執事の世界に咲くものは (でぃえん)
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ヒマワリ
1


明けましておめでとうございます!

バンドリ24時間テレビぶっ通しで見ててグロッキーです。


 初めて会ったときは、遠い世界の人だと思った。

 

  

 

 こころの側で仕えているのは見るからに歳上の女の黒服さんばかりだったので、屋敷の中で紅茶や菓子を優雅な諸作で提供する長身痩躯の執事服の男性を、物珍しく感じた。 

 

 この人はあるときは庭師だったし、あるときは給仕だった。 

 

 

 彼は――針金のような見た目なのに――何だってできる凄腕の執事だった。 

 

 

 こころに振り回されるようになってからは彼とも顔馴染みになった。

 

 

 

 

 

 とはいえ、向こうは他の黒服さんと同じように恭しく私のことを奥沢様と呼んでいたし、彼の名前すらも知らない私も敬語で話していた。 

 

 

 極端に言うと、その頃の私は彼を同じ人間として見ていなかった。 

 

 

 

 

 

彼は何でも出来たし、場を壊さないように微笑みをたたえているだけだったから。 

 

 

だから、私とは違う場所にいる人だと。 

 

 

そんな風に、私は弦巻邸で彼と会うたびに考えていたのだ――。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇ 

 

 

 

 花音さんが消えた。 

 

 …頭がくらくらしてくる。

 

 確かに二人でこころの家に入ったはずだ。

 もうあんなに大きな弦巻邸が目の前にあるのに、ふと横を向くと花音さんはいなかった。 

 …どうなってるんだ。 

 

 まあ、こんなときは慌てず電話を……。

 と、携帯電話を取り出してかける。 

 

 

 ……通じない。 

 電池が切れてるのだろう。 

 

 ……仕方ない。奥の手を使うか。

 

 

 

 

 「……すいませーん!黒服さーん!!」 

 

 「…ここに」 

 

 現れたのは執事の彼だった。 

 

 

 

 「あ、こんにちは。あのですね、実は花音さんが迷子になってて、電話も通じなくて……申し訳ないんですけど見つけたら」 

 

 「なるほど、承知致しました。それでは応接間のほうで」 

 

 

 「あ、いや。悪いですよ、あたしも探すんで!」 

 

 

 「……申し訳ありません、それではお願い致します…

 あー…広い屋敷なので、奥沢様も何かあればこちらに」 

 

 

 彼は少し逡巡したようだったが、結局電話番号を渡して頭を下げた。 

 

 

 「それじゃあ、私はこちらの方から探しますので。多分部屋の中ではないと思うので、よろしくお願いします」 

 

 

 「……なるほど、それでは増援を呼んで参ります」 

 

 

 

 そう言うと彼は携帯電話を取り出して何やら話しはじめた。 

 

 さっさと見つけないと屋敷内が某鬼ごっこ番組みたいな光景になることを察した私は、一刻も早く花音さんを見つけることを心に誓った。 

 

 

 

  

 

◇◇◇ 

 

 「どこにいるの……」 

 

 捜索開始から15分。 

 というかこの屋敷広すぎる。 

 

 向こうも見つかったら電話が来るだろうから進捗はないようだ。 

 

 

 「あら、美咲じゃない!」 

 

 いきなり後ろから声を掛けられる。 

 金の髪を美しく揺らして、屋敷の主(の娘)が現れた。  

 

 「こころ!? ……日直だから残ってるんじゃなかったの?」 

 

 「日誌を出して帰ろうとしたら先生に呼び出されたのよ、不思議よね?」 

 

 なにも不思議じゃないわ! 

 またなんかおかしなことを書いたのだろう。 

 

 

 

 「それで、ここで美咲は何してるの?迷子かしら?」 

 

 「迷子は花音さんだよ…、さっきから探してるんだけどいなくて」 

 

 「花音が?」 

 

 かくかくしかじか。 

 こころに説明しても意味があるかなあ…。 

 

 「あたしも手伝うわ!花音がいないとハロハピの会議をはじめられないもの!」 

 

 おお、頭数になってくれそう。

 

 「じゃあこころ、花音さんがいそうな場所に心当たりない?」

 

 

 「分かるわ! 

