ザコちゃんは告らせたい〜ポンコツ少女の恋愛頭脳戦〜 (赤茄子 秋)
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ザコちゃんは告らせたい。

祝アニメ化

後、原作の

7巻の67話

9巻の82、85、88、89、90話

10巻の95、96、99話

11巻の103、104話

12巻の115話 を読み直しておくのをオススメします。

9巻での体育祭は個人的に一番好きです、色々とオチも。


秀知学院高等学校、それは将来の期待された秀才と血統の集まる学校。幼等部から大学生までの一貫校であり、そのどれもが超一流。

 

また生徒は財閥の御曹司や御令嬢、社長の孫、統合幕僚長の息子、ヤクザ組長の娘、病院院長の息子、リアルで後継者争いをする王子などの傷一つければカンボジアへ出国させられるようなVIP達だ。

 

この学校を運営していくのは至難の技だろう。

 

そして、その学校行事の運営を任せられているのが生徒会である。

 

一流の組織を扱うのに必要な人材は一流の中の一流、言うなれば精鋭の集まり。それが秀知院学園高等学校生徒会だ。

 

会長を務めるのは鋭い眼光を持つが、その実は困っているものがいれば手を貸してしまうような心の持ち主であり、テストの度に一位を取り続ける勉学一筋で会長の責務を背負う秀才。2期連続会長を務める男、白銀御行(しろがねみゆき)

 

財閥の令嬢であり、学年一と呼ばれる美貌に白銀に次いで二位の学力を誇る程の眉目秀麗、英才教育により何をしても卒なくこなす。恋愛以外は才色兼備な副会長、四宮(しのみや)かぐや。

 

見た目はゆるふわとしてるが、想像通りに中身もゆるふわ。しかしその人脈の広さや人ありの良さから生徒会では貴重な戦力であり、彼女自身の能力もピアノや語学に関しては他を寄せ付けない程だ。だがゲームなどでは事あるごとにイカサマをしては見破られ、泣きそうになっている。天然で可愛いポンコツな書記、藤原千花(ふじわらちか)

 

この3人は生徒会の2年生だ。この物語は会長と副会長の恋愛頭脳戦に巻き込まれる生徒会の物語……ではない。

 

まだ記していなかったが、1年生の生徒会役員も当然いる。

 

会計、石上優(いしがみゆう)。学校では一度は聞いた事のある不快な噂が流されているも、その本質は他人(特に伊井野、本人は気づいてない)を影ながらフォローする様なお人好しでもある。親の会社での経理を任せられ、データ処理において生徒会に貢献する屋台骨の一つだ。毒舌も凄く会長からも『藤原千花への唯一の対抗手段』と言われる程で、『正論で殴るDV男』と藤原千花からは言われている。また四宮かぐやには従順、恐怖しているも尊敬している。

 

会計監査、伊井野(いいの)ミコ。間違った事は許さない、学年一位の頭脳を持つ少女。なお中身は白馬の王子様を本気で信じている程にメルヘン、趣味(死ぬ寸前に縋り聞きそうなイケメンボイスに励まされて癒される等)と性癖もニッチである。生徒会に入った当初は様々な勘違いにより生徒会をヤリサー、諸悪の根源とまで思っていたが、その後は石上以外は好意的である。なお石上だけが嫌いなのは影ながら風紀委員などでフォローしてるのを自覚せずに上から目線で色々と言われるのが腹立つからである。

 

会計と会計監査という役職でありながらこの2人は犬猿の仲……と言うと友情めいた何かがありそうに見えるが、そんな事は無い。本当にいがみ合う、目を合わせる度にお互いに不快感を募らせる程の仲だ。

 

だが、それは白銀御行が会長の時のことだ。

 

これはその物語の先の話、新しい生徒会の話だ。

 

そして、この2人に焦点を当てる物語である。

 

☆☆☆☆☆

 

秀知院高等学校で、彼女が目に写ればその場で彼女だけを見てしまう。そんな品行方正で優秀な少女は資料を片手に生徒会室へと歩む。廊下は共有されている物、しかし彼女が歩けばモーセが海を割るように人の波も割れる。

 

「あ、伊井野会長よ!」

 

生徒会会長、伊井野ミコ。二年生の彼女は長く艶のある髪を靡かせながらその美貌を振りまく。彼女自身は学年一番と言う程ではないが、紛う事ない美少女だ。そんな彼女からは何処か近寄り難い雰囲気を皆は感じ取っている。

 

「あの凛々しい顔つき、いつ見ても美しいわ!」

 

「また試験で1位でしたわ、流石ですわ!」

 

だが、その後ろからゆっくりと追従する男が目に入ると伊井野に対しての声とはまるで反対の感情を露わにする。

 

「うわっ……石上副会長だわ」

 

生徒会副会長、石上優である。前髪は長く首にはヘッドフォン、暗い雰囲気は何処か近寄りが難い。二年生の彼に対して同学年も下の学年の生徒も一様に負の感情が現れており、特に女子は顕著だ。

 

「あそこまで暗いのに副会長なんて」

 

「隣を歩かないといけないなんて、伊井野会長が可哀想……」

 

「いくら前の生徒会に居たからって、副会長をやるなんて人選ミスじゃ……」

 

