我、黒き“無慈悲な王”となりて [凍結] (阿久間嬉嬉)
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願エ

「……本当に、これでよいのか?」

「……あぁ」

 

目の前の爺さんは心配するような顔で、再度俺に問うてくる。

 

「何でもいいとは入ったが、もっと……あるじゃろ? 王の財宝とか無限の剣製とか、一方通行とかGERとか、無難な所で無限の魔力とか天才化、無限に成長とか―――――」

「いらん……それに、俺はその手の事は、一部のゲームの事をを少し知っているくらいで、余り知らないからな」

「しかしじゃな……いくらなんでも」

 

クドイ爺さんだな……。

 

「本人が良いと言っている。それだけで充分だろ?」

「だがな―――」

 

ちっ、しつこい……。

 

「あんたがどれだけ生きてきたか知らないがな、あんたには分からない事だってあるだろう? そう言う事だ」

「……わかった……その、お主の願い通りにしよう」

「……あぁ」

 

これでいい……俺はずっと、ずっとこうなりたかった、こうで在りたかった―――今、それが叶うのか……

 

「では、良き第二の人生を……青年よ」

 

 

 

side神の老人

 

不思議な青年じゃった。

 

この世界に生きとし生けるもの、その半分は冥界へと送られる。しかし、そのモノの生き様や死因によっては記憶や技能を保持したまま第二の生へと移ってもらう事もある。

それ自体は稀なことではないが、半分ほどは年老いて死ぬ者も多く、すぐにでも冥界へ送ってくれという者がほとんどだ。しかし、若くして……夢を持ったまま死ぬ者もいる。そう言う者達は皆、自身の夢を体に詰めて第二の世界へと進む。

今回の青年も、そんな若者の一人だった……しかし……

 

「あのような考えを持つとは……あの者は前世で一体何を思っていたのだ? ……何を、感じたのだ?」

 

あの青年の考え自体は珍しいものではないだろう。しかし、この第二の所為を受ける場では初めての事だった。

 

「あの青年の眼……アレは邪なものではなかった……ただそうなる事を、願っていた目じゃったな……」

 

第二の生を受けており立つ世界で邪な考えを持つに至ってしまうかもしれないが、少なくともこの場でソレは感じなかった。

 

「青年よ……ソレはお主が望んだ事であり、しかし、コレは同時に望まぬ事やもしれん……どうか、ねじ曲がってくれるなよ」

 

わしが与えたそれは、神としての我儘に過ぎんかもしれんが……な……

 

 

 

sideout

 

 

side???

 

 

ここは……森の中か? そうか、転生したのか、俺は。

 

――――ちょっと待て。何故だ、俺の望んだようにはなっていない? 何時も通り……どうなっている――――いや、叶えてくれたみたいだな、“願い”を。

 

俺が望んでいた物よりも、ずっと強力かもしれないが……望んだ物には変わりない。第二の生を送らせてもらうぞ……爺さん。

 

 

 

 

―――――この、『ハンニバル侵喰種』の体でな。

 



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迎エ 

俺は人間があまり好きではなかった。

 

頭脳と器用さの引き換えに、自然で生きて行くための本能や単純な筋力等を捨てた。その事が呪わしくなる人生を送っていたからだ。

 

自分が人間でなければ何人助けられただろう、何回危機を回避できただろう、そう思ったことも一度や二度じゃ無い。

 

本能よりも理性を優先したせいで、何人“心”を傷つけられた者を見ただろう。

いっそ人じゃあ無ければ……何回そう思った事だろう。

 

人としての記憶や心を捨ててもいいから、人で無くなりたい……何度そう願っただろう。それが今―――

 

(今、その願いがかなったのか……)

 

俺は自分がやっていた数少ないゲーム、“GOD EATER”シリーズに登場するアラガミという化け物の一種、『ハンニバル侵喰種』となった体を見て歓喜に震え、思わず声を上げた。

 

「ゴオオオォォォ!」

 

咆哮を上げると、体に何かがなじんでいくのが分かる。最初に変っていないと感じたのは、どうやら人間から人外へと変わった影響に、ついて行ってはなかった為らしい。

 

とはいえ、オラクル細胞の配列をある程度変化させれば喋ることぐらいは可能だろう。尤も、その機会が来るかどうかは分からないが。

 

{ひあっ……}

 

ん? 今の声は……人か? それにしては少し妙な響きが―――

 

{ド、ドラゴンが何でここにいんだぁ!?}

{逃げろっ!}

{お、置いてかないでよぉ!?}

 

その言葉と共に、大小合わせて数えきれない動物が逃げだしていく。中にはファンタジーでよく見かけそうなモノもいた。

 

そうか、人間以外の言っている事も聞こえるのか……いや、本能だけの動物が話をしているかどうかは微妙だが……異世界なら話は別だろうがな。

しかし、あいつ等は“ドラゴン”という言葉を口にして逃げた……という事はこの世界にはドラゴンもいると言う事で間違いないのだろう。何だか縄張り争いに巻き込まれそうな予感がする。

気のせいだと言う事を祈るか。

 

それじゃあ、この体を満喫するとしますか。

 

視力は―――かなりのモノだな、流石アラガミ。嗅覚や聴覚も人間の比では無いな、これは。ただ尾が何処となく邪魔に感じるが、まぁオイオイ慣れて行けばいいだろう。アラガミだから食う物には困らんしな。

だが、いきなり生肉を齧るのは、前世で刺身やユッケが嫌いな影響もあってか抵抗がある……折角焔が使えるんだ、しばらくは焼くか植物を食って生きて行くか。

 

 

 

では早速炎を出して…………ん? なんだ? 焦げ臭いな。

俺はまだ焔は出していないし、ポ○モンのリ○ード○みたいに起きている時は常時火がともっている訳ではない、だから燃え移った訳でもないだろう。ならば何故だ?

 

「……ぁぁ」

「……ぉぉぉ」

「……ェ」

 

妙な響きの無い声、これが人間の声か。……野次馬根性というモノなのか否か、なんか気になるな……見に行ってみるか。野次馬根性はこの使い方であってるのか? まぁ、いいか。

 

 

 

 

 

 

side三人称

 

この国―――トリステイン王国という―――のある程度中央から離れた所に、ある村があった。領主の貴族は余りいい人柄では無いが、村人たちは毎日を楽しく生きていた。

大人達は畑を耕し狩りを行い、村の名物であるチーズなどを管理する、子供達は豊かな自然の中で駆けずり回る。不足している物は無く、あるとすれば税管理以外も良い領主を必要としているぐらいだろうか。

 

しかし、そこまで貧しい村では無かったからこそ、悲劇は起きた。―――起きてしまった。

 

 

「ふんふ~ん♪」

 

ある一人の少女が、鼻歌を歌いながら木の実の一杯入った籠を手に、意気揚々と村への道を歩いていた。

 

「コレ見たらどんな顔するかなぁお母さん。大好物だもんね」

 

上機嫌でスキップも始めた少女は、ふと何かの叫び声を耳にした。それは前に一度偶然聞いた、竜種の叫び声にどこか似ており、少女は少しおびえる。

 

「こ、こっちには来ないよね……?」

 

少しの間固まっていた少女だったが、やがて何も無い事に安堵し、そのまま村への帰路を歩き続けた。

 

そして、村に着いた少女が見た物は―――

 

 

「そら、奪っちめぇ!」

「うわぁぁぁ!?」

「助けて! 助けてぇ!」

「待てゴラァ!」

「火ぃつけて燃やしてやらぁ!」

 

盗賊団に襲われる村人と、村の家々が燃え盛っている光景だった。

 



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奪エ

活動報告欄にてお知らせがあります                                                                                                                                                                     


少女は呆然とする。

 

それもその筈だ、今まで見てきたのどかな村が一変し、今はまさに地獄絵図世とも言える状態になって閉まっている。

 

人は殺され、物は焼かれ、盗賊は嗤い、村人は歎く。子供は蹴られ、老人は殴られ、男は殺され、女は犯される。

 

何時の間にか物影に隠れていた少女は、この地獄が早く終わる事をただただ祈るばかりである。

 

(お願いします、助けてください! 始祖ブリミル様、どうかご加護を! ……どうか、お願いしますブリミル様っ!)

 

最初は始祖ブリミルという、この世界の神のようなものに一心不乱に祈っていた彼女だったが、その祈りを続けるうちに、段々と現実的な物に変わってきた。

 

(早く……早く来て、貴族様! お願い――――早く来てっ!)

 

神に祈るか支配者に祈るか、どちらも心の持ちようの問題だが、見た事の無い形の無い物に祈るよりは、脅威や力をよく知っている物に祈る方がいいと少女は思ったのだろう。

 

少女は祈るばかりで、他に何もしようとしない。いや、出来ない。

恐怖に振るえ、木の枝一本も持たないこの状態では、まともに行っても返り討ちにされるのが落ちだろう。そして――――

 

「いやっ!」

 

思わず想像してしまった彼女は、先ほどよりも青ざめた顔で否定するように首を振る。だが、不幸かな……思わず“声”を出してしまったのだ。しかもその時“偶然”、盗賊が彼女の隠れている場所の傍を通りかかってしまったのだ。

 

「ん? 何か声がするぞ?」

(!? しまっ……)

 

今更後悔しても後の祭り、とにかく違う方向に行ってくれと、彼女はめちゃくちゃに祈り始める。もうそれしかできない。

 

「ここ……じゃねぇ。ここでもねぇ」

(―――!!)

 

すぐ傍の物影を除きこまれ、少女の緊張と恐怖がピークに達する。

 

(あっちへ行ってっ……お願い……!)

 

すると、やがて少女の願いが通じたのか男の声や漁る音は聞こえなくなっていた。

 

ホッと息をつき、安堵して瞼を開ける。

 

「へぇ~…なかなかの上玉だなぁ。こんなのがこんな村に居たなんてよぉ」

「ぁ――っ――ぅ!?」

 

そこには、待ってましたと言わんばかりの下品な笑顔を浮かべた、盗賊の姿があった。

 

「驚きかぁ? 俺はなぁ、こうやって気付いていない振りして安堵させる、そして思いっきり脅かす……コレが大好きなんだよなぁ!」

 

盗賊の男の言葉は、少女の耳に震えを、心に恐怖をもたらした。下品な顔を盛大に歪ませ、少女をなめ回すかのように見つめる。それだけで、彼が何を考えているかなど、考えるのは愚問だった。

 

「久しぶりの上玉なうえに、若い女の子だもんなぁ……胸もある、尻もある、顔も良し……俺ってついてるなぁ」

「ひ―――ぃ」

 

もう言葉すら出ない。少女は物陰から力尽くで引きずり出され、服を無理やり剥ぎ取られる。全裸ではないが、殆ど衣服をまとっていない姿にさせられてしまい、彼女の恐怖はピークに達する。

 

「ひひっ、それじゃあ―――」

「ぁ(誰かっ……)……」

「お楽しみタイムだ」

(誰か……助けて……)

 

少女は目を閉じた。これから来るであろう受け入れたくない物を、しかし避けられないそれを絶望するかのように………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はらぼ?」

「……へ?」

 

しかし、ソレはこなかった。かわりに男が突然奇妙な声を上げたのだ。

 

恐る恐る目を開ける――――そこに居たのは、

 

「いぎゃああぁぁっ!? 熱い、熱いー!?」

 

謎の黒い焔に包まれる盗賊と、

 

「ど……」

 

巨大な身体、白い籠手、二本の角、左手に燃え盛る黒き焔、そして更に黒い鎧の体を持った――――

 

