Ideal・Struggle~可能性を信じて~ (アルバハソロ出来ないマン)
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始まり

一夏TSさせたいなー、でも声はそのままにしたいなー。
でもなー、ダメだよなー。
じゃぁオリ主生やして声帯貰うかー、中の人で面白そうなキャラ居たっけかなぁ、バナージくんおるやん!

ISってめっちゃ兵器してるけどバナージくんもユニコーンで心の暖かさ伝えてたしISでも似た様な感じでいけるやろ!

と、見切り発車した結果の産物です。

ご注意ください。



感想にてご指摘があったため一部内容を編集し再掲載しております。
また、これにより鈴が一夏に恋心を伝えていないIF展開になっているため(今後も同様に原作と異なる展開があります)オリジナル展開のタグを新たに付け加えることにしました。ご了承ください。


追記:オリ主と一夏ちゃんの容姿を分かりやすくするためにキャラクター作成ツールで作成した個人での利用が許諾されたツールを使用して立ち絵を用意しました。ご査収ください。

また、使用させて頂いたツールは活動報告にリンクを記載してあります。

オリ主

【挿絵表示】



一夏ちゃん

【挿絵表示】



始まりは、本当に突然だった。突然の事すぎて整理が付かない為、自分の頭を整理する意味合いも兼ねて、最初から遡ろうと思う。

 

両親の仕事の都合で、4歳ながらに居心地の良さを覚えていた家を引き払い引っ越してきた先で織斑一夏という、同い年の少年に出会ったのが全ての始まりだったのだろう。今にしてそう思える。

 

「なまえ、なんていうんだ!おれは、おりむらいちか!よろしくな!」

 

ご近所への挨拶回りの締めくくりに選んだ最後の家から出てきたのは、同い年の活発そうな少年。それと、その前に立つ姉のような人。一見すると少し怖そうに見えるが、少年がその人を押しのけて俺の前までやってくるではないか。何かされるのかと思って、父親の足の影に隠れて少し顔をずらしてみれば、朗らかに子供らしい花が咲いたような笑顔で手を差し出す少年が居た。俺は、一夏と名乗った少年の手をおずおずと取り、力なく握手を交わす。手を取り合った瞬間、一夏は更に笑みを深めて笑った。

思えば、これが初めての、家族以外の人と交わした握手だったかもしれない。

 

「ぼく、さかいばんしょー。よろしくね、いちかくん」

 

心配そうに見ていた、一夏のお姉さん――千冬さんというらしい――が、握手した途端に頬を緩ませるのが見えた。それを見た両親は、千冬さんに色々と声を掛けていたが、幼い頃の俺にはよくわからない話ばかりだった。ただ、両親が何か話す度に千冬さんは強張らせていた顔を崩し、最後には目尻に涙を溜めていたから、きっと何か、心を動かすような事を言ったのだろうと思う。

 

挨拶回りも終わった俺は一夏に連れられ、近所を探検して回った。その日出会ったばかりだと言うのに、俺たちはすぐに仲良くなった。これは、まぁ子供なら誰だって経験はあるだろう。

 

何をするにも一緒の日々。織斑家に両親は居らず、千冬さんが一人で家を守っていたことに両親は不安を覚え、家族ぐるみの付き合いをしていたこともあってか俺と一夏は親友などという括りを遙かに超えた仲になっていた。それを見守る千冬さんも、随分と優しい顔をしていたと思う。そして、俺たちは来る日も来る日も毎日の様に顔を合わせ、むしろ家に何日も泊まり込み、同じ布団で寝る事もあれば、両親と織斑家の総出で旅行に行くこともよくあった。同じ幼稚園に通い、同じ小学校へ進学した。両親が経済的に苦しい千冬さんに気を遣って俺たち二人のランドセルを買ってくれたこともあった。千冬さんは両親に色々と言っていたらしいが、両親はどうやってか千冬さんを丸め込んで納得させていたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏が小学校1年の頃、千冬さんに連れられて顔を出した道場で何か触れるものがあったのか剣道を始めるというので、俺も付き添いで見に行ったこともある。着いた剣道場で、俺は防具を付けているとはいえ、人が大声を上げて顔や手、身体を勢いよく叩きつけにいく光景に強い恐怖心を抱き、涙を流した。その時に一夏と千冬さんに、なぜ泣くのかと問い詰められ――俺は、心が痛むから、と返したのを覚えている。

 

決して痛みはないのだろうけど、涙を流すのは失礼なのだろうけど。

 

それでも、なぜか。――――人が人を叩く行為に、心が痛んだ。

 

自分が殴られる時は何とも思わなかったのに、スポーツを愚弄するような涙を流すとは思いもしなかった。千冬さんは、ただ一言。「その心を大切にしなさい」と言ってやさしく頭を撫でてくれた。一夏は「バンショーってやっぱり優しいんだよ、俺は好きだぜ。でも、殴られたら殴り返せよな」と言って、持っていたハンカチで俺の涙を拭ってくれた。

 

同じ道場に居た、当時は名前も知らなかった箒からは「泣くな、女々しい」と言われた。結構ショックだったのを今でも覚えている。

 

 

 

 

 

「男女がリボンなんかしてるぞ!似合わねー!」

 

小学校生活も慣れ始めてきた2年目の頃。そんな会話が聞こえてきて顔を向けると、箒が意地悪なやんちゃ坊主たちに囲まれているのを見た。それに黙っていられず、俺は駆けだして割り込み、強い口調でいじめを行おうとしている男たちに言い放った。

 

「やめろッ!相手は、女の子なんだぞ!」

 

手を広げて、女の子だから、と今思えば余りにもアレな理由で立ちはだかった俺は、いじめっ子たちにバカにされ、結構な勢いでパンチされた。

 

「だっせーんだよ!かっこつけやがって!お前らフーフかよ!きもちわりぃ!」

 

「ぅぐッ!」

 

強く頬を叩かれるが、それでも決して手は出さず、箒の前に立ち続けた。

すぐに一夏が気付いて、止めに来てくれなければもっと殴られていたかもしれない。

 

「バンショー!殴られたら、殴り返してもいいんだぞ!何でやり返さなかったんだよ!」

 

一夏が怒りながら、濡れたハンカチを頬に当てる。少し腫れているせいか、いてて、と情けない声を上げてしまったものだ。その横に居た箒が、おずおずと声を掛けてきた。

 

「......なぜ助けた?私は、助けなどいらなかった」

 

かなり強めの目力を含んでそう言われたので、俺は少し肩を縮めて臆してしまい、それを見た一夏が箒に食ってかかった。

 

「あのな、理由がどーとか、こーとかじゃなくて、まずはありがとうだろ!」

 

「私は助けてほしいなどと言った覚えはない!」

 

「何を!」

 

「なんだ!」

 

当事者の俺を放っておいて、白熱していく会話をなんとか止めようと一夏の肩を叩いて制止させ、箒をしっかりと見て、

 

「話が出来るんだったら、仲良くしたいじゃない」

 

俺が腫れた頬の痛みを堪えて笑いながらそう言うと、箒は変わった奴だ、と呆れた顔をして何処かへ行ってしまった。その直後に一夏からは、やられたらやり返してもいいんだぞ、と念を押された。

 

その時の一件から、箒は何か琴線に触れるものがあったのか、一夏と俺と、何かに付けて行動を共にした。お泊り会をしたり、遠出したり。毎日が楽しかった。動物園に行けば、動物が自然と俺の周りに集まって来たり、ベロベロと手を舐められて3人で泣きかけたり。近所の猛犬を手懐けようと冒険心を働かせてみたこともあった。ずっとこんな日が続けばいいのに、と思っていた。

 

 

 

 

 

そんな願いもむなしく、小学4年生の頃には、終わってしまったが。

 

箒の姉の、束さんが作り上げた発明品が、世界を変えてしまった。

 

俺は束さんが語る空を超えた宇宙の話を聞いて、見た事もない生き物や、月に兎は絶対に居ると信じて、束さんに、その生き物たちとも友達になりたい、なんて夢を語り合った。スケールこそ違ったが、束さんはよく笑って話を聞いてくれた事もあった。俺が興奮気味に、必死に考えた夢を語り明かすと、束さんはそれ以上に大きなスケールの話をして、俺はそれにますます興奮して話をし続けた。俺は将来、束さんの発明で人間が宇宙に行けるのだと信じて疑わなかった。

 

だから、そんな束さんの語っていた宇宙を駆ける夢の運び手が。

 

こんな形で、縛られてほしくはなかった。

 

 

白騎士事件。

 

 

日本を射程距離内とするミサイルの配備された全ての軍事基地のコンピュータが一斉にハッキングされ、日本へ向けて2341発以上のミサイルが飛来されるも、その半数以上のミサイルを白い騎士の装いをしたISが撃墜した前代未聞の大事件。幸いにも死者は皆無であったが、ISは宇宙開発の為のマルチフォーム・スーツではなく、既存の兵器の枠組みを超えた兵器という認識をされてしまった。

 

アラスカ条約、モンド・グロッソ、IS学園。

 

世界は、この事件をきっかけに大きく変動した。

 

箒は重要人物保護プログラムにより住み慣れた土地から引き剥がされ、俺たちは泣く泣くの別れをした。

 

 

 

 

 

 

千冬さんは目に見えて忙しそうにし、家を空ける機会が増え、元々毎日のように預かっていた一夏を俺の家で預かる頻度は日増しに多くなっていた。

 

世間が白騎士事件の興奮が収まらない中、小学5年生になってからは箒と入れ違いになるように、中国からの転校生がやってきた。名前は、凰鈴音。小柄な女の子で、ツインテールと八重歯が特徴のサバサバした子だった。日本語を満足に話す事が出来ずそれをネタにイジられていたが、俺と一夏がそれを止める形で割り込んだ。

 

「やめろよ、イジメなんてダサい真似」

 

「話が出来ないからって、すぐに仲間外れにしちゃダメだ」

 

俺はイジメっ子たちに「見てて」と伝え、鈴音に近付くといきなりキツいパンチを一発、顔面に貰った。痛みに顔を顰め、一夏がそれに動揺して飛び出そうとするもサムズアップをして無事を伝え、少し首を振って痛みを少し和らげた後に、改めて鈴音を見てから左手で自分を指差し、

 

「俺、さかい ばんしょー」

 

と言って、右手を広げて差し出しつつ君の名前は?と視線で問いかける。すると、意図を理解したのか鈴音は小さな声で、自分の名前を口にした。

 

「――ファン。ファン・リンイン」

 

怯える猫のように差し出された右手を掴み、握手をした。

 

「ほら!この子、ファンさんって言うんだって!お前らも、友達になれるよ!」

 

握手できた喜びで、両手で握りしめた鈴音の手をブンブンと上下に振りながらいじめっ子たちの方を見れば、理解できない物を見るような目をした後、逃げて行ってしまった。

 

「あれ?おかしいな」

 

「そりゃ顔面パンチされて、鼻血流しながら握手求める奴なんて軽いホラーだろ」

 

一夏にそう指摘され、左手で自分の鼻を少し触ると僅かに水っぽい粘性の感触を捉え、思わず、あっ、と声を漏らしてしまった。急いで握手していた手を放して、ポケットティッシュを鼻に詰め、手を洗ってから改めて鈴音に握手を求めると、口元をヒクヒクさせながらドン引きした顔で応じてくれた。

 

この一件から、俺と一夏と鈴音の幼馴染関係が始まった。中学に入ってからは新たに五反田弾という赤い髪の少年と親睦を深め、4人で遊び合ったものだ。弾の妹の蘭ちゃんと鈴音は一夏を巡るライバル関係を築き、争い合っていたが当の一夏は素知らぬ顔をしていたのが記憶に新しい。鈴音の実家の中華料理屋と、弾の実家の食堂と、俺の家や一夏の家を日替わりで招き、訪れ、遊び続ける毎日。

 

まぁ、その関係も中学二年の頃に、一夏の身に起きたトラブルと鈴音の両親の離婚が重なり、終わってしまうことになるのだが。こればかりは知る由も無かったことだ。

 

 

 

 

 

 

――そして。

 

 

 

 

「お久しぶりです、千冬さん。少し、窶れましたか?」

 

「......ああ、そうかもしれないな。そういう万掌、お前は随分と身長が伸びたな。声も多少なりとも変わったか?――落ち着いてきたじゃないか」

 

中学二年生の春休み、一夏は生憎第二回モンド・グロッソを観戦を理由に外出しており、帰国するのに手間が掛かっているのかまだ帰っていないこのタイミングで、先に千冬さんが帰ってきてしまったのだ。一夏は千冬さんに会いたがっていたので悲しむだろうな、と思いつつ千冬さんに久方ぶりの挨拶をする。俺が見た千冬さんはかなり焦燥しており、頬が少しこけている様に見えた。疲れが溜まっているだろうし、余り長く引き留めるのも悪いかと思ったが、千冬さんは少し懐かしそうな顔で俺を見上げながら肩を叩いて成長を喜んでくれた。何時の間にか逆転してしまった身長に、時の流れを感じざるを得なかった。

 

「すいません、一夏はまだ、帰ってきてないんですよ」

 

「ああ、いや......その、だな」

 

「――?」

 

ひとまず一夏はまだ帰ってきていない旨を告げ、中でお茶でも、と誘ったが千冬さんにしては珍しく歯切れの悪い、しどろもどろな間が帰ってきた。それに違和感を覚えて振り返ると、千冬さんは顔を横に向け、塀の裏側に居る何かを見ている。

 

「ほら、いつまでそうしている。さっさと出てこい」

 

「ちょ、ちょっと待って!まだ、準備が!心の準備ぃ!出来てないって!」

 

数秒ほど、塀の裏に居る誰かを見ていた千冬さんだが、いい加減出てこない事に痺れを切らしたのか、溜息を零しながら身体を半分ほど塀に隠して、裏に居る人物を引っ張り出す。急な強硬策を取られたからか、千冬さんが連れてきた人物はひどく慌てた甲高い声を張り上げて抗議したが聞き入れられず、いともたやすく俺の目の前に突き出された。

 

「そら、さっさと挨拶をしろ」

 

千冬さんが連れてきた人物は千冬さんと一夏によく似た顔立ちと雰囲気を備えていて、すらっとした出で立ちの美人な、このまま歳を重ねれば目つき以外は千冬さんそっくりになりそうな少女が居た。少女は矢面に立たされ困惑気味に、濡れた鴉の羽根の様に艶らしいショートカットの黒髪の一部を指で弄りながらもじもじと内股気味に脚をすり合わせ、時折俺の顔をチラチラと見つつ、搾りだすような小さな声で、

 

「えぇと、あぅ......えと、その――バンショー、ただいま......」

 

そう言った。

 

ただいま、というからには俺と接点のある人物だろう、と推察するが生憎と千冬さんそっくりの、同い年くらいの女子に心当たりはとんとない。じゃあ、箒か?と思いもするが箒はもっと凛々しく、力の籠った瞳をしていた。あれから一度も会えていないとはいえ、あの顔を忘れるほど短い付き合いではなかった。

 

鈴音でもない。鈴音はここまでスタイルは良くない。そもそも久しぶりではない。

 

「――......?」

 

散々頭を捻ったが、皆目見当もつかない。誰だ、この千冬さん似の美少女は。

 

「えぇと......はじ」

 

はじめまして、と口が開きそうになるが咄嗟に口が勝手に閉じた。原因は、目の前の少女だ。俯き気味だった少女が顔を上げたからだ。俺が初対面の人に取る態度を取って、今にも泣き出しそうな顔――いや、強いショックを受けて、目尻に涙を溜めている。

 

誰だ。誰だ。ここまで、親しい人は......人、は......

 

 

 

 

「――まさか」

 

 

 

 

冗談でしょう?と、油の切れたブリキのような動作で首を少しずつ持ち上げて、少女の奥に佇む重い空気を纏った千冬さんに縋る様な目で、口には出さず問いかける。

 

「まさか、そんな」

 

千冬さんは、俺の言いたい事を理解した上で、苦々しい顔のまま静かに首を縦に振って肯定を示した。

 

「――――」

 

ありえない。

 

「君は......」

 

どうしよう。なんて、声を掛ければいいんだ。

 

ああ、くそ。心が、痛みを上げて、訴えてくる。

 

そうだと理解したから、心が反応してしまっている。

 

勝手に零れ落ちる涙を気にも留めず、震える両手で、目の前の、変わり果てた幼馴染の肩を、割れ物を扱うかの様に静かに掴んだ。

 

「―――――......一夏、なんだな?」

 

冷静に言おうとするがしゃくり上がってしまった声で、女性になってしまった一夏に、確認を求めた。

 

「――......うん」

 

本人からも確認を取る事ができて――俺の心は大きく混乱した。

 

誰が、どうして?どうやって。何の為に。なぜ、何時?どこで。なぜ一夏を?どんな方法で。

 

心が、震えた。

 

何処で、どんな方法で、そんな風になってしまったのか。その一切は分からないし、解れないからこそ――心が、痛みで震えた。どんな声を掛けていいかもわからなかったが、以外にもすんなりと言葉が出た。

 

「春とは言え、夕暮れは冷える。一夏、千冬さんも、とりあえず中へ......どうぞ」

 

自分が落ち着きたくて、真相解明を先延ばしにする言葉だけが、すんなりと出てきたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2話

評価付いてる!とウキウキして小躍りしてました。

読んでくれた兄貴姉貴たちありがとう


思いがけない光景に、脳の処理が追いつかず、つい、一夏と出会った始まりから過去を想起して、数分前に玄関先で交わした言葉までを思い出していた。俺は悪い夢を見ているんじゃないかと思ったが、何処かで呑み込めたのか、これが現実だと理解している。

 

夕暮れの日差しが僅かにキッチンの小窓から差し込むダイニングを抜けて、リビングへ二人を案内し、コーヒーを淹れてくるので少し席を外す旨を告げてからキッチンへと向かう。自分が落ち着きたい気持ちもあったのだろう、何時も二人に出している物をいつもより慎重に慎重を重ね、時間を掛けて焙煎した豆に、ゆっくりと水から出したコーヒーをカップに注ぎ込んでいく。コーヒーの芳醇な香りに包まれながら、何も考えない様にしてただただ無心で手を動かした。

 

リビングに、何時も一夏と千冬さんが来た時に出しているコーヒーを持っていき、なるべく音を立てない様にカップを置く。

 

「どうぞ」

 

そのまま、一夏と千冬さんの正面に腰を下ろして一息吐いてから、此方の現状を説明することにした。

 

「今、両親は仕事で家を出払っています。遅くても夜の10時までには戻るでしょう。説明をするなら、家族が揃ってからの方がいいかと思いますが――......一夏?口に、合わなかったか?」

 

俺が差し出した、何時も淹れている飲み慣れたコーヒーを一口啜る様に飲んだ一夏は肩を震わせ、静かに泣きだしてしまったものだから、話を中断して声を掛けた。

 

「――――――苦い......いつもと同じなのに、苦いよ......ばんしょぉ......」

 

飲み慣れた筈のものが、口に合わない。味覚の変化。女性になってしまった事で味覚が変わってしまったのか。

ああ、うっかりしていた。たしか、女性の方が味覚が鋭いんだったか。

 

「すまない......気が、回らなかった。紅茶にしよう。シュガーポットも持ってくるから、味を調節してくれ」

 

「謝らなくていい......ごめんね、バンショー」

 

そこまで気が回らなかった事を詫び、コーヒーを下げた。申し訳ない気持ちになり、すぐにキッチンへ戻ってヤカンでお湯を沸かし、その間に来客用に取り置きしておいたクッキーを器に盛り付け、母さんが今晩の楽しみにと残していたショートケーキを心の中で謝りながら取り出す。

沸いたお湯をティーカップに注ぎ、蓋をして暫く蒸らしつつその合間にシュガーポットを戸棚から取り出して中身が入っていることを確認してから仕上げた紅茶とフォークと共に乗せて一夏の下へ持っていく。

 

「こっちなら大丈夫か?紅茶なんだけど。あと、クッキーとケーキ」

 

苦い物がダメなら、甘い物を。単純な思考だが、今の俺に出来る事はこれくらいしかなかった。

一夏はシュガーブロックを1つ入れ、ティースプーンで混ぜた後、恐る恐るティーカップに手を伸ばし、静かに口に含むと――

 

