箱庭の世界大戦 (真実の月)
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1 引きこもりのゲーマー
なお、誤字等ございましたら教えていただければ気づき次第すぐに修正します。
「ああもうなんであんなところにトラップなんてあるんだよ!」
俺は被っていた家庭用
時計を見ると針は6を指し、日付は最後のダイブから1日変わっている。予定では新ステージの下見程度だったはずが、調子に乗りすぎて続けてしまい、一日分食べそこなったようだ。一日ですんだのは敵プレイヤーが仕掛けた意味不明の場所の意味不明なブービートラップにかけられたおかげだが、実感してしまうといらつきと同時に腹が減って来る。
重く感じる体を動かしてキッチンに行く。ここも昨日のままでゴチャゴチャと散らかっていて動きにくい。ゴミと食器の中からカップ麺を引っ張りだし、唯一汚れていなかったやかんに水を入れ、IHコンロで湯を沸かし始めた後、充電しっぱなしの携帯を取る。
「あ?」
電源から離れたことで点灯したディスプレイに、いつも使うブラウザアプリの通知が出てくる。
「(速報)FDVR戦争条約、国連の満場一致で締結」という見出しに少し興味を持って「見る」をタップする。すぐにパスワードを求められるが慣れた手つきでアンロックし、ニュースの概要を見る。
文章によると、FDVR戦争条約は今までの戦争を国家間用VRゲーム「WW in the VR」という仮想世界にて条約に示されたルールに則って行うという条約で、戦争により失われていた人命と人権の保護を行う条約らしい。付属して核廃絶も行われ、1年以内に廃棄を行わなければ制裁もあるとなっている。
条約を検索すると、様々な掲示板が祭のように盛り上がっていた。その中には、トップクラスのプレイヤーは国から声がかかるとかの話もあり、ある
「へー。ま、関係ないな。」
その程度で声がかかるなら引きこもってないと言いたいが、匿名掲示板でそんなことを言ったところで盛り上げるだけと言うのは分かりきっている事だ。
興味を失って、やかんに目を向けると湯気が勢いよく口から噴き出していた。慌ててスイッチを切り、カップ麺をあけて湯を注ごうとしたとき、インターホンが鳴った。
宅配便かと思い返事をして散らかっている廊下を進みドアを開けるとスーツの男が二人立っていた。警察ではないようだが、それなりの機関に勤めていそうな出で立ちだ。
「木葉さん、ですか?」
「え、ええ、そうですが。」
「今お時間はよろしいですか?」
「良いですけど……、あの、どちら様で?」
「申し遅れました。私、防衛省の茂里と申します。」
「同じく、朝栗と申します。本日は自衛隊に新設される「VR部隊」の勧誘に伺いました。」
デマや事実無根の噂が入り乱れる掲示板の噂話が、噂ではなく事実になった瞬間だった。
FDVR戦争条約
簡単に言うとVRゲームで戦争を行い、物事を決める条約。イメージとしてはノゲノラの十の盟約。ただし国同士のため戦争を起こす条件は厳しい。
付随して戦略兵器撤廃条約、核廃絶条約、宣戦条約が締結されている。
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2 新設部隊への勧誘
二人いわくここから先の内容は玄関先では話せないらしく、俺は仕方なく二人を汚い家の中に招き入れ、ゴミや荷物をどけて何とか座る場所を作り、使うことがほとんどなかった座布団を床に敷いて話が出来るようにし、二人を座らせる。
「ところで、さっきの「VR部隊」っていうのは?」
「木葉さんは昨日昼に締結された「FDVR戦争条約」をご存知ですか?」
「ええ、あの戦争を仮想世界でゲーム形式で行うっていう。」
「その認識で合っています。「VR部隊」と言うのは、日本と他の国家との間でVR戦争を行う際に動く、いわば仮想世界の自衛隊です。ですが、自衛隊内ではどうしてもVRに触れる機会が少なくいざVR戦争となった際、新兵と同等のレベルになるものが大半になると予想されたため、VR内での教官役としてVRゲーム、特に
自衛隊員はすぐに動けないといけないから、なかなかVRは出来ないだろう。国の機関としてはなかなか面白い事を考えたと感心する。
「他には声をかけているプレイヤーはいるので?」
「はい、20名ほど電話等で声をかけていますが、不在であったり外出していたりと勧誘は難航しております。」