事の発端も石上は理解しているので、聞き流しているようだ。彼は過去にとある人物を助けようとしたが逆に嵌められてしまい暴力を振るうストーカーというレッテルを貼られている。

 

今は落ち着いているが、そんな彼の噂は根強く残っている。

 

なお、何故彼が副会長に選ばれたのか。それは石上自身もよくわかっていないのであった。

 

☆☆☆☆☆

 

生徒会副会長、それは選挙で選ばれた会長の指名によって決定する役職。会長によって選ばれる学校を運営していく為に必要な精鋭を集められ、その会長の補佐を行なっていく。だがただ優秀な者だけを集めるのではない、つまる所は会長の信頼に足る精鋭を集めるのだ。

 

その最も信頼に足ると言って良い役職こそが、生徒会副会長。生徒会のNo.2だ。

 

会長を役員の中で最も支えると言って過言ではない役員、有能でかつ他を導くだけの知力もなければならないこの役職に選ばれた者には会長に次いで栄誉があると言って良い。

 

前任の副会長であった四宮かぐやは、まさしく天才。非の打ち所がない完璧な人間(恋愛は除く)、その姿を2年もの間見て育った後輩がいる。

 

石上優、最も成長した秀知院の生徒は間違いなく彼だろう。仕事の大半をこなし、データ処理のエキスパートとして2期間の生徒会を会計として支えて来ている実績を持つ。

 

そんな今代の副会長である石上優は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「辞任したいんですけど……」

 

副会長を辞めようとしていた!!

 

暗い顔でソファーに腰掛け、会長のデスクに座る伊井野に向けて呟く石上の顔には若干の疲れと少しだけ大人びた哀愁がある。

 

石上優が有能な役員なのは生徒会役員ならば誰もが知っている、搦め手を得意とし頭は回る。運動神経も昨年は体育祭でアンカーを代行する程に良く、成績も今は良い。そんな彼を見た伊井野は「またかよ」という目を向けながら一度纏めていた資料を閉じて、石上へと向き直る。

 

「以前も言ったわよ、これは貴方の矯正のため。前に比べて風紀委員の厄介にはなってないけど、それでもまだまだ生徒会役員という自覚が足りてない。私の任期してる間の辞任は許さないから」

 

はっきりと言われた言葉に石上は心の底から「頼んでねぇよ……」と心の中で呟いた。バッサリと斬られた傷跡は治りが遅く、数秒間だけ石上は自己嫌悪に陥るも何とか意識を保つ。

 

「いや……なら、せめて生徒会行く時に一緒に行くのは辞めておいた方がいいだろ。それぞれ都合もあるし、わざわざ俺を待たなくて良いだろ」

 

「貴方は仮にも副会長、私の目を離した隙にサボられたら困るの。故に却下よ」

 

「(いや、お前の印象悪くなるから小野寺でも引き連れとけって言ってんだよ)」

 

石上は伊井野の事が嫌いであるが、それは彼女に嫌われているのを自覚している事もある。一応女性としてはなくは無いのだが『現実的』ではないと理解している。だが嫌いなどとは関係なく『頑張っている奴が笑われるのはイラつく』やつである。頑張ってる奴である伊井野が自分の影響で発言力を失うような事があってはならないのだ。

 

「細かい所を気にし過ぎ、まさか私と歩いた程度で噂されるのが怖いの?」

 

「それはない」

 

嘘である。先にも言ったが、石上は伊井野を矮小化される事はあってはならないのだと思っている。いや伊井野だけではない、誰でも頑張っている奴は報われるべきなのだと考えているのだ。

 

噂されて伊井野がまた孤立してしまうのが恐ろしい、石上自身が原因になるのが恐ろしいのだ。

 

「ふーん……石上のそう言う所、嫌いだわ。直して」

 

「はいはい、知ってますよ」

 

何に対して癇に障ったのかは石上は深く考えなかったので、そのまま話を聞き流す。それがこの2人の普段のやり取りであり、これからも変わらら無いことだろう。

 

少なくとも、石上優はそう思っているのであった。

 

☆☆☆☆☆

 

伊井野にとっては何度目かわからない呟きかわからないが、思わず溜息を吐いてしまう。

 

「辞任したいんですけど……」

 

石上優の一定期間ごとにある副会長の辞任の話だ。

 

「以前も言ったわよ、これは貴方の矯正のため。前に比べて風紀委員の厄介にはなってないけど、それでもまだまだ生徒会役員という自覚が足りてない。私の任期してる間の辞任は許さないから」

 

伊井野はキツイ言葉を並べ、石上を黙らせてしまう。その言葉は全てが鋭利なナイフであり、突き刺さる物もあれば背中に突き付けられた物もある。だがそんな言葉を言う彼女の心は激しく動揺している。

 

「(待って、何で?石上の仕事量は増やしてない、彼を取り巻く環境整備も進めた筈。何処に不満があるの?私の会長として相応しい行動も取れてるし……って、何で私がこんなにこいつの事を考えないといけないのよ!?)」

 

なお、その動揺に石上は一切気づいていない。今も「何で……」とバッサリ切り捨てられた心に傷を自然治癒している。

 