「――――おいしぃ......」

 

口元に僅かな笑みを浮かべて、息を零した。それを見て、ようやく俺も呑んだままの息を吐き出す。

 

「ほっ......」

 

溜飲が下がったような気持ちだ。そうして、全員が気持ち1つ分程落ち着けたので、俺は改めて千冬さんから事情を聴くために話題を切りだした。

 

「それで、千冬さん。なぜ、一夏は女性に?どうして一夏が?どこで?何のために」

 

「落ち着け万掌、焦るな。順を追って説明していく」

 

「......すいません。どうやらまだ、頭が冷えてないようで......すいません」

 

疑問を1つ口にするたびに、どうして一夏を狙ったのか、なんで一夏なんだ、こんなことをして何の意味が、と連鎖していき止め処なく口から幼馴染を襲った不幸を恨む言葉が溢れ出ていく。千冬さんにストップを掛けてもらわなければ、今にも立ち上がって不躾にも千冬さんの肩を掴んでいただろう。千冬さんにもわからない事かもしれないのに、そう責めるように聞くのはお門違いだった。それでも、考えが浅はかな俺は、現に腰を沈めていたソファーから前のめり気味に腰を少し浮かせていた。改めて一呼吸置いて頭を冷やし、謝罪を口にして再び腰を沈める。

 

「焦る気持ちはよく分かる。私も最初、ひどく取り乱したものだ」

 

「いや本当に申し訳ないです......それで、話の方を......自分から中断させておいてなんですが、お願いしてもよろしいでしょうか」

 

「ああ。第二回モンド・グロッソの決勝戦に観戦に来ていた一夏は、そこで拉致・誘拐事件に巻き込まれてな」

 

「拉致、誘拐......」

 

「私は決勝戦を放棄し、ある伝手で手に入れた情報を元に一夏の居場所を突き止め救出に向かったが――その時には既に、コイツはこの身体になってしまっていた、というワケだ」

 

取り乱す千冬さんなど想像だにしないが、本人がそう言うという事はきっと相当だったんだろう。拉致・誘拐。運が無いと言えばいいのか。いや、一夏は千冬さんの血縁だから、わざと狙われたのかもしれない。たとえば、千冬さんの二連覇をよく思わなかった一味が居て、そいつらが一夏を使って......妨害し、阻止を企む。なるほど、千冬さんの血縁であるという事実が動機の一因だと考えればなぜ一夏が狙われたのか、偶然ではない必然性というものが見えてきてしまう。しかし、そこで断定するのは良くないことだろう。自分で可能性の幅を狭めてしまうことは悪手だ。だが、最も可能性として高いのは間違いなく、織斑千冬の血縁者という点になるはず。

ただ家族というだけで狙われ、こんなにも理不尽な仕打ちに遭った一夏を想うと、心が痛む。それと同時に、許せない義憤の念が涌き上がる。

 

「一夏」

 

「......うん」

 

「今は、これくらいしか言えないし、一夏は怒るかもしれないけどさ」

 

「――うん」

 

「言わせてほしいんだ。すごい、独善的で、嫌な奴に見えるかもしれないけど、言っておきたいんだ」

 

一夏が、沈黙を以て話の続きを促してくれる。

 

「おかえり。大変だったろう?」

 

たった一人で、見知らぬ者たちに平凡な人生を過ごしている内は体験することすら叶わなかった辱めを受けさせられた。一夏がその時に感じた不安を、恐怖を、不甲斐なさを、心細さを、助からないかもしれないという絶望感を想うだけで、情けなく震えあがってしまった口を必死に動かして、なんとか音を発する。

 

しかし、なるべく安心させるような声色で。

 

もう大丈夫、と伝えたくて。

 

ソファーから立ち上がり、一夏の隣に歩み寄って膝を落としてから、そう言った。

 

「ぅ......ぁ......う、ぁあ、あぁああ、ぅぁああああああああああ!!!!!ばん、しょぉおっ......俺...俺ぇ......!!!」

 

潤む瞳をより一層潤ませた一夏は、ダムが崩壊したかのように双眸から涙を流して俺の肩に顔を押し付けてきた。男の頃より、一回り、二回りほど小さく、華奢になってしまった幼馴染の背中を何度も擦り、後頭部を抱いて撫でて慰める。千冬さんはこの光景に思う所があったのか、席を外して静かにリビングを後にして何処かへ行ってしまった。俺はただ、泣きじゃくる一夏が溜め込んでたものを吐き出しきるまで静かに相槌を打ち、慰め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

「――もう少し、このままがいい。ごめん、バンショー。本当に......もう少しだけ、このままで」

 

「分かった。気が済むまで、俺に寄り掛かってくれ」

 

一夏にしては、弱気な発言だが決して咎める事はしない。いや、まず咎める権利がない。心に負った傷は深く、何人にも癒しがたい物なのだ。けれども、その傷を癒す手伝いが僅かながらに許されているのならこれを喜ばずして何が親友か。何が幼馴染か。ただ、頭を撫でるだけで一夏が落ち着くのであれば。

ただ、抱きしめて熱を伝えることで一夏が帰ってきたのだと実感できるのであれば。

 

俺は喜んで協力しよう。

 

一夏が一番助けを必要としていた時に、何も知らなかったとはいえ遊び呆けていたのだ。償いをさせてほしかった。

 

「こんなことしか出来なくて、ごめん」

 

「――全然、気にしてないから。大丈夫......こっちこそ、ごめんな」

 

「一夏が、安心できるまでは傍に居るからさ」

 

「......言ってて恥ずかしくならない?」

 

「......いや、別に......あー...やっぱり、結構、恥ずかしい」

 

お互いに抱き合ったまま、静かに話を重ねていく。少しずつ、頭が冷えてくるに連れて羞恥心が増してくるのは仕方のないことなのだろうが、想えばかなり恥ずかしい言い回しをした気がする。

 

いやめっちゃ恥ずかしいこと口走ってたわ。

 

一夏も、余裕が出来てきたのか疑問に思った事を口に出す様になってきた。ただ口に出したそれが、俺が今、一番考えたくはないものであって、少し誤魔化してみたけれど誤魔化したら誤魔化したで後になればなるほど、重箱の隅を突くような問い詰めにあうかもしれないと思うと、まだダメージの少ない今のうちに白状しておいた方がいいと判断し、羞恥心を認めた。

 

「ははは、バンショーって何時もそうだよな......すぐに熱くなるし、俺が散々言ってたのも原因なんだろうけど、殴られたら殴り返す様になったし」

 

「殴り返す時は、まだ話し合いの余地があるのにそれを放棄して暴力に訴えるからだ。言葉が通じて意思疎通が出来るのに、思考を停止させ、力に頼る奴を落ち着かせる為にはこっちも力で対抗するしかないと思い至ったが末の最終手段なんだよ」

 

抱き合ったまま、日常的に繰り返してた話題をぽつぽつと話し始め、自然と笑い合う。

 

本当に少しずつだけど、一夏はリラックス出来ているようで、安心した。

 

「――えぇと、その......」

 

「一夏?」

 

「自分から抱き着いておいてなんだけど......落ち着いてきたから、離してほしいかな、って.....はは、ははは......」

 

「――お、おぉ!すまん、そうだな!」

 

「あっ......」

 

「なんだ、もう止めるのか」

 

そのまま、昔やらかした話や喧嘩した話もして、話題が尽きかけた時。一夏が急に落ち着きなく、そわそわし始めるものだから、どうかしたのかと思って顔を近づけると、抱き合ったままはちょっと、という至極全うな意見が出たので急いで背中に回した手と頭を撫でていた手を緩めて一夏を解放した。撫でていた手を離した際に聞こえた切なげな声は聴かなかった事にして腰を上げ、一夏に手を差し出して立ち上がりの補助をする。その時、リビングの入り口から居なくなっていた人物の声が聞こえて、俺たち二人はギチギチと首を回し、同じ場所で視線が固定された。

 

「ち、千冬姉!」

 

「千冬さん!戻ってきたなら戻ってきたって言ってくれればよかったのに!」

 

「声を掛けただろう。その様子だと気付いていなかったようだが」

 

俺たちは見られていた気まずさと、口走った恥ずかしい事の数々に頭を抱え、堂々と覗き見ていた千冬さんに抗議の声を上げた。が、どうやら声を掛けていた様で、この場合は千冬さんを無視してしまった俺たちが悪い。

 

「それは、なんというか、その、すいませんでした」

 

「気付かなくて......」

 

「なに、気にするな。それより一夏」

 

「な、なにか?」

 

「もう万掌に寄り掛からなくていいのか?必要なら私は席を外すぞ」

 

「え、あっ、ぁ、あうぅ......あ、そ、そう、無し!それ無しだから!」

 

「あーそっから見られてたかーそっかー」

 

謝罪を口にし、一夏を優先し過ぎた事を反省し目を伏せて頭を下げる。一夏も思う所があったようで、縮こまった。しかし、無視されてしまった当の本人が気にしていないと言って別の話題を切りだしてしまってはこれ以上の謝罪も受け取ってはもらえないだろう。そう思い黙っていると、千冬さんは少しだけ目を細めて俺をちらりと一瞬見てから口元を僅かに歪め、俺たちの最新黒歴史を突きに来た。

俺はそこから見られていたか、と早々に諦め放心し、一夏はどう返答しようか迷った末に記憶から消すことを選んだようだ。

 

「千冬さん、これ以上はちょっと、恥ずかしくて膝が折れそうなので勘弁してもらっていいでしょうか......」

 

「ははは、膝をついた所で耳が潰れるワケではないだろう?」

 

「いやほんと、すいませんでした」

 

「くくく、弄りがいのあるやつだなお前は。良い歳のとり方をしたと思ったが、この辺りの事情はまだガキか」

 

改めて許しを乞うと、千冬さんは追撃の気を見せてくる。これ以上書き綴られたばかりの黒歴史をなじられてはこっちの心が持たない。俺の態度に満足したのか、喉の奥で笑いながら肩を叩く千冬さんに苦笑いを浮かべて軽い会釈をした。一夏はソファーの隣で体操座りをして隠れていた。

 

「で、だ。一夏、これからどうする」

 

「――?これからって?」

 

「そりゃあ、お前......今春休みだからアレだけどよ。もうすぐで俺たち3年生だぞ」

 

「......あ、あああああ!!そうじゃん!どうすんだよ千冬姉!学校!俺の事みんなにどう説明すればいいんだ!?」

 

「だからそれをどうするか、という意味で意見を求めて万掌の家に来たんだろう。万掌、ご両親が戻られるのは何時頃だったか」

 

「遅くても夜10時を回る前には帰ってくるかと。今日は一泊するといった話も聞きませんし、終電を逃す時間まで仕事が残っているなんて話もされませんでした」

 

千冬さんが一夏を連れて家に来た理由はそれだったか。色々あって抜けていたが、確かにどうするのだろう。今はまだ問題ないが、それでも休みは終わり俺たちは中学校生活最後の1年を過ごすことになる。

 

当の一夏はそれを忘れていた様で、俺の指摘を理解し始めたからか少しずつ顔色を変え、慌て始めた。千冬さんはそんな一夏の様子に頭が痛くなったのか、額に手を置いて溜息を吐きながら呆れた様子で俺に両親が戻る時間を訊ねてくる。俺はその質問に遅くても10時手前あたりだと告げる。

 

「そうか。――今のうちに話しておくがな、万掌」

 

「はい」

 

「私は一夏を、IS学園に入学させようかと考えている」

 

「なるほど......一夏ってIS動かせるんですか?」

 

「分からん。だが検査の結果、完全な女になっているからには理論上動かせるだろう」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ千冬姉!俺の意見は!?」

 

「少なくとも自衛出来る状態ではないのだ。ある程度の安全が確保される環境に身を置いた方が良いのは当然だろう。それに、国家代表候補生になるまで登り詰めれば下手な組織はお前に手を出し辛くなる」

 

千冬さんは一夏をIS学園に入学させ、3年間ISに関する知識と経験を積ませ一夏自身が自衛できるレベルに仕上がるまで保護してもらおうという考えの様だった。それに、確かに一夏自身が強くなれば闇雲に手を出す事は出来なくなるはずだ。相手はあの織斑千冬の弟、いや、妹で国家代表候補生ともなれば嫌でもブリュンヒルデを想起させる。これほどまでに心強い盾になるものはないだろう。

 

「――悪い話では、なさそうですね」

 

というか、それしか道が無いのでは?

 

可能性を狭めずに様々な状況を想定したが、いずれも無理が生じる。一夏の意思を無視してしまうような結論だが、一夏を守るというのであればこれ以上ない名案だと思った。

 

 

しかし、それに一夏は黙っていなかった。

 

 

 

 

「――――――っ!万掌、お前までそんな事を言うのか!一緒に藍越学園に行くんじゃなかったのかよ!」

 

 

 

「――状況が変わったんだ、一夏」

 

 

 

 

 

「そんなこと!」

 

 

 

 

 

 

 

「――――そんなことで済ませていいレベルじゃないだろう!お前は女の子にさせられて!どこの国の、どんな奴らが狙っているか分からない日常を送るんだ!普通の高校に通って、普通に毎日楽しく生きていけるワケないだろう!自分を大切にするんだ一夏!お前が一番安全に暮らせるのがIS学園しかないんだよ!」

 

「――!」

 

一夏は、俺がそんな事を言うと思っていなかったのか裏切られたような表情で立ち上がり、俺の服の襟を掴んできた。一緒だって言ったのに、そう訴えかける視線に耐えきれず目を反らして一言。状況が変わった。そうは言ってられない事態になった。だから、仕方がない。そう言った。

 

しかし一夏は、そんなこと、で済ませようとした。俺は怒った。2週間も経っていないのに事の重大さを理解していない一夏は、俺との約束なんていう些細な物を自分の身の危険以上に優先しようとした。だから、俺は声を張り上げて怒った。一夏が無事なのが、一番良いんだ。怪我無く過ごせるのが一番なんだ。分かってくれ、と思いを込めて襟を掴んでいた一夏の腕を乱暴に振りほどき、少しだけ肩を強く押して距離をとり、一夏を睨めば、一夏は言葉を詰まらせ瞳を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ゃ、だ......」

 

「......いやだ......一緒が、いい......ずっと、ずっと、一緒だったんだ。これからも、ずっと......ずっと、一緒に居てくれるって、約束したじゃないか!」

 

 

 

一夏は俺に拒絶されたからか、表情に影を落とし小さな声で何か繰り返し呟いている。俺は聞き取れず一歩前に踏み出して言葉を聞こうと思った瞬間、一夏は声を張り上げて飛び掛かってきた。

 

 

 

突発的、かつ人一人分の体重が乗った突進を食らい、踏ん張る事すら出来ずに押し倒され、一夏にマウントを取られ、両腕から繰り出される容赦のない顔面狙いのパンチを何発か食らう。

 

 

 

「止めんかこの馬鹿者!」

 

 

 

千冬さんは黙って見ているワケにはいかなくなり、一夏を止めに入るがそれを俺は手を広げて制止させた。

 

俺は、大丈夫です。目線は一夏を見たまま、手だけでその意思を伝えた。

 

 

 

 

時間にしてほんの数秒。数十回の殴打を必死に繰り返した一夏は疲れたのか、肩で息をしながら涙に濡れた顔で俺を見下ろす。

 

「女になった俺と一緒が、嫌なのか」

 

「違う」

 

「俺が、嫌いになったのか」

 

「違う!」

 

「じゃあ、なんで!」

 

「――俺じゃあ、お前を守れない!お前を襲う奴らから、不条理から守ってやれない!俺だって、お前と一緒が良かったさ!ああ、そうだよクソッタレ!高校も、大学も!就職先まで同じ所だったらいいなって思い続けてたさ!お前だけじゃないんだよ!俺だって!お前と一緒が良かったんだよ!でもダメなんだ!もう、ダメ......なんだよ......」

 

殴られた痛みと、心から湧き上がる悲しみによって言葉を次第に詰まらせる俺を、一夏が見ている。

 

「俺は、一夏の無病息災が、一番なんだ......だから、頼むよ......」

 

「俺は、万掌と、一緒がいい......それだけで、何もいらないんだ......」

 

話しても、解りあえない。

 

互いに譲れないものだから。

 

千冬さんは、どんな顔をしているのか。見えないから分からないけど、こんな状況になったのは千冬さんのせいではない。

 

俺たちが、揺るがない芯を持っていて、それがぶつかり合っただけなんだ。

 

だから、俺たちで解決しなくちゃいけない。

 

「――......なぁ、一夏」

 

「......なんだよ」

 

「俺はさ、お前が男とか、女だとか......性別なんてどうだっていいんだ。お前が最初から女でも俺はお前とこうして本音でぶつかり合うだろうと思う」

 

殴られた頬が少し腫れているのが分かる。口の中も切れてるのか、ちょっと痛い。

 

でも、その痛み以上に。

 

――俺を想う一夏の心が解るから。

 

俺の心が痛かった。

 

「だけどさ。お前が危ない目に遭って......これからも、そういう事が起きたら。そう思うと、俺は――俺じゃ、ダメなんだって、思ってさ」

 

随分と細くなってしまった一夏の指を、俺の頬を殴りつけて痛めたであろう指を、繊細に、優しく。そっと包む。

 

「お前は、自分で自分を守れるくらいに強くならなきゃいけないんだ」

 

しっかりと一夏の目を見て、俺は。

 

はっきりとそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――千冬姉」

 

「なんだ」

 

「......俺、IS学園に、いくよ」

 

どれだけ時間が経ったか分からないが、室内はすっかり薄暗くなり、頬の痛みは引いていた。

 

「――そうか。忙しい1年になるぞ」

 

千冬さんは、酷く冷めた声でそう言った。

 

 

 

 

 

 




一夏とオリ主はホモではありません(断言)


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3話

友情!

