死んで叢雲になったわ。なに、不満なの? (東部雲)
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プロローグ

色んな憑依ものみて、叢雲が無かったので思いきって投稿しました。なるべく更新遅滞しないように頑張ります。

※叢雲の最後に関する記述を加筆修正しました。ご迷惑お掛けして申し訳ありませんでした。m(__)m


 付近の高架を通る列車の騒音が鳴り響く。ガタンゴトンと線路を走る音が少ししたら鳴り止み、変わりに道行く人々の喧騒が周りを包み込む。

 

 そんな日常の風景に、僕は制服姿で歩いていた。

 

 名前は八雲 叢一(やくもそういち)、今年で16の誕生日を迎えて今は高校に通ってる学生だ。何も変わったところや特筆すべき点もない、俗に言う男子高校生。

 

 生活に不自由はない、両親の収入源は安定しているし。僕自身も生まれつき、あるいは事故で何か患ってる訳でもないから不便と思ったこともない。

 学校での成績はまあまあ位だと思う。頑張って勉強すれば今の高校を卒業して、何処かの会社に就職出来るだろう。

 

 そんな僕の変わったところと言えば漫画やアニメ、ゲームにラノベと言ったサブカルチャーが趣味なことかな。

 世間ではオタクって呼ばれるかもだけど、勉強に影響しない程度には慎んでるし。あと剣道を嗜んでるから学内の評判はそう酷いものでもないと思うし。

 

 大丈夫だ、問題ない。

 

 特に最近好んでいるのはとあるアプリ、ソーシャルゲームだ。

 

 艦隊育成シミュレーション『艦隊これくしょん』、通称艦これ。

 太平洋戦争で活躍した軍艦の記憶を持った艦娘を集めたり育成して敵である深海棲艦と戦わせる、というのがこのゲームの主な内容。

 クラスメイトの男子から勧められるままスマホでアンドロイド版をダウンロードしたら、それまでの趣向を一新する程にはまった。

 ネットで初心者向けの攻略情報を確認するのは勿論、気になったノベライズ版や公式漫画も購読。もう、オタク呼ばわりされても仕方ないかもね。

 

 艦これで一番好きな艦娘はと聞かれたら、迷いなく叢雲って答えると思う。

 

 駆逐艦叢雲。

 

 進水した当時は優秀な凌波性能と航続力、重武装を併せ持った驚異的な駆逐艦として世界に衝撃を与えた特Ⅰ型駆逐艦。

 その五番艦となる叢雲は史実の戦績こそ目立ったものではないものの、戦前は満州国皇帝の御召艦になった戦艦比叡の護衛を第12駆逐隊で務め、日中戦争を経て太平洋戦争を戦った歴戦の駆逐艦らしい。

 

 ここまではwikiで調べたけど、そう言った史実を反映してかプライドが高いツンデレ系美少女って感じだったな。

 ゲーム開始時の初期艦選択では叢雲にした。以来叢雲を第1艦隊旗艦、つまり秘書艦としたまま提督業を続けてきた。

 敢えて駆逐艦の叢雲を旗艦にするのは拘ってるから、それぐらい好きな艦娘と言えたから。

 

 最初はセリフがキツくて面食らった、でも時々こちらを気遣う時もあって素直じゃないけど良いかな。厳しさの中に優しさありって感じで。

 旗艦にしてからは色々な海域を攻略して、リランカでレベリングを繰り返して改二にもした。公式はケッコンカッコカリっていうシステムを実装したらしいし、嫁艦にするのは叢雲と決めてすらいる。

 

 今は高校での授業も終わって下校中、帰れば宿題などノルマをこなしてから艦これにログインだ。

 登校前に遠征に出した第2~第4艦隊の結果を確認、補給させては第1艦隊でレベリングするサイクル。

 

 何より叢雲の声を聴きたい。そう思いながら歩道を歩いていると。

 

 目の前を小柄な影が横切っていった。視線で追うと私服の男の子、多分小学生だろう。

 ただ問題なのは今走っている場所で、そこは車道だ。すぐ横の道路は車は通っていないが、向こう側は。

 

 

「不味い!」

 

 急いで飛び出す。ここから向こうの対向車線は僕の進路方向から自動車が既に進入してきてる、このままでは今横切った子供が危ない。

 急いで車道を横断する男の子に追い付き、その勢いのまま背中を突き飛ばす。不意討ちのようなものだったからだろう、反応できずに車道から歩道に押し出され転んでいく。

 

 クラクションの音がすぐ近くで響いた。振り向けば車がすぐ目の前に迫っていた。この距離では、もう避けられない。

 

 衝撃と視界がぐるぐる回る感覚がしたのは同時に思うような錯覚。

 そして、意識は暗転した。

 

 

 

          ◇◇◇

 

『・・・あ、れ?』

 

 気付けば周りの風景は変わっていた。

 

 漆黒を塗りたくったような暗闇、暗さを増して行く視界、そして自分の周りで蠢く気泡。

 

 気泡?

 

 僕はさっきまで街を歩いてたはず。授業後帰って艦これにログインするのを楽しみにしながら歩いて、それで。

 

 

『あの時、車に跳ねられたのか』

 

 解けた疑問が呟きとして漏れ、それが現実として認識すると途端に恐怖を覚えてきた。

 

 暗い、それに冷たい。これが死後の世界だと言うなら、日本で言うところの三途の川は無いのか。こんな暗くて冷たい、寂しい所があの世だっていうのか。

 

 多分僕は今沈んでいっている。なら、底まで沈んでいったらどうなるのか。得体の知れない恐怖で泣き叫びそうになった時だった。

 

 

『落ち着いてくれ、少年』

 

 何処からか声が届き、直後に上から周りの闇を上書きするような光が近付いてきた。

 

 やがて光が収まるとそこには、セーラー服を着た少女がいた。何故か猫の両前足を掴んで垂れ幕のように吊るしている。

 

 

『君は?』

 

『特定の名前は持っていない。敢えて呼ぶなら、“猫吊るし”とでも呼んで欲しい』

 

『猫吊るし』

 

 何とも見た目通りの呼び名だ。まあ他には呼びようが無いかもしれない、僕もすぐには思い付かないし。

 

 

『もう把握したかもしれないが、君は現世で死んでしまった。善意から起こした行動とは言え、無茶をしたな』

 

『…………すぐに行動を起こしたらああなってしまった、少し後悔してるよ』

 

 他にやりようがあったかもしれないし。

 

 

『まあでも、すぐ行動に移れるのはなかなか凄かったぞ』

 

『それはどうも。でも、僕はこれからどうなるんだ?』

 

 それが一番気になるところだ。

 

 

『心配しなくて良い。ここは死後の世界とは少し違う、ある場所に通じる通り道みたいなものだ』

 

『通り道?』

 

『献身的行動で若くして命を散らした君が不憫に思ってね、違う人生を送らせようと思ったのさ。どうかな?』

 

 俗に言う神様転生と言うやつだろうか。まあ、目の前にいるのが神様か分からないけど。

 

 

『僕も、人生があんな中途半端に終わるのは嫌だ。まだ生きていたい』

 

 少なくとも、目の前の猫吊るしに対する答えとしてはこれが一番素直な意見だ。例え代わり映えしない人生でも、あんな形で終わったままには出来ない。

 

 

『良い返事だ。下の方を見てくれ、ちょうど見えてきた』

 

 言われるまま眼下、と言うより現在進行形で降りていってる先を見つめる。

 

 下方に広がる暗闇が徐々に猫吊るしの放つ燐光に照らされ、あるものが浮き彫りになってくる。それは。

 

 

『軍艦?』

 

 正確にはその残骸に見えた。遠目から見ても底に沈んだままの船体はボロボロで、殆どの主砲は脱落したり煙突が潰れて無惨な姿だった。

 

 

『あれは君が愛して止まない艦娘。そのモデルとなった旧日本海軍の駆逐艦叢雲、その骸だよ』

 

『っ!』

 

 あれが、叢雲?

 僕が艦これで初期艦に選び、ずっと旗艦として大切に育ててきた駆逐艦。

 

 なら、まさかここは。

 

 

『ここは、サボ島沖?』

 

『ざっくり言うとそうだな』

 

 いきなり展開が急すぎて、ここに来て頭が混乱する。でも現世で生活する頃とは違い、今は死んでるからか意識は気味悪いくらいクリアだ。そのため思ったより早く予測が立ってしまった、それは。

 

 

『僕の転生先は、艦隊これくしょん?』

 

『左様。更に言えば、君は駆逐艦叢雲として新たな生を送ることになる』

 

 猫吊るしが口許を緩めて頷く頃にいつの間にか、海底に沈んで眠り続ける残骸のすぐ上まで降りてきていた。

 

 まず先に右手を、下に向けて表面に触れる。よく見たらフジツボや海藻が張り付いて、外板は酷く錆び付いていた。

 直後、船体が白く眩い光に包まれる。深海での激しい発光に、思わず条件反射で目を細めた。やがて光は狭まり、叢雲の外板に着底した僕の体に流れ込んでくる。

 

 流れ込む光から感じたのは幾つもの感情だった。

 一つは救援に向かって間に合わず、仲間を助けることができなかった無念。

 もう一つは運がなかったとは言え敵飛行場から空襲を受けて航行不能に陥り、その後助けに来た味方の駆逐艦まで沈んだことへの後悔。

 最後は大破炎上して曳航も断念せざるを得ず、姉に自分を沈めさせたことから来る自責。

 

 でも、それに負けないくらい強い意思もある。次に戦うときは誰も沈ませない、自らを沈ませる十字架は背負わせないという揺るぎない決意。そして艦長だった東日出夫氏を誇りに思うゆえのプライド。

 

 先に来たネガティブな感情も、後から来た確かな信念に覆われて僕の体、精神レベルでの融合を始めたことがわかる。

 

 片や世界を震撼させた吹雪型駆逐艦にして、目立たないながら緒戦を戦った歴戦の駆逐艦。

 

 片や特に何か変わった特徴があるわけではなく、平々凡々に学生時代を送った少年。

 

 双方はどちらかと言えば叢雲をベースに、だけどどちらも等しく混じり合い一つに纏まって。

 

 

『良い旅を。次に目が覚めれば、君は駆逐艦叢雲だ』

 

 視界が白のペイントで塗り潰すように、ゆっくりと狭くなっていく。その中で僕は目の前にいる存在が何なのか分かり始めた、この少女は。

 

 既に公式が画面から廃除、『リストラ』した筈の存在。

 

 そう気付いたのと同時に、意識は完全にホワイトアウトした。




内容自体は他の小説と差別化を図りたい意図があるため、このような描写となっています。感想、もしよければ高評価も宜しくお願い致します。m(._.)m


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番外編
ショートランド泊地登場キャラ紹介(第一章~間章)


番外編第1弾です。


 叢雲(叢一)

 

 本作の主人公。後生の世界で顕現した際、南方作戦発動に伴い新設されたショートランド泊地所属の艦隊に回収され、目覚めた直後は叢雲の感情に従った形で初陣を飾る。

 

 基本的な艤装構成は原作と同じだが、南方作戦最終局面で顕現した自衛艦『むらくも』の艤装と切り換えるなど、通常の艦娘にはない特異性を持つ。

 

 精神、肉体のベースである叢雲は艦だった時代の関係上、比叡のことを憎からず想っている。叢一としては二次設定の比叡を警戒していたがその予想も外れ、口には出さなかったが申し訳なく思っていた。艦娘歴1年目。

 

 装備 スロット1 10cm連装高角砲

 

    スロット2 61cm三連装魚雷

 

    スロット3 空き

 

 

 吹雪

 

 ショートランド泊地に所属する吹雪型駆逐艦のネームシップで叢雲の姉、更には国防海軍の黎明期からいる史上初の第二世代で『初期艦』と呼ばれる駆逐艦の一人。

 

 黎明期からいるだけあってその経験は第一世代を除けば最も豊富で、国内外問わずその知名度は高い。

 

 また、対空射撃を得意としており、その技量の高さや十傑の第8位である正規空母赤城と同じ艦隊で活動することが多いことから、『一航戦の盾』の異名で呼ばれている。

 

 十傑第7位の重巡洋艦足柄から指導を受けており、駆逐艦睦月、夕立と一括りで“足柄教室三人娘”とも。以前は横須賀第3鎮守府に所属していた。艦娘歴は21年目。

 

 装備 スロット1 10cm連装高角砲

 

    スロット2 10cm連装高角砲

 

    スロット3 13号対空電探改

 

 

 白雪

 

 ショートランド泊地に所属する吹雪型駆逐艦の二番艦。吹雪より後発の第二期建造組だが経験は劣っておらず、攻撃型の“導眼”やマナとの親和性など特別な才能を薩摩に見出だされたことで門下生となり、現在は十傑第4位の立場に至る。

 

 先に実施された南方作戦で顕現、保護した妹の叢雲を溺愛しており、過度に接触したり迷惑行為をすれば指弾で鎮圧するなど、過保護な感が否めない。

 

 戦闘で得意とするのは両手に装備する専用の主砲で各砲門から交互射撃で弾幕を形成、精密な狙いで敵艦や敵機の行動を阻み、高確率で命中させること。その芸術的な射撃、撃てば当たると思わせる超精密砲撃を得意とすることから『魔弾』と呼ばれている。艦娘歴21年目。

 

 装備 スロット1 12.7cm連装砲A型改二(白雪専用)

 

    スロット2 12.7cm連装砲A型改二(白雪専用)

 

    スロット3 33号水上電探

 

 

 川内

 

 ショートランド泊地に出向して一時転属した川内型軽巡洋艦のネームシップ。第二期建造組の艦娘で、本来の所属は舞鶴第1鎮守府。

 

 ショートランドに転属する以前は第三水雷戦隊を率いており、白雪はその頃からの付き合いである。艦娘歴21年目。

 

 装備 スロット1 15.2cm連装砲改

 

    スロット2 33号水上電探

 

    スロット3 照明弾

 

 

 古鷹

 

 ショートランド泊地に所属する古鷹型重巡洋艦のネームシップ。白雪、初雪、川内と同じく第二期建造組である。以前は横須賀第1鎮守府に所属していた。

 

 砲撃による戦果に定評があり、艦だった時代に経験した演習の成績に劣らない戦力評価を受けている。その関係で、現在は『砲術の古鷹』と呼ばれるに至っている。艦娘歴21年目。

 

 装備 スロット1 20.3cm連装砲(2号砲)

 

    スロット2 20.3cm連装砲(2号砲)

 

    スロット3 零式水上偵察機

 

    スロット4 探照灯

 

 

 比叡

 

 ショートランド泊地に一時転属した超弩級戦艦、金剛型の二番艦。第三期建造組で本来の所属は横須賀第3鎮守府。

 

 艦だった時代、満州国皇帝の座乗艦だった自分を護衛し、お召し艦を務めた頃に供俸艦として何度も随伴していた叢雲を大切に思っている。

 

 舞鶴第1鎮守府の雪風からは自分が沈んだ時の記憶のせいで避けられることも多いが、そのたびに距離感を縮めようとする努力は惜しまない。艦娘歴20年目。

 

 装備 スロット1 試製35.6cm三連装砲

 

    スロット2 試製35.6cm三連装砲

 

    スロット3 零式水上偵察機

 

    スロット4 21号対空電探

 

 

 橿原隼子(かしはらじゅんこ)

 

 ショートランド泊地の艦隊司令兼統括。階級は准将。

 普段は真面目に泊地の運営を指揮しているが、業務時間が終わって気が抜けると酒を飲み始めるなど、筋金入りの飲兵衛である。

 

 統合司令部所属の特務艦隊旗艦薩摩とは旧知の仲のようで、“マナ”と呼ばれる超自然的エネルギーに関してある程度の知識を有するなど、超常的な事象にも精通している。提督歴5年目。

 

 

 初雪

 

 ショートランド泊地に所属する吹雪型駆逐艦の三番艦。白雪と同じく第二期建造組で、以前は舞鶴第1鎮守府で川内率いる第三水雷戦隊に所属していた。

 

 魚雷の扱いに長けており、ある程度の長距離を投擲で敵艦に当てるなど、他の駆逐艦にはない器用さがある。それは艦だった時代に妹である叢雲を雷撃処分したトラウマから、彼女を修練に駆り立てた末の結果であり、今では雷巡を除けば最高の雷撃の名手とされている。艦娘歴21年目。

 

 装備 スロット1 12.7cm連装砲A型改二

 

    スロット2 61cm三連装酸素魚雷

 

    スロット3 61cm三連装酸素魚雷

 

 

 飛鷹

 

 ショートランド泊地所属の飛鷹型航空母艦の一番艦。第三期建造組の艦娘で、橿原とは艦娘として就役した当時からの付き合いである。

 

 性格は真面目で苦労性。平時において面倒事を増やす事のある上司の橿原や、常時テンションの高い整備隊の葉山中尉は悩みの種である。艦娘歴20年目。

 

 装備 スロット1 零戦二一型(熟練)

 

    スロット2 零戦六二型(爆戦)

 

    スロット3 九七式艦攻(熟練)

 

    スロット4 零戦三二型(熟練)

 

 

 霧島

 

 ショートランド泊地に一時転属した超弩級戦艦、金剛型の四番艦。第三期建造組で本来の所属は横須賀第3鎮守府。艦娘歴20年目。

 

 装備 スロット1 試製35.6cm三連装砲

 

    スロット2 試製35.6cm三連装砲

 

    スロット3 21号対空電探

 

    スロット4 三式弾

 

 

 むらくも

 

 駆逐艦叢雲が戦没した海域とほぼ重なる地点で深海棲艦と交戦し、撃沈された海上自衛隊時代の自衛艦。場所が互いに近いのが災いし、艦の精神が干渉しあって浮上できずにいた。初陣を戦い大破、轟沈しかけていた叢一の精神に接触、合意を経て三位一体の共生関係となった。

 

 外見は海上自衛隊の男性海士が着るセーラー服、女性自衛官の丈の長いスカートなど、当時の制服を組み合わせて踏襲した服装を着ており、目深に被った帽子は乗員の所属を示す第二二護衛隊の部隊識別帽である。

 髪は緑の短髪ショートで、瞳の色は金色。先代にあたる叢雲と比べれば背は高く、同名艦でも全く異なる容姿をしている。

 

 性格は豪胆そのもので、限定的に艦娘として戦艦棲姫と交戦していた当時、本来は対潜戦用の73式魚雷を対水上戦闘に使用するなど、思い切りの良い一面を持つ。艦娘歴1年目。

 

 装備 スロット1 76mm連装速射砲orGFCS-63

 

    スロット2 71式ボフォースロケットランチャーor68式三連装魚雷発射管orQQS-3

 

    スロット3 QH-50 DASHorFCS-1B

 

 

 葉山 信一(はやましんいち)

 

 ショートランド泊地に所属する施設科整備隊主任。階級は中尉。海軍に在籍してから8年目で快活な性格をした青年、何に対してもまっすぐで前向きである。27才。

 



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舞鶴第1鎮守府登場キャラ紹介(第一章~間章)

番外編第2弾です。


 雪風

 

 舞鶴第1鎮守府に所属する陽炎型駆逐艦八番艦。第五期建造組の艦娘で、陽炎型姉妹(特に不知火)からは一人にさせないようにと常に大事にされている。

 

 自分のあげた実績を幸運に恵まれたからの一言で結論付けられるのを嫌っており、嘗てはそれで腐心していた時期があった。所属している部隊『第二水雷戦隊』の旗艦である神通に諭されてからは、過去を繰り返さない意志のもと研鑽に励んだ。

 

 先に遂行された南方作戦で顕現した駆逐艦叢雲とは最後を務めた艦長が同じな為、その縁で彼女とは一緒に行動していることが多い。艦娘歴15年目。

 

 装備 スロット1 12.7cmC型連装砲

 

    スロット2 61cm五連装酸素魚雷

 

    スロット3 61cm五連装酸素魚雷

 

 

 神通

 

 舞鶴第1鎮守府に所属する川内型軽巡洋艦二番艦。第三期建造組の艦娘で、多くの駆逐艦娘を擁する第二水雷戦隊の旗艦。加えて十傑の第5位でもある。

 

 妹の三番艦が故あって艦娘の“仮退役”をされており、今ではアイドル活動に勤しんでいる彼女のプロデューサーとしての側面を持つ。艦娘歴20年目。

 

 装備 スロット1 14cm単装砲★10

 

    スロット2 14cm単装砲★10

 

    スロット3 61cm四連装酸素魚雷

 

 

 時津風

 

 舞鶴第1鎮守府に所属する陽炎型駆逐艦十番艦。第五期建造組の艦娘で、姉の雪風と多くの時間を共に行動する。他の姉妹と同様、艦だった頃の記憶を誰よりも多く抱える雪風の支えになろうとしている。艦娘歴15年目。

 

 装備 スロット1 12.7cmC型連装砲

 

    スロット2 12.7cmC型連装砲

 

    スロット3 33号水上電探

 

 

 天津風

 

 舞鶴第1鎮守府に所属する陽炎型駆逐艦九番艦。第五期建造組の艦娘で、時津風と同様に活動している。艦娘歴15年目。

 

 装備 スロット1 12.7cmC型連装砲

 

    スロット2 12.7cmC型連装砲

 

    スロット3 33号水上電探

 

 

 初風

 

 舞鶴第1鎮守府に所属する陽炎型駆逐艦七番艦。第五期建造組の艦娘で、妹の雪風を常に気遣っている。自分より少しだけ幼い見た目の3人に振り回されることも多く、苦労性。艦娘歴15年目。

 

 装備 スロット1 12.7cmC型連装砲

 

    スロット2 12.7cmC型連装砲

 

    スロット3 探照灯

 

 

 陽炎

 

 舞鶴第1鎮守府に所属する陽炎型駆逐艦の長女。第四期建造組の艦娘で、妹の不知火、朝潮型の霰、霞と第十八駆逐隊を編成する。

 

 妹は何よりも大事と考えており、演習前に妹を馬鹿にした兵器派が居れば、完膚なきまでに演習相手を叩きのめす。

 その後に証拠を集めて上層部へと開示、臨時編成された任務部隊と一緒に兵器派の泊地を摘発したこともある。

 以来、彼女の妹を馬鹿にするのは禁句とされ畏れられている。艦娘歴16年目。

 

 装備 スロット1 12.7cmC型連装砲

 

    スロット2 12.7cmC型連装砲

 

    スロット3 探照灯

 

 

 不知火

 

 舞鶴第1鎮守府に所属する陽炎型駆逐艦の次女。第四期建造組の艦娘で、姉の陽炎、朝潮型の霰、霞と第十八駆逐隊を編成する。

 

 他の姉妹と同様に雪風を気に掛けているが、不知火はそれに輪を掛けて拗らせていた。

 以前、雪風含む第二水雷戦隊の何人かと外出届を提出して同伴する尉官の監督のもと、舞鶴の町に繰り出したことがあった際に雪風を誘拐されそうになった。

 その時に第2世代建造組に掛けられた枷が外れたのか、誘拐未遂の男を人気のない裏路地に連れていきその数十分後、恐怖で震えた男が付近の交番に突き出された。

 

 こういった事実から、条件次第では第2世代は制約を突破する可能性が浮上することとなり、以来彼女は国内の特定の勢力からは警戒されることとなった。艦娘歴16年目。

 

 装備 スロット1 12.7cmC型連装砲

 

    スロット2 12.7cmC型連装砲

 

    スロット3 13号対空電探改

 

 

 霰

 

 舞鶴第1鎮守府に所属する朝潮型駆逐艦九番艦。第四期建造組の艦娘で、妹の霞、陽炎型の陽炎、不知火と第十八駆逐隊を編成する。艦娘歴16年目。

 

 装備 スロット1 12.7cmB型連装砲改二

 

    スロット2 12.7cmB型連装砲改二

 

    スロット3 61cm四連装酸素魚雷

 

 

 霞

 

 舞鶴第1鎮守府に所属する朝潮型駆逐艦十番艦。第四期建造組の艦娘で、姉の霰、陽炎型の陽炎、不知火と第十八駆逐隊を編成する。艦娘歴16年目。

 

 装備 スロット1 12.7cmB型連装砲改二

 

    スロット2 61cm四連装酸素魚雷

 

    スロット3 33号水上電探

 

 

 谷風

 

 舞鶴第1鎮守府に所属する陽炎型駆逐艦十四番艦。第四期建造組の艦娘で、姉の浦風、磯風、浜風と第十七駆逐隊を編成する。

 

 他の姉妹と同様に雪風を気に掛けるが、それ以上に雪風への罪悪感を抱えている。

 勿論それが当時の乗員達が原因であるのは自分も雪風にも分かっていることだが、艦娘として顕現してから15年目を迎えても割り切れないでいる。

 

 装備 スロット1 12.7cmC型連装砲

 

    スロット2 三式爆雷投射機

 

    スロット3 25mm三連装対空機銃

 

 

 浦風

 

 舞鶴第1鎮守府に所属する陽炎型駆逐艦十一番艦。第四期建造組の艦娘で、妹の磯風、浜風、谷風と第十七駆逐隊を編成する。

 

 艦だった頃の記憶の関係で、横須賀第3鎮守府の金剛とは姉貴分と妹分の関係になっている。他の姉妹と同様に気に掛ける雪風の事は『ユキ姉』と呼ぶ。艦娘歴15年目。

 

 装備 スロット1 12.7cmC型連装砲

 

    スロット2 三式爆雷投射機

 

    スロット3 25mm三連装対空機銃

 

 

 磯風

 

 舞鶴第1鎮守府に所属する陽炎型駆逐艦十二番艦。第四期建造組の艦娘で、姉の浦風、妹の浜風、谷風と第十七駆逐隊を編成する。艦娘歴15年目。

 

 装備 スロット1 12.7cmC型連装砲

 

    スロット2 25mm三連装対空機銃

 

    スロット3 13号対空電探改

 

 

 浜風

 

 舞鶴第1鎮守府に所属する陽炎型駆逐艦十三番艦。第四期建造組の艦娘で、姉の浦風、磯風、妹の谷風と第十七駆逐隊を編成する。艦娘歴15年目。

 

 装備 スロット1 12.7cmC型連装砲

 

    スロット2 25mm三連装対空機銃

 

    スロット3 13号対空電探改



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横須賀&佐世保鎮守府登場キャラ紹介(第1章~間章)

番外編第3弾です。


 夕立

 

 横須賀第1鎮守府所属の白露型駆逐艦四番艦。第三期建造組の艦娘で、十傑に迫る実力を持ち史実の関係から『ソロモンの悪夢』と呼ばれる。

 

 第二期建造組の駆逐艦白雪とは過去に演習で対決してトラウマを植え付けられるほどの惨敗を喫し、現在では綾波と共に姉貴分と舎弟のような関係にある。艦娘歴20年目。

 

 装備 スロット1 12.7cm連装砲B型改二

 

    スロット2 12.7cm連装砲B型改二

 

    スロット3 61cm四連装酸素魚雷

 

 

 大和

 

 数ヵ月前に実施された、南方での強行偵察から始まる作戦で南方棲鬼を撃破した直後にドロップ現象で顕現した戦艦娘。その際、その場にいた矢矧が要因となり横須賀第1鎮守府の一員となった。

 

 最初は艦だった頃の記憶のせいで現代の国防海軍に不安を抱いたが、同鎮守府の所属で横須賀海軍基地の隊員クラブ扱いの居酒屋を営む第1世代軽空母鳳翔や、第2世代の歴戦の強者『十傑』の第6位龍驤、筆頭秘書艦の神風や『連合艦隊司令長官』敷島 三笠(しきしまみかさ)大将、坊ノ岬沖で共に戦った軽巡洋艦矢矧と出会うことで解消された。艦娘歴1年目。

 

 装備 スロット1 46cm三連装砲

 

    スロット2 15.5cm三連装砲(副砲)

 

    スロット3 零式水上観測機

 

 

 矢矧

 

 横須賀第1鎮守府に所属する阿賀野型軽巡洋艦三番艦。第五期建造組の艦娘で、黎明期に建造された艦娘のなかでは新参とされている。

 

 大和と同様、艦だった頃の記憶で現代の国防海軍を警戒していたが、十傑の艦娘や最古参の第1世代、艦娘を率いる提督達との対話を経て、再び祖国を護ろうと決意した。

 

 南方での強行偵察から始まる作戦で撃破した南方棲鬼から大和がドロップ現象で顕現してからは、かつての自分のように大和が艦だった記憶に囚われないように傍で支え、不安を取り除くことに成功した。今では常に隣に居るのが当たり前となっている。艦娘歴11年目。

 

 装備 スロット1 15.2cm連装砲

 

    スロット2 15.2cm連装砲

 

    スロット3 零式水上観測機

 

 

 菊月

 

 横須賀第1鎮守府に所属する睦月型駆逐艦九番艦。第二期建造組の艦娘で、旧式の駆逐艦だが卓越した戦闘技術を持つ。長女であり『輸送船団の守護女神』の異名を持つ睦月からの指南もあって国内の有力な駆逐艦娘となった経緯がある。

 

 南方に赴く日を長年待ち望み、最近でついにそれが叶い自身の前身となった艦の残骸から部隊識別帽を回収して以来、綺麗に洗浄したそれを大事に保管している。艦娘歴21年目。

 

 装備 スロット1 12cm単装高角砲

 

    スロット2 12cm単装高角砲

 

    スロット3 探照灯

 

 

 龍驤

 

 横須賀第1鎮守府に所属する第2世代最古参の軽空母。第2期建造組の艦娘で、国内の選抜された精鋭『十傑』の第6位を預かる歴戦の強者でもある。

 

 フランクな性格の持ち主であり、時たまに新規着任する新参の艦娘を指導する役割を担うことも多い。

 

 艦娘のなかでは特異な戦闘手法の使い手で、同様の艦載機の発艦方法をとる他の空母娘とは違い、航空攻撃以外でも紙で出来た式神を使っての戦闘が可能である。艦娘歴21年目。

 

 装備 スロット1 零戦五四型★10

 

    スロット2 流星改

 

    スロット3 紫電改二★5

 

    スロット4 彩雲

 

 

 金剛

 

 横須賀第3鎮守府に所属する超ド級戦艦、金剛型高速戦艦四姉妹の長女。第三期建造組の艦娘で、第1世代を除けば最古参の戦艦娘である。

 

 性格は他の金剛のように明るく包容力があり、艦娘として顕現してから活動してきた期間が長いため、その豊富な経験から常に余裕のある言動をする。

 

 姉妹の事は特に大切に想っており、艦だった頃の記憶で今もなお苦しんでいた比叡を特に気に掛けていたが、叢雲との邂逅を果たした以降はその心配も無くなっていた。現在は同じく横須賀海軍基地で第1鎮守府の大和の実質的な教導艦としての位置に収まっている。艦娘歴20年目。

 

 装備 スロット1 41cm連装砲★5

 

    スロット2 41cm連装砲★5

 

    スロット3 零式水上観測機

 

    スロット4 21号対空電探

 

 

 赤城

 

 横須賀第3鎮守府に所属する正規空母。第四期建造組の艦娘で、十傑第8位の座に就いた国内有数の実力者でもある。

 

 過去に兵器派の鎮守府に所属していた経験があり、それが通報で発覚してその横暴から解放されて以降は横須賀第3鎮守府に引き取られ、同じ横須賀海軍基地に所属する第1世代の艦娘軽空母の指南を受け、現在は十傑第8位の地位を勝ち取るに至る。艦娘歴16年目。

 

 装備 スロット1 彗星★10

 

    スロット2 天山★10

 

    スロット3 零戦五四型★5

 

    スロット4 紫電改二★5

 

 

 綾波

 

 佐世保第1鎮守府に所属する綾波型駆逐艦のネームシップで、第三期建造組の艦娘。

 

 言わずと知れたソロモンの鬼神の異名で知られる駆逐艦の艦娘だが、そのネームバリューは十傑の白雪の前では大した意味もなく、横須賀第1鎮守府の夕立と同じく姉貴分と舎弟のような関係にある。艦娘歴20年目。

 

 装備 スロット1 12.7cm連装砲B型改二

 

    スロット2 12.7cm連装砲B型改二

 

    スロット3 探照灯

 

 

 時雨

 

 佐世保第1鎮守府に所属する白露型駆逐艦の二番艦。第三期建造組の艦娘で、国内で有力な艦娘を選抜した精鋭『十傑』第10位でもある。

 

 第1、第2世代と世代を問わず艦娘のなかでも特に優れた知能指数を誇り、その才能を買われて技術研究本部の前特別技術研究室室長から『装備開発臨時顧問大尉相当艦』の役職を与えられる。以来、艦娘として戦いに身を投じる傍ら研究開発でも活動するようになった。艦娘歴20年目。

 

 装備 スロット1 12.7cm連装砲B型改二 

 

    スロット2 61cm四連装酸素魚雷

 

    スロット3 61cm四連装酸素魚雷

 

 

 山城

 

 佐世保第1鎮守府に所属する扶桑型航空戦艦の二番艦。第三期建造組の艦娘で、国内で有力な艦娘を選抜した精鋭『十傑』第1位。海軍上層部である統合司令部直属の特務艦隊旗艦戦艦薩摩を除けば、事実上国内最強の艦娘である。

 

 同じ鎮守府に所属する駆逐艦時雨の事を溺愛しており、彼女が関わってくるとなれば途端に時雨第一な思考に陥る場合は多い。それを除けば愚痴が多いだけで面倒見の良いお姉さんタイプであり、同時に西村艦隊のメンバー全員を大切に想っている。

 

 戦闘スタイルは艦船としてのそれを半ば逸脱しており、砲撃も瑞雲を使った航空戦もするが、徒手空拳で敵を討つ等戦艦としての拘りを捨てた、薩摩に『艦娘の完成形』とまで言わせた程の実力者。薩摩道場の免許皆伝を受けた師範代でもある。艦娘歴20年目。

 

 装備 スロット1 41cm連装砲

 

    スロット2 41cm連装砲

 

    スロット3 瑞雲

 

    スロット4 21号対空電探

 

 

 オマケ

 

 

 薩摩

 

 国防海軍統合司令部直属の特務艦隊旗艦を務める、日本初の国産戦艦である準ド級戦艦薩摩型のネームシップ。横須賀海軍基地を母港としている。

 

 外見は大正時代の女学生を彷彿とさせる純白の和服に革ブーツ。髪型は茶色で左のサイドテール、艦橋マストを模した細長い髪留めが特徴的である。

 

 艦娘としては世界的にも最古参とされる第1世代の艦娘で、その驚異的な戦闘能力から世界でも三人しか認定されていない『戦略級艦娘』、または『世界三大使徒』とも呼ばれている。

 同じく『戦略級艦娘』とされる英国海軍精鋭『近衛艦隊』旗艦ドレッドノートとは色んな意味で犬猿の仲だが、同時に互いを認め合っている。

 

 また、過去に沈んだ艦娘のマナをサルベージして、艤装を独自に作成して器とすることを生業としている。現時点で確認された特殊艤装は零式試製対艦刀『安芸(あき)』。艦娘歴27年目。

 

 装備 スロット1 30.5cm連装砲

 

    スロット2 30.5cm連装砲

 

    スロット3 25.4cm連装砲

 

    スロット4 45cm魚雷

 

 



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駆逐艦不知火進水日記念特別篇『沈まない理由』

 7ヶ月ぶりとなりますが、本作も更新します。

 今回は、本編から見て5年後くらい後の未来の時間軸になります。不知火視点でお送りしていきます。


 不知火には、様々な事柄に対する理由が存在します。

 

 姉である陽炎に、不知火が居ない間の姉妹の安寧を託せると思えた理由。

 黒潮にならと、悩みや弱音を吐露しても良いと感じた理由。

 魏弩羅(ギドラ)という、諜報と暗殺を主任務とする海軍の暗部で戦い続ける理由。

 艦娘として顕現してから20年という歳月が流れても、除隊を望まずに現役として国防海軍に留まっている理由。

 

 そんな様々な形の理由のなかでも、不知火にとっては最も大きい確固たる理由があります。それは──

 

 

『──峯雲、左舷から回り込んで! 岸波は煙幕を、能代は狭霧と共に突撃するわ!』

 

『峯雲了解! ……ああ!?』

 

『こちら岸波! 峯雲は酸素魚雷の網に掛かっててもうダメ! 砲撃支援の大和さん達はどうしたの!?』

 

『既に、暁さん(・・)に壊滅させられてるわ! 私達で何とかしないと!』

 

 無線越しで伝わってくる阿鼻叫喚の状況を作り出している、一人の少女です。

 

 本日は、日本国防海軍所属舞鶴海軍基地第1鎮守府で対抗演習が行われています。

 

 先程、無線でやり取りしていたのは舞鶴第1鎮守府所属の艦娘です。

 旗艦は阿賀野型軽巡洋艦の能代。随伴を朝潮型駆逐艦峯雲、夕雲型駆逐艦岸波、綾波型駆逐艦狭霧。他は支援枠の舞鶴第2鎮守府所属の大和、第1鎮守府所属の日向と言った戦艦2名の計6名で編成されています。

 

 対するは、日本国防海軍最強の艦隊。国防海軍統合司令部直属の精鋭、特務艦隊です。

 旗艦は既に名前を呼ばれている特Ⅲ型駆逐艦の暁。そして、もう一人は──

 

 

『こちら暁。戦艦群はこちらで撃破しておいたわ。そっちはどう?』

 

『雪風も問題ありません! そちらが戻るまで絶対、沈んだりしませんから!』

 

 陽炎型駆逐艦の雪風。以上の2名のみの編成です。

 

 舞鶴鎮守府側から軽巡洋艦、駆逐艦からなる前衛、低速戦艦と航空戦艦からなる水上部隊としての艦隊構成なのに対し、特務艦隊からは駆逐艦が2名しか参加していない。

 特務艦隊側が明らかに軽量過ぎるとも思える編成で演習に臨んだ理由は……現在進行形で舞鶴鎮守府側が劣勢に追い込まれている状況から察することはできると思います。

 

 特務艦隊とは、上述した通りに日本国防海軍最強の部隊です。

 初代旗艦は世界初にして最強と謳われた戦略級艦娘──日本初の国産戦艦にして準弩級戦艦、戦艦薩摩を筆頭に第1世代艦娘で特務艦隊が編成されていました。

 ですが、2年前のある事件を切っ掛けに特務艦隊は全員が現役を退き、十傑から新たに6名を選抜されています。

 

 それが、本日の演習に参加している二人。特務艦隊三番艦、暁。同六番艦、雪風です。

 それぞれが十傑序列第3位、かつてその座に居た時雨から受け継いだ十傑序列第10位だった彼女達が特務艦隊へと転属して以降、周辺国からは色んな意味で警戒されたり注目されたりしていますが、表立って事件は起きていません(水面下では国内外の敵対勢力が屍山を築いていますが)。

 

 ……説明している間に、新たな動きがあったようです。

 

 

『岸波ッ、狭霧! 能代に合わせてッ、アレをやるわよ!』

 

 能代が号令を発すると『了解!』と随伴の駆逐艦娘達が返答しました。何か、仕掛ける気のようですね。

 

 

『了解! 対超兵器用戦術Aを実施。岸波、先行します!』

 

『狭霧は三秒差で仕掛けます! 真打ちはお任せしますね、能代さん!』

 

「──あー、アレはダメなパターンねぇ」

 

「ええ。そうですね、陽炎」

 

 舞鶴海軍基地の第1埠頭に腰掛ける不知火の隣で、双眼鏡(メガネ)を前方の海上に向けている陽炎型姉妹の長女が言う。

 不知火も能代達が取った行動の意図を察し、ふぅと溜め息を吐きました。雪風に関してはあれ程注意したはずなのに、結局はこの展開になってしまった。後で反省会ですね。

 

 因みに、対超兵器用戦術Aとは、2018年6月28日の現在から遡ること約四年前。従来艦を遥かに凌駕する速力を有する超兵器、それによる武力を背景に、日本と対立する各勢力と共闘す国際テロリストし悠真豆ふ敵性勢力が確認されました。

 その超兵器との度重なる衝突の過程で、国防海軍ではこの脅威に対処すべく戦術の研究や、第一遊撃戦隊との技術協力で実現した鋼鉄(くろがね)式艤装を開発するなど、それまでの常識を覆すレベルで戦力拡充が行われました。

 その一つが対超兵器用戦術、大別してA・B・Cがあります。更にパターンもそれぞれで複数が決められていますが、能代達が選択したのはAの基本形のようです。速力に特化したヴィント級を想定して確立された専門性の強い戦術ですが、雪風相手には悪手でしかありません。

 

 雪風は鋼鉄式艤装を受領していますが今回の演習では持ち込まず、本来のIF改装型の艤装を使用しています。所謂、改二艤装ですね。十傑未満の軽巡洋艦と発展途上の駆逐艦相手では、あまりにもオーバースペック過ぎるからです。

 かつて、大亜連合の工作員に拉致され台湾島で改装された雪風は一時期、IF改装されるまで丹陽(タンヤン)と改名されていました。ワンピース調のセーラー服の上から真紅の上着を羽織って、また一つ、重いものを背負わされていたあの頃の雪風を今でも覚えている。

 

 

「──こーらっ」

 

「っ。……何をするのですか、陽炎」

 

 物思いに耽っていると、不意に陽炎が頭を叩いてきました。

 

 

「何をするのですか、じゃないわよ。そんな怖い顔して、そんな調子で演習後の雪風をちゃんと出迎えてあげられるの?」

 

「……そこまで言う程でしたか」

 

 どうやら、2年前の一連の事件を思い出して殺気出していたようです。

 普段でさえ、不知火の表情は豊かとは言えないとされていて、表情の変化を読み取れる貴重な艦娘である陽炎がそう言うのだから、余程険しい表情だったのでしょう。隠密を是とする魏弩羅の一員であると言うのに、我ながら情けないですね。

 

 

「しっかりしなさいよ、もうっ。雪風に関して思うところがあるのは知ってるけど、あの娘にそれで心配かけたことがあるのを忘れた訳じゃないでしょう」

 

「そうですね。確かに、こればかりは不知火の落ち度です。雪風のそんな顔は見せられません。あの時の事は考えないことにします」

 

「分かれば良いのよ、それで。──そろそろ終わったみたいね?」

 

『舞鶴合同艦隊旗艦能代、大破判定。今演習は舞鶴合同艦隊の全滅判定として、特務艦隊の勝利です』

 

 視線の先では、巨大な水柱が立ち上っていました。

 その直後に今回の演習でアナウンスを務める軽巡洋艦大淀の音声が、演習の結果を報せる。

 

 

「やっぱり能代さん達は駄目だったわね。流石に相手が悪すぎたかしら」

 

「馬鹿正直に攻めたところで、特務艦隊側とは数的有利以上の実力的な差が開きすぎています。対超兵器用戦術Aも選択ミスでしたね」

 

 神速を誇るヴィント級超兵器の速力に対抗して編み出された対超兵器用戦術Aは、雪風相手では前提から間違えています。

 どれだけ網を張ろうと、異能が雪風への脅威を遠ざける(・・・・)のですから。

 

 さて、気持ちを切り替えて雪風を迎えましょう。まずはタオルの用意をして、

 

 

「──こんな時に」

 

 そう思っていた矢先、左手首から電子音が連続して鳴り始めた。

 視線を向けると、右手首には腕時計のような機器が赤く発光していました。

 

 

「陽炎」

 

「……分かってる。何時もの仕事よね」

 

「ええ。雪風の事はお願いします」

 

 全く、このタイミングに魏弩羅から出動命令とは運がない。今回は、雪風を出迎えることは出来そうに無いですね。

 

 

「不知火と一緒にお迎えしたかったけど、こればっかりは仕方がないのよね。今までもやって来て、あんたもそれを辞める気は無いんでしょう?」

 

「はい」

 

「……ここは任せて行ってきなさい。雪風には上手く言っておくわ」

 

「頼みます、陽炎。では、行ってきます」

 

 信頼する姉である陽炎から「行ってらっしゃい」と贈られた言葉を背に、不知火は舞鶴の埠頭を後にしました。

 

 

 

 数十分後、不知火は鎮守府を出て南西にある舞鶴市内の臨港地区に来ていました。

 大別される分区で言えば鉱物資源や化石燃料を取り扱う特殊物資港区です。舞鶴港でも最奥に位置する埠頭であり、不定期航路でやって来る貨物船や客船を扱っています。

 

 岸壁に係留されている貨物船、その眼前に移動したガントリークレーンが稼働してコンテナの荷下ろしをしているのが見え、その様子を見ただけなら平時通りの運行をしているように感じるでしょう。

 

 ですが、陸上にあるコンテナの群れでは──

 

 

こちらアジーン、敵の特殊部隊と遭遇した! 応援を要請する!

 

ディーアルは動けない! 見えない敵に襲われて……

 

どうしたディーアル!? こちらアジーン、応答を!

 

部隊長が戦死しました! ディーアルは動けません!

 

……チクショウ!

 

 明らかに民間人ではない、自動小銃などで武装した集団が銃撃戦をしていました。

 

 無線を傍受した限りだと、集団は二つあるようです。

 

 最初に無線で話していたのはロシア語で話していたので、新ソ連の特殊部隊で間違いないでしょう。因みに、アジーンはロシア語で『1』を意味するそうです。

 次に応答した集団ですが、北京語で話していました。ディーアルは『第2』を意味しますので、大亜連合の特殊部隊でしょう。

 

 異なる二つの集団ですが、傍受した無線の内容だと連携を図ろうとしていますね。上陸後は互いに足並みを揃え、計画して行われたものだと考えられます。利害が一致して徒党を組んだようですね。

 何を意図して上陸したかは言うまでもなく、舞鶴港に所在する海軍基地への潜入、更に言えば艦娘の拉致でしょうか。

 特に艦娘戦力がゼロの大亜連合にとっては、喉から手が出る程に欲しいことでしょう。3年前、雪風を拉致したあの時のように。

 

 ──そんな事はさせませんが。

 それまで不知火が居た二段で積まれたコンテナの上から飛び降り、新ソ連の集団の直前で着地します。

 

 

ッ。お、お前は……!

 

 新ソ連の特殊部隊の隊員がロシア語で何か言っているようですが、不知火は気に留めません。動揺したその隙を見計らい、爪先目掛けて足払いを仕掛けます。

 

 

ぐっ……!?

 

 転倒したら間髪入れずに襟元を掴み、新ソ連の集団のど真ん中を突っ切るように引き擦り回してやります。

 

 

隊長!?

 

……クソ! このままじゃ撃てねぇ!

 

この女も艦娘か!? 可愛い見た目なのに何てやつだ!

 

 ロシア語で口々に新ソ連の隊員達が言い募って居ますが、無視します。隊員の一人でも盾にしてやれば、それで手を出し難くなるのは解っていますので。

 それにあまり血塗れの状態で帰っては、陽炎に心配を掛けてしまうのでこの方が都合は良い。

 

 

お返しします

 

 そんな一言をロシア語で添えて、それまで引き擦り回していた、他の隊員から隊長と呼ばれていた兵士を放り投げます。

 

 慌てて数人が受け止めます。何人かは目の前の不知火に警戒しつつ銃口を向けていますが、

 

 

遅い

 

 新ソ連の集団に銃弾が浴びせられる。それは新ソ連の集団の後方や側面から、或いはコンテナ上から激しい銃声やマズルフラッシュをさせながら降り注ぐ。

 

 

撃ち方やめ

 

 一斉射撃をした魏弩羅の末端構成員達がリロードする頃合いと見て無線で指示し、攻撃の戦果を確認する。

 

 不知火の強襲で混乱した直後だったからでしょう、今の一斉射撃だけで新ソ連の集団は死屍累々の状態です。

 とは言え、息のある隊員も居たようです。少しでも不知火から遠ざかろうと、銃撃が加えられてこなかった方角へと這いずっています。

 

 

馬鹿なヤツ

 

 太股のホルスターから自動拳銃を引き抜き、死に損ないの方へと歩いていく。

 スライドを引くと、その音で死の予感がしたかのように体を震わせた。その様子を眺めながら安全装置を解除して、銃口を相手の頭部に向けます。

 

 

これで終わりです

 

 何かが破裂するような音が一つ、鳴り響く。銃口から飛び出した9mm弾は正確に後頭部を直撃して、力尽きて倒れると地面に赤い液体が広がっていく。

 

 

こちら第一足(不知火)、各員、状況知らせ

 

第二班、第二足(矢矧)と共同で大亜連合の集団を掃討完了

 

左頭(雲龍)よ。敵性集団の全滅を確認したわ。現場の片付けが済み次第、隔離結界を解除するわね

 

 不知火が無線で報告を求めると、各々がそれに応える。

 矢矧だけが魏弩羅の幹部であるにも関わらず報告してきませんが、第二班に任せて死体撃ちでもしているのでしょう。死んだフリは大亜連合の得意とするところですから、彼女に関しても問題はありません。

 

 

状況終了。各員、事態の収拾を始めてください

 

──お疲れー、不知火。今日も急な出動だったよねー

 

……明華(ミンホア)

 

 声のした方へ視線を向けると、見た目は20代前半らしい女性が立っていました。魏弩羅の末端構成員の一人で不知火の部下でもありますが、彼女は少し変わった経歴の持ち主です。

 

 氏名は宋明華(ソンミンホア)。当初は中華人民共和国籍の留学生の少女、大亜連合が建国されてからは国籍を日本国に鞍替えすると言う稀に見る親日家です。

 ですが、ある時期に親族を大亜連合に人質として捕られ、工作員に仕立て上げられた過去があります。

 それからは悲劇的な出来事を経て表向きは死んだこととされ、魏弩羅の末端構成員として活動しています。その過程で当時は魏弩羅の主頭だった暁によって人質が救出され保護しているため、後顧の憂いは絶たれていますね。

 

 

別に、不知火としては問題ありません。この程度は良くある……

 

姉妹との時間が邪魔される形が増えてるんだって? 左尾(川内)からは話に聞いたよ

 

あのエセ忍者、余計なことを

 

 大方、不知火を気遣い良かれと思ったからでしょう。とは言え、お喋りが過ぎますね。

 

 

ここはあたし達がやっとくからさ、不知火は早めに撤収して良いんじゃない?

 

そう言う訳にも行きません。第一、忘れたのですか? 私は貴女の上司ですが、同時に監視役でもあることを

 

 元々、明華は書類上では故人となっています。だからこそ彼女の活動範囲などを厳重に管理し、衆目に晒されることを防がなければ行けない。

 それは明華を部下として預けられた不知火の領分であり、果たさなければならない義務でもあります。それを放り出すわけには行きません。

 

 

勝手を働いてしまうのは分かってるけど、それはあたしがちゃんと懲罰受けるからさ。この場には隔離結界張ってる左頭が居るんだし、監視役はあの人に引き継いで貰えば良いよ

 

その話を受け入れてしまえばどちらにせよ、不知火も何かしらのペナルティがあるでしょう。それで姉妹から心配されるより、このまま任務を継続した方が良いに決まっています

 

……そこまで正論で返されると何モ言えないんだけどさぁ

 

 明華は唸るようにして言う。懲罰も覚悟した上で不知火に気を遣ってくれているのは解りますし、素直に嬉しいのですが。だからと言って、任務に私情を挟むわけにも行きません。

 

 

話はこれでお仕舞いです。さぁ、現場を片付けて撤収しますよ

 

 手拍子を二回して、明華やその他の不知火麾下の構成員を促す。

 遺体や遺留品の回収。現場の痕跡の抹消を済ませて不知火が帰路に着けたのは、それから一時間後の事でした。

 

 

 

 不知火が舞鶴海軍基地に帰還した頃には夕方になっていました。

 日本海を監視する唯一の海軍基地である舞鶴海軍基地は舞鶴市の西港に位置しており、旧海上自衛隊時代から所在地はそのままに、規模を拡張して活動しています。

 

 基地の衛門で身分証明書を警衛に見せて本人確認等を済ませ、入り口を通って鎮守府に向かう。

 本日、実行された特務艦隊と舞鶴鎮守府による対抗演習のため、特務艦隊は陸路ではなく拠点のある横須賀海軍基地から大湊を経由して、態々海路で日本海からやって来ています。

 

 埠頭に視線を向けると、その為に第一特別任務部隊から派遣されてきた艦娘支援艦『たつた』が舞鶴海軍基地の第4ベイで係留されているのが見えます。

 艦娘運用母艦からコストダウンが図られ、全通甲板を備えていないドック揚陸艦型の艦艇で、航空機運用能力をオミットした補助艦艇ですね。

 武装も強力ではありませんが、それでも艦娘が遠洋まで活動するのにこう言った艦の存在は非常に助かっています。

 

 

「──久し振りね、不知火」

 

「! ……暁」

 

 聞き覚えのある声を聞いたので振り向くと、そこには幼い見た目をした駆逐艦の少女がいました。

 

 日本国国防海軍統合司令部直属、特務艦隊三番艦駆逐艦暁。

 元十傑第3位だった艦娘であり、今は日本国国防海軍を代表する一艦となっている駆逐艦最強の一人です。

 

 黒を基調とした識別帽はやや斜めに被り、同色の長髪が埠頭側から吹く風に靡くのを片手で押さえています。

 その様子は容姿とは裏腹に、それよりも更に上の年頃の女性を彷彿とさせるような雰囲気があります。本人には特に意識したつもりはないのは既に前から知っていますし、駆逐艦暁の真霊とは言え他の同位体とはやはり差異が大きいですね。

 

 

「対抗演習、お疲れさまでした。暁。貴女から見て、舞鶴の艦娘はどうでしたか?」

 

「どうって、例えば?」

 

「先の対抗演習で、何が問題だったか、です」

 

「……個人的な意見になるのだけど、雪風に対してアレは見当違いだったわね」

 

 溜め息を吐きながら言った。

 

 暁の言うアレとは、先の対抗演習で舞鶴艦隊が起用した対超兵器用戦術Aの事でしょう。

 近年になって脅威として認識されるようになった超兵器。その中でも超高速とされるヴィント型の速力に対抗するため、その足を止めるため編み出された専用の戦術。それこそが対超兵器用戦術Aとなります。

 

 そんな仮想敵が限定的な戦術を雪風に対して起用したのですが、暁の言う通りこれは見当違いと言わざるを得ません。

 

 ヴィント型は従来の艦と比べても艤装が巨大であるため魚雷による攻撃網で捉えやすく、巡洋艦以上の艦が相手の煙突を砲撃して損傷させれば速力は低下するため、これが有効な戦術として全鎮守府に通達されて実用化していました。

 

 話を戻しますが、尋常ならざる速力を持った敵に有効な戦術も、雪風相手では有効とは言えません。何故なら、特務艦隊に所属する雪風はただ強運に恵まれた駆逐艦娘ではないからです。

 絶え間無い努力によって獲得した回避技術と、それと組み合わせて使う雷撃技術。ある時期を境にして獲得した、1%の確率を100%にして特定の事象を必ず成功させる、まさに奥の手と言うべき異能を有しています。

 

 最後に挙げた異能については恐らく使用していないでしょうが、卓越した回避技術を軸にしたカウンター戦術は世界的に見てもトップクラス。生半可な技量と付け焼き刃な陣形が通用する相手ではないのです。

 

 

「後で反省会ですね。まぁ、超兵器に匹敵する脅威レベルを認識したのは評価するに値するでしょうが。他は海面への注意不足でしょう」

 

「問題点を挙げるとしたらそんなところかしらね。後は支援艦隊の大和達だけれど、私の事を駆逐艦だと思って、高を括りすぎね。それもあって付け入る隙も大きかったわ」

 

 溜め息を吐きながら、淡々と話す。

 他の同位体と比べても、目の前の暁は経験が豊富で、それに裏打ちされた精神的な落ち着きがあります。彼女の場合は魏弩羅の主頭だったことも関係しているので、海軍の暗部として時には裏社会と渡り合ってもいますから、尚更でしょう。

 

 因みに暁の実際の戦闘能力ですが、あの薩摩道場の白雪と同格と言えば大体想像が付くでしょう。

 

 

「それは大和達支援艦隊も良く分かっている筈でしょう。それと申し訳ありませんが、急ぎたいので不知火はこれで失礼します」

 

「雪風との時間を大事にしたいのだったわね、良いわ。引き留めて悪かったわね」

 

「いえ。それでは、失礼します」

 

 お互いに敬礼を交わし、不知火はその場を後にしました。

 

 

 

 艦娘専用浴場。

 

 舞鶴第1鎮守府に設置されている設備の一つで、不知火達艦娘にとって一日の疲れを癒すのには欠かせない場所です。

 

 そんな憩いの場に不知火は──

 

 

「はいっ、これで髪はお仕舞い。不知火は?」

 

「腕は左右ともに完了しました」

 

「オーケー。なら、あたしの髪をお願いね」

 

 陽炎と共に汗を流しに来ていました。

 

 あれから暁と別れた後、駆逐艦娘用宿舎の入口で待っていた陽炎と合流してから引き摺られるようにここへ連れ込まれました。

 陽炎曰く、血の臭いをどうにかしなさいとのこと。確かに、一時間前までは不法入国してきた他国の工作員を相手に殺し合って来たところですから。

 

 

「聞いてもいいですか、陽炎」

 

「なぁに、藪から棒に」

 

「雪風の事です。あれから、あの娘はどうしていましたか」

 

 つい1時間前まで魏弩羅として活動している間も、頭の片隅ではずっと気掛かりだったことでした。

 明華にはああ言いましたが、本当は一秒でも早く帰ってきたかったのです。しかし、不知火は諜報と暗殺を主任務とする隠密集団、魏弩羅の幹部。その立場上、私情で好き勝手する訳にはいかなかった。

 

 

「そうねぇ。雪風にはボランティア活動があるからって言って置いたけど、落ち込んでいたわよ」

 

「そう、ですか。それにしても、ボランティア……?」

 

「他に思い付かなかったし、何度もこれで誤魔化してきてるのよ。あんたは真面目な性格だし、雪風もそれで納得してるわ」

 

 不知火が真面目、ですか。

 

 

「不知火が今までやって来たことは、本当に正しかったのでしょうか」

 

「何よ、急に」

 

「雪風や他の姉妹の為なら、不知火はいくらこの手が汚れようと構いません。そう思えばこそ、これまであらゆる汚れ仕事に手を染めてきました。ですが……、雪風は人間同士のイザコザの犠牲になりました」

 

 それまでずっと恐れていたことで、だからこそ魏弩羅に加入した動機になった筈でした。

 ですが結果として、雪風は人間の悪意に晒された。艦だった時代に縁があったとは言え、それでも他国の身勝手な思惑の下で戦う事を強いられるところだったのです。魏弩羅の幹部になれば舞鶴の守護を主として活動できるからそうなるよう努力して、第二足の席を獲得するに至ったのに、あの時の出動が敵による陽動だったことに気付けなかった。

 

 

「不知火」

 

 不意に陽炎が名前を呼ぶと、不知火の肩に腕を回して抱き寄せてくる。

 

 

「陽炎……?」

 

「あたしは間違いだったなんて思わない」

 

 その言葉と同時に、不知火の肩に懸かる力も強くなる。

 左に視線を向ければ陽炎の横顔が見えました。その表情は決然としていて、陽炎はその発言になんの疑問も抱いていないのだと分かる。

 

 

「不知火は、ずっと頑張ってきたじゃない……」

 

「陽炎」

 

「雪風の事だけじゃない。あんたは姉妹を、更に言えば舞鶴鎮守府を影として護ってきた。深海棲艦と戦うことこそが艦娘の本分なのに、その領分すら越えて害意ある人間と戦い続けた……。そんなに頑張ってきたあんたが、間違いだったなんてあるはずなんてない……! あたしは……っ」

 

「……不知火は、幸せなのですね」

 

 陽炎の気持ちに応えるように、その腕を強く抱き返す。

 

 

「不知火……?」

 

「陽炎。不知火は確かに、艦娘と暗殺者を兼ねて活動してきました。その切っ掛けは雪風だったことに相違ありません。でも、不知火にとって何よりも安心させてくれる者は別にあったのです」

 

 今にして思えば、最初から今に至るまでずっと傍に居た。

 艦娘としての座学を受けるときも、それが終わって初めて本格的に訓練を受けるようになってからも、そこから始まる長年に渡って続いた苦難の数々であっても。

 ずっと、必ず不知火の傍で支えになってくれていた。

 

 

「不知火を安心させてくれるのは、陽炎。貴女です」

 

「不知火……」

 

「ただ安心させてくれるだけではない。不知火にとって、陽炎は帰るべき場所。例え舞鶴から転属になっても、必ず傍に帰ってこられるなら不知火はそれ以上を望みません」

 

「……馬鹿」

 

 今度は不知火の告白に応えるように、胸に顔を埋めるようにして抱き付いてくる。

 抱擁をしていて、更に愛しいと想う気持ちが溢れて強まるのを自覚しました。今までずっと近くに居て、それが当たり前だった関係は、何時しか最愛の相手同士に変わっていたようです。だから、不知火はこの言葉を伝えます。

 

 

「これからも、傍に居てくれますか。陽炎」

 

「~~~っ、ずっと離れないわよぉ!」

 

 陽炎が顔を近付けて、柔らかい感触が唇に押し当てられた。ファーストキスは、浴場の湯気で熱く感じるものになりましたね。

 

 

「これで、不知火は沈まない理由ができました」

 

「雪風じゃなかったの?」

 

「勿論、あの娘がそうでした。それは今も何ら変わりません。でも、今はこれが理由です」

 

 あの娘は、雪風は自分より先に他の艦娘が喪失される事態を最も恐れていた。

 雪風の艦だった時代に経験した出来事の数々を思えばそれは当然で、だからこそそれを吐露してきた時に不知火は目的を見出だしたのです。

 

 

「あの娘はもう大丈夫です。トラウマの再現を恐れていた頃と比べて強くなりましたし、特務艦隊には暁もいる。強力に守ってくれることでしょう」

 

「それでも、雪風は助けを求めることがあるかもしれないわよ?」

 

「その時は是非もありません。必ず助けとなりましょう」

 

 旧来より変わらない意思を決意表明する。

 

 このあと、不知火は陽炎とは姉妹ながらも恋人同士になったことを鎮守府にいる皆に報告しました。

 当然ですが驚いた方も多かった。ですが、既にそうなることが分かっていた方や、やっとくっついたかと漏らした方もおり、意外にも陽炎とは公認のカップルのように認識されていたようです。

 

 




 途中、政治的な話題は出てきましたが、本作は実在する国家や組織、団体や人物には一切関係はありません(実在の国家名は出しましたが、当サイトでは珍しくありませんので)。

 最後は陽炎とのカップリングも見せましたが、あの二人は姉妹と言うより夫婦みたいだと思っていましたから。


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第1章 南方作戦
第1話 サブ島沖


間違えて鋼鉄の咆哮二次に投稿してしまった(汗)

後から来た気付いて慌てて再投稿。内容的には、主人公が叢雲として顕現するところからスタートです。


 サブ島沖は日ノ出を迎えた現在、朝焼けの陽光が海面を反射し、まだ薄暗く感じる上空の高積雲は日ノ出を背に影が伸びていた。

 

 その眼下を幾つもの人影が航行していた。

 

 

「ここもすっかり静かになりましたね。本土の主力は凄いです、憧れます」

 

 先頭を走るオッドアイが特徴的なセーラー服の少女──古鷹が呟いた。

 

 

「私は夜戦がしたかったんだけどなぁ」

 

 不満げに応えるのは両手を頭の後ろで組んだ少女──川内だった。こちらは古鷹が同じセーラー服だが、色合いと細部が異なる。

 

 

「本土の主力が作戦完了した後の残敵捜索も大事です! 頑張りましょう!」

 

「吹雪ちゃんの言う通りです。元々、私達泊地の艦隊は本土から任務でやって来る艦隊の支援が役目です。私達が今やってるのも重要な任務ですよ」

 

 その後ろから続くのは先頭の二人より小柄な少女──吹雪と白雪で、不満な様子の川内をそれぞれ励まし、嗜めた。

 

 

「そりゃ分かってるけどね。やっぱり新設の泊地は警備が精一杯かなぁ」

 

 普段嚮導艦である自分の指揮下にある二人から言われ、まだ不服そうに頬を膨らませて言う。

 

 

「私が編入されたのは残敵に強力な個体がいた場合、例えばeliteクラスに備えた用心らしいので気を引き締めましょう?」

 

「あ、うん・・・分かった」

 

 古鷹の優しげな口調とは裏腹に有無を言わせぬ雰囲気が感じられ、川内はただ頷くしか出来ない。

 

 そんな二人のやり取りに同行する駆逐艦二人は笑みを溢し、和やかな空気が流れた時だった。

 

 

「! 旗艦より各艦ッ、右舷(みぎげん)前方に異常!」

 

 突如、進行方向より右の海面で発光現象が起こり、先頭にいた古鷹がいち早く気付いて叫んだ。

 

 

「まさか、深海棲艦!?」

 

 吹雪から声が発せられて、全員が砲を構える。

 

 

「待ってください!」

 

 そこに制止する声をあげたのは古鷹だった。

 見れば水面の光は弱まり始め、やがて収まるとそこには。

 

 

「艦・・・娘?」

 

 一人の垢抜けた少女が立っていた。

 見たところ駆逐艦娘だ。腰まで伸びる銀の長髪、ワンピース風のセーラー服を着ている。背中には一部の駆逐、軽巡洋艦娘が使用する可動式のアームが付いた艤装を背負っていた。右手には細長い槍のようなものを持っている。

 

 

「まさか、叢雲ちゃん・・・?」

 

 吹雪の驚きを含んだ声に反応して、叢雲と呼ばれた少女が返事した。

 

 

「ふ、ぶき・・・?」

 

 鈴が鳴るような掠れた声で名を呼んだ。直後、ふっと糸が切れたかのように海面に倒れた。

 

 

「叢雲ちゃん!?」

 

 吹雪は思いきって隊列から飛び出し、倒れた叢雲に駆け寄る。遅れて古鷹達も後を追った。

 

 

「吹雪さん、叢雲さんの様子は!?」

 

「・・・気を失ってるみたいです。でも」

 

 どうしてこんなところに突然現れたのか。当然の疑問が吹雪から発せられた。

 

 

「白雪、座標は?」

 

「ちょうど一致してます。ここから見えるサブ島の地形から考えて、ここは叢雲ちゃんが沈んだ場所、だと思います」

 

 川内の問いに白雪が表情を硬化させて答えた。

 

 人類が擁する彼女達艦娘、それと敵対する深海棲艦の戦争が始まって二十年近く。多くの戦船が世に顕現してもなお邂逅していない艦娘がいた。

 

 特Ⅰ型駆逐艦五番艦、通称雲級と呼ばれる駆逐艦の一番艦叢雲。

 過去の大戦で実施された、南方の制海権を巡る戦いで沈んだ第十二駆逐隊の一隻。

 

 自分達が記憶する限りなら、公式では叢雲という艦娘はどこの鎮守府にも存在しない。

 

 

「私達が叢雲と初めて接触した艦隊だね」

 

 自嘲気味に川内が呟いた。

 ここにいる艦隊は新設されたショートランド泊地の所属だ。

 本当は未発見の艦娘と邂逅するのは歴戦を戦ってきた本土の艦隊だと思っていた。実際に大規模作戦の主力は本土の鎮守府だから当然だが、特型とは言え叢雲を自分達が発見してしまった。

 

 川内の内心をよそに、駆け寄った吹雪に抱えられた叢雲は瞳を閉じて眠り続けていた。

 

 

 

          ◇◇◇

 

『ここ、は?』

 

 意識せず呟いた声はエコーが掛かっている。だけどそれは問題じゃない。

 

 僕は船の甲板上にいた。

 砲身が二つある連装砲、その下に広がる木甲板。その後方に雨風を防ぐ天蓋(てんがい)が二つ、階層毎に取り付けた艦橋が此方を見下ろしていた。

 

 

『貴方が叢一? 意外と地味なのね』

 

 背後から辛辣な言葉が聞こえた。声がした方に振り向くと、現世で見慣れた美少女が立っていた。

 

 

『そう言う君は叢雲だよね』

 

『その通り。私は叢雲。旧日本海軍特型駆逐艦、五番艦の叢雲よ』

 

 前世で見た図鑑のように自己紹介してくれた。良いね、流石に気分が高揚する。某空母の艦娘じゃないよ?

