────やるしか、ないか)

 

 

「悪い、夕焼。少し借りるぞ」

 

謝罪の言葉を口にし彼女の刀を手にする。手の内に入った感覚に、ユウヤは深呼吸をする。

 

何時ぶりだろうか、刀を握ったのは。覚えているのは、飛鳥との共闘した時。あの時は無我夢中で戦って──新しい技を生み出したな。

 

そう薄く笑い、彼は迫り来る『アマルガツ』を見据える。

 

 

「─────異能武装、『雷切』」

 

 

雷電を纏った刀で『アマルガツ』の刀身を切り伏せた。刀の使い方に関しては、ユウヤも熟知してる。飛鳥と斑鳩、彼女たちとの特訓も行っているのだから。最も、実戦で使うのは始めてなのだが。

 

 

「ハッ!ナメんなよテメェ!そんなナマクラで俺の『アマルガツ』に勝てると───」

 

 

ピシリ、と。

鋼鉄の刀身にヒビが入る。デュークの強さでもあった変化自在の魔剣に。相手の血を流させ、それで無力化出来る力が、砕ける。

目の前の青年に、打ち破られていく。

 

 

「………………へ、いいぜ」

 

追い詰められていく事実にデュークは笑う。ヒビの割れた『アマルガツ』を一回見ると、そこら辺へと投げ捨てた。

 

 

「やっぱぁ、相手を殺すには一本で十分だな。俺の『アマルガツ』、凌ぎきれるか?手負いのテメェに」

 

「充分すぎるハンデだ、今のお前にはな」

「そうかよ」

 

言葉の応酬は、それで終わる。

ユウヤは左手を地面に伏せ右手の刀を構え、デュークは伸びた『アマルガツ』の刀身を普通の剣へと引き戻し、鋭い剣先を向けてくる。

 

 

二人の間に沈黙が支配していた。

距離は普通くらい、十歩進めばユウヤはデュークを殴り飛ばせる。だが、それはデュークが許さないだろう。凄まじい程の射程距離と切れ味の剣を振るうデュークが。

 

 

そして最初に動いたのは、

 

 

 

「──忍法ォ!呪血・斬鞭長剣(ブラド・アマルガツ)三十六式ィ!!」

 

デュークの咆哮に似た叫びにつられ、刀身の伸びる長剣『アマルガツ』が鋭利な刃を一人の青年に向ける。三十六式、そう言った通りに三十六枚の刃が生物のようにのたくり回りながら、牙を剥く。

 

円を描くように渦巻く魔剣の雨に、ユウヤは静かに息を吐き、前へと駆け出した。嵐と化した剣技が肌を切り裂こうとする中、ユウヤは右足を前に出し地面を踏み抜く。

 

 

ダンッ、と地面を踏むと共にユウヤはそこで右腕を振るっていた。掌の中からすり抜けた刀が一直線に投げ飛ばされ、デュークの顔へと突き刺さろうとする。

 

 

「万策、尽きたなぁオイ」

 

 

しかし、刀の投擲は無駄に終わった。振り下ろされてデュークの刃が、『雷切』を何回も切りつけて破壊したから。

 

飛び散る刀の破片を横目に、デュークは腕を引く。今度こそ確実に目の前の異能使いを殺すために。

 

しかし、ユウヤの顔色は変わらない。鉄片を見下ろした彼は静かに呟く。

 

「壊したか、でも良かった。避けられたらそれで終わってたからな」

 

「あ?何言ってやがるんだ、テメェの首は今から切り落と、す────」

 

バヂッ! と何かが空気を叩いた。

言葉を止め、周りを見たデュークは違和感に気付く。空気中で何かが青く輝いていたのだ。

 

 

それの正体が電気だと気付くには、数秒を浪費した。

 

 

「知ってるか?金属は電気を通しやすい、それは鉄も同じだって」

 

「ま、まさかテメェ!?」

 

「だから、さ。お前が破壊して散らばった刀の破片、電気を帯びてるのは当然だよな!!」

 

告げられる言葉に青ざめるデュークは急いでこの場から離れようとする。だが、伸ばしていた『アマルガツ』が帯電する破片に触れ、

 

 

 

「がッ、あがばあァァァぁぁぁああッ!!?」

 

感電したデュークの絶叫が響いた。帯電していた金属片の放電、ユウヤの誇る何万もの電気を直に受けたのだ、その意識が刈り取られるのも時間の問題だった。

 

そうさせるか、とデュークは感電しながら五本の指から力を抜く。するりと手元から落ちる『アマルガツ』。ようやく感電しなくなった、とデュークは安堵する。

 

 

 

 

「手を離したな、電気から逃れるために」

 

しかし、それは悪手だった。勝利に拘るなら、感電しようと剣を捨ててたいけなかったのだ。その事実に気付き、急いで地面へと手を伸ばすが─────もう遅い。

 

 

懐に飛び込んだユウヤの拳が振るわれる。再び顔に突き刺さり、彼の体は薙ぎ倒されて地面に転がった。

 

 

鋼鉄の手甲を解除したユウヤはグローブを強くはめ込む。そしてしゃがみこんで、足元の破片を拾い上げる。

 

それを手に、呆然と見ていた少女に頭を下げる。困ったように頬を掻き、申し訳なさそうに告げた。

 

 

「………悪い夕焼。刀、壊しちまったな」

 

 

 

 

 

 

 

ほぼ同時刻、遠野の里では。

 

 

里の人々を排除すべく動いていた構成員たちが、一斉に動きを止めていたのだ。理由は一つ、深紅の結界が音を立てて崩れていたから。

 

 

 

彼らは理解した、司令官である『同調者(ユナイト)』二人が敗北した事に。思考し、思考し、思考し、思考し─────彼らは敵に背を向けて逃げ出した。

 

撤退、彼らが選んだ最良の手段。突然の行動に呆然とする人々を他所に、構成員たちは森の奥深くへと消えていく。

 

 

こうして『禍の王』の目的は、遠野の人々と裏切り者、そして傭兵によって木っ端微塵に打ち砕かれた。

 

 

 

 

 

「──────忍転身」




デューク

所属:禍の王
好きなもの:鉄分のあるもの、ブラックコーヒー
誕生日:4月19日
年齢:16歳
血液型:O型
身長:167.9cm

 
『血』の異能と忍法を操る『同調者(ユナイト)』。口癖は「はぁー」。基本的には気だるげでマイペースと取れられるが、善忍が絡むと残酷で気性が荒く狂暴性が増す。血を操る事から、【鮮血王(ローブラド)】という二つ名を持つ。

元々は悪忍の恋人がいること以外は普通の学生だったが、善忍に襲われた恋人を助けようとして瀕死になるが、ギリギリのところで助かる。しかし、恋人の臓器は血によって助かった事を知り発狂し、死にたがっていた所を『あの人』に拾われて『同調者(ユナイト)』となる。

蛇腹剣状(モデル:フエグチ壱【東京喰種(トーキョーグール)】)の長剣『アマルガツ』による変則的攻撃で血を流させ、その血を操り敵を無力化させるという戦闘スタイルを扱う。

禁術『血界突破』を使用できる数少ない人物であることもあり、僅か数週間で特別作戦指揮官へと抜擢された。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十二話 知らぬ間の出来事

次回から新シリーズです!


「それでは皆さん…………乾杯ぃぃぃ!!」

 

 

「かんぱぁーーーいっ!!」

 

 

今現在の遠野の里では盛大な宴が行われていた。ドンチャン騒ぎが響き渡る中、

 

 

「なぁユウヤ、確かアンタ傭兵なんだろ?今までどういう風なことしてきたか教えてくれねーか?」

 

「ちょっと馬鹿九魅!迷惑じゃない!………えっと、できればだけど、聞かせてくれる?」

 

「牛丸のミルク、どうぞぉ~」

 

「あらあら皆さん」

 

 

「……………どうしてこうなった!?」

 

少女たちに囲まれ、戸惑うユウヤはそう漏らす。さて、この現状を皆様に教える必要があるだろう。

 

襲撃者たちは、咲人とデュークの二人を倒した事で撤退した。里の人々はその二人を倒したユウヤと斬鉄を自分たちを救ってくれた救世主として、宴を始めたのだ。

 

最初はユウヤを侵入者と疑っていた厳戒もその事実を受け入れた後、ユウヤに謝罪をしてきてくれたのだ。たまりにも深すぎる土下座に引きながらも謝っていたらしい。

 

ついでだが、本来テロリストの一人だったからと言って自首しようとした斬鉄も、現領主の那智から赦しを受け、無罪放免となった。本人は渋々といった感じだったが。

 

今現在その斬鉄はと言うと、

 

「………む、いや。私はあまり酒を飲まない」

 

「いやぁ、そう言うなよ旦那!アンタはこの里の救世主さまの一人だ!こんくらい飲んだって許されるだろうよ!」

 

「………………むぅん」

 

明るく振る舞ってくれる男性たちに酒を進められていた。変な声を出しているが、追い詰められている証拠なのだろう。

 

 

「………………………そうだな、何を話そうか」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

少し前、デュークを倒した直後の話だった。夕焼の刀の破片を広い上げてたところ、声がかけられたのだ。

 

 

「ヘッ……………近くで見ると、やっぱり凄えな」

 

 

顔を殴り飛ばされた筈のデュークは近くの木に背中を預けていた。咄嗟にユウヤは拳を握るが、彼にもう戦う気がないことに気付き、腕を下ろす。

 

そこでデュークは、おかしな事を口走った。

 

「こりゃ似てるとかで済まされる話じゃねぇ………ドッペルゲンガーってヤツか?それみたいなモンだぜ」

 

「………お前、一体誰の話をしてる?」

 

「そりゃあ─────」

 

ニヤニヤと笑うデュークの口から出る言葉をユウヤは待つ。しかし答えが出ることはなかった。

何故なら、

 

 

 

突然ここに飛来してきた何かが、すぐ真横に突っ込んできたから。

 

「!!?」

 

瞬時に顔を庇ったユウヤは後ろに下がってしまう。そして灰塵の中から物凄い勢いの風が放たれる。思わずガードしようとしとユウヤはすぐに気付く。

 

 

「───バガッ!?」

 

迫った風圧はユウヤではなく、デュークを狙っていた。放たれた一撃は彼を木に叩きつけると体に巻き付いて、砂煙の中に引きずり込んだ。

 

 

 

『少し、失礼する』

 

 

『デュークはまだ組織に必要なのでな。君たちに明け渡す訳にはいかないのだよ』

 

 

鳥が、そこにいた。ただし、普通の鳥ではなく、機械的な装甲の巨大な怪鳥だったのだ。足のような三本の爪に捕まったデュークが身動きもせずにぶら下がっている。

 

その怪鳥から響いてきた声に、ユウヤは覚えがあった。

 

「お前…………咲人、だったか?」

 

『覚えてくれてましたか。流石ですね』

 

 

先程と同じように聞こえた声は普通に感心していた。ガシャ!と怪鳥の顔が二つの盤面に解離し、中から人影が姿を現した。見知った顔は、丁寧な様子で口を開く。

 

 

「ですが、改めて名乗らせて貰おうとしましょうか────私は《緑》の咲人(さくひと)。『同調者(ユナイト)』の幹部であり中枢核、『四元天使(エレメント)』の一人」

 

細目の男、咲人。

前は白一色のスーツを着ていた筈だが、今は全く違う服装だった。

 

全身赤黒い色で塗りあげられた戦闘服。そして不気味さを隠さない骨のような白さを持つ装甲。まさに、『禍の王』の司令官を納得させる姿だった。

 

 

「此度はおめでとう。貴方の努力のお陰で、デュークによる遠野の殺戮は未然に防がれた訳だ。その報酬代わりに、興味深いことを伝えておこう」

 

 

心の籠ってるかよく分からない称賛にユウヤは素直に喜ばなかった。どこをどう考えれば誉めてるように思うのだろうか、そう思う彼に咲人は奇妙なことを口走った。

 

 

「彼の王は貴方たちを選んだ────新世界への生贄に」

 

「新世界………生贄だと?」

 

「賢明な貴方なら分かるだろう。そして、いずれ全てを理解する」

 

気になるところだけをはぐらかす咲人。その男は盤面の中に乗り込み、ユウヤを見て怪しく笑う。

 

それは、後に悲しむ人間の様を楽しむような醜悪なものだった。

 

「我らの悲願が叶う、その時までに死なないで貰おう?……………最も、絶望するのは勝手だが。

 

 

 

それでは、御機嫌よう」

 

気安くそう言った咲人。ブアッ!と翼を広げた怪鳥は凄まじいスピードで彼を連れて、この場から立ち去った。風圧に体を押され、もう一度空を見たユウヤは完全にあの鳥を見失っていた。

 

 

「…………クソ」

 

思い通りに利用されてる、そう実感したユウヤは悔しそうに呻く。しかし、彼の顔には諦めという感情はありはしない。

 

これ以上奴等の好きにさせる訳にはいかない、決断したユウヤは少し離れた場所に夕焼の元に向かったのだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

そして過去に浸ってた意識は現実に戻った。理由は、近くから聞こえた叫び声だ。

 

「あ゛~ッ!私だってぇ、好きでテロリストに入った訳じゃないんですよォっ!!冤罪掛けられて善忍からも悪忍からも追われて、ようやく!安住の地を得られたと思ったら!コレだよ!!ふざけんなって話だよ!!」

 

コップを机に叩きつけながら、顔を赤くした斬鉄が大声で文句を垂れる。どうやら酒をがぶ飲みしたらしく、酷く酔っ払って、他の人に絡んでいた。

 

 

「…………斬鉄って、苦労してたんだな」

 

 

その後は、酔っ払った斬鉄が大暴れしたり、ユウヤが自分の体験した出来事を話した結果少女たちに「ないわ」と言われたりと────まぁ、色々あったのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「本当に悪いな、出迎えてもらって」

 

「………い、いえ、そんな」

 

皆が眠りこけている時間帯、朝早くから里を出ようとするユウヤに夕焼が挨拶に行っていたのだ。

 

ついでだが、斬鉄は里に残るらしい。里の皆に受け入れられた事から、厳戒と共に侵入してくる者たちを追い払っていく用心棒代わりになると。

 

 

「………あの、ユウヤさん。少しいいですか?」

 

「ん、どうした」

 

「今回の襲撃でも………私はよく戦えませんでした。遠野天狗ノ忍衆のリーダーなのに……」

 

それは、デュークとの戦いを言うのだろう。何度も彼に圧倒され、ユウヤが手助けをしなければ助からなかったかもしれない。

 

過ぎた事とはいえ、彼女からしたら良い事だとは言えない筈だ。取り仕切っていくべき自分が足を引っ張っている、そう思ってしまったから。

 

 

「……こういう時にちゃんとした事が言えないが」

 

頭を掻きながら呟くユウヤ。彼は困ったような顔をしながら告げた。

 

「戦うことだけがリーダーじゃないだろ?お前がリーダーになれたのだって、仲間たちが認めてたからだろうし………何よりお前が里を守ろうとしてた強い覚悟が、俺にも分かったからな」

 

「そう………ですか?」

 

「そうだろうな、少なくとも俺の知ってる奴も似たようなもんだから」

 

思い浮かべるのは、飛鳥たちの姿。どんな困難を乗り越えてきたリーダーである彼女たちは、誰よりも強い意志を持っていたからこそ、仲間たちに選ばれたのだろうというのが、ユウヤの持論だった。

 

昔の自分なら有り得ないだろうと思い、自分を迎えてくれる少女に振り替える。そして優しく手を振る。

 

 

「また来るよ、夕焼。その時は俺もあの刀の礼はするから、那智さんや皆によろしく言っといてくれ」

 

「……………はい!」

 

「それじゃ、またな」

 

去っていくユウヤの背中を見届けた彼女は振り返り、里に、仲間たちのところに戻ろうとする。そんな彼女に気弱さは見えない、前と変わって本物のリーダーのようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「………ん、着信か?戦ってる間にきて…………うぉ!?何だこの量!」

 

 

里から少し離れて、携帯電話を手にしてその事実に驚愕するユウヤ。沢山の電話通知に困ったように髪を掻き、その連絡先にかけてみることにした。

 

プルプルプルという通信音の後に、ガチャッと聞こえる。相手の声が出てくる前にユウヤは先に口を開いた。

 

「もしもし」

 

『────繋がったっす!ユウヤさんの電話に繋がったっすよ!』

 

「………悪い、誰だ?」

 

『あっ、すみません!あたし、風魔って言います!半蔵学院一年生で飛鳥先輩たちのこ…………え?あ、はい!分かったっす』

 

興奮したような勢いだった風魔という(声からして)少女は最後ら辺に誰かと話していた。そのあと、すぐに電話から話し声が変わったと思うと、ガコン!と音ともに別の声が聞こえてきた。

 

 

『もしもし、ユウヤ。我だ、何度も連絡したぞ』

 

「お前…………ゼールスか!?」

 

声の正体にユウヤは驚く。

 

元統括者、ゼールス。かつてのユウヤたちの敵、聖杯を使い世界を支配しようとした存在。倒した彼は半蔵学院で保護していた訳なのだが、

 

「意外だな。お前が電話に出るとか、大きさからして大変だったんじゃないか?」

 

『全くそうなんですよ~。固定電話に必死に登ろうとしてる所は凄かった──』

 

『タンスに小指を打ち付けて死ね』

 

『ぐあぁ!?目に、目にチョークの粉がぁぁぁぁ!!?』

 

その戦いの影響か、ゼールスは小さくなっていた。掌サイズという某艦隊兼少女ゲームの妖精のような大きさに。

 

本人もそれを気にしてるらしく、それをネタにされると普通にマジギレする。現に、電話の奥の風魔という少女も、彼の逆鱗に触れて酷い目(自業自得)に合っているようだった。

 

そこであることに気付いた。

 

 

「そういえば、飛鳥たちはどうした?声すら聞こえないが……」

 

自分の仲間たちの声が全く聞こえなかった。忍務中ならいないのも無理もないが、彼女たちがしていた忍務はそんなに時間がかからないだろう、そう思って聞いたのだ。

 

 

だからこそ、返事が無かったことに不安を感じるのは無理もない。声が詰まったというような空気に、ユウヤは問い詰めようとするが、それより前にゼールスが答えた。

 

ユウヤの問いの答え、あまりにも残酷すぎる答えを。

 

 

『飛鳥たちが行方不明になった。忍務中突然姿を消して、足取りが掴めていない』

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「………なぁ、咲人。教えてくれねぇか」

 

遠野から離れた山の頂。そこで休んでいたデュークは咲人を問い詰めていた。強引なものではない、ただ聞きたかったからなのだ。

 

「何を?」

 

「全てだ、この組織『禍の王』は、『あの人』は一体何を企んでやがる」

 

今回の戦いを経て、デュークは『あの人』に違和感を抱いていた。自分達の目的は忍と戦うこと、しかしそれで妖魔が現れるのは、デュークも知り得なかった事実だ。

 

まるで妖魔をおびき寄せることが本来の目的と言わんばかりのもの。

 

「忍と近い『同調者(俺たち)』と忍どもを戦わせ、妖魔をおびき寄せる……………ソレで、何故妖魔をおびき寄せる必要があるんだ?あいつらを捕まえて、兵器にでもする気か?」

 

「…………お前もこの組織の構成員だ。知る理由はあるだろうな」

 

そう呟いた咲人は忍転身を解除する。泥の付いた白スーツに戻り、彼は不快そうに顔を曇らせる。

 

「デューク。さっきのお前の意見、正解は逆だよ」

 

「逆……だと?」

 

「妖魔を兵器に使う?馬鹿を言わないでくれ、あいつらは餌であり、取引の為のものだ。我々の計画の要に、重要なのだよ」

 

組織の中枢にいる咲人は、新入りに事実を指摘していく。それは普通の人間も、忍ですら知り得ない情報、少しずつデュークから疑惑は消え、絶句というものしか残っていなかった。

 

「嘘だろ…………妖魔は忍どもの宿敵だぜ。そんな奴等が餌や取引のものとか、一体何を探してやがンだこの組織は」

 

「知りたいか?これ以上知ってしまえば、お前はもう二度と光にも影にも戻れないぞ」

 

 

抜かせ、とデューク吐き捨てる。

元より大切なものを失った男、『あの人』に救われるまで生き甲斐など無かった男だ、今更戻れなくなることに何を感じるか。

 

彼の答えに、咲人は変わらず無表情だった。ポケットから取り出したボウガンの部品を弄り、彼は空を見上げる。

 

 

「我々の狙いは──────

 

 

 

 

 

 

 

────妖魔を滅するもの、神楽(かぐら)。転生を繰り返す存在、《あの方》と同じ超越者だよ」

 

暗雲が晴れた太陽の光が周りに落ちる。遠野の里を照らす光は、咲人たちに向けられることはなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

漆黒の鱗を纏う竜が大空を駆け抜ける。鳥たちを凪ぎ払い、雲を吹き飛ばす、他のものへの配慮なんてない自分本意の妖魔は下界を見下ろしていた。

 

血の匂いに誘われ降りてみれば、忍と似たナニかたちの争い。本来なら容赦なく殺すつもりだったが、今現在にとってはどうでも良かった。

 

自分たちを《古の妖魔 シン》と共に封印した忍 カグラ、そしてその名を継ぐ存在。二つの匂いが、竜の行動を激しく駆り立てている。

 

今こそ天敵を葬り去る。それだけの為に竜はこの世界で猛威を振るうことにした。

 

 

 

竜の名は、『サマエル』。原罪の蛇の名を冠する妖魔は《古の妖魔 シン》の復活を果たす為に、一つの存在を探し続ける。




補足

『サマエル』

《古の妖魔 シン》より生まれた原初の妖魔の一柱。竜のような姿をして知性を持つ。報復とシンの復活のために妖魔を滅ぼすモノ 神楽を探し続けている。





おまけ

閃乱カグラ 東京妖魔篇 視聴前のユウヤの反応


ユウヤ「主役が二人…………飛鳥たちの活躍が楽しみだな。取り敢えず早く見ようか!」


1話視聴後


ユウヤ「……………………………………え?」(;゚Д゚)



6話視聴後


ユウヤ「……………………」机に突っ伏してる



こんな感じになるでしょうね。この後、立ち直るのに何時間かは掛かったとか何とか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.1章 旧き過去の因縁 story the AQUA
七十三話 己の使命


主人公の一人、まぁこの章のタイトルで分かると思いますが、今回からシルバー編となります。


忍。

古くから社会の闇に潜み、影で生きる者たち。勿論、そんな忍は光で生きることが許されないので、そうして生きているのだ。

 

 

ならば、光にも影にも生きれない者たちはどうするべきなのだろうか。

 

ある者は復讐に堕ち善忍から追われ、ある者は宿した力から命を狙われ、ある者は存在すら許されず、無惨に殺された。

 

 

そんな彼等が生き残るには、互いに協力し合うしかなかった。自分達を隅まで追いやった者たちを憎み、恨みながら、彼等は集まっていく。

 

 

 

そして、《王》と《幹部》たちにより組織、『禍の王』が形成される。彼等は忍と異能の元である混沌を融合させた戦闘員、『同調者(ユナイト)』となり、静かに、そして大規模に動いていく。

 

 

 

《王》の、組織全員の『悲願』の為に。

 

 

 

 

 

 

 

「……………くっ、は!?」

 

少女の呻き声が、木霊する。場所はドーム状のホール。床や壁、天井ですら水晶のようなもので構成された大部屋。

 

そんな独自の光を灯す床に、銀髪の少女が叩きつけられる。

 

「銀嶺!」

 

「………私は大丈夫です、麗王さま。それよりも………!」

 

掛けられる声に銀嶺という少女はドリルを杖代わりにして立ち上がる。そしてレーザーブレードを持った麗王という女性が彼女の前に立ち、周りを見渡す。

 

気を失い、倒れ伏す仲間の少女たち。誰もが相応の実力者だった。しかし、全員が倒された───たった一人に。

 

 

 

「───そろそろ潮時。少し痛めつけすぎか」

 

冷気のように凍えてくる声が、ホールに反響する。透明の結晶たちを砕いて、一人の男が歩いてくる。

 

青と黒に染められたピッチリと身体に張り付いたダイバースーツのような装束、金属製で出来た鋭角の脚部。

 

それら全ての特徴を含んだ黒髪の男はとてつもない覇気を放っていた。実力的にも、この場を完全に支配している男は、こう聞いてきた。

 

 

「───君たちが良ければ、俺が王に取り繕い仲間になることができる。どうだ?チャンスを与えよう。我らの仲間になるか、選ぶがいい」

 

「断ります、私たちは忍です。おいそれと寝返ることなどするつもりもありません」

 

勧誘ととれる言葉を、即刻切り捨てる麗王。彼女はレーザーブレードの剣先を男に向け、何時でも戦えるように構えるが、

 

 

「なるほど、誇りか───────気に入らん」

 

 

深い失意と共に青い装束の男は片腕を振るう。軽く振るっただけ、それだけで麗王の身体は宙を舞うことになる。

 

その理由は、別の視点から見れば明白。

地面から生えた結晶、足元から伸びたそれらが麗王を吹き飛ばした。

 

地面に転がった麗王はレーザーブレードを拾おうとして、思いとどまる。ある事が、ある人物の姿が脳裏をよぎったからだ。

 

 

(…………こんな時、『あの人』がいれば……!)

 

「─────さま、麗王さま!」

 

一種の後悔に苛まれていた意識は自分の名を呼ぶ声によって覚醒する。隣に立っていた銀嶺は相手に気付かれないように、視線で促した。

 

「早くお逃げください。このままだと全員が捕まってしまいます!」

 

「しかし、それでは皆を見捨てることに───」

 

「麗王さま!!」

 

戸惑う麗王に一喝する銀嶺。倒れた仲間たちと銀嶺を一瞥した彼女は、決断する。

 

 

「───待っててください、必ず戻ります!」

 

「くだらん茶番をご苦労。その覚悟は実に懸命だが、逃げられると思っているのか?」

 

立ち上がる麗王の背中に男はポケットから何かを取り出す。

 

紫色に光る鉱物、煌めく宝石。

親指と人差し指で少し弄ったそれを、男は上空へと投げる。

 

 

「異能忍法、質量倍増(フルアップ)紫水晶(アメジスト)

 

僅か数㎜の宝石が膨張、そして分裂した。プラネタリウムのようなホールの天井を埋め尽くす程の大きさと数に化した濃い紫色の宝石、紫水晶(アメジスト)

 

それは容赦なく天罰のごとく降り注ぐ。出口へと駆ける麗王の背中に照準を合わせ、岩石の雨の餌食になりそうになる。

 

 

「そんなこと………させません!」

 

ドガガガッ!! とアメジストの塊が粉砕された。麗王を庇うように立ち塞がった銀嶺がドリルを使い、アメジストを砕いたのだ。

 

黒髪の男が顔を歪める。宝石の雨に銀嶺という少女の体力は減っていく。しかし、何時まで立っても倒れる様子がない。

 

気付いた時には、麗王の姿は消えていた。開ききったドームの奥にある扉を見ても、男の感情は変わらない。アメジストの破片を鋭利な脚で潰しながら、銀嶺に迫っていく。

 

 

「麗王さま…………ご無事で」

 

「フン」

 

限界なのか、膝をつく銀嶺に近付いていた男は腹を蹴り上げる。金属の脚の一撃に苦悶の表情を浮かべた彼女は、意識を失いピタリとも動かなくなる。

しかし、その少女は最後まで希望を捨てていなかった。

 

「……………フン」

 

気に入らない。

そう言うように男は再度鼻を鳴らす。気絶した少女たちを少しだけ見据え、振り返り麗王の逃げた先とは反対の方に歩いていく。

 

急いできたように部屋に入ってきた二人を見ても、男は冷静さを保っていた。そして、彼らに短く言った。

 

「クロウラー、(せい)。彼女たちを捕縛しておけ」

 

 

「は、はいッス兄貴!」

 

「にゅ~、分かったぁ~」

 

クロウラーと呼ばれたゴーグルの青年と(せい)と呼ばれた長いリボンの少女は彼の言葉に応える。侵入者の少女たちを拘束するのを余所に、男はホールの外に出る。

 

テラスのような場所に出て、機械や部品だらけの光景を見渡す。必死に作業する者たちから目を離し、片手に握った端末を目にも止まらぬ速さで連打し、耳に当てる。

 

 

「ヴェルザードか、首尾は?」

 

『今のところは順調です。侵入者が出たこと以外は計画の誤差は0.01%、「例の物」の解析も問題ありません』

 

「そうか、侵入者の一人を逃した。増援が来るかもしれん、お前の方も用意をしておけ」

 

Alles klar(了解)

 

流暢なドイツ語と共に連絡が切れる。男はそれを懐に仕舞い込み、別のものを見上げた。自然と沸き上がる感情を押し殺し、呪詛のように告げる。

 

 

「邪魔はさせん────誰であろうと」

 

禍々しい瘴気を放つ地獄の釜、そしてその真上に浮かぶ機械に目を向ける。ゴウン、ゴウン、と振動する機械に施設が揺れる感じを身に確かめ、口を引き裂いて嗤う。

 

言葉と共に嗤う男の顔は、一つの感情に染まりきっていた。

 

 

 

 

 

 

「飛鳥さんたちが…………行方不明?」

 

突然告げられた事実に、雪泉は何を言われたのか分からずにいた。夜桜たちも同じ様で、声が出ないと呆然としてる。

 

その事実を口頭で伝えたのは、傭兵 ユウヤ。飛鳥たちを最も信頼している青年。

 

大切な仲間たちの危機を、平然と告げるユウヤ。感情を表に出さないその姿があったからこそ、雪泉は現実だと受け止めるのに時間が掛かったのだ。

 

「襲撃を受けたらしい、姿の消えた場所で激しい跡があった。戦闘…………とも言えない、あれは蹂躙だな」

 

その現場を見たユウヤも、言葉が出なかった。かつての強敵 統括者ゼールスとの戦いの比ではない程の惨状がそこにあったのだ。

 

それ以上の敵の出現に、雪泉たちは実感が湧いてないが、激しく警戒しているユウヤの姿に気を引き締める。

 

 

「被害状況からして相手は一人。これ程の被害を受けた以上、飛鳥たちは無事じゃない。酷ければ数人は、最悪なのは全員が死んでることだな」

 

「……………何じゃそれ」

 

淡々としたユウヤの言葉に、夜桜はそう漏らす。強く握る両手から静かな怒りが感じられる。だが、それは話の内容にではない、目の前の青年の軽薄に見える態度が起因だった。

 

冷静さを保ったユウヤの行動は別段良いものと思える。

だが、先程のあっさりとした言葉に怒りを覚えていた。

 

 

「飛鳥たちが死んだと、何でそんなに簡単に言えるんじゃ……。お主の大切の仲間じゃろうが!無事を信じてやるのが普通────」

 

ズドンッ!! と遮るように響く。降り下ろされた拳が机を砕いたからだった。轟音を立てて二つに割れた机が床に落ち、この場の空気が一気に硬直する。

 

素手で殴った事もあり、ポタポタと血が流れる。滴る血が床を濡らすのを気にせず、ユウヤは口を開いた。

 

 

「………だったらどうしろと?怒りに身を委ねればいいか?悔しがって地団駄を踏めばいいか?そうやっても何も変わらないから───こうやって状況を変えようとしてるんだろうがッ!!」

 

 

最も悔しいのは彼だろう。今すぐ自分の持てる全てを使ってでも、飛鳥たちを探し出したい、そう思ってる筈だ。

だが、そうしても意味がないのは、ユウヤはよく分かっている。だから動いていたのだ。そうすれば、どうなっているか、分かるかもしれないから。

 

「─────悪い、頭に血が登ってた」

 

「いや………ワシもです、すいません」

 

「別に。焔の奴にも同じようなこと言われたからな。ぶん殴られたりもした」

 

出血した右手を開いて、彼は傷の調子を確認する。机を砕いて出来た傷ではない、爪を食い込ませ過ぎて出来た傷を。

 

そうしてる間に、少し前に言われた言葉が彼の脳裏に響く。

 

 

『────ッ!飛鳥は私のライバルだ!簡単に死ぬ訳ないだろうッ!』

 

「…………ふざけやがって、俺だって信じられるかよ」ボソッ

 

悲痛に顔を歪める青年の姿に、掛けられる言葉などなかった。場の空気が重くなったのをすぐに理解したユウヤな、話が反れたな、と言いソファーに座り込む。

 

 

「先程は誤解させる事を言ったが………俺は飛鳥たちは生きていると、確信している。」

 

「………やはり、根拠があるのでしょうか」

 

「現場にあった(くつ)(あと)。合計七つあった」

 

「……?それが一体、」

 

「分からないか?行方不明になったのは飛鳥たち五人、そして敵は暫定的に一人。

 

ならもう一つの足跡は誰のものだ?」

 

あ、と誰かが声をあげた。敵ではない、先程のユウヤの指摘の通りなら激しい戦闘をしたのは一人らしいから。

 

そうすると答えが自然と出てくる。

 

「……つまり、襲撃を受けた飛鳥さんたちを突然現れた誰かが助け出したと?」

 

「今のところは、その方が可能性的には大きい。まぁ憶測に過ぎない訳だが…………ところで」

 

区切りが良いか悪いか分からない、半端なところで話を切ったユウヤに少女たちは訝しむ。彼はこの場にいない知り合いの名を出しながら、質問した。

 

 

「シルバーの奴は何処にいった?いつもならお前らと一緒にいると思ったんだが」

 

アホ毛が特徴的な銀髪の青年のヴィジョンが全員の頭の中に浮かぶ。最も、本人の前でそう言ったらめんどくさいので言わないのだが。「あぁ、そうでした」と思い出したように、不在の理由を告げる。

 

 

「シルバーなら外出中です。『すこーし外の空気吸ってくるわー』と出ていってから、全然帰ってきませんが……」

 

「……………声真似上手いな。ま、まぁ別に構わないさ。寧ろその方が話が拗れずに済む」

 

ポケットから取り出した携帯を少し弄り、すぐに戻す。意味不明な行動と取られるが、携帯に保存されている内容を確認しただけだった。

 

 

「緊急の忍務だ。内容は俺の口から伝えさせて貰う。“テロリストたちが秘密裏に研究している施設を調査せよ、出来ることならばテロリストたちを撃退し、研究内容を破棄せよ”───だとさ」

 

「テロリスト………ですか」

 

「それは名目上さ、奴等にも名前がある。俺も一度、戦ったからな」

 

再び立ち上がったユウヤは窓から外を見る。その目付きは鋭く、因縁の宿敵に向けられるべきものだった。

 

最近天候が良くないのか、太陽を覆う暗雲に険しい顔が余計に深くなる。そうして、青年はかつて自分を圧倒したテロリストたちの名を口にした。

 

 

「『禍の王』、世界に災禍をもたらす組織。本来の目的は名前通りか分からないけどな」

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃。

 

少しだけユウヤたちの話題に出てきたシルバーはというと。

 

 

「……………はぁーーーっ」

 

路地裏を歩き、深い溜め息を吐いていた。いつもなら部屋でグダグダして雪泉に叩き起こされる(物理)のだが、今日はそんな気分ですらなかった。

 

理由は、彼の口から明かされる。

 

「話すべきか、話さないべきか………悩むなぁ」

 

何を、と思うはずなのでここで説明しよう。

シルバー、彼は『忍狩り』という異名を持つ国の直属部隊のリーダーだったのだが、ある理由で自分から辞め雪泉たちの仲間となっていた。

 

しかし、本題はここからだ。実はシルバーは悪忍の家であり両親を雪泉たちの育て親(雪泉の場合は血の繋がった祖父)の黒影に殺され、シルバー自身も悪忍として動いていた時期があったのだった。

 

(そういや、前にあったなぁ。雪泉に正義も悪も似たようなもんじゃね?って言ったら『全く違います!一緒にしないでください!』て叩かれた挙げ句、三時間も正座で説教食らわされたよなぁ……………あれ?よくよく思い出したら理不尽じゃね?)

 

もしも、その事実を雪泉たちが知ったら、どうなるのだろうか。想像しようとしてシルバーは思考を放棄しそうになった、というか今現在しかけてる。

 

(…………止めよう。こういうのは考えない方がいい。─────よし、落ち着かせながら話そうか。最悪その場で殺されかねないけど、そうしないと信じようか!)

 

 

一件落着! と全く解決していない議題を終わらせ、淡い期待に祈りながら、銀髪の青年は少女たちの元に帰ることにしたのだ。

 

 

その時、路地裏の影から人影が飛び出す。その影は今もなお背を向けるシルバーに近付き、武器を手に取る。

 

レーザーブレード。薄い青色に光る剣は光筋を描き、シルバーの無防備な背中へと振るわれ──、

 

 

 

パスッ! と。

 

──なかった。人影の握っていたレーザーブレードが離れた場所へと転がる。嘆息したシルバーは振り返り、灰煙を銃口から吐く拳銃を人影に向けた。

 

 

「不意を突けば勝てるとかいう考え方が甘いね。まぁ、やり方は誉めるよ。自分以外のヤツなら一撃は食らってたろうし」

 

最初から気配に着いては気付いていた。シルバーのやったことは、出てきた相手の武器を撃ち落としただけ。西部劇のガンマンのように集中していたのだ。(最も振り向いた時に撃った訳ではないのだが)

 

「──さぁて、何でこんな真似をしたのか聞かせてもらおうか───」

 

 

「流石です、銀河さま……いえ、今はシルバーという名を使っていましたね」

 

 

………へ?と唖然とするシルバーに、その人影は歩み寄ってきた。建物の影が消え、その姿が明らかになる。

 

薄い金色の長髪、清楚かつ美しい容姿を持つ女性。あまりにも場違い過ぎる人物に、シルバーは絶句していたた。

 

その女性が、シルバーにとって旧知の者だったから。ワンテンポ遅れてその事実に気付き、大声で叫ぶ。

 

 

「……………お前、まさか麗王(れお)!!?」

 

「はい、麗王です。お久しぶりです、シルバーさま」

 

対して麗王は微笑みながら答える。この反応から、シルバーと彼女は知り合いというのが良く分かる。

 

しかし、シルバーの方はあんぐりと口を開いたまま。何かに驚いたようにしている彼は、麗王の頬が少し赤みがあることに気付かない。

 

 

 

「久しぶりだなぁ、こんなに大きくなって───」

 

「…………いえ、申し訳ありませんが、少し場所を変えてもらってもいいでしょうか?」

 

肩に触れる手を優しくどかし、彼女は路地裏から出るように歩いていく。歩き方すら優雅と言えるものに、苦笑いしか浮かべられない。

 

前を歩く麗王から視線を外し、感慨深そうにシルバーは呟いた。

 

 

「…………………全く、何度も迷惑をかけてくれるよな。お前ら姉妹は」

 

彼の手の中にあったのは、豆粒程度の宝石。リズムに合わせて小さく発光するそれには探知する機能があると判断したシルバーは地面に落とし─────靴底で踏み潰した。

 

 

そして、すぐさま後を追いかけたシルバーはまだ知らない。この行動が原因で想定を越えた最悪の出来事が起こるとは。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十四話 ゾディアック星導会

シルバー、彼は元々悪忍だった。

この事実は旧知であるだろう、なら彼が何処に所属していたか、どれだけ有名な忍だったか、それを知る者はいない筈だ。

 

 

彼の、忍として名は『銀河』。

基立聖十字学院の生徒であり、ゾディアック星導会の創設者兼初代リーダー、『水瓶座』を冠する者。基立聖十字学院の生徒であれば知らぬ者はいない、憧れの存在だった。

 

 

だが、彼はある日を境に理由もなく姿を消した。基立聖十字学院なら、ゾディアック星導会から、彼を慕っていた少女────麗王たちの元から。

 

 

彼の同級生は、その日も普通だった、何も異常はなかったと答えていた。だから、その日に彼が撤退してきたある忍務が原因だとも言っていたのだ。

 

 

結局のところ。理由は彼、シルバーにしか分からない。

 

 

◇◆◇

 

 

「────なるほどねぇ」

 

そんなシルバーは今現在、近くの喫茶店で紅茶を飲みながら話をしていた。

 

 

「で、まとめてみるよ?麗王、君らは忍務である研究所の調査を行っていた。その時現れた奴にほぼ全滅させられて………何とか撤退してきたって訳か?」

 

「はい、それで間違いありません…………それはそうと、ここの紅茶もおいしいですね。チェックしておきましょう」

 

気品のある姿を見ていたシルバーはというと、

 

──会ってないのって何時からだったけか?その間に凛々しくなったよな。と全く話に関係ない事に、酷く感心しながら、頭の中の情報を整理していたのだ。

 

 

「で、自分に協力して欲しいと?ゾディアックの、悪忍の使命から逃げ出した自分を?」

 

「はい、貴方様なら出来ると信じています。私だけでなく、他の皆さんも」

 

「……………それほど出来た人間じゃないんだけどなぁ」

 

卑屈、と言えばいいのだろうか。麗王の言葉に、シルバーは困った顔をしているが、それは自嘲ともとれた。

 

真摯と言うべきか、信じきった両眼で見詰められ、罪悪感を抱いていたのかシルバーはそれから逃げるように携帯を開いた。

 

ピタリ、と。その動きが停止する。しかし、彼の眼だけは静かに携帯の画面を左右に行き来していた。

 

携帯を折り畳み、困ったように嘆息する。

 

 

「運が良いね麗王」

 

「…………え?」

 

「自分も少ーしその研究所とやらに用事がある。これで着いていく理由が出来た訳だ、自分も君も」

 

先程前と同じように自己満足しているシルバーに未だに状況が理解できなかった麗王。彼がそう言い出したのは、雪泉たちから送られてきた忍務が理由なのだが、彼は言わなかった。

 

 

 

────麗王に手を貸す理由が出来たとは、一言も。

 

 

 

 

 

 

「……………ぅ」

 

薄暗い部屋の中で、銀嶺は目を覚ました。硬い床の感触を体に味わいながら、ゆっくりと身体を起こす。

 

 

「あっ!銀ちゃん起きたよ!」

 

「よ、良かった~。全然起きないから心配しちゃった!」

 

すぐさま反応した二人、朱里(しゅり)藍夢(あいむ)は銀嶺の無事に目に見えて安堵していた。

 

何がどうなっているのか分からなかった銀嶺。彼女は説明を求めるように声をかけた。

 

「………こ、ここは?」

 

「説明は省くわ、見て分かると思うから」

 

落ち着いた様子の女性 黒母衣(くろほろ)に言われ、改めて周りを見渡してみる。

 

鉄格子が見える為、牢屋だというのは分かるが、どういう材質で出来ているのかは分からない。

 

壁、床、天井、それら全てが同じような物質で形作られている。

 

触ってみるが、氷独特のひんやりとした冷たさはない。結晶などの鉱物で出来てるとしたら、疑問しかない。これ程の鉱物で牢獄を造るのなら、鋼鉄にした方が早くて、損失も少ないのでは?

 

そこでようやく、彼女たちがくつろいでいることに気付いた銀嶺は疑問を口にした。

 

「脱出は、壊すことは出来ないんですか?いや、壊せなくてもヒビくらいは……」

 

「それはボクらも試したよ!………けど」

 

「力が出ないのよ。『これ』の仕業だと思うけどね」

 

言葉と共に黒母衣は自分の手首を見せる。そこには、知らない腕輪が取り付けられていた。黒いフォルムに、赤い宝石が埋め込まれている、デザイン。

 

お世辞でも良いものとは言えないが、これが原因と捉えるには充分すぎた。何故なら、この場の全員の腕に取り付けられていたから。

 

しかし、この状況で彼女が考えているのは、やはり別の事だった。

 

(麗王さま…………お無事でしょうか)

 

少し前、必死の力で逃がした麗王の身を案じる銀嶺。しかし、今の彼女には麗王の無事を把握することすら不可能だった。そんな中、

 

 

 

ギィ、と軋む音が牢獄に響く。

 

 

「───あ、あれは人の手には余るものです」

 

そう言う声と共に、この部屋に誰かが入ってきた。声は男性のもの、しかし弱々しく恐怖に震えたようなものだった。

 

そうしてると、檻の前へと人影が出てきた。一人は眼鏡を掛けた白衣の男性。もう一人は、白衣の男性よりは若く見える軍服の男。軍隊仕込みに見える歩き方をする男に、研究者の男性は更に捲し立てる。

 

「戦争に使える兵器とか、そんな素敵な物ではない!悪いことは言いません、あれは封印するべきです!あれを使うなど、到底認められる話では───!」

 

Das war es auch.(それも僥倖)、だが」

 

カツン、と研究者の胸元にあるものを押し当てる。黒一色に染まった拳銃。引き金に指が掛かったそれに短い悲鳴をあげる研究者を見据え、軍服の男は静かな低音で語りかける。

 

 

「私たちが言ってる言葉はそんなに難しいものか?私たちの命令はそんなに受け入れられないか?それは、《王》の怒りを買うと知ってか?ん?」

 

「い、いや………そんな訳では……」

 

「だったら早急やりたまえ。あの方曰く、《王》は短気らしい。気長に待たせていては、《王》の怒りを受けることになるぞ」

 

 

それ以上、研究者は反論しようとはせず青ざめた顔で下がっていった。よろよろとおぼつかない歩き方に、軍服の男も興味が失せたように無視する。

 

その話が終わると同時に、牢屋の前に人影が出てくる。

 

 

「───Mädchen(少女たち)、御機嫌よう。気分はいかがかな?」

 

「あー、皆さん起きてるッスか?」

 

現れたのは、二人の男だった。軍帽に軍服を着込んだ男。時々する軍隊仕込みの挙動から、本物の軍人と勘違いしてしまいそうになる。

 

対してもう一人は、ゴーグルが特徴的な好青年。ゴーグルとは言っても、水泳などに使うものではなく、頭に被るバンダナ代わりのようなものだったのだ。

 

鉄格子から覗いた青年は心配そうに声をかける。

 

「手荒な真似はしませんし、何かあるなら言って欲しいッス」

 

「だったらこの腕輪外してよ!動きづらいよ!」

 

「それが出来たら苦労しないッスけどねぇ………いや、少しはいいかな?いいかも」

 

ブーブーと文句を言う藍夢に困ったような顔をするゴーグルの青年。命令で出来ないのかもしれないが、真剣に外そうか悩んでいる辺り、甘いのか優しいのだろう。

 

その本人はというと、軍服の男に羽交い締めにされ止められていたのだが。

 

 

「ハァ、ハァ……………残念だが、外すことは出来ない。何故なら君たち、忍専用の拘束具だからね」

 

自慢気に語る軍服の男は、聞かれてもいないのに捲し立てる勢いで続けた。先程まで押さえられてた青年が、あっ、しまった。と諦めたように呟く程に。

 

「忍の力を完全に鎮静化させ、忍法すら使えなくする万能品!我らの組織で始めて運用したが、これはいい!この成果を、『あの方』を通じて《王》に報告せねばならないッ!!」

 

周りの様子など見えていない、いや見るつもりも無いのだろう。そこまで自分の世界に浸っていた彼に、この場の全員が呆れていた、のだが。

 

 

 

「…………ロウ、ヴォルさん」

 

鉄製の扉がゆっくりと開けられる。少しだけの隙間から、すり抜けるように少女が入ってきた。長い黒髪に大きなリボンが特徴的な、大人しめの少女。

 

 

「レディ(せい)。人前に出るのは好まない君が、何か用かな?」

 

こくこく、と首を振る少女 (せい)の眼が鉄格子越しの銀嶺たちを捉える。ビクッ!と肩を震わせた聖は飛び付くような勢いでゴーグルの青年の背中に隠れた。

 

「反応が……あります。施設中枢エレベーターへの、中央廊下に向かう反応が五つ…………」

 

ボソボソとか細い声が聞き取れたのか、二人は互いに見合う。そして、数秒もかからずに結論は軍服の男が出した。

 

 

「増援か、構わない。中央廊下ならばやりようはある」

 

「………地下階段へ降りようとしてる反応が二つ、此方に向かってくると………思います」 

 

 

「そういえば、あの方から連絡であったな。一人逃がした、と。だが、もう一人は知らないな。助っ人か何かか?」

 

「どうするッスか?例の『副産物』でも使った方が───」

 

「いや、その必要はない。今のところは」

 

ジャキッ! と拳銃からマガジンが抜かれる。近くの机の引き出しに丁寧に仕舞い、代わりとなるマガジンを嵌め込む。

 

たった数秒でその動作を終了させた彼は二人を見る。そして、拳銃を軍服の中に隠しながら告げた。

 

 

「クロウラー、聖と共に彼女たちを助けに来る者を倒せ。私は別の侵入者を相手する」

 

 

そう言った軍服の男は机に置いてある無線機を片手に持ち、部屋から出ていく。少しだけ響いた足音も、彼の気配ごと一瞬で消えた。

 

 

「………………さぁて、」

 

額に掛けたゴーグルを被るクロウラー。彼は壁に立て掛けてある二メートル以上の武器を手に取る。

 

タンクのような物を取り付けた、狙撃銃。重たいそれを腰の留め具に付け、固定する。廊下に続く道に向きながら、クロウラーは後ろの少女に声をかけた。

 

 

「僕らもやるべきだよね、聖」

 

それは、自分自身に言い聞かせているようにも感じられた。

 

 

◇◆◇

 

 

 

雪泉たちは施設の中に潜入していた。別れるのではなく、一緒に一本道の廊下を歩いているが、未だに敵には遭遇しない。

 

まぁそのせいで、より一層不気味さが増すのだが。

 

「少し、不気味な所だよね………」

 

「な、なに~?美野里、もしかしてビビっちゃってるの~?」

 

「べ、別に怖がってないもん!平気だもん!」

 

ホントかな~?と言い、頬を膨らませ反論する美野里を四季はからかっていた。忍務中というのもあるのか、ふざけた様子の四季に夜桜は叱ろうと何歩か歩み寄る。

 

「コラ四季!あまり美野里を怖がらせるじゃ『ズザッ!!』ひゃぁ!!?」

 

しかし、突然の大きな音に夜桜も短い悲鳴をあげてしまった。あまりの大きさに廊下の奥に反響するが、皆は責めることはしない。

 

それよりも、先程の音が何なのかを調べていたのだ。全員が背中を預け、周りを警戒する。

 

だが、すぐに正体が判明した。

 

『────ツーーー、ザザッ!────ツーー』

 

 

雑音の正体は、無線機だった。丁度ら壁に立て掛けられた鏡の反対に設置してある簡素な机。そこに乱雑と言った風に置かれていた無線機。

 

想像した事とは違い、安心する雪泉たち。しかし、誰よりも疑問に思っていたのは、雪泉だった。

 

────何でこんな所に無線機が。と、そう思った矢先、

 

 

 

 

『ツーーー───始めましてだな、侵入者たちよ』

 

意外と近くから、声がした。

咄嗟に身構えた雪泉たちだったが、その声が無線から響いてきてるのにすぐに気付いた。

 

廊下に響き渡る声は、更に続けた。

 

『私はヴォルザード・フォン・ツェッペリン。この研究施設に入ってくる不届き者を捕まえる為に配備された「同調者(ユナイト)」だ』

 

無線の奥の声はそう名乗った。『同調者(ユナイト)』、雪泉たちはその存在についてユウヤから少しは聞いていた。

 

 

忍と異能を組み合わせた戦闘員、それが『同調者(ユナイト)』らしい。忍のように忍転身するものもいれば、忍結界と似たものを張る者もいると。

 

しかし、ヴォルザードと名乗る者がこの場に現れる様子はない。少しでも警戒を緩めない雪泉は仲間たちに警告する。

 

 

「身を潜めていますね。隙を狙っているのでしょうが、そうはいきません」

 

lächerlich(笑止)。我らのテリトリーにノコノコと入ってきた君たちに言われるとは。それに、私は既に君たちの近くにまでいるのだが』

 

バッ! と雪泉たちは周りを見る。だが、ここは一本道の廊下だ。隠れる場所などある訳がない。あるのは無線機に、叢の後ろの壁に立て掛けてある、額縁に入ってきた鏡。それらだけだったが、雪泉はあることに気付いた。

 

普通なら背を向けた叢の姿が映る筈だが、それは全く見えない。それどころか、もう一つの変化があった。

 

 

波紋のような波が鏡に静かに浸透する。水が落ちた池のように。些細な出来事に雪泉以外の仲間たちは気付いていない。勿論、鏡の前に立っていた叢ですら。

 

そして、ズブズブと鏡から指が、手が伸びた。薄気味悪い白色という無機質な手は、獲物を仕留めようとする肉食動物のようにゆっくりと近付く。

狙いは、叢の首筋。

 

「ッ!叢さ────」

 

後ろでの危険を叫ぼうとした途端、ズバッ! と手が伸びた。最早バレることなど気にしない、一人でも殺してやるという確固たる意思と敵意に、全員が反応するが───遅かった。

 

 

───ギリギリ、雪泉が叢を突き飛ばしていなければ。

 

ドサッ!と尻餅をつく叢。突然の暴挙に、目を疑った夜桜たちも鏡から伸びた腕の存在に気付く。

 

 

良かった。率直に、雪泉はそう思っていた。後少し、気付くのが遅ければ、動くのが遅ければ、叢は命を奪われていたかもしれない。そう思い、雪泉は安堵する。

 

 

 

 

『………近くにいた者からと考えていたのだが』

 

しかし、すぐにその考え方を改める。その手はすぐに標的を変えたのだ、叢を突き飛ばしたばかりの雪泉へと。無機質な腕が色白い手首をガシリと掴む。そして、彼女は目にした。

 

 

『良いだろう。まずは貴様からだ』

 

伸びる無機質な腕の先、そこには白黒の軍服を着込んだ男がいた。深く被った軍帽を片手の人指し指で押し上げ、細められた眼で雪泉を睨む。

 

 

そして、雪泉の視界が別のものへと一瞬に転回した。

 

 

 

 

 

気付いた時、雪泉は全く別の場所にいた。簡素な造りの廊下ではなく、紫色一色の背景という世界。空中に浮かぶ沢山の鏡たち。

 

異常すぎる状況の正体を、彼女はすぐに看破する。

 

(なるほど…………結界術ですか。してやられましたね)

 

無数に配置された鏡が彼女の姿を映していく。その様子に不気味感じながら、彼女はそれに気付いた。

 

すぐ真上。

横に伸びる鏡の断面の上に立つ人物。無線か電話を使っているのか、何か声を出している。

 

「───む?もう一人侵入者が出ただと?部下たちを送らせればいいだろう。私は片方を始末するから、邪魔をしないでくれ………」

 

 

無線機を懐へと仕舞う軍服の男、ヴォルザードだったと名乗っていた声の主だった。

 

僅かな沈黙、二人はその後にすぐ反応を見せた。

 

彼は軍服のすぐ腰の部分に手を伸ばし、三本のナイフを引き抜く。対して雪泉もヴォルザードを見上げ、両手の扇子を構えた。

 

 

「まだ分からない事がありますが………詳しい事は貴方から話を聞かせて貰います!」

 

「早いな。戦いもせずに勝った後の算段か?嘗められたものだ!」

 

 

 

◇◆◇

 

 

同時刻、いや数分後のことだった。

 

 

「──────ここか」

 

雪泉たちと、シルバーと麗王が突入していた研究施設。その中に、一人の男が入ろうとしていた。

 

 

足首に届くまでの灰色のロングコート、顔全てを覆う程の光沢を帯びたフォルムのフルフェイスマスク、それらの二つを装着した人物。

 

服越しの体型から男と確認は出来るが、それ以外は不明。そしてもう一つ、彼が男と分かる低い声で、男は呟く。

 

「────俺たちを利用した報い。果たして貰うぞ、『禍の王』」

 

右手を強く握り締め、彼は施設の中に入る。激しくなるであろう争いは、更に混沌へと渦巻いていく。

 

もう誰にも、止めることはできない。




シルバーが基立聖十字学院の生徒であった頃、悪忍『銀河』の少し説明。


『銀河』
ゾディアック星導会の初期メンバーにて創設者。レーザーブレードの二刀流を扱っていた凄腕の忍。ある忍務で仲間たちが全滅し、自分だけ生き残るが、姿を眩まして基立聖十字学院からいなくなった。


この後、シルバーは初期のように対忍殲滅部隊『深海の魔神(ディープ・バロール)』を率いることになります。



ちなみに『銀河』は麗王の先輩であり、彼女の憧れの人でありました。


そんな『彼』がいなくなったのにも、やっぱり理由があるんですよねぇ(意味深)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十五話 相対

薄暗い廊下。

窓や扉が何もない、あるとすれば左右対象、等間隔に配置されている柱。

 

先が見えない道に麗王と一緒に行動していたシルバーは満足に笑い、

 

 

「──いやおかしいよね?助け出すのはいいけど、エレベーターで何回も往復させられる挙げ句こんなクソ長い廊下を歩かされるなんて普通じゃないよね?侵入者対策にしては入り組みすぎじゃない?造った奴臆病すぎだと思うんだよ」

 

「は、はぁ」

 

早口で、十数秒の間に不満を言い終える。苛立ちを吐露するシルバーに、麗王は困っていた。まぁ、自分が憧れてる人が現状に腹立たしくしているという状況に戸惑っている、というのが妥当だろう。

 

愚痴を聞いてもらったお陰で落ち着いたのか、シルバーは現状に着いて考察を始めた。

 

「ていうかさ、疑問も疑問だね。そのテロリストたちは何でこの施設を占拠したんだ?」

 

「それは…………何か計画を練ってるのではないでしょうか?」

 

「普通なら、そうだろうね。でも、奴等は今まで尻尾を掴ませなかった奴等だぞ。何か裏があるんだろうさ」

 

元とはいえ、彼は国家の犬となって『ある部隊』を指揮していた人物、こういう方に頭を回すのは得意中の得意なのである。

 

そして、予想の一つを口にする。

 

「例えば、それほどまでに重要な計画、とか」

 

 

─────────────!

 

自然と気を張ってしまう麗王。自分の知らないところで起こっていると思うと驚き以外のものは無いが、「ま、もう一つの方が有力だと思うけどね」とシルバーは指を鳴らす。

 

 

「奴等は何で麗王だけを逃がした?話を聞いてみれば、普通に捕まえられた筈なのに」

 

 

────────────ィ!

 

言われてみれば、そうだろう。話を聞くに、麗王たちと敵対した男は圧倒的な実力だったらしい、難なくほぼ彼女たちを全滅させた程の人物が、何故麗王を追いかけなかったのか。

 

思い当たる理由は────、一つ。

 

「もしかして───」

 

「待て、麗王。何か聞こえないか?」

 

 

───────ィィィーーーー!

 

そこでようやく、二人は音に気付いた。シルバーは推測する。ここは鉄製の廊下、この音は彼も聞き覚えが無い訳ではなかった。

 

寧ろ、専門のものだからこそすぐに気付けた。

 

 

「────狙撃だ!避けろっ!!」

 

焦った声に麗王は咄嗟に反応できなかった。それを見たシルバーが麗王の腕を掴み、柱へと飛び退く。直後、彼女の居た場所のすぐ隣の床が軽く吹き飛んだ。

 

すぐに二人とも柱に隠れたが、再び柱の側面が音を立てて削れる。安堵するのを余所に、削られた断面を認視したシルバーは、考え始めた。

 

 

「………(アンチ)物体(マテリアル)式、弾はレーザーか。もしかすると、自分たちを確認する方法があるのかもしれない」

 

「なら、どうしますか?相手の姿が見えない以上、どう動くのが最善か………」

 

「決まりきってる」

 

ボタンを押し、鉄製のケースの引き出しがカシャンッ!と音を立てた。その中に納められてた部品を黙々と組み立て、一つのアサルトライフルへと完成させる。

 

 

「突破だ、突破。どうせここを抜けなきゃお前の仲間を助けられないんだろ?」

 

ニヤリと笑い、シルバーは彼女に声をかける。どうやら、彼に突破口が見えてた様だった。

 

 

 

 

シルバーたちが狙撃されてから数キロメートル先。

 

「─────ふぅ」

 

 

廊下の一番先で、ゴーグルの青年は狙撃銃を構えていた。ガシャコンッ! とリボルバーを回転させ、弾を装填する。

 

その作業を繰り返すクロウラーは、ブツブツと呟いていた。

 

「戦わなきゃいけない、戦わなきゃいけない。………大丈夫だ。殺さないように、無力化するんだ。それだけに、集中するんだ」

 

到底、戦場に立つ者の言葉ではなかった。しかし、それでも彼は戦場に立つだろう。彼自身、そう決意しているからこそ。

 

 

「人は殺さない。姉さんに会うためにも、新しい世界のためにも」

 

それが彼の誓い。未熟と言われようが、通さなければならない覚悟。

 

クロウラーは狙撃銃を暗闇の廊下の先に構える。そして容赦なく、殺さないようにと、矛盾する二つの考えを抱きながら、引き金を引いた。

 

 

◇◆◇

 

 

始めに雪泉は扇子を振るい、氷塊を飛ばす。まっすぐ軍服の男 ヴォルザードを狙った一撃に、彼は身体を軽く捻るという対応をした。

 

すぐ真横を通り過ぎると同時に、ヴォルザードは捻った身体を戻すように動かす。その勢いに合わせて、手の中にあった三本のナイフを投擲する。

 

 

「くっ!」

 

その全ては雪泉の氷刃に打ち落とされる。迅速な行動を取った彼女は続けてヴォルザードに追撃をしようと彼を睨み────、

 

 

「────いないっ!?」

 

ヴォルザードの姿は完全に消えていた。隠れたとか、高速移動とか、そんな理論の話では無かった。気配がするのだが、何処にいるかは読めない。

 

その直後、すぐに彼女の真横からナイフが飛来してきた。両手の扇子で全て叩き落とし、そのナイフの飛来先を見やる。

 

鏡から半身だけ出てきたヴォルザードが隠したような舌打ちをしていた。彼は視線に気付き、すぐさま鏡の中へと潜っていく。

 

 

その光景を見た雪泉は今までの情報をまとめた結果、ヴォルザードの能力、その動きを理解した。

 

「…………なるほど、鏡から移動しているですか。私を結界に引きずり込んだように」

 

『フフ、悪くない能力だろう?』

 

あたかも自慢する声が近く鏡から聞こえる。反射的にその方向に氷刃を飛ばす。が、無数の鏡の少しが砕けただけで、声が完全に途切れる事はなかった。

 

 

『この能力は《あの方》により良く扱いやすく改良されたモノだよ。この力なら!我らの邪魔する者を薙ぎ払える!!Wunderbar(素晴らしい)!!そうは思わないか!?』

 

興奮しきったような声が反響する。これ以上捲し立てる勢いだったが、それは無意味な心配であった。

 

そんな彼に、我慢ならないと雪泉が口を開いていたから。

 

 

「そんな理由で、無闇に力を振るうのですか!?」

 

我慢ならない、そういう風に雪泉は叫んでいた。

彼女はかつて悪というものを憎んでいた。飛鳥たち、そしてシルバーに出会わなければ変われなかっただろう。

 

しかし、雪泉はまだ悪に対する敵対心が消えていない。だからこそ聞きたかったのだ。使い方によれば、人を救うことの出来るその力を、何故テロリストとして扱うのか。

 

 

『………………』

 

しかし、ヴォルザードは答えなかった。その言葉を耳にした途端、声が全くしなくなっていた。もしかすれば、知らずの内に、触れてはならないものに触れてしまったのかもしれない。

 

 

不意打ちに身構える雪泉。しかし、そうしてる間にも凶刃は迫っていた。それは、今も同じ。

 

 

すぐ真後ろからのナイフを振りかぶったヴォルザード。後少しで彼女の背筋を切り咲こうとした直後、

 

 

ドゴッ!! という鈍い音が炸裂する。

 

 

「……………」

 

振り返り様に雪泉が放った氷塊がヴォルザードの顔に命中した音だったのだ。

 

雪泉自身、ヴォルザードがどう動くかなど分かる訳がない。だが先程も後ろからの攻撃だった。

 

そこで、少し前のシルバーとの話を思い出していたのだ。

 

『───移動する系の力ってさぁ、後ろ取った方が強くない?気付かれない内に攻撃できるし。あぁ!また後ろ取られたクソ!』

 

「(まさか、ゲームの話に助けられるとは……)」

 

素直に呆れながらも、その事実に感謝するしなかった。そういう思考を頭の中に残しながら、彼女は向き直り────動きを止めてしまう。

 

 

「くば………だっからさぁ」

 

口の端から鮮血が溢れるが、足りない。

不意打ちとはいえ、ヴォルザードを倒すには、趣向と強さが足りなかった。

 

 

「そんな攻撃が何になる。今さら何をしても無駄だって言うのが、まだ分からねぇのかああああああ!!!」

 

 

咄嗟に顔を両腕で庇っていた雪泉目掛けて拳銃を叩きつける。破壊力には欠けるが、その拳銃を振るう力は並みの忍を軽く越えている。率直に言えば、雪泉がバランスを崩すのには充分だった。

 

そして、バランスを崩した雪泉に追撃と彼女の脇腹に蹴りを入れ、地面に倒れたと同時に手首を踏みつけた。

 

ズキッ!というあまりの痛みに彼女の手から扇子が落ちる。それを見下ろしたヴォルザードはそれを少し離れた場所へと飛ばす。

 

 

「なるほど、正義か………ドイツもコイツも偉そうに上から目線でほざきやがってぇ」

 

落ち着いていたはずのヴォルザードの顔が歪む。その顔には、軍人としての振る舞いなどは感じられない。

 

 

「───そう言えば、確かさっき言っていたよね?『そんなに強い力を持つのに、何でテロリストに加担するのか』だったけか?」

 

踏みつける靴に力を入れ、ヴォルザードは上から雪泉の顔を覗き込んだ。

 

 

「分かるまいよ、君たちには」

 

濁った眼光が軍帽と前髪の間から覗く。その眼に渦巻く憎悪と敵意に雪泉は硬直させた。その姿を見上げた時、ある事を想像してしまったから。

 

 

────悪を憎んでいたかつての自分たちも同じように見えていたのだろうか、と。

 

「理不尽に虐げられてきた者の気持ちなど。光は勿論、影にすらいることも許されなかった者の気持ちなど、理解出来る訳がない」

 

ヴォルザードの両親は、彼が十四歳の時に亡くなった。死因は、事故死。出掛けている最中に、突っ込んでいた車の爆発が原因だった。

 

その場にいた号泣する弟と妹。それなのに、ヴォルザードは呆然と見ていた。泣くこともせず、怒ることもせず。

 

「知っているか?この世界では悪事を為さねば生きられない者もいるということを…………私たちもその中に入っていた」

 

両親を失い、ヴォルザードは弟妹と共に裏社会へと身を投じた。表の人間は冷たい、だからこそヴォルザードは弟妹を貧民街に預けることにした。

 

『……本当によろしいのですか?ヴォルザードさん』

 

『構いません、どうかこの間に私の家族をお願いします』

 

貧民街では優しい人と会った。

悪忍としてこの貧民街を援助していた薄い金髪の、お嬢様みたいな少女。貧民街出身であるという彼女は二人を快く預かってくれた。その間にヴォルザードは色んな悪行をこなしてきた。

 

 

そして、ツケが回ってきたのだろう。

ある日、ヴォルザードは一人の善忍に命を狙われた。勿論、忍には勝てる訳がなく、ヴォルザードは地に伏せていた。

 

その時、預けられていた筈の弟妹たちが泣きながらヴォルザードの前に出てきた。お兄ちゃんを殺さないで、と必死に泣き叫びながら止めようとする弟妹たちに善忍は、

 

 

容赦なく殴り飛ばした。

地面に転がった最愛の家族の姿を見て─────ヴォルザードは完全にキレた。

 

『私の妹と弟に、大切な家族に手を出すなああああああああぁぁぁぁぁァッ!!!』

 

自分達を襲った悲劇、最後の家族の命を奪おうとした凶の凶行を、ヴォルザードは自分の手で防いだ。

 

自分たちを襲った凶刃───善忍を殺すという、最悪な形で。

 

 

善忍を殺したヴォルザードは彼ら、忍たちから標的として狙われた。罪の無い筈の、弟妹たちもそれに巻き込まれた。

 

 

「両親が死に、妹と弟を養う為に悪事を行うしかなった。それは悪なのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな道理が正しいなら、こんな世界腐ってるよ」

 

「ヴォルザード、さん……」

 

「まぁ、同じように理解してるさ。君たちと私たちの価値観の違いくらいは」

 

ヴォルザードは正義を嫌悪する。

幼い頃から正義はヴォルザードたちを救わなかった。それどころか、自分から大切なものを奪おうとする───正義の代行者であるハズの善忍たちも、問答無用で殺そうとしてきた。そして光と影、二つの世界から橋へと追いやられてきた。

 

だからこそ、ヴォルザードは正義を嫌悪する。昔からも、これからも。

 

 

そんな冷たいルールが敷かれたこの世界を、粉々に破壊する為に、彼は『禍の王』に入ったのだ。

 

今まで耐えてきた怒りをぶつけることで、ヴォルザードはようやく冷静になる。これだけで、まだ彼の怒りは完全に消えてはいない。しかし、彼は我慢することにした。

 

「君の次は仲間たちだ。あの世で出会える事を祈ってあげるよ──────確実に逝ける保証はないけど」

 

横たわる雪泉の手首を踏みつけながら、ヴォルザードは拳銃をリロードする。冷たい銃口を彼女の顔に向け、引き金に指を掛ける。

 

 

 

しかし、雪泉の頭や胸を銃弾が貫くことはなかった。引き金に掛けた指を引こうとしたその時、

 

ドゴッ!! と鈍い音と共に、ヴォルザードの身体が仰け反った。理由は一つ、第三者の拳が彼の頭部を殴り飛ばしたからだ。

 

灰色のロングコートと金属製のフルフェイスマスクを着た謎の男。その男は銃弾が放たれる寸前に、ヴォルザードは攻撃したのだ。

 

しかし、

 

 

三発の銃声が、結界の中に鳴り響く。

 

バランスを崩したヴォルザードの意識が途切れることはなく、彼はそのままの状態でロングコートの男に銃弾を叩き込んだ。

 

三発とも、胴体に命中する。だが、傷はない。灰色のロングコートから、地面にひしゃげた弾丸が落下した。

 

(銃弾を、防いだ……?)

 

雪泉はそう推測するが、おかしい所がある。ロングコートの男は防御の姿勢すらしてない、無防備そのものだった。それなのに、弾丸は先端が潰れていた。

 

まるで、鋼鉄の鉄板に撃ち込んだ時のように。

 

 

効いていないのを確認したヴォルザードはすぐさま片方の手を地面に叩きつける。その時の反動を利用し、彼は近くの鏡へと入ろうとする。

 

 

「逃がさん」

 

しかし、地面を蹴った男の動きの方が速かった。僅かそれだけでヴォルザードにすぐ追い付くと、構えた拳を振り下ろした。

 

 

ヴォルザードが飛び込もうとしていた、鏡に。

 

ガシャァン!! と目の前で割れる鏡に、ヴォルザードの顔色は変わらない。もう片方の腕で殴り飛ばそうとしてきた男を他所に、空中に散らばった鏡の断片に触れる。

 

それだけで、ヴォルザードはその場から完全に姿を消した。

 

一撃を避けられた事に男は不満と言わんばかりに顔を歪め、鏡の破片を踏み潰す。

 

 

『───────誰だ、貴様は』

 

結界の中に、声が反響する。声の主であるヴォルザードは姿を現さない、男の乱入に警戒しているのが理由だろう。

 

コートの男は地面に残った破片を遠くへ蹴り飛ばし、声に対して聞こえるような声で、挑発の言葉を口にした。

 

「格下に名乗る名は無い。貴様の上を出せ、俺が用があるのはソイツだ」

 

『…………そんな言葉に、私が応じるとでも?』

 

「その配慮は必要ない。俺自身もな」

 

吐き捨てる男に、ヴォルザードは『何?』と怪訝そうな声を出す。しかし、そんな間に男は行動を起こす。

 

 

 

片手で雪泉は担ぐと、すぐさま後ろを向いて逃走した。

 

 

「───なっ!!」

 

少しの間、呆然としていた雪泉もようやく理解した。あまりの速度で移動してる為、彼女もそれ以上の言葉を発することは出来ない。

 

男も一々反応するのも面倒と思っているのか、無視したようにそのまま走っていた。

 

向かっているのは、やはり鏡。だが、他のものような簡素な物ではなく。額縁に嵌め込まれた鏡、先程雪泉が引きずり込まれた物と似た物だった。

 

あれを使えば脱出できる、そう思った矢先。

 

 

鏡から飛び出した一本のナイフが男の横顔に命中した。避けられない、防げる訳でもなかった。即死級の一撃、男の命を奪う必殺の攻撃だった。そんな中、担がれた彼女の耳に音が聞こえる。

 

 

 

ガキィンッ!! という、金属音が。

 

直後、男は片足で地面を踏み抜いてぐらついた身体のバランスを整えた。見てみると傷はない、確実に当たったというのに、だ。

 

追撃の手が来ない事を有利に思ったか、男はそのまま特別な鏡に駆けていき、その表面に触れる。

 

 

そして、二人はこの場から消えた。

 

 

 

 

 

「────逃げられたか」

 

鏡の結界の中でポツリと呟く。普通なら追撃は出来たが、今回ヴォルザードはしなかった。先程のナイフの一撃で、男の正体に勘づいたから。

 

 

「……聞いてないね。こんな状況に異能使いが出てくるなんて」

 

忙しくなりそうだ、ヴォルザードは軍帽を深く被る。それから、結界内に散乱したナイフの回収を行った。

 

 

◇◆◇

 

 

気付けば元の廊下に戻っていた。いや、元はとは少し弊害がある。ここは別の場所だった、夜桜たちとはぐれた場所とは違う───しかし、同じような鏡が立て掛けられてる場所。

 

灰色コートの男は無言でその鏡を砕く。何か妙な感じは消えるのを感じる。追尾を回避する為の行為を終えた男は、「さて」と振り替える。

 

 

「俺の名はプラチナ、異能使い。ここには訳合って潜入していた。貴様は?」

 

 

「………雪泉、死塾月閃学館の忍学生です」

 

半ば警戒はしてるが、助けられたこともあるので名前を口にした。それを聞き、男が目に見えて反応する。が、それは名前ではなく、忍学生と聞いたからだった。

 

 

「相手はただのテロリストではないというのに………上層部の連中にとって忍学生はやはり捨て駒扱いか」

 

「……?何でしょうか?」

 

「気にするなよ。つまらない話だ」

 

怪訝そうな顔をする雪泉に、プラチナは適当にあしらう。そのままスタスタと歩いて行こうとするプラチナに、雪泉は声を掛けようとする。だが、それより先に彼が目的を口にした。

 

 

「貴様の仲間は別の場所にいる、ならば速く合流するべきだ」

 

「ッ!?いえ、待ってください!何故そこまでするのですか!?」

 

彼女の言葉に億劫と言わんばかりに肩をひそめ、プラチナは振り替える。そして一度しか言わないぞ、と吐き捨て、ゆっくりと口を開きその内容を告げた。

 

 

七つの凶彗星(グランシャリオ)の奴等の命令だ。ここにいる『禍の王』とやらを倒すついでに、貴様とその仲間を護衛してやれ、とな」




オリキャラ紹介を少しさせていただきます!


ヴォルザード・フォン・ツェッペリン

鏡を媒体とする『同調者(ユナイト)』。軍服に軍帽を着込んだ根っからの軍人気質の男。ドイツ人と日本人のハーフで、ドイツ人の血が濃いからか興奮するとドイツ語を口にする。

戦闘スタイルは鏡による移動とナイフと拳銃による翻弄。結界術で鏡の世界を形成し、本編でも雪泉を閉じ込めていたが、出入口となる鏡を特定の場所に配置しないと結界が形成できない。


《禍の王》の構成員の中でも穏便な方に数えられる人物であるが、彼らの目的の一つ『世界災禍』を強く望んでいる人物でもある。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十六話 《青》

クロウラーにとって、狙撃することは得意なことではないが、難しいことでもない。

 

彼の狙撃スタイルは普通とは違う。理由の一つは、狙撃銃のスコープを使わず自らの両眼に掛けたゴーグルを通して相手を撃ち抜くのだから。

 

理由の一つが『不殺』。相手も簡単に殺せる筈なのに、彼はしない。彼が行うのは無力化のみ。下手な殺傷は彼自身が許さないだろう。

 

そんな彼は、少し厄介な今現在の状況に顔をしかめた。

 

標的の二人が柱に隠れているのだ。まぁ、それが正しいとクロウラーは納得する。

 

「(まぁ柱をぶち抜いても良いッスけど………。その分威力が弱まるから嫌なんスよね。間違って殺しちゃうかもしれないし)」

 

心の中で呟いたように柱に隠れている為、脚を撃とうとして致命傷を与えてしまう可能性がある。

 

相手の身を案じた『不殺』か侵入者を容赦なく排除する『使命』。どちらを取るべきか迷った結果、

 

「(決めた!柱わざと撃って、別の柱へ誘導させよう!その直後に脚を撃ってから蜂の巣にすればいい!)」

 

数秒を犠牲にして、彼は『使命』を選んだ。自身の誓いより、組織に対する恩を選んだのだ。

 

その為、彼は少し反応が遅れる事になる。

 

 

 

彼が柱に銃弾の雨を放つ直前に、二人が柱から飛び出して来たのだから。言葉に詰まり、呆然としていたクロウラーもようやく我に帰り、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ハッ!出てきてどうするつもりッスかね!此方を狙撃も出来ないの───────に?」

 

嬉しそうな声で銃口を向けるクロウラーは、途中で硬直した。

 

 

飛び出してきたのは二人、麗王とシルバーだった。麗王はレーザーブレードを片手に持っているだけ、今のところは危険度はない。むしろ、問題はシルバーの方にあった。

 

シルバーの背中には巨大な鉄の塊が展開されている。左右対称に。その塊の正体を、ゴーグル越しに目にしてしまう。

 

 

六発ものロケット弾が装填された砲筒だった。大きさからして軽く戦車は破壊出来るだろう。

 

あまりの光景にギョッと顔色を変化させるクロウラー。そんな彼を他所に、

 

 

 

合計六発のロケットミサイルが連続で放たれた。

 

 

「──ハァ!?マジッスか!ここ屋内っすよ!?」

 

火を吹く六つの金属の塊に慌てながらもクロウラーは狙撃銃を構える。

 

 

距離は十分だった、此方に届く前に全てのミサイルを撃ち落とす事は五秒も掛からない。彼の懸念はそこではなかった。

 

「(抜かった、どちらかというと煙幕代わりッスか。僕が狙撃銃だから、勝てると思ってるのかもしれない)」

 

「ま、そッスね。勝てないでしょ、こりゃ」

 

相手の考えを読んでしまい、脱力してしまった。ミサイルを破壊した結果、白い煙が辺りに撒き散らされる。それらはクロウラーの視界を完全に塗り潰し、ゴーグルを使い物にならなくした。

 

 

ほぼ諦めていた彼に、声が掛けられた。味方の声ではない、全く知らない他人の声が。

 

「────大人しく、とは言いません」

 

チラリと目だけを動かすと、喉元にレーザーブレードが向けられていた。寸でギリギリのところ、自分が喉を鳴らすだけでも皮膚が切れるかもしれないという距離だ。

 

でも、クロウラーは物怖じはしない。それどころかレーザーブレードの持ち主の、麗王の顔を見て思い至ったと言わんばかりな声を漏らす。

 

「へー、知ってるッスよ。ボスにボコボコにされてた皆さんの救助に来たんスか?止めた方がいいと思いますけど」

 

「……聞くと思いますか?」

 

「そッスよね………本気の忠告だったんだけど(ボソリ)」

 

それだけ言い、二人は武器を動かした。クロウラーは狙撃銃を、麗王はレーザーブレードを。

 

 

しかし、どちらかの武器が決着を決めることはなかった。その理由に、こちらに向かっていたシルバーが気付く。

 

「──麗王下がれ!」

 

彼の言葉と共に、地面が崩れ始める。先程の大規模なミサイルレンジ攻撃の余波が響いたのだろう。麗王は何とか後ろに飛び退き巻き込まれなかったが、クロウラーは崩落にバランスをくずし、

 

「─────ぁ」

 

そのまま地面に空いた穴へと落ちる。悲鳴をあげる暇もなく。慌てて二人が覗き込むと、暗闇で何も見えなかったが、シルバーだけは見えてしまった。

 

黒に微かに写った赤の色が。

 

「……………麗王」

 

「……、分かってます」

 

彼の言葉に麗王は短く頷く。敵だったとしても、せめて無力化すればこんな事にはならなかった、彼女はそう責めているのかもしれない。

 

だが、戦場とは、忍とはこういうものでもある。敵味方関係なく死ぬかもしれないのだ、そう思うしかない。

 

 

(────まぁ、どうせ死んではないだろ。酷くても軽傷だろうし。落下で死ぬんならテロリストやらないしな)

 

そんな感じの中でも、この男は抜け目が無いほどに鋭かった。

 

 

 

 

 

細い長い廊下を渡っていき、その脚を止めたプラチナは同行していた雪泉を見やる。

 

「ここで合ってるな?貴様が仲間とはぐれたのは」

 

「は、はい。確かにここです」

 

そう、今彼らはあの場所に戻ってきていた。雪泉が、ヴォルザードによって結界に引きずり込まれ、仲間たちとはぐれた場所に。

 

しかし、誰もいなかった。仲間の影も形も何一つが、見えなくなっている。

 

「夜桜さん、皆さん。一体何処へ………?」

 

「先へ進んだ。それ以外何があると思う」

 

アッサリと結論を下すプラチナ。彼にとって何故雪泉の仲間が先に進んだのかは読めなくもない。だが、仲間の安否を知らずに進んだのには何かがあるはずだ。

 

 

「俺も貴様も同じく進むべきだ。どのみち、忍務とやらを果たすにはこの先を調べなければならないのだからな」

 

そう言う彼は、やはり心の中で不安を抱いていた。何かがおかしい、と。そして顔を上げ、その思考をフルに加速させる。

 

──透明な水色の床、壁に天井。まるで氷で形成された道が、彼らの前に静かに続いていた。

 

 

 

 

 

 

「──────してやられたな、ヴォルザード」

 

 

施設の中枢、地下深くの巨大なホール。そこで軍服の男 ヴォルザードは平伏していた。相手がいるのは、中枢にそびえ立つ玉座、その上だった。

 

 

「まさか侵入者を一人も討てずに逃がすとは」

 

「………申し訳ありません」

 

「怒ってるんじゃない。寧ろ感謝してる」

 

『禍の王』の構成員が装備するフード付きのローブを乱雑に羽織い、玉座に掛けた金属製の義足が特徴的な黒髪の男。彼は手の中に転がる宝石を静かに見つめ、ただ遊んでいた。

 

 

「お前が狙ってた奴には、俺も用があったからな」

 

突然振動が施設内に響き渡る。定期的な事なのか、彼らは首を動かそうともしなかった。しかし、ヴォルザードは首を動かす。真上にいる彼を見上げて、皮肉と取れる言葉を呟いた。

 

 

「───それは、私情ですか?覇黒(はごく)さま」

 

「そうだ。…………悪いか?」

 

 

いえ、その様な事は。とヴォルザードは彼に敬服を示す。ホールと同じ材質の椅子に腰掛けながら、彼はヴォルザードを呼び掛けた。

 

「例の『兵器』の起動を視野に置け。丁度いい、仲間を救出しに来た奴等で試してやろう」

 

「お言葉ですが、あれは実践運用が出来るか不明です。実験をしていない以上危険だ、と報告を受けていますが」

 

「…………それで、可能か?」

 

「お任せを。十分以内に動かさせます」

 

言葉と共にヴォルザードは特殊な手鏡に触れ、瞬時に姿を消失させる。手鏡ごと消えるとは便利だな、と覇黒は下らない事を考えながらも、静かになったホールでようやく一人だけになる。

 

 

カラフルな見た目の宝石たちをコロコロと転がし、ニヤニヤと笑う。他人から見れば子供みたいだと微笑ましくなるだろう。だが、彼の思考は全く別の物だった。

 

その証拠に、ある人物の名を口にする。

 

 

 

 

「楽しみだな──────“雪泉”」

 

バギィッ!とその手の宝石を全て潰し、玉座の上で覇黒は笑う。この施設の何処かにいる少女の気配を感じていたのだ。

 

自分の領域(テリトリー)に入った、もうすぐここに自分から来る。そう思うだけで高揚感が収まらない。

 

後少しで、“あの男”の希望を踏みにじれる……!遺した遺志をゴミのように。不満があるとすれば、“あの男”の悔しがる姿を見たかった────大切なものを奪われた時の顔を目にしたかった、それだけだ。

 

まぁ、それぐらいは勘弁しよう。“あの男”が嫌がる事が出来るのなら、それで腹の虫は収まると言ったものだ。

 

そのような思いと考えを内側に含みながら、覇黒はピクリと顔をあげる。そして、

 

 

「と、その前に」

 

パチン!と指を鳴らす。直後にホールの一部が物音を立てて大穴を開ける。音もなく起きた現象に男は顔を変えない。

 

寧ろ、座ったままで金属剣の脚で地面を叩き、不協和音を奏でている。その理由は彼の視線の先にあった。

 

「その仲間たちが先に、俺の前に来るとはな」

 

 

開いた穴から少女たち、夜桜たちが出てきた。先に進んでいたつもりだったのだろう。だが、結局はこの男に誘導されていたのだ。

 

「やれやれ、四人か………味気ないな。なぁ、お前ら───」

 

「………何者なんじゃ、お前は」

 

「おい、オイオイ。聞いてたのは俺だぜ?少しは答えろよな。最初の発言に答えてから、自分が質問する………それが礼儀じゃあないのか?」

 

話を遮られたとしても、男は平然としていた。余裕ありありといった態度に夜桜たちは嘗められてる、そう思い少し怒りを見せる。

 

 

だが、彼女たちは気付かない。

 

 

 

夜桜の言葉の直後、彼から僅かであり濃厚な殺気が漏れた事には。

 

しかし、男はそんな様子を見せようとはせずに、頬杖をかく。不満そうに溜め息を吐き捨て、不敵な笑みを浮かべるという矛盾の行為をしながら、彼は自らの名を口にした。

 

「俺は覇黒(はごく)。《青》の『四元属性(エレメント)』、『禍の王』の頂点に立つ四人、その内の一人だ」

 

 

『四元属性』、『禍の王』、頂点。

 

男、覇黒は確かにそう言った。彼女たちはユウヤから聞いていたことを思い出した。

 

───最近忍たちを襲撃する正体不明の謎の組織、忍と異能を重ね合わせた『同調者(ユナイト)』を束ねる者たち、『四元属性(エレメント)』。

 

そして、頂点に立つ、とも口にした。ならば、王者のように君臨しているこの男が、『禍の王』の《王》なのか───!?

 

 

「勘違いするなよ。俺は頂点に立つ者の一人であって、組織を束ねる《王》ではない。《王》は俺たちでは相手にならない程の実力者だからな」

 

が、心を読んだように覇黒は即座に否定する。号外不遜というべきか分からないが、凄まじいオーラは感じられる。

 

それほどの人物を越える───圧倒的な上がいる。その言葉に戦慄していたが「次は俺の番だ」という言葉が彼女たちを我に帰らせる。

 

 

「お前たちは月閃の忍学生だろう?こんな奴等を寄越してくるとは、上層部の老害どもは俺たちをこの程度と見てるらしいな。腹立たしいばかりだ………お前たちも不満には思わないか?」

 

「何が、言いたいんでしょうか?」

 

「仲間になるチャンスをやる。これは俺のポリシーでさ、どんな奴にも俺は一度だけチャンスを与えてやるという流儀だ。『不平等』はこの世で最も唾棄すべきものだしな」

 

 

果たしてそれは、どんな理由があってのものなのか。彼女たちに理解は難しいだろう。だが、それを信条にするくらいに、覇黒という男は何かを抱いているだろう。

 

しかし、すぐさま覇黒の表情が変わる。余裕に満ち溢れた顔から、彼女たちを侮蔑するような顔に。

 

 

「と、言ったが理解できないだろうな。忌々しいあの男、“黒影”、もとい愚かな正義に溺れた愚者を慕う、お前たちには」

 

「愚かな正義、愚者だと?」

 

彼の言葉に叢が声をあげる。般若の面から殺気が膨れ上がる。それだけで敵意を向けることに口笛を吹き、やはり子供だな、と美形の顔を歪めて嗤う。

 

剣の脚を地面に突き立て、玉座から立ち上がる。着ていた赤×黒のローブを脱ぎ捨て、青色のダイバースーツのようなものが外に露になる。

 

「そう、愚かだ。自らの正義に酔いしれ、それらを無闇に振るった最低の偽善者、それが黒影だ!それで罪のない家族を犠牲して、お前たちにも自分の正義を擦り付けたんだから、全く質の悪い男だ」

 

「ッ!貴様!!」

 

彼の言葉に怒りを見せた叢が飛び出す。自らの恩人の悪口を許容できないかったのだろう。包丁を強く握り締め、勢いよく突貫したのだ。

 

 

「異能忍法───」

 

対して覇黒はクイッと指を動かすだけだった。だがしかし、それだけで結晶のホールの部位の一つに変化が起こる。洞窟に滴る水滴のようにドロリと崩れ落ちてきたのだ。

 

まるで液体金属そのもののように蠢いたそれは、

 

「────結晶液状斬剣(クリスタル・ウェルゼルブ)

 

覇黒の前に入り込み、叢の包丁の一撃を防いだ。液体のように揺らめくそれは結晶そのものを斬ったような感触がホールに響き渡る。

 

軽く弾き飛ばされた叢がすぐさま体勢を立て直す。彼女に続くように他の少女たちも身構える。

 

対して覇黒は興味深そうに彼女たちを睥睨する。ストレッチをしながら、気さくに答えた。

 

「やる気か?…………丁度良かった、少し肩慣らしがしたかったからな」

 

 

腰を深く落とし、片方の金属脚を軸として水晶床に円を描く。まるでコンパスのように、という言い方は少し悪いだろう、言いやすくするとスケーターの動きに近かった。

 

 

「……………ん?」

 

しかし、一瞬だけ彼の意識が別のものに向けられた。覇黒は怪訝そうにしながら、ポケットをあさる。その中にいた物、それは───────、

 

 

光沢のある鉄球だった。大きさは掌サイズの物。無機物である筈のそれを、彼は優しく撫で回してた。

 

「あぁ、安心しろ。お前も暴れさせるさ。少し待てよ。

 

 

理解が甘いガキどもに、『禍の王(俺たち)』という絶望を教え込むんだからなぁ」

 

あやすように告げると、その鉄球を玉座の上へと置く。よほどの余裕があるのか、その間も背中をむき出しにしていた。

 

この場を支配する程の実力を持つ男、《青》の覇黒は少女たちを見下ろす。そして歪んだ笑みを浮かべ、彼はこう宣った。

 

「───まぁ、精々抗ってくれ。この俺の復讐の為に、世界終焉のシナリオの為に」

 

 

その直後、蹂躙が始まる。




《青》の覇黒、ボスの一人がようやく出せました。黒影を知ってる人物であり、彼を生理的に嫌ってます。


────ぶっちゃけ関係者ですね、マジの。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十七話 破滅への道筋

今日は!自分の!誕生日!

誰にも!気付かれなかった!誕生日!チクショウ!!(ヤケクソ)


「………ここは」

 

「見たところ、この先が牢獄かね。ならここに君の仲間もいるかも」

 

廊下の奥を通り、広間に出てきたシルバーと麗王の二人。三つに扉に先が別れているが、扉の前に名前がついている為、一応把握は出来る。

 

牢獄と簡素に掛かれた文字を確認し、二人はその扉に向かおうとする。だがしかし、

 

 

ガタッ、と物音がした。

 

 

「…………う、そ」

 

振り替えると物陰に少女が隠れながら覗いていた。普通の少女とは比べられないくらいのプロポーション、雪泉たちよりも魅力的とも言える。ガタガタと震え、麗王が一歩だけ歩みだそうとするビクッと肩を震わせて、怯えたように縮こまる。

 

少女 (せい)は泣きそうになりながらも、声を漏らした。

 

 

「………どうして人が…………ロウ、ロウはどうしたの?………何でいないの……?」

 

言葉が、出なかった。ロウ、という名前に疑問を覚えたが、すぐに察することが出来た。

 

先程のゴーグルの青年、シルバーと麗王は知らないがクロウラーという名前の青年。

 

そして、先程の戦闘の結果穴に落ちていってしまった青年のこと。

 

 

「………まさか、殺したの(・・・・)?」

 

 

ゾワッッッッ!!!! と。

あまりの寒気にシルバーは咄嗟の判断でアサルトライフルの銃口を向けていた。唯一、引き金を引かなかった事が奇跡とも言っていいのだが、果たしてそれが正しいのかは分からない。

 

 

「………殺した、殺した、コロした、コロシタ、

 

 

 

マタ、ワタシカラタイセツナヒトヲウバッタ」

 

ゆらっと彼女からオーラが溢れる。邪悪な気が渦のように巻き込み、広間の周りを破壊していく。

 

今現在、この場を支配する彼女は怪しく光る眼を開く。渦巻くエネルギーを収束させ、シルバーと麗王の二人に向ける。

 

「──ミンナ、許さない」

 

 

 

 

 

「あの………勝手に殺さないで欲しいんスけどねぇ」

 

現状に落胆したような声。するはずのない青年の声に三人の動きが止まる。圧倒的な強さを見せようとしていた聖すらも、動きを止めて声の方を見た。

 

 

「やっぱこうなるんスね。僕がいない間に危ないことになってましたね」

 

広間の扉の一つに背中を掛けていたゴーグルの青年、クロウラーが困ったような顔をしていた。

 

 

「……ロウ、なの?」

 

「はぁい、正真正銘クロウラー本人ッスよ。全く、同じ人がいる訳じゃないから、そんな疑問形じゃなくていいんスよ?」

 

手をヒラヒラとして応じるクロウラーに、聖は心から安堵したのか彼女を覆っていた気が消失していく。

 

だが、クロウラー自身無傷という訳ではない。ゴーグルのある方から血が流れ、所々に傷がある。

 

それに気付き、心配そうな目で見てくる聖。勘づいたクロウラーは頭をかいて彼女に腕の傷を見せるように向けた。

 

「あ~、聖。出来ればッスけど………医療用具持ってきてくれないスかね。少し治療したいから」

 

「………う、うん」

 

頷き、近くの扉を開けて出ていこうとする聖。隙間から顔半分だけ覗き、「……無茶しないでね」と言い残して。

 

 

彼女がいなくなり、この場を今度こそ静寂が支配する。シルバーと麗王の二人も声をあげることが出来ず、クロウラーの次の行動に警戒していたのだ。

 

 

そしたら、クロウラーは二人に語りかけてきた。

 

「────驚きましたよね。あの()、実は僕やヴォルザードさんより強いんスよ。でも見たように、怖がりッスからね。兄貴も、『それさえ克服すれば強い』って言ってましたし」

 

返事はないが、クロウラー自身気にしてないように見える。独り言のようなものなのか、そう思っている二人に、クロウラーは二つの物を軽く放り投げる。

 

 

シルバーの手の中に入ったのは、四つの青の鍵束と何十もある白色の鍵束。その二つだった。

 

二つを指差し、彼は気楽そうに説明していく。

 

 

「はい、それは牢屋の鍵、そっちが腕輪の鍵ッス。腕輪ってのは忍の力を抑制する効果を持ってるから外すときは気を付けてくださいね。」

 

「ありがと………何でそこまでするのかね。自分らとお前は敵同士だろ?」

 

感謝をしつつ警戒を崩そうとしない。忍をよく知ってるシルバーは嘘などを見分けられるが、彼から騙そうとする気はないと見たのだろう。半信半疑の視線に、クロウラーは困ったように笑う。

 

壊れたゴーグルを片手で弄りながら、彼の顔から笑みが消える。感情が欠落した顔と声音で、

 

 

「………“この世の不平等は唾棄すべきもの”」

 

そう、口にした。怪訝そうな二人にクロウラーは振り返ろうとしない。彼はゴーグルを持ち上げ、額の傷を確認している。補足、というように彼は付け足す。

 

 

「兄貴の信条ッス。この世界は理不尽で形作られてるって。どんな不幸も、どんな悲劇も、仕方ないで済まされてしまうから。

 

 

だから、僕たちが変えなければならない。そんな冷たい道理を」

 

言葉を口にしていく彼に少しずつ熱が籠ってきていた。激しい怒りの感情が眼光と言葉に乗せられていく。何に対するものなのか、話を聞いていたから想像に易い。

 

 

「あんたらに忠告しとくッス。この先、進まない方が吉ッスよ。…………これは善意ッスからね」

 

「ご忠告ありがとさん。でも退くわけにはいかないよな。自分もコイツも用がここに用がある訳だし」

 

「ふぅん。ま、頑張ってくださいね。応援はするッス。

 

 

 

 

忠告したッスよ、精々絶望しないように」

 

それだけ言うと、クロウラーは傷だらけの身体を引き摺るように動かして部屋から出ていく。最後の最後まで、シルバーと麗王を見ながら。

 

 

 

シルバーと麗王から別れてすぐに、クロウラーは聖と合流する。やはり心配してくれる聖の善意を受け入れ、先に進むことにした。

 

避難しておいた方がいいかもしれないから。もうすぐここは激しい戦場になる、巻き込まれるかもしれなかった。

 

 

そのような状況でも、クロウラーは何も言わずにいた。思慮に暮れていたのではない、似たようなもの──懐かしい過去を思い出していたのだ。

 

 

『儂が育てる!儂が皆を育てるんじゃ!』

 

家族が別れそうになった時、一番上の姉はそう言ってくれた。バラバラとなることが嫌だったのかもしれない、だが姉は誰よりも覚悟があったと長男であり弟でもあったクロウラーは思う。

 

もし、一つだけでも願いが叶うとしたら─────、

 

 

「……会いたいなぁ、お姉ちゃんに」

 

「………?ロウ?」

 

何でもないよ、とクロウラーは笑い掛ける。有り得るわけがない、夢物語だ。

 

甘い夢など、冷たい理想など、生温い覚悟など、とうの昔に捨てた筈なのだから。

 

 

◇◆◇

 

 

「……………?」

 

ピクリ、と銀嶺は反応する。廊下の方から足音が聞こえたのだ。音からして二人、そして足音は銀嶺たちの牢の前で止まった。

 

 

(…………まさか)

 

そう思い、銀嶺は首をあげて牢の前を見る。彼女がその姿を目にしたと同時に、その人物は牢の中の銀嶺たちに聞こえる声で告げていた。

 

 

「──皆さん、戻ってきました!」

 

希望のような麗王の言葉に、他の皆も麗王を見る。戻ってきた自分達のリーダーに、彼女たちは嬉しそうに顔をほころばせた。

 

そしてすぐに、銀嶺はもう一人の存在に気付き、麗王に問いかけた。

 

「麗王さま…………その人は?」

 

「シルバーです。よろしくね、君たち」

 

軽い挨拶をしたシルバーは、鉄格子の鍵を開けようとする。その挨拶を聞いても他の皆は『?』と首を傾げたが、銀嶺だけはすぐに気付けた。

 

(────銀河さま?)

 

麗王の付き添い人でもあった彼女だからこそ、すぐに思い出した。麗王が、基立聖十字学園の皆が憧れた名のある悪忍。

 

 

そして、心配していた彼女たちの前から姿を消していた筈の人物。

 

 

 

 

「あ、あぁぁぁぁぁ!!これも違う!鍵多すぎだろ!別々に分けとけよチクショウッ!!」

 

「シルバーさま、任せてください。錠前ごと斬ります………この剣で」

 

「ナイスだけど鍵貰った意味ないじゃん!待ってて!開けるから待ってて!」

 

結局、錠前を破壊することにしました(滅茶苦茶多かったらしい)

 

 

◇◆◇

 

 

 

────ドシャァァ!!

 

激しい爆音と共に人影が吹き飛ばされる。ボールのように何度もバウンドし、結晶の床に転がった。その人影の名が叫ばれる。

 

「───叢さんッ!」

 

返事はない。般若の面が近くに落ち、静かに沈黙していた。意識を失っていると確認した覇黒は笑う。

 

「一人ダウン、か。どうした?早く来い」

 

手をクイクイと動かし、挑発をする。仲間が倒された事もあり、その挑発に乗ってしまう四季と美野里。夜桜が止める前に、二人は武器を構えながら叫んだ。

 

 

「秘伝忍法!【シキソクZEX】!」

 

「秘伝忍法!【パンパンケーキ】!」

 

「ほぉ────それで?【剣脚・速度滑進(ソード・スケーティング)】!」

 

コウモリの群れと巨大なパンケーキに、覇黒は口を引き裂き笑いながら前進した。

 

直後、覇黒は高速移動を取り始める。正確には義足の剣が結晶の床をスケーターのように滑っているのだが、そんなものはどうでもいい。

 

そのスピードでなら、簡単なものだった。二つの攻撃を回避することも。四季と美野里の後ろに一瞬で回り込むことも。

 

反応に遅れている二人に、覇黒は容赦なく牙を剥く。

 

まず、彼が仕留めようとしたのは四季だった。理由は特にない、単に彼女の方が優先度が高かっただけ。

 

だからこそ、反応が遅れている彼女を狙った。

 

「がら空きだな!【色彩爆砕(コミットクラッシュ)】!!」

 

「え───きゃあぁ!?」

 

色彩と評するのも頷ける虹色の爆発が四季の身体を軽く吹き飛ばす。何が起きたのか─────複数の宝石を投げ、それらを爆発させたのだ。

 

意識を絶ってしまう程の一撃、完全に四季もダウンする。だが、覇黒は攻撃の手を緩めない。それどころかダウンした四季に更なる追撃を放とうとしていた。

 

「皆に、手を出さないで!!」

 

背後から、覇黒に向かって美野里がバケツを振るう。叢や四季、仲間たちが傷つけられるのが許せないのか、美野里は泣きそうになりながらもの抵抗だった。

 

バゴン! と鈍い音が響き、静寂が起こる。この場の全員が声を発することも、音を出すこともなかった。効いたのかと思いきや、

 

 

ギロッ!と眼だけが美野里を捉える。大したダメージを受けていなかった覇黒だが、その標的を変えたのだ。自分に手を出してきた美野里を、鋭い眼光で見る。呪詛のように低い声で彼は問うた。

 

「────何だ?ガキ」

 

「…………う、ぁ」

 

「邪魔だ」

 

向けられた殺気に怖じ気づいた美野里を、覇黒はもう片方の手の甲で殴り飛ばす。咄嗟にバケツで守ろうとしたが、あまりの強さだったのかバケツがへこむ。

 

 

「………圧倒的な強さというのも考えものだな。これじゃあ悩みにもなる。

 

 

退屈しのぎにもならないぞ、お前ら。このままじゃ誰か一人は殺すかもな」

 

 

「──貴様ァァァァァッ!!」

 

その言葉に、キレた。叢たちと同じくらいにボロボロな夜桜が、立ち上がり大声で叫ぶ。手甲を装着した拳を思い切り、覇黒の顔目掛けて放った。

 

ドッ、シャァァァァァァァッ!!

 

爆音と風圧が起きる。感触はあった、怒り任せに拳を振るってしまった事に夜桜は真剣に悔いる。だが、覇黒に一撃を与えられた事に少しは安堵していた。

 

だからこそ、気付けなかったのだ。

 

 

「───単調だな、避けるまでもない」

 

そう、受け止めていた。顔に当たる直前のところで片手で受け止めていたのだ。回避するのでもなく、正面から打ち負かすのではなく、ただ受け止めた。

 

これが『禍の王』の頂点、その一端。世界の法則の名を冠する彼にとって、未熟な少女たちなど本気を出すには値しなかったのだ。

 

 

「まさか勝てるとでも?夢の見過ぎだな…………現実を見ろよ」

 

実力差に落胆した彼は別の手を夜桜の顔に伸ばす。そして、数秒も掛からずに彼女を床に叩きつける。あまりの強さに結晶の床が轟音をたてて砕ける。

 

飛び散る結晶の破片に、赤い液体が混じる。

 

「うっ………あっっ!」

 

「ハハッ!痛いか?痛いよな──────だが、俺たちはそれ以上の痛みと苦しみを与えられてきた」

 

悲痛の呻きに覇黒は止まらない、それどころか更に力を入れ始める。床に頭を押し付けながら、彼は壊れたような笑みを浮かべる。

 

うちひしがれる少女たちを見渡し、覇黒は語る。呪詛のようが満ちた自分達の過去を。

 

 

「──ある者(ヴォルザード)は家族を守るために悪事に手を染め、善忍に命を狙われていた」

 

 

ある者(クロウラー)は優しさ故に悪に堕とされながらも、別れた家族を探していた」

 

 

ある者()は身体目当てで襲われ、他人を信用しなくなった」

 

 

「そしてある者()は、全ての希望を奪われ、絶望の果てに立つことも出来ない脚を切り落とし、

 

 

 

世界全ての理不尽と不平等を、憎み尽くした」

 

果たして、何が悪いのだろうか。世界の全てが彼等を叩きのめした。否定、拒絶されてきた者たちは、次第に全てを恨んでいた。

 

 

「それが俺たち、『禍の王』だ。お前らみたいな生半可な苦しみを乗り越えてきたんじゃない、徹底的に絶望に堕とされてきた!」

 

手を離し、動けなくなった夜桜を見下ろす。何かを思い付いたように微笑み、彼は脚を上げる。

 

 

金属製の義足の先、鋭い剣先が夜桜の胸の方に向けられた。

 

「世界終焉シナリオ、その一つはこれから始まる。俺たちの計画が、世界を破滅に導くのだ。その為に、

 

 

 

 

お前たちの悲劇的な死で!計画(シナリオ)の幕を開くとしようか!!」

 

───狙いは、心臓。即死を望んだ一撃が彼女の胸に突き立てられ─────、なかった。

 

 

 

 

ガッッ、シャアアアァァァァァァァァァァァァン!!!

 

結晶のホール、その壁の一つが破壊された。凄まじい轟音が響き渡り、破片が辺りに飛来する。

 

 

「───────来たな」

 

声が、ホールに響いた。短い言葉だが、凄まじいくらいの重圧が押し込まれたような感覚がある。声の主、覇黒はただただ破壊された壁の方を睨んでいた。

 

直後、冷気が吹き荒れる。破壊によりできた粉塵が払われ、ようやくその姿が明らかになる。

 

 

「───皆さん、遅くなりました」

 

二つの扇子を振るい、雪泉はそう言う。氷と冷気を纏いながら、彼女は仲間たちを、そして倒すべき敵を静かに見た。

 

 

「………………」

 

彼女を目にした覇黒は、動きを止めた。が、ピタリと停止していた体に変化が起きる。

 

鋭い脚先を問答無用という勢いで夜桜に突き刺そうとする、策などを考えた行動ではない。ただ傷つけたいというような衝動的なもの。

 

 

しかし、それもやはり妨害される。

 

第三者、夜桜も知らない灰色のコートの男によるフルスイングの腕が覇黒の横面に打ち込まれる。反射神経からか片腕を顔の前に出して鉱物の壁を作るが、関係ないと言わんばかりに破壊して覇黒を殴り飛ばした。

 

 

鋼鉄と化した腕を元に戻し、灰コートの男は手を握る。感覚を試した後、夜桜を担いで歩いていく。

 

「……軽いな、一撃が浅かった。もう少し踏み込めば良かったか」

 

「何じゃ……お前は……」

 

「プラチナ。それ以外の事はあの女………雪泉から聞け。一々話すのも面倒だ」

 

仮面越しにそう言ったプラチナは疲労した彼女をゆっくりと床に下ろす。刺々しい態度とは裏腹に紳士的な対応を見せるプラチナは彼女に「他の仲間たちを連れていけ、その怪我では戦えないだろう」と言い捨てる。

 

これで、本来の目標を達成した。後は傷付いた夜桜たちを連れてここから逃げればいい。

 

「だが───そうは上手くいかないか」

 

「………そのようですね」

 

 

 

 

吹き飛ばされた筈の覇黒が平然と立っていたのだ。結晶の壁に叩きつけられた影響で、壁そのものにクレーターが出来、覇黒の口の端から血が滴っていた。

 

その血を片手で拭い、彼は笑う。

 

 

一撃を食らったのにそれに対する敵意は無かった。優しいからではない、それ以外の感情に塗り潰されていたのだ。

 

 

つまり、歓喜。

待ちに待っていたと言わんばかりの喜びを顔に浮かばせ、彼は反復するように呟いた。

 

「────来たな」

 

 

◇◆◇

 

 

「「「「え、この人あの銀河さんなの?」」」」

 

「え、って何?え、って何?そんなに意外?」

 

牢から出された四人、銀嶺、朱里、藍夢、黒母衣は驚いたようにシルバーを見ながらそう言った。言われた本人は文句を言うどころか逆に困惑している。

 

「えっと………何て言えば分からないですけど」

 

「話と違ーう!変なのー!」

 

「コハァッ!!?」

 

あまりにもな言葉の刃に縮こまるシルバー。精神的にきているのかその場にうずくまり微かに小刻みしていた。

 

 

「───麗王。シルバーさん、だった?あの人ああいう風になったのか知ってる?」

 

「え、えぇ。確か………真面目にしてた時のストレスの反動とか」

 

「……なるほど、そう言われると納得ですよね……」

 

 

 

◇◆◇

 

 

カン、カン、カン!

