灰被りの英雄譚 (パスタまご)
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始まりのはじまり

はじめまして!パスタまごと申します!
こんなふざけた名前ですが、しっかり書きたいと思ってますのでよろしくお願いします!


 西暦2138年。

 世界は破壊し尽され、どうする事もできない弱い人々は、権力と科学を持った強者に搾取されながらもそれでも必死に生きていた。

 そんな世界にも……いや、そんな世界だからこそ娯楽は必要なもので、外気が汚染され尽くされた中で流行ったのは『ゲーム』だった。外に出る必要性はなく、それでいて長時間遊んでいても殆ど飽きない。

 人々はそれに熱中し、それに伴ってゲーム業界は過去に例がないほどに盛んになっていた。

 

 人気ゲームというのはやはりあるもので、この時代では『ユグドラシル』がそれだった。

 圧倒的スケールのオープンワールド。驚異的なまでのキャラクリエイト機能。前例のないレベルの自由度。暴力とすら形容される課金要素量。自由奔放で時に暴走する運営チーム。なにをどこから見ても、その時世間が望み、欲しがった要素が全て集約されたようなそれは、すぐさま大ヒット作になった。

 日本人の心を見事に掴んだそれは、単純なソフトのみでの売上ですら伝説の配管工を超すほどで、課金を含めた収益なら並ぶゲームは殆どない程であった。

 だが、それも過去の栄光。12年もの歳月が経過した今では、かつての賑わいは殆ど見られなくなっていた。数え切れない程の沢山プレイヤーでにぎわっていたデータクリスタル市場は、活気を無くした。時間指定のワールドボス討伐では人が全く集まらない。

 より高性能、より画期的なゲームが12年も経てば出るものだ。そちらに顧客を取られたユグドラシルは、残ったプレイヤー達にサービス終了の通知を送り、その世界を仕舞おうとしていた。

 

 そしてまた、かつては「非公式ラストダンジョン」とまで言われたギルド《アインズ・ウール・ゴウン》もその世界と一緒に消えてなくなろうとしていた。

 アインズ・ウール・ゴウンと言えば伝わらないユグドラシルユーザーはいない。不人気なのに種類がべらぼうに多い事で名高い、異形種だけで構成されたクランで、クランメンバーの殆どが悪役っぽいロールプレイを好み、その結果RPGで如何にもありそうな豪華なダンジョンが出来上がり、クランマスターは「非公式ラスボス」と呼ばれるものになっていた。

 しかし、それも今では見る影もない。ギルドメンバーは一人また一人と去っていき、最近では一人寂しく黙々と狩りをする魔王のようなギルドマスターの姿がごく少数のプレイヤーが目撃するだけだ。

 それも今、終わる。

 

 

 

 

 ____________________________________________

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓の最下層である第十層。玉座の間と名付けられたそこには、豪勢な文字通りの玉座とそこに座る魔王モモンガの姿があった。

 せめてサービス終了の日ぐらいはと願い、かつての仲間全員にメールを送ったが、大半は来てくれなかった。さっきまでいたヘロヘロも含め、何人か来てくれた者達もいたが、彼らも顔を見せるだけですぐに帰ってしまった。

 サービス終了までの残り時間はもう10分をきった。更に会いに来てくれる人が来る確率は、かなり低い。とうとう本当に独りぼっちになってしまったとモモンガは感じていた。

 

(でも、リアルの方が大変で大切なのは分かってる)

 

 それでもモモンガにはこのナザリックしかなかったから、だからこそこの世界が、仲間と創ったこのナザリックが消えるのが寂しかったし、仲間たちが戻ってくれないのに静かに怒りと悲しみが混ざったものを感じていた。

 玉座の間で待機していたNPCアルベドの設定が気になって、モモンガはコンソールを操作して閲覧する。すると膨大な数の文字が視界を占領した。びっくりしたモモンガは、アルベドを創り出したギルドメンバーを思い出す。作成者のタブラ・スマラグディナは、どうも斜め上の発想と性癖を持っていたのだ。

 創ったNPCを自慢するとき、言っていたのは『ギャップ萌え』についての凄まじいまでの拘り。それを象徴するかのように、アルベドには設定が付けられていたはずだった。

 

「あ、あったあった……え、ナニコレ」

 

 アルベドの見た目は、明らかに「清楚」を意識して作られたものであった。衣装も白色な事も含めて間違いないだろう。だが、その清楚さを打ち消すかのような設定が組み込まれていた。

 設定文の一番下。そこには一言「ちなみにビッチである」と添えられていた。

 実はアルベドには一つ重要な設定があり、それはNPC統括というもの。簡単に言ってしまえば、彼女がナザリック地下大墳墓の最上位NPCであるという事だ。そんな偉いNPCがこれでは、こう、なんていうか救われない。

 仲間が作ったNPCの設定を弄るのは気が引けたが、最後だしいいかという気持ちが先行して、ギルドマスター権限によってコンソールを操作しようとしたその時。

 

『ストレイドさんがlog inしました』

 

 モモンガの視界を大きめのポップが埋めた。そのポップに書かれていたのは、ギルドメンバーがログインした事を表す一文。もう誰も来ないと思っていた彼は、このたった一文を読んだだけで周囲が仰天するほど喜んだ。思わず玉座から立ち上がって小躍りまでしたのだから、きっと傍目から見ればシュール極まりない事間違いない。

 喜びという感情に支配されたモモンガは、残り時間をチラ見し、そして魔法《伝言(メッセージ)》を飛ばす。

 

「ストレイドさん、来てくれたんですか!」

 

『ごめんねモモンガさん。アップデートが大量にあって遅れちゃいました……いまどちらに?』

 

「玉座の間ですよ。最後は、ここにしようと思って」

 

『なるほど。確かに、それが一番ラスボスっぽいですもんね。指輪使ってすぐ向かいます!』

 

 ストレイドは、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」が発足してからそこそこの時間が経ってから入ったメンバーであったが、ゲームを始めたのは話によれば、ウルベルトと同じぐらいの時期だったらしい。どうも、ギルド発足当時は社会人ではなかったらしい。

 とうとう晴れて社会人入りした彼は、日々ブラックな会社と戦いながらユグドラシルをプレイしてきた。年齢がギルド内で最も低い事もあってか、弟のように扱われていたのがモモンガの中で強く印象に残っている。というのも、ペロロンチーノの実姉のぶくぶく茶釜が実の弟以上に弟として“優しく”扱っていたからだ。

 苦笑を漏らしていると玉座の間がゆっくりと開き始める。実はあの扉は触れなくても開ける事が可能なのだが、忘れているのかわざとやっているんだか、ストレイドはわざわざ両手を使って開けたのだった。

 見事に半開きになった扉の奥から姿を現したのは、見事な甲冑姿の騎士の姿。

 鈍い銀色の装甲で頭を護る兜。「軽め」を意識し、青に染めた革の防具を着た胴体。兜と同じ色の喉輪、籠手に肩当て。鎖帷子と少量の革装甲、そして多くのベルトで構成される腰。そして移動を阻害しない上での最大防御力を狙った脚鎧。

 全身鎧として、見た目も含めて最高の出来と言わざるを得ないそれを着ているのが、ユグドラシルのサービス終了8分前に突然現れたストレイドというプレイヤーだった。

 声を掛けようとしたモモンガは、ストレイドが物も言わず、また芝居がかった歩き方をしてこちらに歩いてくるのを見て悟った。

 

(久しぶりに来たからって、お芝居(ロールプレイ)する気だな)

 

 ストレイドが現役時代、ギルド内でも右に出る者がいないほどにロールプレイ愛していたのをモモンガは思い出し、玉座に座る魔王のロールを彼なりに始める。

 モモンガはモモンガでロールプレイするのは、魔王っぽいキャラクリエイトをする位には好きだったので、なんだかんだでノリノリだった。

 ストレイドが玉座の間に敷いてある、赤い絨毯の上を歩いてモモンガの方へと歩いてくる。玉座の目の前まで来ると突然、片膝を地に着き頭を垂れた。

 

「我らアインズ・ウール・ゴウンの王よ。深淵の騎士ストレイド。只今帰還致しました。長らく留守にしていた事、心より謝罪致します」

 

「よい、面を上げよ。我が友よ。此度、貴公が帰還したことを私は嬉しく思う」

 

「ありがたき幸せ。御身の剣として、より一層の忠義を尽くします」

 

 どちらかからか分からないが、小さい笑い声が上がった。それはやがて大きな笑いに変わり、ストレイドは立ち上がって、モモンガは玉座から離れ、お互いニッコリマークのエフェクトを出し合いながら抱き合った。

 モモンガがチラリと時間を見ると残り時間は三分になっていた。同じく時間に気がついたストレイドは、モモンガに提案をした。

 

「モモンガさん、もう時間無いですしスクリーンショットでも撮りません?」

 

「いいですね!ストレイドさんの装備は……流石に取りにはいけませんね……」

 

「この装備も気に入っていますし、大丈夫ですよ。ささ、撮りましょ撮りましょ!」

 