高校2年生の春頃に来たゼミ系の謳い文句「今から始めないとヤバい!」

高校3年生の夏頃に来たゼミ系の謳い文句「今からでも間に合う!」


どっちだよ





感想にてご指摘があったため一部内容を編集しております。ご了承ください。


春休み明け。

 

一夏が女性に成ってしまったことは、クラスメイトたちに伝えられた。教師陣は、口外を禁じた。口外した者は漏れなく、一族・血縁者全名が一時軟禁状態となり誓約書に記名させられた。そうして流れ出た一夏の性別が変わったという話題は全てが揉み消され、他クラスの生徒たちが知る情報は皆等しく一夏が転校した、というものにすり替わった。

 

かなしいことに、鈴音は別のクラスに所属していたため、情報統制の波に抗えず自分の恋心を伝えられないまま一夏が転校してしまったと嘆いていた。一夏は当然のことながら、ボロが出る事を避けて鈴とは極力合わない様に過ごし、俺もそれに釣られるようにして会話の機会は減っていった。

 

そして、鈴音の両親の離婚が原因となり、鈴音は中国へ帰っていくことになった。空港まで見送りに来たのは、俺一人だけで弾はボロが出る事を恐れ、女性としての一夏は鈴音との付き合いは皆無だったので来なかった。

 

寂しくなるな、などと口では言うものの、内心は親しい人物でありながら内情を知らぬ鈴音が居なくなる事を喜ぶ自分がいて、途轍もなく嫌な気持ちになった。

 

鈴音は一夏に恋心を抱いており、それを俺が伝えても良かったが今の一夏は女性だし、男に戻れるとも限らないことから余計なトラブルを避ける意味でも伝えるのは憚られた。というか、そもそもそんな馬に蹴られるような真似をすれば間違いなく鈴音は怒るだろうし、一夏が男のままであればあの鈴音の性格からして、どれだけ時間を掛けても自分の口で伝えることだろうと思い何も言わなかった。伝える事で、相手を傷つけてしまうのなら言わない方がいいこともあるのかもしれない。

 

 

 

全ては、一夏が織斑千冬の血縁者であるという点に集約された。ブリュンヒルデの血縁者であるが故に狙われる。織斑姉妹は国際IS委員会に織斑一夏のIS適正がある事を確認させた後、進学先をIS学園に確定させ日本国国家代表候補生となることを誓約し、その見返りとして中学校生活最後の1年を安全に、危険に晒される事無く地元で過ごせることが保証された。

 

千冬さんは一夏が再び男に戻れるとは限らず一生を過ごす事になるかもしれないと一夏に伝え、一夏は女らしさを徹底的に仕込まれ、身の周りや肌着、服装、口調やスキンケアといったものまで、とにかく何から何まで修正させた。

 

中でも一夏が苦労したのは身の周り品ではなく、味覚だろう。男の時は平気だった味付けが気に食わず、試行錯誤を繰り返しているのを幾度となく見かけた。織斑家へ上がり御相伴に与ることも多々あったが、たしかに味付けは変わっていた。食べ慣れた味でなくなった事に多少なりとも寂しさを覚えたが、新しい味も中々に良い物だった。

 

そういえば、味と言えば男の頃もそうであったが一夏はどうにも俺を最優先事項にしたがる節があり、様々な事を俺に合わせようとする時がある。例えば、先も上げたばかりだが味が気に入らなければ言ってくれ等と言う、俺はタダ飯を食わせてもらう側であり、決して文句を言える立場では無かったので、一夏が美味しいと思える味でいい、と断りを入れることも珍しい話では無かった。

 

その都度、俺の為に飯を作っているんだから俺の気に入る味付けを教えてくれ、と言うもんだから、一夏は人たらしの才があると改めて実感してしまった。何度も勘違いを招くような発言は控えるようにと千冬さんからの教えがあっただろうと叱るが、その事を切りだすと一夏は途端に不機嫌になる事も恒例だった。

 

女になってからの一夏を取り巻く環境は激変し、親しかった男のクラスメイトはよそよそしくなり、女子生徒からも元の顔を知っているため声が掛け辛い状態が形成されていたが、その中でも付き合いが変わらなかったのが俺と弾と数馬である。4人でいつもの様に誰かの家に押しかけたりもしたが、決してゲームセンターなどにはいかなかった。一夏が経済的に苦しいことを知っていたし、女になってからバイトが出来なくなってしまったからだ。だから俺たちは常に誰かの家に集まって遊んだ。それに、元の男4人組であればいざ知らず、無理に今の一夏を連れてまでゲームセンターに耽るほどの馬鹿では無かった。弾や数馬には頭が上がらない。一夏の性別関係なしに友で居てくれた貴重な親友だ。どれだけ一夏の心を安らげてくれたか計り知る事も出来ない。

 

なるべく一夏の支えになろうと、受験勉強と一夏のサポート、たまの息抜きで弾と数馬と一夏と俺で集まり遊ぶ日々を過ごしていると、気が付けば夏休みに入っていた。普段なら怒涛の長期休学に心を弾ませるのだろうけど、3年生ともなればそうは行かない。所属していた国際交流活動部も無事引退し、夏休みを受験する高校の見学会と受験勉強、たまの空いた日に弾か数馬か一夏の誰か、ないしは複数人で集まって愚痴を吐きながら息抜きをするか勉強会をする繰り返し。

 

 

 

 

今日も、また同じ1日を過ごすつもりだった。

 

蝉の鳴く声が、締め切った窓を僅かばかり通過して聞こえてくる今日この頃。日捲り式のカレンダーを引き剥がして日付を更新する。8月12日。何ともなしにそれを見てから、熱に茹だる身体を引き摺るように階段を下りる。

 

冷蔵庫の前に貼られたカレンダーには「両親出張・3日帰らず」の予定。16日の日付を見れば「両親帰宅予定日」の文字。今日からだったか、と寝呆けていた頭を軽く振り意識の覚醒を促しつつ麦茶を取り出して、氷冷庫から氷を2つ取り出してコップに落とし、麦茶を注ぎ込んでから一息で煽り、飲み干す。からからに乾いていた口に一気に水分が流し込まれ、熱に魘されていた身体の奥を、冷たい感触が駆け抜けていくのが分かった。

余りの暑さに耐えかねて、締め切った窓を開けようかとも思ったが我慢できずエアコンのスイッチを入れてしまった。

 

やがて涼しくなるであろうリビングで寛ぎながら勉強する為に自室のある二階へ戻り勉強道具一式を携え階段を降りきったタイミングで、来客を告げるインターホンが鳴るのが聞こえた。今日の来客予定はなく、一夏たちと何かをする予定はなかったが、セールスの類だろうかと疑いつつもモニターを確認すると、一夏が映っていた。日もそこそこに上がり始め、外も暑いだろうから放っておくのは気が引け、俺は駆け足気味に廊下を抜けて玄関の扉を開けた。

 

「一夏、どうしたんだ、こんな時間に。もしかして今日、何か予定を作っていたか?――と、すまん」

 

「大丈夫、見られてもいいから。今日はちょっと一緒にお出掛けでも、っていうお誘い。根詰めすぎても、ダメになっちゃうと思って。あ、もしかして忙しかったり......する?」

 

一夏が事前に連絡も寄越さずにやってきた事に驚くが服装は明らかに出掛ける事を前提に着ている感じだ。白い袖なしのトップスの上に、グレー色のボレロカーディガンを羽織った一夏は片手に藍色のバッグを提げていて、デニムのホットパンツを履いている――そこまで見て、しまったと思い上から下まで見てしまった事に目を伏せてから謝罪をする。

 

一夏は気にしてないと手を軽く振り、今日来た理由を話し始めた。どうやら最近の俺を心配しての気遣いだったらしく、本人も外出目的の服装でやってきてくれたのだし、ここで無碍にする訳にもいかない。

 

「いや、生憎と親父たちも出張で家に居なくてな。丁度暇をしていた所だ。行こうか。着替えるからリビングに上がって待っててくれ。多分冷房効いてるからさ」

 

なんだったら何か勝手に冷蔵庫開けて飲んでてもいいからな、と階段を昇りながら声を掛けると「分かったー」と微かに返事が返ってきた。

 

部屋に入り、ジーパンを履き、アンダーシャツの上に無地の白い半袖を引っ被るように着て、その上にグレー色の薄めのジャンバーを羽織って財布と携帯を持ち、急いで駆け下りた。

 

「悪い、待たせた!で、何処に行く?」

 

「んーと、買い物!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何を買いに行くか一切相談されなかったから不安に思いながらも一夏の隣を歩いていると、向かった先は服屋の女性物コーナーだった。

 

「これ俺いる?」

 

「いる」

 

「秒速レスポンスあざーす」

 

「いえーい」

 

本当に心の底から疑問を抱き、俺が必要かどうか訊ねたところ即座に要ると返された為、それに少し茶目気を加えた返答をすると一夏もノリを合わせてきて手を掲げたので、俺も同じ様に手を出してハイタッチをした。パチーン、と乾いた音がやや響く。男だろうと女だろうと、一夏は一夏で、変わらないものもあると分かる瞬間だった。

 

「秋物」

 

「そう、秋物。んー、んー!もうすぐ、9月、だからっ!」

 

「ほら」

 

「お、ありがとっ!いいなー高身長。私ももっと身長欲しいなぁ」

 

「そのままでいいと思うけどなぁ。秋物ねぇ......まだ8月の中旬じゃないか。要るのか、それ?」

 

「いつ必要になるか分からないから、女の子は結構気を遣うんだって。私もクラスの子から雑誌譲って貰ったり書店でそういう雑誌読み耽って初めて知ったよ」

 

「俺もそれは初耳だなぁ」

 

買い物の目的は、秋物だそうで時期的にはまだ早いんじゃないかと思いながらも一夏が欲しがる、微妙に届かない位置に配置されているお目当ての服を取ってやり、一夏に渡す。何でも女性は服装のコーディネイトや日付の流れに敏感らしく、様々なパターンを考慮して買った結果、一度も着ないまま終わる服や、一度着ただけで二度と着ない服も出ることは珍しくないそうだ。一夏は千冬さんから貰った小遣いをやりくりして服を調達している。

 

「その4つでいいのか?」

 

「うん、どうせまた一か月後には来るだろうし。今日はこれくらいにしておくよ。まだ買いたい物もあるから」

 

「ほーん、じゃあこっちの2つは俺が持つよ」

 

「えっ、いや、悪いよ」

 

「いつも飯作ってくれるだろ。ギブ・アンド・テイクってやつだよ。ていうか払わせろ。女だけに払わせるなんて格好が付かん」

 

「バンショーも体裁って気にするんだね」

 

「そりゃあ、こんなご時世だからな。男をある程度見せないとお前まで笑われちまう」

 

「......ありがとうね、バンショー」

 

「気にすんなって」

 

一夏は買いたい物が纏まったのか、ショッピングを早々に切り上げてレジへ真っ直ぐ向かっていく。レジ待ちの途中で一夏が抱えていた値段の高めの2品を引き取り、俺が会計をする旨を伝えると一夏は困り顔で狼狽えた。それに対し、俺は飯を用意してもらってる日々のお返しだと伝えてなんとか支払いを代行する権利を勝ち取る。女尊男卑のこのご時世、自分の所有物たる男から満足に奉仕も受けられない女性というのは笑われるらしく、一夏を立てる意味も籠めて、俺は支払いの一部を負担することを願い出たのだ。ばかばかしいと笑いたくなるが、これが昨今の日本の現実だった。

 

服屋を出たその足で、化粧品店に向かった俺たちだったが化粧品に関してはサッパリで、一夏が商品と睨めっこする光景を眺めているだけに終わり、ランジェリー関連は流石に近くの休憩スペースで休ませて貰った。そんなこんなをしている内に昼食にはやや遅い時間になってしまい、どうするか悩んだ結果、夕飯の材料を買って俺の家で食事を共にする方向性で固まった。

 

「結構買ったなぁ」

 

「うん、でも本当に女の子って買うもの多くて大変だよ。なんで時間かかるのか分かっちゃった」

 

一夏に苦労を掛けるワケにはいかないので荷物の8割を引き受けた俺は、どことなく楽し気な雰囲気を醸す一夏を見て、バレないように頬を緩ませる。振り返ってみれば今日一日、勉強のことなんて一切気にせずに過ごしていた。受験生としてそれはどうなのか、と思いもするが一日くらいは許してほしい。

 

「バンショー、どうかした?」

 

「ん?いいや。飯、楽しみだと思ってな」

 

「――そ、そう?じゃあ、頑張って作るね!」

 

目を伏せて自嘲気味に笑っていた所を一夏に見られ、咄嗟に飯が楽しみだと答えると、少し動揺した様にも見えた一夏だったが、すぐに目を輝かせ満面の笑みを浮かべる。咄嗟についた嘘なので、少し申し訳なくなるが、別に楽しみじゃない訳ではない。大いに楽しみにしている。だから、嘘ではない、と自分を言い聞かせて帰宅を急ぐ一夏に合わせるように、少しだけテンポを上げて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――美味い」

 

「ほんと!?」

 

「一夏、火」

 

一夏に作ってもらった夕飯を頂きながら、まだ手付かずだった味噌汁を一口啜るといつも違う、味の深みに驚き、美味い、と零してしまった独り言を一夏に拾われてしまった。俺の独り言に飛び跳ねんばかりの勢いで食いついた一夏が、料理の途中だと言うのに火から目を離し、此方に身体ごと向いて来たのでせめて火を消してから反応をしろと咎める。

 

「どんな風においしかった?」

 

「んー......出汁、いや、味の厚みが違う......?深みというか、旨味、みたいなモンが......こう、薄くないんだよ。よく分からんが、飲みこんでも、最後まで美味いっていうか」

 

俺の忠告を聞いて火を止めてからスリッパをぱたぱた鳴らして小走りでやってきた一夏は俺の座る椅子の隣にやってきて膝立ちになり感想を求めてきたので答えてみるが、うまく言葉に出来ずに四苦八苦し、結局あやふやなまま言い終ってしまったが、それでも一夏には通じた様で、

 

「へー、へー!やっぱり分かるんだ!バンショーってやっぱり良い舌持ってるよ!」

 

と、一人ですごく喜んでた。

 

「お前に鍛えられた舌だけどな」

 

と、何気なしにそう返して、つい良い位置に一夏の頭があったので、箸を置いてから頭頂部に手を置いて撫でる。流石に嫌がるかと思って、しばらく撫でるが特に何も言ってこないので続けることにした。

 

「一夏?怒ってたり、する?」

 

「全然怒ってないよ!んふー!もっともっと!」

 

怒ってるのかな、と思って少しビビリながら声を掛けると、一夏はもう嬉しくって嬉しくってしょうがないといった顔をしながら俺に頭なでなでの続行を要求してきた。それどころか自分から頭を手に押し付けてくるので俺はどうしようもなくなり、結局一夏が満足するまで撫でることになった。この日から一夏の中で「俺が褒めるレベルの食事を作る=頭を撫でてもらえる」という謎の関係が成立し、俺が料理を褒める度に頭を差し出す一夏に困惑し、スルーしたりすると撫でてくれないのかと絶望した顔でうちひしがれるので、それに折れた俺が毎度撫でるといった光景が出来上がるようになった。おかげで飯が美味い。

 

 

 

 




一夏って絶対犬だと思うんですよ、タイプ的に。

しかも結構な忠犬だと思う



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4話

再び、日々はあっという間に過ぎていく。

 

夏休みが明け、1日過ぎる度に3年生全体に広がる独特の緊張感と圧迫感、それに焦燥感は膨らんでいった気がした。たまに聞こえる羽根休めをしろという教師の言葉も耳を素通りする事もあった。それは11月、12月とカレンダーを捲る毎に自分に余裕が無くなっている表れだったのだろう。

 

一夏も、目と鼻の先にIS学園の受験を控えている。俺たちが学校以外で出会うのは、今日を除けば正月が最後だったと思う。互いが互いを尊重するが故に、勉学の妨げになるような事は互いに憚りあって避けてきた。ただ、その代わりに一夏と過ごす日は1分1秒さえ大切に過ごす様に努力をしてきたつもりだ。お互いが持つ受験への不安と、来るべき別れの時が近付くに連れて心の奥底を隙間風が吹き抜けるように襲い掛かる虚無感を誤魔化す為に、何気なく、何方からというわけではないが手を伸ばし、取り、絡め、握りあい――誤魔化し続けた。12月も終わりに近づく頃には逢瀬を終わらせる時間は夜の8時から11時にまで伸びていた。これの始まりは、俺の弱さが原因だった。互いが抱える不安を吐き出したり、堪えたまま傍に互いを置いたまま無言でお互いの心を溶かしあうやり取りも終わりが見え始めたころ、一夏が俺の部屋から立ち去ろうとした時に、俺は自分の弱さに負けて一夏の手を掴み引き留めてしまった。そこからはあっという間だった。一夏も堪えていたのだろう。例外が出来た為に、俺と同じ様に俺が帰ろうとするタイミングで俺の手を取り、俺を引き留めた。そこで俺が強く言えれば良かったのだろうが、一夏と俺の二人だけの空間は互いを理解しあっているが故に居心地が良かった。だから、俺もまだ居たい、と流されてしまったのだ。

 

「――ねぇ、万掌」

 

一夏が俺の名前の「ウ」をしっかりと強調するときは、何か大切な話をする時に限る。

 

「どうした、一夏」

 

深く絡ませあった指の一部を動かして一夏の手の感触を確かめれば、一夏も俺の手を細く艶やかな指を静かに滑らせて弄んだ。

 

「進学してからも、休日はなるべく逢うようにしようね」

 

顔を突き合わせて話しているわけでもなく、ただ互いに壁を背にして座り込み手を握り合っているだけなのに俺は一夏がどんな表情で話しているか分かった。

 

「――ああ、そうだな。一生の別れってワケじゃないんだ。そうしよう」

 

その日は俺の発言が最後の会話となり、お開きになった。今日は2月3日。明日が、IS学園と藍越学園の入試日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「同じ会場、だね」

 

「ああ」

 

「受験場所は違うけどさ、頑張ろうね」

 

「ああ」

 

「――緊張してる?」

 

「......ああ」

 

受験当日。受験会場に到着するまでの俺たちは互いの荷物チェックを行い、何度も点呼をして忘れ物がないかを確かめ合った。会場に着いてからは、一夏が何か話しかけてくるが緊張して喉が干上がり今まで勉強してきた事の全部を振り返っていた為によく聞こえず空返事をしていたのだろう、俺の目の前に一夏が飛び出して来て不安そうに尋ねてきた声にようやく反応する事が出来た。

 

「だーいじょうぶ!バンショーが頑張ってた事は私が一番よく知ってるから。絶対に大丈夫だよ」

 

「――。ああ、ありがとう。俺も、一夏が頑張ってる事を一番よく知ってる」

 

「......えへへ」

 

「じゃあ、お互いに全力を尽くして、頑張ろう――?」

 

緊張する俺の両頬を摘んで、ぐいーっと引っ張って笑顔を作らせながら笑う一夏の頬は少し朱に染まっていて、寒いのだろうかと思い気を遣わせてしまった礼に報いる為に右手を一夏の頬に添えつつ、励ましの言葉を返す。一夏は少し照れ笑いを浮かべた後に目を伏せ、一夏の頬に触れている俺の手に自分の手を重ねてきた。お互いにリラックス出来たので、それぞれの目的地に行くかと切りだそうとした時に、不意に鼻根、いや眉間の辺りからだろうか。一瞬だけ電気が弾けたような錯覚を覚えて足を止めた。余りにも一瞬の出来事で困惑したが、確かにその一瞬の間で身体を駆け抜けた不快感に眉を寄せながら不快感の一番強い場所を捉えて勢いよく顔を向けた。

 

「......っ!いや、そんな――束、さん......?」

 

「えっ」

 

視線の先には、廊下の曲がり角に消えていく――行方不明になり、指名手配までされた篠ノ之箒の姉にして織斑千冬の親友、篠ノ之束の姿があった。嘘だ、こんな所に居るわけがないと思いながらも、もしかしたらIS学園の試験を見に来たのかもしれないという僅かばかりの可能性を信じて追いかけることにした。追いつけたのなら、話が出来たなら。心配したんですよ、と声を掛けようと思った。

 

「束さんっ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってよバンショー!」

 

曲がり角を抜ければ、続く廊下の奥の部屋に入っていく束さんが見えた。相変わらず、足の速い人だ。一夏が少し遅れてやってきたが、部屋に入ったのが見えたのだ。ここで先に走って行った所で到達地点は見えているから大丈夫だろうと判断して先に行く。束さんが入っていった部屋の前に立ち、扉に手を掛けて一気に開け放つ。

 

そこに待ち受けていたのは、束さんでも無ければ受験生が控える待ち部屋でもなかった。

 

 

 

 

ここで見た束さんのような誰かを追いかけたのが俺のターニングポイントだったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ISだ」

 

部屋の中央に鎮座する機械的冷たさを感じさせるフォルムのそれはインフィニット・ストラトスという、かの天才篠ノ之束が作り上げたオーバーテクノロジーの塊。それが、何かを待ち続けているかの如く粛然と佇んでいる。

 

「宙を目指すはずの夢が――」

 

悲壮感に包まれ、重苦しくなった心で束さんの心境を想い、締めあげられるような慟哭から少しでも解放されたくなった俺は何ともなしにISを撫でた。

 

「虚しいな」

 

そう呟いた瞬間、目の前が光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一夏

 

 

 

私は、焦燥した様子で束さんを見たと言ってから走り出す幼馴染を追いかけるが、男女の脚力の差は大きく、身長も違うことから足の長さから変わってくる歩幅に置いていかれ始める。角を一つ曲ったところで少しペースを落としてほしいと頼んだがスルーされてしまい、万掌は一番奥の部屋の扉を開けて室内へ飛び込んでいってしまった。もしあの部屋が受験生の待機室だったり、試験監督が待機している部屋だったらどうするのだろうか。私は逸早く万掌を冷静にさせる為に走るスピードを上げようとしたその時だった。万掌が入っていった部屋から、かなりの光量を持つ光が廊下に流れ込んできたのだ。

 

「万掌!」

 

万掌が何かしたか、もしくは何かされたかと思い顔を青くして部屋に飛び込めば、そこには万掌が立っていた。

 

 

 

ISを、身に纏った状態で。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

万掌

 

 

 

 

それからの話をしよう。光が漏れ出した事と、一夏がISを置いてある部屋に飛び込んでいったのを試験監督の一人が目撃していたようで、追いかけて注意しようとしていた所に、男の俺がISを纏っているのを発見し、通報。駆けつけた他の監督たちやIS学園側の教師陣営、IS委員会の関係者にも見られた。一夏が自身が織斑千冬の妹であると告げ、千冬さんをお手数を掛けてしまったが呼び寄せ、状況の説明をした。

