風越先鋒、宮永咲 (のぶほし)
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原作開始前(宮永咲、中学3年生)
第01局 撒餌


「高校麻雀部の監督さん……ですか?」

 

 ようやく図書館帰りの受験生(中学三年生)を捕まえることに成功する。

 いきなり知らない男性に声をかけられて涙目なところを何とか宥めて落ち着かせる。

 気弱そうなショートカットの女の子の名前は宮永咲。僕が探し求めていた少女だ。

 

「ああ、正式には来冬からだけどね。風越女子は知ってる?」

 

「えっと……私立の女子高ですよね?」

 

「昨年まで六年間連続で県大会優勝を誇る長野屈指の強豪校だ。

 もし君が麻雀に興味があるなら是非……」

 

「あの、ごめんなさい」

 

「ん?」

 

「私は麻雀、それほど好きじゃないんです」

 

「そっか、それは君のお姉さんが麻雀の世界で活躍してるから?」

 

 少しでも相手の興味をひくために強引にでも話題を提供し話を進める。

 

「えっ? お姉ちゃんのこと知ってるんですか?」

 

「宮永照、東京の白糸台高校の二年生。

 麻雀界に関わる人間で彼女を知らない者はいないよ。

 先月まで福岡代表になった高校でコーチ代行をやっててね。

 インターハイの舞台で教え子が戦ったよ」

 

「お姉ちゃんは強かったですか?」

 

「インターハイ団体戦優勝の立役者ってだけでなく個人戦のチャンピオンだ。

 全国区の猛者達の中でも抜きん出た雀力を誇る逸材だろうね」

 

「そ、そうなんですか」

 

「君は全国の舞台(インターハイ)でお姉さんと戦ってみたくないかい?」

 

「え……?」

 

「彼女の実力なら、高卒でプロ入りしても十二分に活躍できる。

 君が高校に入学する来年には、お姉さんは三年生だ。

 もし同じ舞台で戦うとするなら最後のチャンス。

 そして風越女子なら君を全国の舞台に連れていける」

 

「でも……私は……」

 

「急な話で悪かったね。

 でも地元の公立高校を受験する以外にも道があるんだってことを知って欲しい」

 

「はい」

 

「もしよかったら学校見学に来てほしい。いつでも歓迎するよ」

 

「……わかりました」

 

ペコリとお辞儀をして、駆け足で去っていく少女を見送る。

 

 

 

「はぁ……、なんとか風越女子に来てもらえないかな?」

 

自動販売機で缶コーヒーを買いながら溜息をつく。

 

「原村和には、キッパリと断られたからな……」

 

 インターミドル個人戦優勝者の彼女は、他県を含む複数の強豪校から誘いをすべて断ってた。

 それならばと原作知識を活かして親友である片岡優希と一緒に風越女子の麻雀部に勧誘した。

 幸いなことに清澄高校と風越女子は長野の南部にあり同じ通学区だった。

 麻雀部の監督として特待生の推薦枠があるし、自宅から学校が遠ければ女子寮もある。

 しかし高校には実家から通いたいし、通学するなら近くの学校が良いと二人には断られてしまった。

 

「原作通りの戦力で長野県予選を勝ち抜くなんて無理だ。

 はぁ……こんなことなら単行本とか、ちゃんと細かいとこ読んどけば良かった」

 

 僕はテンプレ二次創作小説によく出てくる転生者という奴だ。

 この生まれ変わった世界が『咲-Saki-』の舞台と気づいたの高校生の頃。

 入学時に麻雀部および全国大会の存在を知ったときだった。

 

 とはいっても『咲-Saki-』の知識は殆ど無い。メインキャラを知ってるって程度だ。

 アニメ版は三作目の全国編まで見てたけど、単行本は特に集めていなかった。

 幼少の頃はコロコロやボンボンでもなくガンガン派だったので、ヤングガンガンの雑誌は創刊から読んでいた。

 とはいっても完結前に死んだから準決勝の途中までくらいの曖昧な記憶しかないのだ。

 

 幸いなのか転生特典(チート)なのか分からないが、麻雀向けの異能(ギフト)が備わっていた。

 お陰様でインターハイでは中堅を任され、エースとして活躍。高校(男子)麻雀界の「双璧」とまで言われた。

 卒業時には横浜の実業団チーム(男女混合)からプロ入の誘いもあったし、都内の私立大学から誘いもあった。

 それらを全て断ってセンター入試を受けて合格した福岡の大学に入学した。

 

 知識チートとまでは言わないだろうが、前世の記憶のおかげでそれなりに上手くは生きてきた。

 前世では底辺大学中退だったが、今世は国立大学を卒業できたのだ。馬鹿なりに万々歳だろう。

 

 大学を卒業して数年が経ち、いつの間にか前世で死んだ年齢と同じになった。

 前世の死因はトラック転生ではなくビルからの転落死だった。

 痴漢行為をしたと女性に訴えられ電車から降ろされたところキョドって逃走した挙げ句の末路だ。

 おかげで都会の満員電車は未だにトラウマだ。あと神様とかには会ってない。

 

 前世はブラック企業の社畜だったので、今世では安定した職を求めた。ずばり公務員だ。

 とは言ってもキャリア官僚などを目指すほど地頭が良くもなく、熱心に働いて出世しようという野心もない。

 

 ということで大学では高校教師を第一志望に教員免許を取得した。

 ついでに司書と学芸員の資格も取った。とはいえ、これら公共機関の求人は民間企業に比べて少ない。

 県の教職員採用試験に落ちて、就職先に悩んだ際に麻雀のプロという道も考えた。

 

 一応ながらインターカレッジ(全国大学生麻雀大会)の個人戦優勝という実績もあったからだ。

 高校時代のライバルは、高卒でプロ入りし、世界の舞台で女子を相手に奮闘していた。

 物は試しということで招待選手(アマチュア)として世界大会(ワールドツアー)に参戦した。

 

 そこは魑魅魍魎(バケモノ)どもが跋扈する文字通りの戦地だった。

 今まで競っていた綺羅びやかな舞台は、所詮はアマチュアの世界だったのだ。

 

 麻雀の競技人口が一億人の大台を超えた世界で選ばれた一握りの存在。

 それがプロ雀士だ。才能なんてあって当たり前。

 その中で頂点を目指し、勝ち続け、生き残るには、何もかもが足りなかった。

 結局のところ麻雀のプロとして喰べていく覚悟が自分にはなかったことを思い知らされた。

 

 帰国して教職員採用試験を再び受けるも不採用。

 インカレ時代に世話になった恩師のツテで、新道寺女子の事務職員として働くことになった。

 

 福岡の新道寺女子は全国大会の常連校だ。

 部員数も多く、私立ということもあって麻雀部で、顧問である監督の他に専任コーチを雇っている。

 僕も当初はコーチを補佐するスタッフとして麻雀部に関わっていた。

 

 しかし須田山悦子コーチが体調を崩し休養となり、その穴埋めとしてコーチ代行を努めた。

 重圧を感じながらも県予選を突破し、インターハイ準決勝進出(ベスト8)という成績を残した。

 

 強豪校の麻雀部コーチという仕事にやり甲斐を感じながらも、来年のことを考えていた。

 事務職員という仕事は、契約社員で安定した職業とはいえない。

 麻雀部の監督やコーチになるにも、やはり正規の教員(正社員)として働きたい。

 

 そんな想いを強くしていた。

 

 そんなある日、恩師から久方ぶりの電話がかかってきた。



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第02局 条件

転生オリ主はキャラの名前が記憶を正確に覚えていないという設定です。
キャラを勝手な愛称(カッコ内に名称)で呼ぶことがありますがご容赦ください。



 

「熊倉先生、ご無沙汰しております」

 

「はー、あんたは相変わらず固いね」

 

「いや、だってホントにお世話になってますから!

 最初の挨拶くらいは――」

 

 電話の相手はインカレ時代の恩師である熊倉トシ先生だ。

 福岡の実業団「博多エバーグリーンズ」の元監督で、僕が学生の頃は大学で講師をしていた。

 麻雀心理学や麻雀コーチングなど多くのことを学んだ。

 新道寺女子の事務職員という職をツテで探してくれたのも熊倉先生だ。頭が上がらない。

 

「プロになった同期の子たちは、ちゃらんぽらんなのにね」

 

「まあプロとして活躍するなら、アレくらいの強烈な個性がいるんじゃないんですか?」

 

「あんたは一体プロをなんだと思ってるんだい?」

 

 ふと、プロになった知り合いの顔を思い浮かべる……。

 やはり自分に足りなかったのは、アレなキャラクター性ではないだろうか?

 

「いえ、最近の若手プロは個性派が多いなと思ってー。

 ところで電話とは珍しいですね。何かありましたか?」

 

「あんたインハイの後に、何処かの学校から誘いとかはあったかい?」

 

「麻雀部のコーチや監督とかのスカウトの話ですか?」

 

「そうさ。低かった前評判を本戦で見事に覆した。

 白糸台の宮永照にヤラれなきゃ、決勝には行けただろうに」

 

「麻雀部顧問の誘いが一つだけありましたが断りました」

 

「どうしてだい?」

 

「契約期間が二年で満了と短いのが一つ。

 あと教員希望なのですが、教職としての採用はできないという話だったので」

 

「なるほどね。だったら丁度いいね」

 

「教職採用の枠があるんですか? 都会じゃなきゃあ、どこでも行きますよ!」

 

「はー、あんた、それが理由で横浜ロードスターズの誘いを断ったのかい?」

 

「いや、あのときは進学が第一志望だったので……流石に」

 

 ただ「松山フロティーラ」とかだったら悩んでたかも。

 すこやんのいる「つくばフリージングチキンズ」はノーサンキューだけど。

 

「けど、都内の私大の推薦は全て断ったんだろ?」

 

「だって満員電車って怖いじゃないですか」

 

 なんせ地元である大阪府の教員採用試験だって御堂筋線とか混むから避けてるくらいだ。

 公立高校の教師ともなれば定期的に勤務先の異動があるから仕方ないね。

 

 福岡も都会?大学は徒歩で通えたから良いんだよ!

 

「まあいいよ。場所は長野だね。都会嫌いのあんたには合うんじゃないかい?」

 

「えっ!? また長野ですか?」

 

「また?」

 

「あ、いえ……」

 

「さっき言ってた誘いがあった所かい。問題ないから教えな」

 

「インハイ長野代表の龍門渕です。

 ほら、あの天江衣のいる」

 

「あの牌に愛された子かい。

 たしかに……あんたの異能もアレと似たところがあるね」

 

「誘ってきた龍門渕のお嬢様は知らないみたいでしたけどね。

 臨海女子にリベンジするにはコーチングの専門家も必要みたいな話でした。

 超お嬢様高校みたいで教員職は求めるレベルが高すぎてーー」

 

「そうかい。私の方に誘いがあったのは長野の風越女子さ」

 

「風越ですか……たしか長野代表の常連校ですよね」

 

「そうさ。それが龍門渕に敗れて。連続出場記録が途絶えたのさ」

 

「それで強豪麻雀部の立て直しを先生に依頼ですか?」

 

「来年のインハイで龍門渕を破って全国出場して欲しいそうさ」

 

「それは流石に……無理でしょ?」

 

「風越に天江衣クラスの選手がいないと無理だね」

 

「その無茶苦茶な話をこちらに?」

 

「私には教員採用で麻雀部の監督を任せたいって言われたよ。

 あんたにも悪い話じゃないさ」

 

「コーチじゃなくって監督ですか?」

 

「風越の麻雀部にはOGの新任コーチがいるそうさ」

 

「名門校のコーチを新任で引き受けた一年目に予選で龍門渕……」

 

「一部からは解任って話も出たらしいよ。

 流石に厳しいってことで流れたらしいけどね」

 

「それで新任コーチを支える実績ある監督を招聘ってことですか?」

 

「そういうことだね」

 

「先生は断るんですか?」

 

「わたしは東北をぶらぶらしてて、やっと面白い子たちを見つけたところだからね」

 

「たしか……宮守でしたっけ?」

 

「!? ……あんた何処で聞いたんだい?」

 

「え、いや……あの……(原作知識だなんて言えない)」

 

「まだ全国的には無名のはずなんだけどね」

 

「これでも全国ベスト8の強豪校のコーチ代行ですから」

 

「ほー、それなら長野の子たちの情報も私より知ってるんじゃないかい?」

 

「そうですね。龍門渕に誘われて調べましたから……」

 

 そういえば来年が咲-Saki-の原作スタート時点か。

 これまで人生で原作知識が生きたことって殆ど無いんだよね。

 新道寺で二年の白水哩と一年の鶴田姫子を相手にリザベーションを特訓させたくらいかな?

 小鍛治健夜プロとか瑞原はやりプロといった原作キャラに会ったこともあるけど……。

 異能対策以外の原作知識とか雑誌「WEEKLY麻雀TODAY」レベルのネタだもんな。

 

「だったら来年の新入生にいい子はいないのかい?

 私立の風越女子には特待生枠もあるし、女子寮もあるみたいだよ」

 

「監督権限でスカウトしても良いってことですか?」

 

「龍門渕が相手なんだから、そのくらいは必要だろうね」

 

 原作一年生の清澄の三人組を風越に引っ張ってきたら龍門渕に勝てる?

 メガネ(染谷 まこ)と部長(竹井久)の代わりに、池田ァ!とキャプテン(福路美穂子)か…‥。

 あれ?思ったより悪くない面子だぞ?それに長野にこだわらず有望な一年生を得れば……。

 

「受けます! その依頼、僕が受けれますか?」

 

「なら断る際に私の方から先方さんに推薦しとくよ。

 選手としての実力ならインハイ、インカレので十分だろうし。

 コーチとしても若手ながら全国ベスト8の実績なら大丈夫さ」

 

「よろしくお願いします!」

 

「威勢がいいねえ。それにしても龍門渕を蹴って、風越を選ぶなんて秘策でもあるのかい?」

 

「それなりの策はありますが、一番は雇用条件です!」

 

「はー、あいかわらず堅実なのか大胆なのか分からないね。あんたは……」

 

 

 

 後日、風越女子から正式なオファーが届いた。

 ただし実績十分な熊倉先生と違って、未知数ということで条件が提示された。

 事務職員としての採用で契約は一年更新。延長条件はインターハイで全国出場。

 全国大会でベスト8以上の成績を残した場合にのみ教職員として採用するとの内容だった。

 名門校として麻雀部の伝統がある風越は他と比べてもOG会や保護者会の力が非常に強い。

 完全な外様である男性監督に対して、就任一年目から目に見える結果が求められた。

 

「常識的に考えたら、かなり厳しいな……」

 

 来春に就任してから夏のインハイまでの短い期間で部を掌握し、結果を出すのは不可能だ。

 だから冬休み明けから麻雀部の監督として就任できるように取り計らってもらった。

 ただし監督権限でスカウトできる特待生は二つのみ。三つは欲しいって粘ったけどダメだった。

 

「たぶん久保コーチの風除け役なんだろうな」

 

 風越のOGたちも全国区で活躍した龍門渕を相手に簡単に勝てるとは思っていない。

 なぜなら彼女たちは全員が一年生で全国の舞台に立った。

 来年の戦力は上がることはあっても落ちることはない。

 下手をすれば天江衣が長野県予選に君臨する限り風越女子に勝ち目はない。

 そうなれば新任である久保コーチの経歴に大きな傷がつくことになる。

 

 久保貴子コーチは風越のOGで、選手として県大会六連覇の黄金期を築き上げた立役者の一人だ。

 当然ながらOGや保護者にもシンパは多いし、コーチのキャリアも長期的に考える必要がある。

 

「清澄の三人娘以外に有望な一年っていたっけ……

 白糸台の金髪大将(大星淡)は強い人(宮永照)が目当てっぽいしスカウトは無理そう。

 阿知賀のジャージ(高鴨穏乃)と世界一(新子憧)のスカウトも無理。

 かといって風越に臨海みたいな海外勢へのコネクションはないし……」

 

 考えろ。考えろ。思い出せ、思い出せ。

 

 

「千里山の次鋒(二条泉)は、戦力としては少し弱い。

 あー、なんでツテのある大阪のスタメンに新一年がいないんだ!」

 

 あれれ~おかしいぞ~。意外と一年生で強キャラって少ない?

 

「有珠山に部のマスコットはやりん二世(真屋由暉子)がいたけど……

 わざわざ北海道から来てくれるかなぁ、長野まで」

 

 大阪の個人戦二位(荒川憩)が一年生なら無理にでも引っ張って来るのに!

 そういえば、あのコスプレ軍団の中にも一年生がいた記憶が……。

 たしかデレステに出てくる白坂小梅っぽい女の子(※あくまで個人的なイメージです)

 

「愛知の子で麻雀を始めて五カ月で東海王者に登りつめた……。

 ってインハイの個人にも団体にも出てないはず。

 ということは高校に入ってから麻雀を始めたってことは無いはずだ。

 だとしたら東海王者になったのはインターミドルのとき……見つけた」

 

 原作知識を思い出しながら、中学生大会のサイトにアクセスし検索をかける。

 

「対木もこ、この子だ!」

 

 とりあえずは清澄の嶺上開花(宮永咲)が第一候補。

 第二候補がSOAおもち(原村和)とタコス(片岡優希)。

 そして第三候補に東海王者(対木もこ)だ。

 というか清澄から一人もスカウトできなかったらアウトな気がする。

 

 しょうがない、そんときは風越女子での正規雇用の道は諦めよう。




ステルスモモのステルス機能は転生者の記憶にも通用する。
SOAは「そんなオカルトありえません」の略。


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第03局 名門

 

 年が明けると風越女子麻雀部の監督としての生活が始まる。

 先任である久保貴子コーチとは同世代ということもあり、互いに面識があった。

 おかげで悪い雰囲気にはならず風越女子の現状、部活動の運営について密な打ち合わせを行う。

 

「正直なところ話を受けてくれて良かった」

 

「熊倉先生だけでなく色んなところに声かけてたみたいだね」

 

「他に火中の栗を拾うような物好きはいなかったがな。

 私としては監督として矢面に立ってくれるだけでも助かる」

 

「こっちとしては結果を残さないと、教職になれないから本気で頑張るつもりだけどね。

 とりあえず麻雀部の現状について知りたいんだけど、いいかな?」

 

「ああ、ここに資料はまとめてきた。

 風越女子の麻雀部の部員数は80名を超える。引退する三年を除いても60名弱だ」

 

「部員数の多さは、流石に名門といったところだね。

 インハイ長野県予選の出場校は30校前後みたいだけど、風越は部員数でいえば長野では一強といって良いな」

 

「たしか新道寺女子の麻雀部もそこそこ大きかったと思うが?」

 

「まあね。麻雀部の強豪は費用や場所などの問題で、どうしても予算が潤沢な私立に部員が集まる傾向がある」

 

 まあ公立高校で10台を超える全自動雀卓と設置スペースを用意するのは難しいので仕方がない。

 この魅力的な環境があるからこそ、来年も多くの入部希望者が殺到することが予想される。

 

「前回インハイ時のスタメンは三年が三人に、二年が一人、一年が一人か」

 

「ああ、二年の福路は一年のときは中堅でスタメン、今年は先鋒。うちのエースだな」

 

「(原作通り)三年引退後の新キャプテンにするなら彼女が順当?」

 

「そうだな。実力もそうだが。部を背負って立つ責任感もある。

 それに面倒見の良い性格で部員全員から慕われている」

 

「他に候補がいないなら、新キャプテンは福路で決定だな。

 インハイで次鋒を任された池田は?」

 

「三年が引退すれば、福路に次ぐ校内ランキングの実力者だ。

 特徴としてはTOP率や打点の高い攻撃力のある選手だな。

 お調子者なところもあるが、精神的にはタフだと見ている」

 

「そうなの?」

 

「ああ、叩いて伸ばそうと考えている」

 

 あの「池田ァ!」は愛のムチだったのか。

 なんだか原作のせいか彼女は大戦犯のイメージが強い。

 というか牌譜を見る限り、けして悪い選手ではない。

 あの化物二人を相手に大将としては荷が重かったということか……。

 

「スタメンの他に有望な選手は?」

 

「校内ランキング上位でいえば吉留と深堀だな」

 

「(原作インハイのスタメンか)二人とも一年生か」

 

「二年生で福路の次となると弓野だな」

 

「来年の三年は層が薄い?」

 

「ああ、逆に来年の二年は他にも浅井、大迫がランキング上位と層が厚い」

 

「だとしても龍門渕のスタメン全員が同学年となると……」

 

「正直なところ現有の戦力で全国は厳しいな」

 

「ところで一つ気になったんだが?」

 

 ここで問題になるのが風越女子のスカウティング能力に対する疑問だ。

 特定の部活動に力を入れる私立であれば、当然ながら有望選手のスカウティング活動は行っている。

 風越女子は強豪プロを排出していないとはいえ、OG会を初めとした人的ネットワークが存在している。

 

 しかし原作において風越のスタメンで清澄と龍門渕に対抗できた面子は先鋒の福路美穂子しかいなかった。

 ダークホースだった清澄はおいておいても、全国を目指す上で龍門渕という明確な仮想敵がいたにも関わらずだ。

 

「なるほど。スカウトについての疑問だな。

 その前に風越女子の状況を説明させて欲しい」

 

「そうだな。頼む」

 

「まず風越女子の麻雀部が全国区になったのは二十年ほど前の話だ。

 元々、風越女子は運動部の活動にも力を入れていて、特待生の制度や女子寮があるのはその名残だな。

 そして麻雀部が全国大会の常連校となるに連れ、弱体化した他の運動部の部室や予算を吸収し、麻雀部が巨大化した」

 

「ふむふむ」

 

「二十年間の成績で言えば、インハイにおける全国大会の出場回数は十五回。

 名門の看板に相応しい実績を残している。

 しかしながら風越女子が全国の舞台で活躍したことは無い。最高でもベスト8が一回だけだ」

 

「長野出身だと有名なプロ雀士もいない。トップリーグ所属の実業団チームもない。

 競技人口が大都市圏に比べて三分の一以下だ。まあ仕方ないと思うよ」

 

「藤田靖子プロは、風越OGではないが長野出身だぞ」

 

「あっ……(忘れてた)」

 

「おいおい、まあ話を元に戻そう。

 風越女子が麻雀部に専任コーチを置くようになったのが16年前だ。

 招聘されたコーチは、予算に対して常に結果が求められた。

 コーチの寿命は平均3年弱。1年で解任されたコーチもいる。ちなみに私で七代目だ。

 県大会六年連続優勝という黄金期を築いた女性コーチが勇退がしたのも、全国で結果が残せなかったことが理由だ」

 

「条件を提示されたときに察してたけど、思った以上に結果に対してシビアだな……」

 

「そうだな。ただコーチが外様ばかりというのは今後の伝統を考えると良くない。

 そこで白羽の矢が立ったのが生え抜きのOGである私だ」

 

「風越女子が全国ベスト8となったときのキャプテンだったけ?」

 

「ああ、それに麻雀部の戦力も充実し、将来が見通せる時期だった。

 昨年の県大会を制覇したスタメンの内訳は一年生が一人に、二年生が三人、三年生が一人。

 層の厚い二年が三年生となり、また多くの新入生が入部する予定だった」

 

 それなら例年通りであれば、初年度でも県大会の優勝は難しくない。

 そこに母校の期待を背負った新任コーチを招き、長期的視野に立って全国上位を狙える麻雀部へと体制の強化。

 取らぬ狸の皮算用だけど、風越女子経営陣の考えはそんなところかな。

 

「で、そこに現れたダークホースが龍門渕ってわけか」

 

「ああ、そうだ」

 

 重ね重ね、ご愁傷さまとしか言いようがない。

 まあ原作知識がなければ、天江衣なんていう“天災”の出現なんて予想しようがない。

 なにしろ全員一年生のチームが初出場で県優勝どころか全国ベスト8だ。

 

 久保コーチと話を進めると、原作知識だけでは分からなかった舞台裏の事情が明らかになった。

 まず風越女子は全国区ではあるものの、全国高校ランキング上位の学校ではない。むしろ低い。

 これはスカウティングをする上で、かなり不利な要素となる。

 

 また龍門渕が全国初出場でセンセーショナルな話題を提供したことも問題だ。

 天江衣はインターハイ最多獲得点数記録者で、またプロアマの集う親善大会でも優勝している。

 全国の強豪校の選手達がその力を恐れるだけでなく、多くの業界関係者が注目する存在となった。

 

 つまり業界関係者の立場で考えてみれば、有望な中学生を長野の高校に推薦するなんてありえない。

 天江衣がいる長野県大会は明らかに鬼門だ。風越女子に進学すれば二年間は全国の舞台に立てない可能性が高い。

 

 推測も含むが原作でも似たような状態だったのだろう。

 生え抜きの若手コーチの矢面に立つ監督を探したが誰も引き受けず。

 県在住のインターミドルチャンピオン原村和にスカウトをかけたが失敗。

 たぶん他県の選手にもスカウトの手を伸ばしたのだろうが失敗。

 結局のところ現有戦力(+新入生)のみで風越女子は戦うしかなかった。

 

 原作で久保コーチが荒れてたのもわかる。相当にストレスが溜まっていたのだろう。

 麻雀部の伝統を築くというミッションを任され、辞めるに辞めれない状況で、名門としての結果を求められる。

 僕が同じ立場だったら逃げ出していただろう。

 というか原作知識と好条件での教職員採用がなければ受けなかったオファーだ。

 

「結局のところ監督権限の特待生枠を有効活用するしか手はないか」

 

「こちらとしてはアテがないからな、特待生枠に関しては一任するよ」

 

「わかった。あとは役割の分担と校内ランキングの見直しだな」



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第04局 挨拶

作品タイトルにもなってる咲さんの登場はまだ先です。しばしお待ちを……


第04局 挨拶

 

 新しい監督としての挨拶が終わり、新キャプテンの就任と校内ランキング制度の変更が告げられる。

 とにかく風越女子は部員数が多い。短い期間での全国大会出場という成果が求められる身としては育成方針はスタメン中心に注力せざる得ない。

 

 そこで校内ランキング制度と併用してリーグ制を採用した。

 上位8人のAクラスを筆頭に、Bクラスが20人、残り全部員がCクラスとなっている。

 インターハイ団体戦のスタメンはAクラスの中から選ばれる。

 僕が監督として面倒を見るのは主にAクラスの部員となる。

 各リーグの下位と上位が校内ランキングに応じて入れ替えとなる。

 

 久保コーチはBクラスとCクラスを掛け持つことになるが、Bクラスからはコーチの個人指導が受けれるようになる。

  OGや保護者会についてもコーチに任せている。表にはしないが監督は短期契約の助っ人という立場だからだ。

 来期に向けての新戦力のスカウトおよびスタメンの育成、各校のデータ収集および分析が麻雀部での主業務となる。

 

「というわけでクラス分けは校内ランキングに応じて行う。

 Aクラスは福路、池田、弓野、深堀、吉留、浅井、大迫ーー」

 

 ちなみに風越女子麻雀部には全自動雀卓が18台(!!)ほどある。

 まず部室は談話室(サロン)みたいになっていて、スペースに余裕を持って雀卓が四台ほど置いてある。

 隣接した小会議室があって、そこを片付ければ雀卓が二台ほど置ける。

 この二部屋をAクラスとBクラスの部員が主に使用することになる。

 この部室から少し離れたところに、狭いながらも12台ほどの雀卓が並べられ雀荘のような雰囲気になっている部屋がある。

 以前は他の部が使っていたという大部屋で、そこをCクラスの部員が使用するといった感じだ。

 現在は三年が引退しているので雀卓にも余裕があるが、部員数が80人を超えるとなると余裕があるわけではない。

 

 部員の大半が大部屋に移動したところで、一年生のエースが声をあげる。

 

「インカレ優勝とかいう監督の実力が知りたいし!」

 

「(池田ァァッ!!)……ならランキング上位の実力も知りたいし、一卓使おうか」

 

「ふむ、それなら福路、池田、弓野。席につけ、あとはせっかくだ見学させて貰おう」

 

 コーチの一声で中央に雀卓が寄せられて三人が席に座り周囲を残りの部員が囲う。

 福路と池田は知ってるキャラだけど、弓野は知らん。う~ん、原作にいた?

 

 さて……どうしよう。本気を出して誰かをトバすなんていうのは大人げない。

 東場は様子をみながら、指導する形で打つつもりだ。問題はアレを使うか……使わないかだ。

 

 

--福路美穂子

 

 新しい監督の名前は読川尊月(よみかわ たつき)

 インターカレッジの個人戦優勝の経歴に多くの部員が驚きの声をあげた。

 そして夏まではコーチ代行として福岡代表の新道寺女子を率いていたという。

 

 挨拶では省略されてたけど、私は監督の高校時代の戦績を知っている。

 彼は大阪の強豪校、姫松高校のエースとして男子団体戦で三連覇を飾っている。

 団体戦において各校のエースは一般的に先鋒か大将を任される。

 しかし姫松は全国常連校では比較的珍しい、中堅にエースを据える伝統がある。

 その伝統を確立したのが読川監督、彼は男子個人戦の王者と並び「双璧」と呼ばれた。

 

 久保コーチと同世代で一つ年上のはずだ。

 だからじゃないけど、他の部員より当時のこともそれなりに知っている。

 当時のインハイ女子には日本代表で先鋒を務める三尋木咏プロがいた。

 男女混合のエキシビジョンマッチは三年連続で「双璧」と三尋木プロが努め「三強」とも言われていた。

 

 三尋木プロの「華」のある打ち筋に憧れる女子は多いだろう。

 けど小さかった私がインターハイ男子のテレビ中継を見て惹き込まれた打ち筋は違った。

 

 男子の麻雀は女子に比べて「派手さに欠ける」と言われている。

 たしかに男子には私たちの世代でいう「宮永照」「天江衣」「神代小蒔」のような存在は殆どいない。

 

 監督の選手時代のスタイルは、他を圧倒する優れた読みと洞察力を利用したものだった。

 捨て牌から他家の打ち筋(待ち牌)を見破り、他家を掌の上で操るが如く場を支配していた。

 それは圧倒的な攻撃力を誇る個人戦王者の鉾に対して唯一対抗できた盾にもなった。

 私が憧れて真似た麻雀。新しく来るという監督の名前を聞いた時には自然と胸が高まった。

 

「立直! 今日も絶好だし!」

 

 華菜ちゃん(池田さん)がリー棒を投げるように置く。あの様子だと打点もかなり高そう。

 私は二向聴の状態だけど、危険牌を避けてオリる方向で進める。

 監督が牌を掴み、華菜ちゃんの方をじっと視る。

 

「にゃーー!!」

 

 なぜか華菜ちゃんが身体をぶるると震わせて猫のような鳴き声をあげる。

 

 監督は手にとった牌を河に捨てる。えっ!?

 まだ場の情報が少ないから確定ではないけど、明らかな危険牌だ。どうして?

 

 華菜ちゃんが捨てられた牌を悔しそうにみながら山に手を伸ばす--

 

 

 

 

「テンパイ」「……またテンパイだし」「ノーテンです」「ノーテン」

 

 東三局が終わる。また華菜ちゃんの場が流された。

 流れ(ツキ)は華菜ちゃんにあった。私と奈津美(弓野)はオリに徹した。

 一回目は倍満の手が流され、二回目は満貫が流された。

 華菜ちゃんのアガリ牌を握って場を支配していたのは監督だ。

 

 三連続の立直にもかかわらず、全てが流局となった。

 華菜ちゃんは直撃を食らったわけでもないにも関わらず、それ以上のショックを受けたような顔をしている。

 

「まだ親だし、一本場だし!」

 

 まだ点数は失っていないのだと思い直し、華菜ちゃんが再び気合を入れる。

 ポジティブな彼女は麻雀部一番のムードメーカーだ。

 監督からも彼女が、何処まで喰らいつけるか試しているような感じを受ける。

 

 ちょっと羨ましい。だってまだ私の麻雀を見てもらってないから。

 新キャプテンとして選んでもらえて嬉しかった。けど大人しいだけの優等生だとは思われたくない。

 

 そう考えて普段閉じている右目をスッと開いた。

 




風越女子の弓野奈津美(原作では三年)はアニメ版でちらっと出てるキャラ。
浅井真澄と大迫昭乃は漫画に出てくるけど学年は不明。こちらでは池田と同学年の設定。
この三人は「名前ありモブ」という感じで活躍するような出番はないです。

タグにある通り風越女子+宮永咲、対木もこ、東横桃子が主役チームとなります。
闘牌シーンは悩んでて、場合によっては牌画像変換ツールも使うつもりです。

オリ主(読川)がインハイで「双璧」として活躍していたことは、風越女子の部員たちは当時小学生だったため知りません。例外的に福路美穂子だけが知っており、何気に好感度の初期値もかなり高い状態です。久保コーチはオリ主のインハイ・インカレ時代を「良くも悪くも」知っており好感度は±0のフラットです。ただ選手としての実力、コーチとしての実績は認めています。


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第05局 月読

東三局 一本場

 

東 池田華菜(一年) :31000

南 福路美穂子(二年):21000

西 弓野奈津美(二年):21000(起家)

北 読川尊月(監督) :27000

 

 

 福路美穂子の右目が開かれ鮮やかなブルーの瞳が姿を表す。

 漫画やアニメとは違う生身のオッドアイ美しさに魅入られ僅かに息の飲む。

 

 此処からは池田の持つ流れ(ツキ)だけではなく彼女も警戒する必要がある。

 麻雀漫画の世界に転生した僕に与えられたのは「ツクヨミ」の異能(ギフト)だ。

 

 これは使い方次第で「天照大御神」にも匹敵するであろう「月読命」の力。

 月読命はイザナギの右目から生まれたとされる男神で夜を統べる月の神だ。

 

 天江衣の支配力が月の満ち欠けに比例して高まるように、月読の力も夜に近づくほど高まる。

 もし徹マン限定の麻雀大会があれば、今でも世界トップと渡り合うことが可能だろう。

 

 このツクヨミの力は相手の運だったり流れとか呼ばれる「ツキ」というものを自然と察知する。

 一局目から池田に注意を払っていたのは、彼女の持つ強い流れ(ツキ)を読みとったからだ。

 

 また僕の持つ読みの力は、川(河)の流れを読むことにも長ける。

 その支配力は場を流す(流局させる)ことに特に強い力を発揮する。

 この「月読命」の力を持って、インハイの舞台では「須佐之男命」の力を持つ強敵(とも)と戦えた。

 

「にゅぁあああ……やっぱり今日は絶好調だし!! 四連続リーチだし!!」

 

 東家の池田が喜びの嬌声をあげる。少し吃驚するくらい今日の彼女のツキは強い。

 

「ポン」

 

 弓野が捨てた牌に対して、福路が鳴きを入れる。順番が一つズレる。

 

「へぇ……」

 

 山から手にとった白牌を見て声をあげる。この白牌は池田の待つ当たり牌だ。

 彼女は鳴き一つで、一発ツモを消し、こちらに罠を仕掛けた。

 この白牌を捨てれば、池田から倍満クラスの直撃を食らうだろう。

 原作における県大会個人戦優勝の実力を甘く見たつもりはなかったが、瞳を開放した彼女の力は期待以上かもしれない。

 

 覚醒した彼女の力が、池田のツキを手のひらで転がし、こちらの河の支配を破ろうとしていた。

 

 彼女の方を表情を見ると薄っすらと微笑みを浮かべている。

 ただの良い娘ではないとは思っていたが、勝負の場において「良い性格」をしてる。

 普通であれば、新任の監督に対して、このような悪辣な罠は仕掛けないだろう。

 

 今後の麻雀部での影響を考えると初戦で躓くのは印象が悪い。

 やはり第一印象というのは、就職活動の面接に限らず大事だ。

 

 仕方ない。不本意だがアレで彼女も視よう。

 

 

--福路美穂子

 

 読川監督が私をジッと見てくれたので微笑みを返す。

 特徴的オッドアイの瞳を変に思われないかと心配する。

 

「えっ……きゃっ!?」

 

 思わず声をあげる。見られたんじゃない。視られた。いや私の全てを覗きこまれた。

 どうしてか痴漢に触られてしまったような気恥ずかしさを覚えた。

 

 

 

 ダメだ。私の仕掛けは監督に悉く躱されてしまっている。

 奈津美(弓野)は必死にオリに徹している。

 リーチの華菜ちゃん(池田さん)が待つアガリ牌は白。

 監督は私が鳴いたことで贈った白を一枚握っている。

 

 私もテンパイだが、先ほど監督に白を一枚贈られて手放せなくなった。

 残る白牌は後一枚だけ、山の残りは僅かで、最後の白を掴むのは誰か。

 

 

--久保貴子(コーチ)

 

 三連続リーチを軽くいなすか。インハイで「流川」とも呼ばれた力は健在だな。

 とは言っても今日の池田は県予選の決勝でその強運を発揮して欲しかったほどの絶好調だ。

 まさか四連続リーチとは普段であれば調子にノリまくっていただろう。

 

読川 {一萬 二萬 二萬 三萬 二筒 三筒 四筒 五筒 六索 七索 八索 西 北} {白}

 

 握った白牌は先ほどのリーチ時に後ろから確認したので池田の当たり牌で間違いない。

 この白牌を送り込んだのは、先ほどポンと鳴いた福路だ。

 部活で右目を開くことは滅多にない彼女が送り込んだ刺客だ。

 

 彼が福路の方を見つめて「やはり白か……」とつぶやく。

 それが当たり牌なのかを知ってか知らずか、彼は索子を捨て、白牌を手元に置いた。

 

 

 

読川 {一萬 二萬 二萬 三萬 三萬 四萬 三筒 四筒 五筒 六筒 西 西 白}

 

 いつの間にか勝負は彼と福路の凄まじい「読み合い」になっていた。

 互いの捨て牌の意味に気づいたときには、尋常ではない読みの鋭さに恐ろしさを感じた。

 

「ポン」 {西 横西 西}

 

 終盤も間近になろうとしたとき静かに鳴きが入る。

 このタイミングで鳴くことに何の意味が?

 

 弓野を除く三者の待ちは残り一枚の{白}だ。山の残りは四枚。白牌は中にあるのか。

 先ほどのチーの鳴きで順番がズレ、最後の海底牌(ハイテイハイ)を引くのは……。

 

 偶然か?

 

 いや思い返せば、これまで彼の手元には自然と白牌が集まっていたような気もする。

 

 まさか、あの龍門渕の天江衣と同じ--

 

 

--

 

 南四局 オーラス

 

「ツモ、海底撈月(ハイテイラオユエ)

 

「また海底だし!!」「さすがですね」「……スゴい」

 

 

 本日、()()()の海底撈月で締める。

 何とか監督としての力量を見せつけることができたかな?

 大人になって女子高生から感じる眼差しというのは何ともむず痒い。

 

 東四局からは明らかに白牌の占有率が高まったから久保コーチに訝しげに睨まている。

 これはインカレで男女混合リーグを戦うようになってから気づいたツクヨミの力だ。

 

 宮永照の持つ「照魔鏡」に合わせて、勝手に「白銅鏡」(ミラーマン)と呼んでいる。

 対象を(性的な)眼で視ることによって「ツクヨミ」の力を発揮するというふざけた異能だ。

 最初は能力の発動が安定していなかった。

 試行錯誤の末に痴漢が鏡でスカートの中を覗き込むようなイメージで使用するようになって安定した。

 かなり強力な力で、相手の打ち方や能力を読み切るだけでなく、覗き込んだ時点の手牌まで掌握する。

 

 まさに「相手を丸裸」にすることができる恐ろしい力だ。

 

 この力を手に入れてからインハイのとき以上に異能の力に振り回された。

 しかも卓に座った「白銅鏡」(ミラーマン)には覗き込んだ相手(異性)の下着(の色)の牌が集まりやすくなるという馬鹿げた追加効果まである。

 

 ちなみに最初に覗いた池田は白。福路も覗いて「白」だったので、海底に賭けることができた。

 白一枚だと、それほど効果はないが、白が二枚となると、ほぼ確実に白の暗刻が作れるようになる。

 ちなみに白+黒だと風牌が、白+赤だと中と赤ドラが集まりやすくなる。奇跡の緑三枚のときには緑一色を連発できた。

 上下(ブラとパンツ)の色が違う場合、ノーパンの場合など検証したいことが多々ある。

 しかし秘密にするしかないような力なので、実は統計的な検証はできておらず集まる牌は感覚的なところが大きい。 

 この色の効果は白、黒、赤、緑の下着に適応され、対策としては「それ以外の色の下着」を着用するしか無い。

 

 この外的要因による(アホらしい)力はプロ雀士の間でも法則性が分からず対策を見出すことができなかった。

 ただ相手が性的に覗かれているという印象を大なり小なり感じるのは間違いない。

 

 僕が世界大会(ワールドツアー)に参戦した後にプロ雀士の道を諦めたのは……。

 このあまりにも下品な異能を他者に知られるリスクを負ってまで公式戦で活用する覚悟が無かったからだ。

 

 そして同性(男)に対して、この力を用いたことは今の所一度もない。

 もし同性にも適用できたらと考えると恐ろしい。

 だって相手の手配が透けて見えるという誘惑に逆らうのは難しいからだ。

 

 牌に愛された子たちに匹敵するツクヨミの力だが、その闇は深い……。

 

 

1位 読川尊月(監督) :63200 +39800

2位 福路美穂子(二年):19600 -5400

3位 池田華菜(一年) :10400 -14600

4位 弓野奈津美(二年):5200  -19800

 




R-18向け設定 ツクヨミ(白銅鏡)の異能

・対象を(性的に)観察することで相手の打ち筋、能力、手配、弱点を丸裸にする(洞察)
・(異性の)下着(の色)の組み合わせにより、特定の牌が集まりやすくなる(支配)
・夜になるほど力をます(意味深)

インハイ時代は「ツキ」の読み、河の支配、流局の強化をメインで戦う。

この世界では基本的に女性もちゃんとはいてます。(「はいてない」人がいないとは言ってない)


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第06局 見学

 

--宮永咲

 

 電車とバスを乗り継いで風越女子までやってきた。やっぱり家から通うには少し遠いなぁ。

 

「……」ブツブツ

 

 ぅあ、フリフリの服にリボンの女の子がいるよ。風越女子の制服とは違うし、あの子も見学かな?