 ストレイドに促されたモモンガは玉座に堂々と座り、その横でストレイドは、直剣を鞘ごと地に突き立て、両手で杖を持つように支えていた。格好も相まって、まさに中世の王と騎士である。王という文字の前に、魔という文字が入るのがナザリックらしいが。

 記念にと何枚かポーズを変えて撮った後、二人は玉座の間の柱から吊るされている、41人全員のエンブレムが描かれた旗を見ていた。

 

「俺、たっち・みー、死獣天朱雀、餡ころもっちもち……」

 

「ヘロヘロ、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、タブラ・スマラグディナ、僕」

 

「楽しかったな……」

 

「ですね」

 

 41人全員が居た頃、毎日会社でこき使われたとしても、ユグドラシルで仲間たちがいるからこそ頑張れた自分がいた。そして、たっち・みーとウルベルトがいつものように喧嘩をして、るし★ふぁーが変なゴーレムを作って怒られ、ホワイトブリム率いるメイド大好き軍団がメイド服でもめてたり。

 全員がそれぞれ全く違うタイプの人達で、それでもモモンガが必死でまとめて、だからこそ楽しかったのだ。

 

「モモンガさん、このギルドを維持してくれてありがとうございます」

 

「いえ、ギルド長として当然の事をしたまでです」

 

 ヘロヘロの時と全く同じ会話だったのにも関わらず、モモンガの気持ちはあの時とは違っていた。本当に心から感謝され、それに対して心から当然だと言ったのだ。

 

「その当然ができる人が、少ない世の中ですよ……そうだ、モモンガさん。ユグドラシルの運営チームが、新しいゲーム作るらしいんですよ。そのゲーム一緒にやりません?」

 

「いいですね!あの運営なら、また面白い事してくれそうですし」

 

 他愛ない話が面白かった。

 次のゲームでも変わらずストレイドというHNを使うだとか、モモンガは流石に変えるのか?とか。でも、二人が最も話したのは、このユグドラシルでの思い出話だった。

 話して、思い出して、笑って。三分という時間があっという間に過ぎていった。

 

「楽しかったなぁ」

 

「本当に、もっと早く帰ってくればよかった。無理をしてでもさ」

 

「今戻ってくれただけでも満足ですよ……」

 

 

 5

 

 

「いよいよですね」

 

「えぇ」

 

 

 4

 

 3

 

 2

 

 1

 

 0を数えると同時に、モモンガは目を閉じた。それは、なくなる瞬間を見たくないから。それか若しくは、変わってしまう瞬間を見たくなかったからか。

 ____________________________________________

 

 ___________________

 

 _________

 

 

 

 

 

 モモンガはゆっくりと目を開ける。だが、そこに現実世界の殺風景な自分の部屋はない。あるのはさっきまでストレイドと共に見ていた玉座の間の光景。

 設定改変未遂を起こしてしまった、アルベドは目の前にいる。9階層から連れてきた、セバスと戦闘メイドプレアデス達もいる。だが、一つだけ目を閉じる前と変わってしまった事がある。

 

「サービス終了までの時間が延長されたのかな……ねぇ、ストレイドさん……ストレイドさん?」

 

 そしてモモンガは気がつく。さっきまで隣にいたはずのストレイドが綺麗さっぱり消えていた。それはもう、跡形もなく。

 

「なんで……」

 

 なんのアクションもなくログアウトするのは不可能に近いし、しかもギルドメンバーがログアウトした時のポップが存在しない。であれば、何故ストレイドは消えた?モモンガは困惑した。

 まだユグドラシル内にいる事も含めてGMコールで対応してもらおうと思ったが、肝心のコンソールが出てこない。それによく見てみれば、HPやMPのゲージや、現在地を示す地名表示、プレイヤー名などの表示が消えている。

 

「どういう事だ!」

 

 チャット機能も、強制終了も、ユグドラシルでできたはずの全てが機能していない。まさかサービス終了と共にユグドラシル2が開始した。というのも、あの運営の事だから否定できないモモンガがいたが、だとしても不自然だった。

 ストレイドがいなくなった事を含め、全てに対しての憤怒を込めた声を上げた。ユグドラシルでの……ナザリック地下大墳墓、アインズ・ウール・ゴウンというギルドでの楽しくも輝かしい日々を綺麗に終われなかったことが、モモンガにとっては最も腹立たしかった。

 そんなモモンガの叫び声に応答するかのように、前方視界ギリギリの辺りから聞いたことがない女性の声が聞こえる。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 その方向に顔を向け誰が喋ったのかを理解した時、モモンガは唖然としてしまった。

 何故ならそれは、普通に考えてあり得ないのだから。誰が考えるだろう。自分の仲間が作ったNPCが、自ら自発的にプログラミングされた事以外の事を話すなんて。




主人公の装備の見た目は、上級騎士をイメージしてください……ほら、素晴らしいでしょう?

今回の独自展開

・アルベドがビッチなまま


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転移

地の文多めになっちゃってる気がするけど……別にいいよね!


 モモンガがナザリックごと転移したのと同時刻。同じ世界のとある一国、バハルス帝国の王都では、とある騒ぎが起きていた。

 王都内の噴水がある広場にて突然、空から鎧姿の騎士が降ってきたのだ。

 

「空から?そんな馬鹿な」

 

 周りの人々から事情聴取をしていた騎士は、空から降ってきたなどという話を信用してはいなかったが、確かに自分達が知るどんな鎧よりも頑丈そうで、しかも細部に至るまで素晴らしいものを着用しているという事実だけは分かった。

 ともすれば、どこかの要人の警護をしていた人物が、何か恐ろしい事象に巻き込まれここに来たのかもしれない。そう考えて、手当でもしようかと思ったのだが、全身どこを探しても傷はおろか鎧に凹み一つ見当たらなかった。

 

「これは……おい、お前。皇帝陛下にこれを伝えるんだ」

 

「りょ、了解!」

 

 この衛兵は、この騎士を「何者か」が帝国に喧嘩を売るために送り付けた、所謂生贄だと考えたのだ。何者かというのは、万年敵対国の王国とか、何をしてくるか分からない法国だとかの事を指していた。

 実際の所、現時点では別に法国とも王国とも騎士は全く関係ないのだが、後にこの衛兵は讃えられる事となるのだが、そのことはまだ誰も知らない。

 

 

 

 

 ______________________________________

 

 

 

 

 

 ストレイドが目覚めた時、抱いた感情は困惑であった。まず、彼が意識を保っていた時はナザリック地下大墳墓の玉座の間でモモンガと並んでいた。そして、原因不明の頭痛が起きて意識が遠のき、それでもゲームが強制終了するから問題はないだろうと考えていたのだ。

 が、現在の状況を鑑みるにそういう訳ではないらしい。

 

「どこだここ」

 

 周りを見渡してみれば、かなり豪勢なつくりのベッドに寝かされていた。鎧姿のまま。当然、現実世界の自分が鎧を着ている筈がないので、これはユグドラシル内なのだろうと勝手に判断する。が、一つ疑問があった。

 本当にここが何処なのか、ストレイドはさっぱり分からなかったのだ。1年ほどの間留守にしていたとはいえ、ナザリック内の大体の作りは分かっている。だが、彼が自室として作った部屋を含め、今いる部屋と全く同じデザインの部屋はなかったはずだ。

 勿論、モモンガがストレイドの引退後に部屋を追加したなんてことがあれば別だろうが、そんな事する人柄では無いというのをストレイドは知っていたし、ギルドメンバーを過保護かという位に大事にするギルド長なら、こんな訳の分からない部屋で寝かせる筈がなかった。

 

「サーバーダウンが延期になったのかなぁ……とにかくちょっと探索してみるか」

 

 ベッドから起き上がると違和感に気付く。それは、自分の本当の身体のようにこのキャラクターが動いた事、そして床に足が触れた感覚があった事。おまけに鎧の重さで床が音を立てた事。

 どれもユグドラシルではあり得なかった事象で、まるで現実世界かのようなリアルさにストレイドは若干引く。あの運営ならやりかねない、ユグドラシルⅡへの自動移行という甘い考えは、たった今砕け散ったのだ。

 フルダイブ型ゲームの制限として、痛みや嗅覚、味覚など、脳への干渉は法律で禁止されている。あくまでゲームはゲームであって、現実とは異なる事を示すためだ。もしもそれが許可されてしまったが最後。現実世界と比べて明らかに理想に近い素晴らしい世界であるそこが、その人にとっての「ほんとうの世界」になり、死亡事故や反社会的活動に繋がりかねないからだ。

 

「嘘……だよな……」

 

 18禁に関わる事をことごとく禁止していたユグドラシル運営の事だ。まさか、そんな法律に違反するような事をする筈がないとストレイドは判断していた。勝手な決めつけだと彼自身分かってはいたが、それでもそう納得させるしか落ち着かせる方法はなかった。

 まさかないとは思うが、何かの実験でゲーム内に閉じ込められている。なんて事が起こり得るのが、あのクソったれな現実世界なのだ。

 恐怖心を抑え、まずカーテンがかかっている窓へと近づく。カーテンを開けると眩しすぎるぐらいの太陽光が、兜のスリットから入ってくる。更に窓を開ければ、新鮮で涼し気な風が鎧の中を駆け巡る。それを感じたストレイドが考えたのは、現実に対する冒涜にして、この不思議な現象を全て納得できる事に変える一言。

