真の勇者なら1人で魔王に勝てるよね (お茶に煎餅、お酒にチーズ)
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序章 勇者と不気味な大国
勇者、大地に誕生す





ドラゴンクエストⅪの二次小説です。Fate/との微クロスなどもありますのでお気をつけ下さい。

初投稿なので至らないところが多いかと思います。とりあえず1月の1日、2日、3日とそれぞれ1話ずつの合計3話を投稿したいと思うのでよろしくお願い致します。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑豊かな草原に緩やかな風が吹き抜ける。連なり聳え立つ山々には青々しい葉を付けた木が生い茂り、生物たちに自然の恵みを与えれくれていた。

 

 

 

 荒れ果てた山岳地帯に流砂が舞う。激しく照りつける太陽によって水と植物は枯れ果て、故に人間は自然の摂理と生命の尊さを知る。

 

 

 

 見渡す限りの雄大な大海原に波がさざめく。世界の大半を占める海は広く大らかで、生きとし生けるもの全てを包み込むかのようだ。

 

 

 

 晴れやかな青空に白い雲が流れる。朝になって太陽が昇り、夜になって太陽が沈み、代わりに月が浮かんでは再び朝が来て、それを繰り返していく。

 

 

 

 世界が滅びない限り、時は常に巡り続けていく。

 五大国と称される強国が魔物の大群によって滅亡しても。かつて世界に光を取り戻したと伝説の〈勇者〉が生まれ変わっても。〈魔王〉と名乗る絶大な悪が大陸に君臨しようとも。なにも変わらず時を刻んでいくのみ。

 

 

 

 光と闇は表裏一体────故にこそ、光がある限り闇の脅威が消えることはない。

 ロトゼタシアに生きる者たちのため、世界を見守る〈命の大樹〉は新たな〈勇者〉となるものを選び出した。

 

 

 

 徐々に闇が世界に迫りつつある中、大樹が導く希望の光はユグノア王国に灯る。

 アーウィン王とエレノア王妃の間に生まれ落ちた赤子の左手の甲には〈勇者の紋章〉が痣となって存在した。王と王妃は歓喜すると同時に、愛しき我が子に課せられた重すぎる使命を憂いた。

 それでも〈勇者〉の誕生は世界にとって祝福すべきものであり、残る五大国に急ぎ通達を出した。通達を聞いた各国の王は喜び、これからの未来に希望を見出す。

 

 

 

 ところが、〈勇者〉の誕生を心待ちにしていたのは光の世界に住む者たちばかりではなかった。

 紋章には大いなる力が宿るとされており、一説によると〈命の大樹〉と繋がっているという説もあるらしい。

 闇に生きる者たちにとって、それが真実ならばとても魅力的に映るだろう。特に現時点で絶大な力を持ちながら尚も力を求め続ける強欲な者であれば、なんとしても手に入れたいと考えても可笑しくはないのかもしれない。

 そのため、ユグノア王国で四大国会議を行った日に魔物の大群が襲来したのはある意味で当然と言えた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 嵐による雨と風が吹き付ける月夜に、2つの人影が暗い森の中を駆けていた。雷光により絹のフードの奥に一瞬だけ見えたのは美しい女性と年端もいかない少女だった。

 2人はぬかるんだ地面を気にする余裕もないとばかりに走っている。女性の腕には揺り籠に入れられた赤子の姿があり、慌ただしい空気を感じ取っているのか、不思議と騒ぐようなこともなく大人しくしている。

 遠くから聞こえる雷鳴があっても濡れた地面を走る足音を消すには至らず、追っ手が掛かるのは時間の問題だった。

 

 

 

「はっはっは………うぅっ!」

「マルティナ! 諦めたらダメよ、頑張って!」

 

 

 

 激しい馬蹄の音と馬の嘶き。魔物たちの怒号が背後から響いてくる中、2人は必死に逃げ延びていた。断続的な雷鳴により音が、大雨により臭いが感じ取りづらくなっていることが彼女たちに味方していたのだ

 しかし、それも長くは続かないことは一目瞭然だった。刻一刻と魔物の姿は近づいて来ており、あと少しもしない内に追いつかれてしまう距離にいる。なにより女性が手を引いていたとはいえ、幼いマルティナの体力は限界近いと見て間違いなかった。

 

 

 

「──っ! マルティナ! 右の草陰に飛び込みなさい!」

「右!? ……はいっ!」

 

 

 

 運良く見つけた隠れられそうな草陰に身を潜めることに成功するも、やはり時間稼ぎにしかならないだろう。

 憂慮する女性は腕の中で大人しく、自らを真剣な瞳で見つめている愛しい息子。実の子と同じように大事に想っているマルティナを確認する。此処まで一度も泣き叫ぶこともしない愛息子。現実的に考えてあり得ない話だが、まるで“現在の危機的状況を正確に認識している”かのように冷静な息子は正直なところ異常だった。

 それでも彼女にとってはお腹を痛めて産んだ愛しい子供に変わりなく────故に、覚悟を決めた。

 

 

 

「……よく聞いて。このままでは魔物たちに捕まってしまう。それは分かるわね?」

「は、はい。エレノア様、一体どうすれば………」

「大丈夫よ。貴女たちは絶対に死なせたりはしない。私が囮になるわ。その隙にマルティナはこの子を────レイブンを抱えて逃げるのよ」

 

 

 

 命を賭した強い覚悟を決めた眼差しがマルティナを射抜く。

 マルティナは一瞬なにを言われたのか理解出来ず呆然としていたが、有無を言わせぬ眼光に意識を取り戻す。しかし、それはエレノアの提案を受け入れるという意味ではなく、彼女は年相応の少女のように涙ながらに抱きついてイヤイヤと首を横に振った。

 今よりも幼い時分に実の母を亡くしたマルティナにとって、エレノアという女性はもう1人の母親とでも言うべき存在だった。ユグノア王国へと遊びに来る度に護衛の騎士すら振り切って王妃の部屋に駆け込んでは護衛を困らせていた。優しく賢く美しいエレノアは彼女にとって理想の大人の女性像で、彼女を慕うまでに大した時間は必要なかった。

 だからこそ、それ程までに慕うエレノアを囮にして、自分は安全に逃げ延びるなんて許容できるはずもない。

 

 

 

 だが、譲れないのはお互い様でもある。

 エレノアは言葉ほどには、自分が囮になったところでマルティナたちが確実に逃げ延びられると楽観視はしていなかった。

 魔物たちが狙うのは〈勇者〉の生まれ変わりであるレイブンであることは明白。先程までレイブンを抱えて逃げて来たのはエレノアだったので、自分が囮になることはできるはず。

 だが、元々どうやって魔物たちが〈勇者〉の存在を嗅ぎつけたのかも判らない。なにかしら特定する方法があるならば、最悪の結末を迎えてしまう可能性があるのだ。

 ある意味で賭けの意味が強いと言わざるを得ない。博打にも等しい決断をしなければならない状況だった。

 

 

 

 それでいて妙に確信もあった。魔物たちに〈勇者〉の存在を特定する方法があるのは間違いない。魔物特有の探知方法とかであれば、今こうして隠れている場所が見つかっても不思議ではない。

 でも、そうはならなかった。一時的であっても魔物たちの目を誤魔化せている。要するに、魔物たちの〈勇者〉を見分ける方法はとても限定的な力であるのか、どこか漠然とした感覚を頼りにしているのかもしれない。

 博打であることは否定のしようもないが、決して分が悪い賭けではないはずという判断ができる。

 

 

 

「え……? で、ですが、それではエレノア様が危険です!」

「……ふふっ、マルティナ。貴女は本当に優しい子ね」

「笑い事ではありません! ……そうです! こうして隠れていればアーウィン様が助けに来てくださるはずです! ですから、エレノア様が囮になる必要なんて…………!」

「それが難しいことは賢い貴女なら分かるでしょう。此処までどうやって逃げて来たのか私だって覚えていないもの。あの人が私たちを見つけるためには、奇跡でも起きなければ無理よ」

「エレノア様……!私は……いえ、なんでもありません…………。ですが、どうしても一緒に逃げることはできないのですか!?」

「お願い、マルティナ。聞き分けの悪いことを言わないで。これしか貴女たちが助かる方法は………………」

「だぁぁうー! ぇうあー! ばぶばぶっ!!」

 

 

 

 互いを想い合うが故に意見が喰い違う。幼く未熟なマルティナは、大人であるエレノアの正論に強く反発することも出来ず、諦めと共に悲壮な覚悟を決めようとした時のことだ。

 それまで大人しくしていたレイブンが突如言葉として意味を成さない声を上げて、なにかを訴えるように手足を頻りに動かし始めた。何事かと驚いて視線を向ける2人だが、真剣な目で「あぅあぅ」と喋り(?)ながらモゾモゾと小さな手足を一生懸命に動かししているだけ。それでもなんとなくだが、2人の言い合いを制止しようとしているように見えなくもない。

 なにはともあれ、レイブンの可愛らしい姿に気勢が削がれてしまい苦笑を交わした、その時────草陰を横切った魔物と視線が合ってしまった。

 

 

 

「ひっ!?」

「──っ、逃げるわよ!!」

 

 

 

 咄嗟に揺り籠を保持している腕とは反対の手でマルティナを引っ張り、草陰から勢い良く飛び出す。

 獣道を縫うようにして宛てもなく逃げることだけを考えて走っていると、背後から先程の魔物と思われる嗄れた声が聞こえて来た。

 

 

 

「見つけたゾ! 勇者をこちらに渡せェェ──ッ!!」

 

 

 

 激しい雨音を切り裂くような甲高く耳障りな声に思わず振り向けば、首無しの騎士が禍々しい馬を駆って追いかけてきていた。

 ユグノア王家に生まれたエレノアは本格的ではないとはいえ、可憐な容姿に反して戦闘の心得もある。その彼女から見ると、2人を追撃している首無しの騎士は相当な難敵であることが読み取れてしまった。

 倒せないことはないのかもしれないが、幼いマルティナと赤子のレイブンを庇いながらではエレノアも無傷で撃退とはいかないだろうし、なにより後続の魔物を消耗した状態で相手出来るとは思えない。現実的な手段としては、このまま逃げ続ける以外に良案は思いつかなかった。

 

 

 

「あー、だぅ! ばーぶっ!!」

「大丈夫よ。レイブン、怖がらなくても大丈夫よ」

「あぅだぁー! あいっ! あーぶっ!」

「………レイブン? 貴方、一体なにを……?」

 

 

 

 そのとき、レイブンが再び声を上げる。

 怯えているのだろうと考えたエレノアは、背後の魔物を気にしながらも優しく宥めようとする。しかしながら、肝心のレイブンはそうじゃないと言わんばかりに小さな手足を動かして必死になにか訴えているようだった。

 けれど、息子の行動にエレノアは気が付けない。

 逃走経路を瞬時に選択して、腕に抱えたレイブンと手を引くマルティナの存在、追跡者に対する警戒に意識の大部分を用いており、賢王と呼ばれた父の血を継いだ聡明なエレノアでも他に気を回す余裕がなかったのだ。

 しかし、マルティナは無意識に凶悪な魔物に襲われている恐怖から意識を逸らすため2人を気にしていたお陰で、レイブンに起きた異変に気がつくことが出来た。

 

 

 

「あのっ! ……あ、あの、エレノア様? なんと言いますか、レイブンの左手にある痣が光っているようなっ?」

「えっ? 〈勇者の紋章〉が………っ!?」

 

 

 

 マルティナの言葉に驚いて確認すれば、左手の痣が神秘的で優しい雰囲気の温かい輝きを放っていた。見る者の暗い絶望を掻き消すが如く、眩くも聖なる光は2人の心に巣くった恐怖を消し飛ばす。

 遥か昔にロトゼタシアを闇で覆い尽くした邪悪の神を討ち滅ぼし、世界に光を取り戻した〈勇者〉には大いなる力の源となる紋章が有ったと言い伝えられている。聖なる光を放つ紋章を宿した〈勇者〉は〈闇を祓う者〉として、この世界に生きる人間たちの生きる希望と平和を守るために生まれてくるのだ。

 その希望の象徴が、誰にでも分かるほどに光り輝いているのはなにを暗示しているのか。愛息子の異変に、さしものエレノアと言えども思考のリソースを割いてしまったのは責められないだろう。

 

 

 

「きゃあ──ッ!!?」

 

 

 

 それが、致命的な事態を招いた。ただでさえ足場の悪い森、更には薄暗い夜半かつ豪雨によりぬかるんだ地面に足を取られやすいという最悪のコンディション。まともに走っていられた此れまでが奇跡のような有様だ。

 その上でエレノアに手を引かれて自身の全力で走り続けていたマルティナは、異常な光景に一瞬だけ足下の注意を疎かにしてレイブンたちに意識を向けてしまった。

 本来なら人の通らない獣道を走っていたことも要因として数えられるだろう。視界は効かず、足場は泥濘み、複雑な道という3コンボに加えて僅かに生まれた意識の間隙と常ならば小さな不運が重なり────木の根に足を引っ掛けた。

 

 

 

「──っ!? ………マルティナ……ッ!!」

 

 

 

 不運というものは重なるもので、ちょうど2人が走っていたのは崖にほど近い場所だった。

 不意の衝撃に手を離してしまったマルティナは呆けた表情のまま空中に身を投げ出してしまうが、エレノアという女性はどこまでも情の深い人間であった。咄嗟に揺り籠を片腕に抱えて、そのまま勢いよく崖下に向かって飛び降りたのだ。

 

 

 

「せめてっ……2人だけでも────ッ!!!」

 

 

 

 エレノアは落下中に加速することでマルティナをもう片方の腕で抱き締める。そして、悲痛な覚悟と共に眼下に見える荒れた大河を見据えた。

 3人が大河に飛び込む直前、彼女たちを中心として激しい光が放たれた。夜空を吹き飛ばすような発光の後────先程の発光にも劣らない光が空に幾つも瞬き轟音が世界を震わせた。

 エレノアたちが荒波によって姿を消した後、森の中の至る所に落雷によるものか焼け焦げた跡があった。しかし、不思議なことに樹々に落ちた雷はないようだった。代わりに、まるで“なにかの意志により狙い澄まされた”かのように落雷を受けた魔物たちが黒焦げになって散乱していた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 昨夜の嵐が嘘のような快晴の中、とある滝で腰を下ろして釣りに勤しむ老齢の男がいた。一向に釣れない魚にも焦る様子はなく、泰然とした様子で早朝の麗らかな日差しを楽しんでいるようだ。

 それだけで老齢の男が穏やかな人物であることが見て取れるだろう。昔の彼しか知らない者であれば大層驚くであろうが、それもまた笑い話になる。

 伝説のトレジャーハンターとして名を知られた男の姿は既になく、しかし結果よりも過程こそを重視した在り方は損なわれていない。釣りとはなにも釣果を求めるだけでなく、釣れなくてもその雰囲気を甘受することが肝要であるとか。その観点からすると、老齢の男はこれ以上ないほどに釣りというものを楽しんでいるのだった。

 

 

 

「──ゃー!」

 

 

 

 彼が釣りを始めてから幾ばくか過ぎた頃、不意に赤子の泣き声のようなものが耳に入った。

 そんなまさかと耳を傾ければ「おぎゃー! おぎゃー!」と切羽詰まったような声が川の上流から聞こえる。半信半疑で立ち上がると、ちょうど川の中にある岩の陰から赤子の入った揺り籠が流れてくるではないか。

 

 

 

「なんと……赤ん坊がこんなところに………!」

 

 

 

 男は大慌てで釣竿を放り捨て、脇目も振らずに水を掻き分けて駆け寄る。長時間座り続けていた所為か、身体が重いような気もするが形振り構わない。

 流される揺り籠をそっと掴んで覗き込んで見れば、生後半年にもならないであろう赤子が助けを求めるように泣いていた。なぜという疑問は取り敢えず捨て去り、しかし昨夜が近年稀に見る嵐だったことを思い出す。

 

 

 

「あの嵐の中、無事でおったとは………」

「あー、あぅー!」

「……ははは。笑っておる」

 

 

 

 幾つかの推論を立てながらも、男が手をそっと差し伸べたところで赤子が笑い声を上げた。赤子は嵐により荒れ狂った川を下ってきたとは思えないほどに元気だった。不安だったろうに不憔悴したような様子もなく、愛らしい姿に思わず男も笑いながら抱き上げようとして、ふと揺り籠の中に手紙を見つけた。

 気になって手紙を注視するところ、なにやら紋章のようなものが象ってある。それはトレジャーハンターとして世界中を旅していた男にとっては………いや、余程の田舎者でない限りは知っていて当然のユグノア王国を表す紋章だった。

 そういえば滝の先に延びる川をずっと遡った先にはなにがあっただろうと考えて、自らが導き出した推論に大きく目を見張った。

 

 

 

「もしや、この子は……」

 

 

 

 国の証である紋章を手紙に押印する権限を持つ者といえば一定以上の高貴な身分の者のみである。この滝につながる川を遡れば彼の国があり、即ちこの赤子はユグノア王国に関わりのある存在というだけでなく、まず間違いなく国で最も高貴な──────これ以上はやめておこう

 明晰な男の頭脳は瞬時に赤子の出自を導き出したのと同時に、つい最近耳にした“噂”から昨夜の嵐の中で起きた事件に限りなく近づいた。推測通りであればこの世界に生きる者全てにとって看過出来ないことで、しかし男にはどうすることも出来ないほどの大きな問題になるはずだ。

 それならば、今は自分に出来ることをするために。いつか伝えるその時のために、頭に留めておくだけで良い

 

 

 

「ひとりで、心細かったじゃろう」

 

 

 

 手紙を揺り籠に置き直して、赤子を優しく抱き上げる。グッと頭より高く掲げるようにして怪我がないか確認する間にも、赤子はどこか嬉しそうに笑い声を上げている。

 その様子に安心して、穏やかに語りかけた。

 

 

 

「────もう心配いらんぞ」

 

 

 

 そう言って更に高く持ち上げれば、赤子がキャッキャと楽しそうに笑って、釣られた男も軽やかに笑う

 赤子の無邪気な笑みを見て男は心に決めた。例え未来でこの子にどんな運命が待ち受けていても、少なくとも自分だけはタダの祖父でいようと。今日の出会いが〈命の大樹〉による導きであるのならばこんなにも嬉しいことはないと。

 老齢の男は、晴れ渡る大空に遥かな古代から浮かび、世界を見守り続ける巨木に溢れんばかりの感謝を捧げた。その姿を────〈命の大樹〉は常と変わらず見守っているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







ここまでが1話目になります。
明日にもまた投稿するので面白いと思っていただけた方は是非読んでくれると嬉しいです。

それでは本日はありがとうございました。




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勇者、最弱モンスターの瞬殺劇




さて1月2日ということで。
昨日に引き続いての投稿となります。

それでは2話目、お楽しみ下さい。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今日は、良く見えるな」

 

 

 

 風に飛ばされたスカーフを追いかけていくと、不意に少女にとって聞き慣れた声が聞こえた。大きな声というわけでもないのに、ヤケにハッキリと耳に届く落ち着いた声の主を探すと直ぐに見つかった

 

 

 

 イシの村の中央付近にある不思議な模様が描かれた巨木。その枝の上に、太い幹に手を添えるように置いてバランスを取りながら悠然と佇む少年の姿がある

 少女と同じ年齢の幼馴染で、密かにそれ以上の感情を抱いている存在でもあった

 

 

 

「あっ……!」

 

 

 

 唐突に強い風が吹き起ると、少女のスカーフは空高く舞い上がろうとしたところで………………何者かにその行く手を阻まれた

 それは少女の仕業ではなく、未だに巨木の上で静かに景色を眺めている少年によるものだった

 

 

 

「(また助けてもらっちゃった……)」

 

 

 

 少女は内心でそのように独白しながら、お礼を告げようと近くへと駆け寄り、初めて少年の表情に気が付いた。物憂げなようにも、どこか思い詰めたようにも見える苦しげに歪められた表情だった

 彼は快活な性格とは間違っても言えないが、かといって卑屈な性根からは程遠い。村人たちからの評価は、寡黙だが実直で人当たりは悪くなくて、むしろ不思議といつも人の中心にいる。心優しく頼りになる少年だと答えるだろう

 

 

 

 だからこそ、その時の表情はとても珍しいもので、不安にも似た漠然とした感情が浮かび上がってきた

 違和感でもあるのか左手の甲を頻りに摩っており、しかし目線は〈命の大樹〉から離さない。なにかあったのだろうか、と少女が更に近づいた時にはもういつも通りの無表情に戻っており、無言で遥か遠くに聳える〈命の大樹〉を眺めている

 

 

 

 不思議に思いながらも愛犬のルキと一緒に巨木の枝の真下に行くと、少年はゆっくりと振り返って1人と1匹の姿を見留めて枝の上から軽々と飛び降りた

 音もなく着地した少年は、優しくて静かな瞳に少女────エマとルキの姿を映して、悠々とした足取りで歩み寄ってくる

 

 

 

「………」

「ありがとね。レイブン」

 

 

 

 無言で差し出された赤いスカーフを受け取り、頭に巻きつけてみる。やはりお気に入りのスカーフがあると落ち着くし、なんだか安心感のようなものがある

 気分が上がった所為か、または少年────レイブンに無言で見詰められることに耐えかねたのか、茶目っ気交じりに微笑みかけた

 

 

 

「大切な儀式の前にスカーフが風に飛ばされちゃうなんて。私ってばホント、ドジだよね」

 

 

 

 ウィンクも付けて言ってみるが、レイブンは頷くことも首を振ることもなかった

 彼を知らない者であれば無視されたか、聞こえてないのではと勘違いするかもしれないが、親しい者たちが見れば薄く微笑んでいることが分かるだろう

 エマとしても肯定や否定を期待していたわけではないので、特に気にすることなくクルリと振り返った。それに合わせて、レイブンも隣り合うようにして正面に高く聳え立つ大きな岩山を見上げた

 

 

 

「…………ついにあの岩を登る日が来たんだ。あんな高い場所、私に登れるかな」

 

 

 

 独り言めいたエマの言葉に答える声はなく、風の音のみが静かにその場に流れる

 不思議な沈黙だが、レイブンという寡黙な少年と一緒にいれば儘あることなので気まずいとは思わない。むしろ言葉を交わさなくても通じ合っている錯覚に浸っていると、足下のルキがなにかを訴えるように2人に向かって吠えてきた

 

 

 

「わんわん! わん!」

「────うふふ。ルキが、私たちを案内してくれるみたい。さあ行こう。レイブン」

 

 

 

 2人を先導するかのように駆けて行った姿を見て、なんとなく言わんとしているところを理解する。微笑ましい様子に思わず笑みを零して、レイブンの顔を覗き込んでそう伝えた

 なんだか楽しくなってしまい、エマは軽やかにステップを踏みながら傍らの少年を促せば、彼も小さく笑みを浮かべて頷くと、そっと見守るように歩き出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村人たちに激励の言葉を掛けられながらルキのあとを追って行くと、吊り橋の前に2つの人影があった

 腰の曲がった老齢の男はエマの祖父で、恰幅の良い穏やかな女はレイブンの義理の母親である。儀式を行う2人を見送るために先回りしていたのだ

 

 

 

 2人は楽しげに足を弾ませるエマと彼女に手を引かれながらのんびりと歩いてくるレイブンの対照的な姿に幼き頃を重ねて頰を緩める。両者共に際立って優れた容姿の持ち主であり、男女が仲睦まじくしていれば周囲の目を惹きつけるものだが、本人たちにとっては大したことではない

 幼馴染であるが故の気安さで、エマの祖父────ダンとレイブンの義母────ペルラの生温かい視線を自然に受け流して、悠々と2人の前までやってきた

 

 

 

「レイブンと孫娘のエマ……。2人が無事にこの日を迎えられて、村長としてこれ以上嬉しいことはない」

 

 

 

 昔の2人でも脳裏に思い描いているのか。感慨深いと目を瞑るダンの言葉には、強い歓喜と少しばかりの寂寥が垣間見えた

 幼くして両親を亡くしたエマは彼によって育てられ、レイブンもまた拾われ子であるだけでなく孫娘と同じ年齢とあっては、本当の孫のように可愛がっていたのだ。そんな2人が逞しく育ち、こうして儀式に立ち会える現在の気持ちを推し量ることは出来ないだろう

 

 

 

「……よいな。16歳となったお主たちは神の岩で成人の儀式を果たし、一人前の大人にならなくてはいかん。神の岩の頂上で祈りを捧げ────頂上で何が見えたか儂等に知らせるのだ」

 

 

 

 そこまでが成人の儀式じゃからな、と意味ありげな口調で2人に言い含めた

 それはイシの村に古くから伝わる風習、16歳の成人として認められるために全ての村人が通ってきた道。村長が神の岩と呼んだあの大きな一枚の岩山の頂上まで辿り着き、そこに“あるモノ”を1人の大人として見定める大切な儀式だと伝わっている

 

 

 

 通例として儀式の内容を成人前の子供に教えることは禁じられているため、レイブンとエマも岩山を登るということ以外は初めて聞いた

 ダンという男は日頃から事あるごとに詰まらない洒落だったり、寒いギャグを口にするどうしようもないくらいお茶目な老人だが、しかし2人に限らず村人にとっては尊敬に値する人物であるのは変わりない。だとすれば付け加えられた一言にも必ず意味があるのだろうと、2人は素直に頷いてみせた

 

 

 

 素直に受け入れた2人に満足げな笑みを返して、これで話は終わりだと首肯した

 そして今まで黙って成り行きを眺めていたペルラをそっと促せば、彼女は神妙な雰囲気を携えてレイブンとエマの2人に向かって静かに歩み寄った

 

 

 

「レイブン……。自慢の息子がここまで大きく育って、お母さん本当に嬉しいよ」

 

 

 

 ペルラは優しく微笑みながら語りかける

 いつものように親しい人物にしか分からない程度ではあるが、確かにレイブンも小さく笑みを浮かべている。その表情は能面に近いものでありながら、同時に嬉しさや気恥ずかしさを感じさせるものだった

 義理の母、即ち血の繋がりがないことは知っていても、この親子にしてみれば些細な問題に過ぎない

 

 

 

 レイブンにとって産みの親と育ての親、どちらが本当の親だなんて態々決める必要なんてないことだ

 産みの親は己を産み落としてくれた存在で、育ての親は拾われ子に愛を持って接してくれた。両者は比較するものではなく、どちらも等しく親愛と敬愛を向けるに相応しいレイブンの母である

 とはいえ、ペルラから向けられる無償の愛を気恥ずかしく思うのは年頃の男としては致し方ないかもしれない

 

 

 

「いいかい? エマちゃんは幼馴染なんだからね。あんたがしっかり守ってあげるんだよ。もしも道に迷ってもエマちゃんの頼れるパートナー、ルキについていけば迷わないはずさ」

 

 

 

 戯けるようにそう言って微笑んだ

 義理の祖父について世界を旅していたレイブンが今更こんなところで迷うはずがないことなんて重々承知だからこそ、敢えて場を賑わすための冗句なのだろう

 

 

 

 または軽口でも叩いてないと不安なのかもしれない

 レイブンにとってもそれは他人事ではなく、生来からの類稀な《直感》が警鐘を鳴らしている。儀式をやめようかと考えれば治ることを鑑みれば、これから少し先の未来でレイブンか、或いはエマやルキに危険が迫るということを暗示しているようだった

 もしかしたらペルラも、母親としての勘で不吉な未来を察知した可能性はある

 

 

 

「────さあ行ってきな。夕飯を作って待ってるからね。力を合わせて頑張ってくるんだよ」

「……うん。今日の夕飯はシチューがいいな」

「ははは。しょうのない子だね! それで良いから、無事に帰って来ないと拳骨だよ」

「大丈夫だよ。ペルラおば様。レイブンはとっても強くて、頼りになるんだから! だから安心してね」

「………エマちゃんの言うことも分かってるつもりなんだけどねぇ。この子はどうにも変なところで抜けてるから、いつまでたっても心配なんだよ」

「はい! そういうことなら私に任せてください。しっかりと見張ってますから!」

 

 

 

 だからよろしく頼んだよとペルラが囁けば、エマは見事なまでのドヤ顔で了承した

 女性陣の会話に口を出さず見守っていたレイブンは常より幾分居心地が悪そうに顔を逸らす

 そして、ダンは三者三様の大切な儀式の前とは思えない和やかな雰囲気に、イシの村の村長として怒ればいいのか呆れればいいのか判断がつかなくて、不意に閃いた親父ギャグに含み笑いを漏らしていた

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 ダンとペルラの2人と別れたレイブンたちは直ぐに儀式に臨む──────ことはなく、神の岩までの道中で老人を筆頭とした村人たちに捕まっていた

 やれ仲がいいだのなんだのと、毒にも薬にもならない話に付き合わされるがいつものことなので慣れている。儀式の前に疲労困憊なんてことにはならなかったが、当初の予定時刻より遅れてしまったのでキリのいいところで切り上げると神の岩に向かう

 

 

 

「……うーん。ねえレイブン。さっきの話、やっぱりちょっと気になるよね」

 

 

 

 エマが眉を寄せた難しげな表情でそう言うと、レイブンも神妙な様子で頷いた

 年寄り軍団の話は前述の通りに雑談そのものだったが、それとは別に気になる話を耳にしたのだ

 

 

 

 レイブンとエマは兄/姉として村の子供たちの面倒を見ることも多く、必然的に互いの仲は深まっている

 その中でもレイブンは厩戸のメルという名の少女、エマはマノロという名の少年と気が合うらしい。本当に血の繋がりのある兄妹/姉弟のようだと言えば仲の睦まじさが伝わると思う

 

 

 

 前者の場合はレイブンが元から動物が好きで、なおかつメルが生まれる前の頃から馬の世話をしており、メル自身も厩戸の娘らしく馬に向ける愛情は人一倍強い。それらの共通項と接点から来る親近感は、心の距離を縮めるには容易だった

 後者にしてもエマは言うに及ばないがレイブンに対して特別な感情を抱いており、マノロは華々しい英雄譚を好む年頃の子供らしく、身近に強く優しい勇敢な兄のような人物がいれば憧れるのも無理からぬ話だろう。依ってこれもまた共通点に他ならず、他の子供たちより気が合うのも当然というものだ

 

 

 

 話は戻るが、2人の言う気になる話とは件のマノロという少年についてのことだった

 年寄り集団から解放されたレイブンたちは少しばかり早足で神の岩に向かっていたところ、マノロの母親のアンネが額に手を当て困っている姿を発見した。ソワソワと落ち着きがなく、なにやら焦っているようにも見えるアンネに何事かと声を掛けるとマノロが何処かに行ってしまったと伝えられる

 

 

 

「まさかとは思うけど1人で神の岩に登ったり………はしないわよね。ああ、嫌だわ。心配だわ」

「マノロが……っ!? でも、そういうことなら私たちに任せて! もし神の岩にいるようなら必ず連れて帰るから。レイブンもそれでいいよね」

「うん。それなら少し急いだ方が良さそうだね」

「まあ! 2人ともありがとう。儀式の前に悪いけれど、あの子をよろしくお願いしてもいいかしら?」

 

 

 

 神の岩にいるならと申し出た2人に対して、アンネがそれなら安心だと感謝と共に頼み込んだ

 ────というようなことがあり、弟のように可愛がるマノロが危険かもしれないとエマは気が気ではなかった。経験豊富なレイブンが焦っても良いことはないと諭すことで一先ず落ち着いたエマは、不意に視界の中に映り込んだ巨大な石碑を見て、イシの村に古くから伝わる掟の言葉を思い出した

 

 

 

「“我らイシの民。大地の精霊と共にあり”……か」

 

 

 

 なにか思うところでもあるのか、懐かしそうな表情の中に僅かに苦い感情が一瞬だけ見られた

 レイブンは当然ながら気が付いていたが、それを問い詰めるようなことはせずに無言のまま先を促す

 

 

 

「お爺ちゃんから聞いたの。あの神の岩には“大地の精霊”様が宿ってるんだって。小さい頃からずっと16歳になったら神の岩に登って“大地の精霊”様に祈りを捧げなさいって言われてきたけど………………」

 

 

 

 そこで言葉を切ったエマは、今度こそ明確にムッと顔を顰めてジト目になってこの会話中で初めてレイブンと目を合わせた。もう先程までの焦った様子はないが、私は納得いきませんと体全体で主張している

 

 

 

「────こんな仕来り、誰が考えたのかしら。一人前になる前に崖から落ちて怪我でもしたらどうするのよ」

 

 

 

 態度だけでなく言葉でも不満を漏らす

 といっても本気で怒っているわけではないのだろう。幾ら表面上は取り繕ってもマノロが心配という気持ちがなくなることはない。少しでも落ち着くために別のことに意識を逸らしているだけなのだ

 妙にあざとい仕草であるが狙ってやっていることではない、と念のため言っておく

 

 

 

「……でも、レイブンと生まれた日が一緒だったのが唯一の救いね。ひとりだったら、絶対めげてたもん」

 

 

 

 そう言うとエマはジト目をやめて、どこか照れたような様子ではにかんだ笑顔を浮かべていた

 レイブンから見ても、今のエマは心配事はあっても儀式そのものに不安はなさそうだった。それはやはり、幼い頃から家族とも友人とも違う不思議な距離感で親しくしていたレイブンという少年に対する根強い信頼があるからだろう

 そうして2人が穏やかな空気のまま神の岩に向けて足を踏み出そうとした時、それまで大人しくしていたルキが威嚇を目的とした低い唸り声を上げた

 

 

 

「わん! わんわん──ッ!!」

「──エマ。危ないから下がっていて」

「えっ……。2人ともどうしたの?」

 

 

 

 ルキが吠えたことに呼応するようにして、レイブンが一歩前に歩み出て鋼で造られた無骨な両手剣を構えた。確実にエマを守ることができる位置取りだ

 ひとり事態を飲み込めないエマは戸惑っているが、彼女の疑問に答える声はない。それだけ警戒する必要のある“ナニカ”があるらしい。短いやり取りで理解したエマは口を噤んで1歩2歩と後退る

 

 

 

 普通の村娘であるエマを除いて、この場にいる他のひとりと1匹は特殊な経験をしているが故に悪意を持つ気配を感じ取る能力がある

 元は野生犬であったルキは犬として優れた感覚を持つだけでなく、危険に対する嗅覚が非常に鋭い。生死の境を彷徨ったことがあるから当然というものだろう

 また世界中を旅していたレイブンの危機管理能力も高い。その経験と《直感》は洞窟の奥から強い敵意と邪悪な気配の接近を感じていた。旅をしていた間に幾度も感じた覚えのある────“魔物”の気配だった

 

 

 

「ピキー!」

「ピキピキー!!」

「ピッキー!」

 

 

 

 ポヨンポヨンと特徴的な音と共に洞窟の奥から3匹のスライムが現れた。スライムは明らかにレイブンたちに敵意を向けていた。理由は分からないが興奮している様子なので、互いの実力差を理解して逃げるようなことにはならないだろう

 魔物の中では比較的弱いとされる存在だが、それでもエマのような一般人からしてみれば十分以上に危険である。漸く事態を察したエマは小さく息を呑んだ

 

 

 

「ま…魔物!? レイブン、こっちに来るわ!」

「分かってる! ……ルキはエマを!」

「わぉん!」

 

 

 

 怯えて体を縮こまらせたエマの悲鳴にレイブンは鋭く答えてから矢継ぎ早にルキに指示を出すと、一呼吸挟んでスライムに向かって力強く踏み込んだ

 戦士として優れた技量を持つレイブンの足運びは流麗かつ俊敏。滑らかな挙措からは信じられない速度で、瞬く間にスライムとの間に存在した距離を埋めてしまった。レイブンのその動きは、地面の上を滑ったかのように見える不思議な歩法によるものだ

 いつのまにか両手剣は正眼に構えていた状態から刀身が地面と水平になる形になっていた。レイブンの速さにスライムはついていけていないようで致命的なまでに隙だらけだ。当然ながら容赦を掛ける必要はない

 

 

 

「──ッ!」

 

 

 

 電光石火。気合一閃。身体ごと一回転して放つ豪快な横薙ぎの一撃。攻撃範囲が広い両手剣は一瞬の抵抗も許さずに3匹のスライムを纏めて両断した。レイブンは油断なくバックステップして残心。しかし体が上下に別れたスライムが起き上がるはずもない。危険がないことを確認して構えを解いた

 暫くこの場に妙な沈黙が訪れた。ルキはブンブン尻尾を振って今にもレイブンに駆け寄って行きそうな様子だが、飼い主のエマが余りの瞬殺劇に思考を停止してしまい硬直しているがために律儀に待っている

 

 

 

「…………わぁ! レイブンったら凄いわ。あっという間に魔物をやっつけちゃうなんて!?」

 

 

 

 実を言うとエマには一連の動作が早すぎて目視が叶わなかった。だが、無残な姿に成り果てたスライムと構えを解いて警戒を止めたレイブンを見て、なにが起きたかを把握すると素直に歓声を上げて駆け寄る

 呑気な幼馴染の姿になんとなくレイブンも呆れたように見える笑みを浮かべながら、両手剣を元のように背中に吊るしてから飛びついてきたエマを受け止めた。足元ではルキも嬉しそうに尻尾を振って、2人の周りをグルグルと回っている

 

 

 

「それにしても本当に魔物がいるなんて……ああ、ビックリした……。レイブンのお陰で助かったわ。神の岩の頂上へ行くには洞窟を抜けていかないとダメなのよね。さっきの魔物みたいなのがまたいるかもしれないのは不安だけど、レイブンが一緒ならへっちゃらだわ。頼りにしてるわよ。さあ、行きましょう!」

 

 

 

 一頻り騒いで落ち着いた後、そう言ってエマは先を促す。魔物に対する恐怖がなくなったわけではないが、伝聞でしか知らなかったレイブンの実力を目の当たりにしたことで勇気をもらったようだ

 危険はあるがレイブンにしても儀式を中断するつもりはなかった。エマたちを守る自信があるだけでなく、神の岩に向かった可能性のあるマノロのことが心配だという気持ちが大きい

 

 

 

「うん。急いでマノロを探そう」

「そうね! 魔物がいるような場所ですもの。きっと怖くて動けなくなっちゃったんだわ! ルキのことも頼りにしてるわよ。マノロの臭いを辿ってみて」

「わん! ………わんわんわんっ!!」

 

 

 

 エマの号令に合わせて一斉に動き出す

 洞窟の中で両手剣だと取り回しが難しいと判断したレイブンは白金の精緻な意匠の〈プラチナソード〉と神秘的で荘厳な細工が施された〈奇跡の剣〉の2本の片手剣を装備した。どちらも入手が困難だとされるが、伝説のトレジャーハンターである祖父から生前の頃に譲り受けたもので、彼の宝物に等しいものだった

 人命が掛かってるかもしれない現状で、レイブンは最善を尽くすことに決めたのだ

 

 

 

 飼い主の言葉に従い早速ルキは臭いを辿り始めて、直ぐに痕跡を見つけたのか先導するように駆け出した

 短時間で発見したことから、マノロがこの近辺を通ったのはそんなに前のことではないのだろう。だとすれば急げば間に合う可能性は充分にある

 レイブンがそのように伝えるとエマも力強く頷いて、2人は我先にとルキの後を追いかけるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







2話の投稿完了です。
ご満足いただけていたら作者冥利に尽きます(昨日が初投稿だったにわか作者の大言壮語………)


補足としてーーーー

この時のレイブン、即ち原作主人公はゲーム基準だと大体30〜35くらいのレベルのつもりです。
当然ながらスライムでは相手にならず、敢えなく三枚下ろしの刑に処されました。
ゲームとは異なる点として、片手剣と両手剣の他にも格闘と槍ができる設定で考えているのですが、その場合だとスキルポイントが圧倒的に足りなくて悲惨なことになるのでレベルとかの概念はこの世界にないです。

それでも一定数の魔物を倒すとなんか強くなった気がしますし、ゲームでのスキルを習得するだけの技量があれば幾らでも覚えることができます。
しかし、現実として剣も槍もと欲張って一流になるのは至難の技だと思うので、そこはチートと言われてしまえばそれまでなんですよね。


長くなってしまいましたが、作者としてはそのように考えてストーリーを展開していきたいと思います。

昨日の今日で気が早いかもしれませんが、感想・批評などは大歓迎なのでお待ちしております。
よろしければ明日の3話目もお楽しみくださいませ。



*改訂内容

ペルラおばさん→ペルラおば様




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勇者、驚くと雷を呼ぶらしい




初投稿からの連投最後の3話目です。

次の投稿などに関しましては後書きに記載するので、まずはお楽しみ下さい。






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エマの号令の下、レイブンたちは洞窟の中に突入していた。マノロの匂いを辿ることができるルキを先頭にして迷うことなく進んでいく

 神の岩の向かう道中には当然のように魔物が立ち塞がるが、彼らにとってしてみればその程度の障害は物の数ではない。埃を散らすように蹴散らしていた

 

 

 

「──はぁっ!」

「ピキー!?」

 

 

 

「わんわん、わぉん!」

「モ…!?」

「わっ! ルキってば凄いわ。魔物が怯んでる…?」

「ナイスだ、ルキ! ……隙だらけだぞっ!」

「モキ…ィ……?」

 

 

 

 両手剣から片手剣に装備を変えて身軽になったレイブンが躍動する。お世辞にも決して足場の良いとは言えない洞窟の中にも関わらず、レイブンだけは平地での戦闘と比べても遜色のない動きをしていた

 彼らの存在に気づいたスライムとモコッキーが一歩を踏み出すよりも早くスライムを斬り捨てる。身の危険を感じたのか、本能による反射だと思われる素早い動きで身を翻そうとしたモコッキーはルキの鋭い吠え声により硬直。その隙をレイブンが見逃すはずもなく、目にも留まらない隼の如き3連撃を叩き込んだ

 

 

 

「あら。モコッキーが薬草を落としてるわよ。運が良いわね。有り難くもらっていきましょう」

 

 

 

 レイブンの攻撃で黒い靄のようなものになって跡形もなく消えてしまったモコッキーが直前までいた場所には、ポツリと薬草が残されていた。旅をする上での必須道具だが、山奥にあるイシの村で暮らしている村娘のエマにとっても農作業などで生傷が絶えないが故に欠かせないものだ

 磨り潰して患部に塗ることによって薬草に内包された魔力が薬効を増幅して細菌を殺し、人間に最初から備わってる自己回復機能に作用して傷を治すという結果を起こしてくれる。そのため即時効果があり、緊急時には口内摂取でも同様の効果が得られるとか

 

 

 

 そのような細かい成り立ちを知らずとも、この薬草という道具は一般市民から上流階級の人間までに需要があるとされている。生き物である以上は怪我から無縁というわけにはいかないのだから当然だ

 基本的には村や町などの集落の外で生えているものを積むのだが、魔物が持っていることもある。それを奪うなり、魔物自体を倒して手に入れるという手法もある。もちろん群生する薬草を探した方が手っ取り早い上に一度に数を揃えることもできる。生き物全てに共通して効果があるというのは、考えるまでもなく素晴らしい道具だろう

 

 

 

「う〜、わんっ!」

「──っ! レイブン、外よ! 光が見えるわ。もしかしたらマノロがいるかもしれない。急ぎましょう!」

 

 

 

 何年もの長い間に築き上げられたレイブンの卓越した戦闘技能と鍛え上げられた能力。そこに魔物を一瞬とは言えども硬直させることができる優れた支援役のルキが加わると面白いように戦闘が一瞬で終わる

 元々スライムとモコッキーは弱い魔物ではある。しかし、数が多ければ足止めされることは避けられない。レイブンとルキは熟練の相棒同士かのような抜群の連携で息もつかせない早さで戦闘を終わらせると進行の邪魔になる次の標的を蹴散らす

 

 

 

 その結果、驚くことに彼らは3分と経たずに洞窟を突破しようとしていた

 薄暗くて服が肌に張り付くような湿り気を帯びた洞窟から、外の世界に繋がる光の路が2人には見える。あと少しと分かれば、ルキの様子からもマノロがいることが確定的に明らかである以上は足も速くなる

 彼らは僅かにも走る速度を落とすことはせず、そのままの勢いで光の絨毯に飛び込むかのようにして洞窟を抜け出していった

 

 

 

「──見て、レイブン。真っ白だわ。霧が、こんなに…………」

 

 

 

 洞窟を抜けた彼らを迎えたのは暖かな陽射しに照らされた神の岩────ではなく、薄気味の悪い濃霧に包まれた光景だった

 レイブンたちが洞窟に入るまでは燦々と輝いていた太陽も霧の所為で拝むことは叶わない。普通に考えればここに来るまでの数分で周囲一帯を覆うほどの霧が立ち込めるはずはない。要するにこの仄かに魔力を帯びた霧は尋常なもの、即ち自然のものとは異なるものであり、間違いなくなんらかの外的要因が存在するだろう

 

 

 

「た……たすけてー!」

「えっ!? マノロ! ──レイブン、大変! 早く助けなきゃ!」

 

 

 

 それが一体なんなのか考察する間も無く、思考を遮るように悲鳴が響き渡った

 エマからしてみればとても聞き覚えのある声だ。すぐさま反応すると、少し離れた場所に這いつくばった体勢で彼女に必死に手を伸ばすマノロを見留めた

 その姿に思わず鬼気迫る声色でエマがレイブンに知らせれば、言われるよりも早く彼は武器を抜いて臨戦体勢で構えていた。同時にルキが警戒を始めると、唐突に周囲を覆い尽くしていた霧が集束していく

 

 

 

「き…霧が、魔物に………」

 

 

 

 エマが呆然と呟くが無理もない。霧の魔物、通称スモークと呼ばれる魔物は基本的にこの辺りには出現しない。生息地のナプガーナ密林は、年内に必ず合計数十人もの人間が迷い込んで行方不明になると言われている恐ろしい秘境だと伝えられている

 そのような場所に生息している魔物だが、稀にナプガーナ密林の外に迷い出て来ることがあるとか。当然ながらスライムやモコッキーなどよりも遥かに強力なため、デルカダール王国の兵士が討伐に出ることも珍しい話ではないくらいだ

 

 

 

「──ルキッ!」

「わぉーんっ!!」

「「────ッ!?!?」」

 

 

 

 しかし、今日この日に限ってはスモークにとって相手が悪かったとしか言い様がないだろう

 霧が一点に密集したような不定形の姿に、目と口がついた魔物だが物理的な接触は可能である。その証拠にレイブンの指示で鋭く威嚇したルキの吠え声に動きを止めた2匹のスモークたちは、一息で間合いを詰めたレイブンが舞の如き美しい剣戟で斬りつけると、霧で構成されているためか抵抗は少なく、けれども確かな手応えと共に吹き散らされて只の霧となった

 

 

 

「──あれ、魔物は…っ………!」

 

 

 

 一瞬の攻防が終わり。うつ伏せになって身体を小さく縮こまらせていたマノロは恐る恐ると顔を上げた。キョロキョロと周りを見てもあの霧の形をした魔物の姿はなく、剣を納めながら近づいて来るレイブンとその後ろから駆け寄って来るエマが見えた

 ほっと頬を緩めてから慌てた様子でマノロが駆け寄るが、改めて近くまで来たところでエマたちの表情を見て罪悪感で怯んだように勢いが萎んだ。普段母親に叱れる経験を存分に生かしたマノロは、2人がなにかを言うよりも早く謝罪をした

 

 

 

「ご…ごめんね。先回りしてエマねーちゃんをおどろかせようと思ったんだ。でも、魔物におそわれて………」

 

 

 

 申し訳そうな表情でマノロが謝ってくる

 機先を制された形のエマは、それを見咎めるのではなく一度二度と頷きを返して考えに耽る。現状に於ける明らかな異常に頭を悩ませているのだ

 

 

 

「そうよ、変よね……。神聖な神の岩に魔物が出るなんてこと今までなかったのに…………。それはそうと、ダメよマノロ! こんな危ないことしたら。さっ、ルキと一緒に村に戻ってなさい」

「う…うん。わかったよ」

 

 

 

 個人的な悩み事は後回しにして、とりあえず今は優先的にマノロを村まで送り届けなければならない。洞窟移動中に「ルキがついてれば問題ない」と他ならないレイブンが太鼓判を押してくれたこともあるため、安心してマノロを送り出すことができた

 本当に万全を期すならばレイブンがついていくのが確実だが、その場合はエマも一緒に戻ることになり、2人に課せられた成人の儀は失敗ということになる

 マノロとしても己の不用意な行動によってレイブンたちの成人の儀が完了できたかったとしれば気に病むのは間違いない。それを避けるためにも、ルキひとりでマノロを村まで帰しに行ければ全てが解決する。これが現状で取れる最善だった

 

 

 

 そして、いつからか神の岩で目撃されるようになった魔物の存在。大地の精霊が宿るこの場所に魔物が出るようになった理由もわかっていない。今までも村の外にはいても神の岩にはいないはずだった

 これらに関連性のありそうな問題としては、昨今は魔物の凶暴性が増していると言われていることが挙げられるだろう。10年ほど前から魔物による死傷者が後を絶たず、国からも出兵する機会が多くなっているとか。若干のこじつけ感は否めないけれど、凶暴性を増して興奮した魔物が迷い込んで棲みついた可能性もある

 

 

 

 だが、その考えを裏付けるように魔物たちはレイブンとの力関係を理解して逃げるのではなく、むしろ魔物の方から襲いかかっていた。魔物にしても他の生き物と同じように、生存本能のようなものはあるはずなのに、それがないような行動は確かに不可解だった

 とはいっても、凶暴性こそ増しているが魔物の強さが変わっているわけではない。だとすれば、レイブンとルキの敵ではないことは言うまでもないだろう

 

 

 

「ありがとうね、レイブン。あんな怖い魔物を簡単に倒しちゃうなんて本当に強いのね」

 

 

 

 そんな風にどこか照れ臭そうにエマは感謝と賛辞を伝えた。素直で快活な性質の彼女は元より言葉を必要以上に飾ることはないし、偽るなんて以ての外だったからこそ思わず羞恥が表に出たのだ

 レイブンとしても改めて伝えられると気恥ずかしい感情を覚えるのか、いつも通りに頷きだけを返すと神の岩に顔を向けてしまう。なんとなくエマも空を仰いでみると、先程よりも霧が薄れて神の岩の頂上が見えた

 

 

 

「もう少しで頂上だね………」

 

 

 

 暫く間を空けてから、エマがポツリと呟いた

 これもまた普段のように、特に返答を求めてのものではないのだろう。レイブンもそれがわかっているので頷くだけに留めた

 そして2人の間に再び沈黙が降りる。先の流れの所為で気まずさのようなものもあるけれど、総じてお互いにとって居心地の良い穏やかな静寂だった

 

 

 

 今までのアレコレに関しては、村長の娘であるエマとしては思うところがあっても不思議ではない。口数の多い彼女にしては珍しく、ぼんやりとした様子で神の岩を眺めて思考の中に埋没している

 幼馴染のレイブンには考えている内容もある程度は想像がつくが、敢えて声を掛けようとは思わなかった。今ここで考えても答えがわかる訳ではないし、とてもエマが解決できる問題とも思わないけれど、こうして悩むこと自体は決して無意味ではないと感じたからだ

 そうして2人で特に会話をするでもなく夕暮れに変わりつつある空を見上げていると、不意に空からポツポツと水滴が降ってきた

 

 

 

「やだ……。雨が降ってきたわ。レイブン急ぎましょ。この辺りは道が悪いから迷ったり足を滑らせたりしたら大変だし、立て札があったらしっかり調べるのは忘れないようにしないとね」

「そうだね。これ以上雨がひどくなる前に急がないと」

 

 

 

 徐々に雨足を強める天候に2人は急いで頂上に登るための道を探す。すぐに見つかった立て札の真横に吊るされた蔦を順番に登って、斜面ギリギリの細い足場を岩壁に張り付くようにして移動する。今度は蔦を伝って下に降りると、自然と階段式になっている大岩をよじ登りエマに手を貸しながら道無き道を進んで行く。一つ二つと大岩を乗り越えると先よりも小さな洞窟、というよりも洞穴のような道に入った

 スモークを倒してからは魔物が現れることがないのはやはり神の岩に宿る大地の精霊のお陰なのだろうか。理由はなんであれ、恐らくあの険しい道で魔物に襲われたらとてもではないが戦えなかったはずのので、レイブンたちからすれば胸をなでおろす心持ちだった

 

 

 

「──着いたわ!」

 

 

 

 洞穴を抜けたところで、エマが感無量といった風に喜色を含んだ叫びを上げた

 村娘として日夜農作業などに精を出しているエマからしたら体力に関しては問題ないが、それでも足を滑らせるかもしれない恐怖や魔物との遭遇で精神的に疲れた可能性は高い。とはいえ、まだ余裕はありそうだった

 仄かに頂上から見える景色に期待してキョロキョロと周囲を覗こうとする2人だが、生憎の天候による雨雲の所為で視界が悪すぎた。遠く離れた風景さえ判然としないほどだ

 

 

 

「惜しいなあ……。天気が良かったらきっと、絶景が見れたはずなのに」

 

 

 

 両手を腰に当てながら眉を寄せたエマは小さく溜息を漏らした。本気で惜しいと思っているのか、その顔からは落胆を強く感じさせた

 レイブンも少しだけ残念そうにしていたが、仕方がないと言う代わりにエマに向けて頷いてみせた

 不器用ながら励まそうと言う意図を察したエマとしても、落ち込んでいたもの仕方がないと先程よりも強くなった雨を見て焦ったような表情を浮かべる

 

 

 

「早くお祈りを済ませないと………」

 

 

 

 その言葉を合図にした訳ではないが、どちらともなく胸の前で手を組んで目を瞑って祈りを捧げようとした────瞬間のことだった

 金属などを引っ掻いた時とはまた異なる不愉快な甲高い音、正確には耳をつんざくような叫び声が雨雲に覆われた遥か天空から聞こえてきたのだ。反射的に身を震わせたエマを庇うように前に立ったレイブンは片手剣2本を鞘から抜き放ち、空を睨んで油断なく構えた

 スライムの時とは違って今度はエマも空から猛烈な速度で迫ってくる悪しき気配、比べ物にならないほどに凶悪な魔物の存在を感じ取った

 

 

 

「キィヤアア────ッ!!」

 

 

 

 金切り声と共に曇天の空を自慢の紫色の翼で切り裂くようにした現れたのは、地獄の魔鳥として恐れられるヘルコンドルと言う名の魔物だった

 先程のスモークにしても大概だったけれど、これは輪をかけてあり得ない事態である。なぜならヘルコンドルの生息地はデルカダール地方近辺にはなく、この辺りより遥か西のやや北寄りといった寒い地域を好む特徴があるのだ。仮に群れを追われたとかであっても、態々こんな遠くまでは来ないだろう

 余りにも不可解な事態に下手に知識があるレイブンは内心で動揺してしまうが、当然のことながら襲いかかってくる魔物がそれらを斟酌してくれるはずもない

 

 

 

「キャワアアァアアア──────ッ!!!」

「──うっ、ぐぅ………っ!?」

 

 

 

 その強靭な翼で豪快に風を切って2人に目掛けて突撃すると、人間を容易く鷲掴みできるほどの大きな鉤爪を容赦なく叩きつけていく。位置関係の問題からレイブンが躱した場合、無情にもエマがヘルコンドルの爪の餌食になるのは間違い無い

 そのため彼は無理矢理に内心の動揺を抑え込んで迎え撃った。〈プラチナソード〉と〈奇跡の剣〉を交差させて鉤爪を受け止めると、金属同士がぶつかり合った時のような耳障りな甲高い音を響かせた。両者の激突は一瞬の拮抗の後、なんとかレイブンに軍配が上がる

 

 

 

 しかし、この時のレイブンは失念していた

 ここに来るまでにエマはスライムやモコッキー、更にはスモークのような魔物と遭遇しても悲鳴を上げこそすれど平静を保っていたが、実際には魔物との戦闘を間近で見る機会は今まで一度もなかった。運良く弱い魔物ばかりでレイブンとルキの連携が嵌り瞬殺をしていた影響から、彼に対する信頼にも似た油断により無意識に気が緩んでいたのだ

 そこに来てヘルコンドルという文字通り格が違う魔物と初めて見る余裕のないレイブンの姿を目の当たりにした衝撃は計り知れない。それほどまでの絶対の信頼を寄せていた彼の苦戦に、戦闘の素人であるエマの心に不安が去来したのは責められないだろう。その不安と恐怖が彼女の足を竦ませる結果になってしまった

 

 

 

「えっ……!?」

 

 

 

 レイブンとヘルコンドルの激しい衝突にエマは身を竦ませて思わず後退ろうとしたが、急激に全身から力が抜けるような感覚に襲われて体勢を崩した。倒れまいと足に力を入れようと踏ん張ったことで、ふらりふらりとよろけた彼女は運命の悪戯により足を滑らせた

 不運だったのは何度かよろけた時に崖の方向に動いてしまったこと、そして転んだのが崖下、即ち足場のない空中だったという点に限った

 崖に身を投げ出す形になったエマは死に物狂いで手を伸ばして、切り立った岩壁にある尖った岩に掴まって首の皮一枚繋がると即座にレイブンに助けを求めた

 

 

 

「──レイブン! 助けて!」

 

 

 

 エマの必死の叫びを聞いた時のレイブンは目の前の敵に集中していた弊害で、背後で起きていた事態を全く把握していなかった。一連の反応が遅れてしまったのはそのような事情があってのことだった

 切迫した声に反応して振り返ったレイブンの目に映ったのは、なぜか出っ張った岩に掴まっただけの今にも崖下に落ちてしまいそうなエマの姿。幼馴染の危機を前にして、彼の行動には迷いはなかった。或いは、魔物の存在を頭の中から追いやってしまったのかと思うほど躊躇なく武器をその場に突き刺して、エマの元へと素早く駆け出したのだ

 実質エマが岩を掴んでいられた時間は2〜3秒ほどだったが、手が滑ってしまった瞬間にレイブンの手が彼女の手をしっかりと握りしめた

 

 

 

「クルゥアアアア────────ッ!!!!」

 

 

 

 武器を持たないレイブンを見て勝機と見たのか、先程よりも更に鋭く、速く、強烈な一撃をたたきこむためにヘルコンドルは自慢の鉤爪を振りかざした

 言うまでもないことではあるがエマの手を離すなんてことは以ての外だし、さしものレイブンと言えども武器を持たず左手でエマを掴んで右手も自分の身体を支えるために使っている状況ではどうしようもない

 万事休すかとエマの手を握る左手に力を込めたその時────レイブンの左手の甲から眩い光が放たれた。光は一筋の閃光となって雨雲に突き刺さり、一瞬の間の後に稲妻となってヘルコンドルを襲った

 

 

 

「ギョワワワァアア──────ッッ!!?」

 

 

 

 網膜を焼く雷光の中でヘルコンドルの悲痛な叫びが響き渡る。稲妻は数秒間途切れることはなく、憐れなる魔鳥は黒焦げになって地に堕ちていった

 突然の事態に一時自失していたレイブンだったが、すぐに気を取り直してエマを一息に引っ張り上げる

 命の危機に瀕していた所為か、或いは間近で雷を見た衝撃によるものか、エマは荒い息を吐きながら茫然とした様子で項垂れていた。暫くして落ち着いたところでレイブンが手を貸して立つのを手伝ってあげると、僅かにふらつきながらも確かな足取りで立ち上がった。そして互いに顔を見合わせた

 

 

 

「──助かったのね、私たち………。でも、不思議だわ……。まるで貴方が雷を呼んだみたい…………」

 

 

 

 未だに助かったという実感が薄いのか、自分でも信じていないであろうことをエマは言葉にしてみるが、そこでレイブンの左手が光り輝いていることに気づいた

 雷が落ちる前と比べると淡い光しか放っていないけれど、どこか暖かく包み込まれるような心が落ち着く不思議な輝きだった。それによく見ると手の甲にある痣がなにやら紋章のような複雑でいて規則正しい形になっており、ぼんやりと光を帯びているようだ

 

 

 

「レイブン。その痣は一体………。──あら、消えちゃったわね。なんだったのかしら」

 

 

 

 首を傾げながらエマが独り言のように呟くもレイブンは僅かに眉を寄せるだけで、左手の痣や光との関連性を知っているようには見えなかった。それでいてエマほどには驚いていないのが少し不思議ではある。どうにも全く知らないと言うわけではないらしい

 しかし、エマも無理に問い詰めるようなことはするつもりはなかった。仮にも幼馴染のレイブンが悪意を持って隠しているわけではないと信じているし、それでも隠すならばなにか理由があるとわかるからだ

 

 

 

「いっぱい助けてもらったわね。やっぱりレイブンが一緒だと私、心強いわ。──さっ。早いとこお祈りを済ませましょ」

 

 

 

 さりげなく話題を変えて、心の裡にあった命の危機に対する動揺や不安もすっかり切り替えたエマはそう言ってレイブンを促した

 確かに魔物との戦闘や悪路を慎重に移動していたことで時間に余裕があるとは言えない。実際のところは前述の理由よりも、道中で村の老人たちに捕まった時の方が圧倒的に時間を浪費しているのは言わぬが花だろう

 今度は邪魔も入らずに胸の前で手を組み合わせた2人は静かに目を瞑り、大地の精霊に祈りを捧げ始めた

 

 

 

「──我らイシの民。大地の精霊と共にあり………。ロトゼタシアの大地に恵みをもたらす精霊たちよ。日毎の糧を与えてくださり感謝します。……どうか、その大いなる御心で悠久の大地に生きる我らをこれからも見守りください」

 

 

 

 エマが精霊たちに向けた詔を述べた後、2人は一言も喋らずに祈りを捧げ続ける。暫くそのままで身じろぎもせずにいると、不意に瞼の奥から光を感じた

 先程まで感じなかった光に2人が思わず目を開けると、目の前には息も忘れるほどの絶景が広がっていた。青々と木が生い茂る山岳地帯から丘陵地帯を経て平野部に移り、大いなる海へと繋がっている。余りにも美しい光景に2人の顔に笑顔が浮かんでいく

 

 

 

「うわあ、すごい……。世界って、こんなに広かったんだ…………」

 

 

 

 そのような感想を漏らしたエマだったが、どうやら無意識に感嘆の念が溢れたといった様子で声に出したという自覚はなさそうだった

 世界中を旅していたレイブンにとってもこの光景には目を奪われざるを得ないようで、普段の鉄面皮からは想像もつかない満面の笑みを見せていた

 景色に見惚れていたエマがそこでハッとなにかに気がついたような表情を見せた

 

 

 

「この仕来りを考えた人………きっとこの景色を見せたかったんだね」

「それは……。うん、そうかもしれないね」

「それじゃ儀式を終えたこと、お爺ちゃんに教えてあげましょ。みんな私たちの帰りを待ってるはずだわ。それにお爺ちゃんならあの雷についてもなにかを知ってるかもしれないわ」

 

 

 

 それとさっきは助けてくれてありがとう。──そう言ってエマは淡く頬を染めたまま笑った。レイブンも応えるように微かではあれども優しく微笑み、2人は仲良く村への帰途に着いた

 まるで彼らの未来を照らすように、晴天の空には暖かくも眩しい太陽が燦然と輝いていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これにて3話の投稿完了です。

今回のお話では前回よりもレイブンの強さがわかりやすく出ていますね。
スモーク戦は安定の瞬殺でしたが、ヘルコンドル戦では咄嗟にソードガードで危機を切り抜けました。
内心で動揺を隠さない状態でありながら防ぎきれたのは純粋に技量の高さによるものです。
ゲーム的にはスキルさえあればレベル差があっても防げると思うのですが、流石にそれは不自然ですよね(ステータスもかなり離れてると思うので…………)

こんな感じで初期は殆ど敵なし状態で進んでいくことになると思います。
苦戦するとしたら強さ弱さは関係なく、状況などによる不利を抱えた時だけになるでしょう。
基本的には原作のストーリーに沿って物語を作っていくので、そこら辺は仕方ないですよね。


ところで、初投稿ということで拙い文章を晒してしまったと思いますが、個人的には楽しんで執筆ができました。
3連投を目指していたので、ギリギリで間に合う形になって非常に焦ったりしましたがなんとか投稿できて安堵の気持ちで一杯です。

次話の投稿につきましては、基本は一週間以内に投稿というペースでやっていきたいと考えています。
予定よりも早く投稿したり、多少の遅延ということもあると思うのです実際には不定期です。
個人的には火曜と水曜のどちらかで投稿しようと思うので、拙作を面白そうと感じていただけた方は来週をお待ち下さい。

それではありがとうございました。




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勇者、義母からユ…ユーシャ?の生まれ変わりだと伝えられる




兄によって(半強制的に)冬キャンプに連行されたことで無事に死亡した作者です。
寝不足と疲れが解消できないまま書いたのでクオリティについてはお察し(元から大して面白くないということは言ってはいけない)

それでは4話目どうぞ。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次々に襲い来るアクシデントを時に余裕で、時にギリギリで退けたレイブンたちは無事に成人の儀を終えて、日暮れ前までに村へと帰ることができた

 行きのようにスライムなどを蹴散らして洞窟を出たところでマノロや彼の両親たち、先に帰っていたルキに出迎えられた。申し訳なさそうに謝罪しながらもホッと安堵した様子のアンネ、マノロの母親から感謝を伝えられて、改めてマノロからも謝罪と感謝を受けた

 それに対してエマとレイブンの反応はさっぱりとしたものだった

 

 

 

 元々イシの村は住民が少なく、そのため村民全員が家族のように気心の知れた関係にある

 というのも、前後左右を山に囲まれた立地の所為で当然ながら日々の暮らしに余裕があるとは言い難い。凶作の年には冬を越すのにも苦労するほどだった

 故に、村人たちは常に助け合って生きてきた。隣の家が食糧に困れば村民全員に掛け合って少しずつ分けてもらったり、流行病で子供たちが倒れた時には村の大人が総出で薬草を求めて山野を駆け回るということが大昔から繰り返されてきた

 

 

 

 だからこそイシの村には教訓として“困っている人がいたら手を差し伸べるべし”と代々伝わっている

 それは持ちつ持たれつというか、善行を働けば必ずいつか自分が助けを求めた時に同じように手を差し出してくれる人が現れるという実体験からきている。また精霊には如何なる悪行も隠すことはできないと言われており、子供の頃から当たり前のように善行を積んだ村民たちは自然と善良な人間になっていく

 エマとレイブンも例外ではなく、人助けが当たり前のような価値観を持っているがためにマノロたちの謝罪や感謝も謙遜なんて無粋な真似はせずに気持ちよく受け入れていた

 

 

 

 危険な行為をしたマノロに対してもこれ以上強く言うようなことはしない。子供を叱るのは親の役目ということもあるけれど、イシの村の子供たちは総じて賢いので一度注意すれば自分でも危険だったと認識できる

 加えて言えば、マノロが神の岩で魔物に襲われかけたという情報は一両日中に村全体に広まるのは間違いないため、大人はもちろん子供同士でも危険な行為はしないように監視し合うことになるだろう

 唯一の心配事は賢い上に逞しい子供たちが危険じゃないギリギリを見極めて遊ぶ可能性があることだ。その辺りは大人がどれだけ抑制できるかに掛かっている

 

 

 

 マノロたちの他にも無事に帰ってきた2人に声を掛ける村人は大勢いる

 その中でも話題はやはり特定の事柄に終始していた。神の岩に魔物が出たことについて詳しく聞かれたり、村からでもハッキリ見えるほどの落雷のことで心配してくれる人が多かった

 もちろん質問や心配ばかりではなく、見事に成人の儀を終えてきた2人を盛大に祝福してくれる。大人も子供も関係なく、笑顔でレイブンたちを迎えてくれた

 

 

 

 魔物や落雷などが気になって神の岩の近くまで寄ってきていた村人たちを引き連れたエマとレイブンがワイワイと姦しく話しながら村への帰り道を辿っていく

 誰も彼もが笑顔でいて、エマにしても仕来りで詳しい内容が話せないながら期待感を煽るように儀式について子供たちに語ったり、その内容でレイブンが魔物を倒した話をすれば大人たちは揶揄い交じりに囃し立てたりと明るい雰囲気だった

 村が見える位置まで来ると、そこには村長のダンを筆頭に村民が勢揃いで出迎えようとしているのが見て取れた。ダンの姿を見つけたエマが喜色に溢れた様子で小走りに駆け寄り、その後をレイブンが追いかける

 

 

 

「ただいま、お爺ちゃん!」

「おお、2人共。無事に帰ってきてなによりじゃ」

 

 

 

 元気に駆け寄って来るエマと対照的にのんびり歩いて来るレイブンの変わらない様子に、ダンは嬉しそうに頬を緩めて歓迎の言葉を告げる。この場で出迎えた面々も一様にホッと胸を撫で下ろしていた

 エマとレイブンの後をゾロゾロとついてきていた村人たちは祖父と孫の遣り取りを静観するようで、少し離れて見守っている。アクシデントが相次いだ以上、ダンがエマを心配する気持ちは人一倍強いはずである。その証拠に待ちきれないとばかりに核心に触れてきた

 

 

 

「神の岩に雷が落ちたから怪我をしていないか皆で心配しておったわい。レイブンよ、頂上でなにが起こったのじゃ?」

 

 

 

 ────と、いつになく真剣な面持ちでダンが尋ねてくるので、訊かれた本人であるレイブンも頂上で起きたことの全てを詳細に語った

 

 

 

 スライムを筆頭とした魔物の出現から始まり、洞窟を抜けた先で霧の魔物、スモークを倒した後に雨が降ってきたこと

 頂上に登って祈りを捧げようとした折に空からヘルコンドルが襲ってきて、エマが驚いた拍子に崖から落ちそうになったこと

 レイブンも身動きが取れない状況で狙い澄ましたようにヘルコンドルに直撃した落雷のお陰で助かったこと

 その時にレイブンの左手の甲にある痣が不思議な光を放っていたことを丁寧に伝える

 

 

 

「……ふむ、そのようなことがあったのか。正に奇跡という他あるまい。きっと神の岩に宿りし大地の精霊様が2人を守って下さったのじゃろう」

 

 

 

 暫く思案していたダンはそのように答えた

 孫娘のエマや親しいレイブンなどから見ると、どことなく隠し事をしているような雰囲気があることに気がついたが、この場で聞くことでもないと質問は控えた

 それはそれとして、実際に見ていたエマにとってはあの落雷が大地の精霊によるものというのは少しばかり信じ難い気持ちはあるのは否めない。レイブンの痣の光り方はそれだけ尋常には見えなかったのだ

 

 

 

「………ところで、エマよ。神の岩の頂上でなにが見えたのか、儂に教えてくれるかな?」

 

 

 

 唐突にダンが話を切り替えた。常にない強引な転換にこれ以上は聞いてくれるなという強い意思表示を感じる

 それを察したエマは意地悪で問い詰めるようなこともせず、素直にダンから提示された成人の儀に於いて課せられた問題に答えた

 

 

 

「ええ、見渡す限りの海が見えたわ。お日様に照らされてキラキラしててね。あんな光景初めて見たわ」

 

 

 

 あの情景を瞼の裏に思い浮かべているのか。ダンに嬉々として語る様子からは、エマが心の底から感激したことを察するに余りあるほど素敵な笑顔を見せていた

 彼女の後ろではレイブンも静かに目を閉じており、感慨深いといった風に小さく何度も頷いている

 そんな2人の姿にダンは僅かに頬を緩ませながらも真剣な表情を保って肯定した

 

 

 

「うむ。この世界…ロトゼタシアが如何に広大かをイシの村しか知らぬエマもわかったようじゃな。レイブンにしても旅を通して色々と経験していると思うが、お主らはまだまだ若い。もしかしたらこの村を出て羽ばたく時が訪れるかもしれんからな。このロトゼタシアの広大さを儂は儀式を通じて2人に伝えたかったんじゃよ」

 

 

 

 ダンの切々と想いを語る姿になにを思ったのか。儀式を受けたエマやレイブンだけでなく、話を聞いていた村人たちも感じ入るように目を瞑った

 それから10秒ほどの短い静寂が生まれる。普段のお茶目な部分とこのように村長として村人を思い遣る立派な心持ちがあるからこそ、ダンはこの村の誰もから慕われているのだと再確認できる

 

 

 

「………………さて、そろそろ村に戻るとするかの。レイブン。お前の母、ペルラにも儀式を終えたことを教えてあげなさい」

 

 

 

 最後にそう言うと、ダンはゆっくりと踵を返した

 周りで話を聞いていた村人たちもワラワラと家族ごとに分かれて夕飯の話などで盛り上がったり、我先にと村に走って帰る者もいる

 

 

 

「レイブン。私たちも行きましょ。早く貴方の家に向かわないと。ペルラおば様が待ってるわ」

 

 

 

 そんな村人たちをなんとなしに眺めていたレイブンだったが、不意に一歩前に出たエマがクルリと服の裾を翻しながら振り返って帰宅を促してきた

 よく見れば、どうにも通りがけにみんなから祝福の言葉を投げかけられるのが些か恥ずかしいのか頰が薄っすらと朱に染まっているのがわかる。あそこまでお祝いされると流石にむず痒く感じるのはレイブンも同じだったので、特に断るようなこともなく2人並んでペルラが待つ家へと帰っていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今までの例に漏れず、2人はレイブンの家に向かう間にも村人たちに次から次へと声を掛けられる

 レイブンたちの日頃の行いが良いために築かれた人徳によるものなのは間違いない。そうでなければお祝いの言葉も簡素なものになるだろう

 

 

 

 例えばレイブンと仲の良い厩の娘、メルからはお祝いの言葉よりも先に自慢の馬を見せられた。美しい鬣と立派な体躯が特徴的な白馬であり、レイブンとメルにしか懐くことのない気位の高いお姫様だ

 イシの村でも一番の名馬だが、扱いがやや難しいところがある。しかし、どういうわけかレイブンの言うことは不思議なほど良く聞いてくれる。この馬はメルと2人で丹念に、丁寧に育て上げただけに下手な言葉よりも余程に心の奥底に染み入るようなお祝いになっていた

 

 

 

 村の中央から少し外れた位置に、変わった模様のような光が幹に走っている巨木を見上げていたお爺さんからはその木の成り立ちを聞いた

 儀式の前にレイブンが眺めていた〈命の大樹〉は遥か昔からロトゼタシアの大地に恵みをもたらしてくれていたとか。目の前にある模様が浮かぶ巨木にしても、同じように古くから存在すると言われているらしい

 旅の最中に様々な書物を読んで知識を深めていたレイブンはさて置き、ある意味で箱入りのエマは感心したように頷いていた

 

 

 

 途中で立ち寄った道具屋のおばさんとは至極普通にお祝いの後に世間話をした

 僅かに揶揄うような調子の歓迎にも、エマはまるで堪えた様子もなく元気よく報告をする。このような言葉を掛けられるのは一度や二度ではないため、その度に過剰反応していたら身がもたないので当然の対応だ

 余りにも気にした風ではない反応だったが、当初の目論見からは外れているのも忘れたようにおばさんは微笑ましげに目を細めて談笑を楽しんでいた

 

 

 

 村の中を横切る形で入っている小川の近くで休憩していたお婆ちゃんは懐かしそうに昔話を始めた

 どうやら暫く前に亡くなってしまった祖父、テオに連れられて釣りに行っていた頃の話のようだ。村から東に少し進んだ先にある大きな滝が見える川のほとりで、専らレイブンは特徴的な三角岩に座って釣りをするテオの姿を眺めているだけだったが、お婆ちゃんにとっては記憶に残るような光景なのだとか

 話の内容に覚えがあるのか、静かに頷く寡黙なレイブンが昔は無邪気だったと言われても信じ難いかもしれないが確かに事実だ。旅をする前の世間知らずの子供だっただけと言えばそれまでになってしまうが、その時から大きく、逞しく成長したレイブンの姿にしみじみと感嘆の言葉を漏らしていた

 

 

 

 その後にダンのところ、つまりエマの家にも挨拶をしようとしたがそれはエマが止めた

 彼女の言い分としてはダンには既に帰還の報告をしているのだから、ペルラにも早く教えてあげようとのこと。言われてみればその通りなので、村長に挨拶するのはエマを家に送り届ける時にすることにしたようだ

 本格的にレイブンの家に足を向けるとマノロ一家が固まって談笑している姿が目に入った。向こうからもレイブンたちの姿が見えたらしく、元気よく手を振るマノロと微笑んで会釈するアンネたちに2人も小さく手を振ってペルラの待つ家へと向かった

 

 

 

 小さな村なのでレイブンの家にはすぐに到着した

 木造の立派な一軒家はペルラとレイブンの2人が暮らすには充分なほどの大きさがあった。右手側には納屋もあり、立地を含めても優遇されているのがわかる

 今はその家の煙突部分から炊事によって起こる煙がモクモクと上がっているのが見えた。近づいてみれば儀式の前に言っていた通りにレイブンの好物であるシチューを作っているらしく、甘くて香ばしい香りが家の周囲にほんのりと漂っていた

 

 

 

 扉に手を掛けたところで、コトコトと小気味良い音が耳朶を叩いた。家の中に入れば、ゆったりとした動作でペルラがシチューをかき混ぜる姿が見えた

 木が軋む音に反応してか、ペルラが一度手を止めて振り返る。レイブンたちを目に入れて嬉しそうに微笑んむと、迎え入れるように手を広げて口を開いた

 

 

 

「ああ、レイブン。おかえり。無事、成人の儀式を終えたようだね。村中で噂になってるよ」

 

 

 

 ペルラは優しい笑顔でそう言った

 どうやらレイブンたちが家に帰るまでに村人の誰かが立ち寄って話をしていったようで、もう少しで帰宅すると聞いていたらしい。儀式の詳しい話は本人から聞きたいと言って断ったそうだ

 しかし、村中で噂と言ったがそれはそうだろう。なにせ殆どの村人が雁首揃えてエマとレイブンの帰還を待ち構えていたのだから、むしろ知っていて当然である

 

 

 

「うちのレイブン、エマちゃんの足手纏いにならなかったかい?」

「全然。ねえ、ペルラおば様聞いて! レイブンってば凄いのよ! 神の岩の頂上でね、私たち魔物に襲われたの。私なんて崖から落ちそうになっちゃうし、本当にもうダメって──────」

 

 

 

 冗談めかしたペルラの言葉をきっかけとして、エマがこれまた活き活きと儀式で起きたことを話していく。核心に迫るにつれて雰囲気が真剣になっていくのだが、残念ながらエマは気づけない

 いつも通りにエマがまるで我が事のように自慢する傍らでレイブンは、普段ならば僅かに気恥ずかしそうに表情を崩すのに対して、この時は常より一層硬い随分と深刻な表情で何事かを思案しているようだった

 

 

 

「────その時レイブンの痣がピカーッて光って雷が魔物に直撃したの! まるで、レイブンが雷を呼んだみたいに!」

「なんだって!? レイブンの痣が光って魔物を退けた………? そうかい。そんなことがあったんだね……」

 

 

 

 

 その言葉を聞いた途端にペルラが目を見開いた。なにがきっかけかはわからないが、声が震えているところから察するに余程の驚きだったに違いない

 そこに至りエマも漸くこの場を支配する緊張した空気に気づいて、気圧されたように口を噤んだ。不穏な空気を感じてか、レイブンとペルラの2人を交互に見遣る

 

 

 

「考えないようにしていたけど、お爺ちゃんが言っていた通り運命には抗えないのかねえ…………。──遂にあの事を話す時が来たようだね」

 

 

 

 1人で黙りこくって思考の海に沈んでいたレイブンも意味ありげな言葉を発したペルラに反応して、話を聞く体勢に入った

 同じくエマもこれから大事な話が始まると理解した様子で、不安そうにスカートの裾を握り締める

 

 

 

「レイブン。これを受け取りなさい。アンタが成人の儀を終えたらその首飾りを渡すようお爺ちゃんに頼まれててね」

「──っ! これを、お爺ちゃんが……?」

 

 

 

 そんな2人の姿を見たペルラは深呼吸をするように一寸だけ間を空けてから、レイブンに青緑色の石が括り付けられたペンダントを手渡した

 伝説のトレジャーハンターと旅を共にしたレイブンにはこのペンダントがただの綺麗な装飾品には見えなかった。青緑色の石から感じられる不思議な力の気配、そして精緻に施された意匠が高級感を漂わせている

 しかし、疑問なのは祖父のテオがどういう意図によるものか直接手渡さず、ペルラを経由して渡したことが不可解に思えた。このペンダントの価値がある程度わかるが故に、尚更テオが人任せにするのには違和感を禁じ得ないのが本音であった

 

 

 

「………実は16年間、村のみんなにも言わないでずっと黙っていたことがあったんだ」

 

 

 

 祖父の不可解な行動にレイブンが内心首を傾げている間にもペルラの独白は続いていた。またしても思案に耽りそうだった己を戒めた彼は真剣な表情でペルラを見返したが、意外なほど思い詰めた表情の母に困惑した

 村民に隠し事をしていたのを気に病んでいるわけではなさそうだった。誰にでも秘め事なんてものはあるのだから、思い詰めるほどのことではない

 ならば何故か。考えられる理由はたった一つだ

 

 

 

「レイブン。アンタはね………………〈勇者〉の生まれ変わりなんだよ」

 

 

 

 ────隠している内容を重荷に感じていたという以外には考えられなかった

 勇者という言葉に聞き覚えがないのか。エマは「ユ…ユーシャ?」と辿々しい口調で反芻するように呟いている

 対照的にレイブンは苦虫を噛み潰したような表情になったが、一瞬でいつもの様子を取り戻した。そこは流石に百戦錬磨の旅人というべきなのだろうか

 

 

 

 だが、この言葉を契機にしてレイブンという1人の少年の平穏な日常が音を立て崩れたことに気づいたものはこの場にただの1人も………………否、たった1人しかいなかった

 切々と勇者の使命について語った後、努めて明るい雰囲気に切り替えたペルラは夕食の準備を始める

 その間にレイブンは呆然として先程までの楽しげな表情が跡形もなくなったエマを家まで送り届けるためにそっと背中を押した。どこか縋るような眼差しを向けてきた彼女とは不自然なほどにレイブンは目を合わせなかった

 

 

 

 2人が家から出たことを物音で察したペルラは暫く経ってから、鉛を吐き出すような重苦しい溜息をついた

 彼女の脳裏からは色を失ったかのようなエマの表情が張り付いて離れない。娘のような少女の温かく甘酸っぱい想いを理解しているがために、胸の中には罪悪感がしこりのように残っていた

 様々な感情が入り乱れて複雑な想いを隠しきれない表情のペルラがなんとなしに2人で出て行った扉の方に目をやると、先程までなかったはずの血痕が家の外に続く形でポツポツと点在していることに気がついたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







こんな感じで4話は終了となります。

物語が全く進まないこのぐだぐだ感の中で最後まで読んでくださった方には本当に感謝です。
原作準拠で書いていくのは基本方針として変わりませんが、もう少し削った方が良いとか、このままでも良いという参考意見がありましたらよろしくお願いします。


前書きでも言った通りキャンプをした時の疲労が抜けなくて、もう眠い眠い。
急なことだったので準備も碌にできず、夏用の1人用テントに冬用シェラフでもなんでもない普通の寝袋に毛布2枚という冬キャンプ舐めてるのかという状態。
案の定、寒くて眠れずにガタガタ毛布に包まって震えながらゆるキャン△(原作)を読んで一夜を超えました。

キャンプ場は静岡県富士宮市、〈ふもとっぱら〉という場所に行ってきました。
富士山がよく見えるということから、こんな時期にも関わらずキャンパーの方が大勢いたのには正直驚きでした。
残念ながらベンチで寝てる美少女とか、ソロキャンを満喫してる美少女はいなかったんですけどね。
それでも確かに夕日に照らされる富士山、朝日を背負った富士山は今も作者を苛む寝不足が所謂対価の1つだったと言われたら納得してしまうほどの絶景で、こうして寒い時期だからこそキャンプをするという方々の気持ちが少しわかった気がします(……眠いものは眠い)


というわけで、最後は気合で書き終わった今回のお話でしたが如何だったでしょうか。
次回は今までと少し違った書き方にする予定で、要するに一人称視点で書いてみたいと思っています。
誰の視点かはまだ秘密ということで、上手く書けるか心配ですが楽しんで書いていきたいですね。

次回の投稿日などに関しましては、今回と同様に約一週間以内、来週の火曜か水曜までには投稿します。
それまでには寝不足と疲労もすっかり抜けていることだと思います(…切実に)

それではまた来週よろしくお願いします。




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幼馴染の秘めたる想い




次の投稿は来週と言ったが………悪いな、あれは嘘だ(迫真)


ーーーとネタはさておき、まさかの2日で書き終えたのでこのまま最新話として出すことにしました。
一人称視点が想像以上に書きやすくてビックリです。
これなら初めからそうしておけば、とも思いましたが最早後の祭り以外のなにものでもないので諦めます。

それでは5話目です。
是非とも楽しんでいただけると嬉しいです。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私にとってレイブンという少年を表す言葉は1つだけでは全く足りない

 家族のように親しい幼馴染で、小さな頃から何度も助けられてきた物心つく前から最も身近にいる頼り甲斐のある異性。どうでも良い問題から、直近では命まで救われてしまったのだから、私は昔から本当に彼に頼ってばかりだと自嘲せずにはいられなかった

 

 

 

 加えて言えば、あの幼馴染の少年はハッキリ言って女性の私からすれば羨ましくて仕方がないくらい綺麗で美しい容姿をしているのだ

 風を受けてふわりと靡くサラサラの髪に、世界中を旅していたからか16歳という年齢にしては精悍な顔立ちになってきた。元の身体の線が細い割には無駄なく鍛え上げられて引き締まった体躯の持ち主で、優しげな風貌に反して恐ろしいまでに強い剣士だった

 

 

 

 しかし、外見通りに穏やかな気性の少年であり、自ら率先して争いごとを好むような人物ではない。自然や動物などをなによりも愛する優しい性格は幼い頃から一寸たりとも変わらない彼の美点だ

 困っている人を見掛ければ自分がどんな状況でも助けずにはいられなくて、私が見る限りでは頭で考えるよりも早く身体が動いてしまっていることもあると思う

 他にも本人でさえ気づいていないだろうことを色々と知っている。だって、私はずっと側で見てきたから。だというのに────

 

 

 

「──っ」

 

 

 

 サクサクと背後から草を踏みしめる音が聞こえて思考を中断する。少しばかり危ない方向に考えが行きそうだったので、正直なところ助かったと思う

 それにしてもこんな夜更けに年頃の女性の背後に無言で佇むとは一体どういうつもりなのか。彼は気遣いとかが普通にできる割に、女心には鈍いところが多い

 いっそのこと幼馴染としてハッキリ指摘してあげるべきなのだろうか。でもでも、そういうのはもっと身近な………それこそ家族とか恋人がすることだよね。じゃあ、私がレイブンの恋人になってから家族になれば、って私はさっきからなに考えてるの!? 

