ガンダム 0118『ダンス・オン・デブリ』 (アルテン)
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プロローグ

※当作品はArcadiaにも投稿しています


「警告?!」

 

──サブモニターにレッドアラートの表示

──リアカメラの映像を別ウィンドウで表示

 

「上か?!」

 

 気付いた時には遅かった。

 白と水色に塗られたガザCが全天周囲モニターの上半分を埋め尽くす。

 

「こなくそ!」

 

 ケンジはジムⅡに回避機動を取らせようとするが、それよりも早くガザCの足が振り下ろされた。

 機体に衝撃がくると思われたが、予想に反してドッキングでもするかのような丁寧さでガザCのクローはジムⅡの肩装甲を掴んだ。

 

『……ごめんなさい』

「?!」

 

 接触回線から聞こえる少女の声。謝ってはいるが感情がない形式的な謝罪。

 次の瞬間、ガザCは力を溜めるように膝を曲げ、

 

──ジムⅡを踏み台にジャンプするガザC

──反動で後ろの空間に押し戻されるジムⅡ

 

「お前まで俺を踏み台にするのか!」

 

 抗議の声を上げるが、当のガザCは遥か前方へと逃げている。

 ジムⅡは現在スピンの真っ最中、ケンジのコントロールを離れ自動励起による回帰制御中。

 一秒──機体各部のスラスターとアポジモーター点火

 二秒──スピン停止、AMBACで姿勢制御

 三秒──メインスラスター点火、再加速

 コントロールがケンジに戻る。

 

「逃がすか! ……っ?!」

 

 再度レッドアラート。今度も反応が間に合わない。

 

──後方からマラサイのショルダータックル

 

 またしても弾き飛ばされスピンするジムⅡ。

 その脇をネモ、マラサイ、ジムⅢの三機がデッドヒートを繰り広げながら抜いていく。

 

『ケンジ大丈夫か?!』

「エフラム、今何位だ?!」

『今ので五位に転落だ! 早く復帰してくれ!』

『ケンジ! 後ろからガンダムが来る!』

 

 三度レッドアラート。

 

「レプリカ風情が出しゃばってんじゃねー!」

 

 接触寸前、怒りに任せてRX-78ガンダムの顔面に回し蹴りを叩き込む。

 

──蹴りの反動を利用して再加速

 

 歯を食い縛って加速Gに耐える。

 が、その数十秒後

 

『今、一着がゴールイン! UC0118年デブリヒート開幕戦チャレンジクラス優勝はチーム『ハミングバード』の『ガザCオナガ』だ!! 初参戦で開幕戦勝利! これは今期の台風の目となるか?!』

 

 アナウンサーの興奮した実況がコクピットに響き、運営のボールがチェッカーフラッグを振っていた。

 

「クソッ!」

『二位は『イエローキング』の『マラサイパラダイス』! 今期こそはシルバークラスへの昇格なるか!』

「クソッ!」

 

 あと少しで勝てたレース。

 それを一瞬の油断で落としてしまった。

 その事実がどうしようもなく悔しく、悲しく、そして腹立たしい。

 ケンジの拳がコンソールを叩く。何度も、何度も、何度も。

 

 二回にわたるネオジオンとの戦争を終えた地球連邦軍は大幅な軍縮を迫られ、これにより多数のモビルスーツが廃棄、もしくは払い下げられた。民間に放出された一部の機体は作業用として、また一部はマニアの道楽として余生を過ごすことになる。

 そしてマニアたちは自慢のモビルスーツを持ち寄り、趣向を凝らした競技で競い合うようになる。それらは総称として『MS競技』と呼ばれた。

 



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ボーイ・ミーツ・ジム 1

21時11分 チャットルーム

『MS免許取った! 一発合格だぜ!』

『おめでとう』

『congratulation!』

『で、何買うか決めてるのか?』

『Zレプリカ欲しい』

『HAHAHA 可変機は買うのも高いけどメンテ費用も半端じゃないからな』

『おいおい勘弁しろよ……そんな予算はないぞ』

『ガンダム系レプリカは気を付けた方がいい。メーカーによって当たりハズレが大きい』

『大丈夫。わかってるよ。あくまで希望だ、希望』

『ハイザックはいいぞ』

『思い切ってジェガンにしょうぜ~』

『ジェガンは払い下げが始まったばかりだから、まだ高いだろ?』

『とりあえず明日、見に行ってみようと思う』

『いいね~。やっぱり生で見ないとな。付き合うよ』

『俺も一緒に行くぞ』

『OK! 学校が終わったらみんなで行こう!』

 

 

 

16時38分 MSショップ『Y&Ms』

「見ろよ! ジムⅢにマラサイ! ガンダムレプリカまであるぞ!」

「落ち着けショーン! 恥ずかしいだろ……」

 

 ケンジが窘めるが、MSオタクのショーンの耳には届かない。

 小太りの体を揺らしてショーンはMSの間を駆けて行く。

 

「無駄だろ。ああなったらショーンは止まらないからな」

 

 エフラムはそう言って笑うと、浅黒い肌の隙間から白い歯をのぞかせた。

 

「で、パイロットとしては、どのMSがお好みだい?」

「からかうなよエフラム。こんな高いの買う予算はないだろ」

 

 プライスボードに表示されている価格はとてもケンジら学生がおいそれと手を出せる金額ではない。

 ただプライスボードに表示されている内容は、中古MSとしては破格の好条件。

 『被撃墜歴ナシ』『基地警備使用』『稼働時間少なめ』等、状態が良いことを伺わせる文字が躍っている。

 『Y&Ms』はこのコロニーで一番規模の大きいMSショップで、万全の整備と状態の良さを売りにしているのだ。値段が高いのも当然。

 

「お客様、どのようなMSをお探しですか?」

 

 ふいに後ろから声を掛けられる。

 この店の営業なのだろう。スーツを着た中年男性が立っていた。

 

「あ~……その、MS免許を取ったばかりで……手頃なMSを探してるんだ、正直ここに並んでるのは予算オーバーで……『お宝コーナー』があるってサイトで見たんだけど」

 不意を突かれたためにしどろもどろになるケンジ。

 ウェブサイトで調べたときから予算オーバーなのはわかっていた。だが『お宝コーナー』には低価格のMSもあると、小さく記載されていたのだ。

「そうでしたか。どうぞこちらへ。ご案内します」

 

 営業マンはさして落胆も見せず店の裏手へ案内した。

 

 

 

16時44分 店舗裏手

「こちらが『お宝コーナー』です」

「ある程度予想はしていたが……」

「まぁ、こうなるよな……」

「スゲー! ザクⅠにボールだ! 初めて見たよ!」

 

 顔を見合わせるケンジとエフラム。ショーンだけははしゃいでいる。

 薄暗い倉庫に並べられたMSを見渡す。

 表側に展示されたMSに比べ圧倒的に古い。

 第一世代型MSがほとんどで、しかも『被撃墜歴アリ』『フレーム修復歴アリ』『長時間稼働』と不穏な文字が躍っている。

 

「それでも結構な値段するな……」

 

 表側のMSより安くなっているとはいえ、それでも予算オーバーだ。

 

「お客様。当店では品質を大事にしております。確かに型は古いですが自社工場で整備は万全、さらに6か月の保証付きですので、どうしてもこの価格になってしまうのです」

 

 ケンジの漏らしたボヤキに律義に答える営業マン。

 

「恐れ入りますが、ご予算はいかほどでしょうか?」

 

 ケンジとエフラムは顔を見合わせると恐る恐る答えた。

 

「このくらいなんですが……」

「お客様……そのご予算ですと、当店でお売りできるのはボールかプチモビルスーツだけになってしまいます」

 

 笑顔が崩れた営業マンの渋面は、しばらくケンジらの脳裏から離れないだろう。

 

 

 

19時22分 ジャンク屋街

「なぁ~ケンジ~今日はもう帰ろうぜ~……」

「俺もショーンに賛成」

 

 歩き疲れたショーンがウンザリした声でぼやく。

 エフラムもそれに同調するが、少々理由が違う。

 

「もう少し下調べしてから出直した方がいいんじゃないか?」

 

 エフラムの意見はもっともだ。

 『Y&Ms』を見たあと、他のMSショップを回ったが、どれも結果は芳しくない。

 そしてMSショップを探し回るうちにジャンク屋の集まる地区に流されてしまっていた。

 

「もう一軒! 最後にもう一軒だけ見せてくれ!」

 

 ケンジは二人に向き直ると懇願した。

 やっとMS免許を取得し、念願である『自分のMS』を手に入れられると思ったのだ。

 しかし、思うようにいかない。

 その悔しさが表情から読み取れた。

 

「……OK……でも、もう一軒だけだぞ」

 

 エフラムは肩をすくめると、ショーンと共に苦笑いを浮かべた。

 

「ありがとう!」

 

 ケンジの顔がパっと輝く。

 が、

 

「で、どこか目星をつけてる店はあるのか?」

「え? ……ええ、と……」

 

 エフラムの言葉にケンジの目が泳ぐ泳ぐ。

 

「まさか適当に彷徨ってただけか?!」

「そ、そんなことはない……」

 

 ショーンの悲鳴にも似た指摘に顔を背けて反論するも、白々しいことこの上ない。

 

「だいたいここジャンク屋街だぞ? まともなMSなんて売ってるのか?」

 追い打ちをかけるエフラム。

「おいおいおい。俺らはお前がどこかの店に目星をつけてるもんだと思って付いてきてるんだぞ?」

 

 エフラムの声に困惑が混じる。

 ケンジにしてみれば不可抗力だ。やっきになってMSショップを探すうちに、こんなところに流れ着いてしまったのだ。

 視野が狭くなっていただけなのだ、悪気はない。

 

「えと……」

 

 答えに窮し、目を泳がせていると一枚の看板を見付けた。

 

──『ロフマンガレージ』

──『リビルドパーツ』『中古MS』

 

「あ、あそこだよ! あの店!」

 

 とっさに看板を指さすケンジ。

 二人も看板に目を向け、やがて顔を見合わせた。

 

「……本当にあの店かケンジ?」

「……大丈夫なのか?」

 

 二人が不安を抱くのは無理もない。

 その看板はあまりにも汚れがひどく、まともに手入れされているようには見えなかった。

 

「本当さ! こんなところだから見付けるのに時間がかかっただけだよ」

 

 引きつった笑顔で答えるとケンジは先頭に立って歩きだした。

 

 

 

19時26分 『ロフマンガレージ』事務所

「…………」

 

 連邦軍の補給用コンテナを改造した事務所で老人は一人、色褪せた写真を眺めていた。

 

──助けられなかった戦友

──隊長の言葉

 

 その後も何回かの戦乱を乗り越え、歳を重ね、踏ん切りは付いたものの、思い出すたび悲しみがこみ上げる。

 だが、決して忘れられぬ、忘れてはならない戦友との思い出。

 

(……今日は帰るか)

 

 写真立てに背を向けて、帰り支度を始めようとした時だった。

 

「えくすきゅーず・み~……」

 

 事務所の扉が開き、ケンジが恐る恐る顔をのぞかせる。

 

「あ?」

 

 思い出に浸っていたところに不意に声を掛けられたものだから、条件反射で威圧してしまった。

 

「あっ、いや……表の看板を見て来たんですが……」

 

 先程エフラムたちに問い詰められたのが尾を引いているのか、はたまた老人の威圧に押されたかケンジにいつもの覇気はない。

 

「あ?」

 

 老人から出てきた言葉は同じだが、今度は威圧抜きの疑問の意。

 しかしケンジは威圧と受け取ってしまった。

 

「いや、そのすんません。出直します」

 

 そう言って静かに扉を閉めようとしたのだが、

 

「なにやってんだよ」

「早く入れって」

 

 エフラムとショーンに押し込まれた。

 

「…………」

「…………」

 

 ケンジと老人の目が合うが、無言。

 エフラムは埒が明かないと思い、一歩前へ出た。

 

「こちらでMSを扱っているということだったので、見せていただきたいのですが?」

「……あ~、客か。だけど今日はもう店仕舞い……」

 

 言いかけて止めた。

 思い出したのだ、ここ最近の収入が少ないことを。

 今現在、ジャンク屋は儲かる商売ではない。

 昔は撃墜されたMSをバラし、リビルドパーツ(再生部品)として軍に持ち込めば生計が建てられた。

 第二次ネオジオン戦争終結後は生活再建のために民間での鉄屑需要が高まり、復興特需が起きて一儲けできた。

 だが、復興が一段落すると航路の安全を確保するための保守業務しか残っていなかった。

 最近はそんな状況を見かねた娘と娘婿から「仕事を辞めて一緒に暮らそう」と言われているが、素直に聞くのも癪だ。

 

「なぁ、今日は店仕舞いだそうだから、また出直して……」

「いいぞ」

「え?」

「MSだろ? 付いてこい」

 

 どんな心変わりがあったのかケンジにはわからないが、老人は歳に似合わぬしっかりとした足取りで歩きだした。

 

 

 

19時31分 『ロフマンガレージ』倉庫

「ここだ」

 

 案内されたのはミデア輸送機のコンテナを改造して作られた倉庫。

 老人は明りを付け三人を招き入れた。

 

「今、ウチにあるのはこいつだけだ」

 

 目の前にあったのは一機のMS。それがトレーラーに寝かせた状態で駐機されていた。

 

「ジム? ……いや、ジムⅡか!」

「なんだ、詳しいじゃないか」

 

 ショーンが機体名を言い当てると老人は嬉しそうにニヤリと笑う。

 寝かせてあるために全体が見えない、というか今の立ち位置だと脚部しかまともに見れないのだが、ショーンは見事に判別した。

 

「足裏のスラスター形状がジムと違いますからね!」

 

 得意満面の笑みだ。

 

「こいつの履歴だ」

 

 機体の履歴、整備状況等の書類が挟まれたクリップボードを受け取ると、三人でのぞき込む。

 

「おい?! この値段なら買えるぞ!」

「本当だ! しかも少し余る!」

「駐機場代も出せるかな!」

 

 値段の安さに沸き立つ。

 夢のMYモビルスーツに手が届くのだ。

 

「あ、これ三回も撃墜されてるぞ……」

「ジム改装型のジムⅡかぁ……」

「しかもニコイチだし……」

 

 しかし現実は厳しい。

 中古MSの中で比べても、この機体のコンディションは悪い部類だろう。

 MSは戦争の道具であるため、大なり小なり修復歴があるものだが、撃墜三回は多い。

 よく途中で廃棄されずに残ったものだ。

 MS愛好家の中には被撃墜歴など気にしないという人もいるし、撃墜されたMSのパーツを寄せ集めて一機作ってしまう猛者もいるが、初心者である三人はその境地に達していない。

改めてこのジムⅡの履歴を見てみよう。

 

 0080年 終戦後の二月にジャブローで後期生産型としてロールアウト

 0083年 デラーズ紛争にて頭部と右腕を損失。中破判定

 0085年 RGM79RジムⅡへ改装。ジェネレーター交換

 0087年 ジャブロー降下作戦にて右腕損失。胴体基部誘爆により大破判定

 0088年 メールシュトローム作戦にて下半身損失。大破判定

 0089年 旧式化に伴い予備機に指定。モスボール保管

 0099年 予備機指定解除。用途廃棄

 0101年 レストアされ民間機登録

 0113年 転売後オーバーホール

 0116年 転売。現在に至る

 

 なんとも波乱万丈な機歴である。

 被撃墜歴三回2オーナー。

 MS初心者がひるむには十分すぎる悪コンディション。

 

「……どう思う?」

「やめておいた方が無難だろ?」

「被撃墜歴三回って、誰か死んでるんじゃ……」

 

 口々にこのジムⅡへの不安を口にする。

 

「安心しろ。この機体じゃ誰も死んじゃいない」

 

 老人が涼しい顔で口を挟む。

 

「三回も撃墜されてるのにですか?」

 

 いかにも疑わしいという顔でエフラムは尋ねた。

 

「機歴をよく見ろ。手足をやられたぐらいじゃMSは簡単に墜ちたりしない。それに左側の損傷がないだろ? こいつのパイロットは盾をしっかりと構えて身を守ってたってことだ」

 

 言われてみればその通りで、胴体へのダメージも誘爆によるものと読み取れるし、バイタルパートへの直接の被弾はない。

 

「逆に言えば、こいつは三回も撃墜されながらパイロットを連れ帰った幸運機といえるな」

 

 嬉しそうに話す老人に三人は顔を見合わせる。

 

「あの……フレームに問題は?」

「実戦で使ってたからな。多少の歪みはあるが、修正が必要なほどではないし、操縦に支障が出るほどでもない」

「ジム改装型ってことは、相当古いですよね? 大丈夫なんですか?」

「レストアしてからオーバーホールまで受けてる。消耗品さえ換えてやればいい」

「…………」

「まだ聞きたいことはあるか? ん?」

 

 老人は余裕の笑みを浮かべてニヤニヤしている。

 

「どうするケンジ?」

「ジムⅡはジムⅡでも、どうせならRMS179の方がいいよな……」

 

 ショーンが言っているのは最初から『ジムⅡ』として建造された機体のことだ。当然のことながら、新しい分だけコンディションも良い。

ケンジはもう一度機歴を見直した。

 

「…………いや、これにしよう」

「正気か?!」

 

 ショーンが驚くが、ケンジは至って冷静だ。

 

「落ち着けよショーン。今の俺らじゃコレで精一杯だ。他の店じゃ高くてとても買えない。それにメンテ代や駐機場代も残しておかないとな」

「おいおいケンジが大分まともなこと言ってるぞ」

「殴るぞエフラム……」

「お~、怖い怖い」

 

 不貞腐れるケンジをよそに、エフラムはショーンに向き直る。

 

「ショーン、お前の言いたいこともわかるが、ケンジが言うことももっともだ。それに、現実問題これしか俺らに買えるMSはなさそうだ」

「そうかもしれないけど……」

「最初に決めたじゃないか、『乗るMSはパイロットが決める』って」

「……わかったよ、パイロットはケンジだ。ケンジが決めればいい」

 

 不承不承ながらショーンも同意。

 頃合いとみて老人は声をかけた。

 

「話はまとまったか?」

「はい。このジムⅡを買います!」

 

 

 



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ボーイ・ミーツ・ジム 2

20時11分 『ロフマンガレージ』事務所

「さてと、免許証を拝見と」

 

 老人はケンジから免許証を受け取るとパソコンに読み込ませる。

 警察、交通局等の自治体の各機関に順番に照会していく。

 

「お~? 昨日免許を取ったばかりか」

「18になったんで、すぐに取りに行きました」

「時代は変わったな~」

 

 戦争のためにMSの操縦を覚える羽目になった自分と比べ、その落差に笑ってしまう。

 

(……戦争の道具も今じゃ子供のオモチャか……平和になったもんだ)

 

 否が応でも時代が変わったことに気付かされる。

 第二次ネオジオン戦争終結後、地球連邦政府にとって大規模な軍事的脅威はなくなった。

 いや、正確にはジオン残党は未だ潜伏しているのだが、その規模は減少し大規模な戦闘が減り、局地的な戦闘が散発的に起きるだけになった。

 そのため政府は軍備縮小を連邦軍に迫り、軍は旧式となった大量のMSを廃棄もしくは払い下げることにより、これに応じた。

 また、MSは兵器としては新しいカテゴリーのため技術開発や運用研究が盛んで、僅か数年で旧式化してしまう。軍としては新型機への機種変更を促す狙いもあったのだが、その目論見はもろくも崩れ去ってしまう。

 ともあれ払い下げられたMSはコロニー公社、建設業、港湾での荷役業務等に用いられた。また、これにより退役したMSパイロットの再就職先が確保できたのは大きい。

 ただ、各コロニーの自治政府はMSの払い下げを快く思ってはいなかった。

 MSを使った犯罪を危惧したのである。

 兵装を外してあるとはいえ18mの巨人だ。「もし犯罪に使われたら」と恐れるのも無理からぬことだろう。

 

「そういや、そっちの二人はMS免許はないのか?」

 

 老人がエフラムとショーンに水を向けると、二人は苦笑いで顔を背けた。

 

「僕らはその……」

 

 エフラムは過去にハッキングによる補導歴、つまり犯罪歴があるため免許の取得ができず、

 

「ちょっと事情がありまして……」

 

 ショーンは精神鑑定の結果、情緒不安定と診断されたため免許を持てない。

 二人の反応でなんとなく事情を察した老人が小さく笑う。

 

「まぁ、なんにしろ昔と比べりゃ簡単にMSを買えるようになったんだ。改正MS法さまさまだな」

 

 『改正MS法』正しくは『大型宇宙機材所有に関する法律』のことである。

 先に述べたようにコロニーの各自治政府はMSの民間所有に消極的であり、明確に禁止こそしなかったものの、様々な条例や規制を作り、これを阻んでいた。

 煩雑な申請書であったり、複雑な登録と定期報告書、多額の税金等々があり個人での所有を大変難しくしていた。

 中にはサイド1のように比較的容易にMSを所有することができるコロニーもあったが、例外中の例外といえるだろう。

 ともかく状況が大きく変わったのは0100年。

 宇宙世紀100年を記念して地球連邦政府がMS所持に関する法律を大幅に改正したのである。これに伴い各自治政府も規制の緩和をせざるをえない状況になった。その後も法改正は続けられ、18歳からMSを所有できるようになった。

 この時、連邦政府に対し積極的なロビー活動を展開していたのが『世界MS愛好協会』と『CSIR(宇宙機器レース委員会)』だ。

特にCSIRはプチモビルスーツを使った競技『プチモビ・レーシング(PMR)』を主催する団体で、現在はフルサイズMSでの競技も行っている。

 

「兄ちゃんたちも、MS競技やるのかい?」

「はいコイツで『デブリヒート』に出るんです!」

 

 『デブリヒート』とはCSIRが主催する競技の一つで、設置された隕石を避けながら順位を競う周回レースだ。

 武器の使用こそ禁止されているが、接触や格闘戦による妨害が認められており、そのエキサイティングな内容で人気を博している。

 

「おー! アレか! 確かにアレならジムⅡでもイケるな!」

 

 現在CSIRが開催しているフルサイズMSの競技は三種類。

 一つは『MSザ・ドラッグ』。

 宇宙空間でモビルスーツを用いてドラッグレースを行うもの。

 高出力ジェネレーターと大推力推進器が有利とされ、参加チームはチューニングのために湯水のごとく金を注ぎ込む。

 昨シーズンはそういった常識を覆し、ドラッツェにハイザックの胴体を移植した『ハイドラッツェ』が優勝。

 二つ目は『モビルファイト』

 こちらはMSが一対一の白兵戦を繰り広げる。

 訓練用のサーベルや斧で殴り合うため重装甲が有利だが、いくら重装甲にしてもMS同士で殴り合えば、お互い無傷とはいかず修理費用に頭を痛めるチームが多い。

 昨シーズンは高機動、重装甲を両立した『リックディアス』が順当に優勝している。

 最後がケンジたちが挑む『デブリヒート』

 デブリの海を避けながら進むため推力よりも機動性、運動性が重視され、腕次第ではあるが第一世代機で第二世代機と渡り合うことも可能。

 他二つの競技に比べ掛かる費用が少ないことから、これでMS競技を始める者が多く、競技人口も三種目中もっとも多い。

 

「さてと免許は問題ないようだし、警察行って『MS所有申請』出して『駐機場証明』もらってきてくれ。あとの手続きはこっちでやってやる」

「ありがとうございます! えっと、ミスター……」

「ロフマンだ。代行手数料はいただくがな」

「お手柔らかにお願いします」

「安心しな。格安にしといてやる」

 

 ロフマンがニヤリと笑うとケンジたちも笑顔を浮かべた。

 

 

 

1558時 警察署

「ではこの内容で受け付けます。五日後にまたこの窓口に来てください」

 

 ケンジらの所有申請は女性警官の手で事務的に処理された。

 先に述べたようにコロニー自治政府はMSがコロニーの中で犯罪に使われることを恐れている。

 そのためMSを所有する際には届出と登録を義務付けている。免許があるからといって好き勝手に所有することはできない。

 

「その際に駐機場の契約書も一緒に持ってきてください」

「はい! わっかりました!」

 

 ケンジらは喜色満面の笑みで応えると素早く窓口から離れた。

 

「失敗したな。先に駐機場決めてくればよかった」

「気にするなよ。思ったより早く終わったし、これから駐機場の方に行こうぜ」

 

 些細なミスを三人で笑い飛ばす。

 ケンジもショーンもエフラムでさえ浮かれていた。子供の頃から憧れた念願の『MYモビルスーツ』だ。

 この一手間一手間が夢への一歩だと思えば、苦になるどころか楽しくさえなってくる。

 

「エフラム? エフラムじゃないか?」

「げ?!」

 

 不意に警官の一人がエフラムに声を掛けてきた。

 声の主を悟ると顔をしかめる。

 

「どうしたエフラム? こんなところで? まさか何かやらかしたのか?」

 

 尋問というより心底心配そうな声音で警官は尋ねる。まるで父親のように。

 

「勘弁してくださいよサンプソンさん。保護観察も終わったし、ボランティアもちゃんとやった。何も悪い事なんてしてませんよ。申請に来ただけです」

「ならいいんだが……」

「あ~……すいません。僕らこれから行く所があるので……」

 

 エフラムが二人の背中を押してそそくさと立ち去ろうとするが、サンプソンはさらに声を掛ける。

 

「エフラム、お前さえ良ければいつでもここに来ていいんだぞ。仕事もある」

「……考えておきます」

 

 今度こそ警察署を出ていく三人。

 三人を見送ると、サンプソンは申請窓口の女性警官に尋ねた。

 

「今の三人は何の申請に来てたんだ?」

「MSの所有申請ですね。競技用になってます」

「ほう? そうか」

 

 嬉しそうに顔をほころばせるサンプソンであった。

 

 

 

1603時 警察署前

「なあエフラム? 今の誰だ?」

「俺を捕まえた警官だよ……」

 

 げっそりとした顔で答えるエフラム。

 

「最悪だ……」

「ははっ、今日は厄日かもな?」

 

 ケンジが茶化すが、エフラムにとってはそれどころではない。

 

「厄日? なんだそれ?」

「何をしてもツイてない日のことだよ」

「オリエントのオカルトか? 俺は信じないぞ……」

 

 

 

1738時 宇宙港

「すまないな。今、満杯で空きがないんだ」

「な?! 昼にサイト見た時はまだ空きがあったはずだぞ?!」

 

 駐機場の中年係員がにべもなく告げる。

 駐機場は『レンタルハンガー』とも呼ばれる施設で、MSオーナーに整備スペースと保管場所を提供することを生業としている。ヨットハーバーとレンタルガレージを足したようなものだ。

 

「二時間前かな? 飛び込みの客が来て契約していったんだ」

「嘘だろ……」

「悪いがまた来てくれ」

 

 そう言うと中年係員は事務所の奥に引っ込んでしまった。

 

「マズい……マズいぞこれは!」

「ど、どうする……?」

「どうするったって、安い駐機場は全部埋まってるし、他のところは予算オーバーだ……」

 

 途方に暮れる三人。

 この状況は非常にマズい。

 

「クソッ! せっかくMSが買えるっていうのに……」

「このままだと所有申請が却下されるぞ……」

 

 MSを購入するには『駐機場を必ず確保しなければならない』と法律で定められているのだ。 

 MSは18mもある鉄の塊だ。そんな物を適当な所に置かれたら邪魔なだけ。

 何よりMSを運用できるのは宇宙と港湾区画に制限されている。そのため駐機場は宇宙港にしかない。港湾区画に自前の格納庫を持つ者もいるが、資金に余裕がある者だけだ。

またMSは核融合炉を積んでいるためにコロニー内、それも居住区への持ち込みは厳禁となっている。

 例外は軍用機とイベントなどで特別な許可を得た機体だけだ。

 

「とりあえず昨日のジャンク屋に行こう。駐機場が見つかるまで納機を待ってもらわないと……」

 

 

 

1606時 『ロフマンガレージ』

「だったらウチの倉庫使うか?」

「「「え?! いいんですか?!」」」

 

 思ってもみなかったロフマンの提案に思わずハモってしまう三人。

 事情を聴いたロフマンは少し考えた後、そう言ってくれた。

 地獄に仏とはこのことか。

 

「今使ってない倉庫があるから貸してやるよ。ここも港湾区画だから申請は通るはずだ」

「助かります!」

「……待てケンジ。ここから宇宙港までどうやって運ぶ?」

「あっ……」

 

 一瞬浮かれてしまったがエフラムの指摘で我に返る。

 MSは一般道の通行は禁止だ。道路なぞ歩かせようものなら周囲の車は危険だし、道路も傷む。

 運搬用のトレーラーなど持っていないし、買う金もない。よしんば借りることができても、大型車両の免許がない。

 

「何言ってるんだお前ら? ここのエアロックを使えばいいだろ」

「あるんですか?! エアロックが?!」

「そりゃあるだろ。ジャンク屋なんだから」

 

 ジャンク屋の仕事は宇宙空間に漂うゴミ、つまりは撃破されたMSや艦船の回収だ。

 それらをジャンクヤードに運び込むためのエアロックが設置されている。

 一年戦争は広範囲かつ大規模で行われたため、戦時中から大量のデブリ(宇宙ゴミ)が発生しておりケスラーシンドローム(大量のデブリが宇宙空間を覆うため船舶の航行が不可能になる)が懸念されていた。

 もしサイド全体でケスラーシンドロームが発生しようものなら、コロニー生活者にとって死活問題である。

そのため各コロニーは戦争終結後、ジャンク屋に諸々の便宜を図り、この問題の対処に当たらせていた。

 その名残がジャンクヤード直通の大型エアロックだ。

 

「じゃ、じゃあ、お願いします!」

 

 喜色満面。

 喜びのあまり顔を紅潮させた三人が揃って礼を言う。

 

(これで販売分に加えて家賃収入もいただきだな)

 

 心の中でほくそ笑むロフマン。

 

「ロジャー、話は聞いてたな? こいつらの契約書を作ってくれ」

「了解です。LT」

 

 ロフマンの後ろでパソコンを操作していた白人男性が近付いてくる。年は40ぐらいだろうか、ややくたびれた印象を受ける。

 

「LTはよせと言ってるだろ」

「俺にとっては今でもLTであることに変わりませんよ」

 

 軽く笑うとケンジたちの前に座り、別のパソコンを立ち上げた。

 

「LT。貸すのは3番倉庫ですね?」

「そうだ」

 

 確認を取りながら契約書のテンプレートを読み込む。

 同時に駐機場の情報も検索。

 

「さて、君たちが借りようとしていた駐機場はどこだい?」

 

 パソコンの画面をケンジたちに向けると尋ねてくる。

 

「ここです。この一番安いところ」

「なるほど」

 

 ケンジが指さすと、その物件の情報を呼び出す。

 

「……LT。広さはここの約1・5倍。整備用クレーン付き。清潔さは完敗です」

「そうか…………じゃあ、そこの家賃から三割引きだ」

 

 ロジャーが簡潔に物件を比較すると、ロフマンのざっくりとした家賃の提示。

 

「三割引き?!」

「やった!」

「そんなに安くていいんですか?」

 

 三人が驚きの安さに沸き立つ。

 

「ロジャー、案内してやれ」

「了解です。LT」

 

 

 

1622時 3番倉庫

「うわぁ……」

「ボロ……」

「汚ねぇ……」

 

 絶句。

 ジャンクヤードの一画に案内された三人。

 想像を絶する物件の佇まいに、それ以上の言葉を失う。

──剥げ落ちた外壁

──錆びたシャッター

──穴の開いた天井

──床に転がる無数の鉄屑

 貸倉庫ではなく『廃墟』とか『廃屋』というのが正解だろう。

 

「どうかな、当店の物件は?」

「どうかなって言われても……」

 

 朗らかに案内するロジャーに困惑する三人。

 

「一応、説明するとMS対応のキャットウォーク、型は古いけど整備用クレーン、天井は20mあるからMSを立たせておくこともできる」

 

 確かに最低限の設備は整っている。

 

「……どうする?」

「どうするったって……」

「安いんだけど……」

 

 二の足を踏む。

 見透かしたようにロジャーが声を掛ける。

 

「半額でいいよ」

「いいんですか???」

「LTはああ言ってたけど、現状はご覧のありさまだ。そのぐらいが妥当だろう? それにあの人は契約書なんて見ないしな」

 

 ロジャーはわざと肩をすくめてみせる。

 三人は顔を寄せ合う。

 

「どうせ空いてる所はここしかないんだ。覚悟を決めよう」

「浮いた分で推進剤がかなり買える。やりくりすればチューニングもできるはずだ」

「穴は適当な板で塞げばいい」

 

 力強く頷き合う。

 

「決まったようだね。じゃ、これにサインを。端数はオマケしておくよ」

 

 クリップボードに挟まれた書類を受け取ると、三人は順にサインした。

 

 



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ボーイ・ミーツ・ジム 3

15時44分 ロフマンガレージ

「ロフマンさん!」

「お~、待ってたぜ」

 

 我先にと事務所に飛び込んできた三人を、ロフマンはニヤリと笑って出迎えた。

 あれから一週間。

 三人は倉庫の掃除と修繕をしながら、この日を待っていた。

 

「それじゃ、さっそく『納機』といくか」

 

 ロフマンがテーブルに書類を置いた。

 

「支払いはどうする? ローンは何回だ?」

「いえ、一括でお願いします」

 

 エフラムがアナハイム系の銀行カードを取り出す。

 ロフマンはカードを読み込み、諸費用コミコミの金額の入力すると、あっさり『支払い可能』の表示が出てきた。

 

「……お前ら、これヤバい金じゃねえだろうな?」

 

 ロフマンの眉間に皺が寄る。

 いかに中古のオンボロMSとはいえ、それなりの値段。

 ローンを組んで購入するのが一般的だ。

 それをケンジたちのような若者が一括で支払うとなれば、疑いたくもなる。

 

「ち、違いますよ!三人でコロニー外壁工事のバイトやって貯めたんです!」

「それでそれを元手にエフラムが投資で増やしたんですよ!」

 

 ショーンとケンジが誤解を解こうと、自分たちの金策を説明する。

 色々なバイトをやってみたが、一番割りが良かったのがコロニー関連工事だ。

 三人ともプチモビの宇宙作業免許持っていたため、現場では重宝された。

 

(……今のご時世、そんなこともあるか)

 

 心の中で一人納得すると、ロフマンは決済を実行した。

 

「ならいいんだ。じゃあこの書類にサインをくれ。それでジムⅡはお前らのものだ」

 

 

 

16時01分 倉庫

「ロジャー、ジムⅡを出してやれ!」

「了解ですLT」

 

 ロジャーの運転するトレーラーがゆっくり、ゆっくりと日向に出てくる。

 

「おおー!」

「いよいよだな!」

「キタキタキター!」

 