 

 それは取り敢えず置いといて、今気になっている事を聞いてみる。

 

 

『ここはどこ? 見たところ君の甲板上だけど』

 

『厳密には違うけど見ての通りよ。ここは私と叢一の内側(・・・・・・・)にある私の甲板上ね』

 

『僕と叢雲の内側?』

 

『前世で死んだ後の事は覚えてるわね?』

 

 叢雲の質問に頷く。

 

 

『確か深海らしい場所で猫吊るしが現れて、僕が不憫だから転生させると言って、君の沈んだ船体に触れた。そしたら僕の中に叢雲の色んな感情が入ってきた』

 

 それから意識が途切れる間際まで、猫吊るしが見送った所まで記憶してる。

 

 

『最初の二つはともかく、あとの二つはその通りね。特に最後の感情については現状と深く関係するわ』

 

『どういうこと?』

 

 あの時、僕と叢雲は等しく混ざりあったように感じていたけど。

 

 

『さっき私達はサ()島沖で現出して付近を航行していた艦娘の艦隊と遭遇した。でもその時はまだ融合が完全じゃなかったから途中で気を失ったわ。安心しなさい。今はそれも殆ど終わってるから』

 

『分かった。あと君が沈んだのはサボ島だよね? 今サブ島と言ったけど』

 

『叢一のやってた“げーむ”と同じよ。この世界に存在する地名はげーむと同様で、サブ島はその一つね。でも問題はそれじゃなくて、ここからが大変よ』

 

『そ、それって・・・一体?』

 

 普段柔和な物腰ではないが、より真剣な表情を浮かべた叢雲を見て深刻な問題かもしれない。

 

 

『────この世界に、駆逐艦叢雲はまだ私達しかいない』

 

『えっ!?』

 

 駆逐艦叢雲は他に居ない? それってつまり。

 

 

『僕達が最初に出現したってこと? でも、なんで』

 

『この海域が、それだけ特別な場所だからよ。それはともかく、私達は難しい状況にあると思う。駆逐艦叢雲としては最初の個体だからその関係でトラブルに遭うかもしれない』

 

『! 例えそうだとしても、僕が好きにさせないっ』

 

 せっかく叢雲と一つになったのだ。邪魔されてたまるもんか。

 

 

『ふふ、頼もしいわね。その意気よ』

 

 僕が意気込んでるのを見た叢雲は、愉快げに微笑みながら言った。

 

 

『それについては叢一に任せるわね。あとはひとつだけ言っておくわね。目が覚めてから口調が変わってるかもしれないけど、私に合わせて変換してるだけだから。気にしないで話して』

 

『あ、うん。分かった』

 

 多分叢雲がベースになってるからなんだろうな。

 

 

『さて、そろそろ時間よ』

 

 叢雲がそう言った直後、辺りは白い光で溢れ始めた。周りの風景を塗り潰すように、叢雲の天蓋付きの艦橋や主砲が光に埋め尽くされていく。

 

 

『最後にもうひとつだけ言っておくわね』

 

 光がこの空間を満たそうとするなか、徐々に体まで及んだ叢雲が前置きした。

 

 

『ありがとう、私を選んでくれて。史実では大した活躍も出来ず、今までは艦娘に生まれ変わることもできなかった。それが叶ったのは叢一のおかげ』

 

 靴を履いた足からセーラー服の腰辺りまで光に覆われ、ゲームでは聞くことのなかった素直な言葉を恥ずかしそうに、頬を染めながら言う。

 

 

『目覚めたら、私達は駆逐艦叢雲よ。よろしくね、相棒』

 

 それを最後に、視界はホワイトアウトした。




最後の辺りは叢雲の素直な気持ちを表現した、というのを書いてみたんですが、同じ叢雲嫁な提督さん達にはどうなのでしょう? ツンデレが足りないかもです。勿論、ツンを増やしたいですけど(苦笑)


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第2話 ショートランド泊地

前回から一ヶ月後の投稿です。

それはそうと、最近比叡が発見されたそうですね。ツイッターなんかでも色々意見はありますが、大体が『おかえり』『おつかれ』『おやすみ』と彼女を労う言葉も多かったと思います。

今回の話にも彼女は出てきます。と言っても次回を含めて説明回のようなものかもしれませんが。

あとお気に入り登録は初投稿と2話目で急増してビックリしました。ありがとうございます。

では本編です、どうぞ。


 目が覚めた時、最初に見たのは見慣れない天井だった。

 

 

「知らない天井ね」

 

 取り敢えずお決まりの台詞を言ってみた。そして自分の発した声と言葉に違和感を覚える。だが、直前まで体験した出来事から直ぐに払拭できた。

 

 僕は今、駆逐艦叢雲になっているはずだ。それも僕が夢にまで見た、艦娘としての叢雲に。

 

 そこまで理解してから上体を起こす。そして部屋を見渡した。

 

 

「結構真新しい建物みたいね」

 

 見たところ室内は医務室のようだった。

 白いベッドが幾つも置いてあり、僕は窓際で寝ていたらしい。今着ているのは病院で入院して着るような薄い患者衣だった。

 

 傍らには着替えもあった。前世でやっていたゲームでは改二改装するまでお馴染みだったワンピース風のセーラー服などが、ベッドの横にある棚にハンガーで引っ掛けてあった。その手前には叢雲のトレードマークと言える艦橋マストを模した槍が立て掛けてあった。

 

 

「取り敢えず着替えようかしら」

 

 そう呟いてからハンガーの着替えに手を伸ばした。

 

 

 

          ◇◇◇

 

「こんなところかしらね」

 

 患者衣から駆逐艦叢雲としての装束に着替え、意識せず満足げに呟いた。

 

 今の僕は叢雲と一心同体、否。二心同体だ。

 叢雲と一つに交わり、僕がこうして第2の人生を歩むことになった。その上で、僕は決めた。

 

 自分の艦歴と容姿に絶対の自信をもった、プライドの高い艦娘叢雲になりきる。叢雲になったなら、それ以外に選択肢はない。

 

 

「まぁ、実際はその方が変に疑われないで済むからだけどね」

 

 なんて肩を竦めながら言う。まあ僕が発言するたび、叢雲の口調に変換されるから心配しなくても良いかもしれない。

 

 取り敢えずここが何処か把握する必要があるだろう。槍を手に取り、病室のドアに足を向けた時だった。

 

 病室のドアが横にスライドした。勿論僕が開けた訳じゃない、ドアの向こうにいる誰かだ。

 

 

「叢雲ちゃん……!」

 

 ドアを開けて現れたのは、巫女装束を着た女性──多分艦娘だろう。

 

 前世で学生だった僕はゲームのキャラとして。僕と同化した叢雲は軍艦だった頃に幾度も護衛した記憶から、彼女が誰なのかを直感していた。

 

 

「久し振りね、比叡」

 

 僕が艦娘として目覚めて一時間もしないうちに第1艦娘と遭遇なわけだし、名前呼ばれたらそれに応えないとね。

 

 戦艦比叡。

 太平洋戦争や日中戦争が始まるより前、叢雲の所属した第十二駆逐隊は満州国皇帝の御召艦に選ばれた比叡を日中間往復で護衛した。その記憶から叢雲は彼女の事を知っていた。

 

 

「私が誰か分かるんですか!?」

 

「何となく、ね」

 

 素っ気なく返したけど、言ってることは強ち間違いじゃないよ? 僕はゲームを通して知ったけど、叢雲は感性に従っただけだからね?

 ただ、相手が史実の関係で面識? あるとは言え感覚的に分かるって言うのはどうなのか。その辺りは僕にも、多分叢雲にも今のところ分からないな。

 

 

「って、そんなこと言ってる場合じゃないです! 早く移動しないと」

 

 何て考えてたら比叡は何を思ったのか、焦った様子で叢雲の手を掴んで引っ張った。

 

 

「え、ちょっ!? どうしたのよ、そんなに慌てて。それに此処は」

 

「移動しながら簡単に説明します! こっちです」

 

 よく分からないうちに部屋から連れ出され、廊下に出る。すぐそこに出口もあり、そんなに大きな建物ではないようだ。

 

 それから屋外に出て、視界に飛び込んできたのは南国だった。

 至るところで自生した椰子の木、どうやら海岸線らしい。辺りを照らす夕陽が砂に細かい影を作っていた。

 

 

「此処はショートランド泊地。貴方がさっきまでいたのは入渠施設の一部です。近くに修理用のドックがあります」

 

「ショートランド……なるほどね。それで、今向かってるのは?」

 

「工敞です。隼よ……橿原提督の指示で目が覚めていたら連れてくるよう言われてるんです」

 

 高床式の建物から階段で降りながら比叡が話した。

 何か言いかけた気がするけど、今はそれを気にしてる場合じゃないか。

 

 そこからは走る比叡に手を引かれながら移動した。海岸線を少し走ってすぐ件の建物が見えてきた。

 そこは足場がしっかりした岩場に建てられた、先程と同じ高床式の建物。外観からわかる特徴と言えばこちらの方がかなり規模は大きく、建物の向こうにある桟橋で船が停泊してることか。

 

 そのまま階段を登り比叡が工敞と呼ぶ建物に入る。

 

 内部は騒音に満ちている。正確に言えば、怒号が飛び交っていた。

 

 

「白雪、初雪が帰港した! 艤装点検、修復材を持て!」

 

「工敞長! 比叡の艤装修復にはもう少しかかります!」

 

「修復材残り3割切りました!」

 

 工敞内では整備士が慌ただしく動き回っていた。床に散乱する何かの部品、それと同じくらい多く飛び散っている血痕。

 

 更に外の桟橋と繋がってるらしい入り口からは、二人の傷付いた艦娘が歩いていた。

 

 

「橿原提督!」

 

 二人の艦娘の近くには、純白の第一種礼装を着た女性がいた。その女性に向かって比叡は名前を叫んだ。

 

 

「──どうやら目が覚めたようだな? 思ったより早かったじゃないか」

 

 女性──橿原は特徴的なツンツン頭を揺らしながら僕を一瞥して言った。

 

 だけどそれより、僕と叢雲は近くにいる二人の艦娘を見て驚いた。

 

 

「……比叡だけじゃなかったのね」

 

 それは比叡の時と同じ感覚で理解に及んだから、目の前の二人が誰か分かった。

 

 

「また会えたわね。白雪、初雪」

 

 旧日本海軍の軍艦、特Ⅰ型駆逐艦二番艦白雪と三番艦初雪の生まれ変わった艦娘がそこにいた。




2話目が書き終わりそうな段階で比叡発見の朗報があったので、急いで仕上げて投稿しました。

次回は明日投稿する予定です。今後の更新も、気合い!入れて!頑張ります!それでは~(^o^)/~~


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第3話 襲撃された泊地

続けて投稿なう。

※2019年2月7日に加筆修正しました。


「叢雲……ちゃん」

 

「…………」

 

 二人に呼び掛けるとまず反応したのはセミロングの茶髪を二つ括りにした少女、白雪が弱々しい声音で呼んできた。

 一方でぱっつんの黒い長髪が特徴の少女、初雪は俯いたまま返事はなかった。

 

 

「初雪? どうしたのよ、あんた」

 

 前世の記憶でも初雪はダウナー系で口数も少ない印象だったけど、それでも様子が気になったから訊いてみた。

 

 

「……なんでも、ない。久しぶり……叢雲」

 

「なんか気になるわね。ま、良いわ。改めて久しぶり」

 

 どうも引っ掛かるけど、それより今は状況を把握するべきだ。

 

 

「それで? 貴女が私の司令官?」

 

 この問い掛けは比叡や白雪、初雪とは少し違う感覚がしたからだ。相手がいかにもな服装と言うのはあるけど、何となく(・・・・)そんな気がした。

 

 

「やっぱドロップならアタシを選ぶか。もっと落ち着けるタイミングなら、歓迎会したのにな」

 

「どういう意味よ」

 

「目を覚ましたばかりで悪いな、ここを離れてくれ」

 

「…………は?」

 

 意味が分からない。自分で着替えてからだが覚醒直後に連れ出されて、叢雲の姉二人に出会ったのにここを離れろ?

 

 

「何でよ、私はここに必要ないって言うの? 比叡や白雪、初雪にまた会えたってのに、それで私にはここから出ていけって!?」

 

 思わず声を荒らげて叫ぶが、この言動は僕より叢雲のものだろう。今言った3人とは史実の関係で特に思うところがあるからだ。

 

 

「まあ落ち着けって。別に必要ない訳じゃない、だけど周りの様子見ればどんな状況か予想はつくだろ」

 

 橿原司令官は宥めるように言って溜め息をついた。

 

 

「今、泊地は敵艦隊の襲撃を受けている」

 

「ッ!」

 

 工廠の有り様を見てから何となく、予感はしていた。

 多分、この泊地は橿原丸司令官の言った通り襲撃を受けていて、整備士達と床に散乱した部品や血痕から察する限り、消耗戦になっている可能性も。

 

 

「発端は友軍が発動した敵飛行場砲撃、敵泊地の破壊を旨とする大規模作戦だ。

 アタシ達の泊地を前線の拠点として作戦は開始され、それは無事に成功したさ。けど、そのあとに出現した深海棲艦を旗艦とする敵艦隊が問題だ」

 

「叢雲ちゃんがドロップ──ここに居る白雪ちゃんを入れた4隻が回収してから帰投途中に襲撃を受けたんです。

 そいつは強力な戦艦クラスで、同行した古鷹でも歯が立たなくて、他の敵艦隊から逃げてどうにかこの泊地まで辿り着いたんです」

 

「私が見つけられてからそんなことが……」

 

 そう呟いてみたが、僕には心当たりがあった。

 友軍が発動した大規模作戦は、恐らく前世の2013年秋に原作で実施された『決戦! 鉄底海峡を抜けて!』の第四作戦海域(E-4)──アイアンボトムサウンドに至るまでのイベント内容と趣旨が一致していた。

 

 飛行場姫の撃破がE-4の突破条件だから、新たに出現したのは恐らく戦艦棲姫。

 

 

「それからは泊地に留まっていた本土の攻略艦隊が応戦を開始した。

 だけど相手が想像以上に強大で、うちの泊地からも戦力を抽出する程の消耗戦になっちまった……」

 

 そう話した橿原丸司令官は疲れた様子で肩を落とす。無理もない、前世でも戦艦棲姫は“ワンパン姫”と呼ばれるほど、当時の提督達にトラウマを植え付けた強敵だったのだから。

 

 

「まだこの泊地が陥落するかはまだ分からない。だけど万が一もある。

 実戦を経験した他の艦娘ならともかく、ドロップしてから間もなく実戦経験のない叢雲は投入出来ない。だから一度泊地から離脱してもらう。

 心配するな。移動は長距離航行可能な船舶とうちの泊地の軽空母による援護で行う」

 

「私は行かないわよ」

 

 きっぱり、僕はそう言い切った。その発言に橿原丸司令官は苦い表情を浮かべ、比叡、白雪と初雪は揃って目を丸くした。

 

 確かに状況は苦しいだろう。出現した敵艦隊が強力で、南方の作戦である以上夜戦だってあるから消耗戦になったのは仕方ない。そんな状況だからこそまだ船舶が航行する余裕がある内に、まだ顕現したばかりの叢雲は待避させるべきなのも分かる。

 

 …………だけど

 

 

「私は比叡や白雪、初雪と同じ艦娘よ。ドロップして間もないから何? 錬度が乏しいし駆逐艦だから? だからって、順序が逆じゃない!」

 

 僕は感情のままに叫んだ。顔が熱を帯びて頭に血が上っているのが分かる。その勢いのままに続けた。

 

 

「ここには艦娘じゃない、普通の人間だって居る! 整備士も、さっきまで私が寝ていた病室を管理する人も! それなのに私がここで逃げれるわけないわよ!」

 

「けどさ、叢雲はまだ訓練も受けてないんだ。経験皆無の駆逐艦が一人いても──」

 

「さっきから騒がしいわね。どうしたの、提督?」

 

 橿原司令官が言い切る前に声を掛けられた。聞こえた方に振り向くと、ストレートの黒い長髪の女性が屋外の桟橋と繋がる出入り口に立っていた。

 

 この女性は多分艦娘。前世では原作で入手したから知ってる、名前は。

 

 

「飛鷹か。気になって様子を見に来たんだな」

 

 橿原司令官がその名を呼んだ。

 

 軽空母飛鷹。

 豪華客船をベースにした商船改装空母の艦娘で、軽空母であるが蒼龍型、飛龍型正規空母を超える排水量とそれに迫る搭載量が特徴の航空母艦。

 

 

「そんなところよ。それで、貴女が例のドロップした艦娘よね?」

 

「そうだけど」

 

「……そう。それで提督? 何を話していたの」

 

「ここを離れるよう指示していたんだ。だけど本人は言うこと聞かなくてな」

 

 なんと言おうが僕と叢雲は逃げないよ? 出撃させてくれないなら最悪、艤装勝手に持ってくし。

 

 

「ふぅん? 叢雲、どうしても泊地から逃げ出したくないのよね?」

 

「答えは変わらないわよ」

 

「そう、分かったわ。提督、叢雲の出撃を許可してあげて」

 

「はぁ!? 冗談だろ飛鷹! 叢雲はドロップしたばかりで訓練も、演習もしてないんだぞ!」

 

 橿原司令官は信じられないと言わんばかりに叫んだ。

 

 

「この期に及んで冗談は言わないわよ。それにこの駆逐艦、テコでも動かないと思うし、なら私が連れてくわよ」

 

「……はぁ。分かったよ、それでいい。直衛に使えるので何機残ってる?」

 

 飛鷹の言葉を聞いて諦めたように言った。

 

 

「零戦二一型が八機、九九艦爆が四機、九七艦攻が六機残ってる。使うならその半分だから、零戦四、九九艦爆二、九七艦攻三で計九機を叢雲の援護に回せるわ」

 

「OK、それでいこう。明石! ちょっと来てくれ、叢雲が目を覚ました!」

 

 橿原司令官の呼び掛けに一人の女性が駆け寄ってきた。

 

 

「提督、何のよう……っ!? 叢雲ちゃん起きてきたんですか!」

 

 こちらを見るなり驚いた様子で叫ぶ女性は、うん。間違いなく原作と同一人物だね。ピンク色の髪を前で結ってるところも同じだ。

 

 

「見ての通りだ。ただ困ったことに出撃を希望しててな、急いで艤装を用意してくれ」

 

「えぇ!? まだ訓練も演習も「時間が無いから頼むよ」わ、分かりました!」

 

 有無を言わせず橿原司令官が言うと明石は慌ててまた走り出した。もう司令官でいいや。いちいち書くの作者も面倒だろうし。

 

 

「明石はすぐに艤装を持ってくる。桟橋で待機してくれ。友軍が深海棲艦と交戦する海域までは飛鷹に案内してもらえばいい」

 

「無理言って悪いわね」

 

 一応謝っておく。彼女達も本当はこちらの身を案じて止めようとしたかもしれないし、他に何か理由があったかもしれないからね。

 

 

「まぁ気にしないでくれよ。ただあれだけ言ったんだし、沈むんじゃないぞ」

 

「端っからそのつもりよ。私にとってここは懐かしい場所だし、また戻ってくるわよ。行ってくる」

 

 そう言って桟橋と繋がる出入り口に足を向けた。

 

「……叢雲ちゃん」

 

 行こうとしたら白雪がこちらを呼び止めてきた。

 

 

「白雪……?」

 

「どうしても、行くんですね」

 

 白雪は不安げに表情を曇らせて言った。

 

 

「ええ。ここにはいないけど、私を回収したらしい吹雪と古鷹が多分、向こうに居るはず。だから助けにいくわ」

 

 これは叢雲の願いだ。過去の戦争と同じ様にあの二人を助けられなかった、なんて結果は彼女が何より望まないし、恐れてることだから。

 

 

「……分かりました。でも、気を付けてください。私も修理が終わったらすぐに向かいます」

 

「私も。今度こそ……叢雲を助ける」

 

「話はもういいかしら? 明石が艤装を用意できたみたいよ」

 

「……そろそろ行くわね。行きましょう、飛鷹」

 

 無意識に顔を背けてから言った。

 

 白雪は吹雪型では二番艦だから姉として言ったと思う。でも初雪は、意味が重い気がした。

 

 理由は見当がつく。恐らくそれも史実に関係することだろう。

 駆逐艦叢雲はサボ島沖で沈んだ吹雪と古鷹の乗員捜索に出撃したが痕跡すら見つけられず、敵飛行場から空襲を受けて航行不能になり、艦長と砲雷長を除いた生存者が初雪に移乗した。

 叢雲に雷撃処分をしたのも初雪だった。白雪の艦長が艦内に残っていた二人を説得して、退艦した直後に大炎上した叢雲を沈める役目は初雪が担った。

 

 白雪にとっては、吹雪と古鷹の救援に向かった先で大破した叢雲を置いて待避するしかなかったからだと思う。

 初雪は多分、叢雲を雷撃処分するなんて2度としたくないからかもしれない。

 

 そんな姉二人が無事を願ってるから、理由が分かる素直じゃない叢雲はそれしか返せない。

 だけど、僕としてなら言えることはある。

 

 

「白雪、一つ良いかしら?」

 

「なんですか?」

 

 白雪からすれば思い出したように聞いてきたと思う。戸惑う彼女に続けた。

 

 

「私、目が覚めてから何も食べてないわ。だからカレーでも食べてみたいわね。この姿に生まれ変わってから初めてのカレーをね」

 

 振り返りながらそう発言した。それを聞いた白雪はポカーンとした表情になったけど、すぐにそれを明るくして駆け寄って来た。

 

 

「約束します! 絶対、美味しいカレー作りますから!」

 

 こちらの手を取りながらそう返してきた。うん、いい笑顔だ。

 

 

「私も、手伝う。カレー……作るの。絶対」

 

 初雪も倣うように手を触れさせた。姉妹としては嬉しい、でも叢雲は素直になれないので。

 

 

「感謝はしないけど、作ってくれるなら食べてあげるわよ。それじゃあね」

 

 と返した。そして踵を返し歩き始めた。

 

 

「私もカレー作り、気合い、入れて、頑張ります!」

 

 背後からそんな声が聞こえたけど、今は気にしない。ダークマターなら後で阻止できるだろう。

 

 出入り口で台車に積んだ艤装を明石から受け取った後、桟橋から飛ぶように着水した。思っていたより初めての体験から来る不安な気持ちはなく、そこからは飛鷹に速力を合わせながら泊地を出発した。




多分次回から交戦回に入ると思います。叢雲の新人なりの戦いを書いていきたいところです。

ちなみにこれは私情を含みますが、




叢雲の妹──雲級の駆逐艦はいつ実装するんでしょうかね?(´・ω・`)?


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第4話 初陣

比叡発見の報があった前回から続いての投稿です。

結構時間空いちゃってるのに文字数少ないですが、内容は出来るだけ詰めたつもりです。途中武器を使った描写がありますが、武道とか素人同然なので合ってるかは正直分かりません。

それでは、本編をどうぞ。


 この世界で目覚めて間もなく艦娘比叡と出会い病室から連れ出され、その先で再会した叢雲の姉二人と話し、同じ場所にいた司令官から許可を得てショートランドを出発して1時間後。

 

 

「そっちに討ち漏らしのロ級が一隻! 悪いけど対応して!」

 

「了解!」

 

 無線で聴こえてくる飛鷹の焦りを含んだ叫びに応え、意識せず槍を握る右手に力がこもる。

 

 泊地を出発してから程なくサーモン海は夜の帳が降りて、周囲は闇に包まれていた。

 前世では夜でも照明で明るい現代の街で生まれ育った僕は少し不安だったが、あれだけ言って出てきた手前僕も叢雲も引き返す気は起きなかった。

 

 それから1時間が経とうとしたした頃、友軍と交戦中だった敵艦隊と遭遇した。

 発見は進路上に瞬いた多数の砲火を視認したからだ。砲声が轟くたび、砲弾の空気を切り裂く音と幾つもの水柱が生じる。

 見れば火災を起こしている艦も居るようだった。それが深海棲艦か艦娘かはここからでは判別できないが、そこまで見た僕は思わずそこで足を止めてしまった。

 

 怖い。漠然とした物ではない、目の前にある死と隣り合わせの戦場が目の前にあった。それを目にしたことによる、本能的な死に対する恐怖は闇夜を進むなか押さえ込んでいた感情と併せて溢れる。行き足を止めた足は膝が笑っていた。

 

 恐怖に心が呑み込まれそうだったその時、頭上を複数の影が通過。直後に飛鷹から無線で叱咤してきた。

 

 

『しっかりしなさいっ、敵は目の前よ! 攻撃隊を向かわせたから周囲を警戒しなさい!』

 

 だけどこの攻撃は艦載機を損耗する前提だったらしい。夜間の発艦は出来ても着艦が困難で、燃料切れになった機体から着水させるつもりだと続けて聞かされた。

 

 

「ここからが、私の本番なのよ!」

 

 本来なら夜戦にどうしても向かない空母である飛鷹が、そこまでの覚悟を示した。だから逃げない。往けるところまで往く!

 

 そんな決意を胸に、海面を思い切り蹴った。

 いつの間にか敵艦、駆逐艦ロ級はすぐそこだった。

 深い夜の闇に浮かぶ巨大な影。それはこちらに気付いたのか、口と思われる部分を開いた。

 

 

「ッ!」

 

 本能的に危険を感じ、反射的に飛び退く。その刹那、開口部から砲火と同時に砲声が轟いた。砲火に照らし出された敵艦はゲームで見たものより歯が大きく感じられて、前世でただの高校生のままだったら逃げ出したいくらい怖い。

 飛び退いた海面に砲弾が着弾。巻き上げる水飛沫がかかるが、気にせず背負った艤装の主砲を敵艦に向ける。

 叢雲の艤装は主砲が背部についてる関係上、その使用法は他と比べて特殊だ。動かすには視線を向けて集中するだけで、あとは撃てと念じればいい。ここまでは天龍型と同じだろうと航行中に飛鷹から説明を受けた。

 

 

「沈みなさいッ!」

 

 目の前に迫る目標を見据え、自らを鼓舞するように叫ぶと右舷(艤装右側)の主砲で砲撃。至近まで近付いてきたロ級に錬度が低くても当てられない筈はなく、吸い込まれるように命中。

 

 その一撃でロ級は大きく怯み悲鳴に聞こえる軋み声をあげるが、仕留めきれなかったみたいだ。砲撃で頭部が大きく抉れたロ級はこのまま噛みつくつもりなのか、なおもこちらに向かってくる。

 

 

「砲撃が駄目なら」

 

 チラッと右手に握る槍を見る。柄が長いため間合いは大きいが先端の刃はやや短く、その下は2対の横に伸びる突起に気を付けないと武器としては使いづらいだろう。

 だが相手に突きを入れることはできる。槍を握る右手に左手を添えて、剣道で言うところの中段に構える。

 

 槍を構える頃にはロ級は文字通り目と鼻の先、不気味なほど大きな歯が並んだ口を大きく開けてこちらに飛び掛かってくる。

 

 

「今ッ!」

 

 僕はこれを待っていた。タイミングを見計らい、体を左に半回転するその勢いのままに、ロ級の大きく抉れた頭部に槍の穂先を突き入れる。

 

 ドッ、と柄の細い槍にしては重い音を鳴らし、ロ級の破損箇所に槍を突き入れることで強い衝撃が伝わってきた。ロ級も槍を振りほどこうと激しく暴れ始める。

 もがき暴れるロ級の激しい動きに槍を落としそうだが離しはしない。かわりに足をロ級の体に付けて、思い切り蹴飛ばす。

 

 態々槍まで使ったのは主砲の装填に必要な時間を稼ぐため。ロ級を蹴飛ばした直後、主砲の照準を合わせ2度目の発砲。

 間をおかずに放たれた2発の砲弾は、蹴飛ばしてから大きく隙が出来たロ級に命中。火災が発生して周りの闇を削り、ついに力尽きたかロ級は浮かんでいた海面を揺らしながら沈んでいった。

 

 

「……ぶっつけ本番だけど、やればできるものね」

 

 ロ級が沈んでから再び闇に包まれた海上で呟く。そして安堵するように長い溜め息をついた。これで目の前の脅威は排除できたはずだ。

 

 

「すみません! ショートランドの艦娘ですか!?」

 

 不意に呼び掛けられ声がした方を向いた。暗闇でもお互いに視認するためだろう、かなり至近まで近付いていた艦娘

────セーラー服を着た小柄な少女が立っていた。

 

 

「アンタは?」

 

「横須賀第2鎮守府の雪風です! 二水戦としてこの作戦に参加してます!」

 

 ビシッと敬礼しながらそう答えてくれた。見た目以上にしっかりしてるなぁ。ってそんなこと考えてる場合じゃない。

 

 

「艦娘として目覚めたばかりだけれど、ショートランドの叢雲よ。戦力補充のために参加するわ」

 

「ご協力感謝します! それと……そこにいるのは飛鷹さんですよね?」

 

「ええ。実戦経験皆無だった叢雲の護衛を任されてるわ」

 

「そうなんですか。でも艦載機は……」

 

「……お察しの通りよ。さっきの薄暮攻撃で艦載機はほぼ壊滅。もう私は戦力を残してない」

 

 夜間でくらいから分かりづらいけど、苦い表情なのがわかる。それを見て申し訳ない気持ちになってきた。

 

 

「どうするつもりなんですか」

 

「私はここで離脱する。それで叢雲の意思がまだ固いようなら、悪いけど護衛を任されてくれないかしら」

 

「叢雲さんは?」

 

「私は飛鷹が抜けても先に進むわよ」

 

 雪風に聞かれ改めて意思を伝えた。僕も叢雲もやれると分かってるからだ。

 

 

「分かりました。神通さんに相談してみます」

 

 幸い、雪風はそれを快諾してくれた。この時点では現海域にいる他の艦娘まで受け入れるか分からないけど。

 

 それも杞憂のようだった。あれから戦闘を終えて待機していた旗艦の神通は、雪風と何人かを同行させてくれるらしい。姉の川内が敵の中枢艦隊と交戦中だからどちらにせよ援護する必要もあり、二手に分かれて行動することになった。

 

 生まれたばかりの新参に至れり尽くせりで申し訳ないと思いながら、飛鷹にここまで護衛してくれたことにお礼を言って別れ、雪風とその姉妹艦である時津風、天津風と共に再び海上を駆け始めた。




次回はショートランド所属の艦娘と某イベントのラストボスを登場予定です。序盤では一番描きたい場面が出てくるので、次回は急いで書き上げることになると思います。

あと、少しお知らせです。実はタグとして載せるのを忘れていましたので、今更ですが『自衛艦これ要素あり』を追加します。


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第5話 アイアンボトム・サウンド

??「なぜこんなに遅れたのかしら?」

え、えーと、それは、ですね(^_^;)

??「さっさと言いなさい」つ抜刀

ニ○ニ○で艦これのMMDドラマを見てました。あと鋼鉄小説の再編集の関係で設定とか色々見直したり、だからその軍刀を仕舞ってください薩摩さん

薩摩「へえ? 私の名前出しても良いのかしら?」

それを言うなら出てこないでください! 貴女、この小説に登場予定なだけでまだ出番はないんですよ!?

薩摩「近いうちに登場するから良いじゃない。天誅!」

ギャァーーー!?

薩摩「待たせたわね。世間では春の甲子園が始まってる時期だけど、今後もなるべく早く書かせるわ」


 叢雲がショートランドを出発して二時間後。

 

 作戦海域『アイアンボトムサウンド』

 

 

 

「お願い! 当たってください!」

 

 降り注ぐ砲弾と立ち上る巨大な水柱を掻い潜り、相対する敵艦に至近から長10cm連装高角砲の砲弾を浴びせる。

 毎分10発の砲撃は敵艦の艤装に次々と着弾するが、命中しても敵の装甲に弾かれてダメージは通らない。

 

 目に見える絶望的な結果を見て少女、駆逐艦吹雪は攻撃を雷撃に切り替えた。

 

 

「いっけぇーー!!」

 

 両太腿に取り付けられた三連装魚雷発射管二基六門が前方を指向、膝を曲げて姿勢制御して放たれた魚雷は目の前の敵艦に命中、水柱に包まれた。

 

 

「そんな……ッ!?」

 

 放たれた魚雷は六発のうち二発が命中した、だが水柱から出てきた敵艦に目立った損傷はない。恐らく、舷側喫水線下の装甲がそれだけ厚いのだ。

 

 南方海域における日本国防海軍が目指した元々の目標は、同海域で最大の脅威と認定された新種の深海棲艦、飛行場姫の撃破だった。

 

 飛行場姫の能力はその名が示す通り飛行場そのもの、その圧倒的な航空兵力を抑え込むため、機動部隊による空襲を幾度となく行った。

 

 最初の何度かは飛行場姫の驚異的な再生能力で失敗したが、その後航空兵力に打撃を与えることで無力化。その後、編成した水上挺身部隊による数回の夜間切り込みで撃破に成功。

 

 作戦はそれで成功したかに思われた。目の前の敵艦が現れるまでは。

 

 それは戦艦ル級のような人型で長い黒髪を伸ばし、頭部に一対の角を生やしている。薄手の黒いワンピースを着た姿は妖艶さが強調されているが、その個体が従えている艤装も異彩を放っていた。

 

 巨大な四肢と16inch主砲を備える独立した艤装。

 その巨体に似合わず高い跳躍力で本体を抱えて跳ね回り、夜間切り込みに参加した本土からの攻略組の金剛型戦艦はその強固な装甲に歯が立たず、次々に離脱していった。

 

 今この海域にいるのは吹雪、川内、古鷹、霧島と言ったショートランド泊地の艦娘。あとは目の前の敵旗艦と護衛部隊を相手取る本土組の水雷戦隊のみだった。

 

 

「吹雪ちゃん、下がって!」

 

 後方から叫び声が聞こえた直後、轟いた砲声と砲弾の大気を切り裂く音が頭上で通り過ぎ、弾着するが敵旗艦が器用に主砲の防盾を使って弾いた。

 

 

「この距離じゃやっぱり弾かれる……っ!」

 

 敵旗艦との距離は凡そ1000mにも満たない、軍艦同士の海戦においては至近距離といっていい間合いで、この距離で放たれる20.3cm連装砲の高初速の砲弾なら戦艦が装備する重装甲だろうと食い破れるはずだった。

 

 だが先の吹雪、古鷹による攻撃はこれまで何回も繰り返されてきたことだった。

 

 最初に試されたのは本土組の長門型戦艦を筆頭とする戦艦隊の砲撃戦だった。結果は護衛部隊に妨害され、敵旗艦の予想外な機動力に翻弄された結果、主砲戦距離で装甲を貫通できず敗北。

 

 重巡洋艦を主力とする至近での砲撃や雷撃も試されたが、こちらも護衛部隊に阻まれて満足な戦果を挙げることが出来ずに失敗。

 

 それからは敵戦力を削るために逐次戦力投入しての波状攻撃に切り替えられたが、敵も味方も艤装と残骸を同海域の海底に沈める消耗戦へと発展した。

 吹雪達ショートランド泊地の艦隊もその戦況に巻き込まれる形で参加する羽目になり、既に比叡と白雪、初雪が損害を受けて離脱していた。

 

 そんな何度繰り返したか分からない攻防に舌打ちしながら、目の前の敵旗艦を睨み叫んだ。

 

 

「探照灯照射!」

 

 他の艦娘に見られない、探照灯として機能するオッドアイの左目からサーチライトを照射、夜の闇を貫く光のビームが敵旗艦を捉え、その強烈な光に堪らず怯みながらも光源である古鷹を砲撃してくる。

 

 

「霧島さんッ、今のうちに攻撃を!」

 

「分かったわ! もう少し頑張って!」

 

 古鷹の叫びに霧島が応え、敵旗艦に向かって最大戦速で突撃していく。

 

 

「こう言うの、柄じゃないんだけどね」

 

 眼鏡のズレを直し、背中に背負う艤装を展開、主砲四基をX字に構える。

 

 

「距離は近い、外さない! 全門斉射ァーー!!」

 

 四基八門の35.6cm連装砲が砲火を吹き出し、距離の関係からほぼ水平に敵旗艦目掛けて飛翔していく。

 

 その直後、敵旗艦の手前で砲弾が炸裂した。

 霧島が使用したのは本来対空用で、今作戦の主目標だった飛行場姫撃破にも使用された三式弾だ。砲弾内部に内蔵された996個の子弾を一斉に撒き散らし、敵旗艦の艤装の至るところに着弾していく。

 

 

「計算通り、三式弾なら電探くらいなら破壊できるようですね」

 

 霧島の言葉通り、敵旗艦は今までにない様子を見せていた。

 艤装に背負われていた主砲から煙が吹いている。恐らく先程の三式弾による子弾の雨は、いかに重装甲の新鋭戦艦であっても内部に伝わる衝撃までは殺しきれなかったのだ。

 

 敵旗艦も自身の状態を把握したのか、主砲による砲撃を各個射撃に切り替えてきた。

 

 

「霧島さん!」

 

「大丈夫よ吹雪! これくらいっ!」

 

 一門ずつ放たれる砲弾をかわし、時折撃ってくる副砲を戦艦娘が展開する障壁──艦娘の霊力で形成する装甲が弾く。

 

 それをしばらく続けたあと、敵旗艦がその跳躍力で飛び掛かってきた。

 

 

「しま──っ!?」

 

 隆起した筋肉を膨張させ、前足を振り上げた敵旗艦の艤装は霧島を横凪ぎに殴り飛ばした。

 

 

「霧島さぁーーん!?」

 

 後方から響く吹雪の悲鳴じみた叫びは霧島に届いてない。殴られた衝撃で気絶したのだろう、呼び掛けても反応はない。

 

 このままでは無防備なまま流れ弾に巻き込まれる、それを防ごうと古鷹が駆け寄ろうとするが。

 

 

「古鷹! そっちに軽巡と駆逐艦が行った!」

 

 本土組の水雷戦隊と協力して敵の護衛部隊を相手取っていた川内が叫び、直後に古鷹の周囲を複数の水柱が上がった。

 

 

「──ッ!」

 

 霧島の救援を妨害するように砲撃してきた敵の護衛部隊を睨み、左足に装備する二基八門の四連装魚雷を斉射した。放射状を描いた魚雷の網は確実に、敵艦を射線に捉える。間もなくして敵の軽巡ヘ級と駆逐艦イ級後期型に命中、爆発と火災を起こして停止した。

 

 

「きゃあッ!?」

 

 吹雪に向けて放たれた砲撃が周囲に水飛沫を巻き上げ、焔のように揺らめく赤い光を纏った影が敵旗艦の向こう側から彼女に近付く。

 

 霧島の救援のために駆け寄ろうとした川内には影の正体が分かった。重巡リ級、それも強化された個体のeliteだ。

 

 

「川内さん! サブ島方面から敵駆逐艦が複数向かってます!」

 

(退路を塞がれた……!?)

 

 本土組の水雷戦隊を率いている軽巡洋艦娘の阿武隈から警告を聞いた川内はまずい、と感じた。

 

 霧島を戦場から離脱させるには曳航が必要だが、吹雪には難しい。駆逐艦なら二隻でなければ馬力が足りず、川内か古鷹がやる必要がある。だが敵旗艦やリ級eliteに対抗できる古鷹にそれをさせる訳にはいかない。

 

 

「吹雪ちゃん、川内! あなた達は霧島を曳航して離脱してください! 私が囮になります!」

 

 古鷹も同じことを考えていたらしく、自ら敵の注意を引き付ける役目を買ってでた。

 

 

「そんな! 置いていくなんて出来ません!」

 

「残るのは私だけではないはずです! 阿武隈達一水戦と協力して食い止めます! だから」

 

 早く、と古鷹が言おうとしてそれは遮られた。

 突如、後方より爆発音が響いてくる。続けてひとつ、ふたつ。音がした方へ誰からともなく振り向くと、火災を起こし硝煙と火柱をあげる敵の駆逐艦が三隻、停止していた。

 

 その近くに一人の少女が立っていた。

 漆黒で塗りたくられた夜の闇を削る火柱の灯りに照らされ、薄い燐光を孕んで輝く銀の長髪を靡かせ、恐らくマストを模した槍を持った駆逐艦の少女。

 

 

「……叢雲ちゃん、なんで……?」

 

 吹雪の呟きは川内も、古鷹も感じたことだった。

 

 今自分達が向ける視線の先にいたのは、つい先日この世界に顕現したばかりの叢雲だった。

 

 

 

          ◇◇◇

 

 神通達二水戦と合流し、飛鷹と別れてから雪風達陽炎型駆逐艦の三人と航行して一時間。僕達は何度かの交戦を経てサブ島沖に到達していた。

 度重なる戦闘で艤装は既にボロボロだ。アームに固定された二基ある12.7cm連装砲のうち一基は砲塔が片方破損してるし、左手に装備する三連装空気魚雷発射管も一門が破損していた。

 

 そんな必死の行軍で辿り着いてみたらなんか敵の駆逐ハ級が二隻、鉄底海峡に進出しようとしていた。まだこちらに気付いていなかったので、雪風達と連携して撃破した。やっぱり安定した援護がある、ないでは大分違うように思う。

 

 

「……叢雲ちゃん、なんで……?」

 

 前方で砲を奥の敵艦に向けつつ、顔だけこちらに向けて困惑した表情を浮かべる少女

──叢雲の姉である駆逐艦吹雪が呟いた。

 

 ……確かに彼女達からすれば、目を覚ましたばかりの駆逐艦がここに来たのはあり得ないと思うだろうな。これが原作のゲームだったら、提督諸氏にとって何も違和感が沸かないかもしれないが、ここは現実の戦場だ。新参の叢雲より先に長い間戦ってきた吹雪からすれば、自ら死地に飛び込んできたと映るだろう。

 

 だけど、ここに来たのは一隻じゃない。

 

 

「時津風、天津風は突撃してください! 私は叢雲ちゃんの直衛に専念します! 叢雲ちゃん、私に続いてください!」

 

「了~解! さあ、叩くよ!」

 

「大丈夫……いい風が吹いてるもの!」

 

 原作と同じ台詞を口々に叫びながら二隻の陽炎型駆逐艦が突撃していく。

 

 

「駆逐艦叢雲、了解!」

 

 僕も負けていられない。今までの戦闘で艤装が傷付いてもなお、落ち込むどころか高まった戦意が叢雲から伝わってくる。高揚した気分に鼓動が高まった胸の前で左手をきゅっ、と握り締めて前を往く雪風に続いた。

 

 

「前方に敵駆逐艦、二方向です!」

 

 雪風の叫びが示す通り、進路上に敵駆逐艦──縦に長い頭部を見る限り恐らくハ級だ。

 

 

「叢雲ちゃん、(ひだり)舷の敵をお願いします!」

 

「任せなさい!」

 

 飛んできた指示にそう返してから、右手の槍を斜め上段、目線の高さに持ってきて構える。

 

 何度か戦闘を重ねて分かったことがある。この槍は単純に近接武器としてだけではなく、寧ろ本来の用途は砲撃時の補助にあることだ。

 例えば今とってる構えだが、これは狙いを定めている。雪風達と出発した後の二度目になる実戦で思い付き、試してみたところ視線だけで狙うよりも精度と発射までに伴う体感時間は改善されていた。

 

 それからはこの構えが砲撃時に用いるスタイルになった。目覚めてから土壇場続きの実戦で戦闘経験も少しは蓄積できたはず。

 

 そしてここからは、立ち塞がる敵を撃つ。

 

 

「私の前を遮る愚か者め……!」

 

 沈め、と叫ぶと背中の艤装のアームと連結した12.7cm連装主砲一基が唸る。甲高い飛翔音が空を切り、異形の敵艦に突き刺さる。

 

 初弾で終わりじゃない。あえてタイミングをずらし、初弾で姿勢を崩した敵艦に続けて発砲。時間差で撃ち込まれた砲弾は容易にハ級の胴体を捉え、直後に爆発して炎と煙を吹き出しながら沈んでいった。

 

 横をちら、と見れば雪風も撃破したところだった。時津風、天津風は別の友軍艦隊を援護するため敵の護衛部隊と交戦している。

 

 海域の奥に視線を向けると吹雪と違う雰囲気ののセーラー服、多分川内と古鷹か。川内は吹雪と巫女服の女性を抱えて後退しようと移動していて、その間に古鷹が奥の敵艦に油断なく砲を向けていた。

 

 ……あれが敵の旗艦か。

 原作では後に実装された期間限定海域しか経験してこなかったが、ある程度なら知識として把握していた。

 

 艦種は戦艦だということは分かっている。あのゴリラみたいな艤装、ゲームではお馴染みの主砲を背負う16inch三連装砲さん(・・)を見る限り、流れが原作と同じなら一種類のみだろう。

 

 戦艦棲姫。

 同時期のイベントで登場した南方棲戦姫を凌ぐ火力、飛行場姫を超える重装甲という当時で言えばふざけた性能の海域ボスだった。

 

 

「……これが、敵の旗艦」

 

 呟いた言葉は声が震えていた。

 既に処女航海と数度の実戦を経験したとは言え、それでも深海棲艦でまともに交戦したのは駆逐艦ぐらいだ。

 これが軽巡か重巡程度ならまだましだったろうけど、相手は前世のゲームで提督諸氏を震撼させた戦艦棲姫、姫級だ。

 正直言って、まともにやり合って撃沈するどころか生き残れる確率すら怪しい。

 

 極度の緊張に汗ばみ、震える指貫グローブを嵌めた左手を押さえる。

 

 目の前の姫級からは物凄い重圧を、経験の浅い新兵同然である叢雲の肌でも感じ取れていた。

 戦場に現れたこちらを見つけて愉快げに、口角を上げて笑っていた。

 同時にこちらを主砲で狙っており、いつでも撃てる態勢に入っていた。それを見た僕は心臓を掴まれたような錯覚に陥り、初陣を飾ったときと同じように膝も笑っていた。

 

 

「それがどうしたのよ!」

 

 自身を叱咤するように、小刻みに震えて強張った足を海面に叩き付ける。勢いよく踏みつけたことで水飛沫が上がり体に降りかかるが、それを気にはしない。

 

 

「吹雪、川内! そのまま海域を離脱して! 古鷹も一旦退きなさい!」

 

「そんな、出来ないよ! 叢雲ちゃんだって、まだ艦娘として生まれたばかりじゃないですか!」

 

「心配しなくても、もうすぐ神通達二水戦がここに来るはずよ! 一水戦と交代が済んだら私も一度離脱する! さあ早く、行きなさい!」

 

 かつて救援に向かい、間に合わなかった重巡の少女に向かって叫び、槍を再び構える。

 

 僕の正面、それまで飛行場姫が鎮座していたガダルカナル島

──長いから今後はガ島と呼ぶ──の手前では戦艦棲姫がいる。ダメージは与えられないとしても、せめて釘付けにできれば。

 

 

「アラァ……? 貴女、懐カシイ匂イガスルノネェ? 昔沈メタ、人間達ノフネト同ジ匂イガ」

 

 ……やはり喋るか。

 姫級や鬼級、レ級のような一部の個体は期間限定海域において専用のボイスが存在した。その一種が目の前にいる戦艦棲姫だが、今の台詞には真意を図りかねる。

 

 どういう意味だ?