 あたし、花音は、きっとここを探検してると思うのよ!」 

 

 やっぱりなかった。 

 

 

 「んなわけないでしょ!」 

 

 「そうかしら?あたしはたまにお家を探検してるわよ?」 

 

 もういいや。 

 

 「それで?探検してるとして、花音さんはどこにいるわけ?」 

 

 「お部屋の中に決まってるじゃない!花音を見つけてくるわね!」  

 

 そう言うとこころは部屋のドアを開ける。 

 あーあーあー。 

 

 

 「花音〜!どこかしら? …ここじゃないみたいね!」 

 

 「ちょっと!こころ!せめて閉めて行って」 

 

 こころは見つけ次第ドアを開けていってはそのままにして奥に消えていった。 

 

 

 ……嵐のようだった。 

 

 

 

 花音さんは、まあ部屋にはいないだろう。 

 迷っていたとしても、勝手によく分からない部屋に入る人ではない。 

 だから廊下を彷徨い歩いているはず…。 

 

 

 

 

 そのとき、部屋の中から何か黒いものが飛び出してくる。 

 

 

 「うわっ!?何これ………… 

 ………あ」 

 

 首輪をつけられた黒猫だった。 

 猫は妙に人懐っこく、私の足元に寄ってきた。 

 

 

 「あんた、確かこの部屋から入ってきたよね?」 

 

 抱き上げても猫のほうは潤んだ瞳でにゃおんにゃおんと媚びてくるだけだった。 

 まあ、そりゃあ猫が答えてくれるわけない。 

 

 

 

 「……これ、流石に戻さなきゃまずいよね」 

 

 猫を戻したらすぐ出ていこう、人の部屋だったら悪いし。 

 不可抗力だから…許してと思いながら私は部屋に入り込む。 

 

 昼の日が差し込んで、部屋の中は電気がついてなくても明るい。 

 

 なんだか部屋もお日様が当たって金色のようで──。 

 

 

 

 

 

 「……………」 

 

 

 そして私は絶句していた。 

 なんだ、この部屋。 

 

 勉強机。そして鞄に学ランに、いくつかの執事服が掛けてある。 

 

 いや、そこじゃない。

 そこは普通なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 問題は壁一面に貼られた写真。 

 

 そこに貼られていた写真は、全て、弦巻こころで。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…見たな?」 

 

 

 

 

 背筋が凍った。 

 

 

 

 

 

 

 錆びついた機械のようにぎこちなく、後ろを振り向く。 

 

 

 ああ、やっぱり、彼だ。  

 

  

 

 

 

 

 そこにいつもの、執事のときに浮かべていた笑みは全くなくて。 

 

 

  

 

 

 

 

 

 目の前のこの人が怖い。 

 

 だって、あのにこやかな顔の裏で、ずっとこの人は。 

 

 こころを………こころを? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて奴だ。 執事の分際(?)で。 

 

 

 

 

 

 「通報します」 

 

 

 「おい! 話くらい聞いてくれ」 

 

 

 「いや、現行犯でしょこれは」 

 

 

 「……それは否定できない!」 

  

 しろよ。

 

 

 

 

 私は、額に汗を滲ませる彼に向き直る。 

 

 

 

 

 …何も知らないこころを、この魔の手から守らなければならない。 

 

 それが出来るのは、私しかいないんだから。 

 




逮捕エンドかな? 

…ちゃんと続きます。 
 
 
 

感想・評価お待ちしてます!


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2

前回のあらすじ 

恐怖!執事の部屋は仕えるべき対象の弦巻こころ嬢の写真で埋め尽くされていた! 