 

と硬い床を剣先が叩く音に、雪泉は扇子を掴む手を強める。

 

少しの間とはいえ、夜桜、叢、四季、美野里たちを傷付けた敵。許しがたい悪に、雪泉は相対している。

 

 

「会いたかった、会いたかったよ雪泉。あの男、“黒影”の意志を継いだお前を─────どれくらい待っていたことか」

 

平常を保とうとしている声音とは裏腹に、彼の顔は醜悪に歪む。

 

顔を押さえる指の隙間から覗く二つの眼に、狂気にも似た光が灯り、覇黒は片方の手を動かす。

 

バキバキボキッ!と指を鳴らし、彼は告げる。

 

「一年、五年、十年?………………言葉で表せないな、とにかく俺はお前に会いたかった。

 

 

 

 

お前が、『黒影』の遺した希望だから!それを壊したかった!その為だけに、俺は今を生きてきたんだからなぁ!!」

 

 

妄執と憎悪、その二つが具現したオーラのように揺らぐ。禍々しさを帯びる存在に、雪泉は一瞬怖じ気付き───覆すように前に歩み出た。

 

 

しかし、そんな彼女の肩に手がかかる。引き留めるように、強く押さえる手が。

 

「戦う、とは言うなよ。俺と貴様の目的は仲間を救出することだ」

 

現状をよく見ているプラチナは、言外に撤退を提案する。彼の指差す先には夜桜たちがいる、少しは戦えるだろうが勝利は難しい。

 

彼の提案に応じ、思考する雪泉たちに向けて、余裕綽々な覇黒は両腕を広げる。

 

 

「逃がすと思うか?ここは俺の絶対領域、世界だぞ?」

 

 

彼がカンッ!と床を金属の脚で叩くと、その音はホールの隅々に反響する。それと同時に、彼がポケットから取り出した宝石たちが変化していく。

 

太さ数ミリの鋭い槍となって、雪泉たちに放たれた。数は二本、小手調べらしい。

 

扇子を払い、氷塊を飛ばして打ち落とす雪泉。彼女の隣でプラチナは無駄の無い動きで槍の先端を手で止める。

 

ロケット砲の勢いを持っていたが、その勢いも失われる。静止する槍、そして覇黒の動作を思い出したプラチナは感心したように目を伏せる。

 

「────鉱物、触れる事で操るタイプか。質量も変えられるとは、厄介だな」

 

「眼がいいな。流石は凶彗星ですら危険視した『あのチーム』の参謀を務めるだけはある」

 

少しだけ、不動の灰色のコートが身じろぎした。変わらない仮面に感情の揺らぎがあるように見える。

 

 

「………貴様、何処まで知ってる?」

 

「さあな。…………………ところで、お前の親友はどうした?婚約者、いや君のお姉さんを救えたかな?あの『兵器』の力で」

 

 

メギィィッ!! と普通では有り得ない音が雪泉たちの鼓膜に響き渡った。

 

 

感情という感情が没落したプラチナが結晶の槍の先端を強引に引きちぎり、粉々に砕き割った音だったのだ。

 

一瞬。

何秒とか、そういう話ではない。振り向いたと同時に起きた出来事に、常識というものが理解できなくなっている。

 

 

「──────そうか」

 

果たして、何に対してなのか。プラチナは口の中に含むように呟いた。あまりにも冷静すぎた彼だったが、表現の仕方が少し違う。

 

怒りを通り越して、冷静になってしまったのだ。彼、プラチナの中では爆炎の如く昂った感情が唸りをあげている。食い込みかねない程握り締められた手袋が、それを物語っていた。

 

粉末状へと変化させた結晶を捨て、プラチナは拳を握り締めた。直後、両腕が金属へと変質していく。

 

「貴様から聞きたいことができた。両腕を砕いて、その義足もぶち壊してから、詳しく聞くことにする」

 

「───手伝います。皆さんの仇もあります。ですが、同じように聞きたいことがありますので」

 

 

二対一、これだけ見れば有利なのはプラチナと雪泉の方。だが相手は『禍の王』のトップクラスの一角、夜桜たちを余裕で叩きのめした人物だ。何時どうやって戦況が覆されるかなど知るよしもない。

 

 

「さぁ、第一ラウンドの再開だ────全力で挑め、そして玉砕しろ」

 

激しい戦闘が、幕を開けた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

麗王の仲間、銀嶺たちの救出を終えたシルバーの仕事はまだ終わらない。麗王からの頼みを受け、この施設の先へと進んでいた。

 

 

そして終点にて、『あるもの』を見つけてしまう。

 

 

 

大量の巨大な鎖、それらに吊るされた────機械。

 

無数の武器で形作られた人型の異形。幸い、人と見えるのは腕と頭と胴体だけで、それ以外はケーブルや鎖が伸びていた。

 

 

まるで、死にかけのところを強制的に生かされているような。不気味な光景だった。

 

全員が何も言えずにいた。言葉を失っていたのだ。現実的ではない忍からしても、あまりにも異常な光景なのだろう。

 

 

「───『禍の王』だっけ?とんでもない代物を手に入れてんだなぁ。…………どうやら世界滅ぼすことに本気で取り組んでるらしい」

 

ただ一人、シルバーだけは例外だった。他の面々のように驚きはしても、それを上回る程の呆れと納得があったのだ。

 

詳しく聞こうとした麗王を片手で制止し、シルバーは酷く落ち着いた様子でその兵器を見つめる。

 

正確には、13と記された謎のマークを。

 

 

「───13番目の神の遺物、『暗き月(ダーク・ムーン)』。大人の作り話かと思ってたけど、マジにあるとは」

 

 

《聖杯》と同列とされる神の遺物。そして、別世界にて『あるチーム』が運用しようとした世界を滅ぼす兵器。




長すぎましたね、でも後悔はしてない(キッパリ)


突然ですが、覇黒(はごく)のCVは津田さんです。(モデル:ヒロアカのオーバーホール)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十八話 暗き月と語られる真実

暗き月、ダーク・ムーンってあれなんですよね。とある方とのコラボ回で名前だけは出てきたんですよ。


─────『暗き月(ダーク・ムーン)』が造り出されたのは、遥か四千年前くらいの事だった。

 

 

『聖杯』を恐れその力を統べようとした四千年前に生きていた者たちは『聖杯』を調べようとした。

 

だが、神の遺産と言われる『聖杯』。それを調べようとした多くの者が死ぬか、精神が壊れてしまった。

 

それから少し経ち、『賢者』と謳われる三人が『聖杯』を解析し、その真髄を理解した。そしてその研究が原因で、十二の存在が生み出された。

 

 

名を────【超越者】。世界の理を歪める力を持つ神の如くの存在たち。

 

凄まじい力を持つ彼等は、『賢者』たちを邪魔者と認識し、殺そうとする。だが、『聖杯』の力を使った『賢者』たちはその十二体に打ち勝ち、彼等の力を奪い呪縛となる制約を掛けた。

 

 

ある存在には、人間の敵となる存在を滅ぼすようにと。ある存在には、世界の法則となりバランスを保つようにと。

 

それらの制約を施し、十二体の存在を封印した。いずれは解けるように、この世界を守り続けるようにと。

 

そんな中、『賢者』の一人がこんな事を口にする。

 

 

───『彼等』の力を使わずとも、世界を守れるようにするべきだ、と。

 

『彼等』というのは、封印された十二体だった。確かに、彼等は世界を守る、人を救うという風に変化した。だが、それだけでは不安だったのだ。十二体の一部が暴走するかもしれない。

 

 

だから彼等は考えた、世界を滅ぼせる力の兵器を造り出そうと。そしてその兵器に世界を滅ぼせないように仕組めばいい。その存在を世界に伝えれば、人々は畏れ争いは止めるだろう。世界を滅ぼす力があると知れば、人々は争いをする暇もないだろう。

 

一つの意思と信念により、その兵器は造り出された。【超越者】がいなくても世界から争乱を失くす事が出来る兵器。

 

 

その名も──────、

 

 

 

 

 

「「「………『ダーク・ムーン』?」」」

 

彼、シルバーの言葉を聞いてた銀嶺、朱理、藍夢の三人がその単語を口にした。が、誰も意味が分かる者がいないらしくすぐに疑問を露にしている。

 

「シルバーさま、それは一体……」

 

怪訝そうな声で麗王はシルバーに聞いた。彼女自身よく知らないから分からないのだろう、その兵器が何なのか。それは他の皆も同じだった────一人を除いて。

 

 

「───もしかして、あの『ダーク・ムーン』!?」

 

「あぁ、文献で見た姿と酷似してる。…………こんなに壊れかけてるとは思えなかったけどな」

 

遅れて驚愕の声をあげたのは、常時落ち着いている黒母衣。しかし、今の彼女は冷静とはかけ離れている。シルバーの言葉を聞き、『ダーク・ムーン』を見上げる顔には冷や汗が流れていた。

 

 

「黒母衣も知ってるんですか?あの機械みたいなものことを」

 

「機械………あれはそんな柔な物じゃないわ。断言できる」

 

リーダーである麗王の言葉に応えた黒母衣は挙動不審に見えた。今も尚吊り上げられている兵器が動き出さないか、心配なのだろう。

 

そして、黒母衣はその兵器が何なのかを告げようと────、

 

 

 

「───遥か太古に存在した『賢者』たちが争乱を失くす為に造り出した抑止力」

 

───することはなかった。

突然ホール中に響き渡る声が遮ったのだ。キィン!と鼓膜にくる高い声から、それはスピーカーを使った声だと全員が気付く。

 

そして、そのスピーカーの奥から足音が聞こえる。

 

 

「月の光をエネルギーへと変えて起動する兵器。その存在だけで数千年もの間、人類に畏怖を与え続けてきた」

 

カツン、カツン、と。一定のリズムを保ったまま、ホールの壁沿いの扉から何者かが出てきた。

 

 

軍服の男 ヴォルザード。

しかしその姿は普通とは言えず、血に濡れている。本人は痛がる素振りもしない、つまりはそれは自身の血ではないことを表している。

 

赤に染まった服を気にしないヴォルザードは続けるように言う。壊れかけた『ダーク・ムーン』に肩を竦めながら。

 

「おぞましいと思うよ、これが太古の人間たちにとって『真の聖杯』への副産物に過ぎなかった。彼等が造り出した滅びの文明の一つだったのだから。

 

 

彼等が別次元へと封印したのも頷ける、そう思うでしょう?」

 

フフフ、と笑うヴォルザードの問いに、反応はしても答える者はいない。

 

ただ一人────シルバーだけはヴォルザードを睨みながら、口を開いた。

 

 

「………それで?お前は何者だ?」

 

「ヴォルザード・フォン・ツェッペリン。『同調者』の一人です。質問なら少しだけ受け付けますよ」

 

「それじゃあ聞かせて貰いたいけど…………『ダーク・ムーン』は完全に使えるの?どう見ても普通には見えないわ」

 

「あぁ、その事ですか」

 

なるほど、と付け足すヴォルザードは静かに落ち着いていた。

 

「『ダーク・ムーン』はある組織に勝手に使われてしまい、挙げ句に別次元の人間に干渉した『雷神』たちにより破壊され、今はこの有り様ですね」

 

「(………『雷神』?)だが、今もなお隠してたんだ。何かに使うつもりなのは違いないだろ?」

 

「その通り」

 

あっさりと、そう肯定した。

隠す必要もないのか、それにはシルバーも目に見えて顔をしかめる。

 

 

「ダーク・ムーンは破壊されたが、それは完全ではない。まだ残っている────ダーク・ムーンを最悪足らしめる力が」

 

含んだような言い方に全員が怪訝そうな顔をするが、ヴォルザードはそれ以上は口にしない。

 

全員と言ったが、シルバーだけは違う理由があった。

 

(ヴォルザード、だったか?奴は多分時間稼ぎだろーな。もしくは勝てると思ってるだけか…………仲間がいる可能性も警戒しとくべき)

 

相手の出方を激しく警戒していたのだ。仮にも忍たちを翻弄してきた組織のメンバー、何をしてくるのか分からないと言うのが正直な答えだった。

 

軍帽を指で押し上げたヴォルザードがシルバーを目に捉える。心の中を読んだかと連想させるように微笑み、告げた。

 

「あぁ、安心してくれたまえ。私以外に誰もいないよ、粗方粛清しましたので」

 

「粛清……?」

 

「ここにいた研究員、四十五名程。私たちの命令に従わずに、挙げ句に『ダーク・ムーン』を破壊しようとした馬鹿な奴等。ホントに嘗めた真似してくれましたよ」

 

よくよく考えてみれば、おかしかった。彼の服が血に濡れているが、その量は並大抵の人間のものではない。

 

おぞましいことが、読めてしまった。

 

「まさか………殺した、ですか!?」

 

「えぇ、はい。逆らうなら生かす価値も無いですので。裏切り者は我が王が許しても、私が許さない。死の恐怖で従えてたのに──────役に立たなすぎて困るよ」

 

その調子でヴォルザードは更に語る、自分達に逆らった研究者たちの末路を。

戦おうとする者、許しを乞う者、自分は役に立つと叫ぶ者、それら全てを排除してきた、と。

 

だからこそ、ヴォルザードは血に濡れていたのだ。彼の髪や軍服に染み込んだ赤は、全て利用され裏切りの果てに切り捨てられた者たちの証だった。

 

 

「………よりによって、戦えない人たちを手にかけるとは………!」

 

許せない、そういうように麗王はレーザーブレードを握り締める。優しいのだろう、そう思う。

 

しかし、シルバーはどこまでも冷静だった。麗王の言いたいことは分かる、だがシルバー本人は少し前までは国の犬として汚れ仕事をしてきた───そもそも、忍はそういうものなのだ。

 

一般人だろうと、標的なら排除する───それがこの世界が定めた忍なのだ。そう、シルバーを自論を心の中で呟く。

 

 

「綺麗事を」

 

鼻で笑い、ヴォルザードは冷ややかな声で返す。あまりにも現実離れした夢を語る子供を小馬鹿にするような態度だった。

 

血に濡れたナイフの汚れを落としながら、くだらないと吐き捨てる。

 

「我々は世界中の全てから否定されてきた。全ての復讐の為に生きてきた、それが【禍の王】。たった数十人を殺すことに躊躇するとでも?」

 

世界から捨てられた者たち。

その一人であるヴォルザードの覚悟は生半可なものではない。彼はたった一人であろうと、世界全てを敵に回す勢いなのだ。

 

 

「まぁ、まだ我々の覚悟が分からないのなら仕方ないですね。ここら辺で知らしめる必要がありますか」

 

やれやれと肩を竦めるヴォルザードは懐から何かを取り出した。

 

赤黒い液体、血よりも黒い液体が入っている注射器。その液体は薬品には見えない、むしろ害しかなさそうだった。

 

反応が楽しいのか、含んだように笑うヴォルザードは彼等の様子を見て微笑む。

 

 

「─────こうするのですよ」

 

直後、注射器を自身の首に突き刺す。驚愕するシルバーたちを他所に、ドロドロとした赤黒い液体を身体の中に注入した。

 

その正体は、【ケイオス・ブラッド】。ある男が使用した神の物質。

 

それが入ってきた注射器が地面に転がるが、目を向けようとしない。刺した部位を片手で押さえ、ヴォルザードはシルバーたちを睨み付ける。

 

ドグンッ! と何かが胎動する、彼の身体の奥から何かが沸き上がろうとしていた。それらは一気に膨れ上がり、ヴォルザードの身体に多大な負荷を与える。

 

 

「がッ………ぐ、ば。がァァああああああああアアアアアアアアああああああああああああ!!!」

 

苦しそうに悶え、蹲るヴォルザード。両手の指全てがバキバキと音が鳴り、黒く変色した血管が浮き出る。

 

血を吐くような絶叫がホールに木霊し、沈黙したヴォルザードの体がぐらりと揺れる。そのまま床に倒れそうになる、ところで。

 

 

足元から、大量の赤黒い液体が溢れる。液体だと言うのにそれら自我を持ったようにヴォルザードの体を包み込んでいく。

 

そして、一つの塊から複数のラインが伸びる。まるで手のようにか細いそれは、あるものに目掛けて飛来する。

 

 

狙いは─────『ダーク・ムーン』。

不動の兵器を【ケイオス・ブラッド】が侵食していくのだ。色のあるもの全てをおぞましい血の色へと染め上げ、己の一部へとするために丸呑みにしていく。

 

 

ガギン!ビキバキボキゴキ!!

 

砕け、破壊される金属の音が続いた。巨大な繭のように変化した塊がその姿を歪める。

 

ケーブルや鎖を『ケイオス・ブラッド』が侵食していく。巨大な作りの部屋へと渡り、全てを取り込もうとしていた。

 

だが、それは行われることがなかった。鎖やケーブルが限界を迎えたように千切れ、ガシャン!!と巨大な【ケイオス・ブラッド】の塊が落下する。

 

誰も声を発する事が出来ずにいた、当然だ。現実的には有り得なさすぎる。起こっている事実に頭が追い付いていないのだ。

 

そんな中、ホールの天井にあるスピーカーから声が届く。電話越しのような変な声、しかしそれが誰の声かはすぐに理解できた。

 

【「───『ダーク・ムーン』本来の力より劣るが、それに関しては仕方ない」】

 

機械の塊から飛び出したか細い脚が、地面に突き刺さる。か細い棒が鉄の床を貫く。言葉に出すと異常だが、目にしたものからしたら納得は出来る。

 

武器や色々な物質を統合させた、凶器の一つ、そう見えるそれは─────指にしか過ぎなかったのだ。

 

 

【「動かせなくなるよりは十分、容易い話だ。この力で世界に復讐するのは」】

 

二本の腕が床を引き裂く。爪が食い込んだだけなのだが、それだけでも恐ろしい威力が明らかになる。

 

塊と化していた【ケイオス・ブラッド】が溶け込み、その巨体が明らかになる。

 

巨竜、そうとしか表現出来ない。胴体が様々な兵器と鉄材で作られていく。それは無機物の竜と言うべきなのだが、表面に浮かぶ赤黒いラインが生命があるように思わせてくる。

 

 

【ガガガガ、ガァァァァン!!!】

 

唯一首と確認できる鉄塔のようなそれから、赤黒いラインが巡る。頭部に眼となる光が灯り、強引にその口を開いた。それにより留め具が外れるが、怪物は竜を気にしない。

 

ズシン──ッ!! と激しい振動と共に竜は完成した姿を見せる。しかし、竜には下半身が存在しない。無数のワイヤーとケーブルを壁や天井に伸ばし、そのバランスを保っていたのだ。

 

 

【「今ある力で、この世界に災いと混沌をもたらす。それが私の、この組織に入った意義」】

 

 

麗王たちはヴォルザードに止まるようにと呼び掛けるが、返事はない。今の彼には何も聞こえなかった。『ダーク・ムーン』を纏ったヴォルザードを動かしているのは───世界への憎悪、そして【禍の王】への思いだった。

 

 

【「まずは、この世全ての忍を殲滅する!!それが、妹や弟を救ってくれた【禍の王】への手向け!!

 

 

手始めに、君たちを殲滅して見せようッ!!!」】

 

『ダーク・ムーン』の力と同化した武装兵器の竜、名を《ヴォルザード・マグナス・ドグマ》。

 

もう止められない、滅びへのカウントダウンは刻まれた。

 

 

 

 

雪泉の冷気が飛び散る宝石を凍てつかせ、それらをプラチナが砕いていく。

 

だが、それでは止まらない。覇黒は笑いながら、追加と言わんばかりに宝石を投げていく。飛来したそれらは刹那の光を放ち、強烈な爆風を辺りに撒き散らす。

 

両腕とコートを鋼鉄化させて爆撃を防いだプラチナは彼に指差し、鋭く指摘する。

 

「──『ダーク・ムーン』。あの兵器を使おうとしてるのか。世界でも殲滅する事に、随分と執着しているな」

 

「やれやれ、浅いな。『ダーク・ムーン』の価値は世界を滅ぼせるだけではない。その兵器を使っていたお前なら分かるだろう」

 

何?とプラチナが顔をしかめる。雪泉はどう意味か分からずに戸惑っているが、その様子が楽しいのか覇黒は嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

 

そのまま、彼はさらっと口にした。

 

「“設定した条件を満たしたもの全て排除し、同じように設定した条件を満たすものを優先的に保護する”術式。それが『ダーク・ムーン』が太古の人間たちにも怖れられた機能の一つだ」

 

「なッ!?」

 

雪泉の呼吸が止まりそうになる。

隣で聞いていたプラチナも知らなかったのか、目を見開く。

 

反応を聞いて楽しかったらしく覇黒は高らかな哄笑を響かせる。

 

「何とも素晴らしい力だろうか!指定されたものだけを全て滅ぼす力、俺たちにとって最高と言うべき兵器だ!」

 

「……その為にか。貴様は、いや貴様らの目的は『ダーク・ムーン』の力で全ての人間を皆殺しにするつもりか!!」

 

「言い方に悪意がある。俺たちをただの悪党の集まりと認識しているみたいだな」

 

歯軋りするプラチナに覇黒は指に挟んだ宝石を見せつける。突然取られた攻撃態勢にプラチナは構えるが、覇黒はそのまま話を続けた。

 

「俺たち以外にも、世界に絶望し憎しみを抱く者たちがいる。そいつらを救わずしてどうする?俺のポリシーに反する事だ。その為にも、まずは俺たちを血気盛んに探し回り、挙げ句に潰そうとしている奴等を消す必要があるよなぁ!?」

 

 

探し回り、潰そうとしている。

 

その単語から、雪泉は覇黒の言わんとする事を読んだ。あまりにも恐ろし過ぎる事実を。

 

「──まさか、忍を!?」

 

「正解だ、雪泉!善忍も悪忍も、上層部の連中もな。奴等を抹殺することでようやく俺たちは裏社会を完全に支配し、表の世界に宣戦布告出来るんだよ」

 

心の底からゾッとした。全ての忍を抹殺する、そんな事が出来るとは思えない。だが、覇黒の語る言葉がただの嘘とも違う。

 

 

「そんなことをしても………敵が増えるだけです。争いが消えるどころか、それ以上の敵が!」

 

「そうだろうなぁ!邪魔者は忍だけではない!焔紅蓮隊、七つの凶彗星、他にもいるだろうな。だが、関係ない。その為の『神の遺産』、その為の俺たちだ!多くの犠牲の先に、俺たちは理想を果たせる!」

 

「ッ!貴方は……ッ!!」

 

 

気付けば、また輝いた宝石が宙を舞っていた。激しい複数の爆撃が襲う。今度こそ直撃したプラチナが吹き飛ぶ。

 

雪泉は彼の名を呼ぼうとするが、すぐにそれを止める。スケーターのように滑りながら近付いた覇黒が義足で蹴りのような一撃を浴びせようとしていたのに気付いたのだ。

 

咄嗟に身体を捻り、鋭利な剣先を避ける。直後、冷気を帯びた扇子を振り上げて、覇黒に叩きつけた。

 

彼もすぐさまその勢いを使った脚の剣先で扇子の攻撃を防ぐ。

 

「貴方は何故自分たち以外を否定するんですか!?その先に、何があるっていうですか!!」

 

「理想郷、俺たちが望む完璧な世界。理不尽な悪意や意味の無い不平等が完全に消え去った新たなる新天地。

 

 

 

俺たちだけではない、同じように理不尽に虐げられてきた奴等が笑って生きられるのなら、その他の人間を喜んで滅ぼすさ!一人残らず!」

 

鋭い義足と凍てつく扇子がぶつかり、火花を散らす。冷気と覇気が二人を中心にホール内に吹き荒れる。

 

均衡する剣戟の中、覇黒の灰色に淀んだ眼が雪泉を捉える。思い出した、そう物語る彼の顔が見えた。

 

「お前もそうだったろう、雪泉?」

 

「ッ!」

 

「悪の無い、善だけの世界を作る。そうお前は言ってたそうじゃないか、黒影が望んだ世界を作ると!その為に多くの悪を倒して来たじゃないか、正義の為と言ってな!!」

 

動揺にバランスを乱した雪泉を逃さないと、もう片方の剣脚が切り上げる。胸元を軽く切り裂いた凶刃は、倒れた雪泉に突き立てられる。

 

が、雪泉には抵抗をしない訳がなかった。

 

 

「貴方と、一緒にしないでください!!」

 

ズドドドド!!! と辺りを凍らせていく。本来そこまでの出力は出ないのだが、敬愛する黒影を侮辱されたことの怒りもあり、予想も出来ない程の威力を披露していたのだ。

 

 

「否定しようが、現実は変わらないさ。その目的を俺は笑うつもりはない」

 

しかし、覇黒は氷の津波に平然としていた。行った動作は一つ─────津波に向けた手を横に振るう。

 

 

それだけで、覇黒を包み込もうとした氷波は動きを止める。まるで覇黒が操り停止させたように、ピッタリと。

 

残念と口にした覇黒はブチブチ!と口先を引き裂き、勢いよく腕を横に一閃する。

 

「だから、それを打ち破ることに文句を言うなよ!お前らを下し、絶望の淵に落とすことで!俺は黒影の希望を粉砕出来るんだから、なぁ!!」

 

空間が割れた、そうと取れる現象。

ホール内を飲み込む程の大規模な氷を覇黒は腕を振るっただけで完全に切断したのだ。切り落とされた氷塊がつぶてとなって消失していく。

 

 

「何故……ですか」

 

 

 

「黒影お爺様は、私たちにとって大切な人です。私たちに正義を教えてくれた」

 

 

雪泉は昔、善忍の両親と歳の離れた兄、『雪風』と共に過ごしていた。子供の頃の記憶だが、雪泉はその日々が幸せだったのは覚えている。

 

ある日、両親が死んだと兄から伝えられた。後から聞いた話だと悪忍に殺されたらしい。そうして兄に連れられ両親の葬儀を終え、墓参りに向かう。

 

帰り道の途中で雪泉は、森の奥に何かを感じた。子供特有の好奇心もあり、彼女はひっそりと森へ入っていき───異形と出会った。それが妖魔だということには当時の彼女は知らない。

 

そんな雪泉に容赦なく襲い掛かろうとする妖魔。そもそも子供が妖魔に勝てる訳がないし、雪泉は恐怖で動けなかった。そのまま鋭い爪が振り下ろされる直前、飛び出した兄が雪泉を庇う。

 

兄は大丈夫、と笑いかけ雪泉を抱き上げながら走り出した。後ろから雄叫びが聞こえる。少し経ってから兄は近くの木陰に身を潜めた。

 

───近くにあの妖魔がいる、そう悟った兄は唇を強く噛む。そして、震える雪泉の肩を掴んで言った。

 

『……雪泉、オレがあの怪物を誘き寄せるから。反対の方に逃げるだ』

 

嫌だ、と幼かった雪泉は首を横に振った。怖かったのだ、両親のように兄もまた失うのかと思うと。

 

困ったように笑った雪風は震える手で雪泉の頬を撫でた。優しく温かいと感じた彼女に、兄は優しく告げる。

 

『雪泉、立派な忍になるんだよ。それが父さんと母さん、そしてオレの願いだから』

 

そして怪物を連れて兄が走り去っていってから少しが経ち、反対の方に逃げた。必死に必死に必死に走って────足を止めた。

 

 

 

兄を追っていた筈の妖魔が、そこにいた。

剥き出しの歯には赤い液体が染み付いている、ドロドロとした液体が。

 

そこで雪泉は限界と言わんばかりに地面に座り込んでしまう。想像していたから、囮となった兄がどうなったのか。

 

無防備な雪泉に妖魔は嬉しそうに唸り、飛び掛かる。その鋭い牙と爪が小さい雪泉の体を引きちぎり、喰らうまで後少し、

 

 

直後、妖魔は瞬殺された。横から入ってきた男の手によって。

 

どう反応すれば分からなかった。妖魔を屠り目の前に立っているのは、黒髪の強面の男。彼は雪泉を睥睨し、その顔が驚愕に包まれた。

 

そんな中、雪泉はお礼を言ってない事に気付く。命の恩人だ、そう思い口を開こうとした雪泉を、

 

 

男、黒影は優しく抱き締めた。突然の事に雪泉は疑問に思う、だが黒影の口から静かに震える声が聞こえたのだ。

 

 

『───すまなかった、もう大丈夫だ』

 

これが、雪泉と黒影の出会いだった。

後に雪泉保護され黒影が兄を探しに行ったが、彼の口から兄、雪風の死が告げれた。

 

失意に陥っていた雪泉は後に助けた夜桜、叢、四季、美野里たちと共に黒影に育てられた。

 

だからこそ、黒影は雪泉にとって掛け替えのない大切な人なのだ。

 

 

「…………なるほどな、必然的にお前は救われたんだな黒影に」

 

そう言う覇黒の表情は優れない。何かに絶望したような諦めに似た声音に雪泉は眉を上げる。

 

直後、

 

 

 

「───だが、黒影の正義は悪を殲滅するだけのものだ。それは人を救う正義じゃない。それは呪いだ」

 

凄まじい殺気が覇黒から放たれる。あまりにもどす黒かったオーラに雪泉は後退してしまう。そんな彼女を見つめ、覇黒は憂うように呟く。

 

「病気で苦しんでいた母さんの元に黒影は来なかった。助けてと必死に願った俺の祈りは、届かなかった。

 

 

実の子だと言うのに、悪の殲滅を優先した。最後まで、母さんの元には来なかった」

 

「──────え?」

 

耳を疑った。

切り捨てることが出来ない、それほどまでに雪泉の心に引っ掛かったから。

 

母さん、それだけなら少ししか動かなかっただろう。だが、覇黒は実の子と口にしていた。

 

 

誰の?─────というのは、考える必要はない。

 

 

「改めてだな、真実を教えてやろうか」

 

黒髪をかきあげ、覇黒は嗤う。最初からこうすれば良かったという後悔とこの後の反応が楽しみだという歓喜が目に見えて分かる。

 

そして、その理由が何なのかは─────すぐに分かった。

 

 

 

「俺の母親はお前の母の妹であり、黒影の娘。つまり俺は黒影の孫、お前の従兄弟だ。雪泉」




オリジナル要素が色々とある今回の話でした。


雪泉の兄『雪風(ゆきかぜ)』に、覇黒が黒影の孫であり雪泉の従兄弟とか…………色々ありすぎですねぇ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七十九話 星の息吹

皆さん、メリークリスマス!


クリスマスなので、投稿しました!内容は全然和やかじゃないですけど。


「お祖父様の、孫?」

 

「知らないだろう、あの男は言ってないだろうからな」

 

黒影の孫、それは自分だけだと思っていた雪泉。だが、可能性を思えばある話だった。黒影の娘、自分の母親に姉かもしくは妹がいたとすれば、同じようにその子供がいたと。

 

しかし、現実を前にして、そう簡単に納得できる訳ではなかった。親を失い何かを憎んでいる──かつての自分と全く同じ境遇の者。違うとすれば、黒影に育てられたか否か。

 

少しだけの差で、死闘を繰り広げる敵となる…………こんな運命があっていいのか?

 

いいや、と雪泉は思う。例え悪だとしても更正の機会はある。彼も同じだ、一時期の転落で悪に堕ちてしまったのだ。やり直すチャンスはある───そう思い、説得しようとする。

 

「………それなら、教えてください。貴方は何故こんな事をしているのですか。誰の為にもならない事は、貴方も分かっている筈です」

 

「……黒影の孫、その重要性を理解していないようだな。いや重要性ではない、危険性か」

 

彼女の問いに、覇黒は両目を伏せ深い息を吐く。

 

 

「さて、雪泉。お前にも分かるように質問してやる」

 

「……?何を」

 

「黒影の子供、もしくは孫がいると知ったら、忍たちどうする?ニコニコと笑い武器を捨てて見逃すと思うか?」

 

そこでようやく気付いた。雪泉たちは黒影に拾われ、山奥で育てられてきた。何故山奥で、と当時は疑問に思うときはあったが、最近分かったのだ。

 

黒影は抜け忍だったということ、つまりその命を狙われてきた。なら、雪泉と同じ黒影の血を継いでいた覇黒がどうなったかは、聞くまでもない。

 

「そう、危険と思うよな?排除しようとするよなぁ!?今まで多くの悪を葬り去り、同じ善忍からも追放された男!その血を継ぐ人間だからな!恐ろしいと思わない訳がない!

 

お前は黒影に拾われ、隠れて生きてきたからいい。だが、俺はどうだったと思う?どうやって生きてきたと思うよ!?」

 

慟哭、それは覇黒にとって憎悪全てを宿したものだろう。何故自分が、そう思い続けて生きてきた───だから絶望した。

 

「母さんも親父も死んだ!仲間たち全員がだ!それを殺し、俺を傷つけた忍どもは声を揃えてこう言った!『黒影の血を継ぐ者、お前は危険だ。ここで死ね』となぁ!」

 

「捕まった際、脚を切り落として逃げ出した!そうして俺は組織にいる!分かるか!?大切な居場所を、必要としてくれた人たちを、奪われたんだ!!『黒影の孫』なんて不名誉な肩書きのせいで!!」

 

────誰が悪い、何が悪い、そう悩んだ結果なのだろう。自分以外を憎む事で、全てを恨むことで、彼はここまで生きてきたのだろう。

 

「それがどれだけの苦痛か、お前に分かるか!?最も信頼している者に敵視を向けられた気持ちが、お前なんかに理解できるかッ!?」

 

「………」

 

「出来る訳がないよなぁ!?自分の気持ちが分かるのは自分だけだ!他人には分からない、だからこそ争い、奪い合うんだよ!人間はぁ!!」

 

それだけ言って、言葉の雨は止まる。覇黒が口を閉じたから。理由はある。

 

静かに沈黙していた雪泉が何かを言おうとしているのに気付いたのだ。噛み締めるように、彼女は言う。

 

「……饒舌、ですね」

 

「あ?」

 

「自分の過去を語るのがそんなに嬉しいのですか?同情でもして欲しいと?」

 

雪泉にしては、辛辣な口調だった。

覇黒はこの世界の理不尽に害された被害者だ、しかしそれとこれは違う。被害者だから、苦しめられてきたからといって、悪事を為していい理由にはならない。

 

だから、目の前で自らの悲劇を語る男を悪と判断する。感傷に浸るのは駄目だ、止めたければ覚悟を決めなければならない。

 

「…………あぁ、そうか。まだ折れないか」

 

チッ、と吐き捨てるような舌打ちをする。鬱陶しさすら感じる表情だったが、含んだ笑いへと変わる。

 

相手の嫌がる事を思い付いた、子供のような無邪気かつ悪そうな顔だった。

 

「なら、これもお前には響かないだろうな」

 

「?………何を」

 

「シルバー、お前たちと一緒にいた奴だ。知ってるだろ、銀色髪(ぎんいろがみ)の。

 

 

アイツ、元々悪忍だったらしいぞ?」

 

 

 

 

 

………………え? と。

 

長い沈黙の果てに雪泉は何も言えなかった。そもそも、何を言われたのか、理解が追い付かなかった。

 

「ハッ!ようやく揺らいだな!やはり信頼しているからか、より反応がいいなぁ!」

 

嬉しそうな覇黒の言葉に、ようやく理解が出来る。抗おうとしていた気が弱まり、消えかけていく。

 

しかし、覇黒はそれを良しとしない。まだだと言わんばかりに続けた。

 

「そもそも、シルバーが悪忍になったのは理由がある。親を殺されたらしい、まだ幼い……三、四歳だった頃にな!」

 

「………もし、その話が事実だとして、今それを言う理由があるのですか」

 

「まだ分からないか?シルバーの、悪忍だった親は殺した男、その正体を」

 

言われても、本当に分からなかった。

そう思うが、雪泉自身理解できてる筈だった。理解したくなかっただけ。その先を、事実を認めたくなかったから、頭に浮かんでこなかった───浮かばないようにしていたのだ。

 

 

覇黒は言った、『男』と。そしてシルバーの両親は悪忍だった、という。

 

点と点が繋がった。最悪な方に、想像もしたくなかった方面に。

 

 

「──まさか、お祖父様?」

 

「正・解・だこの間抜けェ!気付くのが遅ェが許してやるさ。

 

 

さて、お前も言ったよな、悪は消えるべきと。じゃあ殺せるよなぁ?シルバーも悪なんだから」

 

ニヤニヤと笑う覇黒の顔が歪んで見えた。

 

 

嘘、嘘だ。

必死に否定する理由を探す、だが冷静な部分が単純明快な答えを提示していく。

 

『くだらない正義』、『偽りの善』

 

あの時、敵として出会った時シルバーはそう言っていた。当時は単純に、正義を理解出来ないだけだと思っていた。

 

でも、考えてみれば分かる事だった。

大切な理由が無ければ、あそこまで毛嫌いしていなかった筈。彼が正義を嫌っていたのは、自分から大切な場所を奪ったからだろう。

 

 

でも、彼は笑っていた。楽しそうに過ごしていた。だから彼が復讐に駆られては─────、

 

 

「本当に?復讐心がないと?そんな訳がない!お前たちもそうだったろうが!悪を嫌い、憎んだ!それはシルバーも同じの筈だろうが!」

 

馬鹿にするような大声が雪泉を嘲笑する。彼女の心の隙間に割り込み、壊そうとしていく。

 

 

 

笑いながら覇黒は指を鳴らす。そんな彼の腕を半透明の結晶が、肌を覆うように包み込む。

 

───心に傷を与えた、なら次は肉体だ。更なる絶望、苦痛と死を与えよう。

 

 

「だからさ、雪泉─────お前は死ぬべきなんだよ、分かるよな?」

 

片腕が振るわれ、巨大な結晶が収束し──巨大な手が作り上げられる。彼の姿からして似合わないくらいの大きさ、夜桜の手甲と同じだった。

 

少しの間とはいえ、他者の戦闘スタイルを我流へと変えて戦闘に使う。簡単ではない、熟練の忍ですら難しい。

 

それを成し遂げた覇黒は───それらすら越える力を持っているのだろう。

 

「黒影の夢を継いだお前は、今や黒影の最後の希望だ。アイツの遺したものは全て壊してやる。

 

 

俺たちだけが苦しんだのに、アイツだけが幸せに終わるなんて許さない」

 

抵抗しようにも出来ない、そもそもそんな気力すらなかった。

 

悪を失くすべき、だがシルバーは悪として生きてきた。正義を果たすべきだ、しかし正義は人を苦しめた。

 

 

何が正しいのか、何が間違いなのか、自己矛盾が雪泉を襲う。激しい葛藤に、正しい答えを出せない。

 

「あの世で爺さんに会わせてやるさ………楽しみに待っとけよ、大切な仲間も後で送ってやるからなぁ!!」

 

 

ズガァ!!と半透明な巨槌が迫る。雪泉の顔を捉え、確実に潰そうと放たれた一撃は─────回避不能だった。

 

 

◇◆◇

 

 

 

巨竜、《ヴォルザード・マグナス・ドグマ》が動き出す。肉体を構成する【ケイオス・ブラッド】にワイヤーや鎖など使い、巨腕を古代神殿の柱の如く振り下ろす。

 

 

「──させません!」

 

しかし、誰よりも早く動いた銀麗がドリルを構えた。回転するドリルに巨大な機械の手がぶつかり、甲高い不協和音を響かせる。

 

その隙に、他の少女たちが動いた。

 

「いけぇ!!」

 

【「───がッ!?」】

 

朱璃が両手の指に填めた紐に繋がっている二つのヨーヨーを操る。防ぐこともないとヴォルザードは判断していたが、それらが首元に当たった途端、痛みと共に切り傷が出来た。

 

反撃として片腕を動かす。そのまま跳躍していた朱璃を吹き飛ばそうと横に振るおうとする。

 

 

が、直後に巨竜の眼が砕かれる。衝撃に全身が揺れ、振るわれた腕が狙っていた少女の真上を通り過ぎて、壁を破壊した。

 

何事かと思った巨竜は自身の眼を砕いたもの、そしてそれを放った者を見やる。

 

右腕に装着した大型ボウガンを向ける、藍夢がそこにいた。すぐに気付いたヴォルザードは舌打ちを隠さない。

 

【「遠距離か………!小賢しい真似をしてくれるな、ただでさえ見にくいのに!」】

 

「小さくとか言わないでよね!藍夢はそんなに小さくないんだから!」

 

【「悪いね、あまりにも小さ過ぎて攻撃が見えなかったんだ………よ!!」】

 

ケーブルと鎖が触手のように唸る。近くの残骸や鉄片を先の方で掴み、鉄槌のように振り下ろした。

 

丁寧さはない。乱雑で当てるつもりがあるのかと悩む程だった。しかし、それでいい。一人一人真剣に当てようとするよりも、当たることを願いながら暴れまわる方が効率がいいのだ。

 

 

カン!と切りつけられた部位の近くから金属音が響く。

 

【「!!」】

 

咄嗟の反射神経で背中の鎖やケーブルを動かす。首元に振るうが、ダメージはない。避けられたかと思い、周りを見ていると、

 

 

「やっぱり毒は効かないのね……弱点が出てくるまで待つべきかしら」

 

裾から覗く暗器をちらつかせながら、黒母衣はため息をついていた。暗器についた紫色の液体と先程の言葉から、彼女が何をしようとしたのかは予測できる。

 

怒りのままに破壊を行おうと、武装の矛先を向ける。まとめて吹き飛ばそうと画作するヴォルザードの視界に、

 

 

「────」

 

柱が見えた。

それは、天高く据える極光。淡い光ながらも、どんな強固なものも切り裂くレーザーの刃。

 

その剣を天へと掲げた麗王は、己の秘伝忍法を唱えた。

 

 

「秘伝忍法────ライトニングブレード」

 

一条の光の柱が迫り来る。咄嗟に頭部の前に腕を持ち上げて防ごうとしたが、指と手の甲が真っ二つに切断される。

 

血の代わりに溢れ出す赤黒い液体。肉体にリンクしているヴォルザードにも、その痛みが発生していた。

 

 

(コ、ィツらァ!連携が上手い、私が押されている!)

 

ここで改めて実感する。敵というものを嘗めていた。少しだけとはいえ神の兵器の力を手に出来た事に慢心していたのだろう。

 

己の甘さに反省しながら、攻略点を考察する。ヨーヨーによる中距離に大型ボウガンの遠距離、毒などの隠し刃、そして近接のドリルとレーザーブレード。

 

隙を見せればやられる。この姿だからこそ、小回りが利かないからこそ、面倒なのだ。

 

(───関係ない!一人ずつ潰す、連携の基点を崩してやる!!)

 

「全員下がれ!」

 

声と共に、巨竜の頭部が吹き飛ばされる。

 

壁を滑るように移動してきたシルバーが攻撃したのだ。背中に展開した戦車の砲身のような筒で。

 

彼の言葉通りに全員が後退する。射程圏内から外れたのを確認するとシルバーは壁を蹴り、宙に飛来する。

 

巨竜の上空に着いたと同時に、背中から出来る限りの武装が広がる。シルバーの最も扱う事の多い──重火器たちによる攻撃が────始まる。

 

 

全武装展開(オールレンジ)一斉迎撃(フルバレット)!!」

 

重火器から無数の弾幕が放たれた。ミサイルだけではない、徹甲弾、貫通弾、砲弾、榴弾、破壊力に長けた兵装。全てが容赦なく、巨竜へと打ち込まれる。

 

 

ボガガガガガン!!! と無数の弾幕を受けた巨竜が悲鳴をあげ、勢いよく倒れる。

 

「このままなら行きます。あれを倒せるかもしれません!」

 

「………そういうことは言わない方が良いんだけどなぁ」

 

希望を見い出した麗王の言葉に、シルバーは頭に手をやりながらそう言う。全員が怪訝そうにシルバーを見るが、彼は沈黙する巨竜を見ていた。

 

彼の言葉の通り、言うべきではなかったのかもしれない。しかし、最早手遅れだ。

 

 

【「やるな……流石は忍、そして異能使い。真価は覚醒せずともここまでいくとは」】

 

ズシン………!と巨竜が首だけを持ち上げる。様々な攻撃を受け、体がボロボロと崩れていく。しかし、表面に流れた液体がすぐに修復する。

 

 

【「しかし────神の物質を取り込んだ私がこの程度で倒せると?」】

 

油断をしていた、甘く見ていた。

 

やはりこれは汚点だな、とヴォルザードは悔いるように呟く。

 

だが、それもこれまで。これからは本気を出す、と言わんばかりのオーラと殺気を放つ。

 

【「そもそも、嘗めすぎだな。まだ私は『ダーク・ムーン』の真髄を見せていない。それなのに勝ち誇られるのは、全く心外だ」】

 

「………不味いわ」

 

それを聞いていた黒母衣が呟く。シルバーと同じように『ダーク・ムーン』の存在を知っていた彼女だから、気付けたのだろう。

 

神の遺産『暗き月(ダーク・ムーン)』の真髄、それが何を示すのか。

 

 

「『ダーク・ムーン』は月の光を取り込みエネルギーに変えて動く。………月の光を変換させたエネルギーがまだ残ってるのなら、『ダーク・ムーン』の世界を滅ぼしうる力を使えるわ!!」

 

【「その通り、今からその力を見せてやろう」】

 

その言葉と同時に、竜は大口を開く。そして中から人影が見えた。

 

ヴォルザード、ニヤリと笑う彼の姿は明らかに変化していた。身体の半分が【ケイオス・ブラッド】に侵食され、赤黒いものへと変わり果てていた。

 

ゆっくりとした動作で両手が天へと向けられる。おぞましい色へと変貌していく両腕に、ヴォルザードは笑みを浮かべたまま。

 

そして、だんだんゆっくりと視界が暗くなっていく。夜中ように、新月の時のように。

 

 

天体接続(コードアニマ)星帯同調(チェインアニムス)法則歪曲(ベクトルノーマル)──強制発動」

 

スーッと滑るように動く指に連動し、暗闇の中に光が灯ていく。真っ暗なカーテンが虹色に彩られ、星空のように見えた。

 

正確に星に見えるのは、全て光だ。己が認めたもの以外を蹂躙する破壊の光。それらが輝き、星のように見えたのだ。

 

───不味い、まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!!!

 

悪寒が全身を震わせる。危険だ、防ぎきれない。今まで信頼を置いてきた勘が、そう決定する。

 

 

もう免れられない。全ての星が閃き、激しく輝く。

 

星空を描いたヴォルザードは狂喜に顔を引き裂き、暗闇をかきむしるように両腕を振り下ろす。

 

 

「────輝け星の息吹(ルミナスメテオ)穢れた天地を浄化せよ(エヴァンズスティグマ)

 

 

ズッッッッドッッッッ!!!!!!

 

何が起こったのか、分からない。理解できたとすれば、無数の星が落ちてきた────それだけだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

現在、地上では地震が起きていた。そんなに大きくはない、だが周囲の人々が戸惑うくらいの規模でもある。

 

激しい戦闘が行われている研究施設、そこから離れた山奥で、戦闘の様子を映像越しに見ている者たちがいた。

 

 

「───やっぱり苦戦してるみたいっすね」

 

「当たり前でしょ、アレは『聖杯』と並ぶくらいの存在の力を使ってるのよ。本来の力ではなくても、多くの人を殺せるわ。数人集まった程度で勝てる訳ないじゃない、はい論破」

 

三人の少女の内、二人がそれぞれ感想を口にする。相手がどれほどの強さか理解してるからこその発言。

 

その中の一人、ずっと黙っていた少女が顔を上げる。彼女たちよりも年上の男。彼を見ながら、単純な質問をした。

 

「先生、私らが突入しても文句は無いだろ?」

 

「───駄目だ」

 

男はそう断言した。

ホログラムのような映像を見据え、腕を組んでいる。

 

「………アンタだって分かってる筈だぜ。このままじゃあいつらは死ぬ。それでヤツは地上へと出て、破壊の限りを尽くしちまう!」

 

「フッ」

 

強く言う少女に、男は冷静そのものだ。先が見えてるみたいだった。

 

「安心しろ、お前たちが懸念するほどの事にはならないさ」

 

教え子を諭す教師のように男は言う。しかし顔を動かすことがない。その目はずっと映像に向けられていた。

 

「彼らを信じてみたまえ───面白いものが見れるぞ」

 

ホログラムに映る光景、全てを覆う煙の中で人影が揺らいだ。その影は────銀色の髪をしていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

【「───少し解放しただけで、こんなものか」】

 

巨竜の中に戻ったヴォルザードは、全てを見下ろしていた。圧倒的な破壊が生み出した惨状───地に伏せる少女たちの姿。

 

それらを見下ろすヴォルザードはやはり無感情だった。何も感じない、ただ使命を果たす以外には。

 

 

【「覇黒さまより命を与えられているのだ。『ダーク・ムーン』の運用を有意義に出来るようにしろとな。立ち上がれ、抗うがいい………………『暗き月』は人類の終焉を告げるぞ」】

 

「………そうか」

 

一人だけ、立ち上がっていた。銀髪の青年、シルバーは服に付いた汚れを両手で払う。ヴォルザードの物言いを聞いた直後、呆れたように笑いながらしゃがみこむ。

 

ん?とその事に首を傾げるヴォルザード。だが、シルバーは笑みを消さない。床に手を伸ばしながら、彼は言った。

 

「なら、存分に抗わせてもらおーか」

 

 

 

 

ガクッ!!!! と。

 

直後に、ヴォルザードの体が揺れる。力と肉体を制御するエネルギーが削り取られたのだ。

 

あまりの荒業に狼狽するヴォルザード。自分の回りにいる者たちを睨み付け、絶叫のような咆哮を轟かせた。

 

【「馬鹿な……力が、消える………何を、何をしたッ!?」】

 

「自分はシルバー。水の異能使い、ユウヤのように大規模な攻撃は出来ないが───触れた液体を操る事など容易い」

 

見てみれば、シルバーは床に手をつけていた。正確には、床に落ちた赤黒い液体───【ケイオス・ブラッド】だが。

 

それを吸収するシルバーの元に溢れた【ケイオス・ブラッド】が集まっていく。彼の力に引かれ、取り込まれようとする。

 

「そして、お前から【ケイオス・ブラッド】を吸い上げる!お前はその姿を形成しきれず、弱体化するだろーな!」

 

【「………なるほど、恐れ入った」】

 

素直に感嘆とした声でヴォルザードは称賛する。今もなお、ヴォルザードの力が減少していく。ここまでやるとは驚いた、彼は言いたいのだろう。

 

 

 

 

【「だがまぁ───現実に悲しいな」】

 

ボバン!!

 

弾け飛ぶ音が響き渡る。赤黒い液体を吸い上げていたシルバーの腕から血が噴き出したのだ。

 

それだけでは済まない、彼の体に目に見えた変化が起きる。肌に浮かんだ血管が赤黒く変色し、至るところから出血していく。

 

今にも崩れ落ちそうなシルバーを見下ろし、竜は呆れた声を響かせる。

 

【「私が『ケイオス・ブラッド』を取り込めるのか、それに気付けないのか?我々『同調者(ユナイト)』はそのように体を調整しているのだ。分かるか?一時期少量の『ケイオス・ブラッド』を肉体に入れたところで、拮抗できるとでも…………ッ!!?」】

 

 

巨大な竜、その口の中から出てきていたヴォルザードの息が詰まる。変化があった。竜の体が崩れ始めていたのだ。何とか再生してはいるが、崩壊の方が少しだけ早い。

 

何故……と声に出す前に気付いた。出血をしている銀髪の青年が、まだ倒れていないことに。まだ【ケイオス・ブラッド】を吸収していることに。

 

「…………ぐっ、」

 

全身を貫く程の激痛なのに、シルバーは吸収を止めなかった。止められる訳がなかったのだ。

 

肉体が限界なら精神で、体が無理なら意思の力で耐えて見せる。

 

 

(──あぁ、何をやってるんだ?自分は)

 

そこでようやく、自分のやってることに疑問を抱く。やるべきかという問題ではない、そもそも何故自分がこうしているのか、それだけが重要だった。

 

 

(こんな事をするのはおかしい、無謀すぎる。麗王たちとともに戦う、もしくは最も負傷してる人物にこの事態を他の者たちに伝えさせるのが、一番正しいのに)

 

かつてのシルバーならそう断じただろう。大いなる目的、世界の平和の為。元より《死の美》の定めから逃げた愚か者、命など惜しくはない。

 

囮になるなら自分もなる。それ以外の人間も同じように切り捨てる。その覚悟があった───筈なのに。

 

 

(そうか、嫌なのか。麗王たちが傷付くのが)

 

昔の自分なら、何と言うだろう。甘さだ、と切り捨てることだ。だが、結局それを止めることはない。

 

 

「温く、なったなぁ…………自分(オレ)も」

 

 

 

 

───パァァンッ!!!

 

風船が弾け飛ぶような音だった。軽い音なのに、ホール全体に響き渡ると同時に、世界が真っ赤に染まる。

 

血管や内臓、肉体に行き渡っていた全ての血が激しく爆散したのだ。それらは彼の身体を傷つけた、回復不能な状態に。

 

グラリと、血塗れのシルバーの体が揺らぐ。力尽きたように、そのまま地面に倒れ込みそうになる。

 

必死に叫ぶ少女の姿が視界の隅に見えた。それでも答える事が出来ない、その気力もない。

 

 

何故、雪のような少女の姿が脳裏に浮かんだ。もう、何も考えられない。薄れた意識が消えかけ──────



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十話 魂を掛けた契約

ユウヤ「えぇっと…………今回俺たちが呼ばれたのは新年の挨拶だったよな?」

飛鳥「うん、そうだったよ。今暇があるのは私たちだけだったから」

ユウヤ「ま、パッと終わらせて帰るか。


それでは皆さん、新年明けましておめでとうございます!」

飛鳥「2020年も『閃乱カグラ ケイオス・ブラッド』をよろしくお願いします!」






ユウヤ「よし、終わったな」

飛鳥「あ、そうだ!じっちゃんの太巻き、一緒に食べようよ!」

ユウヤ「……あれ、何つーか複雑なんだよな。お前が食ってるとこ見るとさ」(激しい葛藤)


人には、後悔していることがある。

 

『銀兄様!今日はお姉様と私の訓練をしてくれるんでしょ!』

 

『銀河様、私も強くなりました。いずれは、貴方と共に戦えるようになります』

 

冷静さを信条としてきたシルバーにも、後悔するべき事があった。

 

あの日、悪忍のエリートでありゾディアック星導会のリーダーであった時の銀河は多くの仲間と共に忍務を終えようとしていた。

 

 

『この世界は腐ってるわ、異常なくらいにね。………私を殺せるかしら?お・に・い・さ・ま?』

 

だが、失敗し仲間を失った。ボロボロに負傷したところを、駆けつけた麗王たちに助けられ、治療により一命を取り止める。

 

 

───目が覚めた時には、数日が過ぎていた。

 

 

消毒薬の独特な匂いに鼻がツンとする。起き上がろうとして、自分の隣にいた人影に気付いた。

 

麗王、彼女は腫れた両目を伏せ静かに眠りこけている。泣いていた、そう知った時には更に心が痛かった。

 

いつも気高くいる彼女がこうなるまでに自分の身を案じてくれていた。そう思うと、彼女に対する感謝と辛い思いをさせたという罪悪感が芽生える。

 

 

紙の入った封筒を手にしていた銀河はベッドの上にいた。包帯の巻かれた腕に手を添えるが、苦痛は感じられない。何とか治った、そう思うや否や銀河は立ち上がる。

 

 

『………悪い』

 

今もなお眠る後輩の少女に、静かに謝罪する。そう言えば、何時もこういう風に眠っていたのを覚えている。

 

そして、窓から飛び降りて学園から立ち去る。仲間ちに、友人たちに、後輩たちに気付かれないように静かに、一瞬に。

 

 

麗王の手元に、悪忍を抜けるといった書き置きを残して。

 

 

 

 

 

「──────ここは?」

 

気が付いた時には、見知らぬ場所に立っていた。草が生い茂った丘の上、その頂上にポツンとある丸い机と複数の椅子。

 

伝説上の円卓を思い浮かべるものだが、屋外にあるという事実が不安を過らせる。

 

 

「いや、そもそも。自分は確かあの戦いで……………」

 

全身から血を噴き出して倒れた。それ以上言おうとして言葉を詰まらせる。

 

全身を見てみるが、血の跡はない。どこからどう見ても無傷だった。

 

 

 

「─────全く、無茶をするね。キミも」

 

 

────ゾクッ!!!! と。

 

悪寒が全身に走る。神経の全てを使い、声の方に振り向きながら構えを取った。

 

 

そこにいたのは、女性。腰まで伸びた藍色の髪を紐でまとめている人物。その他にも、金色に輝く左目の瞳、鏡なのように透き通った右目の義眼という特徴がある。

 

彼女は一歩退くシルバーを目に、クスリと笑いながら手にしていた本を閉じる。

 

 

「『神の物質』を少量ならともかく、大量に摂取するとは。

 

 

 

でも、良かったね。お陰でボクも干渉できるようになったから」

 

常人には理解できない言い回しだった。

しかし、忍という一般的から離れた世界に身体を突っ込んでいるシルバーには気づけた。

 

干渉できる、それはつまり通常なら触れることも出来ないというのだ。

 

今このような状況でしか接触できないモノ、それは何なのか、シルバーにすら分からない。

 

「誰、だ?…………いや、そもそもここは」

 

「流石《継承者》、ボクを見てもそれだけの反応に止まれるとは」

 

思わずというように彼女はニヤニヤと笑う。それを怒ることも、指摘することも出来ない。

 

全ての事象を手に取るように分かる、といった感覚に陥らせる空気。シルバーが今まで感じたことのないもの。

 

その空気を支配する女性は椅子を動かし、シルバーに向き直る。

 

そして、彼女は常人を魅了するような仕草でシルバーに手を向け、人差し指を振るう。この空間の支配者は、軽く名乗り上げた。

 

 

「ボクは魔神バロール、この世界を形作った創世者の一人。

 

 

 

キミは選ばれたのさ、ボクらと契約をする事を」

 

これが天からの救いか、地獄への道かは分からない。だが、これがシルバーにとって重要なものであることだけは感じられた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「楽しみに待っとけよ!大切な仲間も後で送ってやるからなぁ!!」

 

 

巨大な手が雪泉を潰そうとする。片方の巨腕で壁に押さえられている為、動くことは出来ない。

 

受け入れるしかない、

 

 

突如、結晶の腕が分断された。壁に固定された指が剥がれ、壁に圧迫されていた雪泉が床に落ちる。

 

が、今の覇黒の頭には入ってこない。それほどまでに彼は激情に駆られている。

 

 

「─────あぁ、」

 

ビキビキビキ、とこめかみから血管が浮き出る。感情が没落した顔から、矛盾したような程の殺意が湧き出る。

 

邪魔者はいない、そう思っていた。だから安心しきっていたのだ。

 

 

だが、いただろう。先程無力化したと思ってた一人が。灰色の仮面を被り、金属の異能を扱う者が。

 

スタン………と覇黒の後方で足音がする。あまりにも小さい音、聞き逃してしまうのが普通なくらいの物音。しかし、全神経を其方に向けた覇黒は雪泉を潰そうとしていた腕を強引に凪ぎ払う。

 

その一撃を回避した人物を眼に捉える。宙に舞ったコートを纏う人物と目が合い、激しい怒りに駆られながら彼は睨み付けた。

 

 

「お前、か」

 

「……私情に溺れたな、それが貴様の運のツキだ」

 

半分だけ壊れた灰色の仮面を付けたままのプラチナが呆れたように吐き捨てる。片腕には厚さ数ミリというノコギリのような刃を嵌め込んでいた。

 

それが先程の結晶の腕を切断したものの、正体だった。威力からして、このホールを構成する結晶以上の硬度。防御すら破る圧倒的な切れ味を誇る刃。

 

そんな恐ろしいモノを、プラチナは空中で何枚も生成する。左右の手の指に三枚ずつ挟み、ブーメランのように覇黒に投げつけた。

 

 

「───ッ!」

 

しかし、覇黒は冷静に対処する。複雑に迫り来る刃を空中で叩き落とし、義足の剣で腹を切り裂き、全てを無力化していく。

 

しかし、最後の刃だけはいなしきれず、吹き飛ばされた。結晶の壁を砕き、その奥を突き破っていたのだ。

 

 

呆然とする雪泉は大きく出来た穴を見ていた。そんな彼女の横へと降りたプラチナはチラリと視線を向ける。

 

「…………無事か?貴様」

 

「はい…………何とか」

 

「お前の仲間は全員外に運び出しておいた。死んではいない、少し経てば目が覚めるだろうな」

 

だが、時間の問題だ。

言外に語られる言葉に雪泉は気を持とうとする。だが、先程覇黒の口から教えられた事実が彼女の心を不安にさせていくのだ。

 

そんな彼女に「おい」とプラチナは言う。膝をつく彼女を見ようとせず、遠くに険しい目を向けながら告げた。

 

「何を言われたが知らんが、今だけは忘れろ」

 

「……ッ、分かってます」

 

「──少し聞こえた。シルバー、お前の仲間か?ソイツに聞いてみるのが一番だろう」

 

そう言うプラチナだが、雪泉だけに言ってるようには見えない。酷く落ち着いた声音は自分自身を責めるかのような罪深さを含んでいた。

 

 

「ソイツが何者かは分からん、だが仲間を大切に思わない者はいない。

 

 

 

お前たちと共にいたのだ、復讐以外の良心があっての事だ」

 

「………」

 

「その良心を信じてやれ、仲間を失うことほど苦しい事はないぞ」

 

彼の言う通りだ、今まで共に過ごしてきたシルバーには、とても復讐心を抱いてるようには見えなかった。

 

腹を割って話し合おう、そうすれば答えが分かる。

 

 

しかし、今はその時ではない。

 

険しい顔のままプラチナは顎を使い、奥の方を示す。直後、瓦礫を下から伸びた結晶の柱が粉砕する。

 

半透明な物質を砕きながら、黒髪の男が義足を使い地に君臨する。

 

「ハハ、ハハハ!!」

 

起き上がった覇黒は高笑いを響かせる。獣の咆哮の如く周りに結晶の波が届く。

開ききった眼光が、雪泉とプラチナを認識する。花弁のように広がる結晶の世界の中心にいる覇黒。

 

 

「無駄だ、無駄!ヴォルザードがダーク・ムーンの力を使い、忍どもを滅ぼすまでの時間はもう間もなく!俺はそれを待っていればいい!」

 

全てを嫌う声だった、全てを嘲り、全てを堕とし、全てを蔑み─────そして、全てを憎む声音。

 

 

「聞こえるだろう!アイツが地下で暴れている声が!いずれは地上へと上ってくる!全人類を殺し、この世界を滅ぼす!楽しみだ、ハハハハハハハハ!!!」

 

 

最早、敵を見ていない。覇黒の目に写っているのは先、『禍の王』が世界を滅ぼし、理想郷となった未来。

 

ズン………! と建物が揺れる。地下では同胞が暴れている、覇黒はただ待てばいい。ただそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………魔神?」

 

「そ、魔神さ。知らない?こう見えても有名だと思ったんだけど」

 

そう言われたシルバーは溜め息と頭を抱える。うん?と首を傾げるバロールだが、その行動には理由があった。

 

それは、彼女を見てシルバーは一つの事を思っていたから。

 

 

──胸でかいなぁ、と。

 

「───煩悩が先に浮かぶ自分が恥ずかしい、死ななきゃ直んないかなぁコレ」

 

「あ、あれ?おかしいよね?反応が少しおかしくないかい?もうちょっと驚いてもいいんだよ?」

 

あまりにも正直すぎる男としての性に、もう自分でも呆れてしまうシルバー。そして予想外の反応にバロールも困惑する。

 

 

くだらない事で話を反れたが、本題に戻るのもすぐだった。

 

「で?そんな魔神さまが自分に何の用で?まさか今自分がどうなってるか何とかしてくれると?」

 

「本来なら、ね」

 

そんな言い回しをする彼女に、シルバーは眉をひそめるしかない。そもそも、自分の事を魔神と称する者を信じるかと言えば、NOと答えるのが普通だろう。

 

だが、結局は信じることにした。そうしないと話が進まないこともある、何よりそれほどまでの恐怖を抱かせられたから。

 

そんな中、彼女は(豊満な)胸を張りながらシルバーにある事を告げる。

 

「今のボク、魔神としての力無いから」

 

「…………………ハァ!?」

 

「ある事情があってね。でもそんな事どうでもいい」

 

さらっととんでもない事を受け流すバロール。そんな彼女にシルバーは疑心感しかなかった。

 

「キミは死にかけた、だからここにいるのさ。擬似的に作り出された精神世界にね」

 

「…………はぁ」

 

説明をされたところで納得できる訳ではない。だが、最初の事だけは分かっていた。

 

大量の【ケイオス・ブラッド】を取り込んだ。前も出来たから今も出来るという考えが仇と言うべきなのか。

 

だからね、とバロールは付け足す。

 

 

「キミの異能を覚醒させてあげるよ。それなら《彼等》に勝てるかもよ?勿論、ボクと契約してくれるならね」

 

笑みを浮かべるバロールの顔が、邪悪そうに見えてしまった。それも、今も自身の身体を襲う悪寒が原因だろう。

 

 

そうだというのに、彼女は笑みを崩さず、飲み込まれそうな程深い色の眼でシルバーを見る。

 

「魔神との契約、魂すらも束縛する呪い。キミにはそれを受ける覚悟があるかい?」

 

それは選択、シルバー自身が進む道を決める分岐点だ。

 

保身に身を委ねる道か、多くを救える修羅の道か。挑戦するような視線を向ける彼女に、シルバーは笑みを浮かべるだけ。

 

思わず、といったような失笑だった。

 

 

「─────今まで、後悔した事しかない」

 

「……、」

 

「守れなかった、護れなかった。悪忍でも、忍狩りでも────────そして、また守れないと思ってた」

 

 

もし自分に天星 ユウヤのような強さがあれば。もし自分が忍としての強さを捨てなければ。

 

今もそう思ってしまう、だが結局は変わらない。強さ云々、自分は逃げていたのだ。死の美の定めから、果たすべき使命から。それが自分の弱さだったのだ。

 

 

「お前の言う修羅の道がどんなものかは知らない。だけどなぁ、

 

 

 

 

誰かを守れないのが!最も苦しいんだよ!我が身可愛さで他人を見捨てるよりも、何千倍とな!!」

 

だから誓う。今ここで、その弱さを捨て去ると。その為なら、魂すら差し出してやる。

 

 

「契約してやるさ!魔神 バロール!!体と魂、そして自分の守りたい皆以外全てをくれてやる!!」

 

凄まじい剣幕で彼は大声で怒鳴る。「その代わりにだ!」棒立ちとなっているバロールに人差し指を向けながら、

 

 

自分(オレ)に力を与えろ!絶望なんてものを打ち砕き、雪泉たちや麗王たちを護れる力を!!」

 

「─────強欲だね」

 

彼女は驚くほど落ち着いた声でそう言い切った。呆れてるのではない、寧ろ彼女は満面の笑顔となっている。

 

 

「合格だよ、キミはただ冷静なだけかと思ったけど違うね。誰よりも強い、折れることを知ってるから、諦めることをしない」

 

「………それって過大評価じゃね?」

 

ひきつった顔で言うシルバーに、バロールは額を押さえる。無自覚なのか、馬鹿なのか……という不名誉な悪口に文句を言おうとするが、突然視界が霞んでいく。

 

「後はボクに任せておくれよ、力に関しては問題ない」

 

 

────さぁ、次はキミの番だ。派手に暴れるといいよ。

 

 

 

 

巨竜の口から姿を見せたヴォルザードはクククと笑う。丁度今、血の池に倒れたであろうシルバーから意識を反らし、少女たちへ宣告する。

 

「諦めろ、もうお前たちには絶望しかない。大人しくすれば楽に消してあげよう」

 

(…………そう啖呵は切れるが)

 

表面上に見えないように焦りを隠す。悟られてはいけない、自分が常に有利だと見せなければ。勝てる勝負も勝てない。

だがやはり、

 

 

(面倒な真似をされたせいで時間がない。どれくらい持つ?この力を使えるのは)

 

巨竜としての肉体も、限界が近い。『ダーク・ムーン』の力を無理矢理使用した事もある、シルバーが少量とはいえ【ケイオス・ブラッド】を引きずり出したのだ。

 

 

この力を使えるのも後少しだ、そう察してしまう。

 

(………だからどうした)

 

奥歯を強く噛み締める。それはもう、砕けるほどに。

 

忘れたのか、自分の使命を。そのように鼓舞し、巨竜の身体を駆使して動き出す。

 

(まだ力の総量は余っている!組織に、覇黒様に連絡するのだ!そして全戦力で世界を滅ぼしてやる!)

 

 

そう思い、視線を倒れている少女──麗王たちに向ける。

 

その為にも、邪魔者になるであろう彼女らを生かす道理は無い。立ち上がった薄い金髪の少女がレーザーブレードを地面に突き刺し、此方を睨み付ける。

 

 

そして、上から見下ろしてようやく気付いた。

 

一人足りない。

倒れ伏しているのが四人、立ち上がったのは一人。五人全員が女性だ、やはり明らかに足りなかった。

 

 

先程、全身から血を噴き出した青年の姿がない。血の池だけは残っている。しかし、その姿だけは見当たらない。

 

麗王という少女もそれに気付いたのだろう。驚いたように周りを見渡している。そして、突然上を見上げた。

 

(………上?)

 

上と言っても、ヴォルザードをではない。天井を見上げていたのだ。ヴォルザードも彼女と同じように首を上げて、天井を見る。

 

しかし、何も変化はなかった。不審そうに彼女に向き直ろうとして、

 

 

ピチョン……、と。水滴が巨竜の表面に落ちた。一滴だけではなく、それに続いて沢山降ってくる。屋外だというのに、雨が降り注いできたのだ。

 

 

「………雨?いや、スプリンクラーか?」

 

 

天井に取り付けられてたスプリンクラーの故障を疑ったが、それは正解でもあり不正解だった。だが、もう少し早く気付いていれば良かったのかもしれない。その理由は、

 

 

 

【ケイオス・ブラッド】により変異した腕が飛んだからだ。音もなく、全く感じられなかった。気付いたのは、腕が落ちて地面に跳ねた時だった。

 

 

「ッ!!」

 

腕を切られたことに焦るも、判断をしくじる事はない。すぐさま巨竜の中に戻って辺りを見回す。敵は見えない、いや見えない速度で移動してるのだろう。

 

 

(見えなかった………、攻撃が全く見えなかった!どういうことだ!?どうやって攻撃してきている!?)

 

有利だった筈なのに、逆転をされたと激しい動揺が襲う。

 

 

異変はあった───突然作動したスプリンクラー。それから、何が吹き出たのだったか。

 

 

【「──────水、そうか…………貴様!!」】

 

 

察した時には、体に風穴が開く。光速並みの勢いで放たれた水が弾丸と化したのだ。

 

無数の弾丸の一部は、巨竜の中にいたヴォルザードに届いている。現に装甲を打ち破り、彼の腕と腹を貫いていた。

 

そして彼の目が、巨竜の眼がそれを捉えた。宙に浮遊する水の塊、明らかにおかしな光景が更に異常さを駆り立てる事になる。

 

 

それら全てを束ねるように上空に君臨する青年。天上に至る王と誤認してしまう程の光に、麗王は目を見開く。

 

 

「………シルバー、さま」

 

「────悪い、麗王。昔の分も含めて二度も迷惑をかけた」

 

後悔と優しさが入り雑じった言葉を彼女に告げ、シルバーは顔を引き締める。

 

揺らぐ銀色の髪が天井のヒビから差す光を反射し綺麗に輝く。水色のローブを羽織り、巨大な金属製の重装備に脚をかけながら、巨竜 ヴォルザードを見下ろす。

 

 

覚醒した魔神の契約者は、憎悪に囚われている敵に向き合う。

 

 

倒す為ではなく、負のしがらみから救う為に。




シルバーの覚醒回です。

今までは触れた水を少しだけ操る程度でしたが、魔神のバロールの力で異能の力が協力になりました。


次回、竜化ヴォルザードとの戦いは決着となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十一話 救われぬ者を救う為

………この世界で、どれだけ苦しんでいる人間がいるのだろうか。

 

ヴォルザードはそんな事を考えた事があった。組織の仲間たちに言ってみたら、笑われた覚えがある。大袈裟じゃないか、と。

 

 

大袈裟ではない、自分にとって『禍の王』は救いだったから。きっと今も苦しんでいる人々を救済できる筈だ。

 

 

そう信じているからこそ、ヴォルザードは戦えるのだ。組織の為に、この世界の不条理に虐げられている者たちの為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬の間だが、意識が抜けていた。ヴォルザードはその事実を理解するや否や、視界内全てを萎縮させる程鋭い眼光を向けた。

 

 

「───下らない」

 

 

バックリと開いた口から覗くヴォルザードはそう一蹴した。目に見えたパワーアップを前にしても、彼は物怖じすらしない。

 

それ以上の力、世界を滅ぼして理想を体現する力が今の自分にあるのだから。

 

 

「その程度の力で太刀打ちする気ですか?少しパワーアップしたくらいでは、『ダーク・ムーン』の力には勝てませんよ」

 

「どうかな」

 

圧倒的な力を前にしても、シルバーまだ折れない。徐々に鬱陶しいと感じ始めてきた。

 

 

ボロ、と崩れた金属が地面に落下した。高いところから落ちた事もあり、大きな音と風を響かせる。

 

「………………あ?」

 

おかしい、そう思い自身の両手を見る。変化はない、あるのは自分が同調している巨竜の体だった。だんだんとその形を保てなくなっていた、制御が効かなくなったように。

 

 

「何故、何故だ!?体が崩れて、馬鹿な!まだ私は動ける!動けると、いうのに!」

 

巨体と同化していたヴォルザードにも分からない。いや、違う。ヴォルザードの以外の者には理解できていた。

彼が現実を直視できていなかったのだ。

 

 

「限界だ」

 

「なっ、なに、何を」

 

「お前自身は良くても、その体の方が限界なんだろう。大量の【ケイオス・ブラッド】で持たせてたみたいだが、その力を抑えきれてない」

 

ふざけたことを、そう否定しようにも出来ない。

シルバーの言うことは的を射ている。内包されていた筈のエネルギーが圧迫してきているのだ。

 

動こうとするだけで増幅してきた力に、内側から破壊されそうだった。

 

「お前の負けだ、どう見積もって制限時間をもう過ぎてる。これ以上続ければ死ぬぞ」

 

シルバーは掌を向け、静かに言った。

 

彼の言葉通り、巨体は瓦礫や鉄屑へと戻りかけている。最早、ヴォルザードの意思など関係ないと言わんばかりに。

 

 

 

────負け?私の、私たちの?有り得ない、そんな事が……!!

 

必死に否定材料を探す。しかし、彼の言葉は正しかった。故に受け入れそうになる。死んでしまっては意味がない、組織の為に戦えう事が────、

 

 

 

『俺の元に来るか?お前の家族も連れてきても構わないぞ』

 

──あの方はそう言って私を………私たちに救いの手を差し伸べてくれた。

 

追っ手として差し向けられた忍を撃退して逃げ続けるだけの生活。激しく衰弱していたヴォルザードは、その誘いを受け入れた。

 

 

──覚悟していた、この組織で道具のように使われる事を。しかし、弟と妹を養う為ならそれぐらい大したことないと思っていた。

 

 

『お前が新入りの…………ヴォルザードか?俺は覇黒だ、よろしく頼むぞ』

 

けど、『禍の王』の面々は私を見てくれた。道具としてではなく、仲間として。

 

嬉しかった、今までの空虚感が満たされたようだったのだ。

 

『ヴォルザードさん!色々教えて貰ってありがとうございます!これからも頑張るッス!』

 

『………あの、ヴォルザードさん。……こんな私でも戦えるでしょうか?』

 

ここが、『禍の王』が私の居場所だった。怒ったり、泣いたり、笑ったりして───抑えてきた感情を吐露できた。

 

 

───■■さま、覇黒さま、皆。そして、ウェインにベロニカ………私の弟と妹、心から愛する最後の家族。

 

 

待っててほしい、すぐに終わらせる。皆と笑える世界を作ってみせる……………だから、許してほしい。ずっと離れていたお兄ちゃんを。

 

………これが終わったら、一緒にいるから────

 

 

 

 

 

「────私の、私たちの邪魔をするなァァァッッ!!!」

 

 

絶叫と共に、激しい振動が起こる。

崩れかけた瓦礫が集まり、その形を変えていく。竜と思われたそれは、巨大な腕のある異形へと変化していた。

直後、ヴォルザードの肉体である金属の肉体から複数の破片が宙に舞う。

 

その破片は、光を反射する鏡だった。

合計八枚、雄叫びと共に放たれた無数の光が鏡に吸い込まれ、屈折させる。

 

 

「────な」

 

驚愕し声をあげる暇もなかった。

鏡は不思議な力で光を方向ねじ曲げ、光線を周囲に放ってきた。

 

無差別な砲撃となった極光が、麗王に届こうとしていた所でシルバーが前に出た。腕を振るい、空中の水の塊で防御する。

 

 

だが、直後光を消滅させた水が激しい勢いで蒸発した。光線の熱とぶつかったから、こうなったのだろう。が、それを見た後では悠長な事を言えない。

 

 

「水が…………どんだけの火力だよ!」

 

笑えないと言った様子で叫ぶシルバーの背中から展開された兵装アームが砲頭を向ける。

 

ゴバンッ!!!

 

放たれた榴弾は首を失った巨竜、剥き出しとなったヴォルザードへと突っ込んでいく。しかし、巨竜の腕が目の前でそれを払い落とすように薙いで爆発させる。

 

 

「…………反射し続ける事で、粒子エネルギーは強力なものへと変わっていく」

 

そう言うヴォルザードが腕を掲げる。彼の腕から放射された白い光が天井へと伸び、無数の鏡がそれを遮った。

 

八枚の鏡は全方位から光を囲み、八方体と化すその中で音が木霊する。キンキンキン!といった、何度も反響する音。

 

無数の鏡の中で反射しているのだ、水を蒸発させる程の熱量を帯びた光線が。

 

 

「それによる超高火力の砲撃───『粒子反物砲(ミラージュ・ドグマ)』。並みの人間には防ぐことすら出来ない、受ければ死ぬしかないぞ」

 

笑うヴォルザードの顔色が変わり、口から大量の血を吐く。肉体が今にも悲鳴をあげているのだろう、しかしそれを酷使している。

 

自分の死を、計画の為の歯車の一つと捉えているのだ。

 

 

「貴様らに明日はない、我が組織の邪魔になる者は排除する。私の命に換えてでもな!どうする?貴様らに何が出来る!?」

 

「………、そりゃあさぁ」

 

文字通り血を吐く絶叫を響かせるヴォルザードにシルバーは両目を伏せる。

 

 

彼の考えが読めたのだろう、それを知ったシルバーは一瞬だけ、気に入らないという風に顔を歪めた。

 

が、すぐに笑みへと塗り替える。圧倒的な壁を越えようとする挑戦者のような、挑むような色を含んだ笑みを。

 

 

 

「────こうするのさッ!」

 

ガシャガシャガシャ!! と全身を重火器で覆っていく。一つの固定砲台と化し、形容できない程の無数の砲撃とミサイルを巨体へと叩き込んだ。

 

が、巨体はダメージを押さえていた。それらに匹敵する程のワイヤーとケーブルが全てを撃ち落としたのだ。

 

 

「馬鹿が、こんなに弾幕を張って──────何になるッ!!」

 

その内の一本が、隙を狙い固定砲台の中心を穿った。だが手応えはない。血が流れた様子も見えない。

 

 

ハッと顔を上げたヴォルザードの両眼に、人影が映る。銀髪の青年が真上の宙へと跳躍していた。それほどの事をしてのける彼の才能には、大いに感心する。

 

 

(無数の重火器はフェイク、本命は弾幕の間に飛ばした自分自身………………しかし!)

 

「気付いてしまえば意味はない!撃ち落としてくれる!!」

 

空中にいるシルバーを狙い、ワイヤーとケーブルが殺到する。全方向からの迎撃、逃げ場なんてものはなかった。

 

最も、今のシルバーに逃げる気はないのだが。

宙に浮いたまま、彼は両腕を広げる。手を左右に向け、噛み締めるように口にした。

 

 

「シグナムブレード───」

 

両手に水が一気に収束する。空気中全ての水分を取り込み、質量を増していく。

 

それを掴み、手に纏わせて───全方位へと薙ぎ払う。

 

「クロス・エッジ!」

 

薄い青色に輝く刃が、抉り取ろうとしてきたワイヤーを切り裂く。何回か回転し、足場の少ないケーブルの上に着地したシルバーは休むことなく走り出す。

 

 

(馬鹿な………!鉄をも穿つ硬度だぞ!?易々と斬れる訳が────ッ!)

 

歯噛みしながら、ヴォルザードは不敵に笑う。既に光熱は破壊力を高めた、後は当てるだけで良い。しかし外せば装填には時間が掛かる。

 

故に確実に仕留める。まずはその厄介な動きを封じるのだ。

 

 

「ッ!」

 

ハッとした様子で右腕の掌を天に仰ぐ。白い光が腕の所々から伸び、一本の閃光の腕となる。激しい熱を放出する光が、腕となって水の壁を横に払った。

 

 

バジュ! ズパァッ!!

 

水は一気に沸騰し、そして激しい水蒸気となって辺りに吹き荒れる。水の壁を、目眩ましのように使ったのだろう。

 

小賢しいと思いながら、ケーブルを辺りに伸ばす。壁や床など周りの全てを斬りつけ、破壊の痕を増やしていく。

 

それでも反応がない事に苛立ちながらも、ヴォルザードは平静を保とうとする。手足の様に操ったケーブルが水蒸気の煙幕を払っている、いずれはその姿を見せるだろう。

 

 

 

ひゅッ! と軽い音が響く。

 

咄嗟の事に、ヴォルザードは反応出来ずに────飛来した水の刃が首を切った。

 

 

激しい鮮血が傷口から噴き出す。呆然としたヴォルザードが水の刃を掴もうとする中、視界の中にいたシルバーのを捉えた。

 

勝利を確信した顔つきだった。宙に浮いた状態で此方を見ており、すぐさま止めを差して来そうだった。それを見たヴォルザードの顔が歪む。

 

 

しかし、それは目に見えた敗北からのものではない。

 

 

 

 

「────首を切れば、殺せると思ったか?」

 

生々しい音が、ホール内に響いた。

 

空中にいたヴォルザードを、ケーブルが貫いたのだ。一本だけではない、変則的な動きで、何本も彼の胸と腹をぶち抜いていく。

 

ばっくりと千切れそうになった首を軽い手で持ち上げるヴォルザード。その傷口から黒い液体が泥のように溢れる。

 

「生憎ですが、【ケイオス・ブラッド】の力を嘗めて貰っては困りますね。完全に切断されてなければこんな傷、数秒で再生出来ますよ」

 

痣のようになった【ケイオス・ブラッド】が生物ように鼓動する。絶対的な力を支える神の物質の名は伊達ではない。一瞬にして傷が治った首を触りながら、ヴォルザードは串刺しになったシルバーに目を向ける。

 

 

「さぁ、顔をあげてくださいよ。最後に絶望する顔を、この私に目に焼き付かせて─────」

 

「あー、そりゃ無理くさいよなぁ」

 

未だ元気そうな声音に、余裕が消えるヴォルザード。その声が目の前にいる串刺しにした青年からではなく、後ろから声がしたからだった。

 

振り替える間もなく、後方に向かって腕を払う。しかし、後ろにいる人物は軽く避けたらしく虚しく空振るだかだった。

 

銀髪の青年が宙を舞う姿を目にする。重要なのはそこではない、その青年が無傷だということだ。

 

更なる疑問が、ヴォルザードを襲っていた。理解しようとも出来ない程の混乱が、平静を奪っていたのだ。

 

 

「どういう………ことだッ!?先程、全身を貫いたというのに!!」

 

「ハメたんだよ、よーく見てみろよ」

 

指を差してる方向を見て、ヴォルザードは目を見開く。

 

 

未だにケーブルに串刺しにされた青年の姿。だがその姿は靄のように揺らいでいた。そして周りに見えていた水蒸気が視界の隅に映る。

 

不可解な現象に────正解とも言える答えを理解する。

 

 

(………蜃気楼ッ!!)

 

「私が蒸発させた水で自らの蜃気楼を、フェイクを作ったのか──!」

 

「当ーたりっ。それじゃ、とっと終わらせて貰うぞ」

 

 

何を………と言う前に、その巨体が揺れた。胴体の部分を砲撃されたのだ、フェイクとして認識していた砲台に。

 

首の部分にいたヴォルザードも吹き飛ばされそうになるが、肉体は既に固定されてるためその心配はなかった。

 

そして煙の晴れた先をシルバー見据える。一瞬だけ照らされたそれが、勝利を納める為に重要なものだったのだ。

 

 

「やっぱりあったな、弱点が」

 

砲撃により剥がれた装甲の間から、透き通った透明な球体がケーブルに繋がれていた。

 

それは(コア)だ。【ケイオス・ブラッド】によって動かしている『ダーク・ムーン』の力の根元。黒の結晶の生えたそれを完全に破壊すれば、ヴォルザードも勝てなくなる。

 

 

それもあり、ヴォルザードの抵抗は全力によるものだった。

 

 

出し惜しみなどしない、巨腕を、ケーブルやワイヤーの触手を、光線を、問答無用で使用する。

 

そんな地獄を、シルバーは潜り抜ける。光線に髪の数本が焼かれようと、ケーブルが頬や体の至るところを掠ったとしても、彼は止まらない。

 

全ての攻撃を避けきったシルバーは休まない。剥き出しとなったコアを前に、そんな事をしている暇はないのだ。

 

そして右腕の先にある水刃を振るう。有るだけの力を込めて、叩き斬った。

 

 

ガッ─────キィン!!

 

水を纏った刃が、結晶へと変貌している球体を勢いよく叩く。ジジジ……!と水の表面が高速で動き、球体を切り裂こうとしている。

 

まだ切れない、水の刃はこれ以上進まない。そう判断したヴォルザードは再び光線の収束させる。

 

今までとは違う、洒落にならない程の熱量の閃光を。

 

 

「おおおおおおおおおおォォォォォあああああああああああああああああああああああァァァァァ!!!!」

 

 

 

今度こそ、ケーブルとワイヤーで身体を貫いて動きを押さえる。そのまま何十にも屈折させた超高温光線で心臓ごと胸を分断するのだ。

 

 

 

しかし、それよりもシルバーの決断は速かった。

食い込んだ右手の刃に、左手の刃を叩きつけたのだ。グン!と止まっていた刃が更に食い込み、ギギギギと刃をかたどる水分が加速していき、

 

 

「|Ω(オメガ)スラッシュ!!」

 

 

真ん中まで切り進んだ刃はそこで乖離し、四方向へと水の刃を展開した。外からではなく、内側から。脆い部分からの攻撃に、コアは何も反応することなく砕けて、消滅する。

 

 

 

 

 

 

「あ、あ…………あぁ」

 

 

消える、消えてしまう。世界を滅ぼす程の力が、理想を体現する力が。

 

 

巨体が一気に膨れ上がる。もう限界だったのだ、もう『ダーク・ムーン』の力を抑える事が出来ない。

 

ボゴ! バゴメゴボガッ!!

 

金属や鉄で形作られた肉体が凹んだり、脹れたりする。制御が利かなくなったエネルギーが暴走していたのだ。その殻を破り、周囲を飲み込もうとする。

 

 

 

【「─────あ゛あ゛あ゛ァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」】

 

そして、エネルギーの塊となった巨大な光の柱が天空に伸びる。辺り全てを吹き飛ばす程の爆発が、シルバーを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

ズン…………!! と一際大きな震動が起きる。

 

雪泉とプラチナに迫るのは、結晶を操る男。黒影の孫であり、その祖父の遺したものを奪おうとする者。

 

そんな人物ですら、攻撃の手を止めた。彼にですらその振動は

 

 

その目の前の床から、強大な光の奔流が突き破ってきたのだ。一つだけではない、それに続いて何本もの光が溢れ出してくる。

 

それを目にした覇黒は怪訝そうに顔をしかめるが、すぐさまその顔色を変えた。

 

 

「ヴォルザード……まさか、やられたのか……?!」

 

その声は届くことはない。

ズズズズズ!!! と建物そのものが大きく揺れた。地下で起こっていた事が原因だろうが、そんな事を気にしてる余裕もない。

 

 

「プラチナさん!」

 

「………あぁ、ここはもう崩壊するだろう。早く避難するぞ」

 

二人はそう判断し、この施設からの脱出を行おうとする。しかし雪泉は歩みを止め、後ろの方を見た。

 

 

そこで俯いていた覇黒が顔を上げる。口を引き裂いて笑っていた、自暴自棄などではない。

 

高らかな笑い声を響かせながら、覇黒は目を向ける。鋭い目付きで、雪泉の姿を終始捉えていた。

 

「ハハハハハハハハハ!!そうか、そうか!認めよう!今回は俺の負け、俺たちの敗北だ!」

 

「………」

 

「だがまだ終わってはいない、次で決めるとしよう。お前との決着を!それまで楽しみに待ってるぞ!雪泉ィ!!」

 

それ以上、言葉は紡がれなかった。天井の破片が目の前に落下し、砂煙で視界が見えなくなる。

 

少し目を離した隙に、覇黒は影も形も無くなっていた。どうやって姿を消したのか分からない。だが、そんな事を考える暇もなかった。

 

不審に思ったプラチナに促され、雪泉は出口へと向かった。

 

 

 

 

崩落の影響が、地下にまで響いてきていた。巨大な瓦礫が幾つも落下してきて、轟音と砂塵を散らせる。

 

エネルギーの奔流を受け、全身を叩きつけたシルバーが起き上がる。水を纏った状態は既に解け、元の姿に戻っている。

 

骨が砕けた、呼吸が辛いところを察するにあばら骨もイカれてるだろう。動かない方が楽になれる筈だ。動いても楽になれる、激痛の後に何も感じなくなるが。

 

 

「……後は、自分が出るだけか」

 

見れば、自身以外誰もいなくなっていた。麗王たちも自力で脱出できるとは思えなかったが、この現実がそうだとしか表すことが出来ない。

 

しかし、今の自分には無理だろう。

元より先程の戦いの疲れと傷がある、そんな体で崩れる施設からの脱出は不可能に近い。

 

 

「───関係、あるか」

 

シルバーは血の塊を吐きながら、立ち上がる。動くだけで砕けたあばらに肺が圧迫されて、苦しいというのに。

 

 

「オレが死ぬのは………歳食ってからだ。やりたいこと色々してから、存分に死んでやるよ」

 

壁に寄り添いながら、彼は脱出するために歩き出す。立ち上がることも出来ないなら、例え這ってでも生き残って見せる。

 

まだやる事があるのだ。仲間たちに言ってない事実を告げる、最低でもそれをするまでは死ぬ気はない。だがそう言ったとしても、何も変わらない。このまま崩落に巻き込まれて死ぬという運命も簡単には変えられない。

 

 

 

 

「────そうさ、諦めが無いのはいいことだよ」

 

しかし、ここで運命は彼に味方した。

 

自身の言葉を肯定する声を聞いて、シルバーはハッとする。

聞いた事もない声だった、そもそもこんな声の人物が戦闘の際にいただろうか?

 

 

そう思うシルバーの視界に、一人の女性が映った。

 

艶のある腰より先まで伸びた長い黒髪。首に赤いスカーフを巻いた希に見ない美貌の持ち主である女性。

 

常人ならそれだけしか思えないが、シルバーはある事に気付いた。

 

 

(あれ?あの顔…………誰かに似てる?)

 

彼女の顔立ちに、何か感じるものがあったのだ。記憶の何処かで覚えがある。つい最近、見た気がしたのだが。

 

 

 

しかし、そんな考えを知らないと言った様子で女性は壁に寄り掛かったシルバーを一瞬にして担ぎ上げた。明らかに普通の女性が持つ力ではない、そもそも元忍のシルバーが気付けない時点で異常ことだったのだ。

 

 

「他の娘たちなら安心しなよ、全員助け出したからね。さっき助けた金髪の娘も」

 

「………誰、だ?お前……いや、貴方は……」

 

「今は楽にしときな、舌を噛むよ!」

 

名も分からない女性はシルバーを軽々と担ぎ上げ、軽い様子で跳躍した。凄まじい勢いで瓦礫の雨を回避し、地上へと移動していく。

 

そのまま激痛もあり、シルバーは完全に意識を失った。謎の女性に担がれたまま。

 

 

 

こうして、禍の王の脅威は無力化された。一度ならず、二度までも。




次回、この章の終わりとなります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十二話 終幕

この度、『閃乱カグラ ケイオス・ブラッド』は皆様の応援もあり、一周年を迎えることができました!

この小説を愛読してくださる皆様、本当にありがとうございます!

これからも是非ともよろしくお願いします!



『───お疲れ様、随分と頑張ったらしいじゃないか』

 

 

意識を失った筈のシルバーは、その声を聞いて疑問を抱いた。声の主はバロール、理知的な女性───かつて自身が作り上げたチームと同じ名を持つ『魔神』。

 

何でお前が、そう言おうとして声が出なかった。喉からは音も響かない、そもそも肉体というものを確認できない。

 

 

『あぁ、これは言葉を残してるだけだからね。一々会話できるようにするのも面倒だし、君には理解できると思っているよ』

 

よくよく周りを見渡すが、バロールの姿らしきものは見えない。ボイスレコーダーのようで便利だな、と素直に感嘆するシルバー。

 

そして、バロールは本題へと移る。

 

『伝えること、それはボクとの契約内容だ。これを叶えるのに何十年掛かっても構わない、でも死ぬまでには叶えてもらうよ。それほどの事だからね』

 

まぁ、契約は契約。後から文句を言うのは筋が通らないだろう。

 

 

 

『ボクら魔神を皆殺しにした怪物────■■を殺して欲しい』

 

ヒュッ と喉が詰まりそうになった。悪忍時代に聞いた事がある存在の名に、シルバーは既にしてしまった契約を激しく後悔する。

 

 

 

 

 

 

 

「───!」

 

「────ぁ!」

 

少女の声が響いてくる。だが、内容まではよく聞き取れない。

 

「───シルバーさま!」

 

「ワッハイッッッッ!!!!」

 

 

………意味不明な叫び声と共に跳ね起きたシルバーに、少女たちは沈黙するしかなかった。そもそも、目の前の出来事を処理しきれなかったのだろう、キョトンとしていた。

 

ようやく現状を理解できたシルバーは、近くにいた少女たちの顔を見て安堵する。

 

 

「麗王!無事だったか、よく逃げ………あばッ!」

 

「動かないで。何本か骨が折れてるから、安静にした方がいいわ」

 

黒母衣はシルバーの腹の部分に手を添えながら、静かにそう告げた。そういえば骨折れてたな、すっかり忘れてたと感じるが、それほどまでにあの魔神から告げられた『内容』が衝撃的過ぎたのだ。

 

 

 

 

 

 

「お願いします、どうかゾディアック星導会に戻ってきてください」

 

 

 

 

率直言って、麗王からの誘いは断った。どうしてか、と問い詰められたが、今更その意思を変えるつもりはなかった。

 

 

『やる事がある、やらなきゃならない事があるんだ。オレの手で終わらなきゃいけない』

 

そうだ、戻る資格の問題ではない。まだ戻る訳にはいかないのだ。

 

やるべきことを終わらせなければ、そんな事は許されないだろう。だからこそ、今ここは別れるべきだ。

 

決意が固い事に気付いたのだろう、麗王はすぐに引き下がった。本当に悪い、と謝罪する。前から迷惑を掛けてばかりだ、だからこそやることは確実に終わらせるつもりなのだ。

 

 

立ち去った麗王たちが見えなくなったと同時に、足音が聞こえる。振り替えると、一人の少女が駆け寄ってくるのが見えた。

 

 

「ん?雪泉?ここに来てたの………………何、どしたの?そんな辛気臭い顔して」

 

シルバーが声を掛けると、雪泉はビクリと肩を震わせた。それを目にして、何かおかしいと感じ始める。いつもの彼女とは様子が明らかに違う。

 

そんな彼女は「シルバー」と彼の名を呟く。

 

 

「貴方が悪忍だったというのは、本当なのですか?」

 

 

 

─────え? と思考が止まりかけた。

頭を鈍器で殴り付けられたような重く脳が揺れるが、何とか落ち着きを取り戻す。

 

何故、と心の中で反復しながら、彼は彼女に答えた。

 

 

「………あぁ」

 

「なら、お祖父様が悪忍だった貴方の両親を殺したというのも……」

 

「そうらしいね、昔の事だから覚えてないよ。

 

 

 

それで、何が言いたいワケ?」

 

触れられたくない事実に触れられた事に、シルバー自身緊張の感じを悟られないように告げる。自分の口から出た言葉は、酷く平坦とした声だった。

 

 

対して、雪泉は言葉が出ないのか何も言わなかった。

 

「………お祖父様を許して欲しい、なんて簡単には言えません。私は貴方に糾弾されても仕方ないです───お祖父様と同じように、悪を滅ぼそうとしてたんですから」

 

 

 

 

しかし、

 

 

「ハハハハハハハハ!!何だ!そういうことか!深く悩んでたオレの方が馬鹿だったワケか!!ハハハハハハハハハ!!!」

 

おかしいと言ったくらいに大きなシルバーの高笑いが響く。どこにも笑う要素などない、あまりの事に雪泉は戸惑っていた。

 

その答え合わせを、シルバーは告げる。

 

「オレは復讐なんてサラサラ考えてないよ、考えてたらもっと前にやってる」

 

「で、ですが………」

 

「そもそもさ、心配してたよ。自分が仲間として居ていいのか、ってね」

 

ずっと考えていた。逃げてきたとはいえ悪として生きてた自分が、正義の側にいる彼女らと共にいれるのかと。

 

住む世界が違うと思えるほど、雪泉たちは輝いて見えたのだ。

思えば、最初に会った時から自分は嫉妬していたのだろう。何故今まで忍を捨て去ってまで生きてきた自分より、綺麗事を語る少女たちの方が綺麗に見えるのだろう、と。

 

 

そう思い続け、憧れてた事に気付いた。だからこそ、彼女たちと共に過ごした日々は忘れられない。

 

 

ずっと魔神の名を騙りながら国の犬として動いてた時にこびりついてた穢れの数々が、少しだけでも減ったと思っていた。

 

 

「……本当に、そうなんですか?」

 

「おうよ、まさか今から『その通りだ!オレの復讐の為にここでシネー』とか言うと思う?」

 

疑わしそうに聞いてきたが、シルバーにはそもそも彼女たちに復讐する理由は何一つもない。

 

過去に大した拘りもない。あるとすれば出来なかった事を果たすぐらいだ。

 

それを投げ出して彼女たちを倒して親の仇を取ったとしても、両親は喜ぶ訳がない。なら最後まで望んでくれたように思うがままに生きてやる。

 

 

しかし、雪泉は何かを考えたように黙り込む。悩んだ結果、彼女は重要なことを聞くことにした。

 

「私は………私たちは貴方にとって何ですか?」

 

「仲間でしょ、それ以外に何か?」

 

やはり、答えもすぐに出てきた。

 

 

「………あ、でも待てよ。もしかして雪泉から仲間じゃないとかハッキリ言われたら死ぬ、間違いなく死ねる。だから切実にお願いしますと否定しないでくださいなんでもしますから!!」

 

 

……結局、こんな時でもこの男は変わらなかった。だがそのお陰で、シンミリとした重い空気は緩和されている。

 

けど、彼女は何かを言いたそうにしている。

 

「シルバー、私は────」

 

「だからさ、笑顔になろうよ雪泉」

 

 

雪泉は驚いた顔で、シルバーの顔を見た。何とも言えないような、恥ずかしいのだろうか頬を掻いて目線を反らす。

 

しかし、駄目だと思ったのかシルバーはちゃんと雪泉の顔を見詰めて言葉を続けた。

 

「黒影の爺さんに見せるんだろう?雪泉たちの正義を。ならただの悪を討つだけの正義じゃない、この世界の皆が笑顔になれるようにするんだ。美人の笑顔だから、悪いこともないさ。オレも役得だし」

 

「………///」

 

羞恥の色に顔を染める雪泉。シルバーはそれに全て気付いているが、敢えて何も言わないことにした。

 

前に口を滑らして、恐ろしい目に合った事は身に染みている。策士(?)は同じ轍を二度は踏まないのだ。

 

 

「良し!この件も解決ってワケだ!さっさと他の皆と一緒に帰ろう───」

 

そう言って雪泉を連れて、他の皆の元へ戻ろうとする。色々と疲れた、しかも骨も折れてるから肩を貸して貰おうと頼もうとして、

 

 

 

「─────もういいかい、あまり待たせないでくれよ」

 

後ろから声を掛けられ、振り替えると女性が此方を見ていた。その特徴から、先程助けてくれた女性だとシルバーは気付く。

 

その女性は笑みを浮かべながら、何かを手に取る。最早棍棒ぐらいの大きさのモノ、キセルと思わしきそれを両肩に乗せる。

 

動きで分かった、彼女は自分達とは違う次元にいる人物だ。離れている夜桜たちを呼んだとしても、勝てる未来が浮かばない。信頼するべき勘が、沈黙という形で抵抗の無駄を示していた。

 

 

そして女性は気軽そうに口を開く。次に出てきたのは、自身の名前だった。

 

 

「アタシはジャスミン。早速だけど、着いてきてもらうよ。アンタたちに用があるからね」

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、崩落して塞がれたと思われていた施設の地下には少しだけ空間が出来ていた。大きさは民間のホールぐらい、結構空いている。

 

 

「───やれやれ、ここまでやってくれるとはな」

 

三人の少女を引き連れた男は呆れたように瓦礫の中からある物を見つけ出した。何か機械の破片のようなモノ、ヴォルザードに取り込まれた『ダーク・ムーン』の一部を。

 

 

「けどよぉ、何でこの兵器の力を使ってたヴォルザードってヤツは負けたんだぁ?」

 

そんな中でも同じように瓦礫を動かしてる(両手のバチで吹き飛ばしたりもしてる)少女が不思議そうに呟いた。

 

彼女たちから『先生』と呼ばれ、慕われていた男は「簡単だ」と彼女たちに指摘する。

 

「あれは世界を滅ぼす為に造られた兵器。人の身には手に余ったのさ、それに大いに状況が状況だ。ヴォルザードと名乗ってた彼も、あの兵器のエネルギーを制御しきれなかった」

 

教え子たちに説くように、彼の言葉は少女たちを納得させていた。『先生』と呼ばれるのは伊達ではない。

 

 

「それにしても、いち早く月の光を溜め込めば良かったじゃない。【禍の王】はそんな脳もなかったのかしら」

 

「しないのではなく、出来なかったのかもな」

 

三人の中で、一番幼い少女の発言に『先生』はそう補足する。しかし、気掛かりなことがあるのか色々と考え始めた。

 

 

「………確かに、そう思えば納得はいくな。半壊していたとはいえ世界を滅ぼす兵器だ、一般の構成員が使うにしては荷が重すぎる」

 

せっせと瓦礫掃除をしながら、男は自身の考えをまとめあげて────決断する。

 

 

「───帰るぞ」

 

「「はぁ!??」」

 

瓦礫の山に背を向けて立ち去ろうとする男に二人の少女は声をあげる。もう一人の少女は、分かったっす! と元気そうな声で男の後ろを着いていく。

 

戸惑いながら彼に抗議の視線を向ける二人に、「これ以上は時間の無駄だ」とキッパリと切り捨てる。

 

 

男は、歩きながらその理由を口にした。サラリと、とんでもない情報を含んだそれを。

 

「奴等の目的は既に達成していたみたいだ。だからこそ、『ダーク・ムーン』を捨て駒のように使ったんだろう」

 

 

ほら、さっさと帰るぞ と言う男に続いて、三人の少女たちは用の無くなった廃墟からその姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、木に体を預けたように倒れていた。そう自覚したヴォルザードは激痛の響く肉体を動かし、何とか立ち上がる。

 

何が起こったのか、考える間もなく情報が頭の中に流れ込む。いや、これらは記憶だ。先程まで体験した事象を認識し、ヴォルザードは理解した。

 

─────負けた……のか?

 

 

生涯始めての感覚にヴォルザードは身を震わせる。これが敗北を味わった感情───にしては少し違った。

 

 

(何だ?………何故こんなに落ち着いている?)

 

不思議と満ち足りたような気分だったのだ。とても失敗してしまった状態とは思えないくらいだ。

 

 

───誰かの為に戦った青年のお陰で、ヴォルザードはようやく何か大切なものを思い出せたのかもしれない。

 

 

「………、」

 

何とか近くの木に手をつけて立ち上がる。最悪、体力が尽きかけているが、それ以外は問題ない。

 

すぐに組織に戻る、仲間たちや残した家族に会うためにも。ヴォルザードはよろめきながらも、一歩踏み出した。

 

その時だった。

 

 

 

 

「────ハハッ、神の兵器を上手く使えずにこの(ザマ)とはなァ。………ハッキリ言って生き恥だな、オイ」

 

 

すぐ真後ろから聞こえた。咄嗟に自らの反射神経を使い回避しようとするが、瞬時に胴体を切られた。近くにあった木々もまとめて切断される。

 

 

地面に転がり、蹲ったヴォルザードは胸元を押さえる。切り口を押さえる指から命を象徴する液体がドロドロと溢れる。自らの死を感じ、心拍と呼吸が激しくなっていく。

 

 

顔を上げて見ると、目の前に一人の男が立っていた。一本の刀を肩に乗せ、地に伏せたヴォルザードを見下ろしている。

 

何者かは分からないが、何処に所属する者かは分かった。

 

 

「………『混沌、派』っ!」

 

「ほぉ、気付いたか。俺はアルト、《王》の命令でテメェの止めを差しに来ただけだァ」

 

「………ば、何の……つもりだ!?……互いに不干渉の、停戦協定を………張っていた、ろうがッ!」

 

「バカかテメェは。もうその必要もねぇんだよ、俺の手を煩わせるな間抜け」

 

 

ザン!と鞘に入ったままなのにも関わらず、地面に突き刺さる。何故鞘が、と思うのが普通だが、先程もヴォルザードの体と近くの木々を切り裂いたそれは、普通のものではないのがよく分かる。

 

片手の指で柄を押しながら、苛立たしさを隠そうともせずに不快感を露にしていた。

 

「こっちは『巫女』の確保の失敗、挙げ句には裏切り者を出す始末だ。忙しいったらありゃしねェ」

 

「……『巫女』だと?」

 

「ハッ、死に間際だ。少しだけなら教えてやる」

 

杖のように突き刺した刀から手を離し、大袈裟そうに仕草をし始める。

 

敵を前にした行為ではないと思うが、それほどの強さがあるのか、瀕死のヴォルザードが勝てるとは思ってないのか。どちらにしろ相当の自信があるのだろう。

 

 

「俺ら『混沌派』は真なる杯、本物の聖杯を確認した。かつて起きた聖杯事変の物とは比べ物にならない代物だァ」

 

「それと『巫女』、何の関係がある?」

 

アルトは、口を引き裂いて面白そうに告げる。

 

「──、それが今代の『巫女』。三賢者が自らの死と共に封印した聖杯の為の生け贄、俺らの野望に必要なんだよォ」

 

微かに風が響き、一部がかき消された。しかしヴォルザードは聞こえたらしく、目を見開いて驚愕していた。

 

その少女の名を聞いた事があった。つい最近、『聖杯事変』に巻き込まれていた忍たちの中に、その名の少女がいたのだ。

 

「……その少女を、どうするつもりだ?」

 

「言わなきゃ分からねェか、破壊と混沌の為に使ってやんだよ」

 

「そう、か」

 

ヴォルザードは口からボタボタと血をこぼす。切られた傷口から命が流れ出る、体力もケイオス・ブラッドにより削られている。

 

限界だと言うのに、彼の覚悟は衰えない。未だ敵意の消えない眼光向けられ、アルトの方が鬱陶しそうに嘯く。

 

 

「………まだ抗う気か?馬鹿な奴だ、大人しくした方がマシだってのによォ」

 

「黙れッ………」

 

近くの大木に背を預けながら、ポケットに手を入れる。右手の指に小型ナイフを挟み、何時でも投げられるように構える。左手に大きなナイフを構えた。

 

 

ヴォルザードは判断したのだ。この男がいる組織は危険だと、このまま見逃せば沢山の悲劇を生み出す。それは自分たちとは違う、破壊のままに尽くす────まさしく『災禍』。

 

 

 

 

世界を滅ぼすと誓った彼は、善性を信じて動いた。倒すことは出来ないなら、この男だけでも無力化する。確固たる意思を以て、ヴォルザードは戦いを望んだ。

 

 

「お前たちの思い通りにはならない、必ず打ち倒す者が現れる!その為に!命を掛けてでもお前たちを止めて見せるぞ!『混沌派』ァ!!」

 

そう叫び、小型ナイフを投げつけ、ヴォルザードはサバイバルナイフを手に疾駆した。無策という訳ではない、飛ばした小型ナイフは変則的な動きでアルトに飛んでいき、回避もしくは打ち落としたと同時に左手のナイフで切り裂く。

 

 

その連撃を前に、アルトは溜め息をつく。残念だと呟き、刀の柄に手を伸ばす。

 

 

 

 

そして、爆発のような轟音と共に決着を迎えていた。

 

 

 

 

「…………最後に教えといてやらァ」

 

 

砂煙が晴れ、ようやく視界が完全に開く。勝者は悠々と立っており、敗者は凄惨と化した現場、大量の血の池で仰向けになっていた。

 

そして、勝者はあっさりとした態度で鞘に付いた血を払いながら立ち去る。ついでと言わんばかりに、言葉を残して。

 

 

「善人だからって長生きできねェ、生まれ変わったらそれを覚えとけ」

 

 

 

 

 

ズルズル、と動くものがあった。ボロボロの体を無理矢理動かして、

 

 

「あ…………ば、っ……」

 

敗者となったヴォルザードは死にかけの体で這っていた。何とか助かった────訳ではない。右腕は肩から無くなり、

 

 

 

しかし、負けたからといって、簡単に折れてはいなかった。

 

 

「…………伝え、なくて……は」

 

 

地を這いながらヴォルザードは呟く。途切れ途切れの言葉、呼吸の代わりに尋常じゃない程の量の血が吐かれる。

 

何処まで這ってきたか分からない、少しだけかもしれないし、大分進んだのかもしれない。

 

 

 

 

組織の人間としてではない、たった一人の人間として彼は動いていた。

 

 

「『巫女』の、少女を……………助け……る、だ──」

 

 

そう言って、ヴォルザードの目から光が消失する。力が抜けたように崩れ、それ以上動かなかった。

 

 

そして雨が降り始める。道のように続いた血の汚れを洗っていく。物言わぬ男性の死体を残して。

 

 

 

 

 

 

 

最近見るおかしな夢、それが紅蓮の悩みだった。

 

視点は自分のもの、しかし何処か変な感覚が抜けきらないのだ。まるで、今まで自分に似合った甲冑を着けてきた侍が、西洋の鎧を纏ったような気持ち悪さ。

 

その夢では、自分は善忍だったらしい。どういう風に生きてきたかは分からない、ノイズや雑音が走り記憶の全てが妨害されていた。

 

 

『───私は両■、貴方の先■に■るわ。よろ■くお願い■』

 

 

ただ、憧れてる人物はいたらしい。名前はいつも聞き取れなかったが、自分が視界共通している『誰か』は心から尊敬していたそうだ。

 

 

 

夢の終わりに、その『誰か』の姿を目にする。第三者の視点のように切り替わってから、何度も見た光景に変わった。

 

 

───自分とそっくりと言っても過言でもない青年。そんな彼が、『また』死んだ姿が紅蓮の眼に写る。

 

 

 

 

そして、毎度そこで目が覚めるのだ。相変わらずの気分の悪さに吐き気がして堪らない。焔たちはまだ寝ている、時間からして朝の四時頃だと推測する。

 

だがやはり、気になるものは気になる。

 

 

「…………誰だ?」

 

紅蓮の呟きに答えるものはいない。震えながら、近くにあった鏡を見る。

 

 

映ったのは灰色の髪をした青年、自分の姿。しかしナニかがおかしかった。

 

いつもと変わらない自分が、夢の中の『誰か』と重なる。

 

 

「誰なんだ…………俺は」

 

 

その問いに、誰も答えない。鏡に移る『誰か』も、何も口にしてくれない。仲間たちに悟られぬように、紅蓮は立ち上がって外の空気を吸いに出ていった。

 




次回予告!



4.2章《理を越える王 story the FLAME&DARK》、来週投稿!


次回もよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.2章 理を越える王 story the FLAME&DARK
八十三話 暗躍する混沌


新しく新シリーズに入らせて貰います!


今回の章は焔紅蓮隊と秘立蛇女子学園編です!


とある山奥の中の洞窟。

 

忍たちからの追跡から逃れている焔紅蓮隊の拠点。そして自分たちの住む場所。

 

 

そこで紅蓮は料理を作っていた。この中で最もちゃんと作れるので、料理係りとなっている訳なのだが。

 

「あら、紅蓮?顔色が悪いわね、寝不足かしら?」

 

「………いや、最近悪い夢見てて。大丈夫だから、気にしないでいいよ」

 

紅蓮の顔に心配の声を掛けたのは、拠点で寛いでいる春花。普通ならバイトの時間なのだが、彼女は先日バイトをクビにされている。

 

他にも休暇で落ち着いてる二人がいる。趣味のネット小説のアイデアの為か寝っ転がってる(ツルペタ)の未来と、紅蓮の膝に頭を委ねている無感情系の日影。

 

暑苦しい副リーダーの焔とモヤシ愛好家である詠は外に出掛けている。色々とやることがあるらしいのでそんなに気にしないが。

 

 

そう考えてる中、他の二人も紅蓮の顔を覗き込んできた。春花の発言に気になったのだろうが、案の定心配してきた。

 

「紅蓮さん、本当に大丈夫なんか?なんか悩みがあるんなら相談に乗るで」

 

「見なくても分かるけど、アンタ凄い顔よ。後で薬でも買ってくるから休んでたら?」

 

「……二人とも、ありがと。勿論大丈夫だよ、起きてたら落ち着いてきたから」

 

嘘ではないので、二人にも何とか引き下がってもらった。

 

紅蓮の不調の理由は、最近見る夢が原因だった。

 

自分と同じ容姿の人物の過去、そして彼が死ぬ光景。全てが脳裏に焼き付いている。説明しろと言われたらハキハキと答えられるほど。

 

そんな考えも一瞬で吹き飛ぶことになる。何故なら、

 

 

 

「お前らぁーーーーーッ!!!」

 

焔、このチーム『焔紅蓮隊』の副リーダー。そんな彼女は謎のセンスのシャツを着ており、今現在大声を上げて洞窟内に入ってきたからだ。

 

 

さて、問題。こんな洞窟の中で大きな声で叫んだら、中にいる人たちはどうなってるでしょうか?

 

 

「うるさッ!?何なのよいきなり!?」

 

「耳が……!凄い響くッ………!!」

 

結論的に未来も耳を押さえ、焔を睨み付ける。ガタガタと震える紅蓮は手遅れだったらしく、ガンガン!と鼓膜の奥に響き渡る反響音に顔をしかめていた。

 

「あら、焔ちゃん。もう帰ってきたの?買い物は終わったの?」

 

「いや!途中で帰ってきた!お前たちに伝えたいことがあったからな!」

 

何時にもなくご機嫌そうな焔に紅蓮はおかしいなと思う。彼女、焔は勝負しないと文句を言うくらい不機嫌にはなる。そして、今は普通にないくらい嬉しそうな笑顔だ。

 

その理由は、彼女の口からアッサリと告げられた。

 

 

「実はこの焔紅蓮隊に入りたいって言う奴がいたんだ!」

 

「ふーん、なるほ……………ん?!」

 

言ってる途中で内容をよくよく理解して驚愕する。自分たちの名を知ってる、焔がバラしたという可能性は目に見えて少ないだろう。大方、裏社会で生きる者だろう。

 

 

……だが、忍たちから追われている抜け忍の集団に入りたがる此方側の人間なんているのだろうか?

 

 

「何と言うか抜け忍らしくてな。一人だとやってけないから入れって欲しいって言われたんだ」

 

「………焔ちゃん、他に何て言われたの?」

 

「“貴方たちみたいな優秀で格好いい忍の元で行動したいですが、駄目でしょうか?”って。そんな事言われたらさ~、否応なしに入れようと思って~」

 

「見事に乗せられてるじゃない!?」

 

そう未来は指摘するが、もう今更なので気にしない紅蓮とそもそもそんなに反応しない日影(感情が無いらしいので)。

 

そんな日影も疑問に思ったことがあるらしく、焔に聞いたみた。

 

「それで、焔さん。その入りたいのは何処にいるん?」

 

「フッフッフッ、既に入口で待ってるさ!」

 

「………連れてきたのか。抜け忍だよね俺たち、自覚ある?」

 

………最近たるんでるとか叱咤してた焔だが、修行のしすぎで頭のネジの方がたるんだかな? と紅蓮は辛辣な評価を下す。この男、以外と毒舌になってきてる次第だ。

 

焔がそう言うと同時に、足音が聞こえてくる。全員が不審そうに入口を見ると、

 

 

「────始めまして焔紅蓮隊の皆様」

 

突如として入口の方に立っていた青年は、丁寧な礼儀作法を紅蓮たちに披露した。まるで一介の執事のように整った態度に言葉遣い、そして容姿。

 

薄い金髪をポニーテールのように束ね上げ、黒い正装。

 

背中には錠付き鎖を何重にも固定した大剣が背負われている。武器に鎖を巻くという考えには思うところがあるが、装飾ではない。明らかにそれ以上価値があってのものだと思われる。

 

しかし、紅蓮たちが感じたのはある種の疑問だった。

 

初対面である筈の青年から懐かしい感じがするのだ。誰かと似ているという雰囲気をしんみりと感じる。

 

 

「私は黄泉(ヘル)、この焔紅蓮隊に入れて貰いたくここに来ました、凡庸な者です」

 

実情を知らぬ彼等が気付く事はないだろう。かつてユウヤたちの前に敵として現れた事のある、【禍の王】のメンバーだったという事に。

 

 

 

 

「ハッキリ言います。私はある組織のメンバーでしたが、訳合って抜け出しました。そこの所を考慮して仲間に入れて貰えませんでしょうか?」

 

さらっと自白し、ついでに爆弾発言もしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秘立蛇女子学園。

名高い悪忍養成機関として裏社会では成り立っているここは、女子生徒で構成されている為男は例外が無ければいることはない。

 

その例外の一人は、今訓練場にいた。その両手に漆黒のハルバードを収め、傀儡を相手にしている。

 

そして、隙を見せた傀儡にハルバードの刃の部分を振り下ろす。

 

「─────二十」

 

 

真っ二つに斬られた傀儡を前にして、キラはそう吐き捨てる。本来無敵であるキラ自身が手も出さずに訓練用の傀儡など屠れるのだが、今の彼は直接手を下したのだ。

 

 

得物である巨大なハルバードを両手で握り、キラは脚力を増強させて疾駆する。そして、刀で斬りかかる傀儡の胸元を槍の部分で貫く。

 

息をつく間もなく後ろから不意打ちをしようとする傀儡に向かって先程の傀儡ごと突き刺さし、声をあげた。

 

 

「『Schwarz Rance Canon(シュヴァルツ・ランス・カノン)』」

 

キュイイイイイイ────ズドォンッ!!