 

 

 

 1人で勝手にパニックになっていたけれど、意外とすぐに落ち着くことができた

 それも当然だと思う。私が真面目な顔で変なことを考えている間、幾らでも話しかける機会はあったはずなのになぜか沈黙を保っている男の所為だ

 え、と…これは私から話し掛ければ良いのかな。確かに夜風に当たりながら2人きりで話がしたいと考えていた矢先に現れて、さっきは少し動揺してしまったけれど。というか、彼は私に話があって来たというわけではないのだろうか。ちょっと今はこの幼馴染の思考がわからない

 

 

 

「──あら、レイブンも眠れないのね。私もよ。なんだか眠れなくって」

 

 

 

 ええい、ままよ! と女は度胸の精神で、努めて今気づきましたという体裁を取り繕って自然に振り返りながら背後の人物、レイブンに声を掛けた

 そこで私は本当に珍しいことに、彼が少し疲れたような表情をしていることに気がついた。普段から表情の変化が乏しい所為で、村民の中でもレイブンの考えていることがわかる者は少数だったが、特に不安や恐怖、疲労などの感情は殊更見分けることが難しい

 レイブンが無意識のうちにやっているのか。または意図的であっても驚かないけれど、彼はそういった負の側に属する感情の類は表に出すことが非常に少ない。それそこ年に一度あるかどうかといった具合になるほど

 

 

 

 先の言葉には深い意味を込めたわけではない。話のとっかかりを作るために、彼が思わず気に掛けてしまいそうな言い方をしただけで深い意味はなかった

 私が考え事でモヤモヤと落ち着かない気分になって家を抜け出してきたのは間違いないけれど、本当にレイブンまで同じとは思わなかったのだ

 もしかしたら私を心配して来てくれたのかと思っていたのに………いやそれもあるだろうけれど、それだけではなく彼も眠れずに1人で悩み続けていたのだと思う

 

 

 

「ねえ……この木、覚えてる? 子供の頃この木にスカーフを引っ掛けて、私大泣きしたんだよね。でも、レイブンはなんとかしようと村中を駆け回ってくれて……………。ふふ。そういえば成人の儀式の前にも同じようなことがあったっけ。私、子供の頃からちっとも変わってないわね」

「………全部が変わらないわけではないよ。でも、昔から変わらないところがあるのは良いことだと思う」

 

 

 

 私にはわからない私の変化を受け入れて、同時に過去の私も受け入れてくれる言葉。相変わらず優しくて、甘くて、どうしようもないくらいに狡い人だと思う

 普段はどんなに話し掛けても相槌を打つだけか、短く答えるだけだというのに。私がなんでもいいから答えてほしいと思っている時には不思議なほどに、私が欲しい言葉を的確に返してくれる。彼のこういうところは昔から変わらない

 

 

 

 今回だってそう。ペルラおば様の話を聞いてからまるで郷愁を感じるようにレイブンとの思い出が頭を過ぎり続ける。現在のレイブンがいつ帰ってこれるかもわからないような旅に出るから、それまでの間は過去の彼に縋るつもりなのだろうか。なんとも都合の良い話だ

 彼は人一倍勘が鋭いので、私が急にこんな話を始めた意図を察していても不思議ではないけれど。決して突き放すことはしてくれない。そうしてくれれば私も楽なのに………なんて考えが浮かんで来て、余りにも自分勝手な発想にまた自己嫌悪する

 

 

 

 でも、ペルラおば様も性急過ぎるのよ。〈勇者〉の使命とやらがどれだけ大切かは私にはわからないけれど。それを伝えた翌日に出発なんて、肝心のレイブンだって英気を養えないわ

 今だって眠ることができなくて気分転換のために散歩をしていると言うくらいだ。やはり使命なんてものを遂行するにはもう少し時間を置く必要があると思う

 そうすれば私も離れ離れにならないで済むし………時間さえあれば心の準備もする。残念ながらここで引き止めると言えないのが私らしいと感じる

 

 

 

「………私ね、レイブンはこの村でずっとみんなと穏やかに過ごしていくんだろうな、って思ってたの。だから〈勇者〉の生まれ変わりだってペルラおば様から聞いた時はとても信じられなくてビックリしちゃった」

 

 

 

 ────なんてことを思った矢先に口から出た言葉は未練がましいものだった

 情けないにも程度があるけれど、それでも私はどうしてもレイブンと一緒にいられないことに耐えられそうにないのだ。旅に出た先で彼が“イイ人”を連れて帰って来たらと想像するだけで胸が張り裂けるような感覚に襲われる。その時の私は正気を保っていられるだろうか

 そんな内心を悟られまいと、振り向いた後にわざらしくレイブンの顔を覗き込んで悪戯っぽく微笑んでみせる。タッタと踊るように身を翻せば、少し遅れてレイブンも横に並んで来た

 

 

 

 

 隣り合う彼と目があって、小さく笑い合う。たったそれだけのことがとても幸せに感じる。明日からはレイブンが隣にいないことが信じられない。いっそのこと明日にならなければ良いのになんて思ってみるが、今も刻一刻と時間は過ぎていく

 どちらともなく空を見上げてみると、満点の星空に一際輝く赤い星が目に入った。その特徴的な星を見て、不意に幼い頃にお爺ちゃんから聞いた話を思い出した

 今日までずっと忘れていたのに、急に思い出したのは“勇者”という言葉がきっかけに違いない

 

 

 

「あのね、お爺ちゃんから前にちょっとだけ聞いたことがあるの。────遠い遠い昔、世界中が魔物に襲われて大変だった時、どこからともなく〈勇者〉が現れて世界を救ったんだって。そしてその後〈勇者〉は星になって今もこの世界を見守ってるらしいわ」

 

 

 

 ほら、あの星よ。……と私は赤く燦然と光り輝く星を指差して言う。お互いに喋ることもなく後世で〈勇者〉がなったと伝わっている赤い星を眺めていると、またしても胸が苦しくなって来た

 レイブンが〈勇者〉の生まれ変わりだと聞いて、もちろんそれに対する驚愕はある。しかし、実を言うと心のどこかで納得してしまう部分もあったのだ

 

 

 

 人を助けることに躊躇せず、誰にでも分け隔てなく優しく接する精神性。寡黙で多くを語らないのにも関わらず、彼の側にはいつも大勢の人が溢れており、不思議と人を惹きつけるような雰囲気を持っている。そして今日初めて垣間見ることになった、下手な魔物では道を遮ることもできないほどの圧倒的な強さ

 かつて世界を魔物から救ったという〈勇者〉は、私では想像もつかないほどに強かったのだと思う。そうでもなければ世界を襲うとまで称される数の魔物を倒すことなんて不可能だろう。或いは、今日レイブンが苦戦した紫色の鳥のような魔物も簡単に勝てるのかもしれない

 

 

 

 そう思っても、私の中では儀式の最中でレイブンがスライムやモコッキー、霧の魔物や鳥の魔物を相手に戦う姿が脳裏に焼きついて離れない

 戦闘どころか武器を持ったことさえない私の目では捉えきれない。文字通りに消えるような速度で動いたらしく、次の瞬間には遠く離れた場所で魔物を斬り捨てる姿しか目に映らなかった。どういうことなの……? 

 なにが言いたいかというと。伝承の〈勇者〉にしても、レイブンにしても私からすれば理解不能なくらい強いのだ。両者の差別化なんてことができるわけがない。どちらも強いということだけわかる

 

 

 

 だからこそ、私はレイブンが〈勇者〉の生まれ変わりという事実には疑問を抱かなかった。平和を愛する精神性、人間としての魅力、隔絶した戦闘能力、そして恐怖を跳ね除ける“勇気”の全てが私の知る誰よりも優れていると自信を持って言える

 個人的にはもう少し自分を大事にして欲しいとも思うけれど、誰かを助けるためなら余程でない限り怪我をすることさえ厭わない。今日の儀式の時にも一瞬も躊躇わず私を守るために魔物の鉤爪の前に身を晒してみせた

 

 

 

 私は心の内では彼に〈勇者〉の使命を果たすための旅に出て欲しくないと思いながら、誰よりもレイブンが〈勇者〉であることを疑っていなかった。これを皮肉と言わずなんというのだろうか

 私が考えてもどうにもならないことばかりが頭の中をぐるぐると渦巻く。結局は最後に決めるのはレイブンでしかなくて、今回の話を持ちかけたのはペルラおば様だった。初めから私には関係のない話なのだ。引き止める資格なんてあるわけがない。そうとわかっていてもこうどうできない自分の心の弱さが恨めしい

 

 

 

 なぜレイブンが選ばれてしまったのか? どうしてよりにもよって今日それを話したのか? 成人の儀式を終えてこれからの未来はもっと楽しくなると期待していたのに、こんなのあんまりだよ。……胸が苦しい、辛いよ

 そう思っても口には出せない。空に向けて伸ばしていた指先を下げて、ギュッと胸元の前を強く握り締めた。そうすれば胸の痛みが和らぐような気がして、すぐに意味がないとわかってレイブンに背を向ける。今の私は彼に見せられるような顔ではない

 

 

 

「レイブンが勇者か……。なんだか納得しちゃったわ。本当は信じたくなかったけど、デルカダールに行けば全てがわかるのよね………」

 

 

 

 独り言のように呟く。努めて明るい調子の声色を装ったが、声は震えていなかっただろうか

 実はさっきまでレイブンと話をしていて気がついてしまったことがある。彼は急にペルラおば様から言われたことに動揺して悩んでいたけれど、それは使命を果たすための旅に出るかどうかのことではなかったのだ。旅に行くことは既に決断してしまっていた

 それなら悩んでいたことはなにかと言うと。レイブンは自分が本当に〈勇者〉の生まれ変わりかを信じられなかっただけだったらしい。今では私と話しているうちに気持ちの整理がついたのか、いつもと同じ迷いなんて欠片もない見る者に不思議と力を与える瞳で私の背中を真剣に見据えている

 

 

 

 こうなってしまえば説得なんてしても意味はない。レイブンという少年は一度決めたことを曲げるような真似はしない。私が引き止めれば悩んではくれるかもしれないけれど、最後には覚悟を決めてしまう

 実例として、幼い頃にレイブンが祖父と共に旅に出ようとした時に私は嫌だ嫌だと駄々っ子のように食い下がった。彼は当事者であるためもちろんのこと、お爺ちゃんやペルラおば様にまで迷惑を掛けてしまった

 その時もレイブンは数日の間、ずっと悩んでくれていた。けれども、最後に出した結論は私を置いて旅に出るというものだった。例えその結果、私に嫌われても仕方ないと言わんばかりの決意を感じさせた表情は今でもハッキリと覚えている

 

 

 

 彼に余計な不安や心配を与えまいと普段通りの笑顔を心掛けて振り返れば、やはりその当時と同じ覚悟を秘めた表情で私を静かに見詰めていた。その瞳は常と変わらず優しく穏やかでも、仮に止められたとしても絶対に譲らないと言うような強い輝きを宿していた

 そんな力強い瞳に反射的に笑顔が崩れそうになる。或いは、上手く作れたと思った初めから今にも泣きそうな表情だった可能性は否めない。レイブンがなにか言おうとしているのが見えた

 

 

 

「……さあ、もう自分たちの家に帰りましょう。みんな心配しているわ」

 

 

 

 彼が口を開こうとするのを遮って、一方的に告げてから徐に背を向ける

 もうこれ以上は笑顔を保っていられる自信がなかった。その証拠のように目尻の端に涙が一雫浮かび上がっていく感覚がした。奥歯を噛み締めて泣かないように努めるが、生憎と効果は大してなかった。じわじわと涙が溢れてくるのを抑えられそうにない

 大好きな彼がどこか遠くに行ってしまうような感覚が去来してきて、それは現実として確かだ。最早どうにもならないところまで感情が高ぶってしまっている

 

 

 

「じゃあね……。レイブン…………」

 

 

 

 このままでは年甲斐もなく声を上げて泣いてしまうと私は確信して、またしても一方的に告げるだけ告げて足早にその場を去った。その時に目尻から涙が零れ落ちてしまうが気に止める余裕なんてない

 足を止めることなく自宅まで走ってきて扉を開けようとしたところで手を止める。グシっと一度強く目を袖口で拭ってから、改めて扉を開けて家に入る

 晩酌をしていたお爺ちゃんと碌に顔も合わさないで、迎えの言葉に「…ただいま」とだけ返してそのまま自室に駆け込むような勢いで入って扉を閉め…………ベッドに顔から飛び込んだ

 

 

 

「──────うっ………ひっ、ぐ……。ぅ、ううぅ………レイブンの、ばかぁ……ばかばかばかぁ…………。ひう…っく……………」

 

 

 

 枕に顔を埋めることで止め処なく押し寄せてくる感情の波に耐える。せめてもの意地で泣き声だけは出さまいと堪えて見るけれど、どんなに我慢しようとしても嗚咽ばかりは漏れてしまう

 きっとお爺ちゃんには私が泣いて帰ってきたことにも気づかれているはずだ。仮に気づいていなくても、様子がおかしいことは絶対にわかると思う。そんな状況で誰に憚ることなく大声で泣いたらすっ飛んでくるだろう。色々と拗れる可能性があるため、それは遠慮したい

 

 

 

 なにもレイブンが悪いわけではない。彼は〈勇者〉の生まれ変わりとしてやるべきことをやろうと決めただけなのだ。幼馴染の言葉なのだからもう少し斟酌してくれても良いのに、とは思うけれど

 それならなにが悪かったのかと言えば、残念ながら私にはわからない。だからこそ、このやり場のない感情をどこに向ければ良いのかわからなくて、こうして持て余してしまっているのだ

 

 

 

 それでも暫く泣き続けて感情を吐き出せば、ある程度心を落ち着かせることができた。もちろん未だに胸は苦しくて辛いけれど、いつまでも泣いているだけでレイブンが心変わりしてくれるなら余程楽だったが、そんなことはあり得ないと身を以て私は知っている

 これ以上は俯くのを止める。ううん、レイブンが旅に出る明日の朝方までになにかできることはないだろうか。無論引き止めるための策ではなく、彼の旅路を祝福するようなものを──────

 

 

 

「………………うん、泣いてばかりじゃレイブンにも愛想を尽かされちゃうわ! ここは私の心の広さを見せるところよね。──ルキ。今から私が良いというまで誰も私の部屋に入れないようにして欲しいの。ふふふ……。そう、レイブンでも絶対に入れたらダメよ」

「くう〜ん……わん! わんわんっ!」

 

 

 

 不意に舞い降りた考えに思わず意味を浮かべる。レイブンが大好きなルキには酷なお願いだとは思うけれど、最も部屋の中に入られたら困る相手なのだから仕方がない。悲しげに唸りはしたが結局は折れてくれた

 恐らくというか、まず間違いなくレイブンは翌朝に私の様子を確認に来るはずだ。これに関しては殆ど確信に近い感覚を持っている。さっき別れる最後に私が泣いていることがバレてしまっているだろうから

 でも、例え心配して来てくれたとしても、これからすることを思えば心を鬼にして彼の入室を防がなければならない。レイブンの訪問を拒絶するなんて慣れないことに戸惑う気持ちはあるけれど、同時になんだか楽しくもなって来た

 

 

 

 この胸の底からふつふつと湧いてくる楽しそう、と言う感情には覚えがある。昔はヤンチャな悪戯坊主と言われていたレイブンと共に村の人たちを驚かせたりしていた時のものに似ている。しかし、それとは少し異なるような感覚もあることにも気がついた

 そっか……。私は期待しているんだ。これからすることに大して、レイブンがどんな反応を見せてくれるのか。もしかしたら、あの鉄面皮を崩して驚いたり、或いは満面の笑みを見せてくれるかもしれないと思うと我慢できずに早速作業に取り掛かった

 

 

 

 まだ私が言葉にできない気持ち。次に貴方が帰って来た時に伝えられるかはわからないから、時に温かく、時に苦しくなる感情を籠めて“コレ”を造らせて欲しい。きっといつか、言葉にできるその日まで身につけていてくれたら嬉しいな

 朝までの突貫作業とはいえ雑には造りたくない。丁寧に手を動かす度に、先程まで胸の中を占拠していた荒れ狂う複雑な感情の坩堝は収まっていく。夢中で造っている内に、気がつけば朝が来ていた。時間を確認すれば、あともう少しでレイブンが出立してしまう

 ついさっき、ルキが誰かを追い払っていたから間違いない。私は急いで最後の仕上げに取り掛かるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これにて5話は終了です。

初めての一人称視点でしたがどうでしたでしょう。
個人的には書いていてとても楽だったので、これからも物語の途中で挟んでいきたいと思っています。

今回はエマの複雑な感情を描いていこうとしていたのですが、なんだか当初の予定よりもネガティブな内容になってしまいました。
私のイメージとしてはエマは活発で純真な少女で、それでも頭の中では色々と考えていると思ったのです。
どうにもあざとい仕草も多いことですし、小悪魔的な言葉の駆け引きとかもできるのかなとか考えている内に鬱々とした内心を描写していました。

最終的にエマは活発で純真で慎重で小悪魔的でヘタレっぽい雰囲気になっていることに愕然としています。
この分だと他の人の一人称視点も気をつけなければ多大なキャラ崩壊が起きてしまいそうですね。
まあ正直、エマに関しては小悪魔・ヘタレ要素は原作でもありそうだったので今回の話はキャラ崩壊というほどだとは思っていません。
ちょっとネガティブ過ぎる気もするけれど、大好きな人がどこか遠くに行ってしまう不安によるもので、普段は元気な子だと考えれば特におかしくもないよね、なんて自己弁護しています。

それにしても遅々として進まない物語はともかく、主人公よりも先にヒロイン候補の一人称視点を書いたのは自分ながらどうなんですかね。
未だに神様転生はおろか、転生者らしい振る舞いも見せていません(レイブンの強さは転生特典とは関係ないですから)
どのタイミングでレイブンの一人称視点を入れるかは一応決めているので、今から書くのが楽しみですね。
あくまでもこの作品の主人公はオリ主なので………。
そこはぐだり過ぎないように気をつけなければいけませんね。

では、今度こそ次の投稿は来週になります。
火曜と水曜のどちらかに投稿すると思うのでよろしくお願いします。

次回は遂に(漸く?)レイブンが旅に出ます。
〈ふっかつのじゅもん〉でもあり得ない強さの主人公が織りなす波乱万丈は物語の始まりですからね。
頑張って書いていきたいと思うので、良ければ見てください!




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勇者、旅に出るってよ(強制)




一週間に1話って結構大変だなあ……。

というわけで、今週は6話目です。
余り話は進んでいないため、まったり読んでくれると嬉しいです。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして、夜が明けた

 小鳥の囀りと川のせせらぎを目覚ましにして、レイブンは目を覚ましたようだ。むくりとベッドから身を起こすと、眠そうな様子で自慢のサラサラヘアを撫でつけた

 

 

 

「………っ……」

 

 

 

 一度大きく伸びをすれば、先程よりも意識がハッキリとしたように見える。ベッドを降りて寝間着のまま外に出て、家の裏手にある小川から桶にたっぷり水を注いだ後、バシャバシャと豪快に顔を洗う。冷たい水で洗顔したお陰か、手拭いで顔を拭いたレイブンの顔はいつも通りの凛々しさを取り戻していた

 目が覚めたら早速とばかりに納屋へと向かい、扉の側に立て掛けてあった練習用の木剣を手に取って素振りを始めた。唐竹、袈裟、逆袈裟……と剣術の全9方向の斬撃を丁寧に繰り返していく。それぞれ1000回ずつで合計9000回の素振りを終えた頃には、日の出すぐに開始したのに今はもう村人たちも起き出して日々の仕事に精を出していた

 

 

 

 基本的にレイブンは剣術を得意としているが、他にも祖父のテオから槍術と体術を直々に教えられている。朝は剣術、昼は槍術、夜は体術の鍛錬を彼此10年も続けてきており、世界中を旅する間に実戦も経験しているお陰で達人級の腕前の持ち主になった

 そして、鍛錬をしていない時間は村の仕事をしている。時にメルと一緒に馬の世話をしたり、時にペルラやエマを筆頭とした女性陣に混ざって農作業を手伝ったり、時に山に狩りに出る男性陣に付いて行ったりと敢えて仕事は決められていない。それは、テオに連れられて旅に出たりと村を離れることがあったからだろう

 

 

 

 朝に洗顔のため汲んだばかりの水に手拭いを浸して、よく絞ってから汗をかいた身体を拭いていく。何度か手拭いについた汚れを落としながら、少しして身体を拭き終わると居間に向かった

 ちょうどペルラが朝食を卓の上に並べていたところだったらしく、座って待ってなさいと優しく告げられてレイブンも素直に従った。それから程なくして朝食が完成して、2人して席について大地の精霊に祈りを捧げた後に穏やかに談笑をしながら食事を始める

 朝食の内容は、丸パン2個と昨夜のシチューの残りと家畜の腸詰めを焼いたものという簡素な食事。しかし、この村では一般的な風景である

 

 

 

 食事を終えれば普段は仕事に入るのだが、今日ばかりは勝手が違った。なぜなら今日はレイブンの〈勇者〉としての門出となる日だ。この村にはそんな彼にも仕事を手伝わせるほど狭量な人物はいなかった

 お茶を一杯飲んでひと心地ついてから旅の準備を始める。とはいえ、昨日の内に装備・道具など必需品と思われるものは全て容量に制限のない〈魔法の袋〉に纏めて入れてある。元は祖父の物とレイブンに与えられた物で2つあるため、装備袋と道具袋で分けて仕舞うという贅沢な真似をしていた

 

 

 

 それとは別にすぐに取り出せるように小さな袋を身につけているが、容量に制限がある〈魔法の袋〉であるため見た目とは裏腹に結構な量が入るようになっている

 本来なら嵩張るので持っていかないが、袋には余裕があるので着替えや保存食の類もあるだけ持っていくつもりのようだ。どれだけ旅が長丁場になるかわからない以上は荷物が多くなるのも仕方がない

 

 

 

 昔に祖父から譲り受けた旅装束、素地には紫色を使って袖と袴は茶色という全体的に渋い色合いで纏まっている。若者が着るにはなかなか難しい服だが、レイブンの寡黙で年齢以上に落ち着いた雰囲気によるものか不思議と似合っている

 旅装束に着替えて鉄の片手剣を背負い〈魔法の袋〉を身体に括り付ける。そのまま部屋を出ると、待ち構えていたペルラが感動した面持ちで手を広げた

 

 

 

「うう……。本当に立派になって………。その姿、お爺ちゃんにも見せてあげたかったわ」

 

 

 

 ペルラは数年前に亡くなった祖父にレイブンの晴れ姿を見せられないことを悔やむように目を瞑る。きっと、今この姿を最も見たかったのはテオだったに違いないと思っているように見えた

 しかし、湿っぽい雰囲気はすぐに取り払って、今度は真剣な表情でレイブンと見詰め合う形になる

 

 

 

「──レイブン。忘れちゃダメだよ。アンタは村で一番勇敢だったお爺ちゃんの孫なんだからね。この先なにが起きてもアンタだったら乗り越えられるって、お母さん信じてるわ。だから、頑張ってくるんだよ」

「いや、無──うん。わかったよ」

 

 

 

 少し間はあったが、レイブンは素直に頷いた。それでこそ自慢の息子だと、ペルラも非常に満足そうな様子だった。心なしかペルラがイイ笑顔なのに反して、レイブンは顔の色が優れないように見えるが気の所為だろう

 ……と、そこで、なにを思い出したのかペルラは嬉しそうにレイブンが腰にぶら下げた袋を指差した

 

 

 

「そうだわ、レイブン。餞としてアンタの荷物の中にお金を入れておいたからね。元からそれなりの金額を持ってるんだろうけど、お母さんの気持ちってことで受け取っておいてくれないかい。デルカダール王国に向かう前に村の道具屋で足りない物を買い揃えるくらいのお金は入ってるはずだからね」

 

 

 

 僅かに驚いた表情をしたレイブンを見て、ペルラはしてやったりとばかりにニヤリと不敵に笑った。やはり子は親には勝てないようだった

 そんな家族の心温まる光景はさておき、そろそろ出立の時間が近づいてきている。道具屋を筆頭に旅の前にやることを済ませるため、もう家を出なければならない

 

 

 

「さあ! 村のみんなもアンタの旅立ちを見守ろうと集まってるわ! 準備ができたらアンタもくるんだよ!」

 

 

 

 そう言ったペルラも、村人たちと一緒に見送るつもりのようで恰幅の良い体を揺らして外へと向かった

 旅の準備は既に粗方完了しているので、レイブンも残りの支度を終わらせようと足早に家を出てから、まずは道具屋に向かおうとしたところで困った様子で頭を抱えている村人を見つけた

 当然ながらレイブンが素知らぬふりなんてするはずがなく、自らの準備を後回しにして話し掛けた

 

 

 

「う〜ん、困った、困ったぞ………。どうしたもんかな……」

「トムさん。なにかあったの?」

「おお、レイブンじゃないか! ちょうど良いところに来てくれた。ひとつ頼みを聞いてくれよ」

 

 

 

 トムと呼ばれた男は言葉通りにレイブンへと今起こってる困りごとの協力を要請した

 彼は少し前に息子と遊んでいる時に、その息子が大事にしている風切りの羽をうっかり放り投げてしまったのだ、と浮かない表情で語った。どうやらレイブンの家の横手にある納屋の屋根の上に引っ掛かっているとのことだが、都合の悪いことにトムは高いところが苦手で取りに行けない。そこでレイブンが代わりに屋根に登って取ってきて欲しいというのが頼みの内容だった

 

 

 

「納屋の屋根だね。任せて」

「お前ならそう言ってくれると信じてたぜ! ──“汝、みんなに優しくせよ”………っていう村の教え、お前は守ってるもんな! よし! それじゃあ早速、納屋の方に向かってくれ。風切りの羽を見つけたら俺のところにきてくれよ。お礼をするからな!」

 

 

 

 それじゃあ頼んだぜ! というトムの言葉に頷くことで応えて、レイブンは来た道を戻って自宅の隣にある納屋へと向かって行った

 近くなのですぐに到着すれば、まず屋根に登れそうな場所を探していく。大して手間取ることなく見つけたのは、今日はまだ整理していなかったらしい木箱だ。良い具合に積み重なっており、そのまま上に登れそうだった

 身軽な様子でレイブンが登ったところで、件の風切りの羽はあっという間に見つかった。下からでも目視できるくらいなのだから当然だが、屋根に登った程近い場所に引っ掛かっていたようだ

 

 

 

 目的の物を手に入れたので、レイブンは怪我をしないように気をつけて屋根から降りていく

 レイブンは旅に出る直前で忙しく、依頼人のトムも待っているので些か急いでいるようにも見えた。慎重に降りようとしていたが、急に面倒になったのかのように屋根から無造作に飛び降りた

 トムの元に戻ったところで、依頼品の風切りの羽を渡せば彼は浮かない顔を一転して喜びに変えた

 

 

 

「息子の大事な風切りの羽をなくして一時は親子の縁を切られるかと思ったが、お前のお陰で助かったよ。俺にしたように困っている人を見かけたら悩みを聞いて助けてやるといい。人助けすりゃ、きっと良いことがあるはずだ。一々言わなくてもお前ならわかってるとは思うが、時間がある時にこなせば良いんだからな。それじゃあ、ありがとよっ、レイブン!」

 

 

 

 トムは風切りの羽をなくしたことで息子から縁切りをされる可能性まで考慮していたとか。それ故か、とても安堵した様子を見せていた

 叱咤激励を受けたレイブンは真剣な表情で頷いて、その場を後にした。ちなみにお礼の品は夢見の花という道具であり、この花の香りには睡眠を誘発する作用がある。仮に魔物に投げつければ高確率で眠らせることができる優れものだ。これからの長い旅で役に立つだろう

 

 

 

 次に訪れた道具屋では前回の旅で消費した薬草を買い足すようだ。残念ながらイシの村で買う必要のある道具はこのくらいしかないので、他の毒消し草とかはデルカダール城下町で買わなければならない

 簡素だが装備も売っているようだ。しかし、この辺りの魔物は弱いので今は装備していないが、レイブンは鋼で造られた鎧や兜といった防具を持っているため買っても意味はない

 ということで、レイブンは道具屋のヘレンという女性に挨拶だけして次の目的地に移動する

 

 

 

 レイブンは昨夜眠れなくて散歩をした時に会ったエマの様子がおかしかったことを心配して、旅立ちの前に彼女の家に向かい確認しておきたいようだ

 普段よりも幾らか早足で移動していると、不意に村の女性に呼び止められた。彼女は昔からエマに姉のように慕われており、とても優しく朗らかな性格なのだが、今は眉を寄せて気落ちした姿を見せていた

 

 

 

「…シーリアさん?」

「急いでるところ、ごめんなさい。……貴方が冒険の旅に出るって聞いて、エマちゃんずっと家に閉じこもってなにかやってるみたいよ。私から呼び掛けても『今は誰にも会いたくない……』って断られちゃって………。もしかして、レイブンならって思ったの」

「家に閉じこもって……。シーリアさん、教えてくれてありがとう。これからエマの家に行ってみるよ」

 

 

 

 ええ、お願いね、と快諾したレイブンにホッと安堵したのかシーリアは胸を撫で下ろして微笑んだ

 元よりレイブンは昨夜に別れる直前に泣いていたと思しきエマを気にしていたので、どちらにしても彼女の家に向かう途中だった。実際に閉じこもっているという情報を得られたので、或いはレイブンでさえも追い返されてしまうかもしれない。そうレイブンは思ったが、結局は行ってみなければわからないと気を取り直した

 

 

 

「──わんわん!」

「ルキ。誰か来たの? ──ごめんなさい。今は誰にも会いたくないの」

 

 

 

 エマの家に到着したところで、レイブンは扉の前で見張りのように鎮座していたルキに吠えたてられた

 レイブンが近づいてくることには気づいていたのだろうが、姿を見た一瞬は駆け寄ろうとしていたのに、すぐになにかを思い出したのか正しく番犬の如く追い払おうと必死になっている。エマからの「レイブンでも家には入れないで」というお願いを守っているのだ。僅かに躊躇したのは大目に見てくれるだろう

 

 

 

 ルキの声に反応して家の中からはエマの声も聞こえるが、やはりというかシーリアから聞いた通り「誰にも会いたくない」というのは本当のようだ

 こうしてルキがレイブンに向かって吠えている以上、彼の立ち入りも禁止していることには察するに難しくない。恐らく、直に声を掛けても扉をあけてくれることはないだろう

 もしかしたら旅に出る前にエマと顔を合わせることができない可能性に気づいたのか、流石のレイブンも顔色が優れない。エマに嫌われたと思っているらしい

 

 

 

 シーリアに入れてもらえなかったと伝えると、彼女は驚いた後に悩み始めた。こうして集中すると周囲の音が聞こえなくなるらしいので、レイブンは一声だけ掛けてから村の入り口まで向かって行った

 途中でマノロ一家などの村人に応援の言葉をもらいながら、表面上はいつも通りにレイブンも返答する。そのままイシの村にある唯一の外と繋がる出入り口までの坂を登りきると、村長のダンと義母ペルラを筆頭とした村人が一堂に会していた

 

 

 

「いよいよ出発ね。旅だったら暫くは村には戻れないかもしれないよ。村のみんなには挨拶したかい? この村のことを目に焼き付けたかい? 出発して良いんだね?」

「…………うん。もう行くよ」

 

 

 

 1人門の前で待っていたペルラが今生の別れだとでも言うかのように、再三に渡る確認をしてくる

 彼女にとってイレブンは自慢の息子ではあるが、やはり心配にはなるだろう。或いは母親の勘によるものか。今回の旅が一筋縄ではいかないと無意識のうちに察しているところがあるのかもしれない

 そうして問われたレイブンは悩む素振りを見せこそしたもの、旅の出立を遅らせるつもりはないようだ。どうやらエマの反応が胸に引っ掛かってしまっていた

 

 

 

「わかったわ……。さあ、お行き」

 

 

 

 旅に出る息子に道を譲るため、一瞬の間の後にペルラは毅然として優しくレイブンを見送った。その先にはもちろん村人たちが待っている

 先頭に立つダンは、昨夜とは打って変わり旅装束に身を包むレイブンの姿を眩しそうに目を細めて見詰めていた。すぐ目の前までレイブンが来ても、暫くは感傷に浸るような表情で孫にも等しい存在の姿を目に焼き付けていた

 

 

 

「こんなにも早く旅立ちの時が訪れるとはな。お主の祖父、テオにもその勇姿見せてやりたかったわい」

 

 

 

 そう言って沈んだ表情を見せるダンの姿は、周囲の者から見ても彼の口惜しさが強く伝わってくる。テオは古くからダンの知己であり、誰が見てもわかるほどにレイブンを愛していたテオの死去に言葉にし難い気持ちを抱くのは仕方がないというものだろう

 

 

 

「テオがお主を拾って…………いや! 連れて来たのは確か16年前じゃったのう……。極普通の子供だとばかり思っていたお主がまさか〈勇者〉の生まれ変わりとはのう………」

 

 

 

 沈んだ雰囲気は消えたが、それに代わってダンは憂いを感じさせる複雑そうな表情になっていた。当のレイブンと周囲の村人たちからは、まるでレイブンが〈勇者〉であることを歓迎していないように映った

 しかし、その表情もすぐに真剣な面持ちへと変化した。疑問はあるがレイブンと村人たちも真剣にダンの話を聞く体勢に入る

 

 

 

「──〈勇者〉とは、伝説の英雄。その昔、大いなる闇を払い世界を救った人物と聞く………」

「伝説の英雄………。大いなる闇………」

 

 

 

 そう呟くレイブンの表情は、昨夜にペルラの話を聞いた後のようになんだか疲れたような様子だった。拳を血が出そうなほどにキツく握り締めて、なにかを堪えているようにも見える

 だが、レイブンの様子が少しばかりおかしいことに気づいたのはダンとペルラの2人だけで、彼らは大いなる使命に向けて気炎万丈なのだろうと解釈した

 どうやら疲れた表情には気づけなかったらしく、ダンはそのまま話を続けていく

 

 

 

「お主がそんな大それた人物の生まれ変わりとは俄かには信じられぬが………。まあ、テオが言うならそうなんじゃろうな」

 

 

 

 古くからの知己というだけあって、ダンはこの村に定住するまでテオが伝説のトレジャーハンターとして名を馳せていたことを知っている。だからこそ、このような信頼の言葉が出てくるのだろう

 ダンは信じられないとまで言ったが、彼の内心を鑑みれば信じたくないというのが本心のはずだ。孫のように思うレイブンに課せられてしまった重い使命。彼は心底からレイブンの行く末について憂いていたのだ

 

 

 

「デルカダールの王様に会ったら呉々もこの村のことよろしくな。勇者様を育てた村ということで王様からなにか褒美がもらえるかも知れんからな」

「──村長! そりゃはしたないですって!」

 

 

 

 ふと門出の日には些か相応しくない辛気臭い雰囲気に気づいたダンが、場を和ませるために剽軽に戯けてレイブンへと集るような仕草を見せる

 そこに、ダンの思惑を察したイルダという恰幅の良い村人の女性も同様にわざとらしくダンを窘めた

 無論、2人は本気で言ってるわけではない。ダンには幾らか本音が混じっているように見えたのは気の所為…………気の所為だよね

 

 

 

「わっはっはっは。冗談じゃよ冗談」

「実は思ってたり………」

「………………。ともかく、レイブンよ。この先お主には儂らでは想像も付かんような運命が待ち構えているかもしれん!」

 

 

 

 呵々大笑といったダンだが、イマイチ信用ならない。冗談にしてはヤケに目が真剣だった

 ポソリと呟いたレイブンの言葉に反応してから一瞬動きが止まったり、少し沈黙して急に話題転換したり、わざとらしい咳払いと言い…………。こんなでもイシの村では尊敬されている村長である

 

 

 

「故郷を離れ、旅に出るお主にこのロトゼタシアの地図を授けよう。道に迷った時はこれを見るのじゃ」

 

 

 

 そう言うとダンは、紐で筒状に纏めた1枚の紙切れを手渡してくる

 受け取ったレイブンが開いてみれば、ダンの言葉通りに世界地図だった。驚いたレイブンがダンを見れば、優しい表情でダンが頷いて、紐を巻き直して〈魔法の袋〉に仕舞うように促して来た

 

 

 

 すると、レイブンの背後、即ち村の中から蹄で土を踏む音が聞こえる。ダンが手を挙げて応えたのに合わせて振り返ったレイブンの目には、彼とメルが丹念込めて育て上げた白馬の姿があった

 そのままメルが白馬の手綱を引いてダンたちの前に連れてくる。自らが視線を集めていることを自覚しているのか。或いは、レイブンに挨拶でもしているのか、白馬は一度大きく嘶いて存在感を示した

 

 

 

 メルはもちろん、美しく立派に育った白馬の姿にダンは満足げな様子で頷いている。毎日欠かさず世話をした2人の功績だろう。レイブンもジッと見詰めてくる円らな瞳に向かって、小さく微笑んでいた

 しかし、なぜこの場に連れてきたのか。その答えは、徐に白馬を指し示したダンが教えてくれた

 

 

 

「この馬もお主に授けよう。村一番の器量良しの馬じゃぞ。まあ、お主の方がよく知っておるか!」

 

 

 

 ──と、再びダンは楽しそうに笑った。釣られて周囲の村人たちも雰囲気が明るくなっていく

 レイブンは白馬の手綱をメルから受け取り、物欲しそうに彼を見上げてくる少女の頭を優しく撫でた。そうすると、普段は余り表情の変わらないメルがとても嬉しそうに笑顔を見せてくれた

 そして、村人のみんなが見守る中でレイブンは白馬の上に跨った。もちろん白馬に嫌がる様子はない

 

 

 

「知っての通り、村を出て真っ直ぐ北へ向かえばデルカダール王国じゃ」

「レイブン。アンタは自慢の息子さ。辛いことがあっても、挫けずに頑張ってくるんだよ」

「お兄ちゃん……。その娘をよろしくね。あと、旅が終わったら、また一緒に馬を育てようね………」

 

 

 

 ダン。ペルラ。メル……他にもこの場に集まった多くの村人たちがレイブンに応援の言葉を掛けていく。温かい言葉の数々はレイブンの心に届いたことだろう

 手を振り見送るみんなを目に焼き付けるように眺めて、またしても笑みを見せる。今度は、誰が見てもわかるような表情の変化だった

 

 

 

「──レイブン!」

 

 

 

 そして、いざ馬を駆って村を飛び出そうとした瞬間にレイブンを呼び止める声が聞こえてきた。聞き覚えのある声におもわずといった様子で振り返った

 振り返った先には先の声の主、エマが傍らにルキを伴って息を荒げながら走って来ていた。レイブンの目の前で立ち止まった彼女は膝に手をついて息を整えると、汗を拭うこともせずに手に持っていた物を差し出した

 

 

 

「これ、受け取って! 昨日、貴方が旅立つって聞いて急いで作ったの!」

 

 

 

 そう言って差し出された物を受け取ると、青い巾着の中にお守りが入っていた

 昨夜にレイブンと別れたエマが夜通し作っていた物が、このお守りだったのだ。目を見開いたレイブンが彼女を見れば、疲れた表情の中に達成感を匂わせるドヤ顔で彼に微笑んでいた

 エマの“贈り物作戦”はレイブンの鉄面皮を引き剥がしたことも含めて大成功に終わったらしい

 

 

 

「デルカダール王国は村を出て北にあるわ。村の外は魔物が出て危険だけど、貴方なら大丈夫よね。でも、そのお守りはしっかり身につけていくのよ」

 

 

 

 エマは言葉とは裏腹に、心配だという気持ちを隠すこともなく眉を八の字にしていた。胸の前で重ね合わされた手は不安そうな気持ちを抑えるためか、強く握り込まれているのがわかる

 しかし、エマとしても旅立つ前のレイブンにそんな顔をいつまでも見せたくはなかったようで、若干の無理があるけれど笑みとわかる表情を作った

 

 

 

「………どんな使命があるのか私にはわからないけど、どこにいてもこの村のこと忘れないでね。絶対に元気で帰ってきてね! レイブン!」

 

 

 

 小さく笑みを湛えたまま、エマはこの先に待ち受ける悲劇の中で彼女の心の支えとなる約束を交わす

 旅に出る前に会うことは叶わないと思っていた幼馴染の激励にレイブンも力強く頷いて、手の中にあるお守りの存在を感じながら手綱を握り直して馬主を巡らせる

 そうしてイシの村のみんなが手を振り見送る姿を見て背に、レイブンは勇ましく白馬を駆って村を飛び出していった

 

 

 

 この時はまだ誰も知る由もなかった

 レイブンの旅が途轍もなく過酷なものになること

 〈勇者〉に課せられた使命の裏側に膨大なまでの巨悪の影が潜むこと

 世界の運命を繋ぐために奔走するレイブンの元に集い、力を貸してくれる心強い仲間たちのこと

 今日この門出が、およそ2年以上にも渡る長い旅路の始まりに過ぎないということ

 今はまだ、レイブンでさえも知らなかった…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







ここまでが6話になります。

今週も読んでいただいてありがとうございます。
少し文章が長くなってしまいましたが、読み辛くはなかったでしょうか。
実際のところ何文字くらいが良いのかわからないですが、私は基本的に6000〜9000文字くらいの要領で書いています。
個人的にはこの辺りがあっさりし過ぎず、こってりし過ぎない文字数だと思っているのですが…………。

それはさておき、漸くレイブンが旅立ちましたね。
ゲームに於けるオープニングムービーはまだ先とはいえ、やっと話が進むのかと思うとなんだか嬉しいです。

物語の進行速度に関しましては、もう気にしないことにしました。
ゲームでムービーになる場面はなるべく飛ばしたくないですし、キャラとの会話もまた同様です。
加えて、文才がないなりに丁寧に描写しようとするとどうしても話が先に進みません。
本当はもっと削るべき場面とかあるのだと思います。
或いは文章を書くのが上手い人ならば、場面を削らずに読者にわかりやすく描写してみせるのかもしれませんが、小説を書くという経験が著しく不足している私には難しいようです。
それでも読んで下さっている方、お気に入りをしてくれている方までいるのですから、途中で書くのをやめるつもりはないですけど。


いつもながら長々と申し訳無いです。
今週は残念ながら1話しか書けていないので、次の投稿は来週の火曜と水曜のどちらかになります。

それでは、ありがとうございました。
また来週をお待ちください。




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わけがわからないよ《前編》




今回は文章が長くなりそうだったので前半、後半で分けて書きました。その関係上、本来なら同時に出すか翌日に投稿したかったのですが、小説を書く経験に乏しい私には無理でした
というわけで、続きの後編は来週になる可能性が高いです。いっそのこと来週に一挙投稿の方が良かったかもしれないですが、一週間に1話ずつ投稿というルールを破るとモチベーションが揺らぎそうだったのでご勘弁を

先のことはわかりませんが、取り敢えず最新話です
主人公視点の一人称で展開する7話の前編、どうぞお楽しみください





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あー、もう! だから嫌だって言ったのに(言ってない)。溜息を吐きたい衝動に駆られるも、いつも通り身体は動いてくれない

 仕方がないので薄暗い小部屋を見渡せば、なにやら長い間放置され続けたであろうカビ臭い壺が置いてあった。中身は特になにも入っていないが、取り敢えず目に付いたので割ってみる。──おっ? まさか身体が言うことを聞いてくれるとはな。ラッキーだぜ! 

 ガシャーンと甲高い音が薄暗く狭い空間内に響き渡る。別に深い意味もないただの八つ当たりだ

 

 

 

「おい、なにしてんだ?」

 

 

 

 んん…? 向かい側から声が聞こえたような……。暗くてよく見えないけど、俺の他にも誰かいるのか

 現状確認のため声を掛けようとするが、いつのまにか次の壺に照準を持っていた。いやいやいや、それ割っても中身入ってねえから。さっき確認したばかりだろうが! 

 それともなにか。樽とか壺とか見つけたら壊さずにはいられないとか? あの〈勇者行為〉ってやっぱり習性だったのか? 衝動的にやっちゃうとか? 

 俺の必死の制止もなんのその、再び鳴り響く甲高い破砕音。割砕かれた壺の残骸が硬質な石床に無残に散らばった。あああああ──ッ!! 巡回の兵士が来たらどうすんの!? ここ地下だし、静かだからよく響くんだよ! 

 

 

 

「落ち着きな。ジタバタしてもどうにもならんぜ」

 

 

 

 やっぱり他にもいるよ! こんなところに放り込まれてる以上は碌でもない奴かもしれないけど、こちとら藁にも縋りたい猫の手も借りたい気分なんだ。些細なことは気にしなくて良いよね………

 今度こそとさっきよりも幾らか本気で身体の主導権を奪いに掛かれば、一瞬の硬直の後になんとか俺の意志で動かせた。血が出そうなほど拳を握りしめている所為で爪が食い込んで痛いけど、今はそんなことに構ってられん。よし! このまま話し掛けるぞ! 

 ──意気込んだのも束の間、鉄柵に近づいたところでまたしても俺の意志を置き去りに動き出した。あっという間もなく、鉄柵に縋り付いてガッシャガッシャと揺らし始めたのだ

 

 

 

 もうやめてくれ──!! 俺が縋りたいのはこんな冷たくて硬い柵じゃなくて、向かい側の牢の中にぶち込まれてる人なのにっ………

 うぐぐぐ……。立て続けに騒音を響かせてるから、疑問に思った巡回兵が来ても不思議はないぞ。強面マッチョの看守とか連れて来たらどうしてくれるんだ! 

 頼む。向かいの囚人さん。煩いかもしれないけど、呆れずにもう一度だけ声を掛けて下さい……! 

 

 

 

「やれやれ、騒々しいな。煩い奴が来たもんだ」

 

 

 

 俺の願いが届いたのか。向かいからは呆れを多分に含んではいるが、明らかに此方へと語る声が聞こえた

 良かった……。どうやら面倒見の良い人物のようだな。または神経質な可能性もある。というか、普通に考えればそっちの可能性の方が高いけど。言葉とは裏腹に声色からは怒りや煩わしさは感じられないし、きっと器の大きい人に違いない! 

 ここに来て、漸く身体の方も自らに掛けられる声に反応する素振りを見せた。今更ではあるが、融通の効かないことに恨めしさが湧き上がってくる

 

 

 

「牢屋に入れられたぐらいでオロオロ、ビクビクしやがって。しけた野郎だな」

 

 

 

 ぶっきら棒な物言いに若干ムッとくるも、やはり向かいの男からは呆れしか感じ取れない。言葉だけを聞けば嘲られているようにすら聞こえるのだが………。不思議なものである

 さておき、相変わらず薄暗さの所為でハッキリとは見えない。だが、先程よりも目が慣れてきたらしく、なんとか牢屋の様子が見て取れた

 

 

 

 俺に声を掛けてきたと思われる男は渋い深緑色のローブに身を包んでおり、フードで目元まで隠していることで人相の判別は不可能だった。この時点で割と怪しさメーターは高水準を叩き出している

 男の体格は特別に小柄というほどではないが、随分と痩身で身軽そうに見える。声から推測できる年齢の男としては平均以下の身長のようだ。少なくとも俺よりかは幾らか背が低い

 囚人さん、改めフードの男は気怠そうに首を傾けて此方を見遣る。暇なのか胸の前で組んでいた腕の片方を解いて、どこか揶揄うような調子で尋ねてきた

 

 

 

「ところで、お前なにやらかした? 此処は牢の最下層だ。余程のことをやらないと此処までは入れられねえ」

 

 

 

 へぇ…。はぁーん…。よりにもよって、それ聞いちゃうんだ。正直言うと俺もなにがなんだかわからんが、この胸の苛立ちを吐き出すには丁度良いかね

 どうやら身体の方も素直に話す気になっているようだし、もしかしたら説明してるうちに投獄された理由も少しはわかるかもしれないしな。俺も此処にぶち込まれるまでの記憶を掘り返してみるか

 そうしてフードの男に説明している傍ら、数時間前に村を旅立ったところまで記憶を遡っていく

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 デルカダール王国の牢屋に投獄されるよりおよそ2時間ほど前のこと。俺は育ての母、ペルラの言葉を発端として不本意にもイシの村を放り出されていた

 村のみんなに送り出された手前、ノコノコと帰るわけにもいかない。というか、そもそもの話として戻ろうと思ってもどうせ帰らせてもらえないからなあ(諦め)

 特にこの旅立ちに際しては、いつにも増して身体の主導権を奪うのが難しかった。母さんに〈勇者〉の使命について聞かされた時なんて、それこそ恥も外聞も投げ捨てて駄々をこねようとしたのに失敗したんだよなあ。激しい主導権争いの所為で手も血だらけになったし。その後すぐに《ホイミ》で治したけど

 

 

 

 それにしても神様(自称)の野郎、転生した後にこんな不自由があるなら先に言っておけよ! ()()()()()()()()()()()()()()とかあり得ないだろ……!? 

 不幸中の幸いというか。本当に危険な時とかは自由に動けるようにはなるけどさあ。日常生活でやりたいことが殆どできないなんて苦痛以外の何物でもないわ。縛りプレイのつもりなら他でやってろ

 自給自足が基本のこの世界とは言えど、こちとら社会整備が殆ど完璧な平成生まれの社会人(享年28歳)でしかないんだぞ。幼馴染の女の子が一生懸命に仕事してる隣で弱音を吐くほど落ちぶれたつもりはないが、もう少しゆとりのある生活が欲しいというのは俺の我儘なのか……? 

 

 

 

 くそ…っ!? こんなことなら転生なんてしなければ良かった。詐欺だろって、少しは思ってたはずなのに! 

 1つだけでも転生特典がもらえたり、ドラゴンクエストの世界に行けるって聞いて舞い上がっちまったのがダメだったな。深く考えなくても人生を左右する重大な場面だってわかってたのに、一瞬の感情に振り回されて選択を間違えるなんていつ以来だよ

 

 

 

 ──などと。内心で愚痴を吐き出す間にも、意志に反して動く身体は白馬を駆り、デルカダール王国を目指して街道を爆走している。あっ、今スライムを撥ねた。悪いね。突発的な交通事故だと思って諦めてくれ

 このペースだと村を出たのが午前8時前くらいだと考えて、1時間30分程度でデルカダール王国に着くかな。メルちゃんと一緒に育てたから良く知っているつもりだったけど、やっぱりこの白馬は出鱈目な馬力だわ。他の馬と比べたら間違いなく倍以上のパワーとスピードがある。流石だぜ! 

 

 

 

 また話は戻るけど、あの神様(自称)は説明不足が多すぎる。転生後の制約はもちろん、ドラクエの世界とは聞いてたけど〈勇者〉に転生するなんて聞いてないって! 完全に厄ネタじゃねえか……!? 

 ドラクエで勇者と言えば真っ先に思い浮かぶのはロトシリーズだけど。残念なことに俺はドラクエ5以降しかやってないんだよ。個人的には5と8が印象に残ってる。7は面倒だった…………って、そんなことはどうでもよろしい!! 

 

 

 

 ロトシリーズのプレイ経験がないのは本当だが、全く知らないわけではないからな。生まれた時から左手にある痣の形になんとなく既視感はあったんだ

 先日の発光から落雷までの流れで大方の予想はついたよ。あの落雷には濃密な魔力が感じられたし、ドラクエで雷の魔法と言えばデイン系だろう。でもって、《デイン》系は基本的に〈勇者〉専用の魔法だったりする。そんなの連鎖的にすぐ思い当たったさ

 

 

 

 なんとか思考の隅に追いやったのに、儀式の後に母さんから「アンタは〈勇者〉の生まれ変わりなんだよ」とか言われて絶望の淵に叩き込まれるし…………。マジで急すぎるんだよ。〈勇者〉の使命なんて知るか

 ロトシリーズのあらすじは多少知ってるけど、生憎と全く知らない始まり方だ。恐らくまだ作品化されてない物語か、完全オリジナルの世界かもしれねえな。それにしては痣の形がロトの紋章に似ているが、ハッキリとは明言できない

 

 

 

 だが、明言はできなくてもロトシリーズに連なる物語だという可能性を捨て切ることは難しい。判断材料は少ないが、その中には左手の痣を筆頭に匂わせるような情報があるのだ。安易な結論は出すべきではないだろう

 どちらにしても発売済みのドラクエにはなかったストーリーのはずだから、それらがわかっても心構えを一新するくらいしかできないけどな。今更言っても詮無いのは承知の上だが、転生前にちゃんと聞いておけば良かったぜ。後悔先に立たずとはこのことか

 

 

 

 まあ、既に旅に出た以上は嘆いても仕方ねえや。何度もしつこいかもしれないが身体の自由も効かないしな

 幸いにも転生特典の一部である〈直感〉のお陰で世界中を旅して見聞を広めたり、実践を含めて必死に鍛錬に励んで力をつけることができた

 今だからそう思えるのかもしれないけれど、あの原因不明の背中に寒気が這う感覚は本能による警告だったのだろう。それこそ悪寒は徐々に強くなっているので、これからが本番だと言えるかもしれない

 

 

 

 転生特典はそれなりに万能というか。使い勝手が良くて強力なモノを選んだのだが、あらゆることが不自由な現状では宝の持ち腐れなのは否めない

 普段から正常に機能しているのは〈直感〉と〈カリスマ〉程度だと思う。今は〈騎乗〉が発動してたり、戦闘中ならば他の能力も発揮されるのだが…………

 無い物ねだりはやめよう。虚しくなるだけだ。別に不便をしているわけではないからな

 

 

 

 そんなこんなでモヤモヤとしながらも一応の折り合いをつけたところで、馬上から遠くにデルカダール王国の街並みが見えてきた。かつては五大国と呼ばれた一国なだけあって、何度見ても圧巻としか言いようがないなあ

 当初の予定より早く着きそうなので、馬を休ませるためにも手綱を握る手の力を抜く。白馬も賢いため一定の速度を保ちながらも移動速度を落としていく。人間で言うランニング程度まで脚を遅めて、馬上からのんびりと景色を眺めながら、デルカダール王国に繋がる最後の坂を登りきる。避けきれない魔物には白馬を驚かせないように《メラ》の魔法で離れた位置から狙撃したり、面倒なので正面からの戦闘はしていない。というか、この辺りの魔物ならそれで充分なんだけどな

 

 

 

「ようこそ、旅の者よ。此処はデルカダール王国だ」

「旅の者か? 此処まで来るのに大変だったと思うが、もう安心だぞ。この先はデルカダール王国だからな。王国に入ったら宿屋に泊まるなどし、旅の疲れを癒すと良いだろう。ゆっくりしていくがよい」

 

 

 

 結局デルカダール王国には1時間程度で到着した。徒歩だと4時間は掛かる距離なので、正直に言ってかなり楽な道程だった

 城下町に続く門を抜ける前に常駐で番をしている兵士たちは揃って明るい表情で歓迎してくれる。俺のことを案じるような言葉を掛けてくる兵士がいるということは、他人の心配ができるほどこの国には余裕があるのだとわかる。辺境の村とかだとこうまで愛想が良くはならないからなあ………

 

 

 

 ところで、何度かデルカダール王国には訪れているが、流石に王様に会ったことはないから緊張する。いや待てよ。()()()()()()()()()? 相手は大国のトップに対して、こっちはただの辺境の村人でしかない。普通なら門前払いに決まってる。場合によっては、不遜だとか言って殺されるなんて(ry

 割と現実になりそうな嫌な想像で汗が背中を濡らす中、俺の身体はなんともないように城下町へと繋がる門を抜けていた。──うん、知ってた(諦め)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城下町に入ると、やはりというか活気に満ち溢れているのが見て取れた。往来で立ち話をしたり、商いに精を出したり、小さなステージで踊り子がパフォーマンスをすれば観衆が囃し立てたりと賑やかだ

 旅装束の俺に気づいた小太りな中年の男性がデルカダール王国へと訪問した理由を聞いてきたので、特に隠すこともなく答えたところ有用な情報を得られた。どうやら俺の懸念は杞憂だったらしく、要約すると「夜は寝るからやめとけ。昼間なら会えるかもな」みたいな感じだった。そんな簡単に会えるのか。知らなかったわ

 

 

 

 それじゃあ、今は昼間だし早速王城に向かうか! ……とはならないんだよなあ

 元より寄り道する予定だった道具屋に向かう途中でギャン泣きする少女を見つけては、反射的に少女の近くで慰めようとする強面の大男を問い質して。少女からも話を聞いてから、道具屋の屋根から降りられなくなったという飼い猫のメアリーを救出した後に毒消し草をダース単位で購入した。少女からはお礼として猫砂をもらったが正直なところ使い道が思いつかない

 

 

 

 王城はこの道具屋が存在する一般の民衆が暮らす居住区画ではなくお金持ちたちの集まるエリア、即ち高級住宅が建ち並ぶ最奥にある

 そこで、お金持ちエリアへの直通の道は城下町の正門から延びる大通りを進めば簡単に辿り着ける。区画を分けるための壁の中央にはもちろん長い階段があるのだが、またしても俺は頭を抱えて悩む人を見つけた

 城下町で困ってる人を見つけた途端に速攻で「なにかあったんですか?」と無償の善意(強制)を振り撒く聖人のような旅人がいたという。──というか俺だった

 

 

 

 その結果、城下町に到着してから1時間が経過していた。一々言わなくてもわかるだろうが、あの金持ち区画に突入する階段横にいた男から「デルカダールの英雄について書いた本を探してクレメンス」とかいう、自分でやれ! と言いたくなる依頼を快諾して、町中を駆け巡って依頼達成するまでに掛かった時間である

 そもそもの話、デルカダールの英雄なんて持て囃されて書籍にまでなっているような人物のことならば、いっそのこと直接この国の住民に聞いてしまえば良いのだ。なぜ敢えて「本を読んで内容を教えて欲しい」なんて訳のわからない回り道をするのか

 

 

 

 探し回って発見したのは城下町の東側下にある一般民家だった。いやいやいや、他人の家で立ち読みとか気まずいにも程があるわ!? 家主も俺も居た堪れない空気の中、かつて習得していた技能こと速読を駆使してぱぱっと読み終わり内心は愛想笑いしまくりで退出した

 1時間という捜索時間には全く見合わない、文字にすれば数行程度の報告を行い、報酬としておよそ16年くらい前に滅亡したとされるユグノア王国で取り扱っていた銅貨を渡された。ううん。さっきは依頼主が子供だったから仕方ないとして、お礼はもう使えない貨幣ってお前ェ…………これ売れるかなぁ? 

 

 

 

 そんなこんなで、折角早く到着したのになぜか予定より遅れて俺は王城の前にいた。正確には城門の前になにもせず立っているので、見張りの兵士たちから凄い不審そうに見られてる。あれは恐らく上司に報告するか直接詰問しようか相談しているのだろう。残当だな(白目)

 

 

 

 あー、やばいなあ。なにがやばいって、このタイミングで身体の主導権が戻ってきたことなんだよなあ。こういう事例は今まで数える程しかないが経験してきた

 例えば、そのどれもがギャルゲーで言うルート分岐的な選択肢になっている気がする。この場の行動で俺を含める周囲への影響が確定する。具体的には、今回は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。即ち、世界滅亡に至る危険性がある爆弾の解体処理をさせられているのと同義だ

 今のところ俺の前に提示されている選択肢は全部で3つある。さっさと吟味していこうか

 

 

 

 まず初めに、俺が王城に行かずこの世界の何処とも知れない場所にバックれた場合。これは本来なら〈勇者〉が打倒するはずの敵が野放しになる。ドラクエの魔王クラスが好き勝手暴れまわったらバッドエンド不可避としか思えないので却下

 

 

 

 次の選択肢は、イシの村にとんぼ返りかな。……うん。1つ目となにが違うのかわからない。どちらにせよ、村に帰っても今度はこっちにとんぼ返りさせられる羽目になるだけな予感がする。まあ心の準備はできるかもしれないが、もう一度此処まで来るのは面倒なだけなので選ぶ意味は薄いだろう。というわけで、これも却下

 

 

 

 最後となる選択肢は、もうゴチャゴチャ考えるのはやめて王様に突撃しようぜ! という極めて脳筋的な思考に基づいた結論。俺のこれまた極めて個人的な感情を素直に告げれば最も選びたくないが、残りの選択肢が物の見事に全滅しているので必然的に3つ目の選択肢しかないというね。実際にこれ以外の解決策は思い浮かばないのでどうしようもない

 

 

 

 えー、つまり、なんだこれ。結局は強制イベントってことなんですかね? ──ははは。笑うしかねえだろ。俺に逃げ場なんて初めから用意されていなかったと

 ふむふむ。なるほどなるほど。………いいぜ、上等だコラ。こちとら戦闘だけなら転生チートが割と平常に稼働するから生半な相手なら食い潰せる自信はある。世界中を旅する間に何度死に掛けたかわからんが、それでも生き延びた実績はあるんだ。今の時点でも中ボスくらいが相手なら負ける気はしない。だとすれば、もう迷う必要はないだろう

 

 

 

「待て! 止まれ!」

「旅の者よ。一体なんの用だ?」

 

 

 

 城門に近寄る不審者、つまり俺のことを門番の兵士たちが手に握る槍を交差させて制止する。警察のペアのように片方は気難しそうで、もう片方はどことなく優しげに見える。心理学的な観点に於いては、恐らく有効な手段なのだろう

 だが、今はそんなことはどうでもいい。普段なら内心で盛大に怖気付くところだが、4〜5m以上もある巨大な魔物と相対するのと比べれば大したことはないと割り切れる。人間と魔物とでは怖さのベクトルが全く異なるなんてことも、今は勘定に入ってこない

 

 

 

 自分で言うのも情けない話なのだが、基本的に俺は日和見主義だ。前世でも交通事故だったり、目の前に困っている人がいても自分には関係ないとして素通りするタイプだった。争いごとや他人の事情に巻き込まれるのが嫌だと思う人種なので、オブラートに包めば事なかれ主義とも言えるかもしれない

 人見知りで小心者というミスマッチの結果、人間関係を構築するのも苦手だった。ついでに空気を読むのも苦手で、高校時代にバイトの上司から「君は性格は良いし気も遣えるのに、決定的に間が悪い」と言われた回数は計り知れない。総じて優れた人間とは言えなかったと思う

 

 

 

 そんな俺にも、他人からも評価されるような自慢できることはあった。というのも、俺は特定の状況に於いて………ぶっちゃけると逃げようのない状態に追い込まれた時は、()()()()()()()()()()()()のだ

 だというのに、なぜか全て最良の結果に落ち着く。自分自身でもわけのわからない底力を発揮して、なにもかもを良い方向に持っていく

 

 

 

 例えば、中学時代に多数決で部活の部長に選ばれてしまった時のことだ。開き直った俺はインターネットで効率的な練習方法を調べるだけでなく、その道のインストラクターに直接話しを聞きに行って身体の調整の仕方などを教わった。顧問に直談判して、練習メニューを自作のものに変更してもらうように頼み込んだ

 結果それまで区大会止まりの弱小だった部活は、部長が代替わりした翌月の大会で初の県大会出場を果たした。更に翌々月の大会では市大会規模の試合で優勝。次は関東、次は全国と。俺が引退する最後の大会では全国大会で優勝こそ逃したもの、堂々たるベスト4に輝いた。初めはやる気の薄かった部員たちも、思わず笑ってしまいそうなくらい簡単に大会で勝てるようになると嘘みたいに従順に練習へと向き合うようになった

 

 

 

 例えば、とある会社の営業部門に新社員として入社したばかりにも関わらず「早速一本契約取って来い」とクソ上司に言われた時のことだ。営業のノウハウも殆ど知らないので、在籍する部門の直属の上司(クソ)や同じ新社員を含めた全ての同僚に話を聞くのはもちろん、本屋で〈猿でもわかる〜人心掌握術〜〉などの怪しげな書物を購入して読み漁ったりして営業に臨んだ

 結果あっさりと契約を決めた。更にはその時の客がお得意様になってくれて、偶然にも超が付く程のブルジョワジーだったお陰で会社への多大なる貢献と見做されて入社から1年という短期間で昇進を果たした。直属の部下や以前に相談に乗ってくれた人たちから相談された時には、当時の経験談を交えて話せば不思議なほどに契約を取ってくるのだ。ちなみに、例のクソ上司は部下になった

 

 

 

 火事場の馬鹿力とはまた違う気もするのだが、ともかく俺は逆境に於いて普段人間が発揮できない潜在能力的なものを解放しているのかもしれない

 前述の例に出した時よりは追い詰められていないため現状は暴走まではいかないが、それでもまるで根拠のない全能感のようなものは既に感じている。その点では最高のパフォーマンスは期待できないけれど、常ではあり得ないほどに感覚が研ぎ澄まされているのは確かだ。今ならデュラハンのような強い魔物に囲まれてもノーダメで無双できる自信があるぞ

 

 

 

 諦観から開き直って覚悟完了という過程に思うことこそあれど、最早この状態の俺を止めるのは容易ではない

 強制イベントだとか〈勇者〉の使命だとか。本音ではそんなものゴミ箱に捨ててやりたいところだが、自分の生死を他人に託すよりは100倍マシだ。魔王でも邪神でもどっちでもいいけど、もし敵として立ち塞がるなら覚悟しやがれ。俺にこんなふざけた運命を背負わせたこと後悔させてやる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「突然で済まないが────俺は〈勇者〉だ。今からデルカダール王に取り次いで欲しい」

 

 

 

 飽くまでも無表情の鉄面皮なのは変わらないが、その時の俺には、そんな戯言を一笑にさせない威圧感があったのかもしれない

 戸惑って顔を見合わせた兵士たちは、自分たちでは判断できないと考えたのか。小声で打ち合わせをした後に、猛烈な勢いで王城へと駆け出していった

 俺はこの時の判断を悲劇に見舞われた未来でも後悔することはなかった。なぜならこの場で逃亡して人並みの平穏を選んでいては、絶対に手に入ることのなかった大切な仲間たちとの絆と未来を得られたからだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







この辺りで7話は一旦切ります
原作をやったことのある方は流れからわかると思いますが、次は例の場面になります。というか、前後編に分けても結構文章が多いですね。書いてる途中で「これ1話に纏められないわ」って気づいて急遽分割したのですが、そうしなければ途轍もないぐだぐだが繰り広げられたでしょう

ところで、先日にも感想でいただきましたが、この作品はFate/の微クロスと言っても本当に極僅かな要素しか出て来ません。具体的にはタグに追加したように〈スキル〉しか登場しないものと考えてもらえばと思います。それらについて期待していた方には本当に申し訳ないのですが、英霊などは出さないのでご了承ください
もうお分かりかと思いますが、主人公が選んだ転生チートは〈Fate/に登場するスキル〉です。流石に全部は神様(自称)に認められなかったので、数は10個まで、ランクは全てリアルラックで決定するランダム抽選(という名の作者セレクト)で決定しました。その内の2つほどは現状では殆ど機能していないのですが、当人たるレイブンは全く気づいていないということで

そんなわけなので、実際の戦闘力に関しましては推定レベル(Lv.30〜35)を上回る強さを持っています。戦闘中でも完全に身体の主導権が得られるわけではありませんが、普段の状態と比べれば遥かに自由に身体を動かせるので、転生チートも戦闘系に限り本来の効果を発揮できます
レイブンの現時点の実力は、具体的に言えばお互いに万全のコンディションでデルカダールの英雄さんと戦った場合、無傷とはいかないものそれなりに余裕を残して勝てるくらいです。といっても、どうしても身体の自由が効かない関係上から主人公は万全のコンディションでは臨めないため、純粋な技量や経験では劣ることを鑑みてギリギリ互角以上といったところではないかと考えています。えっ……もう1人の英雄だとどうなるかって?ははは。智将(笑)が相手なら楽勝ですわ

今回の話でもメルちゃんと主人公が言っているのは厩戸の娘さんです。旅立ちの時に白馬を連れてきてくれた女の子のことですね。紛らわしいかもしれませんが、後々に出てくるメルトアとは全くの無関係であります。勘違いさせてしまっていたら申し訳ありません

それでは後書きもこの辺りで終わりとしておきます。前書きでも宣言した通りに続きとなる後編は来週の投稿となるかと思います。モチベーションの変化などで完成次第投稿する可能性もありますが、私の中では既に火曜か水曜に投稿するものという認識になって来ているので期待はしないでください

これからも週一投稿で完結まで目指していくので、どうか最後まで読んでいだけると嬉しいです。それでは今週もありがとうございました





ーー現在判明している転生チート一覧ーー


〈直感〉……わかり辛いけど2話から既に出てます
〈カリスマ〉……7話前編、今回の話で名前だけ出た
〈騎乗〉……同上。ただし、主人公がデルカダール王国に予定より早く着いたのは白馬のスペック以外にこのスキルも影響している
〈縮地〉……これまたわかり辛いですが、2話でスライムを三枚おろしにした時の瞬間移動じみた歩法が実はこれでした。特に言及することもなかったので気付けた人はいないと思います。適当な文章でごめんなさい


これらの〈スキル〉の詳細やランクにつきましては、次の話の後書きにでも掲載するのでよろしくお願いします




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わけがわからないよ《後編》




火曜日に間に合わなかった……!
元から火曜と水曜のどちらかで投稿とは言ってたけど、今まで火曜日に出せてたからなんか悔しい!
待ってくれていた方がいたら申し訳ないです

それでは7話の後編です
主人公視点はこの話で一旦終了となります





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が王城に通されたのは、あの「俺は勇者だっ! (集中線)」という宣言から意外にもすぐのことだった

 門番Aが上官にお伺いを立て、更に上官が王様にお伺いを立て、舞い戻って来た門番Aが俺に〈勇者〉と名乗る証拠を見せろと言って来たのでお爺ちゃんから譲り受けた神秘的な青緑色の石が括られたペンダントを提示。再び門番Aがシャトルランを行なって、程なく入城の許可が下りた。この間、僅か5分の出来事であった

 息絶え絶えの門番Aにお礼を言って、急に愛想の良くなった門番Bの態度に若干の違和感を覚えながらも取り敢えず城に入ってみた

 

 

 

 一階のエントランスの時点で圧倒されるものがあった。豪奢でありながら華麗、とでも言おうか。鬱陶しくない程度に散りばめられた金色は絶妙なアクセントになっており、赤を主体に様々な色であしらわれたカーペットは宛ら幾何学模様のような複雑な刺繍が施されている

 そして城の大扉を開けて最初に目に入って来た黄金の大鷲が、このデルカダール王国を象徴するものだと如実に示している。猛々しくまるで威嚇する時のように翼を大きく広げた大鷲の姿は、されど見方を変えれば親しき隣人を迎え入れるかのように堂々と自らの弱点となる胴体を晒しているとも受け取れる。この大鷲だけでも、大国の威容を実感できた

 

 

 

 大鷲の両脇を通るようにして二階に繋がる階段があったので、その側でエントランスを見張る警備兵に尋ねたところデルカダール王は既に王座の間で待っているらしい。王座の間は二階に上って正面に進んだ奥の大扉の先にあるとのことだ

 それにしても随分と対応が早いなあ……。俺が今日この時間に来ると知っていたのならば別に不思議ではないが、アポなしで尋ねたのにこの反応は正直言うと想定していなかった。恐らくは他の予定を後回しにして〈勇者〉への対応を優先したのだろう。だからこそ、俺には妙にきな臭く感じられる。些か大袈裟じゃないか? 

 

 

 

 仮に……そう、仮にだ。今この時も世界中が魔物で溢れかえり、既に世界滅亡の危機に瀕しているというのならば必然〈勇者〉という象徴は諸手を挙げて歓迎すべき存在だろう

 だが、現状ではそこまで目に見えてわかる危機は訪れていないはずだ。或いは、大国であるデルカダール王国ともなれば予兆のようなものは察知しているが、国民の混乱を避けるために秘匿しているとか……? 可能性としては捨てきれないが、根拠となるものが存在しない以上は俺が1人で想像力逞しく妄想したに過ぎない

 

 

 

 デルカダール王や今は亡き王女の私室を警護する兵士たちの話を聞くところによると、やはり大国たる所以か微塵も魔物の脅威を恐れていない。いや正確には、ついさっき依頼で調べる機会があったが、デルカダール王国には2人の英雄がいるとか

 曰く、武勇のグレイグと知略のホメロス。または「猛将」グレイグと「智将」ホメロスと国民だけでなく兵士たちからも慕われる大国の双璧だ。役職としては将軍と軍師の関係であり、故にホメロスが作戦を立て、グレイグが軍を率いた時、デルカダール兵は天下無双の軍隊となる。────あの本にはそのように記されていた

 

 

 

 要するに、デルカダール王国は〈勇者〉に縋る必要がない。なぜなら所詮は伝説の存在でしかないものに比べてしまえば、確かな実績を築いて来た頼れる英雄が既にいるのだから当然の帰結だ

 それはデルカダールという一国だけのことではなく、他国に於いても現状では〈勇者〉を必要とする状況ではない。世界中で恒常的な魔物の被害は出ているが、外部の人間の助けを求めるほどではないということだ。国としての面子もあるだろうし、軍隊で対処が不可能なのに個人で対処可能な相手というのも想定し辛いからな

 

 

 

「そなたが、あの勇者………………あ、いえ、失礼致しました。デルカダール王がお待ちです」

「デルカダール王は寛大なお方ですが、秩序を乱す者にはとても厳しい。呉々も妙な真似はなさらぬよう…………」

 

 

 

 うーむ。やはり絶妙に胡散臭いというか……。警備兵たちの幾人かが見せた物言いたげな態度が気になる。王座の間に続く大扉の脇に控えていた2人の兵士もヤケに含みを持たせた言い方をしてくるし…………。伝説の存在の生まれ変わりに対して戸惑っていると受け取れば、そこまで変な反応とまでは言えないけれど

 でも、さっき開き直ってからというもの「なにが来てもぶっ飛ばしてやる」みたいな気概でいた所為なのか。戦闘態勢に近い精神状態に入っていたらしく、常よりも研ぎ澄まされた〈直感〉が身の危険を知らせてくる。それは、今まで俺の命を幾度となく救って来てくれた時のものに非常によく似ていた

 

 

 

 本来ならこの〈直感〉を無視するという行いが、どれほど下策極まりないことかは理解している。だが、世の中には頭の中ではわかっていても割り切れない事柄というものは必ず存在する

 入城する前までは感じていた万能感は既に消え去っている。言葉にするのが難しいほどの悍ましいなにかがこの城の中に巣食っているような気がしてならないのだ。そんな存在がいると断じるには根拠がなく、気の所為だと言われたらそうかもしれないと思ってしまいそうな曖昧な気配。故に、異常事態が起きていると確信した

 

 

 

 ゴゴゴ……! と重厚な大扉が内側に向けて開いていく。赤いカーペットを挟むようにして兵士たちが整列しており、玉座の両袖には厳しい面立ちの巨躯の男と知的な風貌の男が堂々たる態度で立っていた。まず間違いないと思うが、偉丈夫の方がグレイグ将軍で、華奢な方が軍師ホメロスなのだろう

 兵士たちも含めて完全武装に見える。国の最重要人物たる王の身辺に侍っているのだから、如何なる状況にも対応するためには決しておかしな事とは言えない。それはそれとして歓待するはずの〈勇者〉を迎える装いに相応しいかと言われれば疑問符がつくが…………

 

 

 

 ところで、ホメロスから仄かに感じる噛ませ犬&小悪党めいた雰囲気は俺の気の所為か……? 例えば、裏切り者として敵対して強敵ムーブをかますけど戦ってみたら大して強くなくて、敵の親玉から利用するだけ利用された後にトカゲの尻尾切りでコロコロされそうな感じというか。こういうとアレだが、なんか幸薄そうな奴だなあ

 ベクトルは違うけどグレイグからも似たような気配が………。例えばそう、親友とのバッドコミュニケーションの末に裏切られる要因を作り出してしまい、せめてもの情けと介錯しようとしたら背後からズドンとされそうな感じというか。こう言っちゃなんだが、英雄には悲劇がつきものなんだなあ。いや、実際のところあり得ない想像だとは思うけどさ

 

 

 

 そして、2人の英雄を従え王座にて俺を睥睨する人物こそ、世界でも有数の大国たるデルカダールを治める王────モーゼフ・デルカダール三世か

 鷲の如き鋭い三白眼の厳しい老人の男だ。色素の抜け落ちた頭髪と顎髭は随分と長く伸ばされており、細やかに手入れしているのか鷲の羽毛のようにも見える。大国の王としての威厳を損なうことはなく、むしろ彼の深い経験と見識を窺わせた

 

 

 

 王座の間にいる全員の視線が集中してくるが、正直に言うとそれどころではない

 デルカダール王を目にした瞬間から〈直感〉が今までに類を見ないほどに警鐘を鳴らしている。無表情の鉄面皮で良かった。そうでなければ思い切り動揺を表に出していただろう

 傍目からはなんともない様子のまま、警戒を最大限に強めて赤いカーペットの上を歩いて行く。兵士たちの前を横切る度に視線も追ってくるが、普段は煩わしいと感じるであろうそれにも神経を尖らせる。………これは、敵意か? 

 

 

 

「旅の者よ。ようこそ、デルカダール城へ」

 

 

 

 王座の前まで来たところで、脇に控えていたホメロスがぬるっと動いてそんなことを宣った

 あー、うん。確か軍師だっけか。智将とも呼ばれていたような気がするけど、明らかに歓迎しているようには思えないわ。端正な顔立ちだが、随分といやらしい微笑みだ。それに視線からは僅かに嗜虐心を感じる。この状況を愉しんでいるのか

 グレイグは論外だな。さっきからずっとビシバシ敵意が向けられてた。なんとか抑えようとしているようだが、威圧感が全身から漏れ出してしまっている

 

 

 

「ユグノアの首飾りか………」

 

 

 

 やはり嵌められていたか。──と内心で後悔していたところ、デルカダール王から小さく呟きが聞こえた

 今なんて言った……? ユグノアの首飾りって、まさかとは思うが王座の間に入る前からずっと右手に握ってた青緑色のペンダントのことか

 いや待て。なんでお爺ちゃんはそんなものを持ってるんだよ。ユグノア王国ってアレだろ。16年前だかに()()()()()()()()()()()()()()とか言う。その国の名前を冠する首飾りって、どうしたら手に入れることができるんだ。相変わらず謎な人だなあ

 

 

 

「よくぞ来た、旅の者よ。儂がデルカダールの王である。こうして其方が来るのを長年待っておった。漸く会うことができ、嬉しく思うぞ」

 

 

 

 全く嬉しく思ってないような顰めっ面で言われても、こっちはどう反応すれば良いのやら

 とはいえ、デルカダール王の演技は上手いな。俺も〈直感〉というチートがなければ怪しまなかったに違いない。無愛想であることを除けば、両脇の英雄様と違ってパッと見てわかるボロは出していないな。敵意なども上手く隠しているらしく、デルカダール王からは全く負の感情は察知できない

 

 

 

「その首飾りを携え、王である儂に会いに来たということは、其方は自分の素性を知っておろう。もし其方が本物の〈勇者〉であるならば、恐らく手の甲に痣があるはず」

 

 

 

 自分の素性とは〈勇者〉の生まれ変わりであることか……? それとも出生のことだろうか

 後者の場合はわからないというね。転生してから意識がはっきりしたのは1歳過ぎてからくらいだし。両親らしき人物の姿はなんとなく覚えているような気がするんだけど、生憎と朧げだからなあ

 そんなことを考えながら、要望に従って左手を掲げて甲にある痣を見せる。さて、これで後には引けなくなったがどう出てくる

 

 

 

「うむ、その痣こそ〈勇者〉の証! 其方こそあの時の赤ん坊………。皆の者よ! 歓べ! 今日は記念すべき日! 遂に伝説の〈勇者〉が現れたのじゃ!」

「「「「「おおぉ────ッ!!!」」」」」

 

 

 

 痣を目にした途端、デルカダール王は勢いよく立ち上がって場を盛り立てる

 さっきまでの厳かな雰囲気は消え伏せ、この場にいる全員が手に持つ槍や拳を突き上げて歓迎する。一転して明るくなったことで一瞬だけ俺の懸念は杞憂だったのではないかと考えたが、残念ながらそれはなさそうだ

 

 

 

「……時に、〈勇者〉よ。其方は何処から来たのだ? 其方を此処まで育て上げた者に礼をせねばならん。教えてくれぬか」

 

 

 

 はっ……。誰が教えるか馬鹿者めが。イシの村が焼き打ちされるフラグだろ。現代人ならそのくらいはすぐに察しがつくわ! 