 トレーラーに乗せられたジムⅡが少しづつ、その姿を見せる。

 三人が三人ともこれ以上ないぐらいに笑みを浮かべ、純粋な瞳をキラキラと輝かせる。

 つられてロフマンまで優しい笑顔を浮かべてしまう。

 

(俺にもこんな時代があったかね……)

 

 などと感傷に浸っている間にトレーラーは倉庫の外に出た。

 

「LT、OKです!」

 

 ロジャーがトレーラーの運転席から顔を出すと同時にタラップに飛び付くケンジたち。

 脇目も振らずにコクピットに飛び込んでいく。

 

「ケンジ早く、立ち上げろって!」

「慌てるなよ」

 

 エフラムが急かすが、ケンジとしては最初の起動はじっくりと楽しみたい。

 極上に幸福な笑顔で起動スイッチに指を乗せる。

 

「いくぞ!」

 

 万感の思いを込めて起動スイッチを押し込む。

 

──沈黙

 

「?」

 

 もう一度、起動スイッチを押す。

 

──無反応

 

「え? 何で?」

 

 三度起動スイッチを押すが、うんともすんともいわない。

 頭の中が真っ白になる。

 

「おい」

 

 コクピットハッチからロフマンが顔を覗かせる。

 

「あのロフマンさん? これは一体……?」

「起動キー忘れてるぞ」

 

 そういったロフマンの手には起動キー。

 

「「「あ???」」」

「それとお前ら、ノーマルスーツはちゃんと着ろよ」

 

 

 

16時31分 倉庫前

「やっぱりノーマルスーツ着るとさ! 気が引き締まるっていうかさ、燃えるよな!」

「わかる! わかるぞショーン!」

 

 ロフマンに諭され、三人はノーマルスーツに着替えた。

 三人が三人してパイロット用のノーマルスーツ。

 ケンジとエフラムは0090年代のモデルだが、ショーンはグリプス戦争時代の物を着用している。

 

「しかし、ショーンのこだわりには恐れ入るよ」

「MSに乗るなら、機体の年代に合わせたノーマルスーツを切るのが礼儀だろ」

「すまん、さすがにわからん」

 

 近年、MS競技の人気が高まり、ショーンのようにMS以外の部分にもこだわるマニアが急増。

 昔のノーマルスーツのレプリカを作るショップが繁盛している。デザインは昔のままだが、中身は最新の物と変わらない。

 

「おう、ちゃんと着替えてきたな」

 

 ロフマンがいつものニヤニヤ笑いで三人を出迎える。

 

「ほら、起動キーだ。今度は忘れるなよ」

「ありがとうございます!」

 

 起動キーを受け取り三人でタラップを上る。

 するとコクピットハッチの脇でロジャーが出迎えてくれた。

 

「やあ、今度は大丈夫なようだね」

 

 気恥ずかしさからか三人は笑って誤魔化す。

 そしてコクピットの中を覗くと先程までなかった物が。

 

「あ、補助シートが付いてる!」

「マジか?!」

「本当だ!」

 

 パイロットシートの左右それぞれに補助シートが付いている。

 エフラムとショーンはパイロットシートにしがみ付いているつもりだったので、これはありがたい。

 

「うちの店からのサービスさ。ジャンク品だから、クッション性は期待しないでくれよ」

「「「ありがとうございます!!!」」」

 

 礼もそこそこにケンジはコクピットに収まると、ノーマルスーツ背面のコネクターをシートに接続。体を固定。

 エフラムとショーンも四点式シートベルトで体を固定する。

 

「準備はいいな?」

 

 ケンジは起動キーを握りなおすと、二人に尋ねた。

 

「待ってくれケンジ、今カメラ出すから」

「おいおい早くしろよ」

「今日は俺らの記念すべき日だろ? カメラに収めないでどうするよ」

 

 ショーンは足首に巻いたポーチからカメラを取り出すとビデオモードで撮影を始めた。

 

「いいぞケンジ」

「よし! いくぞ!」

 

──キーを差し込み起動スイッチをON

 MS独特の起動音と共にタキム社製ジェネレーターが目を覚ます。

──ジェネレーター出力をアイドリングで固定

──機体各部への電力供給開始

 サブモニターがコクピットシート正面にスライドしてくる。

──自己診断プログラム走査

 異常なしを告げるグリーンライトがサブモニターに流れた。

──暖機運転開始

──オートジャイロ調整

──メインモニターON

 

「お!」

「お!」

「「「おおお~!!!」」」

 

 360度に張り巡らされたモニターパネルが次々と点灯。

 全周囲モニターに上がる感嘆の声。

 

「立ち上げるぞ」

 

──スロットル操作

 ジェネレーター出力をミリタリーパワーへ。

──排気ダクトから余熱を排気

 トレーラーの荷台を掴むとゆっくりと上半身を起こす。

 右脚を地面に踏み出し、接地を確認。バランサー正常。

──ペダルを静かに踏み込む

 少しだけ勢いをつけてジムⅡはすっくと立ちあがった。コクピットでわずかな浮遊感を感じる

 三人はそれが収まるとモニターを見回した。

 

「……立った?」

「ああ」

「立ったのか?」

「ああ! 立ったぞ!」

「スゲー! 俺たちのモビルスーツが立った!」

「ああ! 俺たちのモビルスーツが立ったんだよ!」

 

 少年たちのジムⅡは大地に立った。

 コクピットに歓喜の声が木霊する。広がる三人の笑顔、安堵、感慨。

 高校生活のほぼ全てをモビルスーツを買うために費やしたのだ。エフラムに至っては涙まで浮かべているし、ショーンは今にも抱き着いてきそうだ。

 シートに体を固定しているために思う存分はしゃげないのが残念。

 

「ショーン、エフラム、ありがとうな!」

 

 ケンジは拳を作ると二人の前に突き出した。顔は照れ臭そうにしているが、その声は真っすぐだ。

 

「おいおい、ケンジの奴が素直に礼言ってるぞ?」

 

 エフラムは意地の悪い笑みを浮かべると、ケンジの右手に拳を合わせ、

 

「こりゃコロニーの気象コントロールがバグって雪でも降るかもな」

 

 ショーンはカラカラと笑って、ケンジの左手に拳を合わせる。

 

「お前ら、そりゃないだろ~」

 

 ケンジがわざとらしく嘆くと三人で笑いあった。

 念願のMSを手に入れ、自分の手で立たせたのだ。

 

「お~い!」

 

 かすかに声が聞こえた。

 

「おーい!」

「なんか聞こえなかったか?」

「? ロフマンさんか?」

「ケンジ、あれ」

 

 ショーンが足元を指さすと、ロフマンが手を振っているのが見えた。何か言っているようなのだが聞き取れない。

 

「何か言ってるみたいだけど……ショーン、何かないか?」

「ケンジ、そのままゆっくりと頭をロフマンさんに向けて」

「こうか?」

 

 言われた通りに自分の頭をロフマンに向けると、ジムⅡもケンジの動きに合わせて頭部を動かす。

 

「そうするとモーションセンサーがケンジの動きを拾って、頭部を動かしてくれる。で、そのままロフマンさんをよく見て」

「お、おう」

 

 メインモニターにロフマンのアップが別ウィンドウで映し出された。

 

「今度はアイセンサーでケンジが見たいものを自動でズームしてくれる。今ので集音センサーも動いたはずだよ」

「マジか?! やっぱ軍用は違うな!」

 

 ショーンの言った通り、今度はロフマンの声がよく聞こえた。

 

「お前らー、これからロジャーがエアロックまで案内するから、付いていけー!」

 

 集音センサーの感度が良すぎるのか、うるさい。

 

「ショーン、返事するにはどうしたらいいんだ?」

「サブモニターの一番下のタブを開いて……そうそれ。で、その一番下が外部スピーカー」

「これか? あ~、あ~……了解です。ついていきます」

 

 ちゃんと聞こえたらしい。モニターに映るロフマンが指でOKサインを作っている。

 

「ロジャー、こいつらをエアロックまで案内してやれ」

「はぁ……しかし、いいんですかLT?」

「何がだ?」

 

 怪訝な表情でロジャーが聞いてくる。

 

「やけにサービスが良くないですか?」

 

 ロジャーの疑問はもっともだ。ジャンク屋のサービスとしては過剰だろう。

 ロフマンはニヤリと笑うと、無言で付いてくるように促す。

 集音センサーの範囲から出ると、静かに口を開いた。

 

「ロジャー、よく考えてみろ。こっちは不良在庫の処分も出来て、家賃収入も入ってくる。俺は孫にプレゼントを買ってやれるし、お前は給料の心配がなくなる。そうだろ?」

「まぁ、そうですね……」

「それにあいつらはMS競技をやるんだ。補修部品も買ってくれるぞ」

「そういうことですか」

「だから、『お客様』は末永く大切にしてやらんとな」

 

 

 

16時47分 エアロック

『ここがジャンク屋組合の共用エアロックだ』

 

 ロジャーの乗るプチモビの先導で、ケンジたちのジムⅡはエアロックに着いた。

 ジャンク屋が使うだけあって、その扉は大きい。MSなら同時に5~6機は出入りできるだろう。時には戦艦やコロニーの残骸を収容しなければならないのだから当然と言えば当然だ。

 

『エアロックの使い方はわかるかい?』

「大丈夫です。外壁工事のバイトやってたんで。ただ、こんなデカいエアロックは初めてですけど」

『なら心配ない。違うのは待ち時間だけさ』

 

 ロジャーが朗らかに教えてくれる。

 待ち時間とはエアロックに空気が入りきるまでの時間と抜ききるまでの時間のことだ。サイズが大きくなるほど時間がかかる。

 

『今、先客がいるようだから、少し待つよ』

 

 ロジャーはそう言ったが、程なくして『空気注入中』のライトが『開放可』に切り替わる。

 

『なんだロジャーか。お前もこれから出るのか?』

「やあビル、今日も大漁みたいだね」

『ドムの腕一本じゃ、大した金にならんさ』

 

 エアロックから出てきたのはドムの腕を抱えたプチモビ。

 ビルと呼ばれた男が乗るプチモビは、およそジャンク屋が使うのに似つかわしくない流線形のボディと華奢な四肢。ロジャーの乗るトルロ社製プチモビの無骨さと比べ、それは異質だった。

 

「スゲー! ミグレンのラプターMP99! レースレプリカだ!」

「おいショーン! 無線入ってるんだぞ」

 

 目を輝かせて興奮するショーンを窘めるが後の祭りだ。

 思わぬ反応にビルが呆気にとられる。

 ビルはロジャーのプチモビに手を乗せると接触回線に切り替えた。

 

『……ロジャー、なんだ今の? お前のところはボーイスカウトでも始めたのか?』

「違うよビル。ウチの『お客様』さ」

『客? って事は、あのジムⅡはお前んとこで寝てたヤツか?』

「そういうこと。宇宙での試運転がご希望だったんで、ここまで道案内さ」

『あの爺さんも上手い事やりやがったな』

 

 ゲラゲラと下品な笑い声がコクピット内に響く。ビルはロジャーと交わした今の会話で、すべてを察したようだった。

 

『それじゃ邪魔しちゃ悪いな。俺は行くよ』

 

 そう言い残すとビルは近くに停めてあるトレーラーに歩を進めた。

 

「あのロジャーさん? 今のは?」

『気にしないで大丈夫だよ。ただの同業者さ』

 

 

 

16時52分 エアロック外扉

『開閉ヨシ。さあ、いつでもいいよ』

 

 外側の扉が開ききり、ロジャーのプチモビが指さし確認。

 目の前に星の海が広がっている。

 

『じゃあ、俺は帰るけど、三人で本当に大丈夫かい?』

「はい、大丈夫です。宇宙は外壁工事で慣れてますから」

 

 三人が三人ともプチモビの宇宙作業免許を持っているし、コロニー外壁工事も散々やった。宇宙に出ること自体は怖くない。

 いつもと違うのはプチモビではなく、フルサイズのモビルスーツということ。

 

「エフラム、フライトプランは?」

「大丈夫、ちゃんと管制に提出済みさ」

 

 携帯情報端末の画面に『承認済み』になったフライトプランを映し出す。

 

「さすがエフラム抜かりない!」

「準備OKだな! じゃあ行ってきます!」

『それじゃあ、ご安全に』

 

 ロジャーのプチモビが器用に手を振る。

 ケンジはゆっくりとジムⅡを歩かせると、フリーフォールの要領で宇宙に落ちていった。

 

 



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ボーイ・ミーツ・ジム 4

16時53分 コロニー近傍宙域

「おお~」

「おおお~」

「おおおお~」

 

 エアロックから踏み出した勢い、慣性だけで宇宙空間に躍り出る。

 全天周囲モニターに星々が流れ、どこまでも続く漆黒の空間に飲み込まれる感覚。

 プチモビで宇宙に慣れてはいても、MSの全天周囲モニターは大分感覚が違う。プチモビのコクピットは『機械に包まれている』と認識できるが、全天周囲モニターは『体一つで宇宙に放り出された感じ』なのだ。

 昔はこの感覚になじめずMSを降りる者もいたと言う。

 

「ショーン大丈夫か?」

「何が?」

 

 二人がショーンを気遣い具合を尋ねる。彼は医者から『精神的に不安定な部分がある』という指摘を受け、MS免許を断念した。環境の急激な変化は精神に過剰な負担を強いる危険性がある。

 それを危惧してのことだったが、当の本人はケロッとしていた。二人の気の回し過ぎだったようだ。

 

「ならよかった」

「ケンジ、制限宙域を出るぞ」

「よっしゃ! これからが本番だ!」

 

 エアロックを慣性で出たのには訳がある。

 MSはエアロック内でスラスターの点火が禁止されているのだ。プチモビ程度の推力ならいざ知らず、MSが本気でスラスターを吹かしたら、壁は焦げて煤だらけになってしまう。

 それと同じ理由で、コロニー外壁から一定の距離まではスラスターの点火は制限され、姿勢制御のためのアポジモーターのみ使用可となっている。

 

──サブモニターのイエローライトがグリーンに変わる

 

「いくぞー!」

 

──スロットルレバーを目一杯押し込む

──ジェネレーター出力をミリタリーパワーからMAXへ

──スラスターに火が灯る

 

 推力を得るまでのわずかな時間。

 三人でその瞬間を固唾を飲んで待ちわびる。

 鼓動は早まり、口の端が吊り上がった。

 次の瞬間、

 

──強烈な加速G

 

「がっ?!」「ぐぇ!?」「ぎゃっ?!」

 

 声にならない悲鳴を上げてシートに押し付けられる三人。

 なおも加速を続けるジムⅡ。

 一本の矢のような航跡を描き宇宙空間を突き進む。

 

「ぐ…………」

 

 歯を食いしばり加速に耐える。

 少しずつ体が慣れてくる。

 速度計が見えたが、表示される数字は目まぐるしく変わり続け目で追えない。

 

「ぐ……!」

 

 さらに体が慣れる。

 速度が頭打ちになった。

 速度計の数字が読み取れる。

 

「が……はっ……はは……」

 

 慣れた。

 モニター越しに流れる星々。

 自然と笑みがわいてくる。

 

「ぶはっはははっはっはー!」

 

 アドレナリン全開。

 Gに耐えながら笑うものだから、息苦しい。

 だが笑えてしまうのだから仕方ない。止まらないし、止められない。

 

──コントロールレバーを倒す

──右ペダルを踏みこむ

 

 ジムⅡは急激な右ロールを開始。

 

「……?!」

 

 体の中で内臓が片側に寄るような感覚。

 苦しい。

 だが楽しい。

 アドレナリンが苦痛を和らげ、感覚をマヒさせた。

 

──サブモニターにG警告

 

 機体側がパイロット保護機能を作動させ、速度を落とし、入力よりも機動を大回りのものにする。

 それに合わせてケンジもスロットルレバーを戻す。

 

──AMBAC起動

──両足を前に振って速度を殺す

──脚部スラスター点火

──アポジモーター点火

 

 ジムⅡは今までの加速が嘘のようにその場に止まり、180度の方向転換。

 

「ぶははははははははは! 見たか今の機動? プチモビなんて目じゃねーぞ! 推力が桁違いだ!」

 

 アドレナリン垂れ流し状態のケンジが、ショーンとエフラムに顔を向けた。

 

「あ、ああ……スゲーな……」

 

 引きつった笑みを浮かべるショーン。額に汗を浮かべているが、それでも楽しそう。

 

「ケンジ……お前……いきなりフルスロットルにするかぁ?」

 

 エフラムは咎めるが、その目は笑っていた。

 

「気にすんなって、それより見てみろよ! コロニーがもうあんな遠くにあるぞ!」

 

 モニターに映るコロニーを指さすと、素早くズーム画面が別ウィンドウに表示される。

 わずか数分前に出たコロニーが豆粒のようだ。

 

「スゲーな……こんなに速いのかよ……」

「俺、ジムⅡなめてたわ」

 

 唖然。呆然。

 ロートル機と思っていたが、腐っても元軍用機。プチモビと比べるのが間違いというもの。

 

「よっしゃ! もう一丁行ってみるか!」

 

 興に乗ったのか、嬉々としてスロットルレバーを押し込む。

 

「なぁケンジ、今度はバレルロールやってくれよ!」

「え? どうやるんだそれ?」

「こう、棒に巻き付く蛇みたいな感じでさ……」

 

 

 

19時36分 コロニー近傍宙域

「よーし! 撮るぞー!」

 

 ショーンがカメラを宙に浮かべてセルフタイマーをセット。

 大急ぎでジムⅡのところまで戻ってくる。

 

「よい……」

「……しょっと」

 

 ケンジがショーンを受け止め、エフラムがくるりと向きを変えてやる。

 ジムⅡの頭部の前で三人は思い思いのポーズを取った。

 数秒の明滅の後に、フラッシュが焚かれ落ちるシャッター。

 

「どうだ? 上手く撮れたか?」

「あせるなよ」

 

 カメラに取り付けたワイヤーをオートリールで巻き取ると、ショーンの手にすっぽりと収まった。

 

「どれどれ……よし! きれいに撮れたぞ」

「おお~! コロニーもバッチリ映ってる!」

「俺にも見せろよ」

 

 ヘルメットを突き合わせて三人でカメラのディスプレーを覗き込む。

 そこにはコロニーをバックに映るジムⅡと三人の姿。

 こうして写真という形で客観的な物になって見てみると、嬉しくもあり、気恥ずかしくもある。

 

「しっかし、ショーン。なんだよこのポーズ」

「エフラムが人のこと言えるか?」

「いや、ケンジのポーズが一番ひどい」

「そうだな、ケンジが一番ひどい」

「なんでそうなんだよ」

 

 ニンマリ笑うと三人で腹がよじれるほど笑い合う。

 ノーマルスーツを着ているものだから、バイザーは曇るし、飛んだ唾はぬぐえない。

 

『こちらサイド6コントロール……』

「ん?」

 

 と、ケンジのヘルメットに無線が入る。とはいっても直接の通信ではない。

 ジムⅡにリンクさせた無線機からのものだ。

 

『こちらサイド6コントロール。登録番号S6-M1467聞こえるか?』

「こちらS6-M1467。聞こえます。どうぞ」

『貴機は入港航路に進入しようとしている。直ちに変針されたし』

「え?」

 

 通信はサイド6の宙域管制官のものだった。

 慌ててコクピットに戻り、サブモニターを確認すると予定航路を外れていることを示すイエローランプが灯っていた。

 写真を撮っている間に機体が流されていたらしい。

 

「げ!? ヤベッ!」

『繰り返す、直ちに変針せよ』

「了解。変針する」

 

 管制塔との通信を切ると、コクピットの外に出て二人を手招きした。

 二人とも外壁工事でEVA(船外活動。宇宙空間での作業全般)に慣れているので、すぐに戻ってきた。

 

「どうしたケンジ?」

「機体が流されてた。このままだと港の出入口を塞いじまう」

「そいつはマズいな。すぐに離れよう」

 

 それぞれのシートに収まると、アポジモーターで向きを変え、メインスラスターを軽く吹かす。そして帰投コースへと機体を乗せた。

 

「もう少し写真撮りたかったな……」

「また来ればいいさ。今度はいつでも来れるからな」

 

 

 

12時12分 ハイスクールの食堂

「ヤタガラス」

「ファイヤーボール」

「イーグル」

 

 ケンジたち三人が食事の載ったトレイを前に、頭を抱えていた。

 そして三人の真ん中には昨日撮ったジムⅡの写真。

 

「サンダーボルト」

「ドラゴン」

「ポセイドン」

 

 一人づつ単語を口に出しているが、しりとりでもなければ連想ゲームでもない。そこには規則性もつながりもない。

 

「グリフォン」

「セイバー」

「ホーネット」

 

 頭の角度がどんどんどんどん下がっていく。

 食べ物の温度もどんどんどんどん下がっていく。

 

「だーっ! ダメだー! 思いつかねー!」

「うるせーよ! 考えろよ!」

「もういっそのこと食べ物の名前でいいんじゃね?」

 

 ケンジは脳みそがパンクして喚き散らし、エフラムが注意にかこつけて八つ当たり。ショーンは食欲に忠実だ。

 ともあれ一つの方向性が提示された。

 

「……食い物か……フライドチキン……」

「ハンバーガー……」

「ポークチャップ~♪」

 

 本日のメインディッシュであるポークチャップを頬張るショーン。その笑顔は安堵に満ちていた。

 

「「って、ダメだろー!!」」

「ふがっ?!」

 

 二人のツッコミを受けて咳き込むショーン。慌てて水でポークチャップを流し込んだ。

 

「げほ……げほ……な、なにするんだよぉ……」

「おいショーン! お前、俺たちのモビルスーツにそんな恥ずかしい名前を付ける気か?!」

「そうだぞショーン! 『ポークチャップ』なんて名前を付けるために、ずっとバイトしてた訳じゃないんだ!」

 

 三人が悩んでいたのはMSの名前。俗にペットネームと呼ばれるものだ。MS競技に参加する機体には個体名を付ける慣習がある。

 別になくてもかまわないと言えばかまわないのだが、自分のMSこそが一番であるという自負心がオーナーたちの名付けの動機となっていた。

 

「だいたいチーム名すら決まってないんだぞ!」

「申し込み締め切りまで時間がないっていうのに……」

 

 さらにはチーム名すら決まっていないという。

 再びケンジとエフラムは頭を抱えた。

 

「ハァイ~、お兄ちゃん! ここ空いてる?」

「デイジー! モニカも一緒なんだね、さあどうぞ!」

 

 唐突に現れた二人の女生徒。

 ショーンの顔がパァっと輝く。

 やってきたのはショーンが『最愛の妹』と言って憚らないデイジー。一つ年下で金髪碧眼。兄に似ずスマートな体形。

 そしてデイジーの友人のモニカ。白い肌に栗色の髪をたなびかせる。

 

「……なんだ……デイジーか……」

「はぁ……デイジーか……」

 

 ケンジとエフラムは誰が来たのか確認すると、頭を抱える作業に戻ってしまった。

 

「なんかヒドくなぁ~い?」

「許してやってくれデイジー。二人ともMSの名前を考えるので頭がいっぱいなんだ」

 

 デイジーが抗議するが二人は聞き流す。

 ショーンはそんな二人の非礼を詫びつつ、大人びた声音で妹をなだめる。

 

「え? モビルスーツに名前なんて付けるの?」

「もちろん! 聞いた誰もが俺のモビルスーツだってわかるようにするんだ」

「『俺たちの』だろ?」

 

 妹の前で格好つけようとするショーンに、ジト目のケンジが釘を刺す。

 ショーンはわざとらしい咳払いでこれを流す。

 

「え? お兄さんモビルスーツ買ったの?」

「そうなの! 昨日、納機されたんだよね~」

「ね~」

 

 モニカの疑問にハモって答える兄妹。

 ケンジのコメカミに浮かぶ血管。

 

「これがその写真さ」

 

 デイジーとモニカの前に写真を持ってくる。

 

「ワォ! 本当なのね! すごいわ!」

「でしょ? お兄ちゃんバイトがんばったんだもんね~」

「ね~」

 

 モニカの称賛にハモって応える兄妹。

 エフラムのコメカミに浮かぶ血管。

 

「もしかしてこれでMS競技に出るの?」

「そうだよ、よくわかったね」

「だって、MSを買う理由なんて作業用か、競技をするかってくらいでしょ?」

 

 そう言ってモニカはまじまじと写真を見詰める。

 

「でも、この顔……カワイイわね」

「「かわいい?」」

 

 予想外のモニカの感想。

 ブチ切れる寸前だっだケンジとエフラムが予想外の感想に戸惑う。

 

「ほらここ、カニの甲羅みたいじゃない」

 

 モニカはそう言うとメインカメラのゴーグルを指差す。

 

「……カニ……?」

「まぁ……見えなくもないか?」

 

 すっかり毒気を抜かれたケンジとエフラムが顔を見合わせる。

 確かにそう見えない事もない。

 

「いやいやいやいや、それでもカニはないだろ」

「そう? タラバガニなんか特に似てると思うわ」

「あっ、7バンチの養殖タラバ美味しいよね」

「でしょう! 私の叔父が育ててるの!」

 

 食い意地の張ったショーンが反応し、思わず花咲く蟹談義。

 

「……おいショーン、今はMSの名前考えるのが先だろ。カニの話は後にしてくれ」

「そうだ、お兄ちゃん! カニの名前を付けたら?」

「は?」

「さすがデイジー! いいアイデアだ!」

「は?」

 

 ケンジの声など、もうこの兄妹の耳に入っていない。

 呆気に取られている間にも話は進む。

 

「じゃあ『レッドキングクラブ(タラバガニ)』とかどうだろう?」

「いいかも!」

「『ダンジネスクラブ』なんかも響きがいいんじゃない?」

「それもいいかも!」

 

 モニカも参戦して暴走が加速。

 早く止めないと大変なことになる。

 

「待て待て待て! ちょっと待って!」

 

 ケンジが三人の前に体を割り込ませて話を断ち切る。

 

「カニか?! カニなのか?! 俺らのジムⅡは?!」

「あれ? ケンジはカニ嫌いか?」

 

 完全にずれてしまったショーンが首を傾げる。

 

「ちっがーう! 食うのは好きだがジムⅡの名前となれば別だ!」

 

 ショーンの意見に毒されかけながらも、何とか抗う。

 

「じゃあ、『トライデント』とかどうかしら?」

「え?」

 

 モニカの唐突でまともな提案に面食らう。

 ついさっきまでカニカニ言っていた少女の発言とは思えない。信じ難い発想の転換。

 

「だって三人で買ったMSなんでしょ? ならピッタリだと思うの。『3』つながりで。それに、この目の部分。トライデント(三叉槍)っぽくない?」

「おいエフラム、トライデントってどんなのだ?」

 

 名前を聞いてパっとイメージできなかったケンジ。

 エフラムは肩をすくめると情報端末で画像を出してくれた。

 

「これだよ。穂先が三つある槍で、神話なんかで海の神様が持ってるやつだ」

「…………なるほどね。二人はどう思う?」

「……いいんじゃないか? 俺はそれでかまわない」

「俺もいいと思う。それっぽくてカッコいいじゃん」

 

 エフラムは反対するだけの理由も対案もなく同意。

 ショーンは三にちなんだ武器というところが気に入った。

 

「よし! じゃあ『ジムⅡトライデント』で決定だ!」

 

 ケンジも同意して無事決定。

 

「色はどうする?」

「海つながりで青メインに塗ったらどうだ?」

 

 それでも決める事はまだまだある。

 と、そこでモニカの更なる提案。

 

「ねぇ、デイジー。私たちでお兄さんのチームを手伝うのはどうかしら?」

「うん! それいいかも。どうかな、お兄ちゃん?」

「もちろん歓迎するよデイジー! 二人もかまわないだろ?」

 

 ショーンがケンジとエフラムに同意を求める。

 

「そりゃかまわないけど……」

「けどいいのか? 力仕事も結構あるぞ?」

 

 エフラムがいかにも不安だと言わんばかりに聞いてくる。

 

「ちょうどいいエクササイズになるんじゃないかしら? それに力仕事以外にもやる事はあるんでしょう?」

 

 挑発的な笑顔を浮かべてエフラムの疑問を受け流すモニカ。その笑顔は妙に魅惑的だ。

 

「……OK。人手はあるに越したことはないからな」

「やったわ! がんばりましょうねデイジー!」

「うん!」

 

 手に手を取って喜ぶデイジーとモニカ。先程とは打って変わって、年相応の少女の笑顔。

 ともあれ、ケンジたち三人で始めたMS競技への挑戦は、開幕戦を前に五人のチームとなった。

 



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飛べジムⅡ!

10時00分 サイド6近傍宙域

『ターゲット・インサイト・トゥエルブオクロック・ロー(敵機確認、正面下方)』

 

 空間戦闘機『FF-S3セイバーフィッシュ』。

 制式採用時には「宇宙人とでも戦うのか?」と揶揄された高性能機である。

 そのエレメント(二機編隊)が、今しがた発見した敵機に向かって機首を向ける。

 それに呼応するかのように敵機も上昇を開始。

 

──ヘッドオン

 

『タリホー!』

 

 HUD(ヘッドアップディスプレイ)に敵機を捉えると同時に機首四門の機関砲が火を噴いた。

 だが、18mの巨人は左足を後ろに振って緩ロール。危な気もなく回避。そのまま突っ込んできた。

 

『ブレイク! ブレイク! ブレイク!』

 

 衝突コースに乗っていた編隊を左右に散開して回避。

 その間に18mの巨人は悠々と二機のセイバーフィッシュの脇をすり抜ける。

 

──ザクだ!

 

 ジオン公国が開発し実戦に投入した人型機動兵器『MS-06ザクⅡ』。

 セイバーフィッシュのパイロットはすれ違うわずかな時間で敵機を識別。追撃に移る。

 操縦桿を倒しループ機動。機首の姿勢制御用スラスターが断続的に点火され、空間戦闘機としてこれ以上望みようがない最小半径で旋回。敵機の未来予測位置に機体を向けた。

 だがそこにザクⅡの姿はない。

 ザクⅡはすれ違うと同時に右手足を振り抜きAMBACで旋回。セイバーフィッシュのパイロットが予測した未来予測位置のはるか手前にいた。まるで独楽のようにくるりと回り、未だ旋回を続けるセイバーフィッシュにザクマシンガンの銃口を向ける。

 偏差射撃で弾丸を叩き込む。右に左に。

 

──直撃

 

 二機のセイバーフィッシュはループ中だったために、これ以上の軌道変更が出来ずに被弾。煙を吹いて弾き飛ばされていく。

 圧倒的な機動力の差を見せ付けたザクⅡ。どれほど高性能な戦闘機であろうとも、MSとの機動力の差はいかんともしがたい。今の戦闘は戦場の主役が交代したことを示す象徴的なものだった。

 が、

 

──ロックオンアラート

 

 直後、けたたましい音を立て不快な警告音がザクⅡのコクピットに鳴り響く。

 モノアイを巡らせ周囲を探る。

 

──直上から敵機

 

 頭部を上に向けると、モノアイが敵機を捉えた。

 白い機体。

 間違いない。

 あれは、

 

──RX-78ガンダム

 

 見る間に距離を詰めるガンダムに対し、ザクⅡはマシンガンを乱射しながら回避機動に入った。

 だが、ガンダムはマシンガンの弾丸をものともせずに突進。あっという間にザクⅡの懐に飛び込むと、抜き放ったビームサーベルを振り下ろした。

 

 

 

10時6分 サイド6宇宙港6番ポート

『0118年MS競技会合同開会式、恒例の『ヒストリカルフライト』で幕を開けました! 実況は私、トーマス・ジャクソンとMS評論家ファン・クーパーの解説でお送りします。早速ですがクーパーさん、ただいまのフライトをどうご覧になりましたか?』

『今年のテーマは『MS時代の到来』だそうですが、どうして戦場の主役が旧来の兵器からMSへと変わらざるをえなかったのかということが実にコンパクトにまとめられていましたね』

 

 サイド6の宇宙港、その一画を借り切ってMS競技の開会式が行われていた。

 そこには巨大なスクリーンが設置され、宇宙空間で繰り広げられた『ガンダム対ザクⅡ』の映像が映し出され、詰め掛けた観客は思い思いの歓声を上げている。

 『ヒストリカルフライト』と銘打たれたこの演目は、過去の戦闘を当時の機材を用いて再現するショーだ。往年の名機の模擬戦が見られるということで人気がある。ただ、模擬戦ということで弾は空砲、ガンダムのようなレアな機体はレプリカになってしまうのが残念といえば残念だ。

 スクリーンには演目を終えて帰還するガンダム、ザクⅡ、セイバーフィッシュが肩を並べて飛ぶ姿が映っていた。

 

「は~……今年のヒストリカルフライトも見応えあったな」

「すごいよな! ザクⅡの機動なんかAMBACのお手本だよ」

「しかしセイバーフィッシュなんて飛べるのがまだあったんだな。そっちのほうが驚きだ」

 

 ケンジたちが口々に感想を語り合う。

 彼らがいるのは宇宙港の片隅に設けられた開会式会場。別に整列しているわけではなく、チーム毎に適当に固まっている。

 

(観客席とはだいぶ感覚が違うもんだな……)

 

 思わず感慨に耽る。

 去年まで観客席で観戦する事しかできなかったが、今年はスタートラインに立つことができた。

 思わず顔がニヤけてくる。

 

「どうしたケンジ?」

「いや……やっとここまできたんだなって……」

『続きまして宇宙機器レース委員会会長ロナルド・イーサンより開会の……』

 

 お偉いさんの話なぞ聞き流す。

 エフラムもショーンも聞いてない。

 三人でこの場に立てる喜びを噛みしめるのに忙しい。

 

「そうだな。やっとここまできた……」

 

 子供の時に三人で交わした約束。

 三人揃って初めてMS競技を見た時の興奮を思い出す。

 

──三人でチームを組んで出よう!