「ドラ……ゴン」

 

翼の無い、まるで人の様な体躯を持った………“竜”の姿があった。

 

『オオオオォォォォ!!』

 

そしてドラゴンが一声吠えると同時に、盗賊を包んでいた焔はより一層燃え盛り、彼を消しズミへと変えた。

 

吠えた余韻に浸るかの如く上を向いていた黒い竜が、ゆっくりと少女の方を向く。その白目の無い眼に少女は怯えるが、やがて竜は興味など無いと言わんばかりに少女に背を向ける。

 

「まって……まって!」

 

少女はこの時思った。

知能もあり寿命も長く、何より人間より力も優れていて殆ど相手などしない、それに放っておけば見逃して貰えた筈なのに、そんな竜種に“まって”と何故かけたのだろうと。

その思いとは裏腹に、彼女の口からは言葉が止まらなかった。

 

「助けて…助けて欲しいんです! この村を、この村の人たちを、私のっ……私達のこの村を!」

『……』

「後で私をどのようにしても構いません! お気に召すまま好きなようにしてもらっても構いません! ……だから、だからっ―――」

 

涙を流し、顔をゆがめ、少女は今ある思いを全て込めてぶつけた。

 

「この村を助けて……ドラゴンさん……!」

『……』

 

黒い竜は一旦足を止めるものの、すぐにまた行動を再開する。

 

駄目だった、無理だった、なによ、分かっていた事じゃない、竜種が人間のお願いなんて聞く筈ないって……

 

彼女は絶望し、その場に呆然と座り込む。そして、せめて村の最期を看取るべく顔を上げ、眼に映す。

 

そして……彼女は知った……

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだこいつは!?」

「ドラゴンじゃねぇか、何でこんな所に!?」

「な……息を吸って―――」

「やばい!? 逃げろおおぉぉぉ!」

 

 

“希望”は失われてはいない事を。

 



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救エ

竜の吐く“黒焔の大輪”に、盗賊達は次々と焼かれていく。

 

「こ、こいつぅ……」

「やめろ! 行くんじゃねぇ!」

 

無謀にも刃物片手に向かっていく者もいたが、結果は言わずもがな、

 

「は、刃物が折れ―――ちょ、まギャアアァァァ!?」

 

安物の刃物など全く通らず逆に折れ、竜が何時の間にか手にしていた“黒焔の短剣”によって焼き裂かれた。

 

竜は次に、盗賊達が大勢固まっている所に顔を向け、コレまた何時の間に溜めていたのか、猛烈な勢いで“黒焔の熱線”を吹き、それによって盗賊達は吹き飛ばされ、焼き尽くされた。

 

「に、逃げろ逃げろぉ!?」

「ドラゴンを相手にするなんてやっぱ無茶だったんだ!」

「何を今さら言ってやがるぅ!?」

 

村人にとっての地獄絵図から一変、盗賊達の地獄絵図へと様変わりした。

 

「黒竜……さん……」

 

少女は竜の暴れる方を見やり、呟く。普段は争いごとをそこまで好まない彼女だが、何故だかこの竜の戦いには目を向けたくなった。

 

そして、村人の一人はこう呟いたという。

 

“黒竜神様”

 

……と。

 

 

 

 

最初の頃こそ、“翼が無いならきっと戦いに負けて翼を捥がれた弱い竜に違いない”などと考えて掛かっていく者もおり、殆どの盗賊達がそれを信じて疑わなかった。

 

しかし、盗賊達は竜の俊敏な動き、強大な黒い焔の力、人間顔負けの器用さ等から今更ながらに分かった。

 

この竜は翼をもがれたのではない、自ら翼を捨てたのだと。

 

焼かれ、裂かれ、砕かれ、貫かれ、殺される。

今まで自分達がやってきた事がそのまま帰って来たようで、盗賊達は一層怖くなり火事場の馬鹿力も斯くやという速度で走る。意外と広い村なので、抜けるのに時間がかかったが、出口はやっと見えてきた。

 

盗賊達は思った……“襲う村はちゃんと調べてからにしよう”と、そして―――

 

 

 

 

『ゴオオォォォ!!!』

 

 

“一度牙を剥いたなら、竜は決して逃がしてはくれない” 目の前に ドシン、と降り立つ竜を見、その言葉を盗賊達は思い出した。

 

「あ、ああぁぁぁ……」

「い、いやだ…死にたかねぇっ!」

「た、助けてくれ! 頼む!」

「ず、ずりいぞお前!」

「お、俺も! 俺も助けてくれぇ!」

 

今更ながらに助けてくれと懇願する盗賊達、勿論本気で助かるとは到底思ってはいない。しかし、あの少女がそうしたように、彼らもまた祈るしかなかった。

 

しかし、祈りが届いたのか否か、やがて竜は背を向けてゆっくりと歩き去り始めた。

段々と遠ざかっていく竜を見て盗賊達は心底安堵し、憂さ晴らしに再び―――なんてことはせずにとっとと逃げだす。

 

 

 

―――事が出来れば彼等にとって幸いだっただろう。

 

 

「な……!? こっち、こっち来るぞあの黒い竜!」

「うわあぁ!? 逃げ―――」

「速過ぎるうぅぅっ!?」

 

馬を軽く凌駕する速度でこちらに疾駆してくる竜を見た盗賊達は、揉みくちゃになりながら、時に仲間を押しのけて盾にしながら必死で逃げる。

 

そんな彼らに待っていたのは―――

 

上空から襲いかかる“黒焔の流星”だった。

 



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救ワレ

「す……ごい」

 

村人達はただ、呆然と眼の前の光景を見つめるのみ。

 

それもその筈。普通、ドラゴンというのは空を飛び、口から火球を吐き、爪や牙で裂く生き物の筈だ。

 

しかし、目の前の竜は何もかもが異質だった。

 

まず翼が無い。つまり飛ぶ事を放棄したという事だが、そんな物がデメリットにならないくらい、俊敏であった。

そして人間並みの器用さで、ドラゴンにはできない技を次々と繰り出していく。竜種は人間並みの知能を持つモノもいるし、“韻竜”と呼ばれるドラゴンは人語を話して理解し、“先住魔法”と呼ばれる魔法まで使える。しかし、目の前の黒竜は常軌を逸していた。

口からブレスを吐いたと思ったら、その黒い焔を収束させて短剣を作り出し切りはらう。牙や尾を使って原始的に吹き飛ばしたと思えば、まるで人のように拳を振り蹴りを繰り出す。

巨体に似合わぬスピードで空を飛ぶように動きまわった後に、その巨体を生かした地を揺るがす力技を繰り出す。

止めは、逃げだす盗賊達めがけて勢いを付け、飛びあがって“黒焔の大槍”を流星のごとく投げつけた。

 

その所業は、村人にとってこれからも続くと思った常識を、まさに根本から覆すようなモノだったのだ。呆然としてしまうのも仕方ないのかもしれない。

 

『オオオオオ……ゴオオオオォォォォ!!』

 

地に降り立った黒竜は、初めの咆哮よりも更に大きな咆哮を上げ、紅蓮と漆黒……二つの焔が舞う中で天を見上げた。

 

「あの竜が助けてくれたの……?」

「まさか……ドラゴンがそんなことする訳が―――」

「でも、盗賊しか狙ってなかったんだ、俺達の所には来なかった」

「……あぁ」

 

村人たちがざわめく中で、少女はひっそりと嬉し涙を流していた。

 

(有難う……有難う、黒竜さま……)

 

黒竜が叫ぶその様子は、村人にとっては困惑の、少女にとっては勇ましい姿だった。

 

(こんな私の願いを……聞いてくれて―――この村を、救ってくれて…)

 

と、村人達から悲鳴が上がる。

見ると、黒竜はゆっくりとだが、此方に向かって歩いてくるのだ。村の焔と竜の焔、二色の焔も相まって、より恐怖を増進させている。

 

村人たちは逃げようとするが、先程見た黒竜の力を思い出し、皆諦めたように俯いている。その中から、村長と思わしき人物と頼みごとをした少女が前に出た。

 

二人は竜の前に立ち、まず村長らしき老人が口を開いた。

 

「黒竜神様よ……」

 

どうやら、黒竜神という呟きはこの老人のモノだったらしい。老人は何処か怯える様な、しかししっかりとした意思を込めた口調で話しだす。

 

「村を救ってくださった事……それが気まぐれだったとしても、わしらは感謝しておりまする。……黒竜神様、不躾な願いとご承知のうえで言わせて頂きます……どうか、村人達を見逃してもらえぬだろうか……?」

『……』

「もし……贄が必要というのならば、わしを差し出そう、じゃから……せめて村人たちだけは―――」

「まって、お爺ちゃん!」

 

老人の言葉を遮り、少女が声を上げる。どうやら彼女は老人の孫娘らしい。

その声は老人のように震えてはいなかったが、何処か儚さを感じさせる声色だった。

 

「私が黒竜様にお願いしたの、“私が何でもするから村を助けて”って。だから……私が贄になるわ」

「ま、待つんじゃ、アイリーン! お主に死なれてしまったらわしはっ……」

「……ごめんねお爺ちゃん。でもコレは、お母さんから受け継がれた様なものだから」

 

先ほどとは別の涙を流し、彼女はすすり泣く祖父の背中をさする。そして、思わず見惚れてしまうような笑顔を浮かべ、黒竜に向き直った。

 

「さあ黒竜様、私……あれ?」

 

少女が目を向けて先に居た筈の黒竜は、何時の間にやら消えていた。いや違う、村人の内一人が指をさして、あっちあっち、と囁いている。

その方向を見てみると、黒竜はすでにこちらに背を向け、去って行く途中だった。

 

「……わし等だけで勝手に盛り上がってしまっていた様じゃの……」

「う……うん……」

 

村長は兎も角、少女の方は顔を赤くして俯いた。しかし、すぐに立ち直り、黒竜の背に向かって呟く。

 

「黒竜様……本当に、ありがとう……」

 

その時僅かに―――本当に僅かにだが―――

 

 

―――彼がこちらを振り返った気がした。

 

 



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違エ

今回は侵喰ハンニバルsideです


俺は人間があまり好きではない、だがそれだけだ。

 

救えるなら人は絶対救えるよう努力する、小事だろうと大事だろうとも。それはこの姿になろうとも変わりはない。……まぁ、少しは遠慮するつもりだがな、この姿だし。

 

あの村を救ったのは、単純に俺の自己満足のためだ。盗賊を殺したい程腹がたった、だから殺した、それだけだ。それに、ハンニバルの力を試す為でもあったから……情より私情の方が、自分の中では上だ。

だから、感謝されたり(贄がいるかとか言われたが)、有難がられるのは少しむず痒く、そして何より罪悪感がわく。だから―――

 

 

 

 

 

俺を模した石像を立てるな……。そして供物を置くな……。

 

 

 

 

―――気持ちは分かる。

 

この世界は電子技術が殆ど……いや、全くと言っていいほど発達していない。まるで綺麗な中世ヨーロッパのようなのだ。(元居た世界のヨーロッパは、当時とても汚かったらしい)

つまり、神等を強く崇拝する者は現代よりも多く、現代よりも思いが深いのは当然の事だろう。

そして俺は、どうやらこの世界の“竜”の常識に当てはまらない存在らしい。しかもそんな竜が自分達の村を救ったとなれば……後は言わずもがな、だ。

 

罪悪感がわく理由はまだある。

 

