とある碧空の暴風族 (七の名)
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プロローグ

 

 

 

 

 

学園都市

 

東京の大部分を利用した、人口230万人が集う、科学と学生の都市。

外界とは科学技術が30年ほど進んでおり、外界から見れば未来都市と言える場所だ。

 

そしてこの学園都市の最大の特徴、それは“能力開発”があることだ。

人口230万人の8割が学生であり、その全学生が能力開発の授業(カリキュラム)を受けている。

 

つまり、科学的に超能力者をつくりだしている。

 

能力開発で身に付けた能力には強さがあり、それを学園都市では段階分けをしている。

 

レベル0は無能力者で、測定できないほど小さな力しか出せない。

名前の通り、能力が無い人がそう呼ばれる。

 

レベル5は単独で軍隊と戦える程の力を持つ。

レベル5は230万人のなかに7人しか存在しない、学園都市の頂点にいる人物たちだ。

 

レベル0とレベル5には、同じ人間とは思えない絶対の差が存在し、それは学生達の心のありようさえも成形していた。

 

だが、その絶対の差にも例外があった。その例外を持つ男が

学園都市の中を歩き、やる気なさそうに辺りを見回しながら歩いていた。

 

「あ~あ・・なんで親バカに私が付き合わないといけないのでしょうかね」

 

そんな学園都市に、ある一人の男がいた。

 

気だるそうに周りを見回しながら歩く男。

 

学園都市の検査ではレベル0を叩きだした男。

とある道具を使えばレベル5の力を出す男。

 

その道具こそ、男の足にはある機械。

 

『インラインスケート』

『ローラースケート』

『ローラーブレード』

 

誰もが目にした事がある、靴に車輪のついたソレ。

 

 

ところがどんなところクレイジーな奴はいる。

ただ走るだけじゃ物足りない奴らが創った“トリック”シューズ

 

奴らはそれを使って手すりを壁を鉄柵を疾走し滑り回転し跳ぶ。

 

愛する“馬鹿野郎”(クレイジー)達はやりやがった。

 

コンピュータ制御で4kWの出力が出せる超小型モーターを搭載した

クッションシステムを内蔵し、使い方次第では自在に「飛ぶ(エアと呼ぶ)」こと

を可能にするソレ。

 

「より疾く」

 「より高く」

 

それを使えば、街の空間が全て道になったと気付いた。

 

 人は、飛べるのだと・・・・・

 

 

数十年前に一大ブームを巻き起こしたが、今では知る人が少ないある機械。

 

 

それは、“自由への道具”(エア・ギア)とも呼ばれた機械。

 

 

正式名

 Active Industrial Revolution Technology Repair Earth Carbon Knock-off

 

略称 AIR TRECK

 

 

A・T(エア・トレック)



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Trick01_御坂さんとは・・親戚みたいなものです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に御坂さんはすごいですね!」

 

時刻は夕方。4人の少女、いや美少女が歩いていた。

 

その中の一人、きれいな長い黒髪に白梅の花を模した髪飾りをつけている少女が

一緒に歩いている茶髪のショートカットにヘアピンをつけている少女に

憧れのまなざしを向けて言った。

 

「そんなことないわよ、子供のために自分を盾にした佐天さんの方がすごいって!」

 

茶髪の少女、"御坂 美琴"(みさか みこと)は照れながら答えた。

言い返された長い黒髪の少女、"佐天 涙子"(さてん るいこ)も同じように照れた。

 

「佐天さん、すごかったですよ。私なんか今回なんの役にも立たなかったんですから・・」

 

「落ち込むことはないですわよ、初春。あなたはあなたで一般人の誘導を

 きちんとやっていましたわ」

 

黒髪ショートカット、というよりも花を活けているようにしか見えない

頭をしている少女、"初春 飾利"(ういはる かざり)が落ち込みながら佐天を誉める。

 

その初春をフォローした少女、"白井 黒子"(しらい くろこ)は茶髪ツインテールを

かき上げながらそう言った。

 

4人は先ほど、銀行強盗に遭遇していた。風紀委員(ジャッジメント)に所属している

白井と初春は犯人の確保、周辺の一般人の誘導して事件に対処した。

 

佐天は初春の親友であり、風紀委員の手伝いで見当たらなくなった男の子を探し、

さらには男の子を強盗の一人から庇って蹴けられてしまった。

 

その傷を治療したテープが彼女の頬につけられている。

 

そして御坂美琴。彼女は蹴られた瞬間を目撃し、逃げる犯人に向かい攻撃をした。

 

 

彼女の決め技であり異名でもある超電磁砲(レールガン)を使って。

 

 

御坂は学園都市に7人しかいないレベル5であり、その力は一人で軍隊と互角に戦える

ほどと言われている。

 

現に逃げる犯人は車に乗っており、それを正面から超電磁砲をぶつけて車を

空中回転して止めたのだ。もちろん車は二度と使えないスクラップになった。

 

 

そんな壮絶な一日を過ごした彼女たちは、警備員(アンチスキル)に通報し、

事情聴取を終えて帰るところだった。

 

 

「私も御坂さんみたいに能力が使えたら今回みたいに蹴られる前に

 反撃できたいいのにな~」

 

「でも、能力よりも子供をかばった勇気の方が大事だと思うよ。私は佐天さんを

 尊敬するよ」

 

「そうですよ佐天さん!!大事なのは勇気です。私も能力もないし体力もないけど

 頑張って風紀委員になったんです」

 

「あなたの場合、体力がないのは問題ですわよ? 腕立て1回もまともにできない

 風紀委員なんてわたくしは初めてみましたわ」

 

そんな4人が雑談して歩いていた。

 

 

 

 

 

「おや、御坂さんじゃないですか?」

 

突然、前方にいた少年が話しかけていた。年齢は御坂達の3つ上ほど。中肉中背で

とくに目立った体格ではなく、顔もいい方だがずば抜けているというわけではない。

 

急に呼びとめられて4人は立ち止まったが、少年に一番に反応したのは

呼ばれた御坂ではなく白井の方だった。

 

「あなた、いったいだれなのです?

 

 まったく、お姉様をナンパするのはいいですが、もう少し周りを見た方がいいですわ。

 

 4人いる中で一人だけをナンパするなんて、よほど自分に自信があるか

 ただのバカとしか言いようがありませんの」

 

その白井は警告オーラを出しながら御坂と男の間に入って身構えた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ黒子! この人は私の知り合いだから!!」

 

「え?」

 

慌てて白井の肩を掴んで止める御坂。

 

「いきなり声をかけてすみません。私は"西折 信乃"(にしおり しの)と言うものです。

 御坂さんとは・・親戚みたいなものです。見かけたので声をかけただけですが

 お邪魔して本当に申し訳ありません」

 

男の腰の低い物言いを受けて白井は自分が誤解したことに気付いた。

 

「い、いえ! わたくしこそお姉様のお知り合いの方にナンパなどと失礼なことを

 言って申し訳ありませんわ!!」

 

「私の方が悪いですよ。かわいいお嬢さんが4人もいて、そこに声をかける男が

 いたら、ナンパと勘違いして当然ですからね」

 

西折信乃は気にせずに軽く笑い流してくれた。明らかに年上の青年は少女たちに対して

丁寧な口調でしゃべりかけてくる。その事が3人(御坂以外)が持っていた警戒心を

弱めたのだった。

 

「あ、あの、すみません。もしかしてですけど今日の朝、不良から私を助けてくれた人

 ですよね!?」

 

そこでいきなり話に入ってきたのは佐天だった。

 

「不良に絡まれてた?」

 

「そう! 初春にも言ったじゃん! 学校に来る前に不良に絡まれてさ、

 そこに颯爽と現れて何も言わずに不良をボコボコにして、

 すぐにいなくなった人がいるって!」

 

その時のことを思い出して興奮気味に話す佐天。だが、

 

「あ~、佐天さんが言ってましたね! かっこよくて王子s(ガシッ!)う~!!」

 

「あはは、なんでもないです。気にしないでください(汗)」

 

しゃべっている途中の初春の口を塞ぎ、興奮から焦りに一気に変わった佐天である。

 

セリフの続きは「王子様みたいだった」である。

 

「不良から助けたって良いことしてんじゃん」

 

御坂がからかうようにそう言った。

 

「いいえ、私はあなたを助けたのではなくてイラついているときに

 目の前にいた不良を殴っただけです。お礼を言われることはしていません。

 

 ただ暴力が役に立っただけですから」

 

((((こわっ!))))

 

爽やかと言うか、寒気を感じると言うか、そんな笑顔で返す西折だった。

 

「で、でも、お礼を言わないと私の気が済みません」

 

「感謝をしているなら私の意見の方を受け入れてください。私は感謝は要りません。

 暴力を振るっただけの悪い人間ですよ」

 

「う、う~ん。・・わかりました。・・・えーと、

 西折さんの言うとおりに何も言いません・・」

 

そう、言って佐天はすこし落ち込んだように俯いた。

ちなみに初春はまだ佐天に口を塞がれて「う~う~」と言っている。

 

「そういうところは素直じゃないのは変わらないみたいね。ちょっと安心した」

 

「お姉様、この方と親しくありませんの? なんだか久しぶりに会ったような

 言い方ですわよ?」

 

「再会するのは1カ月ぶりなんですが、その前は4年以上も

 会ってなかったんですよ。そういった意味では久しぶりに

 こうやって話していることになりますね。

 

 再会以来、私は御坂さんに少し避けられているような感じがしてまともに

 話してませんでしたから」

 

西折は親戚という御坂に対しても丁寧な口調を崩さずにそういったが、

 

「そっそんなことよりも、なんでこんな所にいるのよ!?」

 

御坂が隠していたつもりの気持ちがばれていたのに焦って話題をそらした。

御坂は再会した時に聞いた西折の“過去”の話を聞いて警戒していたのだった。

 

西折はそんなことを気にした風もなく

 

「ちょっと知り合いに頼まれまして子供を探しているんですよ。

 

 10歳くらいの子供です。親とけんかして家出したみたいなのですが、

 先にギブアップしたのが親の方。私に泣きついてきたんですよ。

 

 『早くうちの子供を探して! 可愛い子だから誘拐されたに決まっているわ!!』

 

 と言われました。いえ、命令されたというのが正しいですね。

 とにかく、その子供を探しているんですよ。

 

 皆さんは見ませんでしたか? 特徴は・・赤色のセミミドルの長さの髪ですね」

 

4人に聞いてみた西折だが返事は残念ながら

 

「私は見てないわね」

 

「わたくしも見てませんわ」

 

「うーん、私も見てないわ。初春はどう?」

 

「ううう~~うう」

 

「何言ってるかわかんないわよ」

 

ガバ!

「だったら口から手を離してください!

 さっきからずっと塞いで苦しかったんですよ!!」

 

「あはは、ごめんごめん。で、どうなの?」

 

「私も見ていないですね。あの(銀行前の)公園に子供はたくさんいましたが、

 赤色の髪の子はいなかったと思います」

 

4人とも否定の返事だった。

 

「警備員(アンチスキル)には通報していませんの?」

 

風紀委員として白井が質問をした。この場合、複数の人数で探した方が効果的。

この学園都市の治安維持機関である警備員に通報するのは当然のことだろう。

 

「一応連絡はしたのですが、家出の可能性が高いのでパトロールで注意する程度の

 対応しかしていません。私はこの辺りに目撃情報があったので来てみました。

 

 もう少し見回ってみます。ご心配ありがとうございます。」

 

「大変じゃない? 私が手伝おうか?」

 

そう言って手助けを申し出をした御坂。他の3人も同じ意見のようで頷いている。

 

「大丈夫ですよ。範囲が広いのは問題ありません。足には自信がありますから」

 

と4人は西折の足元へと目を向けた。

 

 

足に付けられているのは“インラインスケート”。

普通のものとは違い、大きめの車輪が縦に2つ並んだ構造をしている。

デザインに赤を多く使っているために、どこか炎のようなイメージを感じさせた。

 

この年齢(見た目高校生程度)でインラインスケートを着けている人を見るのは

珍しい。というよりは初めて見た。

 

4人は少し茫然とし、その後に呆れた気持ちで苦笑いを浮かべてしまった。

 

「あの、西折さん。少し失礼ですが、そのようなおもちゃよりも自転車で探索した方が

 “多少は”成果が出せるだとわたくしは思いますわ」

 

白井が皆の意見を代弁して“優しく”言った。

実際はやめたほうがいいと強く思っているだろう。

 

「ああ、これはですね、インラインスケートではないんですよ。見た目は似てますが

 名前はエ「あれ!?」ック ・・どうしたんですか?」

 

西折が装着している靴について説明しようとした時に、佐天が大声をあげて遮った。

その声からは佐天の驚きを感じさせた。

 

「今、路地の奥の角を曲がって見えなくなった人がいるんです! その人が赤髪の

 子供を背負っているようにみえたんですよ!」

 

5人の中で唯一、路地の見える位置にいた佐天だけが気付いたことだった。

それを聞いて西折は走り出した。

 

「ありがとうございます! 一応確認のために行ってきます!」

 

4人を置いていくように走り去った西折を見て御坂が、

 

「私も追う!」

 

一番に反応して走り出した。

そして他の3人も続くように、

 

「お待ちください、お姉様!! これは風紀委員の仕事です!」

 

「初春! 私達も行くよ! 何か手伝えるかもしれないし!」

 

「は、はい!」

 

路地裏へと向かって走り出したのだった。

 

 

 

つづく

 



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Trick02_まるで“時が止まった”ように動きませんの

 

 

 

「・たす・・て・・」

 

路地を進んでいる5人にかすかに声が聞こえた。

その声には恐怖が混ざり、今にも消えてしまいそうな泣き声だった。

 

「嘘から出た真(まこと)、ってか。 笑えね傑作だ」

 

西折は今までの丁寧なしゃべり方でなく、感情をそのまま口に出して

知人の口癖を借りて悪態をつけた。

 

その言葉からは急がなければならないという焦りと、敵への怒りが染み出ている。

 

「御坂さん達は早く引き返してください。これは私の仕事です」

 

再び丁寧な口調に戻した西折は、後ろにいる4人に言った。

 

「いいえ、これは風紀委員の仕事ですわ! あなたこそ危ないですから下がった方が

 よろしいですわよ!!」

 

後ろから追ってくる4人。白井が風紀委員として目の前の事件に関わる気でいた。

他の4人も引き返す気はないと表情に出ている。

 

西折は4人を見て説得をするのを諦めたのか、前を向いて走り出した。

 

 

 

「いた。

 

 待ておまえら!! その子を離せ!!」

 

ようやく子供を連れた男たちが見えた。すぐに西折は叫び警告する。

 

3人いる不良と思われる男たち。その内の一人の腕に赤い髪の子供が抱えられて

子供は足を振り必死に抵抗している。

 

そして西折の声を聞いて男たちが振り向いた。

 

「ちっ! 変なのに見つかっちまったぜ! おまえら足止めしてもう一台の

 車で来い! 俺はガキと先に行く!」

 

「「おう!」」

 

先頭を子供を抱えて走っていた男が指示を出して、他の2人が西折たち5人に

振り向き、ナイフを取り出して戦闘態勢をとった。

 

「時間がないから、すぐに終わらせる」

 

静かに宣言した西折。

 

だが、その行動を邪魔したのは誘拐犯ではなく、西折の後ろにいたはずの白井黒子だった。

 

「風紀委員(ジャッジメント)ですの! 児童誘拐の現行犯と銃刀法違反の罪で

 拘束しますわ。どうぞ大人しくお縄についてくださいまし」

 

白井はレベル4の空間移動(テレポート)の能力者。

その能力を使い西折の前へと“移動”したのだ。

 

風紀委員としては一般人の西折を戦わせないため、そして犯罪者と言えど説得して

自首をさせるために一番前へと移動したのだ。

 

「空間移動者(テレポーター)だと! 

 くそ、よりにもよってこんな厄介な能力者が来ているんだよ!」

 

男たちは明らかに動揺した。説得を続ければ諦めて武器を捨てたかもしれない。

もしくは焦って攻撃、その結果は単調な動きで簡単に拘束できただろう。

 

そう、“時間を掛ければ”可能だったはずだ。

 

「さあ、大人しくしていただければ痛い目を「時間がないって言いましたよね」 !?」

 

白井を遮る声が出された。その声は白井の後ろからではなく“真上”から聞こえた。

普通ならばあり得ない位置からの声。白井は驚いて上を見た。

 

そこにいたのはインラインスケートを使って壁を滑るように移動する西折の姿があった。

 

さながら、その姿は“空を飛んでいるように”と表現できるほど自由で美しかった。

 

男たちも含めて、その場の全員が西折の“飛行”に見惚れていたのだが。

 

「風紀委員として立派かもしれませんが」

 

西折は男たちの2メートル前に着地し。

 

「即座に行動する方が優先する必要があることを」

 

話し終わる前には。

 

「覚えた方が良いですよ」

 

男たちの後ろに立っていた。

 

4人は西折の飛行も含めて瞬間移動に驚いたのだが、男たちの方は無反応だった。

無反応過ぎるくらいに反応が無かった。

 

「その2人は御坂さん達に任せます。動けないと思うので警備員(アンチスキル)に

 通報してください」

 

そう言って西折は子供が消えた路地の先へと走って行った。

先程、男たちと遭遇するまではインラインスケートの滑りを使わずに走っていたので

御坂達4人は西折の後ろから追って付いてきていた。

 

だが、今度はインラインスケートを使い、“自転車よりも”速いスピードで走り去って行った。

人の足では追いつけない速度で疾走していった。

 

「今のはなんですの!?」

 

驚きの声を発した白井。その声で他の3人も我を取り戻して男たちに警戒した。

 

西折は“何もせずに”この場を立ち去ったのだ。自分たちでこの暴漢たちを

対処しなければならない。

 

「く、黒子! 驚くのも分かるけど、こいつらの武器をどうにかして追わないと!」

 

「そうですわ! あなた方、大人しく武器を! 武器を・・?」

 

白井は男たちの手に目を向けた。

 

そして気付いたのだ。先ほどから動かずに変化がない男たちの唯一の違い。

 

手に持っていたはずのナイフが握られていなかった。

 

(武器はどこに隠しましたの!?)

 

白井が男たちの体を見て、隠した武器がどこにあるか服装の変化を探した。

上半身。 下半身。 そして、足元。

 

足元にナイフが刺さっていた。

 

それでも男たちは拾う素振りもなく動かなかった。

 

男たちは先ほどから“全く動かない”でいた。

 

「どうゆうことですの・・ふざけているのでしたら、いい加減にして頂きたいですわ。

 痛い思いをすることになりますわよ!」

 

動かないことが白井の警戒心を強めた。

 

徐々に男たちに近づいたが、それでも男たちに反応の変化はない。

 

「白井さん、もしかしたら西折さんが何かしたんじゃないですか?

 立ち去るときに『動けないと思うので』とか言ってましたよ」

 

初春が白井の後ろの方から声を掛けた。

 

(確かに、そう言っていましたの。しかし・・)

 

「黒子! 私が確かめる!

 時間がないし、武器を持っていない。掴んできたら電気を浴びせるから大丈夫よ」

 

「お、お姉様! お待ちください!」

 

白井の横を抜けて駆け足で男たちに近づく御坂。

白井の停止を無視して男たちのナイフを持っていた、今は拳が握られているだけの

右手に触れた。

 

「やっぱり動かない。 掴んでも何も反応ないわよ」

 

「・・お姉様、その人は生きてますの?」

 

「手首を掴んだけど脈があるから大丈夫。でも、どうやったらこんなことが・・」

 

「そうですわね。まるで“時が止まった”ように動きませんの・・・。

 初春! 警備員に連絡を! わたくしはあの殿方と暴漢達を追いますわ!」

 

「はい、わかりました!」

 

「黒子! あの赤髪の子が心配だわ! 私も行くから急いで!」

 

「お姉様は止めても無駄ですわね。お手をお借りします。

 瞬間移動で路地を抜けますわ!」

 

御坂の手を握り白井は消えた。

 

残された初春は携帯電話を取り出して警備員に連絡をしている。

 

佐天は警戒心が和らいだからなのか、動かない誘拐犯の顔の前で手を振って遊んでいた。

 

「お~、本当に何も反応がないね。叩いたら動くかな?」

 

「佐天さん! 何かの能力で動かなくなったなら下手に触らない方がいいですよ!

 

 通報は終わりましたから私達も追ってみましょう。路地の出口はすぐそこですし」

 

「だね! 行ってみよう!」

 

そう言って走り出した。

 

直後

 

 

 

キキーーーーーッ!!!!

 

 

「何この音!」

 

「車のブレーキの音みたいですけど・・まさか!」

 

初春は思い出した。

子供を連れ去った男が言っていた“車”という言葉を。

もしその車の音なら乗っていた子供は・・

 

「急ぎましょう! 佐天さん!」

 

「わかった!」

 

2人は路地の出口へと再び走り出した。

 

 

 

つづく

 




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Trick03_なんだこの炎は!!

 

 

 

「追いついた!」

 

西折信乃は路地を抜けて白いワゴン車に乗り込む男の姿を見た。

その車からは子供の泣き声の混じった悲鳴がかすかに聞こえた。

 

距離にして200メートル。西折が追いつく前に車は発進した。

 

(車が加速する前に止まってもらう!)

 

インラインスケートの速度を上げ、車を追い越して、そこから・・

 

 

 

 

 

 

 

「路地を出ましたわ!」

 

「子供はどこにいるの!?」

 

テレポートを使い現れた白井と黒子。

 

直後、熱気を感じて道路の方を見ると、そこにあったのは道路を横切るように上がった

 

“燃え盛る炎の壁”だった。

 

炎の壁にぶつかりそうになった白いワゴン車がハンドルを切り、急ブレーキをかけたのか

スリップして道路の端へと止まった。

 

止まった場所はちょうど道路脇に植えている木の間に挟まるようにして止まり、

車は身動きが取れない状態になっていた。

 

(よし!)

 

西折は走った車を無事に止めるために狙って車を木の間にスリップするように

仕向けた。

 

自らの足に着けている装置を使って。

 

 

 

 

「なんだこの炎は!!」

 

「なんで追手がもう来てるんだよ! 100万円で能力者相手じゃ割に合わねぇ!!」

 

「ガキなんて放って逃げっぞ! 殺されてたまるか!」

 

止まった車からは焦ったように次々に出てきた3人の男たち。

誘拐犯には他にも仲間がいたようで車で合流していた。

 

「こっちの二人は任せて!」

 

「西折さん! そちらに向かった1人をお願いしますの!」

 

犯人確保を優先し、御坂と白井は犯人の一人を西折へと任せた。

 

3人の男たちがそれぞれの傍を抜けて逃げようとしていたが

 

 

 

「このガキどけ!」

 

相手の後ろにテレポートして跳び蹴りをして

 

 

「引っこんでろ! 邪魔だ!」

 

ナイフを取り出して向けた瞬間に感電させ

 

 

「発火能力者か知らねえが俺らの邪魔ブラベッ!」

 

殴りかかってきた男が言い終わる前に頭を蹴り抜いた。

 

 

瞬殺で3人の誘拐犯が地面へと倒れ込んだ。

 

 

 

 

(やばい! 俺も逃げないと!)

 

3人の死角となっていた車のドアから1人の男が出てきた。

気付かれないよう音を立てずに走った男、だが・・

 

(しまった! ガキを人質にすれば! でも車からはもう離れているし・・ん?)

 

目に付いたのは2人の少女。先程自分達が出てきた路地の所で、2人は肩を大きく上下して

息を整えていた。

 

 

 

 

「すごいですね」

 

「一瞬で終わっちゃった」

 

つぶやいたのは初春と佐天。走ってきたので息が荒い。

 

ブレーキの音を聞いて急いできた二人だが、ちょうど男たちが襲いかかって倒れ込む

瞬間を見た。

 

その光景に目を奪われていると

 

「ちょっと大人しくしてもらうぜ!」

 

2人に迫りくる男がいた。男からは明らかに悪意があり、初春と佐天は

本能的に恐怖して動けなくなってしまった。

 

 

 

 

「きゃーっ!」

 

悲鳴の方を見ると初春と佐天に掴みかかろうとする男がいた。

 

「初春! 佐天さん!」

 

「しまった!? なんとかしないと!」

 

御坂は電撃の槍を、白井はテレポートの演算を始めた。

 

 

しかし、二人が行動するよりも先に、襲いかかった男の姿が消えた。

 

次に聞こえたのは壁に何かが激突する音。

 

 

「危なかったですね」

 

 

「「え?」」

 

襲われかけた2人は、恐る恐る目を開けた。

2人の前にいたのは足を振り抜いたポーズを取った西折だった。

 

音がした方を見ると襲いかかった男が倒れる。

先程の音から考えて壁に激突したのだろう。

 

「怪我はないですか?」

 

「は、はい、大丈夫です。佐天さんはどうですか?」

 

「私も大丈夫」

 

「それはよかった」

 

 

安堵する2人。しかし、白井と御坂は驚いていた。

 

 

西折は私達の後ろにいたはずだっだ。

 

佐天たちとの距離は10メートル。男が2人を襲うまで1秒の時間もなかったはずだ。

 

(距離を一瞬で移動しましたの!? やはりあの方はテレポーター?)

 

「風紀委員の・・テレポーターの方」

 

「は、はい!」

 

「誘拐犯の拘束は任せていいですか? 私は子供の無事の確認をします」

 

「わかりましたわ! お任せください!」

 

白井は突然呼ばれて驚いたようだが、西折の頼みは風紀委員の仕事なので

快く了解した。

 

西折は車へと向かった。ちょうどその時に車のドアが開き子供が出てきた。

縄で縛られていなかったために自分で出てきていた。

 

特徴の通り、子供は赤い髪をした、

そして顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにした女の子だった。

 

西折は子供に近付き、膝を付いて同じ目線になって優しく話しかけた。

 

「≪氏神(うじがみ)ジュディス≫ちゃんだね?お兄さんは君のお母さんに

 頼まれて探しに来たんだ。

 

 恐い思いをしたみたいだけど、もう大丈夫。お母さんの所に帰ろう」

 

「お"母ざんは、ヒック。私のごとな"んで、嫌いだもん。探すはずないよ、ヒック」

 

涙のせいでちゃんとしゃべれず、少女は嗚咽を交えながら言った。

 

「こんなことないよ。周りの大人はジュディスちゃんは家出と考えたみたいだけど

 お母さんは『誘拐だから急いで探して』ってお兄ちゃんにいったんだよ。

 

 そんなお母さんが嫌いと思ってるはずないよ。

 けんかしたら、ちゃんと仲直りしないといけないし、

 ジュディスちゃんはいい子でしょ? だから帰ろうよ、ね?」

 

「う・・ヒック! うわーん!!」

 

それを聞いて安心したのか、西折に抱き付いて大きな声で泣きじゃくるジュディス。

西折は優しく受け止めて頭を撫でた。

 

御坂達はそんなジュディスを優しい目で見ていた。

 

 

 

 

「この子を親の所に連れていきます。すぐに戻りますから」

 

「ち、ちょっと!? 何を言ってますの!? 事件の関係者が勝手に・・・」

 

焦る白井が言い終わる前にジュディスを抱えたまま立ち上がった西折。

インラインスケートで滑り、ビルの角を曲がって見えなくなった。

 

「お待ち下さい! 警備員への事情聴取が、あれ?」

 

追いかけてビルを曲がった白井だが、西折の姿はなかった。

 

「どこに行きましたの!? 隠れる路地や建物の入口もありませんわよ!?」

 

 

********************************

 

 

警備員が到着して誘拐犯6人を連行した。

路地の中で動かなくなっていた2人は腕を強制的に動かすと、意識を取り戻したように

『動いた!?』と喜びの束の間、すぐさま手錠をかけられた。

 

 

「事情聴取を始めますが、関係者の全員いますか?」

 

「実は・・もう一人の殿方がいるのですが・・」

 

若い警備員1人と御坂達4人が集まっていた。

白井は風紀委員として被害者を引きとめられなかったことに負い目を感じているようだ。

 

「その人は?」

 

「えーとですわね、あの「ここにいますよ」・・へ?」

 

いつの間にか西折が白井の隣り立っていた。

 

「うわ!?」

 

「女の子が出す声じゃないですね」

 

白井の叫び声に、ふざけた口調で言う西折。

 

「いつ戻ってきましたの!? あなたが飛び出して行ってから20分も

 経っていませんのよ!?」

 

「頑張って走ってきただけですよ。

 事情聴取は私がしますから皆さんは帰っても大丈夫ですよ。

 もう、暗くなってますし危ないと思いますから気をつけてくださいね」

 

「あの、一応全員から話を聞かなければ行けないんですが・・・」

 

話に割り込んで警備員が注意するように言った。

 

警備員は関係者の話をまとめて上部へと報告しなければならない。

そのために、嘘や間違いがないように関係者の全員の話を統合しなければならない。

 

もし一部の人を返すことがあっても、現場にいた風紀委員は残って事情聴取を受ける。

風紀委員は学園都市の保安維持をしているのでその証言力は一般人よりも

重要だからである。

 

「私の通ってる学校がこういう所なんですが・・」

 

西折はポケットからあるものを取り出して警備員に見せた。

それは学生書だった。

 

「!! あ~、あの学校の生徒ですか! それなら君一人で大丈夫ですね」

 

「え? どういうことですの? 風紀委員(わたくしたち)の話は聞かなくても

 よろしいですの?」

 

「ええ、こちらの方が通っている学校ですと、生徒というだけでが証言力ありと

 学園都市で決められますから、今回はこの人だけでも問題ありません」

 

風紀委員は試験や実地訓練を全て通過して学園都市から認められる役職だ。

 

それを学校に生徒というだけで風紀委員と同じ権限、信用を持っていることは

白井にとっては少し不愉快な話だった。

 

思わず声を挙げた白井。そして、その疑問を出そうとしたが

 

「門限とか大丈夫ですか? 常盤台中学は門限が厳しいと聞いたことがありますよ」

 

声に出す前に西折の言葉が白井の疑問を吹き飛ばした。

 

「そうでしたわ!! 失礼ですがお言葉に甘えさせてもらいますの!!!」

 

「ちょっと、どうしたのよ黒子。急に「今日は寮監様が見回りに来る日ですわ!」

 ・・・えぇ!?」

 

「急いで行きますわよお姉様! 初春たちも早く!」

 

「白井さん、私達は門限は関係ないような気がしますが・・西折さん、私達も

 失礼します。佐天さん行きましょう」

 

白井たちに続いて帰ろうとした初春だが、佐天はぼ~っとして反応がなかった。

 

ただ西折を先程から見続けているだけだった。

 

「佐天さん! もう行きますよ! では失礼します!」

 

「え! あ! ちょっと初春!!」

 

初春は佐天の手を引いてその場を去って行った。

 

「気をつけて帰ってくださいね~」

 

そんな4人に信乃は呑気に言った。

 

 

 

 

 

「それにしても風紀委員と同じくらいの証言力がある学校ってどういう学校なんです

 かね? 気になります」

 

と、初春は帰り道に3人に尋ねた。

 

「お姉様、あの方、西折さんの学校とはどこですの?」

 

「私もわからないわ。再会したばかりだし、あまり話してないのよ」

 

「まさか!? 常盤台と同じで貴族が通う学校だったりして!?」

 

「初春、妄想も大概にしたほうがいいですわよ。あの方の服装はそういった感じでは

 ありませんでしたし、常盤台も貴族が通うというわけではありませんわ」

 

西折の服装は普通の私服と言えた。そこから“貴族”や“高貴”の単語は全く出てこない。

完全に初春の妄想だった。

 

「で、でも! 敵も一瞬で倒しちゃってかっこ良かったですね!

 佐天さんもそう思うでしょ! ・・佐天さん?」

 

先程から上の空が続いている佐天。その顔、いや頬は少し赤かった。

 

「佐天さん!」

 

「はい! なに?」

 

「西折さん、かっこ良かったですね」

 

「うん、か・・・かっこ良かった・・」

 

「佐天さん大丈夫ですか? 顔が赤いですよ、熱があるんですか?」

 

「き、今日は色々あって疲れただけよ! だだだだ大丈夫だから!!」

 

「本当ですか? でも昼間は銀行強盗を捕まえましたし。今日はすごい一日でしたね」

 

「残念ながら初春。わたくしとお姉様はまだ終わっていませんわ。今から急いで寮へと

 戻らなければなりませんの」

 

「そういうことだから、私達はここで」

 

「はい、また遊びましょうね~!」

 

立ち去る白井と御坂に向かって手を振る初春。

 

その隣では今日のことを思い出してまた顔を赤くした佐天がいた。

 

「西折・・信乃さん・・」

 

 

誰にも聞こえない声で佐天はつぶやいた。

 

 

 

 

つづく

 



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Trick04_未熟者ですがよろしくお願いします

 

 

 

「能力については、何も分かりませんね・・」

 

誘拐事件を解決した次の日。

 

御坂、白井、初春、佐天の4人は風紀委員の第117支部にいた。

 

この第117支部には白井と初春が所属している。

 

ちなみに御坂と佐天は風紀委員ではないが、この場所によく“遊び”に来る。

そのために「勝手知ったる他人の家」状態だった。

 

初春はパソコンを操作して書庫(バンク)にアクセスしていた。

 

書庫とは学園都市の総合データベースである。基本的に生徒や能力など学園都市に

関わる情報の全てが登録されている。

 

今回、アクセスしている対象は“西折 信乃”についてだ。

 

 

「西折信乃。15歳だから高校1年生ですね」

 

「これが例の学校ですわね。何て読むのでしょうか? この≪神理楽高校≫という字は?」

 

「私も分かりません。ちょっと検索してみます」

 

初春の手がキーボードを叩き始めた。

 

 

数分後

 

「あれ~、おかしいですね。読み方を探しても出てこないです。

 でも、学校の内容については少しわかりましたよ」

 

「どんな内容ですの!?」

 

「落ち着いてくださいよ、白井さん。え~とですね

 

 神理楽高校

 

 ・世界でも即戦力となれる警備、護衛を教育する学校。

 

 ・卒業者の就職率は100%を常にキープするだけでなく、一流企業の警備担当や

  世界的要人のボディーガードなど、かなりの優遇と信頼を得ている。

 

 ・入学する際には実力を確かめるだけでなく、その人の過去も調べて

  性格の適性をとる。

 

 とありますよ。」

 

「・・・なるほど、納得しましたわ。これでは風紀委員よりも信頼されて

 当然ですの」

 

風紀委員も訓練を受けているが、あくまで学園都市での限定活動を想定して

訓練を受けている。

 

対して神理楽高校の生徒は世界規模で信頼を得ている訓練高校。

警備員からの信頼は当然、風紀委員よりも強い。

 

「ちなみに、就職先のほとんどは世界的財閥の≪赤神(あかがみ)≫グループに

 入っているみたいですよ。すごいですね~!」

 

調べた内容で西折のすごさを再確認した初春は感嘆の声を出した。

 

 

赤神グループ。表向きでは世界的財閥として名を知られている。

実際は

 赤神(あかがみ)  謂神(いいがみ)  氏神(うじがみ)

  絵鏡(えかがみ)  檻神(おりがみ)

の五大財閥、≪四神一鏡(ししんいっきょう)≫と呼ばれる組織だ。

 

四神一鏡は世界的財閥ではなく、本当は世界の財力を支配している組織だった。

 

 

そして四神一鏡が組織した下部組織、神理楽(ルール)が存在する。

 

神理楽は四神一鏡専属の“傭兵”や、実力者を集めている。

 

以前は澄百合(すめゆり)学園と言う名の学校があり、

そこが四神一鏡専属傭兵養成学校だった。

 

しかし、20年ほど前にこの学園は廃校と化し、同じことを

この“神理楽高校”で行っている。

神理楽という言葉の読みを知っている人が少なく、表向きには神理楽(かみりらく)高校と呼ばれている。

 

もっとも20年前の失敗を糧にして、神理楽高校は“普通”の傭兵学校に近い

教育をしているので卒業生全員が四神一鏡に属さず、一部では世界的要人の

ボディーガードの職につく者もいる。

 

 

 

そんなことを知らない4人は単純に就職先に驚いていた。

 

「そんなすごい人だったんだ。・・(ボソ)ますますかっこいいな・・・」

 

「佐天さん、最後の方が聞きこえなかったですけど何と言ったんですか?」

 

「なな何でもないわよ初春! 気にしないで!!」

 

呟いた声が聞こえていたら大変なことになるので焦った佐天。

 

「? 何で声が上ずっているんですか? まあ西折さんの他の情報について調べます」

 

「まずは能力を調べて欲しいですの。わたくしと同じ空間移動者(テレポーター)のようですが

 ただの空間移動者にしては不可解な点が多くありましたわ」

 

「了解しました」

 

端末を操作してすぐに『西折信乃』の個人データが表示された。

 

「こっちはすぐに出ましたね。

 ってあれ? 能力が未測定ですよ」

 

端末に表示されている、能力に関わる項目には全て『未測定』とある。

 

「な、それはどういうことですの!?

 あれほどの能力者が未測定で放っておかれるわけがありませんわ!

 自分自身を瞬間移動している上に相手の動きを封じる能力の応用!

 もう一度調べ直しなさい!」

 

「未測定なのは仕方ないことかもしれないわよ」

 

調べようとしていたのを止めたのは御坂の一言だった。

 

「どういうことですの、お姉様!? あの方が未測定でも仕方がないとは!?」

 

「黒子近い近い! 一度離れなさい!!」

 

興奮をそのままに御坂へと問いただす白井。顔の距離が10センチもないほど

近づいる。

 

「いいえお姉様! 黒子がお姉様と離れることはありませんの!

 今日はこのまま2人きりで熱い夜をアギャギャギャ!!」

 

話が何故か別のことに変わってそのまま迫ってくる。

 

お決まりの電撃を浴びせられ御坂の足元で白井は手足がピクピクと動いて痙攣していた。

 

「白井さん、相変わらずですね・・」

 

呆れたように初春。佐天は口には出していないが初春と同じ目で白井を見ていた。

 

「でも御坂さん、仕方ないってどうしてですか?」

 

仕切り直すように佐天が聞いた。

 

「それはね、信乃にーちゃんは学園都市に来てから1カ月ぐらいしか経っていないのよ。

 だからまだ身体検査(システムスキャン)を受けてない可能性があるもの」

 

「・・お姉様・・西折さんのこと『信乃にーちゃん』て読んでますの?」

 

いつの間にか復活した白井が足元で倒れたまま呆れたように質問した。

 

「////! いいでしょ別に! 小さい頃から呼んでいる癖がちょっと出ただけじゃない!」

 

「ですがお姉様、常盤台の生徒ともあろうものが『にーちゃん』だという呼び方は

 あまりよろしくないですの。もっと言葉づかいを正して呼んだ方が

 お姉様のためだと思いますわ」

 

「う、うるさいわね! 私がどう呼んだって私の勝手でしょ!」

 

「私も白井さんの意見に賛成です。常盤台中学校の御坂美琴さんが、

 いくら知り合いである私に対してでも『にーちゃん』という呼び方は

 御坂さんの品位を疑われますよ」

 

 

男性の声が4人の後ろから聞こえた。

 

 

4人はゆっくりと体を後ろに向けた。

 

そこにいたのは西折信乃、その人だった。

 

「え、えええーーーー! 信乃にーちゃん!?」

 

「「西折さんどうしてここに!?」」(初春&佐天)

 

「ふ、風紀委員の支部に無言で入るなんて不法侵入罪ですわよ!?」

 

4人は調べていた本人が急に現れてかなり驚いている。

 

白井にいたっては話をごまかすように風紀委員らしいことを言った。

 

 

一方の西折の方はどこ吹く風で笑顔を浮かべながら答えた。

 

「いえ、私もこちらでお世話になることが決まったのでその挨拶に来ました。

 そしたら私の話で盛り上がっているみたいですから、何も言わずに後ろに立って

 いつ気付くかと楽しみにしていたのに誰も気づかないので声をかけてしまいました」

 

「い、いつから聞いていましたの!?」

 

「私がただの瞬間移動者じゃないとか、その辺りからです」

 

「そうですの。・・・・え"!? 今、何とおっしゃいました?」

 

「私がただの瞬間移動者じゃないとか、その辺りからです」

 

「ではなくて、その前です!」

 

「後ろに立っていたとか、こちらでお世話になるとか、にーちゃんと言う呼び方が

 どうとか言いましたよ。」

 

「こちらでお世話になる!? どういうことですの!?」

 

再び興奮する白井。ただし御坂を相手にしたように詰め寄ったりはしない。

 

「西折さん、何か悪い事でもされたんですか?」

 

呑気な初春が変なことを言う。

 

「バカ! 西折さんがそんなことするはずがないじゃない! 私達の恩人だよ!」

 

何故か力説する佐天。また顔が赤くなっている。おそらく力説が原因ではなく

最後の単語に別の意味が込められていたからだろう。

 

「ここでお世話になるって・・信乃にーちゃん、まさか!」

 

答えに予想がつき、驚きの表情のまま口をパクパクと御坂は開閉させる。

 

そして、西折が4人へ向けて礼儀正しくお辞儀をすた。

 

「明日づけて風紀委員第177支部に配属されることになりました。

 神理楽(かみりらく)高校1年生。西折信乃と申します。

 未熟者ですがよろしくお願いします。」

 

「「「「え~~~~!!!!」」」」

 

 

 

つづく

 



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Trick05_そのほうが面白そうだからです

 

 

 

「風紀委員(ジャッジメント)って、ほ、ほんとですか!?」

 

御坂と同じく口をパクパクと開閉させながら質問する佐天が聞いた。

 

「はい。今日の昼間に手続きが終わり、配属先のみなさんに挨拶しようと

 来ました。正式な配属は明日からになります」

 

「でも、どうして風紀委員になったんです? 西折さんの学校であれば、正式でなくても

 風紀委員と同じ扱いを受けると思いますよ」

 

「初春さんの言うことはもっともです。

 ですが、私の学校の知名度はあまり高くありません。

 現に今、初春さん達が調べていたじゃないですか。

 

 不良に対しては“風紀委員”という看板が警告にもなるので

 そちらの方が便利なんですよ」

 

「あ~、なるほど~」

 

 

会話が終ったところに、奥の部屋からセミロングの髪でメガネをかけた女性が出てきた。

 

「あら? もしかして君が西折信乃くん?」

 

「はい、西折信乃です。明日からこちらの支部でお世話になるということで挨拶に。

 よろしくお願いします」

 

「丁度、君の資料を見ていたのよ。私は"固法 美偉"(このり みい)よ。

 よろしくね。何か分からないことがあったら遠慮しないで聞いてね」

 

固法は笑顔を浮かべて、二人は握手をした。

固法は白井と初春の風紀委員の先輩にあたり、特に白井には新人研修からお世話になった

せいで今でも頭が上がらない存在である。

 

「そういえば昨日は色々あって、わたくし達も挨拶がまだでしたの。

 わたくしは白井黒子と申します。昨日はいろいろとありがとうございましたわ」

 

「私は初春飾利です。よろしくお願いします」

 

「わわわ私は佐天涙子です! 初春とは親友です! 風紀委員じゃないですけど

 よろしくおおおお願いします!」

 

「よろしくお願いします。」

 

笑顔であいさつを返した西折。

その後に唯一、自己紹介をしていない御坂の方を向いて、

 

「御坂さんも風紀委員だったとは少し驚きました。学園都市第3位が風紀委員なら

 名前を聞いただけで逃げる人が多そうですね」

 

「女の子に相手が逃げるとか失礼なこと言わないでよ。

 それに私は風紀委員じゃないわよ」

 

「そうなんですか? 昨日の事件を見てると風紀委員とあまり変わらないように

 見えましたけど」

 

「お姉様は風紀委員ではありませんの。ですがよくこちらの方に出入りしてますの。

 ・・勝手に」

 

「昨日の事件と言えば西折くん、あなたの活躍についての資料がさっき警備員から

 送られてきてるから読ませてもらったわよ」

 

固法は手に持った紙束をみんなが見えるようにテーブルの上に置いた。

 

西折以外の4人は覗き込むようにテーブルの周りに集まる。

 

「資料を見る限りだけど西折くん、あなたは発火能力者(パイロキネシスト)

 みたいね」

 

「固法先輩、それはおかしいですの。西折さんは空間移動者(テレポーター)

 ですわよ。昨日の事件でも2回ほど能力を見せてましたの。」

 

「え? おかしいわね。逮捕された誘拐犯は体が動かなくなったときに炎を見たとか、

 車の前に炎の壁を出して逃げるのを邪魔された、って言っているみたいよ」

 

固法が資料を指しながら説明した。確かに同じことが書かれている。

 

「どういうことですの西折さん? どちらがあなたの能力ですの?」

 

「う~ん・・では、ここはあえて黙秘権を行使します」

 

「・・なぜですの?」

 

「そのほうが面白そうだからです」

 

ズコッ

 

ずっこける5人。

 

「何言ってますの!? 変なことを言ってないで教えてくださいませんこと!?」

 

「そうですよ、急に変なこと言わないでください!」

 

白井と初春がすぐさま反論してきた。

 

「では、問題として出します。私の能力はいったい何でしょう?

 

 解ったら言ってください。答え合わせをします。ちなみに、正当な理由や

 証拠も言ってくださいね。

 

 あと、答えられるのは1人1回までです。外れたらその人には二度と

 答えを教えないので慎重に考えてください」

 

「なんで問題にするんですか? 同じ風紀委員なら教えてくれてもいいじゃないですか」

 

少し不満げに言う初春。西折はさらに楽しそうな笑顔で返す。

 

「さっきも言ったじゃないですか。面白そうだからです。

 

 まあ、正当な理由を付けるとしたらスキルアウトに能力者がいた場合、

 相手の能力を瞬時に見極めて対処するための訓練、といったところです」

 

「それはいい考えね。白井さんと初春さん、西折くんの能力を何かを考えてみて。

 私は能力を実際に見てないから、もっと後に答えるわ」

 

固法も意見に賛同したようで、2人に問題を解くように言った。

 

「いえ、答えるのはいつでもいいですよ。お二人も焦らずに考えてください。

 今日は挨拶に来ただけなのでこれで失礼させていただきます。

 それでは明日からよろしくお願いしますね」

 

そう言って西折は部屋から出て行った。

 

 

 

「最後にすごいことを言って出て行きましたね、白井さん。 ・・白井さん?」

 

苦笑していた初春が白井を見ると、俯いてプルプルと肩を震わせていた。

そしていきなり顔をあげて叫ぶように言った。

 

「固法先輩! 今日の業務は終わりでいいですわね! わたくしは西折さんを

 追いかけてもっと話を聞き出してきますの! 風紀委員の名にかけて絶対に正解を

 答えてやりますわ!!」

 

西折の≪面白い≫発言で頭にキていた。

ちなみに白井の脳内では、勝手に変換されて

≪面白い、実に面白い≫と某変人物理学者のように言う信乃になっていた。

 

白井は恐い顔をして部屋を飛び出て行った。

 

「待ってください白井さん! 固法先輩お疲れ様です!」

 

「黒子ちょっと待ちなさいよ!」

 

「固法先輩、失礼しました~!」

 

続くように初春、御坂、佐天も追いかけて行く。

 

「まったく・・西折くんは丁寧で大人しそうな印象があったけど、

 どこかトラブルメーカーみたいなところがあるわね・・

 

 なんだか御坂さんに似ている気がするわ」

 

呆れたように4人が出て行ったドアを見つめる固法だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちください西折さん! 逃がしませんの!!」

 

第177支部を出てすぐに西折を見つけることができた。

白井はその前へとテレポートをして西折の足を止めさせた。

 

「どうしたんですか白井さん? まさか! もう答えがわかったのですか!」

 

「あ? いいえ・・その」

 

意外な返しに白井は戸惑った。

問題に答えがまだ出てなく、そのヒントを引き出そうとして追ってきたのだが、

 

「いやすごいですねさすがですね私は自分の能力はすぐにはバレないと思ったの

 ですけどはやり現役で風紀委員というみなさんの治安を守るひとは違いますね

 私も見習ってもっと修行しないいけませんね白井さんのような頭脳明晰な人に

 なれるよ努力を「あの!」 ・・どうしました?」

 

西折の息継ぎもしないしゃべりを遮った白井。表情は怒りで引きつっている。

逆に西折は笑顔を浮かべている。しかしその笑顔には悪戯を感じさせ、

白井をからかってそう言ったことは明らかだ。

 

「私が解けていないことを知っていてそのようなことを言ってますの?

 あなた・・意外と性格が悪いですわね・・」

 

「なんのことでしょうか? 私は素直に白井さんに感心してるだけですよ。

 それに『いい性格している』と言われた事はありますよ」

 

白井の怒りの言葉もどこ吹く風。簡単に受け流す西折に再び怒りをぶつけようとしたが

 

「黒子、ちょっと待ちなさいよ! 私達も一緒に行くわ!」

 

御坂が声を出して初春と佐天も一緒に西折と白井に走ってきた。

 

白井はタイミングを逃したせいか、苦虫をつぶした顔をして御坂を見ていた。

 

「どうしたんですか3人とも? 私に何か用事ですか?」

 

「黒子が西折さんの能力を聞き出「余計なことは言う必要はありませんの初春!!」

 ・・何怒っているんですか白井さん?」

 

「なんでもありませんわ! お姉様たちはどうして追いかけてきたのですか!?」

 

御坂達(正確には初春だけ)へと八つ当たりのように声を荒らげる白井。

 

「黒子、落ち着きなさいよ。私達も信乃にーちゃんの話を聞こうと思って来たのよ」

 

「はい! 西折さんのことをもっと知りたくって!」

 

「佐天さん、それじゃ能力調べじゃなくて西折さん調べになってますよ」

 

「いや、その!? ちょっと言い間違えただけじゃない!?」

(しまった! また変なこと言っちゃった!)

 

内心言い間違いに気づかれて焦る佐天。

 

「とにかく歩きながら話しましょう。道路で立ち止まっては他の人の迷惑になりますし」

 

「そそそうですね。西折さんの言うとおりです! 

 白井さんも行きましょう!ね! ね!」

 

「なんだか変ですよ佐天さん。ほら、白井さんも行きましょう。

 怒っていても仕方ないですよ」

 

西折の提案で歩き出す5人。白井も睨みながら渋々ついてきた。

 

 

 

「それにしても信乃にーちゃん、能力「信乃にーちゃんって言わない」・・」

 

西折は呆れた顔をした。

 

「さっきも言いましたが、常盤台中学のお嬢様がそんな言葉使いは良くないと

 思います。ですからその呼び方は訂正してください」

 

「別にいいじゃない。それに、西折って呼ぶのはいやよ。

 雪姉ちゃんだって西折なのよ!」

 

“雪姉ちゃん”という知らない人物が話に出てきて初春と佐天は頭に「?」を浮かべた。

しかし2人はそのまま話を続ける。

 

「確かにそうですが、でも男性に対しては下の名前で呼ばない方がいいですよ。

 周りの方が勘違いしますし」

 

「気にすることじゃないでしょ。親戚、というより兄妹みたいなものでしょ!

 だから、信乃、一応≪さん≫もつけて≪信乃さん≫って

 読んであげるわよ!」

 

「なぜか上から目線ですね・・」

 

「じゃあ、私も≪信乃さん≫って呼んでいいですか!?」

 

話に入ってきたのは佐天だ。

 

「///私も≪信乃さん≫って呼びたいですっ////」

 

「佐天さん、また顔が赤いですよ」

 

「いやでも、男の人を名前で呼ぶのは・・」

 

「でも確かに名前で呼ぶ方が短いですし、今から風紀委員として

 仲間になるのでしたらその方がいいですの」

 

「・・白井さん、笑顔が黒いです・・私がふざけた事を根に持ってるんですか?」

 

「なんのことかしら? 別にわたくしはあなたが嫌がることがしたいというわけでは

 ありませんの。一矢報いたと思っていませんの。お~ほっほっほっ!」

 

「明らかに悪意を感じますね・・でも、風紀委員で仲間になるのでしたら

 呼びやすい方がいいですね! 私も名前の方で呼んでいいですか?」

 

初春も3人に便乗してきた。

 

「・・・もう好きにしてください・・」

 

西折、あらためて信乃は諦めたようにつぶやいて呼ばれ方を渋々了承した。

 

 

 

しばらく歩いて雑談をしていた5人だが、

 

「そういえば、さっき御坂さんが言っていた“雪姉ちゃん”とは誰ですか?

 お二人の共通の知り合いみたいですが」

 

初春が話の途中にで出た疑問を聞いた。

 

「それはですね「西折のおにーちゃーん~!!」」

 

信乃が答えようとしたときに遠くから聞こえた声で遮られた。

その声の先には赤い髪をした少女がいた。

 

「あれ、あの女の子は昨日の誘拐されていた?」

 

誘拐から救出した少女。名前は氏神ジュディス。

 

御坂が昨日のことを思い出している間に少女が走って近づいてきて

 

「西折のおにーちゃーーん~~!!!」

 

勢いをそのままに信乃に抱きついてきた。

 

「グホッ!」

 

その抱きつき見事に鳩尾に直撃した。

 

 

つづく

 



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Trick06_ね、琴ちゃん?

 

 

 

「ゲホッ! 一度・・離・れてもらい・・ますか? ジュディスちゃん・・」

 

走ってきた勢いをそのままに抱きついた。

 

つまり全体重をかけたタックルを信乃はくらった。

 

ちなみに信乃の鳩尾の位置にジュディスの頭がぶつかった。

 

≪ジャストミート!! これは痛い!≫ と実況が聞こえそうな当たり方だ。

 

「西折のおにーちゃん~! 探してたんだよ~! 風紀委員(ジャッジメント)に

 なるって聞いたからその場所をお母さんに教えてもらったから

 会いに行こうとしてたんだよ~!」

 

そんなことは気付かずに楽しげに話し続ける少女、ジュディス。

 

信乃の頼みを無視して今だ抱きついている。

 

信乃は痩せ我慢をしているせいか、体勢は崩していないが顔は引きつっていた。

 

「とにかく離れてください・・ゲホッ・・いきなり抱きつくのは良くないですよ・・」

 

冷静を装ってしゃべるがやはり苦しくてせき込んでいる。

それを見て御坂達4人は苦笑いしていた。

 

 

 

 

どうにか離れてもらったが、ジュディスのテンションは“ハイ”のままだ。

 

「あのねあのねあのね~! 風紀委員の支部に行ったらね~! そんな人は来ないって

 支部の人に言われてどうしよ~と歩いていたら~おにーちゃんが歩いてきたから

 嬉しくて飛びついちゃった~!」

 

満々の笑みと体全体で喜びを表現するジュディス。ピョンピョン跳ねながら

しゃべる姿は小動物を連想させて可愛かった。

 

「支部の人に来ないって言われたの? どういうこと?」

 

「あれ? お姉ちゃんたちは~だれ~?」

 

「私は初春飾利っていうの。西折信乃さんとは同じ支部で働くことになったんだよ。

 よろしくねジュディスちゃん!」

 

「白井黒子、同じく風紀委員ですわ」

 

「佐天涙子よ、よろしくね」

 

「私は御坂美琴。風紀委員じゃないけどたまに悪者退治してるわ!」

 

なぜか誇らしげの御坂。無い胸を張って言う。

 

「なぜか失礼なことを言われた気がするんだけど?」

 

「気のせいですよ御坂さん。

 それよりもジュディスちゃん。4人とも、昨日のジュディスちゃんを助けるのを

 手伝ってくれましたよ。すぐ帰ったからわかりませんでしたかね?」

 

「そうなの~!? お姉ちゃんたちありがと~!!」

 

4人へとお礼を言うジュディス。

 

「さっきの話になるけど、支部の人に来ないって言われたの?」

 

初春が先程の質問を繰り返した。

 

「うん~! 体が大きくてゴリラみたいなおじさんが言ってジュディを

 追いだしたの~!!」

 

「私達の支部にゴリラみたいな方はいませんわよ?

 氏神さんの間違いではないですの?」

 

「ジュディスちゃんの行った場所ってあそこにある?」

 

佐天がジュディスの前に膝を付いて目線を合わせた。

そして自分たちが歩いてきた方向を指さした。

 

しかし、ジュディスは首を振り、右手を挙げて指した方向はすぐ100メートルの

建物だ。

 

「・・・117支部ですね・・177支部とは微妙に間違ってますわ。」

 

「ジュディスちゃんって天然さんですかね・・」

 

苦笑いの佐天に言われて首を傾げるジュディス。

 

確かに天然オーラを感じる。

 

それはともかく

 

「西折のおにーちゃん~! ジュディはのど乾いた。飲み物飲んで遊びに行こ~!」

 

再び信乃に抱きついてきた。

 

「今日はもう遅いですし、遊びに行く時間はないですよ。近くの公園に自動販売機が

 あるでしょうからそこで何か買ってから帰りましょうか。」

 

信乃は気にもせずにジュディスの肩を掴み、優しく引き離した。

 

駄々をこねる子供に言い聞かせるようにして言った。

 

「え~!? 遊びに行きたいよ~!」

 

「またお母さんが心配しますよ。」

 

「・・はーい~」

 

昨日は帰ってからなにかあったのだろう。母親のことを出すと素直に諦めた。

 

 

 

 

「買ってきましたよ。≪ヤシの実サイデー≫でいいですか?」

 

「うん~! ありがと~!」

 

買ってきた飲み物をジュディスへと渡した。

 

ジュディスはすぐに缶を開けて飲み始めた。

 

飲み物は信乃と佐天の2人で買いに行き、他の4人はベンチで待っていた。

 

ちなみに佐天は自分から買いに行くことを進言したのだが、信乃が振ってくる話には

「は、はい!」「そうですね!」としか返せず、まともな会話にはならなかった。

 

 

「みなさんもどうぞ」

 

「ありがとっ」

 

「いだたきますわ」

 

「信乃さん、佐天さん、ありがとうございます」

 

「お金を出したのは信乃さんだから、お礼は信乃さんに言ってよ初春」

 

4人と同じベンチに座る佐天。信乃はそのままベンチの正面に立つ。

 

「お礼を言われるほどのことじゃないですよ」

 

信乃は相変わらずの笑顔で返してくる。

 

「信乃さんってずっと笑顔と敬語ですよね。私達は年下ですし、気にせず

 普通にしてください!」

 

信乃の笑顔を見てずっと思っていたことを初春は聞いてきた。

 

 

「これはキャラ作りです。気にしないでください」

 

変な答えが返ってきた。

 

「またあなたはふざけた事を言いますわね・・」

 

「キャラ作りですか・・あはは・・なぜそんなことをしてるんですか?・・」

 

意外な答えに呆れた初春だが一応理由も聞く。

 

「口調の方は、ある人に仕込まれました。おかげで敬語でしゃべるのは

 慣れています。

 

 キャラ作りで笑顔と敬語を続けているのはですね、世渡りに役に立つからです。

 丁寧に接したら普通の人は敵意をあまり持たないでしょ?

 

 逆に敵対する人には挑発に取られて攻撃が単調になって戦う時に便利なんですよ」

 

「キャラ作りなら私達の前ではやらなくてもいいじゃないですか?」

 

「もう慣れてしまったのでずっとこの方が落ち着くんですよ。

 あと、私って個性があまり無いのでわざと特徴を付けているのですよ。

 というより、そっちが本音かもしれないですね」

 

「個性がないって自分で言いますか・・」

 

「だからジュディにもケーゴなの~?」

 

「そうですよ。ですから、みなさんは気にしないでください」

 

そう言っている間も笑顔と敬語を続ける。

 

「なんだかちょっと他人行儀ですね」

 

「少し寂しいですよ」

 

不満を漏らす初春と佐天。

 

「ですが、礼儀と言うのは大事ですわよ。お姉様も見習ってはいかがですの?」

 

「う、うるさいわね! 私には関係ないじゃい! それに信乃にー、じゃなくて

 信乃さんだって4年前は普通にしゃべってたわよ!」

 

「そうなんですの? では、信乃さんの4年間と同じ体験をなされば、お姉様も

 少しはお上品になるのかもしれませんわね。」

 

「え、あ・・それは」

 

何気なく言った白井の言葉だが、御坂は急にうつむき表情が暗くなる。

 

 

 

御坂は再会の時に、信乃がどのような体験をしたかを聞いた。

 

そのことを思い出して御坂は血の気が引いていった。

 

(信乃にーちゃんと、同じ体験・・そんなの・・絶対に耐えられない・・)

 

 

 

「お姉様?」

 

御坂は呼びかけが耳に入らず、ますます顔が青くなっている。

 

「お姉様? お姉様! しっかりしてくださいまし! どうしましたの!?」

 

白井が肩を掴んで強く揺らした。ようやく御坂は白井の呼びかけに気付いた。

 

「え・・、あ、いや、・・なんでもないわ、大丈夫よ」

 

「どうしたんです御坂さん? 顔が真っ青ですよ?」

 

佐天も心配そうに顔をのぞかせる。

 

「御坂のおねーちゃん~、大丈夫なの~?」

 

「気分でも悪いんですか?」

 

ジュディスも初春も心配そうに見てくる。

 

「大丈夫だって・・ちょっと考え事としていただけよ! もう平気!!」

 

明るく言う御坂だが、それはだれが見ても空元気だった。

 

 

御坂がそう言ったので周りもこれ以上は言えなくなり、沈黙が流れた。

 

不意に信乃が手を伸ばして御坂の頭を撫でた。

 

「御坂さんが気にすることじゃないですよ。あれは私の経験で同情がほしいわけも

 誰かに落ち込んでほしいわけでもありません。

 変に気を使わないでください。

 

 ね、琴ちゃん?」

 

久々に信乃から言われた小さい頃からの愛称。再会してから一度も呼ばれていなかったため、

その言葉がどこか、くすぐったくて少しだけ笑顔になった。

 

「うん、わかった・・」

 

そのまま撫でられ続ける御坂。周りも御坂がもう大丈夫だと感じた。

 

 

「こうして見ると、本当の兄妹みたいですの。」

 

「西折のおにーちゃん~! ジュディにもなでなでして~!」

 

白井とジュディスの言葉で御坂が今の状況を思い出した。

 

中学2年生にもなって頭を撫でられるこの状況はかなり恥ずかしい(御坂的に)。

 

 

すぐに信乃の手を振り払った。

 

「ちょ! やめてよ信乃にーちゃん! もう子供じゃないんだから!」

 

「その割には、されるがままでしたよ。あと、また呼び方が戻ってます」

 

「うるさい! どうでもいいでしょ今は!」

 

御坂は顔を真っ赤にして反論、信乃は何事もなかったように注意し、笑っていた。

 

白井、初春、佐天は信乃の過去が気になったが、今は触れない方がいいと思い、

これ以上、口には出さなかった。

何より、元気になった御坂を見て笑いがこぼれて来たのだった。

 

「お姉様、お顔が真っ赤ですわよ?」

 

「もう、御坂さんったら、ふふふ!」

 

「御坂さん、照れちゃって可愛いですね~!」

 

 

周りは先程の暗い雰囲気はなくなり、御坂の照れ隠しにみんなが笑っていた。

 

 

 

「さて、そろそろ暗くなってくる頃ですし、解散しましょう。ジュディスちゃんは

 私が送っていきます」

 

締めるように西折が言ったので、5人はベンチから立ち上がり始めた。

 

「そうですね、もう暗くなりますし昨日の今日ですから。佐天さん、帰りましょう!」

 

「私達も帰りましょうか、お姉様。 あ・・結局、能力についての情報を

 聞き出せませんでしたわ・・」

 

白井が思い出したようにつぶやいた。

 

 

しかし、この直後に信乃の能力を見る機会がおとずれるとは

誰も思ってなかった・・

 

 

 

 

 

 

 

「あのガキでいいんだな」

 

「ああ、間違いない。あの赤い髪だし、写真と同じ顔だ」

 

「あのガキ連れてくるだけで大金よこすなんて、変わったやつもいるもんだぜ」

 

 

6人が帰ろうとして立ち上がる光景を、木の陰から見ている男たちがいた。

 

男が持っている写真に写っているのは≪氏神ジュディス≫。

 

「連絡は行き届いているか?」

 

「ああ。金になる話って聞いてすぐに集まってきやがった。あいつらをぶちのめす

 連絡は今からメールする」

 

「そうか、じゃ行くか・・」

 

男の手には金属バット。これから楽しいことをしに行く雰囲気ではない。

 

いや、男たちにとっては楽しいことだろう。

 

イライラしているときに人を殴り、それで金が入るのなら。

 

 

 

 

 

 

つづく

 



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Trick07_それでよろしいのですか?

 

 

 

「おまえら、ちょっと待て!」

 

帰ろうしてと公園の出口へ歩いていた

御坂、白井、初春、佐天、信乃、ジュディスの6人。

 

 

そこに金属バッドやナイフを持った男5人が声をかけてきた。

その中で長髪の男が一歩前に出た。

 

「かわいいお嬢さんたち~お兄さんとデートしようぜ、へへ!」

 

≪デート≫と言っているにも関わらず、男には攻撃の意思を出している。

 

 

ジュディスは信乃の体に隠れるように足にしがみついた。

 

全員が身構えたが、唯一動いたのは白井だった。

 

「レディーに対する作法がなっていませんわね。そのようなものを持ってナンパなどと

 いい度胸ですわね。それに・・これが見えませんの?」

 

一歩前に踏み出して腕に着いた腕章を掴み、男たちに見えるようにした。

 

「風紀委員(ジャッジメント)ですの! 暴行未遂であなたたちを拘束させて

 もらいますわ!」

 

男たちに全くおびえることなく言い放つ白井。

 

しかし、当の男たちは気にした様子もなく笑っていた。

 

「へへ、それがどうした? こっちがなんも手を打たずに来てるとでも思ってんのか?」

 

「な!?」

 

余裕を見せ続ける男たち。

 

(何をたくらんでますの!?)

 

白井は男たちを観察した。

 

持っている武器は金属バット、鉄パイプ、ナイフ。

全員が武器を持っているが、特に変わった武器と言うわけではない。

 

しかし、訓練を受けた風紀委員相手にたったの5人で挑んでくることを

考えると、高レベルの能力者がいる、または白井を倒す作戦を用意している

可能性がある。

 

戦うにしても、後ろには戦うことができない初春、佐天、ジュディスがいる。

 

(お姉様と信乃さんは問題ありませんわ。初春と佐天さんも逃げるだけでしたら・・。

 しかしあの少女、氏神さんは逃げることもまともにできませんわ。

 初春たちに任せても氏神さんが足手まといになって共倒れになってしまいますし、

 下手に手が出せませんの・・)

 

白井が状況を考えて動けないでいると

 

「白井さん、私が相手しますよ。女の子に戦わせるわけにはいきませんから」

 

白井の前にゆっくりと信乃が出てきた。

 

「ですが信乃さん、相手の様子ですと何か策があるようですわ!

 それに風紀委員として戦わないわけにはいきませんわ!」

 

「使命感を持つことは大事ですけど、ここは私に譲ってください。

 それに、後ろの4人を守ってほしんですよ。私は守る戦いってものが

 苦手ですから」

 

笑顔を浮かべる信乃。おそらく、苦手の理由は嘘であろう。

 

「それにこんな大人数を相手にすると、必ず倒しそびれた奴が初春さんたちを

 襲ってくる可能性がありますから、その相手はお任せします」

 

「大人数? 相手は5人ですわよ?」

 

「いいえ、私達の周りに近づいてくるスキルアウトと思われる奴らが21人いますよ。」

 

「!?」

 

白井は周りを見渡す。誰もいないと思っていたが、ぞろぞろと

スキルアウトが集まり始めた。

 

 

「よく気付きましたわね・・集まり始めたばかりで全員がそろったわけではありませんわよ」

 

「得意なんですよ、人のたまs・・気配を感じるのが」

 

信乃の言葉は長髪の男にも聞こえたようで、関心したように、

 

「よく気付いたな・・さすがの風紀委員でもこの人数を相手じゃ勝てねえだろ?

 ハハハハハ!」

 

と言い、気持ちの悪い声で笑い始めた。おそらく奴がリーダーだろう。

 

集まったスキルアウトは全員が武器を持っていた。

 

 

「合わせて26人。さすがの白井さんでも、一人では難しいと思います。

 それに、私は一対多の戦いが得意ですし任せてもらえませんか?

 ピンチに見えたら手助けをお願いしますから」

 

「・・わかりましたの。無理せずにすぐに言ってくださってもかまいませんわ」

 

そう言って御坂達の方へと歩く白井。自信満々の顔に少しは安心を感じたのだろう。

 

「御坂さんも風紀委員じゃないですから手を出さないでくださいね。

 ジュディスちゃんが恐がってしまいますから」

 

「・・女の子相手に恐いとか言わないでよ・・」

 

呆れたようにつぶやく御坂。

 

しかし、その態度には手助けするような雰囲気や心配の様子は全くない。

 

「はぁ、わかったわ。早く帰りたいからすぐに片付けてよね」

 

「了解しました。すぐに終わらせます。

 

 風紀委員(ジャッジメント)です。暴行未遂であなたたちを拘束させてもらいます」

 

そう言って信乃は風紀委員の腕章を身に着けながら、スキルアウトの集団へと歩いて言った。

 

 

 

 

 

 

「ちっ! あのガキはふざけてるのか?

 

 俺たちはこんな人数がいるのに本当に1人で歩いてきやがる」

 

「しかもこのガキ、さっきから笑ったままだぜ」

 

「おい、おまえ、ふざけているのか? どんな状況かわかってんのか?」

 

「しかも仲間は26人も集めた。いくら風紀委員だからってなめてんじゃねぇぞ?」

 

「はい、理解していますよ。武器を持った集団が26人。普通に考えたら

 私が殴られて地面に倒れるのに数分もかからないでしょうね」

 

「どこまで余裕かましてんだ! 叩き潰してやる!!!」

 

「それよりも、私からもあなたたちに尋ねたいことがあります。

 

 それでよろしいのですか?」

 

「あぁん!? なにがだ!?」

 

何言ってやがるんだこのクソガキ!?

 

「たった26人でよろしいのか、って聞いてるんですよ」

 

 

ブチ!!

 

「ふざけやがってこのガキ!!!

 

 お前ら!こいつだけ殴り殺せ!! 赤いガキは後回しだ!!」

 

「お、おう!」

 

「たった26人だぁ!? 殴ってミンチにしてやる!!」

 

 

 

 

 

「やはり狙いは“氏神の子供”、でしたか・・」

 

信乃はだれにも聞こえない声で呟いた。

 

 

一斉に攻撃してきた男たちに佐天たち3人は少しおじげついた。

 

 

そう、御坂とジュディス以外の3人は・・

 

 

 

 

戦闘が始まった。

 

鉄パイプを持った男が殴りかかってきたが、信乃は攻撃を難なくよけ、

みぞおちへと軽く拳を入れる。男はうめき声をあげてそのまま倒れて行った。

 

2人目の男が横からナイフを突き出してきたが、左手で受け流して右手で首に手刀を

入れて気絶させる。

 

その後も男たちは襲ってきたが、信乃は特にすごい動きをするでもなく

攻撃を受け流して1人ずつ倒していく。

 

 

大人数で向かってくる男たちの声でうるさいはずなのに、信乃のいる空間だけが

静かに感じるほど、信乃は落ち着いた戦いをしていた。

 

 

 

 

戦いを見ていて御坂はため息をついた。

 

「まったく、あんな挑発をするから・・。大丈夫かしら?」

 

言葉とは裏腹に、御坂には心配する様子が全くない。

 

ジュディスは「すごーい~!」と言って横で目を輝かせている。

 

 

「御坂さん・・手伝わないんですか?」

 

「お姉様にしては珍しいですの。いつもはすぐに戦おうとしますのに」

 

心配しない御坂に驚く佐天と白井。

いつもの御坂なら手助けをしに戦いに入ってくるだろう。

いや、一番に電撃を飛ばしてスキルアウトを追っ払ったはずだ。

 

だが今回は戦う様子すら見せていない。なんの不安もなく見守っているだけ。

 

「何よ! 私が戦うことしか考えていないみたいに言わないでよ!」

 

(((いや、いつもの戦うことしか考えてないじゃん!)))

 

昨日会ったばかりの初春と佐天でさえも同じことを思っていた。

 

「それに、心配するだけ無駄よ」

 

それを聞いて佐天は御坂へと大声で反論した。

 

「なんでです御坂さん!! こんな人数に囲まれているんですよ!!

 信乃さんは確かに強いけど・・でも! さすがに「4年前」 え?」

 

「4年前、信乃にーちゃんが11歳の時よ。一緒に銀行に行ったときにね、

 拳銃を持った強盗が4人も来たのよ。私もその時は能力なんて持ってなかったし

 恐くて何もできなかったわ。

 

 でも、信乃にーちゃんは何事もないようにね、強盗を素手で倒したのよ」

 

「・・ほんとですの?」

 

「11歳って、今の私達より小さい時ですよ? それに拳銃を持った相手って・・」

 

信じられないという顔で見つめる白井と初春。

佐天も表情が固まったままだ。

 

しかし、御坂からは嘘を言っているようには感じない。

 

3人の疑いを晴らすように、御坂ははっきりと言い放った。

 

「だから何の心配もないわよ!」

 

「そうだよ~! 西折のおにーちゃんはジュディを助けたヒーローだよ~!

 ヒ―ローは負けないんだよ~!」

 

敵を次々と倒していく様子に大喜びするジュディス。

 

この風景を見ると本当に嘘ではないらしい。

 

 

御坂の自信満々の笑顔に目を奪われているなか、

 

「白井さん! 横から雑魚が1人来るからよろしくお願いします!」

 

急に声をかけられた。言った信乃はこちらを向いていない。

 

しかし、本当に鉄パイプを持った男がきた。その距離は15メートル。

 

驚いた白井だが、

 

「あの方、見てもいないのにどうやってわかりますの?」

 

まだ離れている距離だったので焦ることなくに前へ出た。

 

 

「その赤いガキをよこせ!」

 

鉄パイプを振りかぶってきた。

 

白井は簡単に攻撃を避け、そのまま手を掴んで相手を背中から地面へ叩きつけた。

 

「が、はっ!」

 

「単純な攻撃でつまらないですわね」

 

やってきた男はそのまま気絶したようだ。

 

「白いおねーちゃん~、かっこいい~!」

 

「白いではなく、白井ですわ!」

 

ジュディスの言い間違いにも気にせずに笑顔で答えた。

 

 

「それにしても人数が多いようで時間がかかってますの。負けることはないと

 思いますが、早く帰るためにお手伝いした方が・・あら?」

 

信乃がゆっくりとスキルアウトを片付けている風景を見て、加勢しようと

白井は考えていた。

 

そのとき、長髪の男が戦いから抜けて走り去るのが見えた。

 

向かう先には車。公園の出口に止めてあり、それに乗り込むところだった。

 

「あの方、リーダーのように仕切ってらしたのに自分だけ逃げるなんて・・

 呆れて怒る気にもなりませんわ」

 

「あ、本当だ。自分だけ逃げてる」

 

「情けないですね」

 

「黒子、私がやる?」

 

「いいえお姉様! ここは少しでも働かなければなりませんわ!

 手出し無用ですわよ!」

 

白井は太ももに隠していた鉄矢を取りだした。

 

車のタイヤへ鉄矢を飛ばすため、テレポートの演算に集中した。

 

「白井さん! 後ろ!」

 

その演算は信乃の声で中断された。

 

反射的に横に跳んだ白井だが、元いた場所には鉄パイプが振り下ろされた。

白井が倒した男が、攻撃が弱かったために気絶し切れてなかったのだろう。

すぐに目が覚まして襲ってきた。

 

「な!?」

 

必死に跳んだために白井は着地に失敗して転んでしまった。

 

「痛っ!」

 

「黒子! こいつ!!」

 

御坂が電撃をくらわせて、男は今度こそ気絶した。

 

「白井さん大丈夫ですか!?」

 

「ええ、間一髪で避けられて痛っ!」

 

「黒子、どうしたの!?」

 

白井は足を抑えてうめいた。どうやら足をひねったようだ。

 

「これ・・くらい・・大丈夫ですわ!」

 

その顔は痛みで引きつっている。痛みで立てないのだろう、座ったままだった。

 

 

「すみません。私がもう少し早く気づいていれば」

 

直後、信乃が走ってきた。その顔にはいつもの笑顔はない。

 

「いいえ、信乃さんのせいでは・・あら、もう片付けたのですの?」

 

「はい。白井さんが危ないのを見て急いで終わらせました」

 

「・・今まで本気じゃなかったんですか?」

 

「本気でしたよ、たださっきまでは全力じゃなかっただけです。」

 

アンチスキルは全員例外なく地面へと倒れ込んでいた。

 

「それよりも足を見せてください。応急処置をします。」

 

治療をしようと膝を地面につけた信乃だが、

 

 

「それよりも逃げた男を追ってください! 私にかまっている暇はありませんわ!」

 

白井は大声をあげた。こんな時でも風紀委員の仕事を優先していた。

 

ほぼ全員が公園の出口を見た。逃げた男の車はもう見えない。

 

白井もこの怪我ではテレポートも無理だろう。

 

しかし、信乃だけは顔を出口を見ずに白井を見て

 

「いいえ、治療が先です!!」

 

と、強く言い張った。

 

強く言われて白井は何も言えなくなり黙り込んだ。

 

 

信乃はハンカチを取り出して、包帯のように長くするように破いた。

 

立ち上がろうとしていた姿勢の白井に肩を貸し、ベンチに座らせて靴下を取った。

 

「っ!」

 

「痛そうですね・・」

 

初春が片目を閉じて恐る恐る足首を見る。青く腫れあがっていた。

 

御坂たちも2人の周りにきた。

 

「白井さん、追跡しろといいましたが・・」

 

信乃が足首にハンカチを巻きながら言う。

 

「追う手段がありません。テレポーターの白井さんがこうなっては車には

 追いつけませんよ。これぐらい簡単なことですよ。気付かないなんて

 相当あせってますね」

 

さとすようにゆっくりと言ったが、それが白井の癇に障ったのだろう。

 

「あなたもテレポーターですわよね!? なら問題ありませんの!!

 早く追ってください!! っ!」

 

能力を勘違いしたままの白井は怒鳴りつけて言う。

そのせいで足が動いてしまい、体に痛みが走った。

 

「落ち着いてください。怪我にひびきます。それに私はテレポーターでは

 ありません。あなたが言うテレポーターというのは、

 "A・T"(エア・トレック)という道具を使っただけの移動ですよ」

 

「なんですかそのA・Tというのは!? それがありましたらテレポートが

 できるんですわね!? 早く持ってきてください!」

 

「ですから、落ち着いてください!!」

 

信乃は興奮する白井の肩を掴んで抑えつけた。

 

そして何も言わずにずっと見つめている。

 

御坂たちも白井の気持ちがわかるので、何も言えずに沈黙するしかない。

 

このとき、ジュディスが少し離れて携帯電話を取りだしたが、誰も気づかなかった。

 

 

長い沈黙と信乃の真剣な表情で、白井は少し落ち着きを取り戻した。

 

「・・申し訳ありませんわ・・犯人を逃がさないようにと考えが先走り過ぎましたわ」

 

「いえ、いいんです。でも、治療が済むまで大人しくしてください」

 

信乃も肩から手を離し、再びハンカチを巻き始めた。

 

御坂たち3人は安心し、これ以上静かにならないように初春が話し出した。

 

「・・それにしても、なんでわざわざ風紀委員と勝負しようとしたんですかね?」

 

「初春、あれは勝負というよりけんかを打ってきたんだと思うよ」

 

 

たしかに普通は手を出さないはずの風紀委員に、風紀委員とわかっていて

アンチスキルはけんかを仕掛けてきた。

 

そのけんかの答えは、

 

「狙いはジュディスちゃんだよ」「狙いは氏神さんですの!」

 

信乃と白井が同時に言った。

 

「奴らが赤い髪の子供が狙いだと言ってましたの!」

 

「それに、最初の5人。目線がジュディスちゃんを見た後に風紀委員の白井さんに

 目を向けていました。戦いが始まる前に私達が話をしている間も、何度か

 ジュディスちゃんを見てたから間違いありませんよ」

 

「・・よくわかりますね、目線なんて」

 

「鍛えれば誰でもできることですよ、初春さん」

 

ここで、ようやく信乃の顔に少し笑顔が戻った。

 

「なんでジュディスちゃんを狙ったんだろう?」

 

「佐天さん、理由は簡単ですよ。ジュディスちゃんのお母さんが

 

 

 ≪学園都市統括理事会≫の一人だからです」

 

 

「!? そうなんですか!?」

 

「すごいですね! ジュディスちゃんもお嬢様なんですね!!」

 

「初春、その目はまた暴走してますわね」

 

「またすごい人と知り合いになったわね・・」

 

佐天、初春、白井、美琴がそれぞれの反応した。

 

「はい。一応このことは内緒にしてください。

 ちなみに私の学園都市に入る際の保証人になった方です。

 だから昨日の捜索で命令されたんですよ。あの人には逆らえません、ははは」

 

最後は冗談で言ったのだろう、信乃は完全にいつも通りの笑顔になっていた。

 

 

白井の治療も終わり、信乃は立ち上がった。

 

「話は戻りますけど、道具を使ってテレポートができるようになるわけありませんよ。

 よく考えてから言ってください」

 

笑顔で言ったのだが、明らかに『軽率な考えですよ』と副音声が聞こえる。

 

白井は恥じるように顔を伏せた。

 

「・・申し訳ありませんわ。軽率なことを言ってしまって。

 そういえば、"A・T"(エア・トレック)とはなんですの?」

 

「昨日、私が足につけていた装置ですよ。簡単にいえば小型モーター付き

 インラインスケートです。あれを使えば確かに追跡は可能ですが、

 許可が必要なんですよ」

 

「許可、ですの?」

 

「はい、許可がなければ「いいってよ~!!」」

 

いきなり声をあげたのはジュディス。全員がジュディスへと目を向けた。

 

「お母さんが使っていいってよ~!!」

 

嬉々とした顔で手に持っている携帯電話をこちらに向けている。

 

「・・・・・ジュディスちゃん、まさか電話して聞いたのです・・か・・?」

 

笑顔が引きつった信乃が聞いた。間違いであってほしいと思っているのだろう。

 

「うん~!! お母さんがね~、『逃げた奴も消し炭にしろ!!』って

 伝えてだって~! 『これは命令だ!!』とも言ってた~!」

 

「さっきの『狙いはジュディスちゃん』が電話越しに聞こえたんだね・・・」

 

信乃が苦笑いを浮かべた。諦めたように溜息をして

 

「親バカだからしょうがない、ですか」

 

そう言って信乃は背中から40センチ四方のケースを取りだした。

 

中を開くと、昨日足につけていたA・Tがそこにはあった。

 

 

「許可って、まさか学園都市統括理事会が信乃さんに許可してるんですか!?」

 

驚く初春。

 

「いいえ、許可がどうこうしているのはジュディスちゃんのお母さん、

 ≪氏神クロム≫さんだけです。学園都市統括理事会は関係ありません」

 

「ですけど、そんなすごい人が信乃さんに命令してるって、やっぱり信乃さんって

 すごい人なんですね!?」

 

目を輝かせて言う初春。その目を見て白井は「また上流階級とか考えてますの?」と

つぶやいた。

 

「保証人の氏神クロムさんがすごいのは確かですが、私は偶然知り合っただけですよ」

 

ゆっくりとA・Tを着ける信乃。その動作がゆっくり過ぎる。

犯人は今の間も遠くい言っているのに、と白井は苛立ってきた。

 

「あの、信乃さん! 追跡可能でしたら早く追いかけてくださいませんこと!?

 こうしている間にも犯人が遠くに言ってしまいますの!」

 

「大丈夫ですよ」

 

気にした様子もなく、装着し終わってゆっくりと立ち上がる。

 

「西折のおにーちゃん~! ジュディは技(トリック)ていうのが

 また見たいの~! お願い~!」

 

ジュディスがわがままを言ってきた。御坂、佐天、初春の3人は

何を言っているのかわからずに首をかしげた。

 

白井だけがイライラしたように睨みつけている。

 

「あははは、わかりました。では、出発するときに一つ出しましょう」

 

少し歩き、5人から距離を離した。

 

「早く早く~!」

 

「本当に・・呑気ですわね・・」

 

白井は怒りで肩を震わせていた。そんなことを露知らずはしゃぐジュディス。

 

信乃も白井の怒りに気付いていたが、気にせずに笑顔を向ける。

 

「それでは見せましょうか」

 

「早く向かってください!!」

 

白井がついに大声で言ったのだが、

 

「ただし、見えたらの話ですが・・」

 

瞬間、信乃の姿が消え、

 

 

 

Trick - AFTER BURNER -

 

 

 

「「「「「キャ!?」」」」」

 

 

信乃の立っていた場所の前に複数の小さな火柱が上がった。

 

 

いきなり生じた風と炎に驚き、目をふさぐ5人。

 

再び目を開けた頃には信乃の姿は完全になかった。

 

 

***************************************************

 

 

白井たちはその後、通報していた警備員(アンチスキル)に事情を話したのだが、

またしても戻ってきた信乃がいきなり隣に現れて驚かれるという昨日と同じことが

あった。

 

そして同じように事情聴取も信乃が引き受け、ジュディスは送っていくから

その場に残り、他の4人は信乃に任せて帰ったのだった。

 

白井は逃げた犯人について何も教えてもらえなかったことや

今日一日に何度も信乃にからかわれたことでかなり不機嫌な顔をしていた。

 

 

逃げた犯人なのだが、信乃が通報した警備員に気絶している状態で引き渡した。

体は無傷にもかかわらず、『燃やされる! 助けてくれ!!』と目を覚ました時には

錯乱状態になっていたらしい。

 

 

 

 

 

 

つづく

 




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Trick08_・・ご、ご愁傷様?

 

 

 

「エア・トレックについて調べてきましたよ」

 

氏神ジュディス2回目の誘拐未遂事件から数日。

 

初春は風紀委員177支部に来てすぐに、白井へと調べた内容を見せた。

 

調べた内容は西折信乃の持っているA・T(エア・トレック)について。

 

 

 

A・T(エア・トレック)とは

  西暦2000年頃に使用された超小型モーター付インラインスケート

 

  一大ブームを起こしスポーツ競技として若者の間で流行

 

  一方では、犯罪の逃走手段や暴力の道具としても使用されたために

  法律まで作られるほど社会問題となる

 

  技術としてもエネルギー効率の良さから、ロストエネルギー問題解決の切り札

  として注目された

 

  しかし、別の分野の科学者が発見したエネルギー精製理論から、大量のエネルギー

  を生成することが可能となる

 

  新理論を利用すれば、ロストエネルギーは問題なくなるためにA・Tの注目度は

  減り、技術進化は衰退していった

 

  追い打ちをかけるように、警察のA・T犯罪者の取締が強化されたことから

  使用者が減ったいった

 

 

 

「こんな感じですね。昔のことなのであまり詳しくはわかりませんでした」

 

「これだけ見ると時代遅れのモーターが付いただけののインラインスケートですの」

 

調べられた内容だけでは信乃が“魅せた”瞬間移動と火炎能力の説明がつかない。

 

 

「あと、もう一つ、これはその当時の都市伝説なんですけど・・

 

 『すべての道を制する者が空を制す』と言うのがありました」

 

「なんですの? 道とか空とか・・」

 

「私も調べられなくてこの都市伝説の一部しか見つからなかったです。

 でも、『道』については少しだけわかりました。

 

 あのA・Tを使った走り方で、人によってそれぞれ目的や趣旨の違いがあって

 その違いを『道』と言っていたみたいですよ。

 

 しかも、その道の中で『炎の道』と呼ばれていたのがあって、速く走る人が

 所属してたとかありました。早く走る人がなんで『炎』なのかはわからないですけど

 これって信乃さんの特徴に合ってますよね?」

 

炎と高速移動。

 

もし、高速移動が空間移動(テレポート)に見えたのしたら辻褄が合う。

 

しかし、人間があの程度の装置で目で追い付けない速度の移動が可能だろうか。

 

白井はそのような考えに没頭していたが、

 

「もしかしてですけど信乃さんはまだ超能力を使っていないじゃないですか?」

 

「それはありませんの・・あの動きはたかが機械で出来るものではありませんわ。

 能力を上乗せしたに決まってますの」

 

「結局、信乃さんの能力の手掛かりにはあまり役に立たなかったですね」

 

 

 

 

 

その頃、信乃は2人と同じく風紀委員177支部にいた。

 

「固法さん、書類はこれで大丈夫ですか?」

 

「えっと・・うん、いいわよ。飲み込みが早いわね」

 

奥の部屋で書類整理をしていた。

 

もともと真面目な性格のため、先日の事件の書類作成がもう少しで終わる。

 

そんな時に

 

プルルルルルル!

 

支部に備えられている電話が鳴った。

 

「はい、こちら風紀委員177支部です。はい、いますが?

 はい、すぐに代わります。

 

 西折くん電話よ常盤台の理事長からよ。すぐに代わって欲しいって」

 

「? そんな人と接点はないはずですが・・はい、代わりました西折です」

 

 

 

 

 

 

「白井さん、信乃さんからの“問題”の答えはどうします?

 結局わからないですし・・降参しますか?」

 

「何を言ってますの初春! 絶対に答えてみせますの!

 それに想像してみなさい! 降参したら、あの方の性格ですと

 『結局わからなかったのか!残念ですね!!』

 などと言ってまた馬鹿にされますわ!!」

 

「白井さん落ち着いて下さい。信乃さんのこと嫌いになってませんか・・?」

 

「別にそんなつもりはありません! 事実を言っただけですわ!」

 

あははは、と乾いた声で初春は笑った。

 

そんな怒った白井に呆れてると

 

「ちょっと待って下さい!!!」

 

奥の部屋から大声が聞こえた。

 

「! びっくりしました・・信乃さん何があったんですかね?」

 

「日頃の行いが悪いからですわ」

 

「白井さん・・」

 

 

 

数分後、信乃が奥の部屋から出て来た。

 

表情は曇っていて元気がない。

 

「信乃さん、どうしたんですか? あんな大声を出して」

 

「ふふふ、面白いことになってるわよ」

 

応えたのは信乃ではなく、同じく奥の部屋から出てきた固法だった。

 

「「おもしろいこと(ですの)?」」

 

「ええ実は「あー、固法さん、私が話します」 そう? じゃよろしく!」

 

楽しそうな固法に信乃が一度溜め息を吐き、そして話し始めた。

 

「さっき、電話がありまして、・・・・・・・

 

 

 

 

*****************************************

 

「黒子、早く学校に行こう! 今日は朝礼があるわよ!」

 

「わたくしの準備はできてましてよお姉様? 待たせていたのはお姉様のほうですわ」

 

「う、うるさいわね! いいから行くわよ!」

 

次の日の朝。

 

その日は月曜だったために朝礼があり、御坂と白井はいつもより早く寮を出た。

 

「いつもなから朝礼はめんどくさいわ。理事長の話は長いし・・」

 

「そうですわ。あ、でもお姉様、今日の朝礼には面白いことがありますわよ!」

 

「?面白いことって何よ?」

 

「それは秘密ですわ。実際に聞いてからのお楽しみですわ」

 

白井はこの後に起こる御坂の反応を想像して笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「・・ということで常盤台中学の生徒として品位のある行動と誇りを持って・・」

 

理事長の挨拶。

 

この理事長は話す事が好きで他の学校にも知れ渡っている。

それを毎週の朝礼の度に聞かされる生徒たちにとって月曜日は憂鬱である。

 

そんな理事長の話も『常盤台中学の生徒として~』のお決まりの締めの言葉に入った。

 

いつもならこれで終わりだか今日は違った。

 

「以上で私の話を終わります。最後にみなさんに連絡があります。

 

 校舎が所々でひび割れなどの老朽化をしています。そのことで今週から

 しばらくの間、修理の方が1名学校に出入りすることになりました」

 

校長がマイクスタンドから体をずらし、同時に一人の男がマイクの前に立った。

 

「初めまして、常盤台中学校のみなさん。修理を請け負うことになりました西折です。

 よろしくお願いします」

 

ざわざわっ

 

前に出て来た男が自分達とさほど変わらない歳に驚く生徒達。

 

ただし、1名は自分の知り合いであることに驚き絶句している。(もちろん御坂)

 

「皆さんお静かに! 我が校の校舎は、かの有名な建築塗装職人マリオ・サントリオ氏が

 手懸けており、修復には氏の弟子をお呼びしました。

 マリオ氏は特殊な塗装であることは業界では有名です。

 

 彼は若いながらマリオ氏が認める実力の持ち主です。

 みなさんも西折くんの邪魔にならないように修理の協力をお願いします。

 

 それでは朝礼を終わります。生徒の皆さんは今週も学業へ勤しんで下さい」

 

最後の言葉で生徒が教室へと戻って行った。

 

 

先程から絶句していた一名は

 

「御坂さん? 朝礼は終わりましたわよ、御坂さん?」

 

クラスメイトに声を掛けられたが苦笑いで固まっていた。

 

*****************************************

 

 

昼休み

 

 

「黒子! あんた知ってたわね!」

 

「お姉様の驚く顔を直に拝見したかったですわ」

 

白井がテラスで昼食を食べているところに御坂が怒鳴りこんできた。

 

大声を出した周りの生徒の視線が御坂に集中している。

 

「いいから来なさい!」

 

「あ~ん! お姉様強引ですわ~!」

 

視線に居心地の悪さを感じ、白井の手を引き無理矢理(白井はなぜか喜んでいた)に

テラスをあとにした。

 

 

 

 

「お姉様、どちらに行きますの?」

 

「信乃にーちゃんのところよ。あんたからでもいいけど、本人に聞いた方がいいわ」

 

「その信乃さんはどこに?」

 

「わからないけど、こういう時は信乃にーちゃんは大抵・・」

 

御坂は階段を上りきり扉を開けた。

 

そこは

 

「屋上よ」

 

予想通り信乃はフェンスに背を預けて空を見ていた。

 

「あいかわず高い所が好きだね、信乃にーちゃん」

 

「にーちゃん言わない。いいかげんに直してください。

 

 高い所が好きでも別にいいじゃないですか。

 『馬鹿とハサミは高い所が好き』って言いますから?」

 

「「混ざってるよ(ますわよ)」」

 

「それで何の用です?」

 

「決まってるでしょ! 修理員って何よ!?」

 

「修理をする人のことです」

 

「じゃなくて! 何で信乃にー、じゃなくて信乃さんが修理員なのよ!」

 

「それはですね・・」

 

 

 

 

前日 風紀委員支部にいる信乃へ電話が来る数分前のこと前のこと

 

 

常盤台中学の理事長が電話を相手に大声で懇願していた。

 

「お願いします、マリオ氏! あなたにしか頼めないんです!

 我が校の校舎はあなたが作られた芸術品であり、修理するにもあなたか、

 もしくは同じ技術を持った人しかできないんです!

 この技術を持っている人はマリオ氏! あなたしかいません!

 

『ワシは今いそがしい! 修理が必要ならもう少し待ってろ!

 わざわざ極東の国に行く暇は・・・ん? おい、確かそこは日本だったな?』

 

「はい、日本の学園都市です」

 

『≪ニシオリシノ≫って日本人のガキがそっちの国にいるからを探せ!

 歳は15だ! 見つけたら連絡しろ!』

 

ガチャッ! プープープー

 

「マリオ氏!? ・・切れてしまった。この広い日本でどうやってみつけろと・・」

 

「理事長見つけました」

 

「はや!」

 

声を出したのはパソコンを操作していた秘書だった。理事長も思わずツッコミ。

 

「ちょうど学園都市にいます。しかも風紀委員に所属してます。すぐに連絡も取れます」

 

「い、今すぐに電話を掛けてくれ!」

 

 

 

 

電話がかかってきた風紀委員177支部

 

「はい、代わりました西折です」

 

『常盤台中学の理事をしてるものだ! 早速で済まないがマリオ氏に電話を繋げる!』

 

「は?」

 

『ようシノ、元気にしてるか?』

 

「え? マリオさん? あの、お久しぶり、です。急にどうしたんですか?」

 

『実は建物の修理を頼まれたんだが、ワシは忙しくてな。だからお前頼む』

 

「へ!?」

 

『お前はワシの手伝いで技術を覚えたじゃろ? なら大丈夫じゃ』

 

「ちちちょっと!?」

 

『ワシの代わりじゃしっかりやれよ』

 

ガチャッ!

 

「・・・」

 

『こちらにも電話は繋がっていたのでお話は聞いてましたよ!

 いや~、あのマリオ氏に認められるお弟子さんとはお若いのにすばらしい!

 あなたなら我が伝統ある常盤台の校舎を任せられます!

 明日の8時に来て下さい! そのときに詳しいお話を!』

 

「ちょっと待って下さい!!!」

 

ガチャッ

 

「・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「というわけです」

 

「「・・・・」」

 

「何か言って下さい」

 

「・・ご、ご愁傷様?」

 

「疑問形ですか・・」

 

「昨日も聞きましたけど、何度聞いても不憫ですわね」

 

「・・・同情ありがとうございます」

 

西折は笑っていたが目だけは明後日の方向を見ていた。

 

「それで、その建築家さんとはどんな関係なの?」

 

「世界を回って、何でも屋みたいなことをしていたんです。

 その何でも屋にきた依頼で、力仕事でマリオさんの手伝いの依頼がしたんですよ。

 その手伝いで私の手際が良いとか勘が良いとかで気に入られて、依頼の期間に

 簡単な技術を教えてもらっただけです。

 私にマリオさんほどの仕事ができるはずないんですがね・・」

 

「弟子じゃないの? 気に入られただけで名指しするなんて軽い人ですわね

 その建築家」

 

「いえ、頑固おやじで職人肌の典型的な方でしたよ。弟子というのは理事長が勘違い

 しただけです」

 

「? それなのになぜ信乃にーちゃんが呼ばれたの?」

 

「いや、一応弟子入りしないかって誘われたことがあります。

 でも、建築家として生きていくつもりはなかったですし、

 その時に断って以来、連絡していないはずですが覚えられていたんですね」

 

「あんた世界回って何やってたのよ」

 

「・・・・いろいろ?」

 

「疑問形で返さないでくださいですの。まあとにかく、しばらくの間よろしく

 お願いしますわ」

 

「ええ、こちらこそ改めてよろしくお願いします」

 

白井は信乃の話で同情したのだろうか、態度が少し柔らかくなっていた。

 

「あ、それよりも、しばらくの間うちの学校に来るみたいだけど自分の学校は

 どうするの? 一応学生でしょ?」

 

「ああ、それなら学園都市に来てからの1カ月の間に1年分の単位を全部取りました」

 

「は!? 1年分全部!?」

 

「そんなことできますの!?」

 

「本当は授業に参加しないといけないんですけど、私の高校の理事長である氏神さんに

 ダメ元で頼んでだら、筆記と実技の両方のテストで合格したら

 単位が取れるようにしてもらいました」

 

「それで合格する信乃にーちゃんもすごいわね・・」

 

「信乃さんの学校、相当厳しいのではなくて・・?」

 

御坂も白井も呆れていた。

 

「難しかったですけど、なんとか合格できましたよ。

 まあ、そんなわけでしばらくといわずに1年間でしたら修理に来ても問題ありません」

 

「学園都市に来て学校に行く必要のない生徒っているのね・・」

 

 

 

 

 

つづく



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Trick09_まったく、あいかわらずだな

 

 

 

「面白い能力ですね・・」

 

太陽が落ちて辺りが暗くなり始めた頃。市街地から少し離れた信乃は土手の上にいた。

 

常盤台中学の修理作業を昼間に行い、4時以降は風紀委員の仕事をする、

という生活リズムを信乃は送っていた。

 

今日も風紀委員のパトロールをしていたが、爆発に似た音が聞こえたために

河原の近くに来たのだ。

 

そこには1組の男女が能力を使ってバトルをしていた。

 

 

 

「ちょこまかと逃げ回るんじゃない!」

 

「ってそんなの振り回されたら誰だって逃げるに決まってんだろ!!」

 

バトルと言っても、片方だけが攻撃をしている一方的な展開であった。

 

しかも攻撃されているのは男、しかも年上の方だ。

 

「えい! とりゃ!」

 

「うわ!? うぉ!」

 

女の方は黒い刀のようなものを振り回して男を攻撃している。

 

このままでは怪我人が出てしまい、風紀委員としては止める状況だろう。

 

それなのに信乃がそのまま見続けている理由は・・

 

 

 

「へ―、御坂さんの能力って電気だけじゃなくて磁力で砂鉄の操作もできるんですか」

 

そう、戦っているのは御坂美琴である。

 

対する男の方は、

 

「ってちょっと待てビリビリ! そんなのくらったら痛いじゃ済まないって!

 上条さん死んじゃいますよ!」

 

何も能力を発動させているように思えない上条と名乗る男。

 

2人からは距離があったため、大きな声で言った内容しか聞き取れない。

 

ただ逃げているだけなので被害者にしか見えないのだが御坂が手加減をすると勝手に

考えて信乃は手出しせずに傍観していた。

 

というより、

 

「おー、がんばれがんばれー」

 

レベル5の戦いを見て楽しんでした。

 

 

「お~刀が鞭にもなるんですか。あ、避けられない・・」

 

上条の避けられないタイミングで御坂の攻撃が当たった。

 

しかし

 

当たったはずの御坂の鞭は砂鉄へと戻った。

 

「手加減しすぎて砂鉄が弱かった・・という表情ではないですね・・」

 

驚いた顔の御坂を見て信乃は訂正した。

 

「今度は空中の砂鉄でそのまま攻撃で・・てまた攻撃が!?」

 

2度目の攻撃も再びただの砂鉄へと戻された。

 

さすがに違和感を感じた信乃だが、御坂は計算内のようで男の隙をついて

接近して右手を掴んだ。

 

御坂の電撃を直接浴びたらただでは済まない。(直接浴びなくてもただでは済まない)

 

(終わり。不思議な戦いでしたが、これで御坂さんの勝ちですね・・)

 

信乃は上条が白井のようにピクピクと痙攣する姿を想像したのだが

 

 

「・・・あれ、手を握っているだけ?」

 

御坂は全く動かずに握っている右手を見ている。

 

数秒後、男が握られていない左手を振り上げると御坂は怯えるように

手で顔を覆った。

 

今度は上条の攻撃で御坂が勝ちと思われたが

 

「いや~~! (ポテン)」

 

いきなり上条は倒れた。

 

しかしその声は攻撃されたことによる悲鳴ではなく、感情のこもっていない棒読み

だった。

 

「ふざけるなー!!」

 

御坂が再び電気で上条を攻撃した。

 

今度はバトルではなく、鬼ごっこのように上条は河原から走り去り、

御坂はそれを追っていった。

 

 

信乃はそんな二人のことは忘れ、上条の能力について考えていた。

 

「レベル5の実力がすごいことは解りましたが・・なんですか彼の能力は・・」

 

御坂の電撃、砂鉄は全て当らなかった。いや、当たっていたが効果がなかった。

 

「彼の能力は無効化? しかも、攻撃は右手に当たったものが全て・・

 右手限定での能力ですかね・・」

 

独り言をブツブツと呟く信乃。しかし、なんのために自分がここに来たのかを

思いだして

 

「って、一応あの鬼ごっこを止めに行きますか・・」

 

2人を追いかけて行った。

 

 

 

****************************************

 

「連続爆破事件?」

 

「正確には連続 虚空爆破(グラビトン)事件ですね」

 

初春が佐天へと説明した。

 

連続 虚空爆破(グラビトン)事件

 ここしばらく、連続で発生している爆破事件。

 爆発そのものは小規模なものばかりだが、事件を重ねていくにつれてその被害は

 大きくなっている。

 事件予防に動いていた風紀委員が数名の怪我人が出ている。

 

 事件の発生直前に学園都市の衛星が重力子の急激な加速を捉えていた。

 その重力子はアルミを基点に重力子を爆発的に加速させ、一気に周囲へ

 撒き散らす。

 つまり、『アルミを爆弾に変える』能力を使った事件である。

 

 

「私も黒子から聞いた。めんどくさい事件がおきてるわね」

 

「ええ、白井さんはそれで今日一緒に来れなかったんですよ。

 『まだ調べたいことがある』って言ってましたから」

 

歩いているのは佐天、初春、御坂の3人だ。

 

本当は白井を含めて4人で買い物に行こうと予定していた。

 

しかし、風紀委員で忙しいために白井は来れなくなったために

今は3人でデパートに向かう途中だ。

 

同じ風紀委員の初春がなぜ遊んでいるのかは謎だ。

 

「でも、面白そうな能力者よね。愉快犯ってことを抜きにしたら戦ってみたわ」

 

「さすがレベル5、常盤台の超電磁砲(レールガン)ですね! 私も力が

 あったら初春たちに協力したいけどな~。

 あ~、幻想御手(レベルアッパー)があったらなー」

 

「え? なんですかそれ」

 

「私も詳しいことは知らないんだけど、能力の強さ(レベル)を簡単に

 引き上げてくれる道具があるんだって。

 

 それが≪幻想御手(レベルアッパー)≫

 

 ま、ネット上の都市伝説みたいなもんなんだけどさ」

 

「そりゃそうですよ、そんなのがあったら苦労しません」

 

「でもさ、本当にあるなら私でも・・」

 

佐天はつぶやいた声は誰にも聞き取れなかった。

 

「? 佐天さん?」

 

「アハハ、なんでもないよ。

 

 ところで今日は買い物ってことですけど、御坂さんは何か欲しいものとか

 あるんですか?」

 

「ん~、新しいパジャマとか服がほしいけど・・」

 

「それじゃ、≪seventh mist≫に行きましょう! あそこならいろいろそろってるし、

 小物とかもあるからちょうどいいと思いますよ!」

 

「そうね、そうしましょうか」

 

3人は行き先が決まり、意気揚々と歩いていた。

 

 

しばらくの間、3人は雑談をしながらデパートへと向かっていたが

 

「御坂さんの超電磁砲ってかっこいいですよねー、必殺技みたいで」

 

「必殺技って・・そんなんじゃないけど。

 

 あれ? あそこにいるのは信乃にーちゃんじゃない?」

 

「え!?」

 

御坂が指さしたのは通りかかりの公園。そのベンチに何をするでもなく

空を見上げている信乃がいた。

 

佐天は驚いて急に止まり、そのせいで後ろを歩いていた

初春が背中にぶつかった。

 

「痛! 佐天さん急に止まらないでください! 花を、じゃなくて鼻を

 ぶつけたじゃないですか」

 

「///し・・信乃さん////」

 

「佐天さ~ん? 顔が真っ赤ですよ。またですか。・・あれ、もしかして」

 

「信乃にーちゃん、どうしたのこんな所で?」

 

御坂一人で信乃の元へと近づいて行った。

佐天は顔を真っ赤にして動けないようで立ち止まっていた。

 

「佐天さん、もしかして信乃さんのこと?」

 

「え!? いやわたしはべつに・・/////」

 

「はは~ん。そういうことですか」

 

初春は悪戯っぽい笑みを浮かべながら信乃たち2人の元へと歩いて行った。

 

「ちょっと初春違うわよ」

 

佐天も急いで追いかけて4人がベンチに集まった形になった。

 

 

「琴ちゃ・・・御坂さん、どうしたんですか? 3人でお出かけで?」

 

気を抜いていたからだろう。昔の愛称を言いかけて直した。

 

「私は別に『琴ちゃん』でいいんだけど。まあ、そうよ。今から3人で

 買い物に行くところ。信乃に・・さんはなにしてたの?

 風紀委員は忙しいって聞いてたけど」

 

「あー、風紀委員は強制的に休まされました。

 風紀委員に所属してから一日も休んでいないせいで風紀委員の労働基準誓約書

 とか言うやつですかね? まあ、それに違反しているから、

 固法さんに『明日は1日休みなさい!』と言われて今日は非番です。

 

 それで1日を使ってA・Tの整備をしてたんですけど、少し行き詰って。

 それで公園で気分転換してたんですよ」

 

「なるほど、また空を見てたと」

 

「その通りです」

 

御坂は信乃の笑顔に呆れたように笑った。

 

同時に4年間も会わなかった人だが、一番の癖が全く変わってなかった事に

少し安心をしていた。

 

(まったく、あいかわらずだな)

 

御坂がそんなことを考えていると初春が信乃に話しかけた。

 

「ってことは信乃さん! 今暇ってことですね!?」

 

「まあ、A・Tの整備も急ぐことではないですし、今現在暇と言っていいですね」

 

「なら、私たちと買い物に行きませんか!?」

 

そういったが、その目は信乃ではなく佐天の方を見ていた。

 

「う初春!? え、その、そうですね行きましょう信乃さん!」

 

「いいんですか? 女性3人で楽しんだ方がいいと思いますけど・・」

 

「大丈夫よ。あんたも買い物に付き合いなさいって」

 

最後に御坂にまで言われて信乃は断れない状態となった。

 

「まあ、わかりました。お供します。荷物持ちでもなんでもやりますよ」

 

「そうと決まったら早速行きましょ!」

 

御坂が3人を急かして歩き出した。

 

後を追って歩いた3人だったが、

 

「佐天さん、よかったですね(ボソ)」

 

「初春、あんたやっぱり・・」

 

「どうかしましたか、初春さん、佐天さん?」

 

「いえ、なんでもありません!」

 

「早く御坂さんのところに行きましょう!」

 

内緒話が信乃に聞かれそうになったため、慌てて御坂の方へと2人は逃げて行った。

 

 

つづく

 



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Trick10_“スピネル”という別の宝石です

 

 

 

30分後、4人はseventh mist内のアクセサリーコーナーに来ていた。

 

アクセサリーだと男の信乃は興味はないだろうが、3人に付き合って

「似合ってますね」「こっちの方がいいと思いますよ」と言いながら一緒に見ていた。

 

 

「このアクセサリーも可愛いですね! 御坂さんどうですかこれ!」

 

「あ、本当だ! 初春さんに合ってるよ!」

 

「このブレスレット、ルビー使っているのに安いよ! 買おっかな!?」

 

「それはルビーじゃないですよ。赤いタイプの宝石だからルビーに

 よく間違われますけど、“スピネル”という別の宝石です」

 

「え、信乃さん!?」

 

いつの間にか信乃と2人だけになり、初春と御坂はコーナーの反対側にいた。

初春は佐天が見ていることに気がつくと、小悪魔な笑顔を一瞬だけ見せた。

 

(う、初春のやつ~!)

 

初春が御坂を気付かれないように誘導し、2人から離れていたのだ。

 

「? どうかしました?」

 

「い、いえなんでもないです! それよりもルビーじゃなってホントですか?」

 

緊張するが、とりあえずは意識しすぎないように、そして信乃とのおしゃべりを

楽しむ方向に決めた佐天だった。

 

「はい。条痕(じょうこん)はルビーのように透明ではないですし、

 硬度もルビーほどではありません。価格もルビーの10分の1の下回ってます」

 

「それじゃ、ルビーの偽物ってわけか・・」

 

「いえ、スピネルも立派な宝石ですよ。

 

 それに、昔はルビーとスピネルの違いは分かり辛いようで、

 イギリス王室の王冠に飾られている≪黒太子のルビー≫と

 呼ばれている有名なものですら実はスピネルなんです」

 

「へー!

 

 それじゃなんで安いんですか?」

 

「簡単に説明すると、認知度が低い事と、ルビーの偽物と考える人多いからです。

 『宝石の硬度』や『色も多彩』と人気の条件を満たしているんですが、流行などの

 関係でこの扱いなんですよ。

 

 でも、スピネルには向上心や努力を促進してくれる力があると言われています。

 宝石としてはとても素晴らしいものだと思いますよ。

 

 以上が西折信乃の雑学でした」

 

「へー信乃さんって何でも知っていますね」

 

「なんでもは知りません。知っていることだけ、です」

 

「どこかで聞いたことあるフレーズが・・でも、それなら買おうかな。

 でも財布ギリギリなお値段だし・・」

 

「そのブレスレットですよね? 店員さん、これをいただけますか?」

 

「はい、お買い上げありがとうございます」

 

「え! 信乃さん!?」

 

「お近づきの印です。別に気にしないでください。この買い物の間に

 皆さんに何かプレゼントしようと考えていましたから」

 

「///あ、ありがとうございます。一生大事にします///」

 

「はは、それなら宝石もうれしいと思いますよ」

 

早速、手首につけてみた。

 

ちょうど御坂と初春もこちらに戻ってきた。

 

「佐天さん、そのブレスレットを買ったんですか? きれいですね!

 しかもルビーが付いてるじゃないですか!?」

 

「初春! これはスピネルと言ってルビーとは違う立派な宝石なんだよ!

 

 って信乃さんの受け売りなんだけどね。見ただけで宝石の種類がわかっちゃうって

 信乃さんすごくない?」

 

自分のことのように自慢する佐天の後ろで信乃は苦笑いをした。

 

「信乃さんは宝石にも詳しんですね!」

 

「あんた一体世界を回って何やってたのよ・・」

 

「御坂さん、また呆れた顔しないでください。前にも言いましたけどいろいろです。

 自分自身も何をしたか説明できないですから」

 

「昔から料理やら格闘技やらなんでもできると思ったけど、まさか宝石の鑑定や

 建物の修理ができるって、本当に何でもできるわね」

 

「なんでもはできないですよ。できることだけ、です。」

 

「「「どこかで聞いたことあるフレーズが・・」」」

 

「まあ、そんなことよりもアクセサリーを見終わったようですし次に行きますか?」

 

「そうですね、次はどこ行こうか? 初春と御坂さんはどこ行きたいですか?」

 

「わたしは特にないですけど・・」

 

「あ、私はパジャマとか」

 

「あ、だったらこっちですよ」

 

初春の案内で次のコーナーへと歩き出した。

 

「あ、女性用の服でしたら私はいないほうがいいですね。どこかで時間を・・

 って、ちょうどいい時に電話が来ました。3人とも先に行ってください。

 後から私も向かいます」

 

「「わかりました」」「わかったわ」

 

信乃は携帯電話を持って人気のない非常階段の方へと歩き出した。

 

 

3人は服コーナーへと歩き出すと、

 

「佐天さん、良かったですね! そのブレスレット!」

 

「//うん、可愛いでしょ//」

 

顔を少し赤くして答えた。

 

「それだけじゃないですよね~! これは信乃さんのプレゼントみたいでしたから!」

 

「初春見ていたの!?」

 

「はい、ばっちりと!」

 

「へー、それ信乃にーちゃんのプレゼントなんだ」

 

「変な意味はないですよ! これはお近づきの印って言ってましたし、

 初春や御坂さんにも何かプレゼントするつもりだって言ってました。

 ってそれよりも、ほら! いいパジャマあるじゃないですか! 見ましょう!」

 

「逃げられましたね。もう少し来るのが遅かったら面白いこと聞き出せたのに

 残念ですね、御坂さん」

 

「・・・」

 

御坂は反応がなく、その目線の先はとあるパジャマが飾られていた。

サイズ的には中学生の御坂が着ても問題ないが、デザインは小学生が好みそうな感じの

ピンクを中心としたものだった。

 

(かわいい・・)

 

御坂はそんなことを考えていると

 

「アハハ! 見てよ初春このパジャマ!!

 こんな子供っぽいの今時着る人いないよね!」

 

「小学生の時くらいまではこういうの着てましたけどさすがに今は・・」

 

「そ、そうよね! 中学生になってこれはないわよね! うん、ないない!」

 

御坂は慌てるように2人の意見に合わせた。声は若干裏返っている。

 

声が少し変だったのに違和感を感じたようで「ん?」と佐天と初春が行ったが、

気のせいだと片づけたようで、

 

「あ! 私、水着の方見てきます」

 

「水着でしたらすぐそこに」

 

といって2人は子供っぽいパジャマから離れた。

 

 

(チャンス! 一瞬合わせてみよ!)

 

御坂は2人に気付かれないように急いで服を掴んで鏡の前に立った。

 

「それ!」

 

鏡には御坂が見たかったパジャマを合わせた自分が写り、

 

そして

 

「何やってんだビリビリ」

 

鏡には先日戦った上条も写っていた。

 

さらには

 

「その子供の時から同世代よりも幼いグッズが好きなのは知ってましたけど

 中学生になっても変わってないみたいですね」

 

信乃も写っていた。

 

「え、な、は、何であんたがここにいんのよ!? 信乃にーちゃんまで!!」

 

「いちゃいけないのかよ。てかビリビリに兄弟いたんだな」

 

「私は親戚みたいなもので御坂さんの兄ではありませんよ、上条さん」

 

「え、会ったことあったっけ?」

 

「会ったことはないですね。でも、先日御坂さんと河原で遊んでいるときに

 大声で『上条さん死んじゃいますよ!!』って言ってましたから名前は知ってます」

 

「ってあれを見ていたのかよ! てかビリビリの親戚なら止めろよ!

 本気で死ぬかと思ったんだぞ!!」

 

「面白かったのでつい。それに“右手の無効化”があれば問題なかったみたいですし」

 

「!? お前知ってんのか!?」

 

「だから見ていたっ言ったでしょう? 簡単なことですから予想がつきますよ。

 

 まあ、あくまで予想でしたけどその反応でしたら予想は当たりみたいですね」

 

「あんたたち私を放っといて勝手に話しないでよ!」

 

御坂が怒って話に入ってきた。額からは電気が少し出ている。

 

今にも飛び掛かりそうな雰囲気だったが

 

「おにーちゃーん」

 

そこに女の子が上条に向かって歩きてきた。

 

「このおようふく、あれ? トキワダイのおねーちゃんだ」

 

「昨日のかばんの子?」

 

「御坂さん、上条さんの妹さんと知り合いですか?」

 

「違う、俺はこの子が洋服探してるって言うから案内しただけだ。妹じゃない」

 

「そうなの? 私はこの子は昨日会ったのよ」

 

「トキワダイのおねーちゃん、昨日はカバンありがとう!

 あのね、今日はおにーちゃんに連れてきてもらったんだ!

 オシャレの人はここに来るってテレビで言ってたの!」

 

「そう、今ででも十分かわいいわよ」

 

「どっかの誰かさんと違ってな(ボソ)」

 

「って何よあんたヤる気!? だったらいつぞや決着を今ここで」

 

「やめなさい」

 

ビシッ!

 

信乃が御坂の頭にチョップを入れた。

 

「信乃にーちゃんなにするの!?」

 

「何考えているんですかこんな所で」「お前の頭はそれしかないのかよ」

 

信乃と上条は同時に呆れて言った。

 

「こんな人の多い所で始めるつもりですか?」

 

「そうだぜビリビリ」

 

「うっ!!」

 

御坂は2人に言われて気付き、詰まって黙り込んでしまった。

何も言えずにいると、

 

「ねーねーおにーちゃん、あっち見たい」

 

少女が上条の服を引っ張った。

 

「お、わかった。じゃあ俺らは行くよ。またな」

 

「はい、またの機会に。

 

 っと、その前に自己紹介しましょうか。

 

 私は西折信乃、高校1年です。

 敬語のしゃべり方は・・・・癖なので気にしないでください」

 

さすがにキャラ作りとかは言わなかった。

 

「おう、俺は上条 当麻(かみじょう とうま)、同じ歳だ。よろしく」

 

「ちなみにわたしは風紀委員をしています」

 

「なおさら昨日のけんかを止めろよ!」

 

「おにーちゃんはやく~」

 

「はあ、わかったわかった。じゃあな、西折、ビリビリ」

 

「じゃーねーおねーちゃんー! ばいば~い!」

 

2人は歩いていった。

 

 

 

「上条さん、面白い人ですね」

 

「どこがよ! あんなイラつくやつ!」

 

「御坂さんって短気なんですね、というよりバトルマニアみたいなところありますね。

 もう少し時と場合を考えてた方がいいですよ」

 

「う、我ながら見境ないな・・。まあとにかく、初春さんたちのところに行こう」

 

「そうですね」

 

2人は洋服コーナーから出て佐天たちがいる水着のコーナーに向かった。

 

 

しかし、信乃が急に立ち止まり御坂も気付いて信乃を振り返る。

 

「どうしたの? あ、水着コーナーだからまた男がいたらとか気にしてるの?」

 

「・・・・」

 

「信乃にーちゃん?」

 

「いえ、そうですね。男がいては嫌でしょうし、もう少し時間をつぶしてきます。」

 

そう言って信乃は立ち去るように歩いて行った。

 

「? なんか変だったけど、別にいいか」

 

「御坂さん、どうですこの水着! 可愛いでしょ!」

 

「あ、本当だ。他にも似合いそうなのがあるわね」

 

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

・・

 

 

 

(嫌な予感がする)

 

信乃はデパートの階段を駆け下りながらそう考えていた。

 

(この感覚は・・なんだろう、SWATにいた頃のなんだったかな)

 

信乃は空白の4年間にSWATの爆弾処理班に所属していたこともある。

 

SWATとは Special Weapons And Tactics:特殊火器戦術部隊の略称であり、

対テロにも活躍するアメリカの特殊部隊である。

 

なぜ信乃がSWATに所属していたかはまた今度の話。

 

信乃が感じているのは全く根拠のないただの勘だ。

しかし、それはSWATの頃に嫌と言うほど感じていた感覚。

 

(もしかして、爆弾か?)

 

嫌な予感の正体を思い出し、信乃はさらに急いで階段を下っていた。

 

 

 

 

 

つづく

 



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Trick11_室内だから、うまくいくといいんだけど

 

 

 

「御坂さん、信乃さんはどこに行ったですか?」

 

「ああ、水着なら男はいない方がいいって時間つぶしにどこか行ったわ」

 

「佐天さん、そんなに信乃さんにこの水着を見てほしかったんですか?」

 

「ちょ、違うわよ! 少し気になっただけだし、それに」

 

 

プルルル

 

「あ、すみません。少し電話に出ます」

 

「タイミングが悪いわね」

 

怒りの矛先を失って佐天は睨んでいる。

 

初春はそうとは知らずに携帯電話の通話ボタンを押した。

 

「はい、もしも『初春!! グラビトン事件の続報ですの!』

 

電話は白井からだった。

 

『学園都市の衛星が重力子の急激な加速を観測しましたの!』

 

「か、観測地点は!?」

 

『第7学区の洋服店、≪seventh mist≫ですの!』

 

今、初春たちがいるまさにこの場所だった。

 

「ちょうどいいです!

 

 私達今ここにいますから、すぐ避難誘導を開始します!」

 

『ちょっと待ちなさい初は』

 

ピッ!

 

初春はすぐに通話を切り、アドレス帳の『風紀委員』の欄から

“西折信乃”の名前を探して通話ボタンを押した。

 

 

 

 

 

同時刻

 

「すみません。風紀委員です。店内で不審な人物を見つけたので防犯カメラを

 見せてください! 協力をお願いします!」

 

≪seventh mist≫の1階にある警備室に信乃は来ていた。

 

もちろん不審人物を見たというのは嘘であり、爆弾を仕掛けるのに都合の良い場所を

防犯カメラで検討をつけるために来たのだ。

 

風紀委員という事もありseventh mistのガードマンも快く協力。

信乃がカメラを操作しているところに

 

プルルルル

 

信乃の携帯電話が鳴った。

 

「すみません。少し失礼します。

 

 こちら、西折です。初春さん、どうしました?」

 

『信乃さん! 大変です! 重力子の急激な加速が観測されました!

 場所はここ、seventh mistです!』

 

「・・やっぱり間違いじゃなかったか・・・

 

 けどもう少し早く気付くべきだったな」

 

『え?』

 

「独り言です、気にしないでください。それよりも、私は“偶然”にも警備室にいます。

 デパート側への対応は私がしますので、直接の避難誘導はお願いします。

 こちらが終わりしだい、私も避難誘導をします」

 

『わかりました!』

 

プツッ

 

初春側から電話が切れたのを確認し、こちらも携帯電話を収める。

 

「すみません、ガードマンの方々。落ち着いて聞いてください。

 

 実はですね・・・

 

 

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

・・

 

 

「これで避難は完了ですね」

 

初春、御坂は誰もいないフロアで逃げ遅れの人がいないか確認していた。

 

「ここは終わりみたいですし、私達も「ビリビリ!」

 

初春の声を遮ったのは上条だ。

 

「あんたまだ逃げてなかったの!?」

 

それに驚いて御坂は上条を怒鳴りつけた。

 

「それよりも、あの子見なかったか!?」

 

「あの子ってあんたと一緒にいた?」

 

「それなら急いで探しましょう!」

 

「いえ、御坂さんたちは右の方に言ってください!」

 

話に入ってきたのは信乃だった。こちらに向かって走ってくる。

 

 

「このフロアには私たち4人以外に3つの魂があります!

 奥の1つは私が行くので、右側の2つは御坂さんたちで!」

 

そう言って信乃は3人を通り越して走っていく。

 

「魂ってあいつ何を言ってんだ?」

 

「いいから早く行くわよ! 信乃にーちゃんが言ってるから間違いないと思うわ!」

 

上条は信乃の発言に疑問を持ったが、緊急事態な事と言っている人物が

西折信乃のため、御坂はすぐにデパートの右側へ走り出した。

 

初春も何も言わずに御坂を追い、

 

「ちょっと待て!」

 

上条も後に続いた。

 

 

 

 

「西折の言っていた2人ってどこにいるんだ?」

 

「わからないけど、もしかしたらあんたが探してる子かも知れないじゃない!」

 

「一体どこに・・」

 

3人で信乃に言われた場所についたが、誰も見当たらないので更衣室などを

手分けして探していた。

 

 

「違います! もっと右、その階段の方です!」

 

声をした方向を見ると、信乃が走って向かっている。

距離が遠いので大声だけで指示を出した。

 

 

信乃に言われて階段の方を見ると、ちょうど女の子が走って来た。

上条が捜していた少女。

 

一番近くにいた初春に向かって走ってくる。

 

「おねーちゃーん! メガネかけたおにーちゃんがおねーちゃんに

 渡してくれって!」

 

初春へとぬいぐるみを差し出した。

 

 

その瞬間、信乃の背筋に寒気が走った。

 

 

 

先程からの嫌な予感が現実になった時の寒気・・・・この感じは、

 

「初春さん! それを投げ捨てて! 爆弾はそれだ!!!」

 

「え?」

 

信乃はいつもの口調ではなく大声で叫んだ。

 

次の瞬間、ぬいぐるみが縮み始めた。

 

 

信乃の言葉、今回の事件、そこから出る答えは簡単。

 

このぬいぐるみがグラビトンの爆弾だ。

 

 

初春はとっさに少女の持つぬいぐるみを投げた後、少女を庇うようにして

投げた反対側へと飛んだ。

 

しかし、今までの爆発事件の規模を考えると、この距離では無事では済まない。

 

御坂はポケットからコインを取り出し、超電磁砲(レールガン)を発射しようと

したが、慌てた為にコインが手から落ちてしまった。

 

(タイミングが間に合わない!)

 

御坂はあきらめた。

 

だがその時、上条が3人の前へ出た。

 

そして右手を前へかざして・・・

 

 

 

 

 

ぬいぐるみが縮み始めたとき、一人だけ冷静な人物がいた。

 

西折信乃。彼は15歳にも関わらず、くぐってきた修羅場がかなりある。

 

そのため状況が困難なほど冷静になる性格になっていた。

 

爆発が作動する直前に信乃は対処の方法を・・・否、この後に起こる結果を

予想できていた。

 

(琴ちゃんなら爆弾を撃ち落とせる。重力子による爆弾だから問題ないはずだ。

 それに上条も前へ走り出している。琴ちゃんがミスしてもあいつの右手が

 あれば問題ない)

 

この結果から、信乃が行った行動は2人の手助けではなく自分自信の避難だった。

 

(この距離だとA・T(エア・トレック)があれば間に合うかもしれないが

 今日は持ってないからな・・・・それに、2人がいれば初春たちは大丈夫だ。

 後は俺自身も柱に隠れないと)

 

信乃がいる位置は初春たちと爆弾との方向が違い、上条が爆弾を無力化しても

その無力化範囲には信乃は入らない。

 

つまり4人が無事でも信乃が危険なことに変わりないのだ。

 

信乃が柱に隠れるために動き始めた。

 

 

しかし、次の瞬間。

 

「まだ下に降りませんの?」

 

後ろから声が聞こえた。

 

「な!?」

 

そこにいたのは常盤台の制服を着て、扇子で口元を覆った少女。

 

先程、信乃が言った3人の内の1人。信乃が向かった奥の方にいた少女だ。

 

初春たちに合流するよりも早く少女を見つけ、先に避難するように指示をしたが

少女はなぜか下りずに信乃の後を追ってきていた。

 

爆発の範囲に常盤台の少女も入っており、もちろん信乃が柱に連れていくのに

間に合うタイミングではない。

 

絶体絶命の状況。

 

「・・・・あれをやるしかないか」

 

それでも信乃は落ち着いていた。

 

焦りは少女に気付いた一瞬だけだった。

 

すぐに対処法を考え、導き出す。

 

「室内だから、うまくいくといいんだけど」

 

そう呟き、信乃は両手を前へ構えた。

 

 

 

 

 

 

つづく



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Trick12_てめぇはてめぇだろ! 他人と比べるな! 自分を見ろ!!

 

 

 

≪seventh mist≫から爆発が起こった。

 

風紀委員の誘導があったため、建物の周りには野次馬が多く出来ていた。

 

そんな中、一人のメガネを掛けた男が爆発直後の建物から出てきた。

 

爆発に注目が行き、周りの人間は気付いていない。

 

男はそのまま路地へと入り、笑いを堪えられずに口の端がつり上がった。

 

「ククク・・いいぞ、スバラシイぞ僕の力!」

 

この男こそがぬいぐるみに爆弾を仕込み、初春たちへと渡すように言った。

 

 

連続 虚空爆弾(グラビトン)事件の犯人だ

 

 

 

「もうすぐだ、あと少し数をこなせば、無能な風紀委員もあの不良共も

 みんなまとめてぶっ飛ばせる!! ひゃははあっはは!!」

 

男は高笑いをした。幸せそうにアドレナリンが頭の中を駆け巡り、最高に“ハイ”な

状態の、そして最悪な笑いだった。

 

 

だが

 

「グハッ!」

 

その笑い声は後ろからの回し蹴りにより止められた。

 

「い、いったい何が・・」

 

「は~い。要件は言わなくても・・わかるわよね

 

 爆弾魔さん」

 

そこにいたのは無表情に近い、しかし目には怒りがこもっている御坂美琴がいた。

 

「な、何の事だか僕にはさっぱり・・」

 

「まあ確かに威力はたいしたもんよね。でも残念。死傷者どころか

 誰一人カスリ傷一つ負っていないわよ」

 

「そんなバカなッ!! 僕の最大出力だぞ!!」

 

「ほう」

 

「え、いや、あんな爆発だし、中にいる人はとても助からないんじゃないかと・・」

 

言い訳をしながら、その手は持っている鞄の中に入れられる。そして

 

「思ってさ!!」

 

男は隠し持っていたアルミ製のスプーンを御坂に投げた。

 

いや、投げようと振りかぶった。しかしその前にスプーンは消滅した。

 

御坂の超電磁砲(レールガン)によって

 

 

「うぉ!? ぐああぁぁ!!!」

 

男は超電磁砲の余波の突風で数メートル飛ばされた。

 

無様に転び、無様に叫び、そして、

 

 

無様に逃げようとした。

 

「ヒィィ!」

 

「あ、ちょっと待ちなさいあんた!」

 

御坂が気付いて追いかけようとした直後

 

 

 

 「時よ 止まれ」

 

 

 

「「!?」」

 

御坂の横を抜けて信乃が現れた。

 

そして男と追い抜くと同時に男は“停止”したように走るポーズまま

全く動かなくなる。

 

「琴ちゃん、ここは”俺”に譲ってくれ」

 

呼び方、口調、そして振り向いた顔は無表情で、どれもいつもの信乃ではなかった。

 

両手はハンカチのような布が巻かれていたが、両方とも血で赤く染まっている。

 

そして何より眼の色が変わっていた。

 

比喩ではなく、黒いはずの瞳が碧色(あおいろ)をしていた。

 

 

御坂は言われた通りに立ち止まったが、信乃の状況に驚きで動けなかっただけだ。

 

「その“魂”は、爆発の前にあの女のこと一緒にいた奴に間違いないな・・

 さて、確認するまでもなくてめえが犯人だよな。

 

 ってしゃべれるどころか動けねぇな。じゃあ」

 

信乃は男の鳩尾を蹴く。

 

「ガハッ!」

 

「これで動けるようになっただろ?」

 

蹴り飛ばされて尻もちをつき、男は苦しそうにうめいている。

 

「なんだよ今の“火”は・・お前も能力者かよ・・いつもこうだ・・」

 

火など先程から現れていない。しかし男は確かに信乃に向かって“火”と言った。

 

「いつだってそうだ! 何をやっても僕は地面にねじふせられる!

 殺してやる! 風紀委員だって! おまえだ「だまれ」」

 

「てめぇが言っている力ってのは能力のことだよな?」

 

信乃はあくまで無表情を続けた。

 

悪魔のような表情ならぬ、悪魔のような無表情だ。

 

「だったら、その自慢の能力で俺を倒してみろ。もちろん後ろのやつには

 手を出させない1対1だ。俺に勝ったら見逃してやるよ」

 

「!?」

 

男は信じられないという顔をしたが、次には笑って近くに飛ばされていた

自分のカバンに手を伸ばした。

 

逃げられるチャンスがあること、そして自分の能力への自信からの笑い。

 

「俺は能力を使わない。使うのは鍛えれば誰でもできる体術だ。

 

 安心しろ。俺は優しいから本気を出さない。偽善者だからな。

 隅から隅まで手抜かりなく手ぇ抜いてやるよ」

 

 

信乃の表情が初めて変わった。微笑、しかしそこからは恐怖しか感じられない。

 

 

「!  う、あ・・」

 

男は狼狽した。能力を使えば倒せると思っていた。

 

 

だが

 

 

「どうした、来いよ」

 

信乃の顔を見てそうは思えない。

 

しかし戦わないと自分は切り抜けられない。いや、生き残れないかもしれない。

 

そんな思いからカバンの中に手を入れ、スプーンをわし掴みにして一度に投げた。

 

10本近いスプーン。否、爆弾が信乃へと投げられた。

 

 

「この程度かよ」

 

信乃は一気に男との距離を詰め、爆発する前に全てを上空へと弾き飛ばした。

 

ただの拳で。道具も何も使わないただの体術で

 

ドドドドドドドドドドンッ!!!!!!!!!!

 

全てが上空へ爆発し、信乃は無傷で、何もなかったように近づいてくる。

 

今度はゆっくりと歩いて。

 

そして男の前に立った。

 

 

覗き込んでくる碧い眼。

 

空のように澄み渡ったスカイブルー。

 

そこにあるのは自分の中を、全てを見透かすような眼力。

 

 

男は恐怖のあまり、座り込むことすらできずにそのまま立っている。

 

「いつだってそうだ、僕は力に」

 

「その求めていた能力(ちから)はレベル0でも手に入る力に負けてんだぞ?

 何言ってんだ、てめぇ?」

 

信乃は何の起伏もない、何の感情も感じられない言葉を連ねる。

 

「力でねじ伏せられるとか言ったな。誰かにいじめられでもしたか?

 ふざけるな。こんな馬鹿馬鹿しい茶番劇が成功するわけねえだろボケ。

 いじめ程度の経験(トラウマ)しか積んでない奴がめそめそ調子に乗るな。

 頭かち割るぞ!」

 

無感情だった信乃の言葉に、ようやく感情が入っていった。

 

「面白くねえ!全然おもしろくねえよ俺は!何がしたいんだてめぇは!

 本当にやるべきことから目を逸らして、何もかもを根こそぎ無駄遣いして、

 言い訳して嘘吐いて誤魔化して、こそこそと卑屈に生きやがって!

 怠けんな。簡単なことだろうが、サボってんじゃねえ!

 なんでもっとしゃんとしないんだてめぇは!曲がってんじゃねえぞ!」

 

言葉に乗せられる感情。信乃の 怒りの 感情。

 

「胸を張れ、背筋を伸ばせ、自分を誇れ、敵に吠え俯くな!

 諦めんな見限るなてめぇで勝手に終わらせんな!

 

 てめぇはてめぇだろ! 他人と比べるな! 自分を見ろ!!」

 

そう言って信乃は男を通りすぎて御坂の方へと歩いてきた。

 

男は今度こそ力が抜けて座り込んだ。

 

信乃はそのまま御坂の前に立ち、御坂の頭を撫でた。

 

なぜ撫でたのかは御坂も、信乃本人も分からない。

ただ、そうしたかっただけだ。

 

御坂は信乃の言葉に固まっていたが、撫でられてようやく信乃の顔を見た。

 

あの眼は元に戻り、いつもの黒になっている。

信乃は口元だけが少し笑っていたがが、悲しそうな目をしていたので何も言えずに

御坂は頭を撫でられていた。

 

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

・・

 

 

 

爆弾魔の男は信乃が通報した警備員(アンチスキル)に連行された。

 

御坂と信乃はデパートの前で待っていた佐天と初春の元へと歩く。

 

「御坂さん! 信乃さん! 大丈夫ですか!?」

 

初春がこちらに気付いて声をかけた。そして佐天と一緒に走ってくる。

 

信乃はいつもの笑顔を2人に向けた。しかし、御坂の方は俯いて元気がない。

 

信乃たちの元に来た2人。佐天が信乃の手に気付いた。

 

「信乃さん!? その手の怪我は!? 犯人にやられたんですか!?」

 

信乃の両手は血で滲んだ布が巻かれている。応急処置とも言えない簡単な

巻き方で、巻いたのは信乃本人。

 

佐天は、手は爆発によるものではなく犯人を捕まえた時に

できたものだと思って聞いたのだろう。

 

爆発では手の先だけが怪我をすることはありえない。普通なら。

 

「大丈夫です。少し無理しただけですから」

 

「でも・・」

 

「一応病院にも行きますから心配しないでください。みなさんも疲れたでしょうから

 今日はもう帰ってください。事情聴取の方が私が引き受けます」

 

「こんな状態の信乃にーちゃんを置いていけるわけないでしょ・・」

 

御坂が消えるような声でしゃべった。

 

「大丈夫、と私は言いますけどそのまま放っておいたら御坂さんが怒りそうですね。

 ・・わかりました。事情聴取の協力をお願いします」

 

「私も行きます! 現場に白井さんが来ているのでそこで話しましょう!」

 

「はい。あ、佐天さん。事件に巻き込んですいませんでした。疲れているでしょうから

 今日は帰ってゆっくりしてください」

 

「あ、はい・・」

 

佐天を残し、3人はデパートの中へと歩いて行った。

 

 

「・たしだけ・・また・私だけ・・」

 

佐天は3人の背中を見つめてつぶやいた。

 

 

 

 

 

つづく



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Trick13_実は私、薬が効かない体質なんです

 

 

 

「これをお姉様が・・?」

 

白井はデパート内の爆発の現場にいた。

 

その現場のすぐ近くに爆発から無傷の空間がある。

 

御坂を含めた4人がいた空間。

 

(お姉様は電撃使い(エレクトロマスター)。能力をどう使ったら

 こういう風になりますの?)

 

御坂の能力は白井が一番知っていると言ってもよい。

 

その白井ですらこの現状がどうやって作られたか予想がつかないのだ。

 

そして、

 

(そして、なにより、“もう一か所の無傷の空間”)

 

白井は今いる場所から離れたところにある、信乃がいた空間を見た。

 

(空間移動(テレポート)でも、発火能力(パイロキネシス)でも

 爆発を消し去るなんて不可能ですの)

 

そこには同じように無傷の空間があった。

 

(あの方の能力は一体なんですの?)

 

 

 

****************************************

 

 

 

爆発の直前

 

 

信乃は両手を前に向けて構えた。

 

そして、勢いよく両手が前に出された。

 

発生したのは

 

 

≪風のバリア≫

 

 

そもそも風とはなにか

風とはなぜ起こるのか

 

 

風は空気の流れで発生する

 

空気は、空は人が思う以上に柔らかい

 

ほんの少しでも空の密度が違えば、密度差を埋めるために空気は移動する

 

 それが風

 

 

そして空気もまた、風が積み重なって出来ている

 

 

風が起こすにはどうすればいいのか

 

 

密度差をおこす? 温度差を作る?

 

 

ちがう 方法はそれだけではない

 

 

大切なのは“面”

 

 

空気と空気の密度の隙間

 

風と風のスキマ

 

その、境界線

 

 

ほんの少し、手を添えてやれば、風はいともたやすくその流れを変える

 

ほんの少し、手を添えてやれば、風はいともたやすくその形を変える

 

ほんの少し、手を添えてやれば、風はいともたやすく

 

 

操ることができる。

 

 

 

 

信乃は手を出したのではなく、風の面に手を添えたのだ。

 

「翼の道(ウィング・ロード)

 

  Trick - Feather Dome - 」

 

 

発生させた風のバリア。

 

たかが風で作り出したとは思えない程の強靭な防御。

 

バリアにより爆風を防いだ。

 

 

しかし、室内では大気の違いが少なく風と風のスキマも少ない。

 

さらに本来はA・Tを使って出す技(トリック)

 

体の踏ん張りも弱く、十全な防御を出す事が出来なかった。

 

信乃の両手は爆発の影響を受けて、火傷と切り傷で血まみれになった。

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・・

 

 なんとか、成功したみたいだな」

 

自傷気味に笑いながら信乃は言った。

 

その時には既に信乃の瞳は碧くなっていた。

 

風を見るため、感じるために、本気を出すために碧空の眼へと変えた。

 

その後、後ろを振り向いた。自傷の笑いは消えて無表情になっていた。

 

 

「それで、なんで逃げなかったんですか?」

 

信乃の後ろには爆発に驚いて腰を抜かしている少女。

その右手には扇子が握られているが、爆発の余波で少し穴があいている。

 

信乃が怒っていた。

爆弾があるという危険な状態にも関わらず、風紀委員の注意を無視した少女に。

 

残っている理性を総動員して怒りを抑え込み、やっとの表情がこの無表情だった。

 

「あ、あなた! わたくしを常盤台中学の婚后(こんごう) 光子(みつこ)と知って

 質問してますの!?」

 

(知るかボケ)

 

思わず出しかけた言葉を飲み込む信乃。

 

腰を抜かして座ったままだが、しゃべり方だけは威張り散らしている。

質問の内容にもまともに答えていない。

 

そして逃げなかったことに対して反省も後悔も感じさせないことに

信乃は怒りを通り越して呆れ、少女と会話するのを諦めた。

 

「・・聞くだけ無駄だな・・・」

 

信乃は少女、婚后を無視して階段を下りていった。

 

「待ちなさい! あなた、わたくしを置いていくつもり!?」

 

信乃は振り向かず、警備員(アンチスキル)のもとへ行き、“初春たち”の保護を

お願いした。

 

その後に爆弾魔の、ぬいぐるみを持っていた少女と直前まで一緒にいた

くそったれ野郎の魂を探して追いかけた。

 

 

 

**************************************

 

 

信乃、御坂、初春が事情聴取に向かって歩いていつ途中、御坂が口を開いた。

 

「信乃にーちゃん、さっきあいつに言った言葉だけど・・」

 

≪あいつ≫とは爆弾魔のことだろう。

 

爆弾魔に言った言葉を聞いて御坂は信乃の4年間にあったことを想像していた。

壮絶であっただろう経験をしたからこそ言える言葉と思っていた。

 

「あー、あれね。深く考えないでください。私の人生経験が元で言っているわけじゃ

 ありませんから」

 

「え?」

 

予想外に、信乃は軽い返事をした。

 

「あの言葉はですね、私の母が若いころ、自暴自棄になっていたときに言われた

 言葉らしいです。私はそのまま言っただけです。人類最強の受け売りをそのままね」

 

「は? 人類最強?」

 

「とにかく急ぎましょう」

 

信乃は誤魔化すように歩く速度を上げた。

 

「「待ってよ(ください)!」」

 

御坂と初春もすぐに追いかけるように歩き出した。

 

 

 

 

****************************************

 

翌日

 

風紀委員177支部へ信乃は来た。

 

「こんにちは」

 

「あ、信乃さんこんにちは! 怪我の具合はどうでした・・って大丈夫ですか!?

 顔色悪いですし、目の下にクマがありますよ!」

 

支部にはいつもの4人が来ていた。驚いた声を出したのは初春だったが、

他の3人も同じことを考えている顔だ。

 

信乃の表情、態度はいつもと一緒だが、顔だけは少し青白くて目の下が黒い。

 

「気にしないでも大丈夫ですよ」

 

「大丈夫に見えないからいってるんです! 病院行きましょう! 今すぐ!!」

 

「落ち着いてください佐天さん。怪我は全治1週間程度で問題ありませんから」

 

「じゃあなんでそんな顔してるのよ! どうみても大丈夫じゃないわよ!!」

 

「ええと、ですね・・・・傷が痛くて昨日は一睡もしていないから・・」

 

「「「「は?」」」」

 

信乃はバツが悪そうな顔をして言った。

 

「傷が痛くてって、痛み止めのお薬はありませんの?」

 

「いえ・・実は私、薬が効かない体質なんです」

 

「どういうことですの?」

 

「私も初耳よ」

 

信乃と一番付き合いの古い御坂も初めて知ったことで驚いたようだ。

 

「薬って元々は毒、ということは知ってますよね。

 

 熱を強制的に下げる毒物を調合した解熱剤。

 血圧を強制的に上げる毒物を調合した昇圧剤。

 

 毒と薬はある意味同じなんです。

 

 私は小さいころから免疫が異常に強くて、毒物はおろか薬さえ効かないほどです。

 

 つまり、“神経をマヒさせる”痛み止めも同じく効かないんですよ。

 

 まあ、気にしないでください。代わりに傷の治りも早いので、

 全治1週間なら3日あれば治っていますから」

 

ハハハと信乃は笑っていたが、青い顔で笑われてはこちらとしては笑えなかった。

 

 

 

 

 

 

つづく

 



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Trick-01_し、しのっぷ?

 

 

 

 

それは眠っている間に見るもの

 

 

 

それは自分の深層心理と向き合う機会

 

 

 

それは自分ではない自分と交差する場所

 

 

 

 

そしてこの夢もまた 自分ではない自分と出会う

 

 

前世の記録という自分に

 

 

 

 

 

 

 

 

何を隠そう、この俺、西折信乃は前世の記録を持っている。

 

しかし、勘違いしないでほしい。

 

前世の“記憶”ではなく“記録”

 

記録が“残っている”、ではない、“持っている”だ

 

 

 

その違いは自分の世界に入った時にぼんやりと見える空間。

 

それを自分で好きなように再生が出来るのだ。

 

俺はそれを録画のようにして見ている。

 

だから、もう一人分の記録が余分にあるだけで、人生経験が2人分とは少し違うのだ。

 

俺は前世とは同一人物ではなく、前世から影響を受けた、完全な別の人間だ。

 

 

実は言うと、この前世の記録の能力は一族代々のものらしい。

 

俺の両親は俺が8歳の時に事故死したので、教えてもらう人もいないので詳しくは俺も知らない。

 

だがそれは大きな問題ではない。

 

ここで気にして欲しいのは、その前世がA・Tが流行していた時代に生きていたことだ。

 

時代遅れのオーバーテクノロジーの道具、A・T。

 

なぜ俺が使えるか、ほんの少しだけ記録を再生させて教えておこう。

 

 

 

****************************************

 

 

 

薄暗い部屋。

 

 

検体番号『4-323』

A・Tの技術を向上させるための実験体。

 

「こいつも失敗か、くそ! やっぱり無理なんじゃないのか?」

 

「無理でも、無理であることを証明するために必要なんだよ、面倒くさくてもな」

 

話しているのは僕ではない。

 

僕を今から実験する研究者だ。

 

そして僕の前の番号の奴が部屋の外へと運び出されていった。

 

目と鼻と耳と口から血を出した状態で。

間違いなく死んでいるだろう。

 

 

目の前で行われ、僕が受ける実験の名前は『脳基接続(ブレインコンタクト)』

 

実験体の脳を、とある場所へと接続して情報を手に入れようと言う実験だ。

 

その、とある場所とは

 

『SkyLink』

 

 

これは、簡単に説明すれば全てのA・Tが繋がっているネットワークコンピュータだ。

 

A・Tは超小型モーターの他に、姿勢制御やサスペンションなどを補助するために

このネットワークに繋いでいる。

 

それは全てのA・Tの共通点だ。

 

 

そして『SkyLink』を自由に操作できれば全てのA・Tを自由に操作できることになるのだ。

 

 

え? なぜ繋いで使うことが出来るのに、操作はできないのかって?

 

答えは『通常用に繋いで使うための方法しか知らない』からだ。

 

これまた詳しいことは省くが、『SkyLink』の開発者アクセスには特殊な『鍵』が必要になる。

 

しかし、その『鍵』は今は手に入らない状況にある。

 

そこで通常用に繋ぐ方法から『SkyLink』を自由に操作できないかを実験している。

 

これが「脳基接続」実験の目的だ。

 

超高性能なコンピュータ、『SkyLink』へのアクセスは複雑な操作が必要であり、機械だけでは手に負えない。

 

そこで脳を薬物によって強制強化した子供の脳を直接『SkyLink』に繋げるという方法を取って実験しているのだ。

 

僕もその実験体の一人。

恐らくはずっと前から薬物を投与し続けて、投薬しすぎて、筋肉が異常退化して歩けないほど体が弱っている。

 

しかし実験者にとっては抵抗されることもなく、運ぶ時はベッドに寝かせたままで楽が出来て都合がいいみたいだ。

 

 

そして、ついに僕の番が来た。

 

 

カチリ、と脳へと直接繋がっている接続機(コネクタ)にケーブルが差し込まれる。

 

そして視覚でも聴覚でも嗅覚でも、ましては触覚でもない不思議なところから、大量の情報が入ってくるのが分かった。

 

「接続開始しました。現在のところ順調です」

 

「第10防衛ラインを突破しました」

 

「そうか・・・ここまではいつも通りだ」

 

「ですね、ここからが本番といった・・・!?

被験者の共鳴率100%!! これまでに無い数値です!」

 

「なに!? 今度こそ成功したのか!?」

 

「い、いえ! 今度は情報量が多すぎて・・あ! 共鳴率が200%と超えました!

 被験者が耐えきれません! 補助しているこちらのマシンも危険です!」

 

「これまでの実験データが焼き切れるぞ! すぐに接続を切れ!」

 

「はい!」

 

 

研究員は大慌てでマシンを操作している。

 

「まったく、今回も失敗だったな」

 

「ええ。ですが、今回は共鳴率が過去最高の50%を超えました。

 

 今まで20回以上を試した中で、初めて100%になったんです。

 それなのに情報量の問題で・・」

 

「ああ、それを考えるとやはり通常方法からの『SkyLink』へのアクセスは不可能だな。

 『絶対にアクセスできない』という成果が出たと言える」

 

「所長。実験体を片付けますか?」

 

「ああ、もう死んでいるだろうから隣へ・・なに!?」

 

 

僕は、自分でも知らずに立っていた。

 

血の涙、鼻血、耳血を出した状態で

 

ベッドからおりて、自分の足だけで立っていた。

 

 

「バカな! あのガキの足は立てるほど筋力がないはずだろ!?」

 

「ええ、ここ数年間は歩いていないのに・・そんななぜ!?」

 

「慌てることはありませんよ」

 

聞き覚えのない声だった。これまで実験室にいた人ではない。

 

「君は、南博士!?」

 

そこには、別の研究グループのはずの男がいた。

 

「いや、勝手に失礼しますよ。しかし面白い。これはもしかして、私のあの理論と

 同じものかもしれませんね」

 

「理論?」

 

「はい。現在、実験に入る準備をしている理論です。

 

 あなたはクマバチを知っていますか? 日本でも普通に見ることができる蜂です。

 

 この蜂の特徴、いえ、私が注目しているところですが、この蜂は羽が小さすぎて

 空気力学的は飛ぶことが不可能な生物なのです。

 

 それがなぜか飛べる。彼らは自分が飛べないことを知らない。

 自分が飛べることを信じて疑わない故に飛べるのです。

 

 もし、その気持ちを人が持つことができたとしたら」

 

「ま、まさか」

 

「そう、彼も今同じ状況なのですよ。

 

 『SkyLink』にはデータベース部があります。全ライダーの走りの記録が詰まった場所が。

 開発者アクセスができなくても、脳で直接アクセスしたのなら触れたはずです。

 

 今までの全てのA・Tを使ってきた人間の技を、そして空を飛んだ気持ちを」

 

僕は一歩、歩き出した。

 

その光景に、南と呼ばれた人以外はとても驚いた。

 

「そんなばかな・・」

 

「科学者だからこそ、目の前に起きた状況を認めないのはよくありませんよ。

 

 ところで、この実験の結果を引き継いで私の研究チームにあなた方は入る気は

 ありませんか?」

 

「あなたのチーム?」

 

「はい、今度は重力子(グラビディチルドレン)のように、

 体(ハード)を強化するのではなく気持ち(ソフト)を改造しようと

 考えているんです。

 

 今回のの実験結果は私の研究にかなり役に立ちます。どうですか?」

 

「も、もちろん協力する! 優秀な君のチームに入れるなんて喜びの極みだよ!

 ぜひ参加させてくれ!!」

 

「ありがとうございます。

 

 ところで、必要なのは研究データだけでいいので、この少年の処分は私に任せて

 もらっていいですか?」

 

「ああ! 構わないよ! 私達は急いでアクセス記録をまとめる!

 それで、君の行う研究の名前はなにかね!?」

 

「それはですね。名前はまだ決めていなかったのですが・・・

 

 この実験名を参考にして『脳基移植(ブレインチャージャー)』とでも名付けます」

 

 

 

 

僕は南と呼ばれていた男に連れられて研究所の外へ出た。

 

処分されると言っていたが、男はなんも変哲もない普通の家に僕を連れてきた。

 

「立花君、いるかね?」

 

「あれ、どうしたんですか先輩?」

 

家から出てきたのは気の優しそうな男、いや青年と言えるような若い人だ。

 

「実はね、この子を預かって欲しいのだが」

 

「・・・・・先輩が連れて来たってことは“アレ”関係の子供ですよね」

 

「その通りだ。処分される予定だったが、この子のおかげで私の理論がある程度

 証明されたのだ。お礼の代わりにこのまま普通の人生を歩ませたいと思ってね」

 

「そういうことなら協力しますよ。よろしくね、きみ」

 

青年は僕を見て笑顔で話しかけた。

 

「この子は実験の影響でまともな生活ができないだろう。

 

 しかし、頭はいいのですぐに慣れると思うから心配はいらない。

 

 名前の方は・・・検体番号が『4-・・』なんだったかな思いだせない。

 あ、ちょうどいいじゃないか。『4-』ってことは名前は『シノ』でいいな」

 

「先輩、良い名前だと思いますけど理由が滅茶苦茶ですね・・」

 

「まあ、そう言うな。とにかく、この子は任せたぞ」

 

「はい。じゃあ、改めてよろしくね、『しの』」

 

偶然にも、前世の名前は今の俺と同じだった。

 

 

 

 

それから数年、普通の教育を受けて体の方も日常生活に問題がないほどに

動かせるようになった。

 

ただ、動かせると言っても走れば人より遅いし、鍛えることも体が耐えられない。

世間的には運動音痴と同じ状態だ。

 

しかし『SkyLink』にアクセスした影響でA・Tに乗りたいという欲望があった。

 

もちろん無理なことであり、欲望を誤魔化すために僕はA・Tチームが自分たちの

象徴、誇りとして使う族章(エンブレム)のデザインを始めた。

 

族章(エンブレム)はチームの顔と同じもの、野球の球団旗のようにチームそのものを表す。いつか有名チームに僕の族章(エンブレム)を使ってもらいたいな。

 

 

11歳からは小学校にも行くようになり、初めての学年が6年生と変な生活を送り始めた。

 

だが僕は変に頭が良くて、逆に運動ができなかったためにいじめの対象になった。

小学生にして髪を縦に伸ばした少年が中心のグループにいじめられた。

 

そんな僕を慰めたのが、自分の作った族章だ。

 

いじめられて自分の世界に籠もる、典型的な逃げ方だった。

 

そしてある日、学校という現実と、族章作りという自分の世界の分け方を間違えてしまった。

 

学校にデザイン用のノートパソコンを持って来てしまった。

 

もちろんいじめのグループはそれを見逃さず、僕のパソコンを取り上げられて中身を見みられた。

 

僕は恥ずかしくて仕方がなかったが、彼らの反応は違った。

 

「ナニコレ? A・Tチームのステッカー?」

 

「・・・うん、正確には族章(エンブレム)・・」

 

ステッカーは族章と同じデザインで書かれたシールのようなものだ。

チームの縄張りを示すのに使う。

 

だから、よく見かけるのは族章よりもステッカーの方だろう。

 

「おまえが描いたのかヨ?」

 

「う、うん。将来・・族章のデザインとか・・やりたくて・・」

 

何言ってんだろう、僕。いじめっこ相手に本気で将来の事を話して。

絶対に馬鹿にされる。

 

「へー、ほー、ふーん。お前ら見てみろよ」

 

その場でパソコンを壊してくれたらよかったのに、仲間にそれを見せた。

僕は恥ずかしくて縮こまってしまい、笑われても聞こえないように耳を防いだ。

 

「すっげー! なにこれ! かっこいーじゃん!!」

 

「だろだろ! なんだよこいつ! いいじゃんいいじゃん!」

 

「うむ、これはすごいと素直にほめるべきだと思う。人には誰しもが

 得意不得意というものがある。古く中国の言葉に(略)」

 

・・・誉められた。なぜ?

 

しかも一番興奮しているのは髪が縦長の子だし・・

 

「すげーじゃんおまえ! なあなあ、おれ、将来A・Tチームを作るつもりなんだよ!

 そのときさ! お前がデザインしてくれよ!」

 

「え・・うん、いいけど・・」

 

「おし! 決定! 俺らはこれから親友だ! よろしくな『しのっぷ』!!」

 

「し、しのっぷ?」

 

「親友だからあだ名で呼ぶのが当たり前だろ! 俺のことも名前でいいぜ!」

 

「う、うん! よろしく信長君!」

 

こうして僕は初めて友達ができた。

 

 

 

 

それから小学校は僕にとって現実でもあり、自分の世界でもあり、とてつもなく幸せな場所になっていった。

 

だが中学に入ったころ、僕の体に変化が訪れた。

 

再び筋肉が弱まり始めた。

 

実験中の薬の副作用がいまだに残っていたらしく、遅く走るのがやっとの体が歩くのですら疲労を感じるようになった。

 

それを引き取ってくれた立花さんに相談した。

1週間後に、とある機械を持ってきてくれた。

 

それは、『SkyLink』のアクセス装置だった。

 

立花さんが南博士に相談し、薬物の影響は後数年でなくなるらしいが、それまでに僕が歩けない体になっていたら意味がないということで、体を動かす気持ち(ソフト)を入れようという考えだった。

 

 

さすがに実験と同じようにアクセスしては僕のは頭がパンクして死んじゃう。

 

だから装置は実験とは劣化したもので、僕が一部のデータにアクセスしか出来ないようにした小型化していた。

 

それでも、僕は嬉しかった。

また、あの空間に行く事ができる。

 

現実では運動音痴の僕でもあの空間でならA・Tの上級者(トップライダー)と同じ感覚が体験できる。

 

しかも、僕はアクセスすることで技を知るのではなく、識ることができる。

知識ではなく根本から技(トリック)がわかるのだ。

 

体に負担がかかるために、時々しかアクセスは許されなかったが、それでも進化し続けるA・Tの最先端の技を識ることができて嬉しかった。

 

 

 

 

日常生活では、僕はA・Tチームのサポーターとしてみんなを補助した。

残念ながら信長君が作ったチームじゃないけれど、信長君も同じチームで一緒に嬉しそうに一員になった。

 

しかも入ったチームはA・T界で最も注目されているチームだった。

直接A・Tの技を見ることもすごかったし、なんて言っても『王』と呼ばれる称号を持った人が3人もいたのだ。

 

本当に最高だ。

僕はあんな実験の生活からここまでこれたことが本当に嬉しい。

 

 

 

**************************************

 

 

 

中学に入っての数年後に僕は、いや、“彼”は死んだ。

 

死因は腹を蹴り抜かれて大怪我したことによるショック死。

 

蹴り“抜かれた”と言うのは比喩ではなく、本当に足がお腹を貫通していた。

 

とある空母で、脳基接続の力でみんなをサポートしていた時に殺された。

 

その命が尽きる最後の時、近くで『SkyLink』の扉が開かれるのを感じた。

 

“僕”は全力で扉の向こうを全て感じたのだろう。

たった一人の人間では知ることができないナニカがそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

この映像を見ると、いつも感じるのが空への欲望。

 

A・T上級者(トップライダー)と同じ感覚を持っていながら、それを実行する体がない。そのもどかしさが溢れる。

 

 

これが彼の、“俺”の前世の記憶だ。

 

まあ、『SkyLink』にアクセスしてたから、炎の道も風の道も走れるわけだ。

知識だけで言ったら全ての道を俺は識っている。

 

練習しないと走れないけどね。今のところは全部の道を走れるわけじゃないし。

 

 

 

こんな感じで俺の前世の話を終わらせてもらう。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

あとがたり

 





信乃がA・Tを使っている理由は前世の記憶です。

原作のエア・ギアのメインキャラだと走る道が限られてしまいます。
そして、主人公たちと多少関わりがある人間が最適だと思ったので、地味羊頭に
オリジナル設定を加えて前世にしてみました。主人公の名前もここからきています。

ちなみに苗字は戯言シリーズからきてますが、これはまた後の話。

物語の中に伏線を入れて「前世の記憶だ」って御坂達に話すってことも
考えたんですけど、伏線が入れられなかったので今に至ります。

ですが、信乃の空白の4年間や、魂の感知能力の理由、幼少時代の御坂との
出会いをそのうち書いていきたいと思うので皆さま、気が向いたらお待ちください。


色々とふに落ちない所もあると思いますが、
今後も宜しくお願いします。

そして感想をお待ちしています。


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Trick14_信乃と仲良くしてもらってありがとうございます♪

 

 

 

「腕の関節は外側には曲がりません。ですから、右手ナイフ攻撃は相手の右側に

 避けるのが一番効率が良いです。

 

 しかし、いきなり右側に回っても相手が対処する可能性があるので、

 始めの数回の攻撃は、わざと後ろの方に逃げてください。

 

 その後に右側に回り込む方が相手の不意を付けます」

 

風紀委員訓練場。

 

西折信乃はそこで格闘訓練の指導をしていた。

 

 

先日のグラビトン事件から1週間が経ち、信乃の手の怪我も完治した。

 

信乃が言った通り傷は3日後には治っていたが、その間の信乃は目の下のクマで

信乃本人よりも周りの人間が心配していた。

 

傷が直った4日目には熟睡できたようで、今では顔色も問題なく健康体になっている。

 

 

現在、風紀委員の上からの命令で風紀委員予備軍の少年少女10人を指導していた。

 

「鉄パイプとか、リーチの長い武器の時はどうしたらいいですか?」

 

「振りかぶる動作の武器は、懐に潜り込む動作をフェイントにして

 すぐに攻撃範囲から出るようにした方がいいです。

 何度も振り回させて疲れるのが安全策ですね。

 あと他にも・・・」

 

 

 

 

 

 

「信乃さん、教えるのが上手ですね」

 

「そうだね~、ほんと何でもできる人だよ」

 

訓練をしているグラウンドの端の方で佐天と初春が信乃を見ていた。

 

信乃はこの場所に来たことがなかったので、初春が案内役を買って出た。

ついでにその場に居合わせた佐天もついてきたのだ。

 

「不良も20人以上を相手にして楽に勝てたし、何かの格闘技でもやってたのかな?」

 

「帰りに聞いてみますか?」

 

 

 

 

ということで帰り道。

 

「格闘技というよりは“総合格闘術”を習ってましたよ」

 

「「総合格闘術?(ですか?)」」

 

「はい、私の父親が総合格闘術の師範をしてまして、私もそれを習ってました。

 8歳からは教えてもらっていないので、今使っているのは8歳までに教えられた

 技術と私の実戦経験を合わせたものになります。

 

 総合格闘術は武器や素手など関係なく、相手にどうやって勝つかを極めたものです。

 その過程で他の流派の技も多く入れてます、というよりは様々な流派を

 ごちゃまぜにした何でもありの流派なんです」

 

「てことは剣術もできるんですか?」

 

「はい、もちろんです初春さん。素手、刀、棒。

 他にも変わりものとしては鎖鎌まで教えられましたよ」

 

「「本当になんでもありなんですね・・」」

 

「それよりも、2人とも今日は本当にありがとうございました。

 場所が分からなかったので地図を頼りにしていたら遅れていたかもしれません。

 お礼に何かごちそうしますよ」

 

「いえ! 前もプレゼントしてもらいましたしこれ以上は!」

 

そう言う佐天の左手首には信乃からもらったブレスレットが光っていた。

 

「それ、佐天さんのお気に入りですよね!

 学校では校則があるから付けてませんけど、最後のHRが終わると

 すぐにカバンから出して着けてますよ!

 

 正確には学校以外の全ての時間に着けてますよね!」

 

「ちょ、初春! なにばらしてるの!」

 

「気に入ってもらえてよかったです。

 

 あ、ちょうどかき氷が売ってますから、これぐらいご馳走させてください。

 値段も高くないですし、今日は暑いですから」

 

「あ、わかりました。ありがとうございます」

 

「ありがとうございます。私はあそこのベンチで場所を取っておくので、佐天さんと

 2人で買ってきてくださいね! あ、私はイチゴで! それじゃ!」

 

初春は返事も聞かずに走って行った。

 

残されて佐天は信乃と2人きりとなった。

 

(初春の奴、また!)

 

「それじゃ佐天さん、並びましょうか」

 

「え、あ、はい!///////」

 

信乃と佐天はかき氷屋の行列に並んだ。

 

今日は暑いので、信乃たち以外にも客が数人いたので行列ができている。

 

 

「(何か話さないと・・)あ・・えっと・・・し、信乃さんは何味が好きですか?」

 

「私はメロンが好きですが・・佐天さん、大丈夫ですか?