 

束さんらしき人を見かけ追いかけていたら、ISの置いてある部屋に辿り着いた事。ISを見た瞬間から目が離せなくなり久しく会っていない束さんのことを思い出しながらISに触れたところ起動させてしまった事。千冬さんは眉間を抑えながらではあったが、しっかりと話を聞いてくれた。忙しい時期に、ほとんど事故とは言え申し訳ないことをした。謝りを入れると、「一番混乱しているのはお前だろう。気にするな、私に出来る事の全てを果たしてお前を守ってやる」と言ってくれた。迷惑ばかり掛けているような気がして、すいません、と謝ると千冬さんは俺の肩を数回叩いてから現場を纏め上げた。

 

藍越学園の受験は中止となり、俺は世界で唯一のIS男性操縦者であるとその日の内に報道された。そして、2日後にはどこの国にも属していない操縦者として扱いつつ、IS学園で3年間保護し、後にどこの国の所属として扱うかは俺個人の意見を最大限に考慮し、尊重することになった旨を千冬さんが伝えてくれた。

 

千冬さんは、これが今の私に出来る限界だ、力不足だった、すまないと頭を下げてきたがいきなりモルモット扱いもされず、解剖される事も監禁されることも無い環境に俺を置いてくれるレベルにまで交渉を重ねてくれたのだ。これを力不足だと罵れるわけがない。むしろ俺は、忙しい時期に問題を起こしてしまった事を重ねてお詫び申し上げた。が、千冬さんは

 

「ガキがそう謙るな。今はまだ迷惑を掛けてくれてもいい。お前にも、ご両親にも私たちは世話になった身だ。これくらいのことはするさ」

 

と、俺の胸を軽く叩いて叱咤した。目に出来た隈を見て心を痛めていると少し背伸びした千冬さんが俺の頭をグシャグシャと掻き撫でてきた。

 

「そんなに泣きそうな顔をするな、男だろう。人前で泣くんじゃない」

 

千冬さんは少し困った様に笑っており、「仕方ない奴だな」だと言いながら俺の頭を暫く撫でてから諸々の手続きの為に俺の両親と話を付け、俺がIS学園に入学してから困らない様にISに関する教科書や専門用語の乗った必読書類を手渡して帰っていった。

 

一夏は俺がIS学園に通えると知って、結局同じ進学先になったねと既に合格した気になりながら俺にISに関する知識を徹底的に教え込んでくれた。入学まで2カ月を切っていて、IS学園から男物の制服を作った事がないので参考意見が欲しいと言われ指定された仕立て屋に行ったり、専用機(俺だけが使える俺の為だけのIS)の調達の為の要望書を作成したりとてんやわんやだった。ちなみになぜ専用機が必要なのか。その点を疑問に思って相談した所、俺は突発的に入学が決まった為に自己鍛錬の一切も出来ず、知識も乏しい為に自衛すらまともに出来ないと判断されたが故であり、俺が命の危機ある状態から脱出を目的とした単独かつ極めて安全に離脱できる手段がISしか無かったからである。

 

その専用機選びも、俺がどこの国にも属さないという前提がある以上、国が用意したISを装着する事は各国の不利益を産むために許容されず、会議が二転三転した所でアラスカ条約に加盟した21ヶ国の内、アメリカ、イギリス、ロシア、フランス、ドイツ、イタリア、中国の7国がそれぞれ10%ずつ、日本が30%の割合で資金提供をして設立された次世代IS運用総合統括研究所が専用機の用意をしたいと手を挙げたことで事態は収束した。武装に関しての要望は何かあるか、と聞かれたが特に何も思いつかなかった為、最低限身を守るための大きな盾が欲しいと答えた。

 

それからは一夏が俺の家に泊まりきりで飯に洗濯、掃除...何から何まで両親の代わりにやり始めてしまい、俺が家事に当てていた時間も全てISの勉強に使えるようになった。一夏に、たまには俺がやるよ、と言えばISは覚える事が多すぎるから、少しでも多くの事を覚えておいた方がいいと正論を返された為に、その言葉に感謝をしつつ勉強に没頭した。徹底的に叩き込まれた知識と、千冬さんに連れられやってきたIS学園のアリーナで歩行演習や最低限の体力作りや肉体鍛錬。これをひたすら、効率的に繰り返した。一夏を叱咤した1年前を思い出し、一夏に投げかけた言葉は俺に帰ってきた。自分で自分を守れるくらいに強くなる。短期間ではあったが鍛えられるだけ鍛えようと身体を徹底的に虐め抜いた。食事は一夏が作ってくれたこともあって、エネルギー効率や栄養バランスは自分で作るよりも確実に整っていただろう。彼女には感謝してもしきれない。何か礼をしたいと言った事もあったが、一夏は頑なに拒んだまま纏めて返してもらうと言うばかり。一夏は欲がないなと呆れると、いつかしっかり徴収すると言い返してきたので、その日を待ってる、と返答しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分が出来る限りの全てをやり――桜が咲き乱れる、4月がやってきた。

 

 

 

 

「どうだ?ネクタイは完璧だろ」

 

「どれどれー?......うん、ばっちし!」

 

IS学園の校門前で、一夏にネクタイの締まり具合と傾きに違和感がないかを確認してもらい、OKを貰ったので改めて背筋を伸ばす。

 

 

 

 

 

「――行こう」

 

 

 

息を少し吐き出してから、俺たちはIS学園へ足を踏み入れた。

 

 

 



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5話

本編開始です


オリ主、迫真のニュータイプ特有の察知能力を魅せる。


「皆さん、初めまして!私は副担任の山田真耶です。それでは1年間、宜しくお願いしますね」

 

「――宜しくお願いします」

 

山田先生にそう挨拶をされ、目上の人が礼をしたのだから応えなければ無礼に当たると思い、誰も挨拶を返さない事に僅かばかりの困惑を隠しながら、俺の方が迷惑を掛けるだろうという意味を含めて、座ったままで申し訳ないがお辞儀を加えて返答とした。

 

俺だけしか返事が返ってこない事に更に違和感を感じて後ろを振り向きたい気持ちに襲われるが、SHRの最中に教壇から目を離すどころか身体ごと逸らさなければならないというのは山田先生に失礼だ。疑問を持ちながらも山田先生を一教師として扱っていると、山田先生は俺の挨拶に緊張感が少し解れたのか、先ほどよりも少し明るい声色でSHRの段取りを1つ進める。

 

「はい、挨拶ありがとうございます。じゃあ出席番号順に、自己紹介をお願いします!」

 

俺の出席番号はクラスの中間あたり。机の列で言えばど真ん中の最前列。教壇にやや隠れる形のこの席は、意外にも教師からの注目は薄い。灯台下暗しというやつだが、それは普通の学校においての場合に限り、IS学園では例外だ。そもそもIS学園に入学できるのはISを動かせる適正が高く、容姿端麗でかつ頭脳明晰な才女だけだ。この学園でいう頭が悪い生徒も一般高校に入学すれば上位30%以内の成績は簡単に維持できることだろう。話が逸れたが、つまるところ男の俺が入学しているのがおかしいのであって、俺がどの席に座っていようが関係なく目立つであろう。だからこの場において教壇の目の前に居る俺は、もっとも教師から目を掛けられやすいということだ。ありがたいことだ、解らない事があれば声を張り上げずとも、挙手をして質問をせずとも相談できる。狙って配置した訳ではないのだろうが、これは僥倖だと思う。

 

「じゃあ、続いて堺万掌くん、お願いします!」

 

「はい」

 

自分の席順に予想以上の喜びを感じていたところ、山田先生に順番が回ってきたことを伝えられ、俺はハキハキと間延びのない口調で返事をし、音を立てず椅子から立ち上がった。

 

「堺万掌です。土に世界の界で堺。一十百千万の万に、掌で万掌と書きます。両親から与えられたこの名前は、多くの人達と手を取り合い、親睦を深めることが出来るようにと付けられたものです。この名前に恥じぬ生き方をしたいと思っています。この学園での当面の目標は、多くの人と友達になり、急な入学だった為にISに関する知識が浅いのでそれを埋め合わせ、皆さんに迷惑を掛ける事のない様にすることです。最初は問題を起こすかもしれませんが、どうか1年間よろしくお願いします」

 

最前列である為、後ろへ身体を振り向けてから学友となるクラスメイトたちを見て、自分の名前とその由来を話し、当面の目標と迷惑を掛けるかもしれない旨を伝え、1年間の付き合いをお願いした。

 

俺の自己紹介が大層気に入ったのか、山田先生は嬉しそうに微笑んでから俺の後ろの人の名前を呼ぼうとした。が、その時教室の近未来的なスライドドアが開き、黒いスーツを着こなした女性教職員が入ってきた。というか千冬さんだった。

 

「すまない山田君、少し会議が長引いてな。遅れた」

 

「織斑先生、大丈夫ですよ」

 

「そうか。今は自己紹介の途中か?」

 

「はい。今、堺くんの自己紹介が終わった所でして」

 

「ふむ。続けて構わん、やれ」

 

名簿を片手に山田先生の隣に立ったのは千冬さんだった。公私をきっちりと分ける人だとは長い付き合いの中で知っていたが、公の顔をそこまで見る機会が無かった俺は、千冬さんの出来る女感に圧倒されていた。凛とした態度に裏付けされた自信を含んだ口調。見る人全てが気圧されるであろう、僅かばかりの眼光に少々震えていると、千冬さんから続行の指示が上がったのにも関わらず俺の後ろの席の人はピクリとも反応しない。

 

「――む?ああ、私が誰かという疑問の解決が先か。諸君、私が担任の織斑千冬だ。新人である君たちを1年で使い物になる操縦者に育て上げるのが私だ。私の言う事はよく聴き、よく理解しろ。出来ない者は出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠15歳を16歳まで鍛え抜く事に他ならない。逆らってもいいが、私の言う事は聞け。いいな」

 

出来ない者は出来るまで指導する、と言ったタイミングで千冬さんは俺を見た。口元こそ崩さなかったが、目の奥を僅かに笑わせていたので俺に向けて言った言葉なのだと理解した。俺は、顔に出ているかもしれないレベルで喜んだ。あの千冬さんに、世界最強のIS操縦者に直に指導を付けてもらえるのだ。出来る様になるまで指導してくれる。それをこの世界で望む人達が大勢いて、そのうちの大多数が叶わない絵空事のような光景が、ほんの一瞬でこのクラスに舞い降りた。千冬さん張り切ってるなぁ、と普段の千冬さんを知る身からすれば少し身内贔屓の様な物が見えなくもない、と思っていると千冬さんが顔を顰めた。怒らせてしまったか、と自分の口元に手を当てるが口元は薄い笑みを浮かべておらず、では千冬さんが何を見て不快そうな顔をしたかと疑問を抱く。

 

それはすぐに解消された。

 

「本物よ!本物の千冬様よ!」

 

「ずっとファンでした!」

 

「私、お姉さまに憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」

 

「あの千冬様にご指導いただけるなんて、嬉しいです!」

 

「私、お姉様の為なら死ねます!」

 

怒号。怒号。怒号。

 

怒涛の歓喜の叫びに、喉を傷めるんじゃないかと思う程の声量。甲高い女子の声に思わず怯み、少し耳を抑えて丸くなっていると教壇に立つ千冬さんはかなり鬱陶しそうに、

 

「毎年これだけの馬鹿共が、まぁよくも集まるものだ。悪い意味で感心させられる。それとも何か?私のクラスにだけ集中させているのか?」

 

額に手をあてて首を力なく振ってそう言った。人気は買えないのだから多少は受け取っておくのもいいかと思ったがここまで騒がれては如何せん鬱陶しさが勝るのだろう。俺も連日多くの報道陣に詰め寄られ、一時は時の人扱いされ番組に出演してくれだの取材をだの何だのと自宅に押し掛けられた時は本当に困った物だ。両親の出勤にも気を遣わせてしまったようで、迷惑ばかり掛けているな、と自分の起こした数カ月前の惨状を振り返って、一人で沈み始めかけたので振り返る事を止めた。反省は必要だが、それによって気分を沈めていては意味がない。

 

そうして気分を切り替えた所で、数カ月前にも感じた眉間の辺りで放電現象が起こるような、バチ、と閃きにも似た錯覚を受けた。好奇心、憎悪、疑問。好奇心は多く向けられていた物であり特筆せずとも理解していたのでスルーしていたがその中に、薄らとした物ではあるが、確かな憎悪の感情と何かを聞きたがっている疑問の感情が俺に向けられたのを感じ取った。憎悪は誰のものかまだ分からないが――疑問を向けてくる人物の波長は、前にも、感じたことが............箒?――――......居るのか、ここに。

 

「よし、全員の挨拶が終わったな。これでSHRは終わりだ。諸君らには半月でISに関する基礎知識を覚えてもらう。その後実習だが、基本動作も半月で身体に沁み込ませろ。いいか」

 

「はい」

 

「――ほう、返事が出来たのは1人だけか?それならば私が教育すべき生徒は1人ということになるが、貴様らも私の生徒である。故に私はこの教室の生徒全員に物を教えねばならん。分かったなら返事をしろ」

 

『はい!』

 

千冬さんの発言に返事を返すが、返したのは俺だけだったらしく千冬さんが悪い顔をしてクラスを見渡しながら煽り、再度返事を乞うと、今度はクラス全体から返事が聞こえた。それに千冬さんは満足したらしく、一限目の授業の準備をし始める。それに呼応する形でクラス全体が一斉に教科書を用意する音で静かに騒がしくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バンショー、1限目は大丈夫だった?」

 

「ああ。少し疑問に感じた部分もあったが、まだ触りの段階だったからか先生たちも少し授業を中断して、丁寧に説明してくれたおかげで助かったよ」

 

「あれ確かに初見だと分かり辛いもんね」

 

「ああ、どうもISと人間がパートナーだという話が俄かに信じられなくてな。機械とどう心を繋げろって言うんだ、と常々疑問に思っていたが、本職の人の話は説得力が違うと改めさせられたよ」

 

一限目が終わり、一夏がようやく終わったかという感じで腕を伸ばしながら俺の席にやってきて膝を落とし、机に顎を乗せて上目遣いになりながら俺の心配をしてきた。その心配を拭うために、疑問に思っていた点を反復して蒸し返し、山田先生や千冬さんが話してくれたISを身に纏ったことのある経験者の言葉を聴き、納得をしていた。クラスの中からも関心の声が上がっていたので、俺の質問は俺の為だけに答えたのではなく、毎年誰かしらが似た様な疑問を持っているのだろう、それに合わせて用意されたテンプレートな感じがしないでもない回答だったが、説得力は文章に記載されている物よりも効果大であったことは明白だ。

 

「でも彼氏彼女の関係とか、ぴったりとフィットするブラみたいな感じって言われてもちょっと困るよね」

 

「女性しか居ない環境だったからそういう返答になっただけじゃないか。仕方ないさ」

 

「顔赤くしてたくせに」

 

「いや、あれは......だな」

 

そう、例え話で急に下着の話になるのは勘弁願いたいものだった。俺もなるべく落ち着いた歳不相応の態度を見せてはいるがそれは虚勢に過ぎず、本質は年頃の男子高校生なのだ。つい最近、身近な女性が傍に居るまでは男子4人で屯して下ネタをぶちまけて笑い合っていた万年脳内花畑の猿だった男である。なるべく興味関心がないようには見せたかったものの、ムッツリだと思われたくなかったのも事実で、どこまでオープンであるべきか、どこまで隠すべきかと悩んでいたが現実は非常である。一瞬にして俺はそういう知識に一定の興味を持っていると把握されてしまった。

 

「この先そんな調子で持つの?私で慣れとく?」

 

「なっ、この、バカ!お前、もう少しだな――」

 

「分かってる、ちょっと冗談を言っただけ。―――――――...............本気にしても、いいのに

 

一夏は俺の身を案じてか、予想以上に気疲れした俺をリラックスさせようと悪巧みを思いついたのか、猫みたいな口をつくって静かに笑い、制服の襟を僅かに摘んでうなじを見せつけてくる。その光景に激しく動揺し、親しき中にも礼儀ありという言葉を引用して、女の体に慣れすぎている一夏を叱りつけようとしたが、それよりも先に一夏が舌をチラリと出して冗談だと訂正した。それが余りにも似合っていて、文句を言うに言い切れず、口で言葉を伝えるよりかは動揺が少なくなるだろうと考えて一夏の頭を乱雑に撫でまわした。その時に一夏が小さく何か言っていたが顔の熱を冷ます事に全力を注いでいた為に、それを聞く余裕はなかった。

 

「んぅ~......これだよぉ、これぇ」

 

「そんなにいい物でもないだろう。ただ雑にわしゃわしゃーっとやってるだけだぞ」

 

「まだ口調堅いよー。でも指先の動きがね、ちょうど良い感じなの」

 

「んん、そんなものか?」

 

「そうだよ」

 

ただ適当に頭を撫でているだけだというのに、一夏は目を細めて猫撫で声で俺の手付きを褒める。俺自身、何か気を付けてやっているというワケではなく、自分の髪を洗う時のような勢いでやっているだけなので、これがいいと言われては何が良いのかと聞き返すほかなかった。一夏は俺がまだ緊張していることを指摘しつつ、指の動きが好みだと答えた。指摘されたことに、咳払いを一つしてなるべく平常心を意識しつつ一夏の返答に疑問を抱くと、一夏は短く同意の言葉を述べた。

 

「――そろそろ、来るか」

 

「ふぇ?誰が?」

 

「......ちょっと、いいか」

 

一夏が気を利かせてくれたリラックスタイムの最中、俺たちに向けられる好奇心の視線の中で疑問を持ち続けていた箒と思わしき感覚の人物が、俺たちを囲んだまま牽制しあっている集団を抜けてやってくる感じを捉えた。

 

何気なく言っているが、ここ最近の俺はどうも変だ。ISに乗ってから、俺を見る存在の気配に敏感になったというか、他の人がどんな心で俺を見ているかが何となく分かるようになっていたのだ。千冬さんに相談してみたがISに乗ることでそんな症状が出た事は無く、後遺症のような物も無いと言われたものの、不安を拭えず専門医に掛かった所――元から持ち合わせていた先天性にも似た強い共感覚が、ISのハイパーセンサーを経て明確に知覚した事で他人の感情の波長を読み取り、あたかも自分の感情の様に受け取れるようになったのだろう、という憶測的診断をされた。医者も匙を投げたという物であり、ますます不安が強くなったが悪い影響は特に感じられず、下手に抑えようと意識すると悪化してしまう恐れがあるため、それが当然の状態であり、感じられて当然だと思う心理を構築しなさいと言われた。医者にそうまで言われては、そうするしかないと思い、抑える事なく常に感じ取り続けていたが.......まさか箒の波長まで分かるとは思わなかった。

 

「久しぶりだな、箒。ポニーテールは相変わらず、か」

 

「――!分かるのか、万掌。そういうお前は随分と背が伸びたな、声も低くなり凛々しくなった様に見える」

 

「あ、箒ってやっぱり――」

 

「ちょ――」

 

「――あの箒だったんだ!」

 

箒の方に顔を向け返事をすれば、6年前とは打って変わって成長した、幼馴染が居た。かつて、俺と一夏が通っていた剣術道場の娘にして、篠ノ之束の妹。本人はその事実を途轍もなく嫌っているが、まぁ仕方のない事だろう。束さんも束さんだ、アフターケアをせずに突如行方を晦ませ、妹の箒を大人たちの都合で振り回している。好感度も下がる所まで下がるというものだ。どこか剣呑そうな、白刃を思わせる鋭さを身に纏っていた箒だが、この6年の間でそれは更に研ぎ澄まされていた様だ。傍にいるだけでもやや気圧されるこの感じは箒の焦りと怒りが混じり合い、疲れ切っているが誰も信用できず、休むことさえままならない、といった様子だ。俺が箒との再会を言葉短めに祝えば、箒は気心知れた仲である俺に心を僅かに開いたのか、剣呑な雰囲気を僅かに潜めて、息を一つ零してから俺の身体的特徴の変化に戸惑いこそあれど、嬉しく思っている様だ。そして、その箒が一夏の知る箒であると分かった瞬間。俺は不味い、と思ったが既に一夏は言葉を発してしまった後だ。