「(ただでさえ石上と関わると面倒なのに!何でよりによってこんな奴に限ってステラの人なのよ!何で私がこんなやつを……!!)」

 

石上優を副会長にした理由は実にシンプルである。思い人を関わりがあっても不自然でなく、かつ一緒に行動する時間が長いと前任の会長達との経験から思いついた事だからだ。

 

石上の事を問題児扱いする人は多く、伊井野も噂を欠片も信じていなかったが昔は素行不良の問題児扱いしていた。石上を警戒し嫌う理由の殆どは尾鰭のついた噂に惑わされた者だけだ、首謀者は色々とアレな人達(秀知院のVIP)によって消されたが今もなお禍根が残る。

 

伊井野が副会長を石上に据えた理由も石上のイメージアップの為でもあったりする。石上がステラの人だと判明してしまうと何とかこの噂を取り除くべきと考えたがその考えを消すのは簡単にいかず、故に塗りつぶす事にしたのだ。

 

石上優は優秀な副会長という事実を一般に浸透させる為だ。現に少しづつ広まりつつある。一年の頃から生徒会や体育祭応援団員などで努力し、今もなお努力する石上優という本質を見られ始めて伊井野は『副会長なのは妥当』という意識を作っているのだ。

 

「いや……なら、せめて生徒会行く時に一緒に行くのは辞めておいた方がいいだろ。それぞれ都合もあるし、わざわざ俺を待たなくて良いだろ」

 

「貴方は仮にも副会長、私の目を離したすきにサボられたら困るの。故に却下よ」

 

嘘ではないが、真実は隠されている。石上への好意に気づいてしまった伊井野はそれを最近になって誰にも言っていないし自覚も曖昧であるが認めた。石上は嫌いではないという事を。

 

だが認めただけで、どうしたら良いのか何もわからなかった。

 

伊井野ミコは美少女であるが、男女の経験は皆無だ。王子様はいると本気で考えるようなメルヘンな少女であったからなのもある。そして石上に対して嫌われている事も自覚し、そんな中でどうすれば良いのかを考えられなかった。

 

故に考えたのは先人の知恵と脳科学、そこにはポピュラーな物でザイオンス効果という物がある。それは人が回数重ねれば重ねる程に愛着をわかせてしまうという効果だ。

 

親から趣味の悪いヌイグルミをプレゼントされたとしても、長い時をかければそれは宝物となる。その効果を発揮するのに、伊井野はとりあえずこの作戦だけは行使している。

 

そして、現在は10月。

 

会長に就任してから実に1ヶ月。

 

真実に気づいてしまってから7ヶ月。

 

その間、特に何も起こらなかった!!

 

結果として、石上に対しての好意が増しただけであった。

 

「(このままじゃ不味い。でも私から石上に対して直接何かするのは、何か負けた気がする。仮に私から……そ、そんな……そんな事言えばこいつは)」

 

伊井野は直ぐに頭を回す。すると思いつくのは最悪の想定ばかりだ、『どうトチ狂ったらそんな言葉出るんだよ、冗談も休み休みに言え』や『あれだけ嫌っていたのは演技だったのか、お可愛いらしい事でしたね』と伊井野を見下した冷ややかな言葉がかけられるのが怖くて仕方ない。

 

「細かい所を気にし過ぎ、まさか私と歩いた程度で噂されるのが怖いの?」

 

恋愛で視野が狭くなり過ぎて細かい所を気にしていると気づかない彼女はそのまま話を続ける。

 

「それはない」

 

「ふーん……石上のそう言う(女の子を気遣えない)所、嫌いだわ。直して」

 

石上はそれに対して「分かってますよ、分かりきってますよ」という風に聞き流している。なお伊井野は少し不機嫌になり「(これだけ私が脈ありかもしれないみたいな雰囲気出してるのに!あんたが告白するなら仕方なく考えてあげるのに!この鈍い奴は……!!)」と理不尽な怒りを燃やしている。

 

この2人は立場は変わっても相容れないのであった。

 

そんな普段通りの時間が過ぎていると生徒会室のドアが開く。

 

「あ、麗ちゃん。圭ちゃん達も」

 

そこには今期の生徒会の役員達が揃っていていた。

 

書記を務めるのは中学生の時も生徒会の副会長を務めていた少女、色々と問題があった前任の書記である藤原千花の妹、藤原萌葉(ふじわらもえは)

 

石上の後任である会計を務めるのは中学の時も生徒会で会計を務めていた少女、目元や銀髪が前会長である白銀御行の面影を残す白銀圭(しろがねけい)

 

そして伊井野の後任である小野寺麗(おのでられい)が務めるのは会計監査である。彼女は元々生徒会に興味のカケラもない少女であったが伊井野の数少ない友人であったのもあり見事に陥落。生徒会へ招き入れられた。

 

あと一人だけ、庶務がいるがその者はこの場に居ない。

 

白銀妹と藤原妹は一年生、小野寺は2年生と前期の生徒会の学年比は同じである。なお男女比は男の比率が減り、石上の心の安らぎも少なくなっている。

 

「今皆さんお暇ですか?なら親睦を深めてゲームしましょうよ!」

 

石上と伊井野は藤原妹からの提案に「あ、いつものか」と少しだけ頭を抱える。だがこの頭の抱え方の違いがある。

 