 声が少し裏返っていますよ?」

 

「あ、いえ、大丈夫です」

 

(って私意識しすぎ!! 変に思われちゃうじゃない!!)

 

「本当に大丈夫ですか? 顔がかなり赤いですけど・・・」

 

「大丈夫です!! ほら、順番が来ましたよ。早く注文しましょう!!」

 

信乃は不思議そうな顔をしたが、佐天がそこまで言うのでこれ以上は聞かないようにした。

 

「・・じゃあ、佐天さんの注文は?」

 

「わ、私も信乃さんと同じメロンで!!」

 

「はい。すみません、メロン2つとイチゴ1つ下さい」

 

「あと、レモン1つとイチゴ2つも追加でお願いします♪」

 

「「え?」」

 

いきなりの声は後ろから聞こえてきた。

 

2人は振り返ってみるとそこには1人の少女が立っていた。

 

少女を視認した直後、信乃は驚きで目を見開き、すぐに睨むように目を細めた。

 

「ひさしぶりだね信乃♪」

 

そこには大きな淵のメガネをかけた少女が笑っていた。

 

 

 

 

「え~、はじめましての人もいますので自己紹介を♪

 

 私の名前は"西折 美雪"(にしおり みゆき)♪ 長点上機(ながてんじょうき)学園に

 通っている高校一年生、よろしくお願いしますね♪」

 

謎の少女と信乃と佐天はかき氷を持って初春が待っているベンチへと向かった。

 

そこには御坂と白井もいて、謎の少女が注文した3つのかき氷は自分と2人の分だった。

 

ベンチに座った後に少女は自己紹介を明るく話した。

 

美雪と名乗った少女は、大きなメガネと小さな身長が特徴的だった。

 

服装は名門高校、長点上機学園の制服。美雪は最低でも15歳のはずだが

中学1年生で12歳の初春たちとほとんど身長が変わらない。

 

そして特徴的なメガネの奥はかなりの美少女であった。

メガネのせいで一目見た時には気付かないが、不釣り合いで大きなメガネでは

隠しきれないほど、とてもかわいい顔をしている。

 

メガネがなければ10人が10人、いや、100人が100人振り向くだろう。

 

 

 

「私は初春飾利といいます。よろしくお願いします。

 あの、“西折”と言うことはもしかして・・」

 

「はい、そこにいる信乃の家族です♪」

 

「あ、私は佐天涙子です! 信乃さんにはいつもお世話になっています!」

 

「いえいえ、こちらこそ信乃と仲良くしてもらってありがとうございます♪」

 

「雪姉ちゃん、それじゃお母さんみたいだよ」

 

「別にいいでしょ、家族だしね♪」

 

「まったく・・」

 

御坂と美雪仲良く話した。

 

先日、会話の中で出てきた≪雪姉ちゃん≫という人物は彼女のようだ。

 

「そういえば、御坂さんと白井さんはどうしてここに?」

 

佐天は先程から思っていた疑問を言った。

 

答えたのは御坂。

 

「元々、私は雪姉ちゃんと会う予定だったのよ。信乃にーちゃんが風紀委員になった

 ことを教えるためにね。黒子も風紀委員は休みだったみたいだから

 3人で買い物しようと思ってたのよ。

 

 そしたら、ちょうど公園で3人を見かけたから」

 

「私が1人で信乃を驚かそうと思って後ろについてたってわけ♪」

 

「そうだったんですか」

 

「ちなみに、わたくしと美雪お姉様はお姉様の紹介で前に何度か会ったことがありますの」

 

「そう♪ その時も同じように『琴ちゃん仲良くしてもらってありがとう』って

 言ったら今みたいにお母さんみたいだって言われちゃった♪ あははは♪」

 

美雪は笑って、つられて御坂と佐天、初春と白井も笑った。

 

 

だが、信乃だけは先程から無表情で何もしゃべらないままだ。

 

美雪が現れてからずっと。

 

「ほら♪ 信乃もそんな無愛想な顔しないで笑ったら♪」

 

「・・・俺の勝手だろ・・」

 

信乃はめずらしく敬語を使わずにつぶやいた。

 

「・・すみません。私、用事があるのを思い出しました。

 今日はこれで失礼させてもらいます」

 

「あ、信乃さん」

 

佐天の呼びかけも言い終わる前に信乃は背を向けて歩き出した。

 

空になったかき氷のカップも握りつぶし、ゴミ箱を見ずに投げ入れる。

普通であれば格好良い仕種だろうが、今の信乃には不機嫌さを強調する行動となった。

 

 

 

 

「雪姉ちゃん・・・避けられてるって本当だったんだね」

 

「ね、すごい避けられてるでしょ・・」

 

美雪には今までの明るいしゃべり方ではなかった。

 

「避けられてますの? もしかしてお2人は仲が悪いですの?」

 

「仲は悪くないですけど・・いえ、今は仲が悪くなるほど付き合いを持っていない

 というべきかな、4年ぶりに再会して3度しか合ってないし。あははは・・」

 

美雪は乾いた笑いを浮かべた。

 

「どういうことですか?」

 

「そうですよ、信乃さんがあんな態度をとるなんで何かあったんですか?」

 

初春と佐天が続けて質問をしてきた。

 

「あんな態度の理由は、なんとなくわかるよ。

 

 そうだね、うん。みんなは信乃と仲が良いみたいだし、知ってもらった方がいいね」

 

「でも、雪姉ちゃん・・・・みんなに話すのはちょっと重すぎないかな?」

 

「む・・・たしかに」

 

「だ、大丈夫です! 信乃さんは私達の大事な仲間です。

 ちょっと重い話ぐらい平気です!」

 

「・・・・そっか」

 

美雪に返事をしたのは初春だったが、白井と佐天も同じ表情をして頷いている。

 

「わかった。話すよ。

 

 信乃、西折信乃の過去の話をちょっとだけね・・」

 

美雪は静かに語り始めた。

 

 

 

 

 

「私と信乃はね、本当の兄弟じゃなくて幼馴染なの。

 

 けど、8歳の頃に私達の両親が同じ事故に巻き込まれて、同じ孤児院に預けられた。

 

 昔からよく私の相手をしてくれたけど、孤児院に入ってからは相手というよりも

 世話をしてくれて本当のお兄ちゃんみたいだった。

 

 あ、重いって話はここじゃないからね。

 その時は両親がいなくなった寂しさよりも信乃に構ってもらったうれしさの方が

 強く思い出に残ってるから、孤児院育ちとかは別に気にしないでいいからね。

 孤児院の院長もいい人だったし、信乃も同じように辛い思い出じゃないと思う。

 

 そして9歳の時、孤児院の院長さんが知り合いの教授に信乃を紹介してね、

 信乃が学園都市に行くことになったの。

 

 信乃は頭良かったから、その教授も『優秀だ!』ってかなり気に入っていたみたい。

 

 私が学園都市に来たのも信乃が行くっていうからついてきたの。

 

 そして、私達が11歳の時。

 信乃は学園都市ですごい功績を出してね、そのことでヨーロッパに講演に行くために

 飛行機に乗ったの。

 

 

 そして、その飛行機が事故で落ちたの」

 

「「「え・・」」」

 

美雪と御坂以外の3人が息をのんだ。

 

御坂は当時のことを知っていたから反応は薄いが、それでも苦しそうな顔をして俯く。

 

 

「救助隊の話では生き残りは誰もいない。私にもそう教えられた。

 

 もう、泣いて泣いて泣き喚いた。

 

 今生きているのは琴ちゃんと鈴姉ちゃん・・琴ちゃんのお母さんの2人の励ましが

 あって立ち直ったおかげなの。

 

 あ、話がそれてごめんね。

 

 死んだはずの信乃が今いるってことなんだけど、実は救助が来る前に信乃は

 墜落現場からいなくなっていて、それで生きてると思われてなかったの。

 

 墜落現場は内戦地域で、現地の人が乗客の物をいろいろ盗んだみたい。

 身元を判別するための物もなくなっていたから子供一人がいなくなっても

 気付かなかったのも当然かもね。

 

 

 そして信乃は・・

 

 墜落現場からいなくなった後、半年間は・・“いろいろと大変”だったみたい。

 内戦地域で一人で生き残るために・・・手段を選べなかったって言っていた。

 

 でもその後に偶然救助されて、その時に助けた人の援助で社会に戻れたみたいなの。

 

 それで世界を回って事故から4年後の今、学園都市に用があって戻ってきたみたい」

 

美雪は話を止めて、4人に笑いかけた。

 

でも、4人はどう反応したらいいかわからない、そんな表情をしている。

 

「信乃は用事がなかったら学園都市に、私達に会いに来るつもりはなかったみたい。

 

 信乃の性格だと、今更死んだ人間が出てきても迷惑かけるだけだと思ってるんだよ」

 

「そんなことないですよ! 死んだと思っていた人が生きていたら誰だって嬉しいに

 決まっているじゃないですか!」

 

「・・ありがとう、佐天さん。でも、信乃は無駄に人に気を使うところがあるの。

 

 そして、大切なものを失くすことをとても怖がっているんだよ・・」

 

「失くす、ですか?」

 

「うん。今さら死んだ人間が現れたら、驚いて迷惑かけて、それが理由で嫌われて

 私達がいなくなったらって変なこと考えるのよ、あのバカは。

 

 嫌われるくらいなら元から会いに行かない方が良いって思って、私にも琴ちゃん

 にも会う気はなかったみたいだよ。

 

 

 それに私を避けているのも、私が必要以上に信乃に関わってくるからなのよ。

 

 琴ちゃんくらいに適度に、兄妹みたいに関わっていれば逃げないと思う。

 

 それ以上で関わったら、4年間で変わった自分の嫌なところを見られて

 嫌われるってね。

 

 ほんと、バカだよ・・」

 

美雪はそう呟いて俯いてしまった。

 

 

「・・ってごめんね。こんな暗い話しちゃって。でも、友達って関係なら離れることも

 ないと思うから、大丈夫だよ♪」

 

美雪は途中から明るい調子でしゃべった。

 

「ん・・そうだね。私もしゃべっていたら避けられたってことはなかったし、

 避けられているのは雪姉ちゃんだけだし」

 

「あ~、ひどいよ琴ちゃん♪ でも、諦めないわ私は♪

 信乃にいくら逃げられようと地の果てまで追っていくわよ♪」

 

「あはは、本当に信乃に―ちゃんのことが好きだね」

 

御坂と美雪はふざけたようにしゃべり、場の緊張が少しだけ弱くなった。

 

「ってことで皆様♪ 私の信乃をよろしくお願いします♪ 今の話を忘れてとは

 言わないけど、出来れば今まで通りに相手してあげてください♪」

 

美雪は右手を伸ばして額に、敬礼してみんなに言った。

 

「・・ええ、わかりましたわ。昔は大変だったみたいですけど、今の信乃さんは

 少しふざけた方ですので話しやすいですし問題ありませんの」

 

「そうですね! 信乃さんは信乃さんです! これまで通り話していきます!」

 

「うん! 私もそうする!」

 

「3人ともありがとうね♪ 琴ちゃんも再会直後みたいに緊張していないみたいだし、

 たまにしか会えない私の代わりによろしくね♪」

 

「うん。任せて」

 

「私は私で信乃に会えるように、逃げられないようにしていくのでご心配なく♪

 琴ちゃん、白井さんも信乃について何かあったら今度会う時にいろいろ教えてね♪」

 

「わかりましたの。4年間の溝を埋めるために協力しますわ」

 

「ありがとうね、白井さん♪」

 

5人にはもう暗い空気はなく、昔からの友達のように笑いあっていた。

 

 

 

 

つづく

 

 

 

「ちなみに、幼馴染なのに信乃と同じ名字なのは信乃が死んで泣いた後、立ち直る時に

 私が勝手に名前を変えたの♪ 信乃のことを忘れないようにね♪」

 

 



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Trick15_まるで幻想御手(レベルアッパー)みたいね

 

 

 

「意識不明!? あの爆弾魔が?」

 

「そうですの」

 

ここはとある病院。

 

白井は御坂を連れてある病室へと向かっていた。

 

着いてみると、その病室は集中治療室であり、そこには西折信乃がいた。

 

「早かったですね」

 

「信乃さん。お待たせして申し訳ありませんの」

 

「いえ、今言った通りあまり待ってませんよ」

 

「信乃にーちゃんも来てたんだ」

 

「風紀委員支部に連絡があって白井さんと2人で来たんですよ。

 御坂さんも彼の逮捕に協力したし一応教えておこうと思って・・」

 

信乃はそう言いながらガラスの向こう側の集中治療室を見た。

 

 

そこには先日のグラビトン事件の犯人の男が眠っていた。

 

警備員(アンチスキル)が取り調べの最中に突然、眠るように倒れた。

 

病院の医者の話では体のどこにも異常がないにもかかわらず、意識が戻らないらしい。

 

 

「原因不明で手の打ちようがないらしいですの。

 そこで外部から外脳生理学の専門家をお呼びするらしいですの」

 

「私達も話を聞こうと思ってここに来ました。もうすぐ到着する予定みたいですよ」

 

「その話、私も参加させて!」

 

「「そう言うと思いました( の)」」

 

「え?」

 

「御坂さんを呼んだ理由は爆弾魔のことを教える事と、

 もう一つはこの話を聞かせるためです。

 

 あとで私達だけが聞いたら怒られると思ったので」

 

「お姉様を放っておくと勝手に暴走なさりますから。信乃さんが目の届く範囲に

 いた方が安全だとおっしゃったんですの。

 さすがは兄妹ですのね」

 

「信乃にーちゃん・・」

 

御坂が信乃を睨む。

 

しかし信乃は御坂には気付かずに患者の、爆弾魔の男を見ていた。

 

「心配ですの?」

 

「はい・・でも、それ以上に気になることがあるんです」

 

「? 何が気になるの?」

 

「グラビトン事件で最初に容疑者として上げられた女性、覚えていますか」

 

「あ~、確か大能力者(レベル4)で量子変速(シンクロトン)の・・

 名前は"釧路 帷子"(くしろ かたびら)さんですの」

 

白井は自分の記憶を探りながら答えた。

 

「そしてその人はなぜ容疑者から外れたんでしょう?」

 

「それは事件が発生する前に“原因不明の昏睡状態”になったからでしょ」

 

今度は信乃の問に御坂が答えた。

 

「それがどうかし・・・まさか!?」

 

「はい、“その人も”原因不明の昏睡状態にある。

 

 しかも、昏睡になる前の計測ではレベル5に近い数値が出たそうなんですが、

 直後にその状態になったみたいで、計測結果よりも病状が注目されていたんです。

 

 そして最近では書庫(バンク)に登録されているレベルと、実際のレベルに違いが

 ある人が増えて、そして同じように昏睡状態になっている人たちがいる。

 

 もしかしたらですけど、同じ理由で昏睡状態にあるかもしれないと考えてたんです」

 

「それでしたら今から来る学者さんに風紀委員の資料を準備した方がいいですの」

 

白井はテレポートをするために演算を始めたのだが

 

「待ってください白井さん。資料の場所は私が知ってますし、他にも渡したい

 ものがあります。私が取りに行きますから2人で話を聞いていてもらえませんか?」

 

「わかりました。お願いしますの」

 

「話はバッチシ聞いておくから任せて!」

 

信乃は2人の返答に頷いて走り去っり、階段を下りて行った。

 

そしてすれ違うようにしてエレベーターが開き、一人の女性がこちらに歩いてきた。

 

「それにしても、急にレベルが上がるなんて、

 まるで幻想御手(レベルアッパー)みたいね」

 

「それはなんですのお姉様?」

 

「この前に佐天さんが話した都市伝説。それがあれば簡単にレベルが上がるんだって」

 

「本当にありますの? そんなもの」

 

「でもまあ、『火のない所に煙は立たない』って言うし一応専門家に聞いてもらおう」

 

「そうですわね」

 

話がちょうど終わったときに、エレベーターから出てきた女性がこちらで立ち止まった。

 

「お待たせしました。院長から招聘を受けました

 

 木山春生です」

 

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

・・

 

 

 

「やばい・・間に合うかな」

 

時刻は夕方。信乃は資料の入った紙袋を持って走っていた。

 

風紀委員でまとめていた置いていた資料はすぐに見つかったのだが、

信乃の個人的な知り合いに調査をお願いして手に入れたもう一つの資料、

それが入った“音楽プレーヤー”が見つからずに探していたら

この時間になってしまった。

 

ちなみに固法が勝手に置き場所を変えたせいだった。

 

白井に連絡を取って喫茶店の場所に今向かっている。

 

今はA・T(エア・トレック)の使用許可はないので自分の足で信乃は走っている。

 

 

もうすぐ目的の喫茶店に着きそうになったときに、道路の反対側に一人の少女が

歩いているのが見えた。

 

(あれ? 佐天さん?)

 

佐天は俯いたまま走り去って行ったので信乃には気付かなかった。

その手には音楽プレーヤーが握られていた。

 

(まさかね、そんなわけないか)

 

自分がちょうど音楽プレーヤーを持っているせいで少し疑問に思ったが

 

(それよりも今は資料を持っていかないと)

 

その疑問をすぐに掃って喫茶店へと向かった。

 

 

 

「ごめんなさい」

 

「いきなり謝らないでください。でも遅かったですのね」

 

「資料の他に役に立ちそうなものがあって、それを探すのに時間がかかってしまって

 本当にごめんなさい」

 

「信乃さん、腰が低すぎますよ、あははは・・」

 

信乃の謝りっぷりに初春は苦笑いした。

 

信乃は佐天とすれ違ったすぐ後に喫茶店には着いたのだが、外脳生理学の学者は

もう帰ってしまい、間に合わなかった。

 

「それに大丈夫ですよ。その資料は後で送っても大丈夫だと言ってましたし」

 

落ち込む信乃を初春がフォローした。

 

「ありがとうございます。でも、私はこれを渡して直接話を聞きたかったんですよ」

 

信乃は紙袋から携帯音楽プレーヤーを取りだした。

 

「なんですの、それ?」

 

「昨日、私の知り合いの探索者(シーカー)にお願いして、今日の朝に送られて

 来たものです。調べてもらった内容は

 

 幻想御手(レベルアッパー)についてです」

 

「「幻想御手(レベルアッパー)!?」」

 

「都市伝説となっている幻想御手。

 

 病院で少し話しましたが、書庫(バンク)と実際の能力値が違う人が多い。

 ただの都市伝説として片付けるにはタイミングが良過ぎる、いえ悪すぎる。

 

 そして裏技や反則技にはリスクが付き物。そのリスクが原因不明の昏睡であれば

 少し無理矢理な気はしますが、話しに辻褄があう。

 

 それで幻想御手について調べてもらっていたのですが・・・・・

 送られてきたのがこの音楽プレーヤーだったんですよ。

 

 しかもそれ以外の説明はなし・・まったく、ちぃくんは・・」

 

「その人何者ですの!? わたくし達も木山先生に幻想御手について話しましたが

 知らないとおっしゃっていましたわ!

 と言うよりも昨日頼んで今日までにもう見つけましたの!?」

 

「『銀河系の中で起こっていることで探れないことはない』との噂があります」

 

「うわ~・・」

 

すごすぎる噂に若干引いた白井だった。

 

「ただ、コミュニケーションがまともに取れないので、これの何が幻想御手なのか

 わからないんですよ。答えを見つけて終わり。説明なし。そういう人なんです」

 

「それで木山先生に見せようとしたのですの?」

 

「はい。専門家なら何かわかると思って。

 でも、もう少し自分で調べて答えを見つけることにします。

 その学者さん、木山さんもいきなりこんなのを渡されても困りますしね」

 

「信乃さん!! その≪ちーくん≫さんを紹介してください!! そんなすごい人に

 会ってみたいです!!」

 

情報収集が得意な初春にとっては尊敬を感じるのだろう。興奮している。

 

「≪ちーくん≫ではなく≪ちぃくん≫です。残念ながら今刑務所に服役中で会うことも

 できないですし、さっき言った通りにまともに話せる人じゃないです」

 

「そうですか・・・ って犯罪者ですか!?」

 

「国連のデータベースに侵入しようとして捕まってます。ただ能力が高いので

 服役中でも特例でコンピュータを触れる環境にいるんですよ。一部のコネを使えば

 連絡が取れるます」

 

「う~残念です」

 

((国連にハッキングしたのはスルーか?))

 

信乃と白井は心の中で同時に突っ込んだ。

 

初春のあこがれはお嬢様のことも含めて、盲目だと言うことがわかった。

 

「まあ、とにかく、私達で出来ることをやりましょう」

 

「そうですわね。まずは帰って資料を洗い直しますの」

 

「はい!」

 

 

 

つづく

 



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Trick16_サメの腹の中さ

 

 

 

木山と会った翌日、初春が調べた幻想御手(レベルアッパー)の情報から、

様々な場所でスキルアウトが幻想御手の取引をしていることが分かった。

そして白井と信乃が手分けして捜査を開始した。

 

 

 

 

「すみません・・あの・・・・私も幻想御手が欲しくて・・」

 

「あん! いいぜ! 金さえ持ってくればな!」

 

「ほんとですか! あ、でもお金がちょっと足りないかもしれないんですが・・

 何かお手伝いできることがあったら言ってください! 私働きます」

 

「“手伝い”ね・・いい仕事があるけど来るか?」

 

「はい!」

 

スキルアウトと幻想御手を欲しがっている弱気な人物の会話。

 

物語で考えるならここで白井か信乃の登場だ。

 

 

しかし、実は買おうとしている弱気な人物こそが西折信乃だ。

 

信乃は10件ほどスキルアウトのたまり場を訪れたが、そのすべてが偽物、

もしくは麻薬などを幻想御手として売っている奴らばかりだった。

 

力づくではあまり効果がないと考えて作戦を変更。

購入者として下手にでて情報を得ようと考えたのだ。

すると一度目の取引で成功。今までの努力が無駄に感じたが、とにかく幻想御手の

事だけを考えることにした。

 

 

 

その後、連れてこられたのは廃工場。

 

スキルアウトのたまり場としてはお約束の雰囲気をしている。

 

そこには明らかにスキルアウトではない人たちが男女合わせて5人いた。

工場の隅で地面に直接座っており、一人は気を失っているように倒れている。

 

その周りにスキルアウトが数人がパイプイス座って何か話していた。

 

この状況、一般人が捕まっているように見える。

 

「あの・・何の仕事があるんですか」

 

「まあ焦るなって。ほら、両手を前に出してみろよ、両手首を合わせるようにしてな」

 

(手首ってことは拘束するのか・・やっぱりあの人たちは捕まっているんだな)

 

信乃はスキルアウトを全員倒すことも考えた。

 

しかし、人質がいるために下手に手出しはできない。相手の人数も30人はいる。

 

(ここは大人しく捕まりますか・・もしもの時は、“あれ”の使用許可もあるし)

 

信乃は弱気キャラのまま

 

「あの、これでいいですか?」

 

素直に手を出した。

 

「ああ、それでいいよ!」

 

スキルアウトの男が急に信乃に手錠をかけた。

 

予想はしていたのだがそのままキャラを続けてわざと動揺した。

 

「!! なぁ、何するんですか! 仕事はどうしたんですか!?」

 

「バーカ!! 嘘に決まってんだろ! いや、仕事をやるのは嘘じゃないな!

 お前は俺たちの実験台になるんだ!」

 

「実験台!?」

 

「ああ。パワーアップした俺たちの能力の実験台だよ。ボスが人間で試したいから

 何人か集めとけって言われた。よろこべ、お前もその一人だ」

 

「あ、いや、助けてください!」

 

「大人しくしとけ。ボスが来たら始めるから寿命を延ばしたかったら変なことするな」

 

(ということは、ボスはいないんだな。もう少し情報を聞いとくか)

 

「幻想御手は嘘だったんだな!」

 

信乃は泣き声で言った。もちろん嘘泣き。

 

「嘘じゃねえよ。俺たちはそれでパワーアップしてるしな。

 安心しろ! この“仕事”が無事に終わったボスの持っている幻想御手をあげる

 かもしれないぜ! ひゃはははは!!」

 

「そ、そんな」

 

信乃は絶望したように膝をつく。

 

そんな信乃を男は服の上から適当に触り始めた。

変なものを持ってないかを一応調べているのだろう。

 

男が背中の方も触ったが“なにもなかった”。

 

そう、信乃はいつものA・Tのケースを持っていなかった。

 

もちろん、今履いているのはただの靴。

 

 

その後にスキルアウトに引きずられるようにして他の5人の中に入れられた。

 

(よし、この位置なら俺に向かってくる奴を倒せば人質には手を出せない。

 それに奴らのボスが幻想御手を持っているなら、ここに来るまで待った方がいいな)

 

信乃は人質ごっこを続けることに決めて体を震えて待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少々やりすぎてしまった感はありますが、元々取り壊す予定だったみたいですし・・」

 

白井の目の前にはガレキになったビルがあった。

 

信乃とは違い、幻想御手を持っているスキルアウトを探し回り、交渉(ぼうりょく)

で情報を手に入れようと白井は走りまわっていた。

 

 

そして数か所を回った先に、スキルアウトに捕まっている佐天を見つけた。

 

そのスキルアウトと戦闘となって倒す手段としてビルを破壊していまいにいたる。

 

「さ! 幻想御手をいただきますの!」

 

白井の左手には襟首を掴んで引きずる状態の男がいて、襟首を強く引っ張った。

 

 

白井と先頭になった男の能力は偏光能力(トリックアート)。

周囲の光の屈折を変化させて自分の位置を錯覚させる能力である。

 

白井のテレポートは攻撃範囲が狭く、鉄矢の攻撃も外れて手の打ちようがなかった。

 

しかし、ビルを破壊という荒業で建物内はすべて攻撃範囲にしてこの男に勝利した。

 

そして現在にいたる。

 

 

白井は男の襟首を引いた。

 

「はぐあ!」

 

変な声を出したが、すぐに白井のお願いを聞いてポケットからあるものを出した。

 

一応、崩壊前に男をテレポートで外に出したので体に怪我はないが、崩壊の恐怖で

精神外傷(トラウマ)のガクブル状態で、白井に抵抗する気力はない。

 

偏光能力の男が出したものは音楽プレーヤーだった。

 

「ただの音楽プレーヤーではありませんの。ふざけないでくださいな」

 

「ち、ちがう! 幻想御手は曲なんだよ!」

 

音楽プレーヤー。先日、信乃が持ってきた(正確には信乃の知り合いが渡した)

幻想御手の答えと同じだった。

 

(それでは、信乃さんが持って来たものは本物でしたの?)

 

白井は疑念を持ちながらも、男の言うことを信じることにした。

 

「まあとにかく、警備員(アンチスキル)に連絡を」

 

そう言ってポケットの携帯電話に手を伸ばした瞬間

 

 

「まちな、こいつがどうなってもいいのかよ」

 

いきなり声を掛けられた。

 

声の方を見てみると、一人の男がいた。

 

外見はコーンロウのヘアスタイルに筋肉質で長身、そして肌は色黒。

見るからにスキルアウトと分かった。

 

しかし問題は男ではなく、男が左腕に捕まえている人物。

 

「ご、ごめんなさい・・白井さん」

 

「佐天さん!?」

 

そう、先程スキルアウトに捕まっていた友人がいた。

 

戦っていたスキルアウトの仲間は全員倒していた。

戦いから時間がたっているから、もう逃げていると思ったが佐天は白井が心配で

近くに隠れていたところをこの男に捕まってしまった。

 

「ほう、知り合いか。そこに隠れてたから利用しただけだが、トレビアン!

 正解だったみたいだな。そいつを離しな」

 

「高千穂さん!!」

 

男、高千穂が現れたことで、偏光能力の男が白井から逃げた。

 

「高千穂さん! 助けに来てくれたんですか!?」

 

「そんなんじゃね~よ。散歩してたらビルが崩れる音がして、お前が風紀委員に

 捕まってるからな。一応助けておこうと思ってな、感謝しろよトリック」

 

「は、はい! 一生ついていきます!」

 

「にしても派手だな」

 

高千穂はカレギになったビルを見た。

 

「あ~これじゃあすぐに警備員が来るな。移動するぞ、トリック。

 常盤台の風紀委員、お前も来い。もちろん逆らわないよな?」

 

「うッ!」

 

掴んでいる佐天の首を少し締めた。佐天が苦しそうにうめいた。

 

高千穂の腕力では、白井の攻撃よりも早く佐天に危害を加えることができる。

 

しかも、今の白井は戦いの直後で充分には能力を使えない。

 

「・・わかりましたわ」

 

しかたなく白井はついていくことにした。

 

「ほらお前も行くぞ、トリック。あと、アジトに着くまでこの常盤台の奴には手を

 出すなよ。下手に暴れられても面倒だし、アジトなら存分に可愛がれるぜ」

 

「へ、へへ! わかりましたよ、高千穂さん!」

 

白井は大人しくついてことしかできなかった。

 

 

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

・・

 

 

 

 

「ボスから連絡あった。もうすぐここに来るらしいぜ」

 

「く~高千穂さん、早く来ないかな! 能力を試したくてうずうずするぜ!」

 

「だめだ。我慢できない! あの女をいただくぜ」

 

スキルアウトが見た女は常盤台中学の制服を着ていた。

捕まっている6人の中で一人だけ意識を失っている。

 

「おいおい、怒られるぜ。でも、レベル3以上しかいない常盤台の女でも

 幻想御手は欲しんだな」

 

「いや、こいつは“おいしそう”だから俺が連れて来たんだよ。こいつで」

 

スキルアウトはスタンガンをポケットから出した。

 

「なんだ、そういうことならボスも怒らないだろ。みんなでおいしくいただくか」

 

「俺が連れて来たんだ。おれが最初だぜ。グヘヘヘヘ」

 

歩み寄ってくるスキルアウト達。他の人質は自分の身のことしか考えておらず、

助けようとはしない。

 

唯一人を除いては

 

「はい、ストップ」

 

西折信乃が立ち上がった。手錠をされているだけなので立つことはできた。

 

「あ~あ、あんたらのボスがくるまで大人しくしているつもりだったのに、

 台無しじゃねえかよ。」

 

呆れたようにぼやいた。

 

「なんだ、邪魔すんなよ!」

 

「痛い目あいたくなけりゃ引っ込んでろ!」

 

「邪魔するにきまってるだろ。一人の女の子が大変な目にあうのに、何もしないわけ

 にはいかない。ということであなたたちは地面を味わってもらいます」

 

「あん? なに言ってんだ?」

 

「つまり、地面に這いつくばっとけっつってんだよ」

 

「はは、この人数を相手に、しかも手錠付きで何ができるんだ」

 

「そうだぜ! 俺ら全員レベル2以上はある! 勝てると思ってるのかよ?」

 

「逆に俺からも一つ聞きたい。いいのか?」

 

「あ? 何がだ?」

 

「たった30人で、手錠のハンデだけでいいのかと聞いてんだよ」

 

「ふざけんじゃね!!」

 

 

(さて、これ使っていたのは特殊飛行靴暴走対策室だったし、

  特殊飛行靴暴走対策室 → 室長の“鰐島” → “鰐島”と言えばあの人

 っていう連想ゲームで組み込んだ道もアレだし、手加減してやってみますか)

 

信乃はジーンズの裾を上げた。

 

見えたのは足首。そして足首に巻きついている装置と、2つの車輪。

 

 

A・Tが流行していた頃、A・T使用者の天敵がいた。

 

特殊飛行靴暴走対策室、つまりA・T対策の警察。

 

信乃の足首に付けているのは、特殊飛行靴暴走対策室が使用していた道具。

 

A・Tを付ける犯罪者を追いかけるには同じようにA・Tを付ける必要がある。

 

それで作られたのがこの覆面パトカーならぬ≪覆面A・T≫

 

A・Tを着けていないと偽装することができる。今の信乃がまさにそうだった。

 

足首の装置が起動、車輪が靴の裏に移動してA・Tとなった。

 

「行くぜファ○ク共!! テメーらのミソッカスを食い散らかしてやる!!」

 

調子に乗って“牙の王”の口調を真似て死刑宣告した。

 

 

 

 

 

 

「ずいぶん人気のないところに来ましたのね」

 

「ああ、ここならどんなに叫び声をあげても誰も気付かない。いい場所だろ?」

 

「最悪の場所ですの」

 

4人、トリックと白井、高千穂と捕まったままの佐天がアジトへと向かっていた。

 

白井と高千穂はたまに軽口をしゃべっているが、佐天は恐怖で全くしゃべらない。

 

白井の「きっと大丈夫ですの」という励ましにも返事をしなかった。

 

そして4人は、とある工場に到着した。

 

「ほら、着いたぜ。この工場だ。トリック、開けろ」

 

「はい!」

 

トリックが工場の扉、トラックが入ることを想定した大きな引き戸を開けた。

 

「ようこそ! ここが俺らのアジトだ!」

 

高千穂が高らかに言った。

 

 

だが、

 

「残念」

 

工場の中から高千穂の知らない声がした。

 

「ここはもうお前のアジトじゃなぇ

 

 

 サメの腹の中さ」

 

 

そこには西折信乃が一人だけ立っていた。

 

周りには倒れ伏した男達。工場の梁にも動かない数人もぶら下がっている。

 

地面や壁には深くえぐる幾つもの斬撃の跡。

 

まさしく地獄絵といった状態だ。

 

高千穂も含めて4人は驚きのあまり無反応だった。

 

 

しばしの沈黙。だが高千穂がこの沈黙を破った。

 

「これはお前がやったのか・・?」

 

「ああ」

 

短く答える。もちろん倒されたスキルアウトは全員が死亡どころか重傷を負っていない。

ただ、今からやってくる高千穂(ボス)への挑発と警告のために派手に倒した。

 

信乃の返事を聞き、高千穂の体は震えてた。そして笑顔で信乃を見た。

 

「おい女」

 

「え?」

 

高千穂はいきなり捕まえてた佐天を離して背中を押した。

 

「あそこに集まっている連中の所に行け」

 

高千穂が指を向けた先には手錠をした5人が座っていた。

 

さっきまでは気絶していた常盤台の少女も目を覚まし、全員が茫然としている。

 

信乃も見ると笑顔で頷いたので、佐天は駆け足で5人の元に行った。

 

人質が解放されて自由になった白井だが、自分が下手に動いて均衡状態が崩れると

考えてすぐに動かずに信乃と高千穂の湯巣をうかがう。

 

 

「トレビアン!」

 

高千穂が急に叫んだ。

 

「トレビアンだぜお前! ただのスキルアウトなら、ともかくこいつらは全員が

 能力者だ。それなのにこの状況! ははははははは!」

 

「それはどうもありがとう」

 

信乃がそっけなく返す。

 

高千穂が一歩前に出た。

 

「ゲームをしようぜ」

 

「は? 高千穂さん?」

 

「あなた何を言ってますの?」

 

「うるせぇお前らは黙ってろ」

 

トリックと白井の疑問は一蹴された。高千穂が見ているのは信乃だけ。

 

「ルールは簡単。そこの風紀委員とお前か組んでの2対2。先に全滅した方の負け。

 勝者はあの人質どもを好きにしていい。」

 

「・・なぜこんなことをする?」

 

「理由なんてどうでもいいだろ? いや、大事な理由があるな・・」

 

高千穂はニヤリと笑った。

 

「お前が俺に一撃を入れられる人間だと思ったからだ! それ以外の楽しい

 理由はねぇ! どうだ受けるか!?」

 

信乃は返答する前に白井を見た。

 

白井は頷き、アイコンタクトであることを伝えてきた。

 

「いいぜ。その話乗った。血痕の道(ブラッディ・ロード)をお前に刻んでやる」

 

信乃が走り出す構え、スタンディングスタートを構えて

 

「風紀委員はお前が相手しろ、トリック」

 

高千穂が指示を出してボクシングの構えを取った。

 

あとは開始の合図を待つだけ

 

 

 

 

 

つづく

 



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Trick17_だったら"檻"に入っていただきますか

 

 

 

スキルアウト、高千穂からの申し出。白井と信乃、高千穂とトリックの2対2の対決。

 

信乃が走り出す構え、スタンディングスタートを構えて高千穂が指示を出してボクシングの構えを取った。

 

 

 

あとは開始の合図を待つだけ。

 

 

 

 

しかし

 

「それじゃ始まりだ!」

 

信乃と高千穂の合図もなしにトリックが動いた。すぐ側の白井にナイフを振る。体も痛めていてただ立っているだけの白井は、逃げられる体勢ではない。

 

だが白井の姿は消えてナイフは空振りした。

 

「わたくしがテレポーターであることをお忘れですの?」

 

声は信乃の後ろから聞こえた。

 

「チッ!」

 

すぐに信乃を見たトリックだったが、目の前には大きな三日月状の衝撃波、"牙"が来ていた。

 

 

 

Trick - Leviathan -

 

 

 

「ギャーーー!!!!!」

 

トリックの断末魔。"牙"は高千穂とトリックを飲み込み土煙が上げた。

 

追い討ちをかけるように信乃は先ほどよりも小さい"牙"を連続で10発を放った。それを受けてさらに土煙が上がる。

 

「・・容赦ないですのね。それにしても伝わってよかったですの」

 

「『テレポートする、からかまわず攻撃を!』ですから、思いっきりでかいのをぶち込んでやりましたよ」

 

あの時のアイコンタクトはそういう意味だった。

 

「これで一見落着ですの。それにしても、あなたの能力って」

 

「! 危ない!」

 

殺気を感じて信乃は白井を横に突き飛ばし、その反動で自分は逆に飛とんだ。直後に土煙から高千穂が飛び出て、2人がいた場所に真空飛び膝蹴りが放たれた。

 

間一髪

 

しかし、高千穂は空中で拳を伸ばして白井の腹を殴り飛ばした。

 

「が!」

 

「白井さん!!」

 

殴られた勢いのまま数メートル飛び、白井はそのまま動かなくなった。

 

無理な体勢から出された攻撃で威力はないと分かっていたが、信乃は動揺して白井の名前を叫んだ。

 

「てめぇ! よくも白井さんを!!」

 

「ん?殴ったのは女の方か。ちょうどいい、これでサシで勝負ができる」

 

「!?」

 

高千穂は殴ったことを今気付いたように言った。あれだけの攻撃を仕掛けたのに高千穂の体は無傷。

 

しかし信乃が驚いたのは今の攻撃の動きと今の発言だった。

 

「どういうことだ? 俺らが避けた後に方向転換しただろ。どれだけ速いんだよ?」

 

「速いんじゃないぇ、素早いんだよ。おっと、自己紹介がまだだったな。

 俺の名前は"高千穂 仕種"(たかちほ しぐさ)!

 能力は肉体強化のトップ能力!

 レベル4の"反射神経(オートパイロット)"だ!!」

 

「なるほど・・あんたの言った意味が意味が分かったぜ。殴った後にテメェは

 白井だと気付いた。つまり殴ると考えただけ、"反射"で体を動かして目標を

 攻撃する。それがあんたの能力だろ?」

 

「その通り。だからお前の攻撃も"自動操縦(オートパイロット)"で

 避けるから当らねえよ!」

 

「すげぇ能力だな・・・でも、白井さんの痛みを10倍返しをするつもりだから・・

 それに当らないかどうかなんて、やってみなきゃわからねぇだろ!!」

 

 

高千穂へと突っ込む。

お互いに拳の届く距離。信乃は攻撃を繰り出す。

右のアッパー

左のハイキック

連続で右の後ろ回し蹴り

かがんでで両手の掌底

 

そして

A・Tから出す"牙"の5連撃

威力は最初よりは小さいが当たれば昏倒するには十分なレベル。

 

他の攻撃もそうだ。

打撃全てに体重を乗せて、威力も速度も申し分ない。

 

だが高千穂はどれ一つとしてかすりもしなかった。

右アッパーには、上体を逸らして

左のハイキックには、一歩下がり

後ろ回し蹴りには、身をかがめて

掌底には、右にステップして

"牙"の5連撃にも、2メートルの距離で出されたにも関わらず、

上体を動かすだけで避けた。

 

それを全て顔色一つ変えずにやってのけた。

 

これ以上の攻撃は無駄だと判断して信乃は後ろに下がり距離を取った。

 

「ちっ! まじかよ」

 

「トレビアン」

 

信乃が舌打ちをして悪態をつけたのに対し、高千穂は満足そうに言う。

 

「いいぜお前これだけの攻撃をする奴は初めてだ。ほら、出し惜しみするなよ。

 全力を見せてみろよ、ははははははは!」

 

『コイコイ』と手招きをして信乃を挑発する。

 

「ならこれだ!」

 

信乃が走り出した瞬間に高千穂の周りに無数の影が現れた。そのすべてが信乃の姿をしている。

 

「なるほど残像を使った分身か」

 

その数は20以上。

 

高千穂はこの状況でも笑っていた。

 

「でも分身しても本体は一つ」

 

分身が攻撃してきた。数体は四方同時に他は数コンマの時間差をつけて連続で。

 

だが

 

「残念」

 

5番目の分身、いや、本体の腕を掴まえた。分身の中で信乃を確実に捕えた。

 

「な!?」

 

「分身ってのは言えばフェイントだろ? 俺自身がいくら反応しようとも意味がない。

 俺の能力は"自動"なんだよ!」

 

そのまま腕を破壊するために膝蹴りを繰り出した。

 

「く!」

 

信乃はあえて体ごと高千穂に突っ込んで腕の破壊を防いだ。代わりに胴体へ攻撃を受けたが、手を腹との間に入れたので直撃だけは避けられた。一瞬意識が飛びそうになったがどうにか持ちこたえる。

 

そして腕を掴まえてる高千穂の手首に攻撃を仕掛ける。これも自動操縦な反射神経で信乃を離して簡単に避けらた。

 

しかし、手を放させることが目的のため自由になった。その体勢から

 

「これが最後の手だ!!」

 

空中にいなから連続で足を振った。上体を後ろに引いて蹴りを避けようと高千穂は"考えた"のだが、信乃の足からは"牙"が放たれた。

 

「な!?」

 

信乃は連続での"牙"を出し続ける。

 

 

 

Trick - Falco Fang × 30 -

 

 

 

先程も出した威力が弱い"牙"。しかし、高速で連続で出すことで当てることを目的にした攻撃。

30発を打ってようやく信乃は着地した。そして30連撃でできた高千穂との距離を一気に駆け抜ける。高千穂の1メートル手前、そこで急停止をし、足を全力で振る。

 

 

 

Trick - Bloody fang Ride fall "Leviathan" -

 

 

 

 今までで一番大きな"牙"。

 停止状態から瞬時に最高速度、そして瞬時に停止状態にし、

 エネルギーの 0 - 100 - 0 にする"キレ"から生まれる慣性エネルギーを

 全て込めた一撃。

 

 

合計で31発の牙が高千穂を襲い、再び土煙が上がった。

 

(こういう場合、相手は生きてるってのが相場だよな・・)

 

信乃は戦いが終わってないはずだと、気を引き締めた。

 

次の瞬間

 

「ぐぁっ!」

 

「!」

 

叫び声と共に土煙から拳が出てきた。連続攻撃の疲労で足の反応が遅れて信乃は顔に直撃した。2メートル吹き飛ばされたがすぐに体勢を整えた。

 

ボクシングで構える高千穂。あれだけの攻撃で傷一つ付いていない。逆に信乃は顔面を腫らして、攻撃で足にきたのか少しふらついた。

 

「ト・・ハァハァ・トレビアン・・ハァハ・本当に面白いぜ・・ハァハァ・・

 後ろに反らそう・・ハァハ・・と・・考えたその予想を上回って・・ァ・・ハ・

 本気でやられたと思ったぜ・・」

 

「"考えて"も"思って"もあんたには無意味だ。なんせ自動なんだからな」

 

「その・・通りだ!」

 

無傷だが、今の攻撃に相当の冷や汗と急激な回避をさせられたために高千穂は肩を大きく上下させて息をしていた。

 

(今のA・Tは攻撃力重視。速度はさっきの攻撃が限界だ。あの分身で背後からの

 攻撃も止められた。つまり、速度でも不意打ちでもあいつには通用しない)

 

信乃は高千穂が攻めてこないうちに作戦を練ったが、いい答えがでない。どうしても、"アレ"以外の方法が思いつかない。

 

 

突然、信乃は諦めたように言う。

 

「やっぱり、だめか」

 

「? なにがだめなんだ?」

 

「このままじゃお前に勝てないってことがだめなんだよ。だからおれは諦める」

 

「! はははははは! もうネタ切れかよ! 一撃入れられると期待したが

 出来なかったな! でもやられるかもしれないスリルが楽しかったぜ!

 ははははははははははははは!!!!」

 

自分の勝利を確信し、高千穂は高笑いをした。

 

「し、信乃さん!」

 

急に高千穂以外の声がし、2人は振り向いた。そこには上体をようやく起こしている白井がいた。

 

「信乃さん! 諦めては、だめですの!」

 

「白井さん! 大丈夫ですか!?」

 

戦いが終わっていないために白井に近づけなかったが、せめて怪我の確認はした。

 

「はい、肋骨が少しやられてますが、なんとか・・グッ!」

 

怪我に響いたのか白井はうめいた。

 

「無理しないでください!」

 

「そうだぜ、お前の運命は決まった! 2人まとめて仲良く地獄行きだ!

 俺って優しいぜ! はははははははは!」

 

「いや、俺ら地獄行くつもりないし、負けるつもりもないよ」

 

信乃は高千穂に向き直り言った。

 

「何言ってんだ? さっき諦めるって言ったじゃねえか」

 

「ああ、諦めるよ」

 

いつもの笑顔を信乃は出した。しかし、顔はいつもと同じだがこもっている殺気が戦闘中の比ではなかった。

 

「諦めるのはな、あんたに大怪我を負わさずに捕まえることだよ。これでも、一応風紀委員なんでね」

 

「は? 今まで俺に傷一つ付けられない奴が何をどうやって大怪我にするんだ?

 俺の獣以上の動きを捕えきれるのかよ!?」

 

「獣・・ね。だったら"檻"に入っていただきますか」

 

信乃は白井の方を向いて

 

「もう少しだけ待ってください。すぐに終わらせます」

 

笑顔を見せて信乃が消えた。一瞬だけ見えた笑顔。その時の眼は碧かった。

 

 

 

「お前の速度ならギリギリ見える! わかれば"自動"でどうにかできんだよ!」

 

高千穂が視点を広くする見方をして信乃の動きを追った。

信乃は白井でもなんとか見える速度で高千穂の周りをランダムに駆け回る。

あまりの速さで動くため、残像が“白い軌跡”を残しながら走り続けた。

 

 

そして、数秒後、高千穂の前で止まった。

 

「・・何がしたいんだ? 適当に俺の周りを動きまわって」

 

「だから、檻に入ってもらうって言ったでしょ」

 

「は? ・・まさか!?」

 

高千穂は気付いて周りを見渡した。残像が残した“白い軌跡”が消えていない。

目の端で捕えるような見方ではない、物を認識するために“白い軌跡”を凝視する。

そこには囲うようにしてあるのは、“白い軌跡”こと無数の"牙"

 

今までとは違い、"牙"は全く動かない。しかし、檻のように重なり人が抜け出せる隙間は無かった。高千穂に逃げ場はなかった。

 

「"血痕の道"(ブラッディ・ロード)

 

 

 Trick  "無限の空"(インフィニティアトモスフィア)

 

      "無限の牢獄"(インフィニティジェイル)    」

 

 

信乃はそう言いながら3発の牙を出した。これで高千穂の正面、唯一"牙"がない空間にも出されて完全に逃げ場がなくなる。

 

高千穂は今から起こることを"自動操縦"ではなく、自分の考えとして分かっていた。だから、動けない。動いても意味がない。

 

「あ・・・これは・・・」

 

「自動操縦は俺の攻撃に反応して避ける。

 だが、俺が攻撃を仕掛ける前だったら無反応だ。

 それはつまり、攻撃前の準備には反応しないってことだろ?」

 

信乃はニヤリと八重歯を出すように笑う。

 

「それに、いくら自動で避けようとも、逃げ場がなきゃ自動もくそもない

 避けられないんだからな」

 

最後の"牙"を一発撃つ、"檻"とは違い、今までの動く"牙"を。

それが周りの"檻"に当たり、一つ一つが連鎖して停止していた"牙"が徐々に

中心に、高千穂に向かいって同時に動き出した。

 

速度も上げながら徐々に、確実に。

 

「これ全て浴びたら、さすがに大怪我するでしょ?

 閉じろ   牙  」

 

高千穂に当たる頃には今まで以上の"牙"、全てが必殺の威力になっていた。

 

「かっ・・がはっ・・!!」

 

高千穂は牙を受けて血を出しながら吹き飛んだ。血煙が道のように散りながら・・

 

 

 

さすがに全ての"牙"を受けて高千穂は動けなくなっていた。そんな高千穂に信乃は近づいた。

 

「よかった。生きてるみたいだな。手加減したけど心配だったんだよ」

 

「こ・・れで・・てか・・げんかよ・

 おまえ・・いっ・たい・・ なに も・・ん・・だ」

 

「無理してしゃべるなよ。

 でもまあ、あんたは戦う前に名乗ったのに俺は言ってなかったな。

 俺の名前は西折信乃。 能力は教えたくないから言わない。

 でも、何者かって質問には答えるぜ。

 

 おれは   "暴風族(ストームライダー)"  だ」

 

 

 

 

 

 

佐天は見ていただけだった。

 

諦めると言った信乃に、白井は叱咤したが、佐天は何も言わずにいた。痛みで呻いている白井の元へも駆け寄ることをしなかった。

 

いや、できなかった。

こわかった

いきなり首を絞められた。

怪我した白井さんが大丈夫だと言ったがそうは思えなかった。

 

信乃がすごい動きで敵を倒しても、あるのは安心感ではなく自分の無力感だけ。

 

「また・・・・わたしだけ・・・・能力が・・あれば」

 

無意識の内に自分のポケットへ手を伸ばしていた。音楽プレーヤーに。

 

 

 

 

つづく

 




今のが改行改良版です。どちらが読みやすかったか感想をお待ちしてます。


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Trick18_これでも私、レベル0ですよ

 

 

 

高千穂との戦いの翌日、信乃と白井、初春と御坂の4人は風紀委員177支部で

話し合いをしていた。

 

佐天は昨日の事件でショックを受けたので、今日は来ていないらしい。

4人は昨日の戦いで幻想御手(レベルアッパー)について知ったことを報告した。

 

「やはり、曲が幻想御手ですの。昨日の男もそれを自供しましたわ」

 

「そうですか・・さすがちぃくん、最初から信じればよかった」

 

「まあまあ、いいじゃないですか。木山先生にはさっき曲を送っておきました」

 

「ありがとうございます、初春さん。でも、たかが曲がどうやってレベルを

 上げるのか答えは出ていないままですよ」

 

「そうね~、ヘッドホンから電流が出てくる曲とかだったりして!」

 

授業(カリキュラム)には電気刺激もあるが、イヤホンでそれが出来るはずがない。

 

「・・あなたの頭は電気のことしか考えられないのか? 御坂美琴」

 

「うわ、信乃にーちゃん、急にフルネームで呼ばないでよ! 恐いよ!

 冗談に決まってるでしょ!」

 

「アナタノ脳ミソナラソウ考エテモオカシクナイト思ッテ」

 

「・・ふざけ過ぎてごめんなさい。だから怒らないでください」

 

笑顔しか浮かべていない信乃だが、小さい頃の付き合いで怒っていることを

御坂は察して謝った。

 

「信乃さんってそういう風に怒るんですね」

 

「いや、イラつく奴らには普通に怒りますよ。殴ってミンチにします」

 

「・・・とても風紀委員の言葉とは思えませんの。普通も十分危険ですのね」

 

「まあ、とにかく幻想御手がどういう仕組みか考えないと」

 

「誰ノセイデ話ガズレタカワカル?」

 

「ごめんなさい」

 

「まあまあ信乃さん落ち着いて下さい。でも、曲を聞いただけで効果があるって

 スキルアウトの人は言っていたんですよね」

 

「そうですの。昨日の光操作の男(トリック)も、自動操縦の男(高千穂)も

 他のスキルアウトも全員がそう言ってましたの」

 

それを聞いて初春が木山との話の内容を言った。

 

「さっき木山先生に電話したときに聞いたんですけど、音だけ、聴覚だけで

 能力を上げるのは出来ないみたいです。

 でも、大量の電気情報を脳に直接入力する学習装置(テスタメント)という

 装置があれば強制的にレベルが上がることができるみたいです。

 その代わりに聴覚だけじゃなく、視覚、味覚、嗅覚、触覚の五感全てを

 使わないと出来ないみたいです」

 

「つまり、ただの音楽では出来ないってことね」

 

御坂が言葉で全員が同時にため息をついた。

 

「私も意識不明の学生の家を調べた資料を見たんですけど、全員が音楽の

 幻想御手を持っていました。それにちぃくんがこれが答えと言ったから

 間違いはないはずです」

 

信乃が棚にある資料を出して4人に見せるように広げた。

 

「そうですわね、答えは間違ってませんの。ですけど、見方の問題ですわ」

 

「どうにか聴覚だけで五感全てに干渉する方法があったらいいのに・・・」

 

御坂が適当に言ったその一言に信乃が反応した。

 

「聴覚だけで・・・そうか! 共感覚性!」

 

「「「え?」」」

 

「共感覚性! 赤い色を見て温かく感じたり、青い色を見ると冷たく感じる!

 風鈴の音だってただの音のはずなのになぜか聞くだけで涼しく感じる!

 一つの感覚で複数の刺激を受ける!」

 

「もしそれが幻想御手に使われてる可能性があれば」

 

「音だけで学習装置と同じ効果が出せますの!」

 

信乃の続きを御坂と白井が受け継いだ。

 

「私、早速木山先生に連絡します!」

 

初春は携帯電話を持って部屋から出ていった。

 

「信乃にーちゃん良く気付いたね」

 

「信乃にーちゃん言わない。

 これでもあなたたちより長生きしてますから」

 

「長生きって、わたくしとはたった3年しか変わりませんわよ?」

 

「その3年の差にいろいろあったんですよ」

 

「「!」」

 

御坂と白井は不意に思い出した。

 

西折美雪、信乃の家族から聞いた信乃の壮絶な人生を。

 

簡単にしか説明されてないが、それでも自分が同じ体験をすれば

生きていけない思った。

 

 

「美雪から聞いたでしょ? "俺"の過去の話」

 

「「・・・・」」

 

信乃が、ゆっくりと、暗い言葉を出した。

 

「琴ちゃんは美雪と同じ時に言ったよな・・・・まあ、大変だったのは

 最初の半年だけだよ。でも、戦場で過ごした半年、それが一番ひどかった」

 

御坂と白井は何も返さない。

 

「といっても、社会に戻ってからは普通に過ごしたから大丈夫だよ。

 あ、普通といっても波乱万丈だな。

 飛んでいる飛行機の上を走ったり、人類最強の赤色と戦うことになったり」

 

「「は?」」

 

シリアスな雰囲気から考えられない言葉が出てきて変な声が出てしまった。

 

「まあ、"私"が言いたいのは、人生いろいろってことですよ。

 あとは普通に私に接してくれてありがとうってことです」

 

いつの間にか信乃の話し方がいつもと同じになっていた。

信乃の笑顔、そこには偽りもなく感謝の気持ちが現れていた。

 

 

「御坂さん、白井さん、信乃さん、木山先生に連絡しました!

 幻想御手の解読には"樹形図の設計者"(ツリーダイアグラム)を使うみたいです!

 私、これから木山先生のところに行って使うところを見てきたいと思います!」

 

話がちょうど終わったときに初春が部屋に入ってきた。

 

「あ、それなら私も行きます」

 

3人の中で手を挙げたのは信乃だ。

 

「木山先生には前回、会えませんでしたしレベルが上がったスキルアウトのことを

 直接報告したいですから」

 

「それじゃ、行きましょ行きましょ!」

 

初春は興奮して信乃の手を引っ張り部屋から出て行った。

 

 

 

「まさか、信乃にーちゃんからあんな話を聞くとは思わなかったなー」

 

「そうですわね。あんな過去を持っていても全く見せない。でも、お礼を言われる

 ということは、それほど仲良くなったということですかしら?」

 

「うん、そうね。・・よし! あとは美雪姉ちゃんとの仲を早く直さないと!」

 

「はいですの。美雪お姉様も信乃さんにありがとうと言われるくらい仲良くなって

 欲しいですわ」

 

事件とは別のところで新しい目標を決めた御坂と白井だった。

 

 

 

 

 

「ふふふふ~~ん♪」

 

「本当にうれしそうですね、初春さん」

 

「はい! だって"樹形図の設計者"ですよ!

 あのスーーーパーーーコンピュータですよ! それを動くところを見れるなんて

 最高じゃないですか!!」

 

「ははは。"樹形図の設計者"は逃げたりしませんよ。落ち着いて行きましょう」

 

信乃と初春は木山の研究所に向けて歩いていた。

どうやら初春はちぃくんの事といい、今回の事といい、コンピュータ関連のことが

かなり好きらしい。

 

プルルル!

 

初春の携帯電話が鳴った。

初春は信乃に『ごめんなさい』と目配せをして電話に出た。

 

「あ、佐天さん? 心配したんですよ。学校でもよそよそしいし、電話しても

 電話に出ないし」

 

『・・ちゃった・・』

 

「はい?」

 

『あけみが急に倒れちゃったの・・』

 

あけみとは佐天と初春のクラスメートであり、共有の友人だ。

 

『幻想御手を使ったら倒れちゃうなんて私知らなくて・・・なんで・・

 こんなことに・・私・・そんなつもりじゃ・・』

 

「佐天さん、落ち着いてください! ゆっくり最初から」

 

初春の様子に普通ではないことを信乃は気付いた。そっと耳に集中して

話を聞いた。

 

『幻想御手を手に入れちゃって、所有者を捕まえるって言うから・・

 でも、捨てられなくて・・それで、あけみ達が幻想御手が欲しいって・・

 ううん、違う。本当は一人で使うのこわかっただけ』

 

「とにかく、いまどこですか!?」

 

『私も倒れちゃうのかな? そしたらもう二度と起きないのかな?

 私・・何も力がない自分が嫌で・・でも能力の憧れを捨てられなくて

 "無能力者"(レベル0)って欠陥品なのかな? それでズルして力を手に

 入れようとしたから・・バチが当ったのかな? わたし・・』

 

電話の向こう側から泣き声が聞こえた。

 

「大丈夫です!!もし眠ちゃっても私がすぐに起こしてあげます! だから私に

 ドーンと任せちゃってください!!」

 

『初春・・』

 

励ますように、明るい声で初春は言った。

 

「能力が使えなくたって佐天さんは私をいつも引っ張ってくれるじゃないですか!

 力があってもなくても・・佐天さんは佐天さんです!

 私の・・ヒック・・親友なんです!」

 

声のトーンが、下がっていき、最後は堪えられなくなって初春も泣いてしまった。

 

「だから、そんな悲しいこと言わないで・・」

 

『・・・プ、フフフ・・アハハハ!』

 

「佐天さん?」

 

『初春を頼れって言われてもね、アハハ』

 

「もうひどいですよ! それに私だけじゃないですよ。周りにすごい人が

 たくさんいますし!」

 

『うん、そうだね。迷惑ばかりかけてごめんね。

 

 あとはよろしく』

 

「初春さん、電話替わってもらっていいですか?」

 

「え、信乃さん? あ、はい。佐天さん、信乃さんに替わりますね。 どうぞ」

 

信乃は初春から携帯電話を受け取った。

 

そして信乃はすぐ側のバス停のベンチに座り、同じように座るよう初春を促した。

電話の内容を聞けと、そう言うことだろう。

初春もそれが分かり、隣に座って電話の声が聞こえるように近づいた。

 

「こんにちは、あなたの生活に幸せをお届けする何でも屋の西折信乃です」

 

『え、信乃さん!? どうして電話に!? なんですかそのキャッチフレーズは!?』

 

「ギャグです」

 

『ギャグ・・?』

 

「まあそれはともかく。すみません、電話を盗み聞きしていました」

 

『・・そうですか』

 

「それで、佐天さんにいくつか言いたいことがあって電話を替わってもらいました」

 

『・・はい、お説教でもなんでも聞きます』

 

佐天は初春と話して少し安心したようで、信乃の話もすぐに聞くことを決めた。

 

 

「1つ目、ズルしたからバチが当ったとか言ってましたけど、それは同感です」

 

『そうですか・・ごめんなさい』

 

「私に謝らないでください。でも反省はしてくださいね。

 私の個人的な考えですが、神様はいないが因果応報はあると思います。

 だから佐天さんがバチが当たると言っていた事ですけど、

 まあ、仕方ないですね。悪いことしたから素直に受け入れて反省してください」

 

『厳しいですね。でも、わかりました。寝ている間に反省します』

 

「よろしい。って偉そうに言ってしましましたね。

 では2つ目、佐天さんは努力をすべて出し切った自信はありますか?」

 

『・・・』

 

沈黙。しかし信乃は続ける。

 

「昔々、とある少女がいました。少女は最初は"低能力者"(レベル1)と判定

 されましたが、頑張った努力の末にレベルが急激に上がり

 今では学園都市の7人しかいないレベル5にまで到達しました。

 そして彼女は最強の電撃姫、"超電磁砲"(レールガン)と呼ばれるほどすごい

 力を手に入れましたとさ」

 

『それって・・・御坂さん・・』

 

「さて、佐天さん。同じ質問をします。

 

 あなたは努力をすべて出し切った自信はありますか?」

 

『ないです』

 

今度は即答だった。

 

「なら、逆に考えれば可能性はまだあります。努力は人を大きくする。

 それに、スピネルの助けもあるかもしれません。

 スピネルは向上心や努力を促進してくれます。

 気休めかもしれませんが頼ってみてください」

 

佐天は自分の手首を見た。

信乃にプレゼントされたブレスレット。

その中央に輝く赤い宝石、スピネル。

 

『わかりました。戻ってきたら限界まで努力します!』

 

「いい返事です。それでは最後です。

 レベル0を欠陥品扱いしないでください。

 

  これでも私、レベル0ですよ」

 

「『え!?』」

 

側にいる初春と電話先の佐天が同時に驚いた。

 

「前に言いましたが、私は薬が効かない体質なんですよ。

 もちろん能力開発のための薬物投与も同じで効果がありませんでした。

 昔も今もレベル0のままです」

 

『本当なんですか? だって、すごい力持っているじゃないですか』

 

「方向(ベクトル)は違いますけど、あれも御坂さんと同じ努力の結果です。

 能力が使えないと分かってから元々持っていた知識から独学で頑張って

 手に入れった、能力ならぬ技術ですよ。

 佐天さんも頑張ればできますよ。やりかたを教えましょうか? 地獄の特訓で」

 

『あ、いえ、遠慮します』

 

「だから、レベル0がダメだってわけじゃないんですよ。人間、他にも出来ることが

 たくさんある。大事なのは自分にできることを理解すること。

 そして諦めずに努力することです」

 

『はい、わかりました・・』

 

電話の向こうから泣き声が聞こえた。

恐怖ではなく、自分の考えの恥ずかしさ、そして信乃の励ましが嬉しくて。

佐天は泣いていた。

 

「あちゃ~・・・女の子を泣かしてしまいましたね」

 

バツが悪そうに信乃はつぶやいた。

 

「ごめんなさい佐天さん。あの、反省しろと説教しましたが泣かせるつもりは・・」

 

『いえ、気にしないでください! これは反省のための涙です!

 信乃さんが悪くありません! ありがとうございます!』

 

佐天は涙を拭いて言った。

 

「そうですか・・あ、あと、お詫びというわけじゃないでけど

 幻想御手の犯人に会ったらどんな仕返ししたいですか?」

 

『え?』

 

「だって仕返ししたいでしょ? 私が代わりにやりますよ。

 佐天さんが起きた時には犯人は刑務所の中なんですから」

 

『プ! 何言いだすんですか信乃さんは、もう!

 

 でも、それだった一つだけお願いします』

 

「はい、何なりと」

 

『デコピン』

 

「デコピンって指を弾いておでこに当てるあれですよね?」

 

『信乃さんの力い~~っぱいの痛いのを一発ぶつけてやってください!』

 

相手を殴ってほしいと言われると思った信乃だが、佐天は意外と可愛いお願いをした。

 

「はい、その依頼、西折信乃が確かに請け負いました」

 

どこかの赤色の言葉を真似て、絶対に果たすと誓って信乃は言った。

 

『よろしくお願いします。・・・なんだか、眠くなってきたな・・』

 

「お休みの前に親友に何か言ってあげてください。すぐ替わります」

 

『・・・ありがとうございます』

 

「はい、初春さん」

 

信乃は初春に電話を渡した。

信乃と佐天の話を聞いていたのですぐに受け取った。

 

「この話は盗み聞きしないんで安心してください」

 

信乃は初春から少し歩いて離れた。

初春たちが何を話しているかわからない。

でも、泣いている初春を見て、犯人を捕まえることを、佐天を助けることを決心した。

 

 

 

 

 

電話の後、信乃と初春は急いで佐天の住んでいる部屋に向かった。

到着した部屋に、佐天は穏やかな顔をして眠っていた。

手首に付けたブレスレットを握りしめながら。

 

「信乃さん・・佐天さんのことお願いしてもいいですか?」

 

初春が佐天を見て、決意したように言う。

 

「かまいませんが・・初春さんはどうするんですか?」

 

「私は今できることを、木山先生のところに行きます!」

 

「・・わかりました。佐天さんのことは任せてください。

 

 その依頼も、西折信乃が請け負いました」

 

 

つづく

 



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Trick19_“轢き潰す”ことは決定だな

 

 

 

「信乃にーちゃん! 佐天さんが運ばれたって!?」

 

「琴ちゃ、じゃなかった。御坂さん、病院では静かにして下さい」

 

佐天は幻想御手(レベルアッパー)で倒れた後、救急車で病院に運ばれた。

到着後に御坂と白井に信乃が連絡をして、2人は急いで病院に駆け込んできた。

信乃も少し動揺していたみたいで御坂を昔の呼び名で呼びかけてしまった。

 

 

到着した2人が見たのはベットに横たわる佐天。

周りには医者と看護士が数名いて検査をしている。

 

「・・・佐天さんも・・・幻想御手を・・・」

 

その光景を見て御坂がやっとのことで呟いた言葉だった。

 

「信乃さん、初春はどちらに行きましたの?」

 

「絶対に幻想御手を解析して佐天さんを助けるって・・・木山先生のところに

 行きました。私は佐天さんをお願いされたので、ここに・・・」

 

いつも笑顔を浮かべている信乃も、さすがに今は無表情だ。

誰もなにも言えずに、ただ沈黙だけが過ぎていった。

 

 

数分間、そのままの3人に声をかけてきた人物がいた。

 

「君達、ちょっといいかい?」

 

声の方向を3人は振り向いた。そこにいたのはカエル顔の医者。

 

「リアルゲコ太!?」

 

「「いやいやいや、違うから」」

 

御坂に信乃と白井が同時に冷静にツッコンだ。

 

「君達、風紀委員だろ? 幻想御手について話したいことがあるよ?」

 

 

 

カエル顔からの話は、患者の脳波についてだった。

個人で違う脳波だが、幻想御手の被害者には共通の脳波パターンがあることがわかった。

 

つまり、強制的に脳に干渉されているために被害者たちは昏睡状態になっている。

同時に、この脳波の正体が分かれば犯人に近づくことができる。

 

「共通の脳波。これは犯人の手掛かりになりそうですね。 待ってろよ・・・」

 

信乃は解決に近づいた喜びと、もう少しで会える犯人への殺意を呟いた。

最後の方は誰にも聞かれないように。

 

「わたくしは支部に戻って脳波について調べてみますの」

 

話しの後、白井と御坂はすぐに風紀委員支部に行くと言った。

 

「私は残っています。佐天さんの検査がまだ終わっていないですし、初春さんに

 佐天さんのことを頼まれましたから、せめて検査が終わるまでは・・・」

 

「わかった、佐天さんをお願いね、信乃にーちゃん」

 

「お願いしますわ」

 

白井と御坂は急いで病院をあとにした。

 

 

「さてさて、見つけた犯人は請け負ったことの他にも、“俺”の友達にひどい事を

 したのも含めてどんな目にあわせてやろうかな。

 

 殺して解(バラ)してなr・・ それはやりすぎか」

 

思わず知人の口癖で決め台詞を言いかけたが内容を実行すると過激なのでやめた。

 

「でも、“轢き潰す”ことは決定だな」

 

自分の背中に隠し持っている“ケースの中身”を思い出して呟いた。

 

 

 

**************************************

 

 

風紀委員支部に戻ってきた白井と御坂はさっそく書庫(バンク)から脳波の

検索を開始した。

ちなみにPCの操作は固法がしている。

 

「特定の脳波パターンがはっきりしているなら、それが犯人の脳波である可能性が

 高いわね」

 

「でも固法先輩、書庫(バンク)にデータがなかったらどうします?」

 

「大丈夫ですわ。学生はもちろん、病院の受診や職業適性テストを受けた大人の

 データも保管されてますの。心配には及びませんわお姉様」

 

「出たわよ! 一致率99%!」

 

「だれ(ですの)!?」

 

 

画面に写っていた人物

 

  『木山 春生』

 

 

写真と名前、両方とも自分たちの知っている木山と同じ。

顔が似ているわけでも同姓同名でもない。

間違いなくあの木山 春生だ。

 

そして、今、初春が会いに行っている人物でもあった。

 

「「! 初春(さん)が危ない!」」

 

白井は急いで携帯電話を操作した。

 

「初春さんがどうかしたの?」

 

一人だけ状況がわからない固法が質問した。

 

「さっき、その木山先生のところに行くって言って」

 

「なんですって!?」

 

「だめですわ、繋がらないですの!」

 

「白井さん! 警備員(アンチスキル)に連絡! 木山春生の身柄確保!

 ただし、人質の可能性あり!」

 

「はい!」

 

白井は再び携帯電話を操作した。

 

 

 

 

数分後、警備員からの連絡が来た。

木山の研究施設に行ったが、木山と初春はいなかった。

 

すでに移動した後だったのだろう。初春が人質にされた可能性が高くなる。

御坂はじっとしていられずにいた。

 

「固法先輩! 学園都市内のカメラから木山の足取りを掴めませんか?」

 

「たぶん、できると思うけど・・」

 

「まさかお姉様! 木山を追いかけるつもりですの!?

 お姉様は一般人です! お姉様が行くくらいなら私が行」

 

「そんな体で動こうっての?」

 

御坂は言葉を遮って白井の肩に“軽く”手を置いた。

 

「うっぐ!!」

 

白井は顔を歪ませて痛さに耐えている。

ここ数日、幻想御手を持つスキルアウトを相手に戦闘を繰り返していた。

昨日もトリックと呼ばれていた偏光能力者と戦って肋骨を痛めている。

 

「お姉様、気付いて・・」

 

「当たり前でしょ。あんたは私の後輩なんだから、こんなときぐらいお姉様に頼んなさい」

 

御坂は笑顔で、頼りがいのある笑顔をして部屋を出て行った。

 

 

 

御坂は電話で固法と白井から教えられて、タクシーで向かっていた。

木山はすでに警備員が先回りしていると電話で聞いた。

 

あとは捕まえるだけのだったはずだが、警備員と戦いが始まった。

タクシーの窓から見えた、大規模な爆発によって御坂は戦いの開始を知った。

 

「おつりはいいわ! 早くここから逃げてください!」

 

タクシーを急いで降りて、御坂は爆発の場所へと走った。

 

「黒子、どうなってるの? 黒子!」

 

片手には電話。電話先の白井に疑問を怒鳴る。

白井たちは学園都市のカメラから現場を見ていた。

 

『・・・・木山が・・警備員と交戦してますの・・・

 それも能力を使って』

 

「彼女、能力者だったの!?」

 

『書庫(バンク)には彼女が能力開発を付けたという記録はないわ。

 でも、これは明らかに能力だわ・・それも複数の能力を使っているとしか』

 

電話の向こうからは固法の声も聞こえる。同じように戦闘を見ていたので

木山について急いで調べたようだ。

 

「そんな!能力は一人に一つだけ!例外はないはずでしょ!?」

 

『もしかして、幻想御手ではないでしょうか? 一万人もの能力者をネットワークで

 繋いだシステムは、いわば一つの巨大な脳。

 もしそれを操れるのなら人間の脳ではありえないことを起こせますの。

 それが正しいなら、今の木山は実現不可能と言われた幻の存在・・

 

  多重能力者・・デュアルスキルですわ!』

 

白井の推測を聞いたタイミングで御坂は現場に着いた。

そこにあった風景は・・・

 

「警備員が・・・全滅・・・」

 

全ての警備員が倒れていた。

 

「初春さんは!?」

 

御坂は近くを見渡した。

すぐに止めてある車の助席に友人を見つめて駆け寄った。

気を失っているだけ。よかったと安堵を漏らしたその時

 

「安心していい。戦闘の余波を受けて気絶しているだけだ。命に別条はない」

 

爆発の土煙の中から声が聞こえた。

土煙が晴れてゆき、その中に立っている人物が一人だけ。

 

 

   木山 春生

 

 

御坂はすぐに木山に体を向けた。

 

「御坂美琴。学園都市に7人しかいないレベル5。さすがの君も私のような相手と

 戦ったことはあるまい。

 きみに一万の脳を統べる私を止められるかな?」

 

 

 

*****************************************

 

 

「どれも繋がりませんの!」

 

「こっちもダメみたい」

 

時は同じころ。風紀委員177支部で白井と固法は学園都市のカメラを操作していた。

しかし、戦闘のせいで木山と、彼女に接触した御坂を映すカメラが全て壊れてしまった。

 

「どうしましょう・・わたくしも行きますの!」

 

「だめよ白井さん! その怪我で何ができるっていうの!」

 

「しかし・・」

 

白井の体は怪我だかけ。助けになるどころか足手まといだろう。

 

「しかし、相手は多重能力者(デュアルスキル)ですわ!

 そんな相手にお姉様一人なんて・・

 あれ? 多重能力者?」

 

「? どうしたの白井さん?」

 

「いましたわ! 一人だけ、多重能力者のような人が!!」

 

白井は急いで携帯電話のアドレス帳からある人物の名前を探す。

 

 

 

つづく

 



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Trick20_ま、何を言っても戯言だけどね

 

 

 

ドン!!

 

 

大きな爆発。

御坂と木山は戦闘を開始した。

連続で爆発を攻撃する。

 

御坂は爆発を避けて木山を睨んだ。

 

「驚いたわ。本当にいくつも能力が使えるのね。

 デュアルスキルなんて楽しませてくれるじゃない!」

 

「私の能力は理論上不可能とされるあれとは方式が違う。言うならば、

 

  多才能力(マルチスキル)だ」

 

地面を走る衝撃波が御坂に向かう。御坂は横に飛んだ。

 

「呼び方なんてどうでもいいわよ! こっちがやる事は変わりないんだから!!」

 

電撃を飛ばした。

しかし、電撃はバリアーのようなものに逸らされて木山には届かない。

 

「な!?」

 

驚く御坂だが木山は能力で足元を破壊した。

戦っている場所は高架橋、2人は下に落ちて行った。

 

「く!」

 

御坂は足の裏に電気で磁場を出して、うまく着地した。

木山も能力で衝撃を吸収したようで無事でいる。

 

(自身を巻き込むのをお構いなしに能力を振るってくる! 何て奴なの)

 

御坂は木山の捨て身とも思える攻撃に少々動揺していた。

しかし、それを顔に出さずに攻撃を繰り出す。

再び電撃を飛ばすが、同じように逸れていく。

木山の周りを走りながら何度も電撃を飛ばす。

木山は一歩も動かず、すべて電撃が同じように逸れていった。

 

「能力を使って逸らしている・・なら、これならどう!?」

 

砂鉄を操り、幾つもの砂鉄の剣を伸ばしての攻撃。

木山は近くにあるガレキ(道路が崩れた際の一部)を能力で動かして砂鉄で防御した。

 

先程から木山は一歩も動いていない。

道路からここに場所が変わったのも、自身の能力で足元が崩れたからだ。

御坂の能力では一歩も動かすことができていない。

 

御坂は焦りを感じていた。

どう対処するかを考えていたその時、木山は右手を御坂に向けて振った。

手には何も持っていない。

しかし、手の動きにしたがってゴミ箱が宙をまった。

念動能力(テレキネシス)で飛ばしてゴミ箱の中の無数の空き缶がばら撒かれる。

 

瞬間、御坂にはあの事件を思い出した。

デパートの中で起きた、アルミを基点にした能力

 

(あれってグラビトン!?)

 

量子変速(シンクロトロン)の能力を使えば、空き缶全てが大爆発を起こす爆弾となる。

 

「さあ、どうする?」

 

「全部・・・」

 

御坂は体中から電撃を放った。

 

「吹っ飛ばす!!」

 

それを全て空き缶に向けた。

 

端から端まで、飛び交う電撃の槍。

無数にあった空き缶は全て破壊された。

 

「すごいな・・・だが」

 

レベル5の実力に木山は驚いたようだったが、右手に持っていた空き缶を消した。

否、空間移動(テレポート)させた。

 

「どうよ、ざっとこんなもんよ!」

 

空き缶を御坂のすぐそばに。御坂はまったく気付いていない。

そして空き缶は能力で急激に収縮して

 

「これで終わりだ」

 

木山は目を閉じて微笑した。

 

 

大爆発

 

 

あのタイミングで御坂自身は防御も回避も確実に間に合わない。

徐々に爆発の土煙が晴れていく。

 

そこに攻撃を受けて倒れた御坂の姿が

 

 

 

 

 

なかった

 

 

「な! どこにいった!?」

 

「危ない危ない」

 

声は木山の左の方、少し離れた位置から聞こえた。

そこには御坂をお姫様抱っこをして立っている少年がいた。

 

「琴ちゃん、間一髪だったな」

 

「信乃にーちゃん! なんで!」

 

「白井さんから連絡を受けてね。相手は多重能力者(デュアルスキル)らしいし、

 琴ちゃん一人じゃ大変だからすぐに向かってってね、病院から直行してきた」

 

「病院からって・・・」

 

佐天が入院している病院からここまでは、どんなに車を飛ばしても30分はかかる。

“多重能力者”の言葉から、信乃が電話を受けたのは御坂がここに着いた前後だろう。

この短い時間でここまで来たのか? と御坂はかなり混乱していた。

 

「琴ちゃん、無理し過ぎだ。ほら、足をくじいているんじゃない?」

 

「え?」

 

信乃を見ると、片目を閉じて笑っている。

 

「それに、いくらレベル5でもあれだけの攻撃をしたら疲れたでしょ?

 ここは兄貴分に任せてゆっくり休んでよ」

 

「え? 私は・・・(あ、そうか!)  うん、お願いね信乃にーちゃん」

 

信乃と考えに気付いて御坂は小さな声で返した。

御坂をゆっくりとおろして、近くの壁に背を預けるようにして座らせる。

御坂は力無く、ぐったりとしていた。

 

 

「さて、第2ラウンドだ。ここからは俺が引き継ぐ」

 

信乃は木山に向かって歩いて行った。

 

「きみは・・・何者だ?」

 

「俺の名前は西折信乃。ただのしがない戯言づk、じゃなかった。

 ただのしがない風紀委員(ジャッジメント)だ」

 

「ただの?  あのタイミングは助けられないだろう? それが“ただの”か・・」

 

「まあ、とにかく戦闘開始といきましょうか」

 

言い終わる前に信乃は木山に突っ込んでいった。

木山はすぐに衝撃波を飛ばして攻撃、信乃はそれを横に移動してかわす。

その避け方は、近くの壁を走って避けた。一瞬、目で追いつけないほど速く。

そして、信乃の足にあるものが装着されていることに気付く。

 

「インラインスケートか? まさかとは思うが、その速さで彼女を助けたのか?」

 

言いながら連続で衝撃破を飛ばす。

能力の中には小道具を使って能力が上げる学生もいる。

実際に学園都市第5位の能力者もリモコンを使っている。

信乃もその一人と思ったのだろう。さして疑問に思わずに攻撃を続けた。

信乃が全て避けると、今度は水を作りだして飛ばしてきた。

 

「さっきから質問ばかりだな。あんた科学者なら自分で答えを出してみたら?」

 

水の攻撃も難なく避けられる。

 

「でもまあ、フェアじゃないから教えておく。

 あんたの言った通り、このインラインスケートを使って高速移動した。

 だから、“俺から目を離さない”方がいい、と思うぜ」

 

信乃はさらに速度を上げる。しかし、決して目で追えないというわけではない。

左右に動きまわって攻撃を避け、御坂から反対側の方へと走る。

信乃の動きから“目を離さずに”観察して木山は作戦を練る。

 

(先程避けた速度を出せるのは一瞬・・その動きに警戒すれば問題はないだろう)

 

そう考え、信乃が近づいてくるのを警戒しながら遠距離攻撃を繰り返す。

今の信乃の位置では、あの高速移動で近づいてきても防御は間に合う。

攻撃を当てるために木山は今までより集中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーかまーえたー」

 

「なっ!?」

 

その瞬間、御坂に後ろから腰に手をまわした。

集中しすぎて後ろから近づいてきたのに気付かなかった。

正面にいるを見ると笑っている。これは・・・

 

「嘘だと!? きみは、騙したな!?」

 

「嘘は言っていないよ。

 足をくじいてるんじゃない? って疑問形だぜ。

 それにあんたとの戦闘で琴ちゃんも“少々”疲れたのも事実。

 けど、限界だと言っていないし、休むかどうかは本人の自由だ。

 それに、俺から“目を離して”も接近戦であんたを倒すつもりだった。

 

   ま、何を言っても戯言だけどね」

 

「くっ!」

 

能力を使い、後ろの御坂を攻撃しようとしたが

 

「遅い!」

 

零距離での大量の電撃を放った。

 

「ガッァァァ!」

 

 

 

 

木山は電撃を受けて気を失い倒れた。

 

「一応は手加減しておいてけど、これで戦闘不能のはず」

 

「すごいな、さすがレベル5」

 

信乃は御坂の近くに来た。手には手錠を持っている。

木山を拘束するつもりだろう。

 

 

その瞬間

 

≪センエー≫

 

≪木山センセー≫

 

信乃と御坂の頭の中に直接、ある光景が流れてきた

 

 

 

 

数年前の木山春生

 

教授の命令で嫌々ながら教師をした

 

子供は嫌いだと思いながら いたずらをされながら

 

それでも楽しいと感じた時間

 

 

しかし、子供たちは実験で倒れた

 

私が参加した実験で

 

AIM拡散力場制御実験

 

子供たちは全員病院に運ばれていった

 

私の実験で子供たちは・・・・・

 

 

 

 

「今のは・・・」

 

「木山春見の・・記憶?」

 

「観られた・・・のか!?」

 

倒れていた木山はこちらを睨みながら立ち上がろうとする。

しかし、腕に力が入らずに再び倒れた。

それでも、また立ち上がってきた。

何かに取りつかれたみたいに。

 

「何であんな事・・」

 

御坂は呟いた。答えてもらうつもりではなく、ただ疑問に思った事が口から出ただけ。

しかし聞こえていた木山はそれに答えた。

 

「表向きは『AIM拡散力場を制御するため実験』とされていた。

 だが、実際は・・

  『暴走能力の法則解析用誘爆実験』だ。

 AIM拡散力場を刺激して暴走の条件を知るのが本当の目的だったというわけさ」

 

「じゃ・・」

 

「暴走は意図的に仕組まれていたのさ。

 もっとも、気付いたのは後になってからだがね」

 

「人体・・実験・・・・」

 

「あの子たちは目覚めることなく、今もなお眠り続けている」

 

ふらつく足で木山はこちらを向いた。

手で頭を抱えながら、しかし目線はしっかりと2人を捕られて。

 

「私達はあの子たちを使い捨てのモルモットにしたのだ!!」

 

木山の言葉に御坂は少しひるんだ。

信乃は何も言わずに話を聞いているだけ。

自分も“生前”に身に覚えのある・・・人体実験。

 

「でも、そんなことがあったら、警備員(アンチスキル)に通報して」

 

「23回」

 

「は?」

 

「23回だ。

 あの子たちの回復手段を探るため、“樹形図の設計者”(ツリーダイアグラム)に

 使用を申請した回数だ。

 そうすればあの子たちを助けられるはずだった。

 だが、却下された!! 23回ともすべて!!!」

 

一歩、2人に向かって木山は踏み込んできた。

戦えない体で意味はないだろう。

 

しかし、気迫が、子供たちを救いたいと思う気持ちがそうさせた。

 

「統括理事会がグルなんだ! 警備員が動くわけがない!!」

 

「そのための幻想御手(ネットワーク)か・・・」

 

「そうだ! 子供たちを助けられるのはこれしかない!!」

 

信乃の言葉に過剰に反応する木山。

 

「だからって、こんなやり方「きみに何がわかる!!?」  え?」

 

木山にとっては平和ボケとしか言えない御坂の意見など途中で一蹴する。

 

「あの子たちを救うためなら私はなんだってする。

 この街の全てを敵に回しても やめるわけにはいかないんだ!!」

 

木山は叫んだ。空に向けて叫んだ。

御坂ではなく、白井ではなく、学園都市に向けて自分の気持ちを叫んだ。

 

信乃は何も言えない。

自分は木山の事情を何も知らない側の人間であると同時に、前世では被験者の立場だった人間だ。

木山のやり方は間違っていると思っても、木山の行ない全てを否定はできない。

 

そして何より、“大きな組織”はそういうことをしていると知っている。

自分が通っている学校でも、以前は似た事をしていたと聞く。

 (幸い、今の理事長がジュディスの母になってからは廃止されたらしい)

 

信乃が世界を回っていたときも人体実験の現場を何度も見て潰してきた。

御坂も何も言えずに立ち尽くすしかなかった。

 

 

次の瞬間

 

ズグン!

 

「うっ!?」

 

木山の頭に激痛が走った。頭を抱えてうずくまる。

 

「木山さん?」

 

「木山先生!?」

 

御坂と信乃はは駆け寄ろうとした

 

「がッ・・ネットワークの暴走? いや、これは・・」

 

しかし、それよりも早く木山は倒れ込んだ。

 

 

そして、木山の頭の上から白い、光の塊のような何かが出てきた。

光は集まっていき、徐々に形を変えていく。

色も付いてきて、最後に出来上がったのは

 

「胎児?」

 

木山の異変に急いで立ち止まった2人。そして出てきたものを見て御坂は呟いた。

たしかに胎児似ている。だが、大きさは3メートル以上。

そして何より、体が不透明で、完全な実物とは思えなかった。

 

「ギィィィィァァァァアァァアァ」

 

胎児は耳を刺すような叫び声をあげた。

 

 

 

 

つづく

 



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Trick21_暴風族(ストームライダー) だ

 

 

 

「ギィィィィァァァァアァァアァ」

 

胎児が耳を突き刺す声で叫んだ。

御坂は思わず手で耳を押さえる。

 

そして胎児がこちらを見た。

向けられるのは殺気

 

「琴ちゃん攻撃が来るぞ!」

 

信乃は瞬時に反応して御坂へ臨戦態勢を取らせる。

胎児から衝撃波が飛んで来た。木山が使っていた攻撃と同じ能力。

 

「信乃にーちゃん、私の後ろに!」

 

「わかった!!」

 

御坂は電気で発生させた磁力を使い、周りの瓦礫を集めて即席の盾を作った。

即席とはいえレベル5が作った盾、丈夫で大きさも問題ない。

 

しかし胎児の攻撃はその盾の半分を簡単に破壊した。

 

「「な!?」」

 

2人は急いで後ろへと下がり次の攻撃を避ける。

 

「木山さんが使っていたよりも威力が強いみたいだな」

 

「くらえ!!」

 

御坂は電撃を胎児の化物へ飛ばした。

攻撃は胎児に当たり、怪我をしたような赤い部分がむき出しにある。

 

「よし!!  いいぃ!?」

 

だが、攻撃された箇所がすぐに修復した。

さらには体が一回り大きくなった。まるで御坂の攻撃を受けて更に大きくなったように。

 

「なにあれ? 信乃にーちゃんどうする?」

 

「とりあえず攻撃はすべて避けた方がいいな。こちらからは下手に攻撃しないで

 様子を見よう。下手に大きくなっても困るし」

 

二人が話している間も攻撃が来る。

避け続けるうちに胎児からは距離が離れてしまった。

 

「御坂さん! 信乃さん! 大丈夫ですか!?」

 

いきなり後ろから声がかけられた。

振り向いて見ると高架橋から階段で降りて来た初春がいた。

 

「どうしてここに!?」

 

御坂が質問した直後に胎児の攻撃がきた。

今度は衝撃波ではなく、人間以上に大きい氷の塊を飛ばしてきた。

 

「ッ!?」

 

御坂は初春を見ていたために、反応が一瞬遅れた。

 

「しまっ!」

 

「今度は俺が防御するよ」

 

信乃は御坂の前に出て、足を思い切り振りぬいた。

目で見えない速度で

 

 

 

信乃が装着しているA・T(エア・トレック)は、今までのものよりも奇妙な形をしていた。

足とローラーの間に円筒状の、ジェットエンジンのような機構があり、

それが空気を通すように中心に穴があいている。

 

轟の玉璽(レガリア)

 玉璽(レガリア)は、数あるA・Tの中でもこの世に数少なく、

 しかも同じ玉璽は一つとして存在しない特殊なパーツだ。

 

 信乃が今装着している轟の玉璽もその一つ。

 中心の機構は“ラム・ジェット理論”を応用させたもので向かい風を圧縮して

 打ち出すことができる。つまり高速で足を振るい、その空気抵抗の空気を

 向かい風として打ち出す。

 

 打ち出された空気は圧縮され、ラムジェット機構で空気を高温かつ高圧にして

 作った“超臨界流体”により、目に見えない“壁”を作り出す。

 

そして、作り出した“壁”で立ちはだかる者全てを叩き伏せて

轢き潰して“道”を作る。

それが轢藍(れきらん)の道   “轢藍の道”(オーバー・ロード)

 

 

 

 

轢藍の道(オーヴァ・ロード)

 

  Trick - Approacher Smashing Wall -

 

 

信乃が出した見えない“壁”が御坂と初春を守り、巨大な氷を破壊した。

“壁”はそのまま進み、連続で出される氷を次々と破壊しながら胎児へと近づく。

邪魔ものをすべてねじ伏せて道ができていった。

 

しかし“壁”徐々に威力を落とし、胎児に届く前に消滅した。

 

「くそ、今の足だとうまく作れないな・・」

 

「信乃にーちゃん!?」

 

信乃は片膝をついて倒れかけた。攻撃は一度も受けていないのに、右足の太ももから少し血が染み出している。

 

「大丈夫だ。技(トリック)を無理に使って、少し足にきただけだ」

 

御坂に笑顔を見せたが、顔には冷や汗が伝っている。

 

「それよりもあいつからの攻撃に備えて・・・・?」

 

話を無理に変えて胎児の化物を見てみると、

 

「追ってこない・・?」

 

御坂が呟いた通り、胎児の化物は3人を見ておらず浮いている高さを上げてどこかへ向かう。

 

「闇雲に暴れているだけなの?」

 

「確かにそうかもしれない。あの化物からの殺気は俺たちだけじゃなく

 全てに向けられているって感じだし」

 

「まるで、何かに苦しんでいるみたい・・・」

 

初春が言った。そう、胎児の叫び声は苦しんでいるようにも聞こえた。

 

 

 

「撃て!!」

 

高架橋から胎児にマシンガンが撃たれた。

目を覚ました警備員(アンチスキル)が胎児に発砲している。

だが、胎児はダメージを受けておらず体から出された触手で警備員を倒していく。

いや、ダメージどころか体がどんどん大きくなっているようにしか見えない。

もはや胎児とは呼べない、ただの化物の姿となっていた。

 

「やばいな・・・下手に攻撃しない方がいいってのは間違ってなかったみたいだ。

 琴ちゃん、俺は警備員を助けてくる。初春さんを頼んだ」

 

「信乃に―ちゃん、ちょっと!?」

 

御坂が言い終わる前に信乃はA・Tで高架橋を直接昇り始めた。

 

「すごいな、まさかあんな化物が生まれるとは・・・」

 

「「え?」」

 

御坂と初春に聞こえたのは倒れていたはずの木山の声だった。

立ち上がったばかりのようで、近くの高架橋の柱に手をつきながら歩いてくる。

 

「もはや、ネットワークは私の手を離れ、あの子たちを回復させることも

 取り戻すことも叶わなくなった。お終いだな」

 

「諦めないでください!!」

 

初春が強い眼差しで木山を見ていた。

 

 

「なんか・・大きくなっている!?」

 

警備員の生き残り(誰も死んではいない)の7人がマシンガンで化物へ攻撃する。

マシンガンを発砲しながら化物の様子を見るが、全く効いていない。

それどころか大きくなっていく。

化物から触手が鞭のように伸びて1人、そして2人目と殴られて倒されていく。

そして残り2人となり、再び触手が迫ってきた。

 

「い、いや・・・」

 

「下がって」

 

触手との間に少年が割り込み、少年の右足が消えた。

すると、触手が壁にぶつかったように止まる。

だが、触手は徐々にこちらへと近づき、最後には見えない壁を通り抜けて伸びてきた。

 

「ちっ!」

 

警備員の2人は少年に襟首を掴まれて攻撃の届かない場所へと運んだ。

化物は興味を失くしたようで3人を追撃してはこなかった。

 

「けほっ、・・きみは? 一般人がこんな所で何をしてるの!?」

 

「今はそれどころじゃないでしょ? それに風紀委員ですので一般人では

 ありませんよ」

 

信乃はいつもの敬語キャラで話す。

 

「信乃? 西折信乃か!?」

 

「お久し振りです、黄泉川さん」

 

もう一人の警備員、黄泉川が信乃に気付いた。

 

「た、隊長、知り合いですか?」

 

「この子が風紀委員になるときに私が審査に立ち会ったじゃん。

 でも何でこんな所に?」

 

「その説明は後でします。

 あの化物はこっちが攻撃しなかったら寄ってこないみたいです。

 一度引いて態勢を整えた方がいいですよ」

 

「例えそうでも撤退するわけにはいかないじゃん」

 

黄泉川は化物を指でさした。

いや、化物の後ろにある建物に指は向いていた。

 

「あれがなんだかわかるか? ・・・原子力実験炉じゃん」

 

「な!?」

 

確かに建物の壁には『核』のマークが記されている。

 

「マジっすか・・」

 

「マジじゃん。とにかく、あんたは逃げんだ。あとは私達が」

 

「そう言われると余計に引けないよ。黄泉川さんなら俺の実力を知ってるから

 心配ないですよね?」

 

黄泉川の忠告を遮って信乃は言う。

確かに信乃の風紀委員のテストを見ていた。

戦闘訓練を受けた大人を複数相手に問題なく倒していた。

 

だが

 

「いくらお前が強くても相手が化物なら関係ないじゃん!

 私達は子供を守るために戦っている! だから戦うのは私だ!!」

 

木山との戦闘ですでに立つことも難しい状態のはずだが、それでも黄泉川は立ち上がった。

黄泉川の怒声は嬉しかった。自分の心配をしてくれている。

信乃は黄泉川に近づいた。

 

「ありがとうございます。こんな私でも心配してくれて。

 でも引けないのは“俺”も同じ。風紀委員とか関係なく学園都市にいる一人として」

 

高架橋の端に立ち、化物を見る。

 

「いくぜ、攻撃をした方に寄ってくるドM野郎。

 そんなに攻撃を受けーんなら俺が轢き潰してやるよ。

 世界の果てまで!!」

 

 

 

 

「AIM拡散力場の?」

 

「おそらく、、集合体だろう」

 

高架橋の下。

初春の説得で、この状況をなんとかできる手段を木山は自信の頭を働かせながら説明していた。

 

「そうだな、仮に『AIMバースト』とでも呼んでおこうか。

 幻想御手によって束ねられた、10,000人のAIM拡散力場。

 それらが触媒となって生まれた、潜在意識の怪物。

 言いかえれば、あれは10,000人の子供たちの思念の塊だ」

 

能力のレベルが上がらなくて苦しんでいる子どたちの思念の塊。

あの苦しそうな叫び声の理由はそれだった。

 

御坂は化物を一瞥した後、木山に尋ねた。

 

「どうすればアレを止めることができるの?」

 

「・・・・

 AIMバーストは幻想御手のネットワークが生み出した怪物だ。

 ネットワークを破壊すれば止められるかもしれない」

 

「! 幻想御手の治療プログラム」

 

初春はポケットから小さなメモリーチップのようなものを出した。

元々、木山はネットワークを利用した演算が終われば子供たちを助けるつもりでいた。

この場所に連れてこられる前に、初春はこれを渡られていた。

これを聞かせれば幻想御手の被害者たちは目覚める。

 

治療プログラムを見た木山は頷いた。

 

「試してみる価値はあるはずだ」

 

「初春さん、それお願いね。私はあいつを何とかするから」

 

「わかりました!」

 

初春は警備員の車からプログラムを流すために階段を登る。

御坂は戦闘を始めたばかりの信乃と化物の元へと走った。

 

「本当に・・・根拠もなく人を信用する人間が多くて困る」

 

あの化物を生み出す原因になった自分の策を実行する2人。

残された木山は、初春と御坂を見て思い出していた。

同じように自分を信用した教え子たちを。

 

 

 

信乃の足には甚大なダメージが蓄積されていた。

昨日の高千穂との戦いで使った“牙”の技(トリック)の疲労。

今日の轟の玉璽(レガリア)を使った攻撃。

 

轟の玉璽には発動条件がある。

それは『轟の玉璽自身が高速運動をしなければならない』ということ。

 

つまり、足が目で追えないほどの速度で振り抜かなければ発動しない。

当然のように足に負担がかかり、昨日ですでに破裂していた筋肉繊維は

さらに千切れて悪化している。

 

それでも信乃は足を酷使して戦い続けた。

別に道具を使って戦う事も考えたが、今の信乃はA・Tを使っている。

ライダーとしてのプライドから、他の道具を使う戦いをやめた。

 

信乃にできるのは相手の体を蹴りを入れる事。

怪我をしているとは思えない常識外れの蹴りがAIMバーストを傷つけていく。

だがそれを意に介さず、すぐさま回復。

 

イタチゴッコの戦いがしばらく続いた。

 

 

攻撃をくらわせては回復され、反撃されれば避ける。

それを十何回か繰り返したとき、横から電撃が飛んできて化物に当たった。

 

「信乃にーちゃん! お待たせ!!」

 

御坂美琴が信乃のすぐ横に走ってきた。

化物は電撃の傷跡すらすぐに回復して2人を睨む。

 

「琴ちゃん、下がってても構わないよ。俺一人でも何とかするからさ」

 

「その足で何言ってるの?」

 

信乃の両方の太ももからは血が染み出ていた。

まだ大量出血ではないが、内側から血が出る怪我をしている時点で無茶といえる。

 

「まだまだやれるよ。引けない理由もあるしね」

 

「大丈夫! 勝機はあるわ! 初春さんがなんとかしてくれる!!

 すぐにこいつを動けなくするから!」

 

「初春さんが? まあ、よくわからないけどわかった」

 

信乃はAIMバーストを中心とした円を描くように走り始め、御坂は特大の電撃を放った。

電撃で体の一部を消し飛したが、それもすぐに回復する。

信乃はその隙に反対側から頭の部分に飛び、蹴りで一撃を入れて目をつぶす。

目がえぐられて視界を失ったのか、複数の触手を全て振り回すように暴れ始めた。

 

「やば!?」

 

信乃は空中にいた為に回避できず、振り回した触手が迫りくる。

 

「この!」

 

御坂は砂鉄を操り、信乃に攻撃してきた触手の根元を切断した。

 

「サンキュ、琴ちゃん!」

 

「油断しないで!!」

 

すでにAIMバーストの目は元に戻っており、2人に10以上の氷の塊が降りそそいだ。

信乃はA・Tで楽に回避し、御坂は電撃ですべて破壊。

だが同時に触手が一本、御坂の足元に伸ばしていた。

氷を破壊して目線が上にいっていたので御坂は気付かずに足首を掴まれる。

 

「な!?」

 

「琴ちゃん!!」

 

御坂はそのまま振り回してそのまま投げ飛ばされた。

地面にぶつかる前に、信乃は先回りして御坂を受け止める。

 

「ぐぁ!」

 

「イッタァ! ごめん、ありがと!」

 

「まだ来るぞ!」

 

AIMバーストが直接体当たりしてきた。御坂を抱きかかえたまま横に飛んで回避する。

 

だが、信乃たちの後ろには建物があった。

 

「しまった!! 建物が!!!」

 

「あれがどうかしたの?」

 

「核実験施設だよ、あれ」

 

「な!? 核施設って、怪獣映画じゃないでしょ!?」

 

「俺に言うな! とにかくこっちに目を向けさせるぞ!」

 

「まかせて!!」

 

幸い、施設の外壁が壊されただけで施設自体はまだ無傷だ。

信乃の腕から降りた御坂は御坂は特大の電撃をくらわせる。

ダメージはすぐに回復されたが、化物はこちらを向いた。

 

「あと2、3発撃って逃げるぞ」

 

「了解! くぅらえー!!」

 

さらに電撃を飛ばす。化物もこちらに向かってゆっくりと進んでくる。

大量に電撃を浴びたにも拘らず、すぐに再生する体が迫ってくる。

 

「きりがない!!」

 

御坂が叫びながら2人は走ってAIMバーストから距離を取った。

そんな次の瞬間だった。

 

 

不思議な音楽が流れた。

 

 

ここだけではなく、学園都市中に音楽は流れた。

 

「何この曲?」「なんだこの音?」

 

気を取られた隙に御坂に触手が伸びてくる。

 

「やば!」

 

御坂の体を締め付けるように触手に力が入る。

 

「琴ちゃん! 電撃で焼き切れ!!」

 

「わか・・ってる!!」

 

御坂は電撃で触手を破壊、地面に落されてすぐに距離を取った。

 

「でも、すぐに再生するんじゃ意味がな・・・え?」

 

意味がない。そう言いかけた御坂が見たのは、焼きただれたままの触手。

 

「回復、してない?」

 

信乃が信じられないように言う。

だが、御坂はすぐに気付いた。

 

「初春さん、やったんだ!!」

 

今、流れている音楽、それは幻想御手の治療プログラムであるワクチンソフト。

ワクチンソフトを学園都市中に流すことで幻想御手のネットワークを破壊する。

それによって無限の回復力は今はもうない。

 

「そういうことか」

 

信乃はワクチンプログラムのことを知らなかったが、初春の活躍の成果を目の前で見てすぐに納得した。

 

「この音楽で回復出来なくなっているなら、今がチャンスだ!!」

 

「悪いわね、これでゲームオーバーよ!!」

 

御坂は、今日出した電撃で一番大きな一撃をAIMバーストに放った。

 

「ぎぇげyげyぎぇyいぇげいぇlgieas!!!!!」

 

AIMバーストは叫び声、断末魔の後に体から煙を上げて動かなくなった。

 

「はぁ、間一髪って奴?」

 

御坂はAIMバーストを見た後に建物を、原子力実験炉を見る。

しかし、信乃は警戒したまま御坂に近づきながら言った。

 

「油断しない方がいいぞ、こういうときは大抵・・」

 

「気を抜くな! まだ終わっていない」

 

信乃の声を遮った大声は木山だった。

 

「やっぱりそうなのか・・」

 

「ちょ! なんでこんなところに!?」

 

御坂は近くまで来た木山に驚いたが、信乃の反応は薄く自分の考えが合っていて嫌そうな顔をした。

そして木山と信乃の考えの通り、AIMバーストは立ち上がり始めた。

 

 

「え、そんな?」

 

「幻想御手のネットワークの破壊に成功しても、あれは10,000人の思念の塊!

 普通の生物の常識は通用しない!!」

 

「な!? 話が違うじゃない!!」

 

「木山さん、何か手はないんですか?」

 

「核が、力場を固定させている核のようなものがどこかにあるはずだ。

 それを破壊すれば・・」

 

信乃と御坂は敵を見た。

あの巨体のどこかにある核。おそらく中心にあるだろうが、そこまでにかなりの攻撃を加え続けなければならない。

信乃は覚悟をして構えた。あいつが倒れるまで攻撃し続ける。

 

「木山先生、下がって。信乃にーちゃんも。巻き込まれるわよ」

 

「「え?」」

 

そんな信乃を止めたのは御坂だった。

 

「構うものか。私にはアレを生み出した責任がある!」

 

「俺も手伝う。妹分一人に任せられない」

 

2人は引かない。

 

「ありがと、信乃にーちゃん。

 木山先生も教え子が待っているんだから、『構わない』なんて言わないで。

 回復した時、あの子たちが見たいのはあんたの顔じゃないの?

 あとね・・」

 

AIMバーストから触手が伸びてきた。

 

「琴ちゃん!!」「危ない!!」

 

信乃と木山が同時に叫んだ。

 

 

だが、攻撃は御坂には届かなかった。

全て、焼き払った。今までよりも大きな電撃で完全に焼き払った。

 

「あとね、あいつに巻き込まれるんじゃなくて

 私が巻き込んじゃうって言ってんのよ!!」

 

御坂は再び電撃を放つ。大量の電撃を。

電撃が逸らされた。木山が使った能力と同じものでAIMバーストは防御している。

 

「まだ能力が使えたのかよ!」

 

信乃が悪態をつけた。

ネットワークの破壊により、AIMバーストの回復力はなくなった。

それでも残っている思念だけで強力な能力を複数使ってくる。

御坂の攻撃はとどかない。信乃も木山もそう思ったが

 

 

   御坂の電撃が更に大きくなった

 

 

今までとは比べ物にならない、本気の電撃。

電撃は逸らされ続けて直撃していない。

だが、発生する電気抵抗の熱でAIMバーストの体は焼けていく。

 

「すげぇ・・」

 

「私と戦った時は全力じゃなかったのか・・・?」

 

AIMバーストは耐えきれず、触手を伸ばして御坂を攻撃した。

それを避けるでもなく、砂鉄を操り切断する。

砂鉄も今までよりも大量に集まっている。

今までと威力が、格が、核が違うかのような猛攻。

 

「これがレベル5の実力か・・・正直甘く見ていたな・・・」

 

信乃は認識を改めた。レベル5をバカにしていたわけじゃない。

ただ、御坂が"超能力"(レベル5)を持っていると聞いて違和感があった。

 

あの小さかった琴ちゃんがそんなに強くなっているはずがない。

心のどこかで、そう思っていたのだろう。

 

だが、この光景はなんだ? 自分が本気で覚悟をする必要がある相手を一人で圧倒している。

 

(ほんとに、努力してここまで辿り着いたんだなんだな)

 

妹が一人立ちして嬉しいような寂しいような、そんな顔をしていたが

 

「って、感心している場合じゃなかったな。微力なりとも加勢しますか」

 

すぐに意識を切り替えて信乃は一歩前に踏み出した。

触手を砂鉄で切断された後、AIMバーストは自らの頭上に風を集め始めた。

風の能力を使って攻撃しようとしている。

AIMバーストに知恵があるか分からないが、風であれば電撃で防ぐことは難しい。

御坂は攻撃が来る前に電撃を当てて中止させようとしたが、それを信乃が止めた。

 

「琴ちゃん、待った! これは俺が受け持つ!」

 

「え?」

 

信乃が御坂の前に出た。

いきなりのことで驚いたが、そんなことはお構いなしにAIMバーストは風の塊を投げ飛ばした。

 

「信乃にーちゃん!!」

 

御坂は叫ぶ、だが

 

「まかせろって」

 

信乃は笑っていた。

 

そして、風の塊に直接足をつま先から当てた。

轟の玉璽にある特性、それは『風が強ければ強いほど自らの力も増す』こと。

押し寄せる風が強ければ強いほど、更に加速していく。それが己への風が強ければ

強いほど、その風を自らの力に変えて猛り狂う。まるで風車のように。

 

怪我で足が動けない分を、相手の風で補う。

つま先から吸収された風の塊は、A・Tのエネルギーへと変換された。

 

「轢藍の道(オーヴァ・ロード)

 

     "無限の空"(インフィニティアトモスフィア)

 

      "無限の轍"(インフィニティフェイラー)!!」

 

 

完璧に出された“壁”。今度は消えることなく地面をえぐって道を作りながら

AIMバーストに襲いかかる。

 

そのまま潰すように5メートルほど押しのけた。

 

「まあ、全力出したら地の果てまで行きそうだし。

 でも一撃必殺の威力は今の状態ではできなからな」

 

轢き潰す力はあっても、今は倒すほどの力がないことは信乃が一番わかっていた。

自分の今の足では無理だと。

だから完全に轢き潰すためではなく、少し押しのけて留まる“壁”を出した。

AIMバーストの正面は、ガラスに引っ付いた時のように平面になり、その状態のままでいる。

 

「信乃にーちゃん!? 足!!」

 

「わかってるよ」

 

信乃の足からはさらに血が出ていた。さっきからあった血の染みは大きくなる。

今の状態は赤色のジーンズをはいていると言った方が良いぐらいに。

だが信乃は意に介さずに御坂に言った。碧色の眼で。

 

「大丈夫だよ。これくらいな」

 

御坂は信乃の目を見て足のことをこれ以上言えなくなった。

 

「琴ちゃん、俺があいつを動けないように足止めする。アレでとどめを刺せ」

 

「え・・アレって?」

 

「自分が学園都市で何て呼ばれてるか忘れたの?」

 

そう言って信乃はAIMバーストへと向く。

 

「さて、苦しみから解放してやる。だがその前にお前の全力を出せ。

 能力がないと散々言っておいて、レベル5を苦戦させた、てめぇらの実力をな!!」

 

信乃は右へ回り込むようにして走る。

AIMバーストは信乃を追って右を向き、先ほどと同じ風の塊を出した。

 

「なんだ、手伝ってくれるのか? ありがとよ!!」

 

その風をA・Tのつま先に当てて同じように“壁”を作る。

だが、相手を押しのけたのは1メートルだけだった。

その後も信乃は横に移動して“壁”を出して移動、そしてまた“壁”を出した。

 

だが、4回目の壁を出した時、AIMバーストは後ろに下がらなかった。

いや、下がれなかった。四方を“壁”で囲まれた。

 

「包囲完了っと」

 

信乃は最初からこれを狙っていた。相手が動けなくなるこの状況を作るために

あえて攻撃性の“壁”ではなく、相手の逃げ道を防ぐ“壁”を作ったのだ。

AIMバーストは動けずに体を少し動かすことしかできない。

 

「琴ちゃん」

 

「わかっている!!」

 

御坂は全身から電気を放出していた。

 

御坂美琴 学園都市第3位の超能力者

 

  その異名は超電磁砲(レールガン)

 

右手に持っているゲームセンターのコインを親指で上へとはじく。

そしてさらに体中の電撃量が上がっていく。

放たれるのは音速の3倍以上の速度の弾丸。

 

 

「げかねおdkぁいえぁんっづふぇk!!l

 

AIMバーストは本能で感じたのだろう。御坂の攻撃で自分が消滅することを。

御坂の構えを見て急に暴れ出し、信乃の“壁”を抜けようとする。

そして逃げるための答えを見つけた。

 

  上

 

下は地面で逃げられないが、上には“壁”がない。

AIMバーストは上へと体を伸ばした。

 

「逃がすわけねーだろ。今度こそ、轢き潰してやんよ!」

 

信乃は飛んだ。人間の脚力では2メートルでさえ垂直に飛ぶことはできない。

だが、そこには“壁”がある。

壁を使って飛ぶことこそがA・T使い(ライダー)の本領。

 

 

  Trick - Spining Wallride Overbank 1800°-

 

 

完全な垂直な壁を登る。

体を回転させながら登り、腕の回転力を軸にして安定させながら壁を駆けあがった。

そして20メートル以上の高さまで到達した。

AIMバーストの上に。

 

「これじゃあ“壁”じゃなくて箱だな」

 

 

轢藍の道(オーヴァ・ロード)

  Trick - Iron Hammer -

 

 

信乃は上空から風の補助をなしに“壁”を放ち、AIMバーストを下へと轢き潰す。

そして正面からは終焉を告げる一撃が待っていた。

 

「これで! 終わりよ!!」

 

落ちてくるコインを再び親指ではじき、超電磁砲(レールガン)が

信乃の壁で一か所に、強制的に轢き潰されたAIMバーストの体を貫く。

そして、核となっていた物体が破壊された。

 

 

「これが・・レベル5。それに・・少年、君は何者だ?」

 

前半は御坂に驚いた言葉だったが、後半は隣に歩いてきた信乃に聞いた言葉。

 

「空気を圧縮させたり、瞬間移動をしたり、何の能力者だ?」

 

信乃は座り込んでいた木山に手を差し伸べて立たせる。

 

「俺か? 能力はなし。レベル0。

 でも、何者だと言う質問には、こう答える」

 

正面で、信乃は笑いながら言った。

 

「  暴風族(ストームライダー) だ」

 

その瞳も、今の空も、晴れ渡った碧色(あおいろ)だった。

 

 

 

「さて、あんたも大人しく捕まってもらうぜ」

 

遠くからサイレンの音が近づいてくる。警備員の増援だろう。

信乃は横にいる木山が逃げないように忠告した。

 

「ネットワークを失った今、逃れる術は私にはない。

 あと、ネットワークがある状態でも勝てるとは思わないからな」

 

信乃を見るその顔はなぜか清々しいように感じた。

 

「でも、子供たちのことは諦めるつもりはないよ。もう一度やり直すさ。

 刑務所だろうと世界の果てだろうと、私の頭脳はここにあるのだから」

 

「すごい自信だな」

 

「ただし、今後も手段を選ぶつもりはない。

 気に入らなければその時はまた、邪魔しに来たまえ」

 

AIMバーストが無くなったのは良かったと思っているみたいだが、反省の色はないみたいだ。

 

「はははは。でも、大丈夫だよ」

 

「何がだ?」

 

「木山さん、"樹形図の設計者"(ツリーダイアグラム)があれば、子供たちは

 助けられるって言ってたよな?」

 

「? ああ、そうだが」

 

「だったら使わせてやるよ」

 

「なっ! できるのか?」

 

「信乃にーちゃん、できるの!?」

 

御坂も近くに歩いてきて話が聞こえたようで、走ってこちらに来る。

 

「知り合いがそれの製作者なんだよ。頼めば使わせてもらえると思う」

 

信乃は、右目だけが蒼色(あおいろ)の女性を思い浮かんだ。

趣味で世界一のコンピュータを作る規格外の人物を。

彼女が気紛れでサイバーテロを起こし、対策のために日本がコンピュータ先進国に成長したという黒歴史を作った人物を。

 

「それが本当なら・・・子供たちは・・」

 

「まあ、その人に許可貰ったらあんたが刑務所だろうと世界の果てだろうと

 連絡するよ」

 

「よかったね、木山先生!」

 

「・・すまないな」

 

「俺は謝られたいんじゃない、お礼を言われたいんだけど」

 

「・・・・ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

信乃はおどけて返した。

 

「でもその前に、あんたに一発お見舞いする理由があるんだよね」

 

穏やかな会話から一転、信乃がいきなり殺気を木山に向けた。

 

「ちょっと! 何言ってるの信乃にーちゃん!?」

 

御坂が驚いて止めようとするが、無視して信乃は木山へと近づく。

 

「友達があんたの幻想御手でぶっ倒れた。そいつに頼まれたからな。

 だから痛い目に見てもらうぜ」

 

「・・・分かった。恨まれるのは覚悟の上だし、償えるなら何度でも殴られるよ」

 

「十全だ。歯を食い縛れ」

 

信乃が右腕を構え、木山は目をつぶって痛みに耐える態勢に入る。

 

 

ビシッ!

 

乾いた音。信乃から出されてのは『デコピン』だった。

デコピンを受けて、木山はゆっくりと尻をついて倒れた。

 

「へ、なんで?」

 

意外な攻撃に拍子抜けした御坂。

 

「佐天さんからの依頼だよ。犯人にデコピン一発って」

 

「・・・はは、デコピンで済ませるなんて佐天さんらしいわね」

 

「でも、力いっぱいって言われたから、こんな状態になったけど」

 

信乃が目線を倒れている木山に向けた。

 

御坂も同じく見る。

 

「~~~~!!!」

 

そこには額を押さえて悶絶する木山。痛みのあまり、足をバタつかせて唸っている。

 

「・・・一発殴られた方が良かったのかもしれないと思うのは、私の気のせい?」

 

「まあ、これで一件落着だ」

 

信乃は何事もなかったように笑って言った。

 

 

 

佐天が目覚めたと連絡を受けて、御坂と初春と信乃、後から合流した白井は病院に向かった。

佐天は病室にいなかったので、初春が心配して病院の中を探し始めた。

すぐに戻ってくると考えていた他の3人だが、初春に急かされて一緒に捜すことになった。

 

 

屋上に行ってみると、佐天が街を見ていた。初春が走っていき、話し始めた。

 

「やはり、どこかに行ってたわけじゃないみたいですね」

 

信乃は敬語キャラにすでに戻っており、普段通りに話している。

 

「まったく、心配なのは分かりますがわたくしたちも巻き込まないでほしいですの」

 

「まあ、いいじゃない。あんな2人を見れたんだから」

 

佐天と初春は笑い合っていた。

 

「それじゃ、私は入院してきます」

 

「? 何を言ってますの?」

 

「足が限界です。骨に異常はなくても、筋肉がズタズタだと思いますし」

 

「そうだった! 早く見せないと!!」

 

御坂は思い出したように言う。

 

「どこか怪我をしましたの?」

 

「大したことはないのでご安心を」

 

信乃のジーンズはすでに全体が血で赤黒く変色している。

 

あまりに見事な染まり方に白井は赤いジーンズだと思って血だと気付いていない。

 

「あぁ、佐天さんには言わないでくださいね。自分のせいだって気にしそうですから」

 

「わかりましたの」「・・・わかった」

 

「では、お先に」

 

信乃は階段を下りて行った。

 

 

 

 

 

診察の結果はやはり入院が必要だった。

だが薬が効かない信乃が入院するのは、無理をしないための軟禁の意味がある。

後は食事の栄養管理をして、少し回復を早めることしかできないだろう。

 

さらに問題は、足のダメージが予想より深刻だったことだ。

痛みがなくなるまで回復するのは2週間ほどで済む。

しかしA・Tの使用はしばらくの間、禁止された。

使用を続けていたら足に負担がかかり続けて永遠に回復しない。

 

担当医のカエル顔の医者に忠告された。

この医者は信乃が4年前の“死亡”する以前からの学園都市での知り合いだ。

薬が効かない体質だけに特殊な医者が必要で捜していたら彼に出会った。

 

現在も信乃の状況を理解して、4年前以前のように接してくれている。

その医者は変なところでコネを持っていて、信乃の上司(?)である

統括理事の一人、氏神に連絡をしていた。

 

信乃はA・Tを使う時に氏神から許可を取っている。

カエル顔の医者は、氏神に話をして信乃に許可を出さないようにお願いしたのだ。

 

A・Tなしで風紀委員を続けることはできるが、また大きな敵に会う時はA・Tが必要になる。

新しい戦い方を考えながら、同時にしばらくは空を飛べないことに寂しさを

感じながら数日が過ぎていった。

 

 

病室のドアが開かれたのは時間は午後3時ごろ。

信乃は薬が必要ないために、医者と看護士はあまり訪れない。

朝昼夜の食事の時に様子を確認するだけだ。

だから、この数日と同じように御坂達が見舞いに来たと信乃は思った。

 

予想が外れて入ってきたのは、カエル顔の自分の担当医だった。

 

「やあ、調子はどうだい?」

 

「いつも通り、痛みを我慢しているだけですよ」

 

「痛みを我慢しているだけ、か。医者として君に何もできないのは残念だよ?」

 

「気にしないでください。悪いのは私ですから」

 

「うむ、そうか。そんな君に嬉しい報告だ」

 

「? なんですか?」

 

「僕の知り合いに薬に詳しい人がいてね、なんと新薬開発の第一人者なんだよ?

 万能細胞に対して薬剤学で大きく貢献して食用家畜のクローンの成功率を急激に上げた天才。

 Zid-02、Riz-13等によりクローンによる食糧確保で、世界飢餓を20%減らす事に貢献した。

 去年に作られた新薬の半分は彼女が作ったというほど、実力にはお墨付きだよ?

 そんな彼女が今の研究テーマがね、『自然素材を活かした薬』らしんだよ」

 

「・・・はあ」

 

確かにすごいとは思ったが、話が見えないため曖昧な返事を返した信乃。

 

「つまり、君にも効く薬を作っているってことだ。

 さすがの君も、とうがらしを食べると体が熱くなるだろう?

 そういった素材の持つ特性を薬に利用する、漢方薬を進化させたような方法だ」

 

「まあ、実現できれば私にも効きますし嬉しいですね」

 

「そんな彼女を君の専属の医者になってもらうことになった。

 ついでに言うと、塗り薬らしいからマッサージも一緒にして効果を高めてくれる

 サービス付きだよ?

 さらにさらになんと! 君はもう退院して、君の世話を彼女がつきっきりで

 看病してくれることになったよ。羨ましいね~」

 

「は? ちょっと待って下さい、どういうことです?」

 

「会ってもらえばわかるよ。“西折”くん、入ってきてもいいよ」

 

「はい♪」

 

入ってきた女性。先程から『彼女』と言っていたので女性である事は予想していた。

だが、その女性は10代、明らかに子供の年齢だ。

中学生とも思える小さな体に白衣を着て、不釣り合いなメガネをかけている。

しかも、“西折”と言われいた彼女。

 

「どうも♪ 長点上機(ながてんじょうき)学園の1年生。

 西折 美雪 です♪ 仲良くしてね♪」

 

西折信乃の家族がそこにいた。

 

「・・・・これはどういうことですか?」

 

怒りを必死に隠して自分の担当医を睨んだ。

 

「君たちが今、どんな関係にあるか話は聞いてるよ。

 でも、君の住所を教えたし逃げられないよ。これは主治医の命令だ。

 彼女にお世話されてくれたまえ。

 仲良くしてね、と言っておくよ」

 

楽しそうに言ってカエル顔の医者は病室から出て行った。

 

「・・・・・」

 

信乃沈黙。いや、絶句して何も言えなかった。

 

 

 

つづく

 




一応美雪も能力者です。
レベルは高くないですが医者、薬剤師として相性がいいので学業は
かなり優秀です。

“樹形図の設計者”(ツリーダイアグラム)の製作者ですが、勝手な設定で
あの青い人にしてみました。戯言シリーズを呼んでいる人なら分かると思います。


これにて幻想御手編を終わらせていただきます。
話はまだまだ続きますので今後ともよろしくお願いします。

感想をお待ちしております。


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Trick22_どうしてこうなった

 

 

 

AIMバーストの事件から1週間後、ようやく平和が訪れていた。

そして事件に関わった人達はこの平和を堪能していたのだった。

 

約3人を除いては

 

 

「・・・あっづー」

 

炎天下、御坂美琴はデッキブラシで掃除をしていた。

幻想御手の事件が解決した日。

事情聴取などで御坂と白井は帰りが遅くなってしまい、常盤台の門限を破ってしまった。

 

2人はバレないように隠れて寮に入ろうとしたのだが、寮監“様”に見つかり

罰を受けることになった。

 

 

事件があった日から数日が経過し、罰が決められた。

 

「このクソ広いプールの掃除・・・」

 

名門・常盤台中学のプールは普通の学校よりも底が深くて広さもある。

能力測定の時にも使われ、御坂の測定もこのプールを利用している。

そのプールを自分で掃除するとは思いもしなかっただろう。

 

「朝からやってもう昼過ぎだってのに三割も終わってないってどういう事!?

 これ、今日中に終わんのかしらねーー」

 

イライラして怒ってしゃべっていたが、後半は暑さでダレていった。

その隣ではもう一人の罰を受けている白井黒子もいた。

 

「お姉様、仕方ありませんの。わたくし達の罰ですもの、能力で簡単に終わらないように

 能力が使えないものを考えたのですわ」

 

「なんでこんなことに知恵使ってんのよーーーーーーー!!」

 

 

 

「どうしてこうなった」

 

さらにもう一人の人物、女子中学校だが男子がいた。

 

「どうしてこうなった」

 

常盤台の寮に関係ない西折信乃の姿がそこにはあった。

 

「どうしてこうなった」

 

同じ言葉を繰り返しながら、水を抜いたプールの壁や底を見て

紙に何かを書き込んでいく。

 

本当なら入院しているはずの彼だが、数日前から自宅療養になっている。

御坂達はそれを知っていたが、まさか信乃にここで会うとは思わなかった。

 

「まさかだけど私達がこの罰を受けているの、信乃にーちゃんのせいじゃないの?」

 

「どういうことですの?」

 

御坂はわざと信乃に聞こえる声の大きさで話し始めた。

 

「おかしいじゃない。寮の規律を破ったのは1週間前。それなのに一週間後の

 今になって罰を受けている。これは信乃にーちゃんの修理に合わせて決められた

 罰じゃないの?」

 

このプールも建築の巨匠とやらの作品で、一部にもひび割れなどがある。

良く見ると細かい彫り物や、特殊なタイルが底にはめられている。

無駄に金を使ってるな、常盤台。

ということで信乃が修理することになってしまった。

 

確かに御坂の言うことは間違っていないかもしれない。

ただその答えにいきあたったのが誰かに八つ当たりをしたいと考えたからだ。

その八つ当たりの相手が信乃という事だけ。

 

しかし相手が悪かった。

信乃は御坂の八つ当たりに気付いているが

 

「私のせいですか・・・そうかもしれません」

 

反省したように言った。

演技で

直後に人の悪い笑みを浮かべながら話した。

 

「ただ私の怪我は全治1か月で入院は2週間の予定でした。常盤台の理事長にも

 2週間の休みをもらっていたはずなんですが、自宅療養中に電話が繋がって

 問答無用に呼び出されました。

 何故なんでしょうかね? 怪我人をわざわざ“今”呼び出したのは?

 元々、修理は校舎だけでプールの修理は契約外のはずなんですけどね。

 更に付け加えると、『生徒から退院していると聞いて連絡しました』とも

 理事長は言ってました。誰ですかね、その“生徒”は?」

 

「う!」

 

御坂が信乃から目を背けた。

実際は空間移動(しらい)と発電能力(みさか)の能力が使えない罰を考えるのに

1週間の時間がかかっただけだ。

 

それを良い機会と理事長に修理のお願い(強制)が信乃に来た。

退院のことを知っている常盤台中学の生徒は2人だけ、目の前にいる2人だけ。

実はうっかり退院のことを御坂が言ってしまったからこうなっているのだ。

 

「私も修理の調査が終わったら、資材が来るまでは手が空きます。

 手が空く時間は手伝いますから邪魔しないでください」

 

そう言って白井と御坂から離れた場所の修復箇所に行った。

 

「う~、あとで謝ろ~」

 

御坂と白井は黙々と作業を続けた。

 

 

「あら、白井さん? こんなところで何をなさってますの?」

 

プールの入口の方を見てみると女子生徒が2人、水着にYシャツをはおった格好で立っていた。

一人はウェーブのかかった肩くらいの長さの茶色の髪。

もう一人は腰に届くほどの黒のロングヘア。

 

「見ての通り、プール掃除ですわ」

 

白井がため息をつきながら答えた。どうやら2人は白井のクラスメイトのようだ。

 

「でもなぜあなたが?」

 

「門限を破った罰ですの」

 

「それはお気の毒に。あら、あの方は?」

 

2人は気付いたように信乃を見た。

信乃の位置は10メートルも離れていないので、話し声が聞こえているはずだが、

そのまま修理個所の点検をしていて背を向けている。

4人を見る様子もない、無視しているようだ。

 

「ああ・・前に理事長が朝礼で言ってました修理の方ですの。気になさらないでください」

 

信乃が少し怒っているので白井は話しかけなかった。

 

「お姉様、こちらはわたくしのクラスメートの "湾内 絹保"(わんない きぬほ)さん」

 

茶色の髪の少女がお辞儀をして

 

「"泡浮 万彬"(あわつき まあや)さんですの」

 

黒のロングヘアの少女もお辞儀をした。

 

「そしてこちらが「あの、御坂様でして?」」

 

白井の声は遮られた。

湾内が目を輝かせて御坂を見ている。

興奮しすぎてプール底に立っている御坂に近づくために、手を地面につけて

プールサイドから身を乗り出している。

 

「え、そうだけど」

 

「やっぱり!

 覚えてらっしゃいませんか? 繁華街で乱暴な殿方に囲まれたときに

 御坂様に助けていただいて」

 

「あ~そんなこともあったっけ?」

 

「その節は本当にお世話になりました」

 

湾内が四つん這いの姿勢で頭を下げた。

上から目線(プールサイドだから御坂達より高い位置)の土下座というシュールな図になっている。

 

「さすがお姉様ですわ!」

 

「それで二人はどうしてここに?」

 

「はい、わたくし達は水泳部ですのでタンクの点検を」

 

「一年生の役割ですので。点検後に先生に点検簿を出しに行くんです」

 

湾内の言葉を泡浮が受け継いだ。

 

「あ、あの、もしよろしければお手伝いさせていただけませんか?

 わたくしの能力、水流操作系なんです。きっとお役に立てると思います」

 

湾内が御坂に申し出てきた。

 

「でも、そんな」

 

「いえ、せめてものお礼ですわ」

 

「それじゃ、甘えさせて貰おうかな」

 

「はい! では早速先生に点検簿を」

 

 

張り切って立ち上がった湾内。

だが急に動かした手は滑って体がプールの中へと傾いた。

そして頭から落ちていく。

 

「え?」

 

「「「湾内さん!」」」

 

プールサイドにいる泡浮が手を伸ばすが間に合わない。

プール底にいても少し離れた白井と御坂の位置では受け止めることもできない。

 

 

大声を聞いて振り向いた信乃が見たのは、プールサイドから落ちていく少女。

瞬時に助けようとしたが、御坂たちよりもさらに離れていた。

走っても間に合わない。いや、走ることすらできない。

 

足元は濡れていて踏ん張りが利かず、≪走る≫速度になる前に彼女は

頭を打つだろう。

 

(それなら・・)

 

意識を集中させ、目を碧色に変える。

手に持っている道具を捨て、両手のひらを腰の位置で後ろに向けた。

 

そして、思い切り手を後ろに突き出した。

発生したのは突風。信乃の後ろの方に向かって風が生まれた。

 

グラビトン事件で防御したのと同じ、空気と空気の境界線に触れて発生させる、風。

そして信乃はその風の後方に放ち、反動を利用して彼女へ高速で向かう。

先程までは邪魔でしかなかった足場の水が、信乃を加速させるA・Tの代わりとなる。

 

 

白井、御坂、泡浮の3人は湾内が頭をぶつける瞬間に目をつぶった。

そして訪れる頭を打つ音・・・は、いつまでもやってこない。

恐る恐る3人は目を開けたが、落ちているはずの場所に湾内はいなかった。

 

 

「気を付けてくださいね」

 

御坂達が声の聞こえた方を見ると、湾内を御姫様抱っこした信乃が片膝をついた態勢で立っていた。

 

「あの、大丈夫ですか? 怪我とかはありません?」

 

湾内は信乃の顔を見ながら固まっていた。

 

「あの~大丈夫ですか~? ノックしてもしも~~し?」

 

「あ、はい! 大丈夫でひゅ!」

 

ようやく返事したが、焦ったために噛んじゃった。

 

「湾内さん大丈夫!?」

 

3人がすぐに駆け寄ってきた。

信乃は湾内を降ろして立たせた。

 

「はい、あの大丈夫です!皆さんお騒がせして申し訳ありません!」

 

3人に頭を下げる湾内。

 

「湾内さん、よかったですわ」

 

泡浮も怪我がないことを知って安堵する。

 

「あの、貴方様もありがとうございます!!」

 

信乃に向かって先程以上に頭を下げた。

 

「平気であればよかったですよ」

 

「あの、名前を伺ってもよろしいですか?」

 

「西折信乃です」

 

「西折、信乃様・・」

 

「様は付けないでくれるとうれしいですね」

 

「いえ、“二度”も助けていただいたのです。様を付けさせてください」

 

「二度? 前に助けた事ありましたか?」

 

「湾内さん、信乃にー・・信乃さんにあったことがあるの?」

 

「はい。1週間ほど前、わたくしが乱暴な殿方に連れ去られたときに。

 気絶させられて、目を覚ました時は大人数の乱暴な殿方を一人で倒していました」

 

「そういえば、あの事件に湾内さんはいましたわね」

 

「黒子、知ってるの?」

 

反射神経(オートパイロット)の高千穂仕種との事件。

そのアンチスキルに捕まっていた常盤台の生徒は彼女だった。

 

「はい、わたくしもその場にいましたから」

 

「お礼を言いたいと思って、ずっと西折様を捜していたんです。

 お顔は戦っていたのではっきりと見ることができなかったのですが

 先程の青い目を見て思いだして・・・あら?」

 

信乃の目は黒色だ。今は。

 

「私の両親は日本人ですから、碧い目なわけありませんよ」

 

「そうですか、ではあのとき助けていただいたのは・・」

 

「白井さんの言う通り、私で間違ってはいません。碧い目というのは勘違いですよ」

 

「あれ? わたくしも信乃さんが青い目をしている記憶がありますわ」

 

湾内の意見に同意したのは白井。思い出そうと額に手を当ててうなっている。

 

「勘違いですよ勘違い。人間の目の色が変わるわけありませんよ」

 

「信乃にーちゃん、人が悪いよ・・」

 

小さい頃の付き合いで秘密を知っている御坂が呟いた。

 

「信乃にーちゃんって言わないでください。

 “それ以上のこと”も言わないでくださいよ、御坂さん」

 

御坂に秘密をばらさないようにさりげなく釘を刺した。

 

「? お姉様?」

 

「・・なんでもないわよ」

 

言えなくなったために、白井から御坂は顔を背けた。

 

「御坂様と西折様はご兄妹で?」

 

「遠い親戚みたいなものですよ」

 

「そうですの・・あの、西折様、何かお礼を」

 

「これくらいのこと、お礼をされるほどのことではありませんよ」

 

「でも、えっと」

 

「あ、そういえば今日中に修理個所を調べないと。

 すみません。私はこれで失礼します」

 

「あ・・」

 

信乃は話を切って歩いていった。

 

「信乃さんはお礼を言われるのは好きですけど、お礼をされるのは嫌がって逃げますの」

 

「そうそう。私達も何度かしようとしたけど誤魔化されて逃げるのよね」

 

「そうなのですか?」

 

「ええ、そういう人ですわ。お礼を言われただけで満足するタイプみたいですし」

 

「でもこのままだと、わたくしの気が済みませんですし・・・

 西折様とはこれっきりになりそうですし・・(ボソ)」

 

湾内は頬を赤く染めて俯く。後半の言葉は小さすぎて誰にも聞こえなかったようだ。

 

「あ、湾内さん、いい方法がありますよ」

 

「え?」

 

アイディアを出したのは泡浮だった。

 

「水着の件に、御坂様と白井さん、西折様にお願いしてみたらどうですか?」

 

 

 

つづく

 




まじで感想を貰いたいです。一言でも、注意したい事でもいいので一報をお願いします・


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Trick23_よく似合っています

 

 

 

泡浮が出したアイディアは『水着のモデルを手伝ってほしい』ということだ。

湾内と泡浮が所属する水泳部、その水泳部がお世話になっているメーカーから

水着モデルを頼まれたのだ。

 

頼まれたのは水泳部だが、先輩方や他の部員は忙しくて湾内達2人が対応することになってしまった。

2人だけでは心ともないので、それに協力して欲しいとプール掃除のときに

御坂と白井、信乃にお願いしてみた。

 

女性水着だけでなく、男性用のモデルもいたら助かるとメーカーから要望があったことを

信乃に伝えて誘ってみた。

(実際は女子校の常盤台に男性モデルをメーカーがお願いするはずがなく、メーカーの人が偶然呟いた「男性モデルが欲しい」という言葉を正当化したのだった)

 

 

 

そして3日後 水着メーカーの本社前

 

「結局、信乃にーちゃんは来ないと・・」

 

撮影を行う当日。

用事がなければ参加すると言っていた信乃だが、この場には来れないと連絡があった。

残念そうに御坂が呟いた。

 

「仕方がないですわ。用事が入ってしまったんですから」

 

この場には常盤台の4人の他にも、佐天と初春、更には西折美雪もいた。

モデルは多い方がいいと御坂と白井が誘ってみたところ、OKを出して一緒に付いてきたのだった。

 

「まさか信乃にーちゃん、逃げた?」

 

「それはないよ♪ 私も朝に用事があるってこと直接確認したし♪」

 

「え? 雪姉ちゃん連絡取ったの? というより取れたの?」

 

「うん♪ 前よりは仲は前に戻ってるから安心して大丈夫だよ、琴ちゃん♪

 心配かけてごめんね♪」

 

「そう・・・・よかった、元に戻ってるみたいで」

 

信乃と美雪が未だに(信乃の一方的な)険悪状態と思っていたために、御坂は胸を撫でおろした。

 

「でもいいんですか? 私達が水着のモデルなんて」

 

「大丈夫ですの、初春。どんな幼児体型でも科学の力でチョチョっと修正して

 くれますの」

 

「ひどいです白井さん(泣)」

 

「でも信乃さんが来れないか~。いや、いきなり水着はちょっと恥ずかしいかも」

 

「佐天さん、本当に残念ですね。(ボソ)信乃さんに水着を見せられなくて」

 

「////うう初春!!/////」

 

「いふぁいでふ、ふぁてんふぁん!(痛いです、佐天さん!)」

 

頬をつねられて何を言っているかわからない初春に、さらにつねる佐天。

 

「お待たせしました」

 

建物の奥の方から声が掛けられた。

 

「あの人は?」

 

「メーカーの担当さんですよ」

 

佐天が湾内に耳打ちをして聞いた。

 

「今日はよろしくお願いしますね。あら、あとの4人は?」

 

「4人?」

 

担当者の発言を繰り返して聞く白井。

その時、タイミング良く横から声をかけられた。

 

「あら、白井さん?」

 

「あ"、この声は・・」

 

嫌そうな顔をして横を向く。

そこには着物を来た白井のクラスメートにして無意識に人を苛立たせる才能を持つ

少女が近づいてきていた。

 

「"婚后 光子"(こんごう みつこ)・・・」

 

白井は嫌そうな顔で言う。

そして婚后の隣にはなぜか風紀委員の先輩である固法もいた。

 

「あれ、固法先輩もどうして?」

 

「水着のモデルと頼まれちゃって。いつも通っているジムの風紀委員の先輩にね。

 あんたたちは?」

 

「わたしたちは水泳部の子たちに頼まれて」

 

「水着のモデル!? あなたたちも!?」

 

「“も”ということは、あなたも!?」

 

白井と婚后は互いに≪信じられない≫という表情で睨みあっている。

 

「ま、まあいいですわ。見たところ皆さん初めてのようですから、わたくしが

 いろいろと教えて差し上げますわ、ほ~ほほほほ!」

 

「相変わらず人を苛立たせることにかけては天才ですの・・」

 

「なにか言いまして?」

 

「なんでもありませんの」

 

「さ、早く参りましょう。試着室に案内してくださる?」

 

「申し訳ありません。あと2人が来てないようなので・・」

 

担当者が苦笑いを浮かべて謝る。

 

「あと2人とは誰ですか?」

 

初春が聞いたときに、ちょうど近づいてくる人影が見えた。

 

「あ! あの2人ですよ」

 

そこを見ると、氏神ジュディスと西折信乃がいた。

 

「え? 信乃さん!?」

 

「どうも」

 

信乃は無表情に近いが、どこか申し訳なさそうな顔をして短く返す。

 

「信乃さんも参加するんですか? 来れないって言ったから断られたと思いました」

 

「参加するつもりだったんですが、湾内さんには申し訳ないことに用事が入って。

 その用事がここにいるジュディスちゃんの護衛だったんですよ。

 どこかの親バカに依頼されました」

 

「やっほ~!お姉ちゃん達~!」

 

4人が以前助けた少女、ジュディスが元気よく挨拶する。

 

「でも、ジュディスちゃんが写真に乗っても大丈夫なの?

 その・・・前のような事があったから顔を知られていない方がいいし」

 

御坂が言いたかったのは、半月以上前にあった二度のジュディスの誘拐事件。

親が学園都市統括理事会のために、狙われやすい存在のジュディスが公の場に

簡単には出ない方が良いはずだ。

 

「親バカ  切り抜き  コレクション」

 

「「「「え?」」」」

 

信乃の意味不明な単語に疑問を浮かべる一同。だが、謎が解けて一名が答えた。

 

「親バカのジュディスちゃんのお母さんが、ジュディスちゃんの雑誌を切り抜いて

 それをコレクションにする趣味を持っている♪」

 

「美雪正解」

 

「イェイ♪」

 

美雪がガッツポーズをして喜んだ。

 

「ジュディスちゃんは以前から水着に限らず、モデルをしてますから。

 顔を隠すなんて今さらですし、それを言ったらクロムさん(ジュディス母)が

 悲しさで発狂しそうですよ。

 撮影を止めない代わりに、護衛を毎回付けているんですよ。今の私みたいに」

 

「それじゃ、信乃さんはモデルは・・」

 

「はい、撮影には参加しません。近くで見ているだけです」

 

「そうですか・・」「残念ですわ」

 

一緒にモデルをすると期待していたが、残念そうに俯く佐天と湾内だった。が、しかしそうは問屋が許さない。

 

「いえ、西折さんも参加してもらいますよ」

 

「「「「え?」」」」

 

「これですが、氏神さんから伝言を預かっています」

 

担当者が信乃に小さな紙を渡した。内容は

 

  男性用の水着モデルは任せたよ

  契約金にもこの料金は入っているから断れないから

  by 氏神クロム

 

 

orz

 

「・・・・」

 

「信乃、苦労してるね♪」

 

紙を横から盗み見した美雪に慰められた。

 

「・・確かに今日の依頼料はなぜか高かったけど・・これ・・・?  理由これ?」

 

「常盤台の理事長といい、氏神さんのお母様といい、信乃さんは仕事を押し付けられやすい

 人間ですの。ご愁傷様ですわ」

 

「えっと、私に文句を言わないでくださいね。さ、皆さん。試着室に案内します」

 

担当者が逃げるように歩いて行った。

 

「・・バックノズルかよ」

 

「バックノズル♪?」

 

歩きながら信乃が呟いた言葉に隣の美雪が聞き返す。

 

「♪を浮かべながら疑問を出すってどうやるんだ。

 バックノズルっての言うのは

 今起きなくても、起こるべき事は絶対に起きることであり、それはどうしても

 避けようがない。

 という考え方。

 つまり俺がここに参加するのは運命だったってわけだ。ふざけんなファック」

 

美雪が相手だと、信乃は敬語ではなく普通に話す。汚い言葉だが、素を見せるのが自分だけだと言う事で美雪は嬉しかった。

 

「おお、運命♪ 信乃とここで遊べるのは私の運命だったのだね♪」

 

「どうしてそうなる? 相変わらず前向き過ぎるな、おい」

 

 

 

 

信乃は早々に着替えて、撮影の部屋に一番について他を待っていた。着ているのは

サーファーが着るウエットスーツ。サーフボードも横にある。

 

女性の着替えは長いと言うが、ここでも適応されたようで信乃は20分近く待たされた。

暇つぶしに頭の中で≪エイトクイーン≫をしていたのだが、答えを知っているので暇つぶしにならなかった。

 

「お待~たせ♪」

 

一人で脳内囲碁をしていた信乃に声が掛けられた。

美雪の声の方を向くと、着替えを済ませた女性陣がやってきた。

 

 

御坂はスポーティーな競泳水着

佐天は下は水色のパレオ、上は白のビキニ

初春は花柄のワンピース

湾内は緑を基調としたビキニ

泡浮は水色をアクセントに取り入れていた競泳水着

ジュディスは水玉模様のフリフリのついた子供らしいデザイン

 

ただ問題は他の4人。

紫のマイクロビキニを着る白井

深紅のセクシーな水着になぜかニシキヘビを巻いている婚后

サイズが小さいのか、黒の水玉模様のビキニより大きなバストが目立つ固法

シンプルな水色の三角ビキニで前で紐を止めるタイプだが、固法と同じようにバストが目立つ美雪

 

「・・・・」

 

信乃は世間を渡っていたので、あたり障りのない感想を言おうとしたが後半の4人を見て絶句してしまった。

そして御坂、初春、佐天、湾内の4人が少し落ち込んでいる。目線は美雪と固法に向いている。

 

「雪姉ちゃん、また大きくなっている」

 

「あんなに着痩せって出来るんですかね、しかもこの世に2人も」

 

「信乃さんの家族で一番近いのに、あの顔と胸、反則反則・・・」

 

「いいな」

 

怨念のような言葉をつぶやく4人。

固法は服の上からでも少しはわかるプロポーションをしていたが、美雪は完全に

ぺったんこにしか見えなかった。

しかも身長も低くて初春と同じぐらい。ギャップの差が大きいのでショックも大きい。

 

「それで信乃♪ 美少女達の水着を見た感想は♪?」

 

「あ~、はい。

 よく似合っています。初春さんの細さが際立つワンピースに、パレオがお洒落な佐天さん。

 湾内さんと泡浮さんも自分の雰囲気に合った色と水着でいいと思います。とても素敵です。

 ジュディスちゃんもフリフリが可愛さを際立たせてますよ。

 固法先輩もスタイルがいいのでその水着もよく・・似合ってます?よ。

 御坂さんはジュディスちゃんと同じデザインのものを着ると思っていました。

 婚后さん、ニシキヘビが素敵です。

 美雪も似合ってます。

 以上です」

 

「ちょっと、私の感想短くない♪?」

 

「私への感想が間を置いた上に微妙に疑問形なのは気のせいかしら」

 

「私のは水着の感想じゃなくて自分の予想じゃない!」

 

「エカテリーナちゃん(ニシキヘビ)ではなくて私を誉めてくださいませんこと?」

 

「わたくしにいたっては何も言われていませんわよ!!」

 

美雪、個法、御坂、婚后、白井が即反論。

 

「さあ、撮影撮影」

 

「「「「話 を そ ら す な !!」」」」

 

先に進もうとする信乃を、固法を抜いた4人が叫び止める。

固法はそれほど文句はないようで、4人の突っ込みに苦笑いを浮かべている。

 

「・・いいんですか」

 

「な、なにがよ?」

 

呼びとめられて振り向いた信乃の無表情に、御坂が少したじろく。

 

「本音を言って、いいのかと聞いています」

 

「い、言ってみなさいよ!」

 

「では、本音を。

 御坂美琴、自分の趣味に素直になった方がいいですよ。どうせジュディスちゃんと

 同じようなデザインに目を止めたけど、子供っぽいと思われるのが嫌で

 シンプルな競泳水着にしたでしょ?」

 

「うっ!」

 

実は更衣室で、まさにジュディスとまったく同じデザインの水着(サイズ違い)を手にとっていた。

そして固法に子供っぽいと言われて、違うと否定しつつ今着ている水着を取ったのだ。

 

「信乃さん、よくわかりましたね、私と初春が御坂さんに着るようにどうにか

 勧めたんですけど」

 

「これでも兄貴分やってますから」

 

一呼吸おいて、今度は固法を見た。

 

「固法さん、サイズが合わないなら担当者に言えば用意してくれると思いますよ。

 ただ、似合っているのは嘘ではないので」

 

「ありがとう。でも、担当の人を呼ぶのも面倒だし、これでいいわ」

 

「わかりました。

 次に婚后さん。水着は似合ってますが、ヘビの方が目立ちます。主役はあくまで

 貴方自身と水着です。それとも小道具がないと“自分に自信がないんですか?”

 あと、白井さん。エロいを通り越してグロいです」

 

「自信ない!?」「グロッ!?」

 

orz。言われたくないことを的確に言われて2人は倒れ伏した。

 

「最後、美雪。固法さんと同じでサイズに合っていないけど、そういうデザインに

 見えなくもないから似合っているのは嘘じゃない。

 でも普段と比べると着痩せしすぎだろ?

 普段は服の下に鋼鉄のコルセットでも着てんのか?」

 

「当らずも遠からず♪ バストを誤魔化すインナーを着けてるの♪」

 

「顔も性格も良くてスタイルも良かったらさらに男に絡まれるからな・・・

 でも大丈夫か? モデルってことは顔もスタイルもばれるぞ」

 

「あ"」

 

「ま、眼鏡もつけてないし、普段のお前からは想像がしづらいから、どうにか誤魔化せるかな。

 とにかく今日は楽しめ。水着で遊ぶなんて滅多にないだろ」

 

「うん♪ 行こう信乃♪」

 

「って引っ張るな!!」

 

信乃の腕を掴んで一緒に水辺へと走って行った。

 

「待ってよ!私達も行くわよ!」

 

残りのメンバー(倒れ伏して動かない数名を除く)が追いかけて行った。

 

 

 

撮影は学園都市の最新技術を使った部屋で行われた。

部屋の中に海辺を再現でき、しかもカメラを部屋に隠して設置してあるので

自然な姿を映せる。

信乃達は水辺で遊びながら過ごし、いつの間にかビーチバレー大会をすることになった。

 

「くらえ、ローリングアタック!!」

 

決勝の最終ポイント。

信乃は手ではなく足を使い、最後にはセパタクローの足技で決めた。

 

「しゃ!」

 

「やった♪ って私何もやってないけど♪」

 

「いぇ~いやったぁ~トロピカルやっほーぅ!」

 

「固法先輩キャラ違う!?」

 

「さすがに足技はすごいね」

 

御坂の感心した通り、普段がA・T(エア・トレック)を使っているだけあって

器用で豪快にボールを蹴って特典を得た。

信乃、美雪、固法の年長者チームの優勝が決まり、3人でハイタッチをした。

 

するとシュル、と紐がほどける音がした。

 

「美雪! 胸の紐!」

 

「え・・・キャッ!?」

 

「早く直せ!」

 

ほとんど叫び声に近い信乃の忠告に、美雪は急いで胸元を抑えたが、落下には間に合わなかった。

一瞬、雪のように白い肌のたわわと、頂点の可愛らしいピンクの突起物が見えた様な見えない様な事があったが、信乃はその前に別方向を見ていた。

 

「信乃にーちゃん!!」

 

「俺のせいじゃないだろ! それに完全に解ける前にあっち向いていたからセーフだ!!」

 

「・・・・・別に、信乃だったらいいけど」

 

「美雪、なに呟いているか知らないけど、早く水着直せ」

 

「う、うん・・・」

 

「あと外の部屋にいる撮影班の人。今の削除してください。

 後で確認するから確実に削除してください。

 脳内メモリに保存した人がいたら言ってください。削除を手伝います。主に物理的な方法で」

 

幸いに撮影班は女性だけで、信乃の指示通り問題無く削除が行われた。

そんなポロリのハプニング等があった。

 

 

「さて、次は何して遊ぶ♪?」

 

急に周りの景色が変化した。

ビーチでの撮影だったはずだが、急に雪山へと変わった。

 

「どうなってますの? へっくしょん!」

 

と次の瞬間には灼熱の砂漠に

 

「あっつ! 水水! 初春、水!」

 

「私に言われても」

 

大嵐の中の船上に

 

「あ、水が大量にありますよ。よかったですね」

 

「ってなんでこんな冷静なの信乃にーちゃん!?」

 

月面に

 

「地球は青かった。いや、碧かった」

 

「だからなんで落ち着いてるの!?」

 

「いや、地球を外から見たらこれを言うのはお約束じゃないですか?」

 

「もっとこの状況に混乱してよ♪」

 

「あ、空気がある。月面なのにどうしてでしょうか?」

 

「「突っ込むところそこじゃない!!♪♪」」

 

そしてキャンプ場に変わった。

 

『すみません。カメラのシステムにエラーが出たので、しばらくの間休憩して下さい。

 あ、その材料は本物ですからご自由にどうぞ』

 

ここで場面の急な切り替わりは止まった。

今の場面は、のどかなキャンプ場。

目の前にあるのは野菜やお肉。

そして、キャンプで使う調理器具一式。

 

「お、このシチュエーションにこの食材と言ったら♪」

 

「カレーね!」

 

美雪の言葉を固法が受け継いだ。

 

 

 

 

役割を分担して調理を始めた。

 

 

 

ご飯・班  御坂と白井と固法とジュディス

 

「IHですのね」

 

「ガスがないからってなんで私が」

 

「これもお願いね」

 

「あ、ふきこぼれた!」

 

「御坂のお姉ちゃん~、ジュディがパタパタあおいであげるからがんばれ~!」

 

 

 

カレーA・班  初春と佐天と美雪

 

「信乃さんと美雪さんって、どういう関係なんですか?」

 

「初春、いきなり聞いたら失礼だよ!」

 

「恋人以上、夫婦未満♪」

 

「「え!?」」

 

「になれたらいいな♪」

 

「なれたらって・・・びっくりしたじゃにですか。

 それに、兄妹だからできないんじゃないですか?」

 

「家族とは言ったけど、兄妹とは言ってませんよ、佐天さん♪」

 

「え、ってことは・・・」「そういえば元々幼馴染って言っていたような・・」

 

「さあどうでしょう♪? それよりも手を動かそうね♪」

 

 

 

カレーB・班  湾内と泡浮と婚后と信乃

 

「婚后さん。わたくしたち料理は初めてなので、よろしくお願いします」

 

「お願いします」

 

「はい! 婚后家に代々伝わるカレーを教えてあげますわ!」

 

「声が裏返ってますけど、大丈夫ですか?」

 

女3人の中でただ一人の男が冷静に突っ込む。

 

「なんであなたがわたくし達と同じ班で作りますの!?」

 

「そんなに怒らないで下さいよ。あちらには料理が得意な美雪がいるので、

 私はこちらで雑用をしようと思ってたんですよ」

 

「雑用? わかりましたわ! わたくしの料理に一切口を挟まないで下さいまし!」

 

「わかりました~(棒読み)」

 

 

 

「「「「「できたーーー!!」」」」」

 

「「「チキンカレーでーす♪」」」

 

「おいしそうですの」

 

「すごいわ、3人とも」

 

「御坂さんもご飯、頑張ったからおいしいわよ、きっと」

 

「それにしても婚后さん」

 

白井が言いながら睨む。

 

「カレーはどうしましたの?」

 

「・・・申し訳ありませんわ。料理ができると嘘をついてしまって・・・」

 

「婚后光子が謝った!? 明日地球はメツボウスル!!?」

 

「白井さん、そこまで驚かなくても」

 

「初春、この女は自分で謝ることなんてありませんわ!」

 

「いえ、婚后さんも途中で出来ないと私達に謝って」

 

「それで、途中から初春さん達のお手伝いをさせていただいたんです」

 

婚后のフォローを湾内と泡浮がした。

 

「それに、西折様が婚后さんに料理の、食材の大切さを説いてくださって」

 

「というかあれは説教だったね♪ 近くで聞いていたけど恐かった、あはは♪」

 

「ま、まあ、人間誰もが得意不徳がありますし、あの男に言われたの嫌ですが、

 一応正しいことを言っていたので聞いてあげただけですわ」

 

あれだけ嫌っていた信乃に対して、説教を受けて婚后は少し認めたようだ。

 

「で、その西折君は?」

 

「また料理場にいますよ」

 

固法の問いに佐天が指差した。

 

「西折くーん! 早く食べましょう!」

 

「ジュディ、おなかペコペコだよ~」

 

「はーい」

 

信乃は鍋を一つ持ってきた。御坂が疑問に思って聞いた。

 

「何それ?」

 

「カレーですよ。ただし、材料には・・・

 らっきょサイズの玉ねぎ、皮をむきかけたトマト、わかめのぶつ切り、

 トウモロコシの摩り下ろし、皮ごと輪切りにしたみかん、ごぼうのぶつ切り、

 そしてイチゴが入ってますが」

 

「それって」「わたくしたちが使った」「材料では・・」

 

「はい、食べられるようにしてみました」

 

御坂が鍋をのぞいてみると色は普通のカレー。

ただし、浮いている材料が少し問題ある。

 

「・・・この具で食べられるの?」

 

「食べられますよ。食べたい人はいってください。入れますから。

 あ、婚后さんは強制的に食べてもらいますからね」

 

「ええぇぇぇ!!」

 

「食材を大切にと言ったことを文字通り噛みしめてください」

 

「・・・はい」

 

説教が相当効いたようで、あの婚后が大人しく従った。

白井は後ろでこの世の終わりのような驚いた顔をしている。

 

「あ、私も食べる♪」

 

「信乃にーちゃんが作ったものだし、見た目はともかく大丈夫か。

 私も一口食べたい」

 

「わたしも食べてみたい!」

 

「あ、佐天さんズルいです。信乃さん、私にもください」

 

「どうぞどうぞ」

 

結局、全員が珍カレーを食べることになった(一部は恐くて一口だけと逃げたが)。

 

 

「「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」」」

 

全員が同時に信乃のカレーを口にした。

 

「な、なにこれ」

 

「なんとまあ」

 

「予想外にも」

 

「すごい」

 

「・・・・・」

 

「お~♪」

 

「「「「「「「「「「珍味だ(ですわ)(です)(♪)」」」」」」」」」」」

 

「でも、どちらかといえばおいしいですよ」

 

「佐天さん、ありがとうございます」

 

「でも信乃にーちゃんが作っておいしくないなんて・・」

 

「だから、食べられるようにしただけですよ。『あの材料でおいしく作った!?』って

 展開は私の実力じゃ無理です」

 

「むしろ信乃の実力でこれだけしかおいしくできないなんて

 婚后さんの食材選びセンスがすごいと言うべきかもね♪」

 

「はい、婚后さんに負けました」

 

「負けたと言われても、わたくしは嬉しくありませんわよ」

 

「でも、自分で手を加えた食材はおいしいですか?」

 

「・・はい。あなた思っていたよりもいい人ですわね。

 お名前は?」

 

「・・・西折信乃。常盤台で校舎の修理作業をしているものです」

 

「まあ、これ機にお友達になってあげてもよろしくてよ」

 

「お断りします」

 

「な!?」

 

「友達は選べと親に言われたので」

 

「むき~~!」

 

みんなして婚后の行動に笑った。

 

 

 

 

つづく




会話話です。
一言レベルでいいので、感想などをお待ちしていま~す。


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Trick@01_西折信乃はダメな人間じゃない

 

 

 

これは幻想御手事件から数日後の話

 

 

 

 

学園都市のとある学生寮。

その学生寮の前にタクシーが止まった。

 

「なんだ普通の寮じゃない♪ 信乃が住んでいるから特別に変なのがあるかと思った♪」

 

タクシーから降りたのは少女。名前は西折美雪。

そして反対側からは、この寮に住んでいる信乃が降りた。

両手で松葉杖を突き、ゆっくりと歩く。

 

数日前に起こった幻想御手(レベルアッパー)事件。

その戦いで足に溜まっていた負担から、信乃は病院に入院していた。

入院は二週間の予定だったが、美雪の薬と介護をすることから入院(なんきん)の必要が

なくなり本日から自宅療養することになった。

 

「荷物は私に任せて先に行って♪ 4階だったよね?」

 

「・・・・・」

 

信乃は何も答えずに階段を上っていく。

 

二人は幼馴染であり、両親を同じ事故で亡くしたあとは家族のように過ごしていた。

しかし4年前に信乃は飛行機事故、社会上は死亡したことになっている。

紆余曲折の果てに信乃はこの学園都市に来た。

美雪の方は死んだと思っていた人物と会えた喜びから、積極的に信乃に関わっていたが、

信乃はそんな美雪から距離をとるように冷たく接していた。

 

「へ~、一人暮らしの男の部屋としては片付いてるね♪

 でもきれい好きの信乃だから当然か♪」

 

一人暮らしには十分な広さ。殺風景で何もないというわけではなく、

きちんと片付いているので余計に広く感じる。

部屋に入って美雪は感想を言ったが、信乃は何も反応せずにベッドに横になり目を閉じた。

 

別に眠たかったわけではない。

だが眠っている相手にわざわざ話しかけては来ないだろうと信乃は考えてそうした。

信乃を見て少し悲しい顔をした美雪だが、すぐに気を取り直して台所に向かった。

 

「待っててね♪ 栄養ばっちりでおいしいご飯を作るから♪♪」

 

 

 

 

「ごはん、できたよ~♪」

 

信乃は呼ばれてすぐに起きた。

ご飯を作っている間も寝ていたわけでなかったので、すぐに立ち上がり

松葉づえを使って台所のテーブルへと向かう。

 

「あ、ご飯持って来るからベッドから立たなくても・・」

 

美雪の言葉を聞き入れずに信乃は台所の椅子に座った。

 

「・・・もう、せっかく『あ~ん』ってやろうと思ったのに♪」

 

そんな冗談にも反応なく、ご飯を黙々と無表情で信乃は食べす進めた。

 

 

 

翌日

午前6時ごろ

美雪は目覚まし時計を使わずに目を覚まし、朝食の準備に台所へ向かった。

美雪は信乃と同じ寝室で、床に布団を敷いて寝ていた。

 

美雪は『介護のためだよ♪』と言いながらも顔を赤くしてが、言われた信乃は無反応。

朝食は和風に雑穀米と焼き鮭、味噌汁に野菜炒めで他に副菜が3品。栄養バランスも取られている。

 

「おはよう♪ ってもう起きてるね♪」

 

7時半、美雪が寝室に入ってきたときには信乃は上半身を起こしていた。

 

「・・・・・」

 

信乃は無言で美雪の横を通り過ぎて洗面所へと杖を使いながら歩いた。

 

 

 

 

その後の食事も無言。食後はすぐにベッドに戻って目を閉じる。

美雪は食器を洗った後、血圧など信乃の健康状態を調べてノートPCへと入力。

一応、医者の代わりとして自分が側にいることを忘れていないようで、その表情は

先程までとは違い真剣なものだった。

 

「体調に異常なし。足の血行もいいみたいだし、筋肉組織内の血の塊も半分以上は

 抜けた。このままだと2週間もかからないみたい。

 うん♪ 順調に回復してる♪」

 

診察後にはいつもの無邪気な笑みを信乃へと向ける。

信乃は無表情、いや、少し悲しそうな顔をして美雪を見返した。

美雪はその表情に気付いたが表には出さずにいた。

 

「それじゃ、お薬を塗るよ♪」

 

そう言われて信乃は立ち上がり、自分でズボンを脱いだ。

下半身は下着一枚。ちなみにボクサーパンツ。

ズボンを脱いだ後、再びベッドに横になる。

女性の前でそんな恥ずかしい状況でも信乃は目を閉じて無反応を通していた。

 

「ん~昨日も言ったけど、もう少し嬉し恥ずかしのリアクションはないの?

 私は医者として研修を受けたから平気だけどさ~」

 

美雪は呆れたように言って、少し赤い色の塗り薬を信乃の足に塗り始めた。

信乃は薬が効かない体質。

だから漢方薬のように素材の特性を利用した薬を作っている美雪が世話をすることになった。

 

この赤い薬もとうがらしの成分で血行を良くしたり、その他の成分で足の回復を速めている。

昨日から塗り始めたが、効果は高くてあと数日あれば歩ける状態になるだろうと美雪は思っていた。

 

信乃と薬の相性がいいのかもしれない。

薬が信乃に効果を示して、一番うれしいのは美雪だった。

自分の作った薬が、薬の効かない信乃に効いている。

塗り込みながらマッサージをするその顔は満々の笑みが浮かんでいた。

ただ男の素足をマッサージしながら笑っている姿は少しいだけエロいと作者は思った。

 

 

 

さらに翌日

昨日と同じように信乃の食事作りや身の回りの世話(掃除洗濯の家事を含めて)をして

美雪は過ごしていた。

信乃は家に帰ってから一度もしゃべっていない。

信乃の無反応に気にすることなく接している美雪。

そんな状態を先に破ったのは信乃の方だった。

 

「うん♪ 足は回復してるね♪

 これなら明日から杖なしで歩いてもいいよ、絶対安静解除だよ♪」

 

時刻は9時過ぎ。この日最後の薬を塗り終えた。

信乃はズボンを穿いてベットの上へ、横にならずに座った。

そして美雪の顔を見る。

 

「・・・どうしたの?」

 

信乃が美雪の顔をまともに見るのも初めてだろう。

美雪は戸惑いながら言った。

 

「どうして俺につきまとう?」

 

「・・・好きだからに決まってるじゃない。もちろんLikeじゃなくてLoveだよ」

 

言っている内容はふざけていても、口調はいつもの調子と違って真剣だった。

 

「たしかに俺も子供の時はそうだったし、おまえにもそのことを・・好きだと言った。

 だけど、それは子供の戯言だ。もう四年も経っているし、俺は一度死んだんだから

 無効だし時効だろ。・・・ 俺の事を気にする必要はない」

 

二人は小さいころに結婚の約束をした。子供の遊びのような受け答えだったが、

二人は真剣に一緒に暮らしていきたいと思っていたし、愛し合っていた。

 

「無効にするかどうかは私が決めることだよ」

 

「どうしても諦めてくれないのか?」

 

「どうしても諦めるつもりはないよ」

 

「・・・・俺が半年間、“いろいろあった”のは話したよな」

 

空白の4年間。

数ヶ月前に美雪、御坂美琴、美琴の母である御坂美鈴の3人と再会した時、信乃は

自分に何があったかを簡単に説明していた。

特にひどかった半年についても。

その時に話した内容が原因で、美琴からは一時的に怖がられていた。

 

「うん、戦場で戦っていたって・・・急にどうしたの」

 

「いいから聞け。その話、付け加えると戦場で百人以上の人を俺は殺した」

 

「殺したのも聞いた。人数は初めて聞いたけど」

 

「そんな人殺しと一緒にいるのか?」

 

「好きで殺したわけじゃないでしょ? 信乃の今の顔見たらすぐにわかるよ」

 

「・・・そんな顔に出てるのか俺?」

 

「無表情だよ。でも、私は分かる。これは勘とかじゃなくて、信乃を一番見てきた

 人間としての確信」

 

「そうか、大量殺人者が理由で俺から離れることはないか・・」

 

「琴ちゃんも、鈴姉ちゃんもそれは同じだよ。琴ちゃんだって今まで普通に

 話してくれるじゃない」

 

「そうだな」

 

「なんで、私には冷たいの」

 

「・・・・俺は戦場でな・・」

 

美雪の質問には答えず、信乃は戦場でのことを話し始めた。

 

「戦場でたくさんの人を見てきた。

 気が狂った大人。俺よりも小さい年齢で銃を持った子供たち。

 我が子を抱いたまま死んでいる母親。女を犯す対処としか見ていない男。

 そんないろんな経験のせいでな、精神と体に異常が出た。

 特に精神がおかしくなった」

 

「精神が?」

 

「そう、精神が。

 普通なら焦る状況に陥っても、逆に冷静になる。

 冷静になれるのではなく、なってしまう。状況を抜け出すことしか考えられない。

 

 人の死や怪我を見ても、恐怖を感じない。あくまで怪我を直すことと、死んだ人を

 あとで葬ることだけを考える。どんなにグロテスクな死体に対してもだ。

 バラバラの死体を見つけてもパーツが全部そろうかどうかの方が気になったこともある。

 

 殺される前に殺すことをしてきたせいで、反射神経のスイッチができた。

 傷を負わされていても、そのまま怯まずに攻撃できる体になった。

 人間の生存能力である反射を、生きるために上書きした。

 

 女の人のひどい死に方、殺され方を見てきたせいで、性欲が一切ない。

 例え裸の女が迫ってきても何も感じない。特に困る事はないけど

 人間の三大欲の一つが消えたということは人として欠落してるんだ。

 

 俺はそんな奴に、欠陥製品になったんだ」

 

「・・・・」

 

「だから、お前の側に居たくない。俺を男として、恋愛の対象として見ているおまえの

 近くに居ると、お前まで不幸にする。」

 

信乃はここで話を切り、美雪の様子を見た。

うつむいていて表情は見えない。

信乃は美雪の事を大事に思っている。ただ一人の家族として大切にしたい。

だからこそ自分から離したかった。

この話で自分を気味悪がって距離を置いてほしい。そして普通の幸せを手に入れて欲しかった。

 

うつむいた美雪を見て、自分の思惑が成功したと信乃は思ったが

 

「勝手に決めないで」

 

「え?」

 

呟く声で、しかしはっきりとした怒気を含めた声が美雪から聞こえた。

 

「信乃のそばにいて、私が不幸だなんて、勝手に決めないで!!」

 

「!!」

 

美雪は怒鳴りながら、信乃の胸倉をつかんで押し倒す。

そのまま馬乗りになり、下にいる信乃に顔を近づけて睨んだ。

目には大粒の涙が幾つもこぼれて信乃の顔に落ちてくる。

 

「自分が嫌われたくないから避けてたと思ったけどそんなふざけた理由だったの?