 

槍の部分が光り輝いた直後、爆発が起こり傀儡二体をまとめて撃破する。

 

 

その途端、両手に掴んでいた持ち手が解離する。右手に長い槍、左手に戦斧という戦闘スタイルに移行したと思いきや、

 

 

二つの武器で目の前の傀儡を切り裂いていた。縦と横、様々な斬撃の嵐に、傀儡はそのまま倒れ付した。

 

 

「二十三、四…………………フゥ」

 

同化して元に戻ったハルバードを地面に突き刺し、キラは額を拭う。久しぶりに運動をしたな、と感慨深いものを感じる。

 

闇の異能という無敵の力を誇るキラが特訓をしているのには理由があった。

 

「………まさか俺様が体を動かす事になるとは。我が異能の弱体化も考えものだぞ」

 

異能の弱体化。

己の悪意に比例した強さを増した闇は、今では再生能力と武器を生み出す力しか使えなくなっていたのだ。

 

休憩しようと壁の近くに腰掛ける。三十分くらい休んだら数時間訓練を続けようと思っていると、

 

 

「───随分と様になってるのね。本格的に忍にでもなってみたらいいんじゃない?」

 

首を動かすと、一人の少女がキラを見下ろしていた。まぁ、キラは座ってるので立ってる少女が上なのは当然なのだが(決して身長が低いとは言ってはいけない)。

 

彼はすぐに少女の名を口に出した。

 

「お、その声は壁パ──────両備か」

 

「待て今なんて言おうとした」

 

殺気すら生温いどす黒い覇気を放つ両備の詰問にキラは物怖じせずに「いーや、何も」とシラを切る。その度胸は素直に称賛に値するものだ。

 

「そういや、お前の姉どうした?あの変態マゾの駄犬」

 

「アンタねぇ…………バカ犬の事言ってると本当に「両備ちゃあ~~~~~~ん!!」………来たわ」

 

フラグのようなテンポの速さ。その原因だとジト目で睨む両備にキラは無言で顔を反らす。予測してないから仕方ないだろうが、と言いたくなる。

 

 

大声をあげて此方に来てるのは両備の姉、両奈。選抜メンバーの中で最もキラが苦手と思う人物だった。

 

 

「あ、キラくん~♪そのおっきい武器で両奈ちゃんを斬ってみてぇ~♪」

 

「サマと呼べ、駄犬。俺様をクン付けと呼んでいいと誰が許した。あ゛?」

 

「きゃう~ん♥️言葉の責めもキモチイイ~!もっと両奈ちゃんを罵って~♪」

 

「………これが分からん」

 

普通に文句を言い返したり不快感を露にする筈なのだが、彼女の場合は例外。あらゆる罵倒と暴力は両奈にとっては快楽でしかない。

 

ペースがおかしくなる、だからこそキラは両奈が苦手だった。最も、性癖などが主の理由なのだが。

 

 

「………にしてもアンタ、本当に変わったわね」

 

「あ?」

 

感慨深そうな呟きをキラは聞き逃さなかった。口にしていたのは両備。どういう意味かと彼女に聞くことにする。

 

「おいおい。俺様、そんなに変わったか?」

 

「前は号外不遜の悪党気取りだったわ、今は大分マシね」

 

「両備ちゃんほどじゃないけど~、両奈ちゃんもほぼ同じこと思ってたよ?」

 

「……………そんなにヤバかった?」

 

仲間からの少し前の自分を評価を聞いて、額を押さえる。だが、客観的に見てみると彼女たちの意見も納得できる。

 

………めんどくさい黒歴史を作っちまったなぁ、と後悔するがもう遅い。

 

「そうそう、アンタに用事があったんだわ」

 

「ん?俺様にまだ何かあんの?」

 

「学園長と鈴音先生が伝えたいことがあるんだってさ。雅緋も呼んでるらしいから早く行きなさいよ」

 

え、それ早く言うべきじゃない? という発言を口にする前に飲み込み、言われた通り行くことにした。学園長は常時自分の部屋に入るらしいので、行き方には困らない。

 

その最中、雲に隠れ暗い空が視界に入る。キラはあからさまに顔をしかめた。こういう感じだと、あまり良くないことが起こる前兆だと本で読んだことがあったのだ。

 

 

(俺様を呼ぶことか…………面倒な事が起こりそうだな)

 

 

…………少なくともその予想は、間違いなく命中することだろう。

 

 

 

 

 

 

 

都市内の路地裏。

ごみ溜めのような場所で乱雑な叫びが響いていた。

 

そこにいたのは、十人にもなる男たち。その内の一人にはゴリラのような巨体をしている。

 

そして、囲まれるように二人の少女。プルプルと震える少女を後ろに、鋭い目付きで男たちを威嚇する短髪の少女の二人。

 

その中の一人、いかにも小物そうなスキンヘッドが高い声で吼えた。

 

「おい嬢ちゃんよぉ!こんな真似して良いと思ってんのか!?」

 

「何よ!謝るのはアンタたちの方じゃない!」

 

大人数の男たちに端に追いやれても尚、短髪の少女は強い声で怒鳴り返す。涙目になってる気弱な少女に言われるが、彼女はギロリと男たちを睨んだ視線を離そうとはしなかった。

 

何故こんな状況になっているのかというと、

 

 

「………もういいよ優ちゃん、私が謝るから………このままじゃ優ちゃんも」

 

「ただぶつかっただけじゃない!大袈裟にしてんのはコイツらでしょ!!」

 

そう、原因は些細な事だった。

ただ道端でぶつかった程度、しかし男たちは気弱な少女を数で追い詰めていた。優という少女が彼女を庇ってたのも、その現場を見ていて憤りを感じてたからだ。

 

そして、小悪党たちの怒りが限界に達したのだろう。鬱陶しそうな顔を、明らかな敵意に歪めた。

 

 

「このガキがッ!兄貴!あんのふざけたガキどもをやっちゃって────」

 

「ふぅん、『兄貴』ってのはコレのことかァ?」

 

第三者の声に男たちは振り返った直後、巨体が飛んできた。『兄貴』と呼ばれた者は、壁に叩きつけれ意識を失っている。無事な人間も、急いで巻き込まれた男らを助け出してた。

 

自身よりも大きな巨漢を吹き飛ばしたと思われる第三者は少女二人の前に立った。一般なら無視するであろう、もしくは他人事だったりする人の事情に、わざわざ入り込んでいく。

 

 

「人様が通ろうとしてんのにデケェ図体で道の邪魔しやがってよォ、ガンつけてきやがったから思わず殴っちまた。やっぱりいけねぇな、短気なのは」

 

 

白髪の男、アルトは気さくといった様子で路地の中央に居座っていた。コキコキと首を鳴らし、挑発的な言葉を口にする彼に、少女たちは気付いた。

 

アルトの立ち位置からして、男たちに邪魔されずにこの場からすぐに逃げられることに。

 

 

「───行きな、テメェらに構ってる程俺も暇じゃねぇ」

 

「え、あ………?何で……」

 

「いいから早く失せろ、俺の機嫌が変わらない内に」

 

彼はそこいらの悪党と一緒ではない。言うなれば災害、気ままに暴れ、そしてすぐに消えるようなもの。

 

誰を殺そうと、誰を助けようと、大した理由ではないのだ。

 

それを理解してか、活発的な少女が他の少女の手を引っ張って走っていく。

 

そしてすれ違う間際に、

 

 

「───ありがとう」

 

活発的な少女が残した言葉だった。

さっきまでとは違い弱々しく、だが心から向けた感謝が、そこにはあったのだ。

普段なら耳にも止めないものだが、今回だけはピクリと眉を動かし、少女たちの走り去った方を見詰めた。

 

 

しかし、そんな状況を目の前の男らは許すつもりはない。敵意の数々は、自分たちの獲物を逃がしてくれたアルトへの向けられる。

 

「テメェこの野郎!なぁに勝手に逃がしてくれてんだぁ!?」

 

「ただで済むと思ってんじゃねぇだろうな!あ゛ぁ!?」

 

口々から出るのは、威勢のいいだけの脅し文句。

 

生憎ながら、この場にいるのは一般人ではない。裏社会で生きる者だった。

 

最悪なのは、彼がその中でも最も深い部分に位置する人物だということ。先日、死にかけてた敵派閥の人間に止めを差してきたばかりなのだ。

 

しかし、唯一の救いというべきか。今回アルトは気分が少しだけマシだった。

 

「………フン、『紫瑞(しおみず)』の奴が素体が欲しいとか言ってたっけか。数的に充分、しかも全く心が痛まねェカスの集まりだ、こんなに都合の良い事はねぇよなァ」

 

「なっ、何を言ってやがる!?」

 

残念な事に、彼等はまだ気付けてない。今の自分達の状況に。腹を空かした怪物の口の中にいる事が分からない草食動物のようなもの。寧ろ、それを理解できないなら不幸を通り越して自らの責任だ。

 

 

いや、不幸だとしたら────今この時、恐ろしい末路辿ることを決定付けた運命だろう。

 

 

「喜べ、雑魚ども。俺のサンドバッグになって生きてられるなんてレアだぞ?泣き叫んで喜べよォ」

 

アルトは嗜虐的な笑みを浮かべる。そしてタン!と地面を蹴り────、

 

 

 

 

 

「─────いやぁ、人助けをするのは意外と悪くないな。勉強になったもんだァ」

 

ご機嫌といった声音でアルトは路地裏を闊歩している。

 

しかし、そこは凄惨といった現場だった。アルトに打ちのめされ、両手両足をグチャグチャにへし折られた男たちが地面に倒れていたのだ。気絶し切れず、苦しそうに呻く者もいたが、アルトが顔を踏みつけ意識を奪う。

 

 

「いやー、ホントな。俺ァ短気な性分だが、全員殺さずに生かしたなんて成長したよなァ、誉めて欲しいくらいだぜ」

 

路地裏で起きてる凄惨な現場に、光に当たる者たちは反応しない。そのような術は施してある、この場に訪れたと同時に。

 

気付かれずに、誰も知らぬ内に問題は解決していたのだ。

 

そして、今すべきことと言えば、

 

 

「処理はテメェに任せるぜ。やっちまいな、『邪悪(シャーク)』」

 

 

ドバッ!! と。

地面から飛び出した何か、魚のような生き物が気絶した男たちの手足に噛みついた。小柄ながらも郡体で行動し、一人に四、五匹といった数で歯を突き立てる。

 

そして有無を言わず彼等を地面の中に引きずり込もうとする。普通、魚が地面を泳ぐなど有り得ないが、男たちの体も地面の中に沈んでいき、その姿を完全に消した。

 

 

一瞬にして消えた者たちの事などアルトは気にしない。どうなったのかは既に知り得てる、それ以上知る必要がないのだ。

 

 

 

『───ありがとう』

 

その言葉を聞いた途端、何故か胸に痛みが走った。肉体的なものではないと感じる。

 

だが、苦痛の正体を知ろうとは思わなかった。そんなもの、あったとしても意味はないのだから。

 

 

「つー訳でだ、俺らも表だって暴れるとすっかァ」

 

四元属性(エレメント)』など、所詮は前哨戦でしかなった。四人いるであろうチームの二人は忍や異能使いに負けている。

 

しかし、自分たちは違う。時代遅れの忍などに敗北はしない。

 

混沌(ケイオス)』の名を冠する派閥、【混沌派】が動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「………クソ」

 

そう舌打ちするユウヤは無機質な廊下をズカズカと歩いていた。明らかに不機嫌といった顔に、オドついた職員たちは目に見えて距離を取る。今のユウヤにはそうしてもらった方がマシなので、寧ろ意向を汲み取ってくれた職員たちには頭を下げて謝りたいくらいだった。

 

 

ここは『七つの凶彗星(グランシャリオ)』の本拠地。会議で何度も来ている為、大方道は覚えている。しかし今回は話し合いが用ではない。

 

 

そんな平静ではない彼を労る声がある。

 

「苛立ってるな、少しは落ち着いたらどうだ?」

 

「…………深呼吸で現状が変わるならすぐにもしてるさ」

 

前ポケットから顔を出した小人、ゼールスの気遣いにそう返す。平常になりきれないのには、明確な理由がある。

 

 

「飛鳥たちの次には、今度は雪泉たちも行方不明。おまけにシルバーの奴もだ」

 

そう、先日ユウヤが雪泉たちに上層部の忍務を伝えた後。目的であった研究施設が崩壊し、ユウヤたちが調査した時には誰もいなくなっていた。

 

そして、雪泉たちとシルバーも姿を消した。少し前の、飛鳥たちと同じように。今は捜索されているようだが、どうせ打ち切られるだろうと軽視する。

 

「にしても、上層部は相変わらず何もしないのか。学生が消えてるのだぞ?ちゃんとした対処はするべきだろう」

 

「無駄だ、正体も分からない敵組織に実戦慣れしてるとはいえ、学生を簡単にぶつける連中の事だ。役に立つ消耗品程度としか見てねぇよ、精々自分らの保身しか頭にないんだろ」

 

 

そして、今回の件で再確認した。『上層部』は忍を駒としか認識してない。

 

あるいは、組織と繋がっている者らによる工作か。自分たちの計画に障害が無いように、飛鳥たち忍学生を送らせたのか。

 

(どっちだろうが関係ない………『上層部』は『掃除』が必要みたいだしな)

 

考えを止め、一室の扉の前に立つ。指紋認証と暗証番号によって厳重に掛けられた電子ロックを解除し、部屋の中に入った。

 

机の上の資料の山に集中している部屋の主に、ユウヤは気さくに挨拶をする。

 

「来たぞ、“志藤”」

 

「あぁ、呼び出して悪いな。ユウヤ」

 

クルリ、と。椅子に腰掛けてた志藤は振り返ると同時にヒラヒラと手を振った。

 

 

志藤、『七つの凶彗星(グランシャリオ)』正規メンバーNo.7、知略と技術から『七つの凶彗星(グランシャリオ)』の拠点の防衛迎撃術式などに携わってる重要人物。

 

何より、凶彗星の中でも頼れる研究者だった。過去に偽物だったとはいえ聖杯の解析をした事が原因で、特殊な異能を宿しているとか。

 

 

「…………それで?俺を呼び出したのは理由があんだろ?意味も無いのに収集するとは思えないからな」

 

「正解、君が知るべき事だからね。この情報はまだ神威たちには通してない」

 

あ?と訝しみながら、その事実に少しだけ驚く。正規メンバーNo.1であり、この組織の主格である神威にすら未だに通してない情報。

 

彼女を信頼してない訳ではない、信頼出来ない奴が他にいるからだ。最低でも二人は、予想できる。

 

 

(………No.2に、エンデュミレアのクソ野郎か)

 

想像したくも無い面を思い出してしまい、不機嫌度が増幅するユウヤ。思えば、彼女のせいで飛鳥たちを【聖杯事変】に巻き込んでしまった。

 

 

後者に関しては志藤の判断は間違ではないと思う。No.2 時崎零次はユウヤは勿論、古参である志藤すら会ったことがないのだ。

 

神威が信頼しているとはいえ、話した事がない相手に自分たちの命を預けたくもない。裏切りなどあったとしたら、疑ったとしても無理はないだろう。

 

 

「君が前に蛇女子で戦った…………紅蓮?だっけか。現場から採取した彼の血を調べてみたよ」

 

「…………どうだった?」

 

「有り得ない構造をしてた。流石に僕もビックリしたよ。本来のDNAを分解して、別のものへと書き換えてたんだから」

 

何だと……?とユウヤも目を見開く。紅蓮は作られた存在だと、当初カイルは口にしていた。だが、それは無から出来た訳ではない、必ずベースとなるものがあると思ってはいた。

 

「それと、修復したものと一致するDNAの持ち主を発見した」

 

スッと束に纏められた資料を投げられる。バシッ!と片手で取り、ページを捲って確認していく。

 

その中の一つ、付箋が張られた一枚が目に留まる。個人情報が色々とある事に細めた目で目の前の青年を見返すが、黙って見てろよお前 というように顔をしかめながら促す志藤。

 

 

 

写真に写っていたのは、紅蓮に似た人物。少しだけの違いしかなく、一瞬間違えなそうになった。

 

何とか認識出来たのは、写真の青年の雰囲気だった。紅蓮とは対称的に、不快そうに顔を歪めているその顔つきは明るかった紅蓮のものとは全く重ならない。

 

視線を横に向けると、赤で誇張された単語があった。単調に二文字。読み仮名があった為、口に出すのには困らなかった。

 

 

「………『灰瀬(はいせ)』?」

 

「月閃の選抜メンバーの善忍さ、特例で入った実力者だって」

 

返答を待たずに、志藤は資料の文をスラスラと読んでいく。

 

「ある忍務でソイツは同行していた熟練の忍と共に戦死してる。確か…………両姫(りょうき)、だった。他にも悪忍が数人その場に居たらしいけど───」

 

 

それ以上、ユウヤは聞いていなかった。聞ける状態では無かった、というのが正しい。

 

志藤が告げた情報の数々を纏め上げる。足りない部分は自分の知識で補い、謎を解き明かそうと考えてたのだ。

 

 

忍を越える身体能力を持つ作られた人間、『ホムンクルス』。

 

何かの陰謀に動かされてた『ホムンクルス』の生み出した人物、カイル。

 

紅蓮とそっくりであるが既に故人である『灰瀬』という青年。

 

そして、死んだ人間と同じ姿をしていた【禍の王】のメンバー、黄泉(ヘル)の存在──────、

 

 

 

バサン!と資料を床に落としてしまう。それに反応出来ない、顔を青ざめさせたユウヤは頭痛のように響く鈍痛に、片手で顔を押さえた。

 

 

繋がった。無関係と決めつけていた点と点が、真実を露にしていく。

 

だが、想像を越えるくらいおぞましすぎた。闇に体を浸してきたユウヤですら、唖然としてしまい言葉を発することを忘れていた。

 

───死んだ人間とそっくりな姿をした存在。

 

反復する言葉が、嫌な予感をユウヤに与える。しかも本来なら有り得ない可能性も重なり、二つの脅威となって精神を傷つけてくる。

 

「ま、さか………」

 

胸ポケットにいるゼールスが沈黙を破る。分かったのだろう、ユウヤの言わんとしていることを。

 

 

 

あまりにも非道なやり方。知る者が知れば、激昂するであろう行為。

最も尊いであろう命というものを軽視し、嘲笑いながら踏みにじるという最低最悪な所業。

 

 

 

彼等の反応に、志藤は深く息を吐く。そして続け様に、最も恐ろしい真実を語った。

 

 

「『造られた人間(ホムンクルス)』は死んだ人間、死体をベースとして作られた新しい種類の人間の可能性が高い。この予想が当たってるなら、紅蓮って奴も『彼』をベースとして作られたんだろうね」




……………ふぅ、初期から引っ張ってたホムンクルスの伏線を回収できました。


後、【禍の王】の二つの派閥、『四元属性(エレメント)』と『混沌派閥』ですが、同じ組織なのに目標が全く違います。


四元属性(エレメント)』→自分たちの理想となる世界を作り出す……らしい。

『混沌派閥』→アルト曰く、「聖杯を使って世界を破壊と混沌に変える」こと。


内部分裂で自滅しそうだな、この組織(しないけど)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十四話 『混沌派閥』

えー、今回の小説は文章が前よりは少ないです。諸事情です、諸事情ですので許してください(土下座)


紅蓮を筆頭に、尋問という名の質問攻めが始まった。尋問の原因である黄泉(ヘル)はキチンとした正座で次の言葉を待っている。

 

 

──礼儀正しく、実力も中々ある人格者。

断る理由すら見つからないくらいの長所を持つ人物、むしろ全員が賛成だった。ごく一部の点を除けば。

 

 

彼が少し前まで所属して、今追われている組織が【禍の王】という事に。

 

裏側の界隈で最も名の知られている無法者の集団、それがかつてまでの紅蓮や焔たちの考え。

 

正しくはある、だがそれはすぐに改められる事になる。

 

 

───三日前に起きたという、かつて自分たちがユウヤたちと共に倒した神造兵器『ダーク・ムーン』を使った事件。

 

それを解決したという月閃の忍と異能使いは行方を眩ましている。善忍も上層部も焦り始めたのか、全力の捜索を始めたが…………目ぼしい結果は無かったのが現実だ。

 

 

黄泉(ヘル)という青年を信用することは難しい。しかしそれは、彼が真実を語ってくれるかが問題だ。

 

 

「で、聞かせてもらうが………お前の組織【禍の王】は何故飛鳥たちを「そうじゃないです」……何?」

 

否定から入った発言に焔が眉をひそめるが、青年は物怖じしない。それどころか、更に言葉を続ける。

 

「だから、【禍の王】は全体の組織の呼称です。最近行動してきてるのが『四元属性(エレメント)』私が抜け出したのは『混沌派閥』というもので、組織内勢力の一つなんですよ」

 

「あんまり分からんわ………会社の中にある部署みたいなもんなんか?」

 

「少し惜しいですが、違います。利害の一致で協力はしてますが、後に互いを潰すことを決めてる敵同士ですので」

 

同じ組織なのに世知辛いなぁ、と紅蓮は思っているが口には出さない。あまり余計な事を言っては話が進まないのは承知の上だから。

 

 

「焔さん、貴方がさっき話した通りです。半蔵学院の忍学生………飛鳥さんたち、でしたか?彼女たちを襲撃したのも『混沌派閥』最強の存在、アルトというホムンクルスです」

 

その情報に、全員が反応する。それには無関心であった紅蓮も含まれていた。

 

 

ホムンクルス、それを聞いて脳裏に浮かぶのはある人物。

 

蛇女の最高権力者でもあった男、カイル。紅蓮というホムンクルスを造り出し、焔紅蓮隊をスポンサーとして活動していた経歴がある。

 

 

何より、自分たちを道具として使い、使えないと言って処分しようとしたのだ。忘れられる訳がない。

 

もしやカイルと繋がりがあるかもしれない………そう思ってはいたが。

 

「私たちの王───『混沌の王(カオス)』様がホムンクルスを製造し、手駒として動かしてます。

 

 

 

貴方たちを動かしていた“カイル”も、『王』に操られ切り捨てる為の人材の一人でした」

 

ガタ! と焔が驚愕を隠しきれずにいた。無理もない、繋がりがあるかも、どころではないのだから。

 

 

「カイル様が………操られた、か」

 

紅蓮はそう口にしながら、右手を強く握り締める。確かに、紅蓮は大切な仲間である焔たちを傷つけたカイルを許せないだろう。

 

だからといって、自身の思いすら踏みにじられてもいいのか。そう思う紅蓮の心が熱く燃え始めた。

 

倒すべき理由が出来た、そう思考しているとチリチリと前髪が熱を帯びる。他の皆も同じ感覚なのかもしれない。

 

しかしそれ以上、彼を問い詰める事はなかった。カン……!と地面の石ころを蹴ったような音がする。

 

 

 

 

「はぁ………はぁ………」

 

入口からゆっくりと歩いてきたのは、息切れをした詠だった。本来、忍である彼女が走っただけで疲れるとは思えない。

 

本気で急いだ結果なのか、と推測する紅蓮は疑問に思ったことがあった。

 

「あれ?詠、今日バイトあったんじゃ……」

 

「バイトは急いで切り上げてきましたわ!重要なことがありましたので………あら?そちらの方は?」

 

「へ、黄泉(ヘル)です。入隊希望の者で……」

 

詠に対して戸惑ったような黄泉。先程とは違う態度に紅蓮たちは疑問を感じるが、それよりも気になることがある。

 

「詠、何かあったの?妙に慌ててたけど」

 

「ハッ、そうでした!皆さん大変です!」

 

慌てた言葉に、嫌な予感が胸を過る。緊張と焦燥が入り雑じり、一体どう思っていたのかすらも分からなくなった。

 

今までの経験と勘というものが、それ以降の言葉に警報を鳴らしている。

 

 

「蛇女子が──────!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詠が紅蓮たちの所へ着いてから一時間前。

 

 

「──集まってくれたようだな、雅緋。そして常闇 綺羅殿」

 

蛇女子学園、学園長室。言い方で分かるだろうが、俗に言う校長室のようなものである。この部屋にいるのは、部屋の主である学園長、呼び出されたキラと雅緋、そして教師である鈴音の四人だけだった。

 

「はい、父上………いえ、学園長」

 

「……フルネームは止めて欲しいな。どうせ名字は『(こちら)側』では必要ないし」

 

自身の発言に注意し訂正する雅緋に、キラは何時ものような高慢な態度は少しばかり鳴りを潜めている。

 

自分が彼よりも上の立場、悪忍を動かす議会に所属する人間なのだ。

 

異色とも言われ、他の議員たちからは悪態を付かれるがその場合は力で黙らせている。……少し前も蛇女子に面倒な真似をした老害を事故死に見せ掛けて“消した”こともあった。

 

昔の自分なら偉そうなのは変わらなかったが、生憎学園長は歳上なので、素直に従っている。元とはいえ最強も成長はするのだ。

 

そんな事もあり、話し合いはあっさりと始まった。しかし緊張と重苦しい空気は消えることはなく、充満している。

 

 

「今回、君たちに集まってもらったのは話があるからだ……………蛇女子に、全ての悪忍に関わる重要な事だ」

 

「それは………どういう事ですか?」

 

雅緋の詰問に学園長は難しい顔をする。伝えるべきか迷っているのかもしれない。だが、すぐに意を決したように二人の目を見詰める。

 

そして、その重苦しい口を開く。その内容は────、

 

 

 

 

「善忍と悪忍が、一定期間協定を組む事になった」

 

あまりにも、衝撃的な情報にしては簡潔すぎるものだった。

 

 

「…………は?」

 

「………」

 

二人は、長い沈黙と共に反応を見せた。

雅緋は呆然とした様子で、ようやく理解できた内容に、疑問しか感じられない。対して、キラは眉をひそめ、顔をしかめる。どういう意味か分かっているが、何故そうなったのかは分からないといった風に。

 

だが予想出来るものならある。たった一つだけだが。

 

 

「【禍の王】、例のテロリストが原因か」

 

キラの呟きに学園長は無言で頷いた。その組織の話は最近よく耳にしている。

 

先日もここに訪れたユウヤから、彼等の所業を伝えられた。流石の忍たちも感化できないらしく、ようやく本腰に乗り出したのだろう。

 

(───しかし遅すぎねぇか?行方不明になってる奴が戦ってたのに、この体たらく………どうやらアイツの考えは的を射てるようだな)

 

──忍学生を駒として扱っている。

最初そう聞いた時は鼻で笑い切り捨てそうだったが、納得いく伏もあった。

 

普通とは違う強さでありながら、別に無くなっても構わない消耗品。それが忍の上層部の考え方だろう。

 

「ですが、何故それを悪忍は認めたのですか?今まで善忍とは敵同士だったのに、簡単に協力できるとは……」

 

「………押し切られた、というのが事実だ。議員たちもそれに賛成だったからな」

 

「あの老害どもが………ッ!余計な真似すんなっつったのに、まだ分かってねぇのか!」

 

苛立たしく声を荒げるキラも雅緋に嗜まれ、気を落ち着かせる。それもその筈、居もしない人間を責め立ててる暇はない。他にやるべき事がまだあるのだ。

 

「───そうだったな。今後重要なのは老害どもじゃねぇ。時間の無駄は省きべき、そうだろ?」

 

「あぁ………実力のある忍を収集しろとの伝令も出た。内容は、『【禍の王】討伐及び特別捜索』とのことらしい」

 

「捜索?…………もしや飛鳥たちの事か?」

 

「んな訳ねぇだろ。捜索だってもうしてないんだぜ?それなのに今更って、どうせ嘘だろ。何か隠してるんじゃねぇのか上の無能どもは」

 

どうせ言ってもいいだろという風に悪口の嵐。彼がどれだけ『議会』とやらを嫌っているのかが理解できる。

 

そして更に話が続こうとする中、

 

 

 

 

「失礼します!」

 

バン!! と叩きつけるように扉が開けられる。慌てた様子で入ってきた男は、鈴音と同じ教師だった。しかし、彼は非番で何もすることがなかった筈なのだが………。

 

その理由は告げられないまま、教師の口から次の言葉が紡がれた。

 

「───校舎内で生徒たちによる暴動発生!それと同時に侵入者が現れました!」

 

 

「なんだと!?」

 

声をあげて驚いたのはキラたちの話を静かに聞いていた鈴音の方だった。無理もない、生徒たちが暴動する訳がないと知っているのだから。

 

しかし、現実は現実。違うと否定しようが変わらない、何より優先すべきものもある。

 

顔を強張らせる雅緋と学園長を他所に、キラも思考に明け暮れる。

 

──今時の襲撃、半蔵と月閃に接触したと思われる【禍の王(テロリストども)】の仕業か、と。

 

 

「暴動をしている生徒は同じ生徒たちを攻撃しながら暴れてます!侵入者の方は選抜補欠の総司が食い止めてますが───」

 

男性が言葉を捲し立てる途中で、巨大な轟音が響いた。大量の火薬を使ったと思われる爆発音と何かを吹き飛ばしたような轟音の二つが、ピタリといったタイミングで発生したのだ。

 

 

「───雅緋!」

 

片手にハルバードを顕現させ、雅緋に呼び掛ける。彼女も振り返った時には刀を手にしている。

 

何をやるべきか分かっているだろうが、敢えてキラは叫んだ。

 

「お前は東校舎の生徒たちの避難を!俺様は西校舎に行く!忌夢たちに会ったらこの事を伝えろ!侵入者を潰すのは非戦闘員を脱出させてからだ!」

 

「あぁ、分かった!………キラ!」

 

学園長室から出た直後、雅緋の声に顔を向ける。此方に顔を向けずに背を向けていた。

 

そのまま、彼女は後ろにいるキラに告げた。

 

「気を付けろよ」

 

「………互いに、だろ?」

 

軽い言葉の応酬と共に、二人は反対の方へと走っていく。この学校と生徒たちを守る、その為の戦いに彼等は赴くことになる。

 

 

 

 

 

 

破壊するような轟音の正体は、校門が破壊されたからだ。何メートルも先に散らばった瓦礫──校門の残骸を前に、様子を見に来た忍学生たちが咄嗟に武器を構える。

 

 

校門のあった場所に漂う砂煙にユラリと人影が浮かび上がったのだ。

 

「よぉーし、ぶっ壊したぁーーぞぉー」

 

その内の一人は───ズタ袋を顔に被った大男。手首に嵌められた腕輪には巨大な鉄球付きの鎖がジャラリと取り付けられている。

 

 

他の二人も大男の後ろから姿を見せる。

 

一人は、両端の伸びきったピンク色を帯びた白い髪を指で弄くり、両耳に金のリングを取り付けた。落ち着いた雰囲気の女性。

 

一人は、緑色をした短髪の青年。見た目から、歳は高校生くらい。羽毛製のダウンジャケットを羽織り、近くの瓦礫を足蹴りにしている。

 

「対象を確認───危険度中、相手にしては不足しかないわ。けど、群られると厄介よ。どうする?」

 

両目に手を添え、遠くを見るような仕草で学生たちを睥睨した女性が他の二人に声をかける。「そうだなぁ」とボヤッとした様子で緑髪の青年が脚を上げ、

 

 

「─────潰すしかねぇだろ」

 

グシャ! と踏み抜くような音と共に学生たちが飛び掛かる。数は彼等の倍以上、しかも忍でもあるのだ。

 

圧倒的な差。

だが、勘違いしてはならない。

 

敗者となるのが忍学生たち、勝者の方が謎の襲撃者たちだということに。

 

 

 

 

 

「────随分と派手に暴れてるようだね、別にいいけど」

 

 

戦場と化した蛇女を穏和な表情で青年は見下ろしていた。しかしその顔には黒に近い藍色の刺青(いれずみ)が刻まれており、穏和さを一気にかき消している。

 

そんな青年の視線の先では、一部の忍学生たちが他の忍学生たちに襲いかかっていた。必死に止める声にも反応せずに、無言で武器を振るっている。

 

 

「目的を果たせるなら、何でもして良いらしいからね。こんな機会には感謝しないといけない、そして有効活用するべきだ」

 

悲惨とも、地獄とも言える惨状に青年は独り言を語り続ける。何も映さない、深淵のように深い闇の眼が捉えたとしても、関心すら向かない。

 

 

そもそも、彼にとっては別の事にしか興味がない。こんな作戦よりも、優先すべき事象が。

 

「さて、君たちは僕の期待通りに動けるかな?」

 

ピキピキ、と指を鳴らしながら彼は笑う。果たして何に関してなのかは分からない、それを知るのは本人のみ。

 

最も、それがロクでもない事なのは誰でも読めることだろう。

 

 

 

 

 

 

光の当たらぬ空間────この世界の深淵とも言える場所がそこにはあった。

 

 

その空間の大半を支配するのは残骸の山、いやそう見えるが全く違う。コンピューターなどの無数の電子機械類。生命的な胎動を繰り返し行う、眼球の付いた赤黒い触手がズルズルと機器を取り込んでいく。

 

 

背中や足元からそれらを生やしたと思われる人物は──かつては全身に鎧とも言える重装スーツを着ていたが、今は顔の部分だけ解除していた。

 

 

『混沌の王』、それが男の正体だった。

しかし、この場は真っ暗な空間であるために影に顔は隠されている。

 

 

低いテノールボイスで『王』は何事かを呟く。それと同時にコンピューターの一部を触手が掴みあげ、ゾゾゾゾと細部に至るまで支配圏を伸ばす。そして君の悪い不協和音が鳴り終えた途端、消されていた電源を強制的に起動させる。

 

 

 

「ホムンクルスによる構成員された遊撃隊、『惨禍の剣(カラミティ・ソード)』───アルト含む上位者ら」

 

彼の言葉はこの場に向けられたものではない。こことは違う場所で、破壊と混沌のままに暴れまわっている“手駒”たちに伝える行為だ。

 

 

 

「『彼』を連れてこい、それさえあれば他は必要ない。殺すなり自由に使うなり、好きにすればいい」

 

それだけ連絡して、通信を終わらせる。

ブチッ! とコンピューターへの干渉を止め、すぐに光を消失させる機器が残骸の中に埋もれていく。

 

 

 

「─────面倒だ」

 

それだけ呟き、顔を装甲で覆う『混沌の王』。接続された触手を操り、何かの作業へと没頭し始める。

 

後ろで、ガラ………と小さな瓦礫が崩れた。ゆっくりと四足歩行の妖魔が、『王』の隙を狙っていたのだ。

 

 

物音を立てずに、静かに息を殺している。しかし『王』は反応しない。獲物に飛び掛かろうとする肉食動物のように真剣に────走り出した。

 

 

───『アレ』には勝てない、なら逃げるしかない。

 

そう畏怖し、『混沌の王』のいる残骸の山とは、反対の方へと。忍たちの仇敵たる妖魔は生物としての本能に従った。

 

けれど、『王』は反応しない。

 

 

 

 

だが、その妖魔が逃げる事も不可能な事だった。

 

残骸の隙間から何かが飛び出す。逃走中の妖魔はそれに気付けず、四肢と胴体を貫かれる。

 

 

「ギ、ガァッ!?」

 

血と共に呻きながら妖魔は転げ落ちた。それだけで触手たちは手を緩めない。動けなくなった妖魔に追撃と言わんばかりに、雨の如くに降り注ぐ槍が妖魔の肉体を抉っていく。

 

 

「面倒だ」

 

大した事も無いように、『混沌の王』は顔色も変えずに。顔はマスクで覆われてるので見えないのだが、億劫そうに吐かれた溜め息でそれが確認できた。

 

直後に、様々な部位を持った触手たちが妖魔へと殺到する。

 

 

全身を引き裂かれ、激痛に苦しむ妖魔の絶叫が闇の空間に木霊する。しかし数秒後、肉を潰すような生々しい音を皮切りに声は途切れる。

 

やはり『王』は反応しない。首を向けて確認することすらしなかった。

 

 

無数の残骸が蓄積した世界で、『混沌の王』は作業に没頭する。不気味な静寂と鼻を押さえたくなる血の匂いを残して。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十五話 破壊をもたらす人形たち

えー、皆様。私が気付いてないのもありましたが、八十五話を二つも投稿してました。申し訳ありませんでした!( ノ;_ _)ノ


「ったく………なんでこんな事に」

 

廊下を進みながら、忌夢は大変そうに呟いた。そもそも、少し前まで彼女が何をしてたのか振り替える必要がある。

 

 

事は単純。雅緋とキラの二人が学園長からの連絡を終えるまで、選抜の皆は自室待機だったのだ。当初は雅緋と二人で行動するのは納得いかないと暴れかけたが、流石に自粛した。

 

 

部屋で待っていると大きな震動と爆音が響き渡り、慌てて外に出た。近くにいた生徒から何が起きたのか、詳しくだが聞けた事が幸いだった。

 

 

────複数の侵入者による襲撃。

 

それを聞いた忌夢は、同じく部屋から飛び出してきた紫たちに、生徒の避難を促すように指示した。

 

この状況で勝手な行動もない。早く動かなければ助けられる命も助けられないから。

 

そう思い、忌夢は逃げ遅れた生徒を探すために歩み出した。

だが、

 

 

「───はいはぁーい、そこの嬢ちゃん!ちょいと待たんかーい!」

 

明るい声が曲がり角の奥から聞こえる。前に踏み込もうとした脚を強引に床に押し付け、何とかスピードを緩める。

 

 

その方向を見ると、一人の男が道の真ん中に立っていた。スタスタと何歩か進み、忌夢との距離を近づけようとする。

 

ジリ……、と後退する忌夢。そんな彼女の顔を見た男はニヤニヤと不気味な笑みを浮かべると、少し距離を置いた。

 

この場の空気の流れそのものを掴んでるような感覚。それをかき消すように、忌夢はその男に怒鳴りつけた。

 

 

「誰だお前は!」

 

「誰?ワイを誰と言うたか!?ハッハッハァー!まさかワイの名を知らんヤツが居るとは驚きやなぁ。

 

 

 

───ハッ!初対面やし当然かーっ!すまんすまん」

 

何だコイツ……、と忌夢は思う。妙に明るすぎるテンション、それに関しては構わないのだが、饒舌さもあるせいか───ウザく感じてしまうのだ。

 

 

具体的には────懐かしい(嫌な)奴の事を思い出してしまうから。

 

 

観察してみれば、その男は現代的なデザインの服装をしていた。彼はガンマンが使ってるようなグローブを嵌めた両腕を広げる。そして寛大と言わんばかりに笑いかけながら、自身の身体を両腕で抱き締める。

 

そんな彼は、自分がどう評価されているのを知ってか知らずか、やけに明るく自己紹介をして見せた。

 

「ワイは凱忝(がいてん)、『混沌派閥』所属のホムンクルスや!よろしゅう頼むでー!」

 

話にならない、忌夢はそう判断する。両手に握り締めた如意棒の掴み方を変え、右から左へと叩きつけるように攻撃する。首元に衝撃を当て、意識を奪う為に。

 

対する凱添も笑顔を消さずに拳を振り上げる。絶対の自信があるのか、それ以上のことをしようとはしない。

 

 

しかし無駄だ、スピードからして自分の攻撃が先に届く。

 

そう思っていたのだが、

 

 

ズド!! と。

 

手袋を纏った拳が、忌夢の頬に直撃していた。先に放った筈の忌夢の攻撃より先に。

 

 

「ば………あ……!?」

 

鈍痛に顔を歪めながら、一、二歩後退ってしまう。攻撃は速かった。相手のスピードからしても先に自分の一撃が当たる筈だった。

なのに、

 

何故か、如意棒より先に拳が飛んできたのだ。理論的に考えても、おかしな点しかない。

 

 

一対一(サシ)なら負けへんのや、ワイはなぁ」

 

ニヤニヤと笑う凱添の声が届く。咄嗟に忌夢は言葉の代わりに鋭い突きを放つ。それを見てから、相手も遅れて攻撃に移るが、速いのは忌夢の方だ。

 

 

しかし、やはり結論は変わらない。

 

何時放ったのか分からない腕が如意棒を避けるように忌夢の腹にめり込んでいた。また攻撃が意味を為さない。

 

 

「クソ………今のは、忍術か!?」

 

「ハッハー!答えを聞くなら自分で当ててみんかい!─────しゃあない答えたるわ!おめでとさん、半分正解半分不正解だぜぃ?」

 

隙だらけの部位をぶち抜こうとするが、それより先に蹴りが肩に叩きつけられる。

 

「ホムンクルスってのはな、忍以上のスペックを求められたもんなのや。その為には普通の忍とは格の違いを見せなきゃならんし」

 

タン、タン、と軽くリズムを取るように跳ねる凱添。

 

 

「『妖忍魔法(マギカ)』、王様はそー言うとったな。何か意図があるのかもしれんけど、どうでもええよな!」

 

「マギ、カ………だって?」

 

「ラテン語で『魔法』って意味らしいけどなぁ…………王サマもおもろいセンスしとると思うんよ。忍術を越えた力を『魔法(マギカ)』なんて呼ぶんやしな!」

 

ピタリと動き止め、彼は笑う。それはそれは、嬉しそうに。

 

「楽しいなぁ、楽しいなぁ…………こんな勝負は本当に楽しいで。ほな付き合ってもらうで!嬢ちゃん!!」

 

 

ダメージを負っている忌夢の前で、無傷の彼は両手を広げる。彼は攻撃する素振りは見えない。まるでどんな事をも受け入れるような寛容さを見せつけるように。

 

 

 

 

 

 

 

オドオドと周りを見渡しながら、紫は廊下を歩いていた。何処から敵が現れるか分からないので、周囲に警戒を向けながら。

 

 

(うぅ………お気に入りのゲームや小説を見たかったんだけどなぁ)

 

そんな呑気な事を考える紫。普通ならこんな事など気にせずに趣味に没頭していたが、キラに『貴様………ニートかよ』とか言われたら精神的に終わる気がする。例え本物の引きこもりだろうと、男子の口からそう言われるとダメージは相当なのだ。

 

 

なので、何とか外に出てこうして動いている。まずは、やるべきことを果たさなければならない。

 

 

「逃げ遅れた人………何処にいるか分からないけど、探さないと………」

 

『忠告。事情も知らずに行動するのは得策とは言えない、大人しくしておく事を推奨する』

 

 

落ち着いたような、無機質な声が掛けられる。声のしたのは前方。暗い廊下に浮かぶ人型の影が、鮮明に見えてくる。

 

ヘルメットのような白のマスクを被った謎の人物。機械的な言葉の使い方をしているが、ズボンにポケットに両手を突っ込んだまま立ち尽くしているその姿は人間味のある仕草だった。

 

その彼の周りには少女たちが倒れていた。僅かな匂いから後輩たちだと分かる。しかし、懸念すべきことがあった。

 

(匂いが分からない………この人、本当に人間?)

 

警戒しないといけないのは、目の前の男。紫は人よりも嗅覚が良く、他人の本質を理解できたりする。

 

だが、男から感じる匂いは無かった。まるで生き物ではないかのような不気味さが醸し出てくる。

 

 

「あ、あの……どちら様ですか?」

 

『回答。翠翔(ミスト)、それが我が個体名』

 

男性と思わしき人物は胸元に右手を添え、軽く頭を下げる。

 

カツン、と。床を歩く革靴が倒れ伏した少女の身体を踏みつけた。ミ、リィ──!と軋む音が少女の胴体から響いてくる。

 

顔を強張らせる紫を知ってか知らずか、白の男はその場に立ち止まった。苦しそうに顔を歪ませる少女の事など、全く気にしてないように。

 

 

『不明。何故貴君は例の傀儡術の効果を受けてないのだ?「修羅」様の《妖忍魔法》はこの学園全てを領域としている筈─────想定。ただの学生ではないということか』

 

「………その人たちは」

 

『提示。投降を案じたが無視し攻撃してきた。故に敵として対処した、それだけのこと』

 

紫に指摘され、ようやく男は少女らに意識を向けた。それまで、彼女たちを石ころのようにしか思っていなかったのだ。

 

しかし、踏みつける脚をどける事はない。それどころか、紫に向かって問いかける。

 

『疑問。何故?貴君には関係ないだろう、私は敵として彼等を撃退し、そして勝った。敗者の行く末を決めるのは勝者のみ、抗争に参加してない者には決議する資格などない』

 

「それは………」

 

『否定、結論。言葉は必要無し、貴君の発言を聞くつもりはない。私の意義に反するのなら────本気と言うものを見せてやろう』

 

そう告げ、翠翔は左手をポケットから出す。ジャララ!という、聞き覚えのある音が聞こえる。

 

 

鋭利な三本の鏃、鉤爪のそれが付いた鋼鉄製の鎖、よく見てみればモーニングスターにも見えた。バックリと、開いたそれは、ガシュン!と放たれ、糸が伸びる。

 

自身の周囲を漂う糸に取り付けられたクロー。それが動きを止め、鉤爪を大きく開く。

 

 

 

『必殺。妖忍魔法───【ガーラドレク】。手始めに臓物を抉って見せようか』

 

風を切る音が空切り、鋭い勢いで突っ込んでいく。狙いは床に倒れ込む学生の一人。無防備となった胸部に食いつこうと三本の牙を剥き出す。

 

 

 

「止めてッ!!」

 

 

直後、紫は叫ぶ。それと同時に翠翔(ミスト)に敵意を向けた。それにより、彼女の力が発動する。

 

 

───禍魂の力。

 

負の感情を暴発させるその力は、濃い闇のような色の球体を作り出して、翠翔に向かって飛ばす。

 

その攻撃に翠翔は瞠目する。慌てた様に振るった鉤爪を引き戻し、球体に再度射出しようとするが─────やはり遅い。

 

 

バガン!! という爆音と同時に翠翔は球体に吹き飛ばされる。そのまま、近くの壁に激突し、瓦礫が足元に転がる。

 

 

 

 

 

だが、そんな彼女の耳、正確には鼓膜はその音を聞き逃さなかった。

 

 

カツン………と。

 

 

『納得。なるほど、これが「禍魂」の力。その身に受けて実感した』

 

絶句した紫は信じられない顔で、崩落した壁に目を向ける。

 

 

半透明にして薄暗い光の壁。粘膜というべきか、何かのラインが浮かび上がり気味悪さすら感じるそれは、翠翔を包み込むように展開されていた。

 

 

『なんと────』

 

本来の口調が崩れている。しかしそれ以上に、彼は一つの感情に苛まれていた。

 

それは、

 

『─────驚嘆!なんと素晴らしい力だ!負のエネルギーを糧にすると聞いてはいたが、敵意だけでこれとは!ならば他の負の感情全てだと、どれほどの威力になるのか!』

 

その喜びは、その歓喜は、何から湧き出るものなのだろうか。少なくとも、そこらの犯罪者のような邪悪さからのではない。

 

 

『決定────少しばかりだが、その力を調べさせてもらおう!!』

 

単純な科学者の探求心と似た感情と共に、翠翔は鉤爪を射出した。

 

 

 

 

 

 

 

「オイ盤銅(ばんどう)!さっきのヤツ外してんなよ!雑魚の一人も仕留められてなかったぞ!!」

 

「そうはぁー言ってもよぉー、コイツらぁーちっこいんだよぉー日向(ひなた)ぁー」

 

学生たちを数分で蹂躙した彼等の会話が、それだった。

 

緑色の髪をした青年 日向が大男の脚を蹴りつけて文句を言う。それに対して、ズタ袋の大男 盤銅はゆったりとした声で日向に反論する。

 

しかし伸びた口調のせいで反論してるように見えない。

 

 

「はぁ……うるさいわ貴方たち。もう少し静かにしてくれる?皆の音色が聞こえないの」

 

先の方にピンク色が帯びている白髪の女性。彼女は両耳に手を添え、不満そうに二人に文句を言う。

 

 

「………にしても全然来ないのね、強そうなのは。周りにいるのは格下ばかり、期待した私が馬鹿だったわ」

 

「そうでもない、みてぇだぞ?」

 

日向がそう告げた直後、何処からか銃声が響いた。

 

 

飛んできたのは、普通とは違う大きさの銃弾。もうそれは砲弾と称した方が良いのではないだろうか、と思うほど。

 

銃弾の軌道から、狙いはただ一人───白髪の女性だけだった。

 

しかしその事実を知ってるであろう日向と盤銅は動こうとしない。それは、その女性も同じだ。

 

自分の危機だと言うのに億劫さを隠そうとせず、距離が三メートルぐらいの距離で、ボソリとある言葉を呟いた。

 

 

「────『銃弾は地に落ちる』」

 

彼女の言葉に連動したように、ガクンと銃弾のスピードが弱まった。空気抵抗によるものというより、女性の言葉の影響を受けたかのように。

 

そして、気付いた時にはスピードを失った銃弾はボールように地面を跳ねる。本来なら有り得ない現象だが、日向たちは見向きもしない。

 

彼等の視線は別の場所に、厳密には銃弾が飛来してきた場所に向けられている。

 

 

 

「総司と芭蕉は他の侵入者を倒しに行ったそうじゃが……わしらは学生たちの救助と、敵を倒せばいいんじゃな?」

 

「はぅぅん~。強そうな敵だったりするんですか?もしそうだったら、いたぶったりしてくれるんですか!?」

 

「………二人とも、警戒してください。敵の前ですよ」

 

視線の先にいたのは、三人の少女。この場にいない仲間を案ずる芦屋とこれからの戦いが楽しみなのか(勿論、別の意味で)両腕で自らの体を抱き締める伊吹。

 

緊張感の無い二人に指摘するのは千歳という少女。煙を出す火縄銃の弾を装填しながら、日向たちを静かに睨み付けている。

 

 

両耳に手を当てていた女性が肩を揺らす。たじろいた訳ではなく、寧ろ平静を保った様子だった。

 

「────他と音が違う。選抜補欠、それが彼女たちの名称みたいね」

 

「ほぉーーー、こいつらがぁーー?」

 

二人の反応に日向も軽く口笛を吹く。先程の攻撃は敵である彼等からも評価できるものだった。

 

最も、それが先程の学生たちを基準とした評価だが。

 

興味ありげに言っていたのに、つまらなさそうに溜め息を吐く女性が日向に目を配る。

 

「日向、貴方に任せるわ………私と盤銅は先に行ってるから。

 

 

 

どうせ貴方だけで充分でしょう?」

 

「………その言葉、馬鹿にしてると取りかねねぇから気を付けとけよ」

 

唸るような低い声を聞いた女性と盤銅は一瞬にして姿を消した。移動系の術を使った、というしかないだろう。

 

 

三対一という状況。どう見ても不利なのは変わらないのに、日向は好戦的な顔つきで歩み寄る。

 

「よぉ、テメェらがここの悪忍か?俺ぁ日向、最先端のホムンクルスd──」

 

「貴方たちの事なんて興味ありません」

 

あ?と怪訝そうな顔をする日向に、彼女は顔色を変えない。反応を無視しながら、「それはそうと」付け足すように告げる。

 

「自分より弱い者たち相手に、随分と調子に乗ったようですけど。

 

 

 

楽しいですか?格下の弱者と遊んでるのは」

 

「………話して分かったわ───ムカつく女だな、テメェ」

 

静かに、蚊のような声で呟く。俯いているので主な感情はよく分からないが、相当気分が悪いのは理解できる。

 

だが、彼そこまで不機嫌になる理由はもう一つあった。

 

 

「あー、殺してぇガチで殺してぇよ。テメェみたいな面見ると、あの野郎を思い出して腸が煮えくり返ってくるぜオイ」

 

歌うように物騒ことを口にする日向。彼からしたらいつも使うからか、気にした素振りもない。

 

 

「つー訳で今からテメェらぶちのめすわ。死ぬかもしれねぇから覚悟しろよぉ」

 

「出来るもなら、やってみればいいでしょう?怖じ気づいてるんですか?」

 

「──殺す」

 

そこでようやく怒りの沸点を越えたのだろう。ブチブチッ! と日向の笑みが引き裂ける。最早友好的とは、そもそも人に向けるような顔とは言えず、殺意と憎悪が渦巻いたおぞましい顔つきになっていく。

 

 

ひぇっ、と怖がる芦屋とあまりの殺意にその身を震わせ興奮する伊吹。そして千歳はそれを前にしても、物怖じしない。

 

その態度が更なる怒りの燃料となり、ついに爆発させる。

 

 

「死ねぇ!ボケどもがぁッ!!」

 

罵声と共に、日向はズボンに手を伸ばし、二本のナイフを宙に飛ばす。一瞬もせずに掴み取ると勢いよく地面を蹴り、千歳に斬りかかる。

 

 

「くっ!」

 

ガキィ! と防御の為に構えた火縄銃に火花が飛び散る。女性であるが同時に忍でもある以上、力で押されることはない。最初の一撃を防がれた事に対して、日向は反応しない。寧ろ、受け止めてくれたのは嬉しい事だった。

 

 

火縄銃を掻い潜り、もう一本のナイフが千歳の首に迫っていた。後ろに跳ぼうと考えたが、すぐさま両足を踏みつけられる。その場に縫い止められ、どうやっても動けない。少しでも力を抜いてしまえば、今防いでいるナイフを胸元へと駆り立てるだろう。

 

 

「──させぬ!」

 

「チッ」

 

仲間の危機を察した芦屋が両手首に鉄輪を回しながら、突っ込んでくる。横目で確認した日向は苛立ちを隠さず、ナイフをそのまま手放す。

 

そして、力を弱められたことでバランスを崩した千歳の右手を手に取り、そのまま芦屋に向かって投げ飛ばした。

 

「んな!?…………っ、無事か千歳?」

 

「………してやられましたね」

 

慌てて武器を仕舞い、千歳を受け止めた芦屋。彼女の心配する言葉に関して返さず、日向の行動に悔しそうに呻く。

 

普通はその会話をしてる時点で日向が攻撃してきそうなのだが、(興奮しきった)伊吹が日向を押さえていた。

 

蹴りを食らっても嬉しそうに震える彼女に、流石の日向も顔をひきつらせている。

 

 

「鬱陶しいな………よし、あれでもやるか」

 

一人でに呟く日向に、少女たちは不思議そうな視線を向ける。

 

一本のナイフをズボンのケースに収納し、もう一本のナイフを掴む。そして、

 

 

「妖忍魔法───【切・チェーンブレイカー】」

 

 

おかしな現象が起きた。

日向が行ったのは、軽く握り直したナイフを縦に一閃した。距離からしても最低でも二メートルは離れている。

 

 

何をしてるのか、そう思いながらも火縄銃の装填をし直す千歳は少し体を震わせた。冷たさを感じさせるもの───悪寒。

 

 

咄嗟に屈んだ千歳の真上、頭部のあった場所を突風が突き抜ける。バゴッ!! と近くの壁を吹き飛ばした戦車による砲撃のそれと同じだった。

 

法則の分からない正体不明の攻撃。そう思われてたが、すぐに理解できた。

 

 

壁に突き刺さっていたのは、巨大な剣。刃渡りの広い、ギロチンの刃のようなもの。

 

だが、同時に有り得ないと思う。日向が行ったのはナイフを振るっただけ。そんな刃を投げ飛ばす動作などしてないのだ。

 

 

「ハハッ!これだよこれェ!この力を使う感覚!サイッコォーの気分だなぁ!!」

 

彼女らの反応が見てて面白いのか、それとも話した通りなのか、日向は歪んだ笑いを届かせる。そして、ナイフを横に振るった。今度は、二回も。

 

 

ギャルン!ギャルン! と。

 

空中で黒い粒が集まり出し、大きな刃が生成される。それも二つ、同時に回転し、弾丸のようなスピードで牙を剥く。

 

 

複雑な軌道で自分たちを狙おうとする刃に対処しようとする芦屋は、気付く。

 

その刃の軌道に、怪我して倒れている学生たちがいることに。

 

慌てた様子で芦屋が回転するギロチンを両手の鉄輪で防ぐ。凄まじい勢いに火花が飛び散り、芦屋も思わず後退る。

 

何とか受け止められ安堵する彼女はもう一つの刃を伊吹と千歳が打ち落とした事を確認する。

 

しかし、重要なのはそこではない。日向が忍とはいえ意識を失っている者を狙ったのだ。何の躊躇もなく。

 

 

「貴様!」

 

「あー?うるせぇな、目的以外どうだっていいんだよ、ど・う・で・も!ていうか自覚しろよ、俺らが一々そんな事を気にすると思ってのか?馬鹿どもがよぉ!!」

 

ケタケタと、適当に命を奪おうとした日向は馬鹿にしたような笑いをぶつける。

 

端から聞いてた千歳は、ミシミシと火縄銃を掴む手に力をいれる。

 

コイツらは本気だ。相手を怒らせる為ではなく、冗談なしにそう言っているのだ。

 

 

楽しそうに狂笑する日向がナイフを震い複数の刃が嵐の如く吹き荒れる。校庭が破壊され、意識のない人間を殺そうと周りを破壊していく。

 

 

 

 

 

 

キラは立ち止まっていた。歩くこともせずに、静かに立ち尽くしていたのだ。

 

(この校舎に逃げ遅れた生徒はいない。いたとしても、戦ってる反応が複数。忌夢たちか、手助けの必要はあるか?)

 

彼の異能、『闇』による干渉。それによって学園で起きている事を大体は把握しているのだ。

 

しかしそれと同時に自然な謎もあった。彼の中で、ささくれみたいなものが引っ掛かっていたのだ。

 

違和感という名の、ささくれが。

 

 

(この感覚────一体何処かで)

 

その心配も杞憂となった。理由は、数秒後に起きた出来事が原因だった。

 

 

 

「────フム、これでいいだろう。邪魔も入らずにするのは大変だった」

 

 

 

「ハッ」

 

誰かの声。それを聞いて、キラは短く笑った。それは相手を馬鹿にした訳でも、楽しそうにしている訳でもない。

 

 

それの正体は自嘲、そして膨れ上がる歪んだ喜びだ。

 

 

 

故に、彼は今顔一杯の笑顔を浮かべていた。しかしそれは他人から見れば、感情表現が壊れたとしか思えない、狂気に満ちた笑み。それを仲間たちが見れば、心配してくれる筈だ。大丈夫かと、聞いてくるだろう。

 

(馬鹿か俺様は、あぁ。馬鹿だよ、何故忘れていた?この感覚を忘れまいと誓っただろうに)

 

しかし、今のキラは正常だ。異常とも言えるまでの状態でありながら。

 

廊下の奥に広がる暗闇に、彼は語りかける。忘れもしない知り合いに向かって。

 

 

 

「随分と演出が凝ってるなぁ───『道元』」

 

ゆらり、と。暗闇の中から人影が姿を現した。

 

色素の薄そうな逆立った金髪。髭も生え、年老いたと思えないような体格。

 

間違いない、この男は『奴』だ。今、自分の目の前にいる。キラの中で闇が増幅する感覚がした。だが、それは無理もないだろう。

 

 

 

 

「久しぶりだね、綺羅。私の可愛い最高傑作(息子)

 

探し求めていた(かたき)、復讐の相手を前にしたのだから。




閃乱カグラで有名な御方? 道元氏がようやく登場しました。

彼が語った通り、キラと道元は親子です。

………まぁ、キラの反応からして良好じゃないのはお分かりだと思いますが………原作の彼をよく知る方々なら理解できるんじゃないですかね?(適当)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十六話 騒乱の開始

えー、いやですね。言い訳させてください。




スランプ気味で投稿が少し遅れたんですよ!スランプ気味で!決してシノマスやマギレコしてた訳じゃないですよ!!(言い訳)


極秘ファイル参照

───注意

 

name 道元

 

蛇女子の元スポンサー

有権者の一人として議会でも優遇されていた人物。しかし人体実験を何十回も行っていたらしく、蛇女子を乗っ取ろうとしていた事を知ったカイル氏の密告受け、議会により追放された。

 

 

最後の実験にて、自分の妻子を使っていた事が判明。妻である■■氏は身籠っていた子を生むと同時に実験の後遺症で死亡。

 

 

逃亡中の道元の行方は不明。現在も調査を行う模様。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

その男と相対していたキラはハッと笑う。果たして、何が彼の心境にあったのか、それは当人にしか分からない。

 

最も、心地よい感情ではないのは目に見えて分かるのだが。

 

 

「久しい、なんて────貴様の口から聞けるとは思えなかったぞ」

 

吐き捨てるような発言。

それがキラの道元に対する感情の全てが込められていた。

 

怒り、憎悪、怨嗟、人に向けるには異常すぎるほどの負の感情の数々。もし、一般人がこれを前にすれば、恐怖のあまりに動けなくなる筈だ。

 

しかし、道元は顎髭を擦るだけ。自身に向けられた敵意に、寧ろ嬉しそうにも思える。

 

「何を怒っていると思えば…………やはり“母さん”の事かな?」

 

「ッ!」ビキッ!

 

「お前も我儘だなぁ。………分かっているだろう?私がどれだけの妖魔や忍を実験に使ってきたと思う。今更役目を果たした女一人に抱く感傷など───」

 

それ以上が、我慢の限界だった。キラはハルバードの束に手を伸ばす。

そして、

 

 

 

「───貴様が、“母様”を語るな」

 

既に攻撃は放たれていた。横振りのハルバードが瓦礫を削りながら、道元の胴体に迫る。両手に握られたことにより、破壊力が普通とは桁違いのものとなる。

 

そして、

 

ヴワァンッ!!! と。

 

 

斧みたいな刃が道元の体を一閃した。が、あまりの手応えの無さにキラは眉をひそめる。そもそも体を切ったのに分断されるどころか大量の血すら出てこない。

 

ゆらりと揺らめく道元の姿にキラはようやく理解する。

 

 

「残像………か」

 

「当然だ、私が自分の身をこんな戦場に出すと普通は思うかな?」

 

ホログラムのように歪む道元の姿。本人はここから離れた場所にいる、もしかすればこの学園にはいないのかもしれない。

 

 

「…………にしても、残像だってことは瞬時に気付けた筈だったんだがなぁ。それほどまでに衰えるとは」

 

崩れ始めた顔から嘲りの色が浮かぶ。小馬鹿にするような態度にキラから表情が抜け落ちる。こめかみの方の血管が青筋を立てて、激しい怒りが空気に充満していった。

 

そうだというのに、道元は口を閉じない。それどころか、更に続けた。

 

 

 

 

「随分と『弱く』なったんじゃないか?息子よ」

 

 

問答無用で、消える直前の残像目掛けてハルバードを振り下ろした。何度も、何度も、何度も。既に消滅した残像の男に向けて、キラは怒りを込めた全力の猛威を振るう。

 

 

 

 

「おォウああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!」

 

 

爪をかけて、喉元を引き裂く。比喩ではない、現に赤い液体が指先を、床を汚す。それでも声にならない絶叫は止まらない。何故なら彼の闇が傷口を再生させるから。

 

傷だけを治し続ける忌々しきも頼りになる力、母が死んでから彼は『闇』に染まっていったのだ。

 

 

───大切な仲間を得た代わりに、無敵の強さを代償とした。

 

しかし、無敵を失ったのは下策だった。そのせいで復讐の相手を倒せない、それどころか『弱い』とまで言われる。

 

 

──────よりによって相討ちしてでも殺したい程憎い父親に。

 

 

そんなキラに迫られたのは二つの選択。

 

仲間(雅緋)たちと合流し復讐を諦めるか、彼女たちと合流せず復讐に突き進むか。

 

 

決断には秒もかからなかった。

 

(…………あの野郎はクズだ、俺様の嫌がることは躊躇なくやってみせるだろうな)

 

暴れすぎた事に反省しながら、キラはハルバードを担ぎ上げる。ヨロヨロと破片を靴底で踏みながら、号外不遜といった様子で歩き続ける。

 

深く息を吐き噛み千切るように歯を鳴らし、

 

(ふざけやがって。俺様から奪ってきた癖に、また奪う気か。そんな真似させてたまるか。もう思い通りにはさせないぞ、絶対に)

 

 

彼の決意の根底には明確な理由があった。

 

一つは、雅緋たちとの間に出来た信頼。

そして、自分に仲間というものを教えてくれた善人の青年。

 

 

紅蓮、そう呼ばれていたフードの青年への純粋な憧れ。それがキラの成長の理由だったのだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「─────本当に、蛇女が………」

 

至ることから炎が上がり戦いによる轟音が響く蛇女子学園。彼等は破壊された校門を見上げていた。

 

 

焔紅蓮隊。

チームの名前となっている焔と紅蓮は互いの顔を見やる。そして、後ろにいる詠たちに無言の視線を投げ掛け、学園へと進もうとした。

 

抜けた身とはいえ、自分たちの母校の危機を見逃せなかったのだろう。

 

 

「待ってください」

 

同行していた青年、ヘルが彼等を引き留める。彼女らの前に立ち、両手を広げて道を塞いでいた。

 

この先には通せない、そう決意した顔つきで彼は言う。

 

「貴方たちに忠告させていただきます。今回あそこで暴れまわっているのは私の所属していた『混沌派閥』だと思います」

 

それは忠告なのだろう。

彼は組織の邪魔になる紅蓮たちを抑えたいのではない。寧ろその逆、紅蓮たちが組織に対立しないようにしたいのだろう。

 

悪意ではない善意が、強張った彼の顔から伺える。

 

 

「…………ヘルさん」

 

詠がヘルに声を掛ける。ピクッとヘルの体が震えた。その上で彼女は告げる。

 

「ご忠告感謝しますわ。ですけど、ここは私たちの思い出ある母校です。そして、抜け忍になり置いてきてしまった仲間たちか残っています。

 

 

そんな彼らが戦ってるのを、私たちは見ているだけでいられませんわ」

 

「………戦う気、ですか?」

 

ギリッと歯軋りをするヘル。

 

───分かってない、何も分かっていない。あの『組織』は覚悟だけで勝てる相手ではないのだ。

 

 

「奴等は普通じゃありません。メンバー全員がホムンクルス、戦闘の為に用意された特攻隊です。

 

 

それに奴等が表立って動くのは決まって自分たちにとって必要な事だからです。下手に手を出せば、貴方たちすら標的にされます!分かってるんですか!?全ての戦力を以て追われるかもしれないんですよ!!?」

 

ヘルはそれだけ言うと、疲れたように息を吐く。しかし、簡単に決意というものは変わらないのだ。

 

 

「………確かにそうね。けどもう慣れてるわ、追われる生活には。最近忍の追っ手も少ないし、退屈してた所よ。

 

 

ま、あの子達を襲った【禍の王】には痛い目を見せてあげたいしねぇ?」

 

「蛇女を攻撃してる、【禍の王】言うたか?色々やりたい放題やってるみたいやけど………少しワシも頭に来とるんやなぁ」

 

「どうせ皆もやるって言うんでしょ?なら私が何言ったって無駄じゃない!やればいいんでしょやれば!!」

 

春花、日影、未来がそれぞれの思いを口にする。しかし、誰もが諦めるという選択肢を選ぼうとしない。

 

 

「抜けた身だとはいえ、私たちだって蛇女の生徒だった!飛鳥たちを負かした奴等と戦ってみたかった所だ!………ついでに今までの鬱憤も晴らしてやる!」

 

 

「………動機が不純だけど、皆本気だ。勿論俺も、あそこには皆との思い出が残ってるんだ。

 

 

それをアイツら何かに、簡単に奪わせたくない」

 

 

彼等は本気だ、自分には止められない。理解したヘルは困ったように両手を下ろし、

 

「分かりました、なら私も着いていきます。あの組織で悪行を成した私の償いでもあります。………後で仲間に入れるのはちゃんと約束してくださいよ?」

 

ヘルの言葉に皆は快く頷く。それと同時にヘルの顔は綻んでいた。これが仲間、あの組織では得られなかったもの。その片鱗に心が温かく感じられる。

 

 

 

 

その直後だった。

 

 

 

 

 

「───『全員、その場から動くな』」

 

女性特有の高い声が周りに響くと同時に変化が起きる。全員、体が動けなくなっていた。しかし、口だけは無事らしく驚いた声が聞こえてきた。

 

そして、目の前に一人の女性が歩いてきた。

 

「やっぱりね。来ると思ってここに張ってて正解。見事に目標を確認できたの」

 

「………紫瑞(しおみず)さん、ですか!」

 

桃色の帯びた白髪を弄る彼女に、ヘルは顔を歪める。誰だそれ、といった視線に気付いたのか彼は静かに説明した。

 

 

「アルト様率いる上位者たち、『惨禍の剣(カラミティ・ソード)』の一人、です………ここにいるのは知りませんでしたが」

 

「ふぅん、貴方もいたのねヘル。彼等と共にいたのは正直驚きだわ。でもね、一々時間を掛ける気はないの。私は私の仕事をさっさと終わらせるわ」

 

そう告げた彼女は「『対象は全員、位置はランダム、人員は別々』」と妙な言葉を口にしていく。

 

一人だけ、ヘルは何か気付いたらしく顔色を変える。慌てた様子で周りの紅蓮たちに声を飛ばした。

 

 

「不味い!!皆さん警戒を───」

 

「─────『転移せよ』」

 

しかし、それは間に合わない。一瞬で視界が光に包まれていく。

 

そして、紅蓮たちはこの場から姿を消した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「どうやら、『紫瑞(しおみず)』の奴が上手くやったようだなァ」

 

鋭く尖った柱、凶器にもなりかねない刺の上にアルトは立っていた。重さで折れそうに見えるが、何かの術を行使しているのか、アルトは体制を保っている。

 

ピクリ、と彼の体が揺れる。近くにあった残骸の山が動いたのだ。そして、中から爆発したかのように瓦礫吹き飛ばされる。

 

 

「…………くっ」

 

「ハッ、まだ動けんのかよ。流石は蛇女の教師…………いや数年前に妖魔殲滅戦で戦死したとされる半蔵学院の善忍、凜だったかァ」

 

先程まで着ていた教師としての服ではなく、忍としての姿をした鈴音が、膝をついた。

 

 

感心した言葉を口にするアルトの顔には侮蔑が含まれている。小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、彼はゆっくりと飛び降りる。

 

ボロボロに傷ついた体を動かしながら鈴音は柱から降りてきた敵を睨む。その視線に満足にしながらも、アルトは彼女を見下ろした。

 

体の至ることを痛めつけられた鈴音と余裕そうに鎖の巻かれた刀を肩に乗せるアルト。

 

勿論、彼女はただ弱かった訳ではない。アルトの暴虐から逃げ遅れた生徒たちを守っていたのだ。

 

それほどのハンデがあっても変わらなかっただろう。どちらが圧倒的な強さか、結論を出す程ではなかった。

 

 

「俺らの情報量を甘く見るんじゃねぇよ。けどよォ、割とテメェらには感謝してるんだぜ?褒めてやりてぇくれぇにはな」

 

「なんだと………お前、何を…」

 

「テメェらが無様に負けを晒したあの妖魔、俺らが育ててた実験台なんだわ」

 

 

頭の中が、激しい熱に襲われる。グツグツと煮えたぎる怒りが彼女の思考を焼いてった。

 

 

───先程アルトが話した通り、鈴音は元々「凜」という名の善忍だった。しかし、卒業試験合格直後の任務『妖魔殲滅戦』にて妖魔により瀕死になったのだ。

 

あの時はその場に居た雅緋の父、学園長の手助けもあり生き延びれた。

 

だがその日、善忍であった凜は死んだ。妖魔に殺された仲間たちと共に。

 

 

そんな彼女に向けて、アルトは告げる。

 

「ありがとなァ!わざわざ負けてくれて!お陰でアイツは強くなったしな、それで新しい奴を造れた(・・・・・・・・・・・)訳だし…………テメェら忍には感謝しかねぇよ!

 

 

 

こうして俺らの計画の為の道具として機能してくれるんだからよォ!!」

 

 

今すぐにでも斬りつけたかった。妖魔という怪物を動かし、全ての忍の驚異となる存在である目の前の男を。

 

 

しかし、隙がない。もし今にでも飛び掛かれば、彼女の体は上半身と下半身に分断される。

 

「ま、そんな事だしよ。取り敢えず死ねよ忍、テメェには最早それしか未来がねェんだしな。一応情けとして楽に殺してやるぜ」

 

「……ふざける、な」

 

何としても立ち上がろうとする鈴音、そんな彼女にアルトは目を細める。

 

両手に刃の付いた鉄輪を握り締め、鈴音は腰を深く落とす。全てを─────アルトを葬り去る程の一撃を放つために。

 

 

 

「簡単には……死なない。せめて、お前でも………」

 

「………ヴォルザードとか言う奴もだが、何で無駄に面倒な真似する馬鹿しかいねェのやら」

 

心底呆れたと言わんばかりのため息と共にアルトは「もういいや」と切り捨てる。

 

 

死ね─────、その二言が告げられる直前。

 

 

 

ズドンッッ!!!!! と地面がブレた。明らかな巨大な地震。その理由を二人はすぐに気付く。

 

近くの校舎に何かが飛来してきた。それも隕石のような勢いで。

 

 

「─────おォ?」

 

アルトは刀を軽く振るう。それだけで震源地と思われる所に漂う煙が払われ、無数の斬撃が刻まれていく。敵へ向けた攻撃にしては乱雑、当たればいいかなどという考えしか見えない。

 

 

しかし、誰にも当たらない。当然だった、『彼女』は既に斬撃の射程から外れていたから。

 

 

ドッ!!

アルトの横手の地面が擦れる音がした。誰かがいる、そう判断するアルトは振り返ろうとする。

 

 

しかし、第三者の放った一撃がアルトの胴体に叩き込まれる方が速かった。声をあげる事なく、アルトは近くの残骸に吹き飛ばされる。

 

第三者はそれを見届けるや否や、倒れた鈴音に駆け寄る。

 

 

「凛さん!遅くなってすまぬ!」

 

「大道寺か………助かった」

 

善忍としての名で彼女を呼ぶのは、大道寺───半蔵学院に在籍する最強クラスの忍学生。

 

 

そして、凜の後輩である人物。大道寺の手を借り、立ち上がった鈴音は安堵するが、すぐに険しい顔になる。

 

 

更に爆発が起きた。そこは大道寺による一撃を受けた男が、吹き飛んだ場所。

 

 

「……急所を狙ったのだが、我も腕が落ちたか」

 

「あー、あー、痛ェな」

 

平然と、アルトは起き上がった。秘伝忍法の直撃により全身がボロボロになっているが、大したダメージにはなっていないように見える。

 

右手に鎖を掴み、納刀された刀を左手に納めたアルト。攻撃を与えられたというのに、怒るどころか反応もしない。

 

 

「テメェ、善忍かよ。何でここに来てやがる?」

 

「凜さんを打ち倒すのは我の果たすべき事、故にここに来た」

 

「………話通じてねェな、脳筋かよ」

 

カツカツ、とアルトは歩み寄る。大道寺は身構える、何時でも殺しあえるように。

 

「それよりもだ。貴様、【禍の王】の者で合ってるな」

 

「一々答え合わせも面倒だな、ドイツもコイツも死ぬ前にそう言うから疲れるぜ」

 

「そうか、なら聞かせて貰おうか」

 

大道寺はギロリとアルトを睨み付けながら、

 

 

 

 

「我が後輩、飛鳥たちを襲ったのは貴様らだな?」

 

アルトは沈黙する。言葉に詰まっている………ようには見えない。何を言ってるのかという顔を浮かべていたが、

 

 

「あァ、思い出した。あの時の雑魚どものことか!」

 

「っ!」

 

「そうだよ、この俺だよ。あの雑魚どもを襲ったのはさ!!…………それよりも聞いてくれよ!王様に殺さずに連れてこいって言われてたんだがァ、加減が難しいんだ。ついつい殺しちまいそうで、分かるかァ?」

 

それ以上、聞くつもりは無かったのだろう。

 

大導寺はズン! と地震でも起こしかねない力で踏み抜く。しかし彼女の隣に鈴音が追随する。

 

受け答えは、短く済んだ。

 

「奴は強い、手を貸すぞ」

 

「───承知した」

 

少しの言葉の応酬を終え、二人の姿はかき消える。それに同調するようにアルトも後ろに下がる。

 

 

ザン!ザン!ザン!ザン!ザン!!

 

飛び退くアルトを追撃するように風の刃が地面を切り裂いていく。大きなクレーターを作るように跳躍するアルトだったが、

 

 

左右に跳んでいた二人に挟まれた。いつの間に着いてきたのか、驚嘆の口笛を吹くアルトに、二人はすぐさま次の行動を取っていた。

 

 

鈴音の刃が、大道寺の拳が問答無用で振るわれる。高速といった勢いで、それらはアルトの急所へと吸い込まれる。

そして、

 

 

 

 

ガギィィン!!! と。

 

血は飛び散らない、二人の攻撃は防がれたのだ。刃を鞘に入った刀で、拳を鎖に巻かれた腕で。アルトは笑いながら迎撃する。

 

 

「かかってこい、最近消化不良でな。

 

 

 

テメェら相手なら本気で暴れられそうだァ、だからすぐに死ぬなよ?」

 

 

 

善と悪の強力な忍と、混沌を統べる組織の最強。恐るべき破壊を引き起こしながら、正真正銘の殺し合いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

────本部より空撃戦闘機 『ストーム』5号機に伝達。No.2 コードネーム『クロック』から任務が通達された。高位権限の発令により5号機に『黒装機蠍(アンタレス)シリーズ』を配備、及び指揮官となるメンバーを動員せよ。

 

 

 

動員されるのは、七つの凶彗星(グランシャリオ)候補生No.1 ラストーチカ様。

 

本作戦に置いて、司令官としての全権限を上記の方に集中。驚異判定されたテロリスト集団【禍の王】を殲滅を行え。

 

 

尚、この伝達は五秒後に消滅する。諸君らの検討をいの──────────────ブツンッ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十七話 裏切りのヘル

自分は造られた人形(ホムンクルス)だと、覚醒したばかりのヘルはそう言われた。自分たちの支配者であった存在、《混沌の王》に。

 

 

そんな訳ない!と当初のヘルは否定していた。血は赤い、食事をしなければいけない、ちゃんと眠る。これだけ見れば普通の人間だ。しかし、その事実を決定付ける理由もあったのだ。

 

 

 

─────記憶、思い出。それだけは存在しないのだ。必死に思い出そうとしても意味がない───そもそも、ありもしないものだから。

 

その問題を理解したヘルは自我が壊れそうになった。必死に頭を抱えて思い出そうとする。けれど脳裏に浮かび上がることはない。故に自覚した────自分たちは《あの方》の言う通り、使い捨ての人形だと。

 

 

 

それから、ヘルの切り替えは速いものだった。

何てこと無い、感情を消し去るだけのものだ。実行に移してみれば、意外と簡単に出来た。……呆気ないですね、と思う自分もいる。

 

 

 

『私の名前は、ヘル。『禍の王』の構成員であり、『絶対切断の刃(ギロチン・ブレード)』の名を持っている者ですよ』

 

組織の駒として、多くの敵を排除してきた。ヘルと名乗り、殺戮を繰り返す。その度に心が死んでいくのをじっくりと感じる。直に人形でいることに何にも感じなくなっていた────筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あぁァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」

 

絶叫が、誰もいない真夜中の山に響き渡る。その元凶であるヘルは右手で頭を押さえながら、大剣を片手に暴れまわっていた。

 

草木を吹き飛ばし、木々を薙ぎ払い、大地を削り抉っていく。人形であろうとしたのに、激情に飲まれかけていた。

 

 

理由は────ある戦いの後。『鍵』を捕獲せよとの任務を果たそうとしたが失敗し、本部へと帰ろうとしたあの日。

 

 

───覚えの無い記憶が、脳裏に浮かび上がってくる。今まで溜め込んできたガスが、限界と言わんばかりに暴発するように。大量の情報が頭の中を蹂躙していった。

 

 

 

『じゃーん、見てください!今日はモヤシを貰ってきましたわ!』

 

「止めろ!止めろ!わたっ、私は、私はヘル!戦いの為の人形だ!こんなもの知らない!私は知らないんだ!」

 

『───帰りましょう、黄泉。皆待っていますわ』

 

「だから止めろ!見覚えもない記憶を!私のじゃない思い出を!私に見せるなぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

 

人である理想を諦め、人形となる現実を選んだヘル。現実を受け入れた結果、理想から逃げてしまったとも言える。これはその罰だと、ヘルは心の奥底で思ってしまう。

 

 

そして浮かび上がる記憶を読み解いて、分かったことがある。記憶の持ち主の正体、言うなれば自分の素体となった者────それは黄泉という少年だった。

 

姉に詠という人物を持ち、同じく貧民街で暮らしていたらしいが、通り魔によって死亡したらしい。

 

 

なら、その記憶を受け継いだ自分に出来ることは何か。記憶を継いだだけの自分に、何が出来るのか。

 

 

『お姉ちゃん』

 

 

─────そんなもの。

 

 

『────生きて』

 

考えるまでもない、既に決まっていた。

理不尽に未来を奪われた黄泉という少年の心残りを守らなければならない。その決意と共に、ヘルは組織から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

忌夢と凱添との戦いは、お世辞にも戦闘と呼べる程では無かった。一方的な打撃、それに見回れた忌夢は為す術もなく地面に転がってる。

 

しかし、隙だらけの彼女に凱添は止めを指そうとはしなかった。

 

 

「んー?外が騒がしいなぁ………何々?善忍らが増援として来てるやと?オイオイなんでや?善忍と悪忍は対立しとるんちゃうんかいな」

 

耳元に手を当てて何事かを話す凱添。おそらく無線通信のようなもので誰かと会話しているのだろう。

 

 

今の忌夢もそれを無視していた。自分が考えるべきことはそれと違うと断じたから。

 

(クソ………何でだ?奴の攻撃の方が速い………ボクの方が最初に放ってるのに─────いや、待て)

 

攻撃したと思ったら先に攻撃を受けている。

 

突破できないと思えていたその行動に何かが引っ掛かった。何度も受けたからこそ、その謎が鮮明なものになる。

 

 

(先に放ったのに…………攻撃されてる?)

 

 

そこで忌夢は試してみた。

 

先程と同じように、如意棒を振るう。それを目視していた凱添は笑みを隠さずに、拳を振るおうとしてくる。それもさっきまでと同じだった。

 

 

「…………やっぱり(・・・・)

 

直後に如意棒の持ち方を変え、横に回す。しかし攻撃は届かない。如意棒の先端は凱添の胸元を空振っただけ。実戦では有り得ない失態だった。敵を前に攻撃をしくじるなど、チャンスを与えたようなもの。

 

 

しかし、凱添の拳も同じように忌夢の顔前を通り過ぎるだけだった。初めて一撃を外したというのに、凱添の顔に笑みが宿る。

 

 

「…………へぇ、気付いたんか?」

 

「攻撃の順序を入れ換える、それがお前の力……だからボクの攻撃が当たらなかったんだ。オマエが速いのも当然だ………ボクが一番最初に攻撃してた『順番』を入れ替えたんだから!」

 

 

「ピンポンピンポーン!当たりや当たりぃーっ!」

 

自らの力の正体を知られたのに、楽しそうに応じる凱添。緊張や焦りも感じられない、寧ろ余裕綽々とした様子だった。

 

 

「けどなぁ、それに気付いた所でどうするん?さっきは上手くやれたみたいけど、今のキミにワイを倒せるほどの体力は残ってるん?」

 

「っ……」

 

「無いやろ?ならここでサンドバッグにされるしかないやんか」

 

否定する事も出来ず、忌夢は膝をつく。あまりにも攻撃を受け過ぎたのだ、体力の消耗が激しい。

 

パシッ! とグローブ越しに拳がぶつかる音が響く。凱添はニヤニヤと笑いを隠さずに、彼女に歩み寄ってくる。

 

彼女の目の前に近付き、仁王立ちとなる凱添。落とされた如意棒を少し離れた場所に蹴り飛ばす。隙を付かれないようにした、これでもう忌夢は攻撃の手段を失ったのだ。

 

 

「グッバイ、お嬢ちゃん!悪いけどここで眠っててくれや!」

 

五本指を握り、強く固めた拳を振り下ろす。狙いは頭、確実に意識を奪う一撃。

 

忌夢には避けられない、避ける程の体力はあってもボコボコにされた体が追い付かないのだ。

 

鉄製品並みの一撃が彼女の頭を叩き潰そうとする。そして─────、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だこの化け物ども──ばッ!?」

 

「妖魔じゃない!?気を付け、ごが!!」

 

 

校舎の裏手、そこに集まっていた忍たちが必死に戦闘をしていた。悪忍と善忍、蛇女の救援に来た彼等が相手していたのは『混沌派閥』の者ではない。

 

 

様々な異形の怪物たちだった。人並みの大きさの蛇、二メートルの大男、二足歩行の蜥蜴、赤い眼光を照らす馬。

 

数えるのも説明するほど億劫、そんな怪物たちが忍たちに牙を剥いていた。何とか体制を整えていた忍たちも次第に、怪物に無惨に殺されていく。

 

 

 

「………皆、頑張ってるかなぁ」

 

そんな戦場に、白いワンピース少女は佇んでいた。目の前で激しい戦闘が行われているというのに砂などの汚れの全く着いてない清潔さが異常さを醸し出す。

 

 

だがそれも当然、少女自身は手を下さない。それらは全て、少女が生み出した(・・・・・)モノなのだから。

 

 

彼女の名前は、(のぞみ)

ある人物───柳生の妹であり事故で生命を奪われた少女。

 

 

だが、今の彼女は同一人物ではない。

その死体を使って作り出された別の存在、それが今の彼女なのだ。

 

 

「私も頑張らなきゃね、頑張らないと『あの人』に会えないから」

 

その時だった。

 

怪物の群れの隙間を縫うように一人の忍が通ってきた。素直に驚嘆する望だったが、そらも時間の問題。

 

 

その忍が手にしていた短刀を手に取る。可憐な少女の喉元を引き裂くように突き立て────

 

 

「────望に手を出すな」

 

 

──られる直前に、短刀は空を切った。そして手首は腕と分離し地面に落ちた。理由は単純、一瞬にして現れた薄い白髪の男性の振るった槍に切り落とされたのだ。

 

 

突然の攻撃に悲鳴をあげようとした忍の頭を矛先が抉り貫く。骨すら意図もしないかのように、普通の動作で。

 

 

一瞬の行動だった。暇も許さない神速の連撃。熟練である筈の忍たちも反応に遅れるほどの。

 

「ありがとう、黒雲さん…………他の方は大丈夫なの?」

 

「……礼など必要ない、あまり前線に出るなよ。私と違い、君の妖忍魔法は戦闘向きとは言えないからな。それと、問題ない。他のメンバーが対処するらしいからな」

 

一般的と変わらない会話をしながら、黒雲は地面に崩れ落ちた忍の胴体に再度槍を突き立てる。

 

直後、形を保っていた死体がドロリと溶け始める。ゼリー状になったと思えば、すぐさま槍に吸い込まれるようにして消滅する。

 

 

あまりにも恐ろしすぎる状況に、青ざめる忍たち。震える声音で人が悲鳴のように叫んだ。

 

「何なんだこいつら………これが人間なのかよ!?」

 

「二つの意味で勘違いしている。一つ、私たちはホムンクルス。造られた頃から忍としての戦闘能力を所有している。お前たちとは段階から────スタートラインそのものが違うのだよ」

 

 

血の付いた槍を横に払い、「そして二つ目」と黒雲は静かに告げる。槍の持ち手を変え、少女の隣に寄り添うように歩み寄った。

 

それに対して望は何らかの力を使っているのか、宙に浮く。ゆっくりとした動作で、黒雲の肩に華奢な手を添える。

 

「運が悪いと言い様しかない。私たちを前にしたのだから」

 

 

怪物を生み出す能力を持つ望と理解できない力と棒切れのような槍を扱う黒雲。

 

その二人を前にした忍たちは原始的な恐怖に襲われる。勝てない、この二人を越えられる気がしない。そんな感情が彼等の心を支配していく。

 

 

「私たちは負けない」

 

「───他の者らとは違う、信頼と絆で結ばれているのだから」

 

互いの弱点をカバーし、互いの利点を高める。二人を表現するのに言葉はいらない。

 

それ以上の、絶対的な繋がりがあるのだから。

 

 

 

 

 

 

千歳たち三人は日向相手に拮抗していた。押している訳でも圧倒されて訳でもない、しかし優勢は千歳たちにあった。

 

 

 

「…………ハッ、やるじゃねぇか」

 

笑みを浮かべながら日向はそう言う。愛用していたナイフは既に遠くに飛ばされてしまった以上、日向にチャンスはない。

 

反撃しようにも、目の前にいる千歳には火縄銃で狙われている為にそれは難しい。ホムンクルスは忍よりも頑丈だが、至近距離からの攻撃を受けるのは流石に不味い。

 

 

「終わりです───」

 

 

引き金に指をかけ、千歳は冷徹に告げる。抵抗をすれば何時でも倒せるように、全ての意識を次の行動に傾ける。無駄だと知ったのか、日向は降参と言うように手を上げて、

 

 

 

 

「───テメェがな」

 

 

 

 

直後、生っぽい音共に千歳の口から血の塊が吹き出した。

 

「は、───?」

 

見開かれた両目が、腹部を見る。その脇腹を鋼色の刃が貫いていた。肉を切り裂くような断面に赤い液体が流れる。

 

更に視線を上に向けると、刃は日向の服からはみ出していた。仕込んでいた、という訳ではない。内側から切り裂かれたように破れる服の隙間から見えるのは───皮膚から伸びる刃。

 

まるで元々体の一部なのかのように、違和感がない。

 

 

 

「───千歳ぇ!!」

 

「ひゃははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

 

芦屋の怒声と日向の狂った笑いが鼓膜を叩く。そのまま日向は体を振り回し、暴れ回る。刃を引き抜かれ吹き飛ばされた千歳は近くの木に叩きつけられた。

 

 

仲間を傷つけられた事に怒りを見せる芦屋が鉄輪を振り回して迫る。真後ろから伊吹もM字鋏を使い、ハサミのように切ろうとしてくる。

 

 

そんな彼女たちより早く、膨れ上がった肉体から無数の武器が放たれる。ハリネズミのトゲのように全方位へと伸びて、芦屋と伊吹を牽制していく。

 

周りの木々や建物を切り刻んだ凶器はすぐに縮小し、日向の肉体の中に収まった。何事も無かったのように、狂笑しながら彼は告げる。

 

 

「武器精製!これが俺に与えられた力ァ!遠くで作られるだけじゃねぇ、肉体の中で作り出す事も出来んだよバァァァカァァァァァァァッ!!!」

 

無駄な努力をしたな、と嘲っていた日向の視線がある場所を見て、より一層その顔を凶悪に歪める。

 

 

大木に背を叩きつけられた千歳、立ち上がれずに這う彼女はどう見ても簡単に殺せる状態だった。

 

 

そんなチャンスを、日向がむざむざ見逃す訳がなく、

 

 

「まずは一人ィ!テメェをグチャグチャのスクラップと肉の塊に変えて、やるぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

ガキ!!バギィッ!! と日向が凄まじい力で口に力入れる。そして、すぐに開かれた口の中から束となった刃物が射出される。

 

先端を鋭く、刀身を細く、急所を正確に迅速に穿つ為に杭となった鉄の奔流が倒れた千歳に狙いを定める。

 

 

 

(これが……終わりですか)

 

間違いなく自分の命を刈り取るであろう死の一撃に、千歳は落ち着いたままだった。手元に落ちてる火縄銃で撃てば、軌道はずらせて即死を免れるかもしれない。

 

 

けれど、

 

(どうせ死ななくても足手まといは確実…………なら、あの一撃を食らって死んだ方が、二人は動きやすくなる)

 

忍は消耗品。

それが彼女の考え方だった。勿論、自分を含んでの話だ。

 

立ち上がることすら簡単にいかない彼女が生き残った所で、芦屋たちの足を引っ張るだけだと。ならば死んだ方が意義がある、彼女らが気にすることもなく侵入者を倒せるのだ。

 

 

だからそれ以上何も考えなくていい。忍は消耗品、今死ぬか後に死ぬかの問題だから。

 

逃げろと叫ぶ声を受けても動かない、千歳は死を覚悟していた。

 

 

 

─────なのに、

 

 

「…………………あ?」

 

 

誰の発した声か、気付かずに口にされたものであるから、当の本人も知らないかもしれない。

僅か数秒の出来事だというのに、それ以上の長さを感じさせられる。

 

 

殺戮の一撃は、千歳を貫くこともなかった。強靭な杭は一瞬にして粉々の鉄片へと変わり果てていたのだ。

 

 

そして、千歳の前に立つ青年が。

薄い金髪の青年は自身の得物として身の丈以上の大剣を、地面に突き立てる。

 

見た目ほどの重さなど感じてない、軽々しく。

 

 

一方、千歳はこの現状に戸惑っていた。

死を覚悟したと思ったら、目の前に現れた青年により助けられた。が、自分が助かったと言う実感が沸いてこない。

 

その時、彼女の体が持ち上げられた。どうやら考えている間だったので移動していたのに気付かなかったらしい。

 

突然の事に驚きながら千歳は青年を見ようとして、自分がどうなっているのかに気付いた。

 

 

───抱かれている。俗に言う、お姫様抱っことかいう形で。

 

 

「……………え?え!?」

 

「あまり喋らない方がいいと思いますよ。あくまでも貴方は怪我をしている身ですから」

 

…………突然そんな事されて驚かない女性はいないと思うのだが、ヘルは静かに指摘する。千歳自身も予想だにしない行動に顔を真っ赤にして、何も言えずにいる。

 

 

「───そこの御二方」

 

と、ヘルは芦屋と伊吹の二人に声を掛ける。彼は抱き抱えた千歳を彼女らの前に下ろし、

 

「腹部に刺し傷、ですが治せるものです。ここから放れて治療を、そうすれば彼女は助かります」

 

「わ、分かった………じゃがお主は?」

 

「私は───」

 

答えながら、ヘルは大剣を真後ろに目掛けて薙ぎ払う。暴風が吹き荒れ、背後から迫ってきていた無数の武器が粉砕される。

 

 

 

「やることがあります。貴方たちを私事には巻き込みたくないですので、どうか急いでください」

 

 

急かすように少女たちをこの場から立ち去らせた。ヘル自身、これから起こるのは平穏なものではないと理解しているから。これ以上、誰かを巻き込むことが許容できなかった。

 

周りから人気が無くなった事を確認し、ヘルはその場に居座る一人と対立する。

 

その彼は、信じられないものを見るような顔をしていた。先程までの狂暴性が鳴りを潜め、震える声を漏らす。

 

 

「ヘ、ヘル……?」

 

「そうだ、私で間違いないさ。日向」

 

何も言わなくなり静かに俯く日向を前にヘルは大剣を握り締める。それを縛る布と錠を壊し、その姿を露にした。

 

 

『魔剣 フルンティング』

 

ヘルの愛用する武器の真名。血を取り込む事で強さを増す古き時代の武器の名を冠する剣。

 

 

手に馴染ませるように軽く振るうヘルはそのまま日向に相対する。日向はヘルを見ようとしてない、ブツブツと何事かを呟いていた。

 

 

そして、感情が爆発したかのように顔を上げる。ビキビキと青筋を立てながら、彼は喉の奥から全力の声で叫ぶ。

 

 

 

「───どの面下げて来やがったァ!!ヘルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!!!」

 

 

「決まってる────ケジメを着ける為だ!!!」

 

辺りを振動させる程の咆哮が響くと同時に、ブワッ!! と地面から三つの影が彼の体から沸き立つ。

それも全て武器。しかし、先程までとは違う材質の剣が重なり合い、複数の腕となった。

 

 

 

虫の脚のように細く鋭い剣と血のような赤に染まる魔剣がぶつかり合う。

 

衝撃が周りに吹き荒れ、地面にヒビが入りクレーターが出来る。辺りにある物全てが、彼等を中心とした惨劇に嵐に巻き込まれる。

 

 

ホムンクルス対ホムンクルス。

 

誰かの屍を模して造られた人形たちが互いの目的の為に死闘を繰り広げる。

 

誰も手が出せない、出した所で無駄死にになるしかない。それほどまでに、ホムンクルスとは桁違いの存在だった。

 

 

 

 

 

 

 

激しい戦いが続く蛇女。そこに向かう影が空高くに存在していた。

 

 

黒い四つの羽をした戦闘機、『ストーム』。空中での戦闘をより速く精密に行えるようにした非生物的なフォルムをしているそれには『Grand Chariot《グランシャリオ》』と記されている。

 

 

そして、無機質な戦闘機の中に一人の青年が座っていた。濃い銀色の髪で右側の顔を隠し、黒いコートで全身を覆う青年。

 

 

『目的地まであと三、四分です。まず辺りを戦略爆撃を開始し、多くの敵を出来る限り殲滅します。そして残りの撃ち漏らしの排除を』

 

「…………いや」

 

機械的な通信を青年は短く止める。スッと立ち上がり、飛行中の機内をスタスタと歩いていく。

 

 

「計画の修正を。まずは俺が突入して殲滅する、君たちは俺からの連絡を待ち、『アンタレスシリーズ』よ投入を」

 

『は?ですが決められた事ですので──え?問題ない?わ、分かりました。………許可が下りました、ラストーチカ様』

 

ありがとう、と青年 ラストーチカは告げる。壁に掛けてある二つの剣を背中に固定し、出口となる扉の前に立つ。

 

 

 

誰もが知らぬ所で、もう一つの勢力が動き出していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十八話 惨劇は禍いの前兆

ちょっと遅れました!すみませんでした(直球)


「………イテテ、背中が痛い」

 

 

それぞれ別の場所に転移され、分断された焔紅蓮隊。その内の一人、紅蓮は学園内の建物の上に飛ばされていた。

 

 

無論、屋根をぶち抜いた紅蓮もダメージが無いわけではない。見事に背中を叩きつけ、激痛に涙目になりながらも彼は立ち上がる。

 

 

「ここは……………倉庫、だよな?昔居た時と変わってないのか?」

 

「………ひっ!?」

 

近くに置かれた武器を手に取った直後、短い悲鳴が耳に入る。一瞬だったが、それを聞き逃すほど紅蓮は気が抜けてはない。

 

誰だ!! と叫ぶ前に、すぐ近くにいる少女に気付く。緑色の髪をして普通よりは大きな筆を武器とした(今現在抱き抱えている)少女だった。

 

二人は警戒していたが、すぐに互いの正体に気付いた。

 

「あ……紅蓮、さん?」

 

「君は────補欠の子!」

 

「ば、芭蕉です。………でもどうしてここに?」

 

「安心してくれ。味方だよ、【禍の王】って奴等を倒しに来た」

 

その言葉に芭蕉という少女は心から安堵する。紅蓮は昔だが、この少女と面識があった。

 

まぁ何というか…………補欠メンバーの一人、日影の後輩の子としか考えないのだが。

 

 

「良かった………で、でも紅蓮さんたちは蛇女に追われてるんじゃ………」

「母校がテロリストに襲撃を受けてるんだ。思い出ある場所を守りたいのは俺たちも同じだよ。

 

 

ところで、どうしてここに居るんだ?それと他の学生たちがいないようだが………」

 

「…………そ、そうだ」

 

 

 

 

「ぐ、紅蓮さん!取り敢えず逃げましょう!今の私たちじゃ皆を助けられません!」

 

「?それってどういう───」

 

 

ドガッッ!! と。

倉庫の扉が爆弾を受けたように吹き飛んでくる。紅蓮は咄嗟に芭蕉の前に立ち、腰元の刀を抜き払う。空気中に姿を見せた刀はその刀身を真っ赤に染め、炎に包まれていく。

 

 

「───焼却・壱式=爆火」

 

紅蓮は地面につけた剣先を勢いよく前方に向けて薙ぐ。空気を焼き焦がした炎刀が扉を切断する。二つの鉄板が熱を帯びたようなオレンジに変色したと思えば、空中で技の名の通りに爆散した。

 

 

背を向けた所での出来事を紅蓮は一々確認しない。最優先すべきは前方────武器を構える忍学生たちだ。

 

刀を軽く振るい、火の粉を振り撒く。燃え盛る炎を背にする紅蓮に、生徒たちは身動ぎもしない。

 

紅蓮は燃える刀を納め、少女たちに問いかけた。

 

「皆、何でこんなことをするんだ?」

 

「………」

 

「返事をしない………洗脳されてるのか」

 

答えるどころか武器を構える彼等に紅蓮の顔が苦々しいものに変わる。

 

洗脳とは言っても人格に影響するものではないらしく、意識を押し潰すように命令を植え込んでいるのかもしれない。

 

ならばやることは一つ、

 

 

「一応謝るけど…………ごめんッ!」

 

謝罪を告げ、紅蓮は少女の猛攻を掻い潜る。少女は一撃で仕留めようと武器である刀を振りかぶった。

 

(───今だ!)

 

しかし、その時を紅蓮は待っていた。決定的な隙が出てくるのを。

 

地面に手を当てながら跳躍し、刀の一閃をすらりと回避する。その刃が地面にぶつかる直後に、紅蓮は捻った体を回転させて少女の首を足蹴りした。

 

あくまでも、殺すためではなく無力化するための一撃。首とはいったが、正確には力を込めずに首筋を小突いただけなのだ。それを食らった少女は抵抗も出来ずに、倒れ込んだ───────筈だった。

 

 

「なッ!?」

 

紅蓮が驚愕の声をあげる。近くで見ていた芭蕉も両目を見開き、目の前で起きた出来事に絶句する。

 

ダン! と。少女は片足で強く踏み抜き、倒れようとしなかった。そのまま、おかしな動きで体勢を立て直したのだ。

 

しかしそこで紅蓮は気付いた。

 

立ち上がったのは、少女の意思ではない。その顔には生気や意識すら感じられない。まるで人形のようだった。

 

そして少女が少しでも動く度にギチギチと軋む音がする。歩き方も不可解なもので、何と言うか……………半透明な糸で操られたマリオネットのようだった。

 

 

もしかすると、などではない。確信に至った。

例のテロリスト『混沌派閥』は彼女らをただ操っている訳ではなかった。意識を失っても尚、こうも操り続ける。肉体の限界だろうが関係なく、最早人としてではなく道具としか運用していない。

 

 

 

「………ッ!!」

 

カッ!と破裂しそうな怒りを収め、紅蓮は奥歯を噛み砕く。

 

自分が道具として扱われるのは良い。人形である以上、紅蓮自身もそれぐらいは受け入れている。(彼女らが聞けば激しく怒ると分かってはいるが)

 

しかし、自分とは関係ない───増してやその尊厳すら踏みにじられたような所業を許せるほど、紅蓮は情がないわけではないのだ。

 

 

「焼却・参式=華臥守火(かがりび)!」

 

切っ先を床に叩きつけ、倉庫を分断する程の炎の壁を出現させる。

 

その為にも、まずはこの場から逃げなければならない。あれほどの数を相手すれば勝つのも、何より芭蕉を守りきるのは難しいから。

 

「行くよ!足止めをしたから時間は掛かる!」

 

「はい!」

 

そう声を掛け、先に行くように促す。芭蕉は頷き先を進むが、不安そうな顔を紅蓮に向けていた。

 

心配ないと紅蓮は笑い掛けようとするが、

 

『─────、────────』

 

「ッ!!…………?」

 

頭に変な言葉が響いた。ノイズにより上手く聞こえない。しかし普通のものではない、耳からではなく脳裏から発されている声音なのだから。

 

 

「……………一体、何なんだよ」

 

最近こんな事が続いている。他の誰かの記憶が流れ込んできたり、今回のようにそれ以外とは別である声が聞こえるのだ。

 

しかし今はそんなことをしている暇ではない。目に見えて戸惑う芭蕉に大丈夫と言い、紅蓮は彼女と共に倉庫から飛び出す。

 

 

自分の身に何が起きているのか、紅蓮本人は分からない。しかし後少しで、それを嫌でも知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失、態。………よもや、これほど………とは」

 

鎖付きのクローを破壊され、壁に叩きつけられた白いマスクの男────『翠翔』がその動きを止めた。

 

紫と翠翔の戦い、それは紫に勝敗が下った。のだが、彼女からしたら不安しかない。

 

 

弱い、あまりにも弱すぎるのだ。学生たちを倒せるほどの実力はあるが、それ以上はなかった。紫の《禍魂の力》を受け、一撃で沈黙していた。

 

そしてもう一つの謎がある。

 

「でも、この人…………人間じゃないのは確か……だけど………」

 

何時も人がどういう人物かを匂いで判断する紫だからこその疑問だった。男から感じられたのは人間特有の匂いでではなく─────、

 

 

「まさか────ロボット?」

 

「肯定。良い線はいっているぞ、少女よ」

 

先程の男と同じ声に紫は声の方を見た。

 

暗闇から人影が浮き出てくる。先程と同じ、純白のマスクを被った人物。片腕に伸びる鎖付きの三つの爪。

 

 

紫の近くで倒れている『翠翔』と同じ容姿の存在。そう思っていた彼女の眼に、信じられないものが映った。

 

 

「回答。私は人在らず、矮小なる人の身を越えたホムンクルス。私は「二番目」の『翠翔』であり、他の個体も『翠翔』である」

 

その真後ろから同じ人影が現れたのだ。一人かと思えば二人、三人四人五人……………、十何人ほどで数えられなくなった。

 

それら全てが一寸違えず、『翠翔』であった。

 

 

目の前で起きる現象を説明することは紫には出来ない。そもそも、他の誰もが簡単には説明できるわけではない、この状況はそれほど次元が違うのだ。

 

倍以上の数を有する『翠翔』を統括する「二番目」の『翠翔』は彼女を前に気楽そうに宣言した。

 

 

「これが『混沌派閥』、その一端。圧倒的な数の差という絶望を知るがいい」

 

「「「「「【メトロンフィンガー】」」」」」

 

 

「……っ!こないでッ!」

 

無数の鉤爪が様々な方向から殺到する。紫も対抗するように紫色の波動───《禍魂の力》で押し返すが、それでも防げるのは第一波だけ。

 

直線の廊下を覆い尽くすようにクローが変則的な動きで禍魂の力を回避する。突然の事に紫は反応しきれない。

 

人体の肉を軽く抉り取れる程の爪が、忍の少女に牙を剥く──────直前に、

 

 

 

クローの一部が火を噴き辺りを巻き込んで爆発した。そう見えただけ、紫はその場に漂った火薬の匂いを感じていた。

 

近くから銃を使った一撃、そう彼女は確信した。

 

 

「…………どうやら、遊びが過ぎたようだ」

 

『翠翔』の一人、No.2が爪に装着した鎖を巻きながら呟く。何十の視線は紫に────その後ろに向けられていた。

 

振り替えると、眼帯を付けた少女が立っていた。猫耳の付いた黒のゴシックを着込んだ、自分よりも幾分か背の低い。…………例えるのなら、キラより少し小さいくらいだと思われる。(もし本人が聞けば憤慨しながら否定しただろうが)

 

 

「えっと………そこのアンタ、大丈夫?」

 

「……大丈夫ですけど、貴女は?」

 

「ここの生徒よ、元が付くけどね」

 

煙の噴いた傘を片手に歳下の少女はスタスタと紫の横に立つ。

 

そして自分よりも数の多さを利点とする『翠翔』の郡体相手に啖呵を切って見せた。

 

 

「ったく、大勢で一人をいたぶるなんて。大の大人がする真似じゃないでしょ。ここからは相手してやるわよ。

 

 

言っとくけど、アタシはそんなのを見逃すほど甘くないからね!」

 

未来。

『紫瑞』によりランダムに飛ばされた彼女も自身の敵と遭遇する。言葉通り油断をせずに、分体を群れとする『ホムンクルス』を相手に。

 

 

 

 

 

眩しい光に視界を遮られていた焔だったが、ようやくその光が消えたことを確認する。

 

「ッ!………ここは?」

 

周りを見ると、真っ白に変貌していた。室内のホールなのは分かるが、辺りを白い何かが包み込んで、元の質素な壁を塗り替えていた。

 

それらを見据え、言葉を失っていた焔に。

 

 

 

「やあ」

 

と、暗闇から声が掛けられた。

 

飛び退いて六本の刀を引き抜く焔に、その声は何も告げない。一瞬でも隙を見せずに相手の同行を窺っていたが、あることに気付く。

 

自分の真上から影が伸びている事に。

 

 

「─────始めまして、ってところかな?焔」

 

 

くすりと。

機械仕掛けのようにギシギシと動く白い世界で、彼は笑う。親しい誰かと対面したかのように。

 

彼は、12歳ほどの赤髪の少年だった。昔欧米の方に存在したとされる魔女のようなブカブカとした漆黒の法衣、歯車のような部品の組み込まれた灰色の手袋。

 

その幼さの残った顔の左側には刺青が刻まれており、同じように左眼にも何かの紋様が浮かんでいる。

 

「誰だ?………お前は」

 

焔は目の前の少年を知らない。

会ったことがあるとか、すれ違った訳でもない───正真正銘赤の他人に違いはない。

 

 

なのに、何故か、焔は違和感を感じていた。この少年を他人とは思えない。信頼できる者を前にしたような、この場に相応しくない感覚が心にあったのだ。

 

 

「うんうん、その反応は正しいね。僕と君は初対面だ、それは間違いない……………けどね、無関係じゃないんだよ?僕らは」

 

怪しく歌うような声音で話す少年。意味の不明な言葉の羅列に困惑するしかないが、それでも焔は無視することにした。

 

そして臨戦態勢を整えながら、問いかける。

 

「お前が『混沌派閥』の人間、で会ってるよな?」

 

「うん、そうそう。あと、僕らはホムンクルス。人間なんかと一緒にしないでね」

 

「ホムンクルス………紅蓮と同じ奴か」

 

「紅蓮?─────あぁ!『彼』の事ね、なるほどなるほど!君たちは何も知らない訳だ!………ねぇ、質問するけどさぁ、

 

 

 

『彼』について面白い話があるんだけど、知りたくな………………んぁ?」

 

 

話の途中で少年はピクリと体を揺らす。白い世界の一部がガタガタと蠢いたのだ。それに反応した少年は目を細め、深い溜め息を漏らす。

 

乱雑といったように髪を掻きむしり、苛立ちを隠そうとしない。何処かに顔を向け、不愉快そうにブツブツと呟く。

 

「あーあー、せっかくこの僕が操ってるのに、アイツら『彼』を逃がしてるじゃんか。もう、全然役立ってないね忍ってのは。…………ホント使えないったらありゃしない、こうして動かしてる僕のことを考えて欲しいね」

 

「────おい」

「うん?」

 

低い声に、少年はすぐに振り替える。自分が何を言ったのか理解してないような真顔。そんなものはどうでも良かった。

 

使えない、道具、という発言を聞いた焔に怒りがフツフツと沸き上がる。だが、聞いておかなければならないこともあるのだ。

 

 

「………さっき言ってたこと。学生たちの暴動、それはお前がやってる訳だな?」

「あーそうだけど…………何?まさか彼女たちを何だと思ってるとでも言いたいの?馬鹿だね、忍ってのは駒なんだ。それを有効活用してるんだ僕は。

 

 

寧ろ忍ってヤツらの本望を叶えてあげてるんだから、褒めてほしい位だね」

 

平然とした顔でさらっと言い切る少年。しかし両眼に映るのは純粋な悪意の色だけだった。

 

 

それを前に焔は息を吐き、

 

 

「ふざけるな、この外道が」

 

「……………僕の相手も皆そう言ってたなぁ。けどね、外道にもならなきゃやってらんないんだもん。それにさ、そう抜かした奴等は全員死んだよ、分かる?」

 

 

それ以上は聞くつもりはなかった。

 

鉤爪のように両手に取った六本の刀を操り、焔は疾駆する。この騒動の一因である少年を一撃で倒すために。

 

けれども、少年は動かない。目の前に届こうとする凶器に、身動ぎもしなかった。

 

 

「あのさぁ」

 

何かが可笑しいと、斬りかかりながら焔は思った。自身から攻撃を受け入れる事で何か重要な事があるのだろうか?