この石像、途轍もなく精巧に出来ており、細部の違いや色を除けば俺にそっくりなのだ。それだけ手間をかけたのならそれはそれでかなり重いのだが、なんとそうではなく希少な鉱石を“命がけ”で取って来て、皆で貯めてきた大金を払って“貴族”にお願いし魔法で作り上げてもらい、仕上げは自分達で“丁寧に”掘った代物らしい。

 

なんかもう……涙出そうだ(身体の構造上出ないが)。

 

そんなに感謝するな……俺は自己満足のためにやっただけなんだから……。

 

そう言いたいが、言ったら言ったでまた増長しそうだし、何より竜は喋らない筈だからコレまた神扱いが更にトンデモないものとなるだろう。

大体、オラクル細胞を変質させて声帯を作ること自体が、かなりの難易度だしな……。

――――もうこれ以上考えた所で仕方ない、忘れるように努めるとするか。あいつ(・・・)がいるから難しいかも知れないが……。

 

 

 

それにしても……暇だ。

植物はもう既に食ったし、やる事が無い。戦闘訓練しようにも、ここじゃあ燃え移るし木々打っ飛ぶし、開けた所は近くには無く領主の“貴族”の屋敷周辺にしか無いし、良い所が何処にもない。

―――寝るか。それがいい、そうしよう。

 

それじゃ早速横に―――「黒竜さま!」―――なれなかった……クソッ。

 

しぶしぶ顔を上げるとそこには、あいつが―――俺に村を救ってくれと願った少女、“アイリーン”がいた。あれから毎日ではないが、俺の元へ話をしに来る。

 

「お隣、よろしいですか?」

 

まぁ、暇つぶしにはなるか。それに実際、彼女の話のおかげでこの世界の事を知る事が出来ているので、俺としてはありがたくもあるが。

 

そう思った俺は頷き、彼女は隣に座った。隣といっても、体の大きさが違いすぎて、どちらかというと顔の横なのだが。

 

「それにしても驚きました。黒竜様は草食だったのですね」

 

偶然お前らの前で肉食って無いだけだし、草食といっても木だって食べるぞ? 俺は。

 

「黒竜様、いつも通りのくだらない話ですが……聞いてもらえますか?」

 

……今までと少し雰囲気が違うな、本当にくだらない話か……?

 

「ちょっと見ていてください」

 

そう言って彼女が取り出したのは……杖だった。

 

「行きますよ……“ライト”」

 

彼女は唱え、杖を振る。すると杖の先に光の球体が現れた。これは“魔法”によるもので、この世界ではさして珍しいものではない――――魔法自体は、だが。

 

「おかしいでしょう? 私は平民の筈なのに……生まれる所もみんな見ていたらしいから、貴族の捨て子でも無い筈なのに……何故か私、“魔法”が使えるんです」

 

そう、この世界で魔法は“貴族しか使えない”。杖を持った事のある平民がいないのか、本当に平民には魔法が使えないのかは分からないが……いや、前者は否定できるか。何せ彼女以外がやっても、“魔法”のまの時の分程も出て来ないらしいからな。

 

「黒竜様……なにか知りませんか?」

 

そう言われても知らないんだが……此処は首を横に振っておくか。

 

「そう……ですか」

 

流石に落ち込まれるとへこむ、な……俺のせいもあるかも知れんが。

 

「あ、そろそろ行かなきゃ、―――――では黒竜様、こんな話を聞いてくださってありがとうございました。これ、置いていきますね」

 

そう言って彼女は、果物や野菜を置いてこの場を去った。

 

 

俺、さっき食ったばかりなんだが……まあいいか、デザートだ。

 

 

俺は“魔法が使える平民の少女”という謎について考えながら、小さすぎる野菜や果物を齧る、いや、飲み込む。

そして何故か、思った―――――

 

 

此処も離れたくはないが、こことは別の場所も見てみたい、と。

 

 

この時俺は、この重大な謎を学校の七不思議程度にしか考えていなかった。

それを後悔する日が来るとも知らずに。

 



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始メ

今回は三人称sideです。領主の事込みの、その後の話です。


「気に入らん……気に入らんな……!」

 

とある領地のど真ん中にある、周りの森林とは不釣り合いなほどに飾り付けられた屋敷で、髭を生やした小太りの男が顔をしかめて同じ場所を行ったり来たりしていた。

 

彼の名は、アリバーダ・ド・モーロット。このモーロット領を納める貴族で、地位は伯爵、使う魔法の系統は水系統が中心である、ラインクラスのメイジである。

 

「実に……実にっ! 気に入らん!」

 

何故彼がこれほどまでに“気に入らない”を連呼しているか。

それは彼の領内で起きたある事件と、それによって出来たある対象が、彼に“気に入らない”を連呼させているのである。

 

その事件と対象とは――――

 

「我が領内に薄汚いコソドロが入ったという事だけでも十分腹立たしいというのに……あんな低能な竜如きを信仰の対象とするとはっ……!」

 

数週間前に起きた“盗賊襲撃事件”と、襲撃を受けた村を中心に広がっている“黒竜神の信仰”である。

 

彼は自己愛が強く、自分を尊敬出来ない物は領地から追い出したり最悪殺したりもしてきた。税管理を真面目に行っているのは実は彼の召使い達であり、彼にやらせれば折角の税を自分の銅像を建てる事などに使ってしまいかねなかったから、彼に税の話は一切振らない。

幸いな事に、モーロットは“自分が輝いていればそれでいい”としか考えておらず、税の話や領地管理の話も頭から抜けてしまっているようだったので、彼の方から話を振る事は無い。

 

彼は領地を自分自身と同等以上に大切にしてきている、そのため盗賊に領地を踏み荒らされるのは、自身の顔を踏み荒らされるのと同じだと考え、腹を立てているのである。

 

“黒竜神の信仰”は言わずもがな、自分ではなく“竜種”―――ドラゴンを信仰している事に腹を立てている。

 

何故自分ではなく、ドラゴン如きを信仰するのか、あんな食う事と寝る事しか考えていない様な野蛮な物を、コソドロを追っ払ったぐらいで“神”と信仰するな……モーロットはその言葉を、頭の中で繰り返し繰り返し響かせた。

 

しかもその竜に“神”と付いている事、翼が無く人に似た体躯を持つ不可思議な竜である事も、彼の苛立ちに拍車をかけていた。

 

しばらくうろうろしていたモーロットだったが、ふと何かを思いついたように立ち止り、にやりと笑みを浮かべた。

 

「そうだ……そうじゃないか、こういう方法があるじゃあないか!」

 

彼は喜びを含んだの声を上げると、すぐに召使い達を呼んだ。

 

「お前達! 今すぐ腕利きのメイジや傭兵を集めてこい! 集め終えたら三時間後にコソドロが入った村へ行くぞ! いいな!?」 

「「「はっ」」」

 

彼が思いついたのは、元となった黒い竜を追い出すか殺す……つまり“竜退治”である。

 

信仰の対象である翼の無い黒い竜は、襲撃を受けた村近くの森林に住み着いているらしい。しかも、聞く所によるとその竜は見た目に反して草食なのだという。食われる心配などは無いので、モーロットは気分は大いに高まっていた。

 

(黒竜神などと持て囃されおって……大方コソドロ共が、臆病だったか少数だったのだろう。メイジの力を見れば、草食竜など怯えて逃げだすのは目に見えておるわ……)

 

モーロットは、愛用の杖をまるで指揮をするかのように振り、高笑う。

 

「三時間後が楽しみだ……ワーッハッハッハ!」

 

 

 

この後“竜退治”へと向かったモーロット一行は、その攻撃力、黒い焔の火力、桁はずれなスピードと頑丈さを持つ黒竜に、返り討ちにあったのは言うまでも無い事であり、その日を境にモーロット邸から、……黒竜怖い黒竜怖い…… と言う言葉が毎晩聞こえていたのは、また別の話。

 



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去レ

ソノ身ニ宿スハ闇ノ(ホムラ)、ソノ体ハ暗夜ノ如ク、ソノ力ハ死二神ノ如シ、シカシソレラハ漆黒ダトモ、ソノ心ハ純白ナリ、ソレハ黒竜、神ニ近キ竜、ソレハ黒竜、偉大ナル竜神――――

 

 

「あら? またその歌を歌っていたの?」

「あ、アイリーンお姉ちゃん!」

 

何処か悲しいリズムに乗せてとある竜をたたえる歌を歌う子供たちに、籠を持ったアイリーンが話しかける。

 

「だって、これ以外の歌余り知らないんだもん」

「それに、凄い竜だから称えなさいって言われたし」

「歌の感じも好きだしな!」

「僕、この歌にある黒竜神様みたいに強くなるんだ!」

「あ! それなら俺だって!」

「あたしもっ!」

 

歌の話から、誰が黒竜神のように強くなれるかといった、軽い口論が起こる。ハイハイ、とアイリーンはそれらを納めると、じゃあね、と再び森の中へと歩を進めた。

と、そこで子供の一人が、アイリーンの籠の中身の異質さに気付く。

 

「アイリーンお姉ちゃん、何時もより籠のなかみ多くない?」

「あれ、気付いた?」

 

そう言って彼女がおどける様に上げた籠は、確かにいつもよりも中身が多く、見た事のない物も入っていた。

子供の一人が、淋しそうな声で彼女に問う。

 

「ねぇ……やっぱり本当に行っちゃうの?」

「うん、折角のお誘いを断る訳にはいかないわ」

「また、帰ってくるよな? 姉ちゃん」

「うん、いつかまた帰ってくるからね」

 

子供たちの視線を見に受けながら、彼女は少々重たい足取りで森へと向かった。

 

 

アイリーンは数十分ほど森の中を歩き、やがて目的の場所へ着く。

 

何時も通り、黒竜はそこに居た。

 

寝そべるような格好のまま、首だけを上げて空を見ている。

 

「黒竜様」

 

彼女は黒竜に声をかける。

それに反応し、黒竜が彼女の方を向いたのを見計らって彼女は籠を置き、何時も以上に真剣な顔で語りだした。

 

「黒竜様……実は私、この村を離れる事になったんです」

 

その言葉に黒竜は僅かに反応し顔を少し上げるが、すぐまた元に戻す。

 

「ヴァリエール公爵家……此処の土地を納めるモーロット様とはまた別の、しかも此処よりもより広い土地を納める貴族様の家に、御奉公する事になったんです」

 

彼女の話によると、此処よりも大きな村に行った時、暗くて見えない場所を照らす為魔法を使っている所を、偶然散歩中のヴァリエール家の二女に見られたのだと言う。

 

彼女はこっそり抜け出して散歩をしているのだと言い、魔法を秘密にする代わりに自分が抜け出してこんな所に居るのも秘密にしてほしいと頼んできた。

アイリーンは勿論それを了解し、その後まだ時間があったようなので、話をしていた。

彼女は、アイリーンの持つ貴族のイメージとは違う雰囲気を持っており、そのやわらかな雰囲気の所為か、何時の間にか自分の村の事を話し始めていたという。

 

小さくも大きくも無い村だという事、

 

チーズが特産だという事、

 

数ヶ月前に盗賊に襲われたという事、

 

その危機を救ってくれた竜がいる事、

 

そして、村が盗賊襲撃の影響で貧しくなっていることも。

 

その話を聞いて彼女は、ならば家で働かないか、と誘ってきたのだ。アイリーンは、初めは“無理やりそうさせたようで悪い”と渋ったが、彼女の押しが意外に強く、しかもヴァリエール家の他の人たちも、人手が足りなかったから歓迎すると、反対しなかった。

村長である祖父も、村の為だけでなく外を見てくる機会だと思え、と賛成してくれたので、アイリーンは彼女の言う通りにする事に決めたのだ。

 