 私が不幸になる? 笑わせないで!

 私は自分のために信乃のそばにいるの! 信乃を見るのが幸せ!

 信乃の世話をすることが幸せ! 私の料理を食べてくれることが幸せ! 

 

 信乃のそばにいることが幸せ

 

 なのに! なのに何よその理由!? ≪嫌われたくない≫って理由だったら

 少し距離を取ったりして時間をかけてその考えを直そうと思ったのに・・・・

 だから偶然会った時だけしか関わらないでおこうと決めたのに・・・・

 

 私が信乃を嫌がるわけないでしょ!

 例え嫌だったとしても、その時ははっきりと言う!

 来ないで、近づかないでってはっきりと言う!

 

 だけど私の気持ちは違う! 信乃のそばにいたいの、好きなの!

 

 どんなに信乃が嫌がってもそばにいる! 私は自分勝手な人間なの!

 どんな人間になろうとも変わらない、ずっとずっと側に居続けてやる!」

 

 

怒鳴って疲れて、美雪は肩を上下させて息をしていた。

息が吹きかかる距離にある美雪の顔。

熱い息と一緒に気持ちの熱さが伝わる。

 

「はははは・・・・まさかそう言い返されるとはね・・・・」

 

信乃は泣きそうな顔で笑った。

嫌われる覚悟で話したのに、まさか何の偽りもない真っ直ぐな言葉で『好き』と返ってくるとは

思わなかった。だから余計にうれしい。

 

「それに、信乃はそんなダメな人間じゃない」

 

美雪は胸倉をつかんだ手を緩めた。

 

「琴ちゃんから聞いた。足が壊れる理由にになった事件のことも、佐天さんのことも。

 だから自分をダメな人間って言わないで。

 たとえ信乃自身でも、私の愛する人をダメに言うのは許さないよ。

 西折信乃はダメな人間じゃない。

 お願い、これ以上自分を嫌いになるのはやめて」

 

胸倉から手を離して信乃の首に腕をまわし、抱きついて耳元で続きを囁いた。

 

「お願い」

 

信乃は何も言わない。

ただ、抱きついている美雪の髪を撫でた。

 

 

 

いつのまにか美雪の寝息が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

翌日の朝

美雪はカーテンからの光で眼を覚ました。

なぜかすっきりしていた。昨日、あれだけ怒鳴ったから心が晴れたからなのか、

または、ぐっすりと眠れたおかげで今年一番に熟睡した気分だったからだろうか。

 

美雪は上体を起こして背伸びをする。

まだ覚醒していない目で見たものは自分の使っている布団。

眠っていたのになぜか布団が目の前にある。

そしてようやく気付いた。自分が今、ベッドの上にいることを。

自分がどこで寝たかを。

信乃のベッドで、しかも信乃の上に乗って眠りについた。

 

「/////あ・・//////」

 

途端に顔を真っ赤にさせて自分の隣を見た。

信乃がいると思っていたが、そこには誰もいない。

だが自分以外の誰かがいたことを示すように、シーツに皴が寄っている。

 

「信乃は? って朝ごはん!!」

 

美雪は急いで台所へと向かった。

 

「おはよう」

 

寝室の扉を開けて目にしたのは、お茶碗をテーブルに置くエプロン姿の信乃だった。

 

 

 

 

「いただきます」

 

「い、いただきます・・・」

 

信乃の表情をうかがいながら美雪は味噌汁のお椀を持つ。

昨日はあんなことがあったのに信乃に変わった様子はない。

いや、自分を無視していないだけでもかなり進展したと思うが、今の信乃は

4年前に一緒に過ごしていたときとまったく同じ。

男女が同じベッドで寝たのに、何か思った様子は一切ない。

 

美雪は思い出しただけで顔が赤くなるっていうのに。

赤い顔のまま味噌汁をすすった美雪は、久々に味わう信乃の料理で考えていたことを忘れた。

 

「おいしい・・♪」

 

「それはようございました」

 

献立は今までの美雪のものと大差ない。だが、味は決定的に信乃の方がおいしかった。

女のプライドとして少し複雑な気持ちになったが、それよりも信乃の料理を

また味わえたことの方がうれしくて笑顔がこぼれた。

 

「・・・ご飯のあとに、大事な話がある」

 

「うん♪」

 

その話がどんな内容だろうと、今の幸せを感じる方が美雪には大事だった。

 

 

 

 

食器も洗い、信乃と美雪は台所のテーブルで向かい合っていた。

 

「さて、今後のことについて提案がある」

 

「うん」

 

美雪も真剣な表情で返事をする。

 

「今の俺には美雪と一緒に、恋人として過ごすつもりはない。

 だけど、美雪は諦めないだろ?

 

「うん、もちろん」

 

「即答かよ」

 

「うん、もちろん。大事なことだから2回言いました」

 

「左様ですか・・・

 とりあえず俺はお前から逃げないことを約束する。

 だけどさっき言った通り恋人関係はない。

 だからキスとかはしてくるなよ」

 

「うんわかった♪ でもA・T(エア・トレック)を使い続けるなら

 これからも足に怪我をするでしょ♪

 だから私は信乃の隣で監視して一番に治療するために一緒に住むからね♪

 断ってもダメ♪ これは氏神さんからの依頼だよ♪」

 

「・・・・・あのカエル医者、余計な手回ししてんじゃねぇーーーー!」

 

 

 

 

つづく



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Trick24_なにやってるんですかね、学舎の園の警備

 

 

 

常盤台中学

信乃は校舎の修理を行っていた。

修理を頼まれてからかなり時間がたっているが、未だに終わっていない。

 

「ってか一人で学校一つ分の修理なんて早く終わるわけないだろ」

 

モノローグに突っ込みを入れてはいけない。

 

今はグラウンド側の校舎、壁の表面に何かを塗り込んでいる。

表面が少し風化しているだけで、特に大きなひび割れが起こっているわけではないが

ここは修理が必要だった。

 

「がんばってるね、信乃“さん”」

 

後ろから声がかかってきた。信乃を振り向かずに返答する。

 

「“さん”付けが無意味に強調されていますね、御坂さん。

 今日は“にーちゃん”と言わなかったことを無意味に自慢しているんですか?」

 

「あ、いや・・」

 

「その反応は図星ですね。それで何の用です?」

 

「用がなきゃ、来ちゃいけないの?」

 

「はい、今は授業中ですよ」

 

信乃は振り返ってグラウンドを見ると、そこでは身体検査(システムスキャン)をしていた。

身体検査(システムスキャン)は学生の能力レベルを測定するシステムで、定期的に

受けることが義務付けられている。測定の対象は、能力の威力、効果範囲、制御などである。

 

本日はその検査日。常盤台の全ての生徒が受けている。

空間移動(テレポート)や風力使い(エアロシューター)など、屋内では

計測できない生徒たちが体操服を着て、グランドで検査をしていた。

御坂も検査が終わってここに来たようで、同じく体操服だった。

 

「身体検査(システムスキャン)が終われば自由よ。これを授業って言うのかしら」

 

「それでも授業中ですから。終わったなら大人しく教室に戻ってください」

 

「またそういう固いことを」

 

キーンコーンカーンコーン

 

丁度、本日の終了のベルが鳴る。

身体検査(システムスキャン)はその場の検査だけではなく、データの解析を

学園都市内の教師や学者が行う。

 

そのため、今日は午前中で学校は終わりになる。

グラウンドにいた生徒たちは校舎の中へと歩き始め、教師たちも検査機器を片付けて

同じように校舎へと入っていった。

 

「もう授業中じゃないから何も言わないよね?」

 

「・・・さっさと帰れ」

 

「イライラしてるね。どうしたの?」

 

「修理が面倒臭いんですよ。芸術品というだけあって、すごい工夫がされているのは

 認めますよ。夕陽の角度を計算して、夕方だけに校舎に鳳凰(ほうおう)の絵が

 校舎に浮かび上がるなんて金の無駄使いの素晴らしい作品ですね」

 

「え? うちの校舎、そんなの出るの?」

 

「数年前から壁表面の一部が摩耗して夕陽を反射する鉱物がなくなっているので

 今の生徒はだれも見たことないと思いますよ。

 ってかなんで雨風に弱い≪クロアマダイ鉱石≫なんて使ってんの?

 本当にただの道楽じゃないか、この校舎。何考えてるの理事長? 金の無駄過ぎだし、

 その仕事を受けたマリオさんもバカでしょ?二人まとめてぶち殺すよ?」

 

「後半が物騒な内容になってるけど・・

 まあ、そのクロロホルムってのを校舎に塗って直してるってわけね」

 

「クロロホルムって・・生徒全員を眠らせる気か俺は」

 

「名前なんてどうでもいいじゃない。それより、午後は暇?」

 

「ケンカ売っていますか? この状況を見てわざと言っていますか?」

 

信乃は笑顔で言う。口元だけが笑った笑顔で。

 

「あははは・・・雪姉ちゃんや黒子、初春さんと佐天さんを誘ってどこかに行こうかと

 思ってさ。あの、目だけ笑ってない笑顔を向けないで、恐いから!!」

 

「そうですか、楽死(たのし)んできてくださいね」

 

「字が恐いよ!」

 

「お姉様、信乃さんはどうでしたの?」

 

信乃と御坂のもとに白井がやってきた。

空間移動(テレポート)の検査も外で行っていた。

 

「ダメだって。忙しんだってさ」

 

「そうですの。信乃さん美雪お姉様くっつく作戦はできそうにありませんわね」

 

「そういう変なことは本人の前では言わないでくださいよ。  ん?」

 

信乃は手を止めてあたりを見渡し始めた。

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと嫌な予感が」

 

「「いやな予感?」」

 

「・・・残念ながら、的中したみたいですね」

 

見渡していた視線が一か所に止まった。

白井と御坂もその方向を見ると、一人の男が校門から入ってきた。

 

 

男は2メートルを超しているのではないかと思うほどの大きな身長、

そして盛り上がった全身の筋肉で余計に大きく感じた。

服装は肩から切られた黒の皮ジャンに、穴のあいたジーンズ。

誰がどう見てもスキルアウトにしか見えない。

 

常盤台中学は女子高であり、信乃のような例外を除けば男子禁制の場所である。

そんな場所に堂々と正門から入ってきた男は、背格好のことも併せて不審者以外の

何ものでもなかった。

 

「あなた、ここが常盤台中学と知って入ってきていますの?」

 

男に一番に対応したのは白井だった。空間移動(テレポート)で男の5メートル前に移動して警告をする。

 

一方、一番に男に気付いた信乃はなぜか動かないであたりの様子をうかがっていた。

男が見つかったのだから白井のように警告するなり行動を起こすのが

いつもの信乃のはずだが、今に限っては動こうとしない。

 

御坂はそんな信乃に不信を感じたが、すぐに白井の正面にいる男に目を向けた。

 

「わたくし、風紀委員(ジャッジメント)ですの。大人しく投降なさってくれませんこと?」

 

「クックック・・・」

 

男は不気味に笑った。

 

「なにがおかしいんですの?」

 

「いや、警備員でもすぐに来ると思ったんだがな。一番に来たのはこんな可愛らしい

 お嬢ちゃんとはな。それがおかしくってな」

 

「バカにしてますの? 先程も言った通り、私は風紀委員ですわ。あまり甘く見ると痛い目に」

 

男は白井の話の途中で、急に右手を上げた。

その行動に白井は警戒して身構えたが、何の変化もない。何も感じない。

男から能力が出てくるわけでもない。白井はそれを不審に思った。

 

「この状況で警戒するだけで動こうとしないとは、この程度か」

 

男はため息をつき、上げた右腕を降ろした。

 

「何の言ってま「白井さんすぐに下がって!!!」え?」

 

白井は大声を出した信乃の方を向いた。

そのわずかな動きが白井の命を助けた。

男が腕を降ろすと同時に、白井の左腕から血が飛び出た。飛んできたのはおそらく弾丸。

 

傷自体はかすり傷で大きなものではない。問題はその場所。

 

信乃の方向を振り向く。この動作をしていなければ怪我した腕の場所には白井の心臓が

あった。動かなければ心臓に当たっていた。

 

「っ!」

 

「運のいい嬢ちゃんだな。でも、これでサヨナラだな」

 

男の右腕が膨張し、常人よりも多かった筋肉が急激に膨れ上がった。

もはや、人間の腕の太さではない。能力で増強されている。

 

その腕を、拳を、傷口を抑えている白井へと向けて殴りかかった。

だが、白井の前に信乃が割り込みその拳を受けた。

信乃は攻撃を完全に受け止めることができず、真後ろにいた白井を巻き込みながら

一緒に飛ばされる。

 

「ちっ!」

 

信乃は体をひねり、白井を庇うようにして窓を破って校舎の中に入った。

 

「黒子、信乃にーちゃん!? あんた、一体何するのよ!?」

 

御坂は問答無用で電撃を男へ飛ばした。

しかし、電撃は壁にはじかれたように男に届かなかった。

 

「な!?」

 

「ほう、お前が常盤台の超電磁砲(レールガン)かな?お前と戦うのを楽しみに

 してたな。上の奴らには手出しさせない、楽しもうじゃないかな!!!」

 

「なんなのよあんた!!!」

 

再び電撃を、先ほどよりも大きな攻撃を加えたのだが、結果は同じだった。

 

 

 

 

ガラスのかけらをかぶり倒れていた二人だが、信乃だけがゆっくりと立ち上がる。

白井は飛ばされた衝撃で気を失っている。入ってきた教室は家庭科室。

信乃はガラスで怪我をしないように、白井を安全なテーブルの上に寝かせた。

 

軽くわき腹や腕を触ってみたが、白井は骨折はしていないようだ。

だが一緒に吹き飛ばされたために全身に打撲をしているだろう。

急いで携帯電話で救急車と警備員(アンチスキル)に連絡を入れる。

 

外で戦っている御坂を見ると電撃が通用しない事態になっていたが、この前の

幻想御手(レベルアッパー)事件を通して、御坂美琴(レベル5)の実力を

知ったので心配はしなかった。心配の必要がないと理解していた。

 

「いったいなにが・・・白井さん!!」

 

窓を突き破った音を聞いたのだろう、教室の入り口から一人の女性が入ってきた。

名前は知らないが、学校に出入りしていたから顔に見覚えがあった。

 

「確か、白井さんのクラス担任の方でしたよね? 救急車や警備員への連絡は

 終わりました。白井さんの事をお願いできますか?」

 

「は、はい!」

 

白井の側に来た女性に対し、信乃は数メートル後ろに下がった。

 

 

信乃が男への反応に遅れたのは、殺気が原因だ。

男が出した殺気ではない、学校の校庭全体に急に現れたかすかな殺気。

信乃が男を見る前に感じたのはこの殺気だった。

 

男が校門から入ってきたときに殺気を出していたのがこいつだと思ったが、

男から出ている強い殺気とは別の殺気だとすぐに分かった。

どこから出されている殺気かを探っているせいで動かなかった。

 

そして男が手を挙げたその時、確実な殺気が白井に向いた。白井はきずかなかったが

遠距離からの、銃撃による攻撃の殺気を信乃は感じて白井へ叫んだのだ。

 

 

 

(“学園都市に来てから平和”だったせいで勘が鈍ってやがる!)

 

信乃は心の中で自分に悪態を付けた。

幻想御手(レベルアッパー)事件程度なら信乃にとっては平和のレベルだ。

 

一呼吸し、そして目を閉じて集中する。

白井を攻撃した、銃撃したスナイパーの“魂を感知する”ために。

 

 

≪石凪調査室(いしなぎちょうさしつ)≫

 

表の人間では知っている人物は一切いない集団。

だが、表以外の人間であればこの集団の名前は有名だ。

人間でありながら『死神』と呼ばれ、生きているべきでない者、運命に背く者を殺す集団。

その彼らが十八番とするのが『人の魂を感知する』能力。

信乃は石凪に所属したわけではないが、知り合いに元死神がいて感知するための

“技術”を学んでいた。

第二の氏神誘拐事件、グラビトン事件の時にも発揮していた能力だ。

 

 

それを駆使して屋上にいる2人の不明な魂を見つけた。

 

「なにやってるんですかね、学舎の園の警備。不審者の侵入を3人も

 許しているんですけど」

 

信乃は教室の隅へ歩き出した。

教室の隅にある掃除用のモップ。普通の教室は専属の人が掃除をするが、

調理後に掃除ができるようにこの教室には道具一式があった。

信乃はモップの拭くための布を踏んで固定し、柄を回して柄だけの状態に分解した。

 

(遠距離からの攻撃・・・拳銃もしくはレベル3以上の遠距離攻撃の能力者。

 レベル3や拳銃持っている“程度”だとA・Tの使用はできないか・・・)

 

一度ため息をついた後、

 

「何とかやってみますか」

 

信乃は一番近くの敵を倒すために駆けだした。

 

 

 

つづく

 



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Trick25_七色の電撃って!!

 

 

 

幻想御手(レベルアッパー)事件の後、信乃はA・T(エア・トレック)の使用に

制限が掛けられていた。足への負担のことも理由の一つだが、信乃の実力が

"超能力者"(レベル5)にも匹敵するのが一番の理由、問題だった。

 

他の理事に目を付けられる前に、信乃へ許可を出している学園統括理事の一人

『氏神クロム』から信乃の“武装”に制限を付けることを数日前に取り決められた。

 

 

 

 

相手にする敵は3人。

一人は御坂が相手にしている筋肉男。

こちらは任せて大丈夫だと判断して残りは2人。

校舎の屋上と、すぐ近くの体育館の上にそれぞれ1人。

遠距離の攻撃を考えて、相手は銃を持っているか遠距離攻撃ができるレベル3以上。

 

 

 

「なんで効かないのよ!?」

 

「おいおい、この程度の電撃で俺を倒せると思ってるのかな?」

 

(まさか木山先生が電撃の防御で使っていた能力を持っているの?

 あの能力だったら電撃を強くすれば焼くことができるけど、人間相手には

 使いたくない。

 それだったら!!)

 

御坂は砂鉄の鞭を作り、男へと攻撃した。

能力を無効化する上条とは違い、威力を手加減して皮膚を少し削る程度にした。

今度ははじかれずに男へ当たった。だが、傷一つ付いていない。

 

「!?」

 

「おっと、俺がお前の能力を知っているのにお前が俺の能力を知らないなんて不公平だな。

 俺の能力は筋力強覆(マッスルコーティング)、筋肉強化だな。

 だが、生半可な攻撃は全て受け付けないな。筋肉の鎧があるからな」

 

「筋肉強化・・・だったらなんで私の電撃が効かないのよ?」

 

「ああ、それな。筋肉を増幅するのに体内電流を使っていてな、能力を使う副産物で

 電力無効化が少しだけできるんだよな」

 

(威力を上げれば攻撃は届くかもしれない。でも強すぎたら殺しちゃうんじゃ・・・)

 

「今度はこっちから行くからな」

 

男の攻撃を御坂は避けたが、拳が地面にめり込んでいた。

 

「それくらったら、ただじゃすまなさそうね!」

 

「楽しく遊ぼうな はははは!」

 

 

 

 

一人目の敵は校舎の屋上。

正確には屋上ではなく、そのさらに上の屋上出入り口の上。

給水タンクなどが置かれているあの位置にいる。

 

信乃は階段を駆け上がり、その勢いのままドアを蹴り破った。

そしてドアの上の縁を掴み、鉄棒の逆上がりの要領で、そのまま上へ飛ぶ。

そこにはライフル銃を構えた黒覆面の男がいた。

上からの狙撃をしたことで、屋上へ来る者を待ち伏せするように銃口を下へ向けて

構えていた。

 

だが信乃の移動は想定外。即座に上がったことで銃の照準から外れる。

信乃は棒で覆面男の肩を突いた。しかし、防弾チョッキを着けているのか手応えが固い。

覆面男は後ろに飛ばされたが、ダメージはないようですぐに脇にあるハンドガンに手を伸ばす。

 

「やらせないよ」

 

信乃は再び突きを同じ方へ放つ。だが、棒には協力な回転が掛かっていた。

 

「な!?」

 

直撃防弾チョッキは簡単にえぐれて貫通し、男の体へと棒が達する。

 

「ぐぁ!」

 

取り出す途中だったハンドガンは落とされ、信乃はそれを蹴って拾えない位置へ飛ばす。

棒を引きもどして同じ位置、防弾チョッキに穴をあけた場所に突きを入れる。

 

「が!」

 

男がうめいて膝をつく。

間髪を容れずに信乃は棒を下から上へ振り、顎を攻撃して気絶させた。

 

「ふう、一人目。セリフを言う前に退場するとは何とも噛ませ犬な奴だな」

 

直後に背中から殺気を感じた。急いで給水タンクの陰に隠れると、

 

 カシュン

 

自分がいた位置に弾丸が突き刺さる。体育館の上にいるもう一人の攻撃。

ライフル銃に狙いをつけられては下手に動けない。どう対処するか考えていると

 

『おい、陰に隠れている奴。出てこいよ。遊ぼうぜ』

 

倒した男が落としたのトランシーバーから声が聞こえた。

屋上から攻撃してきた奴が話しかけてくる。

信乃はトランシーバーに手を伸ばそうとしてすぐに戻した。

 

 カシュン

 

銃撃。そのままトランシーバーを取っていれば腕をやられていた。

 

『あらら。残念無念』

 

「やっかいなやつだな。人を撃つことに楽しみすら感じている」

 

作戦を考えていると嫌な言葉が

 

『出てこいよ。それとも、他のガキどもが撃たれる方が良かったか?』

 

「!?」

 

周りの空気が変わった。信乃と向けられていた殺気が薄くなる。

男の姿は見えないが、信乃に警戒しつつも、銃口を別に向けたような、そんな空気。

 

『だ・れ・に・し・よ・う・か・な・♪』

 

銃口が自分以外、この学校の生徒に向けられていた。

 

「・・・しょうがないか」

 

信乃は何の躊躇もなく、給水タンクの陰から出てきた。

体育館上を見ると、やはり校舎の方へうつぶせの体勢で銃口を向けている男がいた。

だが信乃を確認するとゆっくりとこちらへ銃口を合わせる。

眉間。動かない的へと確実に狙いを定め

 

「死ね」

 

男がスコープ越しに言い放つ・・・その前に信乃が言った。

持っている棒を投げやりのように振りかぶって投げ飛ばした。

 

「うわっ!?」

 

スコープを覗いていたので反応が遅れたが、男は体を横へ転がしてギリギリで避ける。

棒は男のいた場所より手前にあたり、真上へと跳ねた。

態勢を崩したがすぐに立ち上がって屋上を見渡したスナイパー。

 

だが、信乃がどこにもいない。

 

「ち、どこだ!? まさか、また隠れやがったのか?」

 

給水タンクの陰、屋上の出入り口、両方とも隠れるには十分の時間があった。

 

「なら、またガキを狙うふりをして」

 

再び校舎に銃口を向けたが

 

「痛ッ!」

 

上に飛んだ棒がちょうど男の頭に落ちた。

偶然なのか、それとも信乃の計算通りなのか。

 

「あのクソガキがッ! どこに居やがる!!?」

 

棒のせいで冷静さを失くして生徒を人質にすることを忘れて叫んだ。

そして

 

「ここだよ」

 

男の叫びに信乃は真後ろの位置から答えた。

隣の校舎の屋上にいたはずなのに、体育館の屋根の上にいる自分の後ろに。

 

「ばかな!? たった数十秒しか経ってないんだぞ!!」

 

この状況を信じられないのか、驚きすぎて後ろの信乃へ無理向かずに怒鳴った。

 

「数十秒? ははは、数十秒ね~。それは永遠という意味ですか?

 たった数十メートルの距離を移動するのに数十秒もあれば十全すぎる時間だぜ」

 

「数十メートルって・・それは直線距離の話だ! 別の建物の屋上と屋上に

 いるのに数十メートルは」

 

「直線距離が数十メートル。つまり走り幅跳びで十分な距離ってことだ。

 まあ、充分って言っても本当は屋上に繋がる梯子がある、窓近くに着地したけど。

 梯子登るのに数十秒も掛かちゃった」

 

「な・・」

 

走り幅跳びの世界記録は8.95メートル。

 

校舎と体育館の間の距離は20メートル。

 

落下しながら距離を伸ばしたとしても20メートルの距離はありえない。

 

しかし信乃は跳んだ。A・Tを使わずに脚力で。

いや、脚力だけじゃない。空中で体を回転させて体の重心を移動させた。

 

そして より遠くへ より向こうへ より上へ

 

  まるで月面の上で飛んだかのような軌跡を生む

 

 

 Trick - Method Air to Spin That Grab Moonride -

 

 

A・TなしのでA・Tの技(トリック)を使い、20メートルを“飛行”した。

 

 

「さて、神様に祈る時間を・・・与えません。面倒臭いから」

 

「そげふっ!!」

 

信乃は男のこめかみを蹴り抜いた。

 

「完了完了」

 

持っていた手錠で男を拘束する。

 

「よし、最後はあいつだけか」

 

グランドでまだ戦っている御坂達を見下ろした。

 

 

 

御坂と男の戦いは拮抗状態が続いていた。

一方の攻撃は当たれば確実に勝利が決まる拳。だが、素早い動きで避けられ続ける。

 

一方は電撃や砂鉄で様々な攻撃をしているが効かない。

AIMバーストと戦ったときのように威力を上げれば防御を崩せるかもしれないが

人間相手には殺す可能性があり躊躇していた。

 

「御坂さん、まだ終わらないんですか?」

 

声の方向を見ると、信乃が体育館の外梯子から降りてきていた。

 

「だって、あいつに私の攻撃が」

 

「見てました。電撃や砂鉄は効かないみたいですね。

 けど、強い衝撃を直接当てれば倒せそうに思うんでが。この見た目筋肉は」

 

「ほう、面白いことを言うな。超電磁砲(レールガン)も逃げてばっかりで

 飽きてきたしな。お前が相手してくれるのかな?」

 

「いいんですか? その程度の実力で私と戦おうなんて」

 

「はははは!!!」

 

男が殴りかかってくる。足の筋肉も強化されていて、その速度も十分だ。

だが信乃はタイミングを合わせて胸の前で手を叩くように合わせた。

 

「どんな攻撃も俺のマッスル」 パァン!!

 

男の体が吹っ飛んだ。否、信乃に吹っ飛ばされた。

風の面を挟むように叩いて、発生した風の爆発に襲われた。

 

 

翼の道(ウイング・ロード)

 Trick - Flapping Wings of Little Bird -

 

 

「すっご・・あ、でもあいつの能力で防御しているからすぐに来るよ!」

 

「その心配はないですよ。手ごたえはありましたから」

 

「ぐ、  がぁ・・」

 

男は起き上がろうとしたが、腹を抱えて呻くことしかできないようだ。

 

「あの見た目筋肉は斬撃には強いけど衝撃にはダメみたいですね」

 

「こ、の・・クソガキが」

 

男は立ち上がってきた。

 

「まだやる気? とどめは私が!!」

 

御坂が電撃が襲うが、男の能力が生きていたようで弾かれてしまった。

 

「まだ能力が生きているの? しぶといわね」

 

「筋肉強化の演算は他と比べると少しは簡単ですから。あの状態でも使えるみたいです」

 

「どうする信乃にーちゃん? さっきのをもう一発入れると終わりそうだけど」

 

「御坂さん。『とどめは私が』って言ってませんでした? 自分の言った言葉に

 責任を持ってくださいよ」

 

「え、でも私の攻撃じゃ・・」

 

今まで一度たりとも御坂の攻撃は男へと通じていない。

もちろん手加減を考えずに放てば関係ないのだがそうはいかないだろう。

 

「あの電撃の弾かれ方を見る限り、電気の波長に問題があると思います。一定の波長に

 対しては弾くことができても、波長の種類が増えれば同時には防げないはずです。

 だから複数の複雑な波長を複合したら攻撃は通ると思いますよ」

 

「無理言わないでよ! ただでさえ演算が複雑だっていうのに!!」

 

「イメージ」

 

「は?」

 

「演算を考えるより先にイメージしろ。周波数計のような2次元的な波じゃない。

 海面のような、立体的で規則性のない荒々しい波を思い浮かべるんだ。

 

 そのイメージを強くして、イメージに合わせて演算をするんだ」

 

「えっと・・」

 

「いいから!」

 

「は、はい!」

 

御坂は目を閉じて集中し、信乃の言った通りのイメージをした。

 

 

嵐の時のような、荒れた海。

その波の動きに自分の電気を走らせる。

強く、強く強くイメージする!!

 

するとできないはずの複雑な波長の電撃が男へと向かって出せた。

しかもただの電撃ではない。

色がつくはずのない雷に 赤 橙 黄 緑 青 藍 紫 に光る。

 

向かった電撃は今までと同じく弾かれたが、それは赤と黄と藍だけ。

橙、緑、青、紫の電撃は見えない壁を通り抜けて男へと到達した。

 

「な!? ぐあああぁぁああぁあああ!!」

 

体は感電し、黒い煙を上げながら男は倒れ伏した。そして今度こそ起き上がらなかった。

 

 

御坂は茫然としていた。

今までならこれほどの演算をすると頭が痛くなったはずなのに、イメージに合わせて

演算をしたらそれほどの負担がない。

しかも出てきたのが七色の、虹の色をした電撃。

 

「な、なんなのこれ?」

 

「敵を倒せたんですし、いいじゃないですか。気にすることないですよ」

 

「いや、イメージ通りにやったらこんな簡単にできて、しかも七色の電撃って!!」

 

「興奮しすぎですよ。それに、イメージを先にする方法は実際にあるスポーツの

 学習法なんですよ。

 動作をするとき、人間の中には『指示する自分』と『実行する自分』の二人が

 いるそうです。普通の人は『指示する自分』が強いそうなんですが、

 プロのスポーツ選手の多くは『実行する自分』が強い傾向にあるそうです。

 御坂さんで言うなら、複雑な波長を出すにはどうするか考える『指示する自分』よりも

 どんな波長を出すかをイメージした『実行する自分』が強くて今の電撃が出せたんです。

 まあ、さすがに虹色の電撃は予想外、いや予想以上でしたけど」

 

「イメージを先に、それに合わせて演算をする・・・・すごい」

 

「はい。すごいと思いますよ。ほら、常盤台中学の全生徒が御坂さんを認めてます」

 

信乃が校舎を見ろと促すように指を向けると、すべての窓から生徒たちが御坂を見ていた。

 

そして

 

パチパチパチ

 

一人の拍手を皮きりに

 

ハチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ

 

全ての人が御坂へと拍手をした。

 

「はは!」

 

照れもあったが、それよりも自分の実力以上なことを出来た喜びの方が大きく

御坂は笑顔でそれに応えて手を振った。

 

「さて、俺は丸焼きさんを拘束しますか」

 

信乃は御坂から、主役から離れるようにして歩いていった。

実はこの拍手には信乃へ向けたものが半分を占めていたが本人は気付いていない。

 

(常盤台とわかっていてけんかを売ってきていた。しかもライフル銃を持ち出して。

 なにか不穏な動きがありそうだな。クロムさんにお願いして神理楽(ルール)から

 誰か貸してもらうかな)

 

 

 

つづく

 



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Trick-02_なんか青く晴れた空、碧空(へきくう)みたい

 

 

 

僕の名前は信乃。

 

今年で3歳になります。

 

僕の家は、武術の道場をひらいています。

 

“そーごーかくとーじゅつ”とか言って、剣や棒や武器を使ったものからいろいろあります。

 

 

僕は道場の後継ぎということで、3歳の誕生日から

師範の父上に直接修行を見てもらっています。

 

「こら! 足が下がっているぞ!」

 

「ひゃ、はい!」

 

後で知ったことだけど3歳児にここまでの修行は虐待に近いと思う。

1日の半分を修行されられているよ~。

 

「よし! 今日はここまで!」

 

「・・はい」

 

激しい運動をしたので、僕は肩で息をしていた。

 

「うん、今日もよく頑張ったな」

 

父上は優しく僕の頭を撫でた。

修行以外だったら優しい父上だ。

 

 

「おや、修行は終わったんですか?」

 

家に戻ると台所から母上が顔を出した。

 

「うん!」

 

僕は元気よく頷いた。

 

母上は僕に近づいてタオルで頭と顔の汗を拭いてくれた。

 

「お父さんは真面目だから子供の信乃ちゃんにも手加減ができないんですよねー」

 

母上は冷めた目で一緒に入ってきた父上を見る。

 

「うっ! で、でも、大事な跡取りなんだから今から鍛えた方が・・」

 

「大事な跡取りならもう少し一般的なことを教えた方がいいと思いますよ。

 どっかの誰かみたいに愛の告白で土下座をすると恋人ができなくなってしまいますし」

 

「た、頼む姫、それはもう忘れてくれ(泣)」

 

父上がうなだれたようにうつむいた。

 

優しいが強い、そんな父上も母上には絶対に勝てない。

 

見た目は比べるまでもなく父上が強そうなのに。

 

一見すると中学生にも見えるほど母上は幼い見た目をしている。

(場合によっては小学生でも通用する。しかも頭に大きな黄色のリボンを

 着けているから余計に幼く見える)

本当は父上と同じで20歳くらいだけど、僕とも父上とも一緒に歩いていたら

兄妹(僕と一緒だと姉弟)扱いされる。

 

父上の方は普通の20歳くらいと同じ見た目、ただしとってもかっこいい。

自分の父上と贔屓目で見てもかっこいいと思う。

 

実際に家族3人で歩いていても女の人達が父上に一緒に遊びに行こうとよく誘ってくる。(逆ナンと言うらしい)

その女の人達は僕と母上を妹弟として見るので

「兄妹の仲がいいんですね」「可愛い妹さんですね、素敵なお兄さんですこと」

とか言ってくる。

夫婦だと説明したときはロリコンをあわれむ眼で見られるのは毎度のこと。

 

そんな2人は高校生の時に出会った。その愛の告白に父上は土下座をしたのを

良くからかわれている。2人は高校を出てすぐに結婚した。

僕もその1年後に産まれた。

 

僕の家は道場をひらいていると言ったけど、家には父上の父上、僕のおじいちゃんは

いない。

 

父上も母上も両親が共にいない。小さい時に亡くなったそうだ。

 

さらには親戚関係は全くない。父上の父上が家族とケツベツして道場をひらいたのが

今の家にある道場。

母上も両親が亡くなったときに脳に怪我をして、引き取られて育てられた。

引き取った人も家族はいないみたいで、本人は今は世界中を旅しているらしい。

 

僕はその人に一度も会ったことないけど、母上にどんな人か聞いてもよくわからない。

赤いだの、強いだの、糸が効かないだのとよくわからない説明しかされない。

 

親戚がいない代わりに道場の門下生の人たちが僕の親戚みたいなものだ。

3人しかいないけど、みんな僕を可愛がってくれる。

 

とくに一番弟子の小日向さんは同じ年の子供がいるようでとくに可愛がってくれる。

 

 

まぁそれはともかくおなかが減った。

 

「母上、お昼ご飯はまだですか?」

 

「もうできてるですけど、その前にお風呂に入ってくるですよ~」

 

僕と父上は一緒にお風呂に入って汗を流し、その後に母上の手料理を食べた。

 

 

 

「こんにちわー」

 

お昼すぎ。

 

母上に糸の使い方を教えてもらっていたら玄関から大きいけど元気のない声が聞こえた。

 

「はいはいですよ~」

 

玄関に向かう母上について僕も付いて行った。

 

扉を開けると一人の青年が立っていた。

 

大人し目の色の背広にネクタイをしてない格好。

 

「あ! 師匠じゃないですか!」

 

母上は弾かれたように笑った。

 

父上や僕の前では優しい笑みを見せるが、こんな笑顔は珍しい。

 

「ひさしぶりだね、元気にしてた?」

 

「はい、私共々家族全員が勇気凛々ですよ」

 

「・・・ひょっとして≪元気満々≫じゃないかな、それ」

 

「そうとも言います。あ、信乃ちゃん。この人は私が前に住んでいたアパートで

 お世話になった人です。信乃ちゃんもあいさつするですよ」

 

「はじめまして、西折信乃です。3歳になります」

 

「・・・姫ちゃんの子供なのにしっかりしている・・・」

 

「師匠、失礼ですね」

 

母上は『師匠』と呼んでいるけど、すごい人なのかな?

全くそうは見えないけど。

 

体は大きいわけでもないし鍛えているようにも見えない。

“はき”も“おーら”とかも感じないのに。

 

「これ、おみやげ」

 

「八橋ですか。京都を離れていたんでひさしぶりに食べたかったところです。

 まさに甘辛牡丹餅です」

 

「≪棚から牡丹餅≫ね」

 

「遊びに来たって感じじゃないみたいですし、何の用事があってきたですか?」

 

「いや、潤さんが賢者の石を見つけてね。それを聞いた別の依頼人も欲しいと

 せがんできたのを僕に依頼の横流しをされたんだ。

 この近くにあるって情報だからついでに寄ってみたんだよ」

 

「なんとまぁ、お気の毒に」

 

「みいこさんや崩子ちゃんもみんな元気にしているよ。よろしく伝えてくれって

 言われた。そっちはどう? 子育ては大変?」

 

「大丈夫ですよ。あの人も手伝ってくれるし、信乃ちゃんがいい子ですから」

 

そう言って母上は僕の背中から抱きついた。ちょっと恥ずかしい。

 

「仲がよさそうで良かった。あ、時間がないからもう行くよ」

 

「請負人(うけおいにん)は大変ですね。今度来るときはゆっくりしていってください。

 家族みんなでおもてなしするですよ」

 

「うん、楽しみにしておくよ。それじゃあ」

 

『師匠』さんは楽しみにしておくという言葉とは逆にあっさりと帰っていった。

なんだかさっぱりした人だ。

 

 

 

同じ日の夕方

 

「こんばんわー!」

 

今日はお客さんの多い日だ。

 

母上は晩御飯の準備で手が離せないので僕が玄関に向かう。

 

「いらっしゃいませ」

 

「おや、信乃くん一人でお出迎えかな? 偉いね」

 

「小日向さん、どうぞあがってください」

 

小日向さん。父上の一番弟子の小日向さんは僕を実の子のように可愛がってくれる。

今日は奥さんも一緒で僕たちと晩御飯を食べに来てくれた。

 

ん? 奥さんに抱っこされている子供がいる?

 

「小日向さん、その子は?」

 

「そういえば会うのは初めてだったね。

 僕たちの子供の小日向 美雪だ。信乃くんと同じ3歳だよ」

 

「かわいい女の子でしょ? 仲良くしてあげてね」

 

奥さんが膝をついて僕と美雪ちゃんの目線を近くする。

 

小日向さんの奥さんが言っていたように可愛い女の子だ。

僕はちょっと顔を赤くして照れてしまった。

あら、あの子も顔を赤くして顔をそらした。

 

「おや、照れてるのかな。信乃くんも」

 

「ち、ちがうよ!」

 

僕は台所へと走って逃げた。

 

 

 

 

キングクリムゾン

 

 

 

そして僕は8歳になった。

 

時間がいきなり飛んだのは何かの幽波紋のせいだということにしよう。

 

 

僕は今まで通り、父上との修行に明け暮れてた。

実戦は一度もないが総合格闘術の技の型だけは全て覚えた。

 

ただ、3歳の頃との違いといえば母上の計らいで普通どおりに過ごす時間を

多くしてもらった。

 

さすがに一般常識がないのはダメだし、6歳からは小学校に行くようになったし。

 

あと、小日向さん家の美雪が良く遊びに来てくれた。

 

ほぼ毎日遊んでいて、昔は美雪ちゃんと呼んでいたが今は呼び捨てにするほど仲がいい。

小学校も同じになってからは毎日一緒に帰っている。

 

たまに夜遅くまで遊び過ぎて、気付いたら2人で寝てたことも何度か。

母上が布団をかけてくれるけど、同じ布団で仲良く眠った。

 

両親は僕たちが一緒になったらいいのにとよく言うけど、すでに一緒に遊んでいるよ?

 

 

8歳になってしばらくして、僕は急に変な夢を見るようになった。

 

ローラースケート・・・じゃない、A・T(エア・トレック)を着けた人たちが

すごい動きをするのを見る僕自身の話。

 

あまりにも毎日みるし、妙に本物っぽいので父上に相談してみた。

たかが夢のことだけど夢は現実の鏡、実は気付かない悩みがあるかもしれない。

人生の先輩の父上なら何かアドバイスを貰えると思って聞いたのだけど・・・

 

「そうか、お前もついに見るようになったか」

 

父上からは意外な言葉が返ってきた。

 

僕たちの一族は代々、前世の記憶を持って生まれてくるらしい。

その記憶の技術を総合格闘術に組み込んで

 

その記憶は9歳、いや玖(きゅう)歳になると完全にみることができる。

(なぜか玖に父上は強くこだわってた。なんでだろ?)

 

父上の前世は江戸時代にいた最強の剣士らしい。

どおりで剣術の稽古が特に厳しいわけだ。

 

とにかく、この夢は玖歳になったら完全に制御できるようで、夢に出てくるも

出てこないのも自由にできるようになる、とのこと。

 

だから気にしないでいいと言われた。

 

ただ、A・Tを使っている人がとても楽しそうでかっこよかったから、

父上には内緒で夢に出てきた修行を始めた。

 

夢の僕が特にあこがれた人、その人がやっていた変な訓練。

見た目は腕立て伏せ、ただし足のつま先は浮いた状態でやるという変わったものだ。

 

手の平と床の間に真空を作ることで、手と床がくっつくらしい。

腕立て伏せをするのはこの真空状態を保つためだ。

 

1カ月も練習しても、1秒しかくっつくことができないが、それでも風を操れるように

なりたいから成果はなくても続けることにした。

 

 

 

新しい学年にも慣れ始めた頃、僕はクラスにたくさんの友達ができた。

だけど、人見知りな美雪はクラスでは居心地が悪いので、学校が終わると

一緒に帰るためにすぐ僕の所に来る。

 

これは同じクラスだった1年生のころから始まって、別クラスになった

今でも変わっていない。

 

しかし、今日は授業が終わって30分たっても来ない。

 

一緒に帰りたいというよりも、いつもと同じ事が起きないことに気持ち悪さを

感じて僕は美雪のいる、階が一つ下にあるクラスに向かった。

 

 

クラスを覗いても美雪の姿は見当たらない。

 

丁度教室から出ようとしている女の子に聞いてみたら

 

「小日向さんは・・・・佐々木君がちょっと連れていったみたいよ」

 

佐々木って・・・確かクラスで一番かっこ良くてモテる奴で、最近ちょっかいを

出すから嫌だって美雪が言っていたな。

 

でもこの女の子、難で言い難そうにしてたんだろ?

 

「なんか・・・・無理矢理手を引いていったけど・・・・」

 

その時、僕は頭が熱くなるのを感じた。

 

「どこいったかわかる!?」

 

「え、いや分からない「佐々木の行きそうな場所は!?」 校舎裏で

 集まっているって聞いたこ「ありがと!!」 って行っちゃった」

 

 

 

 

「いいじゃんよ。かっこいい俺が告白してあげてんだぜ、俺と付き合おうよ」

 

「・・・・ぃ  す」

 

「あん? 聞こえねぇぞ?」

 

「ぃ ゃ 」

 

「いやって聞こえたんだが気のせいだよな、ああん?」

 

「いやです!」

 

「てめ、ちょっと可愛いからって調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

「キャッ!」

 

 パシン!!

 

「間一髪。美雪、大丈夫?」

 

殴ってきた拳を美雪に届く前に手を伸ばして止めることができた。

本当に校舎裏にいたけど、全力で走ってこなかったら間に合わなかった。

 

こいつ、女の子相手にグーで殴ってきたよな? それも本気で。

 

骨の一、二本なら折ってもいいかな。かなりイライラする。

 

「んだ? 愛の告白を邪魔するってひどくね?」

 

「脅迫の間違えだろ、ゴミ屑くん?」

 

受け止めた拳を潰すつもりで握る。

 

「イッテ!」

 

ゴミ屑くんはすぐに手を引いて後ろに逃げた。

 

「信乃・・・ う・・ヒック、うわーん!」

 

美雪は後ろから抱きついてきた。いや、腰に泣きついてきた。

 

「なんだよお前?」

 

「こいつの家族だ。それとさっきの脅迫の答えだけど見ての通り美雪は嫌がってる。

 見なくてもさっき『いやです!』って言ってたな。

 それとも自分がふられたことも理解できなかった? ごっめ~ん(笑)

 この状況も理解できないほど馬鹿だったとは知らなかったよ。

 もう一度ちゃんと言うよ。

 

   消えろ    」

 

「ふざけんな!」

 

ゴミ屑が殴りかかったが、美雪が腰に抱きついているから身動きが取れない。

 

格闘術を使って手だけで倒すか。

 

『信乃、この総合格闘術は暴力に使ってはいけないよ』

 

!! 父上の言っていた事がこんな時に思い出すなんて!

 

確かに力の使い方は考えなければならないと解るけど、この場合は使っていいよね!?

美雪を殴ろうとしたし骨を折るくらいなら、でも父上の言葉が頭から離れない!

 

ってもう拳を振りかぶってやがる! どうする?

 

何をしていいのか思いつかず、僕はがむしゃらに本能で両手を胸の前に強く合わせた。

 

 パァンッ!!!

 

合わせた手からゴミ屑くんに向かって突風が吹いた。

 

「ウォ!?」

 

吹き飛ばすほどの威力はなかったが、急に吹いた風に驚いてあいつは尻もちをついた。

 

これって・・・・夢に出てきた空さんやイッキさんが使っていた技!?

腕立てで修業はしてたけど全くうまくいかなかったのに?

 

僕は内心驚いていたが、それを顔には出さずに

 

「もう一度言う。消えろ」

 

実戦がない僕で殺気が出ているか分からないけど、今の全力の威嚇の睨みをきかせる。

 

ゴミ屑が尻もちをついていたので、見下す格好になった。

 

「ひっ! お、覚えてろよ!」

 

昔すぎる捨て台詞をはいて逃げていった。

 

 

さて、腰にくっついている小動物だが・・・

 

「大丈夫か?」

 

腰にまわした美雪の腕を優しく開いて動けるようにし、美雪を正面から見る。

 

僕も屈んで目線を合わせ、そして美雪の頭を撫でた。

 

泣いているときの美雪はこれが一番泣きやむ方法だからね。 なでなで。

 

「ん。信乃、ありがとう・・」

 

「どういたしまして」

 

泣きやみ始めた美雪に今一番の笑顔で応えた。

本当はゴミ屑くんを殴れなかった分の怒りが少し残っているが、美雪が泣きやんだから

良しとしますか。

 

「あれ?」

 

「どうした?」

 

「信乃の目・・・・」

 

美雪が僕の顔に手をやって顔を近づけてくる。

 

ゴミ屑も言っていたのを聞こえたけど、美雪は相当可愛い。

もう少し友好的ならクラス(もしくは学校)で一番の人気者になっていると思う。

 

ただ、人見知りであまりしゃべらないから『深窓の令嬢』と言う小学生につかない筈の

あだ名でひそかに呼ばれていたりする。

 

そんな可愛い顔をゆっくりと僕に近づける。手で顔を捕まえられてるから逃げられない。

てか近すぎない? キスされる?・・・あれ、頭が真っ白に・・・

 

「信乃の目が青い」

 

「へ?」

 

妄想の世界に旅立ちから呼び戻された。

ただし僕の目を美雪が凝視しているからかなり近いまま。

 

「信乃の目が青いよ、ほら」

 

美雪はカバンから手鏡を出して僕に渡した。

小学生でもやっぱり女の子は身だしなみには気を使うんだね。

 

手鏡で自分の顔を見ると本当に青色をしていた。

 

「きれいな色。なんか青く晴れた空、碧空(へきくう)みたい・・・」

 

そうえいば国語の授業でそんな単語が出てきてたな・・・じゃなくて!!

 

「な、なんで!? 僕って外国人なの!? え、どゆこと?

 思い出せ、父上が先祖が外国人とか言ってたっけ? いやそんなはずは」

 

目を強く閉じて集中して記憶を探る。

 

「信乃落ち着いて!」

 

美雪に肩を掴まれて強く揺すられた。気分が少し悪くなるくらい揺さぶられた。

 

「うぉ!? は、はい、落ち着きました」

 

「とにかく、なんで青くなったか・・・あれ? いつもの黒になっている」

 

「うぇ?」

 

もう一度鏡を見ると瞳の色が黒色に戻っていた。

 

「・・・・・なんだったんだ?」

 

「ん?」

 

夢幻と思いたかったけど、さすがに2人とも同じものを見たから間違いじゃないはず。

 

あ! そういえば美雪が襲われて落ち込んでいたシリアスな場面だった。

 

僕の目のせいで美雪がそれを忘れているのかな?

うん、だったら思い出さないように適当に誤魔化してみるか。

 

「よし、それじゃ帰ろうか! 今日は早く帰ってきなさいって言われているし!」

 

「ん♪」

 

僕の差し出した手を掴んで美雪も立ち上がった。

 

 

 

明るくふるまって襲われたことを忘れさせる作戦とはとりあえず失敗した。

 

あの時は明るい返事をしたけど、少し歩いたところで僕の腕にしがみつきながら

美雪は体を震わせた。

 

それでも美雪は歩くのをやめなかったから僕も気にしないふりをして歩き続けた。

 

帰り道はずっと腕にくっついて美雪は離れなかった。

泣きやんだが目は赤く腫れていてずっとうつむいている。

 

腕にくっつかれた状態で帰ったから周りに見られて恥ずかしかったけど、

それよりも今の美雪を離すことができなかった。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい、信乃ちゃ ・・って美雪ちゃんどうしたんですか!?」

 

「学校でちょっとね。でも僕がいるから大丈夫だよ。すぐに部屋に行くね」

 

「・・・おやつは?」

 

「うん、食べる。けど・・・・」

 

「わかったです」

 

今は美雪をどうにかしたほうがよいと母上も察してくれたみたい。

 

僕の部屋に入ってから、2人とも畳に座る。ちなみに僕の部屋は和室。

そして美雪が体重を預けるようにして僕に抱きついてきた。

 

泣いてはいない。体を震わせてもいない。

 

共に小学生同士なので身長の差はない。だから美雪の頭は僕の頭の横にある。

どんな顔をしているか解らないけどそんなのは関係ない。

僕はただ美雪の体温を感じていた。

 

美雪の頭を撫でる。美雪もただ僕の存在を感じるように抱きついている。

何もしない、数分の沈黙は少し悲しい感じだけど幸せな時間が過ぎた。

 

 

「ん♪

 

 信乃、愛しています♪ 結婚してください♪」

 

「はいはい、大人になっても両想いのままだったらね」

 

「ん♪ だ~い好きだよ♪」

 

いつものやり取りをして美雪は僕から離れて正面に座った。

笑顔に戻っている。やっぱりこの笑顔は僕は大好きだ。

 

「はいは~い。おやつを持ってきたですよ」

 

タイミング良く母上がおやつを持ってきてくれた。あれ? のぞかれてた?

 

たぶん部屋の入り口で待っていたのかもしれない。母上に「大好き」のやり取りを

聞かれた? 少し恥ずかしい。

 

「姫母さん、ありがとうございます♪」

 

「お礼なんていいですよ。可愛い娘のためですから」

 

いや、あなたの娘じゃないんですけど。小日向さん家の子供ですが。

 

「信乃ちゃん、美雪ちゃん。この数日のことですけど、本当に大丈夫ですか?」

 

美雪の様子を見て大丈夫だと思ったのか、母上は今言わなければならない心配事を

聞いてきた。

 

「うん、大丈夫だよ。料理も家事もいつも手伝っているからやりかたはわかる。

 心配しないでいいから」

 

母上が言っている数日のこととは、僕たちの両親が家を離れる期間のことだ。

 

小日向さん(美雪のお父さん)は外国によく行く仕事をしているらしい。

取引先で我が家の総合格闘術を話したら大いに盛り上がり、その人が主催のパーティーで

見せてほしいと言われた。

父上は自分たちの術が世界に広まる事を喜び、即決で返事をした。

そして師範の自分と弟子全員の参加を伝えたのだ。

 

問題はパーティーの日のタイミングの悪さ。

 

本来なら僕と美雪も参加するはずだった(子供だけ置いて行くわけにはいかない)が

海外に行ったことがないので当然パスポートがない。

パスポートの発行は1週間ぐらいでできる。

だけど依頼を受けてパーティの日までは一週間もなかった(無茶苦茶だな取引先の人)

 

母上も美雪のお母さんも一緒に言って手伝わないといけないので日本に残る事が

出来ない(だめな父親たちだと母上たちは嘆いていた)

誰かに僕たちの世話をお願いしようと考えたのだけど、親戚関係がないに等しいので

誰もお願い出来る人がいない。

父上の弟子たちも、その家族も都合が悪くてそれも不可。

最終手段的に母上の前に住んでいたアパートに人たちに聞いたけど、みなさん都合が

悪くて連絡を取る事も出来なかった。

 

それを聞いて僕たち2人は自分たちだけで残る事を決めて両親たちに伝えた。

 

最初は渋ったが、結局は2人だけでお留守番に落ち着いた。

 

そしてその出発が今日となる。

 

「でも、子供2人だけは・・・」

 

「心配なのはわかりますが、僕たちよりも身の回りの世話が必要なダメな父親たちを

 心配した方がいいですよ」

 

「そうですよ、姫母さん♪」

 

「それを言われると立つ瀬がないな」

 

「ほんとですよ師範」

 

母上の後ろから、そのダメな父親たちが顔を出した。一緒に美雪の母上もいる。

 

「最低でも、数日分の家事をすることなら僕たちは問題ないですよ?」

 

皮肉をこめてダブル父親に笑顔を見せた。家事を手伝わない典型的な亭主2人に。

 

「尊敬する師範にそんなことを言うとはダメな次代の師範だな」

 

「師範は尊敬してます、父上も家族として尊敬しています。

 ただし私生活の一般常識のなさには・・・・・・」

 

「黙り込んでいないで何か言ってくれ。美雪ちゃんも明後日方向を見ないで!」

 

うん、美雪も同じ認識らしい。

 

「ははは、師範も子供のことになると型なしです。

 それにもう時間ですよ。他も弟子たちも家の前で待ってます」

 

「わかった。それじゃ、2人ともいい子にしてなさいよ」

 

「信乃くん、美雪をお願いね。美雪も信乃くんに迷惑をかけちゃダメよ」

 

「2人とも仲良くしてくださいね。今夜の晩御飯は冷蔵庫に入れてありますよ」

 

「わかりました。そちらも気をつけて。世界に父上のすごさを披露してください」

 

「いってらっしゃ~い♪」

 

そう言って父上たちは出発していった

 

人生最後の別れの言葉を言って。

 

 

 

 

そう。次の日に僕たちが見たニュースで、父上たちが乗っているはずの飛行機が

墜落したことの報道がされていた。

 

 

数日間の捜査、救出作業もむなしく乗客乗員全員の死亡が報告された。

 

両親たちの葬儀は国の役人と言う人が代理として指揮してくれた。

僕たちはただ参加しただけ。そばに座っているだけでなにもやることはなかった。

 

美雪はずっと泣いていたが、僕は泣かなかった。

 

いきなりすぎて頭が追いつかない。泣いている美雪をあやすことすら忘れていた。

 

 

そして僕たちは孤児院に預けられた。これも役所の人たちが準備してくれた。

親族関係がない僕は当然のこと、美雪もなぜか一緒の孤児院に来た。

あれ、美雪って親戚関係なかったっけ?

 

小日向さんも駆け落ち結婚だと聞いてことがあったからそれが理由かな?

 

そんな今の状況ではどうでもいいことを思いながら

僕は新しい生活の事“だけ”を考えて両親の死から目を背けた。

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでいいんだな」

 

「ああ。ナオ様がニシオリの傍系血筋を捜せと命令したときはどうしようかと

 思ったが、タイミングよく死んでくれて良かったぜ。

 まさか子供の存在を隠ぺいしているとは、いくらナオ様でも考えないだろう。

 むしろ葬儀を手伝ったことで褒められるかもしれないぞ」

 

「ナオ様のことだ、見つからなかったでそれで構わないし死んでいても何も思わないよ。

 葬儀のことも同じで何も思わない。それが機関の頭をしている人だからな。

 だけど子供を残しておいていいのか? その子供も血を継いでるんだろ?」

 

「問題ない。やつは右腕にアオの痣を持っていたが、子供の方はどこにもなかった。

 役人のふりをして数日間は一緒に住んで服の下も確認したがアオはどこにもない。

 ゴミの血筋だから、薄れでアオがでなかったんだろ。

 生きていても機関の幹部をやる資格はない。

 はぁ、まったく。一族の裏切り者の面倒をみなければならないとは虫唾が走る。

 あの子供も殺してやりたいが、直様に知られたときが恐いからな」

 

「確かに。保険として生きていてもらうか、私達の関与しない所で勝手に死んでほしい。

 残りの仕事は子供2人の存在を、ニシオリとの関係性を全て隠ぺいして

 終わりだ」

 



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Trick26_タチの悪い教師に捕まったんですよ

 

 

 

「ん~、ここだよね?」

 

幻想御手(レベルアッパー)事件後

 

佐天涙子は休日にもかかわらず制服で学校を訪れていた。

しかも自分の中学校ではなく別の学校、高校に。

佐天がここを訪れた理由は特別講習。

しかも同じ学校の生徒だけではなく違う学校からも生徒を集めて行われる講習だ。

来たことのない場所で、特別講習の資料を見ながらどこに行ったらよいか迷っていると・・

 

「おーい、るいこ~!」

 

「? アケミ、むーちゃん、マコちん」

 

振り返ってみると、同じ学校のクラスメイトの友人3人がいた。

 

「一緒に行こう!」

 

「うん・・」

 

この3人は佐天と一緒に幻想御手使った。

いや、佐天が誘って一緒に使い昏睡状態にあった。

言いかえれば佐天が原因で倒れた被害者である。

初春たちに悪いのは幻想御手そのものだと言われても、自分の中ではこの気持ちは整理できていなかった。

 

3人と一緒に特別講習のある教室へと向かい、扉を開けると制服や性別、年齢が

ばらばらな数人の人がいた。

そして意外な、佐天の知り合いがいた。

 

「なんで信乃さんが・・」

 

「あ、佐天さん、おはようございます」

 

佐天の声に気付き、こちらに向かってあいさつしてきた。

 

「そちらの方々はお友達ですか?」

 

「はい・・え、あれ、なんで? 今日の参加者って“あれ”を使ったからじゃ・・」

 

「そうだと思いますよ。私も資料で見た顔がたくさんいますし」

 

風紀委員(ジャッジメント)に昏睡患者のリストが送られてきていた、幻想御手の被害者たち。

 

「涙子、この人は?」

 

「自己紹介が遅れてすいません。風紀委員に所属してます、西折信乃です。

 佐天さんとは初春さんを通してお友達になりました。よろしくおねがいします」

 

「「「あ、よろしくおねがいします」」」

 

「でも、なんで信乃さんが? 信乃さんはアレを使ってないですし・・」

 

「タチの悪い教師に捕まったんですよ」

 

「へ?」

 

「はいは~い、それじゃ講習を始めちゃうですよ。席についてください」

 

黒板の方を見ると小学生がいた。

 

「午前の授業を受け持つ"月詠 小萌"(つくよみ こもえ)です。

 

 舐めた口をきくと講習時間伸ばしちゃいますよ?」

 

小学生、もとい教員が可愛い笑顔を浮かべて授業が開始された。

 

 

 

午前の講習は“自分だけの現実”(パーソナルリアリティ)について。

学園都市に来た学生であれば必ず受ける授業。

内容も聞き慣れたものだったので、ノートを取っているのは真面目な生徒だけだった。

ちなみに信乃は聞いているがノートは取っていない。

ノートを取っても無駄だろう。学者に永遠にレベル0と言われた信乃にとっては。

 

 

 

午後の講習は体力トレーニング

 

「こぉんの糞暑い中・・ったりな・・」

 

「つべこべ言ってんじゃないよ。文句言ったら涼しく何のか、ああぁん?」

 

「す、すみません!!」

 

講習を受けていたガラの悪い、スキルアウト集団が少し文句を言っていたが

リーダー格の女性の一言で止まった。

場所は午前の講習と同じ学校の校庭。天気は快晴で気温も高い。

佐天たちや信乃、他の講習生もグラウンドで着替えて待っていた。

 

「こわ・・」

 

文句を言う集団を横目に見て佐天が言った。

 

「私が風紀委員だってばれたら日頃の恨みとか言って殴られそうですね」

 

「あははは、あんまり笑えないです、その冗談」

 

 

「はい注目、体力トレーニング講習を受け持つ黄泉川(よみかわ)だ。

 よろしくじゃん」

 

スタイルも顔もいい美女が講習性の前に立った。(ただし、服装は冴えない緑のジャージ)

 

警備員(アンチスキル)に所属している女性は美人であり、かなり気の強そうな印象があった。

 

「よろしくおねがいしまーす」「あーす」「・・・」

 

生徒の反応は千差万別。

 

「おーし、さっそく、持久走に言ってみようか」

 

「えー・・・」「たりい」「うわ」

 

今度は全員が嫌な反応をした。

その反応に黄泉川は満足そうに

 

「はん、限界にチャレンジじゃん」

 

微笑んだ。

 

「よし、全員スタートラインに立て。

 

 それから西折信乃! お前はこれをつけろ、私からの特別プレゼントじゃん」

 

「?」

 

黄泉川は肩にかけていたバックを信乃の前に降ろした。

信乃がカバンから開けると、そこにあったのはリストバンドのようなものが4つ。

その一つを持って信乃が渋い顔で見上げてきた。

 

「これを全部つけろと?」

 

「もちろん。言ったじゃん、限界にチャレンジだって」

 

「・・・・わかりました、はぁ」

 

ため息をつきながらも両手両足にその道具を着けた。

 

「大体、なんで私がこの講習に参加しないといけないんですか?」

 

「決まってるじゃん、警備員の忠告を無視して無茶して怪我して、この前まで入院した

 バカな風紀委員にお灸をすえるためじゃん」

 

「入院?」

 

「風紀委員!?」

 

黄泉川の言葉に、佐天とスキルアウト達が反応した。

AIMバーストを倒すとき、黄泉川の停止を無視して戦いに行った。

入院の事を聞いた黄泉川は見舞いに来たが、その時も長時間の説教された。

 

「信乃さん入院してたんですか?」

 

「あ~、一応3、4日程ですけど軽い傷でしたよ。   ったく余計なことを(ボソ)」

 

「嘘つくな。本当は2週間の入院が必要で、本当だったら今頃が退院直後じゃん。

 いい医者のおかげで早く治ったってカエル顔の医者に聞いたぞ」

 

「あのゲゴ太もどきも余計なことを」

 

「本当なんですか?」

 

「この話は走りながらしましょう」

 

講習生が全員こちらを向いている。講習の時間がなくなってしまうから信乃は急いで

持久走のスタートラインについた。

 

 

 

「・・・・というわけです」

 

「はぁ、はぁ、美雪さんの、おがげ、だったんですね」

 

走りながら数日前のことを説明。

美雪との仲直りは、信乃が拒否するのを諦めたとか適当なことを言ってごまかした。

佐天に合わせたペースで走っていたが、佐天の友達3人は周回遅れで前にいた。

 

「涙子、とばすと、しんどくなる、ぞ~」

 

「意味  わか、んない。  走れなく  なるまで、とか」

 

そして信乃と佐天が3人を抜いていく。

 

「おらそこ、ダラダラ走るな」

 

「「「は~い!」」」

 

黄泉川に言われて、3人もペースを上げた。

 

 

 

「立て、立ち上がれ」

 

「もう、だめっす」

 

一人の男子生徒が座り込んだ。

一人脱落、これで残りは信乃と佐天を含めて3人だけになった。

 

そして

 

「もう・・ぁ はぁ  もう、無理」

 

佐天も手を上げる。限界が来たら手を挙げてギブアップよう黄泉川に言われた。

 

「ギブアップか?」

 

「は、 い」

 

黄泉川が佐天と並走して機器に来た。息も絶え絶えで答える。

 

「よし、最後一周、ダッシュじゃん」

 

「ええ!?」

 

「ダッシュ!!」

 

「っ」

 

有無言わせない圧力に、佐天は残りの体力を振り絞って走る。

ダッシュとは言えない速さだが、それでも今の佐天にとっての全力で。

 

「よし、頑張れ。あと少しじゃん」

 

最後の一周を終えて、佐天はゴールラインで座り込んだ。

 

「いいじゃんいいじゃん。それじゃ、あと一周行ってみようか」

 

「はぁ はぁ 無理です」

 

「立て」

 

先程と同じ有無言わせない圧力。

 

「あと一周頑張れ」

 

真剣な顔で佐天を見る黄泉川。

 

「こんなのトレーニングじゃねぇ!」

 

2人をに割り込んできたのはスキルアウトのリーダー格の女。

 

「トレーニングじゃん」

 

「ただのシゴキだろうが、あぁん!!」

 

黄泉川の胸倉を掴みかかる。

 

「ほんとのこと言ったらどうなんだよ!

 罰なんだろ! この講習はあたいらに罰を与えるためのもんなんだろ!!」

 

「勘違いじゃん。罰を与えるために読んだのは今走っている信乃(あいつ)だけ。

 呼んだのは私個人で学園都市とは関係ないけど」

 

掴みかかられても何事もないように答える黄泉川。

 

「じゃあ、この持久走にどんな意味があるのか説明してみろよ!?」

 

「限界を超えることに意味があるんじゃん。ほら、あいつ」

 

黄泉川が顔を向けたのは今も走っている小太りの男。

必死に走っているようには見えるが、速度は歩いているのと大差ない。

 

「まっさきにギブアップして手を挙げたのに、まだ走っている。

 もう無理だって諦めたらそこで終わる。

 自分でも気付かない力がまだあるかもしれないのに」

 

「・・・・」

 

「こいつも、もうだめだって思ってから一周走ったじゃん」

 

今度は佐天を見ながら。

 

「その一周した力って何なんだろうな?

 能力開発も同じことじゃん。自分で自分の限界を決めちまったらだめじゃんってこと」

 

「っ、屁理屈を言ってんじゃねえ!」

 

女は黄泉川に殴りかかってきたが、その拳を受け止めら足払いをして簡単に倒された。

 

「姐御!」 「だいじょうぶですか!?」「てめぇ、教師だからって容赦しねえぞ!!」

 

スキルアウトが黄泉川へと怒りを向ける。

 

「はぁ、講習は終了じゃん」

 

「逃げんのか!?」

 

女が黄泉川を睨みながら言う。

 

「時間なんだよ」

 

空を見上げる。太陽に雲がかかり始めていた。

 

「もうすぐ雨が降る、だから終わりじゃん。

 おい! 信乃終わりだぞ!」

 

グラウンドの反対側を走っていた信乃に黄泉川は終了を叫んで知らせる。

 

「了解しました。ほら、もう終わりだそうですよ。一緒に戻りましょう」

 

「ぶ、ぶぁ」

 

信乃は、自分以外で唯一走り続けていた小太りの男と一緒に戻ってきた。

 

「なにが限界に挑戦だよ! そこの風紀委員は余裕そうじゃねぇか!!」

 

「八つ当たりはよせ、ジュンタ。こいつがあたいらより走ってんの見てただろ」

 

「けど、姐御・・・ !そうだ、あいつが付けているリストバンド、あれに秘密が

 あるんだ。いくら風紀委員だからってあんなに余裕で走れるわけがねぇ!

 インチキしてんだろ!?」

 

「リストバンド? 使いたいなら貸しますよ、ほら」

 

信乃は左手のリストバンドを外して男に投げ渡した。

 

男は落ちてくるそれを胸のあたりで両手で受け取ったが

 

「うぇ?」

 

受け取るために合わせた両手の隙間をこじ開けて、そのまま地面へ落ちる。

 

 ドスン

 

リストバンドの、布が落ちた音ではなかった。

 

「重り!?」

 

リストバンドの内側には≪10Kg≫の文字がある。

 

「こいつは体力バカだからこれぐらいやらないと罰にならないと思ったじゃん。

 だから追加で“重り”(これ)を用意したのに」

 

「どうです? これをつけて走ってみませんか?」

 

「ジュンタ、あんたの負けだ。行くぞ」

 

リーダーの女は校舎へと歩き始めた。ジュンタと呼ばれた男も信乃を睨みながら着いて行った。

 

「信乃。合計40Kgを着けて軽く汗をかいただけじゃん、はぁ」

 

「体力バカですから。私には“この体”しかありませんし」

 

その言葉で佐天は思い出した。信乃が能力を使えないことを。

強くてすごい西折信乃。佐天が好きになったこの人は能力なしの努力だけでここまで来た。

そう考えると自分もじっとしてられない気持ちになった。

 

「私、もう一周だけ走ってきます」

 

「涙子、まだ走るの?」

 

すでにバテた友人の一人が驚いたかをして佐天を見る。

逆に黄泉川はそれを聞いてシニカルに笑っていた。

 

「いいじゃん、いってきな。ただし一周だけだぞ、雨が降るからな」

 

「はい!」

 

幻想御手の昏睡から目覚めて佐天は決意していた。

自分も諦めないで前へ進むと。

私の向上心、努力はスピネルが助けてくれる。信乃がくれたブレスレットが助けてくれる。

体力がなくてきついはずだがそれでも自然と笑顔が出てきた。

 

 

 

体力トレーニングの後、再び小萌による講習が行われた。

講習も最後に近づき、小萌が別の話を始めた。

 

「どうも勘違いしている人もいるようなので、ここで一言念押ししておきますね。

 この講習は幻想御手使用者を罰するためのものではありません」

 

ノートを取っていた生徒も、雨が降っている外を見ていた生徒も一斉に小萌を見た。

 

「確かに、レベルを上げるために安易に幻想御手に手を出したのは褒められることではないですよ。

 

 ですが、それを必要以上に悔いたり、自分を攻める必要はありません。

 罰ということであれば、皆さん意識不明の重体におちいるという辛い経験を

 しています。すでに、その身をもって購(あがな)っているのです。

 

 だから今度はその経験を活かすべきだとは思いませんか?

 皆さんは幻想御手を使用したことで一度は本来持っていた能力よりも上の力を

 体験しましたね。

 

 つまり黄泉川先生言うところの『自分の持っている限界を超えたぞ』ってやつです」

 

確かに彼らは自分の上の能力を体験した。

 

「さあ、それでは最後の講習に入ります。その感覚を思い出してください。

 目を閉じて、出来るだけ集中して、できるだけ細かく力を使ったときのことを

 思い出してください。

 みなさん、それぞれの“自分だけの現実”(パーソナルリアリティ)を獲得、

 あるいは強固にする足がかりになるはずです」

 

(私の、私だけの現実・・・・)

 

佐天は初めて見た、自分の風を、目を閉じて思い出す。

 

 

次の講習は、能力測定。

 

 

 

 

「ねぇ、テストの結果、どうだった?」

 

「わたし、ちょっとだけ数値が上がってた!」

 

「わたしも! まあ、レベルは相変わらずなんだけどね」

 

「あはははっ」

 

特別講習の全日程が終了。佐天とその友人3人は帰るために高校の校門へ歩いていた。

全員が前回の能力測定よりも結果が上がっていて上機嫌だ。

 

「あ、涙子、あの人ってすごい風紀委員の人でしょ?」

 

「本当だ、信乃さん!」

 

4人は校門へ歩いている信乃を見つけて駆け寄った。

 

「信乃さんも能力測定を受けたんですよね? 結果はどうでした?  あ!?」

 

聞いた後で佐天は失言に気付いた。

自分が上機嫌だったとはいえ、信乃の地雷を踏んでしまった。

同じように佐天の友人たちも立て続けに聞いてきた。

 

「風紀委員って能力者じゃないと入れないんですよね。能力検査どうでした?」

 

「佐天から学校で聞いたことあるんですけど、確かすごい能力だったんですよね。

 測定の結果は上がりました? 私達も全員上がったんですよ!」

 

「どんな能力なんですか? 興味あります!」

 

「私はですね、4年前に初めて能力測定した時と全く同じですよ」

 

測定の結果が描かれた紙を見ながら信乃は答えた。

佐天は地雷だと思ったようだが、信乃はそんなことをは気にせずに返してくる。

 

「ごめんなさい、わたし浮かれちゃって・・・」

 

「? どうしたの涙子?」

 

信乃の能力を知っている佐天は俯いて後悔した。

自分の能力値だけが上がっていることにぬか喜びしたことに。

 

「気にしないでください。私は最初の能力測定から気にしないように決めましたから。

 代わりに勉強を頑張っていましたよ、当時はね」

 

「そうですね。わかりました」

 

佐天は少し無理に笑った。

 

 

「てめぇ、風紀委員だからって調子に乗ってんじゃねーぞ」

 

「・・・なんの前振りもなくからまれた私はどう反応したらいいんですかね?」

 

後ろから同じ講習を受けていたスキルアウトの集団がいた。

からんできたといっても、先程のジュンタただ一人だけだが。

 

「体力トレーニングだって、能力を使ってインチキしたんだろ!

 風紀委員様なんだから、さぞかしすごい能力なんだろうな。

 その能力を使えば俺らなんて屑だと思ってんだろ? ああん?

 調子のって女とイチャつきやがって」

 

「逆切れでもない純度100%の言いがかりですね。

 ん~、面白いの見せましょう」

 

信乃は持っていた紙をジュンタへ渡した。

それに書かれていたのは

 

本日行われた能力測定の結果

 

  検体者:西折信乃

  AIM拡散力場の計測量:0

  評価レベル:0

 

 

「はぁ? こんなの嘘に決まってんだろ? ただのレベル0ならともかく

 能力開発を受けてAIM拡散力場の測定量が0はありえねぇ!!」

 

「本当です。初めて受けたのが4年前ですけど、その時から全て0を検出してます。

 学園都市側から見てもこれはかなり珍しいケースだそうです。

 今後も変化する可能性も限りなく低い、永遠のレベル0だとも言われました」

 

ジュンタは絶句して何も言えなくなった。

 

「おら、もう気が済んだだろ。行くぞジュンタ。あんたも悪かったね」

 

リーダー格の姐御と呼ばれた女が信乃へと言ってきた。

 

「いえ、気にしてませんよ」

 

「・・・ちっ」

 

ジュンタは信乃に結果の紙を押しつけて仲間の元に行った。

 

 

「あ、私達用事があるから・・」

 

「そうだね。えっと、失礼します」

 

「喜んですいませんでした!!」

 

「え? アケミ、むーちゃん、マコちん」

 

自分たちが喜んでいたところを見せたことに罪悪感を感じて3人は逃げようとした。

 

「あ、私の結果なら気にしないでくださいよ。能力のことならすでに諦めてますし、

 それに、罪悪感を感じるなら私に謝る代わりに自分の能力を上げてください。

 私は能力以外の別の部分で頑張りますから心配ありませんよ」

 

信乃の笑顔。本音を隠しているわけでもなく、本当に3人を応援しているという笑顔。

 

それに見惚れ、4人は頬を赤くした。

 

「4人とも、顔が赤いですけど変なこと考えていないですよね?」

 

「「「「///////いえ、何でもありません!!/////////」」」」

 

「ならいいのですが」

 

「あの、わたしたち、頑張りますから! 信乃さんの分まで!!」

 

「「はい!!」」

 

「いえ、私の分までとかいらな「「「失礼します!!」」」 って最後まで聞いて下さい」

 

信乃が言い終わる前に3人は走り去って行った。

 

「佐天さんからも言っておいてくださいね」

 

「はい、わかり ました・・」

 

「なんで顔を赤くするのか理解できないですよ」

 

4人の顔が赤くなる理由は勘づいたが、それでも理解できなかったので

信乃は考えるのをやめた。

 

自分の顔が普通より上なことに自覚が無い。

 

「そういえば御坂さんから連絡があって近くで待っているそうですよ。行きましょうか」

 

「あ、待ってください。私も行きます!」

 

校門へと歩く信乃へ佐天は走って追いかけた。

 

 

 

 

つづく

 




補足説明しますと、信乃は鈍感ではありません。
4人の顔が赤くなる理由(自分の顔に見とれた、もしくはいいこと言ったから)は
勘づいたが、それでも(何故自分がモテるのかは)理解できなかった。

という感じです。

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Trick@02_賭けろよ、あんたの誇りを

 

 

「さてと、必要なのはこれだけかな」

 

信乃は夜の街を歩いていた。理由は冷蔵庫の牛乳がなくなったからである。

ついでに他の必要なものも買い、今はコンビニからの帰路についていた。

 

その日は夏休みになったばかりだが、夜の街を歩く学生は少なかった。

 

「ま、夏休みと言えど学園都市では風紀は厳しいからな。夜遊びはあまりしないか。

 

 あれ?」

 

意味もない独り言をつぶやいていた信乃は、あるものを感じた。

 

 魔力

 

魔力を使うのは魔術師だけ。しかし、魔術師は科学を、学園都市を嫌っている。

だが、魔力を感じるのは学園都市のど真ん中。

 

不審に思った信乃はその方向へと足を向けた。

 

 

 

 

「うるっせえんだよ、ド素人が!!」

 

魔力が発生している場所、正確には魔術を使って人払いをしている中心。

そこに到着した信乃が聞いたのは、女性がむき出しの感情を叫んだ言葉だった。

 

どこにでもあるような交差点の車道。人払いされているせいで車は全く通らない。

そのど真ん中に2人の人物が立ち尽くしている。

 

1人は学生服を着た少年。頭はウニのようにツンツンにとがった髪型をしている。

歳は高校生ぐらい。その体には打撲痕と切り傷が無数にあった。

 

1人は奇妙な服を来た女性。半袖の白いTシャツを脇腹の方で縛りヘソを丸出しにしている。

ジーンズの左脚の方を太股の根元からバッサリと切られている。

手には2メートルはある刀を持っているが、抜かずに鞘に入ったままである。

こちらの女性は完全に無傷、疲労さえ感じない。

 

先程の叫び声は彼女だ。

 

2人が立っている車道は、何かに切り裂かれたような跡があり、一部のアスファルトが

剥がされて破片が辺りに散らばっている。

 

少年が女性に一方的に攻撃されて怪我を負っているという状況を確認した信乃だが、

一番に驚いているのは、こんな所で知り合いに会うとは思わなかった事だ。

 

「知ったような口を利くな!! 私達が今までどんな気持ちであの子の記憶を

 奪っていったかと思ってるんですか!? わかるんですか、あなたなんかに一体何が!

 あなたはステイルが殺人狂だと言ってましたけどね、アレが一体どんな気持ちで

 あの子とあなたを見ていたと思ってるんですか!? 一体どれほど苦しんで!

 どれほどの決意の下に敵を名乗っているのか! 大切な仲間のために

 泥をかぶり続けるステイルの気持ちが、あなたなんかに解るんですか!!」

 

女性は先程と同じように少年に向かって感情をぶつけた。

ただ違ったのは、言い終わると同時に少年に向かって蹴りかかった。

 

少年との間の数メートルの距離を一歩で跳躍し、左足が少年の顔を捉える

 

その直前に信乃は少年の前に立ち、蹴りを止めた。

 

「「!?」」

 

信乃が近づいていた事に全く気付いていなかった2人は同時に驚く。

しかし女性は驚きで固まることはなく、激情のままに4発の蹴りを続けて蹴りつけた。

 

その全てを腕を使いガードした信乃だが、蹴りは一撃一撃が女性から出しているとは

信じられないほど重く、鍛えている信乃ですら気を抜いたらガードごと飛ばされるほどだ。

 

蹴り終わった後、女性は少し冷静になったのか、または攻撃が通用しないことに

警戒したのか、蹴りかかったときと同じように一歩で数メートルを飛び、後ろに下がって

距離をとった。

 

「だれですか!? 邪魔をしないでください!!」

 

信乃は腕をおろし、女性を真正面から見る。

頭をガードしていた腕をどかしたことで彼女に自分の顔を見せた。

 

そして女性は一瞬歯ぎしりをした。

 

「すみませんね。このあたりに変な感じがしたので寄ってみれば、

 なんとまぁ、顔見知りの人が戦ってるじゃありませんか。

 

 私個人としては喧嘩を止めるつもりはないですけど、

 一応は風紀委員(ジャッジメント)ですから乱入させてもらいました」

 

「おまえ、何でこんな所に!? つか、この状況で呑気な言い方だな・・・」

 

信乃の後ろにいるツンツン頭の少年、"上条 当麻"(かみじょう とうま)は

知り合いに会った驚きと共に、殺伐とした雰囲気の中で笑顔を浮かべてしゃべる少年に

呆れていた。

 

「それにしても久しぶりですね」

 

信乃は神裂から目を離さず、後ろの上条を見ずにしゃべる。

 

「あ、あぁ。デパートの爆破事件以来だから、1カ月ぐらい会ってなかったか?」

 

「本当に久しぶりですよ。あれこれ1年ぶりじゃないですか。

 ねぇ、"神裂 火織"(かんざき かおり)さん?」

 

上条を見ずにしゃべったのは当然。話し相手は彼ではなく彼女だった。

 

「・・・・・ええ、学園都市に来ているとは聞いてましたが、こんな場面で

 会うとは全く思っていませんでした」

 

「お、お前ら知り合いだったのか!?」

 

「彼女は私の恩人です。私が今ここに生きているのも彼女のおかげですよ」

 

友好的な表情を浮かべる信乃と違い、神裂は少年2人を睨んでいる。

 

「私の邪魔をするんですか?」

 

「邪魔をするつもりはありませんよ。ですが、まずは事情を説明してもらえませんか?

 もしかしたら手伝えるかもしれませんし、何より争いはよくありませんよ」

 

「あなたには関係ない事です。引っこんでいてください!」

 

相も変わらず、信乃と、その後ろの上条を睨みつける。

 

「・・・・神裂さん、私はあなた達の所でお世話になったのはたった半年ほどです。

 しかし、あんたの性格を、争いが嫌いということをよく知っています。

 

 それなのに話せないということは、それほどまでの事情があると勝手に想像します。

 今のあなたの状態だと、どう説得しても話してくれないでしょうね」

 

信乃の言葉に神裂は沈黙で返した。この場合の沈黙は肯定と同じ。

 

はぁ、と神裂の強情さにため息をし、信乃は覚悟を決めて再び神裂に言った。

 

「それなら、力ずくでも話してもらいますかね。

 先程も言いましたが、この学園の風紀を乱すことを放ってはおけませんから」

 

そう言うと信乃は背中に隠し持っていた40cm四方の銀色のケースを取り出し、

その中にあるA・T(エア・トレック)を自分の足に装着し始めた。

 

A・Tは一見すればただのローラーブレード。遊び道具を着けている信乃に

上条は驚いた。

 

「西折、お前ローラーブレードなんか着けて遊んでる場合じゃないだろ!」

 

「遊ぶつもりはないですよ。これが私の一番の道具であり相棒です。

 遊び道具というのも完全否定はできませんが」

 

装着し終わると数歩前に出る。これから怒る戦いに上条を巻き込まないために。

 

「神裂さん、あなたが勝てば何も関わらずにここから去りましょう。

 上条さんをミンチにしようと魚のえさにしようと何も言いません」

 

「おいおい、それじゃ上条さんはどうなるっていうんでせうか?」

 

「しかし、私が勝った場合ですが「無視かよ!」 外野は黙っててください。

 私が勝った場合は事情の全てを、一般人にまで手を出すほどの事情を

 説明してもらいます」

 

「私がその勝負を受けるとでも?」

 

「受けてもらいますよ。なにせ、性格も体も聖人のあなたが言えない程の事情が

 関わっている。それほどの重大な事を背負っている。

 神裂さんの信念が、誇りがそこにある。

 

 それならこの勝負に賭けろよ、あんたの誇りを  」

 

すでに笑みは消えた信乃は神裂を指さした。

 

「まさか、誇りを賭けた勝負を断るなんてことしませんよね?」

 

「・・・良いでしょう。信乃、あなたを叩き伏せて退場してもらいます。

 ですがその体で戦うつもりですか? 見たところ足を怪我していたようですが」

 

「庇っているつもりはなかったんですがね。やはりあなたほどの人なら気付きますか」

 

信乃が歩いた数歩の間に、数週間前の足の重度の筋肉断裂を言い当てた。

神裂はそれほどまでの実力者だということを、信乃は改めて痛感させられた。

 

「それに今着けているもの、1年前の模擬戦で使った電動機が入った靴でしたよね。

 忘れたんですか? 戦いの結果は私が圧勝だった事を。

 そんな状態で私に挑むというのですか?」

 

「私の状態ですか、確かに通常ではありませんね。

 『SkyLink』がない、ただの高性能モーターと高性能サスペンションがついただけの

 ローラーブレードであなたに惨敗しました。今着けているA・Tは模擬戦の時に

 比べてマシになりましたが、あなたと戦うのに役不足でしょう。

 玉璽(レガリア)を組み込んでいないので威力が足りません。

 ただ耐久力だけを上げて多少無茶をしても壊れない事だけが取り柄のA・Tです。

 玉璽が無いのであれば牙も轟も走れそうにありませんし。

 さらに神裂さんの言うとおり、数週間前の戦いで足を怪我しました。

 怪我自体は完治しましたが、少し違和感のようなものもありますし、

 治療中は静養していたので運動不足になっています。

 

 足が怪我している上に、聖人相手に全力を出せる道具が無い。

 つまり、ベストコンディションってことですよ」

 

信乃は不敵に笑った。

 

言葉の中には神裂が知らない『SkyLink』や玉璽(レガリア)という言葉が出たが、

それでも信乃の出す威圧感に、言葉に意味が無いと悟る。

 

今目の前にいるのは、裏の世界で戦い勝ち続けた歴戦の戦士であることを悟る。

 

「・・・・目を碧くしないのですか?

 原理はよくわかりませんが、本気になった証拠とも言える状態のはずですよ」

 

「別に必要ないでしょう?」

 

「・・・私を甘く見ないでください!!」

 

信乃の挑発に簡単にのった。

 

神裂は刀を抜かずに腕を高速で動かし、それと同時に7つの斬撃が走る。

 

 

 七閃(しちせん)

 

 

後ろにいる上条が怪我をした攻撃、一度として避けることも防御することもできなかった。

刀に繋がった7本の極細ワイヤーを使った攻撃が信乃に迫る。

 

だが、信乃はその攻撃をA・Tさえも必要としない最小限の動きで回避した。

 

「!?」

 

避けられる事は予想していたが、ここまで簡単に避けられたことに神裂は驚いた。

そしてもう一度、いや、数度と同じように七閃を繰り返すが全て結果は同じ。

信乃は斬撃で飛んできた地面の破片さえも当たっていない。

 

「神裂さん、忘れましたか? そのワイヤーの攻撃を完成に近付けたのは私です。

 攻撃が通用すると思っていますか?」

 

言うと同時に信乃はA・Tの加速力で一気に距離を縮める。

 

「そういえばそうでしたね。ですが、これならどうです!?」

 

信乃は残像さえ見える速度で動いたが、神裂はワイヤーを自分の体の周り展開した。

 

近付けばワイヤーに切断されるので信乃は突撃を止めて、一度距離を置く。

 

「なるほど。攻撃なら簡単に読めますけど、防御に使われてしまえば物理的に

 近づくことができない。飛び道具があれば別ですけど、残念ながら

 今は武器を持ち合わせていないんですよね」

 

「あなたのその靴、移動手段としては面白いですが攻撃には使えない。

 さて、どうしますか? 私はあなたが疲れるまで攻撃を続けますが」

 

刀を抜いて攻撃するつもりはなく、七閃だけで勝負するつもりだ。

そして再び斬撃が走る。

 

「それならもっと速く移動します」

 

今度は残像を残さず、足元に小さな火柱が上がると同時に陽炎のように消えた。

 

 

炎の道(フレイム・ロード)

  Trick - AFTER BURNER -

 

 

「な!?」

 

神裂は完全の信乃の姿を見失った。

 

地面との摩擦で炎が出るほどの高速移動をする。人の目に映らない程の高速で。

 

だが彼女の戦士としての本能が、とっさに左側からの攻撃を防御した。

A・Tで加速してのハイキック。それを間一髪で止める。

 

信乃は続けざまに攻撃を繰り出す。

 

「“時”よ 止まれ」

 

 

炎の道(フレイム・ロード)

  Trick - Quick-Acting Aeon Clock -

 

 

「 体が!?」

 

途端に神裂の体が動かなくなった。

 

 

“時”

 

それはA・Tで加速した蹴りや平手で動作の起点となる“動き出し”を止め

さらに連続して顎の先端や後頭部、首筋の根元の神経節を打つことで

運動中枢の自由を奪うことができる。

 

頭を打った時に目がかすみ炎のような陽炎が見え、

意識ははっきりしていても体は動かずに灼けつくような熱さを感じる。

運動中枢の自由を奪うと同時に、相手に炎を感じさせるのが“時”。

 

一撃一撃に重さを乗せることができない代わりに、目で追うことが不可能な

高速で連続の攻撃をくらわせ、相手の動く時間を止める。

 

 

神裂の目には信乃がかすんで見え、体中が炎の中にいるような熱さを感じていた。

 

体を動かせない隙に一撃を入れようとした信乃だが、神裂はそれをさせない。

神裂は聖人と呼ばれる特殊な人種。魔術だけでなく身体的にも常識を超越している。

 

拘束が出来たのは一瞬。止められた“時”を力ずくで破り、鞘を振る。

 

「“時”を力ずくって、あなたはみかんさん、もといゴリラですか!?

 くそ! ならこれはどうです!?」

 

驚いたものの、すぐに平常を取り戻して横薙ぎの攻撃を上に跳んで避ける。

さらに着地すると同時に高速のストップ&ダッシュを繰り返し始めた。

 

走りながらあえて速度を落とし、かく乱するための残像分身を出す。

残像の数は50を超えた。

 

前後左右、そして上。神裂の視界を無数の信乃が埋めた。

 

かく乱を狙った動き。神裂はいち早くそれに気付き、反撃に出ずに神経を研ぎ澄ます。

 

「気配をたどれば難しくありません」

 

再び後ろからのハイキック。最初の急加速での奇襲とは違い、今度は完璧にガードをした。

ガードした鞘で、そのまま信乃の腹を叩きつけるように振り下ろす。

 

信乃は体を無理矢理ひねって避け、刀には当たらなかった。

 

「危なかっ  !?」

 

だが、本命の攻撃に気付くのに一瞬遅れた。刀を振るのは

 

 

 七閃

 

 

最速の動き、炎の道で避けたが、それでも遅かった。信乃の左足からは鮮血が溢れる。

傷は大きいが幸いにも出血は少なく、戦闘は続行できる程度。

 

一瞬で体の状態を確認し、すぐに反撃に入る。

 

「この程度で終わりだと思わないでください!」

 

 パァン!!

 

 

翼の道(ウイング・ロード)

  Trick - Flapping Wings of Little Bird -

 

 

自分の前の空気の面を、両手で叩いて風の爆発を起こす。

 

「その技なら以前に見てます!」

 

斜め後ろに跳び、見えない風の攻撃を避ける。

 

『手を叩く』という意外な予備動作からの攻撃。普通なら予想外のあまりに避けることもできない。

 

だが神裂には以前に、1年前の模擬戦で見せた事があった。

当然、難なく避けらる。避けるのも信乃の計算の内だった。

 

「残念ながら距離を取るのが目的です」

 

神裂が後ろに引いたことで空いた距離。

 

その距離の空気の面を、手で螺旋を描くように全て自分の前に集める。

全ての風を一点に集め、そして

 

「風の面を相手にたたきつけるように・・・

 

 足で蹴り抜く!! 」

 

 

翼の道(ウイング・ロード)

  Trick - Pile Tornado!! -

 

 

「竜巻!? そんなバカな!?」

 

蹴り抜かれた空気は竜巻となり襲いかかる。

一直線に突き進んでくる竜巻に神裂は驚いた。風を出すことができるのは知っていた。

しかし、この技は格が違う。

 

直撃を受け、体に裂傷ができる。

周りの地面はえぐれ、後ろに飛ばされそうになった神裂はどうにか踏みとどまった。

 

風により切り傷が体中にできたが、それでも全てが信乃の左足よりも軽傷。

今の信乃が出せる最高の技(トリック)でも聖人の神裂にはそれが限界だった。

 

「やっぱ強化なし(ノーマル)のA・Tだとこの程度か。ならもう一発!」

 

再び両手で螺旋を描き出したが、

 

「そうは・・・させません!!」

 

神裂が距離を詰め、刀を横薙ぎに振って攻撃を止めさせる。

 

信乃は下にしゃがみ込み、立ち上がる力とA・Tの加速を加えた蹴りを

顎に向けて出したが、上半身を後ろに反らして避ける。

 

反らして上半身を元に戻す力を利用して再び七閃が信乃に向かう。

 

「ち! “時”よ!!」

 

知り尽くしているワイヤー攻撃とはいえ、至近距離からの攻撃はさすがに無傷は

不可能だった。

 

手を連打してワイヤーの“時”を止める。自分の手が切れないギリギリの力加減で

威力を相殺していく。

防御が間に合わないワイヤーには、連続で細かいサイドステップを踏んで回避した。

 

それでも信乃は傷を負った。かすり傷とはいえ、左手の甲、右のふくらはぎ、

そして右の肩から少しだけ派手に血が飛んだ。

 

さすがに危険を感じて、体勢を整えるために後ろに下がる。

 

もちろんそれを許す神裂ではない。信乃と同じ速度で突き進み距離を詰める。

 

「距離が取れないなら、接近戦に!」

 

信乃と神崎の接近戦の実力は、技術だけで言えばほぼ互角。一年前の模擬戦でも

魔術なしの縛りをした神裂とはいい勝負をした。

 

今は神裂にはその縛りはない。その代わり信乃にはA・Tがある。

現にA・Tの“時”は、一瞬とはいえ聖人の神裂に勝った。

 

それを駆使して挑めば勝負は分からないと信乃は考えた。

 

しかしその考えも裏切られる。

 

「近づかせません!」

 

七閃のワイヤーを全て自分の周りに展開し、物理的に接近できないようにする。

 

神裂が常に保つのは中距離。

七閃のワイヤーが十全に使え、遠距離の翼の道も、近距離の“時”と格闘技も使えない

微妙な距離を神裂は保ち続ける。

 

最速の炎の道を使えば離れることができるが、あの技(トリック)は前方向への移動。

その進む正面には神裂がいる。まさか戦いの最中に背中を見せるわけにはいかない。

背中を見せればただの的になってしまう。

 

信乃は引くも近づくも許されずに、避け続ける形で戦いは均衡した。

 

7本のワイヤーの3本を信乃への攻撃と動きを封じる牽制に、

残りの4本を近づかせないように防御に使いペースを握り続ける神裂。

 

信乃はワイヤーを避けるのと、時折できる少ない空間で、手を叩いて風の衝撃で

攻撃する。ワイヤーを擦り抜ける、この技(トリック)だけが唯一の攻撃だった。

その攻撃も神裂に知られているので簡単に回避される。

 

この技の弱点は前方にしか出せず、予備動作のために足の踏ん張りが必要だ。

踏ん張りの体勢を信乃が取れば、神裂ほどの実力者であれば攻撃のタイミングを

読むのは難しい事ではない。

 

完全な不利な状態だが、信乃の頭の中は冷え切っていた。

 

(どうする? 足が万全なら“牙”が出せたけど、無茶な動きをしすぎて

 筋肉断裂がぶり返してる。確実に撃てない。

 それ以前に移動がまともにできなんじゃ、牙も風も炎も無理か。

 轟なら足を高速で振るだけだから、移動は必要なけれど玉璽(レガリア)なしじゃ

 さすがに無理。

 あとの道で出来そうなのは・・・・さすがに玉璽(レガリア)なしでアレは

 時間掛かる。やるなら炎でかく乱させて、攻撃を受けないようにしないと。

 

 ん、かく乱? あ、動かなくても出来るかく乱があるな。

 “師匠”みたいに舌先三寸口八丁、いや、足八丁で行きますか)

 

戦闘で冷静にしかなれない信乃は、自分の欠陥製品っぷりに感謝しつつ

作戦を決めて実行する。

 

「流れを変えますか・・・新しいトリックを使わせてもらいます!!」

 

信乃は再び自分の前で手を叩き合わせるように振りかぶる。

 

神裂は当然、突風が来るのを予想して回避動作に移る。

 

その瞬間に信乃は距離を詰めてきた。空間が空いていなければ、あの技(トリック)を

出すことができない。それなのになぜ?

 

疑問を持った神裂だが、

自然に“考える”(あたま)よりも“防御するワイヤー”(からだ)を動かした。

 

再び七閃を使った結界防御。

 

「“時”よ!」

 

「!? 無理に接近戦に持ち込むつもりですか!」

 

一度は“時”でワイヤーを防御された。ならばワイヤーを排除することも可能だ。

 

神裂はワイヤーの張りをさらに強くする。

 

“時”の正体が連打である事を神裂は予想していた。“時”が解けた後にある

体の痛みが、戦闘で経験してきた打撲傷を受けた感覚に近かったからだ。

 

確証がないが、信乃は“時”を使ったときには腕を主体に攻撃している。

それなら間違ってはいないと確信を持ってる。

 

腕の攻撃なら、ワイヤーに触れる必要がある。

だが、限界まで張りつめたワイヤーに少しでも触れれば、傷つくのは信乃の生身の手の方だ。

 

よりワイヤーを強く張るために、しっかりと地面に足を踏ん張る。

 

それこそが信乃の狙いだと気付かずに。

 

ワイヤーに触れる寸前、正確には最後の一歩を踏みこむ直前にA・Tの向きを横にして

地に足を着けた。

 

当然、A・Tは横に向かう。

全身が戦闘体勢だが、足首だけが方向を変えることで急転換した。

 

「フェイント!?」

 

すさまじい速度で急に横に行ったことに、神裂の体は反応できなかった。

なにせ足は完全に地面に踏ん張っている。体重が両足に分散した状態では素早く動くことは

絶対に無理だ。

 

距離をとることに成功した信乃は、悪い笑みを浮かべる。

 

「言ったでしょ? 騙し(トリック)を使うって。戯言だけどね」

 

言い終わると同時に火柱を上げると共に消えた。

 

 

炎の道(フレイム・ロード)

  Trick - AFTER BURNER -

 

 

今度は神裂に向かっての火柱ではなく、周りに規則なく発生した。

 

道路はもちろん、その上にある歩道橋。街灯の柱。少し離れたビルの壁までもが

信乃の移動範囲だった。

 

火柱が消えるたびに新しく別の場所に無数に発生する、それが繰り返された。

 

 

周りの時が止まったと感じるほどの速度で動く信乃。動きながらも思考は

止めずに新たな作戦を練っていた。

 

しかし攻める方法は決まっていた。神裂の騙されやすさを利用すること。

 

本当は戯言(フェイク)をあと5個用意していた。その中には騙すタイミングで

逆に実行する、虚実を織り交ぜてかく乱して今のように距離をとる戯言も用意していた。

 

合計7個の戯言は神裂の実力を計算した結果の数だ。全てを使っても成功率は60%。

神裂には通用しないかもしれない、とも思っていた。

 

しかし、それが2個目で離れることができた。信乃の実力の“おかげ”ではない。

神裂の実力の“せい”だ。

 

今の神裂は違う。信乃の知っている、世界最強クラスの戦士ではない。

 

どこか焦っている。ならば狙うならそこ。そしてアレを繰り出す。

ワイヤーを避けながら考えていた中で、時間がかかるから却下した

あの技(トリック)を。

 

 

 

神裂は目を閉じて動かずに待っていた。

再び火柱と共に消えた敵の気配を、神裂は皮膚の神経を研ぎ澄まして捜す。

攻撃に来れば殺気を放ち、それを手掛かりに反撃をする。

 

最善の対策を取った。

それは自分に攻撃が出されたときに有効な手だったが、

信乃の行動は攻撃でないために、反応が遅れてしまった。

 

 

炎の道(フレイム・ロード)

 Trick - GRAND SLIDE SPIN BURNING WALL 1800°!! -

 

 

神裂の後ろに強烈な炎の壁が上がる。

 

A・Tのホイール摩擦で炎を生み出す炎の道。

 

回転しながら滑ることで、地面の沸点を超える摩擦で炎の壁を作る

最高技(ハイエンドトリック)。

 

わざと神裂に直撃しない近くの地面に対して繰り出した技なため、

神裂へ殺気は送られない。神裂の反応は遅れ、気付いた時には技が終了した後だった。

 

「っ!? ですがこの程度の炎ではやけど一つしません!!」

 

攻撃ではないと同時に、これが煙幕または囮であることに警戒する。

炎の壁に体を向けて立っているが、信乃の性格(うそつき)を考えて

逆に何もない背後から来ることを想定、神経を後ろにも散らして攻撃を待っていた。

 

次の信乃の攻撃、それに対する自分の防御、回避、反撃のあらゆるパターンを

考えて対処できるようにシュミレートする。

 

(さあ! いつでも来てください!)

 

刀を握り直して、信乃の攻撃を今かと待ち構えた。

 

 

その考えは裏切られた。

 

神裂にとっては長い時間に感じた。

だが、実際には炎の壁が消える20秒にも満たない短い時間。

 

その間にも全く攻撃は来ない。

 

そしてついには炎の壁が霧散し、その向こう側に信乃が立っていた。

 

「・・・・・意外でしたね。炎の壁を使って攻撃すると予想していましたが、

 まさか何もせずに炎の向こう側に立っていただけとは思いませんでした」

 

距離にして10メートルほど。

どちらかといえば中距離ともいえる空間は信乃にとっては不利だ。

 

だが、そこから一歩も動かず、動く気配すらなく神裂を見ている。

 

「そうですね。作戦を変更します。このまま攻撃しても私の攻撃は届かない。

 だから私は、あなたの攻撃を効かない状態になります」

 

「攻撃が効かない、ですか。何を言ってい!? ようやく本気になりましたね!!」

 

神裂が言い終わる前に、信乃は集中力を今以上に上げて目を碧色に変える。

だがすぐに攻撃をすることはなかった。戦いの最中だというのに呑気に話を始めた。

 

「あなたに助けられて以降の3年ほど、私は世界を旅してきました。

 そこで本当にいろんな体験をしてきましたよ。

 手紙で色々と報告してきましたけど、実はまだ秘密にしていた事があります。

 

 いえ、正確には秘密ではなく言えなかった事ですね。

 自分の先祖について、驚くべきことを知ってしまいましたからね・・・・」

 

信乃は暗い顔をして神裂を見た。

 

「・・・・それは今、言うことなんですか?」

 

「まぁ、聞いてくださいよ。本当にびっくりしたんですから。

 

 実はですね、私の先祖なんですけど、何と妖怪“ぬらりひょん”だったんですよ」

 

「「は?」」

 

驚いたのは神裂だけでなく後ろの上条もだった。

 

「いえね、神様がいるなら、悪魔もいるんじゃないかって思ってたんですけど。

 まさか自分に流れている血に人外のものが混ざっている事にはショックを受けました。

 

 この碧い眼も、それが理由みたいです」

 

「ですから、それは今言うことなんですか!? ふざけている場合ではないですよ!!」

 

 

 七閃

 

 

神裂は斬撃を飛ばした。

そしてその斬撃の全てが信乃の姿のど真ん中に当たり、手足が胴体から離れた。

 

「にしおりーーーー!!」

 

「な、何故避けないんです!?」

 

上条は叫び、神裂は驚いた。真正面からの攻撃だから避けると思っていた。

しかし致命傷に、即死になるほど真正面から攻撃が当たった。

 

だが貫かれた信乃の姿は、斬撃の余波が無くなると同時にゆっくりと煙のように

元に戻っていく。10秒ほどすれば元通りの五体満足の姿になっていた。

 

「き、効いていない!?」

 

「西折、おまえ・・・・・」

 

攻撃が当ったことに焦った神裂は、信乃が無事である安堵よりも、

それ以上に不明な技を使った事にさらに焦りを加速させた。

 

「ぬらりひょんの血をひく者の技、≪鏡花水月≫です。

 これが発動している間は鏡に映った花に触れることができないように、

 水面に映った月に触れようとしたときに波紋が立って消えるように、

 どんな攻撃さえも私には通用しない」

 

「ぬらりひょん・・・・そんなのいるわけが」

 

「目の前の事を否定するのは構いませんけど、戦いは続いていますよ」

 

信乃はそう言って一歩一歩、神裂に向かって歩き出した。

A・Tを使わずに、普通に歩く速度で。

 

「ありえない、絶対にありえません!!」

 

もう何度目になるか分からない信乃への攻撃。

 

予想通りというべきか残念な結果というべきか、

一つ前の攻撃と同じく信乃の姿を貫き、そして煙のように元に戻る。

 

「な、なんで・・」

 

神裂はもう、がむしゃらに攻撃した。

 

 

 七閃

 

 

 七閃

 

 

 七閃

 

 七閃

 七閃

 七閃 七閃 七閃

  七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃

   七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃

  七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃

   七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃

    七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃

   七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃 七閃

 

何度も何度も振り続ける。ワイヤーを出し続ける。すべての結果が同じく等しく

信乃には効かない。

 

ゆっくりと近づき続ける。焦りはもう、限界に来ていた。

 

信乃はついには2メートル手前まで来た。殴ってでも届く距離まで。

ついに、神裂の焦りは限界を超えた。完全に冷静さを失った。

 

「Salvare000!!!!」

 

誇りをかけた勝負とはいえ、相手を殺すときに名乗る『魔法名』を言った。

 

そして今まで鞘から取り出さなかった刀を引き抜く

 

「チェックメイト」

 

引き抜く寸前、静かな声が神裂の後ろから聞こえた。

 

首筋には何か金属を当てられた冷たさを感じる。

 

そして刀を引き抜こうとしていた腕が強制的に止まった。

驚いて止めたわけではない。まるで体が石になったように動かなくなった。

 

「大地の道(ガイア・ロード)

  Trick - Storn Wand -

 

 石の振動で動きを止めさせてもらいましたよ」

 

神裂の首筋に当てられているのは、A・Tの整備に使うために常備していたスパナ。

 

その金属棒を通して“石”の振動を神裂の体に伝える。

伝える振動周期は体と同じ。それにより、神裂の体は共振して微動だにできない。

共振作用による物質の固定能力で固まったように感じたのだ。

 

「私の勝ちでいいですよね。返事は返せないと思いますけど」

 

神裂の首筋に当てたスパナを離して、開放する。

 

糸が切れた人形のように神裂は膝を着いた。

 

「おい西折! 大丈夫なのか!?」

 

離れたところで勝負を見続けていた上条が走ってこちらに来た。

 

「問題ありません」

 

激しい戦闘の後だというのに、何事もなかったかのように信乃は言った。

だが体には無数の傷がある。表情が笑っていなければ満身創痍にしか見えない。

 

未だに座り込んでいる神裂から小さな声が漏れた。

 

「なぜです・・・なぜなんですか?

 確かにあなたは強い。覚悟もある。

 ですがそれは私も同じ。いえ、強さでいえば私の方が確実に上のはずです。

 それなのに、なぜ・・・」

 

「簡単な事、あなたは冷静ではない。本来の実力を出し切れていない。

 ただそれだけです。私の挑発にも簡単に乗り、戯言にも簡単に騙される。

 その精神状態なら私でも勝てますよ」

 

戦闘前の挑発、戦闘中の駆け引き、最後の技への対応。その全てが万全の状態の

神裂の姿の欠片さえもない。

 

「勝負は私の勝ちです。事情を教えてもらいますよね?」

 

一瞬、唇をかんだ神裂だが、ゆっくりと、静かに話し始めた。

 

 

 

 

 

 

禁書目録(インデックス)と呼ばれる少女。

彼女は頭の中には10万3000冊の魔道書が記憶されている完全記憶能力者。

 

学園都市に迷い込んだ彼女は、偶然にも上条当麻に助けられた。

 

そして彼女を保護しに来た神裂ともう一人の魔術師。

インデックスから見れば自分の記憶を悪用する敵に見え、そして上条は彼女を

救うために神裂たちと対峙した。

 

上条と神裂がここにいたのも、彼女が上条を説得(という名の暴力)をしていたから。

 

神裂が必死になってまでインデックスを連れ戻そうとする理由

神裂が信乃に事情を話せなかった理由

 

 それは

  今からインデックスの記憶を消さなければならないからだった。

 

 

インデックスの脳の85%が10万3000冊の魔道書によって埋められている。

そして完全記憶能力者は忘れることが“できない”

 

常人よりも覚えてしまう量が多いのにすでに85%が使われている。

残りの15%だけで生き続ければ、いつかは容量がパンクして彼女は死ぬ。

 

15%だけ覚えられるのは1年だけ。その期日が2日後に迫っていた。

 

本来なら同僚であり親友であるインデックスと神裂だが、インデックスが逃げているのは

1年前からの記憶が無くなっているからだ。インデックスにとって神裂は

自分の魔道書を狙う魔術師にしか見えない。

 

記憶消去は今回が初めてではない。以前から神裂は記憶を消してきた。

だからインデックスは神裂の事を知らなかったのだ。

 

大切な友人を助けるためには自分との思い出を自分の手で消さなければならない。

ひどく醜い行為を、信乃に知られたくなかった。

 

ひどく醜い行為だと解っていても、インデックスのために消すしかない。

そんな自分が神裂は嫌だった。

 

 

 

 

心の毒を吐き終わり、神裂は黙り込んだ。

 

上条も、信乃が来る直前に説明を聞いていたが、何度聞いても気持ちが

良くなるものではない。神裂と同じように黙り込んでしまった。

 

そして、同じく黙っている信乃。この事態に驚愕してはいたが、

驚愕していたのは記憶を消さなければならないことではなく、

記憶を消す処置を“させていた”ことだった。

 

信乃はすぐに気がついた。記憶を消すのはイギリス清教の罠であり、

禁書目録という“道具”を管理するための嘘であることを。

 

答えをゆっくりと神裂に話し始めた。

 

「・・・・・神裂さん。これは世界で一番科学が進んでいる、

 脳の研究がされている学園都市で出されている結果なんですけど、

 『人間の脳は140年分の記憶に耐えられる』らしいですよ」

 

「まじかよ!? だったらインデックスはもっと覚えても大丈夫なんじゃ!?」

 

「・・・・それは普通の人の話で、彼女には・・・」

 

喜びの声を上げた上条とは逆に、神裂にはこの程度の事は希望にもならない。

 

記憶量が異常に多ければ、最大容量などすぐに埋まると思ったからだ。

 

「記憶というのは様々な種類があります。『意味記憶』『手続き記憶』『エピソード記憶』

 その全ては簡単にいえば記憶する入れ物が違うんですよ。

 事故で記憶喪失で全てを忘れた人が、言葉までもしゃべれなくなるわけじゃありません」

 

確かにそうだ。完全記憶能力者は少ないが、記憶喪失患者はそれよりも確実に多い。

この研究結果は否定できない。

 

「だから問題ないです。ハッキリ言えば神裂さんは騙されたみたいですね」

 

イギリス清教に、とは言わなかった。

答えを言ったも同然だが、言葉にして神裂の絶望を強くする必要はないと

思って言えなかった。

 

神裂に少し希望の表情が浮かんだ。

 

だが、すぐにそれを自分の答えで打ち消す。こんな簡単な答え、

学園都市が出した答えでは、信用できない。

 

一瞬の希望のせいで、より絶望を感じた神裂は声を荒げて反論した。

 

「しかし、それは常人の話! 完全記憶能力を持った人間には

 当てはまらないかもしれないじゃないですか!!

 彼女は目に映った全てを忘れることができない! 街路樹の葉っぱの数から

 ラッシュアワーで溢れる一人一人の顔!

 空から降ってくる雨粒の一滴一滴まで覚えているんですよ!!」

 

「そうですね。脳科学はあくまで常人を対象に研究されています。

 いくら理論上は大丈夫とはいえ、完全記憶能力者に絶対に当てはまるとは

 断言できないところもあります」

 

「なら!!」

 

「ですが、私の知り合いの完全記憶能力者は30年以上も生きているんですよ。

 1年で脳の容量の15%を使うのであれば、6歳で死ぬ計算になります。

 つまり、インデックスさんの脳が1年しか持たないというのは矛盾が生じるわけです」

 

「!?」

 

「反論される前に付け加えますけど、人間の指紋を詳細に覚えられるほど

 記憶能力も記憶密度も高い人です。視認で指紋認証できる異常者です。

 インデックスさんよりも覚える量が少ないから、脳への負担が少なくて

 長生きしているというわけではありませんよ」

 

インデックスと同じ境遇にいて、まだ生きている人がいる。

これはまぎれもない希望だ。

 

「本当に・・・あの子は記憶が原因ではないんですね?」

 

「ええ、他の原因、魔術的な細工が彼女の体にしてあると思います」

 

「・・・・・・」

 

神裂は喜びで涙を流し、顔を伏せながら「よかった」と小さく何度もつぶやいていた。

 

 

 

 

 

しばらくして、神裂は落ち着きを取り戻して信乃に礼を言った。

 

「ありがとうございます。あなたには何度お礼を言っても足りないですね」

 

「神裂さんへの恩もありますし、一人の人間として当然のことをしただけです」

 

「人間として、ですか。そういえば本当に驚きました。

 まさかあなたがただの人間ではなかったなんて」

 

「魔術師がいるなら、もう何が来ても驚かないと思ったけど

 妖怪まで出るとは、すっげーなおまえ」

 

2人が言っているのは戦いの時に戯言のことだった。

 

「あ~、ごめんなさい。ぬらりひょんとかは嘘です」

 

「「は?」」

 

「あの技(トリック)はこうやって出しました」

 

信乃のA・Tが回転して地面と摩擦をおこし、一瞬だけ炎を散らす。

 

そして信乃が右に一歩、進む。すると“左”の方から信乃が現れた。

右に移動した信乃の姿も見えなくなっている。

 

「な、なんですか!?」

 

「ぶ、分身の術!? 瞬間移動!? お前は忍者なのか!?」

 

「違います。ホイールの摩擦熱で空気を熱してレンズを作ったんですよ。

 ほら、たき火の上の景色がゆらゆらと揺れるアレ。

 うまく使ったらこんな風なことできるんですよ」

 

「あ、温度差の屈折ってやつか」

 

万年落第生の上条が珍しく正しい答えを言う。

 

「ぬらりひょんの嘘に使った時のレンズは、攻撃されても元に戻るように精密に作りました。

 

 そのためには高温が必要だったので、突撃する前に周りを火柱を立てて温めたんです。

 

 仕上げに炎の壁。全ての熱を一つにまとめると同時に、レンズに入る瞬間のズレを

 目くらましにも使いました。今みたいに、右に行ったのに左に出てきたのでは

 神裂さんなら気付かれますから」

 

「そうですね。さすがに今のようなズレを見れば、答えは出せなくても騙されることは

 なかったと思います」

 

「な、なるほど?」

 

納得した神裂とは逆に中途半端な回答の上条。やっぱり落第生の上条だった。

 

「上条さん、疑問形ですけど大丈夫ですか? 続けますよ?

 

 で、私は神裂さんに勝ちたいけど、できるだけ怪我をさせたくない。

 強い攻撃を一度当てただけで倒せないのは戦っている間にわかりました。

 ですから動きを封じることにしたんです」

 

「あの金属を使った技ですか」

 

「はい。共振動を使って体を無理矢理動かせなくしました。

 体と同じ周波数の振動を受けると、まるで体が石になったように

 固まってしまう現象があります。

 その現象をスパナに振動を詰め込むことで神裂さんの体に起こしました。

 

 ですが、あの技(トリック)を出すにはホイールの振動周期の調整に時間が

 かかるうえに、接近してスパナを触らせなければならない。

 

 だから攻撃をさせて意識を前に集中させるために、炎のレンズで攻撃の無効化、

 そして『ぬらりひょんという化物と戦う』ありえない状況での混乱を

 狙ったわけです」

 

もっとも、玉璽(レガリア)があれば瞬時に共振動を起こせる、とは言わなかった。

 

「・・・・さすがですね。前の模擬戦の時とはまるで別人です。

 たまには最大主教(アークビショップ)に顔を見せに来てください。

 所属していないとはいえ、あなたも魔術師ですから」

 

「そうですね。手紙はたまに出してますけど、何より忙しいですから当分は無理です。

 代わりによろしく言っておいてください」

 

「忙しい・・・ですか。今は暴力の世界でも仕事を請け負っていると噂で聞いてます。

 あなたほど生きている世界が混ざり合った人はそうはいませんね。

 

 表の世界で育ち、科学の街で成長し、混沌を経験して、魔術師として学び、

 表の世界の最高峰で揉まれ、暴力の世界を対峙し、全ての世界を駆け巡り

 今は財力の世界に所属している」

 

「ついでに付け加えれば生まれは政治力の世界らしいですよ」

 

「それは・・」

 

「まあ、戯言ですけどね」

 

神裂に質問される前に、笑って誤魔化した。

 

ふと、辺りを見渡す。激闘のあとで、道路はかなりの範囲でエグれて壊れていた。

 

「ここのあと始末ですけど、私に任せてお二人はインデックスさんの所に

 行ってください。私はこの場所を直していきますから」

 

「直すって、そんなこと出んのかよ!?」

 

「あ、上条さんいたんですか」

 

「いたよ! いましたよ!! 2人が魔術師だか話していて完全に蚊帳の外だったから

 何も言わずに黙っていたんだよ! 少しは感謝しろ」

 

「アリガトウゴザイマシタ、クウキ」

 

「棒読みか!? しかも空気言ったな! 感謝の気持ちはないんですか!?」

 

「まぁ、この人は放っておくとして、とにかくインデックスさんの所に行ってください。

 

 修理の方ですけど、2つしか使えない魔術のうちの1つ、錬金術の形状操作をすれば

 隠蔽できます。同じ材料のものを形を変えるだけなんで、言いかえれば優れた加工技術

 ですから。道路も割れた道路と飛び散った破片を集めて元通りにします」

 

「ごめんなさい。ここを壊したのはあなたよりも私の方が多いのに・・・」

 

「気にしないでくださいよ。命の恩人なんですから、この程度はお安いご用です。

 あ、ひとつお願いがあるとすれば、人払いの結界を修繕が終わるまで解かないで

 もらえませんか? そんな初歩ですら使えない私なので」

 

信乃の恥ずかしそうな笑いに、神裂もつられて微笑した。

 

「わかりました。結界を張っているステイルには連絡しておきます。

 あなたがこの場を去った後に解除されるように言っておきます」

 

「お願いしますね。さ、2人は早く行ってください。早く救ってきてください」

 

「・・・・・本当にありがとうございます」

 

神裂が深々と頭を下げ、

 

「西折、今度会ったらお礼にメシをおごらせてくれ。サンキュな!」

 

「そうですね。今度じっくりと話をしたいですね」

 

妹分と仲良くして欲しいし。と小声は聞こえないように言った。

 

別れの後、上条と神裂はインデックスの元へ走って行った。

 

「さーて、三流魔術師なんで何時間かかるやら。ぼやいても始まらないし

 さっさとやりますか」

 

その後、日にちが変わる直前まで修理に時間をかけてしまった。

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

・・

 

 

 

カチャ

 

信乃は帰宅し、玄関のドアを静かに開けた。

 

美雪がすでに眠っているはずなので、起こさないように注意を払う。

 

だが、その心がけは無駄になった。

 

美雪は玄関からすぐ見える台所、そのテーブルに座ったまま帰ってきた信乃を睨んでいた。

 

帰ってくるまでずっと玄関を見ていたに違いない。そんな眼力で信乃は固まってしまった。

 

「・・・・コンビニは少し遠いから、遅くなる。先に寝てろって言ったはずだけど?」

 

「覚えているよ。嫌な予感がして待っていただけ。別にいつまで起きようと私の勝手でしょ?」

 

美雪は、眠いのに無理矢理起きているとすぐにわかるような表情だった。

 

「眠いんだったら今からでもさっさと寝ろ」

 

「大丈夫。それ見て、目が覚めたから」

 

美雪は信乃を見ていた。正確にいえば信乃の体中の怪我。

 

七閃で切られた傷だけでなく、飛び散った破片で切って血がにじんでいる場所が

無数にあった。服の下も、打撲の跡がある。

 

「早くお風呂に入ってきて。汚れたままじゃ寝れないでしょ。

 服は私が脱衣所に持っていくからすぐにお風呂場に行って」

 

「・・・・わかった、頼む。持ってきたらすぐに寝ろよ」

 

反論する理由もないし、無理に眠るように言えばまた口論になりかけるだろう。

美雪の言葉に信乃は素直に従った。

 

 

 

 

しみるのを我慢しながら傷口を洗い、汚れと血を落とす。

 

体をタオルで拭き、籠の中の着替えを見るとパンツ一枚しかなかった。

 

「美雪さん・・・地味な嫌がらせですか?」

 

着替えを持ってきたのは美雪、今は眠っているはずから文句も言えない。

 

そして着替えが置いてあるのは彼女が眠っている寝室。(信乃は別室のソファーで寝ている)

仕返しをしたいとはいえ、さすがに眠るのをがまんして

待ってくれた人の安眠を妨害したくない。

 

「今日はこの格好で寝るのかよ」

 

諦めをぼやきながら脱衣所を出ると、まだ部屋には明かりがついていた。

 

そして信乃が眠るのに使っているソファーには美雪が待っていた。

 

「さ、早くそこに座って」

 

信乃をパンツ一枚の格好にしておいて、彼が眠っている場所で待っていた。

 

普通ならいかがわしいことをするのでは、と思うのだが、ソファーの側の

テーブルには救急治療セットが置いてあった。

 

治療するために衣服を脱がなければならないので、その手間を省くために

美雪はパンツだけを持っていったのだ。

 

「針と糸もあるってことは縫うのか?」

 

「その方が治りは速いよ。その体だとこれ以上傷痕が増えても気にならないでしょ」

 

「ま、確かに」

 

さらけ出されている上半身には傷痕がいくつもあった。

 

戦場で受けた傷。そしてこの1年で増えた傷。その傷痕は重症と思われるひどいものは

なくても、細かいものがいくつもあった。

 

実は水着撮影会の時、男性物の水着でサーファーのウェットスーツを着ていたのは

これを隠すためだ。

 

「痛いだろうから反射神経のスイッチをオフにして」

 

「了解、頼む」

 

「ごめん。前々から作り始めているんだけど、まだ信乃に効く麻酔が完成してなくて」

 

「あやまるな。悪いのは薬が効かない俺だよ」

 

「・・・・うん」

 

それから美雪は黙々と治療に取り掛かった。

 

傷を縫い終わった後はかすり傷と打撲痕に薬を塗って包帯を巻く。

 

そのあと、A・Tの使いすぎで再び筋肉断裂の炎症を起こしている足にも

薬を塗ってマッサージをする。

 

信乃は「治ったばかりなのにまた怪我して何考えてるの!?」と怒られると思ったのだ

美雪は何も言わずに治療を続けた。

 

 

 

 

「ん、終わり・・・・」

 

足のマッサージが終わり、信乃はソファーにうつぶせの状態から普通に座り直す。

美雪もソファーの空いた場所に座って治療道具を片づけ始めた。

 

「なんでそんな顔してんだよ」

 

美雪の顔を見て信乃は言った。

無表情、だけど泣きそうなのを我慢している。そんな顔を美雪は浮かべてた。

 

「信乃、これからも、また怪我することあるよね?」

 

片づけの手は止めたが信乃の顔を見ずに聞いてきた。

 

「そうだな。学園都市に来たのは戦うため。未熟な俺だと怪我は当たり前だな」

 

「・・・・・・」

 

「まさか怪我の治療だけで何も手伝いができない事が歯痒いとか考えている?」

 

目を下に向け、そして小さくうなずいた。

 

「お前バカだろ?」

 

「な!? 人が本気で悩んでるのに何言うの!!」

 

「やっぱバカだ。治療だけしかできない? 治療してくれるだけで大助かりだよ。

 本当なら全治1週間の怪我だろうけど、傷に塗るお前の薬のおかげで

 数日で治る。それのどこが治療“だけ”なんだよ」

 

信乃の言葉を聞きながら、美雪の頬は赤くなっていった。

 

そして聞き終わると顔をうつむいて聞きとるのがやっとの小さい声で言った。

 

「・・・・あ、ありがとう。励ましてくれて」

 

「やっぱバカだ。俺のセリフ先に取るなよ。

 

   ありがとう、美雪。本当に感謝している」

 

美雪の頭を撫でた。高校生を相手にこの行為は子供っぽくて失礼だが思わず手が伸びた。

サラサラの、細くて柔らかい髪の感触は相変わらずだった。

 

美雪が落ち込んだ時、泣いた時にいつもやっていた癖が思わず出た。

 

少しして、ようやく自分が何をしているかに気付き、すぐに手を引っ込める。

 

「さて、パンツ一枚の男が女の子と2人きりってのは危ない状況だから服着てくる」

 

顔を赤く、表情を緩めた美雪から逃げるようにして服を置いてある寝室に行った。

 

 

 

 

信乃は男性だから服を着るのに時間がかからない。

それに寝るとき格好のTシャツと短パン、着替え終わるのに2分も掛からなかった。

 

だが、その短い時間の間に美雪は寝入ってしまった。

 

ソファーで寝るために戻ると、美雪が寝息を立てていた。

 

「お~い。ダメだ、完全に熟睡している」

 

軽く肩をゆすり、耳元で声をかけても表情に全く変化はない。

信乃を待つのに無理をしたことと、治療後の言葉で安堵して一気に眠気に襲われたのだ。

 

「しかたない。道具片づけた後に運ぶか」

 

ソファーに、美雪の隣に座ってテーブル上の治療道具を救急セットに収め始めた。

 

すると、左肩に重みがかかった。

 

信乃が座ったことでソファーが沈み、その方向に美雪の体がずれた。

そして信乃に倒れ込んだのだ。

 

思わずドキッとした。家にいるときなので、いつもの不似合いなメガネはない。

可愛さを誤魔化すものが何もない美少女の顔が目の前にきている。

 

しばらくして信乃は何事もなかったかのように、でも美雪が起きないように体を

動かさないで片づけを続けた。

 

「さて、お姫様はベッドに連れて行きますか」

 

膝の下と背中に手をまわして持ち上げる。いわゆるお姫様だっこをして静かに歩く。

 

ベッドに降ろす時も慎重に、起きないようにして寝かせる。

 

「おやすみなさい」

 

昔のような、再開してから一度も出していない

家族(みゆき)にしか見せない優しい笑顔で美雪の頬を撫でた。

 

 

 

 

つづく

 



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Trick-03_だから 今は私に甘えなさい

 

 

「院長さん、これで全部運び終わりました」

 

僕は両親が死んでから孤児院に預けられた。

家にあった荷物は役所の人がまとめて段ボールに入れてくれた。

それが届いたので、孤児院で割り振られた僕の部屋に運び終わったところだ。

 

その報告は院長室に入って伝えた。院長は70歳ほどのおじいちゃんだ。

 

「・・・・ああ、ごくろうさま。私も手伝いたかったんだが」

 

「大丈夫ですよ。院長さんもお歳ですし、自分のことは自分でできますから」

 

「・・・・そうか」

 

「それでは失礼します」

 

僕は院長室から出て行った。

院長さんが終始、悲しい気持ちを必死で隠したような顔をしていた。

 

まぁしかたない。孤児院にくるということは両親がいないということだ。

しかも僕は途中からこの院に来た。つまり両親が死んだことを意味している。

両親が死んだことに同情して悲しい気持ちに院長はなっているのだろう。

僕の方は大丈夫だ。両親が死んで何も思わなかったわけではないけど、

今を頑張って生きようと思う。

 

 

「美雪、ご飯の時間だから食堂に来てってさ」

 

「・・・」

 

美雪も同じく両親を亡くした。ここに来てからもずっとしゃがみこんで

なにも言わず反応せずにいた。

僕は美雪の手を取って無理矢理立たせる。

 

「ほら、行こう」

 

「・・・・」

 

やっぱり何も言わなかったが、そのまま手を引いて食堂に連れて行った。

 

 

 

 

 

そんなこんなで2週間ほどが過ぎた。

孤児院にいるみんなは優しくしてくれたので、すぐに仲良くなった。

美雪も2週間もたてば少しは落ち着いたみたいで、少しは僕としゃべるようになった。

 

しかし人見知りスキルを発動したせいで他の人とはあまり話さない。

いつも僕の隣にいるけど、誰かがいるときはずっと黙っていた。

この孤児院には、大人になるまでお世話になるだろうから

色々なことに協力したいと思って、

院長や面倒を見てくれる院内の先生の手伝いを率先してやった。

荷物を運んだり、僕よりも小さな子供の面倒を見たり。

 

小学校も孤児院の近くの新しい学校に行くことになった。

うん、これから一生懸命生きていかないといけないよね。

 

 

 

 

 

 

「信乃、ちょっと来て」

 

ある日、僕は美雪に連れて行かれた。といっても僕の部屋に。

孤児院の部屋は6人で1部屋を使う。僕と同じ部屋の人は偶然にも誰もいなかった。

美雪は僕が部屋に入ると入り口のカギを閉めて部屋の中央に座る。

僕も美雪の正面に座った。

 

「どうした?」

 

「信乃、泣かないの?」

 

心配そうに美雪は聞いてきたが、聞いた本人が泣きそうな顔をしている。

 

「大丈夫だよ。今はそんな暇はないって」

 

「暇とかそんな話をしてるんじゃない。信乃はお父さん達が死んだ事から目を

 背けている、そんな風にしか見えない」

 

「・・・何言ってんだ?」

 

「目を背けている」

 

それいじょうなにもいうな

 

「お父さんが死んだのは悲しいよ。でも、信乃が泣いたのは一度も見たことがない。

 公園で死んだ猫のために泣いてくれる信乃がお父さんのために泣かないなんて

 ありえない」

 

いうなやめろ

 

「葬式のときだって、信乃は黙っていただけ。泣くのも悲しい顔もしなかった。

 ただの無表情。感情を押し込め過ぎて何も出てなかった」

 

おれのからをとるなはぐなおれはだいじょうぶなんだだいじょうぶにきまっている

 

「ここに来てからも信乃はいつも通りを“演じていた”。

 お父さんが死んでもう2週間たった。私も落ち着いた。

 だから信乃は無理をしないでいいんだよ」

 

……ゃ…………ぃ………っ……………

 

「信乃は悲しくないの? 泣かないの?」

 

「泣きたいよ! 泣きたいに決まってんだろ!!

 けどそんな風に泣いていたら父上たちは心配して成仏しないし美雪だって僕が

 支えないといけないしこれから孤児院で頑張らないといけないし僕は色々やらないと

 行けないことがあるからそんな暇はないから泣くの「もういい」 ・・・」

 

「もういいから。そんなに気を張らなくていいから」

 

美雪が抱き寄せるように僕の背中に手を伸ばした。

温かい。本当に温かい。僕が閉じ込めていた気持ちを、思いを融かすように・・・

 

「信乃は頑張った。私が2週間でこう言えるようになったのも信乃のおかげ。

 だから 今は私に甘えなさい」

 

気付いたら僕は泣いていた。声を殺して泣いていたつもりだけど

溢れだした感情が止まらなくていつの間にか大声で泣いていた。

僕も美雪の背中に手を伸ばして抱きしめた。今では唯一の家族を手放さないために。

 

「あれ? そういえば私も最近泣いていなかったからかな・・・グスッ」

 

美雪の瞳から涙がこぼれ始めた。いや、こぼれたというよりも流れたという方がいい。

涙は止まる気配はない。次々と下に流れていく。

 

「ごめ、ん・・・わたしもいっしょに泣く」

 

この後2人して大声で泣き叫んだ。

偶然にもその日は僕の九歳の、玖(きゅう)歳の誕生日だった。

 

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

・・

 

 

 

後で知ったことだが、孤児院の部屋は全て防音仕様になっている。

ここにきた子供は大声で泣くのが当たり前だからだ。

防音のおかげで僕たちの大泣きはだれにも聞こえなかったらしい。

よかった。かなりのマジ泣きだったから聞こえていたら恥ずかしい。

 

 

そうやって僕はやっと両親の死から区切りを付けられた。

孤児院に来てから今まで通りに過ごしていたつもりだったが、泣いた次の日に

院長から「やっと区切りがついたかい?」と言われた。

 

院長だけじゃない。院内の先生にも、孤児院の友達にも「何かあったの?」と

ほぼ全員に言われた。

う~ん、やっぱりどこかで無理してたんだな、みんながわかるくらいに。

 

それから僕たちは一生懸命に生きた。

勉強も頑張って、院内の先生も手伝って、天国の父上たちが心配しないように。

それに父上の形見、総合格闘術を絶やさないために。

 

気付かなかったけど父上が死んでから一度も朝の訓練をしてなかった。

あんなに毎日していた日課だったのにまったく気付かなかった。

葬儀の間も、孤児院に来てからもずっと訓練はしていなかった。

きっと無意識に避けていたんだと思う。訓練をすれば父上の事も思い出すから。

 

それともう一つ変わったことがあった。

大泣きした日、僕は一族代々の力、前世の記憶を完全に見えるようになった。

毎日のように見ていた夢が、訓練と同じように父上が死んだ日から

一度として見てなかった。

 

ショックのあまり見えなかったのかもしれないが、大泣きした日に2人して

泣き疲れてそのまま眠ってしまった。そこで完全な前世の記憶を見た。

父上が玖歳になったら完全に見えると言ったが、まさにドンピシャ。

大泣きして区切りを付けられなかったら、この夢を見ることは二度となかった

かもしれない。

 

ほんと、あいつにはいくら感謝しても足りないな。

 

 

そんな感じで、僕は完全に立ち直ることができた。

美雪はたまに泣くこともあるけど(その時は僕の胸の中で泣く。たまに一緒に貰い泣き)

あいつも大丈夫みたいだ。

 

どれぐらい大丈夫かと言うと、人見知りが少し良くなった。

その事実に僕はかなりびっくりした。学校が終わって教室に迎えに言ったら

女の子同士で「好きな人は?」とかガールズトークをしてるし。

 

そのタイミングで僕が入ってきたから「私の夫です♪」とか言って腕に抱きついてきた。

周りは驚いたけど、次の日には学年中に話が広まって僕に挑戦する男子が出てきた。

 

美雪ってこの学校でもモテたのね・・・・

ていうか挑戦って何ですか? あんた達いつの時代の人間ですか?

「俺が勝ったから女は俺のものだ」って考えしかないのかよ?

つか美雪は物じゃねーだろ! 本人に決めさせろゴミ屑ども!

 

まあ、挑んでくる馬鹿をサッカーとか100m走とかで勝負して全部勝ったけど。

一番ひどかったのは10名ぐらいでけんかを挑んできた時だな。

前の学校では戦う覚悟が中途半端で、父上の言葉を思い出して躊躇したけど、

こんな暴力を振るう奴に家族を渡せない。

 

そう思うと簡単に覚悟を決められて馬鹿共を撃退した。あっさりと。

暴力じゃなくて、美雪を守るために戦った。そう思ったから簡単に勝てたんだと思う。

暴力には違いないから出来るだけ自重しますがね。

 

 

そして僕はいつの間にか学年を通り越して学校の番長(死語)になっていた。

勝ち続けた中で最上級生の番長(自称)がいたせいで、その人や仲間の人と

廊下ですれ違うたびにあいさつされる。

そのせいで周りの人たちもそういう認識をし始めた。

ダレカタスケテクダサイ・・・・

 

もう一つ変わったこととして、美雪だけじゃなく僕もモテるようになった。

成績は学年トップクラス、スポーツ優秀、けんかも強い。

そんな僕は色々な女の子から告白されるようになった。

 

まあ、確かに優秀な(自分で言うな)男の子はモテると思うけど

女子の皆さん、もう少し相手を選ぼうよ。こんな男のどこがいいのやら・・・・

 

 

 

学校からの帰り道。

 

美雪(自称、妻)の前にも関わらず告白してきた子がいて、僕はそれを

いつも通り丁寧に断った。

 

孤児院の友達(1つ年上のモテ男)に相談したら

 「断るときに相手を傷つけないことだけは忘れちゃ駄目だ」

とアドバイスをもらった。

 

今回も

「ごめんなさい。気持ちは嬉しんだけど、あなたとは付き合えない理由があります」

と丁寧にお断りした。

 

なんで僕がモテるんだろう? 帰り道にそうぼやいていたら

 

「ん♪ 信乃、自覚ないからね♪ 信乃って意外とかっこいい顔してるんだよ♪

 私も最初は一目ぼれだったし♪」

 

美雪に言われたけど納得いかない。ってか3歳に一目ぼれってあるのか?

・・・・・僕は美雪を最初から可愛いとかと思ったけど、その事は棚にあげる。

 

「でも浮気は許さないよ♪」

 

「はいはい。って僕が浮気しそうな状況にあるのに嬉しそうだな?」

 

「別に心配はしてないから、信乃だもん♪ 言ったのはこのセリフを一度

 言ってみたかっただけ♪

 それに、自分の彼氏が持てるのって実はかなり嬉しんだよ♪」

 

「そんなもんか? それと僕はお前の彼氏じゃない」

 

未だに疑問が消えずに2人で帰り道を歩いていった。

 

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

・・

 

 

 

孤児院に来てから1年ぐらい経過した。

学校で目立った立場になった僕だが、この数カ月でそれを訂正しようと

必死で地味に生きようと頑張った。無理だったけど。

そんな僕にいきなりすごい話が舞い込んできた。

 

「学園都市に行かないか?」

 

場所は孤児院の院長室。僕は院長に呼ばれて入ってきたら、スーツを来た初老の人が

こう切り出してきた。

 

「学園都市って、あの超能力開発をしている学園都市ですか?」

 

「ああ、その学園都市だ」

 

学園都市については話は聞いたことあるし、年に一度のお祭りをテレビ放送していた。

最低限の知識は持っている。

 

「なんで僕が?」

 

「私は学園都市内で教授をやっている。だから優秀な助手や超能力の才能が

 ありそうな子供を捜しているんだ。

 ここの院長は私の小学校時代の恩師でね。この前、偶然会ったときに君の話を

 聞いたんだ。だから君にも一度会ってみたくてね。

 君の事も気に入ったし、どうだい? 学園都市に来てみるのは?」

 

「嬉しいお話ですけど僕には家族がいますし、何よりこの孤児院が気に入っています。

 できたらここを離れたくないのです」

 

「もちろんタダとは言わないよ。学園都市の生徒には成績に応じて奨学金が出される。

 その奨学金とは別に私個人から君へのお金を渡そう。

 私は学園都市でも少し良い地位を持っているからお金には困っていない。

 お金よりも自分の研究で成果を出すことの方が重要だからね。

 子供相手にお金、ってのはかなり問題があると自覚してるが」

 

「お金、ですか・・・」

 

「それ以外にも欲しいものがあれば言ってくれ。出来るだけ揃る」

 

正直、僕個人はお金が欲しいわけではない。でも・・・

 

「学園都市に行く条件があります。

 僕へ渡すお金の代わりに、この孤児院に援助してください。

 たった1年間とはいえ、傷心していた僕を支えてくれた大切な場所です。

 だからこの院に役に立ちたいんです」

 

「そこまでしなくても気持ちだけでもうれしいよ」

 

「院長、気持ちがうれしいならお金を貰ってくれると僕はもっと嬉しいですよ」

 

「むぅ・・・そこまで言うなら、受け取らないのは子供の意思を曲げることになってしまうな。

 わかった。ありがたく受け取ろう。絶対に無理はしないこと。

 本当に少しのお金で満足だからね」

 

そういって院長は優しく微笑んでくれた。

この孤児院は子供のことを第一に考えてくれている。

子供が泣いてもいいように全部屋が防音になっていたり、食材は安いが栄養管理と

味を両立させた献立を毎食出すために栄養士の人と契約している。

 

そんなことをしていたら当然ながらお金がかかる。

子供には心配をかけないようにしているが、院内の先生方の手伝いを良くしている

僕はたまに帳簿を付けて悩んでいる先生を見ている。

どこの孤児院も同じかもしれないが、やっぱりお金が足りていないのだ。

院長の個人的なお金で今はなんとか持っているけど、院長も歳だし。

それにお金がいつまでもあるわけがない。

だから孤児院から早く一人立ちして仕送りをしたいといつも考えていた。

 

「お願いします、教授さん」

 

「ふふふ、君の事をますます気に言ったよ。その条件を呑もう」

 

「ありがとうございます」

 

うん。よかった。これで恩返しができる。

だけど、一つだけ気がかりというか、孤児院から離れることに大反対しそうな奴が

一人いるんだよね。どう説得しよう。

 

「院長先生、失礼します」

 

説得方法を考えていたら、入口の扉が急に開かれた。

ノックもなしに誰かと思ったが、ちょうど、その大反対しそうな奴の美雪が入ってきた。

 

「美雪? どうしたんだ?」

 

「すみませんが話を盗み聞きしていました。そのことは謝ります。

 ごめんなさい。

 ですが教授さん、お願いがあります」

 

美雪は僕を無視して教授に話し始めた。いつになく真剣な表情で。

 

「私も学園都市に連れて行ってください」

 

「美雪!?」

 

「ほう、どうしてだい?」

 

「信乃が行くからです。

 少し前であれば、唯一の家族だからついて行く、と答えました。

 でも、今は孤児院のみんなが家族です。

 だから、好きな人について行きたいから!! 

 それが理由です! お願いします!!」

 

「///////お前!! ストレートすぎるだろ!!!」

 

うわ! 確かに何度も美雪に好きだって言われたけど、

僕に向かってじゃなく、他の人に堂々と言ってるとこを見ると

すっげ~恥ずかしい! 絶対僕の顔、真っ赤になっている!

 

ほら! 教授も院長も『キョトン』って顔になってるよ!!

うっわー・・・・ここから逃げ出したい・・・・

 

「・・・ふ・・ふ・・ふふふ、ふははははは!

 面白い! 面白いね、美雪ちゃん!

 なるほど、好きな人について行きたいから、ね。

 実にシンプルで良い答えだ。

 さて、信乃くん。君はどうする?」

 

いきなり大声で笑ったと思ったら、僕に返すの?

美雪の事も気に入ってるし、それなら教授さんは学園都市行きを許可しているはずだし。

 

なんで僕? あれ? もしかして試されている?

美雪がついてくるのは嬉しいけど、僕がどうするかって何?

教授さんにお願い? でもそれだけって雰囲気じゃないし・・・

 

・・・ああ、そういうことね。

 

「教授さん。条件を一つ追加します。美雪も一緒に学園都市に行くこと。

 美雪の学力も、学校では僕の次に良いですから優秀だと言えます。

 お願いします」

 

「うむ。その条件も受け入れるよ」

 

意外とあっさり返された。やっぱり受け入れることは許可していたけど、

僕がどう返すか試していたんだね。

 

「では、よろしく頼むよ。信乃くん、美雪ちゃん」

 

「はい」「はい♪」

 

こうして、僕たちは学園都市に行くことになった。

 

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

・・

 

 

 

だがいきなり僕はつまづいた。

うん、僕って人生の転機が不幸になる体質みたい。

不幸だ~~~! と言っていこう。

 

なんと、僕の能力のレベルが0だった。

つまり僕は無能力者。

能力検査の結果を、今は検査場近くのファミレスで教授に報告している。

 

「うむ、統計的に見て学業が元々優秀な生徒であればレベル1からの場合が

 多いのだがな。

 でも気にすることはない。全体的にみるとレベル0の生徒も多いよ」

 

「すみません、教授。施設への援助の話、なかったことにしてください。

 教授からのお誘いは嬉しいですが、僕はレベルが上がりそうにないです」

 

そう言って僕は先程貰った能力測定の結果を渡した。

能力開発を受けた生徒であれば、レベル0であっても絶対に検出されるはずの

AIM拡散力場っていうのが、僕には全くない。

 

「偶然聞こえたんですけど、AIM拡散力場が一切検出されなかったことは

 今までにないみたいです。絶対に出るはずのAIM拡散力場、出ないことは

 これからも出ないと測定していた人たちは漏らしていましたよ」

 

能力者として教授に協力するために来たのに、これだと全くの役立たずだ。

その状況で孤児院への援助をお願いするほどの根性は僕にはない。

 

「なら信乃くん。私の研究を手伝ってくれ」

 

「無能力者に何を手伝えるんですか?」

 

「そんな悲観的に言わないでくれ。“学力だけ”を見ると、君より優秀な学生は

 今までに何人も見てきた。私が君を誘うと決めた理由は君の書いた設計図にある」

 

「設計図? ・・・・まさか見たんですか!?」

 

「すまない。初めて君に会った日、会う前に君の部屋を見せてもらった。

 どんな勉強方法をしているのか気になってね。それでノートに書かれていた

 設計図を見た」

 

教授が言っている設計図とは、A・T(エア・トレック)の設計図だ。

夢で前世の記憶が完全に見れるようになった僕は、空気を掴む特訓と共に

A・Tを作るために設計図を書いた。

この時代にはA・TのAの字も存在しない(ってのはあくまで比喩)。

もしA・Tを使いたければ自分で作るしかないのだ。

僕の前世は、A・Tのデータベースみたいなものにもアクセス出来た。

その中でA・Tを整備製造する閃律の道(リィーン・ロード)の情報もあった。

だからA・Tの設計図を直接識っている。

だけど、それを活かす知識が無いので、まずは学校の勉強をって感じで頑張っていた。

 

それでも早くA・Tを作りたいという欲望で、僕は設計図をノートに手書きした。

教授、それを勝手に見るのはプライバシーの侵害ですよ?

 

「さらに君は物理学を独学しているみたいだ。小学生の机に物理の参考書はおかしい。

 どうせなら私の元で物理を頑張ってみないか?」

 

うん、確かにA・Tを作るために物理学を中心に勉強しているけど、教授の元で?

 

「それはどういうことですか?」

 

「私の専門は能力開発よりも物理学の方なんだ。

 能力開発で成果を上げそうな子供を探しているのは、あくまで学園都市の

 一員としての義務なだけだ。

 ただ、君はそれを抜きにして気に入っている。

 現在、僕は超音速飛行機の開発に携わっている。

 私の元で学び、そして将来的にはその完成に協力してほしんだ」

 

教授の話を聞いて、僕はうつむいた。

どうしよう。泣きそうだ。

孤児院のみんなと院長に役に立てると意気込んで学園都市に来たのに

無能力者で、ダメだと言われた気がして気が滅入っていた。

顔には出していなかったけど、本当に落ち込んでいた。

そんな僕を教授は必要としてくれている。

 

本当にうれしい。

 

「ん~♪ 信乃♪ 能力検査終わったよ♪ 私はレベル1だって♪

 信乃は?」

 

僕がうつむいているときに美雪がレストランに入ってきた。

入ってきて早々大声で僕たちの席に来たのは非常識だと思ったけど、

今はそんなことどうでもいい。

 

「どうしたの、信乃?」

 

僕の隣の席に座って美雪が僕の顔を覗き込んできた。

僕は泣きそうな気持ちを誤魔化すために、美雪を抱きしめた。

 

「ん~~!?」

 

「おやおや」

 

教授が驚きながらも微笑んでいる。

美雪は突然のことでされるがままで、なにも抵抗なかった。

美雪に泣き顔を見せたくないのと、慰めてもらいたいために抱きしめたけど、

レストランにいる人全員に見られている。

 

「教授、そのお話受けさせてください。孤児院の援助の話は今話にしても

 構いません。

 ですが、物理学で絶対に教授の役に立って見せます!

 だから、お願いします!!」

 

美雪を抱きしめたまま、締まらない状況だけど、お願いした。

 

「うむ。よろしく頼むよ」

 

ここからようやく、僕の本当の学園都市が始まった。

 

 

 

つづく

 



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Trick27_スキルアウトの『ビックスパイダー』

 

 

 

それはとある一室での話。

窓から学園都市の全景が見える高いビルの部屋。

そこにいるのは2人だけだった。

 

「信乃、朗報よ」

 

「なんでしょうか、クロムさん」

 

部屋の内装が社長室のような場所。そこの社長イスにスーツの女性、

学園都市統括理事会の一人である≪氏神クロム≫が座っている。

 

そして机の向こう側に信乃が立って話を聞いていた。

 

「プロのプレーヤーがスキルアウトと手を組んでいることが分かったわ」

 

クロムの発言に信乃は眉間に皴を寄せた。

 

プロのプレーヤー。それはスポーツ選手というわけではない。

 

  表の世界ではない人間で殺人をする者のことだ

 

しかも相手を殺して喜ぶ猟奇人、または銃を使って暗殺するような一般的なイメージの

存在ではない。

 

素手でコンクリートをぶち破る、人の意識を支配する。

クロムが言う『プロのプレーヤー』とは、表の人には知られることのない

人外魔境たちを指していた。

 

「・・・朗報ですか?」

 

もちろん信乃もそのことを知っている。何度か戦ったこともある、それどころか

その一族を潰したこともある。

だから『朗報』という言葉に引っかかった。

 

「朗報でしょ、君がこの学園都市に来た理由じゃない。私の方でもスキルアウトに

 調査を向けているわ。君の探していた奴かもしれないわよ?」

 

「そうだといいですね、いや、それだとダメですね。スキルアウトが危険です。

 あいつに関わると周りの人間に被害が出ますから」

 

信乃が学園都市に来た理由は『ある人物を消すため』だ。

『御坂と美雪に二度と会わない』という考えを覆して、この学園都市に来るほどの理由。

 

「まぁ、なんにしても情報が出るのは悪いことじゃないと思うわ」

 

「否定できないですね。情報ありがとうございます。スキルアウトを相手にするときは

 奴が裏で手を弾いていないか気をつけますよ」

 

その数日にスキルアウトに深くかかわる事件が起こるとは信乃は思っていなかった。

 

「ああ、それと神理楽(ルール)から君に貸し出す奴を決まったよ」

 

「意外と速かったですね。誰ですか?」

 

常盤台中学襲撃事件を受けて、信乃は警備を自主的に行うことを決めた。

そして一人では危険だと判断してクロムに補助要員を頼んでいた。

 

「近々顔合わせするだろうから、その時をお楽しみに。でも君の知ってる奴で

 うちの生徒だから実力も大丈夫よ、安心して」

 

「わかりました」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

ドンッ!

 

「婚后さんが襲われた!?」

 

「まあまあ、お姉様落ち着いて」

 

喫茶店で御坂、白井、初春、佐天が話をしていた。

 

目的もなく雑談をしていたのだが、先日のスキルアウトの事件について話していたら

御坂がテーブルを叩いて怒りだしたのだ。

 

最近頻発しているスキルアウトの能力者狩り。

先日は同じ常盤台中学の婚后光子が襲われた事を

風紀委員の白井が御坂に教えたのだ。

 

「幸い、婚后光子は手を出される前に原因不明の頭痛で意識を失って、その間に

 スキルアウト共が全員倒れていたみたいでしたので怪我はかすり傷一つありませんの」

 

「え、頭痛? それに全員倒れていたって・・・」

 

佐天がアイスティーをストローで飲みながら聞く。

 

「はい。婚后さんにも話を聞いたのですが、急に頭が痛くなったと言ってました。

 ただ、気を失う前に皮ジャンを来た、背中にクモの刺青がある男が現れたので

 その人がスキルアウトを倒したと思います」

 

パフェを食べながら初春が答えた。ほっぺたには生クリームが付いているが気付かない。

 

「へー、通りすがりの正義の味方か「とんでもない!!」」

 

佐天に白井の叫びがかぶる。

 

「アンチスキルでも風紀委員でもないのに力を行使するなんて言語道断!!」

 れっきとした犯罪者ですわ!!」

 

「ははは・・・」

 

白井の熱弁に御坂は明後日の方角を見ながら苦笑いしている。どうやら自分に重なる事を自覚しているらしい。

 

「それにしても・・」

 

「ん? どうしたの初春?」

 

「いえ、固法先輩が少し気になって。スキルアウトの『ビックスパイダー』が今回の

 能力者狩りに関わっているみたいなんですが、固法先輩の元気がないんです。

 いつもだったら率先して解決にあたるはずなのに」

 

「どうしたんだろ、固法先輩」

 

 

********************************************

 

 

「心配掛けて申しあわけありません。

 西折信乃、本日から復帰しますので宜しくお願いします。

 

 って皆さん、どうしたんです? 深刻な顔をして」

 

幻想御手事件から初めて風紀委員第177支部に足を運んだ信乃だが、支部の雰囲気は

暗かったので少々驚いた。

 

入り口に一番近い固法が気付いたが、白井と初春、風紀委員でもないのにこの場にいる

御坂はパソコンの画面に集中したままだ。

 

「あ、西折くん。怪我は大丈夫?」

 

「はい。完治して、(美雪からの)ドクターストップも解除されました。

 ところで固法先輩、どうしたんですか? なんだか暗いような気がするんですが」

 

「最近、頻発してる能力者狩りでちょっとね」

 

固法が御坂達に視線を向ける。まだ信乃が来ているのに気付いていない。

 

 

「またビックスパイダーが?」

 

「今週だけでもう3件目。連中、ピッチを上げてきてますわ」

 

御坂と白井の言葉に固法の表情が曇ったのを信乃は見たが、わざと気付かないふりをした。

 

「やっぱここは一発ドカンと!」

 

「お姉様・・・お姉様のドカンは被害が大きくなりすぎますの」

 

「同感です。もっと大人しくしておいてください」

 

「ビックスパイダーが勢力を伸ばしてきたのは2年前、武器を手に入れてから

 みたいですね」

 

初春が携帯型デバイスを見ながら答える。

 

「なるほど、武器を手に入れて調子づいたってわけね。

 よくもまぁ、学園都市に武器を持ち込んだものだわ。非合法な物はシャットアウト

 しているはずなのに」

 

「蛇の道は蛇、と言いますの」

 

「連中にその道を作った奴が他にいるのかもね」

 

「もしくは武器を作る人間、武器職人が学園都市に侵入している可能性もあります」

 

「武器を作る人間・・・そんな人が入ってくることなんてありえますの、信乃さん?

 

 って信乃さん!?」

 

「うぉ!? ほんとだ、信乃にーちゃんいつの間に!」

 

「信乃さん、いつ来たんですか? 気付きませんでしたよ」

 

「はははは・・」

 

本当に全く気付いていなかったらしい。

さっき挨拶をしたはずなのに、と思って信乃は苦笑いした。

 

「少し前からです。しかも『同感です』を言ったのも私ですよ」

 

「気付きませんでした。ごめんなさい」

 

「いえ初春さん、そんな風に謝られても困りますよ。気にしないでください」

 

「今日から来たってことは怪我は完治したの?」

 

「美雪からのドクターストップも解除されました。1分前にも同じこと言いましたよ」

 

「あの、信乃さん・・・この前は」

 

「白井さん、常盤台での事なら気にしないでください。侵入者への警告は

 風紀委員としては当然の行動です。ただ、怪我がひどいものではなくて幸いでした」

 

「・・はい、ご迷惑をかけて申し訳ありませんの」

 

常盤台襲撃事件のあとに信乃と白井、両者とも学校には来ていたが(信乃は修理の為)

白井が信乃を避けていたようで会うのは今日が久しぶりになる。

 

「あれ以来、会うのは初めてですからね。変に落ち込まないでくださいよ。

 ところで、ビックスパイダーまたは幻影旅団と言ってましたけど、どうかしたんですか?」

 

「幻影旅団とは言っていないですよ。

 

 ビックスパイダーは最近頻発している能力者狩りをしている、

 スキルアウトのグループです。

 2年前から武器を入手し始めて勢力を伸ばしているみたいです。

 あと、ビックスパイダーのリーダーがわかりました。

 名前は"黒妻 綿流"(くろづま わたる)。かなり悪どい男のようです」

 

初春が代表して分かっていることを簡潔に答えた。

 

「スキルアウトですか。・・・・しかもビックスパイダーで黒妻(ボソ)」

 

「ん? 最後の方が聞き取れなかったんだけど」

 

「いえ、御坂さん気にしないでください。それよりも他に情報は?」

 

「彼らは第10学区、通称ストレンジと呼ばれる場所を根城にしているみたいです」

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「ということで来てみました!」

 

「お姉様、ノリノリですの」

 

初春の情報を頼りに、ストレンジに来たのは御坂、白井、信乃の3人。

 

戦闘能力が皆無の初春は来ていない。

 

本当であれば、固法も参加するはずだったが今日中に提出する書類をまとめるためと

言ってここには来ていない。

そう言っていたときの固法の様子はおかしかった。

ここに来たくなかったから嘘をついたのだと信乃は勘づいていた。

 

(それじゃ、あのとき言っていた“みい”はもしかして・・・)

 

信乃はそこで考えるのをやめた。面倒臭いし、今は目の前の事に集中することを

優先した。

 

「さて、白井さん、御坂さん。彼らの根城の場所を調べに・・・」

 

自分の世界から戻って白井たちを見るといなかった。

 

「あれ?」

 

「おい、そこのガキ。金持ってねえか?」

 

追い打ちをかけるようにスキルアウトに絡まれる。

確かにここはスキルアウトの巣窟だが、来た早々に絡まれるとは・・・

 

「・・・自分のキャラの弱さがここで発揮されたな」

 

一見すると弱い男である信乃は、ここではただのカモだ。

 

 

 

 

 

「お姉様よろしいですの?」

 

「大丈夫よちょっとぐらい。たまには信乃にーちゃんよりもすごいことして見返して

 みたいじゃない?」

 

「・・・・そうですわね。わたくしも常盤台での事件、

 早々に気絶して何もお役に立てませんでしたもの。

 今回いい機会かもしれませんわ」

 

「そうと決まれば急ぐわよ!」

 

御坂と白井は信乃が考えに集中している間に、気付かれないようにストレンジの奥へと

走っていた。

 

 

 

 

数時間後

 

「って手掛かりなし!? 普通なら私達で相手を全滅させて、タイミング良く来た

 信乃にーちゃんに『お前達もこんなにすごくなったんだな』とか言われるのが

 王道でしょ!?」

 

「いえお姉様、そのような王道は聞いたことがありませんの」

 

信乃を出し抜いて解決するつもりが手掛かりすら無し。

信乃に『先に帰る』とメールをしてから(メールの後に電話がきたが恐くて無視した)

2人はストレンジから出るところだった。

 

「うぁ!!」

 

「なに今の声?」

 

「そこの路地から聞こえましたの」

 

声のした方へ急いで走る。

 

そこには1人の学生を数人のスキルアウトが囲んでいた。

まさに能力者狩りの現場。

 

「ちょうどいいわ。あんたらのアジト教えてもらうわよ」

 

 

 

捕まえたスキルアウトの1人を連れて(他は警備員に引き渡した)御坂と白井は

再びストレンジへと向かった。

そしてビックスパイダーがアジトにしている廃墟へと着いた。

 

「なんだお前ら?」

 

「風紀委員(ジャッジメント)ですの!

 能力者狩りについてお話があって参りましたの!」

 

「あぁ!? 風紀委員だ?」

 

建物の奥からリーゼントの男が出てきた。左頬には縦に走る傷跡がある。

おそらくビックスパイダーのボスだろう。

 

「黒妻綿流ですわね? 能力者を対処とした暴行事件の首謀者として拘束します」

 

「オママゴトに付き合っている暇はねぇんだ。とっとと帰りな」

 

「言ってくれるわね」

 

御坂の頭の先から少し電気が出る。

 

「親切で言ってやってんのに、分からねえなら体で分からせてやるよ」

 

黒妻の合図でスキルアウトが御坂達を囲う。

 

「お姉様は手出しをしないでくださいの。この程度の連中、わたくし一人で

 充分ですの」

 

「十分かどうか俺らの実力見てからにしろよな?」

 

 キィィィィィィィン

 

「ッ! なにこの音!?」

 

「頭に・・直接響くみたいですの!」

 

辺りに流れた音で御坂と白井は頭を抱えた。

突然の頭痛。婚后がスキルアウトに襲われたときにも頭痛で気絶したらしい。

 

白井が辺りを見ると、大型のスピーカーを乗せたワゴン車があった。

 

「どうした? 頭でも痛いのか?」

 

「くっ!」

 

余裕の表情の黒妻に白井は能力(テレポート)で反撃しようとしたが

能力が発動しなかった。

 

「跳べない!?」

 

「どうした嬢ちゃん? 1人で充分じゃなかったの、か!?」

 

能力が使えずに茫然としている白井に、黒妻は蹴り飛ばした。

 

「黒子!? あんた!!」

 

御坂が電撃を出す。

 

しかし威力が弱い上にコントロールが効かず、誰一人として電撃が当らなかった。

 

「そんな・・」

 

「へ、コントロールできねえか。お前はもちろん知らねぇだろうが

 こいつはキャパシティダウンってシステムでな、詳しいことは知らねぇが、

 ようするに音が脳の演算能力を混乱させるんだってよ。

 まあ、俺たちレベル0(スキルアウト)にとってはただの甲高い音にしか

 聞こえないけどな」

 

「こんなもの、いったいどうやって・・・」

 

白井が蹴られた腹を抱えながら立ち上がる。

 

「『黒妻さん許してください』って言うなら考えてやってもいいけどな」

 

「へ~、今は黒妻って言うのか」

 

「な!?」

 

突然の声の方を見ると一人の男がいた。

 

 

赤茶色の癖がかかった肩までの長髪、黒い革、右手には牛乳パックを持っている。

 

風貌はスキルアウトだが、周りの反応を見ると

ビックスパイダーのメンバーではないようだ。

 

「黒妻さん! こいつです! 俺たちの邪魔をしたのは!」

 

「く、黒妻さん・・・」

 

「え?」

 

ビックスパイダーのリーダー、黒妻。彼の口から、赤髪の男へ向けて『黒妻』と呼んだ。

御坂と白井には確かにそう聞こえた。

 

「え~と、これでいいか、よっと」

 

赤髪の男はスピーカーの配線を一つ抜いた。

それによって御坂達を苦しめていた音が消えた。

 

「大丈夫か? そっちも」

 

「え、ええ」「あ、はぁ」

 

御坂のすぐそばに来て赤髪の男が聞いてくる。

スキルアウトに助けられると思わなかった二人は間の抜けたような返事だった。

 

「これ持っていてくれる?」

 

「え、あの」

 

差し出された持っていた牛乳。御坂は思わず預かってしまい、何かを言う前に

男はリーゼントの黒妻の方へと歩いて行った。

 

「蛇谷、久しぶりだな」

 

「嘘だ・・・あんた死んだはずだ」

 

リーゼントの男は恐怖で後ろへと下がっていく。

 

「お、おまえら! やっちまえ! 相手はたかが1人だ!