 

 

「イイワ、モウ一度沈メテアゲル。カツテ数多クノフネ、ソノ残骸ガ眠ル冷タイ水 底(ミナソコ)ニ、アイアンボトム……サウンドニ。沈メテ、アゲル」

 

 その言葉が合図だったのだろう。

 戦艦棲姫の艤装は頭部らしき部位が夜空を仰ぐと、不気味な遠吠えを発した。その音響はこちらに不快感を煽り、思わず耳を塞いだ。

 

 そして戦艦棲姫の本体は腕を持ち上げ、勢いよく前に付き出す。直後、艤装が背負う二基の16inch三連装砲さん(・・)が雷鳴のような砲声を轟かせた。




前書きで投稿が遅れに遅れた理由は書きましたが、もうひとつ言うなら、徹底海峡の雰囲気が掴めなかったので劇場版艦これを視聴してから、改めて本格的に執筆するプロセスが必要だったことと。
登場キャラを喋らせる関係で色々な方面から参考しつつ執筆しているからです。天津風とか雪風とか時津風なんて普段あまり使ってないし⬅優先順位が下であるため

あと古鷹や霧島の立ち回りなんかは考えていたけど、前書きで書いたみたいにニ○ニ○動画見ててスマホのバッテリーが持たないから執筆時間が短くなったりしたためです。
こんな阿呆なことしてるからと言われかねないですけど、気分転換しようとしたらこうなってたので何も反論できないです。こんな拙作ですが、今後もどうかよろしくお願い致しますm(__)m


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第6話 第二水雷戦隊

また1ヶ月くらい掛かってしまいました。他の小説も書いたりしてるからその分遅れがちでもあるんですけど、もう少し改善したいですね。

あと先日、瑞パラに行って参りました。横浜と八景島は旅行で行くのは初めてですが、何もかもが新鮮で終始圧倒されました。艦これ関連のイベントなんて行ったことは今回が初めてだったので、特設酒保の限定グッズは買えませんでした(血涙)

ただお陰で滞っていた話を書くネタが出来ました。なので鋼鉄二次に更新する話を書いていきたいと思います。

今回は叢雲と雪風、タイトルの通り二水戦がメインとなります。少し轟沈ネタが入ってるかもしれません。


 戦艦棲姫は向かい合った駆逐艦娘に砲撃を開始した。闇夜を照らす砲火と反響する砲声の直後、彼女の頭上から降り注ぐ。

 それに対し叢雲は鋭角に舵を切り、最初に上がった水柱に思い切って飛び込んだ。恐らく、一度砲弾が落ちた海面には落ちてこないというジンクスに従ったのだと、古鷹は後退しながら察した。

 

 

「だからって、こんなの……っ」

 

 古鷹は悔やんだ。まだ艦娘になって間もない彼女を、このような修羅場に巻き込んだこと。かつて自分の救援に駆け付けるも、ミイラ取りがミイラになる形で沈むことになったこの海、かつての戦いと似すぎる(・・・・)この作戦に参加させてしまったことを。

 

 そんな自分の無力さに、左手を爪が食い込むくらい握り締める。

 

 本当は今すぐにでも飛び出して、叢雲を援護したい。二度と自分の為に彼女が沈むようなことは、それだけは許容できない。

 

 だが、今自分が離れれば意識を失っている霧島や、彼女を曳航する川内と吹雪が危険に晒されてしまう。そう言った懸念を考慮するなら、護衛の役割を放棄してまで援護に向かうのは愚策だった。

 

 それが理屈で分かっているからこそ、沸き上がる感情を抑えてでも役割に徹しなければならない。そんなジレンマを胸のうちに抱えながら、霧島を曳航する川内と吹雪に続いて後退していった。

 

 

 

          ◇◇◇

 

 気を失った霧島、それを曳航する川内と吹雪、護衛する古鷹が海域を離脱していく。戦艦級の砲弾が降る注ぐ海上を右に、左に舵を切りながら、チラッと視線を向けて確認すると再び目の前の敵艦に集中した。

 

 敵艦が撃ってくる砲弾は予想よりバラけていた。先程までの攻撃で思ったより打撃を受けたのかもしれない、そのお陰もあって一対一の砲雷撃戦でも何とか直撃を避けることが出来ていた。

 

 それでも無傷で済んでいる訳じゃない。砲弾が海面に落ちる度、飛んでくる破片が飛沫となって跳んできては着ている服や皮膚を傷付けていく。

 

 主砲も既に一基が脱落した。もう一基はまだ無事だけど、敵の砲撃音が轟くなかでも分かるくらい、不安感を煽るような異音がする。内部機構が損傷したのかもしれない。これだけの損傷を鑑みるに恐らく中破か。

 

 視線を横に流せば雪風が見えた。敵艦は主砲を一基ずつ僕と雪風に指向し、牽制するように各個射撃している。どちらも回避に専念しながら隙を見て砲撃しているが、雪風はこちらより損傷は大したこと無いように見えた。

 

 

「雪風ッ、アンタ五連装酸素魚雷持ってるわよね! 何とかアイツに当てられない!?」

 

「近付かないと難しいです! それに不意を突かないと跳躍で避けられます!」

 

 返ってきた内容を聞いて舌打ちする。駆逐艦が主砲を何発当てようと戦艦棲姫の装甲は貫通できず、虚しく弾かれるだけだ。であれば駆逐艦が持ちうる最大火力である魚雷に頼るしかないけど、戦艦棲姫はあの艤装が持つ同じ艦船ならあり得ない程の跳躍力を誇る。至近で狙い撃っても跳ばれたら当たらず、弾数の限られる魚雷も無駄になってしまう。

 

 それなら。

 

 

「雪風、常にヤツの後ろをキープして! こっちで何とか動きを止める!」

 

 彼女の装備が一番の決めてだ。それを確実に叩き込むしか、あの戦艦棲姫に打撃を与える手段はない。

 

 

「そんなっ、無茶です! 叢雲ちゃんはまだ錬度が低いんですよ!」

 

「それでも私達の中で最大火力はアンタよ! だったら私がそれをやるしかない!」

 

 叫んでから舵を切り、戦艦棲姫目掛けて突撃した。

 

 例え主砲を至近距離で当てても先程までと同じように弾かれ、一方的に反撃されるだけなのは分かってる。だけどこれは、彼女が前世の頃から待ち望んでいたことだった。

 駆逐艦は英名であるDestroyerが示す通り、敵艦を駆逐する(フネ)。それは主力艦のために露払いする役割の他、自分より大型の敵艦を喰らう大物喰らい(ジャイアントキリング)にも成りうる。

 そんな駆逐艦にとって夜戦は華だ。前世では連合国の駆逐艦を妹の白雲と共同で撃破したのが最初で最後、それからは艦としての最期を遂げた南方作戦で敵艦と交戦することなく沈んだ。

 

 僕の知識の通り倒せないと分かっていても構わない。今は夜戦、目の前の敵戦艦を沈めろと叢雲が叫んでいる。それを胸の内から感じながら、右手の槍を脇に挟むと、魚雷発射管から魚雷を一本引き抜いて左手に持った。

 

 主砲が弾かれるだけなのは分かっている。だけど、まだ魚雷がある。戦艦は基本的に甲板の装甲は薄いため、主砲弾ではなく爆発力のある魚雷を直接ぶつければどうか。試してみる価値はある。

 

 

「沈ミナサイ──!」

 

 その動作を見た戦艦棲姫は近付かせまいと砲撃してきた。

 

 

「ッ──!!」

 

 咄嗟に舵を切りかわそうと試みる。直後、先程までいたすぐ横の海面に砲弾が着弾。至近弾とはいえそれでも凄まじい爆風に襲われ、堪らず吹き飛ばされた僕はそこから離れた海面に叩き付けられた。

 

 

「ぐ、うぁ……」

 

 爆風が全身を横殴りに叩いたためか酷く痛い。前世で剣道やってた頃は打撲することはあったけど、ここまで酷くはない。この分だと骨は何ヵ所かやられているし、さっきまでのような動きは無理だろう。

 

 それでも立ち止まったままでいるわけにはいかない。ここは戦場のど真ん中だ。のんびり寝転がっていたらいい的だ、生きるなら動き続けないと。

 

 そう思って上体を起こした瞬間、正面に水飛沫を立てて巨大な足が見えた。反射的に視線を上げると、その先には艤装に抱えられた戦艦棲姫が僕を見下ろしていた。

 

 

「がッ!?」

 

 突然の戦艦棲姫の行動に硬直した僕は首を掴まれ、そのまま持ち上げられた。

 

 

「呆気ナイモノネェ? 威勢良ク向カッテキタノハ誉メテアゲルケド、駆逐艦ジャコンナモノヨ」

 

 拍子抜けしたように言う戦艦棲姫の力は強く、槍で反撃しようにも首を締め付ける握力に気道が圧迫される。振りほどこうと左手で相手の手を掴んで抵抗してみても、酸素を得られない事で力が徐々に抜けていく。

 

 

「叢雲ちゃんを離してください!」

 

 叫び声と同時に砲撃音が鳴り響く。直後、戦艦棲姫の艤装から鈍い音が伝わってきた。多分、弾かれているんだろう。

 

 このままだと首を掴まれたまま、絞め殺されるだけだ。この女は駆逐艦の砲撃をいくら受けても大した損傷は受けず、その余裕からゆっくり息の根を止めるつもりだ。

 

 ……ふざけるな。

 

 僕も叢雲も、まだ何も出来ていない。主砲を何発か当てただけで、戦艦棲姫はダメージを受けていない。

 

 叢雲の姉である吹雪、川内と古鷹、霧島は逃がすことができた。だがそれだけで終わらせるためにここまで来たんじゃない。

 

 まだ出せる力を振り絞って、ゆっくりと左手の魚雷発射管を向ける。

 さっき突撃した時に引き抜いた魚雷は砲撃で吹き飛ばされた後、手から取り零したから手元にない。だけど一門だけなら、まだ魚雷は残っている。

 

 向けられた魚雷に気付いた戦艦棲姫はぎょっとした表情を浮かべた。まさか、こんな至近距離では自分も巻き添えだ、なのに撃つのか。そんな思考を窺わせるような、正気を疑うような顔に見えた。

 

 ……残念ながら正気だよ。

 

 言葉にはせず内心で呟くと、三連装発射管のうち生き残った一門から空気魚雷を撃ち放つ。

 

 直後、視界が閃光に包まれた。

 

 

 

          ◇◇◇

 

 雪風はその光景を見ていることしかできなかった。自分が制止しても止まらず、突撃して行った彼女が砲撃で吹き飛ばされ、首を掴まれながらも魚雷を放って、決死の反撃をした彼女を。

 

 空気魚雷の爆発に巻き込まれた叢雲は離れた海面まで吹き飛ばされ、何回も海上を転がって停止した。

 

 

「叢雲ちゃんッ!」

 

 吹き飛んだ時点で体は動いていた。叢雲が飛ばされていったのは敵旗艦の前方、自分は横から砲撃していたため、駆け寄れば(ひだり)舷後方に対して隙を見せることになるはずだ。

 

 

「オノレェ……! 駆逐艦ゴトキガァ……!」

 

 敵旗艦が呪詛の言葉を叫び、艤装の雄叫びが左舷後方から響いてくる。視界の端に光が瞬き、鳴り響く轟音が腹まで震わせるが構いはしない。

 

 

「雪風は沈みません!」

 

 お互いの距離が短いため、敵旗艦は主砲の仰角をほぼ水平に合わせて発砲した。雪風に向かって飛翔する砲弾はしかし、風に煽られたせいか掠めるように逸れていく。続けて発砲するが横に逸れるか手前で落ちてやはり当たらない。

 

 雪風にとって、このような偶然の連続(・・・・・)は今に始まったことではない。

 横須賀で生まれた第二世代の艦娘として生まれた当時、新鋭の陽炎型駆逐艦として中核を担うことが期待されていた国防海軍の黎明期、配属された二水戦旗艦神通の下で過酷とも言える訓練に明け暮れていた。

 

 その時期から雪風は驚異的な幸運を訓練で発揮していたのだ。砲撃訓練では風向きが偶然(・・)都合良く変わったため他の陽炎型と比べても命中率が高く、航行訓練でも波の動きに偶然(・・)上手く乗れたから成績は良かった。

 

 そんな奇跡的な出来事を何度も起こした雪風は何時からか幸運艦と呼ばれるようになった。多少錬度が低くても補って余りある強運は羨望の的になり、同時に不満を抱えるようになった。

 

 自分は幸運だから雪風なんじゃない、陽炎型駆逐艦の八番艦だ。そう言い聞かせようとしたが、起こる偶然は前世を彷彿とさせる物ばかりで、更に不満を大きくさせた。

 

 そんな状況にあった自分が腐りながら訓練していた時、神通から叱責された。

 

 ──貴女が強運持ちなのかは関係ありません。前世の貴女は数多くの海戦に参加して終戦を迎えた一番の武勲艦です! なら、貴女には自分以外の誰かに伝えることがある筈。それは貴女だけが持つ役目です!

 

 そう言った神通の言葉は雪風の腐心を打ち消すものだった。

 そして雪風は目的を見出だした。これから会わなければいけない艦娘達がいる。彼女達に会って、二度目の艦歴を与えられた艦娘としてやり直したい。

 

 結果としてその願いは半分叶い、半分は出来なかった。

 前世で共に行動した艦娘達と再会して和解は出来た。だが前世でも会ったことがない第一世代の大部分と、自分と同じ一部の第二世代の艦娘達は守れなかった。

 

 それで絶望した時期があった。結局前世を再現したじゃないか、なにも変わらないじゃないかと。

 

 そんな自分を姉妹達は励ましてくれた。

 

 長女の陽炎は前世から背負わせてきた事を謝り、泣きながら抱き締めた。

 次女の不知火は雪風を置いて沈まないと誓った。

 黒潮も、親潮もそれに倣った。

 自分が所属していた第十六駆逐隊や第十七駆逐隊は、死神と呼ばれた史実に関係なく頼ってくれ、と言った。谷風が申し訳なさそうに頭を下げた時は慌てた記憶もある。

 

 雪風はもう迷わなかった。未だ顕現していない艦娘はいる。彼女達を、他の皆も自分より先に沈ませない。その想いを胸に今まで闘い続けてきた。だから、叢雲は絶対に沈ませない!

 

 背後の敵旗艦は依然として砲撃を繰り返していたが、それとは別の砲撃音が左前方から、直後に砲弾が着弾したのか弾かれた音を聴いた。

 

 

「雪風さん、叢雲さんは!?」

 

 左前方にいたのは神通だった。周りには同じ第十六駆逐隊の初風と一水戦を援護していた時津風、天津風。第十七駆逐隊と第十八駆逐隊がいる。

 

 

「叢雲ちゃんは敵艦の砲撃を受けました! その直後に近接されて、拘束された状態で魚雷を放って、それで……!」

 

「分かりました。雪風さんは初風さんと一緒に叢雲さんの救助を。あとは私と攻撃を仕掛けます!」

 

「がってん! 谷風さんに任せな!」

 

「十八駆、了解です! 砲雷撃戦、用意!」

 

 二個駆逐隊に第十六駆逐隊の二人を加えて10人の駆逐艦娘が、旗艦の神通を先頭に単縦陣で突撃していく。そこから抜け出すように一人の駆逐艦娘が近寄ってきた。

 

 

「初風ちゃん」

 

 艦娘は第十六駆逐隊の一人、駆逐艦初風だ。激戦を幾つも潜り抜けてきたのだろう、頬を煤で汚し服は一部焼け落ちている。

 

 

「ぼんやりしないで、行きましょ。まずは、ドロップして直ぐに飛び出していった馬鹿な駆逐艦を救助するわよ」

 

「はい!」

 

 

 

          ◇◇◇

 

「十七駆、十八駆は左右に展開!時津風、天津風は私に続いてください。行きましょう!」

 

「 「 「了解!」 」 」

 

 神通の号令が発せられると駆逐艦達は力強く応答し、二つの駆逐隊が分散し始めた。

 

 

「霰と霞は酸素魚雷を先に撃って! あたしと不知火は先行するわ!」

 

 第十八駆逐隊嚮導艦陽炎が指示を飛ばし、彼女ともう一人の陽炎型駆逐艦が散開する。

 直後に後方から二人の朝潮型駆逐艦が酸素魚雷を発射した。それぞれ左手に装備した四連装を一基ずつ、計八射線が敵旗艦を絡めとるように海面下を突き進む。

 

 同様の動きは第十七駆逐隊にもあった。左右に展開する駆逐隊が包囲して、雷撃と近接砲撃の飽和攻撃を仕掛ける。

 

 二方向から挟み込むように放たれた雷撃は数瞬の後、巨大な水柱を巻き上げた。

 だがその直後、水飛沫の壁を突き破るように敵旗艦が飛び出してきた。

 

 

「不知火!」

 

「承知」

 

 雷撃は不発に終わった。恐らく敵旗艦は信管が接触する直前に跳躍し、二方向から向かってきた魚雷同士を接触させて誘爆させたのだ。

 

 陽炎はそこまで瞬時に把握すると、妹であり無二の相棒の不知火を伴い弾かれるように動いた。

 

 敵旗艦が跳躍した先には二水戦を統率する旗艦神通と、十六駆の二人がいる。何とか阻止しようと鋭角に舵を切り、後を追った。

 

 

「十六駆、散開!」

 

 迫る敵旗艦を見据えた神通が号令した。それを聞いた瞬間に時津風、天津風は左右に別れる。

 

 すぐ目の前を敵旗艦が着水した。巻き上がる水飛沫のカーテン越しに本体が神通を睨み、艤装が主砲を指向する。

 その時点で神通は動いていた。死角を探すような小細工はしない、真正面から突っ込んでいく。

 

 それを見た敵旗艦も避けるでもなく、応じるように艤装の腕を振り上げる。

 相手は明らかに自分より格下の軽巡洋艦。装甲は駆逐艦と大差ない艦種ではこの一撃を耐えられないだろう。距離の関係もあるが、艤装に殴打させるだけで充分だ。

 

 そう考えていた敵旗艦の思考を他所に、軽巡洋艦神通は思い切り海面を踏みしめ飛び上がった。

 着地点は艤装の胴体。横から飛び越えたことで本体は狼狽していた。

 

 

「ナニヲォ──!?」

 

「撃ちます」

 

 短く呟いてから右腕を前に出し、足元の艤装に向けると主砲を照準して発砲。完全にゼロ距離の砲撃を受けて艤装が揺らぎ、振り落とそうと腕を回そうとしたときには再び跳躍していた。

 空中で宙返りしながら四連装魚雷発射管を発射。空中を重力に引かれながら落下する九三式酸素魚雷は艤装に命中。次いで発生した爆風を背に受け、それに押されるように敵旗艦から離れていった。

 

 

 

          ◇◇◇

 

『ここ、は……?』

 

 呟いて聞こえた僕の声はエコーがかかっていた。周囲を見渡す。黒で塗りつぶしたような一面の闇、下降する逆さになった自分の視界。沸き上がる気泡を見て何処なのか理解した。

 

 

『結局、沈んだのか……』

 

 情けない。あの時、猫吊るしの提案で文字通り二心同体、駆逐艦叢雲として第2の人生を送ると決めていたのに。比叡を始め、叢雲に縁の深い艦娘達とショートランドで出会い、逃げたくないからって飛び出し、何度も必死の戦闘を経て会敵した戦艦棲姫相手に出来たのは捨て身の雷撃のみ。

 決死の覚悟でやった甲斐は果たしてあったか、今となってはそれも分からない。

 

 

『諦めるのか』

 

『? ……誰?』

 

 突然聞こえた声に慌てて周囲を見渡した。しかし、視界に入るのは先程と変わらない風景のみだった。

 

 

『私が誰かなど大した問題ではない。それより質問に答えろ』

 

『諦められるわけ、ないじゃないか……!』

 

 僕と叢雲は何故だか、こうして二人で一人の艦娘として生を受けた。

 僕はまだ生きていたい生の願望の為、叢雲は艦娘として二度と後悔しないために。その筈がこんなあっさりした最期なんて、あまりにも空しすぎるだろう。

 

 

『まだ生きたいのか』

 

 謎の声の主は続けて質問してきた。

 

 

『生きたいよ……っ。このままじゃ未練しか残らない。それに……』

 

『なんだ』

 

『白雪と初雪に、約束したんだ。カレー食べるために生きて帰るって』

 

『…………』

 

 理由を告げると沈黙が帰ってきた。

 

 

『え、っと。どうし『フ、ハハハハハ!』……!?』

 

 黙りこんだのが気になって訊こうとしたらいきなり笑い出した。え、本当にどうしたの?

 

 

『なんでいきなり笑うんだよ』

 

『ハハッ。いや悪い。思いがけない答えが返ってくるものでな、可笑しくなって我慢できなかったのだ』

 

『からかってる?』

 

『否。寧ろ嫌いではないから可笑しくなったのさ。これが若さか、なかなか良いものだな!』

 

 謎の声は愉快げに話した。なんか古風な話し方だけど、一体何がしたいんだ?

 

 

『戯れもここまでにしようか。本題に入る前に一つ、君も叢雲もまだ沈んでいないから安心しろ』

 

『えっ?』

 

 沈んでいない? でもここは僕が前世で死んでから目覚めた場所と同じだし、沈んだのでなければなんだって言うんだ。

 

 

『そもそもここは特定の人物の意識を、別の場所と繋げるための回廊なのだよ』

 

『回廊? それじゃ、やっぱり死後の世界じゃ』

 

 そこまで言いかけてから気になることを思い出した。

 

 あの時猫吊るしは何と言っていた? 確か、あの時。

 

 

 ──安心してくれ。ここは死後の世界とは違う、ある場所へと繋がる通り道みたいなものだ。

 

 記憶が間違いでなければそう言っていた。ということは。

 

 

『僕は意識を別の場所に向かって降りているのか?』

 

『ほう? よく解ったな。君の言う通り、ある場所に向かっている。ほら、ちょうど下に見えてきた』

 

 言われるままに逆さになった視界で視線を動かした。

 

 僕が向けた視線にあったのは、海底に横たわる船の残骸だった。

 船体は攻撃で誘爆したのか、中央から破断していた。前部は同じ理由で脱落したのか、主砲を置いていた場所に穴が出来ていた。そのすぐ後ろも基部だけで、痕跡を残して装備は残っていない。

 更に後ろは艦橋だったらしい上部構造物が見える。叢雲みたいな天蓋付きではなく密閉型のようだ。両舷に取り付けられたウイングがひしゃげている。

 

 少し離れた所では船体後部が海底に突き刺さっていた。何か搭載していたのか、格納庫と余裕のある広さの後部甲板がある。上部構造物の直後には前部と同様、主砲が収まっていたらしい穴があった。

 

 まさか。

 

 

『これって、戦後のフリゲート艦と同じレイアウトじゃないか!』

 

 前世の僕は艦これを通して駆逐艦叢雲に興味が湧き、太平洋戦争は勿論、初代の東雲型に至るまで調べた。その過程で知ることとなったのが3代目に当たるみねぐも型護衛艦だった。

 

 艦歴を調べていくうちに解ったのは、護衛艦むらくもが設計上の重大な課題を抱え、試験的に新型の速射砲を含む兵装を試験運用したこと。そして、第3代護衛艦隊旗艦に選ばれていることだった。

 

 眼下にある残骸のレイアウトは護衛艦むらくもと一致していた。なら、あれは。

 

 

『君も薄々気付いただろう。あれは、護衛艦むらくもの成れの果て。私がかつて海原を往き、最期を遂げた残骸だよ』

 

『……じゃあ、やっぱり君は』

 

『叢一、君は何を望む?

 

水上艦を沈める魚雷か?

 

駆逐艦叢雲の最期を繰り返さぬよう、敵機を撃墜する機銃や対空電探か?

 

敵潜水艦を発見して掃討する爆雷か?

 

どれを求める? その力を使って、何を為すつもりだ』

 

『僕は』

 

 謎の声の主──むらくもの言葉を頭の中で反芻させて、考える。

 

 駆逐艦としてなら、強力な魚雷は欲して止まないだろう。かつての叢雲の二の舞にならないよう、対空兵装の充実も重要だ。駆逐艦の主要任務である露払いをするなら、対潜兵装だろう。

 

 でも、僕が求めるのはそうじゃない気がした。

 

 

『僕が欲しいのは、護るための力』

 

 先程にむらくもが並べた言葉の中から選ぶのは、僕には難しい。

 

 何故なら、それらは駆逐艦に必要な要素だったから。どれも数に優れた駆逐艦だからこそ活きる兵装で、現代の護衛艦はそれを兼ね備えているはずだから。

 

 

『自分の身だけじゃない、仲間を護れる力が欲しい。それが僕の望むものだと思う』

 

『理不尽な現実が待ち受けてるかもしれんぞ? どうしても避けられない運命もあるかもしれない』

 

『そんなの認めない』

 

『何故?』

 

『僕も叢雲も、そう決めたから』

 

 駆逐艦叢雲の最期は、数多くの犠牲と無念を伴ったと思う。だから、そう決意した。今度こそ護るために。

 

 

『フッ、合格だ。その答えが聞けただけで充分だろう。さあ、受け取れ』

 

 むらくもがそう言った頃には、残骸が目の前だった。右手を下に向け、甲板に触れる。

 直後、叢雲の時と同様に船体が光に包まれた。

 船体だけじゃない。離れた海底の何ヵ所かに光が灯った。

 

 

『私はかつて舞鶴で生まれ、幾度も試験運用に使用されて護衛艦隊旗艦に選ばれた。平和主義国家となった日本を護るために生まれたはずだった』

 

 船体や周囲の残骸から溢れた光は奔流となり、僕の体に流れ込んでくる。同時に、むらくもの記憶が流れ込んできた。

 

 DD-118 みねぐも型護衛艦三番艦むらくも

 

 1968年 10月19日に起工、1969年 11月15日に進水。1970年 8月21日に就役後、第1護衛隊群第22護衛隊に編入。呉に配備された。

 

 1985年 3月27日に第3代護衛艦隊旗艦となり横須賀を定係地にして転籍、旗艦として指揮管制能力を拡張する改装が施された。

 

 

『私は護れなかった。今から26年前、人類に牙を剥いたヤツらと戦うため、米軍との共同作戦でこの南方の海に来た。それが私にとって最初の防衛出動で、最後となる初陣だった』

 

 次に流れ込んできたのはむらくもとは異なる、多分だけどこの世界に関わる歴史だった。

 

 1983年にオーストラリア国籍のタンカー一隻が謎の攻撃を受けて撃沈。

 原因を突き止めるべく、オーストラリア政府は海軍に調査を命じて実施するが、同任務行動中の艦艇までが消息を絶った。

 数年後の1987年、アメリカのハワイ州を国籍不明の航空機が爆撃。

 出動した米海軍が迎撃して犠牲を出しながら撃退。母艦と思われる存在を確認し、討伐部隊が編成されて出撃したが全滅。

 その後対象は移動し、南太平洋に向かったことが偵察で判明。更に調査した結果、ハワイを襲撃した母艦と思われる存在と、正体不明の大規模な勢力が確認された。

 最新鋭の装備を以てしても予想外の損害が出たことで米軍は警戒し、太平洋諸国に協力を要請。日本を含む多国籍軍を結成して南太平洋に集結、敵勢力と会戦した。

 結果、敵勢力に損害を与えられず多国籍軍は半壊。残存艦艇は撤退を開始した。

 

 これがこの世界の歴史なのか。前世では、二次界隈で多種多様な世界観の作品が存在した。なかには米国が衰退した設定の作品もあったくらいだ。

 

 光の奔流がもたらす情報はそれに留まらなかった。スライドショーのように映像が流れ始める。

 

 南太平洋ソロモン諸島近海上空を乱舞して、墜落していくジェット艦載機。生き残った機体を追い回す小型で黒い異形の飛行体。

 艦首を真上に向けて沈没していくミサイル駆逐艦。その周辺で漂う溺者を捕食する怪物。

 無線に悲鳴を伝えて機銃で散っていくパイロット達。海に投げ出され、不気味さを感じさせる怪物に捕食されまいと、恐怖と本能に突き動かされて必死に泳ごうとする艦艇の乗員達。

 

 僕の記憶の通りなら、あれはイ級だ。ゲームで見た物と多分同じ姿、ならここで日米連合部隊は。

 

 僕の思考を他所に違う映像が流れてくる。海上に見覚えのある個体が航行していた。

 

 

『戦艦棲姫!』

 

 見間違える筈がない。さっきまで交戦していた筈の深海棲艦が映像に映っていた。つまり、この時期から姫級が存在したことになる。

 

 映像のなかの戦艦棲姫が腕を降り下ろし、背後の艤装が砲声を轟かせる。

 砲撃を受けた艦艇は懸命に回避運動するが、一発の至近弾が艦左舷中央付近に着水。発生した衝撃波が船体を叩き、竜骨(キール)が悲鳴のような軋みを鳴らした。直後、艦内で爆発を起こして船体は分断し始める。一方で前部主砲が旋回して戦艦棲姫を指向、最後の抵抗とばかりに発砲した。

 発射された砲弾は吸い込まれるように直撃。被弾した戦艦棲姫は目立った損傷こそ無かったが、恨みを込めた視線で睨んでいた。

 

 最後の砲撃をした艦艇には艦首に艦名が記されていた。

 『DD-118 むらくも』

 この場所に誘った彼女と同じ名前。つまり、本当にここで戦っていたのだ。恐らく護衛艦隊旗艦として、他の護衛艦を率いて多国籍軍に参加していた。

 

 映像のなかの彼女は力尽きたように、浸水による負荷で船体を半ばからへし折られ海中に没していった。

 

 

『今のが私の記憶するすべてだ。ここから先を知りたいのなら、今日の戦いを生き延びるしかないだろう』

 

『まだ、僕も叢雲も沈んでないんだよね?』

 

『そうだ』

 

『戦いは終わっていない?』

 

『ああ。当海域に友軍の増援も近付いているが、現場の敵は君を救助する駆逐艦達に攻撃するだろう』

 

『戻らなくちゃ』

 

 雪風は顕現して間もない叢雲を気遣って同行してくれた。これ以上彼女に守られるだけでは終われない。

 

 

『私はフネだった時代、ヤツらに通用しなかった。だから、頼んだぞ』

 

『それなんだけど、さ。僕からもお願いして良いかな?』

 

『なんだ』

 

『僕は駆逐艦叢雲についてある程度解っているつもりだけど、護衛艦むらくもについては殆ど何も知らない。だから、最初は君に体を預けたいんだ』

 

 これは僕なりに考えてみたことだ。この海は駆逐艦叢雲にとっても、護衛艦むらくもにとっても因縁深い場所だ。本来は平凡な高校生が全部担うより、リベンジを果たす意味でも彼女に任せてみたかった。

 

 

『……良いのか?』

 

『勿論、君が拒むなら強要しないよ。僕が引き受ける。でも、この海に因縁があるのは叢雲だけじゃなく、むらくもだって同じだよ。だから、最初は君に預けたいと思う』

 

『……解った。君がそう望むなら、私としても拒む理由はない。彼女、叢雲の台詞を真似するわけではないが、言わせて貰おう。ありがとう。私に機会を与えてくれて。そう願ってくれた君の為にも、生きて帰らせると確約しよう。今日から頼むぞ、相棒』

 

 やがて光の奔流は海底より遥か上に向かって上昇し始めた。体もそれに運ばれるように浮き始める。

 

 急速に上昇してどれ程経っただろう、海上に立っていた。意識は体の制御から離れているのを確認した。

 

 

「また会えたな、あの時の深海棲艦! 沈められた姉達、僚艦の仇は取らせて貰うぞ」

 

 そう告げられた深海棲艦、戦艦棲姫は信じられないような表情を浮かべていた。

 

 

「みねぐも型護衛艦三番艦、DD-118 むらくも。交戦規定に従い交戦する! 往くぞ」

 

 専守防衛を掲げる戦後の自衛艦の生まれ変わった姿、自衛艦娘が声高く宣言した。




唐突な自衛艦娘登場。ここから彼女はどう戦っていくのか。

それはそうと雪風については、あれは史実をあれこれ調べて考えた結果こうなりました。

幸運艦なんて呼ばれていても結局、一番不幸なのは雪風だったと思います。自分が行く先々で多くの艦を看取るなんて、普通だったら気が気でないでしょう。
それでも彼女が前向きに戦ってこれたのは姉妹や二水戦旗艦の神通が居たから、今度こそ護ると思えばこそ。

次回も雪風の視点を含む描写になると思います。今回みたいにごちゃごちゃ視点が変わることはないかと。多分。


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第7話 護衛艦むらくも

また一ヶ月経ってしまい更新は一月跨いで6月に。鋼鉄小説の再編集や5月に始まった春イベントもあり遅くなりましたが、唐突な猛暑にも負けず何とか投稿できました。

それはそうと、5月、元号が令和になり元年を迎えてからは変わったことがありました。
今書いてる話の舞台となった徹底海峡で沈んだ、神通と古鷹発見の報ですね。書いてる途中で舞い込んだ知らせに霧島の時と同じく、少し感慨深く感じました。書いてる小説の内容と無関係ではない三隻の発見。他に見つかってない艦が発表されないうちにボス戦を書き終わりたいですね。

あと読者の皆様、令和初のイベントは順調でしょうか。作者は自信喪失のあまり後段作戦を諦めましたが(E-2の時点で予定される期間の1/3を浪費したため)、まあ何とか前段を終わらせます。

あとこれだけ更新が遅れた理由の一つとしてはやはり、自衛艦について詳しく調べていたためでした。装備も細かいところを調べて描写に必要な部分だけ抽出するため時間がどうしても長くなったんですよね。

前書きで長々と語ってしまいましたが、最初は雪風の視点からです。では、どうぞ。


 目の前で起きた事象に雪風は愕然としていた。

 

 敵旗艦に雷撃して自身を巻き込んだ爆発で、叢雲は先程まで気絶していたはずだ。実際、神通率いる二水戦の援護で側に駆け寄ったときは酷い状態だったのを確認している。

 艤装は主砲と魚雷が完全に脱落して攻撃力を喪失、更に肉体は酷い怪我を負い出血も多量だ。それ以上の失血を防ぐため、雪風と初風は応急処置を施そうとしたときだった。

 

 突然、彼女の体を強烈な光が包んだ。その光は視界を埋め尽くすほどで、反射的に目を閉じた程だった。

 暫くして光が弱くなり始めたのを瞼越しに感じ取り、目を開けて驚愕した。

 

 叢雲が目の前で立っていた。先程までの轟沈寸前の状態が嘘のような無傷の、全く異なる外見へとその姿を変えて。

 

 頭上に浮かぶ電探艤装は変わっていないが、服装はワンピース風のセーラー服から変わり、丈の短いノースリーブを黒いインナーの上に着ている。両手には白黒のグローブを着けていた。

 

 変化は艤装にも起きていた。元々装備していた主砲二基は、密閉式の連装砲が内部機構を剥き出しにした砲身の小振りな形状に変化している。

 左手の三連装魚雷発射管は俵積みに、やや短く細い外見になっていた。

 

 

「また会えたな、あの時の深海棲艦! 沈められた姉達、僚艦の仇を取らせて貰うぞ!」

 

 別人のような姿となった彼女は口調すら異なり、勇ましさを感じる威勢で告げた。

 対して敵旗艦は動揺が見てとれるほど困惑した様子だった。無理もないかもしれない。一度は戦闘継続不能になった筈が、姿を変えて復活したようなものなのだから。

 

 

「みねぐも型護衛艦三番艦、DD-118 むらくも。交戦規定に従い交戦する! 往くぞ」

 

 叫んでから前傾姿勢を取ると、弾かれるように動き始めた。

 

 

「叢雲ちゃん、待って! 初風ちゃん、お願いします!」

 

「何なのよ、もう! しょうがないわね、あの駆逐艦!」

 

 後を追うように雪風と初風が付いていった。

 

 

 

          ◇◇◇

 

「どうやらこれも無事だったようだな」

 

 機関を始動して発進した私が最初に行ったのは、駆逐艦叢雲が持っていた槍を回収することだった。

 

 これは戦術的には重要ではない、艤装に装備されたOPS-17(対水上捜索レーダー)及びOPS-11B(対空捜索レーダー)と、F C S - 1(72式射撃指揮装置1型)及びMK.61(射撃指揮システム)の恩恵で砲撃は正確な筈だからだ。

 

 それでも敵艦(叢一の記憶に従えば戦艦棲姫)との中間地点に浮かんでいた、戦場のあらゆる光を反射するそれを見た時、自然と体は動いていた。

 

 理由は直感的にだが分かっていた。恐らくだが駆逐艦叢雲の意思が干渉したのだろう。叢一は好きにさせてくれたが、肉体のベースはあくまで駆逐艦叢雲。彼女にとってこれだけは譲れなかったのだな。

 

 

『良く分かってんじゃない』

 

 む? 直接私の頭に声が響くこの声は、ひょっとして叢雲か?

 

 

『その通り、私よ。取り敢えず言いたいことだけ言うために回線を確保したわ』

 

 薄々感付いてはいたが、器用な娘だな。動機がこうでなければ良かったが。

 

 

『何よ、文句ある? 言っとくけど、この戦いで生き残らないと意味ないんだからね。下手を打たないでよ』

 

 言われなくとも分かっているさ。見ていろ、今から二水戦を援護するところから始めるからな。

 

 

「叢雲ちゃん!」

 

 背後から名前を呼ぶ叫び声が聞こえてきた。と言ってもレーダーで確認は出来ているから、追い付いてきたときに声を掛けられるくらい予想していたが。

 

 

「雪風か。悪いが今は撤退しないぞ。二水戦を援護して、あの化け物をどうにかしたいからな」

 

「それは取り敢えずいいです。それより怪我は!? 酷い損傷だったはずですよ!」

 

「心配は要らん。見ての通り、ピンピンしている」

 

 声を荒らげた雪風にそう返していると初風が近寄ってきた。

 

 

「ちょっと貴女! いきなり飛び出さないでよ! 折角救助に駆け付けたってのに……!」

 

 彼女が捲し立てる間、私は右側の主砲『76mm連装速射砲(68式50口径3inch連装速射砲)』に無言で命令を下していた。砲塔と連結した砲架が甲高い音を奏でながら、主砲を雪風達が来た方向に向ける。

 

 

「叢雲ちゃんっ!?」

 

「撃て」

 

 驚きに声を上げる雪風に構わず命じる。主砲に内蔵されたMK.63 GFCSが闇の中に潜む標的を捉え、レーダー波でロックしてからすかさず発砲した。

 

 発射した砲弾は間もなく命中した。直撃した際に生じた爆炎で浮かび上がった敵の駆逐艦の影を視認して、レーダーは標的が沈んでいないことを報せた。

 続けて砲撃する。私が装備する主砲は砲架後部に回転式シリンダーで装填用の砲弾を給弾する仕組みになっているため、後は人力で装填する半自動式だ。給弾から装填までの効率は装填手の技量と体力に依存した機構だが、それでも発射速度は前大戦時の駆逐艦より大幅に向上している。

 

 立て続けに砲撃を浴びた敵駆逐艦は耐えきれず爆発炎上し、周囲の暗闇を照らす篝火と化した。

 

 

「ここから動くぞ!」

 

 叫んでから駆け出した。海上を駆けながら、あること(・・・・)のために意識を集中する。直後、立体的なディスプレイと鍵盤(キーボード)が目の前に出現した。それを操作して、レーダー情報を表示する。

 

 私から一番近い左右に二つの反応が出ている、これは雪風と初風だろう。前方には大型と思われる反応、それを囲むように中小の反応が多数激しく動いている。恐らく、戦艦棲姫と交戦中の神通達二水戦だ。

 

 

「ねえ! さっきから全然速度出てないじゃない! 10knotは遅く見えるわよ!」

 

 レーダーを確認してると並走する初風が叫んでくる。

 

 

「それは悪いな! これは仕様なんだ、既に全速だよ!」

 

 私も叫んで返した。前大戦時の記憶を持った彼女からすれば、駆逐艦級が30knotにも満たないのはよほど老朽化してるか、艦種が違うかのどちらかだろう。

 だが、私を含む『みねぐも型護衛艦』が搭載した機関はボイラーではなくディーゼルだ。海上自衛隊は最速32knotを期待したが当時の技術で実現できず、燃費効率の悪い方式の機関を積むことになった。

 だから初風の指摘は尤もで、駆逐艦叢雲が最速38knot出たのに対し、私は最速27knotしか出せない。

 

 

「それよりレーダーに反応がある! サブ島方面に多数、ケ島より東の海域に複数確認。ケ島の反応はこっちに向かってきている!」

 

「サブ島の反応は本土から来た増援が交戦してると思います! 叢雲ちゃんと合流する前に連絡を受けましたから!」

 

 雪風が叫んで教えてくれた。成る程、本土から援軍が向かってきてるのか。ならそれがこちらまで駆け付けるまでが勝負だな。

 

 

「本当なら有り難い! 私もそろそろ撤退したいが、サブ島方面で戦闘が発生したなら難しい。それよりも目の前の戦闘に集中したい!」

 

 眼と鼻の先と言える距離に二水戦と戦艦棲姫が砲火を交えていた。

 駆逐艦、軽巡なら即撃沈する危険性のある砲撃を直撃されないよう、二水戦は回避を重視した動きに徹している。

 一方で戦艦棲姫は翻弄された様子で、忌々しげに表情を歪めながら使役する艤装に砲撃させている。

 

 

「初風は上空を警戒してくれ。もうすぐ夜が明ける筈だ。敵艦載機の空襲に注意してくれ! 雪風は周囲を警戒。電探ならそれが可能だ、頼むぞ!」

 

「こんな筈じゃないんだけど、目の前の敵をどうにかしないといけないし仕方無いわね!」

 

「退路ができたら即撤退ですからね!」

 

 私の指示に二隻の陽炎型駆逐艦が渋々と言った様子で応じてくれた。ここで引き下がっては機会を与えてくれた叢一に顔向けできんのだ、悪いな。

 

 

「では往くぞ! 主砲一番から撃ち方始め!!」

 

 艤装に装備された捜索レーダーは入り乱れて動き続ける戦艦棲姫と二水戦を捉え続けている。狙うは戦艦棲姫のみ。MK.63 GFCSが艦影に向けレーダー波を向けると、FCS -1の統制に従って右側の主砲を発砲した。砲弾は敵艦を目掛けて飛翔していく。

 

 

「……弾着を確認。効果はない!」

 

 精密な射撃は戦艦棲姫への着弾を成功させたが、目立った損傷はない。敵の重装甲に対して、私の火力は明らかに不足していた。

 

 元はD D E(対空護衛艦)とのハイローミックスで建造されたのが、私のようなD D K(対潜護衛艦)だ。当然だが対潜重視の設計ゆえに、砲火力は劣っている。

 

 だが注意を引くには十分だったようだ。私の砲撃で一瞬だが気を取られた戦艦棲姫は、二水戦の一斉雷撃でその何割かに直撃を受けた。

 

 

「オノレェェ! アノ時ノ人間ノ船ガ、忌々シイ真似ヲォ!」

 

 呪詛の言葉を吐き出した戦艦棲姫にもはや交戦直後のような冷静は見られない。周囲の二水戦すら無視して私に砲口を向けてくる。

 

 

「あんまりこう言う使い方、するものではないがな!」

 

 回避しようと舵を切りながら、左腕の三連装魚雷発射管を向けた。

 今の私は駆逐艦叢雲、差別化を図るため第39号駆逐艦に因んで今後はミクと呼ぶが、彼女とは違い装備する魚雷は何もかもが別物だ。

 

 元は敵潜水艦の雷撃から自艦、あるいは護衛対象を守るために迎撃用として装備する対潜誘導魚雷だ。弾頭部のアクティブソナーから音波を発信して、返ってきた音響で対象の位置などの緒元に従って誘導するアクティブ音響ホーミング方式を採用している。

 

 用途としては対潜であるため対艦攻撃には向いていないが、誘導を考慮しなければ攻撃に使用可能な筈だ。

 

 

「取って置きの73式だ、持っていけ!」

 

 俵積みの三連装魚雷発射管から圧搾空気で誘導魚雷を射出し、着水した3本の73式魚雷は真っ直ぐ海中を突き進んでいく。

 

 それから数秒後、戦艦棲姫の足元で二つの水柱が立ち上った。

 

 

「よし! 上手く当たったようだ」

 

 73式は幸運にも2発が命中した。

 要因となったのは二水戦との攻防だった。砲撃の直撃を避けるため激しく動き回る二水戦に対し、戦艦棲姫はそれに意識を奪われ私の魚雷まで察知できなかったようだ。

 

 やりたい事はやった。後は任せるぞ。ミク、叢一。

 

 そう内心で彼らに語りかけ、体のコントロールを手放した。

 

 

 

          ◇◇◇

 

任せなさい。絶対に貴女も連れていくわ

 

 体のコントロールが戻ったのを知覚しながら小声で呟いた。

 むらくもから僕に戻ったと言うことは、彼女はそれなりに満足したのだろう。

 

 さて、そろそろ行動を起こさないと。

 

 

「雪風、初風! 付いてきてるわね!?」

 

「貴女に合わせて航行してます!」

 

「さっきから何なのよ貴女! ボロボロになって気を失ったと思ったら姿変えて、雰囲気も変わったと思ったらいきなり元に戻って!」

 

「元に戻ったのは雰囲気だけよ! 色々聞きたいのは分かるけど、今は戦闘中だから後にして!」

 

 初風が興奮しながら叫んできた。ごめん、色々変化したのは事情があるし、話して良いのか正直わからない。これは今後の課題かな。

 

 

「て、敵旗艦接近!回避してください!」

 

 雪風が叫んだ。僕の(と言うよりむらくもの)レーダーでもそれは捉えていた。周囲の二水戦を無視して真っ直ぐこちらに向かってくる。

 

 

「どうやら相当恨まれたみたいね……!」

 

 言いながら舵を切って回避行動に移った。

 

 とは言え、当然の結果だったかもしれない。気絶した戦艦を抱えた艦隊はたった三隻の駆逐艦が介入して取り逃がし、僕の捨て身の雷撃で少なくとも打撃を受けたのは確か。更にむらくもの攻撃もあって相手も我慢できず、ターゲットをこちらに絞ってきたんだろう。

 

 ……暢気に分析してる場合じゃないか。

 

 

「雪風、酸素魚雷は!?」

 

「一斉射分あります!」

 

 隣で並走する雪風が応えた。

 

「航行しつつ後方に撃って!」

 

 当たるかは分からないが、足止めにはなると期待したい。

 

 

「分かりました!」

 

 雪風は叫んで応えると航行しながら右半身を前に、魚雷発射管を後方の戦艦棲姫に向けた。

 

 四連装魚雷発射管から酸素魚雷を一斉に射出した。速力と航続距離に優れた性能から海外で“ロングランス”と呼ばれた魚雷四本が、それぞれの射線を突き進んでいく。

 

 それこら数秒経つと爆発音が一つ背中越しに響いてきた。

 後ろを振り返ると舞い上がった水飛沫を弾きながら追い掛けてくる戦艦棲姫が見えた。雷撃を何度も受け続けた影響なのか、使役している艤装からは煙が噴いていた。それに多分、速力が低下してきているように見える。あの分だと相当ガタが来ている筈なのに執拗な追撃を仕掛けてきてる。

 

 相手は頭に血が上ってるし、今なら行けるか。

 

 

「雪風、神通に連絡できる!?」

 

「隊通信で出来ます!」

 

「このまま敵旗艦を引き連れてサブ島方面に向かう。そこの増援と合流して任せた後はその足でショートランドに帰投する。悪いけどお願い!」

 

「分かりました!」

 

 返事してから耳に手を当て、集中するように目を閉じた。

 

 

「………返信来ました。『追撃を続行しながらサブ島まで送る』、以上です!」

 

「決まりね。二人とも、悪いけどもう少し付き合って!」

 

「はい!」

 

「今回は貸しよ! 覚えておきなさい!」

 

 本土から来たと言う増援に戦艦棲姫撃破の望みを託すため、白雪達と約束を果たすために北へ向かう。

 

 その時のケ島東部とフロリダ島に挟まれた海域からは夜空を明るく染める陽光が漏れ、夜明けの訪れを告げていた。




残念ながらまだ原作イベに相当する作戦は終わりません。ただ次回かその次に決着は着いてると思います。次はようやく撤退戦になりますね。

あとどれだけ待ってくれてる方が居るか分かりませんが鋼鉄小説の近況について。恐らく、早ければ7月、あるいは8月頃に連載を再開できるかもしれません。あと世界線が同じの作品を幾つか検討中、書くかはまだ分かりませんが。

では、宜しければ感想、高評価をお待ちしていますm(__)m


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第8話 南方棲戦姫

前回からだいぶ間隔が空いてしまいました。何で遅れたかと言えば、春イベに挑戦してたのと、夏の蒸し暑さで筆が遅れたからです。

あと前回投稿してからは、春イベはこんな感じで進みました。

take1:よーし最新話投稿したしE-2攻略するぞ。→無事攻略。
take2:次はE-3だな、どれどれ。→途中で燃料が底をついて諦める。
take3:なんか期間だいぶ余ってるな、試しにもう一回出撃してもらうか。→ゴトランド泥ナンデヤ!
take4:ゴトランド来てくれたしモチベ沸いたしもういっちょ→ガングート泥エッ?(°Д°)?
take5:まさか、また誰か来ないよね?→巻雲泥→ヤッテヤロウジャネエカヨ!!
take6:やる気取り戻して本腰→無事E-3クリア。

みたいな感じでした。後段は今回も諦めましたが、海外艦も来たし、E-3クリア後は掘りで秋月が来てくれたので満足な結果です。これからは対空艦を育てた方がいいので育成ローテを見直しました。次は後段に挑みたいですね。

では本編をどうぞ


 むらくもの顕現で三位一体となった叢()、神通率いる二水戦が戦艦棲姫を引き付ける形で移動する頃から時は少し遡る。

 

 月明かり以外海面を照らすものの無かった夜の闇は徐々に薄まり、曙光がフロリダ本島の山々から溢れつつある時間帯に、本土から来た増援の部隊が新たに出現した護衛部隊と交戦していた。

 

 

「夕立、一旦下がるネ! 綾波は突撃するデース!!」

 

「了解っぽい!」

 

「分かりました!」

 

 乱戦状態の僚艦の駆逐艦夕立が飛んできた指示に砲撃で敵艦を牽制しながら後退し、入れ替わりに綾波が猛烈な勢いで敵艦に肉薄していく。

 

 

「綾波が、守ります!」

 

 決意のこもった言葉を叫び、至近距離から叩き込まれた高初速の砲弾が軽巡ヘ級eliteの装甲を食い破り海の藻屑へと変えていく。

 

 

「なかなかheavyな海域デス。ここはbigな敵艦を狙いマショウ!」

 

 英語混じりの訛りがある口調の戦艦金剛は背部艤装で主砲を旋回させ、前方奥にいる戦艦ル級flagshipに向けて指向する。

 

 

「撃ちマス、fire!!」

 

 両手を前に突きだし、41cm45口径連装4基8門が一斉に砲声を上げた。

 

 長門型戦艦に匹敵する火力の砲弾は最新鋭の水上電探が計測した緒元に導かれ、正確に敵戦艦へと降り注ぐ。直後、何発かがル級に命中して文字通り粉砕した。

 

 

「流石は提督がくれた装備デス。これが改二のpower……!」

 

 金剛は最近配備されつつあった新装備でこの海域に出撃していた。

 

 ────改二改装。

 

 既存の艦娘の性能を格段に向上させる、第2の改装に名付けられた総称だった。最初は球磨型軽巡洋艦二隻を対象とした改装が試験的に実施され、その後の実戦で改二改装によって得られた性能を評価されてからは、各地の有力な艦娘に改装が施されていった。

 

 金剛が指示を飛ばした駆逐艦綾波、夕立もその例に漏れず、それぞれが戦時での活躍をモチーフに改装されていた。

 

 金剛もその一隻だった。金剛の戦艦としての戦力を長門型と同等レベルに引き上げたものだが、これは軍縮により建造が中止された天城型巡洋戦艦を参考にしたと言われている。

 

 

「そっちは大丈夫デスか、ヤマチャン!」

 

 叫んだ金剛の視線の先では一隻の戦艦がいる。

 

 

「私は大丈夫です。金剛さんは周囲の敵艦をお願いします!」

 

 交戦中の敵艦と砲火を交えながら艦娘──戦艦大和は叫び返した。

 

 その一方で敵艦は強大だった。

 両腕に付いたハリネズミのごとく砲塔が並んだ艤装を振りかざし、多数の砲門による脅威的な火力で大和と交戦している。

 

 その周囲でも激しい戦闘が展開されていた。

 海上に浮かぶ球状で顔だけの物体が砲撃を行い、その先で二人の艦娘が激しく駆け回っていた。

 

 

「大和には指一本触れさせないわ!」

 

 艦娘の一人──軽巡矢矧は気合いのこもった言葉を叫び、15.2cm連装砲を発砲した。射戦の先にある標的──今作戦の当初から出現が確認されていた護衛部隊の深海棲艦『護衛要塞』は直撃を浴び、近距離の砲撃だったことで火だるまと化していく。

 

 だが護衛要塞は作戦海域に潜む姫級の護衛であり、その数は単体ではなく複数存在した。矢矧は残った数体とも交戦を続ける。

 

 

「こいつらは大和のところには行かせない。……菊月!!」

 

「承知した」

 

 矢矧に呼ばれて銀髪の小柄な少女が前に飛び出した。両手に主砲の12cm単装高角砲を携え、目の前の敵艦群を睨む。

 

 

「私はここでやりたいことがある。沈んでもらうぞ!」

 

 両手の主砲を護衛要塞に向けて発砲する。毎分約11発の速度で発射された砲弾は4秒毎に敵艦を直撃していく。敵艦も反撃してくるが、菊月は装填するまでの間それをかわし続けた。

 

 そこに矢矧の放った砲弾が護衛要塞の隙を突くように直撃、先程と同様火だるまに変えた。

 

 

「菊月、そのまま敵艦を撹乱して!」

 

「了解だ。私では魚雷が使えない以上出来るのはこれくらいだからな!」

 

 護衛要塞は海上に浮かんでいるため砲撃は当たっても、魚雷を当てることはできない。最大の火力である魚雷を封じられた菊月に出来るのは、敵艦の注意を引くことだけだった。

 

 

(矢矧達が抑えてくれている。でも何時次の増援が来るか分からない、早く目の前の姫級を仕留めないと……!)

 

 目の前の敵戦艦と砲撃の応酬を繰り返す大和は焦っていた。

 

 目の前にいるのは今作戦から『南方棲戦姫』と命名された新型の深海棲艦だった。

 今作戦の足掛かりとして実施された強行偵察作戦でも酷似した個体が確認され、その後は強化された個体も含め複数の姫・鬼級が攻略の障害として幾度も作戦海域に展開してきた。

 目の前の敵艦は更に強大な存在だ。当該海域の既に討伐された飛行場姫、敵旗艦を護衛する艦隊の中核となって出現してからは攻略艦隊と交戦、少なくない被害を与えてきた。

 

 南方棲戦姫を脅威としているのは砲撃力もあるが、巡洋艦並の雷撃能力と艦載機運用能力を有していることに起因している。そんな単体として柔軟で強大な戦力を発揮する姫級だが、脅威はそれだけではない。

 

 護衛要塞もまた、南方棲戦姫と同じく砲雷撃戦、航空戦能力を有している。

 単体としての能力は南方棲戦姫には及ばないものの数が多く、その万能と言える性能は深海棲艦の物量もあって昼戦を困難にしていた。攻略艦隊が態々開幕を夜戦で挑んでいるのは、そう言った戦力差を補うためだった。

 大和達のような後から来た増援艦隊も同様であり、夜明けを迎えてからの展開を大和は危惧しているのだ。

 

 

「時間がありません、一気に片を付けます!」

 

 意を決して南方棲戦姫目掛けて肉薄しようと接近する。相手がどれだけ強大でもこちらは大和型、地上最強の戦艦と言われた自分がここで退く訳にはいかない。至近距離の砲撃で少しでも損傷を与えるつもりだった。

 

 だが相手にもその意図が解っているのかそれを妨害するように、両腕の凶悪な艤装が口を開いて雷撃してきた。

 

 

「各砲門、各個に迎撃開始!」

 

 急速に舵を切り回避しながら主砲、副砲を海面に向けて発射した。着弾で生じる衝撃と波で敵魚雷の信管を誤作動させる狙いだ。

 海面に多数の水柱が屹立する。直後、海面下で爆発が生じて水飛沫を撒き散らした。

 

 南方棲戦姫の放った魚雷群が信管の誤作動で爆発したのだと確信し突撃しようとしたその時、水飛沫のカーテンを引き裂くように敵の艦載機が飛び出してきた。

 

 

「主砲再装填、弾種三式弾!」

 

 恐らく敵機は南方棲戦姫が発艦させたものだ、夜明けを迎えたことで発着艦が可能になったのだろう。冷静に分析すると、頭上の敵攻撃隊を撹乱する為にジグザグに動く。対空戦闘における戦闘航海術『之字運動』だ。しかも時折蛇行を含めることで敵に予測させず、その間に主砲を上空に向ける。

 

 

「全主砲、薙ぎ払えッ!!」

 

 号令の直後、砲撃で大和の周囲を衝撃波が襲う。主砲の仰角を最大にして放った砲撃は、立っている海面のほぼ全周囲に巨大な波紋を作り出した。

 続けて上空の敵機群を三式弾に内蔵された無数の子弾が襲い、海上の空を炸裂した対空砲火と相次ぐ敵機の爆発が彩る。

 

 

「これなら、……ッ!? 敵機!」

 

 たった今撃破した敵機とは別の編隊を大和の42号対空電探が捉えた。反応は4機、こちらを目掛けて真っ直ぐ接近して来ている。主砲は先に斉射したため直ぐには撃てない、高角砲と機銃で対応するしかなかった。

 

 だが目前には南方棲戦姫がいる、姫級に加え敵機群まで同時に相手するのは危険すぎる。

 

 

(それでも後には退けない、覚悟を決めるしか……)

 

 でなければ随伴の金剛達がもたない。ここで敵の戦力を削り取っておく必要がある。顕現して間もない戦艦娘が悲壮な覚悟を決めかけたときだった。

 

 ここから少し離れた位置から砲声が響き渡った。直後に空気を切り裂く音がすると、上空の敵機が爆発した。

 すぐに再度の砲声が響き渡る。突然僚機が墜されて状況を掴めずただ旋回していた敵機群は先と同様爆発、次々に撃墜されていく。

 

 この現象を生んだ主は大和の電探で捉えていた。それが示す方角に振り向くと、そこには駆逐艦娘らしき少女がこちらに向かって来ていた。

 

 

『こちらはショートランド泊地所属、駆逐艦叢雲。そこの友軍艦隊、今のうちに態勢を建て直しなさい! 上空の敵機はこっちで引き受けるわ!』

 

 叢雲と名乗った艦娘は無線でそう告げてから、再び対空射撃を開始した。

 

 

 

          ◇◇◇

 

「十七駆は突撃してください! 十八駆は私と一緒に敵旗艦の要撃、十六駆は叢雲さんと敵機の迎撃を開始してください!!」

 

 神通の飛ばした指示に「了解!」と周囲から返事が返ってくる。それから弾かれるように谷風達第十七駆逐隊、陽炎達第十八駆逐隊が飛び出していった。

 

 

「叢雲さん。私はショートランドに帰還できるよう安全を確約しました。残念ながら貴女は一度大破相当の被害を受けてしまいましたので、それを守りきれなかったのは申し訳なく思っています」

 

 何かの前置きのように言いながら背後から迫ってきた球体の深海棲艦──多分護衛要塞かな? を振り返らずに砲撃して撃破した。彼女の後方で火柱と硝煙が立ち上って少し怖い。思わず対空射撃を止めてしまった。

 

 

「ですが、現地に近付いた途端対空射撃して、勝手に話を進める許可まで出した覚えはありませんよ?」

 

 怒ってる。レーダーでサブ島沖の戦闘を確認したのは雪風達に話して、彼女達経由で神通達に伝わったからそれは良いんだけど、神通が今言った通り敵機の迎撃を勝手に請け負った事がいけなかったらしい。

 

 

「え、えーと。悪かったわ、ごめんなさい。つい勢いで」

 

 と言うか今の神通さん(・・)、目が怖い。顔は柔らかく微笑んでるんだけど目が笑ってない。眼光が氷みたいに冷たい光を帯びてる気がしてきて、目を逸らしたいけど逸らしちゃいけない気がして逸らせない。

 

 

「神通さん、それくらいにしましょう。初風達が敵機との交戦に入ってます」

 

『叢雲ッ、貴女対空射撃が得意なんでしょ! いい加減手伝いなさい!』

 

 目の前の戦況もあるのか、見かねた雪風が助け船を出してくれた。前方では敵機の機銃掃射を受けながら交戦する初風達が見える。無線からは切羽詰まったような叫び声を伝えてきた。

 

 

「そうですね。叢雲さん。ここの安定化が出来次第、貴女は雪風さん達とショートランドに向かってください。それまでは敵機の排除をしてください。私は敵旗艦を抑え込みます」

 

 そう告げてから反転して後方に遠ざかっていく。後方の海上では、幾度も繰り返された攻撃で明らかに消耗した戦艦棲姫が忌々しげに叫んでいた。

 

 あちらは神通達に任せて大丈夫だろう。意識を後方から前方の敵機群に移した。護衛の雪風が前に出て駆け出し、僕も後を追う。

 

 

「次発装填良し、主砲照準!」

 

 前方の敵機を睨み叫ぶと、攻撃を再開する意思に従って左右の76mm連装速射砲が駆動する。主砲に内蔵されたMk.63 GFCS(砲射撃指揮装置)と第1方位盤のFCS -1B(72式射撃指揮装置1型B)が前方の敵機群を捕捉し、目標の諸元に従って照準した。

 

 

「墜ちなさい!」

 

 再び発砲した。本来むらくもの主砲は前大戦後期から必要に迫られた米海軍が戦後に配備したものだ。発達したGFCSと自動装填装置の恩恵を受けた強力な両用砲が、敵機に猛然と砲弾を浴びせかける。

 

 敵護衛部隊は新たに艦載機を発艦させたらしく、先に砲撃して数を減らした部隊に合流しようとする部隊が見えていた。合流される前に直近の部隊を殲滅するため、各砲門を交互に射撃して畳み掛ける。

 

 元々想定していない連射速度と高精度だったみたいで、某自衛艦がタイムスリップするアニメみたく砲弾は命中して敵機を墜としていった。

 

 

「敵機群α(アルファ)を撃滅したわ!」

 

「叢雲ちゃん、敵機が分散しました!」

 

 雪風が叫んでそう伝えてきた。僕もレーダーでそれは把握している。どうやら部隊を二つに分けたみたいだ。

 付近で戦闘中の大和らしい艦娘がいる艦隊を迂回するように遠回りする小規模の一群、β(ブラボー)と呼ぼう。次に、現海域に点在する反応が確認できる。多分護衛要塞の艦載機か、これは仮称でC(チャーリー)と呼ぶことにする。

 

 

「雪風。私は敵機群βを叩きにいくわ! その間は水上戦闘は難しいから、援護して!」

 

 これはむらくもの抱えていた欠点だった。対空射撃だけなら先程みたいにFCS-1BとMk-63を併用すれば問題はない。ただ、対艦対潜いずれかを同時にこなすのには無理があった。

 

 例えば今僕はむらくもの状態になっているけど、まだ使っていない兵装では無人対潜哨戒機DASHがある。これはむらくもの記憶の通りなら、当時の海上自衛艦が熱望した期待の新兵器だった。

 残念ながら米海軍でも事故が多発したせいで運用は中止され、後からアスロックに変更された不遇の兵装だったけど。

 

 話を戻そう。実は、むらくもにはDASHに関係する弱点がある。DASHの誘導には第1方位盤のFCS-1Bが必要で、使用中は対潜以外の目標を同時に捕捉できない。その間は手動のMK.63しか対空戦闘に対応できず、みねぐも型が抱える最大の欠陥であり当時の課題だった。

 

 これは対艦でも同じのようだ。対空だけなら良いけど、水上目標まではFCS-1Bで処理しきれずどちらか一方のみとなってしまう。

 

 

「分かりました。行きましょう!」

 

 だからこそ雪風達第十六駆逐隊に頼るしかない。それに対して申し訳なく思う一方で雪風は快諾してくれたので正直ありがたい。

 

 サブ島沖の戦線を安定させるため、移動する敵機群βを迎撃するため移動を開始した。

 

 

 

          ◇◇◇

 

「磯風。右から雷跡が来とる、回避じゃ! 浜風の後方から敵機、迎撃してや!」

 

 神通の指示で増援艦隊を援護するため、突撃した第十七駆逐隊は敵護衛部隊と混戦状態にあった。

 

 海上は敵護衛部隊のイロハ級(姫・鬼級、護衛要塞以外の深海棲艦)や護衛要塞、上空は護衛要塞と南方棲戦姫が発艦させた艦載機と多数だ。それでも数的不利を補うため、駆逐艦浦風の指揮のもと敵艦隊と近距離戦闘を展開していた。

 

 

(全く呆れた物量じゃけぇ。あの駆逐艦にはいつか借りを返して欲しいものじゃね)

 

 海上を包む爆音と衝撃のなかを駆け抜けながら、浦風は内心呟いてある場所にチラリと視線を向けた。

 

 その視線の先では二基の主砲のみで強力な対空弾幕を展開する叢雲の姿がある。

 とは言え、彼女が本当に駆逐艦叢雲なのかについて浦風は疑問だった。

 

 明らかに駆逐艦叢雲には無かった筈の、前世の日本海軍にも無かった強力な兵装は寧ろ、当時戦争していた敵国の軍艦を彷彿とさせるものだったからだ。

 

 

「考えても仕方ないけぇ」

 

 疑念に関しては叢雲本人に聞くしかないだろう。実際、彼女はその力を実戦で問題ないレベルで運用できている。なら、それが何なのかぐらい把握してる可能性は高い。

 

 だからこそ浦風は。

 

 

「金剛姐さんと久しぶりに会ったんじゃ。さっさと終わらせて帰投するけぇ! おどりゃァ! そこ退けやぁ!!」

 

 尊敬する戦艦娘と過ごす時間のため、叢雲に対する疑念を隅に追いやり、ドスの利いた声を響かせた。

 

 

 

           ◇◇◇

 

 上空で砲弾が爆ぜるたび、敵機が火だるまになりながら墜ちていく。その直下で海面を駆け抜けながら敵艦隊と激しく撃ち合い、余裕があると雪風は上空を見上げててその様子を見ていた。

 

 現在、雪風達第十六駆逐隊は叢雲の護衛に徹していた。

 敵機に関してはほぼ叢雲に委任している。あの迎撃能力は日本国防海軍が保有するどの艦娘より優れていると、という確信から雪風は判断したからだ。

 

 高精度のレーダーを装備しているためか、精密な射撃によって敵機を高確率で撃ち落としていく。装填速度も高速で、矢継ぎ早に撃ち出される砲弾は上空で多数の硝煙を短時間に生み出した。それだけで敵機群は甚大な被害を被り、攻撃のたびに不発で終わる。

 

 圧倒的と言える対空能力はこの上なく、自分達は唯一速力で劣る叢雲をカバーするため水上戦闘に徹していた。第十七駆逐隊とも連携し、偶発的に生じる穴を補い合って叢雲の防空戦闘を支援する。ただそれだけに雪風は集中していた。

 

 敵艦隊は巡洋艦相当の護衛要塞を中核とする編成で、乱戦に持ち込めば勝機はあるはずだ。

 

 

「雪風~、タイミング合わせて?」

 

「分かりました!」

 

 パッと見れば垂れ耳と見紛う特徴的な髪を揺らして時津風が駆ける。それに続いて雪風が後を追う。

 

 前方には複数の護衛要塞。近付かせまいと主砲を撃ち、海面に水柱を乱立させる。それに対して時津風と雪風は躊躇なく水柱に突っ込み、水飛沫を吹き飛ばしながら撃ち返した。雪風は隙を見て背中の四連装魚雷発射管から九一式酸素魚雷を引き抜き、至近距離からぶつける。

 

 本来なら至近距離だと誤爆の危険もあるが、護衛要塞は宙に浮いてるため雷撃は通じない。かといって最大の火力を遊ばせる訳にはいかないと考えた雪風は今のような行動に出たのだ。

 その甲斐もあってか至近距離からの魚雷投擲は功を奏し、護衛要塞は一撃で沈んでいった。

 

 時津風もまた同様の行動を取ったが、誤爆の影響を受けてしまい若干の損傷を受けてしまった。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

「ちょっと痛いけど平気。護衛要塞は沈めたし~」

 

 時津風は間延びした口調を崩さずに返した。雪風と共通するセーラー服はボロボロだが、艤装の具合から見て中破には至っていないようだ。

 

 無事を確認できたのですぐに動いた。違う敵と交戦していた初風や天津風を援護して、第十七駆逐隊の支援を受けながら攻撃していく。

 

 二個駆逐隊の活躍で戦況を優位にしつつある時だった。

 

 彼方から砲声が響き渡る。叢雲の護衛をしていた第十六駆逐隊の陣形中央に砲弾が落ち、巨大な水柱が上がった。

 

 

「叢雲ちゃん!」

 

 陣形中央に居たのは叢雲だ。水柱はそこで上がっている。安否を確かめるため駆け寄る。

 

 

「……無事よ、と言いたいけれど。不味いわね……!」

 

 水柱が消えて出てきたのは中破した叢雲だった。

 

 艤装は二基のうち一基を喪失、左腕の三連装魚雷発射管も脱落している。

 服もあちこちが破れていた。脇に空いた隙間からは傷から血を出し、左手でそれを押さえていた。

 

 

「大丈夫ですか!? 傷の具合は」

 

「この位なら航行に支障はないわ。速力は落ちたでしょうけれど」

 

 そう返した叢雲は砲撃が来た方角を睨んだ。

 

 その視線の先には一体の深海棲艦がいた。

 外見はは南方棲戦姫によく似ているが、艤装の細部が異なるため別の個体のようだ。

 雪風はそれを知っている。この海域の攻略のため、交戦した経験があったからだ。

 

 

「……南方棲鬼」

 

 南方棲戦姫に次ぐ脅威、鬼級の深海棲艦だった。




今回は間隔が空いた分長めです。次回はクライマックスにしたいなぁと考えてますけど、予告詐欺しそうでちょっと不安ですね(汗)

あと鋼鉄小説の再編集は進めています。この分だと来月になりそうですが、頑張って再開できるようにします。



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第9話 集結

第一二駆逐隊が、書きたい……!(挨拶)

前回から投稿が2ヶ月以上滞ってしまいましたが、現在執筆中の鋼鉄小説も併せて頑張って書きますので、気長にお待ちください。

とは言え、あんまり投稿の間隔が長いと分からないところもあると思うのであらすじを以下に書いときます。


         あらすじ

一度は死んだ叢一は駆逐艦叢雲の艦娘として顕現して目覚め、自分だけが逃げることを拒否して叢雲の意思に従って決意した。
目覚めたショートランドを出航して出会った駆逐艦雪風、神通率いる第二水雷戦隊の支援を受けてサブ島に向かい、轟沈寸前の大破に追い込まれた。
その時、過去に沈んだ自衛艦むらくもの意思と交信し、彼女のチカラを借りて復活を果たす。
その後、二水戦と協力してサブ島近海で護衛部隊と交戦する本土からの増援と合流、戦線の安定を待った。
そんな叢一の防空戦闘中、突然砲撃を受けて損害を被る。砲撃してきた方角にいたのは鬼級の深海棲艦、南方棲鬼だった。


 ここまで来て大きすぎる痛手を負ってしまった。

 僕の視線の先には、2013秋イベの前座に当たる夏イベの海域ボスだった南方棲鬼がいる。

 

 調べた当時の記憶が確かなら、後発のイベント海域には出てこなかったはずだ。戦艦棲姫が出てきた現状から、原作で言えばE-5に相当する戦況だと思う。原作とは異なる展開、と言うことは。

 

 

『この世界が必ずしも叢一の知識と同じとは限らない、と言う訳だな』

 

 !? ……この声、ひょっとしてむらくも?