 

 

 

 彼は深く、長い息を吐く。 

 少し落ち着いたようで、私にやっと向き直る。 

 

 

 「そうだな……とりあえず、その携帯電話をしまってくれるか?」 

 

 「……それより、とりあえずドアの前からどいてくれませんか?」 

 

 「逃げるつもりだろう?話を聞いてからでもそれは遅くはないから!」 

 

 彼は懇願した。 

 その割に私を逃がす気はなかった。 

 

 

 ……えー。 

 この人面倒くさい。 

 

 

 謎の緊張感が部屋の中を包む。 

 

 そんななか、抱いていた猫は呑気に欠伸をしていた。 

 

 

 

 「…どうやって鍵を開けた?」 

 

 「いや、こころが開けてた……。 

 そもそも鍵なんてかかってなかったんですけど」

 

 彼は、眉をひそめる。

 困惑しているように見えた。 

 

 

 「……………何故開いている?住み込みの使用人は施錠してるはずだ。それは俺に限らずな」 

 

 「……そんなの知らないよ」 

 

 「へーえ」 

 

 

 こいつ信じてないな? 

 値踏みするような目で、じろじろとこっちを見ている。 

 正直めちゃくちゃ腹立つ。 

 

 

 

 「敬語、使わないんですね? それともそんな余裕ないんですか?」 

 

 「勝手に部屋に入っていく人に敬語で話す理由なんてないよ」 

 

 

 流石にプツンと来てしまった。

 

 「いい加減にしてよ!あたしが入ってこんなところで何するわけ!?」 

 

 彼は驚いて飛び上がり、猫もまた吃驚して毛を逆立て、私の腕から滑り落ちた。 

 私の口はそれでも止まらない。 

 

 

 「部屋に入ったのは申し訳なかったけど猫が出てくるし!! 善意で入ったらこんな部屋見せられて!後悔しかないに決まってるでしょ!?」 

 

 「こ、こんな部屋って」 

 

 「こんな部屋でしょうが!ストーカーか!」 

 

 「す、ストーカーじゃない!ただ写真を撮っては部屋に飾ってるだけだろう!」

 

 「どこが!?」 

 

 限りなくクロだ。 

 

 

 「と、とにかく不法侵入扱いしたことは謝る、ごめん」 

 

 「えっ……、あー、はい」 

 

 あっさりと頭を下げられて、私はすっかり毒気を抜かれてしまう。 

 

 

 

 「落ち着いたなら、弁明をさせてほしい。これバレると色々面倒だからな」 

 

 「…まあ、これ見られたらクビなんじゃないですかね、そりゃ」 

 

 「…………」 

 

 彼が顔を青ざめさせてガクガクと脚を震えさせていると、電話が鳴った。 

 

 こころからのようだ。 

 そういえば花音さんが見つかってからずいぶん放置していた。 

 …この部屋が衝撃的すぎてすっかり忘れていたけれども。 

 …あ、考えてるうちに切れた。 

 

 

 彼のほうも携帯電話を見つめる私を見て何か察したようで、

 

 

 「……と、とりあえずまずはこころ様との会議に行こう。 

 君のことをお待ちしてるはずだから」 

 

 「……いいんですか。部屋から出すまいとしてたのに」 

 

 「俺の事情よりこころ様の用事のほうが大事だろう」 

 

 「……さ、さいですか」 

 

 

 真顔で言い切られてしまった。 

 この人、やっぱりおかしいよ。 

 あんなに告げ口を恐れてたのに、まだこころを優先するのか。 

 ……本当に、弦巻家の人たちは、こうなんだ。

 

 

 「まあ、会議が終わってしばらくしたら連絡するからまた来てくれると助かる」 

 

 「そういえば連絡先知ってるんだった…」 

 

 ぞっとしない。 

 

 

 彼はとにもかくにも頷いた私に満足したようで、足にまとわりついていた猫を引き剥がし、猫毛を振り払った。 

 そしてコホンと咳払いするとタイを強く締め、執事のときに見せているあの笑みを顔に張り付けた。 

 