 私は中学の制服だけど、あの子はきっと私服だよね。

 

 お姉ちゃんのことを知ってた監督さんに出会った後、数年ぶりに家の麻雀卓を引っ張り出して触った。

 珍しいなと声をかけて来たお父さんに風越女子の麻雀部に誘われたことを話した。

 そこで投げ渡された雑誌「WEEKLY麻雀TODAY」にインターハイ王者となったお姉ちゃんのインタビューが載っていた。

 お父さんは「もー家族で打つこともないだろ」とか言いながら、離れてもちゃんと見てたんだお姉ちゃんのこと……。

 

 私はずっと「あのとき」から家族から麻雀から逃げてたのかもしれない。

 だから入学するかは決めてないけど、見学だけはと思って--。

 

「……した」ボソボソ

 

 さっきの女の子が守衛さんに声をかけている。やっぱり彼女も見学に来た同い年の人みたいだ。

 女子高ということで京ちゃんに同行を断られたから今日は独りぼっち。

 せっかくだから私も一緒に見学させて貰おう。

 

「私も見学に来ました」 「?」

 

 いきなり割り込んだからリボンの子がキョトンとしてる。

 

「二人とも学校見学かい? 予約は入れてる?」

 

「はい。麻雀部の監督の方に連絡しました」「わたしも……まーじゃんぶ……」ポツリ 「……っす」

 

「麻雀部の監督っていうと……新しく入った事務の男の人だね。

 う~ん、今の時間だと図書室かな?」

 

 そう言って守衛さんは内線の電話を手にとった。

 

 

 

--東横桃子

 

「わたしも……まーじゃんぶ……」ポツリ 「わたしも麻雀部の見学にきたっす」

 

 守衛さんに気づいて貰えなかったから目的を同じくする二人の後に着いて行くっすよ。

 わたしは長野市の中学校から通学区にある鶴賀学園に進学する予定だったっす。

 けど駅前のゲームセンターにある麻雀ウォーズで遊んでたときに風越女子の監督さんに出会ったっす。

 

「おっ、三人とも本当に見学に来てくれたんだ!」

 

 まだ授業中ということで二階の客室に案内されたら、そこで待っていた男の人がわたしに気づいてくれたっす。

 

「えっ? 三人?」 「……」キョロキョロ 「お久しぶりっす!」

 

「わっ!」 「……ッ」ビック

 

 わたしは昔から影が薄くて、なかなか他人に気づいて貰えない残念な体質っす。

 

「はは、東横さんは慣れてない人だと、ちょっと気づきにくいからね」

 

 わたしの存在に驚いた二人を軽く笑って流してくれる。

 監督さんは「私を見つけてくれた」貴重な存在っす。

 誰かが見つけてくれば、近くにいる人も、わたしに気づいてくれるっすよ。

 

 風越女子は住んでるところからは遠いっすけど、無理を言ってやってきた甲斐があったっす。

 

 

 

--宮永咲

 

 監督さんに紹介してもらったのは二人の同級生。

 リボンの女の子は対木もこさん。スカウトされて愛知からやってきたらしい。

 ちょっと影の薄い感じの女の子が長野市の公立中学校に通う東横桃子さん。

 元々は鶴賀学園に進学する予定だったけど、風越女子の麻雀部に興味を持ったそうだ。

 わざわざ高速バスに乗ってきたんだって、すごいなぁ。

 

「鶴賀学園には麻雀部はないんですか?」

 

「中等部にはないみたいっす。高等部にはあるみたいですけど、部員は少ないみたいっす」

 

 私の家の近くにある第一志望の清澄高校も麻雀部はあるみたいだけど、調べたらインハイの大会には出ていなかった。

 もしかすると公立の学校だから人数が集まらなくって、名前があるだけの休部状態になっているのかもしれない。

 

「わたしのがっこうも……部員は少ない……」ポツリ

 

「覚王山中学も団体戦には出てないよね」

 

「けど、もこっちはインターミドル個人戦の東海王者っすよね?」

 

「……//」コクリ

 

「それはすごいの?」

 

「麻雀を初めてから、たったの五ヶ月で東海王者とかスゴいっす。尊敬するっすよ!」

 

「……ありがとう」ポツリ

 

「さきっちは大会とか出たことあるの?」

 

「……でたことない」

 

「そうっすか。わたしと一緒っすね」

 

「そうなの?」

 

 話を聞くと東横さんは今までネットやゲームだけで麻雀を遊んでたみたい。

 ゲームセンターで遊んでたところ監督さんに出会ってスカウトされたそうだ。

 

 そんな話を三人で交わしながら監督さんに放課後の部活が始まるまで学内を案内してもらった。

 

「はぐれそう……ここ広い……」ポツリ

 

「食堂のメニューは鶴賀より美味しそうっす」

 

 図書室も公立の清澄より広かった。あと読みたかった本のシリーズが全巻そろってた。

 読書会や文芸部もあるって言ってたから、きっと読書の趣味が似てる人がいるのかもしれない。

 

 私はずっと人見知りで、本ばっかり読んでていて、話しかけてくれる友達も京ちゃんくらいしかいなかった。

 けど見学に来た二人と話しながら、麻雀部に入れば、友達ができるかもしれないと思うようになった。

 新しい環境、新しい友だち、新しい生活。お姉ちゃんと麻雀をするという新しい目標。

 お父さんは出張も多くて、独りにさせてることも多いから、寮に入っても大丈夫だと言ってくれた。

 

 あの日から心はずっと揺れ動いている。

 

 けど、ずっと牌にも触っていなかった私は「ちゃんとした麻雀」が打てるのか自信がなかった。

 

 

「凄いっすね! 旧校舎にも別に部室があるんっすか」

 

 広い校舎を案内してもらっている間に放課後となって廊下に学生が流れていく。

 新校舎の一角にある綺麗な部室練に麻雀部の談話室があるそうだ。

 

 

「さてと風越女子麻雀部にようこそ、お姫様方」

 

「あ、私まだ心の準備が……」 「……」ワクワク 「姫っすか」

 

「よし、来年の入部希望の見学者連れてきたぞー」

 




訂正(2019/01/06)

東横桃子の設定を鶴賀学園の中等部から、公立の中学校に変更しました。
鶴賀学園に進学予定だったけど、風越女子に変更したという形になります。


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第07局 出会

誤字脱字多くて申し訳ない。ご指摘、感謝です。


 

 推薦入試の日時も近づいており「マジやべぇ」と思ってたところ。

 声をかけていた三人が学校見学にやって来てくれた。

 

 対木もこは調べたら、彼女の恩師ともいえる中学の麻雀部顧問にツテがあった。

 覚王山は中高一貫制で中高共に麻雀部は部員も殆どおらず弱小といってよい環境だ。

 東海王者となって愛知県内の強豪校からもスカウトがあったらしいが本人は乗り気でないそうだ。

 マイペースで人見知りが激しく集団行動が苦手。

 だから無理に団体戦に出れなくても良いという考え、個人戦に出れたら十分というスタンスらしい。

 ただ恩師の方はできれば彼女の才能を伸ばせる環境に身を置いて欲しいと願っていた。

 

 そこで愛知まで出向いて説得し「部の雰囲気が合ったら」という条件付でスカウトに成功した。

 

 

 東横桃子は長野市内に用事があって行った際に偶然ゲームセンターで遭遇するまで、その存在を忘れていた。

 原作では一年生にして鶴賀学園の副将を務めた有望株がリストから抜けてたのが不思議でならない。

 そしてステルスモモの透過能力は「ツクヨミ」の前では無力なのだ。ハハハ。見つけれてよかった!

 

 ただ問題は近所の鶴賀学園から、わざわざ離れた風越女子に進学先を変更する動機が薄いってのが難点。

 鶴賀学園は長野北部の第1通学区で、風越女子は長野南部の第3通学区だから物理的に遠いんだよなー。

 わざわざ見学に来てくれたんだから、それなりに脈はあるってことでよいのかな?

 

 

「……お客様ですか?」 

 

 さっそく吉留が声をかけてくる。

 

「おっ、新入りが二人もやってきたし! 揉んでやるし!」

 

 池田ァ! 二人じゃなくって三人だよ!

 

「お二人ではなくって、三人ですよ」

 

 さすが気配りができる新キャプテン!

 

「えっ? 私のこと、ちゃんと見えてるんっすか?」

 

 ステルスモモが驚きの声をあげる。

 

「ええ、普通に見えますが……」

 

 オッドアイの眼の力ならSOAと同じくステルスの無効はありえる。

 

「気づかないくらい影が薄いのが悪いんだし」

 

「池田ァ!!」 「ヒィ!!」

 

 さすがに心の声ではなく口頭で注意する。

 

「風越女子、ちょースゴいっす!

 二人もわたし見つけてくれる人がいたっす。 こんなこと初めてっす!」

 

 どうやら興奮のあまり、池田の失言は聞こえなかったみたいだ。良かった。

 

「えっと……賑やかですね」 

 

「にんずう……おおい」 

 

「おまえらなあ……とりあえず落ち着け」

 

 部の雰囲気がカオスになりかけたところで久保コーチが頭を抑えながらストップをかける。

 

 三人の簡単な自己紹介が終わり、部員に混じって、それぞれの卓に入ってもらう。

 

「はい、お願いします(そういえば家族以外と打つの初めて……)」

 

「よろしくお願いするっす!(リアルで打つのは初めてっす)」

 

「……わたしは、しばらく……みてる(まずは様子見)」

 

「じゃあ福路キャプテンは、対木さんについてあげて。

 部の雰囲気とか知りたいって言ったから、少し話してくれると嬉しい」

 

「はい。わかりました」

 

「それなら名門校エースのあたしが直々に教えてやるし!!」

 

「監督、Aクラスの部員も入っていいんですか?」

 

「ああ、Aクラスも入って良いし、本気で打って良いよ」

 

「来年の入部希望者ですよね。接待しなくて良いんですか?」

 

「むしろ実力を示さないと、風越女子には来てもらえないかな?

 三人とも強いよ……間違いなくね」

 

「あうー(うぅ、なんでこんなコトに……)」

 

 

 

「それ、ロンっす! 2000っす」

 

「ええっ、またリーチの気配に気づかなかったし!」

 

「リーチかけても警戒されないって凄いね……」

 

「面白いな彼女……ウチに欲しいな……」

 

「でしょ? 久保コーチからも『私は君が欲しい』って情熱的に口説いて下さいよ」

 

「スカウトは監督に一任してるんだが……」

 

「彼女は第1通学区に進学予定ですから、風越女子に附属の寮があるにしても決め手にかけるんです」

 

「ネットやゲームのみで部活動や大会での麻雀経験なしか、たしかに埋もれるには勿体無いな」

 

 

 

「わたしも……いい?」ボソッ

 

「対木さんも卓に入りたいそうです」

 

「じゃあ、そっちの卓に入ってもらおうか

 福路は、池田のところが終わったら、東横さんのとこへ」

 

「わかりました」

 

「あ、対木さんは打つ時は少し雰囲気が変わるけど、気にしないでな」

 

「そうなんですか?」

 

「……」コクン

 

 

 

「ツモ、七対子(チートイツ)、ドラ1 3200オール」ズズズ

 

「またですかー」

 

「あはは、トバされた」

 

「麻雀初めたのが中三になってからって本当?」

 

「ちなみに彼女はインターミドルの東海王者だから」

 

「えー、聞いてないですよー」

 

「監督、ひどいです」

 

「……まだ、うちたい」ギラギラ

 

「じゃあ、弓野、深堀、吉留、入って」

 

「「はい」」

 

「インハイでは必ず龍門渕と戦うことになる。

 風越女子でスタメンを目指すなら、簡単に飲まれるなよ」

 

「「わかりました」」

 

「……うれしい(トバしても嫌われないから)」

 

 対木もこは中学の麻雀部では浮いた存在で対局相手に困ってたみたいだからな。

 打てる相手が多いのは嬉しいのだろう……。

 

 

 

「インターミドルでの牌譜は見せてもらっていたが、実際に目にすると凄まじいな」

 

「ギアがあがれば七対子(チートイツ)だけでなく対々和(トイトイホー)も加わるそうです」

 

「もしも福路以外で天江衣に対抗できるとしたら……」

 

「ええ、彼女か」

 

「もう一人か」

 

「わかります?」

 

「三連続プラスマイナスゼロの異常に気づいてない部員が大半だがな」

 

「まあ見る人が見れば、わかりますよね」

 

「あれは故意でやってるのか?」

 

「いえ精神的な癖みたいなものです。少しばかり麻雀から離れてたみたいで」

 

「イップス (yips) か?」(※精神的な原因などにより、自分の思い通りのプレーが出来なくなる症状のこと)

 

「まあ似たようなものかな? 目処はついてます」

 

「なら彼女の本気を見てみたいな」

 

「ですね。意図的なプラマイゼロなんて、下手に大勝するよりも、ずっとずっと難しい」

 

「それを可能とするのは……圧倒的な実力差か。末恐ろしいな」

 

「そのくらいじゃないと龍門渕には勝てませんよね?」

 

「まさか本気で全国ベスト8を?」

 

「あれれ、ずっと教職になる(正規雇用)って言ってたけど、信じてなかった?」

 

「希望的観測かと思ってたよ」

 

 

「ただ、監督推薦の枠って二つしかないんですよね……」

 

「ぉぃ、三人も連れてきてどうするつもりだ?」 



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第08局 約束

 

「親を説得して風越女子を受けるっす!」

 

「わたしも……ここがいい」

 

 勧誘に不安はあったけど二人には好印象を与えたようで良かった。

 

「楽しんで貰えたみたいでよかったです」

 

 これもステルスモモを素で発見してくれた上に、東海王者にトバされた部員のメンタルをフォローしてくれた福路キャプテンのお陰だな。あと見た目が肝っ玉お母さんな深堀も後輩が場に馴染むように面倒をよくみてくれた。

 

「私もミドルの東海王者と打ってて為になった」「また打とうね」

 

「‥‥うん//」コクリ

 

 原作スタメンの深堀と吉留だけは上級生の意地もあってか何とか勝負しようとしてたのは評価できる。

 夏のインハイの前に、三月には夏の前哨戦である春季大会があるからだ。

 

「もこちゃんが入ってくれたら、インハイの県予選で龍門渕にも勝てるかも」

 

「あれが全国区で通用する実力ですか」「一年のときに全国で戦ってたキャプテンは凄いよね」

 

 ただ福路と同学年の弓野はAクラスにいるにも関わらず、どこか他力本願というか向上心が低い。

 原作でスタメンを奪われていたのも仕方ないといった感じだ。浅井や大迫といった原作モブも似たようなところがある。

 

 福路は一年時に並み居る先輩を押しのけてスタメンとなり、全国の舞台で戦い好成績を残した。

 二年生で押しも押されぬ麻雀部のエースとなり先鋒を努めた。団体戦で風越女子は龍門渕に破れはしたものの先鋒のみ収支でいえば四万点近くのプラスを勝ち取っている。また長野県予選の一試合平均獲得点数は天江衣に次ぐ成績を残している。

 

 だからなのか福路の同学年が彼女の才能に萎縮してしまっているのだ。おかげで全国区の実力を肌で知っているのが、キャプテンの福路だけだというのも痛い。

 

 また競争心を煽るはずの校内ランキングという格付けが、上位に勝てないのは仕方ないといった好ましくない状況になっている。とは言っても部全体のレベルの低下についてはインハイ後に久保コーチが担当する案件だな。

 

「入部したら先輩として面倒みてやるし」

 

 そして池田は中学生二人を相手に勝ち越したわけでもないのに、先輩ヅラを吹かせれる図太さが凄い。

 精神的な図太さがなくってプロの道を諦めた身としては、むしろ見習いたい気持ちにさえなる。

 

 とにかく対木もこと東横桃子は風越女子への入学を前向きに考えてくれている。

 

 ただ一人、浮かない顔をしているのが……宮永咲だ。

 

「三連続プラマイゼロは狙ってやったのかな?」

 

「……いえ、私が打つといつもあんな風になっちゃうんです」

 

「なんで、そんな打ち方を?」

 

 やはり気になっていたのか久保コーチが話に割って入る。

 

「家族麻雀で、お年玉を巻き上げられないように、負けないことを覚えて……。

 勝っても怒られたから、勝たないことを覚えました」

 

「……それは」

 

 何とも言えない表情で久保コーチは言葉を濁す。

 小さい頃の宮永照がお転婆だったのか、それとも両親が畜生(それとも雀畜?)だったのか。

 漫画のインハイ編が完結して四作目がアニメ化する前に死んだからな。詳しい事情は知らない。

 

「まだ麻雀のこと、あんまり好きにはなれないかい?」

 

 対木もこと東横桃子だけだと、龍門渕や清澄を相手に確実に勝てるとはいえない。

 なぜなら原作知識でインハイ長野予選は魔境とも呼ばれる激戦区となることを知っているからだ。

 もしも彼女に断られたら、もう一局は無理をしてでも打つ必要があると感じていた。

 

 ただ中学生の三人娘には白銅鏡(ミラーマン)の力を使うつもりはない。

 入部前に(性的な)嫌悪感を抱かれてしまってはスカウトに失敗する可能性が高いからだ。

 それにツクヨミの力だけでも、プラマイゼロを打ち破ることはできるはずだ。

 

「……わかりません。けど好きになりたいと思ってます。

 お姉ちゃんと全国の舞台(インターハイ)で戦ってみたいんです」

 

「インハイ出場校に姉がいるのか?」

 

白糸台の宮永照(インターハイチャンピオン)だよ」

 

「なっ、私は聞いてないぞ!」

 

「インターミドルの東海王者のような公式の実績でもなんでもないからな」

 

「たしかにそうだが……」

 

「あのー、監督いいですか?」

 

 話が途切れそうになったところで宮永咲が決意を込めた瞳で見つめてくる。

 

「なんだい?」

 

「私が風越女子に入ったら、ちゃんとした麻雀が打てるように教えてもらえますか?」

 

「もちろん。そのつもりだ」

 

「風越女子なら全国の舞台で、お姉ちゃんと戦えますか?」

 

「ああ、戦える」

 

「約束、できますか?」

 

「約束する」

 

「ぉい! 長野には龍門渕がいるんだぞ。無責任な約束は――」

 

「私が監督として風越女子に招かれたのは龍門渕を倒して全国に行くためだ。

 そのためには全力を尽くすし、無責任な約束のつもりはない」

 

「そうか……わかった」

 

「龍門渕ですか?」

 

「今夏のインターハイ長野代表校だ」

 

「強いんですか?」

 

「初出場で全国ベスト8となった強敵だ。

 龍門渕を倒さなければ、全国への道はない。

 そして長野で龍門渕に対抗できるのは風越女子だけだ(清澄は除く)」

 

 そう。宮永咲が抜けた清澄が対抗できるとは思えない。だから嘘はついてない。

 というか東横桃子が抜ける鶴賀学園はどうなるのだろうか……気持ちだけ謝罪しておく。

 

「……わかりました。私も風越女子を受けます」

 

「ありがとう」

 

 魔境長野で戦う上で最強の切り札(魔王)をゲットし、心の中で「よっしゃ!」っとガッツポーズをする。

 

「咲っちも決めたっすか?」

 

「いっしょ……うれしい」

 

「麻雀部は三人を歓迎するわ。けど勉強の方は大丈夫かしら?」

 

「私は先生に今の成績なら大丈夫だって言われてます」

 

「……すごい」

 

「まじっすか? 咲っちは賢いんっすね。わたしはピンチかもしれないっす」

 

「わからないところがあったら、先輩が教えてあげるし」

 

「先輩たちを頼ったりしても、いいんっすか?」

 

「もちろんだし、キャプテンやみはるんは賢いし!」

 

「香菜」「香菜ちゃん」「池田ァ」

 

「春の選抜大会もありますけど、来てくれるなら勉強くらいは教えますよ」

 

「あー、残念っす。あたしは北部だから気軽に来るには遠いんっすよ」

 

「そう、残念ね。なら入学したら附属寮に入るのかしら」

 

「そのつもりっす」

 

「あのー、私は少し遠くて……それに対木さんも愛知だし」

 

「自分一人だけ通うのはずるく感じちゃうっすか?」

 

「……だいじょうぶ」フルフル

 

「でも、悪いよ」

 

「もこっちも成績いいっすか?」

 

「わるい……だから……とくたいせいになる」

 

「そういえば香菜も特待生だもんね」

 

「当然だし、インターミドルでもブイブイ言わせてたし!」

 

「まったく未春は受験で頑張りすぎて視力を落としたっていうのに」

 

「みはるんの努力は、また大学進学のときに役立つし!」

 

「そういえば特待生にならないかって誘われたっす」

 

「女子寮に入るなら特待生じゃないと厳しいわよ」

 

「私も女子寮のこととか聞いてこいってお父さんに言われてました」

 

 さて麻雀部には特待生の枠が二つしかないことを、どうやって説明しようか……。

 




評価および感想ありがとうございます。連続更新の力になってます。


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第09局 選抜

春季大会における地区予選などは独自設定です。
個人戦も行われてはいますが、本作品は団体戦メインため、個人戦については「存在しなかった」かのように一切触れられることはありません。


 

 中学生三人娘の進学については、特待生枠が二つしかないことを正直に伝えた上で話し合った。

 まず県外からの入学であり学力に不安のある対木もこが特待生として風越に進学する。

 宮永咲と東横桃子は入試を受けて、どちらかが落ちた場合は特待生枠に捻り込むという話になった。

 

 ちなみに宮永咲は推薦入試(特待生枠とは別)で見事に一発合格。

 東横桃子は推薦入試には親の説得が間に合わず、一般入試を受けるが不合格。

 推薦入試で鶴賀学園に受かっていたが、計算できる戦力は逃せないとストップをかけた。

 そこで麻雀部の特待生枠を活用したが、学校側から公式戦での実績がないとの反論があった。

 そこは久保コーチの「私が面倒を見る」という力強い後押しがあり、なんとか説得することに成功した。

 

 やはり長期契約の専任コーチと比べて、一年契約の使い捨て監督でしかないなと実感させられた。

 

 なにはともあれ経営陣を「手のひらクルー」させるために必要な戦力を手に入れることができた。

 志が低いと言われようとも、安定した生活というのは何よりも大事。目指せ正規雇用(あんていしたせいかつ)だ。

 

 宮永咲と東横桃子が麻雀部に合格の挨拶に来たり、また二人の親にも会ったりもした。

 東横と対木は女子寮に入り、宮永は少し遠いが片道1時間ほどかけて通学することとなった。

 

 そんなこんなで原作開始かと思いきや、現実というのは甘くは無かった。

 

 まず原作では特に描写のなかった春季大会が三月に行われる。

 三年生はすでに引退しており、一年と二年の選手が中心となるので団体戦の参加校はインハイに比べて少ない。

 とはいえ春季大会の地区代表は、夏の活躍も期待できるためインターハイの前哨戦ともいえる大事な大会だ。

 

 当然ながら数多くの部員を抱える風越女子の麻雀部が参加しないというのはありえない。

 

 春季大会はインハイのような県予選→全国大会という形式ではなくブロック別に分かれた地区予選を行う。

 地区予選の優勝者は地区代表と呼ばれ、全国大会は地区代表の集まりとなるのでインハイよりも狭き門となる。

 ちなみにインターミドルでは秋季大会が同じ形式で行われており、対木もこは中学三年生の秋に初めて大会の個人戦に出場し地区予選を制し東海王者の称号を得た。

 

 長野は中部ブロック所属で、中部からは甲信越、北陸、東海の三校の地区代表を選出する。

 山梨県、長野県、新潟県の三県の学校が一同に集い甲信越代表を決めるのだ。

 

「さて、団体戦スタメンの組み合わせはどうするかね」

 

「現在、風越女子の校内ランキング上位5人は福路、池田、弓野、深堀、吉留の順になっているが」

 

「四月から二年生となる池田をエースとして先鋒にする。

 そしてキャプテンの福路を大将として天江衣に当てる」

 

「たしかにウチの現状で天江衣に対抗できるとしたら福路だけか」

 

「ああ、インハイにむけて天江衣の対策を進めておく必要がある」

 

 久保コーチも異論はないらしい。先鋒はエースである福路にしろとか言われないか心配して損した。

 しかし原作のインハイでは大将に池田を置いていた。もしや考えを変える何かが春季大会であったのだろうか。

 

 

 

「というわけで春季大会の団体戦の組み合わせは以上だ」

 

「三年が引退して、三人が初スタメンとなるが、校内ランキングの上位五人だ。自信をもってやれ」

 

「ふふふ、ついに華菜がエースとなる時代がやって来たし!」

 

「華菜ちゃんに続く次鋒ですね。頑張ります!」

 

「ついに私も名門風越のスタメン入ですか重責を感じます」

 

「まさか私が副将……」

 

「大将ですか、対戦する相手を考えると責任重大ですね」

 

「そうだな。龍門渕と当たれば福路に天江衣を抑えてもらうことになる。

 エースとして得点を稼いでいた先鋒とは役割が違うが、福路なら対応できるはずだ」

 

「わかりました」

 

「中堅は臨機応変な立ち回りが求められるので二年の弓野に任せた」

 

「精一杯、努めます」

 

「一年生に難しい指示を出すつもりはない。

 自分たちのスタイルでやって欲しい」

 

「先輩たちの代わりに、エースのあたしが先鋒で稼いでみせますよ!」

 

「調子にノリすぎて相手のエースにトバされたりするなよ」

 

「団体戦の先鋒でトバされるなんてありえませんよ!」

 

「咲ちゃんや桃子ちゃんも応援に来てくれるかな?」

 

「そうですね。メールしましょうか」

 

「あたしがエースの活躍を見逃すなってメールするし」

 

「ん、もこには私がメールしとくよ」

 

 

 選抜高等学校麻雀大会 風越女子スタメン表(+春季大会時点の監督コメント) 

 

 先鋒:池田華菜(一年)  打点の高さは風越女子でも随一

 次鋒:吉留未春(一年)  眼鏡っ娘だから分析力があるはず

 中堅:弓野奈津美(二年) 相応の雀力はあるが、勝負強さに不安あり

 副将:深堀純代(一年)  打ち筋も性格も堅実

 大将:福路美穂子(二年) 天江衣の支配に対抗できるか勝負

 

 

 このときの僕は転生してから最も原作というものを強く意識していた。

 原作知識チートを使って三人娘のスカウトに成功し気が緩んでいた。

 龍門渕のスタメンの組み合わせは「原作通り」になると頭から決めつけていた。

 

 そう原作には推測に足る情報がいくつも出ていた。

 

 天江衣は強者と打ちたがっていた。

 その龍門渕はインターハイの準決勝で破れた。

 それは臨海女子の副将が冷やし透華に怯み、最下位のチームを狙い撃ちでトバしたからだ。

 つまり大将である天江衣は準決勝の舞台で戦うことができなかった。

 

 当然ながらフラストレーションが溜まっていたはずだ。

 そしてインハイで各校のエースは「大将」だけでなく「先鋒」に多いことも知った。

 

 少しでも考えていれば……安易にスタメンを決めたりしなかったはずだ。

 

 

 

 選抜高等学校麻雀大会 龍門渕スタメン表

 

 先鋒:天江衣(一年)  はいていらおゆえ(甲信越に強者はおらぬのか)

 次鋒:井上純(一年)  衣と代わったけど、やっぱオレは先鋒がいいな

 中堅:沢村智紀(一年) 明日の決勝は満月……

 副将:国広一(一年)  これってボクの出番はないかな

 大将:龍門渕透華(一年)せっかくの大将なのに目立てません

 

 

 甲信越代表を決める春季大会地区予選の決勝の舞台は、

 

 龍門渕(長野)、風越女子(長野)、小針西(新潟)、硯島(山梨)となった。

 

 池田華菜を含む三校の先鋒が、天江衣に蹂躙される惨劇の場となった。

 

 原作の長野決勝とは違い。卓にいる魔物は一人。後は皆が餌だった。

 

 御戸が開き、海に映る月は撈い取られ、昏鐘鳴の音が響く――諸行無常。

 

{一索 二索 三索 三索 三索 四索 四索 四索 赤五索 六索 七索 八索 九索} {七索}

 

「ツモ、立直、一発、清一色、赤1、ドラ1、海底撈月(ハイテイラオユエ) 24000(12,000/6000)」

 

「な、な、な、なんと龍門渕の天江選手が、小針西の先鋒をトバしましたー!!

 これで甲信越代表は龍門渕だ! 夏のインハイに続いて春も全国の舞台で大暴れか!」

 

 解説のキャスターの声が応援席に響く。誰一人として言葉を発せなかった。

 

 原作並みの戦犯顔になっているとはいえ、四月から入学する後輩たちの前で池田はエースの意地を見せた。

 一位との差は圧倒的だが、風越女子は二位だ。河底撈魚(ホウテイロン)による役満の直撃を回避したのも大きい。

 原作の戦犯(-45500)以上の点差をもぎ取られてはいるが怒ったりはしない。

 

 むしろ先鋒を任せてしまたことを謝りたかった。

 

 ただ監督という立場もあり、そんなことはできない……

 

 僕は次から池田に優しく接してあげようと心に誓った。

 




R-18版プロットでは原作にはなかった福路美穂子vs天江衣も考えてたんですが……
三人娘抜きの風越女子の戦いを長々書くのものもどうかと思いカット。
闘牌のメインは夏のインハイということで物語の進行を優先しました。

池田は犠牲になったのだ……そう魔物の犠牲にな。


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原作開始(宮永咲、風越女子に入学)
第10局 王者


春季大会は原作における以下の公式情報やネタを元に組み立てました。

・白糸台は春の大会も優勝している
・新道寺女子は春の大会で白糸台高校に敗れている
・宮永照は白水哩もしくは鶴田姫子と対局しリザベーションの能力を見破るっている
・姫松高校は春の大会で五位
・奈良の晩成は王者の打ち筋
・白糸台と龍門渕の直接対決はない(と思われる)
・佐々野いちご(広島代表)は割と人気
・宮永照、天江衣と並び称される神代小蒔の前年度の活躍が不明


 十六の地区王者が集まる春季の全国選抜大会の団体戦は短期決戦だ。

 四チームの内、一位のみが勝ち抜けで決勝に進み、二位は五位決定戦に進む。

 

 決勝では宮永照が()()を務める首都代表の白糸台が勝利し、昨年のインハイに続いて全国王者となった。

 

 キャプテンの福路が地区大会で痛めつけられた池田を慰めたり、意気消沈したスタメンを立て直したり、龍門渕に戦意喪失してしまった応援席のBクラス、Cクラスの部員に活を入れてる間に新学期を迎えた。

 

 三人娘も無事に麻雀部に入学し、これから新一年生を加えた新生・風越女子麻雀部がスタートする。

 部活が始まる前に久保コーチと共に夏のインハイにも出てくるであろう地区王者たちをチェックしていた。

 

「龍門渕は永水女子に破れたか」

 

「月が上弦では、神代小蒔の力が上みたいだね」

 

「どういうことだ?」

 

「天江衣の支配は月齢に左右される。満月が強く、新月は弱い」

 

「支配の強弱にブレがあることは知っていたが、月齢のことは知らなかったぞ」

 

「昨年のインハイの段階では天江衣の牌譜は多くなかったからな。

 出場する大会が増えてデータ数も多くなった、他に気づく敏い奴も出てくるだろう」

 

「晩成の先鋒が、池田以上に対抗できてたのも月齢が原因か」

 

「まあ甲信越地区の決勝が満月だったのは不運だったとしか言いようがないな。

 ただ池田の打ち筋は素直すぎて、晩成の小走やえほど巧みに対応できたかは疑問だ」

 

「小走は二年生で奈良県のインハイ個人戦優勝者にもなってたからな。

 晩成も奈良の名門校だ。ウチでいうと福路と似たような立場なのだろう」

 

「なるほど(ニワカじゃなかったのか)」

 

 阿知賀編で竜王(松実玄)(ドラゴンロード)に瞬殺されてたニワカ先輩(小走やえ)が天江衣を翻弄する局があったのに驚いた。それにしても晩成って春季大会の近畿王者だったのか……王者の打ち筋のセリフにも納得だ。

 

「それにしても天江衣が抑えられた龍門渕は五位決定戦にも進めず敗退か。

 麻雀に詳しくない経営陣が、龍門渕の活躍はマグレで大したことないとか言いそうな結果だな」

 

「結果を出すと言って特待生を捻り込んだんだ。インハイでの突き上げは確実にあるだろうな。

 にしても龍門渕は天江衣が別格とはいえ、四天王も全国区の平均レベルはある。

 ただ流石に複数のエース級を要する強豪校が相手となると厳しいな」

 

「副将戦で薄墨初美による四喜和(スーシーホー)が爆発したからな」

 

「薄墨は二年か。昨年のインハイに間に合っていれば、神代の負担も減っていただろうな」

 

「永水女子は昨年よりも今年の方が戦力が充実してるだろうな」

 

「エースが二人いる永水女子の戦術としては、副将でも稼ぎ、大将で守りきって勝つといったスタイルか?」

 

「そうだな。とは言っても大将の石戸霞も(おもちのサイズが)トップクラスだ」

 

「たしかに他校であれば先鋒のエースを任されてもおかしくない力があるな」

 

「決勝に進んだのは白糸台(首都)、永水女子(南九州)、新道寺女子(北九州)、鹿老渡(山陽)の四校か」

 

「昨年のインハイでベスト8の新道寺女子が、北九州王者となって春季大会では決勝進出か。

 元コーチ代行として、どんな気持ちだ?」

 

「まあ須田山コーチの手腕は確かだし、長年に渡る実績があるからね。

 前回のベスト8が最高の結果だとは思ってなかったよ。とは言っても決勝進出は流石だね」

 

 大将戦では宮永照と鶴田姫子が戦っている。ハンターの念能力でいえば誓約みたいな条件のある白水哩とのリザベーションを打ち破るのは難しいと思うが、異能の力そのものは照魔鏡で見破られてしまっているだろう。

 

「それにしても白糸台はインハイで先鋒だった宮永照が今回は大将に置くか」

 

「たしかに作戦のセオリーとしては先鋒にエースを据えてる学校が主流だけど……。

 白糸台も三年が抜けたし、来年の主力となる一年生を色々と試したいんだろうね」

 

「白糸台の一年は先鋒の亦野(誠子)と中堅の渋谷(尭深)か」

 

「インハイでスタメンとして活躍した弘世(菫)が副将で、次鋒も二年生だ。

 一年が崩れても、二年がカバーするっていう布陣だろうね」

 

「なるほど。そして宮永照が最後に控えていれば万が一もないか」

 

「ただ彼女たちが二年、三年になって新一年の力量次第ではオーダーも変わるだろうね」

 

「そうだな。絶対王者である白糸台にとって春季大会は、あくまで前哨戦に過ぎないか」

 

「龍門渕を破った永水女子の実力は言うまでもない。

 久保コーチは鹿老渡の方はどう思う?」

 

「正直なところ決勝の四校の中では、だいぶ劣るだろうな。

 決勝進出は、くじ運が良かったのが大きい。

 白糸台に破れて決定戦で五位になった姫松(関西)の方が総合力は上だろう。

 まあ姫松に関して言えば、出身校だから私よりずっと詳しいとは思うが」

 

「いうても姫松の女子麻雀部は、口の固い赤阪(郁乃)先輩が監督代行だからな情報は多くないよ。

 ただ善野(一美)前監督の後任は大変だろうなーとは思う」

 

「にしても姫松は公立にも関わらず、安定して全国の上位に顔を出すな」

 

「男女ともに少しずつ選手の力で実績と伝統を築いた学校だからね。

 OB・OG会からの案内とか毎年届くしね。寄付もしてるよ。

 まあ公立だから専任コーチとかはいないけど、他の私立にも負けてないと思うよ」

 

「私立の雄、北の千里山に。公立の雄、南の姫松か」

 

「まあ公立は選手のスカウトが、どうしても受け身になるのが弱点かな。

 大阪の私立だと三箇牧高校が、最近は力を入れてるけどね。

 ほら、昨年のインターハイで個人戦二位になった荒川憩がいるとこ」

 

「あそこか。ただ団体戦で勝てないのは総合力が今一歩ということか」

 

「そうだね。今年のインハイも北大阪は千里山が抜け出すと思う」

 

「さすが姫松の選手兼コーチとしてインハイの団体戦を制した分析力だな」

 

「まあ双璧のもう一人が、それこそ“怪物”(ばけもの)だったからね。

 チームの総合力で勝つしかなかったのさ」

 

「で、新たに麻雀部に入った才能はどう扱うつもりだ?」

 

「東海王者のこと?」

 

「打ち筋に癖のある対木も気にはしているが、問題はプラマイゼロで和了る宮永の方だ」

 

「今日は福路や対木と一緒に打たせようとは思ってる」

 

「それで何とかできるのか?」

 

「彼女は麻雀の勝ちも負けも知らないし眼中にないんだ。

 お年玉を取られないようにした癖が染み付いてしまってるからね」

 

「福路や対木なら、彼女のプラマイゼロを崩せると?」

 

「どうかな……福路には事前に伝えてるけど、五分五分か」

 

「それほどか」

 

「まあ彼女に勝ちを知ってもらう手も考えてるし、最悪は自分が打ってプラマイゼロを潰す」

 

「下手すればトラウマになるぞ」

 

「姉と同じで、それほど軟弱じゃないと思うけどね(なんせ魔王だよ)」

 

「まあ考えがあるなら任せるが」

 

「まあ三人を含めて新入生には校内ランキングを活性化して貰いたいね」

 

「すでに対木はAクラス、東横はBクラスの雀力があるからな。

 宮永もプラマイゼロの癖が修正されれば、相当に打てるだろう。

 欲をいえば、スタメン入は無理でも、Aクラス入できる新人がいたら嬉しいな」

 

「それを言うならCクラスの新入部員にも目を光らせて下さいよ(たしか原作レギュラーがいるはずだし)」

 




春季大会の地域ブロクと地区王者の独自設定は下記の通り

北海道:北海道
東北:北東北、南東北
関東:北関東、首都(東京)、南関東
中部:甲信越、北陸、東海
関西:近畿(京都、奈良、滋賀)、関西(兵庫、大阪、和歌山)
中国:山陰、山陽
四国:四国
九州:北九州、南九州(沖縄を含む)

近畿・関西の分類は書いた本人も無理やりだと思ってます。

(追記 2019/01/06)
・昨年のインハイで永水女子は神代小蒔(姫様)一人に無理をさせた。
・昨年のインハイに薄墨初美は出場しなかった。

・アニメ版1作目(長野編)の20話でのファミレスの会話から推測すると龍門渕は春の大会に出ていなかった可能性が高い→あくまでオリ主の考えは「推測」であり、誤りがある可能性が高い


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第11局 入学

ステルスモモ 「……」
キャプテン 「見えますよ」
監督 「見えるね」
もこ 「みえないけど、においでわかる」
ステルスモモ 「えっ!?」


――福路美穂子

 

「……これは難しいですね」

 

「意図的なプラマイゼロですか?」

 

「ええ、監督からの課題です」

 

「そんなの普通に無理だし!」

 

「たしかに勝つことだけを考えて打つより難しいですよね」

 

「そうですね。色々と計算することが増えて大変です。

 ですが私の麻雀スタイルの技術向上には合っているとは思います」

 

 春季大会の後、読川監督から与えられた課題。

 それが意図的にプラマイゼロを狙って打つようにすること。

 

 おかげで今まで以上に場の状況を完璧に把握することが求められる。

 それこそ常に右目を開いておかないといけないくらいだ。

 

「でも、おかげでキャプテンの綺麗な瞳が毎日見れるのは嬉しいです」

 

「そ、そう? オッドアイってヘンじゃない?」

 

「何言ってるんですか! 漫画とかのキャラみたいでカッコいいですよ」

 

 その褒められ方は、からかわれてた頃を思い出すので少し微妙です。

 もう閉じること癖になって意識しないと開けない右目。

 私は以前に比べて両目を開く機会を増やしている。

 

 麻雀のときだけなく、日常から右目も開いて他人を観察する。

 すると捨て牌だけでなく、様々な場の情報が、麻雀に関わっているのだ気づく。

 対局者の僅かな表情の変化、牌を並べたり掴むときの所作から読み取れるものが増える。

 

 今まで片目だけだと見えてなかった景色が少しずつ見えるようになった。

 間違いなく他家を掌の上で操り支配する技術が向上している。

 それでも毎回プラマイゼロを安定して続けることは難しい。

 

 見学会で宮永さんが行った三連続プラマイゼロ。

 監督は確信してたけど、本当に意図的なものなだろうか。

 

 そして、もしも本当であるなら……彼女の瞳には、どんな景色が見えているのだろう。

 

 

 

――宮永咲

 

 高校に進学し風越女子での新しい生活が始まった。新しい学校。新しいお友達。

 お父さんは寮に入っても良いよと言ってくれたけど、二人暮らしだったから家事や掃除洗濯が不安で少し遠いけど家から通うことにした。お母さんとお姉ちゃんと別れたときに、お父さんは私と一緒にいてくれたんだから独りになんてできないよ。

 

 附属の寮には麻雀部の同級生が二人いる。

 

「……おはよ」ペコリ

 

 トレードマークのリボンを巻いてる彼女の名前は対木もこ。

 

 マイペースな彼女は生活能力が皆無に近いので、いつの間にか私がお世話する感じになってた。

 もこちゃんは、私以上の人見知りで、背丈も声も小さいけど、仲良くなった人には懐っこくてとても可愛い。

 

 けど麻雀を打ってるときは、ガラッと雰囲気が変わっちゃうみたい。

 まだ一緒に打ったことはないけど、お姉ちゃんと同じで「少し怖い感じ」がした。

 

 麻雀部の見学を通して知り合った桃ちゃん、もこちゃんとは残念ながら別々のクラス。

 

 お昼は同じクラスで席が隣になった文堂(星夏)さんと一緒に食堂へ向かう。

 池田先輩がオススメしてたのは日替わりのレディースランチ。たしかに美味しそう。

 

「わたしも…おなじの」チョン

 

 いつの間にか、もこちゃんが近くにいて催促してくる。

 声が小さいから注文するのが苦手みたい。仕方ないなぁ。

 

「はい。もこちゃんのレディースランチだよ」

 

「……ありがと」ガチャ

 

「あ、飲み物こぼしたよ」フキフキ

 

「おおう、咲っちは世話焼きのお嫁さんになりそうっすね」

 

 あ、やっぱり桃ちゃんも近くにいたんだ。

 すご~く影が薄いのが特徴的な彼女の名前は東横桃子。

 もこちゃんと同じで、彼女も寮に入った同級生だ。

 

 私は監督やキャプテンと違って「見つける」ことはできない。

 もこちゃんは「見えない」けど、「匂いで分かる」らしい。ちょっと怖い。

 二人は同じクラスになったみたいだ。うらやましいなぁ。

 桃ちゃんは基本的に「気付いてくれる」人の傍にいることが殆ど。

 

 麻雀部に入る為に進学先を鶴賀学園から風越女子の変更したけど大変だったみたい。

 家から学校まで遠いし、附属寮での生活になる。

 麻雀部の監督さんやコーチが自宅まで足を運んで親を説得したんだとかなんとか。

 私は通学区内だったし、普通に試験を受けての合格で家からの通学だ。

 それでもスカウトしたんだからと、監督さんは親に挨拶しに家まで来てくれた。

 

 よく見ると……桃ちゃんって私と違ってスタイルもいいよねー。

 鶴賀学園は共学だから、もしも男子が見つけたら、モテてたんじゃないかなって思うよ。

 だって京ちゃんが好みそうなおもちの持ち主だし

 

「……」ゴゴゴゴ

 

「咲っちが何故か黒いオーラを発しているっす」

 

「……こわい」

 

 わっ、もこちゃんだけじゃなくクラスメイトの文堂さんにまで怯えられてる!