 こっちには武器もあるだろうが!」

 

「・・・蛇谷、お前変わったな」

 

赤髪の男は悲しそうな顔でつぶやき、そして敵の集団の中へ飛び込んだ。

 

武器を持った多人数 対 素手の男一人

 

これだけを考えると勝負にはならない。

 

だが赤髪の男は強かった。圧倒的に強かった。

 

銃を持っている奴に真っ先に突っ込んで発砲される前に右ストレート

直後、右から鉄パイプで殴りかかってきた男の腹に蹴りを入れて肘で顎を打ち上げる。

鉄パイプを振り回していた男の攻撃を2度空振りさせて隙を見て鼻っ柱を右で叩く。

蹴り飛ばし壁にぶつけ、起き上がった瞬間に別の奴を飛ばして一緒に気絶させる。

 

ビックスパイダーのメンバーが次々と倒れていった。

 

「う、うあぁあああぁぁ!!」

 

リーゼントの黒妻、いや蛇谷は殴られる部下を置いて走って逃げて行った。

 

 

 

「どうだ、少しは楽になったか?」

 

「まだ力が入らない感じなんだけど、なんとか」

 

御坂は肩を回しながら自分の調子を確かめ、黒妻に返事した。

 

「あの男、黒妻じゃないの?」

 

「昔は蛇谷っていったんだけどな。今は黒妻って呼ばれているらしい」

 

「で、本物の黒妻はあなたですのね」

 

「そう呼ばれたこともあったかな。よっと」

 

御坂に預けていた牛乳パックを取り、戦いで渇いたのどを潤う。

 

「ぷはぁ。やっぱ牛乳は「ムサシノ牛乳」 ん?」

 

「「へ?」」

 

後ろからの突然の声で遮られた。

 

そこにいたのはストレンジに来ることを拒み、白井の風紀委員の先輩。

 

「「固法先輩?」」

 

「・・・久しぶりだな、美偉(みい)」

 

「「へ? ・・・・へええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!??」」

 

白井と御坂の叫び声が夕暮れの空に響いた。

 

 

 

 

「やっぱり、2人は知り合いでしたか」

 

ビックスパイダーのアジトの建物の陰。

信乃はそこで3人、今加わった固法を含めて4人の見ていた。

 

信乃は御坂達に逃げられた後、すぐにスキルアウトを倒して通報。

そして魂の感知能力ですぐに2人に追いついていた。

追いつくまでに10分もかからなかった。

 

ただ信乃を見返すとの会話を聞いたのでまずは放っておこうと考えて

気付かれないように追跡をしていた。

 

黒妻(仮)に殴られたときも助けられる距離にいたが、本当に危なくなるまで

助けないつもりでいた。

 

そこで黒妻(真)が登場、そして黒妻(仮)の退場。

信乃が助けにでる必要がなかったので今も隠れている。

 

信乃が蛇谷を追わずに、ここにいる理由は簡単。御坂達を守るためだ。

信乃が離れている間に“奴”が襲ってきたら助からないだろう。

あのプロのプレーヤーがいたら"超能力者"(レベル5)だろうと関係ない。

 

「あのとき助けた黒妻さん、黒妻さんのチーム、

 そして黒妻の話していた“みい”が固法先輩。いやはや、運命は面白いね。

 

 それにしても能力を無効化させるなんて、能力を作る学園都市の発想じゃない。

 ・・・これは間違いなく呪い名(まじないな)が関わっている。

 武器職人が入っているって言ったのも冗談じゃなくなってきたな。

 笑えねぇ傑作だよ、まったく」

 

 

 

 

 

つづく

 



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Trick28_だから殺す

 

 

ピリリリリ

 

「ヒッ!? な、なんだよ、電話か、脅かしやがって」

 

ピッ

 

「もしもし、おぉ俺だ。あ? キャパシティダウン?

 おう、ちゃんと使ってるぜ。

 ・・・うっせえな! こっちもごたごたしてんだよ!!

 今は能力者狩りどころじゃ・・・なんだと?

 ・・・・わかった、ハラザキ」

 

ビックスパイダーのボスは誰もいないアジトで電話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒妻 綿流 と 固法 美偉

 

2人の出会いは2年前に遡る。

当時の固法は能力が上がらずに壁にぶつかっていた。

壁を中々乗り越えられず、追い詰められた彼女は自分の居場所を探していた。

 

そんな固法に輝いて見える人が現れた。

いや、最初からいたが今まで視覚には入っていなかったのに気付いた。

固法が輝いて見えたのはどこにでもいる無法者の集団であるスキルアウト。

 

そのスキルアウト、ビックスパイダーは普通のスキルアウトと違って

ただ仲間たちと馬鹿やって楽しんでいた。

決して今のような乱暴者ではなった。

馬鹿やっている姿が固法には輝いて見え、そして魅かれるように彼らに加わった。

 

自分が能力者であることを隠してまで彼らと付き合い、一人の男性に普通以上の感情を抱いた。

黒妻 綿流。ビックスパイダーのリーダー。

居場所がない自分を受け入れた彼に固法は恋をした。

 

 

ある日、スキルアウト同士の争いが起こった。

争いは日常茶飯事だが、今回は少し違った。

仲間の蛇谷が人質に取られ、黒妻は一人で来るように呼び出された。

固法は止めた。だが、黒妻は聞かず助けに行った。

 

固法は急いで追いかけて黒妻が呼び出された場所に到着、そこで見たものは

 爆発したかのように壊れた建物

  黒妻の名前を呟きながら泣く蛇谷

   焼け焦げた黒妻の皮ジャン

助からなかった状況、固法が見たのはそれだった。

 

 

その後、固法は風紀委員(ジャッジメント)になった。

なぜ風紀委員になったのかは言わなかったが、その出来事がきっかけになったらしい。

 

 

 

一方、黒妻は爆発の時に近くの川に偶然落ちて流されていた。

その川は学園都市の外に繋がっており、黒妻は目が覚めた時には学園都市外の

病院のベットの上だった。

 

見つけたのは自分よりも年の小さな少年。

彼が救急車を呼び、適切な応急処置をしたために助かったらしい。

その後、黒妻はリハビリ施設に送られて、施設から出たもの今から半年前の最近だった。

黒妻が学園都市に戻ってきたのは自分が作った組織がどうなったか気になったから。

そして知ったのは無法者の集団にして能力者狩りをしている組織となっていること。

 

だから黒妻は決めた。

自分がいない間に変わった、自分の作った組織。それを自分の手で潰すことを。

 

 

 

固法は迷っていた。死んでいたと思っていた黒妻が生きていた。

自分は風紀委員、ビックスパイダーを捕まえる立場の人間。

もちろん、人助けのためとはいえ暴力をふるっている黒妻も。

月日がたっても、立場が変わっても変わらない想いがある。

黒妻への想いは固法の中では変わらずにいた。

 

 

 

 

 

当時の固法を知る、固法の寮の同室の人

そして当事者である固法と黒妻に聞いた内容

 

御坂はここ数日でわかったことを白井、信乃に話した。

静まり返った風紀委員支部の部屋。3人の他にはだれもいない。

 

「だから2人には協力して欲しいの」

 

神妙な顔で御坂は2人に本題を切りだした。

 

「協力と言いましてもお姉様、明日は・・・」

 

「はい。ストレンジが一斉摘発をすると連絡がありました。

 一体何をするつもりですか?」

 

昨日、全ての風紀委員に連絡があった。

  警備員(アンチスキル)本部はスキルアウトの能力者狩りに対抗し、

  第10学区、通称ストレンジの一斉摘発を行う。

 

明日になれば全て解決する。自分たちが事件に関わらなくても。

そういう意味で信乃は何をするのかと聞いた。

 

「もちろん固法先輩を助けに行くのよ。一斉摘発のことは固法先輩も知っている。

 今日話した時も気にしていたわ。だから」

 

「明日、固法先輩は動くと言うことですか。

 でも質問があります。何に協力するんですか?

 固法先輩がやることに? それとも固法先輩を止めることに?

 はたまた固法先輩がビックスパイダーに手を出す前に私達だけで潰すことに

 協力するんですか?」

 

「大丈夫。固法先輩は迷っていたけど、絶対に間違わない。

 私が手伝ってほしいのは、固法先輩がこの事件を解決する事よ!」

 

「信じてますのね、お姉様は固法先輩のことを」

 

「うん!!」

 

御坂の力強い頷きに信乃と白井は呆れたような笑みを浮かべた。

 

「わかりました。その依頼、西折信乃が請け負いましょう」

 

「わたくしも微力ながらお手伝いさせていただきますわ」

 

2人の返事を聞いて御坂はガッツポーズを取った。

 

「決戦は明日! 装備を万全にしていかなくっちゃ!」

 

「装備といっても、御坂さんはコイン、白井さんは鉄矢の数を確認するぐらい

 じゃないですか。おおげさですよ」

 

「信乃にーちゃんはA・T(エア・トレック)をちゃんと持ってきてよ」

 

「信乃にーちゃん言うな。

 それにあれはダメです。使いすぎると足に負担がかかると言うことで

 あと1カ月は許可はでませんよ」

 

本当は力が強すぎるため、特定の相手の時だけしか使わないように氏神から言われた。

御坂達に話すと面倒なことになりそうだから適当に嘘を言った。

 

「そっか・・・・」

 

「信乃さん大丈夫ですの?」

 

「木刀を持つから問題ありません。素手でも新人風紀委員の武力指導が

 出来る程度には自信がありますよ。

 それに、この前の常盤台はA・Tなしで解決したのを忘れたんですか?

 誰かさんが気絶している間に」

 

「う”!!」

 

白井は短く呻いた後に目線を横へと逃がした。

 

「あ、そうだ! 信乃に―、信乃さん糸持っている?」

 

「裁縫セットに糸が入ってるはずですが?」

 

支部に常備されている裁縫セットを信乃は棚から取ってテーブルの上に置いた。

 

「はい、どうぞ」

 

「いや、信乃さんが持ち歩いているかどうかを聞いてるの」

 

「? いえ、持ってませんが」

 

「それじゃ、これ」

 

御坂から渡されたのは裁縫セットに入っている白糸。

ミシン用のもので30メートル程の糸がプラスチックの筒に巻かれている。

 

「確か拘束術だっけ? 糸さえあれば出来るでしょ。便利な技よね」

 

「!?」

 

信乃は表情には出さなかったが、このことにかなり驚いていた。

もちろん御坂と白井は気付いていない。

 

「なんですの、その技って?」

 

「昔、銀行強盗を倒した時に使っていたの。持ち歩いていた携帯裁縫セットの

 糸で倒した犯人の腕を縛ってさ。本当だったら腕力で千切れるはずなのに。

 なんだっけ、きょうげん・・とか言った名前だっけ?」

 

「・・・・ごめん琴ちゃん。あの技、出来るだけ使いたくないんだ」

 

「え?」

 

信乃が一瞬見せた顔、そこには恐怖で怯えるのを我慢しているような、そんな顔だった。

 

「だからいらない」

 

信乃は糸を裁縫セットの中へと入れて棚へと戻す。

 

「さ、一斉摘発は朝早くから行われるみたいですし、固法先輩を待ち伏せするから

 今日は早く帰って寝ましょう」

 

「あ、待ってよ!!」

 

誤魔化すように、逃げるように信乃は早々と支部から出て行った。

 

 

 

 

 

「ふぁ~。眠みぃ」

 

翌日の早朝。

ビックスパイダーのアジトの入り口で一人の男があくびをした。

アジトの見張り役として立っていた男だが、近づいてくる赤髪の男に気付かない。

見張り役を怠ったために、眠気と一緒に自分自身が吹き飛ぶことになった。

いや、眠気ではなく自分の意識が吹っ飛ぶことになった。

 

「ぐぁ!!」

 

ビックスパイダーのアジトのドアが見張りの男と一緒に吹き飛んだ。

朝の光を背に立っている男が一人。

早朝にも関わらずビックスパイダーのメンバー全員がそこにいた。

 

「朝っぱらから忙しそうだな・・・・終わらせにきたぞ」

 

赤髪の男、本物の黒妻が睨む。

 

「てめぇはこの前の! よくも仲間を!!」

 

黒妻を見るなり殴りかかってきた男たち。

 

だが黒妻は難なく拳を避けて腹をひざ蹴りする。

他の数人も同じようにあっさりと倒れ伏した。

 

「・・・たしかにあんたは強ぇ」

 

偽の黒妻にして現ビックスパイダーのボス、蛇谷は部下を倒した男へと言い放つ。

 

「だがな!! そんなのは能力者と一緒だ!!!」

 

蛇谷の叫びと同時に残りの部下たちが一斉に銃を取り出した。

 

「数と武器にはかないっこねぇんだ!!!」

 

複数の銃口が黒妻に向いた。

 

「待ちなさい!」

 

不意にアジトの入り口から女の声が聞こえた。

全員がそちらを見ると

 

「美偉・・・」

 

黒妻がその女の名前を呼んだ。

固法はビックスパイダーに入っていた当時の赤い皮ジャンを着ていた。

そして右腕には風紀委員の腕章の緑が目立つ。

 

「かっこいいじゃねぇか」

 

「ふふ・・」

 

腕章を見ながら“今”の固法美偉を褒めた。そして固法は照れ臭そうに微笑する。

 

「こ、個法さん!?」

 

そしてビックスパイダーの中で唯一固法に面識がある蛇谷が驚いた。

 

「蛇谷くん、あなたずいぶん下種な男になり下がったわね。

 数に物をいわせて、その上武器?」

 

「う、うるせぇ! 俺たちを裏切って風紀委員になった奴に何がわかる!!

 おら! こいつらに俺たちの力を見せてやれ!!」

 

蛇谷の命令で、固法を含めて2人に銃口が向き直った時

 

 カシャン カキン カン  キン  カン

 

全ての銃に鉄の矢が刺さった。

白井のテレポートで鉄の矢が飛ばされ、全ての銃が使い物にならなくなった。

 

「今度は直接体内にお見舞いしましょうか?」

 

自身もテレポートで現れ、同じ鉄の矢を持って相手に脅しをかける。

 

「くっ! だ、だが俺たちにはアレが「あれって」  え?」

 

 

  ュドオオオオォォォン!!!!

 

 

「うぉおおおお!?」

 

超電磁砲(レールガン)がキャパシティダウンの車を、アジトの壁ごと破壊した。

 

「あれって、これのこと? まさか同じ罠に二度引っかかるなんて思ってないわよね?」

 

「な!? ででも、一台だけだと思うな!

 このアジトには予備にもう一台「これのことですか?」 え?」

 

蛇谷の虚勢の叫びが再び遮られる。

声はアジトの片隅。能力者狩りのために持ち歩けるように一台は車に積んでいた。

 

そして臆病な蛇谷はもう一台のキャパシティダウンを所持、自衛のために

アジトの中に備えていた。奥の手として持っていたのだ。

その重要な場所から知らぬ声。その自慢の装置は一人の人物の足元に分解されていた。

 

「いや~、面白い装置だね。ついつい分解して調べちゃいました」

 

信乃の両手には分解に使った工具を各指の間に挟んでたたずんでいる。

分解された部品はネジ一本に至るまできれいに並べられていた。

 

「て、てめぇ!!」

 

「怒るなよ。それもと何か?

 あんたも解(バラ)して並べて揃えて晒して欲しいのか?」

 

「ひっ!?」

 

不敵そうに笑う信乃。

 

「おまえ、信乃か?」

 

「「「え?」」」

 

黒妻から信乃の名前が呼ばれ、御坂と白井、個法が思わず疑問の声が漏れた。

 

「お久しぶりです黒妻さん。でも、今は再会のあいさつをしている場合じゃないですよ?」

 

「そうだな、積もる話もまた後でだ」

 

ニヒルに笑った信乃に、黒妻もまたニヒルに笑い返した。

 

そして黒妻が見るのは自分が作った組織で、自分が知らないばかりのメンバーの前へと進み歩く。

信乃、御坂、白井も加勢しようとしたが

 

「あなた達は手を出さないで」

 

固法に止められた。

 

「たまには先輩をたてなさい」

 

「そうですね」「わかりましたわ」「うん」

 

3人が異音同義で答えた。

 

「おまえら! いっけよ!!」

 

けんかの強い男、風紀委員が3人、常盤台の超電磁砲にビビっていた部下の背中を

蹴り飛ばして無理矢理戦いに行かせる。

 

「は!」

 

黒妻も笑いながら向かい集団の中へと走り出した。

 

殴りかかってきた奴を避けて空いた背中に肘を突き落とし

横薙ぎに振られた鉄パイプをかがんで避け

向かってきた相手2人に顔面を右ストレートと腹を蹴飛ばして連続でカウンター

逆に3人が密集している場所に自ら飛び込んで顔面を蹴って他の2人も殴る

 

圧倒的。たった一人にも関わらず圧倒的な強さで黒妻は君臨していた。

 

 

「おー“けんか”で強い人、初めて見ましたよ」

 

信乃が御坂、白井の所に歩いてきて呟いた。気分は完全に観戦モード。

世界を回ってきた信乃は、格闘戦で強い人を何人も見ている。

だが全ての人が流派や軍格闘技などの“型”を持っていた。

黒妻の動きにはそのような洗礼された動きはない。

だからこそ強さが感じられた。

 

「黒妻さんと知り合いでしたの?」

 

黒妻と信乃との会話は明らかに知人同士。そのことを白井は質問した。

 

「ええ、学園都市外に川で流されたって話していたじゃないですか。

 その時に見つけた少年ってのが私なんです」

 

「「ええぇーーーーー!!」」

 

「入院中も何度かお見舞いに行きました。ビックスパイダーについてや自分を

 慕ってくれた仲間達、そして自分を好いてくれた少女、“みい”さんについても」

 

「それって」「もしかして」

 

「個法先輩に会う前から黒妻さんから色々聞いていたんですけどね。

 一昨日まで全く気付きませんでした、“みい”さんが固法先輩だとは。

 いや~、運命とは面白いものですね」

 

あはは、と笑いながら信乃は戦い続ける黒妻を見て、その目線につられて

御坂達も戦いを見守った。

 

 

「おいおい、もうちっと気合入れてかからねぇと張り合いがねぇぞこら!!」

 

黒妻の強さと声に全員が怯んでいたが、一人だけが微笑を浮かべてポケットに手を入れた。

 

「!」

 

固法はその男の不審な動作を見逃さず、能力を使って男を見た。

 

透視能力(クレアボイアンス)

名前の通り、物体を通して向こう側を見る能力。固法の能力であり、レベル3と

能力も高い。

固法は即座に男のポケットにあるものを見透かした。

そして一気に近づき、ポケットから出される前に相手の手首を捻り上げる。

 

「ぐあ!」

 

男の手から銃が落ちた。

 

「これは募集ね。このスタンガンもね!」

 

同じく男が胸のポケットに隠し持っていた武器も抜き取り、持ち主へと当てる。

 

「なんで っが!?」

 

疑問の叫び声はスタンガンの電撃で言い終えることなく黙らせた。

 

「それがお前の能力か。すげぇじゃねぇか」

 

「・・でしょ?」

 

固法は照れながら黒妻に笑い返す。

 

「うぉら!」

 

「おっと。俺も、負けてらんねぇな!!」

 

隙をついて殴りかかってきた男を交わし、拳を腹にぶち込む。

 

 ごぁ! ドス  ぎゃ!  バン  げほ!

 

黒妻と固法。2人だけで戦っているのに、スキルアウト達を圧倒していった。

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

「さて、あとはおまえだけだ、蛇谷」

 

ビックスパイダーのメンバーは蛇谷を除いて全員が気絶している。

黒妻と固法の2人によって。

 

「は、はは、これで勝ったつもりかよ。これを、見ろー!」

 

自分が付けてる皮ジャンの下を見せるように広げる。そこには

 

「ダイナマイト!?」「うわ、いつの時代の方ですの」「しかも紐に着火する旧式」

 

御坂が単純に驚き、白井が呆れかつドン引きし、信乃が呆れの補足説明。

 

蛇谷の腹には数本のダイナマイトが巻かれていた。信乃の言った通り紐に着火して

爆発する昔のタイプがガムテープで蛇谷の腹に固定されている。

手にはライターを持っていつでも着火できることを脅して見せた。

 

「これ以上近づいてみろ。みんなドカ~ンだ!」

 

「ドカ~ンとは、また子供みたいな表現を」

 

「信乃さん、今はシリアスな場面ですの。少しお静かに」

 

信乃の空気を読まない突っ込みに白井が注意した。

 

「どうだ! どうした! びびったか!」

 

「あ~めんどくせぇ」

 

黒妻は着ていた皮ジャンを脱いだ。

 

皮ジャンの下には服を着ておらず、鍛えられた素肌が現れる。

そして背中には蜘蛛の刺青。黒妻とビックスパイダーの象徴ともいえるものがあった。

見るからに丸腰。そのままの格好で蛇谷へとゆっくり近づいて行く。

周りは黒妻に任せることを決めたようで、何も言わずに2人を静観した。

 

「蛇谷、昔は楽しかったよな」

 

「く、来るな! 来るなって言ってんだろ!!」

 

「みんなでつるんで、バカやって、それがどうしちまった?」

 

 ドスン!

 

固まって動かない蛇谷の腹に、渾身の拳が突き刺さった。

 

「ぐは・・・」

 

膝をつき、巻いていたダイナマイトは散らばって落ちた。

 

「どうしちまったよ・・・蛇谷」

 

表情は見えない。だが悲しい声で聞いた。

 

「・・・しょうがなかったんだよ。俺たちの居場所はここしかねぇ。

 ビックスパイダーをまとめるには俺が黒妻じゃなきゃだめなんだ」

 

殴られた腹を抱え込みながら泣く蛇谷。

だが急に立ち上がった。

 

「だから今更てめぇなんていらねぇんだ!!」

 

そして隠し持っていたナイフで切りかかった。

 

 ドゴン!!!

 

ナイフを皮一枚で避けてカウンターで蛇谷の顔を殴る。躊躇なく、遠慮もなく、未練なく。

 

拳は顔にめり込み、倒れた蛇谷は鼻が折れて鼻血が大量に出た。

間違いなく悶絶する怪我だったが、あまりの攻撃でそのまま蛇谷は気絶した。

 

「蛇谷・・・居場所ってのは自分が自分でいられる所を言うんだよ・・・」

 

頬の蛇谷に切られた傷から血が流れ落ちた。

 

 

 

「一件落着みたいですね」

 

蛇谷を殴り倒した後の沈黙から一番に声を出したのは信乃だった。

 

「さて、警備員(アンチスキル)が来てるらしいですけど、ここは

 ストレンジの一番奥ですし一応は彼らを拘束しておきますか?」

 

信乃の問に御坂、白井、個法が静かにうなづいた。

 

「ちょっと待った」

 

急に呼びとめられて全員が振り向いた。

そこは御坂が超電磁砲で空けた壁の大穴。2人の人物が立っている。

信乃は急いで御坂達の前に立つように移動して構えた。

 

「勝手に捕まえてもらっては困る。その男との取引はまだ終わっていないからな」

 

2人組が穴から建物に入ってきた。

一人は金髪を逆立てた髪型、背が高いが針金細工のように細くて手足が長い。

歳は20歳前後だろう。

 

もう一人は一見すると普通の男。日本人の黒髪黒眼。歳は高校生程度。

少しだけ長い後ろ髪を一つに束ねている。

ただ、さっきから威圧感を静かに放っていた。

 

「まだ料金を払い終えていないんだ。勝手に捕まえてもらったらダメだよ」

 

先程と同じくしゃべったのは金髪の男。

大人数のビックスパイダーを倒した黒妻と風紀委員たちを目の前にしても

怯えと言うものを全く感じさせず淡々としゃべる。

その男の言葉に返したのはこの場にいる風紀委員で一番の先輩である固法だった。

 

「そういう訳にはいかないわよ。あなたが誰かは知らないけど勝手は許さないわよ。

 それにビックスパイダーと関わりがあるみたいだけど話を聞かせてもらえる?」

 

穏やかに話しているように見えるが、有無言わせない雰囲気をしている。

 

「きれいな女の子に誘われるとは嬉しいね。お礼に質問に答えよう。

 ビックスパイダーと関わりがあるかについてだけど、うん、そうだよ。

 深い関わりがある。俺が商人で彼らがお客さん、商売関係にある。

 君達は戦っていただろ? だったら銃を見たはずだ。

 その銃を売ったのは俺だよ」

 

「!?」

 

教えられた事実に驚く一同。

 

「といっても最近は料金が滞納しているし、俺とは別の奴と取引を始めた

 みたいだから様子を見に来たらこの様だ。まったくどうしてくれるんだい?」

 

「おい、そこの金髪野郎。こいつらに武器を売ったのはお前で間違いないんだな?」

 

怒りを噛み殺したようにしゃべる黒妻。

この男が銃を売ったのであれば、今のビックスパイダーになってしまった一因が

こいつにはある。

自分の大好きな居場所だったここを変えた理由がこの男にある。

 

「そうだよ、聞こえなかったかな? 今言った通りに売ったのは俺だ。

 何か問題でも?」

 

笑って言い返された。

 

「て、てめぇ・・・」

 

「お~怖い怖い。俺は戦闘ができないんだ。宗像(むなかた)、相手してやれ」

 

側にいた黒髪の男が一歩前に出た。

 

 

その瞬間、本物の殺気がこの場を支配した。

 

「「「「!?」」」」

 

その男から放たれたのは、スキルアウトからは感じられなかった殺気。

もちろんスキルアウトに殺すつもりがないと言うわけではない。

ただ単純に実力差があり過ぎるのだ。

 

「ボスには手を出させるわけにはいかない。挑んでくるなら殺すよ?」

 

静かに宗像は話し始めた。

 

「クロムさんがスキルアウトに気をつけろって言ってたな。

 こういうことも含めて気をつけろって言ったんだな」

 

2人が現れた時から構えていた信乃だけが大した驚きも出さすに呟いた。

 

「なによこの威圧感・・・・」

 

御坂は体を震わせながら弱々しく言った。

自分の腕で自分の体を抱くようにして必死に震えを止めようとしている。

いくら学園都市で3位の実力を持っていても素顔は中学生の女の子。

本物の殺気を向けられたことはないはずだ。

白井も御坂と同じような状態で弱々しい。離れたところにいる固法も同じだ。

だが彼女達は風紀委員。そのプライドが何とか冷静さを支えていた。

黒妻は先程までは金髪を殴りかかろうと怒りに満ちていたが、殺気を浴びて

体が固まり冷や汗を出している。

それでも殺気を浴びた直後には即座に戦えるように構えていた。

スキルアウトながら長年の戦いの経験からとった行動だ。

 

「こんな殺気を出して『殺す』なんて言ってるとまるで殺人鬼のようですの」

 

虚勢を張るように無理矢理、白井は言った。

 

「殺人鬼? 失礼だな、人を無差別殺人をするような鬼と一緒にしないでくれ。

 僕は理由なき殺人鬼じゃない。“理由ありきの殺人者”だ。

 

 リーダーに手を出させるわけにはいかない。だから殺す。

 ビックスパイダーを倒せる奴を弱い僕が倒せるはずがない。だから殺す。

 僕一人で5人も相手ができない。だから殺す。

 お金の取り立てのために早くこの戦いを終わらせないといけない。だから殺す。

 

 今日の朝日はとても気持ちがいい。だから殺す。

 朝ごはんの味噌汁がうまく作れた。だから殺す。

 昨日はいい夢が見れた。だから殺す。

 警備員がすぐそこまで来ている。だから殺す。

 朝は急いでいたから携帯電話の電池が切れそうだ。だから殺す。

 特に何もない。だから殺す。

 

 全ての道がローマに通じるように、僕にとっては全ての現象が殺人に

 繋がるだけなんだよ」

 

 

   異常

 

その場にいた者のほとんどが宗像に感じたことだ。

戦うどころか関わりたくもない。

殴ろうと活き込んでいた黒妻も、殺気のことは関係なしにそう思っていた。

 

「みなさん、下がっていてください」

 

信乃が安心させるために笑顔で言った。

 

「この異常者の相手は私がします。一切手出しはしないでください」

 

「君は友達をかばって前に出るなんて、君はきっと優しい子なんだね。

 とても仲良くなれそうな気がするよ。

 

 だから殺す」

 

いきなり2本の刀を宗像は握っていた。

 

「やってみろ殺人者。俺は殺されたくらいじゃ死なねぇよ。

 本気を出して相手してやる!」

 

持ってきた木刀を構えて宗像を見据える信乃。

その黒色の瞳には強い決意が宿っていた。

 

 

つづく

 



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Trick29_暗殺だよ

 

 

 

宗像と信乃が互いの得物を構えて、互いに隙を窺っている。

 

「刀をどこから? 転移で持って来る能力なの?」

 

御坂のつぶやきを聞いて白井は閃いた。

 

確かに宗像は何の武器も持っていなかったはずだ。

しかし今は両手に刀が握られている。

自由に持って来ることができるなら信乃に直接攻撃するように転移もできたはずだ。

 

それをしなかった理由は

 

「信乃さん! 相手はわたくしと同じようにテレポート系の能力者ですわ!

 ですが信乃さんへ直接テレポートをせずに自分の武器を出したのを考えますと

 自分の周りにだけしか転移できないなどの条件があるみたいですわ!

 

 体に直接攻撃されてないですが接近戦には気をつけてくださいですの!!」

 

自分の能力は自分が一番理解している。

 

白井は宗像が同系統と考えて信乃に助言をした。

 

「「残念外れ。あれ(これ)は能力じゃないよ」」

 

宗像、そして“信乃”が同時に誰にも聞こえないようにつぶやいた。

 

「白井さん、助言ありがとうございます。殺人者の相手は任せてください。

 間違っても手を出さないでくださいよ」

 

「さてと、どうやって君を殺そうかな」

 

宗像が笑う。

 

同時に信乃が突撃してきた。

 

「とりあえず太刀(これ)で試してみる・・・かな!」

 

信乃にタイミングを合わせて2本の刀を振り下ろす。

 

信乃は軽く横に避けて、そのまま木刀で横薙ぎに頭を狙う。

 

宗像は軽く上体を反らしてかわす。そのまま後ろへ数歩下がって体勢を整えた。

 

追撃。勢いを殺さずに木刀を振り上げる。

 

宗像は刀を下で交差させて防御する。

 

 

 

目にも止まらぬ戦いが続き、打ち合う音が50以上も響いた。

 

能力者同士のけんかや模擬戦を何度か見ている4人だが、この2人の戦いは格が違った。

一手一手が洗練されている。剣術の素人の目から見てもわかった。

 

だが打ち合いも1本の刀が飛ばされたことで終わりを告げる。

 

「ちっ!」

 

宗像の左手の刀が弾き飛ばされた。そして右の刀も同じように弾かれる。

武器はなくなった。

 

「次の武器を出す前に早く!!」

 

白井が叫んだ。だが叫び終わる前に終わった。

 

右の刀を弾いた後、そのまま懐へと潜り込んで肩を宗像の鳩尾へと当てた。

全体重をかけたタックル。

 

「がはぁ!」

 

宗像は壁と信乃の肩に挟まれて攻撃を受け、そしてうつぶせに倒れた。

 

「いくら能力を持っていても、意識がなければ出せません。そうでしょ白井さん」

 

「・・・・そ、そうですわね」

 

「ったく、さっきの俺と美偉の活躍がかすんで見えるじゃねぇかよ」

 

「そんなことないですよ。西折くんもすごかったけど先輩も強かったですから」

 

「まったく。殺人者にも勝っちゃうなんて、さすがというか異常というか」

 

宗像が倒れたことで4人がそれぞれ安堵して軽口を言いあった。

 

「さて、残るはあんただけだ」

 

木刀の先を金髪の男に向けながら近づいていく。

 

「・・・まさか宗像がここまで苦戦するなんて思わなかった。

 10日前からあいつと契約したが、まさかこの策を使うことになるとは・・・」

 

「策? まだ足掻くつもりか?」

 

その瞬間、信乃の背に強い違和感が発生した。

 

背中にはナイフが根元まで突き刺さっている。

 

「やっと気を緩めてくれたね。背中がガラ空きだったよ」

 

「・・・あ・れ?

 

  油断した・・な」

 

漏れた信乃の言葉には危機感も苦しみも感じない。まるで他人事のようにつぶやいた。

 

後ろではナイフを投げた終わった体勢の宗像。

そして腕や肩をまわして体をほぐす。

 

あれほどの衝撃を真正面から受けて宗像にダメージは感じられない。

 

信乃は体の力が抜けて膝をつき、うつぶせにゆっくりと倒れた。

 

「宗像の得意の策、それは死んだふりをして隙をつく暗殺だよ。

 何度見ても痛快だなぁ!! ギャハハハハハ!!」

 

金髪の男が汚い笑い声を上げる。

 

 

 

「信乃にーちゃん・・・」

 

「みな さん、私は大丈夫です。ただ、これは 結 構きつ い。

 動けそうに ないです」

 

信乃は苦しそうに、その黒い目の片方を閉じて微笑みながら言う。

 

「信乃にーちゃん・・・」

 

御坂は突然のことで、現状を把握できなかった。

 

自分の兄のような人の背中に、刃物が刺さっている。

 

あれは 致命傷? 助からない? “また”死んじゃうの?

 

不吉な言葉だけが御坂の頭の中を巡る。

 

白井や固法、黒妻も声こそは出していなかったが、同じように頭がフリーズしていた。

 

「信乃にーちゃん、信乃にーちゃん、信乃にー・・・」

 

どういう状況なのか受け入れられなかった、ただただ信乃の名前を御坂は呼び続けた。

 

そして御坂の瞳から涙が際限なく流れていく。

 

「きみは人が死んだら人目もはばからず泣くのかい。

 それはとても羨まし感性だね。

 

 

  殺 し た く な っ て く る    」

 

「!?」

 

憐れむような眼。しかし、殺気が十分にこもった眼差しが御坂を射抜く。

 

「あ、あ、あんた!!!」

 

電撃の槍を飛ばそうとするが

 

「動くな」

 

宗像はいつの間にか信乃の側に近寄り、首筋に手を添えていた。

 

そして手を離すと、そこには首輪のような装置が付けられている。

 

「爆弾だ。下手なことをすれば爆発させる」

 

「な!?」

 

「もちろん、外そうなんて考えるなよ。ほら、僕の首にも同じのを付ける」

 

全く同じ装置を宗像は自分に付けた。

 

「この爆弾は連動していてね。片方の生体反応がなくなると、

 もう片方が爆発する仕組みになってるんだよ。

 

 だから、空間移動(テレポート)で彼の爆弾だけ移動させると僕が死ぬ。

 風紀委員が人殺しはいけないよね?」

 

「わたくしの能力までご存知でしたの?」

 

「もちろん。さっきの戦いで銃を無効化していたのも遠くから見たいたし、

 ある友人からも君の事を聞いていてね。

 第177支部の空間移動者(テレポーター)は優秀だとさ」

 

「・・・・・それは光栄ですわね」

 

言葉とは裏腹に苦虫を噛んだような顔をした。

 

「さて、そこのお前。こいつ(信乃)を奥に運んどいてくれ。手錠はしてあるし

 完全に意識はない。あと、剣は抜くな、出血が増えて下手に死んだら困る」

 

「ひ!?」

 

声をかけたのは気絶していたはずのビックスパイダーの一人。

一人だけ早く意識を取り戻していたが、巻き込まれないように動かずにいた。

 

宗像はそれを簡単に見抜いて、その男に命令する。

 

「早くしろ」

 

「は、はい! わかりました!」

 

「君たちも分かってるだろうけど、下手に動かないでね。殺すよ?」

 

「く!」

 

御坂たちは身動きができず、信乃が奥の部屋に連れて行かれるのを見てるしかなかった。

 

「どうするつもり? あんな怪我の信乃にーちゃんを奥に連れて行って!?」

 

「なに、簡単なことだよ超電磁砲(レールガン)。

 あいつはただの人質だ。用事はお前にある。

 

 

 ゲームをしよう。殺しあいという名のゲームをな」

 

 

 

 

 

つづく

 



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Trick30_仲良しさ

 

 

「俺が相手をしてやる」

 

黒妻が御坂よりも先に前に出た。

 

信乃の仇討ち、泣いている女の子に戦わせられない、様々な感情が

宗像の殺気に縛られていた黒妻を動かした。

 

「いや、俺が遊びたいのは超電磁砲(レールガン)だ。

 君は引っこんでいてもらえないかい?」

 

「はい、そうですかって言うと思うのかよ?」

 

黒妻の低い声が響く。怒りを通り越して冷たく怒っている。

 

「もちろん、そう言ってもらうよ。じゃなきゃ彼に死んでもらうことになるからね」

 

宗像は信乃が入っていった奥の部屋を一瞥し、自分の首に付いている装置を軽く撫でた。

 

「爆発させるってわけか・・・」

 

「その通り。言うとおりにしてもらえれば爆発はさせないと約束する。

 

 さて、どうする超電磁砲?」

 

「・・・・わかったわ」

 

涙を拭いて御坂は立ち上がった。

 

「御坂さん何を考えてるの!?」

 

「お姉様、危険です! あの男は人を殺すことをなんとも思っていませんわ!

 ここは作戦を練って「黒子、ごめん」  お姉様・・」

 

固法と白井の制止、それを遮って御坂は前へと出る。

 

「私をご指名って言うなら相手になる。信乃にーちゃんは簡単に死んだりしない。

 だったら私があいつをぶっとばして助け出す」

 

静かに御坂は言った。

 

 

 

 

宗像は再び刀を出した。もちろん信乃との戦闘で使ったものではなく別の刀を。

 

2本をそれぞれの肩に担ぐようにした独特の構えをして御坂を見る。

 

御坂は刀に対抗して工場の中の砂鉄を集めて剣を作りだした。

 

電撃で倒すのも吝かではないが、なぜか相手の土俵(武器)で戦い倒したかった。

 

御坂の剣が完成したと同時に宗像が切りかかる。

 

しかし信乃との激しい戦闘を見た後では遅すぎて素直すぎる攻撃だった。

 

御坂はそれを砂鉄の剣で受け止める。

 

超振動で切れ味が格段に上がっているはずの砂鉄の剣で受け止めた。

だが鉄であるはずの刀は切れない。

 

御坂は一瞬驚いたが、これほどの異常者であれば武器も特殊なものを

使っていてもおかしくないと考えて目の前の戦いに集中した。

 

宗像の刀と御坂の砂鉄の剣。2つが鍔競り合いになった。

 

自然と2人の顔も近くなる。

 

「僕の話を聞け。もちろんは反応はするな」

 

「!?」

 

御坂の砂鉄は微振動をしている。

鍔競り合いをしている今は金属のこすれる音が響いていた。

そのせいで周りに宗像の声は聞こえずに誰も気づいていない。

 

そう言った後に宗像は一度距離を取って、下段からの切りあげの攻撃をする。

 

御坂はそれを砂鉄の鞭に変えて止める。

 

「僕は時間稼ぎがしたい」

 

「あんたなにを「反応するな」 !?」

 

「あんたは僕に致命傷を与えられずに中途半端な攻撃をする。

 僕はレベル5を相手にに苦戦していて攻撃が当らない。

 そんな均衡状態をしばらく続ける。

 信乃は簡単には死なない。妹のお前なら良く知っているだろ。

 おまえがやるかどうかの答えは聞かない。勝手に始めるぞ」

 

小声で連続で話した宗像は連続で御坂を切りつける。

 

だが御坂の砂鉄の盾を作って全ての攻撃を防ぐ。

 

今度は御坂が砂鉄を伸ばしてを攻撃。

その攻撃も宗像は後ろに下がって難なく砂鉄のリーチから外れる。

 

「なにをやっている宗像! こんな小娘に手こずるとは!!」

 

「しょうがないですよ。相手は超能力者(レベル5)、一撃の威力が違う。

 まさに一撃必殺ですから、攻撃が当らないようにしないとこっちが負けますよ」

 

「そんなの関係ない!! 早く潰せ!!」

 

「・・・・・わかりました。ボスの要望だ、君を殺す」

 

弾かれるように突進して剣を振る。

 

だが御坂には明らかに手加減して攻撃しているに見えた。

先程も感じたが、信乃と戦っているときに比べると鋭さと速さがない。

 

なにより最初に放った殺気が、信乃以外の動きを封じた殺気が今は全くない。

 

(こいつの時間稼ぎって本当なの? 何が目的で・・・)

 

攻撃を防ぎながら考えていた御坂は、倒れた時の信乃の顔を思い浮かんだ。

 

片目を閉じた顔を。

 

(あ、もしかして!? だったら、この時間稼ぎに賭けるわ!)

 

宗像の策に乗ることを決めた。

 

御坂は大量の電撃を手に集め、一度構える。

 

「くらいなさい!!」

 

テレホンパンチのごとく攻撃の種類を見せて、大声で叫びタイミングを教える。

 

そして宗像にわずかに逸れるように電撃を放出した。

 

攻撃が分かれば避けるのはたやすい。

 

宗像は一歩だけ横に動き紙一重で避けた事を演出する。

周りから見れば宗像が何とか避けたように見えるよう演出して。

 

「・・・・ほんと、攻めずらいよ。さすがレベル5だ」

 

宗像の口元はかすかに笑って言った。

 

 

 

 

御坂と宗像の戦闘が始まってから数分後。

 

辺りは戦場と化していた。

 

戦っているから戦場と言っているのではない。戦場と同じように地面や壁が焼き焦げて

辺りには刀が散らばって大きな惨劇の跡も幾つもあるからだ。

 

御坂の電撃が焦がし、宗像は刀を弾かれても次々に新しい刀を出して、

砂鉄の鞭が地面をえぐった結果がこうなった。

 

御坂と宗像には関係ないが、ビックスパイダーが周りで倒れているせいで

より戦場を彷彿させる状態となっていた。

 

「さて、そろそろ時間だな」

 

宗像は急に武器を収めて立ち止まった。その声が全員に聞こえるように。

 

「時間?」

 

宗像の言ったいた時間稼ぎに協力したが、それでも信乃を後ろから刺した相手を

完全に信じているわけではなく、警戒したまま御坂は聞き返した。

 

「ああ、今言った通りだ。いや、さっき言った通りというべきかな。

 時間が来たから、もう時間稼ぎの必要がないんだ」

 

「時間稼ぎ・・結局あんたは何がしたかったの?」

 

宗像は感情のないままで答える。

 

「調べる時間が欲しかったんだ。うちのボスも取引しているみたいだったけど

 尻尾を掴めなかった。だから同じようにビックスパイダーでも取引をしていると

 情報があったから、ボスの用事のついでに調べたんだよ」

 

何を言っているのかさっぱり分からない。

 

そんな顔を宗像以外の全員がしていた。

 

「待て宗像! 一体何の事だ!?」

 

一人だけが宗像の発言に喰いかかっていった。

 

そう。宗像のボスでさえも宗像の発言を理解していなかったのだ。

 

「僕たちはある事を調べたかったんだよ。ボスに近付いたのもそのため。

 おかしいと思わなかったのか? ただずる賢く銃を売りさばいているだけの

 あんたに『雇ってほしい』なんて急に言ってくる正体不明の僕をさ」

 

「きさま、まさか」

 

「そのまさか。僕は奴とあんたが取引をしているという情報を手に入れたから

 あんたの懐に入って調べていた。残念ながら手掛かりがなかったんで

 今日まであんたの周りにいて調べ続けていたんだよ」

 

「そして、その苦労も終わりだ」

 

奥の部屋から声が聞こえた。ゆっくりとした足音と共に現れたのは

 

 

  西折 信乃

 

 

背中を刺されて連れて行かれたはずだが、今は何事もなかったように歩いてくる。

 

「お前、背中に刺さって致命傷のはずじゃあ」

 

金髪の男が目を見開いて驚く。

 

「し の  にーちゃん」

 

御坂は信乃を見た瞬間、その場で泣いた。

信乃が死んだと思った時よりも、大量の止まらない涙で。

 

「きみは嬉しかったら人目もはばからず泣くのかい。

 それはとても羨まし感性だね。

 

 いいことだよ」

 

さっきと同じことを言っているが内容が全く違う宗像。

その顔には優しい頬笑みが浮かんでいた。

 

「ごめん琴ちゃん。変な芝居してさ」

 

信乃も謝ってはいるが笑顔で御坂へと微笑んだ。

 

御坂は駆けだして信乃に抱きついた。そしてそのまま泣き続ける。

 

「うっ  ヒック  ん」

 

「よしよし」

 

涙が服にしみこんでいったが、信乃は気にせずに御坂の頭を撫でた。

 

「信乃!」「大丈夫なの!?」「芝居ってなんですの!!」

 

黒妻、固法、白井が信乃へと駆け寄ってきた。

 

「私は大丈夫ですからご心配なく。怪我をしましたけど、打ち合わせの内ですから」

 

「打ち合わせって、お前あいつと知り合いなのか!?

 俺らの戦いは茶番だったのか!?」

 

黒妻が驚愕した顔で聞いてきた。

 

「ええ、ちょっとした知り合いで味方です。でも彼に会ったのは偶然ですよ。

 それに黒妻さんとビックスパイダーとの決着は茶番なんかじゃありません。

 むしろ私達の戦いが茶番以外の何ものでもない、本気で殺しあっていないんですから。

 

 彼とは戦っている間に情報交換をして色々と作戦を立てたんですよ。

 

 探し物が見つかったらそれで良しですけど、

 見つからなかったら金髪の男の周りを引き続き調べる必要がある。

 そのために怪しまれないよう勝負に勝つ必要があった。

 こちらも風紀委員として退けない。

 だから俺が死ぬふりをする必要があったんですよ」

 

「情報交換って戦いの間にやったのか? 俺には全く分からなかったが」

 

「刀の打ち合いでモールス信号をしてました」

 

「・・・・あの戦いの中でそんな暇があったのかよ」

 

黒妻は呆れた顔をした。

 

首に繋がれた爆弾も作戦であり、嘘である。

背中の傷には、すでに処置がされており、ナイフが刺さっていた証拠となる服の穴から

傷口に包帯を巻いているのが見える。

もちろん、信乃を奥の部屋に連れて行った男は本日2度目の睡眠をさせられている。

 

「まあいいじゃないですか。それといい加減に離れてよ、琴ちゃん。

 女の子が鼻水を出して泣くのはどうかと思うよ」

 

信乃は御坂の頭を痛くない程度に軽く叩いた。

ようやく離れた御坂の顔を信乃はハンカチで拭く。

 

「よかった。信乃にーちゃん、やっぱり死んだふりだったんだね。

 もし違ってたらどうしようかと思ったよ」

 

「お姉様、信乃さんの死んだふりを気付いてらっしゃいましたの!?」

 

「勘、に近かったけどね。小さい時に教えてもらったんだけど、嘘をつく合図に

 片目を閉じるのよ。倒れた時も片目を閉じていた。

 それに『本気を出して相手してやる』とか言ってたのに、目が黒のままだったし」

 

「よく気付いたわね。西折くんが倒れた時の御坂さん反応、芝居とは思えなかったわよ」

 

固法が呆れたように御坂を見た。

御坂は本当に泣いていた。それは間違いない。

 

「芝居じゃないですよ。あの時は本当に刺されたと思ったんですから。

 今だって本当に生きていてよかったって思ってるんですよ。

 

 それに信乃にーちゃんの嘘に気が付いたのは戦っている最中です。

 あいつが時間稼ぎに付き合ってくれって言ったから」

 

「時間稼ぎですか。わたくしは本気で戦っているように見えましたが・・・

 

 あれ? お姉様、『目が黒』って言ってませんでしたか?」

 

「え、あ、今のは忘れて。はははは!」

 

「「「?」」」

 

御坂が誤魔化すように言って白井たちが不思議そうな顔をしていた。

 

一方、御坂達が場違いなほどのんびりとした話しを終えるのを待ち、

一歩前に出て信乃は宗像を見た。

 

信乃を見て宗像は話しかけてきた。

 

「やれやれ、君と僕が会う時、2回に1回は死にかけているな。

 そう何度も死にかけるのなら、いっそう僕が引導を渡してあげようか、偽善者?」

 

「何言ってやがんだ。その死にかけた理由のほとんどはお前が原因だろうが。

 今回だって死にかけてはいないにしても、お前に背中を刺されたんだっての。

 この場合、刺したら刃が中に入る手品用のギミックナイフを使うんじゃね?

 本物のナイフ投げてんじゃねぇよ、殺人者」

 

「人殺し以外の道具を僕が持っていると思っているのかい?

 それに本物のナイフを刺されて平気な人間は君しかいないと思うよ。

 重要な筋肉、臓器を傷つけずにナイフの刃を体の隙間を通すなんてね。

 しかも刺す方ではなく刺される方。僕の投げたナイフの軌道に体を動かさないと

 不可能だよ。そんな事も情報はあったのか?」

 

「人を刺しといてそんな事扱いするのかよ・・・

 

 偽の黒妻、もとい蛇谷の携帯電話が奥に置いてあった。

 こいつに奴と思わしき着信履歴が入っていたよ。

 それを元にたどれば何か手掛かりになるはずだ」

 

「御苦労。君もたまには役に立つじゃないか。僕は全ての人を殺したいと

 思っているけど、君をあの時殺さなくてよかったと思うよ。

 生きている価値は少しだけあったみたいだね」

 

「やめてくれ。お前に生きてていいなんて言われると気持ち悪すぎる。

 思わず自殺したくなるだろうが」

 

「やるっていうなら無償で手伝うよ。

 丁度僕も、君に死んで欲しいと思っていたところだ、奇遇だ」

 

「ほう、気が合うな。俺もお前に死んでくれたら、どれほど幸福だろうと

 以前から常々考えていたんだ」

 

「ま、楽しみは後にとっとかないと」

 

「その通り」

 

信乃は笑う。

 

宗像は笑わなかった。

 

「な、なんなんだお前らは!?」

 

金髪の男が怒鳴る。

 

「「仲良しさ」」

 

信乃と宗像が声をそろえて言う。

 

「く! 宗像、てめぇ裏切ったな!?」

 

「裏切ったんじゃない、表立ったんだよ。僕は元々こちら側の人間だ」

 

「何が目的だったんだ!?」

 

「さっきも言っただろ、人の話を聞きなよ。

 あんたとそこで寝ている蛇谷、共通の取引相手がいて僕と信乃は捜していた。

 だからあんたにはもう用はない。でもあいつのことを白状してくれるなら

 刑務所に入る期間を短くするように僕たちの上の人間が交渉してくれる

 かもしれない。どうする?」

 

「い、いやだ、あの人を裏切ったら刑務所の中だろうと殺される・・・」

 

金髪は震えながら後ずさる。

 

「なら捕まってなよ、ボス」

 

宗像が無情に言い、

 

「風紀委員としてあなたを拘束しますの」

 

白井が逃げてもすぐに攻撃できるように鉄矢を構え、

 

「抵抗したって無駄よ、こっちにはレベル5とその同じぐらい強い人が

 いるんだから!!」

 

御坂が涙をぬぐいながら好戦的に笑い

 

「蛇谷も悪いかもしれないが、俺の仲間の人生を狂わせた罪は償ってもらうぜ」

 

黒妻が怒りを込めて睨み

 

「その懐のナイフを捨てて観念しなさい」

 

固法が油断せずに透視能力で見抜き

 

「年貢の納め時ってやつですか。もう終わりですよ」

 

信乃が笑った。

 

 

 

「く、くははははははは!捕まえる? 別にかまわないぜ!」

 

男は急に異常なテンションで笑いだした。

開き直ったのか、追い詰められて壊れたのか全員が考えた。

 

「だがよ、てめぇらの顔と名前は覚えた!!

 何年後だろうと何十年後だろうと、ムショから出た時は覚悟しな!

 お前らじゃねぇ、お前らの家族、友人、恋人、子供、全員殺してやる!!

 そのあと、恐怖しているてめぇらの顔を拝みながらてめぇらを殺してやる!!!

 ギャハハハハハハ!!!!」

 

「あんた、腐ってるわね」

 

御坂が怒り、電撃を腕から出し始めたが、宗像が御坂の前に手を出して

止めさせた。

 

そして一歩前に出て

 

「ボス、あなたは心の底から悪人だね。

 

  だ か ら コ ロ ス  」

 

今までとは比にならない程の殺気を出した。

 

「ひ!?」

 

金髪の男は腰を抜かして短い悲鳴を上げた。

 

背中を向けられている御坂達にまでも恐怖を感じさせるほどの殺気を宗像は出す。

 

さっきまでの往生際の悪い極悪人が一瞬にして蛇に睨まれた蛙となった。

 

「やだ・・・殺さないでくれ・・・・死にたくない。死にたくない!!」

 

蛙は立ち上がり逃げだした。偶然にも建物唯一の出入り口には信乃達の方が近い。

御坂が空けた大穴も同じだ。

 

それを理解しているのか、ただ宗像から逃げたかったのか、入口から逆の

方向に走って逃げ始めた。

 

「逃がさないわよ!!」

 

「待ってくれ、僕が決着をつける。

 新しく“調律”してから一度も使ってなかったんだ。試運転させてもらう」

 

御坂を制止して宗像はその場でしゃがみ込んだ。

 

1秒とせずにすぐさま立ち上がると足には靴から軍用ブーツに変わっていた。

 

いや、ただのブーツではない。

踵(かかと)から後ろ上の方へと飛び出た刃物。

曲線を描いた大きな刃物は宗像の腰と同じ高さまで伸びている。

 

刃物の大きさだけで、戦闘用ではなく殺人用だと分かった。

 

「待ちなさい!! あんな奴でも殺させるわけには「大丈夫ですよ」 信乃くん?」

 

「彼を信じてください。手を出さないで見てましょうよ」

 

飛びだそうとしていた固法を信乃が止める。同じように今にもテレポートしそうな

白井と電撃を出しかけていた御坂も目配せをして止めた。

 

黒妻にも同じようにみて渋々ながら全員が宗像に任せることになった。

 

 

宗像が地面を蹴って駆け出した。

 

いや、滑るようにして進んだ。まるでスケートのように。

滑るような動き。地面が氷であるかのように、“靴底に車輪があるかのように”。

 

逃げだした男との距離を一気に詰めていく。

 

「くっそ! 殺されてたまるか!!」

 

逃げた先にあった2階への階段を駆け上り逃げた。

 

このアジトは工場跡。1階から見ても2階には扉はなく窓しか逃げ道がない。

 

「この状況で上へ逃げるなんて何を考えているんだ。

 あ、それともこの靴を警戒して上に行ったのかな? 確かに滑る靴であれば

 階段は登り辛いだろう。判断は面白い。

 

 間違ってはいないだろうが、この“靴”に限っては大失敗だ」

 

金髪の男の行動を評価しながら、なおも進む宗像。

更に加速し、階段のそばの壁へと向かう。階段ではなく壁へ。

 

「何考えてんだあいつ!? ぶつかるぞ!!」

 

「危ない!」

 

黒妻と固法が叫びをあげる。このままの速度でいけば間違いなく壁に激突する。

 

本当は御坂と白井も叫びそうになったが、宗像の動きに見覚えがあった。

その違和感は何かと考えていたが、すぐに答えがわかった。

 

宗像は勢いをそのままに壁を走りあがっていった。

 

 

  Trick - Back Spin Wallride 360°-

 

 

体を回転させながら華麗に壁を走る。

宗像の動きの違和感。その答えは信乃がA・Tを着けているときと同じ動きだったからだ。

 

「な、なんで!? 信乃にーちゃんと同じ!?」

 

「A・T(エア・トレック)ですの!?

 初春が調べたら使っている人はいないはずでしたのに!」

 

「しかも、信乃にーちゃんとは靴の形が違う!

 見た目はブーツだし、回転する車輪だって見当たらないわよ!!」

 

御坂、白井は驚きが隠せずに叫んだ。

 

御坂の言う通り、信乃が使っていたA・Tとは別物。

 

「あれは≪ボゥローラーA・T≫という車輪が球体式になっているA・Tです。

 車輪は普通に見えなくても靴底に仕込まれています。あのA・Tには車輪が片足で

 8個、球体式なので扱いが難しく上級者向けのA・Tですよ」

 

「信乃にーちゃん! 何か知ってるの!?」

 

「さぁ、どうでしょうね?」

 

笑ってはぐらかされた。

 

「それよりも、決着がつくみたいですよ」

 

宗像は壁を登り、金髪の男のはるか上から前へ回り込んできた。

 

「まずは逃げ道を塞ぐとしよう。

 

 今、その力が全開する」

 

踵の刃が分裂した。

 

だが分裂した刃は関節部ですべてつながっており、2本の鞭のようになった。

宗像は自らも錐揉み回転しながら足を振り回して刃を周りに刻む。

 

 

  Trick - Spinning Dance -

 

 

二階の通路が一瞬にして切り刻まれた。

通路は鉄とコンクリートで作られていたはずだが、紙きれのように切り裂かれて

下へと落ちていく。

 

「これで逃げ道がない。例え逃げ道があっても、僕がその道を殺す。

 

 

 この  剣の道(ロード・グラディス)  でね」

 

 

「ひッ!! て、てめぇ! なななめてんじゃねぞ!」

 

「そんな震えた声で言われても恐くもなんともないけどね」

 

男は懐から折り畳み式のナイフを出して宗像へと向けた。

 

「そんなおもちゃみたいなナイフで人を殺すにはかなりの技術が必要だ。

 鉄が薄くて刃が折れやすい。刃渡りも短くて細い。急所を狙わないと殺せない。

 ボスにはできる技術があるのか? 肋骨の隙間を通すように刺すなんて。

 そのナイフで人は殺せないと思うけど、刺されたら痛いだろうな。だから殺す」

 

「くらえ!」

 

ナイフを向けて突っ込んできた。

 

2階の通路は狭く、幅は人間2人分しかない。

 

だが宗像にとっては、それだけの幅があれば十分であった。

 

そのナイフの突撃を無視するかのように素早く横を通り抜け、そして攻撃が終了していた。

 

 

 

剣の道(ロード・グラディス)

  Trick - Straight Flush -

 

 

それは技名どおり、一直線に、閃光のごとく放たれる。

通り抜けたと同時に、ナイフを持っていた腕からは血が噴き出した。

ナイフは刃の部分から切断され、突き出した右腕も切断はされていないが

無数の裂傷がある。

 

「ぎゃあああああ!!!! 痛い痛い痛い!!!??!!」

 

「そう、それが痛いって気持ちだ。あんたの売った武器で傷ついた人の気持ちだ。

 少しは分かったか」

 

今度は刃を使わずにつま先で腹をけり飛ばした。

 

勢いで2階の通路から落ちたが、下には蛇谷が使っていたソファーがあり、

そこに大きな音をたてて突っ込んだ。

 

小さな声で「いやだ、たすけて、うらぎらないから、たすけて」と錯乱状態で

呟き続けているのが聞こえたから生きているみたいだ。

 

「ああ、殺しそびれた。残念」

 

さして感情がこもってない言葉を言って宗像は2階から直接跳び下りた。

 

2階と言っても工場の2階。

普通の建物よりも高さがあり、大けがをする可能性が十分にある。

 

宗像は着地の瞬間に滑るようにして勢いを殺しながら信乃達の近くで止まった。

 

その動きは間違いなく信乃が使っていたA・Tと同じ。

 

「お疲れ様」

 

「僕は疲れるほどのことはしてないけど」

 

「でもレベル5と戦かったし、少しは疲れただろ?」

 

「お互いに殺意がない戦いなんて疲れるはずがないだろ」

 

「ま、否定できないな」

 

信乃と宗像は軽口を言いあった。

 

「一体あなたは誰なんですの? あんな激しい戦いをして、

 金髪の男の調査をして、そして何より信乃さんと同じA・Tを使ってます。

 どういうことなのか説明してくださいませんこと?」

 

白井が宗像へと問いかけた。

 

「あぁ、自己紹介がまだだったね。

 

 神理楽(かみりらく)高校 2年13組  "宗像 形"(むなかた けい)だ」

 

「神理楽高校って西折くんと同じ?」

 

固法が驚いたように言う。

 

「ああ。信乃の口利きで1年前から入学している。このA・Tもこいつに

 作ってもらった」

 

「やっぱり」

 

「A・Tを持っている人間なんて信乃にーちゃんの関係者じゃないとありえないわ」

 

「さっきから言っているA・Tってなんなの?」

 

納得した御坂と白井にA・Tを見るのも聞くのも初めての固法が聞く。

 

しかし、その疑問を信乃が遮った。

 

「後で説明しますし、雑談は後にしてスキルアウトの拘束を先にしましょう。

 今度は邪魔する前に」

 

「そうだな、僕は理事長に連絡する。あいつについての重要な手掛かりがあったし」

 

「ねえ、さっきから2人で言っている“あいつ”って誰なの?

 それだけでも教えてよ」

 

「それも後で」

 

御坂の質問もやんわりと断って歩き出したその時に

 

 

「やめてくれ! 殺さないでくれ“ハラザキ”!!」

 

錯乱状態がひどくなり、大声で誰かの名前を呼んだ。

 

「ハラザキ? ハラザキ!? ハラハラハラハラハザハラザキハラアアアアアアア!?」

 

奇妙な声を出しながら金髪の男は立ち上がった。

 

それと同時に顔から鼻血が出ている蛇谷も立ち上がる。

 

「まだ動けたのかよ、蛇谷」

 

黒妻が前に出て再び倒そうとした。

 

それを信乃が手を出して制した。

 

「黒妻さん、下がってください。彼はもう蛇谷さんじゃないですよ」

 

「なんだと?」

 

「ついでに言うとボスの方も意識が完全にない」

 

「な、何を言ってますの?」

 

意識がない、それなのに歩いてくる。

 

信乃と宗像以外は意味が分からなかった。

 

だが歩いてくる瀕死のはずの2人を見てみると理解できた。

 

蛇谷は顔面を殴られて気絶した。

鼻が見るからに変形しているから骨が折れているのは間違いない。

 

金髪の男も右腕に激しい裂傷がある。

歩いてくる今もそこから血が流れ落ちていた。

 

2人とも怪我の痛みで身動きをとることもできないはず。

意識を失ってもおかしくない程の大怪我。

 

それなのに歩いてくる。2人は表情を見れば白目をむいたままだった。

 

ゾンビ? 死人? 目の前にあるのはホラー映画のワンシーン?

 

状況を理解すればするほど4人は気味が悪くなっていった。

 

しかし信乃は冷静に言う。

 

「痛みでまともに動けない筈なのに、何事もないように歩いてくる。

 ・・それに魔力も感じない(ボソ)

 

 間違いなく操想術(そうそうじゅつ)だな」

 

「ということは時宮(ときのみや)か」

 

信乃の呟きに宗像が返す。信乃以外で唯一冷静、全く動じていない宗像と会話と

会話を始めた。

 

「キャパシティダウンって知っている?」

 

信乃は先程調べた装置について宗像に聞く。

 

「いや、知らないな」

 

「能力を無効化する装置。ビックスパイダーがあいつと独自に取引して

 手に入れたと思われるものだ。

 さっき解(バラ)してみたら罪口(つみぐち)特有の作り方をしていたよ」

 

「時宮に罪口・・・これだけで確定だな。まあ、それよりも今はこいつらを、

 操り人形をどうするかだ」

 

動じなかった2人だけが冷静に話していく。

 

「宗像、潜入中にそれらしい人はいたか?」

 

「残念ながら。やつらの雰囲気は独特だからすぐにわかるはずだ。

 ボスを調べてからほぼ24時間、行動を一緒にしていた。

 その間には会っていない筈だ。

 そう考えるとスイッチ式の操想術みたいだ。そのスイッチは」

 

「“ハラザキ”。この名前を聞いたから、で間違いない。

 理由は拷問されても情報を漏らさないため、だろうな。相変わらずエグい。

 こいつらを早く開放してあげようぜ」

 

「殺す? 操想術は簡単には解けないはずだけど、この方法なら簡単だ」

 

「物騒なこと言うな。俺が動きを止めるからその間に拘束して

 布を口の中に入れてくれ。舌をかまれて自殺されたら厄介だ。

 神理楽(ルール)の技術なら何とか解けるかもしれないからな」

 

2人で勝手に結論付けて行動に出た。

 

宗像はA・Tを使って数メートルまでジャンプする。

 

信乃はみんなから一歩前に出て意識を研ぎ澄まし、眼を碧(あお)へと変える。

 

自分の胸の前で両手を合わせるようにして叩く。

 

 

翼の道(ウイングロード)

 Trick - Flapping Wings of Little Bird -

 

 

発生した突風が蛇谷たちに叩きつけられてそのまま壁にぶつけた。

 

壁に跳ね返って地面に倒れ込む前に、タイミングを合わせて落ちてきた宗像が

一瞬にして口に布を巻き、両手を手錠で体の後ろで拘束した。

 

「あとは氏神理事長に報告して終わりだ」

 

操想術で作られた空操人形。

人間の脳に掛かっているリミッターをはずされて常人離れした身体能力。

更に痛覚をマヒさせて怯むこともない。

 

相手にすれば間違いなく手こずる。格闘能力が高い黒妻でも、電撃で攻撃する御坂でもだ。

 

だが、例え時宮の空操人形と言えど、神理楽(ルール)の精鋭にして

王クラスの暴風族(ストームライダー)が2人いれば、ただの雑魚にすぎなかった。

 

 

 

 

 

数十分後、宗像が呼んだ黒服の男たちが蛇谷と金髪の男を連れて行った。

風紀委員として止めるべきだが、前と同じように神理楽高校が関わっているために

余計な口出しはできずに固法と白井は見送ることになった。

 

黒服達と入れ替わるようにして警備員(アンチスキル)が到着し、

ビックスパイダーを連れて行った。

 

 

「終わった終わった。と言っても最後の方は何が何だか分からなかったけどな。

 信乃には文句を言うのか蛇谷を助けて感謝するべきかよくわかんないぜ」

 

警備員に連れていかれるビックスパイダーを見ながら黒妻は呟いた。

その表情は自身の責任が取る事が出来て晴れ晴れとしている。

 

逆に固法は俯いていた。

黒妻が言うとおり、最後の方にゴタゴタしたことがあったが、

自分が今からやらなければならないことは変わらない。

 

それは

 

「ほら」

 

黒妻が固法の前に両手を出した。

 

固法がやらなければならないこと。

それは風紀委員として黒妻の逮捕だ。

 

「・・・」

 

「ほら、美偉」

 

促す黒妻を見て固法は決心をした。

 

「黒妻 綿流。あなたを暴行傷害の容疑で拘束します」

 

手錠を黒妻に賭けようとした時

 

「ちょっと待ってもらえませんか」

 

信乃が固法を止めた。

 

「西折くんどうしたの?」

 

「すみません固法先輩。ですが黒妻さんに聞きたいことがあるんです」

 

「ん、俺にか?」

 

「はい。黒妻さんが学園都市の外の病院で入院中に話したことを覚えていますか?

 

 『黒妻さん、あなたは自分が捕まる事が償いになると思いますか?』」

 

「そういえばそんなこと話したっけな。ビックスパイダーがもしも自分の知っている

 組織でなくなったら、自分でけりをつけるか言ったときの話の流れで」

 

「そのとき黒妻さんは

 『ただ捕まる事だけが償いじゃない。自分にできることをすることが本当の償いだと

  俺は思うぜ』って言いました。

 その言葉に偽りはありませんか?」

 

「どうしたんだ急に? 今はこんなことを話している状況じゃないだろ」

 

「今聞くべきだから聞いているんです。真剣に応えてください」

 

「そうだな、あの時と考えは変わらない。捕まるだけじゃなく自分にできることが

 あればそれをやることが償いになると思う。でも今はないから大人しく捕まるよ」

 

「わかりました」

 

信乃はポケットから1札の手帳のような物を出した。

黒い表紙には何も書かれていない。見た目からそれが何かを判別することができない。

 

「それは?」

 

「あなたに償いのチャンスを与えるチケット、のようなものです。

 『昔からやんちゃばかりやっていた俺だけど腕っ節には

  自信がある。こんな取柄で言いなら誰かのために使いたい。

  それが俺を活かしてくれた世界へのお礼にもなると思うから』

 

 これもあなたが言ったことです。

 この手帳を受け取れば、そのお礼の、償いのチャンスを手に入れることができます」

 

「!?」

 

「ただし、途中で逃げることもできません。一種の世界からの呪縛と言ってもいいです。

 本当はこんなことはしたくありませんが、あの時のあなたの表情があまりにも

 真剣だったのを鮮明に覚えています。だからこれを用意しました」

 

 受け取りますか? 償いと呪縛のチケットを」

 

「もちろんだ」

 

以外にも黒妻は即答した。

 

「ありがとよ信乃。これがなんかわからないけど、この決意を持って刑務所でも

 頑張ってくるよ」

 

再び固法に両手を出す黒妻。

 

「は~、捕まる事だけが償いじゃないって言ったでしょうが・・・。

 

 これは言い換えればあなたの社会上の罪を無効にするものです。

 中身を見てください」

 

促されて手帳を開く。それは予定を書き込む手帳ではなかった。

 

 

生徒手帳

 神理楽高校 3年

  生徒名 黒妻 綿流

 

 

「ようこそ、神理楽(かみりらく)高校へ」

 

 

 

 

つづく

 




文才が無いので、ここで補足説明をさせてもらいます。

・宗像は氏神クロムの依頼で“ハラザキ”の調査を開始。
 “ハラザキ”と取引をしていると思われる金髪の男に雇われて潜入捜査。

・調査の途中、取引相手の蛇谷に会いに行くためにアジトに来る。
 そこで信乃と偶然に会い、周りに殺気を送って信乃と1対1で戦う状況を作る。

・蛇谷が“ハラザキ”の情報を持っていれば、金髪の男とまとめて神理楽(ルール)に引き渡す。

・蛇谷が“ハラザキ”の情報を持っていなければ、引き続き金髪の男の部下で
 潜入捜査を続行しなければならない。
 そのために風紀委員が負ける状況を作る布石として信乃の退場。

・“ハラザキ”の情報が見つかったからフルボッコ

補足は以上です。


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Trick-04_初めては信乃からやって欲しい

 

 

 

学園都市にきて1年以上が経過した。

 

無能力者の俺は、孤児院への援助のために俺を認めてくれた教授のため、

そして自分でA・T(エア・トレック)を作るために、物理学を必死に勉強した。

 

小学校は授業が午後3時に終わる少し特殊な学校に入り、放課後は教授のもとで

勉学に励んだ。

 

同じ学校にいる美雪は、薬が効かない俺の体質のために薬剤学を教えている

塾(大学のゼミ)に通うようになった。

 

怪我しても消毒しかしない俺の事を昔から気にしていたからな。ありがたいね。

 

でもな~、その勉強を集中しているせいで美雪に同年代の友達ができないのが

俺の密かな悩みなんだよな~。

 

ま、そんなこんなで俺は物理学の博士号も取得できた。すごいだろ!

有名になり過ぎるのが嫌で、この事は一部の人間にしか知られていないけどね。

 

そして教授の開発テーマ、超音速飛行機の開発にも携わっている。

今日はその成果を、学園都市外の講演で発表するために、出発する日だった。

 

 

 

「ふぁ~~~。 朝か・・・」

 

あくびをして上体を起こして布団から出ようとすると、左手が何かに掴まっていた。

 

美雪だ。そういえば一緒に寝たんだったな。

 

学園都市で寮に一人暮らしを始めた俺たちだったが、小学校が男女共学で

同じ学校だったために、同じ寮で部屋も隣だ。

 

だけど料理をするのも洗濯をするのも、1人よりも2人の方が楽ということで

ほとんど一緒に住んでいる。

 

同棲じゃなくて同居だからな! 今日だって一緒の布団にいたのも偶然だ!

美雪が毎日ねだってくるけど、週に3回ぐらいしか許してないんだからな!

 

まあ、その方が眠りやすいのは認めるけど・・・

 

 

閑話休題

 

 

いつもと同じように起きたのは良いが、俺は少し不安な気持ちでいた。

 

今日から自分が関わっていた研究を発表する日。緊張して当然だと思う。

 

それでも時間は待ってくれない。緊張を一時横に置いて、横にいる寝坊助の相手をする。

 

「ほら、美雪。朝だぞ起きろ」

 

「~~ん?」

 

肩を捕まえて体を揺らすと、目をこすりながら美雪が起きた。

 

まったく、緊張しているこっちの気は知らないで熟睡して羨ましいよ。

 

「・・おはよ 美雪」

 

「ん、おはようございま・・・・ぎゅう」

 

「おわ!?」

 

美雪がいきなり正面から抱きついてきた、ってこら!

 

「じゅ~で~んちゅう♪」

 

充電中って、俺はコンセントかよ・・・充電中だから動いたらダメか?

 

「はぁ、5分だけだぞ。今日は学園都市の外に行くから忙しいの覚えているだろ?」

 

「そうでした♪ しょうがないからもう終わりにしてあげる♪ 感謝しなさい♪」

 

「それはありがとうございます・・・」

 

なんで上から目線なんだよ。ってかさっきまで緊張していた俺がバカみたいだな。

 

「さっさと朝飯食って行くぞ」

 

「ほぉ~い♪」

 

一緒に朝食を作り、待ち合わせの研究所へと2人で向かった。

 

 

 

 

 

発表が無事終わり、俺たち2人はロビーの一角で美雪とジュースで一服していた。

 

俺は発表には参加しないけど、開発チームの一員として会場には来ていた。

でも学園都市外に出た目的の半分は小旅行であり、1日目の講演を終えれば

残りの3日は自由行動。それで教授に誘われて美雪も一緒に行くことになった。

 

「ふぅ~」

 

「信乃、お疲れ♪」

 

「俺は会場に居ただけだよ」

 

自分が発表しなくても、自分が関わった発表がどう評価されるかを考えると、

会場にいる間はずっと緊張していた。

 

「評価が良くて安心した。ラム・ジェット理論が完成して、強度の面を含めて

 安全を確保できれば、物理学者としては仕事は終わりだ」

 

「完成すればA・Tに専念できるね♪」

 

「だな。それに教授にも恩返しができる」

 

A・Tの事を知っているのは美雪と俺の2人だけだ。

 

教授には以前に設計図を見られたけど、モーター付きローラーブレードとして

誤魔化した。

 

そして美雪には前世の話を含めて全て話した。

全てといっても、内容が多すぎるから話が抜けている部分もあるけど。

それでも俺がA・Tに憧れているのを理解し、そして応援してくれている。

 

いつか美雪と一緒に跳んでみたいな。

 

2人でそんなことを雑談していたら、自販機の前にいる女の子が目についた。

茶色の綺麗な髪を肩まで伸ばし、頭の上でピョコンと1つ立っている。

 

「信乃、あれ・・・」

 

「うん。

 

 君、どうしたの?」

 

近寄って話しかけると

 

「ゲコ太・・・」

 

女の子が消えそうな声で呟いた。目線の先を見ると、自動販売機の最上段の飲み物に

カエルのキャラクターのラベルが描かれたジュースがある。

 

一応、並べられている数台の自動販売機の全てを見て確認してみたが、

『ゲコ太』という名前に当てはまりそうな缶はこれしかない。

 

あんまりかわいくないキャラクターだな・・・少しだけ趣味を疑うぞ?

 

「このカエルが欲しいのかな?」

 

「うん」

 

「それじゃ、代わりに押してあげるよ」

 

女の子が動かなかったのは、自動販売機の最上段にあるから。

小さい子だからボタンに手が届かなかったみたいだ。

 

俺が代わりに押してあげると、女の子はすぐに取り出し口に手を入れて

目的のものを手に持った。

 

「ありがとう!」

 

「どういたしまして」

 

「よかったね♪」

 

「わたしは御坂美琴! お兄ちゃん達は?」

 

「西折信乃だよ。よろしくね」

 

「小日向美雪だよ♪ よろしく♪」

 

「信乃にーちゃんに、美雪おねーちゃん、ありがとうね!」

 

なんだか仲良くなって、美琴ちゃんも入れて3人で座って雑談の続きをし始めた。

 

 

 

 

しばらくすると、教授と一緒に女の人がこちらに歩いてきた。

 

「信乃くん、遅くなったね。おや? そちらの女の子は?」

 

「あら、ウチの子じゃない」

 

「ママだ!」

 

美琴ちゃんはその女の人に走って行った。

 

あの反応を見ると、美琴ちゃんのお母さんみたい。

でも若いな。20歳くらいにしか見えないけど。ヤンママ?

 

「教授、そちらの女性は?」

 

「ああ、私は昔、高校の教師をしていてね。その当時の教え子の御坂美鈴くんだ」

 

「御坂美鈴よ、よろしくね。こっちはウチの子の御坂美琴、9歳になるわ」

 

「初めまして。教授の開発チームに所属しています、西折信乃です。

 こちらこそ、よろしくお願いします。

 こっちは開発には関わっていませんが、私の幼馴染で今回一緒に来た」

 

「小日向美雪です♪ よろしくお願いします♪」

 

2人でそろってお辞儀をした。

 

「信乃にーちゃん達、学園都市にいるの!?」

 

「へ? 教授の所ってこんな小さな子供も参加しているんですか?」

 

親子そろって驚いてくれた。まぁ当然だよね。

 

「信乃くんは例外だよ。他の研究員も若くて30代だが、信乃くんはこの歳で

 他の研究員と引けを取らない程の活躍をしている」

 

「教授、それはさすがに大げさですよ」

 

「何を言うかね。ラム・ジェット理論は昔からあったが、あくまで理論だ。

 実際に使うにはかなり問題があった。

 だが、君が参加してからの1年で実用可能なレベルまで構築しつつある。

 ラム・ジェット理論が無ければ、超音速飛行機の完成もあと10年、いや

 50年は遅れていたよ」

 

「いやぁ・・・・アハハハハ・・・・・」

 

もう苦笑いだよ。教授のベタ褒めは、さすがに心苦しい。

 

俺が知っているラム・ジェット理論は、前世の記憶からの内容を進化させたものだ。

元々、A・Tに使われているラム・ジェット理論は、一般的に知られている理論よりも

はるかに完成している。

 

その知識をそのまま出しただけで飛行機の完成は10年早まったと思う。

さすがに俺個人が何も役に立たないのが嫌だったから、理論をより使えるように

必死で研究したんだけど。

 

「俺を評価してくれた教授に対して、少しでも恩返しができてよかったです」

 

そう言った後、御坂美鈴さんが珍しいものを見るような顔で俺を見ていた。

 

「えーと、何か俺の顔についてますか?」

 

「あぁ、ずっと見ててごめんね。だけど、やっぱり学園都市ってすごなーと」

 

「学園都市じゃないぞ。信乃くん個人がすごいんだからな」

 

「アハハ・・・」

 

もう呆れて笑うしかできないよ俺。

 

「ふふふ、こんな面白い子が学園都市にいるなら、うちの子も楽しみね」

 

「御坂さん、美琴ちゃんは学園都市に来るんですか?」

 

「ええ、次の学期でね」

 

「信乃にーちゃん! 美雪おねーちゃん! 学園都市ってどんなところ!?

 教えて教えて!!」

 

って、いきなりしがみついてきた! びっくりした~。

 

「あはは、この子、学園都市に行くの楽しみにしてるのよ」

 

「ん♪ 信乃、今日の予定はもうないでしょ?

 一度ホテルに戻って着替えてきたら少しお話ができるかな?」

 

「大丈夫ですか教授?」

 

「大丈夫だぞ。ゆっくりと3泊した後に帰る、小旅行で来たからの。

 1日1回の連絡さえくれれば、どこに行ってもかまわん」

 

「ありがとうございます」

 

「ねえ、どうせなら私達の家に泊らない?」

 

「え? 御坂さんの家にですか?」

 

「美琴ちゃんも話を聞きたがっているわ。 ね?」

 

「うん! お泊りしようよ信乃にーちゃん! 美雪おねーちゃん!」

 

「ですがホテルが「私がキャンセルしておこう」 教授!?」

 

「さあ! レッツゴー!!」「ごー!」「ゴー♪♪」

 

「ちょっと!?」

 

俺は襟首を捕まえられて有無言わさず引きずられていった。ドナドナド~ナ(略

 

 

 

 

ってことで御坂さんの家。

 

「さぁ! 遠慮せずに食べてね!!」

 

「「「いただきま~す(♪)(!)」」」

 

夕食を食べながら、学園都市でどんな事をしているのかを美雪と2人で話していった。

 

美琴ちゃんも興味津々だったし、御坂さんも自分の子供を預ける場所だから

知っておきたかったようだ。

 

 

「うん。テレビや雑誌の情報よりも、やっぱり学生に聞いた方がどういう所なのか

 よくわかるわ」

 

「いくのが楽しみ!」

 

今は食後のお茶を飲みながら話の続きをしている。

 

「お役に立てたのなら何よりです」

 

「ねぇ、信乃くん。敬語やめない? 君はまだ小学生みたいだし、そんなに気を

 使わなくていいのよ?」

 

「そうですか? それならいつもどおりに話すね。でも、たまに敬語っぽくなっても

 気にしないで。周りに大人が多いから、ある意味それが自然なしゃべり方だから。

 御坂さんも“君”を付けなくていいよ。御坂さんみたいに美人に言われると

 なんだかむずむずするし」

 

美人、というのは嘘じゃないけど、フランクな雰囲気の御坂さんには

君付けで呼ばれるのが少し嫌な気がした。

 

「若い人なんてお世辞言ってもデザートしか出ないわよ~。でも、わかったわ。

 わたしも下の名前で呼んで、もちろん美雪ちゃんも。美鈴って良い名前でしょ?

 

 美琴も同じ“美”の字を使ってるし、気に入ってるのよ。

 そういえば美雪ちゃんも“美”があるわね」

 

「そうですね♪ 美鈴さんと美琴ちゃんと私、名前が似てるから姉妹みたいだね♪」

 

「うん! 美雪おねーちゃんも本当のおねーちゃんみたいで好き!」

 

「いいわね! 御坂三姉妹!! しかも全員が美女美少女美幼女!」

 

「一人の男として3人とも美人だとは認めますけど、自分で言うのはどうだろ?」

 

「そこシャラップ!」

 

「あはは・・・・・」

 

もう苦笑いするしかない。本日何度目の苦笑いかな?

 

「それじゃ、美鈴さんのこと、鈴姉ちゃんって呼んでいい?」

 

「いいわよ美雪ちゃん! 信乃もそう呼んで!」

 

「なんか少し恥ずかしいな」

 

「ならフランクに“鈴姉”(すずねえ)とかでもいいわよ。

 

 もしくは鈴姉様、美鈴お姉様、お姉様も可! もしくは「それじゃあ鈴姉で」

 そこを即決!?」

 

「じゃーわたしはわたしは?」

 

「美鈴さんが鈴姉ちゃんなら、琴ちゃん♪ ん♪ 私も『雪』って呼んで♪」

 

「うん、雪ちゃんよろしく!」「雪ねーちゃん!」

 

なんか3人を見ていると和むな~。

 

「本当の家族みたいで微笑ましいな」

 

「もしかして3姉妹には入れなくていじけてるの信乃?」

 

「いや、そんなつもりはないよ。本当に微笑ましいって思ってるだけだから」

 

「そう?」

 

「大丈夫ですよ♪ 姉妹じゃなくても、私と結婚したら鈴姉ちゃんの義弟になるから♪」

 

「それいろいろ間違っているけどツッコミは入れないぞ」

 

「ふふふ、2人も微笑ましいじゃない。

 

 あら? もうこんな時間。明日は教授に一度電話したら

 自由行動でよかったのよね? どこか行きたいところある?」

 

食事中の雑談の中で、小旅行中の4日間は鈴姉にお世話になることになった。

もちろん美雪はノリノリで、俺に拒否権はなかった。

 

「特に決まっていないけれど、せっかくだからショッピングに行きたい♪

 可愛いものが欲しい♪ もちろん信乃も一緒に♪」

 

と言いながら美雪が腕に抱きついてきた。

 

「うわ! 急に抱きつくな! 一応年頃の女の子だろ!?」

 

「ん? 信乃照れてる?」

 

「し、知るか!」

 

正直に言えば照れてる。だって、美雪の胸が俺の腕にあたってたんだよ!

小学生にしては大きい胸。だけども形を整える衣類は無く、上着1枚越しに柔らかく変形する。

 

簡単に言っちゃえばブラ着けていないです美雪さん!

直接当たれば男だったら誰だって照れるよ恥ずかしいよ!

 

「・・・・雪ちゃん、下着って着てないの?」

 

シャツのシルエットから予想できたのか、鈴姉から美雪に聞いてきた。

うわぁ・・・シルエットで分かるほど今密着してるのか? 見るのが怖い。

 

「え? ちゃんと着てますよ♪」

 

「・・上の方は?」

 

「ブラジャーですか? 小学生には早いですよ♪」

 

それを聞いて鈴姉が驚いたような呆れた様な顔をしている。

 

そして俺の方を見た。うん。説明を求められているのか、もしくは俺に原因があると

思ってるんだろうな。

 

「美雪の着けないポリシーでもなし、

 俺の趣味思考でそうしているわけでも、させているわけでもないよ。

 

 ただ、美雪は薬剤学というか医学を学んでいて、同年代の友達も

 あまり作らないから、そういった部分(性的な恥じらい)が抜けているんだよ。

 特に俺相手に羞恥心をあまり持たないから、俺が言っても無駄」

 

前に一度、「下着を買ったら?」的なことを遠まわしで言ったけど、

今と同じ「まだ早いよ♪ 私小学生だよ♪」と失敗した。

 

「よし! 明日のショッピングで買いに行くわよ! 初ブラジャー!!」

 

子供とはいえ、男の前で堂々とそういうことを言わないでください。

 

「え~♪ 私は子供だよ♪ それにこれぐらいの大きさでは必要ないでしょ♪」

 

「何言ってるの! 女の子だったら胸の大きさに関わらず将来着けることになるのよ!

 それに雪ちゃんはすでにBカップもあるじゃない! その程度って言ったら

 日本の女性の半分を敵に回すわよ!」

 

「「そうなの?」」

 

ってなんで俺に向かって聞くの!? しかも琴ちゃんも一緒に!

 

「マジでお願いします鈴姉。こいつに一般女性の常識を教えてあげてください」

 

「まかせなさい!」

 

「別にそんな事なくてもいいのに♪」

 

「雪ちゃん、ちょっとこっちに来て」

 

鈴姉の手招きで美雪を呼ぶ。俺から聞こえない位置でヒソヒソ話を始めた。

 

しばらくして、美雪の顔が赤くなり、そして俺の方を見た。

 

「///////・・・ん、そっか、信乃もそっちの方が好きだったりするのか・・・」

 

「ちょい待て! 鈴姉! 何言ったの!」

 

「いや~、一般女性が持っている知識をちょっと教えたのよ」

 

あなたのお願いしたのは間違いだったかもしれない・・・・

 

その日はうなだれたままの気分で眠ることになった。

 

 

 

 

次の日は、手始めに百貨店に行った。

 

昨日の話をしたプラジャーと、あとは地域限定のお土産がそろっているということで

まずはここに来た。

 

鈴姉と美雪、ついでに琴ちゃんに引っ張られて、あやうくランジェリーコーナーに

入れられるところだった。

(琴ちゃんはただ単純に一緒に遊びたかっただけで、2人のように悪戯心はない)

 

俺は向かい側のスポーツ用品コーナーで時間を潰していた。

スポーツは好きだけど、今の目的スポーツ用品ではない。

 

ローラーブレードだ。

 

もちろんA・Tとは全く関係ない、子供用の遊び道具、普通のものだ。

だけど、いつかこれを改造して、そして跳べるようにするぞ!

 

でも、A・Tの部品って複雑だしな~。専門業者に頼む必要があるのかな。

むしろ自分で作る必要があるのかな? どうしよう・・・

 

「う~ん」

 

「どうしたの信乃♪」

 

「お、そっちの買い物は終わったか」

 

「琴ちゃんと鈴姉ちゃんは外で待ってる♪ 今日の夜を楽しみにしててね♪」

 

「小学生でそのセリフを言うのはかなり問題あるぞ・・・

 下着なんだから下に着て、俺に見せるな」

 

「だって鈴姉ちゃんが「あの人の常識はズレてるから真に受けんな」 ん~♪」

 

昨日の夜にお願いした俺ですが、12時間後の今では信用していません。

 

「とにかく行くぞ。次は洋服を見に行くんだろ?」

 

「あ、置いて行かないでよ♪ 待って~♪」

 

 

 

午後2時までの時間を使って洋服を見て回った。

だが、買った服は3着だけ。ほんとうに女の人の買い物って、いったい・・。

買うことが目的じゃなくて、ショッピングが目的だよな・・・

 

ちなみに、俺が買い物中にやったことは荷物持ち(あまり買ってないから苦労はない)と

琴ちゃんのお世話。

 

女の子、というよりも子供の琴ちゃんは買い物をするうちに楽しさよりも

疲れの方が勝ったようで、途中から俺の隣にいることが多くなった。

 

今は疲れてしまい、俺の背中におんぶされている。

 

「大丈夫?」

 

「うん、ちょっとつかれただけ・・・・。あ!」

 

「ん? あ~、昨日のカエルのキャラクターか。琴ちゃん欲しいの?」

 

「うん!」

 

琴ちゃんが見ていたのは、通りがかりのおもちゃ売り場のキーホルダー。

名前は≪ゲコ太≫と言うらしい。うん、かわいくない。

 

でも趣味は人それぞれだし、あんなに気に入っているなら買ってあげるか。

 

「ありがと! 信乃にーちゃん大好き!!」

 

「どういたしまして」

 

ストラップの包装をすぐにとって大はしゃぎする琴ちゃん。

一応背中の上なんだから暴れると痛いんですが。

 

買い物に夢中で俺たちがいなくなっても気付かないであろう2人の所に戻るために

辺りを見渡した。

 

すぐに見つかったのだが、残念なことに美雪が男にナンパされている場面だった。

鈴姉は服も会計でいないみたい。

 

小学生相手にナンパっておいおい。中学生、女漁りは早くないか?

 

とはいっても今だけではない。買い物中、美雪は何度も男の人に声を掛けられた。

こいつって学校では少ししか笑わない癖に、俺や親しい人たちの前だと

笑顔全開なんだよな。それに引きつられてやってくる男たちが多いこと。

今日で3人目だっての。

 

「うちの家族が何かしましたか?」

 

「信乃♪」

 

俺に気付くとすぐに俺の後ろに隠れた。

琴ちゃんも背負ったままだから3人が縦に並ぶ変な状況になっている。

 

「いやね、可愛い子だと思ってさ」

 

「そうですか。ありがとうございます。父も大喜びしますよ。

 自慢の娘なので、事あるごとに『娘に近寄る奴は!!』って叫んでますけど」

 

「ははは・・・・じゃあね!!」

 

逃げていった。別に美雪の父親がここに来るなんて一言も言ってないよ?

母上の師匠さんに教えてもらった言葉(戯言というらしい)が役に立った。

 

こう言う時は≪戯言だけど≫と言うといいのかな?

 

え? 嘘は言っているつもりはないよ? だって小日向父は美雪を溺愛してたから

将来は親バカの『娘はやらん!』ってキャラになっていたに違いない。

 

戯言だけど。と俺はキメ顔でそう思った。

 

・・・ごめん、自分で思っていて悲しくなってきた。

これをいつもやっている師匠さん、パネェ。

 

っと、話がずれちゃった。

 

「は~助かった・・・ありがと信乃♪」

 

満面の笑みでお礼を言ってきた。

 

『そんな顔しているから男どもが寄ってくんだよ、自重しろ』

と言いかけたが、めった見せない笑顔だし、今日はそのままでも・・・。

 

「・・・ま、いっか」

 

「「?」」

 

言葉を呑み込んだ後に意味不明なことを言ったから琴ちゃんと美雪は一緒に

疑問に思っている。そんな顔も可愛いな。

 

「あら、信乃と美琴ちゃんも戻ってたの。それじゃ、次のお店に行こうか」

 

「おー♪」

 

やっぱり笑顔を自重しろって言うべきかな。周りの男の人(ロリコンと呼ばれてもおかしくない年齢を含む)が何人か見ているし。

 

こんな風に歩いていたら、また声掛けられるだろうな。

うん、美雪も困ってるし、ここは顔を誤魔化すためにコレでも買っておくか。

 

俺は店先にあった伊達メガネを買って、すぐに2人を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

「ママ・・・おなか減った・・・」

 

「あら、もうこんな時間。食事はデパートの外で食べましょ。

 いい所知っているのよ。もちろんごちそうしてあげるから」

 

「そんな悪いよ。美雪の衣類(女性用下着。恥ずかしいから遠まわしに言いました)も

 お金出してもらったんですから」

 

「何言ってるの。娘と一緒に下着選び(こっちは何の恥ずかしげもなく言いました)を

 するのが母親としてやりたかった夢なのよ。むしろ機会をくれてありがと。

 楽しかったわ」

 

「琴ちゃんの機会まで数年我慢すればいいのに」

 

「美琴ちゃんだと、数年後でも必要になるかどうか少しわからないし」

 

残念ながら、その予言は当らずとも遠からずの結果になる。(貧にゅ○の意味で)

 

「でもお昼ご飯ぐらいの代金は・・・」

 

「はいはい、子供が大人に遠慮するもんじゃないわよ。

 あら、お金が少し足りないかもね。少し銀行によるわよ」

 

「ほんと、鈴姉って人の話聞かないよな」

 

「そう? 私の話はよく聞いてくれるよ♪」「ママは美琴の話、聞いてくれるよ」

 

「俺限定で無視なのか?」

 

「アハハハハ!」

 

鈴姉の笑い声が響く車で、銀行へと向かった。

 

 

 

 

俺は反抗を諦め、子供2人で大人しく鈴姉が戻ってくるのを銀行内の待合ベンチで

待っていた。

 

なぜ2人かって? 美雪はお花を摘みに行ってるからだよ。

 

「おっ待たせ! さあ、おいしいフレンチを食べに行くぞ!」

 

フレンチってフランス料理だっけ?・・お金を卸すほど高級なのかな・・・ちょっと不安。

 

「もう少し待って。美雪がもう少しで戻ってくるから」

 

 パンッ! パンッ!!

 

なんだ急に!? 爆竹?

 

「てめぇら、動くんじゃねぇぞ! 死にたくなかったら大人しくしろ!!!」

 

「「「「「「きゃーーーー!(うわぁぁぁぁ!!!)」」」」」」

 

強盗。覆面の4人組がそれぞれ拳銃を持って銀行に入口に立っていた。

そのうちの一人が上に銃を向けている。さっきの銃声はこいつらか。

 

どうしようか。とりあえず大人しくしとくか。

鈴姉も琴ちゃんも恐怖で動けないみたいだし。

 

俺がなんで落ち着いてるかって?

前世のとんでもないもの(A・Tでの高次元バトル)に比べたら、少しだけ普通だよ。

まあ、恐いことには変わりない。正直ビビってるし、ヘタなことして死にたくない。

ここは強盗が無事に成功して帰って行くのを待とう。

 

「き、きゃーーーー!!」

 

!! この声って美雪!? トイレから出てきたとこに丁度犯人を見ちゃったのか!?

 

「うるさいガキだな! ん? なんだこいつ、かわいいじゃねぇか・・・」

 

「おいバカ! そんな場合じゃねぇだろ!!」

 

「いいじゃねぇか。ガキのくせにいいぜ? 少し遊んだ後、AV女優で売れば金になる。

 ロリ企画、俺だいすきなんだよね。あと、人質を取ったら逃げやすいだろ」

 

「欲望丸出しにしてないでとにかく金だ! 人質ってんならおまえが面倒見ろよ!

 おい銀行員! この袋に金を」

 

直立の脚から力を抜く。脱力による体の自由落下。その速度を前方へと向けて急加速。

その勢いのまま膝で1人目を金的。何かつぶれた感触。

2人目の顎を打ち上げる。そのまま走って3人目を顔面にとび蹴りに向かう。

銃がこっちに向いた?

 

 関係ねぇ! そんな殺気のない動きでビビるわけねぇーーーんだよゴミ屑!!!

 

「がはぁ!!!」

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

息が乱れてる。 あれ? 俺何してたんだっけ?

 

ああ、そうか。美雪が襲われると思ったら、なんか無意識に強盗を殴りに行ったんだ。

 

変態強盗が美雪に触わる前に、ダッシュで近づいて膝で股間を潰して(再使用不可)

その隣の男の顎を掌底で攻撃、一番後ろの男に向かって走ってドロップキック。

最後の一人が銃口を向けても横に避けて鳩尾につま先ハイキックを入れた

・・・・で合ってるよな?

 

頭に血が上って無意識だったせいで記憶が少し曖昧だし。

 

とにかく、こいつらが身動きできないようにしないと。

携帯裁縫セットが俺のポシェットにあったな。それの糸を使えば両手両足が

縛れるだろ。

 

あれ、こいつらの拳銃って軽い・・・空砲を撃てるタイプのモデルガンかよ。

どおりで殺気が無いはずだ。まったくこのゴミ屑どもは・・・・

 

 

 

20秒後、ゴミ屑どもを縛り上げた。

うん、これで良し。

母上、あなたの技術を正しく使わせてもらいました。

父上、あなたの武術で大事な人を守ることができました。

本当にありがとうございます。

 

「美雪。大丈夫か?」

 

美雪は膝をついたまま固まり、顔は恐怖のままで全く動かない。

瞳からは涙が際限なく流れ続けているが、泣き声や嗚咽は全くない。

 

容量を超えた恐怖で、頭がフリーズしてる。

 

「恐い思いさせてごめん。助けるのが遅かった」

 

美雪をそっと抱き寄せる。一瞬、ビクンと全身が跳ねたが、俺の顔を見ると

腕を首に回して抱きついてきた。

 

表情は恐怖で固まったまま涙は止まらない。やばい。これマジで重症だ。

 

「信乃! 雪ちゃん! 大丈夫!?」

 

鈴姉が走って駆け寄ってきた。

琴ちゃんも一緒に来たけど、俺を見て鈴姉の後ろに隠れた。

 

まぁ、拳銃を持った人間を秒殺って、俺も他人事だったらそいつが恐いと思うよ。

仕方がない。

 

「俺はかすり傷一つないよ」

 

「怪我が無いのはよかったわ・・・え、信乃、目が!?」

 

そういや俺はキレたから、目が碧色(あおいろ)になる条件になってるな。

 

「集中力が高まったり、アドレナリンの量が増えた時に変わる変色体質、と医者は

 言ってた。変わったのは無意識だよ」

 

俺の掛かり付けの医者(そういえば顔がゲコ太に似ている医者だな)の診断では

そんなことを言われた。

 

って、それよりも今は美雪だ。

 

「鈴姉、今すぐここから出よう。美雪が少しやばい。怪我してないから病院の必要は

 ないけど、ここにこのままってわけには・・」

 

「わかったわ、すぐに帰りましょう! でも、犯人を倒したから警察に

 話を聞かれそうだけど・・・」

 

「こんなゴミ屑事件の事情聴取に時間を取られたくない。さっさと行こう」

 

「・・・そうね。雪ちゃんが優先ね」

 

俺は美雪を抱きかかえて、鈴姉の車に急いだ。

 

 

 

 

 

ずっと、美雪は俺にしがみついたまま身動きを取らなかった。それが夜までずっと。

 

顔は俺の胸に押しつけているせいで表情はわからない。

でも、服が濡れ続けていないみたいだから、涙は止まってると思う。

そんな美雪の頭を撫でて、子供をあやすように背中を軽くたたき続けた。

 

鈴姉も琴ちゃんも心配で声をかけたが美雪は返事はせず、俺に任せてもらった。

 

教授へは今日の事を簡単にメールで報告した。さすがに美雪の状態は隠した。

教授だって旅行を楽しんでいるのに邪魔はしたくないし。

 

俺も美雪の事が心配だったが、さすがに2時くらいに眠くなってそのままの体勢で

夢の中に入っていった。

 

 

 

う・・・ん   朝か?

 

まだ起きていない意識で目をあけると、美雪の顔がすぐ目の前にあった。

同じ枕を使って向かい合っている状態だ。

 

昨日は俺の胸の中に顔を押しつけていたから、自分から動いて今の位置に

いることになる。というより、目を開けて俺を見ている。

 

場違いだとはわかっていても、やっぱりこいつの顔を間近で見ると可愛い。

今は目を真っ赤に腫らしているとはいえ、一瞬見惚れてしまった。

 

「おはよう・・・」

 

「おはようさん。とりあえず話せる状態になってよかった」

 

いつもの『♪』がついていない。さすがに一晩で本調子には戻らないな。

 

「ありがとね・・・」

 

「気にするな。二人っきりの家族だろ。これぐらいならいつでもいいよ」

 

「ん・・・」

 

コツン。と、可愛い効果音が付くような、そんな柔らかい勢いで俺の額に

美雪が自分の額をぶつけてきた。

 

「もう少しこのままでいい?」

 

「いいよ。俺はいくらでも」

 

 ガラッ

 

あら、残念ながらいつまでもこの状況を楽しめなかった。

 

静かな音とはいえ、俺たちが寝ている部屋の扉が開けられる音がした。

 

2人で同時に見ると、鈴姉が顔をのぞかせていた。

様子を確認すると、俺の方を見てきた。状況説明を求めてますね。

 

「大丈夫。まだ元気はないけど、話せるくらいにはなったから」

 

「鈴姉ちゃん、ご心配かけました・・・・」

 

「いいわよ別に。話声が聞こえてきたから様子を見に来たのよ。

 少し良くなって安心したわ。朝ごはんもう作ってあるけど食べる?

 琴ちゃんも待ってるわよ」

 

キュルルルル

 

美雪のお中が可愛い音を立てて鳴った。体は正直だね&ナイスタイミング。

途端に美雪は目元だけではなく顔全体を真っ赤にした。

 

「食べます。実は泣き疲れた上にお昼から何も食べてないですし・・・」

 

「俺も。さて、1日ぶりのご飯を食べようか」

 

「ん・・・・・♪」

 

静かにだけど、だけど少しだけ調子が戻ってる。   よかった。

 

 

 

「「「ごちそうさまでした」」」

 

「うん! 食欲があればOKね。そうだ雪ちゃん! 美琴ちゃんと一緒に

 お風呂に入ったら? 美琴ちゃんってば昨日、雪ちゃんと入るって聞かなくって

 結局は入っていないのよね」

 

「入ろう! 雪ねーちゃん!」

 

「ん、そうだね。行こうか♪」

 

2人でお風呂場に向かっていった。俺と鈴姉はその光景を見守っていた。

 

「信乃、雪ちゃん大丈夫そう?」

 

「前にも大泣きはあったけど、しゃべれるようになれば大丈夫だと思う。

 無理に気を使わないでね。逆に美雪が気にしちゃうからさ」

 

「そう。

 

 ・・・・さっき、部屋の前に言ったときに聞こえちゃったんだけど、

 『二人っきりの家族』っていうのは・・・」

 

「察しの通りに俺たち2人の両親は他界している。

 家族ぐるみの幼馴染だったから、孤児院も一緒に過ごして学園都市でも一緒。

 もう家族同然だよ」

 

「・・・ごめんね。辛いこと聞いて。でも、どうしても気になったから」

 

「いいよ別に。父上と母上、それに美雪の両親が居なくなったのは寂しいけれど、

 でも今が充実してるから鈴姉が気にするほどでもないよ」

 

「君たちの、今の保護責任者って誰?」

 

「学園都市への登録は教授が。でもどうしてこんなこと聞くの?」

 

「・・・・・ねぇ、よかったらウチの養子にならない?」

 

「・・・・・」

 

「あなた達と一緒に過ごしたのは3日しかないし、昨日は半分がトラブルのせいで

 話もしなかったけど。でも、2人といて楽しかったし、何より守りたいと思った。

 美琴もあなた達を気に言ってるし、旦那も大丈夫だと思うわ。

 

 信乃と雪ちゃん、美雪の2人が良ければ私達の家族にならないかな?

 何かと便利だし、それに帰る家があるのはいいし、待っている家族は多い方が

 幸せだと思うの」

 

鈴姉・・・・突然すぎるよ。

 

いや、突然になるのも仕方ないか。子供が不安な状態にあるのに、その子供たちには

親がいない。だったら助けになりたい。そう思うのが人情かな・・・・。

 

「答えはすぐに出さなくてもいいわ・・・・」

 

鈴姉は食器を洗うためにテーブルから立った。俺は座ったまま何も言わなかった。

 

 

 

食器が洗い終わり、昼ごはんの下ごしらえを終えた鈴姉を俺は呼びとめた。

 

「ごめん鈴姉。俺は養子になることができない」

 

「まぁ、昨日今日会ったばかりのおばさんが変なこと言ったら断られるのも当然ね」

 

「違う、違うんだ。鈴姉の気持ちは嬉しいし、嫌でもない。

 

 でも、なんだか怖いんだ。一度両親を、家族を失っているから・・・

 だから、もう一度家族ができるのは嬉しんだけど、

 また消えてちゃうんじゃないか・・・いなくなっちゃうんじゃないか・・

 そう思うと恐いんだ。自分でもうまく言えないんだけど」

 

「わかった。良いわよ気にしなくても、無理に養子になってとは言わないし。

 でも、困ったことがあったらいつでもおばさんに頼りなさいよ。

 家族じゃなくても、家族も同然なんだから」

 

「うん、ありがとう。でも、おばさんっていうにはおかしいんじゃない鈴姉?

 お姉さんって方が性格的にもしっくりくるし」

 

「あら、うれしいこと言ってくれるじゃない」

 

そうして2人で笑いあった。

 

 ぎゅう

 

突然後ろから抱きつかれた。

 

美雪か。シャンプーのいい香りがする。

 

「どうした?」

 

「私は家族?」

 

「もちろんだよ」

 

「ん♪」

 

今の話、途中から聞いていたんだな。鈴姉の隣に琴ちゃんも歩いてきてるし、

タイミング良くお風呂から上がったんだな。

 

「琴ちゃん、昨日は怖がらせてごめんね。

 悪い人をやっつけるためだけど、けんかしているところ、恐かったでしょ?」

 

「・・・大丈夫。雪ねーちゃんが怪我するの嫌だし・・・

 わたしも恐がって逃げてごめんなさい」

 

「じゃあ、仲直りだね」

 

琴ちゃんは うん と笑いながら頷いてくれた。

昨日の買い物から全くしゃべってなかったから、仲直りできて本当に良かった。

 

「あ、買い物で思い出した。美雪に渡したいものがあったんだ」

 

買い物で思い出した。

美雪の腕を解いて、さっきまで寝ていた部屋に行く。

そして昨日買ったものを取り出してみんなの所に戻った。

 

「それなに?」

 

「伊達メガネ。しかも美雪にすっごく似合わないやつ」

 

「なんでそんなものあげるの・・・」

 

「怒るなよ。だっておまえモテすぎなんだよ。これつけて少しは誤魔化さないと

 寄ってくる男たちがうざいんだよ」

 

もし、銀行に行く前に渡せていたら、強盗に襲われなかったかもしれないし・・・

 

「それは私に他の男が近寄らないようにするため? 私ってそんなに可愛いの?」

 

そう聞かれて俺は顔を背けた。だって『可愛いの?』って首をかしげた時の

表情も仕種も・・・・男だったら照れて当然だろ!

 

「♪ ん、言わなくても信乃の反応で分かった♪ 外に行くときにはつけるね♪」

 

伊達メガネを受け取ると、今度は真正面から抱きついてきた。

 

「おわっ! いい加減にその抱きつき癖直せ!」

 

「大丈夫。ブラジャーを着けているから♪」

 

「そういう問題じゃない!」

 

「そうよ雪ちゃん。こういう場面ではブラを着けていない方が男は喜ぶのよ」

 

「あんた何教えてんだ!!」

 

「わかった♪」

 

「美雪も了解してんじゃねぇ!」

 

この人に関わっていると女性としてのお淑やかさってのがなくなる!

 

美雪に強く言っても、天然で貞操観念が少し薄い、妖艶悪女になっちまうよ!

 

琴ちゃんにも学園都市に来たらここら辺の事をちゃんと言いきかせよう。

せめて恥じらいを持たせられるようにしないと。

 

(信乃のこの決断が、好きな人の前で恥ずかしさのあまり素直になれない少女、

 通称ツンデレールガンを生み出すことになるとは誰も思わなかった)

 

 

 

さて、今日は外出せずに家の中で遊ぶことになった。

美雪の心の傷が開いたりしたら大変だしな。

 

家の中といっても、遊ぶのに不自由はしなかった。御坂家には意外とゲームが多い。

俺の知っている限りの全てのゲーム機器があり、ゲームソフトも多種多様で

飽きることもない。色々なゲームを変えながら遊び、今は人生ゲームをしている。

 

「よし、結婚マスに到着♪」

 

「それじゃ雪ちゃん、車に人間の棒を追加して」

 

「ねぇ、これってゲームやっている人間同士だったら出来ないのかな?」

 

「何言ってんだ美雪。そんなルール「あるわよ」 あるの鈴姉!?」

 

「この『人生ゲーム・ファミリア』は、プレイヤー同士で親子関係になった、

 結婚できるのが特徴の最新版よ」

 

なんだその最新版は。絶対に売れないだろ・・・・

 

「それじゃ、信乃と結婚します♪」

 

「相手の同意があれば結婚完了よ」

 

ルール上問題ないなら俺はどうすればいいの?

一応、人生ゲームは財力を競争するゲームだし、断った方が面白いのかな。

 

断るために口を開こうとしたが、鈴姉の発言に遮られた。

 

「汝、美雪は、夫信乃を永遠に愛し続けることを誓いますか?」

 

「誓います」

 

「汝信乃は、妻美雪を永遠に愛し続けることを誓いますか?」

 

「・・・・誓います」

 

もういいや、好きなことには違いないし、これもゲームの一興でしょ。

 

これで美雪と“チーム”を組む、と思っていたのだが、鈴姉の言葉は終わらなかった。

 

「それでは、両者とも誓いのキスをしてください」

 

そう言うと同時に、美雪は顔を少し赤くしながらも俺に近付いてきた。

 

「ちょっと! ゲームでそこまでする!?」

 

「ゲームじゃないわよ。これはハッキリとさせた方が良い事だから。

 雪ちゃんの本当の支えになるためにね。今はそのいい機会でしょ」

 

「えっと・・・」

 

昨日の出来事で確かに考えた。美雪にとって今まで以上の支えになりたいと。

でもいきなりコレ!?

 

「信乃  ん」

 

美雪が目を閉じて待っている。

子供のキスでよくある唇を出すようなことはなく、きれいな顔を微笑させて、

ただ俺の“返事”を待っていた。

 

普段の美雪を考えると、俺の頭を掴んで強制的にしてくると思っていたけど・・・

 

「・・・・初めては信乃からやって欲しい・・・・」

 

ちょうど俺が考えていた事の返事が来た。美雪もファーストキスか・・・・

 

「別に嫌だったらしなくてもいい・・・・

 ただ、本当に・・・信乃も私と同じ気持ちなら・・・その・・・・」

 

言葉の後ろの方が消えそうになっていく。同時に顔も下に向けていった。

 

あーもう! いつもは積極的すぎるのに何でこんな時だけ!

可愛すぎるだろうが

 

「んちゅ」

 

「!?」

 

下を向いていた顔を両手で上げた。一瞬、だけど柔らかいものを俺の唇に当てた。

 

「これでいいだろ! 俺も同じ気持ち! 以上! 結婚成立!」

 

「おやおや、やっと素直になった」

 

「ちゅーした、ちゅー!」

 

鈴姉と琴ちゃんが俺たちをからかう。

恥ずかしくて美雪の顔を見れないけれど、絶対に2人とも顔が真っ赤だよ!!

 

「ありがと・・・♪」

 

「うるせ。ゲーム再開するぞ」

 

「結婚式には私達も呼ぶのよ~」

 

鈴姉が楽しそうに笑う。

俺は仲のいい幼馴染として接してきたつもりだけど、

心の奥底は鈴姉に読まれてたみたいだな。

 

「次、わたしの番!」

 

長いこと中断していたが、琴ちゃんが元気よくルーレットを回した。

止まった数の分だけマスを進めると、美雪と同じマス。つまり結婚マスに止まった。

 

「あ、結婚だ! 私も信乃にーちゃんと結婚する!」

 

「え?」「はい?」「あら、美琴ちゃんったら」

 

美雪と俺は驚きの反応。鈴姉は苦笑いをした。

 

「琴ちゃん、え~っと、気持ちは嬉しいけど、結婚は一番好きな人1人としか

 できないんだ。俺は美雪と結婚したからだめなんだ」

 

「でも、わたしも信乃にーちゃんが一番好きだよ。一緒に遊んで楽しいし、

 強くて怖かったけど、かっこよかったよ。ちゅーもしたいし・・・」

 

「ありがとう。でも、俺の一番は美雪だから」

 

「・・・わかった」

 

結婚の仕組みがわかっていない子供だから仕方ないか。

でも一番好きだって言われたのは少しうれしいな。

 

・・・あれ? 俺って今『一番は美雪』って言わなかった?

やばい、ナチュラルに言っちゃった!

横の美雪を見るとさらに真っ赤になってる!!

 

「////信乃・・・・//////」

 

「////赤面するな////」

 

「おやおや、ラブラブですな。新婚だから当たり前かな?」

 

鈴姉にまたしてもからかわれた。もうゲームどころの気分じゃない!

 

 

 

 

その日の夜は、9時には寝ることになった。

昨日が寝不足で、琴ちゃんが夕食後にあくびをし始めたからだ。

 

俺たちは部屋に戻ってパジャマに着替えたが、いざ眠ろうとすると昼間の事を

意識して布団に入るのを互いに躊躇していた。

 

まあ、子供同士だからエッチなことはしないし、するつもりも全くない。

でも好き合った人と改めて解るとね・・・恥ずかしんだよな。

 

互いに布団の上で座って何もできずにいると、扉が開かれて琴ちゃんが入ってきた。

 

「信乃にーちゃん・・・雪ねーちゃん・・・・一緒にねむろう・・・」

 

眠そうな目をこすり、というよりもこの部屋に来たのが寝ぼけてると思うほどの状態で

琴ちゃんは入ってきた。

 

「そうだね・・・ん♪ 明日になったら私達は帰っちゃうから、一緒に寝よう♪」

 

琴ちゃんは俺たちの間に寝た。その時に右手で俺のパジャマを、

左手で美雪のパジャマを掴んだから3人がくっついて眠ることになった。

 

眠る前にふと、美雪の顔を見た。偶然にも目が合ったが、さっきまでの

変な意識は感じないし、美雪もそんな反応はなかった。

 

代わりにいつもの笑顔を返してくれた。

 

そうだな。前々から好きだったわけだし、何かが特別に変わるわけでもない。

俺も意識しないで、自然な気持ちで美雪と生きていけばいいんだよな。

 

そう考えると心が軽くなり、すぐに眠りについた。

 

 

 

 

旅行の最終日

 

俺は眠っているときに、フラッシュのような光を感じて目を覚ました。

起きてみると、鈴姉がカメラを持って部屋にいた。どうやら3人の寝ている姿を

撮られたらしい。少し恥ずかしかったけど良い記念になると思って写真を貰った。

 

最終日は教授と開発チームの人達と空港で合流、鈴姉たちも見送りに来てくれた。

 

「美琴ちゃんが学園都市に来たらよろしくね」

 

「もちろん。何て言ったって家族同然でしょ?」

 

「鈴姉ちゃんも、許可さえ取れば学園都市にたまに来ることが出来ますよ♪

 そのときはおいしいご飯を4人で食べよう♪」

 

「そうね、楽しみにしているわ」

 

「信乃、美雪ちゃん、そろそろ出発だぞ」

 

教授に言われて俺たちは荷物を持って出発ゲートに向かう。

 

「鈴姉、琴ちゃん、それじゃまた」「お元気で♪」

 

「体には気をつけるのよ」「またね~!」

 

短い別れの挨拶だったけど、次に再開できると思っていたから寂しくはなかった。

 

 

 

学園都市に戻ってきた後、俺たち2人には大きな変化はなかった。

いつも通り美雪がくっついてきて、俺がそれを恥ずかしがって逃げて。

でも前よりは強い拒否はしなかった。

 

 

 

来学期

 

予定通り琴ちゃんが学園都市に来た。初めての一人暮らしで家事などに

問題があったが、最初の数ヶ月は3人で生活して家事や料理を教えたりした。

翌月から本当に一人暮らしを始めたが、週に2、3回は一緒に晩御飯を食べた。

そして週末には一緒に泊ったりもした楽しい半共同生活を送っていた。

 

そうそう。初めて会った時は年相応の、甘えん坊な子供だと思っていた

琴ちゃんだけど、かなり負けず嫌いで頑張り屋なことが分かった。

 

この性格を活かし、能力開発も頑張った結果にはさすがに驚いた。

最初の能力検査ではレベル1と判定されていたけど、

半年の間にレベルを2つも上げてしまったのだ。

 

これに負けないようにと、俺も音速飛行機、ラム・ジェット理論を完成させてるために

努力を尽くした。兄貴分としてのプライドがあるからね。

 

その努力が実ってか、半年後に海外講演が決まった。

完成したラム・ジェット理論 + 強化骨格と流系ボディの超音速旅客機の設計図が

完成したからだ。

 

しかも今度は発表メンバーの1人として参加する。

 

緊張もするが、努力を増やしたのが理由で発表成果に自信があった。

早く発表したい。早く認められたい。早く教授に恩返しがしたい。

 

そう心躍らせて国際線の飛行機に乗った。

 

前回の学園都市外の発表とは違い、今回はかなり真剣な発表のために美雪はお留守番。

お土産を買ってくると言って2人を残し、教授と開発チームの選抜メンバーで

出発したい。

 

 

 

 

だが、俺の人生の転機に再び不幸が待っていた。

 

俺が乗っていた飛行機が、跳んでいる途中に故障が発生した。

急に機体が揺れ出し、そして緊急用の酸素チューブが全席に降りてきた。

体に伝わる無重力感が、飛行機の落下を教えてくれた。

 

俺は死ぬんだな。

 

死ぬ直前になって俺は自分の気持ちを改めて知った。

 

死ぬときに見る走馬灯。どのシーンにも美雪がいた。

泣き笑い怒る君の顔。そのすべてが俺の原動力になっていた。

 

どうしようもなくあいつの事が好きだ。

 

もっと、素直に自分の気持ちを受け止めて、美雪の気持ちを返せたら

本当によかったのに。

 

はは、今更後悔してやがる。笑えないな・・・・

 



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Trick31_チーム名は

 

 

 

赤神(あかがみ)グループ

 

表向きでは世界的財閥として名を知られている企業。

 

その実態は

 

 赤神(あかがみ)

   謂神(いいがみ)

     氏神(うじがみ)

       絵鏡(えかがみ)

         檻神(おりがみ)

 

その五大財閥、≪四神一鏡≫と呼ばれる組織。

 

世界を魔術と科学とは関係なく、世界を大きく4つに分けた場合、

この≪四神一鏡≫は“財力の世界”のトップに君臨している。

 

つまり、世界の財力と、世界の4分の1を四神一鏡は支配している。

 

 

そしてこの学園都市にも四神一鏡の影響はある。

 

いや、学園都市の最大スポンサーが四神一鏡というのが正しい。影響がないはずがない。

 

何といっても財力の世界を支配する財閥。これ程のスポンサーなしでは学園都市の

科学力はありえないだろう。

 

もちろん、ただのスポンサーとして参加しているわけではなく、自らの利益のために

学園都市統括理事の一人として≪氏神≫が参加して学園都市内を操作したり、

最高の傭兵学校、神理楽(かみりらく)高校を作り世界へ人材を派遣している。

 

学園都市の上を知っている者にとっては四神一鏡と氏神は特別な存在であった。

 

 

 

≪先日のハラザキについて言いたいことがあります≫

 

そう言われて御坂たちは≪氏神ビル≫と名のついた

学園都市で一番高いビルを訪れていた。

 

「でっかいビルね。建物の入り口から上を見ると、首が痛くてしょうがないわ」

 

「信乃さん、本当に教えてくれるんですかね、前の事件について」

 

「教えるって言ったんでしょ♪? 信乃は一度教えると言ったらもったいぶっても

 絶対に教えてくれるから大丈夫だよ♪」

 

美雪が言うように、信乃が教えると言えば教えるだろう。

だが、正確には≪言いたいことがある≫であり、言うとは言っていない。

 

≪氏神ビル≫を訪れたメンバーは

 御坂 白井 初春 佐天 美雪 固法。

 そして神理楽高校へ入学することが決まり、罪を帳消しにされた黒妻。

 合計6人

 

信乃との待ち合わせはこのビルの入り口。時間の10分前に着いていた。

 

そして時間になるとビルの自動ドアが開き、赤い何かがすごい勢いで突っ込んできた。

 

「みんな~~!」

 

「ぐふぉ!!」

 

赤い弾丸、ではなく赤い髪の氏神ジュディスが突撃してきた。

 

今回の被害者は御坂美琴。前回の信乃と同じく鳩尾に頭突きがジャストミートした。

そしてそのまま倒れこんでジュディスは御坂に馬乗りになった。

 

「お姉様!?」

 

「御坂のおねーちゃん~~! ひさしぶりなの~!」

 

「この嬢ちゃんはだれだ?」

 

「氏神ジュディスちゃんです。以前、誘拐されたときに私達と信乃さんで助けたことが

 あるんですよ。このビルのオーナーはおそらくですけどジュディスちゃんの

 お母さんだと思いますよ」

 

「そうなの~!」

 

黒妻の問いに初春が答え、それに合わせてジュディスが元気よく返事した。

 

「おれは黒妻だ。よろしくな、嬢ちゃん」

 

「よろしく~!」

 

「あの~、気絶している御坂さんの上で普通に自己紹介しても大丈夫ですか?」

 

あまりにも呑気で誰も指摘しなかったために、佐天は苦笑いしていた。

 

「あ、そうだった~。それじゃ、西折のおにーちゃんのところに案内するね~」

 

「何事もなく案内を始めましたわよ、この子」

 

倒れている御坂を気にせずにビルの中にジュディスは入っていった。

 

 

御坂を起こして一同は氏神ビルの中に入る。

 

ビルは最新の建築技法とデザインを使われているようで、入口からすごいと

感じた一同。

 

何より驚いたのがビルの吹き抜け構造。

 

吹き抜け構造は、階をまたいで上下が連続している構造だ。

それによって広々とした開放的な空間が得られること、風通しや光が行き届きやすく

することができる。

 

普通の家にも使われることがある構造が、このビルにあることはおかしくない。

 

だがこのビルは度を過ぎていた。

 

200階以上の構造の氏神ビル。そのすべての階の中心が吹き抜けになっていた。

 

「すっご!! 見て初春! 最上階が小さすぎてよく見えないよ!!」

 

「見てと言っているのに見えないって、佐天さん変なこと言いますね」

 

「落ちたら大変だね♪」

 

「でも各階がロビーから見えてテレポートしやすそうですの」

 

「金持ちの考えることは俺には理解できないぜ。まあすごいとは思うがな」

 

「ビルの耐震強度とかは大丈夫かしら。一応透視したけど問題なさそうだけど」

 

「このビルのどこかに信乃にーちゃんはいるの?」

 

「うん最上階~」

 

ジュディスはエレベーターに向かって歩き出した。

 

「あれ? このビル、誰もいないの?」

 

ここまで大きくて立派なビルなら活気に溢れているはず。

 

だがビルの案内受付にも、待ち合わせに使われるためのロビーのソファーにも

誰もいない。

 

「今日はビルのお仕事はみ~んな休み~。だからだれもいなんだよ~。

 大事な話をするから警備員さんもいないんだ~」

 

「立派なビルなのに誰もいないと不気味だね♪」

 

「都市伝説の話題に使えそうなシュチュエーションですね!

 『誰もいない筈のビルに物音が! その正体は何か!?』とか!

 『ビルから飛び降りる影! 死んだことに気付かずに自殺し続ける幽霊男!?』とか!」

 

「佐天さん、本当に好きですね」

 

初春が呆れたように言う。

 

「早く行くの~! エレベーターでも時間かかるから行くの~!」

 

ジュディスに促されてエレベータに歩みを進めた。

 

 

 カッシャッ

 

 

「ん?」

 

何かがぶつかるような音が聞こえて、佐天はロビーの方を見た。

 

音が聞こえた方向を見たが、特に変わった様子はない。

一瞬勘違いかと思ったが、急にロビーの中心の風景が揺らいだ。

まるで熱で空気が歪んだ蜃気楼のように。

 

「え!?」

 

「どうしたんですか、佐天さん?」

 

「初春、何か幽霊がいる!?」

 

急に後ろを振り向いた佐天を不思議に思って聞いた初春に、佐天は自分が見たもの

教えるためにロビーの中心を指さす。

 

「? なにもないですよ」

 

「あれ、なんか真ん中がぼやけたように見えたのに・・・・」

 

「もう、都市伝説のサイトばかり見てるから何かいる気がするんですよ」

 

「2人とも! 早く来ないとエレベーター動かせないわよ!」

 

「固法先輩、すみません! ほら、佐天さんも行きますよ」

 

「・・・・うん」

 

納得しないまま佐天はエレベーターに乗る。

 

 

 

(私が見たの、あれって勘違いだったのかな?)

 

ボーっとしながらエレベーターのガラスの向こうを見ていた。

 

ガラスはビルの吹き抜けの方向にあり、ここから登りながら各階を見ることができる。

 

高層ビルの上にすぐに着けるように今乗っているのは高速エレベーター。

あっという間に景色が下に流れていく。

 

 

 フォンッ!

 

 

景色ではない何かが下に落ちていくのが見えた。

 

「ええぇ!?」

 

「佐天さんどうかしましたの? ガラスにへばりついたりして」

 

「今何かが落ちていった!!」

 

「はいはい、自殺した幽霊が気付かずに何度も落ちていってるんですね」

 

「違う! 何か分からないけど本当に何かが落ちていったのよ!

 もし人間だったら!?」

 

『ピンポーン 最上階に到着しました』

 

「あ、着いたみたいね」

 

エレベーターのアナウンスが流れて扉が開く。

それと同時に佐天がエレベーターから走り出て、吹き抜けから下を見る。

 

「高すぎて下が見えない・・・」

 

「佐天さん危ないです! 佐天さんが落ちたらダメじゃないですか!」

 

初春が佐天の服を引っ張って吹き抜けの手すりから離れさせる。

 

「でも誰かが落ちていたら!!」

 

「ママの部屋だったらカメラから見れると思うよ~」

 

「監視カメラですか。それで見ればすぐにわかりますわね」

 

「ジュディスちゃん! 早く案内して」

 

「落ち着きな。この高さで落ちたら確実にぺしゃんこだぜ。

 今から急ごうがゆっくり行こうが手遅れだ。それよりも小っこい嬢ちゃんが困ってるぜ」

 

佐天が迫り過ぎたせいか、ジュディスは少し涙目になっている。

 

「ごめん・・・ジュディスちゃん」

 

「大丈夫~。早く行こう~」

 

「そうだね」

 

佐天はジュディスと手をつなぎながら歩いた。

 

 

 カッシャッ

 

 

「あれ? 皆さんもう着いたんですか? あ、もう約束の時間になってますね」

 

後ろで物音がした後に、同じ方向から声が聞こえた。

 

見ると信乃が少し汗をかいて立っていた。

 

「あっ! 西折のおにーちゃん~!」

 

「あれ? どこに隠れていましたの?」

 

信乃がいるのは吹き抜けの手すりのすぐそば。近くに柱はない。

つまり、隠れられる場所はなかった。

 

「隠れていたわけじゃないですよ。今ここに到着したばかりです」

 

「到着ってどうやって・・・・」

 

御坂が言い終わる前に、一人の人物が一同の前に現れて驚かせた。

 

宗像 形。先日会った信乃と同じ高校に通う人物。

足には信乃が作ったという、踵から大きな刃物が出た軍用ブーツを着用している。

 

信乃が話す内容の当事者だったので現れるだけだったら驚く理由にならないが、

問題は現れた場所だ。

 

“吹き抜け空間の下から急に上がってきた”

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

宗像は激しく息切れしていた。

 

あまりの登場に全員が固まっている。

 

「宗像さん、タイムが落ちてますよ。前より5秒03も遅いです」

 

信乃はストップウォッチを持っているわけでもないのに時間を言う。

 

「うるさい。新しいA・Tになったからまだ慣れていないだけだ」

 

「調律(チューニング)したのに慣れるも糞もありません。

 むしろ時間が縮まるのが当然です。

 

 鍛錬不足ということであと10本追加です」

 

「くっ、わかった・・・戻ったらお前を殺すからな」

 

宗像は一度深呼吸をして、それだけで息を整える。

 

そして吹き抜けから跳び下りた。

 

「「「「「「「「「うぁーーー!!?」」」」」」」」」

 

「ってどうしたんですか!? そんな大声出して」

 

信乃とジュディスだけが宗像の行動に驚かなかったが、直後の大声で

結局は2人も驚くことになった。

 

「あいつ何跳び降りてんのよ!?」

 

「今からわたくしがテレポートで助けに!」

 

御坂と白井の言葉に、何を驚いているのか気付いた。

 

「あーそのことですか。必要ないですよ、A・Tがありますから」

 

「いくら高いところが大丈夫でも限度があるでしょ!

 信乃にーちゃん何考えてんのよ!?」

 

「だからA・Tがあるから大丈夫ですって。私も今上り下りしてきたところですから」

 

「へ?」

 

よく見ると信乃もA・Tを着けている。

 

というよりも佐天が1階で聞いた音も、ぼやけた風景も信乃が着地した音とその後の摩擦熱による陽炎。エレベーターで見た通り過ぎる影も当然信乃と宗像だった。

 

「細かいことは奥の部屋で座って説明します。行きましょう」

 

平然と案内する信乃だったが、他のメンバーは宗像が心配で

吹き抜けの方を何度も振り返りながらあとに続いた。

 

 

 

 

最上階の一室に移動後、信乃はお茶を飲みながらゆっくりと話し始めた。

 

「さて、私は能力について問題として出題していました。しかし先日、宗像 形が

 私と同じくA・Tを使っているのを見て白井さんと御坂さんにどういうことなのか

 問い詰められました。

 

 それでこのような場を用意して説明しようと思います」

 

「そのような前振りはよろしいですわ。わたくしは信乃さんのA・Tの事を含めて

 昨日の事件、操られた蛇谷と金髪の男、そして『ハラザキ』という人物について

 知っておかなければなりませんの。

 

 今後も知らないままでは風紀委員の仕事に支障が出ますわ」

 

「わかりました。全てに答えられるわけではありませんが、答えられる範囲のものは

 答えていこうと思います。

 

 でも、まずはA・Tについて説明します。この質問も白井さんが一番熱心ですし」

 

「それと一緒に信乃さんの能力についても説明して欲しいですの。

 A・Tについては初春が調べましたわ。

 一昔前に使われていたモーター付インラインスケート、ですわね。

 

 警察を騒がせるほどの性能を持っていたみたいですが、どう考えても信乃さんが

 見せてきた能力では説明がつきませんの。

 

 わたくしの知っている限りでも『空間移動(テレポート)』

 『攻撃した人間の時間停止』『発火能力(パイロキネシス)』『爆発を防ぐバリア』

 『人を切り裂く真空波の攻撃』『残像を出せるほどの高速移動』

 それに木山先生との戦いでは『見えない壁』を出したとお姉様からお聞きしました。

 

 A・Tと組み合わせて使うことで効果をあげているようですが、どれが信乃さんの

 本当の超能力ですの?」

 

「私の能力、ですか。そういえば能力当て問題に答えてもらっていませんでしたね。

 

 本当であれば能力当て問題を出していた白井さんだけには『ギブアップするんですか?』

 とか聞いて少しいじめるつもりだったんですけどね。

 雰囲気が皆さん真面目なようなので、素直に答えさせてもらいます」

 

「それを聞くと信乃さんの持っている超能力が何か分からないのが

 わたくしだけのように聞こえますが?

 わたくし以外にも風紀委員支部にいた方にも問題は出されたはずですの」

 

白井が横の方を向いた。

 

自分だけでなくここにいるメンバーの何人かは能力当て問題を出されたはずだ。

白井は目線が訴えている。

 

「A・Tはともかく、能力についてなら4年前から知ってるわよ。

 信乃にーちゃんについて勝手に能力を勝手に調べた時、能力測定していないとしか

 言っていないし。もしかしたら変わっているかもと思って黙っていたのよ」

 

兄妹のように4年前から付き合いのある御坂美琴。

 

「同じく知ってま~す♪」

 

幼馴染の西折美雪。

 

「私達は佐天さんが幻想御手(レベルアッパー)で倒れる前に教えてもらいました」

 

「うん。私が幻想御手を使って後悔して電話したときに、信乃さんが初春の隣に

 居たんですよ。その時に能力について教えてもらって慰めてもらったんです。

 

 それに、この前の特別講習でも信乃さんが参加してたんですよ。

 それで特別講習の最後には能力測定して、その結果の紙を見せてもらいました」

 

教えられていたが、それを白井に伝えてなかった初春飾利と佐天涙子。

 

「私は信乃君の能力を一度見ただけだもの。

 能力当て問題なんて答えられるはずもないわ。

 

 それに昨日、先輩から話を聞いたから信乃君の“能力”については教えてもらったよ」

 

「ああ。俺は2年前、治療を受けてるときに信乃が学園都市にいた頃の話を聞いてな。

 その時にあいつの“能力”についても聞いた。

 

 美偉は同じ風紀委員だから知ってると思って話したんだが・・・」

 

学園都市に再来する前に知っていた黒妻綿流と、彼から教えてもらった固法美偉。

 

「ジュディは問題知らないもん~!

 

 でも西折のおにーちゃんは、おかーさんから聞いたよ~」

 

問題にすら参加していない氏神ジュディス。

 

「・・・・・本当にわたくしだけですの?」

 

「「「「「「「「うん(♪)」」」」」」」」

 

「・・・・・・」

 

 orz

 

「改めて私の能力について知らない人が“一人だけ”いるので説明します」

 

「『一人だけ』を強調しないでください!」

 

「私は無能力者です」

 

「・・・・・はい?」

 

「無能力者、レベル0、落ちこぼれ、才能なし、どこでも好きな言葉を選んでください。

 AIM拡散力場すら出すこともできない学園都市でもまれな人材です」

 

「いまさら何の冗談を・・・・本当ですの?」

 

問いかけは信乃ではなく、周りの人間全員に向けていた。

 

「ほんとだよ♪ 4年前から完全なレベル0♪ 何度計測し直しても結果は

 変わらないまま♪」

 

「これが一番新しい計測結果です。先程佐天さんが言っていた特別補修で行った結果が

 書かれています」

 

「・・・・信じられませんわ・・・信乃さんの戦闘力はわたくしよりも上。

 それにお姉様も信乃さんには勝てないと言ってましたの。それなのにレベル0・・・」

 

「全てA・Tと、使いこなすために費やしてきた努力の結果ですよ。

 

 あと、御坂さんが勝てないと言ったのは子供の頃の印象が残っているだけで

 攻撃力は御坂さんの方が確実に上です」

 

信乃の言葉に疑いを持ったものの、能力の計測結果の紙には頷くしかなかった。

それでも疑問は残っていたようで、唸っている。

 

その間に、同じように疑問に持っていた佐天が話してきた。

 

「でも信じられないです。私、信乃さんが戦っていたのを真近で見ましたけど、

 どう考えても能力者にしか見えないですよ」

 

「佐天さん、小説家の≪アーサー・C・クラーク≫の有名な言葉を知っていますか?

 

  『高度に発展した科学技術は、魔法と区別がつかない』

 

 それと同じように、私のA・Tは超能力と見分けできないレベルにまで昇華している。

 ただそれだけの事です」

 

「でもでも、A・Tは走って跳ぶための装置ですよね!?

 それなのに『瞬間移動して』『火を出して』『時間を止めて』『バリアーを出して』

 『真空波を出して』『分身の術を使う』ってことができるんですか!?」

 

初春は目を輝かせて聞いてくる。

 

「順番に説明していきますから落ち着いてください。

 

 まず、A・Tについて。

 これは初春さんが調べた内容を御坂さんから聞きました。間違いではありませんが

 情報が足りなさすぎます。まあ、かなり昔のものですから調べられなくて当然ですね。

 

 A・Tとは、モーターの付いたインラインスケート。

 

 しかしただ地面を走るだけではなく、手すりを、壁を、鉄柵を、空中を、

 疾走し滑り回転し跳ぶ。

 

 より迅くより高く、それを目的に作られた。

 超小型モーターをホイールに組み込み、高性能サスペンションと

 エアクッションシステム、それを活かす超高性能演算装置で武装した自走シューズ。

 

 それがA・T(エア・トレック)」

 

「ただのモーターが付いただけじゃなかったんですね・・・」

 

「すごいね!」

 

初春、佐天がそれぞれの反応を返した。

 

「それでも能力の説明にはなりませんの」

 

「急かさないでください、白井さん。今から説明しますから。

 

 ただのモーターといってもA・Tの大きさに入る程の小さなモーターで

 改造なしのノーマルで80km/hを出せます。

 

 そのモーターをカスタム、そして走りの特訓をすれば

 目にも止まらぬ高速移動を錯覚させて『瞬間移動』、

 ストップ&ダッシュを繰り返して相手を混乱させる『分身の術』が

 できるわけです」

 

「・・・・・・」

 

白井は黙ってしまった。納得したわけではないが、一応説明がつく。

 

「信じられなければ実際に見せましょうか?」

 

「いえ、一度は見ましたわ、信じますの。今は話を進めてくださいです」

 

「他のみなさんも話を続けて大丈夫ですか?」

 

「私はちょっと頭がパンクしそうだけどね。でも話は続けていいわよ」

 

固法が苦笑いを浮かべる。

 

「私は大丈夫です。ついていけない感じもありますけど信じます」

 

「わたしも!」

 

初春と佐天は同意。

 

「俺も大丈夫だ。むしろ早く続きを聞きたい」

 

興味津々で続きを促す黒妻。御坂と美雪は頷いて返事した。

ジュディスは最初からまともに聞いていないので無視をする。

 

「次に発火能力(パイロキネシス)などの異常現象について説明、その前に

 A・Tを使っている人が走る“道”を先に説明します。

 

 道は一人一人が持つ技の特徴や差のことです。簡単にいえば『走り方』ですね。

 

 そして昔、A・Tで最強と言われたチームには8人8種類の道がありました。

 

 

 超高速の動きで摩擦熱を生み出し、大気の温度差で走った後に炎が上がる

 炎の道(フレイム・ロード)

 

 回転するホイールに+極と-極で磁界を作り出し、また生み出した電撃で攻撃する

 紫電の道(ライジング・ロード)

 

 目の前に立ちはだかる者全てを叩き伏せて壁を作って轢き潰す

 轢藍の道(オーヴァ・ロード)

 

 A・Tを使用者に合うように調律し、さらに高みへと昇華させる

 閃律の道(リィーン・ロード)

 

 大地を削り、砂を巻き上げ、時には相手すらも石に変える

 大地の道(ガイア・ロード)

 

 守る者のために、向かい来る敵の前に立ちふさがり、行く手を阻む"茨"(いばら)

 荊棘の道(ソニア・ロード)

 

 相手に傷を刻み、筋肉のキレから生み出す技は全てを断ち切る

 血痕の道(ブラッディ・ロード)

 

 空気の面に触れ、自在に風を操り最も空に近い道

 翼の道(ウィング・ロード)

 

 その道を走るA・T最上級者(トップライダー)は“王”と呼ばれ、

 彼らが特殊なパーツを使って走れば、常識を超越した“道”ができた。

 

 都市伝説でもなんでもない、これがA・Tの事実です」

 

「じゃあ最初にあった日、ジュディスちゃんが誘拐された日に

 車の前に出した炎はただの摩擦熱ですか!?」

 

「摩擦熱で間違ってはいません。ただ、ホイールが大地の沸点を超えて炎を生み出す。

 そのレベルにまでいっているんです」

 

「沸点・・・」

 

聞いた佐天は苦笑いで返すしかなかった。

 

その後、信乃は『時間を止める』『風のバリアー』『切り裂く真空波 =“牙”』

について説明した。

 

「A・Tの時代は今の学園都市よりもすごかったんですね!!

 練習して上手になれば炎とか壁とかが一緒に出せるんですから!!」

 

「それは違うよ」

 

初春の言葉を否定したのは信乃ではなく、入口から聞こえた。

 

「A・T上級者(トップライダー)であれば炎や壁を作ることは可能だ。

 だが、ほとんどの奴はどれか一つしか出せない。

 

 “王”であっても一つの道を極めることが普通だ」

 

タオルで髪を拭きながら宗像が部屋に入ってきた。

ここに来る前に汗をシャワーで流してきたようだ。

 

「でも信乃さんは炎と壁を2つもと使って・・・」

 

「理論上は不可能ではない。だが一つの道を極めるのにかなりの時間が必要で

 道によって練習も違い、体の作りも変わってくる。

 

 その状況でどうやって複数の道を走るっているんだい?

 学園都市風に言うならば多重能力(デュアルスキル)のようなものだ。

 

 それを信乃が実行できるのは、そんな常識を覆せるほどの異常。

 異常を十全に発揮できる、才能なんて言葉では片付けられないほどの

 何十倍も鍛錬をした結果だ」

 

「多重能力(デュアルスキル)・・・・・ですの」

 

白井の呟きの後、全員が沈黙した。

A・Tについてはまだすべて理解したわけではない。

 

だが信乃が不可能を可能とするほどの力を持っていることは、なんとなくではあるが

全員が分かった。

 

「と、まあA・Tについての説明は以上になります。

 あの殺人者が言った戯言は気にしないでくださいね。多重能力なんて大げさな

 ことじゃありませんから」

 

「大げさなことだろ? 僕はかなり走っているが、他の道を走るなんて

 かなりキツイ。お前は異常だ」

 

「走り始めて1年が経過していないのに、剣の道(ロード・グラディウス)を

 “王”レベルにまで上達した奴が言うセリフですか?」

 

「事実を言っているだけだ。殺すよ?」

 

「は、面白くない傑作ですね。2人でアレができる癖に嘘をつかないでください。

 ビルのアップダウン、あと10往復追加しますよ?」

 

「それは勘弁してほしい。久しぶりに思いっきり走っていい気分なんだ。

 今日はこのまま終わらせてくれ」

 

信乃と宗像は皮肉を言いあっている。

 

そこに固法が入ってきた。

 

「信乃くん、A・Tの事は一応わかった、ということにするわ。

 だから次の話、本題に移ってほしいの。

 私が知りたいのは“ハラザキ”って人の事よ」

 

「「・・・・・」」

 

途端に信乃と宗像は沈黙した。

 

「私は風紀委員として、いえ違うわ。学園都市にいる人間として不安なのよ。

 “ハラザキ”って人は人を操ったりできるの?」

 

「・・・・そこについてなんですが」

 

「信乃、そこまで」

 

信乃の言葉を遮った人物はこのビルの持ち主の女性。

 

「!? クロムさん!」「あ、ママ~!!」

 

学園都市統括理事の一人、氏神クロム。

 

宗像が入ってきたのと同じ扉の前に立っていた。

 

「あいつについては最重要機密事項(トップシークレット)よ?

 いくら仲間であり風紀委員である彼女達でも言ってはダメ」

 

「元々、教えるつもりはありません。関わらないことを強く言うつもりでした」

 

凛々しい顔、すらりと伸びた手足、女性にしては高い身長をしており、

それが『できる女』のイメージをさらに強くする。

 

そして髪はジュディスと同じ赤色。

 

「初めまして。私の名前は氏神クロム。

 

 神理楽(かみりらく)高校の理事長と学園都市統括理事を務めているわ。

 

 よろしくね」

 

同じ赤のイメージを持っているのに、こっちは爽やかな笑顔だな、

と場違いな事を信乃は考えていた。(人類最強の笑顔は恐怖のイメージ)

 

「・・・はじめまして、第177支部に所属しています、固法 美偉です。

 あの、最重要機密事項ってどういうことですか?」

 

一同を代表してか、固法が立ち上がり質問した。

 

「言葉の通りよ。例え学園都市の平和を守っている風紀委員(あなたたち)で

 あっても言えないことよ。

 

 一応、神理楽(ルール)に所属している2人には口止めしたはずなんだけど」

 

そう言って信乃と横にいる宗像を釘をさすように睨んだ。

 

「どうしてですか!? あんな危険な能力を持っているのに、

 みんなに知らせずに放置するんですか!?」

 

「固法先輩、落ち着いてください」

 

「そうですの、今はとにかく話を聞かないと」

 

「美偉。とにかく座れ」

 

いつもは場を落ち着かせる役割をしている固法が、今は初春と白井に宥められている。

そして隣に座っていた黒妻に手を引っ張られて(性格には手を繋がれて)

しぶしぶ腰を下ろした。

 

「固法先輩が怒るのも分かります。ですが・・・“ハラザキ”はかなり危険な存在。

 いえ、危険(イエロー)ではなく、有害(レッド)ですね。

 確実に被害が出てしまいます。いえ、もう出ている」

 

「だったら尚更じゃない!!」

 

「学園都市で大切なこと。能力開発もそうですが、それ以上に大切なことは

 子供の安全です。

 

 だから風紀委員(ジャッジメント)や警備員(アンチスキル)がいる。

 

 だけど忘れないでください。風紀委員(わたしたち)も子供なんですよ」

 

「ハラザキの存在を知らせれば風紀委員は対策に出なければならない。

 そして被害者が、被験者が増えるだけだ。たかが能力者がハラザキに勝てるはずが無い」

 

もう一人、ハラザキの有害性を知っている宗像が信乃の言葉を紡いだ。

 

「でも、パトロールして見つけられるように、何かしらの手掛かりだけでも・・・・」

 

「手掛かりは『ハラザキ』。その名前以外教えられないわ」

 

粘る固法に、クロムは突放すように言った。

 

「クロムさん、せめて“あの6人”の名前だけは教えてもいいですか?」

 

「・・・まあいいでしょう。

 

 ただし、パトロールで不審者に名前を聞いた時、“その6人”だったら

 適当に見逃がして深追いしないで、信乃や私達に知らせることが条件よ。

 

 そしてここにいる人間以外に、その名前を広めることを絶対に許可しない。

 学園都市統括理事である私からの命令よ。それを破れば風紀委員を辞めてもらうわ。

 それでもいいの?」

 

許可は信乃に対して言ったが、条件と質問は部屋にいる全員、特に固法に向けて言った。

 

「ええ、かなり危険な人物だということは理解しました。深追いも絶対にしません。

 みんなもいいわね?」

 

固法の返事に、全員が頷いた。

 

「では、ハラザキに深くかかわっている6人の名前、いえ苗字だけを教えます。

 

 もしその苗字の人間に合ったら深くかかわらないでください。

 パトロールで見つけても急用が入ったとか、特別に見逃すとか適当に言って

 逃げてください。苗字を聞いて動揺を顔に出さ内でください。

 

 では、その6人の苗字を言います」

 

注意事項を再度言って、一度深呼吸をしてからゆっくりと話し始めた。

 

「時宮(ときのみや)   罪口(つみぐち)

  奇野(きの)      拭森(ぬくもり)

   死吹(しぶき)     咎凪(とがなぎ)

 

 この6人だけです。教えられる情報は以上です。もちろんこの6人も他言無用で

 お願いします。もちろん風紀委員以外の御坂さん達もです」

 

固法を始め、風紀委員の固法と白井、初春は名前を覚えるために

しばらくうつむいて名前を呟いていた。

 

「信乃、あなたも177支部のメンバーだから、くれぐれも無理はさせないでね」

 

「了解です」

 

「それと頼まれていた常盤台の警備メンバー、決まったわよ」

 

「本当ですか? 良かった。“アイツ”が関わってきたから1人のままは

 不安だったんですよ」

 

「それってなに? 初耳だけど」

 

「わたくしもですわ」

 

襲撃事件に関わった御坂と白井だが、今の話は全く聞いていなかったので

信乃に問いかけてきた。

 

「先日の常盤台の襲撃事件、あれの調査と警備員の補充をクロムさんに

 お願いしていたんですよ」

 

「前から候補は上げていたけど、正式に決定して私達の所で一つのチームとして

 扱う体制も整えたわ」

 

「補充だけ、と考えたんですけど・・まあ、そちらの方が警備を十全にできますね。

 ありがとうございます。

 

 それでチームのメンバーは?」

 

「まず、西折信乃」

 

「はい。自分で頼んだから当然ですね」

 

「次、宗像形」

 

「了解しました、理事長」

 

「そういえば先日、クロムさんが私の知ってる奴だと言ってましたね」

 

「僕が仲間になってあげるからありがたく思え」

 

「『お前、仲間になるの早すぎ』って突っ込みしないぞ」

 

「3人目、黒妻綿流」

 

「俺か!?」

 

「あなたはうちの高校に特別入学してもらったけど、

 特別入学が異例なせいで通常授業じゃ足りないわ。

 信乃と一緒に馬車馬のごとく働いてもらうわ」

 

「まあ、俺に出来ることがあれば何でもするぜ」

 

「先輩、頑張ってください!」

 

「おう、任せとけ美偉。よろしくな、信乃、宗像」

 

「よろしくお願いします、黒妻さん」「よろしく、だから殺す」「お前もう黙ってろ」

 

宗像の言葉に即座に突っ込みを入れた信乃。一同は苦笑いをした。

 

「4人目、"位置外 水"(いちがい みず)」

 

「・・・だれ?」

 

御坂だけが口に出したが、ほとんどの人が同じように疑問を持った顔を

している。

 

「ここにはいないですが、優秀な女の子です」

 

「ふーん 信乃が言うなら相当だね」

 

「美雪・・・・いつもの♪が無いぞ・・・てかなんか恐いぞオーラが」

 

「そういえばどこにいるのかしら? 呼んだはずだけど」

 

クロムも今現在どこにいるか知らないらしい。

 

どうしようかと考えていたら

 

『すでに来ているぞ』

 

「キャッ!? びっくりした!」

 

部屋に設置されているスピーカーから声が流れた。

急に声が聞こえたことで佐天が悲鳴を上げた。

 

『クロム理事長。高貴なる私を選んだことであなたを高く評価してやる

 光栄に思う事を許そう』

 

「なんか高飛車な人だね・・・・・」

 

佐天が苦笑いした。

 

「顔合わせのために呼んだのに、相変わらずの引きこもりのようね。

 信乃、魂感知」

 

「了解。・・・・・ってかなり近くにいますよ」

 

クロムの指示を受けて、目を閉じて何かに集中したと思った次の瞬間に

信乃は席を立った。

 

魂感知などという奇妙な単語が出てきたが、『どうせ信乃だし』のノリで全員がスルーした。

 

部屋を出ていき、数秒後に少女を左わきに抱えて入ってきた。

まるで人攫いのワンシーンの2人だが、信乃は気にせずにそのまま

 

「つーちゃん。自己紹介しなさい」

 

「ええと・・・"位置外 水"(いちがい みず)ですぅ・・・・

 いちおう中学1年生ですぅ・・・・」

 

わきに抱えられた少女は、スピーカーから流れた声と同じだったが、話し方が人見知りの

それに近く、ぼそぼそと言った感じでしゃべる。

 

少女は10歳ほどの体格で信乃は楽に抱えている。

見た目は美少女だが、それ以上に少女にはかなり目立った特徴があった。

 

髪、瞳が“蒼色”をしていた。

 

澄み渡るような蒼色。彼女と初めて会う御坂達は一時、見惚れていた。

 

「えーと、信乃っぷ、降ろしてくださいぃ・・・」

 

「そのあだ名で俺を呼ぶな」

 

「ではニシ「あんたは苗字でも呼ぶな」 ・・信乃ぉ・・・?」

 

「それでいい。呼び捨てにしないでほしいと言いたいところですが、

 もう、今更ですからそのままでどうぞ。

 それでは降ろします」

 

「うに!?」

 

抱えていた左腕をそのまま離したので位置外 水はそのまま床に落ちた。

 

「えーと、信乃くん・・・知り合い? 呼び方もなんだか親しそうだったし」

 

信乃が珍しくひどい扱いをしている少女を見て、固法は苦笑いを

浮かべていた。

 

「知り合いということは認めます。ですが親しくはありません」

 

「痛いぃ・・・」

 

顔を押えながら立ち上がった水を信乃は少し冷たい目で見下ろした。

 

「知り合いなんて浅い関係ではないですぅ・・・。

 信乃ぉの婚約者ですぅ・・・」

 

「「「婚約者!?」」」

 

「と、つーちゃんの母親が勝手に押しているだけであって、

 私は一切認めていません。完全拒否しています」

 

「信乃、あとでO★HA☆NA★SHIがあるわ」

 

「美雪の黒いオーラが一層暗くなった・・・・話は別にかまわないけど

 家に帰ってからにしてくれ」

 

「♪」

 

「その♪がなぜか恐い・・・・」

 

「僕と結婚するのが嫌だったらぁ・・・・

 せめてニシオ「却下、ふざけんな、母親共々いい加減諦めろケシズミにするぞ」

 うううぅぅぅぅ・・・・・・」

 

水はうなだれて半泣きした。

 

「信乃さん、ちょっときつくあたりすぎじゃないですか?」

 

初春が同情して信乃に聞いてきたが、

 

「これぐらい抵抗しないと、すぐに結婚させられるか、

 つーちゃんの家が運営している機関に組み込まれてしまいますから」

 

信乃は疲労を感じさせる溜息を吐いた。

言っている事は大げさでもなんでもなく真実だった。

 

実際、過去に何度か角が立たないように断ってたら、次の日には

『結婚式場はどうする?』など話が勝手に進んでいた事があったので

今では否定しすぎるくらいに断っている。

 

「ちなみになんで“つーちゃん”なんですか?」

 

と初春が聞いた。

 

「名前が水(みず)、“み”から3。

 

 そして苗字の位置外は 1 外  つまり1を外す。

 

 3から1を外して2。 2は英語で『two』。日本語発音でツー。

 それでつーちゃん」

 

「なんていうネーミングセンスですか・・・」

 

「佐天さん、一応言っておきますけど、私が考えたわけでなくつーちゃんの母親が

 考えたんですからね。

 

 しかもつーちゃん本人が気に入って、これで呼ばないと怒るんですよ」

 

「み、皆さんも、つーちゃんって呼んでくださいぃ・・・」

 

「自己紹介は終わった? 警備チームのメンバーは以上よ」

 

「豪勢なメンバーですね。殺人者、スキルアウトの元カリスマリーダーに

 サイバープロフェッショナル。すごいですね」

 

「人材の質も考えたけど、一番の理由はもちろんあるわ。気付いているでしょ?」

 

「・・・もしかしてA・Tですか?」

 

「そのとおり。この特別チームは新人の黒妻くんを除いて全員が使えるからね。

 どうせ集めるなら、そんなチームも面白そうだと思ったのよ」

 

「本当の意味で、暴風“族”ですね」

 

信乃とクロムの会話を聞いて御坂が

 

「え? あんたもA・Tを持ってるの!?」

 

「え、えっと、はいぃ。信乃ぉの使っているのを見て自分で作ってみましたぁ・・・・

 でも、走るのは下手だしぃ・・“足につけるA・Tは”ノーマル仕様から

 改造はありません・・・」

 

「なんか、話を聞いているとA・Tを俺も使わなきゃだめなのか?」

 

「黒妻さんだけが使えない状況ですけど、使うかどうかは本人の意思に任せます。

 腕っ節だけでも充分ですから」

 

黒妻の問を信乃が話に入って答えた。

 

「いや、俺も使いたい。このビルを上り下りできるなんて面白そうじゃねぇか。

 むしろこちらからお願いしたいぜ」

 

「以前に跳んでいる私を見て、楽しそうだって言ってましたからね。

 わかりました。新しいA・Tと練習場所を用意します」

 

「楽しみにしているぜ、信乃」

 

シニカルな笑みを黒妻は浮かべた。

 

「さて、特殊チームを作るにあたって、チームに名前をつけてもらうわ」

 

「名前ですか・・・まぁかっこ悪くなければ私はなんでもいいですけど」

 

信乃は言いながら他のメンバーの顔を見た。

 

「僕もこれといって意見はない」

 

「新入りの俺は何も言うつもりはないよ」

 

「ぼ、僕もなんでもいいですぅ・・・・

 チームの名前なんてそれほどこだわりないですしぃ・・・・」

 

宗像、黒妻、水の順に返してきた。

 

「つーちゃんが言うと、母親がやっていた≪チーム≫の事を思い出してしまいますね。

 正式名が無かったですし、各々が勝手に呼んでましたし。

 

 でも私達のチームには正式な名前をつけましょう。

 何かいいのはありますか?」

 

今度は御坂達に目を向けた。

 

「う~ん、電撃(サンダー)ってのはどう?」

 

「お姉様・・・・本当に電気のことしかありませんわね・・・」

 

「別にいいじゃない! 小型モーターってことはA・Tは電気で動いていることに

 違いはないんだから!」

 

「かっこいいチーム名・・・思い浮かばないな~。

 初春、何かない? そのお花はそのためにあるんでしょ?」

 

「違いますよ! 名前を考えるのに花が関係してくるんですか!」

 

「ほら、アイディアが花開く、みたいな?」

 

「なんですかそれ!? もう怒りますよ!」

 

「あはははは、ごめんごめん」

 

「盛り上がっているところ悪いんだけど、チーム名はもう決まっているわ。

 もう書類を作り始めているわよ」

 

「「「「「「え?」」」」」」

 

クロムの言い方が『チーム名を決めろ』と言っているように感じたが、

それは勘違いのようで、すでにクロムが決めているようだった。

 

「そう、チーム名はすでに決まっている。

 

 

 チーム名は  小烏丸(こがらすまる) よ!」

 

「はぁ!?」

 

唯一、その名前に聞き覚えがある信乃だけが、素っ頓狂な叫びをあげた。

 

 

 

つづく

 



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Trick32_私にもA・Tを教えてください!!!

 

 

 

「そう、チーム名はすでに決まっている。

 

 

 チーム名は  小烏丸(こがらすまる) よ!」

 

「はぁ!?」

 

クロムの決めたチーム名に

唯一、その名前に聞き覚えがある信乃だけが、素っ頓狂な叫びをあげた。

 

「ちょっとクロムさん! それ恐れ多いですって!!

 よりにもよって最強の|A・T(エア・トレック)チームの名前なんて

 名乗れないですよ!!!」

 

「へ? そうなの?」

 

「そうだよ琴ちゃん!

 

 ≪小烏丸≫って言ったらA・Tの全盛時代に、メンバー全員が中学生でありながら

 結成から一年足らずで頂点に君臨した伝説級のチームだよ!!

 

 そんなの名乗ったらイッキさんに申し訳ないよ!!」

 

「すごいチームなのはわかりますけど、昔の中学生相手に

 そこまで過剰に反応することはないはないんじゃないですか?」

 

佐天の言うことはもっともだ。

 

たかが昔のチームが名乗っていただけ。

むしろ最強チームから名前を貰ったのなら縁起がいい。

 

だが、『しのっぷ』を前世を持つ信乃にとっては、憧れの先輩達である。

ゆえに名乗ることが恐れ多い。

 

「それが嫌なら≪ジェネシス≫か≪|眠りの森(スリーピングフォレスト)≫に

 するわよ?」

 

「クロムさん・・・・そのチョイスに悪意を感じるのですが・・・」

 

「別にそんなつもりはないわよ。私はただ信乃の反応を楽しんでるだけだから」

 

「むしろ純度100%の悪意しかない!?」

 

「ま、今言ったのは冗談だけど。

 

 で、どうするの? 私はこの3つ以外は認めないわよ」

 

「僕は≪小烏丸≫でいい」「僕もぉ・・・」「新入りに異論な~し」

 

宗像、位置外、黒妻からは賛成意見が出た。

 

「あんただけよ?」

 

「うっ・・・・でも・・・」

 

「なら取引しましょう」

 

クロムはメモリーチップを取り出して信乃に見せた。

 

「この中には≪小烏丸≫、≪ジェネシス≫、その他のトップクラスの

 バトル映像があるわ」

 

「・・あれ? それって俺が個人的に超絶シーカーに依頼したはずのものでは?」

 

半笑いで固まった信乃。驚きのあまり一人称が「俺」になっている。

 

「まぁ、貴重な映像よね。どこかの誰かが頼んだ内容を超絶凄腕犯罪者シーカーが

 一年以上もかけてようやく見つけたものらしいわよ。

 百年以上前のとても貴重な映像らしいわね。

 恐らく、もう一度手に入れるには同じ時間だけ必要とするかもしれないわ。

 

 私は友さんを経由して誰かに渡すように言われたんだけど・・・

 どうしましょう? チーム名が思い通りにいかないショックで手先の感覚が・・」

 

「それは取引じゃなくて脅しって言うんだよ!!」

 

「返事は?」

 

「あぁ・・・はい、了解しました。≪小烏丸≫って素晴らしいですね・・・・はぁ」

 

「よろしい」

 

勝誇った顔でメモリーを投げ渡した。

 

「友さん経由ってことは、つーちゃん。あなたがクロムさんに渡したんですか?」

 

「は、はいぃ・・・・・」

 

「あとで覚えてろ」

 

「ひいいぃぃーー!!」

 

「信乃。僕にも見せてくれ」

 

「俺も見たい。よく知らないが、A・T関連の映像があるんだろ?」

 

位置外がガクブルの中、宗像と黒妻がメモリーチップに興味を示してきた。

 

「それじゃ、時間があるときに上映会でもしますか?」

 

「≪小烏丸≫の練習拠点は風紀委員の練習施設の近くに専用で借りておいたわ。

 あと、信乃は風紀委員も並行でやってもらうから・・・・・

 

 そうね。チーム全員を風紀委員(ジャッジメント)にして177支部に配属させる。

 ミーティングなんかはそこで勝手にやってね」

 

「それは一気に3人の人間を特別風紀委員にするってことですよね?

 職権乱用ではないですか?」

 

「そうよ」

 

「即答したよ! いっそ清々しい!!」

 

「ということで、うちのメンバーの受け入れ、よろしくね固法さん」

 

「え、あ、はい」

 

反論する余地もなく、うなずくしかできなかった。

 

そして、その日は解散となった。

 

 

 

***************************************

 

翌日

 

「え~、今日から177支部に追加の配属がされることになりました」

 

神理楽(ルール)の3人、もとい≪小烏丸≫の宗像、黒妻、位置外の3人は

固法により風紀委員177支部のメンバーに紹介されていた。

 

さすがに一度に一つの支部に、3人の配属は不審に思われるということで、

 

「3人はボディーガード育成で優秀な神理楽(かみりらく)高校の人たちよ。

 

 正式な風紀委員としての配属ではなく、実際の人を守る立場の仕事に

 関わる実習、言いかえれば職場体験のようなものでここにきています。

 

 風紀委員のテストは受けていないけど、実力は確かよ。

 わからない事があったら優しく教えてあげてね」

 

「「「「「はい」」」」」

 

事情を知らない、信乃と初春、白井以外の風紀委員メンバーは疑わずにこの事を信じた。

 

「それで、彼らの指導担当は信乃くんにお願いするわ。

 

 配属されて半年も経っていないけど、彼は充分に仕事をしてくれるし、

 同じ学校だから馴染みやすいと思うわ。よろしく頼むわね」

 

「了解しました」

 

事前に用意された嘘その2で、≪小烏丸≫の全員がまとまって行動できるようになった。

 

「報告は以上よ。それでは仕事に戻って」

 

皆それぞれの仕事へと戻って行った。

 

 

 

 

「さて、≪小烏丸≫の第一回 作戦会議(ブリーディング)を開始します」

 

場所は風紀委員177支部の中にある会議室。

 

参加メンバーは≪小烏丸≫の4人。そして風紀委員の初春と固法。

面白そうだから参加してきた御坂と佐天。合計8人だ。

 

昨日は話を聞いていた美雪は、忙しいということで本日は欠席である。

 

≪小烏丸≫以外の人は参加させるつもりはなかったのだが、クロムの計らいで

情報を完全隠蔽してメンバー以外が勝手に巻き込まれるよりも目の届く範囲で

参加させた方がいいということになり、≪小烏丸≫仮メンバーにした。

 

作戦会議の司会進行は、暫定的にリーダーとなった信乃が務めている。

 

「まず、≪小烏丸≫の目的を再度確認します。

 

 1.常盤台中学の警護、および敵が来た際の迎撃

 

 こちらはみなさんに話した通り、先日、謎の人物が常盤台を襲撃しました。

 犯人の目的が不明確であるのと同時に、裏で糸を引いている人間がいると予想。

 再び襲撃があるので、それに備えての防衛がこのチームの結成理由です」

 

一度ここで話を切り、全員が理解しているかを顔を見て判断する。

誰一人として疑問を持った顔をしていないので、信乃は話を続けた。

 

「ただ、この警護をすることに問題が発生しました。

 

 襲撃されたとはいえ、数ある学校の中から常盤台中学を守るためだけに

 特別チームを作るのは無理がありました。

 

 いくら学園統括理事といえど、たった1つの学校に危機がある“可能性”だけでは

 警備強化をしてくれないみたいです」

 

「え、それじゃどうするのよ?」

 

「心配には及びませんよ御坂さん。たった1つの学校を守ることに問題があれば、

 複数の学校を守ることにしました。

 

 実際は常盤台中学を守るために作られたチームですが、表向きの警護対象は

 常盤台中学を含む、『学舎の園の警護』となります。

 

 それによって≪小烏丸≫全員が、バラバラに学舎の園のどこかに配置されます。

 

 私は偶然にも常盤台中学の修理員として既に入っているので、他のメンバーは

 クロムさんが用意する仮の役職として潜入警護します」

 

「理事長には頑張って、もう少しまともな処遇にしてほしい。

 一応は世界の4分の1を支配している人だからな」

 

「この学園都市は例外ですよぉ・・・・表と、そして財力と政治力が

 混ざった特別地帯ぃ・・・ER3なんて比じゃないくらいにぃ・・・

 境界線が曖昧になっているんですぅ・・・」

 

「世界の4分の1とか、財力やら政治力やら、何言ってますの?」

 

表の世界以外を知っている宗像と水の言葉に白井が質問してきた。

 

「それは後々話していきます。今は作戦会議を続けますよ。続いての目的ですが

 

 2.“アイツ”の動向について捜査。さらに捕獲または処分すること」

 

信乃が白井の質問を誤魔化して話を続ける。

 

“アイツ”とは“ハラザキ”のことだ。ここにいる全員に間違っても名前を

口にしないよう説明したので、“アイツ”と言っている。

 

「処分って、いくらなんでもひどすぎじゃないかしら?」

 

当然、この目的に固法が口をはさむ。

 

「処分っていうのは、アイツが危険すぎる存在だからこのように言っているだけです。

 私達全員が処分しようとは考えていませんよ。

 

 ですが、始めから捕獲だけを考えて相手できるような甘い相手ではありません。

 せめて目的の中だけでも制約なしにしているだけです。

 

 私達は処分なんてするつもりはありません」

 

「だから殺す」

 

「バカは放っておいて次にいきます。

 

 3.氏神クロムから出される、風紀委員だけでは解決できない事件を処理する。

 

 これは言ってみれば何でも屋というところですね。おまけみたいな目的なので、

 それほどは気にしないでいいですよ。

 

 以上の3つが≪小烏丸≫の目的です」

 

「つまり、私達の学校を守りながらアイツについて調べる。ってことでいいのよね」

 

御坂が目的を簡単すぎるほどにまとめて言った。

 

「はい。うちのメンバー以外の皆さんにも協力をお願いします。

 常盤台にいる御坂さんと白井さんは、襲撃があった場合の生徒の安全確保。

 

 風紀委員の固法さんと初春さんには、アイツと思われる不審者がいた場合の通報。

 

 佐天さんは都市伝説が好きと聞きましたので、その中で面白そうなものを

 報告してください。

 

 アイツやその仲間は、都市伝説と考えてもいいほど異常な奴らですから、

 表に出てくる情報よりも頼りになる場合があります。

 

 それではお願いします」

 

全員が頷いた。

 

「これで作戦会議を終了します。細かい内容は後々に決めていきます。

 今日は解散としましょう。

 

 配属されたばかりの3人は、今日の風紀委員の仕事は終わりです。

 

 ですが、この後にA・Tの練習をするので、このまま≪小烏丸≫は

 まとまって行きましょうか。

 

 丁度、私の本日の仕事はありませんし、全員で行きましょう。

 固法さん、大丈夫ですよね?」

 

「いいわよ。それじゃ、私達はこのまま残って風紀委員の仕事に戻るわ」

 

固法の返事に白井と初春も「そうですね、わたしたちもこのままで」と頷く。

 

御坂と佐天は何も言わなかったが、信乃達と一緒に立ち上がったのを見ると、

付いてくるつもりだ。

 

練習に向かうために立ち上がった信乃だが、途中で立ち止まり

 

「あ、出発前に渡しておきますね。はい、これ」

 

黒妻に持ち歩いていた、黒いスポーツバックを渡した。

 

「お、A・Tか!! 昨日話したのにもうできたのか?」

 

入っていたのは黒を基調としてデザインされたA・T。

信乃が使っていたものよりも重量感を感じさせるのが、拳を使って戦う

黒妻のパワーのイメージにも合っていた。

 

そのA・Tを見て、一部のメンバーが羨ましそうな顔をしていた。

 

「パーツは元々自分用の予備があったのでそれを適当に合わせて作りました。

 一応最終確認をしたいので少し背中を貸してください」

 

「ん? なにするんだ」

 

疑問に思いながらも素直に信乃に背中を向けた。

 

信乃は黒妻の背中に手を置き、目を閉じて意識を集中させる。

 

「トレ・・・・ン」

 

誰も聞き取れない小さな声で、魔術の詠唱をする。

 

「はい、問題なし。音も組み上げたA・Tとずれが無いみたいだし、

 そのまま使っても大丈夫ですよ」

 

「音? なんか関係があんのか?」

 

「先日説明した|閃律の道(リィーン・ロード)って覚えていますか?