 

「仮想現実が、現実になった」

 

 すぐに頭を振って拒否した。そんな事はあってはならないというのが、ストレイドの持論だった。いくらゴミのような価値しかない世界だとしても、そこは確かに自分が生きている世界で、親が自分を産んだ世界なのだ。それを拒絶するのは、その世界で維持している全ての人を侮辱する行為に値する。そうストレイドは考えていた。

 馬鹿馬鹿しいと感じながらも、それ以外でこれを解明するというのも厳しいものがあるのは事実だった。

 ナザリックのものとしては明らかに簡素で質素な扉を開け、廊下を適当に歩く。分かったことといえば、ここが確実にナザリックではない事だ。

 やはりというべきか、ギルドメンバーが魂込めて作ったナザリックは、こんなものではない豪華さがある。勿論、現実ではこの廊下レベルも歩いた事はないし、こんな高級そうな廊下を歩けるはずもない。

 壁に額縁で飾ってある絵画も、敷いてある絨毯も。どれをとっても最下層の一国民が目にできるはずもないものだ。

 

「でも、すごいなぁ」

 

 ナザリックにあるようなものも確かに素晴らしいが、あまりに浮世離れしすぎているのだ。これくらいの方が、英雄譚や伝説に出てきそうな「城」の中身という感じに近い。そういった部分では、ストレイドはこの場所に惹かれていた。

 まったり散歩をしていると前に騎士らしい者が見える。二人で歩いているそれに向かって、手を上げ挨拶をする。こんな時でもロールプレイを忘れないのがストレイドという男なのだ。

 

「やぁ、君達。ご苦労」

 

「お前は……?」

 

 声を掛けると一人が警戒するようにストレイドをまじまじと見つめた。もう一人は、思い当たる事があったのだろう。ハッとしたような顔になり、相方に耳打ちをした。

 するとどうしたことだろうか。さっきまでストレイドを注意深く観察していた方の衛兵は、みるみるうちに顔が青く染まり、口をパクパクとさせていた。そして次に出てきたのは謝罪の言葉。

 

「も、申し訳ありませんでした!」

 

「皇帝陛下がお待ちです!い、今すぐに連絡してきますので、こちらの部屋でお休みになっていてください!」

 

 一人は自分をまた別の部屋に案内し、もう一人は風のようなスピードでどこかへ走り去っていった。

 いきなり皇帝だとか言われたストレイドは、ポカンという効果音が付きそうな様子で椅子に座っていた。鎧を外す気にはとてもなれず、出された紅茶も飲まずにただただ考えていた。

 

(仮に、仮にここが異世界だとする。だとしたら、転移した理由はなんだ?ユグドラシルのサービス終了に居合わせたから?)

 

 それはないと判断できた。すでに時代に取り残されたゲームといえど、人気ゲームのサービス終了日は伊達ではなく、数万単位のプレイヤーがログインしていた。

 だとしたら、こんな所に1人でいるのはおかしいのだ。もっと沢山、同じ場所に転移するだとか、そもそも隣にいたモモンガと一緒だとか。

 そこまで考えたストレイドはハッとした。ここまで「ここが何処か」。そして自分の事ばかり考えていたのだ。だが、最も心配すべきは隣にいたモモンガだ。

 

(もしも、これがギルド「アインズ・ウール・ゴウン」だから転移したとするなら、まずはモモンガさんを探すのが先だ。自分以外にも転移してきた人はいる筈だし)

 

 思案に耽るストレイドに、衛兵が声を掛けたのはそれから3分後の事だ。

 未知の世界の国のトップに会いに行くというのに、ストレイドは緊張するどころか周りを見物する余裕すらあった。

 全てはモモンガを探すという大きな目標のためだ。

 

 

 

 

 《》

 

 

 

 

 一方、モモンガはといえば、情報の収集がある程度進んでいた。

 ストレイドと違いナザリックごと転移した彼は、まずセバスに周囲の探索を命じ、ナザリックの付近の地形の情報をゲットした。更には、NPCの動作からユグドラシルではない事を悟った。

 表情の変化、口の動きなどなど。正に魂が宿ったように、生きているかのようにNPC達は変化した。

 

 そしてモモンガの心の中で確定したのが、ここが「異世界」であることだ。

 現実でも、とある日に異世界に転移する。という内容の小説は溢れるほど量産されていて、それでいて大体がヒットするのだ。その中の一つに、自分のやっているゲームの世界に入り込んでしまうものがあり、モモンガは自分の今の状況がそれと同じであると確信したのだ。

 だが、彼の中でもやもやしているものがあった。大半は、「なぜ自分なのか」という事。別にモモンガにはリアルに対する未練もなにもなかったが、それでもこの世界に来た事に疑問を感じないなどということはない。そして、自分がいるのなら、別のユグドラシルプレイヤーが来ていてもおかしくはない。特に同じギルドの仲間達。

 そう、ギルドの仲間だ。あの日、最後まで残ってくれたストレイドが、何故玉座の間から消えたのか。この世界には本当にいないのか。それともこのナザリックではないどこかへ転移されてしまったのか。

 遠隔視の鏡を使い周囲を調査していたモモンガは、ふと気になり、隣にいたセバスに話しかけた。

 

「セバス、この世界に私以外のプレイヤーがいると思うか?特にストレイドさんなんかは、可能性としては高いと思うが」

 

「恐れながらモモンガ様。ストレイド様……とは、誰のことでしょうか」

 

「なんだと?」

 

 骸骨の身体でありながら、モモンガは血の気が引く感覚を覚えた。第六階層に守護者を全員集めた時に、自分に対する評価がアホみたいに高い事を確認済みだったがために、その衝撃は凄まじかった。

 モモンガに対し、ブラック企業勤務もびっくりな程の忠誠心を持ち、首を掻っ切れと言われれば今すぐしますと言わんばかりの態度を取る彼らが、至高の41人の一人であるストレイドにそんな態度を取るだろうか。いや、ありえない。

 

「まさか、忘れるはずがないだろう……至高の41人の一人……私の仲間のストレイドだぞ」

 

「モモンガ様……ナザリックを築いたのは、()()()4()0()()のはずではなかったのですか?もう一人、本当は至高の御方がいたというのであれば、お教えいただきますでしょうか」

 

 モモンガは、いよいよもって訳が分からなくなった。アインズ・ウール・ゴウンが全員で40人だと言ったことは、彼にとって相当重大な事態だった。

 ギルドメンバーという名称が地味という意見で、勝手に至高の41人と言い出し、何故かそれが常用された。そんな微笑ましい過去もあったというのに、それを否定された気がした。自分の仲間なんていないと、自分は取り残された憐れな奴だと。

 そうナニカから言われた気がした。もう1人の自分から、そう囁かれている気がした。

 

(いや、そんな筈はない。ストレイドさんは、帰ってきてくれた仲間じゃないか)

 

 ワールドアイテムの効果か、それとも何かの影響なり問題があってストレイドの存在がナザリックにないことになっているのか分からない。だがそれでも、いやだからそこそモモンガは、必ずストレイドをこの世界で探してみせると誓った。

 ナザリックにいる仲間たちの残した、守護者達という形見。彼らにストレイドを思い出させるため。

 そしてなにより、彼自身が自分にひとりぼっちじゃないと納得させるために。

 

「あぁ。もう1人、実はいるんだ。何故か不明だが、お前達の記憶に存在していないらしい。だが確かに、このアインズ・ウール・ゴウンにはもう1人メンバーがいるんだ」

 

「では、そのストレイド様がその御方と」

 

 セバスは非常に驚いた声色をしながらも、その表情にはあまり変化がなかった。その様子を見て、同じような特徴を持つたっち・みーの事を思い出す。

 

「その通りだ。そして、現状この世界にいる確率が最も高い()()()4()1()()は、そのストレイドさんだ……セバス、アルベドを呼べ。この村を助けに行くぞ」

 

 モモンガは、遠隔視の鏡で騎士らしき存在に襲われている村を発見していた。この世界での平均的なレベルの高さが分からない事や、そもそも人間が殺されている事になんの感傷も抱かなかった。だが、セバスの姿にたっち・みーを幻視した彼は、この言葉を思い出す。

 

 ―誰かが困っていたら助けるのは当たり前―

 

 正義というものに憧れていた、実にたっち・みーらしい言葉だった。だが、それはモモンガに考え直させる機会を与えるには十分であった。

 村を助け、代わりに情報を得る事。この世界で自分の力がどれだけ通じるかという事。その二つと身の危険を秤にかけた結果、ストレイドを見つける事にもつながる方を選んだ。今の彼にとっては、もう一番重要なのはストレイドを見つける事なのだ。

 

「畏まりました。すぐに呼んでまいります」

 

「あぁ、そうしてくれ」

 

 転移門(ゲート)を既に展開し、準備万端のモモンガは、今に一人ででも助けに向かいそうだ。それだけ彼の心は決まっていた。村を助け、少しでも情報を手に入れる。

 彼の背中は、別の世界線での彼よりも迷いがなかった。




今回の独自展開

・モモンガが積極的にカルネ村を助けに行こうとする

・ジルクニフが早々にプレイヤーと接触


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謁見

カルネ村のあたりは原作通りなのでパス

早々に1000UA貰ったり、評価貰ったり、お気に入り登録して頂いて感謝感激です!