 

「二人とも初日の授業が終わったら麻雀部に行くの?」

 

 ちょっとだけ強引に話を変更。各部活の正式なスタートが今日からだ。

 新入生の勧誘や見学が始まったばかりで、部活動は本格的に決めてない人が殆ど。

 私は麻雀部に入ることは決めてるけど、初日から押しかけるのはちょっと恥ずかしい。

 

「もちろんっす!」

 

「‥…」コクリ

 

 ちょっと恥ずかしいと考えてたのは私だけだったみたい。

 京ちゃんにも引っ込み思案だから、もう少し積極的になった方が良いって言われてたっけ。

 

「え! 皆さん麻雀部に入るんですか?」

 

「文堂さん?」

 

「麻雀部に入るために風越女子を受けたっす」

 

「さらわれた」

 

 もこちゃん、そこは「誘われた」の間違いじゃないのかな?

 

 話を聞いてみると文堂さんは、麻雀のプロリーグのファンらしい。へー、プロ雀士カードとかもあるんだ。

 麻雀は打たないけどプロの試合を観るのが好きって人たちも大勢いて「観る専」と言うらしい。知らなかった。

 せっかく麻雀部が有名な風越女子に入学できたから、麻雀部に入って高校デビューしようかと悩んでるそうだ。

 

「私みたいな初心者が入っても大丈夫ですかね?」

 

「わたしも麻雀部デビューは高校が初めてっす! リアルの麻雀は初心者っす」

 

「……わたしも、はじめて、いちねんたってない……しょしんしゃ」

 

 もこちゃんはインターミドルの東海王者って聞いたけど、それは初心者っていうのかな?

 私も家族麻雀しか打ったことないから……ほぼ初心者なのか?

 

「部員も大勢いたし、大丈夫だと思うよ?

 入学前に見学に行ったけど、キャプテンや先輩たちも優しい人たちだったし」

 

 監督さんは顔立ちはふつーで割と何処にでもいそうな男の人。

 コーチの人は、ちょっとキツイ感じがしたけど美人さんだった。

 二人とも私がイメージしてた強豪部活の指導者と違ってかなり若い。

 おにーさん、おねーさんって言ってもヘンじゃない年齢。

 まだ二十代の半ばくらいだと思う。新任の先生って感じがする。

 

「そうっすよ。入部は大歓迎っす」

 

「めんつは、おおいほうがいい……っていってた」

 

「それじゃあ放課後に四人で麻雀部に行こうよ」

 

 新しい生活への不安と期待があったけど、風越女子なら私でも楽しんでやっていけそうだ。

 同じように麻雀も楽しむことができるのだろうか……うん、きっとできるはずだ。

 

 監督との約束を信じて頑張ってみよう。




モモ 「リアル麻雀、初心者っす(麻雀ウォーズのガチゲーマー)」
もこ 「しょしんしゃ……おぼえて、いちねんたってないし(五カ月で東海王者)」
咲 「私も家族麻雀だけだから、初心者かな?(家族は全員が雀畜)」

文堂 「皆さんも、麻雀初心者なんですね(安心)」

モモ 「ロン」
もこ 「チートイツ」
咲  「リンシャンカイホウ」

文堂 「ぐぬぬ。初心者とはいったい」

監督 「これは見事な初心者詐欺」

風越女子、新一年生の状況

咲×もこ 非保護者と被保護者 咲はもこの寮に遊び(掃除)に行ったりしてます
モモ×もこ 寮が一緒でクラスメイト もこは匂いでモモを発見して傍にいる
咲×文堂 クラスメイト ふつーの話題ができる間柄


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第12局 対子

初の本格的な闘牌シーンです。前半は、ほぼ原作通りですが難産でした。


「宮永と対木は、福路と池田のいる卓に入ってくれ。

 この四人で半荘(東南戦)を行ってもらう。25000点持ち30000点返しだ。

 ただし収支の清算は前後半で、それぞれ行うから注意するように」

 

「は、はい」

 

「……」コクン

 

「わかりました」

 

「今日も手加減なしだし!」

 

 原作のように赤4枚を追加するといった小細工は行わない。

 宮永と対木の対決で何が起こるかに興味があるからだ。

 そして福路がプラマイゼロを崩せるかも今後を占う試金石だ。

 まあ池田は久保コーチが言ってた通り叩いて伸ばす方針だ。

 

 

[東一局] (親) 池田

 

「親だし、今日も絶好調だし」

 

 はやくも三巡目で池田がリーチ。ツキが光ってたのもあって面子に選んだんだしな。

 福路は片目をつむっているけど、表情から察するに池田の打点の気配が大きいのは気付いてる様子。

 

「にゃはは、リーチ一発ツモ ドラ2 満貫で12000! 4000オールだし!!」

 

 池田 +12000 他 -4000

 

 

[東一局 一本場] (親) 池田

 

「また、リーチだし」(-1000)

 

「それ……ロン、チートイツ 3200(+1000)」

 

「にゃっ!」

 

 対木 +4200 池田 -4200

 

 まずは対木の後ろに回って様子を見守る。対木もこは原作では闘牌シーンがなく能力が不明だ。

 一見しただけだと対木の異能の力(オカルト)は「対子を集める」能力のように感じる。

 

 麻雀は14枚の牌の組み合わせで「あがり(完成の形)」をつくるゲームだ。

 そのために基本的には「3枚1組」(順子or刻子)の組み合わせが「4つ」必要となる。

 

例 {二萬 三萬 四萬} {四筒 五筒 六筒} {二索 二索 ニ索} {中 中 中} {西 西}(雀頭=アタマ)

 

 順子(シュンツ) {二萬 三萬 四萬} 三枚の連番の数牌が集まったもの

 刻子(コーツ) {三索 三索 三索} 同じ牌が三枚集まったもの

 アガりの形の中で必要な同じ牌の「2枚1組」を雀頭(ジャントウ)という。(雀頭も対子)

 

 対子(トイツ) {五萬 五萬} 全く同じ牌が2枚ある状態

 {北 北}+{北}→{北 北 北}(刻子)

 ※上の例にもあるように、もう1枚同じ牌が重なれば対子は刻子となる。

 

 対木が得意とする七対子(チートイツ)は、対子を7組揃えることで出来るちょっと変わった役だ。

 

 

[東二局] (親) 対木

 

対木もこ {一萬 一萬 二萬 三萬 四萬 四萬 三筒 六筒 七筒 二索 二索 東 南} {三萬}(二向聴(リャンシャンテン)

 

 そして配牌時の対子率も異常に高い。対子が四、五組と集まっているのが当たり前だ。

 これが阿知賀勢のような「ドラ」や「あったかい牌」や「ボウリング繋がり」といった感じの能力あれば、特定の牌に対する警戒も可能だが、対子は「全ての牌でつくれる」のが対策が非常に難しい。

 

 対木は麻雀歴が一年未満ということもあって異能の力(オカルト)に振り回されている打ち方だが、五カ月で東海王者になっただけあって、かなり厄介な能力だ。

 

対木もこ {一萬 一萬 三萬 三萬 四萬 四萬 三筒 三筒 七筒 二索 二索 東 南} {七筒}(聴牌(テンパイ)

 

「……リーチ」 {七筒}(in)→{東}(out)

 

「リーチです」(-1000)

 

 他の三人が対木の速度に対応できない。福路が追いかけようとするが……。

 

「……ツモ、チートイツ 3200オール」{南}

 

 対木 +10600 福路 -4200 他 -3200

 

 

[東二局 一本場] (親) 対木

 

 後ろから見守っていると対木が一人だけ別のゲームをしているのでは無いかとさえ感じるときもある。

 

対木もこ {二萬 二萬 三萬 四萬} {四萬}(in) →{二萬 二萬 四萬 四萬} {三萬}(out)

 

 今のように平然と{二萬 三萬 四萬}の順子を崩したりもする。

 

対木もこ {二萬 二萬 四萬 四萬 白 白} {白}(in)→{白}(out)

 

 そして役牌の刻子をつくる気さえないのだ。

 

 対木を見出した恩師がいうには同世代の中学生たちは一緒に打つことを「感覚が狂う」と言って嫌がったという。

 たしかに彼女の麻雀はマイペースな性格と同じように、独自の感覚(リズム)を持っている。

 普通の麻雀では3+3+3+3+2(=14)と集めるところを、対木は2+2+2+2+2+2+2(=14)で集めようとしているのだから当然だ。

 

対木もこ {二萬 二萬 四萬 四萬 八萬 六筒 六筒 一索 一索 二索 二索 白 白} {南}

 

 やはり残念なことに彼女にとって麻雀は、単に対子を7つ集めるだけのゲームになってしまっているみたいだ。

 ただ対子を6つ集めた時点で、あまり深く考えずにリーチをかけるのはインハイに向けて直した方がいいだろう。

 

「……リーチ」 {南}(in)→{八萬}(out)

 

「それロンです 1000」

 

 宮永 +1000 対木 -1000

 

 

[東三局] (親) 宮永

 

 先ほどから福路は対木の捨て牌から情報を得ることに苦戦している様子だ。

 宮永との対局は、福路と対木で別々に行ったほうが良かったかもしれない。

 

 池田は池田で相手のリズムには惑わされず、あくまで自分を押し通すスタイルなので相性は悪くはない(勝てるとは言ってない)

 

 宮永は-6200点。前半のオーラスも近づいており点数調整が必要なはずだ。

 プラマイゼロ29600点から30500点のわずかな範囲。必要な点数は……

 

「ロン タンピンドラドラ 11600(ぴんぴんろく)です」

 

宮永 + 11600 池田 -11600

 

宮永 30400(±0)

 

 

[東三局 一本場] (親) 宮永

 

 先ほどは満貫12,000点のアガリではプラスになってしまうところを見事な調整。

 あとは適当に見守れば、プラマイゼロのまま終わるだろうが……。

 

「ツモ 3000・6000」

 

 右目を開いてない福治も流石に何事もなく前半を終わらせるつもりはないか。

 

福路 +12000 宮永 -6000 他 -3000

 

 

[東四局 オーラス] (親) 福路

 

南 池田華菜(二年) :15000(起家)

西 対木もこ(一年) :31800

北 宮永咲(一年)  :24400

東 福路美穂子(三年):28800

 

 宮永は {五筒}か{八筒}が出れば5200点でプラマイゼロか。

 

「……む」 対木→{五筒}(out)

 

 やはり原作通りスルーか!

 トップの対木からアガれば、1着となりオカが与えられるのでプラマイゼロにならない。

 

「……ん」 福路→{赤五筒}(out)

 

 おそらく福路は。宮永の「勝ちは眼中にない」スルーに気付いている。

 だから5200点のアガリができないようする。

 

「リーチです」(宮永さん、どうしますか?)

 

 相変わらずだが日常の性格とは違って対局中の福路は意地が悪い。

 リーチ棒が出て場に1000点増えた。こうなるとプラマイゼロにするには70符2翻のみ。

 符は最大で110符まであるが、60符以上は殆ど無いため点数早見表の暗記でも無視することが多い。

 

 そんな役満以上のレア役を狙ってつくるなんて、まずは不可能だと殆の人間は考えるが――

 

「…‥カン!」トン {西}(in)→{七筒}(out) {裏 西 西 裏}

 

 そうだ。魔王と呼ばれた原作主人公が終わるはずがない。

 

 卓上を支配する超人的な豪運! 正社員雇用を可能にする道標!

 

嶺上開花自摸(リンシャンカイホウツモ) 70符2翻は、1300・2600」

 

 見学していた風越女子の部員たちから「ワッ!!」と歓声があがる。

 池田は驚きの表情、福路は達観した表情、そして対木は……。

 

 宮永咲 {一筒 二筒 二筒 三筒 三筒 四筒 九筒 九筒 九筒 二索}{裏 西 西 裏} {二索}

 

東南戦 前半 収支

 

池田華菜(二年) :13700(-16)

対木もこ(一年) :30500(±0)

宮永咲(一年)  :29600(±0)

福路美穂子(三年):26200(-4)

 

 

「みのがしたんだ……さっき」ゴッ!!

 

「も、もこちゃん!?」

 

 咲-Saki-ワールド特有の「ゴッ倒す!!」オーラが対木から放たれる。

 

「わたしだって……おこる」

 

 波乱の後半戦が始まろうとしていた。

 




点数計算は、面倒くさがらずに表計算ソフト使って行わないとダメですね……。

*ご注意*
積み棒の加点や符計算などの点数計算や点数表記に誤りが確認されています。
個人的に麻雀のルールに対する理解が、かなり浅いため修正を棚上げしております。
感想欄へのご指摘は歓迎してますが、とりあえずの間は闘牌シーンは「雰囲気を楽しむ程度」の情報として扱って下さい。
この問題に関しては個人的な力量不足で早期の解決が非常に難しく誠に申し訳なく思っています。


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第13局 勝負

――福路美穂子

 

 視点移動、手癖、性格、得られる情報は捨て牌以外にも山のようにある。

 

 私のリーチをかわして、40符3翻の手を70符2翻に変えた。

 奇跡のような確率なのにプラマイゼロの麻雀を達成した宮永さんは、ちっとも楽しそうじゃなかった。

 

 そこには勝ったときの喜びも、負けたときの悔しさもない。

 とても難しい作業が終わって、ほっと一息といった表情を見た。

 

「わたしだって……おこる」

 

 手配が開かされて、ロンできた{五筒}のスルーに気付いた対木さんが怒るのも分かる。

 私達は同じ卓を囲んでいたにも関わらず、彼女だけが「勝負」をしていなかった。

 

「そうですね。麻雀は勝利を目指すものです」

 

「福路キャプテン……」

 

「わたしたちを……みてない」

 

 対木さんの言う通り宮永さんはプラマイゼロという点数しか見てなかった。

 

「全国の舞台を目指すなら、麻雀は勝つために打つんだし!」

 

「でも、それが……できなくて……監督??」

 

 助けを求める宮永さんに読川監督が答える。

 

「勝負しても良いし、無理なら今まで通りプラマイゼロで打てばいい。

 どうやら対木は宮永さんをトバすつもりみたいだし、池田はいつも勝つつもりで打ってる。

 キャプテンの福路にはプラマイゼロが崩せるか試してみろと言ってある」

 

 そう。監督から与えられた私の課題。

 私も勝つために打ってはないけど、宮永さんと真剣な勝負していた。

 

「周囲は気にせず、宮永さんは、宮永さんの麻雀を打って下さいね」

 

「……はい」

 

「あとは麻雀で答えてもらいますから」

 

「みてくれないなら、わたしがたおすよ」ゴッ!!

 

「本気でいきます」

 

「まだ負けてないし!」

 

東 池田華菜(二年) :13700(-16)

南 対木もこ(一年) :30500(±0)

西 宮永咲(一年)  :29600(±0)

北 福路美穂子(三年):26200(-4)

 

 

 

――宮永咲

 

[南一局] (親) 池田

 

 もこちゃんが怒っている。お姉ちゃんに怒られたときのような「怖い」感じ。

 もこちゃんは私に負けたわけじゃないのに……どうして?

 違う。これはお年玉をかけた家族麻雀じゃないんだ。

 別にプラマイゼロにする必要はないって分かってたはずなのに、ずっと私は相手を見ずに点数ばかり気にしていた。

 

「……」 宮永 {七筒}(in)→{白}(out)

 

「……ポン」 対木 {白 横白 白}

 

「えっ!?」

 

 もこちゃんの鳴きに誰かが声を上げる。私も驚いた。

 いつも対子だけを集めていたのに刻子をつくるなんて初めてみた。

 

「もらう……ポン」 対木 {中 横中 中}

 

 もこちゃんの打ち筋(スタイル)が明らかに変わった。

 私が牌山から引いてきたのは{發}牌は手放せない。

 

「……」 宮永 {發}(in)→{四萬}(out)

 

「ひとつ……たりない」

 

「え?」

 

「けど、ロン」

 

対木 {二萬 二萬 二萬 四萬 四萬 發 發} {白 横白 白} {中 横中 中} {四萬}

 

対々和(トイトイホー)混一色(ホンイツ)小三元(ショウサンゲン)、ドラ3、役牌2 3倍満の直撃で24000」

 

「まじっすか?」 「すごい」

 

 桃ちゃんと文堂さんの歓声が聞こえる。

 3倍満の直撃なんて何年ぶりだろう。

 

「役満だったら終わってたし」

 

「……」ゾクッ

 

 そうだ。私はトバされるところだったんだ。

 

 対木 +24000 宮永 -24000

 

 

[南二局] (親) 対木

 

「……ポン」 対木 {白 横白 白}

 

 また三元牌を鳴いて刻子をつくる。

 前半と違って明らかに大きい手を狙ってる。

 

「本気……なんだね」

 

 もこちゃんの麻雀からは強い「意志」を感じる。

 点数ではなくて、私の麻雀を見て欲しいと……。

 

 手牌に対子や刻子が増え、順子が作りづらくなる。

 対局の卓が「対子場(トイツバ)」に支配されている。

 

「ツモ、対々和(トイトイホー)三暗刻(サンアンコウ)、役牌1 4000オール」

 

対木 {四萬 四萬 四萬 七索 七索 七索 八索 八索 八索 發} {白 横白 白} {發}

 

 対木 +12000 他 -4000

 

 

[南二局 一本場] (親) 対木

 

 残りは1600点。対子場で刻子が増えて誰もが高い手が作りやすくなってる。

 もこちゃんだけでなく、他の二人に上がられてもトバされてしまう。

 

 負けたくない。自分の力で和了らないと!

 

「……させない」ゴゴゴゴ

 

 麻雀を通じて、私はもこちゃんと意志をぶつけ合う。

 

「……いくよ」

 

 

――福路美穂子

 

 南二局の一本場は、宮永さんが対子場の支配を破る。

 

嶺上開花(リンシャンカイホウ)対々和(トイトイホー)、ドラ3 3000・6000」

 

 宮永 +12000 対木 -6000 他 -3000

 

 

[南三局] (親) 宮永

 

「……とめる」

 

「まけないよ……リーチ」

 

 対木さんとの一騎打ちになっているけど、華菜ちゃんは諦めてない。もちろん私も。

 

「ツモ、ドラ1 2600オール」

 

 宮永さんは順子を揃えた。対木さんの支配が揺らぐ。

 私は閉じていた右目をスッと開く。

 

 宮永 +7800 他 -2600

 

 

[南三局 一本場] (親) 宮永

 

西 池田華菜(二年) :4100

北 対木もこ(一年) :57900

東 宮永咲(一年)  :21400

南 福路美穂子(三年):16600

 

 此処からが勝負どころ。

 まず宮永さんには、()()()()()()()()()()()()()()

 

 対木さんは「……まだトバせる」と宮永さんに狙いを定めてる。

 

 華菜ちゃんの表情や態度は 「この逆境で諦めずに役満をつくるなんて天才だし」といったところかしら。

 

 読川監督から「表情や態度で相手に警戒されないような方法を考えろ」という課題を与えられたの忘れてないわよね。

 

 宮永さんは対木さんの直撃を喰らわないよう警戒しながら、華菜ちゃんがトバないように注意して点数調整する必要がある。

 

 そこに私が真っ向から{中}を切る。

 

「……ッ! ロン 12000です」

 

 対木さんが対々和で和了ってから、宮永さんは三元牌のポンをずっと警戒している。

 私には宮永さんが、対木さんの役満を恐れているのが分かる。

 今まで宮永さんは「プラマイゼロ」しか見えていなかった。

 そこに突然、対木さんが割り込んで来たから、必要以上に怯えているのが分かる。

 

 私は、その心理を利用させてもらう。

 

 宮永さんはあがらざるを得ない。

 先ほどは誰かが対木さんに振ったらトビ終了という状態だった。

 もし宮永さんがスルーしたとしても、私が()()()()()()()()()()()

 

 宮永 +12000 福路 -12000

 

 そして二本場、三本場と()()()()()()()不聴(ノーテン)罰符で点数を調整する。

 捨て牌を相手に印象づけて、他家を操作する。河を支配した読川監督のように――

 

「テンパイ」「テンパイです」「テンパイだし」「……ノーテン」

 

 二本場 宮永、福路、池田 +1000 対木 -1000

 

 三本場 全員ノーテン

 

 

[南四局 オーラス] (親) 福路

 

南 池田華菜(二年) :5100

西 対木もこ(一年) :54900

北 宮永咲(一年)  :34400

東 福路美穂子(三年):5600

 

 対木さんが大物手を狙うようになった。

 華菜ちゃんは大逆転を狙わなければいけない状況。

 安易な差し込みはプラマイゼロから遠のく。

 

 お年玉を賭けた家族麻雀の話は監督から聞きました。

 

 けど、プラマイゼロにまでして()()()()()()()()貴方は――

 

 もしも勝負に負けてしまったときに、次は本気で勝ちたいとは思ってくれるのでしょうか?

 

「もうすぐ海底(ハイテイ)ね。後半もプラマイゼロがつくれるかしら?」

 

 宮永さんが勝ちたいとを願うなら、きっと風越女子の新しい先鋒(エース)になれると信じて鳴く。

 

「カン!」




殆どの将棋漫画ではプロ棋士が棋譜を監修しているのですが、
麻雀漫画で牌譜をプロ雀士が監修しているケースは少ないですね。
*ミスが多すぎて誰かに闘牌の牌譜を監修して欲しい

闘牌描写の細部に関しては気にしすぎという意見もありますが、気にする方の気持ちも分かるので何とかしたいのですが対応が難しそうです。


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第14局 引分

[南四局 オーラス] (親) 福路

 

南 池田華菜(二年) :5100

西 対木もこ(一年) :54900

北 宮永咲(一年)  :34400

東 福路美穂子(三年):5600

 

 福路が宮永に意図的に振り込んだ後、河を支配して宮永の親を流した。

 たしかにプラマイゼロを崩せという課題を出した。

 けど明らかに勝ちを捨てたような打ち方はわからない。

 

「まだ、わかりません!」

 

 福路キャプテンの珍しい煽りに宮永が感情的に答える。

 

 プラマイゼロするにはノーテン罰符の調整はできない。

 福路の満貫ツモか、池田か対木の倍満ツモ、3900の差し込みの三つのみ。

 

 場全体を視界に入れながらも二人の様子を確認する。

 

 対木は「……もう役満の直撃でもトバせない」といった感じか。

 ずっと宮永をトバすことに集中してたが、気力が途切れてきている。

 池田は「……まだ諦めてなしい、高い手をつくってやるし」といったところかな。

 与えた課題については、ちゃんと考えてるのか後で確認しよう。

 

 とりあえずは宮永としても他家に安易な差し込みできるような状況ではないことは把握しているだろう。

 

「カン! 勝ちたくない宮永さんと、負けたくない宮永さん――

 この対局が終わったあとに、どちらが本当の貴女なのか教えて頂戴ね」

 

福路 {東 東 東 横東}

 

 福路が明カンを鳴いたことにより海底(ハイテイ)が宮永へとズレた。

 

 王牌がめくられ{西}がドラ表示牌 となる。

 

 

――宮永咲

 

 私は恐る恐る海底牌を手に取る。

 

宮永 {北}(in)

 

 何もしなければ、このまま私がプラスで()()()()()

 

 けどプラスで勝てても……もこちゃんには順位で負けちゃう。

 

 逆に何かをすると、きっと私は()()()()()

 

 親の福路さんに振り込めば、まだ一本場が続くけど……とても不思議な感覚。

 

 私は「勝ち」と「負け」を同時に味わってる。

 

“どうするの? 宮永さん?”

 

 福路キャプテンの声が心の中に響いた気がする。

 

 そうか麻雀を通して心を交わすことができるんだ。今まで忘れてた。

 

 もこちゃんと先輩たちが教えてくれたんだ。

 

 麻雀を通して会話ができるって――。

 

 私が、どうしてお姉ちゃんと全国の舞台で戦いたいと思ったのか。

 

 プラマイゼロの家族麻雀の延長なんて、お姉ちゃんも望んでないよね。

 

 ようやく心の中のもやもやが晴れた。

 

 そうか。勝ちと負けがあるから、勝負なんだ。

 

 私は生まれて初めて「真剣勝負」の麻雀を打ったんだ。

 

 牌を握る手が自然と震える。

 

 カンによって生み出されたキャプテンからの問い(ハイテイ)に私は答える――

 

 

-----読川尊月(監督)

 

宮永 {北}(in)→{九索}(out)

 

 宮永の捨て牌を確認し、福路は静かに手牌を閉じる。

 

「……どうして?」

 

 宮永が福路に問いかける。

 

「なにかしら?」

 

 福路は素知らぬ笑顔で言葉を返す。監督もコーチも口は挟まず、ただ二人の対話を見守る。

 

「福路キャプテン、ロンできましたよね?」

 

「もし、できたとしても……私の課題はプラマイゼロを崩すことだったから」

 

「でも、それは先輩が初める前に言ってた勝利を目指すため麻雀とは違いますよね?」

 

「大会で勝つために行う為の麻雀ではないわね」

 

「だったら……なぜ?」

 

「池田さんは最後まで諦めずに戦ったけど、目指してたトップは取れなかった。

 対木さんはトップで終えたけど、宮永さんをトバすことはできなかった。

 私は貴女のプラマイゼロを崩したけど、アガッて続けるのを避けて勝負からはオリた。

 宮永さんはプラマイゼロにはできなかったけど収支では僅かながらプラス。

 

 だから今日は勝ち負けは無しの引き分けで終わり」

 

「……引き分け」

 

「ひさしぶりに、ほんき……たのしかった」

 

「そう! 負けてないし!」

 

 いや池田は点数的にも順位的にも負けだろ……やっぱり課題を増やそう(優しさ)

 

「宮永さん、貴女は最後の捨て牌にどんな気持ちを込めた?」

 

「負けたくない。……いや、勝ちたいって思いました」

 

「意識的にプラマイゼロにできるなら、意識的に勝つこともできるはずよ」

 

「でも、どうしたら……いいか」

 

「そうね……自分は1000点、他の3人は33000点もっている。

 そう思って、次は打ってみたらいいわ」

 

「はぁ、それをプラマイゼロにするように打てば“勝てる”んですよね……大変そうだ」

 

「咲っち、やる気満々っすね」

 

「まだ、やる?」キラキラ

 

 東横と対木が話に加わり場の緊張が解けた。

 

 福路は僕が想定してた以上に見事に課題をこなした。

 点数は大きく削られたけど、南三局一本場から完全に場を支配していた。

 

 宮永咲を対木もこを、あと池田を完全に手のひらで踊らせたのだ。

 そして原作では清澄の竹井久と同じ対処を自らも気付いた。

 いや、彼女に麻雀を通して「負けたくない。勝ちたい」という気持ちを確認させたのだ。

 

 きっと原作よりも上の成果だ。

 

「よし、一年生は全員がCクラスからの校内ランキングに参加だ」

 

「「はい」」

 

「えっ? 咲っちも、もこっちもですか? この二人はヤバイっすよ」

 

「宮永は福路に教わったやりかたでプラマイゼロ克服しながらランキングを駆け上がってこい」

 

「は、はい!」

 

「対木は、Cクラスで対子を集めないで打ってみろ」

 

「……むり」

 

「まあ無理なら、また方法を考えるから一度やってみろ」

 

「……がんばる」

 

「Bクラスの部員は、下から後輩たちが追い上げてくるぞ。気を引き締めろ」

 

「「はい!」」

 

「Aクラスの部員も春季大会の後に出した個別の課題の確認をするぞ。

 とくに池田は、課題を意識して打っているのか?」

 

「……ちゃんと意識してるし」

 

「最後に、福路キャプテン。……よくやってくれた。パーフェクトだ」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 最後に閉じた福路の手配、待ちは{北}と{九索}だった。ドラ表示牌は{七索}{西}。

 

福路 {六索 六索 六索 七索 八索 九索 九索 九索 北 北} {東 東 東 横東}

 

 {九索}で和了れば、海底+混一色+自風+ドラ3で+18000点。

 そして宮永が{北}を捨てたなら、海底+混一色+自風+ドラ4で+24000点。

 

 福路は5600点、24000点を足せば29600点。そのまま終わればプラマイゼロだ。

 彼女は宮永のプラマイゼロを崩すだけでなく、最後まで自らの課題(±0)も達成しようとしていたのだ。

 

 掛け値なしに、いい勝負だった。

 

 宮永咲は、風越女子でも原作通りの実力を発揮した。

 対木もこは、対子場の支配は宮永咲を一時はトビ寸前にまで追い詰めた。

 そしてキャプテンの福路美穂子が、魔物といえる二人を相手に見事な打ち回しを魅せた。

 

 池田華菜は、ほら三人の暴風に最後まで耐えれただけ凄いよ(優しい)

 

 現在の校内ランキングAクラスの上位五人は

 

1位 福路美穂子(3年)

2位 池田華菜(2年)

3位 弓野奈津美(3年)

4位 吉留未春(2年)

5位 深堀純代(2年)

 

 となっており、それに2年の浅井真澄と大迫昭乃が続く。

 後を追う1年は宮永咲、対木もこだけでなく、原作の県予選決勝でスタメンだった東横桃子と文堂星夏もCクラスから必ずあがってくるだろう。

 

 県予選の優勝(けいやくこうしん)全国ベスト8以上の成績(あんていしたせいかつ)に向けて、本日から夏のインターハイ県予選に向けて風越女子麻雀部の新しい日々が始まる。

 

 

(第一部 カン) {東 東 東 横東}

 




投稿後の修正も含めて闘牌シーンで力尽きて「第一部完」って気持ちになりました。
もちろん、まだまだ続きますよ!


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第15局 部活

今後は県予選決勝の闘牌でコケない限りは、22時~0時の間で1日1回ペースの投稿となります。


――宮永咲

 

「わー、テレビで見た雀荘みたいっすね」

 

「……いっぱい」

 

 意外とって言うと失礼かもしれないけど、面倒見の良い池田先輩に案内されてCクラスの部員が主に使うという大部屋へとやってきた。キャプテンは部室に残って先ほどの対局を監督やコーチと振り返っている。

 

 綺麗な新校舎の部室練からは少し離れたところにある旧校舎の大部屋には10台を超える雀卓が並べられていた。余裕を持って雀卓が置かれていた部室よりも広いはずなのに少し狭苦しく感じてしまう。

 

「大部屋には麻雀の入門書から戦術書もあるから自由に読んでいいぞ」

 

 うわぁ、すごいな。かなり大きな本棚まであるよ。待ち時間に読むのだろうか、麻雀以外の漫画や文庫本も半分を締める。以前から読みたいなと思っていた本を見つけて、ふと手に取ろうとする。

 

「その文庫はキャプテンか弓野先輩のだな。

 待ち時間に読むのは自由だが、借りて帰るなら先輩に許可を取れよ」

 

「麻雀の本は部のものっすか?」

 

「東横、上級生には敬語使えよ」

 

「はい、わかっ……わかりました」

 

「……」コクリ

 

「キャプテンはあまり気にしないだろうけど、あたしが代わりに注意するからな。

 麻雀の本は部の物だから、自由に借りて帰ってもいい。ちゃんと返せよ」

 

 対局してたときは分からなかったけど、池田先輩って、もしかして体育会系?口調も変わってるし!

 キャプテンは優しい感じの人だから安心してたけど、風越女子の麻雀部って名門だけあって上下関係にはかなり厳しのかな?

 

「ま、楽しくやってく分には口出ししないし。あとの細かいことは、みはるんに任せるし」

 

「華菜ちゃん、今日は自分が案内して後輩に良いところ見せるって言ってたよね?」

 

「せっかく二年になったんだから、ちょっとは先輩面してみたかったし!」

 

「……まったく」

 

 吉留先輩がツッコミを入れて、深堀先輩が呆れ顔でため息をついている。

 どうやら口調のしっかりしてた池田先輩も仲の良い人と後輩の前で切り替えてるみたいだ。

 やっぱり人数の多い部活になると、ある程度の規律が無いと部内が上手く回らないんだろうな。

 

「えっと牌譜の管理や部室の掃除などの雑用は――」

 

 吉留先輩によると去年まで雑用をするのは校内ランキングの低い一年生の役割だったみたい。

 けど福路先輩が新キャプテンになってから、キャプテン自らが部室の掃除を一人で行っていたらしい。

 それだけではなく合宿の買い出しや料理、部員みんなのジャージやシーツの選択まで……。

 

「キャプテンがそういう人なのは一年もすぐに分かると思う」

 

 お世話好きなとこはあると思っていたけど、流石に福路キャプテンはお人好しがすぎるよー。

 

「監督の発案で校内ランキングとは関係なく各部員が分担することになったから」

 

 清掃はAとBクラスが部室をCクラスが大部屋と分担して行うそうだ。パソコンの得意な人は清掃係が免除されて牌譜の管理を任されるらしい。部員の中には他校の牌譜を集めたり、牌譜の分析を手伝ったりするマネージャー志望の人もいるみたいだ。

 

 部員の多い風越女子麻雀部ではCクラスの部活動に関して、練習の大半が個人の自由裁量に任されている。放課後に麻雀を楽しみたいだけって感じの人も少なくない。たしかに面子にも雀卓にも困りはしないみたいだ。これなら観る専で初心者の文堂さんも名門麻雀部という肩書に気後れせず入部して、麻雀を覚えることができると思う。

 

 強くなりたいという意欲がある部員は、校内ランキング戦に積極的に参加して順位を上げてBクラスを目指す。Bクラスからはコーチの個人指導が受けられるからだ。Cクラスの部員でもコーチにアドバイスをもらったり、ちょっとした相談をしたりもできるみたいだけど、全体の練習とは別に指導の時間が確保されるのは大きい。

 

「早くランキングを上げて、まずはBクラスを目指すっす」

 

「東横さん、初心者だけど私も一緒に頑張ります」

 

 桃ちゃんと入門書を手にとった文堂さんが気合を入れる。

 

「宮永はキャプテンが言ってたように自分が1000点と思って打つようにな。

 あと対木は監督が言ってたように七対子は禁止な」

 

「はい、がんばります」

 

「……むずい」

 

「あたしはAクラスで待ってるし!

 インハイの県予選は6月からだ。全国目指してるなら――」

 

 池田先輩が急にポーズを取って言う。

 

「来いよ、“高み”へ」

 

「華菜ちゃん、それ漫画で見たやつ」

 

「華菜と同じエースだから、真似してみたかったし!」

 

 麻雀部のCクラスで私は友達やクラスメイトと一緒になって、勝つための麻雀を打つ。

 

 

 

――東横桃子

 

「これ、部活なら和了ってもいいんだよね」

 

 咲っちは少し変わった環境で麻雀を打ってたせいでプラマイゼロになるように打つ癖があるっす。

 キャプテンや監督の指導もあって少しずつ改善されてるみたいっすけど……

 

「カン!」カッ  {裏 西 西 裏}

 

「また西(シャン)カン――!?」

 

 ちなみに私は見学っす。周囲が驚くほど咲っちの打ち筋はカンを多用するっす。

 咲っちは「カンだけなら簡単につくれると思うけど」とか言ったけど、そんなことないっす。

 

「……ありえない」ボソッ

 

 ありえないとか言ってるもこちゃんも、いつも七対子で和了る方が簡単とか言ってるから同類っす。

 インターミドル東海王者のもこちゃんは新入生の期待の星っす。

 それこそBクラスから始めてもおかしくない実力があるけど、順子で役をつくる訓練のためにCクラスで打っているっす。

 

「ツモ、四暗刻(スーアンコウ)」 {裏 西 西 裏}{四萬 四萬 四萬 二索 二索 二索 八索 八索 八筒 八筒} {八索}

 

 役満っすか。咲っちには、いつも驚かされるっす。

 

「私、役満を和了ったの初めてだ」

 

「そうなんっすか?」

 

「……いがい」

 

 対局中に外野から思わず疑問を口にしてしまたっす。けど周囲も同じ気持ちみたいっす。

 

「プラマイゼロを狙ってた家族麻雀のときは、いつもはできても崩してたよ……」

 

 何回聞いても他人の家庭事情というのは複雑怪奇っす。

 

「たのしい……ね」ニコニコ

 

「うん!」

 

 もこちゃんも特殊な打ち筋のせいで中学時代は麻雀を打つのを避けられてたらしいっす。

 だから風越女子麻雀部は大勢と沢山打てて、いつも楽しそうにしてるっす。

 

「私にとって麻雀はお年玉を巻き上げられるイヤな儀式だったんだ」

 

「……」コク 

 

「けど風越女子の麻雀部で、みんなと打てて嬉しかった」

 

「かてたら……うれしい」

 

「ちがうよ。相手がもこちゃんやももちゃんだったから!

 それにキャプテンや池田先輩と打ったときは、家族が相手のときと違って難しかったし……楽しかった!」

 

「なら……よかった//」

 

 私はちょっち悔しいっす。なぜなら私にはもこっちや咲っちみたいな特別な麻雀の才能はないっす。

 それなのに監督さんは、わざわざ推薦枠まで使ってまで、私を風越女子に呼んでくれたっす。

 

 今まで全国対戦の麻雀対戦ゲームで、そこそこ強かったからって調子にノッていたっすね。

 リアルの麻雀は、画面越しのゲームの麻雀とはまた違うっす。

 ゲームだとポンやチーといった鳴きタイミングもナビしてもらっていたし、点数計算も任せきりだったことに気付いたっす。

 

 けど負けて悔しいって思うたびに、麻雀が好きだってことに気付かされるっす。

 咲っちやもこっちに「いつかリベンジするし!」って言ってる池田先輩じゃないっすけど借りを返さないと女が廃るっすよね。

 

 私を見つけてくれた監督さんの見る目は正しかったっと、周囲に認められるためにも校内ランキングの上位を目指すっすよ!