 

 他愛ない子供の戯言。普通だったらそれで終わる話。

 だが、三人とも本気になってしまった。子供なりにMSの入手方法を真剣に考えた。

 あきらめそうになったりもしたが、自分にできることだけ考えて積み上げてきた。地道に地道に。

 

『地球連邦軍サイド6駐留艦隊MS隊による展示飛行をご覧ください』

 

 感慨に耽っている間に式典はだいぶ進んでいたようだ。

 スクリーンを見上げるとスモークを曳いたジェガンの編隊が、宇宙空間を飛び去って行く。

 開会式ももうすぐ終わる。

 

「さて、ご挨拶に行くか」

 

 

 

10時32分 宇宙港 仮設MSピット

「何度見てもミスターMSの機体はスゴイよな~」

「スゴイって言うか、ここまでいくと卑怯じゃないか?」

「こういうのは『鬼に金棒』って言うんだよ。まぁ、性能が違い過ぎるってのは確かだな」

 

 貸切られた宇宙港6番ポートには競技に参加するMSがズラリと並ぶ。簡素なパーテーションで区切られピットとしての役割と、販売ブースとして用いられる。

 MSの前では各チームが出店を出しチームグッズの販売、パイロットのサイン会に撮影会にと賑わっていた。

 観客たちはレースが始まるまでの間、思い思いに各チームのブースを巡り楽しむことができる。

 フルサイズMSの競技にワークスチームは存在しない。つまり全てのチームはプライベーター(個人参加)である。であるから、ここでのグッズの売り上げはチームの活動資金に直結している。各チームとも多種多様なグッズ販売とサービスに力を入れ、資金調達に勤しんでいた。ただし、それで集客が可能なのは人気のある上位チームだけなので、下位チームは飲食物の模擬店であったり、MS関連のフリーマーケットを開いたり、そも出店しなかったりと三者三様。

 

「この帽子を三つ」

 

 ケンジたちは目当てのチームの出店で野球帽を買うと、サイン会の列に並んだ。

 さすがに昨年度チャンピオンのチームだけあって列が長い。いや、ただ昨年優勝しただけではここまで列は長くならない。

 彼らが並んでいるのはMS競技創設時から参加し、齢六十を超えて今なお乗り続けるMS競技界のレジェンド。

 

──ニコラス・ガーランド

 

 デブリヒートでの入賞十二回、そのうち優勝七回という成績を誇るバケモノ。ファンは畏敬の念を込めて『ミスターMS』と呼んでいた。

 そしてその後ろにそびえるのが彼の愛機

 

──RGZ-95C リゼル・レッドパラディン

 

 名前の通り鮮やかな赤で塗装されたMSは、得も言われぬ美しさがあった

 リゼルは第二次ネオジオン戦争後に制式採用された可変MSである。

老朽化による運用コストの高騰や連邦軍のドクトリンの変化を理由に退役が進んでいるが、一部部隊によって運用が続いている。退役した機体も全てモスボール保管され、いつでも戦線に復帰できるようになっていた。

 つまり、まだ民間に放出されていないMS。

 

「このリゼルをレストアするのに6年だっけ? ……俺にはとても真似できないな」

「パーツ集めだけでも気が遠くなる……それもジャンクだけで……」

「まったくだな……第一、金が続かないよ……」

 

 ガーランドは6年の歳月をかけジャンク屋を巡り、撃破されたリゼルのパーツをかき集め、それでも足りないパーツは撃破されたジェガンの部品を流用して作り上げたものだ。もともと部品の共用が行われていた両機であったが、本機ではさらにその割合が高くなっていた。武装の封印に来た連邦軍技官は、このMSを見て苦笑いで帰っていったという。

 そのためリゼル本来の性能を発揮できないと言われているが、参加しているどのMSよりも高性能なのは間違いない。他のMSと性能に差があるために「卑怯」と言われることもあるが、MS競技が『機材スポーツ』であることを考えれば、的外れの批判と言えよう。

 機材スポーツである以上『勝てる機体を用意する』ところからレースは始まっているのだ。

 

「次の方どうぞ~」

 

 待つ事しばし。やっとケンジたちの順番がやってきた。

 スタッフに促されガーランドの前に歩み出る。

 チャンピオンのガーランドは柔和な笑みで迎えてくれた。

 

「ようこそ、サインはその帽子でいいのかな? お名前は?」

「はい、ケンジです」

「ショーンです」

「エフラムです」

 

 三人揃って帽子を差し出す。

 緊張から声が上ずってしまった。

 ガーランドは帽子を受け取ると慣れた手つきでサインを書き込んでいく。

 

「あの……ミスター・ガーランド、今シーズンから僕らもデブリヒートに参戦することになりました」

「ほう?」

 

 帽子を返すガーランドの手がピタリと止まる。

 

「子供の頃から貴方に憧れてきました。いつか一緒に飛べるようがんばります!」

「…………」

 

 ケンジの精一杯の宣誓を聞き届けると、ガーランドは顔を綻ばせた。

 

「『いつか』じゃ困るな。私ももう歳だ、早く来てくれないとな」

「え? あっ、すすすみません! がんばります!」

 

 ケンジとしては格好よく宣戦布告するつもりだったのに、これではまったく締まらない。

 ガーランドはガーランドで新しいMS仲間を歓迎しているつもりなのだが、彼らには上手く伝わらなかったようだ。と、同時に思い出すのはケンジ同様に挨拶に来た若者たちのこと。過去にも参戦の挨拶に来た者たちがいたが、大半は事故であったり資金難に陥りMSを降りていった。

 

(彼らは生き残るかな……)

 

 去っていった者たちに思いを馳せる。

 

「すみませんでしたミスター・ガーランド! それじゃ、これで失礼しますんで……」

 

 ケンジの抜けっぷりに恥ずかしくなったエフラムが、二人の背中を押して逃亡を図る。

 だが、ガーランドは彼らを呼び止めた。

 

「ああ、待ちたまえ。パイロットは君でいいのかな?」

「は、はい……」

「もう一度、帽子を」

 

 ケンジは言われるままに帽子を差し出す。

 受け取ったガーランドはサインの脇に一言書き足すと、ケンジの頭に被せてくれた。

 

「がんばりたまえ」

「……はい!」

 

 そそくさとサイン会から離れ、十分距離を取ると、ケンジは息を吐き出した。

 

「ぶはぁぁぁ~…………緊張した……」

「ケンジ、お前ちゃんとしろよ。恥ずかしいだろ」

「うっせーぞエフラム! そう言うならお前が喋ればよかったんだ」

「こういうのはパイロットがやるもんだ」

「それよりも最後、何書き足してたんだ?」

「おっと、そうだった」

 

 帽子を脱いで書き足されたメッセージを確かめる。

 

──宇宙で待ってる

 

 それがガーランドからのメッセージ。

 ケンジは帽子を深く被りなおすと、不敵な笑みを浮かべた。

 

「これは……早く上のクラスに行かないといけないな」

 



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飛べジムⅡ! 2

11時07分 宇宙港6番ポート 仮設ピット

「ケンジ、すぐに機体検査始まるぞ。着替えてくれ」

「おう!」

 

 自分たちの仮設ピットに戻ってきたケンジたち。

 ケンジはジムⅡの足元に設営したテントに飛び込んだ。

 

「お兄ちゃん遅―い!」

 

 留守番をしていたデイジーとモニカが、ふくれっ面で出迎えてくれた。

 

「ごめんねデイジー。すぐ戻ってくるつもりだったんだけど」

「もう磨くところなんてないぐらい磨いたんだからね」

 

 ショーンがすかさず謝るが、デイジーの機嫌は斜めのままだ。

 三人で開会式に行っている間、ワックスがけを頼んでいたのだ。デイジーたちのおかげで機体はピカピカ。鮮やかなインディーブルーに塗り替えられたジムⅡは見違えるほど綺麗になっていた。

 エフラムはとりあえずデイジーを放置して、段取りを進めることにする。

 

「俺とケンジで検査に行ってくるから、ショーンたちもノーマルスーツに着替えておいてくれ」

 

 

 

11時45分 検査場

「はい、それじゃ登録証と整備履歴出して~」

 

 スタッフに必要書類を手渡すと同時に数人の運営メカニックがジムⅡに取り付く。

 宇宙港内に臨時に作られた検査場。

 競技をするにあたってMSにレギュレーション違反がないか検査をするのだ。

 レギュレーションと言っても、MS競技のそれはあまり厳しくはない。ジェネレーター出力もスラスター推力も上限規制はなく無制限。好き放題に改造できる。

 

「ハッチ全開放お願いしまーす」

「はい」

 

 ケンジがコンソールを操作して整備ハッチを全て開ける。

 

「コクピット周り補強確認」

「脱出コクピットのテストシグナル確認」

「プロペラントタンクの使用ありません」

「装甲板固定問題ナシ」

 

 ここで検査されるのは「パイロットの安全は確保されているか?」と「脱落もしくは投棄される機体部品はないか?」の二点。

 パイロットの安全確保は競技である以上当然のことだが、後者には少々事情がある。

 現在のレギュレーションでは『プロペラントタンクを使用する場合、投棄できないよう固定すること』と定められている。実は最初期の大会ではプロペラントタンクの投棄が認められていた。

 そのため起きたのが『投棄されたタンクによる進路妨害』問題。

 デブリヒートでは進路妨害が認められているので、当初はタンク等の投棄はその範疇ではないかという意見が大半を占めていた。

 ただ、そのルールの穴をついて『ザク・マインレイヤー』を投入するチームが現れ、状況は一変。コース上で機雷散布(もちろん模擬機雷)を行ったことで進路妨害どころか、大会の進行そのものに影響を及ぼしたのである。

 それ以降はレギュレーション改定が行われ、タンク投棄はもちろん、装甲板のパージも禁止されている。

 

「異常ナシ」

 

 メカニックたちがチェックリストを埋めると検査済みのシールを張り付ける。

 これにて機体検査は終了。あとは予選開始を待つのみだ。

 

 

 

14時22分 宇宙港6番ポート

「ジェネレーターチェック」

「OK」

「スラスターチェック」

「OK」

「フィールドモーターチェック」

「OK」

「推進剤残量チェック」

「OK」

 

 昼過ぎに始まった予選。現在は第二ヒートが行われている。

 ケンジたちは第三ヒートに出場予定。そのための最終チェックを行っていた。

 

「オールグリーン」

「……なぁエフラム、これでチェック三回目だぞ。心配し過ぎじゃないか?」

「なに言ってんだ、こういうのは何度やったってやり過ぎってことはないんだ」

 

 先程から妙に落ち着きのないエフラム。平静を装ってはいるが、緊張の度合いが伺えるというものだ。

 

「外装と関節のチェック終わったぞ。問題ナシだ」

 

 外回りの点検をしていたショーンが、デイジーとモニカを引き連れてコクピットに入ってきた。

 

「も~、何回点検するのよ~……」

「デイジー、もう終わりみたいよ。ほら」

 

 全天周囲モニターの片隅に映るレースの中継画像。

 予選第二ヒートは順調に進み、残り五周。ケンジの出る第三ヒート参加者の集合の頃合いだ。

 

『予選第三ヒート参加者は機体をエアロックに移動してください』

「ね?」

「本当だ~」

 

 運営からの集合を知らせる放送で、チェック地獄から解放されたことを知るデイジー。

 延々と続くチェックの繰り返しから解放された安堵から安堵のため息。

 そんな妹とは対照的に、ショーンはいつになく真剣な表情をケンジに向ける。

 

「いいかケンジ、今回は時間がなかったから腰の装甲を外しただけの『どノーマル』だからな。かなり分が悪いぞ」

「わかってるよ。楽に勝てるなんて思ってないさ」

「……そうじゃない」

 

 ジムⅡが納機されてから今日のレースまで期間はあまり余裕があるものではなかった。

 わずかな期間で出来たことと言えば基本的な整備と、腰回りの装甲板を外す定番の軽量化だけ。あとはジムⅡに慣れるための慣熟飛行に費やさざるを得なかった。

 

「壊すなよ」

「大丈夫だって」

 

 ショーンの杞憂を笑い飛ばす。が、ショーンとエフラムは二人揃って肩をすくめた。

 

「何度も言うけど、今日は『レースに慣れる』のが目的だからな。一戦ぐらい落としても後で巻き返せばいい。だから壊すなよ。機体が無事なら俺とショーンで勝てる機体にチューンしてやる」

「……俺、そんな信用ないか?」

「ジュニアモビルスーツであれだけ壊しておいて何言ってんだ?」

「だよなぁ……」

 

 

 

14時31分 宇宙港エアロック

『デブリヒート予選第三ヒート参加機体は速やかにスターティングボードに搭乗してください』

 

 ケンジのジムⅡがボードに取り付けられた取っ手を掴む。

 『スターティングボード』は長方形の鉄板に取っ手とスタートシグナルを付けただけの物である。これをMSを乗せた状態でスタート地点までタグボートで牽引し、そのままスタートラインとして使用する。

 各自で三々五々にスタート地点まで移動するよりも、集合時間の圧縮ができるためスムーズな運営ができ、スタート前の事故防止にも役立っている。また参加者側としても無駄な推進剤を消費しなくてもよいというメリットがある。

 指定された位置にジムⅡを固定すると、頭部を巡らせ他の参加機体を確認してみる。そしてピットにいるエフラムたちを呼び出す。

 

「ショーン、エフラム、このヒートは当たりだ」

『どうした?』

「見てみろ。半分ぐらい『エンスー派』だ」

 

 MS競技に参加する人々にも様々な傾向や嗜好がある。その分類の一つが『エンスー派』と『チューニング派』である。

 MS競技界隈では本来の意味とは違う使われ方をしているが、『エンスー派』は『エンスージアスト』を語源とし、特定の機体に熱狂的な愛情を注ぎ、自ら機械いじりを嗜む人たち。そして『可能な限りオリジナルの状態を保つ』ことを至上命題としている。

 対して『チューニング派』はレースで勝つために、とことん機体をいじり倒し、構造変更や形状変更も厭わない人々を指す。

 

『ザクⅡにリックドム、ゲルググとアクトザク?! なんじゃこりゃ?』

 

 ショーンがジムⅡから送られてくる映像に目を丸くした。

 

「ネモとマラサイが居るけど、気を付けるのはこいつらぐらいだろ?」

『このヒート、えらく偏ってないか?』

「かもな。でも、おかげで予選通過が見えてきた」

 

 他の機体もジムⅡにハイザックと、ケンジのジムⅡと性能的に大差はない機体ばかり。

 予選は各ヒート十二機ずつで行われ、三位までに入れば明日行われる決勝に進むことができる。

 ケンジの目算では、性能的にネモとマラサイに勝てないにしても、他は同等かそれ以下の性能。三位狙いは十分に可能。

 

『いくらチャレンジクラスでも偏り過ぎだろコレ?』

 

 現在、デブリヒートは前年度の成績に応じて『ゴールド』『シルバー』『チャレンジ』の三つのクラスに分けられている。

 スミスのようなトップクラスのパイロットたちがしのぎを削る『ゴールドクラス』は、勝つためにレースをしているようなものなのでチューニングが絶対条件となり、MS自体も新しい型式になる。

 対して『チャレンジクラス』は玉石混合。ゴールドクラスへの昇格を目指しチューニングと技能向上に余念がない者がいる一方で、「大勢でMSを飛ばすのが楽しい」という純粋なレクリエーションとして参加する人たちがいる。それが『エンスー派』であり、彼らにとってレース結果は二の次、三の次になる。

 そして彼らにとってもっとも重要なのは、フリーマーケットで放出される部品であったり、他のMSオーナーからもたらされる修理方法や部品の調達法などの情報である。MS競技会はMSイベントの中では最大規模のものなので、それらを集めるのに丁度良いのだ。

 そんな彼らエンスー派が参加しているため、会場の雰囲気はどことなくコミックコンベンションに通じるものがある。

 

「でもチャンスだぜ?」

『いや、でもさぁ……』

『OK~ケンジ』

 

 状況を理解してなお煮え切らないショーン。

 見かねたエフラムが通信に割って入った。

 

『このレースは勝ちを拾いにいこう』

「よっしゃ! 任せとけよエフラム!」

 

 エフラムの許可が出てオーダー変更。

事前に決めていたレースオーダーは『様子見』である。

 エフラムとショーンが言っていたように、納機から今日までの期間が短かったために準備できたことは少ない。できたことは僅かな軽量化と多少の慣熟飛行。

 万全の状態ではないことは誰もが承知している。だから今回は捨て試合と割り切ったはずだった。

 

『その代わり、他のMSに絶対接触するなよ!』

「それは難易度高すぎないか?!」

 

 容認かと思ったらハードルが高くなった。

 デブリヒートでは進路妨害を含む接触、格闘戦が認められている。他のMSと全く接触しないとなると、それなりの技量と性能が必要だ。だがノーマルのジムⅡには性能的優位はなく、ケンジの練習量も足りているとは言い難い。

 

『万が一、クラッシュなんてことになったら修理費で活動資金が食い潰される』

「そうかもしれないけど勝ち点も大事だろ?」

『そりゃ大事さ。だが後半戦でひっくり返すこともできる』

「少しでも稼いでおいた方が後半は安心だ」

『おいケンジ。勘違いするな俺は『勝つな』と言ってるんじゃない。接触しなければ『勝ってもいい』って言ってるんだ』

「んな、無茶な……」

 

 エフラムからの無茶ぶりに思わず天を仰ぐ。

 だがエフラムはニヤリと笑う。

 

『できるさ。少なくとも俺とショーンはそう信じてる。じゃなきゃ、今までバイトで稼いだ金を全額突っ込んだりしない』

「賭ける相手を間違えたんじゃないか?」

『何を今更。お前だって『自分に賭けてる』んだろ?』

「……そりゃそうだ。そーいやそうだった」

 

 汗水垂らして必死に働いた日々を思い出し、今いる場所を意識する。

 モニターの向こうではショーンが頭を抱えているのが見えるが、この際見なかったことにしよう。

 

「じゃあ、『俺からは当てに行かない』ってことでいいな?」

『ああ、それで構わない』

 

 

 

14時34分 仮設ピット

「エフラム……ケンジを焚き付けるなよ~……」

「あいつは言い出したら聞かないのはわかってるだろ?」

 

 通信を切ると頭を抱えたショーンが抗議してきた。

 その気持ちがわからなくもないので、苦笑いで応えるエフラム。

 

「それはわかってる。けどなぁ……」

「やる気を出してる時に締め付けたってダメさ。手綱を緩めてやるぐらいがちょうどいい」

 

 とは言いつつも頭を抱え始めるエフラム。

 

「はぁ~……やっぱり止ときゃ良かったかな?」

「だからそう言ってるだろ……」

「どのぐらい壊してくると思う?」

「……フィールドモーターを二、三個ってところだろ」

 

 エフラムは自分で言いつつ天を仰いだ。

 

 一時間後。

 ケンジは宣言通り三位に入り予選通過。明日のチャレンジクラス決勝への出場権を手に入れた。

 



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飛べジムⅡ! 3

07時11分 仮設ピット

「だから、予備部品もないし修理も間に合わないからな!」

「わかってる、わかってるよショーン……言ってみただけだって」

 

 珍しくショーンが怒鳴り散らして怒っている。

 ケンジもあまりの剣幕に押されて縮こまるばかり。

 

「昨日も言ったけどさ、マニュピレーターだからまだいいけど…………いや、やっぱりよくない! 指の関節全部ダメにして!」

「仕方なかったんだって、相手の方から寄って来たんだ」

 

 ジムⅡの左手を見ると全ての指がダラリとぶら下がっていた。

 昨日の予選でジムⅡは『不慮の事故』により他機と接触。ダメージこそ少なくて済んだが左手の指関節が『バカ』になってしまった。

 

「モニカ、さっき言った通り、指をワイヤーで吊って、握り拳の状態で固定して!」

「わかったわ」

 

 ショーンの指示にモニカが場違いに明るい声で応える。能天気な声音と裏腹に無駄のない動きで指にワイヤーを掛けていく。

 ワイヤーで固定するのは、指が不用意に動いて無駄な慣性が発生するのを防ぐ意味合いがある。

 

「腕周りのフィールドモーターが壊れたらレースどころじゃなかったんだぞ!」

 

 憤懣やるかたなしとばかりにショーンが怒る怒る。

 まあ怒るのは無理もない。

 フィールドモーターは関節を駆動させる重要部品。それが壊れてしまうと、そこから先にある部位はデッドウェイトになってしまう。AMBACに使うことも出来ず、姿勢制御スラスターを適切な方向に向けることも出来なくなる。

 

「エフラム、関節のストレスチェックは?」

「大丈夫。許容範囲内だ」

「デイジー、もうすぐシュウ商会が推進剤持ってくるから、プロペラントのハッチを開けて」

「はーい」

 

 これ以上はかまっていられないとばかりに指示を出していくショーン。

 バツが悪くなったケンジは恐る恐る尋ねてみる。

 

「あ~、ショーン……俺は何をすれば?」

「飯食って、決勝まで休んでてくれ!」

「あ、はい……」

 

 

 

07時21分 バーガーショップ『アンティータム』

「おっちゃん『ザクバーガー』一つ」

「あいよ。ちょっと待ってな」

 

 特製ミートパテを何枚か鉄板に載せて焼き始める。脂の弾ける音が心地いい。

 

「飲み物はジンジャーエールでよかったよな?」

「さすがおっちゃん、よく覚えてるな」

「もう十年近くその顔見てるんだ、嫌でも覚えるさ」

 

 おっちゃんはニカッと笑うとジンジャーエールが入ったコップを出してくれた。

 このバーガーショップはケンジたちがレースを見に来るたびに立ち寄る行き付けの出店。もう十年近くも通っている。お互い名乗りもしなければ聞きもしないが程よい距離感が心地良い。

 

「しかし、坊主が本当にレースに出るとはな。しかもその歳でだ」

「そりゃ色々がんばったからな」

 

 ミートパテをひっくり返し反対側も焼く。香ばしい肉の香りが鼻腔をくすぐり食欲を掻き立てる。

 

「それにしてもおっちゃんの店、こんな時間からやってるんだな。おかげで助かったけど」

「寝坊か?」

「まあね」

「夜通し整備だ修理だってチームがいるからな。そいつらの朝食用だ。半分ボランティアみたいなもんだよ」

 

 一般の観客は9時からの入場。にも拘わらず営業しているのは、レースへの愛情ゆえのことだった。事実、開いている飲食の出店はここだけ。

 十年も通い詰めていたのに、初めて知った意外な一面。

 

「こいつを焼いたらデリバリーに行かないとな」

「ぁ……ぁの……」

「デリバリーもやってるの?!」

「おお、やってるぞ。ただし開場前までの限定だ」

「だから、俺以外の分も焼いてたのか」

「そういうこと」

「ぁ……あの……」

「じゃ、今度は俺も頼むよ! ポテトとオニオンリングも付けて!」

「ピット番号さえ教えてくれれば、ちゃんと届けてやらぁ」

「ぁの……」

「ん?」

 

 時折会話に混じるか細い声。

 ケンジがその声に気付き、目を向けると一人の少女が立っていた。

 女子高の制服を着た少女。真っすぐに伸ばした黒い髪がカラスの濡れ羽のように美しい。ただ、生気がないというか、覇気がないというか、影の薄さというか、無機質な印象が美点を打ち消し、もったいない感じ。『深窓の令嬢』といった趣も感じられるが、『薄幸の』の方がしっくりきそうだ。

 

「その代わり、デリバリーはちょいと時間をいただくぞ」

「おっちゃん、客来てるぞ」

「え?」

 

 おっちゃんは話すのに夢中になっていたのか、ケンジの指摘でようやく少女に気付く。

 

「おっと、すまないね。お嬢さん。ご注文は?」

「……『ザクバーガー』を一つ、お願いできますか?」

「あいよ」

「あの……ありがとうございました」

 

 少女がケンジに向かって頭を下げる。

 

「ん? ああ、気にしないでいいよ」

 

 視線をおっちゃんの方に戻すが、少女のことが妙に気になる。

 ケンジは横目にチラリと少女を見た。

 宇宙世紀のこのご時世に、制服などという時代錯誤なものを着せる高校はサイド6でも片手で数えるほどしかない。そしてそれらは富裕層の子弟ばかりが通っていた。

 

(いいとこの『お嬢様』ってやつか……何でこんな所に?)

「……あの、……何か?」

 

 少女がケンジの視線に気付く。

 

「いや、飲み物は頼まないのかなって、思って……」

「…………?」

「ほら、ハンバーガーだけだと喉乾かないか?」

「ぁ、そうですね……では、紅茶をお願いします」

「おっちゃん、紅茶だって」

「お前に言われなくても聞こえてるよ」

 

 手早く紅茶を出すと、ハンバーガーの作業に戻る。

 パンズにレタスを載せ、スライスしておいたピクルスを並べていく。ピクルスはパンズの外周に沿うように並べるのがポイントだ。そしてその上に焼きたてのミートパテを載せ、特製ソースを一塗。最後にパンズを被せて出来上がり。

 

「あいよ。ザクバーガーお待ち!」

 

 代金を支払い、ハンバーガーを受け取る。

 包み紙の中を覗くと、ハンバーガーが覗き返してくる。

 ミートパテに埋め込まれた小振りのミニトマトがモノアイを、レタスとピクルスが動力パイプを模していて、パンズにはご丁寧に排気ダクトの焼きゴテ入り。

 ザクの頭部を模した『ザクバーガー』は、この会場の名物料理の一つだ。

 

「ありがとうございます」

 

 少女はペコリと頭を下げると、立ち去って行く。

 ケンジはハンバーガーをかじりながら、その後ろ姿を見送った。

 

 

 

11時00分 宇宙港6番ポート 実況席

『全宇宙100億人のMSファンの皆様! お待たせいたしました! これよりデブリヒート開幕戦、決勝の幕開けです! 実況は私、トーマス・ジャクソンと、解説はMS評論家ファン・クーパーでお送りします!』

『よろしくお願いします』

『そしてなんと! 今シーズンからは月のフォンブラウンでもこの中継が配信されるということで、私少々、緊張しているしているのですが、同時に感慨深いものを感じるんですよ』

『まったくですね。第二次ネオジオン戦争が終結して25年。戦争中に散布されたミノフスキー粒子の濃度が低下したことで、ようやくコロニー間の通信が安定するようになりました。確かにレーザー通信は可能でしたが、色々と制約もあった。それが今では何の制約も受けずに通信できる。いい時代になったものです』

『本当ですね。おっ、早速本日の第一レース、チャレンジクラスのパレードランが始まりました』

 

 

 

11時03分 宇宙港6番ポート

「すぐ順番が来るので準備してください」

 

 パレードランはエアロックに移動する際に、観客席の前で行われる『お披露目』で、競馬のパドックのようなものだ。

 一機づつ、ゆっくりと前に進んでいく。

 

『先頭で入場してきたのはイエローキングの『マラサイパラダイス』。パイロットはハンス・ドミニク。二年連続で入れ替え戦で敗退。今年こそはシルバークラスに昇格して欲しい所です』

『機体も申し分なく、チームとしての実力はあるのですが、パイロットのドミニク選手のムラっ気が気になりますね』

『チームメイト総出で仮装するのも恒例行事になりましたね』

『どんな仮装をしてくるか、毎年楽しみにしているんですよ』

『続いて入場してきたのは『ネモ・ZEKUU』。ヴィクトル・ヨハンソンが駆る漆黒のネモが綺麗な4ポイントロールで客席の前を抜けて行きます』

『ヨハンソン選手はサブスラスターの使い方が上手いですね。昨シーズンは機体の不調で成績が奮いませんでしたが、今シーズンは期待が持てそうです』

 

 MS競技はレースである以前に『MS好きの祭典』としての要素が強い。

 レースとして速さを求める者、祭りとして楽しむ者、それらが上手く混ざり合う。

 このパレードランがそれを一番感じられるところだろう。

 チーム総出で仮装するところもあれば、ストイックにパフォーマンスをしないチームもあり、まさにカオス。

 

「ケンジ、俺らはどうする?」

「どうするったって、俺は何も考えてないぞ」

 

 ケンジとショーンが顔を見合わせる。

 元々、今日の決勝に出るつもりではなかったのだから、パレードランの出し物など考えていようはずもない

 そうこうするうちに客席の前を一機、また一機と通り過ぎ、笑いと歓声が起きていた。

 

「よせよ。今から考えたって碌なことにならないぞ。今日のところは皆で手を振るぐらいにしとこう」

 

 エフラムの正論に皆がうなずく。

 

「ねぇ、エフラム。次は私とデイジーでレースクイーンでもやりましょうか?」

 

 モニカが挑発的な視線で問いかける。

 その提案で一瞬、二人のレースクイーン姿を思い浮かべる。

 

「……っんん! 考えとく」

 

 わざとらしい咳払いで照れ隠し。

 と、ちょうどその時スタッフからの指示が出た。

 

「次、お願いします! 前の機体とは距離を保ってください」

「ケンジ、出番だぞ」

「よっしゃ! 任せろ!」

 

 スタッフの指示に従い、床を蹴るジムⅡ。慣性でゆっくりと前に進ませる。

 

「気を付けろよ。前のガザCにぶつけたら修理費が高そうだ」

「んな、ヘマしねーよ」

 

 前で順番待ちをしているMSをネタに冗談を飛ばす。

 

「しっかし、どこの金持ちだ? ガザCなんて持ち込んで」

「去年まではいなかった機体だね」

 

 やっかみ半分、好奇心半分。まじまじとガザCの後ろ姿を眺める三人。

 ガザCは現在、市場に一番多く出回っているTMS(可変モビルスーツ)である。第一次ネオジオン戦争終結後に連邦軍によって鹵獲、接収され、一部は要素研究のために分解され、また一部はアグレッサー(仮想敵機)として使用されていた。

 元々、TMSとしては製造数が多い上に、ベースが作業機ということもあり、メンテナンスが容易で、部品の転用が楽といったメリットがある。ただし、それは『他のTMSと比べて』という限定的なものではあるが。

 TMSの宿命たる『可動部分の多さからくる整備の煩雑さ』と『それに伴う整備費用の高騰』から逃れるのは難しい。

 そのガザCが客席前に進入し、アナウンスが入る。

 

『次は初参戦のチームですね。チーム『ハミングバード』の『ガザC・オナガ』。パイロットはカエデ・エインズワース。18歳の高校生ということでデブリヒート史上最年少のパイロットが誕生したことになります。このチームは聖マリアンヌ女学院の部活として設立されたとのことで、チームメイトは全て同校の生徒だそうです』

『いや驚きですね。高校生、それも名門と謳われる学校が部活動の一環として参加してくるとは思いませんでした。これも時代の流れですかね』

『おっ! エインズワース選手がチームメイトに促され、ハッチから小さく手を振っています。なんとも微笑ましいですね』

『ははっ、本当ですね』

「おいおい、お嬢様の道楽かよ」

 

 アナウンスを聞いていたエフラムが毒づく。

 自分たちよりも恵まれた環境を察し、そんな言葉が思わず口を突いて出た。

 

(……もしかしてさっきのは……)

 

 ふとハンバーガーショップの前で出会った少女を思い出す。その少女が着ていた制服も聖マリアンヌ女学院のものだったはずだ。

 

「おい、ケンジ。スタンド前に入るぞ」

「……お、おう」

 

 ショーンの言葉で我に返る。

 ジムⅡのつま先が床を蹴って前に進む、はずだった。

 

「あっ?!」

「うわっ?!」「ぬぉ?!」

 

──転倒

 

 つま先が滑り、バランスを崩したジムⅡが、すっ転ぶように前方に漂う。

 機体の外にいた四人は、幸いなことに振り落とされずにしがみ付いていた。

 

「ケンジ、立て直せ!」

「ちょっと待て!」

 

 咄嗟のことで遅れる反応。

 無情にもジムⅡはバランスを崩した無様な状態で観客席の前に現れた。

 

『さあ次のチームも……おっと? これはどうしたことだ? 様子がおかしいぞ』

『どうやら進入に失敗したようですね。オートバランサーの自動励起が作動してます』

『あ、本当ですね。おそらく緊張したんでしょう。この『ジムⅡ・トライデント』は初出場。パイロットのケンジ・オカダ選手も先程のエインズワース選手同様、18歳とのことです』

『若さゆえの焦りでしょうか? 落ち着いてレースに挑んで欲しいですね』

『そうですね。本番に期待しましょう』

 

 辛うじてフォローしてくれるアナウンサー。

 だが客席のそこかしこから聞こえる笑い声。

 

「やっちまった~…………」

 

 恥ずかしさのあまり、顔を覆うケンジ。今すぐジャンクの山に埋もれたい。

 

 

 

11時31分 実況席

『今回からフォンブラウンでも中継されるということで、初めてデブリヒートをご覧になる方も多いかと思いますので、ここでルールのおさらいをしておきましょう』

 

 実況のジャクソンの合図で、TV画面にはコースの概略図が映し出される。

 

『コース自体は何の変哲もないオーバル(楕円形)コースなのですが、『デブリヒート』の名の通り、コース上のダミー隕石を避けながら速さを競うことになります。ただし、各コーナーに設置されたビーコン付きの隕石。これは本物の岩石! 気を付けないといけません!』

『昨シーズンも結構クラッシュしてましたからね』

 

 どこか物悲しそうなクーパーの言葉に、ジャクソンは神妙な顔で頷いた。

 そして一拍置いてから、にこやかな笑顔に戻る。

 

『そしてデブリの海を飛び切って、一早くコースを十周したMSが勝者となります。が、ただ早いだけでは勝てないのが、このデブリヒートのおもしろいところ』

『そうですね、デブリヒートでは進路妨害や格闘戦が認められていますから、そういった駆け引きも見所ですね』

『さあ、タグボートに曳かれたスターティングボードが位置に着きました。これより15機のMSによるチャレンジクラス決勝が始まろうとしています!』

 

 

 

11時32分 ジムⅡ コクピット

『ケンジ、気負うなよ』

「わかってるよ……」

 

 無線から聞こえるエフラムの言葉に、何か諦観めいた表情を浮かべるケンジ。

 スターティングボードに取り付けられたグリップをジムⅡに握り直させると、クラウチングスタートの姿勢を取らせる。

 グリップさえ握っていれば、スタート時の姿勢は自由なので、各機が思い思いの姿勢を取っている。

 

──ステージングランプ点灯

 全ての機体のスタート準備が整ったことを伝えてくる。

 このランプが点灯したら、すぐにカウントダウンが始まる。

 スラスターが最大推力になるまでのタイムラグを計算に入れて、スロットルレバーをMAXに入れる。

 

──システムライト点灯

 黄色のライトが0.5秒間隔で三回の明滅。

 

──グリーンライト点灯

 

『今! グリーンライトと共に各機一斉にスタートしました!』

 



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飛べジムⅡ! 4

11時32分 サイド6近傍宙域

『各機、綺麗なスタートを切り……おっと? スターティングボードの15番グリッドにレッドランプが点灯!』

『あ~、フライングですね』

『15番グリッドに入っていたのは『ハイザック・レッドドワーフ』! 0.2秒のフライングです。ペナルティとして15秒、そしてフライング分の0.2秒、合わせて15.2秒がタイムに加算されます』

 

 これでこのハイザックは後続を十五秒以上引き離してゴールしない限り、勝利できない。

 

『さあ、先頭集団を見てみましょう。トップで第一コーナーに進入してきたのは『ガザC・オナガ』、その後ろに『ネモ・ZEKUU』、『ズサ・キラーエッグ』、『マラサイパラダイス』、『ガンダムMk―2フリーダムファイター』が団子状態で続きます!』

『『ガザC・オナガ』はMA形態での加速を活かして、上手く集団から逃げ出しましたね』

『ですが加速が良すぎてラインが膨らんできた! クリッピングに付けない! その間にヨハンソン選手のネモがジリジリと差を詰める!』

 

 

 

11時33分 ジムⅡ コクピット

『先頭集団が2コーナーを抜けるぞ』

「クソッ! 速いな!」

 

 悪態を付きながらも必死で操縦するケンジ。

 ジムⅡはまだ第二コーナー手前。じわじわと差が広がっている。

 

『焦るなケンジ。今、7位だ。慌てるタイミングじゃない』

「わかってる! けど、前のハイザックが赤いくせに遅いんだよ!」

 

 装甲板を減らしただけの、どノマールのジムⅡで七位は大健闘と言えるポジション。

 前を飛ぶハイザックにストレスを感じながら、第二コーナーへ進入。

 フルスロットルを維持したまま、右側の肩と脚部スラスターを全力噴射。強引に向きを変える。

 遠心力に持っていかれそうになる体を、歯を食い縛ってシートに押さえ付ける。

 

(このままアウトに膨らんで……抜く!)