 ということで、俺を拾ったのはテオという老人で既に亡くなっていること。定住はせずに世界中を転々と旅していたと嘘をつく。お爺ちゃんの名前は本当だし、旅をしていたのも嘘ではない。イシの村のことは欠片も匂わせない

 なぜか自由に身体を動かせる現状が吉と出た。これで普段通りに主導権がなければ、平然とイシの村について言及していたことだろう。危なかった………

 

 

 

「なるほどな。既に亡くなっておるのか………。ホメロス、しかと聞いたな?」

「はい。しかと聞きました。定住はしていなかったということですが、さして問題はないでしょう」

「ホメロスよ! わかっているな!? 後は任せたぞ!」

「はっ!」

 

 

 

 ちょっ!? 雲行きが怪しくなってきたぞ!? 

 ホメロス、定住はしていないと言っただろう! なにが問題ないんだよ! まさか世界中の全てに焦点を定めて聞き込みでもするつもりか……? やばいやばい、不特定多数に迷惑掛ける可能性が出てきた

 小物っぽいが仮にも大国の軍師まで上り詰めた男だ。一般人では対抗することもできないだろう。幾らなんでも決定的な証拠もなしに手を出すような真似はしないと信じたいが…………。まずは自分の安全を確保しないと駄目かもしれんな

 

 

 

「まさか1人で乗り込んでくるとはな………。なにを企んでいるか知らんが、貴様の思い通りにはさせんぞ! 〈勇者〉め!」

 

 

 

 デルカダール王と俺の間に割って入るようにしてグレイグが立ち塞がった。事此処に至っては隠す必要もないと敵意すら超えて殺気を叩きつけてくる。なるほど。抵抗すればこの場で叩き斬ると……? 

 ホメロスと共に王座の間を出て行った兵士を除いた、恐らくグレイグ直属の部下と思われる兵士たちが一斉に俺を取り囲んで槍を突きつけられた。まあ、此奴らは別に脅威にはならないんだよ。問題はグレイグだ

 

 

 

「グレイグよ! その災いを呼ぶ者を地下牢にぶち込むのじゃ! 皆の者も知っておろう! 〈勇者〉こそがこの大地に仇をなす者! 〈勇者〉こそが邪悪なる魂を復活させる者! 〈勇者〉と〈魔王〉は表裏一体なのじゃ!」

 

 

 

 うん。それは確かにそうですね。物語として〈魔王〉がいないと〈勇者〉は成り立たないもんな

 でもさ、鶏と卵の話じゃないけど。〈勇者〉が〈魔王〉を復活させるってのは違うだろう。復活させた後に自分で倒して「世界の平和を取り戻したのこの私だ!」とかやっても、完全にマッチポンプ甚だしいのだが

 そもそも〈勇者〉という字をしっかり見て欲しい。勇気ある者と書いて〈勇者〉なのに、なぜそれが大地に仇をなす者とか言われるのか

 

 

 

「我が王はあの様に聡明なお方。〈勇者〉が何者であるかわかっておったのだ。お前には不運であったな。よし! この者を捕らえよ!」

 

 

 

 よし! ──じゃねえよ! お前は馬鹿なのか

 例え自らが仕える王の言葉だとしても少しは疑ったり、或いは変に思って窘めたりするのが真の臣下に求められる姿だろう!? 

 ああ、もう! 展開が早すぎる! かと言ってボケっとしてたらこのまま地下牢にぶち込まれるのは確定だ。サシならグレイグに負けるつもりはないが、周りの兵士諸共殺さずにデルカダール王を生け捕りにするしかないか

 若干の混乱はあったが、予め覚悟を決めていたお陰で立ち所に思考を切り替える。早速行動に移そうとした時、俺は一寸先の未来を垣間見た

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ────────その場から動かず震脚。床を通して唐突に伝わる振動に体勢を崩した兵士は捨て置く

 僅かに驚いた様子のグレイグの懐に潜り込んで、再びの震脚から水月目掛けて掌底を叩き込む。しかし、其処は流石の英雄と言うべきか。普段は左手に盾を装備しているのか、確実に入ったと思ったのに反射的な動きで左腕が差し込まれて直撃は成らず

 だが、咄嗟に掌底に合わせて発剄の要領で魔力を放出することによってグレイグを吹き飛ばして道は開けた

 吹き飛ばされてふらつくグレイグの脇を抜けて、地を滑るように、いや跳ぶように一足でデルカダール王との間にあった距離を縮めて肉薄する

 瞬間移動にも匹敵する速度には武闘派と言われるデルカダール王と言えども流石に反応することはできず、グレイグにしたように掌底を叩き込もうとした瞬間、不意に目が合った

 まさか。()()()()()……? そして、デルカダール王の豊かな髭に隠された口が醜く笑みの形に歪んで、いつのまにか俺の胸に腕が突き刺さって────────

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ──っ!? ……今のは〈直感〉による未来視か? 取り敢えずグレイグは別に良い。敢えて弱い装備にしていたお陰か油断している。隙をつけば難なく突破できていた

 問題はその後だ。デルカダール王。奴は一体何者だ……? 活歩による〈縮地〉は正に地面を縮めたとしか思えないほどの瞬間的な移動を可能とする

 武闘派を謳っているデルカダール相手でも奇襲という形なら余裕を持って生け捕りにできるはずなのに………。完全に動きを把握されていた上にカウンターで俺が致命傷を受けるとは

 

 

 

 余りの衝撃に動こうとした身体が硬直する。いや、未来視であの結果だった以上は実際に動いても失敗は確実だろう。行動しないことこそが正解なのだ

 これは流石に仕方ないか……。想定が甘かったと言えばそれまでだが、今の俺ではデルカダール王の姿をした存在に勝つことは不可能だとわかった。無理矢理だが、それだけが収穫だと思わなければやってられない

 

 

 

 兵士たちに槍を向けられて包囲された状態で、グレイグの後を追って王座の間を出る

 さて、今すぐに逃げ出すことも難しくはあるができない道理はない。グレイグが油断してくれているからな。だとしても、失敗する可能性は五分五分と言ったところだ。まだ様子を見た方が良いか

 決行するなら地下牢だな……。恐らく極悪人が収容されると言われる最下層の牢獄のことだろう。絶対に逃げられないという自信に付け込ませてもらおう。往々にして自信とは行き過ぎれば過信となり、油断へと行き着くものだからな

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 ────というような話を、もっと簡潔にしてフードの男に語る。具体的には「さっき〈勇者〉と名乗ったら牢獄にぶち込まれた」と言っただけだが

 うーん。自分で話せればこの遣る瀬ない気持ちを全てぶちまけてやるのに。回想の時間とは比べ物にならないくらいアッサリとした説明だった。なんだか納得いかないなあ

 

 

 

「うん? なんだって!? 自分はなにもしてない? ただ〈勇者〉と名乗っただけだと!? マジかっ!」

 

 

 

 良い反応をどうも。少しだけ気が晴れたわ

 やっぱり普通じゃないよな。王国側もそれを承知しているから、ホメロスに事実確認をさせるために探索に出させたのだろう。〈勇者〉が悪だという証拠集めをしなければ俺を始末した後に面倒が残るだろう。あの一族が黙ってるとは思えないからな

 その点で言えば咄嗟に定住していないと嘘を吐いたのは正解だったか。グレイグの予想では、ホメロスが探索を終えて帰ってくるまでは短い期間だったとしても最低でも3〜4ヶ月は掛かるそうだ。それまでには脱獄する方法を確立せねば……! 

 

 

 

「こいつは驚いた! まさか〈勇者〉様が同じ牢だとっ!?」

 

 

 

 本当に驚いたらしく、フードの男は立ち上がって大きく身振り手振りをしながら言った

 オーバーリアクション、ではないのか。少し皮肉っぽい言い方に聞こえてしまうが、そういう性格なのだと思えば別に気にならない。彼が割と良い奴なのは恐らく間違いないしな

 

 

 

 それにしても隣はご飯の時間か……。俺も朝しか食べてないからお腹空いてるのに。良いなあ……。と思っていたら、ご飯を受け取るために近づいたフードの男が徐に兵士へとリバーブローをお見舞いした

 流れるような一連の動きに俺の身体が硬直している間に倒れた兵士から手慣れた様子で鍵を奪い、あっという間に自分の牢を開けてしまう

 そのままなぜか俺の方に接近。奪った剣を肩に担ぎながら近づいてくるその姿にはなんとも言えない威圧感があり、ジリジリと身体が勝手に後退っていく。……いや? 仮に襲われても無手で普通に鎮圧できると思うのだが

 

 

 

「俺の前に〈勇者〉が現れるとはな……。全てはあの預言の通りだったって訳か。来な」

 

 

 

 えぇー? なんで開けてくれたの。そりゃ嬉しいけど、余計に怪しく見えてしまう罠。理由が知りたいです

 そんな風に内心でブツブツ言ってる間にも身体は素直についていく。お前ェ……。ついさっきは警戒してたのにもうあの男を信用したのか。どんだけチョロいんだよ。勘弁してくれませんかね

 フードの男が収容されていた牢屋に入ると、俺がついてきたのを確認してから寝藁に手を掛ける。おっと、通路の方から足音が聞こえますよ。うん、気づいたな

 

 

 

「ちょっと待ってろ」

 

「き、貴様はっ! ……ぐわっ!」

 

 

 

 言うが早いか。フードの男は奪った剣を手に駆け出して、巡回の兵士に襲い掛かっていた

 見た限りだとすれ違いざまに剣の腹でぶっ叩いたようだな。アレなら死んではいないだろう。体躯が細く、小柄な割にやはり良く鍛えられているな。身のこなしが軽やかで無駄が少ない

 それはそうと、彼が無闇に殺人を犯す人物ではなさそうなことは安心できる要素には違いない

 

 

 

「殺してはいない。ただ暫く起きないだろうな」

 

 

 

 俺を安心させるためか、ちゃんと報告までしてくれる。あれ…? 本当に良い奴じゃないか。尚更こんな所に収容されていた訳がわからなくなるけど

 まあ、さっきリバーブローされた兵士から鍵を奪い取る手慣れた仕草から鑑みて、盗賊かなにかやってたのかもしれないな。此処にぶち込まれるほどの物を盗もうとすれば可能性はあるか

 

 

 

「この先、手ぶらじゃ危険だからな。此奴を装備するんだ。それから、これ……お前の荷物じゃないか? 向こうの部屋に置いてあったから、ついでに取り返しておいたぜ」

 

 

 

 おー! 良かった! その〈魔法の袋〉には色々入ってるから、脱獄するにしても絶対に取り返さないといけないと思ってたんだよ。アンタ気が効くな……! 

 流石に王座の間で装備していた剣は回収されていたようで、渡された剣は俺のものではなかった。あの昏倒した兵士の物だろう。丁寧に手入れはされているからこれで充分だけどな。袋の中にある〈プラチナソード〉とかは取られてなくて安心したわ

 

 

 

「俺も愛用の短剣を取り戻すことができた。此奴が有れば百人力だぜ」

 

 

 

 おめでとう。でも、百人力は言い過ぎだと思う

 さっきので一兵士よりも強いのはわかったけど、そんなに強くないよね。まあスペック自体は高そうだから、この先で力をつければまた話は違うだろうけど。余り魔物と戦わずに避けてきたのかな? 

 

 

 

「さて、他の兵士が来る前に逃げるとするか。準備ができたら声をかけてくれ」

 

 

 

 そう言って、牢の中に引っ込んで行く

 あの、いや、もう準備できてますから! 牢屋に閉じ込められてる状態だと大してすることないって。離してる間に装備も終わってるし

 というか、普通に俺も一緒に逃げることになってる。すごい助かる。本当にありがとう! 捕まってた時間は30分にも満たないけど陰気臭いから早く出たかったんだよ

 

 

 

 フードの男に倣って牢の中に入れば、それを確認した後に寝藁を引っぺがした。今度は邪魔が入らなかった………って、なんか思い切り穴が掘ってあるんだけど。よくぞここまでしてバレませんでしたね

 

 

 

「ずっとこの穴を掘っていたんだ。今日脱獄しようと思っていたが、そんな日にまさかお前が来るとはな……。どうやら預言の通り、俺はレイブン………お前を助ける運命にあるらしいな」

 

 

 

 意味深な発言やめてくださらない……? なんか〈勇者〉に思うところがあるのはわかったからさ

 いや、まさかとは思うがこのフードの男って仲間の1人なのか? 預言の通りだとか、俺を助ける運命にあるとか言ってるし、その可能性は高い

 この世界が俺の知ってるドラクエシリーズならこんな悩む必要ないのに………。神様(自称)もどうせなら知ってる奴にしてくれたら良かったんだけどなあ

 

 

 

「今は詳しく話してる時間はねえ。さあ、お前から先に行きな!」

 

 

 

 確かに今はまず逃げることに集中しよう。どうやら脱獄後に話してくれそうだしな。お言葉に甘えて先に行かせてもらおうか

 不気味なデルカダール王。王に心酔する将軍と軍師。それらを信じて〈勇者〉を悪と見定めた兵士たち。大国の言葉に扇動されるであろう民衆。これから先の旅路への不安を呑み込んで、俺は底の見えない穴の中に身を投げ出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







誤字報告ありがとうございます

>>修正
神様(自称)もどうせなら知ってる奴にしてくらたら良かったんだけどなあ→神様(自称)もどうせなら知ってる奴に知ってる奴にしてくれたら良かったんだけどなあ



これにて7話後編は終わりです
前書きでも言いましたがお待たせしてしまった方には申し訳ない……っ!
先週は立て込んでたので一昨日と昨日で頑張って書いたのですが、その所為かいつにも増して内容が稚拙かもしれません
修正した方が良いという意見があれば随時受け付けておりますので、よろしくお願いします!

では、来週も火曜か水曜のどちらかに投稿しようと思います
50人もお気に入りしてくださってるので、なんとしても最後まで書いていく所存でございます!
今週もありがとうございました!





ーー転生チート詳細ーー


・カリスマ(B++)
軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。団体戦闘に置いて自軍の能力を向上させる稀有な才能。稀有な才能だが、稀に持ち主の人格形成に影響を及ぼす事がある。王や指導者には必須ともいえるスキル。Bランクであれば国を率いるに十分な度量。レイブンの場合は更に志を同じくする者には追加補正が掛かり、一緒にいる時間が長いほど効果が増して最終的にはA+にも匹敵する呪いじみた魅力になる。レイブンの仲間として旅に参列する者は日毎に彼に心酔していき、自らの死を厭わない強固な信頼を寄せるに至る。転生チートと元々身体に備わっていた〈素質〉が合わさって凶悪な性能になっている

・騎乗(A+)
乗り物を乗りこなす能力。〈乗り物〉という概念に対して発揮されるスキルであるため、生物・非生物を問わない。A+ランクでは竜種を除くすべての獣、乗り物を乗りこなすことができる。本来ならクラススキルだが、転生チートなので細かいことは気にしない。前世ではバイクを愛用していたので、馬などに騎乗した際のバランス感覚には眼を見張るものがある

・縮地(B−)
瞬時に相手との間合いを詰める技術。多くの武術、武道が追い求める歩法の極み。単純な素早さではなく、歩法、体捌き、呼吸、死角など幾多の現象が絡み合って完成する。最上級であるAランクともなると、もはや次元跳躍であり、技術を超え仙術の範疇との事。その為、恐らくは人間が技術で実現できる範疇としての最高峰に相当するのがBランクだと思われる。レイブンの場合は本来ならBランクなのだが、戦闘中でも完全には身体の主導権が渡らないため十全には扱えずマイナス補正が掛かっている

・直感(C+)
戦闘時、常に自身にとって最適な展開を「感じ取る」能力。Aランクの第六感はもはや未来予知に等しい。また、視覚・聴覚への妨害を半減させる効果を持つ。レイブンの場合は中身と外側の整合性が取れていない影響か、戦闘に集中できない状況や不意打ち、奇襲された際にはCランク相当の補正しか受けられない。しかし、自らが先手を取って戦闘を開始した場合、または戦闘が長引いて集中していくにつれて、彼の第六感は瞬間的にAランクに匹敵する未来予知にも等しい感覚にまで研ぎ澄まされる


他のスキルに関しては随時紹介していこうと思いますので、気長にお待ちくださいませ




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勇者、I can fly!




今週も水曜日の投稿になってしまうとは………
遅くなって申し訳ないです

それでは、ついさっき書き終わった出来立てホヤホヤの8話をどうぞ





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デルカダール王の画策によって地下牢へと閉じ込められたレイブンは、そこに収容されていた怪しいフードの男が脱出するために掘ったという穴に飛び込んだ

 特に邪魔が入ることもなく、2人が穴の中を順調に進んで行くと、程なくして行き止まりに辿り着いた。石壁を押すと意外と簡単に崩れて、そこから穴の外に続いているようだった。レイブンが息を潜めたまま穴の外を松明で照らせば、其処は地下水路を思わせる風景であり、今は人影らしきものもない

 

 

 

 音を立てないように気をつけながら、それでいて素早く2人は穴の外に飛び出した

 其処はやはりというか薄暗い所為で視界が悪く、しかし所々に照明代わりの松明が壁に飾られているお陰で目を凝らせば全く見えないわけではなさそうだった。改めてレイブンが持つ松明で周囲の安全を確認すると、小さく水音を立てる水路が2人の目に入る

 

 

 

「……水路か。何処かに出口があるはずだ。俺らが逃げたとバレる前にさっさとズラかるぞ。背後は俺に任せて先に行ってくれ」

 

 

 

 そう言ったフードの男────改め青年に頷いて、レイブンはゆっくりとした足取りで前方を松明で照らしながら歩き出した

 少し進むと鉄格子の扉の奥になぜか宝箱や壺の中に薬草が入っていた。取り敢えず2人は宝箱は鍵付きの扉が開けられないため諦めて、それでも薬草だけは拾って先に進んで行く。その先で見つけたT字路は水路の水が流れる方向を見て左に曲がる

 ────瞬間、複数の硬質な足音と鎧の擦れる音と共に松明の灯りがレイブンたちを背後から照らした

 

 

 

「いたぞ……! 脱獄囚だ、捕まえろ!」

「ちっ、もう追っ手が来てるのか……。一々兵士どもの相手なんざしてられねぇ。行くぞ〈勇者〉様、俺について来な」

「そうだね。“僕”も訳もわからず捕まるつもりはないよ。──炎よ、集え──《メラ》!」

 

 

 

 3人で巡回していたデルカダール兵に見つかったレイブンたちの反応は早かった

 青年が先導するように走り出せば、短い詠唱の後にレイブンの左手の先に拳より少し大きいくらいの火の玉が生まれる。間髪入れず炎属性の基本呪文とされる《メラ》という魔法名を唱えると、2人を捕縛しようと足を踏み出した兵士たちの足下に着弾して埃を巻き上げた

 その影響は目眩しのみならず、着弾の際に生じた衝撃により体勢を崩して隙を作ることにも働いた。明確な隙を見逃す2人ではなく、走りながらも松明の火を消して逃げ延びることに成功する

 

 

 

 しかし、2人は息を吐く暇もなく、今度は突き当たりに持ち場と思われる場所を何度も行ったり来たりとする巡回兵を見つけた。軽い相談の末に戦闘はなるべく避ける方向に決まったレイブンたちは、見事な身のこなしで巡回兵を回避していく

 3人ほどやり過ごして、先導していた青年が前方に石橋を発見する。背後を確認した青年の「先に行って確認してくれ」との要望に頷き、前後を入れ替えてレイブンが橋に足を掛けたところで向かい側から幾人もの兵士たちが慌ただしく現れた。素早く方向転換しようとした2人の視界には、さっき通り抜けた道とその対面からも続々と姿を見せる兵士の姿が映っていた

 

 

 

「ちっ……。しつこい奴らだ………」

 

 

 

 運悪く挟み撃ちのような状況に陥ってしまい、ジリジリと間を詰めてくる兵士たちに青年が思わずと言った様子で悪態を吐いた

 逃げ場のない橋の上で前後からの挟撃。橋の下は只でさえ薄暗い地下水路に増して暗く目視は困難である。砕けた床の破片が跳ねているのか水音は聞こえるくらいの高さのようだが、飛び込むには勇気のいる高さであることには違いなかった

 

 

 

 10人近い数のデルカダール兵に囲まれたとはいえ、レイブンの実力であれば青年を庇いながらでも充分に撃退できる範囲だったが、石造りの橋の上で戦闘なんてすれば橋が崩落する可能性がある

 だが、残念ながら葛藤する時間はなかった。あと2、3歩で剣の間合いに入る位置まで兵士が来たところで、2人が腹を括って戦闘に入るため武器を構えようとした瞬間のことだ。不意に彼らが足場とする石橋がズズズ……という音と共に沈み始めた

 

 

 

「おいおい、マジか………」

 

 

 

 呆然と呟いた青年が察したように、2人を囲んでいた兵士たちも口々に騒ぐが最早手遅れだった

 長年に渡り放置されていた所為で老朽化していた石橋は突然複数の人間が乗った重さに耐えることは難しく、呆気なく崩界に至った

 橋の中央付近にいたデルカダール兵を含めて、レイブンたちは暗く冷たい地下水路へと落下していったのであった

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました2人はなぜか在る女神像の近くに焚かれた火で照らされた辺りを見渡すと、其処は洞窟のような場所だった

 あのまま水路を通じて外に流されるということにはならなかったが、それなりの距離を流されたのは間違いない。不幸中の幸いか、あの兵士たちを撒くことには成功していたので、荷物の確認をしたところ運良くレイブンも青年も失った物はなかった

 

 

 

「やれやれ。まさか橋が崩れるとはな。だが、そのお陰で助かった。この先から出られるかもしれねえ。さあ、先へ進もうぜ」

 

 

 

 言葉とは裏腹に余り期待はしていないような口調で青年が言えば、濡れた服を絞りながら〈魔法の袋〉の中身を確認していたレイブンが神妙な様子で頷いた

 先程までレイブンは道幅が狭いため片手剣を装備していたが、それなりに拓けた空間であることもあって両手剣に切り替えてから、先に進む青年の後に続く

 2人が流れ着いた地点よりも更に拓けた空間に入った瞬間、常よりも集中していたレイブンの〈直感〉に反応があった

 

 

 

「──っ!? この先になにかいる……!」

「なに…? ちっ、暗くて見えねえ」

 

 

 

 青年は腕を掴んで引き留められたまま、暗闇の先にいるという()()()を見極めようと目を凝らす

 しかし、気配を感じたのは2人だけではなかった。この空間の主である魔物もまた、警戒して戦闘態勢に入ったレイブンたちの存在を認識していた

 

 

 

 その魔物は人間を遥かに超える巨体に加えて、闇に溶け込むような漆黒の鱗に覆われていた

 今日2人が来るまでは、いずれ来たる時に備えて深い眠りに入っていたのだが、不遜にも縄張りを犯した羽虫の存在に興味を持ち意識を覚醒させたのだ

 伏せていた巨体を気怠げに起こし、身体を支えるために太く強靭になった脚で立ち上がる。人間のような小さき者を容易く丸呑みにできる凶悪な顎門から低い唸り声を立てながら、丸太よりも長大な尻尾を煩わしげに地面へと叩きつけて存在を誇示する。蜥蜴に似た縦長の瞳は、確かにレイブンたちを睥睨していた

 

 

 

「グォォォオオオオオオ──────ッ!!!!」

 

 

 

 耳を劈く咆哮が拓けた空間に木霊する。その魔物にとっては威嚇に過ぎない咆哮は衝撃波すら伴うものとなり、レイブンたちを襲った

 立ち上がったことで全貌が見えた。デルカダール城の地下深くに潜んでいた魔物の正体は、此処デルカダールより遥か北東の山岳地帯で稀に目撃されるという化け物

 4〜5m以上の巨体。尻尾も含めれば全長7〜8mにも及ぶであろう漆黒の鱗に覆われた体躯に、巨体にも関わらず空を飛ぶことを可能にする所以たる蝙蝠を想起させる巨大な翼を広げて2人を威嚇する

 

 

 

 咆哮による衝撃波から身を守った2人が見上げると、翼の生えた黒色の蜥蜴に似た魔物────ドラゴン系の魔物の中でも輪を掛けて凶暴だと伝わるブラックドラゴンは既に次の行動に移っていた

 尻尾を振り上げて振り下ろすという単純な動作。だが、ブラックドラゴンはレイブンたちと比べるまでもなく数倍以上の大きさを誇る巨体である。それは只の身動ぎを致命的な攻撃に変えるほどに圧倒的な差だった

 

 

 

 止める間もなく叩きつけられた尻尾は偶然にも2人には直撃しなかったが、代わりに受け止めた壁は一撃で容易く破壊されてレイブンたちには破片が降り注いだ

 激しく揺れる地面の上で、青年は崩落する岩に当たらないように気をつけるので精一杯のようだった。しかし、青年よりも遥かに優れた実力の持ち主のレイブンには幾らか余裕があり、瞬時に岩の当たらない場所を見極めて両手剣を構えて意識を集中させていた

 そして、間断なく降り注ぐ岩の隙間を縫ってレイブンを狙ったブラックドラゴンの顎門に下から掬い上げるような軌道で〈プラチナブレード〉を叩きつけた

 

 

 

「ガァ────ッ!?!!?」

 

 

 

「おい…!? 無事か……!?」

「大丈夫……! この魔物とは戦ったことがある。此処は“僕”に任せて、先に其処の横道から逃げて。必ず後から追いかける」

「……わかった。こんなとこで死ぬんじゃねえぞ!」

 

 

 

 獲物だと思っていた存在からの思わぬ反撃に、今度は咆哮ではなく悲鳴のような声を上げるブラックドラゴンを尻目に、レイブンたちは素早く行動していた

 世界中を旅していたレイブンは偶然にも2回ほどこの魔物に襲われて勝利しており、そのため攻撃方法などはある程度把握していた

 青年もこの場にいては足手纏いになると判断したらしく、悔しそうにしながらも感情に任せて判断を誤ることもなく迅速に撤退に移った。此処が完全に行き止まりだったとしたら、或いは命はなかったかもしれない

 

 

 

 横穴に姿を消した青年を見送って、レイブンは両手剣を一度地面に突き立て両手を空ける

 下顎をかち上げられたことで脳髄まで衝撃が突き抜けたようで、未だにレイブンの反撃から立ち直っていないブラックドラゴンに猶予を与えず畳み掛けていく

 その魔法はおよそ半年前に習得した覚えたてのもので、対象とした存在を強制的に眠らせる《ラリホー》系統の上位呪文。ブラックドラゴンが相手では確実に効果がある訳ではないが、今の意識が朦朧としている状態ならば打って付けの魔法だった

 

 

 

「──来たれ、微睡の精霊よ。遍く者を安らかなる眠りの淵へと誘い給え──《ラリホーマ》!」

 

 

 

 魔法名を唱えた瞬間、ブラックドラゴンの頭を覆い隠すような形で桃色の霧が発生した。仄かに甘い香りを伴う魔力で構成された霧は頭から首、胴体へと順に移動して全身に纏わりつくと、その巨体に染み込むようにして消えていった

 強制的に睡魔を誘発する《ラリホーマ》によって発生した桃色の霧が消えた跡には、ブラックドラゴンが呆気なく魔法の餌食となり眠りこけていた

 

 

 

 敵が五体投地して爆睡している現状はレイブンにとって決定的な勝機に他ならない

 通常ならば先程レイブンがしたように噛みつきに合わせた反撃か、あの巨体を強引に登攀するか、或いは魔法でもなければ急所となる頭を狙うことは非常に困難となるが、今は無防備に倒れ伏しているのだ。これを見逃す手はなかった

 恐らくブラックドラゴン程の魔物ともなれば魔法の効果で眠っている時間は1分にも満たないだろう。それに加えて、魔物が体内に備える魔力が抗体のように作用することで再び眠らせることも難しくなるが、つまり起きるまでは隙の生まれる大技も安全に使える

 

 

 

「──全身全霊の力を今此処に………!」

 

 

 

 ブラックドラゴンの眼前まで移動して、レイブンは絶大な威力を持つが故に大きな隙が生まれてしまう剣技の発動準備に入った

 魔法の詠唱のように言霊を唱えながら、胸の前で祈るように構えた両手剣を頭上に掲げていく。体内で練られた魔力が刀身に満遍なく行き渡ると同時に眩く輝き、宛ら光の大剣のような様相を呈している。ちなみに、別に光属性ではないことは付け加えておく

 しかし、本来はこのまま光剣(のように見える)を叩きつけるという技なのだが、レイブンは更に一工夫する

 

 

 

 まず前提として、レイブンは転生チートとして与えられた〈Fate/シリーズのスキル〉から〈魔力放出〉を選択していた。その〈魔力放出〉を発動する時に、任意で〈火・氷・雷・光〉の属性からいずれかを決めて反映することが可能になっていた

 これは転生チートを選択する際には伝えられなかったことで、実はレイブンというか〈勇者〉として転生したことにより〈スキル〉が変質した結果である。それぞれの属性に対応した剣技を習得したことにより、いつからか〈魔力放出〉の際に上記の4種類の属性を付与することが可能になった、というのが事のあらましだ

 

 

 

 そのような経緯は露ほども知らないまま、レイブンが今回選んだのは〈魔力放出(雷)〉だった

 光を纏った両手剣に、更に黄色っぽい雷光が纏わり付いていく。それだけでは留まらず、発動した〈魔力放出(雷)〉によってレイブンの全身も帯電して、その恩恵により全体的な身体強化と共に特に瞬発的な筋力などが著しく上昇した

 此処までの準備で15秒以上が経過しており、ブラックドラゴンの魔法抵抗を考えれば再び暴れ出すまでの猶予はそれほどないだろう。だが、流石にバッチリ上位呪文に囚われた状態から目覚めるよりも、レイブンが大技の準備を完了させる方が遥かに早かった

 

 

 

「────《全身全霊・稲妻斬り》………つ!!」

 

 

 

 裂帛の気合と共に、正しく稲妻の如き速度で振り下ろされた雷光の大剣は狙い違わずブラックドラゴンの眉間に命中した。刀身が漆黒の鱗に接触した瞬間、視界を白く焼き尽くすような爆発的な雷光の奔流が迸る

 その結果、常識外れの剣速と両手剣の攻撃力と〈魔力放出〉によって放出された雷光も相俟って、ブラックドラゴンは頭から尻尾に至るまでの剣の軌跡の直線上を綺麗に両断された

 当然のことだが、ブラックドラゴンは即死。断面は雷光に付随する高熱により焼き切れて僅かに煙が立っており、先程の一撃の絶大な威力を物語っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見事にブラックドラゴンを撃破したレイブンが先に行かせた青年を追いかけて横穴を走っていると、暫く進んだところで発見した

 青年の方からもレイブンが特に怪我もなく、かといってブラックドラゴンの姿も見えないことには驚いた様子だった。だが、レイブンの接近に気づいた青年は念のため警戒は維持したまま互いに駆け寄って合流を果たす

 

 

 

「おい〈勇者〉さま、あの魔物はどうした……?」

「アレなら“僕”が倒した。でも、他にもいないとも限らないから先を急ごう……!」

「マジか……!? いや、お前の言う通りか。色々と気になるが、まずは此処を抜け出さねえとな。この先に地下水路に繋がる出口があった。俺が案内するから、ついてきてくれ」

 

 

 

 ブラックドラゴンを倒した後に、時間がなかったことで少しだけしか剥がせなかったとはいえ、紛れもなく青年も目撃していた刺々しい黒い鱗が生え揃った〈ドラゴンの皮〉を見せられて瞠目する

 青年としては、適当に脚などを斬りつけて機動力を潰してから逃げてくるのかと思って逃走経路を予め確認しておいたのだが、まさか倒してくるとは完全に予想外だったようだ

 とはいえ、今回は確かに運が良かったことは否めず、普段ならレイブンも短時間で仕留められるような簡単な相手ではないことは間違いなかった

 

 

 

「全く、驚いたぜ。あんな化け物相手に勝っちまうとはな。〈勇者〉の名は伊達じゃないってことか」

「いや、運が良かっただけだよ」

 

 

 

 気を取り直した一行は、青年が先導するのに従って大きな洞穴のような道を進んで行く

 途中で何度か魔物に襲われることもあったが、2人は危なげなく撃破、または撃退して歩みは止めない。ブラックドラゴンに匹敵するほどの怪物はいないらしく、レイブンたちの道程は順調そのものと言えた。その結果、少し気が抜けたのか、自然と会話も弾んでいた

 青年が案内した先には、確かに地下水路へと続く抜け道が存在した。本能によるものか、感覚的に後もう少しで外に辿り着くと察した2人は小走りで通路に飛び出したところで、右側から松明の火で照らされて硬直した

 

 

 

「見つけたぞ! 悪魔の子だ!」

「おいおい! マジかよ! 逃げるぞ〈勇者〉さま!」

 

 

 

 互いに硬直したのは一瞬、動き出したのは同時だった

 レイブンたちを捕縛するため、ガシャガシャとデルカダール兵たちは鎧を鳴らしながら迫ってくる。後ろの洞穴はブラックドラゴンという脅威もなくなったが、出口に繋がっている保証がない以上は2人が逃げ延びる道は1つしかなかった

 逃げている内に前方に外の光が差し込んでいることに気づいて、レイブンたちは走る速度を上げる。そして、地下水路から飛び出して見えた光景に絶句した

 

 

 

「やられたな……」

 

 

 

 2人が佇む其処は断崖絶壁という言葉が相応しい場所だった。確かに外には出られたが、出口というには余りにもレイブンたちにとって都合が悪い

 呆然と地下水路の水が滝のようにして流れ落ちる様を見ていると、背後から複数の足音が迫って来ていた

 

 

 

「いたぞ! この先だ!」

「くそ! もう追っ手がっ!」

 

 

 

 予想外の光景に意識を奪われていた2人が気を取り直して振り返ると、大勢の兵士たちが大挙して押し寄せてくるのが目に入った

 前方には精強なデルカダール兵、背後には断崖絶壁と遂に進退窮まったかと思うのが普通だろう。だが、レイブンたちは事此処に至っても諦めていなかった

 

 

 

「いいか。よく聞くんだ。此処で捕まったらお前も俺も長くは生きられねえ」

 

 

 

 レイブンの肩を掴んで、青年は言い聞かせるように現状を伝える

 それは正しい認識だった。地下牢獄の最下層に収容されるような犯罪者が逃げ出したとなれば、王国側としては極刑以外の選択肢は持たないだろう。良からぬ考えを持つ者はこうなるのだと、見せしめのように処断するための口実を与えることにもなる

 捕まったら最期、2人に助かる道はなかった

 

 

 

 そうしている間にもデルカダール兵はレイブンたちの姿を見つけて、抜剣してにじり寄ってくる

 実力差で言えば倒せない道理はないが、こんな断崖絶壁で本気を出せばどうなるかなんてことは想像に難くない。仲良く崖の下に転落するのが関の山だ。生き延びる確率は皆無に等しい

 しかし、現状ではレイブンたちが選べる唯一の生存方法であり、そんな博打をしてでも生き延びたいと思う大馬鹿者であることに兵士たちは気づけなかった

 

 

 

「行くぞ、レイブン。俺は信じるぜ。〈勇者〉の奇跡って奴を………」

「おい、貴様ら! なにをするつもりだ!?」

 

 

 

 一縷の望みを託すような青年の言葉に力強くレイブンが頷くのと同時、2人は徐に兵士たちに背を向けて断崖絶壁に向き合った

 部隊長と思われる人物も此処まで来て漸く2人の意図を察すると、狼狽した様子で呼び止めてくるが、それで思い留まるならば初めから脱獄なんてしないだろう

 飛び降りる直前にレイブンたちは再び顔を見合わせると、此処まで頑なに顔を隠していた青年がフードを取って素顔を晒した

 

 

 

 ツンツンと尖った水色っぽい青髪。髪と同色の切れ長の瞳という、レイブンとそう変わらない年頃の男

 落ち着いた面立ちの怜悧な美貌の持ち主で、その見た目に反して瞳の奥には何処か悪戯小僧にも似た稚気が僅かに覗いていた

 そして、これから命さえも賭けた盛大な博打をするにも関わらず、青年は全く自分が死ぬとは思っていないようだった。その表情には確かにレイブンに対する信頼が宿っており、断崖絶壁に挑む覚悟を窺わせた

 

 

 

「俺の名前はカミュ。覚えておいてくれよな………」

 

 

 

 そう言うと、カミュと名乗った青年はニヤリと不敵に笑ってみせた。釣られてレイブンも微笑みながら頷いた

 それも一瞬のことで、すぐに表情を引き締めた2人は兵士たちの制止も聞かずに崖に向かって駆け出すと、怖気付いて止まるようなこともなくそのままの勢いでその身を崖下へと投げ出した

 こうして〈勇者〉の逃走劇が幕を開けたのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







誤字報告ありがとうございます

>>修正
あんな化け物に買っちまうとはな→あんな化け物に勝っちまうとはな



これにて8話は終了です
そして、序章もこの話が最後となります
やっと此処まで来たかと思うと少し感慨深いです

9話からは次の章に入ろうと思っているのですが、場合によってはあと1つ閑話を入れるかもしれません
その場合はバレンタイン関連、レイブンが旅立ったイシの村のその後、地下牢から逃げ出したレイブンたちに対するデルカダール側の反応、などの短い小話を纏めた話を書いていこうと思います
幕間を入れるか、さっさと次章に移るかはまだ決めかねているので、もし希望がありましたら感想欄から伝えていただけると助かります

ちなみに、今回の話で本当はブラックドラゴンを倒すつもりはなかったのですが、書いている途中で気がつけば倒していました
不思議と構想から外れましたが、私自身は特に不満のない形には修正できたのでそのまま投稿しました
このような展開が苦手な方もいるかと思いますが、これからも似たようなことがあると思いますのでよろしくお願いします

あっ、今更ですが主人公の名前がイレブンではない理由は、その名前の付け方では主人公がドラクエ11だと気づいてしまうからです
気づいたところでまだ発売していない世界だったので問題ないと言われたらその通りなのですが、シリーズ作品だとわかっているのとそうでないのとでは気の持ちようが変わるかなと思ってレイブンという名前にしてみました
初めの頃に主人公の名前の所為で、どのシリーズかわかり辛いと混乱させてしまった方、申し訳ありませんでした

それでは今週もありがとうございました
来週も火曜か水曜に投稿するので、お待ちいただけると幸いです





ーー転生チート詳細ーー


・魔力放出(火/氷/雷/光)(D/E/A/B)
武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。謂わば魔力によるジェット噴射。絶大な能力向上を得られる反面、魔力消費は通常の比ではないため、非常に燃費が悪くなる。レイブンの場合は強/弱で使い分けており、特定の技を用いない通常攻撃の威力が強だと2倍〜2.5倍、弱だと1.5倍〜2倍となる。更に転生後にスキルが変異して(炎・氷・雷・光)の4属性に変換することが可能になっている




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幕間
閑話①





今週は間に合わなかった………
直前に活動報告で投稿日の変更を伝えたけど、気づいた方はどれだけいるのでしょうか
多分、私だったら気づかないですね

というわけで、本来の投稿日より1日遅れですが今回の話は番外編となっております
全話の後書きで予告しましたように、バレンタインとイシの村とデルカダール王国に焦点を当てた小話の寄せ集め(?)になります
肩肘は張らず、息抜きくらいの気持ちで見ていただければと思います


*今回の話では多少のネタバレ要素があります
この番外編は本編に直接関わる話ではないので、ネタバレは嫌だという方は読み飛ばしていただいても問題はないのでご安心ください





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜聖なるバレンタイン〜

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、レイブン。なにか面白い話しなさいよ」

 

 

 

 いつも通り赤色のローブに身を包み、頭の左右に1本ずつ三つ編みにした髪を垂らした特徴的な髪型の少女、ベロニカがそんな風に言ったのが事の始まりだった

 聖地ラムダの宿屋の一室で床に座って剣の手入れをしていたサラサラヘアの少年、世間では〈勇者〉と呼ばれる存在であるレイブンも突然の話題提供の要請には戸惑った表情を浮かべた

 

 

 

「お姉様……。急にそのようなことを言われましても。レイブン様も困ってしまいますわ」

「それ以前になんでお前らは宿屋に入り浸ってんだよ。折角故郷に帰ってきたんだ。自分の家にいなくて良いのか?」

 

 

 

 其処に助け舟を出したのは、ベロニカと隣り合うようにしてベッドに腰掛けていた金髪のロングヘアの少女だった。ベロニカと髪型以外は瓜二つな彼女の名前はセーニャ。この聖地ラムダで生まれた〈勇者〉を導く使命を受けた双子の姉妹である

 そんな姉妹にツッコミを入れたのは、ツンツンの青髪を気怠げに搔き上げる青年だ。何処となく呆れた口調でボソリと呟かれた言葉は、ぶっきら棒な物言いに反してベロニカたちを気遣った内容だった

 

 

 

「なによセーニャ、いつものことじゃない。カミュの言うこともわかるけど、家にいても暇なんだもの。それならアンタたちも暇なんじゃないかと思って来てあげたんだから感謝してくれても良いのよ?」

 

 

 

 双子の妹であるセーニャに対しては憮然と、青髪の青年、カミュにはうんざりとした様子で答えた後に、整った顔に悪戯っぽい笑みを添えてそう告げた

 普段通りのベロニカ節にお手上げとばかりにカミュは肩を竦めると、荷物を整理する手を止めて改めてベロニカたちに向き直った

 それを見て諦めたのか、レイブンも剣の手入れを止めて考え込むように顎に手を当てる。暫くして思い浮かんだらしく、3人に話し始めた

 

 

 

「ふーん。バレンタインねえ……。好きな人とか、親しい人にチョコレートを作って渡すだけで良いの?」

「ですが、少し手間を掛けて形などを整えればそれぞれ個性が出ますわ。確か家に在庫はあったはずですし、皆様と一緒に料理をすると思えば面白い催しなのかもしれませんよ」

「チョコか……。甘いのは苦手だが、自分が食べるためじゃなければ良いか……?」

 

 

 

 ──と、レイブンが前世で今のように寒い時期に行われる催し、バレンタインについて簡単に語ると、三者三様の反応が返ってきた

 バレンタインという催しの趣旨に思うところがあるのか、ベロニカは難しい表情で唸っている。そんな姉に少し違う視点から面白いそうだと勧めるセーニャは既にこの催しに乗り気のようだ。甘い食べ物が苦手だと言うカミュも渋ってはいたが、さっきベロニカが言ったように暇だったらしく参戦する方向に意識が向いていた

 

 

 

 というわけで、この日の予定が決まった一行はセーニャの提案で双子姉妹の家に移動した

 その際に、宿屋の隣室で日課の鍛錬として瞑想に励んでいた黒髪ロングの妙齢の女性、マルティナを連行するのも忘れない。宿屋の外でラムダの里の民に芸を披露していたらしいサーカス衣装に身を包んだシルビアという男性もついでとばかりに誘って、合計6人の大所帯で家に押し掛けた

 

 

 

「うん。こんなものかな」

「レイブン様! カミュ様! どうせなら皆様に配りに行きませんか? 折角の催しですもの……!」

「俺もそうするか。自分で言うのもなんだが、中々上手くできたと思うしな」

 

 

 

「レ、レイブン……! これ、ちょっと形は変だけど味は問題ないし、アンタにあげるわ!」

「ベロニカ……? そっか、ありがとう。早速食べても良いかな」

「なに言ってるのよ、当たり前でしょ! このベロニカ様がアンタのために作ってあげたんだから、ちゃんと大事に食べなさいよね……!?」

 

 

 

「────なに、これ……。炭……?」

「えっと、その……。このチョコあげるから、マルティナも元気出して。人には向き不向きとかあるし、そんなに落ち込まなくても…………」

「ふふっ……。いえ、レイブンありがとう。でも、大丈夫よ。必ず貴方の姉として恥ずかしくないチョコを作るわ。そうと決まればロウ様とグレイグを実験だ──味見係にして練習しないとダメね。レイブン、もし良ければ貴方も手伝ってくれないかしら?」

「えっ……………アッハイ、オテツダイシマス」

 

 

 

「このチョコの像、もしかしてシルビア……? あはは! 本人が持ってるとそっくりで面白すぎるわよ!」

「よくわかったわね、ベロニカちゃん! これこそ〈チョコレートスペシャル〜世界に笑いを〜〉のシルビアモデルよ! それじゃ、みんなにも見せてくるわね」

「あはは! ……はあ、笑ったわ。あっ、シルビア! あとでレイブンの奴も作ってくれない……?」

「ええ! 全員分作るつもりだったし、そのくらいお安い御用よ!」

 

 

 

 その後、卒なくチョコを作ったレイブンとセーニャとカミュがこの場にはいない他の仲間たちやラムダの里の民たちにプレゼントしに行ったり、少し変形しているがスライム(?)に似た形のチョコを照れながらもちゃっかりレイブンに渡すベロニカがいたり、盛大に焦がして炭になったチョコチップクッキー(の成れの果て)の前で呆然とするマルティナ、自分を模した精巧なチョコの像を製作したシルビアがそれを見せて笑いを取ったりと、バレンタインは大盛況に終わった

 ちなみに、その日は生粋の負けず嫌いを発揮したマルティナが夜遅くまでチョコ作りをするのに付き合わされた男性陣がいたとか、いないとか…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜イシの村のその後〜

 

 

 

 

 

 

 

 レイブンが旅立った翌日のイシの村は特別大きな変化が起きるなんてこともなく、村人たちはいつも通り穏やかに日常を過ごしていた

 だが、そんな中で常とは明らかに異なる行動をしている者が2人かいた

 

 

 

 1人はレイブンの母、ペルラである

 例えば、目撃証言によると彼女は突然誰もいない場所に向かって「今日の夕飯は昨日のシチューの残りだけど良いかい?」と話し掛けた後に愕然とした面持ちで硬直したり、つい1人分料理を多く作りすぎたからと言って近所にお裾分けしている姿が見られた

 加えて言えば、織物を片手に1時間くらいボーッと何事か考えている様子も目撃されており、愛する息子がいない影響は目に見てわかるほどに表れている

 

 

 

 もう1人はレイブンの幼馴染、エマだった

 彼女はペルラよりも反応が顕著であり、日頃はなんの問題もなくこなしている仕事の最中にもミスを頻発するだけでなく、なにをするにも集中できないのかデルカダール王国のある方向を物憂げに見ていることが多い

 祖父のダンなどが心配して声を掛けても大丈夫の一点張りで効果はなく。誰が見ても無理してるとわかる笑顔では更に心配を掛けるだけだった

 

 

 

「………………はあぁぁ………」

 

 

 

 今日もまた、仕事の休憩中に子供たちの面倒を見ていたエマはあらぬ方向を見つめながら大きな溜息を吐いていた。レイブンが旅立った日からまだ1日しか経っていないにも関わらず、そうして黄昏れる彼女の姿はヤケに憔悴しているように見える。実際のところ、昨日は枕を涙で濡らして満足に眠れていなかったのだ

 当然ながら子供たちもその様子を見ており、いつも明るく元気なエマの落ち込む姿に困惑した表情でコソコソと小声で話し合っていた

 

 

 

「エマ姉ちゃん、どうしたんだ……?」

「元気ないよねー? お腹空いたのかなー?」

「それはアンタでしょー!? エマお姉ちゃんはそんなことで一々落ち込んだりしないわよ!」

「まあまあ。お子様には難しいだろうから仕方ないよ」

「なんだとー!? お前らだって子供だろうが……!?」

 

 

 

 ──と、すぐに言い合いに発展したが、子供たちは器用にも小声で怒鳴りあっている

 こんなでもイシの村では数少ない子供同士なので仲が悪いわけではない。喧嘩するほど仲が良い、という言葉通りの関係だった

 楽しそうに喧嘩する一部を除いた子供たちは、少し呆れたような顔を彼らに向けた後、満場一致で放置することに決めたのかエマについての話を続ける

 

 

 

「エマお姉ちゃんが元気ないのって、やっぱりレイブンお兄ちゃんがいないからだよね………?」

 

 

 

 いきなり核心をついたのはマノロだった

 わちゃわちゃと騒ぐ一部を除いた子供たちに確認を取るように言うと、他の子供たちも異論はないのか何度も頷いて肯定を示す

 自分の予想が合っていたことに嬉しそうに表情を輝かせたマノロだったが、ある事実に気づくと一転して表情を暗くした。それはみんなも同じだった

 

 

 

「それだとエマお姉ちゃんはレイブンお兄ちゃんが帰ってくるまで、ずっと落ち込んだままなのかな……? 私はそんなの嫌だな………」

 

 

 

 1人がそう言うと、その場にいた全員が再び頷く

 いつも仕事の合間に相手をしてくれるエマのことが、村の子供たちは大好きなのだ。小さな集落であるためか、その想いは家族に対するものと大きな差はない

 そして、誰の影響によるものか総じて賢い彼らは自分たちだけではエマを元気づけられないという結論に至るまで時間は掛からなかった。そうなると、この問題を相談する候補はすぐに決まった

 

 

 

「それじゃあ、ペルラおばさんに相談するってことで大丈夫かな? なにか意見がある人はいる?」

 

 

 

 なんとなく場のまとめ役になっていたマノロが聞くと、今度はみんな頷いた後に一斉に首を横に振った

 レイブンのことで落ち込んでいるならば、彼を最も良く知るペルラに相談に乗ってもらおうと考えたのだ。尤も本来ならばレイブンが帰ってきてくれたら言うことはないのだが、それが難しいことは子供たちも朧げながらわかっている。今までレイブンが旅に出た時は、長い時には1年間も帰ってこないことがあったのだから、それも当然だった

 そうしてマノロたちは連れ立ってペルラの家に向かって行った。…………未だに喧嘩を続ける子供たちと、上の空になったエマを放置したままで

 

 

 

「だから、それはお前が………!? ──あれっ!? マノロたちがいなくなってるぞ!」

「………えっ? 嘘!? 置いてかれちゃったの!?」

「もう〜! だから喧嘩はやめてって言ったのにー! 僕だって怒るんだよ!」

「うぅ…。ごめんなさい。カーッとなっちゃってつい歯止めが効かなくて…………」

 

 

 

「…………………………………あれ? みんながいない……。何処に行っちゃったのかしら?」

 

 

 

 そんな遣り取りが残された者たちの間であったとか

 なにはともあれ、その後マノロたちから相談を受けたペルラが小1時間ほどエマと話し合い、結果的に彼女の元気を取り戻すことには成功した

 その代わりと言ってはなんだが、仕事の休憩の時間に花嫁修行と称してペルラから料理や裁縫などの遣り方を教えてもらうことになった。必然的に子供たちと遊ぶ時間が減ってしまうという事態になったりもしたが、取り敢えず元気になったからそれで良いか、と子供たちは花嫁修行に勤しむエマを生暖かい目で見守っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜脱獄後のデルカダール王国〜

 

 

 

 

 

 

 

 少し前に捕らえたばかりの囚人、即ち〈悪魔の子〉が脱獄したという知らせがデルカダール王とグレイグに届いたのは、レイブンたちが地下水路から崖下に飛び降りてからすぐのことだった

 場所は王座の間。今は報告に来た兵長からグレイグが脱獄までの経緯を詳しく聞いていたところだ

 

 

 

「なんだと……!? 囚人が崖下に飛び降りてから行方をくらませただと! 水路を巡回させていた兵士たちはなにをやっていたのだ……!?」

「ま、誠に申し訳ありません! まさか飛び降りるとは思わず、捕縛が遅れてしまいました。巡回を任せた部下たちは上手くすり抜けられてしまったらしく、一度取り囲むことには成功したのですが、運悪く水路の石橋が崩落してしまいそのまま取り逃がすことに…………」

 

 

 

 珍しく平静を欠いて怒鳴り立てるグレイグを前にして、報告に来た兵長はすっかり怯えてしまっていた。それでも報告はキチンとこなす辺り、流石はグレイグの部下だと言えるだろう

 とはいえ、やはり怖いものは怖い。伊達ではなく英雄と呼ばれるグレイグの覇気を真っ向から受けて無事であるはずがなく、答える声は震えていた

 常になく激した彼を止められる人物は多くないが、この場にデルカダール王がいたのは兵長にとって幸福だったと言える

 

 

 

「グレイグよ。今は囚人の逃亡を許した責を問うよりも先にやるべきことがあるのではないか……?」

 

 

 

 16年前の悲劇より険しさを増した鷲の如き眼を細め、僅かに苛立ちの様子でグレイグを見据える

 デルカダール王に窘められたことで漸く平静ではなかったことに気づいたグレイグは一息大きく深呼吸をして気を取り直すと、恐怖から直立して微動だにしない兵長に向き直った

 

 

 

「………はっ! 申し訳ありません、我を忘れておりました。これより迅速に囚人の捜索を始めます。…………崖から飛び降りても〈悪魔の子〉が生きているならば、まだそう遠くまでは逃げていないだろう。城下町に戻ってくる可能性もある。正門の出入りを規制、取り締まりを強化しろ。残った人員は3人1組で全て囚人が飛び降りたという崖下周辺の見回りに回せ。見つけ次第2人を監視と追跡に残して私のところまで報告に来るように周知しろ。その時は私が捕縛に向かう」

「グ、グレイグ将軍自らがですか……!? い、いえ、差し出がましい口を、申し訳ありませんでした。──復唱します。正門の出入りを規制、取り締まりを強化。残りの人員は3人1組で崖下周辺の捜索。見つけ次第2人を監視と追跡に残し、1人はグレイグ将軍の報告に参ります」

 

 

 

 正しく指示が伝わったことにグレイグは満足げに頷く。元より英雄たる彼の指揮する部隊は優れた者が集められており、厳しく訓練された精兵なのだ

 冷静になれば崖から飛び降りるという暴挙を予想することが難しいのは当然であり、それまでの過程はともかくとしてこの場合は相手が一枚上手だったと言わざるを得ないだろう

 実際のところ囚人を逃した責任はグレイグが負うものとなるのだが、それを甘んじて受け入れることを内心で覚悟する。こうしている間にも相手は動いているのだ

 

 

 

「よし、行け! 悠長にしていては〈悪魔の子〉がなにをしでかすかわからん。迅速な行動を心がけろ!」

「はっ!」

 

 

 

 グレイグの号令の下、兵長はデルカダール王に失礼がないよう気をつけながらも最大限急いで王座の間を後にした

 それから暫しの間、痛いほどの静寂が王座の間に流れるが、意を決した様子のグレイグが無駄のない素早い動きでデルカダール王に跪いた。頭を垂れて覚悟を秘めた力強い声で訴える

 

 

 

「僭越ながら、我が王よ。逃亡した〈勇者〉の捕縛をこのグレイグに任せては頂けないでしょうか。必ずや私が捕らえてみせます!」

「ふむ……。此度、あの〈勇者〉が脱獄した責はお主にあることを承知であるな? 牢番はホメロスの部下であるが、捕らえ損なったのはお主の部下じゃ」

「はっ! その件の処罰に致しましては如何様にも。しかし、どうか汚名を濯ぐ機会を頂きたく!」

「そこまで言うのならばお主に任せようではないか。今度こそ、必ずや〈悪魔の子〉を捕らえるのじゃ!」

「──はっ! 主命、拝命致します!」

 

 

 

 跪いた時と同じように無駄のない素早い動きで立ち上がると、右の拳を左胸に叩きつけるように当てて、格式張った礼拝の後に王座の間を去った

 王座の間の大扉の前で警護する兵以外には、デルカダール王ただ1人となったその場で、彼は何事か思案するように長く立派な白髭を撫で摩る。徐に玉座から立ち上がるとボソリと呟いた

 

 

 

「────存外、使えぬな」

 

 

 

 そう呟いた時のデルカダール王の瞳は妖しく赤色に輝いており、口端は醜く吊り上っていた

 しかし、その姿を見ていた者はただの1人もおらず、まるで幻のように常の様子に戻ったデルカダール王は軽い足取りで王座の間を後にしたのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これにて閑話①は終了となります
初めての番外編だったので上手く書けたか心配ですが、個人的には楽しく書けたと思いますね
読者から見ても面白いものになっていれば嬉しいです


今回の話ではバレンタインのみ、大きく時系列がズレています
具体的にはエンディング後の小話であり、現時点で私が思い描く終着点に近い状況を試験的に描写してみました
この先でも多少の変更点が発生するかと思いますが、明確にプロットから外れるようなことにはならないでしょう
また、今回の話で本編では登場していないキャラが複数人いたりして混乱させてしまっていたら申し訳ないです

イシの村のその後の話は誰か1人に焦点を当てたものではなく、強いて言えばエマを中心としたレイブンがいなくなった村の様子を描いてみました
原作ではなんだかんだ登場頻度が少ないエマの村での立ち位置などを勝手に想像した上で、マノロを筆頭に他の名前も考えてない子供たちと絡ませてみたというだけの本当に本編とは関係ない話です
自分で言うのもおかしな話だとは思いますが、特に深く考えずに流し見るくらいが丁度良いでしょう

デルカダール王国の話では全く伏せられてない伏線(?)らしきものを蒔いてみました
あからさまに黒幕ムーブをさせてますが、次に登場するのはずっと先になるのでその時には私もこんな話を書いたことも忘れてるかもしれませんね
伏せられてもいなくて、その上で回収もされないという憐れなことにはならないように気をつけます
あと、グレイグやデルカダール王の口調や言葉遣いに違和感があるかもしれませんが、自分的にはそれっぽく書いたつもりなので見逃してください

それでは、来週は頑張って火曜か水曜に投稿したいと思っていますが、どうしても無理そうであれば投稿間隔を2週間に1話のペースに落とすことも視野に入れています
しかし、そうなると比例して完結までの道のりが遠のくので、なるべく今のペースを保つことを目標にやっていきたいです

今週はもありがとうございました




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壱章 勇者と盗賊と赤い宝玉
不思議な夢と教会のシスターさん





なんとか書き終わった……!
疲れた、頭痛い、眠い………でも、達成感がかなりある
なので、今回は前書きも後書きもさらっとで!

では、最新章となる今回の話をどうぞお楽しみください





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イシの村より東に進むと、大滝があるという

 その滝は遥か遠く、今は亡きユグノア王国から長く伸びる河川に繋がっているとか。噂では〈命の大樹〉から流れ落ちる水だとも言われている

 普段は人の姿はなく、あるとしても魔物たちが冷たい水で喉を潤すために訪れる以外では、川魚くらいしかいない大滝の傍に、珍しく2つの人影があった

 

 

 

「へぇ、これがお前の言ってたイシの大滝か。中々立派なもんだな」

「……うん。何度かお爺ちゃんに連れてきてもらったことがあるから間違い無いと思うよ」

 

 

 

 ツンツンと跳ねた青髪の青年が腰に手を当て、ドドド……! と流れ落ちてくる滝を見上げて感嘆の声をあげる。盗賊として世界各地を旅した青年、カミュにしてみても目を見張る美しい光景だった

 滝が流れ落ちる音。川のせせらぎ。風に揺られた葉が擦れてざわざわと騒めき、虫や小鳥が囀る

 そっと目を瞑り、其れらの音を堪能していたサラサラヘアの少年、レイブンは名残惜しげに目を開いた。青空を写し取ったかのような瞳に僅かな郷愁を滲ませて、ポツリとカミュの言葉に答えた

 

 

 

「さて、本音を言えば少し休んで行きたいところだが、生憎時間がないからな。さっさとお前の用事って奴を済ませちまおうぜ」

 

 

 

 少しの間、2人は目の前に広がる長閑な風景を眺めていたが、一度大きく深呼吸して澄んだ空気を吸い込んだカミュが場を仕切り直すようにそう告げた

 レイブンとしても何時迄もこうしている訳にはいかないことは重々承知していたので、後ろ髪を引かれる気持ちを断ち切ると滝壺の側にある特徴的な形の三角岩に近づいて、徐にその下の土を掘り起こし始めたのだ

 突然の行動に、しかしカミュはなにを言うでもなくレイブンの背後に立って静観していた

 

 

 

 レイブンが土を掘り始めてから、そう時間が経たない内に1つの箱が姿を見せた。最低でも6年前に土の中に入れられたにしては腐っているような様子もなく、箱自体もそれなにり上等な品であることが2人にはわかった

 そっと穴の中から取り出して箱についた土を軽く払った後、恐る恐ると言った様子で蓋を開けると、箱の中には2枚の手紙があった

 不意に箱の中身が気になったのか、背後から覗き込んできたカミュが腕を組んで少し首を傾げた

 

 

 

「手紙か。1つはかなりボロボロだな」

 

 

 

 この2枚の手紙がレイブンにとって大事なものであると感じているのだろう。呟く声は真剣なものだった

 手紙の前で少し間を置いた後、レイブンは意を決して手紙に手を伸ばした。最初に手に取ったのはボロボロに擦り切れた手紙の方だ

 其処に書かれていた内容に、レイブンは驚きに目を見張り息を呑んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと、レイブンは不思議な空間にいた

 突然のことに戸惑いを隠せない様子で、キョロキョロと辺りを見渡すも暗闇が広がるばかりで自分以外には人間の気配は感じ取れない

 この空間に光はなく、闇に覆われているようだった。しかし、どういうわけか手を顔の前に持ち上げればその動きがハッキリと見える。自分の姿だけが闇の中にポツリと浮かび上がっているような感覚になる

 普通ではあり得ないことに巻き込まれている。そう考えるのが当然なのに、不思議と心は落ち着いていた

 

 

 

 異常なのは、この空間だけではない

 先程から此処に来るに至るまでの記憶を思い出そうとしても、レイブンはなにも思い出せなかった。自分や家族の名前、イシの村で育ったことは覚えているのに、旅立ちの前日以降の記憶がないのだ

 流石に前後の記憶がないのは焦りを生むが、なぜか不安な気持ちは湧き上がってこなかった。或いは、自分はまだ旅立っていないのかもしれないとも思ったが、それは違うと感じた

 

 

 

 底のない沼に思考が嵌った気がする。こうして考えていても答えは出ないと結論を出すまでに大して時間は掛からなかった

 取り敢えず考えるのは後にして、在るのかもわからない出口を探すために宛てもなく暗闇の中を歩き出した

 幸いと言っていいのか、周囲は暗くて見渡せなくても自分の足は普通に見えている。気をつけていれば突然足を取られて転ぶなんてことにはならないだろうと、その時は楽観的に考えていた

 

 

 

 どれだけ歩き続けていたのか。暗闇に覆われた世界では時間の感覚が狂い、正確なところはわからない

 1つわかったことがある。暫く歩き通したにも関わらず未だに行き止まりらしき場所が見当たらないのだ。今も踏みしめている足下の地面と言っていいのか微妙な足場には起伏がなく、どこまでも平坦だった

 仮説として、この空間は無限に広がっているか。或いは、確かに歩いている感覚はあったが、実際には最初の位置から移動していない可能性もある

 

 

 

 そうしている内にレイブンは此処が自分の夢が生み出した空間ではないかと考えた

 明晰夢というものがある。其れは、夢であるとハッキリ認識することができる夢だとか。細やかな原理はレイブンにもわからないが、仮に此れが夢であると考えれば幾つかは説明がつく

 どれだけ歩いても際限がないほどに広く、今更だが自分は服を着ておらず歩いた時に足音もならない。この空間にいても不安を感じないのは、自らの無意識が生み出した場所なのだからある意味当然だと言える。どうすれば目が覚めるのかわからない現状に焦りを覚えるのは不思議な話ではないだろう

 

 

 

 だが、例え夢だとしても記憶がないのは異常だ。そう考えると夢という仮説も違うのではないかと思えてきた

 答えが見つかったと思った矢先に思考は迷路に陥り、悶々としながらも足は止めずにいた

 ふと、思考に耽るあまりいつのまにか俯いていた顔をあげると目の前に“ナニカ”がいることに気づいた。形は人型のようだったが、周囲の暗闇に溶け込むようにその姿は判然としない

 

 

 

「……きろ。……イブ……!」

 

 

 

 互いに喋らず奇妙な沈黙が保たれていた中、何処からか聞こえた声がレイブンの耳朶を震わせた

 余りにも小さな声で、一瞬気のせいかとも考えるほどだったが確かに聞こえたのだ。しかし、それは目の前の謎の人物のものではなさそうだった

 だとすれば、一体誰の声だったのだろう。初めて聞いたはずなのに、ごく最近に聞いた声にも思える

 

 

 

「いつま……寝て…………だ……? ……やく起…………!」

 

 

 

 焦ったく思いながらも待っていると、再び誰かの声が聞こえる。今度はさっきよりも声がハッキリしており、ぶつ切りの言葉から推測するに、自分のことを起こそうとしているのだろうか

 謎の声も気になるところだが、先程から黙りを決め込んでいる謎の人物のことも気に掛かる。なんとなく悪い感じはせず、警戒心も湧き上がってこない

 

 

 

「お前は誰だ……? 此処のことを知っているなら、どうか教えてくれ。気がついたらこの空間にいて、出口も見当たらず困ってるんだよ」

 

 

 

 意を決して話しかけたが、特に反応は返ってこない。本心からの質問だったので困ってしまう。元々口数が少ない方であるため、初対面の人物の口を割らせるというのはかなり難易度の高い問題なのだ

 どうしたものかと途方にくれていると、不意に謎の人物が口を開こうとする気配を感じて、レイブンは慌てて居住まいを正した

 

 

 

『──ごめんね。僕のことはまだ話せない。それよりも…………ほら、君のことを呼んでるよ。何時迄もこんなところにいないで、早く行ってあげて』

 

 

 

 謎の人物から聞こえてきたのは、穏やかな少年の声だった。優しく語りかけられる言葉には落ち着いた響きが宿っており、其れは声から察することのできる年齢には似つかわしくなかった。なんとなく馴染み深い声に思えて、話せないとはどういう意味かと問いかけようとしたところで、急に足下が大きく揺れ動いた

 突然のことに思わず膝をついたレイブンが顔をあげた時には、もう目の前には誰もいなくなっていた。其れと同時に、空間が砂嵐のように揺らめいて崩れていく

 驚きすぎて声もなく空間の崩壊を眺めていたが、レイブンが立ち尽くしている足下まで崩壊が侵食してきた瞬間、プツリと糸が切れたように意識が消えそうになる

 

 

 

『……本当にごめん。せめてものお詫びとして、君の助けとなる情報を1つ教えるよ。────イシの大滝。其処にある三角岩の下の地面を掘って。きっと、君の窮地を救ってくれる物があるはずだから』

 

 

 

 そして、レイブンの意識が落ちる瞬間、何処からかそんな言葉が聞こえた気がした

 その声は一度だけ聞いた謎の人物のものだったが、先程のように穏やかで優しい声とは程遠い、なぜか狂おしいほどの苦悩や悲哀、後悔に包まれていた

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、起きろよレイブン!」

 

 

 

 その声と共に身体を譲られる感覚がして、レイブンの意識は急速に覚醒した

 瞼の奥から感じる光に安心しながら目を開くと、見覚えのない白い天井が目に入った。どうやらレイブンはベッドに横になっているらしかった

 少し視線をズラすと先程からレイブンに呼び掛けていたであろう青髪の青年、カミュの存在を認識した途端に鈍かった思考が常のように高速で回転し始めた

 

 

 

 こんな時にも関わらず、レイブンはよく眠っていたのだろう。気怠い身体を起こして記憶を整理する

 亡き祖父の言葉に従い〈勇者〉としての使命を果たすためにデルカダール城に赴いたレイブンは、其処でなぜか〈悪魔の子〉と呼ばれて投獄された。地下の最下層と謳われる牢獄に捕らえられて、しかし其処で出会った囚人の男、今はレイブンの横たわっていたベッドの側に置いた椅子に腰掛けているカミュの協力の果てに無事脱獄することに成功したのだ

 ──と、其処まで記憶を辿ったところで、自分たちが最後に崖下に飛び込んだことを思い出した。それについてカミュに尋ねる前に、彼はニヤリと笑って口を開いた

 

 

 

「よおっ! 漸くお目覚めか。此処はデルカダールの外れにある教会だ。お前、あれからずっと気を失ってたんだぜ」

 

 

 

 その言葉に、然程驚きはなかった

 なんと言ってもあの高さから飛び降りたのだ。むしろ五体満足であることの方があり得ないとさえ言える

 当然ながらそう思ったのはレイブンだけではなかったようで、カミュは何処か嬉しそうにあの時のことを語り始めた

 

 

 

「〈勇者〉の奇跡って奴を信じて崖から飛び降りたが…………どうやらその賭けには勝ったらしい。──ったく、なにが起きたかわからねえが、気づいた時には無傷で崖下の森の中さ。……大したもんだな〈勇者〉ってのは」

「──あはは。〈勇者〉の奇跡か……。もしかしたら、そうなのかもしれないね」

 

 

 

 最後の言葉は呆れたような調子であったが、カミュも無事にデルカダール兵たちから逃げ切ったことを喜んでいるようだった

 カミュの言う通り、確かに奇跡でも起きなければ崖から飛び降りて無傷なんてことは考えられないだろう

 しかし、喜んでばかりもいられない。今回はデルカダールから脱出に成功したが、まだ捜索圏内にいることには違いないのだから

 

 

 

「さて、これでお前も俺も仲良くお尋ね者って訳だ。のんびり休んでる訳にもいかないが…………まずは俺たちを助けてくれたシスターに礼を言っておくとするか」

「シスターさん……。うん、そうだね。そういうことなら、ちゃんとお礼をしないと」

 

 

 

 レイブンに意味ありげな笑みを向けたかと思えば、そんなことを言い始めた。茶化したような物言いだが、脱獄した2人が追われる身となったのは本当のことだ

 それはそれとして、助けてくれたシスターにはお礼をしなければならないとレイブンは何度も頷く。不意に人の優しさに触れて嬉しかったのだろうか。普段は表情の薄い顔には見てわかるほどの笑みが刻まれていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カミュに促されて部屋の扉を開けたレイブンは、小ぢんまりとした教会の中を見渡した

 すると、シスターはすぐに見つかった。青色を中心にして造られた修道服に身を包んだ後ろ姿に近づく。足音に気づいたのだろう。振り向いたシスター、腰の曲がった優しげな老婆はカミュの隣を歩くレイブンの姿を見て小さな目を見開いた

 それから皺の多い顔を更に皺くちゃにしながら穏やかに微笑んで、2人に向けて口を開いた

 

 

 

「あら、旅の方………お連れの方のお身体はよろしいのかしら?」

「ああ、もうバッチリさ。アンタのお陰で助かったぜ」

「…………シスターさん。僕たちを助けてくれたと聞きました。ありがとうございます」

 

 

 

 老婆はシスターらしく落ち着いた喋り方でレイブンの心配をしてくれた。まだ無理だと答えれば、教会の一室を貸してくれるつもりだったようだ

 とはいえ、2人は絶賛お尋ね者であると思われるので、城下町の近くで悠長に構えてはいられない。レイブンが此処に運び込まれてから丸1日寝たきりだったとのことで、今頃は兵士たちによる本格的な捜索が始まっているだろう

 

 

 

「良かった、それはなによりです。……ですが、お気をつけて。先程不穏な噂を耳にしました。なんでも凶暴な囚人たちが牢を脱走し、この辺りをうろついているそうです。一体どんな恐ろしい人物なのか…………」

 

 

 

 そう言って身震いする老婆のシスターを前にして、レイブンとカミュは居心地が悪そうに顔を見合わせた

 城下町の外れにあるというこの教会に噂が届いたとなれば、デルカダール王国はその脱獄した囚人とやらのことを積極的に捜索しているのだろう。凶暴な犯罪者が城下町周辺にうろついているとお触れを出す以上は、大々的に捜索のために兵を割かなければ市井への示しがつかない

 

 

 

 そして、2人を複雑な表情にさせた原因である老婆のシスターは凶暴な囚人とやらが存在することを信じて疑っていないようだった

 今の世に名を轟かせる賢王モーゼフ・デルカダール三世の言葉を疑う人間は皆無に等しい。それだけの実績のある人物であり、対するレイブンたちには自らが潔白だと証明するものがなにひとつないのだ

 複雑な感情が湧き上がってくることは仕方ないとして、今この場で正体を明かしても恩人を怯えさせるだけの結果になるだろう

 

 

 

「えと、そいつは大変だな。それで、その…………町の様子はどうなっているんだ?」

「町はなんとも物々しい雰囲気です。逃走中の2人の囚人を追って兵士の方々が懸命に探されています。それにあの大英雄グレイグ将軍が直々に指揮を取っているようで、発見の報告が届き次第出陣するおつもりだとか」

 

 

 

 不安げに俯く老婆の姿に2人の良心が軋む。恩人であるシスターが怯える原因の一端を担っていることが申し訳なかった

 とはいえ、2人に自首するつもりはない。レイブンは無実の罪で囚われていたし、カミュにも絶対に譲れない理由がある。自然とその場にいる全員が俯いてしまった

 その沈黙を取り違えたのか、老婆のシスターは先程までの沈鬱な雰囲気を取り払いレイブンたちに優しい声音で語り掛けた

 

 

 

「………あら、ごめんなさい。不安にさせてしまったわね。大丈夫、きっとすぐに囚人は捕まりますよ。それまではこの教会を宿と思ってお好きに使ってくださいな」

「ああ、そうだな………。すまないが、少し世話になるぜ」

「シスターさん。……いえ、ありがとうございます」

 

 

 

 老婆の提案に答えるカミュの声には、隠しきれない罪悪感が含まれていた。それはレイブンも同じで、なにかを言い掛けたが頭を振って礼を告げるだけに留めた

 心優しいシスターには、其れらは全て遠慮から来るものに映ったようで、皺くちゃな顔で微笑む姿に含むところは欠片もなかった

 その姿をこれ以上見ていられないとばかりに背を向けたカミュは、通り過ぎざまにレイブンの耳元で囁いた

 

 

 

「レイブン。外の風にでも当たりながら、これからのこと少し話さないか」

 

 

 

 突然ではあったが、その提案にはレイブンとしても否やはないので素直に頷いた

 それを見たカミュはさっさと教会から出て行ってしまう。急いでレイブンも後を追おうとしたが、一度振り返り老婆に深々とお辞儀をしてから、足早に教会を後にした

 外に出てすぐのところでカミュは待っていた。レイブンが近づいてくることに気づいてか、振り向くことなく話し掛けてきた

 

 

 

「イシの村………。生憎と聞いたこともないが、確かお前はあの時にその村の出身だと言っていたよな。あの渓谷地帯に村があるとは驚かされたが、不幸中の幸いかデルカダールも気づいてはいないようだぜ」

「そうだね……。王座の間に通された時に嫌な予感がしたから思いつきだったけど、あの説明で誤魔化せて良かったよ」

 

 

 

 デルカダール城の地下牢に囚われていた時、レイブンは捕まった経緯を話していたのだが、王座の間での虚偽の説明ではなく自らの出身についても話していた

 つまり、今のところレイブンがイシの村の出身であることはカミュ以外に知る由もなく、グレイグは宛てもなく探しているのだろう

 仮にイシの村の存在に気づいていたならば、先程の老婆のシスターが語った噂の中にあるはずだ。囚人を育てた村を放っておくのは外聞が良くないのだから

 

 

 

「まあな。それでも心配だろうが、今のところは問題ないはずだ。早まった真似はしてくれるなよ。グレイグに見つからずイシの村に行くには別の道を使うしかない………」

 

 

 

 わかってるだろうがな、と念押しするように告げるカミュの言葉に重々しく頷いた

 村が心配だからと急いで確認しに行くのは簡単かもしれないが、動き回ればそれだけ捜索に出ている兵士たちに見つかる可能性は高くなる

 この場合はカミュの言う通り人通りの少ない道を行くか、村を素通りするかの2択しかない。だが、当然ながらレイブンの心情としては、村の様子だけでも確認しておきたかった

 

 

 

「俺ならその道を知っている。なんだったら、案内してやってもいいぜ」

 

 

 

 それ故に、カミュの提案はレイブンにとって渡の船に違いなかった

 今すぐにでもお願いしたい気持ちを堪えて、レイブンは話の続きを促した。あの語り口はただの親切などではなく、なにか要求を通すための取り引きのものだ

 短い間とはいえ、生死を共にした相手でもあるためカミュの為人についてはなんとなくわかっていた。だが、やはり関係が薄いのは事実である。自分に利のある話であっても、悪事の手伝いを依頼されたとしたらレイブンは躊躇なく断るだろう

 

 

 

「話が早くて助かるぜ。それじゃ、お前の案内をする前に、先に俺の用事を済まさせてくれ。デルカダールの城下町に忘れ物があってな。そいつを取り戻しておきたいんだ。牢から連れ出してやったんだ。それくらいの頼み、聞いてくれても良いだろ?」

「……うん。そのくらいなら大丈夫。僕で良ければ力になるよ」

「よし、決まりだ! ………けど、このままじゃチョイと目立つな。待ってろ、適当なもん探してきてやる」

 

 

 

 カミュの頼みを快諾したところで、彼はレイブンの姿を上から下まで矯めつ眇めつ眺めた

 今のレイブンは鎧をつけていないため、祖父からの贈り物である紫色の渋い旅装束に身を包んでいる。少年という年頃にそぐわない服装は往々にして人の目を引いてしまう。確かにこのままでは駄目だろう

 もう一度教会の中に戻っていたカミュはすぐに戻ってくると、その手には深緑色の地味な布を持っていた。それは良く見るとフードのようだった

 

 

 

「ほら、此奴を着て顔を隠しな。兵士どもが待ち受ける城下町にそのままの格好じゃ戻れないだろ?」

 

 

 

 レイブンは言われるがままにフードを受け取る。単純な構造なのでその場で着替えたが、大した手間は掛からなかった

 レイブンの肩までを隠す程度の小さなフードであるため紫色の旅装束はそのままだが、地味な色合いのフードを被るだけで印象は大きく変わっていた。更にフードを深く被れば、それだけで破落戸のように見えるのだから服とは不思議なものである

 

 

 

「へっ、お尋ね者らしくなって箔がついたじゃねえか。それじゃ、北に向かって町に戻るぞ」

 

 

 

 レイブンの姿を見て軽口を叩いたカミュは、くつくつと笑って先に行こうとする

 数歩前に進んでから振り向いたカミュの顔にはもう不敵な笑顔は消えており、真剣な表情でレイブンを見つめていた

 

 

 

「どうやら預言によると、俺はお前を助ける運命にあるらしい。改めてよろしく頼むぜ! 勇者さま!」

 

 

 

 やはりというか、最後には戯けたような調子で軽口を叩くカミュに、これからの旅が楽しいものになりそうだと感じて、レイブンは小さく笑みを浮かべた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これにて最新章の1話の終了です
どうにも書く時間が取れずに遅くなってしまい、誠に申し訳ありませんでした
お陰様で私は休日にも関わらず既に疲労困憊になっています

今回は少し伏線を入れてみました
表現が下手でわからないというようなことになっていなければ良いのですが、そこら辺は正直自信がないのでなんとも言えないです
察しの良い人とかは気づいちゃいそうな気もしますけどね
どちらにしても、お好きに想像してくれたら私としても嬉しいです


活動報告欄でも言いましたが、見ていないという方のためにも後書きで言及しておきたいことがあります
以前から週1投稿が大変だ、なんだと言っていましたが、本格的に厳しくなってきたので次の話から2週間に1話の投稿に変更させていただきたいと思います
仕事などが忙しく時間が取れないという私事で申し訳ないのですが、毎週予告通りの日に投稿できない現状はモチベーションを崩しそうでした
大前提として完結させるのが目標であることを鑑みて、先のことを考えると今のうちに余裕のあるスタイルを確立した方が良いと感じました
そのためにも2週間も猶予があれば書き溜めなどを作りながら投稿できると思いますので、この作品を読んでくれている方にはどうかご了承いただければと思います
結局長文になってしまいましたが、報告は以上です

それでは今週もお読みいただきありがとうございました
次の投稿は3月5日か3月6日を予定していますので、それまでお待ちいただけると嬉しく思います




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下町と消えた宝玉




2週間振りの投稿です!
忙しくて書溜めはまだ作れていませんが、やはり以前の週1投稿よりも気持ちが楽になりました

それはそうと、2月24日くらいに日間ランキングに入っていたらしく、一気にUAやお気に入りが増えていて驚きました!
ランキングに入ったと気づいてからはソワソワしてしまい、暇ができる度に確認していたのですが、今思い出しても嬉しくなっちゃいますね!
私が見た限りでは日間66位くらいまで上昇して、累計UAは10000突破で、お気に入りも100人を超えるという爆発的な増え方にランキングに入るというのはこんなにも凄いのかと唖然としました

報告はこの辺りにして、最新話をどうぞお楽しみください!





