この残酷なゴブリンだらけの世界に祝福を! (wisterina)
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この異世界転移にやり直しを!

はい、ゴブリンスレイヤーとこの素晴らしい世界に祝福を!のクロスオーバーです。
どちらも残酷な世界という共通の世界(スキルとかギャグか否かとか色々設定が違うけど)に住んでいる二つの原作をぶち込んでみるという試みです。

ぶっちゃけギャグ路線です。
あとあの四人ならゴブスレの世界のゴブリンと出会っても何とかなるでしょう。その後が大変ですけど。

至らぬ点が多いかもしれないですけどお暇つぶしにどうぞ。
そしてこの素晴らしく残酷な世界に祝福を!


 ギルドの受付のカウンターの前で受付嬢に挨拶をする。どの冒険RPGものでも定石のやり方だ。

 

「どうも、冒険者になりたいんですが」

「カズマさん、早くちゃちゃとクエスト受注しちゃいなさいよ。また馬小屋生活は嫌よ」

 

 後ろの駄女神に背中を小突かれながら急かされる。うるせい、こっちの受付嬢さんは初対面だから何があるのか様子見を兼ねてしているんだ。

 そう、目の前にいる受付のお姉さんはいつもの胸が豊かなルナさんではなく、緑の長い髪がカールして、かっちりと制服を着こなしていかにも事務員さん然を醸し出している人だ。

 いくら俺でもいつもの人が急遽交代したぐらいでギクシャクすることはない。第一に俺たちがいるのはアクセルの街ではないこと。それに付け加えて、ここは俺が転生したあのろくでもない世界ではないということだ。

 

「ようこそ、ギルドは初めてですね。こちらの書類に……字は書けますか?」

 

 なるほど、こちらの世界では手数料はいらないのか。助かった~あっちの世界では開始早々冒険者にもなれず詰んだからな。しかもあの時はアクアの決死の行動(お慈悲)でようやくなれたから助かったぜ。

 

「はい、書けますよ。こっちでは名前書けない人がいるんですね」

「王都を出ると特にですね。中には字を読めない冒険者様もいらっしゃいますし、その時は代わりに血判(けっぱん)を押してもらいますが」

 

 えっと、血判ってあれだよな。指先を切って血の付いた指紋でハンコを押すんだよな。この世界の情報に識字率の低さがうかがい知れたのは大きいな。

 受付嬢からペンを受け取ると早々に俺の名前を記入した。字が書けるだけでも他の奴らとの差は大きい。俺にはあっちのろくでもない世界へ転生したときに『神々の親切サポート』で異世界言語を自動習得できている。字が書ける利点を生かして、早々に体を使わない高給な職についてやる!

 西洋風にカズマ=サトウの字をしたためて、書類を受付嬢さんに渡した。

 

「はい、これで」

「ありがとうござい……ん? すみません。異国語ではなく王都で使われている共通言語でお願いしたいのですが」

 

 よく見ると、壁に張り出されているクエストや案内板には俺が元いた世界とは全く違う言葉がつづられていた。もちろん読めないしそれがどんな意味なのかさっぱり分からなかった。これは、俺が字も読めない冒険者であると宣告されたのに等しかった。

 

「は? アクア、お前の『神々の親切サポート』による言語習得はどうなってんだよ!?」

「知らないわよ! さっきからエリスを呼びかけているけど反応しないのよ! カズマさんがヒキニートのくせにギルドの場所を探し出したからてっきりカズマさんには文字が読めると思ったのに!!」

「…………マジかよ」

 

 俺とアクアはうなだれながら、受付嬢さんにナイフで指先を少し切ってもらって書類に血判を押してようやく冒険者登録を済ませた。公衆面前で文字書けますよが、逆に大恥をかいてしまった。

 

「はい、これで手続きは以上です。それではこちらの冒険者認識票をお渡しします。はじめは白磁級からですが依頼をこなしていけば階級も上がって、より上位の依頼も受けることができますので頑張ってください」

 

 白磁という言葉そのままに、白の陶器でつくられたドッグタグが渡された。なるほど、これがこっちの世界でのレベルなのか。

 

「えっと、スキルやステータスの判定する魔道具とかは?」

「スキル? なんですかそれ」

「あ、いえなんでもないです! ありがとう。それじゃいい依頼を探してきますから!」

 

 アクアを引っ張って早々にカウンターから退散する。あっぶねー、すでに周囲から共通言語が一文字も読めない冒険者という危ない線を踏んだけど、まだ俺たちが異世界に飛んだということは怪しまれていないようだ。

 

△▼△▼△▼△▼

 

 事の起こりは、こっちの世界のギルドに来る前のこと。いつものようにアクセルの街でモンスターの討伐クエストを受けてダンジョンに潜っていた。だいぶ深い所まで進んで、小さな袋小路にあった宝箱を開けたのが運の尽きだった。

 その中にあったのは、アクアが転生者に特典として送った神器の一つ。もちろん、アクアは送った特典の中身など一々覚えているわけでもなく、安易に触ったおかげで俺たち四人となぜかめぐみんの帽子の中に潜んでいたちょむすけと共に、よその世界に転移させられてしまったのだ。しかも無一文で。

 

「カズマ、登録終わりましたか? 早くご飯が食べたい! とちょむすけが鳴いてますよ」

「うむ、早くこちらでのお金を稼がないと今夜は野宿になるぞ。衝立(ついたて)も何もない寒空の下で、飢えと寒さに凍えながら、寝ている隙をつかれてモンスターども為されるがまま…………あぁ、たまらない!」

 

 テーブルに着座しているめぐみんとダクネスがそれぞれの己の欲求を投げつけてくる。こいつら、異世界転移したというのに、相変わらずすぎるだろ。

 こっちの世界は、元居た世界と同じように西洋風RPGの世界と似ている。しかし、金額、文字、聞いたことのない街の名前。共通しているのは言葉だけで、元凶である神器は行方不明。俺たちは無一文でこの世界に置き去りにされてしまった。

 俺はあのろくでもない世界に転生したときと同じように、とりあえずギルドに来て冒険者登録を済ませて、日銭を稼ぐ方法を取ることにした。だが、まさか文字が読めないという最大の危機に直面するとは思いもしなかった。

 

「まったく、お前らは相変わらずだな。飯代とか宿代とかもそうだけど、もっと深刻なのはこっちの世界の文字が読めないということだぞ。クエストの内容もそうだが、金額も読めないと報酬がどれくらいかわかんないんだぞ」

「そんなの簡単じゃない。桁数が多ければ報酬の高い依頼よ」

 

 その理論だと千エリスと九百九十九エリスとの差がおかしいことになるだろうが。

 

「にしてもカズマのほうが驚きですよ。こっちに来て早々、すぐにギルドに直行するなんて。いつもだったらアクアに罵詈雑言を公衆の面前で当たり散らすはずなのに」

「うむ、どこか慣れたような動きと手つきだ。まるでカズマが公衆の面前でいたいけな少女に鬼畜な所業をするごとく」

「余計なことを公衆の場で垂れ流すな!!」

 

 二人の口を黙らせて、カラカラになった喉をアクアがクリエイトウォーターで入れてくれた水を飲み干す。魔法の存在とアクアの無駄なスキルは健在のようだ。魔法が失われていれば、アクアもめぐみんも俺も動きが制限されるところだ。魔法の存在があるのはありがたい。

 たしかに俺とアクアからしたら、異世界に飛ばされるのは二度目だからな。あっちの世界では現地人であるダクネスとめぐみんも突然飛ばされたから戸惑いもあったしな。

 

「とにかく、俺たちが今日しなければならないのは、今日の飯代と宿代を稼ぐこと。で、その目的を達成するためにはクエストを受けることだ」

「工事現場で働かないの? 最初アクセルの街に来たときはバイトして日銭稼いでたじゃない」

「工事現場だと、文字が読めないことをいいことに金額誤魔化されて二束三文で働かされる可能性が高い。前の世界で嫌というほど文明のレベルの違いを思い知ったからな。情報が一切わからないところよりも、情報が開示されているギルドの方が安牌(あんぱい)だ」

「でもクエストの内容も文字が読めないと何が書いてあるかわからないじゃない。もしこっちの世界でもあのカエルに似たモンスターがいたらどうするのよ」

 

 アクアが珍しく的を射た意見を出してきた。

 

「そこは受付に内容と金額を聞けば問題ないだろう。我々は遠くの所から来たからこの辺の事情がよくわからないとでも言えば。それに私が寒空で放置プレイされるのは構わないのだが、カズマたちには酷だろう」

「私は、爆裂魔法がここでも使えるかが一番の懸念ですから、討伐クエストで一発撃ちたいですし」

「わかったわかった。まずダクネスとめぐみんは冒険者登録を済ませてくれ。俺とアクアで俺たちレベルでも稼げるクエスト受注してくるから」

 

 一時二人と別れて、俺たち二人は掲示板一面に張られているクエストの紙をざっと見渡す。

 う~む、さっぱりわからん。やっぱり文字が読めないから何が書かれているのかさっぱりだ。桁数で選ぶにしても危険すぎる。

 受付嬢さんは、白の法衣を着た女神官の冒険者登録の手続きをしている最中で俺の時と同じように白磁級の証明であるドッグタグを手渡した。背格好と聞こえてくる声からしておそらくめぐみんと変わらない年のようだな。

 女神官の手続きが終わり、受付の手が空くと同時に、背中に長剣を装備した俺よりの少し若い少年が女神官に声をかけた。おそらくパーティの誘いだな。後ろに女武闘家とめぐみんと同じ黒の魔女帽をかぶっている女魔術師を連れている。

 俺も最初のころ、パーティ募集したものだ懐かしいなぁ。それで来たのがあの爆裂魔法馬鹿とドMの騎士なんだけどな。こっちの世界での戦い方も違うとわかったら、一度パーティ再編も考えてみようか。

 

「ねえ君、白磁級でしょ。俺たちとパーティ組まない? ゴブリンが村を襲って、村娘をさらったんだ。神官が足りなくてさ」

 

 その時、俺の頭の中に一つひらめきが浮かんだ。

 

「なあなあ、俺たちもパーティーに入れてくれないか?」

「ああいいぜ。人数が多ければゴブリン退治もしやすいしな」

 

 俺が新米剣士と握手をかわそうとした瞬間、アクアが俺の手を引っ張り耳元で文句の嵐をぶつけた。

 

「ちょっとカズマ、なんでよそのパーティーのクエストに入ろうとしているのよ。分け前が減っちゃうじゃない。転移したときに頭劣化しちゃったの!?」

「よく聞けって。いいか、おそらくあのパーティークエスト達成条件は、村娘の救出とゴブリン討伐だ。ゴブリンはあいつらに任せてその隙に、俺たちが村娘を救出する。で、その村娘の住む所へ行って宿と飯代をたかるって算段よ」

 

 俺の行動にようやく合点がいったアクアは、女神としてはあるまじきいやらしい目つきを浮かべてあくどい笑い声を静かにあげた。

 

「さっすがカズマさん。あくどさは相変わらずね」

「ふふん、それほどでもない」

「どうかしたのか?」

「やー、何でもない。俺の連れがゴブリンは危なくないのかって言ってきてさ」

「心配性だな。ゴブリンなんて、知性も体も子供並みだし、俺も村にやってきた奴を退治できたほどだし大したことないって。一番弱いモンスターだし」

「そうなんですかー。いやー良かった良かった。実は後女二人いてさ。そいつらも入れてくれないか」

「おお、大歓迎だ!」

 

 よし、こっちの世界のゴブリンは特に強いモンスターではないという情報が得られたことは大きい。元の世界では、スライムがゲームとは違って超強力モンスターという事態にあったが、こっちの世界ではそんなに大したことはないモンスター。

 しかも、こいつは俺と同じ白磁級――つまりこの世界の本当の初心者の意見だということだ。

 

「あの、皆さん白磁等級ですよね。白磁級ならネズミ退治とかドブ掃除もありますし。もう少ししたら上級の冒険者も到着しますので」

「大丈夫、俺たちも何度かゴブリンを倒してきたことはあるから、それに剣士さんが言うにはゴブリンは一番弱いモンスターみたいだし」

「そうそう、それに連れ去られた女の子のことも心配ですから早く助け出さないと」

 

 ん? なんか受付嬢さんの言葉に何か引っかかりを覚えるな。いやでも、一番弱いモンスターのはずだ。現地民の言葉なんだから問題はないはず。

 

「カズマ登録を済ませてきたぞ。それでクエストは受注できたか?」

「ああ、このパーティとゴブリン退治で組むことにした。こっちの金髪のがダクネス、でこっちの」

 

 俺がめぐみんの紹介をしようとすると、その本人が小さな手で俺の口を塞いだ。そして、魔女帽を正すと前口上を唱えだした。

 

「フフフ、異国の地にて降臨せりし運命は、幾星霜(いくせいそう)を越えた先にあり。我が名はめぐみん!! アークウィザードを生業として、最強魔法爆裂魔法を操りし者!! 我が儕輩(せいはい)と伴に(いばら)の街道を行かん!!」

 

 紅魔族特有の中二病満載の前口上が終わると、誰も口を開こうとしなかった。ただ一人、女魔術師が憐れむような眼で見つめながら口を開いた。

 

「……なにこの変なの」

「うん。大丈夫これが通常営業だから気にすんな」

「いいなぁ、あの蔑みの目。私にもしてほしい」

 

 う~ん、ダクネスも通常営業だ。

 



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このゴブリンの巣に救援を!

 森の中につくられたあぜ道を俺たち八人が二つの列をなして進んでいた。

 

「へぇ~、今年成人して冒険者にね」

「はい、神殿を卒業した後、冒険者の皆さんのお役に立てるようにと思いまして」

 

 俺はこの世界の情報を仕入れようとたまたま隣を歩いている女神官ちゃんに話しかけていた。彼女の信仰している地母神様や神殿など、この世界の仕組みがだんだんつかめてきたぞ。

 だがそれを押しのけて俺が関心を寄せたのは、彼女の冒険者になる理由だ。誰かのために少しでもお手伝いできればという奉仕精神、どこぞのぐーたら駄女神とはえらい違いだ。体はまだめぐみんぐらいと同じで子供だが、発展途上という面を考慮すれば将来性もあり、金色の髪はダクネスよりも細かく法衣の中でもわかるほど煌めいている。あの三人の良い部分を煮詰めて灰汁を取り除いてできたのがこの子かもしれない。

 ああ、なぜ世界はこうも不平等なのですか。できればあの水色の髪の女神と交換させて下さいませエリス様。

 

「ねぇねぇ、あなたアクシズ教って知っているかしら?」

「いえ、神殿で他の宗派の名称は知識としては覚えているはずなのですが。申し訳ございません」

「いいのよいいのよ。ただこの書類にサインをするだけいいから。あっ、血判でもいいわよ」

「おいこら、アクア! こっちでも宗教勧誘するな!! だめだよ、こいつの話を聞いちゃだめだからね。この宗教にかかわったら最後、勧誘と勧誘と勧誘の精神攻撃を受ける羽目になるからね」

「は、はい」

 

 なんとかアクアを押しのけて、神官ちゃんがちいさく小動物のようにうなずいた。

 こんな純情でいい子そうな子を、アクシズ教なんていうろくでもない宗教に改宗させたら世界の損失だ。アクシズ教徒の聖地で散々な目に遭った経験があるからこそ、こいつの所業を止めねばならない。

 

「みんな見えてきたぞ」

 

 先頭を行っていた剣士が指さした先にゴブリンの巣である洞窟が見えた。洞窟の入り口の脇には動物の骨でつくられた禍々しいものが立札のように突き刺さっていた。

 

「よし行くぞみんな!」

「いってらっしゃませ」

 

 威勢よく剣士が出撃の声を上げたのを、めぐみんの一言でくじかれた。

 女武闘家が血相を変えて、めぐみんに言い寄った。

 

「待って待ってめぐみん。いくら初めてだからって、ここで臆病風に吹かれたらこの先進めないよ」

「いえ、私洞窟の中では役立たずですし」

「そんな自信ないこと言ったらこの先どうしようもないわよ」

「すまんすまん。めぐみんの爆裂魔法は洞窟やダンジョンじゃ使えないんです。おまけに魔法を一日一回しか打てない残念なやつなので。だから今回は待機ということに」

「爆裂魔法は残念な魔法じゃありません! というかカズマ私のことを心中では残念な奴だと思っていたのですか!」

 

 俺の発言に狂犬のごとく噛みついてくるめぐみん。ああそうだ否定はしない。むしろその通りだ。一日一発しか打てない魔法使いが残念という言葉以外になんだというのだ。

 

「はぁ、あのね白磁級なら一回でも普通なのよ。むしろ場所によって動きが制限されるなんて変な魔術師ね」

「……え? 魔法って一回しか使えなくても大丈夫なのか?」

「当たり前じゃない。私は二回も《火矢(ファイアボルト))が使えるけど」

 

 眼鏡の奥から自慢げに自分の能力の高さを誇る女魔術師。この世界は、魔法に使用制限でもあるのか? もしそうだとすれば、めぐみんはともかくアクアの魔法に制限が課せられるのは痛いな。

 

「しょうがねぇなぁ。じゃあ俺たちが戻るまで、ゴブリンが来ないか見張っててくれ」

 

 開始早々に、めぐみんが脱落して七人パーティでゴブリンの巣の中を進んでいくことになった。先頭を剣士たちのパーティがその後ろを俺たちのパーティが後をついて行く。

 

「ゴブリンか、きっとこっちのゴブリンは元のいた世界のよりも強くて私はなすすべもなく組み伏せられて……デュフフ」

「やめろダクネス、嫌なフラグを立てるな」

「何カズマさん、もしかしてゴブリンにビビっているの?」

「べ、別にビビってねーよ」

「そうよね。アンデッドに怖れて、私の浄化魔法でアンデッドどもを華麗に打ち倒していく姿を隅で震えながら見ていたカズマさんが、ゴブリンごときに怯えるわけないわよね」

「そのアンデッドの大群に泣きながら追いかけまわされていたのは、どこの女神さまでしたでしょうかね~」

 

 アクアが挑発を返してきたので、俺もお返しにとすると、アクアが俺の胸ぐらをつかんできた。ヤロー、人が心配してみれば。

 

「二人とも、喧嘩は止めてください!」

 

 俺たちのいつもの諍いを見かねて女神官ちゃんが間に入ってきた。ああやっぱりこの子は女神だ。そうだ、女神とはかくあるべきはずなんだ。酒を飲んでぐうたらしてパーティ仲間を馬鹿にするのが女神であるはずがない。

 

「何だあれ?」

 

 先を行っていた剣士が松明を前に出して奥を照らすと、入り口にあったモニュメントと同じものが突き刺さっていた。俺たちもその目印に向かおうと走り出す。と、頬にわずかな空気の流れを感じ取った。

 空気の流れがある? 横穴でもあるのか? 持っていた松明を空気の流れのある方に向けると、横穴があった。洞窟の薄暗さで見えにくく、よくよく見なければ見逃してしまうところだった。

 

「おいちょっと待った。こっちに横穴があるぞ」

「ここは二手に分かれたほうが良いかもしれない。もしかしたら、そっちにゴブリンが待ち伏せしているかもしれないし」

 

 確かに、待ち伏せで先手を取られてゲームオーバーなんてゲームでもありえる最悪なパターンがあるから、ここは二手に分かれたほうが良いな

 

「俺たちはこっちの横穴を見てくる。みんなはそのまま奥へ進んで行ってくれ」

「じゃあみんな頑張ってね」

 

 と、俺たちと一緒に行こうとするアクアの手を取って待ったをかけた。

 

「ちょっとカズマさん、なんで私の手を引っ張るのよ。不安なら不安って言えば私が女神の抱擁で」

「ちげーよ。アクア忘れたのか。今回は横取りだろ。目的の村娘があのパーティが行く先にあるかもしれない。だからアクアがもう一方に入って村娘を先に救出して戻ってくるようにするんだ」

「なるほど」

 

 大丈夫かこの女神。まあ向こうの新人パーティが万が一全滅したら大変だし。アクアがついてさえいれば、回復魔法でちょちょいと治せるから保険にもなるだろうし。

 