 

 全スラスター点火。

 速度を乗せ、第二コーナー立ち上がりで最高速度に達するように調整。

 高いコーナリング速度でわざとアウト側に膨らみ、ハイザックのブロックを躱しながら抜き去るつもりだ。

 ハイザックはジムⅡよりイン側にラインを取っていて、コーナーを立ち上がってから加速する腹積もりのようだ。

 ジムⅡの速度が上がっていく。

 

『ケンジ! 左だ!』

「なっ?!」

 

 エフラムの警告でモニター左側に視線を移す。

 ハイザックはこちらの意図を察し、アウト側に膨らむとジムⅡの針路をブロック。

 とっさにスロットルを戻し衝突を回避。

 MS一機分のスペースを空けて抜く算段が、あっさりと潰されてしまう。

 

「危ねーだろ! この野郎!」

 

 怒り心頭。

 抗議の声を上げるもここは宇宙空間。相手に届くはずもなし。

 スロットルを入れ直し、再加速を開始するが後の祭り。

 もはやハイザックの術中にズッポリと嵌っていた。

 

『後ろから来るぞ! 避けろ!』

「はぁ?!」

 

 回避のために速度を落としたジムⅡ。

 速度を落とせば後続機が追い付くのは自明のこと。

 だがコーナリングに集中していたケンジは、エフラムの叫びが何のことだかわからなかった。

 次の瞬間、

 

──接触

──追突

──玉突き

 

「ぐわっ?!?!?!」

 

 ケンジのジムⅡに次々と後続のMSが追突。

 衝撃で機体が前に押し出される。

 ハイザックはタイミングを計ると、膝を曲げてジムⅡを待ち構えた。

 

「てめぇ! このクソ野郎! あっ!?」

 

 追突の衝撃から解放されたケンジが顔を上げると、

 

──モニターを埋め尽くすハイザックの足の裏

 

「ぎゃっ!?」

 

 ハイザックに蹴り飛ばされ、後続機に再度ぶつかるジムⅡ。

 その間にハイザックは蹴りの反動を利用して、悠々と加速していく。

.

「俺を踏み台にしやがったな!」

 

 

 

11時34分 実況席

『お~と! 後方集団で動きがありました! 第二コーナー出口でクラッシュです! リプレイを見てみましょう』

『…………なるほど、『ハイザック・レッドドワーフ』は上手く仕掛けましたね』

『と言いますと?』

『『ハイザック・レッドドワーフ』はフライングのペナルティで15秒のハンディを背負って飛んでいる訳です。これを覆すのは容易ではありません。ですので、後続を大きく引き離し、安心して先頭集団を追える環境を整えたかったでしょう』

『なるほど。確かに今のクラッシュに四機のMSが巻き込まれて立ち往生しています! その間に『ハイザック・レッドドワーフ』が後続を大きく引き離す!』

 

 

 

11時34分 ジムⅡ コクピット

「あの野郎どこ行きやがった!」

 

 第二コーナーを抜け、デブリ漂うストレートに入るジムⅡ。

 スラスター推力を80%程度に抑え、右へ左へヒラヒラと。

 四基のメインスラスターが目まぐるしく向きを変える。

 

『右からガンダムが来るぞ!』

「チッ!」

 

 ダミー隕石の影からRX-78ガンダムが飛び出し、ジムⅡのラインと交差。

 サブスラスターを吹かし、軌道をずらすと右手で払い除ける。

 バランスを崩したガンダムが失速。視界の隅へと消えていく。

 

「ハイザックはどこだ?! デブリで前が見えない!」

『10秒ぐらい差が付いてる。でも、あのハイザックはそんなに速い訳じゃない。周回を重ねれば追い付ける!』

「…………わかった」

 

 ガンダムに水を差されたせいか、落ち着きを取り戻す。

 スラスター推力を少しづつ上げていく。ゆっくり、慎重に。

 ジムⅡは非力な機体だ。

 加速に優れる訳でも、機動性が高い訳でもない。

 最小限の軌道変更でダミー隕石を避け、ミスを減らしてジリジリと前に詰め寄るしかない。

 

「エフラム、ショーン、サポート頼む!」

『任せとけ!』

 

 

 

11時34分 仮設ピット

「ショーン、どうだ?」

「駆動系も推進系も異常はないよ。装甲が凹んだだけだね」

 

 ジムⅡから送られて来るデータを見て、モニターしていたショーンが安堵の表情を浮かべる。

 今のクラッシュで不具合が出ていないか心配だったが、杞憂だったようだ。

 

「ふぅ……レース開始数分で、リタイアなんてことにならなくて良かったよ」

「ああ、ケンジの奴ならやりかねないしな」

「もう少し大切に乗って欲しいよ」

 

 

 

11時35分 実況席

『最終コーナーを抜けて『ネモ・ZEKUU』が先頭で立ち上がってきた! その後ろに『ガザC・オナガ』がぴったりと張り付く!』

『『ネモ・ZEKUU』は今シーズンから新しい姿勢制御スラスターに換装したそうです。コーナリング速度が上がってますね』

『ホームストレートに入って横一線! 加速に優れる『ガザC・オナガ』がジワジワ伸びてくる!』

『ホームストレートはデブリの密度が低いので、加速性能と推力に勝る『ガザC・オナガ』に有利ですね』

『おお~! 行った! 今、『ガザC・オナガ』が『ネモ・ZEKUU』をオーバーテイク! 一位で二周目に突入!』

 

 

 

11時35分 ジムⅡ コクピット

『先頭が二周目に入ったぞ』

「ハイザックとは何秒差だ?」

『12秒』

 

 仮設ピットにいるエフラムと短いやり取り。

 ペダルをわずかに踏み、戻す。踏み、戻す。

 微妙なコントロールで最終コーナーを抜けて行く。

 ホームストレートに入ると右サイドのスラスターを断続噴射。遠心力を打ち消す。

 ダミー隕石の少ないラインに機体を乗せ、姿勢を安定させると周囲を見渡した。

 

「見つけた!」

 

 ケンジの目がスラスターの炎を見つけると、すかさずモニターにズームされたハイザックの姿をサブウィンドウで表示。

 ハイザックとの距離が合わせて表示されるが、ジリジリと差が開いている。

 

「ジムⅡじゃストレートはキツイか……」

 

 わかっていたことではあるが、ぼやきたくもなる。

 スラスターは全力噴射。それでも前との差はなかなか縮まらない。

 ジムⅡはもがきながら二周目に突入。

 

『ケンジ、タイムが出たぞ。ハイザックとは11.4秒差だ』

「…………」

『ハイザックの飛び方を見ると、ストレート重視のセッティングみたいだな』

「じゃあコーナリングで詰めるしかないな」

 

 渇を入れるようにスロットルを握り直すと、ジムⅡは嘶くようにメインカメラを光らせた。

 

 

 

11時47分 ジムⅡ コクピット

「エフラム、どうだ?」

『五秒差まで詰めたぞ!』

 

 六周目に入り距離を詰めるも、順位を変えられない。

 コーナリングで詰め寄ってもストレートで離される。

 それでも何とかなっているのは、ケンジが必死にコーナリングスピードを稼いでいるからに他ならない。

 

『それとラインが変わってきたぞ。今、データを送る』

 

 エフラムがジムⅡにデータを転送。

 データはダミー隕石の配置と最善と思われるライン取りの軌道データ。

 

「クソっ、結構変わってるな」

 

 送られてきたデータを横目にダミー隕石を躱す。

 スタート時に比べ、ダミー隕石の数と位置が変わっている。

 ダミー隕石は要は『風船』なので、スラスターの排気を浴びるとちょくちょく動いてしまう。周回を重ねるごとに少しずつ流されて、レース終盤には大きく位置を変えていることも珍しくはない。

 無論、ケンジたちもそのことは承知の上。

 

「誰がやってる?」

『動かしてるのはネモとマラサイだ』

 

 レース慣れした者はダミー隕石を意図的に動かす。

 各チーム共にダミー隕石が終盤になるにつれ位置が変わることは承知している。ただ、それでも予想と違う位置にあったり、目の前で動かされれば焦りもするし、ストレスも溜まる。

 

『ズサとMk-2が割らされてる』

「そりゃ、ご愁傷様」

 

 さして同情もしていないが、とりあえずそう言っておく。

 そこでハタと気付いた。

 

「ん? ってことはハイザックを抜けば、三位争いに喰い込めるってことか?!」

『可能性はない訳じゃないが……相当難しいぞ』

「いや、イケるね! 俺の直感がそう言ってる!」

『マジかよ……』

 

 

 

11時48分 実況席

『『マラサイパラダイス』の蹴りがクリーンヒット! 『ガンダムMk-2・フリーダムファイター』たまらず仰け反る! さらに追い打ちのワンツー! ああ~、ここでガンダムフェイスが割れてしまった!』

『あぁ~……ジムの頭が出ちゃいましたね』

 

 マラサイの猛攻に打ちのめされるガンダムMk-2。

 被せてあった装甲が剥がれ、その下からジムⅢの顔が現れる。

 MSの市場において『ガンダム』は今も昔も人気の商品である。

 だが、その希少性ゆえに本物が出回ることはまずない。市場に出回っているのは全て『レプリカ』である。

 レプリカも大別して二種類あり『新造機』と『改造機』に分けられる。

 新造されたレプリカとしては、UC100年祭の時に建造されたZガンダムが有名であろう。ただし相当な金額がかかるため、『新造』は一般的な方法ではない。

 最も普及している方法は『似たような機体』、つまりはジム系列にガンダムの『ガワ』を被せる方法である。これならば入手も容易で、安価に済ませることができる。『RX-78ガンダム』は『ジムⅡ』を、『ガンダムMk-2』なら『ジムⅢ』をベースに改造するのが一般的だ。ただし、ガンダムに見えるように装甲を付け足すことになるので、重量が増えることとなり、あまりレース向けではない。

 『Ⅱにあらず、実はⅢ』。ガンダムMk-2レプリカを揶揄し、オーナーが自嘲するときによく言われる常套句。

 

『トドメの回し蹴り! これも綺麗に決まった! Mk-2吹っ飛ぶ! あっ、あ~……そのままダミー隕石に激突! ダミー隕石が割れてしまった!』

『またしてもダミー隕石を割らされてしまいましたね』

『『ガンダムMk-2・フリーダムファイター』に『バルーンブレイクペナルティ』として5秒加算されます』

 

 元々軍用機材であるMSは、繊細ではあるが頑強である。そのためダミー隕石にぶつかった程度で損傷を負うことはない。割りながら進むことだって可能だ。だって風船なのだから。

 ただそうなると『デブリヒート』という競技自体が別の物になってしまう。

 それを防ぐために『ダミー隕石を破壊した機体に5秒加算』する『バルーンブレイクペナルティ』が定められていた。

 

『『ガンダムMk-2・フリーダムファイター』はこれで三つ目のペナルティ。合わせて15秒の加算となります。こうなるとかなり厳しいですが、その辺りどうでしょうかクーパーさん?』

『その通りです。『ガンダムMk-2・フリーダムファイター』の勝ち目は薄いと言わざるを得ないでしょう。三つのダミー隕石を割らせた『マラサイパラダイス』のドミニク選手が一枚上手だった訳です』

『おっと、ここで情報が入ってきました。『ガンダムMk-2・フリーダムファイター』がリタイアです。どうやらシステムダウンのようです』

『おそらく今の格闘戦でメインフレームにダメージが出たのかもしれません』

『ボールが回収に向かっていますが、イエローコースコーションは出ないようです。このままレース続行です』

 

 

 

11時49分 ジムⅡ コクピット

『Mk-2がリタイアしたぞ! これで六位だ!』

「よっしゃ! これならいけるぞ!」

 

 ショーンが興奮気味に伝えてくる。

 棚ぼただろうがなんだろうが、順位が上がったのだ。どうやったってテンションが上がる。

 

『気を抜くなよ。まだ六周目なんだからな』

 

 エフラムが緩む空気を締めなおそうとするが、上がったテンションは落ちそうにない。

 

「任せとけ! 今日は俺たちの日だ!」

 



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飛べジムⅡ! 5

11時56分 実況席

『『ネモ・ZEKUU』がタックルをかましながらのコーナリング! 『ガザC・オナガ』アウト側に膨らんでいきます』

『ヨハンソン選手上手いですね。かすめるようなタックルで自機への衝撃を最小限に抑えつつ、ガザCだけ吹き飛ばしてます。その上で遠心力も打ち消している』

『さすがは前年度シルバークラス! 機体の不調が原因でチャレンジクラスに降格となりましたが、今年はその鬱憤を晴らすかのような飛びっぷり!』

『ここで後続機も詰めてきましたね』

『おお~っと! 『ズサ・キラーエッグ』『マラサイパラダイス』の二機も上がってきた! 『ガザC・オナガ』はこれで四位に転落。さらに『ズサ・キラーエッグ』がスパート! 三位以下を引き離しにかかる!』

『ズサと言うと『後方支援機』として運用されていたために『遅い』というイメージを持たれがちですが、大量のミサイルを運ぶためにスラスター推力が非常に高いんですね。ミサイルを積んでいない状態ではご覧のような高加速ができる訳です。加えて小さな機体を生かした小回りの良さ。さらに機体内部のミサイルラックだった所は十分なペイロードがありますから、様々な追加機材を搭載することも可能です』

『なるほど。最近『ズサが値上がりした』という話を聞きましたが、そういった基本性能の良さと拡張性の高さが評価されてのことだったんですね』

『その通りです。『ズサ・キラーエッグ』は増設したスラスターを、ここまで温存してたんですね』

『さぁ、『ネモ・ZEKUU』を先頭にレースは九周目に突入します!』

 

 

 

11時57分 第二コーナー

「追いついたぞ! この野郎!」

 

 九周目にしてようやく『ハイザック・レッドドワーフ』を捉える。

 距離はわずか。

 手を伸ばせば届く、目と鼻の先。

 

『気を付けろケンジ! むこうの方がレース慣れしてる、また何か仕掛けてくるぞ!』

 

 エフラムがそう言った直後。

 

──メインスラスターの噴射はそのままに、姿勢制御スラスターのみ逆進で点火する『ハイザック・レッドドワーフ』

 

 速度を殺すことで、自ら後続の『ジムⅡ・トライデント』と距離を詰める。

 一周目の時と同じく、目の前を塞ぎ、ジムⅡを減速させる作戦。

 

「だと思ったよ!」

 

 制動は掛けず、そのまま当たりに行くジムⅡ。

 ハーフロールで軸線をわずかにずらし、ハイザックの右脚に絡み付く。

 

『テメェ離しやがれ!』

「誰が離すか!」

 

 接触回線で飛び交う怒号。

 ハイザックがジムⅡを振り払おうともがく。

 が、ジムⅡは剥がれない。

 

「さっきはよくもやってくれたな!」

 

 ジムⅡの左腕を大きく振り上げ、

 

──ハイザックのメインスラスターに拳を叩き込んだ

 

 

 

11時57分 仮設ピット

「だーっ?! ケンジの奴やりやがった?!」

 

 ジムⅡのステータスをモニターしていたショーンが悲鳴を上げた。

 隣にいたエフラムも呆然

 

「うわぁ……」

「ちくしょう! マニュピレーター全取っ替えだよ!」

 

 左マニュピレーターのステータスはレッド。

 手首のジョイントはイエロー。

 この後の修理費用を考えると頭が痛い。

 

「スラスター潰すにしたって、なんでわざわざそこに手を突っ込むんだよ?!」

 

 そう、ケンジはハイザックのスラスターを潰すために、『スラスターの噴射口』に手を入れた。

 当然のことながら噴射口の出口は高温。

 そこに手を入れるということは、バーナーで焼くようなものだ。

 

「あぁぁぁぁ……信号途切れてる……回線焼き切れたんだ……」

 

 再度、ステータスチェックを掛けるが、左マニュピレーターは無反応。

 本来ならまだ耐えられただろうが、昨日の接触で装甲に隙間が出来、そこから熱が回ったのだろう。

 

「あっ!? ケンジの奴また!?」

 

 

 

11時57分 第二コーナー

「もう一丁!」

 

 ハイザックに再び拳を振り下ろすジムⅡ。

 もう一基のメインスラスターを叩き潰す。

 サブスラスターだけになったハイザック。これでもうレースに絡むことはできまい。

 

『このクソガキが! なんて事しやがる!』

「利子付きで借りを返してやってんだよ!」

 

 『ハイザック・レッドドワーフ』からの罵声が一際激しくなるが、ケンジも貯め込んだものを吐き出すように怒鳴り返す。

 そしてハイザックに絡み付いたまま360度スピンを敢行するジムⅡ。

 まるでプロレスのドラゴンスクリューのごとく回す。回す。

 

──一回転……二回転……三回転

 

『おい!? 何する気だ?!』

「利子付きだって言ったろ!」

 

 十分な勢いを付けて

 

──投げる

 

 コースの内側に向かって投げ飛ばされた『ハイザック・レッドドワーフ』。メインスラスターを潰されたがために、満足な姿勢制御が出来ず四苦八苦。

 ジタバタもがくが、漂流物となって第一コーナー入口へと流されて行く。

 

 

 

11時57分 実況席

『後続集団で動きがありました。中継のザクフリッパーを呼んでみましょう。フルハシさん?』

 

 

 

11時57分 ザクフリッパー

『はい、フルハシです。たった今、『ハイザック・レッドドワーフ』と『ジムⅡ・トライデント』による格闘がありました!』

 

 日系男性が『ザクフリッパー』のコクピットで、興奮気味にまくしたてる。

 『ザクフリッパー』はジオン公国軍が一年戦争時に運用していた偵察機である。

 一年戦争終結後は連邦軍に接収され、近代化改修を施し運用されていた。グリプス戦争時まで使用されていたが、EWAC機の登場によりその役目を終えていた。

 ただその撮影能力は今も高く評価され、資源開発などの調査機関や、テレビ等の報道機関で撮影機材を入れ替えつつ使用されている。

 

『こちらのVTRをご覧ください。『ジムⅡ・トライデント』がタックルからのパンチの猛打! 『ハイザック・レッドドワーフ』はメインスラスターを破壊され現在漂流中です!』

『フルハシさん、『ハイザック・レッドドワーフ』は現在どの辺りに居るんでしょうか?』

『はい。『ジムⅡ・トライデント』にコース内側に投げ込まれまして、私の乗る『ザクフリッパー』の近くを漂流しています』

 

 

 

11時58分 実況席

『フルハシさん引き続きお願いします。さてクーパーさん、これで『ハイザック・レッドドワーフ』は完全に勝ち目がなくなってしまいましたね』

『そうですね。メインスラスターを潰されたのもそうですが、コース内側に飛ばされたことで『パイロンカットペナルティ』、つまりショートカットに対するペナルティまで付加されてしまっては無理でしょう』

『『ジムⅡ・トライデント』はこれで五位に浮上。六位に『ジムⅢ・ナイトシャドウ』と続きます』

 

 

 

11時58分 ジムⅡ コクピット

「はっはー! ザマ見ろってんだ!」

 

 思わずガッツポーズ。

 溜まりに溜まった憂さを晴らして気分爽快。

 

『ケンジ……お前なぁ……』

 

 モニターの向こうからはショーンの嘆き。

 彼の頭の中は修理の工程と、かかる手間で頭が一杯。

 恨み言の一つも言いたくなる。

 

『落ち着けショーン。その話は後だ』

 

 ショーンをなだめつつ、エフラムが通信を代わる。

 

『ハイザックに時間を取られた。後ろのジムⅢが5秒差まで詰めて来てるから注意しろ。このまま逃げ切れば五位入賞だ』

「待てよエフラム。前とは何秒差なんだ?」

『前? 四位のガザCとは13秒も差があるぞ。さすがにあと一周じゃ無理だ』

「ファイナルラップはいつも荒れるだろ? 諦めるにはまだ早いさ」

 

 しゃべりながらもヨーヨー軌道でダミー隕石を潜り抜ける。

 ケンジの言う『ファイナルラップはいつも荒れる』は正しいようで正しくない。荒れずに終わるレースも多いのだから『ファイナルラップは荒れやすい』が正確だ。

 ただ、『荒れずに終わったレース』が印象に残らないほど、この『デブリヒート』というレースは終盤にかけて荒れるのが当たり前なのだ。

 

『13秒差だぞ? 半端なアクシデントじゃひっくり返らないぞ?』

「ズサのペナルティはいくつだ?」

『……バルーンブレイクが一つだ』

「誰かが上手く仕掛けてくれれば、ペナルティ分のタイム差でひっくり返るさ」

『んな、人任せな……』

 

 不敵な笑みを浮かべるケンジ。

 エフラムとショーンが呆れて顔を見合わせる。

 ケンジの言うことには現実味がない。

 だが、ケンジのこの『不屈の闘志』というか『あきらめの悪さ』というか、石にかじりついてでも、這いつくばってでも前に進もうとする姿勢に賭けたのだ。いささか運頼みな点は否めないが、あきらめないメンタルの持ち主だ。

 

(……あとは神様にでも祈ってみるか)

 

 そう考えるとエフラムの顔に笑みが浮かんだ。ただし苦笑いだが。

 

『わかったよ、ケンジ。どっちにしてもジムⅢから逃げなきゃいけないんだ……飛ばせ!』

 

 

 

12時00分 実況席

『さあ、ファイナルラップ! 先頭は『ネモ・ZEKUU』、続いて『ズサ・キラーエッグ』。そこからわずかに遅れて『マラサイパラダイス』と『ガザC・オナガ』が続きます。縦一直線!』

『ほとんど差がありませんね。この程度の差なら、どのチームが勝ってもおかしくはありません』

『こうなると誰がどこで仕掛けるかが見物ですね! クーパーさん!』

『そうですね。『ネモ・ZEKUU』は機動力、『マラサイパラダイス』は格闘戦、『ズサ・キラーエッグ』と『ガザC・オナガ』は高加速とそれぞれが違う長所を武器に戦っています。

ですので展開次第で状況がガラッと変わってしまうことも考えられます』

『やはり一波乱あると?』

『当然あるでしょう。ただ『ズサ・キラーエッグ』は、この先頭集団の中で唯一ペナルティを背負っているので、それを踏まえた上でどう仕掛けるのか注目したいですね』

 

 

 

12時00分 ジムⅡ コクピット

『ファイナルラップだ! 気張れよ!』

「ガザCと何秒差だ?」

『11.3秒』

 

 ジムⅡもファイナルラップ突入。

 予想よりも大分差を詰めたことにケンジ自身が驚く。

 

「前の方で何かあったのか? だいぶ詰まったけど?」

『まだ膠着状態。ガザCは疲れたんじゃないかな? さっきよりラインがぶれてるし』

 

 ショーンの所見を聞いて、ケンジも疲れを意識する。

 推力全開でデブリの海を飛び続けるのだ。疲れない訳がない。

 ヘルメットに仕込んだハイドレーションのストローを咥えると、水を一気に吸い上げて胃に落とし込む。

 

「ぷはぁっ……これはチャンスってことだな!」

『そういうことだ!』

『そんな訳ないだろ! 後ろのジムⅢが4秒差で迫ってる!』

 

 ジムⅢがすぐ後ろに迫っている。

 前を見ればチャンスかもしれないが、後ろを見ればピンチである。

 ましてやジムⅢはジムⅡに比べ運動性、機動性が向上している。まだまだ余力を残し、タイミングを計っていると見るのが妥当だろう。

 

『これじゃ抜く前に抜かれちまうよ!』

 

 

 

12時01分 実況席

『『ネモ・ZEKUU』、『ズサ・キラーエッグ』の二機。ほとんど差がありません! これは接戦! ……おっと? これは? ……このまま行きますと第一コーナーの入口で周回遅れのMSにラインを塞がれてしまいますね』

『『リックドムⅡ・ピシャーチャ』ですね』

 

 『リックドムⅡ』は一年戦争末期に生産された旧ジオン公国のMSである。

 この個体は『ジオン公国』解体後の『ジオン共和国軍』で運用されていたため、意外とコンディションが良い。

 一年戦争終結後のジオン共和国は新規のMS開発が禁止されたため、戦時中に生産されたMSを繰り返し改修し、防衛戦力を維持してきた事情がある。

 後年は連邦軍払い下げのMSに切り替わっていくのだが、その際に用途廃棄となったジオン製MSがサイド3のジャンクヤードに積み上げられているのは、マニアの間では有名な話だ。

 

『不調でしょうか?』

『いえ、違うと思います。性能的な問題でしょう。いくらリックドムⅡが素性の良いMSと言っても、他のMSに比べ性能的に見劣りしているのは否定できません。ましてや、この『リックドムⅡ・ピシャーチャ』は、装甲板のほとんどを残していて、あまり軽量化をしていません。重さも原因でしょう』

 

 解説が終わると同時ぐらいにネモとズサが周回遅れのリックドムⅡに追いついた。

 二機は迷うことなく機体を右側、つまりコースの外側に向けて回避。

 鮮やかなパッシング。

 それに呼応するようにリックドムⅡも針路を変える。

 

『なるほど……あっ、『リックドムⅡ・ピシャーチャ』が変針しました! コース内側のペナルティエリアに入っていきます……? これはあきらめたんでしょうか?』

『うーん……それにしては変なんですよね……』

『と、言いますと?』

『いくら周回遅れとはいえ、自らペナルティを受けに行く必要はない訳で……上下の縦方向に避ければペナルティを受けなくていい訳でしょう?』

『そう言えばそうですね……』

 

 クーパーの解説にジャクソンも首をひねる。

 と、その時、『ズサ・キラーエッグ』が装甲板の下に隠していたスラスターを展開。

 一呼吸の後、暴力的な推進力で一気に加速。

 

『あーっ! 仕掛けた! 『ズサ・キラーエッグ』が仕掛けました! 針路が空いた一瞬の隙を突いて一気に加速! 『ネモ・ZEKUU』を抜いた!』

『これはロケットモーターでしょうか? とんでもない隠し玉を出してきましたね』

『『ズサ・キラーエッグ』第一コーナーにアプローチ!』

 

 

 



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飛べジムⅡ! 6

12時01分 ジムⅡ コクピット

『ズサが仕掛けたぞ!』

 

 モニター越しにショーンががなる。

 ショーンの焦りが伝播して、ケンジまで焦りそう。

 

「クッソ! あの加速は反則だろ?!」

 

 

 

12時01分 実況席

『伸びる伸びる! ぐんぐん伸びる! 二位の『ネモ・ZEKUU』に一機分の差をつけて第一コーナーにアプローチ! パイロン代わりの隕石に沿って綺麗なコーナリング! さあ、ぐるりと回って……』

 

──ぐるりと旋回する『ズサ・キラーエッグ』

──ぐるりと一回転する『リックドムⅡ・ピシャーチャ』

 

『は?!』

『え?!』

 

 唖然。

 『リックドムⅡ・ピシャーチャ』が渾身のフルスイングで『ズサ・キラーエッグ』を弾き飛ばす。

 間髪入れずにもう一回転。

 今度は『ネモ・ZEKUU』を打ち据える。

 瞬く間に二機のMSが押し戻された。

 突如、進路に立ち塞がる『リックドムⅡ・ピシャーチャ』。

 その手はバットの代わりに一機のMSを掴んでいた。

 

『あ、あれは……リックドム?! 『リックドムⅡ・ピシャーチャ』が『ハイザック・レッドドワーフ』をバット代わりに殴っています!』

 

 

 

12時01分 ジムⅡ コクピット

『ズサとネモがコケたぞ!』

「おっ! 潰し合いか?」

 

 エフラムが状況が変わったことを伝えてくる。

 ケンジは自らの予想が当たったせいか、言葉が弾む。

 そう、予想通り『荒れた』のだ。

 

「先頭はどうなった? マラサイか?」

『ああ、今マラサイが前に……あぁっ?!』

「どうした?!」

 

 

 

12時01分 実況席

『ホームランっ!!』

『綺麗に芯で捉えましたね!』

『『リックドムⅡ・ピシャーチャ』の見事なスイング! 弾き飛ばされた『マラサイパラダイス』が『ガザC・オナガ』を打ち落とす!』

 

 MS競技の実況だったはずが、もはや野球中継の様相。

 先頭集団四機がたった一機のMSによって足止めされてしまう。

 

『クーパーさん、これは一体何が起きたんでしょうか?』

『先程、『リックドムⅡ・ピシャーチャ』が針路を譲っていましたよね?』

『ええ』

『あれは針路を譲ったのではなく、第一コーナー出口に先回りするためだったと考えられます。あ、今リプレイ出ましたね』

 

 ザクフリッパーから送られた映像が映し出される。

 クーパーの言う通り、リックドムⅡは変針後まっすぐに第一コーナー出口に向かっている。さらには針路上で漂流していた『ハイザック・レッドドワーフ』を拾っていた。

 

『ペナルティーエリア内はダミー隕石がありませんから、一直線に飛ぶことができます。ペナルティーを受けるので、普通はこんなことはしないのですが……これは『クラッシャー』ですね』

『『クラッシャー』ですか? それは一体?』

『デブリヒート最初期に使われた戦法の一つです。要は他のMSを全て墜としてしまえば、どんなにペナルティを受けていても関係ないということです』

『それはそうですが、全てのMSを行動不能にするのは難しくないですか?』

『その通り、大変難しい。参加機体の機動性が向上して捕捉するのが難しくなったのもさることながら、この戦法を使うと次のレースで他のMSから袋叩きにされるんですよ。いや~、久しぶりに見ました』

『そんなことが……』

『そのためにすぐ廃れてしまった戦法なんですね』

 

 実況のジャクソンが絶句。

 実際問題として参戦しているパイロットにしてみれば、こんな戦法を採られたらたまったものではない。

 ただしルール上の問題はない。デブリヒートでは進路妨害も格闘戦も認められているのだから。

 その上でパイロットたちが自浄作用を発揮して、『潰し返してあげた』だけだ。

 

『さらに殴り掛かる『リックドムⅡ・ピシャーチャ』! 『ズサ・キラーエッグ』の頭部が弾け飛んだ!』

 

 もはやプロレスの実況。

 鈍器にされた『ハイザック・レッドドワーフ』は見るも無残なボロボロ状態。

 振り回されるハイザックを掻い潜り、ネモが懐に飛び込んだ。

 

『『ネモ・ZEKUU』がフック! フック! からの膝蹴りーっ!』

『脚部スラスターの点火タイミング素晴らしいですね! 最大加速での膝蹴りです!』

『あーっ! だがドム防ぐ! 防いだ! ハイザックを盾にした!!』

『一発目のフックを喰らってスラスターをオフに、二発目でわざと後ろに飛ばされることでスペースを作り、膝蹴りを防いでいますね』

『今の膝蹴りで『ハイザック・レッドドワーフ』のオートエジェクトが作動したようです。脱出コクピットが吐き出されます』

 

 

 

12時02分 仮設ピット

「見えた!」

 

 ケンジのジムⅡが先頭集団を捕捉。

 モニターに映るは行く手を阻まれた先頭集団と、立ち塞がる『リックドムⅡ・ピシャーチャ』。

 組みつかせないように巧みに後退しながらハイザックを振り回す。

 ジリジリと下がり、第二コーナーの入口に差し掛かろうとしていた。遅滞行動で徐々に数を減らす算段。

 あのリックドムⅡをどうにかしなければ勝利はない。

 

「マズいよ……あのリックドム、ハイザックを振り回して守備範囲を広くしてるんだ」

「機動性の低さをリーチの長さでカバーしてるってことか……」

 

 ショーンとエフラムが頭を抱えて戦力分析。

 だが悲しいかな、どノマールのジムⅡでは容易に振り切れるだけの推力がある訳でも、重装甲をどうにかできるだけのパワーがある訳でもない。

 

「ねえ、お兄ちゃん? あのMSって、どうしても倒さなきゃいけないの?」

 

 黙って成り行きを見ていたデイジーが、おもむろに口を開く。

 

「そりゃあ、あのリックドムを抜かないと前に出られないからね」

 

 ショーンとエフラムの顔には『何言ってんだコイツ?』と書いてある。

 だがエフラムはそこで思いとどまった。

 

「待てよ……わざわざ相手してやる……」

「何も正面から戦わなくてもいいんじゃない?」

 

 エフラムが何かに気付いた時、モニカも気付いたらしい。

 モニカはエフラムとショーンに顔を近付けると、声を潜めた。

 

「…………」

「………………」

「……………………」

 

 皆で顔を見合わせニヤリと笑う。

 

「ところでエフラムは何を言おうとしてたの?」

 

 艶のある笑みを浮かべるモニカに、精一杯の不敵な笑みで返すエフラム。

 

「同じことだよ。ケンジ、後ろのジムⅢに抜かせるんだ!」

 

 

 

1202時 ジムⅡ コクピット

「はぁーっ?! 何言ってんだエフラム!? こちとらどんだけ苦労して押さえてると思ってんだ?!」

『勘違いすんな。ジムⅢがドムとやり合ってる間に前に出るんだよ! ジムⅡじゃドムと殴り合っても勝てないだろ?!』

 

 ジムⅡとリックドムⅡを比べた場合、ジムⅡの方が性能的に優位である。

 ただし、それは兵装を積んでいればの話で、徒手空拳となれば別の話。

 ドム系列の売りである耐弾性に優れた分厚い装甲と、それに伴う重たい機体重量が『リックドムⅡ・ピシャーチャ』の攻略を困難なものにしている。

 非力なジムⅡのパンチではリックドムⅡの装甲を貫くことが出来ず、非力なスラスター推力では押し出すことも敵わない。

 

『新しい軌道データだ』

「…………これやれって?」

 

 送られてきたデータを見た。

 そしてエフラムの意図を察するとニヤリと笑う。

 

 

 

12時02分 実況席

『先頭集団が『リックドムⅡ・ピシャーチャ』に手こずっている間に、後続の『ジムⅡ・トライデント』と『ジムⅢ・ナイトシャドウ』が追い付いた! さあ、この二機は『リックドムⅡ・ピシャーチャ』に対して…………あっと! 『ジムⅡ・トライデント』ここで操作ミス! バランスが崩れた!』