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地をデルカダール城下町に定めたレイブンとカミュの2人は意気揚々と教会から飛び出した

 その道中で幾度となく魔物に襲われたが、牢獄からの脱出という経験を共有したためか。最初こそ戸惑うような素振りを見せていたもの、2度3度と繰り返し襲われるにつれて確固とした連携を作り出していった

 

 

 

「おい、レイブン!」

「わかってる! ──はぁっ! ……カミュ、後ろ!」

「うお…!? くっ……其処で寝てろっ!」

 

 

 

 今はカミュが前に出てリリパットという弓を持った魔物に攻撃を仕掛けている。そんな相方の背中を守るように戦っていたレイブンはももんじゃを斬り捨て、返す刃でマンドラを両断する。だが、興奮状態になって次々と襲い掛かってくる魔物相手では多勢に無勢であり、カミュへの攻撃を許してしまう

 カミュの背後からレイブンが斬ったももんじゃとは別の個体が体当たりしてきたが、直前に掛けられたレイブンの声に反応したお陰で軽傷で済んだ。そのまま反撃で《スリープダガー》をお見舞いして倒した

 

 

 

「ちっ、キリがねえな……!? こうなったらレイブン、一気に倒すぜ」

「そうした方が良さそうだね。それじゃ、行くよ! 僕に合わせて……!」

 

「──炎よ、集え──」

「──地よ、叩け──」

「「────《火炎陣》!!!」」

 

 

 

 途切れない魔物の群れに業を燃やしたカミュとレイブンは既に何度か試した連携技で、今目の前にいる魔物を一掃することを決める

 レイブンの《メラ》とカミュの《ジバリア》を組み合わせて、単体よりも遥かに高い威力を生み出すという連携技による攻撃は瞬く間に魔物たちに狙いを定め、2人の周囲を地雷原の如く爆発させた

 案の定というか、この辺りの魔物では万が一にも耐えられない攻撃を受けた魔物は1匹の例外もなく倒れた。《火炎陣》の効果範囲外だった魔物もいたが、それらは数も少なくあっという間に2人によって殲滅された

 

 

 

「ふぅ……。なんとかなったみたいだが、鈍ってるのか身体が思うように動かねえな」

「カミュ、大丈夫……? ──聖なる力よ、我が祈りを導にこの者を癒し給え──《ホイミ》!」

「おっ! ……助かったぜ、レイブン。しかし、弱い魔物でも数がこうも多いと厄介だな」

 

 

 

 先程の集団を殲滅したことで、今暫くは2人の周囲から魔物が姿を消した

 カミュは鈍ったと言うが、それも仕方がない。道中の会話で言っていたことだが、彼はデルカダールの国宝のような大層な代物を盗んだらしく、それから1年間も牢獄に囚われていたようだ。牢獄にいる間はあの穴を掘っていたので身体は動かしていたが、当然ながら魔物との戦闘は久し振りなので感覚が鈍ってしまっていた

 ちなみに、肝心の盗んだ物については頑なに教えてくれなかったのだが、その時にカミュはニヤリと得意げに笑って「デルカダールに置いてきた忘れ物の正体がそれだから楽しみにしてろ」と言っていた

 

 

 

 何度か魔物から攻撃を受けてしまっていたカミュの傷を《ホイミ》という魔法で治す。レイブンにお礼を言った後、辺りを見回したカミュはうんざりした調子で死亡した魔物たちが光の粒子に変わるところを眺めていた

 先程2人に魔物の群れが襲い掛かっていたが、昨今では珍しいと言うほどではない程度には遭遇する出来事だ。それもこれも10年以上も前からのことだが、ある時を境に魔物の動きが活発になり、現在では世界各地で魔物の被害が起きている

 

 

 

 昔は必要最低限の護衛しか連れずに彼方此方に移動していた旅商人は必要最大限の護衛を確保して安全を確保するのが当然となり、それが確立するに至るまで、多くの商人が魔物の犠牲となってしまったであろうことは想像に難くない

 この世界〈ロトゼタシア〉に於いて安全とされる場所は少なく、大きな町くらいのものだった。各地の村々では日々魔物の恐怖に苛まれている

 町の外に出てしまえば1分も経たずに魔物が襲ってくるほどなので、例えば〈薬草〉などを求めて外に出た市民が行方不明になると言う話は枚挙に暇がなかった

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 小休止を終えて移動を再開した後も魔物は襲ってきたが、先程のように大きな群れで一斉にということはなく順調に歩みを進めた

 何度か魔物と戦う内に、カミュも少しずつ戦闘勘を取り戻してきているようで見るからに動きが良くなっていた。幾つかの技も身体の動かし方を忘れてしまった影響で使い物にならないとのことで苦心していたが、この調子ならばそう遠くない内に以前の感覚を思い出せそうだ、と手応えを感じている様子だった

 

 

 

 教会のシスターから聞いた噂話によると、レイブンとカミュの2人は極悪犯として指名手配されているようなので正門を通って城下町に入るわけにはいかない

 更に言えば、カミュの目的の物は正門から入っても2度手間になるということで、別の入り口から城下町に入ると言っていた。具体的には、一般市民の居住区となる中層と貴族や金持ちが居を構える上層とは遮断された、破落戸や孤児など、訳ありの人たちが暮らしている下町に用があるようだ

 

 

 

 正門とは異なり、下町に繋がる通路には見張りの兵士が常駐していないようだった。お陰でレイブンたちは最低限の警戒を保ってはいるが、特に不安を感じる必要もなく堂々とした態度でデルカダールへと戻ってきた

 下町に入ると其処は雑然とした雰囲気の場所だった。元気に走り回っている子供たちの服は解れが目立ち上等とは言えない代物で、よれよれの服を着た男は満足に食事も取れないのか細い身体で目の下には隈が見て取れる。ゴミが其処らに撒き散らされており、ガラの悪い男たちが大きな声で騒いでいる

 

 

 

「上の城下町とは違う雰囲気で驚いたろ? 破落戸たちが暮らす掃き溜め……………此処もまたデルカダールの1つの顔さ」

「……そうみたいだね。同じ国の城下町で、上と下に分かれているだけなのに随分と違う」

 

 

 

 家を持たない人も大勢いるらしく、そういう人たちは襤褸切れで作られた天幕の中に敷かれた布の上で寝転がって眠るようだ。もちろんお金は取られるので、そのお金すらないならば地べたでということだろう

 その他にも木製の家の屋根上には木の板で乱雑に繋げられた足場があり、テントを張り休んでいる人の姿も見えた

 どうやら奥に行くほど立派な建物が多いようだった。全て木製だが、明らかに正しい建築知識を持つ人物が作ったと素人目でもわかる代物である

 

 

 

「……1年前、俺は相棒のデクと協力し古代からデルカダール王国に伝わる秘宝〈レッドオーブ〉を盗み出した。まぁ下手を打って捕まりはしたが、予めオーブは後から回収できるよう安全な場所に隠しておいたのさ」

 

 

 

 キョロキョロとレイブンが下町を眺めていたら、少し悩むような素振りの後にカミュが此処に置いてきたという忘れ物について語り出した

 レイブンの祖父テオは有名なトレジャーハンターだったので、旅の途中で暇潰しに話していたことを思い出す。遥か昔、それこそ年代もわからないくらい古代からデルカダール王国が守り続けてきたと言う“赤い宝玉”を〈レッドオーブ〉と言うのだと教えられていた

 そんな物を盗んだのであれば彼処に囚われていたことの辻褄は合うだろう

 

 

 

「真っ直ぐ進んだ先に城下町のゴミを集めたでっかいゴミ捨て場がある。その奥を掘り返してオーブを埋めたんだ。奴ら、自分たちが出したゴミの中に自分たちのお宝が隠されてるなんて夢にも思ってないだろうぜ」

 

 

 

 などと言って、カミュはニヤニヤ悪い顔で笑っていた。確かに友好的な手段ではあると、レイブンも呆れながらも頷いていた

 このような場所に慣れていないことがわかるのか、目的のゴミ捨て場に向けて歩いていると何度かレイブンに視線が集中していた。それをカミュが周りに睨みを効かせて牽制したお陰で絡んでくる相手もいなかった

 その後で、アレは品定めをしていたとカミュに教えられてなんでそんな簡単なことに思い当たらなかったのかと驚いた、というような一幕があったとか

 

 

 

「着いたぜ、此処だ。すぐにオーブを回収するからお前は邪魔が入らないよう見張っててくれ」

 

 

 

 其処は話に聞いていたよりも汚く、ゴミが散乱している光景は気分の良いものではなかった

 カミュもそんな様子に気づいたらしく、或いは長居するつもりがないだけかもしれないが、手早く探し物を終わらせると作業に取り掛かった。その間、レイブンは邪魔者が寄ってこないようにゴミ捨て場を漁るカミュの姿が見えないよう背中の陰に隠しながら見張りをしていた

 しかし、どうもカミュの様子がおかしい

 

 

 

「間違いない………。確か……この辺りに…………。………………………………………………。………………無い」

 

 

 

 最初は記憶を頼りに一箇所のみを掘り返していたのだが、探し物が見つからず手当たり次第にゴミを放り捨てながらオーブを探していた

 だが、後もう少しで底が見えるくらいに探しても見つからなかったらしく、呆然と黙り込んでしまった

 レイブンも途中から見張りのため最低限の警戒だけは続けたままにその姿を見ていたが、座り込んでいても仕方ないと思ったのか僅かに興奮した様子でカミュは立ち上がってブツブツと呟き始めた

 

 

 

「バカな! なんで無いんだ!? この場所を知ってるのは俺と、後は彼奴ぐらいしか…………。まさか…デクの野郎………オーブを持ち逃げしやがったのか!?」

 

 

 

 其処まで呟くと、カミュは顔を顰めた。そして、拳を強く握り締めた

 自分ともう1人しか場所を知らないとなれば、〈レッドオーブ〉が見当たらない理由なんてそう多くはないだろう。其れこそ、可能性は1つか2つに絞られるのだからその考えに至るのは不思議ではなかった

 相棒と言えども互いに盗賊だったと言うのだから、義理よりも利益に目が眩んだ可能性はあるかもしれない

 

 

 

「くそっ………デクの野郎! 見つけ出して、締め上げてやる!」

 

 

 

 もうカミュの中では決定事項のようで、裏切った相棒に怒りを燃やしている。信じていた相棒に裏切られたかもしれないということで、短絡的な思考になっているようにも見えた

 レイブンもなにが起きたのか理解できたが、特になにも言うつもりはないようだった。デクというカミュの相棒がどのような人物か知らないし、部外者に彼是と口出しされるのも良い気はしないだろうと考えた結果だ

 

 

 

「お前にも彼奴を探すの手伝ってもらうぜ。デクの足取りを追うんだ!」

「うん。なにか案はある?」

「ああ。この先に俺たちが昔ねぐらにしていた下宿がある。2階建ての建物だからすぐにわかるはずだ。まずは其処へ行くぞ」

 

 

 

 と言って、指差した先には2階建ての建物が見えた

 案内するために先導してくれるカミュは複雑そうな顔をしていた。レイブンが話を振ると、やはり彼としても相棒を疑うようなことはしたくないと零していた。しかし、状況証拠から疑わずにはいられないということだ

 その疑いを払拭するためにもデクの足取りを追う必要があるのだろう。だからこそ、カミュも“まずは”と前置きしていたのだった

 程なくして下宿に着くと、カミュは勝手知ったると言わんばかりに入っていくのでその後に続いた

 

 

 

「懐かしいな。全く変わってないぜ。此処は俺とデクが盗賊だった頃、随分と世話になっていた下宿なんだ」

 

 

 

 カミュと相棒のデクとやらがねぐらにしていたと言う下宿の中に入れば、外装と比べて内装の方がしっかりとした造りだった。恐らく下町でも3本指に入るくらいに良質な宿であろうことがわかる

 1年振りということもあってか、カミュも懐かしそうに下宿の中を見回しているのが印象的だった。先程まで昂ぶっていた気も僅かに落ち着いたのか、穏やかに笑って秘密基地を自慢する子供のようにそう告げた

 

 

 

「おい女将っ! 女将はいないか? 俺だっ、カミュだ! 聞きたいことがある!」

 

 

 

 そうやって下宿の中に叫ぶが、少し待っても反応がなくシンとしていた。どうやらお目当の人物はこの場を離れているようだった

 2人もそのことに気づいたらしく、一瞬顔を合わせた後にカミュが気まずそうに目を逸らして頭を乱雑にガシガシと掻いた。そして、どこか落ち込んでいるように見えるのは、彼にとって1年振りの再会なのに機を外したことで少しきまりが悪いのかもしれない

 

 

 

「女将は留守か………。弱ったな。あの人ならデクの居場所がわかると思ったんだが。まあ焦ったところで仕方がないか。まずは女将を探し出してデクの居場所を聞き出そう」

「それは良いけどね。探すのはどうやって……?」

「レイブンは町の東側にある火の見櫓から女将を探してくれ」

「わかった。火の見櫓だね」

「女将は見ればすぐにわかるぜ。この辺りじゃただ1人の赤髪だからな! 俺は別の場所を探すとするぜ」

 

 

 

 というわけで、2人は手分けして下宿の女将を探すためにその場を後にした

 レイブンとは反対方向に行ったカミュを尻目に、火の見櫓へと向かう。体調でも崩したのか咳き込む女性、保護者らしき姿もなく犬と2人きりでなにやらしている少女などに目を遣りながら、レイブンは態度の大きそうな門兵に眉根を顰めながら櫓を登っていく。その姿も見ていたはずなのに、兵士は我関さずという様子だった

 

 

 

 火の見櫓の上から女将とやらを探していると、やはりというか矢鱈と偉そうな門兵の姿が目についた

 例えば、腰の悪いお婆さんがのそのそと近づいていくと、人相の悪い顔つきで上から睨みつけた後に、その姿を確認してから犬を追い払うような仕草で追い立てるような場面があった。その後に仕立ての良い服を着た中年の男が近づいてくると、またもや横柄な態度で見下ろして心付けを要求しているようだった

 破落戸が集まると聞いていたが、まさか国の兵士までもがあのような者だとは思わず、世間知らずではないつもりのレイブンでも驚かずにはいられなかった。整然と指示に従う王城の兵士を事前に見ていたから、尚のことである

 

 

 

 その後もついつい探す合間に見ていれば、綺麗な踊り子が目の前を通り掛かると胸を不可視の矢で撃ち抜かれたような仕草を見せて、彼女の後をフラフラとついて行こうとする

 職務放棄までするのかとなぜかレイブンが憤っていると、踊り子に見惚れて気づいていなかったのか、少女と一緒にいた犬がジッと見つめていた。ジリジリと迫る犬に後退りする門兵。数瞬の硬直の後に威勢良く犬が吠えて、大人の男である門兵は生娘のようにひゃあっ! と情けない声を上げて逃げ回り始めた

 

 

 

 小気味いい光景を眺めてレイブンも思わずといった様子で笑っていると、期せずして見張りのいなくなった門から1人の女性が現れた

 恰幅の良い赤髪が特徴的な女性を見て、本来の目的を思い出したレイブンはあの人が女将だろうと確信した。下町の住民にしては仕立ての良い服に堂々とした態度、と何処かの誰かに似た雰囲気もあって、確かにカミュの言う通り一目見ればすぐにわかる人物だった

 

 

 

「………全く、女将は何処に行ったんだ。お前の方はどうだった」

 

 

 

 レイブンが櫓を降りた時に、ちょうど良くカミュが駆け寄ってきた

 下町を駆け回って探したのか、どうにも少し草臥れたような様子だった。女将とは行き違ってしまったらしく此処に来るまでには会えなかったようだ

 其処の門から恰幅の良い赤髪の女性が下町に入ってきたことをレイブンが話すと、その人で間違いないとカミュは頷いた

 

 

 

「おお! ふくよかな赤髪のおばちゃんが下宿の方に向かったんだな。なら話は早い。早速、女将に会いに行くぞ」

 

 

 

 その言葉に頷き、2人はもう一度下宿へと戻った

 下宿の中に入ると、先程レイブンが見た恰幅の良い赤髪の女性がいた。棚の整理をしているらしく、まだ此方には気づいていないようだった

 カミュは何処か嬉しそうにしながらも、それを隠すように表情を取り繕い、照れ隠しか手を腰に当てたままという横柄にも見える態度で女将を呼んだ

 

 

 

「よお、久し振りだな女将」

「いらっしゃいましー。今日はお泊りかし………。……あ、あんた、まさかカミュちゃんかい!? 城の連中に捕まってたんじゃないのかい!? ひょっとして城下町を騒がせてる脱獄囚ってのは……………」

 

 

 

 其処で言葉を止めたのは、カミュの表情からなにかしら察したからだろう。或いは、破落戸が蔓延る下町で生きていくのにはそういった察しの良さは必須だったのかもしれない

 俯いた顔を上げた女将は呆れたように笑っていたが、その表情が哀れんでいるようにも、寂しそうにしているようにも見えたのは気の所為ではないだろう

 

 

 

「……どうやら訳ありみたいだね。やれやれ、相変わらず危なっかしい子だよ」

「そう言うなよ。アンタに迷惑は掛けないさ。………デクの野郎を探してるんだ。何処にいるか知らないか?」

「おやまぁ、懐かしい名前だこと。けど、最近この辺りじゃ見掛けないね。なんでも城下町のお城の近くで店を始めて随分と忙しくしてるらしいよ。羽振りが良くて結構なことさ」

 

 

 

 デクについて女将に聞けば、なにか知っているようだった。カミュの相棒ということで隠す必要も感じていないらしく、知っている情報を教えてくれた

 城下町のお城の近く、つまり貴族やお金持ちが居を構える場所に店を出しているのだとか。商売は上手くいっているようで、下町で暮らしている女将の耳にも噂が届いてくるほどのようだ

 しかし、カミュはそれを聞いてもなにやら納得がいかないのか驚いた表情だった

 

 

 

「おいおい、店を始めるったって彼奴そんな金持ってなかっただろ…………。しかも、城の近くと言えば1等地じゃねえか。いや、待てよ……。まさかオーブを………?」

「おっと、他人の事情には首を突っ込まないのがこの町のルールだ。これ以上知りたければ自分で聞いてみるんだね」

 

 

 

 店を開くほどの金が無いはずのデクが、よりにもよって城の近くに店を構えている。自分の頭を整理するためなのか、独り言を呟いていたカミュはハッとなにかに気がついて顔を上げた

 2人が此処に来た理由、カミュとデクが盗み出した〈レッドオーブ〉の行方がわからず仕舞いだった。隠し場所を知っているのは盗み出した2人だけで、金の無いはずのデクは妙に羽振りが良いと聞いた

 

 

 

 そうした結論に行き着くのは至極当然というものだったが、女将が思考を遮るように声を上げた

 どうやら下町のルールとして、他人の事情を詮索するのは御法度のようだった。それでも首を突っ込むなら直接動けば良いということだ

 そうして女将に諌められたことで、カミュも幾分か頭が冷えたらしい

 

 

 

「………そうだな。礼を言うぜ、女将。行こうぜ、レイブン」

 

 

 

 多少頭が冷えても、思い当たった事実に変わりはない。カミュはぶっきら棒に女将へと礼を告げると、レイブンを促してさっさと下宿の外に出て行く

 レイブンもその後をついて行くと、勢い良く振り返ったカミュが拳を握り締めて胸の内に溢れる言葉を吐き出した。その表情は怒りだとか、悲しみだとか様々な感情が伺える複雑なものだった

 

 

 

「デクが城下町で店をやってるだと? あの野郎、俺とオーブを売りやがったんだ! 締め上げてオーブの行方を吐かせてやる!」

 

 

 

 一通り気炎を吐くと落ち着いてきたらしく、どうやってデクのいる場所まで行くのかを考え始めた

 難しい顔で腕を組んで、先程は犬に追い立てられていた門番の兵士の立つ場所を睨むように見据える。女将も彼処から下町へと入って来たのだ

 カミュは門の先が何処に繋がっているか知っているらしく、仏頂面のままレイブンに説明する

 

 

 

「城下町はあの門を越えた先だ。邪魔な門番には金を握らせるか…………。だが、旅立ちの前に余計な出費は避けたいな。そう言えばあの門番、犬に弱いんだっけか。なら誰かに犬を借りて突破しようぜ。目指すは城下町………城の近くのデクの店だ!」

 

 

 

 そうして2人の次の行き先が決まった

 恐らく〈レッドオーブ〉の行方を知っているであろうカミュの相棒、デクは城の近くに店を構えている。そのためにはレイブンが気にしていたガラの悪い門番の兵士を突破しないといけない

 犬に怯えていたという情報を元に、2人はすぐに行動を開始した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これにて壱章の2話は終わりです
執筆する日が違ったりするので、文章が安定していなくて違和感があるかもしれませんが気にしないでいただけると嬉しいです

今回は最初の方でチョロっと戦闘シーンを入れてみましたが、道中の戦闘は魔物もまだ弱いのであのような形になりました
原作でカミュの加入当初はレベルが低いのは牢獄に閉じ込められていた所為で身体が鈍っていたのだろうと私は解釈して…………というか、そうでもないとデルカダールに来るまでどうしてたんだという話ですよ
私の作品の中ではレベルという概念がないですし、普通に考えて1年間も真面に運動していなければそれ以前と同じように動ける訳がないし、辻褄を合わせるならこんなところかと思います
ちなみに、レイブンが1人で敵を一掃しないのはカミュに戦闘を全て任せて頼るのは嫌だからと言われて、合わせているからです
そうでなければデルカダール周辺の魔物なんて《イオ》で一発ですからね


ところで、前回から投稿間隔を変えましたが、私としては週2で1話投稿がやり易かったので今後もこの形でいかせてもらいたいと思います
ただ、今回は3月5日か3月6日のどちらかに投稿すると言っていましたが、ややこしいので次からは2週間後の水曜日、と決めた方が良いですよね
変更ばかりですが、どうかよろしくお願いします

というわけで、次の投稿は3月20日になります!
遅筆ながら頑張って書くので、楽しみにお待ちいただければ嬉しいです
それでは、また2週間後にお会いしましょう!




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商人デクと宝玉の行方




2週間ぶりの投稿です
文章が安定しておらず読み難いかもしれませんがお許し下さい!

それでは、どうぞ





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1年前に盗み出されたデルカダールの秘宝〈レッドオーブ〉は、犯人のカミュの奇策によって今もまだ下町のゴミ捨て場に隠されている筈だった。しかし、意気揚々と回収に来たにも関わらず肝心のオーブは行方知らずになっていた

 隠し場所を知っていたのはカミュとその相棒デクのみであり、彼らが当時ねぐらにしていた下宿の女将から“最近は随分と羽振りが良い”と聞いたことにより、疑いは確信に変わる。かくして、レイブンとカミュの2人は城近くの貴族やお金持ちが住む場所に店を構えるというデクに会いに行くため作戦を練っていた

 

 

 

 下町から城下町に行くことはそう難しくはない。門番に幾らか心付けを渡せば済む問題だからだ

 だが、その案はカミュが却下した。世界各地を旅して来たレイブンの資金力はそれなりのものであり、盗賊として身軽でいることを心掛けていたカミュにしても金に困るほど要領は悪くなかった。下町暮らしだったのは単純に城下町よりも慣れ親しんだ空気を求めていたからに過ぎない

 それらを鑑みれば、あの門番に渡す金など大金というほどでもないのだから神経質になり過ぎと言うのは簡単だが、現時点で2人は大国から指名手配されている脱獄囚なので余計な出費は控えたほうが良いとのことだ

 

 

 

 事前にレイブンから門番の弱点を聞いていたことも、心付けの却下に踏み切る要因となっただろう

 というのも、カミュに頼まれて火の見櫓の上から女将を探していたレイブンは位置の関係から必然的に門番の所業を目の当たりにすることになる。国に仕える者として相応しくない行の数々に眉根をしかめる羽目となったが、その時に偶然にも門番の弱点が露見した

 どうやら門番は犬が苦手のようで、通り掛かった踊り子に見惚れて職務を放棄して千鳥足で後を追うのも束の間、行き先を遮るように立ち塞がった犬がに怯えて這々の体で逃げ出したのだ

 

 

 

 そんな話を女将発見の報告ついでに聞いていたことを思い出して、上手くすれば心付けを渡すより遥かに楽に通れると算段をつけた

 件の犬の居場所に心当たりがあるというレイブンの先導で歩くこと数分、下宿と火の見櫓の中間くらいの位置に幼い少女と犬の組み合わせを発見した。2桁にも満たない年齢の少女に仲睦まじく寄り添う犬は見間違いでなければ、楽しそうに門番を追いかけ回していた犬だろう

 親しげに犬に話し掛ける少女の姿に2人は複雑な心境を胸に抱き、咄嗟に掛ける声を失った

 

 

 

「…………なに見てんのよ。ふんっ。用がないならさっさと消えてくれない?」

 

 

 

 話し掛けもせずに2人が見詰めていたからだろう。少女は不快そうに鼻を鳴らして、ぶっきら棒に言い捨てた

 慌ててレイブンが事情を説明する。と言っても、まさか〈レッドオーブ〉について話す訳にもいかないので、ただ犬を貸して欲しいと言っただけである

 まあ、不審な男の2人組が近づいてきたと思えばなにも言わずに見詰めて、その後に笑顔で近づいていく。仮に門番の兵士が真面な人格の持ち主だったとすれば、即座にお縄につくことになっていたはずと考えれば果たして運が良いのか悪いのか

 

 

 

「はぁ? うちの犬を貸して欲しい? ふん……。冗談も休み休み言ってよ。この子はアタイと同じ………生まれついての一匹狼なの。誰にも懐きはしないのよ」

 

 

 

 少女はそう言って、レイブンの頼みを突っぱねた

 2人はどうしたものかと考える。犬を借りられなければ、あの作戦は無理だ。まさか少女から犬を奪うなんてことはしたくないし、レイブンは勿論のこと根が善良なカミュの2人に思いつくはずもない

 しかし、其処で少女はハッとなにか考えついたらしく、少し悩むそぶりを見せながらもレイブンにあることを提案した

 

 

 

「あっ、でも………そうね。レッドベリーと聖水をくれたら考えてあげても良いけど……………」

「その2つなら持ってるよ。ほら、どうぞ。コレで間違ってないよね」

「…………本当にくれるの? ……後で返して、って言っても遅いんだからね! 絶対に返さないわよ!」

 

 

 

 レイブンがレッドベリーと聖水を差し出すと、その場で渡されるとは思ってなかったのか少女は思わずと言った様子で子供らしい表情で呆けた

 それからサッと奪い取るようにしてレイブンの手から受け取って憎まれ口を叩くが、その顔は隠しようもなく嬉しそうだ。微笑ましい光景に2人は顔を見合わせて笑い、心なしかホッとしたようにも見える

 そんな2人を尻目に、少女は笑顔でドラコという名前の犬とレッドベリーを半分こにして食べる約束をしている。残念ながらレイブンたちの方に振り向いた時には元の仏頂面に戻っていたが

 

 

 

「お喜びのところ悪いが、嬢ちゃん。渡す物は渡したんだ。約束通り少しだけその犬を貸してくれ」

「ふん………。仕方ないわね。ドラコ。このお兄ちゃんたちと遊んで来なさい」

 

 

 

 茶々を入れながら催促したカミュを煩わしそうに少女が睨みつける。機嫌を損ねてしまったようだ

 レイブンの窘めるような視線を受けて、肩を竦めたカミュは1歩下がって後を譲る。それでも少女は不愉快そうにカミュを暫く睨んでいたが、約束は守るつもりなのだろう。鼻息荒く視線を切ると、ドラコを2人に貸してくれた

 ──と、其処で話は終わりのはずだったが、なにを思ったかレイブンは腰の袋から更にレッドベリーを3つ取り出して少女に渡した

 

 

 

「………どういうつもり? レッドベリーなら、さっきもらったわ」

「そうだね。だから、これはただのお礼。それに以前たくさん拾ってしまって有り余ってるんだ。腐ってしまっても勿体ないし、遠慮しないで受け取って」

「………………………ふんっ。アタイは感謝なんてしないわよ! 捨てるのが勿体ないからもらうだけだもの!」

 

 

 

 相変わらずの憎まれ口と共に少女は顔を背けるが、良く見ると僅かに耳が赤く染まっていた

 その様子を見ていたカミュは、いとも容易く少女の機嫌を取り戻したレイブンを賞賛するように肩を叩いて声に出さず労う。イシの村で子供の相手をしていただけあり、まさに神対応と言うべきだろう

 2人は少女に礼を言って、その場を後にした

 

 

 

 新たにドラコを連れた一行は、当初の予定通りに上層へと向かうため門番に話し掛けた

 近づいてくる2人には気づいていたので、あの時レイブンが火の見櫓から見ていたように顎を上向けて見下してくる。その所為か、横柄な門番は背後にいる犬の存在には気づかない

 この時のカミュはニヤニヤと悪どい顔で門番を嘲笑っていたので、其方に気を取られた可能性も否めないが

 

 

 

「止まれ! ここから先はデルカダール王国の民が住まう町! 怪しい者を通す訳にはいかん!」

 

 

 

 言葉通りに受け取るならば言っていることは尤もだが、門番の態度が彼の正当性を否定しているのがなんとも言えない

 2人は特に言い返すでもなく、ただ左右に1歩動いた。まるで“ナニカ”に道を譲るような動作だった

 そして、レイブンたちの背後から現れたるは1匹の犬。この後に待ち受ける“遊び”に期待を高めているのが誰にでもわかるほど、ドラコは激しく尻尾を振って興奮を露わにしていた

 

 

 

「ひっ…!? や、やめろ! こっちに来るなっ!」

「…………わん! わんわんわんっ!!」

「う、うわああああぁぁぁ────っ!!?」

 

 

 

 門番はドラコに激しく吠えたてられて、一目散にその場から逃げ出していった。勿論、遊びだと勘違いしているドラコもその後を追いかけていく

 目論見通り門番を排除した2人は意気揚々と上層へと向かう。カミュは門番の反応が大変お気に召したらしく、とても愉快そうに肩を揺らして笑っていた

 そんなこんなで、第一の関門を突破したのであった

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 上層に辿り着いた2人は、ふと空が赤らんできたことに気がつく。急がなければ程なく日が暮れてしまうことだろう

 だが、急ぐにしてもデクの店は城下町よりも警備の厳しい貴族などの居住区にもなっている。レイブンとカミュはお尋ね者なので、慎重に行動しなければならない

 互いに状況を理解していることを視線だけで確認し合って、静かに行動を開始した

 

 

 

 暫くの後、情報収集を終えた2人は有力な情報を手に入れた。とある家の屋根を伝って貴族の居住区に行くことができるそうだ

 その情報を元に辿り着いた家の裏手にいた男に確認を取ると、どうやら情報は確かだったらしい。梯子伝いに屋根の上に登ると、1本の縄が隣の建物に繋がっていた

 危なげなく縄の上を渡りきると、今度は建物から貴族の居住区へとまた縄が繋がれている。まだ日は暮れていないので足を踏み外すこともなく、無事に縄を渡り目的の場所に到達した

 

 

 

 デクの店については城下町で情報収集をした際に当たりをつけているので迷うことなく発見した

 噂で聞いた通りに繁盛しているようで、貴族の居住区にありながらデクの店は見劣りしない。店前は綺麗に掃除されており、成金のように趣味の悪いゴテゴテ感はなく瀟洒な印象がある

 とはいえ、立派な扉を前にした2人は特にひるむ様子はなく、カミュを先頭にして入店した

 

 

 

 扉を開けるとまずはレッドカーペットが目に付いた。少し派手な印象で店内はまた外観とは趣が異なっているようにも見えるが、其処彼処に配置されている物にはやはりセンスを感じさせる

 レッドカーペットの先には身形の良い小太りの男がおり、その姿を確認してカミュが歩調を早めた。小太りの男は商品を整理しているのか背を向けてガサゴソと者をいじる音だけが聞こえる。どうやら2人の入店に気づいていないようだ

 カミュは男のすぐ背後で立ち止まるがまだ振り向かない。そして態とらしく店内を見回して感嘆の声をあげた

 

 

 

「へぇ……。なかなかイイ店じゃないか」

「いらっしゃい! うちで扱ってる品はどれも全部一流の品物よー」

 

 

 

 その声に反応してか。いつのまにか背後に人がいることに驚く様子もなかったことから、或いは2人の入店そのものには気づいていたのかもしれない。まあ扉を開けた際に呼び鈴が鳴っているのだから、気づいていない方が問題なのだが

 小太りの男は品物を整理する手を止めて、如何にも商人らしい売り文句と共に立ち上がる。そして振り返り…………カミュの姿を見て驚き仰け反った

 小太りの男、デクの反応を見たカミュは険しい顔で睨みつけて核心に触れる言葉を投げかける

 

 

 

「じゃあ、一流の宝石…………例えばオーブなんかも扱ってるのか?」

「………ア、アニキ!?」

「久し振りだなぁ……デク!」

 

 

 

 実際にかつての相棒の姿を見たことで感情を抑えきれなくなったのか。カミュは挨拶も其処其処に拳を大きく振りかぶってデクに殴りかかった

 レイブンは特に口出しもせずに見守っていたが、此処でまさかの事態が起こる。今にも殴り飛ばされそうになったデクはなんと、華麗に拳を躱してカミュの腹部目掛けて突進したのだ。更には頭を抉り込むようにして腹部に擦り付ける

 

 

 

「アニキー! カミュのアニキ! お化けじゃない! 本物のアニキだー! 無事で良かった、ずっと心配してたんだよー!」

「お、おい引っ付くな! 離れろ、むさ苦しい!」

 

 

 

 ぶん殴ろうとしたデクの思わぬ反応にたじろぐカミュ。犬かなにかにも見える熱い歓迎は見ているだけのレイブンも暑苦しさを感じるほどだ。カミュもこれには参ったようで、突き飛ばすようにしてデクを引き離した

 一方、突き飛ばされたデクはというと、彼はカミュの対応に困惑しているように見えた。以前は先程のような遣り取りも珍しくなかったのかもしれない

 それはそれとして、気を取り直したカミュは依然として険しい顔つきでデクを睨んでいる

 

 

 

「ったく、調子のイイこと言いやがって。この店だって俺を裏切ってオーブを売った金で始めたんじゃないのか?」

「裏切るわけないよー! アニキのことは1日だって忘れたことなかったよー! 店もアニキを助けるために始めたんだから!」

「はぁ、俺を助けるため? なんだそりゃ。大体、元盗賊が遣ってるにしては随分立派な店じゃないか」

「ワタシ、盗みの才能はイマイチだったけど、商売の才能はあったみたいよー」

 

 

 

 デクは裏切ってないと言うが、頭に血が上っているカミュは信じようとはしない

 それに元盗賊と言うことを鑑みれば、明らかにこの店は豪華に過ぎる。初めからある程度の金を所持していなければ、城の近くという立地に店を構えることは難しいだろう。その金は何処から出てきたのか。まさか地面から湧き出してくるはずもないので、カミュの疑念は当然というものだった

 だが、カミュの纏う険悪な空気に気づいているのかいないのか。照れ臭そうに後頭部を掻いたデクの呑気な言葉に、毒気を抜かれたのかカミュも一応は話だけでも聞こうという姿勢を取る

 

 

 

「アニキが捕まってなんとか命だけでも助けようと色々考えたのよー。放っといたらどんな酷いことされるか…………。だからワタシ、オーブを拾ったと嘘ついて王様にオーブを返したのよ。それでもらった賞金で商売始めたのよー。商売で稼いだ金は城の兵士にバラ撒いて、アニキが早く出て来られるよう裏から手を回したって訳!」

 

 

 

 デクの話は2人にとって、特に彼の相棒であったカミュには衝撃的なものだった。まして裏切られていたと思っていたのだから、本来ならば容易には信じられるものではない

 その瞬間、カミュはずっと頭の隅に引っ掛かっていたことを思い出す。牢獄に囚われてから1年間、毎日のように穴を掘って脱出経路を確保していた彼はその姿を見咎められることはなかった。穴を掘り始めた頃ならばいざ知らず、掘り進めれば掘り進めるほど穴の中に潜っている時間は長くなるし、即ちそれだけバレる可能性は高くなるのは至極当然というものだろう

 しかし、結果として脱出できた以上は深く考えることはやめていたが、こうしてデクの話を聞いて思い当たる節が有るのは間違いなかった

 

 

 

「………………牢の床にデカイ穴を開けても見つからなかったのはその所為か? 妙に監視が緩くて気になっちゃいたが」

「でしょでしょー! きっとワタシの渡した賄賂が牢の兵士たちにも効いてたんだよー!」

 

 

 

 独り言を呟き考え耽るカミュに対して、邪気の欠片もない声が掛けられる

 自慢するような言葉と共に向けられたデクの笑顔は子供が親に自慢する時のような、或いは犬が褒めて褒めて! と尻尾を振っている時のような無邪気な様子である。僅かでもカミュの役に立っていたかもしれないことがそんなにも嬉しいのか、含むところなんて一切見当たらないような見事な満面の笑みを浮かべている

 そんな姿にカミュは決まりが悪そうに背を向けて後頭部を掻きむしったが、すぐに勘違いを受けて入れてデクに振り向いた時には表情を緩めていた

 

 

 

「………はぁ。わかったよ。疑って悪かった。礼を言うぜ、相棒」

「アニキー! わかってくれて嬉しいよ!」

 

 

 

 カミュは人に謝るにしても、礼を言うにしても的確とは言えない態度だったが、当事者のデクに思うところはないようである。むしろ誤解がなくなって嬉しそうに喜んでいるくらいだ

 とはいえ、誤解はなくなったのは良いが、結果的にカミュの目的は達成できなかった。〈レッドオーブ〉は彼の知らない内に国へと返還されてしまったので、完全に行方知れずとなってしまったのだから。加えて、一度盗まれている以上、更に厳重に保管されているに違いない

 

 

 

「けどな……これでオーブは行方知れずか………」

「フフフー。それなら大丈夫。安心しちゃってよー、アニキ! ………ちょっと店の外までついてきて!」

 

 

 

 つい愚痴を零すようにカミュが呟くと、此処である意味で予想外の人物から反応があった

 デクは両手を腰に当て胸を張ると、自信ありげにそう言う。そのまま陽気な笑みを浮かべて揚々と店の外へと出て行ってしまった

 不思議そうな顔で見送った2人も少しの沈黙の後、素直に店の外に出る。もうすっかり日は暮れてしまっており、デクは店前で2人が出てくるのを待っていた。その背中にカミュが問いかける

 

 

 

「どうしたんだよ、デク? なにに安心しろって言うんだ?」

「ワタシ、国にオーブを返した後も人を使ってオーブの行方ずっと追ってたのよー。アニキが大事にしてたの知ってたからね。オーブはグレイグ将軍が南のデルカダール神殿に移して厳重に守ってるらしいよー」

「デルカダール神殿だって? 確かデルカダール神殿は此処から南東……………レイブンの住んでたイシとか言う村も多分同じ方角だな。なるほど、手間が省けてちょうど良い。早速デルカダール神殿に向かうとするか。デク、お前も一緒に来るか?」

 

 

 

 オーブは国に返還しても、その足取りは追っていたらしい。やはり予想通りに以前よりも厳重に保管されているようだが、何処にあるのかという情報を知っているのと知らないのとではまるで違う

 偶然にもイシの村とも方向が同じようなので、レイブンの所用を済ませることも可能だろう。といっても、村の様子を見るだけになりそうだが

 それは未だに〈レッドオーブ〉を諦めていないカミュにとっても渡りに船の話だったようで、有力な情報を得たこともあって弾んだ声でデクを旅に誘った。しかし、デクは首を横に振る

 

 

 

「残念だけど行けないよ。商売始めた後、ワタシ嫁さんもらって……………それに店のこともほっとけないよ」

「そういやお前は昔から商売やりたいってよく言ってたもんな…………。わかったよ、嫁さんを大事にしろよな。それじゃ、足がつかない内に出発するか。デク、世話になったな。達者で暮らせよ」

「アニキも元気でね。あと連れの人も…………ワタシの分もアニキのことよろしく」

 

 

 

 嫁がいると言うデクに、そういえば店の中に1人女性がいたとカミュは思い出す。あの女性がデクの嫁なのだろうと納得する。かつての相棒が幸せな生活を送っていることに安堵した様子で、カミュは澄ました顔で彼らしく端的に発破をかけた

 デクも付き合いが長いので、それがカミュなりの激励であることがわかっている。彼は穏やかに笑って頷き、カミュのことを頼まれたレイブンも力強く頷いた

 

 

 

「南門は兵士だらけで突破は無理だな。グレイグの部下が相手じゃ賄賂を握らせるってのも難しいだろう。仕方ない。遠回りになるがデルカダールの丘の南の裏道を抜けてデルカダール神殿へ向かうか。ついでにイシの村にも寄って行こう。というわけで、1度下層に戻るぞ」

「アニキ、あっちから行くって言うなら呉々も気をつけてよー。あの先に広がるナプガーナ密林は迷い込んだら2度と出られない危険なジャングルって話なんだよー」

「………噂に聞く秘境ナプガーナ密林か。だが、道はそれしかないんだ。上等だ、やってやるさ」

 

 

 

 この後の方針が決まり、2人はデクと別れた

 流石に陽が落ちてから縄を渡るのは危険なので、城下町に上がって来た時に見掛けた小さな建物の屋根に飛び降り、其処から更に地面に飛び降りたら目の前には下層に繋がる通路がある

 巡回する兵士たちに見つかることもなく下層に辿り着き、犬に吠えられて壁際まで追い込まれている見覚えのある門番をなんとなしに眺めながら、2人は無事に城下町から抜け出した

 

 

 

「デクのお陰でオーブの行方がわかったな。彼奴には頭が上がらねえよ」

 

 

 

 そう言ったカミュに対して、レイブンも深く頷く

 其れこそオーブの行方によっては、あの場所で2人は別れていた可能性もあったかもしれない。偶然にも同じ方角に用があるために行動を共にしているようなものだからだ

 城下町から暫く離れたところで2人が振り返ると、巡回を行なっているであろう兵士たちが現れた。松明を手にして誰かを探しているように見える

 レイブンとカミュの存在には気づいていないらしく、2言3言ほど何事か会話した後に城下町へと戻って行った

 

 

 

「……それじゃ、行こうか」

「ああ……。まずはデルカダールの南にあるナプガーナ密林を目指すぞ」

 

 

 

 2人共にデルカダール王国に思うところはある

 カミュは其れなりの年月をこの国で過ごしたし、レイブンは旅の初めに訪れた場所。不当に捕まり、牢で出会った青年と脱獄した末に行動を一緒にする。事前に預言を受けていたというカミュにしても、この出会いはなにか運命めいた数奇なものを感じさせた

 暫しの間、2人は城下町の方向をボンヤリと眺めていたが、レイブンの言葉を合図にして背を向けた

 次の行き先は、秘境ナプガーナ密林である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これにて壱章、3話目を終了します
誤字脱字、ありましたら報告よろしくお願いします


ところで、最近は執筆時間に余裕ができたことでこの作品以外にも新しい作品の設定を作り始めています
勿論、此方の優先順位が上なので書き溜めを作りながら少しずつプロットを固めているだけですが、いずれはこの作品を投稿するのと同時進行で他の作品を投稿できたら良いなと考えております

まだまだ先の話ではありますが、私の好みの関係上、基本的には転生や憑依という話が多くなるでしょう
主人公最強やチート的な要素も含まれると思います
アニメや漫画、ラノベなど好きな作品は沢山あるので、幾つかプロットを考えてその中から上手く書けたものを投稿する形になるかもしれません
今はまだ執筆速度が遅くて実現できそうにありませんが、そういう風なことができたら良いな、と考えています

次の投稿は2週間後、4月3日となります
更新が遅いくせに新しいプロットを考え始めてるダメな作者ですが、どうかこれからもこの作品を読んで頂ければ嬉しいです

それでは、今回もありがとうございました!




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ナプガーナ密林




お待たせ致しました!
今回もまた文章が安定しておりませんがご了承ください

それでは、どうぞ





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと気が付くと、レイブンは見知らぬ場所に立っていた

 辺りを見回してみれば、周囲は数え切れないほどの木々や草花で埋め尽くされており、レイブンが立っているところはポツリと拓けた空間であることがわかる。そして、なにより目の前に聳え立つ巨木が印象的だ

 一般的な感性を持つ人間ならば見惚れてしまいそうな美しさ、神秘的な雰囲気を纏った巨木。見上げても頂点が見えないことは容易に察することができるほどに大きい

 生物としての本能によるものか、レイブンはこの巨木のことを知っている気がした。いや、こんな馬鹿げた大きさの木なんて、2つとないだろう。故に、レイブンには目の前に聳え立つ巨木の正体が〈命の大樹〉であるとわかった

 

 

 

 なぜ自分が〈命の大樹〉の目の前にいるのか。少なくともレイブンには此処まで来た覚えがない

 この場に漂う静謐な空気のお陰で取り乱すような真似はしないで済んだが、大いに戸惑いながらも目で見ると同時にペタペタと手で触って身形を確認する。どうやら服装などはレイブンの記憶にある紫色の渋い服であり、背中には〈プラチナブレード〉もあった

 多少は冷静になったことで、先程は〈命の大樹〉に気を取られて見逃していたが、レイブンの真正面には小屋ほどの大きさの繭のような印象を受ける球形の物体が存在した。良く見れば其れは、淡く輝く光球を守るように蔦が幾重にも纏わり付いたもので、不用意に触れることを躊躇わせる荘厳な雰囲気がある

 

 

 

 なんだか夢の中のようだとも感じる。漠然と〈命の大樹〉から神聖な空気を感じ取ってはいるが、視界の端が不規則に歪んだり、草花が風に揺れる音に紛れて砂嵐のような雑音が混じったりと違和感を覚える

 現代日本の知識として、夢とは記憶にあるものしか再現できないことはわかっている。当然ながらレイブンには〈命の大樹〉をこんな間近で眺めた記憶はない。それならば最近も妙な夢を見たし、コレも似たようなものなんだろう

 ────と近頃は急に慣れ親しんだ村から旅立たされたり、〈悪魔の子〉呼ばわりされて牢に閉じ込められたりしている所為で、若干投げやりな結論を出した

 

 

 

 暫くして、気を取り直したレイブンは夢ならば自由に体が動かせるのではと考えて、恐る恐る1歩足を踏み出した。予想に違わず思い通りに動く体に喜んで、どうせ夢なのだからと目の前にある謎の光輝く球体をもっと側で見ようと近づいていく

 特に何事もなく直ぐ目前という位置まで近づいて、レイブンは心の底から感嘆の息を漏らした

 まるで夢とは思えないほど体を包む光は温かく、光球に纏わり付く蔦にはリアルな質感があった。それでいて夢でなければあり得ないとさえ思わせるくらいに、現実離れした幻想的な光景でもある

 

 

 

「……ん? 球体の中に………アレは剣かな?」

 

 

 

 目を凝らしてみると、光球の中に1振りの剣があることに気がついた。球体の中心部の辺りに浮いており、手に取るまでもなく美麗な剣であるとわかる。淡く輝く光球の中心に漂う美しい剣という男心を擽る展開に、レイブンも例外なく心弾んだ

 こういう封印されてるっぽい剣とかは、物語の中で特別な役割を担っていたり、伝説として過去に行方が分からなくなった最強の剣だったりするのがテンプレである

 仮に夢の中だったとしても、いや夢であればこそ唐突に物語の主役になったような高揚する心のままにレイブンは光球へと手を伸ばして──────────

 

 

 

「──うぐっ!?」

 

 

 

 指先が蔦に触れるか触れないかというところで、レイブンの胸の辺りに強い衝撃が走った。余りの衝撃によって反射的に喉の奥からくぐもった声が漏れて、視界が明滅するような感覚に陥る

 胸の中心には強烈な違和感があり、明滅する視界で確認すると人の手に良く似た形だが、骨ばって節くれだった手のようなものが生えていた。内心とは裏腹に冷静な思考は、背後から何者かによって胸を貫かれたのだと確信に満ちた答えを叩き出した

 しかし、貫かれた胸からは血が出ておらず、節くれだった手のようなものにも血は付着していない。ただ、その手には光る小さな光球が握られていることがわかる。其処まで認識した瞬間、レイブンの全身に発狂してしまいそうなほどの激痛が生まれた

 

 

 

「──っ、────ぁあぁああ………っっっ!?!?」

 

 

 

 狂おしいまでの痛みにレイブンは言葉にならない絶叫を上げて悶え苦しむ。体の内側を滅茶苦茶に掻き毟られているかのような筆舌に尽くしがたい感覚に苛まれながらも、ある種の本能によるものか背後にいるであろう何者かの姿を確認しようと首だけで振り向く

 其処にいたのは、なんと言うべきだろうか。魔法使いのようにも、道化師のようにも見える青白い肌の人相の悪い男がレイブンの直ぐ背後に立っていた。まず間違いなく、胸を貫く手はこの男によるものだと〈直感〉する

 謎の男はニヤリと嫌らしく笑って腕をぐりぐりと捻るようにして動かした後、一気にレイブンの胸から引き抜いた。その瞬間、レイブンは全身から力が抜けるような感覚に襲われて俯せに倒れ込んだ

 

 

 

「……………」

 

 

 

 尋常ではない気怠さに抵抗しながら体に残る力を振り絞って頭を上げて謎の男を睨む。しかし、謎の男はレイブンからの敵意を心地好さそうに受け止めると、やはりニヤニヤと意地悪く笑ってみせた

 徐々に視界が霞んでいく。最早コレが夢であるかなんてことは頭になく、明らかに常軌を逸していると思われる謎の男の姿を目に焼き付けようと試みる。今の状況はただの夢ではなく、現実に起こり得るものなのだとレイブンの〈直感〉が激しく警鐘を鳴らしているからだ

 すると、不思議なことが起きた。視界が霞んだことで判然としないが、謎の男の姿がとある人物に重なって見える。その顔は奇しくもレイブンが少し前に見たばかりの人物に良く似ていた──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆〜☆【GAME OVER】☆〜☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *注意!! 

 読者の皆様にお知らせです

 これは本編ではありません、ご安心ください

 

 一昨日がエイプリルフールだったということで、2日後だけど自分もなにかしてみたいと作者が考えた末のお遊びです

 エイプリルフールだし、ちょっとしたネタバレくらいなら許してくれるよね……? とわかる人には普通にわかってしまいそうな描写も含まれております

 できれば気づいた方も無視して頂ければと思います

 

 というわけで、此処からが本編となります

 作者のお遊びにお付き合い頂きありがとうございました

 それでは、どうぞ………(;⊃・ω・)⊃

 

 

 

 ──────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、レイブン! さっきからどうしたんだよ?」

 

 

 

 不意に体が揺らされる感覚と呼び掛けられた声にレイブンは夢から覚めた時のように意識が浮上してくる。目の前でレイブンの肩を掴んでいる青年、カミュが体を揺すっていたのだろう

 辺りを見渡せば、其処はデルカダールの丘に間違いなく、見覚えのある旅仲間の姿と景色を見たことで少しずつ気持ちが落ち着いていく。なにか不思議な夢を見ていた気がするが、ハッキリとは覚えていない

 それはそれとして、昨日はデルカダールの城下町を抜け出した後、日が落ちた状態でナプガーナ密林に向かうのは危険だと話し合って例の教会で一眠りさせてもらったのだ。そして夜が明けて今日、2人は改めてシスターに礼を述べてから旅立ったということをレイブンは思い出した

 

 

 

「ご、ごめん……少し頭がボンヤリとしてたんだ」

「なんだよ、寝不足か……? しっかりしろよな〈勇者〉様。これから噂の秘境に挑むんだぜ。戦闘中に眠るなんてことはしてくれるなよ」

「もう大丈夫だから、存分に頼ってね」

「へっ、寝坊助がよく言うぜ………」

 

 

 

 まだ夢の光景が目に焼き付いているような気がして、レイブンは強く頭を振った後、誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべてカミュに謝る

 カミュにしてみれば特に疑うようなことではなかったので素直に信じて、ポンとレイブンの頭を軽く叩いて茶化すように笑った。戦闘中に眠るなんて真似は魔法でも喰らわない限りあり得ないが、敢えてそう言ってみせるのは彼なりの気遣いなのだろう

 それを有り難く受け取り、2人は再びナプガーナ密林へと足を進めた

 

 

 

 ところで、デルカダールの丘に出現する魔物は単体での強さはそれ程でもないが、昨今の増え続けている魔物事情に違わず一度に複数体と遭遇することが多い

 例えばレイブンであれば、突然10体以上の魔物に囲まれても大した傷も受けずに倒せるくらいの強さだ。しかし、此れがカミュだとそうはいかず、安全に倒せる数は1、2体が限界でそれ以上になると致命傷とはいかなくても無視のできない怪我を負う可能性が高くなってくるのが現状だった

 そういうわけで、2人の戦闘時の立ち回りは基本的にレイブンが中心となって行われる。5体の魔物が同時に襲ってきた時は2体はカミュが、残る3体をレイブンが相手をしながらいつでも援護できるように構えておくというのが定型化してきている

 

 

 

 そのようにしてデルカダールの丘では戦闘をしていたが、噂の秘境ではまた少し勝手が違った

 ナプガーナ密林に入ると、魔物の生態系がガラリと変化した。ベビーパンサーを除いて、他の魔物はデルカダールの丘には出現しないものばかりであり、その強さも軒並み一段階上になっている

 というより、デルカダールの丘ではベビーパンサーが頭1つ抜けた強さだったので、元々はナプガーナ密林に生息していた魔物だと考えれば納得がいく。まあデルカダールの丘の外れには更に強いキラーパンサーがいたのだが、幸運にも2人は遭遇しなかったらしい

 

 

 

「おっと、レイブン。言い忘れてたが、暫くの間はなるべく装備は上等な物を使わないほうがいいと思うぞ」

「………どうして?」

「俺たちは犯罪者として国に指名手配されてるのはわかってるな……? 奴らの目から逃れるためにフードも被って人相を判別し辛くしてるが、お前が見るからに高価な装備を使ってたら逆に悪目立ちしちまう」

「なるほど、確かにそうだね。わかった。装備を変えるから少しだけ待って。あっ、これ使って」

「……良い武器だな。有り難く受け取っておくぜ!」

 

 

 

 ──と、ナプガーナ密林に生息する魔物、びっくりサタンの群れを倒した後で、カミュが思い出したようにそう言った

 言われてみればその通りだとレイブンも納得して、背負っていた〈プラチナブレード〉を袋に仕舞う。少し考えた後、代わりに袋から〈鉄の大剣〉 を取り出して背負う。そして、カミュにも〈聖なるナイフ〉を渡した。もう少し良い短剣も持っているが、悪目立ちしないという意味ならばこのくらいが妥当というものだろう

 カミュも嬉しそうに受け取って、元々使っていた短剣の反対側の腰に指して、何度か抜いて収めてと使い勝手を確認していた。気に入ったようだ

 

 

 

 その後の道中も一筋縄ではいかない

 秘境というだけあって道はわかり辛く、密林特有の湿った空気は慣れてなければ動くのに支障をきたすこともあるだろう。密林らしく周囲の木陰から魔物が引っ切り無しに襲い掛かってくるのも、通常の戦闘とは異なる点だと言える

 つまり、世界中を旅していたレイブンやカミュだからこそ、ナプガーナ密林の中を真面に進むことができている。秘境の呼び名は伊達ではないのだ

 

 

 

「……はぁっ!!」

「ギャウギャウ──!! キャウンッ!?」

「──炎よ、集え──《メラ》」

「ギィギィ!?」

 

 

 

 レイブンが豪快に〈鉄の大剣〉を両手に持ってぶん回す。ぐるりと回って横薙ぎに一閃、前後から挟み撃ちのように飛び掛かってきていたベビーパンサー3体を纏めて両断した

 ベビーパンサーに対処すると同時に詠唱を唱えて、カミュを背後から攻撃しようとするびっくりサタンに《メラ》を当てることで怯ませる。怯んだ隙を見逃さずに飛び込んで追撃を掛ければ、両手剣という重量武器の威力を遺憾なく発揮して一太刀で絶命させた

 

 

 

「──地よ、叩け──《ジバリア》!!』

「──ッ!?」

「ふっ……! これでも喰らえっ!!」

「──ッ! ……………」

 

 

 

 カミュの相手は1体のバブルスライムだった。見るからに毒々しい見た目で、迂闊に近づけば痛い目に会うことは想像に難くない

 其処でカミュは一計を案じた。彼の適正である地属性の魔法《ジバリア》は設置型の魔法だ。それを上手く活用して、バブルスライムとの間に設置することでカミュに攻撃しようと突撃してきた相手への不意打ちとした

 地面から爆発するように飛び出した土の杭に跳ね飛ばされたバブルスライムは、カミュの作戦通りに隙だらけである。後は反撃を警戒して武器を叩き込むだけで、戦闘は終了した

 

 

 

 昨日、今日と続けて戦闘をしたことでカミュも勘を取り戻しつつあった

 バブルスライムはナプガーナ密林でも強い魔物で、接触すると一定確率で毒を受けるという厄介な特性も併せ持っている。それを相手にしてダメージを受けずに完封したのだから、上出来というものだろう

 基本的にカミュは身のこなしも軽く、魔物に囲まれでもしなければ攻撃を喰らうような真似はしない。それでも勘が鈍るというのは考えている以上に大きなもので、此処に来るまでの間に何度か傷を負ってしまっているのだから彼の復調は歓迎すべきことに違いなかった

 

 

 

 そうして時に魔物と戦いながら、時に道に迷いながらも2人はナプガーナ密林を着実に進んでいく

 ナプガーナ密林に突入したのが昼頃だったが、気がつけば辺りは夕日によって赤く染まり始めている。いつのまにかこんな時間になっていたのかと2人は驚くが、木々に覆われて薄暗い密林の中であることなどが時間の感覚を狂わせていたのだ

 こうなってくると急ぎ密林を抜けるか、或いはキャンプ地でも見つける必要があるだろう。というところで、吊り橋を渡った先にちょうど良くキャンプ地を発見した

 

 

 

「おっ、キャンプか………ちょうど良い。イシの村がある辺りはまだまだ先だからな。今日は此処で休んで行こうぜ」

 

 

 

 吊り橋を渡った先はポッカリと拓けた空間になっている。人の気配はしないが小屋があり、その手前に誰かが焚き火をした跡があった。女神像もあるので、此処ならば魔物に襲われる心配もないだろう

 カミュの提案に、レイブンは心なしか嬉しそうに頷いた。元現代人の中の人はこの世界に転生するまでキャンプなんてした経験はなく、こうした旅の途中で行われるキャンプを殊の外気に入っているのだ。曰く、焚き火の音が落ち着くらしい

 

 

 

 日が完全に落ちる前に焚き火を作るため、2人は分担して作業を始めた

 レイブンは周囲から枯れ枝や枯れ草を拾い集めて、カミュは焚き火の跡に残る灰を掻き集めたり適当な丸太を見繕って設置していく。程なくして戻ってきたレイブンが火打ち石で枯れ草を用いて火種を作り、灰の上に被せるように置いてその上に更に小さな枝から順に乗せる

 暫くして辺りが暗くなり始めた頃に枝に火が移って燃え始めたので、2人は焚き火を囲んで干し肉や乾パン、またはレッドベリーなどを食べて腹を満たした

 

 

 

「それにしてもデクの野郎が一丁前に店なんぞ開いてるとはな。しかも、町の一等地に嫁さん付きだぜ? あれで俺と盗賊やってたなんてな。お宝求めて世界中駆け回ってたのが、なんだか懐かしく思えてくるぜ」

 

 

 

 そう語るカミュは、何処か寂しそうにも見える。話を聞いているレイブンはなにも言わず、ただ黙って頷くに留めていた。或いは彼も、静かに閉じた瞼の裏に前世での家族の姿でも思い描いているのかもしれない

 僅かに沈黙が降りる。パチパチと焚き火に使用した枝の中の水分が弾ける音だけがその場に響いている。その沈黙を嫌ってから、カミュはなにかを思い出したように自らの袋に手を伸ばした

 

 

 

「ん……。そういやデクとの旅の途中で見つけた、あのお宝……………今こそ役立ちそうだな。なあ、レイブン。お前に良い物をやるよ。今まで色んなお宝を手に入れてきた俺とデク、とっておきの逸品だ」

 

 

 

 そんな前置きをして取り出したのは機械的というかなんというか、ヤケに未来感の強い代物だった

 レイブンが見たところ、彼の知る鍛冶台に近い構造をしているようだ。まあ近未来的な外観だけならば、レシピ通りに決まった素材をぶち込めば一定時間で新しい道具を手に入れることのできる〈錬金釜〉を思い起こさせるものではあるのだが

 などと、同じシリーズの別作品に出てきたアイテムに思いを馳せていると、急にカミュが立ち上がって怒涛のマシンガントークを始めた

 

 

 

「その名も〈不思議な鍛冶台〉! 此奴の上に素材を乗せて不思議なハンマーでトンカン叩けば…………なんとビックリ! 金属の剣はもちろんのこと、木のブーメランになんと布の服まで! 材質を問わず凡ゆる装備が作れちまうんだ。凄えだろ!」

「カミュっ!? 急にどうしたの……!?」

 

 

 

 突如としてカミュは敏腕セールスマンのように〈不思議な鍛冶台〉とやらを解説する。余りの変貌ぶりにレイブンも普段の穏やかな言葉遣いではなく、ツッコミ芸人のように機敏に反応した

 若い男同士が揃うと馬鹿っぽい遣り取りが起きるのは最早必然というものだろう。男子中学生や男子高校生のような雰囲気といえば、大体わかってくれると思う

 相方の反応に満足したのか、カミュは今度は落ち着いた様子で〈不思議な鍛冶台〉をレイブンに渡す理由を話していく

 

 

 

「汗水垂らして鍛冶に励むのはガラじゃなくてな。余り使ってなかったんだが、お前なら使い熟せる気がするんだ。ちなみに、不思議な鍛冶をするには作りたい装備の素材と専用のレシピブックが必要なんだ」

「…………(なんだ、やっぱり〈錬金釜〉じゃないか)」

「ん…? 今なにか言ったか?」

「なんでもありません」

「なんで敬語?………まあ、いいか。そうだな……まずはこのレシピブックお前にやるから、この後に早速作ってみろよ」

 

 

 

 徐に渡された薄っぺらい数枚の紙の初めには〈不思議な鍛冶入門〉と記されており、残りの紙は〈青銅の剣〉と〈聖なるナイフ〉について書かれていた。このレシピブックで作れるようになる装備は、残念ながらこれ以外にはなさそうだ

 レイブンは折角なので、カミュの言う通り鍛冶をすることにした。必要な材料は彼の〈魔法の袋〉に入っていたので集めてくる手間は省けている

 

 

 

 今から作ろうとしているのは〈聖なるナイフ〉だ。先程カミュに譲った物は昔に旅の途中で拾った物なので年季が入っている。どうせなのだから、新調してしまおうと考えた次第である

 〈不思議な鍛冶台〉はその名の通り不思議なもので、レイブンが台の前に腰掛けると同時に独りでに炉に火が灯り、ほんの数秒で金属が融解するくらいの温度にまで上がっていく。ファンタジーな世界でなければ、ただの怪奇現象として処理されそうな不思議さだった

 

 

 

 〈聖なるナイフ〉の製作に必要な素材は銅の鉱石と清めの水が1つずつ。この場合の清めの水1つというのは、小瓶に入っている程度の量で問題ないようだ

 レシピブックの指示に従い、そのまま素材を炉に放り込む。少しすると清めの水と混ざり合い高温によって赤く変色した銅の鉱石をハサミで取り出して金床に置く。ハサミを離すと、不思議なハンマーによって一定の間隔で4回ほど叩いたレイブンは手応えを感じて、ハンマーを手放した瞬間────銅の鉱石が激しく光り輝いた

 

 

 

 3秒近く激しい光を放つと次第に収まり、金床の上には完成した〈聖なるナイフ〉が置いてあった

 手に取れば、つい数秒前まで真っ赤になるほど熱を持っていたとは思えないほど普通に触れる熱さで、レイブンは僅かに驚くも心の中で「ファンタジー乙」と呟いて直ぐに平静に戻る

 よくよく見ると、レイブンの作った〈聖なるナイフ〉は明らかに出来映えが良い。刀身には鏡のように観察するレイブンの姿が映り込み、刃は鋭くも脆そうな印象は皆無である。もっとわかりやすく言えば、カミュに渡した物が[攻撃力14]だとして、レイブンの作った物は[攻撃力20]は有りそうな感じといって伝わるだろうか

 そんな風に確認していたレイブンに、背後から声が掛かった。作業が終わったことに気づいたカミュによるものである

 

 

 

「………おう。初めての鍛冶お疲れさん。どうだ、上手くできたか?」

「うん。バッチリだよ。かなり良い出来映えだと思う」

「マジか! 初めての鍛冶なのに、やるなレイブン! 練習したらもっと上手くなると思うぜ! これからは不思議な鍛冶がしたいときは言ってくれよ。近くでキャンプすれば直ぐにできるようにしておいてやる」

「ありがとう! それじゃ、コレあげるよ。さっき渡したよりも性能は良いはずだから」

「……………お前、凄えな。〈勇者〉って奴は戦闘も鍛冶も得意なもんなのか!? まあ、折角くれるって言うならもらうぜ。サンキュー、レイブン!」

 

 

 

 不思議な鍛冶が大成功したことを伝えると、いっそ大袈裟なくらいにカミュは驚いていた。実際のところは彼も使ったことがあるからこそ、不思議な鍛冶の難しさを知っていると言うだけだが。自己申告の通り、汗水垂らして鍛冶をするというのはカミュの性格には合ってなかったということだろう

 完成した[攻撃力20]くらいの〈聖なるナイフ〉を当初の予定通りカミュに渡す。鞘から抜いてレイブンと同じように刀身を矯めつ眇めつ眺めると、彼は呆れたような調子で感嘆の言葉を漏らした

 そうした遣り取りの末に、ナプガーナ密林の夜は更けていったのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これにて壱章の4話目を終了致します
今回は2日前がエイプリルフールだったので少し遊んでみたのですが、皆様には喜んでもらえましたでしょうか
もし面白いと思って頂けたのであれば嬉しいです


さて、早くも4月になってしまいました
初投稿から既に4ヶ月と思うとなんだか感慨深いですね
というか、今年はなんだか時間が経つのがとても早く感じるのはわたしだけなのでしょうか
まだ14話しか投稿しておらず、ストーリーの進行具合は序盤も序盤という現状を改めて考えると先が心配になります
この作品が完結するまでには何年掛かるのか、今更ながら不安です(白目)

それはそれとして、次の投稿は変わらず2週間後なので、4月17日になる予定です
遅筆で申し訳ないですが、これからもよろしくお願いします
今回もお読み頂きありがとうございました!




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樵と悪戯デビル




今回は戦闘シーンがありますが、主人公からしてみれば圧倒的に弱い相手なので余り濃い内容にはなっていません
期待されている方がいたかもしれませんが、1話を丸ごと戦闘シーンだけに費やすような戦闘は暫く後になってしまいます
申し訳ありませんが、ご了承頂ければ幸いでございます

それでは、どうぞ





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャンプ地で一夜を過ごしたレイブンとカミュの2人は、昨日の夕飯と同じく干し肉などで簡単に腹ごしらえをした後にさっさと焚き火の始末を済ませる

 指名手配されている犯罪者である以上は、幾ら秘境と言われるナプガーナ密林の中でものんびりとしている余裕はない。2人の目的のためにも、朝からの素早い行動が求められているのだ

 とはいえ、昨夜はキャンプ地に着いた時間が遅かったこともあってすっかり陽が昇ってしまっていた

 

 

 

「さあ、イシの村を目指して進もうぜ」

 

 

 

 カミュの言葉に頷いて、彼の先導に従いキャンプを離れる。ナプガーナ密林からイシの村に繋がる道をレイブンは知らないので、大人しく後をついて行く

 すると、昨夜は暗くて気がつかなかったが、イシの村に向かう道の先に架かっていたであろう吊り橋は完全に壊れていた。どう見ても渡れるような状態ではない

 

 

 

「マジかよ……。弱ったな。此処を通る以外に兵士に見つからずイシの村に辿り着く道は知らねぇぞ」

「遠回りになるけど、下を通れば…………あれ?」

「くぅーん、くぅーん………」

 

 

 

 予想外の事態に2人が頭を悩ませていると、不意に背後から犬の鳴き声が聞こえてきた。切なげに鳴いている姿は可哀想であると共に非常に愛らしく、レイブンとカミュは僅かに笑みを零す

 2人が自分に気づいたことが犬にもわかったのだろう。まるでレイブンたちを何処かに導くように背を向けて走り出した。誘うように何度も振り向いて、ついて来なければ再び切なげな鳴き声を上げる

 レイブンが少し付き合ってあげたいという旨をカミュに告げると、どちらにしても先に進めないということで少しだけだぞ、と了承を得て2人は犬の後を追った

 

 

 

 キャンプ地の傍らにある小屋の右手に細道がある。犬は迷う様子もなく細道を駆けていくので、レイブンたちは顔を見合わせながらも追いかけていくと道の奥は行き止まりになっていた

 行き止まりの少し拓けた空間には2人を此処まで誘導した犬の姿があり、その犬は不思議な形をした根をジッと見つめている。アレを見せたかったのだろうか、と疑問に思いつつレイブンが近づいていく

 すると、近づくにつれてじんわりと左手の痣が熱を持ち始めたので確認すると、変わった形の痣は柔らかい光を放って発光していた

 

 

 

「おい、レイブン……お前それ昨日も…………」

「昨日……? ごめん、覚えてない」

「……覚えてないのか? デルカダールの丘から〈命の大樹〉を見てると思ったら、いつまで経ってもボケっとして動かなかった時も今みたいに痣が光ってたぜ」

「そうだったんだ……!」

 

 

 

 レイブンの記憶の中で痣が光ったのはイシの村で幼馴染のエマと一緒に成人の儀式を行った時だけだ。神の岩の頂上で突如現れたヘルコンドルに襲われて、驚いたエマが危うく大岩から滑落しそうになった瞬間、痣が強く光り輝くと呼応するように落雷が狙い撃ったかの如くヘルコンドルに直撃した

 そのお陰で2人は助かったのだが、アレはまるでレイブンが雷を呼んだようにも思えた。実際のところ前世の知識から、雷が魔力を帯びていた時点であの雷の正体には大体検討がついているのは今は置いておこう

 

 

 

 それ以降も、それ以前も痣が光り輝くようなことはなかった。しかし、カミュの言うことを信じるのであればレイブンが〈命の大樹〉を眺めている時にも痣が光っていたらしい

 今思い出せば、確かにレイブンはデルカダールの丘から〈命の大樹〉を眺めていた記憶がある。そして、カミュはボケっとしていたと言うが、あの時にレイブンは不思議な光景を目の当たりにしていたのだ。或いは、痣が光り輝いていたのと関係があるかもしれない

 

 

 

 またイシの村で生活していた時にも、村の中心にある不思議な紋様の浮かぶ大木の枝の上から遥か遠くの空に浮かぶ〈命の大樹〉をボンヤリと鑑賞することは多かった

 その時にも痣が熱を持つような、疼くような感覚がして、良く左手の甲を摩っていたのだ。もしかしたら今のように痣が光っていた可能性は否めない

 今も理由はわからないが、この不思議な形の根に反応してか淡く光を放っている。近寄れば近寄るほど光は強くなっていき、レイブンが左手を根にかざした瞬間────2人と1匹を眩い光が包み込んだ

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「カッコン、カココン、木を切るべ〜♪」

 

 

 

 何処からか調子外れな歌声が聞こえて目を開く

 其処は小屋の横を通った先の行き止まりではなく、キャンプの側だった。此処まで戻ってきた記憶はもちろんないので、同じように戸惑ってキョロキョロと辺りを見回していたカミュと顔を見合わせて首を傾げる

 良く見ると直ぐ近くに先程の犬の姿も見える。くるくると自分の尻尾を追うようにして回っているところを見る限り、彼(?)にとってもこの状況は恐らく予想外だったのではないかと思う

 

 

 

「オラは樵、森の恋人〜♪ は〜ぁ、よっちょれ、よっちょれよぉ〜♪」

 

 

 

 そうしていると再び調子外れな歌声が聞こえてきて、声の人物は小屋の中から出てきた

 今も機嫌良さげに歌っている人物は、顎に蓄えられた白髭の他には特筆するところのない平凡な中年の男性だった。しかし、不思議なことにレイブンたちの姿は目に入っていないかのように身を翻し、壊れた吊り橋の方へと歩いていくのがわかった

 取り敢えずなにがなんだかわからないにしても、あの樵(仮)の男性について行くことにして、2人と1匹は後を追いかけて行く。すると、やはりというか吊り橋は無残な姿を晒していた

 

 

 

「なにぃ──っ!!」

 

 

 

 驚きの声を上げたのは樵(仮)の男性だった。実に見事なリアクションなので、レイブンが内心で芸人みたいだと笑っていたのは内緒である

 なにはともあれ、樵(仮)の男性の反応から察するに恐らく昨夜まで吊り橋は壊れていなかったのだとわかる。だとすれば、魔物の仕業か人為的なものだろう

 

 

 

「昨日直したばかりの橋が真っ二つ! また一からやり直しだ! 誰だべや、こんな酷いことする奴は!」

 

 

 

 樵(仮)の男性は本当に樵だったようだ。橋を架けていたのは彼で、つまり小屋に住んでナプガーナ密林で生活しているということになる。デルカダールで噂になるほどの秘境で暮らすとは中々逞しい人物らしい

 憤懣やるかたないといった様子で怒鳴り散らす樵の男性だったが、誰もいないと思われた壊れた橋から突如何者かが現れた

 

 

 

「ジャジャーン! それは、この俺………悪戯デビル!」

 

 

 

 そうして壊れた橋の下から飛び出してきたのは、薄紫の毒々しい体色、頭からは2本の触覚のような突起が生えており、蝙蝠のような小さな羽を背中に持つ魔物だった。顔は青緑色に三白眼で人相が悪い、正に小さな悪魔とでも言うべき見た目をしていた

 その小悪魔は樵の男性を嘲笑うように首を傾けて、北叟笑みながら驚いて硬直している彼に対して行動を起こした

 

 

 

「折角壊した橋を直されてたまるか。これでも喰らえ! 《悪戯変身ビィ〜〜ム》!」

「ぎょえ──っっ!!」

 

 

 

 小悪魔の指に桃色の光が灯り、徐に樵の男性に向けて突きつけた瞬間、文字通りにビームが発射された

 固まっていた樵の男性に避けられるはずもなく、敢えなく桃色のビームは直撃してしまった

 無論レイブンは止めようと動こうとしていたが、なぜか身体が動いてくれなかったのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のに、まるで身体が自分以外の何者かに操られているかのようで気味が悪かった

 

 

 

 桃色のビームは樵の男性を包み込むように発光すると、暫くして光が収まった

 すると、其処には樵の男性の姿はなく、1匹の犬がいるだけであった。その犬は今もレイブンとカミュの側にいる犬に瓜二つ、いやそのものでありカミュなどは幻でも見ているかのように何度も繰り返し2匹になった犬の姿を確認している

 ワンッ! と先程の樵の男性がいた場所にいる犬が吠えるが、その声に篭る怒りは何処か虚しい

 

 

 

「ケッケッケー! 悪戯大成功! 樵を犬にしてやったぞ! オイラやっぱり天才かもね〜。さーてとっ! 次はどんな悪戯をしよっかな〜♪」

 

 

 

 小悪魔………いや悪戯デビルの言葉と状況から判断する限り、あの犬は樵の男性ということなのだろう。俄かには信じ難いが、この目で見てしまったのだから疑うのもおかしいかもしれない

 それはそうと、悪戯デビルは樵の男性にはもう興味がなくなったのか、巫山戯たことを宣いながらナプガーナ密林の奥へと入っていく。当然ながらレイブンは後を追おうとするが足は未だに動かなかった

 しかし、唐突に景色が変わる。辺りの木々などからナプガーナ密林の中にある何処かということはわかるが、具体的にはわからない

 

 

 

「そういや、この宝箱は空っぽだったな。しめしめ…………それじゃあ、お次はこの宝箱の中に隠れて………♪」

 

 

 

 すると、程なくして遠くから悪戯デビルがやってくると、1つの宝箱の前で足を止める

 新しい悪戯とやらを思いついたのだろう。見るからに性質の悪いことは考えているイヤラシイ笑みを浮かべながら、悪戯デビルは宝箱を開けた。悪戯デビルの言うように中身はない

 その光景を最後に、2人と1匹の視界が真っ白に染まっていく。それはレイブンが不思議な形の根に手をかざした時と同じ、暖かく優しい光だった

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 徐々に光が収まっていく感覚に従い、レイブンたちはゆっくりと目を開いた。目の前には不思議な形の根があり、まだレイブンの左手の痣も淡く光り輝いていたが、少し経つと萎むようにして消えていった

 白昼夢のような現象だった。だが、レイブンには以前にも似たような経験がある。いや実感してわかったのは、似たようなではなく正しく同じ現象であること。それでいて以前の現象は少し特殊だったのではないかということだった

 

 

 

「………今の光景は一体なんだ? レイブン……お前この根っこに………なにかしたのか?」

 

 

 

 当然といえば当然だが、カミュがそのように聞いてくる。レイブンの手の痣が光り輝いて、呼応するように不思議な形の根が光を放ったのだから無関係とは思わないだろう

 とはいえ、肝心のレイブンにも理解ができていない。だが、この根っこに痣が反応したこと。そして、カミュの証言から〈命の大樹〉を眺めていた時にも光り輝いていたということから、なんらかの関連性を見出すことは不可能ではないと思う。例えば、この不思議な形の根っこが実は〈命の大樹〉と繋がっているとか

 

 

 

「くぅ〜ん……」

「マジか……このワンコロが樵のおっさんだってのか………?」

「そう、みたいだね。信じ難いけれど………」

 

 

 

 そうして思案に耽っている2人の耳に切なげな鳴き声が聞こえた。足元を見れば其処にはもちろん、レイブンたちを此処まで導いた犬がいる

 先程の不思議な光景では樵の男性が悪戯デビルの《悪戯変身ビーム》とやらを喰らった後、この犬の姿に変わってしまっているように思えた。あの技で亡くなってしまったのでなければ、如何に荒唐無稽と言えども信じざるを得ないだろう

 

 

 

「やれやれ………。牢を出てからおかしなことばかり起きやがる。〈勇者様〉との旅は退屈しそうにねえぜ…………。まあ、どのみち橋が直らなきゃ俺たちはこの森から出られないか」

「なんだかごめんね…………。でも、そういうことなら早いところ樵のおじさんを助けてあげないと!」

「だな! ……さっきの光景が本当なら、このワンコロが橋を直せる樵なのかもしれねえ。魔物の入った宝箱を探して確かめてみないか?」

「うん、もちろんだよ!」

「それじゃ、まずは来た道を戻って怪しいところを調べてみようぜ!」

 

 

 

 この後の行動方針が決まった。2人の目的を達成するためにも、いるかもしれない追っ手を確実に撒くためにもナプガーナ密林は抜ける必要がある

 そして、そのためには吊り橋を修繕することのできる樵の男性の存在は必須であることは間違いない。仮に迂回して先を目指す場合は、ナプガーナ密林が秘境と呼ばれる所以をこの身で体感する羽目になるだろう。可能ならば避けたいのは当然だった

 

 

 

 ところで、昨日は横道になるべく逸れないで歩いて来たのであの宝箱らしき物は確認していない。先を急ぐ旅なのだから当然のことだが、こうなってしまっては虱潰しに探索する他なかった

 それから1時間ほどが経過した頃、2人は細い分かれ道に足を進めた。宝箱があった周囲の状況を思い出すに、片側は崖になっていたことをレイブンが思い出したのだ

 目星さえついて仕舞えば場所を絞り込むのは然程難しいことではなく、レイブンたちが入った分かれ道の奥の行き止まりには見覚えのある宝箱があった

 

 

 

「ケケケケ、来たな、来たな♪」

 

 

 

 2人がそっと近づくと、宝箱から微かに声が漏れて聞こえた。きっと、こうして予め警戒をしていなければ気づけなかったであろうほどに小さく忍ばせた声である。やはり随分と狡賢い魔物のようだ

 レイブンとカミュは確信を深めて、互いに準備は万全であることを確認して頷き合う。そして、宝箱の直ぐ側まで近づいた瞬間、バンッ! と独りでに宝箱が勢いよく開いたのだ

 

 

 

「ジャジャジャジャーンッ! 参上! 俺は…………悪戯デビル!」

 

 

 

 意気揚々と現れた悪戯デビル。樵の男性を犬に変身させたあの魔物だった

 宝箱を発見して開けようとしたところを驚かす作戦だったのだろうが、事前に一部始終を見ていたレイブンとカミュはもちろんピクリとも反応しなかった。つまり、悪戯デビルはとんでもなくスベってしまったのだ

 びっくりするくらいスベった悪戯デビルには悪いけれど、レイブンとしては宝箱に隠れていたことを知らなくても大して驚かなかった自信がある。なぜなら、世の中には宝箱に擬態するという恐ろしいまでに悪辣な魔物がいるのだから

 

 

 

「ふ〜ん………で?」

「ウケーッ! リアクションが悪いぞ! ならこれでびっくりさせてやる! いっくぞー!!」

 

 

 

 人間を驚かせることを楽しみにしている悪戯デビルにとって、2人の反応は耐えられるものではなかったようだ。更に、カミュが冷めた顔で煽る

 ドッキリの失敗に加えて塩対応で一気に怒りのボルテージが上がった悪戯デビルはまだ諦めていないらしい。くるくると回す指に見覚えのある桃色の光が灯る。先程は馬鹿にしていたカミュも油断はしていなかったので、悪戯デビル必殺の《悪戯変身ビーム》は2人に直撃することなく虚空へと消えていった

 

 

 

 宝箱ドッキリに《悪戯変身ビーム》のどちらも掠りもしなかったことが余程屈辱だったのだろう

 悪戯デビルは器用にも宝箱の縁に立ったまま地団駄を踏んで悔しがっている。しかし、人間を他の動物に変えてしまう《悪戯変身ビーム》は恐ろしい技だ。レイブンたちとしても最も警戒していたところなので、この結果は必然だった

 

 

 

「おいおい、どうしたそれで終わりか? もっとびっくりさせてくれよ」

「なんだとー! 生意気な奴らめ! なら今度はオイラの強さでビビらせてやる! いくぞぉっ!」

 

 

 

 悔しがる悪戯デビルを前にして、何処か活き活きとした様子でカミュが再び煽る。実に腹の立つ表情で悪戯デビルを嘲笑う。無駄に煽りスキルが高い

 地団駄ふむほどに怒っていた悪戯デビルはあっさりと煽られて、遂に実力行使に出るつもりのようだ。だが、それはレイブンたちとしても望むところである

 飛び掛かってきた悪戯デビルからバックステップで距離を取って、レイブンは〈鉄の大剣〉をカミュは〈聖なるナイフ〉を2本構えた

 

 

 

「ウケケケ! これでも喰らえ! ──光よ、迸れ──《ギラ》っ!!」

 

 

 

 先手を取ったのは悪戯デビルだった

 悪魔系の魔物だけあって魔法が得意なようで、レイブンたちが動くよりも早く閃光属性の基本呪文とされる《ギラ》を発動した。レイブンとカミュに向けてかざされた悪戯デビルの手から熱光線が放たれる

 基本呪文なので威力は低いが、両手剣で防いだレイブンはともかく、避けられずに直撃したカミュはそれなりの痛手を負ってしまった

 

 

 

「がは…っっ!?」

「……カミュ! ──聖なる力よ、我が祈りを導にこの者を癒し給え──《ホイミ》!!」

「ふぅ……。助かったぜ、レイブン! さてと……やりやがったな、この野郎っ!!」

「ケケケ………なっ、ウゲゲェ──っ!?」

 

 

 

 しかし、熱光線に焼かれたカミュの身体は、直ぐに回復呪文の《ホイミ》を使用したレイブンによって治された

 火傷の痛みは瞬く間に消え失せて、少し身体の動きを確かめるような動きをした後、カミュは怒号をあげながら悪戯デビルに反撃する。けらけらと笑っていた悪戯デビルを両手の〈聖なるナイフ〉で斬りつけた

 レイブンが昨夜作った性能の良い武器は悪戯デビルに大ダメージを与えたようだ。その様子を見ながら、レイブンはサポートのために魔法を詠唱する

 

 

 

「畳み掛けるよ! ──炎よ、集え──《メラ》!」

「うぐっ……そ、そんな簡単にオイラに勝てると思うなよ! ──『聖なる力よ、我が祈りを導に我を……………!」

 

 

 

 レイブンが追撃として放った《メラ》の魔法は悪戯デビルに直撃した。それは、攻撃と同時にカミュへと反撃しようとした悪戯デビルの動きを牽制する効果もあった

 本来ならば一撃で倒すような呪文も使えるが、此処に来る前の話し合いで、この戦闘はカミュを主軸にレイブンはサポートに徹すると決めてある。だからこそ、悪戯デビルの注意を逸らす程度の攻撃で留める

 そして、積み重なるダメージに危機感が生まれたのだろう。悪戯デビルは徐に《ホイミ》の詠唱を始めるが、カミュがその隙を見逃すはずもない

 

 

 

「させるか! ──《ヴァイパーファング》っ!!」

「……っっ!? 呪文が……! な、なんだ…? オイラの身体が上手く動かない………っ!!」

 

 

 

 詠唱の途中だったことで、カミュによる《ヴァイパーファング》は悪戯デビルの身体を強かに穿った

 その影響により詠唱が遮られてしまい呪文は不発。それどころか短剣技の《ヴァイパーファング》に内包される特殊効果、猛毒が悪戯デビルを蝕む。毒は悪戯デビルの動きを阻害して、致命的な隙を晒すことになる

 カミュは地面に蹲り悶えている悪戯デビルに接近すると、必殺の一撃を繰り出した

 

 

 

「これで仕留める! 《タナトスハント》──っ!! うおおお────っっ!!!」

「ウゲゲゲェ──っ!!」

 

 

 

 裂帛の気合と共に放たれた渾身の一撃は、悪戯デビルの身体を激しく斬り裂いた。悪戯デビルの矮躯は空高く吹き飛び、宝箱の直ぐ近くに力なく叩きつけられた

《タナトスハント》は対象が毒や麻痺に蝕まれている時に真価を発する技である。動きの鈍った敵の急所を正確に斬り裂き、体内を蝕む毒などの効力を爆発的に高めることで普通に攻撃する時とは比較にならないほどの大ダメージを生む奥義の1つなのだ

 敵を毒や麻痺にしなければ真価を発揮できないという特性から使用するタイミングはシビアだが、的中した時には想像を絶するほどの威力を叩き出す

 

 

 

「な……なんてこった…………。オイラの方が、ぶったまげたぁぁ──!!」

 

 

 

 その言葉を最後に、悪戯デビルは靄となって消滅した

 無辜の民を相手に悪さを繰り返した魔物は〈勇者〉たちの手によって、此処に敗れたのであった

 2人が武器を仕舞って互いを労っていると、背後から大声と共に慌ただしい足音が聞こえてきた。思わず振り返れば、あの不思議な現象の時に見た覚えのある樵の男性が此方に向かって走ってきていた

 

 

 

「おーい! おーい! 旅人さん方ー!!」

 

 

 

 レイブンたちの目の前まで来ると、余程急いで走ってきたのかぜぇぜぇと荒く息を吐いている。

 その姿は見間違えようもないほどに人間のもので、少し離れたところで待っていたはずの犬は見当たらない。それがどのような事実を示すのかわからない2人ではないが、流石に驚いた様子でカミュは目を見張って驚きの声を上げた

 

 

 

「……まさか、アンタあのワンコロか?」

「ワンッ……じゃない、おうっ! オラは樵のマンプク。アンタらのお陰で人間さ戻れただ。いやあ、ありがとうなんて言葉だけじゃ、オラの気がすまねえだよ。なにかオラに手伝えることはねえか?」

 

 

 

 樵の男性、マンプクは和かに笑いながらそう言った

 心の底から感謝してくれているようで、ニコニコと愛想の良い笑顔を浮かべている。悪事でも頼まない限りはなんでも頼みを聞いてくれそうな勢いである

 当然のことをしたと考えているレイブンは、其処まで感謝してくれなくても良いのにと少し擽ったいような気持ちになる。それを尻目にカミュはニヤリと不敵に笑って頼みを告げていた。言うまでもなく、マンプクには橋の修繕を頼んだのだ

 

 

 

「それならお安い御用だべぇ〜! 橋の修理さ終わるまで、オラの小屋で休んで行くといいべや」

「へへっ、ありがとな樵のおっさん。そんじゃ、お言葉に甘えるとするか」

「そうだね。マンプクさん、少しの間お世話になります」

 

 

 

 そうして、2人はマンプクの家で疲れた身体を癒すのであった

 恩人のためと言って張り切っているマンプクは翌日までには仕上げると意気込んでいるので、早ければ明くる日の早朝から旅立つことができるだろう

 無理はしないようにとだけ言い含めて、その日は何事もなく過ぎていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これにて壱章の5話は終了です
楽しく読んで頂けたのであれば嬉しいです


今回は初めてのボス戦となるスモークに続き、カミュという仲間が増えたから初めてとなるボス戦でした
敵は悪戯デビルとレイブンと比較したら弱すぎる相手なので、カミュを中心とした戦闘という形にすることでそれなりのものになったと思います
主人公が俺TUEEEEE!のように無双するのも良いのですが、流石に相手が弱過ぎて描写が寂しくなってしまいますよね
ということで、カミュの性格的にも足手纏いは望むところではないだろうと思い、彼が活躍するような展開にしてみたのですが違和感はなかったでしょうか?
其処が少し不安ですが、まあ問題はありませんでしたよね?(願望)

どうでも良いことですが、樵のおっさん……もといマンプクさんですが、彼が人間に戻った時に「ワンッ!」と返事している時がありますよね
アレって犬になってる時にも「ワンッ!」って言って「ワンッ!」って鳴いていたということになるんですかね……?
いや、なに言ってるのかわかんねぇかもしれないですけど、犬になってる時は知能とかも犬並みになっていたと考えるのが自然なのか?
人間の時のように喋ろうとしても「ワンッ!」とか「くぅ〜ん……」になるならわかりますけど、アレでは「ワンッ!」って喋ってたことになるのだろうか………などと、下らないことを考えながら執筆していました

まあ、長々と書き綴った作者のつまらない裏話はともかく、次の投稿は2週間後の5月1日になります
はい、ゴールデンウィークですが投稿頻度は変わりません
むしろ仕事が忙しくなるからゴールデンウィーク中は真面に執筆できる気がしませんが、流石にそれはないでしょう………ないよね?(震え声)

それでは脱線もこの辺りで
今回もお読み頂き、大変ありがとうございました




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イシの大滝




令和元年の初日に投稿です!
べ、別に狙っていた訳じゃないんだからね!?