 

 

ギュルルル!! と。

 

 

 

 

「何でここにいるのは僕だけだと思ってたの?」

 

風を切る音に続いて鎖鎌が飛来してきた。無意識外からの攻撃、にも関わらず反応できたのは焔の実力もあってのことだ。

 

彼女の反射神経に口笛を吹いて賞賛する少年。そんな少年の前に、『誰か』が着地した。

 

深紅の鎖鎌を振り回していた『誰か』を目にした焔は驚愕する。今度こそ、焔にとって知人と呼べる人物であったから。

 

 

 

「総司!?」

「…………」

 

総司、秘立蛇女学園選抜補欠のリーダー。プライドが高くナルシスト気質で、前の因縁があり焔をライバル視していた。

 

しかし、今の彼女は前とは変わり果てていた。

余裕そうな顔には何も感じておらず、敵意の滲んだ眼を焔に向けている。

 

 

「僕の名は修羅、『惨禍の剣(カラミティ・ソード)』の一人。アルト様率いる【混沌派閥】の精鋭部隊」

 

焔の相手を総司に任せた少年の体が宙に浮く。何かの力で浮いてるというよりも、引っ張られるような形で。そのまま白の空間の一部の足場に腰掛ける。

 

二人の戦いを観戦するように。しかし指先を焔に向けながら、

 

 

「更に言うけど、僕は戦わない。それは道具たちの仕事…………だから、勝手に殺し合って勝手に死んでよ」

 

直後、彼の指から何かが射出される。咄嗟の事に焔は何とか反応し、首を動かして回避した。

 

キィン───、小さく鋭い音に焔はその正体を確かめる。しかしそれを許さないのが一人、総司が焔に襲いかかった。

 

 

それを少年は頬杖をかきながら、つまらなさそうに見下ろしていた。

 

指先からピアノ線のように細く白い糸を垂らしながら。

 

 

 

 

 

そして。

『七つの凶彗星』の本部に用事があった天星 ユウヤは資料室で本を読み漁っていた。机に腰掛け、多くの本に付箋を付けながら、彼は静かに呟いた。

 

 

「ホムンクルス………死んだ人間を素体とした兵士か」

 

ここにはいない同僚から教えられた事実。そして自身の知り合いの正体でもある情報。

 

仮説であるかもしれないが、それが『混沌派閥』とかいう連中の目的の手掛かりになるかもしれない。そう思い、ホムンクルスというものを調べていたのだ。

 

…………正確には、飛鳥たちの捜索を出来ない現状に苛立ち、ゼールスに宥められた事でそうすることにしたのだが。

 

 

「…………なぁ、ユウヤ」

 

「あ?どうしたゼールス」

 

そして近くでファンタジー大作の漫画を真剣に読んでいた小さくなった当の本人 ゼールスがユウヤを呼び掛ける。

 

ユウヤも本を閉じ、彼を見返した。大した結果もなく、無駄だと諦め掛けていたのだろう。つまらなさそうに欠伸をしている。

 

「少しだがな、ホムンクルスについて聞いて疑問に思うことがあった」

 

「………ん?何がだ?」

 

「ホムンクルスは戦闘の為に造られたのではないのかもしれない」

 

息を飲み、そんなことを口にした彼を見るユウヤ。「死体を使うとあったろう」とゼールスは続ける。

 

 

「死体を改良してホムンクルスを生み出しているのなら矛盾が発生する。それは記憶、魂というべきか?それが肉体に定着していることだ。いくら弄くってもそれだけは無くならん」

 

「……………」

 

「死んだ人間の記憶が存在する事で今ある人格に影響を及ぼす事もある。人格が変わればその肉体や性質も変化するという話もあるからな」

 

あまりにも難しい話だが、要約するとこうだ。

 

────死体を使ったとしても残っている記憶と今ある記憶が混じり合う事で人格と肉体、能力が変わるかもしれないということなのだ。

 

 

「つまりだが、それは本来人間には不可能とも言える事が可能かもしれない」

 

「………それは?」

 

「別の生物との融合及び同化。それはもう理を逸脱したものだと思わんか?」

 

あまりのスケールの話に、ユウヤは言葉を失う。『聖杯』などというおかしなものを目にして来たが、流石にそんなものを聞かされてそう簡単に納得できるほどのものではない。

 

だが、ゼールスは両手をヒラヒラとさせ鼻を鳴らしながら告げた。

 

「しかし我は無理だと思っている」

 

「どうしてだ?お前から話した事じゃないか」

 

「それが出来るなら実際にやっている。出来ないからこそ無理だと断じているのだ。

 

 

その為には肉体を変質させる《機会と力》が必要だ。この世界にそれほどを為せる生命がいるとしたら…………ま、あるとしたら相当の技術と知識がないとな」

 

じゃあやっぱり無理なのか、とユウヤは呆れながら本に手をつける。同じようにゼールスも面白そうな漫画を読んではしゃいでいた。

 

 

 

この時、誰もが気付いてはいないのだが。

天星 ユウヤとゼールスはある意味で言うと『混沌派閥』の真実に一歩近づいていた。




今回のタイトルですが、意味があります。


・惨劇は禍いの前兆

《惨劇、禍い》

『惨禍の剣』

そして、その一人である修羅の登場。



…………くだらねぇー(自虐)


ですが最後にあったあの二人の話、この章において重要になるんですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八十九話 朱と紅

「やれやれ、色々と面倒な事になっとるのぉ」

 

 

七つの凶彗星(グランシャリオ)本部、その一室で神威はそう漏らしていた。彼女が頭を抱えている(面倒くさがっている)のは今起こっている案件。

 

秘立蛇女学園を襲撃する【禍の王】というテロリスト───情報によると『混沌派閥』と名乗っているそうだが。彼等が何の目的があるのかの情報はまだない。

 

 

大きく開いた扇子を閉じ、椅子に座った神威はある物に手を伸ばす。黒塗りの電話、昔に使われていたような代物。

 

外側のボタンを押し、それだけして受話器に耳を当てる。通常時に聞こえる呼び出し音はなく、カチャカチャとした機械音だけが木霊していた。

 

雑音が響くと共に、ガチャ!と音質が切り替わった。

 

 

「────さて、ラスチカを動かしたのはお主じゃろう、零次」

 

『────────神威か』

 

声の主は平然としていた。

驚くほど落ち着いた様子で、七つの凶彗星のリーダーである神威に受け答える。

 

その正体は、No.2 時崎零次。古参の一人であり天星ユウヤも知らない存在、凶彗星の怪物の一角である人物なのだ。

 

そして、今回ラストーチカなる人物を蛇女学園に送り込んだのも彼の手による。今はまだ現れてないが、戦場で動くのも時間の問題だろう。

 

『勿論そうだが、お前に何か問題はあったかな』

 

「うーむ、無いと言う訳じゃないが…………まぁた香織が文句言うぞ?どうするつもりじゃ」

 

『別になんとも、俺は肩書きがあればそれでいい。椅子に座ってるだけでは世界は救えないからな、それでは旧友にも顔向けできない』

 

「むー、それはずるいぞ。妾はトップだから動けんしな。ずるいなー、お主みたいに自由で強いヤツはー」

 

ジタバタとうねる神威に、電話越しから笑みが返ってくる。勿論、それは吹き出したという訳でもない。彼はその心境を胸に含み、

 

 

『…………一人で世界を滅ぼせる癖に何言ってんだか』

 

「クックックッ。零次、妾だから良いとして、他の女子にもそんな態度を取るのかの?」

 

『馬鹿言うな、お前だけに決まってる。第一、俺は他人とはあまり関わりを持たない主義だ────それと、早く本題に入れ』

 

声音にしては強い言い方を受け、神威はフムと姿勢を立て直す。椅子から立ち上がり、受話器を片手にベッドへと身を投げ出した。

 

 

「妾もお主を責めとる訳ではない。それはよく分かってるじゃろう」

 

『無論だ、俺も感じたことをお前が理解していない筈がないからな。お前も感じたのだろう?』

 

まぁな、と答える。神威は仰向けになり、受話器の手とは反対の手で片目を覆う。

 

カチリ、とその目の色が深い碧に変わっていた。その内側、奥には白い無数のラインが描かれている。

 

───見る人が見れば、それを宇宙の星座と答えられたであろう。

 

 

「お主の未来視に妾の予知、どちらも警報を鳴らしてる訳か──────自分の能力に間違いは無いのは知っとるが、これはもう確定じゃな」

 

あくまでも、七つの凶彗星(グランシャリオ)のメンバーは化物揃いだ。No.7、最下位である『志藤』ですら国を滅ぼすと謳われるほどであるのだから。

 

しかし、上の二人は別格だ。神威と時崎、彼等は世界を滅ぼせる程の実力者。

 

その内の一人が宣言する。自身と同胞が視た未来、その一部を。

 

『妖魔が現れるぞ、秘立蛇女学園を───辺り一体を滅ぼし尽くす巨大妖魔が』

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

ガキィィィン!!!!

 

人並みとは違う大きさの魔剣と小さな二本のナイフ。本来ならどちらが強いかは明白だが、それでもヘルと日向は均衡している。

 

 

互いの一撃が弾かれ合い、勢いよく吹き飛ばされる。しかし、二人は即座に立て直す。ヘルは魔剣を片手に日向の方へと疾駆する。

 

遠距離攻撃を使える日向は有利に動き回れるのだ。勿論、先程の戦闘のように。

 

 

「妖忍魔法!【(キル)・ギロチンブレイカー】ァ!」

 

縦に振り下ろしたナイフが更に横へとなぞられる。空気が擦れる直後、音速といったスピードで生成された刃が突っ込んでくる。

 

全身を出来るだけ捻り、大振りの魔剣で飛来するギロチンを打ち払う。しかし弾き返しただけ、回転したそれはまた戻ろうとしてきていた。

 

ヘルの対応は静かなものだった。

 

「───重量増加・構造変質・形状変化」

 

ボゴボゴボゴ!!と刀身の長い魔剣が内側から膨らんでいき、その形を変異させていく。内部から変じていくそれは次第に大きさを歪め、巨大な物へとなる。

 

 

「変化完了────巨刀!」

 

さっき持っていた大剣よりもズッシリとした重さを持つ刀をヘルは容赦なく回転する刃に叩きつける。高速で動いていた《ギロチンブレイカー》もそれほどの一撃に耐えきれず、粉微塵に砕かれる。

 

 

「チィ!!」

 

苛立たしそうに叫び、日向は両手に何かを掴む。生成能力で造り出した毒々しい色のナイフ。一本だけとは限らず何本もその手から投げ飛ばしてきた。それを何度も、繰り返す。

 

宙に舞ったナイフが、無数の弾幕と化して襲い掛かってきた。

 

 

「!!」

 

ヘルは巨刀を凄まじい勢いで足元に振り下ろす。バゴンッ!! と地面を吹き飛ばし、風圧がナイフの雨を薙いでいく。

 

 

「テメェ!ザケたな真似してんじゃねぇぞ!」

 

苛立ったように叫ぶ日向は仕舞っていたナイフを手に取る。もう一度、ギロチンを生み出そうと大きく振るうが─────砂煙の中から飛ばされた毒々しいナイフに目を見開く。

 

 

「クッソが!!」

 

悪態と共に今の動作を途中で止め、別のものへと切り替える。ナイフの持ち手を変え、即座にそれを打ち落とし、再度ナイフを振るおうとした。

 

しかしギロチンが顕現することはなかった。これまで掛かった時間は数秒。一般的には短かったとしても、彼等からしたら相当の隙だったのだ。

 

 

ナイフを空中で制止させた日向。その首筋にはギザギザの刃、ヘルの愛剣『フルンティング』が静かに添えられていた。

 

青年の宣告が告げられる。文字通り、敗北を示す言葉が。

 

「終わりだ、日向」

 

「…………みてぇだな」

 

あっさりと日向は答えた。自分の事を受け入れるにしては冷静すぎる。何かあるのか、そう疑ったヘルだったが、

 

「なぁ、ヘル。テメェが組織を抜けたのは、頭ン中の記憶が理由か?」

 

そう言われたことにヘルは言葉に詰まった。図星だったこともある、それ以上に驚きがあったからだ。「俺にもあるぜ、よく分からねぇ記憶がな」吐き捨てるように日向は告げた。

 

「感情のねぇガキを連れてたヤツさ………ナイフばっか使ってンのも、ソイツの記憶が影響してんのかね。俺にゃあ分からねぇがな」

 

「日向………お前は……」

 

「ま、少なくとも──────俺には、お前やソイツみたいな良いヤツにはなれねぇよな。笑えることに」

 

クククと笑い、膝をついた日向は楽しそうに告げた。ガキン! と何かを噛み砕く音と同時に。

 

 

「うごっ、か………おぉ───オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?」

 

血の滲むような雄叫びと共に、辺りに赤い飛沫が飛び散った。悶え苦しむ日向の体が暴発するように膨れ上がった。

 

日向の背中から、羽化するように棒のようなモノが生える。全て武器、恐ろしいほどに血の赤に染まっている武器で作られた『脚』だった。

 

「───日向ぁ!!」

 

「ギ、ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ!!ギギギハ、ギハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!」

 

正気じゃない狂笑を放ちながら、日向は起き上がる。背中から飛び出した『脚』を使って。

 

展開される『脚』の数は合計12本。背中から日向を支えるのは4本、それら全てが槍や斧などといった様々な武装が取り付けられている。

 

 

「ヘル!俺はぁ、俺たちはよぉ!誰もが人形であることに忌避してんじゃねぇのさ!むしろそれを望んでいるヤツもいる!俺みたいになぁ!!」

 

脚によって起き上がった日向にも変化があった。両腕が同じく赤の剣、赤の槍となっている。首筋から流れていた血そのものが武器へと変じたようになっていた。

 

武器で作られた蜘蛛。歩く度に流れる血が武器となっていくそれは、彼の能力が活性化しているのだ。

 

「俺たちホムンクルスは戦闘だけの人形だぁ?上等!元より笑って生きてけるとは思ってねぇからな!『王サマ』の思惑通り、人形として暴れてやろうじゃねぇかよ!!」

 

もし今の日向が暴れれば、この学園の生徒たちは為す術もなく殺されてしまうだろう。彼等にここまで強化されたホムンクルスを倒せる技量はない筈だ。

 

 

「────馬鹿だよ、お前は」

 

悲しそうに、それを見据えながらヘルは言う。魔剣を大きく振るい、その異形を前にしても、ヘルの心は平常だった。

 

そして、力と共に日向に斬りかかる。裏切り者のヘルには、元とはいえ仲間が手を汚すのを止める事しか出来ない。それしか、自分には出来ないのだから。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「んー?日向のヤツ、『あれ』でも使ったのかね?まぁ良いけど、このままじゃヤバイことになるじゃないかな。………………僕は知らないからいっか」

 

高台の方で修羅はそう呟いていた。ここから離れた場所で起こってる戦いのことをどうやって知り得ているのかは分からないが、彼にとっては無関心しかないのだろう。

 

今見てるべき、目の前の状況。

焔と総司。この二人の戦いを、面白そうといった笑みで見下ろすことしかないのだ。

 

「ッ!止めろ総司!」

 

「─────」

 

声に反応せず、総司は鞭を振り回す。近くの物体を削りながら、同時に刃の嵐が焔に襲い掛かる。

 

六本の爪で受け止めるが、衝撃が激しい。何度も刀越しに響く感覚に、焔は顔を歪めながらも持ちこたえる。

 

遠くの方で、馬鹿にしたような修羅の声が聞こえてくる。

 

「止める訳ないじゃんかぁ、誰が操ってると思ってんのさ。少なくとも、彼女の意思じゃ無理だよね」

 

少年はそう言いながらも、やはり両手から糸を伸ばしていた。指の動きに合わせて、白い空間もギチギチと歪んでいく。

 

そこで焔は意を決したように動き出す。丁度よく出来た反撃の隙の使い、回りの壁などを使い、総司の背中に回り込んで切り裂いた。

 

 

───総司の背中、間接から伸びていた真っ白な糸を。

 

(さっきからアイツが使っている糸、それで総司を操っているのなら!それを切ってやれば!)

 

最初からだが、違和感には気づいていた。修羅の発言と、総司の後ろを見てその確信に至ったのだ。

 

他の生徒たちもこうやって操っていたのだろう。そう思うと怒りが込み上げてくるが、優先するべきは元凶を倒すこと。

 

 

───なのだが、

 

「あーー、もしかしてだけど、糸を切れば大丈夫とか思ってた系かな?」

 

修羅の笑みは消えるどころか、深い愉悦へとなっている。そして、知らないうちに変化はもう一つ起きていた。

 

糸を切った筈の総司は倒れもせずに、次の攻撃に移っていた。至近距離での攻撃、焔には回避することは難しく防ぐことしか出来ない。

 

しかも、その攻撃はただの攻撃ではなかった。

 

「ごめんねー!無・理、なのでぇーす!ナハハハハハ!!」

 

『秘伝忍法』。無言で放たれた強力としか言えない攻撃が、焔を襲った。距離からして、避ける事も出来ず、六爪で何とか防御するが────。

 

 

「く、あああああああああ!!?」

 

それでも、ダメージは完全に消しきれなかった。防ぎきれず、体や頬に切り傷が作られる。

 

攻撃の手が止まり、焔は後ろに距離を置いた。怪我は酷くは無いが、操られた総司をどうやって無力化すれば良いか分からない。それに、今は何もしてないが修羅が手を出してくれば、勝てる見込みは無くなってくる。

 

(どうする────ッ!?)

 

 

バシャッ!!

 

 

「は?」

「んあ?」

 

最初に響いた液体が落ちる音。それに疑問の声を出したのは二人、焔と修羅だった。二人がそのような反応をしたのも、無理はなかった。

 

 

「──、───」

 

総司が全身から血を噴き出したからだった。口や目からもドロドロとした赤が溢れ、全身からの出血は彼女の全身を汚していた。

 

そして、自身の血で出来た池にそのまま倒れ込む。ビチャ!と音を立てて、身動きすらせずに突っ伏していた。

 

総司!?と。焔は声をあげて駆け寄ろうとした直後、修羅の方がため息を漏らした。

 

「あー、もう耐えられなくなったのか。まぁ、流石にやり過ぎたかな?秘伝忍法使わせるのは無茶振りだったかー反省しないとね」

 

ボリボリと頭を掻く修羅の言葉に、焔は反応してしまう。操っていた。それは間違いないのだが、何かを勘違してるように思えてくる。

 

「何……を?お前、一体……何を」

 

「ま、君には難しいかもしれないけどね。この僕が、正解を教えてあげよーかね!」

 

小馬鹿にした様子で修羅は告げる。おぞましすぎる、常人には理解しがたい現実を。

 

 

 

「脊髄と脳に糸を張り巡らせて操ってたのさ!ま、抵抗が大きくて多人数には使えなかったから、彼女だけにしてたけどね!」

 

「……………………………は?」

 

一瞬、何を言ってるのか分からなかった。それほどまでに衝撃的なのだから。

焔は内心、忍たちを操るあの少年にも情はあると、それ以上の事はしないだろうと思っていた。

 

しかし違った。

修羅は、それ以上の事を実行していたのだ。

 

「意外と大変なんだよ?神経に張り巡らせる為に柔らかく切れやすい細い糸を使わないといけないんだし。そんなを生み出さなきゃいけないのが、ホントに体力を使うんだぁ」

 

「─────き」

 

焔の声が震える。勿論、修羅に対する怒りでだ。彼女自身、色んな相手を見てきたが────ここまでの外道はいなかった。

 

「貴様ッ!!」

 

「何ぃ?まさか可哀想だと思ってんの?───ばっかだね!オマエら特有の『死ノ美の定め』ってヤツ?それを僕が叶えてあげてんじゃんか!死にたがりの阿保に、この僕が意味を与えてやってのさ!分かる!?」

 

それ以上が、限界だった。

 

俯いて立ち尽くす焔に修羅は顔色を変えることすらない。それどころか、面白そうに顔を歪める。

 

 

血の池で倒れてる総司を見ながら。

 

「まさかぁ?この僕が殺しをしないとでも思ってるワケ?そう思うなら良いんだけどさぁ、

 

 

 

けどけど!?仕方ないからさぁ!そこの使えないゴミクズの四肢を、引きちぎって見てやるさぁ!!オマエはそれを黙って見ててねぇ!?」

 

笑いながら、修羅は操った周りの糸を倒れ伏した総司へと殺到させる。全ての糸を手繰り、文字通りの惨状を作り出そうと。

 

 

そう言った直後、だった。糸を操っていた手がピタリと止まる。

 

「ん?あれれ?」

 

気がつけば、視界の中から焔が消えていた。移動した動きも見えなかったのだ。それに関して、修羅はあることを考える。

 

…………そういえば、さっき何してた───?

 

修羅の視界にあったのは一瞬だけ。意識外の事だとしても、それを読み解くのに現実時間はさほど掛からない。

 

彼女が取った行動は、背中の鞘に納めていた刀を手に取っただけだ。

 

 

切り札とも言える─────七本目の刀を。

 

 

 

「─────ッ!!?」

 

その事実を理解した直後、修羅の前で深紅の炎が爆発した。その炎が総司を無惨な真似に合わせようとした糸の数々を焼いて─────違う、糸は斬られたのだ。

 

 

「オ、マエ!?」

 

修羅が叫んだ時には遅い。顔前の火柱を糸で切り裂くが、手応えがない。

 

深紅の長髪をなびかせた焔は少し離れた方で総司を休ませていた。自分に背を向けたその姿に苛立ちを感じ、吼えながら片腕を振るうが、

 

 

「はあああああ!!!」

 

一瞬で目の前に移動してきた焔が修羅に向けて一閃する。その刀は修羅が伸ばしていた、糸を操る片腕へと吸い込まれ、

 

 

「ぎ、ぁ!!?」

 

右腕が宙を舞った。しかし真っ赤な鮮血が舞うことはない。それも当然だ、炎を帯びた刀で斬られたのだ。断面が焼かれた───訳でもない。

 

「修羅!忍を、皆を弄んだ貴様だけは倒す!」

 

「────────は」

 

その直後、修羅の右腕の切断面から無数の糸が爆裂した。糸は絡み合い、巨大な白の奔流となり焔に襲い掛かる。地面を抉りながら、彼女を遠ざけたそれは即座に分解し、細い糸へと戻っていく。そして離れた所に落ちた腕の断面から伸びた糸と合わさり、勢いのままに彼の手元に戻った。

 

 

パシィン! と気持ちの良い音が響き渡り、切断された腕は綺麗に治っていた。準備運動のように指を動かし、元に戻ったのを確認した修羅は、静かに呟く。

 

 

「…………あぁ、そうか。君はあくまでも、僕たちに抗うんだね」

 

修羅という少年はそう言い、身に纏っていた漆黒の法衣を脱ぎ捨てる。

 

その中には、何かの線が描かれた黒の戦闘服があった。胸元に刻まれた血のように赤い紋様が、鼓動のように輝いたりする。

 

 

刺青の入った顔を歪め、修羅は狂気の表情を浮かべる。両指をパキッと鳴らして少年とは言えないような低い声で言い放った。

 

 

「なら望み通り殺してやる。勿論、圧倒的な実力差に絶望させてからね」




えー、皆さんにご報告です。

この話の文字数って6666なんですね!一桁少なければ悪魔の数字だーとか言ってはしゃいでました(小物)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十話 神喰らいの牙

「行くぞ修羅!紅蓮の炎で貴様を討つ!」

 

「来なよ焔、僕と君の仲だ」

 

修羅は笑いながら、両腕を手繰る。指先から伸びた半透明な糸を引っ張ることで、他の糸も同調したように動く。

 

糸の操作、単純明快なその能力は極められていた。だからこそ、修羅は『混沌の王』に認められ、その直属部隊に組み込まれたのだ。

 

全ての糸が捻れ回り、焔を包み切断しようとする。だがそれを簡単に受ける彼女でもなく、横に一閃し切り払う。

 

宙に舞う糸の切れ端が静かに落ちる。咄嗟に無数の糸を動かすが、焔は炎月花を振るいながら迫る。半透明だろうが攻撃が来ると分かれば対処は容易い。

 

そして修羅へと近づいていき、数メートルの所で走り出した。そして、紅いオーラの帯びた刀をそのまま振り下ろす。切りつけた直後、大きな音が響いた。

 

 

 

─────ガキィン! と。

 

 

「何度も斬れると────思わないでくれよ」

 

両手の指からあやとりのように糸が絡められている。焔の刃は接触面から火花を散らし、それ以上進まない。鉄格子のような糸の羅列は光に照らされている。

 

修羅はニヤニヤとした笑みを消さずに、焔に蹴りを入れる。壁に叩きつけられるように吹き飛んだ焔は、見事に着地する。自分の攻撃を利用して退避されたというのに、修羅は怒りを見せるどころか楽しそうにだった。

 

「コレは『閃糸刃(せんしじん)』、他者を操る柔らかい糸とは違うよ!どんな隙間も通る細さと鋼鉄すら切り裂く強靭さを兼ねる代物だからね!」

 

「………なるほどな!」

 

逆に焔も笑みを浮かべ、床を適当に削り勢い良く蹴飛ばした。修羅も『閃糸刃(せんしじん)』を使い、ブロック状の瓦礫を粉々に分解する。

 

 

 

「しかし見えるなら前よりもやりやすい!私を侮るなよ!」

 

人の体など軽く切り裂く糸の結界を切り抜けた焔の拳が修羅の顔にめり込む。より力を込め、更に叩きつけるように振り抜いた。

 

「ばごっ、げぇッ!?」

 

勢いよく壁に叩きつけられた修羅が血を吐く。当たり所が悪かったのか、建物が大きく震動する。修羅の放った鋼鉄を越える糸に切り裂かれた天井の一部が崩れかけていた。

 

瓦礫の雨を気にせず、焔は前へと進む。修羅に更なる追撃を与えようと。

 

 

「妖忍魔法───」

 

しかし、それよりも早く。ドロッとした液体を含んだ唇から紡がれる言葉。それに従うように、だらんとした手が持ち上げられる。

 

「───【サカテ・セル】」

 

鋼を切り裂く糸の操作を止め、五本指の先端を突きつける。圧縮された白い糸が、弾丸のように射出される。偏差的な軌道で、天井から飛来する瓦礫を潜り抜けて。

 

焔もそれらの攻撃に疾駆する。回転しながら、全方位に波状の剣戟を放ち、白の弾丸全てを弾き飛ばした。

 

その感触に腕を痛めながら、焔は漂う白塵に話しかける。

 

「糸を指で操るだけ………に見えるが、それはフェイクだな?」

 

問いに答えず、起き上がる修羅。全身のずれた骨を強引に戻す。総司にやったように、筋肉に絡めた糸を使って。

 

「自由自在の糸を無尽蔵に生み出し、それを手足のように操る。指で操っているのは、遠距離型と油断させるため」

「そう!それで接近してきたバカを無慈悲に狩るのが僕のスタイル!

 

 

総司とかいうヤツもそこに気付いたけど意味が無かった!何せ直後に体内に糸を送り込んだんだからね!」

 

修羅は両手で伸ばされた糸を握り締める。今度は近くの瓦礫を掴み取り、暴れるように振り回す。直撃すれば無事では済まない連撃に焔は距離を置く。

 

その隙を無駄にしないように、修羅は冷静に考察する。この戦況でどう勝利するかを。

 

(とは言っても…………焔は厄介だ。彼女たち忍ってのはタマに足掻くらしいからね───まぁ火事場の馬鹿力ってヤツ?)

 

興味のある話で言えば、『混沌の王』が語っていたものがある。《聖杯事変》で偽物の聖杯が生み出した五体の異形、その一体を協力があったとはいえ忍の少女が倒したとか。

 

こういうのは甘く見てはいけない、舐めてかかれば敗者になるのは此方だ。

 

(本気を出さないと勝ち目が薄いね、かと言って傀儡術を止めることは出来ない。コッチは『彼』が標的なんだ、失敗すれば……………)

 

─────そうだ。

 

(まだいるじゃないか、操らなくても強いホムンクルスたちが。ソイツらを動かせばいい、それなら僕はこの制限を解除できる!今の僕を縛る、リミッターを!!)

 

ならばやることは決まっている。この学園を襲撃しているホムンクルスたちに命令を送るのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────どうやら他の方は手間取ってるようだ」

 

相手をしていた忍学生たちを全滅させた二人。その一人の黒雲は槍を片手に静かに呟いた。端から聞いていた望もその理由は分かっている。

 

命令が送られてきたのだ、この学園襲撃の為に一部の生徒たちを操っている『惨禍の剣(カラミティ・ソード)』の修羅から。

 

 

「私が……………いや、止めておくべきか。主力である私がここから動けば」

「………黒雲さん」

 

この場で敵を排除しろ、その命令がある以上一人でもここに置いていかなければならない。それを許容することは出来なかった。

 

彼女を一人にすれば危険だ、黒雲は直感的に感じていた。戦場とは何が起こるか分からない、目を離した隙に殺されているなんてことも有り得るのだ。

 

 

「行ってきても良いよ、私は大丈夫だから」

「───いや、ならん。私はこの場からは離れない」

 

重苦しい顔つきの黒雲はそう言い切る。

 

ホムンクルスになってから望は、黒雲には世話になってきたのだ。あまり協力的ではないホムンクルスたちの中でも、いつも共闘する望と黒雲は異端として扱われる事も少なくなかった。

 

きっと黒雲は心から心配してくれているのだろう。望自身、黒雲からは優しくされてきた。だが、

 

「私だって、黒雲さん程じゃなくても………一人でも戦えるんだよ」

「ッ」

 

黒雲の顔が、悲痛なものに歪む。守るべき少女からそう言われてしまった以上、彼に止めることは難しい。

 

守られてばかりでは駄目なのだ、このままじゃ『あの人』に会うことが出来ない。会ったとしても、どうすればいいか分からないのだ。

 

それに対する返答は言葉ではなく、行動で示される。黒雲は無言で槍を掴み、背を向けたのだ。その意味を、静かに理解する。

 

 

「ありがとう、そしてごめんなさい」

「────勘違い、するな」

 

感謝からの謝罪を受けても、何時ものような険しい声が彼女を指摘してくる。

 

「望、お前の【召喚(セット)】は完全な戦闘向きではない。危険と判断すれば、すぐに撤退しろ。良いな?」

 

頷く間もなく、黒雲は何処へと跳んでいった。この学園内で命令通りに動いているのだろう。心配する事はない、彼が負ける筈がない────精鋭部隊『惨禍の剣』その一人になれる程の人物だから。

 

数秒が過ぎた途端、望は緩やかな声音で口にした。

 

 

「……………来てたね、分かってたよ」

 

その戦場に、領域に誰かが入り込む。この場を死守しろとの命令を受けている彼女は、その者たちを排除しなくてはならない。

 

そこにいるのは二人、キラと離れた両備と両奈だった。この襲撃を受け、暴走する生徒たちを倒しながらここに来たのだろうか。

 

望はワンピースのポケットの中から取り出した、小さな端末を掌で弄る。ポチポチと、複雑化されたボタンを指で押していき、端末の先を近くの地面に向ける。

 

「始めに言うけど、ごめんなさい。でも私は負けられないの…………『王様』に記憶を戻して貰えないから」

 

足元から這い出るように、数匹の生物が生み出される。熱帯林に住み着くような巨大な蛇、四本の羽根を広げる普通のサイズよりも大きな蝶。

 

自分に隷属する生物の召喚。使い方によれば、多くの者に狙われるであろう能力を有する少女はその力を使い続ける。

 

全ては──────不明瞭な記憶の中にいる『誰か』に会う為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はははは、ははははハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

凶笑を響かせる日向の体が宙に浮く。背中から伸びた八本の『武器』が脚のように動いていたのだ。その内の三本が狙いを定め─────立ち尽くすヘルへと放たれる。

 

上空から突き立ててくる赤槍の狙いは正確ではない。乱雑と言うべきな攻撃の仕方で、土や障害物を吹き飛ばしていく。

 

「ッ!」

 

一瞬にして真横を通り抜けた脚目掛けて、フルンティングで薙ぎ払う。一本どころではなく三本全て、それどころか近くの校舎にすら斬撃の余波を届かせていく。

 

斬られた脚から大量の赤い液体が噴出する。足元の地面に大量の池が出来るほどの量が。

 

脚を切り裂かれた日向は苦痛に顔を歪める。切断された三本の脚が切り離され、真下に落とした。使い物にならなくなった物を破棄した、日向はそんな風に笑いながら、笑みを深めていく。

 

 

「沸き立て、血肉!【血呪具(けつじゅぐ)】!」

 

ガ、ガガガガガガガ!!

無数の武器が血潮のような波から沸き上がった。全てが日向の武器、殺戮に特化した凶器。

 

日向の能力、『武器生成』は肉体から武器を作り出すことに特化した力。本来なら、別の場所から生成は不可能だ。しかし例外もある。

 

 

───例えるなら、辺りに飛び散らした武器の破片や血を『身体の一部』と仮定するなど。そうすれば、より遠くへの攻撃を可能とするのだ。しかし、普通ならそれ自体不可能なのだ。何千もの武器を生み出す程の血を流せば、誰であろうと死ぬ。

 

だが、彼等『ホムンクルス』は普通ではない。戦闘の為に造られた以上、人間の知る普通では彼等を完全には語れない。

 

「──はぁッ!!」

 

魔剣 フルンティングを振り上げ、ヘルは赤い波を吹き飛ばす。砲撃のような衝撃に武器の波は分解され、粉々に砕かれる。

 

そのまま動きに合わせるようにヘルは、日向へと近づく。そのまま切り伏せるように魔剣を体へと叩きつけた。

 

しかし、全ての武器を打ち砕いてきた魔剣は、日向が組んだ腕が変じた────赤黒い剣に防がれる。後少し、数センチで届く距離、そこまでいかない。

 

ただの武器じゃない、ヘルは本能的に察した。それに答えるように、日向も叫ぶ。

 

「俺の生成する【血呪具】の硬度はどの武器よりも硬い!もっと血の濃い俺の肉体はお前の魔剣じゃ破壊することは無理だァ!!」

 

ヘルを弾き飛ばした日向は更に追撃を行う。二本の脚の先端が棘の付いた槍と化し、ヘルを貫こうと追い詰める。激しい攻防に何とか回避し続けるヘルだが、槍の一本が肩を掠った。

 

後方へと飛び退くヘルに、日向は両腕の剣を向ける。辺り一帯の地面を濡らす血の池が沸き立つ。

 

それと同時にヘルの肩を掠り傷が疼く。内側から、ナニかが食い破ろうとするかのように。

 

 

妖忍魔法──【絶殺(キル)・デストロイヤー】

 

直後、ヘルの体が爆裂した。体内から突き立てられた巨大な槍が傷口の肩を抉り、腹や背中を細いナイフや刃を切り裂く。

 

脚の槍に掠った時点で傷口に入り込んだ血が、ヘルの血に入り雑じった。そしてそれらは武器となり、内側からヘルを攻撃したのだ。

 

 

「くっ!あ゛あ゛あ゛ああァァァァァァ───!?」

 

膝をつけば、血と共と小さな武器が溢れ出てくる。どうやら喉からも生み出されたのか、口からの吐血にも凶器が混じっていた。

 

言葉で説明するのも難しい痛みに泣きそうになりながらも、肩に食い込む刺々しい槍を力ずくで引き抜く。鋭利な部分に肉片が刺さり引きちぎられる。何とか抜けたことに、安堵する余裕もない。

 

魔剣を手に取って、立ち上がろうとするがそれも難しい。ダメージが大きすぎる、負担が激しい。

 

 

「テメェの【能力演算(コード・ステータス)】じゃ俺を倒せねぇ。そもそも、今のテメェじゃ時間の問題だろぉ?」

「そう、ですね………。心底不満ですが、打力に欠けるのは同意します」

 

今も肩を貫く激痛に、ヘルは呻きながら肯定する。

 

能力演算(コード・ステータス)】、ヘルのホムンクルスとしての能力。

ヘル本人の身体能力や武器の性能を上昇・低下させる事が出来る、応用性のある力なのだ。

 

しかし、それでは足りない。

 

 

「───悪いな、俺も少し暴れ足りねぇが………命令が来たんだよ。そういう訳で、さっさと終わらせてやらぁ」

「私もそれには────賛成だ」

 

あっさりとした態度に日向が疑問に思った。その時だった。ヘルは魔剣を地面に突き刺して、立ち尽くす。

 

 

「【能力演算(コード・ステータス)】───全能力上昇!形状変化、双剣!!」

 

胸元から全身へと、力が流れ込んでくる。それと同時にヘルは魔剣を掴んだ両手を左右に払う。

 

両手に魔剣は握られていた。左右対称である漆黒の長剣へと。黒曜石の如くの輝きが増していく。

 

ヘルの行動は止まらない。二本の魔剣を強く叩きつけ、交差させる。血を流して、限界な身体を行使しながらも、ヘルは大声で叫んだ。

 

 

「妖忍魔法!【ヘルヘイム=ムスペルヘイム】!」

 

両手に握られる魔剣にそれぞれの変化が起こる。左手の魔剣は煌々しい炎に、右手の魔剣は純白の氷雪に。熱気と冷気、相反する二つを双剣に宿らせて、ヘルは日向へと斬りつける。

 

「話聞いてたかよ!?俺の剣は壊せねぇんだよぉ!!」

 

確かに、双剣は日向の腕の剣を破壊できない。炎の剣で斬っても、氷の剣で叩いても、日向の剣は壊れる様子はない。

 

だが、

 

────ピキ!

連撃を受け続けていた両腕の剣にヒビが入った。他でもない、鮮血の色をした腕から。

 

「な、あ!?」

 

その事実に日向は言葉を失う。直感的にヘルの双剣を防御していく度に、腕の剣のヒビが大きくなっていく。

 

 

「破壊出来ない?それは詭弁だ!どんな物質だろうと冷却と加熱に衝撃を与えれば脆くなる!お前も分かってる筈だろ、日向!!」

 

 

炎魔剣と氷魔剣による十字の斬撃を受けた腕の剣が砕けた。勢いに押され仰け反る日向の頭に何かが炸裂する。

 

────記憶、しかし彼のものではない。別の誰かのもの。

 

喜怒哀楽といった様な姿を目にする度にイライラしてくる。何故今、これを見せられるのか。そう思うだけでも怒りが消えることはない。

 

(クソッタレが………ムカつくんだよ、最近からだ。よく分からねぇモンを何度も見せやがって!俺たちホムンクルスには必要ねぇんだ!!)

『…………本当にそうか?』

 

ズキ!と痛む頭を押さえる日向に声が聞こえてくる。誰だ、とは言わない。

 

この声だ。俺の素体となった誰か、ふざけた記憶を見せてくる元凶。ソイツが今も語りかけてくる、腹立たしくなる言葉で。

 

『ホムンクルスになったと、それで隠してるんじゃないか?自分が偽者だと理解してるから』

「うるせぇッ!ドイツもコイツも馬鹿にすんじゃねぇぞ、俺は日向!ホムンクルスなんだよボケぇぇぇぇぇぇェェェェェェェェェェェェ!!!」

 

忌々しく脳裏に瞬く優しい声に、日向は吼える。困惑や躊躇といったもの全てを怒りという感情に燃やす。

 

絶叫と共に、砕かれた剣でヘルの腹に切り裂いた。ズバ!!と生々しい血肉が吹き飛び、脇腹が軽く抉られる。

 

しかし、それでも。

 

(───ここで終わるものか)

 

ヘルは止まらない。止まるつもりなど、全くもってない。

 

(未来を奪われたあの少年の為にも!ここで終われるものか!!)

 

「オオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

「ガ、ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

ヘルは全ての力を出しきるような雄叫びを、日向は目の前の現実を否定する絶叫を。

 

生命の証とも言える赤い液体を流しながら、ヘルは両手の魔剣を構える。灼熱と氷結が唸り、

 

 

「我が顎で全ての障害を穿ち砕く!【フェンリル・アガート】!!」

 

 

二本の魔剣が、狼の顎のような鋭利かつ強靭なる斬撃を放つ。放たれた無数の武器を破壊し、宙に舞う日向を切り裂く。

 

その斬撃は日向を殺すには威力が足りなかった。しかし、それで良い。ヘルは、彼を殺すつもりなど毛頭無かったのだから。

 

転げ落ちた日向は仰向けに倒れる。圧倒的な一撃、神を喰らう牙を受けた青年は身動き一つも取れない。

 

「………ぃ、がぼ………げ────」

 

起き上がろうにも体は言うことが効かない。激しい戦いでのダメージ、『武器生成』に大量の血を消耗したのだ。自然に回復するには相当の時間が掛かる。

 

消えかける意識の中で、動くものが見えた。首だけで日向はそれを認視する。

 

ユラリと起き上がり、ヨロヨロとこの場から立ち去る青年の姿。

 

 

 

 

 

 

 

「───ハハ、無茶を…しすぎ……ました………か」

 

力無く、壁に寄りかかったヘルは自身の体を見る。肩や脇腹は抉られ、出血が激しい。少し動くだけで血が滝のように流れるかもしれないだろう。

 

能力演算(コード・ステータス)】による能力の激しい公使、それと戦闘での損傷が激しかったのだ。

 

直感的に理解した────自分はもうすぐ死ぬと。

 

 

「少なく、とも……私以外の誰かが………傷付かずに………済みま、す───」

 

限界だった、支えられていた力がなくなり、壁に寄り掛かる。魔剣から手を離し、地面に倒れこんだ。全身が血に濡れるが、もうどうでもいいだろう。

 

 

「………けど、叶うと………するなら」

 

黄泉という少年の為ではなく────自分自身の、たった一つの願い。

 

「もっと………貴方と、話したかった………詠さん…

 

 

 

出来ることなら………姉さん、と呼びたか─────」

 

それだけ口にしたヘルは限界だと崩れ落ちる。両瞼が静かに閉じられ、意識は消失していた。




今回色々と紹介します。



《日向》
『混沌派閥』のホムンクルス。怒りやすい性格でヘルとは犬猿の仲だった。しかし本心ではヘルに信頼していたらしく、彼の脱退にはショックを受けていた。

日影の尊敬する日向という女性を素体にしたホムンクルス。色々魔改造された事で本人とは違う性格と性別になったのだが。

能力は『武器生成』
自身の身体や血液、細胞から武器を造り出す事ができる。


ホムンクルスたちには素体となった者の記憶ってのがあります。一部の者(ヘル)は記憶が明瞭なのですが、多くがその記憶が曖昧なもので。家族や知り合いの顔や姿が分からず、そのまま思い出せないという事が多いです。

因みに、『混沌の王』は上記のようになるように人為的に仕組んでいます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十一話 怒れる憎悪

「…………………う?」

 

鼻を突くような消毒液の匂いに、ヘルは目覚めた。医療用の部屋なのか、並べられているベッドの一つにいるようだ。上半身だけでもと起き上がると同時に体の至る所に痛みが走る。

 

見てみると脇腹や肩、日向との戦いで損傷した部位に包帯が巻かれている。赤く滲んでいるが、それで済んだことに純粋に呆れしかない。

 

(───死に損ねましたね、悪運と言うべきでしょうか)

 

自虐するように噛み締め、胸元を見る。黒く、そして赤く染まった筈の『それ』はあるべき場所から消えていた。

 

素直に喜べず、ただ困惑するしかない。自分より格上の存在の考えを読めずに、ひたすら翻弄されることだけしか分からない。

 

 

「『混沌の王』、貴方は何を企んでいるのですか?」

 

こうしていても無駄だというはヘル自身よく分かりきっている。まずは行動を起こさなければ、何も出来ない。

 

そう思い、立ち上がろうとヘルは腕を枕のようにして眠る赤髪の少女を見つけた。涎を垂らして、嬉しそうに笑う少女の寝顔を見て、微笑むヘルは脳裏で複雑に思考する。

 

 

(…………起こすべきですよね、取り敢えずデコピンでもした方が良いでしょうか………)

「ふぁ!?我は眠ってはないのじゃ!」

 

気配にでも反応したのか赤髪の少女は勢いよく飛び起きた。随分と敏感ですね、と思うが、即座に考えを直す。この少女は忍だ、体つき(筋肉という意味で普通よりも大きな胸に注視してる訳ではない)や反応からしてそうだと判断をする。

 

「むっ、起きておったのか!なら言ってくれれば良かったなじゃが」

「ああ、熟睡されていましたので、起こすのも吝かと思いまして」

「え、そんなに我寝てたのじゃ?」

「知りませんよ、起きたばかりですし」

 

………忍にしては警戒心が少ないのでは?と怪訝に思うヘル。

 

 

 

「二人とも!この男が起きたようじゃぞ!」

 

「芦屋さん、そんなに騒がなくても聞こえていますよ………」

「あ、どうも!千歳さんを助けてくれてありがとうございます!」

 

「貴方たちは…………あの時の」

 

日向に殺されそうになっていた少女とその仲間と思われる少女。二人がそれぞれの反応を示しながら部屋に入ってきた。

 

 

 

「千歳さんの治療を終わって来てみたら、血塗れで貴方が倒れてたからビックリしました!何とか芦屋さんと一緒に」

「………そうでしたか。ここまでしていただき、ありがとうございます」

 

両頬を紅潮させ、小刻みに震える少女にヘルは感心しながらも同時に呆れていた。助けたとはいえ、素性の分からない人間にここまで気を許せるのか、と。

 

それよりも、と千歳という少女が声をあげる。ヘルは座りながら彼女の顔を見やる。

 

「貴方の話を聞かせてくれますか?」

 

「良いですよ。その代わり、此方も聞きたいことがありますので」

 

どうやら、彼女は他の二人よりも警戒心がある方らしい。鋭い目付きでヘルを睨み付け、どういう人物かを定めようとする。

 

そして、質問が始まった。

 

「………貴方とあの男、いや彼等とはどんな関係ですか?」

「元、仲間です。しかし彼等はそうだからといって配慮してくれません。

 

 

 

目的の為なら一般人すら殺す、それが『混沌派閥』。元仲間だからといって情けを掛けるくらいなら、ここを攻め込むなんて真似はしませんよ」

 

冷静に吐き捨てた言葉に千歳は答えずらそうな顔をするしかなかった。現にその仲間と殺し合った事実を知る以上、彼の話が絶対に嘘だと決めつけることは難しい。

 

それからも、自分が何者かを隠す事なく説明し終えた。少女たちは最初は疑わしく思っていたが、複雑な状況だと理解するとなんとか納得してくれた。

 

 

「次は私の番です。

 

『混沌派閥』、彼等の目的を分かりますか?会話の途中で何か怪しいことを聞いたとかでも構いませんので」

「………待ってください、そうと思われる事を聞きました」

 

首を傾げる少女たちの中で一人だけ、千歳がそう口にした。

 

「『計画は順調、予定通り『本命()』を起点へと誘い込む』………みたいなことを」

 

 

 

 

─────『彼』?

 

「そう、か」

 

即座に考えが纏まった。科学者が物理法則を解き明かすように、複雑と思われていた謎が明快になっていく。

 

しかし、修羅の顔は青ざめる。カチカチと歯を鳴らしそうな勢いのまま、頭を抱え込んだ。

 

震える口調で、混乱したように話す。

 

「ああ、なんてことだ。私は、間違えたのか!?いや、そもそも。何故、『混沌の王』は私を始末しなかった?全てはこの為、この為だけの策略だったのか!?」

 

「?………一体、どうしたんですか?」

 

あまりもなヘルの反応に、千歳は戸惑いながらも聞く。しかし彼は答えずに、ベッドから動き出した。

 

戦いの傷が痛むのか、立ち上がろうとしてすぐに倒れ込む。それでも、とヘルは何とか起き上がり、壁に寄り掛かりながらも何処かへ向かおうとする。

 

傷口が開いたのか、包帯にジンワリと血の赤が滲む。

 

「ッ!」

「なっ、何をしてるんですか貴方!」

 

ベッドから下りて歩こうとするヘルの片腕を慌てた千歳が掴む。「駄目だ!離してくれ!」と叫ぶヘルは必死の形相だった。衝動により開いた傷口が痛むにも関わらず、ヘルはそれよりも動こうとした。

 

 

「あの人が危ない………このままでは、殺されてしまう!知らせなくては、皆さんに知らなくてはならないんだ!」

 

ヘルは誰よりも最初に気付いていた。かつての仲間たちだからこそ、その真意を読めたのだろう。

 

『本命』、『彼』を手の空いたホムンクルスでの殺害。それが『混沌派閥』の目的、蛇女を襲撃するほどの事。

 

 

─────ならば、その『彼』は誰の事を示しているのか。それを知るのはヘルとその他のホムンクルスたち、彼等の創造者である『混沌の王』だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

爆音に続いて、業火と化した炎が吹き飛ばす。それほどの一撃を放った焔は荒い息切れをする。それでも警戒を緩めない、戦いはまだ終わっていないから。

 

 

「…………はぁ、はぁ……」

「疲れてるようだね、焔。何回も秘伝忍法を使ってるからね、無理もないよ。けど、ここまで元気なのは予想外。褒めてあげるよ」

 

それなのに、相対している修羅は平然としていた。何度も『妖忍魔法』という忍法とは似たような力を振るっているのに、体力が有り余ったように余裕そうな態度を見せている。

 

「鍛え方が違う………というよりも、体質や構造の方かな?僕たち的には、って意味だけど。

 

 

あー、そうだった。キミにはこの事を話してないんだったね。ま、教えてあげるよ。色々とね」

 

修羅は笑いながら、新しく出来た傷口に指を突っ込む。そのせいか、ドロドロと血が大量に流れてきた。

 

指先に付いた血を見せびらかすように向けてくる。その上で、修羅はアッサリと告げた。

 

 

「簡潔に言うよ────僕はキミの血で造られたのさ、焔」

「私の、血?………何を、何を言ってる!?」

 

表面ではそう怒鳴るが、酷く落ち着いた納得があった。

 

最初に対面とした時の感覚の正体は、それだった。妙な安心があったのも、心が穏やかになるのも、無意識に相手が自分自身だと錯覚していたからだ。

 

ならば問題は他にある。修羅の言うことが真実なら、どうやって焔の血を手にいれたのか──────

 

「覚えてないかい?キミは“あの日”、キミは“ここ”で血を流してまで戦ってたじゃないか。こんな風に」

 

パクっと指先を咥え、血の汚れを取る。今もなお血が溢れている自身の頬の傷口に親指を向け、修羅はそう言ってきた。“あの日”、“ここで”、彼が示すその意味は焔にも読めている。

 

 

「私たちが半蔵学院と戦った………あの日か」

「そう!キミと強敵の死闘で流れ、そこで摂取したキミの血から造り出されたホムンクルス───それがこの僕だ。

 

 

 

だから言ったろ?キミと僕は無関係じゃないって」

 

軽く拭われた頬には既に傷口が消え失せていた。焔はそれを前にして苦々しく顔をしかめる。あれだ、先程からあの回復力のせいで決定打を与えることが出来ない。

 

全力の秘伝忍法を叩き込み、瀕死に追い込まなければ勝てない。そう判断し行動に移ろうとするが、「それとさ、一回聞きたかったんだけどねぇ」と修羅は手を叩いて遮ってくる。

 

その上で、軽々しい問いを投げ掛けた。今でとは違い、悪意の無い純粋な疑問を。

 

「焔、もう一人の僕。何故キミはそうまでして戦おうとする?かつて信じてた人に裏切られ、全てを失ったのにも関わらず」

「ッ!」

 

あまりの衝撃に、息が詰まりそうになった。まるで人の過去を知ってるような発言を聞いてしまったのだから、無理もない。

 

それでも修羅は「言ってなかったからね」と飄々とした態度で余裕そうな笑っている。

 

「僕は君の記憶も知ってる。好きだったヤツ………『小路』に裏切られた過去も、こうやって体験してきた自分の生き方のようにね」

 

『小路』、かつて忍になる前の焔が好意を抱いていた人物であり、典型的な悪忍の男。

 

善忍だった焔の一族の抹殺を狙っていた小路は打算故に、焔に近づいていたのだ。そして彼女の心を裏切り殺そうとしてきた所を、焔は反撃した。

 

そのせいで焔は家族からも捨てられ、悪忍になるしかなかった。

 

「僕はね、焔。許せないんだよ」

 

ゆらり、と体が風に揺られるように。

糸使いの修羅は中身が変わったように、静かに震える。

 

中身が変わったのではない、本質が殻を破ったに過ぎない。彼という人形の本質が姿を見せ始めたのだ。

 

(キミ)をこんな目に合わせた奴ら、(キミ)の居場所を奪った奴ら。

 

 

そして僕というホムンクルスを、怒りと憎しみに駆られるしかない人形を造り出した全てを!僕らの苦しみも悲しみも知らずに、ヘラヘラと笑って生きてる全てが!僕は許さない!!」

「し、修羅」

「人が憎い、忍が憎い、正義が憎い、悪が憎い、弱い奴が憎い、強い奴が憎い、偽善が憎い、小悪が憎い、平和が憎い、戦争が憎い、救済が憎い、殺人が憎い、自分が憎い!自分以外の全部憎い!憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎憎憎憎憎憎憎憎殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺killkillkillkillkillkill───殺スゥ!!」

 

怒りと憎悪、それが修羅を型どる感情。

 

見開かれた片眼が、深紅の赤に染まる。

眼球の近くの血管からの出血による現象、怒りによって血管が破裂したのだ。

 

直後、彼の体が発火する。その火が衰えることなく、彼の肉体を包んでいった。烈火の如く炎の外套を羽織り、修羅は高笑いを響かせていく。

 

「ハハハ!そうだ!僕が殺すんだ、何もかも!全部全部、ゼンブ!この手で奪ってやる!

 

 

それが、貴方に与えられた僕の使命!怒りと憎悪で何もかもブチ壊す!そうだよね、そうですよねェ!!王サマァ!!」

 

そこでようやく、焔は本能的に理解した。

修羅は、この青年は………もう一人の自分なのだ。

仮初の過去を与えられ、無意味な使命を果たす為に怒りと憎しみだけしかない人形へと作り替えられた───それだけの存在。

 

卑怯な手段や他人を利用するような発言も、全て塗り固められたモノ。糸使いの彼そのものが、マリオネットのように操られていたのだ。あまりにも皮肉なことに。

 

 

(この組織は、いや修羅を作った『混沌の王』って奴は────どこまで腐っているッ!?)

「考え事!?良いね────殺したくなる程ムカつく!」

 

本性を剥き出しにした修羅は、糸による攻撃ではなく手足を使う物理攻撃へと切り替わっている。

 

「妖忍魔法!【シャルガレ・テオバトス】!」

 

ハンマーのように振り下ろされた脚が、焔の居た場所を軽々しく粉砕する。ただの物理攻撃ではない、辺りに爆炎が巻き上がり、炎に包まれた糸が地面を切断していく。

 

桁違いの攻撃、これでは最早自然災害のそれだ。戦慄しながらも焔は立ち上がり、燃え盛る火の斬撃を目にする。

 

(クソ!炎も使えるのか!?それに、さっきまでと威力が違う!)

 

そんな焔を見据え、歩み出そうとしていた修羅が足を止める。

 

破壊力に耐えられなかったのか、攻撃に使った片脚はグシャグシャにへし折れていた。見るも無残、肉が剥がれ白い骨が丸見えになっている。

 

 

「あーあー外しちゃったよ、だからリミッターを掛けなきゃいけないんだ。めんどくさい、めんどくさいね………別にいいか、死ぬワケじゃないし」

 

突如、使い物にならない筈の脚がボコボコと音を立てる。筋肉や皮膚が再生していき、綺麗な素足へと戻っている。

 

異常とも言える程凄まじい再生能力、ホムンクルスに備わった固有能力の一つ。彼ほどの実力者ともなれば、瞬時の再生が可能なのか。

 

考える間もなく、修羅は次の攻撃を行おうとしていた。やるしかない、焔はそう確信しながら刀を振るった。

 

 

「秘伝忍法!【紅蓮我進】!」

「妖忍魔法───【ガルレス・ノルデオルト】!」

 

走りだし、太刀による業火の炎を袈裟斬りを振り下ろす。

突き出された拳から乖離した糸が捻れ狂い、空間を巻き込み巨大な爆炎の竜巻と化す。

 

それぞれの炎の衝突は本来の威力の何倍もの破壊を生み出す。中心に近かった焔は吹き飛ばされ、修羅の腕は真上へと弾き飛ばされる。

 

その上で、焔は簡単に吹き飛ばされない。近くの壁を台として、疾駆する。その速さは弾丸のように、修羅へと接近していく。

 

「チ、ィ!!」

 

迎撃しようと右腕を向けようとして、舌打ちする。右腕は焼け落ちていた、火力に耐えきれず焦げ目を残しながら。

 

それだけの時間が充分なタイムロスとなる。焔はもう目の前にまで近づいていた。彼女は炎月花の鋭い突きを放ってきた。

 

 

 

しかし、その一撃は受け止められる。防御するよう構えられた修羅の掌が剣先へと躊躇なく押し出されていた。激しい業火が手を、腕を焼くにも関わらず修羅は身動ぎもしないどころか、笑みを増しながら踏み込んでくる。

 

認識が甘かった、焔は改めて後悔する。この少年は痛みを何とも思っていない。自分が死ぬかもしれない、その事実すら彼は眼に止まっていなかった。

 

勝利すること、自身の増幅する感情を発散する為なら修羅はどんな手段も取る。

 

炎のオーラを分散させ、修羅は楽しそうに嘲笑う。

 

「ハハッ、お得意の秘伝忍法もそろそろ限界のようだねぇ」

 

もう片方の腕が手首を叩き、刀から手を離させる。修羅は大きく踏み込み、焔の胸元に勢いのある蹴りを打ち込んだ。

 

「ぐ、ぁ!!」

 

吹き飛んだ焔に、修羅の追撃の手は止まらない。彼が指を動かすと、同時に焔の左手が勝手に持ち上げられた。

 

目を凝らすと、手首は透明な糸に固定されていた。不味いと思い、近くの瓦礫でも手にとって切ろうとするが、修羅の動きが一瞬だけ速かったのだ。

 

笑いながら、修羅は焔に手首に巻き付いた糸を思い切り乱暴に振り回す。壁に、天井に、床に、叩きつけられていく焔の体には傷が増えていき、次第に髪の色も元に戻っていた。

 

抵抗も出来ない程に傷ついた焔を糸で吊るす。今もなお憎悪や怒りに呑まれそうな少年は、勝ち誇った様子で勝利を確信する。

 

───秘伝忍法を連発してきたのだ、もう普通の忍法を使う気力すら残っていない。

 

「ねぇ、言ったでしょ?圧倒的な実力差に絶望させてから殺すって────絶望した?」

「し………ら」

 

へぇ、と修羅は肩を竦める。

あれだけ痛めつけたのに、彼女の眼から光が消えてない。まだ戦える、そう示すように。

 

「……お前は、それで………良いのか………『混沌の王』、って奴に………使われる、だけで……!」

「……………良い訳ないじゃんか」

 

片方の、刺青の無い方の目から雫が流れる。無慈悲に笑ってる顔から、震える声が聞こえてきた。

 

「利用される為だけに造られて、役に立たなくなったら処分される。なら僕は何?何の為に造られたのさ!僕は────どうして、こんな風にしかなれなかったんだよ」

 

一人の少年の慟哭を、焔は静かに聞いていた。

 

 

『───殺せ、修羅』

 

直後、修羅の体がピタリと止まった。

両目が無機質な色へと変貌していた。顔の半分を占めていた刺青が怪しく光り、修羅の肉体が小刻みに震えている。

 

人形のように、ダランと全身が力無く垂れ下がっていた。僅かな沈黙の結果、修羅の首が上げられ、

 

 

「な・ん・てぇ!言うと思ったのかなァッ!?」

 

露になった本心を隠すように、修羅は引き裂いた笑みを見せつける。

 

 

「そうだ人形なんだよ!!僕もキミも!!利用されるだけの人形なのさ!使い捨てにされる為の道具!誰かに使われるだけの違いしかないんだよ!!」

 

それだけ良い、満足したように修羅は指を鳴らす。

 

手足を縛る糸が解除され、焔は瓦礫の散らばった地面に転がる。勿論、善意による行動なんかではない。

 

 

「んじゃ、そろそろこの戦いも終わりだね。華麗なるショーねフィナーレと行こうかぁ!!」

 

感情のままに修羅が両腕を振り上げる。左右の掌に顕現した六つの小さな火の玉が円を描くように回転していく。彼を中心とし、陣が張り巡らされた。

 

両手の指を閉じると同時に火の玉は膨れ上がり、その形を歪めた。核爆弾のような業火は強靭な糸に抑えられ、六本の細く凶悪な槍へと変えられた。

 

激しく燃え盛る炎槍の矛先が、焔へと向けられる。修羅のやることはただ一つ、天へと伸ばした掌を勢いよく叩きつける。

 

 

「─────我が憎悪に焼かれて死ねェ!!滅・妖忍魔法【アガシャ・ダルバゼド】!!!」

 

直後、制約から外れた炎槍が轟!!と熱を放出しながら、動けない焔へと迫る。そして──────

 

 

 

 

 

ズ、ザザザザザンッ!!!

 

朱色の炎槍が焔のいた場所を串刺しにしていく。六本目が突き刺さると同時に全ての槍がオレンジ色に発光し、巨大な爆発を引き起こした。

 

 

「あはっ」

 

死んだ、間違いはない。防ぐ間もなく、近距離で爆発を巻き起こしたのだ。

 

焔は完全に死んだ、あれほどの火力だ、死体は残るはずもない。

 

「アハハハ!アハハハハハハハ!アーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

修羅は、笑った。それはもう楽しそうに、それはもう嬉しそうに────それはもう、悲しそうに。

 

笑い続けて疲れたのか、修羅は近くの壁に背中を預ける。だが、ここで休むことは許されない、使命を果たすまでは。自分を襲う怒りと憎しみを消して、解放されるまでは。

 

 

(時間を掛けたね、糸をもう一度繋ぎ止めようか。邪魔者の一人は処分できた、ようやく『本命』に手がつけられる)

「その前に、もうちょっと有能な駒の補充をしなくちゃね。確か、焔紅蓮隊の奴もいたようだし」

 

立ち上がり、ここから離れようと進む。ガッ! とコンクリート片を蹴飛ばしたその時、

 

 

 

 

ジ! と、ナニかが修羅の頬を掠めた。数秒の遅れと共に、修羅は近くに落ちてた瓦礫を糸で操って投げ飛ばす。

 

その人物は投擲された破片を軽く弾いた。手に馴染ませ、試すように振り払う。その人物と修羅は、目があった。

 

 

「……………………………………………………は?」

 

呆然としていた修羅は、ようやく我を取り戻す。それでも、目の前にいる人物を理解するのに遅れた。

 

だって有り得ない、確実に死んだ筈だ。あそこから生き延びるのなんて不可能、誰も出来る訳がない。

 

 

「何だよ、それ?何で、お前が─────、

 

 

 

どうして生きてる!?焔ぁ!!」

 

だがしかし、そこにいた焔は立っていた。最強の必殺を受けても、死にはしない少女がそこにいたのだ。

 

『紅蓮の焔』ではない、髪の色が戻ってる。そもそも今の彼女は七本目を使っていない。

 

ならば、どうやって【滅・妖忍魔法】を耐えきった?ほれにさっきの攻撃は?焔の属性は火・炎、それ以外は使えない筈だ。

 

 

「聞いてない………聞いてないぞこんなの!情報に無い!何だ、その姿は、七本目でもないその力を、使ってぇ…………」

 

「───修羅」

 

ビクッ! と、呼び掛けに修羅は動きを止めてしまう。黒髪をなびかせる焔は静かに歩んでくる。修羅も咄嗟に後退りをしてしまう。

 

 

「お前の本心を、ちゃんと聞いたぞ」

「ま、待てよ、なっ、何を」

「私にはお前を倒すことしか出来ない。だが、それで充分だ。

 

 

待ってろ、今からお前を助け(倒し)てやる」

「来るな、来るなよ………く、来るなァッ!!」

 

未知への恐怖より、敵を排除する本能が勝った。すぐさま指を動かし、全方位に強靭な糸を展開する。これだけでは駄目だ、更にもう一度必殺を放つ準備を整える。

 

 

「今度こそ焼き払ってやる!【アガシャ────」

 

ヴォン! と空気を焼くような軽い音が通り過ぎる。

焔は目の前で刀を振るっていた筈なのに、真後ろへと移動していた。しかし修羅の視線はそこには向いていない。

 

パックリと、ズレていた。

爆炎を放出しようとしていた両腕が、居合い切りに合った竹筒のように綺麗な断面をしながら。ゴト、と地面に跳ねる腕を見ても、完全に判断が遅れる。

 

そんな彼の前で、鋼以上の硬度の糸の結界が崩れ去る。紙細工のように脆く、灰のように散っていった。

 

限界だった、本能が負けてしまう。怒りが、憎悪が、一瞬で塗り替えられた。

 

恐怖という、単純な思考に。

 

「あ、ああああァァァァァァァァァァァァ!!?何でぇ!?何でだぁ!?」

 

何をされたか分からなかった、凄まじいスピードで切られたのは直感的に理解できる。だがそれだけだ。どうやって糸の結界を突破して、自分の腕を斬ったのか。そんなの予想すら出来ない。

 

あまりの感覚に吐きそうになる。本来感じることの無い感情に耐性がないだけなのだが、修羅はそれを自然と抑え込んでいた。

 

最も冷静な部分が、焦りを感じながらも推測する。今の『彼女』を取り巻く異常現象の正体を。何とかして解き明かそうとしていた。

 

(有り得ない!忍がこんな技を使える筈がない!こんな、常識すら塗り替える力なんて、話に聞く異能しか…………………え?)

 

ふと、ある可能性が頭をよぎった。

 

一部の忍にあるとされる力、そして自分達の思想に近いモノ。

 

【聖杯の残滓】、又の名を『ケイオス・ブラッド』。

 

思えば、『混沌の王』はその可能性を警戒していたではないか。有り得ないね、と聞いていた修羅は笑ったが、まさかそれを目の当たりにするとは思いもしなかった。

 

到底認められない事実を、確かめるように呟いた。絶対的に不可能と断ずるしかなかった偉業を。

 

 

 

 

「まさか、異能を発現した(・・・・・・・)?」

 

 

直後、ヴォン! とさっきと同じ音が鼓膜に響き渡る。その前に、既に焔は動いていた。

 

 

 

 

────バガン!!

 

訳も分からず、修羅の体は宙にあった。頬に痛みが響いたのを感じた時には、修羅は地面の上を転がっていた。殴られたんだな、と悟りながらも修羅は動けずにいた。

 

殴られたその時に見た。やはりどんな風に移動してきたか読めない焔の姿を。

 

(動き見えない速さ、それがキミの新しい力……)

 

自然と笑いが込み上げてきた。

似ていた、理解できない法則を歪めるような光景が。

 

映像越しに見た、あの戦い。

二人の少年少女に敗北した一人の男のそれと。

 

 

(まるで────『烈光』のようじゃ、ないか)

 

満足そうに、修羅は焔に笑みを投げ掛ける。一人の少年が、その身を拘束する呪縛から解放された瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

【混沌の派閥】、『惨禍の剣(カラミティ・ソード)』の修羅の敗北。それは全てのホムンクルスたちに伝達される。

 

 

 

「────何だと?」

 

二人の忍と渡り合っていたアルトが顔色を変える。戦闘中にも関わらず、呆然と聞き返す。しかし、返答はない。

 

 

 

「修羅が…………負けた?」

 

城のようにそびえ立つ天守閣から学園内を見据えていた紫瑞は信じられないように絶句する。自分と同じ『惨禍の剣』の敗北を信じられないのだろう。

 

 

 

 

「………………修羅」

 

その情報を、『混沌の王』は静かに聞き入れていた。無数の残骸と深淵の中で、一人だけで。

 

自身の生み出したホムンクルスの敗北に、嘆く訳でもなく、憤る訳でもない。

 

 

「─────残念だ」

 

『混沌の王』はそう言い、機械の触手の先に手を伸ばす。軽く指で掴み取ったそれを、掌の中でゆっくり転がしている。

 

掴んだのは、小さな赤い珠だった。ビー玉サイズの真っ赤に染まった珠。それの名を知る者は数少ない。

 

 

 

妖魔の生命エネルギー、『赤珠』と。




……………最後のヤツ、極僅かな人ならお分かりでしょうね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十二話 最後の願い

久しぶりに絵を書き直しました。


【挿絵表示】



…………変わった、かな?



「…………はぁ、はぁ………」

 

原型を保っていないホールの一角で、焔は座り込んでいた。さっきまでの戦いの疲れがドッと全身を襲ってきたのだ。もう一度戦えと言われても、これが限界だろう。

 

「……………」

 

そして、端の方に移動させていた総司を見た。修羅の糸による強制的な操作に限界を迎え、気を失った彼女は未だに目を覚まさなかった。

 

どうするべきか考えている間に、小さな音がした。小石が転がるような僅かな音。普通なら聞き逃していたが、今は耳に入ってきていた。

 

 

「──────はぁー」

 

ムクリと瓦礫の中から、起き上がる影があった。

 

顔の半分に刺青を入れた少年、修羅。

先程、焔が勢いよく殴った筈の彼は、疲れたように上半身だけを起き上がらせていた。

 

 

「………こっちは何とかセーフ。いやぁ、キミもやるね。無茶苦茶だよ、僕から見てもね」

「少し聞かせろ。総司は大丈夫か?お前が糸で操ってたんだ、分からない訳じゃないはずだ」

 

まぁね、と修羅は片手を振る。疲労で動けない近くの瓦礫に背中を預けながら、静かに眠っている総司に視線を向ける。

 

数秒経って修羅は軽々しく返してきた。

 

「総司ちゃん、秘伝忍法使いまくったから疲弊してるんだよ。だから少し休ませたら無事に復活するから」

「………本当に?」

「信用ねー。ほら、もう彼女の体に糸は残してないよ。安全の為にわざわざ柔らかい奴を使ったんだから………………どうせ信じないだろうけど」

 

不貞腐れたように顔を反らす修羅に、焔は「信じるさ」と告げた。それを聞いた彼は、ポカンと口を開いたままにしていたが、不満そうに鼻を鳴らした。

 

「ま、僕は負けたんだ。組織的には用済みだろうね、だからキミに色々と話しておく必要がある」

「…………話しておくべき?何をだ」

「さっきも言ったろ、僕は君を元にして造られたクローンみたいなモノ、

 

 

 

 

 

聖杯を手に入れる為に『混沌の王』が造った喜怒哀楽の感情を増幅されたホムンクルス、それが僕ら『惨禍の剣』。因みに僕は『怒り』を担当してたよ」

 

言葉を失うような事実。

それを平然と告げた修羅にも、表しようのない衝撃を受けた。

 

だが、彼の言葉はこれでは終わらない。

 

「そして僕たち『混沌派閥』、いや『混沌の王』の狙いは───────」

 

あっさりと修羅は組織の方針を語ろうとする。その中枢に触れようとしたその時、

 

 

『────残念だ』

 

 

 

 

 

「ガッ!?あ゛ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?」

 

けたたましい絶叫が、修羅の口から吐き出された。過度な体力の消耗で動けない筈なのに、地面の上で跳ねるようにのたうち回る。

 

ビキビキ! と首筋に浮かんだ血管の色が真っ赤に染まっていく。普通の血管よりも濃く、恐ろしい色に。

 

大丈夫か、と焔は声をかけるが、修羅からの返事はない。その余裕すら無いのだろう、地面に爪をたて、呻き声を押さえていた。

 

 

『やはりホムンクルスとはいえ、オリジナルに近すぎたか。何度も感情の制御にはコストを使う、切り時としてはここで良い線だな』

 

咄嗟に振り返った焔は、瓦礫の山から突き出してきた謎の物体に直面した。

 

機械類が結合した生物とは言えないような触手に、蛸の吸盤のように無数に浮き出た血走った眼球。

 

矛盾した二つの存在、いやそもそも触手が声を出すこと自体が直視した焔ですら困惑してしまう異物。

 

 

その正体に気づけずにいた焔はすぐに答えを知った。蹲っていた修羅が涎の垂れてるのも無視し、呟いたのだ。

 

 

「“混沌の……王”」

「………誰だ?」

「『混沌派閥』の王、僕たちホムンクルスを造った………怪物だ!」

 

コイツが『王』だと?と呆気に取られるが、すぐに本意に気づいた。

 

あれは手足。王と呼ばれる存在が操るモノ、醜く文明を帯びた怪物の一面。

 

『王』は蛇女にすらいない、何処か安全な場所から修羅たち、ホムンクルスを操っていた。そして今も、邪魔になった修羅を処理しに来たのだ。

 

触手の眼光が修羅を捉える。苦痛に悶える少年に向けて、

 

『失敗には命で償え、最後の使命だ修羅。お前も最後は役立て、その命を使ってな』

 

「い、嫌だ……!」

 

何をされるのか知っているのか、修羅は首を横に振った。

 

 

 

「僕は………なりたくない!…………妖魔、なんかにはぁ!あ、ア゛ア゛ア゛ァァァァァァ!!」

「修羅!落ち着け!」

 

 

 

「お前!修羅に何をした!」

『「妖魔」、言って分かる脳をお持ちかな?』

 

ギョロリ、と全ての眼球が一斉に動く。

 

妖魔という単語自体を知ってるが、どういうものかはよく分からずにいる。

 

『古来より忍たちの流してきた血により生まれた生物。いや、あれらは生命と定義するには野蛮すぎる。まぁ、全ての生き物を殺そうとする害獣のようなものだ。

 

 

そして、その生命エネルギーを固化させたものが「赤珠」。ちょうど修羅の中にもある、砕いてるがね』

 

それを聞いた焔は、理解が追いつかなかったのだろう。沈黙のあまりに呼吸を忘れかけていた。

 

 

『ホムンクルスの体内には「赤珠」の素は、私のトリガーにより「赤珠」へとなる。そしてそれが完成すれば、ホムンクルスの肉体は妖魔のものに変化する。低コストで妖魔を生み出せる────実に最高じゃないか』

 

人命なんて気にしてない、それどころか踏みにじり、唾を吐き捨てるような行為。

 

『混沌の王』から口にされたのは、それほどまでに非情すぎることだった。人の命を軽視してない、そもそも命を道具の一つと決定づけてるような。

 

 

『まさか、「道具と自覚してまで戦い抜いてた彼等の覚悟を何だと思ってる」などと喚く訳ではあるまい』

 

焔の言いたいことをわざわざ代弁した『混沌の王』。言葉に詰まった彼女に、興味などないと言わんばかりの言葉が聞こえてくる。

 

『創造主たる神が創造した人間の事を気にしてきたか?それと同じだよ』

「………自分が神だとでも言いたいのか」

『今は違う。だが、いずれ私は神となるのだ。「聖杯」を手にすることで』

 

また『聖杯』、最近『聖杯』に関する事ばかりが多いと焔は率直に感じていた。

だが、そんなことによりも。

奴に言わなければならないことがある。

 

「それなら、人の命を弄ぶことが許されるのか!」

『たった一人を殺した程度のことがか?なら聞かせてくれ、10年前に盛んだった一つの街が滅びた………それでこの世界が変わったか?』

 

憤慨する焔に、『混沌の王』はあくまでも冷静だった。人の命の価値を決めつけているその人物の問いに答えることはなかった。

 

それよりも先に、『王』が結論を口にしたのだ。先程の問いなど、忘れているのかと錯覚させるように。

 

 

『教えてあげよう、何一つ変わらなかった。多くの死を嘆く者も、理不尽な災害に憤る者も、誰一人もいない。街を滅ぼした者が裁かれることもない、探されることもない、

 

 

誰もが見て見ぬふりして、笑って生きる。それがこの世界だ』

 

「アガァアアア!!ぐげぇ!ぶばォっ!!」

 

酷く達観した声は、激痛に呻く修羅の叫びに遮られる。無数の眼はそれを見下ろし、そしてもう一度焔に視線を向けてきた。

 

挑発するように、言う。

 

 

『さて、タイムリミットはあと五分くらいかな?君のクローンだ、お別れの挨拶ぐらいはしてやったらどうだ?』

 

 

そう言われた直後に、焔は触手に向かって刀を払う。本来の力が出しきれない筈なのに、触手は簡単に斬れた。傷口から赤黒い液体が噴出し甲高い虫のような奇声を発しながら、触手は穴の中に戻っていった。

 

 

クソ! と焔は地面を蹴りつける。

こんなことをしても意味ないのを理解しながらも、そうすることしか出来なかった。

 

 

「……………………れ」

 

そんな中、蹲っていた修羅が震えていた。

ガチガチと歯を鳴らし、彼は小さく呟いている。

 

 

「僕を………殺してくれ」

 

そう、震える声で懇願してきたのだ。

助けてくれなどではなく、殺して欲しいと。

 

 

忍の世界では人を殺すなど当然、悪忍ならば尚だ。殺し合いにより成り立ってた世界なのだから。

 

しかしそれでも、これは無いだろうと思う。

 

あまりにも救いがない、あまりにも無慈悲すぎる。

 

 

「なぁ、頼むよ!嫌なんだ………これ以上、操られたくない!死ぬならせめて、このままで死にたい!

 

 

 

あんな化物になってまで、ガハッ!?……生きたく、ないんだぁ!!」

 

文字通り、血を吐くような絶叫だった。口から吐き出された血の量は尋常ではなく、一般人なら間違いなく死ぬ程だ。

 

それでも死なないのは、忍よりも頑丈に造られていたから。このまま彼は苦しみ、理性の無い妖魔へと変えられる。人や忍を、殺すだけの怪物に。

 

それが一番苦しくて辛い、だからこその願いなのだろう。

 

 

焔の片腕が突然動き出した。荒く一本の刀を抜き取る行為は、焔の意図したものではない。というか、体の制御が効かなくなっていた。

 

人差し指を動かしていた修羅は静かに笑い、

 

「…………こういうやり方は、恨まれるから嫌なんだけど、ねぇ」

「お、おい!?修羅!!」

「本当にごめんね、焔。これは僕のせいってことで」

 

糸による操作術、戦いの影響で疲れていた焔にはそれを抗えない。構えられた刀の先は彼の胴体に向けられる。

止めろ、そう叫ぶことも許されずに。

 

 

 

─────ドスッ!

 

そのまま、修羅の胸に刀を突き立てられた。丁度心臓のある場所────『赤珠』が生成されていた位置に。

 

ゴボッ! と口から大量の血が溢れる。どろっとした感触を舌に感じていた修羅は何かを言おうとする。

 

そんな彼の顔は、落ち着いた笑みだった。安堵したかのように息を吐き、

 

 

「…………………これで、いいのさ」

 

ピシ、と砕ける音が聞こえた。

静かに呟いた彼の体の至る所が、鮮やかな色を失っていく。動けない足の爪先に入ったヒビが大きくなり、灰のように粉へと変わっていく。

 

それでも、と。歯を食いしばった焔は修羅の襟元を掴み上げる。

 

「お前は………、これで良かったのか!?道具のように利用されて!死ぬことが幸せな、こんな結末が!?」

「確かに………最悪な、終わりだね………ねぇ、お願いが………あるんだけど…………良いかな?」

 

断ることが、出来る筈がなかった。無言を貫き通す姿勢に、修羅は答えを確認する。

 

苦しそうに途切れ途切れの言葉で、彼は話した。

 

 

「『王サマ』は………これからもホムンクルスを………作り続ける…………僕みたいに、人格や魂を………弄くられた人たちが…………増える、かも…………」

 

内容は、自分以外の誰かを心配するものだ。かつての彼なら、くだらないと嘲笑っていたこと。

 

だが、もうそれはないだろう。

今の彼は、『混沌の王』の人形ではない。その呪縛から解放された、一人の少年なのだ。

 

────焔と同じように誰かを思いやれる本質がある、優しい人物だ。

 

 

「それに…………『巫女』、を………守って………ヤツは、彼女を………狙ってる」

「────分かった」

 

止めるように告げた焔の目から涙が零れる。緩やかに頬を伝い、修羅の顔にこぼれ落ちる。

大量に流れる涙に気づかずに、焔は叫んでいた。

 

 

「分かった、もういい………私がやる。私が!『混沌の王』を倒す!!だから…………もう………!」

「泣く、なよ…………僕は………外道、だぜ?善人なんて………柄じゃない、し………けど、やっぱり僕も………キミなんだ、って思わされる、ね」

 

軽薄そうに言う修羅のそれは、空元気のようにしか見えなかった。

 

 

そして、崩壊がついに胴体の半分を飲み込む。胸に突き刺さった刀が音を立てて地面に転がる。

 

 

それでも、と。焔は修羅を抱き締めた。今も尚、体を失っていく少年の体を。消えていく感覚をその身に感じられる。

 

悪に堕ちるしか出来ず、最後の最後に本質を取り戻した、強い遺志を持つもう一人の自分に────優しく告げる。

 

 

「安らかに眠ってくれ、修羅─────」

 

「う、ん…………そうする、よ…………ほむ……………ら──────」

 

 

それだけ言い、修羅は満足そうに笑った。初めて見せた、心からの笑み。

 

最後と言わんばかりに白の侵食が、顔を分解して散っていく。サラサラと、修羅だったものは、欠片も残さず空気に溶けて消えていった。

 

死でもあり消滅。その存在すら残せず消えていったというのに、満足そうに逝ってしまったのだ。

 

いや、

 

同情する事の出来ない悪を為した彼は、きっと傷を残したかったのかもしれない。そうすることで、悪になることで自分の存在を何処かに刻み込もうとしたのだろう。

 

 

「………あいつ」

 

彼は悪だ。

蛇女を襲撃した際、総司を含む多くの学生たちを操った。もしかすると、今より前にも多くの人々を手に掛けてきたのかもしれない。

 

そんな悪党の死など、悲しむ者はいない。それよりも、彼には悲しんでくれる人がいない。

 

「……………バカだ」

 

ただ一人だけは、違った。彼の消滅を目の当たりにした焔は、ただその場所に座り込んでいた。

 

消えてしまった感覚、助けられなかった命を噛み締め────焔は絶叫した。今ある自分の感情を、ただ放出するだけ。

 

後悔と悲壮、複雑に入り交じった叫びが、辺りに響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃。

 

 

「…………?今のは」

 

何かに気付いたように。

近くの建物の影に身を隠していた紅蓮はそっと周りを見渡した。近くに人の反応はない、この学園の至る所で戦いが起こっているのか、喧騒のような声が聞こえてくる。

 

自分を追っていた生徒たちの姿も見えなくなっている。炎の壁による障害物などを工夫して逃げてきたから、そう簡単に追ってきて欲しくない。

 

そして同時に別の事も気に掛けていた。

 

「芭蕉ちゃん、大丈夫かな?無事だといいけど」

 

自分と先程分かれた忍学生の少女。誰かの影響を受けて、同士討ちをするように仕組まれている生徒たちとは違い、彼女はキチンと自我を持っていた。

 

 

なのに、生徒たちは途中ではぐれた芭蕉に反応すらしなかった。全員が全員、紅蓮を狙ってきたのだ。

 

ふと、考えに明け暮れようとしていた時。突然声が聞こえた。

 

 

 

「────やぁやぁ、始めまして。我々の先輩とも言える御方、『今代の紅蓮』さま」

 

呼吸が、心臓が止まりそうになる。

声がしたからではなく、その声がすぐ近くの真後ろから聞こえたからだ。

 

 

勢いよく飛び退き顔を向けると、行き止まりの壁に寄り掛かるように一人の男が立っていた。瞬間移動とかではない、元々自分がそこにいたように堂々と。

 

 

 

軽薄そうな顔つきでありながら、丁寧な仕草で男は紅蓮に改まったように礼をする。

 

派手なデザインの服を何着も乱雑に着こなしている容姿に、首元にはガスマスクのようなチューブの付いた呼吸器を掛けてある。

 

それらのものに何の価値もないにも関わらず、男の反応は楽しそうだった。

多くの人が無駄だと断じる全てを、『楽しいモノ』と気に入ってるように。

 

 

邪悪(シャーク)、『惨禍の剣』の一人を煎じられている者です。そして、貴方と同じホムンクルスでまありますよ」

 

『惨禍の剣』、ホムンクルス、二つの単語に紅蓮をハッと顔色を変える。

 

蛇女を襲撃する謎の組織『混沌派閥』、彼もその一人だ。

 

 

「そんな重く受け取らずに、良いですよ。気楽に行きましょう、気楽に。人生楽しまなければいけないです」

 

自分から明かしたというのに、警戒する紅蓮に邪悪は楽観的な態度を取っていた。しかしそう言われて従うつもりもない。

 

向けられた敵意に邪悪は、ニヤリと歯を見せた大きな笑みを見せる。

 

 

「最も───貴方の人生はここで終わりなのですが、ね」

 

剥き出しになった歯は、人間ものではなかった。金属のような光沢のある、トラバサミのように上下鋭く尖った牙。

 

まるで鮫のようだ、と思ういや否や、邪悪は壁に手をかけた。ズボン! と液体のように柔らかく手は壁の中へとのめり込んでいく。

 

「ッ!焼却=壱式!」

「忍には秘伝動物といったものがあるのをご存知ですね?」

 

何かをしようとする邪悪を前に紅蓮は地面を蹴る。

走りながら、日本刀を鞘から引き抜く。綺麗な刀身は一瞬で深紅の炎に包まれ、炎刀へと姿を変える。

 

 

「この邪悪にも秘伝動物がいるのです。複数の種類がありまして一択するなら─────」

 

 

巨大な黒が、壁から突っ込んできた。紅蓮の炎刀はその黒に重い一閃を放つ。斬られた場所に残った火の粉がチリ………と熱を帯び、巨大な塊を爆発で吹き飛ばす。

 

真っ黒な塊は身をうねらせる。そしてバックリと大きな口を開き、咆哮を轟かせた。

 

『ヴォオオオオオオ!!!』

「生き物!?この雄叫びは────まさか!!」

「ええその通り、『魚介類』………と言いますか、海の生き物ですね。因みにそちらは鯨です、私はこういうのが得意な性分でして」

 

至近距離から炸裂する音波の叫びに紅蓮は思わず耳を塞ぎ、遠くへと距離を取る。一方、邪悪の方は近くにいるのに何ら反応も返さず、丁寧な返しをしていた。

 

 

燃え盛る炎刀を鞘に仕舞い鎮火させ、紅蓮は踏み込んだ。親指で束を押し、片手に握った日本刀を何時でも出せるように構える。

 

「───焼却=肆式!」

「なるほど、まとめて炎で炙ってしまおうと。楽しい考えをする方ですね」

 

小馬鹿にする言い方だった。だが、此方も過剰に反応している場合でもない、すぐさま引き抜いた炎を辺りに放出しようとするが、

 

邪悪は楽しそうな態度のまま、指摘してきた。

 

 

「しかし、私なんぞに気を向けてる場合ですか?ほら、例えば今でも」

 

引き抜こうとした直後、視界の隅から大岩が横から飛んできた。よく見れば大岩ではない、頭を狙おうと投げられた鉄球だった。

 

邪悪の言葉もありわざとバランスを崩して、鉄球の攻撃を切り抜けた。頭部スレスレで鋼鉄が皮膚を掠り、近くの建物の壁を粉砕する。

 

身を任せ、地面に転がった紅蓮はすぐさま鉄球の飛んできた方向に目を向ける。視線の先で、誰かが困ったような声を漏らした。

 

「うーん?まぁーた外したぁー、けどいいーやー」

 

鉄球を投げてきたのは、ズタ袋を被った上半身半裸、2メートルの大男だった。両手首に填められた腕輪から伸びた鎖が、投げられた鉄球を手元に戻す。

 

二人いるのか、と思い攻撃に移ろうとする紅蓮。

 

だが、それは誤算だった。

 

「ねぇねぇ、君は炎使うんでしょ?カッコいいね!」

「っ!」

 

真後ろからの声に、紅蓮はすぐさま行動を切り替える。

体を捻るように振り返りながら、着火した刀身を真後ろに向かって振り払う。ただの斬撃とは違い、一定の距離に近づくと同時に刀身の炎が爆裂した。火炎放射器のように、辺りに極温の炎を噴き散らす。

 

少女はアクロバティックな動きで、炎の凪ぎ払いを回避していく。体操選手のような動きをした後、一瞬で姿を消した。

 

咄嗟に周りに目を向けるが、声がしたのはすぐ隣だった。肌に当たりそうな距離で少女は明るく元気そうに、

 

 

「私の銃ね、面白いことが出来るんだよ!建物の外からでも、君の頭を撃ち抜いたりね!」

「そう、でも今は遠慮したい!」

 

心からの心境を言い返したが、「ごめんね!無理だよ!」と少女は明るく返してくる。

 

彼女は脚を折り曲げ、空中へと跳躍した。

真上に跳んだのでスカートの中が見えるが、紅蓮は戦闘中に気を向ける程の変態でも余裕ありでもない。

 

彼女は両手の拳銃の銃口を向ける。引き金に掛けた指に力を込め、

 

「いっくよぉ!バキュン!」

 

二つの銃弾が音速の勢いで紅蓮に撃ち込まれた。紅蓮はただで受けるつもりもなく、日本刀を地面に突き立て炎の壁で銃弾を焼こうとした。

 

が、炎の壁は意味も為さなかった。

二つの銃弾が透明なナニかに当たったように、軌道を変化させたのだ。そのまま弧を描くように障害物を回避した銃弾が元の軌道に戻り、

 

 

紅蓮の頭を二発とも突き抜けた。だが、当たった場所に風穴が開いた訳ではない。

 

ユラリと、紅蓮の姿が揺れたのだ。まるで蜃気楼のように。

 

 

「あれぇ?」

「焼却=参式・陽炎」

 

おかしな現象に不思議そうに首を傾げる少女。紅蓮のしたことは何てことない、横にズレた場所に自身の分身を作ったのだ。

 

そして、紅蓮は歩みを進めながら少女に近づく。急いで銃口を向けてくる少女に向けて刀を振りかぶる。

 

殺すつもりはない。束で首を殴って気絶させれれば、それで良かったから。

 

 

────ズドン!!

 

「ガッ────!?」

 

口から息が漏れた。脇腹に直で砲弾が撃ち込まれたような、重い一撃の感触を味わう。

 

 

「見事。旧式のホムンクルスと侮っていたが、それは間違いであったかもしれん。修正が必要だ」

 

吹き飛ばされながら、視界の中で何者かが立っていた。白衣を着込んだ医者のような男、彼は右手を此方に向けて、左腕で顎を擦っていた。

 

 

そのまま、地面に転がった紅蓮は刀を突き立てる。ガン!という強い感じが肉体に響き、骨が軋んだと思う。

 

喉を咳き込み、呼吸を整えようとする。立ち上がりながら、周りを見渡した。

 

 

盤銅(ばんどう)宗那(そうな)翠翔(みすと)────速いね、ちゃんと動いてくれて私は嬉しいよ」

 

「うぃー、そりゃぁーだるかったぁーのでぇー」

 

「あれ?翠翔さん、任務あったんじゃないの?大丈夫?王様に怒られちゃうよ!」

 

「解答、心配無用。私の量産型に二人ほどの忍を足留めさせている。突破されるだろうが、時間は十全に稼げる」

 

ホムンクルスの四人が、紅蓮を囲んでいた。一人だけなら紅蓮でも勝てたかもしれない、だが彼は決して単体で戦う来などない。その為の布陣なのだ。

 

わざわざ間隔を開けておきながら、決して逃がさないというように。

 

 

────流石におかしい、と紅蓮は思い始めてきた。蛇女を襲撃しているのにはそれ相応の理由があると感じていた。そして、それが何なのか大体掴めてきた。

 

しかしそれでも解せない。たった一人に四人が動くなんて─────

 

 

 

「そろそろ自分の価値に気付いてもいいのでは?」

 

邪悪はキキキ、と鋭い歯をむき出しにして笑いながら言った。怪しい言葉に、紅蓮は怪訝そうに見やる。彼は目の前で片腕を持ち上げ、ある方に人差し指を向けていた。

 

先にいるのは──────紅蓮。

 

 

「我々の本命は貴方です。その為に蛇女を襲撃し、焔紅蓮隊を誘き寄せました。ぶっちゃけ、焔紅蓮隊も蛇女も七つの凶彗星(グランシャリオ)も全部がオマケですので」

 

思わず、喉が鳴る紅蓮。そんな彼を無視しながら、邪悪は気楽に続ける。

 

「『混沌の王』から命令。我々の目的を邪魔する不確定因子の排除を行ってから、『今代の紅蓮』を抹殺しろと。勿論我々は、全ての善忍と悪忍を敵に回してでも貴方を殺しますので」

 

規模が違いすぎた。例え自分達が殺されても紅蓮を殺す、昔戦争であったという特攻隊と同じような感覚に陥る。

 

彼等より前に造られた旧式のホムンクルスとはいえ、そこまで殺害に拘る理由が何なのか。紅蓮自身にも分からない、彼等はそれを知っているのかもしれない。

 

そう思う紅蓮の思惑とは違い、ホムンクルスたちは全くもって理由を知らない。

 

 

 

「えー、ただいま13時46分。現時点を持って最終目的の開始。

 

 

 

ホムンクルス紅蓮、個体名 KF.H-5641の抹殺を開始します」

 

 

直後に、全員が動く。

 

四人のホムンクルスはそれぞれの武器を扱い、たった一人の同胞を殺そうと牙をむく。彼等の顔には微塵も優しさは感じられない、あるのは命令を遂行するという意思のみ。

 

勿論、紅蓮は躊躇しない。鞘に納めた日本刀の爆炎を嵐の如く放つ。

 

 

火蓋は簡単に切られた。勝率の低すぎる、圧倒的な敗北()が目に見えた戦いが。それでも、紅蓮には負けるわけにはいかなかった。

 

 

 

─────大切な仲間たち(家族)が、今も戦っているから。自分だけが負けるのも逃げるのも、絶対に認めない。

 

 

 

 

そして、遠くからその惨劇を見下ろす者がいた。

 

全身に血を浴びたような色のした布切れに耳を包んだ何者か。かつてユウヤやシルバーといった異能使いの前に現れた謎の存在。

 

カオス、『混沌』の名を語る怪物。子供の落書きのような笑顔を張り付けた真っ白な仮面を被るソレの眼に、紅蓮が映り込む。

 

 

「そろそろ、かなぁ?」

 

満面の笑みを浮かべた仮面の奥で、ソレは歪んだ声音をしていた。全てのものを見下し、同時に嘲笑うように。

 




久しぶりに長く書いた…………後少しで一万字ですぜ?(知らんがな)

内容に関しては─────うん、うん(頷き)



感想や意見など、是非是非お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十三話『飛翔する星帯(グラン・メサイア)

今回は前よりも短めですね、いやエイプリルフールの話を出してしまったので、話を書くのに体力の消耗が激しいですし…………それはそうと今回の話で合計100話の投稿が出来ました。

…………いやぁ、ここまで書けるとは思えなかったというか。どうせ気力が無くなるのでは?と思った時期もありましたが、ここまでいきたのは皆様の応援もあってのことです!本当にありがとうございます!

これからもこの作品を続けていくつもりなので是非ともよろしくお願いします!


敵であった修羅の死は、焔に決意を抱かせた。

 

彼を利用し、あのような最後を迎えさせた『混沌の王』を倒す、と。

 

 

「……………その前に、あいつらと合流しないと」

 

気絶してた総司を生徒たちに預け、焔は先へと進んでいた。生徒たちは「少し前までは意識が無かった」らしく、抜け忍の焔を目の前にして混乱していたが、素直に聞いてくれたのは助かったと思う。

 

 

「…………?」

 

歩いてる最中、焔は空を見上げた。空気を震わせるような激しい音が聞こえたのだ。

 

 

直後、重なった黒い翼を持つ何かが真上を横切った。あまりの爆音と風圧に耳を押さえながらも持ちこたえたが、

 

「なッ!?」

 

目を凝らすと、それは戦闘機だった。

何か白いアルファベットが刻まれているが、高速の勢いで移動してるので、確認するのが難しい。

 

そして、戦闘機から大きな4つの塊と小さな影が飛び出した。それらは降り注ぐ雨のようにバラバラに散らばって、落下した。

 

ドォォォン!! といった轟音が離れているのに響いてくる。4つの塊がここに墜落してきたものだろう。その中で、金属的なフォルムに記されたマークを、焔はやっとの思いで確認できた。

 

 

一つ一つを線で繋がった七つの星───『七つの凶彗星(グランシャリオ)』のイニシャルだった。

 

 

「何が………起きてるんだっ!?」

 

状況を理解できない焔の叫び、更に響いた轟音にかき消される。

 

 

 

 

 

一方、

 

「……………静かね」

「そうですわ、さっきまで戦いの音が聞こえてましたのに」

 

合流することができた春花と詠は直線に続く廊下を歩きながら、そのような会話をしていた。

 

彼女たちは廊下の奥、暗闇の向こう側で戦闘が起きていたのを感じていた。しかし何か甲高い叫び声が響き、瞬時に全ての音が消えたのだ。

 

そして、二人は構えを取った。僅かにだが、空気が動いたのを感じたのだ。暗闇の奥から。

 

 

「─────来る」

 

そう言った直後、暗闇から『それ』が姿を現した。

 

金属特有のフォルムなのか、窓からの光に反射している────虫だ。半透明な羽を残像のように揺れる形で羽ばたかせていた。体長は小さく、空き缶並みのものだ。

 

たった一匹ではない、数十匹が群れを為している。あまりの規模に、視界全てが覆われてしまいそうだった。

 

『ジジジジジジジ!!』

 

高速で羽を動かした時の音なのか、口から発したものかは分からない。

 

だがそれが詠たちに向けられたものであり、生やさしいものではないのは確実だ。むしろ機械だというのに濃厚な敵意が感じられる。

 

けれど、戦闘になることはなかった。

 

羽虫たちの群れの、横手の壁が吹き飛ばされたのだ。凄まじい爆発を受けたかのように散らばる破片の風に羽虫たちが巻き込まれる。

 

6割が爆風により破壊され、三割が運が良く破損で済み、1割は奇跡的に後方だった為、爆発を回避できたらしい。慌てて距離を取ろうとするが、更に発生した爆発に今度こそ壊滅する。

 

飛ぶことも出来なくなった機械の羽虫を踏み潰した何者かの視線が詠たちに向いた。

 

 

「─────よぉ、久しぶりだな。焔紅蓮隊………二人だけみたいだがな」

 

 

「常闇………綺羅!?」

 

漆黒のフォルムをした重々しいハルバードを担ぎ上げた青年、キラに詠が驚愕しながら彼のフルネームを口にした。

 

それに対してキラは忌々しいように、飛来してきた鋼の羽虫をハルバードで打ち砕く。足元でまだ存命してる羽虫を靴底で踏み潰し、詠たちを睨みつける。

 

 

「一応聞くが、コレは貴様らがやった────訳じゃねぇよな。こんなハイテク、抜け忍には勿体ない代物だ」

「そうね、けど貴方たちの物でもなさそうだけど?」

「当たり前だ。現に目の前で叩き潰してやったろうが」

 

そう嘯くキラはん?と詠の方を見た。しかし彼女の視線は高級そうなコートに向けられている。「……高そうな服………」などと呟いてる詠を無視し、キラは踏み潰した虫を指して言った。

 

「この虫は『混沌派閥』のじゃない、他の連中の奴だ」

「他の………連中?」

「さぁな、俺様には興味はない。勿論、今の貴様にもな」

 

下らないと鼻を鳴らしたキラは詠たちの横を通りすぎた。しかし踏み込もうとした足が止まる。

 

通りすぎる直前に詠がキラの腕を掴んでいた。咄嗟に反応したのだ、彼から滲み出ている殺気に。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください!何処へ行くつもりですか!?」

「悪いが、俺様には殺さなきゃならない奴がいる。今すぐにだ」

 

物騒な物言いに詠は掴む力を強める。ギロッと人を萎縮させるような少量の殺意が眼光となって向けられるが、それでも詠は力を弱めずキッとした顔つきで向き直った。

 

腕を払い、詠の手を強制的に離させたキラは進もうとしなかった。

 

最早、殺意を隠そうとせずに吐き捨てる。

 

「────父親だ。俺様の未来を奪った挙げ句、この蛇女の襲撃に片棒を担ぎやがった──────クソッタレの父親だ」

 

 

 

 

 

 

 

両備と両奈、二人は騒動が始まっていた時、暴動していた生徒たちを鎮圧していた。そして、何とか校舎内を進んでいた最中に───彼女と出会ってしまった。

 

「凄いね、私の作ったモンスターたちを簡単に倒しちゃった」

 

(のぞみ)、『混沌派閥』所属のホムンクルスの少女。本人には大した戦闘能力はない、しかし彼女が持つ力は凄まじい効力を持つのだ。

 

 

「────『召喚(コール)』」

 

彼女がそう告げると同時に、転がった瓦礫の一つに淡い光が走った。

 

ボゴボゴボゴ!! と瓦礫は激しい音をたて、風船のように膨らんでいる。

 

 

浅黒い紫色のような肌の怪物。大きさは2メートルほど、筋肉質な腕を垂れ下げ、腰の部位には尻尾の付いている。

 

しかしそれ以上に────怪物には顔がなかった。いや表現に間違いがある、目や鼻に耳といった顔の部位が存在しないのだ。

 

代わりに、鋭い歯の並んだ口を開き、雄叫びをあげた。

 

 

『パキャアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!』

 

これが彼女の能力、『召喚(コール)』。

モンスターと呼ばれる怪物を生み出し、意のままに操るホムンクルスとしての力。

 

扱いようによれば、他者を糸で操る修羅よりも脅威的な存在だ。

 

「どうするの、両備ちゃん?」

「黙ってて……………ねぇ、アンタ」

「うん、なぁに?」

 

彼女は優しい笑みを浮かべて答える。おおよそ襲撃者の一味の者とは思えないものだった。

 

内面に警戒を隠しながら、彼女に面と向かった。

 

「怪物を生み出せる力ってのは分かったけど────それ、何かペナルティがあるでしょ」

「…………」

「お見通しだっての。命を生み出す条件として何かを利用してる。……………周りの学生たちの命を使ったりとか?」

「私の妖忍魔法はそんなものじゃないよ、大体は合ってるけどね」

 

不穏な返しを望は返し、両手を動かした。そっと僅かな膨らみのある胸元に添える。

 

控えめな胸を気にしてるのかと一瞬だけ、ほんの一瞬だけ両備は同情してしまったが、

 

「今回の襲撃では三年分は使ったかな?でも、まだまだ大丈夫だよね。どうせ戦いの中で死ぬかもしれないんだから」

 

 

 

「………………は、あ?」

 

口で言われて、実感が追いつかない。しかし徐々に理解ができてきた。

 

あの怪物らを召喚することの引き換えに自分の命を差し出す。何時まで生きられるか分からない自身の命を削ることで彼女は戦場に立っているのだ。それも、あんな笑顔を浮かべながら。

 

「ねぇ、知ってる?ホムンクルスってのは普通の忍よりも強いけど、欠点が一つだけあるんだよ」

 

 

 

「思い出が薄れるの、ゆっくりと日をかけて。消えるんじゃなくて、思い出せなくなる」

 

 

 

 

「前までは鮮明だった記憶が失くなっていって、次第に顔や名前………声までも忘れちゃうの。誰よりも大切だった人の思い出が、一瞬で消えてしまう恐怖────お姉さんたちに分かる?分からないでしょ!?」

 

やけくそ気味な望の叫びを、両備と両奈は黙って聞いていた。同情してしまった、自分の立場に重ねてしまったのだ。

 

自分たちにいた大切な人…………その記憶が失うと思うと、どんな風に感じてしまうのだろうか。

 

 

「私はいや、記憶を失いたくなんてない。『あの人』に会いたい、その為に私は戦場に立ったの。『王さま』に記憶を治して貰えるようにするために」

 

何故、ホムンクルスたちは『混沌の王』に従っているのか、それが多くの理由だった。

 

わざと記憶を欠けるように造り、彼等に精神的な苦しみを与える。そして記憶を戻してやると甘い誘惑をして、自分の駒として使う。

 

それだけで、自ら命をかける尖兵が出来上がる。まさに人の事など考えてない悪魔のシステムだ。

 

 

「だからお願い───死んで(・・・)

 

そう言い、彼女は小さく呟いた。命令を下したのか、紫色の怪物がゆらりと動く。咄嗟に構える両備と両奈だったが、対する望は何か怪訝そうな顔をした。

 

目の前の地面が暗くなった、まるでそこだけに光が当たらないかのように。

 

 

巨大な物体が落下して、地面に突き刺さる。ちょうど彼女たちの目の前へと。

 

隕石が墜落したかのように濃い砂塵が漂う。視界を遮る煙を払うとした所で動きを止めた。

 

 

影が、巨大な影が起き上がったのだ。

 

「─────な」

「なに、あれ!?」

 

驚愕を示す二人の前で『それ』は姿を露にする。

 

全体的に、四~五メートル程のサソリ。しかし頭部があるべき場所には人間の上半身のようなものが取り付けられ、その顔はモノアイらしい単眼が動いている。

 

六本の細い脚で巨大な図体を持ち上げ、間接部位は剥き出しになった金属骨格が機械音を鳴らす。そして前方には巨大な装甲のハサミが地面に引き摺られてはいるが、巨体を砕いた威力を想像することは難しくない。

 

生物的イメージの感じられない、機械の異形。そのフォルムにはこういった綴りがあった。

 

Grand Chariot(グランシャリオ)、と。

 

 

「…………両備ちゃん、グランシャリオって!」

「分かってるわよ!…………『七つの凶彗星(グランシャリオ)』、何でアイツらが関わってくるの!?」

 

信じられないといった両備の叫びには納得するものがある。忍たちの問題に、世界的に名のある平和維持組織が介入してくることが多いものではないから。

 

グランシャリオの綴りの下に続きがある───“ANTARES(アンタレス)”、それがあのサソリの呼称名なのだろう。

 

だが、兵器と思われるそれは一般的に見たことがない。表側では秘匿された、此方側の破壊兵器なのだろう。

 

 

 

『─────警告』

 

突然《アンタレス》から、そんな声が放たれる。男性と女性の組み合わせたような無機質な合成された音声。

 

一瞬、二人に向けられたものかと思われたが、その判断すら甘いことに気づかされる。

 

『危険度中の三名、確認。テロリストの可能性有り、排除を優先する。繰り返す────』

 

「………ワタシたちを助けに来たどころか、排除する気満々ね」

「うー、流石の両奈ちゃんもあのハサミの攻撃は食らいたくないなぁ」

 

再びライフルを装填する両備に軽くステップする両奈。二人とも、目の前の存在が有効な的ものではないのを即座に判断したのだろう。

 

そんな中、望が二人に向かって大声をあげた。

意外にも、簡単かつ簡素なものだった。

 

 

「手を貸して!」

「ハァ!?ワタシたちは敵なのよ!?」

「このままじゃ、あのロボットに勝てない。私や皆を殺しても、あれは止まらない。だから二人ともの手を貸して!!」

 

普通なら従うつもりはなかった。だがもう手遅れだった、《アンタレス》の攻撃対象に二人は入ってる。

 

『危険度から判断、武装レベル2まで解放。これより武力的制圧を開始します』

 

ガシャコン!と全身の駆動部が動く。凶悪な兵装の数々が展開される。間違いなく人を相手にするものではないものが多い。

 

 

そして引き金は、容赦なく引かれた。

 

 

 

 

 

 

 

学園長室、そこでは誰一人もいなかった。ここにいた学園長は教師や生徒たちによる避難を行われたのだ。学園長の命を狙った可能性も懸念してのこと。

 

だが、『混沌派閥』の目的も学園長ですらない。故にこの部屋は誰にも侵入されず、静かな沈黙を迎えていた。

 

しかし突然、扉が蹴り破られる。最早ひしゃげた木材となった物の上を歩き、誰かは部屋の中へと入ってきた。

 

黒いコートで全身を包んだ銀髪の青年。

蛇女学園を戦場とする第三陣営のリーダー格。

 

ラストーチカ。

正規メンバーの後釜である候補生のリーダー、純粋な実力なら正規メンバーと並ぶほどの人間。

 

「ここが学園長室ってヤツね。つまり、一番上の部屋って訳だ」

 

漆黒の外套を近くのスタンドにかけ、ラストーチカは真ん中に置かれた机と椅子の前に立つ。

 

本来、学園長が座る筈の椅子。

しかし今そう思われる人物の姿は見えない、巻き込まれる前に避難したのかもしれない。それは当然だ、【禍の王】は誰であろうと容赦なく殺す。何処かにいる学園長も例外ではないのだから。

 

 

「どっこいしょ、っと」

 

ドカッ! と乱雑にラストーチカは椅子に腰を下ろす。そのまま堂々と机に脚を乗せていた。

ここの悪忍たちが知れば、怒りを示すような行為。それを彼は軽々しくして見せた。

 

ラストーチカはあまり気に留める様子はない。どうせこの戦争の中での出来事だ、文句を言われようと叩き伏せるだけだ。

 

そう思い、ラストーチカはくるりと椅子を回転させながら窓から周りを見下ろす。

 

空は明るくない、巨大な忍結界のようなものが張られ外からの干渉を阻害している。火の手が上がっているのか、色々な所から灰の色をした煙が揺れていた。

 

火薬の匂いとついでに、生々しい鉄の匂いを感じた。

 

「ただいま『暁の戦線(ダウンフォール・バトルライン)』は順調、例のテロリスト………【禍の王】とかの排除は─────なるほどね、もう十人程度は片付けたか。流石は志藤さんの手掛けた兵器だ」

 

『アンタレスシリーズ』

ラストーチカがこの学園内に放った兵器。対人と対物、対忍などといった武装を搭載した代物。忍たちの強化版とも言えるホムンクルス相手には中々有効だった。

 

「これで良いと思うが、俺の目的の為にも忍には数を減らしてくれればありがたいし…………『飛翔する星帯(グラン・メサイア)』、それの使用も考慮しておくべきかな」

 

ラストーチカの口からまた難しい単語が漏れた。

 

飛翔する星帯(グラン・メサイア)

地球を軸として、円を描くように漂う数十基の衛星兵器。

 

No.7の肩書きを持つ正規メンバー兼科学者の志藤が造り上げた破壊兵器を量産したに過ぎないのだが、その破壊力は世界中の国々のリーダーたちを絶句させた。

 

 

衛星に詰め込まれているのは荷電粒子砲。高速の速度で荷電粒子を撃ち出す兵器。威力は自在に変えられ、一点だけを攻撃することも可能。話によれば、正規メンバーNo.3の天星 ユウヤも開発に携わったらしい。

 

 

世界を救うどころか滅ぼせるような兵器。しかもそれは本領ですらない、きっと『七つの凶彗星』が本腰をあげれば、全世界だって余裕に支配できるだろう。忍たちだって勝てる訳がない。

 

自分達の邪魔になるであろう忍を排除し、世界救済に本腰を上げることも可能なのだ。

 

 

(そうしない理由は、忍たちがこれからも必要だからか。もしくは、俺たちだけでは勝てない存在が現れるのかも…………)

 

心底不本意だが、正規メンバー(師匠たち)が望むならば候補生であるラストーチカもそれに従うしかない。

だが、

 

(俺の目的の為に繋がってる彼女等と共に暴れるってのも悪くない。時と場合で動くとしようか)

「…………こういう椅子座ってみたかったけど、意外と座りにくい。よくこんなの座ってられるね」

 

ラストーチカはそんな風に漏らした。呆れたという割には、酷く面倒そうに。




本編に出したアンタレスの絵を書きましたー


【挿絵表示】



………………下手ですかね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十四話 黒装機蠍(アンタレス)シリーズ

忌夢は死闘の最中、敗北を確信した。

ホムンクルス 凱添、順序を入れ替える彼の力。為す術もなく追い込まれ、その正体を看破するがもう少し速ければ良かった。

 

凱添の拳が忌夢の頭を狙う。順番すら関係ない攻撃だが、忌夢が反撃しようとすれば容赦なく入れ替えるのだろう。

 

つまり王手。何をしても無意味、負けることが決定されているのだ。

 

 

(不味い!やられ─────)

 

それを理解した忌夢は覚悟を決めた。せめて一子は報いようと、如意棒に力を入れる。

 

 

しかしその覚悟とは裏腹に、鋭い拳は忌夢を通り過ぎていく。すぐ近くで壁をぶち抜かれるが、呆然とするしかない。

 

だがすぐに状況を理解した忌夢は怒りが込み上げてきた。

 

「何の、つもりだ………ッ!ボクを殺す気すら無いって言うのか!」

「─────へぇ」

 

怒りに目も向けず、凱添は不適な笑みを崩さない。その視線は忌夢の真後ろ、廊下の奥に向けられていた。

 

自分を相手にすらしないのか、と憤るが忌夢もようやく勘づいた。慌てて振り返り、凱添と同じモノを見つける。

 

 

「どうやら来てるのは善忍だけやないな?あんなモノまで放つとは」

 

虫、だった。

ただの虫と言うよりは、機械で出来た代物。半透明な羽を響かせて飛来する羽虫の群れ。

 

忍の世界では間違いなく見ない存在、それを目の前にして忌夢は混乱しかなかった。

 

「何だ………アレ?あれも、お前らの奴か!?」

「ならええけどなぁ。現実ってのは上手くいかへんことが多いやん」

 

言外に違うという意味だった。

それも当然、凱添はあの羽虫に警戒と敵意を向けている。

 

理由は明白、羽虫たちの所々が朱く染まっていた。鉄のような匂いに、凱添の表情の笑みが冷えていく。

 

 

「それにしても、感じるで?血の匂いが。クサイクサイ、こりゃあ多いなぁ。

 

 

 

────このガラクタどもが、そうやって仲間を殺しやがったのか?アイツらをアッサリと!流れ作業のように殺してったのかッ!!」

 

無音の波動が放たれた。未知の脅威に凱添は忌夢の前に飛び出し、腕を横に払った。

 

 

ドゴッ!! と。

衝撃波と凱添がぶつかり、相殺される。しかし凱添の体は弾かれたように宙に舞うが、何度かバウンドしながら起き上がった。

 

口から垂れた血を手の甲で拭い、困ったように嘆息する。それでも、顔から笑みは消えることがない。

 

 

「………なぁるほど。あの羽虫、羽で発生させた音波で攻撃するみたいやで?一匹程度なら大したことないみたいやけど、ああも群れられると厳しいなぁ」

「お、お前………ボクを」

「?そりゃあ、ワイの獲物やし。ほら、肉食動物やって獲物を取られたら怒るやろ?そんなモンや」

 

 

 

 

「そや、少しええか?」

「ん?何だよ、ボクにも戦えって言いたいのか?」

「いやいや!大したことやないって!少し気ぃ抜いとってくれへん?」

 

敵を前にして気を抜けるか、と吐き捨てたかったが無駄なのは分かる。言われるがままに、力を抜いて落ち着こうとするが、

 

 

 

ドゴ! と拳が腹に叩き込まれた。無意識だった故に、その一撃は重く、彼女の意識を容赦なく奪いにかかる。

 

 

「ガ────ハッ!?」

「──────悪ぃなぁ、『忌夢ちゃん』」

 

突然の所業に抗議の目を向けるが、凱添はヘラヘラとしている。更に怒鳴ろうとしたが、揺らぐ思考があることに気づく。

 

 

…………何故コイツは、ボクの名前を知っているんだ?

 

 

「ワイがボコったし、あんま戦えないやろ?こんな人でなしのワイとは違って、死んだら悲しむ人もいそうやし…………………羨ましいわぁ、ホントに」

 

堅苦しくもなくチャラチャラとした態度で彼は答える。最後の最後に、何かを思うだろう呟きを付け足しながら。

 

「心配なさんなって。ワイはこう見えてもやる男やし?あ、そうそう。

 

 

 

 

昔の事はあんま気にしない方がいいで。あと、『雅緋ちゃん』によろしく言っといてなぁ」

 

待て、と忌夢は叫ぼうとするがもう遅い。凱添はそう言いながら忌夢の腕を掴み取り、

 

 

窓から空中に放り投げられる。あまりにも雑だが、配慮したようなものだった。それに、二階から落ちたとしてもあまりダメージは受けない。

 

 

互いの目が合う。

敵に向けるようなものではなく、無茶をしそうや子供を見守る大人の目。

 

何処か面影があった。子供の頃に覚えがある。始めて出会った『彼』と、前に会ったことがある…………?