まあそうだろうな。それぞれ事情もあるだろうし、実際に承諾してくれるのは半数程度だろう。
「条件はどうなりますか?」
「こちらをご覧ください。」
そういわれて出された紙を受け取り眺める。
俺がすることは大きく分けてVR部隊の教官役と戦争時の戦闘、そして部隊編成の3つ。全て補助をしてくれる自衛隊員が付いて助けてくれるとなっている。条件は過去受けてきた企業に比べて良く、公務員と言うこともあって安定も取れる。住家に関してはVR部隊用の寮があり、部屋も書いている内容通りなら今住んでいるアパートよりも広い。高給取りでもなければ喜んで受けそうな話だ。
しかしよく見れば勤務先が書いていない。
「配属はどうなりますか?」
「それですが、現在は一番もよりのVR部隊基地となります。木葉さんであれば新練馬VR部隊基地となります。」
大体車で2時間ぐらいの距離か。新練馬基地は確か最近出来た基地だ。半年くらい前にニュースで移転のためだとか言っていたのを思い出す。
「引き受けてくださいますか?」
「少し待ってもらってもよろしいですか?」
「ええ。大丈夫ですよ。」
許可をもらい、席を立ってトイレに行く。
現実味の無い話に夢じゃないかと不安になるが頬を抓って痛みがあった。
「う、嘘だろ。本当にこんなことがあるのかよ。」
まさに青天の霹靂。
条件を見てもかなり良い。しかし、ある一つの業務が決断を阻んでいる。
「戦争時の戦闘」だ。
FDVR戦争条約は概要を読んだ限りだと戦争の場を仮想世界へと移しただけとも言える。すなわち、VR戦争に参加すると言うことは、部隊の人たちだけでなく国をも背負うという事。これが徴兵であればまだよかったが、今回はあくまで当人の意思ということになる。逃げ道があるのだ。
思えば俺はずっと責任から逃げつづけてきた。その結果が今のこの状況だ。今回の件は生活面ではうれしい話ではあるが、ある意味逃げつづけてきたツケとも言えるだろう。
責任を意識した途端、心臓の鼓動が早まり息苦しくなってくる。
「でも……」
この話まで逃げてしまえば、俺はこれからも逃げつづけるだろう。そしてこれはトッププレイヤーとしての責任でもある。その責任から逃げてゲームを続けるという筋の通らない事はできる訳が無い。「責任はいつかとらなければならない」という親の言葉の意味が今やっと理解できた。
心を決め、深呼吸で呼吸を整え、俺はトイレを出て二人の居る部屋へ戻る。
「戻りましたか。」
「はい。」
「ではもう一度聞きます。この話、引き受けてくださいますか?」
もう一度深呼吸をして、俺は口を開く。
「この話……」
VRS(バーチャルリアリティーシューティング)
VRMMOとは違い、オフラインのソロプレイモード、オンラインのマルチプレイモードの二つが存在する、シューティング系ゲームのカテゴリー。
基本はFPSのオンライン対戦モードがVRになったと思ってください。
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3 VR部隊
20××/7/18
新練馬自衛隊VR部隊基地:訓練棟
俺は親から受けとった新品のスーツに身を包み、真新しいドアをあけて外へと出る。
ゲーム以外はほとんど素人な俺につけられた補佐に誘導され、これまた真新しい廊下を進んで行く。責任を負うものとしての重圧が、一歩進むごとにほんの少しずつ大きくなる。
「緊張してますか?」
心配したのか補佐が声をかけて来る。
「さすがに緊張するよ。」
「大丈夫ですよ。基本は指揮をとる隊長と一兵卒しかいませんしそこまで堅苦しくする必要はありません。私もあなたよりは年上ですけどゲームでは後輩ですし。それに、私はあなたの補佐ですから、ちゃんとフォローしますよ。ゲームではフォローされる側ですけどね。」
ジョークを交えて話しかけて来る補佐は、俺の緊張を解そうとしてくれているのだろう。おかげで緊張も少し解れた。
「ありがとう。おかげで緊張も和らいだよ。」
「それはよかった。この扉を開ければダイブルームです。すでに挨拶の準備はできています。」
上下関係は隊長と隊員や役職の関係以外ないと言われても、俺はその教官役だ。
胸を押さえ深呼吸をした後、補佐が扉を開けようとするのを止めて、俺自身の手で大きな扉を開ける。
中に入ると同時に整列していた隊員達は姿勢を直してこちらに敬礼を行う。一週間練習した敬礼を隊員に返し、列の外を回って既に待っていた自衛官へ敬礼した後その横に立つ。