……と思わずツンデレしてしまうくらいにはタイミングが良いですね
我ながら狙っていたとしか思えないなぁ〜
昨夜は徹夜してしまったので変なテンションかもしれませんが、どうか皆様の寛大なお心で許してください

では、最新話です
前回は悪戯デビルを倒して終わりでしたね
その続きからです、どうぞ!





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪戯デビルを倒した翌日…………レイブンとカミュの2人は一夜で修復された橋を前にマンプクと向かい合っていた

 もう少しゆっくりしていけば良いのにという彼には曖昧に誤魔化して、急がなければならない用事があると言って厚意を断った。人間に戻してくれた恩人として、2人は非常に慕われているようだった

 徹夜で修理に励んでくれたので眠いはずなのに、こうして元気に見送りをしてくれることからもマンプクの感謝の念が伝わってくる。こうして素直に感謝を示されると、やはり嬉しいものがある

 

 

 

「やーやー。お待たせしてすまんかっただ。壊れた橋はオラがバッチリ直したぞ。前の何倍も丈夫にしてやったべぇ〜!」

「おおっ、仕事が速いじゃねえか。お陰で助かったぜ」

「ありがとう、マンプクさん」

 

 

 

 自信満々のマンプクに促されて橋を見ると、確かに昨日までの無残な有様が幻だったのではないかと思ってしまうほどに立派な橋が架かっていた

 マンプクの言葉通り、あの不思議な空間で見た時の橋よりも更に頑丈に補強されている。これならばあの悪戯デビルが壊そうとしても容易には行かなかっただろう。とはいえ、木製なので《ギラ》のような魔法を何度も喰らえばその限りではないというのは仕方がない

 しかし、それにしても一昼夜で仕上げたとはとても思えない出来である。人畜無害な外見だが、マンプクは意外と凄い人なのかもしれない。なにしろ秘境と畏れられるナプガーナ密林の中で、近くに女神像があるとはいえそんな危険な場所に1人で暮らしているのだから変わり者ではあるだろう

 

 

 

「それにしても、其処の兄ちゃんが木の根に近づいたらオラが犬になんのが見えたって、あの話だがよ…………。ありゃあ、よく考えたら〈命の大樹〉の導きに間違いねぇべ〜」

「〈命の大樹〉の導き…………?」

「んだ。大樹の導きはオラが子供の頃から今は亡き祖父様から聞かされてきただ」

 

 

 

 マンプクはあの現象に心当たりがあるそうだ。〈命の大樹〉の導き、生憎とレイブンには聞き覚えがなかった。博識だった祖父のテオからも聞いた記憶はない

 小耳に挟んだこともないということは、滅多に起きない珍しい現象であるとわかる。そうなると色々と気になるところが出てくるが、マンプクの話の続きを聞いていればなにかわかることがあるかもしれない

 

 

 

「世界の真ん中に浮いている大きな木。あれは〈命の大樹〉さ言うもんだ。その葉っぱの1枚1枚に全ての生き物の命を宿し、世界の調和を保つと言われる神木だな」

 

 

 

 〈命の大樹〉……。レイブンの暮らしていたイシの村からも、デルカダールの丘からも見ることが出来る

 レイブンとカミュの2人も〈命の大樹〉について、今マンプクが語ったことは当然のように知っている。この世界ロトゼタシアで生きる者にとっては常識の中の常識、まだ物心がついたばかりの子供の頃から家族などから教えられることだ

 この話を知らないという人は、其れこそまだ自我の芽生えていない赤子やボケた老人か、恵まれた環境に生まれることが出来なかった人くらいのものだろう。一般的な知識を持つ人が側にいて、尚且つ人並みの親切心を持つ人がいれば誰でも一度は耳にするほど常識なのだ

 

 

 

 遥か昔から〈命の大樹〉は変わらず世界の中心に浮いているらしい。どうして宙に浮いているのかなど、〈命の大樹〉についてはわからないことばかりであるが神木と崇められるのには理由がある

 先程もマンプクが言っていたが、大樹の葉の1枚1枚には命が宿っている。それは人の命であったり、動物の命であったりと様々だ。もちろんレイブンやカミュの命が宿った葉っぱも〈命の大樹〉の何処かにある。その例外はなく、あるとしても魔物だけであろうと世の研究者たちは推測しているそうだが、まあ今は置いておく

 

 

 

 人が生まれるには母体となる女性がいるけれど、その身体に新たな命を宿した時と同時に大樹には新たな葉っぱが生える。その葉っぱこそが、赤子を宿した証になる

 ロトゼタシアにとって命とは〈命の大樹〉によって授けられるものである。命を授かることは尊く、だからこそ大樹は神木と崇められているのだ

 しかし、なぜ〈命の大樹〉の話が出てくるのだろうか。それについても、マンプクの話にはまだ続きがあるようだ

 

 

 

「そして、この森にある輝く木の根。あれは世界中に張り巡らされた大樹の根っこが顔を出したもんだ」

 

 

 

 あの不思議な形の根っこが〈命の大樹〉の根であることは、話の流れから予想は出来ていたので2人に大きな驚きはない

 だが、そうなると気になってくることは他にある。レイブンのことだ。正確には手の甲にある痣が大樹の根っこに反応していたが、その場にはレイブンの他にカミュや犬の姿になってはいたけれどマンプクもいた

 マンプクは知らないことだが、レイブンは〈勇者〉である。或いは、なにか関係があるのだろうか。2人はマンプクの話に静かに耳を傾ける

 

 

 

「そして、あの根は選ばれし者だけに大樹の意思を伝える。オラの祖父様はその不思議な奇跡を……………“大樹の導き”、そう呼んでいただ」

「……そういえば、あの時に見てたのも〈命の大樹〉だったよな? ほら、昨日も言ったがデルカダールの丘の時もお前の痣が光ってただろ。いつまで経っても動かねえから声を掛けたが…………。俺には見えなかったが、もしかしてなにか見えてたのか………?」

 

 

 

 マンプクの話を聞いて、カミュは思い出したようにそう告げた。もちろんレイブンにも覚えがある。昨日あの大樹の根っこの前で以前にもレイブンの手の甲が光っていたことがあると聞いて驚いたので、なにかあるのではないかと引っ掛かっていた

 それだけではなく、確かにレイブンは不思議な光景を目の当たりにしていた。あの時はカミュに問われて思わず誤魔化してしまったが、今考えると間違いなく昨日の現象と同じようなものだろう。相違点としては側にいたはずのカミュが、昨日とは異なりレイブンと同じ光景を見ていないことだ

 取り敢えずレイブンは頷いて、カミュにその時に垣間見た光景について話してみる。ただし、話している途中で最後の辺りが朧げになってしまっていることに気がつき、正確に伝えることは叶わなかった

 

 

 

「なるほどな。如何にも黒幕って感じに人相の悪い道化師の男か。其奴は何者なんだろうな……? まあ、考えても仕方ないか。つまり、今の話を聞く限りレイブンがその選ばれた存在とやらってことだな」

「そんなことがあったべか………。ダハハ。オラは幾ら根っこに話し掛けてもなんも起きなかった。祖父様のホラ話だと、今の今まで忘れてたぐらいだべ。兄ちゃん………あんた〈命の大樹〉に愛されてんだな。髪の毛もサラサラだし、羨ましい限りだべ」

「( ͡° ͜ʖ ͡°)ドヤァ」

「ふーん……。〈勇者〉様は〈命の大樹〉に愛されし者って訳か。まあ、いいや。さっさと行こうぜレイブン。ところで、今なんか言ったか……?」

「……………………いや、なんでもないよ。やらないといけないことがあるし、今はとにかく先を急ごうか」

「あ、ああ……ならいいが」

 

 

 

 一瞬だけレイブンの口調が変わったような、以前にもカミュは何処かで似たような違和感を覚えた気がする。結局思い出せなかったので、2人は最後にマンプクに挨拶してその場を後にした

 橋を渡っても景色に変化はない。変わらず鬱蒼と木が生い茂る密林であるが、其処に今までは見なかった魔物の姿があった

 

 

 

「……! プギィ──ッ!?」

 

 

 

 三角帽子が地面をもそもそと動いている。なにかを探す仕草にも似ている

 帽子の形をした魔物かと思いレイブンが〈鉄の剣〉を手に近づくと、向こうも此方に気がついたようだ。三角帽子の下から円らな瞳と鼻、小さな手足が見えた。瓜坊のような姿の魔物が帽子を被っていたらしい

 瓜坊は凶器を構えるレイブンの姿を見て悲鳴をあげる。そして、小さな手足を必死に動かして、2人の前から意外なほどの速度で逃げていった

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 魔物に逃げられるという微妙な事件はあったが、2人は順調にナプガーナ密林の探索を進めていた。薬草や毒消し草を拾ったりと収穫もある

 戦闘にしてもカミュが悪戯デビルとの戦いで勘を取り戻してきたのか、調子良く魔物たちを倒していく。魔物に囲まれることもあるが、徐々に習熟していく2人の連携もあってか大きなダメージはない

 途中で昼食を挟みながらも探索を進めると、昼過ぎから2時間ほどでナプガーナ密林の出口に辿り着いたようだった

 

 

 

 ナプガーナ密林を出た先の光景は、レイブンにとっても見覚えのある場所だった。先日通ったばかりなのだから、それは当然のことなのだが…………

 レイブンがイシの村を旅立ってデルカダール城に向かう時に通った道だ。記憶が確かならば直ぐ近くにイシの村があるはずである。そのことをカミュに伝えると、彼は心なしかほっとしたように見えた

 

 

 

「おっ、やっぱりそうか。じゃあ、早速行こうぜ」

 

 

 

 この数日で見慣れた不敵な笑みを浮かべたカミュがそう促してくれる。彼としても目的があるため、レイブンの用をさっさと済ませてしまおうと考えるのは当然のことだ

 しかし、レイブンは首を横に振った。無念そうに眉を顰めていたが、瞳には強い光が灯っている

 

 

 

「………………村には帰らない。僕が行くことによってデルカダールに気づかれてしまうかもしれない」

「それはそうだが………。なら、どうするんだ? お前のこと心配してるかもしれねえぞ?」

「うん。だから、少し考えがあるんだ。〈馬呼びの鐘〉が近くにあるから一旦其処に行こう」

 

 

 

 其れは、確かに懸念してしかるべきことではあった

 レイブンは王座の間でデルカダール王に問われた際に定住はしていなかったと言ったが、相手が彼の物言いを本当に信じているかは疑わしい。そうでなくとも、指名手配犯として捜索されている身である

 王命とあっては草の根を掻き分けるような勢いで2人を探していることだろう。もしイシの村に向かうところを見られてしまっては、レイブンとの関係を誤魔化すことは難しくなってしまうかもしれない。それを避けるために道中で思いついたことがあった

 

 

 

 2人は左右が崖に囲まれた隘路に入る。イシの村に繋がる一本道だが、此処にレイブンの探すものがある

 時々襲い掛かってくるスライムやモコッキーは先を急ぐレイブンの両手剣により文字通り薙ぎ払われていく。後ろをついていくカミュには、まるで無人の野を歩くような気分だったことだろう

 少しすると、道の脇にレイブンが〈馬呼びの鐘〉と呼ぶ鐘を見つけた。これを鳴らすことにより、離れたところにいても愛馬を呼び寄せることが出来るのだ

 

 

 

「ブルル……ッ!」

 

 

 

 鐘を鳴らして暫く待っていると、デルカダール王国の方からレイブンにとって見慣れた白馬がやって来るのが見えた

 荒々しい鼻息を鳴らして、レイブンに頭を擦り付けるようにぶつけてくる。どうやら大いに心配させてしまったらしい。馬は動物の中でも賢い生き物なので、或いは主人になにかあったことを察していたのかもしれない

 宥めるように鼻筋を撫でたり、頭を抱えるように抱きしめていると徐々に落ち着いてきた

 

 

 

「…………心配させてごめんね。早速で悪いけど、君にはお願いがあって呼んだんだ。これを村のみんなに届けてきてくれないかな」

 

 

 

 そう言って、レイブンは小さなポーチを白馬の首に引っ掛ける。ポーチの中には手紙が入っていた。昨夜に樵の小屋で手紙を認めていたのをカミュも見ていたので、自然と中身には検討がついたらしく複雑な表情を見せている

 首を優しく撫でさすりながら真摯に頼み込むと、白馬はコクリと頷いてゆっくりとした足取りでイシの村へと歩いて行った。走っていかないのは、レイブンが村に戻るつもりがないことを悟ったからだろう

 口を挟まずに遣り取りを見ていたカミュだったが、何処となく困ったような様子で問い掛けてきた

 

 

 

「なあ、レイブン。本当に顔見せなくて良いのか……? きっと、暫く会えなくなるぞ」

「それでも、みんなに危険が及ぶ可能性があるならこれが最善だと思うんだ。だから、此処にはあまり長居したくない。…………先に進もう。あともう1つ行きたいところがあるんだ」

「………………お前がそれで良いなら、もうなにも言わねえよ。その後で俺の目的に付き合ってくれたら、それで構わないさ」

 

 

 

 2人は足早にその場を後にする

 隘路を抜ける直前にレイブンは1度だけ振り返るがそれだけで、以降は振り返ることなくイシの村を背に歩き出した

 レイブンは知る由もないが、それから凡そ30分後、イシの村では怒り狂ったペルラやエマなどを必死に取り押さえるダンを筆頭とした男性陣がいたとか、いなかったとか………………

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 イシの村を後にして暫く、2人は西へと足を進めていた。偶然だが、カミュの目的地であるデルカダール神殿も同じ方向である

 道中でレイブンは自分の用事について話した。先日デルカダールの地下牢から脱出した翌日に不思議な夢を見たこと。その夢の中で謎の人物に、イシの大滝にある三角岩の下を掘り起こすように言われたことを伝えた

 突拍子もない話に初めはカミュも半信半疑だったが、この数日で幾度も起きた不思議な現象が脳裏を過ぎったのか、そんなこともあるかもなと一見投げやりな物言いで賛同してくれた

 

 

 

 レイブンたちは程なくイシの大滝に辿り着いた

 大滝と言うだけあり、轟々と音を立てる滝は壮観の一言だ。さわさわと風が木の葉を揺らす音や水を飲みにきた小鳥たちが奏でる音が混じり合い、なんとも風情のある場所であった

 その光景を前に、レイブンは懐かしそうに目を細めている。釣りが好きだった祖父に連れ添う形で、幾度かこの場所には連れてきてもらっていたのだ

 

 

 

 物思いに耽るように暫し目を瞑っていたレイブンだが、カミュに促されて思考を断ち切る

 青空を思わせる瞳に名残惜しげな色を見せながら、先を急ぐために目的を果たそうと滝壺の側にある特徴的な三角岩へと歩み寄る。レイブンは膝をついて岩の前にしゃがみ込むと、軽く地面の砂を払ってなにか痕跡を探そうとする

 すると、三角岩の正面側に1度掘り起こしたような跡があった。恐らく、此処になにかしらを埋めたのだろう。幸いというか近くに水辺があるため、程よく柔らかい土を素手で掘り出すと1つの箱を見つけた

 

 

 

 土汚れ以外には目立った破損はない。箱の仕立ては上等な様子で、劣化具合から埋めてから何十年と経っている訳ではないことはわかる

 背後からはカミュも興味深そうに顔を覗かせる。レイブンも覚悟を決めて箱を開くと、中には2枚の手紙が入っていた

 1枚は少し色褪せている程度だが、もう1枚はかなり劣化が進んでおりボロボロに擦り切れている。先程は気がつかなかったが2枚の手紙を手に取ると、手紙の下には蒼玉に似た美しい色合いの宝石が入っていた

 

 

 

「手紙か。1つはかなりボロボロだな」

 

 

 

 一体これはなんなのだろうか。宝石のような代物についても気になるが、まずは手紙の方を読んでみることにした

 ボロボロに擦り切れた手紙には妙に洗練された印が押されており、レイブンは何処かで見たことがあるような気がする。世界中を旅していた時か、或いは祖父に見せてもらった書物に載っていたのだろうか

 どうにも気になるが、答えは手紙を読めばわかるとレイブンの〈直感〉が告げていたので、慎重に壊さないようそっと開いてみる

 そして、手紙に書いてあった内容を見て、レイブンは彼にしては珍しく大きな動揺を表した

 

 

 

『レイブン………。貴方がこの手紙を読めるようになった頃、私はもうこの世にはいないでしょう。貴方が生まれて直ぐ、故郷のユグノアの地が魔物に襲われました。私は貴方を逃がすので精一杯でした。良いですか、レイブン。心ある人に拾われ立派に成長したら、ユグノアの親交国であるデルカダールの王を頼るのです。貴方は誇り高きユグノアの王子。そして、忘れてはならないのが大きな使命を背負った〈勇者〉でもあります。〈勇者〉とは大いなる闇を打ち払う者のこと。いずれこの言葉がなにを意味するのかわかる時が来るでしょう。レイブン………。一緒にいてあげられなくて、ごめんなさい。無力な……母を、許し………て…………』

 

 

 

 手紙の内容を読み解く限り、恐らくこれを書いたのは魔物の襲撃があった日なのだと思う。几帳面な性格なのか綺麗な字で書かれているが、最後の方は急いでいたらしく雑な走り書きになって途切れてしまっている

 この手紙を読んだレイブンは、猛烈に込み上げてくる感情があった。母への愛情と強い郷愁、故郷を襲ったという魔物に対する怒り、そしてデルカダール王を頼るように言っている母に対する疑問である。自分の出生が王子だったことは今はどうでも良い

 

 

 

 レイブンは中身が転生者であるため、育ての親であるペルラとは別に、自分をこの世に生んでくれた生みの親となる人物についても覚えている

 とはいえ赤子であった所為か、視界がはっきりとしていなかった影響で顔などは記憶になく、意識も曖昧だったのか記憶も途切れ途切れで朧げという拙いものだ。だが、なんとなく母親がとても綺麗で優しい理想的な女性であろうことは薄っすらとわかっていた

 それもあって、レイブンは今自分が抱いている愛情が親に対するものなのか少し自信がなかった。どちらにしても母親への愛情は強く、故郷を襲った魔物に対しては穏やかな気持ちではいられそうにない

 

 

 

「………………………。どうやらお前の母親の手紙のようだな。そっちの手紙はどうだ?」

 

 

 

 カミュの声にハッと意識を取り戻す。無意識の内に怒りの感情に囚われそうになっていたようだ。あまり良い状態とは言えない

 気分を切り替えるためにも、もう1つの手紙を読むことにする。母親からの手紙はこれ以上は破けないように丁寧に畳んで〈魔法の袋〉に仕舞って、2つ目の手紙を手に取った

 だが、再びレイブンは驚愕を隠せなかった。なぜならもう1つの手紙を書いた人物は、彼の尊敬する祖父であるテオその人だったのだ。……内容はこうだ

 

 

 

『親愛なる孫、レイブンへ。未来から来たお前に出会った後、儂は約束通りお前の道標となる物を此処に埋めておいた。母親の手紙はもう読んだかのう? あの手紙はお前が流されて来た時、一緒に入っていた物じゃ。儂はあの手紙に従いお前をデルカダール王国に向かわせたが、辛い思いをさせたようじゃの。お前から話を聞いて悩んだのじゃが、儂には未来を変えることがどうしても恐ろしく思えてお前の辿る運命を変えることは出来なんだ。卑怯な話ではあるが、許してくれなどとは言わぬよ。…………話を戻そう。なぜユグノアの地が魔物に襲われ、〈勇者〉が〈悪魔の子〉と呼ばれているのか。儂には見当もつかなかった。未来のお前はそのことについてもなにやら知っておるようじゃが、語りたくなさそうな様子だったので結局わからずじまいじゃな。なれば真実は自分の目で確かめるしかない。東にある旅立ちの祠の扉を開ける〈魔法の石〉をお前に授けよう。それを使って世界を巡り、真実を求めるのじゃ。お前が〈悪魔の子〉と呼ばれ追われる〈勇者〉となった全ての真実を………………。レイブンや。人を恨んじゃいけないよ。儂はお前の爺じで幸せじゃった』

 

 

 

 ………この手紙を読んで、レイブンに思うところがないと言えば嘘になる。不可解な点も多くあり、今此処で考えたところでわからないことばかりだった

 未来から来たというレイブンはテオと会い、それまでに起きたことを語ったのだろう。しかし、全ては話さなかった。その理由はわからない。少なくとも今のレイブンには知り得ないようなことを沢山、信頼する祖父にも話すことが出来ないような重大な情報を抱えていることは想像に難くない

 

 

 

 それから、テオが未来を変えることを恐れて出来なかったという記述については特に思うところはない。むしろ下手に行動しない方が正解だと、祖父の先見の明には感心するばかりであるくらいだ

 前世で未来や過去を変えるという物語が幾つか記憶にあるが、それらの殆ど全てが碌な結末ではなかった。タイムパラドックスは恐ろしい。この一言に尽きる

 故に、この先レイブンにできることは手紙に書いてある通りに世界中を旅する中で様々な謎を解明していくことだろう。出来ることならば、自らの手で解決してしまうのが望ましい

 

 

 

 1人で考えに耽っていると、不意に肩が叩かれた。この場にはレイブン以外にはカミュしかいないので、もちろん肩を叩いた人物は推して知るべし

 またしても沈思黙考に入りカミュの存在を忘れてしまっていたが、大まかな方針が決まったのであればのんびりしている時間はない。刻一刻とデルカダールの捜索の手は伸びているに違いないのだから

 

 

 

 テオからの手紙を丁寧に畳んで仕舞うと、続けて〈魔法の石〉が入ったままの箱を袋に入れようとして止める。なんとなく石だけは別にした方が良い気がして、服のポケットに仕舞っておく

 立ち上がってカミュと向かい合い、これからの行動方針を擦り合わせる。といっても、今までの動きに新たな目的が加わったに過ぎないので簡単な確認をするだけで2人の話し合いは直ぐに終わった

 どうやらカミュは自分の目的を果たした後も、レイブンを手伝ってくれるつもりのように思えた。危険な旅になりそうだが、彼であれば問題はないだろう

 

 

 

「よろしくな、レイブン」

「うん。こちらこそよろしく、カミュ」

 

 

 

 次なる目的地はデルカダール神殿。レッドオーブを新たに安置した場所である以上、一筋縄ではいかないと想定しておくべきだろう

 純粋な戦闘力でレイブンに比するのはグレイグくらいのものだと思うが油断は大敵という。追われる身であることを自覚した慎重な行動が成否を問う。それでいて素早く任務を遂行する必要があるのだから大変だ

 レイブンは最後にイシの大滝を目に焼き付けるように眺めて、先を歩くカミュの後を追っていった。この時の2人は、まさかデルカダール神殿があのようなことになっているとは露にも思っていなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これにて壱章6話を終了します
今回はサクサクと話が進みましたが、オリジナル展開になるので原作を知っている方にはどう映るのでしょうか?
あまり強い言葉は使わないでくださいね、私のメンタルは弱いのです

原作ではイシの村に向かうことでストーリーが進むのですが、この作品では手紙を送るだけになりました
これは最初からそのつもりだったので、壱章の1話目からそのための道筋を立てていました
もっと言えばデルカダール王への返答の時点でもしかしたらと感じていた方もいたのではないでしょうか?
世界中を旅して酸いも甘いも経験しており、便利な転生特典を持っていることもあって主人公は取り敢えずイシの村を守ることには成功しました
尤も、自己犠牲のような遣り方は褒められたものではありませんが

主人公の親に対する感情はかなり複雑なものです
本人に自信はありませんが、ちゃんと母親に向ける愛情ではあります
転生者として赤子の頃からある程度は成熟した精神性を得ていたのですが、赤子であるが故に基本的に意識は薄く、もう少し意識がはっきりとしていれば今のように悩むことはなかったでしょう
加えて、彼には母親が2人いることがややこしくしています
ペルラに対する愛情は親に向けるものだと自信を持って言えますが、記憶が曖昧な両親には無意識化での強い郷愁などが混ざり合い、正確に感情を掴むことが出来なかったということです
主人公は戦闘力的にはかなり強いですが、実際には精神的に不安定なところが幾つかあるので、それらが後々大きなミスに繋がります


さて、毎度後書きが長くなってしまい申し訳ないです
次の投稿日は2週間後の5月15日になります
カミュ視点の話として展開していく予定ですので、私が上手く表現できることを願っていてください
まあ楽勝だと思いますけどね!(震え声)

それでは、今回もお読み頂きありがとうございました
また次の投稿をお待ちください




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デルカダール神殿の攻防




一人称ってこんな感じでしたっけ?
なんか違和感が………しっくりこないというか
とはいえ、投稿日なので投稿します
もしかしたら後日、大幅に改稿するかもしれませんがその時は活動報告にその旨を記載しますのでよろしくお願いします

それでは、どうぞ





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隣を歩きながら周囲の警戒を怠らないレイブンを横目に見て、奇妙なことになったものだと改めて思う

 初めてデルカダール王国の牢獄で出会った時は本当に驚いた。仮にも〈勇者〉と呼ばれる人間が投獄されるということについてもだが、いつかの預言者の言う通りに俺がレイブンと出会ったこと自体に驚きを隠せなかった

 預言の通りなら〈勇者〉であるレイブンが〈悪魔の子〉として指名手配されている現状に疑念がなかったと言えば当然あった。例えば、此奴が〈勇者〉の名を騙ったともなれば投獄されるにしても不思議はない。まあ今ではそのような疑いはなくなっている

 

 

 

 レイブンは強かった。全容を把握したわけではないが、その戦闘力は俺では及びもつかないほどであることは間違いない。デルカダールの地下水路で遭遇してしまった恐るべき怪物、あの黒いドラゴンを1人で倒してしまったと言うのだから呆れる他ない

 戦闘力だけではなく精神的にも強靭であるのだろう。最初に出会った時こそ投獄されたことに動揺するような素振りを見せていたのだが、今はもう泰然とした様子を崩さない。粛々と現状を受け止めているかのようだ

 もちろん思うところはあるだろう。だが、それを表に出さずに自らの為すべきことを見据える様は俺にとって眩しく見えていた

 

 

 

「?……カミュ、どうかした?」

「ん……ああ、いや。なんでもない」

「それなら良いけど。いつ魔物に襲われるかわからないから警戒はしておいてね」

 

 

 

 考えごとをしながら歩いていたためか、レイブンに軽く注意されてしまった。念のためといった言い方であるのは、この辺りに生息する魔物ではレイブンの脅威にはならないからだ

 ナプガーナ密林を介したことで少し遠回りになったが、イシの大滝を抜けた先はもうデルカダール地方ではなくデルカコスタ地方になる

 魔物の種類はそう大きく変わらないが、先程襲ってきたメソコボルトはデルカダールには生息していない魔物である。群れでいることが多く連携もしてくるため、厄介な魔物という印象が強い。とはいえ、レイブンの大剣の1撃で纏めて両断されていたけどな

 

 

 

 そしてなにより、レイブンは凡ゆる面で強いだけでなく優しい心根の持ち主だ。まだ数日しか行動を共にしていないが俺でもわかる

 自分が指名手配を受けているという大変な状況にあるにも関わらず、困っている人を見掛ければ助けようと反射的に動いているように見えた。現状を理解していないわけではない。無茶真似をしているわけでもない。自分のできる範囲で誰かの力になりたいという想いの発露なのだと感じた

 

 

 

 強大な敵に立ち向かう勇気。誰かを救いたいという優しい想い。理不尽に晒されても折れない心。邪悪を退ける強い力。此れだけのものをレイブンは持っている

 その在り方は人を惹きつけるのだろう。俺もその内の1人だというのが未だに信じられない。でもわかることがある。俺がついて行きたいのは〈勇者〉ではなく、レイブンだからそうしたいと思ったのだ

 今は俺1人だが、そう遠くない内にレイブンの周りには多くの人々が集う気がする。その先でなにを為すのかはわからないけれど、まずは俺の目的を果たさせてもらうとしよう

 遠くに見えたデルカダール神殿の中の何処かにあるであろうレッドオーブ。かつて情けなくも藁にもすがる思いで求めたあの宝玉へと静かに想いを馳せた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くして、俺たちがデルカダール神殿に到着したのは陽が最も高い時間帯だった。今から潜入したとして警備の数にもよるが、夕刻前にはレッドオーブを手に入れることも難しくはないと判断した

 潜入する前の腹ごなしとして、神殿の手前にある木陰に隠れながら干し肉を噛みちぎる。隣ではレイブンも同じように腹を満たしていたはずだが、今はもう食べ終えてボーッと空を見上げている。優男といった見た目とは裏腹に随分と早食いだな。物足りなかったのか袋からレッドベリーを取り出して食べ始めた

 

 

 

 それにしてもレイブンは不思議な奴だ。こうして見ていると普通の少年にしか見えない。とてもではないが〈勇者〉なんて大層な存在には思えない

 しかし、戦闘ともなればガラリと豹変するのだ。キャンプで休んでいる時のボンヤリした姿が幻だったのではないかと思うほどに勇躍する。剣を薙ぎ払い魔法を放ってと縦横無尽に動き回り魔物を殲滅してみせる。それでいて此方への支援も忘れない。味方であればなんとも頼りになる存在だ

 俺にはどちらが本当のレイブンなのかわからない。まあどちらでも良いのかもしれない。何処か抜けたところのある奴だが、その辺りは俺が補えば良いだろう

 

 

 

「……よし!待たせたなレイブン。陽が落ちるまで時間もそんなにないからな。早速デルカダール神殿に潜入と行こうぜ!」

「うん。なにがいるかわからない。警備もいると思うし、油断しないで慎重にね」

 

 

 

 レイブンを促すと、即座に意識を切り替えたのか先程までの茫洋とした様子は掻き消えた。実に頼りになる様相で装備を確認している。どうやら神殿内では片手剣の二刀流で戦うつもりのようだ

 俺は変わらず〈聖なるナイフ〉の二刀流で臨む。現時点では此れが最も強い装備になる。レイブンは簡単に作っていたが、店売りではこうはならないだろう

 装備を整えた俺たちは警備の兵に悟られないように慎重に神殿へと近づいていく。そうすると徐々に違和感を覚えるようになった。隠れながら移動していたが、此れまで警備兵の姿を見掛けていない。国宝であるレッドオーブを守る以上は警備を置かないはずがないのだが

 

 

 

 違和感はあるが、今の俺たちにとって好都合ではある。警戒を維持したまま矢鱈と長い階段を上れば、もう神殿へと潜入することになる

 背後、左右を確認してもやはり警備の姿は見られない。明らかにおかしい。普段のデルカダール神殿の様子は知らないが、流石にこれは異常事態と言って良いだろう

 それだけではない。神殿の入り口に近づくにつれて鉄臭い匂いが鼻をついていた。レイブンと顔を見合わせる。間違いない。血の匂いだ……!!

 

 

 

「カミュ……!」

「わかってる!中に入るぞ……!」

 

 

 

 本来ならいるはずの警備兵がいない。人の気配がせず、神殿の中からは血なまぐさい匂いが漂ってくる。嫌な予感を振り払うように俺たちは神殿内に飛び込むような勢いで侵入する

 入ってすぐに異常は見て取れた。神殿の入り口から正面に向かって篝火に照らされた通路。石畳の通路には予想通りにデルカダール神殿の警備を担当しているであろう見覚えのある鎧を装備した兵士たちがいる。しかし、その全てが力なく倒れ伏していた

 

 

 

「おいおい。どういうことだ、これは…………。兵士が倒れている………。一体誰がこんなことを……………」

「…………身体が冷たくなってきてる。亡くなってからそんなに時間は経っていないみたいだけど…………。蘇生するにしても手遅れか……………」

 

 

 

 急いで駆け寄って声を掛けたが返事はない。既に生き絶えているようだった

 触れると身体は冷たくなってきていた。レイブンの言葉通りなら死亡後から時間は経っていないようだが、恐らくは酷い出血により気絶した後に失血死したのだろう

 蘇生呪文が使えるという意味の呟きに驚く傍、誰がなんの目的でデルカダール神殿を襲撃したのか考えを巡らせる。思い当たる節がないわけではない。俺と同じ目的である可能性が高いだろう

 

 

 

 色々と疑問は残るが、推測であっても競合相手がいるかもしれないならば先を急がなければならない

 入り口とは反対側の奥、行き止まりであるはずの彫像の背後の辺りから風が入り込んできている。近づいてみれば隠し階段と思われるものがあった。神殿の奥深くに繋がっているようだ

 経験上この手の宝探しでは人が寄り付かない場所に宝を隠すことが多いため、そういう場所を探すのが良い。つまり、この先にオーブがある可能性は高いが、それは同時に兵士たちを襲った何者かが既に侵入していることにも繋がる

 

 

 

「急ぐぞ、レイブン!」

「わかった!でも、魔物の気配がする!気をつけて先に進もう!」

 

 

 

 レイブンを促して階段を降りる。階段を降りたすぐ先で再び倒れ伏した兵士を発見するが、やはり既に事切れているようだ

 交戦した跡が残っている。入り口の近くで亡くなっていた兵士は見るも無残な有様だったが、この兵士の身体に残された傷は武器によるものではなさそうだった。鋭く鋭利なもので胴体を切り裂かれており、3本の傷跡が生々しく刻まれていた

 傷跡の形状から察するに刃物の類ではない。断面は歪であり、無理やり切り裂いたことがわかる。彼らを襲った犯人は魔物の仕業である可能性が高い

 

 

 

 階段の先は1本道の通路になっていた。これでは魔物も遭遇した際に避けるのは困難だろう

 いつでも戦闘に移れるようにしながらも、可能な限り急ぐために小走りで移動する。何処か澱んだ空気は魔物が潜んでいることを示唆していた。レイブンを先頭にして進んでいく

 何度かの角を曲がったところで新たに兵士を見つけるが手遅れだ。しかし、石畳の床に血文字でなにかが書かれている。先に兵士へと駆け寄っていたレイブンが読み上げた

 

 

 

「祭壇の間へ急げ………オーブが……あぶな……………」

 

 

 

 死の間際に残る力を振り絞ったのだろう。警備の交代として訪れる兵士たちに宛てたメッセージだ

 そして、俺の予感は間違っていなかったと確信する。此処を襲った何者か、恐らく魔物だと思われるが、それらの狙いは俺と同じくレッドオーブだったのだ

 焦りが胸に募る。強くレイブンを促そうと振り向いて、力強い瞳と交錯した。俺には見えないなにかを見据えているのか。凪いだ水面のように揺るがない瞳を暫し覗き込んでいると、気がつけば胸中を覆い尽くそうとしていた焦りはなくなっていた

 

 

 

 俺が平静を取り戻したことを察知したのか、珍しいことにレイブンは満足げに微笑んでみせた。どうにも気恥ずかしいが、無言で頷いて答える

 あのまま焦りに任せて先に進んでいれば、きっと道中で何度も魔物と交戦することになり、結果的に神殿の最奥まで到着する時間が遅れていたことだろう。焦ったところで事態は好転しない。むしろ悪循環しか生まない

 それになんだか、レイブンの瞳を見つめている身体の底から力が湧いてくるような感覚がある。不思議な感覚だが、不愉快ではないどころか心地良い。気の所為か身体が軽く感じられる。この分なら普段以上に戦闘で活躍することも難しくない。打って変わり高揚する気持ちを胸に抱えたまま、神殿の奥を目指し足を進めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!」

「これで……終わりだ!」

 

 

 

 今戦っていたのはインプ、メタッピー、ホイミスライムの3種類の魔物からなる混成部隊だった。10体以上にも及ぶ群れだったことで倒しきるまでに時間が掛かってしまった

 インプは個体としての強さは大したものではないが小賢しく厄介だ。メタッピーは動きが素早く攻撃の威力も高い。全身が金属質のため防御にも秀でており、此処で遭遇した魔物の中でも最も手強い相手だろう。ホイミスライムは名称の通りに《ホイミ》を使う厄介な相手だったが、レイブンが真っ先に仕留めに行くお陰で優位に戦闘を進められたのだと思う

 

 

 

 だが、此処までは非常に順調に進むことができていた。魔物との遭遇戦にしてもレイブンが早い内に数を減らすことで余裕を持って戦えていたし、なによりも神殿内の構造を知り尽くしているかのように道を間違えることなく先導してくれている

 デルカダール神殿に訪れるのは初めてだと言うが、それにしては迷う素振りもなく正しい道を選ぶ。レイブンはただの勘だと嘯いているが、なにか話し辛い理由でもあるのだろうか

 俺にとっては早く先に進めるのであれば否やはない。レイブンの先導に従っていると、地下1階に行くための階段を発見した。もちろん地下へと向かう

 

 

 

 地下で襲ってくる魔物にはあまり変わりはない。上の階にはいたスモークがいなくなって、代わりに神殿の外で見た絡繰エッグが増えた程度で問題はない

 急ぐため襲ってくる魔物だけを相手にして、文字通りに薙ぎ払っていく。当然だが俺にはそんな真似はできないのでレイブンが恐るべき勢いで蹴散らす。俺の目ではまともに見えないような速度で動いている

 そうして魔物と戦っているとは思えない速さで進み続けていると、なにやら大きな扉が見えた。アレが祭壇の間という場所だろうか

 

 

 

「ッ!」

 

 

 

 この先に兵士たちを殺した魔物がいる。レッドオーブも此処にあると思われる

 レイブンと顔を見合わせて頷きあう。覚悟はできている。意を決して扉を勢い良く開け放ち、大部屋の中へと飛び込んだ

 

 

 

 まず初めに目に入ったのは部屋の中央奥に設えられた祭壇だった。篝火に照らされた祭壇だけが薄暗い部屋の中でハッキリと浮かび上がっている

 そして、祭壇を囲むような形で2体の魔物の姿があった。いや、魔物たちが囲んでいるのは祭壇ではなく、祭壇の中央の台座に置かれた見覚えのある宝玉だ。レッドオーブ、やはり此処にあったか!

 魔物が俺たちの気配に気づいていない。なにやら話しているようだが、その話は俺にとって看過できない内容だった

 

 

 

「ケケケ。こいつは楽な仕事だぜ。このオーブを彼の方に渡すだけで褒美は思いの儘って話だからな」

「おい!なんの話をしてるんだ!?そのオーブは俺が戴くぜ!」

 

 

 

 我慢ならなくて割り込んでしまった。それで漸く魔物は俺たちに気がつく。此方を向いた魔物たちだが、明らかに此方を見下している

 青紫色の体色。背中に生えた1対の翼。頑丈そうな嘴に鋭い鉤爪。額の目も含めて3つの目が俺たちを煩わしそうに睨んでいる。その目に宿る感情は侮蔑。デルカダール神殿を守っていた警備兵たちのように脅威にはならないと考えているのだろうか

 あの魔物は知っている。イビルビーストだ。この辺りには生息していないはずだが

 

 

 

「ケケケ。なんだ、お前ら?まあいい。此処に来た不運を呪うんだな!」

 

 

 

 イビルビーストの内の1体がそう言うと翼を羽ばたかせて飛び上がり、此方に向かって襲い掛かってきた!イビルビーストが狙ったのは……俺か!

 俺を切り裂かんと振り下ろされた鉤爪は、素早く間に割って入ったレイブンによっていとも容易く弾かれた。それだけでは終わらない。鉤爪を弾いた剣とは反対の手に握る剣で反撃する。攻撃を弾かれて体勢を崩していたイビルビーストに避ける術はない

 空を飛んでいたお陰か、イビルビーストは辛うじて致命傷には至らなかったようだが、その胴体には深々と剣傷が刻まれていた。よし、此奴はレイブンに任せよう

 

 

 

 もう1体のイビルビーストも祭壇から飛び上がり、此方に向かって飛び掛かってきた。其奴はレイブンを狙っていたようだ

 しかし、レイブンは同時に襲い掛かってくるイビルビーストを相手に1度も攻撃を喰らわずに全て両手に握る剣で弾き返していた。反撃で鋭い蹴撃を喰らわせるのも忘れない

 

 

 

 俺も黙って見ているだけじゃなく、片方のイビルビーストに斬り掛かる。魔物はレイブンに意識を集中させていたことで、俺の攻撃には気づいていない

 そんな隙を見逃すはずもなく、渾身の1撃は狙い違わず喉元を切り裂いた。俺の攻撃で怯んだイビルビーストはレイブンの回し蹴りで吹き飛ばされる。空中に退避することもできずに地面を転がっていく魔物を追撃する。反撃の機会は与えない!

 

 

 

「おのれッ!人如きがよくもッ!──地の楔よ、我が敵を縛り給え──《ボミオス》!!」

 

 

 

 だが、追撃に放った短剣は飛び上がったイビルビーストによって躱された。それどころか、呪文による反撃まで許してしまった

 身体が急に重くなる。まるで体重が倍になってしまったかのようで、明らかに動きが遅くなったことが自分でもわかった。此れでは先程までのように戦闘を優位に進めるのは難しいかもしれない

 そう思ってレイブンに目をやるが、動き辛そうにしてはいるがなんの問題もなく戦っていた。今も敵の攻撃を捌いて反撃、それで1体目は倒し終わったようだ

 

 

 

「ケケケ!──風よ、渦巻け──《バギ》!!」

 

 

 

 2体目のイビルビーストは空中に退避したままで次の呪文を放ってきた。今度は攻撃呪文か……!

 魔力によって構成された3つの旋風が、俺とレイブン目掛けて迫ってくる。動きが遅くなった状態では避けられそうにない。せめてもの抵抗として、顔の前で腕を交差して防ぐことしかできない

 風の刃が身体を切り裂いていく。耐える。耐える。耐える。数秒ほど痛みに耐え忍んでいれば、次第に風の勢いが弱くなっていく

 

 

 

「──光よ、迸れ──《ギラ》!!」

 

 

 

 旋風がなくなって視界が開ける瞬間、背後から呪文が聞こえた。一条に延びた熱線が空を焼いた。イビルビーストの片翼を熱線が貫いて地に墜とす

 振り向けばレイブンが虚空に手をかざしていた。不思議なことにその身体に傷はない。どうやってイビルビーストの呪文を防いだのかはわからないが、空を飛んでいた敵が落ちた今が好機であることはわかる

 本当なら自分で仕留められるのに、また俺にトドメを譲ってくれるつもりらしい。悔しい気持ちはあるが、今はまだ俺が未熟であるのは仕方がないことだ。だから此れは借りにしておく。そんな想いは言葉に出さず、突き出した短剣はイビルビーストの目を貫いた

 

 

 

「ちっ、手古摺らせやがって。しかし、なんだって魔物がオーブを狙ってやがるんだあ?」

 

 

 

 戦闘はそれで収束した。2体のイビルビーストは消滅して、広間には静寂が戻った

 レイブンに傷を癒してもらいながら思わず悪態をついてしまうが、実際のところ疑問点は他にもある。お宝を魔物が求めることだけでなく、なぜデルカダール神殿に納められていることを知っていたのか。わからないことだらけだ

 それにしても強敵だったことは間違いない。少なくとも俺にとっては。レイブンがいなければ擦り傷では済まなかっただろう

 

 

 

「まあいいか。やっと手に入った。長かったぜ………。諦め掛けていたレッドオーブが今はこうして俺の手の中にある。レイブン。俺は確信したぜ。お前と一緒にいればいつか俺の願いは果たされるとな……………。おっと、願いはなにかって質問はなしだぜ。此れは俺の問題だからな」

 

 

 

 高揚するままにレイブンへと話し掛ける。照れ隠しも混じっているが、言っていることは紛れもなく本音だ

 その実力はもちろん、一握りの奇跡を手繰り寄せる此奴と一緒にいれば、きっと………そう思わせてくれるなにかがある。俺にはわからない不思議な力の持ち主であることも大樹の根っこの一件でわかっている

 レイブンならもしかしたら彼奴を助けられるかもしれない。そう思うが、やはりそれは最後の手段だ。凡ゆる手を尽くしても駄目だった時まで、自分のできる限りの力と手段を試さなければ俺の気が済まない。自分の手で果たさなければ贖罪にはならないだろう

 

 

 

「さて、やることも全部終わったし、お前の爺さんが言ってた東にあるっていう旅立ちの祠に向かうか」

 

 

 

 追求される前に話を切り上げる。次に向かうのは旅立ちの祠だ。なにがあるのかはわからないが、レイブンにとって悪いことではないだろう

 戦闘では頼りになるし、世界中を旅していた影響か知識も多い。それにしては普段はボンヤリとしていて正直目を離すのが怖い。率直に言って放って置けない奴だ。近くで見ておかないと心配になる

 この短い間でよくもまあ、情が湧いたものだと思う。それもまた俺らしいとも思うがな。なんにせよ、俺の目的のためにも此奴の旅には暫くついていくことになるだろう。なんとなく長い付き合いになりそうだと、そう思ったのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これにて壱章の7話目を終了します
読んで頂いた皆様ありがとうございます!

今回の話はカミュの視点で進めていきましたが、前書きにも書いた通り自分ではあまり納得のいく文章ではありませんでした
投稿する際に読み返して、違和感は大きくなりましたが修正するにも言葉が思いつかなくて断念………悔しいっ!。・゜・(ノД`)・゜・。
毎度文章が安定しなくて本当に申し訳ないですm(_ _)m
いつか理想通りの文が書けるようになるのでしょうか…………少なくとも今はイメージができないですね
これ以上はただの愚痴になってしまうのでやめておきます

ちなみに、主人公が敵の攻撃を防ぎまくっているのは〈直感〉のお陰です
この程度の敵であれば〈魔力放出〉に頼らずとも容易くパリィできると思いこのような展開にしました
バギを喰らって無傷だったのは〈対魔力〉の効果によるものです
基本呪文であれば完全に無効化が可能になります
ボミオスをレジストできなかったのは主人公の中にいる転生者さんが油断していた所為ですね
〈対魔力〉についての詳細は下記に記載しているので、ご興味のある方はご確認頂ければと思います


では、次の投稿は2週間後の水曜日、5月29日になります
色々と至らない作者ですが、今後とも応援よろしくお願いします
今回もお読み頂きありがとうございました!





ーー転生チート詳細ーー


・対魔力(C)
魔法に対する抵抗力。一定ランクまでの魔法は無効化し、それ以上のランクのものは効果を削減する。レイブン自身の意思で弱め、有益な魔法を受けることも可能。なお、魔力によって強化された武器や魔法的な現象を伴う技による物理的な攻撃は効果の対象外。本来ならクラススキルだが、転生チートなので細かいことは気にしない。Cランクでは各系統の基本呪文を無効化する。加えて基本呪文の上級に当たる魔法を大幅に減衰するが、その上級に位置する最上級呪文、更に系統別に存在する究極呪文などには微々たる効果しかない





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追うもの、追われるもの




お気に入り登録者数が………遂に200人を突破しました!
率直にいって嬉しい限りであります!
まさか自分の初作品をこんなにも多くの人が見てくれているなんて、感謝感激雨霰とはこういう時に言うんですかね!?
190人を超えた辺りから、それから毎日増えていないかずっとソワソワしていた気がします(笑)

もっと私の嬉しさを伝えたいところですが、私が興奮していても気持ち悪いだけだと思うのでこの辺りにしておきましょう
前話で伝え忘れていましたが、今回の話で壱章は最後になります
というわけで、前書きから長くなってしまって申し訳ありませんが、どうか楽しく読んで頂ければ嬉しいです!

それでは、どうぞ!





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事に〈レッドオーブ〉を手に入れたレイブンたちの次なる目的地は旅立ちの祠になった

 その過程に於いて、2人はデルカダール神殿で同じように〈レッドオーブ〉を狙う魔物に襲われるという思わぬ事態に見舞われた。どうにか力を合わせて打倒したもの、2人には少しの疑問が胸の中にシコリとして残ることになった

 

 

 

 その日は夜も更けてしまっていたので、近くのキャンプで身体を休めている時、レイブンが切り出す形で2人は疑問を共有していた

 なぜ魔物が〈レッドオーブ〉を狙っていたのか。厳重に管理されているはずのオーブの在処を知っていたことも腑に落ちない。まるで人間が如何やってか魔物に情報を伝えたかのようではないか

 魔物たちは手に入れた〈レッドオーブ〉でなにをしようとしていたのか。イビルビーストがオーブを渡そうとしていた彼の方とは何者なのだろうか

 

 

 

 結局のところ2人の中で答えが出ることはなかったが、お互いに似たような疑問を感じていたという認識を共有したことは良いことだったのだろう

 レイブンとカミュは出会ってからまだ数日しか経っていないとは思えないほどに仲良くなっていた。元々気が合う性格だったこともあるのだろうが、短い時間に濃い経験を共有していたのが大きな要因だと思われる

 その日2人は自然と眠くなるまで、焚き火を囲んで取り留めのない談笑に興じていたとか

 

 

 

 

 

 

 

 明くる日、2人が旅立ちの祠に向かう日がやってきた。既に出立の準備は昨日の内に済ませている。武器や防具の手入れも忘れてはいない

 レイブンもカミュも其々長期間の旅も経験しているので、この辺りは卒がないと言ったところだ。次の日に慌ただしく準備しながら片手間に腹を満たして、結局は出立の予定時間を超過するなんて遠足前の子供みたいな真似はしない

 余裕を持って食事を摂り終わり、少し予定していた時間よりも早く出立することになった

 

 

 

 旅立ちの祠までの道中にも当然ながら魔物はいるが、なるべく不必要な戦いは避ける形で先を進んで行く

 とはいえ、2人が気をつけても魔物の方から襲ってくることは避けられない。丘陵地帯なので見通しが良く、姿を隠すことも儘ならないのだから仕方ないが

 メソコボルトなんかは好戦的であるのか、レイブンたちに気がつくと集団で襲ってくることが多かった。戦闘中に仲間がやられて逃げることはないが、元から少数だと戦わずに逃げる姿を見る限り、群れを成すと強気になるタイプであることが分かった

 

 

 

 そうして適当に魔物を斬り捨てながら進むこと暫く、2人は木立へと入った

 この辺りはなぜか魔物の姿は見えなかったが、路とも言えない路は狭く、倒木なども多くて通るだけでも難儀する。途中でレイブンが倒木を大剣で叩き斬るという手段に出たりしたが、なんとか狭い場所で魔物に襲われるといった面倒な展開は避けられたようだ

 木立を抜けた先は広い草原になっていた。視界を遮るものもないので、青空の下には鳥ではなくガルーダが何体も飛んでいる姿が見えた

 

 

 

「こっちで合ってるはずだよな………?」

「うん……多分。そうだと思うけど」

「おっ!アレじゃねえか?奥にある建物……!」

「本当だ……!それじゃあ行こう……っっ!?」

 

 

 

 そんな会話をしながら、広い草原を見渡すようにして旅立ちの祠を探す。遠目にだが、カミュが其れらしき建物を発見した

 レイブンも確認して、それじゃあ行こうかと言おうとした瞬間、背筋に電流のような感覚が走った。〈直感〉が反応した時に感じる寒気に従い振り返ると、此処より離れた丘の上に騎馬に乗って武装した兵士がいた

 

 

 

 そして、兵士たちの中央に堂々とした様子で姿を現したのは、一際立派な黒毛の馬に騎乗したデルカダール王国将軍のグレイグであった

 グレイグは馬に騎乗したまま丘の上から草原を睥睨すると、フードを脱いでいたがために素顔が露わになっていたレイブンを見つけて顔を険しく歪めた。まるで親の仇を見るような、暗い情念の篭った表情だった

 

 

 

「見つけたぞ。〈悪魔の子〉め………」

「くそっ!此処まで追ってくるとはな!」

 

 

 

 レイブンが振り返ったことでカミュもデルカダール軍の存在に気づいて、悔しげに悪態を吐いた

 その間にも、グレイグを筆頭としたデルカダール軍はレイブンを補足するや否や、馬に騎乗した状態のままで丘の上から駆け下りて来ている……!緩やかな丘というわけでもないのにこのような真似を容易く可能とするのは、グレイグたちが馬との間に強い信頼関係を持っているが故にだろう

 馬を相手に走って逃げるのは分が悪い。必死の思いで周囲を見回す2人は少し離れた場所で草を食む2匹の馬を見つけると、一瞬の目配せの後に素早く動き出した

 

 

 

 馬2匹は突然駆け寄って来たレイブンたちに驚きはしたもの逃げ出すことはなかった

 運の良いことに鞍が着けられており、それを確認した2人は一息に馬へと飛び乗る。上腹もあるので思い切り走らせても鞍がズレるようなこともないだろう

 手綱を捌いて向きを変えると、今は実際の距離よりも遥か遠くに思える旅立ちの祠に向かって馬を走らせるが、その背後からは既に丘を降り切ったグレイグたちが迫りつつあった

 

 

 

 レイブンたちとグレイグ、両者が共に馬を駆ることにより互いの距離は大きく離れることも縮まることもなくなった

 硬直状態になったと思われたが、直ぐに状況を見て取ったグレイグが動いた。自らより半馬身ほど遅れてついてくる部下に片手を上げて合図を送る。合図を受けた兵士が持ち出したのは弓、ではなく小型のボウガンだった

 片手で扱えることができるように設計されたであろうボウガンに使われる矢は相応に短い。防具を纏った人間に痛打を与えるには少々弱いが、この場合に狙うべきはレイブンでもカミュでもない。馬の動きを止めてしまうだけで彼らの目的は達成できるのだから

 

 

 

 レイブンたちの“脚”となっている馬を狙って、兵士がボウガンを構える

 その攻撃の意志を〈直感〉により察知したレイブンが振り返り、素早く〈魔法の袋〉の中から鉄製の槍を取り出した。そして、槍の中程を握って水車のように豪快に手の中で回しすことで、レイブンが騎乗する馬の尻を目掛けて飛来したボウガンの矢を叩き落とした

 神業といっても過言ではない芸当だが、騎乗している状態もあって仮に槍がなければ同じような真似は難しかっただろう。実際にはそうはならないと思うが、剣であれば勢い余って馬を傷つける可能性もあり、その点では穂先のみに刃があり長柄で取り回しやすい槍は最適な選択だったと言えるだろう

 

 

 

「おいっ!レイブン、大丈夫なのか……!?」

「問題ない……!危ないから振り向かなくて良い!前だけを見て走れ………ふっ!」

 

 

 

 背後での攻防を悟ったカミュが振り返って尋ねる。場合によっては自分も加勢するつもりだったが、力強いレイブンの声が返ってきた

 舌を打ちながらもレイブンに言われた通り、前を向いて馬を走らせることに注力する。短剣ではどうしたってボウガンの矢を叩き落とすにはリーチが短すぎる。カミュに今できることはただ馬を走らせることだけだった

 その間にもレイブンは次々と放たれる矢を〈直感〉による擬似的な未来視の効果と自らの技量を駆使して、其れら全てを槍によって防ぎ切っていた

 

 

 

 その時レイブンの腰の位置にある袋から青白い光が、膨大な魔力と共に放たれた。余りにも神秘的な光景にグレイグもデルカダールの兵士たちも手を止めてしまう

 槍を持つ手とは反対の手で袋から取り出したのはレイブンが祖父のテオから譲り受けた〈魔法の石〉だった。徐々に発光は強くなっているのに眩しさはなく、優しく包み込むような光である

 〈魔法の石〉を掲げるように持つと呼応するように、先程よりもかなり近づいた旅立ちの祠の扉が開く様子がその場にいる全員の目に入った

 

 

 

「逃すものかぁっ!!災いを呼ぶ〈悪魔の子〉め!!」

 

 

 

 レイブンたちが馬の脚を早めた姿を見てグレイグが猛る。憎々しげに吐かれた言葉からは、やはり勅命以外にも極めて個人的な感情が窺えた

 グレイグは素早くボウガンを取り出すとレイブンの馬を目掛けて矢を放つ。だが、其れも予見していたレイブンにより、片手でありながら見事と言うしかない槍捌きで叩き落とされてしまい届かない

 

 

 

 妨害にも怯まず前に進み続けていたカミュが先に旅立ちの祠に続く石畳の通路に到達する。少しばかり遅れてレイブンも、更に遅れてグレイグ率いるデルカダール軍も迫って来ている

 石畳の通路は幅も広いとは言えない。其れを見て取ったレイブンの行動は実に迅速なものだった

 息が詰まりそうなほどの気合と共に右手に握る槍を大きく振り回すと、まるでブーメランのような容量で背後から迫るデルカダール軍に向けて投げつけたのだ

 

 

 

「ぬぅぅ……ぉぉおおおお────ッッ!!!!」

 

 

 

 仮にも鉄製の槍をブーメランに見立て片手で投げたレイブンも大概だが、其れに対処したグレイグもまた尋常なものではなかった

 通路は狭く背後には部下もいるために避けることが難しい状況。反射的に馬を止めてしまっても仕方ないと思わせるほどの勢いで飛来してくる〈鉄の槍〉を前にして、グレイグは一瞬も怯むような様子は見せず腰に帯びていた黒色の鞘に納まる剣を抜き放った

 目の前に巨岩があれば其れすらも叩き斬ったであろうと幻視してしまいそうな裂帛に合わせて虚空に閃いた剣は、狙い違わず槍の中央を捉えて嘘のように遥か遠くへと吹き飛ばしてしまった

 

 

 

 だが、元々レイブンの目的は攻撃ではなく、僅かでも時間を稼ぐための妨害に過ぎなかった

 英雄の呼び名に相応しく足を止めなかったグレイグとは対照的に、陽光を反射しながら凄まじい風切り音と共に飛来する槍はデルカダールの精強な兵士と言えど恐怖を感じざるを得ないものであったのだ

 微妙に思惑を外しつつも、確かに妨害の役目を果たしたお陰でレイブンはある程度の余裕を持って旅立ちの祠の扉の中に入ることができた

 

 

 

 旅立ちの祠の中心部には〈魔法の石〉と同じ青白い光が柱のように立ち昇っていた。その光の中にいるカミュに続いて、レイブンも馬から飛び降りて光の柱へと到達する

 すると、まるでレイブンを待っていたかのようなタイミングで青白い光の放出量が高まっていくのに合わせて扉が閉まり始める

 グレイグは更に愛馬の脚を早める。しかし、後一歩のところまで迫ったところで青白い光が弾けるように光を放った瞬間、レイブンとカミュの姿はふっと霞のように消えて、旅立ちの祠もその役目を終えたように扉を固く閉ざしてしまった

 

 

 

「………………」

 

 

 

 手綱を引いて愛馬を止めると、グレイグは鎧に身を包んでいるとは思えない身軽な動作で馬から降りる

 ガシガシと重い足音を鳴らして旅立ちの祠へと近づいて………………その手前で屈みこんで地面に落ちていた布を手に取り立ち上がる。色褪せた深緑色の布切れは、レイブンが顔を隠すために使用していた物だった

 手に持つ布を険しい顔で見つめた後、祠の扉を、その先で姿を消したレイブンを睨むようにして、グレイグは怒りに満ちた声で呟いた

 

 

 

「レイブン……。逃がしはせぬ。地の果てまで追いかけてやるからな…………」

 

 

 

 自分自身に誓うかのような調子で呟いた言葉を最後に、グレイグは踵を返した

 この件は一度王国に戻って報告する必要がある。場合によっては〈悪魔の子〉を逃した罪を問われるかもしれないが、それは致し方ないことである

 しかし、なんとしてもレイブンだけはこの手で捕まえてみせる。確かな決意を滲ませるグレイグは手に持つ布切れを強く握り締めた

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃────

 青白い光に包まれて姿を消したレイブンたちは、気がつけば先程までいた旅立ちの祠と瓜二つの場所に立っていた

 キョロキョロと周囲を見渡すも、グレイグは疎かデルカダールの兵士たちの姿も見受けられない。どうやら間一髪で逃げ切れたらしい。そう判断した2人は安心したような疲れたような顔を見合わせた

 

 

 

「ふぅ。なんとか助かったみたいだな」

「………もう少し判断が遅れていたら危なかったかもしれないね」

「だな……。取り敢えず、外に出てみるか………」

 

 

 

 其れが物理的なものであれ、精神的なものであれ、なにかに追われるというのは酷く疲れるものだ。英雄グレイグとその精強な部隊に追われるという心理的圧迫感は相当なものであると思われた

 レイブンは元より、カミュも〈悪魔の子〉の脱獄を手助けしたとして捕まれば死罪は免れないだろう。命が掛かっているのだから必死にもなる。その分の疲れは必然的に溜まるし、死が身近に迫るような感覚は暫く忘れられないものとなるに違いない

 

 

 

「しかし……此処は何処だ?見渡す限りなんにもねえぞ…………」

 

 

 

 2人が外に出ると、其処は旅立ちの祠………………ではなく、デルカコスタ地方とは思えない見知らぬ山の中。樹々は疎か草花の一輪も見当たらない荒れた山の何処かに建つ祠にいた

 カミュの言葉通り、遠くに見える風景にもなにかこの後の指針となりそうなものは見当たらない。村でも見えてくれたら、次の目的地としてまず其処に行くという選択が取れるというものなのだが。まあどちらにしても、山を降りるということは確定している

 

 

 

 まだ陽は沈んでいない。山を降りるには時間が掛かるだろうが、今から休んで朝になるまで山で過ごすよりは麓まで降りてしまった方が安全だろう

 とはいえ、流石に疲れが隠せない2人は暫しの休みを挟んだ後、重い腰を上げて下山のために足を動かしたのであった

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る────

 それは、レイブンとカミュがデルカダール神殿の最奥部にてイビルビーストを打倒して〈レッドオーブ〉を手に入れた時と同時刻のこと

 とある村で人知れず村の内部に侵入した魔物によって事件が起きていた

 

 

 

「くっ……しつこいのよ!このっ!あーもう、いい加減にしなさい!!」

 

 

 

 ボンッ!ボンッ!と小さな、しかし鋭い破裂音が断続的に響く。その音に混じって人間のものではない、魔物の悲鳴が聞こえていた

 その空間は霧が掛かったように視界が悪かったが、豊満な肢体に汗を滲ませる女性の姿だけは魔力の輝きによりハッキリと浮かび上がっている。頭の左右で2つに結われた美しい金色の三つ編みが揺れて、宝石のような紫の瞳が湯気に紛れた敵の姿を見据える

 

 

 

 まるで舞い踊るように魔物の攻撃を躱して、詠唱もなしに掌から拳大の火球を放てば的確に魔物へと当たっていく

 誰が見てもこの場に於いて有利であるのは女性の方だった。完全に流れを掌握しており、戦い方も危なげない慣れた様子だ。空間に立ち込める暖気により必要以上に体力を消耗しているようだが、それでもこのまま行けば時間は掛かっても女性の勝利は揺るがなかったはずだ

 そう、何事もなくこのまま行くのであれば。外から聞こえてきた悲鳴に、心根の優しい女性は思わず手を止めてしまった

 

 

 

「な、なにをする!?止めろ、離せ……!!」

「おい女、これ以上の抵抗は止めろ!この男がどうなっても良いのか……?」

 

 

 

 部屋の外からそんな声が聞こえてきたと思えば、影のような姿をした魔物に男性が引き摺られるようにして入ってくる

 何処か粗野な印象であると共に、妙に陰気な雰囲気が特徴の中年の男性は抵抗しているが、魔物の力には敵わず引き摺られるがままだった。男性が此処にきた目的は装いを見れば明白である。少しおかしなところはあるが、この状況で其れを気にしていられる者はいない

 

 

 

「人質を取るなんて……!アンタたち卑怯よっ!!」

「へへへ……。そんなことはどうでも良い。無駄な抵抗は止めておけよ。おらっ!お前ら、捕まえろ!」

「ちょっ!?このっ、何処触ってんのよ!離しなさいってば!そもそもどうして魔物が里の中に…………むぐぅ!?」

 

 

 

 絶体絶命の状態でも女性は怯まなかったが、しかし人質を取られてしまっては下手な攻撃はできない

 影のような魔物の号令によって押し寄せた魔物たちが一斉に女性の動きを封じるべく掴み掛かってくる。胸や太腿を触れられたことに抗議の声を上げるが、それも直ぐに口を塞がれてしまい喋れなくなってしまう

 上手く呼吸ができずに暴れるが、暫くして女性は気を失ってしまったのか、湯着に包まれた身体からは力が抜けていった

 

 

 

「……よし!漸く静かになったな。しかし、今日は運が良い!この女は上質な魔力をたくさん持ってやがる!これならデンダ様もお喜びになるぞ………!!」

 

 

 

 魔物たちは嬉しそうな声を上げながらグッタリと力の抜けた女性とついでに気絶させられた男の2人を運んで部屋の外へと出て行った

 其れから暫く経った後、再びその空間に人がやって来た。美しい金色の長髪に紫の瞳の女性は、入って来るなりキョロキョロと視線を彷徨わせながらなにかを探しているようだった

 

 

 

「あら……?お姉様ったら、何処に行ってしまわれたのかしら。此処から随分と離れた場所にお姉様を感じますし、もしかして私を探しに…………?少し残念ですが、お風呂はまた今度に致しましょう。まずはお姉様のところに向かわなくては……………」

 

 

 

 髪型以外は先程までこの空間────お風呂で果敢にも1人で魔物と戦っていた女性に瓜二つの女性は何事かを呟きながら、言葉通りに少し残念そうな表情のまま部屋を出て行った

 再び静寂の戻った部屋には纏わりつくような湯気だけが残る。それから暫くは店の女将が掃除のために現れるのみで、風呂に来る客はいなかった

 

 

 

 どれくらい時間が経っただろうか。湯着に身を包んだ女性が1人で入ってきて腰を落ち着ける。肌を優しく撫でつけて汚れを落としながらお風呂を満喫していると、テラスに続く扉が開いた

 恐る恐るといった感じに開かれた扉に視線を転じた女性は、サラサラの髪とツンツンの髪の男性2人が幼い少女を連れていることに驚いて。2人が自分とそう変わらない若い男性であることに気がつくと、揶揄うように悪戯っぽく笑って言った

 

 

 

「あら、やあねえ。女湯に入って来るなんて、お兄さんたら大胆なのね」

 

 

 

 この後、直ぐに女湯に入ってきた理由を教えられて。2人の男性と少女という変わった集団が去ってから、妙な勘違いをしただけでなく、気取った台詞を言ってしまったことが恥ずかしくて1人悶えていたのは女性だけの秘密である

 しかも、時間を忘れて悶えた所為で逆上せてしまい、女将に助けられることになってしまったりと、割と散々な目にあってしまい。今後は変なことを言うのは止めようと固く心に誓ったとか、誓っていないとか……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これにて壱章の8話目、最終話が終わりました!
此処まで私の作品を読んで下さった皆様ありがとうございました!