「(うわぁ、何で女子ばっかのゲームしないといけないんだろ。ラノベでももう少しマシに男女の数を弄るぞ)」

 

「(どうにかこのゲームで石上に私という完璧な少女を再認識させないと)」

 

ゲームの度に起こる気の沈みと高揚。2人は正反対の心持ちでゲームに臨む。なお、かなりポンコツなのを伊井野は自覚していない。

 

「昔やった事あるわね」

 

そしてゲームの内容はシンプルである。各自コインを持ち(以前の不正防止のため10円は使わずに伊井野の用意した別のコインで代用)そして出された質問に対して全員がyesの場合は表、noの場合は裏にして匿名で答えるゲームである。

 

そして伊井野はコインを配り終え、石上は嫌そうな顔で受け取る。

 

「じゃあ私から!今恋してる人は表にしてください!」

 

そして提案者である藤原妹から問われたのは恋。高校生とは正しく青春を謳歌する時間の事、そんな中で自由に生きている高校生の生活にかかる甘いスパイス。この特別なスパイスに憧れてしまうのは女の子が4人も集まるこの場において必然なのだ。

 

そして集計され、公開される結果は。

 

「3人、表……」

 

「詮索はしないでよ、そう言う邪推する所とか人としてどうかと思うから」

 

石上が思わず呟くのは恋をしてる者の多さだろう。やはり変人とポンコツの集まりである生徒会でも女の子なのだろうと実感しているのである。

 

ちなみに石上は今は恋をしていない。半年以上前に告白した子安つばめ振られ、未だに振られた事を引き摺っているが新たな恋はしていない。

 

なお未だにかぐや式のスパルタ指導を受けているので試験での学年順位は前回が最高で14位になっている。

 

「じゃあ次は僕で。正直……副会長がかわって欲しいと思ってる人は表で、思わなければ裏でお願いします」

 

「暗い!空気読みなさいよ!」

 

前回も似たような質問をした石上の表情が今日一番に暗くなる。何故自分から傷つこうとしているのかは周りにはわからないが、石上も何故かはわかっていない。

 

だが石上はその質問をした直後に天啓が降りる。これならば、副会長を堂々と辞められると。石上は確かに優秀だが、そのメリットを覆せるデメリットがあれば良いのだ。

 

即ち、役員のパフォーマンスの発揮できない環境要因となる事。嫌悪され、生理的に無理な奴が隣にいればそれだけで集中力は散漫となり、ストレスも溜まっていく。完璧だろう、石上のハートがズタズタにされる事以外は。

 

「4人、裏……」

 

信じられないという顔をする伊井野。逆に計画通りという顔をする石上、だが計画通り過ぎて若干泣きそうな顔になっている。

 

石上は副会長を本気で嫌がっている、それは前任の四宮かぐやを見てきたこともあるだろう。分不相応な立場に石上は他に代わりに適任な者は居ると思っているのだ。

 

「伊井野、辞任届の書き方教えてもら「却下。次、私」……」

 

なお、それをバッサリと切り捨てて伊井野は次の質問を出す。その事に対しては石上以外は誰1人として文句を言わずにゲームは続けられる。

 

「石上が生徒会に必要だと思う人は表、そうじゃなければ裏で。石上はやらなくて良いから」

 

そして有無も言わさずにコインを集める。そしてまるで中の結果が分かっているかのように石上の前にわざわざ運んで公開する。

 

「4人表ね」

 

「え、意味がわからない……」

 

伊井野の表情は何処か誇らしいのか嬉しがっている。石上は本気でわからないようだが、あり得る可能性を少しだけ考える。

 

「お前、もしかして……」

 

「な、何よ」

 

伊井野は今更自分が何をしたのかを自覚する。

 

今したのは間違いなく石上を、石上だけを気遣った質問だ。いつもはさりげなく理由をつけてフォローするが、これはストレートになり過ぎだ。結果を当たり前だと思い堂々と出したが、これではまるで石上なんだから当然という風に出している。

 

逆に言えば、石上の事を信頼しきっているのを露わにしてしまっている。これは石上を告白させるというのに致命的だ。

 

自身の弱みを見せてしまうとは自殺行為に等しい、そうなれば上下関係ができてしまう。上位者からの告白、それの可能性は限りなくゼロに近い。伊井野は石上の上位者でなければ告白は受けられない、でなければ告白をする側になる。

 

即ち、伊井野の敗北だ。負けず嫌いの彼女は直ぐに頭を回転させる。

 

「(こ、このままじゃ石上に負ける……?!

 

負けるのは、負けたら石上に告白させられない!

 

石上はバカじゃないからバレて……ま、不味い。

 

そんな事になったら……今まで石上だけちょっとだけ高いお土産のお菓子を渡してたのも、藤原先輩から色々と弱点を聞いたのも、白銀先輩から石上の学校外での日常生活を聞いたのも、四宮先輩から石上の得意科目とか聞いたのもバレる!?

 

バレたら……石上から『いつもは正義の代行とか言ってるけど、やってる事はストーカーと同じか』って言われて軽蔑されて……いや、大丈夫!そこは矯正のためって誤魔化せる!