 




三人娘の入部だけでなく風越女子の状況や部員の関係は原作と違う点が多々あります。

例えば、原作では去年まで校内ランキングの低い1年が行っていた雑用を全てキャプテンの福路が一人で担っていました。
キャプテンのお人好しを表すエピソードですが、本作ではオリ主である監督の読川が「そこで後輩は手伝うなり、分担するなりしろよ!」とツッコんで福路の練習時間を確保させました。部員が80人もいて率先して雑用を行うマネージャー志望の子とかいなかったのだろうか。

もしかするとFate/stay nightの弓道部の衛宮士郎みたいな扱いだったのかもと想像すると涙を誘います(女子高の闇)。 原作の久保コーチは部の状況をどう思っていたのでしょうか……。


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第16局 三強

 新入生が少しずつ学校にも慣れて四月も終わりを迎えようとしている。

 六月のインターハイ県予選に向けて時は刻一刻と迫っているが、今更の段階で特別に手を打つようなことも無い。

 

 宮永、対木、東横の三人娘は校内ランキングの順位を上げCクラスを抜け出し、五月初めにはAクラスに迫ろうとしていた。インターハイのレギュラー入りに関して心配することは何一つ無い。

 強いて言えば、対木が「対子だけでなく順子を含めた役を作る」という課題に対して早い段階で予想以上に躓いたため、久保コーチと相談し、「対子を集める」という長所を活用する方向へと指導方針を変更したくらいだ。

 

 この三人に引っ張られる形で入部時は全くの初心者だった文堂も78位からランキングを少しずつ上げていき、Bクラス入りを果たしている。余談だが僕はインカレ個人戦で優勝して世界大会に参戦した年にプロ麻雀せんべいの限定カードになったことがある。かなりの黒歴史だ。文堂から特に反応が無かったことから彼女は「期待の超新星、読川尊月」とか書いてある恥ずかしいカードの存在を知らないはずだ。今更入手するのは難しいだろうし、マジで助かった。

 

「県予選の前に合宿か。スタメンやオーダーの最終決定はその後になるだろうな」

 

 県予選の前には合宿が決まっているが、特に他校と合同というわけではない。インターハイの開催期間中は団体戦における代表校同士の練習試合は禁止されているが、別に県予選で戦うことになる県内の高校との練習試合なんかが禁止されているわけではない。

 

 団体戦にギリギリで参加できる程度の部員数しかいない学校であれば、部活内で毎日打つ面子がどうしても限られてしまう。そこで他校との合同練習を積極的に行っている小規模の麻雀部というのも少なからずある。

 

 原作の清澄が県予選前に他校と練習を行った描写はなかったが、実質的にコーチのような役割を果たした“智将”竹井久の立場で考えると他校に宮永咲と片岡優希の情報を渡したくなかったのだと思われる。彼女の情報統制により清澄は原村和のワンマンチームだと他校からは思われていた。また染谷まこの実家である喫茶店兼雀荘「Roof-top」を利用できたのもあるだろう。

 

 部員数が80名を超える風越女子は無理に他校と合同練習を行う必要がない。ただ藤田靖子プロの卒業校だという弓振など久保コーチのお付き合い的に断れない学校からの練習申込みもある。そういうところにはBクラスの部員、二軍メンバーをコーチと共に派遣している。風越女子は二軍メンバーでも県内で五指に入る実力はある。さすが名門といったところだろう。

 

 原作では竹井久が長野の高校で麻雀をするなら風越女子か龍門渕といっていたが、この世界では少し事情が違う。龍門渕の女子麻雀部は昨年に龍門渕のお嬢様である透華が設立したばかりだ。また天江衣の遊び相手として力不足なのかは分からないが、部員も大々的には集められてはいない。超お嬢様学校のためかインハイ出場校といったことも売りにはしておらず、新入生を集める気も無い様子だ。ゆえに麻雀部としては風越女子とは比べ物にはならない小規模なものとなっている。

 

 昨年のインハイの後に麻雀部顧問の誘いがあったが、これも高校からのスカウトではなく龍門渕の家からの打診だった。契約期間が二年だったことを考えても理事長としては可愛い孫の遊びに手を貸しはするが、高校として麻雀部に入れることはないという判断だろう。透華や衣が卒業した後に麻雀部が残っているかも怪しいところだ。

 

「他県の学校と言っても近隣にはツテがないしな。大阪や福岡は長野から遠すぎるし、予算も出ないのだろう」

 

 竹井久のようにプロにツテがないわけでは無いんだが……気軽には頼みづらい。男子プロの旧友は世界大会(ワールドツアー)の最中で忙しいだろうし、国内プロの知り合いで暇そうなのは、地元つくばに引きこもっている小鍛治健夜(すこやん)くらいか。ただ、あの人なんて呼んだらインハイ前に風越女子の部員がマジで潰されかねんからありえない。プロから逃げた僕と何かと機会があれば打ちたがってるし、できれば避けたい相手でもある。

 

 新道寺女子つながりではプンスカさんこと野依理沙プロとも面識はあるんだけど、住んでるところは神戸だったはずだ。口下手な人だから電話でのコンタクトにも不安がある。というか長野に引っ越ししたのが年賀状を出した後だったから、忙しくって引っ越しした案内のハガキとか送るの忘れてたな。郵便局に転居届は出してるから一年は大丈夫だけど……。

 

 そんなことを考えているとケータイの音が鳴り響いた。

 

「誰だろ? この時間に……」

 

 机に置いてあったケータイを特に着信先も確認せずに取る。電話かけてくる相手なんて限られてるしな。

 

「……もしもし」

 

『お、出た出た。よーっす久しぶりー』

 

「ん? 三尋木か? 珍しいな。どうした?」

 

 予想していなかった相手に驚く。売れっ子である三尋木プロはかなり忙しいはずだ。日本代表の先鋒で若手のトップランカーである彼女とはインハイ時代からの長い付き合いだ。当時のインハイ女子における三尋木咏というのは、今でいう宮永照のような絶対的な存在で、男子の「双璧」と合わせた三人はインハイでも別格の「三強」と呼ばれていた。

 

 インハイの個人戦決勝の後には男女混合のエキシビジョンマッチが毎年行われるが、僕らの時代は三年連続で「三強+女子選手」で行われた。インカレ後もプロの世界でも華々しく活躍している二人に比べて、インハイ個人戦で優勝したこともなくプロから逃げた自分としては「三強」という過去の肩書は喜ばしいものではない。

 

『いやさー、博多まで遠征に来たから飲みいかない? どーせ、おまえ暇だろ?』

 

「いや、無理だから」

 

『中洲の店を予約してんだってー、ウチのスタッフも会いたがってるし、おごりだぞー?』

 

 彼女の所属する横浜ロードスターズには高校三年の頃からスカウトされていて何度も断っている。

 

「こちらは長野だぞ」

 

『わかんねー、なに言ってるか、ホントわかんねー。だって新道寺女子って福岡っしょ?』

 

「風越女子っていうインハイ長野の強豪校に監督としてスカウトされたから引っ越したんだよ」

 

『なにそれ、しらんし』

 

「年賀状送った後だったから忙しくって忘れてた」

 

『それって、連絡してくれてもよくねー?』

 

「……すいません」

 

 大学を卒業した際も三尋木から「同じクラブチームで日本一にならないか」と誘われた。そのときは世界大会への参戦が決まってたから、その結果次第ではプロになるつもりもあって少し前向きな返事もしていた。

 

 結果的にインカレ時代の男女混合リーグで気付いた不安定なツクヨミの力が、世界大会を通して「白銅鏡」(ミラーマン)というハッキリした形に昇華されプロの道を断念したことで、彼女とは喧嘩に近い感じで別れていたので連絡を取っていなかったのだ。

 

 と言っても色々な負い目があるから、彼女には強く出れないのだ。

 

『ふーん、まだ教師になるために足掻いてんの?』

 

「ああ、インハイで全国ベスト8になれば念願の正社員雇用(きょうし)だ」

 

『なんも変わってねーなー。長野って、ちっこいヘンなのがいるとこだろー?』

 

 思わず三尋木もちっこいよなとか失言しそうになったがとっさに食い止める。

 たしかに月齢に左右される天江衣の異能はプロ向きではないし、昨年のインハイなどは素人同然の打ち筋だった。

 真のトッププロである彼女からしたら魔物と呼ばれる天江衣レベルでさえ「ちょっとヘンなの」といった感じなのだろう。

 

「まあな。今年は長野のインハイ県予選は魔境になるよ」

 

『けど、おまえが監督になったってこたー勝算はあるんだろ? 知らんけど』

 

「それなりに面白い選手が手元にいるよ」

 

『へー、おまえが“おもしろい”ねー』

 

「ま、そういう事情だから飲みは今度だ。悪かったから次には奢るよ」

 

『ふ~ん、そいつら私がみてやろうか?』

 

「ん? そっちは忙しいから無理だろ、予選決勝の相手を考えると軽く揉んでやって欲しいが」

 

『んー、予定わかんねー。あとでメールするわー』

 




週間ランキング2位になっていてビックリ! 感謝、感激です。
元のプロットがR-18向けということで様々な女性と縁があるオリ主です。

選手たちの動向は「ほぼ原作沿い」ですが、監督サイドは横道に逸れます。


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第17局 傭兵

前回に続き、今回もあの人気プロ雀士が登場?


 五月の連休が近い。電話の後、数日は経ったが三尋木からの連絡はない。

 本人も忙しいだろうし、県予選前に間に合ったらよいかと放置している。

 

 ケータイの音が鳴り響いたので発信先を確認する。登録されていない番号からの電話だ。

 

「もしもし、どちら様でしょうか?」

 

『読川センパイお久しぶりです。ディス、いいですか?』

 

 日本語に英語が混じったちょっと怪しい喋り方をする人物の心当たりは一人しかいない。

 この世界で僕が()()()()()()()()()()プロ雀士、松山フロティーラ所属の戒能良子だ。

 

 ちなみに姫松高校の後輩たちを中心に彼女のことを「中東の元傭兵でイタコ」だとか「アステカ神の力で役満を和了った」などといった噂を流したのは何を隠そう僕だ。今や尾鰭の付いた噂が広まっているそうだ。まあ異能は事実だし、石油王の依頼で代打ちとして悪魔祓いをしたこともあるそうなので、あながち嘘でもないからな。

 

「……戒能か。番号は誰に聞いた」

 

『国際大会でお会いした佐之海(さのみ)センパイから』

 

 アイツぅ!よりにもよって()()()()に携帯の番号を知られてしまった。

 ちなみに佐之海は世界を舞台に活躍する男性プロ雀士で「双璧」の片割れだ。

 ちなみに戒能はセンパイとか言ってるが出身校だとかの関係は一切ない。

 年齢が上だから国際大会におけるセンパイというニュアンスらしい。

 

「で、なんかようか?」(塩対応)

 

『ワークのリクエストです。ゴッド退治をプリーズしたいのです』

 

「仕事の依頼? 神退治? 何の話だよ」

 

『オフコース、()()()()です。現地で対処できないとなると少しデンジャラスになりそうですが……』

 

 ゴゴゴ、デンジャラスな麻雀とはいったい……。転生して長いが、やはりオカルト麻雀とは前世の常識が相容れない。

 

「そういうことこそ、おまえや佐之海といった特殊な力を持ったプロの仕事だろ?」

 

 戒能も昨年ルーキーオブザイヤー(新人賞)とシルバーシューターを受賞した変幻自在のプレイを見せるホープだ。

 アステカ神話におけるトウモロコシの神であるセンテオトル(ファ○リーズ)の力で除菌除霊だって出来るプロの(麻雀)退魔師である。

 

 佐之海は日本の若手男性プロで、唯一の世界の女性トップと対等に戦える世界ランカーだ。

 その名の通り「月読命(ツクヨミ)」と並ぶ「須佐之男命(スサノオ)」の力の使い手だ。

 アマテラスは天、ツクヨミは夜、スサノオは海を治めるように言われたという話もある。

 彼なら相性的に満月の天江衣と戦っても海底(ハイテイ)を全部潰して圧勝するくらいに強い。

 

 そして宮永照をして「火力不足」とか言っちゃう小鍛治プロさえ認める天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)であれば、大概の化生の類は退治が可能だ(全て麻雀の話です)

 

「佐之海センパイも私もアジアカップでシンガポールにいるので、ジャパンまでリターンできません」

 

 戒能は実業団リーグのチームに所属しているが、国際大会への参戦を契約条項に加えている。国内リーグだけでは世界ランキングのポイントは増え難いので、世界を主戦とするならば必要な内容だ。ちなみに佐之海は国内リーグのプロ契約は結ばずに、国際大会の賞金のみで生活しているトーナメントプロだ。

 

「こっちも長野で忙しいからノーセンキュー」

 

『女子高のヘッドコーチ(監督)やってるんですよね?

 鹿児島の永水女子に興味ありませんか?』

 

「神退治の相手は永水女子の選手か?」

 

「そうです。神代小蒔にバッドなゴッドがゲットオフしました。

 鹿児島に行って天岩屋戸を開いて欲しいのです』

 

「興味がないとは言わないけど、インハイに向けて大事な仕事もあるし断る」

 

『イフ……ウェイ(仕方)ありません』

 

「わるいな」

 

『三尋木センパイに、()()()()()e()y()e()()()()()()()()と言って良いんですか?』

 

「……ごめんない。ナマ言ってすいません! 許して下さい! 何でもしますから!」(土下座)

 

 このイタコ系の有名な異能(オカルト)持ちは「()()()()()」のだ。だからこそ逆らえない。絶対にだ。

 当時の僕は世界大会のラスベガス東風トーナメントにおいて白銅鏡(ミラーマン)で緑三枚を引き、緑一色(リューイーソウ)を連続で和了って入賞を果たし、転生チートTUEEEと調子にノッていた。遅ればせながら大二病に患ったような状態だった。

 

 そして国内のプロアマ混合の親善試合で彼女に出会った。まさか条件付きとはいえカウンター系の能力まで持っていることなど露知らず、原作キャラじゃないかと出来心で覗いてしまったのだ。

 

 彼女は「秘密」を知っている。何処までの詳細を把握しているかは分からないが、他には誰にも知られてはないプロを断念した異能の秘密を――。

 

『では、プリーズします。ゴッドはソリッドですので、高い火力がネセサリーです』

 

「こっちには初手テスカトリポカや天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)とかは無いんだけど……」

 

『センパイも“鏡”を持ってますよね』

 

 一体、どこまで知られてるんだ。アステカ神話における主要な神の1柱であるテスカトリポカの名は「煙を吐く鏡」を意味するのだ。後で調べて愕然とした。原作でのエフェクトだと鏡的な要素が無かったからな。麻雀の対局中に黒曜石の鏡が現れて、覗きがバレたときは息が止まったわ。

 

「……永水女子とは何の繋がりで依頼が?」

 

『ん? 永水女子のハル(滝見春)とは従姉妹の関係ですが?』

 

 そんなん知らんかったわ。転生してから生きていく上で殆ど必要なかったとはいえ抜けてる原作知識も多いな。

 イタコ系だけあって六女仙に連なる家系なのか。おもちのサイズ的にも納得してしまった。

 

「憑かれた神代小蒔を囲う面子は指定できるのか?」

 

『ノープロブレムですね。六女仙の補助が必要ですが』

 

 永水女子に対局が見られないのであれば、風越女子の面子に神卸しを相手にする経験を積ませたかったのが難しそうだ。

 

「相応の報酬が出るならGWを利用して合宿とかしたいな。

 永水女子以外で鹿児島県の学校で強いところを紹介できないか?」

 

『なら、九州赤山高校はどうでしょう? たしか三年生に昨年のインターハイ個人戦代表がいますネ』

 

「わかった。それと儀式で身につける巫女装束の腰巻と肌襦袢(和服の下着)の色に赤や黒を用意できるか?」

 

『白が一般的ですが赤や黒が無いわけではありません。ノープロブレムでしょう』

 

「なら神代に黒を、卓に着く巫女の二人には赤を」

 

『……なるほど、カラーのルールでしたか』

 

 ヤバイ。色の支配まではバレて無かったのか。自爆した気がしてきたが、もうヤケクソだ。腹を括ろう。

 白三枚は、{白}の四枚に加えカンドラもしくは裏ドラが確定するが強い力ではない。色の支配の真価は色付きの下着にある。

 黒一枚、赤二枚を実践で試したことはないが、推測通りであれば――。

 

 他にも対局の時間帯を夜中に指定するなどの希望を伝える。

 

「こちらからの要望は以上だ」

 

『では、報酬の振込先を教えて下さい。スイスの銀行から振り込みますので』

 




読川監督と他のプロの関係

藤田靖子 互いに面識がある程度 インカレ時代に対局したこともある
戒能良子 最も警戒し危険視する相手 弱みを握らている
瑞原はやり 面識あり 彼女のマネージャーとアイドル談義をしたことがある
野依理沙 新宮寺女子繋がりで連絡先も知ってる間柄だが親しいほどではない
小鍛治健夜 面識あり 佐之海プロ繋がりで、対局を希望されているが拒否
三尋木咏 インハイ三強時代からの付き合い 飲み友達 プロを避けた負い目がある
佐之海プロ(オリキャラ) 男子インハイの双璧の片割れ 元ライバルであり旧友


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第18局 神楽

口数は少ないけど、心の中では色々と考えてる滝見春の巻


――滝見春(永水女子1年生)

 

「ようこそ」

 

「えっと、君は?」

 

「永水女子の1年で滝見春と言います」

 

「ああ、戒能プロの従姉妹の」

 

「そうです」

 

「よろしく、依頼を受けた読川尊月だ」

 

 霧島神境と俗世の境で、良子姉さん(戒能プロ)に紹介された男性を迎える。

 

 姫様に降ろした神が天岩戸に引き篭もり、私達の力だけでは助け出すことが困難となった。

 当初は良子姉さんにお願いして、ウェウェコヨトル(音楽・ダンスの神)の力を借りる予定だった。

 

 ただ残念なことに良子姉さんはアジアカップで日本を離れていた。

 そこで紹介されたのが長野の強豪校で麻雀部の監督を務める目の前の彼だ。

 

 姫様をプロ雀士でもない方に任せてしまうのは、荷が重いのではないだろうか。

 長野は昨年のインハイと春の大会で活躍した龍門渕が有名だが全国的には激戦区とはいえない。

 実業団リーグの中堅プロ程度の雀力では、神に返り討ちにされてしまうことだろう。

 

「どうやら人選に不満の様子だが?」

 

 表情の変化に乏しいと言われてますが、感情が表に出ていたみたいです。

 

「いえ、案内します」

 

「この空気……なかなかの神が降りてるみたいだね」

 

「ええ」

 

 おかげで化生の類は寄り付かず、部外者が何か悪いものに憑かれたりする心配をせずにすむ。

 どうやら神を降ろした神域から放たれる圧力に怯んだり飲まれたりもせず付いては来れる様子。

 

 

 

「きましたかー。風越女子の監督さん。

 元インハイ男子団体戦の三冠、噂は聞いてますよー」

 

 応接間に案内すると、いつものハダケた巫女服姿で初美さんが声をかけて来る。

 他に中にいるのは霞さんだけ。巴さんは憑かれた姫様に付きっきりだ。

 

「遠い所から、よく来て下さいました。永水女子、3年の石戸霞と申します」

 

「同じく3年の薄墨初美ですよー。よろしくおねがいします」

 

「読川尊月です。今は風越女子の麻雀部で監督をやっています」

 

 六女仙を代表して霞さんが挨拶を行う。黒糖分が足りないけど少し我慢をする。

 初美さんのように、殿方の前ではしたない姿を晒すことはできない。ポリポリ

 

「はるる、どうだった?」

 

「わからない」

 

 迎えに行くついで雀力(神力)があるか見て来て欲しいと頼まれたが私に分かるはずがない。

 

「ふんふむ……なるほどなるほど。頼りになりそうな方ですね」

 

「霞さんが言うならまちがいありませんねー 」

 

 巫女としての年季の違いだろうか、私には分からないけど霞さんには何かが分かるらしい。

 

「しかし……」

 

「何か問題が?」

 

「ただ稲苗月ということもあって神域の力も増しておりますので――」

 

 稲苗月は五月の異名だ。古来において日本には、男が戸外に出払い、女だけが家の中に閉じこもって、田植えの前に穢れを祓い身を清める儀式を行う風習があった。これが中国から伝わった端午と結び付けられ、5月5日(こどもの日)に行わる端午の節句となった。すなわち、端午は元々女性の節句であり、この霧島神境の中において女性の神力が高まる時期でもある。

 

 そのことを霞さんが説明する。ポリポリ

 

「なるほど…‥。まあ夜中の試合であれば拮抗できるでしょう。

 あと儀式の巫女服は戒能プロに頼んでおいたものでお願いします」

 

「ええ、理由は聞いておりませんが、全て整えています」

 

「神払いにおける対局のルールをお聞きしても?」

 

「はい。インハイの団体戦を準拠で降ろしていますので持ち点は10万点です。

 半荘2回の間に姫様の持ち点を5万点以上減らしていただければ、天岩屋戸が開きます」

 

「開いた後は?」

 

「同じ卓に着く二人の巫女が神を封じます。

 ただ巫女は備えのため置物になりますので、実質は神との一対一になります」

 

「その条件なら春の大会で見た薄墨さんの裏鬼門があれば何とかなりそうだけど?」

 

 通常のトラブルであれば、霞さんか初美さんで対処し、私と巴さんで神封じを行う。

 だけど天岩屋戸に引き篭った神に対して高火力を誇る初美さんの力との相性が悪い。

 

「北家でも牌が集まらないんですよー」

 

「それが天岩屋戸の前で神は風牌(カゼハイ)が他家に集い騒ぐことを許さないのです」

 

「それだと四喜和で和了るのは無理そうですね」

 

「はい。それで、ご助力を願うこととなったのです」

 

「事情は分かりました。精一杯努めさせてもらいます」

 

「それでは客間を用意しておりますので、お時間まではそちらでお休み下さい」

 

 ふう、ようやく黒糖分が補給できる。ポリポリ

 あれ、いつの間にか黒糖が半分くらい減ってる。

 

 

 

 日も深く沈み対局の場となる主殿に足を運ぶ。

 畳を敷き詰めた座敷の中央に儀式に用いる麻雀卓が用意されている。

 正面には深い眠りにつく姫様が巴さんの介護を受けて座る。

 

 左右には霞さんと初美さん、姫様との対面に風越女子の監督。私はその後ろで対局を見守る。

 

 霧島神境の姫君――神代小蒔。

 

 強力な神を身に宿した状態ならば、最大瞬間風速でチャンピオンの宮永照を超えるだろうと私たちは信じている。

 けど神降ろしには事前の準備が必要で、夏のインターハイに合わせて儀式のローテションを考えていたところだった。

 

 そこで予期せぬトラブルが起きた。試しに呼び出した神が、姫様の身体を天岩屋戸とし、その中に閉じこもったのだ。

 その日から眠りについたまま、目を覚ますことのない姫様が、まるで夢遊病者のように麻雀を打っている。

 

「ポン」 {西 西 横西}

 

 他家に集まらない風牌を姫様が鳴いて集める。

 

「ポン」 {中 横中 中}

 

 また姫様が鳴く、風牌ではなく中牌?

 

 まさか……。

 

「ツモ、混一色(ホンイツ)」 {一筒 二筒 三筒 四筒 五筒 六筒 北 北 北 白}{西 横西 西}{中 横中 中} {白}

 

 まずい。これは、それこそインターハイ決勝に合わせて降ろすような神の力だ。

 

 風牌{東 南 西 北}を分散させるだけでなく、三元牌(サンゲンパイ){白 發 中}を手元に集めている。

 

 これでは大三元や字一色(ツウイーソウ)を警戒しなければならず、風牌や三元牌を安易に捨てることもでない。そのような身動きが取りづらい縛りの中で5万点を削るなど不可能に近い。

 

 ジッと姫様を視ていた風越の監督が、左右に瞳を向けた。

 何故か左右の二人が、顔を赤らめている。

 

 ……そして室内の熱が増した。

 

 

 

「ツモ、九蓮宝燈(チューレンポウトウ)」ドン!!

 

{一萬 一萬 一萬 二萬 三萬 四萬 五萬 六萬 七萬 八萬 九萬 九萬 九萬} {三萬}

 

 ()()()()()()()()。しかも、あがった者は死ぬと言われるほどのレジェンドレア役である純正九蓮宝燈。

 

 場が異常な熱気と興奮に包まれ、見学者の私でさえ、身体の芯が火照っているのを感じる。

 

 いつの間にか左右に座る二人の巫女服が少しずつはだけていた。

 

 神話において天岩戸の外で、神々がアマテラスの気を引こうと破廉恥騒ぎを起こした。

 有名なのは芸能の女神であり、日本最古の踊り子アメノウズメによる裸踊り(ストリップ)だ。

 

 胸をはだけ、腰巻を下ろした状態で踊り狂う天宇受売命に男の神様たちが大喜びする。

 

 これは、きっと夢だ。神話が目の前で再現され、私は黒糖を食べることも忘れて魅入る。

 

 狂乱の宴は、ダブルやトリプル役満の無いインハイ準拠のルールで姫様がトブまで続いた――。

 

 

 

 私にも分かった。風越女子の監督はマジでヤバイ。ポリポリ

 




一回くらいはチート能力によるオリ主の無双がやりたかったんや!!

などと供述しており……。

純正九蓮宝燈ネタは感想から頂いたアイデアですが、元ネタであるR-18設定のプロットで永水女子×天岩屋戸で乱痴気さわぎというネタがありました。これは酷い。

第三者から見た「夜のツクヨミ(意味深)」&「白銅鏡」チートの威力です。

ベガスの大会でも緑一色を連発させた為に周囲からは「プロになれよ」と思われてます。
特に三尋木、佐之海、小鍛治の三人は読川のプロ入りを強く願ってます。
裏事情を知らないので、異能が当初は不安定なのはよくあること、諦めるのは早い。プロになってから練度を高めれば良いという考えです。


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第19局 合宿

次で20局となりますが、何と時系列的には単行本の第一巻が未だ終わっていません。
久しぶりに単行本の1巻を読み直して原村和が全国優勝を目指してた理由(転校したくない)を思い出しました(汗)


――宮永咲

 

 五月の連休は、鹿児島への小旅行となった。

 本来は麻雀部は全部員の参加で県内のパークホテルで合宿が行われる予定だったけど……。

 監督が鹿児島の強豪校との練習が組めたと、急遽Aクラスの部員だけが別行動となった。

 

 明日からは合同練習だけど、夕方までの時間は繁華街・天文館通りで観光だ。

 監督は用事があるらしく、空港についてからはキャプテンに引率を任せて別行動。

 私たちだけで自由にお土産を買ったりできるのは嬉しいけど、いいのかな?

 

 麻雀部の規律に厳しい久保コーチとは逆に、読川監督は割と自由放任なところがある。

 風越女子の麻雀部では一軍のAクラスより、二軍であるBクラスの方が練習が厳しいと言われてる。

 キャプテンは選手の自主性を尊重してくれてるって言ってるけど……いつも大勢の部員を相手に忙しそうなコーチに比べて、Aクラスの担当で少人数しか見てない監督は少しサボってる感じがする。

 弓野先輩なんかは監督が来てから風越女子麻雀部の雰囲気も昔と比べて色々と変わったと言っていた。

 私はあまり堅苦しいのは苦手だから、監督がゆるい感じで助かってるのかもしれない。

 きっとコーチと監督がそれぞれメリハリを担当して丁度良いバランスを取っているのだと思う。

 

「全員、揃ってるかしら?」 「みんな、そろってる?」

 

 校内ランキング上位8人のAクラスは、三年が福路キャプテンと弓野先輩の二人。

 キャプテンは風越女子で麻雀が純粋に一番上手だ。とても優しくて面倒見の良い人だけど、すごく機械に弱かったり、天然なところもあったりする。

 弓野先輩は、本棚に置いてある文庫本の種類で気付いたけど、私と読書の趣味が近い。お昼休み図書室でもよく会ったりする。

 

「宮永は迷ってないよな」 「全員、揃ってます」 「もこもいる?」

 

 二年生は池田先輩、吉留先輩、深堀先輩の三人。

 池田先輩が監督やコーチに真っ先に意見する麻雀部の切り込み隊長というかムードメーカーで、仲の良い吉留先輩がその宥め役。そして深堀先輩がどっしりと構えていて三人で麻雀部の二年生と一年生をしっかりとまとめている。

 それに池田先輩は部活外でも仲良くしてくれてて、学内で困ってたことがあれば、すぐに助けてくれる頼れる先輩だ。部活ではキャプテンに甘えてる感じだけど、家では三つ子の妹がいるお姉ちゃんだ。池田先輩と吉留先輩には、寮暮らしのもこちゃんや桃ちゃんと一緒に街を案内してもらったこともあった。

 深堀先輩との絡みは少ないけど、勝手にお母さん的なイメージがある。一年生だと、もこちゃんが懐いていて、とくに喋ったりする訳ではないけど近くにいるのをよく見かける。また部員のなかで桃ちゃんの特異性にいち早く気づき、久保コーチに「消える」と報告したのも深堀先輩だ。監督は気付いてたみたいで、Aクラスに入ってから指導するつもりだった、深堀先輩のおかげで桃ちゃんはBクラス入りした直後から、コーチに指導され自分の特異性を意識した打ち回しを試すようになった。

 

「迷ってないです!」 「……いる」 「大丈夫っす」

 

 そして一年が私と、もこちゃんと、桃ちゃんの三人。入部したときは初心者だった星夏(文堂)ちゃんもランキングを伸ばしたけどAクラスに入れなくて一緒の合宿に行けなかったことを悔しがってた。

 私ともこちゃんはAクラス入りしてからランキング戦を除いて、桃ちゃんに教わって部室のパソコンを使ったネット麻雀ばかりしてる。ネットの麻雀は、いつもは見えてる牌が、ぜんぜん見えなかったりして。「これって本当に同じ麻雀なの?」ってくらい、いつもの麻雀と違う。もこちゃんも、ネットの麻雀だと対子が思うように集まらず「……むずい」って言って四苦八苦してる。

 でも今のままじゃ全国に行けないって監督に言われたから。涙目になりながらネットの麻雀でも勝てるよう頑張っている。ネット麻雀には「のどっち」という伝説級の打ち手がいるみたいだけど、本当に凄い人なんだろうなって思うよ。

 

 誰かと対面で打つのはホントに久しぶり。また他県の人と打つのも楽しみだ。風越女子に入ってから色んな人と打つようになって自分の世界が広がっているのを感じる。高校に入ってからは新しいことの連続。けど、そんな毎日が楽しい。

 

 私、麻雀部に入れて良かった。先輩や友達と打てて楽しい。

 けど三年生のキャプテンや弓野先輩は夏のインターハイを最後に引退する。

 もし6月の県予選で負けたらそこで終わり。そんなのは嫌だよ。

 

 全国の舞台でお姉ちゃんと打ちたい、そして全国の舞台は一人じゃなくて、みんなと行きたい。

 

 だから、やれることは、全部やってみて、みんなと一緒に――全国に行くんだ!!

 

 

 

――福路美穂子

 

 宿泊先ホテルの多目的室に用意された麻雀卓は二台。机には買ってきた飲み物やお菓子が置かれていて、待ってる間は談話ができるようにしてあります。そこに九州赤山の団体戦レギュラーを招いての合同練習。人数は二校合わせて13人。

 

「こうして、ゆっくりとお話するのは初めてですね?」

 

「そうですね」

 

 ソファーで休憩していた私の隣に座ったのは九州赤山高校の藤原利仙さん。彼女とはお互いに一年生の時から県代表にも選ばれていて、インターハイの個人戦などで対局したこともあって多少の面識があります。

 

「鹿児島に長野、お互いに団体戦の県予選は大変ですわね」

 

 私は藤原さんの言葉に頷きを返す。風越女子も九州赤山も二年前は団体戦の県代表。しかし長野に龍門渕、鹿児島に永水女子が台頭してから勢いを落とした。そう考えてみれば境遇が似ているともいえるわね。

 

「みんなも神代(小蒔)さんと何度も戦っている藤原さんと打てて良い経験になったと思うわ。

 合同練習も急な話だったのではないかしら? 付き合ってくれて、ありがとうね」

 

 読川監督からは一年生の三人と個人戦県代表クラスの実力を持つ藤原さんを必ず打たせて欲しいと頼まれていた。

 春の大会で龍門渕の天江衣を破った永水女子の神代小蒔と、鎬を削っている藤原さんとの対戦は、きっと三人にとって県予選で龍門渕と戦う上での貴重な経験となると思うわ。

 

「この合同練習は、けして風越女子の皆さんに胸を貸しているつもりはないのです。

 わたくしたちも団体戦で永水女子の後塵を拝したままで終わる気はありません。

 戒能プロに話をもらったとき、少しでも強くなれるならと思って、こちらに参加させて貰ったのですから」

 

 監督は合同練習だから普段とは違った面子で打つようにと指示を出し、ずっと大人がいたら選手同士で気軽に交流できないからと言って早々と退出した。朝食で会ったときに、かなり疲れている様子だったから部屋で休んでいるのだと思う。

 監督は知り合いの戒能プロから頼まれた用事と言ってたけど、プロを相手に徹夜で打ったりでもしたのかしら。

 

「そうね。お互いに遠慮する必要なんてないわね。一緒に頑張りましょう!」

 

 後で全国の舞台で戦うことになっても、今は互いに県を予選突破することが優先ね。

 

「それに……わたくし個人としても、彼女には負けたとは思っていません。

 そのことを夏のインターハイ個人戦では証明するつもりです」

 

 藤原さんは一つ年下の神代さんに個人としてのライバル意識も抱いてるみたいね。逆に私は天江さんに対して、それほどライバル意識というものはないわね。天江さんが個人戦に出ていないのもあるけど、年の差以上の幼さを彼女の外見から感じてしまうからかしら。

 

 私が個人として意識するとしたら姫松の中堅(エース)である愛宕(洋榎)さん。インハイ時代の読川監督に憧れた私にとって姫松の中堅(エース)というのは特別な存在だ。読川監督が風越女子に来てから今まで以上に意識するようになった。

 

 そして私は監督が来てからは、龍門渕に勝って全国出場するだけではなく全国優勝という夢を抱いている。

 

 佐之海選手という圧倒的な存在がいたから、双璧の戦いが注目を浴びたけど、インハイ男子で団体戦三冠を達成した姫松男子の戦い方は全員麻雀だった。全員が心を一つにして試合に臨んでいるのが、TV中継を見ていただけの私にも伝わるくらいだった。

 

 そんな姿に憧れて、ずっと私は個人戦よりも団体戦での栄冠を臨んでいた。

 ずっと憧れてた読川監督に選手としての栄冠だけでなく、指導者しての栄冠を手渡したい。私の手で――。

 

 団体戦は私一人の力だけでは勝てない。だから、みんなにはもっと強くなってもらわないとね。

 




やたらと高い福路キャプテンからの好感度。
そして咲には読川監督のいい加減な性格がバレてます。
読川監督はスタメンはともかく部の運営には手を抜いてます。

読川は「教師の部活動とか、時間外や休日手当も払われない時間外労働だし」と思ってます。なので麻雀部の監督は教師になるための「手段」に過ぎません。教師になったら監督の肩書が残ってたとしても専任コーチに丸投げするつもりです。


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第20局 先鋒

いよいよ風越女子のスタメン発表?


 そろそろインターハイ団体戦のオーダーを決める必要がある。団体戦の申込みは最低で五人、補員(補欠)を含めて最大八人での登録となる。スタメン五人のオーダーは事前登録となっており、発表はインターハイ予選の初日に行われる。

 過去には、わざと補員の三人をスタメンに置いて、他校のオーダーが発表された後に、補員を欠場させて主力スタメンのオーダーを決めるという作戦を取った学校もあった。この不正行為は、すぐに明らかとなり、不正を行った学校は厳しい処分を受けた。

 

 団体戦はトビ終了もあり、点差によって後半になればなるほど自由に打てなくなる可能性が高い。

 そのため先鋒に最も強い選手(≒得点力が高い選手)をエースとして据えるのがセオリーとなっている。

 また最終戦まで僅差でもつれ込めば、最後は大将同士の戦いとなるため、大将にも優れた選手を置く必要がある。

 

 最新の風越女子麻雀部の校内ランキングは以下の通りとなっている。

 

1.宮永咲(1年) 1855

2.福路美穂子(3年) 1837

3.対木もこ(1年) 1812

4.池田華菜(2年) 1754

5.東横桃子(1年) 1732

6.深堀純代(2年) 1684

7.吉留未春(2年) 1676

8.文堂星夏(1年) 1643

9.弓野奈津美(3年) 1639

10-浅井真澄、大迫昭乃……

 

 原作知識を元にして必勝のオーダーを冷静になって考えるのであれば、先鋒:福路、次鋒:池田、中堅:対木、副将:東横、大将:宮永と言ったところだろうか。先鋒、中堅と次鋒、副将は逆でも良い。何より大将に魔王(宮永咲)が控えていることに絶対的な安心感がある。

 

 しかし風越女子には「校内ランキングの1位」はエースとしてインハイでは先鋒に据えるという伝統が存在する。腕試しの意味合いが大きかった春の選抜大会とは違って、夏のインターハイにおける先鋒というのは別格の役割なのだ。

 また池田のような自称ではなく、校内ランキングというハッキリとした目安があるので「まだ1年の宮永はエースとするのは気が早い」とか「先鋒は荷が重い」などとは言い難い。そしてランキング1位を譲ったキャプテンの福路が率先して「宮永さんが、風越女子の新しいエースです」と周囲に認めさせている影響も大きい。池田でさえ「自分は二年のエースだし」と、暗に宮永をエースとして認める発言をしている。

 

 久保コーチとも相談したが「校内ランキングの1位のエースが先鋒」という伝統は崩して欲しくないそうだ。毎年の先鋒がコーチや監督といった指導者の意志とは関係なく決まるというのが作戦的な縛りになることは理解した上で、風越女子における特有の事情を説明してもらった。

 ぽっと出の新任監督が急に伝統を崩してしまうと、部員たちはスタメンが校内ランキングを無視して、監督の独断で決められてしまったように感じて、選手との間に不協和音を引き起こす原因の一つになりえるという話だ。

 

 まず風越女子の麻雀部にとって先鋒のエースというのは、憧れの象徴で身近なスターといえる存在だ。多くの部員たちはその憧れを胸に秘め、校内ランキングの頂を目指して日々努力しているという。つまり伝統が崩れれば、校内ランキングという仕組みそのものが、有名無実化してしまうということだ。

 

 もう一つは校内ランキングを無視したスタメン決めにより指導者の権力が強まると、今後は部員たちがコーチや監督に気に入られようと顔色を伺うようになるという懸念だ。そうなると部内の健全な競争は阻害される。これは長期的に麻雀部を指導することになる久保コーチの立場としては望ましくは無い。また監督のクビがすげ替えられた場合には、麻雀部全体を混乱に陥れた原因として悪影響が残ってしまうと指摘された。

 

 また強引な手法でスタメンを決めて一定の結果を残せたとしても、OG会や保護者会の反発があるだろうと言われてしまった。

 

 まさか転生してからスラムダンクの豊玉(大阪代表でラン&ガンのところ)の監督の気持ちを実感することになるとは……。

 

 やはり根回しというのは重要だ。新道寺女子ではコーチ代理を務めたが、2年のエースである白水哩とコンビを組んだ1年の鶴田姫子はともかく、すばら先輩こと花田煌をインハイのスタメンに据えることはできなかった。

 彼女は1年の段階でOBの野依理沙プロと対局しても飛ばなかった。この鋼のメンタルを鍛えれば「誰が相手でも飛ばない(箱割れしない)」という持ち味に繋がっただろう。この花田の特性は、某サイトの能力版強さランキングでもベスト10に入るほどに優れたものだ。チームとして団体戦を勝ち抜く上で、マイナスになることのない強さがあれば、随分と勝ちが計算しやすくなるのだ。

 しかし花田の実力は周囲に認められておらず、コーチ代理の立場では強権は発揮できなかった。彼女については自分やプロといった強者を相手に当たり負けしなかったと須田山コーチには伝えてある。須田山コーチによる検証が間に合わなかったのか、春の大会ではスタメンに選ばれていなかった。しかし持ち味が明らかになれば原作通りにインターハイのスタメンに抜擢するだろう。

 

 コーチ代理の立場では無理だが、実績を積み重ねた須田山コーチであれば、それが可能だからだ。

 新道寺女子は「このところインハイの成績が振るわない」などと言われているが、一昨年はベスト16、去年はベスト8と、そこまで極端に悪い訳ではない。求められる水準が高いのだ。

 九州随一の強豪校としてベスト8は当たり前、ベスト4に入って東京や大阪の強豪を破って優勝杯を持ち帰ることを望まれているのだ。コーチ代理となった際は県代表が不安視されて、全国出場しても上位は期待されず、ベスト8入りしたら「流石は須田山コーチが鍛えていたチームだ」とか「新道寺女子ならベスト8は当たり前」など言われて、それほど高くは評価されなかった。

 原作の新道寺女子が採用した「副将にエースを据えて大将で逃げ切る」作戦という、セオリーとは真逆の布陣もコーチ代理であれば実現はできなかっただろう。

 

 部員数の少ない弱小チームや何でも出来るゲームじゃないんだから、フリーハンドでスタメンが決めれる訳ではないのだ。漫画の世界に転生したと言っても世の中というのは、いつも世知辛いのだ。世の中、世知辛いのじゃ~。

 

 風越女子の先鋒は、宮永咲。これは決定だ。思いつきで決めたタイトルを回収するためにも

 

 なぜなら僕が風越女子麻雀部の監督に就任した理由は、インハイ優勝などではなく正規雇用と安定した生活だからだ。

 志が低いとか、考えがセコいとか、器が小さいとか言われようが関係ない。もし全国ベスト8になって教職として採用されても、OG会や保護者会の反発が強い中で教師など絶対に続けたくない(断言)

 

 それでも宮永が自ら「私は大将が良いです!」とでも言ってくれればと悪あがきに面談をしてみたが、逆に「お姉ちゃんのポジションは何処になるでしょうか?」と問われてしまった。

 

 一瞬だけ言葉に詰まった後に「エースである先鋒か、もしくは春の大会で務めた大将の可能性が高い」とだけ返事をした。原作知識的に嘘となる可能性の高い「宮永照は大将説」を強くは押せなかった。もしも魔王に「監督に騙された」とか思われたらインハイ中やインハイ後の麻雀部が非常に気まずくなるからだ。小心者だと笑ってくれ。

 

「それなら、私は先鋒を選びます! お姉ちゃんが大将でも後悔はしません。

 福路キャプテンから風越女子のエースになって欲しいって頼まれましたから!!」

 

 幸いなことは淡白なところのあった宮永に想像以上にエースとしての自覚が目覚めていたことだ。

 やはり清澄と風越女子では麻雀部を取り巻く環境の違いが大きいのだろう。

 

 また校内ランキングの2位と3位には本人の希望を聞いた方が良いと久保コーチにアドバイスされた。風越女子の伝統としてはベスト3は絶対にスタメン入りするそうだ。ただ4位や5位となると10位くらいまでと実力的に大差はないので確定ではないらしい。

 過去にも来年に向けて経験を積ませるために3年を外し1年や2年を入れたり、逆に後輩が卒業する先輩の花道を飾るためスタメンの座を譲るということも有ったようだ。

 

 そこでキャプテンの福路にも希望のポジションを確認したところ「中堅」という意外な言葉が返ってきた――。

 

 な・ん・で?




ようやくタイトル回収! ちなみに元のR-18ネタでは特にスタメンは決めてなかったです。
感想欄でも取り沙汰されていたスタメンのオーダーですが、賛否両論は当然あるかと!
これが「さいきょう」の布陣だとか私も思ってないです。
物語なりの理由や事情をご都合主義だと感じることもあるでしょうがご了承ください。

校内ランキングの横にある数値は何となくの雰囲気づくりです。
現時点で作者が考えてる力量差を数値化したものかな?