 

 

『その通り、私だよ。ミクの奴がやったように、私も回路を繋げて話し掛けてるのさ』

 

 き、器用だなぁ。あと、ミクはやめてあげて? 今、叢雲が咎めるように意識向けてるから。

 

 

『そんなことよりこちらの被害状況だ。控え目に言ってこれは不味い状態だぞ』

 

 そ、そんなことって。とは言え、むらくもの言う通りだった。

 

 先に砲撃を受けるまで継続していた防空戦闘で唯一にして最大の火力、76mm連装速射砲を一基潰されてしまった。おまけに機関がダメージを受けたらしく、背中の艤装からは煙が吹いている。

 

 

『それだけじゃない、主砲に内蔵されたMk-63も同時に喪失した。幸い72式射撃指揮装置は無事だが、それでも防空火力は半減している。同じ理由でバウソナーをやられているし、体も負傷しているから長くは持たないぞ』

 

 砲の射撃レーダーが使えないのは、水上、対空捜索レーダー以外の“目”を失ったに等しい。

 “耳”はもっと酷かった。使えるか怪しい『DASH』を除けば唯一の対潜索敵可能な手段が潰されたのだ。こんな状況で雷撃なんてされたら溜まったものではない。

 

 怪我も無視できるレベルじゃない。砲弾の破片が掠ったようで、着ている衣装は右脇腹辺りから破けて裂傷を負っている。実際、そこが焼けるように酷く痛い。左手で押さえてはいるが、なかなか血が止まらない。

 

 

「……怪我については今はどうにもならないわね」

 

 言いながら右脇腹の患部から手を離すと、傍らで叢雲()を庇うように対空射撃する雪風に声をかけた。

 

 

「雪風、私はこれから離脱する。援護はもう充分よ」

 

「何言ってるんですか!? ただでさえ中破して怪我してるのに、放ってなんておけません!」

 

「主砲が一基だけでも敵機は何とかなる。上空に弾をばらまいてでも、何とか逃げ切るわよ」

 

「敵艦が相手ならどうするつもりですか! 同時に相手できるはずありません!」

 

「何とかするって言ってるでしょ!! 元々、私のわがままに付き合ってくれてただけでしょうが!」

 

 雪風と問答するうちに熱くなってつい怒鳴った。僕自身よりこれは叢雲の感情によるものだと思うけど、このままだと足手纏いにしかならないのは僕も同感だった。

 

 

「……初風ちゃん!!」

 

「はいはい、しょうがないわね」

 

 雪風が唐突に叫んだ。名を叫ばれて応じた初風が僕の右側に回り、雪風が反対に回ってそれぞれ腕を掴んできた。

 

 

「アンタ達、何してるのよ! 私を曳航なんてしてたら狙い撃ちにされる! 早く離れなさい!」

 

 両腕を掴んで引っ張る二人に止めるよう頼んでみた。

 

 

「雪風? スクラップがなんか言ってるけど」

 

「大人しく運ばれてもらいます! 浦風ちゃん!」

 

『了解じゃ雪姉! うちら十七駆に任しとき、離脱まで援護するけえ!』

 

 全く聞いてくれる様子はなかった。無線でやり取りしたあと、レーダーに浮かんだ4つの反応、浦風達第十七駆逐隊が離れた場所にいる大型の反応目掛けて突き進んでいく。

 

 その反応は新たに出現した南方棲鬼だ。戦艦棲姫、南方棲戦姫程ではないがその戦闘力は脅威的。一個駆逐隊で時間稼ぎができるかも分からない。

 

 

「離しなさいよ! アンタ達は陽炎型で、私は旧型の吹雪型だから優先されるべきはどちらかなんて明らかじゃない!」

 

「だからって見捨てられません! 叢雲ちゃんはドロップしたばかりで、まだこの世界で同位体も存在しないんです! 生まれて一週間も経たずに沈ませるわけにはいきません!」

 

 何を言っても雪風は拒絶するだけ。彼女の意思はそれだけ固いのは分かる。それでも僕も叢雲も、状況はそれを許さないくらい厳しいことをレーダーで把握できていた。

 

 

『雪風さん! 敵旗艦がこちらの包囲を抜けました! 逃げてください!』

 

 無線が神通からの警告を伝えてきた。相手の動きはこちらのレーダーでも把握していた。周囲にいた複数の反応を置き去りに、一息に包囲を抜け出したからだ。

 

 続いて砲声が轟いた。それから間もなく周囲の海面に着水。大きく歪んだ海面に足を取られそうになっても転覆しないのは幸運だったが、このままでは本当にまずい。

 

 

「相手の狙いは私よ! このままじゃアンタ達も巻き添えを食らうわ、逃げて!」

 

「嫌です! 雪風は目の前で誰かが沈むのを見るのはもうたくさんです! 叢雲ちゃんも雪風も、みんな沈みません!」

 

「もうそれどころじゃない! 今の砲撃は夾叉してる、次は狙い撃ちにされるわよ!」

 

 二人に運ばれながらでもそれは把握できていた。今の砲撃で左前方、右後方に砲弾が着弾していた。次は確実に当てに来る。良くて至近弾、それでも中破以上の損害を受ける可能性が高い。それでは雪風達まで逃げられなくなってしまう。

 

 後ろを振り返る。視線の先では戦艦棲姫がこちらに砲口を向けていた。

 

 先の砲撃が夾叉した以上、次は確実に当てる気だ。

 

 

「こんなところで、せめて行き足だけでもっ! ……レーダーに反応?」

 

 何とか足止めはしようと無事な左の主砲を旋回させようとした時、レーダーの索敵範囲の端に反応が浮き出た。索敵距離の外から来たようだが、見たところ反応が一つだけだ。

 

 戦艦棲姫が発砲した。間もなく砲弾が飛来するだろう。直撃しなくても海面に着弾する衝撃波の威力だけでも危険だ。無事ではすまない。

 

 ガァンッ!!

 

 硬質な打撃音が響いた。直後に戦艦棲姫が発射した砲弾は真横に弾かれ、付近の海面に着水して強烈な爆発を引き起こした。どうやら榴弾だったらしい。

 

 

「──間に合ったみたいですね。良かった……!」

 

「……どうやってレーダーの索敵距離の端から」

 

 反応が目の前の存在、戦艦の艦娘だったのは分かる。でもむらくもが装備するレーダーの索敵距離は、第二次大戦時のそれより世代が進んだ性能を持っている。その索敵距離の端からほんの一息に移動してきた。航空機でもこんな早くは来れないはず。

 

 

「一体どうやってこんな早く駆けつけたのよ、比叡」

 

 艦娘として目覚めて、必ず帰る約束をしてショートランドで別れた比叡がそこにいた。

 

 お馴染みの改造巫女装束は煤で汚れているが大した損傷はない。ここまでほぼ無傷の状態で突破してきたんだろう。

 片目を瞑りながら、右手を左右に振っている。アニメ版のように砲弾を殴り飛ばしたからだろう、ル級より更に強力な戦艦棲姫が放った砲弾の衝撃はそれなりにキツいようだ。

 

 

「どうやってと聞かれても、とある艦娘に投げてもらった(・・・・・・・)だけですよ」

 

「……は?」

 

 何を言ってるんだろう。意味が分からない。

 

 

「叢雲ちゃん、右舷前方に水柱が立ちました」

 

 雪風が報告してきた。言った方向に視線を向けると、水飛沫が舞い上がっているところだった。

 

 

「……は?」

 

 本日2回目の理解が追い付かないことによる困惑。

 

 水飛沫が上がった中心の海面には艦娘が立っていた。しかも両脇に駆逐艦らしい艦娘を抱えている。

 

 

「相変わらずあの人も無茶しますね。白雪ちゃんも初雪ちゃんも、あれで延びてないといいですけど」

 

「ひ、比叡? あの人って誰なのよ!? て言うか何したのよ!」

 

 白雪と初雪が一緒のようだけど、僕にはそれどころじゃなかった。

 

 比叡が瞬間的に移動してきた直後にも、移動元の地点には反応が残っていた。もしかしたらギリギリレーダーの索敵に引っ掛からなかっただけかもしれないけど、比叡が言ったことが正しければ艦娘を投げたのだ。しかも戦艦を。

 

 

「詳しいことは後で説明します。今は叢雲ちゃんをショートランドに連れて帰ります!」

 

 比叡はそう叫んでから主砲を上空の敵機に向け砲撃、直後に無数の子弾が上空で炸裂した。

 

 

 

          ◇◇◇

 

 戦闘海域に突如乱入した比叡の参戦に叢雲達が呆然としていた頃、同じく乱入した艦娘三人が動き出そうとしていた。

 

 

「……ふぅ。流石に今のは堪えましたね。初雪ちゃん、大丈夫ですか?」

 

「ん……、平気。これくらいなら、川内さんの夜間訓練で慣れてるし」

 

「あまり無理しないでくださいね。顔が少し青白いですよ」

 

「健康的に、見えないのは元から……だし」

 

 軽口を叩きあってるのはショートランド泊地に所属する駆逐艦白雪、初雪の二人だ。

 

 叢雲がショートランドを出発してから少しして艤装の修理と補給、高速修復材を使った入渠が済んで急ぎ出発したのだ。

 途中、艦載機が薄暮攻撃で壊滅して帰路についていた飛鷹とすれ違った。その際に叢雲が二水戦と合流して先へ進んでいったことを教えられ、自分の分まで頼むと託されてきた。

 

 頼もしい同行者ともその後に合流出来た。比叡を常識はずれのチカラで投げ飛ばし、自分達二人を抱えて戦闘海域のど真ん中に突入した艦娘だ。

 

 

「こちらは日本国防海軍“特務艦隊”旗艦薩摩。作戦海域に進入しました。これより交戦します」

 

 その艦娘は無線を使って周辺の友軍に呼び掛けた。

 

 艦娘の名は準孥級戦艦薩摩型一番艦薩摩。

 旧日本海軍がそれまで英国のヴィッカース社に発注してきた戦艦の建造技術を元に建造した、国産初の準弩級戦艦である。同時に最古参の第一世代艦娘でもあった。

 

 薩摩は伊勢型の艦娘を小柄にしたような容貌だ。金剛型のように巫女服ではなく、時代によっては一般的な、大正時代の女学生が着る純白の着物姿だった。

 髪形は左のサイドテールで、艦橋のマストを模した細長い髪留めが印象的だ。

 

 彼女の言う特務艦隊とは日本国防海軍

──戦後の海上自衛隊を前身とする組織──

のトップである総長直属の精鋭部隊のことだ。一部の例外(理由があって提督、あるいはそれに相当する権限を有する艦娘)を除いた国内の全艦娘、及び佐官までの提督より強大な権限を有し、前線では作戦に参加する艦娘を指揮する事が許されている。

 

 

『こちら横須賀第3の金剛デース! 薩摩サン、ようやく合流してくれたネ! 待ちくたびれマシター!』

 

 無線で薩摩の到着を知った金剛が呼び掛けてきた。

 

 

「ごめんなさいね。大和の実戦テストと、貴女の改二の慣熟訓練のために“ひゅうが”まで動かして、南方に来たはずなのに途中で別れてしまって。それでも必要だったから。勘弁して、ね?」

 

 補足を入れるなら、途中で装甲空母鬼を沈めてきてたりするのだが、薩摩にとって些事でしかないためこの場で言うつもりはない。傍らで初雪がジト目を向けていたが気付かない振りをしておく。

 

 

『無茶はこれっきりデスヨ? ワタシは敵旗艦の邀撃に回りマース!』

 

「承知したわ。私は南方棲鬼を叩く、以上」

 

 金剛との無線のやり取りを終えて、右腰から提げている軍刀を抜いた。

 

 

「白雪、初雪。貴女達はショートランドの新規ドロップ艦、駆逐艦叢雲の護衛に就いて。私は南方棲鬼を斬ってくる」

 

「了解、お気を付けて」

 

「あの程度なら問題ないわ、心配しないで」

 

 白雪に見送られながら海面を蹴り、勢いよく駆け出す。

 

 

「まずは注意を引き付けるべきね。まだ舞鶴第一の十七駆が頑張ってるようだけど」

 

 一個駆逐隊のみでは分が悪いのは日本国防海軍の精鋭でなくとも容易に理解できることだ。一度彼女達から南方棲鬼を引き離そうと、第一主砲で狙いをつけた。

 

 

「第一射、撃ち方始め」

 

 呟き、右腕の30.5cm連装砲を発射した。少しして砲弾は南方棲鬼の間近に着弾、海上に二つの水柱を立てた。

 

 

「着弾を確認。至近弾ね」

 

 スッ、と目を細めて彼方遠くにいる深海棲艦を見ながら呟いた。

 

 艦娘は艤装を装着する限り、その視界は生身の人間を遥かに超えている。その視認距離は軍艦時代の艦橋の高さに比例すると言われ、現在は扶桑型二番艦がその特性を生かし、日本国防海軍を代表する艦娘の一人に数えられている。

 

 砲撃を受けた南方棲鬼はこちらに気付いたらしく、腕の艤装に配置された多数の主砲を斉射してきた。

 

 

「なかなか良い砲撃ね。でも」

 

 直後、薩摩のいる海面を砲弾が着水、巨大な水柱を立てる。

 

 だがその頃には薩摩の姿はない。発砲してくる直前に右足を一歩踏み出し、南方棲鬼との距離を一息に半分まで詰めた。

 

 

「私には通用しないわ」

 

 その瞬間は南方棲鬼にも見えていたようだ。跳躍能力の高いとされる敵旗艦でも不可能な距離を跳んだのだろう、理解が追い付いていないことはその表情から手に取るように分かった。

 

 

「片腕を貰う」

 

 宣言すると同時にまた一歩踏み出し、南方棲鬼との距離を至近にまで詰めた。間髪入れずその手に携えた軍刀を一閃する。

 

 次の瞬間、装備する主砲の半分は切断されていた。

 

 

「ナ……ッ!?」

 

 南方棲鬼は驚愕の声を上げた。あまりに非常識な展開に思考が追い付かないのだろう。一瞬だが硬直して隙が生じた。

 

 

「遅い」

 

 当然、薩摩は一瞬だろうと硬直した隙を逃しはしない。

 更に軍刀を一閃、今度は左腕の艤装を損傷させる。

 焦ったように振りかぶった右腕の艤装を蹴ることで防ぎ、苦し紛れに放った魚雷は最低限の動作で避けるか信管を避け、掴んで投げ返した。

 

 目前で南方棲鬼が水柱に包まれた。水飛沫が収まると満身創痍になった状態で現れる。忌々しげに、闇のように黒い血を体の至るところから流しながら、恐ろしいものを見るような表情で薩摩を睨んだ。

 

 

「バ、ケモノメェ……!」

 

深海棲艦(アナタ達)と一緒にしないで」

 

 南方棲鬼の怨嗟の叫びに対して、薩摩は否定するだけだった。右腕の主砲を南方棲鬼に向ける。

 

 

「沈みなさい」

 

 その言葉を最後に、南方棲鬼は至近距離からの砲撃による高初速の砲弾の直撃を受け、バイタルパートを大した抵抗もなく貫かれて巨大な爆発を引き起こした。

 

 

 

          ◇◇◇

 

 薩摩が南方棲鬼と交戦し始めた頃、彼女と分かれた白雪と初雪は行動を開始していた。

 

 

「まずは叢雲ちゃんの近くまで辿り着きます。邪魔な障害は残らず排除です!」

 

「……ん、了解っ」

 

 白雪の叫びに対して、初雪は何時になく気合いを入れて応えた。

 

 

「砲雷撃戦用意! 突撃します!!」

 

 烈帛(れっぱく)の気合いを込めて叫ぶと、白雪は両手に装備した12.7cmA型連装砲を油断なく構えて最大戦速で疾駆する。初雪もそれに続いた。

 

 

「対空迎撃、対潜攻撃はこちらで引き受けます。初雪ちゃんは十八番の雷撃でお願いします!」

 

「分かった。九三式を、浮遊要塞に……ぶつける!」

 

 白雪の指示を受けて、初雪は足の三連装魚雷発射管から九三式酸素魚雷を取り出した。そのまま主砲を持つ右手とは別に、左手で3本保持する。

 

 敵が攻撃してきたのはその直後だった。上空の敵機が二個小隊6機で接近してくる。片方は雷撃機、もう片方は爆撃機のようだった。それぞれ魚雷と爆弾を抱えている。

 

 

「主砲で弾幕を張ります」

 

 白雪は両手の主砲を上空に向けて、宣言通りに発砲した。それぞれの主砲の第1砲塔から交互に砲弾を吐き出し、次弾装填までの間隔を減らすように射撃していく。

 

 彼女の放った対空弾幕は精度も秀逸だった。最初の一発は予測した敵機の未来位置に放たれ、撃墜した。対空戦闘には不向きの平射砲であるA型にも関わらず、正確に命中させたのだ。

 

 対空戦闘の戦果はそこで留まらない。いきなり僚機が被弾したことで警戒した残存機は散開するが、それすら予測して未来位置、あるいは行動を制限するように弾幕を形成していった。

 

 

「有効圏内に浮遊要塞を捉えた」

 

 白雪が敵機を相手取ってる間に、初雪は前方に何体かの浮遊要塞を睨んだ。

 

 浮遊要塞は二水戦が護衛する叢雲との中間に展開していた。彼女の元に急ぐなら、立ちはだかってるあの連中は邪魔だ。

 

 

「ここは通して……貰う、からっ。魚雷なら北上さんにも、負けない!」

 

 更に前へ前へと突進する。駆逐艦の持てる最大の切り札をぶつけるために、確実に叢雲を護るために。

 

 まだ艦だった頃、初雪は航行不能で爆発炎上した叢雲を雷撃処分した。本当なら魚雷はあまり好きではない、その時の記憶を思い出しそうだからだ。

 

 だが今だけは、初雪は魚雷の威力を信じることにした。手に持ったそれが叢雲を救うことになると信じて。

 

 

「ここだっ。酸素魚雷、い、けぇーっ!」

 

 腹から有らん限りの声を張り上げ、両手に挟んで持つ魚雷を放るように投擲した。近距離まで近付いて投げ放った魚雷は放物線を描き、浮遊要塞数隻に向かう。

 

 それらは見事命中した。まさか直接投げるとは予想していなかったのもあるが、浮遊要塞は発艦させた艦載機を管制しているため反応が遅れたのだ。酸素魚雷の爆発の威力に堪らず沈んでいく。

 

 

「道が、開いたっ。白雪」

 

「分かっています。行きましょう!」

 

 それからも途中、妨害してくる敵駆逐艦を蹴散らしながら目指す方向に突き進んでいく。

 

 その先で、遂に辿り着いた。

 

 

「叢雲ちゃん!!」

 

 白雪は呼んだ。今まで待ち続けた、今度こそ守ると決めた妹の名前を。

 

 

「白雪。初雪も……っ!」

 

 叢雲も白雪達の名を呼び返した。強気そうな印象を与えるつり目の端からは滴のようなものが流れている。

 

 

「ここからは私達も援護します! 一緒に帰りましょう!」

 

「ん。雷撃なら、初雪に全部……任せて」

 

 叢雲を守るための布陣に、二人の特型駆逐艦が合流した。

 

 

 

          ◇◇◇

 

「ここからは私達も援護します! 一緒に帰りましょう!」

 

「ん。雷撃なら、初雪に全部……任せて」

 

 白雪達は頼もしい言葉で励ますように言ってきた。

 

 僕が泣いてることに気付いたのはその直後だった。

 白雪の見惚れるような弾幕を見て思わず呆然として、初雪の果敢な突撃で浮遊要塞を沈めようとする辺りから既に泣きそうだった。その後の突撃で、今まで抑えてきた不安もあり彼女達の頼もしさから我慢が出来なくなったんだろう。

 

 何より嬉しいと感じたのは叢雲だったと思う。比叡が、白雪達特型駆逐艦の姉が助けに来てくれたことは素直になりきれない叢雲も、ありがとうと言いたがるはずだ。

 

 でも、今はそれより優先することがある。

 

 

「雪風。曳航しながらでも砲は撃てる?」

 

「叢雲ちゃん? はい、可能ですが……どうしてそれを」

 

「ここからは、私にしか出来ないことをやる。何も聞かず、私の指示に従ってもらえる?」

 

 これからやることは、生還を確実にするための物だ。

 だがこれは、現状の指揮系統を混乱させかねない。これで断られたら諦めるしかないだろう。

 

 

「……神通さん。私達十六駆は一時的に、駆逐艦叢雲に指揮権を譲渡します。これに関しては雪風の独断です。処分は覚悟しています」

 

『……何か策があるようですね。分かりました。後で始末書と反省文を叢雲さんと一緒に書いてくれれば充分ですよ。こちらは敵旗艦の邀撃を継続します』

 

 唐突な頼みを雪風は神通=サンと無線でやり取りする形で応えた。何もかも終わった後からも大変そうだけど。

 着任して早々に始末書と反省文は艦娘として珍しいのかな? それはそれで不名誉だけど、まあ仕方無いか。

 

 

「感謝するわ。……これから雪風達の行動は私から指示していくから、その通りに動いて。私のレーダーと72式射撃指揮装置(FCS-1)を使って海上の管制に専念する」

 

「敵機迎撃に使っていた能力を応用するんですね?」

 

「察しが良くて助かるわ。悪いけどお願い!」

 

 そのまま立体的な端末を展開した。手早く鍵盤に入力し、艤装の動作を各種レーダーによる敵機の追尾と迎撃、敵艦の捕捉に限定していく。

 

 

「良く分かりませんけど、叢雲ちゃんに考えがあるって事ですよねッ、 私もやります!」

 

「私も参加します。初雪ちゃんもですよね?」

 

「ん。こんな土壇場で、適当な事は……言わないはず」

 

 救援に駆け付けてくれた比叡、白雪、初雪も協力を申し出てくれた。先程までの戦闘を見て実力は高いことが分かっているし、叢雲としても馴染みの深い面子が揃っているので心強い。

 

 

「なら、貴女達も手を貸して!」

 

 協力体制は整った。比叡の火力、白雪達の頭数を加えて管制に必要なレーダーシステムの最適化も終わっている。

 

 ちょうどその時だった。新たな敵の動きをレーダーで捉えた。

 

 

「敵機現出! 八時の方角に多数。比叡、迎撃して!」

 

「了解! 気合いッ、入れてッ、行きますッ!」

 

「三時の方角から敵艦、浮遊要塞2! 白雪、初雪!」

 

「了解です!」「んッ」

 

「比叡の三式弾、効果確認! 敵機群分散、時津風、天津風お願い!」

 

「はーい、行くよー」「任せて!」

 

 端末の画面からは目を離さず、早口で叫びながら指示を飛ばしていく。

 

 まず最初に比叡の三式弾が主砲である35.6cm連装砲四基八門から斉射され、放物線を描いて敵機の直前で炸裂、無数の子弾のシャワーを浴びせた。

 

 海上から近付く二体の浮遊要塞には白雪、初雪が向かい、隙のない砲による速射と正確な魚雷の投擲で処理する。

 

 比叡の三式弾による迎撃を掻い潜った敵残存機に対しては、第十六駆逐隊の二人が近接対空射撃に入る。僕も敵機を確実に処理するため生き残った主砲を発砲した。

 

 

『敵旗艦がそちらに向かいました! 警戒してください!』

 

 無線から神通の警告が届く。レーダーでもその動きは察知していた。恐らく跳躍したのだろう、白雪達が浮遊要塞を迎撃した三時から接近、間合いをかなり詰めてきている。

 

 

「雪風、初風。二時方向に転舵」

 

「分かりました!」「了解」

 

「比叡。アイツの直前に砲撃、当てなくて良いわ!」

 

「了解!」

 

 速力の低下した僕の足になってくれている雪風と初風に針路を変更してもらい、比叡には戦艦棲姫への牽制を指示する。

 今なら弱ってきているので至近距離から砲撃すればダメージが通るかもしれないけど、アイツにはまだ艤装による殴打がある。出来れば勝負に出るのは最後にしたい。

 

 

「白雪、砲撃ッ、 初雪、雷撃!」

 

「任せてください!」「……任された」

 

 今なら比叡が巻き上げた水飛沫のカーテンは戦艦棲姫の視界を遮っているはずだ。それを利用して不意打ちすれば上手くダメージが通るはず。

 

 その目論みは上手く行ったようだった。

 水飛沫を貫いて戦艦棲姫のいる後方から雄叫びが響いてきた。次いで爆発音が聞こえる。魚雷が命中したのだろう。

 

 

「白雪。敵旗艦の損害は!?」

 

 雪風と初風に曳航されながら各種レーダーのみでは分からないため、白雪に確認した。

 

 

「敵旗艦、損傷してます! 火災を確認。外見から判断して中破状態です!」

 

 白雪の報告に少しだけ口元を緩めた。これだけの痛手を負っているならあるいは……!

 

 

「ッ!? 叢雲ちゃん、逃げて!」

 

 悲鳴じみた叫びで白雪が警告してきた。直後、背後の海面で水飛沫が上がった。

 

 戦艦棲姫だ。主砲を何門か失って煙も吹いてる様子から、艤装は満身創痍に見える。そんな状態になっても執拗にこちらを睨んでいる。

 

 駆逐艦一隻を追うにしては執拗な、激情に身を委ねた行動だった。これまでに行ったことは特攻染みた至近距離の雷撃、合流した二水戦とむらくもの力を使った撤退行動くらいだけど。

 

 

「叢雲ちゃんはやらせません!」

 

 比叡の叫びを聞いて肩越しに振り向いた。その時には戦艦棲姫に向かって比叡が突進しているところだった。

 突進する勢いそのままに相手と激突。ぶつかった際に比叡の主砲塔を含む艤装の何割かが砕け、戦艦棲姫の艤装も悲鳴のような叫びをあげた。

 

 

「オノレェッ、ヨクモォ……!!」

 

 戦艦棲姫が怨嗟の叫びをあげて比叡を睨む。叫びそのものが不快な音響を奏で、背中の艤装越しに響くそれは寒気すら感じる。

 

 対して比叡は衝突しにいった時の衝撃が予想以上に強いのか、表情を歪ませて海面に片膝をついていた。

 

 

「……分かっていたことでしょ!」

 

 比叡が叫んだ。艤装から軋むような音をさせながら立ち上がり、体勢を整える。

 

 

「頑張るの!」

 

 再度突進していった。生き残った主砲を旋回させて、砲撃の準備をしながら戦艦棲姫に向かっていく。

 

 

「良く頑張ったわ。後は任せなさい」

 

 今まで聞いたことのない、凛とした声が響いた。同時にレーダーは近距離まで近付いた存在を知らせてきた。

 

 現れたのは比叡と僕の中間だ。

 手甲のような主砲、戦国時代の甲冑のように装甲と副砲を配置した艤装を纏っている事から、艦娘なのは確かだ。

 

 

「薩摩さん……!?」

 

「何時でも砲撃出来るようにしてね」

 

 突然、すぐ近くにまで現れた事で一瞬硬直した比叡を追い抜いて、薩摩と呼ばれた艦娘が追い抜く。同時に右腰から提げている鞘から軍刀を抜いた。

 

 

「まずは主砲」

 

 彼女が呟いた直後、真横に軍刀が振り抜かれて艤装左側の主砲を切り裂いた。

 

 

「次に足」

 

 反撃する暇を与えず、軍刀を艤装の左前足に向かって降り下ろした。黒い血のような液体が飛び散る。

 

 

「貴様ァッ! 護衛部隊ヲドウシタンダァ!」

 

「どうって、大和達と一緒に掃討したわ。次、胴体」

 

「フザケルナァ!!」

 

 戦艦棲姫が腕を横に振るい、艤装が左腕の筋肉を膨張させて凪ぎ払う。

 

 

「いけないわ、軍刀が折れてしまった」

 

 今の一撃で薩摩は損害こそ被ったが、軍刀を破壊されただけだった。他は大して損傷は受けておらず、涼しい顔をしていた。

 

 だが、破壊された軍刀は突然発光すると消えてしまった。

 ……いや、薩摩が消したのか?

 

 

「……対艦刀“安芸(あき)”」

 

 呟いた直後、破壊された軍刀の代わりに違う武器が出現した。

 

 それは、刀身の部分が赤く、鋭角なデザインの長刀だった。

 薩摩はそれを下段に構える。

 

 

「撃ちます、ファイヤァー!!」

 

 響き渡った叫び声と同時に砲声が轟き、砲弾が戦艦棲姫に降り注いだ。

 声の主は金剛だろう。あの特徴的な訛りのある喋り方はそうだし、さっき駆け付けた時に確認していた。

 

 

「今よ、比叡!!」

 

「撃ちます、当たって!!」

 

 薩摩の指示を聞いて比叡が砲撃した。距離にして一万メートル以下を近距離とする超弩級戦艦の砲撃が、大艦巨砲の権化と言える戦艦棲姫を目指して飛翔する。

 

 同時に、曳航してくれていた雪風と初風の拘束を振り払った。

 

 

「叢雲ちゃん、何を……!?」

 

「下がってて雪風!」

 

 雪風が困惑していたけど構わず前方を睨んだ。

 

 戦艦棲姫が艤装と共に跳躍してくる先を。

 

 その光景を見据えて、右手に持つトレードマークのマストを模した槍を握り締めた。

 

 

「海の底に──」

 

 跳躍しながら艤装の腕を凪ぎ払ってくる戦艦棲姫の一撃は屈むことでかわし、本体に肉薄して。

 

 

「消えろッ!」

 

 右手の槍を一瞬のうちに出せる渾身の力で振るった。

 

 ドッ、と鈍い音が響いた。衝撃が槍の穂先から柄を伝って右腕、肩に伝わってくる。

 

 

「離れなさい、叢雲!!」

 

 怒号が聞こえ、慌てて飛び退く。槍を回収しようか一瞬迷ったが、戦場で何時までも迷っていられない。

 

 

「シッ」

 

 下段から右切り上げで一閃。日光を反射する刀身が、赤い軌跡を描いて振り上げられる。

 

 薩摩の一刀が戦艦棲姫の艤装を切り裂いた。まだ機能していた両前足を両断して、黒い血潮を噴き出す。

 

 

「大和!!」

 

『承知しました! 全主砲、徹甲弾扇射!!』

 

 無線から凛とした声が聞こえると、雷鳴のような砲声が轟き、すぐに怒濤の砲撃が戦艦棲姫のいる海面を叩く。

 

 

「……勝負あったわね」

 

 薩摩が確信したように呟いた。その言葉通り、この戦いは既に決着がついていた。

 

 従えていた艤装は完全に破壊されていた。薩摩の斬撃で両前足を両断されて動けなくなっていたはずだが、砲塔は残らず沈黙し火力を残していない。

 今やピクリとも動いておらず、死後硬直を起こしたまま浮いてるだけだった。

 

 本体に関しても似たような状態だった。敵ながら痛々しいほどに体の至る所が焼け爛れ、頭からは黒い血を垂れ流し息も絶え絶えとなりながらも、こちらを睨み付けていた。

 

 

「良くここまで苦戦させてくれたものだわ。消耗戦に付き合わされた此方としてはもう、うんざりよ」

 

 満身創痍となって動けない戦艦棲姫に薩摩は近寄り、手甲型の主砲を至近距離で指向した。

 

 

「沈め」

 

 止めを刺す直前に手向けた言葉は一言だった。

 

 砲声が響き渡り、撃たれた戦艦棲姫は海面に倒れた。そして落ちるように、静かに沈んでいった。

 

 ──何時カ……、静かナ……。ソンな、海で……。

 

 完全に海面下へと沈む直前、微かにそんな声が聞こえた気がした。

 

 そして、この海に静寂が訪れた。

 

 煙は幾つかの海面で上がっていたが、深海棲艦の抵抗は無くなっていた。砲声も、爆発音も、聞こえなくなっていた。

 

 

「作戦目標、及び敵艦隊の撃破を確認。敵増援が現れる兆候は認められないため、作戦は成功と判断します。帰投するわ」

 

 周囲を、合流した艦娘達を見渡して薩摩は宣言した。

 

 果てしなく長いようで、その実一週間の半分も経っていない、僕にとっては駆逐艦叢雲の艦娘として顕現してから一夜程度の、戦艦棲姫との戦闘が終結した事を意味していた。




今回、今章の最終話という予定であったため、文字数がトンでもない数字になり長くなりましたが、何とかここまで来たので一段落です。

それと、鋼鉄小説では再開した次回予告を今作でもスタートします。

         ~次回予告~

短くも長いように感じられた作戦は成功に終わった。戦艦棲姫が撃破された事で新規艦のドロップ現象が発生する現場で、叢一が受けた損害の影響で倒れてしまう。だが同時にそれは、初陣にしては濃すぎる戦闘経験によって改造可能となる予兆すら告げることになり……?

 間章 ~後日談一日目~



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間章 南方作戦後日談
後日談 一日目


やっとこさ投稿出来ました。仕事疲れで働きにくい頭をなんとか動かしながら文章考えて執筆してますが、投稿ペースは未だに変わらないですね(^_^;)

それと2019秋イベも投稿した日付から約一週間後とか、中規模に留める可能性が高いので楽しみですね(その前に資源貯まるかな?)。

以下はあらすじです。

        ~あらすじ~

南方棲鬼の出現で一度は危機に陥るも、薩摩を中核とした援軍の強力な援護を得て生き延びた叢一達。

一同が帰路に着こうとした時、思わぬドロップ艦が姿を現す。




 戦いは終わった。

 

 この世界に特Ⅰ型駆逐艦叢雲として顕現した。

 次に目覚めたショートランド泊地では比叡や橿原司令官、叢雲の姉に当たる白雪や初雪、軽空母飛鷹と出会った。

 

 そこからは恐ろしく長く感じた夜間行軍の始まりで、最初は死の恐怖を感じることもあった。雪風が傍に居なかったら、今この海面に立っていることはなかったと思う。

 

 それでも一度は死にかけたと思う。むらくもと交信する事で今はまだマシだけど、それでも負傷しちゃったから後でどうにかしたいな。

 

 これで後は隊列を整えて、本土から来た艦娘にとっては前線拠点、僕や白雪達にとっては母港であるショートランド泊地に帰投するはずだったんだけど。

 

 

「久し振りだな、大和。この姿では初めましてか?」

 

「久し振りで良いわ。まさかこんな形で会えるとは思っても見なかった。会えて嬉しいわ、武藏」

 

 唐突にドロップ現象(因みに僕は初めて見た)が発生して、大和型戦艦二番艦武藏がドロップした。あまりに予想外だったのか、武藏がドロップした直後は僕を含めてほぼ全員が呆然としていた。

 

 すぐに薩摩がそれを注意したので、みんな我に返ったけど。戦闘後とは言え安全と確認されたわけでもないから、敵がいつ出てくるかも分からないし当然だとは思う。

 

 

「はいはい、注目! 貴女が武蔵よね。私は薩摩。日本初の国産戦艦、準弩級戦艦薩摩よ」

 

 手拍子しながら薩摩が話し掛けた。手拍子の音響が静寂に包まれたソロモン諸島に響き渡り、山彦のように聞こえた。

 

 

「準弩級戦艦。と言うことは、私にとっては先達か」

 

「そう言うことになるわね。それで、一つだけ聞きたいことがあるのだけど」

 

「なんだ」

 

「今この場にいる艦娘で、誰に着いていきたいかしら?」

 

 薩摩の質問に武蔵は首を傾げるが、聴かれたことには素直に従うみたいだ。目当ての相手を探すように視線を巡らせる。

 

 少しして、僕たちのうち一人に視線を留めた。

 

 

「──貴様、名前は?」

 

「佐世保第1鎮守府所属、特型駆逐艦、綾波と申します。よろしくお願いしますね」

 

 自己紹介しながらぺこり、と会釈した。今のやり取りからお目当ての相手を見つけたと察せられるけど、詳しいことは僕には分からない。帰ってから座学を受けるなりしないと。

 

 

「叢雲ちゃん、移動の前に楽にした方がいいですよ。肩を貸しますね」

 

「悪いわね。お言葉に甘えるわ」

 

 こちらの負傷を気遣ったのだろう、白雪が曳航を申し出てきた。傍らには初雪もいる。

 右脇腹に負った傷口からは変わらず血を流し続けていた。戦闘が終わって緊張が抜けたからか、今は立っているだけでも辛いので正直助かる。

 

 

「それと、叢雲ちゃんの槍は回収しておきました。損傷しているので、艤装としては無力化されてますけど」

 

「それでも、回収は出来た。私にとって無くしたくないものだったし、その、感謝してあげるわ……」

 

 言ってる間にそっぽを向いて言った。槍は確かに損傷していて、横に突き出た刃先は何本か欠けている。やはり大和型の砲撃には耐えられなかったのだろう。

 ただそれでも全壊はしていないし、白雪が探して拾ってきてくれたのが嬉しい。ただそこは叢雲クオリティ、ここで素直じゃないツンデレをしなければ。

 

 

「ここから、ショートランドまで……結構かかると思う。二人で曳航しても……どれだけかかるか」

 

 今のツンデレ発言を聴いたからか、初雪がジト目で見ながら言ってきた。

 

 

「最低でも私が雪風達と来た時と同じくらいかしらね。頑張って耐えるしかないわ────ゴホっ、ゴホゴホッ!」

 

 初雪にそう言った直後、唐突に咳き込んだ。慌てて空いた左手で口元を覆ったら、微かに温度のある何かが吐き出される。

 

 

「────嘘っ」

 

 左の手のひらには、真っ赤な血糊が付いていた。それを見た僕は、更に視界までが揺らぐ。

 

 急に体から力が抜けていく。海面に立つだけの力を失った体は倒れこみ、激痛が走った。次に痙攣が体を揺さぶる。

 

 

「叢雲ちゃんっ!? しっかりして、叢雲ちゃん!!」

 

 激痛で混濁していく意識のなか、焦ったような、泣きそうな声で叫ぶ白雪の顔が霞んだ視界に映った。

 

 

「し、らゆ……き」

 

 何とか声が絞り出して名前を呼び、限界が来た。

 徐々に視界は暗くなっていき、体を襲う激痛すら意識と共に遠退いていく。

 

 そして僕は、意識を手放した。

 

 

 

          ◇◇◇

 

 叢雲は容態が急変して倒れ、気絶した。元々、曳航しようと傍にいた白雪が更に呼び掛けようとしたが、いきなり叢雲から強烈な光が溢れる。

 

 

「──何が……っ!? これはっ」

 

 光が収まった時、白雪は驚愕した。

 

 叢雲はショートランドを出撃した時と同じ形態に戻っていたのだ。正確には敵旗艦に大破させられる前の状態で、重症だったはずだと雪風が教えてくれた。

 

 

「そんな……!?」

 

 それが本当なら、早く入渠させなければいけない。現に、叢雲が倒れた海面には流れた血が滲むように広がり始めている。出血も深刻だった。

 

 

「落ち着きなさい。取り敢えずよく見て」

 

 その時、一人の艦娘が声をあげた。誰もが視線を向けたその先には、大和達増援組を統率して戦闘に加わっていた戦艦薩摩がいた。

 

 

「全身血塗れな状態で分かりにくいけど、薄く赤い光を纏ってるわ」

 

 言われて白雪を含む全員が注目した。確かに言われてみれば、叢雲の体を赤い光が薄く包んでいた。

 

 そして、その現象を白雪は知っていた。

 

 

「まさか、改造の条件を満たしたんですか!?」

 

「その、まさかよ。改造が可能な段階になったことで、一時的にだけどこの駆逐艦はまだ大丈夫そうだわ」

 

 艦娘には改造可能な段階が、日本で確認されるだけでも二段階存在する。

 

 まずは『改』。これは一般的に普及した改造で、艦種問わずどの艦娘でも可能になっている。

 

 次が『改二』。これは近年になって開発された改造であり、この場にいる艦娘では綾波と夕立、金剛が該当する。

 

 今回の場合は前者だった。元々、特Ⅰ型の駆逐艦娘は大して高い錬度は必要無かったが、叢雲は鬼・姫級との度重なる戦闘で貢献していた。その関係で改装するに足る経験が貯まったのかもしれない。

 

 更に、改造にはある利点が存在する。改造すれば例え大破していても修復できる点だ。急いでショートランドに帰投し、ドックで改造を受ければ彼女の傷が癒えるだろう。

 

 

「把握できたようね? なら、この娘を預かるわ」

 

 白雪達が納得したのを確認して、薩摩は海面に倒れる叢雲を拾い上げた。

 

 

「……改装するために、先に叢雲ちゃんを連れていくんですね? なるべく早く済ませるために」

 

「良く分かってるわね」

 

「私だって、“薩摩道場”の門下生ですから」

 

 薩摩道場とは、日本国防海軍に所属する艦娘が構成した派閥の一つである。白雪は薩摩に教えを受けた弟子の一人だった。

 

 

「叢雲ちゃんのこと、お願い致します。薩摩師範」

 

「任されたわ」

 

 白雪の言葉を背に受けて、薩摩は立っていた海面から瞬時に飛び出した。

 

 

 

          ◇◇◇

 

 

「行ってしまいマシタネー、相変わらずpowerfulな人デース」

 

 水平線の彼方を見つめて金剛は言う。同じくそれを見ていた菊月が話し掛けた。

 

 

「実地試験艦隊旗艦に意見具申を許可願いたい」

 

 実地試験艦隊とは、本土からの増援を指した正式な部隊名だ。今作戦の前提となった南方棲地強行偵察作戦の直後にドロップした戦艦大和の性能評価、改二改装した綾波と夕立、同じく改装した旗艦である金剛で編成されている。

 

 薩摩が同行していたのは、本人が希望したからだった。金剛達が本土を出発した時点では、南方作戦がここまで泥沼化するとは想定していなかった。

 彼女が同行したのも改装直後はどうなるか未知数の改二艦3、錬成途上の新鋭戦艦と軽巡1駆逐1の不確定要素が多い編成だったからである。

 

 

「許可シマス。何デスカ菊月?」

 

「そろそろここも安定化した。私は目的の場所に向かいたい」

 

 菊月はその為にここまで来た。大和の護衛、金剛達の支援という役割を請け負ったのも、今まで待ち望んできた目的を果たすためだ。

 

 

「なら付き添いが必要デスネ、ワタシも行きマスヨ?」

 

「綾波も残ります。まだ南東の敵艦隊が残ってるはずなので、それに備えた方がいいと思います」

 

「夕立も残るっぽい! 素敵なパーティしましょー」

 

「えっと、大和は」

 

 実地試験艦隊の面々が菊月に同行すると進言するなか、ドロップして日の浅い大和は判断に迷っていた。

 

 

「金剛、私は大和と一緒にショートランドまで戻るわ」

 

「え」

 

 言い出したのは矢矧だった。

 

 

「構いマセンヨ。ヤマチャンも錬度はまだ低いデスカラ、無理しない方が良いネ」

 

「助かるわ。菊月、ここで別れるわね」

 

「ああ。ショートランドには我々も後から向かう」

 

「あの、私は」

 

 話がトントン拍子で進んでいく。その間にも大和は何か言おうとするが、結局はドロップ直後の武蔵を連れて先に戻ることで話が纏まった。

 

 

「金剛さん。私達二水戦は十八駆を残してショートランドに戻ります」

 

 そこで神通が話を切り出した。

 

 

「二水戦が抜けた後はどうなってマスカ?」

 

「一水戦が引き継ぎます。その後は十八駆も後退してもらいます」

 

「ならワタシ達も構いマセン。白雪、初雪、比叡?」

 

「お姉様には申し訳ありませんが、ショートランドに戻ります」

 

「私も戻らせて頂きます。泊地を空けたままにはしておけませんから」

 

「同じく」

 

 名前を呼ばれた三人がそう返した。

 

 

「ならmeetingはこれでfinish! 皆サン、分かれてクダサイネー!」

 

「「「 はい! 」」」

 

 金剛の号令に、神通達二水戦とショートランド組、二水戦からこの場で残る十八駆と菊月達、大和達先行帰還組が応えた。

 

 その後、南方作戦に参加した艦娘達はそれぞれの行動に移った。

 

 

 

          ◇◇◇

 

『う、ん……? ここ、は』

 

 エコーが掛かった自分の声。ということは、ここは僕と叢雲の内側か。

 

 

『気が付いたかしら』

 

 前世から聞き慣れた叢雲のエコー掛かった声が聞こえてくる。視線を向けると、叢雲がこちらを覗き込んでいた。

 

 

『叢雲。僕は、どうしてここに』

 

『受けたダメージが貴方の魂の許容する範囲を超えそうになったのよ。幸い、ちょうど改装できる段階にあったからまだ死んでないけれど』

 

『改、装?』

 

 どう言うことだろう。あと、後頭部に何だか柔らかくてほんのり暖かい感触がする。ちょっと気持ちいいな。

 

 

『ここで上手いこと説明はできないわ。むらくも! 叢一が起きたわ』

 

『あいよ』

 

 叢雲が呼ぶと、同じようにエコー掛かった声が返ってきた。後ろから足音が聞こえてくる。それは段々近付いて、すぐ近くで止まった。

 

 

『どうやら、目が覚めたようだな? お姫様の膝枕は心地よかったかな?』

 

『…………え?』

 

 話し掛けてきた声は叢雲が呼んだ時からもその主はむらくもだろう。同名だからややこしいな。でもそれどころじゃない。

 

 今、彼女は何て言った?

 

 お姫様の膝枕?

 

 この精神世界では僕と叢雲、むらくもしか居なくて。つまりはむらくもが言ったお姫様も僕を覗いては一人しか居ないわけで。

 

 

『な、何よ……!』

 

 頭上の叢雲に視線を向けると、顔を赤面させていた。

 

 

『あー、叢雲』

 

『何……っ』

 

『率直な感想なんだけど、男子高校生的にはすごく良かったよ』

 

 そう言った僕の表情をだらしないものに見えたかもしれない。でもしょうがないよね?叢雲みたいな美少女の膝枕とか、夢みたいな体験だし。

 

 

『……ね』

 

 ぼそり、と呟きが漏れ聞こえた。

 

 

『ん、何か言った?』

 

『勘違いしないでよね!』

 

 何かの前置きのように叫んだ。

 

 

『別にアンタの事なんかどうとも思ってないんだから! アンタと私の内側の世界でも、流石に甲板上で寝かせておくのもどうかと思っただけだしっ。 それだけなんだからッ!』

 

『テンプレなツンデレ発言ありがとう。この体になってからはそう言うの聞いてなかったし、うん。これでこそ叢雲だね』

 

『本当にな。ここまでお約束なリアクションをしてくれるとは、見た目通りに可愛いじゃないか』

 

 叢雲の反応を見た僕とむらくもがそれぞれ感想を言う。

 

 

『アンタは何時までそうしてるのよッ!』

 

『ガッ!? ~~!』

 

 いきなり枕代わりにしていた膝を退けられ、勢い良く甲板に頭を打ち付けた。肉体に影響のない精神世界で木製の甲板とはいえ、馬鹿に出来ない激痛に襲われて悶絶した。意外と固いな、駆逐艦の甲板。

 

 

『そんなことよりっ、むらくも! 今の状況を説明して頂戴』

 

『はいよ。立てるか、叢一?』

 

『うぅ、単純に痛いだけなんだけど地味にキツイ』

 

 気遣ってくれたのか、むらくもが手を差し出してきた。

 

 そこで初めて、この世界でのむらくもの姿を目にした。

 

 頭に被っているのは簡素な構造をしている紺色の制帽、確かスコードロンキャップだったかな? 『第ニニ護衛隊 むらくも』と刺繍で描かれていた。

 

 服装は自衛艦だった史実に基づいたものらしく、白を基調とした男性海士の着るセーラー服に女性用の丈が長いスカートを組み合わせたもの。これらはむらくもの記憶から引用したから分かった。

 

 容姿については叢雲と明らかに異なっていた。

 流れるような銀色、夜間なら光の反射で青に見える長髪だったのに対し緑色の短髪だった。瞳の色は金色で、背は叢雲よりやや高いくらい。

 

 

『そんなに見つめてどうした、叢一? 私に惚れたか?』

 

『別にそうじゃないんだけど、君の姿を見るのは初めてだったし』

 

『そうか。戯れもここまでにして、本題に入ろう』

 

 面白半分でからかっていた自覚はあったみたいだ。

 

 

『まず現状についてだが、現実の肉体は問題ないだろう。倒れて気絶した直後には、改装可能な状態だったからな。今は戦艦薩摩が曳航してる最中だ。超高速でな』

 

『超高速と言うと、どれくらい?』

 

『冗談みたいな速力よ。長距離を高速で跳躍しながらショートランドに向かってるわ』

 

『このペースで移動すればショートランドまでそんなにかからないだろう。到着までは20分というところだな』

 

 先の戦闘でも常識はずれに思えたけど、想像以上に凄い艦娘だったらしい。

 

 

『むらくも、一つだけ聞いても良いかな?』

 

『何かな? 状況確認は済んだと思うが』

 

 読みは同じでもニュアンスから反応できるらしい。叢雲もそれは同じな様で、困惑した様子もない。

 

 

『多分、少しは関係あることだよ。君と叢雲、二人についての事だから』

 

 今まで戦闘に明け暮れていて必死だったから考えもしなかったけど、今になって思えば不思議だったことだ。

 

 

『何故、この世界で叢雲が僕と融合するまで顕現出来なかったか。それに、どうしてむらくもと三位一体の状態になったのか』

 

 はっきり言って疑問だ。むらくもの記憶を見た限り、人類と深海棲艦の初接触から26年が経過してるはず。原作で登場した叢雲以外の吹雪型の艦娘は見かけたのに、彼女は僕と融合しなければ顕現出来なかった。その原因が分からなかった。

 

 むらくもに関しても同様だった。同名であっても、艤装もベースとなった船体も別物だ。にも関わらずこうして共生できている。

 

 

『何故、か……。叢一こそ、既に薄々気付いてるのではないか?』

 

『……なら遠慮なく聞くね』

 

 自信がなかったけど、本当は想定できていた。叢雲とむらくも。同名であっても全く異なる艦が共生できた理由を。

 

 

『特型駆逐艦としての叢雲。みねぐも型護衛艦としてのむらくも。両者を結びつけたのは、名前だよね』

 

『……正解だ。正確には、名前に込められた言霊(コトダマ)だがな』

 

 補足を交えて、むらくもは肯定した。

 

 

『我々艦娘は、前身となったのは軍艦だ。それぞれ、進水時に命名されて就役する。この名前を付けると言う行為が重要なのさ。軍艦は完成した時点ではただの巨大な鉄屑だが、名前を付けることで個としての存在になる。命名とは、対象となる物体に命を吹き込む行為とも言える』

 

『お互い、沈んでいた場所が問題でもあったわね。似たような座標で沈んでいたせいで、互いに船魂(ふなだま)が干渉しあってがんじ絡めだったのよ。だから私は艦娘として今まで浮上できなかった』

 

『……僕はその為の緩衝材だった? 駆逐艦叢雲を形はどうであれ、艦娘として顕現させるために』

 

 もしそれが猫吊るしの目的だったとしたら、僕はタイミング良く手元に転がり込んだ素材だったのか。

 

 

『我々についての考察はこんな感じで概ね間違いないだろう。後は気長に待つとしよう』

 

『薩摩がショートランドに辿り着いて、原作通りなら改装して損傷も無くなるよね?』

 

 ゲームでは、例え大破でも改装可能な状態ならそれが可能だった。

 

 

『その認識で間違いないとは思うが、私と叢雲の損傷を計算に入れればそれなりの時間、意識は戻らんだろうな』

 

『そう言えば、叢雲の時は大破しちゃってたよね。魚雷を至近距離で撃たなければ良かった。ごめんね』

 

 あの時は危険を顧みず突撃するだけだった。雪風の酸素魚雷だけが頼みの綱で、時間稼ぎさえ出来たかは怪しい。

 

 

『次からはもっと慎重になりなさい。大胆に突撃するのは新兵には早すぎるわ』

 

 意外なことに、叢雲は注意しただけで済ませた。

 

 

『……怒らないの?』

 

 寧ろ、初期の信頼関係が築けてない時期に有りがちな雷を落とされるかと覚悟していたんだけど。

 

 

『なに、怒ってほしいの?』

 

『そうじゃないけど』

 

『なら、良いでしょ。さっきも言ったけど、アンタは戦闘処女ではなくなっただけの新兵よ。それに、相手が悪すぎたわ』

 

『叢一の前世でも撃破難易度が上位に位置する程の強敵のようだったからな。それより、良く生きてたものだ』

 

 むらくもが言っているのは、前世の原作についての記憶だろう。少なくともドロップ直後の艦娘なんかで太刀打ちできる相手じゃないし、改二か高錬度の艦娘じゃないと難しいと思う。

 

 

『……そろそろ時間切れのようだ』

 

 この世界に顕現した時と同じように、叢雲の船体が光を放っていた。各部が光と共に、徐々に消失していく。

 

 

『取り敢えず一言だけ言っておく。私達の身の上だが、なるべく他人に漏らさない方が良い。それだけは注意してくれ』

 

『駆逐艦叢雲が実は男子高校生を取り込んだ存在で、しかも表の精神が貴方だなんて信じてもらえるかは疑問よね。信じてもらえたとしても、そこからリスクを生むことになりかねないけれど』

 

『……分かった。気を付ける』

 

 少なくとも、信用に足る相手でもない限り秘密を共有するのは控えた方が良いだろう。

 

 僕の言葉を聞いて、むらくもは満足げに表情を緩めた。

 

 

『私の力は常に、叢一と共にある。何時、何処でどう使うかは君を信じて任せる。機会があればまた会おう』

 

 船体を包んでいた光は僕と叢雲、むらくもにも及んでいた。

 

 それらが顔まで到達して視界は白く塗り潰されていき、やがて意識が途絶えた。

 

 

 

          ◇◇◇

 

 日本国防海軍ショートランド泊地埠頭

 

 

「古鷹さん、何か見えますか?」

 

「まだなにも見えません。もう少し待ってみましょう」

 

 古鷹の背後から吹雪が声を掛けた。水平線の向こうを睨みながら、古鷹が答える。

 

 

「大破した叢雲ちゃんのために明石さんが改装ドックの準備をしてくれましたけど、これで良かったんですよね?」

 

「改装ドックは叢雲ちゃんが“改”になれるだけの錬度に達したからだと思います。それで間違いないでしょう」

 

 だとしたら、相当な修羅場を連続で潜り抜けたと言うことになる。まだドロップ直後で実戦未経験の状態だったにも関わらず、驚異的な戦果と言えるが古鷹には尚更不安だった。

 

 初陣から生と死のギリギリのラインで戦うのはあまりに無謀だ。幾ら泊地の防衛戦力である自分達までもが駆り出される事態とはいえ、それで死地に飛び込むことなどなかったはずだ。

 

 

「あっ! 古鷹さんっ。12時の方向に水柱です!」

 

 吹雪と古鷹の視線の先にある水平線上で水柱が屹立する。次の瞬間には、泊地手前の海面でも水柱が立ち上った。

 

 少しして水飛沫が晴れると、一人の艦娘が姿を現した。恐らく薩摩だろう。片腕には気絶していると思われる叢雲が抱えられている。

 

 

「叢雲ちゃん!」

 

 率先して吹雪が埠頭から降り立ち、古鷹もそれを追い二人で駆け寄る。

 

 

「出迎えてくれて助かるわ。ドックの準備はできてるわね?」

 

「はい。明石さんが待ってくれてます」

 

「了解したわ。この駆逐艦(バカ)を頼むわね」

 

 手荷物でも預けるように、気絶した叢雲を手渡してきた。

 

 叢雲の体はどこも傷だらけで出血も多いが、赤色の淡い光が包んでいるのを見る限りまだ間に合うはずだ。

 

 

「さて、私はここの提督に挨拶してこようかしらね。あの飲んだくれは何処かしら?」

 

「私が案内します。こちらへどうぞ。吹雪ちゃん。叢雲ちゃんをお願いしますね」

 

「はい!」

 

 案内を申し出た古鷹は吹雪と別れ、薩摩を先導して歩き始めた。

 

 

 

          ◇◇◇

 

 アイアンボトムサウンド海域より北に位置するF諸島、ンゲラスレ島の沖合い。

 

 そこでは、本来の目的を果たした菊月とそれに付き添う金剛の姿があった。

 

 

「すまない。遅くなった」

 

「そんなに待ってないネ。思ったより早かったデース」

 

 菊月の言葉に金剛はそう答える。

 

 

「それで、持ち帰る物品は選んで来たんデスネ?」

 

「ああ。帰路途中で交戦する可能性を考慮すれば、あまり大きな物は持ってこられなかったが。これだけは持ち出せたな」

 

 言いながら、金剛の目の前に差し出す。

 

 

「フム? ひょっとしてそれは、駆逐艦菊月の部隊識別帽デース?」

 

「ああ。船体は原型すら留めていなかったが、それでも艦内には入れた。これはそこで見つけてきたものだ」

 

 金剛の推測を菊月は肯定した。彼女の言う通り、それは酷くボロボロに傷付いてはいるが、菊月乗員であることを示す識別帽だった。

 

 

「私は今まで、自分の半身が存在していて、そこで確かに沈んだのだと言う証を求めてきた。その望みは叶った」

 

「それは良かったデース! 菊月の目的もこれでfinish! さて。綾波、夕立?」

 

『周辺にはぐれの敵駆逐艦が来ましたが、問題なく撃破しました』

 

『eliteですらないただのロ級で歯応えないっぽい』

 

 周辺を警戒していた駆逐艦二人が無線で返答してくる。

 

 

「十八駆はどうデスカ?」

 

『ル級が付近に居ましたけど、排除完了しました!』

 

 無線から活発さを感じさせる声が聞こえてくる。二水戦の三個ある駆逐隊のなかでは底抜けに明るく、気配りの出来る駆逐艦として評判の彼女だ。激戦に次ぐ激戦でもそれの衰えを感じさせない。

 

 

「他に敵が来ても面倒デース。ショートランドに撤退シマショウ、各艦は合流してクダサイ」

 

『『 了解 !!』』

 

「では、行きマスヨ菊月」

 

「承知した」

 

 踵を返して島から離れていく金剛の後を追おうとして、トウキョウ・ベイの海岸に座礁した残骸を振り返る。

 

 

「さよならだ、かつての私。いつか、静かな海で会おう」

 

 それだけ言い残し、今度こそ金剛の後を追い掛けた。




以上、色々な要素を導入した回と相成りました。

ここで一つ連絡させていただきます。この作品は現在連載中の作品、『艦これ×鋼鉄の咆哮~力の重さ、強さの意味』と世界線を同じとすることを決めました。

元は本作が見切り発車の作品だったので、鋼鉄サイドなのか別の世界線にするのかをハッキリさせるのが遅れてしまい、本当に申し訳ありません。

これからは本作を鋼鉄作品の外伝として連載していきますので、読者の皆さま方にも出来ればお付き合い頂ければと思います。

後書きが長くなってしまいたが、以下は次回予告です。

        ~次回予告~

重傷を負って倒れた叢一は、ショートランドで改装して傷を消した日から二日以上眠り続け、目を覚ました。そして目の前には見舞いに来たらしい雪風と、頬を緩ませた不知火が彼女に抱き付いていて……?