 

 「……それじゃ、行きましょうか、()()()?」 

 

 「……え、なに?一緒に行く気なの?」 

 

 「なんですか? 私はただこころ様の横にお控えするだけですが」 

 

 こいつ、私が何か言わないか監視する気だな。 

 私が白けた目で見ていると、ふと彼は、あの笑み(ペルソナ)を消して小声で呟くように言った。 

 

 

 

 「…言い忘れてた、知り合いだとバレると面倒なんでそのへんは頼みます」 

 

 「あー、はいはい。もう分かったんでさっさと行きましょ」 

 

 そういえばなんで私のほうが命令されてるんだ? 

 ものすごく理不尽だと思う。 

 

 

 彼は覗き穴を見て誰もいないことを確認すると、ドアを開け恭しく私に礼をする。 

 

 「それでは参りましょう、こちらに」 

 

 「……待って。本当に素の時と全然違うじゃん。

 このあと平常心で行けるのかな、あたしは」 

 

 「……頑張ってください」 

 

 

 …どうしてこんなことになってしまったのか、それは分からない。 

 

 もう敏腕の万能執事の印象は帰ってくることはない。 

 

 まあ、とりあえず今すぐこころを襲うような人ではない。 

 処遇は弁明とやらを聞いてからでいいだろう。 

 幸い逃げる気も私の口を封じる気もないようだし。 

 

 それにしても、こうして執事然としているとああいうことをしているのが信じられない……。 

 

 

 「? あたしの顔に何かついて?」 

 

 「いや、裏であんなことしてるの気持ち悪いなって。改めて」 

 

 「……マジでそういうのやめてください、お願いします」 

 

 

 とりあえず、彼の執事モードが崩れるのは結構面白いので二人のときはどんどん言ってやろうと思った。 

 

 それくらいは黙秘料というやつだろう。




奥沢美咲さんに罵られるのはご褒美では? 

頑張って毎週更新したいのですが滞り気味です、申し訳ありません! 

感想・評価お待ちしております。 


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3

試験が終わったので。


木と珈琲豆の匂いが漂う喫茶店に、私は来ていた。 

 

電車に乗って二駅、カフェ巡りが趣味の花音さんとも行ったこともない場所。 

 

長身で細身の彼を見つけるのは簡単だった。 

 

 

「すまんね、わざわざ呼び出して」 

 

「いや、別に」

 

いきなり位置情報を送りつけられて困惑してしまった。 

まあそれはいい。弁明するって言ってたし。 

 

 

座りなよ、と言われるがままに向かいの椅子に座る。 

適当にお茶とケーキを注文して、私は口を開いた。 

 

 

「…学ラン着てるってことは、本当に学生なんですね」 

 

「まあね、通わせてもらってる」

 

彼は珈琲に角砂糖を二つ落とすと、かき混ぜはじめた。

茶を淹れてるのは見たことあるけど、自分で飲んでるのは初めて見る。

一口飲んで、顔を顰めてもう一つ角砂糖を落とした。甘党か。 

 

「…通わせてもらってる?」 

 

「ああ、俺の金で行ってるわけじゃないから」 

 

彼はそう言って肩をすくめた。  

 

…やっぱり、同じ高校生とは思えない。 

 

 

「…本当に、こころのストーカーとは思えないんだけど」 

 

「いきなりぶっこんできたな」 

 

「いや、だってその話をしに来たんでしょ…」 

 

彼の所作は、喫茶店のシックな雰囲気に映える。

見惚れる人もいたっておかしくない。

 

…こんな形ではなく、普通に遊びに来るだけならなあ。

 

 

「なんで顔を見てため息をつかれないといけないんだ」 

 

「なんか凄く残念な気持ちになって…」

 

「…言っとくけど別にストーキングしてるわけじゃないからな」

 

「じゃあ、あの隠し撮りの数々は…」

 