 

 

「また会おうや忌夢ちゃん。今度はちゃんとした形で殺し合おうぜ☆」

 

「凱添!お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

絶叫する忌夢の前で、凱添は終始笑顔だった。ズガガガガ!! とけたたましい音が響く。機械で出来た羽虫の群れと凱添が衝突したのだろう。

 

そして二階から落下した忌夢は地面に何とか着地を行う。まずは合流すると決意した矢先────見知った顔があった。

 

嬉しさよりも先に嫌な感覚が脳裏に浮かび上がる。それもその筈、目の前にいるのは忌夢の宿敵(本人が思ってるだけ)の日影がいたのだから。

 

 

「ひ、日影!?どうしてここに……!」

 

普通は驚くべきなのに、日影は無表情で忌夢を見ていた。そんな彼女の第一声はこうだった。

 

 

「………何で空から忌夢さんが落ちてくるんや?ラ●ュタ?」

 

「知るか!」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

先手を取ったのは、兵器《アンタレス》だった。機械で造られた肉体を動かし、標的の排除を優先する。カニのような堅い装甲のハサミが近くの建物を噛み砕く。建造物を支える柱の数本を掴み上げ、放り投げてきた。

 

しかし両備と両奈はそれを横に跳ぶことで回避した。両奈は次の攻撃が来る前に《アンタレス》へと突貫する。因みに両備は距離を置いて、ライフルの装填を行う。彼女とて接近戦が苦手というわけではない。

単純な話、スナイパーが後方支援をするのは戦況を変えるのに必要なのだ。

 

凄まじいスピードで近づきながら、両奈は二丁銃を乱射する。だが、《アンタレス》の装甲にはダメージがあまり通っていない。単眼の光が彼女の姿を認視する。

 

 

直後、ハサミが横殴りに、両奈の体に叩きつけられた。それも容赦なく横に食い込む。

 

「ふ、あ───ッ!」

 

「両奈!クソッ!」

 

何度かバウンドして転がる両奈に、両備は怒りを滲ませる。《アンタレス》に向けて複数の銃弾を放つが、効いてる様子は見えない。あまりにも堅い金属装甲の前に全て弾かれてしまっている。

 

ギロッ、と一つだけの眼光が両備の姿を捉える。キチキチと昆虫独特の多脚の動きで、体の向きを変える《アンタレス》。無機質に標的を選別していく怪物が、次の標的を決定した証だった。

 

「効けっての!この虫野郎がッ!」

『!』

 

苛立ったように両備が銃の引き金を引く。しかし銃弾が撃たれたのではなく、彼女の周囲から6つの物体が出現した。

 

自己判断機能により、《アンタレス》も『それら』が何なのか確信する。目の前に並んだ物体を破壊しようとせずに、全ての腕を前に交差させる。

 

 

「【リコチェットプレリュード】!!」

 

続けて放たれた弾丸が直撃したと同時に6つの物体───『機雷』がまとめて爆発した。グラっと《アンタレス》の体が揺れたが、持ちこたえた。

 

カチカチと上半身と結合した下半身のサソリが牙を鳴らす。機械から感じられる筈のない、明確な怒りに気圧されるが、《アンタレス》の動きが開始された。

 

 

ガシャコン!! と右腕の肘に何かが嵌め込まれる。円筒形に伸びた腕、それは戦車の主兵装とされる砲筒だった。

 

「マズ─────ッ!」

 

 

両備が叫ぶ直後に、右腕の砲身が此方に向いた直後に、砲撃が開始された。ドォン!!! と戦車独特の轟音と共に、漆黒の榴弾が直撃し、周囲に衝撃波が炸裂する。それは近くにいる両備にまで届こうとして────

 

 

「───ゴーレム!両備さんを守って!」

 

望の命令を受けて、岩石の肉体を持つ人型『ゴーレム』が両備の前に立ち塞がる。そして爆風や破片の雨を防ぐ壁の代わりとなった。

 

「………ありがと、助かったわ」

「うん。でも気をつけて………今度は直接狙ってくるから」

 

言う間に、戦車の主砲───滑腔砲の装填が終わる。構えられた先は、ゴーレム自体を後ろにいる両備諸とも消し飛ばそうという狙いが見える。

 

「そんなこと───させないよぉ!」

 

しかしそれも妨害される。いち早く戻ってきた両奈が《アンタレス》に向けて二丁銃を乱射したのだ。大したダメージはないのだが、駆動部に弾丸が当たった途端、反応が変わった。

 

 

狙いを中止し、邪魔をした彼女に滑腔砲を向ける。ノーモーションで砲撃が開始された。大した装備をしてない両奈を消し炭に変えようと。

 

「うーん!あの砲撃に当たってみたいな~!でも今はやらない~!」

 

スラリと両奈は俊敏な動きを見せる。照準通りに放れた筈の砲弾は検討違いの場所を削り取る。

両奈は氷の上で舞うスケーターのように地面の上を華麗に滑っていく。素早い動きでバレリーナのような動きを見せる両奈が滑腔砲の照準に入らない。

 

 

滑腔砲では仕留めきれない、察した《アンタレス》も右腕を下げる。代わりと言って左腕を持ち上げた。チェンソーのように側面全てに刃が剥き出しとなった腕が向けられる。

 

その時、刃の一つが射出された。

 

「ッ!」

 

 

 

危険を察し回避した両奈のいた所が、軽く切り刻まれる。地面に出来た一直線の割れ目を深くし、その凄惨さを示す。

 

それはまさに、戦車の砲撃とは違う破壊だった。乱射を避けられた《アンタレス》は左腕の銃口を真上に向ける。それと同時にデカデカと記された文字に、全員の目が釘付けとなっていた。

 

 

『エッジガトリング』

刃の機関銃、その名称の通りだった。銃身の横手から突き出た無数の刃を弾丸のように飛ばす武装。

 

刃の切れ味と発射速度からして、あれが忍を殺す武装に間違いはないだろう。多分彼等の忍法も、あの連射の前には紙屑に等しいものだ。

 

カチン!と新しい刃が発射口にセットされる。側面から出た刃が横に回転して、新しい刃を装填していく機能なのは分かる。

 

 

力づけば二本の協力なハサミと刃の展開した左腕、離れれば重戦車の砲撃と高速の刃の連撃。

 

近距離と遠距離を重ね合わせた戦闘兵器。それが《黒装機蠍(アンタレス)》という兵器だった。これを相手にするなら大人しく降参を選びたくなるほどの性能を持ち合わせたモノ。

 

圧倒的な性能を誇る《アンタレス》が三人を追い込んでいく。その場に最適な武装を展開し、無慈悲に対応する怪物が。

 

直後だった、何かのアイコンタクトをした両奈が高らかと声をあげた。

 

 

 

 

 

「────『秘伝忍法』!!」

 

その単語に、《アンタレス》はすぐに反応した。忍たちにとって必殺技と言っても過言ではない力。それは忍法すら防ぎきる装甲が耐えきれないと判断したのだろう、そう叫んだ両奈に攻撃を放とうとする。

 

 

だが、そうしようとした途中で気づいた。両奈はそう口にはしたが、ただ俊敏な動きをしてるだけで『秘伝忍法』を放ってくる様子は見えない。

 

 

しかし、《アンタレス》の全身にあるセンサーが警鐘を鳴らした。秘伝忍法の反応。

 

反応は、全方位からしていた。囲むように浮遊する機雷を見て、《アンタレス》もようやく理解に追いつく。

 

 

『秘伝忍法』、そう言ったのは両奈本人だ。しかし実際に使ったのは両備だった。

 

《アンタレス》が対忍兵器と称される理由、それは忍を倒せるからではない。忍の力、忍法を感じ取ることが出来るからだ。

 

彼女らは戦いの中でそれを見抜いていた。両備が《リコチェットプレリュード》を使った際、《アンタレス》は自発的に防御していたことが、その理由だった。

 

 

多くの忍にある宣言と実際に感知した『秘伝忍法』の反応。これらに誤解してしまったシステムは、危険ではない両奈に警戒を向けていたのだ。

 

 

その間に、両備の準備が整う。《アンタレス》の隙をついた、反撃の一撃が。

 

 

「【8つのメヌエット】!!」

 

間接部位の付近の機雷が、射撃の直後に誘爆する。至近距離からの爆発を受けた《アンタレス》も無事では済まず、体の部位が吹き飛び、激しい破損を味わっていた。

 

 

しかし、

 

『………………損害率、64%。抵抗を続ける三人を最重要殲滅対象と記録。危険度・高と判断』

 

 

《アンタレス》はまだ倒れてはなかった。体の大半は破壊されたにも、腕や脚の多くを失っているのも関わらず。

 

機械のサソリが半分以下しかない脚を地面に突き立てる。もはや動くことすら考えてない、その場に居座る気なのは確かだ。

 

 

『「エッジガトリング」と「ラージキャノン」、損傷により使用不可能。内部武装も「秘伝忍法」により同等』

 

要約すると、全ての兵器が使えないらしい。だがそれでも警戒を緩められる訳がない。科学的な声が落ち着いてたのも理由の一つ。

 

打つ手の無い筈の《アンタレス》は合成音声で、こう切り出した。

 

 

 

『最終レベル武装─────「メタルクラッシャー」を使用します』

ジャゴッッ!!! と尻尾の装甲が剥がれ落ちた。中から鋭く尖った突起物が姿を現した。一瞬、近くの相手を貫く為の槍かと両備は距離を取ろうとしたが、すぐに間違いだと気づいた。

 

 

 

「ッ、両備さん!」

 

閃光が、迸った。それを破壊光線と呼べばいいのだろうが、白い光の奔流が地面を削り、容赦なく障害となるものを消し飛ばしていく。

 

距離を置いた筈の両備と両奈も攻撃に巻き込まれそうになる。しかし、後ろから突っ込んできた鳥により体勢を崩し、白い閃光から逃れられた。

 

全長三メートルを越える尻尾からのレーザー砲。その火力は今までの兵装とは引けを取らない、射程距離も想像以上…………尻尾を伸ばすことも出来るので、実質逃げ場はないに等しい。

 

それに、

 

 

「ッ、また撃てるの!?」

 

両奈もそれを見て驚愕しかない。レーザーを撃ってすぐに槍からまた閃光が放出されたのだ。空いた時間は三秒しかない。

 

それくらいなら近づける、そう思えるだろうが、簡単にはいかない。《アンタレス》にはまだ大きなハサミが片方だけ残ってる。遠距離からの攻撃はないが、両奈を吹き飛ばせるほどの堅さと重さを持つハサミだ。一つだけでも、脅威には限らない。

 

 

「……………駄目」

 

震えながら、望は呟いた。目の前の怪物に怯えていたのもある、だがそれでも。

 

彼女は折れてすらいなかった。その目に、ある種の覚悟が宿る。

 

「何とかしなきゃ………私が!」

 

 

そんな中、望が勢いよく走り出した。体力の少ない少女らしく、そんなに速いものではない。《アンタレス》も少女の動きに反応し、レーザーを撃とうとするが────目の前で、少女が何かを放り投げた。視線がそれに追いつき、確認が終わる。

 

 

爆薬。

何個も固められ、より火力の増したもの。近くに火薬庫らしき小屋から取ってきたものだ、《アンタレス》はそう判断する。

 

そして、次の行動も充分に速かった。一つしかないハサミで爆薬を叩き落とした。遠くへと飛ばされた爆薬の塊は、起爆することもなく地面に転がる。

 

 

やはり、少女の笑みは消えなかった。最後の手を失敗するというのに、勝ち誇った笑みは残っている。

 

 

 

『────?』

 

そこで、《アンタレス》のモノアイが動いた。壊れかけのセンサーに、動く反応が示される。

 

両備と両奈、その二人が走り出してきたのだ。少女とは比較にならないスピードで迫ってくる。

 

勿論、システムの編み出した答えは単純なものだ。『メタルクラッシャー』で薙ぎ払え、と。レーザーの蓄積を開始する。僅か数秒、その間に何かが変わるはずがない。自らの決定を信じ、《アンタレス》は攻撃を行おうとする。

 

 

 

 

 

 

バゴォンッッ!!!

 

空気を震わせる大音響に続いて、全身を激しい衝撃が襲った。それにより《メタルクラッシャー》の照準もずれる。二人を捉えきず、レーザーは真横を通りすぎていく。

 

『な、なニッ!?ィイee───!!』

 

不意の爆発に、《アンタレス》の自己判断機能がイカれた。防御が疎かだった、真下からの直接な爆発の影響。全身を装甲で守れば動きは制限される、だからこそ守りの浅いところを作らなければならない。

 

それが内側だった。本来なら攻撃などが届かない場所。しかしセンサーが壊れかけていたことにより、見つけるのが遅れた。

 

 

そうして投げられた爆薬は囮でもあり切り札だった────《アンタレス》が、足元の『地雷』の存在に気づかない為の。

 

 

『ビ、ガgガガガガガガガガ──────!!?』

 

目の前の敵の動きに対処しきれない、そもそも敵が前方にいるのかすら、上手く処理できない。混雑した思考に《アンタレス》は何もすることが出来なかった。

 

 

「…………これで、終わり……!」

 

停止した《アンタレス》は確かに前方からの声を捉えた。しかしそれでも動けない、命令を果たす機能が壊れてしまったから。

 

そして、両備は目の前でライフルの銃口を突きつける。不安定にモノアイを揺らす《アンタレス》の頭に。

 

 

 

「フッ飛べ!このデカブツ!!」

 

そのまま引き金を、引き抜いた。

 

 

直後、至近距離で放れた銃弾が《アンタレス》の頭部を吹き飛ばす。遠くからの狙撃や乱射などを受けきった装甲が一撃でぶち抜かれる。

 

頭部を失った《アンタレス》の体が崩れ落ちる。頭を失った虫のように、その動きを完全に停止させた。

 

 

「…………やった、の?」

「みたいね、もう動かないわ」

 

両備は疲れ果てた望に近寄りながらそう言う。

 

 

しかし、これで終わった訳ではない。

 

「望………だった?」

 

自分の名前を呼ばれ、望は気を引き締める。

彼女たちは敵同士。第三者の乱入が無ければ、普通に殺し合ってたのだ。

 

戦いを続けるのかと思っていたが、両備は手を差し伸べた。え?と驚いて顔を見上げる望。その反応に彼女は恥ずかしいのかそっぽを向く。

 

「ありがとうね、アンタがいなかったらアタシたちも勝てなかった」

「うん、私も………一緒に戦ってくれてありがとう」

 

答え、その手を掴む。起き上がり礼を示す望に、両備はどう返せばいいか困っていた。

 

 

本来は敵同士である筈の少女たち。境界など関係なく、分かり合うことが出来るのだ。誰かが語ってであろうとことが、図らずにも証明された。

 

 

「…………ねぇ、両備さんと両奈さんって」

「姉妹よ。あっちのバカ犬の方が姉だけど」

「姉?両奈さんがお姉さんなの?でも両備ちゃんの方がしっかりしてないかな?」

「そりゃそうよ。両奈のやつはそういうのが好きな変態だからね」

 

そんな他愛もない会話をしながら、彼女たちはこの場から離れようとした。少し離れた場所から両奈が走ってくる、そんな彼女と合流し今後のことを決めようとしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、両備の背後でナニかが動いた。小さな動きに、誰も気づくことが出来ない。

 

《アンタレス》の亡骸。頭部を失くした機械の兵器、機能を停止しているだろう静かに沈黙しているソレ。

 

しかし、履き違えてはならない。

 

 

『───────ィ』

 

 

頭を失った昆虫が確実に死んだと限らない。カマキリのようにまだ存命である種もあるのだ。

 

 

 

『───────ジ!』

 

バキン! と《アンタレス》のモノアイが光を帯びる。血のように濃い赤色の単眼が、両備を視認すると同時に尻尾の槍が勢いよく放たれた。鋭い投げ槍のように、両備の胴体を穿とうと。

 

 

「両備ちゃ─────」

 

いち早く気づいた両奈は叫び駆け出すが、それでも届かない。勝利の余韻が、忍としての感覚を遅らせてしまった。

 

故に、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────トッ

 

 

 

「……………え?」

 

 

ザシュッ!!

 

目の前で赤が、激しく散った。

 

その光景を直視してしまった両奈は、脚を止める。ただ呆然と、現状を理解できずに立ち尽くしていた。

 

 

 

「──────嘘」

 

 

そして、『両備』は震えていた。彼女の全身は血で濡れている。しかしそれは彼女の血ではない、そもそも両備は大きな傷一つ無い状態だ。

 

なら辺りに飛び散った血は───────誰のものなのか?

 

 

 

「う………………ぁ」

 

鋭利な尻尾の槍が、望を貫いていた。胸元を、心臓のある場所を深々と。血に濡れた矛先が、ホムンクルスである彼女の急所、赤い石の埋め込まれた心臓を────破壊した。

 

 

 

 

 

 

「………………望?」

 

複雑な校舎を移動していた黒雲は首を上げた。嫌な予感を骨の髄から感じている。ゾワゾワ、と怪しい影が足元に揺らいでいた。

 

何か合ったのかもしれない、望の身に。

 

しかし、黒雲は来た道を戻らなかった。共にいた望を信じていたからだ。少女との『約束』の為にもと、黒雲は目的を果たすことを優先する。

 

 

それが一番後悔することになるとは知らず、仲間よりも大切な関係の少女の悲劇から遠ざかって行ってしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十五話 姉・母親

《アンタレス》の槍が迫ってきたのに、両備は大した動きが取れなかった。油断していたと言われれば否定はできない、倒したから安心しきっていたのだ。

 

 

 

 

そんな時、突然肩を誰かに押された。体制を崩し倒れ込んだ直後に、両備は目にした。

 

 

─────優しく微笑んだ少女の顔に、飛び散った赤を。

 

 

 

 

「─────庇って、くれたの………?」

 

 

ドサッ! と小さな体が投げ飛ばされる。地面に転がる度に血がこびりつき、ゴバッと胸に開いた穴から溢れ出す。

 

半壊しかけた《アンタレス》が尻尾を振るう。血で染まった矛先の飛沫が辺りを汚すが、両備は大して気にしない。

 

そんな些事を気にするほど、彼女は温厚ではない。というか頭にすらなかった。

 

 

『ジ……………ジ…………』

 

「こんの────ガラクタがぁぁぁぁぁッ!!!」

 

直後、《アンタレス》の体躯を銃弾が貫通した。怒りに震える両備が怒鳴りながら、引き金を引き放つ。

 

何度も、何度も、《アンタレス》が完全に機能を停止したとしても。慌てて走ってきた両奈に押さえられるまで、両備はライフルを撃ち続けた。

 

 

 

「………いいよ、どうせ私は助からないから」

 

「うるさいッ!いいから黙ってなさい!止血するから!!」

 

「心臓を潰された…………もう確実に死ぬよ、けどそれでも良いの」

 

語気を強める彼女に、両備は返答に詰まった。優しそうな少女の雰囲気とはかけ離れたもので、気圧されたのもある。

 

己の血の池に転がる少女は「それより、聞いてくれる?」と弱々しく口にした。

 

 

「ようやく思い出せたの。私が───誰なのか」

 

「………思い、出せた?」

 

「私はあの人───『柳生お姉ちゃん』と一緒に忍になるって約束してた。子供の頃の約束だけど、それだけは守りたいと思ってたから」

 

お姉ちゃん、それに二人は思わず固唾を呑む。

 

 

………自分達も、そうだった。

大切な姉、善忍であった両姫はある任務で死んだと伝えられた事を思い出す。

 

 

 

「けど、私は死んじゃった。車に轢かれて、大好きなお姉ちゃんの前で。…………約束は守れなかったけど、お姉ちゃんが忍になったのをちゃんと見守ろうって、思ったの。

 

 

 

 

けど、私はこんな風に生き返った。いや、違うよね────別のモノへと変えられた」

 

人間の死体を使ったホムンクルス。

彼女はその実験体として使われてしまったのだ。

 

到底、生き返れたと喜べるものではない。当時の記憶を失い、別の個体として生み落とされたのだから。

 

 

「そして、私を造った『混沌の王』が目の前にいた………」

 

『お前の記憶を戻そう。その代わり、私の役に立て。私の目的を果たせば、後は自由だ。大切な人とやらにでも会えばいい』

 

最初は意味が分からなかった。しかし拒否権がないのは率直に感じられた。逆らえば死ぬしかない、悪寒に全身を震わせるしかなかった。

 

意味が分からなかったものも、少しずつ思考や理解がまとまってきた。当初の頃は言えないが、信じられななかったのだ。

 

 

────思い当たらない記憶を、何度も味わあなければ。

 

 

『望─────■■■、』

 

『………誰?誰なの?頭の中に浮かぶ、この人?何で、分からないの!?』

 

優しく語りかけてくるその人。大切な人の筈なのに、分からなくなったことが、とてつもなく怖かった。欠けてばかりの思い出よりも、大事な人を忘れてしまう自分のホムンクルスとしての欠陥。

 

 

どんな服装で、どんな顔や姿をしていたのか。

男性なのか女性なのか、年上なのか年下なのか。

 

───実在しているのか、死んでいるのか、それすら分からない。次第に黒い影になって、脳裏によぎってくる。

 

そして、望は『混沌の王』に従った。記憶を戻すということを条件に。

 

 

しかしそれも叶わず、望はここで死ぬ。もしかすると、『混沌の王』はこれを知っててああ言ったのかもしれない。

 

 

 

 

────けれど、怒りや憎悪はなかった。それよりも解放された、ようやく死ねるという安堵。彼女の本来の意思が明らかに勝っていた。

 

 

 

その直後、望の体に変化が起こる。体の部位が色を失い、灰のように脆く砕けていく。

 

それが、ホムンクルスとしての死。

忍を越えた存在だからこその代償にしては、あまりにも重すぎる。慈悲も涙もない所業と呼べた。

 

だが、望は自身に迫る死を理解してなお話を続けた。既に覚悟があると言わんばかりに。

 

 

「私ね、『聖杯』とか『災禍』とか、全部どうでもよかった」

 

独白だった。

家族への恋しさを利用され捨駒とされた少女が、最後に残すモノ。

 

 

そして、

 

「会いたかったの。お姉ちゃんに会って、謝りたかった。約束を守れなくてごめんなさいって、悲しませちゃってごめんなさいって…………………でも、もう無理だよね」

 

 

死を悟った彼女が残す遺言でもあった。

 

 

 

「────ねぇ、両備ちゃんに両奈ちゃん」

 

崩壊が胸に迫る中、望は両手を伸ばした。両手で二人の頬に手を伸ばす。自身の血で濡れた掌なので、二人の顔も汚れるが、どうでもいいと思っていた。

 

 

 

 

「こんな形じゃなきゃ、私たち…………友達になれたかな?──────」

 

もしかすれば、あったかもしれない可能性。

姉と共に善忍になる筈であった少女と姉の敵を討つために善忍から悪忍となった姉妹。

 

ifがあれば、彼女たちは仲間になっていたかもしれない。共に肩を並べ、友達になれていたのかも。

 

しかし所詮は幻想。現実はあまりにも無慈悲で救いがない、少女は死ぬことしか許されていないのだから。

 

 

 

そして、そう言い残した少女は、最後まで笑顔だった。光に包まれ、白い欠片となって消失したとしても。

 

『混沌派閥』に使われた、数少ない優しさが消えた瞬間だったのだ。

 

 

 

その場には、小さなペンダントが転がっていた。望みの最初の死の時、遺品として扱われていたであろう代物。

 

二人は自ずと行動していた。

訓練場の端に生えていた木の根元に簡易な墓を作る。その石の上に遺品となったペンダントを立て掛けて。

 

 

 

「……………行くわよ」

 

「………………うん」

 

悲しみに身を委ね、泣くことも出来た。しかしそれは許されない。この場は戦場、いつ敵が来るかは分からない、ここから離れることが重要だ。

 

二人は立ち上がり、その場から立ち去ろうと歩み始める。

 

 

 

 

 

 

「─────蛇女の忍、だね?」

 

ゾワッ!と全身の隅々を悪寒が支配する。周囲の雰囲気が一瞬にて全く別のものへと変質していた。

 

 

単純に何気ない一声。それを発したのは、濃い銀色の髪を伸ばした青年。コウモリのように黒い外套で体を覆い、気配が無かった訓練場の中心に立っていた。外人のような顔立ちをした美形の青年は翡翠の眼で此方を見据えている。

 

 

人の形をしているが、中身が根本的に違う。かつてあの戦場で君臨していた聖杯、それ以上の存在か?と聞かれれば、すぐに頷いてしまうかもしれない。

 

そんな空気の中、青年の対応は予想だにしないものであった。

 

 

「まずは謝罪を。すまなかったね」

 

「な、何よ………」

 

「《アンタレス》シリーズが貴方たちをテロリストと判断し、襲撃したようだ。本来は起こらない筈の戦いが行わせてしまったことの非礼を詫びよう」

 

どうやら敵意は無いらしい。

だがそれでも、この重力にも似た威は消えたりはしない。それどころか、今も二人を圧迫していた。

 

 

「うっ…………ぁ………」

「?…………あぁ、失礼。久しぶりに危険地帯なのでね。圧力を放ったままだったよ。申し訳ないね」

 

あまりの重圧に呻く両奈の声を聞いて気づいたのか、黒い外套の青年はスッと力を抜く。

 

それだけで、二人を押し潰すそうとしていた圧は一瞬で消える。無意識だったと言わんばかりの態度に改めて戦慄するしかない。

 

断言できる。目の前に立つ人物は格が違う。仲間である闇の異能を持っていたキラですら、彼には及ばないと思う。

 

「体力の消耗があると見えるね。この学校に医務室はあるかな?」

 

「あるわ………一階の北校舎に」

 

「ここから近いのか。なら歩いていけるが、体力は持つか?そこで休むのが良いね」

 

スタスタと外套の青年は背を向けて歩み出した。向かう先は校舎、医務室のある方角だ。

 

だが、それでも警戒というものが解けるわけではなかった。彼は《アンタレス》シリーズの事を口にしていた、他ならぬ関係者と疑うのが妥当だろう。

 

「待ちなさい、アンタは何者なの?両備たちを助ける理由はあるのかしら?」

「見捨てる理由もなければ、殺す理由もない。それと、名乗るべき名は持ち合わせているよ」

 

下手な真似をすれば、銃口を突きつけ引き金を引けるようにと両備は構えるが、青年は落ち着いた態度で見据えていた。

 

大した事もないと思っているのか、本気で安心させる気なのかは分からない。しかし戦うつもりがないのは、なんらかの余裕があるのは確実だ。

 

青年は平淡としながら彼女たちに言った。自身の中にある側面を隠しながら。

 

「俺はラストーチカ、見て分かると思うけどロシア人の日本人のハーフさ。改めてよろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───まず、俺様の境遇を話す必要があるな」

 

壁に背を預け、キラは語り出した。勿論、キラはかつての敵にそこまでしてやる理由も義理もない。

 

 

しかし、父親を殺すと告げたキラは詠に咎められ、その理由を問い詰められたのだ。本来無視しても良かったが、下手に力任せにするのはあまりおもしろいとは言えないだろう。

 

 

だから、父親との関係────過去を話すことにしたのだ。

言って聞かせられるほど良いものではない……寧ろ最悪にも近いが、教えておけば勝手に理解もする筈だ。

 

 

「最初に────俺様は天然の異能使いではない」

 

「…………天然の?」

 

「天星ユウヤのように選ばれたとは少し違う、お前たちの知る紅蓮のように誰かに与えられた…………と言うべきものだ」

 

その点に関しては、詠たちも少しは分かる。

 

かつてカイルが語った話────ホムンクルスであった紅蓮に炎の異能を与えたのも彼だという。だが、その炎の異能は何処から手に入れたのか、それ以上の事実は知り得なかった。

 

 

「─────俺様の父親、『道元』は欲深い男だった。蛇女のスポンサーであった奴は妖魔を兵器として運用し、蛇女を乗っ取ろうと画策してやがったのさ」

 

彼が確実に殺すと宣告していた人物。何処までも激しい殺意を剥き出しにするほどの存在。

 

元々蛇女のスポンサーであったというのも、兵器を使おうとしていたことにも驚きはした。

 

だが、そこまで殺したいのか、と不安に思う。そうまでしたいという理由がまだ見えてないから。

 

「ま、貴様らを選抜したカイルとかいう奴に密告されて道元は蛇女から追放されたよ。今は【禍の王】とかいう組織にいるらしいがな」

 

「……………カイル、さま」

 

「あの人が出てくるとはね────意外と言えば意外かしら」

 

出てきた名前に、二人は複雑な反応を見せた。無理もない、利用されたとはいえ自分達を悪忍へと導いてくれた恩人でもある人なのだ。簡単に割り切れることはどうしてもできない。

 

 

 

 

「けどまぁ、そこで終わりってワケでもなかった。アイツは妖魔を兵器にすると同時にある計画を行ってた。───最強の異能使い。それを生み出し、カイルを倒そうとしてたのさ」

 

最強の異能使い。

光を操る前代未聞の異能使いを越える事を決定された者。

 

それこそがキラ。『烈光』を倒す為の『常闇』、『光』を塗り潰す為の─────こちら側を表す『闇』、彼はそういうものなのだ。

 

 

「しかし簡単にはいかんものさ、異能なんてものをどうやって作り出せるのかも分からんのだ。道元はその為に別の方法を編み出した。

 

 

 

 

 

 

それが、『人体実験』だ。沢山死んだらしい、資料では二桁は軽く越えてた」

 

 

あまりにも非情で、残虐すぎる真実。

二人は喉が干上がったのか、何も答えることが出来ずにいた。

 

それほどまでに異常、それほどまでに恐ろしい。罪の無い命を沢山奪った道元という男も。

 

その事実を顔色も変えることなく、淡々と話すキラとちう青年も。

 

しかし二人の感じていた驚愕は他のものに変化していた。フツフツと煮えたぎる、姿も分からない彼の『父親』への怒りを。

 

 

「………実験、ですって?」

 

「人の命を…………使ったんですか………そんなものの為にッ!」

 

やはり甘いな、とキラは心中で呟く。

 

忍の世界、いや世界の『闇』では命なんてそんなものだ。周りを見渡してみれば、奴隷や殺人なんてものが跋扈してる世界だ。道元は殺しすぎていたとしても、そんな奴等はこの世界に大勢いる。命なんてものは、価値がないのも同然だ。

 

 

 

…………『命なんてものは』、そう判断するほどに『闇』に染まりすぎた自分にキラは明らかな嫌悪を抱いた。環境は人を変えるというのは熟知していたが、ここまでとはなと思わされる。

 

だがそれだけでは終わらない。

 

彼が父親を憎み殺したがるのには、それ相応の理由がある。今、その話を出してきたというのは関係があるからだ。

 

 

 

「その実験の為に、アイツは自分の妻を───母様を異能の実験に使った。まだ胎児だった俺様が腹にいたにも関わらず」

 

生易しい、話ではない。

二人は言葉を失い、呼吸すら完全に忘れていた。彼の語る過去とは、社会の『闇』でも類を見ない非道さだった。

 

 

自分の利益の為に、妻子を実験に使った。その過程で妻は苦しみ、息子は異能を与えられたという。

 

自分の子に愛を受けることも許されなかった母親、愛を受けることも出来ずに道具へと変えられた。

 

 

「多くの被験者が死ぬくらい過度な実験の後遺症、母様はそれに耐えきれずに死んだ。そして搬送された病院で俺様は母様の死体から摘出されたんだと。

 

 

 

 

全く、これも笑い話にならん。貴様らも聞いてて不快だろ?」

 

困ったように言うが、何と答えれば良いのか判断できずにいた。

 

『影』で生きる忍とて耐えられるような話ではない。目の前の青年が父親を殺そうとするのも当然な理由だった。

 

「……………では」

 

悲哀に満ちた顔で詠は見据える。血の繋がった父親を殺すと宣告した青年に向けて。

 

その意図を聞き出そうとした。

 

「では貴方は……………母親を殺した父親に、復讐するつもりなんですか?」

 

「馬鹿か貴様。誰がそうだと言った?誰が復讐なんぞすると言ったんだ?」

 

心底呆れたというような物言いだった。嘘で誤魔化そうとしてる訳でもなく、純粋な本心。

 

 

「母様の願いが復讐(それ)なら俺様も実行しただろう。しかし母様は俺様の幸せを願った。ならば、道元なぞに人生を掛ける理由も意義もない。

 

 

 

 

 

最も、奴が俺様に関わってくるのなら話は別だ。俺様の居場所を奪われる前に殺す、躊躇せずに殺してやる」

 

────母親を殺された事自体への憎しみはあるが、自分の人生を無駄にしてまで敵討ちをするつもりもない。

 

価値観の違いというものを思い知らされる。

 

「母親を殺され、貴方は異能を発現させられた────惨い話ね」

「……………やれやれ、勘違いをしてるな」

 

理解したように呟く春花にキラの感情は落胆に近い。

完全に意味を理解できていない。

 

彼の次の言葉を聞いて、余計に。

 

 

「悪いが、母様は完全に死んだ訳ではないぞ」

 

は?と呆然とする二人の少女の前で、キラは平然としていた。分からんか、と親指を向けてそちらを指す。

 

 

 

 

「『これ』が、母様だよ」

 

 

彼が示していたのは、自分自身だった。

しかし正確には違う。彼の羽毛の付いたジャケットの内側から肌に黒い闇が這い揺らぐ。キラの指先はそこに向けられていたのだ。

 

 

 

意味を理解してしまった二人は、ただ絶句するしかなかった。言葉を失った彼女たちの前で、『闇』が大きく揺らいだ。




キラの意図を分からなかった人に補足を。









キラの異能『闇』の正体は、死んだ母親って訳ですよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十六話 彼等の目的

「紅蓮さん。『混沌派閥』の狙いはあの人です」

 

医務室の中で、負傷者の一人であるヘルはそう断言した。それは真実にして現実、しかしそれが正解とはまだ言えない。

 

「…………それでは」

 

震えた声で千歳が呟いていた。絶句してしまっている二人に代わって、その気持ちを代弁するかのように。

 

 

「蛇女子を襲撃したのも、私たちが戦わされたのも、全ては────『焔紅蓮隊』を誘い出す為だったって話………なんですか?」

 

「どうでしょう、それすらも手段の一つのかもしれません」

 

組織の一員だった彼だからこその冷静な判断だろう。考えや目的すら読めない以上、それだけで終わりとは限らない。

 

紅蓮を狙うことが『混沌派閥』の最終目的────『聖杯』による災厄を引き起こす事と何の接点もない。

 

 

 

ヘルは千歳たちを見据え、「それと皆さん」と平然と問い掛ける。ある種の決意をした顔つきで。

 

 

「この蛇女子について詳しく書かれてるもの、文献とかがある場所は何処です?」

「む、あそこか。それならここから離れた場所じゃが………」

「案内してください。下手に動くことが出来ないのなら力を貸して貰えますか?」

 

 

任せると言い、ヘルはベッドに腰かけた。それを聞いていた伊吹は不思議そうに首を傾げる。

 

自然な疑問があったのだ。

 

 

「あのぅー。そもそも蛇女子を襲撃したのは、紅蓮さんたちを誘き寄せる為なんじゃないんですか?」

「それなら他の場所でも良い筈です。何故ここを選んだかが分からない。貴方たちのような生徒たちのいる、この学園を」

 

ゆっくりと立ち上がるヘルは包帯を巻かれた胸に手を当てる。傷口がズキズキと痛むが、それでも今は何かをした方がいい。それだけでも苦痛が和らぐ感じがするから。

 

 

「ここで無ければならない理由が確実にあります。それを見つけさえすれば、活路は見えます。僅かながら手助けも出来る」

 

 

 

 

 

 

 

4対1の戦い、圧倒的に理不尽な戦いに紅蓮は勝てるかは分からない。しかし、そう簡単に敗北を認めるつもりはなかった。

 

 

「───さぁ、殲滅を始めましょうか」

 

キキキと笑いながら、邪悪は両腕を地面へと突っ込んだ。ドロドロとした液体のように腕がのめり込んでいき、地面から無数の魚が這い出てくる。

 

無数の魚の群れが一つの波となって、呑み込もうと襲いかかる。邪悪の『妖忍魔法』、海の生物を生み出す力。それは地上でも関係なしに扱うことが出来る忍法。

 

 

「クソ!」

 

紅蓮はすぐさまそれを回避する。魚の一匹が当たるだけで服がナイフに切られたようた裂けた。刀の炎を撒き散らし、魚を焼き焦がしながら、紅蓮は離れた場所に着地する。

 

このままでは駄目だと、紅蓮は噛み締める。傷つけずに相手を倒すことなど不可能だと感じ、本気で倒すことを誓った。

 

 

「烈火・肆式───灼熱(しゃくねつ)

 

日本刀の刀身そのものが白い閃光を放つ。ジ………ッ! と刀の近くにある物が熱で焼けていく。普通の炎の温度が約1800と仮定するのならば、現在日本刀に込められた熱は約5000を優に越している。

 

他の者には絶対使えないような力、まさに彼だけの領域。紅蓮に、普通の忍ではないホムンクルスの紅蓮にだけ許された技。

 

炎の異能使いはその刀を片手に──────跳んだ。踏み込むと同時に脚から爆発的な程の火力を放出し、ロケット砲のように突っ込んでいく。

 

 

「むッ!うぅんんンッッ!!!」

 

巨漢 盤銅は腕を、鎖の先にある巨大な鉄球を叩きつけるかのように振り下ろしてきた。グワン!!と遅れたスピードで鉄球が飛来してくる。

 

 

しかし溶岩程では無いにしろ、高熱の塊である熱量を宿す日本刀が鉄球を真っ二つに分断する。更に何十にも斬りつけ、微塵切りにも等しいサイズへと切り分けた。

 

 

自身の武器の一つを破壊された盤銅は「うぅぅんっ!!?」と驚きながら、後ろに倒れそうになる。紅蓮はその隙を逃そうとせずに追撃に向かう。

 

 

しかし他の二人、宗那と翠翔が迎撃するように前に出る。二つの拳銃と掌を向けられながら、紅蓮は即座に切り替える。白い閃光が赤の炎へと戻り、激しく暴発した。

 

 

 

「烈火・伍式!熔熱旋(ようねつせん)!」

 

刀ごと全身を捻り、渦を巻くように回転を引き起こす。熱風の刃を周囲に飛ばし、ホムンクルスたちを牽制する。

 

 

目的通り、ホムンクルスたちは尋常ではない熱と炎に距離を置くしかない。しかしそれでは時間稼ぎしかできない、炎の渦を解除すればホムンクルスたちはまた襲いかかってくる。

 

 

それに、『火力』が足りない。数の差を崩す程の、圧倒的な強さが。

 

 

(やるしかない…………彼等を倒すために、『アレ』を使う!)

 

「───出し惜しみは、しない」

 

紅蓮は回転させていた自身の体の動きを強制的に止める。日本刀を足元へと突き立てることで。ガクン!と肉体が軋むが、両眼をゆっくりと伏せる。

 

 

「“造られし肉体に宿る原初の炎よ、我が意思に答えよ”」

 

詠唱があった。

勿論彼は呪術のようなものは使えない、彼が使えるのは異能だけだ。

 

しかし4人の同族の一人、邪悪だけは違った。圧倒されてる訳ではなく、忌々しそうに顔を歪める。それが何なのかを話だけでも知っているから。

 

 

 

 

「“肉体を薪としてくべ────煉獄の業火で世界を包め”!!」

 

轟ッ!!!! と。

 

地中から溶岩の如くの高炎が炸裂した。地球の中枢に流れる源のような熱源が。巨大な嵐のように渦が紅蓮を飲み込み、一気に消失する。

 

正しくは違う。同一化したのだ、彼の中にある炎と。

 

 

「『炎獄王』、世界を焼き尽くした巨人の力ですか………!」

 

かつて『聖杯事変』にて、『闇の王』と拮抗した紅蓮の変身形態。もし事実であれば、これを倒せるホムンクルスはこの場にはいない。

 

 

そう、この場(・・・)には。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────」

 

千歳たちに案内・誘導されたヘルは文献は読み漁っていた。流れるように全ての文章を確認し、次へと捲っていく。どれだけの頁を読み終えたか分からない。

 

 

戦えないのなら、彼等の目的を探るしかない。彼女たちの力になるにはこれしか出来ない。

 

何より、『紅蓮』を狙うのもわざわざ蛇女子に呼び寄せる必要などない筈だ。半蔵学院の飛鳥たちのように孤立した所を襲撃すれば良かったというのに。

 

 

(何かある!この蛇女子でなければいけない何かが……!)

 

 

彼自身、気負っていたのかもしれない。元その組織に所属していたからこそ、焔たちと同じとは言えないが覚悟は重い方だ。

 

 

(こんな所で紅蓮さんを犠牲にさせない!あの人は、詠さんの………黄泉のお姉さんや皆さんの大切な人だ!決して殺されるなんて結末で終わらせるか!)

 

 

 

だが、しかし。

 

 

「─────っ」

 

ピタリ、と動きが止まった。四冊目の文献、その途中の頁を食い入るように見ていた。答えに繋がる、重要なものを見つけてしまったのだ。

 

 

「な、何か見つけたんですか?彼等の目的のようなものは………」

 

不安そうに見ていた忍学生の千歳が狼狽(うろた)えたような声を出していた。監視とは言っていたのにここまで心配してくれるのは有難い。しかし、今はそれどころではない。

 

 

 

「全ては──────この為に(・・・・)?」

 

その文献の名前は、古い物なのか掠れていた。時代は戦国時代の事を記してる、あまり授業でも使わないだろうもの。問題はそれではない、その中にあった一部だ。

 

 

城のようにそびえ立つ───絵を見るだけでも恐ろしい化け物の姿。化け物の正体を指し示すような文字を、ヘルは唖然としながら口にした。

 

 

「…………………『妖魔』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

降臨した炎の魔王の姿に、ホムンクルスたちは圧倒されていた。話だけでも聞いた紅蓮の切り札。勝てるかと聞かれれば、無理かもしれないというしかなかった。

 

 

 

「────赫熱充填(かくねつじゅうてん)陽炎獄魔王剣(レーヴァテイン)!解凍!!」

 

膨大なエネルギーが魔剣へと収束される。溶岩にも等しい熱量が上昇し、紅蓮の内部に蓄積されていた。

 

 

 

これは最早、太陽。

 

世界を照らす程の熱の塊、炎の惑星と同等。その身に受ければ焼けるなどの話ではなく、灰すら残らず消え去ってしまう。

 

 

「────終わりだ、俺の同類たち」

 

だからこそ宣告する。たじろいている自分の後継たちに、同じ人形たちに向けて。

 

「お前たちを殺す気はない。けど俺も殺される気はないんだ。撤退をしてくれるなら、俺も剣を収める」

 

「……………なるほど、確かに貴方の言う通りだ。このままでは私たちはその炎によって消し飛ばされてしまう。これでは貴方を殺すとかの問題ではない」

 

しかし、と邪悪は付け足す。

 

その顔には笑みがあった。追い詰められた者が見せるとは到底思えない笑み。

 

重大な目的を達成したような満足そうな笑みを。

 

 

「────このままなら、ですけどねぇ?」

 

 

直後、

 

 

 

 

 

 

ズッッッドォォォンッ!!!

 

 

隕石でも落ちたかのような轟音と同時に、紅蓮の肩が抉られた。比喩抜きの事実、肩の部位にあった肉が持っていかれたのだ。

 

ボトッ、と地面にナニかが落ちる。

炎魔剣を握る方とは反対の腕が、大量の血を流しながら転がっていた。

 

 

左肩の中心を抉られ、腕を分断された。それを知覚する直前に、紅蓮は炎魔剣を肩に押し当てる。

 

血が噴き出しそうになる部位を焼いたのだ。焦げ臭いにおいを鼻に感じながら、比較にならない痛覚が神経に走る。

 

 

 

「─────がッ、ぼあァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああッ!!?」

 

絶叫するしかなかった。確かに皮膚を焼くというのは無謀すぎた。だがそうでもしなければ出血で死んでいたのかもしれない。生きることが目的であれば、これは間違いではないだろう。

 

 

「どれだけ強力であろうと意味はない」

 

紅蓮の肩を貫いた長槍を手の中で回しながら、男は告げる。冷静と言うか、棘のあるような痛みを感じさせる言葉を。

 

 

「どれだけ高温の炎を放出しようが─────我が槍と妖忍魔法の前には意味をなさない」

 

そう言って男、『黒雲(くろぐも)』は槍を握り直す。新たに現れた五人目のホムンクルス、紅蓮は直感的にそう察することが出来た。

 

その男は凄まじい速さで紅蓮の懐へと滑り込んでくる。人間離れした、肉食動物のような速度で彼は距離を詰めてきていた。

 

踏み込みながら、紅蓮の肩を喰らった槍で貫こうと放ってくる。狙いは様々、足や腹に胸、頭へとランダムに向けられる。

 

炎の魔剣で迎撃するが、それも追いつかない。防ぎ切ることが出来ずに小さな傷ばかりが増えていく。

 

 

「何故、その姿で勝てないか分かるか?」

 

炎の息吹を放つが、黒雲を焼くことはなかった。彼が手にする槍が炎を貫き通す。

 

しかし、それだけでは済まなかった。

 

 

「私の妖忍魔法は『吸収』、槍を介したものを取り込み力へと変えることが出来る」

 

槍の矛先へと炎が呑み込まれていく。ズズズ、と吸い尽くされるように。次第に炎は槍へと消えていた。

 

槍を払い、彼は嘲笑いながら告げる。

 

 

「つまり私は、君への切り札という訳だ。理解はしたかな?」

 

「ッ!!」

 

焦りのあまりに紅蓮は大振りに魔剣を払ってしまう。周りの木や建造物を切断は出来たが、黒雲は腰を落としていた。

 

 

「────飛べ」

 

平坦な声で、蹴りが紅蓮の腹部に突き刺さる。バギ!!! と骨そのものに入った一撃に、紅蓮は呼吸を失う。

 

 

蹴り飛ばされた体は砲弾のように飛んでいく。そして天守閣とも言える城の中へと突っ込んでいた。壁すら砕き、紅蓮は床に転がる。

 

 

 

「う………がッ」

 

骨が何本か砕けたかもしれない、少し触るだけで痛みが重い。容易に動くことは難しい、内臓に破片が刺さるかもしれない。

 

 

不意打ちを受けたとはいえ、『炎獄王』で太刀打ちが出来なかった。その事実に紅蓮は崩れ落ちそうになる。

 

激痛が更に重なり、意識が朦朧としていた。消えかけそうになるものを押さえ何とか立ち上がろうとするが、

 

 

 

「ハーーーーッハッハッ!彼等もよく働くものだよ!お陰でこの私もいくらかは楽が出来たとも!」

 

やかましい笑い声が響く。

誰かいるのか、と紅蓮はそちらを睨もうとするがそれすらも思い通りに出来ない。コツコツと近づいてくる足音を、紅蓮は聞くだけしか出来ない。

 

 

 

「─────さぁ、我らの本懐を始めようか。この私を捨てた蛇女子学園への復讐。そして世界を支配する為の一歩に」

 

男、道元は邪悪な笑みを隠そうとせずに、呻く紅蓮を見下ろす。自分の事しか考えない、独善的な思想で。

 

 

 

足掻いた所でもう遅い。『混沌派閥』の望む災禍は、後戻りできない程、深い位置へと進んでいた。

 

 

その計画の中枢、核である紅蓮を陣の中央に位置してしまった。それが表すのは彼等の計画の本懐。




今回話が短いのに弁明させてください!


…………仕方ないです、仕方ないんですよ。話に上手く間を作るには、短くするしかなかったんですよ………。


でも次回は凄いことになるので期待していただければと思います!

感想に評価、お気に入りをよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十七話 災厄新生

皆さん、GWですね。コロナ騒ぎがあるなか、自宅待機をしてる頃でしょうが、私の小説を読んでいただきありがとうございます。


私もGW中は小説書いたり、ゲームしたりしてるので。


数年前の話である。

 

 

 

「……………ふぅ」

 

資料やコンピューターなどが山積みになった部屋で疲れたと言わんばかりに息を漏らす。男は─────カイル。ある時は善忍であったが、ある日を境に悪に堕ちた哀れな男。

この裏社会で経済に適した手腕と『烈光』の異能を使い、彼はついに蛇女子の有権者となれた。

 

────全ては究極の遺物、『聖杯』を手に入れる為に。

 

その手段として、『組織』はカイルに手を貸した。その頂点にいる『彼』と、悪魔の取り引きを。

 

 

「これで良いのか?スポンサーになった後はどうすればいい?」

 

誰もいない部屋にカイルが問いかけた。正気と思えない行為だが、これでも彼は未だに正気である。

 

 

 

ふと、パソコンの一つが起動した。

カイルが何かをした訳ではない、指一本も動かしてすらいないのだから。

その返答に答えるように、カチカチカチと白い画面に文字が刻まれていく。

 

 

『ご苦労、先の手順通りで君はそこの有権者になれた。早速だが新たな任務を与えよう』

「新たな任務、か。わざわざ蛇女子のスポンサーにさせたんだ、無関係という訳ではないんだろう?【混沌の王】」

『当然』

 

 

【混沌の王】。

カイルに色々と手引きをしていた黒幕の一人。何処かも分からない空間から、世界に影響力を伸ばし続けるモノ。

 

今も尚、電子機器からの応答をしている。本人は何処に居るか分からない、もしかすると世界の裏側にいると言われてもおかしくないだろう。

 

そして、【混沌の王】は組織の傀儡であるカイルに新たな命令を下した。

 

 

『数十体を貸し与える。期限内に独立した自我を得た最初のホムンクルスに炎の異能を与え、鍛え上げろ。今度のものは男女年齢は問わない』

 

「────組織も随分と無茶な要求をするな。10歳の娘がなったらどうするつもりだ?」

 

組織に関係のある人間からすれば、即座に抹殺されてもおかしくない発言だった。しかしそれをされない、彼自身も注意してないのは、カイルには価値があることを示している。

 

 

更に文字が画面に浮かんでいく。カイルは椅子に腰掛けながら目を通していた。

丁寧な文字は今での実験の過程と結果を綴っている。ついでに写真の画像も何枚か添付されていた。

 

 

「今までの被験体は5人か、全員少女なのに、今度は何でもいい、か……………それと全員同じ名前だな。ん?《追加事項》?」

 

 

白い画面には新しい文字が打ち込まれていた。あまり重要とは思えないほど簡素ではあったが、内容はあまりにも難解極まる。

 

 

 

『尚、対象の名前は過去のものと統一せよ』

 

「ものか…………この世界では感覚が歪みそうだな。被験体と言い、人の命を軽く扱い過ぎだ」

 

更に読み進めると被験体であった5人の少女は全員死んでいるらしい。死因は他殺、脆弱であった為に処分されたのだと。事細かく書かれているそれに、僅かに気味が悪くなってきた。

 

 

よく調べると、共通点は他にもある。

ホムンクルスを生み出してきた科学者の一人であるカイルでなかったら、違和感もなく見落としていたかもしれないもの。

 

 

(全員、身体の構造が他のホムンクルスと違う?………異能を継承した弊害か?)

 

肉体の構造が変異していた。弱ってきてるのはこれのせいでは無いのか? とは思うが、組織の考えは理解できない。

 

 

だが、最後の共通点だけは不可解極まる。対象に指定された名前、コードネーム。被験体たちと同じ名前、そうでなければいけない理由があるのか。

 

様々な思考に明け暮れたカイルは推測を進めた。その中で唯一解けない点を、彼は知らずのうちに呟く。

 

 

 

「『紅蓮』……………この名前に重要な意味でもあるのか?」

 

 

これで昔の話は終わる。ようやく現実へと引き戻されていく。とは言っても、知らなければ良かったと思わせるものでもあるが。

 

 

 

 

 

 

そして、物語は今に戻る。

 

 

「誰、だ……………?」

 

地に倒れていた紅蓮は右手の日本刀を杖のように使い、何とかして立ち上がった。ゴホゴホと咳き込むと赤い塊が出てくる。

 

朦朧とした視線は、目の前の男を捉えていた。高級そうなコートを着た金髪の男、道元を。

 

そして向けられた疑惑の視線に、道元はニヤリと笑みを浮かべる。正確ではない紅蓮の視界でも分かるほどの、悪趣味な笑顔を。

 

 

 

「私は道元。『混沌派閥』の協力者にして、蛇女子襲撃の元凶と言うべき男だよ」

 

は、と紅蓮は喉が震えていた。畏怖ではなく、純粋な怒りが込み上げてきたのだ。

 

自分達の母校、大切な思い出のある蛇女子学園に戦火を広げた一人が目の前にいる。その事実に紅蓮は感情を抑えられなかった、腕を失ったことも忘れほどに。

 

 

「お前が………………お前がッ!!」

 

「下手に動いてはいけないよ、君は重要な存在だからね」

 

人差し指を向けられ、それ以上は動けなかった。今にも飛びかかりたかったが、激しい疲労と現状を把握されてると冷静に判断できたからだ。

 

そして冷静な方が疑問を提示した。応じるように紅蓮は道元を問いただす。

 

 

「何で…………蛇女子を襲撃する必要があった」

「私を追放した復讐、それともう一つあるが聞くかな?」

 

 

あっけらかんと道元は答えた。更に話を続ける。

 

 

「聞いたと思うが、私たちの目的は君だよ」

「…………」

「君の殺害は正確じゃない、君をまた殺すことで目覚めさせるのだよ」

「また?俺は死んだ覚えはないぞ」

 

「何を言う、君は一度死んだのだろう?この場所で」

 

 

言われた事に眉をひそめるが、周りを見渡すことで紅蓮はその意味を察する。

 

この場所、少し違いがあるが間違いはない。焔たちを守るために紅蓮がカイルによって殺されかけた場所。

 

 

しかし道元は確かに死んだ、と言った。嘘でなければ紅蓮はこの場所で死を迎えている筈だ。

 

 

 

「ここまで色々としてきたからね。背に腹は変えられないと言うやつだよ。そして、君にはもう一度死んでもらおう」

 

 

平然と言い切る道元がパチン!と指を鳴らす。直後、陣に変化が起こった。

 

 

黒く黒く、おぞましい程の呪いが顕現したのだ。それも5つ、捻れるように重なったそれが─────陣の円から沸き上がった。噴水のように、周囲に放出される。

 

 

 

「─────は?」

 

流石の紅蓮も、目の前の光景に言葉を失った。自分がいた陣の周囲から溢れ出た黒い奔流、この世の呪いを体現した怨念の塊ようなもの。

 

いや、何故あれを怨念の塊と断言できたのか。紅蓮はそれすら確信できなかったが、あることだけは言える。

 

 

(アレを…………俺は知ってる!?)

 

ボゴン、と奔流が爆弾のように炸裂した。連続して風船のように破裂したかと思えば、無数の黒い手へと変わり果てる。

 

………黒い手とは言ったが、あれが本当に手なのか分からない。霞んだ手の形を保ってるように見えるのであって、確信したように言える訳ではないのだ。

 

蛇のようにうねった手腕が動きを止める。獲物を見つけたかのように────紅蓮に襲いかかってきた。

 

 

直後、体が勝手に動いていた。後ろへと飛んで、掴まるのを回避する。全身の感覚────恐怖が警鐘をならしたのだ。

 

あれを受けるな、絶対に死ぬ、と。

 

 

(何ッだあれ!手、なのか!?怨念、死?あの男が言ってたそれなのか!?そもそも、なんで俺を狙ってくる!?)

 

 

ほぼ反射神経で紅蓮は魔手を避けていく。炎を辺りに放てば、魔手は怯えたように炎から距離を取ろうとする。紅蓮は更に炎で焼き払おうとして、グラッとバランスを崩す。

 

 

死角から足首をガシリ、と掴まれていた。いつの間に、と思いながら切断しようと刀を振るうが、

 

 

グシャッ!! と潰れる音が脳裏に木霊する。折られた────いや、砕かれた。そう判断した直後に、激痛が襲ってきた。

 

 

「あ、ぁぁぁぁぁぁアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァっ!!!?」

 

骨や神経、まとめてやられた。配慮なんてものはなく無慈悲な激痛しか感じられない。唇を噛み締め、紅蓮は黒い腕を切り裂く。

 

 

 

「やれやれ、君も抗う。受け入れてしまった方が楽なのにねぇ」

 

「っ!」

 

道元が懐から取り出したのは、拳銃だった。明らかな凶器の一つだが、忍の社会にいる者がそれを使うのは少ない、拳銃で撃たれる忍など数少ないからだ。

 

それは紅蓮も同じ、日本刀を勢いよく構える。炎の刃で、道元だけでも倒そうと考えたのだろう。しかしそれも無駄に終わる。

 

 

振ろうとした途端、それ以上動けなかった。炎が発生する前に刀身に手が巻きついていた。紅蓮に抵抗させないと言うように。

 

 

更に紅蓮の動きを縛るように無数の魔手が伸びた。故に紅蓮は動きを制限され、道元に明らかな隙を与えてしまった。

 

 

 

 

「さようならだ─────■■くん」

 

 

パァン!! と銃声が響き渡る。火薬の匂いと濃い鉄の匂いが混じりあった。額に風穴を開けられた紅蓮は、仰向けに倒れそうになった。しかしそれを許さないものがある。

 

 

黒い無数の魔手、紅蓮の全身を縛り上げると陣の中心に引き摺っていく。意識の無く冷たくなった彼を、容赦なく。

 

中央に辿り着いた亡骸を包み込む。グジュグジュ、と巨大な球体となってまで。彼の存在を食い漁ろうとしている。

 

そうして、『彼』は二度目を死を迎えた。

 

 

 

 

 

 

咄嗟に顔をあげ、城の方を焔は見上げた。重症を負った総司を医務室に連れていこうとしていた最中だ。

 

何が起きているのか、焔は全貌を把握できてはいない。しかし嫌な予感だけが彼女の心に残っている。

 

 

 

「…………………ぐれ、ん?」

 

かつての出来事。この戦場で自分達を庇った事で一度目の死を迎えた青年の姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さぁ、と心地のよい風が肌を撫でた。不思議な感覚に紅蓮は思わず顔をしかめる。

 

 

「───────?」

 

目を開くと視界が眩しく、明るい太陽の光に照らされてると理解できた。起き上がろうと手を地面に当てるが、冷たい床の感触ではなかった。

 

 

草原、草木が生い茂った光景が周りに広がっている草原。小鳥の鳴き声が聞こえてきそうな───幸せな場所。

 

おかしい、と改めて思った。幸せそうな世界にいる紅蓮は、確かに先程の出来事を覚えている。

 

 

「…………俺は、あの時……」

 

────頭を撃ち抜かれて、黒いナニかに飲み込まれた筈。

 

言おうとしてその口が止まった。そうであれば死んでいる。けれど、確かに意識は残ってる。切断されていた左腕も再生している、というより無くなる前の状態に戻っているみたいだった。

 

 

(…………『器』、道元は確かにそう言ってた。もしかして、関係してるのか?)

 

思考が現実に追いついてない、今の紅蓮はそんな状態だ。

 

 

 

五人の少女が、そこにいた。白いワンピースと帽子を着た少女たちが楽しそうに過ごしている。楽しくその生き方を謳歌する彼女たちの姿に見覚えがあった。

 

 

家族にも等しい仲間たちだ、紅蓮はすぐに認知すると同時に、自分を取り巻いていた不安が和らいだ。

 

彼女たちの元へと走ろうとして、名前を口にしようとして───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『不確定因子、除去開始』

 

 

 

 

 

 

 

(あれ?でも、何でだろう?)

 

 

しかし、何も言うことが出来ない。

そうしてる中、頭の奥────脳に鈍痛が響く。咄嗟に押さえても痛みは引かなかった。あまりの激痛に膝をついて倒れてしまう。蹲りながら紅蓮は少女たちに何かを言おうとした。

 

 

 

(あの子達が、オモイダセナイ?)

 

 

■、■、■■、■■、■■。大切な仲間たちの名前、忘れる筈がないのに、声に出して呼べない。記憶の何処にも無いのだ、彼女たちの声が、姿が、思い出が。

 

全員の姿がノイズになったように歪む。分からない事が有り得ない筈なのに、それが決定的になってしまう。

 

とにかく、少女たちの元に行こうとした。近づけさえすれば、嫌でも思い出すだろう。頭を押さえながら動き出したが、紅蓮はそれ以上進まなかった。

 

 

 

一人の女の子が後ろにいた。自分の服の裾を引っ張り、引き留めるようにして。

 

 

清潔感のないボサボサの茶髪、布切れのような白い服、両手首と足首には錠でも付けられたのか痕になって残っている。歳は10歳くらいだと思える、紅蓮とは明らかに(見た目と比べれば)歳の差が開いていた。

 

他に言うとすれば────、

 

 

(この子………昔の俺みたいだ)

 

濁ったような眼に、感情の無い顔つき。人形のようだ、という意味だ。初対面の時からそうだったらしく、よく言われていた。

 

同時に、世界が切り替わっていた。スッと青空に無数の暗雲が差す。一瞬で暗闇に包まれ、草原が燃える炎へと包まれ始めたのだ。

 

此方を見上げる少女は、小さな…………そして鮮明な声で話した。

 

 

「駄目だよ」

「……………?」

「『私たち』はあの場所には行けない、あの人たちと一緒に行けない」

 

女の子が言うと同時に向こう側の少女たちが消えていく。一人一人が深紅の粒子へとなって、暗く染まった空へと舞う。

 

紅蓮は少女に聞き返した。気になる言葉を彼女が口にしていたからだ。

 

 

「『私たち』?」

 

「そう、ずっと待っての。この炎の底で、貴方の覚醒を」

 

止めてくれ、と思うしかなかった。震える身体を何かがユラリと撫で上げられる。この世界には存在しない魔手が紅蓮の心臓を掴む所まで来ている、と錯覚してしまう。

 

 

駄目だ、と最後まで残っていた白いワンピースの少女が叫んだ。それは必死の叫びだったらしく、最後まで消滅を抑え込んでいた。

 

 

それでも、何も出来ずにいる紅蓮に少女は口を開いた。

 

 

「私たちは─────『紅蓮』」

 

果たして、どんな意味だったのかは分からない。しかし、それを聞いた紅蓮の激痛は限界は越えた。彼は激しい絶叫をあげると同時に、全てを理解してしまう。

 

 

全てが、炎へと変わった。背景の全てが、燃え盛る煉獄の世界へと。それと同時に、巨大な影が動き出した。

 

 

「さぁ呪いましょう、この世界を。私たちの憎悪を果たしましょう。

 

 

 

 

 

6人目の『紅蓮』、新しい『私たち』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズルズル、と泥の中で紅蓮は変わっていた。いや、■■が『紅蓮』に変生しているのが正しい。

 

 

 

────我ハ、

 

 

 

漆黒の怨念の殻の中で変えられていく。身体の多くが、魂が、全くの別物へと。

 

 

 

────コの城に渦巻く、無数ノ怨念

 

 

 

背中からは二本の触手が生える。骨格にも似た黒い触手、新たなる腕とも言えるもの。全身を呪詛が覆い、装甲と切り替わる。

 

 

 

────コの世全テの、命ヲ………魂ヲ

 

 

 

 

 

 

「…………殺シ、尽くス………!」

 

 

呪詛が顔を覆うと同時に、『紅蓮』は再起動した。妖魔の幼体、覚醒までの養分を集める為の機能に。邪魔なもの全てを取り払った擬似的な戦闘形態。

 

 

 

今までの思い出、記憶の全てが消滅した状態。最早彼にはどんな言葉も届かない。

 

 

 

 

その日、世界に生まれ落ちた新たな災厄が産声をあげた。たった一人、優しかった『人間(人形)』を引き換えに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蛇女子から離れた市街地。軒並み大きなビルの屋上だった。そこの上で全ての経緯を見ていた異常な怪物(カオス)は、

 

 

「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!クッヒャ!!ヒャヒャヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒっ!!!?」

 

腹を抱えながら転がったりして、それはそれは楽しそうに笑っていた。多くの者が聞けば不快と思うような、自他認める悪意しかないような声音で。

 

 

「まっ、さかねぇ!!僕たちがこぉーーんなに面白そうなのを隠してたってさぁ!!誰も思わないよねぇ!!思う筈がないよねぇっ!!!」

 

 

この怪物にとっての楽しみは何なのか、それを答えられる者は少ししかいない。そして解答は単純なもの。

 

 

他人の苦しみこと、悲しむこと。

それだけの為なら何だってするのだ、この怪物は。まさに悪意の権化、世界とって有害────ある意味では災厄に相応しい存在。

 

かつて昔(と言っても時期的には数ヶ月ほど)、ユウヤを飛鳥たちと離別させようとしたのも、シルバーに両親殺しの真相を教えたのも、全ての原因はこの怪物なのだから。

 

 

 

「そう!彼こそが僕と『混沌の王』の狙いのぉ、ホムンクルスなんだからねぇ!!」

 

 

少し前に、この場所にはいないユウヤと統括者(ゼールス)はある話をしていた。

 

────別の生物との融合及び同化、理を逸した神の如くの偉業。それを実現させる為には《機会と力》が必要だと。

 

 

『紅蓮』とは、そうだったのだ。

炎の異能の継承者にして、ある妖魔を育てる器、いわゆる媒体。機会(彼の死)妖魔の怨念()が揃ったからこそ、神の如くの偉業が達成されてしまった。

 

 

きっとこの怪物は、最初から考えていたのだろう。『彼』が目覚めるより前から、生贄とする事を決定していた。

 

勿論、この怪物が────他人の悲劇を楽しむ外道が、本人の意思を尊重する筈がない。

 

 

 

「古き大妖魔『怨楼血(オロチ)』の器であり幼体の『紅蓮』。君らの憎悪で、この世界全てを焼き尽くせるかなぁ?」

 

 

 

ゾワッッッッッ!!!!! と。

 

この蛇女子学園を覆っていた結界が別のものへと変わる。そしてその結界の中から、無数の妖魔が産まれた。ホムンクルスとの戦いで疲弊した忍たちに襲いかかるだろう。

 

 

そして、『紅蓮』は全ての生物を殺す。それは忍、同じ妖魔も例外ではない。多くの血と負の感情を取り込み続け、『怨楼血(オロチ)』になるのも時間の問題だろう。

 

 

 

ただ一つ、不満があるとすれば。

 

 

「この場に君が居たらぁ────それはもう、最高に愉快だったのになぁ。ねぇ、カイルくーんぅ?」

 




『紅蓮=怨楼血』《幼体》

紅蓮が殺された時に蛇女子内の血と怨念を取り込んだ姿。怨楼血の幼体とも言える形態。

人間体で話すことは出来るが、生命を殺し成長することしか考えにない。背中からは6メートルの骨格腕を持ち、自由に操れる。

原作とは少し違うが、形態は


《幼体(今ここ)》→《準中体》→《中体》→《準成体》→《成体(ゲームでの怨楼血)》→《覚醒体》となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十八話 破滅への第一段階

『紅蓮』

 

それは焔紅蓮隊のリーダーであるホムンクルスの青年の名前、というのは仮。『混沌派閥』が最初から仕組んでいたモノに過ぎない。

 

 

 

真の意味は、妖魔 怨楼血の器。それの成長の為の核、言うなれば擬似的な心臓。

 

 

 

 

つまり、焔たちの仲間は『紅蓮』では無かったのだ。…………言い方が悪かった、彼であって『紅蓮』ではない。例えどれだけの思い出がそこにあったとしても、彼は『紅蓮』ではない。他に名前がある、過去に記憶と共に失った筈の真名が。

 

 

それを思い出せない限り、彼は戻れない。闇よりも深い鮮血の泥の中へと、沈んでいくことになる。

 

 

 

 

 

 

蛇女子の城の中、黒い泥の中でそれは産み落とされていた。ボドリッ、と樹からこぼれた果実のように地面に落ち、力なく倒れ込む。

 

 

 

「─────ッ、───、───!」

 

明滅する意識が覚醒したのはすぐの事だった。

呼吸が出来ないのか、『それ』は必死に喘いでいる。ゴボ、ゴボ、と彼の口からは体内に入り込んでいたであろう泥が吐き出された。

 

そうすることで手足の感覚が繋ぎ止められる。指を曲げることすら難しかったが、何とか上手く扱えていた。産まれた赤子のように地を這い、震えるように手足を使って動く。

 

確定した目的は無く、『それ』はズルズルと引き摺るようにして、血の池を見た。虫がいたとかそういう訳ではなく、池に映ったものを食い入るようにして見ていた。

 

 

あったのは、青年の顔だった。灰色の髪をした無表情の顔。顎や頬には黒い部位が装備されていた。

 

そして背中からは剥き出しの骨が金属化したような触手が生えていたのだ。合計6本の手足を使い、青年はゆっくりとした動作で起き上がる。

 

 

 

「─────ァ、──────ォ」

 

青年は頭を抱える。想像を絶する痛みがあるわけではない………………むしろ逆、何も無いのだ。

 

 

 

全てが欠落している。人間には普通あるもの、記憶が存在しない、所々途切れているとか忘れているではない。本当に空っぽなのだ。だけど、存在していた跡だけはある。

 

 

 

分からない、自分は何者だ?誰の為、何の為にここにいる?どうやって生まれて、どうやって生きてきた?

 

それを探さなければいけない、この頭の中に問答無用で響いてくる形容しがたい『声』を─────

 

 

 

『命令コード、接続』

 

割り込むように、無機質な言葉が脳内に響いてくる。それを聞いた直後、本能が逆らうことが出来なかった。続く言葉を待ち、『紅蓮』は動きを止める。電池の切れた人形のように。

 

 

 

 

 

 

 

蛇女子の校舎の一室、薬物などの研究をする為の部屋の中で、一人の青年 邪悪(シャーク)が笑っていた。しかし喜びとか、明るいものではない。頬に伝う汗が、それを分かりやすく意味している。

 

 

そもそもの話、彼は屋内にいる為、外にいる紅蓮の事が分かる筈がない。勘の鋭いのはあるが、そこまで理解できるほど優秀とは言い難い。

 

 

だがちゃんとした例外はある。

邪悪は忍でいう秘伝動物を持つ。そして学園内に探知能力を持つサメたちを泳がせている以上、全てを把握済み。

 

だからこそ額にある3つ目の眼からその情報全てを認識していたのだが、

 

 

「────なるほど、『混沌の王』が彼を求めていたのもよく分かります。幼体であのおぞましさ、覚醒したらどうなるのか………………想像もしたくありませんね」

 

その恐ろしさに彼は改めて戦慄した。同じホムンクルスの成れの果てが『アレ』だとは、到底信じられない。いや信じたくなくても現実がこれだ、認めるしかないのだ。

 

その証拠の一つは目の前にある。手に収まるサイズのタブレット。だがそれは、決して現代的な物ではない。

 

(端末があって助かりました、彼を制御できなければ私たちも殺しかねないですから……………『混沌の王』が私たちを気にする方だとは思いませんが)

 

 

それこそが、『紅蓮』の制御装置。単純な命令式を組み合わせ、複雑な命令を『紅蓮』の脳内に直接送る為のもの。

 

こうすることで、自分たちが狙われないようにする。妖魔や忍、それを襲えと命令を出すことも可能だ。

 

 

 

「『今代の紅蓮』はまだ赤子も同然。覚醒の為にはあの方の為により多くの血を流して貰わなければなりません」

 

そう言いながら邪悪は学園内を索敵していく。無数に張り巡らされた彼のサメたちが、周りの状況を確認していく。

 

 

 

 

「他者からの成果を吸うよりも、直で血が欲しいですよねぇ?『今代の紅蓮』さま」

 

端末越しに邪悪は命令を与える。この命令は絶対に反抗することは出来ない、それに今の『紅蓮』は記憶を持たない。

 

 

 

『この学園内にいる妖魔と忍を殺せ。ホムンクルスは対象外』

 

故に、命令を否定することも拒絶も出来ない。淡々と与えられた命令に従うのみ。『紅蓮』はその命令を聞くや否や勢いよく飛んでいく、妖魔と忍という自身の敵を皆殺しにするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────これで、ある程度は片付いたみたいね」

 

「…………は、はい、そうみたいです」

 

群れを成すように迫ってきた翠翔、その一体を撃破した未来は疲れたとため息を漏らす。

 

 

翠翔たちは実体を持ってはないらしく、急所を攻撃したら灰のように崩れ去った。血を流さなかったのは分身だったからか、詳しい仕組みは不明だ。

 

 

確かなのは、これで分身たちを倒し切り、増援も来ないこと。…………本体を倒さなくてもいいのか、そういう話になるかもしれないが、今は倒せた事に安堵するだけだ。

 

 

 

「あ、あの…………未来さん、でしたよね?」

「うん、そうだけど?」

「助けて、くれて……ありがとう、ございます」

 

感謝を受け、未来は嬉しさのあまりに顔を赤らめる。そういうのは照れ臭いお年頃なのだろう、それ以外はよく分からない(職務放棄)

 

 

「それよりも…………どうする?このままいても何も無い訳じゃないと思うから、離れるべきだと思うけど」

「………わ、私も賛成、です………早く、お姉ちゃんたちと合流しないと……」

 

 

2人はそう言いながら、何とかその場から離れることにした。その行動が正しいものか、駄目だったのかは分からない。

 

 

しかしその道を凄まじいスピードで横切るものがあった。ギョロギョロと周りを見渡すが何も無いと理解したら、すぐに彼女たちとは反対の方へと飛んでいった。

 

 

…………幸いというべきか未来たちは何とか『それ』に襲われずに済んだ。しかしその場しのぎに等しい、出会うのは時間の問題だろう。

 

 

 

 

 

 

 

「……………ってことは、日影は他の奴等と一緒にボクたちを助けに来たのか?」

 

「まぁ、そうなるなぁ」

 

2階から落ちてきた忌夢を(お姫様抱っこで)助けた日影は適当そうに答えた。本人からすれば適当ではないのだろうが、感情の籠ってない顔から判断するのは難しい。

 

 

黙っていた忌夢が口を開いた。しかしその内容はあまり明るいものではない。

 

「────おかしいだろ」

 

「ん?」

 

「ボクたちは………お前たちの命を狙おうとしてたんだぞ。いやキラが議会に圧力をかけてるから大丈夫らしいが、それでもボクたちは殺す気はあったんだぞ。

 

 

なら、わざわざ自分達がここまで来る必要無いじゃないか。命をかける理由があるのか?」

 

忌夢の言う通り、当時焔紅蓮隊を抜け忍として始末するべきという声が大きかった。だが議員の一人にして最強の異能使いであるキラの力とその他の出来事もあり、焔紅蓮隊は狙われずに済んだ。

 

簡単に言えばそれで済むが、それでも事実というものは変わらない。当時、焔紅蓮隊を殺そうと息巻いていたのは新しく補充された蛇女子選抜メンバー、忌夢たちだった。

 

過去に僅かながら(いや、本人的にはあまり許したくない)因縁があったとはいえ、討伐の命令が出されれば殺そうとした相手に助けられて、何も感じられない筈がないのだ。

 

そんな風な感傷の籠った言葉を受け、日影は首を傾げた。何と言えば良いか悩んではない、というか答えは普通に口にしていた。

 

 

「忌夢さん、考え過ぎちゃうか?」

 

「………なんだって?」

 

「忌夢さんたちがわしらを殺そうとしても、やることは変わらんと思うで?少なくとも────紅蓮は絶対に言うで。『理由がないからって、見捨てたりなんかしたくない』って」

 

思わずといった様子で忌夢は笑った。そうして目の前にいる日影に向けて呟く。

 

 

「そうか…………変わったな日影」

 

「?」

 

「昔のお前なら、そんな事は言わないだろうしな。そもそも誰かなら言うなんて絶対に有り得ないからな…………おい、日影?」

 

そう話してる間、日影は忌夢を見ていなかった。それどころか別の方を見ている事に忌夢は苛立たしそうに声をあげそうになるが、彼女の見ていた方に視線を動かした事で言葉を失う。

 

 

 

空中に漂う仮面や、女性の上半身をした蛇のような異形。様々な怪物が辺りから湧き出していた。

 

日影は目を細めながらナイフを抜き取る。近づこうとしてきた仮面の一つを切り裂き、不思議そうに言う。

 

 

「なんや、コイツら。普通よ動物って訳でも無さそうやし…………不気味な感じや」

 

「日影!気を付けろ!ソイツらは妖魔だ!!」

 

「…………妖魔?」

 

忌夢が叫んだ言葉は、日影自身もよく知らないものだった。それは無理もない、妖魔の存在を知るのは忍となった者たち。忍学生であり卒業してもない日影が知る良しなどないものだから。

 

そもそも、何故忌夢は妖魔の存在を知ってるのか。彼女も対面したことがあるからだ、一回ではなく二回も。そして、同じくもう一人が忌夢と同じく妖魔を知っている者がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

黒炎を放ちながら、雅緋は妖魔へ幾数の剣戟を打ち込む。悲鳴をあげる妖魔に追撃の手を止めることはしない。

 

更に勢いよく叩っ斬り、妖魔の腕や脚を容赦なく切断する。更に心臓の部位に止めを差し殺すが、それでも忌夢は止まらない。

 

 

「妖魔ッ────!」

 

多くの忍の宿敵にして、幼い頃から自分の生き様に関係してきた雅緋の真の敵。奴等を根絶やしにする為に雅緋は最上位の忍 『カグラ』になると誓ったのだ。

 

だがそれは、目の前の妖魔を見逃す理由にはならない。激しい憎悪と願望が叶ったという喜びが入り交じり、複雑な感情になっている。

 

激情に駆られながら雅緋はもう一体の妖魔へと攻撃をしようとする。妖魔自体も唸っており噛みつこうと身構えていた。

 

 

 

 

 

 

が、2人が動く前に。おぞましい感覚が襲ってきた。今まで出会ってきた強者のものとは違う。危機を察する事が得意な第六感が警鐘を鳴らしている。

 

 

 

 

ゾッッッッッ!!!!! と。

 

背筋が───全身が震える、雅緋が感じ取ったものはそこまでに強大で恐ろしかった。殺気、獣のような殺意にしか満ちていない威圧。これが雅緋自身に向けられたら、恐怖のあまりに身動きが出来なかった。幸いな事に、別のもの向けられていたらしい。

 

 

 

だからこそ、雅緋は一歩だけ歩みが遅れる。致命的なものだが、目の前の妖魔は何もしてこない。怪訝そうに首を傾け何処かを見上げるが─────

 

 

 

 

ヒュ、と風を切るような音があった。

更に続いて、地面を砕く音と妖魔の悲鳴が響く。飛んできた何かが妖魔ごと地面を砕いたのだ。その肉体を貫き容赦なく体内をグチャグチャにかき混ぜる。

 

 

「何だ…………あれは?」

 

 

雅緋の前にいたのは青年だった。全身を金属というよりは血のようなどす黒さの装甲で覆っている…………青年らしきもの。倒した妖魔の頭部を踏み潰し、フルフェイスの隙間から息を吐く。

 

 

ミギミギッ!! と背中から直接伸びている骨の触手が妖魔の亡骸に食らいついた。生々しく肉を引きちぎ喰らいながら、妖魔を解体していく。

 

 

 

捕食を起こっている青年の身体が、筋肉が固くなる。背中の触手は空中でうねり、その大きさを変質させていく。

 

捕食による成長。生命体としては普通だが、あまりにも異様すぎる。速すぎるのだ、たった一匹を喰らっただけとはいえ、そこまで変わろうとするその性質が。

 

 

食事を終えたのか、青年は妖魔の亡骸から離れる。その視界が、硬直している雅緋に向いた。

 

 

「─────」

 

首を捻り青年は雅緋を見ていたが、すぐに無視する。背を向けて立ち去ろうとしていた。雅緋を相手するつもりなく、優先することがあるのだろうか。

 

 

しかし何か変化が起きた。ブルリ、と全身が小刻みに震え始めたのだ。爪先から身体にゾワゾワとした紫色のラインが伸びて、フルフェイスのマスクへと収束する。

 

何らかの数字、いやアルファベットだろうか?そんな羅列がフルフェイスに浮き出ては消え、それを何度か繰り返す。その一部にある文字が浮かんだのを認視する。何故かその文字だけは簡単に理解できた。

 

 

 

「……………『紅蓮』?」

 

口にしてしまったが、その単語に意味があるのかは分からない。だが、重要なものであったのは確かなようだ。

 

変化を終えた『紅蓮』は数秒間棒立ちだった。だが、それも一瞬。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドッッッ!!!!!

 

その場所に、巨大な亀裂が出来ていた。勿論、そこに『紅蓮』はいない。

 

 

(クソッ!何処だ!?)

 

僅かでも気を許したのに後悔するが、それでも雅緋からは衝撃しかなかった。

 

 

────たった少し油断したのに勘づき、『紅蓮』はチャンスと同時に動いたのだ。それはもう人間のやることではない、獣の所業にまで至っている。

 

 

 

「ッ!」

 

そして、咄嗟に雅緋は真後ろへと後退した。続くように鋭い黒杭が地面を穿つ。ゴォォ!!! と岩が降り注いだように、コンクリートを粉々に粉砕する。

 

 

攻撃は、それだけでは終わらない。真上からもう一本の黒い槍が雅緋を襲う。今度はさっきとは違う、重く落とした一撃ではなく何度も戻したり放ったりする構えから────

 

(コイツ………!本格的に私を殺しに来たか!)

 

ガキィン!! と黒炎を纏う刀で黒い槍を叩っ斬ろうとするが、尋常なく堅い。忍の力抜きでアスファルトを殴った時と同じ感覚が刀から腕へと浸透してくる。

 

 

更に迎撃があった。今度は目に見えた形ではなく、不意を突く形で。

 

「!? しま───」

 

 

足元の地面から盛り上がった刃が真上につき上がる。雅緋の死角を的確に狙った一撃。ビッ! と生々しく切れる音に続いて、鮮血が宙に舞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────く、危なかった」

 

が、殺すには至らなかった。額に出来たかすり傷からツーと雅緋の顔に流れる。彼女が刀を持つ方とは反対の────籠手で防いでなければ、不意打ちの刃は

雅緋の頭を軽々と貫いていただろう。

 

失敗したと判断したのか、二本の黒いモノはすぐに距離を起き始める。雅緋も追いはしない、額から垂れた血を拭いながら、彼女は黒い腕が戻っていく所を睨む。

 

 

「天井か。いつの間にか移動してたんだな、気づかなかった」

 

「…………ギる、キル───」

 

両手と両足で天井に張りつき、『紅蓮』はうわ言のように呟いている。背中から生えた黒い骨格が生き物みたいにうねっていた。

 

 

────それが先程の攻撃の正体。背骨から繋がっていると見ていい骨腕が上空から雅緋を串刺しにしようとしていたのだ。

 

降りてきた『紅蓮』は腰を低くしている。先程の俊敏さから、一瞬で隙を見せれば容赦なく狙いに掛かるだろう。背中の骨腕を見える位置に生物のように蠢かせ、相手の気を引こうとしている。

 

フルフェイスの中から声が漏れてきた。うわ言のように呟いてる、何とか形になってる言葉が。

 

 

「殺シ尽くス、皆殺シにシテ…………」

 

「…………お前を見逃せば、忌夢たちを殺すかもしれないな」

 

改めて向けられる殺意は容赦なく、間違いなく全てを殺そうとするだろう。例え戦えない人間であろうとも。

 

だからこそ退く訳にはいかない。ここで退いてしまっては、多くの仲間や生徒たちがコイツの毒牙にかかるかもしれない。妖魔すら喰らい殺すこの怪物の。

 

 

(忌夢たちは危険だがキラは問題ないだろう、そもそも負ける筈がない…………いや、私は何を考えてる?ここでキラは関係ないだろう?)

 

余計な考えを振り払い、雅緋は気を引き締める。重圧にもなり得る殺気に恐怖は感じる、しかしそれを自身の覚悟で押さえる。

 

目の前の『紅蓮』に示すように、雅緋は高らかと宣言する。忍としての流儀でもあるものを。

 

 

 

「───雅緋!悪の誇りを舞い掲げよう!!」

 

 

その直後、新たな戦闘の火蓋は切られた。

 

 

黒刀を構え、雅緋は片手から黒炎を燃え滾らせる。彼女自身、簡単には負けるつもりもない。

 

対する『紅蓮』は四つん這いになり、喉の奥から絶叫した。獣の雄叫びのようなものを響かせると同時に、二本の骨腕が闇の中から牙を剥く。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九十九話 反旗と進化

「クフフ、クフフフフフ」

 

邪悪は楽しそうに手の中にある端末を軽く投げたりして弄る。このままの調子であれば鼻歌すら歌い出す勢いで。

 

 

そんな彼の足元で血濡れの肉塊が蠢く。それは少女だった、邪悪の仲間のホムンクルスであった。彼女は血を吐きながら同胞の邪悪に疑問を投げ掛ける。

 

 

「なんで、なんで?邪悪、どうして………?」

「おかしい事を言いますね?仕掛けて来たのは貴方たちでしょう?私が幹部の1人なのはご存知だと、実力差からして私の勝ちは確定だと思いますが」

 

弱々しく言う彼女に、邪悪は正論で答える。その顔は笑みに包まれており、真面目に返答してるとは思えない。

 

 

「違う………違う、そうじゃない」

「?」

「貴方が、制御端末を………渡さなかったから………貴方が、断ったから……でしょ………『混沌の王』に、逆らって………怖くないの!?」

 

経緯は簡単だった、同胞のホムンクルスたちが邪悪のやり方に疑問を口にしに来たのだ。もう少し上手いやり方は無いのか、と。

 

それを聞いた邪悪はそれはないと笑って答えた。同胞たちはふざけてると思ったのか、制御装置を渡せとだけ言う。険悪な雰囲気に邪悪は軽薄そうに笑い、

 

 

 

 

『では死んでください。色々と邪魔なので』

 

───そう言って殺した。1人は手足を引きちぎり、1人は頭を食い潰して、そうやって殺していく。少女も健闘はしたが、結果は目に見えて明らかだろう。

 

彼女たちは精鋭とは言えるが、幹部と比べればまだまだ。ホムンクルスとして上位の邪悪に勝てる筈がない。

 

 

後少しで命の尽きる同胞の問いに、邪悪は大声で笑った。それはそれは、楽しそうに。

 

 

「アハハハ!何だと思えば、そんな事でしたか!貴方は、大きな勘違いをしてるのでは!?」

 

「…………え、?」

 

「決まってるでしょう。『怨楼血』が覚醒すれば『混沌の王』でも手出しが出来ない!それほどの存在ですからねぇ、ならばですよ!それほどの存在を支配できるのなら『混沌の王』を殺すのも容易いでしょう!!」

 

何を言ってるのか分からない、それが少女の感想だった。

 

自分達を生み出して呪われた誓約を科した存在に敵対する、それ自体が彼女たちには理解に至らないもの。それほどまでに、目の前の青年は異常を為そうとしているのだ。

 

 

「そして私は『紅蓮』の制御端末を手にしてる!自害させることも覚醒させることも私の自由!これがある以上、あの忌々しい『混沌の王』は何も出来ない!」

 

声高らかと言う邪悪はとても楽しそうだった。しかし両目から涙を流している。悲しいから流れる涙なのに、彼の顔は終始笑顔だった。

 

 

少女は震えながら邪悪を見た。彼はどこかが壊れてる、人間としてホムンクルスとしても致命的な部分が。壊れたまま放置した結果、他の全てがイカれてしまったように。

 

「貴方は、何を………企んでるの?」

「些細なものではありません。私情入りの仇討ちですねぇ」

 

ガバッ!! と地中から飛び出した鮫が少女を喰らった。

 

目の前の同胞の死を見ても彼の笑顔は消えない。そんな自分に心底軽蔑しながら、彼はやはり笑う。

 

その顔に本当の喜びが浮かぶ、楽しそうな声で彼は告げる。

 

 

 

 

「ようやくですよ、『イブ』。この時を待っていました」

 

────ただ1つの誤認があるとすれば、彼の喜びは複数の感情が入り雑じった……………何処までも歪んだものだが。

 

 

 

 

 

 

 

ギィィィィン!!!!

 

凄まじいスピードで迫る骨腕を雅緋は横へと反らした。斬り落とす事は出来ない、彼女の武器である黒刀よりも硬いものの破壊は不可能だ。

 

そして2本の骨腕による攻撃に大した意味がないと『紅蓮』が察するのは早い。それを前提に行動するのも。

 

 

「───kill!!」

 

近くの壁を足蹴にして、『紅蓮』が跳躍してくる。距離からしても雅緋には届かない。

 

 

しかし『紅蓮』は身を捻るように回転した。意味の無い行為ではない、背中にある骨腕が辺りの障害などを軽く吹き飛ばすほどの速度で振り下ろされる。大振りのハンマーのように。

 

 

 

ドガァァァァァン!!!! と。

アスファルトで塗り固められた床が、あっさりと砕け散った。何とか回避できたが、直撃すれば無傷などで済む筈がない。

 

 

(この破壊力!秘伝忍法の比じゃないぞっ!?)

 

改めて雅緋は息を呑み込む。

『紅蓮』の動きは人間のものではない、今まで戦ってきた敵など軽く上回っている。

 

 

言うなれば、戦闘兵器。相手を様々な戦略で追い込んでいく兵器と相手をしているようなものだ。的確に迅速かつ、容赦なく雅緋を追い詰めてくる。

 

 

 

 

「秘伝忍法!【善悪のpuragatorio】!!」

 

闇のような黒の業火が『紅蓮』を焼き尽くそうとした。雅緋の秘伝忍法、彼女の大技の一つ。これで仕留めに来た、そこまで追い詰められている。

 

 

そう判断した『紅蓮』は骨腕を周りへと展開する。乱雑な動きで近くの壁や天井を刻み、粉々に砕いていく。

 

 

その破壊に巻き込まれるようにある機器が起動する。何てことの無い火災報知器、無闇な破壊により大量の水を雨のように降らせた。

 

スプリンクラーを使い消火した。普通の獣や妖魔なら絶対にしないであろう事を、『紅蓮』は戦闘の手段の一つとして行使する。そして万策尽きた雅緋を狩ろうとして────ようやく異変に気づいた。

 

 

 

 

眼前にいた雅緋が姿を消していた。見失った事に一瞬焦るが、すぐに平常を取り戻す。生命の反応を探ればいいのだ、妖魔たちを狩っていたように────

 

 

 

「何処を見てる?真後ろだ………!」

「─────ごガッ!!?」

 

 

振り返ろうと首を向けた直後、黒炎を帯びた拳がフルフェイスに叩き込まれる。ゴォォン!! と高い音が鳴り響く。

 

雅緋は真後ろに来ていた、そして殴りつけた。本来なら気づいても良かったが、『紅蓮』は勝利の余韻に浸っていた。戦いで失態とも言える行為を犯していたのだ。

 

 

 

勿論、忍の攻撃だとしても鋼鉄の装甲────骨腕と同等の耐久力を持つフルフェイスが壊れることなどない。

 

しかし、それでいい。壊すのが目的ではないのだから。

 

 

 

「あ、ガっ…………ァ!?」

 

頭部を抱えた『紅蓮』がよろける。無理もない、強く殴られた装甲の中に響き渡った衝撃が彼の脳を震わせたのだ。軽い震盪に視界が揺らぎ、戦場では致命的な隙が出来てしまった。

 

 

当然のこと、雅緋も無事という訳ではない。鋼鉄ほどの装甲を素手で殴ったのだ。痛みというものが神経を伝い、苦々しく感じられる。

 

しかし雅緋は諦めない。ギッ! と鋭い目つきに気圧されたのか、『紅蓮』は反射的に後ろへと退いた。

 

 

「────逃がさん!!」

 

その上で懸命な彼女は、目の前の好機を見逃すことはしなかった。奥歯を噛み締め、前へと勢いよく踏み出す。ただ覚悟を決めるだけのものではない。

 

 

 

彼の背中から伸びる骨腕をダァン!! と踏みつけた。大したダメージにはならない。だが、

 

 

 

「ガ!!?」

 

距離を置こうとした『紅蓮』の動きが縫い止められた。背中から伸びる骨腕は彼の身体の一部、押さえられた以上『紅蓮』は切り離しでもしなければ隙は作れない。

 

 

「秘伝、忍法ォ!」

 

黒刀を構える彼女に『紅蓮』は爪を振り下ろす。ザッ!! と服と皮膚を掠り取るが、雅緋は止まらない。

 

 

「───【悦ばしきinferno】!!」

 

至近距離で直撃した、秘伝忍法が。

炎を纏った剣戟は装甲に覆われた『紅蓮』に着実にダメージを与えていく。そして最後の一撃が鋭く突き立てられ、『紅蓮』のフルフェイスを貫いた。

 

 

勢いよく地面に叩きつけられた彼が地面に転がる。意識を失ったであろう『紅蓮』に、頬を押さえた雅緋は冷静に指摘した。

 

 

 

「…………確かにお前は強かった。もう少し戦い慣れていたら、私は負けていただろう」

 

結局、勝ったのはまぐれ───奇跡だと言いたいのだろう。運は実力の内という言葉があるとだが、彼女は簡単には認められないだろう。

 

そんな中、壁から一匹の鮫が姿を現す。しかし雅緋を襲うとせずに、ギョロ と額の眼を向けていた。ジッと倒れている『紅蓮』を見詰める。

 

 

 

 

「──────さぁて」

 

右手の掌で端末を掴み直し、親指で端末を操作する。この場の誰よりも状況を把握しているホムンクルスは『紅蓮』が倒れたのを見ていた。

 

 

「そろそろ成長段階ですかねぇ?」

 

しかし余裕の笑みは薄れない。彼は楽しそうにスイッチを押した。クルクルと回る椅子に腰掛けて、退屈そうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

ビクンッ! と気を失ってる筈の『紅蓮』が跳ねる。全身にラインが巡り、彼は小刻みに震え始めた。

 

「命令コード入力────」

 

 

膝をつき、四足歩行のままで呻いた。全身に響く激痛に悶えているのかと思ったが、少し違う。

 

 

 

───グジャボギバギメギィゴグァッ!!?

全身の装甲が泥のように液状になるが、すぐに全身を覆い変質した。崩れゆく細胞が、新しいものへ再生し始めている。

 

変化はそれだけには止まらない。彼の背中から、更に2本の骨腕が生えてくる。合計4本となった腕が、空中で風を切るように暴れ狂う。

 

 

フルフェイスが割れ、口のようにバックリと大きく開く。まるで怪物のように、いや怪物へと変わり果てていた。

 

 

「─────ギア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 

『第二形態』、又の名を《準中体》。その姿は人から欠け離れているだけではなく、着々と異形となりかけていた。完全体である自らの進化形態、巨大妖魔へと。

 

 

「進化してるのか………!?戦いの中で!」

 

流石の雅緋も気づけないほど鈍くはなかった。だからこそあまりにも強大すぎる絶叫に気圧されたのも事実だ。

 

崩れかけた建築物の一部が落ちてくる。丁度雅緋のいる場所に目掛けて。忍であろうと受ければ無傷で済む筈がない。

 

 

 

だが、横から突き飛ばされた。そのお陰で崩落に巻き込まれずに助かる。息を整えた雅緋は感謝を述べようと助けた人物の顔を見る────そして、言葉を失った。

 

 

 

「焔!?」

「よく分からないが、助けたぞ」

 

傷が残っているとはいえ、ボロボロな焔がそこにいた。呆然とした雅緋だったがそれも無理は無いだろう。まさかこの場に来るとは思いもしなかったのだから。

 

 

そんな彼女はピクリと反応する。人のものとは思えない呻き声が耳に入った。普通なら反応しなかったが、焔が気づいたのには理由がある。

 

────知っている青年と、怪物が重なって見えたのだ。

 

 

「……………ぐ、れん」

 

「ゴギャ、ォォォォォ………!」

 

現状、その姿が変わり果てている『紅蓮』に焔は思考の奥底が熱を帯びた。家族同然の仲間があんな風になったのを見て、怒りを覚えない人間はいない。

 

だが、それよりもやることがある。

 

 

「紅蓮、一体どうしたんだ!?私だ!焔だ!!」

 

必死に呼び掛けても返事はない、応酬としてか骨腕が周りを容赦なく薙ぎ払った。獣すら怯えさせる雄叫びをあげながら暴れる彼に、焔は唇を噛み締めた。

 

 

そんな彼女の肩を雅緋が掴む。止めようとしてるのではなく、自分の知る情報を与えた。

 

 

「………さっき奴、いや『紅蓮』の口から命令コードと出てきた、それから突然姿が変わった」

「まさか………!誰かに操られてるのか!?」

 

ならばこの事態も納得できる。だが理解できただけでは意味がない、まずはどうにかしなければいけないのだ。

 

 

「焔、私は操ってる奴を探し出す。この学園の何処かにいるのは確かだ!」

「大丈夫なのか、そう簡単にはいかないぞ」

「何としても見つけるさ………焔!お前はどうするんだ!?」

「……………私は」

 

向き直った焔の前で赤黒い塊が動く。ユラリと、巨大な影のように。

 

 

赤黒い先程よりも大きく太く、強靭になった4本の骨腕。手足は赤黒い装甲に包まれているが成長しているのは目に見て分かる。そして目も鼻も無い、歯が剥き出しになった口が怪物としての風貌を掻き立てていた。

 

その怪物が此方を見た。生々しい息を吐き、静かに唸っている。

 

 

「アイツを止める。これ以上、無茶させる訳にもいかないしな」

 

 

最後の刀を引き抜き、『紅蓮の焔』はそう宣告する。同時に彼女の心の奥底で怒りに震えていた。激情を闘志へと変え、彼女は踏み込んだ。

 

望まぬ殺戮を強いられ、望まぬ怪物になろうとする青年。多くの殺戮を増やしてしまうであろう彼を、止めるために。

 

 

 

 

両備と両奈たちからはぐれたラストーチカは校舎の中を歩いていた。襲いかかる妖魔たちをサーベルとも言える双剣で削り斬っていく。滑らかな動きで一体を数秒で処理していた、明らかな強者の立ち回りで。

 

 

(妖魔『怨楼血』、か)

 

その存在の名を、ラストーチカは記録していた訳ではない。単にこの学園内の情報が彼に行き渡っているだけだった。だからこそ、今現在蛇女子にいる怪物についても旧知している。

 

しかし彼の顔色が優れない。歩くのを止め、近くの壁に背を預けながら、思考に明け暮れる。

 

(…………おかしい)

 

彼は忌々しそうに顔をしかめる。サーベルを振り払い汚れを落とし、鞘の中へと仕舞い込む。

 

 

(妖魔は確かに凶悪な存在、だが先生は妖魔は忍が倒すと定めている、そう言う人だ。なら、何故わざわざ災厄と評していたんだ?)

 

ラストーチカは推測する。彼自身が一部の疑問に謎を抱いていた。

 

確かに強力ではあるが、それならば正規メンバーたちが動けばいい話だ。ユウヤではどうだか分からないが、No.3以上の者たちなら簡単に済む。

 

そんなものをNo.1、彼の先生が災厄などと評価する筈がない。寧ろトカゲなんて扱い方だろう、ならばもしかすれば……………。

 

 

(まぁいい、俺のやることはただ一つ──────小より大を優先する、人々を守る)

 

誰かに見られないように物陰へと隠れ、ラストーチカはポケットに手を入れた。その中にあるタブレットを、静かに動かした。リズムよくアルファベットを打ち込み、モールス信号のように形を為す。

 

その信号は何処に向けられたものか、それは真上。空高くを越え、大気圏…………宇宙にある物体、星を刻んだ衛星に届いた。

 

 

 

 

───当作戦の指揮官 ラストーチカ様からの伝達。受信信号 『x-13 ,code=STAR』、最終権限の使用を確認。三星審判裁定開始、

 

 

人類防衛機構:白鳥(デネブ)────承認

 

敵性殲滅機構:(アルタイル)────承認

 

中枢統括機構:(ベガ)────承認

 

 

最終討議、結論────決定。

これより『飛翔する星帯(グラン・メサイア)』の使用を実行します。起動時間はおよそ十五分以内(・・・・・)、誤差は0.01~0.06、標準的な範囲内。その他の破損の問題はありません。

 

 

標的は秘立蛇女子学園内で確認された謎の生命体。エネルギーから妖魔と酷似している事が確認されます、情報によると血界内部の妖魔と忍の血を吸収していることが判明。

 

成長過程の内に────抹殺せよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百話 『紅蓮』

なんとか百話にいったなぁ、けど文字数も少ないし。上手く書けた気がしない。…………困ったなぁ。


暗闇というか、深淵と呼ぶべき場所。

その中で彼は目を覚ました。無理やり覚醒したというのが正しい。

 

 

────ここ、は?

 

目を覚ました■■は周りを見渡した。ここが何処だか分からなくなり、混乱が広がる。だが、あることに気づいた。

 

 

自分が誰なのか、そんな単純な事すら分からなくなっていた。どんな名前があり、どんな過去を過ごしてきたのかも。

 

 

矛盾が発生した。確かに自我はあるのに、自分が何なのかも理解できていない。

 

 

『ねぇ』

 

真後ろからほっそりとした腕が■■の首を撫でる。彼は後ろを見るが、誰もいない。優しく包み込もうとする感覚だけが全身に届き渡っていた。

 

 

『───皆殺されてきた。私たちは、使命なんてものの為に使わされて、自由に生きることも許されなかった。そうして死んできた、無意味な事をされてきた』

 

『もっと生きたかった』

 

『こんな風に死にたくなった』

 

無数の声が、嘆きが、後悔が波のようにせめぎあう。それを聞いていた■■は静かに受け入れる。

 

確かに、そう思ってしまったのだ。同情と同時に激しい怒りが沸き上がる。何故彼女たちが、このように苦しまなければならない。

 

自分達の利益のために無意味に殺し合わせ、最後は『道具』として切り捨てる。

 

そんな事をする者たちが笑って生きているのだ。上手くいったなぁ、と。自分達が一番だと思いたがってる、本当に不愉快で─────愚かなもの。

 

 

そして、無数の怨嗟を代弁するように少女の声が告げた。その内容は単純、

 

 

『だからね────全部、殺ソうヨ?』

 

 

 

────あぁ、そうだ。殺さなければ、殺し尽くさなければ。自分達を否定する者たちを、自分達を利用した者たちを、この世界の全てを。

 

それが願い、殺されていった同胞(ホムンクルス)たちの望み。最後の最後に、それを果たせる『紅蓮』へ届けた、簡単には解けない呪詛。

 

だからこそ、呑まれてしまう。自分の意思も見えず、圧倒的な負の怨嗟に押し負けてしまった。そんな事にも気づけず、■■は鋭い覚悟で決めた。

 

 

────まずは一人、目の前の少女を殺す。邪魔するなら、容赦せずに─────

 

 

 

 

 

 

「ギギャァァァァァァァォォォォォォォォォォォォォォォォ───────ッ!!!」

 

激しい咆哮が響き渡る。ギラギラと憎悪と怨嗟が、濃厚に煮えたぎったように感じられた。咆哮だけで蛇女子の校舎のガラスが砕け散り、壁が吹き飛ばされる。

 

『紅蓮』、今は目の前で暴れまわる怪物の呼称。背中から伸びた翼とは到底呼べない骨を広げ、ソレは血を求めた。強い忍と妖魔の生き血を。

 

 

「ぐれぇェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェんッッッッ!!!!!」

 

出し惜しみはしない、焔もそれは同意だった。7本目の刀を引き抜き、彼女は『紅蓮の焔』となる。咆哮に負けないほどの絶叫をあげながら、一つの炎となり突貫した。

 

 

「ッ!!」

 

『紅蓮』の背中が弾け飛んだ。肉体と同化している骨の腕が合計4本、それらは空へと勢いよく伸びる。まるで空間を削り、引き裂くかのように暴れ動いた。その内2本が、突っ込んでくる焔に目掛けて放たれた。

 

 

ドゴン!! と焔はその骨腕を迎え撃った。強引に、力だけで押し返す。

 

───グギャァアン!! 粉々にへし折れたかのような大音声だが、それでも骨腕は無傷だった。のたうち回りながらもすぐに軌道を変えて襲いかかる。

 

 

4本の腕が、焔と『紅蓮』の距離を大きく広げていた。何としても近づこうとする焔に、骨腕は連携しながら妨害と同時に攻撃を放つ。

 

 

「秘伝忍法!【紅蓮阿修羅】!!」

 

負けじと焔も秘伝忍法を行使した。6本の刀をジャグリングの如く回転させ、炎の斬撃を連続で振るう。

 

直撃した骨腕に大きな傷が出来る。それはついにダメージが通ったという意味、他の骨腕も激痛に耐えきれないように暴れ狂った。

 

 

 

戦ってる最中、『紅蓮』が身震いをしていた。カタカタと歯を鳴らし、全身の隅々へと光のラインを張り巡らせる。その合間に彼の口から、短く言葉が為されていた。

 

 

「───よウ、ま───二、んぽ──ウ」

 

放たれる言葉。

何とか形を整えていたが、詳しい意味は分からない。だがそれが有力なものなのは確かだ。

 

 

それを示すように、『紅蓮』が焔に飛びかかる。焔も応じるように刀を構えるが、4本の黒い茨の柱が地面から伸びた。そして焔を囲むようにうねったそれらは焔を縛りつける。

 

 

「くッ、ぅ!?」

 

鋭い棘が皮膚に刺さり、焔が苦痛に顔を歪めて呻く。腕や体の至ることを拘束しながら、彼女にダメージを与える────冗談とは思えない動きの止め方。

 

 

更に『紅蓮』が跳躍で距離を詰める。背中の4本の骨腕が周りの壁や天上、床を引き裂きながら彼は射程圏内へと入った。動きの制限された焔に目掛けて近づいた彼の両手がボコボコと変異していく。

 

 

指自体が鋭利な爪となり、焔の身体を切り裂いた。生肉を抉るように凄惨に、細切れにするような勢いで。

 

引き裂かれた血の跡は空中で複雑に絡み合い、薔薇のようになる。飛び散った鮮血によって。

 

 

 

 

────妖魔忍法 【鮮血薔薇】

 

本来であれば、妖魔が使えるはずの無い忍法。しかし『紅蓮』は例外中の例外、彼は多くの忍と妖魔の血と呪いを取り込んでいる。そんな彼は半分忍と言っても過言ではない。

 

相手を血で出来た茨で拘束し、切り裂く攻撃。他者を殺すこともあるが、最低でも傷つける事に特化した凶悪な技。

 

 

「────あああぁぁぁぁ!!?」

 

それを受けた焔の全身から血が溢れた。服は破れ、あられのない姿に成り欠けているが、そんなことはどうでもいい。

 

血の量は多くはないが、微量とも言えない。あまりにも笑えないくらいの出血に、焔は口からの血を拭うことしか出来なかった。

 

 

ニィ、と『紅蓮』は笑っていた。顔は無いが、その口だけが笑顔の形を見せる。肉食獣が獲物を相手に狩りを楽しんでるみたいだった。

 

 

(…………忍法、アイツ。忍の力を使えるのか!?)

 

焔は歯噛みしながら、目の前の怪物を見詰める。怪物も敵意の視線を受け、更に口先を深くした。ギラギラと血のこびりついた生々しい歯を露出させ、獣のような唸り声をあげる。

 

 

「ギャル、グルァァ!ゴォォォォォ………」

 

「クソ、学習してやがるな……ッ!」

 

悔しそうに焔は現実を再確認する。顔の無い怪物からそんな事が分かるかと言われるが、雰囲気と様子からして明らかなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「────クハハハ!ハハハハハハハハハッ!!素ッ晴らしいよ!『怨楼血』、いや『紅蓮』!まさか忍とほ戦いで受けた秘伝忍法を我流とするとは!」

 

 

圧倒的な破壊を振るう怪物に、邪悪は嬉々と称賛を送った。制御装置を片手に、その暴れ様を見て楽しそうにしていたのだ。

 

彼は楽しむことしか出来ないホムンクルス、そんな欠陥を内包した人物なのだ。自分を嫌悪したくなるほどのものだが、彼は今だけは無視することにした。

 

「この状態なら覚醒まであと少し。倒されることも恐れる必要はない。むしろ戦いを経て成長するのだ、是非とも戦ってほしいですがね」

 

しかし叶わないなら仕方ないと、邪悪はすぐに諦めた。そんなものよりも優先することがあるから。

 

 

「さぁさぁサァ! このまま殺し尽くしてくださいよォ!『紅蓮』ッ!! 今まで殺されてきたホムンクルス(私たちの同胞)の分も!!全ての生き物をなぶり殺してくださァい!

 

 

 

 

───『イブ』を殺した【混沌派閥】も!私たちを否定するこの世界も!全部関係ない!!全部!全部殺せェェェェェェェェェェェェェェェェェぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」

 

 

邪悪は咆哮する。

怒りや憎悪、負の象徴といった感情が渦を為す混沌とした叫びを。全てに於いて楽しそうに振る舞う、彼の本心を。

 

顔に爪を突き立てて、血が飛び散るのもどうでもいい。眼からポロポロと涙を溢れさせながら、ありのままの感情を吐き出した。しかしその顔はあまりにも不気味だった。

 

 

 

────笑っていたのだ。皮膚を裂きながら、泣きながら、彼の笑顔は『楽しそう』な笑顔に包まれている。

 

 

そう、彼は壊れていた。ずっと前から。大切な誰かの死を前にしても、ケタケタと『タノシソウ』に笑う。自分というホムンクルスの構造を自覚した日から、彼は何もかもがどうでも良くなっていた。

 

 

例外があるとすれば一つ。今の彼の動力源、憎むべき相手に支えてきた彼の、真の目的。

 

 

何もかもを殺す。『混沌の王』も【混沌派閥】も、忍も、こんな腐り果てた世界も、何も知らずにヘラヘラと笑って生きてる奴等も、全てを。

 

 

 

 

 

 

 

ダァン!! と。

勢いよくこの部屋の扉が開かれた。突然の事に邪悪も心臓が止まったかと錯覚しそうだったが、すぐに平静を取り戻す。視線だけを動かし、扉の方を見詰める。

 

 

 

「…………見つけたぞ」

 

そこに立っていたのは雅緋だった。血に濡れているが、どうせ彼女の血では無いのだろう。

 

彼女を見た邪悪の顔に笑みが作られた。ホムンクルスの機能としてではない、彼自身が心から見せた笑顔だった。

 

そして、雅緋は静かに口を開く。静かに歩み寄りながら、彼女は落ち着いた声音で問いかけた。

 

「『紅蓮』を操ってるのは、お前だな?」

「えぇ、そうですよ?ここにいた私を見つけられた事は、褒めてあげしょう。────ですが、一体どうして私がここにいるのか分かったのですかぁ?」

「私の仲間に頼ったのさ。操ってるらしき者の匂いを探してほしい、とな。そしたら貴様を見つけ出せた訳だ」

「…………キキキ、なるほどぉ。それは少し配慮できてませんでした。学習しませんとねぇ」

 

敵を前にしても邪悪は笑みを深くする。落ち着いた態度とは違う、野蛮かつ獰猛な笑顔で。

 

 

「けれど、けれどけれどぉ。貴方の頼みは聞けませんねぇ、『紅蓮』はもっと必要です。私の目的の為には、彼には多く殺して貰いたいので」

 

「聞くつもりはないな、まぁ分かってはいたが」

 

「やりたいのならお好きに────この私から制御端末を奪えればの話ですが」

 

邪悪はその制御端末を掌の中に転がす。壊れる可能性を考慮してない危険な行為だ。けれど彼に関してはどうでもいい、知ったことではないのだろう。

 

 

 

「改めて──────私は邪悪、『災禍の剣』の一人。感情としては『楽』を司るホムンクルスであります。何卒よろしくを」

「…………感情を、司る………ホムンクルス」

「まぁそう簡単には理解できないでしょう。人の成底無いである私は人が持つ感情を分割されてますので。王もやることがおぞましいというか────単純に外道ですよねぇ」

 

ベラベラと、それはそれは楽しそうに話を続けた。彼の仮初の本質と思われる。そんな彼が笑いながら壁に背中を預けると、その身体がズブズブと入り込んでいく。

 

「………物体の中に入れるのか、器用な奴だ」

「キキキ、お褒めに預かりまして」

 

地中を滑るように潜泳する邪悪。まるで遭難した人々を襲う鮫のように、息を潜めて隙を伺う。何処から何処へと移動してるのか分からない、頼るとしたら勘のみだ。

 

 

「キキキ!私を殺せるか確かめて見てください!?まぁ、努力して────見事に玉砕してどうぞ!!」

 

 

 

ホムンクルスと忍、ある意味で言えば同じ血を流してる二人は────改めて敵対した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

有無を言わさず、『紅蓮』が攻撃の用意を行う。傷を受けた焔を逃がすつもりはなく、慈悲もなく追撃を行った。骨腕を振るいあげ、叩きつけるように天へと伸ばした。

 

 

 

 

 

直後に、一本の杭がその骨腕を穿った。鋼鉄すら砕き、焔の秘伝忍法でも傷しか与えられなかった骨腕を、容赦なく。

 

ドサン!! と分断された腕が離れた場所に落ちた。校舎の壁を吹き飛ばし、奥へと転がっていく。断面から赤とも紫とも言えぬおぞましい血が噴出した。

 

 

「ギィァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!?」

 

『紅蓮』が悲鳴を鳴り響かせる。尋常ではない痛みを受け、初めて苦痛に喘いだのだ。

 

 

そして、杭と思われてたものは漆黒の表面をしていた。これを焔は見たことがある。かつて、この力を使ったものを相手にしたのだ。

 

 

 

「変わり果てた姿だな、紅蓮。かつての俺様に似た立ち位置に、貴様が立ってどうする」

 

 

ストン………と金髪の青年が校舎の屋根に着地する。彼は呆れたような声を漏らし、怪物を見下ろしていた。

 

 

「────常闇、綺羅!?」

「そうだとも、久しいな焔。あの時、『聖杯事変』以来だな」

 

二階から軽々と飛び降りたキラはあっさりとした様子で言葉を返した。二メートルは優に越えるハルバードを肩に担ぎ、焔は咄嗟に構える。

 

かつて『聖杯事変』では敵として戦った。その圧倒的な実力差には、焔も敗北を考慮した程だ。故に警戒を向けるのは当然だが………。

 

 

「今の貴様と戦ってやっても良いが…………敵は俺様では無かろう?」

 

「────グギャァァアッ!!!」

 

目の前で『紅蓮』は此方を睨んでいる。その肉体はビキビキと膨れ上がり、活発的に成長してきた。

 

このままでは『紅蓮』は妖魔へと進化してしまう。そうなってしまえばもう止める術はない。

 

「助けて、くれるのか?」

「勘違いなどするなよ。貴様を助ける理由など、俺様には無い」

 

だが、と付け足す。彼は目の前の『紅蓮』を睨み、低い声で言った。

 

「仲間を守る、そう言ってた俺様の認めた男が、仲間に手を出すのは見るに堪えん。それだけだ」

 

 

キラはジロリと真横の焔に目を向け、

 

「行けるか、貴様」

「当たり前だ、むしろお前こそ足を引っ張るなよ?」

「くだらん、誰に物を言うか」

 

キラはハルバードを、焔は炎月花の刃を、互いの武器を手に取る。強大な怪物の前に二人は退くことはなかった。

 

理由は一つ、簡単なものだった。

 

 

「来い、馬鹿野郎。かつての貴様が抜かしたように叩きのめして、仲間の元に連れ戻してやる」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百一話 (すす)む者と(とど)まる者

邪悪からして、ホムンクルスとして生まれた事に不満などは無かった。別に嬉しいという事もなければ、不満もない。結局、彼は自分の生き方になんら興味を抱いていなかったのだ。

 

 

 

 

『シャーくん!またあれ見せて!イルカさんたち!』

 

『………………(嫌そうな顔)』

 

自分よりも明らかに年下の少女は元気爛漫な様子で飛びかかってくる。背中にのし掛かる重さに邪悪は不愉快そうに顔を歪め、少女を適当に払い除けた。グルグルと転がったはニコニコと笑い、投げ飛ばした邪悪に近寄る。

 

 

 

 

少女の名前は『ファイブ』。

ここにいるホムンクルスの大半と『混沌の王』は彼女をそう呼ぶが、邪悪は受け入れられない。番号で呼んでるみたいで嫌だからだ。

 

だからこそファイブから取って、『イブ』と呼ぶことにしていた。彼女はそれが嬉しいらしく満足だと言っていた。

 

邪悪の能力はサメなどの海の生き物を生み出す力。しかし使い方では子供を遊んだり出来るのだ。本人にやる気はないが。

 

 

 

『やれやれ、お前もよくこんなのが好きになれるな。サメと似たようなもんだぞ』

 

何だとテメェと言うようにイルカの一匹が邪悪に小突いてくる。そもそも話す訳がないだろうとかそういうのは止めて欲しい。

 

 

 

『シャーくんっていつも笑顔だよね。何か楽しそう』

『好きでこんな顔になるもんか、頼めるなら今すぐ変えたい』

 

邪悪たち一部のホムンクルスは、一つの感情に傾向してるらしい。邪悪は『喜び』といった感情、最も彼自身が喜んではいない。

 

 

当然の事ながら、偽物の感情に負ける訳がない。彼の本心は何処から見ても全てに無関心なのである。例外があるとすればイブの事くらい……………鬱陶しいと考えた事ぐらいだ。

 

 

『そう?私、シャーくんの笑顔好きだよ?だって私も元気なってくるもん!』

 

くだらない、と邪悪は呆れた。目の前の少女は苦手と思えるほど元気が有り余っている。複雑な感覚に何と言うか説明しにくい感情があった。

 

 

 

 

そして数日後。邪悪はつまらなさそうに過ごしてる最中の事だった。なんてことない、ある違和感に気づいたのだ。

 

 

(イブの奴襲いな。もうそろそろ来ても良い時間だが)

 

不安に思い、咄嗟に捜索に動いた。何かあったのでは、といった疑心が心にあった。だからこそ必死に探していたら、

 

 

 

────白い担架に誰かが乗せられていた。布を掛けられていて分からないが、真っ白な布が赤で汚れていた。それは二人組によって運ばれていく。

 

 

そして隙間から垂れたホッソリとした腕。それは少女のものに見え、見覚えがあった。

 

 

『…………イブ?』

 

呆然とする邪悪はどういうことかと思った。あまりの事に脳が理解を拒んでいる。正常な判断が出来なかったのかもしれない。

 

きっと悪い妄想だ、そう思いながらイブを探した。しかし何処を探しても見当たらない。一時間探していると、

 

 

 

 

『さっそくだが、ファイブが死んだ』

 

自分たちホムンクルスのリーダー アルトは息でもするようにそう言った。言葉を失う邪悪に向けて、平坦な様子で。

 

 

『この、個体?』

 

『………「紅蓮」、ファイブはその五番目だ。訳あって造られたらしいが、どの個体も一ヶ月以内に死ぬ。王さまは何故あんなのを作ってるのか分からないがなァ』

 

 

そうして、彼女の亡骸は王に回収された。間違いなく処分されたのだろう。遺骨の存在すら分からなかった。

 

 

 

彼女の死に、邪悪は人知れず泣いた。山の中だとしても、関係なく。全てに無関心であった彼が、初めて悲しみの感情を知った時だった。

 

 

『…………イブ、なんで………』

 

脳裏に浮かぶのは元気な女の子の姿。もっと生きられる筈だった少女の顔。

 

その記憶の数々が、邪悪を激しく追い詰めていた。

 

『なんでお前がッ!死ななきゃいけなかったんだ!?まだ、やりたいことは一杯あっただろうに!』

 

 

 

 

 

 

たまたま、水溜まりに視界が向き────

 

 

『──────あれ?おかしいな?』

 

違和感に気づいた。そっと手が自分の頬に伸び、顔を動かす。それでいて、やっとその異常を理解する。両眼から溢れるように涙が流れている、顔もクシャクシャに歪んでいる、

 

 

 

 

 

筈なのに。

 

『なんで……………笑ってるんだよ?』

 

歪んでいた顔は、悲哀にではない。楽しそうな笑みを浮かべていた、泣いているにも関わらず。

 

 

 

 

かつて作られた時に、『混沌の王』が───自分自身話していた『機能』について。

 

 

 

どんな的でも笑顔でいてしまう『喜び』という感情に。

 

 

 

『…………へ』

 

小さな笑いが漏れた。

吹き出したようなものだった。

それと同時に全身が小刻みに震えている。掌までも、喉の奥までもが────────そして、

 

 

 

 

 

 

『ああ ぁ あ゛ぁぁぁああァあぁ あ ぁ────! はは!?イーッひはッ!ひはゃははははははははははははははははははははははははははははははァァァ!!!』

 

 

耐えきれなかった、ついに折れてしまった。押さえ込んでいた激情が限界のダムのように決壊し、大きな波が全てを呑み込もうとする。

 

辺りに響き渡った笑いは正常なものではない。真実の感情が偽物の感情に塗りつぶされた感覚が、闇のように彼の心を覆っていく。

 

 

酷い、こんなのはあんまりだ。どんなに人を殺すことの覚悟を決めてきた、最愛の彼女の死も味わった…………なのに、それを嘆くことも許されないのか?泣きながら後悔を叫ぶことも出来ず、こんな風に生きろと?