「雪風ニウムを補充しています。何ですか、不知火に何か落ち度でも?」

次回、後日談 四日目


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後日談 四日目①

やばい、予告詐欺かも。後日談の四日目は内容が濃くなったから一話で終らないし。冒頭の時点でまだ一日目だし(汗)

えぇ、それと。本作(と同時連載中の鋼鉄小説)は作者が特撮怪獣の大ファンであるため、有名な怪獣作品の影響を多大に受けています(我らが薩摩さん等)。
今回はそういった設定から、ある単語が登場します。

では、本編です。


 菊月ら、サーモン諸島残留組が目的を達成して帰路に就いた同時刻。ショートランド泊地司令部執務室。

 

 

「失礼するわよ」

 

 数回のノックの後、薩摩が入室した。遅れてドアをくぐった古鷹が閉める。

 

 

「……予想通りね。早めに先勝祝いで飲酒かしら?」

 

 呆れたように言った。薩摩の眼前には執務机の上に一升瓶を置き、純白の第一種礼装を着崩した橿原が居る。ちょうど御猪口を傾けていた。

 

 傍らには軽空母娘、飛鷹が控えていた。恐らく、出撃後に秘書艦として待機していたのだろうが、彼女もまた呆れた顔をしている。

 

 

「作戦は成功に終わったからなぁ。アタシとしちゃ、今から先取りしても早すぎとは思わないぜ?」

 

「貴女はこの泊地の提督で、統括でしょうが。もう少し自覚を持ちなさいよ、まったく」

 

 因みに橿原の階級は准将で、提督と言う立場も省みればかなりのエリートだ。普段の言動と素行がそれに相応しいなら、容姿も相まって完璧のはずだっただけに残念美人と言う他なかった。

 

 薩摩の言う統括とは此処、ショートランド泊地に所属する全職員の指揮権を有する管理職である。

 ショートランドには警備の哨戒艇やヘリコプター等を運用する部門、通常装備から艦娘の艤装を整備する整備隊等百人前後が所属している。

 更に建設された高床式の一般隊員向けの宿舎で給養を担当する人間や、それら雑多な業務に携わる職員も含め様々な部署から配属された彼らを束ねるのが、鎮守府を中核とした各海軍基地の統括である。

 

 

「……それで」

 

 執務室の一角に視線を向けて睨む。そこには来客用に配置されたソファーが二台、向い合わせで配置されていた。

 

 

「何故、あなたが此処に居るのかしら? 今度はどんな気紛れを起こしたの。猫吊るし?」

 

 ソファーの一つには小柄な、猫を前足から掴んで垂らしたセーラー服の少女が居座っていた。

 

 

「別に気紛れと言う訳じゃないさ」

 

 薩摩から誰何を受けても、セーラー服の少女──猫吊るしは肩を竦めてそう言った。

 

 

「私はただ、今回の作戦のことで話しておきたいことがあったからな。例えば、駆逐艦叢雲とかな」

 

「なら、私から聞きたいことがあるわ。彼女、一体何なの?」

 

「何、とは?」

 

「彼女の体からマナを三つ感じた」

 

 聞かされた内容に、猫吊るしは「……ほう?」と興味深げに呟いた。

 

 

「やはり感じ取れたのか。いや、薩摩ならそれは当然だったな」

 

「誤魔化さないで。私の感じた通りなら、本来はあり得ない現象よ。今すぐそれをはっきりさせなさい」

 

 言いながら、手元に『対艦刀安芸』を出現させる。

 

 

「返答如何によっては、ここで斬らせて貰うわ」

 

「まぁ、待て。その刀は私に効く。ちゃんと説明するから待ってくれ」

 

 薩摩の反応に猫吊るしは溜め息をついた。

 

 

「駆逐艦叢雲は今まで、艦娘として浮上できない状態にあった。彼女を顕現させるため、私は対症療法を施しただけだよ」

 

「単なる特型駆逐艦にしては説明がつかないわね。例えば、あの索敵能力や防空性能とかは?」

 

 今まで疑問に思っていた点のひとつだった。

 

 隙を見て様子見した限りでは、快速を誇る特型駆逐艦にしては低速だった。同時に、それを補って余りある火器運用能力は第二次大戦のレベルとは思えない。

 

 

「叢雲を海底に縛り付けていた原因、と言えばいいかな。それが持っていた装備だよ」

 

「……自衛艦の装備じゃないでしょうね?」

 

「なんだ。もうとっくに分かっていたんじゃないか」

 

 口角を上げて猫吊るしは言う。一方で薩摩は表情を険しくしていた。

 

 半分は冗談で言ったつもりだったのだ。勿論、もう半分は確信があったからだが。

 

 薩摩とて艦娘として顕現してから長い。かれこれ二十五年以上になる。それは旧海上自衛隊時代から現国防海軍として所属した時間とほぼ同じだ。

 その間、薩摩は情報の収集を怠らなかった。何しろ薩摩が艦として現役だった頃とは、祖国は何もかも異様だったからだ。流石に文化で大きく異なる点は見当たらなかったが、科学技術と生活水準においては全く違う。

 その結果、現代の日本の社会構造と、自分が標的艦として沈んだ頃から現在に至るまでの史実を知ることとなった。過去の大戦での最後を知った当時、悔しさから人目を避け陰で泣いたのは苦い記憶だ。

 

 知り得た情報は他にもある。戦後日本の組織した軍事的組織である旧海上自衛隊が配備してきた、数多くの自衛艦についてだ。

 当然、叢雲が使用していた装備についても心当たりがあった。記憶にある知識と一致するなら、あれは6~70年代の装備だ。

 

 

「感じたマナのうち、二つ目は分かったわ。……それで? あとの一つは」

 

「悪いが言いたくないな」

 

「ふざけるな」

 

 長刀を鞘から引き抜いて斬りかかった。ソファーが叩き割られて中身のクッション材が飛び散る。

 

 

「あのさぁ。一応それ備品なんだけど。上から補償はしてもらえるんだよな?」

 

「……」

 

 橿原からジト目で文句を言われるがそれには答えず、部屋の中を見回した。

 

 

「逃げられたわね」

 

 ふぅ、と息を一つ吐いた。

 

 カチン。安芸を鞘に戻し、光と共に消し去った。

 

 

「悪いわね。この泊地、新設だから備品も新しいのに早速壊しちゃって。上に掛け合って、次から来る補給部隊に運ばせるわ」

 

「頼むぜ、ほんとにさ」

 

 橿原はやれやれ、と嘆息しながら首を横に振る。

 

 

「にしてもさぁ。叢雲にマナが3つも在るって話、ほんとかよ?」

 

 疑問を口にする橿原にも、マナと呼ばれるものが何なのかは知っていた。

 

 

「事実よ。少なくとも、叢雲の以外で一つは艦娘みたいだわ」

 

「一つはって、もう一つは艦娘じゃないみたいだな」

 

「ええ、そうよ」

 

 不愉快を隠しもせず、吐き捨てるように肯定した。そんな薩摩の様子を見て、橿原は眉を潜めた。

 

 

「……薩摩?」

 

「あの妖怪はとんでもないことをしてくれたわ」

 

 マナとは、自然界にはごくありふれたエネルギーだ。森や川、海に生息する動植物。土や水には必ず大なり小なり、マナが宿っている。勿論、人間や艦娘とて例外ではない。

 

 そして本来は、個として持ちうるマナは一つだけだ。だがあの駆逐艦には、それが三つも宿っている。一つの体に三つのマナ、それは三つの命を宿してるのに等しい。

 

 

「三つ目は艦娘ではないけれど、かといって深海棲艦とも違う。私が感じた通りなら恐らく、人間よ。それも十代の学生でしかない、若いマナだわ」

 

 それは薩摩にとって、最悪に等しい現実だった。二つ目のマナの持ち主が駆逐艦叢雲の浮上を妨げていたのは明らかになったが、恐らく三つ目の持ち主は緩衝材のはずだ。

 

 

「詳しいことは叢雲に聞けば分かる。あの状態なら、目覚めるのは今から三日後。それまでは私も留まるわ」

 

 史上最難関と言えた南方作戦は成功し、不穏な要素を残して終わった。窓の向こうでは太陽が高く上り、泊地の敷地を強く照らしていた。

 

 

 

          ◇◇◇

 

 南方作戦完遂から四日目。

 

 

 

          ◇◇◇

 

 突然だけど、シスターコンプレックス、所謂シスコンと言う言葉を皆さんご存じだろうか。

 

 それは程度に差はあれ、姉、あるいは妹を溺愛する事であるのは間違いないだろう。

 勿論、姉妹と呼ぶ間柄でも最低限の節度は保たれるべきだろう。親しき仲にも礼儀あり、と言う言葉もある。

 

 

「今日は何時もと違う香りですね雪風。シャンプーを変えたなら此処の備品ですか」

 

「~~っ! 不知火姉さん、そんなにくっつかないでくださいぃ……!」

 

「いいえ離れません。南方作戦発動してからと言うもの、スキンシップする時間が取れませんでした。今は別命あるまで不知火の自由時間です」

 

 僕が横になってるベッドの脇では、パイプ椅子に座った陽炎型姉妹の仲睦まじい光景があった。正確には嫌がりながらも満更でも無さそうな雪風に、抱き付いた不知火が臭いを嗅いでは恍惚とした表情を浮かべている。

 

 先程、目を覚ましたらこんな状況だった。多分、最初に艦娘として目を覚ました医務室だと思う。

 

 と言うか、このピンク頭は誰? 不知火がこんなシスコンだなんて知らないよ、僕。

 

 

「──! 叢雲ちゃんっ、目が覚めたんですね!」

 

「三日も寝続けて漸くですか。随分と朝寝坊なのね」

 

 内心困惑していると、目の前の二人が目覚めたのに気付いた。雪風は見られていたかもしれない羞恥心で顔を真っ赤にしていたけど、不知火は平然としている。

 

 

「お陰さまでね。所で、アンタ不知火よね? 何してるのよ」

 

「雪風ニウムを補充しています。……何ですかその目は、不知火に何か落ち度でも?」

 

「ごめんなさい、ちょっと何言ってるか分からないわ」

 

 雪風ニウムって何?不知火にとっては補給用の資源か何かなの?

 

 

「取り敢えず聞くけど、あれから──」

 

 どれくらい経ったと聞こうとした瞬間、部屋の引き戸が開いた。

 

 

「──! 叢雲ちゃん……っ」

 

 名前を呼ぶ声がした方へ振り向くとそこには、部屋の入り口で白雪が居た。

 

 白雪は俯いた。少しして、前髪で隠れた顔からは液体のようなものが落ちていく。泣いているのか。

 

 

「……白雪」

 

「叢雲ちゃん」

 

 こちらからも名前を呼ぶと、顔を上げて再び呼んできた。ゆっくりこちらに歩いてくる。

 

 

「言いたいこと、話したいことは沢山あります。でも、これだけは言わせてください」

 

 前置きのように話すと、不知火達が居るのとは逆のベッドの脇、目の前で止まった。

 

 

「お帰りなさい……」

 

「……ただいま」

 

 挨拶を交わして、漸く実感が持てた。

 

 叢雲や、むらくも、僕は、ショートランド(ここ)に帰ってこれたのだと。




現在、四日目の次回を執筆中です。早ければ年末までには投稿できるかと。

あと、アンケートも試しに実施しています。興味のある方は是非。

では、次回予告です。

        ~次回予告~

白雪と交わした挨拶で母港へ帰還できたことを実感した叢一。意識が回復したことを報告するため、白雪は橿原提督のいる指令庁舎へと連れていく。その後は泊地の野郎共がお祭り騒ぎに──!

「良いねぇ。それならパァーっと歓迎会といこうぜ、パァーっとなぁ!」

次回、後日談 四日目②


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後日談 四日目②

去年のうちに投稿するはずが、色々リアルで苦労が続いたこともあって気付いたら2月に(-_-;)こんな拙作でも読んでくださってる読者の皆様、本当にすみません!ドゲザッ 

一月下旬頃には執筆やら艦これに使用するスマホのバッテリーがトラブったせいで使えなくなり、更に22日分も遅れてしまいましたが、問題も解決して再開できましたし良かった。場合によっては引退しなくてはなりませんでしたから。

その間に節分任務もあったのに満足にこなせず、バレンタインはみすみすタイミングを逃したのは本当に惜しかった(血涙)

何はともあれ、以下は前回までのあらすじです。


気絶した叢雲(叢一)をショートランド泊地まで運んだ薩摩は執務室に赴き、因縁を匂わせた猫吊るしと対面。薩摩が怒りに任せて一撃を放って逃げられたあと、橿原に駆逐艦叢雲の正体について話した。
それから三日後、傷を癒すと同時に改装した叢雲が意識を取り戻し、陽炎型の二人や白雪と対面するのだった。


では本編です、どうぞ。


 白雪と挨拶を交わしたその後は、それまで寝ていた医務室を後にした。

 

 退室する直前まで雪風と話したところ、僕は三日も寝続けていたようだ。

 その間、白雪が暇を見つけてはタオルで体を拭いたりと出来る限り清潔にしてくれていたとも。ここまで世話になりっぱなしで、良き姉を持ったと思う。前世では兄弟姉妹の関係はなく、一人っ子だったのでこう言うのには憧れがあった。

 

 それからは医務室があった高床式の建物を下り、しばらく歩いた。

 白雪の先導で辿り着いたのは先と同様、高床式の建物だが外観は少し違う。医務室のあった建物は部屋の数が多いため、窓が多く広い。それと違いこの建物は単純な構造で、看板には『ショートランド泊地指令庁舎』と書かれていた。

 

 

「橿原司令官に報告してきます。そこで待っていてください」

 

「分かったわ」

 

 そんなやり取りをして、白雪が木造の階段を昇って室内に入っていった。

 それから少し待つと、入り口から白雪が顔を覗かせて。

 

 

「もういいですよ、上がってきてください」

 

 促されるまま、階段を昇っていく。白雪が部屋の内側に押し開けた簡素な木造のドアを潜って、「失礼するわね」と言う。

 

 

「ようやく目が覚めたらしいな? もう歩いても平気なのか」

 

 室内には橿原司令官が待っていた。傍らには飛鷹の姿もあった。

 

 

「お陰様でね」

 

 橿原司令官の身を案じる言葉にそう返して見せた。

 

 一方で、体に突き刺さるような視線を感じる。

 ちら、と視線を向けた。そこには、橿原司令官以外の人物が数人立っていた。

 

 背の高い順に巫女装束を着た黒髪の女性、前世の記憶通りなら恐らく、戦艦山城だ。ただ、イメージとまるで違う。この世界はユーザーが見る画面とは違うとかそう言う意味ではなく、想像していたより纏っている雰囲気が異質だったからだ。

 一言で表せば、気迫に満ちていた。ゲームで感じるような薄幸そうな表情を浮かべるでもなく、力強い眼差しでこちらを見ていた。

 

 他にも艦娘はいた。胴着と赤い袴を着た女性、正規空母赤城だ。こちらは想像したのと大して変わらない、柔和な表情を浮かべている印象だった。

 

 その横には既に見知った顔。軽巡洋艦神通もいた。彼女には礼を言いたいけど、後で始末書を書くと思うと途端、憂鬱になってくる。

 

 更にその横には小柄な赤い狩衣の少女、軽空母龍驤。黒いセーラー服の少女、時雨がいた。

 

 

「ちょうどいい。ルーキーも含めて自己紹介といこう。

こいつが特型駆逐艦の叢雲だ。目が覚めた当時、アタシと顔を合わせた段階で選んだから、提督と統括の任を解かれない限りはアタシの艦娘だ。叢雲、挨拶してくれ」

 

「特型駆逐艦、五番艦の叢雲よ」

 

 橿原司令官に促されたので、簡潔に自己紹介した。改めて聴いたら不思議と高揚感が湧いてくる。図鑑の紹介で話す台詞の冒頭を口にしたからかもしれない。

 

 

「叢雲が知らない相手もいるしな、ここにいる十傑(・・)のメンバーも紹介するよ。まずは時雨から頼む」

 

 黒を基調としたセーラー服の少女が進み出た。

 

 

「僕は白露型駆逐艦、時雨。佐世保海軍基地第1鎮守府の所属で十傑の第10位に就いてるんだ。宜しくね」

 

「次は私ですね。航空母艦、赤城です。横須賀海軍基地第3鎮守府から来ました。十傑第8位をさせていただいてます」

 

「軽空母龍驤や。横須賀海軍基地第1鎮守府の所属で十傑第6位に就いてる。よろしく頼むで」

 

「改めて自己紹介させていただきます。軽巡洋艦、神通です。舞鶴海軍基地第1鎮守府で第二水雷戦隊の旗艦を任されています。十傑第5位です」

 

 自己紹介してくれた時雨と握手を交わし、「宜しく」と返した。その後も同様のやり取りを繰り返していくうちに、疑問が浮かんだ。

 

 

「白雪、十傑とはなにかしら?」

 

「それにはまず前提からですね。特務艦隊については単語だけでも分かりますね? 先の戦闘で、薩摩さんが無線で発信したはずなので」

 

「ええ。あの時は何のことか分からなかったけれど」

 

 気にしてる余裕なんてなかったし。

 

 

「順を追って説明しますね」

 

 そう言って微笑んだ白雪は、簡単に説明してくれた。

 

 曰く、特務艦隊は日本国防海軍のトップである海上幕僚長お抱えの部隊であること。それに所属する艦娘、特に旗艦である戦艦薩摩は国内最強と言える破格の実力者とのこと。

 十傑とは、特務艦隊が壊滅的被害

(この場合、特務艦隊は四隻体制であるため、二隻が轟沈または再起不能の損害を被ったら解散するらしい)

に遭った場合に備え、次世代の特務艦隊に成りうる候補者が十傑であると言うこと。

 その十傑もまた、特務艦隊や一部の実力者を除けば国内最強の10人とも呼ばれているらしい。

 

 

「ちなみに私も十傑ですよ。第4位です」

 

「えっ!?」

 

 まさか、姉である白雪(あくまで体を共有する叢雲のと言う意味で)も十傑だったとは。しかも第4位と言うと、先程自己紹介してくれた神通=サンが第5位だったから、実質格上なのか?

 

 

「と言っても、薩摩道場に入ってる艦娘は多くが十傑入りしてるんですけどね」

 

「その辺にしてくれ白雪。十傑の自己紹介で残ってるのは山城だ、頼むよ」

 

「あら、ごめんなさい。妹の疑問に答えたくて、つい話し込んでしまいました」

 

 失礼しました、と言いながらお辞儀して白雪は下がった。入れ替わりに巫女装束の女性が歩み出る。

 

 

「扶桑型戦艦。妹の方、山城よ。時雨と同じく佐世保海軍基地第1鎮守府の所属で、十傑第1位を預かっているわ。先の戦闘では活躍したそうね? 今後も期待させてもらうわ」

 

「よ、宜しく……」

 

 プレッシャー半端じゃないよ、この艦娘。

 僕の知ってる山城さんは普段から幸が薄そうな今にも死にそうな雰囲気で、時雨が内心では好きだけど素直になれなくて、レイテで邪魔だどけーって叫んでるイメージしかないのに。

 

 

「……貴女、今失礼なこと考えたかしら?」

 

「気のせいじゃない?」

 

 咄嗟にそう答えた。内心ドキリとしたけど。なんで分かったの!?

 

 良し、山城=サン相手に先入観でモノを考えるのは止めよう。

 

 

「さーて、十傑の自己紹介は終わったな! じゃぁ次はアタシからも自己s「艦娘殿の意識が戻ったのは本当でありますかぁ!?」……!?」

 

 橿原司令官が何かを言い掛けた所で思わぬ乱入があった。

 

 指令庁舎執務室のドアを勢いよく開けて入室したのは、一人の若い男性だった。ショートランドから出撃する直前にも見たツナギを着ているので、恐らく整備士だろう。

 

 

「葉山中尉、君はここで何してる? 君の班は警備艇の点検作業中だったはずだけど」

 

「これは失礼しました! 警備艇の点検作業は終了してるであります! その直後に艦娘殿のお二人がお目覚めになったと報せてきましたので、こうして馳せ参じたのであります!」

 

 うわぁ、なんか暑苦しそう。快活な性格が見てとれるけど、そのテンションに着いていくのが大変そうだ。

 あ、飛鷹が頭を抱えてる。もしかしたら、この泊地では悩みの種なのかもしれない。

 

 

「貴女が例の艦娘殿でありますか! 噂は予々、初陣で大活躍だったと聞いてるであります!」

 

「駆逐艦、叢雲よ。言うほど立派な戦果じゃないわ。今回は運が良かっただけよ」

 

 実際、何度も危ない場面はあった筈だ。

 

 最初の交戦では神通達二水戦が戦闘中で、僕が相手したのはロ級駆逐艦一隻のみ。それも飛鷹が立ち直らせてくれなければ、戦場の恐怖に呑まれそうなまま対応できずに殺られていたかもしれない。

 その後の道中も雪風達十六駆が援護してくれていたから突破できて、続く戦艦棲姫との戦闘では沈み掛けた。

 

 むらくもとの融合を果たしてからもそう。

 戦艦棲姫を連れての撤退戦は二水戦が居たから。

 防空戦闘中に南方棲鬼の砲撃を浴びて中破した後、ピンチを凌げたのは薩摩や白雪達が駆け付けてくれたからだ。

 

 

「私がショートランドに帰れたのは、多くの助けがあったから。それだけよ」

 

「殊勝な心構えですな。感服したであります!」

 

 ハハハ、と笑いながら活発な青年士官は言う。真面目に答えても彼は前向きにしか捉えないだろう。僕から見ても眩しいくらい、まっすぐな人格の持ち主だった。

 

 

「橿原統括ッ。我々整備隊含む施設科から意見具申を許可願います!」

 

「……許可するよ。なんだい?」

 

 半ば投げやりな口調で促した。橿原司令官も苦労してるんだなぁ。

 

 

「実は、今回の作戦の成功祝いとしてちょっとしたお祭りを予てより計画しておりました。泊地の全職員を挙げた企画ですので、これの許可を頂きたく。こちらはその申請書であります」

 

「──整備隊もそれなりに多忙だったはずだけどねぇ? こんな計画立てていたなんて、アタシも知らなかったんだけど?」

 

 手渡された書類に目を通してから葉山と呼ばれた青年を見る。所謂、ジト目と表現すべき表情だ。溜め息を一つ吐いて、橿原司令官は。

 

 

「……良いねぇ」

 

 にやり、と口元に笑みを浮かべて続けた。

 

 

「それならパァーっと歓迎会と行こうぜ、パァーっとなぁ!」

 

 前世でも聞き覚えのある台詞で高らかに宣言した。

 

 

 

          ◇◇◇

 

 あの後、泊地は急展開で騒がしくなった。

 橿原司令官がGOを出した途端に泊地の職員が慌ただしく動き始めたからだ。

 

 最初に感じた変化は泊地の敷地内、その何ヵ所に折り畳まれた布や金属の支柱、資材が置かれた事だった。その次には瞬く間に天幕と屋台が出来上がった。照明などが連結したワイヤー等も会場の頭上を彩っている。

 後から分かったけど、職員の何人かが妖精さんと結託して準備していたとか。よく分からないけれど、この辺も含めて追々学んでいこうと思う。

 

 

「叢雲ちゃん、気になる屋台がたくさんあります! 行きましょう!」

 

「叢雲、早く早くぅ!」

 

「ちょ、待ちなさいよ」

 

 急かすような調子で雪風と時津風に手を引かれる形で曳航されていく。近くに初風と天津風もいた。

 

 ちなみに、白雪は同行していない。祭りを開催することが確定した直後、「やる事があるので雪風さんに案内をお願いしておきます」と言って別れた。現在、代行する形で現れた雪風と時津風に引っ張られていた。

 

 

「おっ? これまた可愛い艦娘のお嬢さん方だ。ここは焼き鳥の屋台だ。妖精さんの協力の元、全力営業中だぜ?」

 

 立ち寄ったのは某所の夏祭りなどで見かけるような屋台で、シンプルに『焼き鳥串! 職員と艦娘は無料!』と書かれた看板が見える。内側では二頭身の小人が法被と鉢巻きを身に着けて忙しなく動いていた。

 カウンター越しに出迎えたのは迷彩服の中年男性だ、こちらも鉢巻きを額に巻いている。

 

 

「お前さんが叢雲だな? えらいべっぴんさんじゃねえか。今作戦のMVPと聞いてるし、サービスで1本追加しとくぜ」

 

 ニカッ、と笑いながら紙に包んだ焼き鳥串を渡してきた。溢しそうなほど肉汁が溢れるそれは二本入っており、本当にサービスしてくれたらしい。

 

 

「悪くないわ、貰ってあげる」

 

「おう。是非貰ってくれ」

 

 明らかに上からな台詞にも悪い顔をせず、迷彩服の男性は朗らかに笑いながら言った。艦娘は誰もが個性的で多種多様という認識があるからかもしれない。正直助かる。

 

 

「おーい、叢雲ちゃーん!」

 

 串肉を堪能しようとしたその時、背後から名前を呼ぶ声が聞こえてきたので振り返る。

 

 

「……吹雪?」

 

「──良かった。私が誰か分かるんだね」

 

 振り向いた先にいたセーラー服の少女、吹雪は何故か安心したように呟いた。

 

 

「こうして吹雪と対面するのは初めてかしら?」

 

「そっか、顕現した直後に私は見ていたけど叢雲ちゃんに意識はなかったもんね。それより、ちょっと付いてきて!」

 

 突然、吹雪がこちらの手を掴んで走り出した。って、ちょっと!?

 

 

「吹雪!? いきなり何なのよ」

 

「説明は後だよ! サプライズだから出来ないの」

 

 雪風達と同様、急かすように手を引いて屋台が並ぶ宿舎前、初陣で抜錨した工廠を通り過ぎていく。やがて今までに見なかった建物が見えてきた。

 

 

「あ……、あれは?」

 

 視界に飛び込んできた光景に目を見張った。最初に視界に写ったのは横に長く広げた垂れ幕で、それにはこう書かれていた。

 

 『特型駆逐艦叢雲、ショートランド泊地にようこそ!by主計科一同』

 

 内容から察するに、泊地の職員が用意したものかもしれない。それに、その向こうには大勢の人間や艦娘が集まっていた。

 

 

「これ、私のために……?」

 

「そうだよ、叢雲ちゃん。垂れ幕とか祝いの準備は急拵えだけど、みんな、大急ぎでこれだけ用意したんだよ」

 

 それを聞いて、胸が熱くなるのを感じた。目尻に暖かいものが滲むのを自覚して、溢れる感情に歪む口許を思わず隠した。

 

 

「さ、奥に行こう? 今回の主役は叢雲ちゃんなんだから」

 

 手を引かれるまま、先に進んでいく。途中で真面目な表情の白い制服姿の職員が敬礼を贈ってくる。それを見てむず痒く思いながら奥へと進んでいった。

 

 

「……白雪」

 

「待っていましたよ、叢雲ちゃん」

 

 そこにいたのは、祭りの開催が宣言された直後に別れた白雪だった。傍らには初雪、比叡も控えている。

 

 

「叢雲ちゃんが泊地を出撃する直前に約束しましたよね? 帰ったらカレーを食べたいから作るという約束を」

 

「……ええ。確かに、その通りよ」

 

「用意できてますよ。そこのテーブルです」

 

 白雪は視線でその場所を指し示した。

 

 そこには、通りかかる人間が引き寄せられるような香りを漂わせるステンレス製の寸胴鍋が置かれていた。

 

 

「ショートランドに帰還して、すぐに準備したんです。目を覚ましたあと、約束通り食べてもらうために」

 

 「こんな大勢がこの場に集まるとは思わなかったんですけどね」と、苦笑しながら言った。

 

 

「改めて、お帰りなさい。ようこそ、ショートランド泊地へ」

 

「……こちらこそ、ただいま。駆逐艦叢雲、今日からこの泊地に世話になるわ」

 

 初陣に出撃する直前、白雪達と交わした約束も果たされた。

 

 そこからは白雪達特製のカレーを有り難く頂いた。よく煮込まれたルーはコクがあり、頬がとろけるそうなほどに美味だった。

 サイドメニューの料理も堪能したけど、そちらは比叡が調理したらしい。思わず驚愕してしまい、料理を喉に詰まらせそうになった。一瞬でもダークマターとか考えて本当にごめんと内心で謝った。




今回出てきた十傑の彼女達についてですが、本作と鋼鉄小説でも大きく関わってくる重要なキーマンになる予定です。

そろそろキャラが多くなってきましたので、後日談編終了後はそれまでの登場人物を纏めたものを編集、次章開始に合わせて投稿します。

そう言えば気紛れにアンケート機能を試してみましたが、皆さん本当にネタがお好きなようでw4番目の項目は完全にネタ枠なので、2番目が有力になりそうですね。

それと今後の更新についてですが、勝手ながら鋼鉄小説はしばらく後回しとして本作を優先したいと思います。

前回か前々回の前書きか後書きにも書きましたが、本作が鋼鉄小説の外伝、つまりは過去編のような扱いになるため、こちらの完結を急ぎたいと考えています。時系列としてはAL・MI作戦の時期には完結させたいと考えています。

以下は次回予告です。


白雪に連れられて執務室にいる橿原、十傑の面々と互いに自己紹介をした叢雲(叢一)。
そして執務室に乱入した活発な男性職員を切っ掛けに祭りが催され、白雪ら初陣直前に約束したカレーを食べたあと、祭りを満喫する。
そんななか、一人の艦娘が叢雲に近付いていく。

「正直に答えなさい。アナタは、どちら側かしら?」

日本国防海軍最強の艦娘が、叢雲の正体について問い質す────!
そして吹雪、比叡、霧島の今後について知らされて……?

次回、後日談五日目



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後日談 五日目

色々と書きたいことはありますが、それらはこれから活動報告に書き込んでいきます。気が向きましたらどうぞ。

前回のあらすじ

轟沈寸前の損傷をして泊地に運ばれ、改装ドックで第一次改装を受けてから三日後に目を覚ました叢雲こと叢一。
そこで再会した白雪に指令庁舎執務棟に案内され、国内有数の実力者である十傑に自己紹介を受け、乱入してきた青年整備士と出会う。
そして唐突に開催されたお祭りの雰囲気を堪能しているところで吹雪とも再会、なかば強引に連れていかれた先で、白雪が初陣の直前に交わした約束を果たすべく、集まっていた大勢の職員や艦娘がいる場所でカレーを用意して待っていた。
泣きそうになりながらも、カレーを食して帰還したことを実感するのだった。


 泊地所属、本土組を問わず大勢が集まった着任祝いの食事会は盛況だった。

 

 この瞬間を待ちわびていたかのように張り切る比叡が次から次へとサイドメニューの料理を運んでくるため、姉の金剛がそれを嗜めたり。

 その次は基地の整備士達が初陣はどうだったか等、対空機銃のように質問を連打されて困っていると、イイ笑顔した白雪が手に持った氷を指弾にして鎮圧したり。

 何人かの泊地の警備員が執務室で紹介された十傑の時雨に絡んで、鬼の形相を浮かべた山城=サンに物理的に制圧されたり。

 いきなり抱き付こうとしてきた二水戦の陽炎と吹雪が極寒と猛暑の空間を作り出したりして、騒がしくも賑わいのある時間があっという間に過ぎていった。

 

 

 

          ◇◇◇

 

「うぅ、気持ち悪いわね……」

 

「はい、酔い止めです」

 

「助かるわ……」

 

 白雪が半分に折られた紙と水の入った紙コップを差し出してきた。受け取って礼を言ってから、紙を傾けて錠剤を口に含み、水で胃に流し込んだ。

 

 くそう、RJぇ……! まぁ、飲んでみ? とか、飲酒勧めてきやがってぇ。叢雲はどう見ても女子小学生( J S )高学年か女子中学生( J C )一年程度の見た目だってのに、前世の僕でさえ16歳の少年でしかなかったのにさぁ。

 

 着任祝いの食事会は既にお開きとなっていた。夜の19時になった時点で解散し、僕と白雪もまた寮の近くにあるベンチで休んでいた。酒が回ってシンドイから、白雪から世話を焼かれていたんだよ。

 

 

「いつか絶対、目にもの見せて仕返してやるわ……」

 

「でも、賑やかで良かったでしょう?」

 

「……否定はしないわ」

 

 作戦成功祝いでもあったため、みんな羽目を外していただけだと思うし。あれはあれで悪くなかった。

 

 

「まだお祭りは終わってませんし、折角だから楽しみましょう。ごみを片付けてきますから、少し待っててくださいね」

 

「ええ。行ってらっしゃい」

 

 酔い止めの錠剤を包んでいた紙と、空になった紙コップを持って歩いていった白雪にそう言って見送る。それからぼんやりと頭上を見上げた。

 

 上方に見える夜空は無数の光る星で彩られていた。時折瞬くのは人工衛星だろうか、この世界の詳しい事情についてはよく知らないのでなんとも言えないけど。

 

 

 

          ◇◇◇

 

 あれからごみを片付けた白雪が寮から出てきた。それからは南国の楽園でのお祭りを楽しもうと、泊地の砂上を歩く。

 

 

「叢雲ちゃん、向こうに射的があります。あれで遊びましょう?」

 

「夕立は輪投げが良いっぽい!」

 

「綾波、夕立も。少し待ちなさいよ」

 

 急かすように腕を引く二人の艦娘、駆逐艦の綾波と夕立に困ったような口調で言うと、「悪いわね」と隣から謝罪する声がした。

 

 

「綾波もいい加減ベテランの筈なんだけど、羽目を外す機会があれば見た目相応の無邪気な子供なのよ」

 

「うちにも謝らせてな。夕立も同じくらい艦娘として長く戦ってきたんやけど、精神面ではまだまだお子さまでしかないんや。堪忍してな」

 

 佐世保第1鎮守府所属であり十傑第1位の山城、横須賀第1鎮守府所属同第7位の龍驤がそう言って頭を下げてきた。

 

 

「別にいいわよ。最初見たときは実戦で、あの時は凄く勇敢に見えたもの。こうして見るとやっぱり同じ駆逐艦なんだと感じて意外だったし、迷惑とは思ってないわ」

 

 実際、あの二人は同じ駆逐艦でも動きが秀逸だったように感じた。例えるなら、十傑である白雪や神通のそれに近い。

 

 

「綾波ちゃん。夕立ちゃん?」

 

「ぽいっ!?」「ひえっ」

 

 それを見かねたのか、白雪が二人の名前を呼ぶと途端に止まった。片方は誰かに似てたけど気にしない方がいいかな?

 

 

「二人とも、叢雲ちゃんに比べて年功はずっと上なんですから、それに見合った振る舞いをしましょう?」

 

「そうするっぽい! だから許してくださいお願いします」

 

「綾波も自重します。だからあれは、あれだけは……!」

 

 い、今起こった事を有りのままに話すよ!

 頭を下げてきた山城、龍驤と話していたら白雪が鬼神と悪夢を産まれたばかりの子鹿のように怯えさせた! 何を言ってるか分からないと思うけど、幻覚なんてちゃちなものでは決してない。もっと恐ろしい片鱗を見たよ。

 

 ていうか、あの二人を震え上がらせるなんて。白雪。君は一体、夕立と綾波に何をしたんだよ!?

 

 

「ちょっと、二人の様子が変よ。何をしたのよ?」

 

「大したことはなにもしませんよ。ね? 綾波ちゃん、夕立ちゃん?」

 

 堪らなくなって叢雲の感情に従って聞くと、白雪はそう言って二人に訊いた。当の本人達は相変わらず震えながら高速で首を縦に振っていた。まるで意味が分からないよ。

 

 

「それはそうと、その辺の屋台で焼きそばでも貰ってきますね。綾波ちゃん、夕立ちゃん。行きますよ」

 

 話題を逸らすように屋台の群れへと足を向けると、表情を青ざめさせた駆逐艦娘二人を引き摺っていった。それは見る限り、彼女達の力関係を表しているようにも見えた。

 

 

「綾波達は心配要らないわ。何時もの事なのだし、この程度なら茶飯事よ」

 

「ほ、本当に大丈夫なの? あの二人を引き摺っていったし、穏やかには見えなかったけれど」

 

「そんなに心配せえへんでも大丈夫や。白雪も横須賀基地に来るときは、嬉々として夕立に訓練を施しとるからなぁ」

 

 十傑という海軍の主だった戦力とされている二人にとっては問題ないらしい。多分、あの二人がこれまで何をされてきたかも知っているのかもしれないけど、内容は怖くて聞けないよ。

 

 

「取り敢えず、場所だけ確保しましょう? あっちに資材箱があるから、そこに行きましょう」

 

「そうね」「そうやな」

 

 山城がそう促してくるので、龍驤と揃って頷いた。指差した場所に足を向けて歩き始め

 

 

「────悪いけど、それは少し待って貰えるかしら」

 

 ……ようとしたら声をかけられた。その声は聞き覚えがある。あの常識はずれな戦い方は忘れようもない。

 

 振り向くとそこには、大正時代を連想させる着物にブーツの女性が立っていた。

 

 

「貴女は、確か……薩摩よね?」

 

「あの時の戦闘で会ったわね。覚えてくれていたなら嬉しいわ。ゆっくり話したいところだけど時間がないから……。山城、龍驤。そこの駆逐艦娘を拘束しなさい」

 

「……了解です、師範」

 

「しゃーない。叢雲、恨むのは堪忍やで?」

 

 薩摩が二人に命じると、山城が僕の両手を後ろ手に掴んで押さえ、龍驤は紙で出来た式神を飛ばして体に張り付けてきた。

 

 

「ちょっとッ!? 何すんのよ!」

 

「悪いわね、これから大事な話に付き合ってもらうわ」

 

「体の自由を奪ってまでしなきゃ出来ないことかしら!?」

 

 龍驤が張り付けてきた式神、どういう原理か体を自由に動かせなくする機能があったようだ。ここまでして、一体何を話そうというのか。

 

 

「……そのまま連れていくわ」

 

 僕の問いに対する薩摩の返答はたったそれだけだった。

 

 

 

         ◇◇◇

 

「叢雲ちゃん、遅れてすみません。屋台の人が気前よくサービスしてくれたのもあって遅れてしまいました。何処で食べます……?」

 

「どうしたっぽい?」

 

「変ですねぇ、皆さん居ません。どこに行ったんでしょうか?」

 

 あれからしばらくして、白雪達は屋台の焼きそばを手に入れていた。綾波と夕立に人数分持たせて、待ってくれているはずの叢雲や十傑の二人を探しているところだった。

 

 見たところ、見渡せる範囲には居なくなっている。草地と砂浜よりやや上を貫いて沖の手前まで展張した埠頭付近に、木組みの資材箱が置かれているためそこかと思ったがいない。

 

 

「……何かおかしいです」

 

「白雪さん、どうするっぽい?」

 

 夕立は訊いてみるが、白雪は答えず目蓋を閉じた。

 

 

「嫌な予感がします。少し、チカラ(・・・)を使ってみましょう」

 

 そしてまた、ゆっくり目蓋を押し上げる。先程までと違い、白雪の瞳は金色に輝いていた。

 

 

「白雪さんがマナ操作を使うなんて、余程重大なことなんですね」

 

「夕立達でも使えないチカラまで使ってるっぽい」

 

 この状態になった白雪は設定した目標の痕跡を辿って追跡できる。

 目標とは当然、最近ドロップで顕現して初陣を飾っ

て以来、白雪が愛して止まない妹の叢雲だ。更にそこへ幾つかの条件も付与しているが。

 

 まず前提となるのは、外敵による誘拐ではないことだ。

 ここの泊地は新設したばかりとは言え、それなりに警備の目がある。ショートランド諸島周辺を巡回する沿岸警備隊の派遣巡視艇、夜間警備を担当する国防海軍所属の警備艇や艦娘等、何者か接近すれば以上の何れかが気付くはずだ。当然、十傑の白雪にも優先してそれは伝わってくる筈だが、それもない。

 

 更に言えば、叢雲の傍には白雪と同じ十傑が二人居たこと。彼女達を無視して叢雲はどうこうできないし、短時間で無力化出来るほど柔ではない。

 

 ここまで推察すれば残る可能性は絞られ、ある一人の艦娘が浮上する。

 

 十傑の上位に位置する、山城以下十傑に対する命令権を有する特務艦隊旗艦、戦艦薩摩。

 大規模作戦後の祝勝ムード一色に染まる泊地、海軍省総長を除けば最高クラスの権限を与えられている作戦末期に参戦した彼女くらいしか、この状況を産み出せそうな人物に、白雪は他に心当たりがなかった。

 

 ゆっくりと、周囲に視線を巡らす。何かを探すように、正面、埠頭、正面海域方面の順で視線を動かした。

 

 

「……そこですか」

 

 白雪が険しい表情のまま呟く。

 

 その視線の先には、暗夜の洋上に浮かぶ巨大な艦影があった。

 

 

 

         ◇◇◇

 

「……こんな場所にまで連れてきて、アンタ達はどうしたいのかしら?」

 

 パイプ椅子の支柱に脚を縛り付けられ、両手も拘束バンドで身動きが出来ない状態で正面を睨み付けながら言った。

 

 

「取って食いはしないから安心しなさい。拘束したのは立場上の措置でしかないから」

 

 強制的に連行した張本人がどの口で言うんだよ。

 

 

「薩摩殿。幾ら貴官ら特務艦隊の為にこの“ひゅうが”があるとは言え、私にも納得のいく説明がしてもらえるんでしょうな?」

 

「ご免なさいね、蕪木司令。叢雲にも言ったけれど、これも立場上は必要なことなの。勿論、事情はあとで必ずね」

 

 薩摩に話しかけたのは齢五十と思われる初老の男性だ。純白の士官服に身を包み、薩摩を睨みながら唸る。

 

 薩摩達に連行されてからは、この場所で拘束を受けていた。それまでいたショートランドの海岸線から、灰色に彩られた鋼鉄の艦船の内部に。

 

 今居るのは艦尾に位置する区画だ。前世でも存在した強襲揚陸艦のウェルドックと同様の内部構造のようで、スペースの半分は海水が注水された状態、つい先程薩摩達と進入したスターンゲートは解放されたままだ。

 

 

「こうしてここに連れ込んだのは、これから貴女と話すことはなるべく秘匿したいからよ」

 

「?」

 

 どういうことだろう。

 

 

「蕪木司令、ちょっとこの場を外して貰えるかしら?」

 

「監視カメラからモニタリングはさせてもらいますが、よろしいですかな?」

 

「構わないわよ」

 

 指揮官の男性が歩み去っていく。他に設備の点検などしていた水兵も退去していき、この空間には僕や薩摩、十傑の二人以外はいなくなった。

 

 

「余計な人間がいなくなったところで本題に入りましょう、正体不明の駆逐艦娘さん?」

 

「……どういう意味よ」

 

 などと返しながらも、冷や汗をかきながらある可能性を思い浮かべた。

 

 僕の存在がばれている。

 

 薩摩の表情からは確信が見てとれた。現世に浮上するためとは言え、駆逐艦叢雲は三位一体で成り立っているのが現状だ。

 

 それに加えて、先の戦闘で見た常識はずれの戦闘能力。国内でも有力な戦力である山城達十傑、それに対する命令権を有した特務艦隊旗艦の彼女なら、艦娘という存在について根幹となる部分まで把握してる可能性が高い。

 

 

「別に深い意味はないわよ? ただの特型駆逐艦なら戦闘中に突然姿を変えたり、自衛艦の艤装を纏って一方的に敵機を落としたりもしない。これらの全く未知の事象を起こしたのだから、正体不明とせざるを得ないでしょう?」

 

「……」

 

「正直に答えなさい。貴女は、どちら側かしら」

 

 どちら側、と言うのはつまり。僕らが深海側なのか否かと言った所か。

 

 やはりあの土壇場で、顕現したばかりの艦娘があれだけの事を仕出かせば流石にそうなるか。かといってどうすれば。

 

 

『この際、全てを話しても良いかもしれないわ』

 

『自衛艦娘としては賛成だな。どうやら目の前の艦娘は自衛艦を知ってるようだし、話せば解る相手にも見える』

 

 叢雲(世帯主)むらくも(同居人)がエコーがかかった声で意見を述べた。

 

 やっぱりそれしかないのか? でも、戦場で助けられたからとは言え、薩摩はよく知らない相手だ。簡単に信用して良いものかどうか。

 

 …………話すしかないか。

 

 

「私は──」

 

 意を決して話していった。僕の前世について、特型駆逐艦叢雲が現世に浮上できなかった理由であるむらくもとの関係性、猫吊しとのやり取りも。何もかもを目の前の艦娘に曝け出した。

 

 

「──というわけで、私は一人の少年を取り込み、みねぐも型護衛艦むらくもとの共生関係を築いているわ。今の私は一人称こそ聞いての通りだけれど、体を動かしているのは八雲 叢一よ。ショートランドで目覚めてから、今日この瞬間に至るまでね」

 

 把握できている秘密は全て暴露した。これを聞いて目の前の彼女達がどう反応するのか、危険分子として判断されてもおかしくないが、果たして……?

 

 

「……なるほど。普通ならにわかに信じきれないところだけれど、あの妖怪が関わってくるなら話は別だわ。よく話してくれたわね」

 

「猫吊るしはあらゆる妖精のなかでも上位に位置するし、異なる世界から魂魄を引き寄せてもなんら不思議やない。それが分かったからと言え、扱いに困るのも確かやけどな」

 

「私は時雨に迷惑がかからないなら、特に問題ありません」

 

 あれぇ? 意外と受け入れられてる?