「アクアを連れていってくれ。こいつの回復魔法と宴会芸だけは取柄だから」

「だけじゃないわよ!」

「そりゃ助かる。俺たち金も時間もなくて回復装備買っていってないかったから」

 

 ん? 回復装備買っていないだと。回復装備なし前提でクエストを受けたのかこいつら。作戦のためにアクアを入れたのが逆に正解だったような気が……一抹の不安を感じながらアクアの長い水色の髪が見えなくなると、俺はダクネスを先頭にして横穴へと入っていく。

 

 

 △▼△▼△▼

 

 

 ダクネスに取りついた最後の一匹のゴブリンを引き剝がして、片手剣で心臓部分に一突きで倒す。

 

「ふう、これで全部か」

「うむ、ほんの少数だったから大したことなかったな」

「その台詞は剣一振りでもしてから言ってほしいなダクネス。ゴブリンの引き付けには役に立ってたが」

「し、仕方がないだろ。この狭い洞窟だと両手剣はかえってカズマの攻撃の邪魔になるし、それに攻撃が当たらない私が、剣を振り回しても先ほどのゴブリンどもに組み伏せられて、恥辱の限りをハァハァ」

 

 ダクネスが発情しているのをしり目にその奥を調べるが何もなかった。おそらく、伏兵を置くためにつくられた穴だろう。しかし、ゴブリンは最弱のモンスターであるはずだ。今しがた倒したのもたった数匹程度で、楽に倒せた。だが、頭が悪いはずなのに伏兵の戦術を知っている。つまり集団の戦い方もやり慣れているかもしれないということだ。

 何か嫌な予感がする。受付嬢さんの含みのある言葉も気になるし、早いとこあいつらと合流したほうが良いな。

 

「きゃああぁぁ!!」

 

 可憐な乙女の絹が裂けるような悲鳴があがる。

 

「カズマしゃあぁぁあん!! たしゅけてえぇえ!!」

 

 女神とは思えないほど情けない悲鳴があがる。

 

「あのバカ、なんかしでかしたな! 行くぞダクネス」

「ああ、早く現場に急行して。悲鳴が出るほどのひどい目に遭ってみたい!」

「いいから早く!!」

 

 剣士たちが進んだ方の洞窟に戻りながら、嫌な予感がドミノ倒しのように倒れてこないように心の中で祈った。大丈夫だ。パーティ構成は前衛も後衛も十分にいる。それにアクアがいるから回復も心配ないはず。そう、たとえ死んでしまってもアクアなら生き返させることが……

 

 だが俺の祈りは、現場に到着したときには脆くも崩れ去った。

 後衛の要であるはずの女魔術師がゴブリンの手によってであろう腹を短剣で刺されていた。しかも脇には彼女の所有物であった杖が真っ二つに折られて何もできずに終わったことを物語っていた。

 かなりの深手であるが、こんな傷ならアクアの回復魔法で治せるはずであるが、その当の本人はゴブリンに脚をつかまれて体を倒され、組み伏せられようとしていた。

 

「カズマさん助けて!! (けが)されるぅ!!」

 

 アクアの脚に取りついていたゴブリン二匹を一閃で切り伏せてアクアを解放した。

 

「アクア無事か。神官ちゃん、その子を連れて先に洞窟から出るんだ! 殿(しんがり)は俺たちでやる」

「は、はい」

 

 腹から血が滴り落ちながら、女神官ちゃんが女魔術師に肩を貸して退却を始める。松明という心もとない明かりの中で、ゴブリンの黄色い下卑た目がギラギラと血走っている。くそ、数が多い、目算でも二十匹ぐらいいるぞ。この数じゃ、アクアでも回復をする余裕もないわけだ。さっきの伏兵のゴブリンといい、この数といいなんかおかしいぞ。早々に俺たちも脱出をしないと。

 俺と女武闘家が前に出ようとした。シュンと無軌道な剣筋が前を横切った。それはパーティを率いていた剣士のものだった。

 

「くそぉ! 仲間の仇だ!!」

 

 口から飛び出す言葉からして、女魔術師がやられたことに頭に血が上って周りが見えていない。退却だと言っているのに自分から進んでゴブリンどもの群れの中へ突っ込んでいる。おまけに、持っている得物が長剣なだけに狭い洞窟の中では仲間にフレンドリーファイアしまいかねない。

 

「おいっ、長剣を振り回すな! 味方に当たるだろうが!」

 

 剣筋も素人目からしてもめちゃくちゃ、あれでは仲間に当たらないよう振るうのも無理だ。

 くそっ! このままじゃ最悪同士討ちだ。こいつから剣を取り上げるしかない。緊急事態のため、手を前に出して《スティール》を発動する。

 

「《スティール》!!」

 

 ――何も起きない。

 

「なんでだ。《スティール》ができないだと!?」

 

 そして最悪の事態が起きてしまった。

 剣士の長剣が洞窟の天井に突き出た岩盤に剣先が当たり、剣士の手から剣が離れた。その好機をゴブリンどもは見逃さなかった。

 

「あ゛あ゛あ゛!!」

 

 松明の届かないゴブリンどもの群体の中で、剣士の悲鳴にも満たない断末魔のような呻きが洞窟の中に響いてくる。明らかにモンスターにやられるような悲鳴じゃない、嬲り殺しの殺し方だ。暗い中でも剣士の凄惨な様子が目に浮かびそうなほどだ。

 

「でい!」

「ゴッドブロー!!」

 

 俺とアクアがゴブリンたちの囲みに攻撃して隙間をつくり、剣士の腕が見えた。わずかな隙をついて剣士の腕を引いて、囲みから引きずり出した。

 

「うぅ」

 

 一瞬吐きそうになった。剣士の完全に顔が腫れて、四肢はこん棒や短剣で殴られ、突き刺され、皮膚が原形をとどめないほどズタズタに裂かれていた。先ほどの元気余る表情が今の状態では思い出せないようなひどい状態だ。なんだよこれ、いくら何でもやることが残虐すぎるだろ。ゲームで言うならバイオハザードレベルのR指定レベルじゃねーか。

 

「……えっ」

 

 隣で戦っていた女武闘家の威勢のある声が、ろうそくの火が突然吹き消されたかのように消え去った。恐る恐る脇を見ると、明らかに二メートル半はゆうに超えるモンスターが女武闘家の回し蹴りをくらわしていた脚を、片手で受け止めた。

 

「で、でけぇ」

 

 オーク? いや、ホブゴブリンか? 新人とはいえ武闘家の回し蹴りを受け止めるとか、絶対に強モンスターだろ。

 俺の悪い予感はまだまだ続いていた。ホブゴブリンはそのまま手を握り締め、ベキベキと女武闘家の脚の大腿骨を粉砕した。女武闘家は苦悶の表情を浮かべるとホブゴブリンはそれを喜ぶかのようにニヤつき、脚をつかんだまま振り回して女武闘家を洞窟の壁に叩きつけた。それはモンスターとただの人間の力の差を見せつけられるかのようなありさまだった。

 骨を砕かれ、壁に体を打ち付けられて身動きが取れない女武闘家をこれ見よがしとゴブリンどもが小石を投げつけ、追い打ちをかけた。なんだこいつら、必要以上にいたぶりやがって……まるで弱い者いじめを楽しんでいる近所の悪ガキみたいじゃないか。

 そして一匹のゴブリンがビリビリと音を立てて女武闘家の服を爪で引き裂いた。女武闘家の服の下に隠していた素肌が見えるとゴブリンたちは一層危険な雰囲気を醸し出した。おいおいまさか嘘だろおい! まるでエロ同人誌の凌辱シーンのようなことが目の前で起き始めようとしていた。そして、今度は腰布にその醜悪な手が伸びた。

 

「待てっゴブリンども! その子を離せ、私が相手になってやる」

「ダクネスさん、逃げて」

「そんなこと……できるか!」

 

 ダクネスが叫びを上げながら、女武闘家を囲むゴブリンどもの中に飛び込んでいった。ゴブリンどもはしめしめと舌なめずりをしてダクネスに飛びかかる。あっという間に何十匹ものゴブリンがダクネスの鎧に飛びつき、鎧を引きはがそうと爪を立てた。

 

「しゅごいぞカズマ。ここのゴブリンたち、本気で私を辱めようとしている! こんなの初めてだ!!」

「ダクネス、今助けるからな!」

「構うな! こんな理想のシチュエーションを目の前にして引きはがすなんてもったいない」

 

 そうだ、今ダクネスが必死に女武闘家を助けようと……今なんて言った?

 

「ハハハ、どうした。もっとかかってこい!」

「ダ、ダクネスさん。お願い、早く……逃げて」

「いやだ。そんなこと、できるか!」

 

 …………あーいつものだ。いつものドMで前に出ただけか。しかもゴブリンども、ダクネスの鎧に阻まれているわ、鎧の隙間から見えている服は破れても筋肉に阻まれて女武闘家のように組み伏すこととまではできていないようだ。

 よし、放っておこう。

 

「アクア! この馬鹿剣士を連れて逃げるんだ!」

「うぁ、グロ。でもこのくらい、女神の回復魔法なめんじゃないわよ」

 

 俺が剣士をアクアに託すと、ホブゴブリンの脚の隙をスライディングですり抜け、女武闘家の周りに残っているゴブリン数匹を切って伏せた。幸いにもまだ大事には至っていないようだ。ゴブリンたちがダクネスに気が向いているうちに、俺は女武闘家を背負って退却を始める。

 

「ダクネス、本当にヤバくなったらすぐに逃げるんだぞ! お前の筋肉でもホブゴブリンに耐えれるか怪しいからな」

「むしろ本望だ!」

 

 そう言いつつも、しっかりとダクネスはゴブリンを自慢の筋力で数匹振り払い、壁に打ち付けてノックアウトにしていた。ゴブリンの頭から噴き出ている血の量からして、完全に死んでいるなこりゃ。

 

 

 △▼△▼△▼

 

 

 這う這うの体で戦闘不能状態になった剣士たちパーティを引きずって元来た道を戻っていく。だがやはり負傷者を抱えているということもあって体が重く、早く走れない。誰か一人でも自由に動ける奴がいれば……

 

「カズマ、カズマ!!」

 

 洞窟の入り口の方からめぐみんの声が響き渡ってきた。そうか、俺たちの危機を察して助けに来てくれたのか。この際だ、いっそ爆裂魔法でゴブリンどもを吹き飛ばしてしまおう。最悪ダクネスは爆裂魔法でもなんとかなるしな。

 

「助けてください!! 戻ってきたゴブリンに追われているんです!!」

「なんでお前まで危機に陥っているんだよ!!」

 

 おいおい、冗談だろ。前からも後ろからもゴブリンって。つか、なんで俺たちゴブリンで苦戦しているんだよ。

ゴブリンは最弱のモンスターじゃないのかよ。

 

「いやあああ!」

 

 洞窟の出口の方から女神官ちゃんの悲鳴がまた上がった。まさか、嘘だろ……



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このゴブリンたちに引導を!

 不運とはどうしてこうも立て続けに起こるのだろうか。めぐみんが引き連れてきたゴブリンの集団――わずかに三匹程度が、先に退却させていた女神官ちゃんたちと鉢合わせをしてしまってた。神官ちゃんの肩にはゴブリンが発射したであろう弓矢が突き刺さり純白の法衣をドス黒く染め上げている。めぐみんが必死に杖でゴブリンどもを近づかせないように振って抵抗するが接近戦でめぐみんに勝ち目はないだろう。

 ゴブリンどももそれを見抜いているかのように、黄色い目を光らせてめぐみんらに何も恐れることもなく悠々と迫ってくる。

 

「い、いと慈悲深き地母神よ……どうか……」

 

 すでに神官ちゃんは背負っていた女魔術師を地面にこぼししていて、恐怖のあまりか失禁を起こしている。

 まずいまずいまずい! こっちもただでさえ手負いを二人も抱えているのに、このままじゃあいつら……

 

「カズマさん、めぐみんが襲われているわよ!」

「わかってる!」

 

 めぐみんと俺たちの距離は今いる場所から、仮に手負いの剣士たちを置いて走っても、間に合わない。

 考えろ、考えろサトウ・カズマ。遠距離ならアクアのクリエイトウォーターと俺のフリーズでゴブリンの足を凍らせられるか? いや回数に制限があるこの世界だと、足止めができるほどの魔法が使えるのか? じゃあ、手持ちにある弓の狙撃で? いやスキル技のスティールが発動しなかったこの世界で狙撃スキルが発動できるのか? めぐみんや神官ちゃんに最悪弓が当たるかもしれない。

 くそっ、もうちょっとこの世界での魔法やスキルの発動とかを検証すればよかった……

 

「あたしが……囮になるから」

「そんな体で囮になったら、あいつらが何するかわからねぇぞ!」

 

 肩を借りさせていた女武闘家が自ら囮になる申し出を即座に却下した。片足を砕かれているのに加え、先ほどゴブリンどもが女武闘家にしようとしていたことは明らかに敵を倒すという範疇から脱っそうとしていた。そんなうちのクルセイダーか凌辱系エロ本しか喜べない展開なんて起こしてたまるか。

 

「カズマ! もうここで爆裂魔法使っていいですよね。ええそうでしょうぶっ飛ばしましょう!!」

「早まるな!! ここで爆裂魔法をぶち込んだら俺たちまで吹っ飛ぶぞ!」

「死なばもろとも!」

 

 だめだ! めぐみんがパニックのあまり頭に血が上っている! 敵も味方も脅威になるだなんて、なんてことだ! こっちの世界に来てからろくな目に会わない。神よどうして俺がかっちょよく活躍できる世界に転移させてくれないのですか!! 隣の女神含めたすべての神様に、恨み僻みの祈りを心の中で念じた。

 

――ドシュ。

 刃物が肉を鈍くえぐる音が反響した。だがその音の源泉はめぐみんでも、神官ちゃんでもない。重傷を負っていた女魔術師からであるが、彼女からでなく服を破き、その柔肌に醜い食指が伸びかけていたゴブリンからだ。ゴブリンは何が起きたのか知らないまま、醜悪な笑みを浮かべて幸せそうに頭部をナイフで貫かれて絶命していた。

 ナイフは洞窟の出口の方から出てきた。全員がそれが来た方向を向いた。暗然たる洞窟の中に浮かんだ松明の炎があり、その肩には鉄兜が乗せられていた。むろんアンデッドの類ではない、それならばアクアが剣士を投げ捨てででも『ターンアンデッド』をぶちかますはずだ。

 仲間をやられたからなのか、一体のゴブリンが手元に忍ばせていたナイフを持って鉄兜に飛び掛かる。だがゴブリンの襲撃は鉄兜の持っていた盾によって阻まれて、そのまま岩壁に押し付けられて片手剣で首元を刺し殺された。これだけでも十分のはずだが、鉄兜は松明の火をゴブリンの顔面に押しつけた。もうゴブリンには絶命の声すら上がらなかった。

 

 えげつない、オーバーキルだろあれ。しかし、これなら……

 いつの間にか、追い詰められたと思っていたのが取り囲まれたゴブリンが右往左往しているのをめぐみんは逃さず、杖でゴブリンの脳天をぶっ叩き地面に伏せさせる。

 

「うおりゃ!!」

「ナイスめぐみん!」

 

 当たってくれ! その祈りを込めて動けなくなったゴブリンに向けて矢を射た。見事祈り届いたのか、こっちの世界でも高い幸運が働いてくれたのか、ゴブリンの額のあたりに矢が突き刺さってくれた。

 

「まだだ」  

 

 鉄兜の間から若い男の声が漏れだした。この言葉の後に鉄兜は真一文字に片手剣を振り下ろし、確実に心臓を仕留めた。

 ようやく混乱も、脅威も去って俺たちを救った鉄兜の男を見ると、かなり粗末な防具だなと印象を持った。俺も人のことを言えないが、全身を汚れた防具で身を包み素肌が一切見えない装備だ。

 

「いや助かった。あのままだとウチの爆裂魔法使いが自滅で洞窟ごと崩すところだったぜ」

「カズマがもっと早く私を助けてくれなかったのが悪いじゃないですか!」

「うるせぇ! こっちもヤバイところだったんだよ!」

「ふ、二人とも。け、けんかはやめてください……あの……あなたは」

 

 ゆらめく松明を映写機のようにその鎧の全身を洞窟内に映し出すと、男は静かにつぶやいた。

 

「………ゴブリンスレイヤーだ」

 

 鎧の男が自分の名前を明かした後、弓を放った際にいったん肩から降りた女武闘家が粉砕された右足を引きずって女神官ちゃんの下に近寄った。女魔術師はさっきよりも重傷で、口から吐血して腹からも血があふれ続けている。

 

「神官ちゃん、癒しの奇跡でその子のけがを治して。今なら大丈夫のはず」

「それが。癒しの奇跡でも治らないのです」

 

 女武闘家の青ざめる顔。それを見てゴブスレさんが深手の女魔術師に近寄る。

 

「もうだめだ。ゴブリンが剣に仕込んだ糞尿の毒が回っている。助からない」

「そんな!」

 

 淡々とした口調から告げられた言葉に、二人は悲痛な声を上げるとゴブスレさんの松明が一瞬揺らめいた。――その陰惨な雰囲気を帳消しにするようにアクアが能天気に女魔術師の腹に刺さっていた短剣を抜くまでは。

 

「そんなもの、私がちょちょいのちょいで治せるわよ。あ、このナイフ危ないわねポイ」

「グヘェ!」

 

 おい! そんな適当にナイフを引っこ抜くんじゃねえ!

 

「無理だ。楽にさせたほうが良い」

「女神の力を信じていないってわけね。いいわよ。治ったらあなたアクシズ教に入信しなさい! 《ヒール》!」

 

 アクアが回復魔法を詠唱するとみるみるうちに女魔術師の傷口はふさがり、後にはゴブリンによって引き裂かれて半分素肌が露出して己の血で染色された魔術師の服が残った。もうどこにも彼女が先ほど声も発せないほどの重症患者であったことがその残骸からでしかわからない。

 

「……!」

「傷が」

「そんな、私の祈りでも治らなかったのに。あなたは、いっ!」

「はいはい、先に矢を抜いてから。私は女神なのよ、私の辞書に不可能はないの。剣士もさっききれいさっぱり治したんだから。ほらほら、カズマさんどうよ。私はこっちでも女神の力は健在よ。いいのよ、お礼は今晩こっちの世界のしゅわしゅわを私の腹が許すかぎり奢るぐらいで済ませてあげるから」

「今、あいつがなんだって?」

 

 剣士の名前が飛び出ると、ざっざと後ろから足音が聞こえてくる。それは先ほどまでゴブリンに八つ裂きにされたはずの剣士が、そんなことはなかったかのように自分の脚で歩いている音だった。

 

「……よう」

「へ? い、生きて。だ、だってさっきゴブリンたちにぐちゃぐちゃにされて」

「そんなもの、私の回復魔法でなんとでもなるわよ」

「そんなに何回も奇跡や魔法を起こしましたらアクアさんの体に悲鳴が……」

「ないない、私は女神なのよ。神様なのよ。神様が自分の魔法に制限をかけるなんてそんな縛りプレイなんて好き好んでしないわよ」

 

 おおそうか、こっちでもアクアの回復魔法は通用するのか。これなら俺が死んでも回数に制限があっても大丈夫そう…………ちょっとまて。

 

「……おいアクア。お前今、自分の魔法に制限はないといったよな」

「言ったわよ」

「ギルドで出した《クリエイトウォーター》以外で一体どこで試した?」

「え~と、カズマさんがクエスト依頼の張り紙を見ている間に、《宴会芸》スキルの確認をしたわ。あと道中も宴会芸の練習を二回して。カズマさんと分かれた後、喉が渇いたから魔法で水を出して剣士たちにもふるまって四回《クリエイトウォーター》して……」

 

 …………お前なぁ、回数に支障が出ていないなら先に言えよ!! こっちはお前の魔法の制限を考慮してで一つ策をつぶしたんだぞ。必死に心配して策を考えた時間返しやがれ!!