 

でもそれをしても明らかに石上からの印象は悪くなる……ど、どうしようぅ……)」

 

だが結局、良い案もなにも思い浮かばない。マイナスに方向にばかり頭が回る。チラりと石上を見てみると、石上は何か閃いたようだ。

 

あぁ、負けた。そう伊井野は思うが何故か心は少しだけすっきりしてる部分がある。枷が消えたように、翼を得たように。負けても良いのでは?とも思い始めてしまうような部分が、負けたからなんだと言うのか?と。

 

恋愛に勝ち負けなぞ、必要ないのではないか。

 

しかし負けず嫌いな彼女は心の大半を占めている。

 

だが、何かキッカケがあれば。そのキッカケで踏み切れてしまうような、キッカケを求めてる自分がいるのは知らない。

 

そして石上は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、わかった。雑用として必要って事か、男手無いし。伊井野に男の知り合い居ないのも仕方ないし」

 

ブチッと、何かが切れる音がした。

 

その言葉を聞いた瞬間、伊井野の目からハイライトが奪われ殺意を抱く。純粋な好意から出した質問の答えを曲解する程、頭は悪く無い筈なのに納得しようとしている。それに腹立ったのだろう。

 

「そう言う石上に女の子知り合いどころか男の知り合いが居るとは思わないのだけど。私、石上のそう言う所は本当に嫌い」

 

「ぐ……!」

 

伊井野のカウンター、石上のメンタルが5削られた。

 

「いや単に副会長って無茶苦茶に根暗でボッチじゃないですか」

 

「ぐばっ……!!」

 

続いて藤原妹の情け容赦ない心を抉るボディーブローが炸裂、石上のメンタルが3削られた。

 

「一応学年では上位の成績取ってるのにその雰囲気感じませんし、何より年上の威厳がまるでありません」

 

白銀妹の何気ない一言、石上のメンタルは2削られた。

 

「もうちょい副会長らしくなれって事、わかったらその前髪から変えて。キモい」

 

「がはっ……!?」

 

小野寺からのキモい発言、石上のメンタルは4減った。

 

石上は目の前が真っ暗になった。

 

後は心を破壊された石上を他所にゲームは盛り上がっていた。

 

本日の勝敗 石上の敗北(メンタルブレイク)

 

 

☆☆☆☆☆

 

伊井野ミコは孤独な少女であった。それは融通の利かなくきつい当たり方をするなどで彼女自身が煙たがられているからだ。本人は正義の代行者として生徒会役員だけでなく風紀委員会に所属し、誰よりも真っ直ぐに事をこなしている。

 

だが今は少なからず生徒会など他の繋がりを持つ彼女であったが、針の筵に立つ様な孤独な時期はあった。クラスの全員から疎まれ、避けられていた時期もあった。彼女にとっては一番辛かった時であり、心の拠り所がなかった時だ。

 

だが、彼女はその時も踏み止まった。彼女は自身を貫き通した。

 

押し花と『君の努力はいつか報われる』という名無しの手紙、これを拠り所に彼女は自身を貫いてきている。

 

だからこそ、彼女は間違いは間違いだと言い続けている。幼い正義を信じている、それが伊井野ミコである。

 

「(何で、石上が……!!)」

 

そんな彼女が最も嫌っている男の名は石上優。『石上の事なんて考えるだけ人生の損失よ』という程に嫌っている男。

 

「(私の心の拠り所が……石上だった?納得いかない……!!)」

 

石上優は品行方正とは真逆、それどころか噂を信じない彼女は自身の目で見て不良の問題児であるという結論が伊井野に出されている。彼女の心の拠り所と想像していた人物像とはかけ離れ過ぎている。

 

きっかけは単純だった。石上が偶々やっているレトロなゲームを回収した時に開けてしまったた画面にステラの花言葉が載っていたのだ。

 

確かにこれだけならばただの偶然だろう。何の確証もなく、何の論理的な根拠も無かった。そう、無かったのだ。大仏こばちという彼女の友人からふらっと話してしまった時に『あぁ、やっぱり石上だったかぁ』という呟きさえ無ければ、気づく事は無かったのだ。

 

そして大仏に『証拠は何処よ!』と納得行く根拠を問うた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、論理的な展開と証拠に納得してしまった。

 

展開されるのは石上が今迄行って来た数々のフォローの事例、そして今もなお流布されている噂の真実と証拠、信頼に足る証人の存在、そこには石上という人物像が150度は回転する程に逆に伊井野は信じられなかった。

 

しかし納得はしても、理解は出来なかった。

 

何かの間違い。そうに決まってる。そう思うのも無理はなかった。

 

そして、その気づきから半年以上が経過し。

 

伊井野ミコは軽く絶望しながらも、少なからず現実を見る少女に変わっていた。



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石上優は静かに暮らしたかった。

いつものように作業を行う生徒会。だがその日は会長である伊井野と会計監査である小野寺は居らず、他の面々が黙々と作業をしていた。

 

秋という季節もあり、紅葉が彩る一方で空は薄暗い曇天。今にも雨が降り出しそうな状態で、そんな暗い中で静かに作業をするのが性に合わない藤原妹はソファーで軽く伸びをすると副会長にふとした疑問をぶつける。

 

「そう言えば、石上副会長ってなんで伊井野さんの誘いを断らなかったんですか?」

 