 

 薩摩は異常なぐらい、妖怪と呼ぶほどに猫吊るしを嫌っているようだし、龍驤はそれなりに詳しいのか納得した様子だった。山城=サンは時雨第1主義を掲げてる感じがしたけど、気にしたら負けだね。

 

 

「──これは何の真似ですか、師範」

 

 聞き慣れた声がウェルドックに響き渡った。振り向くとそこには、十傑の時雨と姉の白雪がスターンゲート付近の水面に艤装を着けた状態で立っていた。

 

 

 

         ◇◇◇

 

「──これは何の真似ですか、師範」

 

 憮然とした表情で白雪は言い放った。両手に携えた12.7cmA型連装主砲の引き金には指をかけており、何時でも撃てる態勢だ。

 この主砲は白雪専用のカスタムモデルでもある。本来なら右手のみに対応した仕様なのだが、改造して両手で撃てるようになっている。

 

 

「意外と早く来たわね。マナの痕跡は消したはずだけど」

 

 そう言った薩摩は本当に意外そうな表情を浮かべていた。それを聞いて白雪は鼻で笑う。

 

 

「今度からは十傑の人にも注意を促すことですね。龍驤さんの式神から漏れでるマナが足跡を作ってました」

 

 直後に「あかん、やってもうた……」と十傑の軽空母が頭を抱えた。

 

 

「なるほど、それなら納得ね。龍驤ほど強力な艦娘のマナであれば、貴女の“導眼”で追跡できるものね。今度からは気を付けるわ」

 

 導眼。

 

 それは白雪を十傑第4位たらしめる要因となった、撃てば当たると言わしめた高精度な砲撃技術の核心に位置する技能だ。

 技能と言っても、特別な才能の一種でありその持ち主が白雪だったのだ。同時に、このような特殊能力の持ち主が現在の十傑でもある。全員が尋常な艦娘ではないのだ。

 

 

「私の能力についてはどうでも良いです。それより、これはどういう事か説明してもらえませんか」

 

「どうもこうも、見たままよ。そしてこれは、特務艦隊に下された任務に基づいた行動でもあるわ。出来れば貴女にも協力して貰いたいのだけれど」

 

「何の通告もなく、空き巣狙いみたいな真似をされて従うわけないでしょう」

 

 せっかく叢雲のために焼きそばを屋台から貰って、あとは食べるだけだったのだ。なのに少し自分がいなかった時間を狙ってとなると、今まで隙を窺っていたに違いない。

 それに白雪は薩摩との師弟関係ではあるが、かといって今回みたいな横暴を、自分より上の立場である特務艦隊旗艦と言えど、溺愛する妹を無理矢理連れていかれたら黙ってはいられないのだ。

 

 

「もうひとつ意外なのは、そこにいる時雨かしら? 今の時間帯なら、確か沖合いの警備だったわよね」

 

「海上を巡回していたんだけどね、フル装備の白雪がおっかない顔で移動していたのを見つけたから」

 

「状況を説明して一緒に来てもらいました」

 

 都合よく国内有数の実力者、十傑の一人である時雨に同行してもらえた。彼女は他の十傑と比べるなら戦闘能力でどうしても見劣りしてしまうが、相手に山城がいるならとっておきの切り札に変わる。

 

 

「山城、これはどういう事なんだい?」

 

「し、時雨……っ。これは、その」

 

 時雨の追及に十傑最強の艦娘は言い澱んだ。その様子からは十傑の序列による力関係とは程遠く、寧ろ山城の方が明らかに弱く感じられた。

 

 

「こんなことしてる山城なんか、嫌いだ。失望したよ」

 

「…………ガフッ!」

 

「山城ぉ!? しっかりせぇ、傷は浅いで!」

 

 時雨の発言を聞いた途端、山城は吐血して倒れた。よほどショックだったのだろう、血相を変えた龍驤に抱き支えられるが絶望した表情のまま気絶していた。

 

 

「素晴らしい、実に素晴らしいわ。荒事をせずに、確実に戦力を削ってくるとは。それでこそ私が鍛えた門下生ね」

 

 時雨の言葉の雷撃による戦果を見て薩摩が称賛するが、単純に時雨に依存していた山城の自滅である。

 

 

「お褒めに与り光栄です師範。出来れば自慢の弾幕を張る前に、叢雲ちゃんを解放して頂けたら嬉しいのですが」

 

「私から取り返す前に叢雲が巻き添え食いかねないから止めなさい。それに言われなくても解放するわよ。知りたいことは聞けたし、特務艦隊旗艦としての義務はこれでお仕舞いよ」

 

 龍驤の方を向いて「式神による拘束を解きなさい」と指示する。指先に揺らめく金色の光を発光させ、“勅令”の文字を浮かび上がらせると叢雲に向けて放った。

 

 文字は叢雲に接触すると手足を縛っていた拘束バンドが弾け飛ぶ。

 

 

「……動けるわね」

 

 安堵したように叢雲は呟いた。右手を閉じては開いてを繰り返し、最後に力強く握った。

 

 

「無理矢理、艦艇に連れ込むような真似して悪かったわね。今回の事は揉み消させてもらうけど、その代わり神通から書かされるはずの反省文と始末書は取り下げるように言っておくわ」

 

「良いんですか? 海軍としては面子が立ちませんけど」

 

「等価交換よ。今回、私はかなり重大な情報を得たわ。それに叢雲には迷惑をかけたのだから、当然の措置よ。それと、叢雲」

 

「……何よ」

 

 叢雲は警戒心を隠そうともせずに身構えた。これだけの事をされたのだから当然ではあるが、白雪にも同感だった。

 

 

「貴女、比叡とは仲が良いみたいじゃない。艦だった時代、お召し艦と護衛や供奉艦だった記憶の縁かしら?」

 

「否定はしないわ。私が誇りをもって言える艦歴の一部よ」

 

 実際、叢雲の言ったことは事実だ。彼女のように供奉艦だけでなく護衛までをも経験し、同様の記憶を持った駆逐艦娘は少ない。由緒正しい艦歴と記憶を有する艦娘と言える。

 

 

「親睦を深めているところ悪いけど、彼女と過ごせる時間は既に少ないわよ」

 

「どういう意味よ」

 

 薩摩の発言の意味するところについて、白雪は先に知らされていた。泊地に帰投して、改装ドックから出て未だ眠っていた叢雲の世話をしつつ、十傑に課せられる事務処理をしている途中で薩摩から聞かされていた。

 

 

「今から二週間後、当地域の安定を確認でき次第、本土組は引き上げます。それに伴い、横須賀第3鎮守府の比叡と霧島、吹雪。舞鶴第1鎮守府の川内はショートランド泊地での任を解き、本来の所属する鎮守府に戻ってもらうわ」

 

 大規模作戦が終わればその地域に艦娘を集中させる必要がなくなる。比叡達がショートランドを去るのは必然だった。

 

 

「他にもあるわ。この件については叢雲、貴女が関係しているわ」

 

「まだ何かあるのかしら」

 

 叢雲は動揺した様子を見せながらも訊いた。薩摩は頷くと続けた。

 

 

「今から1週間後、駆逐艦叢雲を含む第十一駆逐隊と舞鶴第1鎮守府の第十八駆逐隊による対抗演習をしてもらうわ。その後は本土組が引き上げるのと同時に、貴女も本土まで同行してもらいます。宜しくね、世界初の第三世代艦娘(・・・・・・・・・・)さん」




今回で南方作戦終了後の後日談はお仕舞いです。次回から2章に突入していきます。


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第2章 対抗演習
第10話 今後のために


(ちょっと早いけど)艦これ七周年おめでとうございます!
七周年を記念して運営さんが十二駆の七番艦を実装予告してるので、今から楽しみでなりません。以下は前回までのあらすじです♪


前回のあらすじ

騒がしいほどに賑わった歓迎会で多様な艦娘や職員に絡まれながらも楽しんだ叢一。

途中で十傑の艦娘軽空母龍驤に酒を飲まされ酔いで苦悶しながらも、白雪から酔い止めを貰い祭りの会場に繰り出した。

自身を引っ張りながら進む綾波、夕立コンビが白雪に引き摺られていくのを山城と龍驤とで見送った後、遭遇した薩摩に沖合いの艦艇へ連行される。

焼きそばを持って戻った白雪が異変に気付き、固有の能力を使って場所を特定する。

連行された艦艇は国防海軍の艦娘運用母艦と呼ばれるひゅうがで、そのウェルドック内部にて薩摩から素性を問い質される。
同居人の二人(叢雲とむらくも)と相談した末、素性について正直に明かした叢一。意外にも薩摩達からは納得した反応が返ってきた。

その後、突入してきた白雪と時雨を迎えた薩摩は、時雨が言葉の酸素魚雷で山城を吐血させて倒した後に大人しく解放する。

前回の最後で、駆逐艦娘叢雲である自分のこれからについて薩摩から宣告されるのだった。


 一枚、ページを捲った。部屋に備え付けの背もたれ付きの椅子に腰掛け足を組み、読んでいる資料の内容を読み取っていく。

 

 少ししてまた一枚、ページを捲る。そこで視線を動かすのをやめて、息をひとつ吐いた。

 

 

「お疲れですか、叢雲ちゃん」

 

「古鷹さん」

 

 声を掛けてきたのは同じ泊地に所属している艦娘で先輩に当たる重巡洋艦娘、古鷹だった。

 今は読書眼鏡を掛けており、真面目そうな彼女の印象をより一層引き立ててるように見えた。更には両手に何冊もの資料を抱えている。

 

 

「そうね、少し目が疲れたわ」

 

 パタンと音をさせながら、分厚い資料を閉じた。読書眼鏡を外して眉間に指を当てると、凝り固まった筋肉を解すように揉んだ。

 

 

「休憩しましょうか。そろそろお昼ですので」

 

「そうね」

 

 古鷹が部屋の入り口に向かい、引き戸を開けて廊下に出た。僕もそれに続く。

 

 南方作戦が終わって四日目に目を覚まし、薩摩と対話したその日の夜から数えて二日が過ぎていた。

 

 これは後から聞いた話だけど、会っていきなり拘束したのは、作戦終了後に僕を抱えてショートランドに帰投した薩摩が艦娘運用母艦“ひゅうが”から本土と交信し、把握した現海上幕僚長からの指示だったから。あとは対外的な理由らしい。

 

 艦娘運用母艦とは、書いたそのままの意味で艦娘運用を主眼に設計された艦艇らしい。見た目は強襲揚陸艦だったけど、他の艦艇にはない入渠や補給、艤装を整備する設備が整っているんだとか。

 

 拘束された理由について補足だけど、やっぱり戦場でいきなり姿変えたり、口調や雰囲気がころころ変わったのが不味かったようだ。

 それについて行動を共にしていた雪風ら駆逐艦娘からの報告を纏め、交信した時に全て伝えた薩摩に現海上幕僚長が悩ましげに唸っていたらしい。

 顕現した当初の様子もあり、それまで邂逅してきたどの艦娘にもなかった得体の知れなさを危惧した。

 あとは薩摩の個人的な理由だけど、彼女は長い間猫吊るしを追っていたそうだ。僕にとっては第2の生涯を与えてくれた恩があるわけだけど、薩摩からすれば並々ならぬ不満があるようだ。

 それらの理由から組織内での混乱を避けるため、薩摩としては猫吊るしがそれで反応を示すか試すため。それがあの夜に起きた拉致の真相だったらしい。

 

 

「それにしても意外でした。叢雲ちゃんが国防軍の歴史に興味を持つなんて」

 

「戦後の自衛隊と言う組織は座学でも習ったけど、細かいところまでは学べないわ。それに薩摩さんが言うには私、第3世代らしいから。戦後の護衛艦についても調べたかったし」

 

 作戦が終了して四日目の夜から翌日、艦娘用宿舎で早々に座学を受けさせられた。

 本当は始末書と反省文を書く筈だったんだけど、薩摩が根回しして帳消しにしたらしい。これは神通から聞いた話だけど。

 

 むらくもの艤装は国産護衛艦のそれだけど、米軍規格の兵器もある。感覚だけでは掴めない部分もあるし、参考資料があるなら目を通しておきたかった。

 

 因みに、許可は取ってある。事情を把握していたらしい橿原司令官は二つ返事でOKしてくれたし。

 

 

「……どうでしたか? 戦後の日本は」

 

「無条件降伏したにしても、予想よりマシな感じね。もう少し骨抜きにされていると思ったわ」

 

 因みにこれは、叢雲自身の偽らざる本音でもある。僕とむらくもとは記憶を共有してるし、その辺りの知識も把握してるんだよ。

 僕自身にとっても、前世で死んでから彼女達と共生するに至るまで知らなかった事実も豊富にあったね。

 

 

「マシ、ですか……」

 

 だから寧ろ安心したと言う意思を伝えたつもりだったんだけど、古鷹の反応は何となく落ち込んだ感じだった。

 

 

「どうしたのよ」

 

「……何でもありません。さ、食堂に行きましょう?」

 

「ええ」

 

 話してる間にも食堂の入り口に辿り着いた。古鷹、僕の順で入っていく。

 

 

「あっ、来ました来ました! 取材対象が来てくれましたよ!」

 

 何やら騒がしい。この食堂は艦隊四個分、24名は同時に利用できるよう、手前から順に大きめなテーブルが4つ置いてある。

 その内のひとつ、手前から二番目のテーブルに目覚えのある顔があった。前世の記憶によるものだけど、その通りなら多分。

 

 

『重巡洋艦、青葉ね』

 

『青葉だな』

 

 同意するように、同居人の二人が言う。

 

 青葉型重巡洋艦青葉。

 旧日本海軍の重巡洋艦で青葉型の一番艦、姉妹艦の衣笠や古鷹型重巡洋艦と共に第六戦隊を編成し、最後は呉軍港で大破着底しながらも終戦まで生き残った。

 

 それが駆逐艦叢雲の記憶にあった通りの内容。そして僕の記憶が正しければ、彼女はセーラー服姿だったはずなんだけど。

 

 彼女は何故か、白を基調とした第3種夏用制服を着ていた。こちらの疑問をよそに、つかつかと靴音を奏でて近寄ってきた。

 

 

「一応、これも私が所属する広報課の意向なのでズバリお訊きします! 資料室での調べものは順調だったでしょうか?」

 

「……本当にそれ、答えなきゃダメなのかしら?」

 

 資料を読み漁っていたのは、この世界における僕ら(・・)の生い立ちからして、知る必要があったからだ。国防海軍の一部署の決定とは言え、誰彼構わず話していいものなのか。

 

 ただ、二日前の夜に関わった何人か。白雪、時雨はこの事について説明されていた。と言うより僕から話した。

 白雪は僕と言う存在が駆逐艦叢雲に取り込まれていることを話した際、特に動揺した様子はなかった。と言うより、最初から存在を認識していたらしい。

 白雪は自身の『眼』に関わる特殊な能力を備えているらしく、それで感付いたようだ。当時は内心動揺していたらしいけど、僕はそんな感じには見えなかった。表情に出さないのは、ベテランとしての豊富な経験ゆえか。

 

 そう、ベテランなんだよ。

 この泊地に所属している艦娘は、白雪も含めて僕ら駆逐艦叢雲を除いた全員が艦娘歴二十年前後のベテラン揃い。経験だけを見ても国内有数の実力者ばかりのようだ。十傑の白雪が居るのもあって、かなり強力な泊地に思えた。

 

 

「はい、ダメです。まず、何で資料室での行動についても聞くかと言えばですが、それは叢雲さんの特殊性が原因です。薩摩さん達に拘束されたんですよね?」

 

「どこまで知ってるのよ?」

 

「詳しいことについては何も。ただ、拘束した薩摩さんの背景や裏事情についてはある程度把握してます」

 

「つまり?」

 

「……国防海軍には、貴女を異端視する人物も居ると言うことです。その人物の圧力もあって、薩摩さんの件もそうですが、青葉がこうして質問するのもそれが関係しています」

 

 なるほど。薩摩は立場上の措置と言ってあのような行動に出たけど、組織内で出た声を無視しきれないからあんな強引な手段に出たわけだ。

 

 取材の名目で根掘り葉掘り聞いてくるのは、広報課を使ってこちらの動向をマークしたい狙いでもあるのかもしれない。そう考えると、今後泊地に情報収集を任務とした人間を新たに配属させてくる可能性もある。青葉はその先陣という訳だ。

 

 ただ、今聞いたことで気掛かりなことは。

 

 

「それ、私に話してもいいのかしら? なんの権限もない、下っ端の駆逐艦娘よ?」

 

「良いんです。この話は叢雲さんが中心にあるんです、これから色々取材で聞き込みする以上、相応の情報提供はします」

 

「等価交換、と言うことかしら」

 

「そう捉えてもらって構いません。それで、そろそろ本格的に取材したいですが宜しいですか?」

 

 意外にも目の前の青葉という艦娘は、かなり真摯な姿勢で話しているらしかった。

 

 前世でゲームのキャラだった彼女は、二次界隈ではゴシップを書いて鎮守府の提督や艦娘の怒りを買うか、記事になるネタを探して突撃するたびに鎮守府を騒がせるパパラッチのような印象だった。

 

 けれど目の前にいる彼女からは、それとは全く異なる印象を覚えた。ならそれに応えても良いかもしれない。

 

 

「良いわよ。食べながら話すから少し待ってなさい」

 

「分かりました。席は取っておきますので、ごゆっくりどうぞ」

 

 青葉の言葉を背に受けながら、昼食の食券を購入しようと自販機に歩き始めた。

 

 

 

         ◇◇◇

 

 あの後、昼食に選んだカレーを食べながら青葉からの取材に応じた。

 ちなみに今日の調理当番は比叡で、カウンターに行くとエビフライまで盛り付けて出してくれた。当分、毎日カレーでもいいかな?

 取材の内容としては最初に聞かれた情報収集の進捗、泊地での生活や同僚(他の艦娘や人間の職員など)との関係はどうとか。

 

 一方で聞き込みする青葉は、職務以前に今やっていることが本当に楽しいと感じさせるような明るい表情だった。本当に取材して情報を広めることが楽しいんだろう。

 

 そして2時間後、食事も終えて青葉と話終わってから更に数分後、僕は今泊地の指令棟執務室に来ていた。

 理由は橿原司令官から面会を希望する人物が来ていると、秘書艦の飛鷹に呼ばれたからだった。

 

 

「よく来てくれたな。飛鷹から話は聞いてるな? そこにいるのが君を訪ねてきた客人だ」

 

「あの日の夜から数えてもうすぐ三日になるかな? 自己紹介がまだだったのでね、ここまで足を運んできたんだ」

 

 待ち構えていたのは薩摩に軟禁されたあの日の夜、艦娘運用母艦で見かけた初老の男性将校だった。他にも一人、眼鏡をかけた若い男性士官が控えていた。

 

 ……名前は確か。

 

 

「蕪木さんだったかしら?」

 

「ほう? 私の名前を知っているのかね? 名乗った覚えはないのだが」

 

「薩摩さんが呼んだ名字だけれど」

 

「なるほど。確かに呼んでいた。それを覚えてくれていたとは光栄だ。確かに私は蕪木。蕪木 紀夫(かぶらぎのりお)准将だ。特務運用群司令をしている」

 

 初老の男性将校はそう名乗りながら敬礼した。僕も慌てて答礼する。

 

 

「特型駆逐艦、五番艦の叢雲よ。と言っても、あまり有名な艦名でもないかしら?」

 

 冗談半分にそう言ってみた。すると蕪木群司令は首を横に振った。

 

 

「そうでもない。君のことは軍内部ではそれなりに知名度はある。そうだろ、加藤?」

 

「そうですね。ちなみに僕は加藤 修二(かとうしゅうじ)中佐だよ。特務運用群の首席幕僚、つまり蕪木司令の右腕だね」

 

 加藤と名乗った男性も敬礼し答礼で応える。

 

 

「よろしく。貴方みたいな若い士官の耳に届く程度には、話題になるのかしら?」

 

「勿論だよ。国防海軍は旧海上自衛隊を再編して出来た組織なんだけど、その海上自衛隊も旧日本海軍の伝統を受け継いでるからね。

戦前、戦時の記録を編纂した資料もそのまま管理してるし、民間のタンカー等を護衛する護衛艦の艦長なんかは、蘊蓄を部下に披露したりするからその時にね。君と君の艦長の事もそのひとつだよ」

 

 この当時の艦長は確か東 日出夫(ひがしひでお)中佐で、掃海艇から水雷艇と指揮する艦を乗り継いで当時の叢雲の艦長になった。

 当時で言えば珍しくない有終の美を好む日本軍人であり、実際にそんな感覚で叢雲と運命を共にしようとした。酒でも飲みながらね?

 

 所属していた部隊である第十一駆逐隊の司令からは退艦するように命令があっても聞かず、最後には白雪の艦長が必死の説得をして東艦長が先に折れた。最後は号泣しながら叢雲を後にしたらしい。

 

 その直後、それまで耐えていたように爆発炎上したのだから、当時から意思が宿っていたような気もする。その辺りについて叢雲はどう思う?

 

 

『ノーコメントよ』

 

「君の最期についてはかなりドラマチックだからね。女性の将兵にも割りと人気のあるエピソードなんだよ」

 

 叢雲の言葉に被せるように加藤はそう言った。そこで女性の、という辺りたらしかな?

 

 

「そう……。私の事が現代の人達にも記憶として伝わってるなら、悪くはないわね」

 

「それなら良かった」

 

「──話の盛り上がってるところ悪いが、本題に入らせてもらう」

 

 咳払いをした蕪木がそう言って切り出した。ちょっと話に夢中になりすぎた。どちらかと言えば加藤が口数多く話して、僕が相槌を打ってるだけだったけど。

 

 

「君の素性については聞いている。ただの学生だったのに、今は艦娘の身の上。しかもその特異性故に立場は微妙だからな、同じ国防海軍の軍人として申し訳無い」

 

「悪いけどそれは違うわ、蕪木群司令。これは貴方の責任ではないし、他所の海軍ならもっと厳しい扱いを受けてたかもしれないじゃない」

 

 ちなみにこの世界、日本の同盟国だった米国は調べた限りだと衰退しているみたいだ。日本や後の数ヶ国に対し米国は、艦娘が軍艦の記憶を持って顕現したなどというオカルトじみた存在である為、国防力として受け入れるのが遅れた。今は艦娘後進国と呼ばれる立場にある。

 当然だけど、艦娘をまともに運用できなければ広い領海を防衛するのも難しい。その為、近年までは西海岸付近の沖合いまでしかカバーできていなかったらしい。

 

 

「そうか。────本題についてだが、君の同居人である自衛艦娘のむらくもについてだ」

 

「彼女がどうかしたの?」

 

「戦闘中に姿が突然変わったと聞いた。当時の言動から推察するに人格もだ。彼女と直接話すことは可能だろうか?」

 

 と言ってきているけど、むらくも?

 

 

『構わないぞ。すぐに代わろう』

 

「……3代目が代わるわ」

 

 前置きしてむらくもと表層を交代した。

 

 

 

         ◇◇◇

 

 

「──こんにちわ、そしてはじめまして。DD-118 みねぐも型護衛艦、三番艦のむらくもだ。以後、よろしく頼む」

 

 一応、室内なので腕90度、右手のMP関節45度の角度で曲げて敬礼する。海上自衛隊の艦艇であった故、身に染み付いた動作だ。

 

 

「……聞いていた話と、だいぶ異なる容姿みたいだね」

 

 容姿? あぁ、この格好のことか。

 

 

「先の戦闘ではなにぶん、余裕がなかったのでな。それに当時、私と叢一は魂のレベルで一体化が完全ではなかったから、叢一の記憶から最適なイメージソースを抽出して使用しただけなのだよ」

 

 記憶から得た知識の通りであれば、改二という叢雲の改装された姿だったかな? 艤装の形態がベースにするに適していたし、ちょうどよく調整できた。

 

 ちなみに、今の私は深層心理の底で叢一に見せたものと同様の姿だ。海上自衛隊の護衛艦だった史実を反映した外見になっているから、元海自隊員なら馴染みが深いかもしれないな。

 

 

「加藤、メモを取っておけ」

 

「了解、メモを取ります」

 

 加藤は復唱して懐からメモを取り出し、ボールペンで書き始めた。

 

 

「護衛艦隊司令部からの指示かな? 蕪木群司令」

 

「残念だがその通りだ。と言うより、国防省からの指示でもあってね。上層部からの命令とあっては、一個護衛隊群の司令官と言えども拒否できない」

 

「それくらいなら別に大丈夫さ、疚しいことなどないからな」

 

 肩を竦めて言った。叢一や叢雲とは現段階で共有できる情報を開示済みだし、何かを問われたらそれに応じるつもりだった。

 

 そこからは、蕪木と口頭での事情聴取に応じた。

 

 主に訊いてくるのは、護衛艦むらくもの艤装の再現度や射撃性能、私・叢一・叢雲の三位一体の関係性の細部についてだ。

 

 まず私の艤装の再現度だが、これは完全に再現していると言っていい。

 現時点では艦娘の『改』には至ってないようで錬度も低いが、70年代半ばの特定修理完工後、護衛艦隊旗艦になる以前の状態だ。

 オート・メラーラ社製の76mm速射砲やアスロックは装備していない。この当時は無人対潜哨戒機『DASH』を搭載していて、それは艦娘となった現在の私も装備している。役に立つか解らんが。

 

 射撃性能については他の艦娘と比べても別格だろう。

 国産の射撃指揮装置一型B(FCS-1B)は実施された海上公試で標的機を撃墜するなど、確固たる成果を出している。それは初陣でもあった先の戦闘で証明されていた。

 

 一番面倒なのが三人の三位一体の関係性だ。異なる人格、異なる命がひとつの肉体に宿っているのだ。私は今のように容姿が様変わりするから区別しやすいものの、後の二人が問題だ。

 何せ、容姿は変化しないし言動からだと傍で聞いてもどちらなのか見分けがつけにくいのだ。当分は白雪のような最初から認識できる艦娘以外からは、今は誰なのかという質問をされることになるだろう。

 

 

「……以上で訊きたいことは聞かせてもらった。加藤、メモを取るのはその辺で良いぞ」

 

「了解です。むらくももお疲れ様」

 

「先程も言ったが、疚しいことなどないからな。これは貴官らにとっての義務、それに応じることで嫌疑が晴れるなら安いものだ」

 

 上官の命令に従うしかないのは仕方ない、海上自衛隊だろうと国防海軍だろうと同じことだ。

 

 

「ここまで付き合ってくれたわけだからな、君にはある報酬を払おう」

 

「報酬?」

 

 繰り返すように呟くと蕪木はフッ、と不敵に笑った。

 

 

「海上自衛隊に在籍した自衛艦として興味がないかね? 現在の国防海軍の艦艇がどうなってるか」

 

「……そういうことか」

 

 目の前の初老の男性が言わんとすることに気付き、思わず頬が緩むのを自覚する。

 

 

「みねぐも型護衛艦むらくもの艦娘である君を、我が特務運用群の艦艇に招待しよう。それが今後の糧になると思うからな」




ちなみに最近サボ島沖を巡るあれこれについて色々調べた結果、プロローグの一部の文章に誤りがありましたので訂正しました。もし間違った部分があれば、遠慮なく指摘して頂いて結構です。

以下は次回予告です♪


次回予告

青葉との取材、特務運用群のトップ二人から聴取を受けたあと、叢一は艦娘運用母艦ひゅうが、巡洋艦こんごう、無人機母艦ちとせへと足を運ぶ。
現役で最新鋭の軍用艦を見て回る叢一は、むらくもの記憶や艤装の現状について考え、ある考えに至る。

「実験艦の趣が強かった私を強化か、楽しみだな」


第11話 むらくも改装計画

次回もお楽しみに!


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第11話 むらくも改装計画 ひゅうが編

何ヵ月更新が遅れた割りにはタイトル詐欺、やらかしました。orz
まだ先があるって言うのに、自分でも心配になってきますね。

それはそうと第11話ですが、特定の艦艇毎に解説する流れになるのでしばらく続くと思います。

それでは本編をどうぞ。


 蕪木、加藤ら特務運用群のトップとの対談から約一時間後。私は艤装を展開して、泊地の埠頭から洋上に出ていた。

 

 私の艤装は、駆逐艦叢雲の艤装が改装されたことで修復されていたらしく、2基の76mm連装速射砲と三連装魚雷発射管もこの目で見る限り元通りだった。

 

 隣に視線を向ける。その隣を並走するように、1隻の内火艇が航行していた。その船上には操縦する下士官、更に蕪木と加藤の姿があった。

 

 

『むらくも、間もなくひゅうがに到達する。スターンゲートの正面まで行ったら、デッキ科員の誘導に従ってくれ』

 

「了解した」

 

 今はまだ日中で、強引に連れ込まれた二日前の夜に比べれば明るい。だからこそ、目の前にある艦艇がいかに巨大か分かった。

 

 第一甲板(一番上の層)までは見上げるほどに高い。船体中央右舷側には艦上構造物(航海、作戦指揮等の艦橋)が配置され、艦首舷側には自衛の為か速射砲があった。

 

 指示通りにひゅうがの後方へと回り込んだ。スターンゲートは既に解放されていて、薄暗いけどウェルドックの内部が覗ける。

 解放されたスターンゲートから目測で40m位だろうか? この規模の強襲揚陸艦型にしては舟艇等を収容するウェルドックが狭い。LCAC(エルキャック)なら1隻分、LCU2隻分のスペースのみで、残りは余剰分も含めて奥の設置された設備に充てられているようだ。

 

 ウェルドックの水面より高い位置にある壁には通路もあり、そこには暗所でも認識しやすいようにか、黄色のベストを着込んだ男性のクルーが手に持った誘導灯を振っていた。彼がデッキ科員だろう。

 

 デッキ科員の振る誘導灯の動きを見て、ウェルドックより奥にある傾斜まで進む。

 

 

「よく来たね、待ってたよ」

 

 話し掛けてきたのは傾斜の上に居る黒色を基調としたセーラー服の少女、十傑の時雨だった。傍らには同じく十傑の山城も居る。

 

 

「確か、時雨と山城だったな? お前達、どうしてここに」

 

「やっぱり解るんだね。三位一体なら当然かもしれないけど、とにかく宜しくね? それとひゅうがには運用する現場の声を聞きに来たんだよ。僕は戦闘以外だと、兵器の開発アドバイザーって言う立場に居るからね」

 

 これがその名刺だよ、と言いつつ名刺を渡してきた。それには『国防省技術研究本部 先進技術センター 特別技術研究室/装備開発臨時顧問 大尉相当艦 時雨』と書かれていた。臨時と書かれているのは、非正規に採用された役職なのだろう。だとしたらかなり期待されていることになる。

 

 

「現場の声を聞きに来たと言うなら、もしや? ひゅうがの装備は貴艦が……?」

 

「厳密には違うよ。僕はただ、原案を出しただけ。それを形にしたのは技本の仕事だよ。こうして来たのもお使い程度の役目だしね」

 

「こんな大型艦の視察をお使い程度か」

 

 どう見ても設計は強襲揚陸艦がベースだぞ?

 

 起工から進水、就役するまで何年前までか知らないが、この艦は新しいように見える。新造艦とは思うが、何時からそんな立場に居たというのか。国内有数の実力者で兵器開発に口を出せるマルチスキルの持ち主か、リアルチートだな。

 

 

「時雨は艦娘のなかでも特に優秀な頭脳の持ち主なの。それに眼を着けた前任の技本室長が招いて、意見を求めた。そうしたら大成功よ」

 

 それまで黙っていた山城が我慢しきれなくなったのか、自分の事のように時雨を褒めちぎった。前から思っていたが、山城は時雨を大層好いてるようだな。

 

 

「さ、ここからは案内するよ。ついてきて」

 

「了解した」

 

 ウェルドックの傾斜を登ると同時に艤装は収納した。艦娘の艤装は魂に格納でき、こうして自由に展開することが出来るらしい。

 初陣で出撃した際、明石が叢雲の艤装を台車で運んできたのは、顕現した時に気絶してしまい、ショートランドに運んですぐ艤装を取り外したからだそうだ。

 

 先導する時雨、山城の後に続いて歩く。その直後、時雨が右側に指先を向けた。そこには弾薬を示すマークが描かれた木製ケース、ドラム缶等が床に固定具で固定されて置かれていた。

 

 

「ここはひゅうがの第4甲板、艦後部に位置するドック区画だよ。あれは艤装整備隊が艤装への弾薬、燃料の補給を行うスペース。今は半舷上陸で、残ってる人員も思い思いに休んでるから誰も居ないんだ」

 

『半舷上陸。確か、軍艦が泊地や鎮守府のような主要軍港で停泊する際、右舷または左舷から順に休息を摂らせて、上陸を許可するんだっけ?』

 

『概ね合ってるわね』

 

 年若い割りには中々どうして、良くしってるじゃないか。

 

 

『年若い割りにはって……。むらくも。なんだか年寄り臭くない?』

 

 私は戦後の海上自衛隊にあって、私は様々な経験をしてきたからな。

 

 みねぐも型を含む対潜護衛艦、対空護衛艦のハイローミックスによる八艦六機体制の時代。

 就役当初から期待された新装備として配備された無人哨戒機《DASH》、国産のFCS-1Bと76mm速射砲を初めて装備して運用データの収集に従事。

 更には海上自衛隊発足以来四代目となる護衛艦隊旗艦を務めた。叢雲(先代)からすれば連合艦隊旗艦にも等しい経験を積んでいたわけだ。

 

 

「次は第3甲板に行こう。この艦の艦載機が置いてあるよ」

 

「艦載機?」

 

 強襲揚陸艦だから、航空機も配備しているという事か?

 

 

「自分の眼で見る方が早いさ。艤装格納庫を抜けて階段で第3甲板に上がるよ」

 

 それから更に先へと進んで格納庫の一番奥まで辿り着き、壁際にある通用口を潜って急勾配の階段を上っていく。その先も通路は天井は低く横幅も狭いため、先導する時雨と山城に注意を受けながら進んでいった。

 

 

「ここが航空機格納庫。さっきまで居たドック区画のちょうど真上に来たから、今居るのはその中央だよ」

 

 内部は思ったより広々した空間だった。そのなかに所狭しと、艦だった頃、叢一が前世でも見たことがない(・・・・・・・・・・・・・・)物体が並んでいた。

 

 

「何だあれは? 艦娘の艤装に近いように見えるが」

 

 どちらかと言えば海外のSF映画なんかに出てくるような、パワードスーツにも似た装備だが。

 

 

「近いと言えば近いよ。あれは開発元がアメリカなんだけどね、Top Arms(トップアームズ)ていうんだ。装着式の人型機動兵器で、艦娘を実戦投入することを嫌うアメリカ人が考えたものだよ。ここに置いてあるのはその第1世代で、ライセンス生産型のF-4BJ ファントムⅡと呼ばれてる」

 

 実在する戦闘機を模したものでもある、と時雨は補足した。

 

 

「……まさか、あれで深海棲艦に?」

 

 一応、座学で叢一が学んだので分かる事だが無理だよな?

 

 まず前提として、人間或いは人間が扱う兵器の類いは深海棲艦にダメージを与えられない。

 何故ならば、妖精の加護を普通の人間は受けられないからだ。それを受けられるのは同時期に出現した現在の対深海棲艦戦の主兵である艦娘、或いは例外的に存在する加護を受けられるごく稀少な人間のみ。

 

 だから、妖精の加護を伴わない兵器をどれだけ生産しても、深海棲艦の航空機ですらまともに歯が立たない。対深海棲艦を想定した新型は作るだけ無駄なはずなんだが。

 

 

「言いたいことは大体分かるよ。だから対深海棲艦用と言うのは寧ろ建前だと、僕も技本も考えてるよ」

 

「本音は?」

 

「艦娘先進国である日本、英国等の欧州各国の防衛力をコントロールしたいんじゃないかな。自国製の兵器を売り込んで利益を得たいのもそうだけど、それぞれの国が同様の兵器を持ってればその分だけ保有する兵器の枠は削れるし、アメリカとしても都合が良いんだよ。例えば自国以外、全世界が敵になっても良いようにね」

 

「……最悪に備えよ、ということか?」

 

「その解釈で間違いないと思うよ」

 

 時雨は肯定して頷いた。いつの時代でも、彼の国は横暴な振る舞いが変わらんようだな。艦だった頃も乗員達が苦労したものだ。

 

 

「おーい、ちょっと待ってよ」

 

 時雨の先導で再び歩き始めようとしたその時、後ろから声を掛けられたので振り返ると加藤中佐が居た。運動不足なのか息を切らして走る彼の後ろからは、蕪木准将が悠然と歩いている。

 

 

「加藤中佐、叢雲は僕と山城が艦隊を案内します。後は任せていただいて大丈夫ですよ」

 

「そう言うわけにもいかないよ。招待したのは僕ら特務運用群なんだから、筋は通さないと」

 

「心配要りません、その辺りは根回ししておきますので」

 

 山城が腕を組ながら言った。彼女は十傑の第1位であり佐官に匹敵するほどの権限を持つらしいが、加藤中佐以外にも艦隊の最高指揮官が居る。

 

 

「山城、彼女は私が艦隊へと招待した。この件は、一応は防衛艦隊司令部からも許可を得ている。江崎海上幕僚長閣下も認知した上でな」

 

 蕪木群司令が何かしら主張するところまでは予想してたが、こうして見ると異なる部署同士の権力争いみたいだな。

 互いに海上幕僚長という海軍のトップがいるし、特務運用群は防衛艦隊司令部経由で海上幕僚長に報告までされているから、どちらが有利かは決まってるようだ。

 

 

「……そこまで話が済んでいるなら仕方ありません。ここは諦めましょう」

 

「解ってくれたようで何よりだよ。所で……何処まで説明した?」

 

 渋々と言った調子で山城が引き下がると、加藤は視線を時雨に向けてから訊いた。

 

 

「ひゅうがの最大の特徴であるドック機能と、艦載機であるトップアームズの開発経緯については話したよ」

 

「よし。それなら現在の国防軍が、トップアームズに求めた役割について話しておこうか」

 

 加藤は艦載機であるF-4 BJに近付いていく。時雨達はここで別れるらしく、先程出てきた航空格納庫の出入り口に歩いていった。

 

 

「まず最初に、国防軍ではトップアームズを対深海棲艦用の戦力として数えてはいないんだ」

 

「対抗可能な戦力じゃないなら何故?」

 

「理由は簡単だよ。例え倒せない相手でも、生き残ることなら出来る。その可能性を向上させる手段として、トップアームズが選ばれた」

 

 加藤の言葉を聞いて、私はトップアームズという兵器の優位性について想像してみる。

 

 装着型の機動兵器であるトップアームズは、従来の攻撃ヘリや戦闘機に比べてかなり小型で軽量だ。それこそ、全長十メートルを超えることも珍しくないジェット戦闘機と比較してみても、トップアームズは小柄で小回りが利く。

 それこそ○ーベル映画のアイ○ンマンのようなものかもしれない。飛行するところを見てないので何とも言えないが。

 

 更に言えば、深海棲艦の艦載機はかなり小型だ。それこそ前世でも普及したドローンと変わらないサイズだし、従来の戦闘機が狙おうにも赤外線探知や空対空レーダーでさえ捉えるのも困難だ。

 

 だからと言って、トップアームズならそれが解消されるわけでもないだろうけどな。第一、深海棲艦はその悉くがレーダーやソナーで感知できない。妖精の加護が伴わない為だ。

 

 

「まさか」

 

「多分、君の想像した通りだよ」

 

 加藤がこちらの思考を読んだように頷いた。

 

 

「トップアームズは艦隊防空の為の兵器だけど、搭乗者が居なくては動かせない。パイロットは、これらに搭乗して艦隊を生かす為の囮になる」

 

 ゴクリ、と生唾を呑み込んだ。

 

 相手を撃墜できるわけでもないのに、同じ土俵に立って有視界戦闘しろと言うのだ。死ぬ確率が高すぎて、志願者を集めるのも大変じゃないのか?

 

 

「──それでもこの艦への配属を志願した」

 

「……神山少佐」

 

 話し掛けてきた相手は、第一印象として無骨さを感じさせる男性だった。

 タイミングから考えて、トップアームズの装着者(パイロット)だろうけど、上陸待ちなのか純白の長袖制服姿だ。

 

 

「紹介するよ。叢雲、神山 慶二(こうやまけいじ)少佐だ。この艦の母艦航空団司令をされている。神山少佐、彼女が噂になってる護衛艦むらくもだよ」

 

「まずは初めましてだな。紹介に預かった神山だ」

 

「駆逐艦叢雲の同居人、みねぐも型護衛艦、三番艦のむらくもだ。噂と言うが、具体的には?」

 

「なに、大したことじゃない。ドロップで顕現して処女航海を実戦で経験し、先の作戦でMVPを飾ったスーパールーキーがショートランドにいる。そんな感じの噂だ」

 

 

『正直、あれをMVP扱いで良いのか今となっては疑問なんだよね』

 

 叢一。私達の関係性を鑑みるに、これはもはや必然だぞ。だからこそ生還できたのだ。

 

 

『むらくもの艤装で戦ってる時だって損傷を負ったじゃない? 結局は薩摩達が間に合ってくれたから助かったけど』

 

 それも踏まえて、だ。

 

 

「──難しい顔をしているな? 自分の活躍に疑念があるなら、気にすることはない。運も実力のうちだ」

 

「……私は、そんなに分かりやすいか」

 

「流石に練達したベテランの艦娘と比較しない方がいいが、表情は豊かだな」

 

「……今度からは、白雪からその辺りについて習うことにする」

 

 今後のやりたいことが一つ追加されたことを確認して、神山団司令が話を戻した。

 

 曰く、ひゅうがにトップアームズを配備した理由は艦隊の保全が目的であること。トップアームズを駆る彼ら母艦航空団が上空で生存(サバイバル)し続けることで、艦隊に敵機が攻撃する危険を減らすためと言うことだった。

 

 勿論、それは言うほど簡単ではない。トップアームズは人間が装着して活動する強化外骨格に近いもので、飛行用に規格をかなり小型にしたジェットエンジンまで装備した、制空用の機体を装着して高速で飛び回るのだ。

 

 当たり前だが、生存率を上げるための防弾装備は取り付けられている。とは言え敵機をまともに撃墜できる訳がないし、ただ消耗するだけと考えれば気休め程度だった。

 

 

「防御できない部分に被弾したらどうなる?」

 

「諦めるしかないな。次に目が覚めたときはあの世だ」

 

 流石に20㎜以上の機銃弾を受けてはひと堪りもない、と言うことか。人が乗り込む航空機ではなく装着した装備である以上、何から何まで詰め込むのは難しい。何処かのア○アンマンスーツではあるまいし、これが現実なんだろう。

 

 

「むらくも。トップアームズの説明は大体終わったし、次に行こう。時間が押してるんだ」

 

「分かった」

 

 戻った頃には夕方だろうし、夕食を済ませたら白雪と座学の続きがあるんだよな。あとは学習内容をまとめて、感想も込みでレポートを提出しなきゃいけない。

 

 

「神山団司令。トップアームズについて色々教えてくれたこと、感謝する」

 

「礼を言われる程ではないさ。本土に連れていくことにもなるし、また教えることはできるから楽しみにしてくれ。貴艦に妖精の加護があらんことを」

 

 そんなやり取りをして神山団司令と別れた。

 

 その後は居住区、トップアームズの装備を整備するためのショップ(整備施設)や艦橋に案内されて、ひゅうがの主だった場所を巡り終わってから下船した。




多分お気付きの方もいると思いますが、ひゅうがはアメリカ海軍のタラワ級強襲揚陸艦がモデルです。ただ、艦娘運用のために仕様が変更されています。

それと蕪木と加藤のコンビですが、あの二人はとあるライトノベルに登場したキャラクターです。こちらはタグにもある通りになっています。今後はこういった他原作のキャラクターを登場させる予定でいますので、予め御了承くださいm(__)m

では、次回予告です。


~次回予告~

蕪木と加藤の案内で特務運用群の旗艦であるひゅうがでの見学を終えたむらくも。次に向かうのはひゅうがを護衛する巡洋艦こんごう。その艦には、艦乗員が生き残るために工夫を凝らした兵装が搭載されていた。

次回、第11話 むらくも改装計画 こんごう編




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第11話 むらくも改装計画 こんごう編

前回の更新から約3ヶ月、今年の夏は気温だけなら大して辛くは感じなかったものの、常時マスクを着用するのが日常的となった現在では息苦しさが主に辛くなりました。息苦しいからその分体力を消耗して、と言うのは言い訳にしかなりませんが、漸く更新しました。

以下は前回までのあらすじです。

特務運用群に招待を受けたむらくもは、ひゅうがにまず乗艦した。
艦娘の発着用に使われるウェルドックで時雨と山城の十傑コンビと会い、格納庫でアメリカとの関係や輸入品である機動兵器『トップアームズ』についての説明を受ける。
二人と別れ、ひゅうが所属のトップアームズ部隊を指揮する航空団司令から『ファントム』の運用について説明されてその過酷さを想像する。
格納庫を後にして、ひゅうがの各所を回って次なる場所、こんごうに向かった。


 蕪木ら特務運用群の指揮官達の案内で艦娘運用母艦ひゅうがを訪れ、その艦の主だった区画を巡ってから下船して少しした後、私こと護衛艦むらくもはひゅうがとは異なる艦に乗艦していた。

 

 

「特務運用群に随伴する護衛艦、巡洋艦《こんごう》へようこそ。今度はこの艦を案内するよ」

 

「宜しくお願いする」

 

「じゃあ付いてきて。取り敢えず、この艦のCICに行こうか」

 

 加藤の先導でこんごうの艦上を歩く。艦の前部にある上部構造物のハッチを潜り、途端に狭くなった通路内の空間を進んでいった。

 

 

「対潜戦を想定した護衛艦だった君には今更だし、《ひゅうが》を見てきたから解るだろうけどぶつけないように注意して。CICは第2甲板にあるから階段を降りるよ」

 

 階段があったのは前艦橋内の第1甲板中央で、ここはレーダー室が集中配置された区画で通路も多く思ったより複雑だった。

 艦だった頃の私は前大戦時の駆逐艦と規模が大して変わらないため、こんごう程大型ではなかったから内部構造もそう複雑ではなかった。この辺りは対潜を主任務にしていたみねぐも型が、船体の規模の関係で居住性を二の次にしていたからでもある。

 

 ……流石に護衛艦隊旗艦になってからは、少しは改善されたがな。

 

 

「──着いたよ。ここがCICだ。狭いから気を付けて通って」

 

 そんな事を考える間にもCICのハッチまで辿り着いた。ロックを開けた加藤、蕪木司令に続いて通る。

 

 室内は薄暗い。大型モニターや複数の端末が光源となっているものの、慣れないうちは目に悪いだろう。

 

 

「司令臨場、気を付け!」

 

 入室したことに気付いたらしい幹部の一人(階級章を見る限り恐らく中佐だろう)が声を上げ、反応したCIC担当の全員が起立して姿勢を正した。

 今まで海上自衛隊しか知らなかったが、この艦の乗員を見る限り大して変わりがないようにも感じるな。その為か分からんが、懐かしく想えてくる。

 

 

「休ませ」

 

「休めぇ!」

 

「取り敢えず楽にしてくれ。普段通りで構わないからな」

 

 にかっ、と年齢とは裏腹に柔和な笑みを浮かべた。蕪木群司令は意外と少年のような一面を持っているようだ。老いを感じさせない若々しさがある。

 

 

「今日もCICに詰めていたのだな。比較的安全な泊地沖でも相変わらず精が出るな、雨宮大佐」

 

「拠点を脅かすのは深海棲艦もそうですが、それだけとは限りませんから」

 

 雨宮と呼ばれた相手は女性だった。見た目からは30代と思われる、現在乗艦しているこんごうのような大型艦を指揮する艦長にしては比較的若く感じられた。

 

 ちなみに、こんごうはイージスシステム搭載の新鋭艦らしい。確か、叢一の前世にも同名の艦が存在したな?

 

 

『イージスシステム搭載艦までは同じだと思うよ。建造されるまでの経緯が違ってきてるから、違う部分が多いかもしれないけど』

 

 深海大戦が始まってから、暫くして米軍との連携は取れなくなったらしいからな。連携が取れるようになったのは、座学で習った限りでは西方打通作戦と欧州救援が成功した後で8年前と割と最近のようだから仕方ないかもしれん。

 

 

「貴女が例のドロップ艦ね? 話は伺ってます。旧海自の伝統を受け継ぐ国防軍人としては先輩に当たるかもしれないわ。──巡洋艦《こんごう》の艦長、雨宮です」

 

 そう言って差し出してきた手を握り返す。

 

 

「みねぐも型護衛艦、三番艦のむらくもだ。護衛艦隊旗艦を務めたとは言え、艦艇だった頃の出来事だ。今は二人三脚の艦娘と言うだけだから、そのつもりで頼む」

 

「今、表に出てるのが貴女で普段は先代なのよね? 承知したわ」

 

 朗らかな笑顔で雨宮艦長は承諾した。何となくだが、先程の蕪木群司令と同じものを感じるな。

 

 

「雨宮艦長のことだけどね、実はこの人、蕪木司令の教え子なんだよ」

 

 加藤が耳打ちして小さく呟くように言うと、私もそれで合点がいった。

 

 

「……なるほどな。道理で似た者同士な訳だよ」

 

 きっと、雨宮艦長は蕪木群司令を慕っているのだろうが、教え子だったが故に似てしまった部分があるのだろう。別に悪いことではないが。

 

 

「所で気になったんだが、雨宮艦長。拠点を脅かすのは深海棲艦だけではないと仰ったが、どう言うことだ?」

 

「外洋進出したのは、我々日本国防軍だけではないという事よ。スクリーンを見て」

 

 促されるまま、薄暗いCIC内を照らす大型スクリーンに視線を向けた。

 

 スクリーンには幾つかのマーカー表示されたユニットが映っていた。

 スクリーンの中心に現在、乗艦しているこんごうは《CG-1 KONGOU》。それを囲むように私が先程まで見学のため乗艦したひゅうがは《FOC-1 HYUGA》《USV-3 CHITOSE》。

 そこから離れて泊地より南東の地点には《SS-589 ASASHIO》がアンノウン表示されたユニットを追尾していた。

 

 

「見て分かると思いますが、我々は泊地の沖合いに三隻の水上艦を停泊した状態です。艦隊の旗艦ひゅうが、ちとせ、そして当艦である《こんごう》です。ここから離れた水域にも随伴の潜水艦、《あさしお》が航行していますが、平時とは異なる状況にあります」

 

「……アンノウンは他国の艦船か」

 

「その通りよ。それも潜水艦ね。現在、《あさしお》は大亜連合所属と思われる潜水艦を追尾しています。向こうはどうやら、気付かれることはないと思っていたようね。不規則な針路で動いているから、かなり動揺してるみたい」

 

 呆れを含んだ口調で雨宮艦長は言った。今言った通りなら、まるで経験不足じゃないか。ここはサーモン海、水深が浅い場所はかなり多いはずだ。そのうち、海底に船殼を擦るのではないか。

 

 ちなみに大亜連合とは、深海大戦が始まって10年程経った頃、近隣の大国が周囲の隣国を併呑して興った国のようだ。これは叢一が座学で学んだ内容だな。深海棲艦とは別に、日本国防軍の仮想敵国になっているようだ。

 

 

「──っ! 艦長! 《ちとせ》三号機が投下した二番ソノブイに感有りました!」

 

「詳細は?」

 

 雨宮艦長が促す。

 

 

「海底で衝撃音。破裂音も確認できました!」

 

 ソナーマンらしい当直士官の報告を聞いて、思わず私は唖然とした。

 

 内心で予想した直後に、それが現実になったのだ。乗ってるのが本当に潜水艦乗りなのか、それさえ怪しく思えてくる。

 

 

「! 当該潜水艦に新たな動きがあります。タンクの排水音、浮上するようです!」

 

「……ショートランドの沿岸警備隊に連絡しなさい。それと《ちとせ》に打電、特別警備隊に出動を要請します。それで宜しいでしょうか、群司令」

 

 続くソナーマンの報告を受けて、雨宮艦長は指示を飛ばし、その上で蕪木群司令に確認を取った。

 

 

「構わない。練度が低いとはいえ、大亜連合は警戒するに越したことはないからな。どうせなら、例の部隊にも監視させるか……」

 

 最後に小さく呟いた言葉が気になったが、聞かなかったことにした方が良い気がするな。機密の匂いがする。

 

 

「ゴタゴタに巻き込んで申し訳無いわね。本艦の案内については、蕪木群司令と首席参謀(セサ)が案内されるのですね?」

 

「そうですね。艦の設備は乗員の方も手伝って頂ければと思いますが」

 

 雨宮艦長が改めて確認して、加藤が答えた。

 

 ちなみにセサとは、旧海軍用語のひとつで首席参謀を略したものだ。これも含めて、旧海上自衛隊では旧海軍から受け継いだ伝統として多くの言葉を継承し、現場では様々な旧海軍用語が飛び交っていた。

 

 

「それなら問題ないわね。三人が来る前、艦内放送で《各部署に待機してる要員はそれぞれが扱う装備を客人に、機密に抵触しない程度に説明するように》と伝えたから。散策してれば待機する乗員が見付かるから、話し掛ければ良いわよ」

 

 どうやら艦の乗員に根回しをして待っていたらしい。その手際の良さを流石に思いながら、先導する加藤らと共にCICを後にした。

 

 

 

 次に訪れたのは、先程出てきたCICのある同じ第2甲板の更に後方、機関操縦室と呼ばれる場所だ。

 

 レーダー、ソナー等のセンサ系を稼働させているからか、室内では振動がしていた。

 

 

「群司令と首席参謀、それにむらくもさんですね。話は伺っています。加藤中佐、彼女が今回の客人で間違いないでしょうか?」

 

「それで間違いないよ。今回は宜しくね、倉橋二曹」

 

 待機していたのは雨宮艦長と同じく女性で、機関科の下士官のようだ。階級章を見る限り二等海曹……、国防海軍だから今は海軍二等兵曹か。一応、アメリカ海軍でも冠称を付ける筈だから間違いないはずだ。

 

 取り敢えず、お互いに自己紹介する。彼女はこんごうの3分隊長(機関科長)で、雨宮艦長とは旧知の仲らしい。国防海軍に入隊してからは雨宮大佐とは同じ職場だったことが多かったらしく、互いによく知る間柄のようだ。

 

 

「機関操縦室の役割については、自衛艦だった貴女に今更説明するまでもないですね。機関の構成だけ、説明します」

 

「宜しくお願いする」

 

 私は対潜能力を重視し、新装備を就役した当初から搭載した小型軽量の護衛艦でしかなかった。当時、期待されていた《Dash》は米国からの供給が中止されて海上自衛隊でも運用を断念するしかなかった。そのままでは設計上の欠陥のせいで運用には不便だったが、長距離から対潜攻撃が出来るだけに残念だったよ。

 

 

「まず主機(もとき)ですが、こんごうはガスタービン駆動艦となっています。異なるガスタービンを組み合わせたCOGAG方式で、巡航用と高速航行用のガスタービンが二つの推進軸を回すようになっています」

 

「ガスタービンか」

 

 私が搭載したのはディーゼル六基を両舷三基ずつ配置したマルチプル・ディーゼル方式(CODAD方式)だった。

 

 倉橋二曹の言った符号の通りなら私と同じ同種の機関を組み合わせる方式だろうが、こんごうが大出力のガスタービンエンジンであるのに対して、私は低燃費低速向けのディーゼルⅤ型エンジンだ。燃費は兎も角、速力で劣っているし、私が就役した時期を境により強力なディーゼルエンジンも出現している。就役した頃から既に時代遅れとも言えたかもしれないな。

 

 

「それで、出力はどの程度出るんだ?」

 

「一基辺り25000馬力、それを四基で計100000馬力発揮できます。速力は30ノットです」

 

「私とは完全に段違いだな。時代遅れのディーゼルとは桁がひとつ違うようだ」

 

 やはりⅤ型エンジンのままでは限界があるのか。潜水艦相手にするだけなら充分なのだがな。

 

 

『ディーゼルの割合減らして、ガスタービン載せれば良いんじゃない?』

 

 簡単に言ってくれるな、先代。

 

 

『知ってるかしら? 特型駆逐艦は要求された水準が無理難題と言われたのよ。それでも実現できた。3代目は戦後の海上自衛隊を知る艦娘なのだから、明石に相談してみなさいよ』

 

 それは、改装案を作ってみろと言うことか?

 

 

『ものは試しよ。ついでに実現が叶わなかった装備についても考えれば良いわ』

 

 実験艦の趣が強かった私が改装か。楽しみだな。

 

 これからの方針に自身の改装を付け加えると、倉橋二曹に続きを促した。

 

 

「この艦に装備されている発電機は最新の物を採用しています。一基で2800キロワットを発電できます」

 

「こんごうはイージスシステム搭載艦だったな。レーダー、ソナー等のセンサ類も稼働させる以上は、電力が多いに越したことはないな」

 

 振動してるのはガスタービンであるのは間違いない筈だが、騒音があまり気にならないな。

 それについて訊いてみたが、ガスタービンを固定し保護するエンクロージャーと呼ばれる外皮によるものらしい。

 

 ガスタービン搭載艦なら私が現役の頃にも存在した筈だが、80年代後半になってから深海棲艦が出現して制海権を脅かした為、米国の要請で戦後初の防衛出動となった関係で私は護衛艦隊旗艦の任を解かれ、南方への遠征に参加していた。その時、旗艦は『ひえい』に変更されたのだが、あの艦は流石に一線を退いてるのだろうな。

 

 

 

 機関室で動力の性能を聞いてみて改めて自衛艦だった頃の私と比較して出力や効率が違うことを実感して、次にやって来たのは後部甲板にある格納庫だった。

 

 

「こんごうの後部甲板、ヘリコプター格納庫にようこそ! その娘が例の第三世代艦娘で間違いありませんね、お二方?」

 

 機関操縦室と同様、加藤中佐が答えた。私も自己紹介を済ませる。

 

 

「私はこんごうの飛行科で管理をしています、近藤 内治(こんどうだいち)と言うものです。階級は大尉。ここで紹介していくのは、航空艤装と艦載機についてです。先ずはこんごう所属の艦載機について説明致します、こちらへどうぞ」

 

 近藤大尉が先導して格納庫内に進入した。その時点で内部は意外にも広く感じる、本格的に航空機運用に対応した設備のようだ。

 

 そして、すぐに興味を引かれるモノが目に映る。

 

 

「こちらはこの艦に搭載されている機種のひとつ、9式無人対潜哨戒ヘリです」

 

 そこにあったのは、二機のやや小柄なヘリコプターだった。

 

 ヘリコプターとは言っても、一般的なそれとは違いスライドドアが見当たらずキャビンは確認できない。従来ならコクピットがあるはずの機体前部にはキャノピーすらない。例えるならのっぺらぼうのような印象だ。

 その代わりかは知らないが、攻撃・戦闘ヘリのようにスタヴウイングを備えていた。無人と言っていたし、乗員を乗せないからこその装備なのだろう。

 

 

「聞いてもいいか、大尉」

 

「何でしょう」

 

「この艦は、何故無人兵器を装備しているんだ」

 

 私にとって無人兵器と言えばDASHだが、あれは米軍で事故が多発したから運用を中止したことを受け、海上自衛隊でも供給がストップして最終的に運用は中止している。後は訓練や性能試験に使用した標的機位で、他は聞き覚えが全く無い。

 

 

「深海棲艦の跳梁跋扈する海上では、有人機は危険でしかありませんから」

 

 その一言で理由を察した。

 確かに、通常兵器の通用しない深海棲艦が何処で出没するか定かでない以上、従来通りの有人ヘリではパイロットが危険なだけだ。艦艇を母機とする無人兵器に注目するのは納得のいく話だった。

 

 

「では、現在の日本は」

 

「無人兵器が発達しています。無人汎用機、偵察機、《ちとせ》にも搭載されている対深海棲艦機を想定した小型の無人汎用機、そしてこの9式無人対潜哨戒ヘリですね」

 

 思った以上に日本の軍事技術は発展していたらしい。

 

 勿論、無人兵器の技術がたった今挙げた四種類だけに使われているわけではないだろう。戦争で生まれた技術はやがて民間に普及する。古来より変わらず人類の技術と生活水準を上げてきた、戦争が文明を発展させる皮肉と言えるな。

 

 

「では、本機の概要について説明致します。まずは──」

 

 それからは9式無人対潜哨戒ヘリの説明を受け、同格納庫内にある有人の艦載ヘリも紹介された。有人の艦載ヘリについては僚艦との連絡用のようだった。

 

 更に、ヘリを運用するための航空艤装、発着艦するための甲板や着艦拘束用の装備を紹介してもらった。これらは叢一が言うには、前世では格納庫も含め備えてはいなかったようだ。それがこの世界で就役したこんごうは、あたご型に類似する部分が見受けられるらしい。

 

 そうした航空科の装備や設備などを説明されてから、格納庫を後にした。

 

 その後は、こんごうの主砲やミサイルVLS等の火器について砲雷科から、レーダー・ソナー等のセンサー類については航海科から説明を受けた。他にもダメージコントロールを担当する科等の説明を受けた後、こんごうでの見学を終えた。

 

 これ以上、特務運用群での見学はないらしい。

 大亜連合の潜水艦騒ぎで彼らもそれ所ではないらしく、見学に来ていた私や先代、叢一の安全のためにも今回はこれで仕舞いにするようだ。

 無人機母艦とやらがどんなものなのか気になっただけに、残念な話だった。まぁ、本土に行く際には随伴するのだから、その時にも見られるだろう。

 

 

 

         ◇◇◇

 

 ショートランド泊地 艦娘用宿舎

 

 

「──では、今から出動を?」

 

 本土から作戦のために来た自分達の為に宛がわれた一室でそれまで寛いでいた艦娘──初春型駆逐艦四番艦初霜は、とある秘匿回線で通話していた。

 同室で寝泊まりしている姉達は居ない。全員部屋を開けているため、今は自分だけだった。

 

 

『すぐにでも動いてもらうわ。件の大亜連合所属と思われる潜水艦、ただ過失で事故を起こしただけのハズはない。意図があっての事だと考えるべきよ』

 

 通話する相手はまだ幼い少女のそれだが、無機質な声音が機械を思わせる。

 

 

「また、艦娘目当てですか」

 

『その可能性は高いわ。泊地に集結している部隊のなかには私達と同じ構成員(・・・・・・・・)もいる。彼らにも指示を出しておいたから、不知火(第二足)と合流して指定座標に向かいなさい。消音結界の使用制限も解除する』

 

「了解しました、主頭(・・)

 

 初霜が呼んだのは指示してきた相手の肩書だった。とある機密部隊の隊長を表すもので、初霜はそこに所属していた。

 

 

初霜(第一足)、分かっているわね? 我が国と大亜連合は、既に軍事的衝突を繰り返している。戦争状態と言っても過言ではないわ』

 

「分かっています、躊躇いはしません。既に理想は捨てました。必要なら殺します」

 

『なら良いわ、健闘を祈る。魏弩羅(ギドラ)のために』

 

「艦娘の未来のために」

 

 所属する機密部隊特有のやり取りをして、通話を終了した。

 

 通信機器を誰の目にも映らないように隠してから、部屋を後にした。

 今より5年前から続けてきた、仲間を脅かす敵を殺すために。

 

 

(私が、護ります。護るために殺します)

 

 この瞬間、駆逐艦娘の少女は人殺しへと変わる。命のやり取りをする相手は深海棲艦から人間に、その意識を変えた。




第12話とその中間に当たる第11.5話の執筆も進めています。第11.5話については近日中には更新できるかもしれません。晩秋イベも近いので、早めに第12話も挙げたいところですね。このままでは年を越してしまいますから。

最近実装された雪風改二、その前提となる丹陽(タンヤン)ですが、うちの泊地ではまだ改装は難しいですね。レベルもありますが2隻目を迎えてからでないと。


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第11.5話 十傑衆走りとその裏で

11月中の更新を目指しましたが間に合いませんでした。取り敢えず睡魔と戦いながら更新です。

タイトルがあれなのは、以前にも何人かの読者方から十傑集走りについての書き込みがありましたので、この際なのでこうして話に取り入れてみました。詳しくは本編をどうぞ。


 むらくもが巡洋艦こんごうでの見学を終えてから、大亜連合所属の潜水艦の事故を受け、その日の見学が中止になって泊地に戻ろうとしている頃。

 

 

「なあ、大和」

 

「なに武蔵」

 

 腕を組んだ姿勢で、困惑の表情を浮かべた武蔵が数日前に艦娘として出会ったばかりの姉に話し掛けた。

 

 

「あれは何をやってるんだろうな」

 

「……さあ。私にも、よく解らないわ」

 

 判断に困る、と言った様子で大艦巨砲主義の到達点である戦艦の姉妹は桟橋から沖を見ていた。

 

 その視線の先では、ひとりの艦娘──第一世代にして国内最強と謳われる戦艦娘の薩摩が艤装すら装着せずに海面を駆け回っていた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「やあ、二人とも。こんな所でどうしたんだい?」

 

 視界に映る非常識な光景を見て呆気に取られていると、背後から第二世代の駆逐艦娘──時雨が声を掛けてきた。傍らには同じく第二世代で扶桑型の一番艦、扶桑がいた。

 

 

「沖にいる薩摩さんを見ているところよ」

 

 時雨の問い掛けに対して大和が答える。

 

 

「そうなんだ。僕もこれから、桟橋で眺めようと思ってたんだ」

 

「今日はどの程度まで付いていけるかしら。山城には無茶をしないよう、言っておいたけれど」

 

 時雨はそう言って桟橋の先端部まで歩くとそこに腰掛けた。扶桑も心配そうに沖を見詰めながらも、時雨に倣うようにその横へと座った。

 

 同時に沖では、新たな艦娘が薩摩に近付いていた。

 

 

「師範」

 

「来たわね、山城」

 

 近くまで来たのは日本国防海軍の精鋭『十傑』の第1位である第二世代の戦艦娘──山城だった。こちらも海上であるのに関わらず、従来の巨大な艤装は背負っていない。艤装していない靴のみだった。

 

 

「呼ばれたので来ましたが、また(・・)ですか?」

 

「その通りよ。見ての通りだから、いつも通り付き合いなさい」

 

「……分かりました」

 

 拒否権は与えてもらえないと察し、薩摩の隣を並走し始めた。

 

 

「時雨、何か知らないか。海軍に艦娘として所属して長いのだろう?」

 

「大したことじゃないよ。薩摩さんが始めた事だけど、ある種の恒例行事みたいなものさ」

 

 曰く、約10年前から既に始めていたのが目の前の儀式(?)であるらしい。大規模作戦に参加して終了するたび、今回のような行為をしているとの事。

 

 

「艤装も着けず、どうやって海上を」

 

「うーん、それは僕も疑問に思ったんだけどね。タネが解れば凄く単純で、脚が水に沈まなければ良いらしいよ?」

 

 時雨が補足して説明したところによると、脚が海中に沈んでしまう前に高速で動かし続けている。だから海上で浮かんでいると言うより、沈まないように足を動かし続けているのが正しいらしい。

 態々艤装も使わずそれをすることに、顕現したばかりの武蔵もだが大和でさえ理解が追い付かなかった。悩ましげに顔をしかめたり、頭を抱えたりしている。

 

 

「悩んでるところ悪いけど、次が来たみたいだよ」

 

 次に沖で姿を現したのは、胴着の上に胸当てと袴を着た空母艦娘だった。

 

 

「師範。赤城が来ました」

 

「そうみたいね。最近、調子はどうかしら?」

 

 空母艦娘は黎明期に建造された第二世代の艦娘──赤城だった。やはり、彼女も艤装をしていなかった。例によって普通なら理解が困難だが、水面下に沈まずにいた。

 

 

「まずまずですが、まだ物足りません。先の作戦では、それを痛感しました」

 

 作戦を遂行するに当たり、条件が最悪と言うのは確かに大きかった。

 