 

「ダクネスさん……ダクネスさんが奥で、あたしの身代わりにゴブリンたちを引き付けて!」

「……そいつは女か?」

「ええまぁ。体は立派な女でございます」

 

 中身はとんでもないドMでございますが。

 

「ならとりあえずは無事だろう。俺は奥へ行って仲間を救出して、ゴブリンを殺す」

「あの~ダクネスなら大丈夫だと思いますが、回収ついでにお伴願いできますでしょうか」

「………別にいい」

 

 少々腰を低くして頼み込むとゴブスレさんはあっさりと承諾してくれた。よし、この人ならたぶん剣士たちよりも明らかに手練れだ。ダクネスを回収してあわよくばクエスト達成だ。

 

「よし、剣士たちのパーティは一旦洞窟から離脱してくれ。回復魔法をかけているが、まだ身動きが取れないだろうからな」

「あの、カズマさん、ゴブリンスレイヤーさん。私も一緒に行きます。ダクネスさんが心配で、私もできることがあると思うので」

 

 突然女神官ちゃんが一緒について行くと言ってきた。先ほどアクアが治したばかりの肩には、まだどす黒い血がこびりついている。

 

「いや、君もけがをしていたことなんだから剣士たちのパーティと一緒に戻った方が」

「それでも!」

 

 女神官ちゃんの青い目が真っすぐ見つめられて、その瞳の中に俺が映った。ぎゅっと、手に持っている錫杖がその意志の強さの表れを映している。

 ああ、やっぱりこの子は女神の生まれ変わりだ。横の女神は偽物だといったアクシズ教団の言葉が今真実になった。あの異常勧誘宗教団体に初めて同意してしまうだなんてなぁ。

 

 女武闘家も粉砕された右足をアクアに治してもらい、まだ目覚めない女魔術師を担ぎ、剣士が先に戻ると女武闘家が俺たちに振り返り、

 

「カズマさん。神官ちゃん。ゴブリンスレイヤーさん。ダクネスさんをお願いします」

 

 と軽く一礼して出口へ戻っていった。

 さて、俺たちもダクネスを回収しに行くか。と足を一歩踏み込んだ時、俺の服をめぐみんが指でつまんでいた。

 

「なんだめぐみん。お前はついてこなくてもいいんだぞ。洞窟の中では役立たずだって自分で言ったじゃないか」

「いえ、またカズマがゴブリンに襲われそうになると危ないと思いますので。これは、パーティを心配してという意味であり、私が心細いとか襲われるのが怖いとかでは決してないので」

「はいはい、じゃあついて来いよ最強の爆裂魔法使いさん」

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

「うぅ、鉄臭い匂いがします」

 

 めぐみんがうんざりとした表情で歩いている。ゴブスレさんより、ゴブリンは女の匂いに敏感――特にしょんべんの匂いが好物というのでゴブリンの血をぶっかけられた。なおアクアは「女神が穢れたモンスターの血を浴びるなんて論外よ」と血をかけられる前に浄化してしまい。ゴブスレさんは「仕方ない」と断念してしまった。

 すでに心が穢れているくせに。

 

 だいぶ進んでいた洞窟の所まで戻ると、そこには血みどろの現場だった。ダクネスの周囲には、ぐちゃぐちゃになったゴブリンの死体が散乱し、その本人は鎧の間の服があちこち破れているまま直立不動の仁王立ちで立っていた。

 いの一番に女神官ちゃんがダクネスにかけより、その身を案じた。

 

「ダクネスさん! どうか、目を覚ましてください!」

 

 女神官ちゃんの呼びかけにダクネスは応じない。……まさか、そんなはず。いやでもこの世界なら……

 緊張が走る。もしかして、ダクネスのアダマンタイト級の防御力もこの世界のルールで力をなくしてしまったのかもしれない不安がよぎった。

 そして俺がダクネスの顔をのぞくと、そこには――

 

 

 

 なんとも幸せそうに恍惚の笑みを浮かべて顔を紅潮させているダクネスの顔があった。うん問題ない、ただ欲情による興奮が限界突破しただけだ。

 

「おい、目を覚ませダクネス。もうゴブリンはお前のアダマンタイトの筋肉でみんな叩き潰されているぞ」

「なっ!? お、乙女になんてことを言うんだカズマ」

「もう……大丈夫ですから。ダクネスさん。もう大丈夫ですよ」

「や、や、止めてくれ、そんな慈悲深い目で私を見ないでくれ。私が求めるのはそんな温かい視線じゃない」

 

 さすがのドMの騎士様も神官ちゃんの包み込む優しさには無力のようだ。そして、後ろからゴブスレさんが、しげしげと鉄兜の奥からダクネスの状態を見ていたが、手練れの目からしてもダクネスに異常はないようだ。頭以外は。

 

「ゴブリンたちにやられてはいないようだな」

「ああ。あれはすごかった。あの大きなゴブリンが必死に私を組み伏せ、ゴブリンどもの巣穴に引きずり込もうと奮闘したが、残念ながら少し抵抗の姿勢を見せたらと少し力を入れたら飛んで行ってしまってな。……くそっあと少しだったのに」

 

 はは、こやつめ。いいよるわ。会話だけなら必死に奮闘して仕留めそこなったように聞こえるが、本性知っている側からすればもう少しで悲願のくっ殺展開ができずに終わったにしか聞こえない。

 

「行くぞ。まだゴブリンがいる」

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 だいぶ奥の行き止まりまで来ると一本の長い横道があった。ゴブスレさん曰く、どうやらここにゴブリンの本隊がいて、ホブゴブリンはおそらく手負いであるが死んではないとのことだ。

 

「ホブをおびき寄せる、が先にシャーマンがいる。シャーマンを殺すのに目くらましの《聖光(ホーリーライト)》が使える神官の彼女が必要だ」

「なら、俺らはここで罠と待ち伏せだ。あのホブゴブリンの図体なら足を引っかけて転ばせて仕留められる。で、アクアは神官ちゃんがすぐに戻れるように背負って」

「ちょっと、なんで私がこの子を背負わなきゃいけないのよ。だいたい水の女神が、よその神を信仰している子をおぶるなんてアクシズ教に示しがつかないじゃない」

「いいかアクア、これは女神であるアクアでしかできないんだ。こっちの世界ではお前のアクシズ教がぜんぜん知られていない。だからここでその恩を売って、水の女神アクア様とアクシズ教の懐の深さを神官ちゃんを通じて知ってもらいさえすれば、お供え物を持ってくるはずだ。お前の大好きなしゅわしゅわとか………な」

「なるほど。いいわよ、水の女神アクア様はエリス教以外は寛容であることを見せてあげるわ」

 

 へっ、ちょろいもんだ。

 こうしてゴブスレさん、神官ちゃん、そして厄介払いで追い払ったアクアがゴブリンの本隊がいる奥へと入っていった。

 

「カズマ、別にアクアを向かわせる必要はなかったのでは?」

「めぐみん静かに………ダクネス後ろだ!」

「待ってたぞ!」

 

 気配を消して物陰に伏せていた三匹のゴブリンどもが一斉に飛び出して襲い掛かるが、親友に再会をしたかのようにダクネスが喜んで受け止めてた。残念だったな、このカズマさんは他にゴブリンが潜んでそうな横穴がないか注意深く観察していたのだよ。そしたら、《敵感知》スキルが発動できてその存在を見つけられた。

 もし、何も知らないアクアがあのまま待機していたら絶対でかい悲鳴を上げて、ホブゴブリンに俺たちが伏せていることがバレて失敗してしまいかねない。

 ゴブリンどもがダクネスに気を取られている隙に、こっそりと背中から一突き、これをあと二回作業のように刺し殺した。 

 

「ふんっ、そんな簡単に奇襲ができると思うなよ」

「さっきまでゴブリンの殿をしていたダクネスに、またゴブリンの楯をさせるなんて、鬼畜です」

「私はもうちょっと味わいたかったのだがな」

 

 めぐみんの言葉は無視して、後はゴブスレさんたちを待つだけだ。

 それはすぐに来た。駄女神の叫び声と共に。

 

「もうやだぁ!! ゴブリンに襲われるのは嫌あああ!」

 

 来やがった! 横穴の陰で俺はじっと息をひそめ、剣を構えた。

 そしてゴブスレさんがロープを飛び越えると、見事仕掛けたロープに足が引っ掛かった。

 アクアが。

 

「何やってんだてめえはよおおーー!!」

「だってこんなところにロープがあるなんて聞いてないわよ!!」

 

 ほら見ろ、お前が引っ掛かったせいでホブゴブリンたちが急停止してしまったじゃねえか!!

 作戦が失敗してしまったと見るやゴブスレさんがホブゴブリンに向けて黒い液体の入った小瓶を投げつけた。瓶がホブゴブリンに当たるとホブだけでなく一緒についてきたゴブリンどもにもドロッと粘ついた揮発性のある臭い液体が飛び散った。もしかしてあの液体は………

 

「発動してくれよ。《ティンダー》!」

 

 今度ばかりは祈りは通じ、小さな火が黒い液体にまみれたホブゴブリンに当たると小さな火はあっという間にホブゴブリンを包み込こんだ。

 やはりあれは、石油か! たしかRPGではだいたい『燃える水』という名前で貴重品アイテム扱いされて交換品やコレクションアイテムになるはずだが、ゴブリン相手に使うだなんて一体どういう神経なんだ?

 

 身悶えながら燃え盛るホブゴブリンに対してゴブスレさんは、ホブゴブリンの胸を一刺ししたあと、まだ燃えていない腹をひと蹴りして倒し、後ろにいたゴブリンたちを巻き込んで延焼させた。

 その様子を、神官ちゃんを地面に降ろしたばかりのアクアが声高に図々しく燃えるゴブリンたちを見て言った。

 

「ふん、図体のわりに大したことなかったわね」

「おうそうだな。どっかの駄女神さまが仕掛けたロープに引っ掛からなければもっと楽に倒せたけどな。ほら早く消火しろよ」

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 村娘たちに被害が及ばないように砂や土で消火した後、ゴブスレさんと俺が先頭に立ってようやくゴブリンの巣穴の最奥にたどり着く。やれやれ、やっと村娘の救出任務完了だ。たぶん檻の中とかだろうがそこはダクネスの馬鹿力でこじ開ければなんとかなるだろう。

 そんな考えをしながら中を見て――絶句した。

 

 やべーぞレ〇プだ! しかもガチの奴の!! 

 それはもう筆舌に尽くしがたく、言葉に表すことができるなら凌辱系エロ漫画からエロさをなくすほどで、村娘たちが悲惨な状態になって横たわっているぐらいしか言えない。

 

「ちょっと待った。ここから先は男だけで進むからお前らは洞窟の外のあいつらの所に戻ってくれ」

「なによカズマさん。あなた真の男女平等主義者じゃないの?」

「あとは村娘たちを救出するだけですよ。なにをためらっているのですか」

 

 ダメー! 確かに俺は真の男女平等主義者であるが、今回ばかりは撤回だ。こんな場面を女どもに見せたら一生のトラウマもんだぞ。特にまだガキのめぐみんと清純可憐な神官ちゃんにはあんなの見せたら――

 と、俺の必死の抵抗もダクネスに羽交い締めされて、女どもがゴブリンどもの凄惨な現場に何も知らずに入っていく。

 

「おい待て! 行くな! めぐみんには刺激が――」

「何を言っているのですかカズ――っ!!」

 

 俺の名前を言う前にめぐみんが声を失い、倒れた。だから言わんこっちゃない。ダクネスが慌てて気を失っためぐみんを介抱しに、飛び出した。

 そして神官ちゃんはというと、「もう大丈夫ですよ」と凌辱されて見るに堪えない状態になったどこの誰とも知れない村娘を優しい声で慰めている。

 

 ……ああ、神官ちゃん。あなたはどこまで優しく慈悲深いのだろう。正当なヒロインもしくは女神とはまさに彼女のことを言う。決してアホで飲んだくれで借金をつくったりする宴会芸スキルが得意な水色の髪の女が女神であるはずがない。

 

 ゴブスレさんは、ゴブリンの死体をまたぐと奥の骨でつくられた椅子を一蹴し、その最奥にある扉をこじ開けた。俺も一緒にその奥の部屋をのぞくと、中にはゴブリンの子供が六匹ほど身を寄せ合って壁際にうずくまっていた。

 ゴブスレさんは、ズンと身を屈めながら部屋に入り、すでにゴブリンの血で染まったナイフを取り出して構えた。すると、俺の後ろから神官ちゃんの待ったをかける可憐な声が小部屋に響いた。

 

「待ってください。この子たちは何もしていない子供です。たとえゴブリンでもいいゴブリンになるかもしれません」

「中には居るかもしれないな。……だが、姿を見せないやつだけが良いゴブリンだ」

「違うわゴブスレさん。良いゴブリンとはね」

 

 アクアがゴブリンスレイヤーを押しのけて奥の小部屋に入り、子ゴブリンに手を差し伸べる。ああそうだよな。いくら傲慢で自分勝手で我がままでもやっぱ女神だもんな。ゴブリン相手でも慈悲の心はあるんだな。

 子ゴブリンが恐る恐る震える手で、アクアの差し伸べた手に手を伸ばそうとする。

 

「ゴッドレクイエム!!」

「グギャ!!」

 

 そんなことはなかった。アクアが手を握りこぶしに変えて、目の前の哀れな子ゴブリンをその技で一撃粉砕してしまった。

 

「良いゴブリンは、死んだゴブリンだけよ!! 女神を犯そうだなんて上等じゃない!! 子々孫々根絶やしよ!!」

「なるほど」

「なるほどじゃねっー! ゴブスレさんも同意すんな!!」

 

 今度は女神ではなく、隣の血だらけの鎧の男が同類と殺気を感じた子ゴブリンたちは、いっせいに悲鳴を上げて土壁にもがき縋り付いて這う這うの体で逃げ出そうとしている。しかし、ゴブリンスレイヤーはそれに憐みの感情を一切見せず粗末な短剣で一匹ずつ殺処分していく。

 しかし、それでもまだましな方だろう。なぜなら、もう一人の女神の姿をした悪魔は、指をポキポキ鳴らして気迫を纏いながらゴッドレクイエムで一匹ずつなぶり殺しにしていく。やはりこいつに女神という風貌は感じられない。散々追いかけまわされた鬱憤を何も抵抗できない子供相手に発散させようとする姿は、小者の所業にしか見えない。

 

「ひ、ひどい。あんまりです」

 

 二人の所業についに女神官ちゃんが泣き出してしまった。ごめんね女神官ちゃん。こいつ女神ですけど、信仰に値するほど高潔じゃないんです。きっと君の方が、「私が女神です」と言ったら俺はすぐにひざを折って手を合わせて祈りを捧げてしまうよ。

 

 全身に鎧を纏った男と駄女神が、小さな羽虫を殺すように子供のゴブリンを肉塊にして処分してく惨劇の上塗りから目を背けて、泣き腫らす女神官ちゃんを引き連れて焦燥しきって穢された村娘たちとショックで倒れためぐみんを介抱しているダクネスを手伝いに行く。

 

「……カズマこういうのもなんだが。ゴブリンどもの所業を見た後だと、カズマの鬼畜さが可愛く見えてしまった」

 

 ダクネスの余計な一言が村娘たちに聞き及んでしまい、俺の手が伸びようとすると全員一斉に壁際に避けて逃げ込んでしまった。

 もうやだこの世界。

 

「……くそぅ。この残酷な世界から早く脱出しないと、死ぬよりも恐ろしいことになりそうだ」



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この無茶ぶりクエストに成功を!

 得物を振る。得物を振り続ける。一体いつまでこの作業をしなければならないだろうか。

 助けてくれ、アクア。目の前のこいつという呪縛にいつまで俺はこびりつかなければならないのだろうか。もう途方もないこの作業から俺を解放してくれ………!!

 

「おい新人! まだそれ砕けねえのか!!」

「はい! もうちょっとでこの岩砕けますので」

 

 俺は工事現場でつるはしを振って地面の下にある巨大な岩塊を一心不乱に叩いていた。あまりにも固くそれを発見してからつるはしで割るまでには日が朱に染まっていた。

 無事ゴブスレさんのおかげでクエストを達成した俺たちであったが、あの惨状で村娘の故郷でお礼をなんてできるはずもなく。クエスト報酬をゴブスレさんと剣士たちで三等分して受け取った。

 

 アクアは分け前が減ると駄々をこねたが、ゴブスレさんと神官ちゃんのアシストがいなければクエストは達成できなかったと抑え込んだ。半分の理由としては、個人的に素敵な女神様である神官ちゃんが報酬なしというのは心苦しかったのがそれであるが。

 

 むろん当初より少ない報酬で得られた額は満足のいくものではない。

 クエスト帰りの後、もうモンスター退治のクエストはこりごりで、ギルドを仲介して工事現場で働くことになった。これでゴブリン退治の報酬の半分にも満たないというのだから泣けてくる。

 余談であるが、アクアも同じく俺がいる工事現場で働いているが、元の世界でも工事現場の女神様と称されたアクアはこっちでも大人気で、お得意の宴会芸スキルによる無限に出てくる飲料水を提供したり、水操作によるコンクリートの乾燥が上手かったりと現場のおっちゃん達から大絶賛である。

 

 

 

 凌辱された村娘たちは『神殿』に送られて行った。この世界ではこんなことが日常茶飯事だという。冒険者が初めてのクエストでゴブリン退治に出て、男は殺され、女は慰み物にされて神殿送りかそのショックで引きこもりになるということが……

 このクエストを受けたことで俺はこの世界の大事なことを知ることができた。

 

――――この世界は元の世界よりも残酷でろくでもなく、決して俺がかっこよく活躍できる世界ではないということに。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

「は~あ、帰ったら、屋敷のふかふかベッドじゃなくて馬小屋か……なんでここまでリスタートしなきゃなんないんだ」

「カズマさんの稼ぎが悪いからでしょ。ほらシーツ引っ張りなさい、私の寝る領域が狭くなるでしょ」

「へいへい」

 

 結局今晩寝るところは、最初の時と同じく馬小屋。最初の時と変わらず下は薄く敷かれた(わら)と獣臭いにおいでいっぱいだ。少し異なるのは、隣の部屋(馬小屋)にはめぐみんとダクネスがいるということだ。

 

「こっち来ないでくださいよ。来たらダクネスの鉄拳を喰らわしますからね」

「誰がお前のような子ども体型を覗くか、お前のことは女として見ていないからな」

「ほほう、そうですか。でも今の私の体型とそんな変わらないあの神官には、えらくデレデレしてましたよねカズマ」

 

 板一枚はさんだ向こうから、めぐみんの静かな怒気のこもった声が聞こえてくる。

 

「……マサカ、ソンナコトナイデスヨ」

「炎より焔に、闇より陰に、我が創世の――」

「ごめんなさい、ごめんなさい! お願いですから心臓に悪いですから爆裂魔法だけはおやめください!」

 

 一応壁向こうにいるあいつの爆裂魔法は、元の世界のときと何ら変わらなく一発しか打てず、すでに本日の分を帰りに一発ぶっ放して完全消耗している。とはいえ、こいつの爆裂魔法が万が一こっちの世界で何かの間違いで二発目をぶちかましてしまったら、今日の宿がなくなるだけでは済まなくなる。

 

「ふんっ、私だって将来的にゆんゆんが泣いて枕に埋もれるほどのナイスバディ体型になれますよ。それにあのゴブリン見た目ほど強くなかったので、一匹や二匹程度でしたら、私一人で対処できますし」

「マジで?」

「当たり前です。元の世界のステータスでは、私の筋力はカズマより上です。まあ爆裂魔法を撃っていないという前提ですが」

「お前はこっちでも相変わらずだな」

「炎より焔に、闇より陰に、我が創世の――」

「だから心臓に悪いって言っているだろうが!」

 

 まためぐみんが爆裂魔法を唱える呪文を口に出してくると、めぐみんらがいる部屋とは反対側からドンドンと壁を叩く音が聞こえた。隣はたしか名前は忘れたが、新米の戦士のとこだよな。

 