 

一夏が俺の一音程度の発言で察してくれれば何とかなったのだが、既に対処は不可能。

 

「――まさか、貴様。いち......」

 

「ストップ、箒」

 

ぐ!?――!――!」

 

箒が気付いた瞬間、一夏がやっちゃった、と言わんばかりの表情で慌てて口を自分の手で押さえるが、それが逆に決め手になったようで探りを入れていた箒の表情が確信に変わり叫ぼうとしたところを、急いで俺が押さえて叫ばせない様にする。

 

「事情は、屋上で話す。誰にも聞かれたくはない」

 

「――」

 

返事をしようにも返事が出来ない、言いたげに箒が口を塞ぐ俺の手をペシペシと叩くので、退ける。

 

「ぷはっ......屋上だな、早く行くぞ」

 

「分かった。いやぁ、それにしてもお前がIS学園(ここ)に来てるなんてな。6年か?」

 

「――ああ、私も久々の再会で胸が躍っている。なぁ、一夏」

 

「うぇっ!?う、うん!」

 

箒に手早く済ませる旨を目線で伝え、敢えて少し大きめの声で久々の再会を祝っているムードを漂わせると、箒が棘のある含みを持って一夏を口撃した。一夏は急にやってきた殺人ライナーの剛速球トークに肝を冷やしながらなんとか相槌を打ち、俺たちの後を追いかけてくる。箒が先頭に立ち、不機嫌そうなオーラを隠す事なく周囲に漏らしながらズンズンと進んでいき、二歩遅れる形で俺がその後ろを付いて歩き、一夏が俺の手を取りつつ更に1歩遅れて追従する形となった。RPGかな?と、現実逃避気味にこれから訪れる当然の質問の返答をどうしようか悩んでいると、屋上へ続く道は存外に近かったようで、すぐに着いてしまった。

 

「で。――――どういうことだぁ万掌!!!なぜッ、んん......なぜ、一夏が女になっている......!」

 

屋上に着き、周囲に人が居ないこと確認して一呼吸置いた直後。耳が裂けんばかりの声量で箒が叫び、胸倉を掴んで持ち上げんばかりの勢いで締め上げてきた。しかし箒も怒りに呑まれ切っておらず、重要な部分は声を潜め、眉を吊り上げて睨みを利かせてくる。

 

「落ち着け、と言っても無理だろうな。分かるぞ、俺も酷く動揺した」

 

1年ほど前の、一夏が一夏ちゃんになり、俺に会いに来た日を思い返す。僅か1年前だが、あの時は随分と動揺したものだ。恥ずかしい事をいっぱい喋って黒歴史が数ページ追加されたものだと遠くを見ていると、箒はそんな事を聞きたいのではないと言わんばかりに掴んだままの胸倉を前後に激しく揺すり始めた。

 

「お前の同意など大した――ことではあるが、それ以上に!なぜ、んん、なぜ一夏が女になっているかについて、私は聞いているのだ......!」

 

「それについては」

 

「私......いや、俺が話すよ」

 

この話は、俺が伝えても意味はないだろうと思い、一夏にはまた辛い思いをさせてしまうが本人の口から伝えるべき話題であると判断し、一夏を指すと、一夏も察したのだろう、男の口調に意図的に戻して静かに話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そんな、ことが.......」

 

「うん、だから俺は――私になって、私は私のまま、女として生きていくことを決めました。最初はつらかったし、大変だったけど、万掌が支えてくれたから、気持ちは楽だったよ。変わったものはいっぱいあったけど、変わらない人も居てくれて。――色んな人に、助けられて、少しずつ変わっていって。そうして、今の私が、ここに居ます」

 

一夏は自分の胸に手をあて、目を閉じて、静かに微笑む。春風が髪を揺らし、桜の花弁が吹き上がり屋上に注ぐ。絵になる儚さを纏った華奢な少女が、今の一夏だ。箒には到底、受け入れ難い話かもしれないが、割り切るしかない。俺も、そうやって割り切って受け入れた身だからだ。だが、きっと俺と同じ様に割り切るために一悶着起こるだろうと察した。箒はそういう奴だ。納得できず、怒りに呑まれるかもしれない。今の雰囲気の箒なら、尚の事だろう。

 

「そんな......私は、私―――私、は......一体......どう、すれば」

 

「――箒」

 

「万、掌......」

 

呆然自失といった様子の箒は、屋上の落下防止柵を掴み、なんとか立ち上がったままの姿勢を維持していた。目は何処を見ているのか分からない程に虚ろで、影が射していた。俺が箒の名を呼べば、顔を力なく上げ、俺の名を呼び返し、手を伸ばしてきた。救いを求める様に。

 

「難しいと思うが、時間を掛けて、理解してあげてほしい。一夏も、悩んで......俺も、悩んだ。そして、俺と一夏は乗り越えた。だから箒も――――乗り越えてほしい」

 

伸ばされたその手に、一切触れる事無く。俺は箒の目を見て、自分の力で乗り越えろ、と突き放した。

 

「難しいなら、俺に言ってくれ。俺に出来る事なら、何でもしよう」

 

逃げ道を敢えて作らせて、俺は一夏の手を取って先に教室に戻る、と箒に告げてから屋上を後にする。あの箒なら、きっと用意した逃げ道に入ってくるはずだ。

 

「――ねぇ、万掌」

 

「どうした、一夏」

 

「......嫌な役やらせて、ごめんね」

 

「まだやると決まったワケじゃないだろ。箒も乗り越えられる。俺はそう信じてる」

 

「――そう、だね」

 

教室に戻るまでの廊下を歩いていると、一夏から謝罪を受けた。一夏も俺がやろうとしている事に気付いたのだろう、申し訳なさそうに眉を八の字に曲げて沈んでいる。それに対して俺は、箒が腐らず、乗り越えてくれる可能性を信じた。

 

一夏も、上辺だけは同意してくれた。

 

 

 

 

 

 



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6話

ニュータイプ特有の時を視て実体験するアレ

UCのOVA4話の砂漠を征くシーンすごい好きです

せっしーはちょろいので褒めればこんな感じやろ(今回)


「ISはその機動性、攻撃力、制圧力は過去の兵器を遙かに凌ぐ。そういった『兵器』の扱い方を知らずに動かせば、必ず事故が起きる。これはそういった事故を未然に防ぎ、減らす為の基礎知識と訓練だ。全員、理解できずとも覚えろ。覚えていればいつか理解できる」

 

兵器。ISは兵器。束さんが夢を叶える翼として作り上げたものが、兵器。何時の時代だってそうだ。人は、人の夢をすぐに踏み躙り――人を効率的に殺す殺人兵器に変える。飛行船も、航空機も、船も、馬だってそうだ。作物を刈り取る為の鎌や、畑を耕す為の鍬も。何もかもが、全て――

 

 

―――――――人を殺す―――――――

 

 

 

 

 

僅かに一瞬ではあったが、教室の光景は俺の知らない場所へ乖離していた。人が燃え盛る炎の灰に包まれながら朝焼けを背に、剣を鎧の隙間に突き刺した男の頭部を兜ごと圧し折る大剣が目の前を掠めていき、次に見た光景は広い野原にすり替わっていた。そこでは戦車が大きな唸り声にも似たエンジン音をけたたましく鳴り響かせて前進していき、それに合わせて大勢の人々が銃を持ち、殺意に満ちた目で突撃を敢行していく。ワインのコルクを適当に抜いた時のような軽い音が響き、地面が爆ぜた。それが砲撃だと気付いた時には、俺は海の上に立っていて、鼓膜が引き裂ける程の咆哮に思わず声を上げて蹲り、震えた。音のした方を見れば、先ほど見た戦車とは比べ物にならない程の巨大な砲門――艦砲が噴煙を上げており、先ほどの大爆音はこれから響いたのだと理解できた。そして、その上からバリバリと空気を引き裂きながら飛び回る航空機の一機が、プロペラを真下に向けて突っ込んで来ている事に気が付いた。胴体らしき部分には何か、小さな円筒形の物体が括り付けられていて、それが切り離され、ゆっくりと渦を巻く様に自分の真上に落ちてきて―――当たる。

 

 

 

スパァァアンッッッ!

 

 

そう思った瞬間、脳天に鋭く重い一撃が入り一気に現実へと引き戻された。

 

「あだぁっ!?」

 

「集中するのは構わんが、せめて講義の内容に集中しろ。此処にない物を見て、追いかけるのは止せ。追いかけても呑まれるだけだ、戻れなくなるぞ。いいな」

 

「――はい」

 

――今見た光景は、夢か、幻かと疑った。だが、辺りを見渡しても俺を笑う女子ばかりで、俺と同じ光景を見ていた人は一人も居ないのだと理解し、謎が深まった。千冬さんは何か知っているのか、俺が此処ではない何処かを追いかけてしまった事を咎め、警告を発してきた。やはり、何か知っているのだろうか。聞きたくなったが、聞くに聞けない雰囲気を発していた為に、訊ねることを断念した。

 

なんなんだ、これは。

 

ひどく鬱屈とした気分になり、吐き気と寂寥感に苛まれながら2限目と3限目の間にある準備時間に頭を抱えて机に顔を沈めていると、憎悪の感覚を宿らせた女子が隣に立っていることに気が付いた。

 

「ちょっとよろしくて?」

 

今来るのか、と誰にも見られない様に机の下で苦い顔を作りつつも顔を上げた時には素の表情に戻し、顔を声のした方へ向ける。そこに立っていたのは地毛が金髪の、鮮やかな女子であった。白人であろう、鼻は高く、透き通った美しいブルーの瞳を吊り上がらせて、俺を見ていた。髪の終わり際を見れば、僅かにロールしているそれを見て、ああ、お嬢様か、と察した。お嬢様だと分かれば、この高圧的な態度といい、いかにもな今時の女性であることは誰にでも理解できるだろう。

ここでいう今時の女性とは、男を奴隷、労働力としか見ない連中の事を指す。しかし、その顔をよく見れば。かのイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットその人であった。これは対応を間違えてはいけない、と何処となく察し、背筋を伸ばし胸を張って、上半身を僅かばかりセシリア嬢の方へ向けて粛然とした態度で返答をした。

 

「かのグレートブリテンの代表候補生が一人、セシリア・オルコットさんが私なんぞに何の御用でしょうか」

 

「――その話し方は気に入りませんわ。私を知っていることは当然としても、そのように媚びた言い方はお辞めなさい。今回は許します」

 

「そうか、すまないことをした。で、セシリア嬢。なぜ俺に声を?」

 

「あら、多少は私の気を良くする言葉遣いが出来ますのね。気に入りました。では堺さん、男というだけで世間一般に蔓延る情けない者たちと同列に扱ってしまった事を最初にお詫び申し上げます」

 

「その謝罪、確かに受け取った。しかし俺もそういう扱われ方をされるのには慣れている。余り気負う事ではない」

 

相手をどれほど尊大に見れば気を良くするのか、まずは牽制の意味を籠めてかなり謙った口調で勝負を仕掛ければ、セシリア嬢は先の態度とは裏腹に顔をきつく顰めて、俺の口調を非難し、普通に話せと申してきた。相手にそう言われたのであってはこの口調を維持する必要もなく、素の口調に戻して話に応じればセシリア嬢は俺の口調に気を良くしたらしく、その辺りに居る奴隷であることを受け入れた男たちと同じ様に見ていた事を謝罪した。セシリア嬢はかなり出来た人間の様だ。自分の非をこうも容易く受け入れ、それを謝罪するなど大人でも出来る人物は少ないだろう。纏っている憎悪も霧散している様だし、ジャブの意味で打った言葉がまさかの大当たりに入るとは思いもしなかった。俺自身、特に気にもしていなかったのでその旨を告げる。

 

「貴方が良くても私が気にしますのよ。世界で唯一の男性操縦者を侮辱したとあっては、ブリテンの名が泣きます」

 

「では、その謝罪を受けるが、要求したい物がある」

 

「――ええ、お聞き致します」

 

セシリア嬢は自らの感情に任せた失態で、イギリスの名を傷つけることは避けたいと思い、俺は特に気にしていないがセシリア嬢の気持ちを汲んで謝罪を受ける。が、どうせならと思い、一つ条件を付ける事にした。セシリア嬢は眉を一瞬震わせて怒りの感情を見せたが、すぐに引き込み俺の要求をとりあえず聞く事にしたようだ。

 

「かつての日英同盟の様に、貴女とは是非とも仲良くしたいと思っている。親友が紅茶を愛飲していてね、個人的にイギリスの紅茶文化を理解したいと思っているのだが、ここは日本だ。故に本場の味を知ろうとしても限界があり、困っていたんだ」

 

「まぁ!紅茶を嗜まれるご友人が居られますのね。そのご友人を大切にされるべきでしてよ。望んで欲しても、親しき人はそう容易く手に入る物ではありませんわ。そうですね、ご都合よろしい日に、私のハイ・ティーに同席されてもよろしくてよ?その際には本場の紅茶をお淹れいたしますわ」

 

「セシリア嬢自ら?」

 

「ご不満がお有りでして?」

 

「いや、まさか。その逆だ。故郷に居る旧友たちに自慢できる。是非ともご一緒させて頂きたい」

 

「まぁ、お上手ですこと」

 

「いや、まだ口下手でね。研鑽途中だよ」

 

一夏がよく紅茶を飲む様になったので、俺も紅茶を買い、様々なフレーバーを考案しては湯加減を調節したり、淹れ方や蒸らしの時間を考えては試し、考えては飲みを繰り返しているのだが、なかなかこれだ、という味に巡り合えずに困っていたのだ。それをセシリア嬢に相談した所、セシリア嬢は途端に笑顔になって両手を胸の前で合わせ、喜びの感情を露わにして、少々早口気味になりながらも近い内にお茶に同席するかを訊ねてきた。セシリア嬢のような美人が自ら淹れてくれるなど、願っても巡り合えない好機だっただろう。思わずセシリア嬢が自ら淹れるのか、と訊ねてしまい不満を買ったが、すぐに本心を吐露させるとまた気を良くした様で、口元を上品に掌で隠し、目尻を下げ自然に笑っている。その後しばらく会話に華を咲かせたが、予想以上に時間が過ぎるのが早かったみたいだ。

 

「貴方は随分と私を楽しませるのがお上手な様ですわね、紳士見習いさん」

 

「満足いただけたなら、俺の勉強も効果があったということだ。これからも励むよ」

 

「努力なされる殿方はたいへん素敵でしてよ。何か困った事があれば仰ってくださいな。私の協力できる範囲でお力添え致しますわ」

 

「ありがたい。貴女のような学友に巡り会えて、俺は幸運だ」

 

「本当にお上手。これ以上口説かれようものなら、私、絆されてしまうかもしれません。――あら、もうこんな時間。では堺さん、御機嫌よう、またお近い内に」

 

「ええ、また」

 

最初はどうなるかと思ったが、最後にはこれ以上ない程に気を良くして、スカートの端を摘んで礼をして帰っていくセシリア嬢を座ったまま見送るのは失礼だと思い、立ち上がって見送り、席に着くのを確認した所で俺も身体を向き直して席に着いた。

 

「バンショーってさ」

 

「うん?」

 

「女誑しの気でもあるの?」

 

「なんてことを言うんだお前は」

 

「だってぇ、あんなに楽しそうに喋ってたら、そりゃあ......うー!」

 

「そのうーうー言うのを止めなさい」

 

「うー!」

 

一夏がやけに不貞腐れた態度で俺の机に顎を乗せながら謂れも無い悪評を口にするので、抗議の意を唱えつつ、頬を膨らませて拗ねる一夏の頭をワシャワシャと撫でているとすぐにチャイムが鳴り、一夏は大慌てで席へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではこの時間は実践で使用する各種装備について説明する。と、その前に、アレがあったか」

 

千冬さんが教科書のページを捲ろうとしたところでその動きを止め、何かを思い出したように教科書を置いた。

 

「再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める。クラス代表とはそのままの意味だ。対抗戦への出場だけに限らず、生徒会の開く会議や委員会への出席など......まぁ、クラス長のようなものだ。ちなみにクラス対抗戦とは、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間は変更出来ないから、そのつもりでな」

 

クラスがざわざわと騒がしくなる。そりゃあ学級委員をやるやつ居るか、と言われて自分から手を挙げる日本人はそう多くはない。それにISに乗って戦うということを考えると、ここはオーソドックスにIS適正の高い人、もしくはセシリア嬢の様に代表候補生である人物を推すのが正解のはずだ。それだけで、勝利できる確率は跳ね上がる。セシリア嬢の性格を考えれば誰かが推薦するだけでやる気を滾らせることだろう。

 

「誰かやろうという気概のあるやつは居らんのか?自薦、他薦は問わんぞ」

 

「はい!堺くんを推薦します!」

 

「私もそれがいいと思います!」

 

「いや駄目でしょう」

 

「選ばれた以上拒否権はないぞ、堺。選ばれるなりの理由があるのだ、覚悟を決めろ」

 

余りにもあり得ない発言が出た事で俺は即座に否定するが、千冬さんは辞退を許してくれない。普通に考えれば俺でなく、セシリア嬢かIS適正の高い人を選ぶはずだ。

 

「でしたら俺はセシリア・オルコット嬢を推薦します。理由としては、彼女はイギリスの代表候補生であり、恐らくこのクラスの生徒だけで見ればISの累計起動時間は間違いなくトップでしょう。それに、国家代表候補生に選ばれるということはIS適正が高く、かつ秀才であるということ。それならばIS適正がCであり、起動時間も数十時間にしか満たない俺なんかよりもよっぽど適任だと思います」

 

「ふむ、セシリア・オルコットも推薦、か。他に誰か居ないか?」

 

「――はい!私は織斑一夏さんを推薦します!」

 

「えぇっ、私ぃ!?」

 

「織斑一夏、と。他!」

 

俺は至極全うな理由を述べて訴えるがセシリア嬢の名を挙げる者は少なく、逆に一夏の名前まで上がる始末だ。これは荒れるだろうな、と思いながらもっと自薦して対抗馬になってくれる人が出てきてくれないだろうかと祈るも、その願いは無慈悲に断ち切られた。

 

「ではこの三者でクラス代表の座を決める模擬戦を行ってもらう。異論は聞かん」

 

「いや聞いてくださいよ!」

 

千冬さんの締めの発言に、思わずツッコミを入れつつ立ち上がる。

 

「なんだ、何か言いたい事でも?」

 

千冬さんの俺を見る目が予想以上に冷たくて、たじろぐがそれ以上に俺の意見を言いたい気持ちが強かった。

 

「ありますよ!なんで俺なんですか!常識的に考えれば、明らかに実力がはっきりとわかっているセシリア嬢や、IS適正の高い人を候補にするべきです!それに――」

 

「それに、なんだ」

 

「――俺は、争うのが、苦手......なので」

 

先程の幻視、でいいのだろうか。幻視した光景を思い返し、一人で気を沈め、細くなっていく声でなんとか伝えきる。

 

「知らん。ISに乗る以上、やらなければならん時がある。子供の我が儘が通る場所だとは思うな」

 

「やらなければならないのは、今じゃないでしょう!俺は降りると言っているんです!それを織斑先生、あなたが許していないだけだ!」

 

「えー、堺くんやらないの?」

 

「もしかして、怖かったりする?」

 

「やーん、高身長で筋肉質なのに草食系!かわいい!」

 

「――っ!このッ――」

 

人の気も知らないで、勝手な事ばかり――!握りしめた拳がギチギチと音を立てるのも気にせずに、抗議を続けようとしたがそれを止める人物が表れた。

 

「お止しなさい堺さん!みっともない!」

 

怒気で満ちた声で、机を思い切り叩いて立ち上がったのはセシリア嬢だった。

セシリア嬢の方に身体を向ければ、彼女は怒りで頬を朱に染め、目を吊り上げて荒々しい形相をつくっていた。

 

「事ここに至って、推薦者が辞退出来ないという仕組みは聊か古めかしさを感じざるを得ませんし、堺さんが遺憾に思う気持ちも理解できないものではありません。ですが推薦された以上、貴方にも何かしらの魅力があってのこと。それは物珍しさから来る好奇心と言うだけかもしれませんが、それでも貴方は選ばれたのです。ならば、話し合いで解決できる状況はとうに過ぎましてよ。あとは、戦って、勝った者に全て委ねるしかないですわ。――いいですか、堺さん。これは決闘でしてよ。貴方が私を重んじてくださる理性ある殿方であれば、正統な決闘を侮辱するような行為はしないと信じておりました」