前々話くらいからは少し早足気味に物語を進めてしまった気がします
相変わらず文章は安定していませんし、急に展開が進んで驚かせてしまっていたら申し訳ありません
もっと読んでいて手に汗握るような戦闘描写や日常的な話ではほのぼのできるようにしたいのですが、想像だけはできても実際に書くとなるとやはり難しいことだと再認識させられているところでございます
諦めずに書き続けていたら上手な作者様たちの領域にいずれは近づけるのか、最近は少し心配になったりもしますが、今はとにかく焦らずコツコツと続けていこうと思います

今回の話でグレイグから逃げるところなのですが、本当は此処でカミュが格好良く決めてくれる場面がありました
主人公の騎乗する馬の尻にボウガンの矢が突き刺さり、落馬してしまった主人公を颯爽と助かるというイケメンムーブは都合上なかったことにせざるを得ませんでした
期待していた方には申し訳ないのですが、どうしたって〈直感〉のスキルを持つレイブンが容易く落馬させられるとは思えなかったのです
ちなみに、実は槍を扱えるという設定にしたのはこの場面のためでした
逆に言えば、これ以降はレイブンが槍を使うようなことは現時点では考えていないので、私の気が変わらない限りはこれで見納めになりますね

最後の場面切り替えの後の話は原作では正確に描写されていなかったシーンなので、私が勝手に考えた展開となっています
弐章に続けるための伏線と言いますか、まあ実際のところ書きたくなってしまったので書いただけなんですけどね
原作での仲間会話などから大体あんな感じだったのではないかという、ただの妄想垂れ流しです
三つ編みの女性たちもレイブンほどでは勿論ないですが、密かに強化されていたりするので少し変だと思っても生暖かい気持ちで流して頂けると大変助かります


さて、長い後書きは此処まで、次話からは弐章に入っていくーーーーーのではなく、1話だけ閑話を挟みたいと思っています
序章から壱章に移り変わる時と同じだと思って頂いて間違いありません
閑話を1つ挟んだ後は直ぐに弐章に移る予定ですので「本編以外は興味ねえ!」という方がいらっしゃいましたら、大変申し訳ないのですが4週間後の投稿をお待ちくださいm(_ _)m

次の投稿日は2週間後の水曜日、6月12日になります
前述したように次話は本編ではなく閑話の予定ですので、興味のない方は読み飛ばして頂いても本編に差支えることはありません
それでは今回もお読み頂きありがとうございました



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幕間
閑話②





今回は本編ではなく閑話になります。
以前に投稿した閑話と同じく3つの短編からなっています。

レイブンとカミュがキャンプで雑談するだけの話
昔のテオとレイブンが旅をしていた頃の話
その後のイシの村、手紙が届いてからの話

ーーーと、この短編3話でお送りします。
最後が後味の悪い終わり方をしていますので、シリアスが嫌いという方は読み飛ばして頂いても本編に差し障りはありませんのでご安心ください。
まあ作者の私自身にシリアスを上手く書く技量はないと思うので、数々の二次小説を読んで鍛えられた皆様が(´・ω・`)されてしまうような内容ではないないでしょう。

では、本日もお楽しみください





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜とあるキャンプの夜に〜

 

 

 

 

 

 

 

 デルカダール神殿の最奥にてイビルビーストを倒したレイブンとカミュの2人は、神殿から少し離れた位置にあったキャンプで疲れを癒していた。

 なぜか神殿に巣食っていた魔物やオーブを狙っていた理由などを考察しながら夕飯を食べていたが、食べ終わっても暫く考えていたが答えは出なかった。取り敢えず話は保留ということになり、今度こそ気を楽にして取り留めのない雑談を始めた。

 

 

 

 初めは当たり障りのない内容だった。どうやって強くなったのか。今迄にどんな宝物を手に入れてきたのか。そんな程度であった。

 拾われ子であるレイブンも、盗賊だったカミュも、そうなる経緯などにお互い深入りするのは躊躇われる。こうして旅を共にすることで仲良くはなっていても、踏み込んで良い領域と駄目な領域は必ずある。

 しかし、急にカミュが悩むように腕を組んで目を瞑る。パチリと焚き火の弾ける音だけが響く中、暫くして目を開けたカミュは真剣な表情で口を開いた。

 

 

 

「そういえば気になってたんだが、レイブンの爺さんってどんな人だったんだ?」

「お爺ちゃんは、うん……僕の尊敬する人かな。色々なことを知っていて、やろうと思えばできないことなんてなさそうで、なによりも自由な人だったよ」

「……自由か。まあ、其れはいいや。色々知ってたって言ったが、あの手紙にはまるでお前がこうなることを知っていたようなことが書いてあったよな。未来のお前から聞いたとかなんとか………って」

 

 

 

 そう言われて、レイブンも改めて手紙の内容を思い起こす。確かにそう取れるような、というかはっきり「未来から来たお前から話を聞いた」と書いてある。

 勿論レイブンには過去に行って今は亡き祖父と会話した記憶はない。だとすれば、あの一文は嘘であったのかといえばテオをよく知るレイブンは違うと断言できる。戯れに人を揶揄うことはしても、意味のない嘘をつくようなことはしなかった人だ。一考の余地もない。

 

 

 

 だが、そうなるとレイブンが過去に戻ってテオと話をしていなければ辻褄が合わない。あの手紙の存在がある以上は嘘でないことは間違いないのに、まるで過程を飛ばして結果だけが残ったような妙な感覚である。

 2人して首を傾げるが、実際のところ余り真剣に考えていない。翌日には旅立ちの祠を目指す予定だが、此処までに一度も追っ手とは遭遇していない。

 有り体に言えば、この時の2人は油断していた。本人たちも認識していない程度の油断ではあったが、此れが明日の修羅場を招くことになるとは思いもしなかったであろう。

 

 

 

「ふーん……レイブンにも覚えはねえのか。なにかお前が指名手配されてる現状の手掛かりくらいはあると思ったんだが、世の中そんな都合良くはないか…………」

 

 

 

 夜を徹して悩み明かすほど真剣には考えていなかったが、これから先も切っては離せない相方の問題であるし、カミュも適当に話を振った訳ではなかったらしい。

 というのも、基本的に彼は誤解されやすい性格なのだろう。普段の飄々とした態度から不真面目だと思われることが多いかもしれないが、彼は元来からして義理堅く人情に厚い男だった。

 

 

 

 世界は決して優しくない。カミュはそんな厳しい現実を知っているため常に人との間に一本の線引きをして、態と斜に構えたような態度を取っている。

 なぜなら、そうでもしなければ困っている人間を放って置けない性分の彼は見捨てることができないから。自分が生きるのに精一杯なのに人助けなんてしていられない。盗賊としての生活を彼なりに楽しんではいたが、当然のように裕福であるとは言えなかったのだから。

 或いは、無意識の内に人の心の奥深くに触れることを恐れているのかもしれない。それでもデクやレイブンを相手に親しい関係を築いてしまうのは彼が彼である以上は仕方がないのだろう。

 

 

 

「……まあ、何れわかることか。これ以上は考えても意味ねえし、他の話でもしようぜ」

「そうだね。でも、なんの話をしようか。今迄通りにお互いの知りたいことを訊くってことでどうかな?」

「それでいいか。じゃあ、さっき言ってたが、レイブンは戦い方とか、旅をする心得は爺さんから全部教わったんだよな。片手剣に大剣、二刀流は知ってるけど、他にはなにが扱えるんだ?」

「どんな武器を扱えるかって質問……? それなら基本的な武器は大丈夫だよ。僕は剣と徒手が得意だったんだけど、お爺ちゃんは槍と短剣と爪を好んで使ってたんだ。それで僕も教えてもらって、人並みには使えるようになれたかな。他の武器も使い心地を知っているのと知らないのとでは全然違うから、一通り握ったことはあるけど扱えると言えるほどではないね。実戦で使っても問題ないのは剣と徒手、あとは槍と短剣くらいだからカミュが期待してるほどじゃなかったかな……………?」

「いやその理屈はおかしい」

 

 

 

 なんとなしに質問してみたら、とんでもない答えが返ってきた。しかも、本人は全く凄いことだとは思ってないことが、のほほんとした顔から伝わってくる。

 駄目だ此奴……なんとかしないと………!! カミュは降って湧いてきた使命感に燃え上がった(燃え上がったとは言っていない)。レイブンには一刻も早く常識を叩き込まなければ、きっと後々とても恥ずかしい思いをすることだろう。

 だが、なんと言えばいいのか。冷静になって考えてみると大した問題でもないような気がしてきた。さっきは混乱してしまったが、別に少し勘違いしているくらいだし大丈夫だろ、と放置が安定と結論を出した。

 

 

 

「………カミュ? なにか気になることでもあった?」

「お、おう。なんでもねえよ。それより今の俺だと話を聞いてもお前の凄さが正直わからないな。レイブンさえ良ければ、また今度短剣を使って見せてくれよ」

「それはいいけど。まだデルカダールと近くて落ち着かないからひと段落したらね」

 

 

 

 急にカミュが黙ったので、レイブンが不思議そうに尋ねてくる。取り敢えずなんでもないと誤魔化して、話を逸らす。

 レイブンも特には疑問に思わなかったようで、素直に頷いて後日に短剣を使うところを見せると約束をした。この辺りの魔物ではレイブンに擦り傷をつけることも不可能なので、得意な武器以外で戦闘をする余裕くらいは普通にある。

 この時の妙に気持ちが落ち着かなかったのは明日の事態を無意識に察知していたからなのか。単純に追われる身であるために神経質になっていただけなのか。

 なにはともあれ、旅立ちの祠に向かう前日の夜は比較的に緩い感じで過ごしていた2人であったとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜過ぎ去りし日々の幻影〜

 

 

 

 

 

 

 

「お爺ちゃん……何処まで行くつもりなの? もう日が沈んできたし、キャンプを探さないと危ないよ」

「ほほほ。そう焦らなくても大丈夫だよレイブン。目的地の近くにはキャンプがあるから心配する必要もない。無理に急ぐと却って到着が遅くなってしまうよ」

 

 

 

 茜色に染まりつつある空。舗装のされていない荒れた道を慣れたように歩きながら、恐らく10歳にもなっていないであろうレイブンと呼ばれた幼い少年が、焦りを滲ませた口調で数歩後ろをゆっくり歩く老年の男性、かれの祖父を急かそうとする。

 それに対してレイブンの祖父は、柔らかな笑みを湛えてレイブンの不安を消し去るようにわかりやすく諭した。言葉通りに急ぐ必要はないのだろう。それに歩調こそゆっくりだが、年老いた外見からは信じられないほどに力強く荒れ道を歩いている。見た目通りの好々爺ではなさそうだ。

 

 

 

 幼さに見合わず聡明なレイブンは、彼が慕う祖父の言葉を正確に受け止めていた。昨日に仮面武闘会を観戦した時の興奮が残っていたのかもしれない。気が急いていたことも、ちゃんと自覚していた。

 久方振りの長旅であることも先を急がせようとした要因の1つだろう。日の位置を確認して冷静な判断を下しているように見えたが、実際のところは旅が楽しくて仕方がない子供なのだ。それでいて夜の危険もわかっているからこそ焦りに繋がってしまった。

 かなり足場は悪いので祖父の言うように、無駄な体力を消耗して本末転倒な結果になっていたかもしれない。

 

 

 

「…………うん。確かに焦ってたみたい。お爺ちゃんは凄いね。昔は世界中を旅していたって言ってたし、やっぱりこの辺りにも来たことがあるの?」

「そうじゃな………。儂の記憶が定かなら10年以上も前のことではあるが、この地には訪れたことがあるのう。当時はこの辺りの道もこんなに荒れ果ててはおらなんだが。しかし、あの噂が確かならそれも仕方がないのじゃろうな」

 

 

 

 そう言って懐かしそうに目を細めるが、何処か寂しげな表情に見えた。今でこそ全く舗装されていない道だが、かつての名残であるのか朽ちた看板が道端に転がっていたり、よく見れば踏み固められて自然にできた道とは違うことがわかる。

 それらの事実を確認して感心するように頻りに頷いていたレイブンだったが、祖父の最後の一言を聞いて首を傾げた。噂とはなんだろうか。いや、こんなにも荒れ果ててしまうような理由はまるでわからないが、祖父の言う噂には心当たりが1つあった。

 

 

 

「あの噂って………? うーん、あっ! もしかして此処に来るまでに寄った街で、お爺ちゃんが知らない人に訊いてたユグノアって言う昔に滅びちゃった国のこと?」

「うむ。ちゃんと話を聞いていたようじゃな。儂はてっきり、興味のない話で詰まらなくて聞き流しているものだと思ってたよ」

「えっ……ああ、うん! もちろん聞いてたよ。当たり前でしょ! 旅の中ではたった1つの情報が生死を分けることもある、って教えてくれたのはお爺ちゃんだよ。昨日泊まったグロッタの町の宿屋で女将に聞いてた時にも直ぐ横で聞いてたんだから!」

「ほっほっほ……それは済まんかったのう。疑うようなことを言って悪かったよ。ところで、ユグノア王国はどうして滅んでしもうたんじゃったか?」

「まだ疑ってるの!? ……えーと、ユグノア王国は急に現れた魔物の大群に襲われたんでしょ? 五大国の首脳陣で集まって何か秘密の会合をやっていたから兵士も沢山いたはずだけど、それでも対処できないような魔物の群れだったって………………」

 

 

 

 その光景を想像してしまったのか、レイブンはぶるりと大きく体を震わせた。国を滅ぼすほどの魔物、しかも五大国の1つであったユグノア王国を一夜にして滅ぼしてしまうくらいの規模は想像するだけでも恐ろしい。

 空と地を覆い尽くし、逃げ惑う人々に群がる魔物たちの悍ましい姿。果敢に戦い勝利を収めるも、何処からともなく現れた別の魔物に襲われる兵士。戦装束に身を包む精悍な面立ちの男、幼くも気品を感じさせる少女と手を繋ぐ凛とした雰囲気の美しい女性。

 白昼夢のように妙に鮮明なイメージが脳裏に浮かび上がったことで、恐怖によるものかレイブンはその場で立ち竦んでしまった。

 

 

 

「……………むっ!? これはいかん! しっかりするんじゃレイブン! 儂の声は聞こえておるか!? ………駄目か、意識が朦朧としておる。薬草を煎じている時間もなさそうじゃな。それならば! この魔法で治ってくれ────《ベホマ》!!」

 

 

 

 孫の異常に老年の男性は直ぐに気がついた。茫洋とした目で虚空を見つめながら荒い呼吸を続けるレイブンに必死に呼び掛けるが、まるで意識だけが別の場所に飛んでしまっているかのように反応がない。

 老年の男性は日中の暑い時や水分を十分に取っていなかった者が見せる症状に似ていると思った。そして、何十年も前の話だが、砂漠で倒れている人に対して回復の魔法を使用して症状が改善したことがあった。縋るような気分で今使える最上級の回復魔法を使うと、直ぐにレイブンの様子は良くなっていった。

 

 

 

 不思議な光景を見続けていたレイブンは、その光景が不意に途切れると同時に激しい疲労感を覚えた。視界は霞み体は怠く呼吸も荒い。目の前には自分の肩を掴んでおり、徐々に視界が回復すると祖父が酷く心配そうに顔を覗き込んでいるのがわかった。

 意識が戻ったことは老年の男性も理解できたようだ。無事で良かった、とレイブンを強く抱き締める。状況がわからないレイブンだが、年齢に見合わない成熟した精神が先程までの自分の状態を冷静に推理していた。

 

 

 

「……ありがとう。もう大丈夫だよ、お爺ちゃん」

「うむ。そのようじゃな。意識もはっきりしておるようだし、もう問題はなさそうかな? なにかあったら直ぐに言うんだよ。しかし、急にどうしたんじゃ………?」

「うぅん……ごめんなさい。でも、変な光景が見えてたんだ。なんて言えばいいのかわからないけど、とても怖かった気がする」

 

 

 

 そう言ったレイブンはどんな光景が見えていたのかを覚えている限り詳細に祖父へと伝えた。既に朧げになり掛けている記憶を掘り起こしながら話すと、老年の男性は暫く唸った後に納得したように頷いた。

 なにかに納得した後、老年の男性は「怖かった」と言ったレイブンを今度は優しく抱き寄せる。そうすると抱き締められた孫の体が僅かに震えていることに気づいて、安心させるように軽く背中を摩った。気丈な様子で説明をしていたレイブンだったが、聞いた通りの光景を見たとすればそうなるのも当然と言うものだろう。

 

 

 

「なるほどのぅ……。そんなことがあったのか。今日はもう休んだ方が良さそうじゃな。目的のキャンプまではそう遠くはない。あともう少し頑張れそうかな?」

 

 

 

 祖父に優しい調子で言われて素直に頷く。レイブンは自分がどのような状態だったかは朧げにしかわからないが、それでも尋常ではない汗の量と疲労感、心配する祖父を見て余程の状態だったのだと推測できるだけの聡明さがあった。

 これ以上の心配は掛けるまいとつい先程までの物見遊山な気持ちはなくなっていた。体力の消耗具合から余りに長い距離は歩けないと思うが、せめてそのくらいはと気力を振り絞り移動を再開した。

 

 

 

 それから30分ほど歩いた後、老年の男性が言っていたキャンプに到着した。

 激しく体力を消耗していたレイブンにとっては、荒れた道を歩くというのはかなり辛かったようだ。キャンプに着くなり、椅子代わりの切り株に腰掛けてしまった。

 それでも顔を上げて周囲を見渡せば、其処はまさに跡地と言わんばかりの荒れ果てた場所であった。崩れ掛けた建物やその痕跡、少し遠くに見える朽ちた城跡がユグノア王国の名残であるのだと、不思議とレイブンは本能に近い部分で理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜イシの村のその後②〜

 

 

 

 

 

 

 

「────おばさんっ!! ペルラおばさん! 大変よ……! レイブンから手紙が来たの!!」

 

 

 

 バンッ! と音と共に荒々しく扉が開かれる。今日の仕事も終わり縫い物をして暇を潰していたペルラは心底から驚いて飛び上がりそうになりながら扉を見た。

 礼儀のなっていない扉の開け方をしたのは、なんと村長の娘であるエマだった。普段から礼儀正しい彼女が無作法な真似をしたことも驚きだったが、ペルラの姿を見つけたエマが口走った台詞によって彼女は勢い良く立ち上がって外へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 エマと共に家から飛び出したペルラは村の中央にある大樹を中心として村人が集まっている光景が見えた。近づいてみると村人が集中している真ん中にはレイブンのお供として旅立ったはずの白馬がいた。

 人混みを押し退けて中央に行くと、村長のダンと数人の村人が手紙を囲んでなにかを言い合っていた。明らかに深刻な雰囲気であり、一瞬近づくのを躊躇ったエマとは対照的にペルラはズンズンと押し入っていき、余りの剣幕に慄くダンを無視して手紙を奪い取った。

 

 

 

「ペルラ……!? ま、待つんじゃ! 見るんじゃない!」

「なに言ってるんですか村長……? 私の息子の手紙ですよね? でも、あの子がこんなに早く手紙を送ってくるなんて………………って、なんだいこれは!?」

「お、おばさま! 私にも見せて……!! ………………えっ!? そんな、レイブンが…………!?」

 

 

 

 ダンや周囲の止める声を一顧だにせず、レイブンから届いたという手紙に目を通す。旅に出た時には常に1ヶ月毎に近況の報告をしてくれるが、今回はまだ旅立ってから3日しか経っていない。なにかあったと思うのも当然であろう。

 それが杞憂であれは良かったのだが、ペルラの懸念は的中していた。追いついてきたエマも背後から覗き込むようにして手紙を見る。

 そして、手紙に書かれていた余りに壮絶な内容に驚いて、大声で叫びそうになったのを手で抑えた。なにかの間違いではないかと何度も確認してしまう。

 

 

 

『親愛なる母ペルラとイシの村のみんな。突然の手紙でごめん。そして、約束して欲しい。どうかこの手紙を読んだ後に軽率な行動はしないで。今まで通りに生活すれば良いだけだから。──────僕は現在デルカダール王国に犯罪者として追われています。〈勇者〉ではなく災いを呼ぶ〈悪魔の子〉として。もし捕まれば死刑は確定だと思う。こうして牢獄から脱出していなければ遠くない内に刑を執行する手筈だったみたいだからね。…………デルカダール王と謁見した時に出自を問われて、嫌な予感がしたから「定住していた場所はない」って嘘をついたんだ。だから村に迷惑を掛けることはないかもしれないけど、もしデルカダールの兵士が村に訪れたら僕のことは知らないってシラを切って。そうすればなにもされないはずだから。お願いします。………こんな手紙しか送れなくてごめん。僕はなんとかデルカダールから逃げ延びて、デルカダール王がどうして〈勇者〉を〈悪魔の子〉と呼ぶのか突き止めようと思う。幸い心強い旅仲間もいるし、僕は大丈夫だから心配しないでね。──みんな、お元気で』

 

 

 

 ペルラも震える手で字をなぞりながら何度も確認する。だが、何度そうしたところで書いてある文字が変わる訳でもない。まるで悪い夢でも見ているかのようで、周りの村人たちと同じように俯いてしまった。

 村長のダンも他の村人たちも一様に暗い表情をしている。自分たちが信じて送り出した村の子供が、〈勇者〉であるレイブンが〈悪魔の子〉などと呼ばれて犯罪者にされてしまっているとは思いもよらなかった。今この時もデルカダール王国から逃げようと奮闘しているレイブンを思うと、何処かで褒賞がもらえるのではと浮かれていた気持ちは吹き飛んでいた。

 

 

 

「お、お爺ちゃん! これに書いてあることって本当なの!? だったらレイブンを助けないと………!」

「………………ならぬ。手紙にも書いてあるじゃろう。デルカダール王がレイブンのことを〈悪魔の子〉と呼んだのであれば、儂らがなにをしたところで意味などない。エマ……お主のやろうとしていることはレイブンが最も望んでいないことなんじゃ」

「そんな……っ!? なら、どうすれば………!!」

 

 

 

 なにがどうして幼馴染が犯罪者として追われることになったかはわからないが、レイブンが大変な目に遭っているならとエマは声を張り上げる。

 しかし、ダンは力なく首を横に振った。大国の王が犯罪者として指名手配したのであれば一介の村長に如何にかできることではない。村人全員で押し掛けても、恐らく犯罪者を育てた者たちとして捕らえられるだけで事態は好転しない。人質として使われる可能性を考えると足を引っ張る危険性さえある。

 

 

 

 彼らにできることは歯を食い縛って耐えること。強く賢いレイブンならきっと大丈夫だと祈って、今までと変わらない日常を過ごすことだ。

 実際に村では今は亡きレイブンの祖父テオしか並ぶ者がいないほどの実力を持っていた。幼い頃から祖父に連れられて世界中を旅していた彼には各地に知り合いがいるし、地の利も得ることができるはず。優しくお人好しという弱点にもなり得る性質さえ悟られることがなければ、余程のことがない限り捕まるとは思えない。

 

 

 

 村の子供たちは慕っていた兄貴分が大変な目に遭っていると聞いて、エマに同調して「助けないと!」と言っていた。だが、幼くも賢い彼らは深刻な表情で話し合う大人を見て自分たちでは力になれないのだと理解して、泣きそうになりながらも、ぐっと堪えて口を噤んだ。

 そうなると誰もなにも言えなくなってしまう。嫌な空気が場を支配するが、不意に黙って俯いて震えるだけだったペルラが口を開いた。

 

 

 

「………………本当に、馬鹿な子だねえ。兵士が来てもアンタのことを知らない振りをしろだって……? やっぱり馬鹿だよ。私がアンタをいなかったことにできる訳がないじゃないか────っ!!!!」

 

 

 

 ペルラの血を吐くような叫びが、その場にいるみんなの胸を締め付けた。彼女が愛息子のレイブンを心から大事にしていたことは村の人間であれば誰だって知っている。血が繋がっていないことなんて関係ないと、仲の良い姿をみんな目にしてきている。

 そんな彼女がレイブンの手紙を読んでどう思ったのか。余りにも悲痛な叫びからは彼女の心の内を推し量ることはできない。その日から暫く、イシの村から暗い雰囲気が消えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







今回はこれで終わりになります。
いつもながら読んで頂きありがとうございます。


短編1話目はレイブンとカミュが普通に雑談するだけ。
原作に於けるボスを倒してレッドオーブを確保した後の束の間の休息ですね。
この2人は大体こんな感じの雰囲気だということがわかってもらえたら嬉しいです。
まあ、特筆して話すようなことでもありませんかね。

次の2話目は昔のレイブンとテオが旅をしている時の話です。
原作を知ってる人は読んでいてわかったと思いますが、2人が旅をしていたのはユグノア地方になります。
本編を読んでいれば知っているでしょうが、原作主人公のレイブンが生まれた本当の場所ですね。
細かい描写について解説するとネタバレが大変なことになってしまうので、皆様でお好きなように想像してみてください。

最後の3話目は言うまでもなくイシの村のその後についてですね。
レイブンが手紙を送ったことは、果たして良かったのか悪かったのか。
ペルラを筆頭とした村人たちの嘆き具合を鑑みると、決して最適な判断だったとは言えなかったでしょう。
ですが、村を守る一手と考えれば間違いなく正解だと思います。
他にも方法があったかもしれませんが、レイブンに転生した中身の人は平凡の域を抜けないので、これが(作者の)精一杯でした。
このやり方には賛否両論あるとは思いますが、どうか生温かく見守ってくださると助かります。

さて、次の話からは新章となっていきます。
新しい仲間も一気に2人増えたりしますが、原作を知っている方の中ではお待ちかねだった方もいるのではないでしょうか。
そういう私もやっとここまで書けたという思いで一杯です。

次の投稿はいつも通り2週間後の水曜日、6月26日になります。
それでは本日も読んで頂いてありがとうございました。
また2週間後にお逢いしましょう!




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弐章 勇者と双葉の賢女
逃げ延びた勇者





大変お待たせ致しました!
1週間も投稿が遅れてしまい申し訳ありません………。

今回の話から新しい章に移ります。
情けない限りですが、最近の忙しさとスランプなのか思うように文章が書けない所為で、いつにも増して文章が不安定になっています。
見るに耐えないと思う方もいるかもしれませんが、どうかご容赦頂きたいです。

それでは、どうぞ………。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デルカダール王国は────かつては五大国、現在に於いても四大国の1つとして世界に認知されている巨大な力を持つ国家である。

 特に現国王モーゼフ=デルカダール三世は賢君と知られている。広大な領土は他の大国と比べても恵まれた風土。貧富の差はあれど民の暮らしも豊か。なにより「猛将」グレイグと「智将」ホメロスの2人を両脇に控えさせる姿に国民は絶対の安心感を覚えていた。

 

 

 

 そんなデルカダール王国から各国に文書による伝令が送られた。文書にはデルカダール王が認めたことがわかる印が押されているのだ。

 何事かと文書に目を通した各国の王たちは驚きに目を見張った。先代の王が亡くなり代替わりしたクレイモラン王国を除いた王たちは文書に記された内容が信じられず、16年前の宣言を翻したデルカダール王の真意が読み取れなかった。

 

 

 

 文書には先日デルカダール王国に来訪したという〈勇者〉について記されていた。デルカダール王は〈勇者〉を名乗る少年と謁見した後に、彼を災いを呼ぶ〈悪魔の子〉として投獄したとある。

 しかし、その日の内に〈勇者〉を名乗る少年は同じく牢獄に囚われていた罪人の手を借りて脱獄。追っ手を差し向けるも激しい抵抗の末に取り逃がし、現在も逃亡を続けている。もし各国の領内で発見されたならば速やかに一報を入れて欲しいと書かれていた。

 既にデルカダール王国では指名手配しているとの旨も記されてある。真意の見えない文書に各国の王たちは未来に暗雲が立ち込めるような不安に襲われる中、デルカダール国内には新たな動きがあった。

 

 

 

「──ホメロスよ。首尾はどうなっておる」

「……はっ! ここ数日収集した情報によりますと〈悪魔の子〉の痕跡は各地に存在していました。ですが、あの場で本人が証言した通り1つ所に留まることはしなかったのか、彼の者が定住していたであろう土地に関する有力な情報は得られませんでした」

 

 

 

 デルカダール城の王座の間に繋がる通路にある一室。他ならぬデルカダール王の私室の中で、そのような会話がされていた。

 1人はもちろんデルカダール王。もう1人はこの国が誇る参謀、智将ホメロスと呼ばれる男だ。先日レイブンが訪れた際に、デルカダール王の命により部下を引き連れて〈悪魔の子〉の痕跡を探しに行ったのだ。

 デルカダール王とホメロスの2人はレイブンが語った定住はしていなかったという話を信じていなかった。故に、その根拠を見つけるためホメロスは動いていた。

 

 

 

 しかし、各地にある伝手を用いて情報を集めたが、2人が求めていた情報は得られなかった。

 この事実が示すのはレイブンの証言が嘘ではなく誠であったか、或いは容易にはわからないように情報の操作がされているかのどちらかだろう。そのように2人は考えた。

 実際にはデルカダール領内を隅から隅まで探せば発見できることであるが、まさか領内に名前も知らない村があるとはこの時は思いもしなかった。

 

 

 

「ふむ………。納得はいかぬが、まあ良い。グレイグが〈悪魔の子〉を取り逃がしたことはもう聞いておるか?」

「はい。城内では既に噂になっておりましたので。事実だったのですか?」

「うむ。お主とは違い使えぬ奴よ……。そこで、だ。ホメロスよ。お主にも〈悪魔の子〉の捜索を命ずる。あの者は必ずや捕らえねばならぬ。その意味は、わかっておるな?」

「はっ…!! このホメロス、謹んで拝命致します」

 

 

 

 新たな命を受けたホメロスは優雅に礼をする。その動作からは真にデルカダール王に対する敬意が篭っているようだった。

 だが、それと同時に伏せられて見えないホメロスの顔には暗い喜悦が滲んでいた。それを知ってか知らずか、デルカダール王はホメロスの従順な態度に満足げに頷いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 グレイグ率いるデルカダール軍から逃げ延びたレイブンとカミュの2人は、現在荒野の真っ只中を歩いていた。

 レイブンたちがいる場所はデルカダール地方でもデルカコスタ地方でもない。旅立ちの祠に入った時に、見知らぬ場所に移動してしまったようだ。盗賊として各地で宝探しをしていたカミュでもこの辺りには来たことがなかった。

 

 

 

「………もしかしたら僕は昔この辺りに来たことがあるかもしれない。多分ホムスビ山地………。記憶が確かなら近くに村があったと思うよ」

「マジか! それなら久し振りに宿で眠れるかもしれねえな……。早速その村に行こうぜ!」

 

 

 

 だが、スライムベスやガルーダなどの魔物と戦いながら下山している間、レイブンはなにかを確かめるように周囲を見渡していた。地面に触れたり太陽の位置を眺めたり、熱水が湧き出て水溜まりになっているのを見て確信したようにそう言った。

 祖父のテオと共に世界中を旅していたレイブンはこの地域、ホムスビ山地にも訪れたことがあったらしい。それを聞いて、なにも知らない場所のため野宿を覚悟していたカミュの足取りが少し軽くなった。

 

 

 

 2人は此処に来るまでの道程でかなりの疲労を感じていた。時間にすればデルカダール王国の牢獄から逃げ出してから未だに数日しか経っていないが、なにかに追われるというのは精神的にも疲労を溜め込みやすいものだ。

 レイブンとカミュも例外ではない。2人共に色々と経験豊富だが、国という強大なものに追われるのは流石に初体験である。

 グレイグ将軍という追っ手から逃げ延びて、旅立ちの祠によってデルカダール地方から海を跨いだ場所にあるホムスビ山地に移動したことにより、暫くは安全である可能性が高い。だからこそ、近くに村があるというのが真実ならば羽休めには最適だと言えるだろう。

 

 

 

 一刻も早く休みたいと歩みを速める。魔物やらなんやらと蔓延る世界だが、旅人は一定数存在するので村があるなら基本的に宿はある。

 脱獄から始まり、城下町に忍び込んで、秘境を抜けて、神殿に潜り込み、グレイグから逃げる。たった数日の間に起きたことだとは信じられないくらいに慌ただしい時間を過ごした。幾ら旅慣れていても疲れてしまうのは仕方がないというものだ。

 しかも、魔物が2人の疲労なんてものを斟酌してくれるはずもないので常に襲われ続けており、レイブンは兎も角カミュはそろそろ限界に近くなっていた。

 

 

 

「くっ……! この野郎、いってぇな……!!」

「………! …………っ!!」

 

 

 

 ドンドコと喧しく太鼓を叩きながら、魔物は拳を振るって勢いよく殴り掛かってくる。ドラムゴートという名前の魔物だ。

 度重なる疲労によって回避行動が遅れたカミュは真面に攻撃を受けた。それでも咄嗟に自ら背後に飛ぶことでダメージを減らしたのは流石と言うべきか。

 地面を滑るように着地した後、持ち前の軽やかな身のこなしで素早くドラムゴートの側面へと移動する。カミュが見たところこの魔物は力が強くタフだが、動きの速さと言う意味では鈍重だった。故に、カミュは素早さを活かして短剣で斬りつけては離れてを繰り返す。

 

 

 

「いい加減、しつこいんだよ……!!」

「…………っ!!?」

 

 

 

 そうした戦い方に切り替えても2回ほどカウンター気味に痛打を浴びていたが、7度目の交差で漸くドラムゴートを倒すことができた。でっぷりと太った人型の大きな太鼓を持った奇妙な姿の魔物は粒子になって消えていった。

 ふぅ…と小さく息を吐いて、離れた場所で複数の魔物を相手にしているレイブンを見る。片手剣の二刀流で器用に危なげなく戦っており、加勢する必要がないくらいに圧倒していた。

 

 

 

「ピキーッ!?」

「ギョエ……!?」

「………!?」

 

 

 

 右手の剣でガルーダの鉤爪を弾き、左手の剣でスライムベスを斬り捨てる。一刀両断されたスライムベスには目もくれず、その勢いのままに反す刃で弾かれて蹌踉めくガルーダも仕留める。

 ガルーダを仕留めた右の剣に引っ張られるように身を翻して飛来した火球を躱し、鈍重なドラムゴートに左の剣を叩き込む。上空から襲い掛かってくるガルーダと地面から跳ねるように飛び掛かってくるスライムベスの2体は、軽やかに踊るように回転した拍子に両の剣で撫で斬りにされた。

 

 

 

 一連の動きは正しく『剣の舞』とでも言うのが相応しいものだった。華麗で美しい舞いのようでありながら、虚空に刻まれる銀閃と共に敵を斬り裂く。

 デルカコスタ地方よりも更に少しだけ魔物が強くなっているが、レイブンには微々たる差だった。カミュも多少は負傷しているが問題はない。とはいえ、疲れによって不覚を取る回数が増えてきているのも事実なので、早いところ村に向かった方が良いのは間違いなかった。

 

 

 

「おっ、この先から道になってるな。お前の言う村も近づいてきたんじゃないか?」

「そうだね。もう少しだったはずだよ」

「よし…! もう一踏ん張りだな……!!」

 

 

 

 そんな風に魔物と戦いながらも下山したところで、明らかに整備された道が見えてきた。道幅はそれなりに広く、そこから鑑みるに馬車なども時折往来するのであろうことが推測できる。

 あと少しで村に着くと聞いて気合いを入れ直したカミュと頷いて小さく微笑むレイブンは、ガルーダを筆頭に時折襲ってくる魔物を蹴散らして進む。

 

 

 

 太陽は頂点から大分西側に傾いており、徐々に周囲の山々が夕焼け色に染まっていく。

 日が落ちるという焦りが2人の裡に生まれるが、ちょうどレイブンの先導に従い進んだ先から人の気配がした。木で造られた柵があり、物見櫓で警戒している人や門前で警備している人たちが見える。

 旅人という出で立ちのレイブンとカミュの姿を見て、彼らは僅かに眉を顰めるような様子を見せた。どうやら余所者には居心地が良い村ではなさそうだが。

 そうは言っても追い払われるというほどではないようで、2人は無事に目的の村に到着したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ……やっと人のいる場所に着いたぜ。これからどうしたもんかな…………」

 

 

 

 ホムラの里。レイブンとカミュが辿り着いたのは、そんな名前の村落だった。

 村に入って漸く張り詰めていた気が休まったのだろう。追っ手の心配をする必要もないので、カミュは溜息を吐き出しながらそう言った。

 ホムラの里は小集落と言えばいいのか。見る限り村人の住居であろう建物の数は少なく、イシの村と同じように少人数の村人たちで協力しあって暮らしていることがわかるが、それでも他所と交易があるためか宿の存在が確認できるところから隠れ里という訳ではないのだろう。

 

 

 

 この地域は大きな山脈に囲まれており、ホムラの里に程近い場所にあるホムスビ山はその筆頭と言える。

 ホムスビ山は現在でも火山としての機能は失われておらず、山内には人体など一瞬で溶かし尽くす溶岩で溢れかえっている。同時に鉱山でもあり、昔から里の人々は鉱物資源により近隣の国と交易することによって日々の生活を賄っていた。

 

 

 

 溶岩の影響でこの辺り一帯では温泉が湧き出る。地熱によって地下深くに溜まった地下水が温められて、それを里に引っ張り込んでいる。

 というわけで、ホムラの里は特産品として周囲の山から鉄を集められるだけでなく、温泉という天然資源による集客を図ることもできるのだ。里に訪れる行商人などからすれば、売買の後に温泉に入って英気を養うというのが楽しみになっている。

 だから、レイブンとカミュの2人に気づいたとある里の人間がこうして声を掛けてくるのは予定調和とも言えたかもしれない。

 

 

 

「おやおや、お兄さんたちは見たところ旅の方のようですね! いやあ、良い時にいらっしゃいました! わたくしつい先日、里の奥の方で蒸し風呂屋を開店したばかりでして………………。今でしたら先着100名まで無料でご入浴頂けます! この機会、ご利用されないと損ですよ〜!」

 

 

 

 小太りの中年の男性がレイブンたちに近づいてくるや否や、挨拶もそこそこにマシンガンのような勢いで繰り出される商売文句。口を挟む暇も与えてくれない。

 旅人であるというのは身軽な装いを見て判断したのだろう。行商人ならば馬車を引いて護衛を雇うし、他国のお貴族様であっても同様である。それでいて2人だけという、このご時世では明らかに少ない人数ということもあって腕の立つ旅人、イコールで金を持っているという結論に至っていた。

 

 

 

「おい……悪いけど俺たちは風呂なんか入ってる暇はないんだ。客引きだったら他を当たりな」

 

 

 

 そんな皮算用がされているとは露とも知らないカミュは、一顧だにせず素気なく断りの言葉を入れる。

 今日までの数日が激動の日々だったので疲労は溜まっているため宿で休みたいとは思うが、風呂で汚れを落とすという行為は余り重要とは思えなかった。

 今の2人は一国に追われる身であり、海を跨いだ地域にいるとしても敵は四大国の1つデルカダール王国だ。到底油断できる相手ではないので、今日のところは早めに宿をとって疲れを取って明朝に里を出るというのが理想的な動きだ。

 

 

 

 ────という思いと、疲れ切っている状態にも関わらず無遠慮な商売文句を受けたことで、カミュの言葉に倹が加わっているのも無理からぬことだと言えた。

 まだ肉体的にも精神的にも余裕のあるレイブンは微かに眉を潜めただけだった。常ならば気にするほどでもないと眉一つ動かさないだろうが、流石にグレイグの追撃を振り切るという大事を成した後だったこともあっていつもより気が張っていた。

 

 

 

 だが、元々からして無表情であることの多いレイブンが少し表情を動かした程度では、彼と親しい関係にある人物くらいしかその機微を察知することは難しい。

 例え内心では「ちっ、面倒な奴に絡まれたな………」と吐き捨てていようとも、表情としてはちょっと眉間に皺が寄るくらいの変化しかない。だが、そこは流石に商売人と言うべきか、2人が乗り気でないとわかってアプローチの仕方を変えた。

 

 

 

「ダメですよぉ〜、お客さん。どんな時でもお風呂はちゃんと入らないと、不審者に思われちゃいますよ」

 

 

 

 なるほど上手い手だ、とレイブンは思う。彼は諭すような口調で注意をしているように聞こえるが、カミュの言葉で2人が色々と訳ありであると察したが故の脅し文句でもある。

 此処で断れば言葉通りに不審者扱いされる可能性が高い。ホムラの里は小集落であるために恐らく村人同士の結束は強いだろう。この男性がレイブンたちのことを積極的に怪しい奴だと吹聴して回れば、一夜のうちに噂が広まっていても不思議ではない。

 

 

 

「確かにちょっと………臭うかもな。風呂なんてこの先もあるかわからねえし、入れる内に入っておくか…………?」

 

 

 

 そう考えて胸中で苦い思いをしているレイブンとは異なり、カミュは男性の言葉を違う意味で捉えていたらしい。

 不審者だと思われちゃいますよ、という言葉の裏に臭いますよ? と言われているのだと考えたのか。少し慌てたような様子で自分の匂いを嗅いで思うところがあるようだ。まあ野宿を繰り返せば臭くなるのは当然である。

 というわけで、カミュは明らかに乗り気になっている。レイブンとしても断るのが難しそうなので否やはない。

 

 

 

「なあ、レイブン。折角のチャンスだから今のうちに汗を流していこうぜ。俺は先に行ってるからな」

「はい! 1名様ご案内〜! さあさあ、此方でございます。あっ、足元気をつけてくださいねっ!」

 

 

 

 汗臭いことに気づいたからには早く汗を流したいのか、カミュはそう言ってサッサと先にお風呂へと向かってしまう。風呂屋の男性もなんとか捕まえたお客を逃したくないようで、意気揚々と案内をかって出ている。

 こうなっては仕方がないので、先に宿だけは確保しておこうと予約を済ませる。幸い部屋は空いていたので1部屋取って、レイブンも里の奥にあるという風呂屋に向かう。長い階段を上っていると、不意に言い争う声が聞こえた。

 

 

 

「いっ……たぁ〜い!! ちょっと、レディには優しくしなさいよ! 乱暴な男はモテないわよ!?」

「あーもう、ピーピーうるせえな! 悪りぃけど今は忙しいんだ。ガキの相手をしてる暇はないんだよ」

 

 

 

 幼い少女の声が聞こえたので少し急いで階段を上りきると、押されたのか投げ飛ばされたのか尻餅をついた少女と店員と思われる少し人相の悪い青年が言い争っていた。

 普段のレイブンなら直ぐに言い合いに介入して仲裁するところだが、今回は動くことはなかった。いや、正確には動けなかったというのが正しい。言い争っている少女、特徴的な赤い頭巾と赤いローブを着た彼女を見て驚嘆したように息を呑んでいたのだ。

 

 

 

「なによ! マスターと話すくらい良いでしょ!? マスターなら逸れちゃった妹のこと知ってるかもしれないんだってば!」

「此処はガキのくる場所じゃねえんだ。迷子の相談なら里の入り口に詰所があるから、其処で話を聞いてみな」

「ふん、わかったわよ! マスターなら話が通じると思ったけど、こんな石頭がいたんじゃどうしようもないわ」

 

 

 

 そうしてレイブンが硬直している間に言い合いは終わり、聞いた限りでは少女の方が折れたようだった。

 まあ少女の幼さを考えれば店員の男の言葉もある意味では当然だとも言える。10歳にもなっていない少女の妹とやらが、まさか酒場に来るはずがないのだから、代わりに詰所を紹介したのはせめてもの親切か。

 なにはともあれ、里の入り口にあるという詰所、つまりはレイブンの方に少女が振り返る。憤懣やるかたないという様子でどしどしと歩くが、目の前に人がいることに気がついて顔を上げた。

 

 

 

「あれ? アンタは………!」

 

 

 

 機嫌が悪そうだった少女は、しかし、レイブンの顔を見て驚いた様子を見せる。まるでいるはずのない人間がいたことに驚嘆したような反応だった。

 そんな少女の反応でレイブンはハッと我にかえる。そして、改めてマジマジと少女の姿を確認する。赤頭巾と赤ローブ、綺麗な金髪は三つ編みにして頭の左右で2つに結わえられており、宝石のような紫の瞳は驚きによってから大きく見開かれている。

 その姿はレイブンの記憶にあるものと寸分違わず同じもので、最後に会ってから8年もの年月が経っていることを考えればあり得ない幼さだが、不思議と彼女がそうであると認識していた。

 

 

 

「ベロニカ………? でも、なんで………」

「────驚いたわ。まさか、こんなところでアンタと会えるとはね。運命ってわからないものね………。本当なら色々と話したいところだけれど、今はいなくなったあの子の方が心配」

 

 

 

 少女──ベロニカと呼ばれた彼女は、困惑を隠せない様子のレイブンを見て落ち着いたのだろう。僅かに掠れた声で問い掛けた言葉には答えず苦笑した。

 ベロニカは喜んでいるような、呆れているような、或いは焦っているように見える表情でレイブンと目を合わせながら独りごちる。話し掛けているのではなく自分の考えを纏めているような言い方だった。

 そこにきて、レイブンは漸く彼女の隣にいるはずの片割れの姿が見えないことに気がつく。思わず表情に疑問が浮かぶ彼に気づいていない訳でもないだろうに、ベロニカは敢えてそれを無視して横を通り過ぎる。ついその姿を見送ってしまうが、階段を降りる直前で彼女が振り返った。

 

 

 

「アンタと此処で会えたのは、もしかしたら大樹の導きかもしれないわね。後で話したいことがあるから、時間を作ってくれない?」

「………わかった。また後でね、ベロニカ」

「ええ……。ありがと、レイブン。また後で会いましょう」

 

 

 

 そう言って、後で話す約束を取り付けて歩き去るベロニカの後ろ姿を見送る。

 レイブンとしても聞きたいことが多くて頭の中が纏まらない。風呂屋にカミュを待たせているし、後で話す時までには今よりは落ち着いているだろう。

 そう考えて、一旦思考を切り替えて風呂屋に続く道に足を向ける。だが、姿の見えないもう1人の少女とまるでレイブンのことを探していたような言い方。ベロニカは大樹の導きと冗談交じりに言っていたが、此処で会ったことは偶然ではないとレイブンも感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これにて弐章の1話は終了です。
今回も読んで頂きありがとうございます。

前書きにも書きましたが、改めて謝罪をさせてください。
1週間も投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
今日まで辛抱強くお待ちくださっていた読者の皆々様につきましては、本当に感謝の念が絶えません。
今後ともよろしくお願いします。

今回の話は弐章の導入といった感じですね。
どうにも最近は文章が浮かんでこなくて執筆が進まず、そんな状態で強引に書いたので文章が乱れに乱れてしまいました。
弐章でメインとなるベロニカと会うまでを導入にする予定だったので、ギリギリなんとかなったというところでしょうか………?
正直に言って1話からこの調子では先が思いやられますね。
今の私の状態がスランプと言うのであれば、読み専だった頃に思っていたよりも結構キツイものです。


まあ作者の詰まらない愚痴は兎も角、次の投稿につきましては元々の予定通りに来週の水曜日、7月10日に投稿したいと思っています。
とはいえ、先に説明したようにスランプに陥っているのか自分でも思ったように文章が書けません。
もしかしたら今回と同じく本来の予定日を超過してしまう可能性がありますが、その際には活動報告にて事前にお知らせしますので、もし「あれ?今日は投稿していないな?」と思いましたら、そちらの方をご確認頂ければ私としても助かります。

それでは、お読み頂いた皆様ありがとうございました。
また次の投稿をお待ちください。




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大魔法使いベロニカ




ーーーーお久しぶりです、読者の皆様方。
前回の投稿から大分遅れてしまいまして、本当に申し訳ございません。
この場をもって心よりの謝罪とお気に入りから消すこともせずに待ってくださったことに、尽きることのない感謝の言葉を申し上げます…………ありがとうございました。

1ヶ月以上の間隔をあけての投稿となりましたが、活動報告を見てくださった方は既に理由はご存知とは思います。
前書きにて失礼しますが、これから先の投稿につきましては取り敢えず以前と同じ2週間ペースでの投稿とさせていただこうかと考えております。
とはいえ、未だに色々と不安のある身ですので、投稿予定日を超過してしまう可能性についても此処で言及しておきます。


今回の話は以前に感想でいただいたアドバイスを参考にさせてもらって書き上げたものになっています。
具体的には、途中で三人称から一人称の主人公視点に切り替わっています。
切り替えが下手で読みづらくなっていたり、以前とは書き方が違って嫌だという方もいるかもしれませんし、それに伴って文量も1万を超えてしまっていますが、文章が安定しない現状ではこれが駄作者の精一杯なので、どうか寛大なお心でもって見守っていただけると幸いです。



それでは、前書きが長くなってしまい申し訳ありません。

ーーーーどうぞご覧ください。






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然の昔馴染みとの再会にレイブンは困惑を隠せずにいた。取り敢えず後で話をするということなので、今は思考を切り替えて風呂屋へと向かう。

 途中でベロニカと言い争っていた酒場の店員から声掛けされたり、10歳に満たない男の子と女の子がなにやら演劇めいた遊びをしていたのを横目に見ながら、無駄に長い階段を上っていく。

 階段を上りきると漸く風呂屋が見えた。カップルと思われる男女が言い争っていたり、何処かの国の高貴な身分の出であろう女性がぶちぶちと誰に言うのでもなく愚痴を零していたりという姿が気になりつつも、いつまでもカミュを待たせるのも悪いので急いで風呂屋に入る。

 

 

 

「おお、里の入り口でお会いした方ですね! お連れ様ならつい先程、蒸し風呂へご案内したところです。早速ご利用されますか?」

 

 

 

 風呂屋に入ると、あの男性が出迎えてくれた。カウンターがあるので、其処で受付をしているのだろう。

 レイブンは男性からの勧めに頷き、蒸し風呂に入る時に着用が義務付けられているらしい湯着を受け取って男性用であるらしい青い暖簾を潜る。

 暖簾の奥は脱衣所になっており、少しばかり急いで服を脱ぐと空いていた竹籠の中に入れる。そのまま湯着に着替えてカミュが待っているであろう蒸し風呂に繋がる扉を開くと、一気に視界が白い湯煙で覆われた。

 

 

 

 むわっと立ち込める湯気に僅かに眉根を顰めながら、板張りの床に足を踏み入れる。前方が見通せないくらいの湯煙がレイブンに纏わりついて、早くもサラサラヘアが顔にくっついていく。張り付く髪を鬱陶しそうに引き剥がして室内を見回す。

 すると、座席にゆったりと腰掛けて手拭いで赤を落としているカミュがいた。レイブンが近づいて隣に腰を下ろすと漸く気がついたようで、彼にしては珍しく爽やかに笑った。……随分と蒸し風呂を堪能してるらしい。

 

 

 

「よう、遅かったなレイブン。此処の蒸し風呂はなかなかいいぞ。客は俺たちしかいないみたいだからな。折角だから此処で一息ついていこうぜ」

 

 

 

 足を組んで何故か自慢げにそんなことを言う。まあ、今のカミュの顔を見れば誰でも満足していることはわかると思う。

 意外と綺麗好きなのか、なんだかんだ言って体の汚れを落とせたことが嬉しいのだろう。他の客がいないこともあってか、かなり寛いでいる様子だった。レイブンもその提案に否やはないので素直に頷いて、手拭いで汗と垢を拭い取っていく。

 

 

 

「しかし、俺たちこれからどうするか………。追っ手が此処に来るのも時間の問題かもな」

 

 

 

 それはそうだろう、とレイブンも頷く。なにしろ2人を追う相手は何処かの地方で顔が売れている程度の盗賊団なんてチャチなものではなく、世界でも有数の大国が全身全霊で追いかけてきているのだ。

 現在2人がいるのはデルカダール王国のある大陸との間に海を挟んだ場所にあるが、大国の力を総動員すれば海の1つや2つは余裕で超えられる。

 

 

 

 まあ、流石に今すぐという訳にはいかないだろうが、レイブンたちはそう遠くない内にデルカダール王国の情報網に捕捉されるはずだ。

 それがわかっているからこそ、2人は今の平穏な時間を甘受している。1月も経たない間に追っ手が差し向けられるであろうから、少しでも英気を養うためにも蒸し風呂に入ることを決めたのは、或いは現状ではこれ以上ないくらいに英断だったと言えるかもしれない。

 

 

 

「………ところで、お前少しはこの里を見て回ったんだろ? なにか気がついたことでもあったか?」

 

 

 

 折角の風呂で気を休めているのに無粋な話をしたとでも思ったのか、カミュは誤魔化すようにそう問いかけた。

 というか、先程も遅かったな、と言われたが別にレイブンは何処ぞで道草を食っていた訳ではない。後で満室になってしまって結局は野宿なんてことになるのが嫌だったので宿を予約したくらいで、他にはベロニカと少し話していただけである。

 特に気がついたようなこともなかったけれど、なにかあっただろうかと記憶を遡って、ベロニカと再会した時の騒動について話した。

 

 

 

「──なに? その妹を探してる女の子なら俺も見たが、お前の昔馴染みだったのか。理由はわからないけど体が小さくなってるねえ…………? しかしまあ、見た目通りの年齢じゃないって言うなら酒場で聞き込みをしようとしてたのも納得だな」

 

 

 

 予想もしていなかった話題に目を見開くカミュだったが、此処のところ驚きの連続なので直ぐに気を取り直して何度か相槌を打った。

 それはそれとして、今の話になにか思うところがあるのか、カミュは神妙というか悲しげというか。複雑な表情で視線を外すと、虚空へと視線を投げてポツリと言葉を落としていく。

 

 

 

「妹……妹か………。全く、出来の悪い妹を持つと兄ちゃんや姉ちゃんは苦労するよな………」

 

 

 

 カミュはそう言うが、誰かに愚痴を垂れるような言葉とは裏腹に声音には嫌悪感などはなく、優しく温かな響きが込められていた。

 彼にも妹がいるのだろう。……いや、何処か懐かしむような口調と決して許されないことを懺悔するような表情から、或いはカミュの妹はもう──────とそこまで考えてレイブンは頭を振って思考を切り替えた。人の過去を詮索するのは趣味の良い行いではない。

 

 

 

「ねぇ……」

 

 

 

 なんとなくお互いに喋るような気分にはなれず、2人揃って蒸気で白く染まった室内を意味もなくボーッと眺めていた時のことだ。

 不意に何処からか、この風呂の中の何処からか誰かに対して呼び掛けるような声が聞こえてきた。幼い少女を思わせるあどけない声で、深い悲しみを感じさせる声が静かな空間に染み渡るようにして2人の耳に届いた。

 

 

 

「…………おい、なにか喋ったか?」

「いや、僕は喋ってないけど。確かに今、女の子の声が聞こえたような──────」

 

 

 

「ねぇ、どこなの………?」

 

 

 

 気の所為とでも思ったのか、カミュは訝しげな顔になってレイブンに尋ねるが、当然ながら彼が喋ったわけではない。まあ確かに隣で喋られたらわかるし、益々以って謎である。

 首を傾げて顔を見合わせる2人だったが、またしても謎の声が聞こえてきた。キョロキョロと室内を見回したレイブンとカミュは、テラスに続く扉の方にボンヤリと浮かび上がる黒い影を見て素早く立ち上がり、いつでも動けるように意識を研ぎ澄ませる。

 

 

 

「おい。此奴はもしかして………。ゆう、れ…………」

 

 

 

 確信を持ってカミュが言い掛けた言葉は、しかし徐々に近づいてくる黒い影が正体を現したことで最後まで言うことなく尻すぼみに消えていった。

 蒸気の中から姿を見せたのは当たり前だが幽霊なんかではなく、袖で零れ落ちる涙を拭う幼い少女だった。見たところ湯着ではなく私服のようなので、女風呂から迷い込んだというわけでもなさそうである。

 

 

 

「どこなの……? どこにいっちゃったのよう…………」

 

 

 

 カミュよりも幾らか濃い色の青髪が印象的な少女は、そう言って何度拭っても涙が溢れる目を抑える。

 たった1人でいる少女、見える範囲には親らしき姿はない。誰かを探しているような言葉を漏らしながら、今も泣きじゃくっている。どう考えてもこの少女は迷子であるに違いない。

 2人はまた顔を見合わせたが、互いに考えていることが同じとわかり苦笑した後、ゆっくりと近づいて驚かさないように目線を合わせるために片膝をついた。

 

 

 

「……なんだ、驚かせやがって。お前こんなところでなにやってんだ?」

「ほら、怖くないから。僕たちに教えてくれない?」

「あたし……やどやでまってたのに………。おふろにいくってでかけたまま、もうずっとかえってこないの…………。どこにいっちゃったの……ひどいよ…………。ひっく、ひっく………」

 

 

 

 2人が怖がらせないように優しく話しかけると、未だに泣き続ける少女はそれでも一生懸命にレイブンたちに話をしてくれた。

 どうやら少女の親か、または保護者は彼女に言伝もなく何処かへと行ったまま帰ってこないのだとか。しゃくりあげて言葉もつっかえながら上擦った声で教えてくれた少女は話すことで更に悲しくなったのか、もう嗚咽を隠すこともできず更に泣き始めてしまった。

 

 

 

「はあ……迷子ってヤツか。──! ……なあ、レイブン。お前の昔馴染みだって言う女の子も妹を探してたんだろ? 酒場ならこの子の家族についても知ってる奴がいるかもしれねぇ………。ついでと言ったら悪いが、あの女の子も一緒に連れて行ってやらないか?」

「……それはいい考えだね! ベロニカ……っと、酒場の女の子とは後で話をすることになってたし、これから合流しよう! なかなか冴えてるね、カミュ」

「はっ…! 褒めてもなにも出さねえぜ……? ──さて、そうと決まれば………なあ、おチビちゃん。お前の名前はなんて言うんだ?」

 

 

 

 急に頭上に電球を灯した(幻覚)カミュはなにか名案を閃いたらしく、ドヤ顔で相棒に1つの提案してきた。

 実際にその提案は最高にクールで冴えてるものだった。これにはレイブンも感心の声を上げながら快諾する。彼としてもベロニカが探している妹は彼女と同じく友人なので行方が気になっていたし、目の前の少女も放っておくことなどできるはずもない。

 

 

 

 レイブンが断るとは思ってなかったのだろう。不敵にニヤリと笑みを浮かべて、賞賛の言葉を未だドヤ顔のままでクールに受け流す。

 これからの方針が決まったところで、カミュはできる男の風格を醸し出しながら、悲しげに嗚咽を零す少女に名前を尋ねた。妙に頼れる兄貴感があるのは、彼にも妹がいたからなのだと今のレイブンにはわかる。

 

 

 

「ひっく、ひっく………。あ、あたし……ルコっていうの…………」

「よし、ルコ。お前の家族を探すのを手伝ってやる。俺たちについてきな」

「1人は心細かったよね………。でも、もう大丈夫だよ。ルコ……僕たちと一緒に行こう?」

「ほ……ほんと? ありがとう…………」

 

 

 

 この青髪の少女はルコというらしい。泣いたことで上擦る声を必死に押し隠しながら、それでもキチンと自己紹介をしてくれた。

 ルコ本人の口から名前を聞いて2人は立ち上がると、まだ涙が止まらない痛々しい様子のルコを励ます目的なのか、少しばかり強引な物言いでカミュが彼女を促す。続いてレイブンが気遣うように優しく話しかけた。

 

 

 

 そんなレイブンたちの言葉に驚いたのか、目尻に涙を浮かばせたルコは大きな目を更に大きく開きながら2人を見つめる。その姿は、ついて行っても大丈夫なのか確かめているようにも思える。

 やがて大丈夫と言う判定が降ったようで、ルコは泣き腫らして瞼が赤くなったままに、華が咲いたように可愛らしく笑ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近は怒涛の展開で正直に言うと頭がついていかないよ………助けて、パト◯ッシュ! 

 

 

 

 ────なんて、遊んでいる場合でもないのだけど。

 いきなりネタに走ってしまいたくなる程度には、色々とこんがらがって混乱してる。でも、それも仕方がないと思うの。

 気がつけば指名手配されて、なんかイケメンな相棒ができた。祖父からの謎の手紙は意味不明だし、祠に入ったら次の瞬間には海を挟んだ別大陸にまで転移していたり、最早わからないことばかりだ………………。

 

 

 

 転生特典とか与えられていても、所詮は凡人である俺からすればこんな波乱万丈な展開はお断りだ。凡人には凡人らしく、平凡な日常がお似合いだと思うんだ。

 まだ手強い敵とはブラックドラゴン以外に遭遇していないが、きっと時間の問題に違いない。だって、実は中身がこんなヤツだとしても俺の体が〈勇者〉であることはもう確実と言っていいのだ。きっと、最終的には〈魔王〉みたいな素敵ネーム()の化け物と戦う羽目になる。………………もうやだ、たすけてッ(切実)

 

 

 

 

 閑話休題(彼が落ち着くまで暫くお待ちください)

 

 

 

 

 ──ふぅ、すまない。少し取り乱した。

 まあ、こうして愚痴を並べたところで意味はない。全くもって腹立たしいことに俺の体は意に反して勝手に動くのだ。この体との付き合いも長いけれど、未だにもどかしくて仕方がない。

 

 

 

 それはさておき、今は相棒のカミュと彼の隣に並ぶと兄妹にも見えるルコという少女と一緒にベロニカを探しているところだ。

 彼女をこの集落で発見した時は本当に驚いたものである。だって、俺の記憶にある8年前の姿と変わらないどころか、むしろ少し小さくなってるまである。他人の空似だと言われた方が納得できる。

 

 

 

 ベロニカと初めて会ったのは俺がまだ6歳の頃──────つまりは、10年前に祖父に連れられて彼女たちの故郷に行った時だった。

 俺の記憶が間違ってなければ聖地ラムダという名前だと思うが、確か祖父がそこの長老に用があったので旅の途中に訪れたという経緯がある。結局教えてくれなかったけれど、あの時はなんの話をしていたんだろうか? 

 

 

 

 大人は大人同士で話して、俺も同じ年齢くらいの双子の姉妹がいると言われたのでその子たちと遊んでいた。その双子がベロニカとセーニャという少女たちだった。

 ちなみに、聖地ラムダの人たちからは結構歓迎された記憶がある。なにやら村長の命の恩人が祖父であるとか言っていたような………………取り敢えず言わせて欲しい、本当に何者なんですかお爺ちゃんッ!? (遠い目)

 

 

 

 そもそもからして聖地ラムダの人たちは気性が穏やかで優しい人が多かったので、他の人里離れたコミニティにありがちな余所者に対する排他的な意識は少なかったようだ。

 穏やかというにはベロニカは当時から気が強い少女だったが、例に漏れず心根の優しい子であるのも事実だった。おっちょこちょいというか、どうにも天然度合いの高い妹のセーニャの存在もあって面倒見が非常によく、しっかり者のお姉ちゃんという印象が強かった。

 

 

 

 俺も転生者であるので精神年齢は高かったし、あの頃はまだ自分で体を動かせないことにかなりのストレスが溜まっていたので、彼女たちのような利発な子供たちとの会話はそれなりに楽しんでいた。

 そんなこんなで俺と双子姉妹は仲良くなったというわけだ。聖地ラムダには祖父が存命の間は何度か訪れていたし、祖父と俺の旅にベロニカとセーニャがついてくることもあったのでエマの次に親しい女の子たちだと言える。彼女たちとの遊びは苦にならなかった、というのも大いに関係あるが。

 

 

 

 まあ、実は2人は妙に勘が鋭くて、初めて会った時に俺がなにかに対して常に苛立っていることに気がついていたらしい。ドクシン=ジツかなにかです? 

 そのためか、ベロニカからは「アンタはもっと笑いなさい!」と言われたり、セーニャからも「……楽しんでますか?」不安げに聞かれることが多かった。幼い少女たちに心配されていたと知って、余りの情けなさに地味に落ち込んだ。……それで更に心配させた(悪循環)

 

 

 

 ──と、昔語りはこの辺りで終わりにしておこう。集落の入り口で今度は門番と言い合いをしているベロニカの姿を発見した。

 それにしても、本当に気が強いなあ………。今の彼女だとあんなガタイの良い男と本気の喧嘩になったら、手も足も出ないだろうによくやるよ。ベロニカから魔力を感じないのと、小さくなってるのには関係があるのかね? 

 

 

 

「全く、てんで話にならないわ。この里の連中、どいつもこいつも石頭ばっかりなんだから…………」

 

 

 

 そう言ってベロニカは、両手を腰に当てて怒りを露わにする。昔と全く変わらない仕草を見て、懐かしさに少しだけホッとしてしまう。最近は疲れることばかりだったし、やはり昔馴染みの存在は心が安らぐ。

 激おこぷんぷん丸の状態に触れるのは少し勇気が要るところだが、此方から声をかける前に俺たちの存在に気がついたらしい。同じくらいの身長のルコとまず目が合い、次いでカミュに目が向けられて、最後に俺の方を見て嬉しそうに笑った。

 

 

 

「あら、レイブンじゃない。こんなところにどうしたの? もしかして、あたしのこと探してた?」

「うん、御察しの通りだよ。ちょっと、事情があって………ベロニカにも悪い話じゃないと思うけど」

 

 

 

 一瞬で機嫌が良くなった理由はわからないが、悪化したわけでもないのだから気にしなくていいだろう。

 少し揶揄い混じりに言ってくるベロニカに対して、俺も珍しくはっきりと笑みが浮かんでいることを自覚しながら話を切り出す。

 すると、先程までの笑顔が一転、心苦しそうに眉根を寄せてガックリと肩を落とした。

 

 

 

「そう……。本当はあたしも色々と話したいことがあるんだけどね。でも、アンタには悪いけど、今はあの子を探してる途中なのよ。なにか嫌な予感がするし、早く見つけないと…………」

「そこでだ、おチビちゃん。俺たちがお前の手伝いをするために来たって言ったらどうする……? 俺とレイブンがいれば酒場にも入れると思うぜ?」

 

 

 

 まだなんの話かも言っていないのに断ろうとしているベロニカを見て、やはり彼女も内心ではかなり慌てていることがわかる。自分でも言ったように、本当に嫌な予感がしているということだと思う。

 そんな風に俺とベロニカが話していると、急に横からカミュが割って入ってきて彼により考案された話を持ちかける。しかし、一石二鳥の名案だとは思うのだが、この相棒殿はいつまでドヤ顔を引っ提げていくつもりなのだろうか? 周りの人からの視線がつらい………………。

 

 

 

「………………。………そういえば、確かにそうね。あたしとしたことが、うっかりしてたわ。やっぱり先入観ってものは良くないわ。────ところで、素敵な提案をしてくれたアンタは誰かしら?」

「お気に召したようなら良かったぜ。俺はカミュ、此奴の相棒なんかをやってるもんだ。よろしくな、おチビちゃん」

「ふーん……。カミュというのね。一応お礼を言っておくわ、ありがとう。………けれど、それとこれとは話が別よ。あたしのことを「おチビちゃん」って呼ぶのは止めてちょうだい。あたしにはベロニカっていう素敵な名前があるの。今度そんな呼び方をしようものなら、燃やしてやるんだから」

「おぉ、そりゃあ怖いな。わかった、燃やされるのは勘弁したいから、普通に名前で呼んでやるよ」

 

 

 

 ふと、カミュとベロニカの遣り取りを見て思った。この2人って、もしかして相性が悪いのかしらん? ほんのりと険悪なムードが漂い、敏感な子供らしく察したルコが怯えて俺の脚に引っついてくる。

 その行動でルコの存在を思い出したのだろう。ベロニカは不思議そうな顔で彼女を見つめた後、どんな結論に至ったのか戦慄の表情で此方を見てきた。

 

 

 

「レイブン……? その子どうしたの? 随分と懐いてるようだけど………………はっ!? まさかアンタ、誘拐してきたんじゃないでしょうね………!?」

「いやいや、そんなわけないでしょ。この子も家族を探してたから、一緒に探そうとしてただけだよ。酒場にでも行けば、ルコの父親の話も聞けるかもしれないからね」

「あー、うん……まあ、アンタならそんなところよね。あたしと会わないうちに嗜好が歪んじゃったのかと思ったけど、ただの取り越し苦労で良かったわ」

「あはは……。恐ろしい冗談は止めてくれないかな、本当に………………えっと、冗談だよね?」

「さあ、どうかしらね? ──それはそうと、よろしくね。あたしはベロニカよ、ルコって呼んでもいいかしら?」

「う、うん。よろしく、おねえちゃん………」

「おいおい、レイブン……お前遊ばれてるじゃねえか。見た目一桁の女の子に弄られるとか、側から見るとなかなかにアレな光景だぜ?」

 

 

 

 なんだかんだと和気藹々とした空気になって、奇妙な集団で纏まって酒場へと向かう。日も暮れ始めた時間なので、酒場の中はそれなりに盛況であった。

 入店すると直ぐに店員が声をかけてくる。見覚えのある男だ。記憶違いでなければ、昼間にベロニカと言い合っていた石頭(by ベロニカ)だと思われる。相変わらず気に喰わない相手には手厳しいなあ………。

 

 

 

 まあ店員も店員で、レイブンの背後に姿を隠していたベロニカが顔を覗かせると、即座に接客スマイルが消し飛んだ。

 ちょっと、それは接客業を仕事とする人間としてどうなんだ? クレーマー相手にも笑顔で対応がモットーでしょうが。陰湿なクレーマーなら笑顔で通報が最善だと思うけどね。

 

 

 

「あっ、お前は! 懲りもせず、また来やがったな! 子供が1人で酒場なんぞ…………」

「………俺たちの連れが、なにか?」

「あっ、いや……こいつぁ失礼しやした。大人が一緒なら大丈夫でさあ。どうぞゆっくりしていってくだせえ」

「………………ふふんっ」

「うっ……このガキ…………ッ」

「コラコラ……無意味に煽るのは止めなって、ベロニカ。ほら、マスターに話を聞かないと」

 

 

 

 そんな一幕がありながらも、俺たち一行は無事に酒場に入ることができた。通り過ぎる時にベロニカが煽るようなことをした所為で、背後のお兄さんは額の青筋に加えて歯軋りと大変な形相になってるよ。

 ところで、そろそろカミュのドヤ顔について言及してあげるべきだろうか。見たところ無意識っぽいし、ベロニカとかにこれがデフォルトの顔だと思われるのは少し可哀想だ。

 

 

 

「こんにちは、マスター。此方の席………かけてもよろしくって?」

 

 

 

 俺の説得により取り敢えずは煽りを中断したベロニカは、本来の目的のためマスターに声をかける。小さな体で席に着き、グッと両肘をカウンターについて前のめりになる。

 これで元の姿であれば、きっとベロニカは美人になってると思うので映えるのだろうが。今の姿だと、どうしても背伸びした子供にしか見えないのが複雑だった。

 

 

 

「ほっほ……元気そうなお嬢ちゃんだ。ご注文は“ますたぁの気紛れコブ茶”でいいですかな?」

「お気持ちはありがたいけど、今はゆっくりしている暇はないの。あたしたち、人を探しに来たのよ」

 

 

 

 どうやら酒場のマスターは気の良い人のようで、ベロニカのような幼い少女(18歳)に対しても穏やかな対応である。年の功とはよく言ったものだ。

 流石に酒は勧められないのでコブ茶をと言ってくるマスターだが、それに断りを入れてベロニカが早くも話を切り出した。彼女はよりいっそう身を乗り出して、最初から核心について尋ねた。

 

 

 

「単刀直入に言うわ。──あたしと似た格好をしたセーニャって子が、誰かを探しに来なかった?」

「セーニャ……セーニャねぇ…………おぉ! あのお嬢ちゃんならウチにお姉さんを探しに来たけど、居ないとわかって里を出ていったよ」

「……そう。セーニャは、何処に行くって言ってた?」

「西の方にお姉さんがいる気がするから、そこを目指すって言ってたっけねえ。なんとも不思議な子だったなあ………………」

 

 

 

 うん、まあ……この双子のことを知らなければ不思議にも思うわな。本当になにか目に見えないもので繋がっているのではと思わせるくらいだからね。なんとなくでお互いの位置がわかるとか、俺もそれ欲しいです! 

 しかし、それにしてもセーニャは既に里の中には居ないのか。わかってはいたけど、漠然と西の方というだけでは探すのは時間が掛かりそうだ。

 そう思った俺だったが、ベロニカには心当たりがあったのかカウンターを叩きながら勢いよく起き上がった。

 

 

 

「西の方? ああもう、入れ違いだわ! セーニャはあたしを助け出そうとして…………!」

 

 

 

 やはりというか、嫌な予感は当たってしまったらしい。反射的に立ち上がるほどの衝撃だったようだが、一瞬でベロニカの興奮は冷めてストンと席に座りなおす。

 そのまま沈んだ表情で振り返ってレイブンと向かい合う形になり、ポツリと事情を話していく。漸くなにがあったかも話してくれるらしい。

 

 

 

「実はあたし、蒸し風呂に入っているところを魔物に攫われちゃって、今まで其奴らのアジトに閉じ込められていたの。折角其処から逃げ出してきたのに、今度はセーニャが魔物のアジトに行っちゃうなんて………………」

 

 

 

 それを聞いて俺が思ったのは、まさかという感想だった。お風呂という丸腰の状態で魔物と相対したところで、ベロニカの攻撃手段は基本的に魔法であるので大幅な戦力低下にはなり得ない。

 とはいえ、どうして捕まったのかというのは今は大事な話ではない。要はこの後、魔物のアジトにベロニカは行かなければならない。魔法も使えない状況でだ。

 

 

 

 ベロニカが顔を上げる。語っていた時は伏せ気味だった顔を上げて、真っ直ぐに此方を見てくる。

 昔となにも変わらない力強く、尊い意思がいっぱいに籠められた瞳と見つめ合う。これから彼女がなにを言おうとしているのかは容易にわかる。わかっていて、俺は既に断る気がなかった。

 

 

 

「ねえ……レイブン。アンタに力を貸して欲しいの。6年前の時点でも年齢に見合わない強さを持っていたアンタのことだもの、今はもっと強くなってるんでしょう………? そのくらい、あたしは見ればわかるわ。今はまだ、アンタにも詳しい話ができないけれど、お願い………………どうかなにも聞かないで、一緒にセーニャを探してちょうだい」

「──当然だよ。わかった、一緒にセーニャを探そう。むしろ来ないでなんて言われたら、無理矢理について行くところだった」

「……あははは! 本当に、アンタは変わってないわね。そういうところ、あたしは好きよ。────ありがとう………レイブン。そう言ってくれて安心したわ」

 

 

 

 ベロニカからの頼みに即答する。勿論、答えは快諾以外になかった。

 仮にも相棒であるカミュに相談しないのは不義理かもしれないが、これで愛想を尽かされても構わない。俺はベロニカとセーニャの力になりたいって、本気で思ってるんだから。

 

 

 

 彼女にとっても、俺がベロニカからの頼みの内容に察しがついていたのと同じように、どんな答えが返ってくるかはわかりきっていたようだ。

 俺と彼女たち姉妹との関係は言ってしまえば4年程度でしかないが、その密度はもかなり濃かったと言える。やはり一緒に旅をしていたのが、大きな要因だとは考えられる。その時間は短くても、互いに仲良くなろうとしていたのが良かったのだ。

 

 

 

 こうして俺の答えは予想できてきただろうに、会っていなかった間に俺が変わってしまっている可能性から不安に駆られて、その懸念が晴れた時に見せた満面の笑みは本当に嬉しいものだ。

 俺と彼女の間にある親しさなら、敢えてこのように頭を下げて頼み込んでこなくても良かったのだ…………本当のところは。でも、それを律儀に「親しき仲にも礼儀あり」と誠意を見せるのがベロニカという人間であり、俺もそうしたところに好感を覚えている。

 

 

 

 それに、カミュにしても勝手に方針を決めたことに文句の一言くらいはあるものだと考えていたが、そうでもなかったようだ。

 視線とジェスチャーで謝罪すると、彼は仕方のないヤツだとでも言いたげに「アメリカン:やれやれ」ポーズで呆れを表し、しかし俺の選択に対して意義を示すことはなかった。どうやら認めてくれたらしい。

 

 

 

 本当に今更な話ではあるけど、改めて思う。

 ────運命には恵まれていないが、人との縁には恵まれているな、俺は。この縁を、大事にしていこう。

 

 

 

「おねえちゃんたち………いっちゃうの? ルコもいっしょにいく!」

「子供は危ないからダーメ。貴女のパパについては心当たりがあるの。必ず連れて帰って来るから、いい子で待ってて」

「お前だって子供じゃねえか…………少なくとも見た目に限ってはな。ちゃんと、俺たちについて来られるのか?」

「あたしを誰だと思ってるの? 聖地ラムダからやってきた最強の魔法使い、ベロニカ様よ。むしろアンタの方が、あたしの足を引っ張らないように気をつけて欲しいくらいだわ」

 

 

 

 まだ顔を合わしてから一時間も経たない短い時間で、恰も喧嘩漫才のように掛け合いをするカミュとベロニカの2人を見て、思わず浮かんだ笑みをそっと隠す。

 密かに心配していたルコの父親に関しても、ベロニカの方になにか心当たりがあるとのこと。流石に断言はできないが、話の流れ的にベロニカが囚われていたという魔物のアジトにいるのではないだろうか。

 それなら帰って来ないのではなく、戻って来れないということならば辻褄が合う。

 

 

 

 所詮は俺の予想に過ぎないが、先に言った通りにベロニカの直感は頼りにできる。九割がた彼女のいう心当たりで間違いないはずだ。だって、エスパーだもの(半笑い)

 あとは、セーニャが既に魔物のアジトについていないことを願おう。そうでなくても何処かで立ち往生してくれていれば、まだ安心できるというものだ。彼女の場合は回復・支援を得手とするが、直接的な戦闘には本来向いていないタイプだから心配である。

 

 

 

 なにが心配かって、あの子の天然度合いは本当に凄いものだったので場合によっては魔物のアジトの存在にも気がついていないかもしれない。

 どういう状況だったかは知らないが、当時から攻撃・妨害魔法の天才だったベロニカが成長した現在でも捕らえられたという相手に、そんな考えで挑んだりしたら大変なことになるだろう。

 

 

 

 つい思い浮かべてしまった想像を振り払い、余計な思考を切り替える。俺が考えるのは不測の事態の対応と危機的状況を打破するための手段だけで良い。他は体が勝手にやってくれるはずだ。

 カミュとの問答で調子が出てきたのか、快活さと不敵さが合わさったような印象的な笑顔を向けてくるベロニカに対して、俺も極力は自然な笑みに見えるように努めて笑い返した。

 

 

 

「さあ、行きましょ、レイブン。魔物のアジトがあるのは、此処から西の地下に広がる大きな迷宮の中よ。────きっと、セーニャも迷宮の中にいると思うの。西の海岸辺りに迷宮の入り口があるはずだから、ひとまず其処を目指しましょ。アンタが頼りだから、しっかり頼んだわよ、レイブン」

 

 

 

 俺の反応で更に気を良くしたのか、ベロニカは笑みを深めて目標地点の情報をくれた。

 その言葉に頷いて、いざ行かんと彼女に連れ立って酒場を出ようとした時にスッとベロニカが密着するほどの距離に寄ってきて、誰にも聞こえないくらいの声でそっと囁いてきた。

 

 

 

「──────いいえ、違うわね。そう、期待しているわよ。レイブン………私たちの勇者様?」

 

 

 

 そう言って、ベロニカは──────俺が驚きに目を瞠る姿を宝石のように美しい紫の瞳(アメジスト)に映して、サプライズが成功したかのように悪戯っぽくも、妖しく可憐に微笑んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これにて弐章の2話目を終わりとします。
最後までご覧いただいた方々、本当にありがとうございました!


今回の話は色々と形式を変えているので、ある意味では試験的な意味合いもありましたが如何でしたでしょうか?
前書きでも言及しましたが、話の途中で視点変更を入れております。
三人称から一人称の主人公視点であり、そういった形式が嫌いな読者の方からすれば問答無用で不評かとは思いますが………………。
弊害として文量がふえてしまったりと幾つか問題はありますが、現状の私にとっては不思議とこの形式が最も書きやすいと感じました。

実を言いますと、私はドラクエ11に登場するキャラクターの断トツでベロニカのことが好きでございます!(唐突)
勿論ですが他のキャラクターも非常に魅力的で可愛い/格好良い人たちだらけなので凡人の私はついつい目移りしてしまうのですが、今までに2回ほどエンディングまでプレイさせていただいたところ、私は完全にベロニカというキャラクターに心を打たれてしまいました。
なるべくキャラクター1人1人を丁寧に書いていき、誰か1人を贔屓するような書き方にはならないように気をつけようと思っていたのですが、今回の話を見返すと明らかにベロニカを贔屓する書き方になっているような、いないような………………いえ、なんでもありません問題ないですね!(目逸らし)

ーーー真剣な話、これから先の話を書いていくにあたって1人のキャラクターを贔屓する書き方は色々と問題が出てくるでしょう。
最悪の展開としては、無意識のうちに誰かを上げるために誰かを下げるような印象を与える文章になってしまうこと、これが最も恐ろしいです。
前述したようにランク付けしようと思えば、私の中でのトップはベロニカで既に固定されています(ちなみに、No.2はシルビア)
しかし、無理にランクを設けなければどのキャラクターも魅力的でアンチするには勿体ない人たちばっかりです!
ですが、私は凡人ですのでいつの日かきっと内なる欲求に抗えず、ベロニカを全力でプッシュする日が来るやもしれません。

もしそんな真似をすることがあれば、どうか読者の皆様方には感想やら活動報告のコメントやらでそれとなくご指摘いただきたいのです。
例えば「俺の推しが露骨にアンチされて、◯◯ばっかり目立ってるんだけど………ちょっとオハナシしようか?」みたいなイメージです。
こういうのは得てして自分では気がつきにくいものだと思いますので、ついつい私がやり過ぎているのを見咎めた際にはビシッと一発キツイのを決めていただければ助かります。


それでは、前書きに続いて後書きまで大変長くなってしまって申し訳ありませんでした。
次の投稿は取り敢えず2週間後の水曜日、9月4日とさせていただこうかと思いますが過度な期待はしないでください。

本日も私の作品を読んでいただいたこと、本当にありがとうございました。
失踪だけはしない所存でございますので、皆様方さえ宜しければどうか完走までお付き合いください!

最後に改めて、私の度重なる投稿延期に付き合ってくださり本当に申し訳なく、そしてあらん限りの感謝をーーーーーありがとうございました。





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癒しの聖女セーニャ




こんにちは、二週間ぶりの投稿です!
お約束通りの日程に執筆が間に合ったので安心しました…………ええ、切実に。
未だに書くのが大変な状態ですが、以前よりは確実に良くなっています。
まあ、先々の話になるけれど、これで初期の一週間投稿まで戻せるのが理想だったり(小声)

前話と比べて文字数は減っていますが、今回も視点が切り替わっています。
セーニャ視点→第三者視点といったところですね。
1万文字には届いていないので、長文が苦手な人でも問題なく読めると思いますのでご安心ください。

それでは、弐章三話です。
短いですが戦闘シーンもありますのでお楽しみください!





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉様〜? 何処にいるんですか、返事をしてください、お姉様ぁ〜! ────変ですねえ。此処からお姉様を感じたと思ったのですが………………」

 

 

 

 ホムラの里から西に向かって10kmほど離れた海岸近くにある迷宮に、私、セーニャは居ました。

 迷宮の中は、見通せないほどではないけれど薄暗く、ジメジメと湿り気を帯びていて心地の良い場所とは言えません。何処からか、饐えた匂いにも似た酷い悪臭が漂ってくるのも辛いです。

 

 

 

 それならば何故こんなところにいるのかと言いますと、実は私と一緒に旅をしていたお姉様が、ホムラの里でお風呂に入っている間に突然消えてしまわれたのです………!! 

 お風呂には僅かに争った痕跡と、お姉様の魔力が充満しており、其処で戦闘があったことを示していました。それは同時に、何者かとお姉様が争った末になんらかの理由で遅れを取ってしまい攫われたであろうことも、私に教えてくれていました。

 

 

 

 何者かにお姉様が敗北し攫われた。その事実は、私にとって衝撃的なものでした。

 更に言えば、あのお姉様が遅れを取るような強く、或いは賢い魔物が、つい先程までホムラの里にいたのにも関わらず誰にも気づかれていなかったということでもあります。………なんて、恐ろしい魔物なのでしょう。

 

 

 

 それでも誰でもいいから、なにか知っていないかと思って酒場のマスターに聞いてみましたが、結局、空振りに終わってしまいました。

 こうなってしまえば、私自ら探しに行く以外に手段は残っていません。敵の情報がない時に、無闇に動くのは得策ではないと常々お姉様から言われていますが、非常事態では適用されないでしょう。時は一刻を争う(ような気がする)のです………!! 

 

 

 

 そうして、私は旅立ちました。なんとなくお姉様を感じる方角、ホムラの里から西に向かって、魔物はなるべく避けながら一心不乱に歩き続けたのです。

 途中に見掛けたキャンプ地で転寝をしてしまうこともありましたが、曖昧な感覚を頼りに私は何処かへと連れ去られてしまったお姉様を探し歩きました。そして、見つけたのが、この洞穴だったのです。

 

 

 

 私はその洞穴を見た瞬間、此処にお姉様がいるのだと確信を得ました。この洞穴は海岸の直ぐ近くにあって、ジトリと湿気が肌に張り付いてくる不快感を覚えましたが、お姉様のためにも堪えて中に入りました。

 洞穴は迷宮の入り口であったらしく、その中には魔物が犇く酷い有様でしたが、何処からか確かにお姉様を感じられたのです。────今、セーニャが助けに行きます! 待っていてください、お姉様……!! 