「あの、もう少し静かにしてくれませんか」

「「すみません。すみません」」

 

 さすがにうるさすぎたのか、俺とめぐみんが新米戦士さんに謝ると、シーツを被った。なんかこういうやり取りも久しぶりだ。俺とアクアがアクセルの街で馬小屋生活をしていた時も、こうやって隣から怒られてたっけ。

 にしても、静かだ。残りの二人はどうしたのだろうと、体を起こして俺の隣で寝ているアクアを見ると、とっくに夢の中に入っていた。それはもう気持ちよく、久々の馬小屋泊まりだというのに涎を垂らし、イビキもかいていた。まったくのんきな奴だ。

 

 さてもう一人はと、隣にうるさくしないように軽くノックした。

 

「お~いダクネス。貧相な馬小屋で寝ているから、嬉しくて悶絶しているのか? ちょっと俺たちがバイトしていた間のことを聞きたいんだが。」

「いやそうではないのだカズマ。むしろ馬小屋で寝ることに少し憧れてな。いつもベッドの上に寝ることが常だったから、ああこれが冒険者なのだなとむしろ感慨深い。……問題はあの武闘家の娘だ」

 

 いつになくナーバスなダクネス。あのクエストの後、女武闘家がダクネスの健在ぶりを見て「私もダクネスさんみたいにどんな敵にも一歩も引かなくみんなを守れる力が欲しいです!」となんと弟子入り志願をしたのだ。

 むしろダクネスには頭の病院入りを俺としてはお勧めしたいのであるのが。しかしまあ、あの子が求めたのが体術の方面であるのは、クルセイダーという職種に就いているくせに、なんともおかしくて腹を抱えて噴き出す案件だ。

 

「よかったじゃないか。ダクネスを慕ってくれる弟子ができて」

「ああいう、尊敬の目は私は求めていない。もっと蔑みとか、ゴブリンごときにやられているなんてとか侮蔑する声を欲しいんだ。そもそも私はクルセイダーとして誇りがある。体術でなく剣を持って敵に立ち向かい、そしてモンスターに成すすべもなく倒されて辱められて……フヒヒ」

「えー、ダクネスに代わりまして、私が代わりに答えます。あのあとですね、カズマとアクアが分かれた後のことについてですね」

 

 自分の妄想にふけって興奮しているダクネスの不気味にやらしい声を押しのけて、めぐみんが代わって答えた。

 

「あの後ギルドに行って、クエストの張り紙とかを受付嬢さんに頼んでこっちの文字をある程度覚えておきました」

「マジで! 早くねえか!?」

「紅魔族の知力の高さを舐めないでください。ある程度の文字の習得程度は覚えられますよ」

 

 そう言えばダクネスも、性癖はともかくお偉い貴族様だ。素の教養とか高いから文字を覚えることなんて苦ではないのだろう。

 

「まあまだわからない言葉が多いですが、金額とかについては読めるようになりましたので」

「いや、なんか失礼な言い方だが。爆裂魔法しか使えないチンピラロリッ娘としか思ってなかっためぐみんが、この世界ではめっちゃ頼れる奴に見えてきたぜ」

「ほんと失礼ですね。とにかく明日もまたクエスト受けるのでしたら私かダクネスを呼んでください。また村娘救出とか、ゴブリンの巣穴退治はこりごりです」

「ああほんとだ。もうゴブリンなんて顔も合わせたくないぜ。じゃ、おやすみなめぐみん」

 

 と、俺がシーツを被ると「おや? 意外と素直に寝ましたね」と安心しきってバサッと隣でもシーツを被る音が聞こえた。

 ……ふっ、寝たか。あいつもまだまだ子供だな。しばらく息をひそめて寝たふりをしていた俺は、アクアのイビキがひどく耳に聞こえる中、めぐみんらが寝ている隣とを仕切っている板の隙間をのぞき意識を集中させる。

 

 やっぱり、この板の向こうのすぐそばにめぐみんがいる。工事現場のバイトをしている間に、俺は自分のスキルをいくつか試してみた。結論から言えば、俺のスキルはちゃんとこの世界でも発動できたが、発動条件が異なっていた。

 スキルの場合は元の世界のように唱えて発動ではなく、意識を集中することが発動の条件だ。今俺が発動している《千里眼》スキルは暗闇の中を目を凝らして見るように意識を集中した事によって発動したのだ。ゴブリンの巣の中で《敵感知》スキルが発動したのも注意深く見ることに集中したから発動したのだ。

 この集中するという前提条件が少し厄介だ。あの工事現場にあった岩塊の全体を《敵感知》で調べようとした時、親方に怒鳴られて失敗してしまった。つまり集中する行為に邪魔が入る可能性も考慮しないといけなくなった。

 真っ先に《宴会芸》スキルを発動できたアクアが、発動条件を俺に教えなかったのは………まあアホだからどうやって発動したのか分からなかったのだろう。

 

 それにまだすべてのスキルがこれで発動するわけではない。巣で失敗した《スティール》の発動条件がまだ見つかっていない。

 しかもこの《千里眼》も能力が少し異なっていて、元の世界ではサーモグラフィのように見えていたのだが、こっちでは遠ければ遠いほど色が薄暗くなって相手の姿が映るのだ。だがこの距離からならめぐみんのボディがばっちり見えるぜ。

 ちょうどめぐみんの貧相な体は女神官ちゃんと同等体型だから最適だ。女神官ちゃんには悪いけど、今日一日で溜まったものを、めぐみんの体を見ながら、女神官ちゃんとしている妄想をして発散するとしよう。

 少し板から目を外し、やりやすい体位に体をずらした後再び隙間を覗く。

 

「今です!」

「はああぁ!!」

「ぐふう!! うぁあ!!」

 

 突然ダクネスの拳が仕切りを突き破って俺の顔面にクリティカルした。そしてそのまま宙を飛んで、藁の上に落ちた俺は薄れゆく意識の中で隣の部屋の二人の声が聞こえた。

 

「やけに大人しくなったと思ったらこれです」

「油断ならん。明日主人に、覗き魔がいるので補強工事を嘆願しよう」

 

 まったくついていないと思いながら俺は虚空の中へ消えていった。

 その翌朝、俺の腫れた顔を朝一番に見つけたアクア曰く、殴られたはずなのにそれはもう気持ちよく眠っていたそうだ。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 翌朝、今日街に張り出されている工事現場のバイトでは、俺とアクア二人では到底日銭を稼げる金額に達せないので昨日と同じくギルドに足を運んだ。

 

「まったく昨日はひどい目にあったぜ」

「カズマの自業自得ですよ。温泉の時でもそうでしたし、昨日のゴブリンみたいに油断ならないです」

 

 俺とめぐみんが昨日のことを言い合いながらギルドに入っていくと、ホールに昨日の剣士パーティの一人の女魔術師が俺たちの顔見ると駆け寄ると、俺たちに向けて深く礼をした。

 

「昨日は、助けてくれてありがとう。今朝方目覚めて、事情はあの武闘家の子から聞いたの」

 

 なるほど、ひびの入った眼鏡と二つに折れていた杖を包帯でグルグル巻きにして補強していることがそれを物語っている。眼鏡や杖を修理する暇もないほど急いで駆け付けてきたのだろう。上から目線の物言いで少々癪に障る感じだったが、意外と義理堅いんだな。

 しかし、彼女以外には他の剣士パーティはいないようであった。

 

「……なあ、あの武闘家の子は来ていないのか?」

 

 恐る恐る、ダクネスが俺の後ろから少し顔を出して女魔術師に尋ねた。そんなに尊敬される師匠が嫌なのか? 俺たちとパーティを来る前まではクリスを除いてぼっちだったじゃねーか。

 

「彼女はあのアホ剣士に付き添っているわ」

「付き添っている?」

「昨日のゴブリンでの戦闘で生死をさまよったらしくて、その恐ろしさにもう冒険者辞めるとか辞めないとかで喚きまくってて。あの子はあのアホ剣士と同郷だからずっと昨日から慰めているそうよ」

 

 あのアホ剣士、おそらく冒険者の現実を知ったからとか言うに決まっているが、半分は自分の失態だろうが。あの女武闘家も相当なお人好しだな。もちろんそんなややこしいイベントに俺はノータッチの方針だ。変なことに自分から首を突っ込んだら碌なことがないのは元の世界で経験済みだ。

 

「神官ちゃんも一緒にそいつを慰めているのか?」

「いいえ、彼女はゴブリンスレイヤーという人と一緒に行くって言ったそうよ。なんでも、あの人一人だと危なっかしそうな感じをして放って置けない的なことを言ったそうよ。武闘家の子からの口伝えだけど」

 

 まじか~、神官ちゃん会えないのか。俺の精神の拠り所にして本物の女神と会えなくなるのか。俺が神官ちゃんと会えないのに肩を落としていると、めぐみんが女魔術師の前に出て彼女を見上げた。

 めぐみんは彼女と比べても――年が十三ということもあってか、身長が頭一つ半ぐらい低く、見上げないといけないのだ。

 

「それで、あなたは何のようでここに来たのですか? お礼を述べるだけ来たのですか?」

「ふんっ、昨日返礼として私もあなたたちのクエストを手伝いに来たのよ。分け前はいらないわ。昨日は後れを取ったけど二回も魔法を使える私は使えるわよ。そこの赤い目の魔術師と違ってね」

 

 割れた眼鏡の奥から、また女魔術師のさっきまで潜んでいた高圧的な物言いが飛び出た。もちろんこの頭のおかしいチンピラ爆裂魔法使いが、爆裂魔法を馬鹿にされて怒らないはずもなく、持っている杖を震えさせるほどに逆上しているのは目に見えていた。

 

「ほっほぅ~、それは私の爆裂魔法を馬鹿にしているということと受け取ってよいのですよね」

「そんな聞いたこともない変な魔法に変なこだわりを持っているようだけど、たったの一回でしか使えないんじゃカズマたちの足手まといになるんじゃないの?」

 

 まあ当たってます。この世界の魔法は制限があるそうだが、一発撃ったらそれでおしまいだと足手まとい認定はどこの世界でも同じなんだな。

 

「ぐぬぬ、だったら今回のクエストで私の爆裂魔法のすごさをあなたの目の前で見せてやろうじゃないですか!! 爆裂魔法の威力を見て、申し訳ございませんでしたと土下座して謝るのです!!」

「まあいいけど。土下座がよくわからないけど、たったの一回で私に謝罪させることができるほどの魔法か見せてもらおうじゃない」

 

 そう言えば、こっちの世界での爆裂魔法の地位ってどんなものなんだ? 昨日は村娘たちを神殿に送りに行ったゴブスレさんたちを見送った後に、めぐみんがゴブリンたちへの仕返しにと巣穴だった洞窟を爆裂魔法で崩落させたから他の現地の人視点からの所感が分んなかったからな。まあめぐみんの爆裂魔法がどれほどなのか、現地民の魔法使いの意見を聞くためなら同行させるのはいいな。

 

「はいはい、いがみ合っていないで早くクエストを受けて今日の晩御飯と宿を豪華にしなくちゃ。クエスト持ってきたわよ」

 

 アクアが気を利かせてたのか、ギルドに張り出されていた一枚のクエスト依頼書の紙を持ってきた。もちろん俺は読めないので、昨日の夜言われた通り、めぐみんとダクネスにそのクエストの内容を読み上げてもらった。

 

「何々、報酬が銀貨八枚と銅貨三枚。金額としてはなかなかですね」

「やった。これで今晩はふかふかのベッドにしゅわしゅわ飲み放題よ!」

 

 まったく気が早いものだとアクアが嬉々として報酬内容に舞い上がっているのを見守るが、内心俺もこの時ばかりはアクアに同意だ。今まで温かい屋敷のソファやベッドで寝ていたのが、急に馬小屋生活に戻ったおかげで体の節々が痛いのだ。人間一度慣れた生活を送ると、その生活に戻りたいと固執してしまいランクを下げた生活は苦痛しか感じないのだ。

 すると、女魔術師がめぐみんからクエスト依頼書を取り上げてその内容を読み上げた。

 

「ちょっと見せて……ってこれまたゴブリン退治じゃない! しかも昨日と同じ村娘の救出」

「なんだって?」

 

 女魔術師によると、山菜を取りに行った依頼主の村長の娘がゴブリンに連れ去られ、冒険者からの目撃情報により依頼を出したとのこと。しかしその場所が、森人が放棄した山砦をゴブリンの根城にしているためどこに村娘がいるのかやゴブリンの規模も不明とのことだ。

 しかも、女魔術師曰く森人の山砦となれば警戒のために罠が幾重にも張られている可能性が高いという。そんな背景があるから、少しでも高額にして冒険者を集めようとしたのだろうということだ。

 

「却下だ。昨日文字通り死ぬほどの目にあったのに、ゴブリン退治をするなんてまっぴらごめんだ」

「えーっ、もうクエスト依頼済ませてきたのに……」

「何勝手にクエスト受けているんだ!! 取り消しだ取り消し!!」

 

 俺は依頼書を携えて、クエストを取り消すため受付カウンターに一人で向かった。クエストを受けた本人は、また読めもしないのに碌でもないクエストを受けそうだし置いてきた。

 カウンターの前に着くと、少しタイミングが悪かったのか受付嬢さんがカウンターから離れていたので、奥にいるかもと受付嬢さんを呼んだ。

 

「受付嬢さんすみませーん」

「少年、君もクエストを受けるのか?」

 

 俺が受付嬢さんを呼んだ直後、背後から凛とした女性の声が聞こえた。振り返るとダクネスにも負けず劣らずのセミロングヘアと釣り目が特徴的な美女がそこにいた。肢体は腹筋が割れているダクネスと異なり、柔らかな脂肪に包まれた筋肉で肌は色つやがあり、身に着けている防具が華美ではないが洗練された美を持っていて彼女の美しさを引き立たせている。

 はっきり言って、ダクネスに初めて会ったとき以来の高揚感と緊張に飲み込まれた。俺の口は少しパクパクと金魚のように開閉すると、彼女の言葉に答えた。

 

「ああ、いえ。実はこのクエストを」

「お嬢、この少年が持っている依頼書。先ほどうわさに聞いたゴブリンに誘拐された村娘の依頼書ではないですか?」

 

 彼女の横にいたショートカットの軽武装の女性がお嬢と呼んだ。なるほど、どこまでもダクネスに似た人だ。おそらくダクネスと同じように貴族令嬢が冒険者になったのだろう。よく見ると、胸には鋼鉄でできたタグが付けられていた。たしかあれは第八位の証の鋼鉄級という意味だったな。

 貴族令嬢と共にいた黒髪のロングヘアーの僧侶の女性が前に出て、俺をじっと見て少し驚くような声で口を開いた。

 

「あなた白磁級よね。白磁級でゴブリン退治は難しいと思うわよ」

「ええですから、辞退(じたい)を」

「そうか、それでもなお事態(じたい)を重く見て村娘を救おうというのだな」

 

 そう事態を……あれ? なんか齟齬(そご)が起きているような気が……

 

「その面構え、一見頼りなさそう見えるが、私の目はごまかせない。地位はまだ白磁級ではあるが高い実力の持ち主と見る。少年、ゴブリン退治の経験はあるのか」

「まぁ、一応経験ありますけど」

 

 昨日が初めてだけど。

 俺が口を挟む前に、貴族令嬢は俺の肩をつかみその麗しい顔を近づけた。ヤバイ、近い! ダクネスと初めて会った時もそうだけど、今回の場合は残念な性癖を持っていない分口が回らない! しかし、今まで顔だけはいいが、あまり余る欠点で台無しにしている女どもと接していたからなまともなぁ。美人とお近づきになるというのは悪くない。

 

「ゴブリン退治はその危険度のわりには報酬が少なく、ほとんどの白磁級は一度経験したら自ら進んでクエストを受けない。しかし、それを省みずただ一人の村娘の危機を見過ごせない義憤に駆られたというのだな! なんと立派で誇り高き少年なんだ!!」

「ま、まあそれほどでもあるかなぁ!」

「素晴らしい!」

「ちょっと待って、いくらなんでも白磁級のこの子だけでゴブリン退治は無理よ」

 

 貴族令嬢がグイグイとゴブリン退治を引き受ける話にへと進んでいったところに、ポニーテールの魔術師さんが待ったをかけた。

 ナイスフォロー! あやうく貴族令嬢のペースに呑み込まれるところだった

 

「ええ実は、そうなんですよ。だから」

「そうか、ゴブリン退治を募ろうとしているが来ないというのだな。仲間がいないのは心細いだろう。私たちが同行したいのはやまやまだがこれの他にも行かねばならないのだ。だが心配するな少年。その程度の報酬では心苦しいだろう。選別としてささやかだが、私から金貨二枚を追加報酬として渡そう。これならより高い等級の冒険者も集まることだろう。何遠慮するな未来ある正義感溢れる白磁級の冒険者への選別だ」 

「お嬢、そこまでする必要が」

「この者は将来銀等級、いやかの剣の乙女のように人の身でありながら金等級になれる逸材と見た。そんな未来のある少年を見捨てるなど至高神を信仰する者としては恥だ」

「なるほど、そのようなお考えが」

 

 彼女のパーティメンバーも続々と貴族令嬢の意見に従い始めた。

 あれ~なんかおかしいぞ。なんで外堀を埋められているんだ? どうして俺の周りに味方がごっそりいなくなったんだ? どうしてやらないはずのゴブリン退治をやる羽目になったんだ?

 

「あ、いや。そんな大金を受け取るわけには……」

 

 最後の抵抗をしようと、受け取りを拒否しようとしたが貴族令嬢の柔らかな手が俺のただ固いだけの武骨な手の中に金貨を入れ込むと、そのままぎゅっと両手で包み込み祈りをささげた。

 

「この者に至高神の加護をあらんことを」

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

「カズマ、向こうの方で騒ぎがあったようだが」

「カズマさん、他になんかいいクエスト見つかったの~?」

「わたしはゴブリン退治以外のがいいわ。もうあんな割に合わないクエストは願い下げよ。腹を刺されるのもね」

「私の爆裂魔法を大いに発揮できるクエストが良いですね。ゴブリン退治だとまた洞窟になりそうですから」

 

 ああ、みんなの視線が痛いほど突き刺さる。きっとカズマは、さっきのよりもいいクエストを見つけてきたのでしょうねという期待をこめた目をしているじゃないか。なんとも居た堪れない、だが俺の手の中には貴族令嬢さんから祈りを込めてまで渡された金貨が握り締められている。これに報酬も合わせれば、きっと今夜はみんなふかふかのベッドで眠れて、豪華な食事にもありつける。

 くそっ、まるで貧乏な家族を養うために汚い仕事を引き受けて帰ってきたら、家でただ一人の親父の帰りを今か今かと待っていた無垢な幼い子供たちの温かい目を見るようだぜ。

 

 今からでも遅くない、選べサトウ・カズマ。

 

 

 仲間か、金か…………残念美人か、美女か…………

 

 

 

 

 

 …………ふっ、考えるまでもなかったか。俺が決断を下したのはそう時間がかからなかった。

 

「さっきのクエスト受けることになりました!」

 

 その後で俺が三人から一斉に罵詈雑言の声を浴びせられたのは想像に難くない。仕方ないだろ。あんな状況でお断りしますなんてできねえよ。

 なお約一名はゴブリンとまた相まみえることに、非常に興奮と情欲を掻き立てられて倒れてしまったことを追記しておく。

 




ここでカズマさんの行動をTRPG的視点で見てみます。成功数字はあくまで目安です。本当にそうなっているわけではありません。

1.岩石の《敵感知》スキル発動
1D100(74)→80
結果:親方に怒鳴られて集中力が切れて失敗。

2.めぐみんがいる部屋への《千里眼》スキル発動
1D100(80)→57
結果:成功

3.体位を変えた後の《隠密》スキル発動
1D100(79)→98 
結果:失敗ファンブル。めぐみんとダクネスに気付かれて殴られる。

4.貴族令嬢への《説得》
1D100(69)→70
結果:あまりの美しさに見惚れて、貴族令嬢のペースに飲み込まれてクエスト受注してしまい失敗。


なお、前回のゴブリンの巣で剣士パーティと別れた後にゴブリンと遭遇したときの結果はこちら。

ゴブリンとの《遭遇》1D100。数が少なければ少ないほど有利。先制攻撃を受けず。

剣士:53
女武闘家:48
女魔術師:89
女神官:20
アクア:99 ファンブル

結果:ゴブリン20体以上出現。ホブゴブリン出現。女魔術師先制攻撃を受ける。
   アクアずっこけて《ヒール》を使うことが出来ず。

つまり、アクアがファンブルを出さなければ被害は抑えられました。


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この生死の天秤に筋道を!