『あ~、惜しいですね。後ろからのプレッシャーに負けたんでしょうね』

『『ジムⅢ・ナイトシャドウ』この機を見逃さずに前に出ます! 五位に……あっ、違います。『ズサ・キラーエッグ』がリタイアしました! 四位です! 『ジムⅢ・ナイトシャドウ』が四位に浮上!』

 

 わざとだ。

 ケンジはわざとふらついてジムⅢを先行させた。

 その証拠にジムⅡは早々に姿勢を立て直し、ジムⅢのケツにビタビタに張り付いている。

 モータースポーツならスリップストリームの位置。

 だがこれは宇宙で行われるMSレース。

 そんな位置では前を飛ぶMSのスラスター噴射を直に浴びてしまう。後続機はそれが抵抗となり減速どころか、最悪吹き飛ばされかねない。

 そのため後続機は先行する機体から軸線をずらして飛ぶのがセオリー。

 

『『ジムⅡ・トライデント』がスラスターの噴射をモロに浴びてしまった! 『ジムⅢ・ナイトシャドウ』がさらに加速!』

 

 多段式宇宙ロケットが切り離したブースターを踏み台にするのと同じように、ジムⅡを足場に加速するジムⅢ。動きに一瞬の戸惑いが混じるが、そのまま加速を続行。

 

 

 

12時02分 ジムⅡ コクピット

「よっしゃ! 上手くいった!」

『いいぞ! そのままへばりつけ!』

 

 ジムⅢの真後ろ。

 今度はスラスター噴射の範囲外に喰らい付く。

 

「ジムⅢはこのまま行ってくれるみたいだな」

『強行突破か? そりゃ、よかった』

 

 攻めあぐねる先頭集団の脇をジムⅢとジムⅡが駆け抜けた。

 

 

 

12時02分 実況席

『攻め手に欠ける先頭集団を尻目に『ジムⅢ・ナイトシャドウ』と『ジムⅡ・トライデント』がトップに躍り出た! さあ、『リックドムⅡ・ピシャーチャ』を如何に攻略するのか?!』

 

 

 

12時03分 ジムⅡ コクピット

『右+0.6、下-2』

 

 エフラムからの指示に従い、コントロールスティックをわずかに倒す。

 前を飛ぶジムⅢの影に隠れてリックドムⅡの機影は見えないが、ジムⅢの動きを見ればわかる。

 

(近い……)

 

 ジムⅢが拳を握り直した。

 直後、バックパックのスラスターアームが向きを変えダイブ。

 ケンジのジムⅡも遅れまいと、ジムⅢの航跡をトレース。

 リックドムⅡがハイザックを振り抜き横一線に薙ぎ払う。

 

『ケンジ! 今だ!』

「おうっ!」

 

 スロットルを押し込む。

 

 

 

12時03分 実況席

『いったー! 『ジムⅢ・ナイトシャドウ』の右ストレートがハイザックを砕いたー!』

 

 コクピットブロックが収まっていた穴目掛けて拳を叩き込むジムⅢ。

 脱出ポッドを吐き出し、がらんどうのハイザックはいとも容易く千切れた。

 リックドムⅡの動きに焦りが浮かぶ。

 

『立て続けにボディブロー! 『リックドムⅡ・ピシャーチャ』の胸部装甲が歪んだー! ……ん? あっ!?』

 

 

 

12時03分 ジムⅡ コクピット

『GO! GO! GO!』

「おりゃー!」

 

 エフラムの合図でフルスロットル。

 ジムⅢの背後から飛び出すと、

 

──リックドムⅡの頭上を飛び越える

 

 殴られ、仰け反っているリックドムⅡは追うことができない。

 

 

 

12時03分 実況席

『ジムⅡです! 『ジムⅡ・トライデント』がここでトップに躍り出ました! クーパーさん、これは?!』

『ジェットストリームアタックですね』

『それは一体どういった技なのでしょうか?』

『一年戦争時に旧ジオン公国のエースパイロットが使った戦法です。先頭を行くMSが囮となって注意を引き付け、その陰に隠れた後続機が不意打ちを仕掛けるというものです。『ジムⅡ・トライデント』は『ジムⅢ・ナイトシャドウ』の後ろにぴったりと張り付いていましたから、『リックドムⅡ・ピシャーチャ』からは見えなかったのでしょう』

『つまり『ジムⅢ・ナイトシャドウ』は囮に使われたと?』

『そういうことです』

 

 

 

12時04分 ジムⅡ コクピット

「よっしゃ! 抜けたぞ!」

『ナイスだ! ケンジ!』

『スゴイよケンジ! 俺たちのMSが一位で飛んでるよ!』

 

 先頭に立った。

 まさかまさかの望外の事態に沸き立つ三人。

 上位陣のMSを出し抜いてトップに立ったのだ。

 それも性能的に劣るジムⅡで、である。

 

「どうよエフラム? 『様子見』なんてしなくてよかっただろ?」

『あ~、わかったわかった。今回は俺が悪かったよ』

 

 勝ち誇るケンジに、笑って詫びるエフラム。

 明らかに調子に乗っている。

 

『後続機はリックドムが足止めしてくれる。その間に逃げ切るぞ』

「ああ、これで優勝はいただきだ!」

 

 

 

12時04分 実況席

『『ジムⅢ・ナイトシャドウ』を引き剥がしている間に『ガザC・オナガ』が脇を抜けて行く!』

 

 ジムⅢの処理に手間取っている隙に、機動力に物を言わせて迂回するガザC。

 リーチの長さでディフェンスラインを広げていたリックドムⅡだったが、武器を失いその利点はなくなった。

 あまつさえ後続機が合流して多勢に無勢。

 ディフェンスラインは穴だらけ。

 

『『マラサイパラダイス』のタックル! 『リックドムⅡ・ピシャーチャ』躱しながら膝蹴り!』

 

 だがリックドムⅡは粘る。

 最早抜けて行ったMSは仕方がないにしても、これ以上は行かせない。

 孤軍奮闘。

 八面六臂。

 鬼神の如き気迫で進路上に立ち塞がる。

 が、

 

『『ネモ・ZEKUU』掴んだ! 『リックドムⅡ・ピシャーチャ』の頭部を掴みました!』

 

 わずかな隙を突いて懐に潜り込む『ネモ・ZEKUU』。

 リックドムⅡの頭部をガッチリ掴むと、右手で手刀を作る。

 

『いったー! 『ネモ・ZEKUU』の手刀がモノアイを貫いたー!! 『リックドムⅡ・ピシャーチャ』の頭部は大破! 大破です!』

 

 リックドムⅡの残骸を投げ捨てレースに復帰するネモ。

 他のMSもそれに続く。

 

 

 

 



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飛べジムⅡ! 7

12時05分 ジムⅡ コクピット

「ショーン、ロールする度にラインが少しぶれるんだ。どうなってる?」

『ちょっと待って…………多分、左手だ』

「左手?」

 

 見れば左手首のジョイントが歪み、ダラリとぶら下がった左手。

 殴った直後はなんともなかったが、激しい軌道を繰り返すうちにダメージが蓄積していった模様。

 仮設ピットでモニターしていたショーンも、信号が途絶していたので気付くのが遅れた。

 その左手がロールのたびにブラブラ揺れて、要らぬ慣性を作っていた。

 

『それと3番スラスターがグズってる。1番と3番の出力を60%まで落として』

「あいよ」

 

 指示に従いコントロールパネルを操作。

 メインスラスター四基の内、二基を60%、残りの二基は100%のまま稼働。

 速度は落ちるが致し方ない。爆発などしようものなら元も子もない。

 

『スラスターの方はたぶん熱害だね。少し休ませてやれば問題ないはずだよ』

「ま、こんだけ差をつけたんだ。余裕だろ」

 

 

 

12時05分 実況席

『まさかまさかの大番狂わせ! ファイナルラップで初出場の『ジムⅡ・トライデント』がトップになるとは誰が予想できたでしょうか?! フーパーさん、この展開をどのようにご覧になりますか?』

『私も驚いているところです。現在のレース環境においてジムⅡは勝つのが難しいと言われていますが、この『ジムⅡ・トライデント』は善戦していますね』

 

 今般、デブリヒートに参戦するMSは第二世代が増えている。

 これは連邦軍が払い下げるMSの対象範囲を広げたこと、また、それに伴い第二世代機の流通量が増え中古価格がこなれたことに起因する。

 チャレンジクラスでも第二世代MSは増加傾向にあり、珍しいものではない。

 上のシルバークラスでは第二世代機の導入は勝つための最低条件と言われ、さらに上のゴールドクラスでは可変MSの導入も珍しくはない。

 そのようなレース環境下、チャレンジクラスでジムⅡを運用するチームは、ジムⅢ相当に改装する事例が増えており、ジムⅡのままで参戦するチームは減っている。

 第二世代機に対し性能的に劣る1.5世代機のジムⅡが勝利することは、年々難しくなっている。

 

『ここで『ジムⅡ・トライデント』のパイロット、ケンジ・オカダ選手のプロフィールが届いています。見てみましょう。0114年サイド6ジュニアモビルスーツ大会準優勝、翌年の0115年ではベスト4に進出しますが棄権しています』

『それだけの成績を残しながらプチモビレーシングの経験がないというのも珍しいですね。普通ならどこかのチームがスカウトしていそうなものですが』

『言われてみれば、そうですね』

 

 プチモビレーシング(PMR)はその名の通り、プチモビルスーツを使用して行われるレース。

 このデブリヒートを主催している『宇宙機器レース委員会』、通称CSIR(シーザー)が運営している。

 実のところ世界的な規模で見れば、フルサイズMS競技よりPMRの方が人気も知名度も上だ。

 理由は多々あり、『MS競技はサイド6でしか行われないが、PMRは宇宙中の各地を転戦する』とか『参入が容易で各メーカーからカスタムパーツが潤沢に供給されている』などの点が挙げられるが、最大の相違点の一つは『ワークスチームの存在の有無』であろう。

 デブリヒートにはMSメーカーのワークスチームは存在しないが、PMRでは『トルロ』『ミグレン』『スーズ』などのプチモビメーカー各社が、メーカーワークスチームを投入し、しのぎを削っている。

 そのため機体や部品の開発競争だけでなく、優秀なパイロットの獲得競争も激化しており、ジュニアモビルスーツ大会会場では青田買いに勤しむスカウトマンたちを見ることができる。

 

『そうでなければアナハイム高専あたりに推薦がもらえそうなものですが、メンバー全員公立高校の学生というから、なおさら驚きますね』

『本当にそうですね。これは期待の大型ルーキー誕生ということもありえますか?』

『まだわかりません。ビギナーズラックによるフロックというのは過去何度もありましたから』

『確かに。そうこうするうちに『ジムⅡ・トライデント』は第三コーナーにアプローチ。……おっと? 何かトラブルでしょうか? 速度が落ちています』

『これは推進系のトラブルのようですね。メインスラスターの噴射炎が明らかに小さくなっている』

『さあ『ジムⅡ・トライデント』は逃げ切れるか? 後ろから『ガザC・オナガ』が猛スピードで迫っているぞ!』

 

 

 

19時22分 マクダニエルハンバーガー サイド6宇宙港店

「なぁケンジ、もう機嫌直せよ……」

 

 仏頂面で二個目のハンバーガーを頬張るケンジ。

 怒りを咀嚼に変えてハンバーガーに八つ当たり。

 レースも終わり、一時はトップに立てたものの、結果は五位入賞。

 そして今は三人でその反省会。

 

「初出場で、しかも『どノマール』のジムⅡで五位入賞なんだぜ? 十分過ぎる成績じゃないか?」

「そうだよケンジ。そりゃ……スラスターの不調はすまないと思うけどさ……」

 

 エフラムとショーンが代わる代わるとりなすが、ケンジの怒りはなかなか収まらない。

 ジンジャーエールでハンバーガーを流し込むと、ようやく口を開いた。

 

「別にショーンが悪い訳じゃない。機体チェックは俺も一緒にやったんだ。その時は何もなかった……問題があったのは俺の操縦だ……」

 

 重い口調でゆっくりと話す。

 ケンジは自分自身に怒っていた。

 油断が慢心を生み、トラブルへの対処が遅れた。

 

「あと少しだったのに……」

「はぁ……気持ち切り替えていこうぜケンジ。五位だったんだぜ? お前の腕ならこの後挽回できるさ」

「そうだよ。パイロットポイントも入ったんだし、入れ替え戦にも行けるよ」

「わかってるよ、わかってるけど納得いかねーんだ……」

 

 エフラムとショーンの言いたいことはわかる。

 だが感情の整理が追い付かない。

 機体の不調も腹立たしいが、トップに立てたことで浮かれてしまった自分自身が腹立たしい。

 あの時、気を抜かずに周辺警戒していれば、ガザCの奇襲を躱せたかもしれない。

 それが出来ていれば、優勝は無理でも、もう少しいい成績だったかもしれない。

 

「ってかよ、最後あのガザCはなんだよ? 俺を蹴り飛ばされなくても抜けただろ? あれさえなければ表彰台にだって立てたんだ」

 

 ハンバーガーだけに当たっていたが、一度不満を漏らしたら止まらない。

 堰を切ったように不満が流れ出る。

 ケンジもガザCの行動はルール上問題ないとわかっているが、順位が落ちた直接の原因はあのガザCなのだ。

 頭ではわかっていても、感情は別。

 ただ八つ当たりの対象範囲を広げたに過ぎない。

 

「あら? うちのガザCにとんだ言い掛かりだわ」

「あん? なんだお前?」

 

 唐突。

 不意に一人の少女が話に割り込んできた。

 八つ当たりの最中に割り込まれたものだから、勢い剣呑な声で応えるケンジ。

 視線を上げると、そこには聖マリアンヌ女学院の制服を着た一団。

 その一団の先頭に立つ少女。ブラウンのストレートヘアをたなびかせ、凛とした表情でこちらを見下ろしている。

 

「私はリーゼ・ホルシュタイン。チーム『ハミングバード』の監督をしていますわ。貴方たち、決勝にジムⅡで出場されてた方よね?」

 

 言うが早いか答えも待たずに隣の席に腰掛ける。

 それに倣い着席する一行。

 

(え? そこ座んの?)

 

 エフラムとショーンが少女の行動に軽く驚く。

 

「だったら何だっていうんだ?」

「よせよ、ケンジ」

 

 ケンジの棘のある声。

 内心、冷や汗をかきながらケンジを抑えようとするエフラム。

 

「失礼。せっかくだから、ご挨拶をと思ったまでよ」

「そりゃ、どうもご丁寧に」

 

 剣呑剣呑。

 露骨に怒りの感情を表すケンジ。

 

「で、そのお嬢様方がどうしてこんなファーストフードにいらっしゃるんで?」

「今日の祝勝会ですの」

「はぁあ? お前ら金あるんだろ? もっと『お嬢様らしい店』でやったらどうだ?」

「会場から一番近いお店がここでしたの。一刻も早く皆と喜びを分かち合いたいじゃない? それに父のお店の売り上げに貢献できますもの」

「あぁ~、お前の親父はこの店の店長って訳ね」

「あらやだ、私の父はサイド6の統括マネージャーですわ」

 

 言葉の鍔迫り合い。

 とっとと切り上げたいケンジ。

 繰り出すジャブはことごとく躱されてしまう。

 

(おいエフラム、統括マネージャーってどんくらい偉いんだ?)

(お前な……はぁ……サイド6にあるマクダニエル全店の元締めってことだよ)

 

 聞き慣れない単語が出てきた。

 小声でエフラムに解説を求めると、呆れ顔で教えてくれた。

 

(……マジで?)

 

 マクダニエルハンバーガーはアナハイム傘下のファーストフードチェーン。月に本社を構え、全てのコロニー群に進出している業界最大手。

 サイド6約三十基全てのコロニーにも展開し、今なおその数を増やしている。

 さらに言うなら、ケンジの通う学校の食堂もマクダニエルグループだ。

 サイド6だけでも軽く百を超える実店舗があることを思うと、一瞬、気が遠くなった。

 

「あ、こら! カエデ! 食べるのは乾杯の後!」

 

 リーゼの声で我に返る。

 見ると『おあずけ』に耐えられなくなったのか、カエデと呼ばれた女の子がハンバーガーに噛り付いていた。

 

「あいつ……確か……」

 

 朝、会場であったことを思い出す。

 カエデはと言うと叱られて小さくなっているが、やはりどこか『ぼーっとしている感じ』である。

 

「なぁ、今のうちに逃げようよ」

 

 こんな状況でもしっかりと食べ続けていたショーンがこそっと提案。

 

「そうだな、そうしよう」

「ああ、わかった」

 

 エフラムとケンジが頷き、三人揃って立ち上がる。

 面倒くさいのはゴメンだ。

 

「あら? どこへ行くのかしら?」

 

 ケンジたちの動きにリーゼが素早く反応。

 一瞬、ビクッとするが歩を進めるケンジたち。

 

「祝勝会に部外者がいたら邪魔だろ」

「俺らは退散しますんで」

 

 口々にそう言い残すと、そそくさと店外へ。

 逃げる後ろ姿を目で追いながら憮然とつぶやくリーゼ。

 

「まったく! 人の話は最後まで聞くものだわ!」

「リーゼは本題に入るまでが長いのよ。悪い癖」

 

 向かいに座った少女、カミリアがからかうようにクスリと笑う。

 

「あら、そんなことはなくってよ」

「で、リーゼは彼らに何をさせる気だったの?」

「……カエデのスパーリングパートナーよ」

「スパーリング?」

「カエデは操縦の才能はあるけど、格闘戦は……ね?」

 

 本来MSには過去の戦闘データを用いた簡易シミュレーターの機能が付いている。

 その機能を使えばわざわざスパーリング相手なぞ探さなくてもいい。

 しかし、それらのデータは当然軍事機密のため、払い下げられる時に戦闘データと操縦データを記録したメモリーユニットは綺麗にフォーマット、もしくは新品に交換される。

 そのため払い下げられたばかりのMSは基本動作しかできないのだ。

 

「年間タイトルを獲るには格闘戦の経験も積ませておかないと」

「……そうね」

 

 頷き合い、パイロットに目を向けると、カエデは小さくなっていた。

 まるで小動物のような姿にクスリと笑う。

 

「別に責めてる訳じゃないのよ、カエデ」

「そうよ、だから安心して」

 

 安堵の表情を浮かべるカエデ。

 だが、まだ少しぎこちない。

 

「さあ、そろそろ乾杯しましょう。話の長い監督さん」

 

 



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ジャンクヤードラプソディ

16時24分 ロフマンガレージ 三番倉庫

「どうだショーン?」

「やっぱり肘から先がやられてる。まるごとアッセンブリー交換した方が早いよ」

 

 レースの翌日。

 学校が終わるとすぐに倉庫に駆け込んだ。

 目視と診断機で損傷個所を調べていく。

 

「ショーン、こっちは終わったぞ」

 

 外装の点検をしていたエフラムからチェックリストを受け取る。

 ざっと目を通すと安堵のため息を漏らした。

 

「よかった~。ケンジにしては壊してない」

「なんだと?!」

 

 口は悪いが笑顔のケンジ。

 敗戦のショックから立ち直り、ショーンの軽口を受け流す。

 

「メインスラスターはどうする? やっぱりバックパックごと積み替えるんだろ?」

「それなんだけど……」

 

 今回の重点整備箇所は、昨日のレースで損傷した左腕とメインスラスター。

 それに整備と併せていくつかの改造も行う。

 

「ジムⅢのバックパック積む予定だったんだけど……」

「うん」

「リビルド品が意外に高くてさぁ……」

「あぁ~……」

 

 ジムⅡのお手軽かつ定番のチューニングメニューである『ジムⅢバックパックの移植』。

 それが予算の都合でできないという。

 ショーンの言葉に天を仰ぐ。

 

「エフラム~……やっぱダメか?」

「ダメだな。今のペースだと最終戦の前に金が尽きる」

 

 泣きそうな顔でねだるケンジ。

 金の管理はエフラムの担当。

 だが、当のエフラムにべもない。

 MS競技は金食い虫。

 推進剤だけでもレース本番分の他に、練習用が必要だし、少し改造してもテストに使う分が必要。

 さらには可動部の潤滑用オイルやグリスなどの消耗品代、倉庫の家賃に税金といった固定費。

 

「ケンジがもう少し大切に乗ってくれればなぁ~」

「ぐっ……」

「だから修理費をもう少し多めに残しておく」

 

 そして修理費。

 MSを乗り回すだけなら何とかなるが、競技となれば別問題。

 

「昨日の賞金だってあるじゃん」

「あの額じゃ推進剤一戦分にしかならないぞ」

 

 入賞すると多少ではあるが賞金が出る。

 表彰台に上がれれば、それなりの金額なのだが、五位では雀の涙。

 

「落ち込むなよケンジ。その代わり面白いパーツ見付けたんだ」

「面白いパーツ?」

 

 

 

16時31分 ロフマンガレージ 事務所

『おじいちゃん、プレゼントありがとう~。大切にするね』

「うんうん」

 

 小さな女の子が大きなぬいぐるみに抱き着いて微笑むビデオレター。

 今朝送られてきたそれを何度も見返し、一人満足げなロフマン。

 

「ロジャーさん……あれは?」

「気にしないでくれ、お孫さんからビデオレターが届いたんで舞い上がってるだけだから」

「はぁ……」

 

 仕方がないとばかりに肩をすくめるロジャー。

 返答に困るケンジ。

 

「昨日のレース、TVで見てたよ。五位入賞ならスゴイじゃないか」

「どうも……でも勝つにはもっと改造しないと……」

 

 ロジャーは昨日のレース成績を讃えてくれた。

 思いがけず褒められて照れるケンジ。

 

「ロジャーさん、この前お願いしてたパーツは揃ってますか?」

 

 頃合いを見てショーンが尋ねる。

 機体の改造と整備はショーンの領分。

 

「それなら隣の倉庫にまとめておいたよ」

「助かります。それとジムⅡの腕はありますか?」

「確かフェンス側の山にあったはずだけど、どうせだったらジムⅢの腕に換装したらどうだい? 反応速度も上がるからAMBACも楽だよ」

「そうしたいんですけど予算が……」

 

 チラと後ろを見ると目を光らせるエフラム。

 

「予算? ……厳しいのかい?」

「この支払は大丈夫なんですけど……」

 

 訝し気な表情を浮かべるロジャー。

 取り繕うショーン。

 ただその表情はさえない。

 

「あん?」

 

 いつから聞いていたのか、ビデオレターに没頭していたロフマンが顔を上げた。

ズカズカとショーンに歩み寄る。

 

「お前ら……運営資金が足りないのか?」

「え……いや……その……」

 

 先程までのニヤニヤ笑いが嘘のよう。

 血相変えたロフマンが問いただす。

 

「厳しいのは確かですが、俺らは最終戦まで戦うつもりです。金も何とかします」

 

 オロオロするショーンとロフマンの間に割って入るエフラム。

 その目は真剣そのもの。

 だが、ロフマンはその言葉を鵜呑みにするほど若くも優しくはない。

 

「今、どのくらい金はあるんだ?」

「第四戦分まで。このあと入ってくるバイト代を合わせて第五戦に出る分までです」

 

 エフラムが正直に答える。

 正確には第五戦分の参加費はギリギリだが鯖を読む。

 どうしても最終戦である第六戦分の資金が足りない。

 

「確認しておくが倉庫のレンタル契約は一年だ。足りない分はどうする?」

「バイト代と賞金で何とかします」

「賞金? それはアテになるのか?」

「昨日のレースは五位でした。ケンジの腕なら機材さえ整えば入れ替え戦も狙えます」

 

 『入れ替え戦』は最終戦終了時のポイント上位五名と、シルバークラスのポイント下位五名で行われる、いわば第七戦。

 ゴールドクラスとシルバークラスは定員が決められているので、入れ替え戦に勝たねばならない。

 この入れ替え戦で五位までに入れば、晴れてシルバークラスに昇格となる。

 

「機材さえね……これじゃ博打と変わらねえな……」

 

 呆れかえるロフマン。

 だがエフラムは臆せずこちらを見ている。

 

(さて、どうしたもんか……家賃収入あてにして、クリスマスプレゼントの約束しちまったしなぁ……)

 

 ロフマンは悩んでいた。

 孫娘からビデオレターが届くと、すぐにクリスマスプレゼントの約束をしてしまった。

 それも家賃収入が入ってくる前提で。

 だがその前提が崩れればプレゼントはショボい物になってしまう。

 本当だったら先の分からない子供たちなぞ、追い出したいところだが、あんなボロ倉庫では次の店子など望めそうにもない。

 本業たるジャンク屋も鉄屑相場は下がる一方。

 安定した家賃収入は確保しておきたい。欲を言えば来年以降も確保しておきたい。

 

──勝てない闘いは仕掛けないことだ

 

 不意に上官の言葉を思い出す。

 あれは戦友と賭けポーカーをしていた時だろうか。

 イカサマをしていた戦友は戦死した。

 知らないうちにベットするはめになった、この博打。

 

(勝てるのか……?)

 

 ロフマンはもう一度少年たちを見た。

 

「『機材さえ揃えば』と言ったな? 他に何か必要か?」

「他ですか……?」

 

 顔を見合わせる三人。

 

「脚用の高出力スラスターとジェネレーター、それと補助用の光学センサー……」

「待て待て、全部載せ替えるつもりか? お前ら?」

「いやまぁ、できればという話で……」

「いくらあっても足りねえぞ……まぁわかった。ジャンクヤードは好きに漁っていい。パーツ代はちゃんと払え」

「ありがとうございます!」

「他には?」

 

 再度問いただすロフマン。

 エフラムがやや遠慮気味に口を開く。

 

「推進剤なんですが……もう少し安い所はありませんか?」

「シュウ商会より安いとこなんか、サイド6にはねぇぞ」

 

 ケンジたちはロフマンの紹介で、シュウ商会から推進剤を買っている。

 サイド6では『値段重視のシュウ商会』として知られていた。

 ともあれ勝つためには十分な練習をしなければならない。

 そのためには大量の推進剤が必要。

 安いに越したことはない。

 

「……待てよ。お前らレース用は今まで通りシュウ商会から買え」

「えっと……練習用は?」

「俺から買え」

 

 腹をくくったロフマンがニヤリと笑う。

 自らの手でケンジたちを安定収入源とするために。

 

「お前らの賭けに乗ってやる」

 

 

 

16時39分 ロフマンガレージ 二番倉庫

「これがウチの推進剤だ」

 

 ロフマンに連れられ倉庫の中へ。

 そこにはドラム缶が山と積まれていた。

 とはいえドラム缶だけ見せられてもさっぱりさっぱり。

 

「えっと……」

「LT、ちゃんと説明しないとわかりませんよ」

 

 説明をすっとばしたロフマンの代わりに、口をはさむロジャー。

 

「これはうちらの業界で『ジャンクヤードカクテル』とか『スクラップブレンド』って呼ばれてる推進剤」

「名前がもうすでに不穏なんですが……」

「ははっ、そうかもね。回収したMSや艦から抜き取った推進剤を集めたものだからね」

 

 笑って流すロジャーに、引き気味なケンジたち。

 回収された残骸の中には、推進剤が残っているものが珍しくない。

 というか部位にもよるが大抵の場合、いくらか残っている。

 推進剤は可燃性の液体なので、抜き取っておかないと大変危険。

 放置しておくとジャンクヤードで大爆発なんてことになりかねない。

 

「使えるんですかコレ?」

「ウチのプチモビはコレ使ってるから大丈夫。たまにノッキングするけど、心配ないよ」

「え?」

「滅多にないから大丈夫」

 

 実に朗らかなロジャーの笑顔。

 だがその笑顔が逆に怖い。

 言葉に詰まり顔を見合わせるケンジたち。

 

「お値段はシュウ商会の三分の一でどうだ?」

「?! 安い! けど……」

 

 頃合いを見てのロフマンの値段提示。

 思わずぐらッと心が揺れ動く。

 だが、その推進剤の由来は不穏で不安。

 なにせ様々なスクラップから集められた推進剤が、ごちゃまぜになった代物。

 

「いい話だと思うがな? この値段で買える推進剤は他にない。気兼ねなく練習できるぞ。なぁに、本番はちゃんとしたやつを使えばいいんだ」

「……大丈夫なんですか?」

「大丈夫、大丈夫! 前にMSで使ったこともある。ちと品質にバラつきがあるが、燃えてしまえば大して変わらん」

「……う、う~ん……」

 

 ケンジの中にはぬぐえぬ不安。

 だが掟破りの低価格は魅力的。

 心の中はグラグラ揺れて、今にもパタリと倒れそう。

 

「LT、ここは一回使ってみてもらうのはどうでしょう?」

「おお~そりゃあいい。一回分タダでくれてやる。試しに使ってみろ」

 

 

 

18時11分 サイド6近傍宙域

「ショーン、どんな感じだ?」

「い、今……94%!」

 

 急遽、もらった推進剤のテストに飛び出した三人。

 飛び込みで出したフライトプランはあっさり許可され、拍子抜けしつつもストップアンドゴーを繰り返す。

 リニアシートに接続したタブレット端末から、機体状況を読み取るショーン。

 

「止めるぞ」

 

 手足を振ってAMBAC。

 制動を掛けてコクピット内でつんのめる。

 

「ケンジ……せめて止める時ぐらい、ゆっくりしてくれ……」

 

 三半規管を思いっきり揺さぶられてグロッキーなショーンとエフラム。

 対してケンジは元気溌剌。

 暇さえあれば自主練と称して乗り回していたので、二人より耐性が付いたようだ。

 

「あ、悪い悪い。で、どうなんだ?」

「やっぱり安定感が微妙かな……推力の最大値が97%、最低値は93%。フィーリングの方はどう?」

「意外に悪くない。伸びはいまいちだけど練習する分には十分だろ?」

「じゃあ決まりだな?」

「ああ」

 

 頷き合うケンジとショーン。

 ぐったりしているエフラムに目を向けた。

 

「OK~。ケンジに不満がないならこの推進剤を買おう。それなら第五戦までは出られる」

 

 青い顔でヒラヒラと手を振るエフラム。

 正直、推進剤の話は後にしたい。

 

「……吐きそう」

「待てエフラム! すぐ戻る! すぐコロニーに戻るから我慢しろ!」

 

 

 

18時35分 ロフマンガレージ 事務所

「しかし推進剤なんて売って大丈夫なんですか? シュウ商会って、あのルオ商会と同じ幇なんですよね?」

「大丈夫だ。何もあいつらのシマを荒そうってんじゃない。子供の客一人奪ったくらいじゃ騒がないだろ」

 

 ロジャーの懸念を受け流すロフマン。

 心の中で「小言ぐらいは言われるだろがな」と付け加える。

 

「上手くいけば推進剤の処分費用がまるっと黒字に早変わりだ。まさに『イージーマネー』」

「そんなにうまくいきますかね?」

 

 わざとらしい笑顔を作るロフマン。

 本来であれば抜き取った推進剤は、処分料を払って専門業者に処理してもらう。

 その処分料が減れば経費削減。あまつさえケンジたちに『売る』訳なので、その分の収入は完全な黒字。

 元手ゼロのおいしい商売。

 

「大丈夫だ。あいつらは買うさ」

「だといいんですが」

 

 そう言うと静かにコーヒーをすするロジャー。

 

「お、連中帰って来たぞ」

 

 窓の外にケンジたちの姿を捉えると、ニヤリと笑う。

 ノーマルスーツのまま、ズカズカと事務所に入ってくるケンジ。

 

「ロフマンさん!」

「おう、どうだった?」

「あの推進剤を買います!」

「へへ、毎度あり」

 

 

 



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ジャンクヤードラプソディ 2

15時51分 ロフマンガレージ 三番倉庫

「昨日言ってた面白いパーツって、これのことか?」

 

 翌日。

 昨日は急遽、推進剤のテストに出たので確認できなかったが、ショーンの言っていた面白いパーツとご対面。

 

「そう! ジャンクヤード漁ってたら偶々見付けてさ!」

「普通のスラスターノズルだよな?」

「何言ってんだよケンジ。こいつはジェガンA2のサブスラスターだよ」

 

 ケンジの疑問にキラッキラの笑顔で応えるショーン。

 

「サブ? 推力落ちないか?」

「大丈夫だよ、ジムⅡのメインスラスターより耐熱温度は上なんだ。制御系を手直ししてやれば、相当速くなるはずだよ!」

 

 目を輝かせて力説するショーン。

 早くこの新しいオモチャで遊びたいらしい。

 

「どうせならジェガンのバックパック丸ごと移植できればいいけど」

「残念だけどメインが綺麗に撃ち抜かれてた。それにジムとジェガンじゃ規格が違うからポン付けは無理だよ」

「そりゃ残念。ノズル径デカくなってるけど、レスポンス落ちないか?」

 

 大口径ノズルは大推力を得られるが、最大推力を発揮するまでに時間が掛かり、レスポンスが悪い。

 対して小口径ノズルは最大推力を発揮するまでの時間が短く、レスポンスが良い。ただし、小口径故に得られる推力が低く、4~6発程度のノズルを同時に点火し速度を稼ぐ。

 

「それは心配ないよ。むしろレスポンスは良くなるはずだよ」

「マジか?!」

 

 レスポンスも良くなって推力も上がるとなれば万々歳。

 この辺りは技術の進歩による恩恵。

 

「ただ、やらなきゃいけない加工も多いけどね。コンバーター作らなきゃいけないし、スラスターユニットの規格も違うからマウントも作らなきゃ、それと放熱板を追加して……」

「結構やることあるな……ジェネレーターもイジるんだろ?」

「そう! それ! その話もしなきゃいけなかったんだ!」

「?」

 

 

 

15時53分 ジムⅡ 胴体部メンテナスハッチ

「これ見て! これ!」

 

 興奮したショーンがメンテナスハッチの奥を指差す。

 

「ジェネレーター? 何か違うのか?」

 

 ショーンが指差す先にはジェネレーター。

 タキム社製のごく一般的な量産品に見える。

 

「ほら! このプレート見て!」

「?」

 

 製造番号と型式が打刻されたプレートを指差すショーン。

 ケンジが顔を寄せてよくよく見てみる。

 

「えっと……何が違うんだ?」

「何言ってんだよケンジ! このジェネレーター、Yナンバーなんだよ?!」

「Y……ナンバー……?」

「量産前提の評価試験用ってこと!」

 

 いまいちピンとこないが、タキムの試作品らしい。

 ちなみにタキムは一年戦争時、ジムのジェネレーターを製造したメーカーだが、後にアナハイム傘下となっている。

 

「試作品? なんでそんな物が?」

「わかんない。多分、前のオーナーがタキムに伝手があったか、ジャンクを拾ったんじゃないかな?」

 

 機体の整備履歴にこのジェネレーターに関する記述はない。

 ただ、このジムⅡはレストアされ、さらにオーバーホールまで受けている。おそらくそのどちらかのタイミングで積まれたもの、と言うのがショーンの見解。

 