その疑問は恐らく一年生の生徒会員ならば誰しもが持つ疑問だろう。一年生は実質的に生徒会で仕事をし始めたのは4月からだ。それまでの間は今の2年生の3名のみで仕事が行われていた。

 

だが、副会長に石上を据えた具体的な理由を知らなかった。

 

石上優は頭の回転力は何ら問題無い、むしろ優秀だ。搦め手を苦手とする伊井野と対照的な彼は相性が良いとも言える。だが石上の噂が良く無い事は1年生である彼女等でも知っている事だ。

 

石上優は暴力事件を起こしたストーカー。目が会うだけでクラスの女の子は泣き、泣かせた女は数知れず、そして石上も泣く。負の循環である。

 

そんな世間的な風評は以前に比べれば遥かにマシになってるのは石上自身も分かっているが、それでも副会長に抜擢するのはリスキーとしか言えなかった。

 

そんな石上が副会長を務めた理由を気になった藤原妹は溜息を吐きながらも考える石上に目を向ける。

 

「……逃げ場が無かったから」

 

そして呟いた言葉は何処と無く『どうしようも無かったんだよなぁ……』という呟きが聞こえてきそうな雰囲気を醸し出していた。

 

「逃げ場……つまり、弱み?もしくは既成事実!?副会長、何があったんですか?!」

 

「藤原姉妹を見てると、藤原家って本当に政治家の家系なのか疑問に思う時があるんだけど」

 

あの日、あんな事が行われなければ。石上が副会長という立場になる事は無かった。

 

☆☆☆☆☆

 

9月になり、第68期の生徒会の終了と共に会長である白銀御行は秀知院高等学校からスタンフォード大学へと飛び去って行った。

 

石上は2期に渡り生徒会で会計を務めてきた所為か、普段は意味もなく廊下を歩かないが生徒会に立候補者が決まったようで新聞がデカデカと張り出されているのを見つける。

 

そこには前生徒会の副会長を務めた四宮かぐやや、書記を務めた藤原千花も居る。やはり全員生徒会だったのもあり、次期生徒会長が誰になるのかは人並み以上に気になるのだろう。

 

学年が違うというのもあり、久しぶりに会った2人に挨拶をすると石上はもう一度新聞を見る。候補者が数名書かれているが、そこで真っ先に1人の少女の名前が目に留まるのも仕方ない。

 

「伊井野、会長に立候補したんですか」

 

前生徒会で会計監査の役職を担っていた石上と同学年の二年生、元々会長を目指していたからこそ生徒会にも入った彼女だから当然の帰結なのだろう。

 

「石上くん、知らなかったの?」

 

「いやまぁ……納得はしますけど。あいつとは生徒会があった時くらいしか話しませんから」

 

「なら、そろそろ彼女から話があると思うわよ。昨日に私もあったから。貴方も3期連続で生徒会に勤めることにかもしれないわね」

 

四宮は応援演説を務めた経験がある。彼女ならば三年生だけでなく他学年の票も掻き込む事が可能だろう。この学校で味方にいれば一番心強いのは四宮かぐやなのを、石上は理解している。

 

「いや、もう生徒会には入らないですよ。手を貸すのはやぶさかでは無いですけど」

 

「え、もう生徒会やらないの!?」

 

「藤原先輩、本当なら僕は生徒会に入るような人間じゃ無いですからね?」

 

石上は生徒会に不相応な人間だと自覚するのと同時に、前回のようにPVの作成程度ならやっても良いと思っている。実を言うと既にサンプルは出来ており、後は手直しをしていくだけなのだ。

 

だがこれは匿名か何かで送りつけようと石上は思っている。石上は見返りは求めない。『押し付けがましいのは趣味ではない』、そしてそれを『黙ってやるから尊いもの』と思ってるからだ。それに対して前会長の白銀は『変な方向に拗らせてる』と言っている。

 

何より、伊井野が正面からPVを渡されても拒絶する可能性もある。

 

「(まぁ、あいつが直接頭を下げたりはしないだろうな。プライド高いし、僕の事は何か恨みがあって無茶苦茶に嫌いだし)」

 

どうせ手を貸すとしても面と向かって頼まれる事もないだろう、そう思っていた石上はそこから立ち去ろうとしていると隣の四宮から「噂をすればじゃない」と言われ、嫌な予感がしながらも振り向く。

 

「げっ……」

 

長い髪をたなびかせる背の低い少女、伊井野ミコが嫌な予感の通りにそこにはいた。

 

「石上、暇よね」

 

「断定すんなよ、暇じゃないかもしれな「石上なら暇でしょ」……暇です」

 

有無も言わせず、石上は連行された。

 

☆☆☆☆☆

 

「……って校舎裏に連れ出されて伊井野から選挙講演用のpv作成を頼まれた」

 

簡単な経緯を説明した石上は珈琲を飲む。導入とは言え簡単な説明で疲れた喉を潤すのと同時に、仕事疲れでの若干の眠気を吹き飛ばす。

 

「別に、会長なら恥を忍んでお願いしてもおかしくないです」

 

「PCとかの情報処理能力に関しては、オタクの副会長って本当に優秀ですからね」

 

「トゲを感じるんだけど」

 