 バハルス帝国の皇帝ジルクニフは、多忙な日々を送っていた。が、そんな日々に辟易し、同じような事の繰り返しであることに退屈を覚えていた。

 だが、それは終わった。

 とある日、帝国中が驚くような珍事件が発生する。帝都アーウィンタールの大広場に、騎士と思われる何者かが()()()()()()()()というのだ。

 騎士といえばと思い聞いてみれば、王国の戦士ではなく、法国の特殊部隊でもないという。まさかと思い、一応聞いてはみたもののやはり帝国の騎士でもないらしい。

 謎の騎士にジルクニフの興味はそそられた。すぐさま報告してきた衛兵に対し、その謎の騎士を城まで運ぶよう伝え、丁重にもてなすよう言い聞かせた。

 そして、騎士が目覚めたという話が伝わると、すぐさま会談の用意を整わせた。

 とはいえ、相手方にしてみれば突然のことの連続でさぞかしこまっているだろう。心の片隅にほんの少しだけ申し訳なさを感じながら、気になったのだから仕方ないだろうと自分勝手に考えていた。

 得体の知れない相手をする前に、自分の幼い頃からの教育係であり、首席宮廷魔術師であるフールーダに問いかけてみた。

 

「なぁ、じいよ。あの騎士についてどう思う?」

 

「例の騎士ですか。正直言えば胡散臭いと言わざるを得ませんな。なにせ、どこの誰が作った武具か分からないのにも関わらず、それにしてはやけに精巧な作りをしているとも聞きます」

 

「とりあえず、奴の出どころが知りたいところだな……来たか。入れ」

 

 ノック音が聞こえ、ジルクニフは扉を開かせる。そこそこ大きな扉は、大きな音を立てながら開き、そこに騎士の姿をした者を出現させる。

 鎧はフールーダが聞いた噂に違わぬ代物で、高級感がありながら全てにおいて実戦を意識したもので、一目見ただけでそれの価値が高いということが理解できた。腰にぶら下げている鞘に収めてあるだろう剣も、その全体像は分からないが、まず間違いなく一級品だろう。

 ゆっくりと確かな足取りで歩いてくる彼には、緊張や恐怖といったような感情は感じられず、逆にこちらが委縮してしまうようなオーラを放っているように見える。

 額に汗が浮かび、流れていくのをフールーダとジルクニフは実感する。だが、相手が礼を尽くしているのにこちらがそうしない訳にもいかず、急いで顔を上げさせる。

 部下達の手前情けない姿を晒すわけにもいかないジルクニフは、必死になっているのだが、フールーダにはバレバレだった。

 

「さて、まず初めに貴公の名前でも聞くとしよう。余はこのバハルス帝国の皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。こちらが主席宮廷魔術師のフールーダだ」

 

 一方ストレイドはといえば、非常に困っていた。なんとなくそれっぽいロールプレイのつもりで、ここまで来たのだが、それ以降の事を全く考えていなかったのだ。

 名前を聞かれはしたもののそれを簡単に教えていいのかとか、異形種とバレればどうなるのかとか、色々と聞きたい事は山積みだった。が、そんな空気ではない事は、一般人のストレイドでもわかる事だった。実際、こういった事はモモンガだったり、軍師ぷにっと萌えが詳しかったり強かったりするのだが、ここにいるわけでもないのだからしょうがない。

 相手方が名乗ったためにこちらが名乗らない訳にもいかず、仕方なくストレイドは自分の名前を言う事にした。記憶喪失というのも考えたが、後々の事を考えると面倒だし、そもそもバレない保証がない。

 

「我が名はストレイド。とある王に仕える騎士でございます」

 

 ただ、流石と言うべきか。ストレイドは未だにキャラを作るのをやめていなかった。とある王というのはもちろんモモンガの事だし、騎士というのもそんな恰好をしているだけでなったことなど一度もない。

 そんな半分以上が嘘で構成された自己紹介に、ジルクニフは興味を示した。もちろん興味をそそられたのは、『とある王』という部分にである。ジルクニフとしては、自分達が知らない国について情報を得るチャンスであり、その国の騎士を助けたともなれば恩を売る事もできるのだ。食いつかない訳がなかった。

 

「して、その王のいる国はなんという名なのだ」

 

 しかし、ストレイドはタダで情報をやる気はなかったのだ。彼は彼でこの場所について知らない事ばかりで、逆にこの世界に詳しくないわけがない、皇帝に会えたのだ。この機会を逃したくはなかった。

 

「教えますとも。ですが、こちらにも条件がございます」

 

「その条件とはなんだ?」

 

「私は不慮の事故により、ここにいる身。私が今から口にする言葉に聞き覚えがあれば、その都度教えてほしいのです」

 

「なるほど。よい、その条件を飲もう」

 

 交換条件くらいは予想していたジルクニフは、渋りもしなかった。情報の価値は分かっていたが、本当に何も知らないのであろうストレイドにくれてやる情報は、大した機密情報でもないのだ。

 快く条件をのんでくれた事に、ストレイド自身は少し驚いたが、それを態度として出さないように細心の注意を払いつつ、しっかりと脳内で文章を組み立てて話し始める。

 

「私は、ナザリックという場所にいる王に仕えている騎士なのです。諸事情により、王の名前は話す事ができませんが、王としてだけでなく魔法詠唱者としてもとても優秀なお方です」

 

「待ってくれ。魔法詠唱者だと?」

 

 口を挟んだのはフールーダの方だった。魔法というものに人生をかけている彼は、魔法と名の付く物事に関して非常に執着していた。それが異国のものであればなおさらである。

 魔法と一言で言っても幾つか種類があり、単純に術者が持つ魔力を活用して発動する魔力系だけでなく、神への信仰の対価としてシスターやモンクが使う信仰系魔法もある。他にも様々な種類があるため、異国に新しい種類の魔法がある可能性は十分にあるのだ。

 

「ええ、魔法詠唱者です。……私は前衛職なので詳しくは分かりませんが、それでもある程度は理解しています。ある程度の基本魔法などは使用できます」

 

「してその王は第何位階まで使えるのですかな?」

 

 フールーダの質問は止まる事をしらないようだったが、ストレイドはここで一つの単語に引っ掛かった。そう、()()である。ユグドラシルというゲーム上の魔法に対するレベル区分のようなものだった位階が、この場所でも使われているという事に違和感を覚えた。しかも、だ。ユグドラシルプレイヤーにとっては当たり前だった位階魔法という名称は、ユグドラシルにいるNPCはまったく使った事がなかった。つまり、ここがユグドラシルであるならフールーダ(NPC)が“位階”という単語を使うのは不可解だ。

 魔法という単語一つで、ここまで情報を引き出した自分を自分でストレイドは褒めた。だが同様にかなりショックを受けた。諦めたとはいえほんの少しだけ期待していた、夢オチだとかそういった事から、また遠ざかってしまったのだから。

 だがしかし、事は上手く進むとは限らないのは何に関しても同じ事で、ストレイドにとっての“普通”というのは、この場所での異常(イレギュラー)であった。

 

「何位階までって……第十位階まで満遍なくですかね「第十位階!?」……どうしました?」

 

「今、第十位階と言ったか?」

 

「え、ええ」

 

 ストレイドにとって、いや、両者にとって青天の霹靂であった。フールーダからしてみれば、あり得ないのだから。第十位階なんていうのは、聞いた事すらない。そもそも人間が使える最大限というのが六位階魔法であり、それを自分が習得しているのが彼の誇りであった。それに加え、相当に優秀な詠唱者が何人も集まって大儀式を行えば、第八位階の魔法を使う事もある程度の確率で可能ではあるのだ。

 しかし、それでも聞いた事がないのである。そもそも第九位階を聞く前に十を知ってしまった事にショックすら覚えている。

 悶絶しているフールーダを他所に、ストレイドはこちらはこちらでショックを受けていた。どちらかというと「そんなに驚くか?」という事に。基本的にそこそこ熱心なユグドラシルプレイヤーにとって、第十位階というのは珍しいものでもないのだ。大抵は強力な魔法だし、派手なものも多いから人気度も高い。第十位階の存在を知らずにキャラビルドを組み、後で後悔してわざわざリセット用アイテムに課金をする人がいるくらいだ。

 その後も幾つか会話を交えるごとに、魔法についての知識は半前衛職のストレイドの方が彼よりも遥かに多くの知識を持っている事が分かり、バンバン魔法という人参をぶら下げる毎にフールーダは重要そうな情報をどんどん喋ってくれた。

 問答は、フールーダの豹変ぶりに驚き、呆然としていたジルクニフが気を取り戻すまで続き、そこまででストレイドが分かったのは

 

(さては、こいつらレベル低いな)

 

 というものだった。フールーダが使える事を自慢気にしていた第六位階は、ストレイドですら平気で使える程度の魔法だし、敵対している王国とやらにいる戦士長というのも、聞いている限りではレベルは30程だろう。