 

「――セシリア嬢......」

 

「ですが!貴方のその態度はなんですか!理屈を捏ねて、逃げ回って!私を想ってではなく、ただ貴方が逃げたいが為に私を隠れ蓑に使うばかり!これ以上の侮辱を味わった事はありませんわ!――貴方それでも、男ですか!闘いなさい!私を立てた貴方の目は、理不尽に抗う者の目です!押し殺されて、黙っている貴方ではないでしょう!なぜ剣を取らないのです!抗いなさい!立ち向かいなさい!言いたい事があるのなら、勝者となってから幾らでも言いなさいな!私が認めた貴方は闘いもせず、逃げる事しか出来ない臆病者で、貴方と友人でありたいと想った私の目は節穴だったのかしら!」

 

 

「――――――私と闘いなさい!堺万掌!」

 

 

セシリア嬢が、息を吸い直す声だけが響き渡る静寂が生まれた。

 

 

――俺は。

 

握り締めた拳が、胸の位置にまで持ち上がっていることに気付き、かっとなった事を静かに恥じて、自分の胸に手を広げて、置く。

 

 

セシリア嬢の叱咤激励が、心を撃ち抜いた。真っ直ぐな、飾り気のない本心から放たれた言葉が突き刺さった。そこで、俺は自分の醜さに震えた。セシリア嬢を言い訳にして、自分が戦うことを避けた事実を突きつけられ、臆病者と罵られて。上品な口調を崩さないセシリア嬢が、

 

 

 

 

 

こうまで奮い立たせてくれているのに、立ち上がらない訳には行かなかった。

 

 

 

 

息を大きく吸って、腹の底から声を張り上げる。

 

「セシリア嬢、申し訳ない。俺は、貴女を盾に逃げてしまった。許されることではないし、謝罪したところでこの謝罪に意味がない。故に行動で示させて頂く」

 

「――どのように?」

 

 

 

セシリア嬢の、深い碧色の、透き通る瞳を裏切らない様に。

 

 

 

「――――――剣を!」

 

 

 

白い手袋は持っていなかった為、セシリア嬢の足下目掛けてハンカチを、吠えながら投げつけた。

 

 

 

「良いお言葉でしてよ、堺さん――――グレートブリテン及び北アイルランド連合王国、国家代表候補生が一人、セシリア・オルコット!この決闘、受けて立ちますわ!」

 

 

 

セシリア嬢は、投げつけたハンカチの意味を理解し、毅然とした表情のまま優雅に拾い上げる。

 

 

 

それで、決闘が成立した。

 

 

 

「――よし、話は纏まったようだな。模擬戦は一週間後の月曜、放課後に行う。織斑、堺、オルコットの3名はそれぞれ準備しておくように。場所は第3アリーナだ。覚えておけよ」

 

ぱん、と千冬さんが手を叩いて話を纏め上げた。

 

 

 

俺とセシリア嬢は、互いの目を睨みつけたまま、静かに席に着いた。

 

 

 

 




イギリス人てこれくらい言いそうな感じする(偏見)


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7話

UA伸びてる...めっちゃ伸びてるやん...



多分一夏のことを他の人が少しでも負担してれば千冬さんもこれくらいの余裕が出来るんじゃないかと思って書いてます(今更ぁ)


いちかわいいを与えられているのだろうか......


 

セシリア嬢に激励を貰い高揚し、決闘を申し出たその日の放課後。

 

「はぁ......自分が嫌になる」

 

「あ、あはは......私もまぁ、推薦されて飛び入りだったし......ていうか一応日本の国家代表候補生なんだけどなぁ......完全にバンショーとセシリアさんに話題食べられちゃってたよ.......はぁ」

 

一夏を寮の部屋まで送っている途中、俺が落ち込んだまま自分の浅慮具合に嫌気が差して自嘲していると、全くの蚊帳の外から火中の栗になった一夏は俺を励まそうと話をするが、かえってそれが逆効果だったようで織斑の苗字を持ち国家代表候補生でありながら全く話題に昇らなかったことを喜んでいいのか、嘆けばいいのか分からないといった表情で肩を落としている。

 

二人して溜息を吐きながら歩いていると、俺たちを呼ぶ声が後ろから微かに聞こえてきて足を止める。

 

「バンショー?」

 

「誰かが呼んでる」

 

「え?あ、山田先生じゃない?ほら、アレ」

 

不意に足を止めた俺に疑問を抱いた一夏が、俺の顔を覗きこみながら心配そうに名を呼ぶ。それに対し、自分の背後に身体を向けながら声がした旨を伝えると、一夏は俺の前から横へ移動し、俺たちを呼んだ人物の名前をあげる。一夏が指を指しながら言うものだから、手を掴んで下げさせつつ振り返り終わると、確かにあの髪色と格好は山田先生のものであった。

 

「よかった、お二人とも居たんですね」

 

少しだけ肩で息をしながら呼吸を整える山田先生を見て、この広い学園内を捜し歩かせてしまったか、と申し訳ない気持ちになる。ある程度、山田先生の呼吸が落ち着いてきたところで俺たちを探し回っていた件についての催促をすることにした。

 

「山田先生、どうかしたんですか」

 

「えっとですね、堺くんの寮の部屋割りが決まりまして」

 

「......?一週間は自宅からの通学になると伺っていましたし、それで此方も納得して折り合いをつけたはずですが」

 

「はい、そうなんですけどね、事情が変わったんです」

 

「事情が」

 

「はい。堺くん、オルコットさんと一週間後に模擬戦をする約束を取り付けたでしょう?」

 

「あっ、あれはですね」

 

「ここだけの話なんですけど、織斑先生、結構きつく言っちゃったこと気にしてるみたいでして、政府に意見具申して監視と保護の名目で寮の部屋割りを無理矢理――――」

 

「随分と近い距離で長話をしているな、山田先生」

 

「わっひゃぁ!?お、織斑先生......」

 

山田先生が走り回って俺を探していた理由は、俺に寮の部屋が割り振られた事に起因するものだった。だが俺は前もって学園側と話を進めた結果、寮の部屋を即時変更することは出来ない為、一週間ほどは自宅からの通学をしてもらい、一週間後には個室を用意する旨を伝えられ互いに納得していたはずだ。その疑問を投げかければ、セシリア嬢と俺が模擬戦を1週間後に控える身となったことを挙げられ、言い訳をして逃げていた自分を自嘲したばかりだった俺は不意の話題に面食らって固まってしまう。ここだけの話、と言いながら思春期の男子には聊か、いや普通に近すぎる距離で内緒話をする様に耳に口を寄せ、囁く山田先生の態度に緊張しながらも、なるべく表情に出すまいと思って目線を一夏の方に向けると、頬をこれでもかと言わんばかりに膨らませた一夏が抗議の目を向けていた。反論したい気持ちになったが山田先生の話を聞くのが最優先である為に何も言い訳は出来なかった。話だけはしっかりと聴いていたが、どうやら千冬さんも俺の事を案じていてくれたようで、俺の知らぬ所で手を回していてくれたようだ。最も、全て言い切る前に僅かに頬を朱に染めた千冬さんが山田先生に追いつき俺との距離を叱りつけたことで、話を最後まで聞く事は出来なかったわけだが。照れている千冬さんを見るのは本当に久しぶりだと思い、千冬さんを見れば、息を少し漏らした後にいつも通りの鉄仮面に戻ったようで、話を続けてきた。

 

「昼休憩の空き時間を利用したIS知識の予習・復習に加え、早朝と、それと放課後から就寝時間までの自由時間がある寮生活の方が何かと便利だろうと思ってな。勝手にやらせて貰った。荷物はお前の母親が纏めてくれたものだ。生活必需品の、着替えと充電器のコンセントをとりあえず入れておいたらしい。そら、中身を確認しておけよ。足りない物があれば、休日に外出届出を前もって提出し受理されたのを確認してから、取りに行くように」

 

「――――はい、ありがとうございます。千冬さん」

 

「織斑先生、だ」

 

「はい、織斑先生」

 

「......勝て、とは言わん。だが、精一杯の事はしろ。努力は報われるとは限らんが、努力を見ている者たちは居る。裏切るな。分かったか」

 

「はい」

 

千冬さんの不器用な優しさが確かに伝わった。気に掛けてもらえていた事が嬉しくて、つい名前で呼んでしまったが強い衝撃は感じず、労う様に肩を優しく叩き口元に小さな笑みを浮かべる千冬さんが、まだ公の態度を崩さずにいたのでこちらもそれに合わせておく。慈愛を僅かながらに感じさせる黒い瞳が、俺を映し出している。千冬さんに寮の部屋の鍵を渡され、激励の言葉を掛けられ、いよいよもって無様な闘いをするワケにはいかなくなった。

 

「あ、織斑先生、ちょっと照れてます?」

 

「んん、山田先生。そう言えば山田先生に頼みたい仕事が残っていたな。他にもまだまだあったかもしれません」

 

「え、え!?あ、ちょっと、織斑先生......あ、あーっ!堺くん、頑張ってくださいねー!」

 

山田先生が地雷原の上でタップダンスを踊り、見事に地雷を踏み抜いた。千冬さんが山田先生の肩を掴んで引き摺る様に連行していくのを見て一夏と二人で肝を冷やしていると、山田先生が声を張り上げて応援してくれた。姿が完全に見えなくなるまでその場で立ち止まっていると、腕に違和感を覚え、その違和感を見やれば、一夏が俺の制服の袖を摘んでいた。

 

「――――頑張ろうね、バンショー。私も、私に出来る事の全部、してあげるから」

 

「......ありがとう、一夏」

 

「気にしないで。私の復習も兼ねて、だから」

 

「お前も、俺も。頑張らないといけないってことだな」

 

「そうだよ」

 

手渡された鍵が、異様に重く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでバンショーの部屋番号っていくつなの?」

 

「1025」

 

「へー......てっ、え、ええええええ!?」

 

「うぉ、なんだよ急に。ビックリするだろ」

 

「い、1025!?」

 

「ちょ、近い近い。ほら、間違ってなきゃそうだろ。確認してくれ」

 

一夏に訊ねられた部屋番号を、鍵のプレートに貼られてあるフィルムに印刷された文字を読み上げて答える。すると最初は流していた一夏だったが、何か思い出したのか急に声を張り上げた。それに驚いて肩を竦ませて抗議の目を向けると、一夏は既に視線の先には居らず、目を前に戻すとそこには懐に潜り込んだ一夏が居て、精いっぱいの背伸びをしながら俺の顔ギリギリまで接近していた。目をキラキラと輝かせて(いる様に見える)鼻息をそこそこに荒げている一夏の態度に少し心臓が跳ね、一歩下がるが一夏が一歩前に出てくる事で相殺され距離を取れないと判断した俺は鍵を一夏の体よりも奥に差し出す事で距離を取ることに成功する。

 

「――――ほ、ほんとだ、1025!やったよバンショー!わーい!」

 

「何がそんなに嬉しいんだ」

 

「んー?んー!はい、これ!じゃじゃーん!」

 

一夏が鍵を引っ手繰って番号を確認すると、更に喜びの色を強めてその場でぴょんぴょんと跳ね始める。気疲れを起こした俺は無愛想気味に一夏の話を聞いてやれば、一夏は自分の鞄に手を突っ込んで、寮の鍵を取り出し、見せつけてきた。

 

「――――1025」

 

揺れるプレートに貼られたフィルムは、俺が渡された鍵に印刷されていた部屋番号と同じ文字が記されていた。

 

「同室だね、バンショー!よろしく!」

 

心底嬉しそうに笑う一夏を見て、俺は廊下の天井を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっだいまー!」

 

「おかえり、ただいま」

 

「おっかえりー!」

 

「楽しいか?これ」

 

「もう最高だよ!クラスも部屋も、ずっと一緒だよバンショー!ねぇベッドどっち使う?私出来れば窓際がいい!」

 

「落ち着け、テンション上がりっぱなしの犬じゃないんだから。俺は壁際の方でいいよ」

 

「あ、制服脱ぐ?貸して、ハンガーに掛けるから。ネクタイもそんな雑にしないの」

 

一夏が先頭に立ち、部屋に入るなり帰宅を告げる挨拶をするのでノリを合わせて挨拶を返し、此方も帰宅を告げる旨を言うと、一夏もそれを拾った。やっていて楽しいかと訊ねれば、それはそれは満面の笑みで最高だと返す一夏に毒気が抜かれ、テンションのギアを勝手に上げていく一夏に苦笑しつつ何方のベッドを使うかを決め、俺が使うことになった壁際のベッドに制服を脱いで放り投げようとすると、一夏はそれを制して俺の制服をハンガーに掛けて吊るした。ネクタイを緩めて外し、寝台の傍に雑に置いたら一夏がそれを咎めて持っていき、ハンガーに掛かった制服の襟にネクタイを乗せる。

 

「出来た嫁だな」

 

「いやぁそれほどでも。――じゃなくてぇ!何でもかんでも床に置いたりその辺に放置したりしないの!子供じゃないんだから、もう」

 

「掃除や整理整頓はあまり得意じゃなくてな」

 

「やらないだけでしょー。ほんとにもー......ぶー」

 

「悪い悪い、今度から気を付けるよ」

 

「その台詞は去年で聞き飽きましたー」

 

一夏の徹底ぶりに、思わず口から出てきた言葉に破顔一笑した一夏は少し照れてから、俺の私生活のだらしなさを知っているためそれを引き合いにして説教を始めてきた。それに対していつも通りの言い訳をしつつ一夏の柔らかな頬をぐにぐにと弄ってご機嫌取りをすると、少しずつ気を良くしているのか、何度も交わしたお決まりのやり取りとも言える言葉を交わしあって、この話題を終わりにした。

 

「夕飯は六時から七時、寮の一年生用食堂を使うんだって。お風呂は大浴場があるけど――――バンショーは部屋のシャワーで我慢だね」

 

「いいなぁ大浴場、俺もたまにはデカい風呂に入りたいもんだ」

 

「女の子になれば入れるよ!」

 

「すっげー自虐ネタ。笑える?」

 

「――うん、今は笑って言える」

 

「......そっか」

 

「うん!えへへ......あったかいね、バンショーの手」

 

新入生用に配られたパンフレットを見ながら、一夏が夕飯の時間と食堂の位置情報を共有する為に地図を見せてきて、それを見ながら頭の中に叩き込んでいると女子は大浴場を使えるが俺は使えないのでシャワー室で我慢することになると一夏に言われる。大浴場というわけではないが、大きな風呂に入りたいと愚痴を零せば、一夏がとんでもない自虐ネタを突っ込んでくるのでお前それジョークで言ってる?という聞き方で返せば、少し溜めたあと、一夏はしっかりと笑って返した。俺はそれを見て、それ以上は何も言わず、手を一夏の頭に乗せて髪の感触を確かめながら優しく撫でてやると、一夏は嬉しさと恥ずかしさを含んだ笑みを浮かべながら目を伏せてされるがままになった。思えば、学園に来てから、リラックスした素の口調に近い話し方をしたのは、これが最初かもしれない。やはり、一夏と二人で居る時が一番楽なのだろう。千冬さんは、俺のことを考慮した上で一夏と同室にしてくれたのかもしれない。そう思うと、教室で強く言ってしまったことを後悔した。本当に俺は、まだまだ底の浅い人間だ。

 

「これからだよ、万掌」

 

「――ああ」

 

「これから、少しずつ。頑張ろうね」

 

「......ああ」

 

頭を撫でる手が止まった理由を、何処となく察した一夏は撫でられていた状態から脱し、俺の肩に片手を置いて支えにしてから、精一杯の背伸びをして頭を撫でてくれた。その心地良さに、目を瞑り、力が抜け――ベッドに腰を沈めてしまった。それでも、一夏はそれ以上は言わず、ただ静かに、頭を撫で続けてくれた。

 

 

 

今日だけで、色々な人に励まされたが、どれもこれも気を張るものばかりで。

 

 

一夏の掌がくれた熱だけが、俺の心を解かしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一夏

 

 

 

 

「......よっぽど、疲れたんだね。万掌」

 

ベッドに腰を沈めた想い人は、私に頭を差し出したまま、されるがままといった様子で撫でられ続け――寝息を上げ始めた。

 

「ふふ、こうしてると可愛いなぁ......眉間の皺もないし、眉も吊り上がってない」

 

起こさないように静かに、ベッドに上半身を沈めさせてから、布団を引き抜いて掛けてあげる。その時に見た万掌の寝顔は、ここ数カ月の間で一度も見た事がない、穏やかなものだった。

 

「お疲れ様、万掌。明日から、頑張ろうね」

 

万掌の髪を撫でながら、私は暫く万掌の顔を眺めていた。

 

そのおかげで、危うく夕飯を取り損ねてしまうところだったが。

 

 

 

 



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8話

おかしいな、プロットではそろそろせっしーと闘ってるはずなのに闘うどころかランチ食いに行ってるぞこいつら




こんな進行速度で福音戦までやれるかな......プロットぺらっぺらなのにどういうことなの

誤字脱字多いので気付いたら修正していますが節穴モノアイなので見落とし等多々あると思います(ザクⅠ)


「何で起こしてくれなかったんだよ......」

 

「だってあんまり気持ちよさそうに寝てたから......起こすのは悪いかなぁって」

 

 

 

 

波乱の入学式の翌日。

 

こんな話を切り出した理由は、日付が変わってから3時間と少し経った所まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日は部屋に着いてからすぐに寝てしまった俺はIS学園の夕食を取り損ねたまま、朝の3時に目を覚ました。空腹を訴える腹を満たそうと食堂に行こうかと思ったが携帯に表示される03:12の文字を見て携帯をベッドに放り投げ、静かに寝息を立てる一夏を起こさない様に部屋を探ると、テーブルの上にラップを掛けた状態の和食セットとメモ用紙が置いてあった。

 

「『万掌へ。よく寝ているので起こすのは気が引けたので食堂で貰って来た和食セットを置いておきます。冷めているかもしれないけど食べてください 一夏より』――か」

 

俺はすぐにメモをテーブルに備え付けてられているスタンドライトで照らしながら読んで、一夏の気遣いに感謝しつつラップを剥がして、静かに食事を摂った。

 

「味噌汁が冷てぇ......」

 

せめて暖かい汁物を飲みたかったが、それは今日の朝食に取っておくことにして、手早く食べ終えてからすぐにジャージに着替え、自室を後にする。

 

時間にしておよそ7時間。十分すぎる睡眠時間を得た俺は眠気など存在せず、自室で筋トレでもしようかと思ったが一夏を起こしてしまうのは申し訳なかったので、こうして日も昇っていない真っ暗なグラウンドに立っている。時間だけはあるのをいいことに柔軟と準備運動にたっぷり1時間ほど掛けて身体を温めきってから、グラウンドを走ることにした。走る距離も大切だが、それよりもフォームを重視し呼吸法も意識して走る。長距離を走って身体を馴染ませ、中距離を走る有酸素運動と短距離を走る無酸素運動を交互に何セットか繰り返した後、再び長距離を走って崩れたフォームを修正し息を整える。それをひたすら繰り返し、日が昇り始めたところで汗を吸ったジャージが気持ち悪くなったので脱ぎ、グラウンドから離れた位置に移動してから地面に置いて、その場で筋トレを開始する。このタイミングでちらほらと他の生徒たちも運動着や部活動の練習着を着た状態でやってきて各々で集まったり、部活動の仲間で固まり始めているようだ。

 

「あ、やっぱり堺くんだ。おはよう、早いね」

 

「わ、わ。本当だ、お、おはよう」

 

その中で、俺に近付いて挨拶をしてくる女子が2人居た。

 

「ん、ああ、おはよう。確か、相川さんと、鏡さん......だよな?」

 

「名前覚えててくれたんだ!嬉しいなぁ」

 

「うん、あってるよ」

 

この二人は、同じ一年一組の生徒で自己紹介は俺よりも前にしていたのでよく覚えている。相川さんは中学の頃ハンドボール部に所属していて、こっちでもハンドボール部に入りたいと言っていた。フルネームは相川清香だったと思う。ジョギングやスポーツ観戦が趣味の、スポーツ好きの女子だ。