 

 

 

『こんなの、こんなの…………イブを殺したアイツと同じじゃないかァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』

 

 

彼は嘆く事しか出来なかった。ホムンクルスである彼は、ただ憎むことしか叶わない。そんなしか出来ない自分を、呪うのが精一杯だ。

 

 

 

 

 

 

『─────それで良いの、君はさぁ?』

 

 

見上げると、木の枝に誰かが立っていた。凄く細く、人が乗っていれば折れそうな程脆弱な枝の上で、軽々とした動きで。

 

赤黒く禍々しい配色の布切れを纏い、笑顔のマスクを被った存在────カオス。不愉快に思うよりも前に、とある感情に囚われた。

 

自分たちの王とは違う意味での恐怖。何なのか分からない不安や怪訝というものが一切排除されていた。

 

 

『何もかも殺してみないかい?全部、この世界に生きる全てをさ』

 

歌うように言うカオスに、邪悪は心の奥底が震え上がる感覚に陥った。ズレてる、この怪物は自分達とは明らかな意味で別の立ち位置にいる。

 

 

『さぁ君はどうする?このまま道具のように使い捨てにされるか、あるいは僕の言う通りに全ての生物の殺戮者となるか。

 

 

さぁどうする?彼女の為に、世界の敵になる覚悟が君にある?』

 

愉快なものを楽しむ悪魔の囁き、それがひび割れた心の隙間に入ってくる。ポッカリと空いた穴を埋めるように、憎悪と狂気が膨れ上がっていた。

 

 

そして、いつの間にか手を取っていた。この時から、彼女を思っていた自分は死んだのかもしれない。

 

 

 

だからこそ、彼は楽しさに溺れる(仮初の)自分を演じた。まるで道化師のように滑稽で、その度に大切なものが掌から零れ落ちるように感じられる。

 

 

けど止められなかった。止まろうとする度に、いない筈の悪魔が囁くような声が響く。前に言った時と同じことを。

 

 

 

 

────そしていつの間にか、狂気に染まっていた。もう戻れない深層へと。

 

 

 

 

 

 

壁から天井、床へと動いていく。それは目に追えぬ速さで泳いでいく。………いや、地中を泳ぐという話があるのか分からないが、現実はそうなのだ。

 

 

 

「雅緋!私の邪魔をする者は当然ながら、この学園の奴等は全員殺す!まずは貴方からだ!!」

 

響き渡る声と同時に、鋭い何かが飛んでくる。雅緋はすぐさま回避を取ることで避けきれた。弾丸のように飛んできたものは壁に食い込んでいたが────、

 

 

 

「クッ!?これは………トビウオか!」

「えぇ、それとご注意を。私のトビウオは肉を食べますからねぇ?貴方のような女性の肌も、軽々と食い千切りますよ!」

 

それに続いて肉食トビウオが飛来してくる。一匹だけではなく、何匹も。

 

 

しかし雅緋は走りながらそれらを避けきる。それでも数匹が襲ってくるが切り捨てながら進む。少しでもスピードを落とせば狙い撃ちにされるであろう。

 

 

そしてピタリと、トビウオの雨が止む。一瞬の静寂に雅緋は息を整える。その背後の壁に水溜まりのような波紋が広がった。

 

 

 

「────シャッ!!」

 

地中から飛び出すように、邪悪は腕を振るう。刃物の如く鋭利な爪は空気を切りながら、雅緋の首筋に向かおうとする。

 

 

しかし、雅緋の動きも最適だった。

一瞬で身体を捻り、邪悪の爪が通りすぎる。そのまま姿を現した邪悪目掛けて刀で斬りつけた。

 

 

「ギギャァ!!?」

 

傷口から血が溢れ、邪悪は慌てた様子で呻く。そのまま潜ろうとするが、そう簡単に逃がす訳にはいかない。

 

更に踏み込み、雅緋は追撃を行う。無抵抗な邪悪はそれに口を開き、

 

 

「─────掛かりましたね」

 

呟くと邪悪は大きく口を開けた。バックリと、ワニやサメのように。その口内には半透明な力が反響している。

 

超音波と呼ぶべき力が。

 

 

 

「【ヴォイス・クラッシュ】!!」

 

口から溜め込んでいたそれを噛み砕き、周囲へと四散させる。それは巨大な衝撃の爆発となり、全ての空間を叩く。連鎖的な破壊を引き起こし、雅緋に直撃させた。

 

 

「ガァ、ハッ!?」

 

バゴン!! と雅緋は弾け飛ぶ。壁にぶつかる事で呼吸が詰まり、血の塊が吐き出される。肺から全ての酸素が抜けることで息がしにくくなっていた。

 

 

ゴホゴホと咳き込む彼女に向けて、邪悪はあっさりとした様子だった。反応のしようが無いのかもしれない。

 

 

「諦めた方がいい、皆救うことなんて出来ないのです。今代の『紅蓮』を犠牲にしてしまうのは少し悲しいですが」

 

楽観的に言う彼の言葉は何故か説得力があった。それは経験がある者だからこそなのかもしれない。

 

先程雅緋に斬られた傷口が既に閉じていた。それどころかその傷すら無くなりかけている。ホムンクルス特有の強力な再生力。

 

「ファースト、セカンド、サード、フォース、ファイブ…………いや、『イブ』。今までの『紅蓮』は『怨楼血』降臨の器になれなかった。負荷に耐えきれずに全員が死んだ、再生することも叶わずにね」

 

この世界(こちら側)では命の価値は軽すぎる。代用できる消耗品のように。

 

 

「仕方ありませんよ、私だって諦めたんですから。『イブ』を救えないから彼女の代わりに全てを殺し尽くすと決意したんです」

 

 

だからこその復讐。彼には決意があった、大好きだった少女に嫌われようと殺戮を止めない。より多くの人間を殺して見せると。

 

 

それは復讐、最も自分すらも殺すつもりのものだ。そうでもしなければ意味がない。甘い覚悟で戦っているのではないのだなら。

 

 

「貴方だってそうでしょ?誰かを救えないから、代わりに妖魔を倒す────カグラを目指した。それが全ての生き物を皆殺しにする私と、何の違いがあるのです?」

 

単なる八つ当たり。

正当性のあると見せかけた正義。

彼はそう言いたいのだろう、そんなものに比較基準などあるのか。綺麗事に塗り固めたそれに、なんの正しさがあるのか、と。

 

 

「結局、そんなものですよ。貴方も私も、そのようにしか生きられない─────まぁ同情しますよ。………いや、情けは掛けませんがね」

 

 

パチン! と両手の指を鳴らす。すると彼の隣からイルカが浮き出してきた。額に目玉のあるイルカ、しかも一匹だけではなく群れをなしている。

 

 

 

「跡形も無く吹き飛べッ!【サーペント・インパクトカノン】!!!」

 

数十を越える超音波が炸裂する。一つだけでも洒落にならないというのに連鎖的な爆発のようにも思える。

 

それだけで十分だった。

圧倒的な破壊が、雅緋を呑み込もうとする。普通に受ければ即死、防御したとしても致命傷は免れない一撃が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バゴォォォォォン!!!

 

 

凄まじい震動が大地を揺らす。辺りに白い砂煙が舞い、視界を遮る。しかし数秒で周りが明白になっていた。

 

 

ボロボロになった雅緋。少し逸れたのか、目の前の地面が消し飛んでいた。だが重傷であるのには変わらない。

 

 

「……………キ」

 

最初に笑ったのは邪悪だった。勝利の笑み、にして少し汗が多い。歯がカタカタと震えてもいる。

 

 

 

直後、彼の手元から何かが落ちた。ドチャ!と生々しい音をたてて。赤い液体を散らしながら、地面を跳ねる。

 

 

 

────正体は、邪悪の右腕だった。断面は切断されたというよりも焼かれたような焦げている。断面からは血が出てない、出血は衝撃波に巻き込まれたのを意味する。

 

 

邪悪は苦しそうに口を閉ざしながら腕を押さえる。苦痛に叫ぶよりも先、言葉が向けられた。

 

 

「────右腕を、貰ったぞ」

 

血塗れの雅緋が笑みを浮かべる。意趣返し、そんな風に挑発を返した。

 

 

 

───何が起こったのか、簡単なものだった。

衝撃波が放たれる直後、雅緋は忍法を使ったのだ。鋭い一点を狙った突きを。

 

邪悪の腕を穿ったと同時に爆炎の爆発が起こり、邪悪の超音波攻撃を軽減させた。勿論封じることは出来なかったが、互いにダメージを受けたので、何とか上手くいった。

 

 

 

「……………」

 

笑顔が。

抜け落ちる。

生涯望んでいた事が叶ったことに喜ぶことは出来ない。沸き上がる感情が目の前の現実に圧殺されたのだ、更にどす黒い感情が滲み出る。

 

 

 

「…………さっさと死ねよ、クソが」

 

「悪いが、出来ない相談だな」

 

最早表面なんて投げ捨てた乱雑な言葉。あまりにも壊れに壊れ果てた彼の心。それを前にした雅緋は、静かに告げる。

 

 

 

「…………お前は言ったな、私と違いはあるのかと」

 

ピクリ、と。邪悪の方が動きを止めた。落とされた腕を踏み潰し、灰へと変えた邪悪はギロリと彼女を睨む。鋭い殺気、憎悪が向けられるのがヒシヒシと感じられた。

 

 

「あるにはあるだろう、お前にあって私に無いものだ」

 

それ以上答えを言うつもりはない、意味は話すまでもない。目の前の彼も理解したのか、苛立たしく顔を歪める。

 

 

邪悪(シャーク)、お前は私だ。大切な者を失い、何かを憎み続け、全て(妖魔)を殺そうとする────大いに違えど、その在り方はかつての私と同じものを感じさせられる」

 

無言の笑いがあった。自身を比較されたことに何か感じることでもあるのかと思ったが、違う。

 

小刻みに震える男から、形容しようがない怨念がドロドロとこぼれ出る。

 

「………それがどうした。何が言いたい」

 

「過去を乗り越えられず、それに囚われているんだ。私もお前も……………だからこそ感謝する、お前に教えられたな」

 

 

そんな彼女の髪は白ではなく黒に染まっていた。何時変わったのか気づかなかったが、どうでもいいのかもしれない。

 

剣を振り払う雅緋の背中に漆黒の翼が出現した。天使………と言うのは違う、堕天使のようだ。そして黒髪に白いメッシュが刻まれ、

 

 

「しかし、私はもう過去などに振り返らない。妄執に駆られたりしない。

 

 

 

 

私は未来を選ぶ。仲間たちと共に進む────そんな明日を選んでみせる」

 

 

 

Divineジャッジメントモード、又の名を深淵の雅緋。

 

過去を乗り越え、覚醒へと至った雅緋が君臨する。鏡に反射したもう一人の自分と相対し、決着の時は始まった。




タイトルの意味はまぁ単純です。

(未来に)進む者────雅緋。(過去に囚われ、周りを)妨げる者─────邪悪。

これらですね。(単純ですみません)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百二話 真名(ほんとうのなまえ)

雅緋と邪悪、二人の間に数メートルの距離が空いている。それだけでもチリチリとした殺気と敵意が周りの空気を冷えつかせていく。

 

 

 

先程の衝撃により崩れた瓦礫が邪悪の周りに降り注ぐ。それでも身動ぎ一つもせずに、彼は瓦礫の雨を真に受けた。

 

 

しかし雅緋は顔色を変えない。むしろ気を引き締めて、瓦礫の山を見ている。

 

 

 

 

「────不愉快、だ」

 

 

歪みきった声が、差し向けられる。

粘着質な怨念が実体を持ったように彼の声音と重なっていく。今まで殺されてきた仲間たち、ホムンクルスの呪詛を受けたみたいな暗黒が広がる。

 

 

「過去を乗り越える?明日を掴む?………馬鹿らしい、そんな言葉が何になる。誰がそれを理解する?所詮は戯れ事だ」

 

一つずつ響く言葉、それに呼応するように何かが聞こえてくる。…………何かを喰らうような生々しい音が。

 

 

「俺はあの日、『イブ』の死を悲しめなかったあの日から、全ての未来が消えた。灰のように跡形もなく。

 

 

 

 

それに俺たちに未来がある訳がない、あるのは滅び─────何も残らない」

 

 

突如、揺らいでいた影が膨れ上がった。異様な変化に耐えきれないように弾け、赤い液体が辺りに飛び散る。

 

 

それでも声は絶えない。

むしろ咆哮へと変わりながら、負の感情を増幅させているようだった。地獄からの怪物の叫びのように、恐ろしく周りに被害を与えるもの。

 

 

暗闇の向こうから何かが投げられた。雅緋は身体を横へと引き、それを避けきった。静かに動かした眼が僅かに驚愕を帯びる。

 

 

死体、といっても人のではない。

雅緋が憎んでいた存在───妖魔の亡骸だった。しかしただ殺された訳ではない、内臓などを食い漁れたような凄惨な有り様だ。

 

 

 

そして、邪悪は満を持して暗闇から姿を現す。何とか人の形を為していた怪物が。いや、その怪物へと新生しようとしている人形、と言うのが正しい。

 

 

「貴様らに勝利は与えない。…………明日へ進む?それがどうした、こちとら全てを失ってきたんだ。甘く見るなよ、雅緋。俺は他の奴等に幸せになれって言える程優しい生き方してはない。だからなァ!この世界全てを壊し殺してやる!!幸せも不幸も、何もかもッ!!!」

 

 

 

妖魔化。

心臓にある赤珠を活性化させる事でホムンクルスは妖魔となる。しかし一度使えば二度と戻れないという重要な欠点がある以上、切り札なんてものではない。

 

邪悪は妖魔を捕食することで心臓部の赤珠のエネルギーを取り込んだ。それにより身体も妖魔のモノへと作り変えられていく。

 

 

 

 

 

「「────!」」

 

二人は同時に動き出した。雅緋は翼を大きく広げ、一直線に突っ切っていく。対する邪悪の腕が膨れ上がる、正確には濃い赤、血の色の触手が巨大な腕を形成した。

 

 

ゴバァァッ!! と腕が引き裂け、巨大な口が開く。竜のようなそれは容赦なく雅緋を飲み込もうとする。

 

 

「───はぁぁぁぁぁ!!!」

 

だが、後退することも避けることもしない。巨大な口へとそのままの勢い─────それ以上のスピードで突貫していった。

 

 

結果、内部からぶち抜かれた事で竜は爆散した。驚愕に絶句する邪悪に雅緋は緩めることなく、雅緋は邪悪に蹴りを打ち込む。

 

ゴボァ!? と生々しい塊が喉に詰まる。顔を歪めながら邪悪はもう一本の腕を振るい、鮫肌のように鱗が強靭なものに変わった。あれで殴られれば、殴打に裂傷とダメージが重なってしまう。

 

 

 

しかし問答無用で掴まれ、地面へと叩きつけられる。ドゴォォォン!! と轟音が響き、砂煙が発生した。それを前に雅緋は勢いを殺しながら着地するが、

 

 

 

 

 

「ミィヤビィィイイイイイイァァァァアアァァァァアアァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

砂塵を突き破るように飛び出す邪悪。理性を失った叫びには形容しがたい呪詛が練り込まれていた。

 

空中で回転し、生々しい血の色をした大腕で地面を砕く。貫通などといった話ではなく、衝撃で地割れが起こり地盤が浮かび上がる。

 

 

空高く飛翔した雅緋は弾丸を超越する速さで空から黒炎を放つ。一つ一つが前の炎とは比較にならない、起こされる爆発は容赦なく邪悪の身体を焼き焦がしていく。

 

 

 

勢いよく暴れ回り、黒炎を容赦なく消し飛ばす。邪悪は苦しそうに呻きながら、その顔がバックリと割れる。花のように開いた間から大きな眼球が剥き出しになり、

 

 

 

「───ギャぁぁぁぁぁアアアアァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

直後に、白を帯びた光線が周囲に放たれた。天高く伸びた白い光は揺れ動き、周りの瓦礫や残骸を更に分解し、灰以下へと浄化していく。

 

 

 

「…………最後まで、人を止めてまで────お前はこの世界が憎いか」

 

独り言の返事は、苦しげな呻き声だった。

そんなつもりや余裕が無いわけではなく、受け答えする理性が消えかけているのだ。まるで妖魔そのものに侵食されていくように。

 

 

 

「─────もういい」

 

悔いるように目を伏せ、雅緋は呟く。その言葉すら彼には届いていない、彼の意識は摩耗して────少しずつ消え去りかけている。

 

 

だからこそ、雅緋は決着をすぐに決めることにした。襲いかかろうとする邪悪に雅緋は黒刀を振るう。自身の力の全てを込めて、確実に倒す為に。

 

 

 

「お、ぉおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

「────ギ、ギャァァァアアアアアアァァァァァァァァァァァァッッ────────!!!!?」

 

絶叫が木霊する。

しかし意味は全く別物、一つは全身の力を振り絞った渾身の意味。もう一つは驚愕と否定にまみれた困惑のもの。

 

 

 

 

そして黒刀は、邪悪を斬り捨てた。彼の核とも言える心臓と赤珠もろとも。

 

 

 

 

───バッゴォォォォォォォォオンッッ!!!!

 

 

大地を揺るがす震動が、引き起こされる。黒炎と斬撃の閃撃に、邪悪は為す術なく地面に倒れ伏すしかない。

 

 

「…………う、ぐっ」

 

妖魔へと変じていた肉体が戻る。すぐさま戻った邪悪は血を流しながら、地を這いながら少しずつ動く。

 

 

「…………こ、このっ……俺が、負ける、なんてっ」

 

 

信じられないと言うように邪悪は呟く。彼の声は途切れ途切れで限界を向かえそうになっていた。

 

雅緋は何も言わずに彼に近づいた。わざわざ助けるつもりもない、誇りを侮辱するような真似は彼女が最も嫌うものだ。そんな事は好んでするつもりはない。

 

 

本来の目的、『彼』の支配を止めることだ。その為に制御装置を使う必要がある。そんな時だった、

 

 

 

 

小さい何かを踏んだ。歯車のような丸い金属。あまりにも小さすぎて石ころだと思ってしまう程の。

 

 

「制御装置を………探しても、無駄ですよ………」

 

ニタニタと笑みを深める邪悪が雅緋を見詰めた。

不吉な予感が感じられる。何とか優勢に立っていた筈の雅緋が冷や汗をかき、ある事実に気づいた。倒れている邪悪に歩み寄ると、乱暴に掴みかかる。

 

 

「制御端末は何処だ!お前が持っていただろ!」

「キキキ………それは、これの事ですかねぇ?」

 

彼は弱々しく震えながら、制御装置を取り出した。そしてそれを雅緋に見せつける。

 

 

 

───壊されていた。重要な部分が粉砕され、部品が散らばっている。直せるようなものではなかった。これはもう作り直した方が速いだろう。

 

直後に理解した。戦闘で破壊されたのではない。邪悪が負けると判断したと同時に壊したのだ。

 

 

さらぁ、と邪悪の身体が崩れていく。指足から灰のような砂への変質が広がる。ホムンクルスとしての死、それを前にしても邪悪は笑いを収めなかった。

 

「キキキ!キキキキキキキ!!私の勝ちだよ雅緋、『紅蓮』はもう止められない!殺すしか方法がない!残念だったな、もう彼は救えない!全員助けられるなんて結末は起こりはしない!」

 

「お前………」

 

「怨楼血は覚醒する、最早私が手を下すまでもない。ここまで頑張った君たちに一言送るよ。

 

 

 

 

 

────君たちの敗け………いや、俺の勝ちだッ!」

 

謳うような高笑いと共に肉体は灰となり、消滅していった。勝利を確信した声も虚空へと消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

蛇女子学園に、妖魔の咆哮が炸裂した。

まるで獣でありながら人々の苦しみの声のような、歪かつ禍々しく歪みきった絶叫。

 

 

かろうじて人の体を維持していた怨楼血の形が崩れた。全身が泥のように溶け始める。突然の事に戦っていた二人は言葉を失っていたが、理解するのは容易かった。

 

消えようとしてるのではない、むしろその逆。

 

 

 

 

第三の進化を越えたもの────完全の一歩手前へと近づこうとしているのだ。もし、完全体になればもう彼を取り戻せない。彼は本物の化け物として未来永劫生き続ける事になる。

 

 

 

「…………………紅蓮」

 

それを引き留めるように、焔は小さく呟く。それしか今は出来なかった。そんなことをしても意味がないのは分かっていながら、彼女は自然としていたのだ。

 

 

 

それを耳にした『紅蓮』がピクリ と反応する。あまりにも小さな動きなので誰も気づかなかったが────確かに、反応したのだ。

 

 

 

 

 

───ヤ

 

 

 

 

『お前を倒すのは私だ!他の奴に負けるなよ!』

 

 

 

 

───ヤ、メ──

 

 

 

 

『………ありがとうございますわ、貴方のお陰で私も元気になれました』

 

 

 

 

───ヤ・メ・ロ

 

 

 

 

『これが嬉しいって感情なんか………よく分からへんけど、悪くないんやなぁ』

 

 

 

 

───ク・ル・ナ

 

 

 

 

『アンタ、随分と無茶苦茶ね。まぁ嫌いじゃないけど』

 

 

 

 

───ミ・セ・ル・ナ

 

 

 

 

『あら暇だからこの薬を試してみない?お礼はするわよ?』

 

 

 

 

───ダ・マ・レ

 

 

 

優しく浸透してくる少女たちとの思い出。一つ一つが薄れかけ、殺意へと淀んでいた青年の心を癒していく。

重なるように怨念たちの呪詛が膨れ上がる。けれど浄化されるような明るい光景が勝っていた。

 

 

『紅蓮』だった青年はその光に導かれるように手を伸ばす。力がなく、ゆっくりとした動作で。確実にその光に向かおうと。

 

 

しかし、

 

 

 

────戻れると思ってるのか?お前みたいな化け物が

 

 

怨念の一つが彼の腕を掴む。人の形となりその口から凍えるほどに冷たく、深淵のように深い呪詛を吐く。

 

『彼』は少しだけなら覚えている。彼を追い詰めたホムンクルスの一人、邪悪と名乗っていたダレカ。それが憎悪と怨嗟に満ちた表情で睨んできた。

 

 

 

────どれだけの命が犠牲になったと思っている。それでも戻ると?血に汚れたお前みたいな人形が

 

 

違う、そんな事は無いと叫ぶ。だが一人の声は同調する怨嗟に押し潰される。そして百、千の視線が一斉に向けられた。それらに滲んだ感情は敵意や憎しみばかりで……………少しで優しいものは存在しなかった。

 

 

 

────お前に出来ることは、精々争いを増やして、お仲間を殺す事くらいだ。それくらいなら俺たちの為に死ね、この怨念を世界に振るえ

 

 

そうだ、その通りだ。俺たちの代わりに、この世界を滅ぼせ。

 

無数の声は大洪水となり、一つの意思である『彼』を押し流そうとした。だが悪意の波に耐えきり、強く言葉を向けた。

 

 

俺はそんな事はしない。誰かが待ってるなら、俺はそこに進むんだ。使命ややるべき事だからじゃない、俺がしたいからだ!

 

 

 

 

────本当の自分も思い出せないような出来損ないがか?

 

その言葉が、嘲笑う声が、『彼』の意志を否定する。普通の人間ならただの戯れ言とも言えるそれは、『彼』の精神を揺るがせるに十分だった。

 

 

何故なら言葉の通り、彼は本当の自分を知らない。人として死んでホムンクルスに生まれ変わる前────普通の人としての自分を知らない。

 

 

言外に声は言う。お前みたいな出来損ないが、何の為に彼女たちの元に戻る?自分すら知らない奴が、何の為に生きるつもりだ?と。

 

 

 

膨れ上がった怨念たちが『彼』の身体を容赦なく呑み込む。今度はもう抵抗できないように、魂すら粉々に、自分達と一つにしようとしている。

 

 

もういいや、と自覚した。全身を達観とした感情が包み込み、何もかもどうでも良くなる。

 

 

こんな、こんな理不尽な世界、何もしたくない。あぁ、壊すべきなのか、守るべきなのか。何をすればいいのか分からない。

 

 

そう言って、意識は闇の中へと沈んでいく。より深くの光無き深層へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ダメだよ

 

 

 

突然、一つの声が暗闇の中で浸透する。『彼』は思わず目を開き、自分のいる場所を見渡す。

 

 

しかし誰もいない。一人もその存在を感じない、だが声は響いていた。

 

 

 

────君はこっち側じゃない。待ってる人たちがいるんでしょ

 

 

 

もう一つの声、さっきの声とは違う。突然の事に『彼』は困惑するしかなかった。だが一つだけ分かるとすれば………………この声は『彼』を心配している。利用する訳でもなく、ただ純粋に。

 

 

 

 

────私たちは、最初の『紅蓮』。でも、貴方はあの名前を名乗っては駄目。あの名前は、私たちだけで十分だから

 

 

 

 

 

 

────これは貴方の記憶、失われていた大切な思い出。でもその前に、貴方は本当の名前に伝えますわ

 

 

 

 

 

 

────貴方の真名は、灰瀬。この世界で生まれ、理不尽に殺された一人

 

 

 

直後、光が殺到し視界の全てが包まれる。意識が反転し、暗闇へと堕ちる。

 

 

そして彼は、消え去っていた自らの過去を知ることになる。その身と魂に、二度と忘れないように───強く、より深く。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百三話 立ち止まることなく

───数年前の死塾月閃女学館。

 

この時期、選抜メンバーである筈の雪泉たちはまだ月閃には在学しておらず、黒影の元で過ごしている。

 

そんな中、一人の青年が廊下を歩いていた。灰色という月閃の制服を着ているが、背中まで伸びた長髪も灰色という一般的には見られない特徴を持つ人物だ。

 

そんな彼は刀を背中の鞘に納め、退屈そうに欠伸をしていた。

 

 

「選抜メンバーね…………ま、なれたのは良かったかな」

 

彼は忍学生であり、今度の選抜メンバーに選ばれた有力者である。少女の比率が多い善忍養成機関の一つ、そしてエリートとしても名高い月閃の選抜になれたのは、名誉あることだろう。そしていずれは半蔵や黒影などと言った有名な忍びになりたいと────

 

 

 

 

────微塵にも思っていなかった。

寧ろ善忍と悪忍というものに矛盾すら感じていたのだ。互いに争い合い、無駄な殺生を行う存在。そうとしか評しようが無かった、故に彼は全てに興味を持とうとしない。意味がないと断じてるので、期待する事がないのだろう。

 

 

少し前に黒影という男がどんな人物だったかも知ったが、感想はありきたりなものだった。

 

つまらないな、と。

単直にそれだけ、それ以外の事を感じることが出来なかったのだ。同時にその事を心から気にするつもりがない。……………無気力、それが彼の生き様だった。

 

 

 

「うふふ、新入生の子ですか?」

 

そう、彼女に会うまでは。

凛々しい顔立ちでおっとりとした優しそうな女性。自分とは似てる灰色の制服を着ている事から先輩だとすぐに分かった。

 

だからこそ、灰瀬は問い掛ける。その片手に刀の柄を取りながら。

 

 

「………アンタが選抜筆頭だな?」

 

「えぇ、そうです。………何かありますか?」

 

「俺と勝負しろ、選抜筆頭の実力を知りたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「ごめんなさい、大丈夫?」

 

惨敗だった。善戦できたとか後少しで勝てたとかの話ではなく完全なボロ負け。

 

圧倒的な実力差に灰瀬は仰向けになっていた。何も言わず無言で青空を見つめている。始めてとも言える敗北なのに、何故か気分が落ち着いていた。

 

 

だからこそ起き上がるや否や、

 

「……………いえ、先輩。先程のご無礼を詫びます、申し訳ありませんでした」

 

目の前に女性に頭を下げた。自らの非礼を謝り、改めようと思ったのだ。昔からの彼をよく知る者なら目を疑い、夢だと確固たる意思で納得するだろう。

 

 

なんせ彼はそういう人物だったから。昔から、誰に勝とうが負けようが何も変わらない。そんな人間である彼の変化は、あまりにも衝撃的だろう。

 

 

「それと、どうか教授していただけないでしょうか?貴方の強さを、何故そこまで強いのか」

 

「いいですよ。けど、あまり堅苦しいのは大変なだけよ?」

 

あっさりと承諾され、「感謝します」と返す灰瀬。彼の変化の理由は─────認めたからだ。目の前の人には、何度挑んでも敵わない。ならその強さを知るのが当然だろう、そんな考えもあるが、純粋な尊敬もある。

 

 

「私は両姫、貴方の先輩になるわ。よろしくね、新入りくん♪」

「灰瀬です、御師事をお願いします───両姫先輩」

 

 

それが灰瀬にとっての転機だった。彼女、両姫の師事を受けて彼は忍としての腕を鍛える。それだけではなく、多くの事を教わった。

 

 

何もかもに無関心であった灰瀬の心が、少しずつ柔らかくなっていく。冷えきっていた氷が融解するように、生暖かいものへとなる。

 

 

強い忍になろう、と灰瀬は誓った。多くの人を救いたいという考えもある。だが何より、両姫を支えていきたいと思ったのだ。この人の元で、立派な忍になろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その実力が活かされる事はなかった。ある依頼の最中、両姫と共に灰瀬は任務を行っていた。妖魔の群れの討伐だ、普通なら簡単に終わる筈だったが、誤算が二つほどあった。

 

 

一つは、二人の悪忍と出会ったのだ。名を“雅緋”と“忌夢”と言っていた。善忍と悪忍は敵同士、両姫に止められなければ殺し合いをしていた可能性があったかもしれない。幸いだったのは、彼女たちも妖魔の群れを追っていたこと。

 

 

 

 

そして、もう一つの誤算は─────甘く見ていた。

 

 

現場に向かうと、無数の妖魔の亡骸が散乱していた。全ての個体が無慈悲に殺されていた、あまりにも圧倒的な力の差で。

 

倒したのは善忍でも悪忍でも、妖魔でもない。────もっと恐ろしい存在だった。

 

 

 

 

『────ヒトが、我の前に立つか。ククク、面白いぞ。この世界はまだ捨てたものではあるまいな』

 

亡骸の山の上でその男は興味深そうに笑っている。単身で妖魔の群れを殺戮してみせ、疲弊すらしない怪物。全身を布切れで包んでいる為、どんな姿かは分からなかった。

 

 

 

だが、この世界で最も強大な存在の一つだと言うのは確信する。もう一つの言い方では、神と呼ぶべきモノ。

 

 

『────だが、悲しいな。今のヒトは我には勝てぬ、それは必然なる理であり、忌むべき呪縛である。

 

 

 

 

 

貴様らに分かりやすく聞こう─────たった数人が全てを束ねる世界に敵うとでも思うか?』

 

 

怪物は自らを■■■と名乗っていた。

それが何なのか、記憶自体が失くなっている。思い出そうにも思い出せない、そこだけが謎の穴が開いていた。

 

 

そして、二人は殺された。一瞬で、まるで神の神罰を受けたかのような理不尽が二人を襲う。

 

両姫は下半身を消し飛ばされ、灰瀬は心臓を穿たれた。あまりにも容赦なく、慈悲すらない。二人は簡単のその命を奪われそうになっていたのだ。

 

 

 

『……………ぅ』

 

『───せ、ん……ぱ』

 

灰瀬は必死に手を伸ばした。この世で誰よりも敬愛し、誰よりも憧れた───一人の女性へ。しかしその手は後少しの所で届かない。

 

これ以上苦しめたくない。この地獄が夢ならば、幻ならば、今すぐに覚めてほしい。あの時の平和の光景が戻ってきてほしい。信じてはいなかった神様に願い、祈るしかなかった。

 

 

『…………ごめん、ね』

 

ピタリ、と動きを止める。

瀕死の両姫の口から溢れた言葉だった。もう助からない筈の彼女から漏れた言葉に、灰瀬は言葉が出ない。

 

 

 

『両備ちゃん、両奈ちゃん………置いて、いっちゃう…………ごめ、ん…………ね─────』

 

話に聞いてた家族への言葉。それが後悔に満ちた謝罪、彼女はそれだけ口にしていた。

 

 

そして────動かなくなった。魅力的な体は冷たくなり、文字通り正真正銘の死体となる。

 

両姫の死を目の前で見届けた灰瀬。彼は呆然としていたが、数秒後に我を取り戻す。

 

 

 

 

 

 

『あ、ぁあ…………あ゛あ゛あ゛ぁァァァァァアアぁぁぁぁぁぁぁあアアぁァぁぁぁぁぁッ!!!!』

 

喉の奥から、咆哮に近い絶叫が張り裂ける。死にかけの体を動かし両腕で地面を殴りつけた。血の滲む感覚があろうとそれを止めなかった、そんな惨めな事しか出来ない自分に嫌悪と義憤しかない。

 

 

許さない、殺してやる。

そう言った呪いにも近い断末魔をこの世界に刻み込む。無意味だと知りながらも、彼は憎悪の炎を煮え滾らせた。最後の最後まで全てに憎しみを抱きながら───灰瀬は死んだ。あまりにも呆気なく。

 

 

 

 

そして、彼の死体は回収された。例の組織───『混沌派閥』に。

 

両姫の死体は破損が激しかったことから放置されたが、灰瀬の死体は心臓に穴が開いた程度。それが明確な基準だったらしく、そのまま彼等の手に渡った。

 

 

何に…………何の為に使うかは、聞くまでもない。

 

 

 

『この肉体、やはり器に相応しいな。使いようは十分にある………丁度いい、カイルにでも預けよう。成長の手筈は取ってくれるだろう』

 

死体を素体としたホムンクルスへの新生。ただのホムンクルスではなく、怨楼血の器となる『紅蓮』に選ばれた。

 

 

そして、利用される為に生き返ってしまった彼は蛇女子にて目覚める。同じように、王に利用されている男の配下として。

 

 

 

 

 

 

 

────それが彼の真実。ホムンクルスとして生まれ変わる前の話。

 

 

真っ暗闇の空間の中で彼は黙っていた。何を言えば良いのか分からない、言葉に詰まっていたのだ。

 

かつての自分の在り方、それが悲しくも儚いもの。自分自身のものである過去が、彼の胸に突き刺さる。

 

 

 

 

「…………尚更、駄目じゃないか」

 

しかし彼は進めない。後一歩でも動けば元の世界に戻れる。彼にはそのチャンスがある────だが、そう簡単に出来るものではない。

 

 

 

「一度死んだ俺に、チャンスがあるなんて。そんなの………理不尽すぎる、他の皆も────もっと生きたかっただろうに」

 

彼は、優しかった。

自分以外の者を優先してしまうほどに、その心は他者に善意を向けている。

 

 

だからこそ、なのだろう。

明らかに躊躇する。正しいとされる事実が揺らいでしまう。どれだけそれに問題が無かったとしても、善意のある彼の心がそれを締め付ける。

 

 

自由に動くのを許さない軛のように強く、深く。前に進むことを封じていた、自分自身が。

 

 

 

 

 

 

「────やれやれ、そんな事を気にしてるのか?君は」

 

心底呆れたような声が投げ掛けられる。

声の主は案外近くに立っていた。顔半分に刺青を入れた少年。

 

 

彼は知らないが、修羅と名乗っていたホムンクルス。焔のクローンのような存在で、全てに怒り、全てを憎悪のままに滅ぼすと叫んでいた人物だった。

 

彼の告げた言葉は怒りに満ちたものではない。寧ろ、それとは真逆とも言える言葉だった。

 

 

「正直言うと、ホムンクルスたちの多くは君の事を恨んだりも妬んだりもしてないよ。これは僕たちの総意だ」

 

「…………」

 

「むしろ君は自分の手で自由を得た、僕たちに出来ない事を為して見せた。だったら幸せになるチャンスはあるはずさ─────まぁ焔の為にも、君はいないと駄目だからね」

 

 

最後に付け足し、彼は軽く激励する。その顔は晴れやかで憑き物が落ちたようにやんわりとしていた。肩を小さく押され背後を見るが、少年はこの場からいなくなっている。

 

 

 

代わりに、今度は少女が立っていた。自分よりも年下であると思われる。

 

彼女は、望と名乗っていたホムンクルス。ある忍の少女の妹だったが、その遺体から造られた存在。

 

 

「私たちは何も叶えられずに死んじゃった。だけどお兄さんまでが気負ったりして苦しんだりしないでね?」

 

「…………」

 

「皆が皆、この世界を恨んでる訳じゃない。希望を託したいと思ってるから、私たちは貴方に話に来たんだよ」

 

 

儚げに言う少女は小さく笑う。彼が何かを言おうとした直後、いつの間にか消えていた。空間そのものからかき消えたように。

 

 

そして、灰瀬の目の前にもう一人が現れる。言葉を失ったというよりは、声が出なくなったようだった。固まる彼の前にいたのは、

 

 

「両姫………先輩」

 

口にした自分の声帯が震えている。目の前の女性は、自分が何よりも憧れ、支えたいと思っていた人。そして目の前で殺され─────憎悪を抱きながら死んだ彼は『紅蓮』へと選ばれた。

 

 

きっと彼女は望まなかったであろう、きっと彼女は許さないだろう。

 

どんな風に罵られるか分からない、灰瀬は何を言われてもいいように拳を握り締める。皮膚に爪が食い込み、血が溢れようと。

 

 

 

「私はもう死にました。あの日、忍として───両姫として」

「………っ」

 

彼女の言葉に彼は悔やむように俯く。自分だけが生き残ってしまった罪悪感に支配されていた彼に、両姫は頭に手を添えた。

 

何を………と言おうとして言葉が出ない灰瀬に、両姫は微笑んだ。それは、彼が守りたいと思っていた慈愛に満ちた優しい笑みだった。

 

 

 

「でも、だからと言って…………私たちの事ばかり気にしないでね?貴方は今生きてるんだから、皆を助けてあげないと」

 

「…………はい」

 

灰瀬は短く、そして強く頷いた。弱りきっていた彼の心に温かさが戻ったような感じだった。

 

 

灰瀬はゆっくりと立ち上がる。一点を見据える。全く見えない暗闇の向こうを見つめていた。

 

やるべき事を為す、その覚悟が身に染みてくる。

 

 

「一つだけあるとすれば─────両奈ちゃんと両備ちゃんに伝えくれる?………“無茶をしないで、二人で頑張ってね”って」

 

それだけで、女性の姿が消失した。この空間の何処かへ溶け込んだのだろう。沈黙の間、灰瀬は背を向けて進み始める。

 

 

灰瀬は一歩進む。この暗闇の中を、確実に進んでいく。その歩みに迷いはなく、その瞳に躊躇はない。

 

自分の背中を押してくれた人たち。死んでしまった彼等に、彼は言葉を残す。後ろを見ず、それでも誠意を込めた言葉を。

 

 

「────ありがとう、皆。こんな俺を支えてくれて。

 

 

 

 

 

 

今から戻ります、大切な皆の所へ」

 

踏み込めなかった筈の一歩を、彼は続ける。怨嗟や呪いの言葉により縛られていた彼の優しい心は、祝福と激励の言葉によって解き放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

【……………──?】

 

怨念の塊が、それらから生み出された何かが声を漏らす。しかし言葉になっていない、理解が出来ない言語だが、彼は気にしない。

 

 

 

「終わりだ、『怨楼血』」

 

彼は見据える。自分を苦しめ、世界を引き裂こうとする妖魔を。自分たちの負の感情により目覚め、より多くの命を奪おうとする災厄に。

 

 

 

「死者が抱くのは怨みだけじゃない、残された者たちへの心配、希望があるんだ。皆が皆、心の底から祈ってる。怨念なんてもので皆の気持ちを書き換えるなよ」

 

【──!───────!!】

 

 

鋭い怒声が身体を引き裂く。黙れ、お前に何が分かると叫んだのだろう。凄まじい力が彼の精神を蝕み、今度こそ飲み込もうとする。

 

 

しかし、彼は折れない。二度とそんな事はありえない。近くにあった刀を手に取り、炎を纏わせる。灰瀬は退かない、決して。

 

 

「俺は!お前を否定するつもりはない!お前たちの怨念は間違いじゃない!」

 

【!!】

 

「でもそれだけを見ないでくれ!皆の心が、何かを憎むだけだと決めつけないでくれよ!人を思いやり優しいものがあるって事を信じてくれ!!」

 

 

炎の剣で『怨楼血』を貫く。刀に帯びていた炎が、それらを大きく包み込んだ。焼き尽くすのではなく、優しく覆っていく。

 

 

 

炎が消えたと思えば、一人の女性が立っていた。知らない人物、だが紅蓮は本能的に理解する。

 

 

 

 

彼女は『怨楼血』だ。妖魔だが、人の姿をしているのには何か意味があるのかもしれない。

 

どうしようもないという笑みを浮かべ、女性の身体が黒の粒子へと変わる。その粒子は空に消えることなく、灰瀬の胸へと包まれる。

 

 

倒したのか?そう思う灰瀬は、誰かの声を聞いた気がした。

 

 

なら見守るよ、お前の言う優しさを、と。

 

 

 

 

 

 

 

『─────ここまで来たのね……………おめでとう、貴方は乗り越えられた。私たちとは違う、もう一つの道筋を』

 

白いワンピースを着た五人の少女たち。その一人、最年長と思われる女性が静かに呟く。慈愛に満ちた彼女の声に、他の少女たちも同じように頷く。

 

 

 

『─────私たちはやっと解放される、この永遠の呪いから。無意味な怨嗟の呪縛から』

 

 

彼女たちは今までの『紅蓮』、妖魔を覚醒させる為の器だった者たち。死ぬことも出来ず、魂すら束縛されていた彼女たちは、彼の手で自由になった。

 

 

 

 

『─────でも、まだ終わりじゃない。この世界を襲う脅威は消えた訳じゃない。私たちをこんな風にした、あの男も。まだおぞましい事を企んでいる』

 

 

彼女たちは知っていた。自分達『紅蓮』を造った存在が、その者たちが簡単に引き下がることはないと。いずれはまた行動を起こすだろう、多くの人々を犠牲にしてでも。

 

 

そしていずれは、世界が滅びるまでの窮地が起こるのをよく知ってる。彼女たちはその為に産み出され、殺されたのだか。

 

 

 

『─────だったら、その時は私たちが守ろう。私たちが産まれたこの世界を、私たちが認めた彼等たちを』

 

 

 

聞いてはいないであろう青年に言葉を向ける。それでもいいのかもしれない、少女たちは落ち着いていた。

 

 

 

 

一人の少女が代表するように告げる。全員の総意を。

 

 

 

『─────その時まで私たちは見守ってるよ、灰瀬さん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャァァァァァァァァァァァアアァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!?」

 

『紅蓮』の絶叫が空を引き裂く。女性の声と怪物の声、二つが混じり合い不協和音のような咆哮へと化している。黒渦から伸びた無数の竜が天へと振るわれ、何かを引き裂こうと暴れまわる。

 

 

 

そんな『紅蓮』の身体が崩れ始めた。黒い泥のような瘴気は四散し始め、白い光の粒子へと変わる。ピキピキ、と巨大な怪物の肉体にヒビが入っていく。悲鳴を次第に収まっていき、

 

 

 

 

ガシャン、と。

小さい音が、ガラスの割れるような音ともに怪物は消失した。世界すら揺るがしかねない災厄が、簡単に終わりを迎えた。その事実に呆然とする二人は更に目を疑う。代わりに、『紅蓮』のいたその中心に誰かが立っていたのだ。

 

 

 

 

「─────ただいま、今戻ったよ」

 

灰色の髪をなびかせた一人の青年。その顔は優しい笑みが浮かんでいる。彼は闇から光へとなった世界を闊歩し、焔の前に立つ。

 

 

 

「ぐ、れん?」

 

「いや、違うさ」

 

優しい否定の言葉だった。

自らが名乗り続けていた呪いの名を捨てるという意思表示。そして、

 

 

 

「灰瀬だ、焔。俺の事はこれからそう呼んでくれ」

 

彼は最早、『紅蓮』には縛られない。そんな楔すらもう克服した。様々な人々に背中を押され、一人の青年は新しい一歩を歩み始めた、あまりにも残酷で─────あまりにも美しい世界に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百四話 終わり───

『紅蓮』…………灰瀬の確保失敗、『惨禍の剣(カラミティソード)』の二人が死亡。複数のホムンクルスも同様に死傷している。

 

 

凄惨な結果となったアルトたちは、【混沌派閥】はすぐにも撤退をした。蜘蛛の子を散らすように姿を消し、鈴音と大道寺たちが追跡を行う。

 

 

そして、戦いを終えた彼等はというと───

 

 

 

 

「─────って訳で、これからは俺の事を灰瀬って呼んで」

 

「「「「「「どういうこと?」」」」」」

 

唐突の紅蓮────いや、灰瀬の発言に疑問を浮かべるしかなかった。まぁ突然そんな事を言い出したら混乱するのは当然だろう。けれど灰瀬はそんな事気にしてすらない。

 

 

「ぐれ………灰瀬!あんな風に暴れなんてな、お前ももう少し強くなるべきじゃないのか?」

 

「焔、ありがとうな。そんなに心配してくれて嬉しいよ」

 

「~~~ッ!ち、違う!そんな訳で言ったんじゃ───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ふん」

 

端から微笑ましい光景を見ていたキラは静かに鼻を鳴らす。不愉快という様子ではなく、むしろ穏やかそうな表情だった。

 

 

彼はその景色に入ろうとするつもりはない。闇に浸る自らには似合わないとでも言いたいのであろう、そんなキラの隣に穏和な青年が寄り掛かる。

 

「自分は幸せになるつもりはない、そう言うおつもりですか?」

「…………、」

 

ヘルという、新しい焔紅蓮隊のメンバーを無言で見据える。キラは彼の事をよく知らない所か初対面だ。何を言ってると不審者を見るような目ではなく、何が言いたいという疑心に満ちた感情。

 

 

 

「貴方にどんな過去があるかは知りませんが………誰かに与えられたもの、満足に生きなければ意味がありませんよ」

「…………お互い様だな。貴様も人の事が言えるタチか?」

「失礼、言葉が過ぎましたね」

 

それだけ言うとヘルはスタスタと皆の元に向かう。その歩みに迷いはない、堂々とした立ち姿で少女たちの場所にいる。

 

 

 

その在り方が羨ましい、率直にそう思った。

最強と呼ばれていたキラ、仲間を手にしたと言っても彼はまだこの場から進めずにいる。

 

 

かつて、自分を助けて死んだ母親。この闇の中にいると母親に包まれていると思わされた。踏み込もうとしたが、その時直感として身体に吹き荒れる。

 

 

 

 

────ここから進めば、お前は一生後悔すると。

 

忠告と言うよりは不鮮明すぎる。今までの経験で培われた感覚による予言なのだろうか?

 

何が起こるか分からない、故に彼は進むことが出来ない。単に彼は怯えているのだ。何かを失う程度は恐れはしない、それが仲間たちだというのを。

 

 

 

キラは奥歯を強く噛み、ギチリと鳴らす。フッと力を抜き、彼は諦めたように笑った。

 

 

 

「馬鹿みたいだな」

 

そう言ったキラは、壁に背を預ける。決して、皆の元に近づこうとはしなかった。彼は一人で空を見上げていた。何故なのかは、本人にも分からないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの戦い、『紅蓮』との戦いは五分を過ぎていた。それなのに凶彗星の衛星兵器 『飛翔する星帯(グラン・メサイア)』による超火力砲撃が行われる様子がない。

 

候補生メンバーであるラストーチカは生徒たちの安否を気にしない。彼は世界を救うためなら何人の犠牲も許容する。それが何よりの信条、故に躊躇いなく撃つことだろう。

 

 

 

 

『────貴方の説得で無ければまとめて消し飛ばしてましたが、何故止めたのです?』

 

「現に終わっただろ、あいつらだって強いんだ。俺たちの力は必要ない」

 

離れた街中でユウヤは電話の相手 ラストーチカにそう告げていた。しかし大勢を優先する少年が簡単に引き下がる事は有り得ないだろう。

 

 

正規メンバーの言葉はそれほどの権限があり、候補生のリーダーであろうと簡単に押し返せるものではない。だからこそ、諦めたラストーチカは衛星の発射を送らせた。その間に、激しい抗争は終わりを迎えていた。

 

『後処理はどうします?我々がするのですか?』

 

「いや、俺たちはバックアップだ。頭の固い議員たちはそれぐらいしか受けないだろ。まぁ善忍の上層部よりかはマシだがな」

 

『………前々から思ってたんですが、何故彼等は利益ばかりを優先するんでしょう?平和の為ならともかく、人々よりも大切なものはあります?』

 

「そんな奴等なんだよ、ドイツもコイツも他人を利用して腹を膨らませる事しか脳の無い連中。例外はいたとしても、他がそんなんだから────他から見ても悪い印象しかないって訳だ」

 

 

話はそれで終わり、ユウヤは通話を切った。携帯電話をポケットに仕舞うと、ひょっこりと小人が姿を現した。

 

 

ポケットと言っても携帯の入れたズボンではなく、ジャケットの胸元にある方のだ。そこに潜んでいたと言うか休んでいた小人─────ゼールスは不思議と言わんばかり様子で、

 

 

「なんだなんだ、蛇女子での騒動はもう終わったのか?あまりにも呆気なかったな」

「そうは言えない、なんせ他とは違う妖魔が覚醒しかけたそうだ。まぁ、確かに問題なく沈静化したけどな」

 

ユウヤがこの街にいる理由、蛇女子での騒動のバックアップの為だ。もしラストーチカたちによる掃討が失敗した場合の保険、その為に付近に配置されていたに過ぎない。

 

まぁ自身の意思で来たのだから、組織の考えは絡んではない。無益な殺戮は、彼が最も望まないから。

 

 

 

「…………」

 

ポケットの中でゼールスは顔をしかめていた。嫌なものを見たというよりも、思考に明け暮れているのに近い。何か悩んでるのかと思ったユウヤは直接聞いてみた。

 

 

「どうした?何か不満でもあるのか?」

 

「おかしいと思わないか」

 

統括者は即答する。

キッパリと言い切ったゼールスにユウヤは顔色を変え、真剣に耳を傾けた。端的で冷徹な声音で彼は続ける。自らの知識を用いた、彼ならではの持論を。

 

 

「あんなに大きく暴れ回ってた癖に簡単に逃げ出すと思うか?何ならその妖魔の器を奪い返せば良いだろう、それをしなかったのは何故だ?

 

 

 

 

論点をずらそう。奴等の目的は本当に妖魔の覚醒か?こんなにも雑で、あっさりとしたものがか?」

 

ヒュウ、と空気が掠れる音。

それが自分の喉から出たものだとユウヤは感じ取りながらも、ゼールスの言葉を脳にまとめ上げる。

 

少し間を空け、続けた。

 

「わざわざこんなに大きな戦いをしたという事に意味がある。隠密に器を手に入れ、隠れて覚醒させれば良いものを、奴等はそれをしなかった。まるで騒動を大きく見せたい…………そう思っての事ではあるまいか?」

 

 

勿体振らず彼は淡々と結論を告げる。遠くの戦場で、ようやく終わった戦い、その理由を。

 

 

 

「成功しようが失敗しようが関係ない。今までのは序盤、始まりに過ぎない。奴等は『目的』を既に達成してる、だからこその撤退なのだ」

 

 

ビキッ! とユウヤは頭に響く鈍痛に顔を歪める。何故だか分からないが、その痛みを簡単に受け入れていた。

 

 

懐かしい感覚、あの日───あの地獄の時を思い出す。家族も故郷も平和も、何もかもを奪われたあの日。突然それが脳裏に浮かんだ事を不思議に思いながらも、ユウヤは空を見上げて、

 

 

 

 

 

「………?」

 

更に顔をしかめた。あるのは真っ暗な夜空だが、何かおかしい。普通なら気づけないような変化に今日は気づくことが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【警告】これより先は何が起こるか分かりません

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【警告】これより先───オこるか、分かりません

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【警ェこク】こ、オ/リ───ん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【降臨】─────虚無(ゼロ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後、世界がブレた。

そもそも理解できるか分からないが、確かに歪んだのだ。起こったのは時空そのものを揺るがしかねない現象。並行世界との時間は数秒程度だが、明らかにズレていた。

 

 

 

巨大な余波がユウヤとゼールスの体を冷気のようにつんざいてくる。ズン!! という圧迫感が彼等の心臓にのし掛かった。

 

 

街中の人々は気づいてはな────いや、数人程倒れている。周りが慌てふためき、救急車を呼ぼうと必死になっている様子が見えた。

 

 

一般人でも感じられる気配。これは普通ではない、蛇女子の付近から感じられるオーラが、こんなに離れている街にまで被害を被っている。

 

 

 

「ッ!ゼールス!!」

「…………なるほど、全ては前座。一時的に世界を分離し、強度を上昇させたか。まさかあの戦いが舞台装置を作り上げていたとはなぁ」

 

何を、とユウヤは聞くつもりはない。ゼールスの知識は叡知とも言える情報、真実かを疑うつもりは更々なないのだ。

 

 

そして同じように、理解してる。自分達よりも格上、次元の違う存在。それが何をもたらすか、自分が何をするべきかを。

 

 

「ユウヤ、早くあの学園に向かうぞ。いや、簡単に入れるとは思わんが、出来るだけ努力しろ。

 

 

 

 

 

 

 

さもなくば、あの場にいる者たちは死ぬぞ!!」

 

かつて、聖杯を用いて全てを支配しようとした、統括者。弱体化しても尚、彼は超常の力を理解している。

 

 

 

だからこそ、なのだろう。

超常に近づいた存在が出す本気の忠告は普通の危険では表せない。それはどうしようもない、天災の証明であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………これは」

 

空を見上げていたキラはすぐに違和感に気づいた。辺りの色が黒に染まった。何の光も見えない、互いの姿は分かるというのに。

 

 

次第に皆がそれを理解していく。不安そうな反応を取る者も少なくない。それどころか、大抵の者が困惑していた。

 

 

やっと終わったと思いきや、突然の事。

これに何も感じるなというの方がおかしい。キラはため息を吐きながら周りを見渡すが、やはり自分達以外何も見えない。

 

 

 

「皆、無事か?何が起こって─────」

 

 

 

 

カツン、カツン、と響き渡る。

暗闇の中から誰かが歩いてきていた。咄嗟に全員が身構える。

 

それでも、姿は見えない。音だけが暗闇に反響して聞こえてくる。タチの悪い嫌がらせかという感情は、すぐに消失した。

 

 

 

 

 

「─────《緑》の咲人、《青》の覇黒。計画が挫折するのは構わないが、我が同胞二人が退いた。その事実に驚いた、故に興味が沸いた」

 

 

声は空間に響き渡る。それほど大きくも高くもない、呟きのような声。しかしそれを聞いた少女たちは、平静ではいられなかった。仕方ないだろう、

 

 

 

彼女たちは自然と感じていた、その声から発せられる………並々ならぬ重圧。何十倍の引力に押し潰されそうな錯覚なのだから。

 

 

 

「な、何これ………?」

「ひっ、ひっ!?」

 

ライフルを構えていた両備は自らの身体の震えを知る。近くにいた未来はガタガタと身震いする。何故彼女たちが先なのか、足音がした方に僅かに近かったからだ。

 

 

人として、生物としての恐怖。

 

 

 

「やはり人間だからと下すには少し情報不足だ。この世界は、俺が知る理とは外れているのだからな」

 

 

「………これは、不味いわね」

「う、うーん。両奈ちゃんも駄目かも………」

「……………無理、です。こんなの、相手にする、なんて」

「どうすれば───どうすれば!?」

 

蛇に睨まれた蛙、この言葉は御存じだろう。強い存在に恐怖し立ち尽くすという意味。

 

 

この現状を評するには、言葉足らずだ。今見られてるのは蛇ではなく、竜と変えた方が相応しい。

 

 

 

「─────くだらない、くだらない、くだらない。やはり、進化はあるべきではない。やはり、世界は肝心なところを間違えている。

 

 

 

 

 

 

 

まぁだからこそ愉快、ある程度の期待は出来るのがな」

 

「そ、そんな────!?」

 

「─────この声………まさかッ!」

 

忌夢は怯えたように後退り、灰瀬は呻きながら頭を抱える。

脳髄を引き裂くような痛みが彼を襲う。その理由は少しだけは分かる。

 

 

 

 

この声は知っている、この恐怖は覚えている。忘れはしない、忘れられる訳がない。何故なら、この身に味わったものだから─────一度、死ぬことで。

 

 

 

 

 

「落ち着くんだ二人とも!何がどうした?何を言ってるんだ!?」

 

 

戸惑いながらも、忌夢と灰瀬の心配をする雅緋。彼女の顔からも冷や汗が止まらなかったが、仲間たちの様子が平常に保ったのだろう。

 

 

そして焔とキラの二人は全員の前に歩み出る。守るように自分の武器を構えるが、

 

 

 

「なんだ、この力は─────あの時の聖杯とは比べ物にならんぞ、コイツは」

 

ボソリと呟くキラが一歩退いた。本人もそれを自覚し、強く歯噛みしている。

 

最強と自他共に称されていた彼が恐怖した。それ事態が異常、目の前で起こっている事が尋常ではない事を証明している。

 

 

 

 

 

 

「───────ほう、何だ」

 

ギン!! と重圧が増した。さっきまでの呟きとは違い、明確に他者へと向けられた言葉。

 

正しくは、雅緋に忌夢、そして灰瀬の三人のみだが。例え視界に入ってなくても畏縮して当然だ。

 

 

 

「懐かしい声がしたと思ったら……………貴様たち、確か……………雅緋に忌夢、だったか?まさか生きていたとは、非常に感心するぞ。そして灰瀬、貴様はあの時死んでいたが、甦ったのか?」

 

 

「なッ…………にィ!?」

 

どんどんと痛みが増す頭を押さえ込み、灰瀬は疑問を抱いた。あの時、確かにそう言った。聞き間違いではない、確実に。

 

だとすると、今この場にいる『それ』は────

 

 

 

 

 

 

「お前は────誰だ!?何者なんだ!!」

 

ようやく、焔は叫び声をあげることが出来た。それに応えるように暗闇が一気に消失する。薄暗い空間、テニスコートを優に越える大きさだが、こんな場所を彼等は知らない。

 

 

 

 

一方で。

その場所の中で祭壇とも言える高台の上に、『それ』は立っていた。反応するのも億劫という様子で、『それ』は彼等に眼を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───む?俺を知らないのか?咲人たちから話は聞いてるとは思っていたが……………まぁ生真面目なアイツのことだ。俺の事を口にせずにいるとは思っていたが」

 

 

そこにいたのは、黒髪の青年。かつて出会った傭兵の青年、天星 ユウヤとそっくりと言えるくらいに似通った顔に声。双子とは称せるが、同じようなモノとは思えない。

 

恐怖があるか否か、絶望があるか否か。それだけの差だった。他に言うと所々に黒いアザというか影が浮かび、数百年前の欧米の王族が纏うような高貴な服の隙間から禍々しい腕が剥き出しになっている。

 

 

光と闇、聖と邪、相反する矛盾。かつてあの街で降臨した聖なる杯、それと瓜二つに思わせてくる。

 

無理もない、目の前の『それ』は大いに関係してる存在。むしろ元凶などと言ってもおかしくないのだから。

 

 

 

「まぁ、仕方もあるまい。知らぬ者がいるなら知らしめるのが道理。耐え難い恐怖と我が真名を、身体の髄にまで刻む事が出来る名誉────光栄に思え」

 

 

自分への恐怖が当たり前のように、人が神に平伏するしかないように、『それ』は両手を広げる。引き締まりながらも柔な肌色の神手、この世の災厄の塊とも言えるほど禍々しく揺らめく魔手。

 

 

相反する二つの力を内包する『それ』は一歩だけ進む。それだけで世界にヒビが入り、ビルのガラス全てが粉砕するような轟音が炸裂した。しかしもう一歩踏み込む時には元の光景に切り替わっている。

 

 

 

「我は『禍の王』を束ねる者、『四元属性』の長、あらゆる理を廃する者」

 

 

名乗りだった。

自らの正体を明かす言葉、しかしあまりにも重くあまりにもおぞましい。

 

生身の人間なら恐怖故に自ら命を絶ちかねない。忍や異能使いである彼等は耐えきれるが、目の前にいるのはそういう次元の存在なのだ。

 

そして、『それ』は告げる。ぬるま湯の平和に浸っていた世界に証明するように。

 

 

 

 

本来なら彼等が知り得る筈がなかった─────『聖杯』に、この世界の創造に起因するモノ。

 

 

 

 

「我が属性、我が名は『虚なる無 (ゼロ)』。世界のはぐれ者たちを集め、この世界を無に還す王────真なる『超越者』である」

 

 

絶望が、降り立つ。

どうしようもなく圧倒的な存在。かつて封印された十二体の超次元生命体、その一柱が。




ゼロ(なんか戦ってるな…………楽しそうだし、行ってみるか)

みたいな感覚で来たラスボス。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百五話 降臨するは超越

本気で書く量が多すぎ…………しかも大変な時期だからなぁ。


かつて、『超越者』と呼ばれる存在たちがいた。

 

全能たる『聖杯』から彼等が生み出されたのは文献などに記されてるより前の時代。ある者たちからは全ての記憶に載っていない─────仮説では抹消されたとされる《隔絶時代》と呼ばれる時期に。

 

 

 

 

『超越者』は世界を、そこで生きる人類を守り続ける。

 

三人の賢者たちは生み出された彼等をそのように定義した。強大な力を、脆弱である彼等に振るわれないように。圧倒的な力で、僅かな命の彼等の生き方を守れるように。

 

 

 

 

例え、それがどんな形になろうとも。それが世界を無に変えるというものになってしまったとしても。誰にも止めることは出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『超越者』、だと?」

 

 

呆然とキラは呟いていた。

『超越者』、その言葉を知る者はこの場にはいない。少なくとも、この場にはだが。

 

 

しかし、自らをそう称した存在は困ったような顔をする。しかし深刻という訳ではなく、通ろうとしていた道に虫がいた程度のものでしかない。

 

 

「…………どうやら貴様たちの様子からして知らんようだな。あの時代の知識が届いてないという訳か?やれやれ、困ったものだ」

 

 

独りでに納得する『超越者』。自分以外の存在を視野に入れていても危険視すらしてない。その気になれば大したことでもないと評した様子だった。

 

 

「さて、俺としては貴様らを殺さなければならないが…………どうするべきか、それではつまらん。あまりにもあっさりとし過ぎているしなぁ」

 

なんだコイツは、とキラは呟いていた。呆然と口にしたもので自分でもよく分かってはいない。

 

 

 

「そうだ、貴様らに俺を殺すチャンスをやろう。俺さえ殺せば【禍の王】は壊滅、残る敵は『混沌の王』のみだぞ?実に楽とは思わないか……………俺を殺せるならの話だが、それもそれで一興」

 

軽々とゼロはそう提案した。自らの額を指で小突き、殺して見せろと言うように。

 

 

しかし誰も動けない。武器を振るえば倒せるかもしれないのに、その少しが動かすことが出来ない。そうしてしまえば明確に此方が殺されると本能が判断してしまったのだ。

 

 

何とか僅かに体を動かせた焔はゼロを見上げる。挑戦的な笑みを浮かべ、軽口を叩こうとした。

 

 

「…………余裕、だな。自分が負けないとでも、言いたいそうな───」

「お前たち人間が本気を出して相手されるほど強い種だとでも?」

 

そこだけは平坦な声音で告げていた。たったそれだけの言葉で震え上がらせるような威圧があったのではなく、純粋に何も感じられなかったのだ。

 

「俺は『超越者』、お前たちは俺を殺せない。感情的なものもあるが、物理的にも不可能だ。俺と戦った奴等も、傷はつけられても追い込む者はいなかった」

「…………」

「試してみるか?それでも構わんが、恐怖があるなら退いた方が懸命だぞ─────

 

 

 

 

 

あの時殺した両姫と同じ末路を辿りたくなければなぁ?」

 

挑発ではない、本気の心配というか憐憫だった。自分の力では殺してしまうといった強者としての余裕。それは彼からしたら絶対の自信なのだろう。

 

 

 

しかし、彼女の名前を出すのは間違いだった。彼女をどうしたかを明かすのは失敗だった。

 

 

 

少なくとも、彼女をよく知る者たちがいるこの場では。

 

 

 

「どういう、ことよ」

「両備?」

 

ポツリと両備は呟いていた。キラや焔の前へと進み出し、ゼロに激しい敵意を向ける。

 

不思議に思って、灰瀬はすぐに理由に気づいた。確か両姫は妹がいたと。その二人の名前は、両奈と両備と言っていたではないか?

 

 

 

「何で、アンタが、お姉ちゃんの、ことを…………いや、殺したのか!私たちのお姉ちゃんを!!」

 

「─────ハッ」

 

手で顔を覆い、短く呟く。肩が震え始めていた。嫌な予感を感じ取ったいたが、直後ゼロは大声をあげて笑う。いや、普通の嗤い声ではなかったのだ。

 

 

 

「はははははははははははははハハハハハハハハハハハハハハハ!!!これはっ、これはいいッ!!まさかあの女の知り合いに会えるとはなぁ!?実に愉快、笑いが止まらんよ!世界は本当に…………何処まで歪んでいるのだ!!?」

 

その声音には様々な感情があった。呆れに達観────そして、怒り。耐え難い感情が爆弾のように増幅していたのがよく分かる。

 

 

だが彼はその感情を抑え込んだ。何故そうする必要があったのかは理解できない。しかし同時にもう一つの感情を仮面のように張り付ける。

 

 

 

ニタァと、その顔が引き裂かれた。楽しそうな、子供が虫を殺す時のような無邪気かつ異常な笑みが。そして歌うように話す。最愛の家族をこの手で奪ったという事実を、その遺族に向けて。

 

 

「そう!確かに殺したなぁ!殺したよ俺の手で!下半身を消し飛ばしてやったから助からないのも当然か!まぁ仕方あるまい──────忍とは死ノ美なのだろう?ならそれも本望ではないのかなあ!!?」

 

「……………まれ」

 

小さな呟きが聞こえていなかったかもしれない。聞こえていたとしても無視してただろう。

 

 

 

 

「黙れ!!お前が、お前がお姉ちゃんを殺したんだ!そのお前が!お姉ちゃんの死を語るなぁ!!!」

 

大切な家族を奪われた両備は怒りを胸に抱きただひたすら叫んだ。目の前の相手は姉を殺しただけではなく、軽々と馬鹿にまでしている。

 

 

そんな奴を許せるか、いや絶対に許すなど有り得ない。例え殺されようが相討ちは果たしてやる。体の奥深くから煮えたぎる憎悪に身を焦がす両備だったが、

 

 

 

 

 

フッ、とゼロの顔からあらゆる感情が消えた。見ただけで人の心臓を撃ち抜きかねない目つきで両備を見据え、心の底から嘲るように言葉を吐き捨てる。

 

 

「死を語るな?随分な物言いだな、貴様に語る資格があると?姉の願い通りに生きなかった貴様が?」

「っ」

「貴様の姉は、貴様たちに幸せに生きて欲しかったのではないか?その為に忍となって戦ったのだろうに………

 

 

 

だが、貴様は忍になった。姉の望みを踏みにじった癖に、何が語るな、だ!?笑わせるな!貴様こそが侮辱したのだろう!最愛の姉の死を!!」

 

 

「黙れぇぇぇぇぇぇェェェェェェェェェェ!!!!」

 

直後、一発の銃声が木霊する。怒りに呑まれた両備が、止められる前にライフルの引き金を容赦なく放っていた。

 

 

 

ズドンッ!!

止まることなく進み続ける弾は、受け入れるように両手を広げるゼロの頭部を貫いた。眉間に、ポッカリと穴を開けて、勢いに任せ首が真後ろへと弾かれる。

 

 

 

 

 

 

 

この場が沈黙する。どんなに小さな音が数秒の間、何一つもしなかった。不気味な静寂に、誰も口を開くことができなかった。

 

 

 

しかし、

 

 

「……………………ふ」

 

何処かから声がした。そこで、灰瀬はあることに気づく。頭を撃たれたゼロ、彼はピクリとも動かない。死んでいるのだから当然、などという言葉では説明できない。

 

 

 

 

そう、倒れてないのだ。首が後ろに向いたまま、立ち尽くしていた。全員がその違和感を理解しようとしたその時、ギチ!と全身が動いた。

 

 

 

「ふはっ!ふはははははははははははははははははははははははは!!!殺したと思ったか!?殺せたと期待したか!?残念だったなぁ!無理なのだよ、無謀なのだよ!!可能性なんぞ一ミリもない!さて、そんな貴様に言葉を送ろう。

 

 

 

 

 

たかが一人で、世界を殺せると思うか。それは愚か、人間には到底不可能だぞ?」

 

大した傷など負ってなかった。むしろ痛みすら感じてないようにゼロは軽々としている。余裕という感情を隠そうともせず、

 

 

「しかし、人の頭をぶち抜くとはな。少々俺の目に余る。俺も今の時代の日本の言葉を齧っているからな、似たような返しは知ってるぞ」

 

 

ずぶ、ずぶずぶと。

ゼロの片腕───禍々しい塊が膨れ上がった。その形状を形ある物へと変えていく。細く伸びた棒らしきものを両備へと向け、

 

 

 

「───目には目を、歯には歯を。一発には一発、だな」

 

嘲笑う、とは違う。機械のような無機質な顔で、彼は興味深そうに告げた。

 

 

 

バンッ!!

 

銃声にも似た音が鳴り響く。すぐに鉄の臭いと液体が地面に滴っていた。誰もが追いつかなかった、魔手から放たれた弾丸は容赦なく両備の頭を撃ち抜いて─────

 

 

 

 

 

────いなかった。奇跡的にも。

 

 

「…………くッ!」

 

両備の前に飛び出したキラが、顔を押さえる。横から両備を掴み寄せたキラは弾丸を片目に受けた。生々しく溢れる血に、近くにいた両備が言葉を失っていた。

 

 

しかしキラは片目を軽く覆う。それだけで湧き出した闇が彼の顔半分を包んだ。瞬時に傷が完全に治癒する、失っていた筈の目を拭いながら、唾を吐き捨てる。

 

 

「目には目を、歯には歯を、か。それは確かバビロニアのものだったと思うが?ハンムラビ法典の」

 

「うむ?そうだったか、いけないな。勉強不足という奴だ」

 

しかし、その暴挙を見逃せない者たちもいる。彼等の動きも迅速だった。

 

 

「両備ちゃんを………キラくんをいじめるなぁぁ!」

「……………ッ!」

 

家族の一人を傷つけられそうになり、好意のある青年を目を潰した(再生するとはいえ)相手に、両奈は飛びかかる。彼女に追随するように灰瀬もゼロに攻撃をしようとした。

 

 

ゼロは見向きもしない。しかし黒の腕だけが勢いよく膨れ上がり、二人を容赦なく薙ぎ払った。飛ばされながらも灰瀬は炎を刃としてゼロに飛ばすが、黒い腕に弾かれてしまう。

 

 

その最中も、ゼロは身動ぎすらしなかった。何もしなくても大丈夫という、確固たる安心があるように。

 

 

「この力は特殊でな…………かつてあの老人たち、そして凶彗星に手痛い反撃を食らい、甚大な負傷を受けたのでな」

 

それだけ口にしたゼロは肩を撫でる。彼が言う老人とやらに付けられたであろう、深刻な傷を。

 

「自己防衛機能というヤツだ、小賢しい不意打ち対策だったが…………悪く思うなよ?俺もこれを解除したくはないんだ、コストが高く消耗してしまうしな」

 

 

つまり、これだけで彼は自ら戦ってない。本気も出してないとか、全力を隠してるとかの話ではなく。

 

そもそも自らの手で戦おうとしてないのだ。あと少しで殺しそうな所までいきながら、本気ならば軽々と殺せるだろうに。

 

 

「…………何で」

「うむ?」

「何で、こんな事を………そもそも、【禍の王】ってなんだよ。お前たちは何をしたいんだ!!」

「そこからか、だいぶ前から語っていたと思うが?」

 

説明するのは大変なんだ、と付け加え、ゼロは声音を変える。興味本位で来た者としてではなく、【禍の王】のリーダーとして。

 

 

「我等の目的はこの世界を無に返す、そして一から作り直す事─────創世廻帰(ワールド・リバイブ)。それこそが我等【禍の王】、『四元属性』の思想にして願いにして、祈りだ」

 

世界を作り直す、自分達の為の世界に変える。

滑稽無糖で普通なら鼻で笑われてしまうものだが、目の前の存在がその事実を重くする。

 

 

 

「さて、お前たちをここで殺す事になるのだが、苦しんで死ぬのは辛かろう。

 

 

 

なので、一瞬で殺そうか。それも思考では死んだと感じられないように」

 

 

あっさりと彼は死を宣告した。死神よりも明確かつ絶対な死を。

 

 

が、

 

 

 

がががががががゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴギギギギがががぎぎぎぎぎぎ、と。

 

言葉では語れないような現象が引き起こされる。それが、次の攻撃への単なる余韻だというのは数秒後に明らかになった。

 

 

 

「────我は(アイン)にして虚無(ゼロ)、世界の基盤たる四属性の五、天体を御するエーテルに位置するもの。同時にこの歪んだ世界に仕組まれた理、どんな身でも抗えぬ摂理」

 

目の前で、ゼロは脚をゆっくりと動かす。クルリと円を描いていた爪先から何らかの文字が浮き出した。現状を理解できてない彼等には、どんな意味なのかは読めない。

 

 

しかし、確かに読解できる文章であった。古代のものような掠れた文字はジワジワと外側へと広がっていく。

 

 

 

 

「光なる翼 セフィロト、高次たる光で世界の循環を正す神の恵み。我は今より四の光球(セフィラ)を解放する───王国、基礎、栄光、勝利」

 

歌うような声と共に片腕が持ち上げられる。何一つ汚れのない綺麗な素肌。その掌から大きな白い紋様が空中へと展開されていく。

 

 

 

─────十個の白い円形を細い線で紡いだ表。その内の下に位置する四つの球が淡い光を灯した。

 

 

 

「邪悪の翼 クリフォト、深淵たる無で魂を底無き闇に導く脱け殻。我は今より四の甲殻(クリファー)を解放する───物質主義、不安定、貪欲、色欲」

 

続くように片方の腕が下げられた。この世界全ての禍々しい悪意を抽出したような黒。ボゴボゴとそれよりも深い黒い紋様が同じように浮かび上がる。

 

 

 

 

─────十個の黒い円形を線で結んだ、先の表を逆さにしたようなもの。その真上に座している四つの殻が暗い光を宿した。

 

 

 

儀式とも呼べる行為故にか世界そのものが震動していた。彼により用意された舞台が、限界とも言えるほど強力な余波に軋みが起こる。

 

 

前に進んでいた焔とキラの二人が、思わず一歩下がった。目の前のそれに本能的な恐怖を感じたのだ。しかしもう遅い、既に時間が間に合わない。

 

 

 

 

 

一々気にした素振りもなく、ゼロは告げた。二本の腕を振るいながら、合計8つの光球と甲殻を照らし合わせる。

 

 

 

 

「レプリカ・スフィア=アイオーン。制限されし生命と邪悪、二つなる概念を司る神の奇跡を見よ!!」

 

 

白とも黒とも言えない、純粋なエネルギーの塊。巨大な奔流が世界ごと少年たちを包み込んだ。破壊と再生の神の息吹、触れたものは容赦なく中間にある力により引き裂かれ続けるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その直後、

 

 

 

 

 

 

怖じ気づきそうな自身を震わせようとした焔は突然、後ろへと飛んだ。自分自身が行ったのではない。さっきまで隣に立っていたキラの手によって飛ばされたのだ。。

 

 

 

 

誰かが彼の名前を叫ぶ、それは確かに聞こえていた。あぁ、雅緋たちかと納得して彼は前へと一歩踏み込んだ。目の前の圧倒的なエネルギーに。

 

 

 

何故、なのだろう。自分の行動を、彼は不思議に思っていた。自分も震えていた、目の前の存在には叶わない。そしてこの一撃で殺されてしまうかもしれない。

 

 

 

 

ヒーローが語る正義感や相手に挑もうとする強者への渇望でもない。なら何故だろうか?何故こんな無謀な事をしたのか?

 

 

 

 

 

 

……………決まってる。守りたいと思ったのだ、彼女たちを。最強という孤高にすがっていた自分に安らぎを与えてくれた仲間たちに。

 

 

 

荒み続けていた心を癒してくれた彼女たちとの思い出。言って語れる程多くはない、けれど大切な宝物であった。少なくとも、この命を差し出せるくらいには。

 

 

 

 

 

後ろに立つ少女たちにキラは一瞬だけ振り返る。一瞬、たった数秒にも満たない時間だったが、彼女たちはちゃんと目にしていた。

 

 

 

 

彼は静かに笑っていた。どうしようもなく不器用で、心から満足そうな、そんな風な笑みを。

 

 

 

 

 

 

 

 

エネルギーが完全に消失したのは数秒後だった。残りカスすら存在しない、完全な力による暴発。

 

 

 

彼女たちの目線の先に一人、彼は確かに立っていた。堂々とした様子で、後ろにいる者たちを守るように。しかし、ぐらりと揺れた身体が地面に倒れてしまう。

 

 

ドチャ! と生々しい音が木霊する。音だけを聞いた雅緋は、青年に向けて震える声で呟いていた。

 

 

 

 

「…………………キ、ラ?」

 

倒れ込んだ青年は答えない。全身から大量の血が吹き出し、巨大な池を作っていた。片腕や片足が無くなり、胸には大きな穴がポッカリと空いている。

 

 

俯いているので顔はどうなってるか分からない。だが、新しい血が噴水のように噴き出している。あの位置は目の場所、鮮血は数秒過ぎても止まらなかった。

 

 

彼は動かない、動こうともしない。並々ならぬ再生力と創造性を誇る闇は彼の身体を治そうとしていた。しかし、それは生きていれば為せること。

 

 

 

もし、死んでいたら治せようにも治せないのでは?

 

 

そう思う雅緋は何かが崩れるのを目にした。闇から生み出された、キラが得意とするハルバード。それが真っ黒に包まれると泥のように地面へと溶け込む。

 

 

 

『闇』という異能の消失。簡単に物語られた現象は冷酷な事実を雅緋たちに突きつけた。

 

 

 

「───────ぁ」

 

「キラだったか?中々に強いな、俺の攻撃で消滅してないとは」

 

 

殺そうとして来た者の言葉とは思えないくらい、心からの称賛だった。ノリのままに拍手や喝采を挙げてしまいそうな程。けれど、ゼロな確かに認めていた。

 

 

「俺は貴様を讃えよう。制限されていたとはいえ、我が理を止めてみせた者として」

 

誉める言葉をピタリと止め、ゼロはゆっくりと息を吐く。

 

 

 

 

「────だが、我が攻撃を前に肉体が存在している。その時点で貴様の存在を許容することは出来ん。我が理想、我等が願いの妨げになる障害は排除せねばならん」

 

スッとゼロは空中に手を伸ばす。乾いた音と共に手に鋭い剣が握られていた。元から隠していたとか力ずく生み出したものではない、何処かから引き寄せられたのだ。それも一瞬で。

 

 

 

今も地に伏せる瀕死のキラにゼロは腰を落とす。その剣の矛先をキラの心臓部位に向け、狙いを的確に定める。

 

今度こそ確実に殺すという構えだった。

 

 

 

「っ!!」

 

思わずといった様子で雅緋は飛び出した。血塗れのキラを助けようと手を伸ばす─────だが、この距離からは届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴッ!! と、真っ暗な世界の外、結界の近くに何かが飛来した。そして勢いを殺すことなく世界を引き裂き、そこの中へと入っていく。

 

 

超越者 ゼロは剣の構えをピタリと止めた。その目に先までの感情と同じものが宿る。新しい興味の対象が出てきたのだろう、キラを殺すのを止める程の。

 

 

 

 

 

「………………」

 

バチバチ! と帯電したスパークを纏い、黒髪の青年 ユウヤはクレーターの中心に君臨していた。彼の目は灰瀬たちを捉えていない、もっと警戒するべき敵へと向けられている。

 

 

そして、殺気にも近い敵意を前にゼロは平然としていた。何一つ反応すらしていない、本当に興味がないのかもしれない。

 

 

笑みを深める顔を見たユウヤの方が顔をしかめさせた。当然だろう。何故なら目の前の男が自分と同じ姿をしているのだ。家族でも兄弟でもないというのに。

 

 

「もう一人の、俺───」

「いや、貴様と俺は違う。ただ俺は貴様の身体をコピーされたに過ぎん。あの日、貴様の故郷が滅びた日にな」

 

更に殺気立つ青年にゼロは相手をするつもりもないらしい。わざと後ろへ指差し、適当に聞いていた。

 

 

「それより、死にかけの者に花でも送ってやったらどうだ?んん」

 

 

促されるようにユウヤは見て─────目を見開いた。ゆっくりと歩み寄り、静かに声を届ける。

 

 

 

 

「─────キラ」

 

 

声をかけられたキラはピクリとも動かなかった。俯いた顔から水滴が地面に滴っている。触れればどうなったかは分かるかもしれないが、ユウヤはそうしようとは思わなかった。いや、出来なかった。

 

 

 

 

直後、彼を支えていた重要な柱、ヒビの入っていたそれが完全に砕けた。今まで積み重ねてきた大切なものが失われる感覚が、あまりにも生々しかった。

 

 

ユウヤは、口を開く。そこから発されたのは単なる叫びではない。

 

 

 

 

「ああッ!!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

限界だと言わんばかりにユウヤは暴発した。周りからドス黒い雷が巻き起こり、巨大な炸裂音が激しく共鳴している。

 

 

 

まただ、また助けられなかった。あの時のように、自分のいない時に誰かの命が奪われる。

 

 

その場にいるなら止められた可能性は無くもない。

 

だがいなかった時はどうすればいい?諦めろと言うのか、その人を守る事を。仕方なかったと認めてしまえと?

 

 

 

結局、天星 ユウヤは誰も守れない。力があるとか、覚悟がある問題ではない。その資格が無いのだと、致命的な宣告を理解した。

 

 

莫大な黒雷が世界を少しずつ削り取っていく。不思議な力で覆われた暗闇を引き裂くそれを、ゼロは顔色を変えた。

 

 

恐怖や警戒などではなく、歓喜という表情。あれほどの力でもゼロにとって大したものではないのか。

 

いや、その黒雷の翼が黒い腕を掠った瞬間、その部位が簡単に抉られた。自分の防御機構を圧倒しかねない力にさえも、彼は笑って迎え入れたのだ。

 

 

「ハハッ!流石だな俺の依り代!お前は神を越えられる素質を持つ!そのまま力を引き出せれば俺を殺しきれずとも、俺を追い込む事が出来るだろう!!」

 

 

だが、とゼロは付け足す。ニタニタと浮かべる笑みに嘲りの色が滲んだ。

 

「理解してるのか?それは今の器にはそれが限界のようだ。それ以上引き出せば、お前の自我は完全に磨耗するぞ?」

 

「まさか……………神の力を!?」

 

ピクリと、少し離れた場所へと飛んでいた統括者が声をあげる。神の力、ユウヤの中にある────文字通り、かつての神が持つ力。彼は僅かにも適合した肉体に合う程のエネルギーで強化されている。

 

 

しかし、神の力は人の身に余る。身体の方が問題なくとも、常人の精神すら焼き尽くす。諸刃の刃と同じ原理、いや精神すら奪いかねない恐ろしい力なのだ。

 

 

 

 

「止めろユウヤ!!それ以上力を使えば戻れなくなる!!お前も死ぬぞ!!」

 

全てを察したゼールスの忠告が彼の耳にいる。バチバチ!! と唸る雷撃の中でそれだけが聞こえるというのはあまりにも不思議だった。

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

………………………だからどうした?

 

 

 

もうこんな世界どうでもいい。生きるという動力源が既に失われている。大切な仲間も失い、誰一人も守れず、それなのにこのまま生き続けろと?

 

 

無理に決まっている。そんなの許せない、天星ユウヤ自身がそんな事は認められない。弱りかけていた心が完全に崩壊した以上、もう全てを壊して楽になりたい。

 

 

 

ギチギチと引き縛る筋肉を動かし、ユウヤは伸ばした腕をゼロへと向ける。その腕が、纏われていた黒い金属の装甲が瞬時に巨大な砲身へと変形していた。

 

 

ドォォォ!! と黒い雷が膨張する。世界すら引き裂きかねないような甲高い叫びが発生していた、彼の今の心を表すように。

 

 

 

 

誰が勝とうと負けようと結果的に誰かが死ぬ。何とか出来るとかではなく、本当に一人の命が失われてしまう。悪夢とも言える絶望的な状況。少なくとも一人の青年の命と、もう一人の精神が喪失する。

 

 

 

限りなくどうしようもない現実に、彼女たちは希望を失った。そしてこの場にいない誰かに願った───助けてくれと。

 

 

勿論、そんな願いは叶わない。世界はそんなに都合よく作られてない。祈っただけで救われるのなら大勢の人が助けられてるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、この時だけは違った。怒りに呑まれた青年の叫びに呼応したのか、強大な敵に誘われたのかなのか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも確実に救いの手は訪れた。何もかもが壊れてしまう直前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────え」

 

目の前に誰かが立っていた。全てを出し尽くして相手を殺そうとしていたユウヤを止める………というよりも、ユウヤを守るように、彼の前に。

 

止めろ、と言うだろう。殺されてしまう、と弱気な言葉を発してしまうかもしれない。最悪の場合、そのまま穿ってしまうかもしれなかった。

 

 

 

それが出来なかったのは、その誰かを知っていたからだ。他ならぬユウヤ自身が。同時に、有り得なかった。

 

 

「ごめんね、ずっと会えなくて」

 

 

それは、十七歳くらいの少女。

普通の少女ではない、過酷な運命を生きる忍。彼女は自らその道に進んだ、誰かの平和を守るために。服装は有名な学校の制服で、首元に赤いスカーフを巻いている。

 

 

 

その容姿に、その声を、ユウヤはそれを忘れはしない。彼が首に巻く赤のマフラーも、彼女のような優しく守れる人になりたいという意思で選んだもの。それを知った少女は恥ずかしそうにしていたが、素直に喜んでくれた。

 

同時に、有り得なかった筈。

 

 

 

「でも大丈夫!私たちが助けに来たよ!」

 

明るい笑顔で、凄惨な状況とは正反対なような優しさで、少女は彼に手を伸ばす。呆然としていたユウヤの顔が歪む、その顔は既に限界を向かえていた子供のようにも見えた。震えながら、彼は呟いた。

 

 

 

 

──────飛鳥、と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百六話 終わり、そして始まり

えー、今回新しい話を投稿させていただきました。

まぁ前に書いてる途中のものが完成したので投稿してる訳ですが。

少しずつスランプから解放されかけているので、腕を磨いていきたいと思います。


それでは、あまり上手くはありませんがどうぞ↓


「飛鳥……!?」

「で、でも彼女は確か───」

 

 

呆然と焔は目の前にいる少女の名を呟くが、紅蓮が即座に首を振った。

 

 

そう、飛鳥はある日を境に仲間たちと共に行方不明になっていた。その存在すらも誰にも追跡できず、死亡を疑われたほど。

 

 

しかし、彼女は今ここにいる。破滅へと進もうとしていた青年を助ける為に。

 

 

 

 

 

 

が、しかし。

それを戦力とは、脅威とは見ない敵が───この場にはいた。

 

 

 

「はははは!驚いたなぁ!ま、さ、かぁ!!本気で助けに来る人間がいるとは!!この世界もまだ捨てたものではないということか!!!」

 

響き渡った哄笑はこの空間に響き渡る。邪魔をされたのにも関わらず、ゼロの顔はまだ変わらなかった。いや、変わる訳がない。

 

 

現れたのはただ一人、しかも少女だ。忍とは言えども所詮は人間。世界を変える力を有する超越者の敵ではない。

 

この場の誰もが、理解している事であった。

 

「────しかし、たった一人で何が出来る?お前がこの戦況を変えられるのか?…………もしや、俺を殺すとは言わんよなぁ?貴様一人で」

 

 

 

 

「──違う」

 

対して、飛鳥はただそう返した。キッパリと宣言してみせる。その上で、彼女はゼロを睨みつける。

 

 

 

「ここに来たのは、私だけじゃない」

「─────」

 

何を話しても無駄だと判断したのか、重苦しいため息が吐かれた。同時に禍々しき魔手が蠢き、天へとそびえ立つ。この世界後と一人の少女を引き裂かんと。

 

 

 

しかし、腕が振るわれたのは縦ではなく、真横だった。白く雪の纏わせる氷の槍と鋼鉄の大きな塊、ミサイルの雨を容赦なく吹き飛ばしたのだ。

 

 

 

火薬を包装したミサイルが起爆した事で連鎖的な爆炎が巻き起こる。一つの爆発と化した現象となり、世界を赤く染め上げた。

 

 

ゼロは首を、首だけを動かす。ゴギリと鳴りそうな程に曲げた顔がある方向にいる人影を目に捉えていた。

 

 

 

「…………厄介ですね、あの腕は。シルバーのミサイルをも正確に撃ち落とすとは」

「ゆ、雪泉ちん………あまり先走らないで欲しいって言うか、此方に標的が来るから、正直あんなのに敵意向けられたくないって言いますか────」

 

冷静に状況を把握する着物の少女 雪泉、その横でブツブツと呟き続ける銀髪の青年 シルバー。先の攻撃は二人によるものだったのだ。

 

 

 

 

「な、なんだ………?どういうこと、なんだ?」

 

 

「…………」

 

 

 

おかしい、とゼロは思っていた。

彼は自らの力を内包する結界を張ることで暴れることが出来た。しかし、外から忍である者達に簡単に破れるほどの強度ではない。

 

現にユウヤに割られたが、それが微弱でも神の力であったからこそ。僅かにもゼロの結界を穿つ事が出来たのだ。

 

 

しかし、彼女らは違う。神の力を宿していた訳ではなく、普通より強い程度の忍には、到底破ることなど出来ない。

 

 

 

 

 

 

考えられるとすれば一つ。

 

 

手を貸した、誰かがいる。ゼロの結界を破る事の出来る、『誰か』が。

 

 

 

 

 

 

ゴリュ、と。

 

有り得ない動きを見せた眼球だけが、『誰か』を捉えた。

 

 

暗闇の内側。

闇を打ち消すような存在感を持つ、一人の男がいる。その『誰か』をゼロは記憶していた。

 

 

 

「混沌派閥の────カオスの離反者か」

「オレをそう呼ぶのか、『四元属性』の王」

 

 

その『誰か』の名は───カイル。

両腕に義手を備えた光の異能使い。ゼロは彼を“離反者”、そう呼んだ。

 

 

「そうかそうか………全て貴様の、貴様が仕組んだ事か。確かに、貴様になら結界は破れるだろう………なッ!」

 

 

肥大化した魔手が振るわれ、全てを引き裂きながら迫る。災害にも等しい一撃に、カイルは身動ぎすらしない。

 

 

それどころか、彼の指先から放れた一条の光によって消された。か細い光線が禍々しい黒を容赦なく消し飛ばす。

 

 

指を折り曲げ、義手を見下ろしたカイルは拳を握り締める。その上で、納得したように漏らした。

 

 

「────やはり、間違いではないか」

「何がだ?貴様の強さは認めるが、俺を倒せる程では無いだろう。自らに自惚れたりでもしたか」

 

 

嘲る声にカイルは答えない。彼はゼロを指差しながら、ハッキリと告げた。

 

 

「超越者 ゼロ、お前の強さは絶対だ。しかし、完全な無敵ではない」

「…………」

「お前が世界を滅ぼせるのなら最初からそうしていた。しなかったんじゃなくて、出来なかった。

 

 

 

 

何故ならお前の強さは────時間制限による無敵。お前はこの世界で超越者としてはいられない、精々『法則』としての力を振るうことしか出来ない。制約を掛けられた強さの正体はそれだ」

 

自らの力、その真意を見透かされているのにも関わらず、ゼロは平然としていた。むしろどうでも良いように大した反応がない、今更か?とでも言いそうな様子だ。

 

しかし、カイルは続けて言う。

 

 

「そしてオレの教え子と協力者、彼女達は忍ではあるがオレに遅れは取らない実力者だ。

 

 

 

超越者 ゼロ。これだけの敵を相手にお前はその身体であとどれくらい持つ?10分、30分、1時間?少なくとも、お前の限界の時間までは相手出来るぞ」

 

 

ここで、初めて。

自らの力を看破された超越者が顔をしかめた。忌々しいと吐き捨てかねない程歪んだ顔を浮かばせる。

 

 

時間稼ぎ、もしくは持久戦。それこそがゼロの唯一かつ致命的な弱点を突く方法であった。

 

考えれば当然だろう。世界を滅ぼす事の出来る超越者が表立って動かなかった理由も、自らが戦場に出なかったのも、そうされるのを警戒しての事だったのだ。

 

 

 

「大人しく退けばいい。お前には弱ってまでオレ達を叩くメリットはない。オレも彼等に用がある訳だからな」

 

「フハッ────貴様は馬鹿か?」

 

楽しそうな笑みとは一転して、底冷えさせるほどドスの効いた声。それを発したゼロの眼には特定の感情がドロドロと濁りきっていた。

 

 

 

人はそれを、憎悪と呼ぶ。溶岩のように煮え滾り、深淵のように深いものが。

 

「もう、止まれないのだ。俺は、我等は。────この世界は俺達の場所だけではなく、家族とも言える仲間を奪った」

 

聞いていた中でただ一人、シルバーは目を細める。何故か、何故かだが分からない。かつて戦った筈の男性の姿が脳裏に浮かんできた。

 

 

ヴォルザード、そう名乗っていた【禍の王】の人間。自分達の居場所を、世界を求めた、正義感ある人物が。

 

 

「これは終わりだ、我々の犠牲により成り立った偽りの平和の。光と闇により調和が為された世界の」

 

 

難しい言葉を使うが、言いたいことは単純。自分達の平和の為にこの世界を滅ぼす、それだけに過ぎない。

 

 

だが、それを認めない者もいる。ユウヤ達、この世界に希望を見出だした者達だ。

 

 

 

────だからこそ、決着を決めなければならない。世界の命運を手に取るのは、誰なのかを。

 

 

 

「───────始めよう、俺達と貴様らの殺し合い。永続か新生か、この世界の命運を掛けた長き戦いを!!」

 

 

 

【禍の王】、組織の名を肩代わりする超越者。そして両手に義手を携えた、混沌の尖兵であった異能使い。彼を筆頭として三人の少女と女性が一斉に動く。

 

 

それが戦闘の引き金、次元を越えた戦いの始まりだった。

 

 

 

「……………っ!」

 

激しい余波は少し離れたユウヤ達の顔にまで届いた。それだけでは飽きたらず近くの建物の壁や天井が引き剥がされていく。

 

 

 

「………行こう、ユウヤくん」

「……………あぁ」

 

肩を貸し、心配したように見る飛鳥の言葉に、ユウヤは応じる。ゆっくりと立ち上がり、静かに呟いた。

 

 

 

今度は、今度こそは、何としてでも───守ってみせる。

 

身近に感じられる暖かさを胸に込め、ユウヤ達は戦場から立ち去った。勝利としてではなく、圧倒的な敗北として。

 

 

 

 

 

 

 

「─────ハァ、上手く逃げたようだなァ」

「…………」

 

建物の上から世界規模の現象を見ていた二人のホムンクルス、アルトと紫瑞(しおみず)。彼等は撤退した少年少女を確認し、

 

 

「王サマに報告だァ、『四元属性(エレメント)』の連中も動くしなァ。アイツらは放っておいても構わねぇだろォ」

「えぇ、分かりました」

 

素直に撤退を選んだ。理由は簡単────命令されていなかったから。

 

 

たったそれだけ、それだけの理由で、倒すか倒さないかを決める優柔不断なホムンクルス。表面上は楽しそうに何かを口ずさみながら、彼は仲間を連れて去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

蛇女子での戦いが終わり、ゼロは人気の無い道を歩く。身体を揺らすように歩く男以外に人はいなかった。

 

 

そんな中、その形の一部が崩れた。

黒い禍々しき片腕が、生々しい泥のようになって地面に落ちていた。

 

 

「やれやれ、やはりこれで限界か。俺が言うのもなんだが、随分と不憫なものだ」

 

出血もなく起こる破損に、ゼロは片方の腕を動かす。スッと線を引くようになぞられた直後、黒い泥が腕の中へと吸い込まれていった。

 

 

先を失った腕を見て溜め息を吐くゼロはすぐに首を持ち上げた。目の前に、誰かが来ていた。同時にその誰かは、旧知の人物でもある。

 

 

 

「迎えに来たぞ、ゼロ」

「…………………む、覇黒か」

 

フードを上げた男 覇黒が呆れたように呟き、ゼロが気づいたように首を上げる。ボロボロになりかけた身体の自分の仲間に細めていた目を深くする。

 

「何故動いた?肉体が未完成なのはお前でも分かってた筈だ。話に聞いた『烈光』により削られたとも聞いたが……」

「まぁな、お陰で俺はもう動けない。計画の進捗の為に休むしかあるまいよ」

 

まず、ゼロをエネルギー砲台と例えてみよう。

彼の強さの真価は砲台としての強みではなく、莫大なエネルギーを扱える事にある。そして、世界を変える程のエネルギーが敵などはいなくなる。

 

 

しかし、目に見えた弱点もある。それは砲台として、肉体の容量の問題。どれだけ無限なエネルギーを使えたとしても、それを内包、放出出来るだけの構造と耐久力が無ければ意味はない。

 

仮にやったとしてもエネルギーに耐えきれなくなった砲台の崩壊によりエネルギーは四散することになる。自滅を辿るに他ならない。

 

 

だからこそ、そこを補うのが【禍の王】の計画の第一目標。ゼロの器を、超越者向きの最適な肉体へと変異させる。そうすれば、ゼロは世界を変える程の力を問題なく操れるのだ。

 

 

「そうそう、『白音』から連絡が入った。奴等の場所は追跡出来なかったらしい。どうやら高度の隠蔽技術を使ってる」

「…………」

「まぁあいつら自体に興味はない。目的の邪魔にさえならなければ捨て置いても─────」

「いや、来るぞ」

 

軽く切り捨てようとした覇黒を遮り、ゼロは告げた。何?と訝しげに見てくる男を無視して、重苦しい身体で立ち上がる。

 

 

崩れかけた身体を動かし、ゼロは高らかと口を開いていった。

 

 

「奴等は必ず我等の前に立ち塞がる。創世廻帰(ワールド・リバイブ)を止めるため、今ある世界を守るため、我等の敵として。

 

 

 

 

ならば、相手をするしかあるまい。全ての力を以てな」

 

 

本当に嫌な立ち回りだ、と覇黒は息を吐いた。重苦しいというより苦々しい感覚が残る。

 

 

【禍の王】の者たちは世界の全てに否定されてきた者の集まり、そんな自分達が目指すのは───────新しい世界、自分達を受け入れてくれる居場所。

 

 

 

 

その為にこの世界を滅ぼす、それは全てを敵に回すという意味だ。自分達の居場所を奪ってきた影の世界も、何も知らずにただ無自覚に生きている光の世界も。

 

 

しかし。

心の中から嫌だと感じる立場にいる事を覇黒は後悔してはいない。元より、彼にはそんな生き方しか出来なかったから。

 

 

 

────あの日、自分の祖父に全てを奪われた者たちの復讐という苛烈な八つ当たりをその身に味わったあの日から。

 

────苦しんで生きていた自分の事も気にせず、子供たちを育てて平和に過ごしている祖父の笑顔を知ってしまった時から。

 

 

 

何処に向けるべきか分からない憎悪は暴走し、祖父とこの世界を憎んでいた。冷たい部屋の中で自らの両足を切り落とし、復讐者たちを皆殺しにしても消えることはなかったのだ。

 

 

 

いずれ満たされるだろう、と彼は思う。恨むべき黒影亡き今、自分と同じあの男の孫娘である少女を殺せば、いずれは。

 

 

 

 

「─────さて、俺が目覚めたのだ。あいつもそろそろ動いてるだろう」

「“神楽”、か」

 

笑みを浮かべ歩くゼロの言葉に覇黒は復唱するように呟く。それが表す意味は何なのかを明かそうとせず、彼はただ口に含むだけしかしない。

 

 

パチン!

綺麗な方の手を使い、指を鳴らしたゼロ。彼は背を向けながら 何処か遠くに目を向けていた。

 

 

「本拠地に着き次第、咲人たちを呼べ──────前哨戦を盛り上げようではないか…………それが、あいつらへの手向けであるしな」

 

 

彼等はもう止まらない。

 

────最早止まる段階は既に通りすぎた。だからこそ、どんな形であろうとも、彼等は先に進み続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────そうして、蛇女子での騒乱は幕を引いた。多大な犠牲と悪意により傷跡を残す形で。

 

 

 

 

 

 

そして、人気の無い森の奥で。

 

 

「説明しろ飛鳥!なんでお前が急に現れたんだ!雪泉もシルバー達もだ!何か理由があったのか!?」

「え………えっと」

 

詰問してくる焔に飛鳥は困り果てていた。肩を貸されていた気を失ったのか沈黙し、静かに眠っている。その中であまり大きな声を出して欲しくはないが、焔も事情が事情だ。

 

 

 

雪泉達も同じように問い質されていたが、シルバーだけは違った。一人だけ達観したような態度で、

 

「いやいや、オレ達に聞くのも何なんで…………あの人に聞いてくれません?」

「…………あの人?」

「だからさぁ、結局の所────」

 

詳しく説明しようとしたシルバーの口が止まった。無言になった彼に問いただしていた雅緋が聞こうとした時。

 

 

 

 

「─────彼の言う通りだ。彼女達は保護されていたのさ、オレの手で」

 

 

そんな焔の疑問に答えたのは飛鳥ではなく、別の人物だった。義手を装着した男、カイル。先程まで怪物と戦っていた筈の男は無傷とは言えない状態でその場にいた。

 

 

 

「────さて、君たちも幾分か無茶をするな。『超越者』相手に五体満足なのは奇跡に等しいぞ……………キラという青年はそれ以上の奇跡だと思うよ」

「キラ…………そうだ、キラはどうしたんだ!」

「彼なら今現在治療を受けている。必ず命は助かるから心配しなくてもいい」

 

戸惑いながらも食いかかる雅緋にカイルは平然と返す。大人の対応と言うべき態度に少女達は黙っていた。

 

 

しかし、現状に余裕が出来た彼等にもあるものが浮かび上がってくる。特に焔と紅蓮、二人は思わずと言ったように敵意を向けていた。

 

 

それも当然、必然だろう。

目の前に立つ男はかつて自分達を利用し────殺そうとまでした相手なのだから。

 

 

 

「カイル………」

「…………」

「自己紹介は不要か。ならばオレに必要なのは、君達の知らない事実を伝えることか。

 

 

 

だがその前に、区切りを付けておかなければならないな」

 

 

先へと進んだ男は彼等に向き直り、義手である両手を広げる。その上で、告げる。心から認めるように、新たなる挑戦を誘うように。

 

 

 

「歓迎しよう、無知で気高き少年少女よ。度重なる苦難や脅威が広がるこの世界へ。先駆者として出来る限りの手立てはしてあげよう」




今回のでこの章は終わりとなります。次の投稿は何時になるかは分かりませんが、出来次第活動報告でお伝えします。


この小説を呼んでいただける皆様に感謝を。そしてこの物語を続けようと覚悟のもとに私は執筆を続けます。どうぞ、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間章 次なる戦いへの準備
百七話 話し合いの時間


カチッ、カチッ、カチッ。

 

 

「……………ん」

 

小さな物音に反応し、ユウヤはゆっくりと目を覚ました。まだ完全に意識が覚醒しきっておらず、視界の全てがぼやけている。

 

 

(ん、時計の針………か、驚かせるなよ)

 

 

 

 

その他の疑問が浮かぶ前に膨れ上がる睡魔の方が圧倒的だった。目蓋を細め、そのままベッドに味を預けることにする。しかし、そんな彼が無視できない事実が眼に入る。

 

 

 

目の前に、少女の寝顔があった。熟睡してるのかすーすーと寝ている、可愛いらしい少女の顔が。

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………え、は?」

 

呆然と固まるユウヤだが、無理もない。ユウヤは見知らぬ部屋で、ベッドの中にいた。しかし一人ではなく、飛鳥も同じように寝ていたのだ─────同じベッドで、向き合うように。

 

 

(……………待て、落ち着け。これはどういうことだ?俺がよく分からん部屋にいるのは、そこで寝てるのは百歩譲って良いとして────何故だ!?何故飛鳥が一緒に寝てる!!?記憶に無いぞ俺はぁ!!)

 

激しく困惑するユウヤだが、まぁすぐ隣で自分が心から認めてる少女が同じベッドで眠っていたら誰だってそうなる。

 

…………実を言うと力の使い過ぎで気を失ったユウヤを飛鳥がこの部屋に運んできたのだ。その際にベッドに寝転がり、ユウヤの顔を覗き込んでた彼女も眠ってしまったのだが、そんな事は重要ではない。

 

 

(───何とかする方法は!この状況を問題なく切り抜けなければ─────)

 

 

 

 

過酷とも言える地雷処理のように真剣な覚悟を抱いたユウヤ。だがしかし、残念なことに────神は救いの手を伸ばさなかった。厳密には、裏切った。

 

 

 

「…………ぅ……ん」

 

ビクゥッ!!! とユウヤが全身を震わせる。普通の彼には無いくらいの怯えようであった。横からもぞりと布団が盛り上がる。

 

 

目元を擦り、小さな欠伸をする少女───飛鳥が起きたのだ。呆然と虚空に向けられていた視線がユウヤの方を見つめようとする。

 

 

 

「─────ッ!!!」

 

 

それから0.1秒の間で、ユウヤは動き出した。すぐさまベッドから起き上がり、飛鳥から距離を置こうとする。彼女を困惑させない為の手段として取った行為だ。客観的に見れば、高速にも近い彼の動きを褒め称える者が多いだろう。

 

 

 

────しかし、現実はうまくいかなかった。

 

 

まず立ち上がろうとしたユウヤの脚が布団に引っ掛かった。バランスを崩したユウヤが倒れそうになる中、飛鳥もそこで寝てたので、巻き込まれる形でぶっ倒れた。

 

 

 

「イタタ………やっちまったな、すまん飛鳥」

「ひゃぅ!?」

「え、何でそんな声を─────」

 

 

───世界の時間が停止した。そんなに錯覚に陥ってしまいそうになる。理由は目の前の光景にあった。

 

 

 

地面に着いたと思っていたであろう彼の手が、飛鳥の豊満な胸をガッシリと掴んでいたのだ。見間違いなどではなく、正真正銘。手の中にも柔らかい感覚があった。

 

 

 

 

「……………あ、飛鳥………これは───」

 

 

しかし、弁明するのも手遅れだった。口を開いた途端、飛鳥が湯気が出たと言わんばかりに顔を真っ赤に染め上げる。

 

 

「きゃあああああ!!?」

「えっ、ぐぼはぁッ!!?」

 

見るからに女の子らしいか細い腕がユウヤに振るわれる。しかし侮る事無かれ。寝起きとはいえ、彼女も忍なのだ。

 

 

頬に直撃した少女の一撃はユウヤを容赦なく吹き飛ばす。宙に舞い、地面に叩きつけられる中、ユウヤの意識は真っ黒へと暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ってのが、さっき起こった出来事だ」

 

ヒリヒリと赤く染まる頬(ただし、少し腫れてるだけ)を撫でながら、ユウヤは遠い目で口を閉ざした。思い出すのも億劫と見える。

 

 

 

そこで、空気を読まない馬鹿が面倒な事に首を突っ込んだ。具体的には、彼の琴線に触れるような事を口にして。

 

 

「────へぇ、それラッキースケベやん。羨ましいやつやーん」

「…………おい雪泉、コイツ不純な事考えてんぞ。取り敢えずシバいとけ」

「えぇ、お気遣い感謝します」

「ゆ、雪泉サァン!?」

 

小馬鹿にするように言うシルバーを真面目な少女に売り渡し、無慈悲な制裁を受ける所を見つめてるユウヤ。彼は知らないが、飛鳥に「一緒に寝てあげたら良いんじゃないー?(笑)」とか告げたのがシルバーなので結局は自業自得。

 

 

チラリと横を見ると飛鳥に顔を反らされた。あの時の出来事が忘れられないのだろう。顔から赤みが全然抜けてない。勿論、ユウヤ自身も落ち着きを取り戻そうと必死になっているのだが。

 

 

 

「そう言えばだが、この施設は何なんだ?俺も見覚えは無いが…………」

「………隠れ家らしいよー。自分達の為に用意してくれたさー」

 

答えたのは、制裁から解放されたシルバーであった。肩の骨をゴキゴキと動かしながら、彼は適当に話している。

 

 

 

「それはそうと、ここに来てんの自分達だけじゃねーでしょ?紅蓮つー人達は何してんだっけ?」

「?ひょっとして俺達の事を言ってる?」

 

ん?とシルバーは疑問に思った。自分が口にした事への返事が後ろから返ってきたのだから。振り向くと、フードの青年とポニーテールの少女がいて、ビックリしながら離れた。

 

 

「紅蓮、無事だったか?」

「うん、そうだよ。焔も皆もね、それとここってどんな施設?」

「はえー、ユウヤさんと同じ質問じゃねぇーですか。自分もよく分からねぇーですって」

 

紅蓮と焔に楽しそうに声を掛ける飛鳥とユウヤ。雪泉とシルバーだけは「…………誰だあの人達」と首を傾げている。

 

その中で、ユウヤが深刻そうな顔になる。

 

「問題は───キラか」

「もしかして、何かあったんですか?」

 

 

普通ではない様子に戸惑う雪泉だったが、

 

 

 

「───失礼する」

 

部屋に入ってきたのは、中性的な顔を持つ白髪の女性──雅緋だった。しかし彼女だけではなく、もう一人連れられるように後に続く。

 

 

 

黄金のような金髪をした青年 キラ。しかし彼の姿は前に見た時とは違いすぎた。彼の姿を視認した全員が、目を見開き言葉を失った。

 

 

肩を借りるようにしているキラの片手には松葉杖のような棒状の物が持たれている。少し似てるが違う、動きを補佐するものであるが、同時に武器となり得る杖。

 

 

片足は機械の義足が取り付けられており、痛々しさが見て分かる。病院にいる重傷者のそれであった。

 

 

 

 

何より、顔半分に大きな布が覆われていた。眼帯の役割を果たすそれが何を表してるのかは、言うまでもない。

 

 

 

彼の最強である『闇』の力、その完全な自己再生能力を失ってしまった。だからこそ、左目と片足は再生せずに、布の奥には大きな傷跡を残しているのだ。

 

 

「……………無様な姿か?今の俺様の姿は」

「いや、そんな事は───」

「無いだろう………が、俺様からしたら違う。たった一撃で倒されてしまった。………心底情けない」

 

 

 

「けど、キラさんが守ってなかったら雅緋ちゃん達も危なかったんだよ?」

「…………」

「情けなくないと思う、皆を守ったんだから」

 

ふん、とキラは鼻を鳴らした。それでも満足いかないものはいかないのだろう。彼は何も言わないと言わんばかり顔を反らす。

 

 

そんな中で、この空気に割って入る強者がいた。

 

 

「いやいや、ちょっと待ってくんない?しんみりとした感じなのは悪いけど、本気で待ってくれない?」

 

シルバーの言葉に全員が反応する。彼は気にしようとせず、そのまま続けた。

 

 

「自分達が知らない人がいて困るんだけど……取り敢えずまずは自己紹介とかしない?それが良いとシルバーさん的には思うんですけども」

 

 

確かに、と全員が納得した。改めるように周りにいる者達へと視線を向ける。

 

 

 

知っている物がいれば知らない者もいる。まずは互いを知るのが一番だろう。そう提案したシルバーの意見に、否定をする人物は誰一人としていない。

 

 

 

「それじゃあ、私は飛鳥って言います!将来の夢はじっちゃんのような立派な忍になることです!」

「天星 ユウヤだ。よろしく……………え?飛鳥と同じように?…………ハァ、将来の夢は特に決まってない。好きな事は特にない…………よろしく」

 

最初の二人が軽く挨拶を述べる。天真爛漫と言った元気な様子で話す飛鳥に対照的にどう話せば良いか困ったように口ごもるユウヤ。

 

 

 

「………飛鳥、半蔵の孫娘か。やれやれ、俺様はヤツとの間に因縁があるのか?」

 

誰も知らない話だが。

キラはかつて、彼女を利用した事があった。正確には彼女の存在を教え、蛇女子の上にある議会の老人の暗殺をする機会を作ったというものだが、彼は話そうとは思っていない。

 

知られたら後々大変だと考えているから。特に先程聞いたユウヤの事であった。

 

 

 

「じゃあまず俺から。俺は紅蓮!焔紅蓮隊のリーダーだ。皆よろしく」!