早くもコーヒーで癒した心が傷付いていく。

 

2人の言う通り、石上を戦力と見るなら伊井野が石上を使うのは正しい。しかし2人はまだ導入が終わったところで納得いかないのは石上はわかっている。石上が逆の立場だとしてもここからどうすれば副会長へと繋がるのかはわからないだろう。

 

「じゃあこの時に副会長も頼まれたんですか?」

 

「いやまぁ、その時に頼まれてたら……」

 

石上は言い淀む。

 

「頼まれたら検討はしても、全力で逃げ道を残すのが石上副会長と姉様から聞いてますけど」

 

その言葉を聞いた石上は藤原妹から目線をサッと外す。

 

「……図星ですか」

 

白銀妹の視線が残念な先輩を見るものになっていた。

 

☆☆☆☆☆

 

会場から惜しみの無い拍手が送られる。拍手を送られた生徒、前生徒会副会長の四宮かぐやは悠々と壇上から降りていく。そしてその先には鳴り止んだ中でも未だに拍手を続けて迎え入れる藤原千花、石上優、大仏こばちの三人がいる。

 

「流石は四宮先輩ですね」

 

「可愛い後輩の為、このくらいは当然よ」

 

石上は拍手を止め、壇上へと目を向ける。そこには以前の生徒会長の選挙とはまるで違った雰囲気で堂々とした伊井野ミコが居る。その背後には石上の作ったスライドとPVが写し出され、概ね好評なのに一安心する。

 

「伊井野のあがり症も不安でしたけど、よく矯正できましたね。流石ですよ」

 

「まぁ、色々と策を講じたのよ」

 

伊井野ミコは純院の生徒だ、以前の会長の弱点とも言えるそれは伊井野の武器になっている。今までの会長が白銀であったのが強みになっているのだろうが、彼女の前回での生徒会選挙で顔を覚えられているのも大きいだろう。

 

これならば問題なく、彼女が当選するだろう。

 

「……あれ?」

 

「どうしたの石上くん」

 

「なんか、僕の作ったPVと若干ペースが早い気がして」

 

このハイペースで進められたらスライドが終わってしまい、尺が足りない。最後のスライドが消えたが、伊井野は気づいていないのかそのまま演説を終えてしまう。時間が少ない、話したい事を全てが話せて無い筈なのにだ。まるで切り上げたように感じるが、機材のトラブルなのかと動こうとした時に直ぐに石上の知らないスライドが現れる。

 

そこには【次期副会長について】とデカデカと書かれている。石上も気にはなっていた、伊井野は1年生の時は本気で藤原千花を副会長にしようとした程で藤原千花の本性を知る者は石上を含めて絶句していた。

 

だが藤原千花は三年生、任期的な問題でも受験的な問題でも副会長にするのは難しい。石上の知る限りで副会長に任命されそうな人物は思いつかない。言うなれば会長の補佐を行うのが副会長だ、そこには役職以上に仲間としての繋がりが必要なのは石上は2期の生徒会を通して理解している。

 

そして石上は同時に考える。これの製作をしたのは何か狙いがあるのだと、新しい層の票を取り入れる為の策なのだろうと。唯一分からないのは石上自身にその話が伝わらなかった事だが。

 

「そして最後に、私の補佐として生徒会副会長に……」

 

予想として可能性があるなら親友の大仏こばちか?そんな考えをしながらその名を待つ。果たして誰を選ぶのか。石上がその名を様々な予想をしていたが、その答えは石上の考えを遥かに上回るものだった。

 

「2期に渡り生徒会を支えてきた、石上優を任命します」

 

「「えぇぇぇ!!?」」

 

藤原千花と石上優はスライドに現れた石上優の写真と並べられた実績に絶句する。本気だ、本気でこの男を副会長にするつもりなのだと。石上は何かの勘違いで同姓同名の他人かと疑うが、写真は間違いなく石上本人のものであった。ただ写真は前髪や服装の整えられた美麗な姿なのだが。

 

そして展開される実績、このスライドを作ったのは恐らく伊井野自身なのだろうと前回と似たフォーマットのスライドなので石上はわかった。だがそこに石上の影の功績をデータとして示され、弁舌されるとは思いもしなかっただろう。

 

「何言ってんですかあのバカ!自分から票落とそうとしてますよ!?」

 

「大丈夫よ、今回の彼女ならこの程度は枷にもならないわ。精々ストラップ程度の重さよ」

 

「かぐやさん!彼はそんな可愛いアイテムじゃ無いですよ!?呪いの装備です!行動の度にデバフがかかっちゃいます!」

 

「藤原先輩が言うのは納得いかないですけど、その通りです!」

 

石上と藤原が本気で焦っているのにも関わらず、四宮かぐやと隣で応援していた大仏こばちに焦りの感情は一つもない。

 

「まぁ大丈夫じゃないですか?教会で呪いを解いてくれば」

 

意味深に言う大仏にも石上は食って掛かる。

 

「お前は楽しんでるだけだろ!こんなの藤原千花くらいしか思いつかねぇぞ!」

 

「ちょっと石上くん!なんで私もディスったの!?」

 

「あんたもディスったろうが!」

 

結果として多少の票数は落とす事になったが、第69期の生徒会長は伊井野ミコに決まった。

 