続けて、この場所の責任者であり、俺を含む全体のリーダー、基地司令がダイブルームに入る。俺と同じように敬礼を行った後、俺達の前に来たところでお互いに敬礼をする。
「気をつけ!」
補佐の声に合わせて隊員は姿勢を正す。
そして部隊長の挨拶が行われ、次に教官の挨拶へと移る。
その挨拶のトップバッターが俺だ。
まずは横に並ぶ他の教官、次に基地司令、最後にマイクの前で隊員に向かって礼をし、マイクのスイッチを入れる。
「この度、VR戦教官兼新練馬VR部隊基地副司令となった木葉です。主にVR内での教導をさせていただきます。これからよろしくお願いします。」
今度は逆の順番で礼をしていきもとの場所に戻る。その後も挨拶が続き、最後は基地司令の解散の合図で式は終了した。
「はぁ、何か疲れた。」
「普通の方はそうなりますよ、副司令。」
机に突っ伏してため息をつく。
たった1時間の集会だったが、緊張だけですでに一週間分の疲労が貯まった気がする。
「なんで副司令になってしまったんだ……。」
二人の防衛省の役人が来たあの日俺は教官役を引き受け、それから準備機関として2週間の時間をもらい、最初の一週間で引っ越しを終わらせ、後の一週間は俺をサポートしてくれる事になった高見田補佐に手伝ってもらいながら、今日の式に向けての練習を重ねていた。
その練習の途中、全国家に「WW in the VR」が国連より配布されその全貌が明らかになった。この基地でもその内容を知るため、俺が教官用VRヘッドギアを使い国内オンライン訓練モードでダイブしいくつかの訓練を実践している中、この「WW in the VR」に用意されているゲームルールが一般的なFPS、VRSのルールとほとんど同じということが判明し基地司令にそれを報告すると、基地内で一番ルールと戦術を知っているということで、急遽実質的な参謀役として基地副司令にされてしまうという出来事があった。
責任がさらに重くなり、心が折れそうにもなったが高見田補佐や他の教官のおかげで何とか今この場に居る。
「高見田補佐、今隊員は何をしている時間かな?」
「この時間は……今度のパレードにむけての行進ですね、その後は基礎訓練です。」
「ありがとう。じゃあダイブする時間はありそうだな。」
VR戦教官とは言ったものの、まだ肝心のハードが最低限必要な1小隊分に満たない状況で、当初の予定では俺が着任する頃には揃っているはずだったのが遅れに遅れ、最速でも2ヶ月後と言われている。その間は当然VR訓練ができないため、俺は今のところ暇なのだ。
そして本来VR訓練を行う時間は俺が「WW in the VR」にダイブして、仕様の調査をすることになっている。
「高見田補佐、VR戦司令室に行って待っててくれ。俺はダイブルームの教官用ギアからVR世界にダイブする。」
「分かりました。すぐに用意します。」
高見田補佐が部屋を出ていく。
出たことを確認した俺はスーツを脱いで支給された黒染めのダイブスーツを着てダイブルームに向かう。
ダイブスーツは長時間ダイブを行う可能性の高いVR部隊のために特注で作られた専用スーツ。俺のものは正式版に搭載予定の機能のデータを集めるための先行配備品だ。
扉を開けて入ったダイブルームは一部の椅子にVRヘッドギアが備え付けられているだけでほとんど空っぽの状態だ。何人か作業員が入って椅子の取付をしているが元が広すぎてがらんとしている。俺はその先の教官室と書かれたドアをあけ、中にある教官専用のVRヘッドギアを装着する。そしてギア側面の電源ボタンを押し、電源を入れる。
『電源オン確認。副司令、こちらの準備は完了しています。』
「よし、訓練モードに設定してくれ。」
訓練モードというのは基地の中限定でのオンラインモード、所謂アドホックモードだ。
『訓練モード、設定しました。通信、訓練モードでオンライン、フィールドはどうしますか?』
「じゃあ今日はステージ名『Old City』、環境はノーマル。リアルタイムモードで天候変化あり、BOTは11で頼む。」
今は条件をつけて設定できるが、本来の用途で使う場合はルールと時間、天候以外すべてランダムに設定される。
訓練モードと演習モードのみだがマップも世界各地の大都市やジャングルなどの局地戦まで選べ、訓練モードのみVR訓練室が追加で選べるようになっている。今回はゲームルールの細かい確認のため、通常フィールドで設定してもらう。