「焔だ!同じく焔紅蓮隊のリーダーを努めてる!よろしくする!」

 

あれ?リーダー二人もいない? と変な空気が流れるが、二人は気にしてすらいない。言ってることの矛盾を理解してるのか知らないが、誰も触れようとはしなかった。

 

 

 

「私は雪泉、皆さんご存知かと思いますが、死塾月閃女学館を束ねています。よろしくお願いします」

「えぇっと、じゃあ自分の番ね……………オレはシルバー、元は国の犬として動いていた忍狩り。けど今は死塾月閃の用心棒…………ってな訳でよろしくー」

 

礼儀正しくお辞儀をする雪泉と冷酷さと気軽さを併せ持つシルバーが自己紹介を終える。

 

 

「雪泉ちゃんかぁ………ひんやりとして涼しそうだなぁ」

「忍狩り、無数の忍を倒してきた存在。話には聞いていたが…………まさか対面することが出来るとはな」

 

 

真剣な顔でそんな事を呟く紅蓮は焔に肘で殴られる。本人はよく分からない顔で首をかしげるだけだった。

 

一方で雅緋は感心したように頷く。自分達を狩る噂上の存在を前にした畏怖というものが僅かにあったがいざ見てみるとそんな事はなかった。(幻滅という訳でもないが)

 

 

 

「私は雅緋。秘立蛇女子学園の選抜筆頭を努めている。そして知っていると思うが………」

「──────キラだ。蛇女子のトップと言うべきか。元、最強の異能使いであったが、今はこのザマでな。全く笑えん」

 

最後の二人が終わった後も様々な反応がされている。やはり初対面ながらでも片方の印象が強いからなのだろうか。

 

 

 

コツン、と靴音が響く。

部屋にいる全員が、扉に背を預ける人物に視線を向ける。

 

 

「お戯れは終わったかな?」

「…………カイルか」

「いや失礼。少し前から来ていたが、邪魔するのも吝かと思い傍観していたのさ」

 

部屋の中に入ってきた男によって室内の空気が変わった。戦場のものではないにしろ、少しばかり重い空気が。

 

 

「…………あの」

「何か用かな?お嬢さん」

「貴方、何処かで────」

「すまないが、オレは君を知らない。他人の空似というものじゃないか?」

 

何か感じたのか、雪泉はカイルに声をかける。自分の知り合いではないかと。しかしカイルは丁寧に、キッパリと否定した。彼女も不承不承と引き下がり、皆も疑問に思わなかった。

 

 

 

ただ一人、シルバーだけが目を細めた。観察するように鋭い、かつ誰にも悟られないように。

 

 

「さて、話をする前に私的に時間を使わせて貰いたい……………良いかな?焔、紅蓮」

「カイル……様」

「ッ!!」

 

思わず、二人が強い警戒を示した。互いに自らの得物に手を掛け、何時でも攻撃できるように体勢を整える。

 

 

 

 

「───────すまなかった」

 

カイルは大きく頭を下げた。誠心誠意の謝罪に全員が、紅蓮と焔も言葉を失っていた。そして、謝罪の理由は想像できる。

 

 

「お前達を道具のように扱った事、そして紅蓮。お前を人形と罵り、あの子達やお前の命を奪おうとした事。それら全ての事を謝らせて欲しい」

 

紅蓮と焔、そしてその場にいたユウヤと飛鳥にはすぐにも検討がつく。あの日、蛇女子での出来事。

 

 

聖杯の猛執に呑まれた───というより、誰かに操られたように狂気に満ちたカイルは焔達を道具と決めつけ殺そうとし、容赦なく紅蓮の命を奪いかけた。

 

 

「オレ自身正気では無かったとは言え、お前達の苦しめたのは事実だ。許される事でないのは分かっている。だからこそ、お前達にはオレを殺す権利も資格もある」

 

 

その言葉を聞き終えた後、カチンと音が響いた。

 

 

抜き取ろうとしていた日本刀を、紅蓮が納めた時の音。静寂に木霊したそれに続くように彼はカイルに向き合う。その顔は敵に向けるものではなく、あまりにも優しいものだった。

 

 

 

「俺は、貴方のお陰で焔達と出会えた。大切な仲間というものを知れました。焔達の事は怒ってましたが、憎んではいません」

「………」

「だからこそ失礼を承知で言います。…………俺は貴方の人形じゃない。焔紅蓮隊のリーダーであり、焔達の家族だ」

「───そうだ、君は人形ではない。誰が何と言おうとだ」

 

それは、決別だった。

創造者の従属物ではないと言う、人形と自他共に認めてきた青年による、過去との決断。

 

 

カイルは嫌な顔も不愉快そうにもしていなかった。ただ満足そうに微笑むだけ。まるでそれを望んでいたかのように、清らかな顔を見せる。

 

 

 

「………アイツがそれでいいなら、俺がとやかく言う資格は無いな」

「はえー、カッケェなあの人。自分これから紅蓮さんって呼ぶわ」

「…………家族、か」

 

ユウヤは紅蓮の言葉を聞いて素直に納得し、シルバーは難しいことを考えずに決意を胸に抱く。ただ一人、キラだけは思うところがあるのか曇った表情を浮かべていた。

 

 

 

 

「─────気を取り直して、話を聞く準備あるか?」

 

 

答える者はいなかった。問題ないという意味を示した沈黙に、カイルは義手の片手を広げる。

 

 

その掌から浮かび上がる光体、正しくは『異能』と呼ぶ力を見せるようにして、彼は語る。

 

 

「それでは今から説明しよう。君達が倒すべき敵、【禍の王】と全能なる聖杯……………その前に、最も重要とも言える力、『異能』について」

 




初めて挑戦したラキスケ(ラッキースケベ)、実験台はユウヤとなりました。まぁ、仕方ないよね。

さーて、今度は誰を餌食にしよっかなー(楽しそうな声音)


そして次回から説明回になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百八話 『異』なる『能』力

「まず『異能』、これは世界にとって重要なものだ。忍である者達も、無関係ではない」

 

 

椅子に腰かけた全員に、カイルは説明を始めた。

 

 

「発現した時は何も無い透明な力でね。それを『異能』足らしめるのは発現した人間により決まる。その人物の精神的障害(トラウマ)、もしくは基本とも言える属性の中から」

 

「………そんなもので決まるのか?あまりにもあっさりとしてるが」

「いや、それで間違いない。俺は《雷》、紅蓮は《炎》、シルバーは《水》、キラは《闇》、カイルは《光》だからな」

 

補足するユウヤに忍の少女達(と紅蓮とシルバー)はふむふむ、と納得していた。キラは既に知ってるのか億劫そうに天井を見上げていた。

 

 

 

「人間の中でも発現するのが滅多にない…………だが、僅かな確率で発現するのであって、絶対に無い訳ではない」

 

話を進めたカイルが静かに目を細くする。全員が怪訝そうに見るが、彼が何処かを見ていることに気づいた。

 

 

今度こそ移動するように視線の先を向くと、話の途中からポカンとしていた銀髪美形のシルバーがいた。ようやく気づいた彼は、困惑するように周りに声をかける。

 

 

「え、は?何見てんの?」

「……………彼の異能は強いが、身体に適応できていない。だから君達のような肉体の強化を発揮できてない。どちらかと言うと───────説明の仕方に悩むな」

「ハッキリ言えよ!この中で異能の適正低いんでしょぉ!?素質がゴミクズですみませんね!ちくしょう!!」

 

大声で文句を言い、不貞腐れたシルバーに全員が残念そうな視線を向けていた。顔は良いのに、何故ここまで残念な性格なのだろう? と。

 

 

 

 

………真実は、彼のこの性格は演技に等しい。本来の性格は他にあるのだが、彼は最も親しい人間にも演技を見せる。大切な人を守る為ならその人すら騙す、それがシルバーという忍の在り方であるのだが。

 

 

 

「けど、シルバーさんも戦えるんだよね?普通に雪泉ちゃん達を追い詰めてたって聞いたけど……」

「あー…………シルバーさん、元々は忍だからね。異能の代わりに忍としてだからかなぁ?まぁ、普通の忍には遅れは取らないから安心して欲しいぜ」

 

 

普通、自らの強さを明かす忍などいやしない。余裕なのかもしれないが、そうではないなとユウヤを含む数人は察した。

 

 

飛鳥に声をかけられたシルバーはやけに嬉しそうだった。そりゃあ女の子と話すのが良いのかと思うが、何故か釈然としないユウヤ。しかし実際口に出すことはなかった。

 

 

 

シルバーのすぐ横で雪泉が、それはそれは冷めた目を向けていたのだ。冷気を纏うかのようなオーラにこの場の全員が何も言えずに沈黙していた。怒ってるというか不機嫌になってる、間違いなく。

 

 

 

コホン、とカイルが咳き込む事で空気がすぐに切り替わった。話を戻そうとしただけに見えるが、この現状を変えただけでもユウヤ達からは心底ありがたかった。

 

 

 

「────しかし、異能使いにも例外がある。天然である君達とは違う───人為的なものが」

「それは………なんだ?」

「【禍の王】、『四元属性(エレメント)』という派閥の者達。構成員の多くが異能を使っている…………滅多に発現が難しいその力を」

 

ようやく、彼等が戦ってきた敵が明かされた。しかし一部の者はあまり表向きに戦ってはいない────例外は、ゼロと名乗る組織の代名詞とも言える王。

 

 

しかし雪泉はすぐに思い浮かんだ。滅多にない異能、それを扱う者達が集まる組織の秘密の一つを────

 

 

「何らかの力で、異能を生み出しているんですか?」

「その通り、力を持たない者も勧誘さえすれば異能を与えることが出来る。

 

 

 

 

それをオレは第三世代と呼んでいる。彼は第一世代や第二世代とは違い、属性とは違う一つの力に特化している。君らが戦った『鮮血(デューク)』や『反鏡(ヴォルザード)』と言った者達もそうだ」

 

 

複数人、ユウヤと雪泉、シルバーの三人が様々な反応を示す。彼等はカイルが挙げた者達と戦った経験があるのだ。世界を滅ぼすと誓った人工の異能使い達と。

 

 

 

愛する人の命で生き延びてしまった───血を操るデューク。

 

 

家族を守る為に善忍に追われる事になった───鏡を操るヴォルザード。

 

たった二人、遭遇した異能使い達には普通とは違うものがあった。強さもあるが…………覚悟。例え、自分が死んででも目的を果たすという重い覚悟が。

 

 

そして、とカイルは付け足す。

 

 

 

 

「超越者 ゼロ、組織を束ねる奴は人為的な異能使いを生み出す鍵、(みなもと)を持っている」

 

数人が反応した。無理もないだろう、自分達を殺しかけた存在相手に臆するなと言う方が無理な話だ。

 

 

が、たった一人、ユウヤは顔を上げた。彼がとてつもなく重要な事実に気づけたのは、異能を越えるような規格外な存在を前にした事があったからだ。

 

 

「まさか……………『聖杯』?」

「惜しい、少し違うな。奴が手にしているのは『聖杯』の模造品、オレはそう確信している」

 

 

言外に、『聖杯』の存在を証明していた。聖杯事変の時の偽物とは違う、本物があると言うばかりに。

 

 

「そして、忍である君達も無関係ではないと言っただろう。その理由こそが、『聖杯』にある」

 

 

 

「…………待て、いや待ってくれ」

 

静かに話を聞いていた雅緋が声をあげた。言葉を言い直したのは、年上への礼節を怠ろうとはしなかったからだ。

 

「異能なら分かる。あれもあれで未知だというのは分かる…………だが何故忍も関係している?まさか聖杯に与えられた力だと────」

「おかしいと思った事は無いか?」

 

 

落ち着いた様子でカイル言う。かつては自分が抱いていたある種の謎を。

 

 

「忍としての力、忍術とは何から出来ているのか。地脈から力を授かり、忍術という通常の理から外れた力。それをおかしいと思った事は一度もないのか?」

 

誰もが、答える事ができない。そもそも出来る筈がなかった。

 

 

確かにそうだ。忍も一般的から見れば異常、『異能』と同じ常識外に位置するものなのだ。忍である者達は当然として、あまり関係の無い青年達も大して気にしていなかったのだから。

 

では、その答えは何なのか。

 

 

「天恵を、『異能』を与えられなかった者達が『代わりとなる力を求めた結果────忍は生まれたのさ。自分だって戦いたい、そう思う力の無い者達の為に」

 

(なに)と戦うのか、そう聞く者はいない。既に分かりきっている事なのだ。昔から語られてきた忍、そして人類の天敵。

 

 

妖魔、それと戦うために忍は生まれたのだ。異能という力に恵まれなかった者達が、脅威から多くの人々を守る為に。

 

だがその前に、重要な事がまだ残っている。

 

 

 

『異能』は、何の為に生まれたのか。何を為す為にその力は人々に宿り、扱えるようになるのか。ただの偶然な筈が無い、それならば『異能使い』達が同じ年月に集まらないから。

 

 

しかし、肝心な事を言う前にカイルは顔を上げた。腕に着けていた腕時計を目にするや否や、いきなり眉をひそめた。

 

 

 

「時間だ、君達。着いて来るといい」

「…………時間?何かあったのか?」

 

焔は不思議そうに首を傾げる中、カイルは少しだけ歩いた。両手の義手を大きく広げ、彼は全員に向けて問い詰めるように聞く。

 

 

 

「────君達は【禍の王】、秀でる『四元属性(エレメント)』と『混沌派閥』に勝てるか?」

「随分な物言いだな、負けるという気か」

「彼等だって本気だ。自分達の目的の為に総力を尽くす。その為にも、君達の力を高める必要がある。

 

 

 

と、言ってたからなぁ」

 

何処か投げ槍な言い様に全員が疑問を抱いた。まるで自分ではなく誰かの言葉であるかのように。答えを待つ視線に、彼は「唐突だが」とようやく弁明を始める。

 

 

「君達、具体的に異能使いであるユウヤ達と戦いたいらしいんだ。オレの教え子達とその協力者がね…………勿論、オレは止めたが」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

カイルの頼みをユウヤ達は(ほぼ強制的に)受け入れて、廊下の先を進んでいた。何処まで行けば良いかという疑問、場所に関しては心配する必要はなかった。

 

 

「この先……………いや、この部屋か」

 

 

カイルに教えられたマークが壁にあった。それも大きく、見逃すとは思えないくらいに。

 

 

 

赤く浮かんだマークのある壁に立つと、隔壁が左右にスライドし、入り口を作った。ハイテクとも言える技術だが、ユウヤは所属する組織で何度も経験してるのであまり反応を見せない。

 

 

奥が見えないほど薄暗い部屋。彼が入ってきた壁がすぐに閉ざされた事で完全な密閉空間へと様変わりする。しかしユウヤはただ暗闇の奥を睨み続けていた。

 

 

姿は見えないが────確かにいる。この部屋に一人、手練れとも言える人間が。カイルが言うには、教え子か協力者と呼ばれる者が。

 

 

 

部屋の中に入ったユウヤにようやく反応したのか照明がついていく。彼が入ってきた壁から順に奥の方へ照らされていった。そして、十秒も経たずに暗闇が晴れることになる。

 

 

 

無機質な素材で型どられた部屋。家具などは勿論、扉や窓などは無く、通気孔らしきものが小さくあるだけだった。

 

 

試しに薄い色の壁を殴ってみるが、キィーンと音が響き渡る。しかしそれだけ。破壊出来なくても、

 

 

(……衝撃緩和材、それも高度のタイプか。多分、俺の本気でも完全破壊は難しいだろう。要するに、ここはトレーニングルームだな。……………そして)

 

 

 

 

「────待っていたよ」

 

その部屋の、中央に立つ人物があった。杖をついた猫背気味の老人の女性。しかしすぐに考えを改めた。彼女の手にあったのは杖ではなく、同じような長さのキセルだったのだ。

 

 

昔物と思われる黒眼鏡を外し、此方を観察するような目を向ける老人にユウヤも同じようにする。そんな中で、ある違和感を胸に抱いた。

 

 

 

(あのスカーフ、飛鳥のと似てる………?)

 

それだけではない。何処と無く雰囲気も飛鳥と酷似している伏がある。しかし、同一であるとは絶対に思えない。

 

 

 

「まずは礼を言うよ……………孫の飛鳥と半蔵が世話になったね。『黒雷』」

「………………」

 

声を聞いたユウヤの顔色から余裕や僅かな気の緩みが消えた。ただ普通の生き方をする青年の顔から、裏社会の闇に君臨してきた傭兵の顔へと変わる。

 

 

この名前を呼ぶという事は、裏社会に生きる人間であるということ。老人だからと言って油断をするつもりはない。闇とは、相手に心から気を許してしまう程度の者が生き残れるほど優しくは無いのだから。

 

 

 

当然のように、老婆は臆す事はなかった。それどころか気安く声をかけてくる。

 

 

「わしは小百合。今回お前さんの実力を見させてもらうから、よろしく頼むぞ」

 

 

ユウヤと同じく裏社会の君臨する存在である忍。しかし彼女は普通の引退した老人と断じてしまえるほどの者ではない。

 

 

 

 

元カグラ───過去の話だとしても最強の忍に与えられるであろう称号を持つ人物なのだから。




………やっぱり、会話シーンとか筆が進まない。というか苦手なのが分かりましたわ。


早く戦闘シーンが書きたい………。わりと久しぶりに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百九話 元カグラと三姉妹

今回は予定より早く投稿します!


所で、皆さん。胸は大きい方か小さい方が好きですか?
私は両方で(殴


「小百合…………元カグラ!」

 

目の前で名乗った女性の名を知ったユウヤは、思わず唾を飲み込んだ。彼には何度目か分からない緊張が、冷や汗となって全身から沸き出た。

 

 

小百合という名前を聞くのも初めてではない。むしろ何度も聞いたことがあった。

 

 

一度目は彼のお得意でもある半蔵から。世間話(半蔵が絡んできたもの)の最中、彼が自分よりも強いと口にしていた。その恋の為に黒影とは何度もぶつかり合い、ようやく勝利したとも自慢していたのを覚えている。

 

 

二度目はいつも近くにいる飛鳥から。元気の無かった彼女は、自分の祖母である小百合が家からいなくなったと心配していたのだ。だからこそ、ユウヤもすぐに忘れなかったが、この事がここで活かされるとは思っていなかった。

 

 

気にかけている少女の祖母。こういうのはキチンと接さなければと彼が思う直後、

 

 

「一応言っとくけど、あたしを年寄り扱いするとただじゃおかないよ。遠慮なくぶっ飛ばすからね」

「…………………はぁ、分かった」

 

まるで心を読んだかのようなタイミングだった。そして小百合の配慮………というか、警告に彼も仕方ないと腹をくくった。

 

 

 

「元カグラにこういう言い方はしたくないが………善忍について聞きたい事がある」

「それは何じゃ?」

「───ずっとおかしいと思ってた」

 

彼がずっと胸に残っていた謎。遠野の里での騒動が終わった直後に聞いたある事件について。

 

 

「何故飛鳥達が《混沌派閥》に狙われたのか。飛鳥達だけになるのを待ったようなタイミング、まるで善忍の動向を知ってるようなもんだ。忍と言ってもそこまでの無能じゃない」

「……………」

「考えられるとしたら一つ。裏切り者の存在だ。内部と言っても限られる。権限のある所にいると予想するなら─────善忍の上層部」

 

 

懸念していた一つの考え。善忍を束ねる上層部、彼等は忍を道具のように扱っているが、大義を理由にテロリストと手を組むような程堕ちているとは思えない。

 

 

ならば内通者。情報を組織に送り込んだ存在を疑うのが一番であった。

 

 

「答えろ、飛鳥達の元から離れた理由を。上層部の裏切り者をどうにかする為にお前はカイルと手を組んだのか」

 

切迫した様子でユウヤは小百合を問い詰める。自分達の窮地を、危険を知りたがってるように見える。しかし別の感情が見え隠れしているのが分かった。

 

 

それは私情、飛鳥の家族である彼女の意図を少しでも聞きたかったのだろう。甘さ、と言えばそれまでだが、彼なりの優しさがある行動に小百合は思わず微笑んだ。

 

 

 

そして、小百合はゆっくりと口を開く。ようやくその意味を説明するのかと、理由を教えてくれるのかとユウヤは思った。

 

 

 

 

だが違った。

小百合が口にしたのは長ったらしい話ではなく、短い単語であった。

 

 

 

「───絶・忍転身」

 

その姿を白い輝きが覆う。視界を塗り潰しかねないその光景は、ユウヤは何度か知り得ている。光から目を守ろうとせず立つその姿には僅かな驚愕があった。

 

 

 

そこにいたのは年老いた老婆ではなく、一人の美女だった。挑戦的な笑みを隠そうとせず、大きなキセルを肩に乗せる女性。その姿は、ユウヤが心から認めている少女と類似してると言えた。

 

 

しかし、重要なのはそこではない。忍転身、その力を使った意味が、ある程度は理解できた。

 

 

「何のつもりだ!俺は聞きたい事があると───!」

「カイルから聞かなかったかい?戦いたいと言ってるとね、それはあたしも例外じゃないんだよ!」

 

声を張り上げるユウヤに、小百合───否、この姿ではジャスミンと。彼女はやはり笑みを浮かべながらキセルの持ち方を変える。

 

 

それは今にでも振るい、戦いを始めようとするように見えた。

 

 

 

「護りたい娘達がいるんだろ?だったらその力を見せてみなよ、自分を犠牲にせず誰かを助けられるその力でね」

 

 

思わず、冷静な思考を燃え盛る熱が焼き斬りそうになる。何も出来なかった、何も護れなかった。その不甲斐なさが、雷となって自らの中で炸裂した。

 

 

 

やるしかない、と。一瞬で覚悟を決める。

 

 

「とにかく!殺す気でかかってきな!さもないと本気ではっ倒しちまうよ!」

「───ッ!!!」

 

 

言われるまでもないとユウヤは構えた。両手の指を曲げたのがトリガーとなるが如く、全身の隅々にまで一瞬で『神の力』が行き渡ると同時に─────

 

 

 

落雷が、落ちた。屋内の中で、建物や壁を貫通して一本の雷が彼へと落ちる。煌めく雷鳴の中で瞬時に、彼の姿が切り替わる。

 

 

 

巨人の腕のように肥大化、金属装甲を纏った右腕。全身には帯電するように青い電気がバヂッ!バヂィッ!! と鳴り、浮遊するように金属片が宙を舞う。

 

 

 

神化覚醒、初期段階(ファースト・アウト)。神の力を使い、神を擬似的に再現する彼の生み出した姿。《聖杯事変》の元凶を倒し、『聖杯』を破壊した────『雷神』。

 

 

 

「ほぉ、そいつが例の『雷神』かい。ヒシヒシと伝わってくるよ」

「………知りたいことが山程ある。だからすぐに終わらせるぞ!」

 

 

一対一の戦い。されど一人は『雷神』、一人は元カグラ。過小評価できるようなものなどではない。

 

 

様々な場所で起こる戦いの中で最も凄まじい戦闘が、この施設を、周りの一帯を轟かせた。一撃一撃が重く、世界そのものを振動させるように。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

(今のは────ユウヤか。《聖杯事変》での力と見るべきだな。これ程の力で相手しなければならん奴がいるというか?)

 

ユウヤと同じく、広い部屋の中心で立ち尽くすキラは振動音のする方向を見た。近くもなく遠くもない、しかし音だけは確実にするという施設の構造に思わず納得する。

 

 

しかし、彼にとって最優先は目の前。

 

 

 

「……………」

「おうおうテメェ!さっきから何ぼけってしてんだい!」

 

一メートル近く空いた距離の先に少女がいた。腹や肩と、色々と露出の覆い茶色の服。両手には太鼓に使うバチが握られており、鈍器には相応しいとは思う。

 

 

極めつけにはその性格。男勝りした江戸っ子気質、暑苦しいとは違う感覚にキラは辟易しそうだった。

 

 

彼は面倒そうに、金色の髪をかきむしる。痒いという訳ではない、自然とでた行動であった。ため息を押し殺し、質問した。

 

 

 

「────貴様が俺様を指定したのか?」

「おうよっ!何せお前が最強って聞いた訳だしな!その実力を見てみたいんだよ私は、よっ!」

 

手の中でバチを回す少女は今にでもやりたいと言わんばかりにうずうずとしていた。

 

やはりか、と思う。彼女の属性からして雷、ユウヤと対立したどうなるかとは考えるが、今はそんな事は必要ないと割り切る。

 

 

「実力を知っているなら分かるとは思うが………俺様はキラ、常闇綺羅。蛇女子の有権者だ…………貴様は?」

「私は蓮華。カイル先生の事を知ってんなら話が早い……………私達は先生の教え子だぜ」

 

教え子、先生………と口の中で呟き、静かに観察していた。それに『私達』と言った、他にもいるのか?

 

 

考え事を咄嗟に止め、カン! と杖で床を叩き、片手を広げる。呆れた声音で彼女に問いかけた。

 

 

「今の俺様を見て何も思わんのか?怪我人相手によくケンカを挑めるものだ」

「へぇ、じゃあアンタは戦わないのかい?その怪我を理由に大人しく引き下がるってのかい」

「────馬鹿にするな、貴様」

 

挑発的な笑みを浮かべる蓮華に、キラは顔色を変えて額に置いた手を横へと振るう。彼の掌には一瞬で杖ではなく、漆黒のハルバードが握られた。

 

同時にゾワゾワと足元から這い出た影がキラの周りに沸き上がる。不気味とも言える影は、キラの力でもあるのだ。

 

 

『闇』、悪感情により強くなる異能。形が無い物を操り、それと同化する事の出来る第二世代の力。キラはそれにより、最強の称号を与えられてきた。

 

 

 

「…………?」

 

だが、今回も感じていた。自らの力にある不思議な違和感。それは何度か前兆があった、一時期は《聖杯事変》からの日々。紅蓮に負け、雅緋達と共にあると誓ってから。

 

 

違和感の数々は徐々に、そしてついに確信へと変わった。

 

 

(衰えてる?俺様の『闇』が………?)

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

一方、紅蓮はというと。

 

 

「じーっ」

「………?なにかあるっすか?」

「いや、気になったからかなぁ?」

 

紅蓮は目の前にいる少女に首を傾げた。少女も同じように傾け、不思議そうに聞いてくる。対する紅蓮はあまり考えられないと言うようにスッと座り込む。

 

 

 

「俺は紅蓮、焔紅蓮隊のリーダー。君は?」

「うちは華毘(はなび)っす!巫神楽三姉妹……蓮華お姉ちゃんと華風流(かふる)ちゃんの三人姉妹の次女、それがうちっす!」

 

 

元気な声で自己紹介をする華毘に紅蓮はふんふんと首を振る。話を聞いて納得していた紅蓮は、ん?と疑問に思った。

 

 

「巫神楽って何なのかな?俺も詳しく知りたいんだ」

「?そー言われると、よく分かんないっすね。先生は別世界に交信する事が出来るって言ってたっすけど………むーっ」

 

自分で言ったのにも関わらず難しく考える華毘。そこまでしなくても良いよ と言おうとした紅蓮に、彼女はハッとした様子で首を横に振った。

 

 

「うーっ、いけないっす!うち色々考えると爆発しちゃうんっす!」

「え!?そうなの!?」

 

衝撃を受けたように紅蓮は華毘に飛びつく。恋人感覚まで近づかれ、びっくりしながら頷くのを見て紅蓮は心底そうに考えた。

 

 

(考えると爆発しちゃうなんて………そんな酷い事があるなんて。あの娘、絶対苦しんでるよね)

 

ちゃんと動けてるので勘違いしていたが、紅蓮の本来の年齢は二歳程である。精神年齢は一七近くではあるが、ある程度抜けてる所は抜けきっている。

 

 

そこで何をするかと考えていた華毘はあっと声をあげた。よくよく考えれば、彼とはそれをする為に呼んだのだ。

 

 

 

「紅蓮さん!色々考えると大変なのでうちと勝負しましょう!」

「───良いよ!」

 

 

即答だった。よくよく考えていない、(爆発という機能を心配している)紅蓮は華毘の事を気づかい、彼女のやり方ことをしてあげようと思う。

 

 

あまりにもあっさりとした勢いで、勝負は始まった。物事を難しく考えられない…………要するにアホの子と二年くらいしか生きていない常識が欠如したりいらない事を覚えてる純粋な無垢な青年(見た目は一七ぐらい)なので、余計にめんどくさい。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「はっ!!?今紅蓮パイセンとキラの奴が美少女達とイチャコラしてるオーラを感じたぞ!!!ユウヤは…………まぁうん!あまり考えない方がいい気がしてきたぞう!」

 

一方、部屋で一人騒ぎ出したのは案の定シルバー。そんな馬鹿な事は全て独り言なので誰も答える者もいなければ返事など返ってこない。

 

 

 

しかし、この部屋にいるのはシルバーだけというわけではない。その相手をチラリと、様子を窺うようにシルバーは視線を前に向けた。

 

 

 

目の前にいた少女は怪訝そうな視線に目を細める。気づいたらしく不服というのを顔に表した。

 

 

「何よ、私に何かあるの?」

「…………子供じゃん、子供じゃん!何でシルバーさんだけなの!?もうちょっと美人なボンキュッボンな女の子と話したかったのに何故自分だけェ!?」

「子供って、アンタの方が子供ってぽいわよ」

 

 

んだとぉ!? と喚くシルバーの前で少女は達観したように束ねられた紙を取り出した。何枚か捲っていき、聞こえるような声音で読んでいく。

 

 

 

 

「シルバー、忍名は銀河、そのまんまね。悪忍養成学校の創設者の家系らしいけど………国の犬として同族を狩ってたアンタが善忍と絡んでるのはどういう意味?」

 

 

ふざけた様子で話を聞いてたシルバーの顔から感情の全てが消え去る。能面のような顔を浮かべる青年は、眼光だけを鋭くしていた。

 

 

 

そして、重苦しいと息を吐く。

 

 

「…………えぇっと、もうこの喋り方とかしなくても良いよね?」

 

少女の前で、シルバーは苦笑する。しかし声だけで、彼の顔は動くことすらなかった。少女の反応を待つ様子もなく、青年はゴキゴキ首を鳴らし────

 

 

 

 

 

「はー、疲れた。ホントに困る。こういうのはオレの柄じゃないんだが」

「それで?さっきの答えは何なの?」

「甘さだよ、甘さ。忍狩りが聞いて呆れるくらい温くなったってんだ。腹抱えて笑うか?」

 

何時もの飄々とした態度が鳴りを潜め、少しばかり口の荒くなったものへと切り替わる。つるやかな銀髪を片手で払う、女性のような仕草は彼が自然と行っていたのだ。

 

 

 

「それよりアンタ、何であんな態度取ってるわけ?」

「演技だ、どんな忍も第一印象で相手を判断しちまう。『なんだ、意外と大した事なさそう』とか………実戦でも面白いくらい効くぞ。人間の(さが)を利用してやったやり方だがな」

 

他人の印象を変える為の演技。

あまりにも高度で疑り深い人間でも見逃してしまいそうな程、恐ろしい技術だった。

 

忍として暗躍した間にか、忍狩りとして同族を殲滅していた時に、自分の才能で編み出した技術なのかは彼しか知らない。

 

ともかくシルバーは気だるげに声をあげた。今にも欠伸をしかねない態度で。

 

 

「で、どうしても戦わねーといけないのか?」

「まぁ一応ね。先生にはどうしてもって言っちゃったわけだから」

「………面倒だな、オレやる気が無いから勝ちを譲ってくれねーかな?巫神楽三姉妹、末妹の華風流(かふる)ちゃん?」

 

この施設に集められた仲間達ですら知ら得なかった情報。それをシルバーは赤子の手を取るように示してきた。さっき少女───華風流がしてきた事への意趣返しと言わんばかりに。

 

 

 

 

「勝ちを譲る?負けなら譲ってあげるでちゅけどね~?」

「勝ちだよ、そりゃオレは勝ちが欲しいに決まってるじゃん。ただえさえポーカーフェイスでも疲れるのに戦闘とか無駄な事したくねぇーんだが」

「そんな事言ったって、どうせ負けるのが怖いんでしょ。そう言うのを虚勢って言うのよ、はい論破」

「論破って、ガキかよ?そういうの振りかざしてくるの幼稚に見えてくるから止めた方がいいと思うぞ?」

 

フッと互いに笑い合う。

二人がする挑発の数々は他人の精神を逆撫でるように悪意がある。だが得意分野であるからか、二人は乗ったようには見えなかった。

 

 

 

 

そして、一瞬で。二人は表面上の綺麗事を拭い去り、本物の顔を見せた。

 

 

 

「図に乗るなよクソガキ!警告してやる、これから撫でてやるからガキみたに泣き喚くなよ!」

「────言うわね!アンタに負けたらあたしがすたるのよ!アホ毛男!」

 

シルバーはマグナムとマシンガンを両手に、イルカの形をした水鉄砲を構えた。口の悪い躍り文句を言い、同時に引き金を引き放つ。

 

 

 

紅蓮と華毘、『炎』と『花火』。シルバーと華風流、『水』と『水』。

 

 

間接的にもまるで相性の合った相手を組ませるような意思が見える。これも誰かの考えなのだろうかと。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百十話 何者か

「─────えぇ!?ばっちゃんも来てるの!?」

「ふむ、勿論。君の祖母、小百合様もオレに力を貸してくれている」

 

驚愕して大声を出す飛鳥にカイルは冷静に答える。行方を眩ましていた祖母がここにいると知ったのだから無理もない。

 

「そもそも、戦闘なんかして良いのか?追手にでもバレたりしたら………」

「心配無用だ。この施設一帯を大規模な結界で隠蔽している。小百合様からのお墨付きだ、例え極上忍であろうと破れはしないと約束しよう」

 

 

両手の義手をコートのポケットへ突っ込み、彼は隔壁を見る。四つの紋様が明々と照らされ、現状を物語っていた。目を細め、カイルは呟く。

 

 

「さて小百合様はともかく、あの娘達にとって満足できるかな?……………知るまでもないと思うが」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

拮抗はすぐに崩れた。ジャスミン、過去のカグラである彼女の強さは、ユウヤにはどうすることも出来なかった。

 

 

 

「────ォォォッ!!?」

 

吹き飛ばされたユウヤは何とか綺麗に着地する。そして地面に向けた掌を、引っ張るようにして持ち上げた。それだけで手の中にあった電撃が膨れ上がり、

 

 

 

屋内での落雷を発生させる。しかも普通のものとは違い、数秒に何回も飛来する雷の雨。対してジャスミンは─────気にする様子もなく疾駆する。

 

 

 

「撹乱にしては上々だが────甘いよっ!」

「ッ!」

 

隙を縫うようにして雷撃の雨を潜り抜けたジャスミンは至近距離のユウヤに目掛けて足を持ち上げる。

 

 

足蹴り、狙いは脇腹。

ユウヤは咄嗟に片腕で脇腹へと迫る脚をうちあげようとする。

 

 

 

「────へぇ、良い動きだよ」

 

一連の動きを見たジャスミンは、冗談抜きで彼を称賛する。しかし自らの行動を変えようとせず、そのまま脚を振るった。

 

 

 

 

そこでようやく、ユウヤは判断の失敗を直感する。防ごうとするのは正しい、相手の動きを縫い止めて反撃の隙を突くなどの行動を起こせるから。ならば、何が失敗したのか。

 

 

 

 

威力。純粋な力技。ジャスミンの、元カグラの足蹴を防ぐという考え方が間違っていたのだ。全盛期の姿となっている彼女、その力が普通の忍などとは比べ物にはならない。

 

 

ゴッ!! と。

打ち上げようとしていたユウヤの腕に、ジャスミンの脚が直撃した。そして、ユウヤの腕が後方へと吹き飛ばされる。物理法則に従った動き、力によるもので。

 

 

 

 

 

骨が、ずれた。

手首の動きを整える部位が、明らかなブレを感じる。いや、完全にイカれていた。神経が引きちぎられたかのように、彼の手はぶらん と力なく垂れ下がっていた。

 

 

「ギッ、ィィっ!?」

 

喉の奥から響きそうになる絶叫を、歯を噛み締める事で堪える。同時に地面を踏みつけ、蒼い雷撃を周囲へと飛ばす。

 

しかしジャスミンは軽々と回避し、距離を置いた。皮膚へと渡る前に、射程外である安全圏へ避難した彼女はキセルを担ぎ直す。

 

戦闘を早く終わらせる────青年を倒そうと、次の行動へ移る。その時だった。

 

 

 

 

バヂッ!バヂヂヂヂヂヂヂッ!!

 

空に向けられた右拳に雷電が蓄えられていく。それだけではなく、表面には浮遊していた金属片が融合し更に大きくなる。

 

 

(……………火力によるごり押しかい。少々期待はずれだね)

 

冷静に考えながら、ジャスミンは彼を評価する。感情の振れ幅が無いように見える彼女の目には、確かに失望の色があった。

 

 

 

 

 

「──────ふ」

 

しかしユウヤは精一杯笑った。彼の顔を見たジャスミンが疑問を浮かべる中、彼は圧倒的に力を解放する。しかしそれはジャスミンに向けてではなく─────

 

 

 

 

「──────ブチ割れ!!『雷神武装・巨王力帯(メギンギョルズ)』ッ!!!」

 

自らの足元へと、振り下ろす。それだけ大地が、地面に食い込んだ巨腕に蓄えていた雷のエネルギーが、暴発する。

 

 

ドッッッッッ!!!!!と。

 

今度こそ、部屋の全てが砕かれた。衝撃を殺す為の隔壁も、床も全てが莫大なエネルギーによって解離する。しかしジャスミンは、ジャスミンだけはその場から動くことはなかった。

 

 

と言うのに、彼女は目の前に飛び出してきた巨大なブロックにキセルを叩きつける。動作など無い、直球な一撃はブロックを一瞬でチリへと変えた。

 

 

その時に、ジャスミンは目の前の光景を目にした。

 

 

「っ!?何処に────!」

 

巨大なクレーターはそのままある。しかしそれを引き起こした張本人は近くにはいない。移動したと判断したジャスミンは周囲の気配を探し─────すぐに見つけた。

 

 

 

 

天井に届くかギリギリの上空。空中にいたユウヤはグルグルと回転し、地上のジャスミンを睨み付ける。

 

 

そこでようやく、ジャスミンはあの時の攻撃の意図を察した。あれほどの力で起こした破壊、目眩ましと思っていた行動の真意を。

 

 

 

(あれほどの力を活かしての跳躍!!ああ訂正するよ!存外に頭の回る子だ!!まさかその為だけに大技を放つなんてねぇ!!)

 

ユウヤはそのまま弾丸のようなスピードで突っ込み、巨腕を持ち上げた。もう一度、地盤を崩壊させる一撃を放つ用意が整う。

 

 

勿論、簡単に攻撃を受けてやるジャスミンではない。彼女も勢いよくキセルを振り回し、ユウヤへと叩きつけようとした。

 

 

 

その時、彼は叫ぶ。

 

 

「─────解除!」

 

力が消えた、唯一元カグラに追い縋れる程の力が失われる。しかも意図的に、自分から手放した。ジャスミンは目を見開くが、既に遅い。

 

大振りのキセルをギリギリ回避し、彼は腕を振るった。捻られた身体に隠れた腕にあるものが、光によって輝いた。

 

 

 

漆黒のフォルムをした刃。雷で磁力を操り、周囲の金属を纏わせた黒鉄の鋭く尖った槍のような武装。切れ味抜群のブレードのある方の腕を確認して、ジャスミンは笑みを溢した。

 

 

 

「………流石に驚いたねぇ、そこまでやるかい……!」

「─────嘗めるな、この程度………!あの時の苦痛と怒りに比べれば、浅すぎるんだよッ!!」

 

ジャスミンが言うのは、彼が刃の攻撃を実行したことではない。その刃があるのは、左腕。それが何を意味するかだ。

 

 

 

そう、さっきジャスミンが骨をずらした方の腕。治すのには普通の人間の力では難しい。痛みなどを入れても十秒は必要だ。

 

 

──────『雷神武装・巨王力帯(メギンギョルズ)』による地盤破壊の直後。ジャスミンの視界が隠れた間に、ずらされた手首の骨を強制的に戻したのだ。それも、数秒しかない時間の中で。正確にやった訳ではなく、戦えるなら十分と言った荒業で。

 

 

今でも無理矢理直した代償が、激痛となって彼の脳髄に響き渡っているだろう。だが動きを止めようとせず、更に突き進む。

 

 

 

両腕を重ね、切り替える。刃としての装甲は融合すると長い砲身を作り上げた。レールガン、電撃を扱い弾丸を放つ彼の技の一つを。

 

 

 

「吹き飛べッ!!『雷撃装填・超電磁砲(レールガン・バーストカノン)』!!!」

 

 

爆音と共に。

元カグラと傭兵の戦いは終わった。同時に、他の三人の戦いも終了する。幕引きは、アッサリとしていた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「ねぇばっちゃん、どうして家を出ていったの?心配んだったんだよ?」

「ふぇっふぇっふぇ。それについては時が来たら話すよ、時が来たらね………」

(腕の骨、ずらされたの力ずくで直しちまったな。大丈夫か?後で悪化するとかないよな?)

 

冗談ではなく心配した声音の飛鳥。しかし小百合ははぐらかすようにして誤魔化す。その二人の横でユウヤは片腕をジッと観察しながら、そんな風に考え込んでいた。

 

 

 

 

「シルバー………その人は?」

「えへー、いやシルバーさんとこの娘、華風流ちゃんと仲良くなってねー。意気投合って感じですぜ、そうだろ?」

「………まぁそういう訳ね!意外と気が合うのよ!意外とね!!」

 

肩まで組みそうなくらいの距離を保つ二人に、雪泉の顔がますます曇っていった。真剣に考え込む彼女を他所に、

 

 

(…………本当に誤魔化せてるの?チョロすぎると思うけど)

(そう思うのは分かる。けど不安を見せるなよ、それで気付かれる事はよくあるからな)

 

華風流は不安そうに聞くが、シルバーは適当に付け足す。慣れたような態度に彼女は気にはなっていたが、すぐに諦めたように友好的な話を続ける。

 

 

 

 

 

「華毘、本当だったんだね。花火みたいに爆発するの」

「うぅ………紅蓮さんは大丈夫っすか?モロに当たっちゃったっすけど」

「うん、無事だよ。というか元気が有り余ってるから」

 

何処が!? と皆が叫ぶ。よく見ると紅蓮は所々が焦げており、プスプスと煙が立っている。何故それで笑ってられるのか、もしかして相当頑丈なのか。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

一方で。

 

 

キラは敗北した。彼は砕けたハルバードを地面に突き立て起き上がろうとするが、力なく倒れかける。

 

そんな彼を下した蓮華は満足した様子ではなかった。それどころか、キラを睨みつける。

 

 

 

「お前、ふざけなんよ。手加減してやがったのか?」

「……………」

 

怒りを抑えながら、蓮華はキラに詰問する。しかし、彼は膝をつき、顔を上げようとしなかった。怪訝そうに声をかけようとすると、

 

 

 

 

「────ごぼっ、おぇえッ!!」

 

ビシャビシャ!! と大量の血を口から吐いた。口を手で押さえていたが、指の間から溢れた大量の血液が地面に大きな水溜まりを作る。

 

 

言葉を失い、絶句する蓮華の前でキラは自虐するように笑う。血はまだ口から吐かれ、止まらなかった。

 

 

「………チッ、もう身体を同化させる事も無理か。衰えたな、俺様も」

「お前、まさか────」

「二度の敗北、もしくは俺様から悪意が抜けている証拠か。本末転倒だな、あいつらを守る為に弱体化するとは」

 

キラの闇は悪意、負の感情により力を発揮する。彼の生い立ち、父親への憎悪が形を為してしまった結果。負の感情無しで『闇』の完全支配は不可能へと化した。

 

 

その弊害は無理矢理『闇』を扱う事で起こる。自らの体内を破壊し回るという汚点、それが今もキラを蝕む。

 

 

「大丈夫か………?私が何かしちまったのか?」

「お前のせいではない。俺様の無力が原因だ」

 

口元の血を拭い塊を吐き捨て、心配そうな顔をする蓮華に言いきる。喧嘩をしようと言ってた割には、優し所もあるなと再評価をする。

 

 

 

「貴様───いや、蓮華。個人的に頼みがある」

 

 

その上でキラは頼んだ。座り込み、いや正座の形を作り彼女に頭を下げた。

 

 

「俺様の修行に手を貸して欲しい。俺様もこの力に頼りきりな訳にはいかん。故に鍛えたい…………頼む」

 

プライドも誇りも必要はなかった。誰かを守りたいという考えには。

 

 

「私の修行は厳しかったりするけど、どうする?それでもやるか?」

「─────頼む」

「………バッキャロー!そんな風に頭を下げられると断るにも断れねぇなっ!やってやろうじゃねぇか!」

 

それに対して、蓮華はしょうがないと頭をかきながら応じる。彼女の人の良さにキラは感謝し、更に頭を深く下げた。

 

 

 

「おい蓮華、さっさと肩を貸せ。俺様は怪我人なんだぞ」

「分かったよ、すぐにやるから……………ていうか、なんだ。お前って偉そうだよな」

「この喋り方以外馴れてない。これで通しはするが気にするな」

 

杖を持ち上げ、ゆっくりと歩くキラ。彼の肩を少し支えながらも蓮華は呆れたような笑った。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

それから少し後。皆との話を終え、休憩時間の最中。カイルは資料室の中である書類を束ねていた。複雑な内容の紙を確認していると、ピタリと動きを止めた。

 

 

誰かが 、部屋の中に入ってきた。

 

 

「失礼、少しいいか」

「…………シルバー、君か」

 

後ろから声を掛けてきたシルバーにカイルは短く反応した。ガチャ、とシルバーは扉を閉めると同時に鍵を掛けた。扉に背中を預けながら、彼は気軽に声をかける。

 

 

「カイル、お前はオレ()が異能を使えた事に反応しなかったな。異能を扱えてるユウヤやキラでも反応したってのに」

「…………前から知っていたよ、君の事についてね」

「そう、それだよ。前から知ってた、聞こえは良いが…………オレを知る前からだろ?」

 

 

シルバーはカイルに冷たい目を向けながら、笑みを隠そうとはしなかった。その上で、全く笑ってない声で話す。

 

 

「不思議だよな、忍でも異能が使えるって。あんな詳しく話せるほど分かってるじゃないか、()()()()()()()()()()()()()()()さぁ?」

「何が言いたい?」

 

カイルの詰問が、部屋に響いた。ようやく表情を押し殺したシルバーはカイルに向けて資料を見せる。

 

 

死んだ忍について書かれた所、付箋が貼られた一枚の書類にカイルの目が向けられた。

 

 

「雪泉の兄である忍。そいつの行方を知りたい、お前なら分かるだろ」

「………ふむ、オレも忍界隈には精通してるが行方不明の忍についてはお門違いだ。そもそも、善忍は既に志望宣告をして…………」

「お前に言ってるんだよ、『烈光』のカイル。そいつの行方をお前は知ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故ならお前こそがその張本人だしな、『雪風(ゆきかぜ)』さんよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百十一話 準備期間、終幕

久しぶりに描いたシルバーさん。

【挿絵表示】




シルバー「オレは忍狩りのシルバーってね!カッコいいと思わねー!?オレは思う!!(断言)」

尚、本編のシルバーさんとの温度差が違う模様。


「何故ならお前こそがその張本人だしな、そうだろ?『雪風(ゆきかぜ)』さんよ」

 

 

 

沈黙が、続く。二人きりの部屋の空気はあまりにも温厚とは言えない程に冷えきっていた。

 

 

『雪風』と言われたカイルは動揺もしなければ否定もしない。ただそう指摘したシルバーに対して、観察するような眼で見定めている。

 

 

シルバーは表面上の笑みだけを深め、話を続ける。声音は普段とは変わらないものだが、笑顔にも関わらず、底知れぬ圧力を感じ取った。

 

 

「いやぁーね、雪泉から聞いたけど雪風は両腕だけが残ってたんだってさ。……………そう言えば、アンタも義手だったよな両腕とも」

「…………」

「だんまりか、それは正解だって言ってるのと同じだぜ?」

 

ふざけた様子で話すシルバーだったが、本心

 

 

「────そうだ、君の言う通り。オレのかつての名前は『雪風』、彼女の兄であった男だよ」

 

 

だからこそ、確信を得た瞬間、彼が自ら告白した瞬間。彼の中で噴き出しそうになった感情が炸裂する。

 

 

シルバーは感情の仮面を脱ぎ去り、本来の自分をさらけ出した。忍には不向きとして日々押し殺してきた自分が。

 

 

 

「何故!正体を隠す!何故死んだって事にしている!あの娘の家族であるお前がっ!!」

 

胸倉を掴み上げ、滅多にない激情に怒鳴った。今にも殴りかかりそうな程冷静さを失う彼の姿は、雪泉達が見れば目を疑うだろう。

 

 

シルバーが思い浮かべるのはある光景。祖父と亡き家族の思い出を語る少女は静かに涙を流していた。もう一度両親に、兄に、お祖父様に会いたいと。シルバーは泣き崩れる彼女に何も出来ず、ただ胸を貸すことぐらいしか出来なかった。

 

 

 

 

それなのに、彼女の兄ら生死を隠して、生き延びていた。自らの妹すら騙し、今までずっと。人の事を言える立場ではないが、それでも認められなかった。

 

 

 

「生きている事ぐらい伝えれば良かった!自分の家族を失い、残されたあの娘の元にいてやれなかったんだよ!!答えろ!雪風ェ!!」

「…………雪風はあの日から死んだ。死んでしまったんだ」

 

ボソリと吐かれた言葉に、シルバーは息を飲む。しかしカイルは、雪風だった男は話を続けた。

 

 

「血に濡れた妹のリボンを見た瞬間、オレはこの世界全てを憎んだ。オレの中での憎しみは『混沌派閥』に利用され────聖杯への狂気と変わった」

 

彼が語るのは蛇女子での凶行。ホムンクルスという人間達を生み出し、利用してきた事。

 

 

次第にシルバーは察してきた。カイルが、この男が言わんとすることを。

 

 

「多くの命を生み出し、多くの命を踏みにじった。オレはそれを簡単に行ってみせた。家族を取り戻す為に、それを理由にして。

 

 

 

 

自分がどれだけ穢れたのかも知らず、家族に会う資格すらも無いというのに」

 

それは、違う。声を上げようとしたがシルバーには出来なかった。

 

 

自分も同じだった。銀河という悪忍であったのに、忍狩りを行ってきた自分に、仲間なんて大切な人はいるべきじゃない。

 

否定することが出来ない自分に、何処までも嫌悪が沸き上がる。

 

 

「こんなに罪を重ね続けた男が、自分の兄だと知ったらあの娘はどう思う?それが、どれだけ心の傷を与えることか」

「────」

「でも、オレはもう良いんだ。妹は、雪泉は大切な家族を見つけられたようだ。そして、共に人生を歩む異性(ヒト)もね」

 

 

そして手を離した直後、カイルは深く頭を下げた。それは敬礼でもあり、願いでもある。意図と意味は、聞くまでもない。

 

 

 

「だからどうか────雪泉を頼む」

「──────アンタに言われるまでもない。あの娘は、雪泉達はオレが守り通す」

 

舌打ちを隠そうとせず吐き捨てるシルバー。コートの中に隠れた拳銃を一回だけ掴もうとするも、すぐにそれを止める。

 

 

困惑、そして自身への嫌悪。自らの心境を表すかのように、彼の行動にも感情が剥き出しになっていた。しかしすぐに自分の表面を切り替える。戻った後、雪泉達を心配させないように。

 

 

「そうそう、君に話しておくべき事がある」

「…………話すべき事?」

「──────────────」

 

 

言葉を聞いたシルバーは言葉を失いながらも、その内容を聞き取った。すぐさま目を伏せ、暗黙の中で互いの顔を見合うと、部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い一室。

丸い円卓のような机を中心に十数人の者達が腰かけていた。大半が老齢ではあり、数人は若者という偏った集まりはとある呼称をされている。

 

 

 

忍上層部。

その中でも彼等は善忍達を束ねる者。ユウヤが飛鳥達の情報を漏洩させたと、つまる所利用しているのではないかと疑っていた連中であった。

 

 

 

白歌(しろか)殿、何かありますかな?」

「…………いえ、少し不安な所がありまして」

 

老人に声をかけられたのは、同じく机に座する一人の女性であった。長い黒髪をポニーテールに括り、その名前の通り白さが目立つ程華美な礼装。

 

 

静かに微笑みながら、かつ上層部に位置する女性は善忍の中でも特異と呼ばれていた。その才能と実力、交渉力により上層部に選び抜かれた精鋭の一人。

 

 

 

彼女は透き通るような声で囁くように話す。その声は不思議と全員の耳に届いていた。

 

 

「例のテロリスト、【禍の王】の狙いは京都にいる何かです。周囲の地脈のエネルギーが偏っているのは関係してるでしょう」

「…………うむ、その通りですな」

「一刻も早く、我々も『かぐら』を確保。それが出来なければ封印を。彼女を存命させておくのは難しい話です」

「────白歌殿の言う通り、『かぐら』の確保の為に忍達を向かわせよう。あれを生かすのは危険でしかない」

 

多くの者が賛同し、彼等を束ねる人物もそれに従う。まるで女性の言葉に説得力以上の何かがあるとも疑わず、すらすらと受け入れていた。

 

 

 

 

「───全ては忍の、正義の為に」

 

会議はそれで幕を引いた。それぞれが会議室から出ていくのに続き、白歌も建物から出ていく。

 

 

そして彼女は、森の奥まで歩いていた。自らの礼装が汚れるかもしれないのにも関わらず。

 

彼女がここに来る理由は単純。会いに来る相手がいたからだ。

 

 

「……………お久しぶりです、半蔵おじ様」

「おぉ、久しぶりじゃな白歌よ。懐かしいのぉ」

 

木陰からニッカリとした笑みを浮かべる好好爺。彼の名前は服部半蔵。忍の中でも伝説と謳われる人物。飛鳥の祖父であり、ユウヤの数少ない信頼出来る老人。

 

 

 

先程の言葉からして分かる通り、白歌は半蔵とその妻である小百合に世話になっていた。親も亡くなっていた彼女にとって二人は師匠であり、彼等の孫娘である少女は妹として可愛がりたいと思っていた。

 

 

話が逸れたが、彼女は半蔵に返しきれない恩がある。親代わりでもある恩人である半蔵には頭が上がらないのだ。

 

 

「にしても、昔とは違い良い体つきになったのぉ。飛鳥よりも大きいかもしれんなぁ」

「半蔵おじ様?小百合様が知ったら怒られますよ?」

「うむ、それは分かっておる…………しかし、それはお主も同じだろう?」

「………同じ、とは?」

 

不意に言われた言葉に、白歌は不思議そうに首を傾げる。何か思い当たる事が無く、本気で分からないといった様子であった。

 

 

しかし、半蔵は引き下がらない。その理由を自らの口から明かした。

 

 

 

 

「飛鳥達の情報を【禍の王】に漏らしたのはお主じゃな、白歌」

「…………何故ですか?私がそうする理由は?」

「ハッハッハッ、わしだって現役じゃぞ?探るのは得意中の得意じゃよ。それにしても、京都に多くの忍を向かわせるとは──────何を企んでおる?」

 

 

殺気ではなく、尋常ではない威圧が向けられた。それを受けた彼女は震えながら後退しそうになる。だが、その前に白歌の身体が蠢いた。

 

 

 

「……………」

 

彼女は深く息を吐くと、髪止めに手を伸ばす。外されたつるやかな黒髪はサラリと宙になびく。

 

 

 

翡翠の眼を閉じ、()()()()()()()()()()を向けた。それだけで彼女の風格が完全に変わる、人として入れ替わったかのように。

 

 

 

「改めて、お初にお目にかかります半蔵さま。私は白音、【禍の王】『四元属性』、『黄』の白音(はくね)と申します」

「…………やはり、そうか」

 

両目を伏せた半蔵は重苦しい溜め息を吐いた。自分が僅かにも信頼していた忍の女性が、忍全体を裏切り、利用していた。同時に自分の孫娘を陥れた元凶であると。

 

 

 

 

「いえ、半蔵おじ様。初めに裏切ったのは善忍ですわ。私を、白歌を駒として弄んだ。その報復として私は彼等を利用してたに過ぎません」

「なるほど、しかし解せん。憎き善忍の元に何故戻ってきた?」

「私を救ってくれたあの方への恩を返す為、私の同胞達の願いを叶える為、そう思えば苦痛とは思えません」

 

 

優しく笑う白音は悲しげに囁いた。しかしそれも一瞬、顔色を変えながら、戦えるように身構えていた。

 

 

「わしと戦う気か?久しぶりにやってみても構わんぞ?」

「いえ、戦いはしません。すぐに終わらせますので」

 

 

そう言うや否や、白音は懐から取り出した物を投げた。何かの液体が入った注射針。しかしそれは半蔵の方にではなく、全く見当違いの方角へと飛んでいく。

 

 

それを目にした半蔵も何を企んでいるのかと顔をしかめる。このまま地面に突き刺さり、無意味に終わると判断したからだ。

 

 

 

 

が、しかし。

 

トスッ! と精密な動きで注射針が翔んだ。弾丸のような速度になった注射針は何らかの力で軌道をすぐに変えて、半蔵の右肩に直撃したのだ。

 

 

思わず呻く半蔵を横目に、右目を怪しく輝かせる白音。これは彼女の能力の片鱗でもあった。

 

 

 

天輪(てんりん)羅針眼(らしんがん)

忍の世界でも希少とも言える魔眼。対象と認識した物の軌道を自由自在に操る彼女の得意技。適当に投げた注射針は彼女の支配下として、半蔵の隙を突くような攻撃をしたのだ。

 

 

更に、それだけでは終わらない。

 

 

「我が組織の叡智の一つ、『イガナンテ』。昆虫などの睡眠毒を異能の力と融合させた最高峰の睡眠針です」

「毒矢………いや、麻酔薬か」

「えぇ、そうです。これは忍を一発で眠らせる事が出来ます。

 

 

 

 

 

ですので半蔵おじ様、これで終わりですよ」

 

刺さった事で機能が働いたのか注射器の中身が注入されていく。その液体が完全に入りきった途端、半蔵は近くの木に背中を預ける。

 

 

勝った。白音はそう確信して、余韻に浸ろうとしていた。直後、半蔵の口から小さな溜め息が漏れた。

 

 

「………全く、わしも衰えたのぉ」

「……………?」

「五百本はいけた筈じゃが、二百本程度か。いやぁ、年を取るのは困るわい」

 

 

遠回しに言われて白音はすぐに気付いた。自らの身体を縛りつける───およそ二百本の針金を。

 

 

(そんな!何時の間に!?)

 

息を呑み、心から戦慄する。仕組まれた事すら読めなかった。忍のスパイである白音は上層部でも並々ならぬ実力を持つ、それなのに針金の存在を気付けなかった。

 

 

────これが伝説の忍。その名は伊達ではないと改めて認識させられた白音は何も出来ず、固まることしか出来ない。

 

 

 

そして、その目の前で。欠伸をかきながら半蔵は注射針を軽く抜き取る。その動きには麻酔を受けた感じは、効果は見られなかった。

 

 

「くっ!?『イガナンテ』を耐えきるなんて!?」

「ホッホッホッ、あまりわしを甘く見ないで欲しいのぉ。ほれ、さっさと話さんか。お主らの狙い───京都で何をする気じゃ?」

 

顔色を変え、忍の顔を見せる半蔵が指を動かす。糸か何かを使っているのか、身体を拘束する針金が強く締まる。

 

 

下手に黙っているのは得策ではない、そう判断した彼女はあっさりと諦めた。そして自分達の目的を話し始める。

 

 

「…………一つは王の為。王は未だ完全体ではありません。覚醒させるには同じ超越者の力が必要です」

「その力を持つ者、『かぐら』が京都におるんじゃろう?わざわざ忍を動かすのも手に入れ易くする為か?」

「違いますよ、半蔵おじ様。それはもう一つの目的」

 

 

クスリと笑う白音は告げる。淡々と話を続ける彼女だったが、この話をしようとした途端、顔色が優れなくなる。

 

「私達の同胞の望みです。彼等は忍達に恨み、憎悪を抱いています。大切な家族を奪われ、居場所を追われたんですからね」

「それでは、まさか───」

「復讐ですよ。知ってますかおじ様?復讐はある種の呪いとも言えます。それは忍にとっても有害であり、彼等を蝕む毒にもなります。どちらも良い結果にはなりませんが……………別に構いませんよね?だって手を出したのは忍達の方ですから」

 

彼女の顔には隠される事の無い憂いがあった。自分達の仲間、家族と言っても過言ではない程の親愛を抱く者達が、自ら破滅に進もうとする事に思うところがあるのだろう。

 

 

そう考えていた半蔵の前で白音はクスリと微笑んだ。半蔵はすぐさま彼女を見るが、ゆっくりと口を開いて何かを話そうとしていた。

 

 

声もなく、口の形で言葉は読み取れた。

 

 

 

 

────真上が不注意ですよ、おじ様?

 

取り押さえられ、追い詰められた筈の白音は────笑みを隠そうとしていなかった。それは諦めたとか苦笑いではなく、本心からの喜びの感情。

 

 

 

数秒ばかり訝しんでいたが、半蔵はすぐにハッとして懐からクナイを取り出す。その直後の出来事だった。

 

 

 

 

 

白が。純白の煌めきが上空を多い尽くす。大規模な結晶が巨大な槍となって襲い掛かった。それも上空から、半蔵を叩き潰さんと。

 

 

 

「ぬ、ぉぉぉぉぉおおおおおッ!!!」

 

咆哮にも似た気迫の声が、老人の喉奥から響く。自身の身の丈以上の結晶塊を、クナイ一本で止める半蔵。余裕とも言える行動を取る老人の顔は必死そのものであった。

 

一瞬だけ、力を弱めることで軌道をずらす。巨塊は横に逸れ、スピードに乗った勢いで地面を抉っていく。何とかいなした半蔵はすぐさま、

 

 

「ふッ!」

 

クナイで空を斬る。ヒュッッ!!! と軽い音と同時に激しい金属音と火花が散った。近くの木々を問答無用で穿つ鋭い突きとも言える斬撃を防いだのだ、たった一本のクナイで。

 

 

対する斬撃は、鋭利な金属剣によって振るわれていた。まるで一つの最硬度の金属を何百年も削り続けたような神秘的でありながらも、殺人に特化した機械的なフォルムも持ち合わせたそれは─────ある人物が有する()()の剣。

 

 

その男はするりとした動作で脚を退ける。まるでスケーターが氷を滑るように、地上を滑り歩く黒髪の男。

 

 

 

「────流石だ、俺の一撃を耐えきるとは。伝説の忍も伊達ではない」

 

 

彼はあくまでも半蔵を賞賛する。不意打ちとも言える二連続の攻撃を掻い潜り、よく耐えきったと。

 

 

半蔵は彼の姿を見て、今度こそ言葉を失った。その顔は何処か懐かしさがあった。かつて自分と争いあったライバルと似た風貌のこの男は───────

 

 

 

「お主は─────【禍の王】の………!」

覇黒(はぐろ)、どうせ知ってるだろうから名前は伏せないぞ?」

「勿論、知っとるわ………雪泉と同じ、黒影の………もう一人の孫……!」

「へぇ、そこまで知ってるとはな」

 

賞賛するように言う覇黒はカツン!と脚である剣を鳴らす。

 

 

【禍の王】『四元属性(エレメント)』の幹部格であるこの青年の情報は半蔵も熟知していた。そして彼が何をしようとしているのかも。

 

 

「………復讐か。黒影への憎悪を、従兄弟にまで向けるか………!」

「無関係?違うな、雪泉と俺は関係者だ。あいつは黒影の意思を継いだ以上、黒影の痕跡を完全に滅ぼす、雪泉も俺の手で殺す」

 

半蔵は、亡くなる前の黒影に託されていた。孫娘である雪泉と同じく育てていた少女達の事を。そして、行方が知れず病気の身体を動かしてでも、探していた()()()()()()の事も。

 

 

それなのに。

祖父の事実も知らず、彼に憎悪を抱く『もう一人の孫(覇黒)』。彼は黒影が思い残した雪泉を殺そうとしている。

 

そうすることで、憎き祖父の残した希望を踏みにじれると───────自分を捕らえ、拷問し続けた『何者か』によって植え付けられた仮初めの憎悪を終わらせられると。

 

 

 

「───そうは、させんッ!」

 

 

ガキンッ!!

 

 

「ハッ、衰えてるな半蔵。この程度の攻撃が精一杯か?」

 

隙を突くように放った小太刀の、渾身の一撃も通じない。覇黒は脚を持ち上げ、それを軽く弾き飛ばす。『イガナンテ』という麻酔薬の効果が発揮されている、そう実感が湧いてくる。

 

 

そのままバランスを崩しながらも距離を置こうとする半蔵の背中に三本の注射針が刺さる。

 

 

針金による拘束から解かれた白音。投擲された麻酔薬に気付く事も出来ず、服越しの針が皮膚に液体を流し込んだ途端、半蔵は力なく倒れ込む。

 

 

「………ぬ、ぅっ。これ、………は?」

 

視界が歪み、指先が動かなくなってくる。身体の隅々に『イガナンテ』が行き渡った事を証明している。何本分の重度の麻酔薬は、伝説の忍の動きすらも封じようとしていた。

 

 

 

ザッ、と。

反撃も出来なくなった無力な老人の前に二人が立つ。指でも動かせば殺せる、そんな状況の中で話をし始めた。

 

 

「────殺さなくて良いのか?」

「私個人の借りがありますので。おじ様への恩も返したいですから」

 

ふぅん、と呟きあっさりと引き下がる覇黒。必要性も無いと感じたのか、受け入れるのが早かった。

 

 

それもその筈。伝説の忍は既に脅威というカテゴリーから消えたのだから。自分達が警戒する対象が、一定期間だが外れたのだから。

 

 

「1ヶ月程お休みだ、半蔵。その時は新しい世界の誕生を見せてやろう。俺達の、ようやく手に入る居場所を」

 

言い残した二人はこの場から立ち去っていった。ただ一人、意識が朦朧とした半蔵を残して。

 

 

 

 

 

 

 

地面に倒れ伏した半蔵は思わず自嘲した。『矛と盾』、その言葉を孫娘に教えていたのにも関わらず。不器用な青年に、無茶ばかりするなと諭したのにも関わらず。

 

 

 

止めることも出来ず、こうして意識を失いかけている。今の彼に出来るのは、ただ一つ。希望を、託す事だけだ。途切れ途切れの思考で思い浮かんだのは、二人の少年少女。

 

 

 

 

 

 

 

「頼んだぞ………飛鳥、ユウヤ……」




緊急予告!新しい章の解放!



「…………ここが京都か、久しぶりだな」

何の因果か、京都へと訪れるユウヤ達。そんな彼等はある少女との出会いを迎える。



「お前、いや────君は誰だ?」
「あなたは、一体─────」


そして同時に、少女を狙う者達も動き出す。


「ッ!テメェは───!」
「久しぶりだなァ、『黒雷』。そいつを渡してもらおうか」


「私達の!兄さんの仇だ!」
「死ねぇ!!善忍ども!!」



「───さぁ、君達に見せて上げよう。世界を焼き尽くす程の、私達の憎悪を」



次章『5章 京都決戦編』お楽しみに!







「───時は巡り、廻る。さぁ、輪廻の時を刻もうか」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章 京都決戦編
百十二話 一時(ひととき)の安息


今回から始まる京都編は基本ストーリーオリジナル(変わらない所はあるけど)です。


そこの所、よろしくお願いします!


京都。

日本でも過去の建物や並びが多く、名所の多い街。旅行などで行く事が何回もある場所。

 

 

 

伝承や歴史が残り続け、後に大きな争いの舞台となる土地。

 

 

 

 

そして現在────。

偶然と言うには、意図や陰謀が絡んだ物語が幕を開く。その舞台に現れた登場人物達も、何も分からず動いていた。

 

 

 

 

 

「でも、京都に行けるなんて正直意外だったよね」

「そうか?だが我は気にしてないぞ!日本の名所、京都の旅行だ!楽しまねばなるまいよ!」

 

ポツリと漏らした飛鳥の言葉に反応したのは人形のような大きさをした小人。それでいて邪悪さと神聖さを兼ね備えたモノ。

 

 

 

 

統括者 ゼールス。

自分の手で全ての生物を統括した完全な理想世界を作り出そうと企んだ高次元的存在。『神の器』 天星ユウヤを利用し聖杯を使おうとしていたが、彼と少女達によって敗北し、今のような姿になっている。

 

 

彼としても現状に不満は無いらしく、普通に生活している。後遺症として与えられた小さな身体に悪戦苦闘しているが、共に生活している彼等が支えていた。

 

 

 

 

 

 

「うん────カイルさんが“京都に旅行してきたらどうだ?”って言ってくれたからだよね!」

「あぁ、そこんとこは感謝しないとな!あの人も気が回るぜ!」

 

…………そこが一番問題なんだよ、とユウヤは溜め息を押し殺した。

 

 

 

 

 

そして、彼女達は統括者を主にして京都の町並みや名所を満喫していく。

 

 

「飛鳥、あれは何だ?我の未知せぬ建造物だ」

「金閣寺だよ!昔に立てられた金色のお寺!何時だったかは……………えぇっと」

「…………全然金色ではないか。まぁ、金なんぞ雨で溶けるから当然か。あんなのに金をかけるとは、昔の人間の考えは分からんな」

「そんなドライに言わなくて良いのでは………?」

 

 

 

 

「何?舞妓だと?」

「そうそう!京都と言ったらもうそりゃ舞妓さんだよ!何なら名物の一つだぜ!」

「………それは舞妓に触ることですか?」

「斑鳩、そいつは違うな。アタイは触るんじゃない、もみもみしたいんだ!」

「────それも文化か、我は受け入れよう。そのようなものは拒絶する理由は無いからな」

「いや、受け入れないでください!キチンと拒絶してください!」

 

 

 

 

 

 

「─────」

「…………」

 

 

そんな彼女達を他所に、ユウヤと柳生の二人は建物の影で待機していた。彼等がそんな風にしている理由は単純、動きたくないからだ。

 

 

壁に背を預けながらも、今も元気そうにしてる飛鳥達を見逃さないように目配りをする。人混みが多いが、不可能な訳ではない。

 

 

「………スルメ、食うか?」

「あぁ、貰う。─────しっかし、飛鳥達も元気だな。まぁ京都なんて滅多に来れないからな、無理もないか」

「ユウヤ、お前はあまり反応が無いな。京都には来たことがあるのか?」

「そうだ。私事としてじゃなくて、傭兵としてだから、あまり経験は無いが………土地勘は無いが、ある程度は覚えてる」

 

あむあむ、とスルメを頬張る二人。少しずつ()んでいく柳生の横で、ユウヤは大きく噛み千切りながら飲み込んでいく。

 

 

「─────やはり気になるか?」

「多少、だがな」

 

彼女よりも早く平らげ、親指を軽く舐める。その仕草に柳生はジッと見ながら何かを呟いていた。話の内容はあまり聞こえなかった。『…………いや、少しくらいは良いか?』とか何を言ってるのか分からない、ワカラナイ。

 

 

ユウヤは冷静に、自分の中にある不安を吐露した。

 

 

「カイルが俺達に旅行を提案してくれたのは良いが、この時期になるのは少し気になった。それに都合が良すぎる、何か企んでいるのか?」

 

確かに、と柳生はあっさりと賛同した。

 

ユウヤはカイルの行いを許しはしたが、彼を認めた訳ではない。前科がある以上裏があるのかと考えていた。柳生も同じ考えらしく、そんな風に頭を働かせている。悪いことではない、彼等のような何としてでも守りたい人がいる者だからこそ、必然な事だ。

 

 

 

 

しかし二人は楽しそうに満喫する飛鳥達を見て、

 

 

「…………まず、オレ達が警戒しておくべき事が大事だ。訳も分からない戦いに雲雀が巻き込まれるのが一番不安だ」

「同感だ。奴の考えが分からない以上、乗るしか無いってのが癪だがな」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

一方で、彼等が京都で楽しんでる中。

 

 

「やだぁっ!美野里も遊びに行きたいー!」

「美野里っちと同意見ー!ウチらも旅行くらい良いでしょー!?」

「────夜桜ママヘルプ!!自分じゃあ無理ですね!やっぱりここはオカンの出番だねウン!!」

「誰がママやオカンじゃ誰が。ったく、美野里も四季も何を騒いでるんですか」

 

中々にカオスな状況になっていた。駄々を捏ねる美野里と不満を愚痴る四季に、説得が無理と秒で判断したシルバーが夜桜に泣きつくという凄まじい光景が。

 

 

 

────何だこれ、と。

 

沢山の資料を運んでいたカイルとそれを手伝っていた雪泉が唖然としながらも目の前の状況に対して呟く。そんな二人の感傷に答えたのは、般若面を装着している叢であった。

 

 

 

「…………飛鳥達が京都に旅行に行った事が不満らしい。自分達も遊びたいと」

 

 

 

あー、なるほどね。とひきつった顔でカイルは苦笑いを浮かべる。

 

 

勿論、そんな彼女達に旅行を勧めたのは彼本人だからだ。だからこそ、少しばかり訂正しようと思った。

 

 

 

「彼等は遊びに行ったというのには少し語弊があるね。オレが彼等を派遣したのさ、まぁ知らないのは当然だが」

 

「ふぅーん。忍どもが活発的なのもそれね」

「…………気付いていたのか?」

「まーね。だって元忍だし、情報収集だって暇潰しにはなるぜ?」

 

 

納得したように言葉を紡ぐシルバー。しかしその内容に続きがあるのかひっそりと続きを言う。

 

 

「何て言うの? 『四元属性(エレメント)』って奴等だっけ?そいつらと善忍が全面抗争をするとか言ってたぜ。その下準備と妨害の為に京都に行くとかさ」

 

 

ペラペラと饒舌ながら自分の口で話していたシルバーだったが、途中で飽きたのか話題を切り替えてくる。ニカニカと活気に満ちた笑みを浮かべながら。

 

 

 

「雪泉ちーん、ヴォルザードって男を覚えてる?」

「えぇ、あの研究施設で戦った異能使いですよね」

「─────どんな風だった?雪泉から見て」

 

 

問いかけに雪泉はしばし考え込む。ゆっくりとかつて相対した男についての印象を語る。

 

 

「…………不思議でした。善忍への怨みもありながら彼は世界を、いえ仲間の為に動いていたように感じて」

「オレもだ。決して悪いような人間じゃないように見えた。性格も在り方も、その心も。

 

 

 

 

そんな奴が、何であんな事をしたと思う?」

 

 

言葉に対して答えることが出来なかった。いや、分かってはいたが口に出せなかったのだ。

 

 

雪泉は彼の口から呪詛を聞いていた。自分や仲間達がどんな風な扱いをされてきたかを。それは雪泉ですら知らない、この世界の闇を見せられたような衝撃であった。

 

 

 

だからこそ、あんな風にするしかなかった。そう思っていた雪泉だったが、

 

 

何処か懐かしむような顔を浮かべる青年が呟いたのは、彼女の予想とは少し違っていた。

 

 

「きっとアイツ自身どうしようも出来なかったんじゃねぇの?」

「どうしようも?………それは一体」

「さぁね、けどさ思うんだよ。感情には実体は無い、けど概念的な存在がある。この世界からつま弾きにされて苦しんできた奴等の怨嗟と憎悪、それによって復讐が始まる。

 

 

 

 

 

────何つーか()()()()()()()?よくある物語の流れみたいに」

 

アッサリとシルバーは核心を突くような事を言い切る。意図も分からずに首を傾げる数人の中で、雪泉とカイルだけ沈黙していた。

 

 

全ての事が計画されている、そのような考えがあるのはすぐに分かった。

 

 

 

「この状況を作った黒幕は楽しんでるだろうなぁ。……オレに余計な事を告げ口してきやがったあのイカれ野郎、見つけたら必ず殺すッ」

 

何処か掴めない様子から一転、顔から表情の全てを消して怒気を放つシルバー。この場には大切な少女達がいるのだが、彼はそれすら忘れ程の怒りに囚われていた。

 

 

 

自分が心を許した少女が、両親を殺した黒影の孫娘であった事。これを知った雪泉は悲しんで涙を流した。何も悪くないのに、ごめんなさいと謝っていた。

 

 

 

許せない、許せる訳がない。あの仮面の怪物を。目の前に出てきたら確実に殺す。いや、殺しても気が済むとは思えない。

 

 

そして同時に確信する。やはり今回の事も怪物が絡んでると。人の苦しみと悲劇を嗤う、忌まわしき混沌が。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

駆ける

 

 

駆ける

 

 

────必死に、駆ける

 

 

木々の間を掻い潜るように、風を裂いて一つの影が静かな光景を通り過ぎていく。疾風とも言える速度で走る人物は、酷く苦し気であった。

 

 

 

「……はっ、はぁっ!───くはぁ!!」

 

呼吸も荒く、苦しそうに呻きながらもその人物───いや、女性は走り続けた。なんの為に走るのか、その理由は単純。

 

 

自らが抱き抱えている少女。幼さのある女の子を守るため、それだけで十分であった。

 

 

「……奈楽ちゃん、もう休もう。このままじゃ倒れちゃうよ」

「……………そうですね、分かりました」

 

奈楽と呼ばれた女性は少女の言うことに従い、動きを止めて休憩を始めた。

 

 

この事から分かるように、少女の方が身分が上なのかもしれない。女性はそんな少女の護衛であるのだろう。

 

 

ならば、何故彼女達は走っていたのか。それも難しく説明する必要もない程簡単である。

 

 

 

 

 

──────逃げていたのだ。少女を狙う追手達から。

 

 

 

 

 

「─────見つけた」

 

無機質な声が、風に乗って透き通った。熱を帯びた憤怒も嬉しそうな声でもなく、何も無い空虚。

 

 

一つだけではなく、複数の声が続いて出てくる。

 

 

「見つけた」

「見つけた」

「見つけた」

「どうする?」

「どうすれば?」

「標的を保護する障害、その体調は?」

「疲労は十分、このまま追い詰めるべきだと判断」

「その前に、『中枢』の言葉を通達はする。行動はそれからだ」

「了解」

「了解」

「了解」

 

黒、というより青。詳しく言えば深海のように薄暗い藍色の外套を纏う集団がいた。顔は何らかの仮面で隠しており、感情の起伏が見えない。ゆらゆらと亡霊を思わせる幽鬼のように揺れるその姿には不気味さが滲み出る。

 

 

あまりの気味悪さに幼い少女が強張る。そして少女を抱き抱える女性も少女を怯えさせた存在に顔を歪めた。すぐに敵意と怒りという感情に変換することで。

 

 

「ッ!もう追いつかれたか!」

 

 

忌々しげに舌打ちをする女性。目の前の集団こそが、彼女の言う追跡者。何日も休まず、侵攻してくる追手に違いなかった。

 

 

機械を思わせる装甲を纏う覆面の兵士。人形のように何かが欠落した装甲兵士(アーマード)。忍という裏社会の存在とは駆け離れた存在の一片。

 

 

 

 

「────我等が通達する事は、ただ一つ」

 

集団の中から躍り出る影が一人。他とは違い、大きな体格の人物。同じ外套を纏い、その片手には装甲と同じ色合いの斧が握られている。

 

 

周りの兵士と変わらぬ声音。合成音声を疑わせるほど精密な声は彼女にこう要求を示した。

 

 

「『かぐら』を渡せ。そうすればお前の命は保障しよう」

「………抜かせ、この下郎が。かぐら様に指一本でも触れさせはしない」

「そうか─────」

 

 

怒りに満ちた返答を聞いても、装甲兵士(アーマード)の反応は変わらない。普通なら失意や逆上があってもおかしくないのに、他の者達と大差なく感情が欠落している。

 

 

そんな過酷な状況に、奈楽という女性は『かぐら』と呼ばれた少女を後ろに下がらせた。

 

 

 

「かぐら様、どうか身を隠してください」

「な、奈楽ちゃんは?」

 

 

ご安心を、と彼女は告げる。

 

 

「この命に変えてでも、必ずお守りいたします」

「──────やれ」

 

心配させないように向き直る奈楽という女性の前で、ゆっくりと左手を振った。それが合図となる。

 

 

 

十数人の装甲兵士(アーマード)が一斉に殺到する。最早壁にも等しい群体が自らの得物を手にして、標的を捕獲、同時に障害の抹殺に躍り出る。

 

 

対する奈楽は、唸るような勢いで脚を振るう。両足に繋がれた鉄球が振る舞わされながらも、宙を暴れ狂う。

 

 

 

 

激しい衝突。大地を森をも揺るがす衝撃波。近くの動物達が恐怖により逃げ出すが、それでも戦場から戦いの余波が消えることなく、広がり続ける。

 

 

 

 

 

 

 

そして、件の場所から離れた場所。

十人程度の装甲兵士(アーマード)が散開していた。差違があるとすれば、少女達を追っていた装甲兵士(アーマード)より装備が上質、強さが格段と上がっていたのだ。

 

 

強化個体。そう呼ぶべき兵士達は円を作るように並んでいる。彼等は円形の中心に、真ん中にいる一人の青年へと向けられていた。

 

 

 

「────よし」

 

周囲の兵士と同じく暗い色の軽装を帯びる青年が平坦とした様子で頷く。顔色には表立った感情は見えず、機械のような義務的なものしか感じられない。

 

 

彼は身動きもせずに兵士達からの情報を耳にしていく。聞き流しているように見えて、脳内にまとめあげているのだ。そして、追手の状況を理解して更なる命令を与えた。

 

 

「休憩中の『盾』と接敵中の『斧』を前衛に、『弓』を後衛に置け。戦術は単純、前衛であの娘を相手取り後衛は支援と遠距離攻撃を行え。『かぐら』よりも先に娘だ、奴を無力化してから捕獲しろ」

 

 

青年の命令に黒衣の兵士たちは無言で応じる。口頭を受け取った兵士達の数人は木々の奥へと駆け出して行くが、十人程度の兵士は彼を護衛するように待機している。

 

 

実を言うと、この森の至る所に何百を越える兵士が個々の集団として動いていた。しかし全てを動かそうとはしない、追撃する部隊で標的を追い立てて、その場に待機している部隊と挟み撃ちにする。

 

 

圧倒的な戦力差を用いて起きながら、その青年が全ての兵力を使わないのには理由があった。

 

 

「手負いの獣は余力を振り絞り襲い掛かる。ならば余力を削り切ればいい。昼夜問わず追うことでな」

 

ササクレ程度の警戒心。全て数で圧倒していたというのに、そこから逃げ出した時の可能性を疑っている。追跡も出来ずに逃すくらいなら、数人を連続で襲う方が確実性がある。

 

それだけのものを元として青年は部隊を動かしている。自らの中にある疑心を信用し、全ての情報を警戒していく。相手がもう戦うことが出来ない、そう聞いた情報すら疑い、騙された時の事を考えている。

 

 

故に消耗戦。陰湿なまでのこの作戦にはそんな風な疑心が絡んでいた。

 

 

「奴が弱り果て、抵抗できなくなるまで追い込め。決して気を許さず、体力を浪費させていけ。そして、『かぐら』の捕獲に力を尽くせばいい」

「…………抵抗してる娘はどうします?」

「痛めつけるのは良いが、生かしても面倒だ。無力化を確認次第、処分をしろと命じてある。

 

 

 

 

────コソコソと逃げ回る鼠め。お前を片付けて『彼女』を我々が確保する。いや、我々でなくても構わないか。いずれにせよ、我等の宿願に近づくのに変わりはない」

 

青年の言葉を変わりきりに、空気が変わった。無口であった兵士達がスイッチが切り替わったように声を響かせていく。それは最早言葉の羅列ではなく、詠唱に近かった。

 

 

「─全ては願いの為」

「───全ては望みの為」

「─────全ては理想の為」

 

 

一つの単語だけを変え、兵士達はそう繰り返す。自我が存在しない機械のように寸分違わず同じ言葉を告げていく。

 

その中心で青年は、自らの歯を噛み砕く。ゴギィ! と硬い感触を口に含み彼は口先を広げた。人はそれは、笑顔という。だが、決して生易しい感情によるものではない。

 

 

彼等が口にするのは、祈りと怨嗟。一句違えず、王への敬服を、世界への憎悪を。

 

 

 

「────全ては我等が宿願、我が王、『ゼロ』の為に」

 

歪みきった笑みをその顔に彫り込み、青年は立ち上がる。十人の兵士達と共に今も逃げる少女らの追跡を行う。見落としていたが、彼等の軽装にはある紋様が印されていた。

 

 

 

赤、青、黄、緑、四つの色の中心にある(虚無)。組織のトップとその幹部達を示す────『四元属性』。四方の陣はその組織のエンブレムを意味していいる。

 

 

 

人為的に力を与えられた、『四元属性』の異脳使い。様々な因縁によって引き起こされる守る為であり復讐の為である戦いが、京都で引き起こされる。

 

 

これはその予兆。来るべき大戦の前座に過ぎない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百十三話 遭遇

先週は投稿できなかった事を言い訳させてください!(切実)

ネタが………ネタが無かったんです!決して他のゲームや他の小説投稿に時間を尽くしたせいとかじゃなくて、本当にネタが無かっただけで────あ!止めて!イシナゲナイデ!


「──────ッ!?」

 

思わずユウヤは顔をしかめた。何かを察したのだ、得意の傭兵としての勘ではないナニか。不審に思いながらもユウヤは心配そうに見てきた少女達に明かした。

 

 

 

「………人が追われてる」

「え!?」

「二人とも女性だと思う。だが追手の方が数が多い、このままだと捕まる可能性がある」

 

そう言った途端、飛鳥と口にしたユウヤは互いの顔を見合う。確かめ合うように頷いてすぐに向かおうとするが、

 

 

 

「まぁ、待て二人とも」

 

飛鳥の肩に乗っていた十数センチの小人 ゼールスが引き留める。突然の事に目線を向ける彼等に、統括者はこう聞いてきた。

 

 

 

 

「率直に言おう──────助ける必要があるか?」

 

 

統括者の言葉は、ゾッとする程落ち着いていた。冷えきっていた訳でも楽しそうにしていた訳でもない。ただ平然と、まるで今日の出来事を語るように、あっさりと。

 

 

しかし彼の立ち位置から見ても無理はない。

自分から戦いに入るのは愚策とも言って良い。相手が無関係な者なら見逃しても責められることは無いだろう。

 

 

「自ら敵を増やす事に意味があるとは思えん。見なかった事にして回れ右するのが正しい判断だ。多くの者が取る正しい行動だよ」

「────それでも」

 

 

正しい判断がそうだとしても、多くの者がそうするとしても。

 

 

 

 

「見殺しになんて、できないよ」

「………同感だな」

 

二人は答えを出した。飛鳥は自らの肩に乗ったゼールスを優しく地面に降ろし、ユウヤと共に着いていく。

 

 

置いていった理由は優しさからだろう、巻き込まないようにと。

 

 

「やれやれ、善性というものは伝染するのだな。彼女の抱く正義は彼へと、彼の望む理想は彼女へと。しかしこれも良い方向だと考えるべきか」

「ゼールスさん?どうして雲雀さんの肩に登ってるんですか?」

「何、君達も追うんだろう?我も着いていくまでの話だ」

 

 

聞くまでもない。何も言わない事こそが、彼女達の意思表示だった。呆れたように呟く統括者も、悪くないと満足そうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃亡しながら戦っていた奈楽は明らかに追い込まれていた。たった数十人が群れようと彼女は負けるつもりは無い。何時も通りに適当に薙ぎ払って立ち去ろうと考えてもいた。

 

 

しかし、今回は思うようにいかなかった。相手側のやり方が、まるで策謀が行われたように姑息になっていたのだ。

 

 

大勢が近接戦闘を仕掛けたり、後ろにいる者が遠距離攻撃を躊躇いなく放ってくるのだ。それも奈楽に向けてではなく、かぐらを巻き込むように。

 

 

 

当然、奈楽はかぐらを護ろうとする。それにより徐々に体力と精神が少しずつ削られていく。

 

 

 

その内、装甲兵士(アーマード)の一人が、かぐらへと近寄ろうとしていた。立ちすくむ彼女に手を伸ばそうとする。

 

 

「────かぐら、かぐら」

「かぐらさま!!」

 

戦いの最中ながらも奈楽は鉄球を振るう。その装甲兵士(アーマード)を重い一撃で吹き飛ばす。彼女を護ろうとするその姿勢────それが仇となった。

 

 

 

だからこそ、警戒しなければならない距離までの接近を許してしまった。

 

 

「がっ………ふ!?」

「気を反らしたな。彼女を案じるのは良いが、それは失態だ」

 

重たい衝撃に奈楽は肺の中の空気を吐き出す。腹部に斧持ちの装甲兵士(アーマード)の膝が打ち込まれたのだ。

 

 

それだけでは終わらず、倒れた奈楽をもう一度蹴り飛ばす。サッカーボールのように跳ねた彼女は苦し気に呻いた。

 

 

「残念だったな、小娘。貴様を倒してかぐらを確保する………………が、その前に」

 

奈楽に近付いた装甲兵士(アーマード)が、ゆっくりと斧を掴む。その刃を綺麗に整え、倒れたままの彼女に見せつけた。

 

 

 

「抵抗できぬように殺す。一撃で終わらせるから身動きをするなよ」

「…………っ」

「最後まで彼女を気にするか………健気だな」

 

断頭の一撃が、振り上げられる。

ゆっくりとした動きは狙いを定めたものであり、回避を難しくさせる為の意図があり、読み取ろうとするのは不可能に近い。例え避けようと動こうが、逃げようとしようが、確実に奈楽を仕留めようとする。

 

 

 

 

ここまでか、と奈楽は感じていた。しかし眼は閉ざされる事無く、多くの装甲兵士(アーマード)達に囲まれようとしているかぐらに向けられる。

 

 

 

 

(…………せめて、かぐらさまが逃げられる時間だけは作るッ────!)

 

例え、自分の命を使ってでも。

 

 

そう決意した奈楽は足に繋がった鉄球で、かぐらに寄ろうとする兵士達を吹き飛ばそうとする。実行すれば自らが殺されるだろうが、かぐらを逃がす時間が出来ればいい。

 

 

 

そんな彼女の考えを理解したのか、一足早く斧を振り下ろされる。

 

 

直後。

 

一瞬前に、動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

雷撃が降り注いだ。大地と大空を引き裂く爆音が響き、肌をビリつかせるほどの衝撃波が突き切る。

 

 

 

 

 

「────たった二人を相手に、大人数で面白そうだな」

 

地盤そのものを揺るがしたのは、一つの拳。漆黒の装甲を軽く纏った腕は帯電しており、青白き雷光は一瞬で周囲に駆け巡った。それらを身に浴びた装甲兵士(アーマード)達は一斉に雷鳴を直視する。

 

 

────かぐらという自分達の標的の捕縛と、奈楽の殺害を止める形で。最優先するべき目的を忘れる程、彼等は硬直していた。

 

 

 

 

そこにいたのは、青年。人なら簡単に感電させてしまう程の電撃の中心で静かに佇んでいた。平然とした様子で顔色を変えようとしない─────いや、現状を目にしただけで険しくなる。

 

 

 

首もとに巻いた赤のマフラーを片手で払い、前頭姿勢になって構えを取った。

 

 

 

 

「悪いが、邪魔立てさせて貰うぞ」

 

似合わないと感じながらも、ユウヤは雷を帯びた状態で地面を再度踏み込む。たったそれだけの動作で、戦況が変わる。

 

 

 

 

────直後、戦場に雷光が荒れ狂う。たった一人の青年による猛撃が、幕を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

────雷撃が轟く

 

 

 

盾を構えた装甲兵士(アーマード)の一人が叩きつけられる。しかし、それには一秒すら掛かっていない。バヂィッ!! と音だけを残してその場から移動する。

 

 

 

 

────雷鳴が轟く

 

 

 

雨のように迫る銃弾や光の矢、莫大な火球を撃ち抜いて、それでも止まることを知らない。

 

 

 

────雷光が轟く

 

 

 

音速並みの速さで駆け抜けたユウヤは何人もの装甲兵士(アーマード)を無力化した。それに掛かった時間は数秒、最早人の技には見えなくなる程の偉業。

 

 

 

補足するが、天星ユウヤの異能は『雷』、より正しくは『雷神』。雷を操る神の力こそが彼の能力。故に彼は雷を思い通りに、手足のように操ることができる。

 

 

 

雷撃に似た高速移動もその一端である。

自らの神経や筋肉に流した電気を活性化させ、身体能力を底上げする力。肉体が耐えきれるかの問題だが、彼自身鍛えているのであまり気にする必要はないらしい。

 

 

 

 

「──────」

 

 

そんな彼の独走を、止めようとする者もいる。ずんぐりとしていた巨体───『斧』と呼ばれていた部隊長である装甲兵士(アーマード)。文字通り鈍器でもある凶器でもある片手斧を横へと振り払った。

 

 

 

ガギィィン!! と金属と金属がぶつかり合う。斧に取り付けられた刃と腕に纏われた鉄の装甲が火花を散らせる。

 

 

「どうやらお前がこいつらのリーダー格みたいだな」

「………いかにも、私が『斧』の部隊長だ。しかしそれを理解してどうする」

「司令塔を叩くのは当然のやり方と思うだろ。奴等の連携を崩し手立てになるかもしれないからな」

「─────物事の順序に気付けていないのか。君は何の為に参戦してきた? それは彼女達を護るためだ」

 

 

周りを見ると薙ぎ倒した筈の装甲兵士(アーマード)達が平然と立ち上がり、陣形を整えていた。ユウヤは雷で感電させたり、音速のスピードで殴ったり蹴ったりした。それなのに傷が無いと言わんばかりの様子の兵士達、おかしく思うなと言われるのが無理な話だ。

 

 

そして陣形は囲むように成り立っている。中心にいるのは『斧』とユウヤ、そして奈楽とかぐらだけ。何を企んでいるのか、彼自身も気づいた。

 

 

 

───彼女達は囮だ。ユウヤが護ろうとすることで隙を作らせる為の。

 

 

 

「やり方が陰湿だな………性格がよく分かるぞ」

 

ユウヤは一端距離を置いて、彼女達の前に立つ。自らに雷電を纏う彼も状況の不利を理解していた。

 

 

『雷神』は広範囲や小回りの効く力、しかし誰かを護りながら戦えるほど万能とは言い難い。だからこそ、彼等が仕組んだ作戦は。

 

 

 

「だが、見誤ったな」

「───?」

「二人を大勢で追い詰める奴等の考えなんざすぐ読める!俺が、俺達が対策してないと思ったか!!」

 

ユウヤは『斧』の身体を蹴り飛ばすと、タンッ! と宙に跳ぶ。逃げ場を無くす行為に不思議と思っていたが、

 

 

 

その時だった。

 

 

 

「───地昇竜!!」

 

 

ズガァァンッ!!!

 

 

地面から飛び出してきた少女、飛鳥が二刀を勢いよく放つ。地上に、至近距離にいた装甲兵士(アーマード)を容赦なく吹き飛ばす。

 

 

彼等も足元から来るとは予想できなかったらしく、突然の不意打ちに陣形を崩されていた。目の前の脅威への困惑が目に見て取れるくらいの不安定さだった。

 

 

 

 

「柳生ちゃん!後ろの人を狙って!あの人が広範囲攻撃を使うから!」

「任せろ、雲雀は他の敵の動きを」

 

 

ズドンッ!!

 

 

「───ォ!?」

 

 

木陰から姿を現した雲雀が叫ぶと、同じように出てきた柳生が傘に仕込まれた銃で後方支援に徹していた装甲兵士(アーマード)を倒していく。危険な相手から倒していくやり方で次第にバランスも崩れていく。

 

 

勿論、援護をする仲間を潰されるのを黙って見ている筈がなく、前衛向きの装甲兵士(アーマード)達が動き出した。圧倒的な数で柳生達を追い込もうとしているのだが、

 

 

風を切り裂くような鋭い一閃と、叩きつけるような嵐の旋風が巻き起こる。

 

 

「右の方は任せます!葛城さん!」

「ならキチンと頼むぜ!ユウヤ達の所に行かせないようにな!」

 

後ろにいる仲間に呼び掛ける斑鳩は長い刀、飛燕を振り払う。同じく後ろにいた葛城も息巻いて、容赦のない足技を繰り出す。防御を主とした『盾』と呼ばれる実働部隊も苦戦を強いられていた。

 

 

 

 

「二人とも下がって!私達が守るから、大丈夫だよ!」

「お前達は…………忍、いや善忍か?」

「そうだけど!忍務じゃないから…………えぇっと」

 

二人を護ろうとしていた飛鳥は困惑しながら返答に悩む。幸いな事にその間を襲撃しようとする敵はいなかった、正確にはユウヤ達が近付けさせないようにしていたからだ。

 

 

対する装甲兵士(アーマード)達も状況に手間取っているらしい。他の兵士が正反対の方に走り出そうとしていた、増援を呼ぶ気なのかもしれない。

 

 

咄嗟にユウヤは雷撃を放とうとしたが、

 

 

 

 

「───貴様ら、止まれ」

 

 

短い声が、空間に響いた。大きくもない簡潔な言葉に、戦闘を行っていた装甲兵士(アーマード)達が武器を納める。そのまま幽鬼のようにただ立ち尽くす彼等に、ユウヤ達も戦いの手を止めた。

 

 

 

声を出したのは彼等の奥にいる集団の一人、十数人の重装備の装甲兵士(アーマード)達に囲まれた青年。囲まれたと言っても、それらは青年を護るように円陣を築いている。

 

 

 

いつの間にか現れた謎の青年を敵、装甲兵士(アーマード)の仲間だと柳生は判断する。仕込み銃での狙撃をして、青年を倒そうとする。

 

 

しかし円陣のように立ち塞がる装甲兵士(アーマード)の一体がスッと動いた。身を呈して銃弾をその身に受ける。しかし大したダメージも無いのか、平然とした動きで元の配置に戻っていく。

 

 

 

青年はユウヤ達は勿論、柳生にすら意識を向けていない。自らの命を狙われた事も気にした素振りもなく、装甲兵士(アーマード)達に命令を飛ばす。

 

 

 

「退くぞ。こいつら相手に今の戦力では勝ち目がない。『かぐら』の捕獲は取り止めだ」

 

 

自分勝手な言葉に、一部の装甲兵士(アーマード)が反対を口にしていた。

 

 

「────『中枢(セントラル)』、我等が脳 セントラルよ」

「退くのか、逃げるのか、撤退するのか。我々の目的、悲願を前にして」

「自惚れるな。貴様らを補給するのにどれほどのエネルギーを使うと思っている。不要と判断したならば即座に手を引く、それが俺のやり方だ。聞き入れない個体との統合を解除する」

 

 

青年の言い分は乱暴であったが同時に冷酷であった。その意味を理解し、反対意見を述べていた装甲兵士(アーマード)はすぐさま直立不動となり押し黙った。

 

 

一連の事からユウヤ達は理解する。この青年こそがリーダー格、今回の騒動の実行犯だろう。

 

 

「セントラル、それがお前の名前か」

「俺に語る名は存在しない、それは記号だ。他の者に分かりやすいようにな」

「よく分かんないが、こいつらはお前の部下だって事だろ?退かせてくれるんならアタイ達には都合が良いぜ。もう少し戦いたいけどな」

「…………ふ」

 

 

不満げに漏らす葛城に『セントラル』はニヤリと笑う。話を聞いていて可笑しくて堪らないといった嘲りの色が乗せられていた。

 

 

 

「訂正するが、それらは部下ではない。同時に人ではない、まぁ俺にとって関係あるんだが………説明の意義は無いな」

 

そう言って青年はユウヤを見て、眼を細める。観察といった視線はすぐに納得に変わり、深い溜め息を漏らす。

 

 

 

「『雷神』、『神楽』は貴様らに預けよう。今の俺では奪取するのさ難しいからな」

「…………『神楽』、あの娘達の事か?」

「答える義理はない。だが、警戒しているといい。彼女を奪いに来るのは我等、『四元属性』。そしてそれ以外にもいるのだから」

 

言い残して、青年は集団を引き連れて立ち去った。大勢もいた人の気配も一瞬で消失し、先程までの事象が無かった事になる。大勢いた筈の気配が一瞬で一つになった事に不思議に思っていたが、

 

 

 

 

しかし、今気にすることはそれではない。

 

 

 

「おい、大丈夫か?」

「……………失せろ、私達に構うな」

 

 

傷だらけの奈楽に手を差し伸ばすが、軽く払われる。それどころか普通ではない敵意にユウヤは困ったようにたじろいた。

 

 

 

あまりな物言いに柳生や葛城が顔を険しくする。彼女達からしても、その態度は不満以外の何物でもないのだろう。声を出して文句を言わなかったのは、先にユウヤが話し始めたからだ。

 

 

 

「構うなと言っても、お前は怪我人だ。そんなボロボロでどうやって逃げ切るつもりだ?またあいつらに狙われるだけだぞ」

 

誰よりも戦場を知り、戦いに慣れている傭兵の言葉は重い。素人が嗜めるような言い方とは違い、説得力がある。

 

 

現に奈楽は何も言えずに口ごもっていた。ユウヤに言われて聞き入れてる訳ではないが、内心では納得しているのかもしれない。

 

 

にらみ合いと静寂の間で、奈楽に声をかける少女がいた。かぐらと呼ばれていた幼い少女、彼女は芯のある声で奈楽に言う。

 

 

「奈楽ちゃん、この人達と一緒にいこう」

「かぐらさま!?このような者達を信用するのですか!?」

「わたし、悪い人達じゃないと思うの………そっちの小人さんを連れてるから」

 

 

誰を指しているのか、分からなくもない。再度飛鳥の肩に乗っかったゼールスは顔をひくつかせて笑う。小人、小人と呼ばれるのに不満らしく文句を言いたそうだったが、ようやく興味のある視線を彼女に向ける。

 

 

 

「────ふん、我の事を理解するとは。只者ではないな……………む?今、かぐらと言ったか?」

 

言葉の途中でゼールスは眼を細めた。同時にピリッと空気が重くなる。ユウヤ達がかつて統括者に向けられたものと引けを取らない程の重圧。

 

 

 

敵と判断したのか奈楽がかぐらの前に出るが、ゼールスは敢えて無視する。その眼に映るのは疑問と興味、そしてある種の好奇心だった。

 

 

 

 

「小娘、貴様は───────」

 

 

しかし最後まで紡がれることはなかった。何かを感じ取ったのかゼールスは空を見上げ、数秒も経たずに両目を閉ざす。

 

 

ふん、と鼻を鳴らす小人は不快感を隠そうとしない。上空に見えない何かを睨み付け、やはり不快そうに吐き捨てた。

 

 

「───星空に漂う千の眼、いや人工の小星か。どうやら姑息な手合いまで使ってでも情報が欲しいらしい」

「千の眼?」

「……………」

 

 

首をひねる飛鳥。星空、解釈が間違いなければ宇宙だが、それに漂う眼とは一体何なのだろ?

 

 

だがユウヤは静かに黙り込んでいた。千の眼とやらに検討がつくらしい。いや、検討がつくという話ではない。それが何のか知っている─────星を冠する組織に所属する彼だからこそ、よく分かっているのだ。

 

 

 

────そして、今自分達を見ている人物についても、ある程度は予想できる。

 

 

「予定が変わった。貴様ら、この娘等を連れて何処か休める場所に行くぞ」

「………おいおい、旅行が一転して面倒事か?」

「無理を言うな、これは緊急事態だ。世界の命運が掛かっていると言ってもいいくらいにな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百十四話 復讐者達と凶星

今回、麻婆豆腐メンタル様の小説のキャラが出てきます!(出てくると言っても少しですが、)設定を共同させて貰ってるので、其方の方も是非よろしくお願いします!


取り合えず。

ゼールスに言われるがまま、ユウヤ達は京都の宿屋へと移動した。その間は襲撃されるなどめぼしい出来事は無かったが、

 

 

 

「………なぁ、かぐらだったか?何で俺にくっついてるんだ?」

「えぇっと………お兄ちゃんから不思議な感じがするの。一緒にいると落ち着いてくるような感じが」

「?」

 

かぐらという少女はユウヤに引っ付いていた。警戒してるようには見えず、言葉通り安心したように寄り添っている。

 

 

何を言っているのか分からず、ユウヤは怪訝そうに思う。しかし彼も気遣いは出来る人間、幼い少女を心配させる事もなく普通の表情を整えていた。

 

 

 

 

ずっと離れて見ていた少女達から、一言。

 

 

「……………女タラシ」

「おい、何言ってる。止めろ止めろ、そんな眼で見てくるな。俺は特に悪いことしてないだろ」

 

反論しても少女達の冷たい、何故か地味に優しさのある視線が消えることなく、ユウヤはもうどうにでもなれと折れた。当然、奈楽からの殺意に満ちた視線は完全に無視する。

 

 

 

 

 

 

エントランスでの手続きも終え、彼等はホテルの大きな一室に入った。ベットも複数ある大勢の客の為の部屋、お金が沢山かかる筈であったが、ユウヤはさっさと支払っておいた。仮にも組織の中央の一人なのだ。

 

 

 

そうして、最初に飛鳥が口を開く。自分達の素性を話すのが先と判断したのだろう。

 

 

「ええっと、まず私達は────」

「必要ない、お前達の名前などいらん。さっさと本題だけを話しておけばいい」

 

「…………お前、助けってもらってその言い草はなんだ」

 

 

まるで何とも思っていないと取れる扱いに柳生が低い声で問う。静かだが、確かに怒っているのは分かる。他の面々は怒ってはいないが、少しばかり不穏な空気なのは間違いではない。

 

 

 

ふむ、とゼールスは頷く。ジロリと視線をかぐらへと向け、

 

 

 

「従者の言葉がこれか、貴様も難儀するなぁ小娘よ。礼儀がなってないのではないか?」

 

 

その言い分に戸惑うかぐらに、奈楽は激しい敵意を放った。小人サイズのゼールスの発言を聞き逃せなかったのだろう。

 

 

「おい、貴様。かぐら様に無礼な口を────」

「ふむ、我は貴様に用は無いぞ?一々話に割り込むな、相手に礼儀を唱えるならまずは自らの礼儀を正せ。常識の一環だぞ?」

「……………っ」

 

 

怒りを押さえながら威圧を放つ女性。しかしゼールスは物ともせず、逆にそれ以上の重圧を向ける。元とはいえ統括者の名も伊達ではないのだろう。

 

 

 

 

 

「─────奈楽だ」

「わたしはかぐら!みんなよろしくね!」

 

不満そうな奈楽にかぐらは明るく名乗る。対称的な二人に苦笑いを浮かべながらも、ユウヤ達も自己紹介をしていく。

 

 

途中、興味ないと立ち上がろうとした奈楽にゼールスは『おや、礼儀がなっとらんな?やはり礼節の無い癖に偉そうにするだけはある。我慢すら出来んか』と煽られて、一層不愉快になりながらも座った時は本気で焦った。

 

 

 

そして、ようやく大事な話に入った。ゼールスが語ろうとしてすぐに止めた事実。

 

 

 

「さて、本題に入ろうか。

 

 

 

 

 

 

 

簡潔に言おう。そこの小娘、かぐらは超越者だ。最も、今は成長過程のようだが」

 

 

「…………………………は?」

 

全員の視線がかぐらに向く。

当の本人は不思議そうに首を傾げていたが、それでもユウヤ達の疑問は変わらない。

 

 

彼女が、こんなに無害そうな子が…………あのゼロと同等の存在?

 

 

「………超越者?この子が?」

「超越者、四柱『神楽』。輪廻転生を繰り返し宿命を果たす存在、それが彼女だ。まさかこうも早く対面できるとは思わんかったぞ」

 

ゼールスの言葉曰く、超越者は聖杯から産み出された超異次元的な存在。それが十二体も存在しているとか、恐ろしい話を聞いてるうちに何も言えなくなっていた。

 

 

 

「奴等、いや『超越者』ゼロの狙いは彼女だ………なるほどな、前々からヒントはあった。形無き概念体にしてはよくやるじゃないか」

 

説明は途中から独り言になっていたが、彼は忌々しそうに舌打ちを漏らす。この場にはいない怪物とも言える存在に対する苛立ちと感心を抱きながら、ゼールスは話を戻す。

 

 

「前に話しただろうが補足しておこう。超越者ゼロは実体無き概念、法則のような存在だ。我やユウヤに飛鳥が対面したのは『聖杯の欠片』により仮初の肉体を作り出した状態。言うなれば奴は未完成のアバターに収まっているに過ぎん。まずはその不足する部位を補う必要がある」

 

饒舌に語るゼールスの言葉は難しいものだった。説明というよりは専門用語が多いが、彼なりに分かりやすくまとめている。

 

 

「えー…………じゃあ、そのゼロって奴は結局何をしたいんだ?かぐらって子と何か関係しているのかよ」

 

 

いいや、と葛城の疑問に否定を示すゼールス。彼は真剣な顔で語ろうとして、すぐに口ごもった。言いにくい、言うべきか迷っているのが正しい。

 

 

 

 

しかしそれもすぐ。時間が惜しいと判断したのだろう、彼は言葉を紡いだ。

 

 

 

「ゼロは神楽を機能として取り込むつもりだ。そうすることで自らの器を超越者として完成させようとしている─────もう少し分かりやすく言えば『捕食』。彼女を喰らうことで自らの欠陥部位を補う、ある種の生物ようなやり方だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

は?

 

 

 

「何、それ?」

 

 

言われたことの意味が理解できなかった。ある意味では最悪ともいえる答えは、そう簡単に受け入れられる訳ではないのだ。

 

残酷な世界というものを知っていた少女達は、改めて知った。自分達のいる世界が、平穏とはかけ離れた闇という世界だということを。

 

 

 

「………そういうことかよ」

 

 

流石のユウヤも屈託したように笑う、笑うしかない。怒るとか、そういう感情が沸き上がってはいたが、やはり信じられなかったのだ。

 

 

 

彼等の言う世界を作り替える方法というのが、たった一人を犠牲にする事だというのが。

 

 

「かぐらを、喰わせる事で世界を作り替える超越者として完成─────それが、あいつらの目的。そんな、そんな事の為に…………」

「────なんだそれは!!?」

 

叫び、

怒鳴る。

声の主は奈楽。どうしようもない激情に駆られる女性はそれでも感情を制御できない。そんな事、やろうとしても無理だった。

 

 

「かぐらさまを喰わせるだと!?そんな、そんなふざけたこと認められるか!!かぐらさまを、自分が絶対にさせない!!」

 

口ではそう言うが、彼女も理解している。相手が自分を追い込んだセントラル達だけではないということを。きっと彼以上の強さを誇る者がかぐらを狙いに来るということを。

 

 

 

 

 

「奈楽ちゃん、かぐらちゃん…………」

「───なぁ、皆。迷惑を掛ける事を言っていいか?」

 

ポツリとユウヤは呟いた。心配そうに見てくる飛鳥達に、彼は続ける。

 

 

「俺はあの子達を護りたい。見捨てるなんて絶対に出来ない。けど、これは奴等───『四元属性』と徹底抗戦をすることになる」

 

掌を見下ろすユウヤはその手を強く握る。自分の無力さを噛み締めるように。

 

 

 

 

たった一人では、何も出来なかった。あの時、ゼロに追い込まれた少女達を助けることも出来ず、後悔と自責に狂いそうになったが、そんな彼は思い出していた。

 

 

 

 

 

一人で戦おうとしていた彼を引き留め、共に戦ってくれた少女達の言葉。それがあったからこそ、彼はその迷いを、軛を打ち破ることが出来た。

 

 

 

─────今回だけは、我が儘を通したい。俺がやりたい事を、果たしたい!