 あれってA・Tの音に使用者の音を合わせる作業をするんですよ。

 音があっていれば使いやすくなりますし、ずれていれば怪我したりA・Tが

 壊れたりしまうんです。

 

 本物の音の確認方法は別の方法をとるんですが、その方法は嫌ですし

 代わりにした今の方が成功率が高い自信がありますから安心してください」

 

信乃にはBLの趣味は一切ない。もし昔の閃律の道(リィーン・ロード)の

方法で調律すれば、男同士が裸で×××な状態になる必要がある。

 

だが信乃が使ったのは魔術。それも解析魔術だ。

これを使えば自分の皮膚の間隔を通さずに直接相手の音を“解析”して理解できる。

 

ちなみに宗像のA・Tも信乃が製作・調律をしたものだ。

 

「そんなんでわかるもんなのか?」

 

「私が旅の世界で飛び回って手に入れた特技の一つですよ」

 

正確には世界を回る前に身に付けた魔術なのだが。

 

「A・Tを使うのに慣れると、個人の癖が出てきてズレも大きくなります。

 定期的にメンテナンスと一緒に調律もしますよ」

 

「おう、頼むぜ!」

 

「それじゃ、行きますか。 佐天さんはどうします? 風紀委員じゃないから

 残る必要はないですが」

 

「あの・・・信乃さんにお願いがあるんですが・・・・・」

 

佐天が言いにくそうにモジモジとしている。

 

「なんですか? 私にできることであれば聞きますよ」

 

「あの・・・・・えっと・・・・」

 

優しく促してもなかなか言えない。恥ずかしそうに口を動かすだけだ。

 

それでも信乃は急かさずに笑顔で待った。

 

 

 

一度大きく深呼吸をして、佐天は決心をして言った。

 

「信乃さん!! 私にもA・Tを教えてください!!!」

 

 

 

つづく

 



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Trick33_軽い、羽みたい!!

 

 

 

「A・T(エア・トレック)を、ですか?」

 

「だ、だめですか!?」

 

「いえ、だめというか・・・」

 

佐天からのお願い。それはA・Tを教えて欲しいというものだった。

 

信乃は困惑した。確かにA・Tは遊び道具として使われていたし、

はた目から見ていてやってみたいと思うのも納得できる。

 

だが、信乃が見せた事のあるA・Tはほとんど戦闘中。

いわば武器と認識されてもおかしくない状況だけだ。

 

佐天は"無能力者"(レベル0)、もし武器(ちから)を手に入れたいと

考えた上で言ったのであれば、A・Tを教えるわけにはいかない。

 

「いいですね! 私もA・Tを使ってみたいです! 私にも教えてください!」

 

初春が佐天に便乗して同じお願いをしてきた。

 

「2人に1つ聞きたい。なぜ使ってみたいと思ったのですか?

 正直に答えてください」

 

まずは佐天から。

 

「えっと・・・・・//////」

 

言おうとしたが、途中で顔が赤くなって続きを言えずに黙ってしまった。

それを見た初春が、先に答える。

 

「はいはい! 私は能力者みたいに強くなりたいですし、これを使って

 悪い人を取り締まってビシバシ風紀委員を頑張りたいんです!!

 さらに白井さん以上の力を持っちゃったら・・・・

 今までの仕返しにあんな事やこんな事を・・・・」

 

「思考がだだ漏れになってますわよ。初春、ちょっと★O☆花☆死★を」

 

「わー嘘です嘘です!!」

 

漫才をやっている2人は放っておいて、信乃は話を進める。

 

「なるほど、“強くなりたい”ですか。佐天さんも同じですか?」

 

「あ・・・それはないって言ったら嘘になりますけど、

 でもそれ以上に楽しそう・・・だからですかね?」

 

「疑問形で返さないでくださいよ。簡略して強くなりたい、でいいですね」

 

「ち、違いますよ! ただ単純に、その///////」

 

またしても顔を赤くして続きを言わなかった。

 

ただ単純に楽しそうだと思ったから。

そう続けるつもりだったが、ただ単純に楽しい気持ちの根源を考え直してみると、

信乃と一緒にいる時間が楽しそうで、そして一緒に跳ぶ事が出来たら幸せだという

気持ちに辿りついて赤くなってしまった。

 

「単純になんですか?」

 

少し厳しい口調で信乃は言う。

 

ついさっきまで顔を赤くしてアタフタしていた佐天だが、

信乃の反応が真面目だったので戸惑った。

 

断られるとしても軽く『ダメだ』と言われる程度だと思って、

思いつきを口にしただけなのに、こんなにも細かく真剣に理由を聞かれるとは

予想していなかった。

 

「わかっているとは思いますが一応言っておきます。

 

 落ちたら“死”にますよ。その覚悟はあるんですか?」

 

「「!?」」

 

普段と変わらない口調で言われたソレはかなり危険な内容だった。

 

「ま、まあー練習したら大丈夫ですよね?」

 

希望のような言い方をする初春。一方の佐天は黙り込んで考えていた。

 

「どうなんですか、佐天さん? 友達と一緒にやって楽しそうだとか

 それだけですか?

 

 昔はともかく、今A・Tをするのであれば喜びとかプラスの気持ちだけでは

 覚悟は足りませんよ。必ず私達に関わらなければならない。

 

 “裏”の世界に関わるかもしないですよ  」

 

さらに佐天を試すような事を言って、信乃は一歩移動した。

 

そこには偶然にも宗像、位置外、黒妻が固まって立っていて2人の話を黙って待っていた。

 

≪小烏丸≫。A・Tのチーム。そして“ハラザキ”の対策の特殊部隊。

 

A・Tを履くということは、そういうことになってしまう。

 

一瞬だけ怖気づいたが、それでも自分が思っている気持の方が強いと確信して言った。

 

「跳びたい。楽しそうだから飛びたい。それが一番の理由です。

 もちろん戦う覚悟もあります。出来れば戦いたくありませんけど

 私だけ何も役に立てないのはもっと嫌です!」

 

「・・・・わかりました。A・Tを教えるかどうかは明日話します」

 

そう言って会議室を出ていこうとした。

 

「信乃、すまないが俺は今日の練習には参加したくない」

 

「? なぜです黒妻さん?」

 

「カバンの中に入っていたA・Tの説明書も読まなきゃならないからな。

 いきなり本番ってのは危ないだろ」

 

「意外ですね。説明書を読まないで実際に使って覚えるタイプだと思ったんですが。

 でも間違っていないですし、いいでしょう。

 

 今日は私達3人だけで練習します。他の人は付いて来ますか?」

 

行く気満々だった御坂だったが、今までの話で思うところがあったのか

首を横に振った。

 

そして誰も首を縦に振らなかった。

 

「では行きますか」

 

宗像と位置外を促して会議室から、風紀委員支部から出ていった。

 

 

 

「俺は説明書を読みながら風紀委員(ここ)の雰囲気に慣れるとするか。

 美偉、どこか座っていても邪魔にならない場所はあるか?」

 

「それなら私の隣の机を使ってください。空いてます」

 

「サンキュ。

 

 嬢ちゃん、頑張りな。それだけの覚悟がありゃ大丈夫だ。

 俺と一緒に習おうぜ」

 

佐天の頭を一撫でして会議室から出ていった。

黒妻に付いて行く固法も佐天にウインクで『頑張れ』と伝えて出ていった。

 

 

 

「先輩、もしかして信乃くんに付いて行かなかったのは習うのを一緒にするためですか?」

 

「教えるなら信乃の手間がかからないだろ? それに嬢ちゃんの覚悟は本物だからな、

 応援したくなったんだよ」

 

「そうですか。ちょっと妬いちゃうな」

 

会議室に残された佐天達からは聞こえなかった2人の会話だった。

 

 

 

「大丈夫よ、佐天さん。信乃にーちゃんならわかってくれるから」

 

「そうですの。すごい熱意でしたから、きっと伝わっているはずですわ」

 

「一緒に教えてもらうように頑張りましょう!」

 

「御坂さん、白井さん、初春・・・・」

 

3人からも励ましの言葉があった。

 

「うん。例え断られても、もう一度頼んでみるわ。簡単には諦めない!」

 

「ふふふ、その意気よ。信乃にーちゃん、頑張る人は大好きだから、きっとね」

 

「/////だだだ、大好きですか!?」

 

「佐天さんどうしたの急に? 顔を真っ赤にして」

 

他人の色恋には少々鈍い御坂以外の2人は、ニヤニヤと佐天を見ていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

翌日は宗像、位置外、黒妻の風紀委員見習い3人はそれぞれ別れて

仕事をした。

 

宗像は白井から現場での戦闘のマニュアル(戦闘前に警告を必ずする事、等)を習う。

 

位置外は初春から風紀委員でのサポート方法を習う。

 

黒妻は固法から書類などの書き方、整理や決まり事について習う。

 

風紀委員での指導は信乃が担当することになっているが、さすがに全員を一度に

見ることはできない。一応は風紀委員の最低限の仕事をさせるために

それぞれにあった指導員にお願いしたのだ。

 

一方の信乃は3人が所属したことで必要となった書類の風紀委員向けのもとの、

神理楽(ルール)に向ける資料の2種類を書くのに忙しくしていた。

 

風紀委員は学生が運営している。なので風紀委員向けの書類はそれほど難しくはない。

 

問題は神理楽(ルール)向けだ。

世界の四分の一を支配している四神一鏡(ししんいっきょう)の直属の戦闘部隊。

部隊への書類を書いているのだから、その分難しく四苦八苦していた。

 

ただ、本物の部隊として扱われているので、本物のバックアップも期待できる。

 

特にメンバー全員が使っているA・Tには希少金属が必要になる。

その金属を手に入れるための手段があるのはかなりありがたい。

 

そう自分を無理矢理励まして信乃は書類に没頭していた。

 

 

 

「信乃くん、はいコーヒー」

 

「あ、固法さん、ありがとうございます。

 

 他の皆さんはどうですか?」

 

「先輩は書類が苦手みたいで、今の信乃くんみたいになっている。

 でも、諦めたり放りだしたりしてないから大丈夫よ。

 

 位置外さんは初春さんよりもバックアップとか情報処理とかが得意みたいで

 かなり意気投合しているわ」

 

「でしょうね。つーちゃんのお母さんは電子工学・情報工学・機械工学の

 プロフェッショナルで、つーちゃんもそれを受け継いでいますから」

 

「それに超絶シーカーさんだっけ? 幻想御手(レベルアッパー)を

 信乃くんに依頼されて見つけたっていう人。

 

 その人から位置外さんは探索を教えてもらったみたいで、今は初春さんとその話題で

 盛り上がっているわ」

 

「あ~、前にちぃくんの事話したら目茶苦茶興味を持っていましたからね、初春さん。

 で、宗像さんはどうです?」

 

「・・・・あの人ね、白井さんと相性悪いみたい。

 

 一応は風紀委員って正義の味方みたいなものでしょ? どんなに悪いことした人でも

 警告を必ずしたり、倒す時も大けがしない場所に攻撃するのが決まりであるわ。

 

 でも宗像くんはなにかあれば『殺す』って言うし、例え冗談でも

 タイミング良く『だから殺す』なんて何度も言っていたら誰でも起こるわよ。

 さらに言えば白井さんは怒りの沸点が低いし」

 

 

 

これは殺人者と空間移動者の会話の一例

 

「まず、敵方のアジトなどが判明した場合ですが、突入する前に支部の方に

 連絡しますの。もし捕まったりでもしたら大変ですし、1人で突入するのは

 難しい状況もありますわ」

 

「難しい状況か、だったら敵を全員殺せばいいだろう」

 

「・・・・殺すわけにはいかないのは当たり前の事ですので、これ以上は追及せずに

 次を説明しますの。

 

 突入後はまず、警告をした後に「殺す」 そう相手を殺して解(ばら)して・・・

 ってそんなことしてはいけませんの!! いい加減にしてくださいまし!!!」

 

 

 

「宗像さんと仲良くできる人は中々いないと思いますよ。人を見れば殺すことしか

 考えられませんし。と言っても今まで人殺しをしたことはないですけど」

 

「なに当たり前のこと言っているの。それに冗談でも人を殺すことしか考えないなんて

 言っちゃかわいそうよ」

 

「そうですね」

 

宗像の殺人衝動は事実ですけど。とは続けて言わなかった。

 

「信乃くんの書類は終わりそう? 別に今日中に終わらせないといけないわけじゃ

 ないでしょ?」

 

「そうですけど、こういうものは早くやった方が良いですし、面倒なことは

 早めに終わらせておく性質(たち)なんですよ」

 

「ま、良い心がけだわ。今日はパトロールの指導が終わったらその場で解散しても

 良いわよ。それに佐天さんも待っているんでしょ?」

 

「ええ、訓練場近くの公園で待ち合わせています。その時に昨日の返事をね」

 

「危ないことに関わるのは止めたいけど、あんな佐天さんを見ると応援したくなるわ。

 決めるのは信乃くんだし断っても仕方ないけど、どちらにしろ優しくしてあげてね」

 

教えるにしろ優しく教えろ。断るにしろ優しく言え。そういうことだろう。

 

「了解しました。

 時間もちょうどいいですし、書類はここまでにしてパトロールに行ってきます。

 宗像さん、つーちゃん、黒妻さん、パトロールに行きましょう」

 

「わかった」

 

「・・・・・・はぃ」

 

「おう!」

 

いつでも無機質な声の宗像、消えそうな声の位置外、

書類から解放されて喜びの声の黒妻が返事をした。

 

「あ! 私も行きます!! 昨日の返事を佐天さんに言いに行くんですよね!

 私も一緒に聞きますよ!」

 

一応は佐天と同じ時に同じことをお願いした初春と

 

「わたくしも行きますわ。お姉さまは佐天さんと一緒にいると言ってましたし」

 

御坂の居る所であればどこにでも行く白井も一緒に来ることになった。

 

 

 

「大丈夫だって、信乃にーちゃんなら教えてくれるって」

 

「で、でも、私なんかに教えてくれますかね? 私レベル0ですよ?!」

 

「信乃にーちゃんだってレベル0だし関係ないわよ」

 

信乃達と待ち合わせの公園ではすでに御坂と佐天が待っていた。

 

昨日は勢いでお願いしたが、一晩経って冷静に考えてみると

自分は相当恥ずかしいと思うことをしたことに気付いた(佐天目線で恥ずかしい)。

 

A・Tが楽しそうだということも、戦う覚悟があることも嘘ではない。

それは一晩考えても答えは変わらなかった。

 

だが、一番の理由は信乃と一緒に時間を過ごしたいということだ。

その気持ちを素直に出したらかなり自分は恥ずかしいことを言っていなかったか?と

今頃になって緊張している。

 

佐天の状態を見て御坂が励ましているという図がここにはあった。

 

「それに言ってたじゃない。断られても、もう一度頼んでみるって。

 例え今断られても諦めないんでしょ?」

 

「何度も何度もお願いしたらウザイって思われませんかね?! 信乃さんに

 嫌われたりしないですかね?!」

 

「大丈夫よ」

 

「ほんとにほんとですか?!」

 

「でも、判断材料を増やさずに、ただ単純にお願いするだけじゃ断りますけど」

 

「やっぱりダメなんですか・・・・!?っ信乃ひゃん!?!?!?」

 

「どうも、あなたの生活に幸せをお届けする何でも屋の西折信乃です」

 

「いつからいたのよ、盗み聞きなんて趣味悪いわよ」

 

「あんな大声で言っていることを聞いて盗み聞き扱いとはひどいですね」

 

「うっ!」

 

佐天が気まずそうにうなった。

 

緊張からか無意識に大声になっていたようで、信乃と一緒に来ていた

メンバー全員が聞こえていた。

 

佐天と仲の良い初春と白井は苦笑いを浮かべていたが、宗像以外の残りの人は

おかしそうに笑っていた。

 

「話の途中に入ってくるのはダメでしょ」

 

「御坂さんのおっしゃる通りで。でも人の話を聞かないよりはマシでしょ」

 

「そうね。言っても無駄な人よりも少し邪魔する程度の方が

 って全く関係ないじゃない!!!」

 

「ばれたか。話をそらそうとしたのに残念」

 

「あ、あの! 信乃さん・・・・」

 

兄妹漫才を繰り広げていたが、佐天がそれを止めた。

 

「さっき言っていたことですけど、お願いするだけじゃ断るって・・・」

 

佐天が真剣な顔で尋ねてきた。空気を読んで、ここで雑談を終了させて

信乃は佐天に向く。

 

周りのメンバーも邪魔しないように口を挟まずに黙って佐天と信乃は見守った。

 

「さっき言った事って、話の途中で言った事ですよね?

 

 それは一度断ったのに、熱意だけじゃダメってことですよ。

 

 確かに、ダメだと言った後で何も用意せずに『お願いします』とだけ言うのは

 都合がよすぎると思いません? お願いすれば何でも通ると考えている人って

 ウザイですよ。

 

 断られたのを通してほしかったら、なにか別の判断材料を持ってきて

 再度お願いしてくださいってことです」

 

「・・・・・・そうですか。わかりました。

 

 じゃ、今回は諦めます。けど、信乃さんが納得いくこと見つけてから

 もう一度お願いしますね! 今日はこれで失礼します。」

 

さっきまでの焦って緊張していた様子はもうなく、吹っ切れたように良い笑顔で

佐天は笑った。そして帰ろうとした。

 

信乃はそんな佐天を見て、悪戯を含んだ笑みを浮かべた。

 

「なぜ帰るんです?」

 

「なぜって、信乃さんがダメだって言ったから・・・」

 

「熱意だけじゃダメって言うのは、あくまで一度断ったことに対してです。

 佐天さんのお願いは断ってないでしょ? だから対象外です、気にしないでください」

 

「えっと、今何て言いましたか?」

 

「佐天さんのお願いは断っていない、そう言いました」

 

そしてあるものを渡す。

 

それは昨日、黒妻に渡したものと色違いのバッグを手渡す。カラーは白。

 

「あ・・・・これって・・・・・」

 

「どうぞ、開けてみてください」

 

言われるがままにチャックを開け、中に入っているのを見る。

 

 

  AIR TRECK

 

 

つまり、佐天のお願いに対する信乃の答えはこの“自由への道具”(エア・ギア)だ。

 

佐天はそっと、ガラス細工を扱うかのように優しくそれを取り出した。

 

「ふぁ・・・軽い、羽みたい!!」

 

手に持ったA・Tの予想以上の軽さに驚き、新しいおもちゃを手に入れた

子供のような無邪気な笑顔で隅々まで見る。

 

A・Tのカラーは白を基調に、赤で所々にアクセントを加えられている。

黒で重量感の黒妻に対して、佐天のA・Tは可愛らしくポップな感じだ。

 

「ほ、本当にいいんですか?」

 

「はい、でも昨日も言いましたがA・Tを履いているだけで襲われる可能性があります。

 だからある程度の実力がつくまでは訓練に容赦はしません。

 

 それと私達のチームにサブではなく、正式なメンバーになってもらいます。

 ですから、ある程度の命令にはしたがってもらいますからね。

 

 しかし安心してください。『戦え』という命令は絶対に出しません。

 氏神さんに何と言われようが絶対に私がさせません。

 

 代わりに『戦うな』というような行動を制限されたら絶対に従ってください。

 そうしてもらわないと、こちらとしても安心して戦えませんから」

 

「はい!! 絶対に守ります!!!」

 

「おめでとう、佐天さん!」

 

「おめでとうですの」「おめでとうです!!」

 

「御坂さん、白井さん、初春、うん! ありがと!!」

 

3人が佐天のA・Tを見るために寄っていき、触らせて欲しいと言われて交代ずつ

渡されていった。

 

「あ、そういえば、私の分のA・Tはないんですか」

 

そういえば初春も佐天と同じ時にお願いしていたが、佐天の熱意に全員が

そっちに目がいって忘れていた。

 

ただし信乃は覚えていた。

 

「残念、初春さんは不合格です」

 

「え~~~なんでですか!?」

 

「A・Tを欲しがる理由が力を手に入れるため。そして覚悟が無い。理由は以上です」

 

「そんな~~~」

 

A・Tで強くなりたいと言った上に、覚悟を問われたときも疑問形で大丈夫と答えた初春。

 

そんな気持ちの人には渡したくなかった。

 

なにより、A・Tを強くなるためだけの道具と思ったのが少しだけ許せなかった。

 

宗像とA・Tの事で話した時も、空が気持ちよさそうだと言っていた。

入院中の黒妻と話した時も、跳んでいる信乃を見て楽しそうだと言っていた。

 

だから2人にはA・Tを作り渡したのだ。自分と同じく空が好きな人間だから。

(例外を言えば位置外は自作している)

 

ふざけたような言い方で初春を断ったが、その中身はかなり固く決心があった。

 

「A・Tを履きたかったらもっとまともな理由にしてください。

 

 佐天さん、宗像さん、つーちゃん、黒妻さん、

 全員そろって≪小烏丸≫の初合同練習に行きますよ!」

 

「はい!!」「あぁ」「・・・はぃ」「うっしゃ!」

 

 

 

 

つづく



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Trick34_おかげで私は(汗で)ぐっしょりよ

 

 

 

≪小烏丸≫がA・T(エア・トレック)練習を始めてから数週間後。

 

佐天涙子は学校に着て早々、机に突っ伏していた。

 

A・Tの練習は、最初こそは基本中のキホン、歩く(ウォーク)から始まった。

ローラーがついた靴底では、転ばないように歩くだけでも初心者には難しい。

 

苦労しながらもどうにか歩く(ウォーク)を覚えて走る(ラン)の練習に入った。

 

だが、ここからが地獄だった。

 

 

 

「今日の練習はここまで」

 

「は、はい」

 

 バタン

 

 

 

終了の合図と同時に地面と仲良しになるのは毎日の事。

練習内容はご想像にお任せします。

 

そして帰りは自分で歩けず、信乃が運転する車で寮まで送ってもらっていた。

 

 

「どうしたのルイコ? 最近疲れてるみたいだけど」

 

授業前に眠りかけていた佐天を起こしたのは、クラスメイト。

アケミ、むーちゃん、マコちんの仲良し3人組。

 

「いやね、詳しくは言えないんだけど秘密の特訓を受けてるのよ」

 

A・Tのことは氏神クロムから「禁則事項です(某未来人風)」と言われているので、

例え友人であろうとも話してはだめだ。

 

「ふーん。そう言うなら細かくは聞かないけど、大丈夫? 無理したらダメだからね」

 

「一体何をやったらそんなに疲れるのよ?」

 

「ちょっとした特訓、って思ってたんだけど、本当に地獄の特訓よ」

 

佐天が幻想御手で倒れる直前の信乃の言葉は

 『佐天さんも頑張ればできますよ。やりかたを教えましょうか? 地獄の特訓で』

と言っていた。

 

自分を励ますためにふざけて言ったと思っていたが、本当に地獄の特訓だった。

 

信乃は全く体を鍛えた事のない佐天のために、ある程度は甘い特訓をしているだろうが

佐天は付いて行くのが一杯一杯だった。

 

一緒に特訓をしている黒妻は元々体格もよく、鍛えていたので佐天ほど疲れては

いなかった。1日の訓練が終わるころには、その場で倒れ込み30分は動けないほどに

疲労困憊になっている。

 

友人たちに聞かれて、思わず訓練のことを思い出してしまってテンションが下がった。

 

「本当に参っちゃうよ」

 

「へ~、どんなことやってんの?」

 

先程聞かないで欲しいと言われたので、今の言葉は興味本位の呟きが出ただけ。

本当に答えてもらおうとは全く思ってなかった。

 

だが下がった佐天はテンションのせいで内容を独り言のように漏らした。

 

「上下運動(壁の上り下り)をもっと速くしろとか」

 

「上下運動?」

 

(なんの上下運動なんだろう?)

 

「体(の関節)が柔らかい方がいいからって(柔軟体操で)後ろから(背中を)

 グイグイ押してくるし。

 

 あ、股関節が柔らかいのは褒めてもらえたな~(開脚前屈の意味で)」

 

「柔らかい方がいい? 後ろから押してくる!?」

 

(柔らかい方がいいって、まさか胸のこと!? お尻のこと!?

 それに後ろからグイグイ押し込まれるって!?

 股関節が柔らかい!? 開いてなにしてるの!? M字開脚!? 挿れられる!?)

 

押してくると言ったのに内容が想像力もとい妄想力で変換されている。

そして目に浮かぶは淫らな姿の佐天涙子。

涙目で頬を赤く染めている。もちろんベッドの上で は だ か 。

 

「毎日毎日、足腰がガタガタになるまで(練習を)やるしね。

 おかげで私は(汗で)ぐっしょりよ」

 

「こ、腰がガタガタになるまでヤる!? グッチョリと濡れている!?」

 

「ちょ、涙子、なにヤってんのよ! 自分の体を(貞操的な意味で)大事にしなさい!」

 

「? そんなに心配しななくても大丈夫よ。自分から(A・Tを)やりたいって

 お願いした事だし、疲れるけどその疲れが気持ちいし楽しいもの」

 

「自分からお願いした・・・・」

 

「疲れるけど楽しいって・・・あんたどこまで汚れてしまったのよ・・・・」

 

「そんな、純粋で可愛い涙子はどこにいっちゃったの・・・・」

 

「????」

 

さすがに話がかみ合っていないことに気付いたが、何をどう勘違いしているのかは

全く分からずに佐天は首をかしげた。

 

「おはようございます。みなさん朝から集まって仲が良いですね。

 あれ、なんだか4人とも元気ないですけど、どうしたんですか?」

 

遅れて登校した初春が4人の所に来た。

 

しかし特訓の疲労で机に突っ伏している佐天と、勘違いで友人の貞操が汚されたことに

悲しんでいる3人が元気がないことに気付いた。

 

「私は特訓で疲れているからだけど、なんだかマコちん達は勘違いして暗い顔に

 なっているみたいなのよ。

 何を勘違いしているか分からないけど」

 

「? そうですか。あ、特訓と言えば佐天さん、調子はどうですか?

 うまくいってます?」

 

「バッチリ! と言いたいところだけど、鍛えてないせいですぐにダウンしちゃうし。

 でもでも聞いて初春!! なんと3階までの高さなら昇れるようになったのよ!!」

 

昇れるようなった、というのは壁昇り(ウォールライド)のことだ。

 

「すごいじゃないですか! 初めて昇った時は1メートルもできなかったって

 言っていたのに、数日でここまでなるなんてさすが佐天さんですね!!」

 

「へへへ、これも信乃さんのおかげだよ」

 

悲しんで黙っていた3人は、会話の中に知っている人物の名前が出たことで話に

入ってきた。休日にした特別実習で印象に残っている人を。

 

「信乃さん? それってこの前の風紀委員の人だよね。

 それに風紀委員の初春が知っているってことは如何わしいことじゃないってこと?」

 

「違うわよ! 特殊なスポーツの特訓よ! 3人とも一体何と勘違いしてたのよ!?」

 

A・Tは昔はスポーツにも使われていたと聞いたので、嘘はついていない。

 

「いや、腰を速く上下運動するとか、柔らかい胸とお尻が良いとか、

 M字開脚気持ちいいとか、後ろから挿れられるとか言うからエッチなことかと・・」

 

「「うんうん」」

 

「//////////なななな何言ってんのよ! そんなこと信乃さんがするわけ無いでしょ!!

 そんな変なこと私は一度も言ってないわよ!!」

 

「そだっけ?」

 

「そうよ! まったくもう!!」

 

「ねえねえ! そんなことよりも信乃さんって、この前補習で一緒だった

 かっこいい人だよね!?」

 

「人を変態扱いして『そんなこと』扱いってひどすぎるよ。

 

 ・・・・もしかしてむーちん、信乃さんのこと狙っているの?

 いくら親友でもそれは譲れないわよ?」

 

「ひゃ、そそそそんなことととなないわよ!!! 涙子恐い!! 目が濁ってる!!」

 

「バレバレよ。まぁ、私は狙ってないけど、信乃さんってかっこいいと思うもん」

 

「あーそれ私も思う。この前の『応援してる』って言った時の笑顔、見惚れちゃった~~」

 

顔を赤くして照れ隠しをした後に、友人の表情を見て血の気が引いたむーちゃん。

笑いながらも、その意見に同意するマコちん。

うっとりとした顔でさらに同意するアケミ。

 

それを聞いて、思わず佐天も本音を漏らしてしまった。

 

「ま、まあ私も見惚れちゃったけど・・・でもそれはいつものことだし」

 

「やっぱり佐天は信乃さんが好きなんだね」

 

もちろん佐天の呟きが聞き逃されることはなかった。

 

「///ええ!?」

 

「そうなんですよ。佐天さんったら信乃さんにゾッコン(死語)って感じで!

 最近付けているブレスレット、これは信乃さんからもらったものだから

 大事にしてるんですよ~」

 

「初春! 余計なことしゃべっちゃだめ!!」

 

「ほうほう、それはいいこと聞いちゃった」

 

「う~ん、それじゃあ信乃さんは涙子に譲るかな? でも諦めた時に

 私もまた狙っちゃうからね」

 

「お幸せに~~」

 

「もうそんなんじゃないわよ!! 告白だってまだなのに!」

 

「あれ? もう付き合っているのかと思ったのに意外だね」

 

「顔は中の上? 上の下かな? まあかっこいいほうだから、このままだったら

 他の誰かに取られちゃうかもよ?」

 

「今も他の誰かに告白されてたりして」

 

「いや、信乃さんがかっこいいのは分かるけど、今現在告白されているのは

 言いすぎじゃないかな?」

 

一瞬信じてしまったのだが、いくらなんでも大げさすぎると思って気にしなかった。

 

 

 

*****************************************

 

 

 

「あ、あの西折さん! 今日の放課後はお時間はありますか!?

 よろしければ新しくできたお店に行こうと思うのですけどご一緒に行きませんか!?」

 

佐天達が噂していた同時刻の常盤台中学校。

場所は人気のない、移動授業でしか使わない音楽室前。

 

信乃は一人の見知らぬ女子生徒からお誘いを受けていた。

見知らぬといっても常盤台中学の制服を着ているので、ここの生徒だろうが

信乃には一度も面識がない。

 

「・・・・・誘ってくださってありがとうございます。

 

 これは私の自惚れかもしれませんが、一応質問させてください。

 そのお誘いは“友人”としてお近づきになるために言っているのですか?

 それとも“異性”としてお近づきになるために言っているのですか?」

 

「えええっと////////////」

 

(・・・この反応は“異性”としてか)

 

信乃はため息をつき

 

「申し訳ありません。今日の放課後の予定はありませんが、

 そのお誘いを断らせていただきます」

 

「あ・・」

 

少女が何かを言う前に信乃は立ち去って行った。

 

 

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

・・

 

 

 

午前中もまだ終わらない校舎の修復作業と、修理個所の点検で学校中を回り、

昼食休憩前に屋上、青空の下で弁当を広げていた。

 

「まったく、アレ以降に周りの反応が変わり過ぎだろ」

 

深いため息と共にぼやいた。憂鬱な気分のせいで箸は全く動かしていなかった。

 

修理を始めた直後、常盤台の女生徒達はほとんど信乃に話しかけてこなかった。

 

修理の邪魔をしてはいけない、女性しかいない空間にいる男性への拒絶、等々の

様々な理由があっただろう。

 

話しかけるのは知り合いの御坂と白井、水着撮影会のあとには湾内と泡浮が

少し話しかけるくらいだった。(婚后が話しかけた場合は信乃が無視をした)

 

その他の生徒でも礼儀正しい一部の生徒がすれ違いざまに挨拶をするくらい。

(ただしあちら側の挨拶は『ごきげんよう』である)

 

だが、常盤台襲撃事件の後、信乃は頻繁に声をかけられてるようになった。

 

どんな能力なのか、どこの学校なのかと興味本位で聞いてくる学生はまだいい。

 

適当に能力の事を誤魔化し、学校がボディーガード養成をしているから強いのだと

言えば満足して帰ってくれる。

 

問題はさっきみたいに告白、または異性としてのお誘いをしてくる学生たちだ。

残念ながら自分は恋愛には興味を持てない。

 

彼女たちのお誘いにも全く何も思わないし、思わせぶりな態度をとって後で

傷つけないように、その場で断っている。

 

断るたびに罪悪感を感じているので、常盤台に来るのが最近嫌になり始めていた。

 

「そーいえば、小学生のモテた時期もケンカとか勝負の後からだったよな。

 女子って現金すぎないか? 人間性見ないで少しかっこ良いとこ見せただけでこれか」

 

「おーす、信乃にーちゃんいる?」

 

屋上の扉を開けて入ってきたのは御坂美琴。

 

信乃の妹分である彼女とは会う約束もしてないし、今までも昼食を校内で一緒に

食べたことはない。

 

それなのに手にはランチボックス(学食で販売されているサンドイッチセット)を

持ってきていた。

 

「いいかげん信乃にーちゃん言わないでください。

 今日はどうしたんですか? わざわざ屋上にまで来て」

 

屋上で昼食を食べるのは、学生であればよくある光景だと思う。

しかし、常盤台中学の女子生徒達にはそれは当てはまらず、開放されているが

全く利用されていない。ここを訪れること人物がいることはとても珍しい。

 

屋上がお気に入りの信乃にとっては都合のいいことだが。

 

「たまにはいいじゃない。兄妹の仲を深めようじゃないの」

 

「で、本当の理由は?」

 

「ん~、実はね、信乃にーち「にーちゃん言うなボケ」 ・・信乃さんが

 今日ふった子がうちのクラスの子でね、そのことで詳しく話を聞こうと思って」

 

「はぁ~、勘弁してください。

 今現在、そのことで罪悪感に押しつぶされそうになっているんですから」

 

「あはははは! 信乃にーちゃんがそんな風になっているの初めて見た!」

 

「人の不幸を笑わないでください」

 

御坂はランチボックスに入ったサンドイッチを取り出して食べ始めた。

 

「それで、どうしてふったの? 雪姉ちゃんがいるから?」

 

「あいつとは関係ありません。私は恋愛に興味がないので、付き合ってくれと

 言われてもどうしていいかわかりませんし、付き合ったところで恋愛感情が

 芽生える確率はゼロです。

 

 そんな状態で告白を受け入れたら女の子で遊んでいるのと同じじゃないですか。

 恋愛感情が無くても、他人の恋愛感情を利用しようと思うほど私は

 欠陥製品ではありません」

 

「欠陥製品? なにそれ?

 

 でも何で恋愛できないのよ? 昔は雪姉ちゃんと本当に仲良かったのに。

 あの仲の良さはどう見ても夫婦よ」

 

「美雪にそんな感情を持っていたのは事実です。でも・・・・・

 

 戦場でのことでね・・・・」

 

「あ・・・・ごめん、変なこと聞いて」

 

信乃のが何故恋愛ができないようになったのかは“戦場”だけでは理由が足りないだろう。

 

だが、御坂にとっては信乃の触れていはいけない一番のエピソードだったので

すんなりと引き下がった。

 

「気にしなくてもいいですよ、美雪にもそのことを話しましたし。

 それでもあいつは諦めていないですけどね」

 

「それが雪姉ちゃんだもん。信乃にーちゃんこそ諦めて縒りを戻したら?」

 

「美雪が諦めるよりも、先に私が諦める方が可能性が高いですけど・・・

 そう簡単にはできませんよ。でも未来のことはだれにもわかりませんがね」

 

「そうね。信乃にーちゃんが戸籍上で私のお兄さんになるかもしれないし」

 

「美雪は御坂家の養子で戸籍に入っていましたっけ? 苗字が西折になっているのに。

 法律って意外と自由ですね」

 

信乃が事故で死んだと報告を受け、落ち込んでいる美雪を御坂美鈴と美琴は

養子に入るように説得し、本当の家族として彼女を支えていた。

美雪の苗字の変更もこのときにされた。美雪自身の強い希望で。

 

信乃が帰ってきた現在も戸籍はそのまま、美雪は美琴の姉として法律で認められている。

戸籍上で美琴の兄になるということは、美雪と結婚するということを指していた。

 

「ま、信乃“さん”を堂々と信乃“にーちゃん”と呼べるのを楽しみにしてるわ」

 

「楽しみは後に取っておいて、今は信乃さんと暫定的に呼んでくださいよ」

 

「じゃあね、信乃にーちゃん」

 

「おいこら。って逃げやがった」

 

昼食を食べ終わった御坂はわざと呼ぶなといった呼び名を言って教室から出ていった。

 

仲睦まじい兄妹の関係は、常盤台の一部の人からは恋人と噂されている事は

まだ2人は知らない。

 

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

・・

 

 

 

プルルルルルル

 

御坂と昼食を食べた2時間後、信乃の携帯電話が鳴った。

 

「はい、もしもし。あ、はいそうです。届きましたか。ご連絡ありがとうございます。

 では3時ごろに伺いますのでそれまで荷物の方、よろしくお願いします」

 

プッ、と携帯電話の通話を切った。

そして電話帳から「位置外 水」を捜して再び電話する。

 

「もしもし、つーちゃん? 西折です。実は常盤台の修理用の材料が届いたので、

 それを取りに学園都市の入り口ゲートまで行かなければならないんですよ。

 

 常盤台を一時的に離れるので、警護監視の方を代わりにしてもらえませんか?

 はい、でもやることは引き続きカメラ越しの警護で大丈夫ですだと思います。

 

 念には念を入れて、宗像さんと黒妻さんにも連絡をお願いします。

 

 では、よろしく」

 

電話を切り、ポケットに収める。

 

常盤台中学の校舎修理をしているが、芸術品(どうらく)として

作られたここの校舎には特殊な材料が必要だった。

 

特殊なために学園都市内だけでは手に入らず、国外まで発注をしていた。

 

無理矢理に修理を頼まれたのだが、生来の真面目な性格のせいで完璧に修理をする

信乃だった。

 

「理事長にも報告をして出発しますか」

 

常盤台の理事長室に向かって信乃は歩き出した。

 

 

 

 

信乃が離れたこの後、事件が発生する。

 

 

 

つづく

 



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Trick35_信乃にーちゃんは何してるのよ!

 

 

 

位置外(いちがい) 水(みず)。愛称はつーちゃん。

 

≪小烏丸(こがらすまる)≫に所属する彼女の得意分野は、情報技術、作戦立案と指揮。

 

そして、この得意分野を持っている人に共通しやすい特殊能力、

運動音痴も彼女には備わっていた。

 

A・T(エア・トレック)を使っている≪小烏丸≫で、

自身もA・Tを持っているにも関わらず、彼女は走る(ラン)すらまともにできない。

 

本当のインラインスケートと同じレベルでしか乗れないのだ。

 

信乃も、彼女には例外でA・Tを作っていない。

彼女がA・Tを履く身体能力と、飛びたいという意欲が無いからである。

 

A・Tを渡さない裏の理由としては、信乃は位置外水を苦手としているからだ。

実家ぐるみで信乃を婿養子、または実家が治めている機関の幹部代表にしようとを

目論んでいる。それを必死に否定しているが水も実家も諦めてはいない。

 

A・T使い(ライダー)としても関わりが薄く、

人間的にも苦手とする位置外水を、信乃は≪小烏丸≫として受け入れているのは

意外であり、異常なのだ。

 

しかし、これには信乃なりの理由があった。

 

このマイナスをプラスに変える程の価値を位置外水が持っているからだ。

 

それが得意分野。

 

この得意分野は“得意”の枠には留まらず、もはや“特化”または“進化”の方が適切だ。

信乃のA・Tを見よう見真似で再現して自分のA・Tを作る程の能力。

 

A・Tを作る技術だけでなく他の得意分野も、もちろんずば抜けている。

 

 

その得意分野を使って彼女は現在、世界最高峰のセキュリティが掛かっている

学園都市のコンピュータの一部を掌握して常盤台中学の監視をしていた。

 

 

****************************************

 

 

「A地区、異常なし」

 

一人しかいない部屋で呟く位置外 水。

 

ただ、現在はコンピュータを操作している状態な為、いつもの人見知りの話し方ではなく

どちらかと言えばスピーカー越しにしゃべっていた威圧的なものに近かった。

 

一部の人間は、彼女の母親に倣って今の彼女を≪蒼(あお)モード≫と呼んでいる。

 

 

その目には壁一面の設置された5×5、つまり25にも及ぶディスプレイを捉えていた。

 

内容は常盤台がある学舎の園の全ての監視カメラが代わる代わる写っている。

しかも1つのディスプレイには5つ以上のウィンドウがあった。

 

つまり、最低でも125台のカメラをリアルタイムで操作、監視、判断を行っている。

 

「Z地区異常なし。引き続きA地区へ。  S地区に異常あり」

 

異常ありと言ってるいるが先程と口調は全く変わらない。

人が聞いていれば聞き逃した可能性が高い、起伏の無い話し方だった。

 

キーボードを叩き、同時に3人の携帯電話に連絡を入れる。

 

「S地区内倉庫に複数の平民(にんげん)が集合。要注意人物として・・・

 

 訂正。“武装した”愚民(にんげん)が複数、軍用トラックに乗り込んで倉庫を出発。

 進行方向上にある施設で該当するのは常盤台中学校。ただちに敵襲に備えろ」

 

『『『!? 了解!!』』』

 

「移動後に連絡をしろ。新たな命令を与えてやる」

 

『つーちゃ、いや、位置外 水、話したいことがある』

 

「なんだ? ・・・・・分かった、連絡を入れる。

 お前は特に早めに戻ってこい」

 

連絡後、ディスプレイ上の画面が目まぐるしく変わっていったが、

位置外本人としては何事もなかったかのように、変わらずに画面を操作しているだけだった。

 

 

 

 

****************************************

 

 

 

 数分前

 

 

「ありがとうございます。そんな特殊な材質をわざわざ極東の地にまで運んでもらって」

 

「気にすることはないよ少年。しかし、こんな材質を使うなんて今修理している

 職人ってのは相当な腕の持ち主だね。もしくは変わり者だ」

 

「あはははは・・・そうですね」

 

学園都市の外部と内部とを結ぶ専用ゲート。西折 信乃はそこに来ていた。

 

常盤台中学の校舎修復に使う材料を、ゲートに取りに来ていた。

 

特殊な材質ということで、入手するルートも限られている。

信乃が現在話しているのは、そういった材質を扱っているヨーロッパの企業の運び人。

 

ただ、相手は信乃が職人の弟子で、遣いパシリとしてここにいると勘違いしているようだ。

その職人を過大評価しているので、恥ずかしくて「修理人は自分です」とは言えずに

苦笑いで肯定するしかなかった。

 

「それにしても俺は初めて学園都市に配達に来たが、大げさな検査だな。

 運んできたのはただの石なのに、あんな特殊な機械で調べる必要があるのかね?」

 

しゃべっているのは日本語。相手は世界各地を相手にする企業のためにバイリンガル、

もしくはそれ以上の優秀な人のようだった。

 

学園都市の出入りは厳重に管理されている。もちろん、物でも同じ。

 

運び屋がぼやいた検査は、まるで地雷探知をしているかのような機器で

持ってきた複数の材質(鉱石など)を調べ、さらに別の機械でも調べている。

 

今は4つ目の機械を使っている。話しによれば合計10回の検査をするそうだ。

 

確かに厳重すぎる。知っていた信乃はそれほどでもなかったが、

初めて見たという運び屋の男にとってはかなりの驚きだっただろう。

 

「本当にすごいですね。私もびっくりしてます(嘘)。

 

 ですが、配達のサインは完了したので仕事の方はここまでで結構ですよ。

 配達先も、ここのゲートとなっているので都市内部まで運ばなくても大丈夫です」

 

「そりゃ良かった。このままだったら俺は暇すぎて眠ってたな。

 それじゃ少年、君の師匠によろしく言っといてくれ。今後もご贔屓に頼むって」

 

「わかりました。“修理の”師匠にもよろしく言っておきます。

 本当にありがとうございました」

 

持ってきた材料を必要とする修理員によろしくではなく、

信乃の修理の師匠(?)マリオにお願いしているので、表面上は快く了解した。

 

 

 

 

 

運び人も帰り、検査が終わるまで待合室でのんびりとしていた信乃に

電話が掛かってきた。

 

着信は位置外水。

 

「もし『S地区内倉庫に複数の平民(にんげん)が集合。要注意人物として・・・

 

 訂正。“武装した”愚民(にんげん)が複数、軍用トラックに乗り込んで倉庫を出発。

 進行方向上にある施設で該当するのは常盤台中学校。ただちに敵襲に備えろ』

 

 !? 了解!!」

 

すでに待合室から出て、人目の少ない近くの路地に走り始めていた。

 

「つーちゃ、いや、位置外 水、話したいことがある」

 

スピーカー越し、または機械を操作している彼女は≪蒼(あお)モード≫になっていることを

信乃は知っていた。だからフルネームに言い直した。

 

『なんだ?』

 

話をしながらも人目が無いことを確認し、背中に隠し持っていたA・Tケースから

中身を取り出して足に装着する。

 

「常盤台にいる、“表向き”の警備員にも連絡を。

 出来れば御坂さんと白井さんにも連絡を入れてください。

 

 もちろん、戦いになっても無理をせずに時間稼ぎに専念するように

 きつく言ってください。彼女たちだって守る対象です。

 

 本当であれば戦わせたくないんですが、背は腹に変えられません。

 私が常盤台から離れてしまったばかりに・・・」

 

『分かった、連絡を入れる。お前は特に早めに戻ってこい』

 

 ブツッ   プープープー

 

一方的に電話を切られたが、今の彼女の態度からは普通の行動だった。

なんせ佐天が言っていた通り、高飛車な人と表現もできる≪蒼モード≫なのだ。

 

常盤台中学校が襲われて、裏では≪小烏丸≫が作られたが、もちろん表向きにも

何も行動しなかったわけではない。

 

女子校のため警備員(ほとんど男のため)は配備していなかった。

 

だが、発生した問題が今までにないこと。生徒の命を優先して

常盤台中学理事長が自己判断で学園統括理事会に申請し、常時3人の

防弾チョッキ、警棒、ゴム弾装填銃を装備した警備員を配備することになった。

 

正直に言えば、警備員は時間稼ぎにしかならないと信乃達は思っている。

さらに本音を言えば、勝てない戦いのなので逃げて欲しい。

 

だが、そうすれば怪我をするのは生徒たちだ。

なんの戦い手段を持たない子供たち。超能力のレベルが高いといっても戦いとなれば別。

 

優先すべきは無防備な女生徒たちだ。

 

 

 

装着し終わったA・Tを使って路地の壁を登り、建物の屋上へ。

 

そして火柱を上げながら、地図上で見れば文字通り一直線で常盤台へと向かって行った。

 

 

****************************************

 

 

プルルルル、プルルルル

 

「はい、こちら常盤台中学警備室です」

 

『匿名の電話だ。今から常盤台中学に不審車両が向かっている。

 信じられないかもしれないが、一応動くだけ動いた方が良い』

 

「な、なんだって!? あんたは一体だれ」ブツッ「 ・・・電話が切れた?」

 

「どうしたんだ?」

 

「いや、ここに不審車両が向かってくるっている匿名電話が・・・・

 誰だか聞く前に電話を切られちまった。でも女の子の声っぽかったけど」

 

「なんだそれ? イタズラだろ」

 

「でも警戒を少しだけ高めてもいいじゃないか?

 もし本当だったら後手後手になるし」

 

「それもそうだな。一応校門を閉めておくか。車とかで来られても。少しは防げるし」

 

3人の警備員は半信半疑ながらも、プロ意識として行動に出た。

 

 

 

 

 

電話がかかってきてから数分後、3人の警備員は校門に鍵を入れていた。

 

「これでよし」

 

「こっちも裏門の方も閉めてきた。2人とも装備は大丈夫だな」

 

「もちろんだ。ゴム弾の装填と、スタン警棒のバッテリーも大丈夫だ」

 

「俺も同じく大丈夫。ま、どうせイタズラだろうがな。

 

 ん? 車の音? なんだあのごついトラックは!?」

 

見えてきたのは大型トラック。深緑色をしている車は、テレビで放送される

軍隊が使用しているものと同じ。荷台には複数の人、もしくは兵器が乗っているだろう。

 

「まさかあれが不審車両!? やばい! あんなのなら校門をぶち壊せる!!

 おまえ、部屋に戻って外部に連絡を! 俺ら2人で食い止めるから!!」

 

「わ、わかった!」

 

トラックはどうやって学舎の園に入ったのかさえ疑うほどの大きさをしていた。

あの大きさであれば、たかが鉄でできた門など紙くずに等しいだろう。

 

 

 

****************************************

 

 

 

ブブブブ

 

(ん? 携帯の着信?)

 

警備員に電話をしていた同時刻。

授業中に御坂美琴のマナーモードの携帯電話が震えた。

 

電話には出るつもりはないが誰から来たのか気になり、

周りに気付かれないように開き、内容を確認する。

 

(あれ? 位置外さんからメールだわ)

 

一応優等生で優秀性の御坂は、普段であれば送り主を確認しただけで

携帯電話をしまっていただろう。

 

だが、メールの主は位置外 水。≪小烏丸≫関係で緊急な用事かもしれないと思い、

メールの内容を確認する。

 

そして御坂の考えは当たっていた。

 

(!? 不審者が来るから時間稼ぎしろって!? 冗談じゃないわ! 私が倒す!

 でも、その前に先生に知らせて皆の避難をさせないと!)

 

「あ、あの、先生」

 

携帯電話を仕舞い、授業妨害に少し躊躇しながらも手を挙げて中断させる。

 

「どうしたんですか? 御坂さん」

 

「ちょっと先生に相談したいことが!」

 

「今は授業中ですよ。後にしてください」

 

「ですが、ほんの少しでいいんです! 廊下に来てください!」

 

教師の返事を待たずに、走るようにして外に出た。

 

御坂の行動に教室がざわつく中、教師は仕方ないように廊下に出た。

 

「それでどうしたんです?」

 

「すみません。実は緊急の用事が出来たんです!」

 

声をひそませて言っているが、それでも御坂からは焦りを感じさせた。

 

「そうですか。しかし授業を抜けることを許可すると思っているんですか?」

 

御坂が言っていることを冗談半分で(もしくは完全に冗談として)受け取り、軽く返す。

 

「本当ですよ! それにもしかしたら生徒を緊急避難させないといけないかも

 しれません!」

 

「・・・それはどういうことです?」

 

「この前、常盤台(ここ)に侵入してきた男たちがいたじゃないですか?

 また襲ってきたときのための警備員と知り合いなんです!

 その人から連絡があって!」

 

「なるほど、事情は分かりました。ですが念には念を入れて今から確認をとってみます。

 全生徒の授業を止めて間違いでした、では済みませんからね」

 

「でも! 生徒に被害が出てからじゃ!」

 

「御坂さん。あなたは優秀な生徒で我々教師も信頼はしています。

 

 しかし、これほどの事ですとすぐには信じられませんし、警備員に連絡すれば

 すぐにわかることです。

 

 御坂さんは教室に戻って待っていてください。避難が必要な場合はあなたも一緒です」

 

「私は助けに行かないといけないんです!」

 

「あなたはもう・・・」

 

 

 ガッシャン!!!

 

 

何か、鉄が折れ曲がったような音が響いた。

 

外を見ずに話しあっていた2人には分からなかったが、それはトラックが門を

突き破る音だった。

 

「今の音は?」

 

「まさか!?」

 

疑問に思ったのは教師、しかしメールで敵の来訪を知らされていた御坂には

音の原因が不明にしても、それが強襲のものであると判断した。

 

急いで教室に入り、窓から門を見る。

 

そこにはトラックがグラウンドを横切って自分たちがいる校舎の入り口に前に

後輪を滑らせながら到着した瞬間だった。

 

そして校門の方から走ってトラックに向かい警備員。

 

 ズガガガガガガガ!!!

 

だが、荷台から降りた男の銃撃を受けてすぐに建物の影に警備員は隠れた。

 

「な、なによこれ?」

 

目の前の光景に御坂は戸惑っていた。

 

戦いがあるから覚悟をしていた、つもりだった。

 

前に襲ってきた男は、拳銃で白井を撃ち殺そうとした事以外は正々堂々と

戦いを挑んでいた。ように一応は見えた。御坂は少なからずそう認識していた。

 

だから今回は、前よりも強い奴が複数人で向かってくる。そう思っていた。

 

しかし、これは明らかに戦闘、いや戦争と思えるほどの手際の良さ。

躊躇いなく人を“壊せる”兵器を自分たちの学校で吠えさせる。

 

御坂を含めて、窓際にいた生徒全員が固まってみているだけだった。

 

 

 

時間にして1分も満たない、御坂が停止していたのは短い。

それでも軍隊の制圧行動には1分で十分だった。

 

なにより、御坂が我を取り戻したのは自分からではなく、廊下から聞こえる

重苦しい足音を聞いてからだった。

 

「動くな!!」

 

「「「キャーーーー!!!」」」

 

教室に入ってきたのはトラックから降りてきたであろう男2人。

 

いや、男であるかの確証はない。彼らは駆動鎧(パワードスーツ)を装着していた。

 

全身装甲で装着者の肌は一切見えない。顔も隠れていてどのような表情かすらも

わからない。

 

「なんなのよ! あんたたち!!」

 

停止から戻った御坂はすぐに電撃を飛ばして男たちを攻撃する。

 

直撃、2人はその場で倒れ伏す。

 

それが御坂が予想していた結果だった。

 

直撃まではいい。だが、直撃しても男たちは倒れることはなく、

銃を持っていない左腕を前に防御するように出して立っていた。

 

「効いてない!?」

 

「びっくりさせやがって・・・・・こちらは常盤台に攻め込んできてんだ。

 対策はしてあるぜ、≪常盤台の超電磁砲(レールガン)≫様よ」

 

「っ!?」

 

男たちが装着している駆動鎧には防電仕様になっていたために

御坂の電撃は通用しなかった。

 

「この前の筋肉男といい、なんで電撃対策ばっかり!」

 

「当然だろう」

 

ゆっくりと御坂に近付いてくる。それを防ぐために電撃を飛ばすが結果は出なかった。

 

困惑から首へと伸ばされる手に反応が遅れ、易々と捕まってしまう。

 

「くるしっ! 離し・・なさい・・・!」

 

「離せと言われて離すバカがいるかよ。一番やっかいなお前を黙らせれば

 後の仕事は楽になる。安心しろ、殺しはしないぜ」

 

窓から上半身を外に出すように首を絞める。

 

首を絞められて脳に酸素が行かなくなれば数秒で意識を失う。

 

だが、駆動鎧で強化された握力だと簡単に人を殺せる。

操作している男もそれは承知のようで、ゆっくりと御坂の首を絞めていた。

真綿で絞め殺すかのようにゆっくりと。

 

周りにいる生徒、さっきまで話していた教師も、あまり事に腰を抜かして

助けるどころか話しかける人は一人もいなかった。

 

意識を失う前に、御坂は必死でどうにかできないか考えた。

 

そして視界の端に見えたのは校庭の隅にある花壇。

窓から上半身を出している今は、花壇は御坂の真下にある。

 

花壇、土、そして次に連想したのは・・・・

 

「こ、これなら・・・」

 

酸欠の朦朧とする頭で演算し、花壇に電気を伸ばす。

 

御坂の手に集まったのは、花壇の土に含まれる砂鉄。

それを微振動させて男の肩に向けて振り下ろした。

 

「うぉ!?」

 

不意を突いた攻撃だったが、とっさに御坂の首から手を離して身を引いて避けられる。

砂鉄の剣は駆動鎧の左肩部表面だけを切り裂いただけで、中の男は無傷だった。

 

「びっくりさせやがって」

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

ようやく自由に呼吸ができるようになり息を整える御坂。

 

「はぁ・・あんたたちの・・はぁ・・・目的は・・・一体何なのよ!?」

 

「さぁな? 俺達は依頼を受けてお前らの自由を奪うだけだ。

 お前らが殺されようが、どんな実験に使われようが、“女”として“使われ”ようが

 俺らの知ったことじゃない。

 

 さすがの俺もガキの体には興味が無いからな」

 

今の言葉で御坂は気付いた。常盤台中学という組織が狙われたというよりも

“高レベル能力者が多数いる学校”として狙われていることに。

 

だから“実験”という言葉を男は言ったのだろう。詳しくは知らなくとも依頼人から

常盤台を狙う経緯を少しだけ聞いていれば雇われ身分の男でも気付き、そう口走った。

 

御坂も幻想御手(レベルアッパー)事件を通して、学園都市に人体実験があることを

知った。だから絶対にあり得ないとは思えなかった。

 

だが、常盤台中学は日本で有名な学園都市の中でも5本指に入る名門。

襲われたとなれば学園都市だけでなく日本中に、もしかしたら世界中にニュースが飛ぶ。

 

高レベル能力者を実験に使えるハイリターンよりも

世界規模で犯罪者となるリスクの方が、誰がどう考えてもスーパーハイの危険だ。

 

「おい! しゃべってないでさっさと黙らせろ! この教室で戦闘向きの

 能力者はこいつぐらいだ!」

 

御坂が思考中に別の男の声が聞こえた。

 

御坂を襲っていた奴とは別の男、入ってきてからずっと生徒たちに銃を向けて

威嚇している男が急かすように言う。

 

「わかってるよ。そんじゃ超電磁砲、眠ってもらうか」

 

もう一度首を絞めるためにゆっくりと近づく。

 

御坂達、生徒は商品。依頼人に言われて傷ができるだけつかないように

丁寧に捕獲する。

 

「その駆動鎧、防電仕様なのよね?」

 

「おう、だから諦めな」

 

さらに数歩近づいてくる。

 

「でもさ、防電仕様って言っても全てのパーツがそういうわけじゃないでしょ?

 機械なんて電気がなければ動かないわけだし。

 それならどれが防電の役割をしてると思う?

 

 私はね・・・その表面の金属があやしいと思ってるのよ!

 

 でも今は傷が付いていて完全には防げないんじゃないの!!?」

 

駆動鎧の表面に防電がされていれば中の機械は通常の駆動鎧のままで問題ない。

まさか御坂の事だけを考えてフルオーダーの駆動鎧のはずがない。

 

ならば一番怪しいのは表面。絶縁コーティングをしていれば簡単で安くすむ。

 

そして、対策がしてあるであろう表面も、砂鉄の剣で傷が入り隙ができた。

 

「そこに電撃を入れたら!!!」

 

三度雷光が迸る。ピンポイントで男に切りつけた左肩を狙って。

 

「残念だな。外れだよ」

 

御坂の電撃は男の前で阻まれたように四散した。

 

「こいつは電撃を反らす能力を参考にして作った、

 対 電撃使い(エレクトロマスター)の装備だ」

 

反らされる電撃の中心では、駆動鎧で表情は見えないが間違いなく笑っているであろう

嬉々とした声でベルト部分にある装置を指さしながら説明する男がいた。

 

1度目の電撃も2度目の電撃も、気が動転していて電撃を防がれた様子をよく見ていない。

 

だか今回は間近で、自分の3メートル手前でそれを視認した。

その反らされ方は御坂は何度か見ているものと同じだった。

 

「どうだ? 自分の力が通用しない無力感は? ははははは!」

 

「ほんと、残念ね。表面に絶縁加工でもしてれば、切りつけた後に攻撃するっている

 手間を私に掛けることができたのに・・・・」

 

「あん? 意味わかんねぇよ?」

 

「あんた、この前襲ってきた奴の仲間か、もしくは同じ奴に雇われたんでしょ?

 だったら報告を受けてないの?」

 

「だから意味がわかんねぇよ? 頭イカれてんのか?」

 

「イカれてるのはあんたの方よ。

 

 最近、普通に電気が効かないやつばっかりよね。

 

 無力化するは、人の電気は反らすわ。しかも反らすのは2人もいたし。

 あ、化物も含めたら2人と1体か」

 

無力化はもちろん上条当麻。

反らしたのは木山春生と前回の強襲筋肉男、そしてAIMバースト。

 

今までの経験から表面の絶縁加工で防いでいるのでなければ、この方法だと考えていた。

そう、ある波長の電撃を弾いて反らせる能力、木山春見達と同じだ。

 

「木山先生と同じ能力なら問題ないわね」

 

一度目を閉じ、イメージをして、それに合わせて演算をする。

 

「くらいなさい!!!」

 

飛びだしたのは七色の電撃。

 

それが今までと同じように駆動鎧に向かって突き進む。

 

「ぐぎゃあああああぁ!?」

 

だが結果だけは違った。いや、この前と同じだった。7色の電撃の3色は弾かれても

残りの4色が容赦なく男に襲いかかる。

 

そして大量の電撃が止むと黒い煙を上げた。

 

 ボスン

 

軌道よりのベルト部分にあった装置、体電撃使いの装備は爆竹程度の音を立る。

そして、駆動鎧が大きな音を立てて床に倒れた。

 

「な、なにが!? どうなって「あんたもくらいなさい!!!」 ぐらぴっ!?」

 

教室の生徒に銃を向けていたもう一人の男も同じ技で床に沈める。

 

「よかったわよ、電撃を弾いて反らす能力で。

 絶縁だったら切りつけた後に電気出さないと行けなくて面倒臭いと思ったのよね。

 

 痛ッ!?」

 

御坂は微かな頭痛を感じて頭を押さえた。

 

信乃に言われて使った時は、簡単にできてそれほど苦痛はなかった。

しかし、なぜか今は能力を酷使したとき特有の頭痛がある。

 

「もしかして信乃にーちゃんに言われてからイメージしたから成功しやすかった?

 どうなってるのよ、まったく。

 

 それに信乃にーちゃんは何してるのよ! 早く解決しなさいよ!!」

 

不在を知らされていない御坂は、怒りの矛先を勝手に信乃に向けて叫んだ。

 

 

 

つづく

 



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Trick36_いくぞ! 気合入れろ野郎共!!

 

 

 

「まったく! どうなってますの!?」

 

白井黒子は文句を言いながら自分の教室入り口の陰に隠れて廊下をうかがう。

 

そして階段からなんかが出てきた瞬間に教室の中に入る。

同時に鳴り響く銃声。白井のすぐそばを弾丸が通り過ぎていった。

 

 

 

*****************************************

 

 

 

御坂と同じように位置外からメールで、常盤台強襲の可能性ありの連絡を受けた。

 

そして同じく先生に報告して避難を指示したのだが、これも同じく教師が確認を取ると

言って警備室に電話。

 

しかし裏門を校門を閉めるために部屋にいなかったために確認が取れずに

他の確認方法を模索している間(白井は「早くしてください!」と怒り続けている)に

校門を破られて侵入を許してしまう。

 

だが白井は現役の風紀委員(ジャッジメント)。御坂のように放心している間に

教室に侵入、などということは許しはしなかった。

 

校門が破られた直後に、廊下に出て階段を上ってくる男たちの迎撃を開始した。

 

白井の能力は空間移動(テレポート)。その名の通り、自分や物を一瞬にして

好きな位置に転移移動させることができる。

 

しかも「移動する物体」が「移動先の物体」を押しのけて転移する。

双方の強度に関係なく。

 

柔らかいもの(学習ノートの紙切れ)で、固いもの(ダイヤモンド)を破壊できる。

 

そして空間移動は、移動先を必ず見る必要はない。

だから物陰に隠れていようとも、相手がどの位置にいるか分かれば転移できる。

 

侵入者は駆動鎧(パワードスーツ)を着けてたが、白井が持っていた鉄の矢で

駆動鎧を中の装着者が怪我することなく破壊、3人を戦闘不能にした。

 

だが相手も素人ではないようで、3人もやられてしまえば対抗策を考えだして

物陰に隠れた状態でも、分かりやすい柱の真裏などに隠れずに空間移動での

攻撃を避けていった。

 

攻撃も銃口のみを曲がり角の陰から出して威嚇を数発、すぐに曲がり角から離れて

空間移動を避けるヒット&アウェー戦法をとった。

 

白井は攻撃に使っている鉄の矢は常時は20本程度しか持っていない。

このまま攻撃が避けられると感じたために、空間移動のペースを落としていた。

 

空間移動で接近して攻撃する方法もあるが、相手は完全武装(駆動鎧と銃)で

複数人数(最大人数不明)のため、危険が大きすぎる。

 

じりじりと遠距離の空間移動の攻撃を続けたが、戦いが始まって数分後に

ものの見事に白井は押され始めて、今は教室にまで退いていた。

 

「まったく、どうなってますの!?」

 

そして冒頭に戻る。

 

教室の入り口から顔を引っ込めると同時に弾丸が通り過ぎる。

 

風紀委員の訓練では、一応は対拳銃用のものもあった。

そのおかげで白井は冷静に戦うことができる。

 

だが、その訓練は町の不良や銀行強盗を想定したもの。

明らかに軍の訓練を受けた駆動鎧の男達には、さすがに対応しきれていなかった。

 

白井の言った「どうなってますの!?」は、プロが自分たちの学校に攻めてきたことに

対しての言葉だった。

 

そしてもう一つ、白井が文句を向けている相手は信乃だ。

 

信乃は学園統括理事の氏神クロムから、直々に常盤台中学の護衛を任された。

 

以前であればともかく、AIMバーストを御坂と共に倒し、前回の常盤台の襲撃は

銃を相手に問題なく解決した。しかもA・T(エア・トレック)を使わずにだ。

 

これほどの規模の襲撃であれば、信乃はA・Tの使用許可が降りるはず。

 

A・Tを使った信乃は、学園都市の"大能力者"(レベル4)の自分よりも格段に強い。

そして早期解決まではいかなくとも、この均衡状態を助けに来てくれるはずだ。

 

しかし、戦闘が開始して10分が経過しているのに来ない。

無責任な警備員(しの)に向けて白井は怒っていた。

 

「鉄の矢の数も残りを考えないといけませんの・・・・

 使いすぎて球切れになってはいけませんし。

 教室に何か使えるものは・・・・いえ、そんな暇はありませんわ」

 

教室には白井以外にも生徒がいる。白井のクラスメイトと教師だ。

 

しかし、銃声を聞いてか誰一人として縮こまって動こうとしない。

 

空間移動の武器に使えそうなものは教室にあるかもしれないが、自分は

威嚇のために入り次付近から離れられないし、他に道具を持ってこれる人もいない。

 

 ブブブブブブブ

 

「!? 携帯電話? 驚かさないでくさい、ですの」

 

マナーモードの振動に一瞬驚いたが、すぐにポケットから取り出して着信を確認する。

 

発信者は『位置外 水』。白井はすぐに通話ボタンを押した。

 

「もしもし、白井ですの!」

 

『高貴なる私の電話を3コール以内に取ったことを褒めて使わす、平民(しらいくろこ)』

 

「・・・・だれですの?」

 

いつものキャラの違いに驚いて聞き返してしまった。

 

機械を操作中、または通信越しだと≪蒼(あお)モード≫の位置外の話し方は傲慢そのもの。

 

≪蒼モード≫を知らない白井にとっては、いつもの弱気なキャラとのギャップも

相まって、誰?としか言いようがない。

 

『携帯電話に登録されているはずだが? まさか携帯電話のディスプレイに

 表示される文字すらも読めない程の学の無さなのか?』

 

「位置外さん、で間違いありませんの?」

 

『私を間違えるとは万死に値する。が、高貴な私は心が広い。

 今回は特別に許してやる。

 

 連絡を入れたのは用件があるからだ。ありがたく聞くがよい』

 

「えっと、なんですの?」

 

とりあえずキャラの違いはスルーを決めた白井は聞き返した。

 

『現状はかなり厳しい。ニシオリは常盤台中学から離れており、≪小烏丸≫のメンバーは

 一番早くても到着に5分は掛かる。

 

 それまでは1年は平民(しらい)、2年は平民(みさか)が護衛をして

 時間を稼ぎをしろ。

 

 3年は残念だが諦める。だが問題ない。

 相手の狙いは生徒を捕まえることであり危害を加えることではない』

 

「なにか不適切なルビをされたきがするのですが・・・・」

 

『平民(へいみん)は高貴なる私の言うことを聞けばいいのだ!』

 

「直接発音しましたの!! もうルビの意味はないですの!?」

 

『作戦を言い渡す。ありがたく聞くがよい。

 

 お前はこれ以上敵を倒すことを禁止する』

 

「な、なぜですの!?」

 

『総戦力でいえば平民(レールガン)一人で勝てるだろう。

 "単独で軍隊と戦える力"(レベル5)と言われているからな。

 

 しかし、ここには戦えない平民が多すぎる。

 

 さらに、奴らは最低でも20人はいる。それぞれがバラバラの動きで

 平民(せいと)たちに危害を加えれば怪我人、死傷者が出る。

 

 だから奴らが有利な状態で均衡する必要がある。

 

  ≪俺たちに有利だから、無理せず慎重に倒していけばいい≫

 

 と思わせる』

 

「ですが!?」

 

『それとも20人以上を同時に倒す方法があるのか?

 もしくは短時間で一気に倒す方法か?

 混乱して人質にでも捕られたらどうする? 3年生は誰も守っていないが?

 

 平民(みさか)の戦闘を見ていたが、駆動鎧は電撃対策がされているのが

 分かった。

 

 工夫で敵を倒すことができたみたいだが、頭痛で頭を抑えているが見えた。

 あまり多発できない技のようだ。これでは一気に倒すことはできない。

 

 しかも平民(レールガン)は一番敵に警戒されている。

 動きがあれば、すぐに相手が対応するだろう。

 頭痛が無くても一気に倒すことは困難だ』

 

「では、どうしますの!?」

 

『ニシオリの帰りを待つ。人類最速であれば一気に片付けるのは問題ない。

 

 敵はニシオリが常盤台中学から離れるタイミングで襲ってきた。

 ならば今、常盤台から一番離れたゲートにいることも知っている。

 

 だが、ニシオリの移動速度は異常だ。敵も計算を間違えるに違いない。

 到着まで時間がかかると油断している時に奇襲で一気に片付ける。

 あいつの移動速度はまさしく電光石火だからな』

 

「なるほど・・・・わかりましたの。

 

 わたくしは相手が強く攻撃したときにだけ反撃し、

 他は適当に攻撃するが倒さないようにすればよろしいですの?」

 

『平民なりに理解できたようだな。

 

 電話は繋いだままにしておけ。何かあれば連絡しろ。

 こちらも戦闘を監視しているから連絡を渡す。

 平民(みさか)にも私から同じ連絡を入れる』

 

「了解、ですの!!」

 

言い終わると同時に、丁度物陰から出てきた男の銃を、空間移動した鉄の矢で破壊した。

 

警戒して再び隠れた駆動鎧は、銃口を白井に向ける。

 

「早くきてください、信乃さん」

 

入り口の陰に隠れて希望と期待を口にした白井だった。

 

 

 

*****************************************

 

 

 

位置外水はA・Tで走ることができない。

 

だが、A・Tを使うことができる。

 

それは位置外が操作している画面に答えがあった。

 

「1年生の2階は廊下で平民(しらい)が足止め。

 2年生の3階は教室で平民(みさか)が2人を撃退、現在は他の

 教室にいた愚民(てき)の迎撃中。戦闘場所は平民(みさか)の教室前。

 

 3年生は完全制圧。駆動鎧以外にも強化人間(ブーステッドマン)が10人。

 能力の平均レベルが高い3年に力を集めた模様。

 

 おそらくは3年にいる駆動鎧は平民(みさか)の2年、もしくは教員室などの

 他の場所を制圧するために編隊中。

 

 特殊武装と武装していない2人組が3年の階に移動。要人と思われる」

 

学校内の情報をリアルタイム映像で見ていた。

 

しかもカメラのアングルが位置外の操作で変わる。

つまり、今見ているのは隠しカメラの映像ではない。

 

もちろん、常盤台中学の校内に監視カメラを設置できるはずがない。

位置外が監視カメラの設置を強行しようとしたが、

信乃とクロム(物理的&権力的)に止められた。

 

だが、現に今は校内の様子を完全にカメラで把握している。

 

キーボードの動きに合わせてカメラも移動している。人間が操作しているのであれば

絶対に見つかる駆動鎧の足元のそば、通路のど真ん中などから撮影してもだ。

 

 支配の道

   支配の道(グラスパー・ロード)

 

 

それが位置外水のA・Tの道だ。

今、位置外が支配しているのは自作のA・T、“英雄たちの航海”(アルゴナウタイ)。

 

これは浮遊する複数のカメラ付きA・Tを操作しているのだ。

カメラ以外にも機能があるが、このATの特徴はそこではない。

 

このATの特徴、それは1機が全長10cmにも関わらず浮遊して自在に動かせる事だ。

小型のブースターを複数搭載し、でヘリコプターのような浮遊した自在な動きができる。

 

元は両腕の手甲から棘のように飛び出し、敵を四方八方から突き刺す

重力子が使っていたA・Tドラグーンと呼ばれるもの。

 

それを位置外が改造し、遠隔操作範囲は5km、1度のエネルギー充電で1時間以上の

独立飛行が可能な反則な性能となっている。

 

さらに、使っている人間が反則級だった。

 

人間の両腕は2本、指は10本。

それなのに同時に操作しているA・Tドラグーンの数は20機。

 

これは位置外の限界の数ではなく、生産できているA・Tドラグーンが

まだ20機しかないだけだ。

 

すさまじく高速で正確で精密な操作を、一般のものではない自作改造のキーボードを

使って、残像が見えるほど高速で命令入力をしている。

 

このA・Tドラグーンを操作しながら現場を分析。

さらには敵が出発した倉庫周辺を、学園都市の監視カメラの操作(ハッキング)をして

増援が無いかを調べていた。

 

「!? これは・・・」

 

初めて感情の入った言葉を言違いは口にした。

増援を警戒して調べていたが、案の定、敵に想定以上の力を見つけた。

 

「戦車・・・いや、サソリ型の兵器か。

 

 多足でどのような場所でも高速での移動が可能。

 

 サソリの尾に当たる部分には特殊な砲台。

 口径だけでも常盤台校舎を消滅させる威力が予想されるな。

 

 さらには各足の付近には内蔵されているブレードや小型の銃。

 全後方への同時攻撃も可能か。

 

 確実に兵器に分類されるな・・・・。宗像では敵わない」

 

小烏丸で2番目の戦闘力を持っているのは宗像形。

信乃が常盤台から離れていることを考えれば、相手にするのは宗像しかいない。

 

対人兵器であれば宗像の剣の道(ロード・グラディス)で対応できたかもしれない。

 

だが、位置外が発見したソレは、確実に対軍兵器と言えるものだ。

やろうと思えば、常盤台中学の建物すべてを壊せるだろう。

 

明らかなオーバーキル戦力。常盤台に強襲している駆動鎧と強化人間だけでも

作戦次第では十分なはずだ。

 

不審に思いながらも、サソリ兵器に唯一対応できる可能性がある信乃へと電話を入れた。

 

 

 

*****************************************

 

 

 

信乃は跳んでいた。ビルとビル、建物と建物の上を使い、横幅の広い道路も

関係なく、30mを超える高さから20mの距離を軽々と跳んでいく。

 

まるで鳥のように。

 

 プルルルル

 

跳躍の途中に電話が鳴り、飛距離を伸ばすための体勢移動(体を回転)させながら

携帯電話にイヤホンマイクをつけて通話ボタンを押す。

 

「はい、西折です。状況はどうなっていますか?」

 

通話の相手は位置外水だ。

 

『愚民(てき)は駆動鎧と強化人間、武装していない人間が数名。

 

 1年は平民(しらい)、2年は平民(みさか)が時間稼ぎ。

 3年は抵抗なく占拠された。今のところ職員と生徒を合わせて怪我人はなし。

 

 例外を言えば、警備員が1人死亡で1人は軽傷、残りの1人と合わせて2人で

 無駄な抵抗している。

 

 愚民(てき)に戦闘不能は合計で5人。しかし時間稼ぎに専念するように

 命令したから今後は増えないだろう』

 

「5人、ですか。敵の人数と足止めの状況はどうなってますか?」

 

超高層ビルから跳び降りながら聞く。

 

『完全に把握できていないために人数不明。だが30人以上は確実にいる。

 

 足止めは平民2人が頑張っている。最下層(けいびいん)は役に立たなかった。

 宗像と平民(くろづま)の到着はあと5分ほどだ。

 おそらくお前の到着までは“今”の状況では問題ない』

 

「今、という言葉に力を入れているように感じましたが、何かイレギュラーが?」

 

『敵が対軍兵器を持ち出してきそうだ、それも戦車をはるかに上回るレベルのものを』

 

「っ!? なんだよそれ。琴ちゃんがいるにしても中学生相手にやり過ぎるだろ・・・

 兵器が常盤台に到着するのはいつだ?」

 

『不明。まだ敵が出発前に隠れていた倉庫を出ていないし、

 出発準備もまだされていない。

 

 悪い情報はこれだけじゃない』

 

「なんだよ、まだあんのかよ。ゴミ屑どもの情報は」

 

『駆動鎧を装着していない、一見普通に見える愚民(てき)がいた。

 全員が戦争をする装備の中で一人だけだ』

 

「・・・・・つまり、そいつは駆動鎧の装備が必要ない。

 

 むしろ駆動鎧が足手まといになる程の人物、プロのプレーヤーか?」

 

『更に付け加えるなら、一人だけ見たことない駆動鎧を着た愚民(やつ)がいる。

 そいつに付き添うようにして一緒に行動している』

 

「なるほど。“最大の戦力”(プロのプレーヤー)は首謀者の護衛、ってわけか」

 

『玉璽(レガリア)の使用許可を氏神クロムからとった。

 それを使って、さらに短い時間で到着しろ』

 

「・・・最悪だな。位置外、俺からも悪い知らせがある。

 

 今現在、一つの玉璽も持っていない」

 

『ふざけているのか?』

 

「本当だ。怪我のせいで俺の音がずれたからほとんど調律中。

 分解してあるから今すぐ使えない。今着けているA・Tも玉璽なしだ。

 

 1つだけ使える玉璽(ホイール)があるけど、それも家にある」

 

プロのプレーヤーが参戦していることが分かった今、

いち早く常盤台に到着しなければならない。

 

だが戦力不足が考えられる今、玉璽は必須の戦力。

 

玉璽を取りに行かなければいけないのに、その時間が無い。

 

宗像は時間稼ぎと制圧に必要な戦力。信乃と同じでいち早く到着しなければならない。

 

黒妻は必須の戦力ではないが、玉璽を取りに行く時間はない。

 

御坂、白井は戦闘中。もちろん無理だ。

 

『ニシオリ、平民(さてん)に持ってこさせる』

 

「ちょっと待て! 佐天さんを戦いに巻き込むつもりか!?」

 

『他の方法があるとでも?』

 

「それは・・・・・」

 

位置外の問に、信乃は返せずに沈黙するしかなかった。

 

確かに信乃も同じことを考えた。だが、最初の参加させる戦いにプロのプレーヤーが

いるのは問題があり過ぎる。

 

『平民(さてん)の携帯電話GPSを調べたが、計算上で間に合う場所にいる』

 

信乃の返答を待たずに位置外は解決方法が有効であることを付け加えた。

もちろん調べたGPSの位置は違法(ハッキング)である。

 

信乃も佐天にお願いすることは考えていた。だが、わざと答えから外していたのだが

位置外は容赦なく作戦に組み込む。

 

信乃もそれしか方法がないと悟り、ため息をついた。

 

「・・・・佐天さんが了解したら、参加させる。強制じゃない。

 

 もちろん玉璽を届けてもらうだけで参戦はさせないからな。

 

 佐天さんには俺から電話をする。お前が電話したら参加させるように脅すからな」

 

『すでに平民(さてん)を服従させるものは調べていたのだがな。

 電話は私の方から共通回線に繋ぐ。お前は走ることに集中していろ』

 

「了解。位置外、美雪の現在地は分かるか?」

 

『お前の住所の近くにいる』

 

全く関係ないことを聞く信乃だったが、位置外は1秒としない間に調べ上げて答える。

 

「家に帰ってきてるか。佐天さんに連絡後、美雪にホイールと調律道具を鞄にまとめて、

 家に来た佐天さんに渡すように言っておくから、そっちにも繋いでくれ」

 

『しかたがない。高貴なる私に命令するとはいい度胸だが、心が広いから許してやろう』

 

『はい、佐天です。つーちゃん、どうしたの?』

 

「相変わらず仕事が早いな・・・ってか会話の途中でいきなり繋ぐなよ」

 

『その声は信乃さん? 番号はつーちゃんの・・・あれ?』

 

位置外のすぐ後に携帯電話から聞こえたのは佐天の声だった。

呆れつつも頭をすぐに切り替えて佐天にお願いをする。

 

「こんにちは、西折信乃です。今はつーちゃんの電話から共通回線に繋げてます。

 佐天さん、今は用事はないですか?」

 

『別に無いですよ、学校も今日は午前中で終わりましたし。

 夕食の買い物ぐらいですかね、用事と言えるのは。

 

 今日はA・Tの訓練は休みですけど、何かあるんですか?

 持ち歩いているから緊急練習も今すぐ行けますよ』

 

「久々の休みに非常に申し訳ないんですが、お願いがあるんですよ。

 もちろん断ってもらっても構わないですが」

 

『いいですよ』

 

「・・・軽い返事ですね。休みを邪魔されたくないから少しは考えると

 思ってたのですが、即答とは意外です。

 

 佐天さんにお願いしたいのは、私の家からあるものを常盤台中学に持ってきて

 欲しんですよ、それも緊急に」

 

『緊急って、何かあったんですか?』

 

『常盤台中学が現在、襲われている』

 

『え!? それどういうことですか!!?』

 

2人の会話の途中に位置外が割り込んできた。

電話は共通回線につないでいるので、今の会話も宗像、黒妻も聞いている。

 

「位置外! 勝手に話すな!」

 

『お前の話では先に進まない。

 

 平民(さてんるいこ)、ニシオリの家に置いてあるA・Tのパーツを

 常盤台中学まで持ってこい。そのパーツが戦力として必要だ。

 

 氏神クロムに公道でのA・Tの使用許可を貰った。急げ』

 

「佐天さん! これは危険がある仕事です! 断ってもかまいません!」

 

勝手に話を進める位置外に驚き、信乃は急いで断っても問題ない事を付け加える。

 

『もちろんやります!! 信乃さんの家はどっちですか!?』

 

佐天の答えは YES だった。

 

「佐天さん、もう一度よく考えてください! 届けるだけとはいえ

 位置外の案内する最短ルートは壁の昇り降りがあるはずです!

 

 まだ基本が完全じゃない佐天さんだと、転落して怪我する可能性が『信乃さん』」

 

信乃が危険について説明し、どうにか巻き込まないようにしたが佐天の決意に

言葉を遮られた。

 

『私は私の意思で手伝いたいんです。

 別に戦えとか誰かを傷つけるわけじゃないですよね。

 

 だったら、今私にできることをさせてください!!』

 

「佐天さん・・・・

 

 

 ありがとうございます」

 

さすがの信乃も、ここまで言われればお礼を言うしかなかった。

 

『では平民(さてん)、A・Tを着けて準備しろ。

 

 そして全員聞け。私達は出発前に大事なことをしなければならない』

 

「『大事なこと?』」

 

信乃の感動をぶち壊すように容赦なく作戦を進めようとする位置外に、

信乃は眉を寄せたが直後の言葉に佐天のハモって聞き返した。

 

『そうだ、≪小烏丸≫にとって大事なこと。それは・・・

 

 

 

 

 “結成式”だ』

 

 

 

「『『『は?』』』」

 

疑問を返したのは信乃と佐天だけではない。

通信回線で話を聞いていた宗像と黒妻もだった。

 

『結成式って、あの戦う前に叫ぶやつですか?』

 

『昔の≪小烏丸≫でやってた気合を入れるアレだよな』

 

佐天と黒妻が、自分の答えがあっているか確認するように聞いてきた。

 

今の≪小烏丸≫の全員が、信乃の持っているA・Tバトルの映像を見ている。

その中で昔の≪小烏丸≫がやっていた奇妙な掛け声ももちろん全員が知っていた。

 

『そう、その結成式で間違いない。平民なりに覚えていたようだな。

 褒めてつかわす』

 

「いや位置外、そんな暇ないだろ」

 

『素晴らしい。やるぞ、結成式』

 

「なんでノリノリなんですか宗像さん!?」

 

『ぶっ殺、だからだ』

 

「お前それがいいたいだけだろ!? 殺すって言いたいだけなんだろ!?

 そうだろ! そうなんだな!! むしろ俺がお前を殺すぞ!!

 殺して解(バラ)して並べて揃えて晒すぞ!!!」

 

『し、信乃さん、落ち着いてください!!』

 

『いいんじゃないか、これぐらい』

 

「黒妻さんも賛成ですか!? 一応は緊急事態だよ!?」

 

『戦う前の気合ってやつは大事だぜ。

 

 それに今回は≪小烏丸≫が初めて全員でやる仕事だ。

 むしろ気を引き締めないといけないぜ』

 

「それはだけど・・・」

 

『≪小烏丸≫全員での初めての仕事・・・・・

 

 いいですね! やりましょう! ぜひ!!』

 

「佐天さんもですか?」

 

『後はお前だけだ。どうする頑固(ニシオリ)?」

 

「何気に読みは同じでも字が違うぞ、字が。

 

 ・・・・はぁ、わかりました。わかりましたよ。やればいんだろ、やれば。

 

 ただし、『フ〇キョンドロンジョ様』とか『浅〇真央のオデコの生え際』とかは

 言わねぇぞ、絶対に!」

 

『『そこは期待していない。最後の掛け声だけが良い』』

 

「よかった、助かった。あんな恥ずかしいこと良く言えたよな、イッキさん達」

 

宗像と位置外のハモりに、心の底からの安堵を吐いた信乃。

 

その3人の反応に

 

『く、くくくく』『ふふふふ』

 

黒妻と佐天が笑いを洩らし

 

「って、なんで2人とも笑ってんですか。 ぷ、ははははは!」

 

信乃もつられて笑ってしまた。

 

『全員の肩の力が抜けたところでやるぞ』

 

『ニシオリ、やれ。高貴なる私からの命令をありがたく受け取るがいい』

 

宗像と位置外が促し、

 

『やっちまえ、リーダー』

 

『頑張りましょう、信乃さん!』

 

黒妻と佐天が続ける。

 

「了解」

 

信乃は一度、大きく息を吸い込む。そして

 

 

 

「いくぞ! 気合入れろ野郎共!!

 

 

 

 

 コッ!! ガ ラ ス マ ルゥ ーーーーーーーーーーッ」

 

 

 

 

「『『『『ブッ殺!!!』』』』」

 

 

 

 

 

ここから二代目≪小烏丸≫の伝説は始まった。

 

 

 

つづく

 



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Trick37_ア~イ キャ~ン  フッラーーーーーイ!!

これまでの

  とある碧空(へきくう)の暴風族(ストームライダー)は





 1つ!

  信乃 宗像 黒妻 位置外 佐天 による暴風族チーム

   ≪小烏丸(こがらすまる)≫が結成!





 2つ!!

  信乃が常盤台を離れている隙に常盤台中学が襲撃!!

   対 超電磁砲(レールガン)装備で御坂も苦戦!!





 3つ!!!

  ≪小烏丸≫全員に出動命令! 佐天も補助で参加だ!!

   メンバーが急いで救助に向かう!!!



     「いくぞ! 気合入れろ野郎共!!




       コッ!! ガ ラ ス マ ルゥ ーーーーーーーーーーッ」




      「『『『『ブッ殺!!!』』』』」




 

 

 

常盤台中学校、1年生の廊下。

 

時間稼ぎをしているのは白井黒子。

 

戦況は位置外の指示通り、均衡状態を保っていたが

時間とともに減っているものがあった。

 

「残りの鉄の矢は3本・・・・」

 

そう、白井が武器としている鉄の矢が減っていた。

 

空間移動(テレポート)を使い、敵の駆動鎧(パワードスーツ)の一部を破壊。

戦闘不能とまではいかなくても、相手が突撃をするのを躊躇させる戦いをしていた。

 

もちろん、相手が駆動鎧であれば接近戦は無意味。全身が鉄で覆われているのだから

殴る蹴るは効くはずがない。

 

よって自分自身が空間移動するメリットが無い。

 

ならば鉄の矢だけを相手の駆動鎧の一部に強制空間移動させて破壊、

自分は物陰に隠れて遠距離攻撃をするしか手段がなかった。

 

10分以上も戦いを続けてその鉄の矢も残り3本。白井からは焦りの汗が流れていた。

 

「どうしたらよろしいですの・・・・このままでは」

 

階段の陰から3人の駆動鎧が同時に出てきた。

 

「!? さすがに強硬手段に出ましたの!?」

 

今までは慎重に階段の陰から銃撃(ゴム弾)で攻撃していた駆動鎧達。

 

たまに1人突撃してきても、数歩歩くうちに白井の矢が足を破壊してと敵を防いでいた。

 

だが、学生相手に10分もの足止めをされては彼らのプライドが許されなかった。

 

3人、3機の駆動鎧が同時に突撃してきた。

 

白井の持っている矢は3本。1秒前に慎重に使うと決めた直後に

使わなければならない状況になってしまい、一瞬の躊躇ができてしまった。

 

「く!!」

 

仕方がなく矢を駆動鎧の足に空間移動させて走行不可能にする。

 

しかし、それで止まったのは2人だけだった。

 

残り1人に当てるはずの矢が、一瞬の躊躇のせいで演算ミスをしてしまい

空間移動させる位置を数センチ手前に間違えてしまった。

 

「しまった!!?」

 

手持ちの矢はない。白井は急いで教室の入り口から離れて、

代わりに空間移動できるものを捜した。

 

空間移動するものは、鉄の矢である必要はない。だが目を離せば襲ってくる敵が

いるために、教室の中にあるものを取りに行く暇がなかった。

 

急いで手にしたのは、誰かの筆箱、複数のペン。

形と大きさが鉄の矢と似ているので丁度いい。

 

振り向いて再び駆動鎧を破壊しようとしたが、残念なことに遅かった。

 

白井が目にしたのはすでに教室に一歩入り、銃を自分に向けている姿だった。

 

生徒を殺さないために、ゴム弾を使っているのは戦っている間に分かった。

 

だが、ゴム弾とはいえ当り所が悪かったら一撃で気絶する。

最低でも悶絶して動けなくなる。

 

白井に演算する時間はない。

 

諦めた彼女の目に写ったのは、入口で自分に銃口を合わせる駆動鎧。

その背景の窓の外から、跳び蹴りの姿勢の元スキルアウトの姿だった。

 

「ブッ殺!!!」

 

丁度、≪小烏丸≫の結成式のタイミングで入ってきたのは黒妻綿流。

 

廊下側の窓ガラスを蹴りで割りながら、そのまま駆動鎧にも蹴りを入れる。

 

「ガハァ! 何だお「白井、今だ! 早く!!」」

 

「は、はいですの!!」

 

駆動鎧の男を床に這いつくばらせ、黒妻に聞き返す前に白井がペンを空間移動させて

両手両足の駆動装置を破壊。動かせなければ駆動鎧は装着者を縛る重りになる。

 

「あとは、大人しく寝てろ!」

 

黒妻が力いっぱい蹴りおろす。例え駆動鎧でも、A・Tで強化された蹴りの衝撃までは

完全に受け止められずに男は意識を失った。

 

敵の状態を確認した後、白井は急いで自分の机からノートを取り出した。

 

それを鉄の矢の代わりに使うために紙を破きとる。

 

紙を持って再び入り口から廊下を見ると、倒された2人を他の敵が回収して引きずって

いくところだった。

 

引いて行くなら下手に追撃はせずに白井は様子をうかがった。

 

「黒妻さん、助かりましたの」

 

敵がいつ教室に入っても撃退できるように、

黒妻は白井のそばで同じように屈んで準備した。

 

「礼はいい。俺らはここの警護を任されたんだからな。

 むしろ侵入を許したことに詫びを入れなきゃいけねぇぐらいだ。

 

 位置外の指示で1年生教室が危ないって聞いたんでな、飛び込んできたぜ」

 

「わたくし、位置外さんに救援は言ってない筈ですが・・・・」

 

もちろん白井の上に、位置外のA・Tドラグーンが浮いているのは誰一人として

気付いていない。

 

「それに、謝る必要なんてありませんわ。例え信乃さんや皆さんがいたとしても、

 スキルアウトならともかく相手は訓練を受けた兵隊レベルの実力。

 

 恐らく勝てないですの。早く警備員(アンチスキル)が来るのを待ちましょう」

 

「それなんだが、俺もここに来る途中に位置外に聞いたんだ。『警備員はいつ来るか』って。

 

 そしたら、なんだか上からの命令でゴタゴタしてるせいで

 しばらくは到着できないらしい」

 

「な!? それではわたくし達だけで!?」

 

「位置外いわく、信乃が解決してくれる、らしい。到着までもう少しかかるがな」

 

「では、わたくし達は今までと同じように時間稼ぎを?」

 

「そうだ。だがそれほど問題にすることはない。2年は御坂一人で問題ないらしいし、

 3年は完全制圧されてるが、今は乱暴に扱われていることもない。

 

 しかも宗像があと数分で到着するから、あいつが巻き返すだろう。

 

 唯一危なかった1年も、俺が来たから少しは大丈夫だって位置外が言ってた」

 

「わたくしだけ危なかったんですの。わたくしもまだ訓練が足りないみたいですわね」

 

「ま、いいじゃねぇか。嬢ちゃんはまだ中学生だろ。そんな歳で完全な人間がいたら

 逆に嫌だぜ。俺だって嬢ちゃんと比べたら数年長生きだってのに

 不完全の塊だ。なんせレベル0なんだからな」

 

「ですが今は力不足を痛感してますの」

 

「ま、しかたがない。真打ちが来るまでは頑張るしかないよ」

 

「はい、ですの」

 

こうして白井と黒妻の、白黒コンビが結成された。

 

 

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

・・

 

 

 

「それでつーちゃん、私はどこに向かえばいいの!?」

 

『その道路を東に全力で走れ、今すぐに』

 

「り、了解!」

 

A・T(エア・トレック)をつけた佐天は、位置外の指示を受けて全力で走り出した。

 

初めて公道でA・Tを使ったが、緊張よりも広々とした空間で走れる喜びが強かった。

 

一応はA・Tは極秘事項。サングラスとニット帽を使って人相を隠している。

 

「私の仕事はいち早く信乃さんの家に行って、パーツを取って、常盤台に届ける!

 

 それでいいんですよね!!」

 

『愚かな頭脳の割に理解できたことを褒めてやる。喜ぶがいい』

 

「は、はぁ・・」

 

電話口で声を聞いたときに、位置外のキャラの違いに気付いたが場合が場合だったので

無視していた。

 

結成式が終わって少し気持ち的に落ち着いた今だと、やはり可愛い容姿で可愛い声の

位置外水が、こんなセリフを言うのは変だ。

 

だけど佐天の考えていることは少し違った。

 

(この声で偉ぶってしゃべってる・・・・ギャップが可愛い!!

 

  そこにシビれる! キュンとくるぅ!!)

 

勝手に萌え悶えていた。

 

『高貴なる私の計算では、信号一つかからずに到着することが可能だ。

 

 だが、平民(おまえ)が少しでも遅れれば計算が外れる。

 

 私を怒らせたくなければ全力で走れ』

 

「は、はい!」

 

ただ偉ぶっているわけではなく、求めている内容はかなりシビアだ。

 

位置外の指示に従い、時には路地裏に入ったり、階段の手すりを滑り降りたり、

壁昇り(ウォールライド)で3階建ての建物に上った後は屋上と屋上を渡ったり。

 

その全てが佐天の今の実力の、限界ぎりぎりだった。

唯一の救いは、佐天が『絶対にできない!!!』と感じるルートは走らなかったこと。

 

せいぜい『本当に大丈夫!?』と位置外の考えと、自分の実力でできるかどうかに

疑問を持った程度。

 

危なげながら位置外の“支配”で順調に走り進んでいく佐天だった。

 

 

 

 

『ここで3分20秒の休息を許す。待機していろ』

 

「はぁ、はぁ、はぁ、い、いいの? はぁ、はぁ、そんな暇は、ないと思うよ」

 

『高貴なる私からのありがたい報酬だ。大人しくしていろ』

 

「うん・・・はぁ、はぁ、はぁ」

 

位置外の指示で止まった場所は、とある学園都市の公園。

 

佐天は、公園をつきぬけてショートカットでもするのかと思ったが、位置外に言われて

今はベンチに座っている。サングラスもニット帽も外して一息ついている。

 

ふと、ベンチから高台からの見える景色で気が付いた。

 

この公園は、急で長い1本坂の途中にある公園だ。

 

あまりに長い道で、休憩が取れるように作られた公園。

 

ある程度の広さはあれど、遊ぶ場所はない。

 

ただ一番の問題は、この公園の入り口は1か所しかないことだ。

 

言い換えれば、峠の崖の一部を公園にした孤立した作られ方。

通り抜けを考えていた佐天だが、公園の入り口以外はまともに通り抜けできない。

 

できたとしても、今自分が見ている高台ぐらいしかない。

 

もちろん、そこから落ちれば30メートルはあるだろう下の道路に落下(・・)ができる。

子供が落ちないように、2メートルのフェンスで落下防止されているほどだ。

 

「あれ、もしかしてここから≪ I can Fly! ≫じゃないわよね?」

 

冗談の独り言のつもりで言ったのだが

 

『その通りだ』

 

携帯電話から肯定が返ってきた。

余談だが信乃と同じようにイヤホンマイクで通話している。

 

「ちょっと待って! 絶対無理だよ! 信乃さんや宗像さんならともかく

 私まだ壁降り(ダウン)は3メートルが限界だよ!」

 

『降りるわけじゃない。向こう側に飛ぶんだ』

 

「え?」

 

言われて目を向けると、公園よりも少し低い高さに高層ビルがあった。

 

しかもご都合主義のごとく、高層ビルの隣はそれより少しビル。

さらに隣にはそれよりも少し低いビル。

 

10建のビルが、一直線で下り階段のように並んでいた。

 

「つまり・・・あのビルに跳び移れば直接下に降りるよりも時間短縮ができるってこと?」

 

『その通り』

 

「むむむむ無理だよ! ビルまでの距離知ってるの!?

 絶対に20メートル以上あるって!!」

 

公園とビルの間には片道4車線の、学園都市を横断する大型道路がある。

 

横幅にして20メートル以上。失敗すれば30メートルの高さからの落下、死である。

 

A・Tを始めて2週間程度の佐天の実力では絶対に不可能な飛距離の上、

リスクに対する恐怖でいつもよりも飛距離が落ちるだろう。

 

確率でいえば100%不可能だ。

 

『20メートルの距離? 高貴な私が銀河系で知らないことはない。

 もちろん道路の横幅の距離も知っている。

 正確にいえば25メートル782ミリメートル42マイクロメートル、さらには』

 

「分かりました! もういいです私より知ってるのは分かりました!

 

 はぁ・・・でもそれなら初心者の私が飛べってのは無理があるんじゃ・・・・」

 

『策はある。残り時間は2分42秒だ。しっかり休息しろ』ブツッ

 

「ってつーちゃん!? 切れちゃったよ、どうしよう・・・」

 

策があると言っていたが、詳しくは教えられずに一方的に切られた。

 

「私にできるのかな・・・・いや、無理だよ絶対!」

 

位置外に何ていえば納得して貰えるのか考えていた佐天は、意外な人物の声が聞こえた。

 

「あれ? ルイコ、なにやってんの?」

 

「むーちゃん? それにアケミとマコチンも。どうしたの3人で?」

 

クラスメイトで佐天と仲の良い3人が公園の入り口から歩いてきた。

 

「どうしたの3人とも? ここ辺りって帰り道でもないよね?」

 

「私達はただの散歩。午前中で学校終わったから遊びに行こうとしたんだけどね、

 行こうって決めてたお店が改装工事で閉まってたのよ。

 

 それでブラブラ散歩。ルイコは・・・ってインラインスケートそれ?」

 

「あ、うん、そうだよ」

 

A・Tは一応は秘密事項になっている。もし見られたとしても彼女たちが言ってるように

おもちゃ(インラインスケート)であると言いきって誤魔化すように厳命されていた。

 

「わーなつかしー!」

 

「昔は私もやったよ!」

 

「私はローラースケート、車みたいに4輪のやつで遊んだな~。

 でも転んで怪我して以来乗ってないや」

 

「涙子はどうしたの? それで遊んでたの?」

 

「遊んでたわけじゃないんだけど・・・・、まぁ、色々あってね」

 

誤魔化すことはできたが、佐天の表情は曇ったままだった。

 

「どうしたの? なんか黙ちゃって」

 

「うん、詳しくは言えないんだけど・・・」

 

「あ、もしかして今朝言っていた特殊なスポーツってこれの事?」

 

「う、うん。でも、私が使ってたこと内緒にしておいてね。

 

 信乃さん達に迷惑がかかるから」

 

「別にいいけど・・・本当にどうしたの?」

 

心配そうに佐天を見る3人。

 

どうしようもない不安から、心の内を3人に相談してしまった。

 

「あのさ、もし、もしもだよ。

 

 絶対にできそうにないことをやれって言われたら、みんなはどうする?」

 

「どうするって、無理ならやらないよ。もしくは玉砕覚悟でやってみる」

 

「右に同じく」「左に同じく」

 

「そっか、やっぱりそれぐらいしかないよね・・・・」

 

「何に悩んでるかわかんないけど、無理なことをやれって言われたんだ。

 

 なら、ルイコなら大丈夫だよ」

 

「マコチン、なに? いきなり大丈夫だって」

 

「だって涙子は毎朝学校で居眠りするぐらい頑張ってんじゃん」

 

「むーちゃん・・・それ励ましてるの?」

 

「それにほら、宝石の加護があるんじゃないの?」

 

「あ」

 

アケミの言葉で、佐天は自分の手首にあるブレスレッドに目を向ける。

 

「初春から聞いたよ。『これのおかげで辛いことがあっても乗り越えられる』んだって?

 

 しかも信乃さんからのプレゼントでしょ。あーあー、いいな~。私もいい人いないかな」

 

「な、何言ってんのよアケミ!?」

 

「ま、つまり私達が言いたいのは、あんたは『無理』にも勝てるかもしれない努力を

 したんだから、胸張って生きなさいってことよ」

 

「うん。努力は叶うもんよ」「そうそう、ルイコなら大丈夫だって」

 

「アケミ・・・・むーちゃん・・・・マコチン・・・・」

 

「ここで一つ、私の好きなアニメのセリフを言いましょう!

 

  ≪俺を信じろ!お前を信じる俺を信じろ!!≫」

 

「えっと、そのセリフをここで当てはめるの?」

 

「そう! このセリフを信乃さんが言っていると思って!

 佐天が無理だって思ったこと、信乃さんがやれって言ったんでしょ!?」

 

「(ボソ)ちょっと違うかも」

 

佐天に指示を出しているのは信乃ではない。位置外水だ。

 

A・Tの練習中に彼女と話はするが、普段の弱気で根暗な彼女に信頼や信用を持つことが

できないのが正直な考えだ。

 

だが、信乃は位置外を信頼しているように思える。

 

練習メニューも信乃が考えた内容だけでなく位置外が発案したものもあり、

信乃はそれをほとんど疑うことなく取り入れていた。

 

いつだったか、信乃に位置外をどう思っているか聞いたことがある。

 

  「つーちゃんは・・・婚約とかそういったことを抜かしたらいい友達ですよ。

   精密コンピュータ並みの頭脳ですし、人間の心も分かってくれますから。

   “樹形図の設計者”(ツリーダイアグラム)の結果と、つーちゃんの意見なら

   間違いなくつーちゃん、いえ、位置外水の言うことを信じます」

 

その時は、自分のことよりも位置外が信頼されていることに少しだけ嫉妬を感じた。

 

でも、今考えるべきはそんなことではない。

 

(私はつーちゃんを信頼できていない。

 

 でも、信乃さんが深く信頼してる位置外水に全てを賭けてもいいかもしれない!!)

 

無理矢理だが、それでも位置外を信じる、信じきれるきっかけを掴めた。

 

「ありがとマコチン! 私やってみる!!」

 

「お、おう。頑張って」

 

いきなり元気なった佐天に一瞬驚いたが、それでも親友に笑顔が戻ったことが良かった。

 

『そろそろ時間だ。準備をしろ』

 

「つーちゃん!? 分かった!!

 

 ごめん3人とも、私行かなくっちゃいけない。これから見ることは絶対に

 内緒にしてね」

 

イヤホンマイクからの連絡に佐天を含めて4人が驚いたが、すぐに佐天が動き出した。

 

「また説明なしか。ま、しょうがないから聞いてあげましょう」

 

「諦めるな! 全て玉砕だ!」

 

「玉砕したらダメじゃん。ルイコ、ほらルビーの宝石だよ。頑張って」

 

「うん! それと、これはルビーじゃなくスピネルっていう別の宝石!

 向上心や努力を促進してくれるすっごい石なんだから!!」

 

ブレスレットを握りしめて公園の端、飛び越えるフェンスから離れて助走距離を取る。

 

『平民(さてん)、私の合図で全力で跳べ。一切の躊躇も遠慮も後悔も混ぜるな』

 

「はい!」

 

リラックスをして、自分が向こうの建物に着地するイメージを繰り返す。

 

『準備はできてるな。返事は聞いてない。

 

 行くぞ。   3  2  1   GO』

 

「GO!!!」

 

全力で佐天は地面を蹴る。

 

蹴った力に比例してA・Tの小型モーターがうねりを上げて、佐天を風の中に入れる。

 

自己最高速度が出たと佐天は思った。

 

 

 

そしてフェンス前のベンチにホップ。

 

「ア~イ」

 

 隣の自動販売機の上でステップ。

 

 「キャ~ン」

 

  フェンスの上で足を乗せてジャンプ。

 

 

   「 フッラーーーーーイ!! 」

 

 

   佐天涙子は跳んだ

 

 

 

「お願い! 届いて!!」

 

残念ながら佐天の願いは、叶わないと自分で悟ってしまった。

 

半分を跳んだ辺りで失速、4分の3にはビルの屋上よりも低い位置に落ちていった。

 

着地の事は一切考えていない。このままでは落ちながら壁に激突するが、

失敗したことで絶望したために佐天はそれどころではなかった。

 

「そんな・・・・」

 

 

 

『佐天、ニシオリに合わせろ』

 

 

「へ?」

 

絶望に打ちひしがれていた佐天だが、位置外に言われて下の方を見る。

 

そこには

 

「佐天さん! 足合わせて!!」

 

壁昇り(ウォールライド)で駆け上がってくる信乃がいた。

 

「な、なんd「早く!!」 はい!」

 

信乃はビルの壁から跳び、佐天の方に向かう。

 

そして足を上にする体勢をし、落ちてくる佐天と、昇ってくる信乃の、

互いのA・Tのホイールが合わさった。

 

 カュッ!

 

「信乃さん!!」

 

「頼んだ!!」

 

 ヒュ!

 

合わせた後、自分の脚力と信乃の脚力で再び佐天涙子は跳んだ。

 

 

 

  跳ぶ前は本当に怖かった

 

  いくら信じて跳んだつもりでも 今考えると信じられなかった部分が残ってた

 

  でもさ 今日の私は 明日の私を絶対に後悔させたくなかったんだ

 

  だから ほら 少し頑張ったら私 “飛べた”んだよ?

 

  挑戦できたんだよ?

 

  いつか信乃さんに つーちゃんにそう言ってイバりたいな

 

  あの時はすごい頑張って すごい楽しかったんだって イバりたいんだ

 

  それでね 一番に言いたかったのはね お礼なんだ

 

 

 

「ありがとう」

 

「catch you later(また後で)」

 

佐天の呟きに信乃は英語で返した。

 

一瞬だけ見えた空中にいる信乃の後ろ姿は、右手の親指を上げてサムズアップしていた。

 

 

佐天は屋上にホイールを滑らせるように着地し、勢いをそのままに隣のビルへと移動。

さらに隣のビルへと階段を降りるように順調に移動していった。

 

「つーちゃんが公園で休ませたのって、休憩目的じゃなくて信乃さんとタイミングを

 合わせるためだったんだ!」

 

『丁度ニシオリもこの道を通るからな。

 

 佐天が坂道を降りるよりも、こちらの方が速い。時間にして5分25秒の短縮に

 成功した』

 

「さすがつーちゃん!」

 

公園脇の下り坂。本当であれば下り坂を通って、佐天が走っているビルの

下にある道を通るつもりだった。

 

だが、恐ろしい計算能力を持つ位置外は、別行動をとっている信乃さえも計算に

入れていた。

 

そして両者がより早く、速く到着できるルートを導き出した。

 

それが信乃とのタッグ技での道路超え。

 

初心者の佐天が20メートルジャンプという不可能を可能にさせた瞬間だった。

 

「つーちゃん、信乃さんが私の通った道と交差したってことは、信乃さんが

 パーツを取りに行った方が早かったんじゃないの?」

 

ほぼ同じタイミングに同じ場所を通るのなら、少しくらい寄り道してでも

パーツを取る方が確かに良い。

 

しかし、答えは違った。

 

『ニシオリが取りに行けば、常盤台に到着するのに3分の遅れが生じる。

 その3分の間にどれだけの人が被害にあうか、救えるかは考えたか?』

 

「そ、そんなに緊迫した状況なの?」

 

『そう考えてもらっても構わない。

 

 ニシオリが必要としているパーツは、特定の愚民(てき)と特定の兵器を相手に

 する時に必要なだけだ。常盤台の救出には必要と言うわけではない。

 

 優先すべきはパーツよりも愚民(ゴミ)掃除だ』

 

「そうだったんだ。ごめんね、つーちゃん。こんなこと聞いて」

 

『分かればいい。走るのに集中しろ』

 

「はい!!!」

 

さらに足に力を込めて、加速していった。

 

 

 

 

 

 

 

「なにあれ?」

 

「すごい、ビルまで飛んだよ・・・すごいすごい!!」

 

「涙子かっこ良かったよ! なにあれ、あのインラインスケートすごすぎ!!」

 

公園で佐天の無茶(ジャンプ)を、最初から最後まで見ていた3人は、

驚きすぎて沈黙した後、興奮が爆発したように叫んでいた。

 

「あれなんだ! ルイコが言ってた特殊なスポーツって!!」

 

「特殊ってか、かっこよ過ぎだよ! 涙子あんな特訓してたの!?」

 

「私としては涙子よりも・・・」

 

「うん」「そうだね」

 

「「「信乃さんがかっこよかった!」」」

 

親友の信じられない行動と結果よりも、途中で手助けした信乃の方が

3人には印象に残っていた。

 

落ちそうになった親友を、急に表れて、急に助けて、すぐに去っていく。

 

英雄、ヒーローの必須条件を完璧に見せつけたから当然と言えば当然だ。

 

「あ~どうしよう。涙子に信乃さんは譲る、応援するって言ったのが只今後悔中」

 

「私も狙っちゃおうかな」

 

「だめだよ2人とも。ルイコを応援しなくちゃ。それに、顔赤くなってるわよ」

 

「マコチンだって真っ赤だよ」

 

知らないうちに3人にフラグを立てた信乃だった。

 

 

 

つづく

 



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Trick38_君は女性に乱暴をするんだね。だから殺す

 

 

常盤台中学校。

 

突如現れたトラックから降りた駆動鎧(パワードスーツ)の男たちは

各学年を制圧するために動き出した。

 

だが、1年は白井黒子に、2年は御坂美琴に阻まれて制圧できていない。

 

その中で1番早く制圧されたのは3年生だった。

 

抵抗する人間がいなかったこともあるが、一番攻撃力があるグループを

3年生の強襲に向かわせたことも理由の一つだ。

 

飛び出た実力の御坂は例外に考えれば、能力開発を一番長く受けている3年生の

能力が高い。つまり、一番戦力があると予想されるのが3年生なのだ。

 

襲撃者はこれを考慮し、駆動鎧と強化人間(ブーステッドマン)を10名ずつで強襲。

 

戦闘開始から1分で制圧が完了した。

 

 

 

 

そして制圧して15分後、悠々と3年生の階に足を運ぶ

特殊駆動鎧(ハイパワードスーツ)と和服に似た格好の男がいた。

 

2人を見ると制圧部隊は廊下の両端に立ち、全員が敬礼して道を空ける。

 

「完了したのかな?」

 

「は! 抵抗者は誰もおらず、銃弾を1発も使用しておりません!」

 

通常の駆動鎧を装着した男が一歩前に出て答えた。

 

「御苦労。さて、僕の姫君に会いに行くと・・・

 

 おや? 3年2組の教室には誰もいないようだが?」

 

「は! 先程確認を取ったところ、授業が体育のために教室を空けているようです!」

 

「フム。外には誰もいなかったね、車で突入した時に見なかったし。

 

 それじゃ、体育館かな?」

 

「は! 只今確認します!」

 

言うとすぐに隣の教室に入り、1人の女生徒を紙を掴んで廊下に引きずり出した。

 

「い、痛い! ごめんなさい!

 抵抗しないから「黙れ! キュモール様の御前だぞ!」 ヒッ!」

 

特殊駆動鎧の男、キュモールの前で叫ぶ女性の髪を更に強く引っ張り上げた。

 

「ま、いいじゃない。女の子は大切に楽しまなきゃ。

 それでキミ、隣のクラスは体育館にいるのかな?」

 

「は、はい・・・」

 

「フム。なんだ、ここまで階段を上ってきたのが無駄になってしまったな」

 

「申し訳ございません! 確認を怠ったために御足労かけてしまいました!」

 

「確かに少し疲れちゃったな。でも、今は気分が良いし許しちゃうよ」

 

「寛大な御心、ありがとうございます! キュモール様!!」

 

「僕の可愛い可愛い姫君は焦らしてくれるじゃないか。

 いいね、萌えるよ燃えるよ! ジュルリ。ムラムラしてきちゃった!!

 早速お楽しみに行こうじゃないか!」

 

顔は特殊駆動鎧で見えないが、スピーカーからは気持ちの悪い舌舐めずりが聞こえた。

 

「駆動鎧隊はそのまま監視してろ! 女共はアイツに渡すから怪我は出来るだけ避けろ!

 

 強化人間の部隊は僕に続け! 球鬘(たまかずら)、お前も来い」

 

特殊駆動鎧は階段へと進んでいく。和服の男、球鬘も同じく続く。

 

さらに廊下で敬礼していた、駆動鎧を装備していない10人の人間が後に続く。

 

「あ、そうだ! 僕の姫君を教えてくれたキミ、お礼にご褒美をあげよう」

 

急に立ち止まり、未だ髪の毛を掴まれたままの女生徒を見る。

 

「キミの捕まえている、その男はね、“上手”なんだってよ!

 指使いとか腰使いとか! 根も太くて長いことが隊内でも有名だ!

 

 相手してもらって、“大人”の女性になってきなよ」

 

見えない顔は、気持ちの悪い背筋の凍る笑い顔をしていた。

 

遠回しに言ったが、その意味は聞いている全員が簡単に理解できた。

 

「へ!? いや・・・・いやーーーーー!!!!」

 

「ハハハハハ! そんなに喜ばなくてもいいじゃないか!!

 ほんの少しのお礼だよ!

 

 おい、お前! 激しくヤってあげな!

 なに、血が出るのは強すぎるからじゃなくて、初めてだからだ。

 

 嬉しいのに泣き叫んで嫌がる、これってツンデレって言うのかな? ハハハ!

 

 遠慮せずにヤれ。ヤりまくれ、ヤりつくせ。

 どんなに泣き叫んでも、それは快楽表現の裏返しにすぎないから止めるな」

 

「は!」

 

「いや!! いやーーー!! やめて! 離してーー!!」

 

女生徒の悲鳴を聞きながら、特殊駆動鎧はいなくなった。

 

 

 

 

 

「さて、俺はこいつの相手をしなければならない。

 なんと言ったって命令だからな!」

 

持っている武器を放り投げ、女生徒を掴んだまま階段の反対側廊下へと連れていく。

依然として叫び声を上げ続ける女生徒。

 

他の生徒たちは全員、下手なことを言って巻き込まれたくないのか、

恐怖のせいで身動きができないのかは、連れていかれる女生徒を見ているだけだった。

 

唯一人だけ、彼女の教室にいた女教師が、ついに耐えきれずに立ち上がる以外は。

 

「あ、あなた達! こんなことが許さ」パパパパパパン!

 

言い終わることができなかった。唯一人の勇気のある人さえも暴力の前には無力。

 

別の男が持っている銃口から煙が上がっていた。

 

「そういや、今持っている銃ってゴム弾だったな。

 

 チッ! 本物だったら赤い花火で綺麗だったのによ」

 

胴体に10個ほどの黒い球体、ゴム弾を受けて教師はゆっくりと倒れた。

 

「「「きゃーーーー!!!」」」

 

「うるせぇ!!」

 

 パンパン!

 

銃口を上に向けて発砲、蛍光灯のガラスが降り落ちる。

 

「黙れ! てめぇらは殺されないだけだ!

 変なことしたらあのクソ女みたいにすっぞ! 

 

 それともなんだ! この女が死ぬとこ見たいのか!?

 生徒以外はどうしても良いんだよ! クソ女死ぬぐらい問題ないよな!?」

 

最後の一言は仲間へ向けて言っていた。

 

「問題ない。だが、パニックになられると面倒だ。

 銃で撃って気絶すると、連れていく時に苦労するから自分で歩けるよう

 起きててもらった方が良い」

 

「チッ!」

 

意識のない女教師の腹を蹴りつけて、持ち場の教室入り口に戻っていった。

 

 

 

 

「いや! やめて!!」

 

「うるさいな」

 

 ビリビリ!

 

「キャ! うぐッ! ん~~~~!!!」

 

廊下の奥、行き止まりまで連れて行かれた女生徒は、上着をやぶかれてその服を

口の中に入れられて猿轡にされた。

 

「さてと」

 

駆動鎧の中にある拘束道具で両腕を縛り、女生徒が抵抗ができないようにする。

 

そして腰の方にあるボタンを押し、プシュっとガスが抜ける音を立てて

駆動鎧の下半身部分が外れた。

 

服をやぶられた女生徒の上半身はブラジャーのみ。

成長途中の小さな胸が少ない布で隠されているだけだった。

 

「痛いのは始めだけだ。あとは気持ち良くなるよ」

 

「ん~~~~~~!!?」

 

上の駆動鎧も外し、武装はすべて外された。

その顔には気持ち悪い、鼻を伸ばした下品な表情が浮かんでいた。

 

そして自らのズボンに手をかけて

 

 

 

  両肩から血が吹き出た

 

 

 

「ガアアアアアアアァァァッ!?」

 

「君は女性に乱暴をするんだね。だから殺す」

 

気が付けば、男と女生徒の間には宗像形が立っていた。

 

3年生の教室は4階にも関わらず、開いていた窓から音もなく入ってきた。

 

その両手には血の付いた刀が1本ずつ握られている。

 

「だ、誰だお前は!!?」

 

「あなたの後輩だよ」

 

言い終わると同時に両太腿に刀を深々と突き刺して貫通させる。

間髪入れずに腹を蹴って5メートル以上を突き飛ばした。

 

男の絶叫を聞いて各教室にいた仲間たちが顔を出してきた。

 

「誰だ貴様!?」

 

「自己紹介かい? そんなのはどうでもいいだろ? その代わりにこれをあげよう」

 

放り投げたのは、いつの間にか握られていた手榴弾を5つ。

 

「な!? 逃げろ!!」

 

急いで教室に戻る駆動鎧。

 

週榴弾が5つもあれば、建物の1階分ぐらいは軽く吹き飛ばすことができる。

 

しかし、手榴弾から出たのは爆音と爆風ではなく、目くらましの煙幕だった。

 

「ゲホゲホ! なんだ!? 爆弾は!?」

 

「手榴弾はフェイクだ! 早く体勢を整えろ!! 侵入者だ!」

 

煙に埋もれている廊下、教室から声が聞こえた。

 

すぐに煙から出てくる者はおらず、言われた通りに全員が体勢を整えていた。

 

「失礼だな、侵入者はどっちなんだい。

 

 君、大丈夫?」

 

宗像は倒れている女生徒の近づき、口の中の布を取り出す。

 

「もう心配はいらない。そこでゆっくりしていてくれ」

 

優しい声で話しかけた。

 

「・・・・」

 

ショックのためか目に涙を溜めていたが、宗像の言葉に力強く頷いた。

 

宗像は頭を優しく一撫でし、手の拘束を解いて神理楽(かみりらく)高校の

制服を脱いで女生徒の露わになった上半身へかける。

 

『宗像。高貴なる私の完璧なる作戦を壊すとはどういう考えだ?』

 

突如、耳につけていた通信機から声が聞こえた。

 

『陽動と時間稼ぎが今の優先事項だ。1人倒してしまっては、そうはいかなくなる』

 

「問題ない、位置外」

 

本来であれば、時間稼ぎのために敵にわざと見つかり教室に立て籠る。

近付いてくる敵だけを攻撃する作戦だった。

 

だが校舎に入るときに見えた、辱められる生徒を黙って見過ごすことができず

宗像は勝手な救出に出た。

 

『験体名:“枯れた樹海”(ラストカーペット)と呼ばれた男が情を持つのか?

 

 笑えるな』

 

「なんとでも言え、“最端の蒼”(エンドブルー)。僕は昔と変わらず殺したいだけだ」

 

宗像は屈み、元々履いていた軍用ブーツことボゥローラーA・Tの踵に

大型の刃、剣の玉璽(レガリア)を装着する。

 

「さて、殺すか」

 

『分かっていると思うが、時間稼ぎであることを忘れるな』

 

後ろにいる女生徒には一切の殺気を送らないように注意しながら煙の中に

進んでいった。

 

 

 

*****************************************

 

 

 

「つーちゃん! このまま真っ直ぐで大丈夫!?」

 

『正確にいえば、真っ直ぐなのはビルの屋上を5建までだ』

 

「つまり今は真っ直ぐで良いってことだね!」

 

『話を聞いていたのか? ビルの屋上を、今1建渡ったから4建までを「わかった!」』

 

「もう! つーちゃん細かすぎる!」

 

『高貴なる私の言葉を遮るとはいい度胸だな、佐天』

 

佐天はA・Tを使い、屋上伝いに駆け抜けていた。

 

普段の佐天であれば、5階の高さの建物を飛び越えることに恐怖を感じていたはずだが、

先程の信乃とのタッグ技に自信をつけたのと技成功に興奮したことで、全く躊躇のない

ジャンプを繰り出していた。

 

空中で体勢を崩さないための体重移動回転も完璧に、練習以上に成功させる。

 

「よし!」

 

『計算より30秒早い。このペースでいけば到着に2分15秒は短縮できる』

 

位置外は練習中の佐天の動きから到着時間を測定していたが、その測定結果を

上回る動きをしていた。

 

「あと2建! あれ? 美雪さん?」

 

2建隣り、信乃が住んでいる学生寮の屋上には信乃の幼馴染である

西折美雪が立っていた。

 

美雪も佐天に気付き、こちらに手を振って合図をしている。

 

『ニシオリが連絡していた。

 

 ニシオリの家の“近く”に平民(みゆき)が“偶然”いたそうだ。

 

 合鍵も“気まぐれ”で渡していたから、A・Tのホイールも部屋から

 取り出してもらい屋上で待機させていた』

 

「なるほど! あれ? なんだか言葉の所々に強調されている部分が?」

 

『気にするな。気にしたら負けだ』

 

「う~ん、ま、いっか。 よっと!」

 

建物の間は5メートル。それを軽々と飛び越えて美雪の前に

ブレーキスピンをしながら止まった。

 

「佐天さん、お疲れ♪ はい、これ♪ あと、少しだけでも水分補給して♪」

 

「ありがとうございます!」

 

A・Tホイールが入っている鞄と、スポーツドリンクを佐天に手渡した。

 

渡されたのは背中に背負うタイプの鞄。

 

女性が出掛けるときに使う、皮で作られた小さな鞄で、

A・Tで走るのにも邪魔のない大きさだった。

 

おそらく信乃ではなく、美雪の個人用のものだろう。

 

“偶然”信乃の家の近くに学校帰りでいたのに、なぜプライベートで使う用の鞄を

持っていたのかは、緊急事態のため佐天は気付かなかった。

 

『速過ぎても信号のタイミングがズレる。1分間は、ここで休憩しろ』

 

「わかった、つーちゃんもありがとう」

 

今度もタイミング合わせが理由だが、休憩を貰えて一息ついた。

 

美雪からのスポーツドリンクを口に入れると、知らず知らずのうちにノドが

乾いていたようで、ゴクゴクと止まることなく一気に飲み干してしまった。

 

「プハッ! おいし! 美雪さん、ありがとうございます!」

 

「いいよ、私にはこれぐらいしかできないし♪

 

 ・・・・佐天さん、信乃からは緊急事態ってだけしか聞いてないの。

 もしかして信乃は戦ってるの? 佐天さんにお願いするぐらい切羽詰まってるの?」

 

「あの、私もよくわからないんですよね。アハハハハ・・・・」

 

本当のことを言って美雪を不安にさせない方が良いと考えて

佐天は嘘をついて誤魔化すように笑った。

 

「そっか、戦っていたらまた病院に来るかも知れないかな・・・・

 佐天さん、伝言お願いできる?

 

 もし怪我をしたら、カエルさんの病院に美雪がいるから、搬送先はソッチにして。

 あと、重症だったら私のCHI☆RYO☆Uが待ってるから楽しみに♪

 

 って」

 

「は、はい、わかりました・・・・」

 

美雪が信乃を重傷前提で考えているので、佐天は少し不安になった。

 

 なぜ怪我すると思うんですか? 信乃さんは強いから怪我しないと思いますよ

 

口にしかけた質問を聞く前に、位置外から連絡が来た。

 

『時間まで10秒前だ。準備しろ』

 

「わ!? 了解! それじゃ、美雪さん! ありがとうございます!」

 

「うん、頑張って♪」

 

佐天は勢いよく隣の学生寮に跳び移った。

 

 

 

 

 

佐天の調子は、休憩を挟んでも衰えは見えなかった。

 

『本当に速度が上がっている・・・・・高貴なる私の予想を上をいくとは

 面白いぞ、佐天涙子』

 

「あっりがとう! つーちゃん!」

 

自分でも調子が良いと感じてる上に、自分よりもA・Tの先輩に褒められたことで

佐天の調子はさらに上がった。

 

上がり過ぎるほどに。

 

順調に位置外の指示ルートを走り、ゴミが散乱しているのが理由で歩けない

ビルの間の細道も、壁走り(ウォールライド)で簡単に通り抜ける。

 

位置外の指示は近道だけでなく、通過ルートの信号のタイミングも完全に

把握していた。

 

まだ長距離のジャンプができない佐天では、道路を挟んだビル間のジャンプは不可能。

 

ならば下の横断歩道から渡るしかない。

 

横断歩道が青になるタイミングにしか、佐天は通過していなかった。

自分はペースを全く変えずに常に全力疾走をしているだけ。

 

あまりにも順調に進んだうえに、今までの上機嫌も含めて

≪自分を止める者はいない≫。佐天はそう感じるようになっていた。

 

『左の郵便ポストから、住宅の塀、その家の1階屋根、隣の2階の屋根に移れ』

 

「了解!」

 

最初は『本当に大丈夫!?』と思っていたが、『今の自分に不可能はない!』と

考えていた。

 

そのために、判断を誤った。

 

『建物の反対側に降りろ。塀に一度ホイールで滑らせれば着地も大丈夫だ』

 

「え!? でも隣の建物、3建連続で丁度良い高さだよ!

 飛び移ればショートカットになる!」

 

佐天が見る限り、今いるのは2階建てビル。屋上の手すりと貯水タンクを

踏み台にすれば隣の3階建てに跳び移れる。

 

そして、その隣、さらに隣も3階建て。

 

降りることも考えると、4建目のビルは2階建て。

3メートルしか壁降り(ダウン)ができない佐天でも、調子の良い今なら

2階建て(4メートル強)の高さから降りても大丈夫だと考えた。

 

一方、位置外の指示通り建物から降りるルートは、近くに廃材置き場があるために

少し遠回りする必要がある。さすがに廃材置き場の上を走る近道は無理だ。

 

常盤台中学の方向で考えれば、建物ルートが近道になる。

 

『大人しく高貴なる私の言うことを聞いていればいいのだ』

 

「大丈夫! 今の私だったら出来るって!」

 

そう、調子に乗って位置外の判断を無視した。

 

『やめろ。そのルートはお前には無理だ』

 

「問題ないよ!」

 

位置外の停止命令を聞かずに、隣のビルに移る。

 

貯水タンクの踏み台も完璧だ、そう思う出来だ。

 

その後も2建連続で跳び、4建目の建物を目掛けて足に力を込めた。

 

だが、見えた屋上は一面緑色をしていた。

 

「・・・え?」

 

間の抜けた声を出す佐天。

 

風力発電でエネルギー供給や地球温暖化に直接心配がない学園都市であろうとも、

やはり緑化運動と言うものはあったらしい。

 

屋上に植物を植えて少しでも二酸化炭素を減らす。

その取り組みで4建目の、佐天が飛び移ろうとしていたビルは緑化運動をしていた。

 

一面緑。屋上の至る所に植物の植木鉢を置いている。

 

つまり、着地する足場が無い。

 

『愚民(さてん)! 右方向の出入り口だ!』

 

「ッ!?」

 

驚きで真っ白になっていた佐天は言われるままに、とっさに踏み出しかけた左足に力を

入れて右方向に跳ぶ。

 

位置外の指示にあったのは屋上の出入りを行うドア。

ドアを開閉するため、その付近には植木鉢は置かれずコンクリートの色が見える。

 

とっさとはいえ、偶然にも方向と距離がわずかなスペースにぴったりと合った。

 

着地地点は成功。だが、着地そのものは失敗した。

 

「きゃ!!」

 

空いていたのはドアを開閉するためのわずかなスペース、2メートル四方だけ。

走ってきた勢いをそのままに、2メートルでブレーキをかけられるはずがなかった。

 

そのまま植木鉢のいくつかを蹴り飛ばし、踏みつけてバランスを崩す。

 

勢いはそれでも止まらず、屋上の手すりから体を放り出された。

 

 ゾクッ!!

 

浮遊感。A・Tを使っている上で必ず付き纏う恐怖が佐天を襲う。

その恐怖はA・Tで体勢を作っているからこそ克服できた恐怖であった。

だが、体勢は全く取れていない。だから、純粋な恐怖が佐天を襲った。

 

 

 ガサッ

 

 

偶然にも、建物の側に生えている街路樹に落ちた。

 

「ハァ・・・ハァ・・・わ、わたし・・・生きてる・・・」

 

2階建てとはいえ受け身を全く取れずに放り出されれば、死ぬと感じる恐怖があった。

 

それが自分の最高速度で突っ込み、勢いのまま落ちたのだからよけいに恐怖した。

 

『何を休んでいる! 早く木から降りろ! 時間が無いんだぞ!』

 

「は、はい・・・」

 

本人にとっては九死に一生の体験だっため、少し放心状態だった。

 

動きはしたが木から降りるのもゆっくりになってしまう。

 

幸いに木の葉と枝がクッションになって、体のどこにも痛い部分はない。

 

だが、結果的に1分のタイムロスが発生した。

 

「つーちゃんはこのこと、知ってたの?」

 

木から降りながら位置外に聞いた。

 

≪このこと≫とは、佐天が降りたビルに足場が無いことだ。

 

『愚問だな。愚民(おまえ)が聞くのだから当然か?

 

 ニシオリや宗像ならともかく、少ない足場で愚民(おまえ)が着地できるはずがない。

 

 愚民(おまえ)を止めたのは屋上から降りられないと考えたからではない』

 

短い距離で止まるのは、A・Tの摩擦技術と足筋を使ってのクッションが必要になる。

初心者の佐天ができるはずがない。

 

例え調子が良くても、毛が生えた実力では不可能な領域だ。

 

位置外は佐天が通るルートの監視カメラを全て、

それに加えて地上監視用の人工衛星もハッキングしてすでに見ていた。

 

もちろん、緑化された屋上も。

佐天の実力計算して、少しだけだが遠回りの下の道を走るように指示したのだ

 

『調子に乗っていたな。愚かだ、愚か過ぎる』

 

「・・・・・・・」

 

言い返せなかった。

 

『早く走れ。1分3秒のタイムロス、タイミングのずれで次の信号は赤で

 止まることは決定だな。

 

 こうなっては到着は予定よりも5分42秒も遅れる』

 

「そんな!」

 

5分。

 

それは仮に信乃が自分でホイールを取るためにロスする時間、3分よりも長い。

 

今から到着しても、信乃が最初から全て一人で行動した方が良かったことになる。

 

一気に、自分の存在意味の無さが襲ってきた。

 

「で、でも! 今から急げば少しぐらいは!」

 

『信号に掛からないタイミングで計算されていたのだ。

 1つの信号で1分の遅れ。その遅れで別の信号にも掛かる。それをまた繰り返す。

 

 急いでも無理だな。

 それが調子の良かった愚民(おまえ)程度の走りで計算しても覆すことはできない』

 

「そんな・・・・・そんな・・・」

 

心の中に残っていた、僅かな希望さえも否定された。

 

 

 

 

つづく

 



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Trick39_13組!? お前ら異常(アブノーマル)か!?

 

 

宗像は煙の中へと突っ込んでいった。

 

「落ち着け! 映像を熱感知(サーモグラフィ)に切り替えろ!」

 

宗像が手榴弾と騙して投げた煙幕は、敵の駆動鎧(パワードスーツ)のいる

廊下と教室を全く見えない状況にした。

 

敵は素人ではない。

 

すぐに対応して宗像を待ち構えた。

 

「残念だが見える見えないは関係ない。結果は全て同じだ」

 

静かに宗像は宣言する。宗像も煙幕の中では全く見えていない。

 

だが彼は裏の世界にいた人間。

 

微妙に感じる煙の動き、風の流れから誰かどこにいるかはだいたい把握できていた。

 

A・T(エア・トレック)を始めて半年程度で、“王”レベルの実力を手に入れた

宗像にとっては当然のことであった。

 

そして、だいたいの把握を完全な認知に変えたのは、他でもない敵のおかげだった。

 

「いいか! ゴム弾だからガキ共への流れ弾も気にせずに撃て! 殺す気でだ!!」

 

 殺気

 

裏の世界で戦っていれば、殺気の感知ぐらいはできるようになる。

 

しかも宗像は殺気に関しては裏の世界でもかなりの上位にいる。

 

自分から出し隠すことも、相手の殺気を感知することも能力が高い。

 

相手は殺気を隠す技術もないようで、どこにいるかも何時攻撃するかも簡単に分かった。

 

「人質への流れ弾も考慮しないなんて先輩たちは頭も悪い人達なんだね。だから殺す」

 

A・Tを着けた宗像に、機敏な動きができない駆動鎧が追いつけるはずがなかった。

 

まず一人目、教室から廊下に出ている男の上に跳んで視界から外れる。

熱感知は視界が悪いので、気付かれることはない。

 

背後へと静かに着地し、背中の機械をA・Tの刃で破壊する。

 

破壊したのは駆動鎧の制御装置。

 

「な、なんだ? カメラが?」

 

当然ながら、カメラ映像と熱感知の操作はここで行われていた。

 

それによって中にいる男は急に見えなくなったことを疑問に思い、

 

「大人しくしてもらうよ」

 

駆動鎧の外部装甲から外に出ていたケーブルを切られて、完全に機能を停止した。

 

「動かなくなった!? どうなってんだ!!」

 

「さて、次は、あいつにするか」

 

2人目はすぐ隣の教室にいる男を選んだ。

 

敵の配置は、各教室に2人ずつ。

 

今は宗像の登場で廊下に何人かが出ているが、基本的にはこの陣形だ。

 

教室は、当たり前のことだが隣の教室と廊下から壁で区切られている。

だから教室の中に行けば、敵が援護しづらくなるのだ。

 

逆に出入り口を防がれれば袋のねずみになり、絶体絶命になるリスクはあるが

宗像はそんなヘマはしない。敵が教室に来る前に終わらせて廊下に出るからだ。

 

 

煙の中、≪ガッチャ!≫という金属の音が聞こえた。

 

途端に宗像の前方から殺気が強くなった。

 

 ダダダダダダッ!!

 

殺気に気付いて僅かに横に動いた宗像には、一つとして当らずに通り過ぎる。

 

視界の悪い熱感知では、細かい照準は不可能だった。

 

宗像は当たるかどうかのギリギリの位置で進み続け、踵の刃の連結を解除する。

 

右足を高速で横に振り、鞭のようになった刃も後に続く。

 

「じ、銃が!?」

 

刃が銃を切り裂き、ガラクタへと変貌させた。

 

「武器の心配してる場合?」

 

冷たい笑いを浮かべ、今度は左足を後ろ回し蹴りの要領で相手の両太腿を横に断ち切る。

 

男はわめき声をあげながら前に倒れ、うつ伏せで上に来た後頭部を

宗像は容赦なく踏みつぶす。もちろん殺さない力加減で。

 

頭から血が出ているかどうかは駆動鎧で隠れて見えないが、完全に気を失っていた。

 

「2人目完了。殺さない上に、生徒にトラウマを植え付けないように手加減とか

 面倒臭いな。殺していいかい?」

 

『だめだ。早く教室から出ろ。2人が出入口に向かっている。

 袋のねずみにされるぞ。急げ』

 

「Aye, ma'am」

 

通信機越しの位置外の指示に従い、後頭部から足を退けて

1秒としない内に教室から宗像は出た。

 

「おわぁ!!」「な!?」

 

急に出てきたことで敵は驚いたが、すぐに銃口を宗像に合わせる。

 

もちろん、宗像は発射を許さず、引き金が引かれる前に2つの銃を鉄屑に変えた。

 

『熱感知カメラは顔左側だ』

 

指示に無言で従い、A・Tのつま先で左側頭部の装甲をへこませながら蹴り抜く。

カメラ破壊が目的だったが、都合良く脳震盪を起こして動かなくなった。

 

もう1人も同じ方法で倒そうとしたが、その前に宗像の腹にナイフがかする。

 

煙幕も次第に無くなり、2人の視覚を邪魔するものはなくなっていった。

 

ここからは奇襲奇策を挟まない完全な実力の勝負。

 

「手早い対応だ。今までの先輩方とは違うな」

 

「何者だ貴様!?」

 

「・・・神理楽(かみりらく)高校に在学中の者ですよ」

 

「なに!? よりにもよって四神一鏡の・・・」

 

「ええ、あなた方が少し前まで所属していた神理楽(ルール)。

 その下部組織の養成、いや傭兵学校、つまりはあなたの後輩になる。

 

 来年は僕もやると思うよ、3年の駆動鎧操作(アーマーカリキュラム)」

 

「ちっ!」

 

舌打ちをしながら再びナイフで切りかかってきた。

 

駆動鎧操作(アーマーカリキュラム)は、神理楽(かみりらく)高校の

3年に行われる授業の一つだ。

 

学園都市で駆動鎧について教えているのはこの高校だけだった。

 

世界中で駆動鎧をつけて活動している人間の6割は信乃達と同じ学校出身。

残りの4割も、教官はほぼ間違いなく神理楽高校出身であった。

 

その6割にもれず、常盤台を襲撃してきた駆動鎧の全員が神理楽高校の

卒業生であり、卒業後は四神一鏡の武装組織である神理楽(ルール)に所属していた。

 

そう、“していた”のだ。

 

敵の動きから駆動鎧が専用の、しかもかなり厳しい訓練を受けたことに気付いた位置外。

 

得意の探索(シーク)で男たちの正体をすでに調べ上げていた。

 

結果、全員が数ヶ月前に神理楽(ルール)から除籍されていることが分かった。

 

1人の四神一鏡の男と共に。

 

 

だから宗像は“先輩”と言っていた。

 

在校生として卒業生への礼儀と、裏切り者に対する侮蔑をこめて。

 

「なんだよ後輩! 俺らが先輩だってわかったんなら大人しく死にな!」

 

ナイフを首に目がけて振るが、宗像は上体だけを引いて避ける。

 

その体勢のまま足を振って攻撃したが、つま先を左腕で、直後にきたA・Tの刃も

右腕でガードした。

 

「ッ!?」

 

ガード出来るように設計されているため、駆動鎧の肘から先は他よりも硬く作られている。

 

今まで3人の装甲を破壊していた宗像のA・Tだが、踵の刃でさえも先端が1cm程

刺さっただけだった。

 

「さすが学園都市の最新技術、いや、四神一鏡の財力の塊と言ったところか」

 

刺さった刃先を抜きながら後ろに後ろ宙返りして言う。

 

「お前らは楽でいいな! 今の理事長になってから薬剤実験が無くなったんだろ!?」

 

「正確にいえば人体実験の全てが排除されたよ、クロム理事長に代わってからね。

 

 先輩は実験に参加していたのかい? 見た所、腕は立つようだが」

 

簡単な会話をしている中でも、迫りくるナイフを避けて隙を見つけては刃を振る。

 

「被検体の方でな! 今じゃ1週間に1度の注射(くすり)が必要だが、それでも

 このハイな気分と力を手に入れられたんだ! 安いもんだぜ!

 おかげで高校の時は“12組”(スペシャル)で腕をふるってたほどだ!!」

 

ナイフが宗像の上着をカスって横一文字に切れた。幸い皮膚には当たらずに傷はない。

 

「なるほど。冗談や誇張というわけじゃなさそうだ」

 

自らの服を一瞥して言った。

 

いくつかの制限が掛かっているにしても宗像の攻撃を防ぎ、反撃に成功しているのは

かなりの実力が必要であり、切り裂かれた服がその証拠となった。

 

「ちなみにお前の組はどこだ? なかなか面白いから“12組”(スペシャル)か?」

 

「でも“12組”(スペシャル)か・・・・

 

 それなのになんで僕は手間取ってんだろうな?」

 

「あん? 質問には答えろよ!!」

 

再びナイフと刃の接近戦が繰り広げられる。

 

若干ではあるが、宗像が不利の戦況だった。

 

30秒ほどの刃戦で更に2度、宗像の服だけが切り裂かれた。

 

「は! やるじゃねぇか後輩! 特別(スペシャル)な俺が聞いているんだから

 ちゃんと答えろよ!

 

 それとも実は“1組”(ノーマル)で恥ずかしくて言えないだけか?」

 

「あぁ、なにが面倒臭いか分かった。このアーマーが邪魔なんだ」

 

相手の言葉には一切返さず、納得したようにつぶやき嬉しそうに宗像は笑った。

 

「だったら壊(ころ)すか」

 

おぞましい笑いだった。

 

一瞬、駆動鎧の男が今まで経験したことのない量の殺気が場を支配して動けなくなった。

 

 

 

剣の道 (ロード・グラディウス)

 

  Trick - Metal Twister -

 

 

 

次に瞬間には、右手のナイフ以外が鉄屑に帰られた男が立っていた。

 

鎧だけを的確に迅速に丁寧に最悪に木っ端微塵に殺したのだ。

 

「な、なにが!?」

 

今の状況に理解が追いつかず、目の前から消えた宗像にも気付いていなかった。

 

「さて、どうやってトドメを刺そうか? 邪魔な鉄屑は無くなったとはいえ、

 逆に攻撃したら守るものが無くて殺してしまう。

 

 殺したいが殺すのは禁止されてるし、俺が持っているのは殺しの道具だけだし・・」

 

声は後ろから聞こえた。

 

敵を“倒す”事だけを考えていた上に、位置外から情報を聞き出せと命令されていた

宗像は、仕方がなく相手のレベルの付き合っていた。

 

その中でどうにか攻めようとしていた、駆動鎧に阻まれて決定打を打てずにいた。

 

ならば、その駆動鎧だけを破壊すれ(殺せ)ばいい。

 

そうであれば情報を聞き出すことも続けられるし、面倒な駆動鎧の

相手をしないで済む。

 

そう決めれば行動は一瞬、手加減の必要もない宗像は全力で攻撃。

 

駆動鎧の関節部の隙間からA・Tの刃を差し込んで固くない部分から解体した。

 

その実力はまさしく、“剣の王”(トップライダー)

 

「何なんだお前は!?」

 

「正確にいえば“お前ら”だよ。

 

 ま、先輩のとどめはリーダーにでも任せるよ」

 

「あ?」

 

「任された!!」

 

声は教室の反対側、窓の方から聞こえた。

 

振り向くとジーンズ生地の青色が目の前に見えた。

次の瞬間には暗くなる視界、男の意識が途絶えた。

 

「遅かったな」

 

「学園都市の入り口から100km以上を30分以内に到着したことを評価しろよ」

 

珍しく肩を大きく上下させて西折信乃は答えた。

 

窓から入ってくるなり、男の鼻っ柱に飛び膝蹴り(A・Tの加速付き)を喰らわせて

反対側の壁に激突させた。男にすでに息は無い、わけではなく意識が無い。

 

「倒してしまっていいのか?」

 

「問題ない。位置外の指示だ。校舎に入る寸前に許可貰った」

 

『もう十分情報は引き出せた。宗像、褒めて遣わす』

 

2人のイヤホンから相変わらず偉そうな位置外の声が聞こえた。

 

「位置外、あと何人だ?」

 

『この階にいるのは3人だ』

 

A・Tドラグーンを使ってリアルタイムに状況を詳細に把握している位置外には、

敵の一人一人がどこでどこ向きにどのような体勢で立っているかすらも知っている。

 

この階に残り3人、倒した5人も含めて8人。

 

各学年に同じ人数がいると考えるのが妥当だろう。

 

『ニシオリ、繰り返して聞くことになるが武器は持っていないんだな?』

 

「ああ。残念ながら特殊改造無(ノーマル)A・Tしかない」

 

「ならこれを使え」

 

宗像の何も持っていない手に、いきなり刀が現れて信乃に差し出した。

 

「いや、相手が悪人でもさすがに刀はやり過ぎだろ・・・せめて木刀や鉄パイプで」

 

「逆刃刀だ」

 

「なぜ殺さずの剣士の刀を持ってるの!!?」

 

「そんなことよりも来たぞ」

 

「そんなこと!? 殺さない武器を殺人者(おまえ)が持ってることに対して

 そんなことで片づける!? 俺すっごく驚いてんだけど!!

 

 ってツッコミしてる場合じゃなかった!」

 

見ると教室の中にいた敵が一人、こちらに向かってマシンガンを打ってきた。

 

距離は15メートル。

 

A・Tを使えば1秒とせずに近付ける距離だが、

狭い廊下では避けながら進む事ができずに狙い撃ちになっていまう。

 

煙幕も消えた今、弾丸の中を避けながら進む事はできそうにない。

 

出来る対応は防御するか、弾丸が当らない場所に逃げるか。

 

前者は宗像が行動した。

 

A・Tの踵にある2本の刃を展開、自分の前に螺旋を描くようにして盾を作った。

 

大きさは直径1.2メートル。少し屈めば宗像を完全に隠せた。

 

無数の弾丸が盾にした刃に当たるが、防御は完璧で盾は形を一切崩れない。

 

 

そして後者の弾丸が当らない場所に逃げる、を選択した信乃は“窓から”飛び出た。

 

「き、きゃーーー!!」

 

煙幕が無くなった今、教室にいる生徒からも2人の様子が見えていた。

当然、助けに来た人がどうするかを気になって凝視していた。

 

そこでいきなり窓から飛び降りれば悲鳴の一つぐらいは出て当たり前だった。

 

なにせここは4階。飛び降りて死ぬかもしれない高さである。

 

だが、女生徒達は忘れていた。信乃がどこから入ってきたかを。

 

 

 ダダダダダダダダダダダ!!!!

 

5秒以上、弾丸を吐き出し続けるマシンガン。

 

この連続攻撃が止んだのは、弾切れではなく撃っていた男の意識が切れたからだった。

 

 

常盤台中学の校庭にある、旗をあげるポール。

 

それが丁度、信乃達がいた窓の近くにあった。

 

外に出た信乃は飛び降りたのではなく、ポールを使って方向転換と上昇をした。

 

 

  Trick - UPPER SOUL 15ROLL -

 

 

ポールにA・Tのホイールを付け、推進力を回転力に変えてポールを15回転する。

 

ポールの上に到着した後に横に跳ぶ、銃を撃っている男の方へ。

 

そして窓から入れば、外に飛び出て退場したはずの男が急に表れて攻撃、

反撃どころか男の方を向くという対応すら出来ずに

 

 

轢藍の道 (オーヴァ・ロード)

 

  Trick - BERSERCKER IMPACKT !!! -

 

 

傍から見れば単純なハイキック。

 

しかし、細かく分析してみればA・Tの推進力だけではなく

空中で体勢を整える技術、跳んできた勢いを全て蹴りに込めて轢き潰す技術などが

詰まっている、紛れもない技(トリック)だった。

 

最初に跳び蹴り気絶した男と同じ状況だったが、A・Tの推進力だけでなく

技(トリック)で側頭部をフルスイングで蹴り飛ばされては

駆動鎧など意味もない。

 

轢き潰された男は頭部の装甲を破壊された上に、勢い余ってその場で横一回転、

壁に激突して沈黙する。

 

『残り2人だ。さっさと終わらせろ』

 

位置外の指示の直後、2人の駆動鎧が出てきた。

 

さすがに自分たちの不利を感じ、生徒の見張りを放棄して廊下に出てきた。

 

逃げ場がなければ戦う、間違った判断ではない。

 

だが、防御で動かなかった宗像と、迎撃で移動した信乃。

敵が廊下に出れば、必然2人の間に立つことになった。

 

 状況は挟み打ち

 

まだ教室で立て籠っていたいた方が、狭い出入り口だけに銃口を向けるだけで

対処しやすかった。最悪、生徒を人質にとれば攻めてこなかった。

 

自分たちの判断ミスに気付いた時には遅い。

 

男たちに出来るのは、苦し紛れの言葉を吐くしかなかった。

 

「な、なんだ!? お前らは一体何ものだ!?」

 

「神理楽(かみりらく)高校 2年13組 宗像(むなかた) 形(けい)」

 

「神理楽(かみりらく)高校 1年13組 西折(にしおり) 信乃(しの)」

 

「13組!? お前ら異常(アブノーマル)か!?」

 

「ふざけるな!! 学生で神理楽(ルール)に所属しているお前らが

 なんでこんな所にいるんだよ!!!」

 

神理楽(かみりらく)高校は、組によってランク分けされている。

 

1組は一般企業(ノーマル)向けに卒業させる生徒。表の世界で活躍しているのは1組の卒業生だけだ。

 

12組は1組から11組までの精鋭で構成された、特別(スペリャル)の集まり。

 

だが、“12組”(スペシャル)を超える集団がいた。

 

それが“13組”(アブノーマル)。

 

神理楽高校は傭兵集団の神理楽(ルール)の下部組織。

卒業生の9割以上が神理楽に入る。

 

だが、学生の身分にもかかわらず実力を認められ、すでに神理楽に組み込まれているのが

13組だった。

 

ゆえに事情を知らない1組以外のクラスから異常(アブノーマル)と

呼ばれて畏怖されていたのだ。

 

「なんでここにいるか・・・そんなの答えるまでもないですよ、先輩方」

 

「僕たちは神理楽の人間、ならば四神一鏡の指示でここにいる」

 

信乃が呆れつつも、鞘から逆刃刀を抜きとる。

宗像がどうでもよさそうに、持っていなかったはずの刀2本を握る。

 

「神理楽を抜けたあなた達には関係のないことでしょうけどね」

 

「だから殺す。だからこそ殺す」

 

「なんだよ!? 何者だ!!?」

 

「ハァ、パニックになって同じ質問を繰り返しているよ。せっかく所属と名前を教えたのに」

 

「仕方ないだろ。こいつらの頭は良さそうに見えない」

 

呆れたようにため息を出した信乃に、宗像は微笑を浮かべながら言う。

 

「せめて、冥土の土産に何者か、名前以外のことを教えようか」

 

宗像の言葉に、信乃は何を言うのか勘づいて一緒に笑う。

 

「   俺達は   」

 

 

「  通りすがりの   」

 

 

「「暴風族(ストームライダー)だ、覚えておけ!!」」

 

 

 

 

1秒と掛からず残りの2人の意識は刈り取られた。

 

 

 

つづく

 

 

 

 



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Trick40_正真正銘の傑作だ

 

 

「ゴミ屑の排除は完了した。次は?」

 

信乃が携帯電話で位置外に次の指示を仰いだ。

 

足元には逆刃刀で殴り、修理不可能なまでに破壊された駆動鎧が1体。

切り裂かれた装甲が鉄屑となり、その鉄屑の中心で白目を剥いて泡を吐く男が1人。

 

常盤台中学3年を見張っていた敵全員の排除が完了した。

 

『1年の階にニシオリ、2年の階に宗像が行け』

 

「了解」「Aye, ma'am」

 

1年生、2年生を攻めている敵の位置はすでに聞いている。

 

即座に階段を滑り降りて1年生の白井、2年生御坂の援護に向かった。

 

 

 

****************************************

 

 

「白井! 弾はこれでいいか!?」

 

「ありがとうございます!

 

 また同時に来ましたの!? 黒妻さん! 近づいてきた1人をお願いします!」

 

「わかった!」

 

黒妻が1年生の防衛をしている白井に合流して数分、敵との戦いは安定していた。

 

白井の空間移動(テレポート)に対応して、複数人数で同時に攻めてくる。

 

最初の突撃は1人を倒しそびれた所に、タイミングよく到着した黒妻に助けられて

事なきを得た。

 

今は文房具を空間移動の攻撃用弾丸として使い、

倒しそびれて教室まで入ってくる駆動鎧(パワードスーツ)は黒妻が

力づくて倒す、という戦術をとっている。

 

最初は時間稼ぎをしろと言われた2人だが、敵がそれを許してくれないために

遠慮なく倒している。

 

それが原因かは分からないが、敵の攻めの手が徐々に強くなってきた。

 

「うぉらっ!!」

 

白井の攻撃から抜けてきた1人が教室に入ってきたが、

黒妻がA・T(エア・トレック)を使って加速した拳を駆動鎧の頭にめり込ませる。

 

グシャ と機械の歪みヘコむ音を立てて廊下側の窓から外へと飛ばした。

 

拳には手甲(ガントレット)を付け、金属を殴っても拳を痛まないように防護して

さらに破壊力も上がっている。

 

『平民(しらい)、次の突撃は武器だけを破壊しろ。

 愚民(てき)は止まらずにナイフに持ち替えて突撃してくるだろうが

 教室入口に来るまで倒すな』

 

「どういうことですの位置外さん!?

 

 1人が教室に入って来れば黒妻さんがどうにかしますが、

 位置外さんの言う通りにすれば、最低でも3人が入ってくることになりますの!」

 

『高貴なる私に平民は大人しく従えば良い。

 

 階段に隠れているのは4人。あと11秒ほどで全員同時突撃をする。

 

 準備しろ』

 

「・・・わかりましたの。黒妻さん、聞こえてまして?」

 

「ああ。よくわからんが言う通りにすれば大丈夫だろ。

 

 教室の入口なら倒していいみたいだし、俺はその覚悟と準備をするよ」

 

 ゴィィン!

 

両腕のメリケンを胸の前で強く打ち合わせて気合を入れた。

 

『5秒前、4、3、2、1 来るぞ』

 

「本当に位置外さんは隠しカメラでも仕掛けているに違いありませんの。

 学校に仕掛けるなんて、これってプライバシーの侵害ですの」

 

その隠しカメラ(A・Tドラグーン)が自分の頭上にも漂っている事も気付いていないで

白井は呆れたように言った。

 

位置外の言葉と同時に4人の駆動鎧が出てくる。

 

タイミングが分かっていれば突撃にも焦ることはない。

 

冷静に演算をして、持っている銃のみを空間移動を使ってペンを強制割り込みで破壊する。

 

「ちっ! 銃は捨ててナイフに持ち替えろ! 退くわけにはいかない!!」

 

「「「はい!!」」」

 

即座に銃を投げ捨ててナイフに持ち替える。これも位置外の予想通り。

 

教室の入口から廊下を除いて空間移動(しごと)を終えた白井は教室の中に戻り

入ってくる敵に備えた。

 

戻るときに一瞬、階段から出てきた人影を見て笑顔になりながら。

 

「そういうことでしたの、位置外さん。

 

 指示通りに銃の破壊は完了しましたの」

 

『そのまま愚民(てき)を教室に入れろ。

 

 平民(しらい)は即座に愚民(てき)の頭上に空間移動、攻撃してきたらすぐに離脱。

 愚民(あいて)の注意を散らせるのだ。

 

 平民(くろづま)は入ってくる1人目を10秒足止めしろ、倒さなくていい。

 2人目が一緒に攻撃してきたらすぐに後ろに下がれ。

 

 その後は各自で対応して倒せ。2人ぐらいは平民達(おまえたち)で大丈夫だろう』

 

「わかりましたの!」「オーケーだ!」

 

返事と同時に敵が教室入口から見えた。

 

相手が一歩入ってくるの待ち、白井は上へと空間移動する。

 

それに入ってきた1人目が白井を捜して辺りを窺う。上に移動したのですぐには

見つからない。

 

「お前の相手は俺だ!」

 

その隙に黒妻が拳を飛ばす。

 

相手は戦闘のプロ。すぐに黒妻に対応したが、隙を衝かれたために

回避は間に合わずに両腕を交差させて防御する。

 

「くそっ! なら、お前から先に殺してやる!!」

 

ターゲットを目の前にいる黒妻に定め、ナイフを横薙ぎに振る。

 

屈んでナイフを避け、曲げた膝の力でアッパーカットを繰り出す。

 

それも敵に避けられるが計算の内。普段から“信乃&宗像”(ばけものコンビ)と

模擬戦をしている黒妻には最初から通用するとは思っていなかった。

 

だから避けられたことにも動揺せずに、次の攻撃を見切るための行動に出る。

 

「やるなテメェ! 素人にしてはいいじゃねぇか!」

 

「とっとと来いよ、三下。っても俺も三下だがな」

 

黒妻は自傷ぎみに笑いながら攻撃を続ける。

 

「ふざけたことを!」

 

「わたしくも忘れないでほしいですの」

 

声は頭上から、そして駆動鎧の頭に着地した白井によって体勢を崩した。

 

「なにしてんだよ、早く仕留めろ!」

 

後ろにいた2人目の敵が大声を上げた。

 

1人目が黒妻によって足止めされているせいで、狭い入口から2人目以降は

入る事が出来ないでいた。

 

この時間稼ぎこそが位置外の狙い。

 

「わかってるよ!」

 

とにかく仲間を中に入れることを優先するため、両腕を交差して

防御しながら突撃する。

 

黒妻は約束の10秒を足止めしたので、無理に攻撃はせずにすぐに後ろに下がった。

 

白井も同じように空間移動で距離をとる。

 

「さて、これまで馬鹿にしてきた罰を受けてもらう≪グシャ≫・・・ぜ?」

 

廊下から鉄の、黒妻が敵を殴って飛ばした時と同じ音が聞こえた。

 

「2人とも、お待たせしました」

 

「本当に遅かったですわね」

 

「まったくだ。白井が頑張らなきゃ今頃全員やられてたぞ」

 

見れば、教室には入っていない2人の駆動鎧が廊下に転がり、

刀を肩に担いだ西折信乃(ストームライダー)が立っていた。

 

先程の音はもちろん、信乃が刀を使って2人を潰した音である。

 

「「て、てめえぇぇぇーーーー!!!」」

 

「お前らの相手は!」

 

「わたくし達ですの!」

 

激高して信乃に向かおうとしたが、すぐに黒妻と白井が阻止した。

 

「引っこんでろ!」

 

「そうはいかなねー! 俺だって≪小烏丸(こがらすまる)≫の一員だ!」

 

「わたくしは違いますが、風紀委員(ジャッジメント)としてのプライドがありますの」

 

振りかぶるナイフを両手のメリケンで受け、A・Tの蹴りで頭の装甲を破壊。

 

四肢と、背中の制御装置をすべての鉄矢(ペン)の空間移動で貫いた。

 

信乃の登場と味方の戦闘不能。冷静でいられなくなった駆動鎧には敗北しかなかった。

 

「ふぅ、これで終わりだな。それにしても遅ぇぞ信乃」

 

「まったくですの。遅いですわよ」

 

倒し終わった黒妻と白井は、すぐさま信乃へと言葉を向けた。

 

「それ、宗像さんにも言われました。

 

 学園都市の入り口から100km以上を30分以内に到着したことを

 評価して下さい」

 

宗像のも言った言葉をそのまま返したが

 

「遅刻だ」「遅刻ですの」

 

「・・・・・もういいよ」

 

評価は変わらなかった。即答された。信乃が壁に手を付けて落ち込んだ。

 

 

「てめぇ・・・ら! ふざけんじゃねぇ!!」

 

後ろを振り向けば、ヨロヨロとした足取りで立ち上がる男が一人だけいた。

 

「あのゴミ屑、黒妻さんの担当ですよ?」

 

「ちっ!」

 

信乃の言うとおり、立ちあがった男は黒妻が攻撃していた男だ。

 

攻撃が浅かったようで、数秒で意識を取り戻して立ちあがったようだ。

 

黒妻は信乃に指摘されてすぐに倒そうとしたが、それは封じられた。

 

「動くな!!」

 

「ヒャッ!」

 

「「!?」」

 

手に握られたナイフを向けたのは黒妻でも信乃でも白井でもない。

 

側で腰を抜かしていた少女、白井のクラスメイトでもあり、

信乃も顔見知りある湾内絹保であった。

 

駆動鎧は左腕を彼女の首に回し、ナイフを突き付ける。

 

  人質

 

敵を倒すうえで位置外が一番懸念していた問題。

 

それが今、目の前で発生してしまった。

 

「こいつがどうなってもいいのか?」

 

「ひ、卑怯ですわよ! 湾内さんを離しなさい!!」

 

「俺が相手になってやる!! 離せ!」

 

「ハハハハハ! 離せと言われて人質を話すバカがいるのかよ!」

 

白井と黒妻の言葉に気分を良くして高笑いした。

 

ただ一人だけ、その緊迫した状況で呑気に頭をポリポリと掻いていた男がいる。

 

「まったく、黒妻さんは詰めが甘いですね」

 

もちろん信乃である。

 

「信乃さん! そんなこと言っている場合ではありませんわ!」

 

「・・・わりぃな。俺のせいでせっかくの人質を取らせない作戦が・・・・・」

 

「別にいいですよ。見えない所で人質を取れば問題でしたけど、目の前であればね」

 

「あ? お前この状況が分かってんのか!?」

 

湾内へ更にナイフを近付けて脅そうとするが、

 

 

 ズゥン!!