 ぶっちゃけ言えば、警戒するだけ馬鹿みたいな話だった。

 どっかの死の支配者が、小さな村を襲う騎士のレベルにビクビクしながら助けにいっている中、この騎士の姿をしているストレイドという男はたった今警戒心を半減させた。彼らに奥の手がないとも限らない以上、警戒心を0にする事は不可能だろうと彼は自覚していたし、それを理解できない程愚かではなかったが、それでも周囲にいる大抵の者からの攻撃を無効化できると分かってしまった以上、ある程度は心を休ませられるというものだ。

 フールーダを咎めつつも、ストレイドの話をきっちり聞いていたジルクニフは、話を要約させて確認を取る。

 

「つまり、貴公の国の王は、このフールーダでも使用がまず不可能な第十位階?の魔法を使える。そして貴公もある程度は教わっているから、そこそこは使える。そして、魔法には更にその上の超位魔法なるものがある」

「何かしらの不慮の事故により、帝国領内に偶然にも転移してしまったため、殆ど何も持っていない」

「貴公はここら辺の地理を殆ど知らない。そう断言できる……これでいいだろうか」

 

「そうですね。地理に関しては、先ほど地図まで見せてもらったので断言できます。少なくても、私の知っている大陸ではありませんね」

 

 ただの魔法キチガイなフールーダと違い、話は分かるし要約までしてくれるジルクニフの事が、ストレイドには中々に好印象に映った。好感度ゲージが上がるのを感じたが、そもそも男が男に好感度ゲージが上がったところで誰得というものだし、何もイベントは起きない。

 

「そういえば、その貴公が知っている大陸というのは何というのだ?」

 

「……皇帝ジルクニフ。あなたは、ユグドラシルというものを知っていますか?」

 

「いきなり話が逸れたな……存じ上げないがそれがどうした?」

 

 ニヤリと笑ったストレイドは、ユグドラシルの設定の事を如何にもそれらしく語りだした。

 

 

 ――――神話の時代、ユグドラシルというとてもとても巨大な世界樹がありました。人間やモンスター、異形たちはそれぞれ慎ましくも友好的に過ごしていました。でも、そこに一匹の凶悪な魔物が現れて、ユグドラシルを食い荒らしてしまいました。世界を支えていた樹が荒らされた事によって、世界のバランスは崩壊し大変な混乱に陥りました。

 荒らされて落ちてしまった葉は、世界を変える程の強力な力を持つ宝具へと変化し、残った九枚の葉は、混乱した世界を九つの世界に書き換え、混乱を落ち着かせるに至った。

 しかし、混乱の最中に起こった人間とそうでないものの対立は、世界が分けられてからも続き、また、世界樹を食い荒らした魔物は、世界となった残された九つの葉にも手を伸ばそうとしている――――

 

 

「これは、私達の世界で伝わる神話です。この神話では、私が過ごしていた場所はこの九つの世界の一つ、ヘルヘイムだというのです」

 

「では、ここはどこなのだ?」

 

「私が聞きたいくらいですよ」

 

 長々と語ったストレイドに対し、ジルクニフはまだ微妙な顔をしていた。というのは当たり前の事ではある。ストレイドも、敢えて言うならモモンガも。このユグドラシルのゲーム設定に出てくる“世界樹を食い荒らす魔物”という名前、もしくはそれに類するボスキャラは見たことがないのだ。ある意味本当に神話である。

 そもそも、ユグドラシルはその魔物を阻止するためにプレイヤーが世界を旅する設定である。もしかするとプレイヤー側が全く発見できなかっただけで、それを倒すための条件があったかもしれない。それができなかったからサービス終了という線もある。

 そんな風に、結局プレイヤーにもまだ全てがわかっていないユグドラシルに、素人であるジルクニフが全てを理解しろというのがまず無理な話であった。

 

「ところで貴公、その王が見つかるまでの間で構わん。余の騎士にならんか?」

 

「お断りいたします」

 

 ジルクニフが突然切り出したのは、自分の部下にならないかという提案。情報が入るという点においては、他に類をみないほどのものではある。が、監視が付きまとう事は容易に想像できる。それは、情報と引き換えに自由を失うという選択であった。

 ストレイドにとっては、そこまで魅力的に映らなかった。

 

「そうか、それは残念だ……これからどうするつもりなのだ?」

 

 問題はそこだった。モモンガを探すとしても、まず地理的弱者である以上それはすぐには叶わない。であれば、まずは手ごろな場所から把握するのがいい。そう判断した。

 であれば、今一番手ごろなのはこの帝国だった。帝国領内を全て踏破する事を目標にすると伝えると、別の国に渡るとか言わなかったからか、快くジルクニフは賛成してくれた。旅費としては多過ぎるだろう金貨を貰い、帝国領内全土が書かれている地図を貰う。そして、一般的な街の関所を通るための手形を作ってもらい、お礼を言って城をあとにした。

 

「感謝する。バハルス帝国皇帝ジルクニフ。ありがとう」

 

「貴公が我が軍門に下るのをいつでも歓迎するぞ、未だ知らぬ国の騎士ストレイド」

 

 ストレイドは教えてもらった宿に向けて歩き出す。




今回の独自展開

・フールーダが早々に魔法の極致についての手がかりを掴む

・ジルクニフがユグドラシルについて知る



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握手

三が日休んでました。その間に3000UAいってたり、更に沢山の人にお気に入り登録していただいて本当にうれしいです!

今後も頑張るゾイ!


 ジルクニフに謁見した翌日、とりあえずという事で泊まった宿を出たストレイドは、地図を片手に街を散策していた。しかし、やはりというべきだろうか。鎧姿の騎士という風貌は、街中では当然のように目立っていた。

 なんとなく落ち着かない感覚を覚えながら、商店街で珍しいものを探すべく様々な店を見て回っていた。

 

「店主、これは?」

 

 目を付けたのは、元の世界にもあった玩具ルービックキューブだ。もはや説明不要とも言えるそれは、彼が知っているものとまったく同じであった。だからこそ気になったと言える。

 

「あぁ、それかい?それはルビクキューだよ。知らないかい?」

 

「え……あぁ。どういうものなんだい?」

 

 名前までそっくりだという事にとうとう違和感を覚えたストレイドは、“ルビクキュー”なるものの開発経緯と遊び方を聞いた。

 どうも、約600年前に現れた六大神なるものが、今のスレイン法国に広め、王国や帝国などに伝わったものらしい。遊び方は彼が知っているものと全く同じで、バラバラの状態から6面綺麗に色を合わせるという基本中の基本のもの……なのだが、聞く限りでは6面揃ったという話は滅多に聞かないらしい。

 しかしストレイドの耳に残ったのは、ルビクキューの完成率とかではなかった。六大神という存在が『いた』という事である。その存在についても聞いてみたが、聞けば聞くほど面白い話である。

 モモンガに似た容姿の人物が出てきたり、かと思えば人間種がいたりとその6人についての詳しいところはあやふやらしいが、ストレイドにとってはもはや確定情報と言ってもよかった。そう、この世界に自分と同じユグドラシルプレイヤーがいると。

 

「丁寧にありがとう、これ、買ってくよ」

 

 情報料代わりにその“ルビクキュー”を購入し、ストレイドはその店を後にする。

 そういえばと彼が思い出したのは、この謎の現象が起こってからというもの何も口にしていない。だというのに、少しも腹が減っていないのだ。いつもならあり得ない感覚に違和感を覚えつつ、そういえば自分は異形種だったなと再確認する。

 異形種の種族スキルとして、食事や睡眠が不要だったり、毒などが無効だったりする種族が存在する。そして、ストレイドの種族も所謂不必要なタイプなのだ。

 彼は、人型ではあるが決して人間ではない。

 

「試しに屋台で何か買って食ってみるか?」

 

 そう思い、角を曲がったときだった。視界のごく僅かな範囲に少女の姿が見えた。鎧のせいで良く見えなかったため、ぶつかるのは避けられないだろう。どうにか少しでも相手が痛くないようにできないかと考えるも、今更遅いようだ。

 視界が悪いというデメリットがかなり大きい事が分かったストレイドは、フルプレートやめようかなと微かに思いながら、ぶつかるという運命を受け入れる。

 

「痛っ!」

 

 妥協案として、せめて転んで怪我をしないよう全力で支えたが、これはこれで犯罪者のようだと自覚し、ストレイドはかなりげんなりする。肩を掴まれた彼女は少々驚いていたが、それ以上にやはり痛みの方が強いようだ。

 金髪の如何にも異世界にいそうな少女を見れば、彼女は華奢な体つきをしていて、こんな幼い少女にぶつかってしまった事をストレイドに尚更後悔させる。

 

「大丈夫……か?」

 

「……!ひぃっ!」

 

「ん?」

 

 少女はストレイドの事を見た瞬間、隠せない程の恐怖を露わにする。圧倒的な拒絶の色に彼は戸惑いながらも、この少女をとりあえず落ち着かせようと四苦八苦しつつ奮闘する。

 実は、少女が怖がった理由は鎧のせいでは決してない。これは、ぶつかった拍子にたまたま起動してしまった彼女の生まれながらの異能(タレント)が原因であったが、ストレイドはそれを知るはずもない。