「村を立て直す足掛かりにもなりますし、本当に運がいいと思います。……ヴァリエール領は此処から少し遠いので、明日にも立つ予定なんです」

 

悲しそうな顔で俯いた後、アイリーンは今できる精一杯の笑みを浮かべ黒竜に向かって話し始める。

 

「黒竜様、あなたは遠くから来たのでしょう、そうして土地を転々としてきたのでしょう。

今までよりも警備は厳しくなりましたし、あなたの噂はもう既に領内全土ならず近くにも広がり、噂では此処を避けて通る盗賊も出始めたとか。

……ですから、次の場所へ行っても構いませんよ? 村の人たちも、“何時までも黒竜神様に頼ってばかりじゃだめだ”って、奮起してましたから……もう、この場所にこだわらず、これからの私のように外の世界を見る為に此処から去ってもいいんですよ?」

 

黒竜は彼女の眼をじっと見つめ、アイリーンもまた黒竜の眼を見つめる。

 

微かな沈黙の後、黒竜はアイリーンが持ってきた籠を咥えて立ち上がった。そして――――

 

『ア…イ…リーン』

「え……!?」

 

彼女の名を呟き、風のごとく去って行った。

 

「……アイリーンや」

「…おじいちゃん」

 

黒竜の背中が見えなくなるのと同時に、村長が姿を現し、アイリーンへ話しかけた。

 

「黒竜神様は…行かれたか」

「本当にいいのお爺ちゃん? 確かに賛成してる人は多かったけれど―――」

「良いのじゃ、何時までも頼る訳にはいかんのも本当じゃし、なにより竜とは自由な生き物……縄張りを持たない黒竜神様なら尚更の事、この地にずっと縛られてはいかんのじゃよ……これ以上、彼に頼っては、今以上に依存してしまう事になる」

「……」

「行って来い、外を見てこい、アイリーン」

「……うん」

 

アイリーンは立ち上がり、村長と共に歩きだす。

 

……少し歩いた後、彼女は後ろを振り向き、呟いた。

 

「また、会いましょう……黒竜さん」

 

彼に初めて会った時に呼んだ、その呼び名を。

 



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叫ベ

今回は、“彼女”と出会います。


時刻は早朝。

 

切り立った大きな岩山や、上に森がある高い山が連なる山岳地帯。

トリステインから遠く離れているこの地では、その細く長い山々の所為か大型の鳥や風力の強い魚類、特殊な獣類等以外は住んではいない土地だった。

 

『きゅー……きゅーい!』

 

その土地に、ある生き物の鳴き声が響き渡る。

細く高い、しかし何処か力のこもったその鳴き声は、早朝の静かな山頂の森林にもピッタリ合う絶妙な響き方で、広がっていった。

 

『きゅーい……!』

 

その鳴き声を放つ生物の名は“風竜”。竜種に属する動物で、誰もが想像するドラゴンの体躯に青い鱗を持った竜である。ブレス自体にあまり火力はないが、それを補えるほどのスピードを誇る。

 

サイズから言ってまだ子供の風竜だろうか。しかし竜とはかなり長生きなので、実際の所は何十、何百と歳を取っているだろう。

 

その子供風竜は山岳地帯の空を一通り旋回すると、少し標高の低い山の上にある森へと降下していった。

 

 

子供風竜はあまり静かとはいえない降り方をした後、近くの川に向かって歩き始める。と、脈絡なく子供風竜が口を開く。欠伸でも出ると思いきや―――

 

『お腹空いたのね……お魚とって食べるのね!』

 

出たのは何と、“人間の言葉”だった。

 

皆さんも知っているだろうが、人間そのが言葉を発せられるのは喉仏の位置や頭蓋骨の形、そして声帯のおかげであり、普通の動物……ましてやブレスを吐く竜が、傷つけてしまうかもしれないのに声帯を持っている筈は無い。

 

しかし、世の中には例外がある。

 

それは“韻竜”と呼ばれる、古代の幻種に属する竜である。

彼らは通常の竜以上の威力を誇るブレスに、姿を変えたり天候をもある程度変えられる“先住魔法”と呼ばれる魔法が使え、通常のドラゴン以上の知能を持っているのだ。しかし、絶対数が少ない為か、今では絶滅したと考えられていたのだが……

 

子供風竜……いや、子供風韻竜は川面を見つめ、魚が通りかかるのを待つ―――なんてことはせず、

 

『やあっ!』

 

いきなり飛びこんで魚を取った。

その口には大きな魚が二匹くわえられている、狩りは成功したようだ。

 

子供風韻竜はその魚を瞬く間に平らげ、満足した顔できゅーいきゅーいと鼻唄のように鳴き続ける。

 

ふと、近くの茂みから、カサカサ、という音が聞こえる。偶然迷い込んできた小動物でも要るのだろうか? 

普通の獣ならば威嚇をするか、さっさとその場を去るかするのだが、子供風韻竜はニヤッと笑い、その茂みにそーっと近づいて行く。どうやら脅かしてやろうという魂胆らしい。

確かに幾ら子供だろうと風韻竜は風韻竜、そこらへんの動物でさえ逃げだすのだから、小動物など一声上げればひっくり返ってしまうかもしれない。

それを想像しているのか、子供風韻竜はますます笑みを強めた。

 

(そ~っと……そ~っとなのね……)

 

そしてその茂みに辿り着いた子供風韻竜は、大きく息を吸い、咆哮を上げた。

 

『クケェーッ!』

 

………咆哮というにはいまいち迫力が足りなかったが、それでも逃げ出すことは必須―――かと思いきや、その動物は逃げだすことすらせず、再びカサカサと茂みを揺すった。

 

その度胸にムッとしたのか、子供風韻竜は鳴きg――咆哮を連続で上げる。

 

『クケェ! クケェッ! クケェーッ!!』

 

しかし、動物は逃げださず、先ほどよりも大きく茂みを揺すった。

 

(な、生意気なのね~……本気を見せてやるのね!)

 

決意した子供風韻竜は、思いっきり息を吸い、そして今までで一番大きな鳴き声を―――

 

『クケ―――』

《『ゴアアオオオオオオォォォォォォォ!!!』》

 

更に大きく、自分とは天と地の差がある、まさに本物の“咆哮”で打ち消される。しかも、その咆哮は茂みから聞こえた。そして茂みから現れた咆哮の主、それは―――

 

『五月蠅いんだよ……! 鶏がぁ……!!』

『はわ……はわわわわわ……』

 

自分よりも大きく、人に似た体躯、二本の角、鎧のような右手を持ち、黒い焔と憤怒をまき散らしている、黒き竜だった。

 



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押セ

『他の奴が寝ているって時にクケークケー……喧嘩売ってるのか? 売ってるんだな? お前は』

『……きゅ……』

 

子供風韻竜は、黒竜の放つその怒気にあてられ、今にもひっくり返りそうなほど恐怖している。

 

今更ながらにだが、子供風韻竜は後悔していた。

 

しかも自分が驚かそうと咆哮……もとい鳴き声を浴びせていたのは、自分よりも小さな小動物では無く自分よりも大きな同じドラゴンだったのだから、その後悔の度合いは風韻竜の竜生の中でぶっちぎりであろう。

 

(ど、どどっどうしようなのね……とんでもな、ない竜起こしちゃったのね……)

 

更に茂みとはいっても、子供風韻竜から見れば茂みなだけで人間から見れば背丈の高い草、しかも早朝だった事もあり暗かった為、目の前の黒い竜が隠れている事に気が付かなかったのだろう。

 

『聞いてるのか……!?』

『は! ……はぴゅっ……』

 

はい、と答えようとした子供風韻竜だったが、恐怖のあまり変てこな言葉しか出て来ない。

その言葉が余計に気に障ったのか、黒竜の顔がしかめられる。

 

(ああ、お母様ごめんなさいなのね……イルククゥは、ここでムシャムシャ食べられて死ぬのね……)

 

子供風韻竜は涙を流していたが、恐怖がピークに達したのか逆に穏やかな顔をしていた。

 

『はぁ……』

 

それを見た黒竜は溜息を吐き、同時に怒気と黒焔も消えた。

そして申し訳なさそうな顔で、子供風韻竜に話しかける。

 

『すまん……ちょっとムキになりすぎた』

『きゅ……?』

 

それまでの荒々しさが無くなり、静かな雰囲気になった黒竜に、子供風韻竜も戸惑いの色を隠せない。自分は死ぬと思っていた矢先にこれだから、当然の事だろう。

 

『え? ……ふぇ?』

『よく見れば子供……悪戯盛りだから仕方なかったかもしれないし……な』

『ゆ、許してくれるの? イルククゥを許してくれるのね?』

『……ああ。寝ている所を起こされたとはいえ、怒りすぎたからな』

『―――きゅ』

『きゅ?』

 

子供風韻竜・イルククゥは今までよりも低い声で短く鳴き、

 

『きゅ~~……』

 

安心したようにその場にへたり込んだ。

 

『安心しすぎだろう……』

『安心するの当たり前なのね……たった二百年で私の竜生終わると思ったのね……』

『二百……』

 

黒竜は、自分よりも短い年月を聞いた筈なのに、何処か驚いたような声色で呟く。

 

『……』

『そうだ、あなたの名前聞かせてほしいのね。私の名前はイルククゥ、黒竜さんの名前はなんなのね?』

『俺の……名前』

 

名前を問われた黒竜は少し考えた後、静かに呟いた。

 

『……ハンニバル』

『ハンニバルさん……かっこいいのね!』

 

名前を答えた後に、ハンニバルはふとある事に気づく。

 

『…おい』

『なんなのね?』

『何で名前なんて聞いたんだ?』

 

イルククゥはここに住んでいるのだろう、だからこれから住む他の竜の名前を覚えておきたいという理由もあるのだろうが、まだ自分はここに住むとは言っていないので、名前を聞くと言う選択肢は出て来ない筈だ。

 

『名前を聞いた理由は簡単なのね』

『そうか』

『あなたを今日からお兄様と呼ばせてもらうのね。だから名前知りたかったのね』

『そうか』

 

そう呟いてからハンニバルは、

 

『―――は?』

 

その話の内容が、突拍子も無いものだと気付いた。

 

『ちょっと待て……何故俺をお兄様なんて呼ぶ?』

 

ハンニバルの尤もな問いに、イルククゥは目をキラキラさせて彼に詰め寄りながら答える。

 

『怖かった時は分からなかったけど……ハンニバルさんってとってもかっこいいし、それに咆哮も凄かったのね! 憧れたのね! それに兄弟も欲しかった……だからイルククゥはお兄様と呼ばせてもらう事にしたのね!』

『……』

 

呆れと困惑の混ざった顔で沈黙するハンニバルを余所に、イルククゥはまたもとんでも無い事を言い出す。

 

『これからイルククゥは、お兄様に一生ついて行くのね!』

『何……!?』

『お兄様、駄目なのね?』

『……』

 

どうせ断っても、この様子だと勝手に付いてくるだろう。その事を悟ったのか、ハンニバルはもう一つ溜息を吐いた後、呆れ声で呟く。

 

『……勝手にしてくれ』

『キューイ! お兄様が出来たのね! これから宜しくなのね、お兄様!』

 

先程まで恐怖でいっぱいだった筈なのに、もう既にここまで元気になっている所を見ると、以外と精神力が強いのかもしれない。

 

かくして、ハンニバルは半ば強引にイルククゥの兄となる…事になった。

 

 

 

 