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第21局 憧憬

 福路との個別面談で分かったことは、自分のインハイにおける活躍が想像してる以上に影響を与えていたということだ。

 たしかに麻雀のスタイルが似てるなと思ってはいたが、まさか僕に憧れてスタイルを真似たなどとは考えてもいなかった。

 

 やたら就任当初から好意的なのも、原作で初対面のタコスに弁当をあげるような優しい性格だからだと思っていた。

 今まで話す切っ掛けや機会を伺っていたのだろう。彼女から姫松男子の「全員麻雀」に感動したこと、団体戦で三冠を達成した姫松の中堅(エース)だった僕をずっと尊敬していたことなどを伝えられた。少々こそばゆいというか、かなり恥ずかしい。

 

 なにしろ当時の姫松の男子麻雀部は強豪であった女子麻雀部に比べて、ずっと弱かった。部員も片手で数えるほどで、部員数の多い女子麻雀部には相手にもされていなかった。たしか前世の記憶で「男子のインハイチャンプは二条泉ちゃんと同じくらいの強さ」というアナウンスがあった記憶がある。原作において二条泉は1年生で千里山女子の次鋒を務めてはいるが、インターミドル個人戦では原村和と対戦して惜敗。特別な能力などもなく「日本で最強の高1」を自負してはいたが、宮永咲や高鴨穏乃、大星淡といった1年の「何かヤバイ奴ら(異能持ち)」と比べると1枚も2枚も劣るといった感じだった。

 

 転生して実際に麻雀界に関わると、常識では考えられない異能を持った選手の割合は女性が圧倒的に多い。インハイ女子では毎年1人か2人は「牌に愛された子」というのが出てくる。しかしインハイ男子となれば、その割合が十年に1人か2人となる。ちなみに原作の『咲-Saki-』のインハイ世代は、この十数年の間で間違いなく「大当たりの年」だ。

 

 男子の麻雀は異能持ちが極めて少ないので派手さに欠けると言われている。競技人口の男女差が大きく開いているわけではないが、実力面で女性の方が平均レベル・トップレベル共に高いのが実情だ。男女混合の実業団リーグも女性プロの比率が高い。

 つまりインハイ男子は風越女子でいうと池田レベルであれば全国トップの実力者で、深堀、吉留、文堂レベルの雀力があれば全国クラスで個人戦代表にも十分なれるといった感じだ。

 

 姫松の男子麻雀部メンバーが気持ちを一つにして「全員麻雀」ができたのは「全国で活躍して女の子と打ちたい」という共通の「熱い想い」があったからだ。男子は弱い。全国出場レベルでは、共学にも関わらず強豪女子の練習には交ぜて貰えないほどだ。

 けど全国優勝できたらなら立場が変わる。環境が変わる。強豪女子の練習に交ざっても不自然ではないし、女子の練習に参加できれば……姫松に合同練習に来る千里山の女の子たちともお近づきになれる!(なりたい!)と誰もが強く願っていた。

 

 隣の芝は青く見えるというが、コテコテの南大阪(ミナミ)に比べて北大阪(キタ)の方が都会的な印象があるのだ。ほら原作の方でもそんな感じがせーへん?(※あくまで個人的なイメージです)

 とにかく全国優勝することで女子麻雀部員からの評価が大きく変わったのは事実だ。また僕が「双璧」の一人として名が売れると、他校が姫松の女子に練習を申し込む際に「ついでに男子とも打ちたい」とか言われて他県の女子とお近づきになれる機会まで増えたのだ。

 

 そして姫松の男子麻雀部メンバーは「この女の子と毎日のように麻雀ができる青春」を守るために必死になって団体戦を勝ち抜き、インハイ三冠という栄光を掴んだのだ。もちろん、そんな裏事情をわざわざ福路に伝える必要はない。

 

 キャプテンの福路が原作と少し違うのは出会ったときから気付いてたし、気になってはいた。原作だと、たしか大将戦の池田の回想で「同級生の友達がいない」とか「うざいとか言われたりする」といった女子高の闇が描かれていた。(※記憶はあいまいです)

 だが福路は同学年の弓野とは美穂子・奈津美の仲だし、1年時からの団体戦スタメン、個人戦代表の別格(スター)扱いで多少は浮いてるとはいえ、別に疎外されてたりはしない。推測だけど「団体戦で全国優勝したい」という気持ちが、原作よりも周囲との距離を縮めたのではないかと思う。そして福路とのエピソードがなくても図々しい池田の性格は、単なるデフォルトに違いない。

 

 福路が中堅を望むのは「監督がインハイ時代に選手として活躍したポジションに付きたい」という強い想いがあるからだ。俺の嫁(※じゃないです)に慕われて悪い気はしない。そんな彼女に上目遣いで「駄目でしょうか?」と問われて「否」と言える男がいるだろうか。いや、いない。

 

 姫松の伝統といえる中堅に置くエースというのは、他校の先鋒や大将に選ばれるエースと求められる能力が違う。基本的に先鋒のエースに求められる能力は第一に得点力(高火力)だし、大将にエースを据える際に求められるのは安定した総合力だ。しかし姫松の中堅(エース)は、それらよりも柔軟な対応力が何よりも求められる。

 

 団体戦の中堅となると、先鋒や次鋒が大きく失点しており、自チームが窮地に陥っている可能性もある。そこで手遅れになる前に点を取り返す、または圧倒するといった役割が求められる。もし有利であっても下位を狙って叩き、中堅や次の副将で弱っている最下位チームを飛ばし、大将戦を前に決着をつけるといった打ち回しも可能となる。自チームの状況、敵チームの作戦や状況を踏まえた上で、行き当たりばったりではなく高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処できる選手こそが姫松式の中堅の理想像だ。

 

 たしかに風越女子のスタメンで、姫松式の中堅を任せられるとしたら福路しかいないだろう。

 そういう意味で全体のバランサーとなる中堅に福路を置くのは悪くない。ただし、そうなると大将を任せられるのは――。

 

 まず「大将、池田」はありえない。なにしろ原作お墨付きの負けフラグだ。

 ステルスモモこと東横も大将となると流石に荷が重い。

 となれば残るは原作知識では実力が未知数の東海王者、対木もこ……となる。

 

 校内ランキング3位の対木にも希望を確認した所、「……つよいひとがいるとこ」という麻雀戦闘民族(サイヤ人)的な返答があった。さすが宮永に「ゴッ倒す!!」オーラを放ってただけはある。というか意外に負けず嫌いなとこもあるよな彼女。

 

 大将のポジションといえば原作では宮永咲がいて、他校の大将には魔王に対する強者が置かれていた。天江衣、石戸霞、姉帯豊音、末原恭子、ネリー・ヴィルサラーゼ、獅子原爽、高鴨穏乃、大星淡、清水谷竜華、鶴田姫子……というか宮永咲が抜けた清澄は原村和が大将になるのだろうか。

 

 対木の持つ異能は天江衣の一向聴地獄や大星淡の絶対安全圏といった別格クラスの異能の支配にも対抗できる力を秘めている。むしろ二人に対しては福路よりも相性は良いだろう。対木は性格的にも能力的にも「わたしはわたし」といったマイペースなところがあって他家の支配を受け難いのだ。(※あくまで麻雀の話をしています)

 高鴨穏乃に対しても、対木の麻雀スタイルだと牌山の奥までは入らないことが多いからな。というか原村和の清澄が全国行けないけど阿知賀の1年生2人のモチベーションとかどうなるんだろ?(他人事)

 

 また対木は大将という立場に特別なプレッシャーを感じるような性格でもない。どんなポジションでも自分のスタイルを貫く性格だ。そういう意味では複雑な役回りを求めるのには向いていない。中堅や副将よりは大将の方が良いだろう。

 

 むしろ精神面は原作で清澄という少人数の仲良しサークル的な麻雀部にいた宮永の方を心配している。原作において大将の立場でも殆どプレッシャーを感じていなかったように思えた宮永が、風越女子では名門麻雀部の重責を一定のレベルで感じているのだ。まあ清澄には補欠なんかいなかったし、スタメン争いもなかった。けど風越女子ではスタメンになれなかった部員、宮永に期待して夢を託す部員が何十人といるのだ。

 

 入部当初の宮永は勝つことのプレッシャーを知らなかった。けど今となっては勝つことのプレッシャーを大なり小なり感じているだろう。良くも悪くも環境や人間関係の違いは、原作との差異に繋がっている。

 

 そういう意味では校内ランキングにおいて1年生2人に遅れを取った池田は、すでに逆境を経験しているし、間違いなく原作よりも精神的なタフさを身に付けている……と思う(まだ少し不安)

 また東横にランキングで抜かれなかったことは、先輩としての意地を見せたと評価してやっても良い。アニメ版の個人戦だと東横に最終順位で負けてた気もするし。原作の風越女子に比べて、1年の三人娘が加わった校内ランキングは間違いなく競争が激化している。少なくとも深堀、吉留、文堂、弓野は、上位5人の強さは別格だからとスタメン入りを諦めたりするようなことは最後まで無かった。

 

 さて残る二つは東横が次鋒で池田が副将というのが学年的にも順位的にも良いだろう。三年が引退すれば次期キャプテンの最有力は池田だ。それが次鋒だと、ちょっと格好がつかないからな。さて来年の風越女子は大丈夫か?(大丈夫だ、問題ない)

 

 校内ランキングおよび選手の希望を加味すると、先鋒:宮永、次鋒:東横、中堅:福路、副将:池田、大将:対木といったオーダーになった。本当にこのオーダーで問題ないのか提出前に少し検討してみたい。




能力の相性とかは、あくまで監督による推測の域を出ないものです。

読川(姫松男子)と佐之海のインハイ団体戦での戦い

1年目 佐之海は大将だったが、学校が中堅の読川に飛ばされて出番の前に終了
2年目 佐之海は先鋒で活躍するも、次鋒、中堅、副将、大将と姫松男子による大逆転
3年目 佐之海は中堅に、読川がマイナス10000点以内に押さえて姫松男子の勝利

インハイ団体戦における双璧の直接対決は1回だけ 佐之海は個人戦で三冠


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第22局 影響

監督sideが続きます。


「捕まえて来ました」

 

「げえっ、藤田プロ!」ジャーンジャーンジャーン

 

「いきなりの挨拶だな」

 

「いえ、雑誌の取材と聞いてたので……」

 

 久保コーチに雑誌の取材があるとファミレスに連れてこられたら、何故か藤田プロがいた。罠か?

 

「取材も本当ですよ。ウィークリー麻雀TODAYの西田です」

 

「おまえを捕まえたら美味いカツ丼を奢ってくれると言うので、私が貴子(久保コーチ)に頼んだんだ」

 

 まあ久保コーチの立場だと断り難いのは分かるけど、ちょっと騙し討ちは止めてほしいな。

 

「安いですね。というかカツ丼はテレビ向けの持ちネタかと思ってました。

 それと長野にはソースカツ丼なんてあるんですね。知りませんでしたよ」

 

「千切りキャベツの上に、厚手のカツを載せる伊那と駒ヶ根のだな。あれはあれで美味い」

 

 とりあえず西田記者と藤田プロの対面に座り、メニューからドリンクバーと軽いものを頼む

 お互いに軽口を叩いた後に挨拶と自己紹介を済ませてインタビューが始まった。

 

「読川選手、いえ今は監督ですか――は、インハイ男子のレジェンドですからね。

 風越女子や県予選もそうですが、色んな話をお聞きしたいと思ってましたので」

 

 レジェンドとか「阿知賀のレジェンゴ」(赤土晴絵)と被るから止めてよ。

 去年はあくまで臨時のコーチ代行だったけど、今年は全権(あるの?)監督だから関係者の注目も高いらしい。

 

「はあ……」

 

「そうそう。私もお前の話に興味があってな」

 

「あ、飲み物取ってきます」 「私ウーロン茶」

 

 藤田プロの追求は聞いてないぞと久保コーチに目で物申す前に上手く逃げられてしまった。

 

「私がインハイで活躍したのって六年以上も前ですよ。

 もう今の選手たちが小学生だった頃の昔話だと思ってます。

 それなのに未だレジェンドとか言われるの恥ずかしいんですけど」

 

「何言ってるんですか、インハイにおける団体戦の三冠は伝説ですよ!」

 

 そうなのだ。インハイ男子とはいえ団体戦の三冠と双璧の名は思った以上に重い。

 なんせ原作の咲-Saki-に登場するインハイ男子に出場してそうな男性キャラって須賀京太郎くらいだったしね。甘く考えてしまっても仕方ない。

 だからインハイで活躍しても男子だからモブキャラと自分を過小評価してた。

 福路から伝えられて初めて原作キャラへの影響を知ったくらいだ。

 

 そのときになって気付いたのが、昨年のインハイ団体戦における風越女子のオーダーだ。

 先鋒が福路、次鋒が池田、中堅、副将、大将は卒業した三年生だった。

 おぼろげだが前世で福路が2年のときは副将だったという情報を見たことがある。

 そして思い出したのだが、池田は衣と昨年のインハイで戦ったような会話を交わしていた。

 となると1年のときに池田が団体戦の大将を務めたことは間違いない。

 たしかに1年の池田が大将とか風越女子の選手層って薄すぎだろ名門(笑)と思った記憶がある。

 

 しかし春の大会は別として、この世界において昨年のインハイで池田は衣と戦っていなかった。

 そして先日、原作の龍門渕は春の大会に出ていない可能性が高いことに気付いた――。

 

 適当に相槌を打ちながら、一人で思案に沈んでいる間に話が進む。

 軽くインハイ、インカレと経歴に沿った形で話題を進めて、昨年コーチ代行を務めた新道寺女子の話になっていた。

 

「それなら夏のインハイも新道寺女子の体制は盤石ですか?」

 

 全国出場の可能性が高い強豪校なので気になっているのだろう。西田記者からの質問に答える。

 

「今年のインハイに関していえば、新入生の加入による底上げ次第でしょうか?

 須田山コーチが休養に入ってた間に、スカウティングの体制が崩れましたから」

 

「とは言っても新道寺女子は野依理沙プロなんかを排出した北九州でも随一の強豪校ですよね。

 スカウティングが落ちたとはいえ、地元の選手は自然に集まると思いますが?」

 

「そうですね。その辺りの有利は認めますが――」

 

「ただインハイで決勝の舞台にまで進むとしたら“天災”が一人は必要だ」

 

 補足する形で藤田プロが話題に加わってくる。

 

「そうですね。特に女子のインハイには“魔物”が出てくると言われてますから。

 昨年は九州だと永水女子の神代小蒔、甲信越だと龍門渕の天江衣」

 

「天江衣か」

 

「藤田先輩もプロアマの親善試合で負けたそうですね」

 

「……あれはな。

 そもそも天江がプロとの試合に出てきたのは佐之海の奴のせいだ」

 

「そうみたいですね。先日、本人から聞きましたよ。

 あいつにはこっちも迷惑してるんですから、流れ弾は止めて下さいよ」

 

 戒能プロの件があって佐之海にも久しぶりに連絡を入れた。

 そのとき知ったのだが、龍門渕からのスカウトは佐之海の影響だった。

 

 まず佐之海は昨年のインハイでプロとして解説を担当した。

 そこで天江衣を「素人同然の打ち方」だと酷評する。

 インハイ後に噛み付いてきた龍門渕と対局し、天江衣を完封(大人げない)

 そこで天江衣に、ちゃんとしたコーチの指導を受けろと言ったそうだ。

 

 後は推測になるが、龍門渕透華が佐之海について調べて双璧のことを知ったのだろう。

 そうなれば僕に辿り着くのは難しくはない。

 天江衣が負けた相手が評価するライバルだ。指導を受けるのも吝かではないと考えたのだろう。

 知らず知らずのうちに、龍門渕にも間接的な影響を与えていたわけだ。

 

「その天江衣がいる龍門渕に対して風越女子の勝算は?」

 

「監督として就任したからには勿論ありますよ」

 

「ほほう、言うね。私はインターミドルの東海王者を連れてきたって噂を聞いたが?」

 

「対木もこ選手ですね!

 清澄高校のインターミドル・チャンピオン原村和選手との直接対決も期待されてます」

 

「原村和か……」

 

「ご存知ですか?」

 

 藤田プロの呟きに反応した久保コーチが自然な形で気になった情報を聞き出してくれる。

 

「ああ、先日ちょっと雀荘で打ってまくった」

 

「流石は“まくりの女王”ですね。どうでした?(原作通りか)」

 

「あのままだと絶対に天江衣には勝てないね。

 南浦プロのお孫さんもいたから団体戦ともなれば分からないが」

 

「南浦プロのお孫さん?(つうか誰?)」

 

「清澄高校の南浦数絵選手ですね。

 シニアの南浦聡プロのお孫さんだそうです」

 

 南浦、なんぽ、南場、なんぽっぽ……思い出した!

 青いリボンのポニーテール少女。アニメ版の個人戦で登場した南場に強い人か(1コマだけ漫画版にもいるよ)

 

「(宮永咲が抜けた代わりだろうけど)なんで清澄にいるん?(素)」

 

「それは分かりませんが――」

 

「南浦プロがトシさんに焚きつけられたと言ってたぞ。

 今年の長野は荒れるから団体戦にも出れる高校に通わせてやれって」

 

「熊倉先生、なにやってくれてるんですか(マジで!)」

 

「くくく、恩師からの熱いエールじゃないか」

 

「原村だけのワンマンチームかと思っていたが……

 そうなると龍門渕に加えて、清澄にも注意する必要があるな」

 

 たしかに事前に情報が手に入ったのは大きい。おかげで久保コーチも警戒してるしな。

 とはいえ宮永咲の抜けた清澄は、ニンニクラーメンからチャーシューを抜いたみたいなものだ。

 東場と南場に強い選手がいるからといって、闇雲に恐れることはない。

 

 やはり気になるのは龍門渕だ。原作では天江衣の外出制限などで春の大会には不参加だったと仮定する。

 となると原作の県予選での風越女子に対する「歴代最強」や「今年は龍門渕も危ない」といった周囲の評価に一定の納得が得られる。まず風越女子が龍門渕は不参加の春の大会に出場した場合、甲信越代表となった可能性は高い。そして全国に出場していたなら、池田の強気な態度や謎だった自信の根拠にもなる。

 

 しかし、この世界では素人同然だった天江衣は、佐之海という世界のレベルを知り、春の大会で先鋒として全国の舞台で神代小蒔と戦い、月が上弦だったとはいえ破れている。そうなると原作のような過度の慢心を期待するのは誤りだろう。

 

 救いがあるとしたら県予選の決勝当日が満月ではないということだ。原作では間違いなく満月だったはずだ。この世界の月齢が原作とズレているのか、それとも県予選の日時が原作と違うのかまでは分からない。

 

 久保コーチが西田記者の質問に答える横で、頭の中で考えを張り巡らせる。

 昨年からは前世の記憶を呼び起こそうと色んなことを試しながら毎日を過ごしていた。

 それこそ最近では咲のアニメを夢で見るくらいに――。

 

 この世界が原作と必ずしも同じではないというのは分かっている。けど原作知識というコンパス(指針)がなければ、情けないことに航路を進む自信がないのだ。少なくとも影響がない範囲においては原作通りとなっているのだから。

 

「最後に読川監督からも長野の県予選について何かお願いします」

 

「そうですね。龍門渕に、風越女子、そして清澄。

 間違いなく今年の団体戦は荒れます。

 ずっと長野は層が薄いと言われてきましたが、私は魔境で戦うつもりで来ました」

 

「魔境ですか? それは、どういう……」

 

「長野に潜む魔物は、天江衣の一人だけではないということです」

 

 そう。風越女子には魔物が二人いる。戦力としても原作の清澄を上回る。原作通りの結末を迎えるつもりなどない。




予想されていた方も多かったですが清澄の穴埋めは南浦数絵となりました。
オリキャラとか他県の強者が転校とか奇抜な手も検討しましたが……ボツ。


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第23局 検討

露骨な時間稼ぎ回


 ウィークリー麻雀TODAYの西田記者が帰った後、藤田プロに誘われて高そうな焼肉屋へ。給料日前なんだけど奢りだよね?

 

「私はビールで」「ならウーロンハイを」「じゃあハイボールで」

 

 飲みながら記者の前では少し語り難かった風越女子の面子について話す。カンパーイ

 竹井久の知人とはいえ、安易に情報を漏らすような人ではないはずだ。まさか弱みとか握られてないよな?

 どうしても原作知識に引きずられがちなので、第三者の意見が聞きたかった。グビッグビッ

 

「なるほど。先鋒と大将が一年生か、博打だな」

 

 たしかに先鋒と大将のWエースが一年生って原作でも清澄以外には無かったよな?

 というかスタメンに一年生が三人も入ってたのも清澄だけ……だよな。うろ覚え。ゴクゴク

 スポーツ競技のような体格差とかはないとはいえ、普通であれば競技歴の年数差は大きい。

 つうか三人娘は競技歴でいうと全員が初心者(笑)だからな。ようやく対木が麻雀を初めて一年くらいか。ニクモキタカ

 

「たしかに3人も1年をスタメンに入れてますが、校内ランキング通りの実力順ですよ」

 

 久保コーチが選手の選考に関してフォローを入れる。ジュージュー

 まあ部員が足りなかった清澄とは環境が違うのだよ。環境が!(慢心)

 

「オーダーを聞く限りだと、天江衣が出てくる前に終わらせる作戦にも思えるが?」

 

 先行逃げ切りというのは久保コーチにも指摘されたが、その意図は無かった。アフッアフッ

 原作だと大将戦までもつれるってイメージが強い。ただ、それはあくまで原作という物語の知識だ。

 実際にデータを調べるとインハイの団体戦では予選は勿論のこと全国大会でも大将戦を前に終わる試合というのは割とある。

 

 高校野球の例えになるが、地方大会だと点差コールドで終了する試合は少なくない。それに甲子園(全国大会)では点差コールドが認められていないだけで、実際には点差コールドの適用となる試合(5回以降は10点差以上、7回以降は7点差以上ついた試合)が無いわけではない。ジュージュー

 

 この団体戦の10万点が飛ぶというのが、高校野球のコールドゲームくらいの割合で起こる。まあ大将戦も含めてなので、大将戦を前にとなれば割合も減るが、少なくはないのが伝わるだろう。パクパク

 だからこそ作戦として先鋒にエースを据えるのが定石(セオリー)となっているのだが……それよりも気になったことを尋ねる。

 

「藤田先輩は龍門渕の大将には天江衣がなると?」

 

「おまえが龍門渕の監督だったら先鋒にするか?」

 

「……いえ、難しいですね」

 

 悩んだのは原作知識があるからだ。もしも龍門渕の麻雀部顧問を引き受けて宮永咲が勧誘できなかったら、天江衣を大将より前に据える。そして魔王が出てくる前に他を飛ばす。原作崩壊とか言わない。また冷やし透華が安定してるなら彼女を大将にするのもありだが難しいだろう。ジュージュー

 

「貴子はどうだ?」

 

「龍門渕の大将は天江衣かと思います。春の大会はテストでしょうね。

 作戦というよりスタンスでしょうが、昨年も大将戦まで繋げば勝てるといった感じを受けました」

 

「そうだ。龍門渕は一番後ろに天江衣が控えているからこそ、他の選手が自信を持って打てる」

 

「なるほど」

 

 一理ある。天江衣が先鋒で大量得点を稼いで、首位を最後まで守る戦いというのは士気を保ち続けるのは難しい。

 実際に春の大会では、天江衣が抑えられた結果、そのまま失速して挽回する気配も無かった。モグモグ

 それよりも大将まで回れば、多少の失点は挽回してもらえるという状態で打つ方が精神的な余裕もあるだろう。

 原作の全国大会だと北海道の有珠山高校が似たような感じだったな。ゴクゴク

 龍門渕はちゃんとした指導者がいないのでオーダーの意図が読み難い。何というか透華お嬢様がノリで決めてても不思議じゃない印象があるのだ。ハイボールツイカ-

 

「なら清澄の原村和は一年ですし先鋒でしょうか?」

 

 久保コーチが質問する。原作知識が無ければ無名校に入ったインターミドル王者は麻雀部の絶対エースのはずだ。

 

「わからん。まあ天江衣のように、チームの信頼を得ていれば大将もあるだろうが」

 

「先鋒は無いと思いますよ。清澄には先鋒向きの選手(タコス)がいるんで」

 

「それは原村和と一緒にスカウトしようとした一年か?」

 

 原村和のスカウトは久保コーチというか学校の意向が絡んでいたから片岡優希のことも覚えていたようだ。

 

「はい。東場を得意とする先行逃げ切り型の選手ですね。

 まあエースと言うよりも、先鋒以外だと使い勝手の難しいタイプでしょうか?(計算苦手だし)」

 

「ほう。伊達にインハイで選手兼監督とか言われてただけのことはあるな。

 それとも情報収集や分析は熊倉さん仕込みかい」

 

「まあ新道寺女子の須田山コーチからも学びましたしね(清澄は原作知識ですけど!)」

 

「となると原村和は大将か。いや南浦プロのお孫さんもいるのか」

 

 久保コーチが考えているけど、清澄については大将が原村でも南浦でも心配はしてない(油断?)

 自分が部長だったら原村和が副将で、南場に強い南浦数絵が大将かな。火力は劣るが副将で稼ぎ、大将で守りきって勝つ永水女子の作戦に近い形だ。けど南場でも天江衣の支配が破れるとは思えない。パクパク

 竹井久は原作みたいに「全国優勝」を狙っているのだろうか。けど、アレは原村和の入部に加えて宮永咲という異才に出会ったからこそだと思う。それでも最後のチャンスに全国出場の野心くらいはあるだろうし、挑みもせず諦めるような性格でもないか。プッハ-

 

「もうオーダーの登録は終わってるのだから、予選が始まれば分かるさ」

 

 もう何度も検討したことだ。それより予選直前の強化合宿の内容について練った方が良い。

 

 藤田プロがビールをグイッと飲み終え追加の注文をし、話題に一段落つける。

 

「それより今年のインターハイはルールの変更が告知されただろ?」

 

「ええ、赤ドラの採用など運の要素が強まり、春季大会もですが試合数も少なくなりましたね」

 

「去年までは、どちらかといえば地味な競技ルールでしたからね」

 

「偶然性が高まりすぎるといった批判もあるが?」

 

 そういえば原作でも藤田プロが解説で何か言ってた記憶あるな。

 インターハイのルールは、赤ドラ4枚、多家和(ダブロン・トリロン)無し(いわゆる「頭ハネ」)、アリアリ、ダブル役満無し、数え役満あり、と一般的な競技ルールとは程遠い、運の要素が強いのが特徴的だ。

 ちなみにアリアリというのは「喰いタン」と「後付け」の二つ、どちらもアリで行うルールのこと。

 これが、この世界における麻雀の大会の一般的なルールかというとそうでもない。

 

「あー、そうか。藤田先輩は実業団の所属プロだからルール変更の意図が分かり難いのか」

 

「どういうことだ?」

 

 プロ雀士ではないが転生してからインハイ、インカレ、世界大会と麻雀を打ってきた。

 それなりに原作だと分からなかった裏事情というか、業界の事情についても知ることができた。

 

「国内リーグ向けのプロと、世界大会で戦えるプロの選出および育成方針の違いでしょうね」




県予選の導入部と県予選の闘牌で詰まっていてストックが残り1話となりました。
時間を置いて考えるという手もありますが、あんまり書くのを止めると、そのまま投げ出してしまいそうで……むむむ。

連休で阿知賀編を読み直したのですが、これで清澄が予選敗退したら……と思うと心が痛みました。私はアニメの阿知賀編を見て、離れてた咲を読み直した口で、かなり阿知賀が好きなのです。


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第24局 裏話

 麻雀団体やプロ制度など独自設定のオンパレードです。


 この世界において日本国内で大きな影響力を持つ麻雀団体が四つある。

 それが日本麻雀連盟、日本麻雀協会、国際麻雀連盟、世界麻雀協会だ。

 前世のプロ団体が乱立した状態に比べると、随分とマシだが、麻雀界は組織的に統一されてはいない。

 ボクシングのチャンピオンがWBA、WBC、IBF、WBOとか色々あって門外漢にはよくわからんといった状況に似てる。

 

「今までのインターミドルやインターハイのシステムは堅実に技術を高めた選手を選りすぐって来ましたよね?」

 

 ちなみにインターミドルからインターカレッジまでの学生大会を主催してるのが日本麻雀連盟。通称、連盟。

 学生に限らずアマチュア大会に多大な影響力を持ってて、日本最大の麻雀団体戦、社団戦なんかも行っている。

 社団戦はプロではなくアマの会社員が、会社の麻雀部所属で出場する団体戦だ。実力に応じて7クラスに分かれたリーグが存在する。またプロアマの交流戦や親善試合などのオープン大会や過去に小鍛治プロが無双した各種のタイトル戦なんかも主催してる。

 かなり手広くやっていて個人的なイメージとしては日本将棋連盟が近い。

 

「当然だな。技術を競うからこその競技麻雀だ」

 

「けど、それは年間二千試合以上の試合を行うプロのリーグ戦で戦うプロ雀士に求められる能力です」

 

 そのプロリーグを主催してるのが日本麻雀協会。通称、協会。イメージとしてはサッカーのJリーグだ。

 MJリーグという名称でトップリーグのMJ1から3まで100近くのクラブチーム(実業団も含む)が全国に存在する。

 

 藤田プロの所属する「佐久フェレッターズ」は二部リーグ(MJ2)で、藤田プロの知名度はサッカーのJ2所属の選手くらいの感じだ。地元のサッカーファンなら知ってるけど、サッカーに興味ない人はまず知らないし、サッカーファンでも国内リーグに興味がなければ知らないってレベル。

 ちなみに三尋木咏はサッカーの日本代表の常連レベルの知名度。戒能良子は日本代表にも選出された期待の新人ってところ。

 サッカーを麻雀に変換すれば、この世界におけるプロ雀士の知名度やイメージが掴みやすいと思う。

 小鍛治健夜(すこやん)?彼女をサッカーで例えるならキング・カ○の愛称で呼ばれてるレジェンドな選手に近い。だって世代的にもドーハの悲劇とか経験したアラフォーだし(アラサーだよ!)

 三部リーグ(MJ3)に落ちて撤退しかけた「つくばプリージングチキンズ」は未だトップリーグ(MJ1)入りしてない。近年では日本代表に選出されても辞退している。でも恵比寿(MJ1)時代は毎年MVPで、七冠の永世称号を持ってて知名度なら抜群といったところ。

 

「インターハイで活躍したスター選手が、プロリーグのスカウト対象となるからな」

 

「そう。おかげで国内リーグの選手層は広がったけど、その間に日本の選手は世界で勝てなくなった」

 

 小鍛治プロが日本代表を辞退できるのは所属団体が違うからだ。日本代表を招集している団体が世界麻雀協会(World Mah‐jongg Association)(通称、WMA)の日本支部。原作の方でも名前だけ出てきた世界ジュニアの大会なんかも主催している。これがサッカーのワールドカップを主催してるFIFAくらいの影響力があるかというとそうでもない。どちらかというと野球のワールド・ベースボール・クラシックに近い。なので開催日程やルールの調整、利益分配に揉めたりして協会も連盟も所属するプロの代表入りを嫌がったり、選手個人の意思に任せたりしてる。世知辛いね!

 

「それで国内リーグの強化の次は世界ということか」

 

「日本の麻雀と世界のマージャンで求められるプロ雀士の違いは分かりますか?」

 

 最後の国際麻雀連盟(International Mah‐jongg Confederation)(通称、IMC)が、欧州選手権(チャンピオンズリーグ)南米選手権(コパアメリカ)、中国超級リーグの三大リーグを傘下に収める世界で最も影響力を持つ麻雀団体だ。また世界の各都市を回りながら戦う世界大会(ワールドツアー)の主催団体で、世界ランキングを発表しているところでもある。厄介なのが日本の協会や連盟がIMCの傘下になく完全に独立していることだ。おかげで国内の大会における成績は殆ど世界ランキングに影響しない。

 

 プロ雀士というのは、まずは日本麻雀連盟の公認プロ。これは前世のプロ雀士に近い感じでプロテストに合格すればプロという肩書を名乗って活動ができる。主な収入は大会の賞金と指導料。賞金だけで生活するトーナメントプロというのは極小数。兼業してるプロや雀荘や会社や学校の麻雀部と契約したり、麻雀本などの出版物を出したり、テレビやイベントに出たり、指導することで稼ぐティーチングプロが大半。麻雀部のコーチや監督で公認プロのライセンスを持ってる人もそれなりにいる。ライセンスもタイトル戦に出場できる最上位のS級からA級-D級まであり、B級-D級のライセンスは維持費(年会費)も発生するから資格ビジネスに近いところもある。とはいってもS級やA級のプロ雀士は、将棋や囲碁のプロ棋士に近い存在だ。

 

 次に日本麻雀協会に所属する団体と契約しているプロ。クラブチームや実業団に所属する選手で一般的に「プロ選手」といえば、こちらを指すことが多い。収入は年俸+賞金+他色々。まず契約により安定した年俸が貰えることが大きい。そして連盟と協会は相互に提携していて、MJリーグのプロ雀士は協会が主催するタイトル戦やオープン戦にも参加できる。こちらはプロのスポーツ選手に近い。

 

 日本代表なんかも日当や勝利ボーナスを貰えるが、あくまでWMAの興行にも関わらず、金銭云々の前に「代表は名誉」という価値を前面に押し出しており、他団体からプロ雀士を安く使っていると嫌われている。ただ国家対抗戦ということで、WMAの主催する世界ジュニア(U-18)、世界ユース(U-23)、麻雀ワールドカップなどの国際大会は世界中の麻雀ファンの注目を集めている。

 

 IMCの世界大会(ワールドツアー)は、最も過酷な大会と言われている。各都市を巡ることから、開催国によって麻雀のルールが違うのだ。日本式のリーチ麻雀の他に、少なくとも中国麻雀、アメリカ麻雀、南米麻雀、欧州麻雀の四つに対応する必要がある。

 佐之海のような世界大会に単独参戦してるプロ雀士は、プロテニスプレイヤーのイメージに近い。企業とスポンサー契約を交わして拠点と資金を得る。専属のコーチやトレーナー、マネージャーの他に通訳などを雇う。一人の選手が最高のパフォーマンスを舞台で発揮できるように複数のスタッフがチームを組んで対応する。三尋木や戒能も所属チームの支援を受けてIMCの大会に参加しているが、佐之海ほどのバックアップ体制はない。

 

 有名選手が移籍してMLBが公共放送で見れたように、IMCの世界大会(ワールドツアー)は日本国内でも高い人気で視聴率を稼いでいる。サッカーファンにもJリーグは見ないけど、欧州サッカーは見るって人がいる。同じように麻雀ファンの「観る専」も国内リーグのファンと世界大会のファンに二分してるのだ。

 

 21世紀に1億人を突破した世界の麻雀競技人口は今や数億人を超える。とは言っても日本国内における麻雀競技人口が前世(500万)の十数倍もあるのかというとそうでもない。麻雀の市場規模は世界の方が大きい。

 

 そして日本の麻雀と世界のマージャンはプロの価値観に大きな違いがある。

 

 麻雀には運の要素がある。日本のプロ麻雀は、競技麻雀から運の要素を取り除く為に対局数(試合数)を増やしている。国内リーグでは選手は毎週、半荘4回×4日間の計16回の対局を行う。対局数を増やせば、プレイヤーの運は平均化していくので、運要素の強い麻雀も実力勝負の世界に入るという考えだ。この「実力」の考え方は運の要素がほとんど介在しない将棋や囲碁のプロに通じるところがある。

 これは実際には異能持ちの対策にも繋がっている。異能の力には条件や回数制限がある。またRPGゲームではないが、精神力や集中力といったMPを大なり小なり消費するし、体力を削るものもある。例えばツクヨミの力でも半荘4回を全て流せというのは無理だ。

 

 逆に世界のマージャンは「プロならば運の要素を操って当然」と考える。「そんなオカルトありえません」とか言ってるインターミドルチャンピオンがいる日本とは違って、オカルトの存在が大前提なのだ。オカルト麻雀が出来る奴がプロ。できない奴がアマチュア。オカルトは、あります!

 

「なるほど。今年のインハイのルールはまるで、1万人の中から特殊な子供を選り分けるシステムみたいにも見えたのはそうか」

 

 小鍛治プロが銀メダルを獲得したリオデジャネイロ東風フリースタイル戦(南米式の麻雀)や僕が入賞した世界大会のラスベガス東風トーナメント(アメリカ麻雀)など、IMCが主催する国際大会は東風戦や東南戦1回のトーナメント形式が多い。

 これは意図的に偶然性を高め試合時間を短くし、ショービジネスとしての完成度を高めている。様々なローカル役の採用も同様だ。実際にダイジェストで放送される国内リーグに比べ、生放送される世界大会の方が劇的な試合が多い。

 

「藤田先輩は、国内リーグで戦うプロ選手ですからね。

 違った実力が求められるようなルール変更に疑問を持つのは当然ですよ」

 

「おまえは気付いてたのか?」

 

「ええ、インカレの頃に佐之海から日本は世界の流れから取り残されると聞かされてました」

 

「あいつはニーマンやブルーメンタール姉妹を相手にしてるからな」

 

「国内リーグを無視して、一足飛びに世界大会に参加したのも?」

 

「まあ、それ……もあります。あと熊倉先生が東北くんだりまで足を運んでいるのも、そうでしょ?」

 

 それは世界大会の方が試合数が少ないのに、国内リーグより賞金額が多かったからだ。それに白銅鏡ほど具現化されていなくても「女性を性的に視る」ことで効果を発揮する異能は、試合数の多い国内リーグでは使い難い。むしろ同じ相手と何度も戦うことが少ない世界大会の方が向いてると思ったのだ。とりあえず熊倉先生の話を振って誤魔化す。

 

「地縁の無い長野の風越女子麻雀部の監督に就任してから、すぐに三人も特殊な力を持つ新入生を集めてきたと思ったが……なるほどな」

 

「インターハイ女子のルール変更を、世界の流れから読み取っていたということか。流石だな」

 

 久保コーチと藤田プロが勝手に勘違いしてるけど、笑ってごまかしておこう。選手の情報は、あくまで原作知識だけどな!

 




 インハイを戦う選手sideには直接の関係ありませんが、監督sideの世界観を深めるための独自設定です。

 ニーマンやブルーメンタール姉妹の設定は、ニーマンが大人として『シノハユ』に登場したので、世界ジュニア世代ではなく、世界で活躍するトッププロとして扱っています。
 『シノハユ』は咲本編より十数年前なのですが、普通に小学生がスマホとか家庭でクラウドサービス使っててビックリでした。90年代から10年代の情報機器の進化は凄まじい。
 だって女子高生がポケベル使ってたのは、昭和じゃなくって平成なんだよ!!