 彼女は、自分と相手との決定的力の差を感じ取り、本能的に逃げようとしていたのだが、そうとも知らずに落ち着かせようとしてくるストレイドによって、それは防がれていた。

 

「おい、そこの鎧!」

 

 そんな異様な光景に待ったをかける者達がいた。彼らは3人組で、しかも武装していた。

 1人は、レイピアとショートソードの間ほどの細めの刀身が納められているだろう鞘を両腰に1本ずつぶら下げた剣士で、叫んだ様子から見ても彼らのリーダー格であろう。

 2人目は弓と矢筒を背負っているあたり、遠距離攻撃と遊撃を担うアーチャー。耳が微妙に尖っている事から、ユグドラシルの中にもいたハーフエルフだとストレイドは判断する。

 最後に一番後ろから来たのが、かなりの巨漢で、ストレイドよりも一回りほど体格の差が出ていた。白を基調とした防具に杖という装備から、神官だろう。

 ユグドラシルプレイヤーのパーティーを彷彿とさせる彼らは、ストレイドと金髪の少女を力ずくで引き離し、呆気にとられたままのストレイドに対し、敵意を剥き出しにする。

 まるでこれでは、被保護者と保護者達だ。

 

「アルシェに何をしたの!」

 

 少女の名前はアルシェというらしい。ハーフエルフの女が、怖がっている彼女を見てそう叫ぶ。とはいえ、ストレイドにとっては勝手に見てきて勝手に怖がられているのだから、どうしようもないにも程がある。

 基本的には温厚な彼も、流石に言われっぱなしは嫌だったのか、反論に移る。

 

「あのさ、まず一ついいかい?」

 

「あぁ言ってみろ」

 

「皆さん、そんなけんか腰にならなくても……」

 

 唯一神官の男だけは、そんなに喧嘩腰の対応ではなかったが、それでも仲間が恐怖のどん底に叩き落されたのを見て、とりあえず黙ってはいられない様子ではある。隙あらば喰ってかかるだろう様子を見て、ストレイドは説得にかかるであろう時間を想像して反吐が出そうな気分を味わった。

 辟易したためか、それとも道端で口喧嘩するのが通行人や店に申し訳ないと思ったか、ストレイドは彼らに対してとりあえず落ち着ける場所に移らないかと提案し、脇道にある酒場に場所を移した。

 

 

 

 

「いや、本当にこの度は誤解してしまい申し訳ない」

 

 約45分かかった説得は、なんとか功を奏してくれた。誤解は解け、自分はただぶつかっただけだという事をしっかりと証明することができた。ストレイドはホッとすると同時に、元の世界で良く話題になっている痴漢冤罪だとかの無罪証明が難しいという事を改めて思い知った。

 一歩間違えれば、犯罪者扱いされるところだったからか、身体の疲労は感じないはずなのに、精神的な疲労がかなり溜まるのを感じる。

 リーダーの男ヘッケランは、早とちりしたと謝罪した。それに合わせてストレイドも誤解されるような事をしたことを謝ったが、正直な所彼に非は全くと言っていい程ない。というか、ぶつかったくらいしかないだろう。それを分かっているからこそ、心の中でストレイドは何回も舌打ちをしていた。

 とはいえ、それを口に出す程無粋な人格の持ち主ではない。そんなわけで彼は、なんで自分の事を怖がったか。その理由を聞く事にした。

 

「……まぁ、それはいいんだ。ぶつかったこちらも悪い。だが、なぜあんなに怖がった?騎士であればこの国にも数多くいるだろう」

 

 金髪の少女、アルシェはビクッと震えるとおずおずと語りだす。

 

「あなたが、あなたが持っている魔力が、人間ではあり得ない程多かったから……」

 

「魔力探知系魔法か?無言詠唱ができるものは聞いた事ないな」

 

「いえ、魔法じゃないんです」

 

 アルシェが言うには、この世界には数十分の一の確率で生まれつき何かしらの『異能』を持った者が生まれてくるらしい。その異能は、強弱はあれど確かに異能として機能するものであり、どうでもいいものなら「紙を破る時に音がしない」などの本当にどうでもいいものである。

 しかし、どうでもいい異能があるという事は、その逆に本当に有用なものもあるという事である。例えば、「召喚魔法で召喚するものを一体多くする」とか「アイテムを見ただけでその効果が分かる」だとかだ。

 アルシェもそんな生まれながらの異能(タレント)持ちであり、その効果は「相手の魔力量を見る事ができる」というもの。魔力系魔法詠唱者や、思念体系モンスターの強さを測る事が実質可能であるという。それが、ストレイドとぶつかった拍子に誤って発動してしまったそうだ。

 

「タレント、か。スキルのようなものなのかね」

 

「スキル?」

 

「スキルについては知らないのか」

 

 どうやら、この世界ではスキルがメジャーではないらしかった。一応、特殊技能だとかいう名前で存在はしているらしいが、殆ど見られることはないという。その代わりにタレントだったり、武技と呼ばれる戦士職用魔法とも呼べるものがあったりするらしい。

 ユグドラシルに元々存在したシステムがあるにも関わらず、かと思えば全くない新しいものもかなりの数ある。

 

(少しずつでも調べて、覚えていかないとな)

 

 もし、この世界に本当に六大神のようなプレイヤーと思わしき人物がいるとしたら、ストレイドが警戒すべきは彼らだ。この状況で、リスポーンができるのかどうかもかなり不安だ。六大神の一人、スルシャーナは何度も復活したという記述が残っているらしいが、それは恐らく拠点ごと転移した例なのだろう―実は、六大神が最初に現れた場所が、現在のスレイン法国であるという説が存在するらしい―し、そもそも彼らができるからといってストレイドがリスポーンできるとは決めつける事はできない。

 そして何より、ストレイドにとってのトラウマ『異形種狩り』がこの世界の常識の一つであったなら、それはそれで恐ろしい事になるだろう。何故なら、今はこの鎧と固有スキルのお陰で隠されているが、一度瀕死の重傷を負ったが最後、途端にストレイドが異質な者であることはバレてしまうのだから。

 

「なぁ、タレントを知らなかったりしてるが、あんた、どこから来たんだ?」

 

 ストレイドの話が終わったとみて、ヘッケランが口に出したがっていただろう言葉をとうとう口にした。ストレイドは、話すべきかどうか数瞬悩み、彼らを協力者に変える事を選んだ。

 

「この帝国に正体不明の騎士が現れたという話、聞いた事ないかな?」

 

「あー……あの転移魔法でやってきたとかいう噂があるやつか」

 

「それが私だ」

 

 人差し指で自分を指し答えた彼に、ヘッケランは、「あなたが?」と人差し指で指しながらもう一度問う。するとやはり、ストレイドはYESと言わんばかりに首を縦に振ってくる。

 横にいるイミーナやロバーデイク、アルシェの方にも向いて、それからもう一度ストレイドに顔を向けても、やはり縦に首を振っている。

 

「本当の本当に?」

 

「ああ、もちろん」

 

 ヘッケランは頭を抱えた。というのも、その騎士が皇帝と会談したという話は、この街ではとても有名なものだった。そんなものに手を出してしまったことに少なからず後悔した彼だったが、人間開き直った後が強いもので、こうなってしまった以上、逆に関わりを強くしようと決めた。

 そして対するストレイドも、彼らのように帝国の事に詳しい人に話を聞けたりすれば僥倖であったし、あわよくば手っ取り早く金を稼ぐ手段だったり、費用が安くてすむ宿だったりを教えてほしいのであった。

 先に話を切り出したのはストレイドの方だった。

 

「まぁそういう訳で、私はこの地について詳しくない。宿がどこにあるのか探すので手一杯なくらいだ。どうだろう、そちらが良ければ一緒に行動させて頂けないか?」

 

「一緒に?……俺たちはワーカーだからなぁ。あ、ワーカーって知ってるか?」

 

「ヘッケランは説明下手ですから、私が説明しましょうか」

 

「いやそれくらいできるって……」

 

 ストレイドが首を振るとロバーデイクが説明を始めた。

 ワーカーというのは、言ってしまえば傭兵のようなもので、同じような職である冒険者―帝国では殆どいないらしい―に比べて高収入ではあるが、汚れ仕事の多さや高い危険度を秘めた、所謂いわくつき冒険者って感じらしい。

 昔はこの帝国にも冒険者が数多くいたらしいが、それでも冒険者になれなかった人々は数多くいた。その理由は元犯罪者だったり、なにか道場の掟で入れなかったりと様々あるが、それでも彼らは冒険者として働きたいという夢を捨てきれなかった。

 そして、そんな人々が集まって作り出したのがこのワーカーという職業だ。冒険者にある難易度別の依頼処理なんてものは一切なく、それぞれの人がそれぞれ個人で責任を負って依頼を受け、それをこなし、成功すれば報酬をもらい、失敗すれば死ぬ。

 全てが自己責任の世界だ。制度すらまともではないそれを冒険者たちは蔑んでいたが、新しい帝国となり、冒険者組合の規模と主張、勢力が弱まった今ではワーカーこそが帝国での真の冒険者だった。