 

 

信乃がA・Tで地面を強く踏み付けた。

周りには振動が広がる。

 

 

 

大地の道 (ガイア・ロード)

 

  Trick - The Trembling Tarth -

 

 

 

「ぐぁ!?」

 

石の振動でその場の全員が動けなくなった。

 

この技(トリック)を発動させてしまえば、動けるのはごくわずか。

大地の道を走れる者か、攻略方法を実行できる上級者か。

 

駆動鎧の男はどちらにも当てはまらず、信乃はどちらにも当てはまる。

 

現状は信乃の独壇場になった。なるはずだった。

 

「問題ないんですよ、動けなくしてしまえばね。・・・え?」

 

信乃がとどめを刺すために一歩踏み出したが、それより早く動く影があった。

 

「女に手を出してんじゃねぇ!!!」

 

信乃以外が全員が動けない状況で、黒妻が拳を振り上げながら突進していった。

 

動けない敵はただの的。今度こそ黒妻の拳が意識をかり取った。

 

「黒妻さん・・・・・何で、動けるんですか?」

 

「ん? いや、別に最初は動けなかったけど・・・・

 

 なんか無理に動かしたら動けるようになった」

 

「・・・・・」

 

信乃の震脚はA・Tの技(トリック)。

振動によって相手の動きを止める、振動を受けた者は石のように動けなくなる。

 

それを“無理に動かしたら”で攻略した。

 

「・・・・おもしろいですね。

 

 おっと、黒妻さんの破天荒さで忘れる所でした。

 湾内さん、大丈夫ですか?」

 

「そ、そうですわ。湾内さん! 大丈夫ですの!?」

 

「は、はぃ・・・」

 

湾内に危害が及ばないように、宗像も考えてガラ空きの顔面に攻撃をした。

人質だった彼女は無傷で助かった。

 

「良かったですわ・・・・

 

 あ! 信乃さん、お姉様は無事ですの!?」

 

「宗像さんが行きましたから問題ありません」

 

言い終わると、白井から他の生徒たちへと視線を変えて大声で話し始めた。

 

「すみません、皆さん!

 外にはまだ侵入者がいると思うので、今教室から出ると危険です!

 しばらくはここで待っていてください!」

 

下手に動かれたら残りの敵に見つかるかもしれない。

そう考えて生徒たちへと指示を出した。

 

言葉はないが、ほとんどの生徒が小さくうなずいたの見て了承したと考えた。

 

再び白井へ向き、念には念を入れて警護をお願いした。

 

「それでは白井さん、黒妻さん。私は行きますから

 もしもの時は彼女たちの事はお願いします」

 

「わかりましたの」「ああ」

 

信乃はA・Tで滑って出ていった。佐天と合流する外へと。

 

 

「西折様/////」

 

助けられて、湾内は更に信乃へ熱い視線を送るようになった。

 

 

 

******************************************

 

 

 

 

佐天は調子が良かった。

 

初めてA・Tを公道で、外で思い切り使用できた解放感。

 

自分で『本当に大丈夫!?』と思ったルートも次々と成功することができた。

 

勇気を振り絞って跳んだ大ジャンプ。

 

失敗と思っていた所に好きな人(信乃)の助け、タッグ技の大成功。

 

その後も、恐いはずのビル跳びも難なくこなせた。

 

そう、全てがうまく行き過ぎていた。

 

調子が良かった。調子に乗ってしまった。

 

調子に乗って失敗した。たった1度だけだが失敗した。

 

その結果が1分以上のタイムロス。結果は到着時間の5分以上の遅れ。

 

もう、自分の存在価値がなくなるほど絶望した。

 

 

 

 

「なんで・・・なんで!!」

 

自分に文句を言いながら佐天は必死に走っていた。

 

自分の限界を超えるために。

 

さっきまでは何をやっても練習以上の動きができた。体が言うことを利いた。

 

だけど今は体が重く感じる。

 

限界を超えるために走っているが、本当に自分は速いのか?

 

どんなに速く走っても、まだ足りない。全然足りない。

 

そしてまた、走りに満足ができないまま止まることになった。

 

赤信号によって。自分に越えられない壁を感じる時間がきた。

 

「つーちゃん! 他に道はないの!? さっきから信号ばかり!」

 

『10メートル以上のジャンプが確実にできるようになってから言え。

 たかが道路さえも飛び越えられないくせに何をほざく。

 

 愚民(おまえ)は高貴なる私の言うことを聞いていればいいのだ』

 

「っ!」

 

先程から信号のたびに何度も繰り返される問答。

 

位置外の指示を無視した結果に遅れたのだから、言い返すこともできずに

会話が終わる。そして悔しさを噛みしめていた。

 

自分が悪いと解っていても、この道以外が無いと何度言われようと、

早く、速く信乃の元に到着したかった。

 

何度も言うようだが佐天はA・T(エア・トレック)初心者だ。

 

始めて2週間で、横幅10メートルはある道路をジャンプで超える実力はない。

 

大きい道に差し掛かるときは必ず横断歩道、歩道橋を利用するしかないのだ。

 

「なんで! なんで私は!」

 

『・・・・・反省は愚民にとって必要なことだ。

 

 だが、目の前の事を疎かにすることは愚民よりも愚かだ。

 

 だから今は走ることだけに集中しろ、平民(さてん)』

 

「つーちゃん・・・・」

 

さすがに怒っていた位置外も、今の佐天の態度に感じることがあったようだ。

 

先程のミスから位置外は辛辣な言葉しか言わなかった。

それが初めて慰める言葉が出てきた。

 

「ありがとう・・・・でも」

 

『信号が青に変わるぞ。5秒前、 3 2 1 GO』

 

言葉を遮ったのは速く到着するための指示だったが、これ以上考え込ませないことも

理由にあった。

 

それでも、佐天は自分を責めるのをやめなかった。

 

(なんで、どうして私はあんなことを・・・)

 

口には出さなくて責め続けていた。

 

心だけじゃなく、自分の体も。

 

不安と恐怖、無理な運動による呼吸の乱れ。

長時間A・Tで走り続けたことによる体中の疲労、苦痛。

 

体の悲鳴も無視して走り続ける。

 

無理をすれば必ず異常が発生する。

 

そんな体に佐天は鞭を打つ。

 

何度も何度も、疲労している体に奥の奥まで空気を導き入れるように呼吸する。

 

それは息をする必要がない、自分自身が空気になる感覚で、必死に。必死に。

 

「カハッ!?」

 

混乱している頭。無意識化でなぜか、吸うタイミングで息を吐いてしまった。

 

瞬間、膝、股関節、背骨、体の全ての関節に想像を絶する激痛が走った。

 

「ッ!!?」

 

佐天は訳がわからなかった。

息を詰まらせただけで関節に激痛が襲う現象など聞いた事が無い。

 

(もしかして体が限界!? でも!!)

 

体が悲鳴をあげようが、佐天は止まるわけにはいかなかった。

 

自分の体が痛いぐらいで、これ以上の遅れは出せない、出したくない。

 

苦痛を我慢して無我夢中で走り続ける佐天。

 

 

その瞬間 彼女は“人”の動きすら超え始めた。

 

 

 

 

 

『これは・・・・』

 

いち早く気付いたのは、カメラ越しに佐天を見ている位置外だった。

 

佐天が急に苦痛に顔をゆがませた。体を故障したのだろうか、と考えた。

 

体が故障すれば走れなくなり、ホイールを届けられなくなる。

 

最短時間で届けられなくなった今、優先すべきはホイールを“確実”に届けること。

そのためであれば、更に1分程度の遅れも問題ない。

 

位置外はペースを落とすよう佐天に指示を出そうとした。

 

 

だが苦痛の後、佐天の動きがおかしかった。

 

痛ければペースが落ちる。たとえ痛みを我慢できてもペースは上がるわけではない。ペースは保たれるだけだ

 

しかし、佐天の走行スピードが異常に上がった。

 

特に壁走り(ウォールライド)と曲がり角の曲がり(ターン)は今までの比ではない速度。

 

先程の調子が良かった時よりもキレがある動き。

 

依然として激しい苦痛の表情のまま佐天は走り続けている。

 

そして遂には止まると計算していた信号を、青点滅の時に通り抜けた。

 

1つの信号に止まったせいで連鎖して別の信号に止まり、5分の遅れが

出ると位置外は計算していた。

 

逆にいえば1つの信号を通り抜けることができば、信号を待っている時間以上に

短縮ができる。

 

位置外は急いでキーボードを打つ速度を上げた。

 

佐天の速度はすでに通常の2倍以上。

このまま走れば最初の予定時間から1分19秒の遅れで到着できる。

 

佐天がミスしてから5分42秒が遅れると出た結果から大幅に更新した。

 

『平民(さてん)、体に異常はないか?』

 

「・・全身の関 節が・・急に痛くなった   けど・・大丈 夫。

 まだ遅い から・・ペースを落  とせない!!」

 

苦しそうに答える。自分のペースが格段に上がっていることに気付いていない。

 

ならば位置外がやることは一つ。佐天の上がった実力で行けるルートを構築し直す。

 

特に曲がり(ターン)が上がっているのであれば、連続で直角に曲がる

裏路地の近道も速度を落とさず、トップスピードで使うことができる。

 

『平民(さてん)、100メートル先の小道を左に曲がれ』

 

「あれ? 真っ直ぐのはずじゃ・・ダメダメ!! つーちゃんは絶対!!」

 

数秒前の指示との違いに疑問を持ったが、指示無視をした自分のミスを思い出して

すぐさま疑問を振り払って角を曲がる。

 

完全な直角でありながら、全くバランスを崩さずに曲がり切った。

 

『(これは間違いないな)』

 

「つーちゃん! 次は!?」

 

『3番目の曲がり角を右に。直後を左』

 

「了解!!」

 

連続でも曲がり切る。位置外の予想が確信に変わっていく。

 

「今度は!?」

 

『300メートルを真っ直ぐ。その後を左に曲がればで常盤台中学の近くに出る。

 

 信乃を学校の外に出しておくから渡せ。その後に出てきた小道に隠れていろ。

 

 ニシオリから絶対に戦闘に参加させるなと言われているし、平民(おまえ)では

 戦いは足手・・・戦闘は難しい』

 

≪足手まとい≫と言いかけたが、精神が不安定の佐天に

これ以上言葉を重ねるのはやめて言い直した。

 

「わかった!」

 

幸いにも走ることに夢中な佐天は気付かなかった。

 

言われた通り左に曲がると、信号が設置される程の大きさの道に出た。

 

後はこの先の道路を横断すれば終わり。

 

丁度、信乃が4階建ての屋上から飛び下りてくるのが見えた。

 

「これで・・・」

 

これで終わりだ。自分は≪小烏丸≫の足手まといになったが、

これ以上は迷惑をかけないで済む。

 

そう思って最後の力を振り絞り最高速度で、飛び降りてくる途中の信乃に向かう。

 

 

だが、アクシデントはどんな時にでも起こるものだ。

 

最後の横断する道路に差し掛かった時、横断歩道の信号が青になった。

もちろん、位置外の修正した計算通りの結果である。

 

 

問題は横の車線から車が来たことだった。

 

  信号無視

 

 

よりにもよってこのタイミングで、赤になったばかりだから大丈夫だと考えた

馬鹿が止まらずに進んできた。

 

全速力の佐天。左からは信号を過ぎ去るためにアクセルを踏み込んでいた車。

 

「佐天さん!!!」

 

「あ・・・」

 

信乃の声で、ようやく突っ込んでくる車に気付いた。

 

『避けろーーーー!』

 

スピーカーからは位置外の必死な声が聞こえた。

 

信号が青のタイミングで油断していたのか。

走ってくる車が監視カメラの死角で気付かなかったのか。

それとも両方なのか。

 

今まで完璧な仕事をしていた位置外水の、初めてのミスだった。

 

 

飛び降りている途中で、地面と壁から足を離れているために自由に動けない信乃。

ノーマルA・Tで風の道を使っても佐天を助けられない。他の道も同じ。

 

モニター越しで指示を出していた位置外。

常盤台中学の中に飛ばしているA・Tドラグーンは、佐天の近くにない。

 

トップスピードで道路を横断しようとしていた佐天。

ブレーキは間に合わない。“走り”(ラン)だけを考えていたせいでジャンプもできない。

今が最高速度(トップスピード)で、今より速度を上げて通り過ぎることも不可能。

 

 

 

 

 

佐天が車に轢かれる直前に、信乃と位置外が目にしたのは

 

“人”の動きすら超えた技(トリック)だった。

 

 

 

 

佐天はまだ、ギリギリではあるが横断歩道に入っていなかった。

 

左から来る車に対し、鋭利な曲がり(ターン)で自身を左に。

完全な直角で曲がる。

 

トップスピードのまま、横断歩道に入る前に車に当たるコースから外れる。

 

右肩に車のサイドミラーが掠った。それほどのギリギリの回避。

 

そして次の一歩、1メートルを進まないうちに、今度は右にターン。

車が横断歩道を通り過ぎると同時に横断歩道に突入した。

 

真上から見れば、まるで稲妻のジグザグの動き。

 

 

 

 Trick - Avoiding Thorn -

 

 

 

1秒でも、1刹那でも早く速く届けたい佐天がとっさに出したのは完璧な技(トリック)。

 

アクシデントのリカバリーで上級クラスの大技をキメた。

誰も教えていないはずの技をキメた。

 

「佐天さん!!」

 

『佐天! 大丈夫か!?』

 

着地と同時に近くまで来る信乃、感情を丸出しに心配する位置外が叫んだ。

 

「だ、いじょ・・・」

 

道路を渡り切った佐天は、言い終えることなく信乃の腕の中に倒れ込んだ。

 

「くそ!? 解析開始(トレース・オン)!!」

 

すぐに佐天の体を解析魔術で調べるが、大きな異常はなかった。

ただ、関節がかなり疲労しているだけで問題ない。

 

『怪我は?』

 

「・・大丈夫だ、心配ない。・・・位置外、佐天さんに何があった?」

 

『どこにも怪我はしていない。

 

 ただ、佐天がミスをした。

 

 取り戻すために焦って走り・・・その走りが“道”になった。

 

 お前の目の前で走った“道”にな』

 

「・・・・・“荊棘の道”(ソニア・ロード)か・・・・正真正銘の傑作だ」

 

『成果を出した佐天にはすまないが、愚民(てき)の排除が優先だ。

 

 佐天はそこの路地裏に隠しておけ。高貴なる私から神理楽(ルール)に

 連絡して保護させる。

 

 お前はホイールを持って中に戻れ。宗像が少しだけ危険だ。

 調律(チューニング)も戻ってからにしろ』

 

「わかった、すぐ戻る。逃げた車も調べといて。報復してやる、絶対に。百倍返しだ!」

 

『当然だ。貴様が肉体的に、私が社会的に奴を消す』

 

「・・・・」

 

先程のひき逃げ未遂の車は止まらず、そのまま走り去っていた。

 

その事に信乃は内心怒っており、位置外の発言と自分の報復の内容が

それほど違っていなかったからスルーした、というのは信乃しか知らない。

 

佐天の背中とひざの裏に手をまわし、お姫様抱っこをして安全な場所に

ゆっくりと運び降ろす。

 

一度だけ、苦しそうにしながらも口だけが笑っている佐天の頭を撫でた。

 

「ありがとうございます、佐天さん。本当にありがとう」

 

そして信乃は走り出した。

 

常盤台中学に戻りながら、佐天が持ってきた鞄に手を入れる。

 

入っていたソレに解析魔術を異常が無いかを確かめる。

 

「よし、故障もないな」

 

その手に握られていたのは、白い九尾の狐が描かれた赤いホイール。

 

 

 

つづく

 



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Trick41_熱血が皮肉って意味が分かったわ

 

 

信乃が佐天からホイールを受け取った時間は遡り、宗像が御坂を助け向かった頃。

 

 

 

「位置外さん! あいつら全員ぶっ倒していいのね!?」

 

『ニシオリが到着した。もう時間稼ぎの必要はない。殺(や)れ』

 

「よっし!!」

 

手加減をしつつも、一撃で昏倒する程の電力を一気に放出した。

 

 

 

・・

 

・・・・

 

 

襲撃直後のことだった。

 

どうにかして駆動鎧2人を倒した御坂。

 

そこに位置外から電話が掛かってきた。

 

頭痛と戦闘直後の疲労により、多少ゆっくりとした動きで携帯電話に手を伸ばした。

 

「もしも『私の電話には3コール以内には出ろ』 ・・・・位置外さん?」

 

『高貴なる私が電話をかけてやった。ありがたく思うがいい』

 

「・・・・キャラの違いにはスルーしとくわ」

 

だてに信乃の妹をしていない。

破天荒なことに対しては奥義(スルー)を覚えている御坂美琴であった。

 

「で、何の用? 今はバカ共を倒すのに忙しんだけど。

 このタイミングで電話したってことは知っているわよね?

 

 信乃にーちゃんが何もしてないみたいだから私がするしかないのよ」

 

『今はニシオリは常盤台中学にはいない。

 

 だから、その愚民(バカ)を倒すための作戦を与えてやる。

 

 これ以上、愚民(てき)を倒さずに牽制して時間稼ぎに専念しろ。

 

  ≪俺たちに有利だから、無理せず慎重に倒していけばいい≫

 

 と思わせる」

 

「・・なるほど。

 

 倒すだけなら問題ないけど、生徒を人質に取られたら大変だしね。

 だからメールでは足止めしろって書いてあったのね」

 

『平民(しらい)と違い物分かりが良いな。

 

 先程の愚民共(ふたり)は先行隊だ。平民(おまえ)を倒すために

 先に来ていただけで2年を抑える本体は1分後に来る。

 

 階段よりこちら側には入れるな。足止めしろ」

 

「OKよ! 信乃にーちゃんが来たらすぐに教えて。

 その合図でバカ共をぶっ飛ばすから!」

 

『いいだろう。高貴なる私が許可する』

 

「よっし! やりますか!」

 

 

・・・

 

・・

 

 

 

 

そして冒頭に戻る。

 

「くらいなさい! 信乃にーちゃん直伝の技!!」

 

頭で荒波をイメージし、それに合わせて演算する。

 

 

  放たれるは  七色の電撃

 

 

丁度出てきた駆動鎧(パワードスーツ)に当たり、黒焦げに変えて戦闘不能にする。

 

「痛っ! やっぱり頭痛が・・・

 

 信乃にーちゃんに言われたときは平気だったのに何で?」

 

階段で敵を牽制するときも、今よりも弱いが七色の電撃を出していた。

そのときも同じく頭痛が出ていた。

 

最初、信乃の言葉通りに演算した時は平気だったのになぜだろうか。

 

『平民(みさか)、次に愚民(てき)は同時に出てくる。手を出すな』

 

「それは作戦よね?」

 

『愚問だ。これ以上続けると愚民(みさか)と呼ぶぞ』

 

「同じに聞こえるけどすごく嫌な気がするからやめて」

 

『私が合図をしたら通常ので電撃だけでいい。攻撃しろ』

 

「あれ? 私、七色の事言ったっけ?」

 

その疑問も敵が出てくることで消し飛ばされた。

 

一度に出てきたのは5人。

 

「位置外さん! まだ!?」

 

指示通りに攻撃せずに待つ。だが、近づかれれば倒しづらいし、

敵が廊下を走って徐々に迫って来るのに恐怖を感じた。

 

『心配ない。階段を見ろ』

 

「え!? あれって、宗像・・・・さ、ん・・・」

 

駆動鎧と同じように階段から出てきた宗像。

 

御坂は宗像を視認して、名前を呼び終わる前に自分の横に立っていたのだ、宗像が。

 

『平民(みさか)、攻撃していいぞ』

 

「ふぇ? あ、うん! って駆動鎧が・・・・」

 

御坂が見たのは、駆動鎧が鉄屑に変わり、奴らの足元に転がっている風景だった。

 

宗像は階段から出てきた直後、電光石火で駆動鎧達の間をすり抜けて

御坂の隣に立った。

 

そのすり抜ける際、全員の駆動鎧を破壊してきたのだ。

 

壊された男たちの方も、何があったのか理解できずに立ち尽くしていた。

 

「速く倒してくれ」

 

「あ、うん」

 

驚きで気の抜けたまま適当に気絶する威力の電撃を浴びせて、あっけなく敵を

全て倒した。

 

「えっと、終わり?」

 

「この階は終わりだ」

 

『信乃のいる1年生も、もう少しで終わる」

 

 

 ズゥン!!

 

 

「キャ!? 何今の音!? 爆弾!?」

 

『ニシオリの震脚だ、問題ない。気にするな』

 

「すごい音・・学校壊すつもりなのかな、信乃にーちゃん」

 

『修理が面倒臭いから壊したいと言っていたな』

 

「僕も聞いた」

 

「・・・・・本当に壊すつもりでやったのかな・・・アハハハハ・・・

 

 位置外さん、宗像さん、敵はこれで終わりなんでしょ?

 なら生徒を外に避難させる?」

 

『やめたほうがいい。まだ残っている愚民達(やつら)がいる。

 

 しかも駆動鎧よりも厄介な強化人間(ブーステッドマン)だ。

 万全の態勢で挑む必要がある」

 

「強化人間?」

 

「簡単に言えば、薬や実験で獣のごとき反射神経・運動神経と視聴嗅覚を持った

 戦闘特化人間のことだ。

 

 駆動鎧を操作していた奴らも薬を使っていたが、それとは比べ物にならない。

 

 ≪野獣そのもの≫と言う言葉が冗談ではない奴らだ」

 

「・・・・・なんでそんな奴らが・・・違うわね。

 駆動鎧も含めて、たかが中学校に軍隊が攻め込んでんのよ?」

 

『原因は不明だが、推論としては一人の最下層(にんげん)が

 私念で攻め込んできた可能性がある。

 

 軍隊はあくまでその最下層(にんげん)のおまけ、直属部隊なだけだ』

 

「なによそれ。ふざけるのもいい加減にして欲しいわ」

 

「同感だな。位置外、この後の作戦は? だれを殺せばいい?」

 

『ニシオリにA・Tのパーツを取りに行った。

 

 戻ってきたら残りの奴らの殲滅を開始する。

 

 強化人間の他に、プロのプレーヤーが数人いる可能性がある。

 

 殲滅に向かうのは宗像とニシオリだけだ。他は足手まといになるから待機だ』

 

「それは超能力者(わたし)にケンカを売ってるの?」

 

「ビックスパイダーの事件を忘れたのかい?

 

 僕の殺気で動けなくなっていた君が、化物を目の前にして冷静で戦えるのか?」

 

「っ!? それは・・・」

 

「僕たち2人に任せてくれ。適当に殺すから」

 

「うちの学校を血で汚さないでね」

 

「わかった、と返しておこう」

 

宗像の微笑に、御坂も笑い返した。

 

『残念ながら宗像、ニシオリが戻るのを待っている暇はなくなった。

 

 強化人間達が2年生教室に向かっている』

 

「「!?」」

 

「やっぱり待ってくれないのね」

 

「1年の方は大丈夫か」

 

『戦力を2つに分ける余裕はないようで1部隊で来る。

 

 それに目的はニシオリか宗像。

 

 学校にニシオリがいない今、真っ直ぐ宗像(おまえ)に向かっている』

 

「待って! どうやって宗像さんや信乃にーちゃんの居場所が知られてるのよ!?

 まさか監視カメラ?」

 

「それは位置外が仕掛けているからありえないだろう」

 

「位置外さんが仕掛けている? それってどうい」

 

『おそらくは校舎の外から見張っている愚民(やつ)がいるのだろう。

 

 プロのプレーヤーの服装から考えて兄弟が隠れているはずだ。

 

 そいつから連絡を受けて、残っている宗像を先に排除しようとしている』

 

「到着まであと何分? 信乃が戻ってくる時間は?」

 

『愚民(てき)が来るのは1分23秒。

 

 ニシオリが戻ってくるのは2分11秒だ。

 A・Tの調律(チューニング)はしないですぐ戻るように命令した」

 

「分かった。30秒でケリをつければいいんだな」

 

「信乃にーちゃんが出るまでもないってわけ? 私は何する?」

 

『宗像が相手している間、絶対に平民(せいと)の方に愚民(てき)を

 行かせないようにしろ。

 

 それぐらいできるよな?』

 

「・・・・戦いには参加しない方が良いってわけね。

 

 でも宗像さんが危なくなったら電撃飛ばすわよ」

 

『いいだろう。宗像ごと攻撃しろ。

 

 そろそろ時間だ、準備しろ』

 

御坂と宗像は気合を入れ、階段の方を見る。

 

 

 

 

数秒後、現れたのは猟犬だった。

 

「え?」

 

御坂が見たのは人間だ。間違いない。

 

だが、その複数の残像から見えたのは獰猛で餓えた獣(けだもの)そのものだ

 

 

御坂が驚きから戻ってきたときには戦闘は開始されていた。

 

宗像ひとりで4人の男と対峙。

 

駆動鎧(パワードスーツ)と違い、軽装な戦闘服(バトルスーツ)で

攻撃に使っているのは銃ではなくナイフ。

 

その襲いかかる速度、殺気、チームワークは猟犬そのもの。

 

宗像も足(エア・トレック)だけでなく両腕(かたな)を使って受け止め反撃していた。

だが、それが精一杯。

 

「速い・・・・

 

 宗像さん、信乃にーちゃんとの戦いは茶番だって言っていたけど

 本当だったのね。全然違う」

 

御坂が知る中で最も激しい接近戦は、少し前のビックスパイダー事件であった

信乃と宗像の打ち合いだった。

 

だが、信乃と宗像は味方であり、騙すために攻撃をしていた。

 

はた目から見れば嘘の戦いとは思えなかったが、目の前の戦いが証明になった。

 

本物の殺気。本物の打ち合い。本物の鬩ぎ合い。

 

 

   本当の殺し合い

 

 

宗像が戦えるか聞いたことに、「はい」と素直に答えなくて良かったと心底思う。

 

そんな恐怖を感じながも、学園都市第3位のプライドが、

逃げることも目を逸らす事も許さなかった。

 

宗像が抜かれれば、すぐに自分が倒す。そう決めて御坂は覚悟を“決めていた”。

 

しかし、今はその自信が無い。

 

もしあの≪一匹≫が自分に向かえば、言うまでもないだろう。

 

「ッ・・・さすがに4人の動きは殺せないな」

 

御坂に聞こえるギリギリの大きさの声で宗像が言った。

 

相手を殺してはいけない。

 

相手に流血される怪我を負わせてはいけない。

 

4人を1人で対処しなければならない。

 

全員を自分に向けさせるような行動をしなければならない。

 

それだけの理由があれば、宗像といえど互角が精いっぱいだった。

 

「どうしよう・・・私にできる事は・・・・

 

 あんな近距離で戦ってたら電撃も砂鉄も、超電磁砲(レールガン)も危ないし・・

 

 なんで私の能力は細かい事が出来ないのよ!!」

 

『宗像が危険だな。

 

 平民(みさか)、高貴なる私から命令を与えてやる。

 

 

 愚民(ひとり)が平民(おまえ)の所に来るから数秒間、時間を稼げ』

 

「え? それってどういう『宗像、通せ』

 

 って来た!?」

 

宗像が相手をしていた1人が御坂へと向かってきた。

 

宗像はそれを追わず、残りの3人に刃を向ける。

 

「やっぱり電撃を飛ばすしか・・・でも後ろのいる宗像さんに当たるかも・・」

 

『御坂さん、聞こえますか?』

 

「信乃にーちゃん!? って電話からか・・」

 

一瞬、信乃の到着が間に合ったと思いホッとしたが、聞こえた声がスピーカーからだと

気付いて、すぐに落胆した。

 

『虹色の電撃、使い方覚えていますよね?』

 

「うん。でも、宗像さんも巻き込まないかな・・」

 

『虹色の中で≪紫色≫だけを強くイメージしてください!

 

 威力は弱くてもいいです! ただ、広範囲に相手に確実に当たるように!』

 

「わ、わかった!」

 

意味不明な作戦。だが、信乃に絶大な信頼をしている御坂は疑いもなく演算を開始する。

 

荒狂う大波。その表面に沿うようにして演算を合わせる。

 

そしてイメージで現れた≪紫色≫の数式だけに集中。

 

「いっけーーー!」

 

指示通りの、威力は弱いが広範囲による紫の電撃。

 

向かってくる敵は、耐えられる攻撃と判断して防御のために両腕を前に交差させて

立ち止まった。

 

直撃したが、予想通り体に異常は一切見えず、感電による煙も出ていない。

 

御坂は不安に思いながらも、信乃からの命令を成功させた事に一安心。

だが、これからどうなるかは聞いていないので恐怖は感じていた。

 

防御の腕を下ろし、自分の体に異常が無い事を確認する強化人間の男。

 

そして異常が無い事を確かめて、戦うために御坂へと一歩踏み出してきた。

 

「なんだ、全く痛くないな。一体何がしたかったんだ?

 

 ヒッ!?」

 

「え?」

 

「く、来るな化物!」

 

「化物? 私・・・・以外には誰もいないわよね?」

 

突然、紫の電撃を浴びた男は怯(ひる)んで、一方後ろに下がる。

 

見ているのは御坂の方向。だが、御坂の方向には彼女以外は誰もいない。

一度後ろを振り返って確認しても誰もいないのは間違いない。

 

「化物って私の事?」

 

男の突然の変化に、戦う前の恐怖を忘れた御坂だが、戦闘態勢は崩さずに

いつでも電撃を出せるよう準備をして一歩前に踏み出す。

 

「く、来るな!! お前、肉体変化(メタモルフォーゼ)が使えたのか!?

 

 しかも気持ち悪い姿に!! 聞いてないぞ! そんな能力!!」

 

「・・・とりあえず化物ってのは私の事を言っているのは分かったけど。

 

 なに? 紫の電撃が“なにか”したのかな?」

 

理解できなくても、原因だけは分かった。

 

信乃の指示で出した紫の電撃。それが、目の前にいる男を混乱させる作用があった。

 

「御坂さん、お待たせしました。こいつの相手は私がします」

 

「信乃にーちゃん! あれ? もう30秒経ったの?」

 

「足止め、ありがとうございます。最後の1人は私が」

 

「早く倒して宗像さんの所に行って! 苦戦してるのよ!」

 

「誰が苦戦してるのですか? 死体が3匹、転がっているように見えますが?」

 

宗像の方を見るとすでに戦いが終わり、信乃の言う通りな状態に蹂躙していた。

もちろん血を一滴も垂れていないので殺していない。

 

『互角に戦っていたのは4対1だからだ。

 

 それが3対1になれば均衡が崩れる。

 

 愚かにも、わざと隙を見せた宗像に気付かずに、高貴なる私の罠にかかった。

 まさに愚民だ、ハッハッハッハッハッハッハッハ!!』

 

「さて、今から使うA・Tのために準備運動をしますか」

 

「あれ? 位置外さんのキャラ崩壊はスルーなの、信乃にーちゃん?」

 

最初の位置外のキャラの違いにはスルーしたが、変人(しの)の前では

常識人になる御坂は一応は突っ込みをいれた。

 

「持ってきたのは、あの玉璽(レガリア)だな?

 なら、その準備運動に僕も参加させろ」

 

「宗像さんも無視するんだ・・・・もう私も忘れよう」

 

精神衛生のために御坂は位置外に対して奥義(スルー)を発動させることにした。

 

「信乃にーちゃん、宗像さん、準備運動ってなに?」

 

「見ていればわかるよ。どう料理する、信乃?」

 

「そうですね、久しぶりに≪熱血≫でもやりますか」

 

「いいな。しかし、その和訳も皮肉だな」

 

「≪熱血≫?」

 

御坂の疑問を置き去りに信乃と宗像は残りの一人にゆっくりと歩いていく。

 

「ちッ! なんでお前ら“全員”が肉体変化(メタモルフォーゼ)なんだよ!?

 超電磁砲も情報と違うじゃねぇか!!」

 

「化物に見えるのは、感覚の鋭いあなただけですよ。

 

 初めて出した技(トリック)で、普通の神経の人であれば全く受け付けないほど

 弱い威力ですからね、御坂さんの紫の電撃は」

 

「強化人間(ブースデットマン)が仇(あだ)になったな」

 

「やめろ! 近づいてくるんじゃね! 気持ち悪い!!」

 

「すぐに終わらせます。時が勿体ない」

 

敵を挟んで1メートルの近距離に、挟み撃ちにするように信乃と宗像は立った。

 

 

 

  Trick - Clock Up -

 

 

 

「はい、終わり」

 

「へ? あいつ、まだ立ったままよ?」

 

御坂の言うとおりに倒れていない。指先どころか表情の一部さえも動かずに

立ち尽くしている。

 

ただ、体中からプスプスと小さな煙が上がっているだけで倒したようには見えない。

 

「問題ない。こいつの命以外のすべてを殺した。特に時間は念入りに殺した」

 

「時間? ん? 焦げくさい・・・・あ! 炎ね!!」

 

「そう、炎の道(フレイム・ロード)です。今から使うので準備運動したんです」

 

『≪熱血≫は≪バーニン・ブラッド≫の和訳だ。

 

 しかしこの2人には≪紅蓮の炎が噴き上がるように、血を吹き出しつくす≫の

 意味をさす。

 

 最悪だな。血すらも燃やすなんて』

 

「・・・熱血が皮肉って意味が分かったわ」

 

「一応手加減はしてますよ。血は吹き出してないでしょ?」

 

「ふん、僕の方が6発も多く入った。僕の勝ち」

 

「ちょっとまでギザギザ眉毛!

 数よりも有効打で採点するのが、今の世界のスタンダードだろうが!」

 

「いいわけか? 見苦しいぞ。

 

 それなら追加したらどうだ?」

 

「チッ! 他の生徒が見てなけりゃ、自重しなかったのに」

 

「信乃にーちゃん、キャラが4年前に戻ってる」

 

「おっと、失礼しました。

 

 つーちゃん、敵の動きは?」

 

『校舎内の敵は全て殲滅。

 

 残り3人の強化人間は体育館で授業中の生徒を見張り中。危害はない。

 

 最下層(しゅぼうしゃ)は残念ながら見失った」

 

「A・Tドラグーンの追跡はどうです?」

 

『気付かれて破壊された』

 

「さすがプロのプレーヤーが護衛についているだけありますね。

 

 どこに行ったかの予想は?」

 

『2分で割り出す』

 

「では、その間に私は玉璽を組み込みますか」

 

廊下のど真ん中に座り、鞄から赤いホイールと調律(チューニング)道具を広げた。

 

「信乃、調律は時間がかかるんじゃないのか?」

 

「私の場合は特殊ですから。大体の時間を合わせるだけいいんですよ」

 

宗像と話しながらも手を高速で動かしていく。

 

まるで壊れていくのを巻き戻すかのような速さで組み立てられていくA・T。

 

御坂はその光景に驚いていたが、宗像は信乃の発言の方が気になった。

 

「どういうことだ? 普通のA・Tならそれでいいかもしれない。

 

 だが、玉璽は正確に調律しないとかなり危険なはずだ」

 

「・・・人の音やA・Tの音は聞けても、自分自身の音は聞けないんですよ」

 

正確にいえば、信乃は音の音階を持っているが肌で音を聞いた事が無い。

他人の音を直接など聞く気もない。

 

だが、例えその能力を使っていたとしても、自分自身の音を聞く事は不可能だ。

自分と他人とでは要領が違う。自分の声を直接聞こえたのとスピーカー越しで違いを感じるのと同じだ。

 

そして信乃が実際に使っている解析魔法も同じだった。

 

他人とA・Tには音を調べる事が出来るが、なぜか自分の体だけは解析できないでいた。

 

信乃が調律不足でA・Tを使っている事実に、宗像はかなり驚いた顔をした。

 

「それじゃ信乃、今まで使いすぎるたびに怪我をしていたのは・・・」

 

「調律不足。正確な調律がされていないからです」

 

「それ本当なの!? 今までA・Tの使いすぎで足が壊れてたの、信乃にーちゃん!?」

 

「大丈夫なのか?」

 

「心配はありません。私にはかかりつけの医者と、最高のパートナーがいますから」

 

その言葉で御坂が思い浮かんだのは、リアルゲコ太の名医と優しい笑顔を浮かべた自分の姉の姿だった。

 

「でも、怪我をするたびに怒鳴られますけどね。

 

 あの顔で怒られても効果はあまりないんですが。 かわいいし」

 

「「『のろけだ』」」

 

「調律完了。それじゃあ、行ってきます」

 

立ちあがった足には赤いホイール、≪炎の玉璽(レガリア)≫が組み込まれていた。

 

 

 

 

 

つづく

 



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Trick42_ケシズミになってから後悔してももう遅えぜアンタら

 

 

 

炎の玉璽(レガリア)を調律し終え、信乃が立ち上がると同時に通信が入った。

 

『見つかったぞ』

 

「位置外さん、早いですね。

 

 見つけるのには2分の時間がかかると言っていたのに」

 

『愚かだな。2分かかるからといって2分かける私だと思うのか?

 

 常に限界を超え続けるからこその王(わたし)だ』

 

「あれ? どっかの土下座した自称王の人を思い浮かんだのは気のせいか?」

 

「どうした信乃? 電波を受信したような発言をしているが?」

 

「電波を受信というよりも送信されたような・・・まぁメタ発言はいいや。

 

 それで位置外さん、ゴミ屑の位置は?」

 

『確定できていない。

 

 だが、郊外に出ている事はないのは外の監視カメラで確認済みだ。

 

 A・Tドラグーンで検索している校内で捜せてない場所がある。

 

 そこにいる可能性がかなり高い』

 

「そこは?」

 

『体育倉庫。体育館からは少し離れている』

 

「では、残り2人の強化人間(ブースデットマン)がいる体育館には宗像さんが。

 

 体育倉庫には私が行きます」

 

「僕が一緒に行かなくても大丈夫か? プロのプレーヤーが相手だぞ?」

 

「ここに来る前は“暴力の世界”も併せて全ての世界を相手にしていましたから

 今さらですよ、一人で相手をするなんて」

 

「・・・信乃、いい加減そのしゃべり方はやめてくれないか?

 

 そろそろ理性で押さえずに本能を前に出せ。

 今からはさっきみたいに自重なんて必要ない」

 

「・・・・は、わかったよ、わかりましたよ。

 これでいいか? “枯れた樹海”(ラストカーペット)様よ」

 

「躊躇なく殺せよ?」

 

「それは俺を心配しているのか?

 は! さすが1人も殺した事のない殺人者だ、お優しい事で。

 

 でも絶対に殺さない。昔はともかく、それが今の俺のポリシーだ」

 

『もうすぐ外だ。宗像、ニシオリ、油断せずにいけ』

 

「ああ!」「Aye, ma'am」

 

外に出ると同時に、二手に分かれた。

 

 

・・・

 

・・

 

 

 

 

「あった・・・さすが常盤台、体育倉庫であの大きさかよ」

 

一目見ただけでも普通の建物1つ分の敷地がある。

 

扉もトラックが出入り出来るほどの大きさ。その扉が一部開いていた。

 

「中にいるってことか」

 

 

 ゾクッ

 

 

「!?」

 

微かな殺気なのか、それとも戦士としての勘なのかはわからない。

 

自分の中の何かが横に飛べと命令した。

 

数瞬前にいた場所に、飛来した槍が突き刺さった。

 

「槍か。遠距離は普通、弓矢とかじゃね?」

 

「槍は全てを貫く。弓のように貧弱で細いものと同じにするな」

 

信乃の前に、和服に似た格好の男が現れた。

 

「あんたは? 刺さっている方向を考えるとあんたが投げたわけじゃないと思うけど」

 

「俺は球鬘(たまかずら) 矢率器(やりつき)。

 投げたのは球鬘(たまかずら) 薙矢裏(なげやり)、我が妹だ。

 

 我らは今は無き、殺し名序列三位になる存在だ」

 

 

  球鬘(たまかずら)

 

“暴力の世界”で殺し名序列一位の≪匂宮(におうのみや)≫。

その五十三家ある分家の一つ。

プロのプレーヤーに分類されるが、有名度としてはあまり高くない一族。

 

匂宮と分家は、ほとんどが兄弟姉妹でチームを組んで戦う。

今回もその例外にはもれず兄妹でいた。

 

「あ~、聞いた事がある」

 

「ほう、球鬘(われら)も有名になったものだな」

 

「いや、あんたらは知らない。

 俺が聞いた事があるのはあんたらみたいな役割のことだ。

 

 条件1 匂宮(におうのみや)の分家」

 

「くっ! 分家と言うな!!」

 

「本当に分家と本家の中が悪いね、話に聞いた通りだ。

 

 条件2 殺し名序列に入るとか言っている」

 

「いつまでも匂宮(ほんけ)の下についてられない!!」

 

「条件3 実力以上の夢を見た行動(むぼう)で負ける

 

 全条件クリアの人が目の前にいる(笑)。傑作だ!」

 

「キ、キサマ!!」

 

「イズムさんとトシキさんの言った通りだな。

 

 ふむ、聞いた時は笑い話かと思ったけど、本当だったんだな」

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

 

「あ、壊れた。挑発されて激怒なんて死亡フラグだよ」

 

 ザァクッ

 

 ザァクッ

 

2本の投げ槍。

 

信乃には当たるよう軌道に、もう一本は矢率器の目の前に突き刺さった。

 

当然のように信乃は避けたが、矢率器の近くに刺さったそれは、攻撃が目的ではなかった。

 

「兄想いな妹さんでよかったな。激怒のまま突っ込んでいたら秒殺できたのに」

 

今の攻撃で冷静で矢率器は冷静に戻った。

 

「・・・・ふん、まぁよい。われら兄妹の戦い、とくと味わうが良い」

 

「やだ、断る。

 

 と言っても受け入れてもらえないよね~~。だから殺す。 by宗像」

 

信乃の軽口と同時に2人は衝突した。

 

恐ろしく早くて速い突きを。

一揆刀銭(いっきとうせん)の居合い切りを。

 

衝突は信乃の勝利で終わった。

 

逆刃刀であろうとも、棒状のものであれば刀として扱える信乃にとっては

槍なんて棒きれと変わらない。

 

一瞬にして切り裂いた。

 

これに瞬時に反応した矢率器を褒めるべきであろう。

 

切り裂かれた槍の事は、最初から無かったかのように太刀筋を読み避ける。

 

そして先程投げられた、地面に刺さっている槍を引き抜いて、最初の状態に戻った。

 

「な~る。兄妹で同じ武器を使うと単純さが目立ってワンパターンになると思ったけど。

 

 ふむ。撤回しよう。武器が壊れる事を想定していたなんて、なんと慎重で臆病な奴らだ」

 

「・・・・何とでも言え」

 

今回は挑発に乗らなかった。

 

ただ、信乃の本音でいえば武器が壊れる事を想定するのは悪いことではない。

むしろ誉めたたえたい。

 

自分も常に複数の予備パーツを持ち歩いている。(今日が忘れたのはご愛嬌)

最悪を想定して動くのは誉めるべき事だ。

 

武器を手に入れた矢率器は再び向かってくる。

 

遠くからも殺気とともに槍が飛来する。

 

信乃は難なく防ぐが、予想以上のコンビネーションに決めの一手を考えていた。

 

「さて、どうやって倒すか。速度は勝てるけど炎の道って威力が軽いからな。

 それを補うために手数が多いけど。

 

 今回は刀持ちって言っても、殺しちゃだめだし殺す気もないし。

 

 それにプロ相手じゃ殺気をたどられて連撃ってわけにもいかないし、

 だからと言って玉璽を開放に足が耐てるかどうかは・・・・」

 

 

そのとき

 