 私の中では、すこやんの学生時代はポケベルのイメージ。けど赤土晴絵が小学校の頃には皆がスマホのグループトークで連絡取ってるんだもなー。そりゃあアラフォーとか言われるわ。(アラサーだよ!って10年くらい言ってるよ)

 ただ今の若い読者がスマホの無い学生生活とか描かれてもイメージし難いのは何となく分かる。咲本編の連載時は初代iPhoneすら出てない携帯電話の時代だったのですが……。

 あと作中の設定では読川監督は『シノハユ』と『怜-Toki-』は読んでなかったことにしています。また雑誌でインハイ決勝が始まる前に亡くなってます。


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インターハイ長野県予選
第25局 初日


ようやく県予選の初日です。


――竹井久(清澄高校3年生)

 

 私の実力が全国でもトップクラスだなんていう自惚れはない。

 けれど憧れのインターハイ団体戦で全国の舞台を夢見るくらいの力は自分にはあると思ってる。

 

 金銭的な事情があったとはいえ進学先に公立の清澄を選んだのは、インハイの団体戦で全国を目指すには明らかに悪手だ。

 それでも昔から私は悪い待ちの時ほど和了れるというジンクスを信じていた。

 

 清澄の麻雀部は私が入部したときは幽霊部員が数人いるだけで廃部寸前だった。

 それでも私はインターハイに出たかったし、いつか全国に行けると信じて、めげずに環境を整えて待ち続けた。

 二年の間は団体戦に出場する機会は無かったけど、悪待ちの甲斐があってか今年は有望な一年生が四人も入ってくれた。

 

 そのうちの三人が、インターミドル個人戦王者の原村和、シニアプロを祖父に持つ南浦数絵、名門風越女子からのスカウトを蹴った片岡優希。麻雀部の実績もなく私立と違ってスカウトなんか出来ない公立の清澄に、これだけの選手が集まるなんて二度と無いと思う。二年生の染谷まこを入れて、ようやく団体戦に出場できる5人が揃った。

 

 まこは「県決勝くらいはいけるとええの」って言ってたけど、三年の私は今年が最後のチャンス。全国優勝とまでは言わないけど、全国出場の夢くらいは見させて欲しいと思ってる。

 

「着いたじぇ!」「着きましたね」

 

「南浦プロ、ありがとうございます」

 

「なに、孫が世話になっとるからの」

 

「お祖父様!」

 

 県予選の初日、会場まで車で送ってくれた南浦プロにお礼を述べる。

 最後のインターハイに向けてやれるだけの事はやった。優希はともかく、プライドの高い和と数絵は入部当初から互いにライバル心むき出しで、ぶつかり合っていた。そこで旧知の靖子(藤田プロ)に「二人をヘコませてね」と頼んだりもした。その後は南浦プロにもお願いして強化合宿を行いチームの雰囲気も良くなったし、チームワークも纏まった。

 

「うーわー、人多いなー」

 

 一年生で麻雀部唯一の男子、須賀京太郎君。初心者の彼は力仕事など雑用係として部に貢献してくれている。彼の幼馴染が風越女子に進学して麻雀部にいるみたい。名前はたしか――。

 

「風越女子だ!」ワァアア 「あの糸目が噂の東海王者?」ヒソヒソ 「福路さーん」ハアハア

 

 去年は県2位の風越女子。連続優勝を絶やした汚名を返上する為か、昨年のインハイで新道寺女子をベスト8に導いた若手コーチを監督に起用。動きのなかった龍門渕とは違い、県外にまで手を伸ばす積極的なスカウティング活動を行っていた。ミドルで活躍した和だけでなく、優希にまで目をつけて一緒にスカウトしたっていうんだから怖いわ。ミドル時代の牌譜だけで優希の特性に気付いたっていうなら新任の監督の見る目は確かね。侮ることができる相手ではないわね。一年生とはいえインターミドルの東海王者には警戒が必要だわ。

 

「咲の奴は……いないみたいだな」

 

「風越女子の部員は80人以上おると聞くからのー。

 さっき歩いてたのは、出場選手だけじゃ」

 

「うぇっ!? 強豪校ってすげーな。へっぽこの咲がスタメン入りするのは無理かー」

 

「私たちの10倍以上ですか」「凄いですね」「清澄は少数精鋭だじぇ!」

 

「そうね。優希さんの言う通りよ」

 

 でも長野の女子麻雀部で少数精鋭といえば――。

 

「龍門渕が来たぞ……ッ!!」オオオオ 「前年度の県予選優勝校だ!」ワーワー 「衣たんがいないぞー」ペロペロ

 

 龍門渕透華、国広一、沢村智紀、井上純。昨年の四天王が2年になっても健在。風越女子とは違って新入生のスカウティングを行わなかったのは自信の表れか。

 

「オーホッホ、春の大会は駄目でしたが、夏のインハイでは目立ちますわよ!」

 

「あーあ……ボク目立つの苦手なんだけどな」「なにをおっしゃいますの!?」

 

「目立ってなんぼ! 目立ってなんぼですわっっ!」

 

「だからって自分が目立つ為にスタメンを変えるなよ」

 

「それは全国で勝つ為ですわ!」「ほんとかよ」

 

 風越女子は緊張感を保ってたけど、龍門渕は余裕ね。全国は出場して当たり前って思っているようね。

 龍門渕を倒すことだけしか考えない風越女子。他校は眼中に無い龍門渕。

 

「あの金髪のロングヘアー、凄い目立ってるじぇ!」

 

「原村さんも取材とかあるんじゃないですか」

 

「数絵ちゃんが、のどっちの人気に嫉妬してるじょ」「違います!」

 

「賑やかねぇ、貴方たち」

 

「試合前の緊張感が台無しじゃ」

 

 トーナメント表を確認したけど、シードの2校とは決勝まで当たらない。また一つ悪待ちの賭けに勝ったわね。 

 決勝で首を洗って待ってなさい。長野を代表する私立2校の足元を公立の清澄がすくってやるから。

 

 

「では、オーダーを発表するわ。

 先鋒・優希、次鋒・まこ、中堅・(わたし)、副将・和、大将・数絵」

 

「私が大将で、よろしいのですか?」

 

「合宿でシミュレーションした結果、この順番しかないと思ったのよね」

 

 まずは先鋒、次いで大将に強い選手を据えるのがセオリー。副将は穴になりがち。

 

「副将の和で稼げるだけ稼いで、大将の数絵が守り切る。それが清澄の作戦よ!」

 

「わかりました。どこのポジションでもやることは変わりません」

 

「大将の役目、お引き受けします」

 

「最強の我は?」

 

「先鋒の優希は何時も通りね。とにかく後に稼ぐのが先鋒よ」

 

「稼ぐじぇー、稼ぎまくるじぇー」

 

「わら、点数計算できんからの」

 

「ただ優希と数絵の二人は()()()()()()()()()()調()()()()()()()東場と南場で何時も通りの力は発揮できないわ」

 

「わかってるじょ」 「理解してます」

 

「ま、私たち三人が決勝まで引っ張るから、二人は下手にマークされないようにね」

 

『あと10分で1回戦が始まります。各校の先鋒は所定の対局室に入室して下さい』

 

「ついに主役の出番だじぇ」

 

 そうね。龍門渕と風越女子を倒して、主役になるのは私たち清澄高校よ。

 

 

 

――井上純(龍門渕2年生)

 

「やっぱ、先鋒がやりたかったなー」

 

 未練がましいとは思うけど、春の大会の結果を踏まえてスタメンのオーダーを大きく変えた。

 オレは先鋒(昨年)→次鋒(春)→中堅(今年)と、段々と後ろに下がってる。

 

「まだ言ってますの?」

 

「まーなー、それに狙ってた清澄の原村和は先鋒じゃ無かったんだろ?」

 

「うァ、とーかって原村和は絶対に先鋒って言ってたよね? ハズレたの?」

 

「う、うるさいですわね!

 無名校にエースが入れば普通は先鋒になると思いますわ」

 

 お蔭で次鋒も「とーかの後ろが良い」と国広に取られてしまった。

 中堅となれば上位や下位との点差によって立ち回りを変える必要がある。

 やっぱり点差の無い状態から始まる先鋒が、小難しいことを考えずに済むから一番楽だぜ。

 

「まさか、副将を替わったともきーの相手になるなんてね」

 

 透華がネット最強の「のどっち」に似てると注目してる原村和は副将。

 まだ大将だったら遊び相手として衣の楽しみになったんだけどな。

 オレもインターミドルのチャンピオン様がどれほどのもんか知りたかったから残念だぜ。

 清澄の麻雀部なんて今まで聞いたこともない無名校だし、相手の弱い所で稼ぐようなセコい作戦か。

 まあオレたちには通用しないけどな。

 

「全国に行けば先鋒は激戦区になる」ボソッ

 

 智紀の言う通り夏と春の二回の全国大会を通してオレたちは団体戦のセオリーを学んだ。

 龍門渕のエースは衣だけど、衣が抑えられた場合は後が苦しくなる。

 だから激戦区の先鋒にNo2の透華を据えた。

 注目を浴びるエースポジションで目立ちたいってのもあるだろうけど、それもプラスの力にするのが透華だ。

 

「それに風越女子はインハイの先鋒にエースを据えるのが伝統と聞きましたわ」

 

「純くんも昨年はヤラれてたよね」

 

「くそー、思い出したわ。やっぱ先鋒が良かったぜ」

 

 名前は忘れてねえ。風越女子のエースの名は福路美穂子だ。たしか一つ上だったから今年は三年生か。

 春の大会で先鋒を務めた衣にコテンパンにされた二年の池田なんとかって奴に抜かれるような女じゃなかったはずだ。

 

 

「うぅ……完全に迷っちゃったよ……ごめんね」ウロウロ

 

「……まいごにも……なれてきた」スタスタ

 

「うぅ……もこちゃん、ひどいよぉ」グスン

 

 

 すれ違いざまにゾクッと背筋が凍る。同じ様な気味の悪さを感じたのか全員が後ろを振り返った。

 

「白地のセーラーにピンクのスカート、風越女子の制服――」ボソッ

 

「春の大会で見なかったってことは一年生か」

 

「では、どちらかが噂の東海王者ですの?」

 

「衣に似た空気を感じたよ」

 

「どっちから感じた?」

 

「気のせいだと思うけど、両方から」ボソッ

 

「ボクも」

 

「ありえませんわ」

 

「……まさかな」

 

 全国ならともかく、衣みたいなのが他にいてたまるかよ。しかも二人もな!!

 

 

 

――読川尊月(監督)

 

 県予選の出場校は58校。それが午前の1回戦で16校に、午後の2回戦で4校に絞られる。明日が決勝だ。

 原作のトーナメント表は覚えてはいないが、龍門渕と風越女子が2回戦からのシード校。

 清澄も鶴賀学園も別ブロックで決勝までは当たらない。たぶん原作と大きな違いはないはずだ。

 

「というか、あいつらは何処で迷ってるんだよ」

 

 お約束というか、なんというか宮永と対木がお手洗いに行ったまま行方不明の迷子だ。

 もしかして原作でもよく迷子になってる宮永って先鋒に向いていないのでは?

 全国大会で「先鋒が迷って対局室に入室できませんでした」とか止めて欲しい。

 

 観客の少ない午前中に清澄か鶴賀の試合を見に行きたいんだけどなー。

 記者にも東海王者に取材したいって言われたし、探すしかないか。

 原村ほどじゃないけど、対木も注目されてる。風越女子が龍門渕を打倒する為に他県から連れてきた切り札みたいな扱い。

 まあ宮永と東横は実績ゼロだからノーマークになるのは仕方ないね。

 

 お、ようやく発見。

 

「おーい。宮永、こっちだ」

 

「監督ぅ~、探しましたよぉ~」タッタタッ

 

「……さがした」スタスタ

 

「いや、はぐれてたのはおまえ達の方だろ」

 

 二人を記者からインタビューを受けていたキャプテンの福路に預けて鶴賀の試合を覗く。

 

 先鋒は二年の津山睦月。これは原作通り。

 次鋒は同じく二年の妹尾香織。手つきは初心者だけど、豪運(ツキ)が凄いわ。

 ツクヨミで見ると後光が指してるぞ。ビギナーズ・ラックとか超えた何かは要警戒。

 中堅は三年で部長の蒲原智美か。ワハハ。

 

 さてステルスモモの代わりの副将は――

 

 三年の野上葉子。って誰だよ!?

 

 見た目はツインテールのお嬢様風。原作には登場しなかった幽霊部員か?

 

 えっと……どうマークしよう??

 




あ、鶴賀の大将は「加治木ゆみ」ですよ。

野上葉子は「咲-Saki-」のスピンオフ作品『怜-Toki-』に登場するキャラです。
千里山にいる園城寺怜や清水谷竜華の小学生時代のクラスメイト(幼友達)です。
中学生の頃に大阪から長野に引っ越したという設定です。
異能持ちキャラではないので、元ネタとか知らなくても問題ないです。


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第26局 快勝

四校のフラグ合戦が続く……


――東横桃子

 

「でばん……なかった」ショボン

 

 2回戦は風越女子の圧勝だったっす!

 大将のもこっちの前に副将の池田先輩が、最下位だった寿台高校を飛ばして終了っす。

 

「池田先輩、流石っす!」

 

「キャプテンが随分と削ってくれてましたし」

 

「中堅戦の時点で寿台高校は46800点だったから。

 これも宮永さんや東横さんが頑張ってくれたおかげね!」

 

 去年3位の城山商業の三年生に負けなかったっす。

 わたしも頑張ったっす。もっと褒めても良いっすよ。

 

「池田ァァッ!!」 「はっ、はい!」

 

「よくやったじゃねえか!」 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 控室では厳しい顔をしながら待ってた久保コーチもご機嫌っす。

 読川監督は「明日が本番だから軽く流せ」とだけ言って、龍門渕の試合を観に行ったっす。

 わざわざ監督が観なくても県予選の決勝に行くのは当たり前、盤石の布陣ってことっすね。

 なんせ県大会六連覇の黄金期を知るコーチが「歴代で最強かもしれん」って呟いてた布陣っす。

 

「そういえば咲っちの幼馴染さんが会場まで観に来てたっすよ」

 

「えっ? 京ちゃんが?」

 

「名前は聞いてないっす。なかなか背の高い金髪の男の子っす。咲っちも隅に置けないっすねー」

 

「あらら、まあまあ」 

 

「さきに……おとこがいたの?」キョトン

 

 キャプテンは温かい目で見てるけど、もこっちは誂ってるんじゃなくて素で聞いてるっすね。

 風越女子の切り込み隊長は池田先輩じゃなくって、もこっちかもしれないっす。

 

「ふぇ~、ちがうよぉ。中学のクラスメイトだよっ」

 

「何をやらせてもダメな咲が……って驚いてたっすよ」

 

「宮永が麻雀以外で抜けてるのは間違ってないし」

 

「もー、池田先輩」

 

 咲っちも試合前は初めての公式戦ってことで緊張してたっすが、取り越し苦労だったみたいっすね。

 

「おー、こっちも飛ばして勝ったのか。ちょろい相手だったから心配してなかったけどな」

 

「監督!」「おつかれっス!!」

 

 監督が他校を観戦してた分析班を引き連れて控室に戻ってきたっす。

 去年まで風越女子の麻雀部では牌譜管理は校内ランキング下位の雑用の仕事だったっす。

 けど監督が牌譜管理とは別に興味ある部員を集めて分析班を作ったっす。分析好きの部員が活躍できる下地を作って新しい伝統ができたらとコーチにも言ってたっす。全国上位の強豪校には、そういうノウハウがあるみたいっすね。

 

「読川監督、他の三校は決まりましたか?」

 

「龍門渕も副将戦で篠ノ井西を飛ばして勝った。お互いに大将は温存だな。

 あと決勝に上がってきたのは、清澄高校と……鶴賀学園というところだな」

 

「良かった――なら監督の読み通りですね」

 

「まあ風越女子が龍門渕にリベンジするのが監督として呼ばれた理由だしな」

 

 それだけじゃないっす。監督は清澄を前から警戒してたっす。

 インターミドル王者の原村和だけじゃなくって、先鋒の一年のインターミドル時代の牌譜まで分析班に集めさせてたっす。

 鶴賀も昨年の個人戦に出場した選手の牌譜を調べてたって分析班の子が驚いてたんだから凄いっす。

 というか私が進学する予定だった鶴賀学園と県予選の決勝で戦うことになるなんて不思議な縁を感じるっすね。

 

「よぉーし、分析班は夕飯食べに行くぞー。近くの居酒屋で部屋空けてもらってる」

 

「監督、酒っすか?」 「えー、分析班だけ祝勝会ですか?」 「ずるいしー」

 

「分析班は徹夜作業で今日の牌譜を入力したり、ビデオ録画した動画を分析したりするんだよ」

 

「どうして居酒屋なんです?」

 

「OGの旦那さんがやってる店で場所が居酒屋なだけだ。ファミレスと違って個室も借りれるしな」

 

「居酒屋会議かー」 「なんだか楽しそう」

 

「コーチも行くんですか?」 「遊びじゃないからな!」

 

「優勝したら焼き肉おごって下さいねー」

 

 これから分析班は徹夜作業っすか。プロの世界にも相手の情報を集めたり、分析を担当する裏方専門のスタッフがいてチームを補佐してるそうっす。集めた牌譜を分析して偏りのあるデータを見つけたり、ビデオ分析で癖を見つけたり、弓野先輩が言うにはハマれば楽しい作業みたいっす。私も攻略wikiとかに書き込む側のゲーマーだから何となくは分かるっす。でも何だか申し訳ないっすね。

 

「ありがとう……ごめんね……私もパソコンとかできればいいんだけど……」グスン

 

「やめて……こわれる」ボソッ

 

「もこちゃん……ごめんね……前にもゲーム機、壊しちゃって」ボロボロ

 

「わぁ……キャプテン」オロオロ

 

「うわっ、相も変わらず涙もろすぎっ」

 

「もこも追い打ちかけるなよ」

 

「キャプテンが機械音痴なのは、みんな知ってますから!」

 

「ま、団体戦は裏方も含めた総力戦だ。

 スタメンの選手は試合で力を発揮して勝つのが役割。

 支える側も好きでやってるんだから気にするな。

 ミーティングは明日の朝一番にするから、選手は帰ってちゃんと休めよ!」

 

「「はい」」

 

「……監督、少しだけ表情が固かったですね」

 

「そうっすね」

 

 咲っちの言う通りっす。予想してた学校が上がってきたにも関わらず、いつもより表情が暗かったっす。

 

「去年も春も龍門渕の天江衣には魔物が憑いてたからね」

 

 吉留先輩の言う通りっすね。春の大会を観戦に行って見てたから、あの恐ろしさは知ってるっす。

 もこっちは天江衣が大将だと聞いて、池田先輩の敵は討つ(あだうち)って張り切ってるみたいっすけど……。

 

「だいじょぶ……たおすよ」フンス

 

「別に、あたしが大将戦の前に龍門渕を飛ばしてしまっても構わないよな?」

 

 なぜか池田先輩から危険なフラグを感じるっす。

 

「みんなで監督やコーチを安心させるためにも証明しましょうか。

 ()()()()()()()()()()()()()――」

 

 キャプテンの言う通り、明日はやってやるっすよ!!

 

 

 

――加治木ゆみ(鶴賀学園3年生)

 

「……決勝か、今年は葉子が出場してくれて助かったよ」

 

「かまいませんよ。お互いに最後ですからね」

 

 野上葉子。彼女とは中等部の頃からの付き合いだ。

 大阪の中学校から転校して来たが、生まれが東京らしく関西弁で喋ることはない。

 

 小学生のときに友人たちと麻雀で遊んでたと聞いて麻雀部に誘ったが、今までは幽霊部員の一人だった。

 だが二年生の妹尾佳織と、彼女が入ってくれたおかげで団体戦にエントリーすることができた。

 

「まさか、決勝まで来れるとは思わなったけどなー」

 

 同じ三年で部長の蒲原智美が言う通り出れただけで十分という気持ちもある。

 なにせ鶴賀学園の麻雀部で真面目に活動してた三年生は私と智美の二人だけだ。

 昨年に入部して残った二年生は津山睦月の一人だけ。幽霊部員が葉子を含めて三人。

 ついに今年は新入部員の()()()()()()()()()廃部寸前の状態だ。

 それで智美の幼馴染権限で、初心者の佳織を確保してもらった。

 団体戦に出場する人数集めの為に幽霊部員にも頭を下げた。それに応えてくれたのが葉子だ。

 

「ああ、全国を目指すなら最後のチャンスだな」

 

「長野の県予選は、その最後の山が高いですけど……」

 

「この欲張りさん共がー」ワハハ

 

「……そうですね。

 でも私が団体戦に出場した目的は全国で彼女たちに会うことですから」

 

「全国ランキング2位、千里山女子か」

 

「そうですね。今年で11年連続の北大阪代表は間違いないでしょう」

 

「たしか野上先輩は千里山の部長さんと友達なんでしたっけ?」

 

「ええ、竜華とは()()()()()です」

 

「自称じゃないのかー」ワハハ

 

 千里山の清水谷竜華といえば全国にも名を知られた選手だ。

 それに昨年インハイで千里山のエースを務めた江口セーラとも知り合いだったと聞いたこともある。

 

「小学校の麻雀部だったとは聞いてたが、凄い相手と打ってたんだな」

 

「ええ、おかげで中学に上がる頃は自分の才能の無さに気づけましたけど」

 

「葉子は諦めるのが早いと思うけどなー」ワハハ

 

「そうですね。野上さんは2試合とも収支は大きくプラスですし」

 

「津山の言う通りだな。今まで幽霊部員だったのが惜しいと思ったよ」

 

「かもしれませんね。私も怜さんのように諦めずに続けてたら……と思うときもあります」

 

「怜さんっていうのは、昨年の秋に千里山の先鋒(エース)となった園城寺怜か?」

 

「ええ、全国的には無名でしたけど小学生のときから光るものがありましたね」

 

「そんな選手が今まで埋もれていたのか……」

 

「昔から怜さんは諦めるような人では無かったですからね。

 だから彼女に会うと決めた私も簡単に諦めるつもりはありませんよ」

 

「そうだな。まだ戦いもせず全国を諦めるのは早いな」

 

「うむ」

 

 三年が引退すれば残るのは二年の二人。

 新部長となる津山のためにも麻雀部が全国出場したという実績を残さないとな。




鶴賀は新入部員がゼロ……もしかして清澄以上に悲惨?
野上葉子は『怜-Toki-』の設定通り小学校は竜華や怜と同じ麻雀部です。
独自設定として中学校で才能の差を感じ麻雀から離れています。
その後、中学の途中で長野の鶴賀学園中等部に転校。そこで加治木と出会います。
すでに麻雀から離れてたので、全国を目指す気もなく風越女子には行かなかった設定です。

園城寺怜の復活を知り心が揺れてたところ、加治木ゆみからの勧誘を受けた形ですね。
雀力も鶴賀の面子を相手にする分には十分に通用しますが、全国クラスではありません。

あと風越麻雀部のマスコット的存在のもこちゃんが段々と毒舌に(汗)
咲ちゃんも「かわいい」扱いですがマスコットになってないのはエースだからです。

キャプテン=かわいい、やさしい、おもちの三拍子
モモ=うすいけど、おもち
もこ=かわいい、つよい
さき=(涙目が)かわいい、エース、まおう?
いけだ=負け猫キャラなのに先輩ヅラしてる、やさしい

まさしく最強の布陣?


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第27局 怪物

正規雇用の道は遠く険しい……

第01局から第11局までの「宮永咲」と「東横桃子」の設定を一部だけ変更しました。

[変更前]→[変更後]

宮永咲は風越女子で寮生活→自宅から通学
東横桃子は風越女子に自宅から通学→寮生活

活動報告には長々と書きましたが変更点は、それだけです!!


――宮永咲

 

「決勝戦は一人半荘2回ずつでトータル半荘10回。やはり点数は引き継ぐ――」

 

 久保コーチが説明してるけど、合宿やミーティングでも聞いた話だから大丈夫。

 分析班がまとめてくれた先鋒の牌譜データを見てるけど、あまり頭に入らない。

 昨日の疲れが残ってるのかなぁ……ふわふわして少し集中できてない感じがするよ。

 

「宮永さん、大丈夫? ちゃんと朝食は食べてきた? お弁当もあるわよ」

 

 福路キャプテンが心配して声をかけてくる。

 朝が早かったから、朝食は軽めだった。栄養が頭に回ってないのかも。

 

『あと10分で先鋒前半戦が始まります。各校の先鋒は――』ピンポーン パンポーン

 

「よっし、行って来いよ! エース」

 

「頑張るっすよ! 咲っち」

 

「……がんばれ」グッ

 

「さっきも説明したけど、清澄の東家は早めに流せよ」

 

「先鋒は任せましたよ。宮永さん」

 

「はい! 行ってきます」

 

 用意された控室はスタメンを含むAクラスの全員と分析班が主に利用している。部員の大半は観客席での応援だ。移動する途中も大勢の部員に「頑張って」と声をかけて貰いながら対局室に移動する。

 昨日も体験したけどOG会や保護者会の応援団なんかも来てて、団体戦は多くの人の期待を背負っているんだと実感する。

 

 私は中学生のときは帰宅部だったから、名門麻雀部の伝統ある先鋒(エース)の重みに戸惑っているのかもしれない。

 

「よろしくだじぇ」

 

 清澄の先鋒、片岡優希ちゃん。同じ一年生だ。監督からは東場、特に東家に警戒するよう注意を受けている。

 分析班がまとめてくれた昨日の試合では不調だったみたいけど……東場を得意とする先行逃げ切り型の選手。

 

「よろしく」

 

 鶴賀の先鋒は、二年生の津山睦月さん。昨年の鶴賀は団体戦に出ておらず、個人戦の牌譜しかなかった。

 

 あっ、優希ちゃんが待ちながら持ってきたタコスを食べている。ちょっと美味しそう。

 私もキャプテンのお弁当を貰ってくれば良かったかなぁ……。

 

 龍門渕の先鋒さんはまだ来ない。名前は確か――そう、二年生の龍門渕透華さんだ!

 昨年の全国大会でも驚異の和了(ホーラ)率を見せた県屈指のデジタル派だと分析班に教えて貰った。

 監督からは、冷えないか注意しろという謎のアドバイスを貰った。

 もしも卓が凍ったらお姉ちゃんが相手だと思って戦えって言われたけど――。

 

「さあ始めましょうか、真の先鋒(アイドル)を決める戦いを!」

 

「東場、最強の先鋒(エース)が誰だか教えてやるじぇ!」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 考え事をしてる間に試合が始まる。やっぱり県予選も決勝となると先鋒(エース)は何だか個性的な人が多いなぁ。

 監督がプロになる奴はインターハイの頃から目立ってた。大概の強い奴は濃い。とか言ってたのはホントなんだ。

 そういえば鹿児島代表の藤原利仙さんも私服が平安朝だったし、キャプテンも、もこちゃんも――。

 

「リーチだじぇ!」

 

 えっ、親リー。まだ三巡目めだよ。起家(チーチャ)となったは清澄。仕掛けが早い。

 監督からも東初の起家を担当する確率が高いって言われてたよね。ってことは今日は調子が良いのかな?

 

 龍門渕の透華さんも鶴賀の津山さんも流石にオリるみたい……。

 

 手にとった牌は{二筒} ……なんだか嫌な予感がするよぉ。いきなり当たり牌ってことは無いよね。{八萬}を捨てる。

 

「門前ツモ! 立直、平和、タンヤオ、ドラ1 満貫の4000オールだじぇ!!」

 

{二萬 三萬 四萬 三筒 四筒 赤五筒 六筒 七筒 二索 三索 四索 八索 八索} {五筒} ドラ表示牌:{東}{六索}

 

「うわぁ……」

 

 やっぱり{二筒}を捨ててたら三色が付いて跳満になるところだったよぉ。ぼーっとしてる場合じゃないから私。

 

「やりますわね」

 

「ここからは私の連荘で終わらせる。この試合に東二局は来ない!」ドン!!

 

「フザケたことを言ってられるのは最初のうちだけですわ」

 

 うぅ……トラッシュトークとかあるんだぁ……なんだか清澄の子が、お姉ちゃん並に怖くなってきたよぉ~。

 

(※トラッシュトーク=試合中に相手を挑発したり混乱させるような言葉を発すること。三味線ともいう)

 

 

 

――読川尊月(監督)

 

『ポン』 {八筒 横八筒 八筒}

 

「また清澄の先鋒(タコス)が、仕掛けてきたし」

 

「二巡目に鳴いて、もう聴牌(テンパイ)ですか」

 

「分析では、たまには鳴いて仕掛けたりするけど、比較的リーチが多い門前のプレイングだったのですが……」

 

「その()()()の鳴きなのか、それとも高校に入ってからプレイングを変えた?」

 

「あ、鶴賀が{一萬}を振り込んだ」

 

『ロン、ドラ2で6100点』(30符3翻の1本場で5800+300点) 

 

{三索 三索 六筒 七筒 八筒 二萬 三萬 中 中 中} {八筒 横八筒 八筒} {一萬} ドラ表示牌:{二索}

 

「私だったら、あの状態で{八筒}を鳴いたりはしませんね……」

 

 控室で中継を観ながら池田、吉留、文堂、深堀たちが言葉を交わしている。

 

「読川監督、清澄の先鋒は速度重視でしょうか?」

 

「速度よりも火力重視と分析してたのですが……どうですか?」

 

 対局に集中していると福路と弓野から質問が飛んできた。

 

「いや一局だけでは分からへん……」

 

 ってか、めっちゃ早いし打点も高いやんけ。原作と違うし、こんなん詐欺や!

 こいつチートやチーターや!なんや転生者ちゃうんか!?そりゃオレやんけ。

 おっと、動揺のあまり関西弁が出てしもうたわ。にしても拙い。宮永咲なら先鋒は安牌とか言ってたの誰や!!

 

 さっきから、ツクヨミが感じる東家(タコス)流れ(ツキ)が一本場ごとに増してるんだけど――。

 

『ダブリリーチだじぇ!!』

 

 こんなん、ありえへんやろ!?

 

「……まさか、分析班の予測を超えてますよ」

 

 文堂が細目を見開いて驚いている。Aクラスでは補欠の文堂や三年の弓野が積極的に分析班に協力してくれていた。

 

「さっき東一局で終わらせるとか言ってましたよね」

 

「みはるん、きっと一年が大舞台で調子にノッてトラッシュかましただけだし」

 

『ツモ、6200オール』ドン!! (Wリーチ、一発、門前ツモ、平和、タンヤオ 跳満の1本場で6000+200ALL)

 

{二索 三索 四索 七索 八索 四筒 五筒 六筒 三萬 四萬 五萬 七萬 七萬} {六索} ドラ表示牌:{發}{八筒}

 

「この試合は10万点持ち点スタートっすよね……」

 

「ああ、もしその10万点を1回の親番で削りきれるとしたら……」

 

「もし……できたら?」ボソッ

 

「インターハイ史上、最強クラスの怪物だな」

 

「久保コーチ……」

 

「今、宮永の顔が一瞬だけ曇ったな」

 

「まじっすか?」

 

「……やばい」

 

「あの、読川監督、その、顔が……真っ青ですよ」

 

 宮永に清澄の東家は早めに流せと伝えたけど、対応できてない。いや、タコスが想定以上だ。

 三巡目、二巡目、ダブルリーチと速度(ツキ)が加速し続けている……マジでヤバくね?

 

 なんで初っ端の県予選決勝から全力全壊(スターライトブレイカー)でぶっ放すの?

 馬鹿なの?死ぬの?やっぱり清澄は魔王(咲-Saki-)がいなくても白い悪魔なのか?

 

 これをやるとしてもさ県予選じゃなくって全国大会の決勝だろ!!

 

 答えろや。竹井久!!

 




寝かせていたR-18ネタを引っ張り出して全年齢向けにして書き始めた理由の一つが、ようやくインハイ決勝が始まったからというのがあります。連載が熱いです!

咲の本編は休載とかもあって途中で読むの止めちゃったって人も多いかと思います。
私は単行本の18巻を読んで、久々に漫画喫茶でヤングガンガンの連載を見ました。
インハイ決勝は読んでない設定の読川の驚きはその時の衝撃みたいなものを詰めてます。

そして立先生が締め切りを相手にした戦いに勝利することを祈ってます。

※次回は咲-Saki- 18巻(最新刊)以降の連載話の一部ネタバレがあります(注意!!)

本日の23時に次を予約投稿しております。


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第28局 東場

久しぶりの1日2回の連続投稿


先鋒戦 前半 東一局 三本場

 

東 片岡優希(清澄高校1年)  :136,700(起家)

南 龍門渕透華(龍門渕高校2年):89,800

西 津山睦月(鶴賀学園2年)  :83,700

北 宮永咲(風越女子1年)   :89,800

 

 

――竹井久(清澄高校3年生)

 

 私だって全国大会の決勝の舞台に照準を合わせたかったわよ。

 けど県予選で勝てなければ、全国の舞台には上がれない。

 清澄の戦力では真正面から普通に戦っても、龍門渕や風越女子には及ばない。

 だから最初っから全力全開でやるしか勝機が無いと分かってた。

 

 もしも風越女子の監督が彼女の特性に気付いて警戒してたとしても、この手は止められない。

 

「ゆーき……」

 

 だって、和の全国優勝の決意に秘めた願いを知った優希が()()()()()()()()()選んだ一手なんだから。

 

『続けて、ダブルリーチだじぇ!』

 

「頑張って下さい……優希さん」

 

「ほんま南浦プロの言ってた通りになったのぉ」

 

「そうね」

 

 半荘戦のうち東場を得意とする優希、南場で好調となる数絵。二人の特性は真逆だけど似てる。

 数絵のお祖父さんである南浦プロは孫の中学生時代の牌譜を分析し、その特性に波があることに気付いていた。

 

 南浦プロからアドバイスを受けた私は優希の中学生時代の牌譜を集めてグラフにしてみた。

 それからはインターハイまでの間、麻雀の打つペースを調整させて貰っていた。

 東一局の平均テンパイ速度、その頂点の波をインターハイに合わせるために……。

 

 余裕を持ってインターハイの決勝に波を合わせることは不可能ではなかった。

 

「私の悪待ちと、風越女子の監督さんの悪運、どちらが強いのかしら」

 

 けど、全国大会ならともかく県予選決勝となると絶対的に時間が足りなかった。

 だから無理やり直近で合わせられる最高の高さの波に照準を合わせた。前後の落差が激しい乱れた波。

 

 その波を県予選の決勝に持ってくると、個人戦の波が大きく崩れるので戦えない。

 それに全国大会に出場できたとしても、最初の週は使い物にならないだろう……決勝に波を合わせるのも難しくなる。

 それでもリスクを背負って、私は県予選決勝を勝ち抜くことが第一だと賭けたのだ。

 

 もしも清澄が県予選で負けてしまったら、彼女たちにとって一緒に出場できる最後の大会になるかもしれないと聞いたから。

 

「京太郎くんの幼馴染さんには申し訳ないけどね」

 

「いえ、俺も原村の家族の話は、優希から聞きましたから」

 

 この夏のインターハイが私にとって最後の大会になるのは構わない。

 けど、やっと新しく入って来た四人の部員の最後の夏の思い出を県予選敗退なんかにはしたくない。

 

 

 

――龍門渕透華(龍門渕高校2年)

 

 ぐぬぬ。連続ダブリーなんてありえませんわ。以前、はじめ(国広一)に「早い立直(リーチ)一四索(イースーソウ)」なんて格言を聞きましたが、理論派(デジタル)の私には全く意味が分かりませでしたわ。

 

(※「早いリーチは安そう」の駄洒落だと言われています)

 

 こんなの確率も何もありませんわ。当たったら事故みたいなもんですわね。それなら此処は普通に風牌の{北}から捨てます。

 

「ロン!」(Wリーチ、一発 40符3翻の3本場で7700+900点)

 

{一筒 二筒 三筒 六筒 六筒 六筒 北 北 二索 三索 四索 六索 六索} {北} 

 

 よ、よりにもよって直撃……これで81200点。

 

 きっと解説席では『なんと龍門渕が最下位に陥落ー!!』とかアナウンサーが絶叫してますわね。

 

 あ、ありえません……このわたくしが、龍門渕が単独の最下位なんて、ありえませんわー!!

 

 いつも目立ってなんぼとか言ってますけど、こんな悪目立ちなんかは望んでないですわっっ!!

 

 

「ダブルリーチ!!」

 

 ハッ?(威圧)さ、三連続リーチですって!一体全体どんな確率ですか!!

 ダブルリーチが出る確率は約1500分の1と言われていますから……それが三回連続となると……天和よりも低い?

 ハッ!計算なんてしてる場合じゃありませんわ。

 まだ始まったばかり、わたくしは全国でも戦った経験がありますわ。しっかり落ち着きませんと――

 

 (※ちなみに33億7500万分の1です。天和の1回の確率は約33万分の1と言われています)

 

 きっと昨日感じた衣に似た空気は彼女だったんですわ。清澄の先鋒は衣並の相手だと思って戦いますわよ。

 そう、風越女子の先鋒なんて見た目からして大人しげなピカピカの一年生ですからね。

 去年の女がエースの座から外れたのは、きっと伝統を捨てた作戦で龍門渕に勝ちに来たに違いありませんわ。

 

 ようやく落ち着いて来ましたわ。やはり上級生として余裕を持ってるところをアピールしないといけませんわね。

 龍門渕の麻雀は「常に優雅たれ」が家訓ですわ。さっきの放出はうっかりではありませんわよ。今回は{中}牌を捨てます。

 

「ポン」 {中 横中 中}

 

 一瞬ドキッとしましたわ。鳴いたのは風越の先鋒ですわね。この異常事態に動揺なしとはやりますわね。

 

 流石に三連続の一発はありませんでしたわ。

 

 

 

――読川尊月(監督)

 

 慌てるな。慌てるな。想定内だ。想定内。まだ序盤だ。まだまだ大丈夫だ。

 

「龍門渕が牌山から拾ってきたのは{六萬}ですか」

 

「咲っちが鳴いてズラしてなかったら、また一発でしたっすね」

 

「……とまらない」ジー

 

「味方なら、止まるんじゃねぇぞ、って応援するけど、そこは止まれよ……」

 

「清澄の片岡、むちゃくちゃですね……」

 

 宮永がファインプレーでズラしたけど今や東場の神と化したタコスを放置するのは危険だ。

 

『ツモ、3000オール』(Wリーチ、門前ツモ、平和 20符4翻の4本場で2600+400ALL)

 

{二筒 三筒 四筒 四萬 五萬 六萬 七萬 八萬 一索 二索 三索 西 西} {三萬} 

 

「けっきょくツモって来たし」

 

「東一局で清澄の一校だけがプラス54300点ですか」

 

「落ち着け、ままだっ、あわてるような時間じゃない」

 

「監督、噛んでます」

 

「有名バスケット漫画のエースみたいなポーズしてますよ」

 

「監督が落ち着いて下さい」

 

 やべー、べーわ。想定外の事態にめっちゃ動揺してるわー。

 どうでもいいけどスラムダンクの仙道やハンター×ハンターのゴンの髪型って何て名前なんだろうか。

 おっと現実逃避してる場合じゃないな。県予選で負けたら、風越女子はクビ? 

 

 公立の教職員採用試験は第1次選考試験を7月に行うところが殆ど。締切は……5月末だよな。オワタorz

 

 いや、選手を信じろよ。もっと熱くなれよ!

 いいか、自分の運とかを信じるな!原作を信じろ!原作で活躍した主人公(まおう)の力を信じろ!!

 

「問題ない、大丈夫だ。うちのエースを信じてる」

 

「そうですよね。宮永さんは、スロースターターですから」

 

「そうっすね。咲っちなら、最悪でも南場の終わりにはプラマイゼロにしてくれるっすよ」

 

「さすがに連続のダブルリーチは、もう終わりみたいですね」

 

 ようやくタコスが纏っていた流れ(ツキ)の気配も少しずつ落ち着いてきたか……さっさと止めろよ、宮永ァ!!

 




さすがに県予選決勝での天和炸裂は自重しました。
ほら三連続Wリーチの方が打点が低かったから……なお確率。

隕石が頭に直撃する確率(1/100億)>三連続ダブリー(1/34億)>サメに襲われて命を落とす確率(1/10億)

隕石とかサメとか漫画や映画では珍しくない確率だな。

咲が清澄に入学しなかった分だけ、和と優希の友情が原作よりも深まってます。
タコスは原作よりも覚悟を持って予選決勝に挑んでます。友情パワーだじぇ。

更に清澄は原作随一の智将である部長に加えてシニアの南浦プロが力を貸してます。
龍門渕の見通しの甘さは、やはり指導者がいないのがネックとなってます。

読川監督は今のところはレジェンド(有能)ではなく「レジェンゴ(無能)」です。


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第29局 反撃

まだ前半戦の東場が終わってないとか……。


――宮永咲

 

 ひゃぅッ!!

 

 もしかして久保コーチが怒ってるのかなァ。そうだよね。まだ一回も和了れてないもん。

 

「チー」 {横七索 六索 赤五索}

 

 また清澄の先鋒さんが鳴いてきた。分析班のレポートよりも聴牌(テンパイ)までの速度がかなり早い。

 龍門渕と鶴賀が現物でオリた。さっきからの勢いもあるから1副露(フーロ)でも怖い。

 まだスピード勝負をするのは難しい。私も直撃を避けてオリる。

 

「ツモ 1500ALL」(タンヤオ、ドラ1 30符2翻の5本場で1000+500ALL)

 

{四萬 五萬 六萬 二筒 二筒 四筒 五筒 六筒 八索 八索} {横七索 六索 赤五索} {二筒}

 

 五連続和了(ホーラ)とか、お姉ちゃんを相手にしてるときみたいだよ。

 けどお姉ちゃんのように段々と打点が高くなっていったりはしない。

 何か理由があって打点より速度を優先してるみたいだ。ようやく火力も落ちてきた。

 

 速度があっても、火力がないなら、こっちから攻めてもいいよね。

 

 

「チー」 {横八索 六索 七索}

 

「ポン」 {中 中 横中}

 

 相手にスピード勝負をしかける。

 

 片岡さんも清澄の先鋒(エース)だけど同じ一年生だ。

 私だって福路キャプテンから託された名門校の先鋒(エース)だ。

 無名校だからって侮る気なんてないけど、ここで負けるわけにはいかない。

 

 全力で捻り潰す!!