カズマがいない場所での描写については、三人称神視点(真実と幻想の神にあらず)でお送りします。



 子鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)がギルドに入ってきた。今日もゴブリン退治の依頼がないか確認しに来たのだ。しかし、不幸なことにこれまで一度たりともゴブリン退治の依頼がない日はなかった。

 後ろには先日子鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)がゴブリンの巣穴に入った時に救出した女神官がいる。子鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)にとっては、まだなりたての白磁級と共にゴブリン退治に行くのは危険であると警告したのだが、どうしてもと女神官は引き下がらなかった。

 彼女の法衣の下には子鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)がアドバイスした通り、この間の報酬で鎖帷子を購入し、それを子鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)に法衣の下をまくって見せてきた。彼女はどこまでも彼についてくるようだ。

 

 ギルドの中での業務をちょうど終えた受付嬢がカウンターに戻ってくると、子鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)がやって来たのを見て、カウンターから手際よく今日来たゴブリン退治の依頼書――受注を受けたのも受けていないのも含めたその束を置いた。この男が受注するクエストは『ゴブリン退治』のみ。むしろそれ以外のクエストは報酬の多い少ない関係ない、眼中にないのだ。

 

「ゴブリンスレイヤーさん、こんにちは。これが今日の依頼の分です」

 

 受付嬢が、今日の分の依頼の内容が書かれた羊皮紙を子鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)に手渡した。そしてまだ帰ってこないパーティのことも答えた。ゴブリンに攫われた妹を救出に行ったパーティ。そして全員白磁級でクエストを受注した直後にギルドで喧嘩を始めた、四人の女性をパーティにした片手剣を持った少年冒険者(サトウ・カズマ)たちのパーティのことを。

 

「ゴブリンスレイヤーさん。カズマさんたちのパーティだと思います。昨日私とゴブリンの巣に入った」

 

 女神官はその少年剣士のパーティメンバーではなかったが、女性と人前ですぐに喧嘩を始める片手剣の少年剣士と言えば彼しか思いつかなかった。

 子鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)は、彼らがいつ出立したのかを受付嬢に尋ねると今朝方出発したと伝えられた。彼らが向かった山砦の場所は、馬車で数刻かかる。おそらく昼前には巣に到達しているはず。

 昨日ともにホブゴブリンを殺した少年冒険者(サトウ・カズマ)は、『燃える水』の使い方を理解し、伏せていたゴブリンの気配を子鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)よりもいち早く察知していた。少し頼りなげな顔とは裏腹に賢し気な人物であると読んでいた。彼らは昨日ゴブリンというモンスターというものを学習した、だから策もなくすぐにはゴブリンの巣に攻撃は仕掛けないだろうと子鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)は考えていた。

 

「彼らを助けることはできるだろう。だが、巣に入ったのなら手遅れだ」

「そんな! すぐに向かえば助けることなら」

「昨日の彼らとお前は運が良かった。実力も白磁級とは思えないほどはある。が運がなければそれまでだ」

 

 子鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)は少年剣士たちが受注したクエストの依頼がきた日付とその場所を一瞥して、村娘は手遅れであろうと考えた。おそらく少年冒険者(サトウ・カズマ)が向かったゴブリンの巣は、昨日のゴブリンの巣よりも数が多く、そして進入するのも厄介のはず。

 村娘がゴブリンに連れ去られたことに、義憤に駆られていざ救出しに来たら村娘はとうに事切れていた。よくあることだ。そして、駆け付けてきたパーティもまたゴブリンどもの餌食になり、孕み袋となることもよくあることだ。

 

 そして子鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)は、受付嬢が見せてくれた少年冒険者(サトウ・カズマ)が受注したクエストの羊皮紙を持ち去るとただこう告げた。

 

「俺はゴブリンを殺しに行く。それだけだ」

 

 日はまだ高い、今ならまだ帰ってこない昨日助けたパーティをまた救出には行けるだろう。そう考えつつ、子鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)はゴブリンを殺しにギルドを出ていった。その後を女神官はついて行く。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

「私が砦の中に入って人質を救出に行こう。なに心配するな。村娘を救出したらすぐに合流する」

「お前の場合は自分からゴブリンどもの人質になりに行くつもりだろ。ミイラ取りが自分からミイラになる必要がどこにあるんだ!」

 

 嬉々と頬を赤らめて、自ら特攻を志願するダクネスの提案をものの数秒で却下した。ゴブリンが女を慰みものにする以上こいつ単独で引きつけ役を任せたらシャレにならない事態になりかねない。

 

「ですから、言ったじゃないですか。ここは爆裂魔法で巣ごと消滅させれば」

「人質が消し炭残さず死ぬだろうが!」

 

 ただ単に、爆裂魔法の威力を女魔術師に見せたいだけであろうことが見え見えのめぐみんの提案という名の鬱憤の発散をこれまた却下した。

 

「だったら、私の《クリエイトウォーター》で巣ごとゴブリンを水浸しにしちゃえばいいんじゃない? その間にカズマさんが救出すれば解決よ」

「そんなこと……そうか、その手が」

「そんな白金級レベルの技できるわけないでしょ。仮にできたとしても、あの山砦のすぐそばに川があるからゴブリンも村娘も川に流されちゃうわよ」

 

 やっとまともな提案が、これまた珍しくアクアの方から出たと思ったら地形の状況を鑑みて頓挫。俺たちは未だに村娘が攫われた山砦に足一歩も踏み込めてなく、森人(エルフ)の山砦が遠くに見えるところに潜伏しながら、策を練っていたが全く良い案が出ないまま停滞していた。

 

 本当だったら、太陽が出ているときに到着するはずが、俺が結局ゴブリン退治を受注したことをネタにアクアたちが寄り道に飯を食らうは食らうはで、ようやく到着した時にはもうとっくに日は暮れたどころか二つのお月様がぽっかりと姿を見せていた。

 俺が単独で、潜伏スキルで山砦の状態とゴブリンの数がどれくらいか探りに行ったら、山砦の周辺を明らかに昨日の巣よりも数が多いゴブリンがうようよして早々に一時撤退した。

 

 こんなクエスト何もなければ撤退するはずだが、貴族令嬢からいただいた金貨二枚の追加報酬を受け取った手前――しかもすでに四分の一近く使っていしまったので、数が多くややこしそうなので撤退しましたでは済まされないだろう。

 しかし、侵入しようにも数が多くおまけに罠もあると来た。こいつらからの策もまるで役に立たない。ああ誰かゴブリンに対して詳しい専門家でもひょっこりわいてこないのか? RPGだと攻略のヒントを与えてくれるNPCが出現するはずなのに、なんて不親切なんだ。

 

「ちょっとカズマついてきてください」

 

 めぐみんが俺を手招きして呼び寄せると、森の中に入って行った。森は少しうっそうとして、虫の声しか聞こえなく薄気味悪さをいっそう引き立たせている。めぐみんが俺の手を引っ張り茂みのあるところに到達すると、その手を離した。

 

「どうしためぐみん、こんなところにまで連れてきて」

「誰も来ないか見張っててくださいよ」

 

 というとめぐみんは茂みの中に入り、ガサっと音を立てるととんがり帽子を被った頭が引っ込ませた。なんだ、しょんべんか。

 

「なんだ、ゴブリン倒せるとか何とか言って、ほんとは怖いのか?」

「ち、違います! トイレの間が一番無防備になるので危険なのです。とにかく、私から絶対に離れないでくださいね! 耳も塞いでくださいね!」

「へいへい」

 

 まあ念には念をだ。と意識を高め、敵感知スキルを発動させる。うん、敵はいなようだな。そういえば、ゴブリンは女の小便が好物だって言ったな。なんか使えないかな……

 

 

 

 茂みの中に何かがいる! めぐみんのいるところとは別の所からだ。もしやめぐみんのしょんべんの匂いに引き付けられてゴブリンが来たのかと思い、腰に携えていた片手剣を構える。

 敵は大きいのと小さいの。まだここからだと木に遮られてよく見えない。ホブとゴブリンか? 

 そして敵がだんだんとその色を輪郭をあらわにして、ついに俺の目の前に現れた。敵はゴブリンではない、血と泥に汚れて鉄兜の奥から二つギラリと光っている。まるで、ここで斃れた兵士の亡霊が死んだときの装備のまま蘇ったかのように……そして鎧のモンスターは鉄の小手を伸ばした。

 

「あ゛あ゛あ゛!! 逃げろめぐみん! さまようよろいだ!!」

「はぁああああ!!」

「待て、俺は敵じゃない」

「……ゴブスレさん? どうしてここにいるんすか?」

「おい、それはこっちの方を見てから言ってからにしてほしいですね!」

 

 さまようよろいかと思ったらまさかのゴブスレさんの登場に、まだ用足ししていためぐみんも、叫んでいた俺もみんなも時が停まった。傍から見れば用足し中のロリっ子魔術師を襲いかけているところに、ゴブスレさんが助けに来た様にしか見えないだろう。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

「……ロリニート」

「ひっ!?」

「その……カズマさんも悪気があってのことではありませんですし。私が声の一つでもかけていれば防げたことですし」

 

 ああ、神官ちゃんはやっぱり女神様だ。ロリニートだと罵った自称水の女神様とは大違いだ。茂みの中からゴブスレさんと神官ちゃんの登場というまさかの展開に、一堂が焚き火を囲んで一驚している。

 いや~、願っては見るものだ。女神が降臨してゴブリン退治に詳しい人を連れてくるだなんて。

 

「あの山、砦をお前はどうしたい」

「……まず人質の村娘を救出してその後は、山砦の全体が木でできているから、燃やすなりなんなりしてゴブリンごとまとめて全部焼き払うというのは」

「なら、爆裂魔法の出番ですね! 任せてください、あんな固くて太いものにぶち込めるなんてデュラハンの城以来です」

「めぐみんさん、なんか誤解されるような言い方はやめてくだい! それにカズマさん、そんなことをしたら森や山がかわいそうです」

 

 神官ちゃんが声を強く張り上げて、俺の作戦の提案に待ったをかけたが、それを遮ったのはゴブスレさんだった。

 

「いや、良い考えだ。だが、人質に関しては諦めたほうが良いだろう」

「え?」

 

 兜の中から洩れた言葉にその場にいた全員が固まった。言葉の意味の詳細は言わなくても理解できた。だがゴブスレさんはその意味をオブラートにも包まず話し始めた。

 

「おそらくあの山砦の大きさから見て、かなりの規模のゴブリンが住み着いている。村娘もその数だけ孕み袋としてまわされているだろう。おそらく正気を保ってはいられず死んでいるだろう。加えて、森人(エルフ)の作った罠が侵入を阻んでいる。普通の手では、ゴブリンの餌食になるだけだ」

「……つまり、もう手遅れだってことか」

「そうなるな」

 

 ここにいないクエストの依頼主に対して無情に突き放した言葉に、神官ちゃんとダクネスが反論した。ダクネスに至っては拳を握りしめながらだ。

 

「ゴブリンスレイヤーさん。まだ村娘さんが死んでいると決まったわけでは」

「そうだ、もしも生きていたら私たちは村娘を殺すことになる」

「だが、想像力が足りないと死ぬことになる」

 

 言葉数が少なくて、その意味を理解するのに少々時間がかかった。ゴブスレさん、いやゴブリン退治の専門家だからこその言葉だろう。実際にゴブリン退治をしてきて、昨日のように村娘たちが生きていることもあれば、中には死んでいて隙を突かれてゴブリンに反撃されたのだろう。

 村がゴブリンに襲われることが、よくあることなんて済まされる修羅の世界だ。日本のように死んだ後の保障なんて皆無の世界で、しかも最弱であるはずのゴブリンでさえ軽く命を落とすこともあるようじゃ、慎重になるのは当たり前だろう。

 幸いにもうちには蘇生ができるやつが約一名いるが……

 

「私は爆裂魔法を撃てばいいのですが……ゴブリンスレイヤーさんの言う通り、すでに事切れている可能性もなきにしもあらずです。救援に行ってもみんなが巻き添えになる可能性があります」

「こればかりは、めぐみんに同意よ。突入して無駄足になって、ただでさえ数の多いゴブリンに囲まれて嬲られるのは勘弁よ」

 

 めぐみんと女魔術師は反対側か。たしかに問題なのは数だ。いくら蘇生できるアクアがいるからといって、その途中でタンク役のダクネスが抜かされてゴブリンの大群にアクアがやられたら終わりだ。だからいかに安全に、村娘を救出する策を練っているところだったのに……

 

「カズマはどうするんだ?」

「カズマさん!」

「カズマ、このまま帰るというのですか?爆裂魔法を撃たずに!?」

 

 そうこれだ、こういう選択を迫られるのが一番嫌なんだ。クエストを受注したのが俺だから、責任者は自然と俺に向く。人の命の数が天秤にかかっているこの状況で、進めば決死の突入、引けば突入せずに見捨てたとして後ろ指をさされる。一体どうすればいいんだよ!

 すると、軽く背中が叩かれて振り返るとなぜかアクアが手を胸に添えていつになくおしとやかな顔で俺を見ていた。口を開くと俺に選択を迫るわけでなく、語りかける口調だ。そう、自分の信者に言うようなそんな口調で。

 

「迷える子羊、サトウ・カズマよ。よく聞きなさい、これより麗しき女神アクアよりありがたきアクシズ教の教義を授けます。心して聞くように。迷った末に出した答えはどちらを選んでも後悔するもの。どうせ後悔するのなら、今が楽ちんな方を選びなさい」

 

 そうか、アクアは俺に道を示そうとしていたのか。そうだよな。アクアの宗教のアクシズ教は、教義だけはまともそうなんだよな。俺に重圧をかけないようにしてくれたのか。

 だが…………こんな邪教の教えにすがるほど、俺は落ちぶれてはいない!!

 

「しょうがねえなぁ! 山砦にこっそりと見つからず侵入するぞ! もし死んでいたら、すぐに撤退。生きてたら救出して、ゴブリンをまとめて殺す!!」

「死ぬかもしれない。だがお前がそう言うなら協力する。しかし侵入するのは、今からでは危険だ……明朝だ」

 

 アクアのおかげで迷いを断ち切ると、ゴブスレさんも同意してくれた。さてあとは侵入する策を徹底的に練るだけだ。その策に必要なのは……と俺はキッとゴブスレさんの方を向くと頼みごとをした。

 

「なあゴブスレさん。ちょっと貸してほしいものがあるんだ。ゴブリン退治に『燃える水』なんてものを使うあんたなら、他にもあるだろ……」

「何が欲しい」

 



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この森人の山砦に爆裂魔法を!

 沈んでいた日の光が再び空を薄く白に染め上げ始めた頃、俺、アクア、ダクネス、そして女魔術師の四人で山砦に侵入を開始した。ゴブリンが来る気配はない。いや大部分が囮の陽動に引っかかって戦力が集中しているんだ。

 作戦の大まかな流れとして、まずゴブスレさんが俺たちが侵入する方向とは反対側から山砦を攻撃してゴブリンを引き付ける。そしてその隙に村娘を救出して脱出というものだ。

 ゴブスレさん曰く、ゴブリンは夜活発に活動し、日中は寝ているという。睡眠前に敵が攻撃したら、さっさと追い出すために躍起になるというわけだ。問題は俺たちが脱出するまでの間維持できるかということなのだが「負けはしない戦術で維持する」と兜の奥からでは自信のほどは読めなかったが、俺の使えない仲間よりははるかに頼りになる。

 

「よし、ここの罠も解除できた。そこは大股に歩けば問題ない。アクア、ストップ!」

 

 俺がアクアを止めると、アクアは地面に着いた足をすぐに戻す。その瞬間、地面の中から輪がすぼめられたロープが上がりだした。おそらく、足をすぼめた輪でひっかけて宙吊りにする仕掛けだろう。

 

「そっちにも罠があるから、ぐるっと右に迂回だ」

「よくこんなにテキパキと罠が解除できるわね」

 

 女魔術師が静かに一驚して、俺が罠を解除しているところを鑑賞している。

 懸念である森人が残した罠の数々、これは俺の罠発見と解除スキルで突破は可能だった。とにかく最短ルートで解除が必要かそうでないかを見極めて進む。必要でないところはスルーだ。

 もし罠の解除に一つでも失敗したら、ゴブリンどもに気付かれて戻ってくる恐れがあるからだ。少ない数でゴールを目指す。ゲームと同じだ。がひとつ違うのは、これはゲームであっても遊びではない……てか。

 

「いたわ!」

 

 ようやく砦の頂点付近に足を踏み込めたところで、アクアが声を上げた。村娘は、例のごとく裸にひん剥かれていた。そして我先にアクアが無警戒に攫われた村娘に近づくと耳を村娘の顔の傍に近づけた。

 

「まだ息があるわ。《ヒール》! さあこれでクエストが達成できたわ。この子を助けられたことだし、とっと帰ってこんなゴブリンだらけの砦から――」

「待てアクア! そこには――」

 

 アクアが村娘の手を引くと、彼女の下に敷かれていたものがロープによって持ち上げられる、上からさっきと同じロープで組まれた網に入ったガラクタが落ちてきた。

 おそらく、村娘が奪われないためにゴブリンどもが仕掛けた()だろう。もちろん、俺の罠発見スキルには見えていたのだが、あのアホが何も考えなしに近づいたせいでこれまでの作戦がパーだ。

 

「罠があるんだって……言おうとしたのに………このアホがーー!!」

 

 俺がアクアに激昂するまもなく、ガラクタが落ちてきた鳴動で、周囲で眠っていたゴブリンどもが寝起きで目が半開きになりながら何が起きたのか探り始めた。

 俺が村娘を抱きかかえて、ダクネスを先頭に立たせて全員がその後に続いて退却するように命じた。ダクネスにはタンクの役と解除した罠のルートを覚えておくように伝えておいた。これならあの駄女神でも道を間違えることはないと、思いたい……

 

「あ、あなたは」

「今は時間がない。けどあんたを助けに着たら、うちのアホがゴブリンどもを起こしやがったとだけ状況を伝える。アクア! 道間違えたら、即孕み袋行きだぞ!」

「絶対いや~!!」

 

 アクアの叫び声を合図に全速力で砦を頂上から下り始める。騒ぎを聞きつけたゴブリンたちが人質の村娘を連れ戻していると見るや否や、「GOUBOBU」と喚き散らしながら弓やら石やらを俺たち目がけて放ってくる。ファンタジーゲームのような華々しさのかけらはない、死に物狂いで雑多な武器で戦う奴らから逃げるゲリラ戦のありさまだ。

 ダクネス以外の全員、投擲されるものに当たらないよう身を低く屈めてダクネスの後ろに続く。無論ゴブリンどもの狙いは一人だけかがまず目立ちやすいダクネスに集中砲火する。ダクネス自身も()()()()()()()()()()()()()。むしろ当たりやすくてご褒美になるレベルだ。

 

「いいぞ。もっとだもっとその下卑た目を向けながら石を投げてこい! はぁ~、糞尿を付けた毒矢に刺されるなんて騎士としての屈辱をこれでもかと与えるだなんて……なんていい奴らなんだ!」

「ねえ、なんで感謝しているの? 攻撃受けているのよね、私と同じ毒受けているのになんで嬉しそうなの?」

 

 女魔術師がなにやらダクネスの様子のおかしさに疑問を抱いているが、無視しよう。こいつの頭のおかしさは今に始まったことではない。ただ、矢はダクネスの鎧で覆われていない部分に刺さっているため、万が一に備えてアクアが状態回復を常時かけているので毒で倒れる心配もない。発情して倒れる可能性がある方がむしろ心配だが。

 

 ダクネスが覚えている最短ルートの後ろを駆け抜けていると、周りでゴブリンどもが砦に仕掛けられた罠に次々と嵌っていき数を減らしていた。ゴブスレさんの言う通り、こいつら十分眠っていないから砦の罠がどこに仕掛けられているか判断がついていないんだ。

 このままなら行けると思った時、前方でダクネスが急停車した。

 

「ちょっとダクネス急に止まったら危ないじゃないの」

「くそっ、こいつら罠を解除している一本道を塞いでいる」

 

 脇から覗くと、ダクネスの言う通り、五、六匹のゴブリンが最短ルートをつくるために一つだけ解除していた道を、まるでこの道を通らないといけないことを知っているかのように一本道の前を塞いでいた。後ろを見ると、一匹ずつ数えてられないほどのゴブリンが黄色い目を光らせて迫ってきていた。

 ダクネスはノーコンで俺は村娘を抱いて手がふさがっているから戦力外。アクアは残っている罠を発動させてしまう恐れがあるからだめ。女魔術師は魔法が二回しか使えないから対処できない。くそっ、どうすればいいんだよ。

 

「ごめんなさい。私が……ゴブリンに捕まったせいで……みんなが来る前にあのまま死んでしまえばよかった。生きていても……どうせゴブリンに犯された女なんて汚らわしいって、蔑まれる生活しか送れないんだから」

 

 毛布代わりに貸した俺のマントの中で村娘が、マントを握り締めて小さく嗚咽を上げて、時折しゃっくりも交えて泣きじゃくった。おいおい、今ピンチなときに士気を下げるようなことを言わないでくれ。あとさらっと、助けられた後の待遇の悪さとかもさぁ、もうどんだけ救われないんだよこの世界!