「あ、やっぱり隠し撮りだと思われてる? まあそうなんだけど」 

 

「もう言い訳できないんじゃない?それじゃあね」 

 

「席を立つな」 

 

いや、だってさあ。

帰りたくもなるでしょ。  

 

 

「あれは俺が飾るために撮ったわけじゃあない」 

 

「……? でも飾ってるじゃん」 

 

「一応機密なんだけど、あれは仕事で撮ってんだよ。

社長……こころ様の父親に言われてね」 

 

「こころの、父親……」 

 

そういえばあの屋敷でも見たことない。 

 

 

 

「社長は忙しいから、あまりこころ様にも会ってあげられないんだ。

だから俺にこころ様の監視と報告を頼んだ」 

 

「…なんで他の黒服じゃなくて、あなたに?」 

 

「黒服が社長の息がかかってる者だと思うか?

あの超人集団をあれだけ集めるだけでも大仕事だ」 

 

彼は肩をすくめて、そして鼻を鳴らした。

 

 

「そう、彼女たちは社長が一々見極めた人物じゃない。

それが不安だと感じたから、社長は俺をこうやって弦巻邸に潜り込ませた」 

 

「そして仕事で送るはずの写真を勝手に自分の部屋に趣味で貼り付けてるんですね?」

 

「……」

 

あ、目を逸らした。 

 

「まあ、盗撮じゃないということだけは……分かっていただければ……」

 

最後には消えそうな声でもごもご言ってるだけだった。

 

 

「でも聞きたいのはそういうことじゃないんですよねえ」

 

紅茶を飲みながら私は言う。 

味は…美味しい。 

彼が普段淹れてるのと違いが分からない。貧乏舌だからだろうか。 

 

 

「結局こころのことはどう思ってるの?って、それだけ」 

 

「…それを聞いてどうする? そのままこころ様に伝えるつもりか?」 

 

「言わないって。いいから早く」

 

「怖い怖い!身を乗り出すな!」

 

おっといけない。

女子高生なのでこういう話に興味がないわけないのだ。

しかも相手があのこころだし。

 

 

「君の期待するような答えじゃないと思うけどなあ」

 

そう言ってため息をつく。

 

「つまり、好きだとかそういうのではないと」

 

「そもそも好悪の話じゃない…と思う」

 

コウオ、ときた。

頭の中で変換するのに少し時間がかかってしまって。

私は少し顔を顰めた。

 

彼はそんな私の目を覗き込む。

吸い込まれるように深い、ヘーゼルの瞳。

 

 

「そうだな…君にも、分かるかもしれない」

 

「分かる?何を」

 

「彼女は俺からはあまりにも遠い。

だから、俺は…。 

 

彼女を同じ人間として見てすらいないと思う」

 

 

「……」

 

頭を揺さぶるような一撃。

 

それは、私が()()はじめ感じていた印象と、全く同じだった。

 

 

「彼女を何と思っているか、ね。

その答えは太陽だ。彼女は普く世界を照らすから」

 

カフェに西日が差し込む。

彼が、急にオレンジ色にカッと染まる。

 

 

「俺はその輝きに魅入られたに過ぎない」

 

西日が差し込んでいるのも気にせず、彼はむしろそれをそのまま反射してキラキラと、瞳を輝かせていた。

 

 

「だから…彼女へのこの思いは、信仰だと俺は思っている。

彼女なら事実世界を笑顔にできると俺は信じてるし、彼女の思想に焦がれ続けている」

 

…やっぱり、そうだ。 

 

彼は、私とは違う場所にいる人だ。 

 

 

「だから俺はこころ様のために身を粉にしているわけで、それは他の黒服だってそうだ。

言うなれば、みんな信者だな。

 

…まあ、君はそんな理由で彼女と共にいるわけではないんだろうが」

 

それでいてムカつくのは、こいつはしっかりと見えているからだ。

眩しさの中でなお、その視力を、思考を失っていない。

 