『そう言えば聞き忘れてたけど、お兄様って何歳なのね? イルククゥは二百なのね!』

『……三百六十だ』

『意外と若いのね、お兄様』

『……』

 

 

余談だが、歳を答えるハンニバルの顔はどこか引き攣っていたという。

 

 



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使エ

何時ものように風の吹く、切り立った山々が連なる地で、嬉しそうな声が聞こえてくる。

 

『ねぇねぇお兄様! この前のアレをやってほしいのね!』

『……そんなに気に入ったのか?』

『気に入ったのね!』

 

青い鱗を持つ風韻竜の子供・イルククゥは、黒い甲殻を纏う竜・ハンニバルに、キュイキュイとはしゃぎながら何かを頼んでいるようだ。

頼みごとをするイルククゥの足元には、大小様々な魚がピチピチと跳ねている。

 

『早く食べたいのね!』

『……少し待っていろ』

 

そう呟いたハンニバルは、左手に“黒い焔”を作り出し、右手に魚を持って魚を焦がさない様に焼いていく。

 

『ルンル~ン…キュイ!』

 

楽しみでしかたないと言わんばかりに、体を左右に揺らすイルククゥの姿は何処か微笑ましく、禍々しいほど黒く、一瞬で鉱物をもを消しズミに出来そうな焔で魚を焼くハンニバルの姿は何処かシュールに見えた。

 

『…ほれ』

『焼けたのね! 頂きますなのね!』

 

イルククゥはがつがつと焼き魚を美味しそうに頬張り、ハンニバルは傍に生えていた小さめの木を引っこ抜き、齧り付く。

外見的にいえばイルククゥとハンニバルはどちらも肉食に見えるのだが、どうやら食性はお互い違うらしい。

 

『それにしても……お兄様にはビックリしたのね』

『……なにがだ』

『だってお兄様、草や木しか食べないのね。お兄様の食べ物、見た目と合ってないのね』

『食いモンと見た目は関係ないだろ……』

 

それに、とハンニバルは木を手にしたまま何処か力のこもった声で言う。

 

『木や草にだってそれぞれの味がある、食いなれれば旨い木だって分かる』

『じゃあ、今お兄様が食べてる木は美味しいのね? 何時も食べてるけど』

『旨いぞ』

『ちょっと頂戴なのね』

『……ほれ』

 

少し悩んだ後、ハンニバルは木を差し出す。顔を若干しかめているのは、あげたくない……とはまた違う理由のようだが。

そしてイルククゥは木に思いっきり齧りつき、

 

『ギュエッ!? 不味いのねーっ!?』

 

その不味さに、慌てて魚に齧り付いた。

 

『やっぱりか』

『ま、まさか分かっててイルククゥにこれ食べさせたのね!?』

『……いや、もしかしたら食えるか、とも思っていたんだが……』

『木なんか食べないのね!』

『……欲しいって言ったのはお前だがな』

 

何やかんや有りながらも食事は終わり、ハンニバルはイルククゥに、ある事を確認した。

 

『……それで、だ。本当に存在するのか? お前がいった“魔法”…確か―――』

『“精霊魔法”なのね』

『それだ』

『存在するも何も私は目の前で見せたのね、見たのに信じられないのね?』

『見たから余計に、な』

『それを言うならお兄様の“黒い炎”だって、おかしさ満点なのね。魔法じゃないのが信じられないのね』

『俺の焔はまだ“不可思議な炎”でも方が付く、だがお前のソレは俺にとっては完璧に“異質”だ

 

 

―――外見だけでなく大きさまで人間に変化させる魔法なんてな』

 

 

そう、イルククゥが目の前でハンニバルに見せた物、それは“精霊魔法”で人間に変身すると言うモノだった。

初めは外見をそう見せているだけかと彼も思っていたのだが、大きさや質量さえも人間になったと確認でき、唖然とした。

 

『下等な人間に変身なんて普段はしないけど、いろいろと便利な時もあるって言われて、お母様から教わったのね』

『……これが、“魔法”か』

『ちなみに人間どもはこんなもの使えないのね、使えても一握りの運のある奴だけで、しかも私たちには劣るのね』

 

イルククゥは胸を張って言いきる。ハンニバルはイルククゥの言った“ある一言”を頭の中で響かせていた。

 

《――色々と便利な時もあるって言われて――》

 

ハンニバルの体はかなり大きく、翼も無く、人と竜を合わせた様な体躯は、体色と合わせてかなり目立つだろう。

ハンニバルは少し考えた後、イルククゥに話しかけた。

 

『イルククゥ、頼みがある』

『何なのね? お兄様』

『俺に“精霊魔法”を教えてくれ』

『きゅい! お安い御用なのね!』

 

イルククゥは特に疑問も持たず、ハンニバルのお願いを承諾した。

 

 

 

精霊魔法の特訓は三日三晩続いた。

 

幸いハンニバルには才能があったのか、精霊魔法による“攻撃”は無理だが“変化”は普通の竜よりも呑み込みと成長が早く、課題の“精霊と仲良くする”もクリアーし、(イルククゥいわく、精霊が怯えていたらしいが)あっという間に“精霊魔法”を使えるようになった。

 

『それじゃあ、お兄様。変身するのね』

『ああ』

 

ハンニバルが呪文のような物を唱えると同時に風が集まり、そのそよ風の様で何処か荒々しい風はハンニバルを完全に包み込む。

 

そして、風がはれ、そこに居たのは―――

 

 

『……アレ?』

 

角のような二つの毛束と、元の姿と形は変わらない右手の手甲を持つ、黒いオオカミだった。

 

 



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走レ

闇のような黒毛と立派な体躯を持つ狼となったハンニバルを見て、イルククゥは首をかしげる。

 

『お、お兄様? ソレは狼なのね、人じゃあないのね。……失敗したのね?』

『いや、自分で臨んでやった』

『自分で狼になろうとしてたのね!?』

 

驚愕するイルククゥだが、ハンニバルはどこか悲しそうな顔で夜空を見やり、呟いた。

 

『臨んだ物を……わざわざ捨てる気は無いからな』

 

その言葉の意味はイルククゥには分からず、顔をしかめる。

 

『お兄様……ひょっとして人間嫌いなのね?』

『そうでもあり、そうでないって所だな』

『分かんないのね~!!』

 

地団太を踏むようにジタバタしたイルククゥは、不意にハッとし、ニンマリと笑った後呪文を唱え、人間の女性に変身した。

 

『何でいきなり変身した? イルククゥ?』

『……お兄様、もっと大きくなれるのね?』

『まぁ、出来るが…』

 

そう言ったハンニバルは再び呪文を唱え、姿そのままに元から大きめだった体躯を、一回り大きくした。

 

と、同時にイルククゥがハンニバルの背中に飛び乗る。

 

『ムフフ~……行くのね、お兄様!』

『……ったく』

 

どうやらコレがやりたかったらしい。

確かに、彼女は自分の翼で飛ぶ事はあっても何かに乗って移動すると言う事は無い。そもそも竜なんだから、乗れる物が船ぐらいしか無いのだ。

 

渋々といった様子でハンニバルは走り出す。その速度は、並みの狼など軽く凌駕している速度だった。

 

『風を切って走ってるのねー! 気持ちいいのね!』

『……そうだな』

 

本気で楽しそうにしているイルククゥに答えるハンニバルは呆れていたものの、彼も何処か楽しそうではあった。

 

イルククゥ(人)を背に乗せたハンニバル(大狼)は山々を跳躍し、走り続ける。その姿は黒き疾風の如くといっても過言では無かった。

 

 

余談になるが、偶然通りかかった商人がそれを見ており、その後しばらくはこの山々に“青い髪の美少女と彼女を背に乗せた漆黒の大狼”が居ると噂になったという。

 

 

結局、イルククゥとハンニバルの疾走は、朝方まで続いた。

 

少し寝た後イルククゥとハンニバルは元の姿に戻り、彼女は魚を、彼は木を頬張っていた。

 

『楽しかったのね!』

『そうか』

 

アレだけ走り回った筈なのに、ハンニバルに疲れはあまり見られなかった。寧ろまだまだ余裕がある様にも見える。寝ただけで此処まで体力が回復するとは思えない。

 

一足先に食べ終わったハンニバルが己の手を見やり、思い出したように呟いた。

 

『イルククゥ、もう少しだけ過ごしたら、俺は此処とは別の場所に行こうと思っている』

『私も付いて行くのねお兄様! ……というか、何でそんな事言ったのね?』

『勝手にしろといった手前、撤回する訳にはいかないからな、お前にも伝えておこうと思ったんだ』

『そうなのね』

 

イルククゥは最後の魚を咀嚼して飲み込むと、目をキラキラさせて話し始める。

 

『イルククゥ、此処以外の場所いっぱい見てきたのね! でも、見たこと無い場所もまだたくさんあるのね、お兄様もいるから、これからもっと楽しみになるのね!』

『……全く』

 

昼夜問わずにはしゃぐイルククゥを、ハンニバルは苦笑して見つめる。

 

『次の場所は街の近くがいいのね。人間共はあまり好きじゃないけど、人間が作った物は一度食べたら癖になっちゃう位美味しかったのね!』

『お前……それ、まさか』

『お店って言うのの前に並んでたから、コッソリ取ってったのね』

『……』

 

さらりと窃盗経験を暴露したイルククゥの顔には、罪悪感の欠片も無かった。

 

そんなイルククゥへ、ハンニバルは何か言いたそうにし、結局辞めた。

代わりに先程と同じ苦笑を浮かべ、言葉を発する。

 

『俺も興味があるし、次の場所は街の傍に――――』

 

言いかけたハンニバルは、イルククゥの背後に突如現れた“鏡のような何か”が目に入る。その“鏡のような何か”にハンニバルは、寒気が走る程嫌な予感を覚え、イルククゥに怒鳴る。

 

『イルククゥ! そこから離れろ!』

『キュ!?』

 

驚いたものの、言葉通りイルククゥはそこから離れる。しばらく“鏡のような何か”はあったが、やがてスゥーッと消えた。しかし―――

 

『キュイ! キュイ! た、助けてなのねお兄様!』

『なっ……!?』

 

再び“ソレ”は現れた。その唐突に表れた“鏡のような何か”を避ける事が出来ず、イルククゥは吸い込まれそうになっている。

 

ハンニバルは彼女を引っ張りだそうとするが、まるでくっ付いているかの如く引っ張る方に進展は見られず、逆にどんどん引きずり込まれていく。

 

『お兄様! 助けて! 怖いのね!?』

『くそっ……何なんだ!』

 

もう既にイルククゥは、ハンニバルが掴んでいる右前脚と首から上しか見えていない。そして―――

 

『お兄さ―――』

 

イルククゥは吸い込まれ、同時に“鏡のような何か”も跡形も無く消えてしまった。後に残ったのはキラキラとした粒子と、むなしく虚空を掻くハンニバルのみ。

 

『イル……ククゥ』

 

彼は震える手を見つめ、

 

『イルククゥーーーーッ!!!』

 

憎いほど晴れ渡る空へ向け、絶叫した。



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探セ

「いや~、奮発してもらっちゃうなんてツイてるな!」

「本当にね。お得意さんとはいえ、何時も以上の礼金に食料までもらっちゃうんだもの」

 

運び屋らしき二人が、機嫌よさそうに街道へつながる道を、荷物を引いて歩いている。

積んでいる荷物は少ないが、どうやらそれらはお礼としてもらった品らしく、少し不格好に包装されていた。それに、会話からして何時も以上に礼金をもらえたらしい。気分もよくなる訳だ。

 

「ねぇ……何アレ?」

「何って……」

 

しかしその喜びは、前方から来る物を見て、少し減衰した。

 

運び屋の女の方が、前方から駆けてくる“何か”を指差す。男は土煙しか見えず、何だアレと眉をしかめるが、“ソレ”の正体が分かった瞬間、先程までの喜びが一瞬で恐怖へと変わった。

 

「狼だ! でけぇ狼がこっち来る!!」

「お、狼なのアレ!? 大きすぎだし、何より―――」

 

つまりながらも女は言葉を口にする。

 

「背中から黒い焔出して走る狼なんて知らないわよ!?」

「俺だって知らな―――って、話してる場合じゃねぇ!?」

 

その黒焔纏う巨躯の狼は、此方など全く目に入っていないと言わんばかりに疾駆してくる。いや、寧ろ邪魔な物を蹴散らす為に速度を上げているようにもみえる。

 

「うわあっ!!」

「きゃあっ!?」

 

慌てて二人は道の端に跳んでよけ、間一髪の所で直撃を避けた。身体擦れ擦れを黒い疾風が横切った時、二人は生きた心地がしなかったという。

 

やがて二人は腰が抜けたらしく、その黒い巨躯の狼の背を、へたり込んだまま見送った。

 

「た、助かった~……」

「……私達はね」

「ってああ!? お礼の品があ!?」

 

と、同時に貰った品々が、燃え尽き、踏みつぶされ、木端微塵となった様を見て悲痛な叫びを上げた。

 

 

 

 

 

 

(一体どこに行ったんだ、イルククゥは?)