 

  ~~~~~~~~!!

 

 

「え?」

 

聞こえた。

 

確かに聞こえた。

 

突き刺さる槍、振り薙ぐ槍、受け止める刀、自身のA・T駆動音。

 

雑音が多いが確かに聞こえた。

 

口が塞がれて、泣き叫ぶ少女の悲鳴を。

 

 

信乃は走った。倉庫に一直線で。

 

戦闘中にも関わらず、2人を相手にしているにも関わらず、

腕や腹に攻撃が当てられたにも関わらず、持っている刀を手放しているにも関わらず

 

一直線の最短距離の今の最高速度で。

 

そして扉を蹴り破った。

 

「な、なんだ!? 球鬘、終わったなら邪魔せずに見張りを・・・・

 

 なんだい君は? 僕の“お楽しみ”を邪魔しないでほしいな」

 

信乃は怒りの臨界点を超えた。

 

そして、その怒りに比例して、意識が、冷静に、冷酷に、冷えていく。

 

フラッシュバックするのは戦場でのトラウマ。

 

 

目の前には少女と男。

 

少女は裸。身に着けていた衣服は力づくで破り脱がされて、足元で布切れとして散乱している。両腕は縛られて頭の上から動かせないように固定されていた。

 

男は駆動鎧(パワードスーツ)を身につけている。今まで倒してきた奴らとは違い、より丈夫で性能が良い事を一目で分かる。ただ、その駆動鎧は顔と下半身部分が外れ去られている。下半身は下着すらもなく男の素肌が、陰部がさらけ出されていた。

 

少女は口には自分の着ていたであろう服の一部を詰められ漏らす音も微かに悲鳴が聞こえる。目からは涙が際限なく流れているが、抵抗して暴れる様子も、嫌がって顔を動かす事もない。微かな悲鳴だけが、最後の抵抗だった。体の所々には何か濡れたものでなぞったような光沢が見えた。特に首筋、乳房とその先端。そして女性の陰部からは自ら液体を垂らしていた。すでに心を折られていた。目には光がない。

 

男の口からはよだれを垂らしており、恐らくは少女の体を舌で這わせたのであろう。さらけ出された陰部は、すでに戦闘態勢に入っていた。十数センチのそれが、やや上向きに固く勃ち、ビクビクと小刻みに動く。ただ、まだ使われていないようで濡れていなかった。左手は少女の足首を掴み、股を大きく広げさせている。右手は駆動鎧の手甲は外されて、黒い手袋だけ。その指先は少女の陰部と同じ液体が付着していた。

 

不幸中の幸いなのか、すでに手遅れか、それは分からない。

 

少女は甚振(いたぶ)られていた。だが、まだ汚い棒は入れられてない。入れられる寸前であった。

 

 

 

 

「キュモール様の邪魔をするな!」

 

後ろから感じた殺気が2つ。投げ槍と突き槍。

 

1秒前の自分であれば、攻撃を受けようとも少女を助けに向かっていた。

 

だが、冷酷に判断できるようになってしまった今では、最短で助けるよりも

確実に助ける事が優先事項になった。

 

攻撃を受けて自分が負けて助けられないよりも、今は自分が怪我をせずに倒す事を。

 

突き槍を、左に僅かに動いて脇腹をかするように避ける。

投げ槍を、顔を微かに傾けて避ける。

 

突き槍はそのまま左手で掴み、使えないように固定。

同時に体を動かして、遠くから投げているであろうもう一人からは、

兄が影になって動けない位置に移動する。

 

「ちっ! 離せ!!」

 

右手を柄に残し、左手で信乃の左顔面に拳を入れる。

 

信乃は避けずに顔面で受けた。

 

受けたが、完全に受け流した。

 

「な!? 手ごたえが無い!?」

 

「・・・・・中国の化剄って分かる? 敵の攻撃を外側に弾いたりして防ぐやつ。

 簡単にいえば、攻撃を別の所に流す技術」

 

「お前は動いてもないはずだ!!」

 

「同じだよ。顔面に受けたと思っているけど、力の全部を別に受け流しているから。

 ただ、あんたが気付かないだけだよ。どこに受け流したかすらもね」

 

ゆっくり矢率器を振り返る信乃は、無表情。

 

大きく変わっていたのは、その目は碧色(あおいろ)になっていた。

 

「その眼!? きさま、碧空(スカイ)か!?」

 

「・・・・・」

 

瞬間、矢率器は半年ほど前から流れている噂を思い出した。

 

 『捕えきれない速度で敵を倒す。依頼を必ず成功させる新しい請負人(なんでもや)。

    その特徴は奇妙な靴と 透き通るようなアオの眼』

 

「く!?」

 

信乃の無言はただ無視をしただけ。しかし矢率器にとっては肯定と同じだった。

 

「球鬘! 早くそんな奴を追い出せ! 僕はまだヤっていないんだぞ!」

 

矢率器は主の命令に背き、5メートル後ろに下がって距離をとった。

 

矢率器は悪くない。噂を全て鵜呑みにしたわけではない。

プロのプレーヤーとしての本能が彼を下がらせた。生き残るための本能が。

 

「何を逃げているんだ! 僕のお楽しみは」

 

言いながら、信乃に体を向けて立ちあがる。

同時に、股を開くために掴んでいた、少女の足から手を離した。

 

信乃はそれを待っていた。

 

「え?」

 

キュモールと呼ばれている首謀者の視界は高速回転した。

 

「うぉーーー!? なんだ!? 何が起こった!?」

 

「ゴミ屑が可弱い女の子に触るなよ」

 

キュモールがいた場所には信乃が立っていた。

そしてキュモールは信乃に襟首を掴まれて倉庫の外に投げられた。

 

この間、瞬き一つの時間も空いていない。

 

「僕の邪魔をするんじゃない!! いいか! 僕は! 四神一鏡の」

 

信乃は無視して上着を脱ぎ、何も着ていない少女に被せた。後ろで何かしゃべっているが

耳に入らない。

 

「遅れてごめん。ゴミ掃除はすぐに終わらせる。

 

 男(おれ)だと怖いと思うから、他(おんな)の人に助けに来てもらうからちょっと待っていて」

 

口の中に入れられた布を出しながら静かに語りかける。

 

その間もキュモールは叫び続け、矢率器は寒気を感じて迂闊に近づかないようにしている。

 

「本当に・・・・遅れてごめん」

 

最後に、本当に悲しい顔をした信乃を見て、少女は微かに口端を上げて頷いた。

 

『ニシオリ、高貴なる私から神理楽(ルール)へ連絡する。女の事は気にせずに戦え』

 

「了解だ。ついでに死体処理班の準備も頼む」

 

どこまでも淡白に、表情のない信乃はゆっくりと倉庫から出た。

 

 

倉庫の外へと歩き出し、途端に薙矢裏の殺気を感じた。

 

常盤台中学校の敷地ではない、2kmほど離れたビルの屋上から

投げるために投擲の体勢にいた薙矢裏を、信乃は睨んで止めさせた。

 

殺気を送ったわけではない。

薙矢裏は投げても無駄だと、無意味だと感じて手を止めた。

 

先程から兄が、何故攻めないのかと思っていたが、理解した。碧い眼を見て。

 

 

ビルから目を離し、目の前にいる球鬘とゴミ屑(キュモール)を信乃は見据える。

 

「なぜ常盤台を狙った?」

 

「そんなこと「うるさいな! 僕が愛でてあげるって言ったのに僕の姫君が断ったから

 僕とヤると幸せだという事を“体”で教えるために来たんだよ!!」

 

 キュモール様!? こんな奴に教える必要は!!」

 

「君もうるさいよ! 今僕が話しているんだ! 邪魔をするな!!」

 

「そのためだけに軍隊1つを送り込んできたのか?

 

 四神一鏡の代表の一つ、絵鏡。その代表の息子、絵鏡キュモールさん?」

 

「ほう? 僕の事を知っているとは君は以外に素晴らしい人間だね?」

 

先程までの怒りはどこへやら。

 

自分を知っていると言っただけでペラペラとしゃべり始めた。

自分が有名人だというだけで、気分を良くしたのだ。

 

信乃は四神一鏡の直属部隊(ルール)に所属している。

知っていて当たり前のことを言っただけにすぎない。

 

さらに言えば、この男は悪い噂も多くあった。

神理楽(ルール)でなくても知っている人はるだろう。

 

「(ボソ)出来れば今すぐ、この記憶とあんたを消したいよ」

 

「ん? なんか言った?」

 

なおもしゃべり続けるゴミ屑(キュモール)。

 

信乃は声を聞くのも嫌だったが、敵から情報を聞き出す必要があった。

 

どうしてこれほどの戦力で来たのか。なぜ少女を襲ったのか。

殺意を押し殺して話を聞き出す。

 

「ま、僕を知っているなら、僕の美談を知っているだろう?

 

 僕と知り合った女性は皆幸せにしていくって」

 

「来るときに位置外からは、3年女子を強姦させるように命令したって聞いた。

 それ以外にも、あんたには似たような話を何度も聞いた事がある」

 

「誤解だよ。僕は気に言った女性たちを、性的快感を与えているにすぎない。

 ま、一番気持ちいいのが女性の最初の一回だけなんだけど。

 

 小さい穴に無理矢理挿れる、初めて突き破るアソコに伝わる抵抗感!

 痛いと泣き叫び喘ぐ声!

 ヤったあとの脱力しきった涙とヨダレで乱れた顔!

 

 どれも最高だよ!! 皆幸せになってくれているよ!!

 

 

 それなのに・・・それなのにあそこにいる女は!!!」

 

キュモールは信乃の後ろ、倉庫にいる少女に指を向けた。

 

「絵鏡の僕が誘っているのに!! 好きな人がいるからって断った!!

 

 なら・・・・・少し強引でもイくのが男ってものだろう?」

 

「・・・・・・・・・・。

 

 じゃあさ、なんで軍隊一つも連れてきたの?

 1人の女性に対してはやりすぎじゃない?」

 

「僕もやりすぎかなって思ったよ。

 

 でもね、アドバイスしてくれた人がいるんだよ。

 女性の気を引くには、強い力を見せた方が良いってね!

 だから、僕が私有する神理楽(ルール)の部隊を連れてきた!

 どうだ! すごいだろ! 君がどうやってきたか分からないけど、そんなに

 怪我していたのなら、逃げるのに必死でここまで来たんじゃない?

 

 あ! ちなみに学校全てを襲ったのは料金を支払うためのついでだ。

 アドバイス料として、ここの生徒はその人に出来るだけ無傷で渡す約束なんだ」

 

「・・・・どうしようか? ゴミ屑って表現は俺が使っている中で最低侮蔑言葉だけど・・・・

 

 お前を表現するのにはかなり足りないな。うん、語意が足りなくてすまない。

 

 さすが屑っぷりで絵鏡の現当主に切り捨てられた屑だ。

 手切れ金と私有した軍を持って半年前に消えたって話だけど・・・屑は健在だな」

 

「僕を屑扱いするなんて・・・・許さない!

 

 球鬘! やれ!! 殺せ!!」

 

「キュモール様・・・・・引くのをお勧めします。

 

 奴は≪碧空(スカイ)≫と呼ばれる、プロのプレーヤー。“最速”の請負人です。

 

 奴を相手にするのは・・・」

 

「そんなこと知らないよ!! 君は僕の言う事を聞けばいいんだよ!!」

 

「ちっ・・・分かりました」

 

守りの体勢に入っていた球鬘から、鋭い攻撃性の殺気が溢れだした。

 

同時に離れたビルからも殺気が溢れだす。

 

 

球鬘兄妹が戦闘態勢に入った。

 

 

「ま、戦うよね。相手が誰であっても頼まれれば殺す≪殺し屋≫、匂宮。

 

 あんたらもその分家だから、例外に漏れずってことだね」

 

軽くしゃべる信乃の表情は常に無。

 

殺気もなければ覇気もない。

 

ただ、それだけで球鬘が警戒するに値すると感じた。

 

 

 

信乃はA・Tのつま先を地面に2度、軽くぶつける。

 

それを合図に、赤色の車輪が展開した。

 

 

「開放。炎の玉璽(レガリア)」

 

 

ただ展開しただけで、信乃の後ろの全ての景色が歪む。

 

 

「ケシズミになってから後悔しても

 

 もう遅えぜ アンタら」

 

 

この時、球鬘と絵鏡は見た。

 

信乃の後ろに炎の龍(シャドウ)の姿を。

 

 

 

 

つづく

 



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Trick43_“太陽の息吹”(プロミネンス) だよ

 

 

 

信乃の背後の景色が突然、歪んだ。

 

しかし信乃自身には大きな変化はない。

 

唯一の変化はA・T(エア・トレック)が変形している事だ。

 

 

 

 

  炎の玉璽(レガリア)

 

左右のA・Tの全ホイール、合計4輪が展開し変形した。

 

ホイール軸を中心に外側に開かれたそれは、次の瞬間には超高速回転をして

残像すら見えなくなった。

 

しかし超高速回転による摩擦が円状の光を生み出して

 

まるでホイールが炎の輪へと変わったように・・・・

 

 

 

 

 

信乃は学園都市に来てから、2つの玉璽(レガリア)を使用していた

 

 

VS 高千穂

 

 幻想御手を持つ、スキルアウトのボス

 

 牙の玉璽を使って切り刻んだ

 

 

VS AIMバースト

 

 幻想御手の暴走により出現した、複数の能力を持つ怪物

 

 轟の玉璽を使って轢き潰した

 

 

 

確かに玉璽を使った。

 

だが、どの場面でも玉璽は変形、展開だけはしていなかった。

 

それは今までは封印された力(レガリア)の片鱗を使っただけにすぎなかった。

 

 

玉璽の真の力の開放、玉璽の展開。

 

相手がプロのプレーヤーだから、というだけが理由ではない。

 

全力で相手をしないと気が済まない。ただそれだけ・・・・

 

 

----------------------------------

 

 

「ななななんだ!? 景色が歪んでいる!?」

 

キュモールの驚いた声が響く。

 

歪んだのは背景だけではない。信乃自身も歪みに巻き込まれるように

姿が見えなくなった。

 

球鬘(たまかずら)矢率器(やりつき)は消えた事に警戒したが、たった数秒で元のように見えるように警戒を少し緩めた。

 

「・・・伝わってくるのは熱気。

 

 おそらく足の装置で熱を出しての蜃気楼や陽炎、といったところか」

 

矢率器は冷静に判断する。だが、内心では焦り、体は熱気に当てられていた。

 

「腐ってもプロのプレーヤーってか。

 

 さて、お前が言っている人類最速の請負人ってやつが俺なら、

 あんたらの秒殺は決定だよ」

 

「ふ、ふざけたこといって「キュモール様、お下がりください」 球鬘!?

 君も僕の邪魔をするのか!?」

 

「キュモール様、あなたも絵鏡の直系血族であれば聞いた事があるはずです。

 

 数ヶ月前に起こった、宿木(やどりぎ)の事件の事を」

 

「知るか! 僕に関係ない話をするんじゃない!!」

 

「・・・・宿木は匂宮の分家の一つ。規模でいえば五十三家でも実力を持った方です。

 

 しかし、たった1人の人間に潰されました。1日で」

 

「それがどうしたって言うんだ! いいから早く殺せ!

 僕は姫君とのお楽しみを待ちきれないんだ!!」

 

「(ボソ)本当に絵鏡から切り捨てられた理由が分かりましたよ」

 

矢率器は諦めて一歩前に出た。

 

「大変だな。雇われの身ってやつは

 

 でもな、主(あるじ)を選ばないお前が悪いよ。

 金だけは持っている、絵鏡のゴミ屑と手を組んだお前が」

 

「否定しない。だが、殺し名に入るためには金が必要だ。例えあのような男でも

 利用する。我らの願いのために!!」

 

瞬時に距離を詰めて一閃。

 

鋭い突きが信乃の姿を貫いた。

 

姿だけを。

 

 

“炎の道”(フレイム・ロード)

 

  Trick - Fool's Virtual Image -

 

 

蜃気楼を出した時点で気付くべきだっただろう。

 

光を屈折させて、今の姿には実態が無い事を。

 

「!?」

 

「そういえば、まだ言ってなかったな」

 

声は全く関係ない方向から聞こえた。

 

そこには矢率器を見ていない信乃が普通に立っている。

 

「秒殺決定って言ったけど、秒殺するつもりはない。

 

 あんたも頼まれれば殺すプロのプレーヤーなら、主のために使われてくれ。

 

 あのゴミ屑が反省して後悔して助けを懇願するまで、目の前で痛めつけられてくれ」

 

「だまれ!!」

 

横薙ぎの鋭い一撃。

 

当然のように虚像。槍の風圧で姿が掻き消える。

 

「く! 気配すらも辿れないのか?」

 

「気配と実体を切り離す技術なら習得済みだ。

 

 どうせなら気配入りの虚像なんてどう?」

 

矢率器の目の前に、信乃が出現した。

 

倒した虚像が煙に消える様子を、逆再生したように現れた。

 

間違いなく虚像、偽物だ。だが、矢率器の本能が言った。

こいつには人の気配がある。本物だ、と。

 

「くそ!!」

 

「はい残念。見ていた通り偽物です」

 

本能ではなく、目から入った情報が正しかった。

 

攻撃したが今までと同じように掻き消え、声も別の場所から聞こえる。

 

「本当に気配を切り離せるというのか!?」

 

「信じなくてもいいよ。そのままあんたが死ぬだけだから。

 

 そろそろ限界かな?」

 

「俺はまだ戦える!!」

 

「あんたじゃない。限界なのは・・・」

 

声の聞こえた右側に横薙ぎの攻撃をする。

 

見えた信乃に攻撃をしたが、今度は手ごたえがあった。

 

何の防御もしていない左の二の腕に当たり、見事に真っ二つに折れた。

 

「ね、限界でしょ? 武器が」

 

槍が真っ二つに折れた。

 

何の防御もしていない、信乃の腕の方が強度で勝った。

 

「なぜ・・・」

 

「虚像がただの虚像なんて思っていたのか?

 

 残念。気配があるだけじゃなく、虚像なだけでなく、熱も持っている」

 

見れば、折れた槍の先端から30cm程が焦げたように黒ずんでいた。

 

「それも高温を、ね」

 

破壊した(?)3体の虚像は全て、高温の空気からできた固まりで作られていた。

 

それを攻撃した事は、高温の炎の中に武器を突っ込んだと同じ。

 

攻撃に夢中で気付かなかっただけであり、辺りは焼け焦げた匂いが立ちこめていた。

 

 

信乃は不敵に笑い、ゆっくりと手を伸ばしてくる。

 

攻撃ではない動きだが、今の話を聞けばただの手でさえ高温を纏っているかもしれない。

 

「くっ!」

 

矢率器は悔しそうに後ろへと引いた。

 

「どうした裏の人間? ただ手を伸ばしただけだろ? 何をビビっている?」

 

「槍一本を破壊したぐらいで調子に乗るな!

 

 忘れたか。我ら兄妹は共通の武器を使っている事を!」

 

いくら武器を破壊しようとも、遠くにいる妹からは投げ槍が飛んでくる。

 

兄は地面に刺さった槍を使えばいい。

 

遠くにいるのだから、槍のストックがいくつあるか分からない。

破壊し続けるには、少しばかり忍耐勝負(マラソンゲーム)が必要になる。

 

だが、信乃はすでに完了させていた。

槍などもう飛んでこない状況へと完了させているのだ。

 

「覚えているよ。それじゃ、逆に質問だ。

 

 さっきから妹ちゃんの援護がないみたいだけど?」

 

「!!?」

 

信乃の虚像を3体、攻撃して終わるまでの問答も含めて10秒ほど。

 

10秒。それは普通の時間でいえば短いと答える者もいるだろう。

 

だが戦いの中では別だ。戦うものであれば全員が同じ意見を言う、≪長い≫と。

 

その10秒の間、一度として薙矢裏(いもうと)の援護攻撃(なげやり)が飛んでこなかった。

 

「どうしてだろうね?」

 

「妹に何かしたのか?」

 

「さすが兄弟姉妹で組んで戦うシスコンブラコンの一族、自分の事より妹の心配かよ。

 余裕だな」

 

「答えろ!!」

 

「怒んなよ、冗談に決まっているだろうが。仲間でも心配するのが当たり前なのに

 その上家族なら心配して当然だと俺は思うぜ。

 

 だからそんなに怒るな」

 

「そんなことはどうでもいい!! 妹に何かしたのか!!?」

 

「ああ。玉璽を開放した直後に殴り倒した」

 

さも、『眠たいから眠った』と同等に当たり前のように答えた。

 

槍と一緒に飛ばされる殺気から、敵の位置は簡単に分かっていた。

 

しかし、球鬘妹は2km離れたビルにいたはず。

 

往復で4km。高低差も建物20階に相当する。

 

それを、発動で景色が揺らいで、気を取られた数秒の間に往復した。

 

「信じられない、と言いたいところだがお前は碧空(スカイ)だからな・・・

 

 冗談ではなさそうだ」

 

矢率器は唇を噛みながら徐々に移動し、まだ残っていた投げ槍を一本引き抜いて構える。

 

「なぁ、その二つ名はやめてくれない? 人類最速はまだいいとして

 厨二臭いけど、その呼び名」

 

信乃は武器を取る矢率器を気にもせず、わざとらしい大きなリアクションで

悲しみを表現していた。

 

「さて、後ろのゴミ屑もようやくブルってきたみたいな」

 

矢率器の後ろにいる絵鏡キュモールを見れば、2人の戦いを見て顔面蒼白になっていた。

 

あれだけ偉そうにして軍隊を率いていたが、所詮は大きな一族でヌクヌクと育った男。

本物の裏の人間同士の戦いは初めてだった。

 

それも信乃は裏でもトップクラス、二つ名に人類最速とつく。

初めて見た戦いが想像をはるかに超えた人外のものであれば、恐怖を感じるのは当然だった。

 

「そんじゃ最後、大技で決めるか」

 

直後、信乃のホイールから炎が湧き上がった。

 

 

 

“炎の道”(フレイム・ロード)

 

  Trick 無限の空 (インフィニティアトモスフィア)

 

      無限の煉獄 (インフィニティインフェルノ)

 

 

 

背後の景色が歪んだ、などというレベルではない。

 

ナパームでも落とされたのかと疑うほどの火柱が一瞬にして出来上がった。

 

「ヒィ!?」

 

「なん・・・・だと」

 

キュモールの情けない叫び声に、球鬘の驚き。

 

「さっきも言っただろ? 瞬殺決定だって。

 

 普段の“炎の道”(フレイム・ロード)なら速さはあっても力不足が否定できない。

 

 でも玉璽(レガリア)を開放しちまえば話は別だ。

 速さの意味でも、火力(パワー)の意味でも一瞬だよ、あんたら。

 

 でも、俺が欲しいのはそんな一瞬じゃない、長い恐怖だ」

 

技(トリック)は終わらなかった。

 

 

“炎の道”(フレイム・ロード)

 

  CHAIN TRICK  - HAND RED ・ GANTRED -

 

 

 

連結技(チェーントリック)。前の技が無ければ発動できない技(トリック)。

 

無限の煉獄 (インフィニティインフェルノ)を繋ぎとするこの技。

 

そんな技が、威力が強いなどという生易しいレベルで済むはずがない。

 

 

 

現れたのは100の虚像。

 

否、100の超高温熱の塊。

 

「「「「「「「「「「さてさて、圧倒的な力の前では」」」」」」」」」」

 

気配も全ての姿から感じる。

 

声の方向さえも操り、全員がしゃべっているようにしか聞こえない。

 

「「「「「「「「「「 お前は無力だ  」」」」」」」」」」

 

「「「「「「「「「「 せいぜい踊れ  」」」」」」」」」」

 

「「「「「「「「「「 踊り狂って逝け 」」」」」」」」」」

 

「ふざけるな・・・・なんだ、お前は最速のはずだ。

 

 速度が自慢のはずだろう・・・・・」

 

「「「「「「「「「「  速いからと言って  」」」」」」」」」」

 

「「「「「「「「「「火力(パワー)が無い理由にはならない」」」」」」」」」」

 

呆然とする矢率器を中心に、信乃達がゆっくりと構える。

 

スタンディングスタートの構え。

 

迫りくるは100の熱(あか)き拳(て)。

 

 行われるは一方的な虐殺(ガントレット)。

 

「「「「「「「「「「     それに     」」」」」」」」」」

 

「「「「「「「「「「    言っただろ    」」」」」」」」」」

 

「「「「「「「「「「ケシズミになって後悔しても」」」」」」」」」」

 

「「「「「「「「「「     遅いって    」」」」」」」」」」

 

 一斉に集約する熱

 

全ては矢率機に向って突撃する。

 

空気(ねつ)を槍で防御する術(すべ)などない。

 

結果は決まっていた。

 

「うぁぁぁあっぁぁぁぁっぁぁっぁぁ!!!!!!」

 

 

 

 

数秒後には黒い人型が立ちつく、倒れる事もなく大量の煙を上げていた。

 

「殺してはいない。俺のポリシーに反するからな」

 

ケシズミの隣に立っていた信乃は、ゆっくりと歩く。

 

次の獲物を捕え、恐怖で座り込むことすらないキュモールへと近づく。

 

「い、一体僕の何が悪いって言うのさ!?

 

 僕がなにをしたっての!? やめろ! 僕は絵鏡のキュモール様だぞ!!

 財力の世界を! 君臨している四神一鏡の絵鏡だぞ!!

 こんなことしていいと思っているのか!!?」

 

少女がキュモールの誘いを断った。

 

それによる襲撃。

 

常盤台中学の生徒全員が襲われたのは、あくまでおまけ。

 

完全なる個人的で逆恨み。おまけで学校一つをつぶそうとした。

 

「ここまで恐怖しても、謝る事もしないなんてすごいね~、無駄に無意味に無能に。

 

 それにさ、気持ち悪い棒から液体が出ているよ?」

 

倉庫で少女に強姦しようとしていたので、駆動鎧の下半身部は外していた。

 

信乃が外に投げ飛ばしたので未だに気持ち悪い陰部がさらけ出されている。

 

恐怖で縮こまり、小さいそれがさらに小さくなり、失禁で黄色い液体を垂れ流す。

 

「汚い、気持ち悪い。あーイライラする」

 

「僕は何も悪くない!! やめろ!! 来るな「黙れ」 」

 

 

 

   THROAT(ソート) CRASH(クラッシュ)

 

 

 

「!? ッッッッ!!!」

 

あまりの痛みにゴミ屑(キュモール)は後ろに倒れかかった。

 

「あ? なに座ろうとしてんだよ?」

 

信乃は球鬘兄弟が使っていた、無事だった槍を手に取った。

 

 

 

 その昔 鎖骨とあばら骨の間を 肩から胸へ

   上から下に抜けるように杭を通して数日間

     そのまま放置する磔刑(たっけい)が存在した

 

 

 

 

 

「ぁっぁぁぁぁっっっ」

 

槍先が地面へと深く突き刺さった。

 

横方向だろうがどこに力を加えても簡単には抜けないし傾きもしない。

 

「そのまま立って話を聞け」

 

 

 

“炎の道”(フレイム・ロード)

 

Trick - BURNING PRISON -

 

 

 

 

 

“時”を大気に対して発動させる。

 

“時”で止めるのは熱の移動。一定範囲の炎を逃さないようにする。

 

もちろん外からは新たな炎が入り続けている。

 

皮膚を焼くなどと生温い事はしない。

 

狙うは体内。まずは肺から灼(や)く。

 

 

 

準備を終え、信乃は恐怖しかない無表情で話す。

 

「俺、4年前だが戦場にいた。それも何十年も内戦が続いている

 結構ひどいところ。

 

 その中で、俺は解放軍(レジスタンス)で少し戦っていた。

 ふざけた政治家を倒したり、私腹を肥やしている軍の上層部の私軍を潰したり。

 

 色々な拠点を潰してきたけど、その拠点にも必ず“置いて”あった“人”って

 なにか分かる?」

 

静かに語りだす信乃。

 

それは戦場の経験でも、自分の生物本能(せいよく)を歪ませることになった経験。

 

「答えはな・・・

 

 

   鎖で繋がれて 精神が壊れた裸の女性だよ

 

 

「何の目的で“置いて”あったかは言わなくても分かるよな?

 

「性処理用だ

 

「何十人も相手にさせられて 入れられる所が、血が出ているのは当然、

 人間の体の色だと信じられないくらい変色している人もいた

 

「それに何よりも 全員の瞳に光が無かった

 

「解放軍(おれたち)が助けに行った時 まだ生きていた人も何人もいた

 

 だけど そのほとんど怪我が回復して自我を取り戻した後に自殺した

 

 自殺しないように手足を縛っても 何日経過しようが心は戻らなかった

 縛った手足から暴れたせいで血が染み出していた

 毎日毎日鎮静剤を打ってでも止めた

 

「もう 見てられなかった

 

「なんでかな? なんで男の性欲って・・・ここまで最悪なんだ?

 

「性欲って生きる三大欲求の一つってだけだろ?

 人間は理性ある生き物だろ? 他の動物は強姦(そんなこと)なんてしない。

 

「なら理性だけで そんなひどいことをしているってことだよな?

 

 

「  てめぇみたいなゴミ屑の頭が 最悪だって事だよな    」

 

「ャ・・・ぁ・ぅ・」

 

その言葉には一切の殺気も怒気も無かった。ただ、分からない恐怖だけが

渦巻いていた。

 

人間の体は60%が水分で出来ている。

 

逆にいえば水分が足りなければ死を意味する。

 

体重の2%の水分を失うだけで不快感を覚える。

 10%を失うと血液の循環不全。

  20%を失うと・・・・・

 

「あんたは殺さない。絵鏡の血筋だから面倒だ。

 

 あんたを殺した程度で、四神一鏡を相手にしれられない。

 ゴミ屑を殺して狙われるなんて、ハイリスクノーリターン、だれがやるか」

 

水分を失うギリギリを見極めて加減していた

 

  などという優しい心を信乃は持ち合わせいない。

 

究極の苦痛  不生不殺(いかさずころさず) を実行していたのだ。

 

「でもさ、あんたはこれからも女の人にひどいことするだろうからさ・・・

 

 “男の棒”(あんたのそれ)、ケイズミにする」

 

信乃が消えた。

 

「ちなみに俺が使っているA・Tのホイール、何て名前か知っている?」

 

声はキュモールの後ろから聞こえた。

 

信乃はゴミ屑と背中あわせに立つ。

 

後輪から炎が噴きあげる。

 

殺さないように規模は押さえて。

 

ただし今までで一番熱く。

 

炎は意思を宿した九尾の狐のごとく、キュモールのそれに噛みつく。

 

「“太陽の息吹”(プロミネンス) だよ」

 

九尾の口からは超温が吹き出た。

 

 

 

 

 

つづく

 




批評も含め、様々な感想をお待ちしています。


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Trick44_この兵器、“裏”の作品か?

第肆拾肆話_この兵器、“裏”の作品か?

 

 

 

 

 

 

「ゴミの焼却の完了、っと」

 

信乃は丸焼き(玉鬘)と串焼き(絵鏡)を引きずり、生徒たちが外に出ても

見えない位置へと移動させて隠した。

 

全身がケシズミ(死んでいない)の球鬘は見た目がショッキングなのはもちろん、

下半身を露出して陰部がケイズミ、見た目が干物に近いゴミ屑は誰が見てもキツイものだ。

 

「位置外、神理楽(ルール)からの救護部隊はいつ来る?」

 

『10分24秒後、といったところか』

 

球鬘兄妹(プロのプレーヤー)と絵鏡、突入してきた駆動鎧(パワードスーツ)と強化人間(ブースデットマン)は

神理楽の人間が片づけをすることになっている。

 

そして今、体育倉庫で放心している少女への対応も神理楽が担当するはずだった。

 

だが、少女にとっては1秒でも早く安心できるようにする事が必要だ。

そう考えた信乃は深いため息をついた。

 

「遅すぎる・・・なんで学園都市の反対側から来た俺よりも遅いんだよ」

 

『人類最速(おまえ)と同じに考えるのは酷だぞ』

 

「それにしても遅すぎるだろ。

 

 はぁー、不本意だけど・・・琴ちゃんに頼むしかないか・・・」

 

『頼む、とは倉庫にいる平民(しょうじょ)の事か?

 

 お前は平民(いもうと)に裏の事情に関わらせる気か?』

 

「背は腹に変えられない。今はあの子が早く落ち着く状況を作る事が優先だ。

 

 名前が知られていない風紀委員の白井さんよりも、有名な琴ちゃんの方が、

 そばにいて安心するだろ。

 

 それに琴ちゃんに裏の事情とか今更の気がする。

 琴ちゃんって明らかに≪事故頻発性体質並びに優秀変質者誘引体質≫だろ?」

 

『たしかに・・な。高貴なる私の、平凡なる父親と同じ空気を纏っている。

 

 何より、ニシオリと兄妹の関係という時点で既に当てはまっていると言えな』

 

「・・・それは俺を暗に変質者と言っているのか?

 まぁいいや。敵の状況は?」

 

『宗像も体育館にいた敵を殲滅した。

 高貴なる私の情報網では敵はいないと判断した。

 

 否、残るは対軍兵器だけだ。

 

 今すぐ動き出す気配はないが、出撃の準備はされている』

 

「あ~、あれか。それじゃ、今から向かうとするか。

 

 俺は琴ちゃんにお願いしてから行く。宗像と黒妻さんには先に向かうように言ってくれ」

 

『急げよ』

 

「愚問だな、最速装備(プロミネンス)を着けた人類最速(おれ)に向かって言うなんて」

 

目の前にある校舎に直接昇り、御坂がいる教室へと向かった。

 

 

 

 

 

教室にいても落ち着かない御坂は、廊下の窓に背を預けて警戒が解かれるのを待っていた。

 

空いた窓から優しい風が差し込み、それが御坂の緊張を少しだけ弱くする。

 

そんな御坂は“後ろ”から、窓側から声を掛けられた。

 

「よ、琴ちゃん」

 

「うぁッ! 信乃にーちゃん!? 何で窓の外にいるのよ!

 ここ何階だと思ってるの!? というより後ろから声を掛けないで!」

 

「2年の教室だから3階でしょ? 何かおかしいの?」

 

信乃がA・Tを使っていれば、建物の高さなど関係ない。

 

もちろん御坂も知ってはいるが、常識的に考えれば無理だ。

 

「・・・・もういいわよ。

 

 で? 当然終わらせたんでしょ?

 眼まで碧くしてまで本気出したんだから終わってなかったら怒るわよ」

 

信乃は戦闘が終わっても眼を碧色にしたままであった。

 

小さい頃から信乃を知っている御坂は、もちろん信乃の眼の事を知ってる。

興奮した時や、怒った時、そして本気で何かをする時に碧くなる事を。

そして確実に結果を残していた事を。

 

「ああ、もちろん倒した」

 

「足は? また怪我?」

 

「まだ戦えるから心配しなくていいよ」

 

「へ~、怪我をしたかどうかを聞いたのに、『戦える』・・か。

 

 怪我はしたんだね、しかも正直に答えないぐらいに重症」

 

「うわ~戯言(ごまかし)が通じない?

 

 まだまだ修行不足だな。師匠に顔向けできないよ、ハハハハハ」

 

相も変わらず飄々(ひょうひょう)と返すが、御坂は心配そうに睨んでいた。

 

本当は信乃に余裕が無かった、精神的にも肉体的にも。

だから戯言ではなく戯言もどきしか言えずにバレテしまった。

 

信乃は足の内出血以外にも、腹も怪我をしている。

倉庫に無理に入るために、怪我を顧みずに突っ込んだ代償だ。

 

出血を無限の煉獄 (インフィニティ・インフェルノ)で焼き止めているが重症には違いない。

 

御坂には見えないように、だから校舎の窓を挟んで今は話している。

 

「ふざけないの。もう終わったんでしょ?

 

 だったら早く雪姉ちゃんの所に行きなさい、怪我人」

 

「残念だけど、まだ大きな問題が残っていてな・・・

 

 敵の本拠地(兵器の隠し場所)が見つかったから、今から潰しに行くんだ。

 

 俺達、小烏丸は今から離れるけど、警備員を呼んだから従ってほしい。

 琴ちゃんが警備員に従えば、他の皆も大人しく聞くと思うからお願いな」

 

「わかったわ、貸し一つよ?」

 

「それならもう一つ、貸しを作りたい。

 

 今からグランドにある体育倉庫に向かってくれ。

 そこに1人の女の子がいるから側にいて安心させてほしい。

 

 ・・・・かなりショッキングな状況だから一応は覚悟してくれ」

 

「どんな状況? 聞いておいた方が覚悟できるけど」

 

「・・・・男に乱暴された。今は心が壊れる一歩手前ぐらいな状況だ」

 

「えっ!?」

 

「間に合ったかの判断に困るが、強姦は完全にはされていない。

 

 犯人は俺が再起不能にしたから琴ちゃんが怒る必要はないからな。

 

 ただ、その子をどうにか励ましていて欲しい。頼んだよ、有名人(レールガン)」

 

「・・・・わかったわよ・・・・さっさとアジト潰してきて。

 

 そして今度、一緒にお昼ご飯でも食べよ。もちろん信乃にーちゃんの手作り」

 

「了解、腕によりをかけて作るよ」

 

「がんばれ」

 

「がんばる」

 

信乃と御坂は拳同士を軽く当てた。

子供の時からやっていた、ハイタッチと同じように使っていた励ましや激励の合図。

 

そして信乃は3階から直接飛び降りる。

 

今度は御坂も驚いたりはせず、校門からA・Tで激走する信乃を見送った。

 

そして一度深呼吸し、信乃に頼まれた少女の元へ走って行った。

 

 

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

・・

 

 

 

常盤台中学から十数キロ離れた倉庫街。

 

数ある倉庫でも一番大きなものに、怪しげな光沢の機械が蹂躙していた。

 

「補充は完了しているんだろうな?」

 

「はい!」

 

「では行け。全てを蹴散らしてこい」

 

「了解しました積上(つみあげ)様!」

 

命令してたのは科学者とも職人とも芸術家とも言えそうな、奇妙な雰囲気を持った男。

 

信乃がハラザキに関わるなと忠告した時、追加で関わるなと言った6人の中の1人。

それがこの男。

 

そしてその男が目の前の兵器を作りだした。

 

「俺はこれで帰る。もう、そいつには飽きた。

 

 今は小型モーターが思いのほか楽しいからな。

 でかくてでかい力よりも、小さくて普通以上の力を作る方が楽しい」

 

意味不明な独り言と共に、倉庫の裏口から出て行った。

 

「・・・本当に大丈夫なのか? あんな意味不明な奴が作った機械に乗るなんて・・・」

 

「仕方がない。キュモール様の、絵鏡の人の命令だ。

 

 作った奴が変人であろうとも関係ない。命令に従ってあいつが作ったこれで出るだけだ」

 

命令された軍隊服の2人は、嫌そうな顔をしながらも機械に目を向け表情を変えた。

 

「それに・・・これで好きに暴れられるんだぜ?

 壊れるかどうかの不安よりも虐殺(たのしみ)の方がでかい・・・」

 

「それもそうだな! すぐに学校に行くぞ。

 

 向かうは“長点上機学園”だ」

 

そして2人は自分の首筋に注射を刺した。神理楽(ルール)が作り出したドーピング。

表情が高揚したものへとみるみる変化していく。

 

そしてサソリ型の大型兵器に乗り込んだ。

 

 

・・・

 

・・

 

 

 

倉庫の扉が開き、サソリ型兵器の全貌が見えた。

 

全長は20m近い巨体。全体的に藍色のカラーリングに局部に赤色のアクセントが付いてる。

 

しかし、そんな色は問題ではない。問題なのは異常な装備であった。

 

サソリ型であれば当然のこと、ハサミには強力な武具

エネルギーを通して切れ味あげる特殊なシザースブレード

 

さらに収納式の105mmリニアキャノン

 

頭部に強力な35mmバルカン砲が4つ

 

背部に930mm2連装ショックガン

 

機動力を上げるために一番後ろの脚にはロケットブースター

 

サソリのもう一つの特徴、前に向いた尾

そこには左右に120mmレーザーガンが1つずつ

さらに120mmビームガンも1つずつ

 

2種類の武器の中央にはさらに強力な砲身

 

空気中の静電気を荷電粒子吸入ファンによって取り込んでエネルギーに変換して圧縮

光速にまで加速して撃ち出して全てを分解して破壊する

 

 

学園都市の最先端の技術を悪ふざけで総動員して作り上げたかのような兵器。

 

悪ふざけと言うのも間違ってはいないかもしれない。

 

積上(つみあげ)の興味と趣味だけで作られた“おもちゃ”

 

それがこのサソリ型の兵器、≪スティンガー≫である。

 

『さて、出撃するぞ』

 

『ああ! 祭りの始まりだ!』

 

コックピットの2人から発せられたスピーカー越しの声。

 

その声は共に楽しげだった。

 

「君たちは戦いを楽しそうに言うんだね。ひどい人達だ。

 

 

   だから殺す  」

 

 

≪スティンガー≫の周りに十数個の手榴弾が投げられた。

 

 

『!』『なんだ!?』

 

気持ちよく出撃しようとした瞬間の爆撃。

 

全くの防御もできずに全てを直撃した。

 

「さて、今の攻撃がどれだけ通じるか・・・」

 

「いや宗像、いくらなんでもあれはやりすぎじゃないか?」

 

すぐその場の倉庫の屋根には暴風族(ストームライダー)が2人。

 

不安そうな言葉を吐いたが無表情の宗像。

言葉も表情も不安そのものである黒妻。

 

数秒前、位置外の指示で到着した2人は、ちょうど出撃するスティンガーを見つけた。

 

それでどうしようかと考えていた黒妻(宗像は含まれず)だが

 

『攻撃しろ。高貴なる私の命令だ』

 

「Aye, ma'am」

 

「え? おい・・・」

 

指示で宗像が手榴弾を出して投下したのだ。

 

 

 

それが今に至る。

 

常識人の黒妻には驚くべき状況だが、すでに小烏丸でかなりの時間を過ごした経験から

少しは慣れていた。ゆえにすぐに冷静に冷たい突っ込みができるようになっていた。

 

「さて、今の攻撃がどれだけ通じるか・・・」

 

「いや宗像、いくらなんでもあれはやりすぎじゃないか?」

 

≪スティンガー≫の姿が見えないぐらいに土煙を上がった。

 

常識人:黒妻綿流にとっては事件が終了した風景だった。

 

しかし、殺人者:宗像形には不安があった、もちろん本能で捉えていた。

 

『おそらく無理だろうな』

 

司令官:位置外水も、宗像と同じ意見だった。

 

『誰だてめぇ!!?』

 

煙が晴れていき、怒声とともに兵器の姿が見えてきた。

 

「予想通り無事か」

 

『いや、予想以上に悪い。無事ではなく無傷と表現するべきだ』

 

「マジかよ・・・人間の俺らが戦って勝てるのか?」

 

『いた! 死にやがれ!!』

 

サソリ兵器は大きな爪を向け、収納していたリニアキャノンが輝く。

 

『見つかった。散開しろ』

 

「わかった!」

 

位置外の指示に動こうとする黒妻。

 

「逃げる必要はないよ」

 

「『え?』」

 

それを宗像が止めた。

 

向けられた銃口は

 

なにも起こらずにカチカチと銃鉄音を立てるだけだった。

 

『・・・・あ? 弾がでねぇ?』

 

『ふざけんじゃねーぞ! 一発も撃ってないのに故障してんじゃねーよ!?』

 

何度も何度も、リニアキャノンからはカチカチと音が出るが反応はない。

 

「いきなり故障って・・・・いい加減な仕事してるんだな」

 

『それは違うぞ、平民(くろづま)。

 

 高貴なる私には分かった。宗像、お前の仕業だな』

 

「やったのは僕だが、手柄は僕のものじゃない。

 

 信乃が作った手榴弾を使っただけだ」

 

「手榴弾? あれで故障したのか?」

 

「故障じゃない。奴らの武装どころか装甲も全く壊れていない。

 

 使ったのは手榴弾と言うより、正確には毒ガスかな。

 

 無色だから煙幕とは全く関係なく、今もサソリの周りに漂っている。

 人体や金属には一切の影響を与えないが、火花だけが一切出せなくするガスがね。

 

 その名も≪神の吐息 (エンゼル・ゼファー)≫  」

 

「・・・たしかに銃は衝撃から火薬を着火、爆発させるんだっけな。

 

 その着火で火を発生させないようにする。

 世界には変わった毒ガスがあるんだな。」

 

『いや、ニシオリのオリジナル作品だ。

 

 銀河系で分からないことはない私ですら他で開発したという情報はない』

 

「相手の攻撃を封じて殺すためにどうしたらいいか相談したら貰えた」

 

正確には銃火器を相手に、殺さずに攻撃を封じる方法を聞いたときに貰ったものだが

素直に言えない宗像だった。

 

「・・・・もういいや、あいつが普通じゃないってことは今更だし」

 

「『その通り』」

 

「・・・・・」

 

「そこはハモって言うところですか?」

 

顔を引き攣らせて何も言えない黒妻の代わりに、まさしく今到着したばかりの

信乃が後ろから声を掛けた。

 

自分の知らない所で、自分が≪普通じゃない(アブノーマル)≫の称号を

付けられた不機嫌そうな顔をしている。

 

「遅いぞ、遅刻だ」

 

「君は遅刻をした、だから殺す」

 

『高貴なる私の、作戦開始時間を遅らせた事は万死に値するぞ』

 

「てめぇら・・・学校での漫才をまた繰り返すつもりか!?」

 

 ズゴォン!!

 

「おっと!!!」

 

≪スティンガー≫は、銃火器が使えないと判断して、その固い装甲(からだ)で

信乃達が立っている倉庫に突っ込んできた。

 

あれだけの重量で突っ込めば、当然倉庫は丸ごと崩壊する。

 

信乃達は屋上から一気に落ちる状況になったが、彼らはA・T使い(ライダー)。

 

何の合図も指示もなく、各自で別の倉庫屋上に飛び移った。もちろん全員が無傷。

 

『高い所にいるんじゃねぇ! 降りてこい! 殺してやる!!』

 

「いやいや、殺してやると言われて降りてくる馬鹿はいないと思うよ」

 

信乃の場にそぐわない冷静なツッコミ。

 

≪スティンガー≫は飛び移った先の倉庫にも突っ込んで破壊してくる。

 

もちろん、全員が突っ込む前に別の建物に移動するから無意味な攻撃に終わっているが。

 

『お前たちに作戦を与える。高貴なる私に感謝するが良い』

 

「「「了解だ!」」」

 

3人は位置外の指示で、それぞれの配置についた。

 

 

『チョコまか動きやがって!!』

 

『殺す殺す』

 

依然として建物への突撃を繰り返す≪スティンガー≫。

 

「それでは、作戦を開始します」「そして殺す」

 

≪スティンガー≫の両側に信乃と宗像が挟むように立ち、

その両手には大量の手榴弾があった。

 

宗像と同じ方法で手榴弾を出した信乃。

 

しかし、未熟のために宗像と比べて半分ほどの手榴弾しか持っていなかった。

 

合計で30を超える数の手榴弾。攻撃には十分だったが、目的は攻撃ではない。

 

『やれ』

 

位置外の命令を合図に放たれた手榴弾は、≪スティンガー≫の周りを轟音と爆煙でつつんだ。

 

視界は全く見えない程に濃い煙の中、信乃と宗像と黒妻は入って行った。

 

『馬鹿が! 煙幕にまぎれて攻撃するつもりか!? こっちには丸見えなんだよ!!』

 

最初の爆撃で動かなかったのは、あくまで攻撃した相手が全く分からなかっただけ。

 

しかし、今回の爆煙は本人の前で作られた。攻撃相手が完全に分かった状態。

 

だから、カメラのモードを切り替えた。熱感知(サーモ)カメラに。

 

駆動鎧にも付いていたそれが、上位兵器の≪スティンガー≫に搭載されていない筈がない。

 

熱感知カメラがあれば、煙幕など何の意味もない。

 

兵器の前に生身で挑んできた3人の人間、の図式が完成する。

 

 “普通であれば”だが。

 

熱感知カメラに切り替え、画面に映し出された人影は3つではなかった。

 

『なんだこれ・・・』

 

『ちッ! 奴ら3人だけじゃない! 他にも隠れてやがったんだ!!』

 

画面に映し出されたのは人型の熱源が無数。

 

操縦者が一瞬思ったのが、大量発生で飛び交う虫の大群であった。

 

カメラ映像には目で追える速度はあるがあまりにも数が多すぎて把握できない、と言った状況だ。

 

『数なんて関係ない』

 

『そ、そうだ! まとめて殴り殺せば!!』

 

銃火器は使えなくても、使える武器はあった。サソリのハサミだ。

 

切断能力があるだけでなく、あのハサミの質量は掠っただけで怪我は間違いない。

 

大量にいる熱源(ひとかげ)。そのハサミを闇雲に振り回すだけで必ず当たると考えて

実行した。

 

『良し! 当たったぞ!』

 

『クズ共め、おれに逆らおうなどとは愚かな』

 

『俺たちだ! 俺も忘れるな!』

 

攻撃に手ごたえを感じて喜ぶ操縦者の2人。

 

だが、2人は考えるべきだった。

 

兵器に乗っている状態で、視覚の悪い熱感知カメラの状態で、

操縦者にはハサミに何かが当たる感触のない状態での手ごたえとは何だろうか?

 

それは熱感知カメラから熱源(にんげん)が消えたか、どうかである。

 

つまりを言えば、ハサミを振った場所の熱源(おとり)を消せば相手にとっては

手ごたえになるのだ。

 

『この調子で全員殺せ! 殺せ殺せ殺せ!!』

 

『言われなくても煙幕がはれた時には血の海ができあがっているよ』

 

喜び勇み、再び熱感知カメラに映った熱源(てき)にハサミを振り続けた。

 

 

 

 

 

 

「全く気付かれてないな」

 

『作戦に抜かりなどない。高貴なる私が考えたのだからな』

 

「いや、意外と単純な作戦だぞ、これ?」

 

「早く殺したい。まだ始めてはだめか?」

 

宗像と黒妻は今、片膝を地面につけた低い体制をとっていた。

 

場所はサソリ型兵器≪スティンガー≫の真下。

 

爆煙と共に突入した3人はすぐに≪スティンガー≫の下へと潜り込んだ。

 

そして、この場にいない信乃は熱源(おとり)役を引き受けていた。

 

熱感知に写っている熱源は全て信乃の残像にして炎の道 (フレイム・ロード)の技(トリック)。

 

炎の道(フレイム・ロード)であれば、実像を必要としない熱源が大量に作れる。

 

もっとも、炎の王クラスの暴風族(ストーム・ライダー)しかできない離れ技ではあるが。

 

煙幕も通常カメラではなく熱感知カメラに切り替えるためのもの。

 

さらに囮の最終目的は・・

 

『そろそろだ』

 

「おう!」「わかった」

 

合図とともに2人は動いた。

 

鎧や兵器など、強固な装甲に包まれた相手に対して有効なものは

 

装甲の隙間への攻撃。ここでいえば脚の関節への攻撃だ

 

宗像が脚の関節隙間に刀を入れる。

 

刀の柄の先端、柄頭(つかがしら)を黒妻の拳の手甲で撃ち刺し込む。

 

釘とハンマーの役割で破壊した。

 

それを高速で連続で。

 

操縦者(ばか)は≪スティンガー≫が脚で支えられなくなり

地面に落ちた衝撃でようやく気付いた。

 

『なんだ!? 一体何が!?」

 

『歩脚がすべて破壊されている・・・だと?』

 

大量の警告(アラート)表示に気付いた時には、歩く機能が失われていた。

 

「さて、本番はこれからだぜ?」

 

信乃の声を合図に宗像と黒妻は≪スティンガー≫から急いで離れる。

 

「 炎の道 (フレイム・ロード)

 

   無限の空 (インフィニティ・アトモスフィア)」

 

次の瞬間、≪スティンガー≫内の画面が真っ白になった。

 

熱が高ければ高いほど白に近い色を表示する熱感知(サーモ)の画面。

 

 

 「   無限の煉獄 (インフィニティ・インフェルノ)!!!!  」

 

 

炎の玉璽(プロミネンス)を開放し、大気すらも焼き焦がす炎をぶつけた。

 

 

「すげぇ・・・・A・T(エア・トレック)ってここまでできるのか?

 

 あれ? 今って“火気無効化ガス(エンゼル・ゼファー)”ってのがあったんじゃ・・」

 

目の前には手榴弾の爆発とは比較にならない程の炎。

 

≪神の吐息 (エンゼル・ゼファー)≫の中では発揮されない筈の現象だ。

 

『あれは火花を一切封じるもので、熱を消滅させるものではない。

 

 限界を超えた摩擦熱は、炎と比べて遜色ない現象を起こす』

 

「たかが摩擦熱、されど摩擦熱だ。

 

 僕は炎の道を走る一人のA・T使い(ライダー)として、あいつに勝てる気がしない。

 玉璽(レガリア)抜きでもだ」

 

離脱した2人と1人は呑気に話していた。

 

あそこまでの業火で敵が無事なはずがない。

 

しかし、信乃の性格から殺す事は絶対にない。

 

だから全く心配していない。

適度に痛めつけられた悪者を引きづって、信乃が出てくると確信していた。

当然の事だと思って。

 

「ッ!!」

 

だが、信乃は1人で出てきた。

 

否、何かから避けるように後ろ向きに跳んできた。

 

「「な!?」」

 

『ニシオリ、お前はないをやっている?』

 

「あの装甲・・・・予想以上に堅い!!」

 

大量の熱で発生した上昇気流で煙幕が完全に晴れた。

 

≪スティンガー≫の表面は溶けているようにも見えるが、溶けたのは半分だけ。

 

あれほどの炎を浴びた事を考えると、今の装備でこれ以上のダメージは望めない。

そう考えられるほどの、被害の少なさだった。

 

玉璽(レガリア)を使った技は兵器と比べても見劣りしない結果を出す。

信乃の無限の煉獄 (インフィニティ・インフェルノ)も下手な焼却弾(ナパーム)よりも

威力があるはずだ。

 

「信乃の炎が効いていない!?」

 

「まさか、玉璽(レガリア)を開放しても無事でいられる存在があるとはね・・・

 

 この兵器、“裏”の作品か?」

 

焦る黒妻とは対照的に、宗像は冷静に判断して推理を、正解を口にした。

 

≪スティンガー≫は移動用の脚は破壊されたが、大きなハサミと大砲(しっぽ)は健在。

例え移動ができなくても、固定兵器としての力は充分だ。

 

現に、信乃が煙幕から逃げたのはハサミによる横薙ぎをギリギリで避けたからだ。

 

脚を失っても相手は戦意を喪失していない。むしろ・・・

 

『てめぇら・・・こんなんじゃ殺す前に逃げられるじゃねぇか!?

 ふざけんなよ!? まだ1人も殺してないんだぞ!!』

 

『殺す殺す殺す殺す・・・・・

 

 代わりに お前らを 殺す』

 

操縦者の殺(や)る気は大きくなっていた。

 

このまま放っておけば、ハサミを使って這いずり回ってでも

人のいる場所に向かうだろう。

 

そうでなくても背中には巨大な砲台(しっぽ)がある。

ここからでも闇雲に撃つだけで死者が出るかもしれない。

 

「まったく、なんてもん作ってくれてんだよ罪口(つみぐち)さんよ。

 

 しょうがないか・・・」

 

信乃は諦めたようにつぶやく。

 

「残る手段っていったら二次連結技(セカンドチェーントリック)しかないよな」

 

 

無限の煉獄でもなく、連結技(ハンドレット・ガントレット)だけではない。

 

その先の技(トリック)を。

 

 

 

つづく

 



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Trick45_全てを溶かす“情熱”さ

 

 

 

炎の無限の空 (インフィニティ・アトモスフィア)を使っても倒す事が出来ない。

 

出し惜しみをせず、大技を出すために信乃は頭を切り替えた。

 

「宗像、黒妻さん、下がって。

 

 こいつは俺が完全に破壊する」

 

まだ炎に包まれて動けない≪スティンガー≫。

 

今のうちに自分以外を下がらせるように信乃は指示を出した。

 

「信乃! さすがにそれは無理だろ!?

 

 今だってデカイ炎をぶつけたのに、ほとんど効いてなかったじゃねぇか!!」

 

『平民(くろづま)、下がれ。高貴なる私からも絶対なる命令を出す。

 

 ニシオリの邪魔はするな』

 

「だが位置外!!?」

 

反論する黒妻の肩に、側にいた宗像が手を置いて止めた。

 

「あいつは無茶をするけど、できないことをやらない男じゃない。

 

 おれらの族長(リーダー)はそんなやつだろ」

 

宗像からも止められたが、納得がいかず黒妻は強く歯を噛みしめた。

 

「なんでだよ・・・お前らの相手が普通の戦いじゃないってことは知ってけど・・

 

 でも、何でそこまで諦めないで戦えるんだよ!?」

 

「さぁ? あいつの事なんでどうでもいいからね」

 

「っ!? なら俺もたたか『無駄だ』」

 

『その程度の実力で戦う?

 足手纏いになって信乃を道連れに一緒に死ぬの間違いだろ』

 

「その通りだね」

 

「おまえら!!」

 

「黒妻さん、下がってくれ。頼む」

 

「信乃、1人でどうにかなる戦いじゃないだろ!?

 

 なら、俺も戦わせてくれ!!」

 

「ダメだ。

 

 辛辣な言葉を浴びせるのは心外だけど、状況が状況だから遠慮なく言うぞ。

 

 自惚れるな たかが数度だけ裏の世界に顔を突っ込んだだけで慣れてんじゃねぇよ

 

 足手纏いもこの上ねぇんだよ。下がれ、黒妻」

 

「くっ!」

 

信乃にまで強く言われた黒妻は、もう黙るしかなかった。。

 

「もう一度言う、下がってくれ」

 

「・・・・・ッ、わかったよ」

 

納得できない顔のまま、黒妻は近くの建物の屋上まで離れて行った。

 

「信乃、分かってると思うが・・・・」

 

「大丈夫、生きて帰るよ」

 

「違う。僕はお前がどうなろうと構わない。

 

 だがな、まだA・Tでお前を超えていないんだ。勝手に死なれては困る」

 

「・・・・・はっ! 言ってろ! 永遠に超させるつもりはない!!」

 

「では別の言葉を言おう。

 

 無理して怪我すると、西折美雪が泣くぞ。僕がチクるから」

 

「は!? 言うなよ!? (美雪に)永遠に怒られ続けるぞ俺!!?」

 

『シリアスなシーンが台無しだな・・・・』

 

そんな口では馬鹿なことをいっている状態でも信乃は集中力を乱さず、自分の中の扉を開く。

 

「サンキュ、宗像。リラックスできた」

 

次に眼を開いたときには、本日二度目の碧眼になっていた。

 

 

 

 

 

「信乃の目が・・・・・」

 

「そういえば黒妻は初めて見るよな」

 

信乃との漫才が終わり、黒妻の側まで離れた宗像。

 

離れた位置からでもはっきりと見える碧(あお)。

 

信乃のシンボルともいえる色(あお)。

 

それを見て黒妻は驚いていた。

人間の眼の色が後天的に変わるなど普通はありえない。

 

ただし、信乃は普通ではない。

裏の世界に生きただけでなく、その血筋も特殊だった。

 

「あいつは特殊な一族の生まれらしい。

 

 正確にいえば一族を含めた機関の全員が特殊だ」

 

「機関? 一族って何が特殊なんだ?」

 

『先祖代々、“アオ”を体のどこかに持っている』

 

「体のどこかどころか丸見えだぞ、その碧(アオ)」

 

「その中でも眼の色が“アオ”なら、かなり能力が高くなるらしいよ」

 

『さらに言えば、後天変化型の“アオ”はレアだ。

 

 さすが我がニシオリの次期党首になる男だ。将来が楽しみでしかたない』

 

「信乃って家柄も良かったのか。  ん? ≪我がニシオリ≫ってどういう意味だ?」

 

「気にするな黒妻。

 

 それと位置外、信乃はお前の誘いを断り続けていると聞いたぞ?

 

 無理して引き込もうとすると信乃に機関を潰されるよ」

 

『それもまた一興。高貴なる私の玖渚(くなぎさ)機関と、人類最速の請負人。

 

 “アオ”の一族と碧空(スカイ)の戦いなどゾクゾクする』

 

「・・・・・いろいろあるんだな。

 

 でも、信乃(あいつ)は信乃(あいつ)だろ。

 人類最速とか色々抜きにして、俺らの仲間が戦うんだ。

 

 もう俺は手出しをしない・・・・・ゆっくり見守ろうぜ」

 

『・・・いいだろう』「それもそうだな」

 

3人は信乃を見守るように注目した。

 

そして見えた。

 

信乃の後ろにそびえる炎龍の技影(シャドウ)を。

 

 

 

 

 

「それじゃ・・・・・これからだ!!」

 

 

炎の道(フレイム・ロード)

 

  Trick 無限の空 (インフィニティ・アトモスフィア)

 

      無限の煉獄 (インフィニティ・インフェルノ)

 

 

 

再び≪スティンガー≫を襲う獄炎。

 

炎の道 (フレイム・ロード)の最高技(ハイエンドトリック)。

 

だが、それは今から放たれる技(トリック)の序章でしかない。

 

 

 

炎の道 (フレイム・ロード)

 

  CHAIN TRICK  - HAND RED ・ GANTRET -

 

 

 

獄炎の周りには100体の分身にして熱の塊。

 

その全てが≪スティンガー≫へと集約するように飛び込む。

 

「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」

 「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」

  「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」

   「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ!」「オラ」「オラ」「オラ」

  「オラ!」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」

   「オラ」「オラ!」「オラ」「オラ」「!オラ」「オラ」「オラ!」「オラ」「オラ」

  「オラ」「オラ」「オラ」「オラ!」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」

  「オラ!」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ!」「オラ」「オラ」「オラ」

   「オラ」「オラ」「オラ」「オラ」「オラ!」「オラ!」「オラ!」「オラ」

   「オラ!」「オラ!」「オラ!!」「オラ!」「オラ!」「オラ!!」

 「オラ!!」「オラ!!」「オラ!!」「オラ!!」「オラ!!」「オラ!!!」

   「オラ!」「オラ!!」「オラ!!」「オラ!!!」

         「オラ!!!!!」「オラ!!!!」

 

     「オラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!! 死ねクソッたれ!!」

 

 

 

炎はさらに燃え上がり、燃え猛る。

 

『このっ!! こっちが動けない事をいいことに勝手なことしやがって!!』

 

『だが無駄だ。この≪スティンガー≫はミサイルの直撃も耐えきる』

 

その炎の中から声が聞こえた。

 

声にはダメージは感じられない。事実、操縦席の温度は全く変わっていなかった。

 

「まただ、足りない・・・もっと、もっとだ!!」

 

 

 

  TRICK  - HAND RED ・ GANTRET  ×4(クワトロ)-

 

 

 

際限なく熱(しの)は突撃し続けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すげぇ・・・けど、あいつらには・・・クソッ!!」

 

遠くからでも信乃の戦いはハッキリと見れた。

 

信乃の凄まじさも、敵の防御の堅さも。

 

それを見た黒妻は再び強く噛みしめた。

 

「まだ続けるか。諦めの悪さはさすがだな」

 

「なんでだよ、なんでここまでできるんだよ・・・

 

 俺達は学生だぞ? 警備員(アンチスキル)にでも任せればいいじゃねぇか!

 

 信乃(あいつ)だって、強いけど身体能力が高いわけじゃないだろ!?」

 

小烏丸の練習中、黒妻と信乃は何度も模擬戦をしていた。

 

黒妻の戦闘スタイルは接近型。模擬戦で信乃と殴り合って気付いていた。

 

あいつ自身(だけ)の攻撃は重くない。

強いのはA・Tと、それを扱う技術があってこその強さだと。

 

だからこそ黒妻は勇気づけられた。

圧倒的に強いと思っていた奴が、実は自分と同じ世界(ランク)にいることに。

自分も努力すれば、同じ力を手に入れられる希望を持てた。

 

だが、それが今は逆に働いている。

信乃が勝てるとは思えない、マイナスな思考へと繋がる。

 

そんな黒妻を、宗像は諭すように言った。

 

「信乃は・・・そうだな。

 

 はっきり言ってそんなに身体能力があるとは思わない。

 

 体もまだまだ成長途中だし・・・

 

 少なくとも殺すために作られた僕や・・・・

 サヴァン症候群(シンドローム)の位置外とは違う。

 

 力を身につけた理由は複雑だが、才能に恵まれているタイプじゃないのは確かだ。

 

 でも信乃(あいつ)は止まらない。

 

 炎の王である限りな」

 

「? 炎の王である限り、ってなんだよ?」

 

「それは・・・・・もうすぐ決着がつくぞ」

 

宗像は話を切り、再び信乃を凝視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで楽しいクイズだ」

 

「今、俺達が見えるものの中で」

 

「一番の熱源ってな~んだ?」

 

攻撃の最中、異なる角度から信乃の声が聞こえた。

 

『この≪スティンガー≫のエンジンに決まっている』

 

『それともお前は何か!? 自分の炎が一番だと思ってたのか!?

 

 あんた馬鹿!? カカカカ! 自惚れてんじゃねーよ!!』

 

「残念、外れ」

 

「答えは」

 

分身していた信乃はすべて消えさり、正面に本物(しの)が立ち止まる。

 

そして上を指さした。

 

「太陽だ」

 

 

 

 

 

旧約聖書創世記

 

 第十八章から第二十章に記される悪徳の街 「ソドム」と「ゴモラ」

 

  神は堕落して正しきものがいない罪深き街としてこの2つを滅ぼした。

 

   天からの火によって

 

    その炎の名は

 

 

 

炎の道 (フレイム・ロード)

 

TRICK

 

   - MEGID(メギド)・FLAME(フレイム) -

 

 

 

 

天からの炎。

 

それは太陽の光を集束した熱。

 

“百の熱弾による私刑 (ハンドレット・ガントレット)”から生み出された大量の熱。

 

その熱を走りながら“時”で触れ、操り、形を作り出す。

 

      上空数kmにわたる巨大なレンズを作り出す。

 

レンズを通過して集まる太陽の光。

その焦点の温度は何十万℃にもなり、万物を一瞬で融解する。

 

さらにスティンガーの周りには Trick “溶解する監獄”(バーニング・プリズン)を展開。

 

出来る限りではあるが、熱を逃がさず温度はさらに上昇し続けた。

 

 

 

 

 

熱が届かないように離れていた宗像と黒妻。

 

しかし2人は“溶解する監獄”(バーニング・プリズン)でも抑えきれない

熱の余波が、肌が焼けるような熱風が届いていた。

 

「・・・本当に無茶苦茶だな」

 

「黒妻、覚えておくといい。

 

 炎の道 (フレイム・ロード)は炎を操る道じゃない。

 

 熱を操る道だ」

 

地面を走るときに発生する摩擦熱。それを操り最速を走る。

 

そして熱で生まれた空気(レンズ)を操り、新たな熱を生み出す。

 

 それが炎の道 (フレイム・ロード)

 

「そして何より、炎の王の条件を持っている限りあいつは負けない」

 

「条件? さっきも言っていたな。なんだそれ?」

 

「諦めない、挫けない心。 いや、ここは“情熱”というべきかな。

 

 

  ≪炎の王≫に必要な絶対条件。

  

    それは全てを溶かす“情熱”さ    」

 

信乃について言っているのに、なぜか自分の事のように嬉しそうに話す宗像。

そこには強敵(ライバル)などと生温く思えるほどの関係があっての気持ちだろう。

 

「“情熱”か・・・あいつにぴったりだな」

 

「位置外、こんな相手でも玖渚(くなぎさ)機関の全てを賭けて戦って勝つ自信はあるのか?」

 

『・・・・・ふん、そんな戦いなどは起こらない。

 

 ニシオリは我が機関に組み込むのだからな』

 

宗像の言葉に位置外は少し遅れて答えた。

 

その返事にはいつもの覇気が無かった。

 

「さーってと。後始末に行くか。

 

 あいつはもう動けないだろうからな」

 

黒妻の言葉に宗像も頷き、屋上から降りていった。

 

 

 

 

 

 

「あ~、疲れた。

 

 よかったよ、≪メギド・フレイム≫で壊れてくれて。

 

 ≪クロスファイア≫まで出すのは勘弁だからな・・・・」

 

技を終えて、信乃は地面にへたり込んだ。

 

メギド・フレイムで発生させた熱は“溶解する監獄”(バーニング・プリズン)で操作して

操縦席をギリギリで外し、パイロットの2人は(外部的には)怪我をせずにいた。

 

そして操縦席以外の全て、破壊した脚から頑丈なハサミ、堅い胴体、凶悪な砲台(しっぽ)は

跡かたもなく消え去っている。

 

溶かすのを通り過ぎて蒸発させた。

 

人間の限界を超えた、太陽(しぜん)を使った技(トリック)。

 

もちろん信乃も無事ではない。

 

球鬘(たまかずら)との戦闘前に玉璽(レガリア)を開放して、脚に負担を賭けていた。

 

その後で玉璽の完全開放をした結果、

学園都市に来てから一番ひどい怪我が信乃を襲った。

 

脚だけではない。メギド・フレイムは全身を使って発動させた技(トリック)。

 

疲労も限界を超えていて立つことも困難な状態にあった。

 

いや、意識を保つ事もギリギリである。

 

「つーちゃん、後始末よろしく・・・・」

 

『いいだろう。高貴なる私の・・』

 

そしてついには仰向けに倒れ込んで意識を手放した。

 

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

・・

 

 

 

今回の事件の後日談

 

信乃が意識を取り戻して最初に目にしたのは

 

「知っている天井だ」

 

残念ながらお決まりのセリフを言う事が出来なかった。

 

なぜなら幻想御手事件の後、自分が入院していた病室とまったく同じだったからだ。

 

ゆっくりと上体を起こそうとしたが、力が全く入らずに微動だにできなかった。

 

「・・・・さすがに玉璽(レガリア)開放を1日2度は無理があったか」

 

「当たり前でしょ」

 

「!?・・・・・美雪さん、二重の意味で恐い顔になっていますよ?」

 

ベットの側には美雪が座っていた。

 

信乃が無理をする事を分かっていたので、佐天に道具を渡した後ですぐに病院に向かっていた。

 

そして案の定、ひどい疲労状態でしかも意識を失って搬送されてきた。

 

その日から付きっきりで、文字通り寝ずに看病していたのだ。

 

「誰のせいだと思う?」

 

「わたしのせいですはいすいません」

 

信乃は首も動かせない状態なので素直に口で謝った、冷や汗を流しながら。

 

信乃が言った二重の意味で恐い顔。それは怒っているという意味で恐いという事。

 

そして美雪の眼の下には濃い隈があった。

 

1日にの徹夜では、あそこまで濃くならない。つまり

 

「3日も寝たからすっきりしたでしょ? ついでに今の私の顔を見て寝起きばっちり?」

 

「・・・・・ごめん、心配掛けて」

 

美雪の嫌味を無視して信乃は謝った。

 

「許すと思う?」

 

いつもなら「怪我をしても治すから大丈夫♪」などと言う美雪。

 

だが、今は俯いていて表情は見えない。

 

「・・・・・・許してほしい。

 

 俺は・・・これからもこんな感じで生きていくから。

 

 美雪に許してもらわないと、戦えなくなる」

 

「戦わなくていいじゃん・・・・・・戦場にいたんでしょ!?

 

 なんでよ!? これ以上ひどい目にあう必要ないよ!!」

 

勢いよく上げた顔から、目から涙が流れていた。

 

その勢いのまま信乃の襟首を掴んだ。

 

「俺は・・・」

 

「なんで・・・なんで・・・」

 

「ごめん・・・・」

 

「うぅ・・・・ヒック・・・・・」

 

顔を信乃の胸にうずめ、嗚咽をだす美雪。

 

予想外に戦いを止めるように言われた。

 

いや、予想していたが無意識に目を反らしていた、最悪の展開。

 

美雪に戦いを止められる事。

 

信乃が学園都市に戻りたくなかった理由の一つでもある、彼女からの停止の言葉。

 

たかが一人の少女の言葉、で片付けられない。

自分の一番大切な人からの言葉。それは束縛、呪いにも似た効果があった。

 

信乃は何もできず、何も言えずにいるだけだった。

 

 

 

 

 

つづく

 



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Trick@03_ツンデレ!!

 

これは≪小烏丸(こがらすまる)≫が結成されて数週間後、

常盤台中学が強襲される数週間前のお話。

 

 

御坂美琴 白井黒子 佐天涙子 初春飾利

 

 

この仲良し4人組はお泊り会を開くことになった。

 

理由は簡単。その日に佐天の休みが決まったからだ。

 

もちろん学校の休みと言うだけではなく、A・T(エア・トレック)の練習も連続で休みになっていた。

 

中々休みが取れないA・Tの練習。

その休みの日が学校の休日と重なるとなればイベント事に結びつけるのが女の子の力。

 

そして決まったイベントはお泊り会ことパジャマパーティーである。

 

各自でお気に入りのパジャマを着て夜通しおしゃべりを楽しもうというのだ。

 

日付も時間も決まった。

御坂と白井は尽力をつくして寮監様(様付けはとても重要)から外出許可を勝ち取った。

 

場所は佐天の部屋。自分の休みに合わせてもらうからと言って自分の部屋を提供した。

 

残念ながら他の女子メンバー、美雪と位置外は所用で参加できない。

だが、それでも4人のテンションは止まらなかった。

 

 

どうせなら昼間は買い物をしよう、と前日まで楽しく段取りを決めていた。

 

盛り上がった彼女たちだったが、生憎と“自然”に邪魔されてしまった。

 

 

 

 

 

「どしゃぶりですね~」

 

「どしゃぶりですの」

 

「ほ~んと、どしゃぶりね」

 

「うわー、バケツをひっくり返したって表現、初めて使う機会が来たわ」

 

セブンスミストの前。4人は目の前の天気にそれぞれ感想を言った。

 

「もう少し後に降り出すと思ったから、買い物をゆっくりしていたんですけどね」

 

「しかたありませんわ初春。“樹形図の設計者”(ツリーダイアグラム)は万能であっても

 わたくし達が確認を怠っていた天気予報も意味がありませんの」

 

「でも少しゆっくりしすぎちゃいましたかね? おかげでお店から出られそうにないし」

 

佐天は店の入り口から少しだけ手を出した。

 

数秒後に戻すと、気が滅入るほど手がびしょ濡れになっていた。

 

「おしゃべりしながら食べるお菓子や飲み物も買ったから

 走って雨の中強行軍っての難しいわよね・・・・」

 

御坂の右手には少し膨らんだ袋が1つ。

ペットボトルや夕食の食材が入っていた。

 

左手には小さめの旅行バックといった大きさの鞄。着替えが入っている。

 

他の3人も同じような中身の袋と鞄を持っていた。

 

「あー!?」

 

「! どうしたのよ初春! 急に大きな声出してびっくりするじゃない」

 

「どれぐらいで雨が止むか天気予報を確認したんですよ!」

 

初春の手にはいつも使っているデバイス。それで天気予報を検索していた。

 

「天気予報のページに大雨警報があって!

 もしかしてと思って調べてみたら川の氾濫も警報が出ていて!

 

 学園都市の橋がいくつか通行止めになっています!!」

 

「「「えーー!!」」」

 

「佐天さんの家に行くにしても、私の家や御坂さん達の寮も通る橋が通行止めです!

 

 ・・・どうしましょう?」

 

「「「・・・・・」」」

 

「えっと、私、少しお金持っているから近くのホテルで一泊ってのも」

 

「だめですよ御坂さん! いくら御坂さんがお嬢様だからってそんな簡単に!」

 

「そうですよ佐天さんの言う通りです! そこまでしてはいけません!」

 

「ですが初春に佐天さん、このままですと行く所がありませんの。

 

 お姉様の言う通り、適当なホテルに泊るしか方法がありませんわ。

 

 お姉様だけでなくわたくしも出しますから」

 

「でも・・・」「・・・・」

 

他に方法も思いつかない。

 

でもお金をあまり持っていない佐天と初春がホテル代を半分も出す事が出来ない。

御坂と白井にほとんど払ってもらうことになる。

 

友人として譲れない何かが2人はあった。

 

このままではホテル行き(白井(ヘンタイ)発想の危ない意味ではない)に

なってしまう。

 

自分の休みの日に、こんな不幸が訪れて一番落ち込んでいた佐天を

救いの手が差し伸べられた。

 

 

4人が立っている店の前に1台のワゴン車が停まった。

 

セブンスミストの業者の人かと思った4人だが、運転席から知っている顔が見えた。

 

「真っ赤な車だったら決まっていたんだろうなー、この場面。

 

 

 お客さん  どちらまで?  」

 

タイミングを逃さないかのように、見せ場を逃さないかのように

信乃がシニカルな笑顔で現れた。

 

急な登場に驚いた4人だったが、一番付き合いの長い御坂がいち早く

意識を取り戻し、格好をつけて答えた。

 

「あなたと共に、行けるところまで」

 

「おう、それじゃ地獄にでも行きますか。 乗ってください」

 

御坂は嬉々として助手席に乗り込み、茫然としていた3人も急いで

後ろの席に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

「ほんと助かったよ信乃にーちゃん。タイミングもバッチリだし」

 

「偶然ですよ。常盤台中学の修繕に使っている道具を片付けていた帰りです。

 

 大雨だから道具を外に出したままには出来ませんからね」

 

「ところで信乃さん、この車どちらに向かっていますの?」

 

「橋が通行止めなのは知っていますかね?

 4人の家で行けそうな場所はあります?」

 

信乃の言葉に4人全員が首を横に振って否定した。

 

「やはりそうですか。ここから行けるのは私の家だけだと思っていたので

 私の家に向かっています」

 

「お! さすが信乃にーちゃん気がきくね!」

 

「いえいえ、それと信乃にーちゃん言うなバカ妹」

 

「あのー、盛り上がっているところ悪いのですが、信乃さんに少し質問がありますの」

 

後ろの席から白井が、恐る恐ると言った感じで声を出した。

 

「なんですか?」

 

「あのですね、信乃さんは高校1年生で間違いありませんのよね?」

 

「はい。それがどうかしましたか?」

 

「ということは15、または16歳・・・なぜ車を運転してますの?」

 

「「「あ!」」」

 

他の3人も気付いたように声を上げた。通常、車の免許は18歳からしか取れない。

 

「さて、何故でしょう? おっと!」

 

信乃の操作で車が揺れた。4人をからかうためにわざと大きめにハンドルを切って。

 

「ちょ! 信乃さん無免許運転はだめですって! まずいですよ!」

 

「あわわわわ! 私まだ死にたくない! 死にたくないです! 助けて佐天さん!」

 

「信乃さん! 早く車をお停めになってください! 今ならまだ罪が軽いですわ!!」

 

「信乃にーちゃんなら・・・・無免許運転ぐらいやりそうだな」

 

「ははははは!」

 

4人の反応に満足して信乃が笑った。

 

「信乃さん笑っている場合じゃ「大丈夫ですよ」 へ?」

 

白井の言葉を信乃は笑いを堪えながら遮った。

 

「一応、免許は持っています。

 

 世界は広いですね。12歳からでも免許を持てるんですよ」

 

「・・・・本当に持ってますの?」

 

「国際運転免許許可書(ナショナルドライバーライセンス)を持ってますよ。

 

 この免許、かなり優れものですごいですよ。大型の車だけでなく

 船や飛行機の免許も兼ねていますよ」

 

「イヤイヤイヤ、そんな免許あるはずがありませんの」

 

「信乃にーちゃんなら・・・・それぐらい持っていそうだな」

 

「お姉様、いくら信乃さんをお慕いしているからといっても

 少し信じすぎではありませんの?」

 

「黒子、私は信乃にーちゃんを信じているんじゃなくて

 信乃にーちゃんのブッ飛んだ考えと行動力を見ているから

 納得しているのよ」

 

「あ、それわかります。私も信乃さんならそんな免許持っていそうだなって

 思ったんですよ。御坂さんと同じ理由です」

 

「佐天さんもですの?」

 

「少し気になって調べてみたんですけど、実際にそんな免許あるみたいですよ」

 

と、先程の天気予報と同じく手元のデバイスを除きながら初春が言った。

 

「本当ですの?」

 

「はい。

 

 ただ、免許を取るにはかなり厳しい基準をクリアしないといけないみたいです。

 

 あの有名な人材派遣会社 ASEの運転手ぐらいじゃないと貰えないみたいですよ」

 

「あ! 私知ってる! 1年前ぐらいにロサンゼルスで警察相手に

 街中をバイクで逃げ回っていた人でしょ!? しかも2人乗りで!!

 ビルの屋上や中を走り回っていたのニュース特番で見た!

 

 CGやスタント抜きであんな運転できる人、いるなんて信じられなかったよ!」

 

佐天が興奮したように語った。

 

「人材派遣会社の人が警察相手に逃げ回るなんて・・・

 どうやったらそんな状況になるのよ?」

 

「そんなすごい人が持っている免許ですの?

 

 それでしたら余計に信乃さんが持っているはずがありませんわ」

 

「白井さん、これは私の知っている人が体験した話です」

 

「な、なんですの信乃さん? 急に真剣に話し始めて・・」

 

「とある男性が、女性と一緒に車に乗った時の話です。

 

 どうしてそうなったのか、その状況は省略させてもらいますが

 女性が運転して、男性は助手席に座って車を走らせていました。

 

 ふと男性は思い出したのです。女性は十代から孤島で生活しているので

 免許を取る暇がなかったのでは、無免許運転ではないのかと。

 

 恐る恐る、男性はこの事を聞いてみました。すると女性は答えました。

 

  『あら、馬鹿にしないでくださいよ。いくらわたしが箱庭育ちの

   世間知らずだからって、それくらいのことは弁えています。

   十八歳になったとき、ちゃんとお金を払って買いました』

 

 とね」

 

「この場面でなぜその話をしますの!?

 もしかして信乃さんも買いましたの!? 免許を!? お金で!?

 そもそも免許は買うものでは「あ、着いた」 ヘブッ!?」

 

信乃が急ブレーキを踏んだために白井の言及は強制停止させられた。

というより運転席の椅子に顔面から突っ込んだ。

 

「この寮の4階、一番奥の部屋です。さぁ、行きましょう」

 

信乃の先導に4人が、白井は顔を押えながらついて行った。

 

「結構いい寮ね。1つの部屋も大きいみたいだし。

 

 これなら5人が泊っても大丈夫そうね」

 

御坂は寮の外観から1部屋の大きさを予想して言った。

 

「そうですね。以外と広いですし大丈夫ですよ。

 

 この寮は学生だけでなく、教師も使っている人がいるので大きめに設計されて

 作られたと聞いた事があります。私も部屋の大きさでここを決めましたから」

 

階段を昇りながら信乃が説明していった。

 

「今さらですけど・・・・一人暮らしの男性の部屋に女の子が入るってのは・・」

 

佐天は顔を少し赤くしながら言った。

 

信乃にそのような心配は一切ないがために今まで3人(佐天抜き)は

気付かなかった。

 

もちろん佐天も信乃を信頼しているが、好きという感情を持っているがゆえに

気付いてしまったのだ。

 

「そういえばそうね。信乃にーちゃん、襲ってきたらだめよ?」

 

「ん~~、ないな」

 

信乃の反応で少しだけ佐天ががっかりしたような、安心したようは顔をした。

 

他の3人も今さら確認するまでもない事だったので、格別反応はなかった。

 

「ないなって、即答? それはそんな事態は起こさないって意味?

 

 それとも私達に女としての魅力が無いって意味?」

 

「両方。そんな事態は起こさないし、琴ちゃんにはそんな魅力はないし」

 

「ほう? 信乃にーちゃん、もう一回言ってみて」

 

バチバチと額から青い電撃が漏れ出していた。

 

「もう一回言ってもいいんですか?」

 

信乃はヘラヘラと笑い御坂を挑発する。

 

小さい頃から御坂をからかっては楽しんでいた信乃。

 

学園都市に戻ってきた当初はギクシャクした関係で

あまりふざけた会話が無かったが、最近では頻繁に兄妹漫才を披露していた。

 

ふと、マンションの廊下から下の駐車場が見えた。

 

そこには駐車しようと入ってきたばかりの車があった。

 

「あれ、あの車は黄泉川さんだ。やましい事が無いっていっても

 警備員(アンチスキル)に4人が入るところを見られるのは少しまずいですね。

 

 皆さん、この階の一番奥の部屋ですけど少し急ぎましょう。

 

 

 ん? 黄泉川さん、下手な駐車ですね。あんな運転でよく警備員なんて・・・

 おいおい、そんな技術で私のワゴンの隣に停めないでくださいよ。

 

 だいたいなんでわざわざそんなすぐ隣に・・・ちょっと・・ちょ、おいこら!

 てめえ! なにをするつもりだあんたは!」

 

黄泉川の運転を見ながら信乃の表情と口調は変わり、最後には怒鳴り声になった。

 

「部屋のカギ空いてるから先入ってて!!」

 

階段を駆け下りながら4人に言って去って行った。

 

「結局男の人の部屋に入るって話は・・・まあいいや」

 

「私に魅力が『ないな』で片付けられた事、戻ってきたらとっちめてやる!」

 

佐天と御坂は別々の反応をし、4人は部屋へと向かった。

 

 

 

 

「カギ空いてるって言っていたけど本当に勝手に入っていいんですか?」

 

ドアノブに手をかけた御坂だが、今まで空気だった初春が「空気じゃないです!」

失礼。空気を読まない初春の言葉で御坂が止まった。

 

「別にいいんじゃない? それに黄泉川さんって私達も会ったことあるでしょ?

 

 顔見られるほうがダメだと思うわよ」

 

そう言って御坂はドアノブを捻った。

 

予想通りガキは掛かっておらず、すんなりとドアが開いた。

 

そして予想外にも無人と思っていた部屋には一人の少女が座っていた。

 

「いらっしゃい♪」

 

御坂美琴の義理の姉にして西折信乃の家族、西折美雪がいた。

 

「・・・・・何で雪姉ちゃんがいるの・・・」

 

信乃が幻想御手(レベルアッパー)事件で怪我して以降、治療・看護・監視の

意味を含めて一緒に住み始めた美雪だが、そのことは当人とカエル医者以外には

誰にも知られていないことだった。

 

「大雨で週末は出かけられそうにないから遊びに来てたの♪」

 

美雪も適当に嘘をついた。

(信乃に絶対に本当のことは言うなと命令されている)

 

「美雪お姉様、一人暮らしの殿方のお部屋に遊びに来るというのは

 少し無防備といいますか・・・・」

 

白井も御坂と同じく顔が引きつった笑いを浮かべていた。

 

「へ? 信乃は襲ってくるとかそういう話?」

 

「「お、襲う!?」」

 

美雪の言葉に佐天と初春が顔を赤くして叫んだ。

 

それを美雪は少しだけ笑った、少しだけ。

 

「ないない♪ だって退院した後も一緒にいたのにな~んにもないよ・・・・

 

 ・・・・もう女としてのプライドが粉砕するくらいになにもない・・・・」

 

美雪は虚ろな目で明後日の方向を見ていた。

 

後ろでは佐春か襲うのキーワードに顔を真っ赤にし、正面では美雪が落ち込んでいる。

 

この状況を打破すべく御坂と白井は無理矢理話題を変えた。

 

「そそそういえば雪姉ちゃん!今日は論文仕上げるって言ってなかった!?」

 

「でですわ! 美雪お姉様も今日のパーティーにお誘いしましたのに!」

 

「あ~論文ね・・・・うん終わったよ。

 

 明日に終わらせる予定だったけど調子良くってスラスラ書けたんだ♪

 

 あ、ごめんね♪ こんなところで話し込んじゃって♪ どうぞ中に入って♪♪」

 

「「(ほっ)」」

 

話題変更に成功して美雪は復活、御坂と白井は安堵した。

 

促されるままに中に入った4人はすぐに温かいお茶が出された。

 

「ん~おいしい!」

 

「ですわね」

 

「美雪さんありがとうございます」

 

「温まる~! いくら夏前でも雨のせいで肌寒いかったからね!」

 

佐天も初春も復活して、4人それぞれが紅茶の感想を言った。

 

ふと、佐天は気がついた。自分達が持っているものに対する違和感に。

 

「あれ?」

 

「どうしたですか佐天さん?」

 

「・・・どうして4人分のカップが用意されているんですか?」

 

「へ? あ~確かに一人暮らしの男の人はティーセットなんておかしいですね」

 

「そんなことないわよ初春さん。信乃にーちゃん、料理好きだから持ってても

 不思議じゃないわよ」

 

「違いますよ御坂さん! 私が言いたいのは

 

   何で急に来た4人分のお茶がすでに準備されているのかってことです!  」

 

「「「あ・・・」」」

 

確かに信乃と美雪、2人が飲むにしては6人分(4人+2人)は多すぎる。

 

それにカップも座る前にはすでに4つ出されていた。

 

一同は不思議そうな顔をして一斉に美雪を見た。

 

それを見た美雪も不思議そうな顔して首をかしげた。

 

「え、だって信乃は4人が困っているだろうから連れてきたんでしょ?

 

 雨の中、車を走らせて探してきて♪」

 

「え・・学校帰りに偶然見つけたって信乃にーちゃんが・・・」

 

4人の反応を見た美雪は数秒間ポカンとして、そしてそのまま優しい笑いを浮かべた。

 

「あのね、10分前まで信乃はここにいたの♪

 

 それで私が今日のお泊まり会を論文のせいで断ったとかの話になってね♪

 

 『部屋に行く前にセブンスミストで買い物するって言ってたけど、

   雨が降る前に帰れたかな』

 って私か言ったタイミングで、テレビで橋が通行止めニュースが流れたの♪

 

 信乃は学校に忘れ物したって、それ以外何も言わずにすぐに出て行っちゃった♪

 

 お茶は私が用意したの♪ あんな信乃を見て、言うまでもないでしょ♪?」

 

「「「「・・・・・」」」」

 

「・・・・・・・」

 

「まったく、信乃にーちゃんってあれだよね」

 

御坂は言った。

 

「そうね、あれですわ」

 

白井も言った。

 

「あれですよね~、実際」

 

佐天も続ける。

 

「信乃さんはあれに違いないですよ」

 

初春も同意した。

 

「確実にあれだね♪」

 

美雪も確信した。

 

そして全員が、声を揃えて異口同音。

 

『ツンデレ!!』

 

「・・・・・誰がツンデレだって?」

 

黄泉川との壮絶な死闘?を終えて、ドアを開けたばかりの信乃が丁度聞いていた。

 

「「信乃さん」」「ですの」「昔からずっと信乃にーちゃん」

 

「もうあれだね♪ 信乃のテーマソングは桜新町の町歌だね♪」

 

ツンツンデレツンデレツンツン♪

 

「・・・・・・俺をいじめて楽しいか?」

 

『うん』

 

「・・・・やめて。俺のライフはすでに荷負荷(マイナス)だよ・・・」

 

ひどい言われように信乃は落ち込みながら部屋に入ってきた。

 

「つーちゃんがいたら6人でもっと楽しいのにね~」

 

「いやいや佐天さん、小烏丸の練習にまともに参加しない引きこもりが

 家から出るわけないじゃん」

 

「・・・ですね。電話で即答されました」

 

電話を掛けた時に『だが断る』の一言と同時に切られたのを思い出して

佐天は少しだけブルーになった。

 

「そういえば信乃さん、今は普通に話してますのね、敬語を使わずに」

 

「あ、ほんとだ。でも、この方が信乃にーちゃんらしいよ」

 

「昔は今みたいに話してたんですか?」

 

「そうだよ初春さん♪

 

 でも再会してからは琴ちゃんにもよそよそしいしゃべり方になっちゃった♪」

 

「美雪、お前には敬語なんて使わないぞ。俺だって敬意を払う相手を選ぶんだからな。

 

 初春さん、失礼な話し方をしてすみません。今から普段通りにします」

 

「いえ、失礼だなんて思っていないですよ。

 いつもと違いますけど、これはこれで信乃さんらしいです。

 

 それに自分の家なんですからリラックスしてください」

 

「いいんですか? それじゃお言葉に甘えさせてもらうよ。

 

 うん、やっぱりこっちの方が楽でいいや」

 

信乃の話し方に皆、満足そうに頷いた。

 

一月ほど前にも同じように信乃の話し方について話題になったが

敬語で話す事を譲らなかった。

 

会ったばかりの当時と比べれば大きな進歩、心を開いている証拠だ。

 

特に喜んでいるのは御坂美琴だった。

兄同然の信乃から距離を置かれた気がして寂しく感じていた。

 

だから何度注意されようとも『信乃にーちゃん』と呼び続けた。

 

直せと言い返してくる信乃との、せめてものジャレ合いを楽しんでいた。

 

「お姉様、それほど嬉しいですの?」

 

「え?」

 

「御坂さ~ん、とてもいい笑顔してますよ」

 

「ふぇ!?////」

 

周りを見れば、信乃と御坂以外がニコニコというよりはニヤニヤとした

笑いを浮かべて御坂を見ていた。

 

「ですね。思わず写真に収めちゃいました」

 

「ナイスですわ初春!! 後でデータを送りなさい!!」

 

「あ、私にもちょうだい!」

 

「コラー! なにしてるのよ!

 

 それに信乃にーちゃんの話し方なんてどうでもいいの!

 嬉しくとも何ともないんだからね!」

 

「素直じゃないね琴ちゃんは♪

 

 そういうツンデレなところは信乃そっくり♪♪」

 

「そっくりじゃない! ツンデレ言うな!」「そっくりじゃない。ツンデレ言うな」

 

「「「そっくり」」」

 

語調は違えど一字一句全く同じ事を同時に言った兄妹だった。

 

 

 

つづく



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Trick@03_その弐

 

 

 

一頻り会話が終わると、女子たちは一緒にお風呂へと入った。

 

一人暮らし用の部屋、その風呂場となればかなり狭い。

 

それでも美雪が一緒に入りたいと駄々を超えたので渋々ながら4人は入ることにした。

 

美雪の提案に一番喜んだのは白井(もちろん狙いは御坂)だが、美雪の純粋な目を

見たがために、自分の欲望に絶望して大人しく、御坂を視姦することすらなく

お風呂に入った。奇跡だ。

 

 

その間、信乃は夕食の準備をしていた。

だが、予想よりも5人の女子のお風呂時間が長くて調理を完了して一人暇を

持て余すことになった。

 

その間に小烏丸(こがらすまる)メンバーのA・T(エア・トレック)データを見て

今後の訓練内容を考えることにした。

 

 

・・・

 

・・

 

 

 

「気持ち良かった♪」

 

「そうだね、雪姉ちゃんと一緒に入るなんて久しぶりだし」

 

「お姉様、わたくしとでしたらいつでも一緒に入ってビリリリリッ!?

 

 お姉様の愛の鞭・・・・黒子は全部受け止めますの・・・・・(パタ)」

 

「まったく! あんたは!! 今日は大人しくしていたと思ったのにすぐこれ!?」

 

「落ち着いてくださいよ御坂さん。ん? どうしたの初春?

 

 なにか落ち込んでいるように見えるけど」

 

「美雪さんの胸・・・・・身長は私と同じぐらいなのになんで・・・・」

 

「水着撮影と同じように落ち込んでますのね初春。

 

 仕方ないですの。幼児体系の初春ですから」

 

「白井さ~~ん、ひどいです~(泣)」

 

「落ち込むことないわよ初春。私も似たようなもんだし」

 

「佐天さんはまだいいじゃないですか!!

 膨らんでいるんですよ! 女性の形をしているんですよ!!

 揉むことができるんですよ! 手のひらサイズは正義ですよ!!!

 

 私なんて・・・・私なんて・・・」

 

「絶壁、ですの。小学生と何も変わりありませんわ」

 

「白井さんだけには言われたくないです!!」

 

「あら初春、少しO★HA☆NA★死 をしましょう」

 

「・・・・・ねえ皆、忘れている?

 

 ここは信乃にーちゃんの部屋で、あそこに男がいるってことを/////」

 

「「「あ・・・///////」」」

 

お風呂場で女子タイムを満喫していたあまり、そういう事を忘れていた3人。

 

気付いていた美雪は恥ずかしくて途中から会話には参加せずにいた。

 

そして信乃からツンデレという名の羞恥心を教えられた御坂美琴だけが早急に

会話を打ち切る行動に出た。

 

顔を真っ赤にしてソファーに座っている信乃を見る5人。

 

だが信乃からは全く反応はなく、本ほどの大きさの端末から小烏丸の情報を見ていた。

 

「黒妻さんはパワータイプ・・・・ドントレスさんみたいな感じで・・・

 

 でも、走り(ラン)をもう少し鍛えてから道系統の練習を始めた方が・・・」

 

「なんだろう・・・

 

 入ってきたときに美雪さんが言っていた、女のプライドが粉砕するとか・・・

 分かる気がする」

 

「ありがとう佐天さん」

 

佐天の肩をガッチリ掴み、美雪はホロ泣きをしていた。

 

「佐天さんも雪姉ちゃんも落ち込まないで!!

 

 ほら! 信乃にーちゃんも何か言って!!」

 

「男(おれ)の前でそんな話はしないでね」

 

「全部聞いていたんかい!!? それなら反応してよね!!!」

 

「無視を通すほうが面白いと確信していたから(キリッ)」

 

「ドヤ顔で何言ってんのよ!? 面白いってだけで女子2人の心に傷をつけるな!!」

 

「なにを言っているの琴ちゃん? 俺はそういうキャラだよ?」

 

「そうだったねそうでしたね!! 表向きの顔が丁寧だから直ったと思ったら

 よりひどくなっているのは気のせいですか!?」

 

「気のせいだ。それにしても琴ちゃんのツッコミの技術が上がっているのは

 兄(ボケ)として嬉しい限りだよ」

 

「・・・・・もういいわよ・・・疲れたわ」

 

「えっと・・・」「・・・・」「・・・・なんですの今のは・・・」

 

「驚くのはしかたないよねみんな♪ あれが信乃の本当の姿です♪」

 

「普段の信乃にーちゃんが猫をかぶっているわけじゃないわよ。

 あれはあれで信乃にーちゃんに間違いない。昔と一緒よ。

 

 でも、プライベートで私達(かぞく)にはふざけた事をいうのよ!

 ほんの偶(たま)にしかふざけないくせに! 内容がイライラする!!」

 

「琴ちゃん落ちついて」

 

「誰のせいよ!?」

 

「琴ちゃんの反応の良さに少し調子に乗っちゃったな。

 ごめん、今から自重する」

 

悪びれもなく信乃は謝っていた。

 

「でも本当に前より嘘吐きがひどくなっている気がする。

 

 悪い意味でも良い意味でも」

 

「旅していたときに師匠にあったから。教え直してもらった」

 

「師匠って、姫母さんが『師匠』って呼んでいた

 個性があまりない男の人でしょ♪?」

 

「・・・・ひどい言いようだけど俺も同感だからスルーしておく。

 

 その師匠で当っているよ。小さい時も遊びに来てくれた時に習っていたけど、

 今度は間違いなく師弟関係として戯言を教えてもらったんだ」

 

「へ~♪」

 

「信乃さんとそのお母様が『師匠』とお呼びするぐらいですから、

 それほどすごい人なのでしょうね」

 

「いや、全然すごくはない」

 

『え???』

 

謙遜と言った雰囲気は一切ない。

 

信乃は人に対して過大も過小の評価もしない。それは5人も知っている。

 

だからそのような評価をする人を『師匠』と呼ぶのかを不思議に思った。

 

「・・・・ではなぜ弟子入りしてますの?」

 

「ん~、弟子入りは間違いないけど、

 どちらかと言えば師匠と呼んでいるだけとも言えるね。

 

 師匠を『師匠』と呼ぶ理由は2つ。

 

 1つ目は戯言の弟子入りをしたから。当然、師匠と呼ぶのは普通だな」

 

「「「戯言?」」」

 

美雪、御坂の2人を除いた3人が尋ねた。

 

「説明するのは難しいけど・・・簡単にいえば嘘のことだ。

 

 師匠は舌先三寸口八丁ってぐらいしゃべるのが得意なんだ。

 

 色々な事件に巻き込まれたことがあるけど、ほとんど口だけで

 解決している。

 

 逆にいえば戦わずして勝つ、または凌(しの)ぐ技術を師匠から学んだ」

 

「それで信乃さんは嘘をよく言うんですね」

 

「私達も頻繁に騙されちゃってますよね」

 

「嘘ではなく、≪戯言≫と言ってほしいね。

 戯言遣いの弟子を自称しているからね。

 

 2つ目の理由は・・・・実は師匠に弟子入りする前から師匠って呼んでいた。

 

 だから今も昔も、あの人への呼び方は≪師匠≫のまま」

 

「なんで師匠って呼んでたの? すごいとも思ってなかったのに」

 

「ぶっちゃけると・・・

 

 俺、あの人の本名知らない。

 母上が師匠って呼んでいたから同じように呼んでるだけ」

 

『はぁ?』

 

またしても5人がユニゾンした。

 

これは唯一、戯言遣いと面識がある美雪も始めて知る事実であった。

 

「・・・・姫母さんから聞いてないの♪?」

 

「母上も師匠の本名は知らないんだよ。

 一時的に師匠が母上の保護者にもなったことがあるらしいけど。

 

 まったく持って非常識極まりないよ、母上は。(自分の事は棚に上げてます)

 

 弟子入りした今も、分かっているのは苗字だけ。下の名前は依然不明のまま。

 

 苗字の方は『イチガイ』っていうんだ」

 

「それってつーちゃんと同じ! まさか!!」

 

「佐天さん正解、そのまさかだよ。

 

 師匠は位置外水の父親。

 つーちゃんと知り合ったのも師匠が関わっているんだ。

 

 ちなみにつーちゃんに師匠の本名を教えてって言ったことがあるけど

 ダメだった」

 

「謎・・・としか言いようがないわね」

 

「初春、調べられるかな? 小烏丸の一員としてつーちゃんの

 お父さんに会う機会があるかもしれないし!」

 

「ダメですよ佐天さん。面白半分でプライベートなことを調べようとしたら。

 

 それに学園都市の人ではなさそうですし、難しいと思いますよ」

 

実際は難しいどころか、≪政治力の世界≫の一家、壱外(いちがい)を調べるなど

一般人の初春では絶対に不可能であるのだが、信乃はそのことを言わなかった。

 

「さて、話し疲れたし夕食でも食べますか」

 

ピュキーン! と効果音が鳴ったような顔で御坂は信乃を凝視した。

 

「夕食!? 信乃にーちゃんが作ったの!?」

 

「う、うん・・」

 

今にも噛みつきそうな勢いで信乃に迫ってきた。

 

あまりの迫力に信乃も若干引いてきた。

 

「み、御坂さん、落ち着いてくださいよ。どうしたんですか?」

 

「信乃にーちゃんがご飯作ったのよ!? 落ち着いていられますか!?」

 

「信乃さん、そんなに料理が下手なんですか?」

 

「逆よ!!」

 

「琴ちゃん落ち着いて♪ その反応怒っているように聞こえるよ♪」

 

「部屋に来たばかりの時、料理好きだって御坂さんがいってなかったっけ?」

 

「信乃さんのご飯はそんなにおいしいのですか?」

 

「たしか水着撮影のときには珍味カレーを披露してましたね」

 

「あれは材料が悪かったから珍味になったのよ!

 むしろあの材料で食べられるもの作ったのよ、すごいしか思えないじゃない!

 

 今度は正真正銘の、普通の料理よ!!」

 

「そうですね。イチゴとか摩り下ろしトウモロコシからあの味は奇跡ですね。

 

 それなら期待しちゃいますよ」

 

「期待するのはいいけど覚悟した方がいいわよ。

 

 うちのお母さん、プライド壊されたから」

 

「「「え?」」」

 

何気なしに言った御坂の一言に3人は固まってしまった。

 

「旅から戻ってから更に上手くなっているから琴ちゃんも覚悟が必要かもね♪」

 

「大丈夫! すでにいろいろ諦めているから!!」

 

「それは女としてどうなんだよ琴ちゃん」

 

御坂家と仲の良い信乃は、当然御坂美琴の母である美鈴にも料理を出したことがある。

 

信乃の料理を食べた美鈴はおいしさに頬を緩ませ、そして母親という立場として

自分よりも料理が上手いことに複雑な顔をした。

 

同時に料理を食べた美琴が「お母さんよりおいしい!」と無邪気に言った言葉が

美鈴の致命傷となったのであった。

 

しかし今では御坂母子ともに信乃の料理を食べるときは女のプライドを放棄すると

決めているから問題ではない。

 

「てか、ひどい言いようだな。もう二度とご飯つくらねぇぞ?」

 

「「ごめんなさい!!♪♪」」

 

「・・・見事な土下座・・・

 

 さて、料理を盛り付けるか。3人共、食べるよね?」

 

信乃の言葉で3人は気付き、硬直から解放された。

 

「は、はい! 楽しみです!」

 

「そこまで言うのでしたら・・満足させてくださいですの」

 

「どうしよう・・・信乃さんの手料理は食べたいけど女のプライドが・・・」

 

純粋な初春、挑戦的な白井、恋する乙女の佐天が答えた。

 

 

 

そして一口目、3人のプライドは粉砕した。

 

 

ショックのまま無意識に2杯目に箸を進めた

 

 

自意識が戻ったときには3杯目を平らげた自分に気づいた。

 

 

そして再びショックを受けた、食べた量の多さに。

年頃の女の子にとっては食事量(カロリー)は大きな問題であった。

 

 

「あ、カロリーなら気にしなくていいぞ。

 低カロリー且つ栄養バランス考えたメニューだから。

 もちろんお米も特殊ブレンドで炭水化物も抑えてある」

 

(((お、お嫁さんに欲しい!!)))

 

と思いながら4杯目に進んだ。

 

 

 

 

結局5杯のご飯を食べ終えた3人。もう動けないと言った体勢で

満腹感に酔いしれていた。

 

そんな3人を残して御坂、美雪、信乃の3人は後片付けをしていた。

ちなみに御坂は何気なしに8杯完食、ぶっちぎりのトップだった。

 

「おいしかった~で~す~」

 

「ごちそうさまですわ。満足させていただきましたの」

 

「幸せ・・・・将来は主夫かな・・・ふふふ、私が稼がなきゃ」

 

「佐天さん、何を呟いているんですか?」

 

「ふふふ・・・」

 

「不気味です佐天さん! 戻ってきて下さい!!」

 

「はっ! 今の信乃さん聞いていた!?」

 

「? 信乃さんなら台所で食器を洗ってますけど・・・・」

 

「た、助かった」

 

「?」

 

「どうかした、佐天さん?」

 

「信乃さん!? なんでもないですなんでも!!」

 

丁度手を拭きながら台所から戻ってきた信乃に佐天は大きな声を出して否定した。

 

「それにしても良く食べましたね、4人とも。特に琴ちゃん」

 

「いやね~、お箸が止まんなくって」

 

「料理人、冥利に尽きるってことにしてやるよ。

 

 それじゃ、俺は隣の部屋に行くよ。5人でパジャマパーティー楽しんでね」

 

「ん? 隣って?」

 

「寮の隣の部屋。俺、二部屋借りているんだ」

 

「豪勢ですわね。なぜわざわざそんなことをしてますの?」

 

「行ってみればわかるよ♪」

 

「ん~、本当は見せたくないけど・・・いっか。

 

 案内しましょう、俺の工場(ファクトリー)に」

 

 

 

 

 

 

「すごい・・・・」

 

「・・・なにこれ」

 

「ここって今までいた部屋と同じ作りのはずでよね。雰囲気が全然違います」

 

初春同様、初めて見た4人は感嘆した。

 

部屋の隅々まで置かれているのは無数の工具と金属加工機器。

 

そして作業机の上にはまだ組み上がっていない機械 。

 

「A・T(エア・トレック)・・・・信乃さんが改造しているのは知っていたけど、

 ここまでの道具が必要だなんて大変ですね」

 

「改造どころか丸ごと作れそうですね」

 

「つくってるよ、丸ごと」

 

「・・・・本当ですか?」

 

「真剣と書いてルビは真剣(マジ)です」

 

「「あははは・・・・」」

 

例によって苦笑いを浮かべたのは白井と初春。

 

残りの美雪・御坂・佐天は揃って

「別に信乃ならそれぐらいはするでしょ」といった顔であった。

 

「あれ?」

 

気が付いたのは佐天だった。

 

工具だらけの部屋の中心になぜか何も置かれていない空間がある。

 

幅は1メートル四方。白い布が敷かれ、円や三角形などの図、

辛うじて文字だとは認識できる筆記体が書かれ、描かれていた。

 

「魔法陣みたいに見えるけど・・・」

 

「へ~。

 

 佐天さん、なんでそう思ったの?

 魔法とかオカルトから一番縁がない学園都市にいるのに」

 

学園都市の人間はオカルトを否定しやすい。

 

否定するゆえにオカルトの知識もあまり持ち合わせていないはずだ。

 

「私、弟がいるんですよ。一緒にゲームしたときに魔法使いのキャラが

 出してました。それに占いのサイトにも似たようなものをみました」

 

「なるほど」

 

「で、結局何で信乃にーちゃんの部屋にオカルトなものがあるの?」

 

「・・・・中国拳法の座禅修行で、特殊な場所で行うと集中力が桁外れに上がると

 言われている。

 

 そういったものに肖(あやか)って色々な模様が存在するらしいね」

 

「中国拳法といえば気孔ですもんね」

 

「そういえばこの前テレビでやっていた。気孔ってプラシーボ効果と似ているって。

 

 思い込みだけど、かなり効果があるって」

 

「気孔は非科学的ですがプラシーボ効果のような精神に働きかけるのでしたら

 集中力を上げるのには役に立つとも言えますの」

 

「A・Tのパーツって小さいから集中力必要そうですもんね!

 

 この気孔の図に座って信乃さんは座禅とかしてるんですか?」

 

「A・Tの組み立ては集中力が大事だよな。うん、集中力は大事」

 

「へー、やっぱり効果あるんだ! 私もやってみようかな?

 

 信乃さんとおそろい・・フフフ」

 

「ハイハイそこまでにしてくれ。女子は隣の部屋に戻って

 女子会でもやってろ。俺は眠いんだよ」

 

「全く眠そうに見えないんですけど、信乃にーちゃん?」

 

「うるせ、すぐに出て行け」

 

「わかりましたよーだ!

 

 みんな、こんな部屋なんてどうでもいいから早く行こう」

 

「待ってくださいよ御坂さん!」

 

「まぁ、わたくしもそれほど機械に興味があるわけではないですし」

 

「もうちょっと見ていたいけど・・・信乃さん明日ここに来ても「ダメ」

 ・・・ダメ?」

 

「ダメ。いくら小烏丸(なまか)の佐天さんでもあまり見せたくない」

 

「ぷ~! もういいですよーだ!」

 

佐天も頬を膨らませて出て行った。

 

4人は出て行った。

 

「信乃、私が気付いていないとでも思った♪?」

 

「・・・・何の事だ?」

 

片目を閉じて、肩をすくめておどけて返す。

 

「魔法陣の話だけど、信乃は一度も座禅に使っているとか

 集中力を上げるために使っているとか言っていないよね♪」

 

「ま、所詮戯言だけど」

 

信乃は一度として、魔法陣ではないと否定していない。

 

中国拳法の修行方法を紹介し、A・Tの組み立てには集中力が必要だと言っただけ。

 

ついでに言えば中国拳法も体験したわけではなく、旅の途中で話に聞いただけの事を

話したに過ぎない。

 

「ほら、最年長お前も行けよ」

 

「信乃、一人で寂しくない♪? 添い寝してあげる♪?」

 

「殴ってもいいですか?」

 

「冗談だよ♪」

 

信乃をからかって美雪は隣の部屋に戻って行った。

 

「・・・・魔法陣だと一発で分かるとは思わなかったな」

 

信乃は右手で図や文字が書かれた布に触れた。

 

佐天の言った魔法陣というのは正解である。

 

正確にいえば魔法陣ではなく錬成陣。

 

信乃が2つしか使えない魔術の内の一つ、錬金術。

それを補助する作用があるのかこの錬成陣であった。

 

A・Tのパーツは専用の物が多い。

 

A・Tが生産されていない現代で作り出すには相当な人脈(コネクション)が

必要になる。また、パーツの材料も特殊で珍しいものが多い。材料そのものを

手に入れても、加工を他者に任せれば珍しい金属に引かれてワラワラと

金にしか興味が無い信用できない奴らが集まってくる。

 

だから信乃はA・Tの材料を金属の原石レベルから取り寄せ、後の加工は全て

錬金術を用いて自分の手で行っていた。

 

信乃の錬金術は、術速度が非常に遅いため戦闘に使う事が出来ない。

 

錬金術で罠にはめるため1メートルほど穴を作る、いわゆる落とし穴を

作るのでさえ30分も必要とする。

 

だが、錬金された物体の精度は高かった。

 

金属は純度が高ければよいという訳ではない。

ある程度の混じりものがある方が強度を増す金属がある。

最たる例が鋼だ。鉄の中に炭素を2%程含めることで強度が増す。

 

数量の不純物を均等に、適量に混ぜ合わせることは信乃の得意技であった。

 

そしてもう一つの魔術が解析魔術。

 

人間や物体の構造を把握する魔術。その把握能力により、A・Tの調律を行っている。

 

A・T全盛期では直接人間とA・Tの音を聞いて合わせることで調律をしていた。

 

信乃は諸事情により音を直接聞く方法を取らず、解析魔術を使って調律の代用をしている。

 

代用と言っても完全に調律した状態の90%以上、充分な結果をだすことができる。

 

錬金術でパーツを作り、解析魔術で調律をする。

 

すでに廃れたA・Tを信乃はこうして復活していた。

 

「さてと・・・・・怪我のせいで俺の音が色々ずれたし、調律をやり直しますか。

 まずは炎の玉璽(レガリア)からだな」

 

作業机に座り、A・Tをいじり始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

「ではでは! 第一回! パジャマパーティーを開催します!」

 

「「「「イェ~イ!!!♪」」」」

 

御坂の音頭に合わせて女子5人が乾杯した。

 

「んっんっ っは~! おいし~!」

 

「あー、佐天さん! 一気飲みは禁止ですよ!」

 

「みみっちーですわよ、初春。今日はお姉様とわたくしが

 あの寮監から外泊許可を勝ち取った記念すべき日なんですのよ!

 

 一気飲みの一度や二度!

 んっんっんっ・・・・・ っア"~! ほら! 初春も!」

 

「あ、はい。んっんっんっ はー!」

 

『お~! (パチパチ)』

 

「じゃ! 次は御坂さんですよ?」

 

「私? んじゃ、ご期待の答えて んっんっプハァ!」

 

「さすが御坂さん! 期待を裏切らない飲みっぷり!」

 

「やだなぁ、こんなことで大げさな。ただの炭酸飲料だし」

 

「それでは最後に美雪お姉様! どうぞ!!」

 

「うん♪ んっんっんっ・・・・ゲホゲホッ!!」

 

「ちょっと美雪姉ちゃん大丈夫!? 炭酸苦手なのに一気飲みなんてするからよ!」

 

「こんな雰囲気なんて久しぶりだったし、ついノリで・・・ケホケホ!

 

 それに炭酸が苦手だってことすっかり忘れていたの♪」

 

「忘れていたって・・・本当に天然なんだから」

 

「炭酸が入っていませんオレンジジュースもありますの。

 美雪お姉様はこちらをどうぞ」

 

「白井さんありがとう♪」

 

「いえいえ、元はわたくしが美雪お姉様に一気飲みをお勧めした事が

 原因でむせさせてしまったのです。申し訳ありませんわ」

 

「気にしなくていいのに♪」

 

「黒子、雪姉ちゃんをひどい目に合わせたらただじゃ済まさないわよ」

 

「御坂さんと美雪さん、仲良しですね」

 

「さすが姉妹です」

 

「そういえば美雪さんと御坂さんの苗字が違うのって、本当の兄弟じゃないからでしたっけ?」

 

「うん。私と雪姉ちゃん、信乃にーちゃんの全員が血縁関係ないよ」

 

「でも私は御坂家に養子で入っているから、琴ちゃんは戸籍上の姉妹なの♪」

 

「へーそうなんだ」

 

「鈴姉ちゃん、琴ちゃんのお母さんは信乃も養子に入れたいと

 考えているみたいだけど、信乃が断ったんだ♪」

 

「あれだよ、本当の家族のことを誇りに思っているから、苗字は変えたくないとか

 そんな理由を言っていたよ」

 

本当は一度両親を失っているから、また家族が消えてしまうのではないかという

信乃自身も上手く説明できない理由から断っていた。

 

美雪も美琴も、美鈴からの誘いを断るのを聞いていたので、理由は知っている。

 

だが、本人(しの)の希望により、苗字に誇りを持っている事を断った一番の理由にしていた。

 

「へー、信乃さんって家族思いなんですね」

 

「でも、なんで美雪さんだけ御坂さんの家に養子になっているんですか?

 美雪さんは信乃さんと仲が良いですし、信乃さんが断るなら

 一緒に断りそうですけど。

 

 あ、ついでになんで苗字を≪西折≫に変えたのか聞きたいです!!」

 

「ちょっと初春! 質問をもう少し考えてから言いなさい!!」

 

「へ?」

 

「「・・・・・」」

 

初春以外が気まずい顔をしている。特に美琴と美雪は暗い表情だった。

 

「(ヒソ)忘れましたの!? 美雪お姉様が苗字を変えたきっかけは

 信乃さんの飛行機事故ですの!!」

 

「あ・・」

 

  4年前、当時の信乃が11歳の時。

  信乃は飛行機事故に巻き込まれた。

 

  救助隊が向かったが、生存者は一人もいない大きな事件であった。

 

  信乃は事故直後に生きており墜落現場から離れた為に、

  救助隊が生存を確認することができなかった。

 

  他の事故者と同じように死亡者扱いとして美雪達には連絡が来ていた。

 

初春が美雪に初めて会った時、そういう話を聞いていた。

 

一緒に御坂家に養子に入ったことや苗字を変えた事を話したが、

事故の話のインパクトが強かったため初春は失念していた。

 

「ごめんなさい! その・・・ごめんなさい!!」

 

謝ることしかできない初春。

 

家族の死は触れてはいけない話題の代表である。

それに触れてしまった初春は、謝罪の気持ちに体が震えていた。

 

「別にいいよ・・・・今では信乃は無事に生きているし」

 

「ま、まぁ雪姉ちゃんが気にしないっているなら私は何も言わないけど・・」

 

『・・・・・』

 

沈黙。楽しかったパジャマパーティーが一瞬で静かになった。

 

「そうだね、丁度いい機会だし私がなんで≪小日向(こひなた)≫から≪西折(にしおり)≫に変えたのか

 話そうっか。御坂家に養子になったことも含めてね」

 

美雪は静かに語り始めた。

 

 

 

・・

 

・・・

 

・・・・

 

・・・・・

 

・・・・・・

 

 

それは信乃が出発する当日の事。

 

 

「信乃、いってらっしゃい♪」

 

「いってらっしゃい信乃にーちゃん」

 

「いってきます。美雪、俺がいないからって寂しくて夜泣くなよ。

 琴ちゃん、久しぶりにここに泊るからってはしゃぎ過ぎるなよ」

 

「もう♪ 子供扱いしないでよ♪ でも寂しいことには違いないけどね♪」

 

「無理! もう雪姉ちゃんと一緒に遊べるのにはしゃがないなんてできない!」

 

「(大丈夫かこいつら?)・・・・たった1週間、離れるのがこんなに辛いなんて」

 

2人を放っておいたら大変なことになる。

『放っておいていいのか?』と言う意味で辛いと言った信乃だったが、

美雪には別の意味で脳内変換された。

 

「え・・・私と離れるのがそんなに嫌?」

 

「////ッ! 上目遣いで見るな!

 

 確かに離れるのは嫌だけど! いや! 嫌じゃない!

 別にお前と離れたって平気だ!」

 

「信乃にーちゃん、本音が漏れてるよ」

 

「/////うるさい!!」

 

「ふふふふ♪//////

 

 あ、ネクタイ曲がっている。ちょっと動かないで」

 

「お、おう」

 

「(完全に夫婦だね、この2人。

   いいな~、私も好きな人ができたらこんな風に・・)」

 

「これでよし♪ それじゃ、お土産を楽しみにしてるね♪」

 

「おう、適当に楽しみにしてろ」

 

「信乃にーちゃん、私も私も!」

 

「はいはい、忘れてないから安心しろ」

 

「出発する前に、いってきますのチューは?」

 

「え? いってきますの拳(グー)?」

 

「もう、恥ずかしがらなくてもいいのに♪」

 

「恥ずかしいに決まってんだろボケ! 2人きりだろうとそんなことしねーよ!

 

 いいか琴ちゃん! 羞恥心ってのは大切だから覚えておけよ!」

 

「うん///// 今の雪姉ちゃんはやり過ぎだと思う」

 

「あーあ、琴ちゃんもすっかり信乃のツンデレに染まっちゃったね♪」

 

「「ツンデレ言うな!!」」

 

「はいはい、わかりましたわかりました♪

 

 信乃、時間は大丈夫なの?」

 

「お、意外とギリギリだな。  そんじゃ、いってきます」

 

「「いってらっしゃい!♪」」

 

 

・・・

 

・・

 

 

その日の夕方、美雪と美琴は共に食事の準備をしていた。

 

リビングのTVの音をBGM代わりにおしゃべりを楽しんでいた。

 

『次に、明日の学園都市の天気です。

 明日は第三学区に一時的に雨が振ります。他の学区は・・・え? はい!

 

 ここで緊急ニュースが入りました!!

 

 学園都市から本日午前9時発の飛行機に異常が発生して墜落したようです!!』

 

「え・・・・」

 

「この飛行機って、信乃にーちゃんの・・・」

 

『現在、救助隊が探索に当たっていますが、墜落したと思われる国は現在内戦中で

 交渉などに手間取って・・・・・・     』

 

もう、この後のニュースの内容は美雪と美琴の耳には入っていなかった。

 

 

 

 

数日の間、美雪は意地を張って「大丈夫だよ」と言い続けて救助隊の

結果を待っていた。

 

御坂美鈴もニュースを見て学園都市に駆けつけ、3人で一緒に待っていた。

 

だが、待っていた救助隊の結果は予想通りで理解したくない、受け入れたくない結果であった。

 

美雪達がいる信乃の部屋に、救助隊からの連絡人がやってきた。

 

「申し訳ありません。墜落した飛行機の状態はひどいもので、遺体の確認も

 難しい状態でした。燃え残った遺留品を少し持ってきたのですが・・・・」

 

「そうですか・・・・・」

 

小さな箱に入っていたのは信乃の荷物の一部。

 

玄関先で美鈴が受け取っていた。

 

後ろには美雪と美琴がいる。

すぐ近くにいるので話は聞こえるはずだが、救助隊の話では全く何の反応もない。

 

「本当に申し訳ありません。お子さんを無事に救助することができずに・・」

 

「いえ、人間には限界と言うものがありますから、そんなこともありますよ」

 

「・・・それでは失礼いたします」

 

空気に耐えられず、荷物を持ってきた男は逃げるように立ち去って行った。

 

「雪ちゃん・・・・えっとね」

 

美鈴は何と声を掛けていいのか分からずにいた。

 

「・・・・・信乃・・・」

 

力が抜けたように、美雪はその場で座り込んだ。

 

「信乃にーちゃん、死んじゃったの?」

 

「・・・・・ええ、救助隊の人でも無理だったみたい。

 飛行機に乗っていた人は全員・・・・」

 

「・・・・信乃・・・・・信乃・・・・・」

 

「雪ちゃん、気をしっかり持って。落ち込むと信乃も・・天国で」

 

「・・・ァ・・・ァァァァァアアアアアアアアアアアア!!!!!!?!?!」

 

「雪ちゃん!?」「雪姉ちゃん!?」

 

「アアアアrアアアァアアァァァアアaアア!!!!!!」

 

「雪ちゃん落ち着いて!! 美琴ちゃん救急車を呼んで! 早く!!」

 

「う、うん!!」

 

 

 

 

その後、救急隊員の鎮静剤により大人しくなった。

 

精神系の病院に運ばれ、様子を見ようということになったが

鎮静剤が切れると再び奇声を上げて暴れ出した。

 

医者も手を付けられず、鎮静剤を打つしか方法が無かった。

 

喉も大声のせいで3日目には潰れ、それでも声にならない悲鳴を

上げ続けた。

 

そんな状態が半月以上も続いていた。

 

 

 

医者がまともに処置を出来ないことに腹を立てた御坂美鈴は強硬手段に出た。

 

美琴も協力すると言ったが、不安定な美雪を小学生の美琴には見せられないと言って

美鈴は1人で病院に来た。

 

鎮静剤が切れて暴れている中、医者の停止も振り切って美鈴は美雪の部屋に入った。

 

半月前に見たときとまったく症状が変わらない錯乱状態。

素人の自分よりも専門家の医者に任せたようが良いと判断した自分に嫌気がさした。

 

だから、もう医者には頼らない。母親または姉として美雪を救うために

美鈴は脚を進めた。

 

「雪ちゃん」

 

「アァぁぁぁ・・・・・ぁ!!!」

 

「美雪!!!」

 

暴れる美雪を抑えるように正面から抱きしめた。

 

それでも暴れ続ける美雪。美鈴の呼びかけにも何も反応も示さない。

 

だけど美鈴は諦めずに抱きしめ続けた。

美雪が正気に戻るまでずっと・・・・・

 

 

 

 

暴れ続ける美雪を抱きしめ、暴れ疲れて意識を失うまでずっと美鈴は側にいた。

 

意識を失った後では呼びかけても意味がない。

 

眠っている今の内に美鈴も食事など休憩をとり、長期戦に挑み続けていた。

 

そして半月後、ようやく意識はあるが暴れない状態の美雪にまで落ち着いた。

 

落ち着いたと言っても、いつ暴れ出すか分からない危険な状態。

美鈴は焦らず、何も言わずにずっと美雪の背中をさすり続けた。

 

 

 

「鈴・・・ねぇ・・ちゃん」

 

「!? ・・・何、雪ちゃん?」

 

美雪が口を開いたのはさらに半月後のことだった。

 

その声は1月の間、声を出さずにいたのに枯れた状態。

最初の1ヵ月でどれほど喉を酷使して叫び続けたのか痛いほど感じられた。

 

正面から抱きしめ、美雪の口が美鈴の耳元にある状態だから聞きとれた、

それほど小さくか細い声だ。

 

「信乃・・・・本当に死んじゃったの?」

 

「・・・・・・・・・」

 

「そうだよね・・・・・・

 私がこんなになっているのに側にいないってことは、そういうことだよね」

 

「・・・・・・・・ごめんね、私にはこれぐらいしかできなくて」

 

「信乃・・・・本当に死んじゃったの?」

 

最初と同じ質問。

現実を理解しても受け入れたくない、そんな気持ちが伝わる。

 

「ええ。だめ・・みたい」

 

「そっ・・・か・・・・

 

 ヒック・・・・・信乃・・・信乃・・・」

 

信乃が死んでから初めて涙を流した。

 

錯乱し、暴れ、悲鳴をあげても、涙を流す事が無かった。

 

この涙は信乃の死を受け止め、そして深い悲しみに出た涙だった。

 

美雪の背中をさすり、美鈴は静かに言った。

 

「雪ちゃん・・・・

 

 信乃の代わりなんてことは絶対に無理だろうけど、

 それでも信乃の代わりに雪ちゃんを守りたいと私は思っている。

 

 色々な方法を考えたけど、家族みたいに支えるのではなくて

 家族として雪ちゃんを支える方法しか思いつかなかった」

 

「・・・・・鈴姉ちゃん」

 

「だから小日向(こひなた)美雪(みゆき)ちゃん、よかったら家の養子にならない?」

 

それは半年前、美鈴が信乃に対していった言葉であった。

 

国から見ると、美鈴と美雪は赤の他人である。

 

いくら助けたいと言っても、法律上では限界があった。

 

そして何より、家族を失った悲しみを埋める方法は家族を作る方法しか

思いつかなかった。

 

たとえ信乃との絆に及ばなくても、元々あった美鈴との絆が少し強くなる程度でも、

それでも家族としての絆が美雪には必要だと考えた。

 

「美雪ちゃん、私の本当の娘になってくれないかな?

 美琴と、旦那の旅掛(たびかけ)さんも一緒に支えたいの」

 

「・・・・・ありがとう、鈴姉ちゃん・・・

 

 うん。私、鈴姉ちゃんの娘に、琴ちゃんのお姉さんになる」

 

「そう、よかった・・・」

 

返事を聞いて安心し、美鈴は一層強く美雪を抱きしめた。

 

「でも、一つだけお願いがあるの」

 

「なに? 私にできることなら学園都市相手でもなんでもするわよ?」

 

「私の苗字、≪小日向≫でも≪御坂≫でもなく、≪西折≫にして欲しいの」

 

「それは・・・」

 

「私にとっては信乃との関係を切ることは絶対にできない。

 例え私が他の人を好きになろうとも、絶対にできない。

 

 だから、せめて苗字だけでも・・・・信乃を感じていたいの」

 

「・・・いいわ! 任せなさい! 法律ぐらい私が曲げてやるんだから!!」

 

こうして、美雪は御坂家の養子に入り、西折美雪として生きていくのであった。

 

 

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

・・

 

 

 

 

「・・・と言う感じ」

 

「雪姉ちゃん、退院した後も大変だった・・・・

 

 たまに発作のように思い出して暴れたりしたから。

 暴れなくても大泣きするのはよくあったし」

 

「養子になって、親権限で半年は鈴姉ちゃんも学園都市に

 滞在できたるようしてくれて面倒見てもらったな・・・・」

 

「うん。私も信乃にーちゃんが死んだ最初の1週間は泣き続けた。

 思い出した時もお母さんにしがみついて泣いたな・・・」

 

「私達が落ち着いたのは1年ぐらい後だったよね」

 

「そうだね。思い出しても泣かなくなって、

 雪姉ちゃんも暴れなくなったのはその辺りかな?」

 

「・・・・・ごめんなさい。軽い気持ちで聞いたりして」

 

『・・・・・・』

 

5人に沈黙が流れた。

 

美雪の過去を、特に信乃の飛行機事故のことを話せば気まずくなるのは分かっていた。

 

美雪と美琴も何故話したのか分からなかった。

 

『・・・・・』

 

「そ、そうですわ!」

 

「黒子?」

 

気まずい沈黙を破ったのは空気の読める子、白井黒子だった。

 

「美雪お姉様がお話をされたのです! 次はわたくしの番ですわ」

 

ゴソゴソと持ってきた鞄に手を入れて何かを探していた。

 

「白井さんの番って、どういうことですか?」

 

「今のはあれですのよね、美雪お姉様?

 

 自分の少し恥ずかしい事を話しただけですのよね?」

 

「「「「え・・・?」」」」

 

「そうでしたら、ここはおしゃべりの場。

 わたくしも少し恥ずかしいお話をさせていただきますの!」

 

「・・・そうね。そう! 今のは恥ずかしい事の暴露話!

 

 ほら、雪姉ちゃんが1ヵ月以上もお母さんに抱きついて

 泣き続けていたっている恥ずかしい話なのよ! ね! 雪姉ちゃん!!?」

 

「あ、うん・・・そうね♪

 

 トークテーマが恥ずかしい事だってことで話したけど、恥ずかしすぎて

 みんな引いちゃったんだね♪ ごめんごめん♪」

 

「トークテーマって、私が変なことを聞いたから「初春!」 ふぇ!?」

 

「違うでしょ! 今のは変な意味はないの! トークテーマだったの!!

 

 (ボソ)ほら! 空気読んで! 白井さんがせっかく誤魔化したんだから」

 

「そそそそそうですね! 何言ってんだろう私! あははは」

 

「・・・・ありがとう、みんな♪」

 

「「「「/////か、かわいい」」」」

 

目じりには嬉しさの涙を浮かべた、

全開の笑顔に同姓全員の心を奪った美雪であった。

 

「ありましたの! では! わたくしが披露する少し恥ずかしいお話です!」

 

 ささ、このデジタルカメラに収められたマル秘動画をご覧あそばせ!!」

 

再生画面に移された場所はデパートの服売り場。

 

見覚えがある。ほぼ間違いなくセブンスミストだ。

 

画面の中央に写っていたのは御坂美琴。周りをキョロキョロと見回しながら

1着の服を持つ。

 

そして周りに誰もいないこと確認して服を、パジャマを自分の体に合わせて鏡に立つ。

 

満足した顔。猫の肉球の模様のパジャマ、可愛らしいデザインのそれを

御坂はかなり気に入ったようだ。

 

だが、鏡に合わせるだけでは興奮は収まらなかった。

 

『フフフ、アハハ! これ可愛いじゃん! それ! ど~ん!

 それもう1着ど~ん! アハハハ!』

 

「うわー、御坂さん・・・」

 

「パジャマ持ってくるくる回っている・・・・」

 

初春と佐天が若干引いたように呟いた。

 

「うぇーい!! 貸しなさい!!

 いつどこでだれがどうやってこんなもの撮影したのよ!」

 

「お姉様。黒子のステルス能力を甘く見ては困りますのよ。

 

 これがわたくしがお話しする少し恥ずかしいお話ですの」

 

「あんたの恥ずかしい話じゃなくて私の恥ずかしい話じゃないの!!

 

 問 答 無 用 !!(ビリビリ)」

 

「ぬわーぃ! おおおおお姉様のあんな写真やこんな写真が入ったカメラがー!!」

 

「あのパジャマ、丁度今御坂さんが着てるのと同じだね」

 

「その、御坂さん! そのパジャマ似合っています!

 肉球のデザインが可愛いですね!」

 

「そ、そう? もっと大人っぽいものがあればそっちのほうが

 良かったんだけどね。セブンスミストにはこれぐらいしかなくてさ」

 

「琴ちゃん♪ 説得力皆無です♪」

 

「雪姉ちゃ~ん(泣)

 

 あのね、違うのよ佐天さん初春さん! これはね! その! あれよ、あれ!」

 

美琴は必死に言い繕うとしていた。

 

そんな美琴を見ながら、美雪は静かに白井の隣へと移動した。

 

「ありがとう、白井さん♪ 私のせいで変な雰囲気だったの誤魔化してくれて♪」

 

「お礼を言われるほどの事ではありませんの」

 

「それともう一つ。

 

 わざわざ美琴の映像(たからもの)を壊してまで、

 楽しい雰囲気にしてくれてありがとう♪

 

 本当にありがとうございます  」

 

「気付かれてましたのね・・・」

 

「うん♪ 普通に自分の恥ずかしい話をするよりも、効果絶大だったね♪

 

 琴ちゃんの可愛いもの好きは隠しても隠しきれないものだし、初春さんと佐天さんも

 薄々は気付いていたことだった♪

 

 バレてもそれほど大きな影響はないよね♪

 だから白井さんは映像を見せてくれた♪

 

 結果は大成功♪ 琴ちゃん、本当に良い子と友達になったね♪」

 

「・・・わたくし、お姉様を敬愛していますの。

 

 最初、お姉様は超能力者(レベル5)を鼻に掛けている気に食わない人だと

 思ってましたわ。

 私の知っている能力の高い人と言うのはほとんどがそうでしたから。

 

 ですが、お姉様は違いました。強くても優しい。

 

 そんなお姉様だからわたくしは敬愛した。

 

 そしてお姉様を知れば知るほど、美雪お姉様の存在の大きさを感じますの。

 

 強くても優しいお姉様になったのは、間違いなく美雪お姉様のおかげですわ。

 

 だから美雪お姉様。 わたくしはあなたを一番尊敬していますの」

 

「・・・ありがと♪」

 

「黒子! あんたのせいで2人が信じちゃったじゃない!!

 

 どうしてくれるのよ!!」

 

2人の会話に、佐天達の説得ができずに怒ってきた美琴が邪魔をしに入ってきた。

 

「信じるも何も、わたくしは真実を教えたに過ぎませんの」

 

「琴ちゃん、言いがかりだよ♪ 白井さんは嘘を言っていないじゃない♪

 

 そうだ♪ 私の知っている琴ちゃんの恥ずかしい話、みんな聞きたい♪?」

 

「ちょ!? 雪姉ちゃん何言ってるの!?」

 

「「「聞きたいです(の)!!!」」」

 

「み、みんな何言ってんのよ!?」

 

「実はね♪

 

 私達が最初に会った時も、琴ちゃんったらゲコ太のジュースを買おうとしていたの♪

 琴ちゃんの第一印象からゲコ太だったの♪」

 

「やめて! お願いだからやめてーーー!」

 

 

こうしてパジャマパーティーは、美琴の恥ずかしい話大会に変わっていくのだった。

 

 

 

 

つづく



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Trick46_は~い☆ ニシオリ君☆

 

 

 

事件から1ヵ月。

 

常盤台中学は緊急閉鎖された。

 

生徒たちは自宅待機。あの事件後であればまともに通学できる生徒も少ない。

一部トラウマを受けた者もいた。

 

生徒がいない1ヵ月、神理楽(ルール)を中心に襲撃犯についての

調査、そして事件の隠蔽作業が行われた。

 

常盤台中学を襲撃してきたのは絵鏡(えかがみ)キュモール。

財力の世界を支配する、一家の一人だ。

 

表の世界どころか、全ての分野(せかい)に知られ知られないように

全力で隠蔽された。

 

 

そして閉鎖が解かれたのは8月に入った本日。

急遽に終業式が執り行われた。

 

閉鎖で臨時休校となっていたが、夏休みに入るのであれば、連絡事項などのために

強制ではない登校指示がこの1日だけ出された。

 

 

 

 

 

「あ~、いい天気だ」

 

そんな常盤台中学の屋上。

 

未だ警戒体勢にあるこの学校に生徒と教師以外の人間が寛いでいた。

 

言わずと知れた事件解決の功績者、西折信乃。

 

登校指示は生徒ではない信乃には適応されていない。

 

だが、ある人物達に事件の詳細と後始末経過を知らせるために来ていた。

 

 

その人物を待ちながら信乃は考える。

 

なぜ常盤台が襲われたのか、信乃は考える。

 

第一の事件

  表の世界の殺し屋をたかが3人だけで襲ってきた。

  平和ボケしている日本の、ヌクヌクと育ったお嬢様を相手にするにしても

  弱すぎる。

  ここはレベル3以上の超能力者が集まる学校。特に御坂美琴は戦闘向きの

  能力。それをたった3人、戦力としては中途半端だ。

 

 

第二の事件

  絵鏡・・・なんだっけ名前? とりあえずゴミ屑(笑)と仮名しよう。

  こちらは戦力を入れ過ぎていた。そして隠密らしい行動は一切ない。

  ゴミ屑(汚物)の脛かじりな性格を考えて、自分が騒動を起こしても

  絵鏡が隠蔽してくれると考えたからだろうか?

  まぁ、ゴミ屑(害虫)のことは一端忘れよう、一生忘れよう。

  考えるべき問題はゴミ屑(雑菌)が言っていた言葉。

    『常盤台(ここ)の生徒はその人に出来るだけ無傷で渡す約束なんだ』

  ≪その人≫は言うまでもない、あいつのことだろう。

 

 

 

    ハラザキ

 

 

信乃が追い求め、殺すと決めた存在。

 

 

血塗れの自分は美雪に絶対に会いに行かないと堅く誓っていた。

その誓いを破り信乃はここにいる。

 

 

全てはハラザキを見つけるために。

 

 

 

だが、解せない。

 

絵鏡が言っているあいつが、本当にハラザキのことだとしたら

何故こんな中途半端なことをした?

 

あいつの頭は二重の意味でキレている。

 

異常な考え方を持ち、異常な頭脳を持っている。

 

だからゴミ屑(人畜)の暴挙を唆した意味が解らない。

学校一つぐらいなら速やかに消す事も出来るはずだ。

 

 

不明な点が多すぎる。

 

本当に何を考えているか分からない、ハラザキ

 

 

 

「ま、あいつについて考えてもしかたないか。

 

 理由なき狂学者(マッドサイエンティスト) ハラザキだからな」

 

 

ここで信乃は考えるのを放棄した。

 

考えるのをやめたタイミングで突然、屋上の扉が勢い良く開かれた。

 

「たのもー!」

 

元気な声とともに妹が乱入してきたのだった。

 

 

 

 

 

「ん~・・おいしいのはおいしいけど、いつもと比べるとね・・・

 

 手抜きなの、今日の料理?」

 

多少ではあるが、不満げな顔をしながらサンドイッチを食べる御坂。

 

サンドイッチは信乃が作って持ってきた昼食。

御坂との約束で作った料理だ。

 

「逆に聞き返します。午後から授業がある状態でお腹いっぱい食べて

 単純な頭を持っている御坂さんが睡魔に襲われないと思いますか?」

 

「まぁ、確かに自信はないけど。って何気に単純頭って馬鹿にしてるよね?」

 

「わたくしとしては助かっていますの。

 

 お泊り会と同じように暴食(ぼうそう)しては堪りませんもの」

 

「あの、白井さん! 西折様の手料理を食べた事があるのですか!?」

 

「はい、一度ですが。

 

 ですが湾内さん、信乃さんの本気料理を食べるには覚悟が必要ですの。

 女のプライドを捨てる覚悟が」

 

「あら、わたくしの舌を満足させられますのかしら?

 こんなサンドイッチ、せいぜいうちの専属シェフと同じ程度ですわよ」

 

「あの、婚后さん。それは誉め言葉ではないのでしょうか・・・・」

 

「わ、私は素直においしいと思います」

 

「湾内さん、ありがとうございます。

 

 泡浮さんも婚后さんのフォローをしなくてもいいですよ。

 また料理に文句を言うようでしたら、食材の大切さを説教しますから」

 

「ひぃ!?」

 

「いや、冗談ですからそこまで恐がらなくても・・・」

 

事件解決に関わり、信乃から報告を聞くために来た2人、御坂と白井。

 

白井が信乃に会いに行くと聞きつけてついてきた湾内。

湾内の友人として一緒に来た泡浮。

 

そしてなぜいるのか全く理由のわからない婚后。

 

信乃を合わせて6人。

信乃お手製サンドイッチ(本気じゃないバージョン)を仲良く食べていた。

 

御坂と白井以外の3人が来たのは信乃としては意味不明だが、

3人の性格を考えると無理に追い返すのは諦めた。

 

幸い、サンドイッチは御坂の暴食を考慮して合計7人前を作ってある。

信乃は黙って料理を5人に勧め、事件報告は後回しにした。

 

「信乃にーちゃ「にーちゃん言うな」 ・・・信乃“様”の!」

 

「言い直し方がムカつきます。昼ごはん取り上げていいですか?」

 

「ごめん! ちゃんと言います! だから許して!」

 

「相変わらず信乃さんのご飯となるとお姉様は取り乱しますのね。

 気持ちは痛いほどわかりますが。

 

 ん~、おいしいですわ」

 

「で、信乃さんの家に泊ることになった時にご飯を御馳走して貰ったの。

 分かった? 湾内さん、泡浮さん、婚后さん」

 

「み、御坂様!? 男性のお部屋にお泊りをされたのですか!?」

 

「「は、破廉恥ですわ!!」」

 

「3人とも落ち着いてください。

 

 信じるかどうかはお任せしますが、私は御坂さんも白井さんも

 そういった対象として見ていません。何もありませんでしたよ。

 

 ほら、1ヵ月ほど前の大雨を覚えていますか?

 2人は雨に影響で学生寮に帰ることができなかったのです。

 

 それで仕方なく私の家に泊ることになりました。

 もちろん寮監の方にも許可をもらっています。」

 

「そ、そうだったのですか」

 

「勘違いして申し訳ありません」

 

素直に謝るのは湾内と泡浮。

 

「例え仕方がない状況だったとしても、結婚もしていない男女が

 同じ部屋に寝泊まりするなんてことはあまり良くありませんのよ」

 

扇で顔を隠しているが、耳が赤くなっているのが見える婚后。

どうやら後輩2人よりも、更に大人な状況を想像していたらしい。

 

「心配いらないわよ、婚后さん。

 

 信乃にーちゃんはそういった事は安心できるし」

 

「そうですの、風紀委員(ジャッジメント)にも所属していますし問題なんて起こしませんわ」

 

「ま、まぁお二人がそうおっしゃるのでしたら・・・」

 

「信じてもらえたようで何よりです」

 

「あ、信乃にーちゃん。

 

 そういえば、“アレ”の後始末はどうなったの?」

 

「普通に報告しようと考えていたんですけど、無関係な人が3人もいる

 この場では言う事ができませんよ」

 

「あ、そっか」

 

納得する御坂。

 

そして信乃と御坂の視線は白井へと向く。

無関係な3人を連れてきた原因、白井は眼を泳がせた。

 

「もしかしてアレとは、1ヵ月前の事件のことかしら?」

 

濁した言葉に勘づいたのは婚后光子。

普段の彼女は勘のいい方ではないが、今回はその勘がうまく働いたようだ。

 

「事件のことでしたら、わたくしも知る義務がありますわ。

 

 何と言っても! 常盤台のエースとなる存在ですから!!」

 

「(ボソ)つまり現時点ではエースではない自覚があるんですね」

 

「何か言いまして、西折さん?」

 

「別にただの戯言です。気にしないでください。

 

 それよりも、不思議に思ったんですが婚后さんは事件の時に何をしていたんですか?

 御坂さんと同じ2年ですから、同じ階にいたはずですけど

 救助に向かった宗像さんからは報告を受けてませんよ?」

 

「う!?

 

 そ、それは・・・]

 

「実は婚后さん、その時は1週間以上も前からご病気で床に伏せられていたんです」

 

「インフルエンザでしたので無理して学校に行くことも禁止されていたのですよ。

 かなり病状がひどかったと、寮監の方から窺っていましたけど

 元気そうでなによりです」

 

「ま、まぁわたくしほどの天才で魅力的な人間ですと

 病気も寄ってきてしまうのも仕方がないかもしれませんわ!」

 

「へー、今は元気そうでよかったわね」

 

「まったく、病気を機に性格も治ったら丁度良いのに・・・

 ですが婚后さんでも風邪をひくなんて驚きですの」

 

「あら、白井さんそれはどういう意味です!?」

 

「そうですよ、白井さん。婚后さんの馬〇(こせい)を否定するなんてだめですよ。

 

 それにインフルエンザは病気ですが風邪ではありません。

 ですから婚后さんは≪〇鹿は風邪引かない≫の伝説の対象外です」

 

「さすが信乃さん。全くもってその通りですの」

 

「ちょっと! それはどういう意味です!?」

 

「こ、婚后さん!」「落ち着いてください」

 

婚后をなだめる1年生2人。

 

その横では風紀委員コンビがあくどい顔で笑い合っていた。

 

「うわ~性格悪いわねー」

 

ヒッソリと御坂は呟いたが、それを聞きとれたのは隣にいる信乃だけであった。

 

「でも、こんなことを言わないと切り抜けられない状況だったんですよ(ヒソ)

 どっかの誰かが不用意なことを言ったせいで3人まで巻き込むのは勘弁して欲しいです」

 

「・・・ごめん」

 

未だ興奮している婚后と抑えている湾内、泡浮の3人に聞こえない声で

信乃達は話した。

 

「さて、お昼休みもそろそろ終わります。そろそろ教室に戻った方がいいですよ」

 

「あら、もうそんなお時間ですの?」

 

「御坂さん、お願いしたいことがあるので少し残ってもらえますか?

 ついでに白井さんも」

 

「うん、いいよ。

 

 それじゃ、湾内さん、婚后さん、泡浮さん、また機会があったら

 ご飯を一緒に食べようね」

 

「は、はい! それでは私達はこれで」

 

1名は不満そうな顔をしていたが3人は扉をくぐり校舎内へと入って行った。

 

「無関係な人を連れてきた白井(ばか)と

 無関係な人の前で話を始めようとした御坂(ばか)がいましたが

 今から事件の簡単な報告をしたいと思います」

 

信乃の切りだしに二人(ばか)は目を泳がせたが信乃は気にせず話を続けた。

 

 

 

敵が軍隊レベルの力で攻め込んできたこと。

 

その理由は一人のゴミ屑(廃棄物)が一人の女性を襲うためにした過大攻撃。

 

他の生徒はどこかの誰かに引き渡す予定であり、生徒全員を襲ったのは

それが理由だったこと。

 

表の人間にだして構わない情報を掻い摘んで信乃は説明していった。

 

 

 

「襲撃させた張本人、ゴミクーズさんにはうちのボスの氏神クロムさんから

 罰を与えてもらっています。

 

 罰の内容に不満に思うかもしれませんが、不足に思う事はないでしょう」

 

「ちょ、え、待って! なによ不満に思って不足じゃない罰って!!?」

 

「おそらくは私達にとってはヤリ過ぎで不満と思うかもしれないという意味でしょう。

 お姉様も落ちつてください」

 

「それは不満じゃなくて不安って言うのよ!!!」

 

「おお、琴ちゃんがナイスなツッコミを。兄として嬉しいよ」

 

「うるさーーい!」

 

「それと信号無視した運転手には社会的に消えてもらいました。

 あ、私はまだ手出ししていませんよ。滅(や)ったのはつーちゃんです」

 

「私達の全く知らないところで知らない理由で人が1人葬られている!?

 何それ恐い!!

 

 しかも信乃にーちゃんは≪今はまだ≫って結局は殺(ヤ)るつもりなの!?」

 

後半は報告と言うよりも談笑といった雰囲気になってしまった。

 

「報告は以上です。詳細については現在、神理楽(そしき)が調査中。

 

 2人に言える内容は今のところこれぐらいですね」

 

「わかったわ」「ありがとうございますの」

 

「ところで御坂さん、佐天さんの容体、入院時はどうでした?

 今は退院したと聞いてますけど、お見舞いに私は行けなかったので」

 

事件の日、佐天は体を酷使してカエル医者の病院で入院していた。

 

信乃も怪我で家から出られなかった(美雪の軟禁とも言う)ため、

佐天の病状は氏神、美雪からの情報でしか知らない。

 

「重症ではなかったけど、なんか体中の関節が痛いって言っていた」

 

「まぁ、全身にエアークッションを作って走れば当然ですね。

 むしろ入院程度で済んで良かったです」

 

「全身にエアークッション? A・T(エア・トレック)の技ですの?

 信乃さん、佐天さんに危ない技を教えていますの?」

 

「YESであり、NOですね。

 

 エアークッションについてはA・Tの技ですが、私は教えていません。

 あの境地に辿り着くとは佐天さんの才能は半端ないですね」

 

「じゃあ、佐天さんは自分で考えて・・・・」

 

「より正確にいえば自分で感じて、でしょうね。

 

 今度、佐天さんのご先祖でも調べてみようかな?

 苗字が『南(みなみ)』か『野山野(のやまの)』だったら面白いのに」

 

「なんで信乃さんが佐天さんのお母様の元の苗字を知ってらっしゃいますの?」

 

「「は?」」

 

「いえ、ですから佐天さんのお母様は『南』だったと聞いていますが・・・」

 

「・・・・現実は小説よりも奇なり」

 

以前、佐天と白井、初春で遊んできた時に、彼女の電話に親戚から連絡があった。

そのときに白井と初春が一緒にいた為、話の流れで母方の姓が『南』だという事を偶然知った。

 

「えー、それじゃ佐天さんって先祖還り?

 最低でも100年は過ぎていますよ? 孫? 曾孫? 嫌だね~天才って」

 

「信乃にーちゃん、さっきから何言ってるのよ」

 

「才能のない人間の愚痴です」

 

「才能がないって・・・信乃にーちゃんが言っても説得力無いよ」

 

「ですわね」

 

「本当だぞ。君ほどニシオリの遺伝力の強いのも珍しんだゾ☆」

 

「「え!?」」

 

3人以外は誰もいないはずの屋上。

 

御坂でもない、白井でもない、ましてや先程立ち去った3人の声でもない少女の声が

会話に割り込んできた。

 

「あなたは人心支配だけが得意かと思っていましたけど、

 2人が全く気付かない程に気配を隠す事も出来るんですね。

 

 食蜂(しょくほう)さん」

 

「そういうニシオリ君には気付かれていたみたいねぇ」

 

御坂達はすぐに後ろを振り向いた。

 

そして対象の人物を確認した瞬間、顔を歪めた。

 

≪ゲッ!≫といった効果音つくような顔で。

 

 

そこにいたのは常盤台中学3年生。

 

長身痩躯に腰まで伸びる綺麗な金髪。

 

レース入りの純白の手袋とハイソックス。

 

優雅なたち振る舞いは≪女王≫を連想させる。

 

学園都市に7人しかいないレベル5の一人。

 

精神系の最高能力者

 

  心理掌握(メンタルアウト)が立っていた。

 

「な、なんであんたがここにいるのよ!!」

 

顔見知り(知り合いと言えるほど仲は良くない)の御坂はすぐに反応して

噛みつくように彼女に叫んだ。

 

「まぁ別に常盤台は私の庭だしぃ、どこにいても私の自由力に問題はないというカ~☆

 

 そんなことはどうでもいいわねぇ。

 

 は~い☆ ニシオリ君☆

 

 一応初めましてということにして自己紹介しておくわ。

 私が食蜂(しょくほう) 操祈(みさき)よ」

 

「こちらも初めましてと返します。私の方はご存じかと思いますが同じく自己紹介を。

 

 神理楽(かみりらく)高校1年13組、西折(にしおり) 信乃(しの)です。

 

 常盤台中学の校舎修理を行っています。

 

 出来れば、その発音の≪ニシオリ≫はやめて下さい」

 

「いいじゃない、私とあなたとの仲じゃないの☆」

 

「ちょ! 信乃にーちゃん、この女と知り合い!?」

 

驚きと不快感を混ぜた様な顔で御坂は信乃と食蜂の顔を交互に見た。

 

「今、お互いに初対面だと言ったはずですが?」

 

「それじゃなんで仲よさそうなのよ!? それになんか初めましての言い方が形だけっぽい!」

 

「やっぱり~、2人の運命力かナ☆」

 

「本当に・・・つーちゃんといい、友さんといい、食蜂さんといい、

 何で機関の人間は話を聞かないんですかね」

 

信乃は呆れたように溜息をついた。

 

「あ! あんた! 今の話、聞いていたの!?」

 

御坂は気付いたように叫んだ。常盤台中学の襲撃事件は一応、内緒ということにしている。

 

信乃が話していたのは一般人には聞かれてはいけない内容だ。

 

「バッチリ☆」

 

「「・・・・(汗)」」

 

「大丈夫ですよ。

 

 元々、食蜂さんには報告する予定でしたから」

 

「「え!?」」

 

聞かれたことに気まずそうに沈黙していた2人を信乃が意外な言葉を出した。

 

「信乃にーちゃん、それってどういうこと?」

 

「残念ながら、これ以上は御坂さん達には教えられません」

 

「そうよ、私達2人だけの ヒ・ミ・ツ☆」

 

「・・・・食蜂さん。誤解を招くような言い方はやめてもらえませんか?」

 

「恥ずかしがること無いんだゾ☆」

 

「・・・・・。

 

 はい、これが事件時のレポートです。

 

 もし疑わしいと思う内容がありましたら、つーちゃんに裏付けをしてください」

 

「わかったわ。というよりも確認するまでもない感じねェ」

 

パラパラと資料をめくりながら食蜂は資料の正確さに驚いたというよりは呆れたように呟いた。

 

「食蜂、なんであんた、事件の日に学校にいなかったのよ。

 

 あんたがいたら、もう少し被害が少なかったはずよ!!」

 

「ざんね~ん☆ わたし、あなたと違って暇じゃないのよねぇ。

 

 その日も機関から呼び出されて学校休んでいたのよぉ」

 

「機関?」

 

御坂の疑問を無視して資料を読み進め、そしてめくる手を止めた。

 

「見事ね。あなたの凡人な見た目力に反して解析力はすごいわぁ」

 

「お褒め頂き恐縮です。

 

 しかしその見た目力と同じで私は凡人ですよ。

 

 人の技をバクり、劣化コピーするしかできない、そんな人間です」

 

信乃には珍しく、本当に、本当に寂しそうに呟いた。

 

「はぁ~、これが友様と水様が迎え入れようとしているニシオリ?

 

 能力はあっても精神(メンタル)に問題ありねぇ。

 

 いっそ私の改竄力でどうにかしようかしら?」

 

不意に、食蜂は持ち歩いてるカバンからリモコンを取り出した。

 

このリモコンこそ彼女の能力において引金(キー)となる道具。

 

武器を取り出したのと同等の意味があった。

 

「あんた! 信乃にーちゃんになにするつもりよ!!?」

 

「そんなことしましたらただじゃおきませんことよ」

 

食蜂の一言に御坂、白井がすぐに臨戦態勢に入った。

 

心理掌握(メンタルアウト)・ 食蜂(しょくほう) 操祈(みさき)

 

彼女の能力は人の心を支配にある。

 

以前、御坂が常盤台の新人と多人数が仲良くなっているのを聞いて警告しに御坂に自らの能力を見せた。

 

図書館にいる30人以上の人間を、一度に、同時に、操作、さらには御坂と言い争いをしていた数秒の出来事を忘れさせる記憶改竄を心身操作の解除と同時にやってのけた。

 

御坂は認めたくないが、彼女の能力を十得ナイフのようだと思っていた。

 

その能力を使われれば信乃と言えど、ただでは済まない。

 

一発触発の状況だったが、先に矛先を引いたのは食蜂だった。

 

「な~んてね☆ そんな簡単に奪えるものならとっくに奪っているわヨ。

 

 呪い名 (まじないな)を相手にしているくらいだから私の精神攻撃(のうりょく)、

 対策されているでショ?」

 

両手を軽く上にあげ、≪降参≫を可愛くしたようなポーズでおどけながら言った。

 

「でも、本人が精神(メンタル)を強くして欲しいっていうならやってあげてもいいゾ☆」

 

「遠慮します。

 

 能力にかこつけて、精神を蜂(ハチ)に食い千限(チぎり)られたくないですから」

 

「・・・アハ☆」

 

なにか意味ありげな信乃の言葉、そして意味ありげな食蜂の笑顔。

 

お互い視線をぶつけある。

 

「資料は覚えたから処分しておいてねぇ」

 

「了解しました、女王様」

 

「それと最後に一言。

 

 あなたの能力は本当に認められるものよぉ。

 

 ≪財力≫、≪政治力≫はもちろん≪表の世界≫だって認められている。

 

 ≪マルチエージェント≫なんて良い響きじゃない☆」

 

「・・・・・昔に呼ばれていただけですよ。それに私は先輩たちのおまけでしかないです」

 

「もう、素直じゃないんだから。

 

 いいこと? ボーヤ。

 

 人の優れたところを修得するのは"パクる"とは言わないのよ。

 

 それは≪学ぶ≫と言うの」

 

最後は優雅さ、というよりは凜とした佇まいで言った。

 

資料を投げ渡して食蜂は立ち去って行った。

 

 

 

しばらく女王蜂が過ぎ去った後、重たい沈黙が流れた。

 

「前も思ったけど、あいつって本当に中学生?」

 

「・・・琴ちゃんはスレンダーなだけだから気にしすぎないでね」

 

御坂の視線が、食蜂の胸元に、メロンなサイズのアレに向けられていた事を信乃は気付いていた。

 

「そういうことじゃないわよ!

 

 人が気にしていることを躊躇なく言うな!!」

 

シリアスな空気が一瞬にして消え去ったのだった。

 

 

 

 

つづく

 



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Trick47_早く!! 美雪お姉様!! 逃げて!!!

 

 

8月某日。長点上機学園において

 

「どうしたの、美雪。元気ないじゃない」

 

「そういうシノブちゃんだってテンション低いよ?」

 

「私がテンションが高かった事ってあったかしら? equal いつものこんな感じよ」

 

「アハハハハ・・・そうだね」

 

「何を悩んでいるか知らないけど、親友にくらい相談しなさい」

 

「うん・・・少し特殊な内容だから相談しづらいかも。

 

 そういうシノブちゃんだって、悩みがあるでしょ」

 

「私も特殊だから相談が難しいのよ。

 

 but お互いに相談できる心境になったら、必ず言ってね」

 

「・・・そうだね♪」

 

「それじゃ have a nice summer vacation」

 

「ん、良い夏休みを」

 

 

 

 

2才上の親友との短い会話を終え、一人で帰路の途中に美雪は後ろから声を掛けられた。

 

「あら、美雪お姉様。こんなところで会うなんて奇遇ですの」

 

「・・・・こんにちは白井さん」

 

声を掛けたのは風紀委員のパトロール途中であった白井黒子だった。

 

「ど、どうしましたの!? 元気がありませんが何がありましたの!?」

 

美雪は人見知りだが、知り合いの中では比較的明るい性格をしている。

同姓の目から見ても(白井の百合属性を差し引いても)和む明るさを持っていた。

 

それが今、全くと言っていいほどない。白井はその姿に本気で心配した。

 

「ちょっと疲れているだけだよ」

 

「(信乃さんが美雪お姉様と冷戦状態だと言ってましたが、

 お辛いのは信乃さんと同じですのね)

 

 美雪お姉様、よろしければわたくしに相談して頂けませんか?

 微力ながら解決のお手伝いが出来るかもしれません。

 

 それに話すだけでも楽になるとも言いますの」

 

「・・・うん、そうだね。

 

 気付いているとは思うけど原因は信乃なんだ」

 

それから美雪は信乃の怪我について話した。

 

幻想御手(レベルアッパー)の入院、白井達が知らない入院までには至らないが

それでも重傷といえる怪我を何度も負って帰ってきたことを。

 

始めは美雪も喜んで治療した。信乃の役に立てる事が嬉しかった。

 

だが、同時に最愛の人が傷ついて美雪も苦しさが溜まっていった。

 

そして今回の入院で我慢の限界がきた。

 

3日も眠り続けてようやく起きた信乃に美雪は怒鳴り泣きついた。

 

本当であれば今日も起きるのが精一杯な状態。

松葉杖なしでは絶対に歩けない体調だ。

 

「・・・・信乃さん、そういった様子は全く見せませんでしたのに」

 

「戯言遣い(うそつき)を自称してるからね。

 

 それに、信乃の問題は自分の体を気遣うことがない事なの。

 

 飛行機事故で自分だけ助かった。だから何時も無意識に、

 自分が生きていていいのか考えて、それが他人を

 思いやる気持ちと同時に捨て身の行動に繋がっている。

 

 昔から優しかったけど、自分が大怪我してでも

 助けようなんてしなかったはずなのに・・・」

 

飛行機事故により、助かったのが自分ひとりだけ。

 

これは≪サイバーズ・ギルド≫と呼ばれる心理状況だ。

 

戦争や災害、事故、事件、虐待などに遭いながら奇跡の生還を遂げた人が周りの人々が亡くなったのに自分が助かったことに対して感じる罪悪感。

 

信乃の勇気あると思える行動は、この罪悪感による重圧(プレッシャー)から引き起こされていた。

 

「ありがとう、白井さん。話したら随分楽になった」

 

「申し訳ありませんの。本当に話を聞くしかできず・・」

 

「謝らないで。本当に純粋に感謝しているから」

 

「・・・・わかりましたの」

 

自分が落ち込んでは美雪を余計に落ち込ませてしまう。

納得はしていないが、白井は美雪へと笑い返した。

 

 

 

 

「ちょっとすみません。あなた、風紀委員ですよね?

 

 道を聞きたいんだが」

 

美雪と白井か話していると声を掛けてきた男がいた。

 

「あ、はい。どうかなさいましたの? っ!?」

 

「ッ!?」

 

いつも通り風紀委員として困っている人を助ける、当たり前の気持ちで振り返った。

 

当たり前のことだった為、当然心構えもしていなかった。

 

だから振り向いた白井、美雪の2人は驚きのあまり息を飲むしかなかった。

 

 

顔の造りはこれといって特徴はない。

 

驚いたのは男があまりにも表情がなかったからだ。

無表情と呼ぶにしても何かが足りなさすぎる。

何が足りないかは分からないが、足りないものが人間として必要なものだと理屈抜きで解ってしまった。

 

「み、道ですか?どちらに行きたいのですの?」

 

「長点上機学園(ながてんじょうきがくえん)」

 

「「っ!?」」

 

男の目的地は美雪の学校だった

 

得体の知れない男が自分の関係ある場所に行く。

たったそれだけのことで、2人を体験したことのない悪寒が襲った。

 

「そそそれでしたらこの道をまっすぐ、

 そして突き当たりを右に曲がられたら・・・」

 

理性を総動員して答えたが男は聞いていなかった。

 

「・・・・」

 

ずっと美雪を見ていた。

 

ギッ

 

見つめられた美雪は我慢するように強く歯を噛みしめる。

 

「あの!? 聞いていますの!?」

 

美雪を庇うように男との間に白井は割って入った。

 

「うー、聞いていた。真っ直ぐ行って右だろ?」

 

「ええ。それで学校が見えますの」

 

「わかった。・・う~? 電話か」

 

男は白井にお礼も言わずに携帯電話に出た

 

「では私たちはこれで」

 

一応断りを入れてから離れていった。

 

「なんですのあの人は。

 

 言っては失礼ですが気持ち悪かったですの」

 

「うん、何だかよく解らない感じが嫌」

 

まだ近くにいる男に聞こえないように2人は小声で話した。

 

そう、まだ3人の距離は近かった。

だから普通の大きさで話している男の声が白井達には聞こえた。

 

「うー、連れて来ればいいんだな、時宮(ときのみや)」

 

「「っ!?」」

 

はっきりと聞こえた電話先の人物名。

 

それは信乃が絶対に近付くなと警告した6人の内1人と同じだった。

 

偶然であると片付けるにしては珍しい名前。

 

それになにより、気味悪い男と警戒人物(ときのみや)が関係していると考えた方が納得がいく。

 

「美雪お姉様、行きましょうか。」

 

「う、うん」

 

男に背中を向けていたから驚いた表情は見られていないはずだ。

白井と美雪は逃げるようにして交差点を曲がり、男の視界から離れた。

 

そしてすぐに建物の影から覗いて男の様子を窺った。

 

「白井さん、今の人が言っていたのって・・・」

 

「美雪お姉様もお気付きの通り、信乃さんが言っていた注意人物ですの」

 

「・・だよね」

 

「わたくし、これからあの人の後を追ってみたいと思いますの」

 

「き、危険だよ! 信乃だって追ったりしたらダメだって言ってた!」

 

「ええ。ですが風紀委員として放ってはおけませんの」

 

「で、でも・・」

 

建物の影から男を見張ってると、歩き出したのが見えた。

 

「では行ってきますの」

 

「・・・・わかった。その代わり私も行く」

 

「!? 危険だと言ったのは美雪お姉様ですの!

 

 それをわかっててなぜ!?」

 

「私は知りたい。

 

 信乃が生きている世界がどうなっているのか、

 なぜそこまでして戦うのか、それを知りたい。

 

 ほら白井さん、早く追わないと見失っちゃうよ?」

 

「説得する時間はないようですのね。分かりましたの。

 

 ただし、わたくしの言うことを絶対に聞いていただきますの」

 

「うん」

 

「では、行きましょう」

 

風紀委員で学んだ尾行術を使い、気付かれないよう配慮して男を追った。

 

 

2人は気付くべきだった。

 

自分たちが向かっているのが死地だということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男が路地の奥へと進む。

 

その方向は男が向かうと言っていた長点上機学園(ながてんじょうきがくえん)とは全く違う。

 

白井と美雪はさらに警戒を強め、気付かれないように注意しながら男の後をつけた。

 

 

そして行き着いたのは路地の行き止まり。

 

男が電話していた事を考えると待ち合わせの可能性があるが、そこには誰もいなかった。

 

「連れてきたぞ、時宮(ときのみや)」

 

「(ヒソ) 誰に話してますの。

 それに連れてきたって誰を・・・」

 

行き止まり、誰もいない。それにも関らず男を誰かに話しかけている。

 

「ご苦労だったな、視極(しごく)」

 

「「!?」」

 

声は白井と美雪の後ろからだった。

 

反射的に前に逃げ、離れて振り返った。

 

視極(しごく)と呼ばれた男とは真逆の印象の男が君臨(・・)していた。

 

顔は誰もが美形と認める顔立ち。

 

だが優男のような弱々しさはない。

 

一言で表すならば“王”

 

圧倒的な存在感を放つ男が、否、圧倒的な存在そのものがいた。

 

「で、そいつがターゲットの女か?」

 

「ああ」

 

「連れてきたって、わたくしのことでしたの!?」

 

「当然だ」

 

肯定の言葉が後ろから聞こえた。

 

当初は長点上機学園(ながてんじょうきがくえん)に向かっていたのは嘘ではない。

 

だが目的があって向かっていたのであり、目的が移動、または目の前にいたら向かう必要はなくなる。

 

目の前の目的を路地(ここ)に連れてくるため、2人に聞こえる大きさで『時宮』のキーワードを出してわざと追跡させたのだった。

 

後ろからの声で反射的に時宮から離れたが、それが不味かった。

 

入ってしまったのは行き止まり路地。

 

時宮と視極の間、完全に挟まれた形となった。

 

「美雪お姉様! いったん逃げましょう!」

 

白井は美雪に手を伸ばす。

 

白井の能力は空間移動(テレポート)。能力を使い、この場を離脱しようと考えた。

 

だが届くことはなかった。

 

美雪が離れたわけでも白井が吹き飛ばされた訳でもない。

2人の間に邪魔な物体が割り込んできたわけでもない。

 

 

白井の伸ばす腕が急に動かなくなっていた。

 

 

「え・・・? な、なんですの体が!?」

 

「白井さん! どうしたの!?」

 

「体が急に動かなくなって!!」

 

「相変わらす見事な能力。さすがの死配(しはい)だな」

 

「君の前で支配なんて言葉、恐れ多くて使えないよ。

 

 俺はただの傷配人(しょうばいにん)だ」

 

そう言って路地の男、視極(しごく)と呼ばれた男は両腕を広げて大の字のポーズをとった。

 

同じように白井は持っていた鞄を離し、両腕を広げたの状態で動けないでいた。

 

「精神操作の能力!?

 

 ですがレベルが高くてもここまで短時間で前触れもなくできるなんて!!」

 

風紀委員としてある程度冷静で的確な答えを出した白井。

 

だが、それはあくまで科学の街での話だ。

 

「ふん、俺達が裏切り同盟と知っていて着けていた割には科学(のうりょく)で

 物事を考えているとは、貴様馬鹿か?」

 

「う、裏切り同盟?」

 

「なんだ? 碧空(スカイ)の奴は言っていなかったのか?

 まさかお前、もしかしてただの科学(おもて)の人間か?」

 

「先程から何を訳の解らないことをいってますの!?」

 

「は、はははははは! これは愉快だ!

 

 たかが表の人間程度が俺達を着けてきた?

 身の程を知らない馬鹿はどこにでもいるものだな!」

 

「時宮。そろそろ目的を・・・」

 

「・・そうだな」

 

そう言って時宮は近付いてきた。

 

ゆっくりと。その遅い速度が2人の恐怖を加速させた。

 

「美雪お姉様 お逃げ下さい!目的はわたくしですから早く!!」

 

「身の程知らずの上に自意識過剰か。ここまで来るとウザいぞ、表の女」

 

「ど、どう言うことですの?・・・まさか!?」

 

目的は自分達にあることは間違いない。最初の会話で視極も認めた。

 

だが、白井(じぶん)ではない。

ならば残された答えは、子供でも分かる。

 

「俺達の目的はそこにいる長点上機学園(ながてんじょうきがくえん)1年特待生、西折美雪だ」

 

「「!?」」

 

白井の答えは完全に当っていた。

 

「美雪お姉様! 早くお逃げください!! 早く!!!」

 

「あっ・・・」

 

元々人付き合いが得意でない上に男性恐怖症の美雪には限界を超える恐怖だった。

 

恐怖で固まった体は思い通りに動くはずもなく、一歩下がるのがやっとだった。

 

「ふふふ、いい、すごくいい。恐怖に染まった顔。興奮する」

 

ジュルリ、と舌なめずりをしながら一歩、また一歩と近付いてくる時宮。

 

「いや・・や・・めて・・・来ないで」

 

「おいおい。何も命を取ろうとしている訳じゃないんだぞ?

 

 それなのに拒絶の言葉はひどいではないか?

 ショックで倒れてしまったら大変ではないか。

 

 だから  ダ ま レ   」

 

「「!?」」

 

時宮は美雪に触れてはいない。路地にいる視極も同じだ。

 

だか美雪が急に静かになった。恐怖の言葉も嗚咽も全く出さなくなった。

 

いや、正確には声が出せなくなった

 

操想術師(そうそうじゅつし)、時宮(ときのみや)。

 

以前にビックスパイダーの蛇谷を痛みも意志もない操り人形に変えたのは

この男、時宮(ときのみや) 時針(じしん)であった。

 

その能力は簡単に説明をすると視角を使い、恐怖を司る催眠術。

 

だか根本的な正体は不明。科学(ちょうのうりょく)でもなく、魔術でもない未知の力。

 

美雪の声は一瞬で封じられた。

 

「美雪お姉様! 早く逃げ・・・ど、どうなさいまし・・・たの!?」

 

白井が見たのは自分の喉を押さえて必死の顔で口を開閉している美雪の姿。

 

「どうなさいましたの、だと? まさか解らないとでも言うつもりか?

 これだから表の人間は・・・」

 

心底呆れた、心情を全く隠す気のない顔で時宮は白井を見た。

 

「まあ、どうでもいい。ターゲットはそこの女だ。

 誘拐、最低でもしばらくは能力を使えない状態にすればよかったよな?」

 

「うー。だだし殺すことや大怪我はだめだぞ?

 学園都市から注目されている人間だからやりすぎてはいけない。

 

 学園都市が本格的に動く理由を作ってはいけない。

 

 奇野の対策のため、しばらくの間動けない状態であれば問題ない」

 

美雪の能力値は高くない、たかがレベル3程度だ。

 

しかし学園都市からは重要視されていた。

 

その理由は美雪の薬剤師としての能力の高さが大きく評価されていたからだ。

 

昨年発表された新薬の内、50%は美雪が開発に携わっており、個人研究では能力開発の際に投与する薬を、従来の1.5倍の確率で能力を発動させるものがあった。

 

それほどの人物を学園都市が注目しないはずがない。誘拐などでも大騒ぎになるだろうが、死亡や大怪我などの事件が発生したら大規模な力で犯人を潰すだろう。

 

時宮たちはそれを警戒していた。しかしそれでも裏の世界の人間。誘拐でも躊躇無く実行してきた。

 

「ふむ。殺し、大怪我を避ければいいのだな? ならば少々遊ぶのは問題なかろう。

 

 “奴”の関係者だからな」

 

空気が凍るような一言だった。

 

遊ぶ。その意味を視極を含め、白井と美雪も分かってしまった。

 

世間一般的に言う遊びでは絶対に違う。

 

人間をおもちゃにした遊びだ。

 

それが性的なことなのか、暴力的なことかまでは分からない。

だが、非人道的であることは間違いなかった。

 

 

「早く!! 美雪お姉様!! 逃げて!!!」

 

「うるさい表の女。視極、黙らせろ」

 

「うー、まったく君は好きだね・・・」

 

視極はため息をつきながらも行動に移った。

 

右手の拳を握り、思い切り、躊躇無く、遠慮無く、淀み無く、“自分”の喉を殴った。

 

そして

 

そして傷配人(しょうばいにん)の配下にある白井の体も同じ動きをした。右手の拳を握り、思い切り、躊躇無く、遠慮無く、淀み無く、自分の喉を殴る。

 

「か、はっ」

 

あまりの出来事に起きく目を見開いた白井だが、声は出せなかった。美雪と同じように、声を封じられた。

 

痙攣して足に力が入っていないように震えるが、それでも白井は傷配人の配下にある限り倒れることすら許されずに立ち続けさせられた。

 

「ふむ。これで静かに楽しめる。

 

 西折美雪、君は知っているかな?

 

 人は目が見えないだけで恐怖が数倍に増す。

 そして視覚以外の感覚が鋭くなり、痛みをより強く感じるんだ。

 

 こんな風に、な」

 

目の前の位置にまできた時の宮は、右手の人差し指と中指を、美雪の両目に近づける。

 

 

「   ミ る ナ   」

 

 

宣言した。

 

指で目潰しをしたわけではない。

 

だが美雪の目は声と同じく役割を果たせなくなった

 

理解不能の能力。許容量を越えた恐怖は、彼女の心を壊し始めた。

 

「時宮、さすがそれはやりすぎじゃない?」

 

「気にするな、“奴”には苦汁を舐めさせられているんだ。これぐらいは許される」

 

そして美雪の首筋に触れ、爪先をゆっくりと皮膚へと喰い込ませる。

 

皮膚が破けるか、ギリギリの力加減で徐々に強くしていく。

 

「時宮、視極、いいかげんにしろ」

 

と、そんな時宮を止める声が聞こえた。

 

視極ではない。

そんな声に姿は見えず、どこからともなく届く。

 

「なんだおまえも邪魔をするのか、拭森(ぬくもり)」

 

「遊びの時間はここまでだ。結果的に視力を奪ったのだから目的は達成だろう。

 

 それよりも“奴”が来るぞ。

 

 “弐栞”が来るぞ」

 




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Trick48_そんな血筋だと知ったのは1年ほど前です

 

常盤台で御坂達に報告を終えた後、信乃はそのまま氏神ビルへと向かった。

目的は常盤台と同じく襲撃事件の直接報告。

 

四神一鏡(こちら)への報告は食蜂とは違い、

報告書だけでなく信乃に取り調べを行ない、根ほり葉ほり問い詰められていた。

 

そして数時間後、全ての受け答えを終わり、ビルの最上階である氏神クロムの部屋にいた。

 

 

 

「ふ~、疲れました」

 

大きく一呼吸。客人用の豪華なソファーに身をゆだねて信乃は呟く。

紅茶の入ったカップを信乃の前に置き、自分の分のカップを持ってクロムも座った。

 

「今日の尋問、事件直後に出した報告書と全く変わらなかったわね」

 

「・・私が嘘を言っているか疑っていることより、尋問って単語が気になるのですが」

 

「ペンチを使って爪を剥いだ方が良かったかしら?」

 

「それは拷問です」

 

すかさず信乃のツッコミ。

 

しかし四神一鏡の幹部が言ってしまうと冗談に聞こえない。

クロムの人柄を抜きにしても、この組織ならそれぐらいやるだろう。

 

「でも仕方が無いわ。

 

 私個人が信乃君に持っている信頼は、私の部下には意味がない。

 

 特にあなたの場合は“名字と血筋”に一癖も弐癖もあるもの」

 

「そんな血筋だと知ったのは1年ほど前ですし、自覚もありません。

 今後もあそこに所属するつもりはありませんよ。

 

 私の祖父を追い出した機関なんかには特に」

 

「なら四神一鏡(うち)に正式所属しなさいよ。今以上に優遇するわ」

 

「ありがたいお誘いですが、私は自由気ままな野良猫生活が気に入っていますから」

 

「あら、フられちゃったわ。お姉さん悲しい」

 

出会ってから半年近くになるが、クロムと信乃との間で10回以上となる

お誘いとお断りが今回も出てきた。

 

「そういえば、明日から合宿よね? あなたはどうするの?」

 

「この状態では普通の参加はできそうにないですね、ハハハ・・・」

 

信乃は苦笑いを浮かべた。

 

「どうするのよ? あなたは小烏丸のリーダーであり、

 A・Tの先輩でしょ?

 

 上級の宗像なら1人で訓練もできるけど、

 まだ初級の黒妻は教える人がいなければ合宿での成果は望めないじゃない?」

 

「そうですね、あと佐天さんも同じですね」

 

「あ、そういえば居たわね、あの子も」

 

「もう、クロムさんは・・。佐天さんが有能なのに自分の経営する

 学校に入ってないからって、忘れたふりなんて意地悪をしないでくださいよ」

 

「べつに~。そんなこと思っていないし」

 

「何いじけているのですか、大人気ない」

 

「でも信乃、小烏丸にいるのに、普通の学校に通い続けるのは少しまずくない?

 学校側で防衛の体勢なんて敷いていないでしょう?」

 

「佐天さんの注目すべき点は、能力の伸びしろにあります。

 むしろ現段階では、相手にしては眼中にないでしょう。

 

 ですから、この合宿中に初級から中級になってもらう予定です」

 

「で、具体的にはどうするの? あなたは参加できないでしょう?」

 

「ええ。それを踏まえて、クロムさんにお願いがあります。

 黒妻さんと佐天さんに、これを渡して下さい」

 

信乃がテーブルの上に置いたのは黒、白が1つずつのA・T用ケースだった。

そして1台のノート型PC。

 

「これは?」

 

「中級に上がるために通るべき『道』です。

 A・Tは2人に合わせて調律(チューニング)は完了しています。

 

 そしてPCですが、これに2人の師匠になってもらいます」

 

「と、言う事はPCに入っているのね?」

 

「ええ、位置外に協力をしてもらい、『あの人』をPCに入ってもらいました。

 私よりも的確な指示を、指導をしてもらえるはずです」

 

「・・・・このPC、四神一鏡(うち)で中身を調べてもいいかしら」

 

「ん~、構いませんが、骨折り損になると思います。

 ハードもソフトも作成者は位置外水、彼女です。

 学園都市“程度”では解析は出来ないと思いますよ」

 

「あー、やっぱりそうか。それじゃ諦めることにするわ」

 

「意外に引き際が良いですね」

 

「確かに欲しい技術と『人』だけど、位置外に勝っているとは思っていないし。

 あの子、“樹形図の設計者”(ツリーダイアグラム)の製作者の子供でしょ、無理よ。

 

 それに信乃、あなただって調べてほしいとは思っていないでしょ?」

 

「ええ、まぁそうですね。『あの人』は私の師匠でもありますし、

 手を出されたくは無いですね」

 

「だからよ。あなたの好感度を上げておけば、後でいいことがあるしね」

 

茶目っけのウインクをしながら、冷めた紅茶の口に含んで氏神クロムは笑った。

 

「さて、陽も傾いてきましたし、御いとませてもらいます」

 

「下に車を回すわ。乗っていきなさい」

 

「ありがたい言葉ですが今日は遠慮しておきます。

 

 リハビリも兼ねて歩いて帰りますが、家に着いたとき美雪に車を見られたら大変ですから。

 クロムさんが怪我人を呼んだってことで怒り狂いますよ。

 

 あくまで、今日は私が勝手に家を出て散歩したに過ぎません」

 

信乃はシニカルに笑い、部屋の扉へと向かう。

松葉杖を使い、ゆっくりと少し不安定な足取りで進む。

 

「怪我しているのに悪かったわね」

 

「そう思うなら呼ばないで下さい」

 

「それは無理よ。これでも四神一鏡のトップなのよ?

 あなたは特殊とはいえ傭兵なの。傭兵の怪我なんて気にしてられないわ」

 

クロムは少し悲しそうな顔をしていたが、窓から入る夕陽が影を作り彼女の表情を深く読み取ることはできなかった。

 

 

 

 

 

氏神ビルのロビーから外に向かう。

自動ドアのガラスから見える景色は夕陽色に染まっていた。

 

「こりゃ、早く帰るだけでなく言い訳も考えないとな」

 

美雪に内緒で信乃は出掛けていた。

 

学校を休んで信乃の看病をしていた美雪だが、今日が終業式と言う理由で

信乃が説得し、学校へと行かせた。

 

1週間近く休んでいた為、連絡事項や手続きなどで遅くなるだろう。

その前に帰らないといけないが、勘のいい美雪には信乃が出掛けたのは気付かれているかもしれない。

 

だから出来るだけ機嫌取りを考えながら足を進めた。

 

「さて、と」

 

外に出る前に信乃は意識を集中させる。

 

 

 魂感知能力

 

 

それは“死神”と呼ばれている一族が使えるスキル。

信乃が学園都市に来る前の旅の途中で出会った男から教えてもらった技術だ。

 

この技術は魔力を使う訳でもなく、超能力に区分されるものでもない。

完全なる人間の持つ力で使用するスキルだ。

故にそういった方面でも才能が皆無の信乃でも使え、こと状況判断が必要な場面では使い勝手が良かった。

今もいつものように建物から出るという狙われやすい状況では癖として発動させる。

 

「ん・・・?」

 

違和感がある魂を見つけた。

 

別に自分を監視しているわけではないだろう。

 

変な魂があるのは1kmほど先。

場所は複数の建物郡の向こう側、自分の記憶の地図が正しいのであれば路地裏だろう。

 

かなりの透視能力者でもない限り監視ができない状況だ。

むしろ数km先から望遠鏡で覗いた方が確実かつバレないだろう。

 

と言う事は男が信乃の感知範囲にいたのは偶然。

信乃へ敵対の為に配置した人間ではない、はずだ。

 

 

では対処はどのようにするか。

 

見つけた人物は“違和感”がある程度。

“敵”というわけでもなく、魂の異常に“確信”がある訳ではない。

 

更に、現在の信乃は怪我を負っている。

無理をすればA・Tを使えるが、良くて中級者程度だ。

立ち回れて、戦えるとは言えない。

更に今持っているA・Tは調律すらしていないド・ノーマル仕様。

 

そのマイナス要素の中、信乃が出した結果は“向かう”であった。

信乃が学園都市に来たのは“ハラザキ”と相対するため。

 

だが、ハラザキが直接に関わっている事件にはあまり遭遇率が低い。

学園都市の理事の力を借りても未だに影の端しか見えない。

 

だから僅かな可能性でも賭けてみるしかないのだ。

氏神ビルから近い路地裏へと自然に入り、早々にA・Tを装着する。

 

「それじゃ、当たりでありますように」

 

足の症状が悪くならない程度の速度で、しかし苦痛を伴う走りで目的地へと向かった。

 

 

つづく

 




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Trick49_だから俺は悪くない

 

 

 

近付くにつれて、信乃の違和感が確信へと変わった。

同じ感じの魂が複数あったのだ。

 

そこまで来れば充分に疑う要素となる。

当たりだ。それは信乃にとって嬉しい出来事だった。

 

先程以上に気合を入れて走り出した信乃だが、新しく感じ取った魂が動揺を走らせた。

 

「な・・・・なんでここに・・・」

 

その優しく、そして世界で一番愛おしい存在と同じ魂。

 

「あの馬鹿。なんで寄り道して帰ってんだ!

 

頼むから無事でいてくれよ、美雪!」

 

西折美雪。

信乃が帰れば明るい笑顔で迎えてくれる大事な家族だ。

 

気合を入れた走りから、決死の走りに変えて強く、強く地面を蹴った。

 

 

路地の曲がり角は狭くて直角になっている。

100km/hを超える速度では普通では曲がれない。

 

だが、それを可能とするのが信乃とA・Tだ。

地面を蹴り、曲がる方と逆方向の壁に足を付ける。

 

瞬間、壁を蹴って曲がり角へと入る。

直角の曲がり角を入射角度45度で鋭く、かつ無駄なく曲がり切る。

 

怪我をしているとは思えない華麗な動き。

しかし信乃の表情は無表情でも普段はない冷や汗と顔色の悪さが万全ではない事を隠し切れていなかった。

 

「早く、もっと速く! 疾く!!」

 

それでも足りない。速さが足りない。

限界を超えて走り続けた信乃は、美雪を感知してから数分とかからずに近くへと来た。

 

それと同時に4人の男たちが狭い路地で待ち伏せをしていた。

 

「おまえらか、妙な魂の奴らは」

 

普通に見た限りでは妙なところはないただのスキルアウトの4人。

服装が一般生徒と比べてラフだが、それでも一般的なスキルアウトと考えれば普通だ。

 

それでも異様しか思えない部分がある。

4人に共通して目が虚ろなのだ。

1ヵ月前、ビックスパイダー事件での蛇谷たちと同じように虚ろな目をしていた。

 

「覚えておくよ。この魂の感じは人形の共通事項だって」

 

明らかに棒読みで、本当に覚えるつもりがあるか疑問に感じる物言いだが、今考えるべきは目の前にいる“敵”。

 

「生憎、てめぇらと勝負をするつもりはない。

というより操られているお前らと戦わされている時点で俺の負けだ

でも、勘違いするなよ?

 

操られているだけなのにかわいそう。

 

とか

 

ちなみに俺は全然思わない。

操られている奴が悪い。

 

だから

俺は

悪くない」

 

 

 

炎の道(フレイム・ロード)

  Trick - AFTER BURNER -

 

    + - Quick-Action Aeon Clock Perfect Combustion -

 

 

瞬時に容赦なく掌底と拳を叩き込み、地上の3人の動きを封じた。

 

残りは1人。だが地上にはいなかった。

 

ローラーを回転させ、壁登りで信乃の上を取っていた。

 

 

紛れもない A・Tの動きを使って

 

 

 

小烏丸以外にA・Tを使っている人間がいる。

 

それは驚くべき事態だが、予想できない事態ではなかった。

 

「その程度か」

 

冷たい一言が男へ向ける最後の言葉。

 

 

炎の道(フレイム・ロード)

  Trick - Spinning Wallride Fire Point Jump -

 

   +

 

轢藍の道(オーヴァ・ロード)

  Trick - Iron Hammer -

 

 

 

炎の移動と轟の攻撃。

一瞬で通り過ぎ、頭上からの蹴り落としで沈める。

ハラザキ側で開発されたA・Tと初めての対戦は瞬殺で終わった。

 

その事実に考え耽ることなく、信乃が考えているのは美雪の事だけ

更に速度を上げて進む。

 

そして次の角を曲がると1人の男が待っていた。

 

『やぁ、初めましてと言うべきかな。

 

弐栞(にしおり) 信乃くん』

 

「どけ」

 

 

炎の道(フレイム・ロード)

  Trick - Rondo At The Fire -

 

 

話を聞かず躊躇なく攻撃する。

≪時の番人≫と呼ばれた男が使っていた48ある必殺技の一つ。

高速移動で多角度から同時と変わらないタイミングで攻撃を行う技(トリック)。

 

刹那の時間で男は空中を舞い、両腕両足の関節が変な方向へと曲がりながらグシャリと地面に落ちた。

 

「美雪! おい! 大丈夫か!?」

 

「ッ! ------!!!」

 

信乃が目の前に立つが、どこを向いて良いのか分からない様子で顔を左右へと彷徨わせるように動かす。

それだけで勘の良い信乃には何があったのか解った。

 

「・・まさか・・・」

 

『ご明察。彼女は今、見る事も話す事ができない。

 

そんな彼女は放っておいて。改めて初めましてだね。

 

弐栞信乃くん』

 

声は立ち上がる男から聞こえた。

 

だが顎の関節も外してあるから話す事も出来ない筈。それ以前に両足の股関節、膝、足首に至るまで徹底的に攻撃したはずだが立ち上がっていた。

 

「・・・・美雪に何やった?」

 

『ふふふふ、私に聞くことはそれかね?

 

≪A・Tどうやって作った?≫

≪何故、自分の君の本名を知っている?≫

≪攻撃したのになぜ立ち上がれる?≫

≪どうしてハラザキと手を組んでいる?≫

とか、他に色々聞くべきことはあるじゃないのかい?』

 

「答えろ。美雪に何をした!!?」

 

『落ち着けよ、クールになれよ。

 

それが人類最速の請負人と呼ばれている人物とは到底思えない程に

冷静さが欠けているぜ。

 

無関係で傀儡にされた相手に、どれほど手加減をして苦戦するか見たかったのに

容赦なく攻撃するとは予想外だ。

 

むしろ彼女が襲われた後に到着した事で、八つ当たりに近い攻撃をしているように

見える。この体が時宮ではなくただの傀儡であると気付いてなお攻撃してきたよね。

 

それほど彼女の事が大事かい?』

 

関節がまともに機能せず、フラフラになりながらの男は、美雪を襲った時宮ではなかった。

 

先程、信乃が攻撃した4人のスキルアウトと同じ傀儡。

声は胸ポケットに入っている携帯電話のスピーカーから聞こえた。

 

「美雪に手を出したのは、てめぇか?

 

時宮(ときのみや) 時針(じしん)」

 

『その通り。どうしても君と話がしたくて傀儡をここに1体残していたよ。

 

あと、実力が見たくてもう一体を用意した』

 

「ッ!?」

 

気配は上からだった。

 

時宮と信乃の間に降り立つ男。

5階以上の高さから降りてきたはずだが、その着地の音はカチャっと軽いものだった。

 

そう、聞き慣れた音だった。

男の足にはローラーブレードが

 

否、A・Tが装着されていた。

 

「懲りもせず傀儡にA・Tをつけさせたのか?

 

 そいつと同じ奴ならさっき倒した。結果は同じだ」

 

体勢を低く、速効で動く。

 

 

炎の道(フレイム・ロード)

  Trick - AFTER BURNER -

 

 

A・T最速級の技で動く。そして繋げる技も同じく最速。

 

「その命の時を止める」

 

 

炎の道(フレイム・ロード)

  Trick - Quick-Acting Aeon Clock -

 

 

1秒の間に出されるのは数十発の掌底。

 

“時”が発動され一方的に男は倒されるはずだった。

 

「え?」

 

手ごたえはあった。だが人間の体を攻撃した感触と同じではない。

 

目の前の男を見れば、片手を突き出すポーズをとっていた。

 

(なっ!?

 

 奴の前に・・・・・俺の“時”を阻む空気の壁が!?)

 

 

 

  Trick - The Wind Wall of Refusal -

 

 

 

自分が使った事のある翼の道(ウィング・ロード)の防御ではない。

翼の道では出せない、格段と固く、一発の攻撃すらも通さない空気の壁。

 

「嘘だろ・・・なんで・・・」

 

その漏れた言葉は、攻撃が通じなかった事の驚きではなく

防御に使った技(トリック)に対してだ。

 

間違いない。目の前にいるのは、A・Tを装着しただけの傀儡ではない。

 

 

A・T使い(ライダー)

 

 

信乃と同じ土俵の存在。

 

少し考えれば分かる事だったはずだ。

ここに到着する直前、敵の人数を魂感知で確認した。

その人数には、この男は含まれていなかった。

 

つまり魂感知の範囲外から、ここまで数秒間できたという事だ。

 

このレベルの移動が出来るのは能力者や魔術師を除けば・・・本物しかいない。

そして次に出された技、技(トリック)も“本物”の“A・T使い(ライダー)”にしか出せないものだった。

 

 

  Trick - Implosion Gun -

 

 

風の面を操るのではなく、風の面を破壊することで

驚異的な威力を出す。それは風を操作しているが翼の道ではない。

 

先程の空気の壁と同じく、固くて力技がメインの道。

 

そして“王の8本道”(ロード・オブ・エイト)には数えられていない、

しかし重力子(グラビティ・チルドレン)が走っていた道。

 

風系統攻撃特化型の道。

 

「風爆の道(ゲイル・ロード)だと!!?」

 

防御と攻撃、立て続けに繰り出された風爆の道を防げたのは、信乃の染み込んだ戦闘経験の賜物だった。

 

反射的に両腕を前に突き出す。繰り出されるのは奴と同じく空気の壁。

 

 

翼の道(ウィング・ロード)

  Trick - Feather Dome -

 

 

しかし、辛うじて出したのは同じ風系統でも翼の道。

 

攻撃特化型の攻撃と、汎用型の防御。

 

信乃に勝てる道理はない。

 

「ぐぁ!!」

 

せめてもの足掻きに、自分の壁を敵の攻撃の下へ潜らせて方向を上へずらす。

それで後ろにいる美雪と白井への影響は最小限に抑えられた。

 

だが防御の起点となった信乃は、後ろの壁まで一気に吹き飛ばされてしまった。

 

「がっぁ! ゲホっ」

 

食道、または気管から溢れた鉄の味が口に広がる。

 

「くそったれ・・・」

 

『ほう、なかなかやるものだな。罪口の道具は』

 

スピーカーからは感心したような時宮の声が聞こえた。

 

『だが、ここまでのようだ』

 

「せやな。この体、技(トリック)2回で潰れてもうた。

 ほな、あとはよろしゅうな。 ゲボォ!!」

 

敵のA・T使いから初めての発言。それと同時に相手のA・Tが粉々に壊れた。

そして攻撃をした相手も全身が痙攣して倒れた。

目、鼻、口、耳からは血が流れ始め、数秒間の痙攣ののちに動かなくなった。

 

『ふむ、中々良い見せものだった。誉めて使わす』

 

時宮は倒れた奴がいなかったように、ただ面白いものが見れただけを感想として言った。

 

『これで今回の目的は全て果たした。今日はここまでのようだ。それではま「させるか」』

 

最後の言葉を繰り出す前に、信乃はもう一度足掻いた。

倒れた体を起こし、高速移動で時宮の傀儡に辿りつく。

 

そして瞬時に男の胸ポケットから携帯電話を盗み取り、電源を切りバッテリーを抜き取った。

これで例え携帯電話に自動全部消去ウイルスが入っていたとしてもある程度防げるはずだ。

 

“戦闘”では敗北したが、奴らへの手掛かりを辛うじて奪い取った。

 

「はぁ・・・はぁ・・・・」

 

あとは、襲われた2人。美雪と白井を運ぶ事だけだ。

うつ伏せで意識を失っている白井を小脇に抱え、次は美雪を運ぶために上を彼女の背中へと回す。

 

ビクン!

 

腕を回した瞬間に全身から拒絶と恐怖が伝わってきた。

別に信乃に対して拒絶をしたわけではない。

 

だが、自分に触れるもの全てが敵意があると思えるほど美雪は怯えきっていた。

 

「大丈夫だ。絶対に俺が助ける」

 

ゆっくりと抱き寄せ、美雪の頭を自分の胸へと優しく押し当てる。

それに応えるかのように、美雪は震える手でゆっくりと信乃の背中に手を回した。

恐怖は簡単に抜けるはずもなく、爪を立てる様に強く振るえながらであった。

 

「しっかり掴まってろ。すぐに病院に行く」

 

返事はなかったが、美雪が抱きつく力が強くなった。

右腕で抱えるように白井、左腕で抱きしめるように美雪を運ぶ。

 

信乃は2人の体に負担を掛けないように全身をバネにして壁を昇り、

屋上を渡って最短ルートでカエル顔のいる病院へと向かった。

 

 

 

つづく



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Trick50_なんのつもりかしら、“碧空(スカイ)”

 

 

 

病院に到着してから2時間後、美雪はようやく落ち着いて眠りについていた。

むろん信乃は傍におり、手はガッチリ繋いだい状態である。

 

病院に到着、むしろ突入に近い形で10階のカエル医者の部屋に窓から

直接入って行った。

 

いきなりのことで驚いた顔をしてさらにカエルっぽくなったが

そこはさすが名医、信乃の抱える2人を見てすぐに医者の顔に戻った。

 

内線電話で看護婦を呼び、まずは白井を診察。

 

信乃に抱きしめられている美雪よりも、ぐったりとしている彼女を優先させた。

 

診察は10秒も掛からず終了。

喉という急所にダメージを負っていたが、後遺症の心配もない程度らしい。

 

部屋に入ってきた看護婦に指示を言い、ストレッチャーに乗せられて

白井は部屋から治療室に連れ出された。

 

そして美雪を診察しようとして近づいてきたが、近づいてくる足音だけで

美雪は震えて信乃へと今以上に強く抱きついた。

 

話す能力を封じられていなければ間違いなく大声で叫んでいただろう。

激しく恐怖で震える背中が、そう感じさせずにはいられなかった。

 

美雪への直接の診察は不可能と判断し、信乃への質問。

そして気付かれないように脳波測定装置を頭に付けさせた(もちろん信乃が付けた)。

 

微かな音も出さず、気配も出来るだけ消して美雪へ負担を、恐怖を与えない配慮は

さすが命医(めいい)といったところだ。

 

それから1時間も慎重に診察は続けられた。

 

 

 

「(ヒソ)先生、ありがとうございます」

 

「(ヒソ)別に構わないよ? 小さい時から知っている仲だからね」

 

このカエル医者とは、信乃が4年前の飛行機事故で死亡扱いされる

前から付き合いがある。

 

薬が効きづらい体質の信乃をどうにかしてくれると考えて訪れたのが始めだった。

 

信乃の体質を変えることは出来なかったが、美雪を薬剤師としての道に誘ったのは

カエル医者である。

 

いわば医者として美雪の師匠に当たる人物であった。

 

そして現在(2時間後)は特別個室で美雪と信乃が共にベッドに腰かけていた。

 

美雪の診察中は震え続けていたが、診察が終わって信乃が

励ましながら頭と背中を撫で続けたおかげで、今は落ち着きを取り戻して眠っている。

 

それでも信乃からは離れようとせずに腕はしっかりと信乃の背中でホールドしていた。

 

隣同士に座り、全体重を信乃に預けるようにして美雪は眠っていた。

美雪が眠ったのを確認し、起こさないように細心の注意を払いながらベッドへと横たえさせた。

 

その後、ナースコールからカエル医者を呼んで

起こさないように細心の注意を払いながら話をしていた。

 

「どうですか、美雪の体は?」

 

「怪我などは全く問題ないようだね?

 

脳波など頭も調べたけど全体的に見れば異常はなかった」

 

「全体的に見れば、ですか」

 

「ああ。信乃くんから『見えない』『話せない』ことは聞いていたから

脳で視覚や言語を司る部分を中心に注意して調べたよ。

 

それでようやく解った。視覚や言語を司る部分が働いていなかった」

 

「それは・・・・治りますか?」

 

「症状としては見た事がある。

 

強力な催眠により脳の活性、非活性状態の研究論文があったはずだ」

 

「つまり催眠術によるものだ、ということでいいですか?」

 

「その通り。調べる限りでは症状が進む気配は見当たらないから

今以上にひどくなることはないよ?

 

 あと、 君が連れてきた風紀委員の女の子も軽傷だから安心してくれ」

 

「そう・・・ですか・・・・

 

 先生、お願いします。美雪を助けてください」

 

「当然だよ。絶対に助ける。それが僕の仕事だ」

 

≪全力を尽くす≫などという医者が普通に言う言葉ではなく、力強い確約を返してくれた。

時宮の催眠術が強力な事はこの医者も知っている。

何故なら半月前、蛇谷たちの操想術を治療担当したのが彼だからだ。

 

正確に言えば、今も担当している。

そう、現在も2人は完治していない。暴れない代わりに眠り続けている。

 

世界一といっても過言じゃない医者の実力を持ってしても、未だに直す事が

出来ていないのだ。

 

だが信乃は知っていた。この医者なら絶対に助けてくれる事を。

 

「よろしくお願いします。

 

美雪へのメンタルケアは私が請け負いますから」

 

「当然だよ。僕は治す事は出来ても支えることはできないからね。

 

美雪くんの心を支えてあげられるのは家族の、信乃くんの役目だよ?」

 

「・・・・はい」

 

「いい返事だ。

 

美雪くんの状態だと、まともに食事も取れそうにないから点滴をあとで持って来るよ。

 

あとは君の治療だけど・・・・」

 

「それは美雪の調合した塗り薬を自分で使いますから。

調合データは病院にありますよね」

 

「それは疲弊した足に効果のある薬だよ。今の君はそれだけじゃない。

 血を吐いたんだ、それを少し自覚してくれ。

 

本当ならば君が真っ先に治療する必要があるのだけどね。

何をどうやったら、体、特に足にそんな負担をかけられるんだい?」

 

「・・・・やっぱり重症ですか?」

 

自覚があったのか、苦笑いをしながら聞いた。

 

「血を吐いた原因は肺への損傷だが、それは問題ないレベルだ。特に処置の必要はない。

 

 足はさっきの簡単な触診だけで、はっきりとした結果は言えないけど

 疲労骨折の寸前だよ。ヒビは複数個所に入っている。

 

 そもそも少し前に絶対安静の大怪我をしてきた人間が

 どうやってこうなるまで動いたのか不思議でしょうがない」

 

「・・・根性?」

 

「・・・・まあ、いいよ。

 

君は学園都市理事の氏神くんと知り合いだったね?

と言う事は裏の事情に関わるだろうから深くは聞かない。

 

代わりに、大怪我しても死ぬ前に僕の所に来てくれよ?

絶対に助けるから」

 

「・・・優しいですね」

 

「それ以上に、君に抱かれている可愛い弟子が大泣きするからね。

可愛い女の子には笑顔でいてもらわないと」

 

「同感です。死ぬ前には絶対に会いに行きますし、

美雪に泣かれるのは絶対に嫌ですから」

 

答えを聞いてカエル医者はニンマリと笑い、病室から出て行った。

 

 

 

 

それから数分後は静かな時が流れた。

 

美雪は安定した寝息をたてている。

 

病状?も進行することが無いのは命医からのお墨付き。

ならば今は大人しく美雪の面倒を見ることが信乃の仕事だ。

 

と、自分自身ではそう思っていた。

 

 

カツ、カツ、カツ

 

廊下から響くヒールの音が聞こえた。

 

信乃達がいるのは特別個室。部屋だけでなく階全てが一般病室とは違う。

 

この階に訪れる人間は許可を取った特別な人間、もしくは病院関係者だ。

 

病院関係者が不安定な足元のヒールを履くはずがない。

 

ならば病室に訪れる事を許可された人間だろう。

 

ヒールの音は信乃たちがいる部屋に近付いてくる。

 

そして一番音が大きくなったときにドアが開かれた。

 

赤髪の女性が信乃を睨みながら入ってきた。

 

「なんのつもりかしら、“碧空(スカイ)”?」

 

「・・・・やっぱりあなたでしたか、氏神クロム。

 

 できれば静かにしてもらえませんか? 美雪が眠っているので」

 

許可を取れる人物は限られているし、自分を訪ねて入院をして数時間後に来る

人物はさらに限られる。

 

この2つの条件を満たす人間は、学園都市にはこの人しかいない。

 

学園統括理事の一人にして四神一鏡のトップ

 

 氏神 クロム

 

「私の知った事ではないわよ。

 

 そんなことより、なんのつもりかしら?」

 

病人に対して≪そんなこと≫と言って切り捨てた。

 

いつもの姿はない。

 

ジュディスの母親として優しい表情も、小烏丸の支援をして微笑む表情もない。

 

「たかが学生一人が襲われただけよ。

 

 あなたは早く戻ってハラザキの調査に参加しなさい、“碧空”。

 無理すれば動けるでしょ。

 

 そこにいる“大笑化薬(グッドラック)”は私の方でどうにかする」

 

「人を呼称ではなく、名前で呼んでもらえませんか?」

 

名前ではなく、呼称を使う。

 

それは人間を“人”として見るのではなく、“存在”または“物”として認識しているときだ。

普段の彼女ではない、『氏神 クロム』というトップに立つ人間の思考。

 

完全に“スイッチ”が入った状態だった。

ならば一筋縄ではいかない。信乃も意識を切り替えて“スイッチ”を入れる。

 

 

アカを持つ5族を取り纏める長と、アオを持つ玖族(くぞく)から追放された末裔の少年。

 

艶やかな赤髪の女性と、透き通るような碧眼の少年が睨みあいになった。

 

「どうしても聞けないと言うの?」

 

「当然ですよ。今限定で言えば、俺以外に美雪を支えられる人いない」

 

「どこからその自信は来るのかしら?」

 

「家族だから。それ以上でもそれ以下でもない。

 

もっと細かい理由が欲しいなら言いますけど?」

 

「あなたの惚気話を聞いている暇はないの。早く行きなさい」

 

「お断りします」

 

「そう、“話し合い”は通じないようね」

 

「話し合い? 一方的に自分の主張を押し付けるのが話し合いですか?

 

 それで話し合いが通じないなら、どうするつもりです?」

 

「もちろん、暴力よ。“枯れた樹海”(ラストカーペット)」

 

右手を上げ、パンチ! と指を鳴らして合図を出した。

 

空いたままの病室のドアから一人、入ってくる。

 

見なれた仲間、神理楽高校二年十三組所属、宗像形。

十三組所属ということは、四神一鏡の所属部隊でもある。

 

それはつまり、氏神の下僕と同意義であった。

 

「宗像・・・・」

 

「信乃、俺が言いたいことは分かるな?」

 

「もちろんだよ」

 

 

「「殺す」」

 

 

物騒な言葉を同時に言う2人。

 

だが言葉には殺気も闘気もやる気も一切含まれていなかった。

 

「く・・・・くくくくく」

 

「おいおい、何で笑いを堪えてんだよ宗像・・・クク」

 

宗像が入ってきた時の、信乃とクロムが話していた時の雰囲気は全くなくなっていた。

 

「ちょっと、宗像、あんた・・・」

 

その雰囲気にクロムは困惑した。

 

しかし信乃も宗像もいつもと変わらず話し合っていく。

 

「いや、僕のことをよく分かっていると思ってね」

 

「別に殺人者の考えなんて理解したくもないけどな」

 

「そんな冷たい事を言わないでほしい。ショックで思わず自殺したくなる」

 

「殺人者が自殺? ハッ! 面白いこと言うじゃないか。

 

 やるっていうなら無償で手伝うよ。

 丁度俺も、お前に死んで欲しいと思っていたところなんだ、奇遇だな」

 

「へぇ、気が合うね。僕も君に死んでくれたら、どれほど幸福だろうと

 以前から常々考えていたんだ」

 

「ま、楽しみは後に取っとかねぇとな」

 

「その通り」

 

宗像は笑う。

 

信乃は笑わなかった。

 

「な、なによあんた達は!?」

 

赤髪の女性が怒鳴る。

 

「「仲良しさ」」

 

信乃と宗像が声を揃えて言う。

 

そして宗像はクロムを真正面から見た。

 

「さて、氏神クロム。あなたは重要な事を忘れている。

 

 僕は神理楽高校二年十三組所属だ。

 

 つまりは四神一鏡直属部隊、神理楽(ルール)に属している。

 あなたの部下だ。

 

 さらには生涯孤独の僕の後継人のようなことをしてくれた。感謝しているよ。

 

 

 だが

   しかし

     だからといって

 

      僕は言う事を聞くだけの人形じゃない。

 

 

 それ以前にあなた以上に信乃に恩がある。

 

 宗しい像でしかなかった僕を人間に戻した、空という楽しみを教えてもらったんだ。

 

 そもそも氏神クロム、あなたに僕を紹介したのは信乃だ。

 

 小烏丸に入るのだって、あなたの命令以上に僕の意思だ。

 

 色々な事を含めて、あなたよりも信乃に付く理由の方が大きい。

 

 だからあなたとの契約をこの場を持って、殺す」

 

「あなた・・・・本気?

 

 私を裏切る事は・・・四神一鏡を、世界の4分の1を敵に回すつもり?」

 

「それはつまり世界の4分の1を殺してもいいと言う事か?」

 

「待て、宗像。半分は俺の獲物だ」

 

「仕方ない。8分の1殺しで我慢しよう」

 

「なんだか半殺しに似ている言葉表現だな。

 それと比べると8分の1殺しってかなり優しい状態に感じるのは気のせいかな?」

 

「ふむ、確かに。僕も色々な殺し方に精通しているが、

 今度は優しい殺し方について研究してみよう」

 

「殺しの時点で優しくない。良くて生易しいだ。

 むしろ生易しい殺し方ってのは拷問って意味じゃないか?」

 

全く関係の無い、緊張感の無い議論を始めた信乃と宗像。

 

「本気なの!? 私達の勢力は! あなた達が思っているよりも大きいのよ!!

 

 それを2人で相手になんて!!」

 

「逆に聞きたい、クロムさん。

 

 いいのか?」

 

「な、なにがよ?」

 

「勢力はたった世界の4分の1でいいのかと聞いているんだよ」

 

「・・・・くっ」

 

クロムは脅しのつもりで言った。聞きわけが無ければ実力行使も考えていた。

 

だがこの2人には通用していない。

脅しでは無くとも、本当に戦うつもりだろう。

 

そして2人は負けるつもりもない。

 

「まさか、たった2人に怯んでいる自分がいるなんて信じられないわ・・・」

 

冷や汗が頬を伝う。

 

言い負かせられてしまった。こんな小僧2人に。

論理的な会話ではないことは知っている。

むしろ暴力的な会話なら四神一鏡の得意分野のはずだが、負けてしまった。

 

「・・・わかったわ。今回はあなた達を強制的に動かした方が損をするみたいね。

 

 出撃命令は取り消す。これは大きな貸しよ、“碧空”、“枯れた樹海”(ラストカーペット)」

 

「さすが財政力の世界の長。

 

 自分たちの一族、いや五族を皆殺しにされる機会を貸しに変えるなんて計算高い」

 

「僕たちに出来ないことを平気でやってのけるなんて」

 

「そこに痺れる~」

 

「憧れる」

 

「もう、あなた達のキャラが壊れていると思うのは私だけかしら・・・

 

 “宗像”、あなたには別の任務を与える。

 

 “信乃”と“美雪ちゃん”の護衛任務よ。それでいいでしょ?」

 

すでに入室時の雰囲気は皆無。いつもの氏神クロムに戻っていた。

戻り過ぎて、バカ二人を相手にして頭痛で米神を抑えていた。

 

「了解。その任務、請け負いました」

 

「まったく、調子のいいことだけはいい返事をするのね。

 

 美雪ちゃんが無事に完治したらバリバリに働いてもらうからね」

 

「はい。あと、Dr.カエルに渡した携帯電話は受け取りましたか?」

 

「ええ。これから、くなぎ・・・・位置外水に渡すわ。現場検証も神理楽(ルール)がしている」

 

「つーちゃんに、ですか。それなら安心ですね。

 

 彼女の実力は国連のDBにハッキングどころか、

 システムの書き換えが出来るほどですから」

 

「僕が思うに、≪樹形図の設計者≫(ツリーダイアグラム)へのハッキングも出来るんじゃないか?」

 

「え、宗像さん、知らないんですか?」

 

「・・・・信乃、なにを驚いた反応しているんだ?

 

 僕は世界最高のコンピュータにでも負けないじゃないかと

 仲間(チームメイト)を評価しつつ、冗談を言ったつもりだが・・・

 

 ・・・まさか・・・」

 

「え、いや、確かにつーちゃんなら可能ですが、私が驚いているのは

 宗像さんが≪樹形図の設計者≫と、つーちゃんの関係を知らなかったということで」

 

「ハッキング出来るのか!? って、その言い方だとハッキングレベルが

 勝ち負けに聞こえないんだが・・・」

 

「負ける負けない以前のレベルですね。それ以前というか、それ以上というか、

 そいつ異常というか」

 

「・・・・」

 

「別に知らなくてもいいことですよ。

 

 昔の偉い人が言っていました。“無知は時にして救いだ”と」

 

「それは絶対救われない」

 

「はいはいはい! そこの偽善者(ばか)と殺人者(ばか)、漫才はそこまでにしなさい!

 

 宗像は警備!

 病室だと範囲が狭すぎるし、美雪ちゃんに変に気疲れさせちゃダメだから

 基本は病院全体を警備して。

 

 信乃! あんたは美雪ちゃんとイチャラブでもしてなさい! 以上」

 

「了解した」

 

「イチャラブじゃなくて美雪の面倒を見るだけなんですけど」

 

「「それが恋人同士ならイチャラブでしょ(だろ)?」」

 

「変にハモるな! それに恋人じゃなくて家族!」

 

「あっそ、家族(ふうふ)ね。それじゃナニに励みなさい」

 

「適当に流さないで下さい! ってナニって何!?」

 

「護衛は任せておけ。病院全体を護衛しているから

 病室から声が出ても聞こえないよ。例え彼女の妙に熱っぽい喘いだような声とかでも」

 

「そんな事こんな所でしない!」

 

「へぇ・・・美雪は声が出ない状態だ、っていう否定ではないんだね。

 それに≪そんな事≫って何か詳しく知りたいところだ」

 

「ぐ! それは! その!」

 

言い訳を聞く事無く、笑いながら宗像は出て行った。

 

 

 

つづく

 




一言でもいいので、感想をこころよりお待ちしてます。


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Trick51_聞いてほしい。君の知らない物語を

 

 

 

ここ数日は変わりなく過ぎて行った。

 

美雪はほぼ24時間、信乃に抱きつき続け、信乃はそれを受け止めた。

 

とはいっても抱きつき方は、ベッドの上半分を起こして信乃がそこに座る(横たわる)。

その真正面から足を跨いで抱きつく美雪。

 

普通に見ればかなりエロイ状態だ。

某動画サイトでこの体勢であれば≪入っているwww≫のコメント必須の状態だ。

 

しかし消沈して信乃の胸に顔を埋めている美雪と、愛おしい存在を見る眼で

美雪の頭を撫で続ける信乃は、なぜかいやらしさを全く感じさせなかった。

 

ちなみにほぼ24時間の“ほぼ”の理由は、若干の部分はトイレと着替えなどの時間になる。

 

美雪が深い眠りに入った時、起こさないようにゆっくりと腕を解いて

看護師にお願いして美雪の着替えとお風呂代わりに塗れタオルで体を拭いてもらう。

 

その間に信乃も食事やトイレ、お風呂に入って清潔さを保っていた。

しかし目が覚めた時に信乃が近くに居らず、美雪が混乱するのを避けるために

着替えが終われば眠った状態でも再び同じベッドで過ごしていた。

 

美雪のトイレの時は、信乃の体から手を離しても手同士は握り続けて(美雪が絶対に離さない。もちろん信乃は自主的に目隠し耳栓の配慮しつつトイレの扉の向こうから腕だけを握った状態)付き添いにトイレの面倒を見ていた看護師が苦笑い、信乃が照れと苦笑いの間の表情を浮かべていた。

 

 

そんな不安定ながら平穏な日々から3日目に変化があった。

 

≪信乃、ありがとうね≫

 

美雪は信乃の胸に顔を埋めたまま、声の出ない状態で今の気持ちを漏らした。

 

11歳の時、信乃が亡くなった報告で錯乱した時には数カ月も掛かったが、

そこは愛のなせる技というべきかたった3日で美雪は話せるほどに落ち着きを取り戻した。

 

そんな暖かい気持ちから、思わず呟いた言葉だったが、

 

「・・・・少しは大丈夫になったみたいだな」

 

≪!?≫

 

音にはならなくても、その呟きは、吐息は服越しに信乃に届いていた。

 

「なにか言っているか分からないけど、今しゃべっただろ?」

 

≪・・・そっか、こんな状態でも、伝わるんだ≫

 

意識して言ったわけではない、まさに漏れただけの気持ち。

今の美雪は言葉を出す事が出来ない。

 

そのもどかしさと、同時に“正確に伝わらない”という難しい要素が

美雪の中からある気持ちが生まれた。

 

それはまるで、好きな人に意地悪をする時と同じ気持ち、悪戯心。

 

≪信乃≫

 

美雪は信乃から体を少しだけ離した。

目が見えないため正確な位置は分からないが、おそらく信乃の顔がある位置に顔を向けた。

 

「ん、どうした? なんだから抱きついてばかりだったから

 お前の顔を見るのも久しぶりな気がするな」

 

朗らかに笑い、美雪もその笑った声につられて微笑した。

 

その顔を見て信乃は不覚にもドキっとさせられた。

 

ここ数日で初めて見せた顔、それも最愛の人の笑顔。

 

満々の笑みではない。この数日の精神的疲労で陰りがある微笑。

だが、その微笑が逆に儚げな美しさ際立たせていた。

 

≪信乃、聞いてほしいことがあるの≫

 

「ど、どうした美雪?」

 

≪あのね、小さいころからずっと言い続けていた事だけど、また言うね。

 

 

 信乃、大好き、愛している≫

 

 

声には全く出ていない。こんな状況だから逆に回りくどさも、変に格好を付けた言い回しをしないでストレートに今の、今までの気持ちを美雪は言った。

 

≪私、小さい頃はお兄ちゃんみたいな感じで信乃が好きだった。

 

 でもね、いつの間にか異性として好きになっていた。

 本当にいつなのか分からないくらいに自然に、当然のように信乃が好きになっていたの。

 

 だから・・・・だから信乃がいなくなった時は、4年前に死んだって聞いた時はショックだった。

 本気で自殺も考えた。鈴姉ちゃんがいなかった間違いなく自殺していた。

 私にとって信乃は全てだったから。

 

 そして、数ヶ月前に戻ってきた時は嬉しかったよ。

 生きていて、本当に良かったって実感した。

 

 信乃が私を避けていた時も、それはそれで楽しかった。

 信乃がいるだけで私は幸せなの。

 

 これからも信乃と一緒にいたい。

 それこそ何十年も一緒に暮らして、おじいちゃんとおばあちゃんになるまで。

 

 

 信乃、心の底から愛しています≫

 

 

言葉を紡ぐ度に顔が赤くなり、最後の一言を言う時には美雪の顔は真っ赤になっていた。

 

正確には伝わらないだろうが、一世一代の大告白をしたのだ。

 

言いきった後、さすがに恥ずかしくなり、誤魔化すようにゆっくりと口を動かした。

 

≪ し の あ り が と う≫

 

ここまでゆっくりと口を動かせば、馬鹿でない限り伝わるだろう。

 

今まで言ったことは告白ではなく、感謝の気持ちだと誤魔化して美雪は再び

信乃の胸に顔を埋めた。

 

ドクドクドク

 

 

抱きついた信乃の胸から大きな心臓の音が聞こえた。

 

(なんだ、信乃ってば、お礼を言われたくらいでこんなに照れなくてもいいのに)

 

告白をした達成感と、緊張、そして信乃の温かさに美雪は目を閉じた数秒後には意識を離して眠りについた。

 

 

 

(まさか、真正面から告白されるとは思わなかった・・・・やばい、顔が熱い/////)

 

美雪が眠りについて10分後、信乃はフリーズから解放されて

顔を真っ赤にさせていた。

 

声のない大告白。聞こえないからこその美雪の行動だったが、大きな誤算があった。

 

声に出ていなくても、信乃には一字一句間違いなく伝わっていたのだ。

 

ネタを返してみれば簡単、信乃は『読唇術』が出来た。

唇の動きで何を言っているかが分かる技術だ。

 

しかも唇に集中していたために、色っぽくて艶のある唇を見続けていた。

その唇から紡がれたのだから、普通の告白以上の衝撃を与えた。

 

美雪が抱きついたときに信乃の心臓が高鳴っていたのは

照れていたからで間違ってはいないが、お礼を言われたという可愛い理由ではなかった。

 

(しかも至近距離の微笑とか反則だろ/////)

 

目が見えない美雪は、信乃の顔がある方向を向いただけだった。

向いただけで距離は一切考えていない。

 

信乃は美雪にささやき声程度で話しかけていたから、信乃からの息は届いていなかった。

だが本当は普通に話せば吐息が掛かるほどの至近距離。

 

更に美雪は自分の声が出ないからそんな調整が分からない。

騒音の中で普通に話したつもりが、いつの間にか大声になっているのと同じく

一大決心の告白に力が入り、まさに熱の入った強い吐息が信乃に吹きかけられた。

 

(どうしよう・・・・・明日から普通でいられるかな)

 

 

 

 

 

美雪の一世一代の告白から翌日。

 

美雪は相変わらず信乃に抱きついた状態で過ごしていた。

 

しかし昨日までと抱き心地が違う。

 

信乃の心臓の音が大きくなっているからだ。

常時ヒートアップ状態。ふるえるぞ心臓(ハート)、燃えつきるほど体温(ヒート)

刻むぞ血液の脈(ビート)!

 

 

(・・・・・お礼を言っただけでここまでなるかな?)

 

悪戯が成功したが、やりすぎちゃったかな? と美雪は考えていた。

 

(どうしようかな~、いつもの仕返しに追撃しちゃう?

 昨日みたいにゆっくりで簡単な言葉なら伝わると思うし・・・

 『だ い す き』 とか♪)

 

精神はマイナスから戻っており、事件に関する単語を聞かなければ

恐怖がフラッシュバックすることもない。

 

話す事と、見る事が出来ないままだが信乃に完全に抱きついている今は

視覚など必要無く、言葉も必要無い程に惚気になっていた。

 

現に惚気で、話せない状況でさえ楽しむ始末だ。

 

(どうしようかな~♪?   え?)

 

と、急に信乃の心音が変わった。

 

先程までの、照れた状態の心音ではない。

 

 

信乃が真剣な時の、心を決めた時の状態だ。

 

 

美雪もこの音を聞いた事は数度しかない。

 

だがその全部が、信乃にとって大きな決断をした場面であった。

しかもその大半が碧色(あおいろ)の眼を出すほど真剣に。

 

「美雪、聞いてほしいことがある」

 

(それなら・・・私も真剣に聞かなきゃね)

 

信乃の問に、首を縦に振り返事した。

 

 

-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+

 

 

(なんで、だろうな)

 

今、自分の胸の中には最愛の人がいる。

 

目が見えない、話す事が出来ない少女。

 

少女は、この状態になってしまったのは間違いなく自分に関わりがある。

襲撃したのは“時宮”(ときのみや)。

 

そして狙いの原因には少なからず自分が含まれているだろう。

 

敵対している信乃の知人。これ以上関わらせないための脅しとも考えられる。

症状がこんな状態になったのは自分が原因だと少年は考えていた。

 

(なんで、だろうな)

 

それでも、自分に危害が加えられてなお、少女の想いは変わらずにいる。

否、想いは強くなっているとさえ思う。

 

この数カ月間一緒に住んでいたが、それは互いに支え合っているだけだった。

特に恋人らしい触れ合いは無かった。

 

それが襲撃直後には24時間×3日間も触れ合い続けている。

昨日に至っては、愛の告白さえ言われた。

 

 

少年は、よくわからなくなっていた。

 

 

確かに自分は好かれていると思う。

 

少女の両親が亡くなり、少女を支えた。

 

数年間、唯一の家族として過ごした。

 

恋人と同じように触れ合いもあった。

 

だが、それは、4年前のことだ。

 

 

今の自分は、あの頃と絶対的に違う。

 

人を殺した。

少年の身を案じてくれる少女を無視して、怪我をする戦いを続けた。

 

 

そして、少年の関係者だという理由で、少女は襲われた。

 

 

でも、少女は変わらない。

少年を想い続けている。

 

 

(なんで、だろうな)

 

 

少年は答えを出す事が出来なかった。

 

 

少年は自分自身が嫌いだった。

 

元々自分を嫌いだったわけではない。

 

人を殺し、自分の身を考えない、そして関係者を巻き込むほどの敵を作った

4年の歳月を得て自分が嫌いになった。

 

(だったら・・・・知ってもらわないとな)

 

これを知ったら自分と同じように、少女は少年を嫌いになるかもしれない。

 

だけど、このままで良いはずが無い。

少女が好きなのは、綺麗な頃の少年のはずだ。

 

少年が自分を嫌いなのは汚い自分だ。

 

少女は少年の汚い部分を知らない。

なら知ってもらうしかない。

 

知っても、少女の気持ちが変わらなかったそのときは・・・・

 

 

「美雪、聞いてほしいことがある」

 

少年の問に、少女は首を縦に振り返事した。

 

少年は、信乃は覚悟を決めた。

少女に、美雪に自分を知ってもらうために。

 

 

-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+

 

 

「俺は飛行機事故に遭った。

 そして4年間で色々あった。美雪、鈴姉、琴ちゃんには概要だけを話したよな。

 

 だけど今度はキチンと話す。

 嫌われるかもしれない。それでも・・・

 

 聞いてほしい。君の知らない物語を」

 

 

 

つづく

 



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Trick-05_神裂、移動術式を展開しなさい

 

 

始めは、戦場からの話になるかな。

 

飛行機が墜落したのは、内戦が続くアフリカ大陸の一国。

その内戦が一因で、俺は行方不明ではなく死亡と言う扱いになってしまった。

 

実際は墜落後に俺は飛行機から離れて行った。

そして生きるために内戦に参加するしかなかった。

 

でもいきなりで悪いが、詳細はカットさせてくれ。

 

正直グロすぎる。

生きるためとはいえ、ここで俺は3桁の人間を殺した。

殺される前に殺した。

 

それが精一杯の言い訳だ。

といっても殺した人間の全てに当てはまるわけでもない。

 

もちろん自分の意思で殺した奴もいる。

例を上げれば、政府の権力を乱用している馬鹿政治家とかかな。

 

国民に渡される国際協力団体とかからの寄付金を、仲介役の名を語って

ほとんど全額勝手に使う。

 

殺した方が世界の平和になると、当時は本気で思った。

 

 

それにな、権力を持たない人だって殺した。

殺す事が生き甲斐な奴がいた。殺意が俺自身に向けられなくても

こんな人は生きてはいけないと思った。だから殺した。

 

女性を性欲の穿け口としか考えない男がいた。女性は手足を縛られて

常時裸で、中には両手足に死なない程度だけど動けなくなるような怪我を