 

 

「…そうだね。あたしは、こころをそんな風には見られない。

こころが普段言ってることも疑問に思っちゃうし」

 

こころは、夢がバカみたいに大きいバカなお嬢様だと今でも思っている。

だから、私が支えないとダメなんだ。

だって放っておいたら、あの子は暴走するから。

 

 

彼はしかし、それを聞いて笑った。 

 

「そういう風だから、こころ様は君に懐いてるんだろう」 

 

「懐いてる?本当かな…」 

 

ミッシェルには懐いてると思うけど、私に対しては怪しい気がする。

最初の頃は名前覚えられてなかったし。 

 

まあ、そう言われると悪い気はしなくも…ない。

 

 

「…まあ、俺のほうはそういう気持ちだってことだ」

 

「うん、私も聞けて本当に良かったよ。

いつかこころを襲うかも、なんて考えもしたし」

 

「なんて畏れ多いことを!」

 

そこまで顔を青ざめさせなくてもいいのに。

 

「社長に…殺される…」

 

怖い呟きが聞こえた。

 

私の失言だ。

この話題、お互いの精神衛生に良くない。

 

 

「えー…あー…そうだ!

どうして弦巻家で働いてるんですか?今更な疑問ですけど」

 

だから無理矢理話題を変えてやる。

 

「ん?あー、拾い子みたいなもんだから。社長にね」

 

…おかしい。変えた話題もダメだったみたいだ。

助けて下さい。

 

「なんだ、俺がはじめてこころ様とお会いしたときの話が聞きたいのなら早くそう言えばいいものを」

 

それなのにこの人は何故かまたニヤついている。

やっぱり、こころの話になるとこの人はやたら饒舌になる。新たな発見だ。

 

「え、別に聞きたくな…」

 

「そう、あれはよく晴れた日でな」

 

ねえ、人の話聞いて?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れた。

 

そもそもなんで私があっちのペースに巻き込まれているんだろう…?



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4

または奥沢美咲のモノローグ


外に出ると、夏の太陽はとっくに沈んでいた。

 

少し汗ばむ。着ぐるみの中ほどじゃないけど。

 

 

送るよ、と彼は駅についてからもばつが悪そうに言っていたけど、なんとなく恥ずかしかったので丁重に断ってしまった。

 

空は満月で。

その光を浴びながら家路に向かう。

彼が今日、赤裸々に語ったことについて考えた。

 

 

 

 

 

 

彼は、こころに魅せられたと語った。

だから、今あの場所にいると。

思えば、ハロハピのみんなだってそうだ。

 

花音さんはいつまでもこころに憧れていて。

薫さんとはぐみも、こころの言ったことを信じたからハロハピに入って。

 

こころは、いつもその中心にいる。

 

こころの意見が胸につっかかるのは私だけなのかもしれない。

どうしようもないひねくれ者だから?

一体感を、一人だけ抱けないんだ。

 

だからといって、今はハロハピから離れたいわけではなくて。

そもそも私はハロハピに必要で。

こころが突っ走るのは危なかっかしいから。

ハロハピが、もし皆を笑顔にできなかったときに落ち込むのを見るのが嫌だから。

 

でも、この疎外感は、確かに私の心の底にある。

 

だから、彼に私の心情を言い当てられたときはそれこそ心底、驚いた。

こいつは、こころ以外もちゃんと見てるんだなって。そう思ってしまった。

頭の中はこころのことで一杯のはずなのに。変なの。

 

ふふっ、と一人で笑う。

蝉の音にかき消されてしまって、数少ない通行人も誰も私を気にはしなかった。

 

 

 

…そして、思う。

 

彼のいう弦巻こころへの憧れは、ハロハピの皆と種類が違う。

 

…こころは、みんながヒーローになれると言った。

そばにいる人が、笑顔を思い出させてくれればいいと。

 

でも彼は、違った。

彼は、私達に。ひいてはこころにその役割すべてを託していた。

 

 

「彼女なら事実世界を笑顔にできる、ね」

 

彼がカフェで言った言葉を、噛み砕くように呟いた。

 

……彼は、言外に匂わせていた。

()()()()()()()()()()()()()のだと。

 

 

彼は、自分自身が人を笑顔にできるだなんて考えてもいないんだろう。

その点で、彼は決定的にこころを理解できていなかった。

 

彼は、いつまでも太陽のほうを見続けるヒマワリで。

その姿を見て、私はどう思った?