☆☆☆☆☆

 

事の顛末を聴き終えた藤原妹は絶句している。ここまで露骨に副会長以外の道を閉ざすのは中々のエグさである。石上もまさかこのような形で生徒会に入るとは思いはしてなかった。

 

されても会計、副会長になるのなんて予想外にも程があった。

 

「完全に全方位から外堀を埋められて副会長にされてますね」

 

「何処で間違えたかなぁ」

 

白銀妹の言葉に、今でも考えているようで具体的な答えは出ていない。石上は間違いを起こした記憶は多々あるが、この期間で何か起こした自覚は無い。どうすれば副会長という役職に選ばれずに済んだのか、それは今でもわかっていない。

 

「生まれた時からじゃないですか」

 

「そっからかぁ……」

 

実にシンプルな答えが出てしまい石上の目が死んだように暗くなった。いつもの事である。

 

「一応、その後に断ろうとしんだよ。でも『一度言ったことで嘘はつかないから』って四宮先輩まで巻き込んで……藤原先輩だけは許さない」

 

「姉様は何をしたんですか!?」

 

よくわからない憎悪の炎が燃やされ、その矛先が自身の姉に向けられたのだから藤原妹は本気で焦っている。そんな2人を見た白銀妹は『高等部の生徒会ってこんな雰囲気なのかぁ……』と間違えた認識をするのであった。

 

☆☆☆☆☆

 

風紀委員会を兼任する伊井野は同じく風紀委員であり友人である大仏こばちに向けて日頃の鬱憤を吐き出すように愚痴を言っていた。

 

今回の話題は生徒会の選挙の時の話だ。石上を校舎裏に連れて行き色々と仕事を任せ、色々と質問をした時である。

 

「あの時のあいつ、キザったらしくて気色悪かったわよ!私は『どんな生徒会ならいいのかわからない』って言ったのに、何が『お前が会長なら何でも問題無いだろ』……って、あんな事聞いてなかったのに!」

 

「それ7回くらい聞いた気がするけど」

 

なお、側から聞いていればただの惚気話である。紅潮させた頰と溢れ出る謎の笑顔に大仏は「なんでこんな事聞かされてるんだろ……」と思いつつも伊井野は話を続ける。

 

「石上のこと好きなんだね」

 

「へっ?……あ、あんな奴!好きでも何とも無いわよ!」

 

「あんな演説してもまだ言い張るんだ……」

 

あの日の演説は彼が如何に有能な生徒会の副会長に相応しいかを述べていたが、あれは石上に対する『プロポーズ』と言って差し支えなかった。少なくとも大仏にはそう聞こえていた。

 

そしてこの事も四宮と大仏しか知らないが、伊井野のあがり症はまだ治っていない。彼女の大量の視線に晒されてしまい発症するそれはとある状況下でしか治らない。

 

昨年も発症したあがり症も白銀前会長が居なければ醜態をさらしていたのだろう。

 

だが本番ではその気はまるでなかった。あの時の彼女は堂々とした、正しく生徒会長に相応しい姿であった。実を言うと石上の視線しか気にしていないというまさかの方法なのだが、効果覿面であった。

 

「確かに色々と見直しはしたけど、私の理想とは程遠いから!あんなの王子様じゃない、詐欺師よ!」

 

「恋の詐欺師かぁ、ミコちゃん面白い事言うね」

 

「何処も面白くないわよ!」

 

ここまで意固地になるのは長らく石上とは全く反りが合わず、自分が石上のフォローしてるにも関わらずに上から目線で話してくる事が多いのが気に食わなかったのもあるだろう。

 

だが何よりも予想外の方向から自身の憧れている人物であったのが癪に障ったのだろう。

 

「そうだよね、ミコちゃんが石上が好きなわけないもんね」

 

「えっ」

 

「そうなんでしょ?」

 

「そ、そうよ!やっとわかってくれたのね」

 

そして「だよね」と言った後に大仏は今迄の惚気話に対する鬱憤を晴らすように話し出す。

 

「『考えるだけ人生の損失』って言うくらいでミコちゃんとはまるで真逆で相応しくないよね。理想的な王子様とかけ離れてるし、お付き合いしても『破局』結婚できても直ぐに『離婚』、バツイチで子どもを育てる事になりそうだよね。所詮は紛い物でミコちゃんに手紙を渡した時は単に中学生にありがちな正義感で……ん?」

 

しかし途中で話すのを辞めてしまう。それは目の前でじんわりと目尻に涙を浮かべて先ほどまでのような覇気が失せた弱気の少女が居る。

 

「なんで、そんな事言うの……?」

 

「そんな顔するなら言わなきゃいいのに」と思いつつも大仏は伊井野がどこまで本気なのかを理解する。少なくとも情緒不安定になる程、恐らく初恋だろう。「拗らせちゃってるなぁ」と思いつつも軽く謝りつつ伊井野のご機嫌をとる。

 

「ごめんねミコちゃん。でもこれで石上をどう思うかわかったでしょ?」

 

「あいつの事は嫌いよ!」

 

「変わらないなぁ……」

 

これはまだまだ先は長そうだ、そう思いながら大仏は伊井野と石上の未来を案じるのであった。



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