 

「迷える子羊よ。よく聞きなさい。女神アクア様の教えであるアクシズ教ではあなたの罪は許されます。アクシズ教徒はやればできる。できる子たちなのだから、うまく行かなくてもそれはあなたのせいじゃない。うまくいかないのは世間が悪いのだから問題ないのです!」

「うまくいかなくしたのはお前のせいだろうが!!」

「何よ! カズマさんがちゃんと私に罠があるって教えてくれればよかったのよ! 私のせいじゃないもん」

「はぁ!? 言う前に手前が罠を作動させたのが悪いんだろうが! じゃあ、今後自分のせいでなんかあっても助けてやんねえからな。周りのせいなんだから助けてやんねえからな!」

「あんた達、こんなところで夫婦漫才するんじゃないの!」

 

 駄女神の邪教布教活動防止活動に女魔術師が割って入ると、いつの間にかじりじりとゴブリンどもが俺たちを囲んでいた。

 

「もうだめよ。もうだめよ。ゴブリンに犯されたなんてアクシズ教徒たちが嘆くわ!」

 

 そしてその一匹が女魔術師に飛び掛かると、ダクネスが嬉々として彼女の前に立ち庇った。

 

「おのれ、辱めるなら私を辱めろ! むしろやってみせろ!」

「ちょっと待って、なんかおかしくない? あの人自分から懇願しているように聞えるんだけど。というか自分から行ってなかった!?」

 

 すみません。その真正のドMは、本当にやってほしいと思っているんです。彼女にとってゴブリンに組み付かれるのは、恥辱でなくご褒美なんです。見てくださいよ、心の底から喜んでいる顔、あれマジなんですよ。だが、ダクネスが耐えるにも限界がある。あいつを越えてきたら一巻の終わりだ。

 …………そうだ。あるじゃないかゴブスレさんからもらった()()が……

 

「おい、あそこに向けて《火矢(ファイヤーボルト)》を撃てるか?」

「はぁ!? こんなに数がいてたら一発二発だと意味ないでしょ!」

「ゴブリンじゃなくて、あの木の根元あたりにだ! 俺はこの子を抱えて手がふさがっているんだ早く!」

「ああもう、やけになったの!? 《火矢(ファイヤーボルト)》」

 

 女魔術師が俺がしていた場所に向けて《火矢(ファイヤーボルト)》を放つ。

 ドオーーン!! 木が爆発した。その音にゴブリンたちが一斉に音のした方を向くと、バキバキと木が嫌な音を立てながら根元から折れて、ゴブリンの大群の方に向かって倒れ始めた。体が小さいゴブリンを簡単に押しつぶしてしまうほどの幹が迫ってくることに恐怖しない生き物はいない。ゴブリンどもは、俺たちよりも逃げることに意識が向き全員が全員、右往左往して逃げ惑った。

 

「しゃあぁぁ!! みんな走れ! ダクネス、そいつは置いてけ!!」

 

 ダクネスが取りついた一匹を、道を塞いでいたゴブリンに向けて投げ飛ばし、ボウリングよろしくストライクで押し倒した。その一瞬の隙をついて俺が先を行って解除した道を進んで脱出した。

 

「カズマ、いつのまに木に仕掛をしてたの?」

「ただ単に罠を解除していたわけじゃなんだぜ」

 

 女魔術師が察した通り、さっきの木にはゴブスレさんの手荷物の中にあった火薬と硫黄を混ぜた簡易のダイナマイトを仕掛けていた。簡易だから殺傷威力はないが、切込みを入れた木を倒す程度には十分だ。 万が一に備えて、解除のついでにゴブリンが追っかけてこられないように倒して道を塞ぐ用に仕掛けてたんだが、別の方向に役に立ってよかったぜ。

 

「GOBU! GOBU」

 

 後ろからさっきダクネスが倒したゴブリンたちが追いかけてきた。そして懐からある秘密兵器をそのまま袋ごと投げ飛ばす。

 

「ほーら! てめえらの大好きな匂いだ!」

 

 薄汚れた袋の緩めた口が地面に落ちたはずみで開くと、ゴブリンたちは一斉に足を止めて、薄気味悪い笑みと涎をたらしてうろうろと俺たちを追うのを止めて徘徊を始めた。

 

「どーだ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()をぶちまけてやったぜ。あいつら女のしょんべんが好きだから逆に利用して……となんでみんな俺から離れていくんだ?」

「う~わカズマさん引くわ」

「女の子の尿を採取するってそれ人としてどうよ。カズマその子渡して、あなたといるとこの子が穢されるわ」

「カズマは前々から鬼畜だと思っていたが、ついにそんな高度なプレイまで要求するまでになっていたとは!!」

 

 なんでだよ! なんとか危機を回避できただろうが! あとそんな趣味もねえからなダクネス!! 村娘ちゃんも、俺の方を見てくれよ。そんなに俺よりもマントの方がきれいなのかよ!

 となんだかんだ言いながらもようやく出口が見えてきた。あとはこの直線を進むだけ。と全員がついてきているか振り返ると、最後尾にいたアクアがいない。見るとアクアは何もないところで転んでいた――ではなかった。道の脇にある小さな穴からゴブリンがアクアの脚をつかんで転ばせていたのだ。 

 

「あぁ!! カズマさん! カズマさん! 助けて!!」

 

 ああ、もう。最後の最後で!! ゴブリンのしつこさとアクアの運のなさに辟易しながら足を踏み出そうとした時だ。

 

「《聖壁(プロテクション)》」

 

 アクアの脚をつかんでいたゴブリンの腕が、半透明の障壁で切断されて腕と足が地面に落ちた。その透き通るような声で助けてくれたのは、女神官ちゃんだった。彼女が来てくれたことに俺の顔はすぐ緩慢になってしまう。

 

「皆さんご無事ですか!」

「神官ちゃん! ああ、この通り村娘を救出できた。アクアを助けてくれてありがとうな」

「早くその子をこっちに渡しなさいよ変態スカトロ魔」

「あれは作戦に必要なことだったの!」

 

 

△▼△▼△▼△▼ 

 

 

 ゴブリンどもを引き付けていたゴブスレさんも合流して、作戦の成功を伝えた。それを聞いてもゴブスレさんは相変わらずであったが。

 

「ゴブスレさん、村娘生きてたぜ」

「そうか。この後はゴブリンどもを山砦ごと焼き討ちする」

「待ってくれゴブスレさん。最後の作戦は、あの爆裂魔法しか出せないあいつにやらせてくれ。たぶん手間がいろいろと省けるぜ」

 

 ゴブスレさんが「その人物は?」と聞き返すと、あいつはその場にいなかった。すると俺たちがいる山中の一段上の方で、あいつは片目に不必要な眼帯をつけ、もう片方の目を指でVの字に開いて決めポーズを取っていた。

 

「ふふふ、ついに私の出番ですね! 最後のトリを爆裂魔法で飾ってくれるなんて!」

「やっちまえ!!」

「我が深遠なる炎よ、かの悪逆の地を燃やし清められよ。爆炎、爆熱、爆裂。我が名はめぐみん、最強の魔法爆裂魔法を操りし者。我が呼びかけに応じ、この地に終焉を――――《エクスプロージョン》!!」

 

 ゴブリンが巣くっている山砦に暗雲が立ち込める。その暗雲の中で雷雨が、風が、竜巻がうねりを上げて一斉に吼え始めた。大災害の合唱団が楽器を鳴らして渦を巻きながら行進すると、その中心で炎が沸き上がった。その炎は山砦目がけて落雷いや落炎して砦をあっという間に呑み込んだ。

 次の時にはもう山砦があったという痕跡も、大量のゴブリンがいたということも最初からなかったかのように巨大な穴が開き、火がパチパチと拍手を鳴らしていた。

 

「も、森が……山が……ゴブリンたちがみんなも、燃えて」

 

 あまりにも強大すぎる爆裂魔法の威力の前に神官ちゃんは、口をパクパクしてうわ言のように震えていた。まあ俺も最初はすごいと思っていたよ。一発しか使えないことを知って愕然としたけど。その本人は魔力を使い切ってズルズルと、頭から滑り落ちて俺たちのいるところに降りてきた。

 

「ふっ、どうですか。一日我慢して放った最大火力の爆裂魔法は」

「相変わらず見事だなお前の爆裂魔法は、一回しか使えないのが残念だけど」

「素晴らしい魔術師だお前は」

「へっ!?」

「そうよ。こんな最強の魔法を使えるだなんて、学院でもいなかったわめぐみん。いえ、めぐみん()()!」

 

 あれ? なんでこんなに称賛されてんだこいつ。こっちの世界でも一回しか使えないのに? 爆裂魔法しか使えないのに? というかなんで女魔術師がめぐみんのことを先生呼びしているんだ!?

 

「なあ、お前さっきまでめぐみんのことを呼び捨てにしていたよな」

「私が間違ってたの、勉強不足だった。爆裂魔法なんて聞いたこともない魔法にどうしてこだわっているか馬鹿にしていた。でも実際に見て分かったわ。魔王でも倒せるほどの最強の魔法ならこだわるのも当然よ。《火矢(ファイヤーボルト)》が二回も打てるなんてそんなのあの爆裂魔法の前ではタバコの火ぐらいにしかならないわ! めぐみん先生、差し出がましいことではありますが、どうか私に爆裂魔法を教えてください!!」

「…………私が。先生……?」

「ゴブリンを巣ごと魔法で一発で破壊できる魔法使いはそうはいない。()()()()()()()()()だ」

 

 まさかの称賛の嵐。それを耳にしためぐみんの紅い目がひと際今までになく輝くと、かっこよくマントを広げて宣言した。

 

「我こそは、偉大なる紅魔族の一人にして、最強の魔法爆裂魔法を操りし、最強の魔術師なり!!」

 

 ……もういっそこいつだけは、この世界に住ませたほうが幸せなんじゃないかな……

 

「カズマさん! 早く火を消さないと、火事になります! あとこんな危ない魔法を使わせないようにしてください!」

「あ~、そうだな。火事になるのは危ないよな。アクア、とりあえず火をクリエイトウォーターで消してくれ」

「はいはい。やればいいんでしょ。散々女神の私に説教しておいて、たくっ」

 

 アクアがぶつくさ文句を垂れながら、天にグルグルと渦を描いて山砦があったところに《クリエイトウォーター》で水をつくりだし…………あれちょっと多くねえか。

 明らかに消火するには多い水の量に待ったをかけようとする前に、アクアが魔法を放ってしまった。大量の水は、爆裂魔法の残り火だけでなく、周りの木や砦の残骸すべてを飲み込み、すぐそばの川に流れ込んでいく。しかもその水の量は明らかに多く、洪水と化して流れて行ってしまった。

 もう呆然と見送るしかできない俺の様子を見かねたダクネスが、俺の肩に手を置いて声をかけてきた。

 

「なあカズマ。これは……どこかで見たような覚えはないか?」

「うん覚えている。アクセルの街がアクアの水のせいで破壊してしまったことだろ」

 

 俺の予感は悪いことに的中してしまった。

 

 

 後日、ギルドではアクアの魔法でつくった大量の水で、あの山砦の下流にあった村の畑に水害とゴブリンの死体が大量に流れつく被害が出て、村人の苦情対応に追われる受付嬢の叫び声が響き渡ったという。

 むろん、こんな被害を出したことに報酬が払われることなんてなく、あれだけ苦労したのに見返りの報酬が水の泡に帰してしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 俺ことサトウ・カズマはこう思った――――()()()()()()()()()!!

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 貴族令嬢パーティがゴブリン退治から帰ってきたとき、あの少年冒険者が村娘を救出して無事に戻ってきたとの報を聞いた。貴族令嬢は心なしか彼が誇らしく、自分が愚かであるとも感じた。

 彼女のパーティが駆け付けた時には、救出対象は舌を噛みちぎって自殺していた。耐えきれなかったのだ。生きて帰っても村がゴブリンに犯された娘を温かく迎えてくれることは絶対とは限らない。そんな運命を背負ったまま生きていくより死んだほうがましだと判断してしまったのだ。

 

 だから貴族令嬢は、あの少年冒険者の成功を嬉しいとも妬ましいとも感じた。あれだけ称讃しておいてなんて自分は愚かなんだと。だからその罪滅ぼしとして、助けられなかったあの者の代わりに、女の自分があの村娘の心の癒しになれればと少年冒険者が助けた村娘が寝ているギルドの二階の宿舎に歩んでいた。

 

「失礼する」

 

 貴族令嬢がノックをして入ると、彼女は驚いた。ゴブリンに孕み袋とされた女の大半、いやほとんどが誰に対しても怯えや震え、諦観しているはずが、ベッドの上できれいに座している彼女からは全くその様子が見られなかった。

 

「あの……あなたは?」

「怪しいものではない、君を救出しに来た少年の知り合いだ。……率直に聞くが君はこの後も生きたいと思いたいのかい?」

 

 自分は何を言っているのだ? と自分の口から紡ぎだされた言葉に戸惑った。慰めに来たのに、生死の行く末を尋ねるなんて、大半は死を望むに決まっている。そのはずだが、目の前の村娘は首を横に振った。

 

「どうしてだ? 村が君を受け入れてくれるというのか?」

「いいえ。でも私、彼らに生きる勇気を、筋道を与えてくれました。危険を冒してまで、私を助けに来ただけでなく、ピンチな時でもわざと元気づけるため笑わせてくれたのです。それにカズマさんは、もう穢れているはずの私に代わってわざと汚名を被ってくれたのです。そんな人たちが救ってくれた命を粗末になんてもうできません」

 

 そういうことか。貴族令嬢は自分が全くの不要であると、村娘の口から宣言されたのだ。まっことに愚かで、情けないと自分を戒めた。あの少年冒険者はこの村娘の今の命だけでなく、今後の命まで救ったなんて。自分は今の命でさえ救えなかったというのに……貴族令嬢は目を伏して、

 

「そうか、それほどまでに君の心は彼によって救われたのだな」

 

 早々に立ち去ろうと扉に手をかけた。

 貴族令嬢が扉を閉めようとすると「アクシズ教教義その一、アクシズ教徒は」とどこかの宗教の教義を唱えているのを耳にした。あれも彼女が生きようとしている証だ、宗教とは生きる道筋を教えてくれる。今後の彼女の未来につながるのだと納得した。

 貴族令嬢が階段を下っていくと、酒場も兼務しているギルドの一階の一席にあの少年冒険者が愉快に本日の労を労う酒盛りをしていた。粛々と修行に明け暮れず、親睦と楽しみを知る。これほどの器量のある人物に自分は追いつけるだろうかと思った。

 

「サトウ・カズマ……か。間違いなく彼は金等級になれる冒険者だ。私なんかよりもずっとな」

 

 そうして貴族令嬢は、少年冒険者に声をかけることもなくギルドを出ていき、外で待たせているパーティと合流した。修行の開始を伝えた。あの少年冒険者に負けないようにと心に誓って。そして外からでも彼らの活気のある声は聞こえていた。

 

「カズマ、今日はよく飲むな。大丈夫か?」

「はぁーはっはっは!! 大丈夫なもんかダクネス! 苦労が全部水の泡なんだよ! やけ酒だ!!」



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この昇格検査に合格を!

「♪~ばっくれつ、ばっくれつ、ランランラ~ン」

「♪~ばっくれつ、ばっくれつ、ランランラ~ン」

 

 穏やかに晴れた日、今日はいい天気とアクアは川へ洗濯に。ダクネスは文字の勉強に、俺とめぐみんはギルドへクエストを受注して爆裂散歩に行きました。

 のんびりのんびり歩いていますと、ゴブリンが巣くっている洞窟があるではありませんか。

 

「おや、これはいい場所ですね。さっそく打ち込みましょうカズマ」

「おやおや、そうですなめぐみんや。早く打ってくれ」

「気が早いですねカズマは。《エクスプロージョン》!!」

 

 俺がけしかけるとめぐみんは爆裂魔法を唱えました。

 さっきまでゴブリンが巣をつくり、付近の村に危害を加えていた洞窟は…………

 

 

 なんということでしょう。めぐみんの爆裂魔法できれいさっぱり、洞窟ごと消し飛ばしてしまったではありませんか。おかげで、働きたくないカズマさんは苦労せずゴブリン退治のクエストを達成することができました。

 めでたしめでたし。

 

「カズマ、いつものお願いします」

「はいはい、お前はこっちでも俺がおぶってやらないといけないのか」

 

 とまあ冗談はさておき、依頼されたゴブリンの巣の討伐をめぐみんの爆裂魔法であっという間に済ませると俺は元の世界と同じように、めぐみんをおぶってゴブリンの巣だったところを散策し始める。一応補足しておくと、事前に敵感知スキルで冒険者や囚われた人がいないか見てみたので、人的損害もないという完璧なクエスト達成なのだ。

 爆裂魔法で吹き飛んだ洞窟は、スプーンで抉られたかのように地面に穴をあけている。そこに生き物の反応もなく死臭すらない焦げたにおいだけだ。全部が爆裂魔法で吹き飛ばしたのだから、死臭に群がるハエ一匹も近寄らない。ゴブリンは全部跡形もなく吹き飛んでしまったようだ。あまりにも見事な吹き飛ばしっぷりに、俺は思わずうなってしまった。

 

「う~ん見事に木っ端みじんだ。ゴブリンの死体が何匹かわからんほどにな」

「ふん、そりゃそうですよ。この世界では爆裂魔法は正真正銘の最強の魔法ですから、ゴブリンの足の小指すら残っていませんよ!」

「最強なのはいいが、どれだけゴブリンを退治したかを報告しないといけないんだぞ。こんなに粉微塵だとどれだけいたか数えられねえし」

 

 俺の背中でイキっているめぐみんを、黙らせておいた。まあ敵感知スキルでおおよその数は把握できているから報告の上では大丈夫だけどな。

 

 山砦の戦いの後、俺はより効率的に収入を得るための方法を編み出した。まず、朝方にめぐみんを連れてゴブリン退治のクエストを受けて特に問題がなかったら爆裂魔法で粉砕し、報酬を得る。昼は危険な討伐クエストは避けて、街の工事現場でアクアとアルバイトをする。その間にダクネスとめぐみんが、より安全かつ高額な報酬が見込めるクエストを探せるようにギルドで文字を覚える。

 ゴブリン退治は、毎日のように依頼が来るから途絶えることもないし、工事も幸いなことに雨の日以外は仕事がある。支出が多くなければ安定した収入が得られるのだ。そう、支出が多くなければ……