 

 

どこまでもこころに憧れていて。

()()()()()()()()()()()()()()()()

……そしてそれこそが、私とまるで違うところだ。

 

 

こころを信仰するのは間違っていると、私は思う。

 

でも、それでも。

こころのことを語る彼のヘーゼルの目は、綺麗だったから。

そんなことを言えるはずが、なかった。

 

 

私と一緒ならよかったのに、と思う。

弦巻こころをどこまでもひとりの人間として見て恋して。

それでいて、こころの言うようなヒーローではない人であれば。

 

彼は私なんかじゃなかった。

……でも、まあ、仕方ない。

勝手に期待したのは私の方だ。

 

理解することと、同じ場所に立つことは同じではないから。

 

携帯電話ひとつで、彼と話すことはできても、それでも…今はどうしようもなく遠い。

 

 

 

 

空は、雲ひとつない。

私を満月が容赦なく照らす。

 

夜のヒマワリは、月の光には見向きもしないで俯いているらしい。

まるで月光が、太陽の反射光であることを知らないかのように。

 

 

「月だって、ヒマワリの花をまっすぐ見ることができたら、喜ぶかもしれないのにね」

 

 

空を見て呟く。

だから、スマートフォンで月の写真を撮って、彼に送りつけてやった。

 

返信が来た。早い。

 

 

 

 

 

 

 

『写真の画質悪くね?』

 

「……」

 

 

ま、通じるわけないか。さっさと帰って寝よ。




第1章はここで終わりです


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オミナエシ
オミナエシ


「それじゃ、最後の曲よ!『えがおのオーケストラっ!』」

 

(黄色のサイリウムが…菜の花畑みたい)

 

 

いつも通り、すごい盛り上がりだ。

お客さんがみんな笑顔になって、こころ達も笑顔で。

会場全体が笑顔で一体化する。

そんな感覚は、ハロハピで初めて味わって。

こころの言う絵空事だって、叶えられると思ってしまいそうになる。

 

 

…着ぐるみ越しに、ライブ会場をぐるりと見回す。

病院や公園でするライブと違って、やはり大人が多い。

あそこのあの人なんてほら、結構背が高い。

…ちょうど彼くらいの身長だ。

学生服だし、外見もそっくりだし、ヘーゼル色の目をしているし。

というかどう見ても本人だ。

 

…見つけてしまった。

 

 

 

 

と、いうわけで羽沢珈琲店にいる。

羽沢さんがチラチラとこっちを見ている。

…いや、そういう関係ではないからね?

 

「こころ様を見に来たんだけどなあ。CiRCLEって撮影禁止なんだな」 

 

「……え?撮ろうとしてたの?普通無理ですよ」

 

「それにしても、よく気付いたね。他にも客は沢山いただろう」

 

 

ははは。

なんでだろうね、ほんとに。

 

「……そんな針金みたいな見た目してたら気付くよ」

 

「は、針金…」

 

 

ショックを受けているようだ。

実は気にしてるのかもしれない。

 

「あ、ごめん。気にしてるなら謝るよ」

 

「いいけどね、だいたい事実だし。

それより音源出てる?あれば買いたいんだけど」

 

いい客だなあこの人。

 

 

「今のところはないけど。

でもそうか……CD、作っちゃうのもいいかも」

 

「ん、楽しみにしてる」

 

楽しそうだなこの人。

 

 

「というか、今までライブ来たことなかったんですね?」

 