 そんなワーカーに、ストレイドは心惹かれていた。彼がやっていたゲームの一つにも、そんな傭兵の世界があったのだ。

 巨大な人型ロボに乗り込んだ傭兵が依頼を受け、それをこなして報酬を受け取り、新たなパーツを買って機体を組み、そして強くなり過ぎた主人公を世界側が消そうとする。それすら蹴散らした主人公が、世界の真実を悟る。そんな感じのゲームだった。

 実際、ストレイドのキャラメイクはそのゲームともう一つのゲームに強く影響を受けていて、種族だったり戦闘スキルだったりもそれを基に作ったものだ。

 

「ワーカー、傭兵か。面白いじゃないか。なあ君達、私をチームに入れるというのはどうだ?」

 

「なんだって?」

 

 ヘッケラン達からすれば、戦力アップは頼もしいものだった。特にアルシェからしてみれば、本能的に恐怖を覚える程の者が仲間になるというならば、今後敵になる可能性がほぼなくなる訳なので、非常にうれしい事ではあった。仲間達もそれは分かってる。分かってはいるのだ。

 しかし、それと同時に懸念していることがあった。それだけ強い者ならば、報酬を多く取っていくのは当たり前というもので、確実に自分の分け前が減るのだ。そして、一番ストレイドが仲間になる事に対して頼もしいと思っているアルシェこそが、一番悩んでいた。彼女こそがこの四人組ワーカーの中で一番金が必要な人物なのだから。

 悩み、相談する彼らに対し、ストレイドはその思考を読んだ。

 

「ああ……報酬か?そんなものは全体の一割程を貰えれば構わない」

 

 ある意味で破格の待遇であった。だが、タダより高い物はないという言葉が指す通り、ストレイドの目には彼らが信用していない顔をしているのが見えていた。人間美味い話には裏があると思ってしまうものだ。

 だからこそ、彼はとある条件を出した。それは奇しくも、とある村を救ったとある骸の王がその村の村長に出したものと同じ条件だった。

 

「その代わりと言っては何だが、この国とその周辺の情報、そして食と住の確保。それを約束してくれればいい。それ以外は……今のところは大丈夫だ」

 

「そこまでいうなら……いいか?」

 

 情報は共に依頼をこなしていればある程度手に入る上、報酬は一割で済み食と住はどうとでもなるのだから、ヘッケランとしては本当に助かるものであった。

 念のため他のメンバーにも確認してみたが、満場一致で答えはOKだった。

 ロバーデイクとイミーナは、更なる生還率上昇のため。アルシェは、自分の分け前が減らないうえで、彼が仲間になるのが心強いといったところだろう。

 

「よし、じゃあええと……ストレイド。君も今日からこのフォーサイトの一員だ!」

 

「ああ!よろしく頼む!」

 

 全員の意見が一致したところで、ヘッケランとストレイドが握手を交わし合い、ワーカーチーム『フォーサイト』に一人の騎士がメンバーとして加わった。

 そして、それを一番喜んでいるのは、ストレイドでもヘッケランでもなくアルシェである事は、本人を含めて誰も知らないことだ。




アルシェちゃんが吐くと思った?残念、戦士職でした!

今回の独自展開

・フォーサイトにプレイヤーが加入


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初戦

遅くなってすみません!
冬休みが終わったので、更新が遅くなります!

それと沢山の高評価やUA、お気に入り登録ありがとうございます!


 晴れてフォーサイトの一員となったストレイドであったが、今のところ大した依頼が入っていないのが現状であった。

 元々、ジルクニフのお陰で騎士達が良く仕事をしてくれる国家だ。モンスター退治系の依頼は、そんなに多くは入ってこないらしい。というのも、ゴブリンやオーガのようなモンスター程度では、帝国軍隊の敵にはなり得ないからである。

 そして三日経っても依頼が来ないという事で、彼ら五人は自分達で稼ぎに行く手段に出た。これは、王国の冒険者が良くやる手法で、適当な付近の道の周囲にいるモンスターを狩るのである。大切なのは『間引く』ことで、狩りつくす訳ではない。

 とはいえ、難度の低いモンスターを狩ってもはした金程度にしかならない。何故なら、そういったものはそもそも帝国軍が元から問題ない程度にまで減らしているし、少し腕に自信のある村人が倒せるレベルのものだからだ。

 じゃあいったい何を倒すかといえば、並の騎士で倒せないような大物だったり、希少価値の高い新種や亜種の討伐だ。

 というのは全て、たった今ストレイドに対してヘッケランが行った説明だ。

 

「だから油断はしないでくれ。いくらあんたが強いとしてもだ」

 

「リーダーの君が言うのだ。そうしよう」

 

 勝手が分からない騎士は、リーダーに従う事にした。元々1番上に従うのが早いと考えていた彼は、そもそも反論する気もさらさらなかった。が、それと同時に自分が負ける筈がないという自信も少なからず持っていた。

 ヘッケランやアルシェ等の言動、そして皇帝から聞いた情報からこの世界の平均レベルを知った彼は、よっぽどのイレギュラーが出ない限りは死ぬ事はないだろうと踏んでいた。そして、そのイレギュラーというのが、この世界での神話級の天使やアンデッド。それに加えてプレイヤーと思われる存在だ。

 

(まぁ、そのイレギュラーってのに自分が当てはまるんだからなぁ)

 

 ユグドラシルにおいて、彼は中の上から上の下あたりの強さであった。最高装備は最上位の神器級で固めてはいるが、異業種の宿命でその種族特性上どうしようもない弱点がいくつもあったのだ。思い入れがあるがために手放せなかったそれは、ガチ勢との戦闘においてかなり響くものがあった。

 ギルド内でもそのビルディングはモモンガに近いものがあり、ロールプレイ等をするためとはいえ、モモンガ以上にその役割にあったキャラメイクをするプレイヤーはかなり少ないもので、所謂ビジュアル系のステータスになっているのは隠す事ができなかった。

 それでも彼はそのキャラを作り込み、そしてその分必死でプレイヤースキルを磨いて強くなっていったのだ。ナザリックの諸葛孔明ことぷにっと萌えによれば、モモンガが状況対応力に秀でているという評価に対し、ストレイドはそのメンタルと諦めの悪さ、そして何より窮地に追い込まれた時の戦力において右に出る者がいないとまで言っていた。

 最後の評価はモモンガだけが聞いた事柄ではあったが、それでもギルド内でたっち・みーや武人建御雷等に何度もボコボコにされて鍛えられてきた彼は、自身の腕に自信があったのだ。

 だからこそ、『イレギュラー』である者に負ける事は考えていなかったし、この世界で言えば自分が十分理不尽な程のイレギュラーであることは自覚していたし、そうでないと考えてすらいなかった。

 

 数十分の間歩き続け、街道を抜けた途端に行商人すら一人も見えなくなった。それでも進軍する彼らに、地形を知らないストレイドは付いていくしかなかった。何一つ面白みもない道を進んで行くと、突然目の前に赤茶色の地面が出現した。目を凝らしてみれば、そこは見事に広大な平野になっており、奥の方には濃い霧が存在していた。

 ストレイドは気になって、周囲をスキルの一つで索敵すると微かなアンデッド反応があった。それは目の前の霧から発生しており、あの地がアンデッドの温床である事を裏付けていた。

 

「あの特徴的な赤茶色の地がカッツェ平野。毎年、決まったように帝国と王国がここで戦争するのさ」

 

 ヘッケランは霧を見つめながら説明を始めた。周りを見渡せば、アルシェ達三人は既に周囲の警戒と探索を行っていた。

 

「あの地で戦争が行われ、死人がアホみたいに出るからかどうかは知らないが、あそこからはアンデッドが昔からわんさか出てくる。その中には強力な奴も結構いて、街に被害が出るとまずいから、度々軍がワーカーと協力して討伐に行くのさ」

 

「じゃあ、なんでここに?」

 

「そりゃあ、討伐隊が出ていない時だってスケリトル・ドラゴンのような奴は出現するからさ。そういった奴らを討伐して、残骸でも持って帰れば軍から褒章がもらえる。それに、カッツェ平野は戦争時にだけ不気味な程晴れるといっても、探索が十分にされてない地域だ。未探索の場所を地図に印せば、それに対しても報酬が出る」

 

 納得した様子でストレイドは頷いた。自分が痛感している通り情報というのは重要な価値があり、戦争で使う土地であれば尚更だろう。地図を提出して金がもらえるのは当然ともいえる。

 スケリトル・ドラゴンが上位アンデッドの扱いをされているのには中々驚いたが、よく考えればあれには第六位階魔法までの完全耐性が備わっていて、ユグドラシルでも初見殺しとして有名なモンスターであったし、過去に出たとされる伝説級アンデッド『デスナイト』は、モモンガが度々使っていたため良く知っていた。30レベル程の中レベルと言えないまでもないアンデッドだが、あれはあれでどんな攻撃も一撃防ぐという能力があるため確かに有用だ。

 レベルだけが強さではないという事を改めて実感したストレイドは、いくら相手がレベルの低い雑魚だとしても、油断だけはしないようにと気を引き締めた。

 