 

「カン!!」 {三萬 三萬 三萬 横三萬}

 

「ツモ嶺上開花(リンシャンカイホウ) 満貫の9800です」(嶺上開花、役牌1、ドラ2 40符5翻の6本場で4000+600/2000+600点)

 

{一萬 一萬 七筒 七筒 七筒 四索 五索}  {中 中 横中}  {三萬 三萬 三萬 横三萬} {三索} ドラ表示牌:{九萬}{北}

 

 麻雀部のみんなが私の麻雀を見てる。だからこそ――。

 

 

 

――読川尊月(監督)

 

 ようやく宮永が得意のリンシャン拳でタコスの東一局を止めた。清澄との点差は59100点。

 もしも宮永のリンシャン拳に自在にカンドラを乗せることができたら、ドラゴンボールZの界王拳のように「リンシャン拳○倍だっ!!」とか言って戦闘力得点力を倍に増やす技になるんだが……無理っぽい。

 

『龍門渕、高めで倍満の3面張(メンチャン)黙聴(ダマテン)! 最下位からの浮上なるか!!』

 

「宮永さんも聴牌(テンパイ)したけど、{五萬}{八萬}は龍門渕の当たり牌です」

 

「これは振り込んじゃうんじゃないでしょうか……」

 

{七索 八索 五萬 六萬 七萬 八萬 八萬 八萬 三筒 五筒 七筒 八筒 九筒} {四筒}(in)

 

『リーチ!』

 

「は……?」

 

「{八索}の単騎リーチですか」

 

『風越女子・宮永咲、両面(リャンメン)に取らず! しかも{八索}はすでに河に2枚出ております!!』

 

「宮永の奴、ようやく集中してきたし」

 

「監督、宮永さんは龍門渕の待ち気配を察知したんでしょうか?」

 

「キャプテンみたいっすね」

 

「福路とは違うな。宮永は相手の手牌を読んだわけじゃない」

 

「たぶん……おかわり」チラッ

 

『カン』 {八萬 裏 裏 八萬}

 

「対木の言う通りだ。宮永はカンのできる待ちを選んだだけだ」

 

「はー、普通ならありえないけっすど、咲っちなら、それがありえるんっすよねー」

 

『門前ツモ、嶺上開花(リンシャンカイホー) 5200です』(リーチ、門前ツモ、嶺上開花 40符3翻で2600/1300点)

 

{八索 五萬 六萬 七萬 三筒 四筒 五筒 七筒 八筒 九筒} {八萬 裏 裏 八萬} {八索}(in)

 

『3連続Wリーチの次は、なんと2連続で嶺上開花――ッ!! とんでもないことが長野で起こっているぞーー!!』

 

「わりと……いつものこと」ボソッ

 

「清澄の先鋒も東場の魔物かもしれんが、うちの先鋒だって負けてはいない」

 

「先鋒戦の卓にいる魔物は……二人ですか」

 

「このまま魔物が二人で終われば良いけどな……」

 

 原作の副将戦では微妙に力を発揮できなかったとはいえ、先鋒となった龍門渕の透華が最下位のままで終わるとは思えない。

 そして普段(デジタル)の彼女に異能持ち(オカルト)が下手な刺激を与え続けるのは……明らかに拙い。

 

 

 

――井上純(龍門渕2年生)

 

『さあ前半戦も南場に突入です。最下位は鶴賀学園、昨年優勝校の龍門渕が100点差で3位です』

 

 東四局で鶴賀が3900点の直撃を清澄から食らった。最下位を脱出したとはいえ1位との差は85300点。

 東場は清澄高校の独走、それを3連続嶺上開花で止めたのが風越女子。

 鶴賀学園の二年生はともかく、あの透華が手も足も出ず焼き鳥だった。

 

(焼き鳥=終了まで一度も和了れなかったことをさす麻雀用語)

 

「ふぅ……今回だけはオレが先鋒を外れてて良かったと思ったぜ」

 

「純くん、透華付きメイドのボクの前で、今それを言っちゃうかなー」

 

「わるい。けどな、あの東場を見たらな……」

 

 清澄と風越女子の一年生は何者だよ。今までアイツらが無名だったのが不思議でならねーし。

 去年に衣が県予選デビューしたときの衝撃は、他校からしたら今のオレと同じ様な気持ちだったのかね。

 

「牌譜を分析するまでもなく異常」ボソッ

 

「まー、衣みたいなのが全国でもないのに二人も卓にいるなんてね」

 

「予想できねよー。そーいえば、衣は未だ来てないのか?」

 

「会場の近くまでは来てるみたい。ハギヨシさんが呼びに行ってる」

 

「前半戦が終わる前に控室まで来てほしいな」

 

「そうだね。ちょっとボクらでアドバイスできるような相手じゃないよ」

 

「参謀の役目なのにごめんなさい」

 

「ともきーのせいじゃないよ。あれを予想するなんて誰だって無理だよ」

 

「ただ風越女子の先鋒の動きは、最初っから清澄を警戒してたみたいだったけどな」

 

「あそこの監督から指示があったのかな? 透華のスカウトを断った」

 

「顧問の誘いを断って、いつの間にかライバル校の監督になってるとかマジで喧嘩を売ってるよな」

 

「そーだね。お屋敷で噂話を聞いたときはハギヨシさんが静かにキレてたもん」

 

「あのハギヨシさんをキレさせるとかホンモノだな」

 

「……風越女子に高い手が入った」

 

 ちょっと目を離してる会話してる間に試合が動いたみたいだ。

 

「おいおい。満貫かよ」

 

 透華も早い手を作っていたが風越女子が先にツモで和了った。

 

「南一局が流れたから、透華が親」ボソッ

 

「親かぶりで、また最下位かよー」

 

「それと清澄は南場に入ってからは防御優先みたい」

 

 だったら清澄の先鋒は東場のスタートで高めてた集中力を一気に爆発させるタイプか。

 

「透華も何度か聴牌(テンパイ)はできてるんだけどねー」

 

「牌効率は悪くない」ボソッ (※牌効率=聴牌まで最短で手牌を揃えることを目指し、最も効率の良い選択を行うこと)

 

「それでも和了れてないんだけどねー」

 

「きっとイライラしてるだろうな」

 

「そうだね。ボクもさすがに限界だと思うよ」

 

 透華は普段はデジタル打ちに徹してるけど、余裕がなくなってイライラが募るとブレてくる。

 そこが弱いところでもあり……怖いところでもある。

 

「また風越女子の先鋒に鳴かれて流された」

 

「これはキレてもおかしくないな」

 

 透華はストレスが溜まって爆発してキレると、感情が一周して逆に静かになる時がある。

 そうなった時は透華が衣の従姉妹なんだと痛感させられる。

 

 まさか決勝とはいえ県予選で、ここまで透華がヤバくなるなんて思ってもみなかったな。




読川監督「えっ、ハギヨシさんキレるんっすか? マジで!?」

龍門渕は大将に衣が控えているし、透華がこのままで終わるはずがないという信頼もあって、まだ余裕があります。風越女子の方は(監督以外)予想もしてなかった試合展開に驚いてる感じです。監督がヘンに動揺してたのは想定してたゲームプランから外れたからです。

ヤングガンガンの最新話(2019年3号)では、ついに咲の従妹(通称みなもちゃん)の本名が明らかに。対木もこ=みなも説が否定されてホッとしてます。とりあえず残りのインハイの県予選では単行本ベースですので、連載に絡むネタバレはありません。ただ全国大会で風越女子と白糸台がぶつかるときには連載のネタを使うことになりそう。

*謝辞*
お薦めのWeb小説、やる夫スレのまとめを紹介してる「ヴィーナさんのスコップ感想欄」で本作が紹介されました。ヴィーナさん、ありがとうございます!

-追記-
リンシャン拳の箇所に表現の誤りがあったので修正しました。


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第30局 挑発

名言を使うタイミングって大事


先鋒戦 前半 南四局

 

南 片岡優希(清澄高校1年)  :154800(起家)

西 龍門渕透華(龍門渕高校2年):67500

北 津山睦月(鶴賀学園2年)  :69400

東 宮永咲(風越女子1年)   :108300

 

 

――龍門渕透華(龍門渕高校2年)

 

 もう前半戦のオーラスですの。わたくし何もした気がしませんわ。

 

 えっ、……もう、オーラス?

 

 そうですわ。今まで和了ったのは清澄と風越の1年生の二人だけ。

 わたくしと鶴賀の2年生の二人は焼き鳥状態で最下位争い。

 

 ホントに何もしてませんでしたわ――!!

 

「麻雀って……楽しいよね」

 

 は……?(威圧)

 

 幻聴でしょうか。何を言ってますの風越の女は。

 東場でトラッシュトークをカマしてた清澄もそうですが最近の1年生は躾がなってないですわね。

 そりゃあWリーチや嶺上開花のような偶然役が連続で続けば楽しいでしょうね!

 

(※偶然役=偶然性が高いため、運の要素を廃した競技ルールでは一発のように認めらないことのある役。例えば嶺上開花、槍槓、海底、ダブル立直、天和など、むしろ咲-Saki-麻雀の世界では主力級で活躍している役のこと)

 

「麻雀で勝つのって難しいけど……今日は色んな人と打って……ホントに楽しいよ……」

 

「大会で麻雀を打って……楽しい?」ピキッ

 

「はい。一緒に楽しみましょう!!」

 

「……」ピシッ

 

 これは……間違いなく喧嘩を売ってますわよね?

 風越女子は監督も選手も(どいつもこいつも)……龍門渕を舐めてますわねっ!!

 

 ほら清澄の先鋒だって痛い奴を見る冷たい視線を同じ1年生に向けてますわよ。

 彼女だって県予選決勝まで遊びに来てるわけじゃない。それは必死な打ち筋からも伝わって来ましたわ。

 それを楽しいだなんて……マイナスにはならず2位で食らいついてる者の余裕でしょうか。

 

 ええ、羨ましいですわ。楽しいだなんて優雅ですわね……

 

 って、ふざけるのもたいがいにしくされですわ――ッ!!!

 

「リーチですわっ!!」

 

 いつもなら打点よりも和了(ホーラ)率を優先して闇聴(ヤミテン)を取る場面ですわ。

 

(※闇聴=門前(メンゼン)聴牌(テンパイ)している状態で立直(リーチ)せずに黙っている状態のこと。黙聴(ダマテン)とも言う)

 

 らしくないのは分かってますの。悔しいですけど、先ほどから風越の先鋒は振り込んでいない。

 となるとヤミテンでも狙い撃ちするのは難しいでわ。

 

 それならば!

 

 リーチをかけてなおかつ和了る――

 

 ラス親の風越に大きのをブチかまして目立ってやりますわよ!!

 

 目立つためなら、優雅とかデジタルとかクソ食らえですわ!!

 

 それに相変わらず清澄も鶴賀もベタオリだこと……。

 

「いらっしゃいまし、ツモ!」ダンッ

 

{赤五萬 五萬 六萬 六萬 七萬 七萬 三筒 四筒 五筒 六筒 七筒 八索 八索}  {八筒} ドラ表示牌:{二筒}{八筒}

 

「倍満で8000/4000点」(リーチ、一発、門前ツモ、平和、タンヤオ、一盃口、ドラ2 20符8翻の倍満)

 

『おーっと、龍門渕高校が焼き鳥を回避っ! 鶴賀学園は残念ながら最後まで動けず!

 これで前半戦が終了です。5分休憩の後、後半戦を開始します!!』

 

 やりましましたわ。もう真っ白に……燃え尽きそうですわ……。

 

「部長の作戦通り南場は凌いだじょ、決勝の東場は2回……後半こそ、東二局は来ないじぇ」

 

 また後半から東場が始まるんですね……集中、集中、集中……。

 

 

 

――文堂星夏(風越女子1年生)

 

 後半戦を前に読川監督の指示で控室に戻って来る気配のない咲ちゃんに伝言を頼まれた。

 

 休憩中の会場に入ると跳ねた前髪とポニーテールが特徴な鶴賀の先鋒さんを仲間の皆さんが慰めてるのが見えます。

 分かります。よーく分かりますよ。あんな理不尽な卓に入れられたら……そりゃあ心折れますよね。

 

 最後に一瞬だけ中継の映像に映った咲ちゃんの顔は楽しそうに笑ってるようにみえましたけど――。

 

 私は国内選手のファンなので偶然性をできるだけ廃した競技ルールの国内リーグの「観る専」でしたが、さっきの試合はまるで世界大会(ワールドツアー)を観てるような華々しい麻雀でした。観るならともかく、あの卓に自分が入りたいかと問われれば別です。

 

 赤髪のワハハっと笑ってる人が元気を出せって何かを渡してますね。

 

 はっ!?

 

 あれは「プロ麻雀せんべい」のおまけで私が見たこともない“レジェンドレア”カード!!

 

 しかも若い男性のプロ雀士っぽいですね。最近のカードは殆どコンプしてるので昔の限定カードでしょうか。

 

 でも佐之海プロ以外でレジェンドレアになるような活躍を世界でした若手の男性プロっていましたっけ?

 

 き・に・な・り・ま・す。

 

 いえ、今は咲ちゃんに監督からの指示を伝えるのが最優先ですね――。

 

 あれ?

 

 その咲ちゃんがいない。控室までは一本道だけどすれ違ってはいない。

 

 なのに残っているのは鶴賀の他には龍門渕の先鋒さんだけです。

 初日に玄関ホールで「目立ってなんぼ!」って叫んでた人の印象が強いですが、倍満で終わった割にやたらと静かですね。

 昨日や前半戦の印象とのギャップが凄いというか、なんか変な感じがします――。

 

「純くん、やっぱり透華が去年のインハイで東東京と戦ったときみたいになってる」

 

「ああ……国広くんのいう“冷たい透華”ってやつだな」

 

 出入り口近くで龍門渕の人たちが遠巻きに眺めてます。ちょっと外に出難いんですが……。

 

「トーカは今日、数多の勁敵(けいてき)と相まみえたようだな」

 

「衣、ようやく来たか!」

 

 関係者しか入れない会場にちびっ子が!!

 いえ、あれは春の大会で池田先輩を飛ばした龍門渕の天江衣ですね。(※池田は飛んでないです!!)

 もこちゃんが大将戦で戦う相手……要チェックです。

 

「ハギヨシから委細は聞いた。清澄には東場の風神、風越には嶺上使い(リンシャンつかい)

 先鋒に二人も奇玄な手合がいたとは興趣が尽きぬ」

 

 なかなか上手いこと例えますね。それなら、もこちゃんは七対使い(チートイつかい)といったところでしょうか。

 いえ、個人的には~istで嶺上奏者(リンシャンニスト)とか対子家(チートイスト)とかの方が秘められし能力者的な意味でカッコイ気もする(邪気眼)

 

「う……うん、そうなんだ。あまりにたくさんの強い相手に近づくと透華がなんか変わっていっちゃうんだ」

 

「須佐之男の半身、天叢雲剣を持つ者が憂懼していたことが現実(うつつ)となったな」

 

「後半戦の初っ端から豹変することになるが大丈夫か?」

 

濫觴(らんしょう)をなしたのが風神であるなら東場は治水の龍が壟断(ろうだん)しよう。南場も鴉雀無声のまま終わろう」

 

「点差が酷かったけど、それなら平気か」

 

「透華は知音(ちいん)ゆえに掣肘(せいちゅう)するつもりはないが、閨秀(けいしゅう)な打ち手が増えるなら衣はうれしい」

 

「また全国大会で東京に行って一緒に遊びたいし、ボクはあまり嬉しくないな……」

 

「他校が引縄批根しようとも衣が大将にいる限りは杞人天憂」

 

 ……龍門渕の皆さんが何を言っているかサッパリ分かりませんね。何か情報を持ち帰れるかと思ったのですが残念です。

 それにしても咲ちゃんも戻ってこないし困りました。また迷子とかじゃなければ良いけど……。

 

「む、風越の嶺上使い(リンシャンつかい)か」

 

「……ふぇッ!!」ビクッ

 

 ちゃんと戻って来て良かった。どうやらお手洗いに行ってたみたい。けど会場に入ってから急に表情が硬くなった。

 

「ふぇぇ~、なにこれ……卓が凍ってるよ……この気配……お姉ちゃんの怖さとは違う……それに寒いよぉ」ブルブル

 

 今は夏だし空調の温度が急に低くなったのかな?

 

「咲ちゃん、大丈夫? 監督から伝言を預かって来たけど良いかな?」

 

「う、うん……大丈夫。監督はなんて?」

 

「それが変な指示だとは思うんだけど、きっと後半には会場が凍るから――」




文堂の知らない昔の限定レジェンドレア……いったい何川さんのカードなんだろう(黒歴史)
あと衣たんが何を言っているのかは、書いた本人さえ、よく分からない。

麻雀用語の解説が度々入りますが、これは書いてる私が作中の麻雀用語をよく分からずに読み飛ばしてたんで、今は意味を確認しながら書いてます。書いてる私が麻雀初心者なんて、たぶん麻雀初心者でも何となく雰囲気が伝わりやすいようになってる……はず。きっと、メイビー。

書き始めた当初はツモと門前ツモの違いさえよく分かてなかったっぽい。それで点数計算間違えたし……orz

原作で龍門渕の入婿って表現があったときに最初は「龍門渕透華に婚約者でもいるの?」と勘違いしてましたが、透華のお父さんが婿養子なんですね。


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第31局 凍結

コールド・リンピッドゥ・フラワー、時は凍る――


 

――読川尊月(監督)

 

「次は私の番ですね……」

 

「敬語ってことは柄にもなく緊張かー?」

 

 次鋒戦を前に緊張する東横に池田が声を掛ける。

 

「あの咲っちが、何とかプラマイゼロっすからね。予想外っす」

 

 先鋒戦が終わって風越女子の持ち点は104800点。もしも宮永が25000点持ち30000点返しだったと仮定する。前半戦と後半戦を合わせた一荘戦の終了時は29800点でプラスマイナスゼロだ。後半戦は原作だとヘコまされてた冷やし透華を相手に戦ったのだから悪くない結果だと思いたい。

 

「すまんな。作戦プランの変更は監督側の失策だ」

 

「いや、監督も想定外の状況で的確な指示を出してたとは思うっす」

 

 東横もフォローしてくれてるし多くの部員も仕方ないと言った感じだが、監督として敵戦力の見積もりを原作知識に頼りすぎてたのは失策だ。有力な指標であることは間違いないが、原作知識を元に相手を侮るなんてのはやってはいけないミスだ。県予選初日にタコスが赤いマントを身に着けてないことを確認して安堵していた自らの慢心を戒めたい気分だ。

 

 先鋒戦をまとめるなら「前半の東場で風神(タコス)が大暴れして、後半は治水の龍(つめたいとーか)が全てを凍らせた」と言ったところだ。順位は清澄が単独トップで、風越が2位、龍門渕が僅差で3位、鶴賀学園が三校に大きく離されて最下位だ。

 

 正直なところ清澄の竹井久にしてやられた。原作随一の智将だと評価してたのに、やはり清澄を宮永咲のチームだとしか見てなくて部長のことも何処か侮ってたな。

 風越女子のオーダーが先行逃げ切り型とか言われもしたけど、清澄の作戦こそ完全に逃げ切りモードだ。

 次鋒戦では難しいだろうけど、もし中堅戦や副将戦で清澄が1位のまま鶴賀を飛ばせたら、大将戦を前に逃げ切り勝ちだからな……。南浦の大将起用だって南場まで凌げば守りきれるって判断なんだろうな。恐ろしい神算鬼謀の持ち主だ。

 原作では全国大会でもかなり活躍してたから国内リーグのプロ雀士を目指すのも可能だろうけど、世界ランキング上位のプロ雀士の専属スタッフとかに将来なっていても不思議じゃない才媛だ。

 

「それに……こんな大舞台は、生まれて初めてですし……」

 

「たった1ヶ月でAクラス入りしたルーキーが、やけに弱気じゃないか」

 

「中堅と副将に先輩が控えてるんだから、東横は楽しんで来い」

 

 次鋒の起用は、副将に比べてプレッシャーが少ないからだ。原作の鶴賀学園ほど東横の負担は大きくないからな。部員の少ない鶴賀と違って風越女子には久保コーチもいるし、特待で入った1年生を長期的に育てる余裕もある。全国ベスト8という正規雇用のノルマがあるから、県代表になったら全国大会の8月までに即戦力として底上げはするけどね。

 というかツクヨミで無力化されてたから実感が薄かったけど、実際のところステルス能力って鍛えればかなり強くない?

 初見だと鹿児島県個人戦代表の藤原利仙も対応できなかったみたいだしな。まあ百何十局と打って検証を重ねれば万能じゃないことも分かってきたけどね。

 

「そうですね。私もみんなには、もっともっと麻雀を楽しんで欲しいと思ってるわ」

 

「いいんっすか?」

 

「キャプテンと監督が言ってるんだから問題ないし」

 

「それに先輩の池田が多少の失点は取り返してくれるさ」

 

 おっと久保コーチも池田を追い込むのが巧いな。逆境を与えれば跳ね返して強くなるのが池田だ。こいつもある意味で戦闘民族なところがあるな。まあ瀕死になっても与える仙豆とかはないけどな。

 

 監督として下手な重責を背負わせるつもりはないが、応援してるぞ(優しさ)

 

「副将のあたしがカバーするから大丈夫だし! 東横は順位とかは気にしないで打っていいぞ」

 

「そうだな。気をつけるのは下手に鶴賀を削らないようにすること、そして鶴賀から高い手の直撃を受けないことだ」

 

「分析レポートにあった何度も続いてるビギナーズラックって奴ですか?」

 

「ああ、打ち筋は素人そのものだが、やけに豪運(ツキ)がある。

 侮っての直撃とか、親かぶりとかでの大ダメージだけは避けろよ」

 

 なんせ鶴賀の次鋒である妹尾佳織はゲーム版だと「役満であがる程度の能力(一定確率で役満手が来る)」というフザケた設定になってるからな。流石にゲーム設定のままの能力を持ってるなんて思わないけど、原作でも県予選と四校合宿、さらにアニメ版の個人戦と三回あった闘牌描写で「全て役満おまけに全て違う役」で和了ってるからな……恐ろしいってか、なんだよこいつ。

 

 清澄の次鋒、染谷まこが染め手(※ホンイツ・チンイツのこと。一色手ともいう)を得意とすることは分析班のレポートと共に伝えてあるから大丈夫。なんせ分析班の中には彼女の実家が雀荘「Roof-top」だと聞いて私服で学生の客を装って通い清澄のメンツと何局か打った奴までいるからな。

 

 東横が「まるでスパイとか探偵みたいっすね」とか言ってたけど、麻雀に限らず強豪クラブの情報収集は、ちょっとしたインテリジェンス(諜報活動)染みたところもあるからね。姫松の男子たちは勝つためなら、多少のえげつないことは平然とやってたな。全国出場校は互いに練習試合ができないから他校の男子に女の子を紹介する代わりにスパイをやってもらうとかね。他にも二重スパイに噓の牌譜を渡して分析を撹乱させたりとか……いろいろ。

 

 龍門渕の国広一も昨年のインハイ、春の大会と牌譜や映像が豊富だったので分析班が活躍してくれた。原作の副将戦と違ってSOAさんもいないし、ステルスを阻止できる者はいないはずだ。全国の舞台に向けて実戦でのステルスを色々と試して欲しいとは思ってる。

 

 

 

――沢村智紀(龍門渕高校2年生)

 

「まだ透華は目を覚まさないよね?」

 

「医務室に連れて行かなくても大丈夫か?」

 

東風(こち)に吹かれた薄氷(うすらい)ゆえに、じきに目覚めるとは思うが……」

 

 透華お嬢様は衣様の判断によると春寒料峭(しゅんかんりょうしょう)(春に残る薄い寒さ)と言うことで執事のハギヨシさんが控室を整えて寝かせている状態だ。倒れて半日も目覚めないってことは無さそうだけど、はじめ(国広一)の出発には間に合わない。

 

「それにしても龍の逆鱗に触れれば風雨淒淒(ふううせいせい)となると思ったが外れたか」

 

 衣様がお嬢様の側で様子を診ながら嬉しそうに顔を綻ばせる。

 東風(こち)は春に東から吹いてくる風だ。春を呼び、花を咲かせるといわれてる風。

 後半戦は清澄の先鋒は衣様が予想してた以上に抵抗を試みたし、ずっと抑えていた風越女子の先鋒も南場の最後には花を咲かせた。お嬢様が稼いだのは18200点。後半戦の半荘では単独のプラスでトップの収支だけど、前半戦のマイナスが響いての龍門渕は3位。

 

「いつも通り試合の前は透華にお願いしたかったな……」

 

 はじめは私と同じ龍門渕のお屋敷で働くメイドだけど、龍門渕に代々仕えてきた家の私と違って、中学3年の頃に連れてこられた彼女はお嬢様との距離が私よりずっと近い。私もお嬢様から普段はフランクに接して欲しいと言われているが、長年の習慣もあって切り替えるのが難しい。だからなのか自然と言葉数も少なくなってしまった。

 

「純くん。ごめんだけど手錠についてる最後の鍵をかけて貰ってもいいかな? そう背中の後ろの――」

 

「これで、いいか」

 

「うーん、大丈夫。やっぱり動作に制限がかかるし苦手だなコレ……」

 

「心配性の透華が寝てるんだから、形だけでもよくねーか」

 

「ズルは駄目だよ。万が一ってこともあるし、それに失った信用を取り戻すのは大変だからね……」

 

 はじめが悲しげに目を伏せる。マジシャンを父親に持つ彼女は「手品」が得意だ。小学生時代に麻雀の大会でマジックの技術を悪用したイカサマをしてしまった前歴がある彼女を、お嬢様は再発防止と戒めのため麻雀の対局中は拘束具を身につけることを条件に龍門渕にスカウトした。本人は父親に売られたとか言ってるけど、お嬢様が彼女の父親に職を斡旋しただけだ。龍門渕の名誉を損なうような発言は止めて欲しい。

 

「風越はともかく清澄とは、だいぶ離されてるけどいけるか?」

 

「まァ、ボクがなんとか首位に追いついて、透華も安心して目覚められるようにしておくよ」

 

 そうね。たしかに普段のお嬢様だったら「どんな相手であれ、龍門渕が3位だなんてありえないですわ!」なんて言って騒ぎ出しそうだもの。

 

「後ろには衣がいるんだ。無理はしなくてもよい」

 

「ははは、そんなんだと透華に怒らちゃうよ。じゃあ行ってくるよ!」

 

「おう、がんばれ!」

 

「がんばって」

 

 試合会場に向かうはじめに言葉をかける。お嬢様のように自然と周囲を鼓舞するような発言や振る舞いはできないけど、それでも気持ちだけは込めて――。

 

「大した自信のようだったけどさ……」

 

「ここから私たち三人だけで1位をまくるのは難しい」

 

「展開次第で鶴賀が下手したら飛ぶ可能性もあるし、何も考えずに攻めれるわけでもないしなー」

 

 私たちが勝つためには最下位の鶴賀を追い詰めないようにしながら、清澄と風越女子を削る必要がある。

 

「移ろう順位など所詮は仮初のこと、衣まで回ればよい」

 

 今日ばかりは大将である衣様の力に大いに頼ることになりそうだ。

 昨年のインハイ準決勝で破れたのは4人目。龍門渕は5人目まで回れば心配することはないのだから――。




後半戦を期待していた方は申し訳ない!

冷やし透華ターンは闘牌描写というより細部の点数計算や必要な役の把握などが間に合わず時間稼ぎ回となりました。毎日投稿を諦めるって手もあったのですが、それをやると勢いが止まってしまうのが怖い。そこで書けるところから書いてみる。まずは物語を進めるというのを優先しました。

ともきーは寡黙だからこそ、頭の中では色々と考えてるんだよ!って感じで。
家が代々仕えてるとかは独自設定です。同じメイドでも国広くんとの違いを出してみた。
心の中では龍門渕家に仕える忠実なメイド。どちらかというとハギヨシさん寄りだけど、年齢が近いから透華に家の外では友人のように接してと命令されている。上手に切り替えができないから寡黙。

*ちなみにアニメ版のDVD「書き下ろしピクチャードラマ」だと沢村智樹は北海道からスカウトされたことになっているらしい。私はピクチャードラマの方は見てないんで、この二次創作はアニメ版の記憶と単行本の設定メインで書いてます。


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第32局 誤算

――竹井久(清澄高校3年生)

 

 去年のインハイ準決勝で東東京代表の臨海女子が副将戦で最下位の合浦女子を飛ばしたのは、大将戦に出てくる天江衣を恐れたって噂だったけど間違いね。副将の相手が恐れてた本当の相手は、後半戦で本領を発揮した龍門渕透華だったのね。和と似た様な理論派(デジタル)の実力者で、目立ちたい欲に負けるのか時折デジタルの定石を外すくらいだと完全に見誤っていた。

 

 後半戦は速度より火力を重視した波だったとはいえ、東場の優希が抑えられてしまった。特に和了れば満貫以上になっていた立直を2回とも流されたのが痛い。龍門渕が鳴いたりしなければ一発ツモになっていた手もあった。後半戦の検討を行っていると控室に先鋒戦を終えた優希が戻ってきた。

 

「たーだいまー、後半は何もできなかったじぇ」

 

「よお頑張ったのう」

 

「お帰り、あのメンツを相手に首位なんて大健闘よ。胸を張りなさい」

 

 それに彼女も東場で一度も和了れなかった訳ではない。満貫をツモ和了りする意地を見せた。

 間違いなく全国大会でも上位に位置するであろう龍門渕と風越女子の先鋒(エース)二人を相手にして半荘2回で+40300点。

 本来であれば憚ることなく誇っても良い結果なのに、和のこともあってか優希も素直に喜べずにいる。

 

「でも部長の作戦だとサンコロの予定だったじぇ」ぐっ

 

(※サンコロ=3人をマイナスに沈ませてトップを取ってる状態、3人を殺すとか転がすといった意味)

 

「南浦さん、仮眠室に行きましょう」スッ

 

「別に私は眠くはないが……」

 

「いいから、早く」バタン

 

 彼女が下唇を噛んだのを見て和が気を利かせてくれたのね。ありがとう。

 同級生の前だと涙も流せないと思って数絵も一緒に連れ出してくれた。控室に残っているのは私とまこの二人だけだ。

 自分の知らなかった幼馴染の一面に衝撃を受けてた京太郎くんも気分転換を兼ねた買い出しに行かせている。

 

「後半戦の龍門渕や風越女子の新入生の力は私が予想してた以上だった。

 それなのに前半戦の得点を殆ど削られなかったんだから上出来よ!」ポン

 

 龍門渕は清澄(うち)の東場だけではなく、前半戦で猛威を奮った風越女子のカンも封じていた。派手な展開が続いた前半に比べて、後半は落ち着いたというか、異能が封じられたような冷めた場だった。鶴賀の先鋒も普通に和了ることができていた。

 

 それにしても幼馴染が麻雀のルールを知ってたのさえ知らなかったって……可愛い子なんだから、ちゃんと目をかけてあげなさいよ。試合の途中からは「俺の知ってる咲じゃない」とか言って変貌に驚いてたけど、あの雀力は一朝一夕で身に付くものなんかじゃない。となると風越女子の監督は幼馴染の京太郎くん以上に宮永さんのことを知っていたということになる。

 

 京太郎くんが幼馴染のことをしっかり見てくれて一緒に清澄に進学してくれば、こんなに苦労することは無かったのにと勝手なこと思う自分が嫌になる。はぁ……おっぱいばかりに視線を向けてないで、もっと女の子の細かなところに目配りしてれば、もう少しモテるのにね。

 

「……」グスッ

 

 和が全国の舞台(インターハイ)で結果を残せなければ長野に残れないかもしれないと聞いた優希は部長の私に相談を持ちかけた。龍門渕や風越女子に勝つために何でもするから絶対に清澄の皆と団体戦で全国大会に行きたいと――。

 

「よく我慢したわね。私のこと信頼してくてありがとう」

 

「部長の言うことは絶対だじぇ、いつも以上の力が出せたのも言いつけを守ったからだじぇ」

 

 波を無理やり県予選決勝に合わせるために無茶な回数の麻雀を打った。部活が終わった後もまこの家の雀荘で様々な客を相手に打った。本来であれば休息を取るべき休みの日も調整に費やした。入部した当初と違いインターハイでの勝利に照準を合わせてからは心から麻雀を楽しむ機会なんて無かったんだと思う。

 

 だから風越女子の宮永さんが「麻雀って……楽しいよね」って言ったとき優希の肩が怒りで震えてたことに気付いた。ごめんなさい。私は無力で駄目な部長。麻雀を楽しみながら全国の舞台に皆を連れて行く力が無かった。だからこそ誰よりも我慢して頑張ってた優希を褒めてあげたかった。

 

「よくやったわよ!」

 

「うぅ……うわあああぁぁぁ」

 

「あとはわしらに任せんしゃい」

 

「そうね。作戦通り次鋒、中堅で少しでも点を増やして後の二人に繋ぐ……貴方の頑張りに私たちも応えるわ」

 

「ほいじゃあ、行ってくるかのー」

 

 まこ任せたわよ。貴女にとって初めての後輩が個人戦を捨ててまで稼いだ点棒を無駄にはしないでちょうだいね。

 大泣きする優希を抱きしめながら私は次鋒戦の前半を見守った。

 

 

 

――加治木ゆみ(鶴賀学園3年生)

 

「津山を先鋒に据えたのは失敗だったな」

 

 次鋒戦に出発した妹尾を見送った後、思わず弱音をこぼしてしまう。

 先鋒戦を終えた津山は控室には戻っておらず部長の智美が外の空気を吸いに連れ出して慰めているところだ。

 麻雀部の実質的な仕事を取り仕切っているのは私なのだが、名目上と雰囲気的な部長は智美だ。

 こういうときは私よりも、実家の仕事柄鼻が利くという智美の方が気の利いた受け答えができる。

 

「今さらだけど、やっぱり私を先鋒にしとけば良かったのよ」

 

「……そうだな。私の失態だ」

 

 当初は千里山の幼友達たちと全国の舞台で戦いたいと考えていた葉子が先鋒を希望していた。

 しかし実力があるとはいえ幽霊部員で部室に顔も出していなかった彼女に先鋒を任せて良いか私は悩んだ。

 

 結局のところ来年には新部長として麻雀部を背負うこととなる津山に先鋒を任せることにした。

 やはり先鋒は一般的にエースポジションだから箔にもなるし、他校の先鋒との戦いを経験して今後の自信や励みに繋がればと考えていた。麻雀部の将来を見据えてとのことで最終的には葉子も納得はしてくれた。それが裏目に出た。

 多少の厳しい洗礼を受けるのは覚悟していたが、まさかこれほど酷い卓になるとは予想だにしなかった。

 独走する清澄に対して風越と龍門渕が逆襲を行った結果、鶴賀だけがトータルで-46800点と大きく沈んだ。

 

「でも後半戦で和了れたのは良かったわね。前後半とも焼き鳥だったらと思うと……」

 

「ゾッとするな。下手をすれば麻雀を辞めることになっていたかもしれん」

 

「これから誰かが途中で飛ばされてでもしたら、津山さんは自分の責任だと感じるタイプよ?」

 

「流石に次鋒戦で飛ぶことはないと思うが……」

 

「妹尾さんはド素人よ。大量失点する可能性も高いわ」

 

 葉子の言う通り次鋒の妹尾は人数集めの為に入部させられた麻雀初心者、それこそド素人だ。これまでは運良く勝ててはいたが、県予選決勝でビギナーズラックが通用するとは思えない。三校のレベルも予想してた以上だ。

 

 龍門渕が強いのは分かっていたが、先鋒になった龍門渕透華は昨年のインハイと春の大会と全国で2度戦ったことにより力強さを増していた。風越女子は春の大会で新戦力となる2年の力を観ていたので、期待の新入生が1人増えたところで大きくは変わらないと見積もっていた。それこそスタメンに1年生が3人もいると聞いて今年は捨て石にして、来年を見据えた布陣なのかと疑いもした。

 

「……最悪のケースはないと思いたいが、中堅、副将と間違いなく厳しい戦いが続くだろうな」

 

「彼女のためにも攻めよりも守り、まずは大将戦まで飛ばないように戦うしかないわね」

 

「いいのか?」

 

 葉子の麻雀は攻めのスタイルだ。全国出場に懸ける願いは鶴賀では一番強いだろう。それが守りを言い出すなんて意外だった。

 

「全国を諦めるなんて言うつもりはないけど、これでも今の仲間を大切に思ってるしね」

 

「そうか……すまないな。長野に引っ越してきたお前と友達になれて良かったよ」

 

「べ、べつにゆみや智美のためじゃないから!

 二人は私の後輩なわけだし、幽霊部員でも先輩なんだから当たり前のことよ。

 それに竜華や怜さんたちに仲間を見捨てたなんて思われたくないだけだからね!」

 

 葉子はツンケンで素っ気ない態度を取ることがあるので昔っから誤解されがちだ。お嬢様気質で高飛車なところもあるが、身内に対しては情が深く面倒見の良い奴だ。頬を赤く染めて恥ずかしそうにそっぽ向いてるのを葉子を見て思わず笑みがこぼれた。

 

「なに笑ってるのよ!」

 

「いや、やっぱり負けたくないなと思ってな」

 

「当然よ。まだ私は千里山と戦うのを諦めてないですからね!!」




いちおう読川監督がオリ主なので、闘牌とは別に監督視点の戦いも書きます。
原作では選手vs選手の戦いに解説役のような形でコーチや監督が絡んで来ましたが、本作では監督sideの考えを掘り下げていきたいなと思っています。

竹井久と加治木ゆみは清澄と鶴賀における監督的な立場にある選手ですね。

正直なところ原作および神の視点を持つ読者からすると加治木ゆみの予想は甘いと思うかもしれません。実際のところ春の大会のメンバーを見て原作の風越女子くらいの戦力を見積もっていました。それ以上を学生の立場で想定しろってのは無理かと……誰かさんが原作の魔境NAGANOに東海の魔物MOKOまでぶち込んでますしね。

むしろ宮永咲さん抜きでも龍門渕と風越女子(改)を本気でぶっ倒しに来てる竹井久が凄い。
なんか書けば書くほど清澄には原作にはなかった悲壮感が増してるのが……。
原作だと県予選決勝の四校で悲壮感があったのって風越女子だけなんですよね。


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第33局 気付

コールド・リンピッドゥ・フラワー、そして時は動き出す――


――井上純(龍門渕2年生)

 

「ハッ……!!」ガバッ

 

「トーカ……」

 

「お、起きたか」

 

「おめざめ……」

 

「夢でしたか――、えっ……夢オチですの?」

 

 次鋒戦も後半が始まろうとする頃、眠りについていた透華が目を覚ました。どうやら寝ぼけてるみたいだな。

 

「先鋒戦の後半のことなら――」

 

「トーカ、夢幻ではないぞ」

 

「試合後に気を失ってたんだよ」

 

「先鋒戦の牌譜まとめたけど見る?」

 

 智紀が試合を観戦しながらノートパソコンでまとめていた牌譜を透華に見せる。

 

「しっかし後半は見事に取り返したなー。派手な和了は少なかったけど……」

 

 透華は4回ほど和了ったけど、高い手は親番の満貫くらいだった。

 

「治水の龍とはいえ、東場の風神を抑えるのには随分と力を必要としたらしい」

 

 東場の清澄が何度も高い手を作ってたから、透華が抑えなければ点差は絶望的なものになっていただろう。

 牌譜を見れば一目瞭然だが、後半戦の冷たい透華は表に出る点数以上の働きを一人でしていた。

 それでも清澄の先鋒は東場で1回和了ってるんだから、消耗は衣の言う通りなんだろう。

 

「河はずっと静穏で落ち着いたものとなると思っておったが――」

 

「こんなの……こんなの私じゃありませんわッ!! 却下ですわ!」

 

「でも後半戦の収支トップ、風越にも追いついた」ボソッ

 

「なんですか風越の先鋒(あの女)は南場の最終局(オーラス)で倍満って、そこまでして目立ちたいんですの!!」

 

 まあ透華が前半戦のオーラスで倍満ツモって和了ったのをやり返された形だからな。

 それに風越の倍満で親っ被りがなければ、龍門渕は2位で終わるはずだったからな。気持ちは分かるぜ。

 

「あの風越の嶺上使いも、まさか雪魄氷姿(せっぱくひょうし)のトーカを最後に破るとは空谷跫音(くうこくきょうおん)*。(*予期せぬ喜びのこと)

 南場が東風(こち)に暖められて薄氷と化したとはいえ、冷えた峰の上でも花を咲かせるとは――」

 

「風越の監督は後半から冷たい透華が出て来るのを予想して指示を出してた」

 

 たしかに智紀の言う通り先鋒戦の後半が始まる前、会場に風越女子の部員が指示を伝えに来てたからな。

 冷たい透華なんて公式戦だと昨年のインハイ準決勝くらいでしか表に出てないんだけど、どうやって察知したのやら。

 そういえば昨年は九州の強豪校でコーチをやってたらしいからな。あの試合を生で観られてた可能性もあったのか。

 

「たしかに風越は枕戈待旦(ちんかたいたん)*の監督の力もあるか」(*戦いの準備を怠らないこと)

 

 風越女子は当然として清澄高校からも本気でオレたちを倒しに来てるってのが伝わるな。おもしれー。

 昨年のインハイ県予選や春の地区予選が温かったから、オレたちは少し敵を甘く見てたみたいだぜ。

 

「ほんとに納得いきませんわ!!」ビビッ

 

「いつものスタイルとは全く違うから参考にもし難い……」

 

「まあ、ここぞというところで勢いづいて流れにノる普段の透華の方が、国広くんも好きだって言ってたな」

 

「はじめ? ……そういえば今は何戦ですの?」

 

「……今さっき次鋒戦の後半が始まったところ」

 

「休憩中も国広くんが心配して控室まで戻って来てたぞ」

 

「前半戦ははじめがトップで終了。龍門渕は風越を抜いて2位に浮上した」

 

「流石やればデキる子! はじめはやればデキる子ですわっ!!」

 

「鶴賀の眼鏡は素人、清澄の眼鏡も精彩を欠いてるし、風越も目立ってねえな。次鋒戦に敵はいねーよ」

 

「そうですの。やはり清澄も風越も先鋒には、ちゃんと真の先鋒(アイドル)を据えてたということですわね」

 

「トーカを会場から運び出すときに面妖な気配を感じたが」

 

「あのときは鶴賀の次鋒しか卓には座ってなかったはず……?」

 

「そうそう。次に国広くんが卓に着いて、最後に清澄の眼鏡が入って来て……あれ?」

 

「となれば面妖な気配の正体は残りの風越か」

 

「中継を見てもなんのオーラも感じませんわ」

 

「風越の監督は握髪吐哺(あくはつとほ)*よな。これなら全中の東海王者だという大将も愉しみだ」(*すぐれた人材を求めるのに熱心なこと)

 

 

 

――宮永咲

 

「りゅーもんさん、すごかったよ……最後にようやくカンを1回するのがやっとだった……」

 

「普通はそうそうカンなんかできないし」

 

 あの状態のあの人を相手にして他をトバせるような人が全国にはいるって監督から聞いた……。

 それに熱のこもった打ち筋を見せた清澄の先鋒さんが居たからこそ、徐々に凍った卓が溶かされて最後に何とか嶺上開花を和了ることができた。

 

 監督が相手はお姉ちゃんだと思って家族麻雀のようにプラマイゼロで終えれば良いと指示を出してくれた。

 きっと無理に勝とうとして打ったら、負けてた相手だった。そんな手強い相手が全国には沢山いる……ふふふ。

 

「……おもいだし……わらい?」ジー

 

「うん、まだワクワクが止まらなくって」ウズウズ

 

 本当は先鋒(エース)を任されたんだからトップで次鋒の桃ちゃんにバトンを渡さなきゃ行けなかった。

 そのことを控室に戻って来てから真っ先に謝ったけど、監督やキャプテンは「他校の先鋒(エース)を相手に失点しないのも先鋒(エース)の仕事」だと言って褒めてくれた。

 

「宮永さんが試合を楽しめたようで何よりです」

 

「試合前に控室を出ていくときは表情が少し固かったからな」

 

 福路キャプテンと久保コーチから指摘される。たしかに前半戦の最初は集中できていなかった。

 県予選とはいえ初めての決勝の舞台、全国へと続く大事な試合……プレッシャーを感じてたのかな。

 

「意外だな宮永でも緊張するとかあるのか」

 

「監督、宮永さんを何だと思ってるんですか?」

 

「ふえぇ……とか言いながらも最後には相手をボコってるイメージ。

 校内ランキング戦でも他を圧倒して蹂躙する姿は見事に魔王(ラスボス)だったしな」

 

「ええっ!? 監督、それは酷いですよ」

 

「健気に頑張ってエースになった麻雀部のアイドルになんてこと言うんですか」

 

「ちょっとデリカシーがないですよー」

 

 うわわ……監督の中での私のイメージが凄いことになってるよぉ。

 だって校内ランキング戦は監督に「王者である姉(チャンピオン)と戦うなら覚悟をみせろ、校内では他を圧倒して1位になれ」って言われたからだもん。蹂躙とか魔王とか表現が酷いよ。

 

 さっきの後半戦だってダメダメだった。氷の魔王(フルーレティ)によって凍らされた世界で、清澄の優希ちゃんこそが決意の炎を秘めた剣(レーヴァテイン)を武器に戦った勇者だ。私は氷が溶けた山に手を伸ばして最後に花を一輪咲かせただけの端役(サブヒロイン)に過ぎない。とても魔王(ラスボス)なんて柄じゃないよ。(※ラノベのファンタジー描写じゃなくって麻雀の話です)

 

「あながち……まちがってない」ボソッ

 

 もこちゃんまで……私なんかが魔王だったら、お姉ちゃんなんて大魔王って呼ばれててもおかしくないよ。

 それにもこちゃんだってレイドボス扱いされてるからね。風越女子だと福路キャプテンはきっと裏ボスだよ。

 

「ま、1年生が名門校の先鋒(エース)を務めるんだから初陣で緊張するのは当然だし」

 

「華菜ちゃんも春の大会で先鋒を任されたときは緊張してたもんね」

 

「春の大会はインハイの前哨戦だから、いうほどの重責は感じてなかったし!」

 

「ほぅ、池田は春の大会とはいえ伝統ある風越の先鋒を軽く扱うつもりか?」ジロッ

 

「にゅあ!! こ、コーチの誤解だし! みはるんに対しての言葉の綾だし」ヒェ

 

「あの卓を楽しめたんなら宮永は風越(うち)先鋒(エース)に相応しい大物だと思うよ」

 

 深堀先輩の一言に全員が頷く。楽しかった。またあの人たちと一緒に打ちたいな。

 

 次鋒の桃ちゃんも「楽しんで来い」って言われて送り出されたみたい。

 通路ですれ違ったときも肩を叩かれて「さきっちは、楽しかったっすか?」って声をかけられた。

 あのときは驚いちゃったよ。だって人通りの少ない通路なのに気配を全く感じなかったんだもん。

 桃ちゃんが「さきっちが抑えられた分はわたしが稼ぐっす」と言ってくれた。

 

 私たちの後ろにはキャプテンや池田先輩が控えているから安心して自分の対局だけに集中できる。

 そして大将のもこちゃんは団体戦に出るためだけに愛知から長野の風越女子に入学したと言っていた。

 Bクラス以上は強制参加の個人戦を監督に直談判してまで拒否するくらい団体戦に対する意気込みを胸に秘めている。

 

 私は最強(まおう)じゃなくていい、けどキャプテンが言ったように「私たちが最強」だっていうのは自然と信じることができる。それが風越女子の強み。このメンバーが精一杯やった結果で、お姉ちゃんと戦えなかったりしても後悔はしない。

 

「東横は消えるのに時間がかかってるな……」

 

「流石に決勝となると相手も手強いし」

 

「やっぱり厄介なのは龍門渕の国広一ですね。先ほどから周囲を注意深く観察してます」

 

「二本場を直撃で止めたから警戒されてるのでしょうか?」

 

「癖は出てましたけど、狙い撃ちしたわけではないので気付かれてはないかと」

 

「ステルスは消えるまでの間は高い手を作れないとかデメリットもあるな」

 

「気の抜けた場だったら東場で消えることもできるが、やはり半荘は消えるための時間が必要だな」

 

「けど前半戦をフルに使いましたから確実に消えることができてるはずです」

 

 監督やコーチ、弓野先輩を始めとした分析班が中継を観ながら桃ちゃんの様子を話し合っている。

 

 普段から影の薄い桃ちゃんが本気になって消えたらリーチを宣言しても誰も気付かない。

 ステルスモモのリーチはダマテンと同じ。桃ちゃんのステルスは私も無警戒で振り込んじゃうくらい強力だ。

 

 いつも拾ってくれた監督に恩返しするって言ってるもんね。頑張って!!