 

 

 

 そのように確信を得て、意気込み突入したまでは良かったのですが、この迷宮は一筋縄ではいかない難物だったのです。

 肌に張り付く湿気、鼻を覆いたくなる悪臭、整地されていない足場、身を隠す場所も逃げ場もない通路、群がる魔物の集団、巧みに設置された罠の数々。それ等に私は翻弄されてしまい、なかなか奥にまで行けませんでした。

 

 

 

「むっ! 魔物が、四体いますね。では…………そろり、そろり────ふんっっ!! えいっえいっえいっ、えいぃやぁあぁあああっっ──!!! ──風よ、渦巻け──《バギ》!!」

 

 

 

 それにしても、本当に魔物が多い場所です。主にサポートを得意とする私は自分だけで戦うのが苦手なので、改めてお姉様の偉大さを再確認です。

 まず初めに、通路の奥に複数の魔物がいるのを発見できたので、敵に先んじて気づけたことを活かしました。不意打ちの急所狙いで槍を『閃かせて』、黄色のドラキーの胴体を貫きます。この時に『会心』の手応えがなければ、急いで距離を取らなければ反撃を喰らいます。

 

 

 

 その次に、鈍重な動きですがしぶとい腐った死体と、変則的で読み難い動きをする泥人形に、『五月雨の如き』槍の乱撃を見舞いました。

 更に、勢いを止めないまま、素早い動きで迫ってきていた、白骨化した魔物に騎乗した小人を含めた三体を諸共に『薙ぎ払い』、バックステップで一度距離を開けます。

 

 

 

 そして、先の一撃で怯んでいるところを見逃してはいけません。即座に呪文を唱えて、風系統の基本呪文である《バギ》を発動します。

 顕れた3つの魔力により構成された小さな竜巻は魔物を瞬く間に渦の中に巻き込み、数秒の後に呪文が解けた時には全身を切り裂いて絶命しています。其処で、漸く私は息を吐いて体の力を抜くことができました。

 

 

 

 普段ならば、お姉様がお得意の《メラ》を無数に放って敵を牽制しながら、私が風系統の上位呪文で倒す。または怯ませて、最後にお姉様の高火力範囲呪文で一掃するというパターンにより、このくらいの魔物なら消耗も少ないのですけれど。

 今のように一人でしたら、必ず先手を打てるように心掛けています。槍の扱いは教えてもらう機会に恵まれましたが、やはり直接的な戦闘には長けていないので、当然のことですよね。

 

 

 

 それにいざ槍を握って戦いに臨みますと、昔からの癖が治らなくて、気合いを入れるために大声を出してしまいます。こうして声を出さないと怖くて腰が引けてしまうので、少し恥ずかしいですが諦めが肝心ですね。

「声を出せば、意外となんとかなる」などと、初めて言われた時は半信半疑でした。この方法を教えていただいたのは何時だったのか、もうはっきりとは覚えていませんのに、誰になにを言われたのかはしっかり忘れていない辺り都合のいい記憶です。

 

 

 

 そういえば、レイブン様は剣で斬りかかる時に私と同じように声を出していますし、今では助言も的確だったとわかります。

 私の中では、彼は最も勇敢な方なので考えたこともありませんでしたが、もしかしてレイブン様も戦うのが怖かった時期があったのでしょうか? …………いえ、こんな場所で考えることでもありませんね。しかし、そう思うと親近感が湧いてきて、つい笑ってしまうのでした。

 

 

 

「あら…? 急に空気が澄んで……此処は一体………あっ、女神像が何故こんなところに? それに、泉まであります! 元々は人間の拠点だったのでしょうか?」

 

 

 

 途中で何度か罠に引っ掛かってしまったり、一人での戦闘なので魔力の消費も大きく、持参していた魔法の聖水も残り僅かといった時のことでした。

 通路を抜けて広間に入った瞬間────魔の気配が一切感じられない、清廉な空気に包まれました。まさかとは思いましたが、人気のない迷宮の中には不思議なことに女神像があったのです。そのお陰でこの広間には、魔物も必要以上には近づけないようになっているのでしょう。

 

 

 

 人間がこの迷宮を放棄してから、どれだけの年月が経ったのかはわかりません。女神像は苔生していますし、床には大小様々な亀裂が走っています。

 ですが、祈る存在もいないのに、女神像は未だにその恩恵をこの広間に満たして魔物を寄せ付けず、美しかったであろう泉も枯れることなく、現在でも清らかなままであることに、何故か嬉しく思いました。

 

 

 

「うっ…急に……っ……。あぁ、でも……女神像がお護りくださっている此処なら、少しくらいは………いい、です……よね………………」

 

 

 

 そうして感慨に耽っている時間は、あまり長くはありませんでした。

 唐突に襲ってきた疲労に、意識が朦朧としてきます。食事は保存食だけで、休憩も碌にしていませんでした。気が緩んでいたところだったので我慢することもできず、敢えなく意識を沈ませていきました。

 

 

 

 次に、目を覚ました時には、何故か私に縋り付いて泣きそうな表情をしたお姉様と、懐かしいレイブン様の成長して逞しくなったお姿がありました。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 新たにベロニカを仲間に加えた一行は、早々に酒場を辞して、まずは宿屋に彼女の装備と所持品を取りに行くことになった。

 彼女は本来、魔法使いであるので使う武器は杖なのだが、現在は諸事情により魔法が使えないため、致し方なく鞭を装備する。「スコーピオンテイル」という、具体的に言うと[攻撃力43]という感じの威力と、稀に打った相手を痺れさせる効果のある強力無比な鞭である。

 

 

 

 その後は、カミュの短剣を新調することにした。ホムラの里にある武器屋へと赴き、「毒牙のナイフ」という短剣を1本だけ購入する。片方は「聖なるナイフ」を使うつもりのようだ。

 この短剣も、ベロニカの鞭には一歩譲るが、有用な装備である。具体的には[攻撃力24]という感じの威力と程々の確率で斬り裂いた相手を痺れさせる効果があるのだ。

 

 

 

 レイブンとしては、お金に困っているわけでもないので、どうせなら「毒牙のナイフ」を2本買ってしまえば良いと言ったのだが、ベロニカの助言により1本にすることに決まったという経緯がある。

 それは何故かというと、これから向かう予定の場所には腐った死体という魔物がいたらしい。その魔物は、不死の性質を持っているので不浄を払う聖なる力を宿した「聖なるナイフ」で斬りつけると、通常よりも遥かに大きなダメージを与えることが可能なのだ。

 

 

 

 曰く、腐った死体は体力が多く、一度の攻撃ではなかなか倒れないのだそうだ。死体が腐った匂いのため悪臭も酷く、戦闘に集中するのも一苦労だとか。

 2人も戦った経験があったので思わず顔を顰めて、「聖なるナイフ」を残したのは副次効果で腐敗臭も少しは和らぐからというのもあった。同じ理由で、レイブンも「ゾンビキラー」という装備に変更している。

 

 

 

 これで3人の装備が整ったので、善は急げとホムラの里を飛び出して西方へと向かっていく。道中の魔物は全員揃って、サーチ&デストロイの勢いで蹴散らしながら猛烈な速度で荒野を征く。

 ちなみに、ルコは危ないから連れていけないとして、酒場のマスターと店員兄ちゃんに預けている。店員兄ちゃんは非常に嫌そうな顔をしていたが、マスターの鶴の一声により決定した。彼も所詮は下働き故に、逆らうことはできないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホムラの里を出立してから、およそ2時間が経過した現在────3人は目的地となる海岸沿いにある洞穴、迷宮の入り口まで辿り着いていた。

 レイブンとカミュだけならば、恐らく半分の時間で着くことも可能だったはすだ。しかし、ベロニカの体が縮んでしまっている以上、移動速度が遅れるのは仕方がないことでもある。

 

 

 

「……うん、此処で間違いないわね。この迷宮の奥まで行けば、私を攫った魔物たちがいるわ。あの子も中から感じるから、1人で探しに来ちゃったみたいね」

「まあ、なんというか、こういう行動力はセーニャらしいね。普段は物静かで、大人しい娘なのに………………」

「なんだよそれ? 本当に大人しい奴なら、こんな陰気臭いところに入っていかねえだろ」

「そういう子なのよ。変なところで行動的になるし、危なっかしくて放っておけないのよね。────ほらっ! あの子については実際に話してみればわかるから、今は先を急ぐわよ!」

 

 

 

 その一声により、暫しの休憩を経た3人は迷宮へと突入していった。

 入り口から中に入った瞬間────ムワリと湿気と悪臭を伴った空気に迎えられる。反射的に片手で鼻と口を押さえてしまうが、決して警戒を緩めることはしない。

 ベロニカも眉を顰めて鼻をつまんでいたが、ゆっくりと手を離してレイブンに注意を喚起する。

 

 

 

「レイブン、用心しなさい。此処はあちこち罠が仕掛けられているから、上手く切り抜けないと出られなくなるわよ。あたしが此処から脱出した時も、もう少しでホントの迷子になるところだったわ。特に……床には注意することね」

 

 

 

 その言葉に、レイブンは真剣な表情で頷く。続けて、カミュはすんっと鼻を鳴らした後、腰に佩いた短剣の柄に手を添えながら不愉快そうに言った。

 

 

 

「なんだか、嫌な感じの迷宮だな…………。今まで此処で、沢山の人間が犠牲になったような………そんな“ニオイ”がするぜ。さっさとセーニャって子を見つけて、こんな場所からはおさらばしよう。盗賊の勘が、そう言ってるぜ」

 

 

 

 カミュの提案にも頷く。長居して誰かが得するのでもなければ、無用な危険を侵す必要はない。

 レイブンは臨戦態勢に入ったことで研ぎ澄まされた《直感》により、この先にある脅威を正確に理解していた。そうして感じ取った強さから、3人で戦えば問題なく倒せる敵であることもわかっているが油断はしない。

 

 

 

「うん、わかってる。……早速お出ましのようだね」

「ドルイド、ドロル、タホドラキー、泥人形…………一気に来たわね。作戦通りに行くわよ! レイブン!」

「任せて…! ──唸り、爆ぜろ──《イオ》っ!!」

 

 

 

 迷宮に突入してから数分で魔物の群れと遭遇した。レイブンの《直感》により、接敵前に発見に成功する。

 此処に来る前に決めてあった作戦に従って各々が行動を開始────まずは、開口一番にレイブンが爆裂系統の基本呪文である《イオ》を放って先制し、途端に混乱へと陥れる。

 

 

 

「畳み掛けるわ! ……杖よ! その身に宿す力を解放したまえ! ──喰らいなさいっ!!」

 

 

 

 その混乱に乗じて、ベロニカが手に握る杖を振りかざすと、先端に埋め込まれた宝玉から《メラ》に酷似した火球が放たれた。

 泥人形は爆発の衝撃で避けることもできずに火球が直撃すると、泥で構成された身体は瞬時に燃え上がり、水分が蒸発してしまい機能を停止する。

 

 

 

「オラッ! 魔法なんて使わせねえよ……!!」

 

 

 

 奇怪な魔導師のような姿の魔物、ドルイドが魔法を放とうと杖を構えるよりも早くカミュが駆け抜けて、迷宮の壁を蹴りつけて3次元的な動きをしながら両手の短剣で切り裂いていく。

 着地した後も勢いを殺さず、カタツムリに似た姿のドロルという魔物の飛び出た目玉を「聖なるナイフ」で斬りつけた瞬間────会心の手応えと同時に、開いた傷口から黒い靄のようなものが吹き出して直後に浄化される。

 

 

 

「やらせないっ! ふっ……!甘い、そんな棒切れで! ──はぁあっ!!」

 

 

 

 鋭敏な聴覚が災いして爆音により意識を朦朧とさせていたタホドラキーが、態勢を整えて背後よりカミュに襲い掛かろうとする。しかし、いつのまにか接近していたレイブンが跳躍し、攻撃姿勢に入っていた為に隙だらけだった2匹を纏めて背後から横一文字に両断した。

 そのまま着地地点の真正面にいたドルイドを、咄嗟に構えたであろう木製の杖ごと唐竹割りに斬り捨てて、続けざまに後ろ回し蹴りで、背後にいた泥人形の胸部にある核を的確に蹴り抜いて仕留める。

 

 

 

「ふんっ、やぁあっ! ………このっ、鬱陶しいのよ! 落ちなさい!!」

 

 

 

 3人の怒涛の攻撃は止まらない。ベロニカが今度は鞭を持ち、鞭のしなりを上手く利用して空中にいるタホドラキーを一振りで纏めて数体打ち据える。

 不運にも蠍の毒針で作られた鞭の先端により傷ついた個体は瞬時に蠍の麻痺毒が小さな体に回ってしまい、神経が機能しなくなったことで空中から転がり落ちたところを追撃の鞭が襲い掛かり絶命する。

 

 

 

「纏めて仕留める! ──光よ、迸れ──《ギラ》っ!!」

「これで、終わりだぁあ──っ!!」

 

 

 

 そして、直線上に並んでいた2体の泥人形をレイブンから放たれた閃光が諸共に貫いて焼き尽くし、今にも魔法を放とうとしていたドルイドにカミュは怯むことなく、2体の隙間を通り抜けざまにクロスするように両腕を振り抜いた。

 泥人形は互いに絡まりあってゴロゴロと転がりながら壁にぶつかって止まり、ドルイドは発動寸前だった呪文を保持できなくなって仰向けにコテンと倒れる。こうして、迷宮での初戦闘は完全勝利に終わった。

 

 

 

「……ふぅ、予想以上に上手くいったわね」

「ああ、そうだな。こっちは無傷であの数を倒せたんだ。上出来だろ」

「奇襲からの速攻………此処に来るまでも練習したけど、迷宮の魔物でも連携が嵌れば完封できるとはね」

 

 

 

 3人の作戦は、シンプルに開幕奇襲から速攻で殲滅に移る電撃戦。それにより14体もの魔物を無傷で仕留めることができた。

 レイブンとカミュ、レイブンとベロニカは兎も角として、カミュとベロニカの2人は知り合ってから間もないために細やかな連携は期待できないとして、レイブンの先制攻撃から臨機応変に互いをフォローし合うことを提案した。

 

 

 

 カミュも、ベロニカも、実力的には両者共に問題ないので、的確な状況判断をして動くことができる。

 連携を意識するのではなく、個々に敵を撃破しながら互いをフォローすることを目的とすれば、こうして意外なまでの成果を上げることに成功したのだ。

 

 

 

「よし、この調子で先に進もうぜ! …………ん? おい、見ろよレイブン! 彼処に宝箱が……いや、俺が取りに行ってくるから待ってろよ!!」

「え? ……あっ、カミュ待って! 其処にベロニカの言っていた罠が──────」

「どわあぁあぁあああ────っっ!!?」

「カ、カミュ──っ!?」

「もう、なにやってるのよ全く…………」

 

 

 

 ────また、圧倒的な戦闘に浮かれたカミュが宝箱を見つけて我先にと走ったけれど、落とし穴の存在を見落としてしまい落下したのは余談である。

 当然だが、落とし穴に引っ掛かったカミュは、レイブンとベロニカの2人によって救出された。

 

 

 

 そんな一幕もありながらも、3人は快調に迷宮の攻略を進めていた。スカルライダーという魔物の素早い動きに少し手間取るくらいで、対抗手段を用意していた腐った死体は特に問題なく倒すことができた。

 迷宮の各所に仕掛けられた落とし穴にしても、実際にカミュが罠に引っ掛かったことで警戒心を上げたレイブンの〈直感〉により暴かれて、その後は誰も引っ掛かることはなかった。

 

 

 

 すると、レイブンとカミュには見覚えのある〈命の大樹〉の根っこを見つけたので、以前のようにレイブンが近づいて過去の記憶を垣間見る。

 最奥に近い通路には落とし穴があると知ることができたが、人型罠探知機のレイブンの存在がある為にあまり有益な情報ではない。ただ、奥に待ち受ける魔物を知れたので全く無意味でもなかった。

 

 

 

 それからも、先手必勝で魔物を倒しながら、偶に奇襲を受けて怪我をすることはあっても《ホイミ》と薬草で傷を癒して先を急ぐ。

 再び広間に入ると、其処には迷宮としては場違いなことに人の手が入ったものと思われる泉があった。

 

 

 

「………へえ。こんなところに泉があるなんてな」

 

 

 

 カミュは興味深げに泉を眺めてそう呟いた。

 レイブンはそれに頷くが、ベロニカはなにかに気がついたようにキョロキョロと広間の中を見渡す。

 

 

 

「う、ん……? この辺からセーニャの気配が…………あ! あれは………!」

 

 

 

 そして、ベロニカは見つけた。常に一緒にいた双子の妹が、力なく倒れている姿を………………。

 ベロニカの悲鳴のような声に、泉に目を奪われていた2人も反応する。視線を向けた先には地べたに倒れ伏した少女の姿があり、その特徴から倒れている人物に気づいたレイブンが驚くよりも早く、ベロニカは慌てて少女に駆け寄った。

 

 

 

「セーニャ……セーニャったら! ちょっと、しっかりしてよっ!」

 

 

 

 その少女、セーニャの側で膝をついて、ベロニカは悲痛な声で叫ぶように訴える。

 

 

 

「セーニャ、なんでこんなところで…………」

「こいつが、彼奴の妹か………」

 

 

 

 レイブンたちも近づいたが、その姿を後ろで見ていることしかできない。2人は顔を顰めて、直後にレイブンはなにかに気づいたように首を傾げた。

 

 

 

「どんな時も、ずっと一緒だって約束したじゃない…………。ねえ、返事してよ、セーニャ…………」

 

 

 

 そんな2人のことは意識の外にあるベロニカは、これだけ呼び掛けても返事の一つもしないセーニャに悲痛な表情になって、身を乗り出しながら耳元に顔を寄せて囁くように声を掛け続ける。

 だが、それでも反応はない。涙を堪えるように目を瞑り諦め掛けた、その時────今まで反応を見せなかったセーニャがピクリと体を動かして起き上がった。

 

 

 

「んん……ふわぁ………」

 

 

 

 そして、驚いて目を見開くベロニカを尻目に、大きな欠伸をかました。後ろでカミュも驚いているが、レイブンは一瞬だけ呆れた表情をしていた。

 

 

 

「すみません、私、人を探していて…………。此処についてから、疲れていたのか眠ってしまったようですわ…………」

 

 

 

 そのまま寝ぼけ眼を擦りながら誰にともなくそう言うセーニャは、ボンヤリとした表情をベロニカに向けて…………数秒の後に背後にひっくり返りそうな勢いで驚きを露わにした。

 

 

 

「………お、お姉様!? なんという、お労しい姿に…………。そ、それに、其方の方はレイブン様ではないですか!?」

「………………………まあ、随分と顔を合わしていなかったレイブンがわかったくらいだし、アンタならわかって当然よね」

「ふふっ、何年もお姉様の妹をしてますもの。ちょっとお姿が変わったくらいで間違えたりしませんわ」

 

 

 

 クスクスとセーニャは淑やかに笑う。先程までのベロニカも知らずに、のんびりとした様子で驚いている姉を見て楽しそうにしていた。

 そうして漸く安心できたのか、ベロニカはむんっという感じで両手を腰に当てて、色々と紛らわしいことをしてくれたセーニャをキッと睨みつける。頰が薄っすらと赤くなっているのは、あんな姿をレイブンたちに見られたことが恥ずかしかったからだろうか。

 

 

 

「も……もう! 紛らわしい倒れ方しないでよ! あたし、てっきりアンタが…………」

 

 

 

 …………と、そこまで言ってベロニカは口をつぐむ。性格的に素直に心配したとは言えないらしく、ふんっ! と鼻息荒く顔を背ければ、そんな姉の姿にセーニャは更に笑いを深くする。

 

 

 

「お取り込みのところ悪いが、そろそろお前がどうしてそんな姿になってるのか教えてくれないか?」

 

 

 

 そこで、2人の姿に頰を僅かに緩めていたカミュだったが、ふと思い出したようにそう言った。レイブンも同意するように頷く。

 ベロニカも最早隠すことでもないので、眉を悩ましげに顰めながら話し出した。

 

 

 

「そうね……私がこんな姿になっちゃったのは、ふかーい訳があるのよ。あたしを攫った魔物はね。此処をアジトにして、沢山の人を攫っては魔力を吸い取って集めていたの。魔力を吸い尽くされないように堪えていたら、どんどん年齢の方も吸い取られたみたい。それで、今はこんな格好ってわけ」

 

 

 

 その説明に、2人は納得して頷く。

 しかし、レイブンは心配そうに幼い姿になってしまっているベロニカを上から下まで眺めて問い掛ける。

 

 

 

「………そんなことがあったんだ。でも、ベロニカ、そんな体だと大変なんじゃない? 失った魔力を取り返せば元に戻るってこと?」

「ええ、きっとね。だから、アンタたちにはあの魔物から魔力を取り戻すまで付き合ってもらうわ」

 

 

 

 ニヤッと笑ったベロニカは、確定事項のようにそう告げた。此処までの道のりで、レイブンは勿論、カミュのお人好しも理解している故の言葉だ。

 レイブンたちも断るつもりはなく、カミュは呆れたような顔をしていたが苦笑して受け入れる。

 

 

 

「私からもお願い致します。回復呪文で皆様のお手伝いをしますわ。さあ、行きましょう」

 

 

 

 ペコリと行儀よくお辞儀をしたセーニャの言葉に3人が頷きを返して、此処で一休みをしてから先に進むことに決まった。

 それぞれ再会の挨拶を交わしたり、指名手配された話をして驚かしたりと疲れた心身を休める。

 

 

 

 こうして新たにセーニャという心強い仲間を迎えた一行は、迷宮の最奥に潜む魔物の親玉に挑むまでの、最後の休憩を楽しく過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これにて弐章の三話を終了致します。
本日も最後までご覧いただきありがとうございます!


ベロニカとセーニャの2人は、その昔にテオとレイブンの旅に同行していた時期があるため、魔法抜きでもそれなりに戦えるようになってます。
とはいえ、1人で戦うには消耗が大きいのも事実で(ここから妄想)、原作のセーニャは魔物を聖水やらなんやらで避けながら移動したところだったが、今作のセーニャは微妙に強かったことでまともに戦ってしまったが故の疲労感により眠ってしまいました、という設定です。
ちなみに、ベロニカとセーニャがすれ違ったのは途中にあるキャンプでセーニャが少しだけ仮眠した時のことですね。
魔力も武器もなくて魔物から隠れるのに必死だったベロニカも、流石にセーニャの存在を感知する余裕はなかったということでお願いします。

補足すると、この時点でのパーティーメンバーのレベルは、レイブンは30〜35と変わらなく、カミュはレベル12、13くらいで原作の推奨レベルをイメージしています。
ベロニカとセーニャは前述の理由から過去に戦闘経験があるため、レベル20前後だと考えていただければと思います。
本編での戦闘描写があまりに一方的なのは、その時は運良く連携が嵌ったとかそういった理由なので、毎回のように圧倒的に勝てていた訳ではありませんでした。


それでは、次の投稿はまた2週間後の水曜日、9月18日の予定です。
もしかしたら投稿が遅れる可能性もありますので、その時は活動報告に一報を入れてからにすることをお約束致します。

毎度毎度、長い後書きを最後まで読んでいただきありがとうございます。
また、2週間後(予定)を楽しみにしてもらえると嬉しいです!




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デンダ一味(仮称)との戦い




またしても投稿予定日時を延期をしてしまい申し訳ありませんでしたm(__)m
これから先はなるべく、このようなことがないように気をつけていきたいと思います。
ですが、私生活の都合上などでどうしても投稿が間に合わなかったりする場合には必ず活動報告にて一報を入れますので、其方の確認もして頂ければ助かります。

また、今回も少し文字数が多くなってしまっていますのでご了承ください。
それでは、弍章の四話、ご覧ください。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベロニカとセーニャの感動的な再会の後。セーニャを探すという目的を達成した一行だったが、新たに姉妹からの要請によりベロニカの魔力を奪った魔物を退治することになった。

 

 

 

「それにしてもセーニャだったか? 回復と支援が得意だって聞いているが、1人でよくこんなところまで来られたよな。此処まで魔物とは遭遇しなかったのか?」

 

 

 

 迷宮の最奥にいるという強力な魔物と戦うにあたって、ちょうど泉があるので休憩しようと決まり、各々で疲れを癒していた時のこと。

 手拭いで磨いた短剣を眺めていたカミュが、ふと思い出したようにそう言った。

 

 

 

 その言葉にセーニャが可愛らしく小首を傾げると、レイブンとベロニカの2人は揃って呆れたように苦笑いをした。

 カミュは3人の反応の意味がわからず、眉根を寄せてから問うようにレイブンへと視線を向ける。説明を求められていると判断した彼は簡潔にセーニャの戦闘能力について語った。

 

 

 

「えっと……つまり、なんだ? セーニャは槍を使った前衛としての戦い方をする他に風属性の攻撃呪文を得意としていて、その上で回復呪文に天性の才能があるってことか? ………………マジか?」

 

 

 

 実はセーニャが並みの前衛職には引けを取らないくらいの槍の使い手であると聞いたカミュの感想がこれである。

 自分の話をされているというのに、ぼんやりした様子で小首を傾げているセーニャの姿を見れば、そういう風に見ることができないのは無理からぬ話ではあった。

 

 

 

「気持ちはわかるけど事実よ。随分と昔のことになるけれど、レイブンのお爺ちゃんからあたしとこの子は武器の使い方を習ったのよね。あたしは鞭に向いていたみたいで、セーニャの方は槍だったってわけ。いずれにせよ、本当に得意なのは魔法であることは変わらないわよ」

 

 

 

 補足するようにベロニカが言って話を纏めた。本人に自覚はないが、これがトドメだった。

 ちなみに、彼女は基本的に攻撃呪文に特化しているが、補助や妨害の呪文にも精通している。仲間の能力を強化したり、反対に敵の能力を弱体化させて戦闘を優位に進めることが可能になる。

 

 

 

「おいおい、嘘だろ……? 2人揃って随分と心強い仲間だが、まさか俺が一番この中で弱かったりしないか? いや、確実にそうだよな………………ショックだ」

「ま、まあまあ……カミュにはカミュにしかできないことがあるって! 盗賊として培ってきた危険に対する察知能力とか、何時も助かってるんだからさ。ほらっ、元気出しなよ!」

「お、おう、確かにそれは俺だけだな。サンキュー、レイブン。………まあ、それはそれとして鍛え直さないとな」

 

 

 

 大きな戦いの前に予期せずカミュが心に消えない傷を負うことになりそうだったが、其処はレイブンのファインプレーにより回避された。

 とはいえ、少なからずダメージは残ったようだが。これに関しては、仲間が強くなるに越したことはないという考えにより誰も聞かなかったことにして、気まずい雰囲気になる前に休憩は終了した。

 

 

 

 再び地下迷宮の攻略に乗り出した一行は、戦力が増えたこともあって快調に奥へと進んでいた。

 魔物は接敵しても鎧袖一触で蹴散らして、多少の傷ならセーニャが直ぐに治す。罠はレイブンが完全に察知するので気にする必要はなく、彼等はあっという間に迷宮奥の間に続く大扉まで辿り着いていた。

 

 

 

 また途中に〈命の大樹〉の根っこがあったので、早くもルーチンワークのようにレイブンが手をかざして過去の記憶を垣間見るのを忘れない。

 其処で見たのは先程にも根っこの記憶で見た影のような奇妙な魔物が、奥の間に続く大扉を開くための合言葉を告げている姿だった。これにより本当の意味で迷宮奥への道が開かれる。

 

 

 

「なるほどね。此処で合言葉を言えば良いわけよね。それじゃあ、せーの………」

 

「「「「“ヤミ心あればカゲ心”」」」」

 

 

 

 レイブンたちが声を揃えて合言葉を告げた瞬間、扉に掛けられていた魔法らしき気配が呼応するようにして消えた。

 余談になるが、元盗賊のカミュが言うには合言葉により侵入者を防ぐという手法はありふれてはいるが、有効であるのは確かだとか。内側に裏切り者がいない限りは、という注釈は付けていたが。

 

 

 

 4人はそっと顔を見合わせた後に、代表として最も扉の近くに立っていたカミュが音を立てないように気をつけながらほんの少しだけ扉を開けて隙間を作った。

 そして、レイブンたちはそれぞれ思い思いの態勢で隙間から、息を潜めて広間の中を覗き見た。すると、扉越しに声が聞こえてきて、レイブンたちはそっと耳をそばだてた。

 

 

 

「オレがあれだけ注意したのに獲物に逃げられやがって…………。ごめんなさいじゃ済まねえんだよ!」

 

 

 

 扉の奥の広間には、膨大な魔力を内包した壺を中心に囲うように邪悪な竜の魔物と影のような姿形をした魔物たちがいた。

 なにやら壺を弄っていた竜の魔物だが、取り巻きの魔物たちに向かって苛立ちに身を任せて怒鳴り散らしているようで、広間の外まで胴間声が響き渡っている。

 

 

 

 “獲物”と“逃げられた”という言葉を聞いて、チラリとレイブンたちの視線がベロニカに向いた。

 当の本人は不覚をとった時のことを思い出したのか、「うへぇ…」とでも言いたげな苦々しい表情でため息をついていたが、ちゃんと意識は広間の中に向いている。

 

 

 

「あのベロニカという女は只者じゃねえ。桁外れの力と極上の素質を秘めた何年に一度現れるかわからない逸材だった」

 

 

 

 其処で言葉を区切ると、竜の魔物は巨体をクルリと反転させて、取り巻きの魔物たちに正対した。

 そして、大きく前方に張り出した腹を震わせながら、怒り心頭といった様子で喚き散らすが、その中に気になる発言があった。

 

 

 

「あの女の魔力を全部お納めすれば、いずれ現れる〈魔王様〉の右腕になれただろうに、それを………それをお前らはアァァッ!」

 

 

 

 竜の魔物の怒号を受けた影のような姿形の魔物たちが恐れ慄くように身体(?)を震わせているのを尻目に、レイブンたちは素早く目配せをした。

 ちなみに、この時に心なしかレイブンの目が、死んだ魚のように濁っていたことに気がついた者は幸か不幸かいなかった。

 

 

 

「〈魔王〉だって……?」

 

 

 

 独り言のように呟いたカミュの言葉に、残る3人は顔を曇らせて首を振る。

 〈勇者〉であり各地を旅したレイブンも、聖地ラムダから来たベロニカとセーニャも聞き覚えのない、しかし不穏な名前だということだけは全員が感じ取っていた。

 

 

 

 今は考えても仕方がないと割り切ったのか、ベロニカは腕を組み、目を細めて広間にいる魔物たちの姿を観察して、確信を持って頷いた。

 

 

 

「間違いないわ、あの魔物たち。ホムラの里で蒸し風呂に入っていたあたしを此処まで攫ってきた奴らよ」

 

 

 

 そして、そっと指を差し向けて広間の中央に置かれた壺を示すと、緊張によるものか固く強張った声であの中に自分の魔力があるはず、と幼い顔を引き締めてそう告げた。

 その言葉に、カミュが興味深そうな眼差しで壺を眺めて悩ましげな声を漏らす。

 

 

 

「なるほど…あの壺の中に、お前の魔力が。さて、どうしたもんかな………」

 

 

 

 そんな言葉に、レイブンたちは誰も良案が思い浮かばずに沈黙でもって答える。

 だが、広間の中に意識の大半を割いていた彼らは背後から這い寄るように近づく気配に気づけなかった。

 

 

 

 けれど、不意になんとなく背後を振り向いたセーニャは、其処にいた存在に驚きのあまり仰け反りながら愛する姉に呼び掛けた。

 

 

 

「……お、お姉様っ!」

 

 

 

 そして、呼ばれたから振り向いた、といった体のベロニカは不運にも、いつのまにか背後まで忍び寄っていたらしい影のような姿形の奇妙な魔物と、目と鼻の先の距離で見つめ合うことになった。

 現状を理解できずに無言で見つめ合うベロニカと魔物、その様子を固唾を飲んで見守るレイブンたち…………膠着した状況は、1人と1体の悲鳴により崩壊した。

 

 

 

「「ぎゃ──っ!!」」

 

 

 

 ベロニカ……となぜか魔物の方も絹を引き裂くような悲鳴を上げて、その悲鳴に背中を押されるように、レイブンたちはドタバタと扉を押し退けて広間に侵入する。

 そんな大声で騒げば、流石に中にいた魔物たちも彼らの存在に気がつく訳で………………。

 

 

 

「な……なんだ、オメーラはっ!? このデンダ様のアジトに勝手に入り込みやがって!」

 

 

 

 デンダと名乗る魔物が広間全体に響き渡る胴間声で怒鳴り散らせば、其処で漸く4人はやらかしたことに思い至って慌てて振り返る。

 すると、レイブンたちの姿を観察したデンダが、ベロニカに目を留めてニヤリといやらしく笑った。

 

 

 

「……ははーん、なるほど。オメーラはオレが逃した獲物を態々届けに来てくれたって訳か」

 

 

 

 既にベロニカを捕らえた後の皮算用を始めているのだろう。デンダの顔が醜悪に歪んだ。

 その様子に、レイブンたちは素早く配置を整えて、各々の武器な手を伸ばして戦闘の準備に入ると、それが合図であったかのようにデンダは号令を告げた。

 

 

 

「果報はブチギレて待てとはこのことよ! さあ、野郎ども! 仕事の時間だ! こいつらの魔力、全部吸い尽くしてやるぞ!」

 

 

 

 号令と共にレイブンたちに襲い掛かってくる取り巻きの魔物たちによって、地下迷宮に於ける最後の戦闘は幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 セーニャが仲間に加わったことで、遂に〈勇者()〉〈盗賊(カミュ)〉〈魔法使い(ベロニカ)〉〈僧侶(セーニャ)〉という定番の4人パーティーが完成してしまった。

 所謂ドラクエの〈勇者パーティー〉って感じで、いよいよ俺も逃げ場がなくなってきた気がする。そう遠くないうちに、否応なしに腹を括る必要があるかもしれないと思うと憂鬱だ。

 

 

 

 それはそれとして、ベロニカの意味深な態度が少し気に掛かるところだった。

 あの時、酒場から出る瞬間に彼女は、俺のことを〈勇者〉と呼んだ。デルカダール王国が喧伝しているだろう〈悪魔の子〉ではなく、どことなく敬意を孕んだ意味ありげな口調で。

 

 

 

 更にベロニカが知っているならば、当然セーニャも俺が〈勇者〉であることは知っているだろう。

 どうやって知り得たのかは不明だが、或いは昔に聖地ラムダへと訪れた際に、お爺ちゃんが聖地ラムダの長老辺りに話していた可能性は否めない。お爺ちゃんも知っていたみたいだし。

 

 

 

 ………しかし、またしても不穏な言葉を聞いてしまった。〈魔王〉とか完全に厄ネタじゃないですかやだー!? 

 ドラクエで〈勇者〉と〈魔王〉が揃ったら、それはもう戦争待った無しでしょう……!? そんな未来はお呼びじゃないですー! お帰りは彼方でございますー!! (涙目)

 

 

 

 -閑話休題(それはさておき)

 

 

 

 俺がそんな風に1人遊び──だって、自分の意思で身体を動かせないし──をしていたら、ふと気がつけば広間にいた魔物たちとの戦闘が始まっていた。

 な、なにを言ってるのか(ry……とポルポルしたい気持ちを抑えて、目の前の敵に集中する。

 

 

 

「やぁあああぁぁぁぁ────ッッ!!!」

 

 

 

 勇ましく叫びながら、真っ先に飛び出していったのは槍を手に持つセーニャだった。

 あの、いやさ……貴女ってば「回復呪文で皆様をお手伝いしますわ」とか殊勝なことを言っていたような。回復呪文(物理)による支援とは一体なんだったのか………(困惑)

 

 

 

「ああ、もうっ……! こうなったら仕方ないわ……! えいっ!」

「くっ…! ──唸れ轟音、爆ぜよ雷光──《イオラ》!!」

 

 

 

 そんな勇敢な、或いは無謀とも言える突撃を敢行したセーニャをフォローするために、ベロニカが悪態を吐きながらも交差するように2回鞭を振るってデンダと名乗る竜の魔物を牽制する。

 まだ敵との距離があったので俺もほぼ同時に呪文を唱えて、《イオラ》による連続した爆発が広間の中に轟音と共に広がった。

 

 

 

「……レイブン、油断するなよ!」

 

 

 

 その爆炎に紛れるようにして、先に行ったセーニャを追いかけるようにカミュが突っ込んでいった。

 まあ、なんだかんだでセーニャも此方のフォローを前提として突撃していったようだし、全くの考えなしと言う訳でもなかったようだけど。後でお怒りのお姉様からの叱責は免れそうにないのはご愛嬌ということで………。

 

 

 

「はぁああぁぁぁッ!!」

 

 

 

 一足先に接敵したセーニャが豪快に槍を取り回して、纏めてデンダの子分(仮称)4体を薙ぎ払うと、素早くバックステップによって距離を取る。

 当然ながら敵としては其処に生まれた隙を狙い、デンダの子分(仮称)は意外なほどの速度で飛び掛かってくるが、セーニャの飛び退いた空間に矢のように駆けてくる存在があった。

 

 

 

「はぁッ……!」

 

 

 

 両手に短剣を握ったカミュはまるで一筋の矢の如く現れてセーニャの隙を埋めるように、飛び掛かってきたうちの2体を切り裂いて直ぐに背後へと飛び退いてセーニャと肩を並べる。

 しかし、魔物側も好き勝手にやられるだけの柔な敵ではない。即座に反撃をしてきた。

 

 

 

「──きゃっ!?」

「セーニャ!? このっ、ええい……!!」

 

 

 

 いつのまにか側面に回り込んでいたデンダの子分(仮称)の1体から攻撃を受けて、予想外の方向からの衝撃にセーニャは思わず尻餅をついた。

 大切な妹が攻撃されたのを見て、ベロニカが反射的に鞭を操り、安全を確保するために魔物を弾き飛ばす。

 

 

 

「人間如きが……よくもこのデンダ様にッ!!」

 

 

 

 そうこうしているうちに、デンダは鞭を打たれた衝撃から立ち直って、空気を腹一杯に溜め込んでいた。

 そして、なんとデンダは腹一杯に溜め込んだ空気を俺たち目掛けて吐き出してきたのだ! く、くさっ……ていうか、冷たっ!? いや、痛い……まさか〈冷たい息〉なのか!? 

 

 

 

「ぐぅ…っ」

「あ、う……」

「さ、寒いです……」

 

 

 

 だが、それにしては威力が高すぎる気がする。

 そういえば、デンダは腹一杯に空気を溜め込んでいた。あれによって息吹系の攻撃が強化されている? 

 やばい……今のカミュたちは隙だらけだ。仕方ない、少し頑張るとしよう。

 

 

 

 一足飛びに〈魔力放出〉により強化された脚力で、カミュたちの前に躍り出る。

 その勢いのまま、怯んで動けないセーニャに襲い掛かろうとしていたデンダの子分(仮称)の1体を渾身の力で切り捨てた。続け様に、カミュに取りつこうとしたもう1体は火焔を纏った剣で上下に割断する。

 

 

 

「な、なにィッ!?」

 

 

 

 デンダは自慢の息吹の手応えに勝利を確信していたところに、一瞬で子分を2体も殺されて大層驚いているようで唖然と動きを止めてしまっている。

 その間に、俺は〈冷たい息〉を受けて寒さと痛みで動けなくなっている仲間たちを回復するために呪文を唱える。

 

 

 

「──大いなる力よ、我が名の下にこの者たちの疵を癒し給え──《ベホマラー》」

 

 

 

 俺を中心にして癒しの波動が広がる。聖なる力は傷ついたカミュたちの身体を瞬く間に癒していく。

 僅か数秒という時間でカミュたちは全快したらしく、改めて武器を構えて戦闘態勢に入る。──ーが、余程に先程の失態が屈辱だったのか、3人共に目が据わっていた。

 

 

 

「は、ははは………やってくれるじゃねえか、この野郎ッ!」

「────もういい加減に怒ったわッ! 魔力がないからって舐めるんじゃないわよー!!」

「……………………」

 

 

 

 其処から先は完全に3人のペースだった。

 勿論のこと魔物も必死の抵抗をしていたが、怒り狂ったカミュたちが悉くを凌駕した。

 

 

 

 カミュはまるで忍者のように軽妙に駆け回り、時には壁や魔物の身体さえも利用して跳ねて、隠れて、忍び寄ってと自らの持ち味をこれでもかと発揮して確実にダメージを与え続けて────ー。

 

 

 

 ベロニカは鬼神を思わせる形相で縦横無尽に鞭を巧みに操った。しこたまに打ち据えながらも、絡みつけては転ばせたり、魔物同士でぶつけ合わせたりと外面とは裏腹に冷静な立ち回りを見せて────ー。

 

 

 

 セーニャは恐ろしいほどに無言のまま怒りの波動を纏って、五月雨のような乱撃、閃光の如き突き、津波を思わせる薙ぎ払い、最適なタイミングでの回復呪文など、攻守にわたって一寸の隙も見せることはなく────ー。

 

 

 

 俺は余りの迫力に尻込みして援護に終始することになったが、なんだかんだと言って3人は我を忘れた行動はしなかったので実際には暇を持て余した。

 急に強くなったように見えるが、恐らくはただの火事場の馬鹿力に過ぎないだろう。取り敢えず今日の教訓として、彼らを本気で怒らせるようなことは今後一切しないことにしようと肝に命じた。

 

 

 

 そして、戦闘開始から約5分ほど経った頃には、デンダ一味(仮称)は全滅していた。

 10体以上は最低でも確認できた子分たちは1体残らず既に消滅しており、デンダも今この瞬間にドスンという音と共に巨体を地面へと横たえていた。

 

 

 

「クッ……〈魔王様〉の右腕になるというオレ様の野望も、此処で潰えるのか…………」

「おい、その〈魔王〉ってのはなんだ? さっきもそんなこと言ってやがったな」

 

 

 

 デンダは仰向けに倒れ込んで、最早起き上がる力もないといった風情だったが、焦点の定まらない視線を虚空に投げてそのように独白した。

 再び聞こえた〈魔王〉という言葉を耳聡く聞き咎めたカミュは、この機を逃したくないとでも言うように〈魔王〉についての情報を聞き出すつもりだったようだが、相手も簡単には口を割らない。

 

 

 

「ククク……いずれ〈魔王様〉にやられちまうオメーラになにを教えたって無駄さ………。命あっての特ダネとは……このことよ………ぐふっ」

 

 

 

 そう言って、デンダは勝ち誇るように笑った。心の底から〈魔王〉という存在の強大さを信じきっているのが見て取れた。

 結局、俺たちはなにも聞き出すことはできなかった。デンダは言いたいことだけ言った後に、ガクリと白目を向いて完全に力を失うと黒い靄となって消滅した。

 

 

 

「いずれ現れる〈魔王〉か………」

 

 

 

 前世の記憶がある俺はなんとなく〈魔王〉というのがどういう存在か理解できるが、カミュには不穏な気配しか感じられないのか複雑そうな顔をしている。

 もう少しでも聞き出せれば判断材料になったかもしれないが、既に後の祭りである。

 

 

 

 戦闘の最中にも頭にこびりついて離れなかった〈魔王〉という単語に、俺は苦々しく思う気持ちを抑えきれなかった。

 だからこそ、あんな風にデンダから良いように攻撃を喰らってしまった訳だが…………。

 

 

 

 嫌な想像やらなにやらで悶々としていると、スキップを踏みそうなご機嫌さでベロニカが壺に近づいていくのが見えた。

 ああ、そういえばベロニカの魔力があの壺の中に閉じ込められているのだったか。デンダが残した〈魔王〉という単語が強烈すぎて半ば忘れてしまっていた。

 

 

 

 そうこうしていると、いつのまにかベロニカはそっと壺の蓋をズラして中を覗き込んでいる。

 これで漸く彼女の本領が発揮できるようになるのかと感慨深く、ちゃんと魔力が戻るだろうかと不安半分に見ていたその時────壺の中から可視化できるほどの膨大な魔力が噴き上がった。

 

 

 

「これで魔力が戻ると良いんだけど…………」

 

 

 

 ボソリと呟いたベロニカの声が聞こえた。やはり彼女としても、これで元に戻るという確信はなかったようだ。

 そして、俺たちの方に向き直ったベロニカはいつも通りに堂々と仁王立ちをしていたが、次第にその姿は魔力の渦の中に埋もれていく。

 

 

 

 俺たちが固唾を飲んで目の前の光景を見詰めていると、ベロニカを包み込んでいた魔力の渦が少しずつ立ち消えていくのを見て辛抱堪らなかったらしいセーニャが駆け寄る。

 だが、魔力の渦から現れたベロニカの姿は変わらず幼いままだった。それを見て取ったセーニャは絶望した表情で力なく膝をついてしまった。

 

 

 

「そんな……お姉様の姿が変わっていない………。魔力は戻らなかったのですね…………」

 

 

 

 そうして我が事のように嘆き悲しんでいるセーニャの姿に嬉しそうに笑ったベロニカは、膝をついてしまった彼女の眼前に徐に指を突きつけた。

 すると、人差し指の先から小さな炎が立ち上がった。その光景に俺やカミュは勿論、目と鼻の先で見せられたセーニャも唖然として眺めることしかできなかった。

 

 

 

「ご心配なく、この通りすっかり元気よ。魔力が頭のてっぺんから爪先までギンギンに満ちているのがわかるわ!」

 

 

 

 ニッと不敵に笑って告げたベロニカの痩身には、確かに膨大な魔力が宿されていることがわかった。

 どうやら本当に無事なようで一安心だ。そう思いながら安堵の息を吐いていたら、なにやら楽しげに話していた姉妹がこっそりと俺の様子を伺いながら内緒話をしているのに気がついた。

 

 

 

 まさか悪口とか言われているんだろうか。

 例えば「〈勇者〉の割には少々期待はずれでしたね」とか「あんなんで大丈夫なのかしら」とか。

 いやいや、まさかあの2人に限って陰口はないと思うけど…………。

 

 

 

 少し心配になりながら2人の様子を見ていると、不意にベロニカとセーニャは真剣な表情になって俺の正面まで歩み寄り、徐に跪いて此方を仰いできた。

 2人は手と手を重ね合わせて一瞬だけ目を瞑ると、声を揃えて誓うように語り出した。

 

 

 

「「〈命の大樹〉に選ばれし〈勇者〉よ。こうして貴方と再びお会いできる日をお待ちしておりました。私たちは〈勇者〉を守る宿命を負って生まれた聖地ラムダの一族。これからは命に代えても貴方をお守り致します」」

 

 

 

 神妙な様子で、祈るような調子で告げられた言葉。今まで見たことのないような表情で宣誓する2人の姿に思わず瞠目してしまう。

 俺を……いや〈勇者〉を守る宿命を負って生まれた一族って言われても、急な話に頭がついていかない。お爺ちゃんはこのことを知っていたのだろうかと思うと、なんだか遣る瀬無い気持ちになる。

 

 

 

 しかも、命に代えて守られても正直嬉しくないのが本音だったりする。自分が死ぬのは怖いし、嫌だけどさ。それとこれとは話が別だと思うんだよね。

 幼い頃に知り合った、俺としては親しい関係だと思っている姉妹が目の前で死んだとなれば、確実に心が折れる気がするんだけど。

 

 

 

「レイブン様………。貴方は災いを呼ぶ〈悪魔の子〉などではありません。里の者から聞かされていました。私たち姉妹が探し求める〈勇者〉は瞳の奥に暖かな光を宿していると。…………まさか、本当にレイブン様が〈勇者様〉だったとは流石に思ってはいませんでしたわ。ああ、いえ……納得するところではありますけれど」

 

 

 

 そんな現実逃避気味に懊悩する俺の姿をどう捉えたのか、跪いたままのセーニャは真摯な表情で見上げて訴えかけるように語り掛けてくる。

 更に、今の言葉を信じるならば、2人は俺が〈勇者〉だと知った上で仲良くなった訳ではないようだ。

 それだけさえわかれば、少しは気が楽になったように思える。

 

 

 

「……まっ、あたしは最初にアンタを見た時から全部わかってたけどね。〈勇者〉っていうのは、きっとアンタみたいな奴なんだろう、ってね」

「うふふ、お姉様ったら。ですが、それでしたら私も同じですわ。レイブン様は私の知る誰よりも優しく、暖かで、勇敢な方でしたもの」

 

 

 

 自信満々に平べったい胸を張って告げたベロニカに、クスクスとセーニャも楽しげに笑って続く。

 余りこうして真正面から褒められると流石に照れるものがある。隣で一連の流れを静観していたカミュも、満足そうに腕を組んだまま頷く。

 

 

 

「〈勇者〉を守る、聖地ラムダの一族か…………。俺の読み通り、どうやらお前は本当に世界を救う〈勇者〉だったみたいだな」

 

 

 

 そんな風に言われると、なんとなく居心地が悪くて視線を彷徨わせてしまう。

 俺が困っていることに気がついた訳ではないと思うが、其処でベロニカが話を切り替えるように一歩前に出て注目を集めてから話し出す。

 

 

 

「アンタにはまだ話したいことが一杯あるんだけど、その前にもうちょっとだけあたしに付き合って。もう1人助けてあげたい人がいるの。此処からしか入れない部屋があるはずだから、一緒に探して頂戴」

 

 

 

 そのお願いに、俺の身体は当たり前だと言わんばかりに即座に快諾する。

 こういう時の反応の速さは相変わらずだと思う。恐らく、この身体は骨の髄から善行が染みついているんだろう。

 

 

 

 そうして探すこと1分ほどで、直ぐに目的の部屋は見つかった。どこかに隠されている訳でもなく、広間の正面奥にデンと大きな扉があった。

 扉を開けて中に入ると、其処の部屋は牢屋しかない所為なのか、随分と物々しい雰囲気だった。

 

 

 

「う、うぅ………」

「おい、其処に誰かいるのか?」

 

 

 

 すると、部屋のどこからか男の呻き声が聞こえてきた。

 反射的にカミュが腰を落として警戒するが、牢屋の1つから姿を見せた人相の悪い男にベロニカは全く慌てる様子を見せずに近づいた。

 

 

 

「もう大丈夫よ、おじさん。あの悪い竜は、あたしたちがやっつけたわ」

 

 

 

 そう言って牢屋を開けると、男は戯けたように頭を抱えて笑いながら感謝を告げてきた。

 

 

 

「いや〜、ありがてえ………。もう少しで、あの魔物たちの餌にされるところだったぜ」

「全く、あんな可愛い娘さんをほったらしにして、こんなところで魔物に捕まっちゃダメじゃない」

 

 

 

 つい先程まで魔物に捕まっていて、命の危険にあったとは思えない気楽な様子の男に少しだけ違和感を覚える。どうにも余裕があり過ぎないか? 

 俺の疑念は兎も角として、ベロニカはそんな飄々とした態度が気に入らなかったらしく、可愛らしい娘さんとやらを引き合いに出して叱責すると、今まで動揺の欠片も見せなかった男が大きく驚嘆する姿を見せた。

 

 

 

「え? アンタら、まさかあの子を………ルコを知っているのか!?」

「心配しなくても大丈夫よ。ホムラの里の酒場で預かってもらってるから、里に戻ったらマスターにお礼を言うのね」

 

 

 

 ……なんということでしょう! あの健気で可愛らしいルコの父親が、こんなに人相の悪い男だったなんて! 

 いや、ベロニカもよく気がついたものだ。俺だったら、この男とルコに血の繋がりがあるとはほぼ絶対に思い至らない。

 

 

 

「ありがとう……俺の名前はルパス。アンタたちから受けた恩は、きっと忘れねえよ」

 

 

 

 ベロニカから宥めるように言われて、ひとまず安心できたのだろう。

 男は徐に俺の方に向き直って、改めて感謝を告げてきた。………暫定的ではあっても、俺がこのパーティーのリーダー役だと一瞬で見抜いたらしい。

 

 

 

 この男、ルパスは恐らく只者ではない。彼の助けがどこかで必要になると、俺の〈直感〉が教えてくれているような気がした。

 それを裏付けるように、元盗賊で裏の世界の住人であったカミュがピクリと反応した。

 

 

 

「ルパス……? その名前、どこかで聞いたことがあるような…………」

 

 

 

 そう独りごちて、訝しむように見詰めてくるカミュの視線に焦る様子を見せると、ルパスは急に話を切り上げてしまった。

 

 

 

「そ、それじゃあ、俺はルコが心配だから先に行くぜ。アンタたち、本当にありがとうな!」

 

 

 

 ルパスは捲し立てるように言い捨てると、サッサと走り去って行った。

 やはり怪しい………けれど、なんだかんだで悪い人間には見えないから大丈夫だと思いたい。犯罪者とかではないはずだ。

 

 

 

「……行ってしまいましたね」

「なんか引っ掛かるけど………まあ、いいわ。あたしたちもホムラの里に戻って、少し休みましょ」

 

 

 

 最後の最後で少しモヤっとした気持ちが残ったが、俺としても流石に少しばかり疲れたし、ベロニカからの提案に否やはない。

 火事場の馬鹿力を出した3人は、明日の早朝辺りは辛い思いをするかもしれないな…………なんてことを考えながら、俺たちはホムラの里に向けて帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これにて、弍章の四話を終了致します。
本日も最後までご覧いただきありがとうございます。


今回は3度目のボス戦、デンダとの戦いでした。
本来ならば子分の数はもっと少ないのですが、主人公側が強すぎるのでデンダも含めて少し強化してみました。
戦闘前に〈魔王〉という言葉を聞いて主人公が動揺していたので、その所為で今回初めて敵の攻撃を喰らうことになりました。
とはいえ、強化されていても〈冷たい息〉くらいでは暫定Lv.35の主人公をどうこうできる訳でも御座いませんが。

今の状態だと主人公1人が強すぎて、私のような作者では上手いこと仲間たちと連携した戦闘を描写できず、今回のような形となりました。
圧倒的なワンマンアーミーとして運用するならば兎も角、本気で動く主人公に他の仲間たちが合わせられる気がしなくて、結果として主人公はフォローに徹するというお茶を濁すような形に…………。
実際に私自身が執筆をするようになって痛感していますが、戦闘描写はなかなか思い浮かばず、特に難しいと感じております。
いつか、私も上手に描写できる日が来るのでしょうか………。


まあ、それはそれとして、次回の投稿は2週間後の水曜日、10月16日を予定しております。
またなにか、私生活が立て込んで延期することになりましたら、前書きでも言いました通りに活動報告にてお知らせ致します。
改めて、お待たせしてしまい申し訳ありませんでしたm(_ _)m

それでは、また次の投稿をお待ちください。
最後までご覧いただき、ありがとうございました!




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垣間見たものは………




今回はどうにか間に合いました。
台風19号による被害等々、色々とありましたが………なんとか小説は続けられそうで安心しました。

お気に入りも300人を超えて、このような作品に評価をつけてくださった皆様には感謝の言葉しかありません。
これからもどうか、私の作品をよろしくお願いします。

それでは、どうぞ………。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜眠りについてから、ふと眼を覚ますと…………俺は不思議な場所にいた。

 光源がないのか、見渡す限り全てが闇に覆われた空間。しかし、どういうわけか自分の身体はぼんやりと闇の中に浮かび上がるように形を捉えることができる。

 

 

 

 記憶に間違いがなければ、以前にも俺はこの空間に来ているはずだ。

 その時は当てもなく彷徨っている時に、何処からか何者かに話しかけられたのだったか。この闇に溶け込むようにして姿の見えなかった、謎の人物…………俺が此処にいるのは彼に関係しているのだろうか? 

 

 

 

『────そうだよ。今回は僕が、君を此処に呼んだんだ』

「な、なんだ……ど、何処からッ!?」

 

 

 

 余りにもタイミングよく聞こえた声に、心臓が飛び出そうなくらい驚いた。

 しかも、まるで俺の心の声でも聞こえているかのように的確な返答だ。口には出していないはずなのに、そう疑問に思いながらも〈直感〉に従って背後に振り向く。

 

 

 

 すると、其処には何時の間にか闇に溶け込むように佇む謎の人物がいた。

 こんな空間にいることや顔もなにもかもが不明ときて、普通に考えればあからさまに怪しい人物なのだが、俺には不思議と悪い存在とは思えなかった。

 確か以前にも同じように感じた記憶があるので、この感覚は勘違いではないのだろう。

 

 

 

「…………俺は以前にも此処に来たことがあると思う。その時に、俺はお前と会っている。……間違いないか?」

『うん。確かに僕と君は会ったことがあるよ』

「そうか。──なら聞くが、此処は何処なんだ? 先程お前は俺を此処に呼んだと言っていたが、元の場所に戻れるんだろうな……?」

『それに関しては安心して欲しい。君が迷い込んだ時のように自然と目が醒めると同時に、此処から出ることができるから』

 

 

 

 頷くような気配がした後に、穏やかな声で安心させるように答えが返ってきた。

 それを聞いて、ひとまず安堵の息を吐く。望んだ旅路ではないとはいえ、こうして〈勇者〉として旅立って仲間もできたのに1人だけ放り出すわけにはいかないからな。

 

 

 

 それに、旅立つことになったばかりの頃は違って、今は個人的に知りたいこともある。色んな謎も解明しないと気持ちが悪いし。

 昨日の魔物たちが言っていた〈魔王〉についても気になるところなので、もうこれ以上の文句は言うまい。

 

 

 

『………ただ、申し訳ないけれど、此処について僕に話せることはないんだ』

「それはどういう意味だ……? 今の言い方だと、お前が話したくても話せないのか、そもそも此処についてお前の知ることが少ないから話せないのか。…………或いは、その両方なのか?」

 

 

 

 そう聞くが、今度は待っても声が返ってこない。

 しかし、声の代わりに謎の人物が動く気配がした。今のは………2回首を振った後に、1回だけ頷いたのか。姿が見えないから感覚頼りだが、恐らく正しいはずだ。

 

 

 

 となると、両方の意味で良いということだろう。3回目で頷いてたからな。

 でも、要するにこう言いたいわけだろ? 「此処のことは大して詳しくないし、言いたくても言えないことがある」って。

 

 

 

 何故か声は出すのは駄目で、言葉じゃなくて態度で示すのは大丈夫っていうのは謎だけどな。誰が判断してるんだろうか。

 うん、全く基準がわからないし、そんな状態で俺を呼んでどうするつもりなんだ此奴は………(ジト目)

 

 

 

『うぅ……本当にごめん。でも、そんな目で見ないでよ。なるべく早い段階で君に見てもらいたいものがあったから、こうして此処に来てもらったんだ』

 

 

 

 そんな声が聞こえてきたが、何故か見えないはずなのに肩を落としてションボリしている光景が思い浮かんだ。

 相変わらず少年的な声だし、どうしてか凄く聞き覚えのあるような気がする。なんというか、毎日耳にしているくらい馴染みがある感じが………いや、それはないか。

 

 

 

「あー、今のは俺が悪かった。お前にも事情があるんだよな。それがなんなのかは知らないけどさ」

『………ありがとう。それじゃあ、余り時間もないから、早速だけど君に見てもらいたいものがある』

「そういえば、さっきも言ってたが………俺になにを見せたいんだ?」

『いや、その………ごめん。言葉にするのは難しいけど、きっと見てもらえばわかると思うから』

 

 

 

 幾ら目を凝らしても姿の見えない少年(?)が言った瞬間のことだった。

 俺と少年(?)との間に突如として闇に覆われた空間を眩く照らすほどの光が生まれて、直後に視界の全てを白く染め上げるように爆発的に広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界を白く染め上げていた光が消えると、俺は地下迷宮のデンダ一味と戦った広間によく似た場所に立っているようだった。

 何故こんなところにいるのかはわからないが、もっとわからないのは目の前でベロニカとセーニャが、互いの手と手を合わせて跪くようにして真剣な表情で俺を見上げていることだ。

 

 

 

「「〈命の大樹〉に選ばれし〈勇者〉よ。こうして貴方とお会いできる日をお待ちしておりました。私たちは〈勇者〉を守る宿命を負って生まれた聖地ラムダの一族。これからは命に代えても貴方をお守り致します」」

 

 

 

 そして、やはりというか聞き覚えのある口上を見覚えのある状況で述べた。

 だが、なにがとはハッキリと言えないが、少しだけ違っているような気もする。この言い表せないような違和感はなんだろうか。

 違和感の原因がわからないまま、再び光が生まれて視界が白く染め上げられていく。

 

 

 

 

 

 

 

「そんな、〈命の大樹〉が…………」

 

 

 

 ホワイトアウトから意識が戻ると同時に、右隣からベロニカの呆然とした声が聞こえた。

 反射的に顔を上げれば、其処には見るも無残に枯れ果てた〈命の大樹〉があった。しかもどういう状況なのか、俺は胸を抑えて悶え苦しみながら、左右からベロニカとセーニャに支えられているらしい。

 

 

 

 不意に〈命の大樹〉よりも上に原因がある気がして仰ぎ見ると、闇の衣とでも形容すべき球体状に膨らんだ闇の魔力が渦を巻いていた。

 その中に、いつか何処かで垣間見た道化師の姿が見えたと思ったら、次の瞬間には筋骨隆々の禍々しい異形の魔物の姿に変わってしまったので確証は得られなかった。

 

 

 

「このままだと、世界が………」

 

 

 

 再びベロニカの呟きが聞こえてきて、けれど──────異形の魔物が大地を震わせるような咆哮を上げると、嵐のように渦となっていた魔力が一気に臨界点を超えて爆発した。

 その爆発は、瞬時に世界を飲み込んでしまったかのような絶大な規模で、その直下にいた俺は抵抗することもできずに意識を闇に染めてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 次に意識が戻ると、静寂の森と思われる場所で木に寄り掛かって眠るベロニカと、そんな彼女に手を伸ばすセーニャの姿があった。

 良かった……無事だったのか。そう思ったのも束の間、俺は木に寄り掛かって眠るベロニカの身体に全く力が入っていないことに気がついてしまった。

 

 

 

「起きてくださいお姉様。風邪を引いてしまいますわ」

 

 

 

 普段とは逆にセーニャがベロニカを起こすという光景は、本来ならば微笑ましいものだったかもしれない。

 だが、いつも元気一杯な彼女の姉はピクリとも動かず、セーニャの声にも全く反応を見せなかった。嫌な予感がふつふつと浮かび上がってくる。

 

 

 

「…………お姉様、どうしてしまったの?」

 

 

 

 おっとりとした様子で首を傾げるセーニャを他所に、この嫌な予感を否定したくて、無理矢理にでも起こそうと近寄り────不意にベロニカの杖が光り輝いた。

 俺の左手も急に熱を帯びたので、まさかと思いながらも確認すれば、其処には光を放つ痣がある。

 

 

 

「お姉様の杖が光っている………。それから●●●●様の手も………………。●●●●様、お願いです。此方の杖に触れてみてください。もしかしたら………」

 

 

 

 セーニャも俺と同じように嫌な予感に襲われているのだろう。一縷の希望を託すように俺に向かって言ってくるのだが、何故か名前の部分が聞き取れなかった。

 だが、そんなことより確認せねばなるまい。這い寄ってくる嫌な予感を振り払うようにして、俺はベロニカの杖に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 大樹の根っこに手を翳した時のようにいつも通り光に包まれると、初めに見えたのは完全に死に絶えたと思われる無残な姿の〈命の大樹〉と空に浮かぶ恐ろしいまでに巨大な魔力の塊だった。

 更に、恐らくベロニカの視点なのだろう。淡く光る魔力に身を守られて、ふわふわと空中を漂うようにして浮かんでいる俺・カミュ・セーニャの姿が見える。何故か、グレイグもいるが、一様に気絶でもしているのか力なく項垂れている。

 

 

 

「早くなんとかしないと、みんなやられてしまうわ………」

 

 

 

 息も絶え絶えに、まるで自分に言い聞かせるような調子で呟くベロニカの声が聞こえる。

 俺たちに向けて翳している両腕は目を覆いたくなるほどにボロボロに擦り切れて傷だらけになっており、自分以外の人物を守ることだかに全神経を集中したであろうことが窺えた。

 

 

 

「あたしはどうなってもいい………。みんな絶対に生き延びて、彼奴から世界を救って頂戴!」

 

 

 

 そう言って、ベロニカは残った魔力の全てを振り絞るようにして俺たちをこの場から逃した。

 緊張が途切れたのか、限界を超えて魔力を使用した疲労で荒く息を吐きながらも、ベロニカは悲壮感もなく少し笑みさえ湛えたような声で誰にともなく囁いた。

 

 

 

「セーニャ……。またいつか、同じ葉の下に生まれましょう。●●●●のこと………頼んだわよ」

 

 

 

 その言葉を最後に────いや、遥か上空にある膨大な魔力が爆発する瞬間、声に出さずに口の中だけで呟いた言葉があった。

 ベロニカが声にしなかったということは、伝える気のなかった言葉だったのだろう。

 しかし、あの時の宣誓のように本当に命を懸けて俺と仲間たちを救おうとするなんて………それは余りにも悲しい覚悟だよ、ベロニカ。

 

 

 

 

 

 

 

 また視界が白く染め上げられて光が晴れた時、俺はセーニャを抱き締めていた。

 反射的に手を離そうと思ったが、胸に顔を埋めている彼女の肩が震えていることに気がついて、セーニャがこうなっているのはベロニカの最後をあの力で垣間見てしまったからなのだろうと推測できた。

 

 

 

 良く見れば、此処はベロニカとセーニャの故郷の聖地ラムダだった。きっと静寂の森でベロニカを看取って、此方に戻ってきたのだと思う。

 暫くして、セーニャは落ち着いた腕の中から離れていくと、強い覚悟を秘めた瞳で俺に向き合った。

 

 

 

「ごめんなさい、●●●●様。やっと心の迷いが晴れました。お姉様が助けてくれたこの命………精一杯、未来へ繋いでみせます」

 

 

 

 セーニャは、決然とした様子で誓うように告げる。その姿からは、死ぬ覚悟でなく、生き抜く覚悟を感じた。

 そして、俺に背を向けて何処か遠くを見詰めるようにしてから一つ頷くと、女性らしく長く美しいベロニカとお揃いの金髪を一房に纏めるように掴んで…………徐に右手に握り締めたナイフで断ち切ってしまった。

 

 

 

 その後ろ姿が、あの美しい髪を切るという行為に神聖なものを感じてしまい、俺は声を掛けることができない。

 セーニャは切り取った髪を左手に強く握り締めて、再び誓うように言葉を紡いだ。

 

 

 

「もう……涙は見せません。………さようなら」

 

 

 

 そう言って、セーニャはそっと風に乗せるように髪を放った。美しい金の髪は山風に乗って上へ上へと、空に向かって何処までも高く登っていく。

 しかし、その途中で火に炙られて燃え散るようにして虚空に消えていった。

 

 

 

 彼女は一体、何に向かって………或いは、誰に向かって「さよなら」と告げたのだろうか。

 みんなを守って亡くなった姉に対してか、今しがた切り取った自慢の髪に対してか──────泣き虫で弱かった自分自身に対する決別か。

 

 

 

 そんな神秘的で幻想的な光景を前にして、俺は思わず見惚れてしまっていた。

 再び何処からともなく光が生まれて、ホワイトアウトしていくのにも構わず、不思議とベロニカの姿が重なり合っているかのように見える、常になく力強いセーニャの後ろ姿を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「其処にいるのは、お姉様………?」

 

 

 

 その言葉に、惚けていた意識が戻る。

 正面に視線を送ると、確かに其処にいたのはベロニカのようだった。シクシクと悲しげに泣いている。

 ただ、俺の〈直感〉は何かが違うと教えていたが、明確に何処が違うのかはわからない。

 

 

 

「セ…セーニャなの……? あっ、●●●●も一緒なのね」

 

 

 

 へたり込むように座って泣いていた彼女は、そう言って俺たちの方に振り向いた。

 それにしても、此処は今までと違って見覚えのない場所だ。強いて言えば、なんとなくデルカダール城に似ているような気もするが、こんなに禍々しい気で満ちてはいないので気の所為だろう。

 

 

 

 ベロニカは涙を瞳に溜めたままだったが、少し嬉しそうに俺たちの元へと走り寄ってくる。

 そして、俺の目の前で立ち止まると、またシクシクと悲しげに泣き始める。はて、彼女はこんなにも悲壮感に囚われる性格だったか。

 

 

 

「●●●●、寂しかったの。ずっと、1人だったから………」

 

 

 

 そう言われると、仕方がないのかもしれないと思う。彼女があのように涙するのは少し意外だったが、ずっと此処に1人でいたならば不思議ではない、のだろうか。

 なにより、仲間を疑うのは気分が良くない。何処か違和感はあるが、まだ確証はないのだ。

 

 

 

「あのね、●●●●。ひとつだけお願いがあるの。──────今すぐに、死んでくれないかな……?」

 

 

 

 ………一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 聞き間違いでなければベロニカは今、俺に「死んでくれ」と言ったのか? 

 あり得ない……こんなにも不愉快になったのは久し振りだ。目の前にいるこの不届き者は、絶対にベロニカであるはずがない! 

 

 

 

「だって、アンタを守った所為であたし死んじゃったでしょ? アンタだけ生きてたら、不公平じゃない? だからね………………」

 

 

 

 ベロニカの姿をした“ナニカ”は涙を流しながら悲壮感たっぷりに語ってはいるが、この台本を作った奴は3流以下の小悪党にしか思えない。

 そのまま“ナニカ”は一息だけ間を置いて、次の瞬間────瞳孔が開いた恐ろしい形相で叫んだ。

 

 

 

「────死んで! 自らの死を以って償って! もっと生きたかったのに、アンタの所為でこうなっちゃったんだからさ!」

 

 

 

 “ナニカ”はベロニカの姿と声で、絶対に彼女が言わない言葉を叫ぶ。

 もっと生きたいと思っていたのは本当だろう。でも、仲間を守るために命を投げ出したベロニカの覚悟は、そう簡単に折れるものではないと思うのだ。

 

 

 

 その覚悟に土足で踏み入るようにして穢した何某かに対する怒りはあったが、報復する前に残念ながら時間切れのようだった。

 俺は光に包まれて、次第に意識が沈んでいく。いつになったら、この不可思議な現象は終わるのだろうか。────意識が途切れる直前、涼やかなハープの音色が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 意識が浮上して、最初に見えた光景はまたしても見覚えのないものだった。

 今度は近似する場所にも心当たりがなく、本当に見た記憶がない。しかも、セーニャとカミュは兎も角として、他に知らない人たちがいる。

 

 

 

 そんな疑問とは裏腹に、彼らはきっと俺の仲間たちなのだろう。何も知らないはずなのに、不思議とそう確信している自分がいた。

 だが、どうして彼らは一様に泣きそうな顔で俺に向き合っているのか。サーカス衣装に身を包んだ男や穏やかそうな老人などは笑顔を取り繕っているけど、その心のうちは感じ取れる。

 

 

 

 そして、彼らの例に漏れず、セーニャも泣きそうな顔を隠すように俯いてしまっていた。

 短く切り揃えられた髪は、昔の幼い頃の彼女を思い起こさせるが、やはりこの光景はあれから未来の出来事であるということなのだろう。

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

 すると、いつのまにか何も言わず俯いているだけのセーニャの背後にいたカミュが、彼女を俺の前に押し出した。

 驚いて振り向いたセーニャに、ニヤリと彼らしい不敵な笑みを見せて頷いた。

 それに勇気付けられたのか彼女も返事の代わりに頷いて、改めて俺に向き直ると噛みしめるような調子で語り出した。

 

 

 

「………●●●●様。私は、貴方を守る使命のため、必死に此処まで歩いてきました。貴方と一緒に冒険した日々は、私にとって掛け替えのない時間。私、絶対に忘れません…………」

 

 

 

 まるで別れを告げるような言葉。泣くのを我慢しているのか、声も少し震えていたような気がする。

 ………恐らく、俺は彼らを置いて何処かに1人旅立つのだろう。何処に、どんな目的があるのかは不明だが、そうだと考えれば説明がつく。

 

 

 

「だから……●●●●様………。…………だからっ……」

 

 

 

 セーニャは涙を堪えるように一瞬だけ俯いて、声を詰まらせた。

 だが、グッと堪えて、瞳を潤ませながらも顔を上げた。強さと弱さが混じり合った瞳で見詰められて、一瞬胸が高鳴ったのは気の所為じゃないだろう。

 

 

 

「また、私のこと………探し出してくれますか?」

 

 

 

 涙を流してはいなくても、まるで泣き笑いのような表情でそう言ってきたセーニャは、本当に美しかった。

 それを最後に、また場面が切り替わるのか、光が全てを染め上げていく。俺の視界もホワイトアウトしていき………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開くと、其処は闇に覆われた空間だった。

 あの現象の続きだろうか。そう思ったが、目の前にいるのに姿の見えない謎の人物の姿を認識して、どうやらアレで最後だったのだと理解する。

 向こうが口を開こうとする気配を感じたが、俺はそれを無視して問い掛けた。

 

 

 

「なあ……今のはなんだったんだ? まさか、未来の光景なのか……?」

 

 

 

 俺の言葉に少年(?)は口を噤んでから、その後に首を横に振った。

 また話せないことなのかと苦々しく思ったが、どうやらそれは早とちりだったらしい。少年(?)が話そうとするのを感じ取って、話を聞く体勢を整えた。

 

 

 

『……少し違う、かな。正しいとは言えないけど、間違っているとも言えない………。でも……いや、これ以上は話せないみたいだ、ごめん』

 

 

 

 なんとも曖昧な言葉しか返ってこなくて拍子抜けした。なんの参考にもならないという訳ではないので、別に構わないのだが…………。

 恐らく、という推測はある。根拠もなく荒唐無稽な考えだが、俺自身が転生なんてものをしているのだから今更な話でもあるのだ。そう外れてはいない気がする。

 

 

 

 俺がそうして考察していると、不意に地面が大きく揺れ始めて咄嗟に片膝をついてバランスを取った。

 この感覚には覚えがある。確か以前にこの空間に来た時もこんな風に揺れ始めて、その後に元の場所に戻ったような…………。

 

 

 

『それに、もう時間がないね。君も察しているみたいだけど、どうやら元の場所で君が目覚めようとしているらしい。………伝えたくても、伝えられないというのは、こんなにもどかしいものなんだね』

 

 

 

 嘆くように、少年(?)はそう言った。

 以前にも思ったが、時折この人物は重く冷たい過去のようなものを覗かせる。

 もしかしたら、俺に見せてくれた光景ともなにか関わりがあるのかもしれない。それが、どんなものかはわからないけど。

 

 

 

「そうかもしれないな。…………だが、お前のお陰でこれから先の旅路は、一層気合いを入れる必要があることはわかった。アレが現実にならないように、頑張るさ」

『………うん、それを聞いて安心した。君ならきっと大丈夫だとは思うけど、よろしく頼むよ』

 

 

 

 本当に安心したような声で、その姿を見ることはできなかったが、少年(?)は笑っていたんじゃないかと思う。

 色々と気になることはあるけど、俺の推測が合っているとすれば野暮という他ないだろう。

 そんな風に内心で独白したのを最後に、俺は意識を埋没させていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました俺は、今度こそ元の場所に戻ってきたようだった。

 昨夜はもう遅かったので、ホムラの里にある宿で一泊することになったのだったか。俺がいるのは、その宿の一室であるのは間違いない。

 

 

 

 隣のベッドを見たが、カミュは既に起きて部屋を出ているらしい。外を見れば、それなりに陽が高くなってきている。

 恐らく、ベロニカとセーニャも目を覚ましているだろう。俺を待ってるのかもしれない。

 

 

 

 寝間着のような服はないので着替える必要はないが、忘れ物がないかだけは確認して部屋を出る。

 階段を降りて宿屋のロビーに出ると、其処には3人が寄り集まって話をしていた。やはり待たせてしまったようだ。

 

 

 

「よう、レイブン。起きてきたか。俺たちも、ちょうど集まったところだ」

「おはよう。待たせてごめんね。なんだか、とても長い夢を見ていた気がするんだけど…………」

 

 

 

 3人に近寄っていくと、初めに気がついたのはカミュだった。

 俺としては意外なことに、昨日の疲れは微塵も見せずに元気一杯に見える。まあ、言葉通りならしっかり眠ったみたいだし、そう不思議なことでもないか。

 

 

 

 ちなみに、前回と違って、今回の夢のことはまだ話すつもりはない。

 夢の中で未来の光景を垣間見たとでも言えば、恐らく3人は信じてくれるとは思うけど、特にベロニカ辺りは必要のない覚悟を決め兼ねないので黙っておくのが吉だと判断した。

 

 

 

「なんなのよー。夢を見てたなんて、本当に呑気ねえ。昔からそうだけど、アンタって少し抜けてるところがあるわよね。……指名とか関係なく、どうにも放って置けないわ、全くもう…………」

「お、お姉様……。レイブン様に向かって、例え事実ではあったとしても、そのような仰りようは如何なものかと…………」

 

 

 

 うん、セーニャ………気持ちは嬉しいけど、全くフォローにはなってないよね。その一言は本当に必要でしたかな? 

 カミュとベロニカは笑ってやがるし。まあ、俺とこの2人の関係は昔からこんな感じだったっけ。なんだか懐かしくなって、俺も笑ってしまう。

 セーニャだけは、何故俺たちが笑っているのわからないみたいだけど。これぞ純粋培養の天然………。

 

 

 

「……ふぅ、まあいいわ。それよりも、やっと聞いてもらう時が来たわね。〈勇者〉であるアンタと、あたしたち姉妹の使命について…………」

 

 

 

 散々笑って満足したのか、一息ついた後に意識を切り替えたのか雰囲気が変わる。

 そうして意味ありげにベロニカが言って、促すようにセーニャに視線を向ける。姉からの催促に従って、セーニャは真剣な表情で頷いてから話を引き継いだ。

 

 

 

「大いなる闇………邪悪の神が天より現れし時、光の紋章を授かりし大樹の申し子が降臨す…………私たちの故郷に伝わる、神話の一節ですわ」

 

 

 

 そう言われて、今の話の何処に俺の関わる要素があったのかと考え…………ふと左手の痣を見た。

 光の紋章と言えば、この手の痣は大樹の根っこに反応して光り輝くことがある。しかも、俺の気の所為でなければ〈ロトの紋章〉に似ている。

 いやいや、まさかね………大昔の神話に出てくる英雄と同じ特徴があるとか厄ネタ以外の何物でもないじゃないですかぁ〜。

 

 

 

「そう。信じられないだろうけど、アンタは嘗て、その紋章の力で邪悪の神を倒し、世界を救った〈勇者〉の生まれ変わりなの」

 

 

 

 へぇ………〈勇者〉の生まれ変わりだとは聞いてたけど、そんな大それた人だったとは思わなかった。

 星になってるとか言われてるくらいだから凄い人なのかなぁ〜、程度には想像してたけどさ。邪悪だろうがなんだろうが、神殺しをしてるとはね。

 

 

 

 しかし、前からそうだけど〈勇者〉の生まれ変わりと言われても全く実感がないのは困りものだ。

 そもそも俺には現代日本で生きてきた記憶が、前世の記憶としてあるのが問題なのかもしれない。或いは、それがなければ………とも思うが、流石に俺が俺である唯一の証明となる記憶を捨てたくはない。

 

 

 

 

 -閑話休題(まあ、それはそれとして)

 

 

 

 

 俺が思考の迷路に嵌りそうなことを考えている間にも、ベロニカの話は続いていた。

 

 

 

「邪悪の神は倒されたはずなのに、何故〈勇者〉がこの世に生を受けたのか………。それは、あたしたちにもわからない」

 

 

 

 目を瞑って俯き、淡々と言ってはいたが、その声には少しばかりの悔しさが滲んでいた。

 俺としても、使命がどうとか言われても特に思い当たることはない。前世の記憶的に考えれば、件の〈魔王〉とやらが怪しいのだが…………。

 

 

 

「其処で、真実を突き止めるためにアンタを〈勇者〉と縁の深い〈命の大樹〉へ導く使者として、あたしたちが大抜擢されたってワケ」

「ふーん……。〈命の大樹〉か。其処に行けば、全ての謎が明らかになるってんだな? じゃあ、さっさと其処に行こうぜ」

 

 

 

 カミュはなんでもないかのように言うが、それは流石に無理があるだろう。

 正直に言わせてもらうと、なにも考えずに発言したとしか思えない。さっさと行きたいのは山々だけど、まさか〈魔力放出〉で俺だけ飛んでいくのもキツイし。

 

 

 

「アンタ、本気で言ってるの? 〈命の大樹〉って、空に浮かんでいるのよ。簡単に行けると思ってんの?」

 

 

 

 ベロニカから呆れているようにも、馬鹿にしているようにも聞こえる調子で言われて、カミュは決まりが悪そうに顔を背けた。

 雰囲気が悪くなり掛けたのを察したように、セーニャが後を引き継いで話を続ける。

 

 

 

「嘗て、邪悪の神と戦った〈勇者〉様は空を渡り、大樹から使命を授かったそうですが、その記録も時の流れに埋もれてしまいました」

「なんだよ、それ? アンタらにもわからないってことかい?」

 

 

 

 要するに、手掛かりはなにもないのか。それは、少し骨が折れそうだ。

 カミュも盗賊としての勘なのか、面倒そうに呟いた………のも束の間、なにか心当たりでもあったようで、顎に手を当て独りごとのように呟いた。

 

 

 

「〈命の大樹〉ねえ………。うん? 待てよ。なにか、わかるかもしれねえぜ」

「まぁっ、本当ですか!?」

「ああ。昨日、助けてやったおっさんな………実は彼奴、有名な情報屋なんだ。〈命の大樹〉について、なにか知ってるんじゃねえか?」

 

 

 

 なるほど……昨日の、確かルパスと言ったか。あの男は裏の世界では名の知れた情報屋だったんだな。

 それなら期待はできる。表で知られていない情報でも、裏では常識ということなんてザラにあるのだ。少なくとも、聞いてみる価値はあるだろう。

 

 

 

「確か迷子のお嬢さんを迎えに酒場まで戻ると仰っていましたね。取り敢えず、酒場まで行ってみましょう」

 

 

 

 セーニャの提案に、意を唱える者はいなかった。ぶっちゃけ藁にも縋りたい気持ちだからな。少しでも情報が欲しいところだ。

 善は急げということで、俺たちは宿の女将さんに挨拶だけして、急いで酒場へと向かう。まだルパスたちが旅立っていなければいいのだが………。

 

 

 

 酒場に入ると、見覚えのある後ろ姿が2つ、カウンター席に並んで座っていた。

 1人は幼い少女、ルコだ。折り目正しく座っており、隣でご機嫌に酒を呑んでいる人物を窘めるように困った顔で話し掛けている。俺たちの目的の人物は、その隣に座っている男だ。

 

 

 

「よう、おっさん。ご機嫌じゃねえか」

 

 

 

 そんな、娘の制止も聞かずに呑んだくれている男、ルパスに近づいたカミュは陽気に話し掛けた。

 此方の気配には気がついていたらしく、ルパスはチラリと流し目を送ってくる。取り敢えず、話は聞いてくれるつもりのようだ。

 

 

 

「俺さ、おっさんのこと思い出したんだ。アンタ……裏社会では結構、名の知れてる情報屋のルパスさんだろ? なんでも、生まれつきの不運を逆手にとって、厄介ごとに巻き込まれちゃあ、其奴をネタに商売してるって話だが…………違うかい?」

 

 

 

 続けて、カミュが真犯人を暴き立てるように言えば、ルパスは酒を置いて振り返った。

 そして、以前の魔物に囚われた不運な人間としてではなく、それすらも楽しむ情報屋ルパスとしてニヒルな笑みを携えて対面した。

 

 

 

「フッ、バレちまったなら、しょうがねえ………。そうさ。道を歩けばネタの方から寄ってくる、天才情報屋ルパスたあ、俺のことよ」

 

 

 

 素敵に不敵に自己紹介を済ませると、彼はどうしてデンダ一味に捕まったかの話をしてくれた。

 どうやらルパスは暖簾が入れ替わっていたとかで運良く女子風呂に入ることができたけれど、ツイていたのは其処までだったらしく、不運にもデンダ一味の魔物と遭遇して囚われたとのことだ。

 

 

 

 ベロニカにも話を聞くと、どうやら彼女は武器のない状態だったので多少は苦戦したが、狭い室内ということを逆に利用して戦闘を優位に進めていたそうだ。

 しかし、其処にルパスを人質に取った魔物が入ってきたことに動揺してしまい、捕まってしまったのだとか。

 彼女にとって、不覚をとった記憶は余り思い出したくないようで、説明している間は終始、不愉快そうに顔を顰めて逸らしていた。

 

 

 

「ところで、おっさん。〈命の大樹〉を知ってるか? 〈命の大樹〉に結びつくなら、どんな情報でもいい。アンタが知っていることを教えてくれ」

「ほう……〈命の大樹〉とは、デカいターゲットだな。いいだろう。アンタたちは命の恩人だし、とっておきのネタを教えてやる」

 

 

 

 ルパスはそう前置くと、自信満々に“とっておきのネタ”とやらを語り始めた。

 ルパスとルコの2人は、ホムラの里には南西の砂漠………俺も昔に行ったことがあるので覚えはあるが、サマディー王国の砂漠を越えてきたそうだ。

 道中で砂漠の暑さにやられてしまった彼らは、死を覚悟したと言う。だが、運良く通り掛かったサマディー王国の兵士に助けられて、城に運んで介抱してもらい九死に一生を得たらしい。

 

 

 

 そのエピソードに、本当に不幸な体質なんだなと思う。………幻想を破壊する能力でも右手に秘めているんだろうか? 

 なにはともあれ、城で介抱されていたルパスは、その時にある物を見たのだと語気を強くした。クライマックスが近づいてきて、語ってる本人も興奮してきたようだ。

 

 

 

「意識を取り戻したその時、俺は見ちまったのさ! 城の中に飾られた、“キラキラと七色に輝く枝”をな……! 俺の目に狂いはねえ。アレこそが〈命の大樹〉! ………………の枝だと思うぜ」

 

 

 

 おおっと、これは当初に予想していたよりも、遥かに有力な情報なのでは……!? 

 恐らくは、此処まで何度か俺の道行を助けてくれた〈命の大樹〉の根っこと同じ効果が期待できる。左手にある紋章が反応してくれたら、一気に解決まで行ける可能性は高い。

 

 

 

 

「まぁっ、お姉様、お城の中に“七色に輝く〈命の大樹〉の枝ですってっ!? 行ってみる価値はありますわ!」

「そうね。枝とはいえ、〈命の大樹〉。ずっと輝き続けてるってことは、〈勇者〉を導いてくれるに違いないわ! カミュ、アンタもやればできるじゃないの!」

「まあな……」

 

 

 

 へへっ、とカミュは得意げに笑っているが、なんだか凄い嬉しそうだなぁ……。

 まあ、今回は大手柄と言ってもいい。俺としては色々と助けてもらっている立場だし、カミュの元盗賊としての見識は追われている現状では非常に頼りになるのだ。

 

 

 

「それでは、お姉様──ーひとまずサマディーに向かいましょう。此処から南西の関所を抜けて進んでいけば、サマディー王国に辿り着けるはずですわ」

 

 

 

 次の目的地はサマディー王国に決まりだな。久し振りに馬レースとかも出てみたいけど、逃亡中の身の上だとそう言うわけにもいかないか。

 お爺ちゃんが生きていれば、王様に直談判して大樹の枝も手に入ったかもしれないという考えが思い浮かぶ時点で、本当に俺のお爺ちゃんはとんでもない人だったんだなぁ〜。

 

 

 

 そして、先行きが不透明な状況から、少なくても〈命の大樹〉への手掛かりになりそうな情報を得られたお陰か。

 心持ち明るい表情になった姉妹が、そっくりな笑顔で楽しそうに告げてきた。

 

 

 

「「レイブン様。これから先、長い旅になると思いますが、私たち姉妹をどうかよろしくお願い致します」」

 

 

 

 相変わらず、律儀で真面目だ。それでいて、優しくて情が深く………この長く険しい旅路に於いて、とても頼りになる2人だ。

 むしろ、俺が頼んで付いてきてもらうところだよ。これからよろしく。ベロニカ、セーニャ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────余談だが。

 ホムラの里を出発する直前に、ベロニカからとっても便利な呪文を教えてもらった。

 一度訪れたことのある町や村、キャンプ地にも一瞬で移動できる呪文…………ドラクエでは定番中の定番である《ルーラ》の呪文だ。

 

 

 

【レイブンは ルーラの呪文を 覚えた!】

 

 

 

 ……って感じのテロップを流していそうなくらいに、簡単に覚えることができた。

 それに、確かに凄い便利な呪文だけど、ベロニカが使えるなら態々俺が覚える必要はないと思うのだが……………えっ、移動するために魔力を使うのは勿体ないって? それなら、まあ…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これにて弍章の5話が終わりました。
最後までご覧いただき、ありがとうございます!