「それじゃあなるべく大物を仕留めないとな」

 

「そうそう大物が引っ掛かるなんて事もないんだがな……まぁ、成果がなかったら帰り道に適当なモンスターでも狩ればいいさ」

 

 そんな一見他愛のない会話をしていると、ストレイドの探知スキルに引っ掛かる反応が多数。同時にイミーナが肉眼でアンデッドを見つけたようで、注意を呼びかける。

 カッツェ平野から生者を求めてやってきたアンデッドは、その総数百を軽く上回る。しかし数こそ多かれどその実態は、大多数がただのゾンビであり、ただの戦争の犠牲者である。それでも油断してはいけないのは、アンデッドの特徴にある。

 アンデッドは、その集団があると『自然に』より強大なアンデッドがその中から生まれるのだ。だからこそ、死者は丁重に弔われ、さっさと火葬したりして死体が残らないようにする。だが戦争での死者となれば話は別で、戦場で死んだ者を丁寧に埋葬したりする時間はない。そうして戦場に置き去りになった死体が、新たなアンデッドになる。

 戦争は本当にいい事はないのだ。

 ロバーデイクは、これから改めて死ぬ事となる戦死者に簡易的な祈りを捧げ、そしてこの戦闘で自分達に幸があるよう願う。

 

「それじゃ始めるとしようか……ストレイドは前衛職だったね?」

 

「ああ、それが1番の力を発揮できるだろうな。だが、前衛が足りているのなら中距離までは今の装備でも大丈夫だろう」

 

 そう言うとストレイドは、何もない所から唐突に弓を出現させた。突然の事に驚いたのは、なにもアルシェやイミーナ達だけではない。当の本人こそがもっとも驚いていたのだ。彼はアイテムを呼び出そうとはしたが、だからといってこんな虚空から突然出そうなんて事は思ってもいなかった。

 そして彼は思い出す。このキャラは、種族設定としてアイテムボックスとは別の空間を持っているという設定を。その設定とそれを再現したパッシブスキルの存在により、アイテムボックスとは別の隔離された補助空間が存在し、それを用いた武器のクイックチェンジが可能なのだ。

 

「それは魔法か?」

 

「……まぁ、そんなところだ」

 

 スキルというものが希少な以上、どこで自分が異形種だとバレるか分からない彼は、ヒヤヒヤしながら彼らが知らない魔法だと答え、そして逃げるように目の前まで迫ってくるアンデッドに対して矢を撃ちこむ。

 現実世界で射った事など一度もないのにも関わらず、身体が自然と何かに反応するように動き、見事なまでの素早い動きでゾンビを射抜く。貫通はしなかったものの、その代わりに頭が爆散する程の威力であったそれは、もしも誤射したらという想像をストレイドにさせる。

 それを見たイミーナは、自分の立場が危うくなるのを見越して息を呑んだが、ヘッケランは彼を後衛に置く気は更々なかった。

 

「いや、前衛が増えるのはありがたいから、ぜひストレイドも前に出てもらいたい。それでいいかな?」

 

「異論はない。それでは、稼ぐとしようか」

 

 もう一度武装を変更しようとストレイドが念じると、それはやはり上手くいった。弓をしまい、取り出したのは銀鷲がモチーフの紋章が描かれたカイトシールド。移動を阻害しない程度の大きさで、かつ攻撃を防ぐのにピッタリな位の大きさの金属盾は、騎士の鎧姿に良く似合っていた。

 そして抜刀したのは腰から抜いた片手直剣。なんの変哲もないように見えるそれは、見た目こそ大量生産品で、名前もロングソードというただの直剣であったが、その道に精通する者が見れば、しっかりと鍛えられた業物だと分かるだろう。事実、それは聖遺物級の装備であり、モモンガやストレイドからすれば産廃とも言える微妙な性能のものだったが、この世界においては伝説に出てくるレベルのアイテムである。

 盾と剣を構えた彼は、さながら何処か知らない異国の騎士団の一員に見える。

 

「行くぞ」

 

 地を勢いよく蹴りつけ、風のような速さでストレイドは前方のアンデッド集団の目の前に躍り出る。その速さは、ヘッケランが全力で追いかけても尚間が埋まらない程で、ゾンビ達は反応できていない程だ。

 その速度を利用し、1番近くのゾンビに対し突きを喰らわせる。圧倒的レベル差の彼によって繰り出されたそれは、その体を貫通するどころか上半身を吹き飛ばす程の火力である。通常突きをすれば死に体に剣を止められるため、集団戦ではよろしくない。それを火力だけでごり押した珍しい例だ。

 フリーになった剣を持ち、木枯らしのように素早く回転しながら敵集団を蹴散らす。ヘッケランも負けじと駆け出すが、ストレイドの移動して殲滅という一連の動作の繰り返しについていけてはいなかった。というより彼が速過ぎた。

 イミーナの矢よりも速く敵に突っ込み、アルシェの魔法よりも強力な攻撃を連続で行う。そしてたまに攻撃を喰らいそうになれば、的確に盾で守るためにロバーデイクの回復魔法も必要がない。

 

「凄い……まるで伝説から出てきたみたいだ」

 

「まったく同意見ですね。彼はどうやってあそこまで強くなったのか」

 

 そう言いながらも彼らは、自分達を襲ってくるアンデッドを倒し続け、ストレイドの撃ち漏らしを狩る事だけに専念していた。そして全員が思った事と言えば、「いつもより楽だ」というものだった。

 

 一方、ストレイドはと言えば、彼は彼で思い出に浸っていた。ユグドラシル時代、下手に死なないようにレベリングはかなり低レベルのモンスターを大量に狩りまくっていたことを思い出したのだ。発案はいつものぷにっと萌えさんで、そこに来る異形種狩りなどたかが知れているという話だった。

 流石にゾンビ狩りなんて事はしていなかったが、この位楽に狩れるものばかりを倒して経験値を得ていた記憶があるために、中々懐かしい思いに浸れたのだった。

 そうして幾つものゾンビを切り刻んでいると、とある異変に気付く。

 

(これは、ただのゾンビじゃあないぞ)

 

 レベル的には7レベルやその周辺相当のゾンビ。この世界ではそこいらの冒険者でも簡単に倒せるのだが、奴らにも幾つか種類がある。それは、ガストだとかグールだとか言われるものだが、そういったのは大抵自然に出現するものだ。が、それとは別に条件付きで召喚されるモンスターもいる。

 それがストレイドが気が付いた他と違うゾンビの存在。

 

従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)か!てことは、こいつらの親玉は死の騎士(デス・ナイト)だな?」

 

 スクワイア・ゾンビは、デス・ナイトが生者を殺す事によって生まれる存在。それは通常のゾンビと違いレベルが高く、大体15~20レベル程と倍増する。勿論、それはストレイドにとっては全くと言っていいほどに怖くない存在ではあったが、この世界の住人にとっては恐怖でしかない。これを倒せるのは軍の精兵とか、上位の冒険者ぐらいなのだ。そもそも、レベル的に言えばデス・ナイトは王国戦士長と同等クラスなのだから、それが生み出すゾンビが弱くない筈がない。

 そしてストレイドが考えたのは、フォーサイトの彼らの技量。冒険者ならミスリル級になれるという彼らは、決して弱くはなかったが、デス・ナイトに勝てるかと言われれば話は別だ。今はスクワイア・ゾンビだけをストレイドが狙って倒しているが、この数が尋常ではない事はストレイドでも分かっていた。

 というのも、デス・ナイトがスクワイア・ゾンビを生成できる量は決まっていて、一体につき最大15体だ。それなのに、既にストレイドが倒した数は当然の如く60を超えていた。それだけで、デス・ナイトが4体以上いる事が確実になっている。

 デス・ナイトという名前で驚いたのはフォーサイトのメンバー達で、とりわけアルシェは驚いた。何故なら、戦争の抑止力にもなる大魔術師フールーダでさえ、倒すのに手間取り、服従させるのが不可能というほどの伝説級に値するモンスターである。

 

 更に10体ばかりのスクワイア・ゾンビをストレイドが、丁寧な剣捌きで斬り倒すと、明らかに今までとは異なる足音が周囲を掻き鳴らした。

 重量感のある大きな足音。着ているだろう鎧が発する金属音。どれもこれもが今までのものと比べ、明らかに異質。アルシェ達は息を呑み、その空気に耐えている。対してストレイドは、やっと出てきたかという気持ちでいっぱいだった。

 

「来たか」

 

 そこに来たのは全部で5体の黒い巨体。重厚な黒い鎧を着て、右手に大きな波型の刃を持ったフランベルジュを装備し、左手にはその身に見合った巨大なタワーシールドを装備している。

 それらは全て、フォーサイトではなくストレイドに向けて敵意を放っていた。それは、アンデッドとはいえ、この世に存在する者に備わっている野生の勘か。それとも単に彼らと最も近かったからか。どちらにせよ、ストレイドにとっては好都合であった。

 

「さて、どれだけユグドラシルと同じなのか試させてもらおうか」




次から少しずつストレイドのステータスなどを公開ですね
今のところフロム要素が少なすぎて……


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