「……まあ、他の黒服に見つかるのも気まずいし」

 

「あー…」

 

 

…ん?ちょっと待て。

 

「それじゃあ特別に今回来る理由があったの?」

 

「ま、そりゃそうなんだけど……言わなきゃダメか?」

 

「ここまで含みを持たされると気になるに決まってるよね?」

 

 

彼は、ため息をつくと無言でこちらを指差した。

 

「……どういう意味?」

 

「君が、ハロハピの曲を作ってると聞いたからね」

 

「う、うん。まあ作曲はあたしが大体やってるけど」

 

「そう、しかも作詞はこころ様だ」

 

「まあ、そうだけど」

 

「そういう理由さ」

 

うーん?

 

「さっぱり分からない…薫さんみたい」

 

「そんなに頓珍漢だったか」

 

彼の薫さんに対する認識が酷いと思った。

 

 

「……そうだな。まあ単純に言うならば……。

気になったんだ。君がこころ様の世界を翻訳してるって聞いたから」

 

「……まあ、あたしだけじゃないですけど。

花音さんも手伝ってくれるし。こころはキャッチーなメロディーをパッと思いつくし」

 

「やはり天才か…」

 

うんうんと頷いてて非常に気持ち悪かった。

 

「…ま、でも翻訳っていうのは近いかも。

こころの漠然としたイメージとか断片を曲にするの、結構大変」

 

「そうそう、そういうのを聞きたくてさ」

 

「……そういうの、とは?」

 

「いずれ君達はきっと、もっと遠いところまでこの歌を届けることになるだろう」

 

真面目くさった顔で彼は言った。

 

「大袈裟な…」

 

「いやいや冗談じゃあないぞ、社長がその気になればね」

 

そうだ。その気になればハロハピは、弦巻家の力を借りれば

あっという間に…。

 

「でも、そういうのは」

 

「嫌かい?」

彼は私の言葉を遮った。

 

「今だってハロハピは、弦巻の力を借りているのに?」

 

正論だった。

それでも、心に引っかかりは残った。

 

「そりゃ、今でも弦巻の人たちにはみんなお世話になってるけど…

でもあたしは……

 

 

……あー!うまく言えない!」

 

羽沢さんが肩をビクリと震わせた。とても申し訳ない。

 

彼は目の前の相手の困ってる顔が面白いのか、楽しそうに笑った。

性格悪いな。

 

「意地悪な質問だったな、まあ言いたいことは分かる」

 

「…なら聞かないでもらえます?」

 

「それに、その意向は汲もうが汲むまいが一緒さ。

こころ様ならどうであろうと成し遂げるに決まってるからね」

 

「ねえ、話聞いて?」

 

どうして私の周りは好き勝手喋るのが好きな人だらけなんだろう?

 

 

 

「…まあつまるところ、ハロハピが弦巻こころの思想のままかどうかを確かめに来たわけ」

 

「…面倒臭い言い方するよね、言いたいことは分かるけどさ。

素直にあたしが心配だったといえばいいのに」

 

「いやいや、むしろ信頼してるとも」

 

次の言葉は呟きに近かったが、私はその言葉を確かに聞いた。

 

「君ならば、こころ様の思想そのものさえ変えられるだろうからね」

 

「………」

 

分からなくなった。

最後の言葉の真意も、この人が私を無駄に高く買っている意味も。

彼が執事の顔をしているときの心中のように。

アブラナとオミナエシのように。

 

「…それで、結果はどうだったの?」

 

「期待した通りだね!」

 

「…そりゃ、お眼鏡に適ったようで」

 

「いや、あの…試すような真似をして悪かったんで機嫌を直してもらえませんか」

 

「そこじゃないんだなあ、もういいから早く会計してきて」

 

「また奢らせる気なの…?」

 

お?この人は私に弱みを握られていることを忘れてそうだな。

これからは時々思い出させてやろうと思った。

 

 



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