 

 ほかに敵もいないことを確認して、俺たちが帰路を征くと俺はため息をついた。

 

「カズマ、なんでため息なんてついているのですか? いつものように、ゴブリン退治も私の爆裂魔法で簡単に済んで楽に報酬が儲けられてラッキーというはずですのに」

「そりゃな。嬉しいちゃ嬉しいよ。けどな、めぐみんやダクネスにアクアはこっちの世界に来てここの世界の人にちやほやされているのに、俺はこっちの世界でも相変わらずの評価。むしろスキルも発動条件があって制限されているんだぜ。俺もさ、こっちではかっちょよーく活躍できると思ったのに……」

 

 俺以外のパーティーはこの世界に来て、かなり謳歌してやがる。ダクネスはあのただでさえやばいゴブリンにくっ殺せができて幸せそうで。アクアは相変わらずの能天気で、めぐみんなんか元の世界ではネタ魔法であるはずの爆裂魔法で大魔法使いと持ち上げられている。

 こちとらなんの謝礼もなく、帰ったら工事現場でアルバイトして馬小屋で寝ると昔の生活となんら変わんない。これが毎日続くとなるとそりゃ元気もなくなる。

 

「大丈夫ですよカズマ。私だって爆裂魔法を一発だしたら、がらりと周りの評価が変わったんですよ。カズマも何かスキルや魔法で見せつけたら、かっちょよーく活躍できますよ。私がそうなんですから」

「だといいがな。あーあ、俺もいっそ爆裂魔法でも覚えて活躍してみよっかな~」

「動機は不純ですが、カズマも爆裂魔法を覚えるというなら、このめぐみん先生が直々に喜んで教えて差し上げましょう。と、あれはゴブリンスレイヤーといっしょにいる神官さんではないですが」

 

 めぐみんが見る方向には、街の入り口で手を腰に当てて仁王立ちしている女神官ちゃんがいた。もう少し歩み寄ると、神官ちゃんは頬を膨らませて怒っている様子だが、めぐみんと同じ体型でしかも美麗で可愛らしい容姿だから、怖いという雰囲気は醸し出せてなく、可愛いが勝ってしまっている。

 

「どうしたんだ神官ちゃん?」

「カズマさん! めぐみんさん! お話があります」

 

 

 


 

 

 

 女神官ちゃんにギルドにつれていかれると早々に、俺たちはテーブルに座らせられて彼女にお説教を受けられていた。

 

「いいですか二人とも、あんな魔法を使ったら森や山がかわいそうです。ほかの方法で討伐してください。地母神を崇拝する身として放置しておけません」

「いやでもね神官ちゃん。めぐみんの爆裂魔法で吹っ飛ばした方が一番効率が良くて安全」

「ですから、もっと周りに配慮したやり方をですね! もうゴブリンスレイヤーさんもそうですけど、どうしてそういう発想しかできないのですか」

 

 ぷんすかという擬音が聞こえてきそうな説教で女神官ちゃんは怒るが、別に俺はそれしか思いつかなかっただけじゃないんだぞ。ただ、楽に報酬が得られて危ないゴブリン退治を楽にできる方法がこれしかなかっただけなんだよ。

 しかし、俺がどれだけ言い訳をしても神官ちゃんは全く聞き入れてくれなかった。やれやれ、これじゃ工事のバイトに遅れるな、アクアに叱られるぜとわざとらしくすかしてみる。

 

「あの、俺たちこれからバイトに行かないといけないんでそろそろいいか?」

「だめです。ちゃんと他の方法を提示してからでないとお放ししません」

「カズマ、意外とこの神官強情ですね」

 

 めぐみんが耳元でこっそりと彼女のことを耳打ちする。しかし、まだまっとうな方ではないか。 怒る仕草まで可愛くて、強情な性格だなんてカレーの隠し味にチョコを入れるぐらいのいいアクセントだ。

 それに比べて俺の隣にいるロリッ娘含めたうちの女性陣は、全員性格的にも性能的にもポンコツ三昧だ。先ほどの例であげるなら、カレーの中に鮒ずしとシュールストレミングをぶち込むぐらいの隠しにもなっていない酷い味だ。

 延々と神官ちゃんのお説教が続くと、ギルドの入り口にダクネスともうバイト入りしているはずのアクアが入ってきた。

 

「カズマまだバイトに入ってなかったのだな。先ほどギルドから 昇格検査のために二階に上がってくれと言われて探していたんだ」

 

 おぉナイスタイミング。さすがの神官ちゃんでもギルドからの命令とあれば引き留めるわけにもいかないだろう。ここから退散できる大義名分を得た俺は、めぐみんをしょいこんで、そそくさと二階に上がっていった。

 

「というわけで、神官ちゃんのありがたいお話はまた今度というわけで、さらばだ!」

「カズマさん、めぐみんさん待ってください、まだお話は終わっていません! もぅ」

 

 俺たちが二階へ駆けあがっていく際、階下で神官ちゃんの空気が抜けた風船のようなむくれた声が後に残った。

 

 

 


 

 

 

「どうぞお入りください」

「は、はい。失礼します」

 

 ドアをノックすると、扉の向こうで受付嬢さんのピンっと張った声が聞こえて、俺は背中をピシッとしないといけない焦燥に駆られて上ずった声を上げた。なんだろう、俺は就活なんて体験したことはないがこういう場面ではこういう態度をしないといけないといけない気がする。日本人特有の社畜魂が俺の中にも眠っているということか?

 

 扉を開けると、部屋の窓側には緑髪を巻いたいつも見かける受付嬢が、しっかりとしたつくりの机に座っており机の正面にはここのギルドの紋様があしらわれていた。それだけで彼女の座っているものの値打ちの高さがうかがい知れる。受付嬢の隣には手に十字架を握っている女性が立っていた。受付嬢と同じ服装だから彼女も職員であることはわかるが彼女の手に持っている十字架が俺の直感で何か嫌な予感が漂ってくる。

 で、なんでこんな厳かな雰囲気の中にゴブスレさんがいるんですか。しかもここでも完全武装の鎧を着こんでいるし! なんかゴブスレさんがいるだけでこの部屋の雰囲気が、一気に中世版ヤクザ部屋と化しているんだけど!

 

 受付嬢のちょうど反対側の壁際には、木製であるが座るところにクッションが縫われた少し豪華な椅子が四脚置かれていた。そして予想していた通り、受付嬢は俺たちをそこに座るように促した。なんか本当に就活の面接みたいだなこれ。ドラマとかCMぐらいしか見たことないけど。

 

「それではこれより、昇格検査を行います。なおこの検査は嘘をついたらすぐに彼女によって見破られますので。それと隣の彼は立会人という立場ですので」

 

 受付嬢の隣にいる女性が、手に持っている十字架を前に出して俺たちに見せつけるように出した。

 うげっ、あれ噓発見器ということかよ。この前のセナの尋問に使われた噓発見器のことがあるからこういう類にいい思い出がねぇ。受付嬢が書類を取り出すと、小さく咳を一つすると質問が始められた。

 

「まずカズマさんに先にお聞きしたことがございます。ここ最近、毎日のように依頼とギルドの紹介による工事現場への従事で相当の報酬を得られているはず。ですが、見たところ装備も初めに来たときとあまり変わっていないようで」

「ああそれは、無駄にお金を使わずに貯金をしようと今貯めていて、装備を更新していなくて」

「嘘です。先ほど申しました通り、至高神を信仰しています私の前では嘘はすぐに見抜かれます」

 

 受付嬢の隣の女性が手の中の十字を再び見せつけてそう言った。

 げっ! ホントにセナの使っていた噓発見器みたいな能力もちかよ。でもなあ、金がないのはほんとだけどその理由を言うのはなぁ……すると、隣に座っていたダクネスが肘で俺の脇腹を小突いてきた。

 

「カズマここは正直に話したほうが今後の身のだぞ」

「…………借金だよ。このポンコツアークプリーストのせいで借金ができて報酬やバイトの金が全部消えていくんだよ!!」

 

 そう、俺が効率的な稼ぎ方を編み出したはずが未だに馬小屋生活を送っている最大の原因は、アクアがこの世界でも飲み代のツケで借金つくりやがったせいだ。おかげで稼いだ報酬もバイトも、ほとんどがアクアの借金と食費で全部消えてしまっている。

 

「はぁ!? なに、私のせいだっていうの? カズマさんの稼ぎが悪いからでしょ。もっとお金を稼いで私を養ないなさいよ!」

「こちとら、収入を増やすためにあくせく働いているのになんだとコラッ。そんなこと言うなら、手前で借金一人で引きとれよな!」

 

 こいつ、自分のことばっかり言いやがって! と堪忍袋の緒が切れて駄女神の口うるさい頬を引っ張ってお仕置きした。アクアも負けじと俺の髪を引っ張り、応戦を始める。こいつこっちの世界でも酒三昧しやがってからに……

 

「いい加減にしてください!! ここで仲間割れをするなら二度と依頼を受けさせないようにしますから」

 

 受付嬢の鶴の一声で俺たちの喧嘩はすぐに収束して、元の席にもどった。

 この人に逆らうと、冒険者どころか工事現場のバイトまでも受けられずに生活が危うくなることを見せつけられ、俺は身が震えた。鬼だ。悪魔だ。

 

「オホン、失礼しました。それでは続いて本日のゴブリン退治を含めてのことなのですが」

「ああ、ゴブリンの数のことだろ。いや俺も数えようとしたんだけど、どうも細かく覚えていなくておおよその数しかわかんないんですよ」

「いえ、そうではありません。問題は時間が早すぎることなんです」

「「はい?」」

 

 俺とめぐみんが同時に声を上げた。受付嬢は、束になった書類を一枚引き抜きそれを俺たちに見せつけた。書類にはゴブリンの討伐数から場所まで事細かく記載されており、時刻の欄に大きく赤丸がつけられていた。

 

「通常ゴブリン退治は、少ない人数での行動は一人を除いて避けるようにしているのが基本です。ですが、カズマさんは毎日のようにめぐみんさん一人だけを連れて受注しているのです。そして数刻もかからず無傷で帰ってくる。私だけでなく、他の冒険者の方もなのですが異様に見えるとのことで……」

「なんですかそれは、私の爆裂魔法で倒した功績に疑いがあるとでも言うのですか!?」

 

 不正の疑いがあると思われて真っ先にに憤慨しためぐみんが立ち上がった。

 

「止めないでくださいカズマ、これは爆裂魔法の名誉がかかっているのです。いくら私やカズマがどれだけおとしめられようとも構いませんが、爆裂魔法を馬鹿にしたことを反省させてやらなければ私の気が済まないんです!」

「誰も止めやしねーよ。それより、自分が前のめりで倒れて一歩も動けない状況を理解しろ」

 

 めぐみんは今朝の爆裂魔法で体が動けない状態であることをすっかり失念していたようで、立ち上がった瞬間倒木のように倒れてそこから一歩も動けなかった。俺がめぐみんを抱きかかえて椅子に座らせると、「うぐぐぐ」とめぐみんは歯ぎしりを立てながら受付嬢を睨みつけていた。

 まずいな、このままだと昇格できなくなるぞ。今爆裂魔法を実践しようにも、今日の分をぶっ放してしまったから俺のドレインタッチではすぐにはできないぞ。と険悪な雰囲気が立ち込め始めた時、ダクネスが手を挙げた。

 

「失礼だがよいか。爆裂魔法についてはそこのゴブリンスレイヤーに聞いてみるのはいかがだろうか。彼は以前めぐみんの爆裂魔法を直で見ているから参考意見になるだろう」

 

 おおっー! ナイスだダクネス! ほんっと今日のお前は一段と役に立つなぁ!! そうだよ、爆裂魔法を目の前で見て称賛してくれた人物がちょうどこの部屋にいるじゃないか!

 

「一応彼は立会人という立場なのですが……まあ今回は特別に参考人として認めます。ではゴブリンスレイヤーさん彼女の言っていることは――」

「確かに爆裂魔法で、ゴブリンの巣を吹き飛ばした。ゴブリンが跡形もなくな」

「本当のようですね」

 

 嘘を判断している彼女が少し一驚した様子で俺たちを見ている。めぐみんは自分を褒めてくれたゴブスレさんに嘘ではないことを証明してくれたためか、その大きい目をきらきらとゴブスレさん向けて輝かせていた。が、それ以上にこれで俺たちは問題なく堂々と言えるわけだ。

 

「ふふふん、どうですか銀等級様からのお墨付きも頂いたことだ。これで俺たちの苦労とその功績がわかったか! 毎日毎日みんなが嫌がるゴブリン退治を引き受けて、その後に体に鞭打って街の工事のアルバイトもしているんだ! どうだこれだけの功績があれば俺たちの昇格を認めて――」

「できません」

「は?」

 

 伸びに伸びきった天狗の鼻をぽっきりと折られたかのように、受付嬢の隣に立っている女性が言葉を遮った。

 

「まず、以前のあなたたちが受注したゴブリン退治で引き起こされた下流の農村の被害。そしてあなたたちが毎日ゴブリン退治をした場所の周辺で、突如発生した轟音が起きて近くの農村や町で苦情が来ているのです。牛が驚いて牧場から逃げ出した。朝の睡眠を邪魔された。野生の動物が逃げて作物に被害が出たと。先ほどの爆裂魔法が本当にあるということが証明されたので、その騒音の主犯がカズマ一行のものと分かりました。あと、あなたがゴブリン退治のあと鞭打ってという言葉に偽りがあることも」

「ありがとうございます。カズマさんどんなに優れた功績があったとしても、信頼がなければ昇格することは認められませんので、今後そのことを心がけてください。以上を持ちまして、サトウ・カズマ以下四人は現状維持のままに決定します」

「そ、そんな! ゴブスレさん!」

「俺は立会人だ。それ以上のことは何も言えない」

 

 最後の助け舟にも見捨てられて、俺はうなだれた。

 

「なんで、こんな目に合わなきゃなんないんだよ。ゴブスレさんだって、ゴブリンの巣を燃やしたりしているでしょうが」

「彼は確かにゴブリンを、普通の冒険者ではありえない方法で討伐していることは承知しています。ですが、それは銀等級としての信頼あってのことです。ですが、あなたたちの方法は近隣の多くの住民に迷惑がかかっています。今までの功績は確かに認めますが、昇格を目指すならもう少し丁寧な討伐方法でお願いします」

 

 結局昇格検査は、ぼっこぼこにされた挙句、厳重注意を受けられて階級は上がらず白磁級のままに終わった。殺生権が向こうにあることを見せつけられて……

 なんだよこの世界……RPGだと勇者とか主人公は、功績が大きければ何でも許されるんじゃないのかよ。ドラ〇エだって、人の家のモノを盗んでも文句言わないはずなのに、なろう系ファンタジーもだいたいのことが許されてきただろうに。なんで俺が行く世界ではこうも都合よくいかねえんだよ……

 

 もうやだこの世界。元の世界に帰りたい、いや日本に帰りたい!!

 

 

 


 

 

 

 ある街の川べりの周囲に、小さな人だかりが集まっていた。人々の視線は一堂に木箱の上に立つ吟遊詩人に注がれていた。彼らは吟遊詩人が奏で伝える辺境の英雄の物語に耳を傾けるのを楽しみにしていた。しかし、吟遊詩人が伝える物語は()()()()()()()()()()()()()のだが、聴衆はそんなことを露ほどにも知らないのだ。

 吟遊詩人が手元の弦楽器を弾きならすと、物語が紡がれていく。物語は辺境の小鬼殺しによる小鬼に囚われた姫を助ける冒険譚であった。

 

「♪~真の銀に鍛えられ決して主を裏切らぬ。小鬼殺し、姫が小鬼の城に囚われると聞きて、子鬼殺しは子鬼の砦に乗り込む。立ち向か征く小鬼を銀の剣にて切り捨て、姫を救い出した。途上にて小鬼が迫るも子鬼殺し、大樹を剣で一閃し小鬼から逃げおおせた。小鬼殺し、その眩い銀の剣を掲げ天より雷を呼び起こし、子鬼の城に天罰を下し平和をもたらした」

 

 パチパチパチパチと拍手喝采が浴びせられると、吟遊詩人の木箱の前に置かれた籠の中に硬貨が投げ入れられて、止め度目もなく金属がこすれ合う音がその歪曲された小鬼殺しの物語の人気の高さを物語っている。

 吟遊詩人が少し休憩にしようと木箱から降りると、女の声が聞こえた。

 

「ねえちょっと、そのオルクボルグの詩について聞きたいことがあるの」

 

 吟遊詩人が振り向くと、そこには銀色の髪に背中に弓を背負った容姿端麗の美女であった。だが彼女は只人(ヒューム)ではないことがすぐにわかった。森人(エルフ)の特徴である横に伸びた耳が彼女の種族を表していた。



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この金床エルフにパンツを!

「……絶対に嫌だ」

「いつまで拗ねてんのよ命の恩人の目の前で」

 

 昇格審査から三日後のお昼時、ギルドの一角にあるテーブルに、この前意気揚々と共にゴブリン退治に出撃した剣士が顔を天板の上に突っ伏している。見るも無残にやる気のない様子、目に精気も宿っていない、完全にニートの目そのものだった。その隣で女武闘家が剣士の肩を揺らして起こそうとしているが梃子でも俺に顔を上げない。

 以前の希望に満ちていた剣士とはあまりにも変わりすぎて、ダクネスが唖然としている。

 

「で、俺にこのニート予備軍まっしぐらのこいつに何をしてやれって言うんだ」

「ニートという言葉はよくわからないけど、この腑抜けになったこいつにもう一度冒険をさせてやってください! こいつ、もうあれからずっと冒険者なんてやりたくないって駄々をこねて」

「だって、ゴブリンなんて弱いやつだと思ってたのに、俺殺されかけたんだぞ。まだあの嬲られた感覚が、体中に染み付いているんだ! もう村に帰って畑を耕して静かに過ごしたい!」

「そうかじゃあな」

 

 俺が席を立ちあがって話を切り上げると、女武闘家が翻した俺のマントをつかみ上げて物理的に引き留めた。

 ぐえ、首が、首が締まる。

 

「待って! そんなあっさりと引き下がらないで!」

「本人が静かに余生を過ごしたいといってんだからそれでいいだろ。面倒なもめ事を俺の所に持ってこないでくれ、それにあの女魔術師はどこに行ったんだよ。そいつと一緒に行けばいいじゃねーか」

「あの子なら、今日もめぐみんと一緒に爆裂魔法とか言うのを習得すると言って街の外で練習しているわよ」

 

 この場にいなかったあの魔術師二人組の行方を、アクアが宴会芸の練習をしながら伝えた。これだけ見れば、こいつが女神じゃなくて大道芸人に見えなくもないな。

 騒音問題が解決するまで、これ以上信頼を失わないようにここ数日ゴブリン退治に行っていない。爆裂魔法をぶっ放していない欲求不満が昂ぶり、ここ数日は女魔術師に爆裂魔法を教えているようだ。この世界の人間が、俺たちの世界の魔法を実際習得できるかはわからないが……

 

「彼女と一緒に行くようにも言ったけど、あたしたちだけだと絶対に死ぬ目に遭うに決まっているというばかりで、なのであたしたちより実力がある恩人のカズマたちと一緒にパーティーを組んで、こいつの目を覚ませてやろうと」

 

 ようやく女武闘家がマントを手から離してくれて、深く呼吸ができるようになった。剣士の方を見ると「冒険者なんて死にに行くようなもんだ」とうわ言のようにつぶやいている。

 何がこいつらといたら命が持たないだ。だいたい危ない目にしたのは、あんな狭い洞窟の中で剣を振り回して仲間の援護ができなくして、自滅したからだろうが。おまけに回復薬も買っていない、あのときアクアがいなかったらまじで死んでたんだぞ。

 だったら俺のパーティーと一時交換してお前がリーダーとなってみろ。ダストのようにあっという間に崩壊するのが目に見えるぜ。

 

「俺たちだって、そんな余裕ねぇんだよ。借金もあるし、バイトして稼がないと最悪今日の宿も馬小屋から追い出されるかもしんねえんだよ。ほかの上級のパーティーと組んでくれ。俺らまだ白磁級なんだぜ」

「ふふ、借金まみれでその日の宿もない。むしろ私は大歓迎なのだが」

「ダクネスさん、自分の生活苦を自虐しないでよ。ダクネスさんみたいなすごい人がそんなこと言うとこっちまで悲しくなるわ」

 

 女武闘家が、テーブルに手をついて頭を抱えるような仕草をするダクネスが自虐を言っていると勘違いを起こしているようだが、残念ながらこいつは本当に最悪の状況を心の底から望んでいるんだ。しかし、本当に頭を抱えたいのはこっちのほうなんだがなぁ。は~あ、とにかく借金だけでも帳消しにできないもんかねぇ。

 

「無理だ。できない」

「しらばっくれても無駄よオルクボルグ。歌の中で貴方が山を燃やすほどの雷の魔法を持っているのを聞いたの」

「耳長の、お主もしつこいのう。そりゃ吟遊詩人の誇張じゃろう」

 

 二階へ続く階段から数人の男女の声が聞こえてくる。その中に聞こえていた淡々と抑揚がなく、こもる様な声はゴブスレさんのものだとすぐに分かった。珍しく、神官ちゃん以外の人に囲まれているようだ。

 この世界に来てまだ一か月程度であるが、あの人いつも周りから一歩引かれている。まあその原因が、いつも血だらけ泥だらけの鎧を街中でも身につけているからだろう。俺だって日本にいた時、自衛隊の人が迷彩の戦闘服を着て町の商店街を歩いていたら何かあったのかと、その人や周囲を警戒してしまう。ましてや、血でもついてたら絶対に近寄ろうとは思わないだろう。いい意味で平和ボケしている日本人的思考かもしれないが……

 

 そういうわけだから彼一人か、神官ちゃんの二人だけがいつも常だから、これは珍しいと俺は階下から声をかけた。

 

「ゴブスレさん、なんか騒がしいっすけどどうしたんすか?」

「……雷のくだりはこのパーティーからだ」

「……えっ!?」

 

 ゴブスレさんの後ろから女の声が驚きの声を上げると、ひょいと階段の欄干を越え、物珍しそうに俺の前にやってきた。この女性もやはり美人だ。だが俺が目を引いたのは容姿ではあるが、美人だということじゃない。銀色の髪のショートカットからタケノコのようににょきっと異様に横に伸びている耳にだった。

 

「もしかして、エルフか!?」

「正確には上森人(エルフ)ね。貴方が本当に山砦を消滅させた雷の魔法を繰り出したの?」

 

 それって、もしかして爆裂魔法のことだよな。そこの間違いを彼女に訂正させている間、俺は感激していた。

 本物、本物だ! 横に長い耳に容姿端麗な顔そして背中に背負っている弓、どこを出しても立派なエルフですと言い張れるほどのまごうことなきエルフの特徴を完璧に抑えている!