 

ハンニバルは考えながら、街へ向けて疾駆していた。

 

イルククゥが消えた理由として、ハンニバルは三つほど考えていた事がある。それは、“異次元への連行”、“別の場所へ召喚”、“消滅”である。

 

まず一つ目は異次元へと連れて行かれたという事だが、荒唐無稽すぎるので、彼はコレを否定した。となると残りの二つの内どちらかなのだが、三つ目は最悪の場合なので考えないようにしているようだ。

残るは二つ目の召喚なのだが、ハンニバルはこれに確信をもっていた。

 

何故かというと、以前いた村で出会った少女・アイリーンが、貴族の使い魔召喚の儀式について話してくれた事があったからだ。つまり、イルククゥは“誰かに使い魔として召喚された”可能性があると言う事で、ハンニバルは召喚した人物を特定するため、街に向かって駆けている。

 

(此方が了解すらしていないのに引きずり込むなんざ……召喚の儀ってのは、クソったれな程最悪な代物だな)

 

怒りに歪んだ顔で歯ぎしりをし、また速度を上げる。黒い焔をブースターのように使うことで、ただ走るのとは段違いの速度を叩きだしている。

 

彼らが居た山脈はトリステインから遠く離れたまた別の国の、端方にある場所。それを踏まえると、駈け出してから数週間しか経っていないのに街がもう目前に見えているのは、その速度がどれだけの物か知らしめるに十分だった。

 

『オオオオオォォォォォ!!!』

 

ハンニバルは前方へと“黒焔の爆射”を行い、ドリフトするようにブレーキをかける。結果的に止まったものの、大量の砂を含んだ暴風を前方へと盛大に吹かせてしまった。

 

『……少し必死になりすぎたか……』

 

そう呟いた後、体の大きさを普通の狼程度にし、街へと入って言った。

 

 

アイリーンから聞いたトリステインの、現代では首都とも呼ぶべき場所、そこになら魔法使いもたくさん集まるだろうと、ハンニバルはこの街を目指してきたのだ。

 

その街の名は―――“トリスタニア”、トリステイン王国、その王都である。

 

 

 

 

入って早速、ハンニバルは躓いていた。

 

(今思えば……竜じゃあなくとも、動物が話したら変じゃないか?)

 

必死すぎてその事までも抜けていたらしい。お茶目といえばそれまでだが、ハンニバルにとってこの状況は洒落にならない。

 

かといって人間になるのはやはり嫌らしく、如何したものかと考え、何かを思いついたらしく、路地裏へと走って言った。

 

そして数分後―――

 

「これで良しと」

 

ローブを被った大男が出てきた。嫌だったのに結局変身したのか……と思いきや、

 

「角も尾も隠れているな……」

 

なんとハンニバルが変身したのは、元の竜の姿の自分をより人に近くした“竜人”とも呼ぶべきものになっていたのである。

そんなに人間になるのが嫌なのだろうか。

 

ともかく、これで情報収集が出来ると、ハンニバルは早速人に聞き込みを始めた。

 

「すまん、少しいいか」

「うひゃ!? な、何でしょうか……?」

 

話しかけられた中年の男は怯えながら答えた。通常よりも大きく、僅かに見える目も不気味に光っている男に話しかけられれば、殆どの人はこうなるから仕方ないとも言えるが。

 

「この当たりで、召喚の儀が行われたという噂を聞いた事は無いか?」

「す、すいません……私は魔法関係の事はさっぱりで」

「そうか、時間を取らせたな」

「い、いえ! 此方こそすいません……」

 

腰が外れるんじゃないかと言わんばかりに礼をした後、逃げるようにその場を去った。見ると、周りの者たちも怯えている物が多く、明らかに有らぬ事を、ひそひそと噂出てている者もいた。

 

(まぁ、しょうがないか)

 

予想はしていたらしく、溜息一つ吐かずに聞き込みを再開した。

 

とはいっても、大通りじゃあ誤解される事もありそうなので、酒場に入る事にした。

 

「いらっしゃ―――いませぇ……」

 

後半かなり失速したが、それでも店員は迎えてくれた。怯えているというよりは、驚きの方が勝っている様子だったが。

 

とりあえず席に座ったハンニバルは、注文を取りに来たウエイトレスにサラダを注文し(似合わないという眼をされ)去り際に聞く事にした。

 

「すまない、ちょっといいか?」

「はい、何でしょうか?」

「この当たりで、召喚の儀が行われたという噂は無いか?」

「あー……ちょっと心当たりないですけど…情報通の子がいるんで聞いてきましょうか?」

「頼む」

 

そういって、注文の伝票を持ったままその情報通の所へ、彼女は掛けて行った。

 

しかし、何故ハンニバルは召喚の儀が行われた場所を探しているのだろうか。彼の力ならば、この王都を灰に変えてしまうことも可能な筈であり、その最中、もしくはその後ゆっくり探せばいいだけの筈。

 

(……関係無い奴まで巻き込みたくはないからな……)

 

単に怒りをぶつける対象を見失っていなかっただけらしい。とはいえ、イルククゥを召喚した人は、盛大に炙られる事になるのだろうが。

 

「お待たせいたしました。サラダです……後、召喚の儀の事についてなんですが」

「情報はあったのか?」

「はい。なんでもトリステイン魔法学院という所で数週間前に召喚に儀が行われたとか。

情報通の子が、偶然荷物を持っていった時にそこで働いている知り合いに聞いた話らしいです」

「その中に、青い鱗を持った竜はいたという話はなかったか?」

「ああ! 居たらしいですよ。ドラゴンなんて初めて見たってその子はしゃいでたらしいです。

ただ―――」

「ただ?」

 

ウエイトレスは少し彼に顔を近づけ、耳元(耳があるかどうか分からないが)でこそこそと話す。

 

「コレはあくまでその子個人の見解らしいんですけど……その青い竜はどこか悲しそうに見えたらしいです。それとかなり怒っていてブレス吐きまくっちゃって、納めるのにかなり苦労していたらしいですよ。それと、人間が召喚されたとの噂もあるとか」

「……いい情報を有難う」

「いえいえ、それでは」

 

と、彼女は手を差し出した。チップをよこせという意味らしい。

彼は、情報をもらったのだからと金を払った。……どうやら、路地裏に入って取ってきたローブは奪った物らしく、それと同時に金もくすねてきたようだ。

 

「それではごゆっくり」

 

去っていくウエイトレスや目の前に置かれたサラダを見もせず、ハンニバルは握りしめた拳を見つめていた。

 

(見つけたぞ……イルククゥ)

 



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話セ

見張りとは、かなり重要な仕事だ。

異変があった時や敵が来たとき等しか役立つ時が無いが、事前に情報を仕入れられるのはかなり重要になってくる。しかし立ち位置上、真っ先に攻撃される可能性の高さも含めると、人気は無いに等しい。

 

「でも、仕事は選べないしな……こんな仕事でも給料いいし」

 

愚痴りながら、平民出身の兵士は高台からある道具で遠方を見渡し続ける。それは魔法を埋め込んだ現代で言う望遠鏡のような物で、肉眼以上の倍率で遠くを見渡す事の出来る“マジックアイテム”と呼ばれる代物なのだ。

無論、肉眼で見ているのに変りは無いので、夜である今は見え難くもあるのだが。

 

その魔法望遠鏡に、ある物が映り込む。それをよく確認した兵士は尻もちをつき、青ざめた顔で転げ落ちるように高台から降りる。そして、脚が付くと同時に走り出した。

 

「なんだよっ……!? なんだよアレ!?」

 

彼が見た物、震えるほど恐怖したある物、それは―――

 

「何なんだよ…あのおっかない赤い光は……!? 何なんだよ黒い焔は!?」

 

瞳を不気味に赤く光らせ、闇の中でも分かるほどに燃え盛る黒い焔を身に纏う、“何か”だった。

 

 

「ふむ……ソレは確かかね?」

「は、はい! 確かです、オスマン学院長!」

 

兵士はまず、この学園の警邏担当のメイジに話をした。初めは胡散臭い顔を向けられていたものの、その兵士の必死さと青ざめ方を見て学院長に連絡、急遽会議を開く事になったのだ。

 

この学院の長・オスマンに兵士が改めて告げた後、秘書らしき女性・ロングビルがそれを繋ぐ。

 

「その“何か”は、兵士の目測でも後三十分後に此処に到達するそうです」

「ふん、大げさに怯えすぎだ。私の“風”ならば、何であろうと簡単に吹き飛ばしてしまえるぞ」

 

若いが何処か不気味に見える教師・ギトーが、フン、と鼻を鳴らしていうと、眼鏡をかけた教師・コルベールは、しかし、と顔をしかめる。

 

「その“何か”は不可思議な黒い焔を纏い、木々をも粉砕してこちらに来るのでしょう? ならば油断はしない方がいいかと思いますが」

「たとえ木々を粉砕出来ようとも、私の“風”には敵う筈がなかろう」

「……しかし、実際に見てみない事には」

「なら見てみるかの」

 

オスマンはそう言うと“遠見”の魔法を唱え、鏡のような楕円を作り出す。

そこに映った物に、全員が息をのんだ。

 

映った物が、まるで地獄から来た悪魔のようなモノだったからだ。

 

赤く不気味に光る目に纏っている黒焔、聞くと見るとは大違いなその形相に皆青ざめ、優しそうな教師・シュヴルーズは気絶してしまっている。

 

しかも、此処でロングビルが気付きたくない物に気付いたと言った感じで息をのむ。

 

「……もしかして、これはドラゴンではないですか?」

「何!?」

 

そう言われて、ぼんやりだが確かにそのシルエットが竜種に酷似している事が確認できた。

 

「もしかして、あの子供の風竜の仲間ではないでしょうか?」

「確かにそれならば、風竜が暴れた事にも、あの形相にも納得はできる……」

「ドラゴンが……仲間を取り返しに来た……?」

 

今まで一度としてなかったその事例に、職員達は軽く混乱する。が、いち早く立ち直ったオスマンが、威厳ある声で指示を出した。

 