「なんにしても、このジェネレーターは当たりだよ! ノーマルよりパワー出てるんだ!」

「マジか?! どのくらい出てるんだ?」

「1585kW!」

「スゲー! ジムⅢより上じゃねーか!」

 

 ジムⅢのジェネレーター出力が1560kW。

 ネモやマラサイに比べれば、まだまだ非力ではあるものの、パワーはあるに越したことはない。

 今のケンジたちにとっては僅か1kWでも大切なのだ。

 

「このジェネレーター、形はノーマルと同じだし、リミッターも付いてたから、最初は試作品なんて気付かなかったよ」

「リミッター?」

「そう、それでノーマルと同じ出力に押さえてたのさ。でも格闘戦やった時の衝撃でリミッターのチップが外れたみたいなんだよね」

「なんでリミッターなんて付けてたんだ?」

「ファイナルラップで出力落ちただろ? コイツ、排熱に問題があるみたいでさ」

 

 おそらく無理に出力を上げた代償だろう。

 ジムⅡのノーマルジェネレーターより発熱量が大きいのだ。

 そして古い設計のジムでは排熱が追い付かなかった。だからリミッターを付けて制御していたのだ。

 

「大丈夫なのかよ?」

「ジェネレーターにはヒートシンク追加して、外部装甲の一部は放熱板に張り替えるよ。軽量化にもなるしね」

 

 ショーンは装甲板の一部を排熱装置として使う腹積もり。

 そして軽量化も合わせて行う。

 ジムⅡの装甲は厚い。

 これは一年戦争時の旧ジオン軍が実弾兵器を多用していたことに起因する。

 マシンガンなどの攻撃にある程度耐えられるようにしなければいけなかったのだ。

 当然、装甲は厚く、重くなる。

 だがケンジたちがやるのはレースだ。

 多少の格闘戦に耐えられれば、弾丸に耐えられる装甲など不要。

 外してしまった方が軽量化になり、機動性も上がるというもの。

 

「胴体側面の装甲はほとんど張り替えだね」

「なるほどな。で、どこから手を付ける?」

「まずは胴体かな。とりあえずバックパック下ろすよ」

「OK~」

 

 

 

17時11分 ロフマンガレージ 三番倉庫

「クレーン動かすぞー! フック確認!」

「確認!」

 

 バイトの時の癖で指差し確認。

 次から次へと装甲板を外していく。

 結局、この日は装甲板を外すだけで終わった。

 

 

 

翌日 16時28分 ロフマンガレージ 三番倉庫

「溶接機借りてきたぞ」

「装甲板はここからここまで切り落として」

「このフレームも切っていいんじゃないか?」

「ダメだよ、肉抜き加工はするから残しておいて」

 

 

 

翌々日 17時03分 ロフマンガレージ 三番倉庫

「あれ? エフラムは?」

「今、基板屋に発注行ってる」

 

 

 

さらに翌々日 15時44分 ロフマンガレージ 三番倉庫

「胴体内に残ってる武器用のエネルギー供給ケーブル引っこ抜いて、そこにヒートシンク埋め込むから……」

「このケーブルか?」

「違うー!」

 

 

 

またまた翌々日 18時45分 ロフマンガレージ 三番倉庫

「チェックOK! テスト始めるぞ」

「ケンジ、火を入れろ!」

「あいよ!」

「どうだショーン?」

「いい感じ! ちゃんと計算通りに排熱してる!」

 

 

 

数日後 19時02分 ロフマンガレージ 三番倉庫

「肩の装甲も削っちゃっていいんじゃないか?」

「そこはプロペラントも兼ねてるからダメだって! それにハードポイントにスラスター追加するんだから!」

「姿勢制御スラスターを増やすー?!」

「ちょうどいいジャンク見付けてさ、ハイザックのスラスターなんだけどね」

「だー!? シミュレーションモデル作り直しじゃねーか!」

 

 

 

次の日 18時24分 ロフマンガレージ 三番倉庫

「シミュレーションモデル出来たぞ!」

「さすがエフラム!」

「制御システムはどこの使うんだ?」

「ミグレンのプログラムがベースだ。あと仕様変更はないな?」

 

 

 

さらに数日後 19時02分 ロフマンガレージ 三番倉庫

「ハァ~イ! 手伝いに来たわよ!」

 

 モニカとデイジーがクラブ活動を終えて合流。

 手には差し入れのドーナッツ。

 

「これ差し入れね」

 

 ドーナッツとコーヒーを受け取ると、貪るように食う三人。

 その様を苦笑いと共に肩をすくめるモニカとデイジー。

 

「ところでどうしたの? 三人とも油まみれじゃない」

「組付け中にクレーンが壊れてさ、仕方ないから人力ウィンチだよ」

「……それは大変だったわね」

 

 汗と油にまみれた顔には、ウンザリとした表情が。

 

「でも何とか終わったよ」

「終わった? ……完成したの?」

「ああ、機体の方はな」

 

今回の改造

・メインスラスター換装

・ジェネレーター排熱効率の向上

・肩装甲への姿勢制御スラスター増設

・各部位の装甲板張り替え並びに除去による軽量化

・オートバランサー等、制御システムアップデート

 

「じゃ、これから試運転ね!」

「……勘弁してくれ……今日はもうクタクタだよ……」

 

 机に突っ伏すケンジたち。

 

「試運転は明日な~……」

 

 

 

翌日 17時45分 サイド6近傍宙域

「モニカとデイジー……ちょっと可哀想だったかな?」

「仕方ないさ。組んだばっかりの機体じゃ『もしも』ってこともある」

「まぁな」

 

 機体が組み上がった翌日。

 ケンジとショーン、エフラムの三人で試運転。

 モニカとデイジーはコロニーでお留守番。

 組み上がったばかりの機体では、どんな不具合が発生するかもわからない。

 最悪、帰還困難になった時のことを考えての対処。

 

「とりあえずテストを済ませようぜ、ジェネレーター出力を上げてくれ」

「あいよ」

 

 ゆっくりと出力を上げるケンジ。

 リニアシートに接続した端末でモニターするエフラム。

 

「よしよし、ここまでは予定通り。次、メインスラスターのテストな」

「あいよ~」

「いいかケンジ、今日はテストだからな。慎重にやれよ。いきなりG掛けるなよ」

 

 先日のことがあるのでくどくどと注意するエフラム。

 だがケンジはニヤリと笑うと、おもむろにスロットルを押し込む。

 

「あっ?! テメェ!」

「はっはっー!」

 

 スラスター推力全開。

 レスポンスの向上したスラスターは瞬く間にジムⅡを押し出した。

 

「が?!」

「ぶべっ?!」

「スゲェ! 見ろよ、この出足の良さ! これなら初っ端のトップ争いにも食い込めるぞ!」

 

 急激な加速Gで体がシートに押し付けられる。

 スラスターの換装、ジェネレーターの出力向上、そして軽量化。

 それらが合わさって得られた高加速。

 とりわけ軽量化による恩恵が大きい。

 宇宙空間は無重力であっても重量がなくなる訳ではない。

 重量級の機体ではいかに大出力のジェネレーターやスラスターを積もうとも、出足の良さは軽量機には敵わない。

 

「コレ! コレだよコレ! この加速感最っ高ッ!」

「ぐがががががが……」

「ケ、ケンジ……止めて……」

 

 ショーンの懇願に、ニヤリと悪い笑顔で応えるケンジ。

 メインスラスターを素早くカットすると、姿勢制御スラスターを点火。

 エフラムたちが吐かない程度に制動を掛ける。

 

「……ハァ……ハァ……ハァ……ケンジ、お前なぁ試運転なんだから慎重にやれって言ってんだろ! 暴走したらどうするつもりだ?!」

 

 息を整えたエフラムが一気に捲し立てると、ケンジを睨みつけた。

 

「その……悪かった……」

 

 エフラムの怒気に押されモゴモゴと謝るケンジ。

 

「お前らの作った機体なら絶対間違いないって思って……ジュニアMSの時からそうだったし……」

 

 ケンジの口か出たのはエフラムとショーンへの絶対の信頼。

 

──ショーンが機体を作り

──エフラムがプログラムを書いて

──ケンジが動かす

 

 ジュニアモビルスーツ時代から続く役割。

 それは上手く機能していた。

 優勝にこそ手は届かなかったものの、良好な成績として残った。

 だからケンジはコックピットで直接見せてやりたかった。体で直接感じて欲しかった。「お前らが作ったMSはスゴイんだぞ」と。

 ジュニアモビルスーツは一人しか乗れなかったのだから。

 

「…………ったく、どうしようもないヤロウだ」

 

 時として無垢な信頼は人を困らせるものだ。

 色々な感情が混ぜこぜになってしまったエフラム。

 

「……おい、次のテストするぞ」

「あ、エフラムの奴、照れてるぞ」

「え? マジで?」

 

 努めて平静を装いつつ、ぶっきらぼうに言い放つ。

 だが、あっさりとショーンに看破されてしまう。

 

「うるせーよ。ショーン、シミュレーションモデルとの比較データは?」

「理論値の92%。やっぱりジャンクパーツだから個体差が出るね」

 

 シミュレーションモデルは各パーツともカタログスペックで組んでいる。

 ジャンクパーツゆえに経年劣化等の要素は、実際に動かしてみるまでわからないので、シミュレーションモデルに組み込めなかった。

 

「メインスラスターは燃料系をクリーニングしてみるよ。あと姿勢制御スラスターなんだけど」

「ああ、点火タイミングが少しズレてるな。プログラムをもう少し詰めてみるか」

「電磁弁も怪しいから戻ったらチェックするね」

 

 エフラムとショーンが比較データをチェック。

 不調の原因箇所と改善点をリストアップ。

 どうすれば理論値に近付けるか話し合う。

 

「なぁ、そろそろ次のテストいっていいか? 久しぶりに乗ったから、もっと動かしたいんだよ」

「……今度はあんまり振り回すなよ」

「わかってるよ」

 

 静かにスロットルレバーを押すケンジ。

 ジムⅡが再び動き出す。

 それはMSらしくない優しい動きだった。

 

 



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サイド・バイ・サイド

16時11分 実況席

『チャレンジクラス予選第四ヒート、一位は『ネモ・ZEKUU』、二位に『ジムⅡ・トライデント』、三位『リゲルグ・ノーススター』という結果になりました』

『やはり『ネモ・ZEKUU』のヨハンソン選手は危なげないレース運びでしたね。明日の決勝でもいいレースを見せてくれそうです』

 

 

 

16時32分 仮設ピット

「クソ、あのネモ全然追いつけねえ」

「お疲れケンジ」

 

 予選が終わり、愚痴りながら機体を降りるケンジ。

 それを皆で出迎える。

 

「コーナー入口で追いついたと思ったら、抜けた時には引き離されてる。手を伸ばしてもチョロチョロ動いて捕まえられねぇ」

「落ち着けよ、ほら」

 

 エフラムがスポーツドリンクを押し付ける。

 それを一気に飲み干すケンジ。

 

「落ち着いたか?」

「ああ、ありがと」

「機体チェックは俺らでやっておくから、お前はとっととショーンと一緒に行け」

「あいよ」

 

 

 

16時55分 宇宙港6番ポート

「うほー! やっぱりシルバーやゴールドクラスの機体は一味違うね~」

「はしゃぐなよ……恥ずかしい……」

 

 ケンジとショーン。

 二人連れだってゴールドクラスの仮設ピットを目指す。

 道すがら目に入ってくる上位クラスのMSたち。

 当然のように鎮座するネモにマラサイ。さらにザクⅢ、ガザⅮやバウ、ギラドーガ。

 毎回、観戦に来ていたので目新しい機体はないが、自分たちでレースをやるようになってから見てみると、改めて気付かされることもある。

 

「あ、そうか、このガ・ゾウムはスラスターの可動域を増やしてたんだ……」

「いや、今日の目当てはここじゃねえから……ほら、行くぞショーン」

 

 

 

16時59時 ゴールドクラス 仮設ピット

「これだな」

 

 ゴールドクラスの機体が集まる区域。

 その一番端の方にお目当てのMSはあった。

 ケンジたちは今後の改造の参考になればと、このMSを見にきたのだ。

 

『ジムⅢ・スピリットオブサムライ』

 

 現在、ゴールドクラスで唯一のジム。

 肩に書かれた『士魂』の筆文字が得も言われぬオーラを放つ。

 だが近年はレース機材の高性能化に伴い成績は低迷。

 昨年はゴールドクラス十二機中11位と苦戦を強いられていた。

 

「ジムでゴールドクラスを飛ぼうとすると、やっぱりこのぐらい改造しないとダメかぁ……」

 

 二人でジムⅢを見上げる。

 ぱっと見てわかる改修箇所だけでも『ジェガンD型バックパックへの換装』『脚部スラスター大型化』『腰回りの姿勢制御スラスター追加』と大掛かりな改造。

 特にジェガンのバックパックは今期から導入したもの。

 恐らく内部構造は微に入り細に入り手が加えられているに違いない。

 

「ショーン、ここまでイジると、いくら掛かるんだ?」

「たぶんだけど……うちのジムⅡがもう一機買えるんじゃないかな?」

「うげ~……んな金ねえよ……」

 

 想像してうんざりするケンジ。

 青色吐息の貧乏チームからしてみれば、羨ましい限り。

 

「よぉ兄ちゃんたち、よかったら見ていくかい?」

 

 ジムⅢの前をウロウロしていると一人の男が声を掛けてきた。

 年の頃は40代後半だろうか、のそのそと近付いてくる。

 

「おい、あの人って……」

「ああ、間違いない」

「見ての通り客もいなくてな、暇してたんだ」

 

 男の言う通りジムⅢの周りに観客の姿はない。

 観客は皆、上位チームの機体に群がっていた。

 

「あの……ジム・ナカムラさんですよね?」

「お? 嬉しいね~、俺のこと知ってるなんて」

 

 ジムと呼ばれた男が妙に人懐っこい笑顔を浮かべた。

 この男こそが『ジムⅢ・スピリットオブサムライ』のパイロット。

 

「実は俺ら今年からジムⅡで参戦してるんです。それで改造の参考に見学させてもらえればなぁ、と」

「ってことはお前、噂のルーキーか?」

「え? 俺、噂になってんですか?」

「おお、なってるなってる。最年少ルーキーのヘマやらかした方ってな」

「ぐっ……」

 

 ケンジの顔が羞恥で歪む。

 同情半分、からかい半分のジムがニタリと笑う。

 

「まぁ、気にするな。目新しい話題に飢えてるだけだよ」

「そんなもんですか……」

「そんなもんだ。で、何が聞きたい? 同じジム乗りのよしみだ。教えられることは教えてやる」

 

 ジムなりにケンジを慰める。

 

「あ、じゃあ……ジェガンのバックパックはポン付けできないって聞いたんですけど……」

「ああ、ポン付けは無理だな。まずマウントの規格が違うから作り直さにゃならんし、胴体内のケーブルや配管も全部やり直さないといかん」

「ジェネレーターはどうするんですか? ジムのジェネレーター出力だと、ジェガンのバックパックを動かすにはパワーが足りないですよね?」

 

 ショーンが疑問を吐き出す。

 先日ショーンは「ポン付け出来ない」と言った。だが、目の前のジムⅢは積んでいる。

 自分の知らない方法があるなら知っておきたい。

 

「ジェネレーターもな、ジェガンのやつに積み替えるんだよ」

「積み替え?! ジェガンのジェネレーターだとデカくて入らないんじゃ?」

 

 さらっと言ってのけるジムに、目を丸くするショーン。

 ジェガンのジェネレーターは高出力化に伴い、ジム系統の物より一回り大型になっていた。

 当然ジムⅢに乗せるにはスペースが足りない。

 

「そこで脱出ポッドのシェル(殻)をTMSの物に変えてやる。ガザ系統だと丁度いい具合にスペースができるんだ」

「はぁ~」

 

 可変MSは機械的制約が大きく、変形機構にスペースを取られがちである。そのため通常のMS用脱出ポッドより小さい物を使ったり、真球ではなかったりと省スペース化の工夫をしているのだ。

 

「効果はデカいがオススメはしないぞ。手間も金も掛かって割に合わん。別のMSに乗り換えた方が手っ取り早くて安上がりだ」

「じゃあ何でジムⅢに……」

 

 言いかけて止める。

 不躾で無思慮な質問だ。答えは「好きだから」に決まっている。

 

「運命だからだ」

「「え??」」

 

 違った。

 毒気を抜かれるケンジとショーン。

 対して茶目っ気たっぷりに答えるジム。だが可愛くない。

 

「ア・バオア・クーで戦死した親父もジム乗りだった。そして俺も連邦軍に入ってジム乗りになった。なにせ俺の名前もジムだからな。これが運命じゃなくて何だと言うんだ?」

「は、はぁ……」

「『シャアの反乱』の時は88艦隊にいたからな、アクシズまで行ったりしたもんだ」

「じゃあνガンダムと一緒に戦ったんですか?」

 

 興に乗ったか饒舌なジムの昔話。

 『シャアの反乱』と聞いて目を輝かせるショーン。

 今や伝説となったMSについて訊ねた。

 

「俺らが着いた時には戦闘は終わってた……だが、まぁ見たよνガンダム……」

 

 だが急にジムの声がトーンダウン。

 歯切れの悪いものになる。

 調子に乗ってしゃべり過ぎた。

 

「スゴイ! νガンダムは運用期間が短いから、実機を見た人は少ないのに!」

「まぁ、遠目にチラッとな……」

 

 嘘。

 本当はすぐ近くにいて、一緒にアクシズを押したのだ。

 だが、これ以上はいけない。

 彼のジムⅢは『アクシズを押していない』ことになっているのだから。

 帰還後、守秘義務の宣誓書にサインした。

 公式には『ロンドベル隊の爆破工作により作戦成功』となっている。

 

「おいショーン。その話は後だ。今はジムの改造の事を聞かないと」

「おお! そうだった!」

 

 ショーンをこのまま放っておいたら、根掘り葉掘り聞こうとして、時間がいくらあっても足りはしない。

 ケンジが話題を打ち切ってくれたので、内心ほっとするジム。

 

「で、姿勢制御スラスターなんですけど……」

 

 次から次へと質問を繰り出すショーン。

 プログラム、センサー、軽量化等々。

 その中で実現できそうなものは、更に突っ込んだ質問をしていく。

 気が付くと一時間弱。

 

「ありがとうございました!」

 

 聞きたいことがあらかた聞けて大満足のショーン。

 なんとも晴れやかな笑顔。

 対してジムはお疲れ気味。

 

「おう……なんかあったまた来い」

「じゃあ、俺らはこれで」

「あー、待て待て」

 

 踵を返すケンジたちを呼び止めるジム。

 

「? なんでしょう?」

「なんか買ってけ」

 

 そう言って長机に置かれたチームグッズを指差す。

 

「え?」

「授業料だよ。まさか聞くだけ聞いてサヨナラか~?」

 

 ねっとりとした笑みを浮かべるジム。

 どこまで本気かわからない。

 

「とりあえずTシャツにしとけ。お前はLか? そっちは2Lなら入るか?」

「え? いや、ちょっ……」

 

 困惑するケンジたち。

 お構いなしにTシャツを押し付けていたジムが、ふと何かを思い出す。

 

「あ、そうだ。もう一つ言うの忘れてた。エンスーの連中とは仲良くしとけよ」

「エンスーですか?」

「あいつら、たまにとんでもないパーツ持ってんだよ。仲良くしといて損はないぞ」

 

 

 

07時10分 ハンバーガーショップ『アンティータム』

「なあ、ショーン。昨日ナカムラさんが言ってたこと、どう思う?」

「ジェガンのバックパックのことか?」

「ちげーよ。エンスー派のことだよ」

「あ、そっちね」

 

 ハンバーガーの焼き上がりを待ちながら、ジンジャーエールをすするケンジとショーン。

 

「あいよ。先にフライドポテトとオニオンリングな」

「エンスー派の連中ってさ、なんて言うかさ……独特の雰囲気ないか?」

 

 大分オブラートに包んだ物言い。

 ケンジは歯切れの悪さを誤魔化すようにフライドポテトを放り込む。

 

「そうかなぁ?」

 

 オニオンリングを頬張るショーン。

 MSオタクとして何か通じる物があるのか、ショーンは特に気にした様子もない。

 もう何年もこの会場に通っているのだ。エンスー派のピットを見に行ったのだって一度や二度ではない。

 

「いやいやいや、絶対ちげーって」

「まぁ、あの人たちは純粋に楽しむのが目的だからね」

「そーいう次元じゃないんだけどな~」

「とりあえず、今度見に行ってみようよ」

「ザクバーガーお待ち!」

 

 美味そうな香りを漂わせ、ハンバーガーを差し出すおっちゃん。

 受け取るとショーンはマスタードを少量付け足し、ケンジはそのままかぶりつく。

 

「坊主ども、ここで食っていくのは構わないが、カウンターは空けてくれよ。次の客が待ってる」

「え?」

 

 ニカッと意地悪な笑みを作るおっちゃん。

 慌てて振り向くと一人の女の子。

 ガザCのパイロット『カエデ・エインズワース』。

 前に見た時同様、薄幸感満載で存在感が希薄。

 

「あ……悪い……」

「いえ……あの、ハンバーガーと紅茶をもらえますか?」

「あいよ!」

 

 カエデの存在に全く以て気付いていなかった。

 不意を突かれて挙動不審。そろりそろりと場所を譲るケンジ。

 対してそれを気にした様子もないカエデ。

 

「…………」

「…………」

「……なあ、あんたガザCのパイロットだよな?」

「……ええ、そうですけど……」

 

 何故か声を掛けなければいけないような気がしたケンジ。

 だがそれは要らぬお世話。

 カエデはあっという間に警戒態勢。

 

「あ~、俺も今年からジムⅡで参戦してるんだ……けど……」

「…………そう……ですか……」

 

 『何か』を話したかった訳ではない。

 だから話題などあろうはずもない。

 無難な『取っ掛かり』を選んだはずだが、鈍いレスポンス。

 

「………………」

「………………」

 

 二の句が継げぬケンジ。

 ニジリと気付かれぬよう距離を空けるカエデ。

 

「……そういやポテトかオニオンリングは食べないの?」

「…………………………あっ、この前もここで会いましたよね?」

 

 聞き覚えのあるフレーズにやっと反応を示すカエデ。

 だが距離は空けたまま。

 思い出してくれたことに安堵しつつも、カエデの警戒感に苦笑い。

 

「ここのオニオンリングは美味いぜ。多分サイド6で一番だ」

「多分は余計だ、坊主」

 

 おっちゃんのツッコミをスルー。

 ショーンのオニオンリングをひったくると、カエデに差し出した。

 

「味見してみなよ。それにセットで頼んだ方がお得だぜ」

「あ……いえ、その……結構……です……」

「そう…………」

 

 小さく手を振り遠慮するカエデ。

 面白いぐらい肩を落とすケンジ。

 が、カエデはおっちゃんの方を向くと口を開いた。

 

「あの……オニオンリングを追加できますか?」

「お嬢ちゃん、こいつらに無理に付き合う必要はないよ」

「あ、いえ、せっかくですから……」

 

 年相応にはにかんだ笑み。

 対してケンジは複雑な表情。

 

「えっと……俺はケンジ・オカダ……よろしく」

「あの……私は……」

「カエデ・エインズワースでいいんだっけ?」

「あ……はい……」

「…………」

「…………」

 

 話が続かない。

 どんな話題を選べばいいかわからないケンジ。

 わずかな沈黙。

 そしてその沈黙を破ったのは、

 

「ザクバーガーとオニオンリングのセット、お待ち!」

 

 おっちゃんだった。

 

「あの……これで失礼します……」

「あ……」

 

 カエデは代金を支払うと、走り去ってしまう。

 成す術もなく見送るケンジ。

 

「…………」

「ケンジはああいう子が好みなのか?」

「ぶふぉ?! ち、ちげーよ!」

「違うの?」

 

 クリっとした瞳でショーンが尋ねる。まるで幼子のように。

 

「ああ、違うね! 俺のタイプは、こう……もっとグラマーだ! 間違ってもあんな寸胴じゃない!」

「じゃ、なんで声かけたの?」

「それは…………なんか気になるんだよ……」

 

 容赦ないショーンの追撃。

 だが、当の本人でさえ理由がわからない。

 あくまでも自分の本能というか直感に従ったまで。

 

「ふ~ん……」

 

 腑に落ちない点はあるものの、ケンジならさもありなんと納得するショーン。

 

「ケンジにも恋の季節が来たのかと思ったよ」

「はぁ?! なんじゃそりゃ?! ん? …………『にも』って言ったか『にも』って?」

「言った」

 

 ショーンはハンバーガーを齧るとコーラで流し込む。

 

「いや、ほら……モニカいるじゃん?」

「うん」

「エフラム狙いらしいんだよね」

「マジか?!」

「エフラムの将来性を見込んでるんだとさ」

 

 確かにエフラムは将来有望だろう。

 MSの購入資金の大半は彼が稼いだものだし、活動資金の管理のみならず、チームを取り仕切るリーダーシップ。

 その上、食いっぱぐれないだけのプログラミングの技術も持っている。

 

「……女、怖えぇぇぇ」

 



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サイド・バイ・サイド 2

11時30分 実況席

『皆様、お待たせしました! デブリヒート、チャレンジクラス決勝が今、始まろうとしています! 実況は私、トーマス・ジャクソンと、解説ファン・クーパーでお送りします』

『よろしくお願いします』

『参加選手を予選通過タイム順に見ていきましょう。予選一位はやはりこの人、『ネモ・ZEKUU』のヴィクトル・ヨハンソン。二位に『ガザC・オナガ』のカエデ・エインズワース。三位は『マラサイパラダイス』のハンス・ドミニクなのですが…………『マラサイパラダイス』はマシントラブルで棄権となっています』

『昨日は派手にクラッシュしてましたからね。あの状態でゴール出来たのは奇跡でしょう。しかし開幕戦一位と幸先の良いスタートだっただけに、今回の棄権は痛いですね』

 

 

 

同時刻 ジムⅡ コクピット

『無線チェック』

「クリア。よく聞こえる」

『予報だとミノフスキー雲が出るって言ってたけど、大丈夫みたいだな』

 

 モニターの向こうで胸を撫で下ろすエフラム。

 戦時中に散布されたミノフスキー粒子の大部分は雲散霧消したが、たまに高濃度の塊が流れてくることがある。

 

「ああ、そうだな……」

『? どうかしたか?』

 

 返事をしたケンジの表情は苦々しい。

 

「いや、隣がな……」

『隣?』

 

 中継画像をチェック。

 ケンジのジムⅡの右隣りにはガルバルディβ改造機の『ガルバルディΩ』、そして左隣の機体を見て露骨に嫌悪感を露にするエフラム。

 

『うわっ?! バーザムかよ……』

 

 現在、中古MS市場において圧倒的に不人気な機種が二つある。

 一つは『ジムクゥエル』、もう一つは『バーザム』。

 二機種とも性能が悪い訳ではない。

 問題なのは歴史でありイメージ。

 この二機種に共通しているのは『ティターンズ専用MS』だったこと。

 ケンジたちの祖父母はティターンズから直接弾圧を受けた世代であり、両親はそれを目の当たりにしてきた世代。そしてケンジたちの世代は、ティターンズの弾圧を『人類が犯した愚行』として学校で教わる。

 そのような環境では『ティターンズ専用MS』の人気など出ようはずもない。

 

「こいつには負けたくないな」

『だな』

『二人とも落ち着きなよ~。使ってた人間が悪いんであって、MSに罪はないよ。それじゃバーザムが可哀想だ』

 

 盛り上がる二人を諫めるショーン。

 道具はあくまで道具であり、道具自体が主体性を持って悪さをする訳ではない。

 どんなに良い目的を持って作られた道具でも、悪意を持った人間が使えばそれは凶器となる。逆もまた然り。

 余談だが、マラサイは鹵獲などで入手した機体をジオン残党が使っていたせいか、それほど嫌悪感を持たれていない。

 

『悪いのはティターンズで、MSじゃないよ。それに勝つのは『バーザムに』じゃなくて『レースに』だろ?』

「お、おう……」

 

 ショーンの語りに思わず面食らう二人。

 目的を間違える所だった。

 

『なんにしてもバーザムの方が性能が上なんだ。余計なこと考えてる暇ないよ』

「そ、そうだな…………うん、確かにそうだな」

 

 納得し、気持ちを切り替えるために深呼吸。

 グリップを握り直す。

 

「よっしゃ! 今日は表彰台狙うぞ!」

 

 

 

11時33分 実況席

『今、一斉にスタートしました! 来た来た来た! 『ズサ・キラーエッグ』スタートと同時にロケットモーターに点火! 他のMSを一気に突き放す!』

『開幕戦とは戦法を変えてきましたね』

『先行逃げ切りは決まるのか?! 『ガザC・オナガ』と『ネモ・ZEKUU』が猛追! その後ろ、『リゲルグ・ノーススター』『ジムⅡトライデント』『バーザム・ダンシングシミター』『ジムⅢナイトシャドウ』『ガルバルディΩ』が団子状態! さあ、第一コーナー!』

 

 

 

同時刻 ジムⅡ コクピット

「さすがショーンのチューンだ! イケるぜこれは!」

 

 優勝候補たちと遜色ないスタートを切れてケンジはご機嫌。

 ドバドバ溢れるアドレナリン。

 

『油断すんなよ! 囲まれてるんだ!』

 

 エフラムの渇。

 確かに浮かれてる状況ではない。

 モニター、レーダー、サブモニター、素早く視線だけを走らせる。

 四方を他のMSに囲まれ息苦しい。

 接近警報のアラートは鳴りっぱなし。

 

「こじ開けてやる!」

 

 

 

11時34分 実況席

『『ズサ・キラーエッグ』加速しすぎた! 曲がれない! 曲がり切れない! コースアウトだ!』 

『ロケットモーターは普通のスラスターと違って、燃焼が始まったら止めることができませんからねぇ。それが逆に仇になってしまいましたね』

 

 ロケットモーターはミサイルなどの推進器に使われる。

 通常のスラスターと違い、固体燃料を使用。

 文字通り爆発的な加速を得られる反面、推力調整ができない。

 

『その間に『ガザC・オナガ』と『ネモ・ZEKUU』が前に出た! 続いて『リゲルグ・ノーススター』と『ジムⅡ・トライデント』がターンイン!』

 

 

 

11時34分 ジムⅡ コクピット

「イーーーヤッーホー!」

 

 フルスロットルでコーナーに突っ込む。

 当然アンダー。

 だが、それでいい。このコーナリングは『早く曲がることが目的ではない』のだから。

 

「くらえっ!」

 

──リゲルグの脇腹に肘鉄

──さらに裏拳で追い打ち

 

 リゲルグがバランスを崩し順位を落とす。

 これでケンジのジムⅡは単独三位。

 

 

 

11時34分 実況席

『『リゲルグ・ノーススター』失速! 後続機は回避せざるを得ない! 『ジムⅡ・トライデント』集団を抜け出せるか?!』

『『ジムⅡ・トライデント』は上手に仕掛けましたね』

『絶妙なタイミングでのアタックでしたね』

『『リゲルグ・ノーススター』はドラッグレースからのスポット参戦でして、機体もそれ用に調整してある。だから、出来るだけ長く直線距離を稼ごうと、早めにターンしていました』

『そのため無防備に脇腹を晒してしまった、と』

『その通りです』

 

 ドラッグ仕様は軌道が直線的になりがちで、動きが読みやすい。

 ケンジはそこを狙った。

 

『なるほど……あー?! 失速した『リゲルグ・ノーススター』が後続と接触! 『バーザム・ダンシングシミター』『ジムカスタム・レイピア』が巻き込まれて立ち往生!』

 

 

 

11時34分 仮設ピット

「Yes! いいぞケンジ!」

 

 ピットで歓喜の声を上げるエフラム。

 スタートの混戦をひとまず抜け出した。

 わずかなリードだが単独三位は上々の滑り出し。

 

「ショーン、損傷は?」

「問題ないよ」

「モニカ、後ろの様子は?」

「ジムⅢが上方7時、ガルバルディは同高度4時にいるわ」

「デイジー、中継の方は?」

「ズサがコースに復帰して六位だって」

 

 今回は開幕戦の反省を生かし、モニカとデイジーに『スポッター』をやってもらっていた。

 『スポッター』はパイロットの死角を補い、他のMSの動向を伝える役割を持つ。

 モニカはジムⅡのリアカメラから送られてくる映像で後方警戒を、デイジーはTV中継を見て全体の順位の動向を。

 それぞれのモニターを、瞬きも忘れて睨んでいる。

 

「ショーン、機体の具合は?」

「エフラムは心配性だな。ジェネレーターは安定。排熱良好」

 

 前回に引き続き、機体状況をモニタリングしていたショーンが苦笑い。

 

「それより見てよ。ケンジの奴、昨日の予選より速度が出てる」

「マジか?!」

 

 ショーンのモニターを見て、次いでデイジーのモニターを覗き込む。

 画面には鋭い軌道でダミー隕石を避けるジムⅡの姿。

 

「これ……ひょっとして、ひょっとするのか?!」

 

 

 

11時35分 実況席

『現在、第三コーナーを抜けて一位『ガザC・オナガ』、二位『ネモ・ZEKUU』、少し距離を空けて『ジムⅡ・トライデント』『ジムⅢナイトシャドウ』『ガルバルディΩ』の三機が三位集団』

『『ジムⅡ・トライデント』は開幕戦とはまるで別物の動きですね。色々とチューニングしたのでしょう』

『さあ、第四コーナー!』

 

 

 

11時35分 ジムⅡ コクピット

『左上方からジムⅢ!』

「来やがったな!」

 

 モニカから警告。

 

──ハーフロールで躱すジムⅡ

──宙を切るジムⅢのパンチ

──さらに素早いロールを加えるジムⅡ

 

「ハァーーーっ!」

 

──裂帛の気合と共に回し蹴りを叩き込む!