 

こっちの鏡さんは、鏡ナギと言っていたはず。中学では陸上部に所属していて、相川さんと同様にこっちでも陸上部に入りたいと言っていた。黒いロングヘア―に赤いヘアピンを付けているのが特徴だ。実家が寿司屋だとかなんとか。

 

「それにしても、随分と汗かいてるけど何時から居たの?」

 

「ああ、昨日夕飯を取る前に気疲れしてたみたいでな。部屋に着いたらそのまま寝ちまったんだ。で、起きたら朝の3時過ぎでさ。眠くもないから身体を動かしに来た」

 

「3時!?」

 

「今日だけだよ。毎日やってたら逆に体調不良になる」

 

筋トレを中断して、手に着いた土汚れを払おうかと考えたが女子の前で砂埃を立てるのも申し訳ないと思い、そのままに会話を続ける。

 

「ふぅん、それにしても――――良い身体付きですなぁ、ぐへへ」

 

「ぐ、ぐへへ?」

 

「反応に困るんだけど、喜べばいいのか?」

 

タンクトップ姿で、露出する肌に玉のような汗を浮かべる俺を天辺から爪先までじっくりと見た相川さんは女子が発していいものではない音を口にして鏡さんに引かれている。俺も素直に喜べばいいのか悩んでしまった。

 

「中学の頃はスポーツとかしてたの?」

 

「いや、国際交流活動部に入ってた」

 

「それは何をする部活なの?」

 

「一応の部活動の目的は、世界各地の人々の文化形体とか、色んな国の色んな人の習慣とか、伝統文化みたいな奴を世界各国の学校の生徒と交流したりする、って感じだったかな」

 

「へー!堺くんはその部活で外国とか行ったの?」

 

「残念だけど、今はデジタル通信が発達したからさ。だいたいの交流は全部ネットの通話でやり取り。昔はホームステイみたいな事もしてたみたいだけど、部員が少なすぎてうちの学校じゃやらなかったかな」

 

「そっかぁ。それは残念だったね」

 

「ああ。それで、相川さんたちは何しにグラウンドに?」

 

「私たち、毎日朝練をするつもりだから」

 

「ああ、そうか。運動部に入りたいって言ってたしな。じゃあ、あまり引き留めない方が良かったかな」

 

「ううん、全然。堺くんは毎日来るの?」

 

「出来る限りそうしたいと思ってるし、やる気もある」

 

「そっかそっか。あ、そろそろ練習始めるみたいだから、この辺りで。またあとでね!」

 

「またね堺くん!朝ご飯一緒に食べようねー!」

 

「一夏も一緒だけど、それでいいならー!」

 

「いーよー!」

 

駆け足気味に離れていく相川さんたちが途中で振り返り、朝食を共に摂ろうと言ってくれたので一夏も一緒で良いなら行く、と返すと許諾されたので、朝食は相川さんたちと共に摂ることに決めた。

 

「俺も、もう少し動かすか」

 

話していた間に、少し冷えてしまった身体を温める為に運動部のジョギングからやや離れた後方に付いて、一緒にジョギングを行った。

 

「ねーねー、君が噂の男性操縦者?」

 

「俺以外に男がいなければ、俺の事だと思いますよ」

 

「身長高いねー、どれくらいあるの?」

 

「去年の身体測定では、180.8cm。今はもう少し伸びてるかと」

 

「わーおっきー!じゃあ、体重は?」

 

「そっちは毎日計ってます。今朝はまだですが、昨日は73.6kgでした」

 

「筋肉すごいねー、鍛えてるの?」

 

「ええ、まぁ」

 

はずだったのが。何時の間にかジョギングをしていた運動部の先輩方に囲まれて、質問攻めにあっていた。しかもペースを上げても平然と付いて来る上に、話していても息が上がらないのだから大したものだと驚愕する。

 

「いきなり代表候補生に啖呵切ったって聞いたけど本当?」

 

「まぁ、事実はそんな感じでしょうね」

 

「ISの動かし方分かる?あれだったら、教えてあげようか?」

 

「相手の情報も、調べるだけ調べておこうか?」

 

「結構です。先輩たちのご厚意はありがたく思いますが、まずは自分の力でやれるだけの事をして挑みたいので。気持ちだけ受け取らせて頂きます。そろそろお邪魔でしょうし、自分はこの辺りで失礼します」

 

親切心に俺とまた会話する理由を作りたいという欲を巧い具合に隠した声を、立ち止まって切り伏せる。ありがたく思うけど邪魔しないでくれ、と強い口調で言いきって立ち去る。これ以上は付き合う理由もないだろう。

タオルを地面に畳んで置いたジャージのポケットから引き抜いて、汗を拭ってからペットボトルに入れた水を飲み柔軟を始める。しかし、ISの操作練習の申し出は受けても良かったかもしれない、と先程言い切った自分の言葉を恨めしく思い始める。本当に悔しいが、俺のIS適正はC。断るには早計だったかもしれないが、それでも自分の力でセシリア嬢に臨みたいという気持ちも嘘ではなかった。

 

ただ、ISもISで訓練機の申請には1週間ばかり掛かってしまうと言われ、千冬さんからは専用機が届くからそれを待て、と言われる始末。何時来るのか分からない物を待ち続けるなど、あまりしたくはなかったがこればかりは俺の意思が動く部分は無く、結局受け入れるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、柔軟も終わらせて部屋に帰ってからシャワーを浴びて着替えたところで一夏が目を覚まし、俺と入れ替わる形でシャワーを浴びに行った。一夏が着替えるというので先に着替えを済ませていた俺は廊下で待ち、一夏と合流してから寮の廊下で相川さんと鏡さん、それと布仏さんたちと待ち合わせを果たし、5名で食堂の一角のコ字型のテーブルを独占する形で食事を摂ることになり――冒頭へ至る。

 

熱めの味噌汁に焼き立ての鮭はこれ程までに美味い物だったのか、と思うと是非とも昨日の夜も焼き上がったばかりの鮭に、椀にまで伝わる熱を確かめながら湯気の昇る味噌汁を飲みたいと思ってしまう。それ故に起こしてくれなかった一夏をチクチクと刺すように愚痴を零すと、一夏は照れ笑いを浮かべつつ受け流すばかり。

 

「いつまで食ってる!食事は迅速に効率良く取れ!遅刻した者にはグラウンドを10周させる罰を与えるぞ!」

 

なんでそこで照れ笑いなんだよ、と追及しようとしたところで千冬さんがカウントダウン宣言をするものだから、全員が慌てて食事を流し込む様に食べ始める。俺も、その内の一人だった。

 

ISの訓練をどうにかしなければと思うも手段が見つからず、八方塞がりでなんとかなるかという軽い気持ちではとてもじゃないが望めない。今日の放課後にでも、千冬さんに相談してみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2限目。

 

「ということで、ISにも意識に似たようなものがあり、お互いの対話――一緒に過ごしていく内に分かり合うものなんです。操縦時間の長さに比例して、ISも操縦者の特性を理解するということなんですね。それにより、操縦者はISを、ISは操縦者を互いに理解しあって、より性能を引き出す事が出来るようになります。これはISに携わる上で最も重要かつ、最も基本的なことですからね、しっかり覚えていてください」

 

山田先生が、この時間の授業の〆にかなりタメになることを話してくれた。ISを理解しようとすれば、ISも応えてくれるのだろうか。可能性はあるはずだ。

 

「次の時間では空中におけるIS基本制動をやりますからね」

 

山田先生が教室から出ていったのを皮切りに、クラスの女子が一斉に俺の机の周りに集まり始める。その中には布仏さんに、相川さん、鏡さんの姿も見受けられた。

 

「ねぇねぇ堺くん!」

 

「しつもーん!しっつもーん!」

 

「お昼は空いてる?放課後ヒマ?夜時間ある?」

 

一気に騒がしくなった俺の周りで、人の好奇心が木霊する。余りに重なって聞こえる声に顔を顰めて片耳を抑えつつ通る声で言い返す。

 

「悪いけど、質問は一人ずつ順番にしてくれ。耳が痛い」

 

「あ、じゃあ私から!好きな食べ物はなんですか!」

 

「味噌汁」

 

「次、私!彼女いますか!いたことはありますか!これから作る予定は?」

 

「いない、いない、ない」

 

「ワンチャンありってこと?私狙ってもいい?」

 

「俺が君を好きになる可能性も0じゃない、とだけ」

 

『きゃあああー!』

 

よくもまぁここまで騒げるものだと感心しつつ小さく返事を返していくと、俺の何を気に入ったか知らないが、俺をパートナーとして狙ってもいいか、と訊く女子の質問に可能性は0じゃないと答えると一気にクラスが沸いた。

 

「休み時間は終わりだ小娘ども。そら、散れ散れ。また次の休み時間にでも続きをしろ」

 

ぱんぱん、と千冬さんが手を叩きながら入ってくる。それと同時に蜘蛛の子を散らす勢いで俺の席に群がっていた女子たちが帰っていった。

 

「堺、お前宛てに用意されていた専用機だがな、少しトラブルが起きて届く機体が変わった。それに合わせて到着も遅れるだろう。最悪の場合は訓練機でオルコットとやり合う事になるかもしれん。どうする、いざという時は日を改めるか?」

 

「いえ、その時はその時です。訓練機だろうと、やってみせます」

 

「いい返事だ。学園側でもなるべく急がせよう」

 

トラブルで俺の乗る機体が変わったという旨を千冬さんから伝えられ、最悪の場合は訓練機でセシリア嬢と模擬戦を行うこともあり得るかもしれないと言われる。それに対し俺は、訓練機だろうとISを動かせていないのだから習熟はそう変わらない、という意味で訓練機でもやってみせる、と言い切った。どっちみちギリギリまでISに乗れないことが分かったのだし、それならいっそ割り切ってしまった方が悩む必要はなくなるというものだ。

 

「専用機......一年の、この時期に?」

 

「しかも、堺くんの反応からしてもっと前から予定されてたってこと?」

 

「つまり政府の支援があるってことで......」

 

「いいなぁ」

 

クラスの女子の反応は様々だが、IS関連に関する受け止め方は完全に俺とは異なっているようだ。それに関して思う事はあれど、口にはしない。まだ、それを口に出来るほどの立場を得ていないからだ。ならば今は黙して伏せるべきだろう。

 

「あ、あの。織斑先生。ずっと気になっていたことなんですが、篠ノ之さんってもしかして――――篠ノ之博士の関係者、なんでしょうか」

 

まぁ篠ノ之という苗字はそう多くない。それに、IS学園に居ればいつかバレてしまうものだろう。だが、タイミングが悪すぎる。

 

「そうだ、篠ノ之はあいつの妹だ」

 

あ。

 

千冬さんが、地雷を踏んだ。

 

「え、えええーっ!このクラス、IS関係の有名人の身内が、二人も居る!」

 

「ねえねえ、篠ノ之博士ってどんな人?やっぱり天才だったりする?」

 

「篠ノ之さんも天才だったりして!ねぇ、今度ISの操縦、教えてよ!」

 

不味い。止めようと立ち上がるが、それより先に箒が限界を迎えるのが先だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――私を、あの人とッ!

比較するなぁあああッッッッッ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

声に、怒りの赤が焼き付いていた。箒の発した言葉は、まるで熱した鉄のように、眩い赤が脈打っていた。言葉に色がついて見えるなど、ありえないと思うだろう。現に俺も初めてみたそれに目を見開いてしまった。

 

余りに強烈な怒気に、群がっていた生徒たちは一斉に黙り――教室の空気が死んだ。

 

 

 

「はっ――――はぁ、はっ......大声を、出して......すまない。ただ、ただ――――私は、あの人とは関係ないんだ。私は、あの人じゃない......教えられることは、何も、何もないんだ」

 

盛り上がっていた所に、冷や水をぶちまけられた女子たちだったが、箒のあまりの気迫に臆したらしく、触らぬ神に祟りなしといった様子で席に戻っていった。この一件で、箒に束さんの話を持ち掛けるのはタブーであると知れ渡り、以後は誰も箒に束さんの事を聞く者はいなかった。

 

「よし。授業を始めるぞ。山田先生、号令を」

 

「は、はひっ!」

 

いつもとは違う静けさの中で、授業は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏」

 

「分かってる、箒のことだよね。でも、今の私が行っても逆効果じゃない?」

 

「それでも、だ。お前が行く事に意味がある」

 

「―――そう。どっちでいけばいい?私?俺?」

 

「今のお前でいい。割り切らせるには、それしかない」

 

「ん、分かった」

 

昼休みに入ると同時に、近付いてきた一夏に箒のガス抜きを任せる。一夏も察していたようで、話し合いは予想以上にスムーズに終わった。これで箒は、俺に感情の矛先を向けるようになるはず。あとは、その感情をどのように乗り越えるのか、だ。俺の予想では、一波乱あるだろうと踏んでいる。俺と一夏も、飾らない言葉をぶつけあって、少しずつ解消しあって、納得した身だ。そんなすぐに解決できる問題だとは思ってない。だから箒がどのような理由であれ俺に助けを乞えば、俺はそれに応じるつもりだ。一夏も、きっとそれを解ってる。解った上で何も言わないのだから、信頼されているのだろう。裏切るワケにはいかない。

 

 

 

そうして、一夏が箒を無理矢理連れ出して教室を出ていった後、セシリア嬢が俺の席へやってきた。

 

「堺さん、よろしかったので?私は別に、延期されてもよろしくてよ」

 

「セシリア嬢、あまり困らせないでほしい。そもそも男が女性を待たせるのはマナー違反だろうに」

 

「それでつまらない闘いをされては、期待した分の損失が大きくなります。茶葉を寝かせることで紅茶の葉が出来るように、待っていた方が良い場合というのもありますわ」

 

セシリア嬢は、開口一番に俺の現状を案じてきた。やはり出来た女性だと感心させられる。あれほどの啖呵を切り合った間柄であるのに普段通りに接してくれるとは。心の広さが違うと実感させられ、俺もそれほどまでに広い心を持ちたいと思ってしまう。

しかもセシリア嬢は、模擬戦の日時を変更してもいい、つまり俺の専用機が届くまで待ってもいいと申し出てきたのだ。だが、流石にそれは悪い。俺にも男の意地というものがあり、それを悟らせない様に女性を待たせるのはマナー違反だとよくある言葉を使うが、それに対しセシリア嬢は茶葉を発酵させることで紅茶になる様に、待つのは悪い事ではないのだと反論してきた。これにはさすがに返す言葉がなく、言葉を詰まらせてしまった。

 

「どうなさいますの?今なら私も時間の余裕がありますので、織斑先生へ決闘の日時延期の嘆願にお力添え致しますが」

 

「――――いや、大丈夫だ。どんな機体であろうと、セシリア嬢を裏切るような無様は晒さない。それに、織斑先生もかなり無茶なスケジュールを組んでいるようだしな。俺一人の都合で大勢の人に迷惑を掛けるのはいただけないだろう」

 

「真面目ですのね。もう少し臆病さが抜ければ、その凛々しいお顔も勇ましく見えましてよ」

 

「セ、セリシア嬢...!」

 

「あら、少々悪戯が過ぎたかしら。ふふ、申し訳ありませんわ、堺さん」

 

セシリア嬢は俺が決闘日時の変更を望めば、共に千冬さんの下へ赴いて頼んでくれるとまで言うが、そこまでしてもらうわけにはいかない。だから俺はより強い口調で、千冬さんの都合と、大勢の人と有耶無耶の大多数も巻き込んでセシリア嬢への返答とした。また言い訳染みたな、と思って口を軽くへの字に曲げて反省していると、セシリア嬢は俺の反省している表情を凛々しい顔だと言った上で、昨日のことも絡めてだろう、「利用するなら堂々としていろ、そうすれば良い顔になる」と煽ってきた。これに根負けして、勘弁してくれと言おうとしたところでセシリア嬢が俺の眼前に人差し指を出して言葉を制した後、謝罪をしてきた。レスバトルで勝てる気がしない。

 

「さて、会話も楽しめたことですし、堺さんも日時の変更を申し出る気もないとの事でしたので」

 

「―――?」

 

「堺さん、ランチをご一緒に。いかがですか?」

 

「――――大変失礼をした。是非とも、ご一緒に。そして、許されるのであれば、次は俺から誘わせてほしい」

 

「あら、もう次を予定されるおつもりかしら?せっかちなお方ですのね。ふふふ。ええ、ええ、冗談です。ああ、もう。そんな顔をなさらないで。でも、そうですわね――――それは、これから私が見て、私が決めることでしてよ」

 

「セシリア嬢。急ぎ過ぎたと自覚はしているが、もう少し手心を加えてほしい。貴女と話しているとつい気持ちが急いてしまう」

 

「焦る必要はありませんわ。貴方が私と決別しない限り、時間は有限であれど、無限に存在しますもの」

 

「たしかに、その通りだ。――――しかし、ランチタイムは間違いなく、今の俺たちが共有する時間の中で、最も限られた物だ。お手を、レディ」

 

「......まぁ。――――うふふ、エスコートをお願いしますわ、ジェントルマン」

 

「お任せを」

 

セシリア嬢が持ち掛けてきた話の本題は、ランチの誘いだった。これはやってしまった。軽いノリを交わせる相手であれば女性からの誘いもまぁ悪くはないのだろうが、今回ばかりはセシリア嬢である。散々貸しを作っておいて、ランチの誘いまで向こうから切り出されたとあっては返そうと思っても返しきれない物が出来上がってしまう。焦る気持ちが抑えられず、つい次のランチは俺から声を掛けると言ってしまった。口に出した瞬間、しまったと思うが口を塞ぐことも出来ず、出てしまった言葉はセシリア嬢の耳に届いてしまった。やはり予想通りというか、そこを突いてきたセシリア嬢のレクチャーに思わず苦い顔していると、セシリア嬢は笑ってそれを許してくれた。それに急ぎ過ぎたと素直に自白をしたうえで、セシリア嬢が性別の垣根を超えた、人として見たときに余りにも魅力的だから、つい急いでしまうと本心を吐露する。そうするとセシリア嬢は俺との関係が破綻し、解り合えなくならない限りはこういう機会は無限に存在するとフォローしてくれた。その言葉に嬉しさを抱き、同意するがやられ続けるというのは少々嫌いなので、今度は此方から先手を取りに行くことにした。セシリア嬢の前に立ち、時間を引き合いに出して此度の目的であるランチタイムは最も限られた時間であると言い切ってから、手を拝借しようと伸ばす。そこでセシリア嬢は僅かながらに驚き、桜色に染めた頬を隠すこともせずに、俺の手を取ってくれた。ようやくというか、やっとというべきか。なんとか一撃、入れることが出来たようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食後にセシリア嬢自らが淹れてくれた紅茶は、今までに味わったどの紅茶よりも美味だった。

 

是非とも、また共に飲みたいものだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――万掌」

 

「なんだ、箒」

 

「放課後。顔を。貸せ」

 

「場所は」

 

「剣道場」

 

「分かった。放課後だな」

 

セシリア嬢と限界まで昼休憩を満喫した後、教室に戻ってくると真黒な瞳をした箒が、力なく俺を呼ぶ。それに合わせる形でそっけない態度を作りつつ短い言葉を交わし合う。

 

俺が場所を確認したところで、フラフラと覚束ない足取りでポニーテールを揺らし、自分の席に戻っていく箒を内心危なっかしく思い、支えようと伸ばした手を、一夏に掴まれることで留めた。――ここで、手を伸ばしても意味がない。自分で乗り越えてもらうしかない。俺たちは、ただ背中を押す事しかできないからだ。

 

俺は、伸ばした手を下げて箒の方に向けた身体を教壇側へ戻した。

 

 

 

 

 




優しい言葉を掛けるだけが、悲しみを乗り越えさせる事じゃないと思うんです。

厳しい言葉も必要で、距離をとったりすることも大事だと思うんです。

次の話で、箒の鬱憤を大きく発散させます。

箒が好きな方たちには、お見苦しい話になるかもしれませんが、私のイメージする、この頃の箒ならこう思うだろう、こういう行動に出るだろうというイメージで書いていきますのでご了承ください。





いちかわいいが少なかった気がする(台無し)