 本来の作戦目標であった『飛行場姫』は、時間を与えれば自然とダメージが修復されていくのだ。十傑の空母艦娘とは言え、艦載機で空襲するにしても情報が足りずに苦戦を強いられた。

 

 更に言えば、昼の間に滑走路を破壊できなかった日は毎晩、突入部隊が飛行場姫を直接攻撃しにいっていた。夜間行動可能な艦載機等あるわけでもないため、その都度歯痒い思いをしていたのだ。

 

 

「なら問題ないわね。力不足を自覚できてるもの、貴女はまだ強くなれるわ。さ、やりましょ」

 

「やっぱりやるんですね……」

 

 赤城は諦めたような表情を浮かべて、そっと嘆息した。

 

 山城と違い、赤城は薩摩と師弟関係に在るわけではないが、自身を鍛えたのは同じく第一世代の軽空母艦娘──鳳翔だった。

 

 とは言え、鳳翔は薩摩に相談しながら師事してきた。間接的にせよ、十傑になれたのは薩摩の助力があったことも事実であり、あまり無下には出来ないのだ。

 

 その辺りも含めて、このヒトには敵わないと思いながら薩摩達と並走し始めた。

 

 

「あの赤城さんが……」

 

 信じられないものを見るように、大和が呟いた。

 

 赤城は海軍に知らない者の方が珍しいほど有名な艦娘で、大和も話したが気さくな女性といった印象だった。

 気性は穏やかで人当たりも良く、弓を射る姿は流麗にして繊細。そんな普段の姿からは、決して目の前のようにアグレシップな行為をするとは到底思えなかった。今までのイメージが音を立てて崩れそうになる。

 

 

「──赤城さんは師範には頭が上がりませんからね。薩摩道場に属さずとも、その影響力は無視できないものです」

 

 新たな艦娘が桟橋に現れた。黎明期に建造された第二世代の艦娘──駆逐艦白雪だった。傍らには初雪、正規空母の加賀がいる。

 

 

「時雨ちゃん? この時間はまだ特務運用群各艦の視察があったはずですが、思ったより早く終わったみたいですね?」

 

「予定外の出来事が起きてね。視察どころではなくなったし、ちょうど薩摩さんから山城に呼び出しがかかったから、ついでにそれを眺めようかなと」

 

 そんなことを話してるうちに、次の艦娘が薩摩達に近付いていた。

 

 

「お呼びですか、師範」

 

「神通、よく来たわね。そちらの娘は初風かしら?」

 

「はい。素質があるので、私が教えられる限りの事を教えてます」

 

「貴女がそう言うなら余程ね。艤装を着けずに立ってるところ見ると、それも納得だわ。取り敢えず、今日は宜しくね?」

 

「はい」

 

 神通と初風は共に、舞鶴海軍基地第1鎮守府に所属する精鋭の艦娘だ。国防海軍の黎明期に建造され顕現した、最古参の二人。同時に、師弟の関係でもあった。

 

 神通は薩摩の門派『薩摩道場』の門下生であり、師範代の一人でもあった。神通が言ったように、初風に素質を見出だして自ら指導してもいた。

 

 

「皆さん、お疲れ様です!」

 

「あら雪風ちゃん。今日も元気ですね」

 

 快活な声に白雪が反応した。現れたのは舞鶴第1鎮守府の駆逐艦雪風だ。その後ろからは天津風、時津風が続いている。

 

 

「初風ちゃんが神通さんに連れられていったので、取り敢えず見に来ました!」

 

「何時も通り、恒例行事をやっていますよ。初風さんはマナ操作がまだ雑なので、海面を走るのに苦労しているようですね」

 

 遠目からでは解りづらいが、余裕のない表情で海面下に沈まないよう足を高速で動かし続けていた。

 

 

『白雪、桟橋にいるのは分かっているわ。貴女もこっちに来なさい』

 

 そうして眺めていると、薩摩から通信が入り白雪を呼んだ。

 

 

「──どうやらご指名みたいです。私も行ってきますね」

 

 白雪は要求に応じて桟橋から降りると、軽快にステップを繰り返しながら、海上を艤装も着けずに疾走する集団に合流した。

 

 

「白雪も、行っちゃったね……」

 

 初雪がポツリと呟いた。

 

 白雪は薩摩道場の門下生のなかでは最古参の一人で、経験の豊富さから常に余裕を感じさせる落ち着いた性格の艦娘だ。

 実際、海上疾走を涼しい顔でこなしている。これも毎度の事というのはあるが、並の艦娘とは隔絶した実力があるからこそだった。

 

 そんな白雪を姉に持った事は初雪にとっても誇らしいことだが、こうした奇特な恒例行事を艤装服のままやるのはどうかとも思う。カメラの目があれば盗撮されることもあるのだから気を付けてほしいとも思っていた。それも薩摩次第になってしまうのだが。

 

 

「もう、何なのですか……」

 

「……私とて、分からぬ」

 

 泊地に滞在する艦娘のなかでは特に新参の戦艦姉妹が、疲れたように溜め息をついた。

 

 

 

         ◇◇◇

 

 ショートランド島某所

 

 

「くそっ、くそっ!」

 

 黒い戦闘服の男が悪態を吐きながら必死に走る。南方の島の山林で木根に足をとられないようにしながら、足を止めず駆け続ける。背後より迫る死から逃れるために。

 

 

「何が簡単な任務だ! 死にに来たようなものじゃないか!」

 

 楽な仕事のはずだった。本国から外洋へ進出したディーゼル搭載型潜水艦に所属する特殊部隊と乗って7000㎞離れた南国の島を目指し、海中の接触事故を隠れ蓑に特殊潜航艇で上陸するまでは上手く行っていた。

 

 だがそこからは、悪夢のような蹂躙劇だった。

 

 まず最初は、別方向から目的の場所を目指す別動隊の信号が途絶えた。それだけなら受信機の故障くらいに思えたのだ。悪夢はそれからだった。

 

 突如として、進攻する部隊の陣形外側を進む兵士が、鮮血を噴水のように噴き出したのだ。間違いなく奇襲だった。

 

 応戦しようと敵を探した、が姿は見えない。見付けようとする間にも一人、また一人と見えざる敵の攻撃によって絶命していった。

 

 部隊の何名かはそれでパニックに陥った。草木以外は何もない空間に向けて小銃を乱射するが、そんなものはまぐれ当たりでもない限り当たるはずはなかった。

 

 追い打ちを掛けるように、敵は部隊の周囲から銃撃までしてきた。かなり精密な射撃で、人体の急所を正確に撃ち抜いてきたのだ。

 

 部隊の統率がとれなくなるにはそれで充分だった。蜘蛛の子を散らすように部隊は散り散りとなった。現在、逃げようと必死に走っている男もその一人だ。

 

 

「こっちだ!」

 

 男を呼ぶ声が聞こえると、咄嗟に進路を変えて声のした方へ向かう。

 

 

「お前何処の所属だっ!? 俺は第3班だ」

 

「第2班だ! こっちは部隊が見えない敵に襲撃されて散り散りだっ。途中で見てきたが第1班は全滅してたぜ!」

 

「俺も似たようなものだ! 今頃班の仲間は狩られてるだろ」

 

 早口で捲し立てて互いに何があったかを伝え合いながら、死に物狂いで足を止めずに走る。

 

 

「第二班が上陸したポイントに潜航艇が待機してるはずだ! そこまで逃げるっ」

 

「同感だ! 生き残った俺達だけでも逃げないとな」

 

 そうして言い合ってる間にも海岸線が近付いてきた。潜航艇は島に潜入した部隊が戻ってくるのを待っているはず、それを期待していた次の瞬間。

 

 

「何だ!?」

 

 前方から爆発音が響いてくる。この島にはまともな建造物は殆どない、あるのは日本海軍の基地設備と、自分達が乗ってきた潜航艇だけだ。

 

 

「二番艇の方角からだ」

 

 音を辿って森のなかを進み、やがて砂浜に出た。

 

 

「嘘だろ……!」

 

 潜航艇が在るはずの浅瀬では、黒煙が噴き上がっていた。攻撃を受けたのか、横転して重油が漏れ出ているのを砂浜からでも確認できた。

 

 

「何処かに身を隠すぞ」

 

 男の一人が身を翻して次の行動に移った。現状は敵に好き勝手に蹂躙されて部隊が壊滅状態だが、それでも自分達は特殊部隊の一員なのだ。次の行動に移すまでのタイムラグの長さが生死を分けかねない事は分かっていた。

 

 

「迅速なフットワークですが、手遅れです」

 

 自分達ではない、母国語で淡々としながらも年若い少女のそれと分かる声が告げた。

 

 直後、次の行動に移ろうとしていた男の一人が突然倒れた。

 

 

「なっ!?」

 

 明らかに敵の攻撃だ。しかし、敵の姿は見えない。それでも警戒を周囲に向けて、油断なく太腿のホルスターから拳銃を抜こうとするが。

 

 

「動揺して硬直したその隙が命取りです」

 

「くっ!」

 

 見えない何者かによって足を払われ、背中を叩かれ地面に押さえつけられる。

 

 

「な、何者だ貴様は……っ!」

 

「名乗ったところで不知火は大して有名ではありません。ですが、最期に姿を見せるくらいは良いでしょう」

 

 男の頭上にある空間が揺らぐ。徐々に人の形が滲むように輪郭をはっきりさせて、一人の少女が姿を現した。

 

 

「な、艦娘だと……! 馬鹿な」

 

「艦娘なら人殺しが出来ないと思いましたか? それより冥土の土産は充分でしょう、これで終わりです」

 

 そう言って艦娘──舞鶴第1鎮守府の不知火はバヨネットを逆手に持ち、その刃を男の首筋に突き立てた。

 

 

 

         ◇◇◇

 

 不知火が海岸線の砂浜で兵士二人を倒していた頃、そこから少し離れた地点にある沖合い。

 

 

「──こちら初霜。敵の潜水艇を破壊、引き続き残敵の掃討を継続します」

 

 その海上では、幌延泊地所属の第二一駆逐隊、駆逐艦初霜が黒煙を噴き上げる残骸を前に、部隊の構成員に隊内無線で連絡していた。

 

 数分前まで大亜連合の特殊潜航艇だった残骸の付近には、運良く脱出に成功した乗員が一名だが、溺者となって海上に漂っていた。初霜は通信を終了すると、その海面に近付いていく。

 

 

「これで終わりです。大亜連合が艦娘を拉致する目的で島に上陸するなら、相応の対応をするまでです」

 

 初霜が声を上げると、それを聞いた乗員が懐から拳銃を取り出した。

 

 

「無駄ですよ」

 

 拳銃を持っていた手を思いきり蹴飛ばす。その衝撃で拳銃を手放し、離れた海面に落ちた。

 

 

「ま、待ってくれ。故郷で家族を待たせてるんだ。頼む」

 

「そう心配しなくても、大丈夫ですよ。大亜連合の中央政府はこの件を無かったことにし、遺族には事故死だとでも説明するでしょう」

 

 それが大亜連合という近隣の大国の基本スタンスであり、狡猾な部分だった。

 

 大亜連合は日本と違い、艦娘と妖精が存在しない。

 正確に言えば台湾島では確認されたのだが、それも深海大戦初期の海戦で疲弊した台湾に当時は中華人民共和国だった隣国が武力侵攻し、併合され実効支配下に置かれた現在ではどうなっているかが不明だった。

 

 台湾を含む近隣の国家を併合して大亜連合となった隣国は、次に日本へとその手を伸ばし始めた。

 日本との中間に位置していた半島を併合する直前、一人の軽空母娘を中心に拉致被害者救出のための作戦が決行されたのだが、それが大亜連合の興味を引く結果に繋がったらしい。戦略すら左右しうる日本の艦娘を手に入れようと動き始めたのだ。

 

 それに対して、日本側は国防陸海軍の特殊部隊や初霜達のような魏弩羅を中心に水面下で迎え撃った。

 極秘での任務だったが、大亜連合も世界各国の反応を気にしていたらしく、艦娘を拉致するような任務で出た犠牲は決して表沙汰にしなかった。当然、拉致しようと部隊を送り込んできた事実も公表していない。そんな出来事は最初からなかった事にされているからだ。

 

 

「せめて私達を敵にしなければ、死なずに済んだかも知れなかったでしょう。恨むならご自身の上官にしてください」

 

 確実に息の根を止めるため、左手に携える単装砲を向ける。

 

 

「待っ」

 

 最後まで言い終わる前に引き金を引いた。重低音が砲声として鳴り響き、乗員は胴体に風穴を空けられ絶命する。

 

 

「……あなた達がいけないんですよ。こんなところに来るから。艦娘(私達)を脅かしたりするからです」

 

 砲口から砲煙が漏れる単装砲を下ろし、薬室から空薬莢を排出した。

 ここにはもう用がない。潜水艇の残骸も、乗員の遺体も程なく海底へと没していくだろう。陸地にいる不知火と合流するべくその場を離れる。

 

 

「各位に通達。残敵の掃討を完了したと判断、死亡した敵兵から装備を押収してください。(参謀)が解析します」

 

『毎度のことやけど、遺体から身ぐるみ剥いで原隊を割り出すとか、祟られそうで怖いわー』

 

「……その声、龍驤(左頭)ですか」

 

 無線で口を挟んだ声の主は横須賀第1鎮守府の艦娘──軽空母娘の龍驤だった。

 国防海軍のなかでも選りすぐりの精鋭である十傑の第6位と言う有数の実力者だが、同時に裏の仕事をこなす魏弩羅の幹部でもある。

 

 

『君ら、派手にやりおったやないか。末端に銃撃させるだけならまだしも、敵の潜水艇だって爆発の音が凄かったし、ウチが隔離結界張らなかったら泊地の皆に煙や音を感付かれてるところやで』

 

「それは申し訳ありませんでした。敵を排除するので頭が一杯でしたから」

 

『式神越しでもそれはよう分かったけどな。無防備な敵を倒し続けるだけじゃなく、逃げる敵兵をあれだけ追い立てるとか猟犬かいな。流石にちょっち引いたで』

 

 初霜は敵の潜航艇──不知火によって殲滅された兵士二人が呼んだ二番艇を破壊する前、上陸していた部隊のうち一個分隊と交戦していた。

 島に上陸していたのは恐らく三個分隊で、初霜が交戦したのは第一班の分隊だった。勿論、一人も残さず殲滅している。残り二個の分隊は不知火に任せて、初霜は敵の潜航艇を捜索し破壊した。

 

 

「秘密裏に、水面下での出来事として済ませるには可能な限り早く終わらせないといけませんでしたから。速攻で終わらせようとしただけですよ」

 

 そう言ってる間に、不知火がいる砂浜に辿り着いた。上陸して見ると、不知火が砂上に伏した遺体の装備を漁っているところだった。

 

 

「お疲れ様、不知火。見た感じはどうですか?」

 

「部隊識別に使えそうなものに関しては、少し見ただけではなんとも言えませんね。銃やバヨネット等の戦闘装備は大亜連合の標準装備に改良を加えた程度、あとはサバイバル用だけでこれと言って原隊特定に役立つものは無さそうですが」

 

「全て回収してしまいましょう」

 

 初霜は容赦なく指示した。それを聞いた不知火は片眉を僅かに動かすが、指示した当人は構わず回収班を呼ぶために無線で連絡する。

 

 既に死体になっているとは言え、諜報の一環で装備を含め遺留品を剥ぎ取って押収しようと言うのだ。最近になって魏弩羅の幹部として参入したばかりの不知火にとっては、この部隊に属する理由があるとしても抵抗を禁じ得ない。

 それに龍驤も言っていたが、日本人的な感覚を少なからず持っている日本艦娘としては祟りに遭いそうなのは同感だった。戦場の跡地等でも、心霊現象の類いは万国共通で枚挙に暇がない。

 

 あとで龍驤にお祓いしてもらおう。不知火はそう決意して作業を続けるのだった。




今回で色んな登場キャラの裏の顔が見られたと思いますが、魏弩羅については本作、或いは別の作品の今後にでも明らかにしていきたいと思います。

では次回予告です。

~次回予告~

近隣の大国から南方の島まで来た潜水艦の騒ぎで特務運用群での見学を中止、ショートランドへと戻ったむらくも。それからむらくもは明石に要求するスペックについて相談、飛鷹と橿原司令官の許可を得て改装計画が本格的に始動する。
一方で艦娘庁舎の厨房では比叡と磯風が料理を巡って対峙、そこに雪風が通りがかって──!?

第12話 むらくも改装計画 始動


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第12話 計画始動と奇跡の駆逐艦

前回の投稿から物凄く遅れてしまった(;゜0゜)
本当にすみません。マスク着用で通勤に勤務なんて本当に辛くて、モチベより体力の問題でなかなか筆は進まず。それでも書けるときには書いていくようにはしてきたので、大遅刻ですが更新します。


~前回までのあらすじ~

特務運用群での見学は随伴のミサイル巡洋艦『こんごう』のCICで近隣の大国から進出してきた潜水艦、それに伴う安全確保の為にこんごうまでで中止となり、むらくもはショートランド泊地へと帰投した。
その沖合いでは薩摩や十傑を中心に恒例行事が行われ、更にその裏では初霜ら魏弩羅のメンバーが上陸した敵の特殊部隊と交戦して殲滅していた。



 国防海軍統合司令部直属の薩摩、横須賀第1の大和と矢矧と菊月と夕立、横須賀第3鎮守府の金剛、佐世保第1鎮守府の綾波を南方まで運んだ特務運用群司令、蕪木から招待を受けた私が特務運用群での見学を終えて泊地に戻り、日没まで間もなくの頃。

 

 

「……これを本気でやるつもりなんですか?」

 

 緊張した表情で桃色髪の女性──国内でも貴重な工作艦の艦娘、明石が問う。

 

 

「勿論、そのつもりだ」

 

 取り敢えずの原案だが、私が必要としてるものを纏めたものだ。第三世代艦娘は私が最初であるためその改装はやったことないだろうから、実際に何処まで実現できるかは分からないがな。

 

 

「改装は上層部の許可が下りないと、それには橿原提督とも話さなきゃだめです」

 

「それは分かっているさ。ただ最初に、明石の意見を聞いてみたくてな。どうだ、これに関わってみる気はないか?」

 

「大変興味があります」

 

 ふ、やはりな。思った通り食いついてきた、それも私の問いかけに即答するほどにな。

 

 明石は現在の日本国防海軍の艦娘のなかでも唯一と言って良いほどに貴重な艦種、工作艦だ。

 史実で兵器開発に携わった事実こそないが、艦内にある艦艇の部品を製造、または修理可能な工場設備が泊地に停泊する連合艦隊を長期に渡って支えていた。

 当然だが、戦時中に新造艦等も連合艦隊や泊地に配備されるためその対応もしていたはずだ。だから新兵器を扱うことに抵抗感どころか期待と好奇心が先行する、それが工作艦明石という艦娘なのは短期間ながらこれまでショートランドの一員として過ごしてみて分かった。

 

 

「……確かにやってみたいですけど、改装するには場所も重要です。むらくもさん、貴女が進水したのは」

 

「舞鶴重工だ」

 

 戦前から造船業を営んできた企業だったはずだが、調べた限りでは造船部門は切り離して独立しているようだ。

 

 

「もし改装するなら、生まれ故郷とも言える舞鶴で行う方が良いです。事情は機密事項で話す段階にないから教えられませんが、とにかくそういうものと思ってください。先方の企業にも連絡を入れないと行けませんけど、やはり上に報告を上げてからになります」

 

「そうか、なら仕方ないな」

 

 やはり、艦娘以前に艦艇だったのだから何かしらの因果関係のようなものがあるのだろう。

 

 

「取り敢えず橿原提督にこの話を持っていきましょう。私もご一緒しますので」

 

「分かった」

 

 

 

「──と言うわけで、許可を貰いたいのだが」

 

「もう日が暮れるってタイミングで、面倒な案件寄越さないでほしいんだけど。気持ちは分かるけどさぁ」

 

 橿原司令官が溜め息をつきながら言う。本土からの攻略艦隊も滞在してるわけだ、やはりこれを相談するのは迷惑だったかな。何時ものように傍で控える飛鷹も、表情に疲労の色が読み取れる。

 

 

「提督、やっぱりダメですか」

 

「ダメ、と言うより……ちょうど良いタイミングでもあったと言うかなぁ」

 

「? どういうことだ」

 

 橿原司令官は「まぁ待ちなよ」と言って執務机のノートパソコンを操作し、画面をこちらに向けてくる。

 

 

「……何ですかこれ」

 

「見ての通りだよ。むらくもがひゅうがの見学に向かった直後、統合司令部から下りた指令さ」

 

「最初見たとき、私達も不思議に思ったわ。いくらなんでも早すぎるって」

 

「……むらくもさんはどう思います?」

 

「自分のことだと言うのに申し訳ないが、なんとも言えないな」

 

 現在の日本国防海軍については、知っていることの方が少ない。だから以下の内容のような電文を見た私自身、困惑しているところだった。

 

 《自衛艦整備計画

 

 大型艦兵装を削減、戦後生まれの小艦艇「護衛艦」を整備する。大型砲×6、中型砲×4を破棄、弾薬750を準備せよ!》

 

 《特別任務! 護衛艦むらくもを担当艦にして、装備開発を10回実施せよ!》

 

 以上の文章がパソコンの画面に映し出された任務欄の一番上とその下、二つのタイトルが表示されていた。

 

 

「橿原司令官、一つ聞いても宜しいか」

 

「なんだ」

 

「任務欄に表示される一番上の任務が私を対象としたもののようだが、優先度の基準はどうなっているんだ?」

 

 表示される任務欄は画面左側にあるカテゴリーのうち下から2番目を選択して、《単 Ones》に限定したものだ。その一番上にあったのがこのタイトルだったわけだが、海上自衛隊時代ではとても考えられないような文面だ。艦娘と妖精を擁する国防海軍になってから、こう言った少し緩いところもあるらしい。

 

 

「上にあるほど優先度は高いぞ。現状では、むらくもの任務の遂行が最優先みたいだな」

 

「……タイミングが良すぎるな。そう言えば防衛艦隊司令部から私が特務運用群を見学する許可が出ているはずだが、あの後統合司令部にも連絡が行っていたはずだな。私の考えることを予測していたか?」

 

 だとすれば私にとっては都合が良いと言えるが、実に奇妙な話だ。

 統合司令部、または国防海軍が海上自衛隊時代から役職に大した変化がないはずだからトップは幕僚長のはずだ。これは階級を指しているわけではないため、就くのは元帥らしい。これは自衛隊時代にはなかった。

 この重要な案件を最終決定するのは勿論、元帥だろう。そこまで案件を挙げた部署の人間については、海上自衛隊時代の私を知っているのか?

 

 

「何にしても良かったじゃないですか、これでむらくもさんは改装に向けて前進できますよ」

 

「……確かに、そうだな」

 

 腑に落ちない点はあるが、明石の言う通りだ。ここはチャンスだと思ってやれることをやるしかないか。

 

 

「それなら、明日の午前中にも始めるからな。廃棄分の装備品は比叡が開発してくれてるから、結果を楽しみにしてくれ。むらくもは開発を頼んだ」

 

「了解した」

 

 橿原司令官と敬礼を交わし、明石と揃って指令棟執務室を後にした。

 

 その後は明石と戦後に就役した艦船について話した。

 

 私のような対潜護衛艦。その対照として、ハイローミックス構想で就役した対空護衛艦。以降の護衛艦隊編制を左右する切っ掛けとなったミサイル護衛艦の登場と、進むヘリ搭載護衛艦の配備。一方で日本独自に開発、洗練された国産潜水艦。輸入され配備される哨戒機、またはヘリコプターまで話した。

 

 私にとっては思い出話のようなものだったが、明石は終始興奮気味でそれを聴いて、気になるところがあればその都度聞いてくるなど積極的だった。これは流石工作艦と言うべきか。

 

 そうして話しているうち、気が付けば夕食の時間を過ぎていて、遅いので様子を見に来た白雪から説教されたのだった。

 

 

 

         ◇◇◇

 

 時間を少し遡り、むらくもが橿原のもとを訪ねている頃、艦娘用宿舎の廊下。

 

 

「うぅ、今日の演習は一段と厳しかったです……」

 

 痛みを堪えるような声で呟くのは舞鶴第1鎮守府の駆逐艦娘──雪風だ。

 

 雪風は今日、直属の二水戦旗艦神通相手に第十六駆逐隊での対抗演習を行っていた。直前に薩摩主導の恒例行事があったが、それが終わってすぐに艤装を装着して始めたのだった。

 

 結果を言えば、第十六駆逐隊の敗北だった。

 あちらは一隻、こちらは四隻の数的有利だったにも関わらず、文字通り蹂躙されていた。

 二水戦でも特に秀逸な駆逐艦娘である姉の七番艦──初風も擁する陣容だったが、技量の差は絶望的なまでに開いており、一対四でも彼我の戦力差を見せ付けられた。

 

 怪我もあったので入渠は先に済ませたのだが、痛覚まではすぐに消えなかった。必死に神通の動きについていこうとしたため、疲労が抜けきっていないのだ。

 

 

「それでも、神通さんとの訓練は絶対っ、無駄になりません!」

 

 雪風は一度、表情を引き締めてから言った。

 

 艦娘として顕現してからは18年、今までこうして努力を続けてきたのだ。

 神通のような十傑、薩摩のような統合司令部所属で海上幕僚長直属の特務艦隊にはまだまだ追い付けず背中を追いかけるしか出来てないが、それでもこれまでの年月は雪風を経験相応のベテラン艦娘にしていた。それだけはハッキリしている。

 

 

「取り敢えず今は休息です。食堂で初風ちゃん達の為に場所取りしておかないと」

 

 雪風は比較的対抗演習で受けた損傷は軽微で、入渠は他の姉妹より早く済んだ。そのまま待っているのも暇であるため、初風から食堂の場所取りを頼まれたのだった。

 

 気持ちを切り替えて、食堂前まで辿り着いた雪風がドアの取っ手に手をかけようとした次の瞬間。

 

 

「いい加減にしてください!」

 

「そう遠慮するな」

 

 ドアの向こうから唐突に叫び声が聞こえ、雪風はビクッと動きを止めた。

 

(な、何でしょう。誰かの叫びが聞こえたような……?)

 

 気になって廊下の食堂とを隔てるガラス窓から覗き込んだ。

 

 

「寸胴鍋に何を入れるつもりですか!?」

 

 食堂の奥にある厨房の一角で叫ぶのはショートランド泊地所属の高速戦艦の艦娘──比叡だ。調理中だったのか割烹着を着ており、背後にある寸胴鍋を庇うように身構えている。何か臭うのか、袖で鼻と口元を覆っていた。

 

 

「何って、追加の具材だが?」

 

 比叡の問い掛けに答えたのはセーラー服を着た陽炎型駆逐艦の艦娘──磯風だ。真面目な表情で堂々と返してはいるが、右手に持った食器の上にある食材はどう見ても──。

 

(な、何ですかあれ!? どう見ても劇物じゃないですか!?)

 

 同じ陽炎型の中でも比較的幼い容貌とは言え、雪風の目にもそれが食材とは言えない代物であることはハッキリ解った。

 

 磯風が食材と称したソレは、見るからに毒々しい色合いをしたナニカだった。

 全体的に紫色の色合いと、材料を複数使ったつもりだったのかドロリと溶けた生チョコレートのような物体に、何故か鶏肉が半ばで埋め込まれている。しかも、生チョコレートらしき物体の表面はどういうわけか沸騰するように泡が弾けたりしていた。見ただけで口にするのを遠慮したい気分にさせられるようだ。

 

 

「そんなものは食材とは言いません! 料理に対する冒涜です!」

 

「随分な言い草だな、御召艦ともなれば料理に口うるさいのか? そう言う比叡こそ、毎日のようにカレーばかり食わせても飽きが来るだろう。なら一度くらい、同じカレーでも違う何かを加えてみてもいいだろう? ……どうしても嫌か?」

 

「うっ、……駄目ですから! そんな上目遣いしたって許しませんからね!」

 

 これが磯風の厄介な部分だった。

 別に悪気があるわけではない。本人は至って真面目に、嫌がらせする意図もなく純粋にカレーを特徴あるものにしたいだけなのだ。

 

 更に上目遣いである。

 邪気の感じられない瞳で、しかも明らかに断られないか不安と言わんばかりの顔でそんなことをされれば、厨房を借りている立場上責任がある比叡であっても、流石に御召艦としての記憶からくる矜持が揺らぎそうになる。流石に譲れないが。

 

(……助けないと)

 

 ガラス越しに覗くのをやめて、入り口のドアに足を向けて数歩歩き、そして躊躇うように止まった。

 

 ここに来て雪風は迷った。自分にそんな資格はあるのかと。艦だった頃、彼女を見捨ててそこから逃げ出した自分に。

 その迷いは、南方での大規模作戦でショートランドに滞在してから比叡を避けるように過ごしすてきたことにも表れていた。艦娘として顕現して随分になるはずなのに、雪風はそれを引きずり続けていた。

 

 

「何してるのさ」

 

「っ!? ……時雨ちゃん」

 

 声を掛けられ、振り向くとそこにいたのは佐世保第1鎮守府所属で十傑第10位の立場にある駆逐艦娘──時雨が立っていた。

 

 

「あ、あの。雪風は……」

 

「比叡を助けるよ」

 

 雪風の手を掴み、食堂の入り口に引っ張っていく。

 

 

「え、ちょっ、時雨ちゃ」

 

 その行動に雪風が思わず顔を赤らめるが、時雨はそのままドアに手をかけ、開け放った。

 

 次の瞬間、形容しがたい強烈な悪臭が鼻に入った。即座に鼻と口元を覆うがこれはキツい。時雨も顔をしかめる。

 

 

「──む? 時雨、それに雪風か」

 

「時雨ちゃん、雪風ちゃんも! 少し待っててください、今取り込んでて……」

 

「磯風? 比叡が困ってるよ、そのくらいで止めておきなよ」

 

 流石に時雨は繋いだ雪風の手のひらを握る力をそっ、と強くした。

 

 時雨と対面した時点で、雪風は手先を震わせていた。理由は時雨にも解っている。軍艦だった頃の比叡の最期に、雪風を指揮下に置いた司令駆逐艦として時雨もそこに居たのだ。

 当時の高官同士が意見を対立させ、その間に時雨を旗艦とする駆逐隊は、戦況の変化によってその海域からの退避を余儀無くされた。その後、戻ってきた頃には比叡は海に没していた。

 比叡を置き去りに見捨てた事が雪風にとって負い目なら、その責任の一端は自分にもある。それが時雨の考えだった。

 

 わざわざ手を握ってまでここまで引っ張ってきたのは、感情の上書きによる心理的効果を狙ったからでもある。その甲斐はあったようで、雪風は表情を強張らせながらも確かな声音で言った。

 

 

「磯風ちゃん、大人しく席で座りましょう。比叡さんの邪魔になります」

 

「ゆ、雪風姉さんまで。私はただ、変わり映えのないカレーを特徴的なものにしようとだな」

 

「その必要はありません!」

 

 今度は力強く叫んだ。時雨は雪風が気付かない間に繋いでいた手を離している。迷いの感情より比叡を助けたい感情が上回った。この場で時雨が支える心配はないだろう。

 

 それに、磯風を止めるのは自分達だけではない。

 

 

「良く言ったわ。後は任せなさい」

 

「! 霞ちゃん。霰ちゃんまで」

 

「ん。霰達も、手伝う……」

 

 現れたのは雪風と同じ舞鶴第1鎮守府所属の朝潮型駆逐艦で第十八駆逐隊の霞、霰だった。

 

 

「うちらもおるよ。……こりゃぁ、磯風ぇ! なにやっとるんじゃ!」

 

「谷風さんも居るよ? ちょっと止めるのを手伝うかねぇ」

 

「浜風も……」

 

 続いて現れたのは同鎮守府の陽炎型駆逐艦、浦風達第十七駆逐隊だった。磯風を見ないので、念のため食堂まで様子を見に来たのだろう。

 

 

「ワタシもいマース!」

 

「お待たせっぽい!」

 

「私もいますよ~」

 

 更に金剛、夕立と綾波が駆け付けた。この分だと、騒ぎを聞き付けて食堂に来る人間や艦娘が増えるかもしれない。そろそろ決着をつける必要がある。

 

 

「騒がしいと思ったら、こんなことになってたのね」

 

「! 初風ちゃん!」

 

 雪風と同じ第十六駆逐隊の初風までやって来た。元は雪風に席取りを頼んでいたので、入渠が終わって食堂に来たら現場に遭遇したのだろう。食堂の状況を見て呆れた表情だった。

 

 

「埃が立つといけないし、手短に終わらせるわ。……誰か、磯風から産業廃棄物を取り上げなさい! あとは私が取り押さえるわ」

 

「合点、谷風さんに任せな! 浦風、浜風も手伝ってくれ」

 

 初風に応えた谷風達が動き出す。

 

 

「さ、早いとこ磯風を取り押さえましょ。手伝って、ユキ」

 

「僕も手伝うよ。行こう、雪風」

 

 初風と時雨はそう言って、雪風の背中を押した。その背に緊張による震えはなかった。

 

 もう、比叡に対する後ろめたい感情は雪風にはなかった。それより今は、今度こそ比叡を助ける為に一歩を踏み出した。

 

 

「はい! 比叡さんをお助けします!」

 

 雪風は力強く応え、初風と時雨の後に続いた。

 

 

 

         ◇◇◇

 

 その後、磯風は初風の手によって鎮圧された。

 

 姉の一人である不知火から護身用に格闘技を習っていたらしく、初風曰くこれで雪風を守ってほしいと頼まれていたからとのこと。それでも磯風が反応するより早く下顎を殴って気絶させたので、周りの艦娘達から感心の声が上がっていた。

 

 磯風は鎮圧後、浦風達第十七駆逐隊に連行されていったため食堂にはいない。

 

 

「いやー、助かりました。流石ですね初風ちゃん! 食堂ってことで配慮して、埃を大して舞わせることなく鎮圧するなんて! 凄いですっ」

 

「大したことはしてないわよ。時雨とユキが磯風を下手に避けさせないように牽制してくれたからね、私もやり易くて助かったわ」

 

 初風は比叡からの称賛に素っ気なく返すが、実際のところ、下手に抵抗できない間に一瞬で気絶させるのは誰にでもできることではないだろう。

 初風の言う通り、時雨と雪風で逃げ道を塞いで牽制はしていた。だがそれ以上に、初風の技術が並外れていたのは確かだった。

 

 

「時雨ちゃん、雪風ちゃんも。お陰で助かりました」

 

「この結果、僕の力なんて些細なものさ。雪風が前に一歩踏み出したから、僕は背中を押しただけだよ」

 

「……雪風は、別にそんな」

 

 時雨はあくまで雪風の頑張りを強調するが、雪風はそれに肯定はせず、俯いた。

 

 食堂に突入する際には時雨が気を紛らせてくれたが、改めて比叡と対面して雪風は、またしても緊張で体を震わせていた。

 

 

「…………まだ、あの頃のことを気にしてるんですね」

 

「──っ」

 

 不意を打つような比叡の言葉で、心臓が一拍強く跳ねる。

 

 

「やっぱり、そうなんですね」

 

「雪風は、私はその」

 

 図星だった。あの時代から半世紀が過ぎた頃に、自分は真霊(・・)の艦娘として建造で顕現した。それからだって15年近く経つのに、雪風は軍艦だった頃の記憶に折り合いを付けられずにいた。

 

 特に比叡に関してはそうだった。当時の上層部で意見が対立して、結果的に見捨てる形になった。その時の記憶は、比叡に対する負い目として雪風を縛り付けている。

 

 

「雪風ちゃん」

 

「……え?」

 

 いつの間にか比叡が目前まで近付き、気付けば雪風は抱き締められていた。

 

 

「雪風ちゃん。私は貴女のことを恨んでなんかいません。だから、雪風ちゃんがそれを負い目に感じる必要なんてないんですよ」

 

「……でも」

 

 比叡はそう言ってくれても、簡単には割り切れない。

 

 今更、どの面下げて比叡の傍に居られると言うのか。比叡の近くで笑っていられる資格などあるのか。そんな自責から今まで彼女を避けるようにしてきたのに、今から過去の出来事を無かったことになど出来ない。そんなことは雪風が他ならない自身に対して許容できないことだった。

 

 そんな葛藤する雪風を見かねて、初風が口を開いた。

 

 

「ユキ。いい加減好きにしてみたら?」

 

「……好きにって」

 

「ちょっとくらい我が儘言っても良いじゃない。私はそれで良いと思うし、そう思うのは私だけじゃないわよ」

 

 初風は周囲を見渡しながら言う。今いる食堂では、雪風を気遣うように多くの視線が向けられていた。

 

 金剛は不敵な笑みを浮かべたままに見ている。何も心配していない、大丈夫だと言わんばかりに。

 夕立、綾波はただじっと見つめている。これからする選択を見届けようとするように。

 霞は呆れたような顔をしながらも、どうするの?と言いたげな目だった。霰は普段通りの無表情だ。だが視線だけは確固たる意思を感じさせた。

 時雨が見ていた。雪風がどうするかを疑っていない、確信した穏やかな表情だった。

 

 

「もう、良いんですよ。あの時代、あの戦争は終わったんです。過去は消えないけど、それに縛られる必要なんてありませんから」

 

「……雪風は」

 

 比叡の言葉で限界を迎えたかのように、目尻から涙を一筋流しながら、感情を堪えるように震えた声で訊いた。

 

 

「雪風は、今まで悔やんできましたっ。比叡さんを置き去りにした事を、艦娘になってからもずっと……っ!」

 

「それを言ったら、当時の司令駆逐艦は僕だよ。責任を問われるべきだとしたら、責められる立場にあるのは僕しかいない」

 

「寧ろ、そうやって避け続けるのは比叡さんに悲しまれるだけよ」

 

「そうですよ。今まで避けられつづけて私、そのたびに傷付いたんですからね」

 

 時雨は責任の所在を明らかにして、初風が雪風の行動による影響について言うと、比叡もそれを肯定しながら本気とは感じさせない口調で言った。

 

 

「ご、ごめんなさ」

 

「ああ、謝らないでください。今は、謝るより吐き出して。もう我慢しないでください」

 

 比叡はより強く雪風を抱き締める。衣服越しに伝わる温もりが一層強まると、我慢など出来そうにはなかった。

 それまで溜め込んでいた分が全て溢れだしたかのように大粒の涙はポロポロと流れ落ち、比叡の胸に顔を埋めてひたすら泣き続けた。

 

 

 

「そろそろ落ち着けましたか?」

 

 雪風が泣き止んだのは数十分経った後だった。流し続ける涙をそれまでの感情と共に受け止め、落ち着けるまであやし続けていた。

 

 

「はい、比叡さん。ご迷惑おかけしました」

 

「迷惑だなんて思っていませんよ。やっと雪風ちゃんが素直になってくれましたから、それで安心したくらいです」

 

 泣き続けた為かまだ少し顔が赤いようだったが、先程までとは雰囲気が異なっていた。憑き物が取れたようなスッキリした表情だと比叡にも感じられ、心底から安堵する。

 

 

「さて、これ以上遅くならないように夕食の支度を済ませないと。すぐ用意しますね」

 

「私も手伝うわよ。霰は席取ってなさい」

 

「……ん」

 

 霞が霰にそう告げて厨房へと歩いていった。

 

 

「なら、綾波もお手伝いしますね」

 

「ごっはんー、ごっはんー♪」

 

 上機嫌な様子の夕立を席につかせ、綾波も率先して厨房に向かった。

 

 

「それじゃ、僕達も手伝おうか」

 

「そうね。いい加減、急いで用意しないと食べ盛りな連中からクレームが来そうだし。早いとこ終わらせましょ」

 

 比叡を手伝おうと時雨、初風も動き始めた。陽炎型の七女は肩越しに雪風を見る。

 

 

「ユキも手伝って。お腹空いたなら準備は早めに終わる方がいいでしょ」

 

「……はい!」

 

 少し前までとは一転して、雪風は曇りのない笑顔で返事をした。

 

 ────絶対、大丈夫!

 

 心のなかでそう信じて、前へと足を運んでいった。




今回はむらくもさんの改装に関わる導入、または雪風さんがトラウマを一つ乗り越える内容となりました。

~次回予告~

トラウマを一つ乗り越え、1歩前進した雪風。むらくもが改装のために前提任務をこなすため、それに誘われて臨時編成の艦隊に誘われる。その構成は奇しくも、大半がかつての坊ノ岬沖海戦と同じメンバーの第二艦隊だった。

むらくも「お前のような戦艦が居るか」

護衛艦むらくもが戦没した海で、あらゆる艦種を超越した深海棲艦と遭遇する。

次回、第13話 第二艦隊


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第13話 第2艦隊①

一年近くぶりに更新した本編作品よりやや遅れて今作も漸く更新です。大変お待たせしました。

お待たせしたついでに申し訳ありませんが、今回は長くなりそうなので分割します。執筆はなるべく急ぎます。


『前衛旗艦矢矧より雪風、電探で敵影は捉えているかしら』

 

「むらくもさんが何度か潜水艦を捕捉、撃沈しましたが電探に反応はありません!」

 

 離れた海面を航行する軽巡洋艦矢矧と、僕の五メートル後方で航行する雪風が隊内無線でやり取りする。

 僕はと言えば、アクティブソナーを起動させた状態で反射してくる音響に耳を澄ましていた。

 

 一般にソナーと言っても大きく分けて二種類の系統がある。

 自艦から音波を発信して、捜索対象から反射した音波を受信して包囲や距離を割り出すアクティブソナー。目標が立てる音を探知するパッシブソナーだ。

 前者はむらくものようなDD K(対潜護衛艦)を始め、第二次・第三次防衛整備計画以降の自衛艦に装備され始めた艦首のソナードームにある。

 後者はむらくもには搭載されなかったが、後に対潜戦がパッシブを中心とするようになってからは後発の護衛艦に装備されるようになった。

 

 それで僕が今やっているのは、二種類のアクティブソナーによる索敵とD A S H(無人対潜ヘリ)を使用しての潜水艦の掃討だ。

 艦首のバウソナーからアクティブソナー(66式音波探信儀)を発振して前方に有効距離約15000ヤード(約14㎞)を、艦尾の可変深度ソナー(SQS-35J)で後方に約11㎞まで走査して敵潜水艦の位置を特定。

 むらくもに搭載されている水中射撃指揮装置(SFCS-3)による統制で二機のDASHを遠隔操作、捕捉した敵潜水艦の地点まで飛行させてMK-43短魚雷を投下して撃沈。遠距離まではこれで対応していた。

 ソナーによる索敵を掻い潜って近接してくる潜水艦もいたけど、それは73式短魚雷と71式ボフォースロケットランチャーで対応した。雷撃されたら73式で迎撃、ボフォースで撃沈と言う具合だね。

 

 

『そう、了解したわ。改めて思うけど、流石はむらくもね』

 

「はい! むらくもさんは頼りになります!」

 

 うん。確かにむらくもは頼りになるよ?

 

 必要があったら体のハブを交代して活動してくれるし、白雪の座学と併せて海上自衛隊についてあれこれ教えてくれたりと、普段から勉強させてもらってるからね。

 

 でもさ? むらくもの状態のままハブを渡さなくてもいいじゃない?

 

 昨日のうちに特務運用群の艦艇の4隻中2隻での見学を終えて、それから明石と一緒に改装の話を橿原司令官の所まで持っていったら、同じタイミングで上層部からむらくもに関連する任務が通達されていた。

 取り敢えず任務を順調に消化していったんだけど、報酬はすぐには受領できず、統合司令部まで受け取りにいかないといけないらしい。そこは追々、橿原司令官も一緒に本土まで出向することになった。

 

 そこからは夕飯の時間も忘れて明石と話し込んで、様子を見に来た白雪に叱られてから、むらくもはハブを渡してきたんだよ。

 むらくも曰く、『たまには私になりきって過ごすのも良いだろう?』とのこと。僕は演技が特別上手い訳じゃないんだから、勘弁してほしいよ。

 因みに、白雪は僕が表に出てきた直後に見る目を変えてきた。やっぱり見ただけで分かるらしい。意味深げな笑みを向けてくるので、いつボロを出すか楽しみに待っているんだろう。そう簡単に思い通りにはしないからね?

 

 それで今こうして海上で潜水艦狩り何てしてるのは、後続の任務が出撃だったからなんだよね。

 タイトルは《護衛艦『むらくも』、出撃せよ!》で、ゲームで言えば特定の艦を指定する出撃系の単発任務だと思う。概要はサーモン海域北方に出撃、敵水上打撃部隊を撃破すると言うもの。

 

 今朝がたこの任務を知らされ、橿原司令官が泊地にいる暇な艦娘を集めたんだけど、それが意外な組み合わせだった。

 戦艦は薩摩、大和。軽巡洋艦は矢矧。駆逐艦は白雪、初霜、霞、雪風、浜風、磯風。むらくもを含む一部を除けば、坊ノ岬組+αって言う感じかな。

 坊ノ岬沖海戦と違う点があるとすれば、薩摩と白雪と言う絶対的エースが艦隊に編入していると言うこと。先日の大規模作戦でも見たけどこの二人は別格。

 片や国防海軍統合司令部直属の特務艦隊旗艦で最強クラスの艦娘、片やその候補者である十傑第4位。2013年秋イベまでの時点で登場した深海棲艦なら、負けることはまずない。

 

 

『随伴より本隊旗艦、こちら薩摩。ヌ級が艦載機を発艦させようとしていたから、先手を打って沈めておいたわ』

 

『こちら大和、了解しました。引き続き、遊撃行動を願います』

 

『白雪より戦果報告。リ級が中心の巡洋艦隊を撃破しました。索敵を継続します』

 

 その頼もしい2名の艦娘は無線で敵艦を撃破した旨の連絡をしてきた。今も現在進行形で索敵、発見次第撃沈しているんだろう。水上戦闘で強力に支援してくれてるんだ、対潜戦闘で下手を打たないように気を付けないと。

 

 

「──ん? 妙だな」

 

「どうしたんですか、むらくもさん?」

 

「……DASH二番機のシグナルがロストした。故障の可能性もあるが」

 

 ソナーの捜索範囲内のギリギリを飛行させていたんだけど、唐突に飛行中のDASHの信号が途絶した。海上自衛隊で運用した当時でも故障による墜落は珍しいことではなかったけど、これは何かが違うように感じる。

 

 

「──むらくもより旗艦へ。DASH二番機の信号が途絶した。故障の可能性はあるが、念のため誰か確認して貰いたい」

 

『それなら私が往くわ。無人機を落としたのが何者か気になるし、実力を考慮すれば一番安心よ』

 

 無線で要請してみると、薩摩が名乗りを挙げた。確かに、彼女ならそうそうやられる危険はなさそうだ。

 

 

『分かりました。薩摩にお任せします。むらくもの誘導に従い、当該地点へ移動願います』

 

『了解。じゃ、ちょっと見てくるわ。また後で連絡するわね』

 

 大和からゴーが出ると薩摩はそう言って通信を切る。

 その直前の台詞はまるでコンビニまで行ってくると言うような気軽さで、それだけで大丈夫だという気にさせられた。

 

 

 

         ◇◇◇

 

「さて、むらくもの指示した通りならこの辺りのハズだけれど」

 

 大和達後進の艦娘達に絶対の自信を覗かせてから少し経ち、艦隊より先行して薩摩は索敵を実施していた。

 今のところ敵影はない。むらくもの無人哨戒機を残骸だけでも発見できれば最低限の役目は果たせるはずだが、未だそれも発見できていない。

 

 

(それにしても、この辺りは随分海底が汚くなったのね。綺麗な海だったのに)

 

 時折、足元を見下ろしていた薩摩は内心で呟いた。

 

 当時は艦だったが、薩摩は第一次大戦でもこの海に来たことがある。

 本来、サーモン諸島の海は澄んでいた。海底までの水深は浅いため太陽の光が届きやすく、コバルトブルーの海水は海中の景色を眺めることが出来るほどに透明性があるはずだった。

 

 今や、サーモン諸島の海底は人類と深海棲艦双方の船舶や艤装の残骸などで埋め尽くされていた。

 26年前の深海大戦初期に人類がまだ艦娘と邂逅していなかった頃、米海軍インド大平洋艦隊を中心に集結した多国籍軍が深海棲艦に挑んだ『大海戦』と呼ばれる戦い。そして、先月と合わせて行われた二つの南方での大規模作戦。

 それらの人類と深海棲艦による戦闘で、かつてのような珊瑚礁を眺められそうな程に澄みきった透明感は、既にこの海からは失われていたのだった。尤も、大平洋戦争当時でも更に多くの艦船が沈んだのだが。

 

 

「任務でなければ船上でゆっくり眺めてはいたいけれど──! 回避っ」

 

 迫る攻撃の気配を察知し、その場から飛び退く。

 飛び退いた海面に波紋を作り、そこを白い航跡が通過していった。間違いなく雷跡だった。

 

 

「挨拶代わりに雷撃とは──!」

 

 少し離れた海面に着水し、そこから爆発的な加速で更に跳躍する。

 

 

「これを放ったヤツが、DASH二番機を撃墜したと見て間違いないわね!」

 

 雷跡を辿って突き進む。狙うは雷撃を放った敵艦、その撃破による艦隊の安全確保だ。

 

 

 

         ◇◇◇

 

『薩摩から平文ですが通信が来ました。敵と交戦したようです。全艦、第四警戒航行序列で戦闘隊形に移行してください』

 

「こちら前路掃討隊雪風、了解しました! 行きましょう、むらくもさん!」

 

「了解した」

 

 雪風の誘導で針路を修正、他の艦娘との合流に向かう。

 

 流石の練度と言うべきか、艦隊はすぐに集結した。

 

 僕と雪風が先鋒なのは変わらず、ここに初霜が加わり三隻態勢で前方への警戒に当たる。

 その後方を矢矧、浜風が航行して、以上が前衛艦隊の編成になる。

 

 更にその後方から大和、磯風、霞、白雪の順で本隊が航行している。隊列から離れて戦闘中の薩摩を除けば、これが今回の任務に参加した艦娘の全てだった。

 

 

「初霜ちゃん。むらくもさんは対潜警戒中で対水上戦闘は難しいので、援護お願いしますね」

 

「良いわよ。潜水艦以外の標的は、こちらで引き受けるわ」

 

「……すまないが、よろしく頼む」

 

 対潜護衛艦であるむらくもを含んだみねぐも型には、DASHを運用しながら主砲までFCSでの統制は出来ないことが弱点だった。

 

 だからこそ必然的に僚艦との連携が要となってくるので、援護してくれるのはありがたい。ある意味、当時の海上自衛隊が描いた二種類の護衛艦の運用構想と同じだと言えるし。

 

 

「こちらこそ宜しく。貴女の対潜戦闘能力は既に見させてもらったし、アテにさせて貰うわ」

 

 初霜が期待を込めた言葉を掛けてくる。その内容自体は素直に嬉しいし別に良いんだけども。

 

 

『闇が深そうな瞳をしてるわね』

 

『何人か殺ってそうには感じるな』

 

 それなんだよなぁ。

 

 今見せている表情も緊張感を保ったもので凛とした面持ちなんだけど、瞳はハイライトが灯っていない。過去に何があったかは分からないけど、味方である以上は不審な言動は慎まないといけない。

 

 

「──むらくも? 何か気になることでもあるかしら?」

 

「……何でもないぞ」

 

 危ない危ない。山城と言い、白雪と言い、今回の初霜と言い。勘が鋭い艦娘多すぎじゃないかな?