負わせていた。本当に道具としか見ていなかった。だから殺した。

 

犯されて続けて精神が壊れた女性がいた。いや、精神だけじゃない、

体も壊していた。性感染症、乱暴にされたから体中には怪我、陰部の変色。

体がこんなでは精神が普通なわけがない。助けだしても自殺をする人もいる。

壊れすぎて体を動かせず、いつも「殺して」を呟き続けた人がいた。

だから・・・・殺した。

 

 

殺して殺して殺して殺した。

本当に多くの人を殺した。

 

そんな“戦場”(いきじごく)から抜け出せたのは、本当に奇跡だったと思う。

 

 

 

戦場にいた最後の日、俺は反乱軍(レジスタンス)として動いていた。

 

別に『戦争を終わらせたいから』なんて大義名分はない。

 

戦争を商売として食い物にしている政府が嫌いだったからだ。

その手段として参加していた。

 

 

その日は王宮への最終攻撃をした。

 

初めて王宮を見た時は呆れてしまったよ。

 

距離を1kmも離れれば、日本のテレビで見るような戦場の光景があるってのに

王宮は綺麗で豪華な装飾がふんだんに使われていた。

 

真新しい印象があるから、古くから豪華だったってわけでも無い。

 

本当に国民と戦争を食い物にしていたんだ、って確信したよ。

 

 

反乱軍の攻撃は成功し、王族は全て捕獲。

そして俺の運命が変わったのは攻撃後の残党狩りの時だ。

 

俺が追っていたのは王の参謀役の1人。

戦闘能力は無いが、逃げ脚とその準備はさすがとしか言えなかった。

すぐに王族を見捨てて自分が作った、自分だけが知っている隠し通路に逃げ込んだんだからな。

 

偶然見つけた俺は追う役目を任された。

 

隠し通路はゴンドラが通っていて、出口は首都から意外と離れた場所になっていた。

 

その場所は古代遺跡だと思う。王都とは違う、古き良き装飾の壁や柱が崩れかけて残っていた。

 

状況が状況でなければ楽しめたかもしれないが、はやりそうはいかない。

 

罠が仕掛けられていないか警戒しながらだが、確実に参謀との距離を詰めて行った。

 

王族がしてきた事を白状させるために殺さずに捕まえる必要があった。

 

ただし殺さなければ、どのような状況でも構わない。例え両腕が弾丸の雨でボロボロになろうとも、出血多量で死ななければ何の問題は無いと思っていた。

 

相手も甘い汁を吸う頭は持っていても、戦う力は無い貧弱な男。銃を持っていたとしても自分が持っているマシンガンの方が上だ。

 

今にしてみれば、その気持ちは油断以外の何ものでもなかった。

 

 

「動くな!」

 

 パァン!

 

「ぐぁ!!?」

 

俺は警告と同時に奴の左肩を撃ち抜いた。

 

容赦の必要はない。死ななければいい。

 

「さぁ、王宮へ戻るぞ。安心しろ、罪が全て分かるまでは命は保障してやる。

 王宮に戻るまでは頭と胴体、足に攻撃しないことを保証してやる。

 

 ただし、それ以外は全く保証しない。お前の態度次第で変わるぞ?」

 

「糞!」

 

出血した肩を抑え、濁った眼でこちらを見てくる。

 

「どうした、早くこっちにこい」

 

「・・・・」

 

何か策を考えているのか返事は無い。

 

だが、それを待つ必要は俺には無い。

 

 パァン!

 

弾丸が奴の頬をかすめ、血が弾け飛ぶ。

 

「言ったはずだよな。頭と胴体、足は攻撃しない。

 だから顔は保障の範囲外だ。

 

 わかったら、早くし≪ガラ≫ !?」

 

俺の後ろの方から瓦礫が落ちた音がした。

 

敵の伏兵!? 一瞬にして銃口を背後に向ける。

 

だがそこにいたのは兵士でも民間人でも無い。

場違いに綺麗な服装をした、綺麗な金髪の18歳程の女性がいた。

 

一言で説明すれば、英国貴族の少女。一言だが、これ以上に女性を形容する言葉は無いほどに当てはまっていた。

 

王族・・・ではない。権力争いを避けるため、自分たち以外の血族は全て殺したと聞いている。

 

それに目の前の女性は、中東の王族の服とはデザインが違う。西洋のデザインだ。

 

なぜここに? 何のために?

 

混乱のあまりに関係ない事を考えすぎた。それは決定的な隙となった。

 

「な、なんだ! 女、お前も死ね!!」

 

「え!?」

 

俺が作った隙は大きかった。

 

右手は傷を負った左肩から離し、懐の銃を抜き、女性に向ける。

それを程の時間を与えてしまった。

 

そんな、なぜ俺に向けない? あの人はお前に関係ないだろ? この場に関係ないだろ?

 

 

これ以上、弱い人が死ぬのを、目の前でミタクナイ

 

 

気が付けば、俺は奴の銃口と女性の間に移動していた。

直後、内蔵がかき乱されるような熱さ。

 

両手足にも切られたり、殴られた時とは違う痛みが走る。

奴が使ったのは小型のハンドガン。

 

体を貫通して後ろの女性には当る威力は無いはずだ。

初めて体に弾丸が当たったが、比較的精神は穏やかだった。

いや、穏やかなのは弾丸や怪我は関係ないかもしれない。

 

後ろの女性を守れた。その達成感からだと思う。

 

でも、このままでは終わらない。俺が倒れた後に何をされるか分からない。

そう考えた時には俺は引き金を、そして男の両手足から大量の血を噴き出した。

 

意識を僅かに残しているが、目を開ける力も残っておらずに

俺はそのまま倒れた。

 

 

「アークビショップ! 今の音は!?」

 

「遅いのよ、神裂。護衛が何をやっていたのかしら?」

 

「申し訳ありません。今は王都で反乱軍と王族軍の戦いがありますから

 どうしても外の警戒を考えてしまいました。

 

 お怪我は?」

 

「大丈夫よ」

 

「お怪我が無くて何よりです。

 

 しかし私の言った通り危険ではありませんか!!

 いくら可能性があったとはいえ、神器を探しに戦場にまでアークビショップが

 足を運ぶ必要はなかったではありませんか!」

 

「でも、神器が本物かどうか分かるのは私だけ。

 私が直接行くしか確かめる方法が無いわ。

 

 この会話、出発前にもした記憶があるわよ?」

 

「・・・そうでしたね。申し訳ありません。

 

 しかし、この2人は?」

 

「おそらくはあなたが言っていた王族軍と反乱軍でしょうね。

 

 男の服には王族軍の紋章があるわ。それを考えると少年は反乱軍でしょうね」

 

「2人ともかなりの怪我をしていますが・・・同志打ちのようですね」

 

「・・・違うわ。少年が追い詰めていたけど、私が足音を聞いて物陰から出てきたのよ。

 

 それで少年が隙を見せて、男がなぜか私を狙って。

 

 私は術で身を守ることも出来たけど、この少年が私を庇ったのよ。

 

「庇った、ですか? 戦場にいる少年が赤の他人であるあなたを庇ったのですか?」

 

「ええ。その後、倒れる前に少年が撃ち返したのよ。

 それで見た目で言えば、同志撃ちのようになったのよ」

 

「どうしますか?

 

 今の私達は内密で来ています。放っておくのが得策かと」

 

「そうね、それが妥当な選択だわ。

 

 けれどね、無意味だったとはいえ命の恩人を放っておくのはアークビショップの

 名折れよ。男は出血が出ているけど致命傷ではないみたいだけど、少年は

 体に4発も当っているわ。それも貫通していない。間違いなく危険よ。

 

 神裂、移動術式を展開しなさい。少年を連れてイギリスに戻るわ」

 

「・・・・わかりました」

 

 

この会話を聞いた時、ギリギリで保っていた意識が途切れた。

 

 

 

つづく

 



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Trick-06_≪錬金≫と≪解析≫

 

 

「アークビショップ、少年について調査が完了しました」

 

「ご苦労様。で、どうだったの? あの子は、見た限りでは中東の人種ではないわ。

 神裂、あなたと同じ東洋人の容姿をしている」

 

「ええ、その通りです。私と同じ東洋人、それどころか同じ日本人でした。

 

 持っていた少量の荷物の中に学園都市の学生証がありました」

 

「これは驚いたわね。助けたのがよりにもよって“あの”学園都市の子。

 戦場にいたと言う事は、まさか超能力の実験だったということかしら・・・」

 

「いいえ、それは違うようです。

 

 経歴を調べてみましたが能力はレベル0。無能力者です。

 学問で優秀だったようですが、無能力者に対する強化訓練など怪しいところもありません。

 実験に使ったということはありえないでしょう。

 

 なにより、彼は事故で死んだと記録されています」

 

「事故? 学園都市とあの中東近くが関わった事故というと、

 乗客乗組員全員が死亡したという半年前の飛行機落下事故かしら?」

 

「はい。彼はその飛行機に乗っていたようです。

 学園都市の記録にもそう残っており、彼の死亡報告書もありました。

 

 ただ、遺体が見つからなかった事、現場そのものが悲惨な状態であり詳細な調査が

 出来ないまま死亡認定となった事も書かれていました」

 

「なるほどね。実は少年が事故で死んでおらず、戦場で戦士として生きていたというわけね。

 

 そういえば、あの子は何故学園都市の学生証を持っていたのかしら?」

 

「正確に言えば、持ち歩いていたのは定期入れのようなものです。

 おそらくはその中に入っていた家族写真を持ち歩くためでしょう。

 学生証はついでだと思います」

 

そう言って神裂は2枚の写真を渡した。

 

1枚は少年が小学校低学年に取られたであろう数年前のもの。

写っているのは3人。父親に見える青年、姉に見える中学生ほどの藍色の髪の少女、

そして数年分は幼い、助け出された少年。

 

2枚目はこの1年以内に取られたもの。

少年と、1枚目とは別の少女と共に2人で仲良く映されていた。

 

2枚とも写真に写る全員が無邪気に笑っている。

少年が本当に一般家庭の、普通の男の子“だった”ことを証明するものだった。

 

「悲しいわね。本当に普通の子でも、人殺しに変わってしまう戦場とは嫌ね」

 

「はい。この写真が、唯一の少年の支えとなっていたのだと思います。

 半年も戦場にいたにもかかわらず、写真の状態はご覧の通り綺麗なままです。

 よほど大事に扱っていたと思います」

 

「・・・・」

 

アークビショップ。彼女の生きる世界では争いは珍しい事ではない。

 

しかし、やはり一般の人間が争いに巻き込まれる事に何も感じないわけではなかった。

 

「神裂、あの少年を保護するわ。魔術や学園都市とは関係なく、ただの人として。

 少年が目を覚ましたら知らせなさい。私から説明するわ」

 

「わかりました。では、西折信乃が目覚めましたらご報告にあがります」

 

「・・・西折? あの少年のファミリーネームはニシオリというの?」

 

「はい。方角の『西』に、棒を折るの『折』の文字を使って西折です。それがなにか?」

 

ふと、名前に違和感が・・・。それと同時に持っている1枚目の写真に目がいった。

 

西折信乃の父親、彼の腕には刺青を入れているのか綺麗な碧色の痣のようなものが写っていた。

 

彼女の記憶では、その色を持っている者は、あの一族しかしない。

 

「ただの一般人として助けるつもりだったけど、これは面白い事になりそうね」

 

「は?」

 

「独り言よ、気にしないで」

 

「は、はい。私はこれにて」

 

神裂が部屋から出て行った。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「っ!   ・・・・・ここは・・・・」

 

知らない、天井だ。

 

綺麗な清楚な部屋。こんな建物を見るのは半年ぶりかな・・・ここはどこだ?

 

「おや? ようやく目を覚ましましたか」

 

声のした方を見ると、本を読んでいる女性がいた。

 

「そのまま眠らずに待っていてください。あなたが目を覚ましたら話がある人がいるので」

 

「あ、ああ」

 

そういって女性は部屋から出て行った。

 

状況が呑み込めない。

 

確か、王都に攻め込んで、逃げた参謀を追いかけて、それで・・・。

 

! 思い出した! 

 

あの女の人は無事か!?

 

「ようやく目覚めたのね。1週間も眠っていたからそのまま死んでしまうと思ったわ」

 

「!? あなたはあの時の!」

 

心配していた金髪の女の人が、丁度良いタイミングで部屋に入ってきた。

 

歩く姿を見ただけだが、そこには怪我を負った様子はない。

 

「よかった。無事だったんだ・・・」

 

「心配するのは私の方よ。目覚めてくれなかったら、こっちの目覚めが悪くなるところだったわ。

 

 どう? 怪我の処置は充分にしたけど、どこかに異変は無い?」

 

聞かれて自分の体を確認する。

 

「っ!」

 

途端に激痛が走る。

起き上がれないけれど、よく見れば全身が包帯だらけだ。

 

だが、手足の指は少し動かす事が出来た。

神経に問題はないようだ。

 

「確認しておいて何だけど、無理に動かせる状態じゃないわよ」

 

「だ、大丈夫、・・指が動くから」

 

「それならいいわ。色々あるとはいえ、私はあなたに命を助けられた。

 だから逆に命を助けたの。ただそれだけよ」

 

「・・・・・ありがとうございます」

 

「今はゆっくりと療養しなさい。詳しい話はそこにいる神裂に聞きなさい」

 

それに合わせて頭を下げる女性。

 

先程、俺が目覚めるまで側で本を読んでいた人だ。

 

綺麗で長い黒髪。顔と名前で判断するに、同じ日本人のようだ。

 

「私はこれで失礼するわ」

 

「あ、待って、ください。

 

 ・・・あの、お名前を出来れば教えて、いただきたいのですが・・・」

 

「・・ローラ=スチュアート」

 

母性溢れる笑顔で部屋から出て行った。

 

 

「ふぅ・・」

 

女性が無事な事に安堵してか、思わず息を漏らした。

 

でも分からない事だらけなのは間違いない。

昨日の今日まで(話を聞いた限りでは1週間寝ていたので実際はかなり前)戦場で

命を掛けて戦っていたのに、ここは見た限りでは安全を保障されている。

 

いくら反乱軍が勝ったからと言ってこれはおかしい。

 

「どうやら今の状況に疑問を持っているようですね」

 

「えっと、確か神裂さん、だっけ」

 

「ええ。神裂 火織(かんざき かおり)。あなたと同じ日本人です」

 

「日本人、か。俺以外に、戦場で同じ日本人とは初めて会ったよ」

 

「・・・・・なるほど、そこから勘違いされているようですね。

 

 あの後、あなたが銃弾を受けて倒れた後、どうなったか説明しましょう」

 

それから神裂さんは丁寧に説明をしてくれた。

 

分かった事をまとめると以下の通りになる。

・ローラさんはイギリス在住の貴族であり、ここはローラさんの家?である。

・とある用事から自家用機で中東を訪れており、用事の際に信乃と遭遇した。

・銃弾で撃ち抜かれた後、神裂さんが応急処置をして、急いでイギリスに戻り治療を行った。

・1週間もの間、信乃は眠り続けていた。

・その間に信乃の持っていた物から信乃の身分を調査。

・中東での戦いも反乱軍の勝利に終わり、順調に新政権の話が進んでいるらしい。

 

 

「なるほど・・・なんと言うか、色々を含めて本当にありがとうございます」

 

「いえ、私はアークビショップに従ったにすぎませんから」

 

「アークビショップ?」

 

「ローラ様の事です。

 

 それであなたは現在、イギリスにいるわけですが、今後はどうしますか?」

 

「どう・・か・・」

 

「ええ。怪我が落ち着けば再び中東へ戻ることも可能です。

 または学園都市に復学する手伝いもできるかもしれません」

 

「中東には、戻りたくないよ。反乱軍に参加したのは成り行きだし、

 あそこは本当に生き地獄だ。だから、嫌だ」

 

「では学園都市に戻りますか。

 

 学園都市には家族がいるのですよね」

 

「うん・・・・でも、戻りたくない」

 

「え? それはどうして?」

 

「家族に合わせる顔がない。

 

 

 今の俺は人殺しだから   」

 

「・・・ですが、それは仕方のない事だと思います。

 

 戦場で生きるには、他の命を奪う事も時には必要です」

 

「わかっる。でも、割り切れないよ。

 

 あいつだったら、美雪だったら、人殺しをした俺を受け入れてくれるかもしれない。

 

 でも、拒絶するかもしれない。

 

 恐いんだよ! もし拒絶されるかもしれないと思うと恐いんだ!」

 

「・・・・・・」

 

「半年間、ずっと戦い続けて気にはしなかった。

 気にする暇はなかった。

 

 だけど、今落ち着いて考えてみれば俺がやった事は人殺しなんだ。

 美雪に嫌われてもおかしくない事をしたんだ・・・・

 

 美雪に合わせる顔が無いよ・・・・」

 

「・・・わかります。その気持ち。

 

 私もある事情から仲間の元を離れました。

 

 会いたくても会えない。合わせる顔がない状態です」

 

「・・・・・」

 

「私の事は置いておきましょう。

 

 それよりもあなたの処遇についてです。

 

 アークビショップからは好きなように、と言われました。

 中東に戻ろうとも、学園都市に戻ろうとも、手伝ってやれと。

 

 それはあなたの望んでいる両方に戻りたくないと言う事も手伝ってあげることにも

 なると思います。

 

 しばらくは怪我の療養を。それからでも何をしたいのか考えるのは遅くないと思います」

 

「・・・・はい」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

戦場から離れて半年。

 

俺、もとい私は執事としてローラ様のお世話をさせていただいた。

 

ローラ様は命の恩人。その恩を返すために何か出来るかを聞いたところ・・

 

「別にいいわよ。私だってあなたに助けられたのだから」

 

「だけど神裂さんから聞いたのですけど、俺が助けなくても

 身を守る手段があったんでしょ?

 

 だったら俺が一方的に命を助けられた事になる。

 それだったら何か恩返しをするのが普通ですよ。いえ、やらせえてくださいお願いします」

 

「・・・・そうね、学園都市にも戻らずに自分が何をするか、答えを出す時間も必要ね。

 

 それなら執事で私の身の回りの世話をしなさい」

 

「執事? それならローラさんにはセバスチャンさんがいますよ?」

 

「彼に弟子入りをしなさいって言っているのよ。

 

 家事ができて損な事はないし、何よりあなた、言葉使いがあまり良くないわ。

 私は気にしていないけど、命の恩人や歳上に対等に話をしすぎよ」

 

「うっ」

 

「ということでセバスチャン、調教、もとい教育をお願いね」

 

「かしこまりました、ローラ様」

 

今、調教って言っていたよな?

 

 

 

ということでセバスチャンさん、セバスチャン様から様々な事を教えて頂きました。

 

ええい、やめやめ! 地の文まで丁寧に話していたら疲れる!

 

半年の間、セバスチャン様からパネェ指導の元、超は付かないながらも

一流の執事になる事が出来ました。

 

それともう一つ。

 

三流の魔術師になりました。

 

 

 

・・・・うん、執事とまったく関係ない事は自覚あります。

前後関係の文章がおかしいのもあります。ですが事実です。

 

執事の仕事として部屋を、本棚を掃除していたら魔術書みたいな物を見つけました。

オカルト(偽物)の意味で読んでいたら、丁度部屋に入ってきたローラ様と神裂さん。

 

「いや、驚きました。魔術は本当に存在していたんですね」

 

と、冗談として言ったつもりだったのだが

 

「あ、あなたは魔術の事は信じるのですか!?

 

 学園都市の生徒だったのでしょう!?」

 

「え"?」

 

神裂さんが素で驚いて予想外の返事をした。俺も素で驚きました。

 

いや、神裂さん程の理性的で真面目な人が魔術を酔狂で実行していると思えない。

 

「・・・魔術って本当にあるのですか?」

 

「え? 今、あなただってそう思って言ったのでは・・」

 

「いや、ごめんなさい。冗談のつもりで魔術があると言ったつもりだったんですが、

 神裂さんの反応を見ると本当、なんですよね?」

 

「・・・・・アリマセンヨ、魔術ナンテ」

 

「嘘っぽいです」

 

そんなことがあって魔術の存在を知りました。

 

ちなみにローラ様は会話には入らず、後ろで微笑をしていただけである。

うん、何か企んでいるときの笑顔ですね。いや、企みが成功した時の笑顔だ。

 

執事スキルで主の考えている事が表情である程度分かるようになりましたよ。

たぶん魔術の露見はローラ様が仕組んだ事かも知れない。確証はないけど。

 

 

学園都市出身の俺が魔術を簡単に受け入れたのは、大きな理由が2つある。

 

1つ目は超能力が使えない事だ。

 

超能力を今後も一切使えないとお墨付きを貰った俺は、

早々に能力開発の授業を受けなくなった。

 

無駄だし、逆にきっぱりと諦めた方が精神衛生上に良い。

そのせいで学園都市の科学絶対主義な考えには浸っていないのだ。

 

2つ目はA・T(エア・トレック)の存在を知っていたからだ。

 

いやね、あれも科学的な事象ですよ。

けど客観的にみれば超能力というか魔法というか超常現象というか。

 

 

そんな感じで魔術みたいな科学では証明できない事でも、別に受け入れられるわけだ。

ローラ様と神裂さんには1つ目の理由だけを話して(2つ目は話してない)納得してもらえた。

 

「なら、あなたも魔術を学んでみたら?」

 

「アークビショップ!? 科学を学んだ者が魔術を行使すれば肉体に影響が!」

 

「でも彼の場合は特殊なケースよ。

 

 確か超能力の強さを示す数、AIMとかそんな名前だったかしら?

 その値が"0”ということは科学を学んでいない普通の人と同じではないかしら」

 

「それは・・・確かに」

 

「ものは試しよ。もしもの時は治療の準備や暴走などの対策を取ればいいわ」

 

とローラ様の勧めで俺も魔術を学ぶ事になった。

 

その言葉で確信した。確証は無かったけど確信した。

ローラ様、あなた俺に魔術を教えるつもりだったでしょ!?

 

でも俺も超能力にまったく憧れが無かったわけではない。

超能力の代わり、なんて言ったら魔術師に怒られそうだけど、超常の力に憧れが

消えたわけではなかったからありがたい話だ。

 

ありがたい話だが、残念な結果になった。

 

魔術を試したけど、ローラ様の予想通りに科学を学んだ事による害は無かった。

その代わり魔術がまともに発動しなかった。

 

発動したと思われる痕跡は出た。痕跡だけは出た。だから魔術は発動したのだろう。

だけど結果があまりにも不十分で、魔術に対しても才能無しの烙印が押された。

 

少なからずショックだったよ。

 

でも、ある程度は覚悟していた。科学でもそうなら魔術でもそうかもしれないと

心のどこかで思っていたのが幸いだった。

 

もう一つショックを和らげる要因があった。

 

たった2つの魔法の基礎の基礎だけは発動できたのだ。

 

それは≪錬金≫と≪解析≫。

 

両方の魔術を詳しく説明すると長くなるので、俺が出来た部分だけを紹介する。

 

1つ目。

≪錬金≫の基礎の基礎は、物質の形状変化。

魔法陣を書いて、その上に置かれた物質の形を変える。

 

漫画で見た事ある≪鋼の錬○術師≫に似ているな。

 

ちなみに錬金速度が恐ろしく遅くて、俺自身も相当の集中力が必要になるから

戦闘では絶対に使えない。

 

2つ目。

≪解析≫の基礎の基礎は、その名の通り物質の状態を解析する事が出来る。

物質に微量の魔力を流すことで、魔力から帰ってくる反応で状態が分かるのだ。

 

ちなみに微量の魔力は、ごく少量の魔力を流さなければならない技術、ではなくて

俺が微量の魔術しか流せないのだ。

≪錬金≫の事を含めて考えると、俺の魔力の出口は相当に小さいみたいだ。

さらに魔力量も少ないと神裂さんに言われた(泣)。

 

魔術の修行を開始して2カ月程。その時点で≪錬金≫を教えてくれている先生から

こんな事を言われた。

 

「君は才能が無い。これ以上やっても上達しない」

 

おのれ、銀髪のシスターを監視役と言いながら仲良く行動しているロリコンのくせに。

 

でもその先生が言うのは事実であり、最初の1ヵ月で特殊な金属を含めて

加工、合成、形状変化が出来るようになった。

 

ただしそれ以降の1ヵ月に成長は見られない。

 

これは≪解析≫に関しても同じだった。

 

まぁ、心のどこかで諦めていたから納得しよう、と自分に嘘をついて誤魔化した。

というわけで、ローラ様の元で私は一流の執事、ド三流の魔術師になりました。

 

 

「ふーん。もう半年になるのね」

 

「そうですね」

 

「紅茶も淹れられるようになったし、まあまあね」

 

「ありがとうございます、ローラ様」

 

そして現在は午後のティータイム。俺が淹れたお茶にローラ様から合格を貰えた。

二口、三口と飲み進めたが、ローラ様の手が止まった。

 

「如何なされましたか? なにか不手際がありましたでしょうか?」

 

「いえ、あなたの対応に不満があるわけじゃないの。

 

 たった半年で超一流のセバスチャンの技術を完全ではないにしても習得出来たようね。

 そして魔術に関しては三流にも満たないレベル。

 

 “予想通り”ね」

 

「え?」

 

今、ローラ様は予想通りと言った? ド三流になるのが予想どおりって

俺はどれだけ期待されていなかったのかな?

 

ティーカップをテーブルへと置き、真剣なまなざしが俺へと向いた。

 

「急に真面目な話になるけどいいかしら?」

 

その時の顔はアークビショップとしての顔だ。

普段の甘いものが好きなお嬢様ではなく、宗教のトップとしての顔だ。

 

「はい」

 

ならば俺も相応の覚悟で聞く必要がある。

 

「この半年であなたは執事として、一人でいきる最低限の技術を身につけた。

 そして魔術師として、残念ながらこれ以上の政情が見込めない程に修行をした。

 

 これからどうしたいの?」

 

「これから、ですか? それはどういった意味か私には諮りかねます」

 

「そのままの意味よ。

 

 このまま私のもとで一生、執事として生きていくのか。

 はたまた、今度こそ学園都市に戻って家族と再会するのか。

 それとも第3の道を選ぶのか」

 

「・・・・・」

 

「あなたが好きに選びなさい。

 

 私への恩ならもう充分に返せたと思うわよ」

 

「いえ、それはあり得ません。

 

 お世話をさせて頂いてもほんの少ししか返せていません。

 それどころかセバスチャン様、アウレオルス様と素晴らしい先生に

 出会う機会を頂きました。

 

 むしろ恩が多くなったと思っております。

 

 ですが、もし私に不手際があり手元に置きたくないとおっしゃるのであれば

 いつでも出ていきます。

 

 その上で恩返しができる方法を愚鈍ながら考えていきたいと思います」

 

俺の返事に、「はぁ」と大きく呆れたため息をローラ様から出た。

 

「本当に真面目ね」

 

「ありがとうございます。誉め言葉として受け取ります」

 

「はぁー」

 

はい、もちろん嫌みで言った事に気付いていますよ。

真正面から笑顔で返されたらローラ様も先程より大きなため息になりました。

 

「真面目というのは一部撤回する必要があるようね。

 女性に対しては親身になって接しなさいと教えたはずよ」

 

「ええ。それはもう重々承知です」

 

正直、戦争で人を殺した事の次に印象にある事は性的暴行を受けた女性についてだった。

 

その影響で未だに女性にそういった欲を感じることは全くなく、

ローラ様の勧めで女性に対しては本当に優しく接するように言われたので

半分フェミニストな性格になっている。軟派な意味ではなく、女性優先主義な意味合いだ。

 

「女性には親身に接しています。ローラ様の教え通りに。

 

 そして執事として主の言葉を受け止める事、

 時には冗談を交えることでスムーズな交流関係を築く事も教えて頂きました」

 

「そうだったわね・・・」

 

苦虫を噛みつぶしたような表情になってしまった。

ありゃ? どうやらローラ様を言い負かしてしまったらしい。

 

「図に乗り過ぎた事を言ってしまいまして申し訳ありません」

 

「いいわよ、これぐらいなら」

 

と言いながらも少し口が尖っていた。拗ねているようだ。

 

「・・・・この半年でずいぶんまともになったわね」

 

「そうでも・・・ありませんよ。先程おっしゃっていた≪学園都市に戻る≫という

 選択肢は選べそうにないですから」

 

まだ、恐い。半年経とうが、俺が人を殺した事実が消えるわけでも無い。

ただ学園都市の話をしても狼狽しなくなっただけだ。いつも逃げている。

 

「でも、私個人としてはあなたを手元に置いておくのは良い気はしないわ」

 

「・・・それは、どういった理由でしょうか?」

 

「宝の持ち腐れなのよ。あなたがここにいても」

 

「は?」

 

意味が本当に分からない。

 

「執事の仕事はセバスチャンと他の執事で足りている。

 魔術に関しては特に期待していない。

 

 でもね、私はあなたを高く評価しているの」

 

「どうして、でしょうか?」

 

「あなたの習得技術の早さには目を見張るものがあるわ。

 執事の仕事と言っても多岐にわたる。それをあなたはたった半年で習得したのよ。

 

 それを評価しないでどうするの」

 

「ありがたいお言葉です。しかし、ここから離れる事と何の関係があるのですか?」

 

「だから言ったでしょ。あなたには才能があるの。

 

 私が教えた事は何一つないけど、こういうことよ。

 

 ≪あなたに教える事はもう何もない≫」

 

「だから、出て行けと言う訳ですか?」

 

少なからず悲しい気持ちになる。

 

「そうじゃないわよ。言ったわよね? 教えるものはもう残っていないって。

 

 それなら新しく何かを学ぶって言うのはどうかしら?」

 

「新しく、ですか? そのために一度ここから出た方が良いと?」

 

「ええ。別に何を学んで来いと決めるつもりは一切ないけど

 学べるものがあるなら色々と学ぶことが良いと思うわ。

 

 あなた自分の年齢を忘れていない? 本当ならジュニアスクールに通っているのよ?」

 

「そういえばそうでしたね」

 

俺の年齢は11歳。小学生である。

戦争や執事の仕事、魔術を学ぶ事に一生懸命で義務教育など忘れていた。

でも学園都市にいた時に物理学の博士号を取るついでに大学の卒業資格も取っている。

教養は足りているから余計に忘れていた。

 

だから今さら小学校に通うつもりなんて起きない。

 

「あなたの学歴は知っているわ。今更ジュニアスクールに行けとは言わない。

 でも、この場所で教える事もない。

 

 あなたはどうしたい?」

 

そうか。出て行けってことは、巣立って自分のやりたい事をやれ、という意味だったのか。

自分のやりたい事。急に言われても思いつかないな・・・・

 

「答えは、出せないようね」

 

「はい、残念ながら私は目の前の事にしか考えられない未熟者です。

 将来の事と言われると言葉に詰まってしまいます」

 

「将来の事、自分のやりたいことが分からない、か・・・

 

 そんな子供が言うような当たり前の言葉、信乃から聞くなんて新鮮ね。

 あなた、子供って感じがいつもしないもの。

 

 それじゃ、お姉さんが命令をしてあげるわ。

 

 行きたい所だけを決めなさい。その地で住む場所程度は用意するわ。

 自分探しの旅をする場所をね」

 

「自分探しの、旅・・・」

 

なんだか新鮮だな、自分探しの旅か。

 

「行き先は・・・アメリカに行きたいですね」

 

「理由を聞かせてくれる?」

 

「学園都市がある日本を除けば、経済が一番発達した国です。

 

 経済が大きければ善きも悪きも色々とあるはずです。

 そこでなら何か掴めるのではないかと」

 

「わかったわ。

 

 すでにイギリス在住の日系二世として適当に偽造戸籍とパスポートは作ってあるわ。

 

 それにアメリカの知り合いに連絡を入れておく。

 住む場所は用意してあげる。

 

 あと半年分の給料も用意しておくから資金にしなさい」

 

「え? いえ、働いていたのは恩返しであって「資金にしなさい」  ・・はい」

 

いつの世も女性は強い。あと恐い。

 

「何か失礼な事を考えていないかしら?」

 

「いえ、そのような事はありませんよ、ローラ様」

 

そして勘の鋭い生き物です。

 

 

 

数日後、旅の準備や挨拶回りなどをした後に出発の日を迎えた。

 

「それでは改めて。

 

 ローラ様、半年間お世話になりました。本当にありがとうございました」

 

「ええ、お世話しました。借りは10倍返しが日本人の流儀よね? 楽しみにしているわ」

 

「アークビショップ、横暴ですね」

 

隣にいる日本人の神裂さんが苦笑いしている。

 

見送りに来てもらっているのは3人。

 

ローラ様、セバスチャン先生、神裂さん。交流が深かった3人だ。

 

本当はローラ様ほどの偉い人に見送られるのは、ただの執事としておかしいが

そこはローラ様が『見送ってあげてもいいわよ』と言ったので“俺の方から”見送りをお願いしました。

 

「はい、ローラ様。命を救っていただいた恩返しが10倍にできるかどうか

 わかりませんが、この旅で何かを掴み、それで恩返しをさせて頂きたいと思います」

 

「真面目ね。冗談の受け取り方を教えるべきだったかしら」

 

「主の言葉には真に受け止めよ、とセバスチャン様から教わりましたから」

 

呆れのローラ様に、今の言葉でどこか嬉しそうなセバスチャンさん。

 

「西折君、君の実力なら世界中どこでも立派にやっていけるでしょう。

 私もそれだけのものを伝えたと思っている」

 

「はい、セバスチャン様。いえ、先生、ありがとうございます」

 

「ふむ」

 

「信乃、あなたは辛い経験をしています。

 

 ですがそれは時としてあなたを支える心の強さになるはずです。

 あなたの旅に幸あらん事を」

 

「あの神裂さん、私は自分探しの旅と少し難しい事ですけど、

 何も敵と戦いに行くわけではありませんよ。大げさです」

 

「っと! これは失礼しました」

 

「いえ、お気持ちはとてもありがたく思います。

 不肖ながら頑張ってきたいと思います」

 

「ええ」

 

「ローラ様」

 

最後の挨拶のために改めてローラ様に向き直る。

 

「まったく。執事の見送りに主を長い間引っ張り出さないでくれる?

 

 早く出発しなさい」

 

追い払うように手をヒラヒラと振る。

でも表情には鬱陶しさは感じさせない。

 

これ以上言葉を重ねるのも迷惑になっているなら、一言だけ言わせてもらおう。

 

「はい。

 

 ありがとうございました」

 

「・・・・ふん。無事に戻るのよ。命令よ」

 

「かしこまりました」

 

礼をして、俺は屋敷から歩き出した。

 

 

 

 

「本当に面白い子ね。“ニシオリ”の打算として世話したつもりなのに

 いつの間にか普通に見守るのが楽しくなっていたわ」

 

「打算、ですか?」

 

「ええ、打算よ。打算のつもりだったけど、あの子に巻き込まれて

 いつの間にか忘れていたわ。

 

 でも結果的に恩を売れたのだからいいのかしら」

 

「・・そうですか」

 

「神裂、話は急に変わるけど今度日本語を教えてくれる?」

 

「構いませんが、急にどうしたのですか?」

 

「学園都市は日本にあるわ。

 

 科学側の動きが最近活発になっているから学園都市の動向を詳細に知っておきたい。

 それなら同じ言語を使えると何かと便利だからよ。

 

 あと、今度信乃に会う時、少し驚かせようかと思ってね」

 

「ふふふ。そうですか。それなら私より土御門の方が適任かと。

 

 私がこちらに加入した際、通訳として世話を焼いてもらいました。

 彼なら細かい日本語と英語、両方できると思います」

 

「なら土御門に依頼するわ」

 

それがエセ古文調、一部では≪馬鹿な喋り方≫と呼ばれる彼女の日本語が出来るきっかけであった。

 

 

 

つづく




感想をオマチシテオリマス。


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Trick-07_“俺”の中の歪みを治してくれるって言うんですか?

 

 

 

アメリカに渡った俺は、ローラ様の知り合いであるマリヌさんを訪ねた。

 

マリヌさんは欧米女性と比べて少し高い身長のスレンダーで綺麗な女性だ。

 

彼女は魔術は使えないが、その存在を知っている人であり、

アメリカで発生した魔術現象をイギリス清教に報告する任務を持っている。

 

とはいっても本職はベビーシッター派遣の組合を切り盛りしている若社長です。

 

マリヌさんから紹介された住処に案内された後、今後について質問された際に

『旅行資金はありますが、少しでも稼げるなら何かやりたいです」と答えた。

 

これはちょうどいいと、俺はベビーシッター派遣組合の見習いに登録されてしまった。

 

曰く、素行や礼儀もローラ様からのお墨付きで即戦力になれる。

曰く、学歴に問題はないので勉強も教えられる。

曰く、歳が近いので子供も警戒が薄くなるので遊び相手になる。

 

確かに理由を見れば納得できるが、でも11歳の子供に任せていいのか・・

預ける側の親として幼児が大丈夫なのかと考えた。

 

そこもマリヌさんの考えで問題なく、メインの人とパートナーを組んで2人、

俺はあくまでサポートとして働くので、子供の同じ年代でちょうどいい遊び相手にできる。

 

それに“ベビー”シッターといっても、預けられるのは上は12歳までと幅は広い。

その上仕事は子供の相手をする以外にも夕食を与えるなど家政婦に近いものがある。

 

ジュニアスクールの下級学年であれば、僕の相手は勉強も遊びも含めて丁度良いのだ。

 

資金を出来るだけ使いたくなく、かつ仕事時間は子供が学校から帰ってからの

3時~8時と空いている時間は大きいので自分の時間も確保できる。

 

悪い話もないし、将来を考える子供と触れ合う事は

やりたい事探し中の俺にはいい刺激にもなる。

それでマリヌさんの話を受ける事にした。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「それじゃ、テッサちゃんの宿題の面倒をお願いね。私は夕食の下拵えをするわ」

 

「了解です、ビバリーさん」

 

仕事を始めて1週間。今日もいつもと同じく依頼された家へと向かう。

 

一緒に歩いているのはベビーシッター業のパートナー、ビバリー=シースルーさん。

白肌金髪碧眼の美人な女性である。

 

彼女も15歳と若いが、天然のナイスバディ(Gカップでさらに成長中と自己申告)と美顔にちょっとした化粧で大人びた雰囲気を出して、お客さんには20歳の大学生として通している。年齢詐欺、逆サバだ。

 

将来は映画監督を目指しているらしく、その為の資金集めに今の仕事をしているそうだ。

 

お客さんの娘さん、テッサちゃんの学校帰りの時間に合わせて夕食の材料を買って

そのお客さんの家に一緒に歩いている途中だ。

 

「その材料ですと、今夜はシチューですか?」

 

「さすがね。料理は私より上手だから信乃にお願いしたいけど、

 テッサちゃんのお気に入りは信乃だもの。テッサちゃんの相手は任せるわ」

 

「可愛い女の子に好かれるとは光栄ですね」

 

「ちなみに私もあなたを気に入っているのよ」

 

妖艶な笑みを浮かべるビバリーさん。

 

「結構です、お断りします」

 

俺は満々の笑顔で返した。

 

ビバリーさんは口をヘの字に歪めたが、たいして気にしていないようですぐにいつもと同じに戻った。

 

「・・・信乃、あなたロリコン?」

 

「違いますよ。ただ、愛ではないけど純粋な好意を向けられて嬉しい事と、

 男の子を誑かしそうな人の言葉とでは、当然返事は違ってきますよ」

 

「つれないわね」

 

いつものようにビバリーさんの誘いに距離を置く返事を俺は言う。

 

戦場でひどい目に合わされた女性を見たせいで、女性に対する性欲的な意味の興味は持たなくなっている。

 

そしてひどい目にあわされていたからこそ、女性に対しては優しくも距離を置く姿勢を持つようになっていた。

 

本当はビバリーさんもファミリーネームのシースルーと呼びたいところだけど、フレンドリーなビバリーさんから≪シースルーなんて型苦しい! ビバリーって呼びな。私も信乃って呼ぶから!≫とお願い(強制)されたので今の呼び方になっている。

 

 

「西折さん! ビバリーお姉ちゃん!」

 

ちょうど向かいから銀髪の少女が手を振りながら走ってきた。

 

この少女はテッサ=マデューカス。現在、俺達2人がベビーシッターとして面倒をみている7歳の少女だ。

 

「こんにちは、テッサさん」「よ、テッサちゃん!」

 

「こんにちは! 今日も宜しくお願いね!」

 

ペコリと可愛らしくお辞儀をする。

 

母親を早くに亡くし、父親が警察官と少し変わった環境で育ったためか

幼いながら礼儀正しくて元気な少女だ。

 

「今日はいつも以上に元気が良いわね。何かいい事あったのかしら?」

 

「あのね! 今日学校でね!」

 

ビバリーさんとテッサちゃんが仲良く雑談していく。

 

テッサちゃんは人見知りしないから俺だけがお気に入りというわけじゃなく、ビバリーさんとも充分に仲が良い。微笑ましい光景に俺は一歩後ろに下がって歩き、2人の話の邪魔にならないようにした。

 

 

 

 

テッサちゃんの家に到着し、決めていた通りに俺は勉強を教えてビバリーさんは夕食の準備を始めた。

 

テッサちゃんには父親のリチャード=マデューカスさんしかいない。

夕食はいつもリチャードさんが帰ってきてから4人で食べている。

 

今日もその予定だったが、リチャードさんから電話が掛かってきた。

 

「はい、マディーカスっす」

 

『その声はビバリー君だな、リチャードだ』

 

「あ、リチャードさん、お疲れ様です。どうかしたんですか? 予定だともう帰ってくる時間ですよね」

 

『それなんだが、今日は急な出動要請が遅くにあって、報告書の作成などで

 帰るのは無理のようだ』

 

「ん~そうっすか。それじゃあ、テッサちゃんは夜一人になりますね。

 

 いつもの残業した時と同じように、うちのベビーシッター組合に連絡して

 お泊り世話の出来る人呼びますね」

 

『うむ・・・ちなみにシースルー君と西折君は今晩の予定はあるかね?』

 

「ということは人を呼ばずに私達2人にお願いしたいってことっすね?」

 

『話が早くて助かる。新しい人を呼ぶのもいいが、テッサは2人を気に入っている。

 個人的なお願いが入っているから料金はサービスも入れよう』

 

「お、ラッキー! 了解っす! 信乃には私から伝えますね。組合の方にも連絡しておきます」

 

『頼んだよ』

 

ガチャ、と固定電話をビバリーさんが置いた。

 

「ビバリーさん。私、耳が良いから受話器からの声、聞こえていたんですけど・・・」

 

納得のいかない顔をしながらビバリーさんを睨んだ。

 

宿題も終わり、リビングでテッサちゃんとTVゲームしていた俺に、今の納得のいかない会話は聞こえていた。

あ、俺のキャラクターにクリーンヒットが当たって負けた。

 

「説明する手間省けたね。ということで今日はお泊りだよ!」

 

「やったーー! ずっとゲームできるよーー! 西折さんに再戦だ!」

 

無邪気に大喜びするテッサちゃん。ゲームが好きなのは確かだが、それ以上に俺達2人とゲームで遊ぶことがかなり嬉しいようだ。

 

「確かに今日の仕事の後に、私は予定は入っていませんよ。

 でも今日は暇だって私は一言も行っていないですよね、ビバリーさん?」

 

「ははは! 気にするな気にするな!」

 

豪快に笑い、食器をテーブルに並べ始めた。

 

リチャードさんが帰ってこれないなら夕食を待つ必要がない。

逆に早く食べてしまってゲームの時間を長く取ろうと考えたのだろう。

 

俺もテッサちゃんも準備に加わり、3人で仲良く夕食を取った。

 

 

 

食事の後はひたすらゲーム。宿題も終わっているし、怒る親もいない。

ゲームに大盛り上がりの3人で楽しく過ごした。

 

10時になり眠る時間になったが、テッサちゃんが「3人で一緒に寝る!」とわがままを言い、それにビバリーさんも賛同。一番立場の低い俺に拒否権はなく、リビングで毛布に包まり仲良く就寝した。

 

 

 

深夜・・・俺は嫌な予感がして目を覚ました。

 

すぐそばで寝ているビバリーさん、テッサちゃんを確認する。

テッサちゃんがビバリーさんの大きな胸に顔を埋めて仲良く抱き合っていた。

 

とりあえず2人の無事を確認し、今度は状況を確認。

 

時計を見ると午前3時。住宅街にあるこの家では、この時間帯には本当に静かで外の街灯も消えて暗い。

だが外からは車のエンジン音が聞こえた。それだけではなく、庭の芝生を踏むような音が複数聞こえた。

 

音が近い。この家に向かう音?

 

先程の嫌な予感と合わさり、嫌な想像をしてしまう。

 

「ビバリーさん、ビバリーさん」

 

「ん・・・ぁん。・・・ふぁ・・・なぁに? 夜這い?」

 

「違います。もしかしたら緊急事態です。起きてください」

 

「え?」

 

「説明は省きますが、複数の人がこの家に忍び近づいてきています。

 こんな真夜中にです」

 

「リチャードさん・・かな? それとも泥棒、とか?」

 

「わからないですが、とにかくここにいては危ないと思います。

 テッサちゃんを起こさないように抱えてキッチンのカクンター裏に隠れて下さい。

 俺が合図するまで出てこないで下さいね。

 

 俺は別の場所に隠れます」

 

「わ、わかった!」

 

目も覚めていない状態だったが、ベビーシッター歴が俺より長いだけあって

落ち着いて対処してくれた。

 

 

さて、これからどうしようか?

 

相手の目的はビバリーさんが言っていた通り泥棒なのか?

確かに泥棒かもしれない。でも俺の欠陥製品のようなマイナス思考では、それ以上の事を想像した。

 

 殺人

 

理由をつけるなら、テッサちゃんの父親、リチャード=マデューカスさんは警察官だ。逆恨みを買いやすい職業に就いている。逆恨みした相手がリチャードさんの家を調べて襲ってきたと考えるのが俺の最悪のシナリオだ。たかが人が忍びよっただけで考えが飛躍しすぎている事に自覚はある。だが半年前までは戦場にいた自分だ。こう考えてしまうのが俺にとって普通なんだ。

 

ではどう対処するべきか?

 

隠れる。

時間稼ぎにしかならないだろう。家の場所を調べる人間が、当日に誰もいない事を確認しない筈がない。隠れているのなら見つかるまで探すだろう。カウンター裏にいる2人だって一時凌ぎのために移動させたにすぎない。

 

逃げる。

背中から攻撃されて終わりだ。ここは銃を認められた国アメリカ。下手に逃げれば銃で撃たれる。それ以前にこれだけの組織的な動きをしていれば、日本であろうと国に関わらず銃を用意していてもおかしくない。むしろ銃があると想定するべきだ。

 

助けを求める。

間に合わない。警察に連絡しても来るまでに数分が掛かる。それまで隠れ続けるのは無理だし、電話で話す時間もないかもしれない。

 

ならば、撃退するしかない。

 

俺は撃退などの準備をして、布をかぶり隠れた。

 

 

 パリン

 

何か細工をしたのだろうか、音質から考えてガラスを割ったのだろうがとても小さくて眠っている状態では気付かない音だった。

 

音は2階。おそらく寝室に侵入したのだろう。

 

その予想は当たっていたようで階段から降りる音が聞こえてきた。

 

降りて来たのは2人か。

 

ゆっくりとリビングのドアが開かれる。そして銃口がドアの隙間から見せながら入ってきた。

そして入口付近で部屋全体を確認する。持っているのはハンドガンだ。そして覆面に黒の服装で闇に紛れやすい格好をしている。

 

この動き、訓練を受けたプロだ。

戦場での経験から訓練を受けていない素人兵と、訓練を受けた兵士の動きの両方を見ていた。両方を見ていたから相手の熟練度が良く分かった。威力の高いマシンガンなどの中型銃ではなく小型のハンドガンを選んでいるあたり、室内で動きまわりやすい事を知っているのだろう。

 

どうするべきか、訓練を受けている上に銃を武装した相手複数に、どう立ち向かうべきか。

 

色々と策を練る。が、概要は既に決まっている。

 

各個撃破。複数人数が相手であろうが、各個撃破をしていけば1対1を複数回繰り返すだけだ。実力が負けている俺に出来るのはこの方法しかない。

 

まずは1人目、それが今リビングに入ってきた男だ。もう1人1階に降りてきた男は別の部屋を見ているはず。ならば合流する前に倒す。

 

男は毛布の3つのふくらみを見つける。傍から見れば毛布に包まる3人に見えるようになっているはずだ。

 

俺の策にはまり、周りを注意しながら男は毛布に近付く。そして銃口を毛布の膨らみへ。

 

 パシュ

 

  パシュ

 

サイレンサー付きで静かな音が響く3人(の膨らみ)の内、2つに弾丸が貫く。

 

そして最後の1人(の膨らみ)に放つと同時に俺は走り出す。

隠れていたのはドアの近く。そして、その位置は男の真後ろ! 攻撃の瞬間には攻撃の対象にだけ集中するこの時を狙って首筋に手刀を!!

 

   パシュ

 

 

     ドサッ

 

 

俺の攻撃は成功し、男を一撃で気を失わせた。

サイレンサーの音よりも少し大きめに倒れる音がしたから、もしかしたら仲間が来るかもしれない。

 

それなら倒れた男を利用させてもらいますか。

 

リビングにあるソファーに堂々と座らせる。そして俺は同じように隠れる。

 

それにしても最悪を想定して命を狙ってきたと思ったのに、本当に躊躇なく殺しに来た。やばい・・・

 

 

「(ヒソ)ジョン、何か音がしたようだが・・・ジョン?」

 

予想通りもう一人がリビングに来て、狙い通り不審に思って座っている男へと近づく。

 

さて、さっきみたいに分かりやすい隙を作れそうにない。それなら倒す時は銃を無効化することが優先だな。

銃を無効化させた後に気絶させる!

 

敵はプロだし、仲間に声を掛けた時でさえ周りの注意を払っているだろう。タイミングが当たっているかはわからない。正直に言えば勘だ。それでも俺が倒さないとビバリーさんとテッサちゃんの命はない。やるしか、ない!

 

「おい、ジョン。どうした?」

 

左手で気絶させた男の肩を揺らす。右手は銃を持ったままだが、引き金から人差し指は外れている。

 

今だ!

 

走るために踏み込んだ時の僅かな床の軋む音が出た。その音ですぐに銃を持った男が振り向いた。

 

タイミングはほぼ同時、いや! こちらの方が早い!

 

自分の左手を振り上げて銃を弾く。

 

 パシュ

 

  パリン!

 

間一髪で銃口の向きを変えて間に合った。発射された弾丸は天井の電灯に当たり、ガラスが割れて飛び散った。

 

銃が関係無ければこの距離は素手の俺が有利。そして反射で銃を打っただけの相手と殴るつもりでいた俺とでは俺が有利!

突進力を乗せて全力で顔面を殴った。

 

「ぐうぇ!」

 

これで2人目だ。

 

まだ、2人目だ。上の階にいるのが何人いるか分からないし、今の銃弾で電灯が割れる音がした。全員が下に来るはずだ。

 

くそ! 俺だけ足止めに残って2人を逃がせば、まだ2人が生き残る可能性があったかもしれない。

 

いや、今は“かも”なんて事を考えても仕方ない。全力で倒す方法を見つけないと!

 

 キィ

 

僅かに聞こえた床が軋む音は階段の報告からだ。

 

階段の登り口から直接見えない所に隠れる。

 

くそ・・・恐い

 

俺は また

 

  また、助けられないのか

 

 

くそ・・・くそったれか 俺は

 

 何で俺はまた助けられないんだよ

 

 

 

 落ち着け、まだだ。

 

 相打ち覚悟でいけば、相手に傷を負わせられる。

 

 せめてテッサちゃん、ビバリーさんを追いかける事が出来ないようには出来る。

 

 それで充分だ。戦場で一度死んだと思った身だ。女性2人を守れるなら本望だ。

 

 

覚悟は決まった。

 

即死しないように守るのは首と頭、心臓を両腕で守る。

胴体に何発当たろうと気にしない。その状態で突撃する。

 

ま、今の銃は性能が良いから腕ごと急所を貫通するかもな。おっと、“かも”なんて考えている暇はなかったな。

 

 

 

 キィ

 

  キィ

 

   キィ

 

音が近づいてくる。

 

全神経をこの音に集中。音から敵の位置を予測する。

 

 

 キィ

 

 

俺の間合いまで、残り3歩

 

 

 

 

 

 

ガシャン!

 

 

大きな音。ドアが毛破られた音だ。

 

だが俺が出した音じゃない。

 

どういうことだ?

 

「敵補足!行動開始」

 

「「「了解」」」

 

 パシュッ

 

「ウルズ7、1階階段にて敵の確保を完了した」

 

「ウルズ6、ウルズ2、2階への探索を開始する!」

 

なんだ、どうなっている?

俺が倒そうとした奴を、別の奴が、奴らが乱入して倒している?

 

とにかく守りに入らないと。

キッチンカウンターの陰に隠れているテッサちゃん、ビバリーさんの所に俺は行く。

急に入ってきたことでビバリーさんが驚いて体を震わせたが、俺だと解って少し笑みを浮かべた。

 

何か言いたいようだったが、人差し指で『静かに』にジェスチャーをするとビバリーさんから頷きが返ってきた。

 

「ウルズ2、リビングにて敵勢力2人を確認。

 しかし意識がありません。問題ないと思われます」

 

「了解だ。

 

 さて隊長、どうしますか?」

 

「テッサ! テッサいるのか!? 無事なのか!!?」

 

「ちょ、隊長! まだ安全は確保されていませんよ!」

 

この声は、リチャードさん!? しかも隊長って呼ばれていたし。・・・ってことは乱入してきた奴らってリチャードさんが指揮する警察の部隊?

 

「信乃くん! ビバリーくん! 無事なら返事をしてくれ!」

 

「・・・了解。大丈夫ですよ、リチャードさん」

 

「その声は信乃くんか!?」

 

走る音が近づいてくる。

 

そしてキッチンカウンターの陰に隠れていた俺達3人の前に現れたのは、親バカのリチャード=マデューカスさんだ。

 

服装は見なれている普段着ではなく、警官という服装でもない。

 

一般的に当てはまるのは“兵士”の格好だ。

 

「大丈夫か!?」

 

「ええ、3人とも怪我ひとつありません」

 

「そ、そうか。よかった。本当に良かった」

 

「た、隊長。お喜びの所に申し訳ありませんが、報告があります」

 

「すまない、取り乱してしまった。

 

 それで報告とは?」

 

「はい。2階にて更に1人の敵勢力を確保しました。

 

 1階、2階の全ての部屋、物陰を確認完了。敵勢力を全て確保したと思われます」

 

「うむ。しかし完全とは言い切れない。外の車まで移動しよう。3人ともいいかね」

 

「わかりました。ビバリーさん、テッサちゃんは俺が運ぶよ」

 

「私がやるわ。信乃は強盗を倒したんでしょ? 私もベビーシッターなのよ。

 これぐらいの仕事させてちょうだい」

 

そう言っているビバリーさんの手は震えていた。

 

この数分間、テッサちゃんを守るために本気で抱きしめ続けて疲労したからなのか。

それとも恐怖に耐え続けたからなのか、恐怖からの安心感なのか。

 

震えながらもゆっくりと立ち上がるビバリーに尊敬の念を抱かされた。

 

「・・・では、お願いします。行きましょう」

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

リチャードさん達の指示に従い、外に止めていた車に乗り家から離れて行った。

 

車と言っても普通の車じゃない。装甲車だ。

 

シルエットは普通の車に近かったし、真夜中の住宅街という事できれいにみることは出来なかった。でも車の表面にある分厚い鉄板は普通の車じゃない事はすぐに分かった。戦場で見た事のなる戦車と同じだ。戦車と同じ材料で作られた車って感じだ。

 

その車に乗り込んでリチャードさんとその部下数名をを含めた俺達3人は、リチャードさんの職場である警察署へと行った。

 

「到着だ。ここまでくればさすがに安心だろう」

 

未だに周囲を警戒しながらリチャードさんと部下の人たちは降りた。

そしてテッサちゃん、ビバリーさんが建物の奥へ行くのを見送り、リチャードさんに話しかけた。

 

「ありがとうございます、リチャードさん。

 あそこで間に合っていなければ私達3人はダメでしたよ」

 

「いや、こちらこそ礼をいわせてくれ、信乃くん。

 君が敵に抵抗していなければ、我々は間に合わなかった。

 

「お礼はいりません。自分では失敗だったと思っていますから」

 

「・・・それは全員を撃退出来なかったからかね?」

 

「違います。テッサちゃんとビバリーさんを守れなかったからです」

 

「先程も言ったが、君がいなければ我々は間に合わなかった。それを考えると君の功績は」

 

「ええ。私の足掻きがなければ2人は無事ではありませんでした。

 それはリチャードさんが言ったように、あなた達が間に合ったから良かったと

 言える結果です。結果論です。

 

 もし来なかったら、俺に出来たのは犯人全員に怪我をさせて2人を逃がす可能性を

 増やすだけ。代償は俺の命。それだとテッサちゃんもビバリーさんも

 精神的にダメージを与えてしまう。

 

 最善の結果じゃない」

 

「・・・そうか。そう思っているなら何も言う事はない。

 

 本当なら『なぜ一人で無茶をした』と怒鳴りたかったが、君がそこまで反省して

 落ち込んでいるなら何も攻めないよ。

 

 しかし君にここまでの戦闘能力があったのは驚きだ。

 襲撃してきた者たちは元内の部隊にいた人間だ。それを倒せるとはな」

 

「倒したと言っても2人とも奇襲ですよ。

 

 それに・・・・深くは言えませんが戦場経験者です。銃も、殺しも・・・」

 

「わかった、それ以上は何も言わなくていい。

 

 今の君は、私の娘の命の恩人であり、ベビーシッターで優秀な西折信乃くんだ。

 それだけで十分だよ」

 

「・・・・・・ありがとうございます」

 

「・・・・・・」

 

2人が沈黙のまま建物の奥へと足を運ぶ。

 

「・・・・信乃くん」

 

「なんでしょうか?」

 

「深く聞くつもりは無い。君がどのような経験を積んだのかは分からないが

 常人では考えられない戦闘経験を積んでいるだろう。

 

 しかし未熟だ。経験があるだけで訓練をしたわけではないな?」

 

「・・その通りです。

 

 見ての通り未熟です。自己鍛錬だけでは限界がありますね・・・」

 

「そうか、ならばここの訓練を受けてみるか?」

 

「え? 今何を言いました?」

 

「ここ、SWATで訓練を受けてみないか、と言った」

 

「冗談にしては面白くないですね。

 

 人殺しに部隊の訓練? 意味が分かりません」

 

「そう自虐するものじゃない。

 それに君の力が未熟だというなら、それは不安定だということだ。

 不安定なものは放っておくほうが危ない。

 

 ならば安定を、訓練を受けて正すべきだと思ったまでだ」

 

「人殺しが力を増すだけになるかもしれませんよ」

 

「そうならないようにするのが子供に対する大人の役目だ」

 

「“俺”の中の歪みを治してくれるって言うんですか?」

 

「ああ。私に出来る事ならやらせてもらうよ」

 

「・・・・・

 

 お願い・・・します!」

 

「うむ」

 

自分を鍛える事には強い関心は無い。

でも、自分の事を本気で心配してくれる人がいる事は、本当に嬉しい。

 

 

 

つづく

 



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Trick-08_ASEに入らないか?

 

 

 

「どうした! 貴様の根性はこんなものか!?」

 

「っ・・」

 

「まだ5セット残っているのに時間が無いぞ!

 今日も全セットを終わらずに時間切れか!

 これで何日目だ!? いい加減にしろ!!」

 

「y yes sir!」

 

「返事だけは威勢が良いな! さぁ! 早く立て!!」

 

クソッたれ! と心の中では毒づきながら何とか立ち上がり、そして再び走り出した。

 

俺が今いるのはSWATの訓練場。

 

リチャードさんの申し出を受けて、俺は特殊で火器を扱う戦術部隊に出入りしていた。

 

目的はSWATの訓練を受けるため、否。自分自身を鍛え直し見つめ直すためだ。

 

ローラ様の元にいた半年で体の傷は癒えた。

だが、心の傷は癒えたとは言えない。さらに言えばその傷から目を背けていたので癒える傾向も無かった。

 

俺には3つのトラウマがある。嘔吐するほどの強いトラウマだ。

 

1つ目は、銃を握る事。

 

戦場で俺が幾人もの命を奪ってきた方法だ。

銃口を向けられるのは良い。弾丸を込めたショットガンの銃口を額に付けられても大丈夫だ。

 

しかし自分が銃を握るのはダメだ。

引き金を引いた後の反動、響く銃声、汚れた空気、飛び散る血飛沫。

五感すべてが人殺しの記憶を鮮明に呼び起こしてしまう。

人に殺されそうになった事よりも、殺した事の方が俺にとっては嫌な記憶だ。

 

2つ目は、飛行機だ。

 

両親が死に、自分自身も体験した飛行機事故。

 

今でも飛行機を見ると嫌悪感に溢れる。

当初、アメリカに来るのは飛行機を使うつもりだったが、

空港で並ぶ多くの飛行機を見て気分が悪くなりトイレに行った。

 

それでも我慢して搭乗案内に従い、飛行機に足を向けたが・・・・・トイレにダッシュでリバースだ。

結局は1週間以上を掛けて船で大西洋を渡ったのだ。

 

3つ目は、・・・これはやめておこう。かなり特殊だ。

 

 

閑話休題

 

 

SWATに入ったのはスパルタによる、トラウマから目を背ける事を止めるためだ。

具体的にいえば銃と飛行機に関してだ。

 

SWATのほとんどが陸の仕事とはいえ、軍隊だ。

ならば軍用飛行機を乗る事は無くとも近くで見る事はある。

 

そして銃。警察や軍隊で必ず扱う武器。

そして銃社会アメリカでは民間人も持っているがゆえに、より警察の扱いが重要になってくる。

 

SWATでの訓練は嫌でも銃(トラウマ)と向き合う事になるのだ。

運命の巡り合わせと考えて訓練に受けていた。

 

 

「午前はここまで! 1時間後に講義室Bだ! 今日はトカレフ構造理解の後、の分解・組立をするぞ!」

 

「はっ・・ぃ!」

 

「返事はハッキリしろ!」

 

「っ・・はい!」

 

リチャードさんは厳しい目で野外訓練場から立ち去った。

結局、時間切れで3セットを残した状態で終了した。

 

当然ながら本物の軍隊の訓練は甘くない。

少々戦場の経験がある俺程度が充分についていけるはずもなく

体力切れで地面に突っ伏していた。

 

とはいえ、突っ伏す時間も惜しい。

過労で食事をするのも時間が掛かる。

食事を取らなければ次の訓練が持たない。

 

体に鞭打って食堂へ足を運んだ。

 

「おいおい、シノ! また隊長にコッテリ絞られているな!」

 

「ゲッソリと楽しそうだなオイ!」

 

「これのどこが楽しそうなんですか・・・」

 

声を掛けてくれたのは本物の部隊の方々。

俺が倒れた基本訓練を、すでに終わらせた上で、フォーメーション等の応用訓練を

終えたはずなのに、全員がケロリとしている。さすが本物は違う。

 

「ごはん・・・」

 

「はいよ! お残しは許しまへんで!」

 

「は~い」

 

ああ、めしがうまい。空腹は最高のスパイスっていうけど、

労働の疲労もいいよね・・・空腹と違って進んでやりたくないけど。

というか、これは労働に入るのか? ま、いいや。

 

ご飯を食べながら今後の事を考える。

 

最近、テッサちゃんのベビーシッターをする前の時間帯は

ここで訓練をしている。

 

午前中は基礎訓練。午後は銃や爆弾などの構造理解講座。

アフターファイブはベビーシッター。9時に帰宅。

 

こんなライフサイクルを繰り返している。

自由時間と言えば寝る前の1~2時間ぐらいだ。

 

幸いなのは睡眠時間を削られない事だ。

一応は成長期の身なので、ここで体格の成長が止まったらいやだし。

 

「ごちそうさまでした」

 

「パンのかけら一つ残さずに綺麗に食べるね、あんた。

 メシを作るこちらとしては嬉しい限りだよ」

 

「食べられるだけで幸せですからね。米粒一つ、パン屑一欠けらも残さないですよ」

 

「若いくせにいいこと言うじゃないか」

 

食堂のおばちゃんが笑いながら食器を片づけていけた。

 

大人の中にジュニアスクール(小学生)の小僧が一人いるのは居心地が悪いと思ったが、

みんな優しくしてくれる。いいところだ。やっぱりリチャードさんの部隊だからかな?

 

午後は講義室Bだったな。疲労から少し回復した体で移動した。

 

 

そんなSWAT生活に慣れ始めた頃、またまた俺は事件に巻き込まれた。

 

 

****************************************

 

今日は土曜日、英語でSaturday。今日は訓練もお休みダー!

 

いかんいかん。久しぶりの完全休暇でテンションがおかしくなった。

 

さてさて、今日はお休みと言う事でストレス解消も含めて買い物に出ている。

訓練で服が傷みやすいから新しい運動着を買おうかと思って

百貨店に来ている。

 

えーと動きやすい服装だからスポーツ服が売っているところは2階か。

 

とまぁ、こんな風に買い物をしてぶらぶらしていて、3階への階段を下りているときに

嫌な感じがした。

 

本当に、ただの勘だった。根拠なんて一切ない。だけど、本当に嫌な予感がした。

 

階段の隅に置いてある1つの箱。周りには何もない。この箱だけが置かれている。

箱は段ボールでできた、40cm四方の小さな箱。蓋は閉じられておらず若干空いている。

 

その空いている蓋の隙間から覗くと・・・・見覚えのある配線とデジタル時計。

簡潔に言う。タイマー式爆弾だった。

 

普通であれば動揺する場面かもしれないが、俺の場合は逆だ。

戦場にいた経験で、怒ったときや驚いた時は勝手に冷静になる。

 

今もデジタル時計を見た瞬間に、冷たくなるのを感じた。

 

慌てず騒がず、携帯電話の操作をした。

 

『もしもし、どうした信乃? 折角の休みに訓練でも付けてほしいのか?』

 

「リチャードさん、申し訳ないですがふざけている暇は無いです。

 単刀直入に言いますと、爆弾を見つけました」

 

『どこだ?』

 

「5番通りに隣接している百貨店です。偶然見つけました」

 

『分かった、SWAT(うち)から爆弾の方は連絡を入れる。

   おい! 緊急出動の準備しろ!

   あと5番通りの百貨店の警備室に連絡だ!』

 

さすがリチャードさん、話が早い。

俺がリチャードさんに電話した理由を汲み取ってくれた。

 

子供である俺が警備員に連絡したところで、悪戯として片付けられる可能性が高い。

それにリチャードさんからある程度の信頼を得ている。

だから俺が悪戯ではない事として対応してくれた。

 

『爆弾のタイプは?』

 

「丁度2日前に講習で受けたものと同じです。

 火薬の量は多いですが、それほど難しくはないです。

 ただ、制限時間が・・・・」

 

『あとどれくらい残っている?』

 

「10分を切っています。ちなみに箱は動かしたら爆発の可能性があります」

 

『!? それじゃあ、うちは間に合いそうにないな・・・・

 信乃・・・お前に頼むのは酷と思うが「大丈夫です」』

 

「幸いにも講習を受けたのは2日前で記憶もまだ新しい。

 それに俺以外、誰がやるんですか?」

 

『・・・・頼む。責任は俺が取る』

 

「お願いします」

 

携帯電話は繋いだまま、爆弾の箱へと近づく。

 

ピンポンパンポン

 

『お客様へお知らせいたします。ただいま、当建物の消火設備に不備が見つかりました。

 緊急に対応する必要があります。申し訳ありませんが、緊急時に備えて

 当建物から避難をお願い致します。警備員の指示に従い早急にお願いいたします。

 

 繰り返しお伝えします。ただいま ――』

 

館内放送が流れる。爆弾と言うとパニックになる可能性がある。

それを防ぐために嘘を放送しているようだ。

 

この階段はあまり使われていないと思う。運よく周りに気にせずに作業を進められる。

 

パチ、パチと配線を一つずつ切っていく。

 

残り3本になった時、俺の手は止まった。止めざる負えなかった。

 

「は、リチャードさんには自信があるように言ったけど、やっぱり上手くいかないな」

 

残りの配線、この3本が厄介だった。今までの配線はマニュアル通りだったが、

ここに来てダミーの配線が混ぜられている。

構造を考えると3本中に2本がダミー。切れば爆発する。

残念ながらダミーの対処や見抜き方はまだ習っていない。

 

「すみません、リチャードさん。今の状況ですけど・・・――――」

 

――――――

 

『ふむ、なるほど。ダミーか』

 

「ええ、私の実力では手を付けられません。最悪の場合、一か八か・・」

 

『馬鹿を言うな! 命を大切にすると言う事を考えろと講習で教えただろ!!』

 

「ですが・・」

 

『それにこちらでも手を打った。偶然、教え子がうちに来ていてな。

 お前の所に向かわせた。ほら、バイクの音が聞こえてきただろ?』

 

リチャードさんの言うとおり、バイクのエンジン音が聞こえてきた。

だんだんと音が大きくなってくる。

ついに音だけでなく、バイクも見えてきた。

 

青にカラーリングされたトライアルバイク。

2人乗りで階段を駆け上り、そして俺の側で止まった。

 

「リチャード隊長が言っていた≪信乃≫ってのはお前でええんか!?」

 

後ろの席から降り、ヘルメットを外しながら聞かれた。え? 日本語、しかも関西弁?

 

「あ、はい! あなたたちは?」

 

「お前の先輩になるかの」

 

と答えながら目線は爆弾に注がれていた。

 

しまった・・解体している途中の爆弾を引き継ぐことは難しい。

切った大量の配線があり、元々はどのように繋がっていたか考えるのに

余計に時間が掛かってしまう。

 

少しでも時間省略するため、解体前の状況を教えないと。

 

「先輩さん・・・配線ですけど」

 

「よし、これや」

 

パチン

 

え? まだ10秒も見ていないのに、わかったの?

 

「これで大丈夫や。悟、後は犯人を捕まえるだけええんやったよな?」

 

「はい、波戸さん」

 

本当に爆弾のタイマーが止まっている。すごい。すごすぎる。

 

「あの、波戸さん・・・で、お名前は合ってますよね?。犯人ってどういうことですか?」

 

「おう少年、この爆弾って単純な作りやと思わなかったか? ダミー抜きで」

 

「そう、ですね。同じタイマー構造でも、もっと複雑な作りのものはありますし、

 初心者の私でも解体寸前まで出来ましたし・・・」

 

「面白い事言うの。初心者やったら作業速度がもっと遅いと思うんやけどな。

 

 簡単にいえば、この程度の構造やったらネット探せば作り方をなんぼでも見つけられる。

 ダミーも同じ。教科書の通りに作った爆弾ってことや。

 だから犯人は手慣れた奴やない。

 

 もう一個付け加えると、火薬の量もダミーや。

 本当の量やと、この階段の一部を壊すことしかできへん」

 

「爆薬が、ダミー?」

 

「大方、自分のしでかした事を近くで見て喜びたいだけの愉快犯。

 せやけど大事を起こす根性ない、作るのもネット見ただけの素人や。

 

 そして愉快犯やったら近くにおるはず」

 

すごい。たった一つの爆弾を見ただけでプロファイルに近い犯人像を作った。

これがプロの実力なのか。

 

「悟、犯人はさっきまで7階の階段の所にいたようやで。

 俺は他の階段の所で待ち伏せしとくさかい、はよ行きや!」

 

「わかりました!」

 

おそらく仲間のだれかが監視カメラから様子を見ていたのだろう。

耳に着けていたインカムの指示に従い、2人は行動を始めた。

 

確か関西弁を話す20代前半の人が、波戸さんと呼ばれていた。

そしてヘルメットをかぶって良くわからなかったが、中学生ほどの小柄な人が悟さん。

悟さんはトライアルバイクで階段を駆け上って行った。

バイクってあんなことできるのか? すごい!

 

「お前は入口にある≪ASE≫のトラックの所にその箱を持って行きや。

 ワイらの仲間がおるさかい、事情を説明してくれ」

 

「は、はい!」

 

 

***********************

 

 

ASE

 

Almighty Support Enterprise、略して『ASE』(エース)。「軍人からベビーシッターまで常に一流を派遣する」をキャッチコピーとし、世界中から様々な分野のスペシャリストを集めた国際的人材派遣会社である。依頼料金は高額だが、任務遂行は正確かつ迅速。

 

Wikipediaより参照。

 

 

マジですか? 波戸さんが言っていたASEって、あのASE!?

 

指示通り、外に止めてあったASEのトラックを見つけたが、

有名な会社のロゴマークを見た時はかなり驚いた。

 

「ん、君か? 波戸が言っていた解体してくれてた少年とは?」

 

「は、はい! 私で間違いないと思います」

 

眼鏡をかけた40代程の男性が、俺に近付いてきた。

服装はスーツだが、その体躯はしっかりとしている。

 

「私は百舌鳥という。普段はASE日本支部長をしているが、今日はリチャードに

 用事があってな。たまたま近くにいたのさ」

 

「は、初めまして。西折信乃といいます。同じ日本人ですが、

 私はイギリス系の2世になります。

 

 リチャードさんには普段からお世話になっています」

 

一応、日本生まれじゃない今の戸籍を言う。対して意味は無いと思うけど。

 

「ああ、俺も話に聞いている。なかなか面白そうな子供がいるってな」

 

「え?」

 

「信乃! 無事だったか?!」

 

丁度、SWATの車両で来たリチャードさんが叫んで俺を呼んだ。

ぞくぞくと集まってくるSWATの車両、そして降りてくる隊員のみんな。

そして百舌鳥さん。全員が俺を中心に集まってきた。ってか暑苦しいよ。

 

「リチャードさん、私は無事ですよ」

 

「そうか、よかった・・・波戸を向かわせて正解だったな。

 おかげで信乃が助かった」

 

「リチャードさんが言っていた教え子っていうのは、波戸さんの事だったんですね」

 

「ああ。奴もSWAT出身で俺の部下だった」

 

「本当に助かりました。ダミーも一瞬で見抜いてくれました」

 

「その腕を買って、ASEは波戸をスカウトした」

 

「なるほど。超一流を提供することがキャッチコピーのASEは

 人材も当然超一流ってことですか」

 

「そのとおり」

 

百舌鳥さんは感心したように笑った。

まあ、自分は一応12歳だし、本当ならそこまで知っているもんじゃないからね。

 

だけど精神年齢は年相応ではないと自覚している。

前世の記録があるし、戦場での死にかけた経験、人を殺した経験があるから

実年齢より成熟、または老成していると思う。

ちなみに学園都市にいた時に大学の博士号を取っているから知識も大人並みだ。

 

閉話休題

 

しばらくすると、デパートからバイクを手で押しながら出てきた悟さんと、

気弱そうな眼鏡の男、その男に肩を回して笑いながら波戸さんが出てきた。

 

「百舌鳥さん、任務完了や」

 

「残念だが波戸、これは任務じゃないぞ。金は出ない」

 

「分かってますって百舌鳥さん。今回のはリチャード隊長のお手伝いってことやろ?」

 

「すまんな、波戸。SWATという組織的にはASEに依頼する事が出来ない。

 その代わりと言っては何だが、俺のおごりで飯を食いに行こう。

 

 もちろん、SWATのメンバーも、斑鳩悟くんも、百舌鳥、信乃もな」

 

『ヨッシャー!!』

 

「(ヒソ)あの、リチャードさん・・・申し訳ないんですが・・」

 

「どうした?」

 

「今日、というかこれからテッサちゃんのベビーシッターがあるんですよ。

 ビバリーさんは休みですから、私しかいなくて・・・」

 

「なるほどな・・・折角の機会だったんだが・・・」

 

「それなら、お前の家でパーティをしたらどうだ?

 嫁さんが生きて居た頃はよくやっていただろ」

 

「それだ! 良い事言うじゃないか百舌鳥!

 

 妻が死ぬ前には月に1度は家でパーティをしていたんだ!

 テッサは初めてになるな! これは面白くなってきたぞ!」

 

「り、リチャードさん?」

 

急にテンションが高くなったから、びっくりするよ。

いつも冷静で穏やかな、訓練の時には厳しいリチャードさんが

大きな声を上げて喜ぶのは初めて見た。

 

「おい野郎共! 今日はウチでパーティだ!

 1番隊、2丁目で肉を仕入れてこい! いや買い占めてこい!

 2番隊、酒だ! 町中の酒を種類選ばず買ってこい!

 3番隊、庭でBBQだ! 道具を用意しろ!

 4番隊、適当に野菜だ!

 

 すぐに行動を開始しろノロマ共!」

 

『Yes Sir!!』

 

無駄に統率力が良かった。

 

 

 

 

「マンデラさん! この串を向こうのテーブルにお願いします!

 ジュンギュさん! 冷蔵庫にある肉を取ってきて下さい! もう少しで品切れます!

 スペックさん! それ焼き過ぎで炭になってます! 危ないから別の食べて!

 ジャックさん! 網焼き用の具材ですよ! こっちのコンロで焼くから持ってきて!

 ソースケさん! こんな所にまで来てトマトと干し肉食べないでBBQ食べて!

 クルツさん! テッサちゃんを口説くんじゃない! 相手は小学生でしょ!

 ロジャーさん! そこ焦げているから串をひっくり返して!

 キャステロさん! 肉がまだ生焼けだからもうちょっと待って!

 マオ姉さん! 飲んでばかりいないで食べて!

 クルーゾーさん! 野菜も食べて下さい! はいこれ野菜だけの串!

 カリーニンさん! ココアパウダーと味噌をつけないで! 素材の味を楽しんで!!

 テッサちゃんはこれね。熱いから気をつけて」

 

「なるほど、これが日本人のスキル、ナベブギョーか」

 

「日本人が全員出来るとは思うなよ、リチャード。

 それに、これに鍋奉行というよりは網奉行だな」

 

一言でまとめるならカオスだ。

 

どこのコンロも次の肉を待つ人が集っている。

どこのテーブルも酒で乾杯をしている。

まともに談笑と食事をしているのは1テーブル

リチャードさんとテッサちゃん、百舌鳥さんがいるテーブルだ。

 

ちなみにASEの2人、波戸さんと悟さんは別のコンロに向かって食事中。

さっきまでのシリアスな2人はいない。ただの食いしん坊万歳になっていた。

 

ところで今、俺は3つのコンロを操って串を焼いている。

そして全体のコンロ係の人に指示を出していた。

 

仮入隊とはいえ、SWATの一番下っぱは俺。

それが指示出しをしているのは訳がある。

 

今のメンバーでまともに料理を出来るのは俺だけしかいなかった(泣)。

 

俺が指示出しするまでは、生焼けだろうが炭化だろうが関係なく食べている。

みんな『大丈夫、大丈夫』とあまり聞かなかった。

 

な ん だ そ れ は!

 食 材 に 失 礼 だ ろ う が!

 

少しキレました。

大先輩たちに、ちょっと説教しちゃいました。

そのままの流れで網奉行になりました。

 

QED。以上、証明完了です。

 

・・・・ごめん。最後のは無し。戯言って言葉で誤魔化せない。

戯言もQEDも同じ講○社だけど。

 

とにかく、俺を中心に調理に関しては大丈夫になりました 以上

 

そんな俺の姿を見ながら、リチャードさんと百舌鳥さんが雑談をしていた。

 

「ふむ。ふつうのBBQの道具と普通の食材で、ここまでおいしいものが作れるとは驚きだ。

 彼は料理人を目指しているのか?

 

「仕事で世界中に行っている百舌鳥がいうってことは、かなりの腕前なんだろうな。

 私は普段から食べているおかげで、おいしさの感覚がわからなくなっているからの。

 

 信乃くんは料理人を目指しているわけじゃない。

 ましてやSWATのような組織に入るつもりもないと聞いている」

 

「では何を目指しているんだ?」

 

「わからない」

 

「わからない? 聞いていないのか?」

 

「聞いたよ。その答えが『わからない』だ。

 信乃くん自身がわからないのだ。

 

 今まさにそれを模索している。自分探しをしているんだよ」

 

「あの歳の子供なら、決まっていないのも不思議ではない。

 だが、あの子はしっかりとしている。それなのに『わからない』か」

 

「色々と事情があるみたいだが、詮索はしてやるな」

 

「・・・リチャード、彼について案があるんだが・・」

 

「奇遇だな、百舌鳥。実は彼についてお願いしたい事がある」

 

なにやら二人の間で通じあったようで、一緒に頷いていた。

 

「信乃くん、君に良い話があるんだが」

 

「良い話、ですか?」

 

「ASEに入らないか?」

 

 

 

つづく

 

 



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Trick-09_ニシオリ、君を試したいと思う

 

 

 

何度目かになる人生の転機が訪れて数ヵ月後。

俺は土木作業の手伝いをさせられていた。

 

「おいシノ! 早く塗料持ってこい!」

 

「まだ混ぜ終わっていません! 30秒ください!」

 

「ったくしゃーねーな!」

 

と、この土木作業の最高責任者であるマリオさんはため息をついた。

 

なんでこんな土木作業をしているのかと言うと、ASEの仕事の一環である。

 

マリオさんは芸術建築家として世界的に有名であり、そしてASEにも所属しているのだ。

 

今回の仕事は、1週間でとあるお宅の外壁を芸術作品として塗り替えてほしいというものだ。

ちなみにとあるお宅とは、月収が億単位のお金持ち様である。

 

そこに俺は“マルチエージェント”として派遣された。

 

“マルチエージェント”

名前を聞く限りでは、何でも出来る優秀な人材に感じるが、実際は違う。

マルチというように幅広く色々出来る事は認めよう。昔から見たものを

真似るのは得意だった。この特技を百舌鳥さんに知られて、マルチに活躍させられていた。

 

だが、自分では不満がある。

ASEは人材派遣会社だ。しかも派遣するのは普通の人材じゃない。

超一流を派遣する、つまりはスペシャリストを派遣するのだ。

 

そんな中で派遣回数が多いが、俺はスペシャルではなくマルチだ。

超一流ではない。程遠い。

 

超一流を派遣する会社で、実力足らずと思える自分がいるのが悔しかった。

 

始めこそは嬉しかった。

自分のやりたい事探しが目的でイギリスから旅立った俺は、

超一流の人と関わることで刺激を受けて、何をしたいのかを追及していく。

 

百舌鳥さんの話は、まさに渡りに船だった。

 

それに悟さんのバイクテクニックも魅力的だった。

 

悟さんこと、斑鳩 悟(いかるが さとる)さんのバイクテクニックは

A・Tに通じるものがあった。

 

A・Tほど何でもありと言う訳ではなかったが、二輪で壁を昇り降りして

自由に動く様子は、感動を覚えた。

 

自分の中の記録でしか、A・Tの不可能と思える動きを見た事がなかったので、

このバイクテクニックを間近で見て、出来る事なら自分もバイクに乗って

練習すれば、将来のA・Tの動きの糧になると思っていた。

 

その事を話して百舌鳥さんに悟さんと一緒に訓練を教えてもらったところ、

俺は覚えが良くて中々の錬度らしく、この年齢ながら国際免許の取得が出来た。

だがしかし、何故か成長が急に止まった。

 

バイクなどの機械操作と並行して、爆弾処理について波戸さんから習っていたが、

こちらもなかなかの錬度らしいが、急に成長の勢いが無くなった。

 

 

この2つの事から、俺と百舌鳥さんは一つの仮説が出来上がった。

俺は習得速度は早くて速いが、お手本となった人間の7~9割の段階になると

急に習得が遅くなったり止まったりするのだ。

 

それを俺は劣化模倣と呼んだ。

 

確かに心当たりはある。小さいころからスポーツは好きで、かなり上手かったと自負出来るが

絶対に一番になる事は出来なかった。それと同じなのだろう。

 

そのことに俺はショックを受けた。もし、この劣化模倣が全ての事に当てはまるのなら

俺は様々な事で上達する事が出来ても極める事ができない。超一流にはなれないのだ。

 

俺はショックを受けたが、百舌鳥さんは違った。

習得するのが速い事自体は武器になる。そして俺は習得出来ない事の方が少ない。

百舌鳥さんから色々な分野に手を出す事を進められた。

 

身につけた技術は多ければ多いほど、いつか役に立つ。

そして分野を広めれば、いつかは本当に一流になれる分野が見つかるかもしれない、

と言われた。

 

今のところ、技術を多く身に着けているから1つ目の目的は目論見通りだ。

でも、2つ目の自分のやりたい事は、まだ見つかっていない。

 

え? A・Tはやりたい事じゃないのかって?

確かにA・Tはやりたい事だ。でも、これは趣味であって、将来の夢や職業ではない。

だから俺の探している、やりたい事ではないのだ。

 

最近はやりたい事を積極的に探すことは少なくなっている。

正直、心が疲弊しているのだ。

 

何をやっても『お前はこの道に進むべきじゃない。才能がないんだ』と

極める事が出来ない度に言われている気がする。

 

今は時の流れに身を任せて、偶然でやりたい事が見つかるのを任せる事にした。

 

 

「ふぅ・・・」

 

今回の仕事は、マリオさんの補助。

通訳なり、資材の運び入れ、その他の雑用などをしていた。

 

マリオさんの仕事を終えて、俺は河原の近くで飲み物を飲んで休んでいた。

 

「久しぶりの日本だな・・・

 しかも学園都市の近くだ・・・」

 

視界には学園都市が見えている。

 

日本で生まれ育った『西折信乃』は飛行機事故で死亡している。

書類上では俺は死んでいるのだ。

 

ここにいるのは日系イギリス人の『西折信乃』なのだから。

 

「さて、そろそろ帰りますか・・・・ん?」

 

川からドンブラコ、ドンブラコと流れてきたのは、なんと不元気な男の人だったとさ。

 

「ドザエモン・・・って呑気なこと考えている場合じゃないな」

 

男の人・・・10代後半で体格のいい、背中に蜘蛛の刺青があるな。幻影旅団の一人か?

この川は確か、上流に学園都市があったはず。ってことは学園都市から?

 

色々考える事があるけど、まずはこの人を病院に連れていかないと。

 

 

---------------------

 

 

「ここは・・・?」

 

「知らない天井でしょ?」

 

男の人を病院に連れて行って数日後、俺がお見舞いに来た時間に偶然、彼は目を覚ました。

 

「ここは、どこだ?」

 

「○×県の私立病院。学園都市の隣の県ですよ」

 

それから日をおいて体調が良くなった頃、その人と色々話をした。

 

彼の名前は“黒妻 綿流”(くろづま わたる)

学園都市のスキルアウトらしい。

 

スキルアウト同士の争いで爆弾の爆発をくらい、今の怪我を負ったとの事。

 

「学園都市にいたことがありますけど、スキルアウトとは関わったことがないです。

 未成年の不良というイメージを持ってましたけど、意外とバイオレンスですね」

 

「まあな。実際、レベル0の人間が集まってバカやっていただけだから

 未成年の不良ってのも対して間違ってはいない。

 

 ただ学園都市だから、スキルアストでの抗争が派手になっちまうんだ」

 

「本当に、良く生きていられましたね」

 

「昔から頑丈なのが取り柄だからさ」

 

それから黒妻さんから色々と話を聞いた。

爆発事件の詳細や、スキルアウトでの出来事、妹分の美偉との(甘酸っぱい)関係、

自分がいなくなった後のチーム≪ビックスパイダー≫への心配などなど。

 

黒妻さんとは意気投合し、俺の事を少しだけ話した。

 

「はぁ? やりたい事探しの為にASEに入った?

 お前は真面目か?」

 

「・・・・上司に肩の力を抜けと何度か言われた事がありますね」

 

「無駄に真面目なんだな」

 

「否定できないですね」

 

と苦笑を浮かべた。

 

「何か趣味はないのか?」

 

「趣味、と言えるか分からないですけど、A・Tってものを作っています」

 

「A・T?」

 

A・Tについて簡単に説明した。

昔の遊び道具(笑)であること。

設計図はあるが、作成する道具ほか材料など足りないものが多々あること。

A・Tで空を跳びたい事など話した。

 

「お前、本当にやりたい事がないって思っているのか?

 A・Tについて話しているお前の顔、すげー輝いていたぞ?」

 

「小さいころからの夢ですからね」

 

「それなら、A・Tを作るのをやりたい事にすれば良いじゃねーかよ」

 

「いえ、それは趣味ですから。あくまで趣味で、やりたい事とは違いますよ」

 

「その考えを少し柔らかくしろ。典型的な日本人の考え方だな」

 

「日本人の考え方?」

 

「生きる為に仕事をするのは間違っているとは言えない。

 でも『生きる』ってのはなんだ? 衣食住を充実させるためか?

 

 間違っていないと思うが、国外じゃ結構違う。

 その例としてバカンスってのがある。

 お前もヨーロッパ出身だから知っているだろ、バカンス?」

 

「ええ、まあ」

 

「バカンスは一言で言えば長期休暇の事だ。旅行に行くとか、趣味に没頭するとか、だな。

 

 バカンスを楽しんでいる人たちの考えは、≪バカンスの為に仕事をしている≫ってことだ」

 

なんとなくだが、黒妻さんが言いたい事が分かった気がする。

 

「つまり、生きる為に仕事をするのではなく、趣味の為に仕事をしろってことですか?」

 

「簡単に言えば、そんなところだ。

 より正確に言えば、生きる為に仕事をするってのも

 真面目すぎて馬鹿らしいって言いたいんだよ」

 

「なるほど」

 

「とりあえず、趣味の為に仕事をしてみたらどうだ?

 面白そうじゃないかA・Tの開発」

 

「黒妻さんもA・Tに興味持ったんですか?」

 

「ああ。空を跳べるって自由でいいじゃないか。

 俺も好きだぜ、空。学園都市にいた時も、暇がありゃ空を見ていた。

 アジトでもお気に入りの場所は屋上だったしな、空を見るために、良い風が吹いていてな」

 

「そうですか・・・」

 

かなり嬉しかった。俺のA・T製作についてはほとんどの人には話していない。

趣味でモーター付ローラースケートを製作したいなんて、否定されるのが恐かった。

 

でも黒妻さんは肯定してくれたどころか、自分も使ってみたいと言ってくれた。

 

・・・完成したら、貸してあげようかな?

 

そんなことを考えながら、俺は図面でしか作っていないA・Tの本格製作を始める事にした。

 

 

------------------------

 

 

ASEからの新たな仕事が入り、俺は日本を離れる事になった。

 

黒妻さんは命に別状はないが、色々とリハビリで時間がかかるそうだ。

 

次の仕事先へ向かう船(まだ飛行機には乗れない)に乗り込み、仕事に関する

報告者を読み始めた。

 

依頼人は草薙(くさなぎ) 友(とも)と言う大企業のお嬢様。

依頼内容は自分の娘が命を狙われているので守ってほしいとのこと。

依頼人が属する大企業の護衛部隊はあるが、諸事情により3日間ほど

娘さんから離れる事になった。

 

その3日間を、波戸さんと俺の2人で護衛すると言う。

 

現地入りしてASE支局の人と待ち合わせ、打ち合わせをした後に

依頼人に会いに行った。

 

 

「初めまして。ASEから派遣されたジェームス波戸と言います。

 今日は宜しくお願いします」

 

「同じく、ASEから派遣されました西折信乃です。

 護衛するお子さんと年齢が近いという事で、波戸さんの手伝い要員です。

 今日は宜しくお願いします」

 

「よろしくお願いするわ、波戸さん、ニシオリ君」

 

「!?」

 

なぜだろうか、草薙さんに呼ばれると背筋が冷たくなった。

あの眼、片方の眉と瞳だけが青色をしている。それ以外は典型的な日本人の黒眼黒髪。

俺を見つめる眼が、まるで品定めをするかのように無機質に見ていた。

 

「草薙さん、信乃がどないかしましたか?」

 

「いえ、波戸さん、なんでもありません。

 では早速、護衛してもらう私の娘を紹介します。

 

 水、出て来なさい」

 

「ふわぁいぃ」

 

「なんだか眠そうな感じの声やな・・・」

 

「ですね」

 

隣の部屋にいる娘さんの声を聞いて、波戸さんと一緒に苦笑した。

声に緊張感がないのは、その子には狙われている事を話してないのかもしれない。

 

「どうしたのぉ、母様ぁ」

 

入ってきたのは、まだ10歳にもいっていない幼い少女だ。俺より3歳くらい下か。

少女は青色をしていた。

 

髪と眼が綺麗な青色をしていたのだ。

ふと数秒前に見た青色を思い出す。そうだ、草薙さんの片目と同じ青色だ。

 

とても特徴的な青。俺の眼の青が、碧空の『碧』だとするならば、

友さんと水さんの色は蒼海の『蒼』だ。

 

(ズキンッ!)

 

ふと、眼が急に熱くなった。

 

「っ!?」

 

「ど、どないしたんや、信乃!?」

 

「いえ・・・ちょっと眼が痛くなっただけです・・・」

 

何の前触れもなく眼が熱くなった。驚いて眼を抑えてしゃがみ込む。

理由は全く不明だが、なぜだか勘が訴えている。眼は何かに反応しているのだと。

 

熱さは数秒して、ようやく治まった。

 

「すみません、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」

 

「本当に大丈夫か?」

 

「はい」

 

よかった。両目に黒のカラーコンタクトを入れておいて。

今の異常事態だったら、眼が碧になっていたかもしれない。

 

自分の眼の異常性は自分が良く知っている。だからバレないように

色々と対策と訓練をしているのだ。

 

「私の事よりも、依頼の話をしましょう。

 草薙さん、そちらのお子さんが護衛対象ですか?」

 

「ええ。この子、口下手で何を言っているのか分からない事もあるけど、

 とりあえず自己紹介しなさい」

 

そう言われ、本当に口下手なようで、声も小さくて言葉の終わりを伸ばす癖があるのか

最初から草薙 水と言う名前を知っていないと理解できない話し方をする。

苗字なんてクナギサって言っているように聞こえたよ。

 

その後に俺と波戸さん、ASEの手伝いの人たちで自己紹介をした。

 

自己紹介が終わった後、友さんの隣にいた黒服サングラスが話しかけた。

 

「友様、そろそろ・・・」

 

「分かったわ。それでは3日間、娘を宜しくお願いするわ」

 

「「了解しました」」

 

ASEは軍隊ではないから敬礼をしないまでも、綺麗な直立で答えた。

 

 

 

友さんが出て行ったあと、残されたのは俺と波戸さんを含むASEメンバー10名と

娘の水さんだけだ。

 

「水さん、私達の事は聞いていますよね?

 3日間ですがよろしくお願いします」

 

「・・・(コクリ)」

 

水さんは頷き、最初にいた部屋に向かった。

 

役割的には、護衛と言っても波戸さんと他メンバーがメインで行うのを事前の打ち合わせで決まっていた。

俺の仕事は水さんの面倒を見る事。言い方を変えれば勝手にどこかに行かないように見張る事。

歳が近くて選ばれたと思う。

 

「私も、部屋に入ってもいいですかね?」

 

「・・・(コクリ)」

 

口下手と言うよりも、人との関係を持ちたくない人嫌いな子かもしれない。

俺の入室を許可したのも、自分の状況が分かっていて仕方なくと言う感じだ。

 

「失礼します・・・・これは!?」

 

部屋に入ると、証明がついておらず薄暗く光るディスプレイが目に入った。

だが1台ではない。壁一面に、ざっと見ただけで10×10の100台があるようだ。

 

そして部屋の中央には1席だけ。水さんが座る席だけがあり、キーボードらしい

操作盤が4つほど置かれていた。

つまりは彼女一人だけがこの大量のマシンを操作しているのだ。

 

「水さんがこれの操作をしているんですか?」

 

「・・・(コクリ)」

 

「・・邪魔にならないように、部屋の隅に居たいですが、よろしいでしょうか?」

 

「・・・(コクリ)」

 

一応、部屋主の許可を得られる事が出来た。

 

これが不思議系電脳少女、『位置外 水』との、政治力の世界である≪玖渚機関≫のファーストコンタクトだった。

 

 

--------------------

 

 

それから2日が経過した。

 

ASEエージェントと交代を挟みながら護衛を続けたが、何の問題もなく過ぎていった。

 

順調に何事もなく。

 

だからこそASEメンバーの全員は3日目はより気を引き締めた。

相手が油断を狙っているとすれば、狙うのは3日目。つまりは今日。

 

世界のトップエージェントばかりを集めた組織ASEだが、

所詮は人間だから隙があるものと俺は思う。

 

だからこそ集中出来る。隙があるから、隙を見せないように一生懸命になる。

人間は不完全な存在だ。だからこそ出来る事やれる事がある。それが凄いと思う。

 

そんな持論は今はどうでもいいや。

 

とにかく残り1日を集中して護衛を行う事にした。

 

 

「ニシオリ、君を試したいと思う」

 

「え?」

 

唐突に水さんが言った。

 

部屋には俺と水さんだけ。今の発言は水さんからであり、俺に向けての言葉だった。

 

でも信じられない程ハッキリと覇気を持った話し方をしていた。

それに西折の発音も少しおかしい。

 

「水さん、ですよね? 急に話し方が変わっていますけど、どうかしましたが?

 試すって何を試すんですか?」

 

分からない事だらけだ。

 

「お前がニシオリなら、これしきの困難、乗り越えてみせろ」

 

「さ、さっきから何を言っているんですか?」

 

俺の問いには答えてもらえず、さらに言葉を重ねられた。

 

水さんの手が挙がり、そして叩きつけるようにキーボードを押す。

同時に部屋の電源が切れて真っ暗になった。

 

「停電!?」

 

外からの攻撃? 違う。水さんの発言とのタイミングが良過ぎる。

この停電の原因は水さんによるものだ!

 

「こちら西折! 波戸さん聞こえますか!?」

 

『・・さ・・・なんや・・・・』

 

妨害電波(ジャミング)が効いているのか、先程まで使えた無線も使えなくなっている。

 

「・・・・水さん、これは貴方の仕業ですか?」

 

元々、外部との接触は出入口の1箇所にしかない部屋だ。

停電で真っ暗になり、友さんがいるであろう方向を見て話しかけた。

 

「・・・だとしたら?」

 

「そうですね。ASEとしては外部からの敵から水さんを守るように言われてます。

 ですが水さんが敵と繋がっている場合は内部からの犯行、ということになります。

 

 契約上に問題が発生してしまいますね」

 

とは言ったものの、契約なんて今はどうでもいい。

自分を冷静にさせるために軽口を叩いただけだ。

 

ASEの仕事をしていると、裏切られたり罠に嵌められたりするのなんて

日常茶飯事だ。依頼主が急に要求を変えて銃口を突き付けられたことなんて

両手の指では足りない。そんな状態でも依頼を達成しなければならない。

 

ASE。実はブラック企業だったり・・・報酬が超良いからプラスマイナスでゼロかな?

 

どうでもいい事を考えて頭をリフレッシュする。

 

現在状況の確認

・護衛対象である『水』さんが外部の敵と繋がっている可能性がある

・無線が使用不可。仲間との連絡が取れない

・護衛対象が裏切りの可能性があるが、護衛対象には変わらないので任務続行。

 

暗闇の中で俺は装備を確認する。

眼を閉じて装備の確認を手の感覚だけで行い、終わった後に眼を開く。

 

停電の暗さに目が慣れて、ぼんやりとだが周りを確認する事が出来る。

 

水さんは席から動かずにいる。まだ無事のようだ。

 

部屋の出入口が1つしかないと言う事は、その出入口を制圧されれば

俺達は袋のねずみにされてしまう。

 

なら、まずは部屋から出る事を考えよう。

 

部屋から出て、隣の部屋の安全が確認でき次第移動をする。

もちろん、水さんも一緒。彼女に拒否権は無い。

 

扉に耳を付ける。音は無い。隣の部屋で何か問題は起こっていないようだ。

ドアノブを音をたてないようにゆっくりと回して扉を開く。

 

10cmほど開き、隣の部屋を覗き見る。

・・・隣も停電して暗いが、夜目は利く方だ。色以外であれば物の輪郭分かる。

 

そうだ、暗闇で色は見えない筈だった。

 

でも、この色は分かった。

 

開きかけた扉に外から手が差し込まれた。

 

俺が気付いて反応するよりも早く力づくで扉は開かれた。

 

「みーつけった」

 

その女は楽しそうに俺を見た。

 

見えない筈の色が、はっきりと分かった。

 

女の髪も眼も服も唇も、印象的な“赤色”だった。

 

後に知るであろう、女の名前は

 

“赤き征裁”(オーバーキルドレッド) “死色の真紅”(しいろのしんく)

“砂漠の鷹”(デザート・イーグル) “一騎当千”“仙人殺し” “嵐前の暴風雨”

 

 

“人類最強の請負人”

 

 “哀川 潤”(あいかわ じゅん)

 

 

つづく

 



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Trick-10_哀川潤。人類最強の請負人だ

 

 

扉が開いた瞬間、条件反射のように後ろに下がって距離を取った。

 

「・・・・お前がニシオリか?」

 

相手の“赤”は追撃するでもなく、堂々と仁王立ちをして俺を見据えていた。

 

「あなたは?」

 

「質問を質問で返すとは教育がなって無いじゃないか、坊や」

 

「見知らぬ大人に名前を教えるなんて、それこそ教育がなっていませんよ。

 更に付け加えれば、人に聞く時は自分から名乗るものでしょう」

 

とりあえず、相手が会話をする気があるのでそれに乗る。

少しでも時間稼ぎをして頭の中を整理しないと!

 

「おっと。あたしとした事が王道から外れた事をしちまったな!

 

 哀川潤。人類最強の請負人だ」

 

「そうですか」

 

「なんだ、淡白な返事だな。

 

 それで、今度はお前が名乗る番だぞ、ニシオリ」

 

「王道、と言う所を考えて、あなたは王道が好きなようですね。

 

 では私も王道らしいセリフを言いましょうか・・・・

 

 侵入者のお前に名乗る名前は無い!」

 

隠し持っていた折り畳みスタン警棒を取りだして跳びかかる。

 

SWATで訓練を受けた波戸さんじゃあるまいし、素手で挑む訳がない。

一番得意なのは剣術だし、それを活かせるスタン警棒を護衛任務ではよく利用している。

 

上段からの振り降ろし。完全に当たるタイミングと間合いだ。

 

その攻撃を女は、哀川潤は、右手を腕に出して素手で受け止めた。

警棒だけなら、痛いで済むが、これはスタン警棒。

スタンガンと同じく電流を流して意識を奪う事が出来る。

 

もちろん、俺の改造が加わっているから普通のスタンガンよりも電流は強めだ。

 

だが、受け止めた哀川潤は、笑顔のままだ。

電流が効いていない!?

 

「おいおい、違うだろ。それは違うだろ。

 それは雑魚のセリフだ。モブのたわ言だ。

 

 お前は違う。ちゃんと名前のある登場人物だ。

 

 自己紹介しろよ」

 

睨まれ、俺は数歩下がった。

 

哀川潤は動かない。攻撃を受けた側だが、最初の場所で未だに仁王立ちしている。

 

 

そんな短いやりとりで分かった。・・・役者が違い過ぎる。

 

哀川潤は俺を登場人物だと言ったが、それは違う。

登場人物とは何かしらの重要な役割を持っているのだ。

だが、俺は違う。正確に言えば、哀川潤を目の前にして登場人物ではないと言い切れる。

 

この女は主人公だ。どんな物語でも中心に立つ。

この女がどんな悪役をしても、忽ち主人公(ダークヒーロー)と物語が変わる。

 

“絶大な存在”(しゅじんこう)の前に、俺はただのモブ役または石コロにしかならない。

 

たった一発の攻防の間で、俺はそれほどの差を感じ取った。

 

・・・一度整理しよう。

 

今は水さんの部屋。護衛対象は無事だが、内通者の可能性あり。ただし護衛続行。

味方の増援はなし。通信は繋がらない。

出入口は1箇所だけ。しかし侵入者により使用不可能。

 

 侵入者の撃退、不可能。

 

あ、詰みだ。

 

「ほれ、早く自己紹介しろ」

 

「・・・・西折 信乃。ASEに所属している」

 

とりあえず返事を返しておく。会話から何か掴めればいいけど。

ってか詰みだし、時間稼ぎしか出来ないかも。

 

「あん、それだけか? 他にもあるだろ、家についてとか」

 

「家族はいないですよ。みんな亡くなりました」

 

美雪や琴ちゃん、鈴姉については家族と思っている。

けど、今の俺は日系イギリス人だ。美雪達とは全く関係ない戸籍だ。

 

それに何故だ? 哀川潤が俺の家族を気にしている?

家族・・・・家・・・・苗字? ・・・ニシオリ?

 

「俺の・・・西折に、何かあるんですか?」

 

「あぁん? なんだ、つーちゃんから聞いていないのか?」

 

「聞いていませんね。ちなみに、つーちゃんとは誰ですか?」

 

「そこに座っている蒼(あお)いのだよ」

 

くさなぎ みず

 

うん。どこにも『つ』の文字が無い。なんでつーちゃん?

 

それはともかく、やはり水さんが内通者で間違っていないな。

 

余計に追い込まれた気分になる。

 

「そうですか」

 

「まーどうでもいいや。

 お前がニシオリ。あたしはあんたを倒す。それでOKだな」

 

「どこにもOKな要素はないんですけど」

 

「気にするな、気にする、な!」

 

一瞬にして空いていた間合いを詰めて拳を振り降ろす。

早い。速過ぎる!

 

「っ!!」

 

何とかスタン警棒でガードをしたが、反応するのがやっとだった。ってか折れた!!

攻撃が来る前に数十パターンの戦闘シミュレーションをした。

その中で一番可能性がある攻撃をしてきたのに、予想していた攻撃なのに、それでも単純に防御するしかなかった。

 

次の追撃を待ち構えていたが、哀川潤は立ったままで何もしない。

 

「ほい、あたしの攻撃はお終いだ。

 

 今度はお前の番だ」

 

「は?」

 

「だからお前の番だ。

 

 先攻はお前だっただろ? それで次にあたしの攻撃。順番回ってお前の攻撃の番だ」

 

「ふざけているんですか?」

 

「平等だよ、平等。

 普通にやったら、あたしが一方的に殴って終わりだろ?

 だからだよ」

 

「・・・・そうですか・・」

 

誘いか? いや、誘いだろうと乗るしかない。

モブでも戦う時には戦わないとな!

 

俺は無言で腰の方に手を伸ばす。

取りだしたのは30cm四方の小さなケース。

 

「一番武器の警棒が壊れてしまったので、一番奇策的な武器を使ってもいいですかね?」

 

「おう、いいぞいいぞ! あたしは王道も好きだが、奇策を喰らうのも好きだ!

 自分の予想していない事が起こるって面白い。

 そうだ、ついでにハンデもやる。あたしを一歩でも動かしたらお前の勝ちにしてやる」

 

舐められたものだ。いや、舐められたままでいい。

そこを突くしか俺に勝機は無い。

 

ケースから取り出したのはモーター付ローラーブレード。

まだまだ不完全なA・T。さしずめ疑似A・Tといったところかな。

なんせ演算装置が予定の半分しか乗せられなかった。

完成したのも1週間前なんだよ!

 

欠点だらけのコレだが、奇策には十分に使える!

 

「いくぜ、赤色!」

 

A・Tでのダッシュ。人間の足や、ただのモーター付ローラーブレードでは

絶対に出せない早さで近づく。

 

それでも、哀川潤は容易く防御するだろう。

ならばA・Tの特性を利用した3次元の動きだ。

 

 

Trick - Triangle Point Wall Ride -

 

 

プロレスの三角跳びの要領で哀川潤の頭上背後へと高速で移動する。

A・Tの勢いをそのままに蹴り降ろす。

 

脚力は腕力の3倍と言われている。その脚力に加えてA・Tの加速もある。

先程の警棒よりは威力はあるはずだ!

 

だがしかし、それもまた、片腕を上げただけで止められた。

 

「ちッ!」

 

「それじゃ、あたしのターンだ!」

 

って、おいおい!? こっちは攻撃直後で地面に足すら着いてないんだぞ!?

 

そんな事は相手には関係ない。

正拳突き、というよりもただのパンチが俺の腹に炸裂した。

 

「うぐっ!!」

 

直撃だが、出来るだけ威力を化剄した。

父上から受け継いだ総合格闘術の中には太極拳が含まれている。

太極拳は≪のらりくらりと身をかわす≫という意味がある。

化剄、つまり攻撃の受け流しをした。

 

化剄したのだが、俺の中途半端な太極拳で全てを受け流すのは不可能。

一気に壁に吹き飛ばされた。

 

「痛ッ・・」

 

「ほら、早く立てよ。あたしの攻撃は終わりだ。

 次はお前の番だぞ」

 

数十秒前と同じく、哀川潤は俺の攻撃を待っていた。

 

少し体を動かして状態を確認する。骨に異常は無いが、動かす度に痛みが襲う。

全身打撲は間違いなさそうだ。

 

「何やってんだよ。早く次来いよ」

 

「・・・・」

 

勝手にターン制を作り、勝手にルールを守っているのはあんただろ、文句を言うな。

 

なんて言いたいけど言えない。こんなターン制で得するのは俺の方だ。

文句を言って相手が守らなくなったら、数少ない有利が無くなってしまう。

 

考えろ、考えるんだ。

正当法じゃ勝てない。通用しない。ダメージにすらならない。

 

ならば、やはり奇策しかない。

奇策、相手の知らない攻撃。A・T。

でもA・Tでも簡単に通用しない。普通ではないA・Tの攻撃。

 

道の技!

 

俺は両の手を大きく開いた。

 

「あん?」

 

その行動に哀川潤は不思議そうに眉間に皺を寄せる。

 

この攻撃を知っている奴はいない筈だ。

 

なんせ数十年前に廃れた、翼の道なのだから!

 

 

翼の道 (ウイング・ロード)

 Trick - Little Feather -

 

 

勢い良く両の手を合わせて、風を叩きつける技を発動させた。

 

「アァ!?」

 

攻撃は見事に炸裂し、哀川潤を吹き飛ばした。

 

それでも数メートルを後ろに飛ばしただけだ。

 

室内で翼の道は十分に威力を発揮できないし、俺の実力ではまだまだの結果しか生み出せない。

 

だからこの攻撃は賭けだ。

哀川潤に攻撃が当たり、それで怯めば次の攻撃に繋がれる。

吹き飛ばした瞬間、反射的に目を閉じるだろう。

 

その目を閉じた隙に俺は壁を駆け上る。

 

 

Trick - Spinning Wall Ride -

 

 

天井へと達した。ここから地面へ跳び、蹴り降ろせば、先程以上の威力で攻撃が出来る。

しかしそれでは足りない。主人公に一矢報いるには足りない。

 

だから足す。道の技を!

 

蹴り抜くのは哀川潤ではない。その手前の空間、否! 空気!!

 

 

Trick - Pile tornado Ver.Quarter -

 

 

自分の技術が足りない。

A・Tの完成度が足りない。

室内がゆえに空気の量も足りない。

足りないづくしの状況で威力も1/4(クォーター)だが、それでもこれしかない!

 

空気を蹴り抜いた瞬間に、未完成がゆえに自分の足が風で切り裂かれる。

旋風傷(トルネードクラッチ)、パイルトルネードの失敗時に出る反動の傷だ。

 

自分自身にも大きな怪我を負ったが、それでも攻撃は成功した!

 

ほぼ零距離から放たれる翼の道。

さっきの技で哀川潤の足元は充分ではない!

避けられもしない! 当たれば勝機に繋がる!!

 

俺の目論見なんか、関係無かった。

 

「かっは♪」

 

攻撃を喰らい息を吐き出したが、それはどこか楽しそうな声だった。

 

竜巻の中心から伸びた手が、蹴り抜いた足を掴んで地面に叩きつけられた。

 

「かっは!?」

 

同じように攻撃で息を吐き出した俺だが、当然楽しさなどない。

自分に出来る最大の奇策が全く効いていない事の困惑が混じっていた。

 

「くっそ・・・・・!」

 

今度の攻撃は耐えられなかった。受け身も取れず、全身に痛みが走った。

俺の姿を、服が所々破けただけで無傷の哀川潤が見下ろしていた。

 

「ハハハ! いいね! チョ―楽しいよ!

 さすがはニシオリ・・・あれ? 碧くないな、眼」

 

「!?」

 

な、なんで俺の秘密を知っている!?

 

そう言おうと思ったが、体が言う事を聞かない。

叩きつけられたダメージが意外に大きい!

 

「その情報は正しくない、哀川」

 

「おいおい、つーちゃんよー。いい加減に覚えろよ。

 

 上の名前で呼ぶな、下の名前で呼べ。あたしを苗字で呼ぶのは敵だけだ」

 

「ニシオリの眼が碧いのは確認が取れている。

 

 廃れた大地の茶色しかない戦場で、碧い眼の少年兵が暴れている噂もあった。

 飛行機事故などの背後関係を調べて、ニシオリである事は間違いない」

 

飛行機事故に戦場? 水さんはどこまで俺の事を知っているんだ!?

 

「ナチュラルにあたしを無視してんじゃねーよ。

 まぁいいや。眼が黒のままってことはカラコンか?

 

 任せろ! あたしのパワー、スピード、精密動作性はトップクラスだ!」

 

俺は瞼を無理矢理に開けられたが、すぐに離された。

見れば哀川潤の右の人差し指と中指には、俺のカラコンがある。

あの一瞬で!?

 

「おー綺麗な碧色だな」

 

「本家筋の血族だ。今の分家血筋の≪弐栞(にしおり)≫とは比べ物にならない」

 

「≪壱外(いちがい)≫や≪玖渚(くなぎさ)≫と同じ≪玖渚機関≫、

 その象徴たるアオだからな。

 

 あたしは赤色だけど、≪四神一鏡≫とは関係ないけどよ」

 

「弐栞が使っているローラーブレード。

 偉大なる私の能力をしても都市伝説レベルでしか情報を集められなかった。

 これが前世からの記録に間違いないな」

 

「つか、こいつ≪一姫(いちひめ)≫の子供だったよな。

 なら、≪一姫≫の後継人のあたしにとっては孫になるのかな?」

 

さっきから何かごちゃごちゃ言っているが、頭に入ってこない。

痛い、苦しい、その感覚に強制的に俺は気を失った。

 

 

 

 

つづく

 



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Trick-11_西折(にしおり)は弐栞(にしおり)

 

哀川潤の襲撃で気を失った俺は、眼が覚めると

病院のベットに寝かされていた。

 

「ここは・・・」

 

「草薙さんの実家が経営している病院だそうや」

 

「波戸さん・・・」

 

ベットの傍の壁に背を預けて、波戸さんが優しい笑顔を浮かべていた。

哀川潤の襲撃時、通信が繋がらない状態だから心配していたけど、

波戸さんは怪我もないようで安心した。

 

「結構やられてたみたいやから、大丈夫か心配したけど

 無事に目を覚ましたみたいで安心したで」

 

「・・・ご心配おかけしました。痛ッ!」

 

「無理して動こうとするな。重症なんやから大人しくしときや」

 

「・・・任務はどうなったんですか?」

 

「それやけど・・・」

 

「その先はあたし達が説明しよう」

 

「あ、哀川潤!?」

 

俺をベットに寝かせた原因、哀川潤が部屋に入ってきた。

俺は反射的に立ち上がろうとしたが、体が動かなかった。それほどの重傷のようだ。

 

「なに戦おうとしてんだよ。もう戦いは終わったんだろ?」

 

「せや。別に哀川さんはお前と戦おうとしてここに来たわけやないで」

 

「上の名前で呼ぶな下の名前で呼べ。あたしを苗字で呼ぶのは敵だけだ」

 

「そら、すみません」

 

「俺の記憶が確かなら、怪我の原因はその女だろ!? だったら!!」

 

「信乃、落ち着かんかい! ここまでの怪我は予想外やけど、

 哀か、潤さんとお前を戦わせたのはASEの任務やったんや!」

 

「ASEの・・・任務?」

 

『それについては偉大なる私が説明しよう』

 

「・・・その声は、友さん?」

 

哀川潤が持っていた端末のスピーカーから、

内通者と思っていた草薙水の声が聞こえた。

・・・この子、こんなハッキリとした話し方出来るの?

 

『ジェームス・波戸。ここからは私達だけで話をさせてもらう』

 

「わかってます、これも依頼に入っているんやから。

 ほな信乃。お大事にな。次会う時まで死ぬんやないぞ」

 

「お、お疲れ様です」

 

いつもと同じノリの別れの挨拶に、ついいつもと同じ挨拶を返してしまった。

それに振り返らず手だけを振って返事した波戸さんは部屋から出て行った。

 

「さて、そんじゃあたし達と今後について話をしようか」

 

「・・・・波戸さんが話をするのもASEの仕事って言っていましたけど、

 どこからが依頼で、どこからが依頼外になるんでしょうか?

 

 正直に答えてもらわないと依頼元へ契約について話し直す必要がありますが・・・」

 

一応、意識を失う前は殴り合いをしていた相手と内通者だ。簡単には信頼できない。

 

でも、殴り合いって言っても一方的な認識だと思う。哀川潤にしては、俺を相手にするのは

撫でてあげるのとなんら変わらないはずだ。それほどの実力差があったのだから。

 

「ASEの依頼内容か。なんだっけ、つーちゃん」

 

『一つ、ASE所属の≪西折 信乃≫を個人護衛として派遣する事。

 二つ、哀川 潤との戦闘する状況を作り出す事。

 三つ、以上の依頼内容には≪西折 信乃≫に知らせないものとする事。

 

 こんなところか』

 

「俺が、戦うこと自体が依頼だったのか?」

 

「そうだ。あんたの腕試しとしてね」

 

なんてこった・・・・こっちは死ぬ気で水さんを、内通者であろうと守ろうとしたってのに。

 

「・・・なんでこんな事をした?

 それはあんたらがニシオリって、俺の苗字を別の発音で呼んでたよな。

 ニシオリ、弐栞。

 

 戦わせたのは≪弐栞の碧≫って言っていた事と関係あるのか?」

 

『察しが良いな。その通りだ。偉大なる私が誉めてつかわそう』

 

「結局、何がしたかったんだ?」

 

「お前の実力を測りたかったんだとよ。弐栞に迎い入れるために」

 

哀川潤はシニカルに笑った。

 

 

 

 

≪政治力の世界≫

信乃が生まれ育った≪表の世界≫と≪財力の世界≫と≪?????≫に並ぶ

世界の4分の1を司る世界。

 

その世界を牛耳るのが≪玖渚機関≫だ。別名≪アオの機関≫

日本における数少ない財閥家系の一つであり、その最上モデルでもある。

関連企業に傘下企業の数は21200以上。世界中に影響力を持つ。

 

≪壱外(いちがい)≫

 ≪弐栞(にしおり)≫

  ≪参榊(さんざか)≫

   ≪肆屍(しかばね)≫

    ≪伍砦(ごとりで)≫

     ≪陸枷(ろくかせ)≫

       染(しち)≫の名を飛ばして

       ≪捌限(はちきり)≫

そしてそれらを束ねる≪玖渚(くなぎさ)≫で組織されている。

 

≪草薙≫と依頼では名乗っていたが、本当の名は≪玖渚≫。

玖渚 友、玖渚 水の両名は、直径血筋であるとの事だ。

 

そして肝心の“西折”信乃との関係だが、察しの通り

俺は知らないが弐栞が本来の名前であるらしい。

 

西折信乃の祖父は、弐栞を継ぐはずであったが、弟の謀略により家から追い出されてしまった。

 

その後、弐栞から西折に改名して現代の西折信乃へと世代が変わった。

 

現在の弐栞の当主だが、才能が皆無でありながら大きな野望を持つと同時に

根拠のないプライドを持つ男らしい。

 

玖渚機関としても弐栞は必要な存在であるが、今は弐栞当主によりまともに機能していない。

そこで枝分かれした弐栞の血族を探して当代にしようと考えたのであった。

 

実際には西折信乃の父親を当代にしようと動いたが、死亡している事が判明し、

息子の西折信乃も、日本国籍上では死亡している。

 

だが、ASEの活躍の裏に10代前半の西折と名乗る『マルチエージェント』が

いる事を小耳にはさみ、もしやと思って哀川潤と戦わせて確認したらしい。

 

弐栞の特徴として『前世の記録』と『習得能力の早さ』、『習得能力の限界』がある。

 

『前世の記録』とは、前世の記憶とは若干異なり、前世を別の人間として

魂に刻まれた記録をいつでも見て読みだす事が出来るとのこと。

 

『習得能力の早さ』『習得能力の限界』とは、その名前の通り、習得能力の

早さと同時に、目で見て覚えた能力は、その8~9割の実力しか習得できない、

呪いといっても過言ではない限界値なのだ。

 

西折と名乗る『マルチエージェント』は、弐栞の特徴に該当していたのだ

 

そして何より、≪アオの機関≫である玖渚機関の一族の特徴である≪アオ≫を持っている。

一族の直系血筋を持つ者は必ず、体の一部に≪アオ≫を持っている。

そして弐栞は別名≪碧の弐栞≫と呼ばれている。

 

空の碧色と同じ色を持っている特徴も、西折と一致した。

 

そして調べれば、日本国籍の西折と同じ年代であり、作られたイギリス国籍など

様々な情報を考え見て、西折信乃は弐栞であると解ったのだ。

 

 

 

 

 

「つまり、俺の正体は≪弐栞≫である。だから機関に入れってことか?」

 

『その通りだ』

 

「お断りします」

 

『ほう、なぜだ? 偉大なる私からの話を蹴るつもりか?』

 

「はい、蹴ります。

 いきなりボコボコにして、いきなりお前は機関の人間だと言われて、

 はいそうですか、って言う人の方が少ない。

 

 それになに? 俺が技術を完全習得できないのは血の呪いだってか?」

 

「正確に言えば、呪いに近い才能だと思うぜ」

 

「俺はやりたい事を探している。その一環としてASEで、未熟者だけど

 『マルチエージェント』と呼ばれるような幅広い仕事をこなしてきた。

 

 でも、なんだ? 完全習得できない? どんなに頑張ってもできない!?

 呪い!? ふざけるな!! 俺がどんな気持ちで色々とやってきたと思ってんだよ!

 それを知らないで機関だか組織だかに入れってか!?」

 

「おいおい、信乃。落ち着けっての」

 

「出て行け! もうあんた達の話なんか聞きたくない!!」

 

「ち、しゃーねーな。つーちゃん、ここは引いとくのが吉だぜ」

 

『人類最強のお前が言うなら間違いないな。致し方ない。続きはまた今度だ』

 

「じゃーな、しのっぷ。縁があったらまた会おう!」

 

「二度と来るな!」

 

波戸さんと同じように後ろ手を振り、哀川潤は出て行った。

 

 

 

 

 

この数日間は俺はまともに睡眠を取る事が出来なかった。

 

玖渚機関の話が頭をグルグルと駆け巡る。でも答えには辿りつけない。

 

どうしようかと悩み続けている俺。

 

そんな所に、会うとは思わなかった人が訪ねてきた。

 

 

 

 コンコン

 

「あ~。どうぞ~」

 

なんだから頭が知恵熱でイッちゃっているから、返事は適当になった。

 

「失礼するよ」

 

「えっと、どなたさまで・・・・もしかして、師匠?」

 

「その呼ばれ方も久しぶりだね」

 

口元を少しだけ開けて微笑を浮かべたのは30代程の男性。

 

まだ母上が生きていた頃、年に1~2度ほど家に遊びに来てくれていた人だ。

 

師匠と呼んではいるが、この人に弟子入りしているわけでもない。

ただ単に名前が解らないからそう呼んでいるのだ。

 

母上も≪師匠≫と呼んでいて、師匠と言う言葉の意味を知らない頃から会っていたから

自然と俺からの呼び名も≪師匠≫となってしまった。

 

とは言ってみても、この人の≪戯言≫なる言葉遊びは弟子入りしたくなるほどすごい。

本人はしょせん口先だけとのことだが、戦わずして勝負する方法を知りつくしている。

 

そんな人を尊敬(笑)しているから、≪師匠≫という言葉も満更間違っていない。なんて戯言だけど。

 

 

しかし師匠と会ったのはずいぶん前だ。そんな人がなぜ俺の病室に?

 

「どうして・・・」

 

「うん、潤さんに頼まれたんだ」

 

「潤さん・・・哀川潤ですか?」

 

「そう」

 

師匠も関係者なのか?

 

「そうだよ。ぼくの名前、≪位置外(いちがい)≫だからね」

 

位置外、いちがい、壱外(いちがい)。

 

俺の西折と同じ、本来の所属でもないのか。

 

「なかなかいい判断能力だね。友と水が欲しがるのも分かるよ」

 

「あの、師匠、さっきから俺、何も言ってないですよね?」

 

「ただの簡単な読心術と、会話術だよ。

 

 君が次に言うセリフは『いや、心を読まないで』・・・だ」

 

「いや、心を読まないで。・・・・はッ!」

 

ホントに読んでるよこの人!

 

「冗談はここまでにしておいて、ぼくが来たのには理由があるんだ」

 

「・・・哀川潤に何を言われたんですか?」

 

「別に大した事ないけど・・・それよりも潤さんの呼び名、注意した方が良いよ。

 『上の名前で呼ぶな下の名前で呼べ。あたしを苗字で呼ぶのは敵だけだ』って言われるよ」

 

「・・・別に敵認識でいいですよ」

 

「拗ねないでよ。潤さんからは信乃くんの退院手伝いをしてくるように言われたんだ」

 

「え? なんで哀川潤が?」

 

「潤さんは姫ちゃん、君のお母さんである≪西折一姫≫、旧姓≪紫木 一姫(ゆかりき いちひめ)≫の

 保護者なんだよ。信乃くんにしてみれば、戸籍上ではおばあちゃんみたいなもの。

 

 会って早々に戦ったみたいだけど、潤さんとしては信乃くんを気にしているんだよ」

 

「・・・・」

 

「とにかく、退院の準備をして。手続きとかはぼくの方がやっておくよ」

 

「・・・お願いします」

 

哀川潤の知り合いということで、若干警戒レベルを上げたけど

話し合ってみると昔と同じく良くわからないけど良い人って感じのままだ。

 

 

数分後に着替えが終わり、タイミング良く師匠が部屋に戻ってきた。

 

「準備は終わった?」

 

「はい。荷物はほとんどないですし」

 

唯一の荷物と言えるA・Tはケースに戻して準備もできている。

 

「それじゃ、行こうか」

 

「行くってどこにですか」

 

師匠の口ぶりからすると俺をどこかに連れていくつもりのようだ。

 

ASEからの連絡では、任務は完了しているとのことで現地解散。

俺の予定では船の予約を取って、本拠地として住んでいるアメリカに移動するつもりだった。

 

「面白いところ」

 

「?」

 

師匠ははぐらかして進んでいく。まぁ、とりあえずは付き合ってみようかな。

 

 

 

退院後、タクシーで移動して降りたのは雰囲気の良い裏通りのバーの前。

 

「ぴあのばー、くらっしゅ・くらしっく?」

 

とりあえずはバーの看板を読んでみた。

 

「いや、英語っぽく発音してとは言わないけれど、片仮名っぽく発音しようよ」

 

「Piano Bar,Crash Classic」

 

「流暢だね」

 

「拠点はアメリカですから。それで、なぜここに?」

 

緊張をほぐすために師匠と馬鹿な会話をしてみたが、やはり目的が解らないままだと落ち着かない。

 

「待ち合わせをしててね、赤色と」

 

「赤って!?」

 

「哀川潤さんだよ」

 

「・・・帰っていいですか?」

 

「だめ」

 

「はぁー・・・」

 

「諦めたら、試合終了だよ」

 

「今のタイミング、諦めは肝心って言うんじゃないの」

 

「戯言だよ」

 

「戯言ですね」

 

「さて、中に入るとしようか」

 

「・・・了解です」

 

いや、本当に諦めは肝心だよね。

 

 

 

バーの中は、クラッシュのイメージとはかけ離れていた

雰囲気の良いピアノバーだ。

 

ピアノを弾く燕尾服の人が1人、バーカウンターの座っている人が1人。

 

座っているのは赤色、哀川潤だ。

 

「よ、いーたん!」

 

「お久しぶりです、哀川さん」

 

「上の名前で呼ぶな下の名前で呼べ。あたしを苗字で呼ぶのは敵だけだ」

 

「そうでしたね、潤さん」

 

「は、分かっていて言ってるくせに。

 それとしのっぷ、数日ぶりだな」

 

「しのっぷ言うな」

 

「それはすまんね、弐栞」

 

「わざと言っているのか、“哀川”さん。

 俺の名前は西折信乃だ!」

 

「そう怒るなよ、クールに行こうぜ。

 曲識(まがしき)、良い曲を頼む」

 

「悪くない・・いや、良い曲を、だな。了解した」

 

哀川潤のリクエストにピアノの曲が変わった。

 

俺の怒りを落ち着かせるかのような、ゆったりした曲。

 

「・・・・」

 

「少しは落ち着いたかい、信乃くん?」

 

「ええ、師匠。

 

 でも、私も知らない家族事情を出されて、勝手に試されて

 勝手に当主になれと言われて、良い気持ちにはならないですよ」

 

「そうだろうな。あたしも依頼じゃ無けりゃ、身内と戦うのなんて御免だからな」

 

「あそこまで一方的な結果なのに、実際は戦いたくありませんでしたって言いたいのか?」

 

「そうだよ。でも依頼であれば、身内でも攻撃するぜ」

 

この人は・・・反省も後悔も全くないのか。

 

「とか言って、潤さん。

 水から聞きましたよ。結構手加減していたんでしょ?

 戦いの時もハンデをつけてたみたいですし。

 

 それに『あたしを一歩でも動かしたらお前の勝ちにしてやる』でしたっけ?

 一度吹き飛ばされたから信乃くんの勝ちじゃないですか?」

 

「か~、これだからお前の事は嫌いで大好きなんだよ。

 はいはい、勝負はあたしの負けですよ~。

 これで満足か!」

 

「満足しました。まぁ戯言ですけど」

 

「俺は、満足していない」

 

「ですって。どうします潤さん? 信乃くんはダメだそうですよ」

 

「んなもの、あたしがどうにかして出来るもんじゃないだろ。

 負けだって認めたのに、これ以上どうしろっての」

 

「・・・・」

 

「・・・あーやだやだ、めんどくせ~奴。

 あたし帰るわ」

 

「ぼくは残ります。信乃くん、話があるからもう少し残っててもらっていい?」

 

「・・はい」

 

「あばよ」

 

「さようなら」

 

「・・・・」

 

俺は無言だったが、哀川潤は気にせずに手を振って、店から出て行った。

 

「信乃くん、大丈夫?」

 

「ええ、師匠、心配ないです。

 なんと言いますか・・・哀川さんを許していないのは自分の意地だと

 わかっているんですが、分かっていても簡単には許せないみたいです」

 

「そっか。ぼくの場合、許せない感情があっても理性が納得すれば許してしまう。

 そういった激情に似た感情は嫌いじゃないよ」

 

「・・・・」

 

「さて、曲識さんの曲を聴くだけでもいいけど、少し雑談した方が良いかもしれない。

 悩んでいることをずっと悩むよりも、別の事を考えた方が頭がスッキリする事もあるし。

 

 君の家族事情はぼくも知っているし、対象は関係しているけど

 それについては触れるつもりは無いから安心して」

 

「・・・わかりました」

 

「何から話そうか? そうだね、ぼくが請負人の仕事の話でもしようか」

 

そうして、しばらくの間、俺は師匠と色々な話をした。

 

師匠が言っている請負人とは、簡単に言えば何でも屋の事らしい。

何でも屋と言うが、師匠がメインにしている内容はトラブルバスターのようだった。

昔から口先だけが得意と言っているし、俺も尊敬するほど話が上手い人だが

まさか本当に口先を使って仕事をしているとは思わなかった。でも納得はした。

 

話の流れで、この世界を形成している4つの世界について話も聞いた。

 

≪表世界≫。概略すると、平和で戦争な世界。一般的な日常世界だ。凡庸ながらも最上位の力を持っている。

≪財力の世界≫。四神一鏡が占めている。表世界に一番近い世界らしい。

≪政治力の世界≫。玖渚機関が占めている。一種の結社みたいなものでその力は横向きに広いらしい。

≪暴力の世界≫。異形・異端・異能こそが支配する秩序で無秩序な世界らしい。

 

ここでは科学サイドと魔術サイドについては触れられてないので、勘付かれないように聞いてみた。

 

すると師匠も、科学と魔術の対立は認知していた。

科学と魔術は、どの世界に分類するか聞いてみたが、簡単には説明できないらしい。

 

先程の4つの世界(表、財力、政治力、暴力)を重複している人物はほとんどいないらしいが、

表の世界かつ魔術サイドなどの人間はいるらしい。

 

4つの世界と、科学サイド魔術サイドを同時に考えると複雑になるので、

この2つの世界概要は並行して存在するとしたほうが良いようだ。

 

例えるならば部活動と委員会。

サッカー部に所属して図書委員でもある人もいれば、野球部だけの人もいる。または風紀委員だけの人もいる。

4つの世界、魔術の世界、これらを混ぜて無理に分けると余計に分かりづらい内容のようだ。

 

ただ、科学サイドは別物らしい。

根本は科学サイドという組織だが、学園都市は基本的に表世界に所属し、かつ財力の世界と政治力の世界も手出ししているナイスカオスな組織運営だとか。

 

まったく知らなかった。そんな場所で勉強していたのか、俺。

 

それから話したのは師匠の今前の仕事の話、他にも師匠が大学時代に様々な事件に巻き込まれた話だ。

 

その中で母上、紫木一姫の話もあった。

正直、その内容は否定したかった。母上は大量殺人をしていたんて・・・・信じたくなかった。

でも師匠は無粋な嘘はつかない筈だ。

むしろ母上のことを庇うようにフォローしてくれたから本当の事なのだろう。

それが俺には嬉しかった。

 

 

師匠の話は面白かった。表やら財力やら政治力やら暴力やら、裏も表も関係無く事件に関わっている。

 

謙遜というか捻くれているように師匠は言っているが、その実力は誇っていいと思う。

口先テクニックは最上級と思っていたが、神業級だったんだな。

 

他にも口で解決した話を聞いていた。

イギリス代表候補生、織田信長の子孫的な女性、お嬢様だけど実は重度のオタクッ子、

大爆発と共に現れた精霊の少女。

ただしどれも解決した後に求婚され、断ると攻撃してきたらしい。

良く生き残ったね、師匠。

 

口だけでは解決できないものを、部下として手伝ってくれている“崩子(ほうこ)”さんや

“深空(みそら)”さん、“高海(たかみ)”さんに手伝ってもらって

力づくでの仕事もあるとか。・・・助手が全員美人女性なのは師匠の趣味だろうか?

 

師匠の話は尽きない。本当に興味引かれるものだ。

同時に自分の世界の認識が狭い事と、“弐栞”の呪縛が強い事を感じた。

 

表世界以外の人が聴けば、西折(にしおり)は弐栞(にしおり)と受け止められる。

そして血族である事は違いない俺は、否定する事が出来ない。

 

 

つづく




感想を貰えてうれしかったので、連続投稿します。


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Trick-12_1_で、殺人者さんはなんでこんな所にいるのかな?

 

 

 

師匠と話をした俺は、思い切ってASEを辞める事にした。

 

玖渚機関から何かしらの工作をされる可能性があったので、ASEのみんなを巻き込まないためだ。

ASEは大きな企業だが、所詮は表世界にしかすぎない。

何かしらの絡め手をされると厄介だと思う。

 

それにASEには本当にお世話になった。だから巻き込みたくなかった。

 

でも俺に出来る事は、他の人の模倣だけだ。

 

どんな技術も俺はトップを取る事ができない。

トップを取る必要はないとは分かっているが、最初からダメと言われてしまうとモチベーションは上がらない。

 

さらに劣化模倣は俺自身の才能ではなく、弐栞の才能と言うから少し複雑だ。

 

俺は半ば諦めと期待を持って、師匠と同じ「請負人」と称する「何でも屋」を始めた。

 

最初の数カ月は師匠の下で手伝いを行い、後に独立して仕事を請け負った。

 

ホント、師匠の依頼って面倒だよ。

なんだよ、殺人鬼3人を説得するとか・・・死ぬかと思った。

ついでに殺人鬼の1人から魂を感知できるスキルを教えてもらったから少しは良いけど。

 

他にも師匠を伝手として玖渚機関からのアピールが何回かあった。

それほどまでにして俺を機関に入れたいのか! 断る!

師匠も申し訳なさそうにしているが、師匠と草薙さん改め玖渚友(くなぎさとも)さんと

結婚しているらしい。そして水ちゃんは師匠の子供だそうな。

・・・師匠の話題で一番驚いたよ。

玖渚機関からのアピールは無視して、機関からの依頼は請負をして貸しを作っておいた。

これで無理にでも機関に入れようとした場合の盾にはなるかな?

不本意ではあるが、玖渚機関はともかく玖渚友と玖渚水とは仲良くなった。

 

それにローマ清教からもフリーの請負人になったからいくつか依頼が来た。

神裂さんと模擬戦をして腕試しもしたっけな。死ぬかと思った。なんだよ神人って。チートだ。

それでも神裂さんの役に立ちたかったので、まだ練習中である糸を使った技にアドバイスをした。

認めたくは無いが、糸を使ったスキルは神裂さんより俺の方が上だ。認めたくないスキルでも、恩人の役に立つのなら我慢しよう。

 

 

その他にも色々とあったけど、それと同時に自分の時間を増やせるようになった。

 

別にASEの業務が過酷ってわけでは・・・・すみません、嘘を言いそうになりました。

ASEの仕事は過酷です。報酬は良いけどブラック企業です。

 

でも自分の時間が取れない程、忙しいわけではない。

ただ仕事範囲が世界中であるため、飛行機トラウマっ子の俺は移動に時間がかかってしまうのだ。陸路か海路しか使えないしね。

 

独立してからは仕事範囲をアメリカ中心にしていたので、ASEほど移動時間は必要ない。

たまにSWATやテッサちゃん、ビバリーさんに会いに行ったり遊びに行ったり修行にいったり。

 

そしてそして。今は自分の時間、A・T製作に本腰を入れる事が出来るようになった。

 

哀川潤に負けた事が思いのほか悔しくて、次に再開した時は完成版のA・Tでリベンジする!

 

前回はモーター制御部が不十分だった。

出した技も、力技だけだった。技を魅せることが出来なかった。

 

ASE時代の伝手で希少な金属を入手しながら着々と完成に近付けていた。

 

そして意外なことに、ほとんど役に立たないと思っていた俺の魔術が

A・T製作と言う狭い分野で大いに役に立ったのだ!!

 

希少金属の合金や変形など機器を必要とせずに錬金術で行い、全体的に問題がないかを

精密センサーを用いず解析魔術で確かめる。

 

このときは本当に嬉しかった。俺はA・Tを作るために生きているのではないかと思うほどに嬉しかった。

 

そして作り上げた試作機1号。一般販売されているノンカスタムと同じ性能を持っている。

 

嬉しさのあまり早朝で徹夜にも関わらず、すぐに人目があまりない路地裏に行って試し走りをした。

 

そして疲れて寝ころんだ頃にはお月様が高々と上がっていた。

やり過ぎた。でも後悔も反省もない、とてつもなく楽しかった。

 

 

 

そんなA・T中心の生活が始まり、しばらく経った頃に師匠から不可解な依頼を受けた。

 

 

 

-----------------------

 

 

 

調査を行ったのは日本のとある山中。

この山中に、地図に載っていない村があるという。

 

衛星を使った撮影で、この1年でたった1日だけ映し出された村があったそうだ。

その後は何度撮影しても村の痕跡はなく、同じような山の木々が映し出されただけだった。

 

師匠に依頼を出したのは≪氏神クロム≫と言う女性。

もしやと思って確認を取ったら、師匠は頷いてくれた。

 

≪財力の世界≫を司る≪四神一鏡≫。

その一角である≪氏神≫であり、現在の≪四神一鏡≫のトップである女性だった。

 

クロム氏は財力の世界のトップにふさわしく、お金に関わることであれば

人を“人”として見るのではなく、“存在”または“物”として認識するそうだ。

 

だが一部で例外がある。それは人体実験だ。

人体実験が関わることであれば、その考え方を覆して救助を優先するという。

 

今回の依頼はその救助の一環らしい。

 

地図に載っていない村に住んでいる人は、いわば国が認知していない人だ。

例え殺されようが実験体にされようが、知られる事は無い。

 

衛星に写った村が本当なのかを確認して欲しいと師匠の元へ依頼が来た。

 

その依頼を俺に回ってきたのは、自分に機動力があるからだ。

 

この半年ほどで師匠から≪表世界≫以外での仕事をこなしていたら

いつの間にか≪人類最速の請負人≫と呼ばれるようになっていた。

 

・・・中二病ですよね、この世界のネーミング。嫌いじゃないけど。

 

ちなみに師匠は≪人類最弱の請負人≫と呼ばれている。

これはある意味で師匠にぴったりのあだ名だと思う。

弱いってことは戦わなかったから呼ばれた称号だろう。

あだ名で呼ばれるほど弱い、つまり戦わなかった故の結果を残してきてのだ。

戦わないで場を収める事において、師匠より上の人を見た事がない。

 

それはともかく、師匠から機動力の高さをかわれて調査を頼まれた。

バイクは国際運転免許を持っているから乗れるし、A・Tもある。移動はバッチリだ。

 

とっとと行って、とっとと帰ってこいと言う事らしい。

頼まれたのだから最速で確実に仕事をこなしましょうか。

俺個人としても、違法な人体実験は好きではない。なんせ前世がそうなのだからな。

 

改造無音のトライアルバイクに跨り、目的の村がある方向へ森を抜ける。

地図に載っていない村なのだから、当然道は無い。

 

そのためのトライアルバイクだ。森の中でも順調に駆け抜ける。

 

森を駆け抜け数時間、目的の村が見えた。

 

今回の調査は、村で人体実験がされているかを調べる事だ。

隠れた村がある事の確認ではない。

 

そうして、俺はバイクを草で隠して靴をA・T(今までの最高傑作)に変える。

万全の戦闘態勢を持って村へと隠れながら潜入した。

 

 

この村は農村であり、民家の近くに適度な大きさの畑があった。

しかし売るために大きな畑が必要な農家とは違い、自分の家または村の中で消費するぐらいの

大きさの畑しかない。

 

そして問題を2つほど見つけた。

1つ目は人が見当たらない事だ。

畑の中には収穫期を迎えて美味しそうに実っている野菜があったが、

手をつけられていない。というよりも家からは生活感を感じない。

おそらくは数週間は人が帰ってないだろう。

 

2つ目は農村に合わない奇妙な建物が一つあること。

正確には建物と言うより、地下施設からの放熱する施設と思われる。

調査していて1日2回ほど、放熱の為に施設が開いていた。

この間も、人の出入りはほとんどなかった。

 

 

以上の点を踏まえて、村で違法な人体実験をされている可能性は高いと思われる。

俺は速やかに村から出て、これについての報告書をまとめて提出をした。

 

これで依頼は完了だ。

 

 

完了した。それによって、俺は自由に動ける。

依頼では速やかな報告が必要であり、深い調査禁止されていた。

 

だから依頼完了した今では、どのように動いても問題は無い。

俺が単独で自由に例の村に行こうと誰も文句は言えない。

 

気になっていたのだ、放熱施設が。

村の状態を見る限り、実験は既に完了しているか廃棄されているはずだ。

 

だが施設は動き続けている。最低でも放熱の機器は動き続けている。

 

放熱の為だけで施設を動かし続けるメリットはあるのか?

そう考えた時、俺は前世の記録を思い出した。

 

似ている。この放熱施設は、似ている。

かつて重力子(グラビティ・チルドレン)が生まれ、

かつてA・Tが生まれた場所。

 

「“天空の塔”(トロパイオン)・・・・まさか・・な」

 

まかさ、それは無い。と自分に言い聞かせるように呟く。

 

でもその疑念は消せない。疑問は隠せない。

A・T歴1年にもなっていない俺だが、それでも本気でA・Tが好きだと言い切れる。

 

まだA・Tに関わっているどうかなんて可能性の段階だ。

それでもA・Tに関わる厄災は許せなかった。

 

 

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後日、師匠への任務完了を報告して、再び地図にない村を訪れた。

 

もちろん、依頼ではなく個人的な用事だ。

準備も問題ない。今までで最高傑作のA・Tを組み上げてきた。

 

以前の調査で地上には監視カメラなど警備システムが無い事を確認したので

堂々と正面から入る。もちろん人はいない。

 

氏神クロムさんが事件収拾の為に組んだチームが来るかもしれないので

少し急がないといけない。

 

放熱施設の前に立ち、放熱口のシャッターが開いた瞬間に、中へ飛び込む。

シャッターは放熱量に比べて口が大きいので、俺が熱にやられる心配は無い。

 

予想通り、放熱施設の地下は広かった。

 

そして施設の規模とは不釣り合いに警備システムが弱かった。

 

監視カメラは無い。各実験室の前にカードキータイプの鍵が付いているだけ。

この程度のカードキーは直接ハッキングをすれば1分と掛からず苦をせずに開ける事が出来る。

 

不審に思い、より警戒をして進んだ先には人間が入るほど大きなガラス管があった。

 

あ~あ、やっぱりか。

 

大きなガラス管、これは人間を対象にした道具に違いない。

やはり違法レベルの人体実験がされていたのは確定された。

 

ただ、ガラス管は全て空っぽであった。謎液体に満たされたものはない。

 

「実験は・・・・もう終了されて、施設は破棄されている?」

 

ここでの実験は終了されている喜びと、

別の場所で実験が継続されているかもしれないという不安を同時に感じた。

 

別の場所で実験が継続されているなら、それを止めたい。

普段、自分の目の届く範囲とは関係ない場所で行われていなければ

興味を持たない筈なのに、今回の実験に対しては追及してまでも止めたい気持ちがある

自分に若干、驚いている。・・・・何かの気まぐれかもしれない。とにかく調査だ。

 

今の階には情報を取れる端末が無いので、さらに奥の階へと進む。

 

そして階を4つほど下にいった所に異変があった。

 

人の気配がする。殺人鬼3兄弟の末っ子に教えてもらった魂感知スキルで

生きている人がいることが分かった。

 

扉を開けてはいないが、部屋の名前は「第一級実験室」と書かれている。

第一級とは、最大の意味の一級だろうな。この部屋にいる奴は

言い換えれば第一級の実力があるってことなんだろうな、実験に関わる限りはそうだろう。

 

だけども俺は止まるわけにはいかない。この実験施設は、もしかしたらアレなのだから。

 

扉をゆっくりと開ける。

そして血だまりの中に、人が奥の壁に背を預けて座っていた。

 

血の量を考える限り、座っている人の血ではないだろう。

一人分の血としては多すぎるし、血だまりというより正確に言えば血が飛び散っているからだ。

ただの人間だけでは作成が無理で気持ち悪い芸術だ。

 

座っている人、歳は俺より少し上くらいか? なんだからキザキザした眉毛をしている。

そして特徴的なのは目。男は生気の無い目をしているのだ。

その目が俺を捕えてこちらを見た。

 

 

ゾクゥ!

 

 

 

一目で分かった。こいつは異常なのだと。

何が異常なのかは分からないが、それでも分かってしまった。

 

「あんたは・・・何者・・・いや、何だ?」

 

「ただの殺人者だよ」

 

殺人者、か。

その響きを聞くと、お世話になった殺人鬼3兄弟を思い出す。

 

「・・・こんな所で何をやっているんだ?」

 

「君には関係ない事だよ」

 

そうは言われても、研究所で初めて会う人間だ。

放置するわけにもいかない。

 

「僕は何もしないよ。ここが好きなだけだ。早く進んだらどうだい? 僕は止めないよ」

 

確かに無気力な感じだ。邪魔など一切する様子は見えない。

 

どうする? 止める気がないなら、Uターンして後ろの通路から先に進むのも吝かではない。

 

キラ

 

顔の向きは変えずに、意識だけ後ろの通路に向けた。

その一瞬だ。目線すらも変えていない。変えていないから見えた。

 

奴の放つ一閃を!

 

「うぉ!?」

 

反射的に屈む。頭の上を何かが通るのを感じる。

 

「あれ、避けられた。意識から外したはずなのに」

 

俺の意識の間をすり抜けるように放った攻撃は、奴が握った刀だった。

距離もある程度離れていたはずなのに、関係無いとばかりの高速の一閃。

 

屈んだ勢いで転がる。そして刀の攻撃範囲から外れる。

 

「なにすんだよ・・・止めない筈だろ?」

 

「ああ、うん。

 

 そう言った方が君を殺しやすそうだからね」

 

本当に、こいつの攻撃は殺す気の攻撃だった。

屈んで避けたが、避けなければ俺の首に攻撃されていた。

攻撃に躊躇はなかった。

 

離れた後も、攻撃を連続で繰り出してくる。

いつの間にか両手に握られた刀2本が俺の命を刈り取りに来る。

 

横一文字に狙いに来た一撃を、俺はすぐ後ろにある壁を利用して避ける。

もちろん、A・Tならではのトリッキーな動きだ。

 

距離感を間違えたようで、一閃した刀は壁へと刺さり折れてしまった。

 

「ちっ」

 

奴の上を飛び越えて後ろへと回る。

さらに勢いを利用して回転後ろ蹴りを放つ。

 

右腕には折れた刀。ガードは出来ない筈だ。

 

と思っていたら、奴の腕にはトンファーが握られていた。

その武器(えもの)に蹴りはガードされてしまった。

どこから取り出したんだ?

 

「でも、まだまだ行くぜ!」

 

蹴りを受け止められた反応を利用して、逆の脚で脳天を狙いにいく。

 

 

Trick - X BITING -

 

 

噛みつくような両の脚から繰り出す技(トリック)へと繋げた。

 

奴は左手に持っていた刀は捨て、左手もトンファーを握りガードする。

 

だが、それで防いだつもりか?

 

「くっ!?」

 

この技は蹴りではあるが、同時に噛み(バイト)でもある。

噛み潰すように奴の両腕を挟むようにしてダメ―ジを通した。

 

続けざまに次の技を繰り出そうと右足を上げる。

 

 

Trick - Meteor Strike -

 

 

踵落としによる一撃を奴の左肩に直撃した。

 

「がはぁっ!?」

 

「よし!」

 

会心の一撃が入った。これで少しは大人しくなるだろう。

 

ここまで戦っておいてなんだが、俺は無駄な戦いはしたくない。

だから奴へと交渉を持ちかけた。

 

「さて、殺人者。少しは落ち着いたか?」

 

「・・・まあね。

 いきなり殺しにきて悪かった。次からは宣言して殺すことにするよ」

 

結局は殺すんかい。

 

内心ツッコミをしながら、どうにか会話を繋げるとしよう。

 

「で、殺人者さんはなんでこんな所にいるのかな?」

 

「そういう君だって、廃棄された施設に何の用事だい?」

 

「俺かい?

 

 通りすがりの暴風族(ストームライダー)だ」

 

「・・・ディケイド的な答えに感銘したから名乗ることにするよ。

 

 験体名『枯れた樹海 (ラストカーペット)』

 名前は 宗像(むなかた) 形(けい)だ」

 

「・・・・懇切丁寧な自己紹介ありがとう」

 

どうやら予想通り、実験をしている側ではなく、されている側の人間だった。

素直に名前を教えてくれる事は予想外だけど。

 

「で、廃棄された実験場で何をやっているんだ?」

 

「・・・それは君には関係の無いことだ」

 

そういって奴は、宗像は顔を不愉快に歪ませて突撃した。

 

一旦距離をとって対応を考えたが、宗像の動きは早かった。

 

信乃がA・Tを使う前に刀の射程圏へと入り、必殺の一撃を、胴体を狙う。

 

信乃は後ろに跳び、その反動をA・Tにつぎ込んでカウンターを仕掛けた。

だが、宗像の追撃がそれを許さなかった。

 

再び急所を狙い切りあげた刀によって、前方へと進めないでいた。

 

チッ! A・Tは基本的に前に進む。その前を宗像に邪魔されているようだった。

 

それに狙ってくる場所も人間の急所ばかりだ。

 

SWATやASEでの訓練も厳しいものだが、今回の相手は質が違う。

異質。一つでもまともに受ければ死へとつながる攻撃ばかり。

 

一番似ているのは殺人鬼3兄弟を相手にした時だ。

殺人鬼3人は完全に遊び気分の為殺さない制約があったので、殺気は本物でも攻撃は本物ではない。

 

でも、こいつは本物だ。攻撃も殺気も、本物。

 

こんなのを相手にしていたら体力だけでなく、気力も消耗してしまう。

 

「くそ!」

 

20以上の斬撃を避けて、A・Tを使って距離をようやく取る事が出来た。

 

「はぁ・・はぁ・・はぁ・・はぁ・・・」

 

久々の生死を掛けた戦いに、息切れをしている俺だが

逆に頭の中は冷たくなる事が出来た。

 

「ここの研究は終わっていると思うんだけど、なんでまだいるんだ?」

 

とりあえず、時間稼ぎとして話題を振ってみる。

 

話題と言っても、結局は信乃の情報収集にすぎないが。

 

「終わっているよ。だから殺す」

 

「だからって・・・・意味が良くわからないけど、とにかく研究が終わっている事は肯定するんだな」

 

「肯定する。別に僕は研究を守秘する意味も意思もない」

 

「だったら、戦う必要はないじゃないか?」

 

「戦う必要は無い。だから殺す」

 

「なにが“だから”なんだよ」

 

「僕は実験体だ。だから殺す。

 実験は中断された。だから殺す。

 破棄と言うか放棄された。だから殺す。

 色々と研究所を歩いてきたけど、ここが気に入った。だから殺す。

 

 侵入者がいる。だから殺す。

 僕の部屋に君が尋ねてきた。だから殺す。

 僕の周りは血まみれだ。だから殺す。

 

 全てが殺す事に繋がる、ただそれだけのことだ」

 

「・・・まるで、殺人鬼のような事を言うな」

 

「否定しないよ。だから殺す」

 

「なんだか新しい語尾みたいだな。

 

 あんまり語尾を使い過ぎない方が良いぞ、黒歴史になっちまうから。

 僕はキメ顔でそう言った」

 

まあ、実際はキメ顔じゃないですけど。

 

ふざけた話をしたおかげで、より落ち着きを取り戻せた。

 

奴が使っているのは2本の刀。

 

殺気の鋭さはあるものの、振る刀は少し剣術をかじった事がある程度の実力だ。

 

それで俺が追い詰められているのは、最端ルートで殺しに繋がる攻撃を何度も繰り出すからだ。

死への緊張感を直に感じたらそうなる。

 

だが、不思議に思う。

何故、自分は生きているのだろうか?

これほどの殺気を放つ相手はそれこそ殺人鬼クラスだけだった。

そんな相手では自分は瞬殺、A・Tを上手く使っても秒殺だ。

 

その謎の答えを見つける前に、戦闘は再開された。

 

「ちっ!」

 

素人のようだが達人のように急所を的確に狙ってくる。半歩下がって首への斬撃を回避した。

 

下から太腿を狙い切りあげる。上げた刃を返して肩、心臓を狙う。

 

それも半ば転ぶような動きで後ろに下がり避ける。

 

「クソッ!」

 

先程から俺は相手との距離を取れずにいるし、攻撃は基本後ろしか避けられない。

A・Tの有効性を活かし切れていなかった。

 

基本的にA・Tは前に進むものだ。前には奴がいるから無理。

距離を取ろうとしても背中を奴に向けるのは恐い。っていうか殺される。

 

いわば、俺は動きを“殺している”のだ。

 

このままじゃ命まで殺されてしまう。

 

何か方法は無いか・・・・・

 

 

 

無いな。常套手段では無い。

 

だから常套以外で攻撃する。

 

具体的かつ簡略的に言えば、肉を切らせて骨を断つ、捨て身の攻撃だ。

 

もちろん勝機が無くて自棄になったわけではない。

 

奴の癖を見つけたのだ。

右からの切りあげの際、若干だが刀の柄を先に出してくる。

その柄を足で踏むように抑える事が出来れば右は封じられる。

後の左手も、右が封じられていれば動きが制限される。

そこで俺の右腕を捨てる覚悟で攻撃すれば良いはずだ。

 

覚悟は決まった。後は決行するのみ!!

 

「いくぜ!」

 

腰に付けていたスタン警棒を使える状態にして左手に持つ。ちなみに俺は訓練で両利きにしてある。左手でも問題ない。

 

奴へと一閃(と言っても警棒だから切れないけど)を繰り出す。

 

もちろん、俺程度の攻撃なんて簡単に防がれる。

だが布石としては使えるはずだ!

 

何度も何度も奴へと攻撃を仕掛ける。

防がれようとも、避けられようとも、反撃されようとも、続ける。

 

最初よりも落ち着いたからからなのか、殺気から奴の攻撃が予測できる。

戦闘経験がある程度あるなら読める殺気。

相手が怯むならともかく、この殺気を耐えきれば逆に利用できる。

殺気が強すぎるのも問題だな、次の攻撃が読めるからな!

 

そして23合ほど打ち合った後に、ようやくチャンスが来た。

奴の右からの切りあげ。俺が待っていた攻撃だ!

 

その瞬間に警棒を右手に持ち替える。

そして左手を突き出して、奴の刀の柄を抑えた。

 

良し!

 

右手に持ち替えた警棒で、奴の左手の刀を抑えにかかる。

抑えれば、両腕の攻撃を封じて反撃へ!

 

そして次。警棒で刀を抑える。問題無く抑える事が出来た。

最悪、殺してしまうかもしれないが、それを考えられるほど余裕はない。

覚悟を決めた攻撃を奴へと振りかぶった。

 

刀を弾いた反動も利用して、警棒は奴のコメカミを狙う。

タイミングも申し分ない。このタイミングでは避ける事も反撃も出来ない。

 

 

その確信を否定したのは奴の顔だった。

 

警棒を振る際に見たのは奴の笑顔。

一瞬、隙を見せたのは罠かと思った。が、それも一瞬で否定された。

 

奴は罠を成功させた楽しい笑顔ではない。

何かから解放される清々しい顔だった。

 

 

 

ドゴ!

 

「ガァッ!」

 

奴の“顔”に衝撃が襲い、尻もちを着いた。

 

この衝撃に先程まで笑みを浮かべていた奴は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

 

「なぜ、警棒で殴らなかった? って顔してるな」

 

右手を突き出したポーズを解き、奴を見下した。

その手は警棒ではなく、拳が握られていた。

 

「答えは簡単。

 

 お前が俺に殺されるつもりだって分かったから。

 お前の思い通りにしたくなかったからだ」

 

奴の目的は、殺すことではない。

 

  殺されることだ

 

部屋に入った時は、血の赤色のインパクトが強すぎて気付かなかったが、

これは血ではない、ペンキだ。

血であれば多少の鉄臭さと生臭さがあるはずだが、この部屋にはない。

というか気付けよ、俺。

 

それに奴の行動だ。

あれほど殺気を出せる奴なら、もっと強くても不思議は無い。

それなのに俺と良い勝負が出来る程度の実力なんてありえない。

 

なにより、殺気が強すぎるのがおかしい。

強すぎる殺気は、いわば次の攻撃を教えることになってしまう。

 

いや、まさに奴はその為に殺気を強く出していたのだ。

殺さないために、殺す気の攻撃をしていた。

全ての攻撃が、殺気を利用したテレホンパンチになっていたのだ。

だから俺でも攻撃を避ける事が出来ていたのだ。

 

相手に避けられる攻撃を続け、部屋の演出までした。

 

決定打として奴の笑顔。何に捕らわれていたかは分からないが、

それから死ぬことで解放される、安堵から清々しい笑みになっていたのだろう。

 

「ふざけるな・・・

 

 確かにお前を殺す覚悟をしていたが、死にたがりをわざわざ殺すつもりは毛頭ない。

 勝手に一人で死んでいろ! 俺だって殺したら心が傷つくんだよ!

 俺を巻き込むんじゃねぇ!」

 

だから俺は直前に、振っている最中の警棒を手放して、奴の頬を殴り飛ばしたのだ。

 

そして、もう一つの真実にも辿りつけた。

 

「宗像。お前、人を殺した事が無いだろ?」

 

「!?

 

 ・・・・なんのことだい?」

 

その反応は当たりか。

 

「お前の殺気は本物だ。だから殺す技術に精通しているのは間違いない。

 

 なのに、なぜ俺はまだ生きている?

 

 確かに腕には自信があるが、それは表世界でのレベルだ。

 

 お前ほどの殺気を出せるなら、間違いなく裏の人間・・または裏の人間に造られた人間。

 俺が敵うはずがない。

 

 さっきの俺の攻撃は様子見を含めてお前が手加減していたからだ。

 実際、俺のA・Tの動きを読んでからはまともに攻める事は出来て無かった。

 

 それなのに、思いついた程度の策でなぜ攻撃が通じる?

 

 簡単な答えだ。お前の望み通りな攻撃を俺がしたからだ。お前が攻撃を通したからだ。

 

 殺す技術に精通しているお前は、逆に殺さない技術にも精通している。

 そして殺される技術にもな。

 

 殺されない技術を使って、俺に殺されようと考えていただろ」

 

「・・・・・・・・」

 

長い沈黙の後、宗像は上を見上げて、諦めたように呟いた。

 

「まいったな・・・・そこまで完全に見抜かれるなんて」

 

「お前の笑顔を見れば、そう難しくない」

 

「・・・・気が抜けてしまったんだ。これでようやく死ねる。

 ようやく誰も殺さなくて済むんだって思ったら笑う事が出来たんだ」

 

宗像は自分の胸の内を明かしていった。

 

「僕は君の言った通り、この実験施設で作り出された存在だ。

 この体は血管一本に至るまで調べられていない場所は無い。

 

 そして精神には戦闘に特化するため、殺意が埋め込まれた」

 

「殺意?」

 

「何をしてもしなくても、何を考えても考えていなくても、全て殺意へとつながる。

 

 そんな僕だけど・・・君の言った通り人を殺した事が無い。

 

 だけど僕は、それをずっと我慢していた。対象を処分する実験であっても我慢した。

 

 だって・・・・人間は殺したら死んじゃうじゃないか」

 

「ま、そうだな」

 

支離滅裂な事を言っているが、わからないでもない。

 

埋め込まれた殺意という衝動よりも、自分が持っている人間を愛する気持ちの方が強かった。

ただそれだけなのだ、宗像という人間は。

 

「宗像、お前はまだ殺人衝動があるか?」

 

「あるよ。君の問を聞き答えただけでも殺したくなっている」

 

「それじゃ、俺と初めて会った時と比べたら殺意はどうだ?」

 

「・・・・少なくなっている気がする」

 

「そうか、それなら良かった。

 

 お前の殺人衝動は、人間のストレスと同じ部分がある。

 簡単に言っちまえば、俺との戦闘でいい運動になって、殺意が少し減ったんだと思うぞ」

 

「・・・・」

 

「よかったじゃないか。殺意(ストレス)発散が出来て」

 

「でも、僕の持つ殺意は本物で・・・・いつまで抑えられるか・・・・」

 

「その時は俺を一番に殺しにきたらいい」

 

「え?」

 

「もちろん俺は反撃するし、殺されもしない。

 

 適当に相手していりゃ、お前の殺意も治まるだろ? 今みたいにさ」

 

「・・・・いいのか? そのたびに君は殺されるようなものだぞ?」

 

「殺されないよ」

 

「その根拠は何だい?」

 

「根拠? 今の勝利ってだけでいいだろ。

 今の戦いに俺が勝った。だからこれからも負けない」

 

「僕の技術が成長しても?」

 

「その分、俺も成長していくから問題ない。

 

 あと、もう一つ理由がある。

 お前は殺人衝動を持っていても、今後絶対に人間を殺さない。そこは信頼しているぜ」

 

「信頼か・・・された事が無いな。

 

 君の名前、教えてもらっていいかな、通りすがりの暴風族さん?」

 

「信乃。

 

 西折(にしおり) 信乃(しの)だ」

 

「西折、信乃。

 

 僕と、友達になってくれないか?」

 

「・・・あのなー、いまさら何言ってんだあんた?

 殺すつもりがあろうとなかろうと! あんたと俺は命がけで戦ったんだぜ?

 

 つまり俺達はもう友達じゃねーかよ。そんなよそよそしいこと言われたら傷つくじゃねーか」

 

宗像と友人になった理由。それは宗像の生き様に好感が持てたからだ。

 

宗像は殺人衝動を抑えて、他人の命を必死に奪わないようにしていた。そこに好感が持てた。

 

 

倒れている宗像に手を伸ばした。

宗像もその手に握るために腕を伸ばした。

 

宗像の袖口から“クナイ”が落ちて、そして2人は手を握り締めた。

 

 

 

和解後、俺は実験施設について宗像と話をした。

 

施設の実験体である宗像は、自分の参加していた実験以外にはあまり知らないらしい。

 

宗像の受けたのは精神による肉体強化の実験。

精神のみを手を加え、それによる肉体への影響を試す実験。

 

実験体は13人ほどいたが、他は失敗による死亡が確認されており、

宗像が最後の実験体のようだ。

 

施設を廃棄するにあたり、実験体の処分(さつがい)さえも行わず急いで出て行ったらしい。

元々、この施設の実験体は多くないらしく、そのまま放置して餓死させた方が楽だと判断したようだ。

 

命を軽んじる実験者に腹を立てつつも、宗像から色々と話を聞いて現状を把握することが出来た。

 

 

その後、宗像は実験施設から出るように話をした。

宗像が出なかった理由は、自分の殺人衝動を抑えるのに自信がなかったからだ。

だが俺との戦闘で若干だが大丈夫だと安心して施設から出る事を決意した。

 

その際に

「その面白い靴、出来れば出いいから僕にも教えてくれないか?」

とか言っていた。

 

ま、友達からのお願いだから、今度教えてあげますか。

 

 

つづく

 



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Trick-12_2_その人はきっと、A・Tの為に本気で涙を流してくれる人さ

 

 

 

宗像の相手をしている間に意外と時間が過ぎてしまった。

本当であれば、手早く調査して立ち去るつもりだったのだが・・・

急がないと氏神さんが手配した調査が来てしまう。

 

そんな見えないタイムリミットが迫る中、俺は施設の奥へと進んでいった。

 

 

-----------------------

 

その後、ゆっくりと階を下りて行った。

 

地下1階フロア  巨大迷路

地下2階フロア  日本庭園型ビオトープ

地下3階フロア  実験動物園

地下4階フロア  実験工房

地下5階フロア  駐車場

地下6階フロア  図書館

地下7階フロア  温泉

地下8階フロア  大舞台

地下9階フロア  墓場

地下10階フロア 美容院

地下11階フロア 球技場

地下12階フロア ゲームセンター

 

 

嘘です、ごめんなさい。

あまりにも何も見つからなかったからネタに走りました。

 

宗像と対決した階から地下12階までは、途中で諦めたくなるぐらいに

ほとんど手懸りが残っていなかった。

 

分かったのが、この施設は地下13階まであること。

そしてこの階段を下りれば、その地下13階となる。

 

途中の階でコンピュータを調べて簡単なデータこそ取れたが、そこには強化人間に関する

基本的な行動しか残っていなかった。重要なデータはある程度消されているようだ。

 

最後だから気を抜く事なんてSWATやASEでは教えられていない。

一層気を引き締めるべきなのは最後なのだ。

 

そして気を引き締めたのは無駄にはならなかった。

 

13階は実験、実戦に基づく実験を行われている。

だから他よりは広い作りになっている。

 

赤い池が広がり、その中心に鎮座していたのは駆動鎧(パワードスーツ)。

 

灯りがついていない部屋の中で、駆動鎧の一部が点灯していた。

つまりは電源が残っている駆動鎧があるのだ。

 

無人式か、有人式か・・・・

 

無人式であれば躊躇なく攻撃できるが、宗像のように実験で残って人が乗っているかもしれない。

 

部屋に入る前に魂感知を行った。

 

この魂感知の能力は、植物や小さな生物には対応できない。

信乃の劣化模倣ではそれが限界であった。

 

だが今回はその劣化模倣で充分であった。

 

魂が感知できた。人間が乗っている。有人式だ。

 

周りの状況を確認して、その駆動鎧がある部屋へと入って行った。

 

『やあ! 次の実験体はキミかい?

 初めまして! 僕はキー君! キー君だよ、よろしくね!』

 

駆動鎧から聞こえたのはかなりフレンドリーな声だった。

 

「・・・・初めまして」

 

『君の名前はなんて言うんだい?』

 

「あまり、名乗りたくはないな」

 

『あは! それじゃあ、実験を始めようか!』

 

名乗らなかった事に対して、特に反応はない。どうでもいいことのようだ。

 

「実験・・・ね。その実験とやらは、お前の周りで腐っている肉片に関係あるのか?」

 

宗像と同じく、血の海の上に立っている。だが大きく違うところがある。

 

目で見て確認するまでもない。死体だ。死臭がするのだ。

駆動鎧の周りには、確認するまでもなく死んでいると解るほど体がバラバラになった者たちがいた。

 

『当然でしょ! 殺(じっけん)するのが僕の存在意義だからね!』

 

「ようするに、てめぇは再起不能にする必要があるらしいな」

 

宗像は気持ち(ソフト)を改造されていたが、こいつは体(ハード)の改造がされているみたいだ。

 

しかも強化と言うよりも狂化、機械化している。

 

本当に、こいつを作った人間は何がしたいんだ? 人型兵器を作りたいのか?

 

『それじゃ、僕の存在意義に従って・・』

 

ッ!? 今は答えを出す時じゃない! こいつを止めないと!

 

『殺(じっけん)してもいいよね? 答えは聞いてない!』

 

「別に答えを聞かなくてもいいよ。だから殺す」

 

ネタにはネタで返してみた。

 

あいつのダッシュに合わせて、俺も走り相手に向かう。A・Tの全開を使う。

 

相手の脚には車輪が着いており、駆動鎧の大きな体でも俺と同等の速度で突っ込んできた。

 

まずいな。

 

俺が戦闘力で自信があるのは、A・Tを使った高速移動だ。

攻撃力は人間が武器を振るう程度しかない。当然引き金恐怖症の俺が銃を持つはずもない。

防御力なんて皆無に等しい。防弾チョッキすら着ていないのだ。

 

唯一、勝てる要素があるとすれば高速移動だけだったが、それも圧倒できるほどの差はない。

 

自分の得意分野で戦い、同時に相手の苦手な分野に持ち込む。これは戦いの鉄則だ。

力も才能もない俺は高速移動の分野に持ち込んで勝利を上げてきた。

 

今回はそれも難しいようだ。

 

『あは!』

 

「くっ!?」

 

振るわれる機械の腕を、横に移動して避ける。

駆動鎧のパワーだ。喰らうどころかカスっただけでアウトだ。

 

数度の攻撃を同じく避け続ける。学園都市内や外国に輸出している駆動鎧を見た事があるけど、ここまで人間の動きを模倣している物は初めてみた。

 

関節の動きがかなり滑らかだ。見た目に反して人間と同じ動きをする。

 

俺はバックステップで距離を取り、相手が振り向く前に後方の壁に昇る。

 

 

  Trick - Back Spin Wallride 720°-

 

 

振り向く前に昇ったから、俺は奴の視線から外れる。

 

そう、高速移動は同等でも、機動力は圧倒出来るはずだ!

 

 

その俺の策をあざ笑うようにあいつは言った。

 

『上かい? なんか僕と同じような事が出来るんだね、君』

 

 

  Trick - Back Spin Wallride 360° Power Hand -

 

 

「!?」

 

俺と比べて、駆動鎧のパワーに任せた動きだ。

それでも、間違いない。これはA・Tの動きだ。

 

俺の動きを見て覚えた? 違う!

奴は言った。≪僕と同じような事が出来るんだね≫と。

 

つまりは元々から奴は知っていたのだ、この技(トリック)を!

 

その信じられない事に、俺は動きを止めてしまった。

 

『死んじゃえ!』

 

「しまっ!?」

 

奴の裏拳が腹部に直撃した。

 

「かはっ!!」

 

肺の中の空気が全て出る。同時に血も吐き出し、内臓をやられた。

 

そのまま俺は地面へと落ちた。

 

「痛っ!」

 

『あはははは!』

 

奴も同じように地面へと落ちてくる。その足は俺を目がけて振り降ろされた。

 

ギリギリで俺は体を横回転して回避する。

 

が、振り降ろされた逆の脚で横に蹴り飛ばされた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・」

 

『あは! いい感じだね! 一番ウマイよ!』

 

「はぁ、はぁ・・ウマイって、戦闘技術がか?」

 

何とか会話を繋いで、回復しないと! こんな時の為の戯言だ。

 

『え? なにいってるの? エア・トレックだよ!』

 

「・・・・・・今、何て言った?」

 

自分でも分かっている。何て言ったかは分かっている。自分が冷たくなっていくのも分かっている。

 

『一番ウマ「違う、その後だ」 エア・トレック?』

 

「そうだ。それ、どこで聞いた?」

 

『聞いたって、この実験施設はエア・トレックの為にあるんじゃないか!』

 

嘘、だろ?

 

だってA・Tは、何十年も前に、失われた技術だろ?

 

『ほら、君も僕も技(トリック)を使ったでしょ?

 何を驚いているんだい?』

 

今、“トリック”って言ったか? 技(わざ)ではなく?

 

『でも僕の方がウマイみたいだね!

 ハカセが言っていたよ! 僕が最高傑作だって!

 

 でもヒドイよね? 僕が実験で一番だったのに役立たずだってハカセ言うんだよ!』

 

「それは、他の場所でも、実験が続けられているって、ことか?」

 

『そうだね。次は学園都市に行くって言ってたね!

 

 でも、君を倒せばハカセは僕が一番だって分かってくれるよ!』

 

ふざけるな。

 

まだ続いているってのか? 狂った実験が? A・Tの研究が?

 

『あ、そっか! まだ壊し足りないんだね!

 そうだ! 外に出よう! いろんな人を壊せればハカセは戻ってくるよきっと!

 

 まずはキミからだ!」

 

「がぁ!」

 

時間かせぎの会話の間に回復したかったが、まったく痛みはひかなかった。

奴の機械の腕が再び腹に入った。

今度は正拳を真正面から受けてしまった。

 

『あれ? まだ壊れないの? しょうがない! 壊れるまで続けよう!」

 

奴は一歩下がり、もう一度大きく振りかぶる。

 

足の車輪で勢いを付けて、威力を上げるつもりらしい。

 

あれを喰らったら絶対にお終いだな・・・

 

こんな使い方、まるでA・Tが兵器みたいじゃないか。

 

・・・・あー、そうか。それは俺も一緒か。

 

ははは、あれだけA・Tが好きだった俺が、いつの間にか兵器としてA・Tを使ってたんだな。

 

 

俺は死を覚悟した。もう駄目だと思った。

だってほら。今だって死ぬ直前にあるスローモーションに見えるって状態にある。

 

そして走馬灯のように自分の記憶を、前世の記録が流れ始めた。

 

 

 

-----------------------------

 

 

 

それは降りしきる雨の中だった。

 

通行人がいない路地裏。降りしきる雨の中に倒れているのは一人の青年。

 

・・・・これは俺の記憶にはない。

 

ならば、前世の記録なのか?

 

いや、前世である≪しの≫の経験ではない。

 

・・・・・あぁ、わかった。この感じ。

今、俺はSkyLinkの映像を見ているんだ。

これは≪しの≫が死ぬ前に閲覧したSkyLinkに残っている記録だ。

 

俺の走馬灯は、どうやら根が深いらしい。

色々と記録を見てきたけど、この人は見た事がない。

SkyLinkに残っている記憶は膨大だ。本気で見れば一生かけても

見終わる事は無いだろう。

走馬灯で見た事のない記録すら読みだすなんて、世界でも俺しかいないかもな。

 

そんな自傷のため息をついているときに、青年に駆け寄る一人の少年がいた。

 

青年は誰だか知らないが、少年は誰だか知っている。

 

炎の王、スピットファイアだ。

正確に言えば、≪眠りの森≫時代より幼い。

だから炎の王と名乗る前の時期だろう。

 

「にーさん! イングにーさん! しっかりして!」

 

「やぁ、ケン。どうしたんだい、こんな所まで来て」

 

「にーさんが襲われるって情報を掴んだから助けに来たんだよ!

 待ってて! 今救急車を!」

 

「だめだよ、ケン。私はもう助からないよ。傷が酷過ぎる

 今はケンじゃなくて、スピットファイアだったね」

 

「そんなこと、今はどうでもいい!」

 

スピットファイアを、ケンと呼ぶ青年。

そして青年はイングと呼ばれている。

 

そうか、この人は重力子(グラビティチルドレン)。

武内(たけうち) 空(そら)と武内(たけうち) 宙(そら)が襲った

第一世界の重力子の一人なんだ。

 

不明だった青年の正体がわかった所で、改めて青年の体を見る。

 

青年が言うとおり、これは致命傷だ。戦場でもこれほど血を流した人は助からなかった。

それに傷も酷い。腹が抉られたように、一部が無くなっている。

 

「・・・・これをやったのは宙(そら)だね・・・・」

 

「・・あいつを恨まないでやってくれ」

 

「なんで! イングにーさんをこんな目に合わせているのに! どうしてそんなことが言えるの!!」

 

「それほど難しい理由じゃないよ。単に恨むとか憎むとかが苦手なだけだ」

 

「・・・・」

 

「スピ、お願いがあるんだ。

 これを受け継いで、次の世代に渡してくれ・・」

 

「それは!」

 

青年が取りだしたのはマイクロチップだった。

 

「・・・・にーさん、それに入っているのは・・・」

 

「良く聞くんだ、スピ・・・。

 

 これはとてつもなく大きな力を秘めている。

 悪く使えば、世界中のライダーや一般人が不幸になる。

 

 しかし正しく使えば、きっとみんなを幸せにする力がある。

 だからお前がこれを受け継いで、次の世代に渡してくれ」

 

「・・・ダメだよ、イングにーさん。

 みんなA・Tを兵器のように使う!

 

 確かに元々は重力子用の兵器だったかもしれない。

 でもそれ以外の使い方だってたくさんある! なのに・・・」

 

そうだ。俺もそうだ。

A・Tで空を跳びたいと始めは思っていた。

けれども、力を手に入れるためにA・Tを使っていた。

 

そんな俺がA・Tを使う資格なんてあるのか?

俺のA・Tに対する気持ちは邪(よこしま)なものなのか?

 

そう考えていると涙が頬を伝った。自分のA・Tに対する不甲斐なさに。

そして気付いた。なんで先程の戦いで動揺していたのかを。

A・Tの開発がされていたからではない。A・Tを兵器として使っている事に

体験した事のない怒りを感じていたのだ。

 

嫌だ、A・Tは兵器じゃない! 人を誘う『自由への道具(エア・ギア)』だ!

 

そう認識すると、さらに涙が増えた。

 

「確かにA・Tは兵器だったかもしれない。

 でもスピの言うとおり、使い方で変わるものだよ。

 

 だからこれを受け継ぎ、渡してほしい。

 A・Tを愛する者に!」

 

「・・・本当に・・・

 本当にA・Tを愛する人かどうかなんて、分からないじゃないか!」

 

「そんなの、簡単さ」

 

青年は穏やかな顔で言った。

 

 

 

「その人はきっと、A・Tの為に本気で涙を流してくれる人さ」

 

 

 

-------------------------

 

 

 

駆動鎧の勢いをつけた拳を、俺は上に跳ぶことで避けた。

 

フェオ

 

『何だい? まだ避ける元気があったの?』

 

ウル

 

壁に埋まった拳を引っ張り出し、頭上にいる俺を見る。

 

ソーン

 

『でも壁に逃げた所で、僕も壁に昇るだけだよ!』

 

ラグズ

 

奴はすぐに俺と同じ高さまで上がってきた。

 

ギューフ

 

同じように俺に拳を振る。

 

ウィネ

 

だが、いくら駆動鎧の速度とはいえ、同じ攻撃を何度も喰らう気は無い。

 

ハガラズ

 

それに冷静に見れば、避ける事に苦労する一撃ではない。

 

ケン

 

相手がA・Tを装備していると知ってからの動揺が、目と動きを鈍らせていた。

 

ナウシズ

 

落ち付いた、堕ち着いた俺が見切れない筈がない。

 

イス

 

簡単なサイドステップで奴の腕は空を切った。

 

ジュラ

 

『あは! 避けるなんて中々じゃないか』

 

エイワズ

 

奴は楽しそうに言うが、俺にしてみればどうということはない。

 

ペオーズ

 

何度も左右の手を振るが、最小限の動きだけで十分。

 

エオロー

 

この攻撃と言っていいのか分からない手の振りを避け続ける。

 

ソウェル

 

すると、奴は重力に従って落ちて行った。

 

テイワズ

 

『あれ!? なんで僕だけが落ちるの!?』

 

ベルカナ

 

あんな力任せな技(トリック)で長い間も壁を走り続けるのは不可能だ。当然の結果だ。

 

エフワズ

 

『なんで君は落ちないの!? 僕の方が強いのに!!』

 

マンナズ

 

下に落ちた奴を見下す。なぜ早く落ちてしまったのか全く理解できていないようだ。

 

ラグズ

 

あっちは何をサンプルにして技を再現しているかは知らないが、俺は違う。本物を視てる。

 

イング

 

「何故落ちないかって? 俺とお前が違うからだよ」

 

オセル

 

『違うって何がさ!? ハラザキハカセは僕を誉めてくれたよ!!』

 

ダエグ

 

「好きかどうかだよ。お前が好きなのは殺す事だろ?」

 

オーク

 

『そうだよ! それがどうしたっていうの!?』

 

アンスール

 

「俺が好きなのは戦闘でも殺し合いでもない。空とA・Tだ」

 

アース

 

「だから、俺はお前を許さない。兵器としてA・Tを見ないお前を許さない。お前達を許さない」

 

サーペント

 

「お前を見て、分かったよ。俺なんかが出来るのは、兵器としてのA・Tを止める事だ」

 

ストーン

 

「ここに誓う。俺は絶対に止めてみせる。A・Tを悪用するお前達を全員だ!!」

 

 

 

量子暗号(クォンタムクイターゴリー) 全発動(フルコンプリート)

 

接続先は俺の魂の中にあるSkyLink

 

「脳基接続(ブレインコネクト)」

 

頭がより冷静に、クリアになってくる。同時にSkyLinkからの情報が流れ込んでくる。

情報の中から取りだすのは、かつて戦艦を全体的に破壊した技(トリック)。

 

「散れ」

 

 

Infinity Atmosphere

 

St. Elmo's Cross Fire

 

 

 

 

---------------------------

 

つづく

 



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Trick-13_なんかバッテン3つに縦棒3本になってるけど

 

 

 

「・・・・・・ぁ」

 

目を覚ました時、そこは知らない天井だった。

 

奴に無限の空 (インフィニティ・アトモスフィア)を直撃させた。

 

そして直撃させてバラバラになった奴を見た後の記憶がない。

 

見える天井は清潔感のある真っ白なものだ。

 

天井だけではない。部屋全体が白に統一されている。

 

俺の口は酸素供給機に繋がれている。眠っているベッドの横には心電図、そして点滴。

誰が見ても分かる病室であり、怪我人は俺だった。

 

なんか、前の事を思い出す。戦場で偶然にもローラ様を庇った後に目を覚ました時に来ている。

 

生憎、俺を付きっきりで看病をしてくれる人はいないみたいだ。まぁ当然か。

 

「おっす、しのっぷ! 元気かー!」

 

ちょっぴり湿っぽくなっていた気分を吹き飛ばすように、赤い何かがドアを蹴破って入ってきた。

 

「哀川、潤」

 

「おいおいオイオイ! 折角助けてやったのに私を苗字で呼ぶのか!」

 

赤い何か、あらため赤い請負人、人類最強の請負人、哀川潤が入ってきた。

 

「じゃあ、俺のことも、しのっぷ、って、呼ぶな」

 

前世で信長くんに言われていたあだ名。

それで呼ばれて良いのは俺じゃない。『僕』だ。

 

「そう無理してしゃべんなくてもいいぜ。

 なんせ私が見つけた時には瀕死だったんだからな」

 

それから哀川潤は、俺の現状を話しだした。

 

 

 

哀川潤は四神一鏡の氏神ジュディスから依頼されて信乃のいた施設に来ていたのだ。

施設の入口で宗像と一悶着あったらしいが、ここでは省略するらしい。なにがあったんだろ? ちょっと知りたい。

哀川潤は各階を調査(という破壊)しながら階を下りていったそうだ。

最後の階で俺と駆動鎧の戦いでは、決着の直前に見つけたけど面白そうだからと手を出さずに見ていたそうだ。

オイ、助けろよ。いつもばあちゃんを自称しているなら助けろよ!

 

その返事を哀川潤は笑っていただけだ。

 

俺の攻撃で今の症状なんだぞ。

 

哀川潤はさらに笑った。こんな症状どころか、生死を6日間、つまり昨日まで彷徨っていたそうだ。

 

主に理由として全身の筋肉の断裂。全身打撲、全身の内出血とか。

起動鎧からの攻撃は内臓を少し傷ついただけだったから、この怪我は自分が原因だろう。

 

そう、自分の技。技と言うよりは能力。

 

脳基接続(ブレインコネクト)。そして発動させた技、無限の空

 

自分の体が耐えきれずに重症になったのだ。

諸刃の刃ってレベルじゃないぞ、これ。

俺が気を失わずに脳基接続を使い続ければ死んでいたでしょ。

 

色々と反省をすることがありそうだ。

 

あと、哀川潤にもお礼を言わねばならない立場にあるが・・・・言わない。ただの意地だが。

でも哀川潤が俺を求めているわけでもないから、いつか貸しとして精神的に返していけばいいかな。

 

「そういえば、しのっぷ」

 

「俺をその名前で呼ぶな。呼ぶのは敵だけだ」

 

「人のネタぱくってんじゃねーよ。

 

 それはともかく、お前の眼、大丈夫か? なんかバッテン3つに縦棒3本になってるけど」

 

「は?」

 

 

つづく

 



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Trick-14_信・・・乃だよね?

 

 

哀川潤に助けられて数ヵ月後、俺はようやく歩けるようになった。

 

生死を彷徨っていたって嘘じゃなかったんだな。マジで体が動かなかった。

ここまでの本気リハビリをする事になるなんて思わなかった。

 

リハビリをして、俺の体は以前と同じように戻った。

 

それは眼の変な模様も同じだ。

哀川潤いわく『バッテン3つに縦棒3本』の模様。良くわからない表現だ。

 

でも、眼に浮かぶ模様・・・そんな模様、重力子(グラビディ・チルドレン)や脳基移植(ブレインチャージャー)にしか心当たりは無いが、両方とも哀川潤の証言と一致しない。

 

もしかして脳基接続のオリジナルの模様なのかなと考えたが、脳基接続はあくまで前世であり俺ではないはずだけど・・・・。

 

色々と考える事はありそうだが、その変な模様は次に目を覚ました時には消えてしまった。

初めて目を覚ました当日しか現れなかったらしい。どういう事だろう?

 

謎が謎を呼ぶ感じだけど、一旦は置いておく。考えても仕方ない。

 

それに俺が考えるべき事は、A・Tの兵器使用を止める事だ。

 

確か駆動鎧は「ハラザキハカセ」と言っていた。

その時以外は「ハカセ」と呼んでいたから「ハラザキ」が名前なのだろう。

 

ハラザキ  Harazaki

 

こいつが実験の中心になっている。

俺も地下13階まで降りる中で見つけたデータで、最高責任者として名前が上がっていた。

 

ただ、名前が出る回数は多いけれど実際に何をしていたかは分からない。

最高責任者で指示を出してはいたけど、それ以外は分からない。

 

ハラザキ

 

絶対に、許すわけにはいかない。例え前世の記録の中の事でも俺は誓ったのだ。

A・Tを兵器として使わせない。

 

俺は武器としてA・Tを使う。それは兵器として使っているじゃないかと自分でも

疑問に思う。けれども、人を殺すために使っているわけじゃない。

 

矛盾しているかもしれない。でも、俺は決めたのだ。ハラザキを止めると。

 

入院している間にお世話になった絵本(えもと)医師にお礼を言い、俺は打倒ハラザキの旅に出た。

 

余計な話だが、絵本医師の腕はかなり良いのだが、水着に白衣という痴女レベルの格好だった。よくいる残念美人ですねはい。あの女ゲキ恐いよ!

 

閉話休題

 

 

俺は今までと同じく師匠から仲介してもらった依頼をこなしつつ、自分でも請負業を進めて行った。

そしてハラザキに関する情報を集め始めた。

 

簡単に集まらないと思っていた相手だが、意外と早めに名前が見つかった。

 

名前が見つかった研究機関は学園都市の脳科学部門。

 

・・・よりによって学園都市かよ。

いや、学園都市だからこそ、だな。世界最高の科学が集結し終結する学園都市ならばA・Tほどの技術が研究されてもおかしくない。

A・Tと言うよりも駆動鎧の強化パーツなのかもしれないが、それでも兵器化は許せない。

 

だが、学園都市だ。

 

俺が決別した、学園都市。行く事になれば、色々と心の整理が必要になる。

 

人を殺した俺が、美雪に会う事になるのだ。

 

でも行かなければならない。A・Tの悪用を許せないのはこの世で俺だけなんだから。

 

 

 

数日後、氏神クロムを後継人として学園都市の入学が決まった。

 

なぜクロムさんが後継人になったかと言えば、俺が調査し破壊した施設に関わりがあるらしい。

 

クロムさんは四神一鏡という大組織のトップにも関わらず、人体実験を大反対している人間らしい。

これはかなり珍しい事だ。組織が大きくなればなるほど、黒い暗い部分が大きくなる。

その暗い部分では人体実験が行われる可能性は低くない。

組織のトップともなれば、その人体実験を見て見ぬふり、または推進するのが当然だと

俺は思っていた。

 

だがクロムさんは大反対している。トップに立ってから数年、四神一鏡が行っていた全ての

人体実験を放棄、廃止、終了させてきた。

 

今回のA・T実験施設についても同じように対応するらしい。

ちなみに本来依頼した哀川潤からは施設を破壊しすぎてまともな情報が上がってこなかったので、

俺が独自に調査した結果を渡して喜ばれた。

 

このA・T実験を終わらせたいと本気で思う気持ちと、彼女もハラザキという存在を追っているらしい。

違法な人体実験で有名らしいハラザキは、クロムさんにとっても目の敵にするには十分な存在だ。

 

そこでA・T人体実験を終わらせて、更にハラザキを倒したいと考える俺とクロムさんは意見が一致したので協力関係を結ぶ事になった。

 

幸いにも、クロムさんは学園都市でも幹部レベルにいるので、多少の無茶が通るらしい。

俺も覚悟を決めて学園都市に入る事にした。できるだけ美雪や琴ちゃんと関わらないようにしようと考えたのだが、それは氏神クロムの策略により失敗するのであった。

 

 

----------

 

 

4月中旬。

 

俺は氏神クロムさんに呼び出されて、とある学園都市のホテルに来ていた。

 

クロムさんに用意された神理楽(かみりらく)高校に入学して4月上旬から

特別授業で必須科目を取りまくり、この1年は授業に受ける必要がないところまで進めた。

 

これで自由に学園都市を回れる。そう思っていたタイミングでの呼び出しだ。

 

いつもの呼び出しならクロムさんが根城にしているビルを使うはずなのだが、今日は学園都市の中で一般の人も寝泊まりが出来る来客用のホテルへの呼び出しだった。

 

疑問に思いつつ、待ち合わせに指定された部屋へと向かう。

その時、メールが届いた。

 

  From:氏神クロム

 

    今から会う人から逃げちゃダメよ。

    貴方にとって大事なけじめになると思うから。

 

 

・・・正直、いつもの場所ではないと聞いた時から嫌な予感はしていた。

それが確信に変わったが、どうやら逃げたらダメらしい。

 

ある程度の自由が約束された契約とはいえ、今はクロムさんの直属の部下になっている俺。

大人しく命令?に従ってホテルの一室に到着した。

 

ピンポーン

 

「入ってどうぞ。鍵は開いてますよ」

 

中からは聞いた事のある女性の声。だが誰だかは分からなかった。

なんとなくだが、懐かしい気がする。

 

ここで深く考えずに扉を開ければ分かる事だと思って、扉を開けた。

 

「失礼します」

 

部屋の中に居たのは3人。

 

3人ともソファーに座ってお茶を飲んでいた。

 

 

「っ!?」

 

一瞬だ。一瞬にして3人が誰かが分かった。

 

4年前とほとんど変わらない、俺が『鈴姉』と呼び慕っていた女性。御坂美鈴。

 

成長を考えて中学生。鈴姉と同じ容姿であることからも間違いない。妹分、御坂美琴。

 

そして何年経とうが見間違えるはずの無い、俺にとって唯一無二の存在、小日向美雪。

 

学園都市に関わる上で、心の区切りをつけなければならない3人がいた。

 

「・・・・あの、どちらさん?」

 

俺が驚いて扉の所で止まっていたら、鈴姉が聞いてきた。

 

「あの、えっと・・・」

 

言い淀んでいたら、鈴姉と同じように琴ちゃんと美雪が俺の方を見た。

 

「ママ、誰?」

 

「私達を呼んだ人が来たの? 鈴姉ちゃん?  っ!?」

 

4年も経って俺は成長して容姿は変わっている上に、死んだ事になっているのだ。

気付かないのも無理はない。

 

そう思っていたのだが、美雪の反応を見る限り・・・気付いたんだな。

 

「し・・・・・の?」

 

震えた声で確認してきた。ああ、やっぱり気付いたんだ。ちょっと嬉しいな。

 

でも、俺は今から美雪を含めて3人を拒絶しなければならない。

俺が関わる闇に、3人が関わらないようにするために。

 

でも・・・やっぱり拒絶するだけで傷つけたくは無い。

そんな俺の葛藤を知らずに、美雪は少しずつ近づいていた。

 

「雪姉ちゃん、知っている人なの?」

 

「雪ちゃん?」

 

「し・・・の。  信・・・乃だよね?   信乃だよね!」

 

「・・・久しぶり」

 

それが3人に4年ぶりにかけた言葉だった。

 

「え? 信乃って」

 

「雪姉ちゃん、何言っているの? 信乃にーちゃんは・・」

 

「間違いない! 信乃だよ!

 

 だよね、信乃♪」

 

小さいころからの癖、語尾に♪が付いているような楽しそうな話し方。

まだそのままだったのか。

 

「一応、信乃です」

 

「ほ、本当に?」

 

「信乃にーちゃんなの!?」

 

混乱している御坂親子を含め、泣きながら俺にすがりついてくる幼馴染に俺の4年間を話していった。

 

 

話をすると言っても、表の話ばかり。

半年間、生死を掛けて戦場を駆け抜けた事。

イギリス貴族に助けてもらい、執事として働いていた事。

日本での戸籍が死亡扱いになっていたから、貴族に頼んでイギリス国籍を偽造してもらった事。

色々と気持ちの整理がつかなくて日本に帰れなかった事。

世界を回る内に、気持ちの整理がつくのがかかり、やっと今日来た事。

 

何て言ってみたが、美雪は俺の言っていた適当な事に気が付いているのか目がジト目になっていた。

 

「と言う事なんで、今後ともよろしくお願いします」

 

「よろしくするわよ信乃! 生きていてお姉さん嬉しいわよ~!」

 

「よかったね、雪姉ちゃん!」

 

「そうだね・・・・うん、信乃が生きていて嬉しいよ♪」

 

とりあえずジト目は無くなり、純粋に喜んでもらえた。

 

「・・・・それで3人にお願いがあるんだけど・・・」

 

「なにかしら?」

 

「俺が学園都市に来たのは、3人との仲直りの他に理由があるんだ」

 

実際は3人とは出来るだけ会いたくなかったけど。

ハラザキの件に巻き込みたくないしな。

 

「実はとある奴を追っていて・・・・そいつが学園都市に居ると思うんだ」

 

「・・・奴とか、そいつとか、あんまりいい感じじゃない人なの?」

 

「さすが鈴姉、こう言う事に敏感だな。

 

 単刀直入に言う。あまり俺に関わってほしくないんだ。

 少し危ない奴を追っているから」

 

「大丈夫なの?」

 

「別に追っているのは俺だけじゃないよ。鈴姉達をここに呼んだ人達が協力してくれているし、

 俺はあくまでチームの一人ってだけだよ」

 

これは嘘だ。正確に言えば、追っているのは俺であり、バックアップで氏神クロムがいるだけ。

とてもチームとは言えない。

でも、『ハラザキを追うチーム、ただし一人だけ』と言えばチームに違いないかもね。

 

「良かった、子ども一人で人探しなんて普通じゃないから」

 

「でも信乃にーちゃんなら普通じゃない事もするからね~」

 

「もう、琴ちゃん♪ 変な事言わないの♪」

 

本当に変なこと言わないでくれ。それ当たりだから。

 

「というわけで、正直に言えば巻き込まれる可能性が少しあるから、

 3人にも会わずにいたかったんだけど・・」

 

「そのチームの人が私達を引き合わせたのね。今度会ったらお礼を言わなきゃね」

 

「ん♪ 私も♪」

 

楽しそうに言う鈴姉と美雪。俺としてはお礼参りをしなきゃいけない気分だけどね。

 

しばらくの間、俺の4年間を中心に様々な話をしていた。

 

 

 

時間とは本当に早く過ぎるものだなと思う。

 

予定していたのは1時間もしないうちに立ち去ろうとしていたが、

鈴姉と話していると、3時間以上も経ってしまっていた。

 

ちなみに琴ちゃんはあまり話さなかった。俺が戦場で生死を賭けて生きていた事を聞いてから大人しくなった。

 

それと美雪は俺に話しかけるけど、俺は距離を取る言動と行動を取っていた。

美雪は俺を異性として見ている。だから軽くではなく、俺の事情に絶対に深く踏み込んでくる。

 

だから、どうにかして離そうとしていた。

 

ホテルの部屋を借りられる時間も過ぎてきたので、俺達4人は部屋を出た。

鈴姉は家に戻るから先に離れ、俺達も解散する事になった。

 

さて、学園都市に入るための自分的試練はこれで終わった。

ここからが本番だ。ハラザキを見つけ倒すための本番を。

 

 

さぁ、俺の戦いはこれからだ。

 

 

 

『Trick01』へとつづく

 



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Trick52_サバイバーズ・ギルド

 

 

美雪の襲撃事件から1週間が経過した。

 

その間、信乃と美雪の間には微妙な雰囲気が漂っていた。

美雪の愛の告白。そして信乃の過去(つみ)の告白。

 

そんな後では普通の雰囲気というのは無理というものだろう。

2人は傍から見れば告白の前と変わらずに抱きあった状態で過ごしていた。

 

ただ、信乃の告白からは美雪は黙ったまま信乃に抱きつき続けていた。

 

 

(気まずいな・・・)

 

生活リズムは1日目、2日目と変わらない。だが、美雪の状態を傍から見れば良くなっていると思う。

 

体の震えは止まっているので、恐怖状態が安定して精神の不調による大きな心配は無くなった。

 

だが信乃(かぞく)の重い罪を聞いた後だ。

 

(震えが出ない程落ち込んでいるのかな・・・・

 

 い、いや! 美雪ならもしかしてほんの少しだけでも受け入れてくれるかも・・

 

 でも、ここまで震えが無いと・・・・やっぱり拒否が強すぎて・・・どうしよう)

 

信乃は一人で勝手に負の思考ループに突入していた。(経過4日目)

 

それを表情と態度に一切出さないのは無駄に鍛えられたポーカーフェイスのおかげ?だ。

 

 

その一方、美雪は信乃が感じている通り、まったく体は震えていない。

 

そして信乃が懸念しているとは逆に、信乃の過去について直接悩んでいるわけではない。

 

美雪は別の理由で悩んでいた。だが、その悩みは恐怖に縛られる内容でも無く、

自分自身を追い込むような深い悩みでもない。

 

(どうしよう・・・・

 

 何て言ったらいいのかな? どう言ったら信乃は自分を責めなくなるのかな・・・)

 

信乃の罪について、美雪は全く恐怖を抱いていなかった。

 

話された内容は確かに罪の告白だ。

 

しかし信乃の状況を考えると、加害妄想が含まれている可能性が高い。

 

つまり、信乃が罪の意識に囚われ過ぎているのだ。

 

(やっぱり、『サバイバーズ・ギルド』だ・・・)

 

サバイバーズ・ギルト(Survivor's guilt)

 

サバイバーズ(生存者)・ギルト(罪悪感)

 

大きな事故や災害などの被害に遭い、数少なく生き残った人に発生する心理状況。

 

「あの事故で何もする事が出来なかった」

 「あの状況では見殺しにするしかなかった」

  「あの時に動けたら助けられたのに、命を見捨ててしまった」

 

    「なんで他の人ではなく、自分が助かってしまったのか、

      本当にそれで良かったのか・・・・」

 

美雪の予想は当たっていた。

 

信乃の心情状態、それは≪サイバーズ・ギルド≫と呼ばれるものだ。

 

美雪は医師として、薬剤師としてサバイバーズ・ギルトの症状を持った人の

治療を行ったことがあった。

 

そんな人たちと同じ雰囲気を信乃から感じていた。

 

(症状の幅はそこまで広くない。

 でも・・・根憑いている)

 

サバイバーズ・ギルトの症状としては「事象時のフラッシュバック」

「モチベーションの低下」などがある。

 

1ヵ月ほど信乃と生活をしていたが、このような症状は見当たらなかった。

だからこそ美雪は信乃の症状を『根憑いている』と考えていた。

 

罪悪感に蝕まれて当然の日常。むしろ本人が罪悪感に気付いていない。

 

そこが信乃の怪我を多くする原因の一つだった。

 

自分の命を顧みずに、学園都市の事件解決に向かう。

聞こえはいいが、生命が一番に守るべき自らの命を考えない事は異常である。

 

信乃はサバイバーズ・ギルトからくる、自分の命の軽さと他人の命の重さが

変わってしまっていた。

 

それにより怪我をしようとお構いなく行動し戦い続けていたのだ。

 

信乃本人も気づかないうちに。

 

(口先だけで「大丈夫だよ、自分を許していいよ」なんて言っても

 効果は無いよね・・・・どうしよう)

 

 

美雪も同じく、答えの出せずに4日が経っていた。

 

 

((どうしよう))

 

結局は似た者夫婦だったと言えるかもしれない。

 

 

 

そんな状態の中。

 

「信乃くん! 美雪くんを助ける方法が分かったよ!」

 

「え!?」(え!?)

 

正直、美雪の体調の事を忘れていた2人(美雪も含む)は寝耳に水に驚いた。

 

「な、何でこんなに早く治療方法がわかったんですか!?」

 

「丁度良い論文を見つけたんだよ。

 学生が書いたもので、恐怖に対して人の脳がどのように反応するかを

 まとめたものだ。この論文の内容はテスタメントにも応用されている。

 

 治療の準備用に学習装置(テスタメント)は用意した。

 あとは美雪くんの細かい調整が残っているだけだ。

 すぐにきてもらえるかね?」

 

「えっと・・」

 

(コクン)

 

信乃は数日間動きが無かった美雪を心配したが、すぐに胸元の美雪からは頷き、肯定が返ってきた。

 

 

 

カエル医者からの報告から30分後、美雪の頭には学習装置が乗せられて

眠っていた。

 

その横で信乃が座り、美雪の右手を握りしめて辛辣な顔で待っている。

 

「相変わらずの仲の良さだね」

 

「家族であれば当然ですよ」

 

カエル医者の言葉に信乃は恥ずかしがりもせずに答える。

 

ちなみに握っている信乃の左手と美雪の右手は、指を絡ませた恋人握りだ。

 

そして信乃の空いた右手は握り拳を作り、自分の眉間に添えられている。

 

何かを考え込むような、同時に神に祈るかのように見えた。

 

「・・・・・」

 

「やはり、不安かね?」

 

「・・・・正直言って不安ですね。

 

 あ、勘違いしないでくださいね。先生の腕が良い事はもちろん知っていますし

 信頼しています。

 

 でも・・・」

 

「私を信じてくれている気持ちと同じくらい、不安な要素があるってことだね」

 

「はい。美雪をこの状態にしたのが『時宮』ですから・・・」

 

時宮病院

 

表の世界、学園都市の一般人では知る人は皆無であるが

それ以外の世界では忌み嫌われる名前として知られている。

 

信乃も時宮については噂でしか聞いた事が無いが、それでも嫌悪するには十分な噂の内容だった。

 

時宮の悪い噂。そして学園都市で最高の技術を持つ医者。

 

絶対値が高く相反する2つゆえに、美雪が治るかどうか不安に感じていた。

 

「大丈夫だよ」

 

「・・・・」

 

「何があっても絶対に治すよ」

 

「っ

 

 はい!」

 

忘れていた。この人は『冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)』

学園都市だけでなく世界レベルで最高の医者なのだ。

 

そして薬が効かない信乃の恩人でもあり、薬剤師である美雪の師匠。

公私にわたり信用のおける人だ。

 

「あと数分でテスタメントの処理が終了する。

 

 処理直後、大きな声を出したり急に抱きついたりして強すぎる刺激を与えないように

 注意してくれ。いくら夫婦だと言ってもね?」

 

「わかりました。あと、夫婦じゃないです」

 

操作機器に向かう背に言ったが、いつも通り相手にされなかった。

 

 

カエル医者の指示の通り、美雪が起きた後に出来るだけ刺激を与えないようにするため

握っていた手を離して、信乃自身も数歩離れる。

 

(・・・美雪のために握っていたつもりだったけど、俺のためでもあったんだな)

 

先程まで柔らかくて小さくて温かいものがあった手を見る。

 

多少残った不安が表れるかのように震えていた。

 

 

PiPiPiPiPi

 

 

「っ」

 

「どうやらテスタメントが終了したようだね。

 機器の反応を見る限りでは無事に成功しているようだ。

 

 信乃くん、落ち着いているね?」

 

カエル医者の問いに一度深呼吸をする。

 

「フーーーー。

 

 はい、大丈夫です」

 

「では、僕はテスタメントを外すから、きみはこのままここにいてくれ

 外して十数秒後に目を覚ますよ」

 

「はい」

 

スタスタと近付き、美雪の東部にある機器を外す。

 

そして機器を美雪の後ろに置いて、自分自身も機器に隠れるように立つ。

美雪が目を覚ました時に、一番に目に入るのは数メートル離れて立っている信乃。

 

信乃は表情に出さずとも呪いの掛かった眠り姫の目覚めを、今か今かと焦がれていた。

 

「・・・・ん」

 

瞼が震えて、少しずつ開かれていく。

 

半開きのまま前方を、焦点の合わないような目で見ていた。

 

(ッ! 失敗、したのか?)

 

目が見えない美雪は、瞼を開けないわけではなかった。

 

1週間前の時宮からの襲撃直後、目を開いて体中を震わせていた。

 

その目の焦点の合わないような動きを見て、信乃は強く拳を握った。

自分自身に爪が食い込むのも構わず強く。

 

(クソッ! クソッ!

 

 絶対に美雪を巻き込みたく無かったのに! それなのに俺は・・・)

 

音をたてず、信乃は苦情の表情を浮かべた。

 

 

「大丈夫、信乃? 辛そうだけど」

 

「えっ!?」

 

それは1週間ぶりに聞く、天使のソプラノ声、綺麗な声だった。

 

「・・・・バカヤロ、それはこっちのセリフだよ」

 

「男の子なのに泣いちゃダメだよ、信乃♪」

 

そう言っている美雪の目にも涙が浮かんでいた。

 

一歩ずつ、音をたてずに美雪へと近づく。

 

美雪もテスタメントの寝台から降りて立つ。

 

その目線は信乃の顔を、間違いなく向いていた。

 

50cmも無い位置で信乃が立ち止まり、美雪が信乃の顔を見上げる。

 

「ほ、本当に・・・治ったんだよ・・・な?」

 

「・・治ったよ」

 

美雪は信乃の胸へと顔を埋め、背中に手を回して精一杯に抱きついた。

とはいっても平均よりも力の弱い美雪が精一杯であっても、それは適度で心地よいだけである。

 

信乃も美雪の頭と背に手を置いて、その存在を確かめるように撫でた。

 

「おかえり、美雪」

 

「ん♪」

 

 

 

「僕のこと、忘れていないかね?」

 

一番の功績者であるカエル医者はただの空気と化していた。

 

 

 

つづく

 



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Trick53_このメッセージ、遺言にも見える

 

 

 

治療から1時間後、信乃と美雪はタクシーに乗っていた。

 

格好は入院患者の服ではなく、病院に駆け込んできたときのそれぞれの服。

治療後に即日退院を言い渡された。

 

「「・・・・・・」」

 

無言。信乃が携帯電話を(氏神や宗像に連絡などで)使っていたのもあるが、長い重い沈黙が続いた。

 

信乃と美雪はテスタメントの治療直後は話をしていたが、それ以降はほとんど無言だ。

 

この入院中に色々とあった。

2人の関係は以前に比べれば近くなってはいたが、急に近くになり過ぎて

対応に困って沈黙が続いていた。

 

「えっと・・・・そろそろ、家に着くな」

 

「ん・・・」

 

タクシーから降りて学園都市で充てられてた信乃の部屋に行く。

 

その間も無言であったが、少し違ったのは美雪が信乃の服の裾を掴んでいたことだ。

 

1時間前までは時宮の呪いのような術に掛けられ恐怖体験をした後だ。

信乃も特に何も言わずにそれを受け入れる。

 

一瞬、服の裾よりも手を握った方が良いかと思ったが、恥ずかしくてやめた。

 

「さて、と」

 

鍵を開け、久しぶりに帰った部屋を見る。

 

元々片付けていたし、空けていたのは1週間程度。それほど埃などで汚れてはいなかった。

 

「あ~、えっと・・・・お昼の時間帯は過ぎているけど、病院でご飯も食べなかったから

 ・・・・ご飯でもつくるか」

 

「そ、そだね・・・」

 

「座って待っていてくれ、俺が作るから」

 

「わ、わたしも・・・手伝う」

 

「大丈夫だよ。

 

 1週間も点滴だけだったから消化しやすいのにするから。

 非常食用に置いていたレトルトお粥と、適当におかずを作るよ」

 

「・・・ん」

 

話している間に信乃の緊張は少し和らいだ。

しかし美雪の方はまだまだといったところだ。

 

美雪は言われた通りに座ったが、居間のソファーではなく

キッチンにある食事用のテーブル椅子に座った。

 

しかも信乃と距離が1m程しかないほど近くに座る。

 

「美雪、ソファーの方で座っていていいぞ。

 なんならご飯ができるまでソファーで横になっていていいし」

 

「えと・・ん、ここで大丈夫。

 ここがいい。迷惑・・・・かな」

 

「いや、別にいいけど」

 

正直に言えば近すぎる気がする。

しかも信乃の方を真正面に向いて座っている。

 

(さっきまで黙っていたのって、恥ずかしいからじゃなかったのかな?)

 

恥ずかしいならば距離を話すと思ったのだが、美雪は逆に近くに寄ってきた。

 

不審に思いながらも料理を終え、食事を始める。

気まずい雰囲気を続けたくなかったため、信乃は当たり障りのない会話をした。

 

一応は自分についての内容はタブーだと考えて話題は避けておく。

自分の話、特に空白の4年間はついこの前に重大告白をしたばかりで美雪も嫌であろう。

さらには1週間前に襲われた時宮も、この4年間に関わっている。

下手に自分の話題で墓穴を掘り、美雪への精神的負担を減らそうとしていた。

 

そうなると話しやすいのが空白の4年間で起こった、美雪の出来事。美雪の周りの話だ。

 

話のメインは美雪が、美雪が1を言えば信乃が10を返すほど感想を言う。

出来る限り病み上がりの美雪に負担を掛けないようにしていた。

 

「それでね、最新のテスタメントはシノブちゃんが関わっているんだよ。

 すごいよね」

 

「なるほど、美雪と違って優秀だな」

 

「あ、ひどい♪」

 

その甲斐あって美雪は冗談に返事できるほどに回復していた。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

「そんじゃ食器片付ける」

 

「あ、手伝うよ」

 

「別に大丈夫だよ、1人で」

 

「2人の方が早く終わるよ」

 

「・・・分かった。洗ったのを布巾で拭いてくれ」

 

「ん♪」

 

食器を信乃が洗って水で泡を流し、それを美雪が拭く。

2人は隣同士に立ち、広くないキッチンにいるため距離も近くなる。

 

だが、例え広いキッチンであっても美雪は信乃の近くに立っただろう。

 

「ん。これで最後のお皿だね」

 

「お疲れ様。

 テレビ付けるか? 俺はソファーに座ってパソコンのメールを確認するけど」

 

「・・・私のパソコンも1週間障って無かったし、何か連絡きてるかもしれないから」

 

「そっか」

 

キッチンからソファーのあるリビングに移動する信乃。

その後ろに付かず離れずの距離で追う美雪。

 

ソファーに座り、ノート型パソコンを起動させる信乃。

リビングに片付けてあった信乃とは別のノート型パソコンを取り出し、信乃の隣に座る美雪。

 

美雪が座った位置は、信乃から10cmも離れていない近い位置だった。

 

(あ~・・これは間違いない。美雪、俺から離れないようにしている)

 

料理をする時に美雪が近くに座った事には、疑問をもつ程度だった。

だが食器の片付け、リビングまでの移動、ソファーに座る位置を考えて確信に変わった。

 

美雪が物理的な意味で、信乃の近くにいるようにしている。

そして常に信乃へ強く意識を持っている。

 

視線をパソコンの画面に固定したまま、視界の隅にいる美雪を確認する。

美雪は体勢こそパソコン操作のそれだが、チラチラと信乃を見ていた。

 

割合で言えば『パソコンの画面を見る時間』と『信乃を見る時間』が3:7だ。

 

おそらく美雪がメールを確認すると言っていたのも、信乃の隣にいる後付け理由かもしれない。

 

(どうしよう・・・このままじゃ、今日寝るのも一緒の部屋になるのかな)

 

いつもは美雪の寝る場所は隣の寝室、信乃がこのリビングのソファーで寝ている。

その辺りは美雪も節度を持っていたが、今はどうだろうか。

おそらくは頬を染めて涙を浮かべた上目遣いでお願いされる未来が待っているだろう。

 

一旦、美雪の事は忘れて(現実逃避とも言う)メールの確認を優先する。

 

1週間の突然の入院に、風紀委員や御坂や小烏丸の面々には携帯電話のメールで連絡した。

 

パソコンのメールで届くのは、仕事関係の連絡や、国外の知り合いからの連絡が多い。

学園都市に入ってから休業している何でも屋だが、緊急ではない依頼が知り合いを

経由してメールに届いたりする。また、国外にいる知り合いとの個人的な連絡もパソコンを

利用している。

 

それらの重要度が高くないメールを確認しつつ、位置外からのメールを読み始める。

 

1週間前から小烏丸は合宿を開始している。

信乃を介さずに練習メニュー作成、アドバイスを行えるように

氏神クロムに渡したパソコンを渡しておいたので、位置外からのメールは合宿の定期連絡となる。

 

その内容に合わせ、佐天と黒妻の中級以上のA・Tをどのようにするか信乃は考えていた。

 

「あれ?」

 

「どうした、美雪」

 

先程まで2人とも無言でいた中で、美雪が急に疑問符を呟いた。

 

「シノブちゃんから妙なメールが来ているの」

 

「妙? メールの内容、見てもいい」

 

「ん」

 

頷き、画面を信乃に向ける。それと同時に美雪はメールの内容を音読した。

 

「えーと、

 『ちょっとしたクイズよ。他の人に頼らずに答えに辿りつきなさい。

  3日以内にわからなければ私の勝ちよ。

   ≪ZAB630NKJ989POI33e'≫

  PS:答えがわからなかったら、いつも話している彼氏に助けを求めるのはOKということにするわ』

 

 ふぇ!? かかかか彼氏って信乃とはそのまだそんな関係ではなくでも/////!?」

 

「このパスワードは・・・ッ」

 

PSの部分を音読して動揺する美雪をよそに、信乃はメールにあった文字に目を細めた。

 

「嫌という訳じゃないけどでも信乃の意見を無視してそんな////  えへへへ♪」

 

「おーい馬鹿、トリップしてないで戻ってこーい」

 

美雪の頭に軽くチョップを入れて正気に戻らせる。

 

「へう!? ごごごめん」

 

「で、このメールが送られたのはいつだ?」

 

「ちょっと待って・・・あ、3日前だ! クイズの期限は今日までだ!」

 

「クイズ、ね。

 

 確認したいんだけど、シノブさんとはこんなメールのやりとりを頻繁にする?」

 

「初めてだよ。シノブちゃんはこんなの送るなんて初めて。

 

 シノブちゃんはあまり冗談を言うタイプじゃないし、いつも連絡は携帯電話を使う。

 PCのメールは、基本的に学校の課題でデータの受渡しが必要な時にしか使わないよ」

 

「そっか。・・・ますます怪しいな。

 

 美雪、このクイズに答えるつもりあるか?」

 

「ん~~。出来れば答えたい。

 シノブちゃんがこんなことするのは、さっきも言ったけど初めてだし。

 何か理由があると思うから答えたい、かな。

 

 そういえば信乃はこのクイズの文字、パスワードって言っていたよね?

 この≪ZAB630NKJ989POI33e'≫って何かのパスワードなの?」

 

「・・・別にからかうつもりで言うんじゃないけど、PSに書かれていた俺に助けを

 求めるってことでいいのか?」

 

「/////あ~え~っと・・・まぁその、ん。そうだね、信乃に助けを求めます」

 

「一応注意しておく。

 

 この文字、学園都市のセキュリティランクA以上の重要情報に使われている

 パスワードと同じ種類のものだ。

 パスワードの種類は個人用ではあるが、友達同士が使うにしてはいささか厳重すぎる。

 

 正直言って俺は嫌な予感がする。精神衛生を考えると見て見ぬふりをするのが良いぞ」

 

「それを聞いて余計クイズに、シノブちゃんの答えに辿りつきたくなった。

 

 シノブちゃんは冗談を言うタイプじゃない。

 このパスワードも信乃がいなかったら、パスワードだっていう事すらわからなかった。

 ううん、違う。シノブちゃんは信乃に答えを求めてもいいって書いている。

 信乃が面倒事に巻き込まれているってことを、もちろん詳細は伏せているけど

 シノブちゃんに何度も話した事がある。

 これは信乃だったら答えが分かるって伝えたかったんだと思う。

 シノブちゃん、素直じゃないところあるから。

 

 だから素直じゃないシノブちゃんの代わりに、私が素直になる。クイズの答えを知りたい」

 

「・・・・最後の注意、警告だ。見て見ぬふりの方が良いぞ」

 

「教えて、信乃」

 

信乃はため息を吐きだし、自分のパソコンの方を操作した。

数秒後、学園都市の重要情報のパスワード入力画面を表示させる。

 

「ログインするにも端末に専用ログインをインストールする必要がある。

 さらにはインストールする前に、申請書を学園都市に出す必要もある。

 おまえの予想通り、俺の助けがないと答えには辿りつけなかった。

 

 さっきのパスワード、ここに入力してくれ」

 

「・・ん」

 

美雪は予想よりも重要なパスワードに少し戸惑いがあったが、

一瞬でそれを引っ込めて覚悟を決めた。

 

「入力終わり。

 私宛てのメッセージ、なのかな?」

 

「俺も見ていいか?」

 

「いいよ。それにシノブちゃんも信乃が見る事を想定に入れているんじゃないかな」

 

「かもな。それじゃ、遠慮なく」

 

信乃も画面の内容を確認する。

 

 

  Dear 美雪

 

  このメッセージを見ていると言う事は、無事にパスワードを解けたようね。

  私の最後の言葉を聞いてもらえて嬉しいような、残念なような奇妙な気分よ。

 

  奇妙と言えば私達の関係もそう言えるわね。

  実は言うと、私があなたと初めて話した時は偶然じゃないのよ。

 

  覚えているかしら? 学校の食堂で、一人で昼食を食べているあなたに

  席は空いているか聞いて向かい側に座った時の事。

  あなたは相席を許していたけど、人見知りだったから食事をしながら

  論文を読んで≪話しかけてくるな≫ってオーラを出していたわね。

  人見知りというよりも他人嫌いって感じだったわ。

 

  でも私はあなたに近付く事が目的だったから、無理に話しかけたわ。

  運良く、あなたが呼んでいる論文は私が既に読んであるものだった。

 

  『その論文、最新のものじゃないわよ。2ヵ月前に新しく書き変わっている

  『え?』

  『内容が結構変わったの。equal、読むだけ時間の無駄になる』

  『え、あ、ありがとう・・・ございます、先輩』

  『別に構わないわ。そんなもの食べながらだと料理が冷める。

   研究中の間食に食べる簡易食品ならまだしも、

   食堂の料理は熱いうちに味わうべきよ。well、早く食べなさい』

  『は、はい』

  『最新の論文なら私が持っている。食べ終わったら渡すから、安心して

   ゆっくり食べなさい。急いで探す必要もないわ』

 

  私の研究の一部にあなたの薬剤師としての力が必要だった。

  あなたからクローン技術に使う薬を、細かい事を聞ければよかった。

  気付かれないように何気なく話を聞き出す程度の仲になれば十分だった。

 

  けど、予想外に仲良くなってしまったわ。

  楽しかった。自分が人道に反した研究をする為、

  あなたに話しているのを忘れてしまうほど楽しかった。

 

  あなたに会っている間はずっと研究は続いた。

  あなたとの会話から薬の情報を聞き出し続けた。

 

  それを続けていて、なぜか胸の中に違和感があった。

  日を追うごとに違和感が大きくなって、それが罪悪感だと知ったのは

  あの子が初めて外に出た時の事だった。

 

  『様々な香りが鼻腔を刺激し胸を満たします。

   一様ではない風が髪をなぶり身体を吹き抜けていきます。

   太陽光線が肌に降り注ぎ頬が熱を持つのが感じられます。

 

   世界とは・・・こんなにもまぶしいものだったのですね』

 

 

  我ながら単純だと思うけど、あの時から私はあの子達を

  造り物とは思えなくなってしまった。

  世界が歪んだ醜いものにしか見えて無かった私よりも。

 

  あの子の方がずっと人間らしいと思ったから・・・・

 

 

  私は決めたわ。あの子達を救うために全てを掛けると。

 

  だから美雪。無事に帰ってこられたら、一緒に食事に行きましょう。

  楽しみにしているわ。

 

    さようなら

 

 

「「・・・・・」」

 

メッセージの内容に沈黙する2人。

 

しばらくして美雪がやっとのことで言葉を紡いだ。

 

「な、なにこれ?」

 

「・・・・美雪、心当たりは?」

 

「あ、あるわけないで・・・あ!」

 

「どうした?」

 

「考えすぎかもしれないけど、1週間前に最後に会った時に、思いつめている感じがした」

 

「このメッセージを書くきっかけになる、何かがその時にはもうあったってことか。

 

 美雪、この事は俺に任せ「私も行くよ」 美雪?」

 

「このメッセージ、遺言にも見える」

 

「・・・お前もそう感じたか」

 

「一応、医者だから。病状が末期の人が、何かに謝ったり意味の掴みにくい事を

 話すのを聞いた事がある。

 

 シノブちゃんも『私の最後の言葉』

 『無事に帰ってこられたら、一緒に食事に行きましょう』

 『さようなら』とか自分が無事で無い状況に立っているのを自覚している。

 

 そんな状況の親友を放っておけない!」

 

「そんな状況ってことは、命の危険があるってことだろ?

 戦闘力がないお前が行っても役に立たないだろ」

 

「戦闘力ならある。

 

 医者として病気や怪我と戦う戦闘力!

 これなら信乃よりも自信がある。

 

 それに薬剤学の分野だけで言えば、師匠のカエルさんと同じぐらいだって言われてる。

 緊急処置、応急処置が必要になるかもしれない。

 

 それになにより、シノブちゃんは私にメッセージを送ったの!

 信乃にだけ見せる集団なら他にもあったのに、それをしなかった。

 

 私の力が必要だってことだよ!」

 

「あ~、もういいや。こんなになったお前は、言う事聞かないってのは

 俺が一番よく分かっているよ。この頑固者。

 

 分かった。10分後に出発だ。すぐに準備しろ!」

 

「ん♪」

 

信乃はPCを操作した後、すぐに隣の部屋に向かう。

 

隣の部屋は信乃専用のラボ、A・Tの調整作成を行う場所だ。

 

「信乃、勝手に置いていかないってこと信じてるよ」

 

「わーってるよ。シノブさんがお前を必要としているってこと、俺も感じたから

 一応連れて行ってやる。足手まといになるな! 早く準備しろ!!

 あと服装は動きやすくて、身元の特定が出来づらいものにしろ。

 顔を隠すものは俺が用意するから!」

 

「う、うん!!」

 

信乃の真剣な返事に少し困惑した美雪だが、すぐに着替え等の準備をする。

 

美雪は動きやすい服装に着換えた後にリビングに戻る。

自分の学習机の隣に置いてある高さ60cm×底30c㎡でブラウンカラーの箱を取り出し、

箱にある100個の引き出しの中身を確認する。

 

「準備できたか?」

 

玄関から信乃が、美雪と同じ大きさの箱(色は黒く塗られている)を持って入ってくる。

その脚にはA・Tが装着されていた。

 

「ん。材料も1週間放っておいて劣化するものは無ないし、材料の不足もない」

 

「それじゃ、行くぞ!」

 

先程のPCを再び操作する信乃。

 

「そういえば信乃、行くってどこに行くの? 私が心当たりあるのは

 シノブちゃんの研究所がある建物が3か所と、学校くらいだけど・・・」

 

「やっぱりシノブさんは、俺にメッセージを見られる事を前提として送ったみたいだな。

 学園都市の最高レベルのセキュリティを使ってメッセージを残すくらいだから

 そんな当たり前の場所にはいないと俺は思っている。

 

 っと、返信が来た。

 

 なになに・・・『ZXC741ASD852QWE96e'』か。さすがちっぃくん、早い速い」

 

信乃が部屋を出る前にPCを操作していたのは、知り合いの探査者(シーカー)に

情報収集をお願いするメールを送ってからだ。

 

送信したメッセージの内容は以下の通り。

『布束砥信の居場所を調査して下さい。報酬は位置外水のプライベート写真5枚セット』

 

その変身が先程の文字列。同じく学園都市のセキュリティランクA以上の重要情報のパスワード。

 

信乃はそれをログイン画面から入力して、情報の詳細を調べる。

 

「!!!

 

 なんだよ、これ!?」

 

表示されたのは、『絶対能力者進化計画(レベル6シフトけいかく)』

 

さすがの信乃も驚きの声を上げた。

 

 

つづく

 



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