 

「此処からがステルスモモの本領発揮だし!」

 




点数の推移の目安(*点数計算などの誤りにより多少の修正の可能性あり)

先鋒戦 前半終了時点

片岡優希(清澄高校)150800 +50800 3連続Wリーチを含む5連続(+1回)和了
宮永咲(風越女子) 100300 +300 2連続+満貫1回のリンシャン拳3発
龍門渕透華(龍門渕)83500 -16500 ラスで子倍満
津山睦月(鶴賀学園)65400 -34600 焼き鳥 魔物が二人の卓とか無理

先鋒戦 後半終了時点(前後半の合計収支)

片岡優希(清澄高校)140300 -10500 (+40300) 和了は子満貫ツモ1回のみ
宮永咲(風越女子) 104800 +4500 (+4800) 和了はリンシャン拳の子倍満1回のみ
龍門渕透華(龍門渕)101700 +18200 (+1700) 4回和了ってる 高い手は親満貫が1回
津山睦月(鶴賀学園)53200 -12200 (-46800) なんとか2回和了れたけど……

次鋒戦 前半終了時点

染谷まこ(清澄高校)135700 -4600 素人さんの捨て牌のせいで焼き鳥
国広一(龍門渕)  116000 +14300 4回和了った やればできる子
東横桃子(風越女子)106000 +1200 龍門渕の連荘を阻止 振り込みはなし
妹尾香織(鶴賀学園)42300 -10900 焼き鳥 振り込み1回 役満ガチャに挑戦中


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第34局 遭逢

ようやくステルスモモのターン


――東横桃子

 

聴牌(テンパイ)っす」

 

「えっー、立直(リーチ)してたんですか」

 

「わしも気付いとらんかったの」

 

「はい、千点棒」

 

 流局になったのは残念っすけど、三人の反応でハッキリしたっす。

 鶴賀と清澄の眼鏡組は、わたしのリーチに気付いてなかったす。けど龍門渕の鎖女さんはリーチを察知してたっす。

 

 読川監督や福路キャプテンのように、わたしを見つけてくれる人が稀にいるのは分かってたっす。

 ちゃんと見て貰えるのは嬉しいっすけど、県予選の決勝という場所では出会いたくなかったっすね。

 

 でも龍門渕の鎖女さんは麻雀卓に座ってから、わたしの存在に初めて気付いて驚いてた様子だったっす。

 そのときに頬についてる星型のシールを見て、幼い頃に出会ったマジシャンさんを思い出したっす。

 

 親に連れられてマジックショーを観ていたわたしはマジシャンに指名されて舞台に上がったことがあるっすよ。

 昔っから影が薄くて他人に指名されるなんて今まで無かったから、わたしは心の底から驚いたっす。

 

 そのときに「優れたマジックは優れた観察から生まれるんだ。だからマジシャンが手品の最中にお客さんの存在に気付かないなんてありえないよ」と教えてもらったっす。そのマジシャンさんにショーの後に話を聞きに行ったら気付いて貰えなかった悲しさも含めて今や懐かしい思い出っすね。

 

 同じように小学校の担任も授業中はちゃんとわたしを見てくれたっす。あの先生がいなかったら授業中に当てられることはなかったし、居眠りしたり、サボったりしても誰にも気付かれなかったっすから勉強しない子になってた可能性が高いっす。そういう意味では厳しい先生だったけど恩師として心から感謝してるっす。

 

 鎖女さんは麻雀卓に座ってから、あのマジシャンさんのように特定の舞台で観察力を発揮するタイプっすね。ステージの上のマジシャンは消えてるものを見つけ出すのも得意っすからね。こうなると福路キャプテンと同じだと思って対処する必要が出てくるっす。

 キャプテンは普段から観察眼を鍛えてるし、ちゃんと部員全員の顔と名前や細かなことを覚えてて、わたしを見るのも当たり前って感じっすから、また違うんっすけどね。

 読川監督も見える派だから「物理的に消えてる訳じゃないんだし、そんなオカルトありえん」とか言ってSOAを合言葉にステルスを検証してくれたっす。おかげで日常で咲っちが私の存在に気付いて無くても肩を叩くなり物理的に接触すれば、ちゃんと気付いて見て貰えることが分かったっす。今までは声をかけて気付いて貰えなければ諦めていたっす。知らない人にボディタッチとかは無理っすけど、寮生活が楽になったっすよ。

 

 読川監督とキャプテンの二人は対局中に相手を観察して打ち筋や癖を見抜けるらしいっすけど、普通はそんなことできないっす。何度も対戦する訳じゃない相手の癖なんかを事前に調べる暇があったら地力を上げた方が確実っす。わざわざ牌譜を集めたりして分析するのもよほどの相手だけっす。だけど風越女子には分析班がいるから、事前に情報をレポートにまとめて教えてもらえるっす。その情報があればキャプテンほどじゃないっすけど相手の意図も多少は見抜けるっす。

 

 例えば龍門渕の鎖女さんには聴牌(テンパイ)の前後の動きに癖があるっす。分析班によると時系列順に牌譜を並べるとリーチ率が徐々に下がっている傾向が見つかったみたいっす。恐らくデジタル打ちの人に無闇にリーチせずに黙聴(ダマテン)を増やすように矯正されてるんじゃないかって監督が推測してたっす。だから注目してれば鎖の動きで聴牌の一歩手前とか聴牌したのが分かるっす。なんで動き難い拘束具をつけて麻雀やってるか知らないっすけど、鎖のせいで自然な動作が阻害されたことで表面化した癖っすね。おかげで前半も振り込みを回避しながら自然に消えることに専念できたっす。

 

 ただステルスモモで消したリーチ棒が見えてるってことは龍門渕の当たり牌を放せば、振り込む可能性が大っす。

 わたしが見えてる相手がいるならシャドウモモを実戦で試すチャンスっすけど検証中の技には頼れないっす。

 

「みっつずつ、みっつずつ……」

 

 ここは安定してるステルスモモで乗り切るっすよ。

 そうなると狙うなら前半戦で龍門渕のリーチ一発目に中牌を振り込んでた鶴賀の素人眼鏡さんか――。

 

「さっきからあかんの」

 

 なぜか対局中に外した眼鏡を頭に乗っけてる清澄の方っすかね。こっちのワカメガネさんが手牌を染めようと考えるタイプなのは知ってるっすよ。それに実家の雀荘は常連ばかりで素人は来ないらしいっすからね。立ち上がりから素人眼鏡さんの無茶苦茶な捨て牌にペースを惑わされてるのが丸わかりっす。

 

 ネットで他校の牌譜を探してもインハイ出場校の団体戦や原村和のような有名人の個人戦じゃなければ牌譜なんて見つからないっす。けど風越女子の分析班は三人一組(スリーマンセル)で潜入調査までしてるっすからね。

 

 それに風越女子にはブンドゥー(文堂星夏)みたいに高校から麻雀を始めた初心者もそれなりにいるっす。わたしはCクラスの卓で素人とも打ってたっすから惑わされたりはしないっすよ。

 

 あんまり鶴賀学園だけを沈めると飛び終了の可能性も出てくるっすから今は狙うなら清澄っすね。

 

「でっ、でで……できましたっ」ハッ

 

 おっとツモ和了っすか?親番は好調の龍門渕なんで親かぶりしてくれるなら嬉しいっす。

 

「リーチします!!」ドキドキ

 

 って聴牌ができただけっすか。リーチ棒を出し忘れっすけど、ちゃんと清澄のワカメガネさんが指摘してくれたっすね。

 わたしが指摘しても気付いて貰えないから、ステルスモモは静かに黙っとくっすよ。

 監督からビギナーズラックもあるから注意しろって言われてるし、とりあえずは直撃は回避でオリるっす。

 

「ツっ、ツモですっ」

 

 一発ではないとはいえ、二巡目でツモ引きっすか。半荘2回の短い勝負になると初心者の運も馬鹿にはできないっすね。

 裏ドラが乗ってドラ2っすか。表示牌が{九萬}っすから、さっきは{一萬}を切らなくて良かったっすね。

 それなりの役で親番の龍門渕を削ってくれれば嬉しいっすけど――。

 

「手配は……?」

 

「あっ、ドラ2にリーチツモ、トイトイ……でしょうか? えーと点数は……」オロオロ

 

{二筒 二筒 二筒 一萬 一萬 六萬 六萬 六萬 八萬 八萬 七索 七索 七索} {八萬}

 

「それは――四暗刻じゃ……ッ!!」「四暗刻っすか!?」

 

 ステルスの最中なのに思わず声を出してしまったっす。

 周囲の驚き声にかき消されて誰も気付かなかったみたいなのでセーフっす。

 

「な、なんですか……それ」アワワ

 

 四暗刻は最も出やすいと言われてる役満っす。子の役満だから鶴賀は+32000点、龍門渕は親かぶりで-16000点っす。

 龍門渕の前半戦のリードが一撃で吹き飛んだっす。予選決勝で役満を引き当てる初心者さん……恐ろしい子っす!

 それにしてもオリずに勝負して{一萬}を手放してたら、ドラ3の三暗刻で倍満の直撃だったっす……わたしもやばかったっすね。

 断トツで最下位の鶴賀が浮上しても、龍門渕と清澄のダメージの方がデカいっす。死なば諸共っすよ。

 

 それに鶴賀が飛び難くなったなら、私が狙い撃っても問題ないっすよね。

 

 

 

――須賀京太郎(清澄高校1年生・雑用係)

 

 今日は天気がいいなァ……新緑も輝いてるし――。

 

 はぁー、清澄が全国優勝できないと和が親の都合で東京に引っ越しか……。

 

 何かと小言が多かったペタンコの幼馴染から解放されて、晴れて自由の身となった高校生活。三年間は麻雀部でおっぱい大天使ちゃんとキャッキャウフフのアバンチュールを楽しむ予定だったのに……どうしてこうなった。

 

 おっぱい大天使ちゃんが麻雀部を去れば、残る優希(タコス)は咲にも増してツルペタだし、南浦さん(なんぽっぽ)は咲よりかは大きい清楚系の天使だけど、部にも時どき顔を出すシニアプロの怖いお祖父さんがいる。

 

 (※各個人のおもちサイズはあくまで京ちゃんの推定だよ!)

 

 あの人は男子部員の俺には当たりがキツいからなー。やはり合宿のときに雑用と称して女子の洗濯物を引き受けたのが不味かったのだろうか。それは入学当初に咲から風越女子の麻雀部ではキャプテンが自ら率先して掃除や洗濯なんかの雑用をしてるって聞いたから真似しただけなのに……。

 もしかして部室の私物入れにコンドームを置いてたのがバレたのか。いや、だって部室に立派なベッドが用意されているんだから使う機会があるかもしれないだろ!(※ないです)

 

 それにしても風越のキャプテンは咲からは尊敬できる憧れの先輩だって聞いてたけど、噂通りの美人さんだったな――。

 

 そういえば優希が和のお母さんも美人さんでおもちのサイズも遺伝だって言ってたな。東京に引っ越すのは検事の母親が東京地検に異動が決まったからだそうだ。検事の仕事は2~3年くらいで全国規模の異動があって、和は小さい頃から何度も引っ越しを繰り返してるそうだ。長野に来る前は奈良に住んでたらしい。父親も弁護士だから、会社員に比べると職場を変えるのも難しくないんだろうな。

 

 和も親の都合で何度も友達と離れ離れになってるんだ。小学生や中学生のときは嫌でも親に従うしかなかった。けど高校生にもなって黙って親に従うだけってのは感情的に難しいだろうな。東京への転校を勧める父親に対して納得できないのも当然だ。

 

 まあ美人な奥さんと離れて暮らすのが嫌なのは男として理解できる。一人娘の和を身内のいない長野で一人暮らしさせるのも親として不安だろう。でも全国優勝って……ちょっと条件が厳しすぎるだろ。あの勝ち気な部長が何とか県予選を突破してベスト8までが私の限界って弱音を吐いてたもんな。それでも全国大会に出場さえできれば、父親を説得する材料にはなるはずだ。

 

 親を説得して一人暮らしするにしたって住む場所とかもあるしな。……やはり俺の実家か。

 って部屋も空いてないしな。親を説得するのも無理だ。いや正式に付き合ってさえいればワンチャンあるか。(※ないです)

 

 ハッ、いかん。いかん。次鋒戦もそろそろ終わる頃だし、早く戻らないとアレに折檻を食らってしまう。

 まあスペシャルタコス弁当も見つけてきたし、多少遅かったのは許して貰えるだろう。

 

「ありえませんわー!!」

 

 龍門渕の控室の方から大きな叫び声が聞こる。

 

 な、何が起こったんだ――!?




原作でもモモって前半戦の半荘は動きが殆ど無い。
なのでステルスモードになる条件として消えるための準備が必要で、目立つような高い手を作ることができないといった制約を入れてます。この辺は全て独自設定です。

原作だと鶴賀学園の加治木ゆみや蒲原智美に対するステルスはどうなっていたのか。とか色々と妄想が捗るステルス能力です。この作品では言うほど万能にはしてないです。
後で書かれますが校内ランキング戦でも池田なんかは独自のステルス対策をしてます。

見えてる相手がいるときのシャドウモモとか言ってますが、この辺は全国大会です。
次鋒の桃子は、他校が能力をどう推測し、どう破ろうとするのかなど監督同士の情報戦みたいなのが書けたらいいなと思ってます。

あと単行本の17巻くらいまで読んでる方は理解してると思うのですが、原村和の引っ越し話は母親はノータッチで父と娘のコミニケーション不足が原因です。なので清澄が負けたら即引っ越しという事態ではないです。


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第35局 実証

ステルスモモの検証と考察はあくまで独自設定っす。


――読川尊月(監督)

 

「桃子は完全に消えてますか?」

 

「ステルスモモはモニターだと客観的に判断できないのが辛いな」

 

 次鋒戦を見つめながら後輩を心配する深堀の質問に回答する。

 

 東横桃子は存在感が希薄という特性を持っている。この特性を麻雀に活かしたのが彼女の代名詞でもあるステルスモモだ。風越女子の麻雀部ではBクラス入りした東横と卓を囲んだ2年の深堀がその特異性に気付き、久保コーチに対局中に東横が「消える」と報告した。

 

 原作知識があったせいかステルスモモは宮永咲の嶺上開花のように最初から身につけているスタイルだと思いこんでいた。しかしネットとゲームのみでリアル麻雀の経験が無かった東横は自らの特性が持つ可能性に入部した当初は気付いていなかった。

 たぶん原作でも鶴賀の麻雀部に入ってから彼女を見つけた加治木ゆみが、それに気付いてインハイに向けて特化して鍛えた能力だと考えられる。

 

「少なくとも河は完全に消せてるとは思う。なにせ前半戦の半荘を丸まる消えるために使ってたみたいだからな」

 

「半荘を全て使って河だけですか。今の桃子はBクラス相手なら東風で完全に消えますよね?」

 

「明らかに初心者な鶴賀を除けば、龍門渕も清澄も全国クラスとも競える打ち手だよ。

 それに校内ランキングとは違う。インターハイの県予選決勝だ。

 試合が始まれば相手が東横の特性は知らずとも警戒は当然する」

 

 検証に協力してもらった大阪の大学院で麻雀心理学を専攻してる元姫松男子麻雀部の友人によると東横の特性は麻雀心理学でいうところの相手を「思考のワナ」に嵌める「認識阻害系」のオカルトに分類されるらしい。ステルスも「相手が勝手にそこに()()()()()()()()()()()()()()()」の状態で、東横の発する「マイナスの気配」が認知の歪みを引き起こすトリガーになっているそうだ(ガバガバな理解)

 

 実際に撮影したモニターには東横の姿もリーチ時の音声も記録されており。当然ながら物理的に東横自身や牌やリーチ棒が薄くなったり消えたりしている訳ではない。音声も解析してもらったがモスキート音のように周波数の違いで聞こえていないとかではなく、なぜか周囲が聞き逃してしまっているだけだ。日常でも宮永や文堂なんかは東横の存在に気付きさえすれば普通に会話ができてる。

 

 東横も子供の頃は眼の前で歌ったり踊ったり騒いだりしたら気付いてもらえたと言っていた。まあ原作でも似たようなことを言ってたけどファーストコミュニケーションを取るためのコスト(対価)が大きすぎる。その面倒さによって完全にコミュニケーションを切り捨てた東横は中学では誰にも見つけてもらえない生活を過ごしていたらしい。小学時代には授業中に彼女を見つけてくれる先生がいたそうだが、中学の教師はよほど注意しなければ彼女を見つけれなかったそうだ。

 

 そんな東横の影の薄さは原作の折り紙付きで、それこそ注意も警戒も何もしてないCクラスの卓での校内ランキング戦では、桃子は普通に打ってるだけでステルスモモ状態だった。東横と一緒に打った他の三人の牌譜を分析するとあたかもサンマ(三人麻雀)を打っているかのように、東横は存在しないものとして打っていることが分かる。

 

 ただBクラス入りしてから周囲の実力者に特性が認識されると簡単にはステルス化できなくなる。そのために消えるための時間が必要となる。さらに点棒や牌で音を立てない。できるだけ声を出さない。対局の流れを崩さない。河(牌を捨てる場所)が見られている状態で大物手を狙わないなど周囲に景色の一部のように自然と溶け込む工夫が必要になる。黒子のバスケで使われていた心理誘導(ミスディレクション)の技術も活用できれば効果があることも分かっている。

 

「それなりのデメリットもある打ち方になってしまうな」

 

「ステルスになったときのメリットが大きいだけにデメリットが悩ましいですね」

 

「8月の全国大会には間に合うように改善案の検証はしてますけど……」

 

 久保コーチの言う通り上記のような制限があるため、ステルスモモの場合は前半からリーチを多用する攻撃的なスタイルの麻雀は打てない。またチーやポンといった鳴きも最低限となる。和了れないわけではないが、もしも高い手で和了って目立ってしまうと警戒されて消えにくくなる。相手に見えている状態で河を染めたり、国士を狙っているような捨て牌をすると警戒されるため必然的に手は低めとなる。

 

「初日の2回戦で他校から不正の申し入れがあったのは驚いたし」

 

「アレは予想もしてたから、事前に十分な検証をしたわけだからな」

 

 しかし完全に消えることができたら相手はリーチにさえ気付かなくなる。実際の麻雀では他家が聞き取れないリーチ発声は無効とされる。ただしインハイでは各試合はカメラで監視されており、不正に対する審査にはビデオ判定が行われる。つまり他の3人が立直だと認識できなかったと不服を申し立てても、映像にはリーチ時の音声や挙動が証拠として残っている。牌は横向けになっているし、立直棒も卓の中央に置かれ供託されている。だから「見逃したり聞き逃しただけ」だと判断される。オカルト麻雀に不正はなかった。

 

 ステルスモモのリーチが認められさえすれば彼女のリーチは黙聴(ダマテン)と同じだ。また捨て牌や河が意識されなければ、彼女が他家に振り込むこともない。危険牌だって平気で捨てられるし、リーチに当たり牌を打っても、相手が気付かなければフリテンになるだけだ。積極的な攻め麻雀にスタイルが切り替わればステルスモモが本領を発揮した証明となる。

 

『ツモ 満貫の4000ALL こっちも染めてたっすよ』

 

{三筒 四筒 四筒 五筒 五筒 六筒 六筒 六筒 南 南 白 白 白} {南}(門前ツモ、白、混一色 満貫4000ALL)

 

「リーチせずに黙聴で待ったってことは龍門渕の国広一にはステルスが効いてないのか?」

 

「ただ清澄の河を見て染め手に警戒してましたけど、こっちの染め手には気付いてませんでしたよ」

 

「だったら場に出されたリーチ棒の存在には気付いちゃうタイプか」

 

「河の方も見てるんでしょうが、上手く目を逸してるんだと思います」

 

「視線を利用した心理誘導(ミスディレクション)が効果を発揮してる様子ですね」

 

 清澄の染谷が手を索子に染めて黙聴していた。それに気付いた龍門渕が振り込みは避けながらも積極的に鳴き、場を流すか先に安和了りしようと仕掛けていた。二人の戦いを余所に東横は誰にも気付かれずに手を筒子に染めた。本来であればステルスリーチをするところを黙聴からのツモ和了りだ。

 

 鶴賀の妹尾が三暗刻の状態でリーチした際にベタオリしたのは、事前にビギナーズラックを注意したことによって相手を意識しすぎたミスかと思ったが……東横は自分が完全に消えているのか自信が持てない状態なのかもしれない。

 

 原作の東横はステルスモモは破られるはずがないと絶対の自信を持っていた。実際には原村和に「そんなオカルトありえません(SOA)」と一蹴されてしまうが、それまでは無敵だったのだろう。風越女子ではSOA研究と称して専門家を入れてステルスを検証した結果、無敵の力ではないことが分かっている。

 

「まさか昨日の試合でステルスに勘付いて対策をしたとは思えませんが……」

 

「福路ほどじゃないけど、観察力に優れたタイプなんだろうな」(そういえば国広一は親が手品師だったな)

 

 まず僕のツクヨミの「読み」の力はステルスモモを無効化する。これは単純に上位の異能(オカルト)が彼女の特性を上回った結果だ。福路はSOAのようにオカルトを全否定して無力化するような力はないが、まず完全に消えるまでが極めて難しい。工夫を凝らして、一荘(半荘2回)ほどの時間をかけて完全に消えたとしても、ステルス状態に入ったことに気付かれてしまえば終わりだ。右目を開いて対処することにより無効化されてしまう。こうなるとステルス化のコストがベネフィット(利益)を上回る。

 

 たぶん原村和のSOAはリアル麻雀卓の情報処理をデジタルゲームのように行うことでステルスの認識阻害を無効化したと考えられる。

 

 ちなみに宮永も相手がステルスモモでも放出される槓材(かんざい)(カンできる材料)の捨て牌だけは敏感に反応する。本人曰く槓材は光って見えるらしい。牌が光るとか哭きの竜かよ!

 

 対木は「見えていない」と言っているが嗅覚のようなものでステルスモモからの直撃を回避していた。これには流石に東横も「理不尽っす!」と嘆いてたな……。

 

 そして池田たち2年生のAクラスが考え出したステルス対策は原始的な方法だ。それは「手番の毎に指差し確認をする」だけだ。供託された立直棒も河に並べられた捨て牌も物理的には消えていないから、指差し確認までして注意すればステルスモモでもリーチしているのはバレるし、捨て牌だって見られてしまう。単純だけど極めて強力なステルス対策だ。

 

 透明だけど飲んだら分かる桃の天○水。ステルスモモは物理に弱い。基本の戦法はレベルを上げて物理で殴ればいい。2年生の池田と吉留は東横に派手な化粧させたり、目立つコスプレを着せたりと半ば遊んでたけど、それだけでもステルス化が困難になるからな。

 

 しかし公式戦ではマナー的な問題で相手が常に指差し確認をするのは難しいだろう。ただし相手がステルスの存在に気付いて、対策として要所で指差し確認をするだけで、ステルス時の動きが制限されてしまう。ステルスの特性は牌譜やモニターの映像からは分かり難いが、直に対局すればまず分かる。全国大会になると2回戦からは2位までの勝ち上がりとなるので、1回は通じても次に対策を取られている可能性は高い。

 

『リーチっす!』

 

「今度はリーチしましたね」

 

「龍門渕が一向聴(イーシャンテン)まで進めてないと判断したのだろう」

 

「清澄と鶴賀はリーチに気付いてないですからね」

 

「龍門渕がリーチに警戒しても、二校が対応できないって判断だな」

 

 東横はステルスが万能ではないと知っているから原作ほどの絶対的な自信は持てていない。地力を高め他の手段も増やしているけど、選択肢が多いってことは判断力が問われるってことだ。原作よりも迷ったり試行錯誤しながら麻雀を打つことになる。今が発展途上だからこそ「楽しんで来い」と言って送り出した。原作の清澄を襲った役満の親かぶりだって覚悟してた。

 

「どうして三色同順も狙えた配牌で巡子を崩して、場風や自風でもない風牌を捨てずに集めようとするんだ」

 

『ひとつ、ふたつ、みっつ……』

 

{一索 二索 三索 三筒 四筒 北 北 南 南 西 東 東 白} {北}(in)

 

「ひぇっ……」

 

「筒子は危ないから。捨てるなら安全な{西}か{白}でしょ」

 

「ほら鶴賀は桃子のリーチや河に気付いてないから」

 

「まったくオリる気配がないからこそ狙いが恐ろしいし」

 

「まだ一向聴(イーシャンテン)にもなってないだけ救いがあるな」

 

 さっきから妹尾佳織に流れ(ツキ)があるわけではない。セオリーなんて知らない捨て牌だからこそガチャのように新たな牌が山から拾われ、誰もが予想もしていなかった組み合わせで役を作ろうとする。ツクヨミで見てるとツキが膨らんだり萎んだりして心臓に悪い。まさしく役満ガチャといったところだ。何気に良いタイミングでドラや三元牌を拾ってくることも多いから豪運(ツキ)を持っていることは間違いない。微課金勢の自分は10連ガチャの10回くらいじゃあ本気で狙ってるカードは来ないだろうと思ってるのだが……こいつは無課金のガチャ1回でSSRとか星5つとか期待値なんて無視して引き当てそうなところがある。

 

「このままだと、また役満(小四喜(ショウスーシー))に化けますか?」

 

「おまけに西(シャア)が来たし!」

 

 池田ァ!!たかが聴牌をやられただけだ!東横が風牌を山から引き当てたとしても……鶴賀は捨て牌に気付かない「はず」だ。

 あと西(シャー)西(シャア)って聞こえるから嫌なBGMが頭をよぎったじゃないかっ!

 




いつの間にか10万文字を突破してました。思ってたより第二部のカンが遠い……。

役満ガチャは継続中?

咲-Saki-の世界ではドイツのハノーヴァーには牌譜の統計を分析してくれる研究所があったりするから日本の大学に麻雀心理学や麻雀コーチングの講義があったり、オカルトを含む麻雀の学際的研究が行われてても不思議ではない……と思う。
理学・工学的なアプローチをする「麻雀科学」がデジタル派の本山で、医学・生理学の分野からオカルトを理知的に解明しようと試みてるのが健康麻雀科学。麻雀心理学はオカルト派の本山的な扱いです。心理的な要因でドラが集まったりとか、そんなオカルトありえません!

ちなみに読川は人文学部で社会科目(地歴・公民)の高校教員免許を取ってます。なので麻雀心理学とかは趣味の範囲で選択科目として学んだ程度なので専門ではないです。
姫松男子OBの友人は同世代に佐之海と読川の双璧が君臨してたので、オカルト麻雀に関心を持ち麻雀心理学というオカルト沼に進みました。現在は博士課程。


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第36局 振聴

予約投稿時間ミスってた。


――竹井久(清澄高校3年生)

 

「ただいま戻りました」ガチャ

 

「おかえり」

 

「聞きづらいんですが、次鋒戦で何かあったんですか?」

 

 京太郎くんが買い出しから戻って来た。優希も落ち着いたとはいえ心配してくれてるのね。

 

「まこの親番で鶴賀が役満を和了ったの」

 

「えっ!? 役満の親かぶりですか、まさか直撃ってことは……」

 

 そう。もしも和了が成立してたら優希の努力が粉微塵に吹き飛ぶところだった。

 

「それがフリテンのロンあがりだったのよ」

 

「え、県予選の決勝でチョンボですか?」(※チョンボ=麻雀における反則行為のこと)

 

「相手は京太郎より初心者だったじぇ」

 

「それでも一度は役満を和了っていて、本日二度目の役満だったの」

 

「まじで!?」

 

「でも初心者とはいえ、不可解なフリテンだったのよ」

 

「何があったか教えてもらっても良いですか?」

 

「まず先に立直を仕掛けたのが風越女子の東横さんね」

 

「追っかけリーチですか?」

 

「いえ、鶴賀の妹尾さんはリーチも気にせずに数巡かけて手を作ったわ」

 

「危険牌も平然と捨ててたじぇ」

 

「初心者は河とか読めないし恐れを知らないですからね」

 

 初心者の妹尾さんはともかく、まこの対応が緩かったのが、まず不可解なのよね。

 風越女子のリーチに対しては龍門渕の国広さんはずっと警戒してたにも関わらず、まこは明らかに普段より脇が甘かった。

 

「それで鶴賀の妹尾さんが小四喜(ショウスーシー)の役満テンパイから黙聴(ダマテン)

 

{一索 二索 三索 北 北 北 南 南 西 西 東 東 東}

 

「でもリーチしようとして途中で止めたから聴牌(テンパイ)はバレバレだったじぇ」

 

「終盤も近いのに河には風牌が一枚も出ていないんだから危険な空気も流れてたわよ」

 

 ロンアガリだと役満にならないのであればリーチもありだけど、ツモリ四暗刻以外で役満テンパイからリーチは普通はしない。あえてリーチで警戒さえて周囲をベタオリさせてツモアガリに賭けることもあるけど、風越女子はリーチしているからオリられない。

 

 けど鶴賀の妹尾さんの様子は、そこまで色んなことは考えてなくて、役満だとリーチしても良いのか「わからないから」黙聴を選んだって感じだったわ。ロン和了を宣言したときに「東西南北を揃えてるから役満ですか?」って聞いてたしね。

 

 それよりも問題は鶴賀の役満テンパイからの展開よ。

 

「で、風越女子の東横さんが牌山から引き当てたのが、鶴賀の当たり牌である{西}よ」

 

「リーチしてるから放出するしかないじぇ」

 

「そう。誰もが役満の直撃って思ったわ」

 

「でも鶴賀の初心者は見逃したんだじぇ」

 

「初心者あるある?」

 

「それで河に出てなかった風牌を危険牌だと察知して抱えてたのが龍門渕の国広さんね」

 

「風越の{西}が通ったから、龍門渕も抱えてた{南}を放出したんだじぇ」

 

「その{南}にロンで和了ったってことですか?」

 

「そうね。見逃してフリテンになってたから、フリテンロンでチョンボよ」

 

「えっと、自分の捨て牌によるフリテンは分かるんですが……

 見逃しによるフリテンはイマイチ分かって無くて」

 

「京太郎も初心者を笑えないじぇ」

 

「いや、リーチ後のフリテンが局の最後までロンできないのは知ってるぞ。

 リーチしてないダマテンの場合は手を変えれますよね?

 なんだかフリテンってサッカーで言えばオフサイドのような少し複雑なルールだから自信がなくて」

 

「せっかくの機会だから簡単に説明するわよ」

 

 ********部長によるフリテンの解説(初心者じゃなければ飛ばしてOK)********

  

  まずフリテンというのは「他家の捨て牌でロンできない状態」のことよ!

  フリテンの種類は以下の三つに分けることができるわ。

 

  1.「自分が捨ててる牌」ではロンあがりできない。

  2.「同巡内に捨てられた牌」ではロンあがりできない。

  3.「リーチ後に見逃した牌」ではロンあがりできない。

 

  今回は2の事例に該当するわね。鶴賀の待ち牌は{西}と{南}よ。

  風越の捨て牌は{西}、これを鶴賀は見逃した。

  そして同巡で龍門渕が捨てた牌が{南}、これを鶴賀がロンあがりした。

 

  フリテンは待ち牌の1種類が捨てられたら、同巡内ではロンあがりできないの。

  これは()()()()()()()()()()()()()()()よ。

  同巡内は一巡のことだから、自分のツモ番がくれば、フリテンは解除されるわ。

  だから見逃しても一巡すれば別に手を変えなくても平気よ。

 

 ********************************************************************

 

「なるほどー」

 

「こんなの見逃さなければ良いだけだじぇ」

 

「それで公式戦のチョンボって、どうなってるんですか?」

 

「京太郎くんも男子個人戦には出るんだから渡した競技ルールは読みなさいよ」

 

 それにしても鶴賀の見逃しは「初心者だから」で片付けて良いのかしら?

 どうも次鋒戦は不可解に感じることが多いのよね。モニター越しでは分からない何かが卓で起こっているのかしら。

 

 

 

――読川尊月(監督)

 

「インターハイのルールだと、チョンボの罰則は三段階に分かれる。

 まず局の続行が難しいような重大なチョンボに対して適用されるのがレッドカードだ。

 サッカーのレッドみたいに一発退場にはならないが、満貫罰符(ばっぷ)の罰則となる。

 親の場合は子の3人に4000点ずつ、子の場合は、親に4000点、子に2000点ずつ支払う」

 

「満貫払いってやつですね」

 

「そして局の続行が可能なチョンボに対して適用されるのがイエローカード。

 イエローはアガり放棄で、その局でのアガリが禁止される。

 アガりだけでなく、リーチや副露(チー・ポン・カン)も禁止だな。

 当然ながら流局時にテンパイしていても、ノーテンと同じ扱いだ」

 

 ちなみにレッドとイエローカードの枚数は高校麻雀の全国ランキングの減点対象にもなってる。

 風越女子は長野県2位のシード校だが、全国での順位は低いし気にするほどではけどね。

 シード校の選出の目安となる全国ランキングは団体戦だけでなく個人戦の成績も適用される。

 春の選抜大会で関西王者となった姫松の順位が千里山より低いのは個人戦による差だ。

 風越女子の麻雀部もCクラスの個人戦参加が任意なのはチョンボによる減点があるからだ。

 

「そして軽微なチョンボに対して適用されるのが供託(きょうたく)による1000点の支払いですか」

 

「フリテン状態でロンはルールに書かれてる誤ロンにあたるからレッドカードの対象だな」

 

 誤ロン、誤ツモ、ノーテンリーチ、牌山を崩す、全自動卓での操作ミスなどがレッドの対象だ。

 また誤副露(フーロ)、喰い替え、多牌、少牌、先ヅモなどがイエローの対象となる。

 

 まあ副露の間違いでも打牌前に気付いた場合は供託(きょうたく)で許されるし、牌山を崩してもすぐ戻せる場合ならレッドにはならない。見せ牌や腰なんかのマナー違反に対する罰則規定もあるが親告されてから状況に応じて判断するとなっている。

 

(※腰=副露をする素振りを見せたにもかかわらず副露をせずに続けること)

 

「それにしても意図しなかった状況でシャドウモモを試した感じだな」

 

「はい。たぶんステルスを緩めて、わざと河を見せました」

 

「普段は無音で捨てるのに、あえて派手に音を立てて西牌を置いてましたね」

 

「あれで鶴賀が気づくんじゃないかとドキドキしましたよ」

 

「桃子は鶴賀に対してのステルスは完全に消えてる自信があったんでしょうね」

 

 龍門渕の国広一は東横の河が「見えていたから」こそ風牌を捨てた。東横はフリテンロンを意図的に誘発させて役満を潰した。これがステルスモモであれば東横の捨て牌だけが見逃されて単にフリテンとなるだけだ。東横が振り込まなくても、下手すれば一巡後に相手にツモられる可能性もあるから、役満を潰せたのは大きい。

 

 ステルスが通用しない相手が卓にいる場合、見えている相手を利用する打ち方がシャドウモモだ。東横のステルスを破る光があっても、より深い影が相手を罠に嵌める。

 

「清澄は親番で4000点か。ラッキーだな」

 

「話してる間に桃子ちゃんのラス親だよ?」

 

「いよいよステルスモモの独壇場だし!」

 

『ロン、3900点』

 

「はっ?」

 

「ステルスモードの桃子ちゃんが清澄に振り込み?」

 

「危険牌を切った東横が驚いてるってことは消えてたのは間違いない」

 

「シャドウを試したから、ステルスが緩んだ?」

 

「いや、それはない」

 

 光が強ければ影もまた濃い。シャドウの副次効果には見えてない相手に対するステルスの強化もある。さっきのシャドウモモだって光である龍門渕の方に鶴賀も清澄も注目していた。だから影となった東横は二人からは完全に消えていたはずだ。

 

「東横が帰って来てから確認するしかないな」

 

『次鋒戦、終了――!!

 後半は鶴賀の妹尾選手が四暗刻と役満ツモと、小四喜での役満チョンボと大暴れでした。

 最も被害を受けたのが前半トップだった龍門渕の国広選手。後半のマイナスで前半の稼ぎは吹き飛びました。

 収支は風越女子の東横選手はプラスで終えて2位、清澄の染谷選手はマイナスの3位です。

 団体戦の順位は清澄、風越女子、龍門渕、鶴賀と先鋒戦終了時と変わりません』

 

「無名校の清澄が昨年トップの2校を抑えて首位か」

 

「清澄は監督が警戒してたとはいえ、番狂わせが起きてますね」

 

「昼休みが終わったら、いよいよキャプテンとあたしの出番だし!」

 

「……」コクリ

 

 もう腹は括った。そもそも試合の当日に監督やコーチができることなんてタカがしれてるんだ。選手たちを信じて、全国大会でのベスト8(≒正規雇用)を確実にするために将来を見据えた指示を出すだけだ。負けたらクビになるから勝ってとか言えないからな!




鶴賀学園の麻雀部って学校ではパソコンで麻雀してる描写しかないけど、もしかして雀卓とかの設備がないのかもしれない。かおりんがリアル麻雀に慣れてないのは、それが原因か?
役とか点数計算とかネットの麻雀だと自動的にやってくれるから覚えないもんね(実体験)

作者はゲームやネットだけの麻雀初心者です。今までフリテンとかチョンボとかよく分かってなかったんですが、初心者ってリアル麻雀だと絶対にチョンボしちゃうよね?

むしろ「みっつずつ、みっつずつ……」とか言ってるド素人のかおりんがチョンボしないなんてありえない!って思って考えた展開です。これでフリテンの理解や描写に誤りがあったら泣きたい。あ、でも誤魔化せるように細かな描写は避けるようにしました。

チョンボが発生する割合とかリアル麻雀に詳しい人は……どうなんでしょうか?
初心者じゃなくても、それなりにチョンボって発生しそうな気がするけど……麻雀漫画でチョンボってあまり出番が無い気がする。

原作の咲-Saki-ではチョンボの罰則ルールは明かされてません。なので満貫払いとかは一般的なルールを元にした独自設定です。

インハイのルールって責任払いは大明槓のみで、大三元、大四喜、四槓子の責任払いをなしにした理由とかがよくわからん。


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