今日はBOTとの戦闘を通じた戦闘時の仕様確認を行う予定になっているため、建物などの遮蔽物やその他のオブジェクトもある都市マップを使う。
『フィールド、環境設定、BOT設定完了。準備できました。』
「よし、ここから先はまた随時指示を出す。あと、ダイブ中の記録をしておいてくれ。」
『了解しました、副司令。』
「では行ってくる。オーダー、フルダイブモード。」
俺の言葉の直後、視界は一面の白に埋まった。
一般人が教官兼副司令の理由
今まで通りで出来るという見通しであったが、FDVR戦争条約締結時に開示された仕様に通常の訓練と同じでは対応できないと判断され、たまたま開いていた臨時国会でVRゲーマーを招聘する法律がかなり短い期間で採択されたため。徴兵だとの意見もあったが、条文に「参加、不参加は自由(意訳)」とあり、あくまでも自由意思で決められる。副司令の方は新市ヶ谷基地のみで、条文の中の「招聘者に関して、ある程度の立場の配慮を行うこと」の部分の解釈を利用しただけ。
※ 全文はまだ考えているところがあるのでしばらく出せません。
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4 VR:無人の大都市
(↑約3ヶ月前)
MAP:Old City スクランブル交差点
天候:晴
一面の白に埋まった視界が色づき、人がいないが大都市が目の前に広がった。
「いつも思うけど、国家間用ってだけあってよく出来てるな。」
街路樹の色や触感、ビルの窓に反射する光、地面に映る影。この 仮想世界のあらゆるものが本物と遜色ない作りで再現されている。
次に近くのビルの窓で自分の姿を確認する。
そこには真っ黒の戦闘服に身を包んだ俺の姿が映っている。よく見れば右耳にはマイク付きの超小型通信機が付いている。これで現実世界の司令室と連絡を取るのだろう。
『副司令、聞こえますか?』
そんなことを考えていると早速通信が来た。
「聞こえるぞ。」
右耳を押さえながら返事をする。
『
「お、言い忘れてたけどやってくれたのか。ありがとう。」
『いいえ。では副司令、ゲームモードのチェックに入りましょう。』
「ちょっと待て、BOTは?」
周りを見てもBOTのアバターは姿も形もない。不具合だろうか。
『BOTですが、ゲーム開始までは出現しないようです。訓練用標的なら出せますがどうしますか?』
「そういうことか、なら大丈夫だ。それじゃあ今からゲームモードの確認に入る。」
左手を横に振ると左側から引き出されたようにメニューが出てくる。その中から「Battle mode」と書かれたバーをタップすると、10の勝負形式が出てくる。
「上から行くぞ。」
『分かりました。』
10の形式の中の最上段、「TDM」を選択する。
すると急にVR訓練室に場所が変わり、左側に「Custom」と書かれた選択肢が1から5まで並び左上に「0/20」、右下に「10:00」という表示と装備選択の画面が出てきた。
右下の方は一秒ごとに数字が変化している。多分左上は装備のコスト、右下は残り時間を示しているのだろう。
「えっと、装備できるのは……」
ざっと見る限りでメインウェポンが2つとそれぞれにアタッチメントが2つずつの計6つ、セカンダリは1つとアタッチメントが1の計2つ、タクティカルは合計6つでここまでで14枠。
次にVRSゲームでは珍しいパーク、いわば特殊能力が5枠。試しに開いてみると最大で3枠のものがあったのでわりとバランスも考えられているようだ。その次は防具系装備だ。ヘッド2枠、ボディ2枠の計4枠が空いている。全部で合わせて23枠だ。何も考えずに武器から全ての穴を埋めるように装備させていくと防具がコストオーバーで装備できませんと出た。
「ああ、そういうことか。」
仕様を理解した俺は残り時間を一杯に使って実戦でありえそうな装備を組み上げた。
そして抜けがないかを確認し終わると同時に、俺はまた仮想の無人都市に降り立った。
ダイブスーツ
フルダイブ型VRゲーム全般における死亡事故の原因の大半が、長時間ダイブを原因とするエコノミークラス症候群という報告を受け、長時間ダイブを行うであろう隊員の為に作られた専用スーツ。なおバイタルチェック機能は急病対策。
主人公が着ているのはデータ集め用の試作型。正式版がでるのはまだ先である。
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