「そうなると危ないのはミス・タバサじゃ。使い魔契約は片方が死ぬと解除される、つまりあのドラゴンは間違いなくミス・タバサを殺しに来るだろう。それだけは何としても阻止せねばならん」

 

おまけに、ルーンにはある程度好意を刷り込む力があること知られたら、遺体すら残らず殺され、下手をすれば他の生徒をも殺しかねない。その事も知られてはならなかった。

 

「今から討伐作戦を行う。言っておくが配置などの文句は聞かんぞ、悠長にしている時間などもう無いからの」

「「「はい!」」」

 

絶対に生徒達の元には行かせない。この事を聞かせない。そう意気込むオスマンだった。

 

 

 

 

 

 

―――が、

 

「黒竜……さん」

 

 

ある一人の少女の耳には入ってしまっていた。

 

そして少女は呟き、ある場所へと駈け出した。

 



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飛バセ

「本当に行く気かい?」

「当たり前でしょ!」

「ドラゴンか。俺、見るのはこれで二度目になるんだな」

「戦うのは初めてになるわね」

「頑張ってねダーリン」

「って戦う前提かよ!」

「……」

「僕の意見は無視かい!?」

 

やいのやいの騒ぎながら、しかしこっそりと抜け出す子供達がいた。

 

桃色がかったブロンドの少女・ルイズを筆頭に、黒髪のパーカーを着た少年・才人、何処かきざな雰囲気漂う少年・ギーシュ、豊満なスタイルを持つ赤毛の女・キュルケ、無表情な眼鏡をかけた少女・タバサが続く。

 

「それにしても、……その情報は確かなのかい? ミス・ヴァリエール」

「当たり前でしょ。家から連れてきたメイドが血相抱えて走っているのを、呼びとめて聞きだしたんだから。その後すぐ走ってっちゃったけど、その様子から絶対何かあるって思ったわ」

「いや、何で行くんだよ。その理由が聞きたいんだけども」

「竜討伐に貢献すれば、きっと認めてもらえる筈よ! だからよ」

「あら、ゼロのルイズが何言ってるのかしら? 全部ダーリンに任せて、手柄だけ掻っ攫っていこうって魂胆のくせに」

「五月蠅いわね! 使い魔の手がらは主人の手柄、だからいいのよ!」

「理不尽だなオイ!?」

 

彼らは、どうやら教師達の竜討伐に、コッソリ加わるつもりのようだ。

 

「……で、その竜ってどんな竜なんだ?」

「確かにそうね。火竜、風竜、水竜……は無いとして地竜、それぞれ特徴が違うから、対策も違ってくるモノね。……ルイズ、何か聞いてないの?」

「分かんないわ」

「分からない?」

「だって、その子は、竜の特徴の事なんて“黒竜さんが、黒竜さんが”としか言わなかったんだもの、黒い竜なんて聞いた事な―――」

 

と、その会話を聞いていたらしい“何か”が脇目も振らずに飛び出していく。

 

「あれ? タバサ、シルフィードに何か指示出した?」

「……出してない、けど」

 

一つ間を置き、タバサは呟いた。

 

「“お兄様が”……って、言ってた……」

「お兄様……って事は、その黒い竜はシルフィードの兄なのかしら?」

「それはあり得ないよ……だってシルフィードは青い鱗……風竜じゃないか」

 

そんな事を話しながら、一行は進んでいく。

 

締まっていても、どこか抜けた雰囲気が漂う彼らとは裏腹に、その風竜・シルフィードは、かなり必死だった。

 

 

(駄目なのねお兄様っ……暴れては駄目なのね!)

 

 

 

学院から少し離れた場所に、討伐隊の第一陣が敷かれていた。

そして、一人の教師がやってくる“ソレ”を見つけた。

 

「……来おったか」

「なんだ……アレは……!?」

「ぐっ、見ているだけでも震えが……」

 

作戦を聞いた時に、ドラゴンを相手にするのは辛いが何とかやれるかもしれない、と思っていた教師達は、そのドラゴンの悪魔の如き風貌に、自身の認識の甘さを知った。

 

しかし、震えが収まらなくとも呪文は唱え、自身が打てる最高の呪文をそれぞれが準備し始める。

 

そして、その黒いドラゴンが射程圏内に入ったと同時に――――解き放った。

 

巨大な炎、一直線に走る雷、うねる濁流、岩の嵐、暴風の塊、全てが黒竜へと殺到し、大爆発を起こした。

 

ドラゴンの迫る音が消え、静寂が訪れた。

 

「これなら……幾らドラゴンでも―――」

 

そう勝利を確信した教師の一人が、次の瞬間黒い嵐に吹き飛ばされ、木に叩きつけられる。

 

「ぐはっ……、くそ―――!?」

 

そして顔を上げた彼は、とんでもない光景を目撃する。

 

 

地は焼かれて燃え盛り、防壁は砕かれ面影も無く、人は飛ばされ血を流し、成すすべなく落ちる。そこに広がっていたのは正しく―――

 

 

地獄絵図だった。

 

 



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止マレ

※13話『探セ』に置いて矛盾点と無理な点を発見しましたので、直しておきます。

内容: “数日” を “数週間” に、“トリステインの端” を “トリステインとはまた別の国” に変えました。


たいへん長らくお待たせしました。


 それでは本編をどうぞ。



 黒焔が舞い、木々が踊り、地が爆ぜる。

 

 

 黒龍が行う唯の――――いや、黒焔を纏った突進で進路上にある物が、皆全て粉砕されていき、森に住まう動物達は皆怯え、コボルトやオークといった鬼達でさえも蛮勇など発揮せず逃げ出す。

 

 馬ですら追いすがることさえできない速度を叩き出しながら……黒竜は進路上に構える巨大な建物を目指していた。

 

 

(イルククゥ……待っていろ! 今助け出してやる!!)

『ゴォオオオオオオォォォォォォオオオオオァァァアアアァアア!!!』

 

 

 黒竜の咆哮に同調するかのように黒焔もより一層燃え盛り、静寂の支配するはずの暗夜の森を、大火と粉砕の轟音で満たしていく。急拵えの防壁など意味も成さずに吹き飛ばされ、この竜の前に立ちはだかる者はおらず、黒竜の突進、黒焔、爆砕の勢いはとどまる所を知らなかった。

 

 

 

 しかし不運かな、彼は必死になるあまり、一つの愚行を犯してしまっていた。

 

 

 

 沢山の教師たちを跳ね飛ばしたことだろうか? 自然を破壊し続けていることだろうか? 動物たちを怯えさせてしまったことだろうか? ……それのどれとも違う、彼にとっては最大の失策、それは―――――

 

 

 

 

 

「あ、きゃあっ!?」

「きゅいっ!?」

「い、今のは……黒竜さんっ!?」

(今のは……お兄様っ!?)

 

 

 

 彼の親愛する者達を、見逃してしまったことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前衛防壁陣と連絡が取れません! 恐らく倒されてしまったものかと!」

 

 

 広場に集っていた教師たちは、前線と連絡が取れなくなったことを伝えられ、皆それぞれの反応を示していた。

 

 

「な、なんと!?」

「ふん、軟弱な……だから私に任せておけといったのだ」

「ミ、ミスタ・ギトー! その言い草はいくらなんでも……!」

「言い合いなどやめんか! 今はもうすぐ来るであろう “黒竜” に備えるんじゃ!!」

「「「は、はい!」」」

 

 

 オスマンの、普段の行いや雰囲気からは考えられないような真剣な声を受けて、教師陣は言い合いをやめ、黒竜がやってくるだろう咆哮を見やり皆杖を構える。

 

 

 そんな教師達を、建物の影からルイズ達が見ていた。

 

 

「オールド・オスマンがあんなに真剣に……見たことないわ、あんな学園長」

「……同意」

「そうね……それほどトンデモない相手だってことなんでしょうね」

「か、帰らないかい? オールド・オスマン学園長がアソコまで真剣になるんなら、僕たちの出番なんて――――」

「何言ってんのよ! ここまで来て引き返せるわけないじゃない!」

「ま、そうだよな……諦めろ、ギーシュさんよ」

「し、死にたくないよォ……」

「まだ相棒の方が気を保ってるねぇ、しっかりしなよ貴族の坊ちゃん」

 

 

 ルイズが、タバサが、キュルケが見た事もない学園長の剣幕に少々緊張し、ギーシュが泣き言を言い、才人が気合いを入れ直し、インテリジェンスソード・デルフリンガーが励ましとは思えない励ましを口にする。

 

 

「なぁ、デルフ」

「知らんよ」

「まだ何も言ってないだろ!?」

「どうせ、黒竜って知っているか? とか、 弱点てあるか? って質問だろ。悪いがよ、答えは “知らねぇ” だ」

「どうせ忘れてるだけなんじゃないの? 何時もみたいに」

「いや、断言してもいい。黒竜なんざ本気で知らんし、そもそも黒い体色の竜自体居ねぇよ。あるとすれば水竜だが、アイツ等は年取ってもくすんだ銀色に落ち着いちまうからねぇ。そもそも陸には出れねぇし」

「地竜ってのは?」

「絶対違う。つーか地竜の体色は結構鮮やかだし、竜種の中では水竜よりも温厚な奴等だ。そもそも、あんなになって守るほど脅威になる奴等じゃねぇのよ」

「じゃぁ、一体どんな奴だってんだよ……?」

 

 

 悩むルイズ達だったが、情報など無い以上考えてもわかるはずがなく、そもそも黒い竜なんて文献にすら載っていないし、見た事もないからどんな物なのか想像もできない。

 彼女達は、頭の中に火竜と風竜を足して2で割り、体表を黒く塗りつぶしたものを想像しながら、その黒竜がやって来る時を待った。

 

 

 そして、その時は訪れる―――――

 

 

 

 

 

 

「!? ……避けてっ!」

「へ? 今のタバサ―――」

「早くっ!」

 

 

 

 

――――彼女達の背後から。

 

 

 

 

『ゴオオオオオォォォォアアアアアァァァアア!!!』

「どわあっ!?」

「ひやぁぁああ!?」

「きゃああっ!?」

「……この!」

「なによ!? なんなのよ!?」

 

 

 タバサとキュルケ、そして偶然にも才人は咄嗟に転がり難を逃れ、タバサは空気の槌 “エア・ハンマー” を放ってルイズとギーシュを吹き飛ばした。

 

 

「なんじゃと!? 向こうから!?」

「いま悲鳴が聞こえたぞ!」

「急げ! 早く! もっと急げ!」

 

 

 教師陣も爆砕音と悲鳴を聞きつけ、すぐさま駆けつけてくる。

 

 

「ミ、ミス・ヴァリエールと使い魔の少年!? それにミス・ツェルプストーにミスタ・グラモン! そ、それに――――」

(何故じゃっ……何故彼女もここに……!?)