 

 仰け反ったジムⅢは六位に後退。

 だが、すぐに態勢を立て直して追ってくる。

 

「追加したスラスターは最高だぞショーン! これならカンフームービーにも出られるぞ!」

 

 今の機動は肩に追加したスラスターに依るところが大きい。

 テストフライトでその効果のほどは体感していたが、本番で決まると嬉しいものだ。

 

『油断するなよケンジ。まだ追ってきてるぞ』

「おっと、危ない危ない。また、やるとこだった」

 

 エフラムの諫言。

 前回は油断したがために、最後の最後でひっくり返されたのだ。

 長く息を吐いて気持ちを静める。

 

 

 

11時36分 実況席

『『ネモ・ZEKUU』第四コーナーを抜けて『ガザC・オナガ』に完全に追いついた! さあ抜くのか抜くのか! って?! 掴んだ!? 『ガザC・オナガ』のクローを掴みました!』

『これは?!』

 

 ネモの予想外の行動。

 MA形態で飛行を続けるガザC。その足のクローを掴んだのだ。

 ガザCが脚を振って振り払おうとするが、両手でガッチリ掴んで離さないネモ。

 実況と解説が困惑する中、ネモは器械体操の選手のように機体を揺らす。

 

『なんだ? 何をする気だ『ネモ・ZEKUU』?』

 

──ガザCの脚を鉄棒に見立てて逆上がり

 

 突如としてガザCの眼前に躍り出るネモ。

 そしてそのまま

 

『オーバーヘッドキックだー! 『ネモ・ZEKUU』のオーバーヘッドキックが炸裂!』

『これは強烈ですね!』

『『ガザC・オナガ』押し戻された! その間に『ジムⅡ・トライデント』と『ガルバルディΩ』が上がって来る! 『ガザC・オナガ』四位転落!』

 

 

 

11時36分 ジムⅡ コクピット

「エフラム、ネモと何秒差だ?」

『二秒差だ。ガルバルディとは一秒もないからな』

 

 二周目突入。

 一位との差は僅か、だが三位に喰い付かれた状態。

 二位というポジションながら薄氷を踏む思い。

 

『ガザCとジムⅢもすぐ追い付きそうな勢いだ』

「そりゃハードだな」

『? ガルバルディが離れた?』

「何?!」

 

 

 

11時36分 実況席

『三位の『ガルバルディΩ』がアウトラインに機体を振って第一コーナーにアプローチ。『ジムⅡ・トライデント』はインベタ。さあ、どうなる?!』

『『ガルバルディΩ』いいラインですね』

『『ガルバルディΩ』加速! フラットアウトだ!』

 

 

 

11時36分 ジムⅡ コクピット

「ウソだろ?!」

『そんなラインありかよ?!』

 

 コースに設定された上方制限一杯から、下方制限一杯まで。

 機体を振り下ろすように一直線に駆け降りる『ガルバルディΩ』。

 針を通すような繊細なコントロール。

 設置されたダミー隕石を割らない程度にかすめ、クリッピングポイントを駆け抜ける。

 

「抜かれた?!」

 

 

 

11時36分 実況席

『『ガルバルディΩ』が二位浮上! アウトラインからの鮮やかなオーバーテイク!』

『いや~、今のは見事でしたね。『ガルバルディΩ』はよくあんな狭いラインを見付けましたね』

 

 モニターにはリプレイ画像。

 ケンジのジムⅡがジグザグにダミー隕石を回避しているのに対し、わずかなロールとヨーイングのみで駆け抜けたガルバルディ。

 蛇行と直線。

 どちらが速いか一目瞭然。

 

『『ガルバルディΩ』が『ネモ・ZEKUU』との差を詰めた!』

 

 

 

11時37分 ジムⅡ コクピット

「〇ァック! あんなラインどうやって出したんだ?!」

『落ち着け! あんなラインは普通存在しない! ガルバルディのパイロットが無理やり作ったんだ!』

 

 エフラムが航路算出した際には見付けられなかったライン。

 それをガルバルディのチームは見抜き、最小限の機動で直線に変えてしまった。

 

『惑わされるなよケンジ。まだ離されちゃいないんだ。抜くチャンスはある』

 

 

 

11時37分 実況席

『『ガルバルディΩ』が『ネモ・ZEKUU』に追い付いた! 仕掛けるか!? 仕掛けるか?!』

 

 先手を取ったのはガルバルディ。

 

──二発、三発と素早いジャブを繰り出すガルバルディ

──それを受け、流しつつジャブを打ち返すネモ

──機動性に物を言わせて打撃を躱すと、再度ジャブを打ち込む

 

 ダミー隕石を回避しつつ、断続的に起こるジャブの応酬。

 

『激しいジャブの応酬! ジャブの雨霰! だが当たらない!』

『両機とも素晴らしい技量です。これだけ打ち合って、未だに双方ともクリーンヒットがありません』

 

 

 

11時37分 ジムⅡ コクピット

『チャンスだケンジ! 詰めて行け!』

 

 第二コーナー立ち上がり。

 技巧溢れる乱打戦を繰り広げるネモとガルバルディ。

 格闘戦の最中ゆえ、速度が落ちているものの、それでも十分速い。

 

「お、応っ!」

 

 返事をしてみたものの、眼前で繰り広げられる格闘戦に目を奪われていた。

 

──姿勢制御スラスターの小刻みな噴射によるフットワーク

──ダミー隕石を見越した軌道遷移

 

 どれをとっても卓越した操縦技術。

 改めて近くで見ると、その技術の高さに驚かされる。

 正直、ずっと見ていたい。

 

(これ……抜けるのか?)

 



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サイド・バイ・サイド 3

11時39分 ジムⅡ コクピット

『抜けそうかケンジ?』

「……ラインが潰されてる。こりゃ相当ムズイぞ」

 

 距離を詰めたが攻めあぐねるケンジ。

 先程から様子を伺っているが、ネモとガルバルディ、両機とも格闘戦をしながらも隙が無い。

 二、三発ジャブを打ち込むとすぐに離れる。

 離れる距離も方向も毎回違う。

 そのためケンジはラインを潰され右往左往。

 

『ガザCが5時下方向から近付いてるわ』

「クソっ! もう来やがった!」

 

 そうこうしているうちに態勢を立て直したガザCが追ってくる。

 

「他の連中は?」

『ん~とね、ズサとジムⅢは少しづつ遅れてるかな』

「遅れてる? なんで?」

 

 デイジーの報告に眉を顰める。

 

『ズサとジムⅢはど突き合い始めたんで速度が落ちてる。今は気にしなくていい』

 

 デイジーの報告で足りなかった部分をエフラムが補う。

後続の数は減ったが、ガザCには依然として警戒しなければならない。

 選択を迫られる。

 

「さて、どう抜く?」

 

 

 

11時40分 仮設ピット

(さて、どうする?)

 

 モニターを睨みつつ考えるエフラム。

 当初予定していた軌道データは、ネモとガルバルディが頻繁に掠めるせいでリスキー。

 中継を見る限り両機のパイロットはかなり手強い。

 仕掛けるタイミングを間違うと、二機同時に相手をしなければならない。

 その上、加速に優れるTMSが追ってくる。

 

──ガザCを抑え三位を守るか

──ネモとガルバルディに仕掛けて一位を目指すか

 

「ケンジ、ガザCを抑えて三位をキープだ」

『何?!』

 

 エフラムがチームオーダーを下す。

 どうにかして抜こうと頭をひねっていたケンジは、水を差された格好。

 

「クールダウン、クールダウン。前の二機は一筋縄じゃいかない。あれだけ殴り合ってれば疲れてミスするはずだ。それを待つぞ」

『マジか?!』

「ケンジの腕とショーンのチューンがあれば、抑えられる!」

 

 賭けだ。

 確かにショーンのチューニングで機動性、加速性能は向上した。

 だが、加速性能と最高速度は依然ガザCが上。

 つまりガザCを抑えるには、機動性を生かして相手のラインを予測、先回りして潰していくしかない。

 

『四時下方、ガザC!』

「ちっ!」

 

 考える間もなく機体を動かす。

 

──スラスター全力噴射で進路に割り込むジムⅡ

──AMBACで制動を掛けるガザC

 

 ギリギリのところで衝突を回避。

 バランスを崩したガザCは再加速が遅れた。

 

(コイツ……ぶつけたくないのか?)

 

 ガザCの行動を訝しむ。

 強引なパイロットなら体当たりしてきたことだろう。

 ケンジもその覚悟で割り込んだ。

 

(これなら抑え込めるか?!)

 

 

 

11時54分 実況席

『クラーーーッシュ! 第四コーナーでクラッシュです! リプレイ、見れますか?』

『あ~『ジムカスタム・レイピア』ですね』

『これは……『ガンダムMk-2フリーダムファイター』ですかね?』

『そうですね。『ガンダムMk-2フリーダムファイター』が『ジムカスタム・レイピア』に対し、押し付けるようなタックルをしていますね』

『なるほど。針路を塞がれた『ジムカスタム・レイピア』は逃げ場を失い、第四コーナーの隕石にぶつかってしまった、と』

『その通りです』

『あ~っと? ここでイエローコースコーションが出ました』

 

 

 

11時54分 第二コーナー

──イエローライトを明滅させたジムⅢがコースに進入

 

 運営のジムⅢが先頭集団の前に割り込む。

 このジムⅢはカーレースで言うところのセイフティーカーの役割を担う。

 速度を落とさせ、コース下方に設定されたエスケープゾーンに参加機体を誘導。

 そのままフォーメーションラップに入った。

 

 

 

11時54分 実況席

『今、情報が入ってきました。このクラッシュで『ジムカスタム・レイピア』に搭乗していたオーステルベーク選手が投げ出されたということです』

『大丈夫なんでしょうか?』

『無線での呼びかけには反応があるということです』

『まずは一安心と言ったところですね』

『現在、コース上ではオーステルベーク選手と機体の回収作業が行われています』

 

 

 

11時55分 ジムⅡ コクピット

『ケンジ、回収作業はしばらくかかりそうだ。少し休んでくれ』

「そうさせてもらうよ。ガザC抑え込むのでクタクタだ」

 

 ケンジはチョコレートバーを齧るとエナジードリンクで流し込む。

 ガザCを抑え込むのに急旋回、急加速に激しい横Gと、急の付く操作のオンパレード。

 モニカたちが後ろの状況を伝えてくれるとはいえ、パイロットの負担は大きい。

 集中力もすり減っていたところなので、これはいい骨休め。

 フォーメーションラップ中は追い抜きも接触も禁止なので、オートパイロットでも問題ない。

 

「後ろの順位はどうなってる?」

『ガザCの後ろはズサ、ジムⅢ、バーザム、リゲルグの順番だ』

「ズサが厄介だな」

『ああ、まだロケットモーターを持ってるはずだ』

 

 再開と同時にロケットモーターが使われることを危惧する。

 最悪、ガザCとズサの両方を相手にしなければならない。

 だが、ジムⅡで二機同時に抑え込むのは不可能。

 

「……いっそのこと、上を狙うか?」

 

 ポツリとつぶやく。

 今回のイエローコースコーションは、見方を変えればケンジたちにとっては好都合。

 フォーメーションラップになったおかげで、ネモとガルバルディに付けられた差を振り出しに戻すことができた。

 

『まぁ、そうするしかないな。抑え込むったって無理がある。逃げるしかないだろ』

「だな」

 

 

 

11時56分 実況席

『今、情報が入ってきました。オーステルベーク選手が無事保護されました。なお、コクピットから投げ出された際に体を打ったということですが、命に別状はありません』

『いや、無事で何よりです』

『オーステルベーク選手を乗せた救命艇はコロニーに向かって移動中です。また、コース上では大破した『ジムカスタム・レイピア』の回収作業が続いております』

『派手にクラッシュしましたからねぇ……部品がそこらじゅうに飛び散ってますね……』

『あっ、今、レースディレクターから発表がありました。九周目がキャンセルです。作業終了後、ファイナルラップのみ行われます』

 

 

 

11時57分 ジムⅡ コクピット

『聞いてたなケンジ? 一周勝負だ! 出遅れるなよ』

「わかってるって任せとけ」

 

 エフラムの心配をよそに、ニヤリと返すケンジ。

 と、その時、事故があった第四コーナーが見えてきた。

 コース上では運営のジムⅡとボールが忙しなく動き回り、飛び散ったジムカスタムの残骸を集めている。

 

「…………くわばら、くわばら」

『どうしたケンジ?』

「いや……明日は我が身だなと思ってさ」

『そうだな…………気を付けてくれよ』

 

 

 

12時00分 実況席

『さあ、回収作業も終わり、コースはクリア! 仕切り直しとなるわけですが、クーパーさんはどのようにご覧になりますか?』

『ポイントは現在先頭の『ネモ・ZEKUU』と『ガルバルディΩ』が逃げ切れるかにかかっています。後ろにはダッシュ力に優れる『ズサ・キラーエッグ』にスポット参戦の『リゲルグ・ノーススター』がいる訳ですから、逃げに失敗すると乱戦になり得る状況です』

 

 

12時00分 ジムⅡ コックピット

『再開するぞ。準備はいいな?』

「任せろよエフラム」

 

 エナジードリンクのパックをフードポーチに投げ込む。

 コントロールスティックを握り直し、オートパイロットをOFF。

 機体をわずかに加速。

 少しだけ距離を詰め、少しだけ外に振る。

 正面にネモ、斜め前方にガルバルディ。

 

 

 

12時00分 第四コーナー

 先導するジムⅢが第四コーナーを抜けてホームストレートへ。

 注意を促すイエローライトが点滅パターンを変える。

 

──0.5秒間隔で明滅するイエローライト

 

 そして

 

──グリーンライト点灯

 

 

 

12時00分 実況席

『レース再開です! って……ああっ?!』

 

 

 

12時00分 ジムⅡ コックピット

「なっ?!」

 

──ガルバルディが視界から消えた

 

 

 

12時00分 実況席

『な、投げた!? 『ネモ・ZEKUU』が『ガルバルディΩ』を投げ飛ばした! クーパーさん、今のは?!』

『これは『柔術』でしょうか? 以前、ヨハンソン選手は『武道』のマスタークラスだと聞いたことがあります』

『なるほど。その『武道』の技をMSに応用して、電光石火の投げ技を決めました『ネモ・ZEKUU』! 昨年度シルバークラスは伊達じゃない!』

 

 

 

12時00分 ジムⅡ コクピット

「何だ今の?!」

 

 一瞬の隙を突いて豪快な投げ技を決める『ネモ・ZEKUU』。

 投げられた『ガルバルディΩ』が、ガザCに、ズサに、後続機にぶつかり連鎖的玉突き事故。

 皆、グリーンライトに合わせてスロットルを開けていたので、避けることも叶わない。

 あまりの多重クラッシュぶりに、呆然とするケンジ。

 

「ウソだろ……」

 

 

 

12時00分 実況席

『クラッーシュ! こりゃまた派手なクラッシュだ! 三位以下は軒並み巻き込まれた!』

 

 

 

12時00分 ジムⅡ コクピット

『ケンジ! 何してる?! 早くいけ!』

「え?! あっ……お、応っ!」

 

 あまりの多重クラッシュぶりに、呆然として出遅れた。

 先行する『ネモ・ZEKUU』はすでに逃げの態勢。

 

「逃がすか!」

『避けろケンジ!』

「?!」

 

──ジムⅡの針路にダミー隕石

 

 姿勢制御スラスターを吹かして回避。

 ロール機動からAMBACで立て直し再加速。

 

「あの野郎! ダミー隕石を動かしてる!」

 

 『ネモ・ZEKUU』がダミー隕石を掠める度に、マニュピレーターでこちらに投げ込んでくる。

 ダミー隕石を一つ避ける度にジリジリと差が開く。

 

『後続が来てるわ! 気を付けて!』

「もう来たのか?!」

 

 モニカからの警告。

 目の前でダミー隕石を投げつけられるケンジの機動は大回りなものになるが、後続は距離的猶予がある分、軌道変更は最小限で済む。

 

「クソっ! こうなったら二位を死守だ! 後ろは何が来てる?」

 

 これ以上の追撃はリスキー。

 バルーンブレイクでペナルティを受けては二位すら危うい。

 

『バーザムとガザC、距離を空けてジムⅢとMk-2』

「ズサとガルバルディは?」

『今、ロデオを楽しんでるわ』

 

 

 

12時01分 実況席

『『ズサ・キラーエッグ』が暴走! 再スタートに合わせてロケットモーターに点火していた『ズサ・キラーエッグ』が、今のクラッシュでアンコントロール! 『ガルバルディΩ』を道連れにコースアウトだー!』

『これは『ガルバルディΩ』にとって災難ですね。ですが二位、三位争いが俄然面白くなりそうですね』

『そうですね。『ジムⅡ・トライデント』は追撃をあきらめたようです。これで『ネモ・ZEKUU』は独走態勢!』

 



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サイド・バイ・サイド 4

12時01分 ジムⅡ コクピット

『7時上方、バーザム!』

「っ?!」

 

──姿勢制御スラスターで180度ロール

──しならせた腕を振り下ろすバーザム

 

 ジムⅡの拳がバーザムの腕を叩き落とす。

 しかしバーザムは意にも介さず回し蹴り。

 膝を上げブロックするジムⅡ。

 

「なろっ?!」

 

 反撃の右ストレートを繰り出すジムⅡ。

 だが、バーザムはスラスターによるスウェーで躱すと、さらに回し蹴り。

 たまらず膝でガードするジムⅡ。

 

「クソこの野郎! クルクルと!」

 

 

 

12時01分 仮設ピット

「ん? ……あれ? これって……」

「どうしたショーン?」

 

 モニターとにらめっこしていたショーンが違和感を抱く。

 

「いや、膝のジョイントに変な負荷が……」

「負荷?」

「あっ?! まさか!」

 

 ショーンが違和感の正体に気付いた時、バーザムが三発目の回し蹴りを繰り出すべく、右足を振りかぶる。

 

 

 

12時01分 ジムⅡ コクピット

『受けるなケンジ!』

「はぁ?!」

 

 ショーンの警告もむなしく、バーザムの回し蹴りがヒット。

 

──左足のステータスがレッドに変わるジムⅡ

──直後、膝から下がダラリとぶら下がる

 

「な?! なんだコリャ?!」

『バーザムの奴、膝関節だけを蹴ってたんだよ!』

「ウソだろ?!」

 

 ウソではない。

 『バーザム・ダンシングシミター』は回し蹴りが当たる直前、足のスラスターで微調整を行いながら、ジムⅡの膝関節を的確に蹴り抜いていた。

 

『いったん距離を取れ!』

「クソがっ!」

 

 ショーンのアドバイスとは真逆。

 距離を詰めるジムⅡ。

 インファイトで回し蹴りを封じる。

 

「ふんっ!」

 

──ジムⅡの頭突きに仰け反るバーザム

──砕け散るジムⅡのグレイズシールド

 

 カメラ保護用のシールド、俗に『ゴーグル』と呼ばれるグレイズシールドが全て割れ落ちる。

 勢い余って自らの機体を傷付けてしまうケンジ。

 だが、お構いなしにもう一発ヘッドバット。

 さらに首相撲からの膝蹴り。

 

「こっのっ野郎っ!」

 

──膝

──膝

──膝

 

 何発もの膝蹴りを叩き込む!

 バーザムの装甲が歪む。

 

「トドメ!」

 

 渾身の飛び膝蹴り!

 バーザムの頭部が砕け散る。

 

「っしゃ!」

 

 撃破。

 ジムⅡにガッツポーズを取らせるケンジ。

 

『9時、同高度にガザC!』

「っ?!」

 

 バーザムに時間を取られた。

 ガザCはほぼ真横。

 まだケンジのジムⅡの方が先行しているが、相手はイン側、こちらはアウト側。

 若干距離が開いているため、妨害もままならない。

 

『焦るなケンジ、ガザCはコーナーで膨らむはずだ。最終コーナー、ラインがクロスした時に叩き落せ!』

 

 エフラムがガザCの予想針路とジムⅡの最適針路データを送ってよこす。

 意図を理解すると機体をラインに乗せる。

 スロットルはすでに目一杯。

 小刻みなヨーイングと僅かなロール。

 速度を殺さないよう慎重に回る。

 

──最終コーナー

 

 ジムⅡはアウトからインへ。

 ガザCはインベタからアウトへ。

 エフラムの予想通りアウト側に膨らむガザC。

 

「さすがエフラム、予想針路ドンピシャ!」

 

 接近警報装置の警告灯がイエローからレッド。

 モニターに映ったガザCがみるみるデカくなる。

 ラインがクロスする刹那、

 

「くらえっ!」

 

──乾坤一擲

──姿勢制御スラスター全力噴射からの左回し蹴り

 

 ガザCの肩装甲に、ジムⅡの蹴りがクリーンヒット。

 が、

 

「っ?! しまった!」

 

 膝関節がバカになった左脚では威力が足りない。

 ガザCはバランスを崩したものの、自動制御で態勢を立て直している。

 対してジムⅡは態勢を崩していた。

 

「クソっ! ロールが止まらねぇ!」

 

 ブラブラとぶら下がる左脚が、蹴りの反動でユラユラ動く。

 今のジムⅡの左脚はパイロットが操作していないのに、勝手にAMBACしている状態。

 

 

 

12時03分 仮設ピット

「クソっ! 調整が甘かった!」

 

 MSのオートバランサーには四肢のいづれかが機能不全に陥っても、姿勢を安定させるようプログラムが組まれている。

 だが、ベース機に想定されていない改造を施したために機体重量や重心点が変わり、オートバランサーのアシストでは吸収しきれなくなっていた。

 

「何か、何か手は……」

「ケンジ、左脚を抱えるんだ! マニュピレーターで抱き込め!」

 

 ショーンが無線で指示を飛ばす。

 

 

 

12時03分 ジムⅡ コクピット

「抱える?」

『体育座りの要領だよ』

「こうか?」

 

 左の腿を可動限界まで持ち上げ、プラプラと揺れる脛を抱き寄せる。

 揺れが収まり態勢を立て直すジムⅡ。

 再加速。

 

「よし、これなら!」

 

 

 

12時04分 仮設ピット

「左側のAMBACが使えないから旋回には気をつけろよ」

 

 ショーンはインカムのスイッチを切ると、エフラムに向き直る。

 

「エフラム、一人で考え込むなよ。俺たちはチームなんだからさ。一緒に考えさせてくれ」

「あ、ああ……そうだな……そうだった……」

 

 憑き物がストンと落ちる。

 冷静さ取り戻したエフラム。

 状況を掌握するために、すべてのモニターを順に見ていく。

 

(……ネモがもうすぐゴール……ガザCは……今のトラブルで差がついたな……追い付くのは無理か……)

 

 ガザCに追い付くのはもはや不可能。

 順位がひっくり返るとすれば、ガザCが自爆でもしない限りないだろう。

 

「エフラム! 後続が近付いてる!」

「もう来たのか?!」

 

 

 

12時04分 実況席

『『ネモ・ZEKUU』が今、一着でチェッカーを受けた! 後続を大きく引き離し、堂々の一位! 元シルバークラスの貫禄を見せ付けました!』

『まさに実力の差が出たレースでしたね。ヨハンソン選手は終始、危な気ないレース展開でした』

『二位は『ガザC・オナガ』。前回は一位、今回は二位と好成績。これはフロックでもビギナーズラックでもなさそうだ!』

『次のレースも期待できそうですね』

『そして現在三位争いは『ジムⅡトライデント』と『ジムⅢナイトシャドウ』の二機! 先程まで二位争いをしていた『ジムⅡトライデント』ですが、マシントラブルにより速度を落としています。対して『ジムⅢナイトシャドウ』は多重クラッシュを潜り抜け、鬼気迫る猛追! さあ、どちらが先にチェッカーを受けるのか?!』

 

 

 

12時05分 ジムⅡ コクピット

『急げケンジ! ジムⅢに抜かれるぞ!』

「わかってるよ! ジェネレーターがぐずってんだ!」

 

 先程まで漂流状態だったので、トップスピードに乗るまで時間が掛かる。

 わずかな時間がもどかしい。

 いくら改造した機体とはいえ、『レスポンスの悪さ』というジム系列特有のネガティブを完全に消すのは難しい。

 

『ジムⅢ、8時上方。近付いてるわ』

「……ちっ! もうそんな所に…………ん?」

 

 悪態をつきながらも、妙な違和感に気付く。

 

(……ノイズ?)

 

 モニターパネルに小さな、ほんの小さなノイズが断続的に走っている。

 それは徐々に大きくなり、

 

「なんだっ?!」

 

──ノイズで前が見えない

 

 いや、まったく見えない訳ではない。

 見えることは見えるが盛大な砂嵐で大変見にくい。

 

『どうしたケンジ?』

「カメラがいかれた! ノイズだらけで前が見えない!」

 

 窮状を訴えるも、ノイズはどんどん酷くなっていく。

 

『サブカメラは?』

「ダメだ、切り替わらない」

 

 通常だったらオートで切り替わるはずのサブカメラが作動しない。

 マニュアル操作も受け付けない。

 

『どこかで断線してるんだ』

『こっちで誘導する』

「クソっ! モニターが?!」

 

──モニターパネルの一枚がブラックアウト

 

 続けて二枚目、三枚目のモニターパネルが死んでいく。

 

『左に+5度修正しろ。ダミー隕石があるぞ』

「この……ぐらいか?」

 

 モニターパネルが次々と死に、徐々に視界が狭まっていく。

 辛うじて生きているパネルもノイズだらけ。

 ジムⅡの計器と誘導だけが頼り。

 

(クソっ……見えないことがこんなに……)

 

 もどかしい。

 ゴールが見えないことが、障害物が見えないことが、周囲が見えないことが。

 ケンジは今『見えない事への恐怖』を感じていた。

 

(あと少しでゴールのはずなんだ……まだか……まだか……)

 

 恐怖は焦りとなって感情に現れた。

 呼吸は乱れ、ヘルメットの中を汗が漂う。

 

「エフラム! ゴールは……」

『ジムⅢ接近! 避けて!』

「っ?!」

 

 咄嗟に視線を巡らせるが、モニターが死んでいては避けようがない。

 成す術もなくケンジのジムⅡは蹴り飛ばされた。

 

 

 

12時05分 実況席

『ブレイークッ! 『ジムⅡトライデント』がバルーンブレイク!』

『『ジムⅢナイトシャドウ』の狙いすました見事な蹴りでしたね』

『その『ジムⅢナイトシャドウ』が今、三位でゴールイン! 開幕戦は四位と好調な滑り出し!』

『昨シーズンは惜しくも入れ替え戦に出られませんでしたが、今年は調子良さそうですね』

『『ジムⅡトライデント』もゴールしました。四位です』

『途中までは良い展開だったんですがねぇ…………若さ故なんでしょうか? レース運びに焦りのようなものを感じるんですよね』

 

 

 

13時21分 仮設ピット

「うわ?! ひでえ……」

「これじゃモニターも映らない訳だよ」

 

 レース終了後、運営のボールに牽引されて港に戻ったジムⅡ。

 とりあえずメインカメラの損傷個所をチェックしてみる。

 

「カメラもセンサーも穴だらけだ」

 

 シールドの割れたセンサー類に刺さる多数の金属片、ネジ、極小隕石。

 それら微小デブリによって無数の穴が穿たれていた。

 

「おそらくクラッシュしたジムカスタムの破片だよ」

 

 運営側も残骸を回収してはいる。

 だがそれはMSのマニュピレーターで掴めるサイズに限られる。

 

「修理できそうか?」

「どうだろう? 破片がどこまで刺さってるかだよね。良くてカメラユニットの載せ換え。最悪、頭部丸ごと交換かな」

「こりゃエフラムに怒られるかな?」

 

 揃って肩を落とすケンジとショーン。

 今からエフラムのお小言が想像できる。

 

「膝関節はやっぱりダメだな、歩けそうにない。そっちはどうだ?」

 

 噂をすれば影。

 下からエフラムが近付いてくる。

 

「こっちもダメ。ユニット交換かな」

「そうか……まぁ、それでも4位に入ったから、今回はそれでよしとするか」

 

 苦笑を浮かべるエフラム。

 だがその笑顔は苦々しさを含みながら、どこか清々しさを感じられる。

 

「…………」

「…………?」

「ん? どうしたんだよ?」

 

 予想していなかったエフラムの反応に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になるケンジとショーン。

 

「あ、いや……怒らないのかなぁ~と思って……」

「なんで怒んなきゃいけないんだよ?」

「いや、こんな壊しちゃったし……」

「壊したって4位に入れば御の字だろ」

「ま、まぁな」

 

 実にエフラムらしくない発言に戸惑う二人。

 二人の困惑を余所にエフラムは一人、確かな手応えを感じていた。

 前回五位、今回四位と成績は上向いている。

 これなら表彰台も夢ではない。

 

「大体、改造費削って修理費確保してあるんだ、心配するな」

「そういやそうだったな」

「でもまぁ、最後の蹴りが左じゃなくて右脚だったらよかったんだがな」

「言うなよ……うっかりなんだから……」

 

 ほっと胸を撫で下ろす。

 

「それはそうと、問題はどうやって帰るかだよ」

 

 エフラムが頭が痛いとばかりに愚痴をこぼす。

 普段は宇宙空間を飛んで帰るのだが、カメラが壊れていては宇宙に出ることは出来ない。

 さらに言えば膝関節が破壊されているので、重力区画に入った瞬間に擱座してしまう。

 現状、無重力区画の宇宙港から下手に動かすことが出来ないのだ。

 

「それだったらロジャーさんにトレーラー出してもらえないかな?」

「ロジャーさんって……ロフマンガレージの?」

 

 ショーンの提案に二人で顔を見合わせる。

 

「今日、ジャンク屋休みだろ? 捕まるのか?」

「こないだプライベートのアドレス教えてもらったんだ。連絡とってみるよ」

 

 手早くメッセージを送ると、すぐに返事が帰って来た。

 

「返信きた、ちょっと時間はかかるけど来てくれるって」

「よかった~。助かったよ」

「じゃ、今のうちに撤収準備だな」

 

 エフラムがモニカとデイジーに指示を出す傍ら、ショーンは考え込んでいた。

 

「どうしたショーン?」

「いやさ、考えたんだけどもう少しスラスターを何とかできないかなって」

「何とかって?」

「やっぱりトップスピードで他の機体に負けてるから推力を上げたいし、旋回速度も上げたいから姿勢制御スラスターも増設したいし、かと言ってジェネレーターに負荷を掛け過ぎる訳にはいかないから非燃焼系のスラスターを……」

「お、おう……」

 

 ちょっと引いちゃうケンジ。

 ショーンは一人、ブツブツと改修プランを練り続ける。

 しばらくは帰ってこないだろう。

 

「ま、次は勝つさ」

 



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ジムは高機動の夢を見るか?