 

 いや、これは女の勘とでも言うべきか。何にせよ、不用意に何か考え込むのは控えるべきかな。

 

 

『──旗艦大和より各艦、薩摩からの連絡がありました。敵艦の識別が出来たとのことです』

 

 そんなことを考えてる間に大和から無線で新たな一報が入る。

 

 

『こちら前衛旗艦矢矧、判明した敵艦は何だったの?』

 

『──イロハ級の戦艦、レ級です。連絡によれば、elite個体とのこと。各艦は、対空、対水上、対潜警戒を厳として下さい』

 

 矢矧からの問いに対して、大和が一番聞きたくない情報を伝えてきた。

 

 僕の前世でも、原作では駆け出しの提督には荷が勝ちすぎるほどに凶悪な性能を持ち、それが5-5(サーモン海域北方)の道中の難敵、または海域BOSSの南方棲戦姫の随伴として待ち構えていた。

 どれくらいヤバいかと言えば、開幕は航空爆撃と先制雷撃のダブルパンチを繰り出し、護衛駆逐艦並の対潜能力を併せ持った並の姫・鬼級を凌駕する性能だと言えば、ある程度やり込んだ提督諸氏に伝わるはずだ。レ級eliteとは、それほどに厄介すぎる相手だった。

 

 だけど、薩摩ならあるいは……ん? この反応は

 

 

「こちら前衛むらくも、バウソナーが水中の影を捉えた。艦隊より10時の方角、距離約8キロ。深度はやや浅いようだ」

 

『こちら大和。そちらで撃沈できますか?』

 

「やってみよう」

 

 反応があった地点までSFCS-3の誘導でDASH一番機を移動させる。それに意識を集中するところで、あることを思い付いた。

 

 

「前路掃討隊むらくもより旗艦大和へ意見具申したい」

 

『こちら大和。何ですか?』

 

「DASH一番機が墜落することのないよう高度を逐一確認したい。零式水観による観測を要請する」

 

『了解。飛行中のDASH一番機の現在位置をお願いします』

 

 無線でDASH一番機の現在位置を教えた。それから少し経ってから、アクティブソナーで海中を走査しながら大和の零式水観から送られてくる海面までの高度等の情報を確認しつつ、目的の地点まで移動させていく。

 

 

「──む、これは」

 

「どうしたんですか?」

 

 こちらの呟きに初霜が訊いてきた。

 

 

「水上レーダーに感、反応多数が接近中だ」

 

 展開した立体ディスプレイには高速で接近してくる反応が表示されていた。

 

 

「敵の艦隊ですか!?」

 

「敵襲には違いないだろうが、反応が小さい。恐らく飛翔体、艦載機だろうな」

 

 大方、超低空飛行で接近しているんだろう。だから対空捜索レーダー(OPS-11 B型)ではなく、対水上捜索レーダー(OPS-17)で捕捉した。

 敵攻撃隊の編成は解らないが、こちらに航空戦力はない。雷爆連合である可能性が高そうだ。

 

 

「前路掃討隊むらくもより前衛旗艦矢矧。接近する飛翔体は敵の雷爆連合である可能性がある、迎撃の許可を願う」

 

『こちら前衛旗艦矢矧。敵攻撃隊への迎撃を許可します』

 

「了解した。──雪風」

 

 雪風の方を振り返ると、頷いてから叫んだ。

 

 

「これより前路掃討隊は、防空戦闘に移ります! 対空警戒!」

 

 雪風と初霜がそれぞれ主砲や対空火器を構え、僕も76mm連装速射砲(68式3inch連装速射砲)を敵攻撃隊が来る方角へと向け、砲に内蔵されたMk-63 GFCS(砲射撃指揮装置)を稼働させる。

 今はDASHの誘導のためFCSが使用できないから精度は落ちるけど、これだけでも敵機の撃墜には問題ないはずだ。




次回は薩摩さんとレ級eliteの対決となります。個人的に早く書きたかったので、筆は進むと思っています。


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第13話 第2艦隊②

秋刀魚と秋イベ同時開幕でトラック泊地サーバーが重すぎで頭にきました(怒)以下は前回のあらすじです。

~前回のあらすじ~

むらくもの改装のため、国防海軍統合司令部からの指令に従い関連任務をこなしていく橿原司令官。その大詰めとして出撃任務を受諾し、戦艦大和旗艦の第2艦隊でサーモン諸島海域に展開した。

むらくも(叢一)が敵潜水艦を数隻撃沈するなど対潜哨戒中、艦載機である無人機DASHが信号を途絶させたことに気付く。

それを敵艦によるものと想定して、同行していた戦艦薩摩が第2艦隊より分隊。会敵して交戦を開始、第2艦隊も戦闘隊形に移行して備えた。


 矢矧旗艦の前衛艦隊の前方を航行する、雪風を分隊指揮艦とする前路掃討隊が防空戦闘を開始した頃。

 

 

「──()ッ」

 

 艤装の一部である軍刀を閃かせては攻撃の悉くを切り落とし、時には艦載機を撃墜していく攻防が薩摩とレ級eliteの間で繰り広げられていた。

 

 

「嫌みな奴ね! 手数が多くてキリが無いじゃない!」

 

「──!」

 

 激しい戦闘機動をしながら予め練り上げたマナで艤装を強化し、レ級eliteに向けて斬撃波を放った。

 

 

(やっぱり、この程度では大したダメージにはならないか)

 

 それなりに本気で練り上げたマナによる斬撃波だったが、レ級のelite個体となれば装甲も強固らしい。

 

 加えて、レ級はあらゆる攻撃能力を保有している。

 戦艦としての砲撃力は勿論、重雷装巡洋艦並の雷撃力、正規空母並の艦載機運用能力。その攻撃手段の多彩さ故に、日本最強の艦娘と呼ばれる薩摩をして拮抗した状況を強いられていた。

 

 

「──こちら薩摩! 旗艦大和、応答して!」

 

『大和です。そちらの状況は?』

 

「レ級が思ったより手数多くて少し困ってる! そちらから白雪を分隊して此方に寄越せないかしら!?」

 

『申し訳無いですが、難しいですね。本隊と前衛艦隊は現在、敵艦隊と交戦中です。敵の主力は通常個体のレ級とヲ級flagship、後は随伴です』

 

 予想していない展開に薩摩は舌打ちした。

 

 強化されていないとは言えレ級には違いない。あの何でもありな性能と同時に敵の機動部隊が相手ともなれば、空母もいない本隊と前衛艦隊から白雪を引き抜くのは愚策だ。

 

 

「なら、むらくもでも良いわ。前路掃討隊を此方に寄越しなさい!」

 

『師範、流石にあの娘達が抜けると私も厳しくなるんですが』

 

「貴女は“準戦略級”よ、白雪。駆逐艦娘2隻分が抜けた穴くらい、充分カバーできるはずよ!」

 

 艦娘の戦闘力を表す等級は下から順に戦術級、戦略級候補、準戦略級、戦略級の四つが存在する。

 

 戦術級は文字通り戦場におけるユニット単位までの戦力や要素しか持たない艦娘を指す。

 戦略級候補は特定の条件を満たした艦娘が到達できる等級。

 準戦略級は戦術レベルとしては最強を誇る艦娘で、更にその上の戦略級は軍事戦略を左右し得る能力を持つことで認定される。

 

 爆弾で分かりやすく例えるなら、戦術級が戦闘機や爆撃機に積める爆弾、戦略級候補が米軍のM O A Bのような世界最大の通常爆弾、準戦略級が戦術核、戦略級なら戦略核と言ったところだろう。

 駆逐艦娘である白雪で核兵器並の実力と言えるため、薩摩の指摘は間違っていない。今回の臨時編成の艦隊では大和と矢矧、むらくも(と共生関係にある叢一と叢雲)以外は既にその実力を知っているので説得力はあるだろう。

 

 

『……了解しました。少し面倒ですが、引き受けましょう』

 

「聞き分けてくれて何より。大和! むらくもとその護衛をこっちに回して!」

 

『良いでしょう、白雪の力を信じます。むらくもと、護衛には雪風さんに随伴してもらいます』

 

「到着までレ級を押さえるわ」

 

 交信を終了し、改めて目の前の敵艦に意識を集中する。

 

 

「さて、まだまだ遊んであげるわよ」

 

 

 

         ◇◇◇

 

「ここからは本気を出しますか」

 

 既に激しい防戦を繰り広げる艦隊の最後方で、海面すれすれに接近してくる雷撃機を振り向きもせず撃ち落としながら、仕方ないと言った様子で呟いた。

 

 

「先ずはむらくもさんと雪風ちゃんの離脱支援ですね。ここで消耗して貰うわけにも行きませんし」

 

 どちらも実力にはまだ不安がある。

 

 雪風は素質こそ驚異的なものがあるものの、一皮剥けるには今一つ足りない。今後に期待するしかないだろう。

 

 むらくもは顕現したばかりなので論外だ。

 武装こそ既存の駆逐艦娘と比較しても先進的で高性能だが、本人の練度が伴っていないため未熟だった。

 加えて、改装もしていない。未改造の艦娘は高難度海域では実戦に堪えられないのが常である。彼女の装備が生かし続けている様なものだ。

 

 

「ここは、“導眼”とマナ操作を全力で行使しましょう」

 

 宣言すると、白雪の全身から金色の光の奔流が溢れ始めた。それは渦を巻くようにして、やがてそれは収まると白雪の体を同色の膜が覆っていた。

 変化はそれだけに留まらない。本来なら髪と同じ茶色の瞳に蒼い光を灯らせ、全身を包む金色の膜のなかでも一際強く輝いていた。

 

 

「往きます」

 

 海面を力強く踏み込むと、衝撃波を伴ってその場から跳躍した。艦隊の最後尾から霞、磯風、大和の順で瞬く間に追い越しながら突進していく。

 

 

「本隊の白雪より前衛旗艦、前路掃討隊の進路を開くため遊撃に移ります。以後、連携は考慮しないよう願います」

 

『了解したわ』

 

 矢矧からはすぐに応答があった。彼女には白雪の実力の一端を見せているため、それを認識した上で任せてくれるらしい。

 

 

「感謝します。では始めましょう」

 

 両手に携えた専用の連装主砲を構える。

 前方では大和からの指示でむらくもと雪風が離脱を図るため、敵編隊と交戦しながら艦隊から離れようとしているところだった。

 だが、当然だが敵も勝手を許してはくれないようだ。雷爆連合による空襲とレ級の遠隔雷撃を受けている。何とか凌いでいるが、これ以上は消耗する恐れがある。

 

 

「主砲で弾幕を張ります」

 

 右手の連装主砲の一門から、続いて左手の連装主砲からも一門だけを発砲する。

 撃ち放った砲弾は砲口から金色の軌跡を描きながら、吸い込まれるように射線上の敵機に直撃した。そこで終わりではない。敵機に直撃した勢いそのままに貫通すると、更にその先の敵機にも直撃する。

 そんな現象が二つの射線で同時に発生したからか、敵編隊の動揺を示すように陣形が乱れた。

 

 その隙を逃さず、二度目の跳躍でむらくもの目前へと辿り着き、旧海上自衛隊仕様のセーラー服を掴んだ。

 

 

「し、白雪……っ?」

 

「白雪さん……!?」

 

 いきなりセーラー服を掴まれたむらくもは、これには動揺を禁じ得ないようだ。そんな彼女(かれ)の様子を無視して白雪は次の動作に移る。

 

 

「何も怖がることはありませんよ? ちゃんと(師範の所まで)一気に(飛ばして)、逝かせてあげますから」

 

「ちょっと待て、それってどういう意味──だああぁぁぁ……!!」

 

 水平線の向こう側目掛けて思い切り投擲した。むらくもの叫び声が徐々に遠ざかりやがて聴こえなくなると、次は雪風のセーラー服を掴む。

 

 

「えっ! 私もですか!?」

 

「はい。この方が早いし捕捉される心配もなくなります。泊地に帰還したら(戦略級候補にするため)、徹夜でお手入れしてあげますね。大丈夫、(艦体艤装出せるようになるだけなので)怖くないですから」

 

 二度目の容赦ない投擲。何やら誤解されていそうな様子だったが、すぐにそんな余裕もなくなるだろう。

 

 

「……日本語って難しいですよね?」

 

 クスリ、と笑みを溢しながら嘯く。

 艤装の恩恵を受ける艦娘であっても通常ならあり得ない剛力で投げ飛ばしはしたが、薩摩の目前に届くようにしたので受け止めてくれるだろう。

 

 そんな事を考える白雪に、少し離れた海面で対空射撃中の初霜が視線を向けながら。

 

 

「何やってるのよ……」

 

 防空戦闘の合間に息継ぎするついでに、溜め息を吐きながら呆れた表情で呟いていた。

 

 

 

         ◇◇◇

 

 同じ頃、未だレ級eliteと拮抗状態で戦闘を継続していた薩摩もまた、急速に接近する存在を感じ取っていた。

 

 

「そう来ると思っていたわよ!!」

 

 レ級eliteを牽制するため主砲による砲撃、喫水線下の魚雷発射管から空気魚雷を掴み取って投擲する。その直後に予想される着水地点を目指して駆け出した。

 

 間もなくすると、視線の先にある水平線の向こうから放物線を描いて翔んでくる艦娘が見えた。

 

 

「自分以外のマナを操作するなんて、あんまり気が進まないけど!」

 

 片足を振り上げ、海面に叩きつける勢いで振り下ろす。

 

 ここでマナ操作とは何なのかを簡単に説明しておこう。

 まず最初に、マナとは世界の万物に宿る超自然的エネルギーを指す。人間を含めた動物、或いは植物などの生命体等が特に保有しているが、鉱物のような無機物にもそれは備わっている。

 つまりマナ操作とは、その名前の通り物体に備わるマナをコントロールする技術の事だ。とは言え基本的に自分以外のマナに干渉するのは難易度が高く、先程も白雪が見せたように自身のマナを操作し、戦闘能力を強化するのが薩摩道場の艦娘には一般的だった。

 

 これから薩摩が行うのは前者であり、特に高難易度な“海のマナに干渉して形状を変化させる”というものだ。

 これだけ聞けば魔法のようにも感じられるが、マナ操作はどこまでも万能というわけではない。習得には特定の才能が必須であり、そうでないものは絶対にマナ操作を習得できない。

 その才能を持っているとしても、自然と心を通わせ、自身を客観的に見れなければ身体強化すら儘ならない。現状では、マナ操作を実戦で活躍するレベルまで習熟してるのは薩摩や白雪を含めて数人程度しかいないのだ。

 

 

「ちょっと痛いけど、我慢しなさい!」

 

 海面に勢い良く踵落としを叩き付け、水飛沫のカーテンを巻き上げる。それは幾重も連なって発生したまま、海面から水流を噴き上げた状態で固定された。即席のバリケードネット代わりだ。

 

 直後、二人の艦娘が高速で水のバリケードネット目掛けて突入してくる。

 

 

「うぶっ!?」

 

「ひゃう!?」

 

 むらくも、雪風の順で水のバリケードネットを直撃してすぐに薩摩が受け止める。

 幸い、白雪による投擲の勢いを削ぐことが出来たようで、二人ともそこまで外的損傷は見受けられない。それを見て薩摩は内心で胸を撫で下ろした。

 

 

「二人とも、大丈夫よね?」

 

「あぁ……」

 

「はい、何とか」

 

「それは何より。大変な目に遭ったばかりで悪いけど、仕事を頼まれてくれるかしら」

 

 むらくもと雪風が一呼吸整える間に、薩摩が必要な手順を説明していった。

 

 

「──了解した。エリレの甲標的モドキは私が引き受けよう。それが片付いたら防空戦闘だが、それまでしっかり守ってくれよ? 雪風」

 

「任せてください! 雪風は勿論、むらくもさんも、薩摩師範も沈みません!」

 

「心強い限りね。それじゃ、私はテンプレみたいに律儀に待ってくれてるエリレを倒してくるわね」

 

「「了解!」」

 

 そこからはむらくも達と分かれ、軍刀の柄を握り直してレ級eliteに向かっていった。

 

 

 

        ◇◇◇

 

 レ級eliteは太平洋に分布する深海棲艦のなかでも別格と言っていい程に強大である。同じイロハ級の戦艦であるル級やタ級は勿論、姫・鬼級でさえ下位の個体では相手にならない位には。

 

 実を言えば、この場にいるレ級eliteは人類と深海棲艦が開戦した頃から存在している歴戦個体でもあった(つまり、先の大規模作戦で討伐された戦艦棲姫と同じである)。

 

 以上の理由から、南方海域に分布する姫・鬼級の深海棲艦とも対等と言える地位を確立していたレ級eliteは、人類側のどの様な戦力に後れを取ることはないと確信していた。そのレ級は南方で確認されたイレギュラーな艦娘を確認するか、可能なら撃沈しようと進出してきた艦隊に挑んだ。

 

 

「ナゼダ、ナゼコンナ!?」

 

 レ級eliteが信じがたい光景を目の当たりにしたように、愕然とした表情で目の前の状況を眺めていた。

 

 発艦させた艦載機が、突如として流星のように戦場へと飛び込んできた二人組の艦娘によって叩き落とされる。

 特に、片方のイレギュラーな艦娘は主砲による射撃精度があまりにも正確だった。網で虫を捉えるかのように砲撃で絡め取っている。

 

 それ以前にも驚愕するような事象は起こっていた。展開した潜航艇がいの一番に撃沈されたからである。艦載機が急激に落とされ始めたのはそれからだった。

 

 

「──余所見厳禁よ」

 

 薩摩はレ級の動揺した隙を見過ごさない。不意を突く形でレ級を強襲する。

 

 

「!?」

 

 咄嗟に尻尾のような艤装で下段から振り上げられた軍刀を受け止めるが、踏み留まれず大きく吹き飛ばされる。

 

 むらくもがレ級の遠隔雷撃を無力化し、雪風と共に艦載機を相手取るようになってから薩摩は一度に対処する物量が大幅に減り、レ級elite相手に全力を発揮しやすくなっていた。

 

 

「何故、コンナ! 何故、海ガ!?」

 

 受け入れがたい現実を目の当たりにしたように動揺したレ級eliteが叫ぶ。

 

 現在、戦場となっている当海域の海面には黄金色の光の帯が浮かんでいた。それはサーモン諸島全域から薩摩へ収束するように動いており、その現象は薩摩に力を与えていた。

 

 

「この海は話せば分かるから助かるわ。汚染が酷い海ではこうも上手くいかないもの」

 

 レ級eliteとの戦闘中という土壇場であった為、上手くいってくれたことに胸を撫で下ろしていた。

 

 薩摩が現在進行形で行使しているのは、彼女が編み出してきたマナ操作の技術のなかでも特に難易度の高いもの、海と対話してマナを借り受ける為のイメージの発信だ。

 

 基本的には前述した《物体のマナに干渉する技術》の延長であり、海水のマナを通して行われる。

 

 

「何故、海が。そう言ったわね? 単純な話、騒ぎ過ぎだから静かにしてほしいみたいよ。私はそれに手を貸すからマナが借りられた」

 

 レ級eliteの疑問の声に答えると、それまで振るっていた軍刀を納める。

 

 直後、薩摩の目前の海面から黄金色の光の柱が飛び出した。

 

 

「誇ると良いわ。私がここまで本気を出したのは、過去に数度しかない。自然から力を借り受けて初めて出来る、戦略規模の一撃よ」

 

 光の柱を見上げながら、レ級eliteに薩摩なりの最大の賛辞を送る。腕を掲げ、勢い良く振り下ろした。

 

 

最大最後の一太刀(ウルティメイトブレイド)

 

 力ある言葉を呟き、圧倒的なエネルギーを解放した。高さ数百メートルにもなる巨大な光の剣が振り下ろされ、レ級eliteは光に飲み込まれた。

 




薩摩さんや白雪さんのは某地球の守護神の特撮怪獣映画とか、某魔導冒険譚の漫画とかがイメージとしては近いかもです(分かる人には分かる)。

あと、最近になって活動報告で各作品の進捗率や更新予定なんかをお知らせしていくにしました。今回の更新を含めて幾つか投稿してからそちらも更新します。


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第13話 第2艦隊③

 読者の皆様、明けましておめでとうございます(年明けて一ヶ月以上経ってようやく投稿)

 ~前回のあらすじ~

 出現したレ級eliteと交戦に入り、攻撃手段の多彩さと物量に予想よりも苦戦する薩摩。その状況を打開するため、むらくも(叢一)と雪風を現場に呼び寄せる。
 その援護の為、白雪が全力の状態を発揮して圧倒的な実力を見せつける。そのついでにむらくもと雪風を誤解を伴った状態で水平線の向こうまで投げ込んだ。
 それを見越した薩摩がマナ操作を駆使し、二人を回収して合流する。
 むらくも達前路掃討隊が手数を封じる事で薩摩に余裕が出来、奥の手と言うべき一撃を持って完全に消滅した。


 薩摩が繰り出した一撃は、周辺に天変地異に等しいほどの暴威を撒き散らす程に強烈で、その余波だけでも相当なものだった。

 

 レ級eliteに向けられた攻撃で生じた衝撃波は海面を叩き、隕石の落下によるそれを思わせる程の巨大な津波が発生した。

 

 同時に津波は僕と雪風を呑み込まんと押し寄せ、って暢気に解説している場合じゃない!

 

 

「雪風ェ!」

 

「解っています! 退避しましょう!」

 

 手早くむらくもの艤装に曳航索を取り付け、津波から逃れようと雪風は急発進した。僕も機関を一杯まで回し、推進力の足しにしようとする。

 

 

「くそっ、これでも足りないか!?」

 

 発生した津波から距離をとることはできた。ただ、海面は戦艦棲姫の砲撃が着水した場合とは比較にならない程に激しく波打ち、バランスを崩して転倒しそうになるのを何とか踏ん張って堪えるのがやっとだ。

 

 転倒して被害を被るのが僕ら(むらくも)だけですむならいいけど、今は雪風が曳航してくれているから転倒するわけにはいかない。今は雪風の邪魔をしないようにしないと……!?

 

 

「雪風!」

 

 前方を見ると付近の島の崖にでもぶつかったか、先程の津波が反復してきていた。全速で航行する雪風を強引に背後へ庇い、津波の第二波に対して身構える。雪風よりは凌波性に優れているはずだから、何とかして受け止める。

 

 

「──無茶はいけませんよ?」

 

「なっ……!?」

 

 真横から声がしたと思い視線を向けてみれば、そこには少し前に僕と雪風をここまで投擲した白雪が立っていた。

 

 迫り来る津波を見据えて、右足を海面から離し、

 

 

「止めます」

 

 勢い良く艤装靴を踏み込んだ。

 

 白雪の足元から黄金色の光が放射状に拡散する。眩いほどの光は津波に接触すると、防波堤で塞き止められたかのように水飛沫を派手に散らせた。

 

 有り得ない、津波ならかなりの物理エネルギーを伴っているのに、それを相殺した!?

 

 

「白雪、今のは」

 

「高密度のマナで壁を作っただけです。それより移動しますよ!」

 

 白雪はそう言うと僕と雪風のセーラー服を鷲掴みした。って、また投げる気なの!?

 

 

「白雪さん!?」

 

「跳びます!」

 

 雪風の悲鳴のような叫びにそれだけ答えた。その次に白雪の体から黄金色の光が溢れ、僕と雪風をも包み込む。

 

 直後、視界に映る景色がブレた。

 

 周囲の荒波を置き去りに、正面の空いている津波の間隙を縫って通り過ぎ、高速で動き続ける。

 

 

「──ここまで来れば大丈夫そうですね」

 

 浮遊感を伴う長距離の跳躍は、そんな白雪の言葉で終わりを告げた。て言うか、今のって……!?

 

 

「今の、薩摩と同じ跳躍じゃないのか!?」

 

「その通りですよ、むらくもさん。マナ操作を全力で行使したので、あれだけの高速で跳躍できたんです」

 

 「時間がないので、説明する余裕はありませんでした」等と白雪が言う。

 

 ……まだ実力は底が知れないけどもしかしたら、白雪は日本国防海軍の艦娘のなかでも最強に近いんじゃないのか。そう思わせるほどに、白雪の強さは薩摩のそれを彷彿とさせるほどに強大だった。

 

 ……それにしても、だよ。

 

 

「いきなり水平線の向こうに投げ飛ばすことないんじゃないか? 流石に死ぬかと思ったぞ」

 

「あ、あははは……」

 

 先程の投擲を思い出したのか、雪風も乾いた笑い声を漏らした。冗談抜きで寿命縮むかと思ったんだけど?

 

 

「何の考えも無しに無茶はしませんよ。こちらには薩摩師範が居ましたし、あの方なら受け止めてくれるだろうと言う確信がありましたから」

 

「悪びれもしないか。それでもやり方があるだろうに」

 

 今回の件で確定した。白雪はだいぶアグレッシブな性格だ、そうに違いないんだよ!

 

 

『気持ちは分かるけど落ち着きなさい?』

 

 憤慨していると叢雲が宥めてきた。

 落ち着いてられないよ! 男子高校生は多感なんだよ!

 

 

『いい加減、学生気分でいるのは辞めた方が良いわよ』

 

 ……うん。そう言われると確かにそうだね。

 前世では高2で自動車にはねられて死んじゃったし、今は駆逐艦娘叢雲の中の人みたいな状態だから。軍属だから確かに学生とは言えないよね。叢雲の言う通りだったよ。

 

 

「……あの、むらくもさん。どうかしましたか?」

 

「何でもないぞ雪風」

 

 急に黙り込んだので不審に感じたのか、雪風がおずおずと訊いてきたので慌てて取り繕う。流石に脳内で叢雲との会話に没頭しすぎたね。気を付けないと。

 

 

「安心してください、むらくもさん。あなたの身の安全は私が保証しますから。だって……」

 

 前置きするように言ってからこちらに歩み寄り、耳元まで顔を寄せてきた。

 

 

「あなたは将来、私の義弟(おとうと)君になって貰うんですから」

 

「……っ?」

 

 耳打ちする形で囁かれた言葉に、僕はただ困惑するしかなかった。

 

 将来は義弟になって貰う?

 今はこうして僕とむらくもが叢雲を世帯主とした形での共生関係にある。義弟と言うのだからそれは僕を指しているんだろうけど、その意図が何なのかは掴めない。

 

 

「なぁ、白雪。それって」

 

「そう言えば白雪さん、本隊は今はどうなってるんですか。確か、本隊と敵のレ級を迎撃しているはずでは?」

 

 白雪に発言の意味を問おうとしたところで、雪風にそれを遮られた。

 

 ただ、それは僕も気になっていた。

 こんな短時間でここまで来られたのは、先程のような跳躍を駆使したからだろうと推測はできる。だけど、大和達第2艦隊はその機動力に着いてこれる筈がない。

 

 

「本隊なら心配する必要はないですよ。レ級を含む、敵艦隊を壊乱状態にしてからこちらまで跳んできましたから」

 

「……私達を投げてから30分しか経っていないぞ。まさかレ級は」

 

「邪魔なので沈めてきました♪」

 

 イイ笑顔で何言ってるの(困惑)。

 

 白雪が今言った通りなら、30分足らずの内にイロハ級最強の戦艦レ級を撃沈して、敵艦隊の戦力を少なくとも三分の一を漸減させ、指揮系統の混乱を確認してからこちらまで急行したと言うことだ。

 これだけ聞くと気持ち良く無双しているように思えるけど、実際は欲しいものを手に取るのに邪魔になるものを退かすのとなんら変わらない扱いでしかない。

 

 ……白雪って、本当に駆逐艦か?

 

 

「──残念ながら、白雪は吹雪型二番艦よ。信じがたいことだけれど」

 

「! 初霜、来ていたのか」

 

 背後から声がするので振り向くと、初霜が近寄ってきていた。白雪の後を追ってきたんだろう。

 

 

「あら、初霜ちゃん。予想より早く合流しましたね?」

 

「単純に追いかけるだけでは間に合わないから、未来位置を予測して先回りしていたのよ。それでも機関を一杯まで回す必要があったわ」

 

「それはそれで充分凄いことだぞ」

 

 敵艦、敵機と交戦しながら白雪の動きを予め想定するって、あんなデタラメな跳躍をするのも加味した上でだから相当難しいはずだよね? それが出来る時点で未来予知に等しい精度だよ。

 

 

「そこにいる白雪程ではないわよ。吹雪型の魔王(白雪)よりはね」

 

「あら、魔王なんて酷い。これでもか弱い乙女なんですよ?」

 

「白雪さん、か弱い乙女は艦娘を水平線の向こうに投げ込んだりしません」

 

 惚けた台詞を言う白雪に、雪風がツッコミを入れた。

 うん。あんな危険行為を軽く超えたような所業、か弱い乙女とやらに出来るわけないんだよ。雪風、良く言ってくれた。

 

 て言うか、白雪ってそんな風に呼ばれ恐れられてるの?

 『魔弾』なら二つ名として聞いたことがあるんだけど、『吹雪型の魔王』と来たか。うん、白雪にピッタリだ!

 

 

「──むらくもさん。帰ったらたっぷり可愛がってあげますね♪」

 

「……覚悟しておこう」

 

 しまった、白雪に考えてることがバレてる!

 そう言えばこの世界は艦娘がニュータイプ並の直感持ちだ、迂闊に頭で思い浮かべるべきじゃなかったのにやっちゃったぁ!?

 

 

「茶番はそれくらいにして。薩摩さんが戦闘を終了したわ」

 

 なんて事を考えていると、初霜がそう言ってきた。よし、取り敢えず今は状況終了まで集中しよう。

 

 ここから離れた海面に視線を向けると、まだ波は少し荒れ模様だがそれでも津波そのものは収まったようで、少しずつ静けさを取り戻してきているようだった。そこに腕を降り下ろした姿勢のまま薩摩が立っている。

 

 

「──師範、こちら白雪です。感度は如何ですか?」

 

『薩摩より白雪、感度は良好よ。貴女がそこに居るってことは、前路掃討隊と合流できたのよね?』

 

「危ないところだったようですけどね。戦略級の攻撃を繰り出すなら、その余波で生き残れる艦娘以外が退避してからにして欲しかったですが」

 

『貴女が近辺まで辿り着いていたのには気付いてたからね。本気を出してる状態なら、二人を担いで離脱できると確信していたからね』

 

 「それを強要される側は堪ったものではないのですが」と白雪が苦言を呈した。

 天変地異に匹敵するレベルの一撃の余波だけで沈み掛けたのだから、僕としても同感だった。隣で雪風もウンウンと首肯しているし。

 

 

『それは悪いと思っているわ、ごめんなさいね。ただ、白雪を信頼してるのは確かだから、ね?』

 

「……まあ良いでしょう。そちらに合流します。大和さん達も今頃は残敵を掃討していると思いますから、彼女達とも合流後、ショートランドまで帰投しましょう」

 

 率先して白雪が移動を始めたので、その後を雪風と初霜とで追随していく。

 

 その後は薩摩と合流して

(苦戦していたと思っていたのに煤を被っているだけで、大した損害を受けた様子は見られなかった)、矢矧達前衛艦隊と大和達本隊とも集結を果たした後、ショートランド泊地への帰路に就いた。

 

 

 

 

        ◇◇◇

 

 サーモン諸島海域で大和を旗艦とする第2艦隊が展開している頃、日本本土の防衛省国防海軍統合司令部。

 

 そこは、20年前の1993年まで海上幕僚監部が置かれていた防衛省庁舎A棟に設置された、日本国防海軍の上部機関である。同時に、全ての鎮守府の提督からは上層部、艦娘からは『大本営』や『赤煉瓦』等と呼ばれる場所でもある。

 

 その屋内の廊下を、二人の艦娘がツカツカと靴音を立てて歩いていた。

 

 

「──確認だが、防衛艦隊司令部からの通達の内容に間違いはないのだな?」

 

 振り返りもせず背後に問い掛けるのは、先頭を進む20代前半と見られる純白の第一種礼装に身を包んだ女性だ。

 黒い長髪を三つ編みのおさげにし、それを右肩に回している。腰には儀礼用の軍刀を下げており、歩を進めるたび鞘と刀身が音を立てている。

 

 

「はい。特務運用群司令蕪木准将が現場の判断で即応、特別警備隊に出動を要請したようです。現在は事故後に浮上した潜水艦を監視する態勢に移行しています」

 

 それに答えるのは、大正時代の女学生の間で流行したようなファッションの着物に身を包んだ少女だ。

 緋色の振り袖と、腰には黄色の腰帯と桃色の袴に身を包んでおり、腰まで伸ばしたストレートの赤毛に腰帯と同色のリボンを結び付けている。

 

 

「……隣国の動きはかなりアクティブになってきたな」

 

「それにつきましても、政府は事態を重く見たようです。これからの会議は首相官邸ともオンラインで繋いだ状態で開催される予定です」

 

「各省の連絡官も居る筈だな?」

 

「はい。陸・空の派遣要員と、首相官邸所属の職員も会議室でお待ちです」

 

「……こうして集まるのは、東日本大震災以来初めてとなるな」

 

 日本国防軍は自衛隊時代より、有事の際に問題となるであるだろう致命的な弱点が存在した。それは、組織間の情報共有が不足していることだった。

 とは言え、これは深海棲艦との戦争が開始される以前から日本と言う国全体で共通していた。業界や部署の区別なく、社会全体に蔓延する問題だったのである。

 

 現に、二年前に発生した災害──東日本大震災では当時の政府の動きは緩慢であり、その初動が遅れていた。

 地震と津波により甚大な被害を被った被災地のため、当時の陸上幕僚長が責任を追及されることも覚悟の上で、独断で陸軍を動かしたのが最初の被災地支援だった。

 

 この行動はやはり責任を追及される事となるが、陸上幕僚長を擁護する人物もいた。当時の就任したばかりだった海軍大将である。

 陸上幕僚長が独断専行をするに至ったのは政府や防衛省の初動が遅滞していたからであり、結果としてそれは多くの人命を救うこととなり、迅速な状況解明にも繋がったのだと。そんな主張と共に正当性を説いたのである。

 

 

「あの時は大変でした。当時の陸幕長が独断専行をしたと耳にするや、閣下までヘリ搭載護衛艦を含む護衛隊群を動かすなんて言い出すんですから」

 

「シビリアンコントロールより国益を優先したまでだ」

 

「また防衛省の職員から陰口を言われますよ、三笠司令長官」

 

「言わせておけばいい。現在、シーパワーの中心は我々だ、神風」

 

 現日本国防海軍連合艦隊司令長官、三笠 八枝(みかさやえ)海軍大将。それが少女──神風と会話している女性の名前と肩書きだった。

 

 連合艦隊司令長官とは、かつては旧大日本帝国海軍に存在した連合艦隊司令部の長官に与えられる役職であった。

 海上自衛隊が国防海軍に格上げされてからは、艦娘がその主兵となるのに伴い強力な権限を持った役職が設けられた。それが現在の連合艦隊司令長官である。

 

 その初代長官であり、現在もその地位に居続けているのが三笠大将だ。

 今でこそ国防海軍最強の艦娘として名高い戦艦娘薩摩と同じく第1世代でもあり、国防海軍の発足にも関わってきた。その関係で防衛省に対しても強い発言力を有しており、政界への影響力も強い。東日本大震災の後に陸上幕僚長を擁護できたのはそれが理由でもあった。

 

 

「それでも怪我の功名でしたね。情報共有の円滑化を図られたのは、それが切っ掛けでもありましたから」

 

「有事が起きてからでは遅いのだがな」

 

「減棒で済んで良かったですね」

 

 そんなやり取りをしている間に、目的の会議室前まで辿り着いた。

 

 

「──司令長官三笠、秘書艦神風。入るぞ」

 

 神風が会議室のドアを開放して、三笠が先に入室した。神風もドアを閉めながらそれに続いた。

 

 

「私で最後だったか」

 

「はい。お待ちしていました、三笠長官」

 

 最初に出迎えたのは首相官邸との連絡を担当する派遣職員、五十嵐だった。

 

 会議室の内部には、既に多くの要員が集まっているようだ。

 

 コの字にテーブルが配置されている。

 その右側手前から順に上記の五十嵐。海上保安庁の森三等海上保安監。国防陸軍の佐川陸軍少佐。国防空軍の柳少佐。警察庁の清水警視。外務省の安全保障政策課の森元担当官等、関係各省庁の役人が揃っていた。

 

 向かい側には国防海軍統合司令部側の官僚達が座っていた。

 手前から首席法務官の野垣海軍大佐。指揮通信情報部長の柳井海軍准将。装備計画部長の池田海軍准将。防衛部長の嘉山海軍准将。人事教育部長の高田海軍准将。総務部長の源田海軍准将。海上幕僚副長の小林海軍中将等。

 

 そして、部屋の奥にあるテーブルには国防海軍のトップが待ち構えていた。

 見た目七十代と思われる年老いた男性だ。年齢から来る衰えか、自衛官としては幾分か細い。顔も皺が多く白い顎髭を生やした、典型的な老人のようだ。

 

 この人物こそが国防海軍のトップであり海上自衛隊時代から現役の高官、艦娘運用のパイオニアとも言われている最初の提督だった。

 

 

「三笠大将、参りました。提督(・・)

 

「儂は既に君の提督ではないぞ。とは言え待っていた。臨時会議を始めるとしようかの」

 

 かつて三笠が自身の提督に選んだ人間、国防海軍海上幕僚長、江崎信三郎海軍元帥が宣言した。




次回以降は多分、最後の辺で出てきた会議を進めていくことになりそうです


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第13.5話 隣国の脅威

 大分お待たせしました。

 前回の投稿から9ヶ月以上過ぎていて本当に遅れてしまいましたが、投稿しない間にも何話かを平行して書いているので、上手く行けば近日中に連続して投稿できそうです。

 活動報告でも発信してきましたが、今年の8月下旬頃に今流行りのアレに感染してしまいまして、感染から数日後には今までの人生で前例がない高熱を出して死にそうでしたorz
 今は完全に症状もなくなったので職場に復帰しましたが、皆さんもどうかお気を付けて。

 今回は前回のあらすじを省略して、本編をどうぞ。


 日本国国防海軍の上部機関である統合司令部。

 その一角にある会議室では、首相官邸と各省庁の職員も交えた臨時会議が開催された。

 

 

『──では、件の潜水艦は大亜連合の所属と見てほぼ間違いないのだな』

 

「肯定です、総理。潜水艦の乗員は揃って黙秘を続けていますが、臨検の結果から見てもその可能性は濃厚です」

 

 オンライン回線で繋がった首相官邸のトップを相手に、会議室に設置された大型のスクリーン画面越しに三笠は答えた。

 

 

『そうか……。大亜連合の活動は活発化してきているようだな。つい先月にも、リンガ泊地近海で大亜連合の駆逐艦と我が国の護衛艦が睨み合ったばかりだ。──それで、例の艦娘(・・・・)がドロップ現象で顕現したのと関連性はありそうか?』

 

「それについては、現時点では考えられないと推定します」

 

 本井総理が言う例の艦娘とは、つい1週間以上前に顕現した駆逐艦叢雲の事だろうと三笠は思った。

 

 サブ島沖で重巡洋艦古鷹を旗艦とするショートランド泊地所属の艦隊が発見、保護してからは何故か数日も意識を失った状態だった。そして目覚めてみればショートランド泊地統括官橿原准将の命令を拒絶し、同所属の軽空母飛鷹に同行してもらって泊地を飛び出した。

 

 その先で軽巡洋艦神通を旗艦とする第二水雷戦隊と合流後、飛鷹から役目を引き継いだ第二水雷戦隊の援護下でサブ島沖に進出。当該海域で戦闘中だったショートランド泊地艦隊を支援し離脱させることに成功する。

 だが、練度の低い叢雲では相手が悪すぎたようだ。当該海域で交戦した敵の旗艦は現時点で最強クラスの攻防性能を誇る戦艦棲姫であり、圧倒的な戦闘能力の前に叢雲は轟沈寸前まで追い詰められる。

 

 相討ちに持ち込もうと至近距離から空気魚雷を投射して海面に倒れ伏した直後、発光現象が発生した。姿を変貌させ、それまでの吹雪型駆逐艦の艤装から戦後の自衛艦の艤装を纏った『むらくも』として戦闘を再開した。

 『むらくも』の性能はレーダー・ソナー等のセンサー類が別格で、それは対空戦闘をしていた時点で判明した。追撃してくる戦艦棲姫を背後に、『ひゅうが』に同行して進出してきていた金剛達実地試験艦隊と交戦する南方棲戦姫、その艦載機相手に高確率で砲撃を命中させ撃墜していった。

 

 その後は敵の増援である南方棲鬼に不意を打たれたこともあって再び窮地に陥るが、薩摩や白雪達ショートランド泊地艦隊の救援で態勢を建て直し、最終的に戦艦棲姫の撃破に成功する。決定的な打撃を与え、止めを刺したのも薩摩だが、勝利に貢献したのは間違いない。

 以上が駆逐艦叢雲のショートランド泊地で目覚めてからの経緯であり、三笠がそれを知ったのは、横須賀海軍基地統括部の執務室に防衛艦隊司令部から報告が上げられてからだった。

 

 それらの情報を加味して考えてみたが、三笠としては有り得ないと結論付けていた。

 

 叢雲が顕現したのは一週間前。そして、件の潜水艦がショートランド泊地沖で捕捉されたのは昨日だ。

 叢雲が顕現した事実を日本国政府として公式な発表は未だされていないし、仮に情報が何処かからか漏れていたとしても、通常動力型の潜水艦で近隣の大陸から南太平洋まで一週間前後で辿り着くのは難しいだろう。

 

 それに、気になる情報がもう一つ報告されていた。

 

 

「件の潜水艦はディーゼルエンジンを搭載した通常動力型で、ドライデッキシェルターが1基取り付けられていることからSDV……小型潜水艇を装備していたと思われます」

 

『小型潜水艇……? それはつまり』

 

「特殊部隊を乗せていた可能性があると言うことです。それについては、防衛部長の嘉山准将に説明をお願いする」

 

 三笠に指名されて、国防海軍側のテーブルの後ろから3番目に座る男性が席を立った。

 

 

「本件について説明させて頂きます。まず件の潜水艦ですが、大亜連合が保有する通常動力型潜水艦『(ユアン)型』に類似するものと判明しています。全長は約80メートル、『元型』が74メートルですから6メートル程伸長されています」

 

『ドライデッキシェルターとやらを取り付けたタイプだそうだが、国防海軍としてそれをどう捉える?』

 

「は。ドライデッキシェルターは、主に米海軍の原子力潜水艦が装備しているものです。東側の潜水艦で装備したものは確認されてはきませんでしたが、今回で大亜連合が特殊部隊を潜水艦で輸送するようになったと考えますと、脅威と捉えねばなりません」

 

「その件についてですが、現地の沿岸警備隊が蕪木群司令の要請で治安出動しています。特殊部隊が上陸している可能性は考えられますか?」

 

 海上保安庁の森三等海上保安監が挙手しながら質問した。

 

 ショートランド泊地周辺には、海上保安庁の実働部隊である沿岸警備隊が駐在している。

 これは、日本が艦娘戦力を南方海域に展開する為の足掛かりとしてショートランド泊地を建設する関係で、サーモン諸島政府との安全保障協定を締結後、それに伴って治安維持を目的として派遣されていた。

 

 

「実は、件の潜水艦は先に報告したものとは別にもう1隻、存在が確認されています。残念ながら、そちらは振り切られて追尾に失敗したとのことです」

 

 嘉山が報告したその内容に、会議室内の緊張した空気がより一層重くなる。

 

 大亜連合所属であると疑いがある潜水艦を巡る騒動は、ショートランド泊地沖合いを巡回するおやしお型潜水艦『あさしお』がパッシブソナーで探知したところから始まった。

 

 元々、『あさしお』の任務は所属する特務運用群の旗艦である『ひゅうが』を護衛することにある。だからこそ停泊中の『ひゅうが』が浮かぶショートランド泊地沖合いを潜航していたのだが、その最中に『あさしお』の水測員が不審な音響を捉えたのだ。

 それは直ぐ様『あさしお』の船務長に報告され、更に同艦の艦長から『ひゅうが』まで伝えられた。むらくもが特務運用群に見学のため訪れたのは、ちょうどその頃だった。

 

 『あさしお』が新たに不審な音響を捉えたのも、それから間もなくの事だ。該当潜水艦の追尾に掛かるため舵を切ったのと同時に、付近の海底付近からも反応を探知したのである。

 既に追尾行動中の『あさしお』はそれに対処するのは難しいため、代わりに『ひゅうが』でショートランド泊地に来ていた横須賀第2鎮守府の潜水艦娘、十傑序列第9位のイムヤ(伊168)を旗艦とする伊号潜水艦隊が追尾行動に入った。

 

 嘉山が報告したように、追尾行動中に振り切られてしまい、所在は不明となっている。

 

 

『防衛部長。行方を眩ませた潜水艦は小型潜水艇と乗員を回収したと思うか』

 

「その可能性は低いものと考えています。『あさしお』が捕捉して即座に追尾行動を開始したからか、気泡を多く漏出させていたとのこと。エアロック関係でミスがあったと考えられます」

 

『それが小型潜水艇を回収していないとする根拠か。それなら情報を持ち帰られた可能性も同様に低いわけだな。停船させられなかったのは残念だが、既にもう1隻は臨検に移っていた筈だからな』

 

「その件についてですが。件の潜水艦群がショートランド泊地周辺まで進入してきた事にひとつ、心当たりがあります」

 

 本井と嘉山の会話に三笠が割り込んだ。

 

 

『心当たり?』

 

「どのような針路でここまで辿り着いたかについてです。……神風」

 

「──既に資料の配布は終えています」

 

 その一言で、室内にいる者の何人かがギョッとした様子でテーブルの卓上を見た。

 いつの間にか、今までそこになかった筈の資料が全員分、テーブルに置かれていたのだ。すぐ後ろを通過するだけでなく、資料を配ったことすら気取られずに。

 それが並外れた気配遮断能力と静音性に優れた卓越した技術によって実現したと言うのは、実力を知りうる国防海軍関係者を除けば国防陸軍や海上保安庁の一部の関係者にのみ察せられた事実であった。

 

 

「では、手元の資料をご覧ください。まず最初に、先に実施された大規模作戦の推移についてご説明します」

 

 室内にいる全員が配布されたプリントを手に取り、三笠が会議室のホワイトボードに貼られたオセアニア地域の作戦地図に指揮棒を当てた。

 

 

「先に実施されたサーモン諸島海域攻略作戦。その前段作戦として発動した強行偵察作戦の準備として、国防海軍はパラオ泊地を起点にオセアニア地域の遊弋する敵棲艦の排除に乗り出しました。これが今年度の2013年10月の事です」

 

 指し示すのはオーストラリアより北に位置する島嶼群。そのなかでも北方に位置する、日本国国防海軍の海外泊地が置かれているパラオ諸島。それを中心とするオセアニア地域の各国の領海に、艦娘を主戦力とする艦隊の部隊名を記したマグネットが貼り付けられている。

 

 この一連の作戦行動については、既に各国の承認を得ている。

 アジア・太平洋地域において米国と並んで最大の艦娘保有国である日本は、非艦娘保有国や戦力の乏しい小国にとって生命線に等しい。それを考えれば当然と言えるだろう。

 

 

「それは2週間のうちにオーストラリア以北の主要な海域の制圧に成功しました。これにより、しばらくの間は同地域内での深海棲艦の脅威レベルは著しく低下するものと考えられていました」

 

 三笠が推移する戦況の説明に合わせ、神風が次の用具を取り出してホワイトボードに貼り付けていく。

 

 

「大亜連合にはそれが狙い目だったのでしょう。海域攻略後、深海棲艦の圧力が大幅に減じたタイミングで件の潜水艦を進出させてきたものと考えられます」

 

 所属不明潜水艦と記された新規のマグネットがインドネシア領ニューギニア島沖まで進出する。

 そこに至るまでの航路もボードマーカーで描かれ、見事なまでに島伝いだった。大陸沿岸はヴェトナムとマレーシア、その先はインドネシア領の島々を経由している。

 

 

『行方を眩ませた潜水艦は同じ海路を使うと思うか?』

 

「その可能性が高いと見て、パラオ泊地で待機していた『いかづち』と『そうりゅう』を動かし、予想される航路上で待ち構える手筈を整えています。通過させた後に追尾する計画です」

 

 パラオ諸島周辺に『いかづち』、『そうりゅう』と名前が付いたマグネットを張り付けていく。それらはインドネシア諸島より北側から沿うように西へと航路を取り、ヴェトナム沖に展開する。

 

 流石に威嚇射撃まではしない。

 魏弩羅のように秘密裏に暗殺するならまだしも、人間が乗る潜水艦を航行中に攻撃するのは軍事的緊張を高めすぎてしまう。世界有数の核保有国である大亜連合を刺激するのはやはり避けたいところだった。

 

 

『目標は潜水艦の帰属する国家の特定だな?』

 

「はい。追尾した先で潜水艦が進入した海域によって決まります。これは許可が下りればすぐにでも」

 

『許可しよう。我が国の管理下にある水域に何の連絡もせず、許可を得ず侵入した潜水艦の国籍をハッキリさせてくれ』

 

 本来、潜水艦が侵入した海域はサーモン諸島の領土であるショートランド諸島の近海だが、上述した通り安全保障協定を締結している。

 その為、ショートランド諸島の陸上に艦娘や軍用艦艇が停泊できる泊地建設をサーモン諸島政府から認可された上で行っている。加えて、泊地周辺の海域は日本国国防海軍が使用することも決定されている。そこに侵入してきたなら日本の領海を侵犯したのと同義だった。

 

 

「了解しました。結果は後程、お知らせします」

 

『頼んだ。それと、後始末(・・・)はしっかりやらないとな』

 

「……は。なるべく急がせましょう」

 

 後始末。

 それは今回の事件に呼応して動いている国内外の工作員をどうするかも含んだ、大亜連合絡みの痕跡を抹消することである。

 

 魏弩羅は有志の艦娘を幹部に据えた隠密集団であり、日本国防海軍の全鎮守府を統括する連合艦隊司令長官直属の非公式な組織だった。

 連合艦隊司令長官直属でありながら非公式な理由は単純なもので、活動内容が公にできないからである。日本で水面下の活動をしている工作員の監視、不法入国する外国人を必要に応じて処置(・・)するなど、機密性の高い影の集団だった。

 

 

(今回の発言は魏弩羅の近況についてか)

 

 最近、活動が過激になりつつある魏弩羅について頭を悩ませているところであった。

 

 任務中に殲滅目標の工作員を廃ビルごと叩き潰したり(異能持ちの(右翼手)がやらかした)、血迷った殲滅目標の工作員が住宅街に逃げ込んで人質を取ったのに問答無用で狙撃したり(何故か同行した(参謀)が狙撃銃で正確に撃ち抜いた)と、目立つ行動が増えている。

 

 そのせいで三笠は揉み消しや口止めに奔走する事も増えてしまい、挙げ句に今回は直接的な表現ではないものの本井から釘を刺されてしまった。

 実際に意味するところは「工作員は排除しても良いが、機密が保たれる範囲で済ませるように」と言った具合だろう。本井を含む一部の政府関係者の間でも問題視されているのは容易に察することができた。

 

 その後、今回の所属不明潜水艦のサーモン諸島海域への進出を鑑み、各海外泊地の対潜哨戒網構築や必要とされる装備など、整備する必要性などについても意見を交換し合った。

 

 

「……所属不明潜水艦の案件はこれで充分でしょう、次の議題に移りたいと思います。……神風」

 

 三笠が言い終わるより早く、神風は所属不明潜水艦の進路について説明するため使用した小道具を片付けていた。

 それに代わって、ホワイトボードにボードマーカーで次の議題を書き込んでいく。

 

 

「──次の議題は、先の作戦時にドロップ現象で顕現した艦娘『叢雲』と、彼女と同時に顕現した初の自衛艦娘『むらくも』についての説明と、今後の方針についてです」




 今回の本文中、サーモン諸島政府という用語が出てきましたが、最近は時事ネタとの関係もあるので、作中の展開も考えなければならないかもしれませんね。


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第14話 白雪の秘密

 第13.5話から続けての更新です。
 本当は前回の続きというより視点の違う回になるのですが、ちょうど仕上がってるので投稿します。

 では、本編をどうぞ。


『──て。───ん』

 

 微かに声が聞こえた。

 鼓膜を伝うような音響じゃない。僕の心身全てに響いてくるような、エコーがかかったような不思議な感覚。

 僕はそれを知っている。既に何度も経験していて、聞き慣れた現象。それは──

 

 

『─きて。──君。起きて。義弟(おとうと)君』

 

『……誰が義弟だよ』

 

 叢雲の顕現が果たされた時、その次はむらくもの顕現で先の大規模作戦を戦い抜いてショートランド泊地に帰投途中、意識を沈ませていた精神世界だ。

 そして、義弟なんて妙な呼び方するなんて、最近では一人しか心当たりがない。

 

 

『あら。起きましたね?』

 

 瞼を押し上げてみれば、白雪が僕の顔を覗きこむようにして見下ろしていた。それに、後頭部に柔らかい感触を感じる。いつかの叢雲と同じかな。

 

 

『お陰様でね。しかもご親切に、膝枕もしてくれていたようだし』

 

 そんなことを言いながら、上体を起こす。

 

 僕が覚えている限りだと、むらくもの関連任務を受領して出撃したサーモン海域でエリレ(レ級elite)とそれが統率する敵艦隊と交戦して、最終的に薩摩が旗艦のエリレを撃破して帰投しようとしたところだったはず。

 

 

『私も頑張りましたよ? レ級を撃破しました♪』

 

『そうだね、白雪も凄かったよ。それで? これってどういう状況?』

 

 こうしてこの精神世界に意識を沈めていると言うことは、むらくもの状態で戦闘していた影響と考えるのが妥当だ。でも、ここに白雪が居るのは不思議でしかなかった。

 

 

『義弟君がこの場所で目覚めたのは、今考えた通りで良いと思いますよ。帰投しようと第二艦隊で移動する途中で、力尽きたんです。今は雪風ちゃんが曳航してくれていますよ』

 

『そうか。雪風には助けられてばかりだね。それで、白雪は何故ここに?』

 

『似たようなものですよ。力を使いすぎて、その反動で倒れたんです。私のことは、初霜ちゃんが面倒見てくれているでしょうね』

 

 初霜かぁ。あの娘、少し苦手なんだよなぁ。型月によく居るような、現実に直面して絶望したキャラ達と同じ目をしてるし。

 でも、白雪が倒れたのは分かったけど、この精神世界にいる事についてはどうなんだろ?

 

 

『──そろそろ、私達の事に気付いても良いと思うけれど』

 

『右に同じく。家主の先代もそうだが、私とて三心同体の同居人なのだがね』

 

 声がした方へ振り返る。

 そこには、現世に顕現した頃からの付き合いである相棒の叢雲、今となっては頼れる存在となったむらくもの姿があった。

 

 

『やぁ、二人とも。こっちでは数日ぶりかな?』

 

『そうね。これは少し意外だったけれど。やっぱり、3代目(むらくも)の状態だと負担が多いのかしら?』

 

『もしそうなら、私としては申し訳ない事だな』

 

 むらくものスペックを考えるなら、必要経費として見積もっても良いような気がするんだけどね。

 

 戦後生まれの自衛艦は船体構造も、装備している兵装まで違う。それだけに、名前しか共通しないような艦に切り換える事はリスクを伴うことなのかもしれない。

 

 

『義弟君の考えているのは間違いではないですよ』

 

『僕の考え読まないで?』

 

『悪いけど、叢一。白雪には大体が筒抜けよ。薩摩さんの事もそうだし、特殊な能力でもあるのかもしれないわ』

 

 特殊な能力、ねえ……。

 

 言われてみると、白雪は原作と比較したらかなり異質だ。

 敵の艦載機に確実に主砲弾を命中させる砲撃精度。未来でも見えているかのような予測。僕らが薩摩に拘束されている時、居場所の特定に至った捜索能力。

 最初の砲撃精度はともかく、後の二つは通常の艦娘なら考えられない。顕現してから21年目のベテランとは言え、明らかに次元が違う。

 

 

『叢雲ちゃんの言っていることは概ね、正解だと思いますよ。この精神世界で三人の思考が読めるのも、今まで私が見せてきた数々も、私の持っている特異性が関係しています』

 

『……マジで?』

 

『はい♪』

 

 イイ笑顔で肯定した。

 白雪が言った通りなら、その特異性とやらはかなり強力な能力と言うことになる。砲撃の命中補正だけでなく捜索能力にも優れているなら、それは。

 

 

『それって、異能と呼ぶべきかな?』

 

『当たらずも遠からず、ですね』

 

 先程までの笑顔から一段、陰りを差したような表情に変わった。

 

 

『白雪?』

 

『……すみません。義弟君の問いに正確に答えるなら、私の言う特異性とは、異能と言うより権能になります』

 

 権能? 神話の神々とか登場する人物なんかが有しているような?

 

 

『それで、権能って具体的にはどんなものなの?』

 

『今は教えられません。機密なので』

 

 教えてくれないらしい。まぁ、白雪は古参の艦娘だし、国防海軍でも指折りの実力者『十傑』の一人だから秘密にしなければいけないことなんだろうけど。

 

 

『分かった。それで、艦の入れ換えについてだけど。白雪としては何か分かっていたりするかい?』

 

『はい。それなら答えられますね。まず、何故負担が大きいのかについてですが。単純にキャパオーバーと言うだけですね』

 

『キャパオーバー?』

 

 白雪の言葉を繰り返して、彼女はそれに『はい』と頷いた。

 

 

『と言っても、世帯主である叢雲ちゃんに問題があるわけではありませんよ?』

 

 そう言って叢雲の方へ視線を向けた。

 不意打ち気味に名前を出された叢雲は、微妙な表情だ。多分、その事で責任を感じていたのに言い当てられたから図星だったんだろう。

 

 

『……そう。それで、結局は何が原因よ?』

 

『ふふっ、そう焦らないでください。簡潔に言いますと、緩衝材として共生関係にある義弟君が関係しています』

 

『……僕が? あと、義弟は止めて』

 

 もしかして、ただの人間の魂魄でしかない僕は不純物でしかないとか?

 

 

『別に、義弟君が問題と言うわけではないですよ? 寧ろ、叢雲ちゃんとむらくもさんが顕現するためには不可欠な存在でした。ただ、それを実現するに足る要素が義弟君に備わっていただけなんです』

 

『何が視えたの?』

 

『……義弟君が緩衝材となっている、と言うのはある意味間違いではありませんでした。でも、厳密には少し違うみたいです』

 

 それから白雪が説明した内容は以下の通りだった。

 

 先ず前提だけど、駆逐艦娘叢雲が顕現するには、むらくもの存在が問題だった。同じ艦名の艦艇が似たような場所の海底で沈んでいた為に、艦名に込められた言霊の関係でお互いが干渉し合っていたからだ。

 具体的には、同じ艦名であるが故に性質も同様で、お互いに反発しあっていたとの事。例えるなら、磁石のN極同士、S極同士のもの。同質の存在同士で反発し合い、今まで海底に縛り付けていた。

 

 そこで猫吊るしが僕に目を付けた。

 人間である僕の霊魂は叢雲達艦娘と異なり、真逆の性質を有している。同時に叢雲とむらくもには反発するどころか引き付け合うことも解った為、顕現するための要素として求められた。

 

 猫吊るしから聞いた訳ではないらしいけど、以上が白雪の説明の内容だった。

 

 

『成る程ね。叢雲達と引き付け合う性質を有するから、僕が二人から受ける影響も大きい。負荷も重いものになるから、耐えきれずに意識を失うこともあるんだね』

 

『はい。別に艦の切り替えだけなら問題ないのですが、戦闘をこなそうとするなら……』

 

『今回みたいに気絶する、か。そう言えば、土壇場でむらくもが覚醒した時も吐血した後に気絶したんだっけ』

 

『あれはそう言うことだったのか……』

 

 僕が思い出したように言うと、むらくもが申し訳なさそうに落ち込んだ様子を見せた。

 

 

『気にすることないよ。あの時はやむを得ない状況だったし、お陰であの場を切り抜けることが出来たんだから』

 

『叢一の言う通りよ。(叢雲)のままだったら大破してマトモに戦えなかったし、3代目の力が必要だった。だから結果的に正しかったのよ』

 

『……そうか、そうだな。吐血するほどの負荷も、双方の艦が損傷していなければそうそう起こるまい』

 

 僕と叢雲がフォローするように言うと、自分に言い聞かせるように言うむらくも。

 実際、あの場ではむらくもの力が必要だった。叢雲のままだったら轟沈寸前で動けなかったし、まともな戦闘能力も残っていないはずだったから。それにしても、

 

 

『ねえ、白雪?』

 

『何ですか義弟君』

 

『むらくも関連の任務なんだけどさ、達成したらショートランドには何が贈られるの?』

 

 前世で体験した記憶に自衛艦の任務なんて無かったけど、あの様式なら何かしら報酬がある筈だ。

 それが資材か装備なのか、もしくは艦娘か。その内容が気になる。

 

 

『秘密です♪』

 

『そっかぁ。秘密かぁ』

 

 この反応だと白雪は知っているかもだけど、教えてはくれないらしい。

 ……ちょっとズルいやり方だけど、やってみようかな。

 

 

『やっぱり気になるなぁ。教えてよ義姉(ねえ)さん』

 

『っ、いきなり不意討ちとは。反則ですよ』

 

『良いじゃん。実はちょっとだけ、姉と言う存在に憧れてたんだよ』

 

 前世では、僕を兄様と呼んで慕ってくる従妹の妹分なら居たんだけどね。一人っ子だったから姉はいなかったんだよ。

 

 

『……それでも駄目です。まだ機密事項ですから、本土に行くまではお預けです』

 

『今、ちょっと悩んだよね』

 

『嬉しくなかったと言ったら嘘にはなります。でも、十傑としての立場上の責任があります』

 

『……分かったよ』

 

 大人しく引き下がった。

 本当は気になっているところだけど、僕も今では軍属だし弁えないとね。白雪の珍しい一面は見れたし。

 

 

『……えぃっ』

 

『ちょ、白雪っ?』

 

 仕返しのつもりだろうか、白雪がいきなり抱き付いてきた!

 そのせいで柔らかい感触が。この前に白雪と入浴した時、着痩せしやすいのか意外と立派な胸部装甲が背中に押し当t……考えるな僕! 考えたら死ぬぞ!

 

 

『……あのー、ところで叢雲?』

 

『……何よ』

 

 どう言うことだろうか、叢雲も右腕を抱き寄せてきた。

 

 

『えーと、一体何を』

 

『何だって良いじゃない。私はアンタの相棒なんだから』

 

『ははっ。そいつは良い! なら私も相棒だし、混ぜてもらうとしようかな!』

 

 何が良かったと言うのか、ついにはむらくもまでもが左腕を抱き寄せてきた。ちょっと待って、頭の処理が追い付かない。

 

 

『ふふっ。小学生の頃にアメリカの大学に飛び級入学の話題があった天才少年でも、処理が間に合わなくなることもあるんですね♪』

 

『……痛いとこ突いてくるね』

 

『何でそれを受けなかったのよ』

 

 僕の右側から顔を覗き込むように叢雲が聞いてきた。

 

 

『確かにそれは気になるな。どうなんだ、相棒?』

 

『大した理由じゃない。敢えて言うなら、周りの目を気にしたんだよ』

 

 むらくもからの質問は僕の予想していた通りの内容だった。

 

 嘘は言っていない。だけど、当時の僕は精神面が幼く、広い太平洋の向こうにある新天地での生活に不安があった。

 アメリカの大学に飛び級入学する話を持ってきたのは父親と旧知の間柄だった人物であり、持ち掛けた責任としてホームステイで面倒を見ると言っていたから衣食住の心配はなかったと思う。それでも、異国の地で異人種間のコミュニケーションを上手く取れるかが不安だったんだ。

 

 それに、理由はそれだけじゃなかった。

 

 

『──その娘(・・・)のこと、そんなに大事でしたか?』

 

『うん。少なくとも、飛び級入学の話を蹴る程度にはね』

 

 白雪にそう言って答えると、右腕に掛かる圧力が強くなった。

 

 

『叢雲……?』

 

『勘違いしないでよ。別に、誰を大事にしてようとアンタの勝手なんだから。……でも、実際のところどうなのよ?』

 

『……特別な感情があった訳じゃないよ。単純に妹分としてしか見ていなかったと思う』

 

 当然だけど恋愛感情とかはない。僕を慕ってくれている従妹であるあの娘にとって、良い兄貴分でいようとは思っていたけどね。

 

 今思えば、飛び級入学の話を持ち掛けられた直後だって────

 

 

 

『アメリカに行くって、本当なのですか……?』

 

 僕がそれで悩んで、迷っていた時に彼女からそう聞かれた。

 

 

『耳が早いんだね』

 

『ごめんなさい。でも、兄様が遠くに行ってしまうと思うと……』

 

『……』

 

 この時のあの娘の様子を見て、僕はすぐに言葉が出せなかった。

 

 だって、今にも泣きそうだったから。

 不安な気持ちからか表情を歪めて、目尻には涙を湛えていた。訴えるような眼差しで見つめてくる瞳は心情を表すように揺れて、それだけで僕にはもう見るに堪えなかった。

 

 

『行かないよ。アメリカの一流大学には、将来的に高校卒業してから渡米して行けば良い』

 

 だから、そう答える以外なかったんだ。

 

 

『良いの、ですか? こんな機会、滅多にないはず……』

 

『普段から仲良くしてくれてる従妹泣かしてまで、優先したいとまでは思えないよ』

 

 

 

 ────この時から、僕は実力を隠すようになった。ごく平凡な、どこにでも居る普通の男子を演じるようになったんだ。

 

 それからも6年間、あの娘とは家族ぐるみでの付き合いをして来た。

 平凡な高校生として生活してきたけど、小学校時代に期待された頭脳も自動車事故から生還するのに活かせなかったんだから、我ながら笑っちゃうよね。

 

 

『自分を慕ってくれる女の子が泣いていたら決心するくらいには、僕はあの娘に甘かったんだろうね。小学生ながらなかなかのシスコンだったよ』

 

『その娘のこと、今は気にならないわけ?』

 

『……正直、少し心配してるんだよね。何処か、僕に依存してる節があったから』

 

 僕が死んだ後、早まったりしていなければ良いのだけれど。

 

 

『……ふふっ。なるほど、分かりました。なら、今後は私に任せてくださいね♪』

 

『は? ちょっと待ってそれどういう……』

 

『それは私も気になるところだけれど。時間切れよ、叢一』

 

 白雪に発言の意図を問い質そうとした直後、叢雲の宣告と共に周りを光の粒子が浮かび始めた。これまで通り、この世界での時間が終わろうとしている。

 

 

『楽しい時間も、今回はこれでお仕舞いですね』

 

 名残惜しそうに言いながら白雪は僕から離れ、叢雲達もそれに倣った。

 

 

『3人とも、先の任務ではお疲れ様でした。ショートランドに帰還後は忙しくなると思いますが、私もお手伝いしますので安心してください』

 

『白雪に世話されるでもなく、何とかやっていくわよ』

 

『先代がその意気なら、海上自衛隊で自衛艦隊旗艦だった艦として置いていかれないようにしないとな』

 

 今後の日程について示唆したものだろう、白雪の言葉にそれぞれが頼もしい返答をして見せる。そんな叢雲達に続いて僕も口を開く。

 

 

『一度死んでからこの現状になってまで、能力を隠すつもりはないからね。僕の全力で第二の人生を生き抜いていくさ』

 

『ふふっ。期待してますよ、義弟君♪』

 

 僕の決意表明に白雪は満足げな表情を浮かべながらくすっ、と微笑んだ。

 

 そんなやり取りの間にも光の侵食は進み、叢雲とむらくもは光の粒子に塗り潰されるように消えていく。

 

 

『──折角なので、最後にひとつだけ』

 

 今にも精神世界が光で満たされようとしている時に、白雪はそう言いながら歩み寄ってきた。

 

 

『この先、何があっても私は貴方を守りましょう。今度こそ、最悪の結末は迎えませんから。──』

 

 最後の台詞は、ノイズが掛かったように良く聞き取れなかった。

 

 それを疑問に思う暇もなく、僕の意識は光に包まれた。

 

 




 今更ですが、原作と比べて白雪さんがかなり性格改変されてるかもしれない(^_^;)
 あとアンケートの自衛艦娘についてですが、いずれも採用というか全員出します。容姿やら設定やらは一応考えてあるので、第13.6話くらいでお披露目するかも?


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