 

 

 

 

 

「力を貸してくれ。俺一人じゃ無理だ、皆じゃないと決して助けられない。だから…………頼む」

 

 

 

「────()()()

 

言うまでもないだろう、という様子で全員が即答した。彼女達からしても当然の事なのだろう。それを受けたユウヤは安心する。

 

 

───飛鳥達が仲間で嬉しく思う、と。

 

 

 

 

 

「良いな、実に良い。この我を倒しただけはある。そう言って貰わないと面白くはない。たった一人を救うと、そう言い切るのは心地よいな」

 

 

面白おかしいと言うようにゼールスはただほくそ笑む。

 

 

 

「奈楽ちゃん、どうするの?」

「…………奴等に着いていきましょう。かぐらさまを護る事が出来る以上、悪い判断では無い筈です」

 

 

信頼してるとは言い難い言葉、利用しようという考えが見えてくる。聞いていたゼールスは呆れるが、別に構わんかと切り捨てる。

 

 

 

そうして、一人の少女を護る為に彼等は決意を抱く。これからの過酷な戦いを、厳しい現実を乗り越えようと。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

京都の地。

森林生い茂る山奥に古びた遺跡が隠れていた。滅多な事がない限り、人が入ろうとすることは無いような不気味な遺跡。

 

 

 

昔の人が生み出したとは思えない不思議な建築物の名は無い。今になっても発見されない未知の領域であるそこは、ある者達の拠点と化していた。

 

 

 

 

「────それで、セントラル。お前が失敗したってのか?何百体で狙ってたんだろ?」

「あぁ、弁明のしようがない。『雷神』が相手なのは無理があった」

 

 

ユウヤ達に遭遇した異能使い セントラルは親しげな青年に懇切丁寧に説明をしていた。基本的には電気が存在しない暗闇だが、距離が近ければ話は出来るらしい。

 

 

 

その話を聞いていた青年はへぇ、と興味深そうに聞き返す。

 

 

「へぇ?その雷神ってのはそこまでヤバイ相手なのか?」

「当然だァ」

 

答えたのは、セントラルではない。楽しげにしていた青年は振り返り第三者を確認する。

 

 

 

 

ツギハギが目立った猫背の青年。腰に二本の西洋剣を帯刀する彼の名前はデューク、『血』を操る異能使い。

 

 

かつて遠野の里でユウヤとの戦闘で苦戦の後に敗北していた。関係しているのかは分からないが、デュークは前よりも比較的に大人しかった。

 

 

 

「あいつは………あの傭兵は誰かを護ってる時が強い。この俺をぶっ倒すくらいにはなァ」

「ハッ、意外と説得力のある言葉じゃねぇか!昔のテメェに相応しくねぇ。負け犬にピッタリな言葉だぜデューク!!」

 

そう言うのは一人の女性。しかしその姿は露出が多く、一目を気にするなら着るべきではないと思う。彼女はそんな事を気に止める様子なく、大声でデュークを嘲笑する。

 

 

 

 

明らかな挑発にデュークは目を細める。しかし怒りを剥き出しにせず、小さく笑みを見せた。彼は受け流すように挑発を返した。

 

 

「口が回るなァクソ女。負け犬って言葉ァテメェにそっくりそのまま返してやる。蛇女の忍に泣かされたテメェにも、相応しいんじゃねェの?」

「──────!」

 

 

 

瞬間。

 

 

 

複数の爆音が響く。

剣戟らしき火花が散り、暗闇を照らす。そこでは女戦士が腕の装備から出したエッジで斬りかかり、デュークはそれを二本の長剣で防いでいた。

 

 

見なくても分かる。先に手を出したのは女戦士。直球な怒りに駆られた彼女は仲間を切り伏せようとしたのだ。

 

 

 

仲間が争ってる現状に反応は様々であった。ある者は突然の女戦士の暴挙に憤激を示し、ある者はツギハギの青年に声援を飛ばし、ある者は興味ないと無視を決め込む。様子を見るに、誰も邪魔をするつもりは無いのだろう。

 

 

対してデュークは笑みを消さない。

 

 

「言っとくが、テメェの『それ』は俺の『鮮血』と相性が悪いのを忘れたか?どんな相手だろうと無敵の力は俺には通じねェんだよ」

「───ッ!!何処まで人の神経を逆撫でしやがるんだこのクズがッ!!」

 

 

 

 

パァン!!!! と。

 

二人の間で何かが炸裂した。突然の出来事に距離を取った彼等は同じ場所に視線を向ける。

 

 

そこには女がいた。両目に眼帯をした濃い色の茶髪を伸ばす男装の麗人。美しいと感じると同時に凛々しさ、堂々した覇者としての風格も感じさせる。彼女は壁に背中を預け自分に集中する視線に、

 

 

「控えろ」

 

ただそれだけ、淡々と言い切る。女性特有の高さがありながらも鋭い威嚇の籠った低さの言葉は、空気を重くさせた。

 

向き合っていた粗暴な女戦士よりも先にデュークは背を向けて離れていた少女達の元へと歩いていく。彼女もデュークを睨みながらも舌打ちをして引き下がる。

 

 

 

それを確認した麗人はゆっくりと歩き出す。数歩進んだ所で彼女は暗闇に向けて声を発する。

 

 

「…………いかがいたしまょうか、咲人様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何も。今の所は」

 

 

四元属性(エレメント)』《緑》、風や空気を代表する属性を担当する幹部、咲人がそこにいた。白い骨格が付けられた赤黒い戦闘服を装着し、周囲に眼を向ける。

 

 

彼はこの場にずっといた訳ではない。突然この場へと現れたのだ、彼等特有の力────異能を使用して。

 

 

 

「飛天とウェインとベロニカは?」

「善忍達を相手にしているそうです。飛天は何時も通りの()()()()()とやらを、あの二人については……………言う必要は無いと判断しました」

 

 

咲人が周囲を見渡すと複数の人間の姿がそこにあった。デュークやセントラル、女戦士や麗人含めた九人。

 

 

「この場にいない三人を含めば十二人────これ以上、待つ必要は無い。そろそろ『宣誓』を開始しても構わないか」

 

咲人の語る通り、今この地に訪れている『四元属性』の異能使い達は十二人。組織にいる異能使いはそれ以上の数がいる。にも関わらず、彼等はとある理由で選び出された。

 

 

 

 

戦闘特化。

比喩抜きで軍隊、もしくは熟練の忍達と相手できるような実力派タイプ。

 

それも一人残らず、ユウヤを苦戦したデュークと同等かそれより少し下、上の者達。選ばれた理由はそれだけではないが、少なくとも全員で動けば目的を果たす事は可能だろう。

 

 

 

「『適合者(ユナイト)』、君達は自由に行動していい。『神楽』を奪いに行くのも良し、京都の地に集まる善忍達を倒すのも良し、全ての行動を《緑》の咲人が認めよう」

 

 

だが、勘違いしてはいけない。

『神楽』の確保はあくまで手段の一つ。組織の全力を尽くす事は無いにしても、何もしないというのは有り得ない。

 

 

 

幹部であり、この面々のリーダーである咲人は告げる。長い間、ただ耐えてきた彼等が待ち遠しかったこの日を。

 

 

今の世界を滅ぼし、新たな世界を作り出す。その為の、本格的な第一歩となる今日を。

 

 

 

「出来るだけ時間を稼ぎ、『神楽』を目覚めさせよ。我等が王を覚醒させ、『創世廻帰(ワールド・リバイブ)』を果たそう」

 

 

 

誰も知らぬ話、忍達もユウヤ達も知らない事実だが、彼等には呼称があった。超越者 ゼロから与えられた十二人のメンバー達の特別な呼び名が。

 

 

 

 

 

《エーステリア》

 

それらは使者。皮肉な事に今の世界が生み出したこの世界の破壊者。復讐を動力源に動く彼等の進撃が、ついに始まる。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

静かに。

静寂しかない墓地の中で、男性が立ち尽くしていた。何も語らず、黙々と。

 

 

 

その男性の第一印象は、真っ白。染めたものというより、色素が抜けきった白髪に、足まである同色のロングコート。両手に機械じみたグローブに収まっているのは、何本もの花束。

 

 

他のと変わって少し大きい墓石。その前に十数本の花を添え、ゆっくりと墓石にある文字を見通していく。

 

 

 

 

彼は横に置かれていた小さな墓を見る。そこには難しい漢字の羅列があった─────人の名前だった。

 

 

男は、その名前を知らない。誰なのか分からない、男性か女性かすら分からないのだ。しかし、心当たりがあるかと言われればある。確かに、この名前を、■■を知っている自分がいるのだ。

 

 

知っているのに知らない誰か。きっと自分はその誰かを覚えていないのだろう。なのに、そう決めつけた自らの胸がズキズキと痛む。

 

 

 

 

過ち────いや、家族を護る為に全てを敵に回した旧友。自分達に迷惑を掛けないように組織から立ち去った創始者の一人であり、自分が心を許した相棒。

 

 

 

 

『後7年………いや4年………早ければ、オレは道を間違えなかったかなぁ…………』

 

 

旧友は、姿を消した。忍達からは大罪人として永遠に追われ続ける日しかない。もう二度と会えない、会えたとしても彼が味方であるかは不明だ。

 

 

 

 

「────■■、■■■■■」

 

彼は呟く。旧友の名を、もう一つの墓に記された、自分にとって大切だった誰かの名前を。

 

 

そうした事で満足したのか、彼は墓から立ち去る。途中、音を発した機械端末を覗き込むと、情報が浮かび上がってきていた。

 

 

 

『標的個体とNo.3が遭遇、共同行動を確認。テロリストも付近で活動している模様』

 

 

その端末と、彼の白いコートには七つの黒い星が刻まれていた。その中の一つ、二番目の星は白に染まっている。複雑な紋様には、とある組織特有のものであり、人物を表す名刺でもあった。

 

 

 

 

 

七つの凶彗星(グランシャリオ)』正規メンバーNo.2、時崎零次

 

 

組織内のメンバーの多くがその姿や情報を有していないという、正体不明(アンノウン)。創始者の一人である男は歩みを進めた。

 

 

 

 

「さぁ、行こうか」

 

 

 

─────世界を、護るべき人々を救いに

 

 

 

 

 

 

 

『かぐら』を護ろうとするユウヤ、飛鳥達。自分達の王である超越者の為に『神楽』を奪おうとする『同調者(ユナイト)』達、通称《エーステリア》。そして介入する忍達と『七つの凶彗星(グランシャリオ)』。

 

 

 

京都を戦場とした大きな戦いが────始まる。




解説


自分の小説では『かぐら』こと『神楽』は超越者という設定になっております。原作と違うところはあまりありません(少しというかちょっとあります)




《エーステリア》

咲人が主導する超越者ゼロより選抜された十二人の『同調者(ユナイト)』の集まり(勿論、咲人は除く)。


本編で語った通り、全員が全員、戦争に特化したタイプで本格的な戦闘型。



名前の由来は第五元素『エーテル』と『エース』から。何とかチーム名にならないかと考えた結果こうなりました。




そして麻婆豆腐メンタル様のキャラにつきましてですが、名前は出ておらず台詞だけになっております。今後は出番もあるのでご安心ください。



出来れば感想と評価、よろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百十五話 殲滅特化部隊(アサルト・キラー)

数ヶ月もの更新遅れ、申し訳ありませんでした。少し諸事情があり、小説投稿のモチベーションとやる気が一気に喪失する事件がありました。…………書いてた話が一気に消えるとか、今後の展開への試行錯誤とか。


これからも少しずつ投稿していきたいのでどうかよろしくお願いします!



それにしても────さらっとタイトルでネタバレしていくスタイル………。


「それで、具体的にどうするつもりなんだよ?」

 

 

熱が入った決意表明からすぐ、葛城が全員に対してそう聞いてきた。どうやら、何か思うことがあるらしい。

 

 

「具体的に、とは?」

「分かってるだろ、アタイ達は『かぐら』を守るのが目的だが、それじゃあジリ貧だ。『かぐら』を追ってるのが組織なら、そいつらをぶっ倒せば良いじゃないか」

 

確かに、その通りだろう。

目的はかぐらを守る事、しかし守るだけでは意味がない。長い時間がかけられては此方が不利になることには変わりない。なら、追手を倒してしまうのが早いと葛城は提案したのだ。

 

 

悪くない意見だった。

現にこの場にいる多くが否定や反論を述べずにいたのだから。

 

 

 

「いや、上手くいかないだろ」

 

だが、はっきりとユウヤは否定した。強い確信のある言葉で、可能性というものではなく、明らかに断言してみせたのだ。

 

 

 

「奴等にとって、『かぐら』の回収は今までの、俺達にも対応できた小規模のものじゃない。セントラルと名乗った異能使い、あいつと似た奴が…………最低でも十人はいると考えてもいい筈だ」

「奴のような異能使いが………」

「───十人も?」

 

そうだ、仮定だがな、とユウヤは呟く。

ユウヤが知ってる四元属性の異能使いは数人、血を操るデューク、そして少し前に戦った部隊を動かしているセントラル。彼等の話、神楽を手に入れることが重要な目的ならば─────二人である筈がない。倍の数であるのは疑いもしない、確かな事実だ。

 

 

 

「最悪を考えると、ヤツが来てる可能性もある」

「………ヤツ?」

咲人(さくひと)、『四元属性(エレメント)』の幹部だ。組織のトップである以上、ゼロに近い実力者であるのは間違いない。或いは、奴と同じ幹部か。

 

 

 

 

俺と同等、軽く上回っている強さだ。下手したら全滅も有り得る」

 

かつて遭遇した時の事を思い出し、そう断言するユウヤ。相当の経験と実力を有する彼が、自らが下回っていると結論付けることに少女達は絶句する。

 

 

「だが、確かに葛城の言う通りだ。

 

 

このまま何もせずに、ただ神楽を守ってる訳にもいかないしな…………それに敵が、あいつらだけとは限らない」

 

考え込むユウヤに、飛鳥達は首を傾げる。ユウヤの言っている、あいつらだけとは限らないという言葉に違和感があったのだ。

 

 

『四元属性』以外の敵に、心当たりでもあるのだろうか?

 

 

 

 

「───ふむ、そこからは我の出番だな」

 

話の最中に入ってきたのは、ゼールスだ。何とか机の上へとよじ登り、頬杖をかけながら茶飲みの上へと腰掛ける。

 

 

なお、少し前までかぐらに捕まっていたが、解放されたのか抜け出したのかは分からない。ていうか気付いたらいつの間にかそうなっていた。努力の賜物だろうと考えておくことにしよう。

 

 

「神楽は、数百年も転生という手段を用いて存在してきた。妖魔を滅する、ただそれだけに専念してな。殺しては眠り、殺しては眠り────幾年も己の使命を果たさんと。さて、問題だ。神楽を覚醒と導くもの、それは何だと思う?」

 

 

答える者はいない。ゼールスは答えられる事に満足そうにしながら、嬉しそうな様子で口を開く。

 

 

「赤珠、呼ばれるモノだ。厳密には、妖魔の生命エネルギーの塊。それを食べることで神楽は覚醒へと至るのだ」

「………えぇと、食べるの?」

「うん、たべるよ?」

 

 

かぐらと奈楽、事前に知っているゼールスを除く全員が硬直する。え?食べれるの? みたいな風に感じたのは無理もないだろう。

 

若干数人が『お腹壊さないのかなぁ……?』と心配をしていたのは割愛する。一々誰がどうしたというのを解説するのは手間が掛かるのだ、そこの所だけでも理解してほしい。

 

 

 

「ともかく、まずはその回収が第一だ。…………故に」

 

 

 

 

「貴様達がまずやるべき事、それは赤珠の回収だ。神楽を隠して覚醒へと至らせる為にな」

 

────そういう訳で、早速行ってくるがいい。

 

 

単刀直入なゼールスの言葉に、飛鳥達は放心するしかなかった。驚愕して絶句する少女達の横で、小人を睨みつけるユウヤがいたが、誰もそれには気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

組分けはあっさりと決められた。

三手に別れて行動する事になったが、やはり簡単なものだった。京都の森林付近を柳生と雲雀が、町中の西方面を斑鳩と葛城が、そして東方面を飛鳥が担当する事になった。

 

 

因みにユウヤは宿屋で奈楽と共にかぐらを守っている。本人は飛鳥と行動をするつもりだったらしいが、ゼールスからの『この中で一番の戦力を外す訳にはいかん』という意見に反論できずに口ごもっていた。しかしそれが事実だと自覚していたらしく、渋々とだが言う通りにしていた。

 

 

 

 

しかし捜索を始めてすぐ、飛鳥はある難題に当たった。

 

 

「えっと………まず赤珠って何処にあるんだろう…?」

 

ゼールスの話によると、赤珠は妖魔の生命エネルギー。つまり妖魔を倒す必要があるのだが、そもそもどの妖魔から回収すべきなのかが、全く分からない。

 

 

 

一回戻ってゼールスから話を聞くかと考えたが、もう少し情報を探すべきだと決めた。そう思い、飛鳥は早速歩みを進める。

 

 

大通りの角を曲がろうと瞬間、

 

 

 

 

────世界が切り替わった。より正確には、自分がいた普通の空気にすら重みが掛かっている。肌を突き刺すような感じに飛鳥は飛び退くと共に、その現象に気付く。

 

 

 

(忍結界!?………でも、なんでここに!?)

 

把握してみると、どうやら少し前から張られているらしい。しかし結界の中からは戦闘の感覚がない。既に戦闘は終わっているかもしれない………そう思案したが、楽観的だと首を振った。

 

 

 

────もし戦闘が終わったのなら、忍結界など存在してない筈だ。

 

 

喉元の息を飲み込み、飛鳥は結界内へと足を踏み入れる。そして先程の目的だった、角を覗き込んだ。

 

 

 

 

 

 

「なに………これ?」

 

思わず飛鳥は絶句する。そこにあったのは─────

 

 

 

 

絶大な破壊の惨状が広がる光景。店や建物の多い路地の中心、爆撃があったと言われても納得できるようなボロボロに崩れたその一帯に、何人もの人間が倒れ込んでいた。

 

 

駆け寄った飛鳥は倒れている者達の服装から、忍だと分かった。それも所属は善忍。相当階級の高い熟練の忍達だ。そんな彼等が、何故京都の街に─────?

 

 

「…………ぅ、う」

「大丈夫ですか!?一体何が………」

「半蔵の………忍か…………ここは、気を付け……ろ。

 

 

 

 

 

 

 

()が…………、まだこの場に───」

 

 

 

「─────あー、イテテ。ちょっとやり過ぎたなぁ」

 

 

 

──────突然、第三者の声が聞こえてきた。建物の残骸、その内部から。崩壊してる瓦礫の山を押し退けるような轟音と共に。

 

 

 

「…………前々から思うけどさ、忍ってのは窮屈だよなぁ。命令されないと動けないんだし、命令破ると悪者扱いだし。オレだったら忍を続けてられる自信無いなぁ。

 

 

 

 

 

だってさ、感情的に動いちゃうのが、オレの性ってヤツだし。気に食わないものは自由に破壊して、命を懸けて戦いながら生きたいもんだね。戦いってのは心地良いんだ。血を流す度に、実感できるだ。あぁ、オレは生きてるんだって」

 

砂塵の中から現れた青年は、あまりにも異様な姿をしていた。少なくとも、この京都の町並みには合わない姿だ。

 

 

 

マントのような外套を羽織い、その下には聖職者の祭服らしきものを纏っている。ガントレットから伸びる鎖に繋がっている刀剣を肩に乗せていた。

 

 

しかし、周囲の惨状は決して斬撃などで出来るものではない。何らかの巨大なハンマーでも使ったと思えるような状況なのだ。

 

 

 

その立ち姿と何処か異様な雰囲気を────飛鳥は知っている。この不思議な感覚、それを内側へと内包する気は…………………ユウヤや、紅蓮達と似たものだと。

 

 

 

身構える飛鳥を前にして、青年は何故か嬉しそうに笑う。どちらかと言うと興奮を隠しきれない様子で彼は飛鳥を見つめる。

 

「ふふん、新手の忍か?大方こいつらの増援と来たみたい…………ん?いや待て、お前の事は知ってるぞ?確か、『飛鳥(あすか)』だったな?」

「………そうだよ」

 

答えた途端、青年はテンションを高くした。自分が口にする事実が、とても嬉しいと言うように。

 

「あぁ知ってる!よく知ってる!伝説の忍、『半蔵』の孫娘!あの『聖杯事変』を生き延びた忍の一人!咲人様が言ってた子じゃないか!これは良い、これは良いぜ!お前なら、オレを楽しませてくれるよなぁ!?」

 

 

ガシャン!! と刀剣を地面へと突き立てる。それだけでクレーターを作り出すが、青年は気にしない。

 

 

自分自身に指を立てて、彼は名乗り上げた。それこそ、決闘の為に必要と言うように。むしろ当然と言わんばかりに。

 

 

 

「オレは飛天(ひてん)。『四元属性(エレメント)』新チーム、《エーステリア》の一人さ」

 

飛鳥はそれに聞いて反応する。

『四元属性』、その組織こそが今回の騒動の元凶というのは分かっている。だが、《エーステリア》というのが初耳だった。

 

 

「それじゃあ、ここにいる善忍の皆を倒したのは貴方なの!?」

「あー、うん。だってさオレ達と忍は一応敵な訳だし、戦うのが本筋だと思うんだ。けど少し弱すぎて期待外れだったけど────────お前となら楽しめそうだし、オレも強くなれると思うんだ?そう思わない?それに、お前だってオレと戦う理由はあると思うぜ?」

 

ふいに飛天が懐から何かを取り出す。指でつまみ上げたもの、それ程の小さい代物。赤いビー玉らしきもの、それについては飛鳥も事前に聞いていた。

 

 

 

「────赤珠!?」

「そうそう。こいつらがオレを襲った理由でもあるんだぜ?神楽の覚醒の為に必要な代物だからなぁ、オレも回収したんだ。

 

 

 

 

言いたいことは、分かるだろ?これが欲しいなら、神楽を守りたいなら、このオレと戦ってくれよ。なぁ、骨のある勝負が恋しいんだオレは。…………まさか、戦わないなんてつまらない事言わないだろぉ?オレを失望させないでくれよ!」

 

感情を噴出させ、大きく捲し立てる飛天。そこで飛鳥はようやく理解した、彼は戦いの為ならなんだってする。人を殺すことだって、手段の内にいれてるかもしれない。

 

 

『神楽』だって、激しい闘争の為に手に入れようと考えているのだ。こんな闘争の化身のような男が、彼女達のもとに向かったら──────想像もしたくない。

 

 

だからこそ、飛鳥は覚悟を決める。目の前の相手が起こすであろう凶行を、止めるのだ。

 

 

「…………かぐらちゃんに、手出しはさせない!」

「おっ!良いねぇ!良い!そんな風に分かりやすいのが好きなんだよ!

 

 

 

 

 

そんじゃあ、ドカンと一発!開幕の狼煙だ、派手にいかねぇと駄目だよなァ──────!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──!?」

「東………飛鳥の方か!?」

 

当然、仲間の危機を彼女達は察していた。

街中の西方面を調査していた斑鳩と葛城は、何度も経験している忍結界による衝撃が彼女達の耳を叩いたのだ。

 

 

この反応に別行動中の柳生達にも伝わっている筈だ。きっと急いで向かってるだろうから、自分達も動かなければならない。

 

 

「調査は止めだぜ斑鳩!飛鳥の援護に行かないとならないしな!」

 

そう言うや否や、葛城は全力で駆け出した。彼女自身、一人で行動している飛鳥が戦闘している以上、心配なのだろう。

 

 

 

 

「───葛城さんッ!」

 

斑鳩の呼び声が聞こえる。態度を咎めるような強く言う口調ではない、彼女の身を案じるような叫び。

 

 

 

それを聞いた瞬間、葛城は気付いた。近くの路地裏から、何者かが飛び出してきていた。葛城の前に、立ち塞がるように。

 

 

 

容姿は、少年。

銀色の髪をした、外人のような顔立ちのクールそうな雰囲気の漂う少年。身長は葛城よりも低く年下かと思ったが、葛城は少年の持つ物───業物らしき刀に、全身を強張らせた。

 

 

「ん、にゃろぉ!!」

 

脇腹へと滑り込む刀身に、葛城は勢いよく下からの蹴りを打ち込む。表面に打撃を受けた刀は、ブォン!! と葛城の顔のすれすれを横切った。

 

 

 

「チッ!」

 

強引に攻撃を反らされた事に苛立つ少年。片足で葛城を吹き飛ばして、大きく距離を取る。

 

今度こそ一撃を与えようと身構える葛城を前に、少年は刀を大きく振りかぶる。

 

 

絶刀(ブレイド)────」

 

刀身を薄く発光させて─────振るった。

叩きつけるように、強引に。しかし、葛城とは距離が開いているので、空振りでしかない。そんな意味不明な行動に葛城は怪訝そうになったが、

 

 

 

 

刀を動かさない少年は、囁くように紡ぐ。

 

 

発射(ストライク)

 

信じられない事が、起こった。

葛城は見た。数メートル先、少年の振るった刀の軌跡が()()()()()のだ。時間をかけて消えることなく滞空している薄光の刃が──────飛来してきた。

 

 

「っ!?くそ!!」

 

咄嗟に警戒していた事もあり、葛城は右足で斬撃を弾く事が出来た。刃は、やけにアッサリと軌道をずらした。軽すぎたのだ、反射的な動きで対応できる程に。

 

 

 

「まさか─────今のは異能か!?」

「気付いていたか、勘の良いヤツ」

 

少年は淡々と言う。弾かれた刃を飛ばした自身の刀を鞘へと納める。まるで隠すつもりなどないと証明してるようだった。

 

 

 

斑鳩も少年の相手をする為に飛燕を抜き放つ。同じ刀相手なら彼の起こした不規則な現象にも対応できると判断したのかもしれない。

 

 

しかし────

 

 

 

 

パァン───!

 

突如銃声が鳴り響いた。斑鳩は抜き放った飛燕を前に出して防御体勢を取る。直後に刀の側面に銃弾が激突してきた。が、信じられない事が斑鳩の目に写り込む。

 

 

 

止められた筈の弾丸が、消えたのだ。そう思ったが、すぐに違うと判断する。光の軌道で弾丸が撃たれた場所へと戻っていたのだ。

 

 

 

そして、屋根にいる少女の手に収まる。重機関銃という重量のある武器を片手に持つ少女に。

 

 

「今度は防がれたわ。中々やるのね」

 

この少女も、少年と同じ銀髪だった。しかも少年と同じく外人らしき風貌、二人は兄妹か姉弟なのかと疑ってしまう程ソックリだった。

 

 

少女は斑鳩を見つめて、不思議そうに聞いてきた。

 

 

「ねぇ、貴方達?忍でしょう?」

「? そうですが、何故?」

「─────()()、なんでしょう?」

 

 

思わず、何も言えなくなった。

それがどうしましたか? と聞こうとしたが、それより先に少女達の淀んだ覇気に気圧されてしまったのだ。

 

 

「やはりそうなのね。沈黙は肯定と言うわ。貴方達、善忍なのね……………」

「────ふーん、善忍、善忍かぁ」

 

すると、二人の反応が変わった。

少女の方は諦めたように両目を伏せ、表情から何もかもが喪失する。能面のような顔とは、それを言うのかもしれない。

 

少年の方は噛み締めるように、呑み込む。しかし表面には激しい感情の起伏が明らかになっていた。顔を押さえる掌の隙間から覗く両瞳には、身を焦がす程に染まっていた。

 

 

 

二人に共通するもの─────それは憎悪。

容姿は似通っているだけではなく、その身を歪ませる程の憎悪が沸々と滲んでいるのだ。

 

 

 

「話し合いは………無理そうだよな。敵意っていうか殺意が半端ないぞ……」

「勘の良いな、その通りだ。お前らに語ることなんて一つもない」

 

困ったような葛城の呟きに肯定する少年。先程までのような淡々とした声よりも冷たく、感情が籠っていない。

 

 

身には合わないであろう軍服を纏う二人は、武器を持たない手を繋ぐ。

 

 

「さぁ、己の罪を知りなさい」

「さぁ、己の咎を見るがいい」

 

 

互いを抱き合うように、寄り添う二人。しかしその姿を見て、隙だらけだとは思えない。むしろそれが彼等にとって戦闘フォームだとでも言うように。

 

 

 

「そして死ね、忌まわしき善忍」

()()()の分の苦しみを味わってから、報いの為に死になさい」

 

 

 

 

二人の名は、ヴェインとベロニカ。

四元属性に所属する、双子の人造異能使い。自分達から闘争へと進んでいく彼等の望みは、ただ一つ。

 

 

 

 

────復讐。

人によってはあっさりと晴らされるもの、人によっては人生をかけたもの。二人の場合は前者である筈もなく、後者の可能性が高い。

 

 

 

 

 

京都の街を中心に、激戦が開始する。片方は闘争を求む者による破壊、片方は復讐を望む者達の殺戮。彼等三人はエーステリアの精鋭メンバーだが、明らかに区分されている。

 

 

殲滅特化部隊(アサルト・キラー)』、敵を倒す事ではなく排除、一人残らず殲滅に特筆した面々。この地に在中してるエーステリアな中で半数を占めた────一人で軍隊を滅ぼせる実力者達。

 

 




ようやく敵キャラの三人を出せた………あと、七人近くはいるんだぞ……………お前ぇ(自分自身へ向けて)


飛天、明らかにバトルジャンキーですね。ま、戦闘狂と言うよりも自分にとって爽快とした戦いが出来れば満足という人なんです。俗に言う自由人ですね、はい。


双子の存在についてはだいぶ前から明言してます。だからこそ、今回出せて良かったと思っています。


────お兄様、という単語で分かる人もいると思いますよねぇ…………。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百十六話 大地を踏み抜く鉄剣

…………えぇ、申し訳ありません!!この度私、更新に一年も過ぎてしまい、申し訳ありませんでした!!(土下座)



久しぶりの更新なのでクォリティ低いと思いますけど、よろしくお願いします!!


「柳生ちゃん!今のって!」

「あぁ………分かってるさ、雲雀。忍結界────に近い何かだ。恐らく、奴等の仕業で間違いない筈だ」

 

 

 

町外れの森深くを調査していた柳生と雲雀は、即座に街中に

生じた結界の存在を認知する。それも二つ。予測からして単独行動している飛鳥と、柳生達同様二人で行動していた斑鳩と葛城達の方だ。

 

 

ユウヤや奈楽が護っているかぐらの方が襲われてないのは幸い、と言うべきだろう。奴等はまだかぐらを見つけられていない。飛鳥達を狙ったのは、その場所を脅してでも探し出す為だろう。

 

 

急いでどちらかの援護に向かおうとして───瞬間。

 

 

 

「……………む?」

 

 

走り出した柳生の眼に、何かが写り込んだ。森林の合間にあったそれは、この場には似合わない程の異様な雰囲気のある建造物であった。

 

 

 

「………すまない、雲雀。気になるものがある」

 

「柳生ちゃん………?でも、飛鳥ちゃん達が……………」

 

「それでもだ。アレが無関係なものとは思えない、飛鳥達を襲った奴等に関係あるかもしれない」

 

 

最初は渋っていた雲雀だが、柳生の意見に納得を示すように頷いた。柳生は感謝の言葉を述べながら、先程見掛けた建造物へと接近する。

 

 

木々に遮られてよく見えなかったソレも、近づいた事で全貌が明らかになった。

 

 

 

「──────柱?」

 

 

それは、5メートルを優に越える一つの柱であった。柱の中心には何らかのエネルギーを溜め込んでいるのか、脈動するように心臓のような球体が組み込まれている。

 

 

柱自体の素材も古代の遺物のような神秘的な印象がある。しかし見た限りでは真新しいもので、到底雰囲気に近い年月の代物には思えない。

 

 

その素材が何なのか、柳生は手で触れて確かめようとする。指先を慎重に近づけた──────直後。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───動くな」

 

 

冷徹な声と共に、柳生の真後ろに何か硬いものが押し当てられる。真横から雲雀が息を呑む音がした。どうやら彼女の方も同じ感覚なのだろう。

 

 

相手は間違いなく銃を此方へと向けていた。真後ろを確認できない柳生には相手が男である事しか分からない。

 

 

 

「大人しくしていろ、そうすれば手荒な真似はしない」

 

「………なに────」

 

 

口を開き、疑問を投げ掛けようとした瞬間。

通常では有り得ない、おかしな現象が起きた。

 

 

 

ブツン! と柳生の視界がズレた。ノイズが走ったような感覚を受けたが、柳生には更なる驚愕が襲った。

 

 

 

「何……ッ!?」

 

 

彼女がいたのは、柱から数メートル離れた場所だった。先程まで柱の前に立っていたにも関わらず、一瞬で移動したようであった。

 

 

戸惑いが彼女を支配するが、目の前に男が立っている事実に気付き、彼へと意識を向けることにした。

 

 

(…………なんだ、この男は?)

 

 

長身の男。色素が抜けたような真っ白な長髪に、同じように真っ白なロングコートを着込んでいる。

 

 

男は柳生に視線を向けると、一言。

 

 

「危なかったな」

 

「何?」

 

「アレに触れることは出来ない。容易く踏み込めば無事では済まないぞ」

 

 

しかし柳生は男の言葉に耳を貸しながらも、警戒を緩めない。信じられてない、と思ったのだろう。男は短く嘆息しながら、足元の石ころを拾い────柱に向けて投げつけた。

 

 

 

柱に当たっただけでは問題はなかった。そう思ったのも束の間。石ころはすぐさま凄まじい速さで切り刻まれた。パァン! と跡形もなく粉々にされた石が辺りに飛び散る。

 

 

「風の自動防衛……………踏み込んだ者を切り刻む暴風の結界だ。どれだけ高火力の攻撃を放とうが意味はない。たとえ、秘伝忍法であろうとな」

 

 

秘伝忍法と聞き、柳生は更に警戒を強める。やはりこの男は『裏側』の人間だ。

 

 

「───天星ユウヤに話を繋げたい。連絡できるな?」

 

「…………何故、貴様がユウヤを知っている」

 

「─────連絡できるな」

 

 

会話をする気など無いような異質感。一方的な要求しかされてこない。男の言う通りにする筈もなく、雲雀を背後に移動するように促し、仕込み傘を構える。

 

 

 

それを眼にした男は嘆息し、自身のコートの内側である胸元を晒す。あるのは一つのマークであった。

 

 

 

七つの星が一つの星座のように並ぶその紋様。『七つの凶彗星(グランシャリオ)』を代表するものだ。

 

 

それを見せつけながら、男は柳生へと告げる。

 

 

 

 

「時崎零次と候補生が加勢に来た、そう言えば問題ないだろう」

 

 

「時崎………?それは────」

 

 

 

ユウヤから聞いていた、No.2を冠する男。

組織の始まりである創設者の一人であり、滅多に姿を見せない正体不明の人間。

 

 

その一人が目の前にいる、その事実に柳生達は言葉も出なかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

ズドンッ!! と。

 

 

満面の笑みで飛天は地面を踏み抜く。大地を揺るがす程の震動を与えた時には、自身の敵目掛けて飛び出していた。

 

 

「でぇぇええ、やッ!!」

 

 

身の丈を越える大剣を大振りに振るう飛天。飛鳥は咄嗟に右手の刀で斬りかかるが、凄まじい力に弾かれてしまう。幸い、何とか軌道を逸らすことは出来るが─────

 

 

 

「おらッ!はァッ!うゥゥゥゥゥゥゥゥらァァァァァァァァァッッ!!!」

 

 

弾かれて少しずつ後に退がってしまう飛鳥に追随するように迫る飛天は大剣を躊躇いなく振り払っていく。その一撃を防ぎ切ることも出来ず、弾かれていってしまう。

 

 

(………重い!何とか防ぐのが精一杯になっちゃう!ならっ!)

 

「はぁっ!!」

 

自分の身体を無理矢理動かし、両手の脇差を交差させ、飛天の一撃を何とか防ぐ。そんな飛鳥に、飛天は咆哮をあげながら大剣を真上から叩き込んでいく。

 

 

 

少しずつ拮抗していく事を理解しながら、飛鳥は全力を込めて刀を振り上げる。予想外の力に瞠目する飛天の大剣が大きく弾かれ、先程までの猛攻が止まる。

 

 

追撃と、刀で斬りかかろうとする飛鳥だが、それよりも先に飛天がドンッ!! と強く踏み込んだ。このままいけば彼が体勢を戻すよりも先に、飛鳥の刀が飛天に斬り込まれる。

 

 

 

だが、そうはならなかった。

突っ込んだ飛鳥の視界が一瞬ブレると共に飛天の姿が消える。勢いよく空振ってしまったので飛鳥はバランスを崩し、倒れ込みそうになって────ようやく気付く。

 

 

 

飛天は飛鳥の真下にいた。あの凄まじい踏み込みで地面を掘ったのか、と思ったが、すぐにそれが違うことが判明する。

 

 

 

「もしかして────地盤を持ち上げたの!?」

「当たりだ!勘が聡いな!存分にやり合えるッ!」

 

 

自分が、盛り上がった地盤の上にいる事に気付き、言葉を失う飛鳥。それが単なる膂力によるものではない事は、明白であった。

 

 

 

 

彼は、異能使いなのだ。

飛鳥のよく知る青年とは違い、人造によるものらしいが、それでも異能を扱うのは間違いではない。

 

 

 

「オレの異能は、大地(グランド)。土や砂、地面を操るもんだ。ま、オレは『雷神』とは違って、後天的なタイプだが─────今はどうだって良い事だったな!悪かった!続けようかッ!!」

 

 

飛天はニカッと笑いながら、大剣を振り上げる。飛鳥も対応する二刀を握り、飛天へと突撃する。

 

 

 

「はぁぁぁっ!」

「─────ふっ!」

 

 

斬撃が接触し、交差し合う。常に大振りで威力の高い一撃を放つ飛天に、飛鳥は手数を以て挑む。二本の刀により、何回も斬りつけ、飛天に攻める暇を与えない。

 

 

 

「やるじゃねぇか!なら───ッ!!」

 

 

ガッ!! と、飛天が空へと手を伸ばす。すると周囲の土や砂が浮かび上がり、徐々に一塊へとなっていく。

 

 

球体となった土の塊に向けて、飛天が伸ばした手を強く握り締める。すると、球体の表面から土が盛り上がった。無数の突起物が勢いよく展開される。

 

 

モーニングスターの鉄球のように、巨大な凶器が造り出される。

 

 

 

「ブッ砕けろォ!!」

 

 

眼を見開いて驚愕する飛鳥目掛けて、飛天が握る拳を振り払う。彼の動きに連動するように、土の鉄球は浮遊しながら飛鳥に突撃してくる。

 

 

 

「っ!なら!」

 

飛鳥は後方へと飛び退き、鉄球を回避する。強度はそんなに強くないのか地面に当たった瞬間に粉々に砕けた。飛び散る砂に視界を遮られた飛鳥の目の前で─────、

 

 

 

 

「異能忍法ォ────!」

 

 

そう唱えた飛天が大剣を地面へと突き立てる。ザン! ザン! ザンッ!! と、徐々に力を強めて大剣の剣先を打ち込んでいく。

 

 

嫌な予感を感じ取った飛鳥は足元からの違和感に気付いた。地面から震動が響いてきてるのだ。内側から、爆発のような力が蓄積されているようであぅた。

 

 

 

「───【地盤崩壊爆砕牙】ッ!!」

 

最後の一突きを、渾身の力を込めて叩きつける。瞬間、地面に亀裂が走ると共に、内側から膨大な火花が散り────、

 

 

 

 

 

──────ド、ドドドドドドドッ!!!

 

連鎖するような爆発が、周囲に響き渡る。単なる爆発ではない。地面そのものが爆弾のように、辺り一帯を吹き飛ばす。

 

 

飛び退いた飛鳥は、その場に膝をつく。自身の身体に出来た少なからずの傷に顔を苦痛に歪める。先程の爆発を直に受けた訳ではないが、砂や石の破片を受けたので怪我が大きい。

 

 

そんな彼女を見つけた飛天が煙の中から出てくる。彼女の姿を見ると嬉しそうに笑顔を刻み込む。

 

 

「よく避けたな!今のを避けるたァ、本気で誉めてぇよ!やっぱり強ぇな!お前も!!」

 

 

自信満々というか、戦いを楽しむように飛天は笑っていた。その様子が、飛鳥には理解できない。

 

 

「…………どうして」

 

 

だからこそ、飛天へと問いかけた。何故、戦うのか、と。

 

 

「どうして、かぐらちゃんを狙うの……?世界を、滅ぼそうとするの!?そこまでする理由があるの!?」

 

 

 

 

「気に入らねぇのさ」

 

 

答えはあっさりとしていた。しかし、違っていたのは態度であった。その吐き捨てた飛天から笑みは消え、不機嫌そのものであった。

 

 

「力のある奴が迫害される社会。何の特徴もない覚悟もなければ意思もない、そんな奴等が自分より下の奴を貪り食う──────強くもないくせに、強く振る舞って他人を踏み台にする。まるでそれが当然って言う風にな!」

 

「………」

 

「異能を与えられた子供が、何の力もない凡骨な大人どもに石を投げられる。それを助けることも許されない。何故ならこの世界は力ではなく、(ルール)で成り立ってるからだ!」

 

 

大剣を振りかざし、近くの岩を吹き飛ばす。怒り任せの一撃でも彼は落ち着けなかったのか、激情を剥き出しにし始めた。

 

 

「人を傷つけてはいけません、殺してはいけません!弱者を守るための法律(ルール)が強者を縛り、弱者が好き勝手する盾になる! そして、弱者はそれを盾にして力を持ってる奴を踏みにじる!!

 

 

 

 

 

ハッキリ言って気持ち悪ぃとは思わねぇかよ!? 何の努力も、強くなろうともしねぇ愚図どもが!! 今まで努力してきて、やっと強くなれた強者を!!力を持ってただけつー理由でぇ!!! 踏みつけて嘲笑うなんつー光景がさぁ!! それが正しいことだって罷り通るこの世界がさぁッ!!!」

 

 

 

単なる戦闘狂、ではない。

戦うことに悦を見出だした青年が、不愉快そうに怒鳴り散らす。彼が語る光景とは、この世界というものは、弱肉強食という強さを絶対視してる飛天にとっては吐き気を催す程のものだった。

 

 

 

異能使いが何故希少か、その理由は滅多に生まれないという理由ではない。むしろ普通に存在する場合もある。ユウヤ達のように属性に特筆した異能使いが少ないだけで。ならば、何故異能使い達の数が少ないのか。

 

 

ただ異能を身につけた子供達が迫害され、どうしようもなくなってしまった現状。誰もが味方すらせず彼等に対して一方的に罵声や暴力を浴びせる者達の姿に嫌悪し失望し────その結果、飛天は己の考えを変えることにした。

 

 

 

「だからオレ達は、それはブッ壊す」

 

 

そんな異常が罷り通るのであれば、こんな世界など存在しない方がいい。そんな法則が正しいのであれば、壊れてしまえばいい。

 

 

そんな弱さに縋り付く醜い人間も、全て死ねばいい。

 

 

「弱肉強食ってよく言うだろ?何なら強さを掴みとってみろよ!オレ達の目指す新世界は強さの持つ者───異能使いだけが存在を許される!力がねぇから姑息な手を使う人間なんざいねぇ!!なんせそんな奴に異能は与えられねぇ!!

 

 

 

 

異能使いだけに許された世界!その為に異能使いになれる奴を選別ってのも悪かァねぇ!!弱い奴が強い奴を踏みにじり、利用して切り捨てるような、こんなクソみたいな世界よりかは!幾分かマシだろうぜッ!!」

 

 

それが、彼にとっての弱肉強食であった。

異能使いだろうが、ただの人間であろうが関係ない。力を持つ強者が笑えるような世界であればいい。

 

怒鳴り散らしていた飛天だが、ふと異変が起きた。大剣を掴む手、強く握り締められていた腕が………震え始める。

 

 

「─────ご、ぐッ」

 

 

吐くように、飛天が呻き出す。膝をついて倒れ込む彼の身体には禍々しい黒が紋様のように浮かび上がっていた。

 

 

「チッ、タイムオーバーかよ………ッ!こんな良いタイミングでぇ………!」

 

 

恨めしそうに愚痴ると飛天の身体を禍々しい黒が飲み込んだ。まるで彼を喰らうように、黒そのものが彼に覆い被さると、その場から消え去った。

 

 

「………何が、あったの?」

 

 

戸惑う飛鳥であったが、すぐに近くへと歩き出す。飛天が倒した忍達、彼女達の傷も大きいものだった。早く治療をしよう、と彼女は重体のままで進む。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「チッ!手強い!!」

 

「…………」

 

 

一方で。

葛城は銀色の青年と拮抗状態であった。いや、どちらかと言えば葛城の方が不利かもしれない。

 

 

斬撃を固定し、飛ばすことが出来る青年の能力。上手いように使われて葛城も渾身の蹴りを放つことが出来ない。

 

 

そうしてる最中、二人が再びぶつかろうとした瞬間。葛城と斑鳩、そして二人の少年少女の前に一人の女性が飛び出してきた。

 

 

「何!?」

 

「ッ!誰だ!!」

 

 

現れたのは、ピッチリとしたスーツを着た金髪の少女であった。歳としては飛鳥達と同じくらいだと思われる。鷹のような鋭い目つきに、背中には無数の武器を円陣のように備えている。

 

 

彼女は少年達を見据え、

 

 

「─────退け、賊。負け犬の背中は追わん」

 

 

見下すようにそう吐き捨てた。その言葉に奥歯を噛み締めた少年が食いかかる。

 

 

「嘗めた口を…………僕達が善忍相手に退くとでも!」

 

「…………ウェイン、もう時間だよ」

 

 

少女の一言に、少年は自身の身体に浮かぶ黒い紋様に気が付く。不愉快そうに周囲を睨み付け、彼は刀を戻した。

 

 

「………やはり、まだ上手く適応できてないのか。………運が良かったな善忍ども、そしてお前、この件は忘れないぞ」

 

 

「好きに吠えろ、小者め」

 

金髪の少女の一言に、二人は敵意を強める。しかし食いつくことはなく黒い液状の何かに覆われて、姿を消した。

 

 

 

金髪の少女は彼等から興味を失くしたのか、斑鳩と葛城に意識を向ける。少なくない傷を有した二人を眼にした途端、彼女は侮蔑の色を浮かべた。

 

 

 

 

「ふん、無様だ。何と情けない姿だ。あんな奴等相手にここまで苦戦するとは………半蔵の忍も堕ちたな」

 

「…………何だと?」

 

「半蔵は何をしていた?貴様の教師も何を教えていた?これでは半蔵の名もその程度と言う話か」

 

「お前!いきなり何のつもりだよっ!!」

 

 

 

自分達の悪口ならばともかく、尊敬する人でもある半蔵の事も侮辱する少女に、葛城は怒りを示す。黙って聞いていた斑鳩も、葛城と同じであるのか静かに激怒していた。

 

 

対して少女は侮蔑の言葉を取り消そうとしない。二人を格下と見下しながら更なる罵倒を口にしようとした途端、

 

 

 

 

 

 

 

「…………止めておけヨ、スカイフィーア」

 

 

トンッ と、突然現れた別の少女が金髪の少女───スカイフィーアの態度を咎める。

 

 

眼が見えないのか両目を隠すように目隠しをしたポニーテールの少女。彼女は腰に差した刀に手を添えながら、スカイフィーアに呆れたようであった。

 

 

「何のつもりだ、奏多?」

 

「まさか協力する相手に喧嘩を吹っ掛けるとは驚きダ、お前は偉そうな奴だからやるとは思ってたけどナ」

 

「…………ふん、私を止める気か?貴様風情が」

 

 

互いに敵意をぶつけ合う二人。しかし、奏多の方が退いた。やれやれ、と両肩を竦め、余裕のままで呟く。

 

 

「別に私は良いんだゾ?ただお前の事を気にしてるだけでナ」

 

「貴様が?私の事を、か?何の冗談─────」

 

「へぇ?この事をユウヤさんに知られたラ、どんな顔されるだろうナ」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、スカイフィーアは明らかに動じた。顔を青ざめさせ、小刻みに震えるその姿は先程までの傲慢さが見えず、見えない何かに怯えているようであった。

 

 

 

だが、一瞬にして毅然さを取り戻したスカイフィーアは悟られぬように気を引き締め、背を向ける。

 

「……………私は先に行っている。そいつらを連れて貴様も来い」

 

「やれやれ、私もこき使うとはナ」

 

 

奏多の愚痴に耳も傾けず、スカイフィーアは一瞬で姿を消す。はぁー、と嘆息する奏多は斑鳩達に声をかける。

 

 

 

「えぇっト、大丈夫ですカ?」

 

「……は、はい。私達は大丈夫です」

 

「─────ムカつきますよネ、アイツ。イヤ、私はアイツと無関係ナンデ。謝らないですケド、アイツ嫌な奴って思うのは当然ですヨ」

 

 

奏多は斑鳩達を心配しながらも、態度の悪かったスカイフィーアの事にイライラしたように愚痴を吐き出す。少し間愚痴を漏らしていた彼女は気付いたようにハッと立ち上がり、規律正しい動きで敬礼する。

 

 

 

 

「失礼しましタ。私達は候補生、『七つの凶彗星』正規メンバーの補欠でもあり、次期の筆頭。その一人の奏多、デス」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新2章 正義と悪、破滅の蒼銀
第一話 破滅への蒼銀 ◆


第二章 のリメイクとなるストーリーです。頑張って投稿していく予定なので、よろしくお願いします。


赤。

 

真っ赤な背景が広がる。

 

 

立ち尽くした少年は、血に染まった世界に踏み込んだ。恐れはない、汚れることへの嫌悪もない。ただ、おびただしい赤い池に沈む二人の大人が、心配であったのだ。

 

 

『父さん!母さん!』

 

 

叫び、二人に触れる。赤に染まる手が、更に汚れる。しかし少年は形振り構わず、二人を抱き上げようとする。生温かい血とは裏腹に、二人の身体は異様に冷えきっていた。

 

 

両親に育てられ、多くのことを学んでいた少年はすぐに理解した。自分の両親が、既に死んでいることに。

 

 

 

信じたくないと、必死に少年は泣き叫んだ。何度も謝った、我が儘を言ってごめんなさい、もう二度と自分勝手なことを言わないから、死なないで、と涙と鼻水にまみれながら、嗚咽と共に言い続けた。

 

 

『────君、は』

 

 

震えた声が響く。少年はふと、泣き叫ぶのを止めた。視線の先に、誰かが立っていた。謎の、男だった。その男は信じられない様子で少年と二人を見据え、呆然としている。

 

 

その手に握られているのは、血に濡れた小刀であった。

 

 

 

少年は理解する。

この男が、二人を、最愛の両親の殺した張本人だと。

 

 

『………どうして?』

 

『ッ』

 

『どうして、父さんと母さんを………っ』

 

 

男は答えない。

ただ、力が抜けたのか。小刀が掌から滑り落ちる。カラン、と転がった小刀は少年の足元に転がった。

 

 

そこでようやく、少年の心にとある感情が生まれた。それが形になる瞬間、ドタドタと後ろから足音が響いてくる。

 

 

『学長!───そんな、学長っ!』

 

『貴様、■■!よくも学長を!』

 

『ッ!待つんだ!今は■■君を!』

 

 

入ってきた数人の大人達。少年もよく知る彼等は目の前の状況を理解し、すぐさま行動に移る。悲鳴を上げ、死した二人の元へ駆け寄る者。刀を抜き、身構える者もいれば、慌てて少年の元へと駆け寄る者もいる。

 

 

『────ッ』

 

 

多勢に無勢と判断したのか、男は背を向けて逃げ出そうとする。その姿を見た瞬間、大人達が反応するよりも先に、少年が動いた。

 

 

『うあああああああああっ!!!』

 

 

叫び、起き上がる際に掴んだ小刀で男の元へと走る。男は咄嗟に避けたことで、少年の強襲は失敗に終わる。思わず回避した男は呆気に取られたように硬直していた。まさか少年が襲いかかるとは思わなかったのか、立ち尽くす男の前で、少年は立ち上がる。

 

 

両親の血に塗れ、瞳に憎悪を宿した少年が短刀を握り、怨嗟を吼えた。

 

 

『よくも!よくも、父さんと母さんを!』

 

 

飛びかかろうとした少年を、他の大人達が取り押さえた。必死な形相で、少年を止めようとする彼等は、諭すように言葉を投げ掛けていた。

 

 

しかし少年には聞こえない。少年の耳には入らない。他の大人達の攻撃を受け、その場から逃げ出した男の背中に向けて短刀を投げつける。

 

 

男には届かなかったが、走り去る男は此方に視線を向け続けていた。そんな男に少年は、呪詛を叫び続ける。この思いが現実になるなら、呪い殺せる程の憎しみを込めながら。

 

 

『お前は絶対に許さない!殺してやる!殺してやる!!死ね!死ね!死ね!絶体に、殺してやるぅぅぅぅぅッ!!』

 

 

その日は、彼にとって最悪の誕生日となった。

しかし、同時に。少年が生まれ変わった日でもある。立派な志を持っていた少年は闇の世界へ踏み込む決意をした。

 

 

世界を滅ぼそうとした復讐者、今日がその誕生日。彼の記憶には、鮮やかな赤と子供には相応しくない憎悪の黒だけが残されていた。

 

 

◇◆◇

 

 

巨大な施設に、爆炎が広がる。

とある研究機関の極秘施設であったそこは、今現在襲撃を受けていた。謎の覆面の集団によって。

 

 

「────」

 

 

禍々しく歪んだ仮面を纏う兵士達。彼等は燃え盛る夜空をバックに、容赦なく突き進んでいく。施設を守る警備員達が応戦するが、暗闇から現れた兵士に首を切り裂かれたり、心臓を貫かれたりで、一瞬で仕留められる。

 

 

その兵士達の後方から、一人の青年が歩いてくる。体をロングコートで隠した銀色長髪の青年。突き刺すような冷気が漂うその青年は冷徹を通り過ぎた絶対零度の瞳で周りを見渡す。そんな彼に、一人の兵士が近寄ってくる。

 

 

「───制圧完了。これより、基地に保管されていたデータを回収します」

 

「…………早くしろ。他の忍が対応する可能性もある」

 

 

そう言い、動いた兵士を見据えた青年はふと静かに歩き出した。その施設の内部へと入った青年は奥にある空間。奈落のように広がる大穴と一つだけ設置された橋だけの場所に着いた。

 

 

カン、と青年が橋の前で止まった瞬間、天井の暗闇が落ちてきた。まるで水滴のように垂れたそれは地面に触れた途端に黒い影となり、人の形を作る。

 

 

黒装束の男。話に聞く忍者のような人物が、道を塞ぐように前に立つ。黒装束の男が口を覆う布を静かに下ろし、青年を見据える。

 

 

「───シルバー」

 

「…………この世界は、腐ってる」

 

 

憎悪に満ちた怨嗟の声であった。銀色の髪の合間から見える藍色の瞳も、深い闇のような淀みに染まっている。

 

目の前にいる男にではなく、全てに向けて彼は言葉を投げ掛ける。

 

 

「正義だとか、悪だとか、その物差しで計り切れないほどに、世界は腐り果てている。完全じゃない、中途半端に腐り、歪んでいる。人も、忍も、善忍も、悪忍も………本当に、見るに耐えない」

 

「…………」

 

「だから、この世界は滅びるべきだ。いや、オレ達が壊す。この腐り果てた世界を」

 

 

黒装束の男はそんなシルバーの言葉に、眼を細める。複雑に満ちた視線を差し向け、低い声で問い掛けた。

 

 

「皆がそれを、望んでいると言うのか」

 

「────死人に口無し、奴等が今更何を望む」

 

「少なくとも、お前のやろうとしている事は望んでいない」

 

「オレはその逆だ────望んでいるから、やるんだろう」

 

 

その為にここにいる、と シルバーは嘲笑う。黒装束の男は諦めたように両目を伏せ、懐から小刀を取り出した。

 

 

「そうか、それがお前の意思か────ならば、俺も容赦はせん」

 

「殺せるか?オレを?」

 

 

不敵に笑うシルバー。彼は口元を緩ませると共に、両手を広げる。無防備極まりない姿を披露し、見せつけるように立ち尽くす。

 

そして、思考が遅れた黒装束の男に向けて告げた。

 

 

「なら、オレを殺せ。今ならオレを確実に殺せるぞ」

 

「───ッ!死を受け入れる気か!?」

 

「好きにしろ。オレは今更、生き足掻くつもりはない。生きる理由が無いから、こうしているだけだ」

 

 

ザンッ!! と、黒い影が飛び込む。風のように飛来する黒を見据え、シルバーは微笑みを深めた。目の前に移動してきた黒装束の男は、小刀をシルバーの喉元へと向けていた。いや、向けているだけだ。

 

肌に触れる刃は、震えている。その先まで、刃が進まない。

 

 

見透かすように、憐憫を込めた言葉をシルバーは吐き捨てた。

 

 

 

「─────それがお前の答えだよ、漆黒。お前にオレを殺せない。オレとは違って、そんな覚悟も────アイツ等の思いに応える覚悟すら無いからな」

 

「…………ッ」

 

 

直後、施設の天井が爆破していく。突然のことに意識を向けた漆黒をシルバーは蹴り飛ばし、広場の出入り口の方に移動する。

 

腹を押さえた漆黒は、ナイフを構えて叫ぶ。

 

 

「待て!シルバー!」

 

「準備は整った。後は、残りを仕上げるだけだ。お前はきっと邪魔になるだろう。だから、ここで終わってもらう」

 

 

シルバーが取り出したスイッチを押す。直後、橋が下から爆発を始めた。足元が崩れていき、天井からの崩落により逃げ場を失った漆黒は、シルバーの絶対零度の視線を目にした。

 

 

「殺せるとは思ってない。だが、お前も無傷では済まないだろう」

 

「────ッ」

 

「去らばだ、旧友。お前の正義では、オレを止められなかったな」

 

「─────シルバーァァァァ!!」

 

 

 

ガラガラガラ─────ッ!!

 

 

無数の落石に巻き込まれた漆黒の怒号が、奈落に消えていく。旧友を死に追いやった光景を前に、シルバーは無機質なままであった。

 

出入り口の方の影にいる、複数人に視線を差し向けたシルバーは目を細めて、低い声で告げる。

 

 

「…………一週間後だ。そこで全てを始める。お前達にも働いてもらうぞ」

 

 

影に潜む者達は、静かに応じた。爆炎と破壊に満ちたその場から姿が消えたことで、ようやく静寂が訪れる。

 

 

人知れず、悪意の満ちた計画が始まったのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

半蔵学院の校庭。

最もこの学校の校庭と言えど、一般的なものとは違う。学院でも限られた人間でしか運用できない、特別なエリアの校庭である。

 

限られた人間とは、ある存在────忍の事を意味する。この学院は表向きには有名な学校であり、裏側は忍の育成機関ということになる。

 

 

その校庭で、二人の少年少女が動いていた。ただ運動しているとは違う─────戦っていたのだ、彼等は。

 

 

 

「はぁぁあッ!」

 

「────ふんっ」

 

 

金属音が連鎖する。

二刀を振るう活発的な少女 飛鳥は凄まじい勢いで連撃を繰り返す。彼女の相手をする少年 天星ユウヤは片腕でそれらの斬撃を防ぎ、弾いていく。

 

 

片電気によって発生させた磁場により形成した黒鉄の装甲を片腕に纏ったユウヤが二刀を重ね合わせた重い一撃を防ぎきる。

 

火花が、周りに飛び散る。顔色すら変えず、ユウヤは口を開く。

 

 

「────これで終わりか?」

 

「っ!まだだよっ!」

 

 

戦い方を変え、忍術を使用していく飛鳥。しかしユウヤは容易く、それらの攻撃をいなしていく。地面に潜って奇襲を仕掛ける忍術も飛び退き、あらゆる戦術を徹底的にうちのめしていく。

 

 

どれだけの時間が経ったか。二人が戦いを止めたのは、近くのベンチに置いてあったタイマーが鳴り響いてからだった。

 

 

「………時間だ。もう終わりにするぞ、飛鳥」

 

「う、うん…………もう、ヘトヘトだよ………ユウヤくんは、まだ動けるのに………」

 

「────仕方ないさ、俺の方は避けてるだけだしな」

 

 

何より、レベルが違う。堂々とした宣言したユウヤに、飛鳥は不満に思う様子すらなく、純粋に笑顔で応えた。皮肉のつもりで言ったユウヤも複雑だったのか、苦虫を噛み潰したようにしかめる。

 

 

一時的に訓練をしていた飛鳥とユウヤ。実際には、ユウヤが飛鳥の訓練を手伝っていたのだ。それには、ある理由が在った。

 

 

「やはり使えないか?あの時の変化は」

 

「…………うん。やっぱり、超秘伝忍法書がないとダメだったのかなぁ」

 

 

彼等が言う変化とは、少し前の事件に関係している。半蔵学院にて起きた、蛇女学園との戦い。

 

 

『────雷電の異能使い天星ユウヤ。この紅蓮が、排除する』

 

『俺と同じ、異能使いだと………ッ!?』

 

 

数十年に一度とされている、あらゆる知識とは異なる能力、人呼んで異能。雷の異能を宿すユウヤの前に現れた、炎の異能使い 紅蓮。彼と共に現れた蛇女学園の忍の精鋭 焔紅蓮隊。その戦いは苛烈を極めた果てに────とある陰謀の存在をさらけ出した。

 

 

『オレが造り出した、人造の兵士 ホムンクルス。どの個体も炎の異能に適合しなかった────紅蓮を、オレの優秀な手駒を除いては』

 

『これによりオレは、異能を操るホムンクルスを量産する!無敵の戦士達を従え、オレは「聖杯」を手に入れる!神の力を我が手に、全てを書き換える全能の力を!』

 

『紅蓮は───アイツは、駒ではない!私達の仲間だ!』

 

『俺は────紅蓮。焔紅蓮隊の、焔達の仲間だ!貴方の道具じゃない!』

 

 

蛇女のプロフェッサーであり、人造の兵隊の増産を目論んだ男 カイル。野心と憎悪に支配された男は配下にしていた焔紅蓮隊を切り捨て、彼の望む人形───『紅蓮』を利用しようとした。

 

 

しかし、彼女達との戦いで心を得た紅蓮は、カイルに離反した。主から『役立たず』、『人間モドキ』と吐き捨てられ、死にかけた彼は─────大切な仲間を庇い、瀕死に陥った。

 

 

『笑わせるな────人並みの希望を、願いなど。貴様に許されたものだと思っていたのか。この木偶人形風情が』

 

『何を、怒る。人形が壊れただけだろう。こんなモノ、死体さえあれば補充は幾らでも─────ッ!?』

 

『お前は!生命を、何だと思ってやがるッ!!』

 

『そんなこと────絶対に許さない!』

 

 

仲間の為に生命を投げ棄てた紅蓮の死を嘲笑うカイル。激昂したユウヤはカイルを殴り飛ばし、飛鳥は涙を拭い、目の前の男の狂気を止めようと共に戦った。

 

彼等の強い思いに呼応し、突如飛び出してきた超秘伝忍法書の力が、飛鳥とユウヤを強化した。新たな姿と化した二人は連携し、最後の最後まで抵抗を繰り返したカイルを打ち倒し、彼の狂気に満ちた計画を頓挫させることができた。

 

 

問題は、その時の力。変化した姿は超秘伝忍法書から引き出されたものであった。つまり、彼女の本来の力。使いようによれば、カイルに適応できたあの姿になれるかもしれない。

 

 

だからこそ、飛鳥は自主的にユウヤに特訓を求めた。彼もそれに応じ、何度か彼女の手伝いをしていたのだ。しかし、どれだけ経っても、その姿に近付ける気がしない。

 

 

「────単なる特訓ではない、別のものが必要なのかもな」

 

 

 

直後、近くから複数の轟音が響き渡った。

 

 

 

「な、なにっ!?」

 

「今のは───爆発か!」

 

慌てて周囲を探るユウヤと飛鳥。二人の視線の先で、爆発の煙が燃え上がっていた。続く轟音と悲鳴の声に、二人は互いの顔を見合わせる。

 

 

「誰か暴れてるみたいだな、ここまでの被害を出すとは普通の相手じゃなさそうだ」

 

「っ!早く止めに行かないと!」

 

「─────分かってる、行くぞ」

 

 

爆発のする方へと飛んでいく二人。彼等の居た場所にある小さな水溜まりが、ピチョンと反響する。その瞬間、水溜まりは一瞬にして地面へと吸い込まれるように、消えていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別新章
黒き雷と白き姫君


本編の途中で新しい話を作るド畜生がいるみたいですよ(真顔)


許してください、お願いします。感想や評価ください。


人々が寝静まった深夜。

常に照らされた明かりも少なくなっていった街から外れた、とある研究施設。

 

 

森に隠されたその建物は、明々と照らされた室内の光を上手く隠しており、一目に付きにくい隠蔽をしていた。

 

 

その建物を見下ろす影が一つ。少し離れた山の崖で、一人の青年がそこにいた。

 

 

「……………この施設か」

 

 

その呟きは、静寂に満ちた夜空に溶け込む。青年は明らかに強い警戒を視線として建物へと向けていた。

 

 

 

「天星さん」

 

 

ふと、暗闇から声が響く。

銀色の髪をした青年が影が現れ、黒髪の青年へと深く頭を下げる。

 

 

「前線部隊、『武装戦闘兵(アームガーディアン)』、『殺戮機蟲(ハンタービー)』、『黒装機蠍(アンタレス)』の配備は完了した。この施設からの裏口も塞いでいる。いつでも突撃できる。現時点で我々の存在は誰にも悟られてはいない。襲撃を行うなら今のうちだ」

 

「………分かってる。急かさなくても、すぐにやる」

 

 

そう言うと、ユウヤは崖から先に進むように、前へと歩み出した。崖から飛び降り、建物へと落ちていく。

 

 

 

「──────任務、開始」

 

 

瞬間、青年を中心に、莫大な電気が迸る。青を通り越え、白が空気を焼き、破裂していく。それは天から降り注ぐ落雷というよりも、無数の雷を帯びた一つの星そのもの。

 

 

夜空に浮かぶ大きな光源は、一瞬でその姿を消した。その代わりとして、明らかな変化が生じる。

 

 

先程まで、明々とついていた施設の灯りがいつの間にか消え去っていたのだ。その変化に気付いたのか、施設内部では人々の戸惑いとあわてふためく様子が伺える。施設外壁に搭載されていた防犯装置や対人無人機などの兵器も、電気の花火を放ちながら機能を停止させる。

 

 

タンッ! とユウヤは地面に降り立つ。その彼の全身を、凄まじい量の電気が覆い、火花を散らしていた。未だ電気を押さえられないのか、彼は目を細める。

 

 

 

天星ユウヤ。

彼に与えられた力、その能力は異能。数百年に一度と言われる程の、元素属性を宿した超常的な能力。彼はその中でもこの世界で唯一無二の強さを誇る力────『電気』、『雷』を操れる。

 

 

彼の異能は肉体へと適合しており、その効力は人間の限界を超えるまでの力を発揮できる。心臓は電気を生成し続ける無限機関、神経は電気を通し、筋肉は電気により強化できる。

 

 

彼が組織のNo.4に選ばれたのは、それ程までの異能と、それを完全に使いこなせる戦闘センスがあってものであった。

 

 

 

ユウヤは研究施設から奪った電気を自身の周囲に帯びさせながら、開かなくなった自動扉に電気を送り込む。強引に扉を開かせ、彼は暗転した闇の中へと踏み込んでいく。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『────○○市から数キロ離れた施設を中心に、大規模な時空震動を確認───次元域の負荷、深度の推定から、特異点の存在を把握しました』

 

 

突然呼び出された事に不満を覚えながら、自分達の拠点へと着いたユウヤの耳にオペレーターの言葉が入る。単に聞いていただけの話だが、その内容に思わず眉が動く。

 

 

『………特異点、だと?』

 

『まぁね。だが、影響は「聖杯事変」を軽く越えてる。次元域への伝播も、別世界に届いてると見ていい。今回の件でどれだけの被害が出ていることか』

 

 

大型のホールで、オペレーター達への指揮を行っていた志藤がそう漏らす。

 

 

特異点、それは凄まじい力の塊と言うのが簡単な意味合いだろう。世界や時空そのものを巻き込む程の未知数エネルギーの渦。発生源や原因すら未解明であり、対処法も限られている────謂わば、天災に等しい。

 

 

 

 

『─────じゃが、今回の原因は分かっておる』

 

 

そういう声が、真横から聞こえてくる。同時に、先程までなかった筈の気配が、いつの間にか現れていた。ユウヤはその相手を睨み、

 

 

『神威、呼び立てておいて挨拶もなしか』

 

『フフフ、妾とて忙しい。構って欲しいのであれば、存分に構ってやるぞ?妾も暇だしのぉ』

 

『さっさと話をしろ、こんな事をしてる暇はないだろ』

 

 

まるで高貴な姫を連想させる着物を着込んだ女性 神威を問い詰める。神威は嫌な顔もすることなく、手に持った扇子を開き、語り始める。

 

 

『今回の特異点、それは人災と言っても過言ではない。本来であれば保管するはずであった聖杯を使ったのじゃよ、特異点による被害を止める為、独断でな』

 

『………誰がやった』

 

『首謀者は天柳寺博士。あの施設の所長を勤めとる男じゃ、こやつはあの施設に部下と共に閉じ籠り、何かをしようと画策しておる』

 

 

明らかに警戒を強めるユウヤに、神威は優しい笑みを向ける。その後、ニカッと愉快そうな笑顔を浮かべ、ユウヤに命令を下す。

 

 

『妾の愛弟子のラストを向かわせる。ラストには天柳寺博士の保護及び護衛。そしてユウヤ、お主には特異点の沈静化と、その原因となるものの回収を頼みたい』

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

施設の内部。

大型装置の備えられた部屋で、特殊部隊と思われる兵士達が何かの作業を行っていた。

 

 

 

「────刃蠍(ジンケツ)様、例の代物を確認しました。これより回収に映ります」

 

 

部隊の隊長である男が、無線機越しに誰かと連絡を取る。男が連絡を取っている相手が誰か気付いた兵士達は、一言も声を発さずに、作業の手すら止める。

 

 

彼等の肌を、冷や汗が伝っていた。

いつの間にか沸き上がるそれは、尋常なものではない。明らかな恐怖に抗えぬまま、必死に怯えを抑え込んでいた。

 

 

音を出すことすら、許されないと言うように。

 

 

「………はい、分かっております。ここの職員は見つけ次第始末してます。我々の存在を知る者は一人として居ません。………………はっ、ありがたきお言葉です。このまま事を済ませます」

 

 

会話の最中も、隊長はまるでサラリーマンのように、必死に相手の言葉に応対していた。そして何かを任されたのか、覚悟を決めたように応じると、無線機の通信を止めた。

 

 

そして、深い安堵の息を漏らすと、同じように落ち着いた様子の隊員達に声をかける。

 

 

「…………よし、さっさと続けろ。『特異点』に関する物はとにかく全て回収するんだ」

 

「た、隊長……質問ですが」

 

 

作業を続け始めた一同の、一人の隊員が隊長へと呼び掛ける。装備も軽いもので、動きからして恐らく新人だろう。

 

 

彼は近くに転がる屍に震える声を押し殺しながら、疑問を漏らす。

 

 

「ここにいる人達を殺して………あの人は何を手に入れようとしているんですか?もしかして、世界をどうにか出来るような────」

 

「新入り、生き残りたいなら詮索するな」

 

 

そんな新入りを咎める事なく、隊長はあっさりとそう言う。巨大な装置を弄りながら、隊長は恐ろしさを実感したような声で言う。

 

 

「あの方は闇社会を束ねる頭角の一人であり、機嫌次第で俺達を殺すような御方だ。少しでも感に障れば切り刻まれるぞ」

 

「…………そんな、俺達は一応部下ですよ……?」

 

「あの方にそんな言い訳は通じねぇさ。どうせ俺らは補給出来る駒だからな。あの方の機嫌を悪くして、処分された奴を何人も見てきた」

 

 

マスク越しに顔を青ざめさせる新入りに、隊長はさっさと動けと呆れたように言い放つ。慌てて作業に戻った新入りの背を見据え、隊長は目の前の装置に視線を向ける。

 

 

 

「この装置の中身が、俺達の目当てか」

 

 

巨大な大型の装置。何かが入っているのか、大きな棺桶に無数のチューブが繋げられている。目の前のコンソールに視線を向けると、あと少しで解除出来るようになっていた。

 

 

実行、そう記されたボタンに指を添える。

 

 

「中身が何だろうが関係ない。我々の目的を遂行するまでだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────悪いが、そういう訳にはいかない」

 

 

全く聞き覚えのない声が、室内に響き渡る。咄嗟に警戒を行おうとする彼等であったが、更なる異変が眼前で生じる。

 

 

 

バチンッ! とコンソールの端末に火花が炸裂する。瞬間、装置の電源が落ちたように、反応しなくなる。隊長は慌ててコンソールを動かそうとするが、装置から電気が失われていた。

 

振り返り様に立つ青年の姿を見て、彼等は息を呑み込む。

 

 

「天星……ユウヤ……ッ!」

 

「ふざけやがって!あの『黒雷』が何でここに来やがるんだッ!」

 

 

相手が何者かを知り言葉を失う新入り、自分達よりも格上の相手に悪態をつくしかない隊長。他の隊員たちも、同じような反応であった。

 

 

ユウヤは彼らの姿を眼にし、怪しむように眼を細める。軍隊のような厳重な装備だが、国の軍人とは思えない。どちらかと言えば、誰かに支える兵士と言うのは間違いないだろう。

 

 

「………お前らを見逃してもいい。但し、目的のそれだけは諦めて貰おうか」

 

「おいおい………天下の傭兵さんが横取りかよ。大人気ねぇじゃねぇか」

 

「傭兵としてなら、横取りはしないさ。だが、もう一つの役割としては重要な事でな。悪いが、大人しく尻尾巻いて逃げ帰れ」

 

 

そう言うユウヤだが、全身から電気を放つのを忘れない。放電が空気を焼き、まるで自我を持つように轟き声を響かせる。

 

 

怯えきった新入りが、隊長に声をかける。

 

 

「………た、隊長」

 

「……………仕方ねぇ、退くぞ。何人かボスに殺されるかもしれねぇが、それでも全員はねぇだろ」

 

 

隊長の判断に、誰も否定的ではなかった。むしろ賛成というのが意見なのだろう。すぐさま装置から離れ、その場から退く彼等を見送り、ユウヤは装置へと近付く。

 

 

しかし、その瞬間。

隊長は異変に気付いた。新入りの近くにいた隊員の一人が、全身を震わせていたのだ。呟くような声は、怒りに染まっていた。

 

 

「───ふざけるな」

 

「?おい、お前。どうし────」

 

「ふざけるな!余計な真似をしやがって!!」

 

 

怒声と共に、隊員は肩に掛けていたアサルトライフルを身構える。安全装置を乱暴に外し、装置の前に立つユウヤへと狙いを定める。

 

 

慌てて止めようとする新入りと隊長達だったが、その隊員は「黙れッ!」と叫び彼等に向けて乱射する。悲鳴が響き渡り、自分に近付く者がいない事を確認した隊員はユウヤに向き直る。

 

 

そんな隊員を軽蔑するように、ユウヤは険しい視線を向ける。

 

 

「仲間を撃つのか……正気か?」

 

「黙れ!貴様如きが好き勝手ほざくな!第一!コイツらは俺の仲間などではない!誰がこんな、ごみ溜めのクズどもの仲間であるものか!全てはこの為、それを手に入れる為までに我慢していたのだ!悪になるという不愉快な事も受け入れたのもな!!」

 

 

ペチャクチャと捲し立てる男に、ユウヤは最早嫌悪感しか向けていない。

 

 

「それなのに!ポッと出の貴様風情に邪魔されるだけではなく!目当てのそれを奪われるなどあってはならない!我々の正義においても、絶対に許されない事だ!」

 

「…………闇社会の末端に入り込んでるクセにプライドがあるのか、安い正義だな」

 

 

あっさりとした挑発に、引き金に掛かる力が強まる。マスク越しに男は、視線だけで殺せそうな程の殺気を込めている。睨み返しながら、ドスの効いた鋭い声で怒鳴り散らす。

 

 

 

「金の為なら誰にでも媚を売る───薄汚い賞金稼ぎ風情がッ!!」

 

 

「他人の手柄を掠め取ろうとしてたハイエナが、偉そうに言えることかよ」

 

 

その返し、男の怒りは頂点に達した。

顔を真っ赤に染めると同時に、アサルトライフルの引き金を引き抜き、ユウヤに弾丸を叩き込んだ。

 

 

 

しかし、それらの弾は青年に当たることはない。彼が周囲に放った電磁波が、防壁のように弾丸を全て弾いていく。空中でほんの一瞬制止した弾丸が、地面へと落ちる前に───ユウヤはそれを蹴り飛ばし、男へと打ち返した。

 

 

咄嗟に男は銃を構えて防ごうとするが、まるで砲弾のように返された弾丸によって銃を砕かれ、そのまま遠くへと吹き飛ばされる。

 

 

破損したヘルメットを乱雑に投げ捨て、頭部から止めどない血を流した男は血走った眼でユウヤを睨む。正気とは思えないような様子で男は

 

 

「この…………ッ、貴様ぁッ!!」

 

錯乱したように激昂しながら、近くに置かれていたケースに手を伸ばす。鍵を引き剥がし、保管されていたスイッチを取り出した。

 

 

それを目にした隊長が、明らかな驚愕を示す。指にスイッチを添える男を目にし、強い声で周囲に向けて怒鳴る。

 

 

「───不味い!てめぇら逃げろ!」

 

 

何かに気付き逃げ出し始める隊員達すら無視して、男はスイッチを押す。その瞬間、周囲の空間が変容する。世界そのものが、全く別のものへと書き換えられたように。

 

 

 

 

新たな気配を感じ、ユウヤが上を見上げると─────そこには、異形が存在していた。

 

 

 

紫色の肌をした化け物、それはユウヤの知識が正しければ、妖魔という忍の宿敵である怪物だ。だが、その存在が単なる妖魔ではないというのは見て分かる。

 

 

その姿は、女性のような上半身と巨大な口を剥き出しにした多脚の魔獣と呼ぶべきだろう。だが、禍々しさと同様に、その怪物の肉体に、本来ならば存在しないものがある。

 

 

魔獣に打ち付けられたような、複数の金属の槍。脚の一部も機械で構成された義手で、上半身の女性の胸の中心には丸いコアらしきものが埋め込まれており、顔には金属的なマスクが取り付けられている。

 

百足のように壁を伝い走り出した妖魔らしき異形は、男の前へと降り立ち、ユウヤと敵対するように唸り声をあげる。

 

 

「…………どうやら、単なるハイエナじゃないみたいだ」

 

 

上着を脱ぎ捨て、全身から電気を放つユウヤ。彼はその妖魔を前に、警戒を一段と高め、両腕を広げる。

 

 

 

周囲から黒い砂礫を集め、両腕に纏わせる。青い雷が迸ると共に、黒い鋼鉄の装甲が彼の両腕に展開されていた。

 

 

 

 

「天星ユウヤ────世界でも数少ない『雷』の異能の適合者」

 

 

不気味に笑う男は、ユウヤの力を眼にして、更に笑いを深めた。

 

 

「いかに持て囃されてきたお前であろうとも、コイツの相手はお前でも厳しかろう」

 

「……随分と自信満々だな」

 

「当然だ。コイツは何人もの忍を殺している改造型の妖魔だ。貴様のように、勝ち誇った忍学生どもをぶち殺して来たのだ!」

 

 

まるで新しい玩具を見せびらかす子供のようにはしゃぐ男から意識を反らし、ユウヤはある単語に耳を傾ける。

 

 

 

忍学生を、殺してきた。

ユウヤの認知する話であれば、忍学生は妖魔の存在を知らされない。何故なら未熟な忍では妖魔に勝てないとされているからだ。だからこそ訓練を積み、卒業してから妖魔の存在を教えられ、戦いへと赴く。

 

 

しかし、何も知らない彼女達は、この妖魔になぶり殺しにされたのだ。経験も、実力も未熟で、太刀打ちできないにも関わらず。そう思うと、不愉快だという感情が沸き上がってきた。

 

 

「仮にも正義を称する奴が、改造された生物兵器とはいえ、妖魔に手を出すとはな。…………堕ちる所まで堕ちてるな、お前の語る正義も」

 

「何とでも言え。貴様らには理解など出来まい────この世から悪を滅ぼす、真の正義を。

 

 

 

 

 

 

我等が崇拝すべき偉大なる正義の執行者! 今は亡き黒影様の遺志を果たす!!この世に蔓延る悪を浄化することでなぁ!!」

 

 

(ッ!?黒影だと?)

 

 

男の言葉に、ユウヤは愕然とした。

何故、この男が伝説の忍 半蔵と並ぶであろう古き忍の名を語るのか。自分勝手な正義を名乗るのも、それが理由なのか。

 

 

 

「さぁ!我等の正義を侮辱した傭兵崩れ!正義の裁きを味わうがいいッ!!」

 

 

『グルギャァァァァァアアアアアアアアアアッ!!!』

 

 

男が、端末を操作すると妖魔が咆哮を轟かせながら、ユウヤへと襲いかかる。近くの壁を吹き飛ばしながら妖魔は、形振り構わず突撃してきていた。

 

 

「チッ!」

 

ユウヤは背を向けると、近くの大型装置に取りつけられた棺桶を持ち上げる。コードやケーブルを無理矢理引きちぎり、担ぎ上げながら外へと飛び出す。

 

 

 

 

 

ガラガラガラッ! ドガァァァンッッ!!!

 

 

 

「どうしたぁ!?さっきまで偉そうな口はぁ!逃げてばかりではすぐに追いつくぞぉ!!」

 

 

施設を半壊させながら、外へと逃げるユウヤを追いかける妖魔。それを追いかける男は、高揚とし感情を抑え込むこともせず、楽しそうにユウヤを煽る。

 

棺桶を担いだユウヤは、すぐ近くまで迫ってきた妖魔の突進を、何とか防ぐ。突き立てようと伸ばす鋭利な脚を蹴り、すぐさま距離を取る。

 

 

妖魔が全身から無数の触手を生やすと、それらを指し向け、ユウヤを蹂躙しようとする。しかし、彼が放った凄まじい放電に、灰化するまでに消し焦がされる。

 

 

先程から何度も棺桶に意識を向けるユウヤに男は、ニヤニヤと嫌らしい笑みを向ける。

 

 

「どうやら、しぶとさだけはあるようだ。しかし、貴様の電気もいつまで持つかな?」

 

 

「──────フッ」

 

男の嘲笑に満ちた言葉に、ユウヤは馬鹿を見るような眼で逆に嘲笑う。それを見返した男が顔を真っ赤にして、何が可笑しいと怒鳴る。

 

 

「いや、まさかな。この棺を安全なところまで運ぼうとしていたのに、今のだけで俺に勝てると思ってるのかって思ってな」

 

「な、何!?」

 

 

「─────可哀想な妄想をぶち壊すようで残念だが、準備運動は終わりだ」

 

 

そう告げ、腰を深く落としたユウヤは全身に膨大な雷を蓄積させる。黒い髪が凄まじい雷電に晒され、白さを少しずつ取り戻していく。

 

 

 

そして、一瞬──────雷が落ちたような轟音と共に、光が世界を塗り替える。

 

 

 

 

 

視界を奪われた男は眼を擦りながら、再び視線を向け直す。その瞬間、喉が干上がったかのような感覚を味わった。

 

 

彼が見たのは、まるで巨大な隕石が落ちたようなクレーターと、その中で辺り一帯に飛び散った妖魔のものと思われる肉片の数々。

 

 

青ざめる男だが、自身の真後ろから響く声に、心臓が止まりかける。

 

 

「────『鳴神雷轟(ライジング・テンペスト)』、まだ不完全だな」

 

 

振り返った先にいたのは、身体を漆黒の金属鎧に包み込んだユウヤであった。その身体は雷そのもののような、莫大な電気を纏っており、その姿は雷神と呼ぶに相応しき姿であった。

 

ユウヤは片手で掴んでいた妖魔を放り投げる。上半身を無理矢理に引き裂いたような痕と、鋭い爪で掴まれ、無残に変わり果てたマスクが印象的であった。

 

 

「…………馬鹿、な……………そ、そんな馬鹿────な゛ッ!?」

 

「悪いが、寝てろ」

 

 

呆然とする男の首に指を突き立て、高圧力の電気を流す。感電したように男は全身を痺れさせながら、その場に倒れ込む。

 

男を見据え、呆れたように鼻を鳴らしたユウヤは、すぐに連絡を繋ごうとする。

 

 

 

が、その瞬間。

機械的な音を立てて、棺が蓋を開いた。蒸気と思われる煙が周囲へと広がっていく。

 

 

「ッ!!」

 

 

即座にユウヤは構えを取る。今回の問題、特異点は存在しなかった。ならば、あそこの中身は特異点に関係するものだ。何であろうと危険に間違いはない。

 

 

何時でも対処できるように構えながら、ユウヤは踏み込む。そっと中身を覗いたユウヤは──────驚愕を明らかにする。

 

 

「……………子供、だと?」

 

 

中にいたのは、十歳くらいの全裸の少女だった。

髪は真っ白な長髪で、脚に届くまで長い。顔も幼いながらも綺麗で、こんな状況でなければ見惚れてしまうようであった。

 

 

気を落とすユウヤに、不安が生じる。

この少女が何者なのか。何故この棺に、あの装置に閉じ込められていたのか。今回の特異点と、何の関係があるのか。

 

 

そんな彼の目の前で、少女はゆっくりと眼を開いた。

 

 

「……………?」

 

 

息を呑み込むユウヤの前で、少女は起き上がり、周囲を見渡す。あまりにも弱々しく、今にも力尽きそうな雰囲気がある。しかし少女は何かを求めるように、辺りを見渡す。

 

 

 

ふと、少女の視線がユウヤを捉える。

宝玉のように輝く瞳が、次第に綺麗に光り始めた。たどたどしい声で、少女は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ぱぱ?」

 

 

 

 

 

 

「────────え?」

 




傭兵、子持ちになるってよ(満面の笑み)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編総集
雷神VS伝説の先輩


本編終えて久しぶりの番外編、タイトルで大抵の方が察してしまうかも…………


「───ようやく、任務が終わったー!」

 

 

伝説の残された廃墟 聖印町で『聖杯』を原因として起きた『聖杯事変』から二日が過ぎ、飛鳥たちは忍学生として任務を終えたところだった。

 

 

「ったく~、大したことなくて困るなぁ。本当にユウヤが来なくても大丈夫だったな」

 

 

葛城の言う通り、飛鳥たちの任務にユウヤは参加しなかった。理由は簡単、これは忍である彼女たちの任務であり、半蔵学院が引き入れた傭兵とはいえ色々やらせる訳にはいかなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

ズッ、ドォォォンッ!!!

 

という爆音と共に、地面に衝撃が走った。地震にも似た震動が起こり飛鳥たちは戸惑うが、すぐにとある事実に気付いた。

 

 

「……半蔵学院!あそこで戦ってるの!?」

 

そう言うと同時に学院の方からドォォン!!とまた響いた。飛鳥たちは急いでそこに向かうことにする。

 

 

誰が戦ってるのか、予想がついたから。

 

 

 

 

半蔵学院に着いた時には、凄まじい惨状だった。激しい戦闘の後だと分かるほどのもの。辺りに舞う砂塵が少しずつ晴れていく。

 

 

 

そして、姿を現したのはユウヤ。かつてゼールスを倒した時の、『雷神』としての力を引き出した姿だった。

全員がその姿に驚く中、飛鳥だけが別の理由で驚いていた。

 

 

 

 

 

覚醒している筈のユウヤは荒い息切れをしていた。かつての強敵を圧倒した力を使っている筈のユウヤが、だ。

 

「ッ!お前ら、下がってろ!」

 

飛鳥たちに気付き、そう声をあげるユウヤ。

 

 

「………」

 

同じように晴れた砂塵から現れたのは女性だった。サラシを巻いた上に学ランを着込んだ女性。両腕を組みながら威風堂々と言わんばかりのオーラを辺りに放っていた。

 

 

「なッ!?あの人は!!」

 

「大道寺先輩!?」

 

 

先輩である二人、斑鳩と葛城が驚愕する。飛鳥たちがどういう意味かと問いかけようとしたら、

 

 

「おー、もう帰ってきたか貴様ら。早いな、 もう少しかかると思ってはいたが」

 

 

すぐ近くからした声の方を見ると、ベンチに二本足で立っている小人がいた。

 

統括者 ゼールス。

かつて聖杯を使い、世界を支配しようとした存在。ユウヤに敗北したせいで小さくなったが、飛鳥たちにとって凄まじい強敵だった。

 

 

今、ベンチに置いてあるペットボトルに必死に上ろうとしている。その姿には、もう強者としての威厳とか見えない。

 

 

「どういうことですか!ゼールスさん!」

 

「言い訳など見苦しいだけだ、何も言わん。いや、何も出来るわけないだろアレ………」

 

ハッ、我を圧倒したあの姿に追いつくとか強すぎじゃね?と、口調が壊れかけてる元統括者は遠い目をしていた。だが、あっさりと正気に戻るとすぐさま話をし始める。

 

「そうだな、あれは今から数十分前の話だった………」

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

訓練場のベンチに座っているユウヤは口にした炭酸飲料を横に置く。キャップが閉まっていない、そもそも付いてない状態なのだが、それには理由があった。

 

 

「ふーむ、ぴりぴりするな。このコーラとかいう物は」

 

「まあ………炭酸だしな。別のやつ飲むか?」

 

「いや、飲める。この味も覚えておきたい」

 

手の平サイズの大きさへと変わった統括者 ゼールス。彼でも飲めるようにペットボトルのキャップに炭酸飲料が入れられていたのだ。

 

再び口にしようとペットボトルを手に取ったユウヤは気付いた。目の前に堂々とした様子で立つ人が居ることに。

 

 

「うぬが、天星 ユウヤか?」

 

「…………誰だ、アンタは」

 

初対面の人物に使う言葉遣いでも声の低さでもないが、ユウヤがそうなるのも当然だった。

 

目の前の人物は隠していなかった、圧倒的な強者が放つ覇気を。これ程の覇気を向けられ、戦い慣れた人間に警戒するなと言う方が難しい。

 

胸にサラシを巻き、その上に学ランを着こんだ女性はユウヤの言葉を聞くと、意外にもアッサリと名乗り上げた。

 

 

「我が名は大道寺、強者を求め、極上の死の美を探求するものなり!」

 

そういえば、とユウヤは記憶を辿った。半蔵や霧夜から聞いたことがあった、破格の実力を持ちながら卒業せず、自らの意思で留年している忍学生がいると。

 

まさか、目の前に現れるとは思いもしなかったが。

 

 

「悪くない覇気。聖杯事変を解決しただけはある」

 

「随分と上からだな。俺なら倒せるとでも思ってんのか?」

 

バチバチ!とユウヤの周りの空気が唸る。彼がここまで苛立っているのには理由がある。

 

──大道寺の口調、それを聞いて嘗められていると思ったからだった。

 

 

「その面構えも中々のもの、我に挑むに値する。うむが望むのなら我と拳を交えよう」

 

「──へぇ、言ってくれるな。それならさぁ、

 

 

 

 

負けた時の言い訳ェ!考えとけよ!!」

 

 

売り言葉には買い言葉。挑発を叩きつけ、全身に雷電を帯びるユウヤ。それを目の前に受け、深く息を吸い込み、ズンッ!!と地面を踏み抜く大道寺。

 

 

二人が激突したのは、数秒後。それから全身全霊の死闘が幕を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……………お代わり出来んのだが」

 

空になったキャップを両手に持ち、ベンチに置かれたペットボトルを見る。大きさからして届かないことに気付き、ショボーンと落ち込んでいた。

 

 

◇◆◇

 

 

「───という訳だ」

 

 

「「「「「何してんの、あの人たち!!?」」」」」

 

その事の顛末を聞いた五人はそう叫ぶしかなかった。強者に意欲的な葛城ですら遠慮する程の人物に向けられたものでもあり、その人物に喧嘩を吹っ掛けた傭兵の青年にも向けられていた。

 

 

 

 

 

「………へっ、本気でもここまでやるのか。なら、全力じゃないと勝てないよな」

 

口の端から垂れた血を拭い、ユウヤはニヤリと笑う。

 

 

 

 

「潰れろ!『雷神武装・巨王力帯(メギンギョルズ)』!!」

 

巨人の如く怪力が一本の腕に宿り、容赦なく振るわれる。先程まで余裕さを保っていた大道寺は驚きを露にし、すぐさま対応する。

 

 

「むんッ!!」

 

片足で踏み込み、拳をぶつける。最早形容することも出来ない程の衝撃が発生し、大道寺の足元が目に見えてへこむ。

 

 

 

「なるほど…………今のは痛かった」

 

(バッ!!?地盤すら響かせる力だぞ!?痛かったで済むかよ普通ッ!!)

 

地面すら貫く障壁の束を受け止めた一撃を耐えきった目の前の相手の化け物っぷりにユウヤは笑いすら込み上げてきそうになる。まあ、本気で笑うことはないが。

 

 

だが、ニヤリと微笑みをつくるユウヤ。その顔は、何と言うか…………まるで切り札を隠すことを諦めたようなものだった。

 

つまり、失笑。

 

「喜べよ。全身全霊の全力だ────セーフリミッター、オール解除」

 

その直後、ユウヤを中心に電力が溜められていき、馬鹿でかいエネルギーへとなっていく。それは、今までの雷とは明らかに威力が違うものだった。

 

 

 

 

「………アイツ、あそこまで電力を生み出せるのか。あの二人、普通の人間止めてるぞ」

 

感嘆か呆れか、分からない声を出すゼールスに全員が疑問の視線を向ける。どういう意味かを瞬時に理解したゼールスは補足と言わんばかりに説明する。

 

 

「およそ二億キロワット。日本が一時間使う最大電力量を軽く越えてる。これだけでもう発電所とか要らないくらいだと思うぞ?それにしてもあの大道寺とかいうのも凄いな、あれを正面から受けようとしてるぞ」

 

斑鳩と柳生の顔が真っ青になり絶句していたが、他の三人はよく分からないような顔をしていた。だが、あれ?と思った飛鳥は息を呑む。ある事が脳裏に浮かんだからだった。

 

 

「………もし、それをここで放ったら?」

 

「この辺りが吹っ飛ぶ、それはもう壮大に」

 

最早声が出ない。平然と言い切ったゼールスに全員は固まったままでいる。

 

そして、彼女たちの行動は意外と早かった。

 

 

 

「「「「「ストォーップ!!!!」」」」」

 

止めた。それはもう、全力で止めた。でも一番驚いたのは、彼らがアッサリと引き下がったことだった。

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

 

数時間後、

 

「わーっ!落っこちそう!」

 

「へっ!アタイのコンボから逃れなれないぜ?避けれるもんなら避けてみな!」

 

「………まとめて来るがいい、我は逃げも隠れもせんぞ」

 

「おい、誰か大道寺押さえろ!全員まとめて吹っ飛ばされるぞ!?あと葛城テメェさっきから掴むんじゃねぇ離せ!!」

 

四人がコントローラーを手に持ち、テレビゲームに熱中している。

 

声の主は上から順に雲雀、葛城、大道寺、ユウヤという風になる。

 

他の皆も意外と落ち着いている。飛鳥は皆に、柳生は雲雀に向かって応援して、斑鳩は肩にゼールスを乗せながらその状況にため息を漏らしていた。

 

 

「おーおー、やってるやってる。ゲームとか言うやつも凄いものだな。我は操作できんが」

 

「………あの、ユウヤさんと大道寺先輩、先程まで本気でやり合ってましたよね?何故仲良くゲームをしてるんでしょうか?」

 

「さぁ?そういう質なんじゃないか?……あ、二人ほど場外までいったな」

 

 

 

「「ぬあああああああああああああ!!!」」

 

「……………………フッ」

 

操作キャラが退場していく様を見て絶叫するユウヤと葛城。そして二人を負かした張本人、大道寺はそう笑った。

 




大道寺先輩があまりにも強すぎる件について、


もう覚醒したユウヤとやりあえるとか、あの時のゼールスとかも倒せるかもしれない、ヤバイわ(戦慄)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 日常の合間の出来事

今日、エイプリルフールですよね?だから書きました、ゆるゆるの日常ですね。

最近シリアスばかりなので、緩いのもいいかなって思いまして…………。


「ユウヤくん、明日暇だったりする?」

「ん?」

 

突然の事にユウヤは呆然とするかしなかった。今ユウヤはスマホゲームに熱中にしていたが、すぐさま中断し彼女に向き直る。

 

聞かれた通り、後日の予定を思い出す。彼が所属する『七つの凶彗星』の会談があるはずだったが、

 

「大した予定は無いな。あるとすれば少しだけど───いきなりどうした?」

 

会談と言ってもただの小さな会議のようなもので、どうせ数人が欠けてたりもする、そんなに重要なものではない。故にユウヤは飛鳥の方を優先した、仲間だから当然だと思いながら。

 

その張本人、飛鳥は何か言い淀んでいた。どうしたのだろうと訝しむユウヤの前で、彼女は申し訳なさそうに口にした。

 

 

「いやぁ、えっと………付き合って欲しくて」

「……………………」

 

手元からスマホが落ちた。それなのにユウヤは呆然と硬直している。戦いなどで洗練された筈の思考があまりの事態に追いついていない証拠だった。

 

 

「あ゛ぁ!?」

 

言葉の内容を理解したユウヤは驚愕のあまりに変な声が出た。それにびっくりする飛鳥に意識を向けられないほどに、ユウヤは困惑していた。

 

故に慌てながら、大声で何とかしようとする。

 

「お、おおおお、落ち着け飛鳥!こっ、こういうのはまず手順ってのがな!」

「………?何が?」

 

そこで、ユウヤは動きをピタリと止めた。よくよく考えてみるとなんかおかしい。混乱していたから思考がまとまらなかったが、飛鳥は付き合って欲しいと言っただせだ。

 

 

まさか、と嫌な予感が背筋を襲う。二重の意味で違って欲しいと祈るが─────現実は非情、というか意外に慈悲深かった。

 

 

「明日、少し買い物に付き合って欲しいんだけど………駄目かな?」

 

「お────────、ぉ」

 

 

恥ずかしすぎて泣きそうになったが嬉しくて泣きそうにもなった、後にユウヤは矛盾するような独白をしている。

 

あまりの羞恥と後悔、そして割と嬉しい気持ちに苛まれ、やけくそになりながら今日あった『七つの凶彗星』の会談の予定を切ったそうだ。(一部のメンバーが何事かと慌ててたが)

 

 

 

 

◇◆◇

 

半蔵学院で起きた小規模な出来事から翌日。

 

ここはショッピングモール。

平日でも相当の人がいる以上、休日である今日はものすごく人が集まっている。

 

 

「買い物に付き合ってくれて助かった、親子丼の材料が足りなくてな」

 

蛇女学園の選抜リーダー、雅緋はそう言って人混みの中を歩いていた。今の彼女は制服ではなく私服といった一部の者(ただ一人と仮定する)は興奮して喜ぶだろう。

 

彼女がこのショッピングモールを訪れているのは、今日作ろうとしていた食材が足りなかった為だ。一人で行っても構わなかったが、心細いという事でもう一人を誘ったのだが。

 

 

「…………はぁ」

 

感謝する雅緋の横で背の低い(本人に言えばガチギレする事間違いなし)常闇綺羅、キラはガックシと項垂れていた。一応大勢の人が見れば驚くほどの美形なのだが、本人の性格と喋り方が相まって面白い人物(これも最大限のフォロー)と取られることが多い。

 

毛皮の付いたコートを着込んだ彼はいつも通りの高慢な態度を見せつける気にはなれなかった。理由は簡単というか、凄く明確。その本人の口から聞かれることになる。

 

 

「────ヤバイ、殺される。誰とは言わないが、これを知られたら間違いなく襲われる(生死的な意味で)………」

「…………忌夢はそこまでしないと思うぞ?」

「名前伏せた意味がないッ!ていうか、そこまでって言った時点で自覚ありだな雅緋ィ!!」

 

掴みかかる勢いのキラに、雅緋はポカンと首を傾げた。

キラの危惧は、この状況をどう取られるかというのが問題だ。

 

この場にいない雅緋ガチ勢(言葉のあや)の忌夢がそれを知れば怒りに我を失うだろう。そしてその標的になるのは間違いなく、キラなのだ。

 

ゾクッと想像してしまったキラは身を震わせる。どんな敵とも殺し合える強メンタルを持つ彼だが、仲間との戦いには心に来るものがある。精神的にキツイという訳だ。

 

そんな彼の状態に、雅緋は真剣に考え込む。そしてすぐに結論を出す。

 

 

───もしやキラは誰か知らない女性と出会うのを恐れているんじゃないか、と。

 

 

「そこは安心しろ、キラ。私とお前の仲だ、遠慮なんていらないぞ」

「………俺様ガチで死ぬんじゃないかな」

 

逆効果らしく、キラの元気は弱々しくなっていた。

 

 

 

 

 

『───本日の予定ですが、今から十五分後にアイドルグループ「ミルキーポップ」が四階のホールでコンサートをします。繰り返します…………』

 

 

それを聞いた瞬間だった。

元気がなかった筈のキラがその放送を聞いた時に顔を上げたのだ。驚いたように絶句していた青年はすぐさま隣にいる雅緋の顔を見る。

 

何と言うか、凄く申し訳なさそうな声を漏していた。

 

 

「……………雅緋ぃ」

「別に構わないぞ?後はレジで支払うだけだしな」

「早いな、それでいいのかよ。俺様、お前の頼みを途中で切ろうとしてんだぜ?」

「頼みを聞いてもらったのは私の方だ。お前もやりたいことを優先してもいいんだ」

 

 

 

「流石だな雅緋。男らしいよお前は!」

「ならそう言うのは止めろ!私は男扱いされるのが苦手なんだ!」

 

 

 

 

「五分くらいで終わらせる!三階のホールに集合な!一応連絡手段を渡しとく!迷ったらそれを使えよ!」

 

 

 

 

 

……………そう話した数分後、近くのファミレスの前でキラは頭を抱えていた。自らの状況を悔やむように歯を食いしばり、ただひたすら後悔に明け暮れていた。

 

 

「不覚!俺様超不覚!まさか俺様の方が迷子になるとは!ついでに雅緋も何処行った!?待ち合わせ場所、ここじゃないのか!?」

 

…………自業自得というには、不運が重なった結果だ。何とかコンサート会場に行き、『ミルキーポップ』に挨拶が出来たことは奇跡とも言えたが、それ以上の悲劇が待っていた。

 

「ハッ!?待てよ、さっき雅緋に携帯渡してたよな!ナイス!少し前の俺様!」

 

少し前の事に称賛しながら、ポケットからスマホを取り出した。電源を付けて起動させた直後、電話しようとした腕が止まる。

 

あれ、と思いながらも確認すると雅緋に渡した端末の反応がない。電波が届いていないのか、もしくは電池切れの可能性が─────

 

 

「しまった!そういえばあのスマホ電池ギリギリだ!何でアレを渡したあの時の俺様ァッ!!」

 

自分の愚かしさがここまで憎いのは久しぶりだ。だが今もこう座ったままで文句を垂れるだけでは変わらない。冷静な部分の命令を受け、面倒そうに立ち上がった視界の端に、見たことのある少女の姿が写った。

 

「ッ!」

 

即座にキラは人混みの中に飛び込み、無関係な一般人を装う。そうしながら、警戒してしまった少女を確認する。

 

私服姿の為、一瞬警戒を解きそうになったが、その顔に目が行き更に警戒を強めた。

 

「アイツ、半蔵の孫娘?何故こんな所に………いや、誰かを待ってるのか?」

 

彼女自身とは面識はないが、キラは一方的にだが知ってはいた。

 

『伝説の忍』半蔵の孫娘。それを利用して雅緋たちを動かし襲撃させ、隙をついてそれを狙っていた邪魔な議員たちを潰したことがあったのだ。

 

即座に反応したキラは隠れながら周囲を見渡す。多くの人の姿を認視するが、キラの探してる者の姿は見えなかった。

 

 

(いないよな、あの『傭兵』。今の俺様、アイツに勝てる自信がない)

 

『聖杯事変』での暴走を経て、キラは昔よりも弱体化したのだ。今では異能の真価を発揮できない。

 

そんな状態で、『あの組織』に所属する異能使いと戦ったところで結果は目に見えている。敗北前提の戦いなんてするつもりはない。

 

 

彼女と接触し接点を作るべきか、純粋にそう悩む。何とか繋がりを持つことで自分が有利に立ち回れるように、そんな打算を考えていたが、

 

 

(…………止めくか、下手な真似したら『傭兵』から雷撃飛ばされそう。ていうか、俺様アイツからは危険人物扱いされてるらしいし)

 

嫌だなぁ悪役ってのは、と愚痴りながらキラはその場所の付近を彷徨うことにした。下手に歩き回るより、一ヶ所に居た方が合流しやすいと思ってのことだ。

 

 

余談だが、中学生の迷子と勘違いして警察を呼ぼうとする雪女のような雰囲気の少女と銀髪アホ毛の青年にブチギレまわしたこともあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「別に俺じゃなくても良いと思うんだが、斑鳩とかさ。…………いや、まぁ悪くはないが──────ん?」

足を止めたのは、視界の端に誰かの姿が見えたからだ。

 

ボーイッシュの白髪の女性。中性的な顔つきで一瞬男と間違えそうになるが、そのスタイルや服装からして女性だと分かる。無論、それだけで判断した訳ではないのだが。

 

本来なら気に止めないが、その女性がスマートフォンを手にしながら困り果てていたのだ。難しい事があるのだろうか、悩ましい顔をしている。

 

脳内で深く、同時に短く考え込む。

 

(俺が声をかけなければ、いずれは誰かが声をかけるだろうな。だが、ソイツがそこらへんの小悪党とは限らない。

 

全く、こういうのを気軽にしちまうのが俺の欠点だな)

「なぁ、そこのアンタ。何か困り事でもあんのか?」

 

仕方ないのでユウヤはその女性に声をかけることにした。勿論、この場を知り合いに見られたらめんどくさい事になることはこの上ないので速く済ませたいと思ってもいる。

 

突然声をかけられた事に、女性は驚きながらも落ち着いた反応を取る。少し大人びてるな、ユウヤは納得しながら困惑の理由を聞いた。

 

「すまない、私はこういう物の扱いに慣れてないんだ。どうすればいいか分からなくて………」

「ふぅん。ほら、貸してみろよ」

 

渡されたのは、電子機器というかスマートフォンだった。最新の物とは思えず、使い古された感じが染み付いてる。

 

少し弄りながら、彼女が使えてなかった理由に気づけた。何というか、拍子抜けたように言う。

 

「………これ充電切れてるだろ。それも分かんなかったのか?」

「あ、いや………始めて、だからな」

「このご時世でか?これ一年前に出た機種だろ、節約したいのは分かるが、もっと新しいヤツを買ってもいいだろうに」

 

言葉に詰まった彼女にユウヤはそれ以上聞き出すつもりはなかった。他人の個人情報を一々知りたがるつもりはないから。それに一般人に関係を持つのはあまり良いこととは言えない、此方は忍と『七つの凶彗星』と言った一般人とは無縁の存在に位置する者なのだ。他人を巻き込むつもりは微塵にもない。

 

 

 

………そして、見知らぬ青年に心の中で感謝を述べた雅緋はホッとしていた。

 

三年の間、記憶を失い入院生活していた過去を、見知らぬ一般人に話さなくて済んだからだ。その情報から忍の世界に巻き込まれることになれば、雅緋は激しく後悔するだろう。

 

最も、同じく一般とはかけ離れた世界の住人であり、互いの身を知らぬとはいえ案じているなどといった共通点があるなどとは、二人は気づくことがない。

 

「ちょっと待ってろ、充電をしてやるから」

「……………?どうやってだ?」

「それに関しては秘密、シークレットってやつだな」

 

ユウヤの得意分野というか特徴の『雷電』の異能による力を工夫すれば容易いことなのだ。これが異能使い、色々と便利、体内に日本国内の電気量を賄える程の電力を溜め込めるだけはある。

 

そうしてる間にユウヤは雅緋から渡されたスマホを弄る。電池切れの筈の端末の画面が白い光を放つ。

 

「よし、終わったぞ」

「ッ!?随分と早いな!?」

「それに関しても、あまり気にしないでくれ。ほれ、受け取れよ」

 

ほい、と軽く受け渡したユウヤに、雅緋は礼を述べようとする。

 

「私は雅緋だ、迷惑をかけたな…………えっと」

 

「ユウヤだ。あとそんなに堅くなくても良いぞ、此方も時間を潰せたからな」

 

互いの名前を教え合い、握手しようとしたユウヤは人混みの中に目線がいった。

 

そこで待ってくれている少女を見つけられた。

 

「待たせてる人がいるから、アンタとはここでお別れだな」

「奇遇だな、私も同じだよ」

 

そう言い合って、二人は別れた。互いの背を向け人混みの波へと入っていく、すぐに姿も見えなくなっていった。

 

少し離れた場所で立っている少女を見つける。手を振れば、彼女はすぐに気づいて近寄ってくる。

 

「飛鳥、悪いな。遅れたか?」

 

「ううん!私も来たばかりだから!」

 

そのような短い応酬をして、ユウヤと飛鳥は合流した。そんな彼等の横を談話する二人組が通り過ぎる。ユウヤはあまり意識してない、故にその一人がさっきまで話していた者だとは全く気づかなかった。

 

 

 

 

《オマケ》

 

 

 

「飛鳥、気になったんだけどさ」

「ん?どうしたの?」

「お前、どうして忍になったんだ?」

 

デートの最中(二人は頑なに違うと言うだろうが)でユウヤは隣を歩いていた飛鳥に聞いた。気まぐれ、みたいなものだろう。

 

「あ、いや。理由とかは前聞いたけども」と付け足しながら、ユウヤは細かい説明をした。

 

「お前の親とかは忍になることを許してくれたのか?止めたりしたんじゃないか?」

「………うん、止められたよ」

 

何か思うのか、飛鳥は思い詰めたような感じが見られる。

 

「特にお母さんにはね。いつもよりも怒られちゃった、でも何とか押しきったんだ…………心配してるだろうなぁ」

 

自分で言ったのだが、間違えた話を振ったか?と反省したくなった。だが、話を反らしたとしても意味が無いだろう。そう思ったユウヤの自身の意見を口にする。

 

 

「そりゃあな、親ってのは子供が大切なんだろうさ、自分の命よりも。だからこそ、命をかけた戦いをしないで、普通に生きてほしいのかもな」

 

飛鳥に向けたように見えて、自分に言った言葉だった。

 

あの災害で両親は死んだ。父親は自分を助け、下半身を潰されて目の前で死んだ。もうあんな苦しみがないようにと、ユウヤは傭兵となり『この世界』に足を踏み入れた。

 

本当なら、父はそんな事を望んでいなかったかもしれない。だがユウヤはここまで来てしまった。後悔はない、飛鳥や皆に会えたから─────ユウヤは守るべき場所が出来たのだ。

 

 

「あとお母さんやお父さんもユウヤくんに会いたがってたよ。日が空いたら連れてきてって」

「………まさか俺の事を紹介したのか?」

「あっ、違う私じゃないんだよ!じっちゃんが話したらしくて………」

「あのジジイ、やりがったな………!」

 

はっはっはっ、何のことじゃろうなぁ?とすっとぼける半蔵が脳裏に浮かび、苛立ちを押さえるようにユウヤは歯軋りを鳴らす。

 

 

「気になったんだけど………良い?」

「?」

「じっちゃんのことを何時もジジイって言ってるけど、嫌いなの?」

「嫌いじゃないんだ、恩人だしな」

 

ハッキリとユウヤは言い切った。

 

「半蔵の爺さんにも色々と世話になった。ああいう風に悪口を言うのも、ちょっと悪いとは思ってる」

「ちょっとなんだね………」

「セクハラ癖を直すなら俺も改める。何時になっても無理だろうけどな」

 

軽口を言った時には二人は笑い合っていた。出会ったばかりの時は、そんな風にすることもなかっただろう。色々余裕がなかったのもあるが。

 

「───飛鳥」

 

呼び掛け、ユウヤは拳を向けた。威嚇とかそういったものではない、寧ろその逆───激励だ。

 

「死ぬなよ、お前のことを心配してくれる人達がいるんだ。死んだりしたら、皆の笑顔を守るどころじゃないからな」

「うん、そうだよね」

 

その意味に気づいた飛鳥は満面の笑顔を浮かべ、自身の拳を向ける。

 

互いに軽く小突き合い、決意を強く固める。

 

「ねぇ、ユウヤくん」

「何だ?」

「私ね、──────やっぱり何でもない!」

「?」

 

不審そうに顔をしかめるユウヤに飛鳥は顔を真っ赤にして俯いていた。まぁ、別にいいかもな、とユウヤはその時は思っていた。

 

 

 

 

 

懐かしい思い出から、現実に引き戻される。

 

土砂降りのような雨の中で、ユウヤは立ち尽くしていた。傘も差していないのでずぶ濡れになるのは間違いない。だが、それでもユウヤの視線は目の前に向けられていた。

 

 

飛鳥たちが何者かと戦い、姿を消した場所。この惨劇を生み出した怪物に負けたと思われる、痕跡の残った場所。

 

 

「ハハッ」

 

 

死んではいない、生きているのは理解できる。だが守れなかった、間に合わなかった、冷たい事実が両肩に重くのしかかっていた。

 

 

「……………虚しいな」

 

所詮、お前には誰も守れない。そう嘲笑うように雨粒が全身に叩きつけられる。受けてきた悪意の全てを、実感させられるように痛かった。

 

 

例え世界を救える力があったとしても、自分の守りたいものすら守れないのか。

 

この大雨の中で自嘲しながら、ユウヤは自身の無力さを噛み締めた。そうすることしか、出来なかったのだ。

 

 

 

 

 

《更にオマケ》

雅緋とキラが何とか合流できた時の話。

 

「雅緋、悪かった。俺様特大のミスをしでかした。まさか充電の消えかけのヤツを渡していたとは………」

 

「気にするな。私も色々と困ったが、知り合った男が助けてくれてな」

 

「へぇ、そんな奴がいるのか。俺様も興味が沸いた、どんな奴だ?」

 

「あぁ、ユウヤという男だ。凄いぞ、何せ電池切れのスマートフォンを使えるようにしてくれたんだからな」

 

「──────え?」(唖然)

 




いや、今日はエイプリルフールですし…………。




目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。