今回の話で、弍章の本編は終了です。
次回は幕間の話を予定していますが、今のところ2本続けて本編に関係のない話を書こうと考えております。
予定としては、1本目はハロウィンに関連する話、2本目はいつも通りの短編集のような形でいこうと思っています。
本編の続きを楽しみにしている方には申し訳ありませんが、どうかお付き合いいただければ嬉しいです。

さて、今回は少し物語の核心に迫ってみました。
原作をプレイ済みの方からすれば、伏線にもならないような稚拙な文章だったかと思います。
もう大体のところは察しがついているかもしれませんが、ネタバレはしない方針でよろしくお願い致します!


次回の投稿は平常通りに2週間後の水曜日、10月30日を予定しています!
前述したように、次の話は本編とは関係のない話となりますので、興味のない方は読み飛ばしていただいても構いません。
それによって、本編の内容についていけないということはありませんので、どうかご安心ください。

それでは、此処までご覧いただいた皆様、ありがとうございました。
二週間後の投稿(予定)の際に、またお会いしましょう。
これからも応援よろしくお願い致します!




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幕間
Trick and Treat!?





今回は予定通り番外編になります!
ちょうど今の時期はハロウィンなので、試しに一話丸々番外編で書いてみました!
いつもは3つの短編を纏めるような形で書いてる為、今回は初の試みでぐだぐだになってしまっていないか不安です………。

それに、なんだかんだと、今までで最も文字数が多くなっています。
とはいえ、13000文字くらいなので誤差の範囲かもしれませんが………やはり番外編を偶に書くと楽しくて筆が乗ってしまいますね!

では、前書きはこの辺りで………。
息抜きのつもりで、肩の力を抜いてご覧ください!


*今回の話では多少のネタバレ要素があります。
この番外編は本編に直接関わる話ではないので、ネタバレは嫌だという方は読み飛ばしていただいても問題はないのでご安心ください。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなでハロウィンパーティーをしよう」

 

 

 

 世界を救った〈勇者〉とその仲間たちが、久し振りに現在進行形で復興作業を行なっているユグノア王国に一堂に会していた時のこと。

 それぞれ思い思いに活動している所為で、およそ半年振りに再会することになった彼らは旧交を温めていたのだが──────突然、レイブンがそんなことを言い始めた。

 

 

 

「ハロウィンパーティー、ですか?」

「なによそれ? ハロウィン………うーん、聞いたことないわね。それって、何を祝うパーティーなの?」

 

 

 

 レイブンを左右から挟むようにして座っていた、其々に赤と緑がトレードマークの姉妹…………ベロニカとセーニャが揃って首を傾げる。

 双子というだけあって、容姿と背丈、仕草までよく似ていた。得意な魔法も性格も、結構違うけれど。

 

 

 

「えーと……ハロウィンっていうのは、一般的には仮装パーティーとして秋頃の伝統的なイベントという認識が強かったかな。幽霊・魔物・魔女・吸血鬼………そういった怪物に変装してパーティーをするんだ」

 

 

 

 かなり簡潔に説明された姉妹は「ほえー」と得心したような、していないような微妙な返事をした。

 今の説明だけだとわかりにくいか、とレイブンが話を続けようとすると、そんな3人の目の前にクルクルと社交ダンスを踊るように回りながら闖入してきた人物がいた。

 

 

 

「ちょおーっと、お待ちなさい! 貴方たち、随分と面白そうな話をしてるじゃないのぉ! みんなでパーティーだなんて、レイブンちゃん………貴方ってば最高ね! ベロニカちゃん、セーニャちゃん、私も話に混ざってもいいかしら?」

「シルビアさん! ……うん、勿論いいわよ!」

「ええ! まだレイブン様から説明を聞いている段階ですが、皆様と一緒にやるのですから全く問題ありませんわ」

 

 

 

 そう言って、嵐のように割り込んできたのは「世界一の旅芸人」と実しやかに言われているシルビア。夢が叶うのは、もう直ぐ未来のことかもしれない。

 彼(?)は、本日も身体に染み込んだ陽気な笑顔と大仰な振る舞いで、クルクルと楽しげに回っている。

 

 

 

 シルビアからのお願いを、ベロニカとセーニャは快諾した。レイブンとしても断る理由は皆無なので、1つ返事で歓迎した。

 そして、途切れてしまった説明を、最初の部分も含めて懇切丁寧に語った。

 

 

 

「へぇ、仮装パーティーですって……? なにそれ面白そう! とっても素敵だわぁ……!」

「悪霊を祓う、ですか? ……そういうことでしたら、私もお役に立てると思いますわ!」

「ハロウィン……みんなで収穫して、みんなで料理して、みんなで仮装して…………うぅっ、考えるだけで楽しそうじゃない!」

 

 

 

 シルビア、セーニャ、ベロニカと三者三様に、けれど一様にワクワクとした顔を隠さずにハロウィンパーティーの話で盛り上がる。

 そうしていれば当然のように他の仲間たちも「なんだなんだなんだ」と集まってくると瞬く間に話が広まっていき、発案者のレイブンと企画担当(暫定)のシルビアを中心として、最終的にロトゼタシア全土を巻き込む一大イベントの計画が練られるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 レイブン率いる元勇者一行は、久方振りの再会による高揚とお酒を飲んだ上に日々の疲労からナチャラルハイテンションに至った。

 そのまま深夜に渡って落ち着くどころか、更に深夜テンションまで合算された結果、彼らはたった一晩のうちにハロウィンパーティーの企画を完成させて、翌日から直ぐに実行に移し始めた。

 

 

 

「ふむ……この辺りが良さそうじゃな」

「そうだね。元々この近辺は農地にするつもりだったから」

 

 

 

 結局一睡もせずに夜を明かしたことで、無駄にアゲアゲ(死語)になっている面子の中では比較的に落ち着いたままのレイブンとロウが明るい顔で確認し合う。

 現在は見渡す限り瓦礫の山である所為でそうは見えないが、此処を全て開墾すれば広大な農地ができるだろう。

 

 

 

 数年前から復興作業をしているが、ユグノア王国の規模を鑑みれば一朝一夕という訳にはいかない。

 特にこの辺りには瓦礫が積もっていたので、人手の問題もあって後回しにされていた。昨日のレイブンからの発案により、それらを一挙に解決することが可能になるのだ。

 

 

 

「セーニャ、マルティナ……やってくれ」

「はい! お任せください……!」

「ふふっ、さあ……纏めて吹き飛ばすわよ!」

 

 

 

 レイブンの号令の下、セーニャとマルティナが前に歩み出る。意気揚々と、やる気満々の2人は瓦礫の山に向かって仁王立ちで相対する。

 そして、威風堂々……かつての最終決戦の時を彷彿とさせる面持ちで気迫一発、全力の技をぶちかました。

 

 

 

「──猛々しき風の帝王よ。遍く全てを吹き飛ばす暴風となれ────《バギムーチョ》!!」

「蝶のように舞う────《ピンクサイクロン》!!」

 

 

 

 セーニャの薄いピンクの可愛らしい唇から厳かな詠唱が木霊して、直後に天を衝くような規格外の大きさの竜巻が発生した。さらりと《バギ》系統の最終呪文を使っている。

 対して、マルティナは瓦礫の山の中腹付近まで瞬時に移動すると、自らの内包する魅力を爆発させるかのようにしてピンク色の旋風を纏って舞い踊る。巻き起こった旋風の規模は《バギムーチョ》にも引けを取らない。

 

 

 

 その結果────見渡す限り瓦礫の山という有様だったのが嘘のように、その全ての瓦礫は微かな破片すら残さず遥か天空まで巻き上げられていた。

 セーニャとマルティナの仕事はこれで終わり。徐々に重力に引かれて落下してくる瓦礫の対処はレイブンとベロニカの仕事だ。

 

 

 

「むんっ、はぁあぁあああ──ッ! 《ギガブレイク》──ッッ!!!」

「ええいっ! ────《ギラグレイド》ッ!!」

 

 

 

 レイブンの気迫一閃────雷光を纏った剣戟は、遥か天空から降ってくる瓦礫の大小問わず諸共に呑み込んで塵も残さず消し飛ばした。

 続けて、ベロニカが詠唱を省略して《ギラ》系統の最終呪文をぶっ放すと、莫大な熱量を持った光線が天高く伸び上がって薙ぎ払われる。そして、レイブンの撃ち漏らした瓦礫を一網打尽に焼き尽くした。

 

 

 

 此処まで、僅か30秒以内の出来事である。あっという間に瓦礫の山が片付いて、綺麗な地面が姿を現していた。

 ちなみに、離れた場所で復興作業に勤しんでいたデルカダール兵(ボランティア)が唖然とした表情で見ている。一種の躁状態に突入したレイブンたちは、まるで意に介さず暴走を続ける。

 

 

 

「さて、次は俺たちの出番だな」

「そうだな。微力を尽くすとしよう」

 

 

 

 レイブンからの支持を待たず、待ちきれないとばかりにカミュとグレイグが農地(予定)へと立ち向かう。

 片や拳や首をコキコキと鳴らしながら不敵に笑みを浮かべ、片や生真面目な表情で無駄に真剣な様子で背負った両手剣を握り締める。普段は体面を取り繕っている(つもりの)2人が、何時になく高揚としている。

 

 

 

「ご機嫌だぜ……♪」

 

 

 

 早速というか、カミュは2つの《分身》を生み出して、通常の3倍の効率で土地を耕していく。勿論両手に鍬を持った二刀流スタイルであるのは、敢えて言うまでもなく明らかだ。

 元盗賊という職業柄なのか、身軽で器用な彼は驚くほど手際よく開墾する。泥にまみれながらも気にせず、実に楽しそうに作業に取り組んでいた。

 

 

 

「ぬぅおあああッ!! 《魔神斬り》ィィ──ッ!!!」

 

 

 

 雄叫びと共に魔力を爆発的に活性化させて、防御を捨てた大上段の構えで気迫一発、会心の一撃を農地(予定)に叩き込む。

 すると、「英雄」グレイグ面目躍如というか、彼のワザマエによって衝撃は湖面に波紋が広がるように波及していき、その一撃は無用に地面を抉ることなく捲れ上がるようにして耕してみせた。

 

 

 

 カミュとグレイグの尽力のお陰で瞬く間に地面は柔らかく耕されたので、みんなで思い思いに種を蒔いたり球根を植えていく。

 この種と球根は、今朝早くにレイブンの《ルーラ》を利用して世界各地に飛び回って買ってきたものである。………ぶっちゃけ《ルーラ》が便利すぎて扱いが難しいところ(困惑)

 

 

 

 

 -閑話休題(作者の愚痴は置いておいて)

 

 

 

 

「ほっほっほ……後は儂の仕事じゃな」

 

 

 

 そして、みんなでの種蒔きが終われば、残すはロウによる仕上げのみ。

 完全に畑の様相を呈している、元は瓦礫に埋もれていた区画の中心に立って、ロウは1人祈るように胸の前で手を組んで俯いた。

 

 

 

「コォオオ、かの大地に祝福を与え給え────《癒しの雨》よ」

 

 

 

 ロウが空を仰ぐようにして両手を大きく広げると、彼の魔力を含んだ雨が天より降り注ぐ。不思議なことに、雨雲の姿は見て取れない。

 魔力を含んだ雨は大気の魔力と混じり合い、畑に降っては大地の魔力とも反発することなく溶け合っていき、ついさっき蒔かれたばかりの種に充分な魔力と栄養を与える。

 

 

 

 後は、このユグノア王国で復興作業の監督をしているロウが雨天の日を除いて、毎日《癒しの雨》を降らせてあげるだけで完了だ。

 とはいえ、他の者たちにも仕事は山積みである。ハロウィンパーティーの予定日は今年の秋であるからして、時間に余裕がある時にはユグノア王国で復興作業を手伝うことが決定している。

 

 

 

 斯くして────レイブン率いる元勇者一行による一大イベントは、こうして幕を開けた。

 

 

 

 余談だが、最初の種蒔きに参加できなかったシルビアというと、今朝方にレイブンの《ルーラ》でサマディー王国まで送られた。

 どうやら、今夜のサーカスショーにゲストとして参加するとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからの半年間は怒涛の勢いで過ぎていった。

 残念ながら、レイブンたち全員が一堂に会するような機会には恵まれなかったが、彼らは其々に忙しくしながらも暇を見てはユグノア王国に集まっていた。

 

 

 

 レイブンは復興作業の最前線で瓦礫を文字通りに粉砕しながら、雇った作業員たちの陣頭指揮を執っていた。

 敢えて派手な技や呪文を使うことで一種のパフォーマンスにすることで作業員たちのモチベーションの管理をしたりと、多岐にわたって貢献した。

 

 

 

 カミュは得意の《分身》を駆使して、縦横無尽に駆け回っていた。

 時には、瓦礫を運びやすい大きさに斬り刻み。時には、小さくなった瓦礫を撤去して。時には、新居を組み立てる為の建材などを運搬したり…………困った時のカミュとでも言うように、八面六臂の大活躍をした。

 

 

 

 ベロニカは専ら瓦礫の粉砕が主な仕事だった。

 常人を遥かに超える魔力量と多彩な攻撃呪文により、手当たり次第に粉砕爆砕していく。爆発音が聞こえたら、基本的に其処にはベロニカがいる。

 また、定期的に作業員たちに《バイキルト》の呪文を掛けて作業の効率化も図っていた。

 

 

 

 セーニャは直接的な復興作業に従事するのではなく、回復支援を主に縁の下の力持ちとして活躍した。

《ベホマ》で完全回復、《ピオラ》で効率化、《スカラ》で怪我予防………と裏方に従事していた。清楚な美少女から親身になって看病をされて、一時的に作業ペースが低下したこともあったが、それはご愛嬌というものだろう。

 

 

 

 シルビアは主に仮装パーティーで使う衣装作りの指揮、または劇団員たちとサーカスショーなどを披露するというサービスを行っていた。

 王国の再建というのは、当然だが形だけ元に戻っても意味はない。新たに移住してきた民の息抜きの為、シルビアは各地にいる知り合いに声を掛けて共にショーを行い、影からユグノア王国の復興を後押ししていたのだ。

 

 

 

 マルティナは移住してきた民への采配など、次期デルカダール王国の女王として政治的な手腕を奮った。

 かつての旅で得た人脈のお陰で、様々な王や女王のような立場の人々から薫陶を受けることで慣れないながら見事な采配をしていた。

 但し、時折ストレス発散とばかりに現場に繰り出して、強烈な蹴りで崩れ掛けている城壁とかを木っ端微塵にしてたりするが、暗黙の了解として見なかったことにされている。

 

 

 

 ロウは元ユグノア国王として復興作業全体の総合的な指揮を執っており、加えて今回の企画の要となる農地の管理をしていた。

 一見すると負担が大きいように見えるが、実質的に采配しているのはマルティナだし、農地の管理といっても朝に一度だけ《癒しの雨》を降らすだけで管理する者は別に雇っている。お年寄りなので仕事量は少なめだ。

 

 

 

 グレイグは力仕事全般と警備隊の人員確保、及び統括と訓練に携わっている。

 彼の場合、デルカダール王国の将軍という立場なので、他の仲間たちより都合がつけ難い部分はある。それでもレイブンの《ルーラ》という究極の時間短縮手段を利用して、復興を手伝ってくれていた。

 

 

 

 その他にも、イシの村からはエマとペルラと他数名が移住してきて衣装作りに参加したのを発端として。

 デルカダール王国からは仕事の隙間時間を縫ってデルカダール王がお忍びで訪れては嬉々として瓦礫を撤去、付き添いのホメロスは補助としてマルティナの采配を手助けすることになったり。

 

 

 

 グロッタからは屈強な武闘家たちが押し寄せては力仕事を手伝い、プチャラオ村からは神出鬼没のオネエ集団が現れては辻パレードをしていき、ソルティコからは騎士見習いが訪れて合同訓練をする。

 ナギムナー村に《ルーラ》を駆使して新鮮な魚介類を仕入れて振舞い、ダーハルーネの屈強な海の男たちと酒を手に語らったりと様々だ。

 

 

 

 元勇者一行が主催するイベントということで、文字通りに世界中から関心を集めていたのだ。

 主催者のレイブンたちは勿論のこと、彼らからハロウィンパーティーの概要を聞いた全ての人々が、その日を心待ちにしていた。

 

 

 

 長いスパンで確実な復興を期待されていたユグノア王国にしても、イベント会場が瓦礫の山では盛り上がりに欠けると多くの助っ人の尽力により急ピッチで復興が成されていく。

 レイブン発案の技や呪文を利用するという一風変わった畑の育成方法にも関心が集まっており、成功すれば再建されたユグノア王国の特産品にもなり得るかもしれないと、今のうちから期待されているようだった。

 

 

 

 そのように目紛しくも、誰にとっても充実した日々は水が川から流れ落ちるようにあっという間に過ぎていき…………。

 気がつけば、かねてより予定していたパーティーの日を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日────ユグノア王国には世界中から多くの人々が集まってきていた。

 将来的に城を建設する予定の、現在は空き地となっている場所で騒ぐ者、簡易的な造りの天幕で寛ぎながら歓談する者、座禅を組んで精神集中をしている者、と様々な反応を見せていた。

 

 

 

 共通しているのは、彼ら全員がこれから開催される祭りを心より楽しみにしていることだ。

 なにしろ、今回のハロウィンパーティーとやらを主催するのは数年前に世界を救った勇者一行だと言うのだから、否応もなく期待は高まってしまう。

 

 

 

 この場に集まっている人々が、大なり小なりワクワクと浮かれる心を其々に違う方法で抑えて、その瞬間を心待ちにする。

 そして、予定していた開催時間になって────パンッと、何処からか降り注いだ白い光が空き地の一角にあった舞台の上を照らした。

 

 

 

 すると、其処にはお馴染みのサーカス衣装に身を包んだシルビアが両手を広げるポーズを決めて立っていた。

 目を閉じて静謐な表情を湛えていたシルビアは、しかし………この場にいる人々の視線が集まったことを理解した瞬間、ニカッ! と素敵な笑みを満面に浮かべて声を張り上げた。

 

 

 

「レディースアンドジェントルメェェン──ッ!! さあさあ、お集まりの皆様、大変長らくお待たせ致しました。只今より、私たち勇者一行の主催するイベント────〈Trick and Treat! 〜狂乱の仮装パーティー〜〉を開催するわ!」

 

 

 

 その宣言に、一気に場のボルテージは上がる。

 わぁっ! と大人も子供もなく、今日という日を心待ちにしていた人々が歓声をあげたり、甲高い指笛の音が彼方此方から鳴り響く。

 そんな大盛り上がりの観衆にも一切動じることなく、シルビアは莞爾と笑って優雅に礼を決める。

 

 

 

「司会は僭越ながら、この私、シルビアが担当させてもらうわ! それじゃあ、早速だけど………事前に配布した手元の資料を見て頂戴!」

 

 

 

「はーい!」と子供たちの元気な返事が聞こえると、律儀にシルビアは「んもーう! ありがとー、いい子ちゃんたち!」とウィンクを返す。

 そうしている間にも、集まった人々が素直に資料を開いたのを確認して司会を再開した。

 

 

 

「みんな、資料は見てくれたかしら? 見ての通り、本日のパーティーは2本立てになっているわ。……まず、私の挨拶が終わってから15分以内に貴方たち全員に仮装してもらうわ! 衣装に関しては、可愛い服から格好いい服、面白い服までなんでも取り揃えているから安心して。勿論、自前で衣装を持ってきてくれている人は、それを着てもらって構わないわよ!」

 

 

 

 おおっ! と、どよめく会場にシルビアがババっと手を広げた瞬間、舞台の背後がスポットライトで照らされて様々な衣装が現れると大きな歓声が上がった。

 それを見て、ハロウィンパーティーの趣旨の1つでもある仮装はどんなものしようかと、方々で話し合う声が聞こえる。

 

 

 

 その様子を衣装作りに携わったシルビアは嬉しそうに笑って眺めていたが、まだまだ説明はあるので指を鳴らして再び自分に注目を集めた。

 次第に喧騒が落ち着いてきた頃合いを見て、イベントの説明を続ける。

 

 

 

「衣装に着替えてもらったら、次は大人と子供に分かれてもらうことになるわ。配役としては、大人は魔物役で子供は村人役になるかしらね。………ふふっ、察しのいい人はもう気がついたみたいだけど、ズバリ! 貴方たちには“鬼ごっこ”をしてもらうわ!」

 

 

 

 “鬼ごっこ”と聞いて、反応は幾つかに分かれた。

 大人は童心に帰ったように楽しそうな者、失望を隠さずため息を吐く者、不安そうにキョロキョロと周りの反応を確認する者など、千差万別だった。

 対して、子供は大多数が喜び勇んで、一部の“オマセちゃん”は不満そうなポーズを見せている。

 

 

 

 この場にいるのは大人の方が多いので、大人ばかりで“鬼ごっこ”をするということには、少なくない困惑があった。

 だが、こういう反応は織り込み済みである。観衆の中に紛れ込んでいる変装したイベントスタッフが「どんな鬼ごっこなんだ!?」と、無駄に大きな声で騒げばシルビアが即座に対応する。

 

 

 

「モッチロン、普通の“鬼ごっこ”じゃないわ! ハロウィン用にアレンジした、特殊ルールを採用している特別バージョンよ! 資料にも書いてあるから、それを見ながら説明を聞いて頂戴! ………さて、用意はいいかしら? ルールは簡単! まず、貴方たちには3つずつ飴ちゃんを配るわ。あっ! もし“鬼ごっこ”が始まる前に食べちゃったら、イベントに参加できなくなっちゃうから気をつけるのよ! この配られた飴ちゃんが、イベントの参加権になるわ──────」

 

 

 

 朗々と説明するとシルビアだが、殊の外長いので纏めると、ルールは以下の通りになる。

 

 

 

 ・イベント参加者には3つの飴が配られる(*食べると不参加)

 ・イベント中に飴が3つ全部なくなってしまった時点で、その者はイベントの参加資格を失ってしまう。

 ・大人は飴とは別に、お菓子(クッキー)を1つ配布される(*食べると不参加)

 ・大人組は魔物役として子供を捕まえる。子供は大人に捕まると、襲われた証として飴を1つ奪われてしまう。しかし、大人は捕まえる際に正面から子供に顔を見られてはならない。発見された場合は、子供から反撃される(*奪った飴は資料と共に配られた袋に仕舞わなければならない)

 ・子供組は逃げるも良し隠れるも良し。更に、大人に襲われる前に「みーつけた!」と宣言することで反撃することができる。大人は発見されると子供から「Trick or Treat」と言われて、お菓子を渡すか悪戯されるかの選択を強いられる。お菓子を渡せば解放されるが、既に渡して持っていない場合には、強制的に悪戯されたとして飴を1つ奪われる(*奪った飴は資料と共に配られた袋に仕舞わなければならない。また、お菓子はその場で食べなければならない)

 ・イベント会場はユグノア王国の城壁内部のみで、外に出た場合は如何なる理由でも失格になる。

 ・制限時間は、イベント開始から1時間。終了後に飴を仕舞う袋に入っている飴の数によってポイントを集計、獲得したポイントに従って豪華賞品が贈呈される。飴1つで、10ポイント換算。最初に配布されていた飴は20ポイント、大人限定でお菓子は50ポイント(例:お菓子の詰め合わせ(小)→5ポイント、金一封(小)→20ポイント)

 

 

 

 ────というような説明を受けて観衆のボルテージは上がりまくっており、既に最高潮に近くまで出来上がっている。

 気の早い者もいて、資料に記載されている豪華賞品の一覧を確認して「オレ、20ポイント集めたら気になるあの子に金のロザリオをプレゼントするんだ……!」と妙なフラグを立てていたりと騒がしい。

 

 

 

 この段になると、最早このイベントに困惑している者は1人もいなかった。誰も彼もが資料に載っている、文字通りの意味で豪華な賞品たちに目をギラつかせていた。

 ちなみに、武器や防具、アクセサリーの類を製作したのは我らが〈勇者〉レイブンである。〈不思議な鍛冶台〉で鍛った代物なので、今までに数々の装備を手掛けたレイブンの腕もあって、全ての賞品が通常よりもとても良い出来になっている。

 

 

 

「────更に更にっ! 制限時間が残り15分になったら、私たち勇者一行も参戦するわよぉ〜! みんな、頑張って逃げてね! でも、もし私たちを捕まえられたら、超豪華な特典をプレゼントしちゃうわ! 限定8人までだから、早い者勝ちよ! 加えて、私たちの持っていた飴ちゃんも全部その人のものになるわ! 但し、注意して欲しいのは、私たちに捕まると飴ちゃんを2つ奪われちゃうの。つまり、ハイリスク・ハイリターンってことね!」

 

 

 

 おぉっ! と更に歓声が湧き上がると、いつの間にか舞台の上にレイブンを筆頭に彼の仲間たちが勢揃いで並んでいた。錚々たる顔ぶれに、どよめきが強くなる。

 超豪華な特典については、資料の方にも敢えて載せていないので、観衆はどんな物がもらえるのかと期待は高まるばかりである。

 

 

 

「あら? もうみんな“鬼ごっこ”が楽しみで我慢できないみたいね……? じゃあ、最後の連絡事項を伝えたら、私からの挨拶は終了とさせてもらうわ。………さっきも言ったと思うけど、私たちの主催するイベントは2本立てよ。1つは知っての通り“鬼ごっこ”ね。もう1つは、“鬼ごっこが終わった後に30分の休憩時間を置いてから、仮装ダンスパーティーを予定しているわ! 私たちが1から育てて収穫した作物を調理した、とっても美味しい料理やお菓子をたくさん用意しているからダンスが苦手な人や子供も楽しめると思うわ」

 

 

 

 それを聞いて喜んだのは、老人を中心とした運動能力の低い面々だ。1時間という制限時間が設けられているとはいえ、若者と体力勝負というのは難しい。

 だが、ダンスパーティーなら自分のペースで踊るも良し食べるも良し、ということだ。

 

 

 

 また勇者一行が育てた作物にも関心は向いている。

 ハロウィンの趣旨は収穫祭だとこの場にいる者たちは知っており、農業に造詣の深い者にとっては特に注目していた部分だ。

 技や呪文を利用した、風変わりな方法によって出来た作物はどうなるのか気になるのだろう。

 

 

 

「さあ、お待ちかねの時間よ! まずは説明した通り、これから15分の間に衣装を選んで仮装してもらうわ! みんな! 私たちの主催するお祭り……盛大に楽しんで行って頂戴っ!」

 

 

 

 その宣言に、会場は何度目かの歓声で沸いて、老若男女を問わず、彼らは凄まじい勢いで衣装に群がっていく。

 こうして、騒がしくも楽しいハロウィンパーティーは幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベロニカの《イオグランデ》を合図代わりとして、“鬼ごっこ”のイベントは開始した。

 仮装した参加者は、着替えた後の15分の間に隠れた場所や確保した待機場所から一斉に行動を始める。

 

 

 

「みーつけた!」

「げえっ!? もう見つかっちまった…!」

「えへへ……。えーとね、それじゃあ……Trick or Treat!」

「ク…クソっ、Treatだ! 持ってけコンチクチョー!」

「やったー! わーい、はむはむ。んーっ、美味しーい! オジサンまたねー」

「もう2度と来んなーっ!」

 

 

 

「よっしゃー! 捕まえたーっ!」

「きゃあああっ!?」

「さあ、お嬢ちゃん! 私に飴ちゃんを渡しなさい!」

「うー、お姉さん何処から………はーい。飴ちゃんどうぞー」

「ふふふ……やったわ。これで3個目。あと1個集めれば、シルビア様ご謹製の美容セットがこの手にっ!」

「こ、このお姉さんコワイ……」

 

 

 

「ふっ……クールな俺様は無駄な労働はしない主義だ。あくせく動き回るのは趣味じゃねぇ。このベストポジションに隠れながら、油断した奴らから飴ちゃんを根刮ぎ巻き上げてやるぜ! ふはは、俺様ってば、サイッコーにクールだぜ……!!」

「あーっ! みーつけた! パパってば、こんなところに隠れてたんだー」

「な、なにーっ!? マ、マイエンジェル……どうしてパパが此処にいるってわかったのかな?」

「えー? だって、パパの声、お外にいても聞こえたよ?」

「なん……だと……?」

「そんなことより……Trick or Treat! パパはぁ〜、悪戯されたい? それともぉ〜、お菓子をくれる?」

「は、ははは……。ごめんよ、マイエンジェル。パパは此処までだ。最後の飴ちゃんあげるから、もう許して…………ガクッ」

「わはーい! パパの飴ちゃん全部もらっちゃったー。よーし、まだまだ頑張るよー!」

 

 

 

 そんな感じで大盛り上がりの城下を、城壁の上で待機しているレイブンたちは嬉しそうに眺めていた。

 “大人も子供も関係なく楽しめる”ということをコンセプトにみんなで考えたので、こうして上手く行っているのを見れば嬉しくて当然だろう。

 

 

 

 イベント参加者の内約は、大人352人と子供275人の合計627人で行われている。不参加が114人と考えれば、まさしく大盛況といって過言ではないはずだ。

 そして、既にイベントを開始してから45分が経過しているが、今の時点で失格判定を受けた者は最初の空き地に集められており、見た感じでは未だに参加者の半数にも満たない数しかいなかった。

 

 

 

「ふむ……当初の予想通りになったな」

「そうねぇ……。みんな欲しい賞品分のポイントを集めたら、サッサと隠れちゃってるわ」

「まあ、それは別に構わないでしょ? 隠れるのも作戦のうちよ。なにより、この状況を見越して、あたしたちが途中から参加するんだからさ」

 

 

 

 そう。現状は予想して然るべきことだった。敢えてこうなるように誘導した節もある。

 だが、それではツマラナイ。折角のお祭りなのだから、途中からは隠れていただけで終わりなんて勿体ない。焚きつける役割を、レイブンたちが担うのだ。

 

 

 

「へっ、腕がなるぜ………」

「ふふっ……私も久し振りに羽目を外そうかしら? 《デビルモード》で片っ端から捕まえてやるわ」

「ほっほ……。老骨にはちと堪えるが、儂に出来る範囲で頑張らせてもらおうかの」

「はい! 私も精一杯頑張ります!」

 

 

 

 イベント開始から現在までしっかりと身体を温めていたので、レイブンを筆頭に準備は万端だった。

 日々のストレスもあってか、一部はやりすぎに気をつけないといけなさそうなくらいだ。この〈勇者〉とその仲間たち、ノリノリである。

 

 

 

「よし。みんな、時間だよ────行こうか!」

 

 

 

 レイブンは号令をかけると共に、予備として作ってあった「勇者の剣・改」を掲げるようにして刀身から眩く光り輝く雷光を天空に放つ。

 夕焼け色に染まった空は黄色の閃光に貫かれて、遅れて響いた轟音を合図として、当該イベントのラスボスである勇者一行が城壁の上から次々と飛び降りていき、最後の盛り上げ役として参戦した。

 

 

 

 大方の予想通り、勇者一行の中でも大活躍したのはカミュとマルティナの2人だった。

 カミュは持ち前の身軽さと《分身》を駆使して、あっという間に戦果を積み上げていき、同じくマルティナは軽快な動きで城下を縦横無尽に駆け回り、デルカダールの兵士を狙って捕まえていた。

 

 

 

「あっ! カミュ様、みーつけたー!」

「おっと……残念だったな、チビ。この俺は分身だぜ!」

「えーっ!? そんなぁ〜!」

 

 

 

「むぅ…この辺りで王女殿下の目撃情報を聞いたのだが………一体何処におられるのか」

「あら、貴方はデルカダールの兵士ね? ダメじゃないの、隙だらけよ」

「なっ……王女殿下っ!?」

「ええ、そうよ。もっと広く視野を持ちなさい。……デルカダールに戻ったら、厳しく鍛え直すようにグレイグに言ったほうがいいしらね?」

「ひ、ひぃ! それだけはご勘弁を……お、お慈悲を、殿下ぁーっ!?」

 

 

 

 他のメンバーも着実に仕事をこなしていく。〈勇者〉とその仲間たちの面目躍如である。

 但し、元来の性格として隠密に向いておらず、無駄に体格の大きいグレイグは割と初期の段階で捕まっていたことを補足しておく。

 

 

 

「へへへ……灯台下暗しだべ。絶っ対に最後まで隠れ切って」

「………確保(ポン)」

「な、なんとぉー!? なしてこげなところに勇者様ぁーっ!?」

 

 

 

「……あれ? なんで、あんなところに火の玉が………?」

「はーい、残念! 余所見しちゃダメじゃない」

「べ、ベロニカ様!? あっ、火の玉ってそういう……」

 

 

 

「ふふっ……みーつけた、です」

「うわわ!? あれ、セーニャちゃんだ! その衣装、可愛いね!」

「ありがとうございます! これはスライムナイト……の相棒のスラエールさんの仮装なんですよ。私の友達なんです!」

 

 

 

「はぁあーい……私は此処よーっ!」

「こ、この声は、シルビアさん!? しかし、一体何処に………」

「ハァッ! ……と、まだまだね、貴方たち! 飴ちゃんは頂いていくわぁ〜! オーホッホッホー!」

 

 

 

「────うほっほーい!」

「ひゃあああ!? って、ロウ様っ! ど、何処から出てきてるんですか! セクハラされたってお孫さんに言いつけますよ!?」

「なーんのことかの? 近頃は耳が遠くて、いやはや困ったのぉ……!」

 

 

 

「あの、グレイグ将軍……げ、元気出してください!」

「………………………ああ。すまない。気を遣わせたな。俺のことは気にせず、祭りを楽しんでくれ」

「しょ、将軍………なんとお労しい……」

 

 

 

 ………と、このように城下は一気に活気が戻った。隠れ続けるにしても、先程までとは緊張感が違う。

 しかし、ずっと無双している訳にもいかない。今日の主役は彼らではなく、一般の参加者たちなのだ。タイミングを見て、順々に捕まっていく。

 

 

 

 そして、残り3分になった頃にはレイブンを除いた全員が捕まっていたのだが、此処で想定外の事態が起きていた。

 なんと、最後の1分で捕まる予定のはずのレイブンが何処にも見当たらないのだ。彼の意外と負けず嫌いな性格を知る仲間たちは「もしや…」と冷や汗を一筋垂らす。

 

 

 

 此処に至っては形振り構っていられないと判断したシルビアにより、失格になった者も含めて全員で捕物を行うと宣言して一斉に探し始める。

 内情を知らない多くの人々は最後の最後で盛り上がる展開にワクワクとしていたが、勇者一行(レイブン除く)は全力の捜索だ。城壁の内部を個々の能力と人海戦術で虱潰しに洗っていく。

 

 

 

「……あっ、みんな待って! ほら彼処、あんなところに銅像なんて立ってたっけ!?」

 

 

 

 刻々と過ぎていく時間に、徐々に焦りが募ってくる頃合い………残り30秒を切ったところで、そんなベロニカの声が響き渡った。

 同時に、空に向けて《ベギラゴン》を放って仲間たちに信号を送ると、5秒も掛からずに全員が集まった。

 

 

 

「ふうむ………そうかっ、なるほど! でかしたぞ、ベロニカよ! 彼奴め、まさか《アストロン》で銅像に化けるとは、余程に負けたくなかったと見える!」

「もうっ、レイブンちゃんったら! でも、ネタがバレたらお終いね! みんな、万が一にも逃げられないように囲んじゃいなさい!」

 

 

 

 ロウの分析により確信を得たシルビアが現場………最初にイベント開始を告げた舞台の中央奥にひっそりと佇む銅像を包囲するよう全員に号令をかける。

 総勢741人が半円状に取り囲んでジリジリと間合いを詰めていき、残り時間が10秒になった瞬間────レイブンの銅像と思われた代物が光に包まれて、本物のレイブンが姿を現した! 

 

 

 

「………エッ、ナニコレコワイ」

「観念しなさい! レイブンちゃん! 1人だけ最後まで隠れ切ろうなんて、そんな真似は許さないわよ!」

「「許さない(です)わよ!」」

 

 

 

 呪文が解けた途端に、視界を覆い尽くすような数の人々に囲まれていて、流石のレイブンも素でビビる。片言になるくらい。

 だが、当初の予定を無視して本気で逃げのびようとしたレイブンに慈悲はない。シルビアとベロニカとセーニャにズビシ! と指を突きつけられて更に怯む。

 

 

 

 そして、彼女たちの真似をするように、レイブンを囲んでいた全員が彼に指を突きつける。

 勇者といえど、数の暴力は普通にコワイ。反射的に後退りしようとしたが、残念ながら後ろには壁しかない。万事休すである。

 

 

 

「さあ、みんな! ────やってお仕舞い!」

「ヤ、ヤメロォーッ!?」

 

 

 

 シルビアの号令で、その場にいた全員がレイブンに向かって飛び掛かってくる。

 余りの恐怖にビビりまくって棒読みで悲鳴を上げているレイブンを除いて、誰も彼もが笑顔でその言葉を叫んでいた。

 

 

 

「「「「「「「Trick and Treat……っ!!!」」」」」」」

 

 

 

 この後、レイブンはみんなに滅茶苦茶に悪戯されて、30分後のダンスパーティーでは用意した料理とお菓子の全てを食べ尽くされるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余談だが、勇者一行を捕まえるともらえる特典というのは、彼らが世界を救う時に実際に振るっていた装備一式と全く同じものがプレゼントされた。

 製作者がレイブンなのは言うに及ばず、素材に関しては主にレイブン・カミュ・マヤの3人と、時折ベロニカとセーニャがついていき、極稀にストレス発散も兼ねてマルティナが同行して集めたという、大真面目に伝説級の超豪華特典だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







番外編、Trick and Treat!はこれにて終了です。
本編とは関わりのない話を、最後までご覧いただきありがとうございました。


今回の話は色々と手探りでした。
ハロウィンに関してネットで調べたり、1つの話だけで番外編を埋めるのも初めてだったし、核心に迫るネタバレはしないように気をつけながら書くのはなかなか骨が折れました。
まあ、原作をプレイ済みの方には普通にわかってしまうかもしれませんが。
それでもシリアス展開というか、真面目なシナリオの多い本編とは違う、コメディな調子の番外編は書いていてやはり楽しかったです。

さて、本文で記載しなかった事柄について補足したいと思います。
具体的には、レイブンたちの仮装した格好、また彼らが捕まるまでの時間や経緯、成果などを順に書いていきます。
予想していた衣装と違ってションボリするかもしれないので、ご自分で脳内補完できる方はこれ以降は読まない方がいいかもしれません。


・レイブン……仮装:ヨッチ族。セーニャたっての要望。「最高です!」とのこと。ちなみに、着ぐるみではない。14分53秒に確保。全員に囲まれてTrick and Treatされた。捕獲人数、28人。
・カミュ……仮装:ヴァンパイア。レイブンたっての要望。「似合いそうだから」とのこと。8分32秒に確保。徒党を組んだ子供組に捕まった。捕獲人数、49人。
・ベロニカ……仮装:ジャック・オー・ランタン。本人からの要望。「可愛いじゃない」とのこと。4分11秒に確保。泣き真似をした子供に騙された。捕獲人数、10人。
・セーニャ……仮装:スラエール。本人からの要望。「友達のスラエールさんです!」とのこと。2分48秒に確保。スラエールについて夢中になって語っているところを発見された。捕獲人数、4人。
・シルビア……仮装:腐った死体。本人からの要望。「動き辛かったわぁ〜」とのこと。11分59秒に確保。泣き真似をした子供に騙された。捕獲人数、31人。
・マルティナ……仮装:物語のお姫様。本人…レイブンたっての要望。「儚い夢だったわ」とのこと。7分40秒に確保。鏡に映る自分に見とれているうちに捕まった。捕獲人数、45人。
・ロウ……仮装:ハッスルじじい。本人からの要望。「似合うじゃろ?」とのこと。10分24秒に確保。ビビアンちゃんにセクハラして反射的に顎を蹴り抜かれた。捕獲人数、34人。
・グレイグ……仮装:サイクロプス。マルティナからの要望。「ふふっ…♪」とのこと。12秒で確保。目立ちすぎ。捕獲人数、1人。


………という感じです。
カミュとベロニカとセーニャとマルティナ以外の衣装は、割と即興で考えました。
本文を読んでいる時は、皆様はどんなイメージで読んでいましたか?
物臭な性格の作者で申し訳ありません……m(._.)m

次の投稿は2週間後の水曜日、11月12日になります。
まあ、要するにいつも通りの投稿間隔ですね!
とはいえ、本編を楽しみにしてくださっている方には申し訳ありませんが、次もまた番外編の予定です。
今回とは違って、今までと同じように3つの短編を纏めた話になります。
もしかしたら途中で気が変わって本編を書くかもしれませんが、その辺りはまだ未定です。

それでは、また2週間後にお会いしましょう!
最後の最後までご覧いただき、本当にありがとうございました!




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参章 勇者と旅芸人と砂漠の王国
新たな旅立ち





お久しぶりです!
今回は約束通りに投稿できてよかったです。
もしこんな作品の更新を待ってくれていた方がいたのであれば、お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
そして、こんな作品を待ち続けていてくれて、本当にありがとうございます!

今回のお話から参章に突入していきます。
では、拙い文章ですが、どうか最後まで読んで頂ければ嬉しいです。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サマディー王国とは、ホムラの里から南西に進んだ先の砂漠地帯に古くからある四大国の1つである。

 現国王は非常に穏やかな気質の持ち主だが、特に彼の妻の王妃も含めて息子に対する態度は甘々の親バカそのものだとか。毎年催される王子の誕生祭は有名で、国を挙げてのお祭りには態々国外から来訪する人もいるほどだ。

 

 

 

 件の王子はとても優秀な人物だと言われており、国民からの人気も高く次期国王の名は盤石だろうという話だった。

 騎士の国の王子の名に相応しく、巧みな馬術と勇猛な剣技で魔物を打ち倒すべく定期的に部下の兵士と共に広大な砂漠を駆け回っているらしい。そうした上に立つ者としての姿勢も民草から慕われる要因なのだろう。

 

 

 

 昔に祖父と共にサマディー王国に訪れたレイブンは残念ながら時期を外していたようで祭りを見ることは叶わなかったが、それでも伝統ある馬レースを観戦した時にはとても興奮したことは覚えている。

 レイブンとしては時間さえあれば自慢の馬術でレースに参加したいところだが、流石に現在の状況では余りにも呑気な行動だろう。諦める他なさそうだった。

 

 

 

「へぇ……随分と活気付いてるじゃないか」

「確かに。なにかあるのかな?」

「賑わってますね。なんだかお祭りが始まるみたい」

 

 

 

 それはそれとして、無事にサマディー王国に辿り着いたレイブンたちは国中の其処彼処から感じる浮かれたような雰囲気にキョロキョロと周囲を見渡している。

 嗄れた大声で客呼びする者、道端で話し込んで盛りあがっている者、立派な体躯の馬の手綱を引いて散歩させている者と千差万別だが、国全体に漂っている熱気は砂漠の暑さにも負けず劣らずのものであった。

 

 

 

 物珍しそうに周囲を眺めていたカミュが感嘆の言葉を漏らせば、レイブンも同意するように頷く。

 双子姉妹の片割れであるセーニャも特に思い当たる節はないようだ。まあレイブンは兎も角として、カミュはこの辺りに訪れたこと自体ないのだから当然の話だが。

 

 

 

「ははーん、なるほど………」

 

 

 

 それに対して、ホムラの里に赴く以前にサマディー王国を経由していた双子姉妹のもう片割れであるベロニカは活気付いた人々を楽しげに眺めていた。

 どうやらベロニカには心当たりがあるようで意味ありげな態度を見せてながら、講釈でも垂れるように仲間たちに語り出した。

 

 

 

「此処サマディー王国は騎士の国と呼ばれていてね。城の裏のオアシスの上にレース場があるの。其処で馬のレースが行われるのよ。前に此処に来た時、年に一度だけ特別なレースが開催されるって聞いたわ。きっと今は其れで賑わっているのよ」

 

 

 

 ベロニカから齎された情報に、仲間たちの中で最も大きな反応を示したのはレイブンだった。

 前述したように彼は以前にこの国を訪れた時に馬レースを観戦しており、その時のことを今でも覚えているほどに衝撃を受けていたのだ。あわよくば参加したいと思うくらいには食いついて当然の話題である。

 

 

 

「ふーん。馬のレースも面白そうだが、俺たちの目的は〈大樹の枝〉だからな。忘れんなよ、お前ら」

 

 

 

 其処で、目を輝かせる3人を他所にカミュは至極冷静に現実を指摘した。

 偶然開催されている催しの存在に盛り上がっているところに冷や水を掛けるような行いにベロニカは眉を顰めて、レイブンとセーニャはバツが悪そうに肩を落とすことになった。

 しかし、彼も興味を惹かれていない訳ではなく、ただ余裕のない現状を考えて割り切っているだけであることは他の者たちにもわかる。なによりもカミュの言っていることは尤もな話なので実際のところ反論の余地はない。

 

 

 

 それ故に、レイブンが落ち込んだ理由は祭りに参加できそうもないことではなく、彼に嫌な役割をさせてしまったことだった。

 まるで気にしていないように、3人を置いて先に城の方へと向かって行ってしまったカミュであるが、恐らくは少し気まずいと思っていたのではないだろうか。なにも間違ったことは言っていないのに。

 ちなみに、セーニャは単純に祭りに参加したかっただけである。彼女は純粋な娘なのだ。

 

 

 

「なによ、ノリが悪いわね。レイブン、あんな奴はほっといてこの町を楽しみましょう」

 

 

 

 ベロニカは呆れたように言って、その場に残されたレイブンたちを促した。

 彼女は沸騰しやすい性格なので一瞬だけカミュの物言いに腹を立てたのは間違いないが、既に聡明な頭脳により彼の真意を理解している。

 ああして注意しながらも単独行動に走ったのは、自分が情報収集はしてくるからお前らは息抜きでもしてろ、という彼なりの気遣いだった。非常にわかり難い優しさを持つカミュらしいと言えばらしいのだが。

 

 

 

 だからこそ、そんな言い方しかできないカミュの不器用さにベロニカは呆れているのであった。普通に注意すればいいのに、どうしてあんなにも捻くれた物言いになってしまうのか。

 まあ、もしそんなことを口にしようものならば、レイブンとセーニャの2人から「お前が言うな」という類の言葉が返ってきたかもしれない。

 なにはともあれ、此処はカミュの厚意に甘えてレイブンと双子姉妹は暫しの間、祭りを楽しむのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 ぐるりと城下街を回ったところでカミュが戻ってきた。適当に出店なんかも見たけど、特になにかを買うでもなく冷やかすだけで終わった。

 俺としてはサマディー王国までの道中で多少なりとも消耗した薬草なんかを買い足しておきたかったのだが、出店に並ぶ商品は定価と比べて微妙に値段が高かったので買うのは控えた。

 まあ、道具屋ならば定価で販売しているだろうから、目的を果たしたら買いに行けばいいだけだが。

 

 

 

「おいおい……まだこんなところで油を売ってたのか。王様に会わねえとならないんだし、日が暮れる前に目的を果たしちまおうぜ」

 

 

 

 やはり捻くれた言い方だけど、そんな言葉とは裏腹に棘はなかった。もう少し素直になってもええんやで。

 それはそうと、カミュが持ってきた情報によると〈大樹の枝〉は聞いた通りこの国にありそうだった。王様に謁見した商人が、其れらしきものを見たらしい。

 流石は元盗賊というか……いや、善は急げと言うし、リフレッシュは充分に済ませたから早いところ目的のブツを手に入れよう。仮に譲り受けられるとしてもタダでもらえるとは思えないが、その時はどうにかして頑張るしかないだろう。

 

 

 

「そうね、夜になったら城に入れなくなっちゃうわ。町の様子も見て回れたし、そろそろ行きましょう?」

「お姉様……わかりましたわ。もっと色々と見てみたかったですけれど、目的を果たした後にでも再び訪れればいいだけですものね!」

 

 

 

 セーニャが楽しそうでなによりです。この双子姉妹は箱入り娘みたいなものだし、きっと外の世界が楽しくて仕方ないのだろう。俺も冒険の楽しさはよく知っている。

 彼女の言うように、旅の目的を果たしてからまた世界を見て回るのも一興なのかもしれない。まだまだ先の話だけどな。

 

 

 

 そんな風に4人で話しながら城の中に入っていく。当然ながら城に繋がる扉を警備している兵士もいるけれど、サマディー王国は他の国と違って城に入る上で許可などは必要としないのだ。

 城に入ってすぐは大広間になっており、そのまま正面に真っ直ぐ進んで長い階段を登れば玉座がある。この国らしい実に開放的な間取りである。

 

 

 

 大広間の両脇では恐らく新兵と思われる兵士たちの教導が行われていたり、仕事の休憩中なのかメイド服姿の女性が猫を愛でていたりと格式張った気配はない。

 デルカダール王国のようなガチガチの雰囲気よりは遥かに気が楽なので、俺としては一向に構わないけれど。

 

 

 

「………なんだか妙な気分になるな。元盗賊の俺が堂々と城の中に入ってるのはよ」

「ちょっと! 妙な真似は止してよね。アンタたちがお尋ね者だって知られたら、譲ってもらえる物も譲ってもらえなくなっちゃうわ」

「お、お姉様……そのように仰られなくてもカミュ様はなにもしないと思われますよ?」

 

 

 

 疑問形なんだよなぁ………。まだ互いに為人を理解していないとは言えど、其処は断言してもいいのではないだろうか。

 ここ数日で多少は見慣れた2人の掛け合いと、それに振り回されながらフォローにならないフォローを入れるセーニャという組み合わせに笑いを噛み殺しながら、緊張感のない3人を静かにさせる。

 

 

 

 長い階段を登り始めたところで、上の方から焦りを感じさせる忙しない足音と共に微かに声が聞こえた。

 4人で首を傾げながらも衛兵などに止められることもないので気にせず階段を登りきれば、見るからに高貴な出で立ちの膨よかな男性が玉座の前で右往左往と歩き回っているのが見えた。

 恐らくは、あの男性こそがサマディー王国の国王なのだろう。俺たちから見て右に座っている気品のある女性が王妃だと思われる。

 

 

 

「えー………。本日は絶好の晴天なりまして、ファーリス杯という我が王子の16歳の誕生日を祝うレースに相応しい………いや、違うな。こんなスピーチではありきたりだ。民衆を楽しませることなどできん」

 

 

 

 ブツブツと前口上のようなものを呟いていたが、どうにもしっくりと来なかったのか頭を振って自らリテイクする。先程聞こえてきた声はコレだったらしい。

 ファーリス杯というのは今のタイミングから考えれば普通にわかるが、この祭りのことを言っているのだろう。レースという言葉も聞こえたし、馬レースの開催を告げる口上を考えていたようだ。

 

 

 

 というか、年に一度のお祭りの正体が王子の誕生日を祝うために行われた国を挙げての催しだとは流石に思わなかった。

 国王と王妃から溺愛されているとは聞いていたが、まさかの展開である。お金は大丈夫なのだろうか。国王主催のようだし、その資金は国庫から捻出してると思われるのだが、その辺りは税を納める側である民衆としては微妙じゃないか? 

 

 

 

「うん? なんだ、其方たちは? 今は客の相手をしている暇などない。出直して………」

 

 

 

 夢中になって口上を考えていた国王が、漸く俺たちの存在に気がついたかと思えば胡乱げに不審者でも見るような目で見られることになった。

 事がことなので交渉をする必要もあるし、忙しそうにしている以上は無理に此方の事情を押し通そうとすれば心象を損ねる可能性が高い。残念だけど、素直に出直すべきか………そう考えた時のことだった。

 

 

 

 バンッ! と喧しい音が背後から聞こえた。反射的に振り返れば、城の入り口の扉を誰かが豪快に開いた時になった音であることがわかった。

 その仕立て人と思われる燻んだ金髪の青年は、カツカツと軽快な靴音を鳴らして一寸の迷いもなく玉座の前まで歩いてくると、予想を裏切り跪くでもなく大仰な仕草のまま国王に対して高らかに声をあげた。

 

 

 

「父上! ただいま訓練から戻りました!」

 

 

 

 そう宣言すると、キリッとした表情で更に玉座まで歩み寄って行く。

 しかし、父上ときたか………話に聞いたところでは1人息子のようだから、彼こそが此度の祭りの主役であるファーリス王子らしい。

 俺たちに気づいた様子もなく横を通り過ぎるファーリス王子。何処か芝居掛かった大仰な仕草も気になるが、其れより妙な違和感を覚えた。彼の後ろ姿からは噂に聞くような勇壮さは微塵も感じられなかったのだ。

 

 

 

 カツカツと硬質な足音を鳴らすファーリス王子に合わせるようにして、つい先程までの悩ましげな姿などなかったかのように厳しい顔つきの国王が向かい合う。

 じっくりと真剣な表情でファーリス王子の全身を眺めて、一つ咳払いを行う。

 

 

 

 次の瞬間────ファーリス王子のように大仰な仕草で彼に向かって掌を掲げながら国王が叫んだ。

 そして、国王の叫びにファーリス王子は呼応するように叫びながら芝居掛かって敬礼を取る。その動きは先程の違和感を拭い去る程度には洗練されたものであった。

 

 

 

「騎士たる者!」

「信念を決して曲げず、国に忠節を尽くす! 弱きを助け、強きを挫く! どんな逆境にあっても正々堂々と立ち向かう!」

 

 

 

 俺たちはなにを見せられてるのだろうか………キラキラと瞳を輝かせているセーニャを除いた3人の気持ちがこの瞬間ばかりは完全に揃ったような気がして、顔を見合わせればなんとも言えない表情をしていた。俺も純粋な心があれば………言っても仕様がないことだな。

 だが、国王からしてみればファーリス王子の対応は実に満足のいくものだったらしく、鷹揚に頷いてみせている。周囲にいる衛兵たちの様子を見る限りでは、普段からこんな調子であることが窺えた。

 

 

 

「うむ、よろしい。今日も騎士道精神を忘れてないようだな」

 

 

 

 そう言って、国王は満面の笑顔を浮かべると、悠々と歩いて玉座に腰掛ける。

 サマディー王国が騎士の国と呼ばれる所以はこの辺りなのだろう。日常的に騎士道精神の是非を問われるとなれば、むしろ忘れる暇なんてないと思うけど。

 

 

 

「ファーリスよ。お前も今年で16歳。ファーリス杯では騎士の国の王子に恥じない勇敢な走りを期待しているぞ」

「お任せください、父上。必ずや期待に応えてみせましょう。其れでは、これにて………」

 

 

 

 最後まで妙に演技っぽく見えてしまう仕草で、国王からの激励の言葉にファーリス王子は優雅な礼を以って応えた。

 そうしてビシッとでも音がつきそうなほどの勢いで振り返り、このまま俺たちの横をまた通り過ぎて行くのかと思えば………不意に俺を見て動きを止めた。これはもしや、バレちゃったか? 

 

 

 

「あ…貴方は………」

 

 

 

 なにかに驚いたように瞠目したファーリス王子だが、どうにも俺が思ったような反応ではない。

 其れこそ、噂に聞く高潔で勇敢な王子の為人であれば「曲者めっ! ひっ捕らえてやる!」という感じになりそうなものだけど。

 

 

 

 俺の全身を矯めつ眇めつ、上から下まで眺めては1人で何度も頷いて満足げな表情を見せる。ああもうっ、どっちなんだよ、この王子は。俺に反応した真意がわからないと迂闊な行動は取れないじゃないか!

 俺のそんな葛藤を嘲笑うように、ファーリス王子は飄々とした様子で語り掛けてきた。

 

 

 

「失礼ですが、旅の方。お名前は?」

「…! どうも、僕の名前はレイブンと申します」

「………ふむ。レイブンさんと言うのですね。何用で我がサマディーを訪れたのです?」

 

 

 

 これは気がついていないのか。いや待てよ、先程までの国王との遣り取りは妙に演技染みていなかったか? もしかしたら俺を油断させるための罠かもしれない。

 最初に彼を見た時と同じような違和感は今もずっと抱いているが、仮にもあれほどに噂になっている王子が実はまるで鍛えたことがないなんてことはあるのだろうか。身のこなしから鍛錬の形跡は感じられず、そのまま見た印象の通りに痩身の彼には筋肉も最低限しか付いていない。

 

 

 

 それはそれとして、一瞬だけ反応が遅れてしまったのは頂けない。特に猜疑の視線を向けられている訳でもないので気がつかれていないと思いたいが。

 だが、彼からの質問の意図を読もうとしても、不思議なほどに読み取る事ができない。ファーリス王子は余程に腹芸が得意なのか、俺たちの目的を尋ねてくる真意がわからない………わからないが、応えない訳にはいくまい。故に、葛藤は一瞬だけだった。

 

 

 

「……僕たちはホムラの里の方角からこの国に来たのですが、実は事情があって旅をしています。その事情に関わる事で、実はサマディー王国に〈大樹の枝〉があると風の噂で耳にしまして、どうにかして譲り受けられないかと思ったのです」

 

 

 

 此処は敢えて素直に、其れでいてデルカダール王国のことだとかは全くおくびに出さずに説明する。

 直接誰かに聞いたのではなく、噂だけを又聞きしたように伝えるのも猜疑心を生み出させないためだ。これが正しい対応であるかはわからないが、態と足取りを掴めるような情報を出したのも、その一環であるのは言うまでもない。

 

 

 

 取り敢えず、俺たちは噂で虹色に輝く枝………即ち〈大樹の枝〉と思われる代物の情報を偶然にも知り得て訪れたと言うことにしておく。

 俺が正直な理由を告げたところ、ファーリス王子は顎に手を当て首を傾げた。まさかハズレだったのかと不安になり掛けたのも束の間、少し考えてから思い当たる節があったのか記憶を探るように呟いた。

 

 

 

「〈大樹の枝〉……? もしやサマディーの国宝………七色に輝く、虹色の枝のことでしょうか?」

 

 

 

 七色に輝く、虹色の枝だって……! 情報通りだ、其れが〈大樹の枝〉に間違いないだろう。

 俺たちが揃いも揃ってコクコクと頷くのを見ると、ファーリス王子は何故か妙に緊張したような面立ちで此方に対して提案をしてきた。

 

 

 

「………ボクならお役に立てるかもしれません。後で大階段を下り、左に曲がった所にあるボクの部屋に来てください。お待ちしています」

 

 

 

 それだけを一方的に伝えてきたファーリス王子は、返事を聞くこともせずにこの場を後にしてしまった。

 期せずして、有力な情報を手に入れる事ができた。だが、其れとは別になにか面倒なことに巻き込まれてしまうような予感もしてきた。

 ………ふぅ、此処は一旦落ち着いて考えたい。自分1人で考えるだけだと煮詰まってしまうので、他の3人の意見も聞いてみたいな。例えば、ファーリス王子に対する印象とか、みんなはどう思った? 

 

 

 

「手掛かりが掴めてひと段落ってとこだが………あの王子、お前のことをジロジロ見てたよな。……まさかとは思うが、お前の正体に気づいていたのか? もしそうだとしたら、相当な遣り手だな。建国以来、最も優秀な王子だって噂だし、嫌な予感がするぜ………気をつけろよ」

「幸先よく〈命の大樹の枝〉……虹色の枝の情報をゲットできたわね! これはラッキーよ! さ、王子様の部屋に行くわよ! アンタ一国の王子に招かれたんだから、失礼のないようにしなさいよね………って、此れはアンタよりも他の2人に言うべきかしら?」

「王様はお忙しそうでしたけれど………その代わりにファーリス王子様にお話を聞いてもらえそうでよかったです。其れにしても、王様と王子様の騎士の格言の遣り取り………びっくりしました。流石は気高き騎士の国ですわ」

 

 

 

 カミュから順に聞いてみれば、見事に三者三様の言葉が返ってきた。統一感のないパーティーである。

 いつも通りに慎重なカミュは冷静に情報を把握しようと努めており、手掛かりを喜ぶと共にしっかりと相手を観察して懸案事項を考察していた。大体は俺と同じような心配をしており、警戒を高める必要がありそうだ。

 

 

 

 ベロニカは額面通りに受け止めて手放しに喜んでいるように見えるが、実際には色々と頭を巡らせているっぽいのが彼女らしい。

 俺とカミュは今までの経験上、どうしてもネガティブな方向で最初に考えてしまう癖があるようなので、まず真っ先にポジティブな意見が出てくるのは非常に貴重だと言えるだろう。

 

 

 

 セーニャは相変わらず少しズレている。此方は全く騙される心配なんてしていないのが見て取れるが、こんなにポワポワしていると見ている此方が不安になる。

 まあ彼女にはいつまでも汚れないでいて欲しいし、なによりも2人の言うように裏なんてものはなく、少しの頼まれごとくらいはあるかもしれないがトントン拍子に話が進む可能性もあるのだ。

 まだ話を聞いてもいない状態で彼是と考えていても仕方がない。3人から意見を聞いて、結局はそう言う結論に至った。

 

 

 

 そうと決まれば、特にこの後の予定もないので早速ファーリス王子の部屋に向かうことにした。

 大階段を下りて左に曲がると、彼が言っていたように立派な意匠が施された扉があった。扉の前には衛兵が立っており、俺たちを見つけると横に退いてくれた。

 衛兵に頭を下げながら、4人で顔を見合わせてから意を決して扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







というわけで、中途半端な区切り方ですが1話目はこれで終了です。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


漸くサマディー王国の話に入ることが出来ました。
去年の正月から書き始めて既に1年が経過していますが、スランプだったりで更新できなかった時期もありましたので余り話が進みませんでしたね。
このペースでは完結まで一体幾ら掛かるのか心配でなりません。
まあ、そもそもは書き溜めを作らずに書き始めた私の浅慮が原因ですし、こんなに長期間も投稿を休むつもりもなかったんですけど、色々あって結局は前回の投稿からこんなに遅れてしまいました。
口先ばかりで情けない限りですよ………まだ読んでくれている方はいるんですかね、こんな駄目駄目な筆者の小説。

それはそれとして、今回は参章の触り程度ですね。
弐章の最終話で情報屋のルパスから聞いた〈大樹の枝〉を求めてサマディー王国に訪れたレイブンたちですけど、王国は現在お祭り気分一色。
国王も外部の人間に拘っている余裕はなく………しかし、噂の王子がなにか企んでいるような雰囲気に男2人は戦々恐々。
さて、王子からの話とは一体………というところですが、原作でも思っていたことですけど、女性陣は呑気な発言や行動が多く見えてしまいますよね。
セーニャは別として、ベロニカの緊張感のなさそうな発言は息抜きのため、要するにメリハリをつけているだけという理由をこじつけてみましたが、この双子姉妹は本日のところでは似ていますし実際はどうなんですかね?


後書きも長くなってしまっていますし、この辺りで終わりにしておきましょうか。
ではでは、次の更新予定日は2週間後の水曜日、時間は今まで通りですね。
今回もそうでしたが、これからは文字数を減らして書いていくつもりなので読み応えは少なくなってしまうかもしれません。
といっても、7000文字〜9000文字くらいを目安に書くので、極端に文字数が減るという訳ではなく、元に戻るという感じですけどね。

久しぶりの更新でしたが、後書きまで読み切って頂いた方には本当に感謝の念しかありません。
これからもどうか応援よろしくお願いします。




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王子の思惑




大変長らくお待たせ致しました。
こんな作品をお気に入りに登録して頂いている方々には感謝と謝罪の言葉を同時に申し上げたいところで御座います。

ところで、なんとか年末までには間に合いましたが、ちょっとこれは有言実行と言えるのか微妙ですよね。
もう一時間後には年明けですし、そもそも年末とは言ってもこんなギリギリではなくクリスマスくらいのタイミングで出すつもりだったのでやはり予定通りとは言い難いです。
彼此半年以上も前に更新した日から不定期更新になるとは言っていましたが、これからはもう少し更新頻度を上げたいと思います。
………まあ、私の様な者が言っても説得力はないと思いますので、基本的には期待せずに待っているくらいで大丈夫です。

それでは前置きはこの辺りにして、久し振りで文章が安定しているかもわかりませんが、どうか楽しんで頂ければ嬉しいです。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、レイブンたちは約束の時間になるまでサマディー王国内の宿屋で旅の疲れを休めていた。

 ファーリス王子の部屋に呼ばれた後の話は結局のところ、時間を改めてから行うことに決まったのだ。王城にある王子の私室では何処に耳があるかわからないとファーリス王子が懸念を示して、とある場所で秘密の会談をしようと提案された結果である。

 

 

 

 レイブンを筆頭に気合いを入れて話に臨んだ面々は肩透かしを喰らったような気分だったが、どうやら人の耳に入ると困る内容であることを察して三者三様の反応を見せていた。

 というのも、ファーリス王子から提示された会談場所は今夜旅芸人の一座の公演が行われるサーカス会場だったのだ。

 セーニャは素直に喜んでおり、なんだなんだでレイブンたちもサーカスを見るのは楽しみにしていた。

 

 

 

 基本的に女性陣2人は楽天的というと言い方が悪いけれど、レイブンとカミュのように無理難題を言われないか警戒してはいない。仕方ない部分はあるが、世間知らずのためか他者の思惑の裏というものに疎いのだろう。

 しかし、男性陣とて必ずしも騙されるとは考えていない。仮にも国民に愛されている善良で優秀と噂な王子が裏では悪事を犯しているとは思えないからだ。

 

 

 

 そんなこんなで多少の温度差がパーティー内にあるまま、待ち合わせ場所に向かう。

 サーカス会場前は随分と賑わっており、その中に暗闇に紛れるように外套を羽織りフードを目深に被った怪しい男を見つけた。

 男の方も視線を感じたのか、少しばかり辺りを窺うような仕草をした際にレイブンたちに気がついたらしく、仕切りに気にする様子を見せながら早足で近寄って囁くようにして話し掛けてきた。

 

 

 

「やあ、来たな。約束通りサーカスを観ながら例の話の続きをしようじゃないか。テントに入る準備はいいか?」

「……はい、問題ありません」

「勿論で御座いますわ、ファーリス王子!」

「…………よし、いい返事だ。もうサーカスは始まっているようだ。早速中に入ろうじゃないか」

 

 

 

 レイブンたちに近寄って来たのは変装をして人相を隠したファーリス王子だった。

 格好からして怪しいことこの上ないが、取り敢えずレイブンはなにも言わずに頷く。その後に続いてベロニカも元気よく返事をした。

 ファーリス王子がサーカス会場である天幕の中に入っていくのを先程返事をした二人が追い掛けていく。

 

 

 

「ふふふっ……私、サーカスなんて初めてですわ。楽しみですね、レイブン様、お姉様!」

「あはは……そうだね」

「ええ、サーカスよ! サーカス! タダで人気のサーカスが見られるだなんて、あたしたちなんてラッキーなのかしら!」

「………………おいおい。サーカスを観るのが目的じゃねぇんだぞ? 本当にわかってんだろうな……?」

 

 

 

 レイブンとベロニカの隙間から、セーニャが顔を出してそんな風に無邪気な声を掛けてくる。

 すっかりテンションの上がったセーニャの姿にレイブンは苦笑して、やはりベロニカも期待を隠せない表情で鼻息荒く頷いていた。

 一人だけ背後から少し遅れる形で仲間たちの様子を眺めていたカミュが不安げに呟いていたが、残念ながら肝心の姉妹に声が届くことはなく、レイブンと一瞬だけ目配せを交わして溜息を吐いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 俺たちが天幕内に入ると、既にサーカスは始まっているらしく、席を埋め尽くす程に観客が入っており、全体的に浮かれたような雰囲気が蔓延していた。

 ファーリス王子が予約していた席は通常の観客席の背後にあり、小さなテーブルを囲うような配置で席が用意されている。

 案内されるままに席に着いては見たが、ぐるりと会場を見回しながら内心では混乱していた。

 

 

 

 確かに会場の中はざわざわと騒がしく、席の位置関係も周囲の観客とは離れており、密談に適していると言えるのかもしれない。

 だが、正直に言って俺はファーリス王子がどのような思惑でこの席を予約したのか理解できなかった。

 

 

 

 彼が俺たちに持ち掛けようとしていた話は他人の耳に入れたいものではないというのはわかる。密談をするだけなら実際に問題ないはずだ。

 けれど、怪しいフード付きのローブで姿を隠しておいたということは話の内容だけでなく、王子という身分も隠したいということだと考えるのが普通であり、だとすればこんな目立つ席は予約するべきではないだろう。

 

 

 

「(……どう考えても位の高い人間用の席だからなぁ。はてさて、どんな思惑があるのやら……)」

 

 

 

 そうして頭を悩ませていると、バツン! となにかの機械が作動する音がした。

 なんとなく誰も喋らずにテーブルを囲んでいた俺たちは、其々程度に差はあれど待ち望んでいた展開を察して会場中央のステージに注意を向ける。

 すると、予想に違わず中央のステージでは派手な赤い服を身に纏う恰幅の良い男がスポットライトに照らされていた。

 

 

 

「さて! お次は世界を飛び回っては訪れた町を魅了して去っていく謎の旅芸人の登場だ! 流浪の旅芸人…………シルビア! 摩訶不思議なショーをとくとご覧あれ!!」

 

 

 

 其処で一拍溜めた後、恐らくはこのサーカス団の支配人であると思われる恰幅の良い男は大仰な仕草でシルビアという芸者を呼んだ。

 どうやら人気のある人物であるらしく、一気に周囲の観客たちの熱気が高まるのを感じる。

 俺も思わずどんな人物なのか気になり、身を乗り出そうとした瞬間に天幕内が暗転する。直後にステージの上から何者かが軽やかな身のこなしで飛び降りてきた。

 

 

 

 再び暗転したステージを照明が白く染めると、其処には派手な衣服に身を包んだ芸者の男性が堂々と両手を広げて観客の声援に応えていた。

 天幕内には割れんばかりの歓声が響き渡るが、シルビアと呼ばれていた男性は余裕の表情で優雅なお辞儀を見せる。

 俺にはシルビアが背筋を伸ばしステージに立っている姿を見て、なにかしらの武術の心得があるということに気がつくことができた。

 

 

 

 その後は圧巻のパフォーマンスとしか言い様のない素晴らしいショーを観ることができた。

 まず初めに手品の如く合計6個のカラーボールを何処からともなく取り出したかと思えば軽快な音楽と共にジャグリングを披露し、高らかに指を鳴らした途端にボールは破裂してナイフに変化する。

 今度はナイフをジャグリングしていると突然ナイフを客席に向かって放り投げたのだ。観客からは悲鳴が上がり、俺も咄嗟に動こうとしたのだが、なんとシルビアは一息で口から火を吹き出してナイフを消滅させてしまった。

 

 

 

「大切なお客様に怪我などさせません。楽しんで頂けましたでしょうか」

 

 

 

 そう言ったシルビアは呆然とする観客に向かってシルビアは悪戯っぽく微笑んで、余裕たっぷりにお辞儀をする。

 すると、今のが芸の一環であると理解の追いついた観客席からは叫びとも取れる天幕を揺るがす様な歓声が沸いた。シルビアは丁寧に歓声に対して応えていく。

 

 

 

「………………はっ。お、おほん!」

 

 

 

 なにか凄いものを観てしまった様に素直な感嘆と興奮を覚えてステージを凝視していると、不意に背後から咳払いが聞こえてきた。

 反射的に振り返ると少しばかり挙動不審な様子のファーリス王子が俺たちを見ている。

 そう言えば俺たちはファーリス王子から秘密の相談を受けるためにこの場にいるのだ。シルビアのショーに思わず目を奪われて忘れてしまっていた。

 

 

 

「…………みんなサーカスに夢中の様だな。では、そろそろ本題に入ろうか。これから言うことは口外しないでくれよ」

 

 

 

 まるでファーリス王子はサーカスに夢中になっていなかったかの様な言い草だが、目を逸らしながら露骨なポーズを取っている時点で丸わかりである。

 俺たちは瞬時にアイコンタクトを交わして敢えて触れない方向で意見が纏まり、取り敢えず話を聞く体勢を取った。

 そんな様子にファーリス王子が気づいているかはさておき、彼は神妙な表情を作って語り出した。

 

 

 

「今度、騎士たちが乗馬のウデを競うファーリス杯っていうレースが行われるんだ。それにボクも出場するんだけど、ひとつだけ大きな問題があってね」

「ああ、レースについては聞き及んでいます。しかし、大きな問題ですか。それは一体……?」

「…………うん、実は………………ボク、生まれてこのかた馬に乗って走ったことがないんだ…………」

 

 

 

 ファーリス王子は煮え切らない様子で言い淀みながら、ぼそぼそと小さな声でそう言った。

 俺たちは最初、言葉の意味が理解できなかった。ベロニカやカミュなんかは徐に首を傾げてさえいるほどに謎の発言だった。

 此方が話の趣旨を理解していないことがわかったのか、王子は項垂れながら語り出す。

 

 

 

「これまでは部下の協力もあって父上や領民たちを欺くことができたが、レースに出たらいよいよボロが出てしまう。だけど今回はボクの16歳の誕生日を祝う大切なレース。出場しないわけにもいかず、ずっと頭を悩ませてきた」

 

 

 

 其処まで説明されると王子の相談事という話も大方の予想がついたのだろう。

 俺を含めて思わず目を見開きながらファーリス王子のことを見詰めてしまう。昔の俺なら兎も角、まだ頭に疑問符を浮かべているのはセーニャくらいのものだ。

 特にサマディー王国の領民に情報収集をしてファーリス王子についての噂を聞いていたカミュには寝耳に水だろう。まさか優秀と噂の王子が実は只のヘタレであり、時間を掛けて集めた情報が全て欺瞞だったのだから。

 

 

 

 そんな俺たちの様子に気がついているのかいないのか、話が核心に近づくにあたって語りにも熱が入ってくる。

 俄に興奮した面持ちで腰を浮かせて、俺を示す様に指を差し向けてはっきりと告げた。

 

 

 

「そんな時、君が現れたのだ。ボクと同じ背格好をしている君がね。君こそ、ボクの影武者に相応しい」

 

 

 

 そんな騎士の国の後継としては情けないことを臆面もなく言い放つファーリス王子は、自分の考えに酔いしれている様に得意満面である。

 俺たちは暫し各々で思うことがあったのか黙り込んでしまうが、こんな時にも冷静なカミュが口を開く。

 

 

 

「影武者って言ったって、レースに出たら一目でバレるだろ? どうやって誤魔化すんだ?」

 

 

 

 まあ、尤もな質問だ。

 例え背格好が似ていると言っても、容姿まで似ているわけではない。直ぐに偽物であることは判明してしまうだろう。

 もどかしそうに髪を掻いて呆れ顔を隠さず、椅子の背凭れに腕を組んだまま凭れ掛かる様にして尋ねられた言葉に、けれどファーリス王子は余裕そうな表情を崩さずに答えを返した。

 

 

 

「ふふ、心配ない。王族は身の安全を優先させるため鎧と兜を身につける。絶対にバレっこないさ」

 

 

 

 そう言われてみれば、別になにもおかしな話ではない。

 常に王族なら身辺の危険を排除するべきであるし、こうした興行行事の間を狙って命を狙う輩が出ないとも限らない。

 影武者をする場合は俺も鎧と兜を身につけることになるのだから、罷り間違えて王子の命を狙う輩に襲われても安心という点でも影武者をやることに不安はなくなったと言える。

 

 

 

 だが、俺たちが思わず眉を顰めてしまったのはそれを心配していたからではない。

 バレるバレないの話ではなく、倫理的な問題というか良心的な判断に基づいた結果の話であり、要するに気が進まないと言うわけだ。

 どうやら今度は王子も此方の雰囲気を感じ取ってみたのか、徐に立ち上がって拝み倒してきた。

 

 

 

「頼む! 一生のお願いだ! ボクの代わりにボクのフリをしてレースに出場してくれ! 頼む!」

「なにそれ。そんなのズルっこじゃん。レイブン。こんな頼みを聞く必要ないわ」

 

 

 

 やはりこういう時には気が強いベロニカが真っ先に反応して、机を強かに両手で打ちつけながら立ち上がって抗議する。

 ベロニカとセーニャの姉妹は仲間の中でも特に世間擦れしていないから、この手の話には潔癖的な嫌悪感を抱くのは仕方のないことだ。取引に慣れている俺やカミュでさえ眉を顰める様な話の展開なのだし、むしろ当然のことだろう。

 しかし、ファーリス王子もこうして話を持ち掛けてきた以上はもう引き下がれない。

 

 

 

「あれ? そんなこと言っていいの? 虹色の枝が欲しいんじゃなかったっけ?」

 

 

 

 そうやって露骨に足元を見る発言をするファーリス王子は、それはもう憎たらしい顔つきで俺たちを────外見的には子供にしか見えないベロニカを見下ろしていた。

 もうなんというか、一言で小物としか言えない。後に引けない部分はあるにしても、マウントの取り方が悲しいほどに情けない。

 それこそ個人的にはドラクエ8の時に登場した、絵に描いた様に典型的なバカ貴族を思わせる、あのふくよかで我儘勝手な王子を彷彿とさせるくらいにはダメな王子という印象になった。

 

 

 

「うわあ…………。サイテー…………」

 

 

 

 これにはベロニカも一転して抗議する気も失せたらしく、王子を前にして苦い顔も隠さずに頬杖をついて目を細めた。

 他のみんなからしても呆れて物も言えないという感じに見える。俺たちが旅の目的として虹色の枝を必要としているのは事実だし、此処は折れるしかないのだろうけれど。

 

 

 

「ふふ。なんとでも言うがいい。手段を選んでる場合じゃないんだ。さあ、ボクの代わりに出場してくれるよね?」

「………………王子。ファーリス王子…………貴方は、本当にそんなやり方で────────」

「ん? …………ごめんごめん。拍手が煩くて聞こえなかったよ。ボクの代わりレースに出場してくれるよね?」

 

 

 

 俺が言っても無駄だと思いながら、せめて一言でも忠言をと思って言い掛けた言葉も観客の拍手と歓声に遮られて伝えられなかった。

 或いは、もしかしたら王子には聞こえていたかもしれないが、結果としてなかった氐で再度の選択を迫ってきている以上はやはり説得の余地などないのだと理解できた。

 

 

 

「────わかりました。王子の代わりにレースに出場すると約束しましょう」

 

 

 

 これはもう仕方がないことだ。

 交渉という観点で見ればファーリス王子と俺たちの何方にも利点がある。

 それこそ此方は対価として国宝を譲ってもらえるのであれば、等価交換の法則で考えれば非常に良い話であるのは間違いないのだ。

 昔に旅をしていた頃とは状況が違う。デルカダール王国で受けた悪意のように時にはこうして蟠りを抱えることもあるだろうが、少しずつ慣れていかなければならない。

 

 

 

「よかった! そう言ってくれると思ったよ! レースが無事に終わったら虹色の枝の件は父上に掛け合うと約束する!」

 

 

 

 此方の気も知らず、ファーリス王子は諸手をあげて喜ぶ様な勢いだった。

 それを見てなんとも言えない感情が湧く。流石に嫌悪とまではいかないけれど、何処か胸がざわつく様な感覚だ。

 今この場では、どんな感情なのか言葉で言い表すことはできそうになかった。

 

 

 

 例え話だが、ベロニカやセーニャは困っている人がいれば頼まれずとも手を差し伸べるだろう。

 それは俺にも同じことが言える。〈勇者〉であるとか関係なく、誰かが困っている時に手を差し伸べられる様な人間で在りたいと祖父テオの背中を見て常々思っていたのだが。

 カミュだって言葉こそ捻くれているが、その性根はお人好しである。いっそ困っている人を見掛けたら俺たちの中で一番早く動くかもしれない。

 

 

 

 ファーリス王子も実際に困っているのは本当なのだと思う。領民ではなく、外からの旅人に縋るしかないくらいには必死なのだろう。

 けれど、俺は少なくとも彼のためになにかをしてあげたいとは思えなかった。

 先程の様に忠告くらいならしてもいいとは思うが、それ以降は王子とこの国の問題になる。俺が出る幕ではないのだ。

 

 

 

 その後はサーカスの続きを見る気分でもなく、直ぐにファーリス王子とは別れた。

 彼は今夜の宿を用意したと言い、明日のレースに影武者として出る際の段取りなどについて機嫌良く捲し立てるとスキップを踏みそうな軽い足取りで天幕を後にしたのだ。

 詳しくは明日の朝に城下町の西側にあるというレースハウスの入り口から、ファーリス王子の控室で待ち合わせをするとのことだった。

 

 

 

 俺に限らず言葉にし辛い感情に胸の内をモヤモヤとざわつかせたまま、明日に備えてもう宿に戻ることにした。

 今日は休むという判断にみんなも異論はなかったようで、いつも通りに男女で別れた形式で部屋に別れてから、暫くして床に就くと精神的な疲れによるものなのか眠気は直ぐに襲ってきた。

 

 

 

 …………ああ。意識が闇に落ちる直前で一つの記憶が脳裏に浮かび上がってきた。

 それは一足先にファーリス王子が天幕を出て行こうとした際、シルビアという例の芸者の男がステージから彼の後ろ姿を見詰めていた光景である。

 流石にステージまで声は届いていないだろうし、フードもかぶっていたので顔は見えてはいないと思うが、彼が高貴な身分にあることや密談をしていたことには勘づいていても不思議はない。

 

 

 

 これは明日も一波乱あるかもしれないなと思いながらも、睡魔によって微睡む意識はゆっくりと深い眠りの淵へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







というわけで、今回は此処までとなります。

久し振りということもあり、お話の方はどうでしたか?
前話と比べて主人公を含めてキャラが変わっていたり、文章が滅茶苦茶だったりして読み難くはありませんでしたか?
基本的には原作沿いの作品ではありますが、ドラクエのゲームには地の文なんてありませんし、原作に詳しい方などには主人公の性格の違いから少し台詞が変化していることにも気がついたかもしれませんね。

今回の話は最初に第三者視点から主人公視点になり、全体的にファーリス王子というキャラに焦点を当てて書いてみました。
ちょっと小憎らしい感じのイメージですが、本文で言及した様にこの頃のファーリス王子はゲームをプレイしていた時にもドラクエ8のチャゴス王子を彷彿とさせました。
イメージとしては、チャゴス王子が我儘な子供であるのに対して、ファーリス王子は我儘な大人になる途中の子供くらいの感覚ですね。

次の話がいつになるのかは不定期更新故に確約できませんが、今回の更新までに時間が掛かりすぎたのでなるべく早く投稿したいと思います。
ただ何度も申し上げている通り、どれだけ時間が掛かろうとも失踪だけはせずに最後まで書く所存ではいます。
ですので、これからも亀更新ではありますが頑張って書いていきますので応援よろしくお願いします。




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