 森人(エルフ)が小さく丸い顎を軽く持ちながら片方の口角を上げた。

 

「ねえ私たちの依頼を受けてみない? まだ貴方白磁級だし、私たち銀等級からの依頼だから箔がつくわよ」

「あ~、悪いけど。これから大事な用事があるからできねえんだよ」

「大事な用って?」

「工事現場でバイトだが」

 

 森人(エルフ)が自分で自分の足を崩して、まるで新喜劇の舞台役者のようにこけた。態勢を戻した時には、興味津々な表情は消え去り、代わりに唖然とした顔になっていた。

 

「あなた、それでも冒険者なの!? なんで冒険者が、依頼を受けずに日雇い労働者のまねごとしているのよ!!」

 

 こ、こいつ。人の生活苦事情をずけずけと言いやがって、こちとら日々の飯代とかやりくりしているってのに……

 

「ええ冒険者ですよ!! 日銭をあくせく稼ぐために、眠い目擦ってゴブリン退治に行き、昼間は工事現場でアルバイトをしてどっかの馬鹿がつくった飲み代の借金を返済するために日夜働いている冒険者ですが!!」

「なんでそんな借金つくったのよ!」

「俺だって知りたいよ!!」

「ハハハ、只人には色々面白いものがいるのう」

「ふむ、拙僧は只人の世には疎いのであるが、小鬼殺し殿しかりこの者しかり性格の幅が広いでありますな」

 

 ゴブスレさんの後に続いて二人が俺たちを見ながら階段を降りてきた。

 お、おおぉ!! ドワーフに、リザードマン! ファンタジー世界の定番の種族が一堂に! ドワーフは短身で強健そうな太い腕、リザードマンの人はまさしくトカゲの見た目だ!

 

「本物だ。これだよ、これこそファンタジーの醍醐味だよ」

「カズマさん、なんかこの世界に来てから初めて喜んでいるようね」

 

 いつの間にかアクアが俺の後ろからひょこっと飛び出してきた。当たり前じゃないか、この世界に来てからろくでもない目ばっかに遭ってんだ。いや、元の世界でもそうだ。あっちの世界ではエルフとかドワーフかまだファンタジーの定番種族に会っていないんだぞ。出会うのは、空飛ぶキャベツにでかいカエルにアクシズ教徒と変なのばっかりだ。

 

「貴方、この子とは知り合いのようね。さっきの依頼のこと話していたのだけど、もちろんただじゃないわよきちんと報酬は出すわ。冒険者なら、工事現場のバイトをするより冒険をしなきゃ」

 

 まあ俺だって好きで工事現場で働きたいわけじゃない。あくまで死ぬ可能性が低いからやっているだけだ。それで借金返済ができるかというと雀の涙程度なんだが。俺は周りに聞こえないように、森人(エルフ)の横に長い耳にぼそぼそっと溜まっている借金の額を伝える。

 

「それぐらいなら今回の報酬で借金も帳消しにしてあげるわ。旅費もこっちで負担するし」

「いい案件じゃないかカズマ、銀等級の彼らと共にクエストを受けられ、おまけに借金も帳消しになるぞ。まあ私はもっと困難と苦痛がたっぷりのクエストのほうが良かったのだが」

 

 ダクネスが一人妄想に耽っているのを無視して、肝心の内容のことについて聞くと話は端的に言えばゴブリン退治だった。

 俺の心は揺らいでいた。もちろん借金も帳消しになるし、旅費の負担もないから俺としては万々歳なのだが、ギルドからまた爆裂魔法を慎重に使うように言われているので、中に入ってゴブリンを一匹づつ倒さないといけない危険な目に遭うんだよな。

 

「俺は出発する。来るのか来ないのか好きにしろ」

「えっ!? なんですと!」

 

 まだ決めてもいないのにゴブスレさんは、一人支度を整えて歩き出そうとしていた。さすがに相談もなく一人で勝手に決めるのはどうなんだ。と俺が言いたいことを神官ちゃんが代弁してくれた。

 

「ゴブリンスレイヤーさん。せめてこう、みんなに相談とかしてください選択肢があるようでないです!」

「しているはずだったのだが」

「もちろん乗ったわ」

 

 俺がまだ決定すると決めたわけでもないのに、アクアが勝手に前に出てクエストを受けることを宣言してしまった。

 

「だって、借金が帳消しになるんでしょ。こんなチャンス逃しちゃもったいないわよ」

「ああ、まあ確かにバイトも体力のわりにそんなもらえないし、クエストも白磁級だからわりのいいのもないから俺としても悪くはないけど」

「じゃ、けってーい! ほらほら、早く行きましょうよ。時は金なりっていうでしょ」

「かみきり丸とはえらい違いじゃのう。あっちは小鬼と言うなり報酬よりも場所のことを聞いてきおったというのに」

 

 あの人やっぱり報酬よりゴブリン優先か。まあゴブリン退治に貴重なはずの石油を使ったから採算度外視だと思ったよ。つか、どんだけゴブリンに恨み持ってんだよ。

 アクアに押されてギルドから出る前に森人(エルフ)に小耳を入れると、未だに不貞腐れている剣士を呼んだ。

 

「ほれ、クエストに行くぞ。あのエルフさんに一緒にメンバーに入れてくれるように頼んだぜ。これでお前の目が覚めるかわかんねえけど、日銭を稼ぐ必要はあるだろ」

 

 だが、剣士は俺が伸ばした手に意にも介さずテーブルの木目だけを見続けている。

 

「俺なんて足手まといだなけだし、もう依頼だなんて死にに行くようなもんだろ」

「今回は銀等級がいっぱいいるし、あたしもダクネスさんもいるから大丈夫。ほら引っ張ってでも連れていくから」

 

 未だに抵抗していた剣士だったが女武闘家が後ろから羽交い締めにして、ずるずると宣言通り引きずっていく。剣士は諦めか観念したのか、特に抵抗もなく人形のように連れていかれた。

 ゴブスレさんが先頭になってギルドから出ていこうとすると、遅れて神官ちゃんがその後に続いた。やはりあの子はついて行くようだ。思えば、よくついてこれるよなゴブスレさんどこかコミュ障気味だし。

 

「それで、その雷の魔法使いはどこにいるの。私会ってその魔法見てみたいわ」

 

 ギルドから出ると、森人(エルフ)が目を輝かせてまるで子供のように俺たちの周りをキョロキョロと探し始めた。そういえばめぐみんを早く探し出さないとなとな。もしも爆裂魔法を撃ってしまったら、動けなくなってドレインタッチを使う羽目になるぞ。

 俺がアクアにめぐみんがどこにいるのか聞こうとすると、西の方からチュドーン!! と爆音が街に響き渡り、遅れて爆発から生まれた爆風がそよ風となって俺たちの所にまで運ばれてきた。この爆発がどこから来たものか俺たち三人とゴブスレさんたちは知っているが、他のメンバーは呆気にとられたかのように額に汗を噴き出していた。そして、森人(エルフ)が西の方角を見ながら焦りの色を浮かべていた。

 

「な、なに今の音……」

「残念だな。今日の分撃ってしまったからもう見れないな」

 

 

 

 

 

 赤く燃えている薪がパチンと弾けた。煌々と燃え盛っている炎と空に浮かぶ月と星が十人十色の顔を映し出している。銀等級が四人と白磁級が六人。レベル差が違いすぎるというのもあるが、種族も出身も性格も内実を知っている人間からすればまったく統一性がない。ちなみに女魔術師は、爆裂魔法の練習と一度魔法を学んだ場所である賢者の学院に戻るために今回は戦線離脱している。

 

 森人(エルフ)がみんなはどうして冒険者になったのかを飯時の話題として挙げた。森人(エルフ)は外の世界を見るため、神官ちゃんは宗教の、ゴブスレさんはやっぱりと言うかゴブリンを殺すため。そしてめぐみんの番が来ると、いつもの中二病満載の調子でマントを翻して前口上が始まった。

 

「ふっふっふ。我が待望は、深淵の向こう側にあり。故に我は深淵にある混沌を覗くため、唯一無二の魔の術を研鑽しているのだ」

「な、なんかすごそうね」

「ああ、こいつのいうことは気にしないでくれ。ただ単に爆裂魔法を極めたいぐらいしか言ってないですよ。それのおかげで誰ともパーティー組めなくて困窮してたし」

「む、昔のことを掘り返さないでください!」

 

 からからと一同(ゴブスレさんを除く)が笑うと、森人(エルフ)は剣士パーティー二人の方に話題を振った。

 

「そっちの子たちは?」

「あたしは、こいつとは同じ故郷の生まれでね。こいつが頼りないから一緒について行ったの。まあ保護者的な感じね。それに死んだお父さんから学んだ体術でたくさんの人を助けるためもあるかな」

「俺は……村に寄った冒険者たちの話を聞いて、冒険者ってカッコイイなあって思って。剣もその人が長剣持ってたからでも実際に雑魚のゴブリンに負けて嬲られて、俺なんで冒険者なったんだろうって。俺の動機ってなんかみんなと比べてもしょうもないですよね」

 

 剣士は後半になるにつれてトーンが下がって声が小さくなっていた。なんか俺と変わんねえな目的が。だがその剣士の目的を鉱人(ドワーフ)蜥蜴人(リザードマン)がフォローした。

 

「なぁに、わしなんぞ、旨い物を探すためじゃからな。冒険者になる理由なんぞ何でもよいわ」

「なんでも、と言うのはいささか誇張ではありますが、そういうのはあこがれというものでありますぞ。カズマ殿はどのようなわけでありますのですかな?」

 

 ついに俺の方にも話が振られる。もちろんここはかっこよく言うつもりであったが、アクアが先んじて話してしまった。

 

「どうせ、女の子にちやほやされたくて冒険者ってカッコイイって思っていただけでしょ」

「なんだ。カズマさんも俺とたいして変わんないじゃないすか」

 

 こ、こいつ……

 

「というかカズマさん、さっきから何鍋かき回してんの?」

「ここ三日、芋と豆のスープと干し肉だけじゃなんか食感的に味気ないからこうやって合わせてなんかできねえかなっと料理つくってんだよ」

 

 グルグルと鍋の中で湯がいた芋と豆のスープを入れながら何かできないかとスプーンでかき回わす。しかし、旅費が向こう持ちだから文句は言えないけど手持ちの食料がこれだけじゃなあ。どんだけやってもマッシュポテト豆のスープの出汁入りにしかなんねえぞこれ。すると、ゴブスレさんがスッと白い布に包まれたものを出した。

 

「それは?」

「チーズだ。俺の知り合いが牧場でつくっているのをもらった」

 

 布が開かれると、黄色いホールケーキかと見間違うほどのきれいに成型されたチーズが現れた。みんなが試しに一切れづつ切って、それを炙ったものを口に入れると濃厚でよく発酵されたチーズのコクであっというまに支配された。蜥蜴人(リザードマン)なんて「甘露!」と驚いた声を上げる始末だ。

 これはいけそうだと、チーズを鍋の中に入れて同じようにかき混ぜ始める。すると、芋とチーズが混ざり合い始めて最終的には一つの塊となって混ぜていたスプーンを引くと、その塊は餅のように黄色い糸を引いていた。

 うぉおなんじゃこりゃ! めっちゃ伸びる!

 

「アリゴよ。それアリゴって料理じゃない!?」

 

 アクアが俺が偶然できた料理の名前を言うと、神官ちゃんや剣士、武闘家ら元剣士パーティーだった面々が喉を鳴らして今にもほしそうな顔をして並んでいる。

 

「はいはい、ちゃんと全員分やるから待ってろって」

 

 鍋の中でぽつんと黄色と肌色が合わさった塊であるアリゴを、全員分均等に分けると最初に声を発したのは神官ちゃんだった。

 

「お、おいしいです!」

「おいしい。芋とチーズってこんなに相性良かったんだ。カズマさんって料理ができたのね。意外」

「まぁ、それほどでも」

 

 料理ができるのは、元の世界で料理スキルを習得したおかげだからなんだけどな。だが、俺がたまたまできてしまったアリゴとか言うものは好評を博していたのであった。

 

「おお! これは、先ほどの食したのよりも美味でありますな」

「こりゃいい酒のつまみができよったわ。これは鉱人(ドワーフ)の酒を出さんとな」

 

 鉱人(ドワーフ)が取り出した陶器でできた酒瓶が焚き火の前に置かれ、蓋が開封されると少しに匂っただけでわかるほどの高アルコール臭が液体からあふれ出ていた。しゅわしゅわとか麦酒とかの度数の低い酒は飲めるが、こういう度数の高い酒は飲めないんだよな俺。

 

「あー、俺はちょっと遠慮しようかな……」

 

 と俺が遠慮していると、森人(エルフ)とアクアとダクネスがその度数の高そうな酒を口にした。

 

「うん。辛口だが、これはなかなか良い酒だ」

「プハッー、このお酒おいしいじゃない! カズマさんこんなおいしいお酒が飲めないだなんて人生の九割は損しているわ。でも水割りにしてもいいかも、それ《花鳥風月》」

「水がいっぱい! 一体どこから」

「オホッー、こりゃすごいの。もう一回見せてくれんか」

 

 鉱人(ドワーフ)がアンコールするとそれに答えるようにアクアの宴会芸が始まる中、俺はアクアたちがうまいといった酒瓶を凝視していた。……そんなにうまいのか? でもいかにも度数高そうだしな、この前もウイスキー頼んで失敗したし。俺が悩んでいる最中、宴会芸でみんなが夢中になっている中からめぐみんの小さな手が酒瓶にへと伸ばしてきた。

 

「じゃ、カズマの代わりに私が」

「子供には飲ませねぇ!」

 

 めぐみんが酒瓶を取る前に奪い取り、酒をそのまま直接あおった。……視界が歪み始めた。体も火照ってくる。どうやら俺は酩酊状態になったようだ。

 

「ぐぇへへへ」

「ああ、カズマがもうでき上がってしまいました」

「いいんじゃないの。もっと飲みなさいよカズマ。というかこっちにそれ渡しなさいよ」

 

 森人(エルフ)が手に持っている空いた器を高々と掲げて酒をこっちに持ってこいと投げかけた。素の白い顔の白色がなくなるほど顔が赤くなっている。こいつもどうやら酔っているようだ。

 

「ひっく、だいたいなぁんで、冒険者なのにバイトしてんのよ。借金なんかつくって馬鹿じゃないの? すごい魔法使いがいても宝の持ち腐れじゃない」

「これこれ金床、絡み酒になっとるぞ」

「うるしぇえ! しゃんざん好き放題言いやがってこのぺったんこめ。真の男女平等主義者であるこの俺は、女にだって手を出しぇるんだからな。そしてお前が二度と俺の前でその口うるさいのを封じることだってできることをなっ!」

「二人とも、喧嘩は止めてください」

 

 俺たちが諍いを始めると、神官ちゃんが仲裁に入って止めに入ってきた。

 

「ちょっと悪酔いしているところわるいんですけど、カズマさんの十八番のスティールは発動が分んないってこの前言ってたはず……ってその構えはまさか」

「そうだ。スティールの発動方法は、もう分かっている」

 

 指をグーパーして開くと土を蹴る。スティールの発動は叫んだだけでは発動せず、自分の手足を使って実際に奪い取るのだ。目的のものが取れるかは技と運頼みであるが俺はやらねばなるまい。この金床に見せつけなければならない。

 

 目標はただ一点、それを突き詰めるのみ、俺は、この、女の、パンツを、取る!!

 

「スティール!!」

 

 あいつの脇を通り抜けると、俺はスティールが成功したことを確信した。手の中に柔らかく温かな布の感触が染みわたっているのだ。その温かさと言ったら、さっきまで私は女の子のぬくもりと恥部を守っていたんですと静かにそして恥ずかしげに主張しているように伝わってくるぜ。

 手の中につかんだ戦利品を広げると、真っ白なパンツだ。まるで新品のように染み一つもなく清潔にしかし何度も穿いた証拠であるパンツから出た一本の糸がその証拠だ。

 そして、その所有者であった金床森人(エルフ)に、それを堂々と広げて辱める。

 

「であぁぁははは!! どーだ見ろ金床エルフ!! お前のパンツが公衆の前で晒されているぜ。アハハハハ」

「そのパンツ誰のよ。私下着着てないわよぉ」

 

 酔っぱらいながらしれっと下着を穿いていないことを吐露したことに「へぁ?」と俺は声を止めた。

 すると、森人(エルフ)を止めていた神官ちゃんがお酒を飲んでいないにもかかわらず顔を真っ赤に紅潮し、目を潤めている。しかも手を片方股を押さえつけるようにしながら、震える子犬ような弱々しい声上げて。

 

「パ、パンツ。返して……ください……」

「ハ、ハハハ、ヒャーハハハハ。やなこった! スティールのカズマ様の面子に変えてでも――ガッ!?」

 

 突如、後頭部を殴られて俺の体は横倒しになった。徐々に視界が暗くなり薄れていく意識の中に最後に映ったのは、ゴブスレさんが俺の手の中にある戦利品を持ち去ったところだった。

 

 




質問です。原作では妖精弓手である金床が、このssはカズマ視点の一人称で話が進んでいるので森人になっているのですが表記でも大丈夫でしょうか?


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