「ミス・タバサ!」

 

 

 生徒達がいた事ですら慌てるべき事だというのに、よりにもよって一番殺される危険性の高い、風竜シルフィードの主・タバサも居たのだから、オスマンの驚愕の度合いはかなりのものだろう。そこに、話を聞いていなかったらしいギトーが、慌てるというよりは怒りと呆れ声でルイズ達に怒鳴る。

 

 

「何故ここに居るのだ! ミス・ヴァリエール! ミス・ツェルプストー! ミスタ・グラモン! ミス・タバサ! 使い魔!」

「俺だけ扱い酷ぇな!?」

 

 

 才人の言い分をギトーは無視し、なぜ来たのだともう一度問う。答えたのはルイズだった。

 

 

「私達も竜退治に協力させてください!」

「駄目だ! 生徒であるお前達と平民の使い魔では、逆に足手纏いになるだけだからな!」

 

 

 言い方はともかく、確かに彼らでは足手纏いになってしまうかもしれない。

 まぁ、武器を手に取れば身体能力が上がる力を持つ “ガンダールヴ” である才人や、トライアングルクラスの実力者であるキュルケやタバサなどはまだ戦力になるかもしれないが、失敗魔法で爆発しか起こせないルイズと、がらんどうの華奢なゴーレムを7体同時に作り出すだけが取り柄のギーシュは足手纏い決定だろう。

 

 ギトーとルイズ達が言い合いをしている隙に、教師陣は急遽 “ミス・タバサの護衛” になるべく力を注ぐことに作戦を変更し、改めて黒竜のほうを向く。

 

 

 黒竜はどうやらここが目的地と認識したらしく突進を止め、こちらに向けて怒り混じりの殺気を放っていた。

 

 

『コォォオオォオオ―――――』

 

 

 そして音がする程の勢いで息を吸い込み、

 

 

 

『ガアアァァァ!!』

 

 

 

 物凄い威力を持つ事が肌で感じられる黒焔を、彼らに向けて放射してきた。

 

 空を飛ぶ魔法 “フライ” や、必死で飛んで皆避けた後、オスマンはルイズ達に向けて必死に声を上げる。

 

 

「諸君! 早く逃げるんじゃ! こやつはお主らが手に負えるよう相手ではない!!」

「で、でも――――」

「つべこべ言わずに早よ逃げんかぁ!!」

 

 

 普段のオスマンからは考えられない剣幕で怒鳴られるが、それでもプライドが邪魔しているのかルイズは動こうとせず、彼女が心配な才人とキュルケ、そしてタバサも動こうとしない。……ギーシュは単に腰が抜けてしまっているだけのようであったが。

 

 

 彼らのやり取り等眼中にないと言わんばかりに、黒竜は教師達の中心に飛び込んで来た。

 

 

「ただ体や炎が黒いだけの、翼をもがれた弱い竜が! 我が “風” を喰らって滅びるがいいっ!!」

 

 

 さすが教師といったところか、猛烈な勢いで渦巻く “エア・ストーム” をギトーは放ち、ついで高笑いを決める。

 

 

「はーっはっはっはっはぁ!! “風” の前には何人たりとも――――」

『オオオオォォォォォォオオオアアアアア!!』

「かな……わ?」

 

 

 しかしその高笑いは、黒竜の繰り出した『黒焔の竜巻』によって “エア・ストーム” が何でもないもののように打ち消されるのを見て止まり、

 

 

「な!? ちょ、ぎゃああああぁっ!!」

 

 

 また、ギトー自身も竜巻に吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。

 

 

「ミスタ・ギトー!」

 

 

 慌てて女性教師が駆け寄り、水系統の魔法で治療を始める。火傷はそこまで負っておらず打撲での骨折程度であったが、その安堵を打ち消す自体が起こる。

 

 

 黒竜は突如として腕をバツの字に組んだと思うと、『黒焔の短剣』を二振り作り出し、暴れまわり始めたのだ。

 

 

(黒いだけの翼をもがれた弱い竜じゃと!? ミスタ・ギトーはどんな神経をしておるんじゃ!? ……そもそも黒い炎を持っておる時点でおかしいと思わんか!)

 

 

 戦闘力が弱く対抗出来無い教師は宙を舞い、地に、木々に、建物に叩きつけられ、回復要員が走り回わねばならなくなった。

 幸いにして死者は出ていないが、それも今のうち、時間の問題だろう。

 

 

「……ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース……行けっ」

「これを、喰らえっ!」

 

 

 タバサは氷の槍 “ジャベリン” を、キュルケはファイアボール強化版 “フレイム・ボール” を放つが、ジャベリンもフレイム・ボールも当たった所で全く効いていない。

 

 しかし、黒竜はそれが煩わしかったのか、目の前で魔法を放ち続けるコルベール達から視線を外すと、キュルケ達に向けて『黒焔の大輪』を続けざまに吐いてきた。

 

 

「!」

「やばっ!」

 

 

 二人はそれぞれ、“アイスウォール” と “ファイア・ウォール” を作り出すが大した減衰にもならずに消し飛ばされ、大輪はそのまま向かってくる。

 回避行動を取れない彼女達を、何かが突き飛ばし、ついで木っ端微塵に砕けた。焼ける金属の匂いとわずかに残った青銅の破片……どうやらギーシュがゴーレム “ワルキューレ” を操り彼女達を助けたようだ。

 

 

「ありがとギーシュ!」

「……助かった」

「な、なぁに! レディ達ばかりに頑張らせるわけにはい、いかないからね!」

 

 

 才人も足止めする教師達に混じり、魔法は使えないため剣を振るう。

 

 

「相棒、この戦いは生きる事を目的にしな。じゃねぇと絶対にやべぇ」

「わかってるっての! こんなバケモン、倒せって方が無理だ!」

 

 

 さっきから腹などを狙って剣を振るうも、どこもかしこも鋼鉄以上の固さを誇るらしく全く刃が通らない。それどころか、返ってくる反動で才人自身にダメージが来ているようなものだ。

 

 

「まずい! 相棒! 右側に俺を構えろ!!」

「お、おう! ……っておごっ!!?」

 

 

 黒竜は急に身を屈めたかと思うと、半回転して才人を尾でなぎ払ってきた。何とか直撃は防ぐが大きく弾き飛ばされ、地面を転がる。

 

 

「皆! 下がるのじゃ!!」

 

 

 オスマンの声に、彼の魔法の準備が終わったことを察した一同は一旦飛び退り、杖を構える。

 

 

「喰らえぃ! “グランド・ガラティーン” !!」

 

 

 オスマンが杖を振るうと、巨大な岩の大剣が現れ、黒竜に向けて空気を切り裂きながら振り下ろされる。

 彼の実力を知らしめるに十分なその一撃は、黒竜の脳天に見事に直撃し、轟音を上げた。

 

 

 これで倒れてくれれば……そんな淡い期待は―――――

 

 

 

 

 

 

 

『ガアアアアアァァァァァアア!!』

 

 

 それ以上に巨大な『黒焔の大剣』によって、今しがた砕かれた “グランド・ガラティーン” の如く、物の見事に粉砕された。

 “固定化” が掛けられた建物を抉るというおまけ付きで。

 

 

 もう成す術はないのだろうか……諦めの雰囲気が漂う教師達に、しかし声を張り上げるものが一人。

 

 

「皆さん! そこから前には動かないでください!」

 

 

 コルベールだった。彼は念を押すように行ったあと、準備していた魔法を解き放つ。

 

 

 油の匂いがしたかと思うと、突如として黒竜のそばに小さな火球が現れ、炸裂し巨大化し、それと同時に当たりに油が焼ける匂いが漂っていき、黒竜は動きを止めた。

 

 

 これはコルベールが軍の実験部隊にいた頃に開発した “爆炎” という魔法であり、それは火と土の合成魔法。火2つと土1つによるトライアングルスペルで、空気中の水蒸気を気体状の燃料油に『錬金』し、空気と攪拌して点火、範囲内の酸素を燃やして相手を窒息させるという、残虐な魔法であり、コルベール自身が封印していた技でもある。

 

 

「ミスタ・コルベール……」

「言わないでください、オールド・オスマン。これで戦いは終わったのですから」

 

 

 さしもの黒竜も酸素を奪われてはどうにもならなかったのか、その場に立ち尽くしたまま微動だにしない。

 

 

「そうだな、これでミス・タバサも……」

 

 

 そうして、やっと終わった戦いは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

『イルククゥは……イルククゥは何処に居るっ!!!!』

 

 

 

 

 酸素を奪われたはずの黒竜の人語(・・・)によって、虚しくも再開させられることとなった。

 

 

 

 

「ば、馬鹿なっ!? 酸素を奪われて生きていられるはずが……!?」

「今の、酸素を奪う魔法だったんだ!」

「で、でも効いていないってことは……」

「……少なくとも、普通の生物じゃない」

「っていうか喋った!? あいつ韻竜なの!?」

「もはや竜かどうかも怪しいけどな」

 

 

 

 驚く彼らなど目も呉れず、黒竜は再び暴れだす。

 

 

『イルククゥは……どこだあっ!!!』

 

 

 

 もう打つ手が本気で無い。それでもどうにかしようと考えを巡らせる彼等だったが……ふと、あれほど盛大に叫んだにもかかわらず、黒竜が動きを止めているのが目に入り、皆一様に止まってしまう。

 

 何が起こったのか、もしかしてさっきので本当に酸素を使い果たしたのか? その答えは、黒竜自身の口から発せられた。

 彼の目線は……タバサのほうを向いている

 

『……お前、イルククゥの残り香が微かに……そして、この精霊の “繋がり” は……』

「……?」

「! いかん!!」

『お前か……お前がァ……』

「逃げるんじゃ! ミス・タバ―――」

 

 

 

 オスマンがそれを言い切る前に、

 

 

『イルククゥを! 引き摺りこんだのかぁ!! ガキがァ!!!』

 

 

 

 無情にも黒竜は駆け出してしまった。

 

 

 

「!! ア、“アイス・ストーム” っ」

 

 

 効かないことは分かっている。しかし抵抗せねば殺される。生き延びたい一心でタバサは魔法を解き放ち、ついでフライで空中に逃げようとする。が、

 

 

『オオオオォォォォォォオオオ!!!』

 

 

 黒竜は驚異的な速度で追いすがり、タバサを叩き落とすべく右手を振りかぶる。魔法を放っても救えない、本人の防御も間に合わない。あわや直撃か。……と思われた攻撃は――――

 

 

 

「“錬金” !!」

 

 

 

 彼の右方にて起こった爆発で反らされ、タバサは風圧で地面に叩きつけられるのみで済んだ。爆発を起こしたのはルイズ。彼女の失敗魔法が、人の命を救ったのだ。

 

 

「まだよ、殺させるもんですか!!」

「親友を殺させるわけには行かないわね!」

「よし、まだ行けるぜ!

 

 サイトが剣を振るい、キュルケがフレイム・ボールを続けざまにはなって注意をそらしたのを見計らい、ルイズは今まで以上に魔力を込めて、言葉を紡ぐ。そして

 

 

「“レビテーション” !!!」

『ゴオッ…』

「あ、やったぁ!」

 

 

 黒竜の背中で大爆発が巻き起こり、黒竜の背にある突起状の部分に、わずかだが罅を入れることに成功したのだ。

 

 

「そんな……ミス・ヴァリエールの失敗魔法が……!?」

「で、でも! 勝機が見えてきた! 勝てるかも知れないぞ!!」

 

 

 歓声に沸く教師達とルイズ達。このままやってやろう……総決意した彼らだったが―――――再び目をやった黒竜を見て、歓声を止めた。

 

 

「あれ? 罅は?」

「さっきまであったはずだぞ! どこに行った!?」

「え?」

 

 

 そう、彼の背にあった罅が綺麗さっぱりなくなっていたのだ(・・・・・・・・・・)

 

 

 その事実を飲み込ませる暇も与えず、黒竜はタバサに襲いかかる。やっとこさ反応するものの、ルイズの爆発魔法もこの位置では間に合わない。

 

 

『ゴオオォォォォオオ!!』

「逃げて、タバサーっ!!」

 

 

 

 青髪の小さな少女へと、黒竜は『黒焔の纏爪』を振りかざし―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待って黒竜さんっ!!!」

『待つのねお兄様っ!!!』

 

 

 



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