17時18分 ロフマンガレージ ジャンクヤード

「ショーン、この頭どうだ? まだ使えそうだぞ」

「ちょっと待って、テスター噛ませてみる」

 

 今日も今日とてジャンク漁り。

 第二戦の翌日、補修部品調達のためジャンクヤードを掘り返す。

 プチモビに括り付けたバッテリーから電力供給。

 セーフモードで立ち上げ、メンテナンスプログラムが故障個所をチェック。

 

「OK、これならいけるよ」

「じゃ、いただきだな」

 

──ジムコマンドの頭部を引っ張り出す

 

 油と煤にまみれているものの、外装に破損個所は認められない。

 いそいそとプチモビ用の台車に載せる。

 台車には他にも『ジムの膝関節』『何に付いていたのかわからないバーニア』『何に付いていたのかわからない姿勢制御スラスター』、他に細々としたパーツ類。

 

「とりあえずこれだけあれば足りるかな」

「よっしゃ、ロフマンさんの所に行くか」

 

 

 

17時42分 ロフマンガレージ 事務所

「こんなもんだろ」

 

 パーツリストを一瞥したロフマンがどんぶり勘定で請求書を作る。

 ロフマンにしてみれば金にならなくて放置していたジャンク。

 買い手が付くならほどほどの値段でよいのだ。

 そのため街のパーツ屋より圧倒的に安い。

 

「支払いはいつも通りで」

「あいよ。ロジャー」

「了解です、ⅬT」

 

 エフラムからカードを受け取り、決済。

 ロジャーがパソコンに入力していく。

 

「あとグスタフ・カールの燃料ポンプとインジェクターってありませんか?」

「あったかな? 見てみよう」

 

 ショーンの追加注文に対し、ロジャーは手早くパソコンで在庫検索。

 

「グスタフ・カールのじゃないけど、同規格のインジェクターならあるね。あと残念ながら燃料ポンプは品切れ中。あの機体は少ないからね」

「できればセットで欲しかったんだけどな……」

「代わりにドーベンウルフの燃料ポンプはどう? 燃料圧力はほとんど変わらないし、シルヴァ・バレトの補修用にリビルトしてあるから、連邦規格のコネクタが付いてるよ」

「じゃあ、とりあえずそれで試してみます」

 

 ロジャーはパーツリストと追加注文を聞いて『ショーンが何をしたいか』を汲み取ったらしい。

 希望に近いパーツがスラスラ出てくる。

 

「そういや、お前ら。昨日のレースは4位だったんだって?」

「そうなんですよ! 4位ですよ! 4位! 次は表彰台狙いますよ!」

 

 ロフマンの何気ない質問に、やたら喰い付きのいいエフラム。

 

「そ、そうか……」

「見ててくださいよ、来年はシルバークラス行けますよ!」

 

 エフラムを先頭に意気揚々と引き上げていく。

 それは若さから生じる自信、そして傲慢。

 ロフマンは苦笑で彼らを見送った。

 

「ロジャー、昨日のレース見たんだろう? どうだったあいつらは?」

「勢いはあるんですけどね……」

「勢いだけか?」

「まだ『勢い』だけですね。表彰台は難しいかもしれません」

 

 

 

15時49分 ロフマンガレージ 倉庫

「と言う訳で、昨日集めたパーツで修理と並行してジムⅡのスピードと旋回性能を上げようと思うんだ」

 

 そう言うとショーンが設計図を広げた。

 

「大まかに引いた図面だから『こんな感じ』ぐらいで見ておいて。基本現品合わせだから」

「細かい所はショーンに任せるよ。俺らはまず修理の方から片付けるよ」

 

 図面があるとはいっても詳細はショーンの頭の中。

 改造部分にはショーン以外、手が出せない。

 修理部分の方は整備マニュアルがあるから、ケンジたちだけでもなんとかなりそうだ。

 ショーンほどではないにしても、ケンジも小さい頃から機械いじりをしてきたし、プチモビも散々いじった。

 まったく知識がない訳ではない。

 

「モニカとデイジーは拾ってきた頭を綺麗にしてくれ。俺らは今付いてる頭を外しておくから」

「OK~。ところで今日はエフラムいないの?」

「あいつは今日から免許取りに行ってるよ」

「MSの?」

「車のだよ。また一昨日みたいなことになったら大変だからってな。大型まで取るつもりらしい」

「残念ね……」

 

 明確にテンションが下がるモニカ。

 

「しばらくは来ないの?」

「毎日じゃないけど、たまに来るって言ってたよ」

「そう。じゃあ、ちゃんとやっておかないとね。手を抜いてるなんて思われたら心外だからね」

 

 気持ちを切り替えるモニカ。

 あまりのわかりやすさにケンジたちは苦笑い。

 

──二週間後

 

 

 

16時45分 ロフマンガレージ 三番倉庫

「免許取ってきたぞ!」

「おお~」

 

 取ったばかりの免許証を掲げるエフラム。

 皆で歓声を持って迎える。

 

「これで壊れても安心だな!」

「いや、ケンジは壊さないようにしろよ」

 

 余計な一言を言ってしまうケンジ。

 それを呆れ顔で返す。

 

「で、機体の方は?」

「ちょうど出来たところだよ」

 

 ジムコマンドの頭になったジムⅡを見上げる。

 

「頭が変わると大分イメージが変わるな」

「まぁね。で、燃料系なんだけど吐出量の調整がまだ終わってない。とりあえずドーベンウルフのマッピング突っ込んである」

「点火テストは?」

「済んでるよ。今のところ推力5%増ってとこ」

 

 ショーンの改造プランは単純明快『大量の推進剤を燃やすことで大推力を得る』。

 そのための大容量燃料ポンプとインジェクター。

 

「燃調いじれば、もう一割は増やせるはずなんだ」

「もう少しイケるんじゃないか?」

「それ以上だとスラスターの耐熱温度に問題が出るなぁ」

 

 推進剤もただ燃やせばいいというものでもない。

 何の工夫もなく大量の推進剤をぶち込んだところで、異常燃焼の原因にしかならない。

 スラスターの燃焼能力と兼ね合いを取りながら、推進剤の噴射量を調整してやる必要がある。

 エフラムはショーンから点火テストのデータをもらうと、ざっと目を通す。

 

「追加のスラスターは?」

「そっちは問題ないな。姿勢制御スラスターもバッチリ!」

 

 満面の笑みで応えるショーン。

 今回の改造では『ジムスナイパーカスタム』を模して、ふくらはぎにスラスターを追加。

 総推力の向上を図る。

 また腰の前後、装甲板の付いていたところには非燃焼式の姿勢制御スラスターを追加。

 旋回時間を短縮している。

 

「さすがだショーン! じゃ、コレ。姿勢制御プログラムの更新分な」

 

 カバンからデータディスクを取り出すと、ショーンに渡した。

 エフラムは教習所に通いながらも、ショーンとデータのやり取りをしながら、姿勢制御プログラムを組んでいた。

 

「シミュレーションモデルで試してあるから、あとは微調整で済むはずだ」

「わかった、すぐにインストールするよ」

「ああ、俺はこれから燃調のマッピングをみてみるよ」

 

 エフラムがノートパソコンを広げると、絶妙なタイミングで差し出されるマグカップ。

 

「はいエフラム。コーヒーは薄めで砂糖は一つよね」

「あ、ありがとうモニカ」

 

 いつの間にかコーヒーを淹れたモニカがニコリとほほ笑む。

 タジタジになるエフラムだが、まんざらでもないようにも見える。

 

(露骨だ……)

(……露骨だな)

 

 ケンジとショーンは背中にうすら寒いものを感じながらアイコンタクト。

 そこは長い付き合いなので、言わんとすることはお互いわかる。

 

「お兄ちゃんたちも、早くそれインストールしちゃわないと」

 

 それまで傍観を決め込んでいたデイジーが口を開く。

 もちろんモニカのアシストなのだが、ケンジたちにとっても渡りに船。

 迷わず飛び乗る。

 

「お、そうだな。早くやっちまおう」

「うん、そうしよう。デイジーも一緒に来てやり方覚えておいて」

「は~い」

 

 三人で連れだって避難、もとい移動する。

 背後でエフラムが何やら喚いているが、聞き流しておこう。

 

 

 

17時05分 ジムⅡ コクピット

「メンテナンスモードで立ち上げて、システム画面を開く」

「「ふむふむ」」

「そこからソフトウェアの項目を選択」

「「ふむふむ」」

「そうすると今インストールされてるプログラムの一覧が出てくる」

「結構、ブランクのところがあるな」

「そこはFCS(火器管制システム)が入ってたところだからね」

 

 MSは払い下げられる際にFCS、つまるところの『武器を制御するためのプログラム』を削除。復元不能な状態にして民間に放出される。

 この状態では例えビームライフルを拾っても、『こん棒の代わり』にしか使えない。

 何故なら『MSはそれを武器として認識できない』のだから。

 

「で、今回いじるのは『姿勢制御』。PCの接続を確認したらインストール開始と。ね? 簡単でしょ?」

「ああ、大丈夫だ」

「まぁ……なんとなく……」

 

 一通り説明を終えたショーンが二人に向き直る。

 ケンジは大丈夫そうだが、デイジーは怪しい。

 

「ケンジ、スタンバイモードで立ち上げて」

「ああ」

 

 バッテリーからの電力供給で電装系に明りが灯る。

 全周囲モニターも点灯。

 

「自己診断プログラムを走らせて、あとはシステム画面でバージョンチェックすれば終了と」

「なるほど」

 

 一人うんうんと頷くケンジ。

 全周囲モニターが点いたことで、ふと何かを思い出したらしい。

 

「そういやショーン。モニターの画像、荒くないか?」

 

 確かに荒くなっている。

 だがそれも今までに比べて僅かに荒くなっていると言う程度。

 素人目には差があるようには見えない。

 

「そりゃそうだろ。レンズにしろイメージセンサーにしろ、ジムⅡの方が性能良かったからね」

「マジか~?! もう少し解像度上げられないか?」

 

 その言葉にニヤリと笑うショーン。

 コンソールに手を伸ばすと、何やら設定をイジる。

 

「そう言うと思ってさ、こんな仕掛けをしてみた」

 

 設定が切り替わった瞬間、やたらと綺麗な画面に変わる。

 

「うお?! 何これ?! スゲー綺麗じゃん!」

「どお?」

「最高だよ! 何やったんだコレ?」

「バルカン砲が入ってたスペースあるだろ?」

「うんうん」

「そこにビームライフルに付いてた照準用カメラを突っ込んでみたんだ」

 

 MSの手持ち火器には大抵の場合、カメラやセンサーが組み込まれている。

 これはMS本体から見た情報と、火器側から見た情報を合わせることにより、より高い命中精度を得るための物である。

 戦時中には破損したメインカメラの代わりに使われた事例もある。

 

「しかもこのレンズ、カノム精機のKCR70αなんだよ!」

「お、おう……?」

「古い型とはいえ、やっぱりハイエンドモデルだったから綺麗だよね~」

「そ、そうだな……」

 

 なんだかよくわからんが、ショーンがこだわって付けたパーツなのはわかった。

 だから特別良いパーツに違いないと、自らを納得させるケンジ。

 

「……ん?」

 

 ふと違和感に気付く。

 

「なぁショーン? このカメラおかしくないか? 途中から解像度が違うぞ?」

 

 途中──全天周囲モニターの前半分と後ろ半分で解像度が違う。

 後ろ半分はさっきまでの荒い解像度のままだ。

 

「ゴメン、ケンジ。ジャンクヤードに落ちてたのはこれ一つだけだったんだ」

「ってことは後ろ用はなしか……」

 

 前に向けられたレンズは前方しか映さない。

 ましてやライフル用カメラには、全周囲撮影の機能はない。

 

「まっ、仕方ないか。前だけ見えれば問題ないだろ」

 

 

 

17時35分 ロフマンガレージ 事務所

「ほ~~ん……なるほどなるほど。あいつらこんな飛ばし方してたのか」

 

 大会公式のアーカイブでレース映像を眺めるロフマン。

 

「LT、開幕戦のビデオも見ますか?」

「いや、いい。大体わかった」

 

 ロジャーの提案を断り、無言で考える。

 

(さて、どうしたものか……)

 

 無精ひげをなでながら頭をひねる。

 その時、事務所の電話が鳴った。

 

「はい、ロフマンガレージ。……ああ、交通局の。はいはい……明日? 大丈夫ですよ。それウチで受けますんで軌道データ諸々、送っておいてもらえますか? じゃ、よろしく~」

「仕事ですかLT?」

「詳細はわからんが結構な大物らしい。組合のMSを借りておいてくれ」

「ROG、LT」

「そうだ、せっかくだからアイツらにも手伝わせるか」

 

 ロフマンは意地の悪い笑みを浮かべた。

 



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ジムは高機動の夢を見るか? 2

15時36分 ロフマンガレージ 事務所

「よ~し、お前ら。MM(ミッションミーティング)始めるぞ」

 

 妙にご機嫌なロフマンがパソコンのディスプレイ脇に仁王立ち。

 珍しいことにノーマルスーツを着込んでいる。

 同じようにノーマルスーツを着込んだケンジたちが顔を見合わせた。

 始めて見るハイテンションのロフマンに戸惑いを隠せない。

 

「ん? どうした? お前ら?」

「はぁ……今日はロフマンさんが一緒に行くんですか?」

「ああ、俺の引率だ。しっかりついてこい」

 

 ニカッと口の端を上げると、年相応に黄ばんだ歯を見せるロフマン。

 皆一様にげんなり。

 

「まぁ……わかりました。それで俺たちは何をすれば?」

 

 ケンジたちはロフマンから「バイトがある」と言われて来たのだが、内容までは聞かされていない。

 他に伝えられていたことは「MSを使うこと」と「そこそこのバイト代が出る」ことぐらいだ。

 

「なぁに、簡単な仕事だ。ロジャー」

「了解」

 

 ロジャーがパソコンを操作。

 ディスプレイにサイド6周辺宙域の概略図が表示される。

 

「現在、サイド6に向けて移動中の漂流物が二つある。一つは岩石を主体としたデブリ群、こっちはかすめるだけなので問題ない。問題なのはもう一つの漂流物だ。こっちは11バンチとの衝突コースに乗ってる」

 

 概略図にデブリ群と漂流物の予想針路が追加。

 それを見ると二つの漂流物の針路が見事に交差していた。

 デブリ群が通り抜けた後、漂流物が突っ込んでくる感じになっている。

 

「漂流物は光学観測の結果、戦艦もしくは巡洋艦の砲塔と判明している」

「それを俺らのジムで回収すると?」

「戦艦の砲塔だぞ? ジム一機で回収するにはきつい質量だな」

 

 表示された漂流物のデータを眺めると、確かにデカい。

 ジムⅡ一機でも回収できないことはないだろうが、手間も時間もかかるだろう。

 はっきり言って効率が悪い。

 

「だからお前らのジムⅡと、MSをもう一機。合計二機で回収作業を行う」

「あの……もう一機っていうのは……?」

「俺が乗る」

(あぁ……やっぱり……)

 

 ビシッと宣言するロフマン。

 薄々わかっていたことではあるが、不安的中。

 言葉にこそ出さないが三人の心は一つ。

 

(((大丈夫なのか?)))

 

 ロフマンは齢60を超える老体である。

 そんな高齢者であるロフマンがMSに乗るというので一抹の不安も覚えようというもの。

 そもそも三人はロフマンがMSどころかプチモビに乗っているところすら見たことがない。

 

「手順を説明するぞ」

 

 ケンジたちの不安を余所に、意気揚々としゃべるロフマン。

 

「まずはMS二機がデブリ群を突破。漂流物にワイヤーを掛けて牽引する。牽引の準備が終わる頃にはデブリ群も通り抜けてるだろうから、何の心配もなく帰って来れるはずだ」

「…………」

「戻ってきたらエアロック脇の外壁に漂流物を縛り付ける。この作業はプチモビと共同で行う。ロジャーともう一人、そっちから出してくれ」

「じゃあ、俺がやります」

 

 エフラムが手を上げると、ロフマンは鷹揚にうなずいた。

 

「固定が終われば、お前らの仕事は終わりだ。質問はあるか?」

「これ、レーザー砲で壊した方が早くないですか?」

 

 ショーンの素朴な疑問。

 宇宙空間にはこういった漂流物が珍しくないため、各コロニーには自衛用のレーザー砲が設置されている。

 有名な運用例としては第二次ネオジオン戦争時の『5thルナ降下阻止作戦』が挙げられるだろう。もっとも作戦は失敗に終わってしまったが。

 

「お前ら外壁工事やってたんだろ? レーザー砲なんて使った日には微小デブリがコロニーに刺さるだろうが」

 

 コロニーには日々、レーダーに映らない微小デブリが衝突している。

 もちろんコロニーの外壁は頑丈であり、その多くは大事に至ることはない。

 それでも数多くのデブリが当たり続ければ、外壁は凹み、削られ、やがて穴が開いてしまう。

 そうならないようにコロニー公社(実作業は下請けのモノトーンマウス社)では、毎日の点検と補修工事を繰り返している。

 無駄な仕事を増やさないためにも、漂流物は破壊せずに回収するのが望ましい。

 

「す、すいません……」

「レーザー砲は最後の手段だ。俺たちの作業が失敗したら撃つことになってる」

 

 自分で言っていて忌々しい表情を浮かべるロフマン。

 次いでエフラムが手を上げた。

 

「デブリ群が通り抜けてから作業を始めた方がよくないですか?」

 

 エフラムの至極まっとうな意見。

 だがロフマンはまるで予想していたかのように、澱みなく説明し始めた。

 

「デブリ群の通過を待つと、すぐにレーザー砲の阻止限界点で余裕がない。作業時間と万が一のためにリカバリーの時間を確保しておきたい」

 

 ディスプレイには新たな画像が表示された。

 

「交通局の宙域予想図では幸いなことにデブリ群の密度はそれほど高くない。この程度なら難なく抜けられるはずだ」

「しかし万が一と言うのであれば……」

「よせよエフラム。この程度のデブリ密度なら大丈夫さ。これならコースの方が密度が高いよ」

「いやでもなぁ……」

「心配するなって。ヤバかったら逃げるさ。レースと違ってエスケープゾーンが使い放題だからな」

 

 余裕の笑みでエフラムをなだめるケンジ。

 

「……わかったよ、でも無茶はするなよ」

「他に質問はあるか?」

「ハイ! 今回のバイト代はいくらもらえるんでしょうか?」

 

 ケンジの即物的な質問。

 

「今回の報酬は交通局から出ることになってる。それなりの金額だから心配するな。それと推進剤は俺から支給してやる」

「わっかりました!」

 

 ケンジにしてみればMSをタダで飛ばせて金までもらえる、ちょろい仕事。

 否が応にも顔が緩む。

 

「じゃあ準備を始めろ。すぐに出るぞ」

 

 

 

15時59分 ロフマンガレージ 二番倉庫前

「お、お、おおぉぉぉ……MS-06R?! しかもR2!? R2だと!」

「落ち着けショーン……」

 

 目の前に現れたMSに感銘を受けるショーン。

 明確に挙動不審。

 

「これってザクⅡのバリエーション機だろ?」

「なんかスゴイのか?」

 

 ケンジとエフラムには何がスゴイのかわからない。

 

「何言ってんの?! 06Rだよ?! 約80機しか造られなかったと言われる機体なんだよ?! R2に至ってはたったの4機だよ! 4機!」

 

 ショーンの言うように『MS-06R高機動型ザクⅡ』の生産数は、量産されたザクⅡのバリエーション機の中では少ない上、そのほとんどが失われている。

 そのためマニアの間で06R2は『幻のザク』とも言われる。

 

「まあF2型ベースのレプリカなんだけどね」

「あぁ……やっぱりそうなんすね……」

 

 熱くなったショーンに、水を差すロジャー。

 四機しか建造されなかったMSが、こんな場末のジャンク屋にあろうはずがない。

 さすがのショーンも心のどこかではわかっていたはずなのに、目の前に現れると冷静ではいられない。

 ちなみに『MS-06R』は一機だけ実機の現存が確認できる。

 四機建造された06R2型の内の一機はR3型に改修され、ジオニック社で研究用として運用されたため戦火を免れている。

 一年戦争終結後はとある戦争博物館に展示されていたが、現在は月のアナハイムミュージアムに収蔵されている。

 

「でも、コレよく出来てるな~」

「だろ? これはビル……ラプターMP99に乗ってた爺さん、覚えてる?」

「あの納機された日に会った?」

「そう、そのビルが『F型は遅くて仕事がはかどらん』とか言って改造しちゃった。組合の共用機だからほどほどにして欲しいんだけどね」

 

 ロジャーとショーンが笑い合う。

 組合とは複数のジャンク屋で構成される「ジャンク屋組合」のことで、今回のように機材や人員を融通し合ったりしている。

 

「コイツはF型ベースだけど、ビルがちょくちょくいじってるから、オリジナルのR2より速いんじゃないかな?」

「F型ベースなのに?!」

 

 工作精度の向上や、材料工学に制御技術の進歩によって、オリジナルをそのまま再現してもレプリカの方が性能が良かったりするのはしばしば起きることである。

 もっとも、今回の場合はビルの改造が主な原因。

 

「おいロジャー! ジムはなかったのか? ジムは?」

 

 頭上からロフマンの声。

 コクピットハッチから身を乗り出して不満をぶちまける。

 

「今日はリーのグループが使ってます」

「クソっ! よりにもよってザクかよ」

 

 不機嫌さも露に仏頂面でハッチを閉めるロフマン。

 ジャンク屋組合の組合員なら誰でも使える共用MSなので、こんな時もある。

 

「ロフマンさんって、いつもジム使うんですか?」

「本当ならLT用のジムがあるんだけど、あいにく今はオーバーホール中でね」

『おいお前ら! 早くMS持ってこい! 行くぞ!』

 

 

 

16時33分 サイド6 近傍宙域

「ショーン、スラスターの具合はどうだ?」

「好調、好調。燃焼も安定してる」

 

 ケンジが横に座るショーンに尋ねる。

 リニアシートに接続したタブレットPCで、機体状況をモニタリングするショーン。

 期待値に近い数値が出てご満悦。

 今回はテストフライトも兼ねているので、データ取りのためにショーンは同乗していた。

 

「大体、シミュレーション通りの数値が出てるよ」

「そりゃ良かった。…………ところで左膝なんだけどさ」

「何かあった?」

「微妙な違和感があるんだ。なんかこう……」

「わかった、帰ったら見てみるよ」

 

 微妙過ぎて上手く言語化できないケンジ。

 だがショーンには何となく伝わった。

 

『よ~し、お前ら。これからデブリ群を突っ切るぞ。しっかり付いてこい』

 

 ロフマンからの通信。

 今日は妙に鼻息が荒い。

 

「ロフマンさんこそ遅れないでくださいよ、旧型機なんだから」

『言うじゃないか。なら、俺より早く目標に着いたらバイト代を一割増にしてやる』

「マジっすか?!」

 

 一割増と言うところが微妙にロフマンらしくてケチ臭い。

 だがケンジたちにとっては一割だろうが増える分にはありがたい。

 ジェネレーター出力を最大へ。

 

「あとで『やっぱナシ』とか言わないでくださいよ!」

 

 

 

16時36分 デブリ群

「クソっ! なんだアレ?!」

 

 ロフマンの06Rが『また』視界から消える。

 メインスラスターは全開、AMBACと脚部スラスターで向きを変える06R。

スーと進入してはシュッと消える。

 まるでスピードスケート選手のような動き。

 

「ちくしょう!」

 

 ジムⅡがスラスター最大出力でターンイン。

 姿勢制御スラスター同時点火で強引に向きを変える。

 

──強烈な横G

 

 胃液が片寄る感覚。

 歯を食いしばって耐える。

 

──姿勢制御スラスター噴射終了

 

 この間、スロットルペダルは限界まで踏み込んだまま。

 慣性で機体が流れる。

 機体が軋む。

 だがスロットルペダルは緩めない。

 増設した脚部スラスターで慣性を打ち消し、

 

──直進

 

 猪突猛進。

 ジムⅡのジェネレーターが最大出力を絞り出す。

 ロフマンの06Rを捉えた。

 一つ先の岩石にゆったりとアプローチ中。

 

「なめ腐ったコーナリングしやがって!」

 

 なめているのかと思ってしまうようなコーナリング。

 06Rはゆらりと機体を揺らすと、ふっ──と岩石の向こうに消えた。

 

「っの……根性――――っ!」

 

 全速力でコーナーに進入するジムⅡ。

 06Rよりも速い突っ込み。

 最大推力で行われる制動と旋回。

 胃から熱い物がこみ上げる。

 吐き気をこらえつつ立ち上がると、もう06Rは見えなくなっていた。

 

「……ウソだろ?」

 

 

 

16時47分 サイド6 近傍宙域

『よぉ、どうした? ずいぶんゆっくり来たじゃないか?』

 

 余裕綽々、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるロフマン。

 06Rが勝ち誇るように、回収目標である砲塔脇に陣取る。

 

「ぜぇ……ぜぇ……シェ、シェイクダウンだったんでね……機体を労わったんですよ」

 

 対して肩で息をするほど消耗したケンジ。

 それでも精一杯の減らず口。

 

『まぁいい。こいつを早く引っ張るぞ』

「じゃあすぐに玉掛けを……」

『もう済んでるぞ』

「え?!」

 

 よくよく見ると牽引ワイヤーは掛け終わっていた。

 あとは牽くばかり。

 ロフマンの手際の良さに舌を巻く。

 

『牽く時に中を見るなよ。遺体がある』

「遺体?!」

 

 ギョッとする。

 恐る恐る目が向いてしまう。

 ムサイ級のものと思しき緑に塗られた砲塔。

 ジムⅡの位置からは破孔は見えない。

 

『戦争は終わってるんだ、出来るだけ丁重に扱ってやりたい。辱めるようなマネはするな』

 

 かつて連邦の兵士としてジオンと戦ったロフマン。

 戦友を失い、憎しみに囚われた時もあった。

 仇を討つのだと。

 だが、当時の隊長は自らの信念を貫き、体を張ってロフマンを諫めた。

 

──憎しみは憎しみしか生まない。本当はわかっているはずだろ

 

 隊長に向けた銃は引き金を引けなかった。

 あの時、憎悪に身を委ね、引き金を引いていたら……。

 少なくともジオン兵を弔おうとは思わなかっただろう。

 自嘲気味に笑うロフマン。

 

『今、軌道データを送った。足並みを合わせろ』

「了解」

 

 軌道データを航法装置に入力。

 速度を合わせた06RとジムⅡが、ゆっくりとムサイの砲塔を牽き始めた。

 



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Z襲来

17時23分 サイド6宇宙港 仮設ピット

「あった、ケンジあれだ。チーム『シスター・オブ・ファイア』」

「みたいだな」

 

 早々に決勝進出を決めたケンジ。

 三人で明日の対戦相手を視察するため、あちこちのピットをうろついていた。

 

「すげえな……本当にZガンダムと百式だぜ」

 

 目に入ってきたのは二機のMS。

 

──目に眩しいショッキングピンクのファイヤーパターンで塗装されたZガンダム

──鮮やかな蒼のファイヤーパターンの百式

 

 見に来たのはこの第三戦から参加するチームのピット。

 MS競技のチームとしては大変珍しい二機体制での参入。

 『シスター・オブ・ファイア』の名前の通り、パイロットは姉妹らしい。

 朝からこのチームの噂が方々で話題になっていた。

 

「Zレプリカと百式レプリカかぁ……ベースは何使ってんだ?」

「やっぱりネモベースじゃないかな? マラサイだとあのシルエットにならないし」

 

 ネモはレプリカのベースとしてよく使われる機体の一つ。

 ムーバブルフレームが採用される以前のMSは、セミモノコックフレームが主流で、装甲板がフレームを兼ねるという構造上、外装の変更には制約があった。

 対してムーバブルフレームは、フレームと装甲がそれぞれ独立した構造のため、外装の変更が容易である。

 

「コレかなり出来いいんじゃないか?」

「わざわざ腰回りの装甲付けてるぞ。重くないのか?」

「やっぱりベースはネモみたいだね、腰の太さと脚のダンパーが一緒だよ」

 

 三人で好き放題に批評しながら近付いていく。

 と、

 耳をつんざく叫び声。

 

「姉貴――――――――っ!」

 

 雄叫びと共に百式のコクピットから身長2m近い女性が現れた。

 ノーマルスーツにこれでもかと縫い付けられたフリルレースがなんとも異様。

 言うなればロリータファッション風ノーマルスーツ。

 顔を見れば目鼻立ちがすっきりと整ったクール系美女が銀髪をたなびかせる。

 

「いもうと―――――――っ!」

 

 150cmに満たない小柄な女性がZガンダムの足元で叫び返す。

 細身ながらも鍛えられた筋肉質の体。それを包むパンク風デニムジャケット。

 顔を見ればクリっとした大きな瞳のカワイイ系だが、それを台無しにするレインボーのソフトモヒカン。

 なんともチグハグな姉妹。

 

「やったぞ姉貴! 予選通過だ! これで明日は姉貴と飛べる!」

「よくやったぞルフィナ! それでこそ我が妹だーっ!」

 

 姉妹で交わす熱い抱擁。

 大声で喜びを分かち合い、滝のように感動の涙を流す。

 あまつさえピットクルーのむさ苦しい男たちまでつられて泣きだした。

 

「な、なんだアレ……?」

 

 目の前で繰り広げられる光景に、思わず足を止めるケンジたち。

 はっきり言って近付きたくない。

 

「俺が知るかよ……」

「なんか怖いんだけど……」

 

 エフラムとショーンもドン引き。

 ピットの方は歓声と雄叫びがより大きくなり、混迷の度合いが増している。

 

「……なぁ、他のチーム見に行かないか?」

「ああ、そうだな……」

「うん、そうしよう……」

 

 一斉に回れ右。

 ケンジたちは逃げ出した。

 

 

 

07時25分 ハンバーガーショップ『アンティータム』

「おっちゃん、オニオンリング追加」

「お前、今ポテト食ったばっかりだろ? 胃にもたれるぞ」

「大丈夫だよ」

「ちくしょうこれが若さか」

 

 翌朝。

 いつものようにハンバーガーを食べるケンジ。

 いや、少し違う。

 いつもだったら一瞬で平らげるハンバーガーをチマチマと食べている。

 さらにはキョロキョロと周囲を見回し落ち着きがない。

 まるで何かを待っているかのよう。

 

「…………」

「オニオンリングお待ち!」

「あんがと……」

 

 オニオンリングを受け取ると、これまたチマチマと食べる。

 こうもあからさまだとさすがに気付く。

 

「ボウズ、いつもの嬢ちゃん待ってるのか?」

「っは、はぁ?! いいいや、ちち違げーし!」

 

 急に図星を突かれてキョドるケンジ。

 笑い声を噛み殺し、肩を震わせるおっちゃん。

 

「そーだよなー。そんな事ないよな~。まさかもう来ていった嬢ちゃんを待ってる訳ないよな~」

「……今なんて?」

「嬢ちゃんはもうバーガーを買って行ったぞ」

「……いつ?」

「ボウズが来る少し前だ。入れ違いだな」

「それ早く言ってよー!」

「聞かれなかったからな」

 

 腹の底から嘆きを吐き出すケンジ。

 残っていたバーガーとオニオンリングを一気に頬張ると、ジンジャーエールで流し込む。

 

「ごっそうさん! ちくしょう! 覚えてろよー!」

 

 顔を真っ赤にしたケンジが脱兎のごとく逃げていく。

 ゲラゲラと意地の悪い笑い声でケンジを見送る

 

「若さだね~」

 

 

 

11時50分 実況席

『さあ皆さまお待たせいたしました。第三戦チャレンジクラス決勝のスタートが近付いてまいりました! 実況は私、トーマス・ジャクソンと解説はファン・クーパーでお送りします! クーパーさんよろしくお願いします』

『よろしくお願いします』

『現在の総合成績、ポイントトップはカエデ・エインズワース選手の『ガザC・オナガ』。それを僅差で追うヴィクトル・ヨハンソン選手の『ネモ・ZEKUU』という展開になっています』

『やはりその二人が頭一つ飛び抜けた感じになっていますね』

『それとこの第三戦から参戦するチーム『シスター・オブ・ファイア』にも注目です。姉のマルファ・リトヴィネンコ選手が操る『Zガンダム・イリヤー』と、妹のルフィナ・リトヴィネンコ選手の『百式スヴャトゴール』はどのようなレースをするのでしょうか!』

 

 

 

11時51分 ジムⅡ コクピット

「見ろよ二人とも、今日のお隣さんは『ジャンクボックス』だぜ」

 

 スターティングボードに着いたジムⅡがメインカメラを隣に向ける。

 ジムⅡの隣には機種が判然としない奇妙なMSがたたずむ。

 『ジャンクボックス』

 MS競技最初期から参戦する古参の機体。

 ハイザックをベースにしているが、改造とパーツの流用を繰り返し、頭部以外もはや原型機の面影はない。

 今期はギラドーガの胴体に、ジムⅢの腕、マラサイの脚の組み合わせと、完全にキメラ状態。

 

『ケンジ、もうすぐスタートだぞ。集中しろ』

「わかってるよ、ちょっとぐらいいいだろ?」

 

 軽口を叩くケンジ。

 そうでもしなければ落ち着いていられなかった。

 宇宙に出ると思いだす、ロフマンの機動。

 自分ではまだあそこまでMSを使いこなせない。

 ロフマンの操縦と自分の操縦、何が違うのかわからない。

 頭に靄がかかったようだ。

 

『…………聞いてるのかケンジ?』

「あ、ああ……」

『スラスターが増えた分、少し重くなってるから、減速時の慣性に気を付けて』

『先頭争いはまたネモとガザCになるはずだ、離されるなよ』

 

 

 

11時55分 実況席

『今、スタートしました! 飛び出したのは『百式スヴャトゴール』『ガザC・オナガ』『ネモ・ZEKUU』ほぼ横一線! わずかに遅れて『ガルバルディΩ』『マラサイパラダイス』『ジムⅡトライデント』『Zガンダム・イリヤー』が団子状態! 『ジャンクボックス』と『ズサ・キラーエッグ』が出遅れている!』

『『ジャンクボックス』が最後尾なのはいつものこととして、『ズサ・キラーエッグ』はどうしたんでしょうか? 作戦を変えたのか不調なのか……ああっ?!』

『煙だ!? 『ズサ・キラーエッグ』から煙が出ています!』

『これは……ロケットモーターの点火に失敗したんですね……』

 

 

 

11時55分 百式スヴャトゴール コクピット

(アウトから被せてギリギリでターン……アウトから被せてギリギリでターン……)

 

 ルフィナが心の中で何度もつぶやく。

 『第一コーナーに先頭で飛び込む』ためにスロットルを踏み込む。

 出足の速度を稼ぐため『百式スヴャトゴール』には最大限の軽量化を施した。

 装甲板の一部はカーボンをはじめとする非金属系素材で貼り換え。

 さらにスラスターは加速重視のチューニング。

 ネモでありながら、オリジナルの百式に匹敵する軽さと運動性を手に入れたが、その分オリジナルの百式より脆くリスキーな機体となった。

 ルフィナが口角を吊り上げる。

 

「行くぞオラぁーー!」

 

 

 

11時55分 実況席

『『ネモ・ZEKUU』が一歩退いた! 『百式スヴャトゴール』と『ガザC・オナガ』並んでターンイン! どちらも譲らない! 譲らない! 突っ込み勝負だー!』

『速過ぎる! オーバースピードです』

『わずかに『百式スヴャトゴール』が前に出た! 一気にインに切れ込んでくる! 針路を塞がれた『ガザC・オナガ』急制動!』

『すごい……ウイングバインダーも稼動させて無理やり曲がってます! 百式レプリカというとウィングバインダーを飾りにしてしまう機体が多いのですが、『百式スヴャトゴール』はしっかりと稼動させてますね! いい制御してます!』

『このコーナリングは相当なGがかかっているはずだ! ルフィナ・リトヴィネンコ選手大丈夫かー?』

 

 

 

11時55分 Zガンダム・イリヤー コクピット

「よくやった妹よーーーっ!」

 

 狙い通り!

 レバーを握り直すと悪い笑みを浮かべるマルファ。

 視線の先には『ネモ・ZEKUU』。先頭集団から零れ落ち、ガルバルディとマラサイから袋叩きにあっている。

 だが敵もさるもの。

 二機の攻撃をさばききれないながらも致命傷を避けている。

 

「ウゥゥラァァーーーー!」

 

 マルファの吶喊。

 Zガンダムのラリアット炸裂!

 予想外の攻撃に『ネモ・ZEKUU』が吹っ飛ぶ。

 さらに行きがけの駄賃とばかりに『ガザC・オナガ』にドロップキック!

 その反動を利用してコーナーを立ち上がる。

 

「イーーーーヤッハッアーーーー! 極上のシャウトだ~! テメェらはこのZのケツでもなめてるのがお似合いだぜ!」

 

 

 

11時56分 実況席

『抜けたー! 『Zガンダム・イリヤー』が集団を抜け出し二位に浮上! 『ネモ・ZEKUU』自動励起で立て直すが、どこか調子が悪そうだ! 最下位転落! 『ガザC・オナガ』はどうしたことだ? ピクリとも動かないぞ?!』

『システムダウンのようですね』

『第一コーナー抜けて現在一位は『百式スヴャトゴール』、二位に『Zガンダム・イリヤー』、三位が『マラサイパラダイス』、四位『ガルバルディΩ』、少し離れて『ジムⅡトライデント』となっています!』

 

 

 

11時56分 ジムⅡ コクピット

「おいエフラム! 先頭はどうなってる?! ここからだとガルバルディが邪魔で前が見えない!」

 

 脱落するネモとガザCを横目にケンジが喚く。

 

『ZがネモとガザCを潰した!』

「見りゃわかる! トップは百式かZか?!」

『百式だ!』

「チッ……」

 

 

 

11時57分 実況席

『第一コーナー抜けて先頭は『百式スヴャトゴール』。しかしこれはどうしたことだ? 見るからに速度が落ちているぞ?』

『やはりパイロットにダメージがあるのではないでしょうか? 今のコーナリングは相当なGがかかっていたはずです』

 

 

 

11時57分 百式スヴャトゴール コクピット

「オェェェェェェ…………ぺっ」

 

 吐瀉物を手早くエチケット袋に流し込むマルファ。

 そしてシート脇に増設したダストボックスにシュート。

 

『待たせたな妹よ!』

「待ってたぞ姉貴―!」

『これで我らを邪魔するものはいない! このレース獲るぞ!』

「ダヴァイ!」

 

 

 

11時57分 実況席

『『Zガンダム・イリヤー』が『百式スヴャトゴール』に追い付いた! だが抜かない、抜かない! 『百式スヴャトゴール』が再加速! 『Zガンダム・イリヤー』が後ろに付きます!』

『『シスター・オブ・ファイア』の二機は編隊を組みましたね』

『三位以下を大きく引き離し先頭を突き進む!』

 

 結局、今回のレースは終始リトヴィネンコ姉妹のペースで進み、ケンジは入賞どころか上位陣と絡むことなくレースを終えてしまう。

 

リザルト

一位 『Zガンダム・イリヤー』

二位 『百式スヴャトゴール』

三位 『マラサイパラダイス』

 ・

 ・

 ・

七位 『ジムⅡトライデント』

リタイア 『ガザC・オナガ』

 

 

 

20時58分 ケンジの自宅

「……ただいま」

 

 成績が奮わず意気消沈で帰宅したケンジ。

 

「ようやく『お帰り』か?」

「げっ?! 親父!?」

 

 出迎えたのは慰めの言葉ではなく、怒りを噛み殺した父親だった。

 



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