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New-Type

味覚―聴覚―視覚―嗅覚―触覚。

人間の五感。

そして、その五感の先にある、第六感。


それは、『理解』である。


ここでいう『理解』とは、精神的な共感に加え、肉体的な体感を持ち、それら全てを隣人を大切にするために活かすことが出来る者が到達する感覚を指す。
また、強いストレスの掛かる環境に身を置かれ、その中で認識能力を拡大し慈愛に満ちた精神を手にすることでもある。


そして、その漠然とした『理解』の領域に足を踏み入れた者を、『ニュータイプ』と呼ぶ。




「――――――きた、か」

 

「ああ」

 

「久しぶりに、鍛えてやる。防具を、付けてこい」

 

「――解った」

 

剣道場に入ると、剣道部の部員が一斉に声を上げて寄ってくるも箒と一週間後に迫った模擬戦の為に精神統一の意味を兼ねて打ち合いたい、と伝えると剣道をしている者たちだけあってかその言葉の意味を理解して素直に剣道場から退出してくれた。それから、今にも人を切りかねない覇気をその身に宿らせた箒に近付くと、箒は一切俺の方を見ないまま短く言葉を交わして黙ってしまった。

言うべき事は言った、ということだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久方ぶりに着る防具だったが、予想以上に苦戦することはなくあっさりと着込めてしまったことに少し嬉しさを感じながら、面を縛って箒の下へ戻る。

 

「取れ」

 

「ああ」

 

箒の突き出した竹刀を受け取って、互いが距離を取り、箒が頭を下げようとした所で、俺はそれを止めた。

 

この一言から、箒の背中を押す闘いが始まる。頼む、乗り越えてくれ。

 

「止めろ」

 

「――――?」

 

「お前のそれを、剣の道に落とし込むつもりはない」

 

「.........ッ!」

 

剣道のルールに従って動こうとする箒を制止し、その荒々しさを剣道を理由に発散させるわけにはいかない、というと箒はやや離れた位置に居る俺にも聞こえる程、歯を軋ませる音を立てた。心の内を読まれた気分だろう。だが、俺は別に心を読んだワケではない。箒が抱える怒り、焦り、自失、失恋、嫉妬、困惑。ありとあらゆる物が複雑に絡まり合い、その感情全てが互いに互いの足を掴み、深みへ落とし込んでいくそれを、俺は(とら)えていて、()っていたからだ。

 

故に、この勝負は剣の道に非ず。これは、箒の心を安らげる為の献身である。

 

「ならば、法は要らんな」

 

「そうだ。――――来い、箒」

 

ルール無用。蹴りも使え。背中も、喉も。好きな場所を攻撃してこい。倒れても、追撃しろ。そういう意味を籠めて、「来い」と言った。

 

 

 

 

 

 

静寂。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ぅぁおおおおおおおおおあああああああっ!!!!!」

 

喉を引き裂く程の声量で唸りを上げながら、箒は尋常ならざる健脚を以て、姿勢を低く下げ疾風の如く飛び掛かってくる。手に構えた竹刀に剣道の構えは存在せず。その身に潜ませる様に竹刀を俺の視界から遮断することで距離感を誤認させる算段らしい。

 

「――!」

 

「はぁあああああああああッッッ!」

 

「―――」

 

僅か2歩。あれほど余裕のあった互いの距離は、箒の二歩で埋められた。目の前にズダンと音を立て着地した箒の上半身がうねり、腰の回転によるバネを利用した胴や面を狙う突きを穿つのだと理解した俺は、一歩飛び退く。これなら、ギリギリ躱せる。そう思って次の一手を予測する為に箒を観察していると、滞空している僅かな間を見逃さず、箒は捻り始めていた身体を完全に制止させ、そのまま更に一歩、俺目掛けて飛び出す。

 

 

 

逃げられないことを悟り、自らの竹刀を箒の一撃が通るであろうラインを予測し射線上に置く事で逸らす、逸らせなくてもカウンターで一撃を叩きこむつもりだった。箒は再び肉体を唸らせ、今度は逃がすまいと浮いた身体を前のめりに倒し、全体重を乗せていた。やばい、と脳が警告を発するが、避けることは不可能。この瞬間だけまるで地球の重力が消えてしまったと錯覚するほどに俺の体は浮いていたためだ。早く、急げ、着地をして、身を捻れ。脳から発する警告は、初手であるはずの突きが必殺の物であることを理解し警鐘を鳴らし続ける。視界は箒の竹刀のみ捉えられれば十分と言わんばかりに狭まっていく。聴覚は周囲の音を掻き消し、箒の道着と防具が微かに発する衣擦れの音を聞く事だけに特化していった。しかし、それでも尚。速かったのは箒の突きだ。人体が生み出す強力なバネの力を最大限に乗せた右腕を捻り、竹刀の切先が螺旋を描いて俺が予測したラインをあっさりと打ち破り、喉へ突き刺さる。

 

「――――か...は...っ......!」

 

突かれることは予め覚悟していたとはいえ、いきなり喉を潰しに来た一撃に思わず喉に潜めていた息の全てを吐き出した。

 

「ああああああああああああッッッ!!!」

 

痛みを正常に知覚し、溢れる涙に歪む視界。意識の外側に投げていた触覚が下げた右足の踵が床を踏む感触を掴む。即座に右足に全体重を掛けて勢いを殺し、次いで左足を前に突き出して前傾姿勢を保つ俺だったが、それが悪手だった。箒はかなり無茶な体勢で突っ込んできたので、突き終えた後は転倒するものだと予想していたし、そう見えていたからここで体勢を立て直すことにしたのだ。しかし、見えていた未来に反して箒は床に全身を打つよりもなお速く。猫を思わせる身体の柔軟性を見せつけるが如く見事な前転を行い、離れた距離を再度、一息で詰め切り迫ってくる。肝を冷やしながら痛い程に脈打つ心臓の鼓動が、勝負がすでに何時間も続いている様な錯覚を引き起こす。喉に受けた一撃を打ち消す様に、呼吸を、脳に掛かった霧を払う為に吼えた。酸素を欲した俺は吼え、息を吸い直す。

 

身を縮めた箒をここから打つ為には上段から振り下ろすしかない。負けると分かっていても振らざるを得ない。箒の方が早いとしても、カウンターを決める可能性が僅かながらにあるのなら、それに賭けるしかなかった。

 

「でぇぁああああああああああッ!」

 

声が裏返る事も構い無しに雄叫びを放ち、両手で柄を握った竹刀を勢いよく振り下ろす。聊か、内側に入られ過ぎている。舌打ちをしたくなる気持ちを抑え、すぐに上段の振り下ろしを筋肉で無理矢理制止させ、両手で握った竹刀を解き左手を解放しつつ箒の面を狙って奥へ下げていた右足で膝蹴りをうつ。

 

 

「!」

 

「ぐっ!」

 

箒はそれを予見したかのように、立ち上がらないままの姿勢で居た理由を俺はこのタイミングで悟る。横受身をするように、俺の出した右膝に合わせて俺の左側、安全圏へ抜けた箒はそのまま俺の背後に回り込む。

これは、やばい!

 

「――――せい、やぁああああああ!!!」

 

――迅い。俺が追尾することを止め、逃げるよりもなお迅く、箒は再び渾身の一撃を俺の背に叩き込んだ。防具の保護が皆無の背中に、体重を乗せた振り向きの回転を加えた横薙ぎの一閃。

 

「......ッ!.......!」

 

力を籠め過ぎたのだろう、箒の竹刀が根本から圧し折れ、振り切った箒が今度こそ体勢を崩す。両脚がガクガクと情けなく震えあがり、膝を折りたくなる衝動が自然と発生する。身体を保護しようとする本能が、俺に膝を着く事を推奨していた。

 

「――――」

 

しかし。ここで折れる訳には行かず。まだほんの数秒しか経っていない闘いの中で、俺は緊迫したやり取りに湧き上がる恐怖から息を荒げ、箒は自らの感情が荒ぶる波となって肉体を支配する情動に困惑し、息を乱している。

 

「――立て、箒」

 

僅かなやり取りではあったものの肉体は硬直し、汗が滴り落ち、身体は途轍もない疲労感に襲われた。心は箒の情動を理解し、少しずつ俺の肉を箒の激情が染め上げていく。それを制す様に、怒りに呑まれないように。未だ振り切ったまま固まる箒に身体を向け直して俺は自分で持っていた竹刀を箒の眼前に投げ渡した。

 

「――まだ、剣はあるだろう」

 

「お前は、どうするつもりだ」

 

「これは、剣の道に非ず」

 

「―――――貴様、貴様、貴様ァアアアッ!!!」

 

投げ渡された竹刀の意味を訊ねる箒に対し、先程述べたことを口にすると、箒は面の内側で般若を宿した顔を作り俺に折れた竹刀の柄を投げつけてくる。それは滅茶苦茶な狙いで、放物線を描いて在らぬ方向へ消えていく。箒は俺が投げた竹刀を掴み、吠えながら立ち上がり、貴様、貴様と喚き、叫び散らして俺の面の側面を鷲掴みにした。

 

「貴様は一体、どれだけ私を惨めにさせるつもりだ!」

 

宇宙飛行士たちがヘルメットを触れさせあって会話をするように、箒は面を俺の面に当て、涙を流しながら叫ぶ。

 

「――――知るか。やれよ、箒」

 

知っているし、解ってる。お前の心をよく解っている。だから俺は箒を突き飛ばして、自身の頭に手を伸ばした。

 

「......正気か、貴様......()()()に、そんなことをするのか......ッ!」

 

箒は俺が取った行動に愕然として、怒りと屈辱で肩を震わせた。

 

「――俺は箒を信じてる。箒が、そんな事をする奴じゃないと信じている。箒が、自分の感情を抑えられると信じている。箒が優しい人だと知っている」

 

自分の面を脱ぎ、遙か後ろに投げ捨てた。ただ、それだけ。狙うなら、俺の顔を狙えと分かりやすく示しただけ。箒はそれを見て、自分の感情を理解しつつあるのか狼狽えた。だから俺は、その箒を信じた。自分の中に宿る激情を理解し、手綱を取ろうとし始めている箒を信じたかった。

 

「やれよ、箒」

 

「――――い、いや、しかし」

 

「昼休み。一夏に投げ掛けた心無い言葉と、無抵抗で無防備な俺を一方的に殴ること。違いはないだろう」

 

「......!」

 

箒に、指で竹刀を指してから、俺の顔を狙えと親指で示す。箒はそれに困惑し、攻撃を躊躇し始めた。あと、少し。

昼休み。俺がセシリア嬢と過ごしていた時間に、一夏が受け取った言葉の全てを俺は一夏の口から聞いた。涙を流さず、堪えて笑う一夏の顔が、途轍もなく辛かった。だから、それを引き合いに出す。

 

「体の痛みはいつか消える。だが、心の痛みは簡単には消せない。言った本人の無自覚な言葉が、その人が一生引き摺る言葉にもなる」

 

「――――あ、う......」

 

「それは、お前もよく理解してるはずだ。違うか、箒」

 

「違う、違うんだ、私は、私は、そんなつもりで――」

 

「――――束さんと比較され、篠ノ之という苗字だけで苦しんできたお前が、一番心に掛かる言葉の重みを知っているんじゃなかったのか!!!」

 

「!」

 

「篠ノ之だから天才だろう、篠ノ之だからISをよく理解しているのだろう。篠ノ之だから、篠ノ之だったら、篠ノ之ならば」

 

「――やめろ、やめ...ろ.......」

 

 

 

 

 

 

 

あの篠ノ之束の妹なら、篠ノ束の!妹なら!

 

 

 

 

 

 

 

喋るなぁああああああッッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目視する事さえ出来なかった何かが、俺の左頬を僅かに掠めて抜けていく。髪を僅かに穿ち抜き、奥へ消えていく。目を僅かに左へ見やれば伸ばされた竹刀の鍔が視界に映る。

 

箒は、俺の顔面を狙う事が出来た筈の突きを、外した。

 

「――――なぜ、なんで、そんな事を言う......なんで、どうして、私ばかり......万掌、なんで......」

 

震える竹刀の手元、伸ばされた腕が揺れ、肩を震わせて喘ぐ箒の声はか細く震えている。

 

「お前の感情(それ)も理解できる......だから、乗り越えて、今の一夏を受け入れてほしい」

 

「無理、だ......私は、私には、無理だよ......こればっかりは、抑えられなかったんだ......」

 

「出来る。箒なら出来る」

 

「無理だ!きっと私はまた、一夏を傷つける!私がされて嫌だったことを!私が一夏にしてしまう!そんなこと、そんなのは嫌だ!」

 

箒は感情の渦に抗った。怒りに満ちていながらも、その切先を外した。優しい心を持っているからだ。だから俺は箒を信じる。箒になら、どんなことをされてもいいと思っていたが、それでも箒はきっと打てないと解っていたから、信じた。そして、箒は外した。

一夏を受け入れてほしいと頼む。箒は、自分がしてきた事を振り返り、その厭らしさに襲われて怯えている。背中を押す。箒なら出来ると言い切る。箒は自分が受けた痛みを理解して、一夏にぶつけた一夏が受けた痛みを理解した。

 

「私は、私は一夏が好きだ。なのに、あんなひどい事を、自分が受けていた痛みを、一夏にも―――!あ、っ、うあああああっっ!」

 

箒はそこで顔を上げ、俺の頬を掠めたままの竹刀に驚き、竹刀の切先を見て恐れ、投げ捨て、数歩下がってから、踏ん張れず腰を抜かして尻餅をついた。

 

「私は、私は......なんて、ことを......」

 

激情に呑まれた箒は、這い上がり始めている。

 

「今の箒は、人の痛みを理解できる人間だ」

 

「違う、違う...違うんだ、万掌」

 

「何が違うんだ、箒」

 

「私は――――私は、一夏に投げかけた言葉で、一夏の顔が歪むのが、愉しくて、たまらなくて――――――――私は、なんて......醜い......」

 

「変わればいい、ここから」

 

「――――変わる?――――無理だ、こんな私では......信じられないよ......万掌......私は、お前と違って、自分を信じられない......」

 

俺の言葉を否定し、自分の可能性を信じられない箒は首を横に振って否定するばかり。

 

「それでも、だ。――それでも俺は、人の可能性を信じている。箒の可能性を信じている。人の誰しもが内側に持つ黒い感情を制御して、手を取り解りあえると信じている。お前が、お前を信じられないと言うなら、お前を信じる俺を信じろ。俺が信じている箒は、困難を乗り越えられる(そういう)奴だよ」

 

「......う、ぁ......ああ、ああ......」

 

箒は一夏に投げかけた言葉の裏にあった感情を、受け止めた。醜い感情があることを認めて、一夏のことを想い、声を上げて泣いた。箒は崩れたままの姿勢で天を見上げ声を上げて泣き喚いた。箒の中にあった激情は、霧散していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏に、謝ろうと思う」

 

「そうか。頑張れ」

 

「一緒に来てはくれないのか?」

 

「お前はそれを望んでないだろ」

 

「――やはり、お前は」

 

「ああ、視える」

 

「そう、か......ありがとう。――――行ってきます」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

泣き喚いて、黒い感情を流し落として。憑き物が落ちた箒の目は赤く腫れていてひどい面だったが、それでもその顔は久しぶりの再会をしたときよりも遙かに美しい物だった。箒は一夏に謝罪をしに行くといい、俺はそっけない返事を返すと、箒は少しムスっとした表情で同行しないのかと訊ねてくる。その気もないのによく言うよ、と言ってやると箒は少しだけ目を見開いて、俺が感情を読めることをなんとなく悟ったのか、確認を取ってきたので短く視えていると応える。箒は最初から全部知られていたのかと恥じらい、それでもこうして感情の憂さ晴らしに付き合ってくれた俺に感謝しながら目を閉じ、再び目を開けて出発する旨を静かに告げた。

 

 

 

 

おかえりの言葉は二人に言う事になるだろうなと確信して、俺は使わせていただいた道場の掃除を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕食。食堂の一角にある1つのテーブルを囲む3人の男女の楽し気な姿が見られたという報告が相次ぎ、愉快に笑う一人の少女が、あの篠ノ之箒であるという一報は1年1組の間ですぐに話題になった。が、それは今後もよく見られる光景になり、その話題性はすぐに薄れていくことになる。




箒救済です......ひどい役やらせてすまんやで




前書きに記載した第六感『理解』は、貴婦人と一角獣の解釈から引用したもので、ニュータイプの話はジオン・ズム・ダイクンが提唱したニュータイプ理論やその他ガンダム作品のニュータイプの扱い方をそれぞれ少しずつお借りして構成しています。

また、前書きで扱いタイトルもニュータイプとしたので、タグをニュータイプっぽいからニュータイプと明記しました。


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10話

初IS戦闘です。IS原作から戦闘描写真似ようかと思って1巻を手に取ったら一夏くんが武器抜いたと思ったら27分後に飛んでたんですけどどういうことですかね。


頑張って想像力に身を任せて書いてたら1万字超えたのでいったん区切って投稿させてもらいます。ゆるして


後書きにオリISのスペックを載せておきました。重量は速度が乗ってれば地面に大穴開けるくらい重いっぽいんですけど明記されてなかったのであきらめました。とにかく滅茶苦茶重いってことにしておいてください。

めっちゃ長くなったから読むときはお腹いっぱいになるかもしれません。私は書いてるうちに何度かお腹いっぱいになりました。

追記:速度書き忘れてたので書き足しておきました。福音の速度が2450km/h(原作では450km/hで超音速を超えたと誤字されている)で、それに追いつかれてやられていた代表候補生たちを参考に算出したそれっぽい速度にしてます。


箒と一夏が仲直りを果たし、3人で食事を共にするようになってから1週間が経った月曜日。

 

セシリア嬢との模擬戦が行われるこの日の為に一夏と箒の両名からは徹底的にISに関する動きを教え込まれた。実際に動かせていないので分からないが、入学前に起動させた時の感覚を思い出しながらイメージを重ねることで多少なりとも動きは理解できるようになった気がする。一夏は先にセシリア嬢との戦闘を済ませており、今は着替え中の為この場にいない。模擬戦の一切を俺はネタバレを避けるために敢えて見ていなかったが、一夏が駆る専用機の白式は武装が近接ブレード一本という非常に舐め腐った物でセシリア嬢と渡り合っていたらしい。箒から聞かされた際には俺に届くISもそうなのかと思うと不安でいっぱいになった。盾を希望していたから盾しか積まなかったけどいいよな等と言われたらどんな顔をするか分かったものじゃない。

 

「――――」

 

「......」

 

「――――ええい、鬱陶しいぞ万掌!少しはじっとできんのか!」

 

第3アリーナの待機室に設置されているベンチに座ったまま、まだ来ないISを今か今かと待ちながらソワソワとし続けていると、最初は何も言ってこなかった箒だったが流石に20分以上動かれると気になるらしく、注意をしてくる。

 

「仕方がないだろ、セシリア嬢を待たせるのはマナー違反だ。時間だけが過ぎていく事が落ち着かないんだ」

 

「万掌はやけにあのオルコットとやらに甘いが――惚れてるのか?」

 

「違う。淑女を待たせるのは悪い事だから、だ」

 

「私たちはよく待たせるのにか?」

 

「気心知れた仲ならアレだが、セシリア嬢はイギリスの国家代表候補生だ。国籍のない専用機持ちとしては仲良くしておきたい思惑がある」

 

「卒業後はイギリスに行く気か?」

 

「その可能性も0じゃないって話さ。それにこれから色んな国の奴らが接触してくるだろう。千冬さんから聞かされたが、俺を欲しがる国は多いらしい」

 

箒と昔のような口調で会話をしつつ、セシリア嬢を特別視するのかと早速睨まれるが仲良くしておいて損はないだろうと返すと、卒業後の話が出てきた。行くとも限らないが行かないとも限らないと言いつつ、これからはもっと多くの国の間者が声を掛けてくるだろうと返すと箒はあからさまに疲れた顔をつくり頭を抱えた。

 

「あの喧しさには未だに慣れんが、今後お前の周りでは多国籍化されたあの喧噪が出来上がるのか。今から頭が痛くなってきたぞ万掌」

 

「――俺そんなハーレム系のキャラに見えるか?」

 

「IS学園でたった一人の男だろう、もはやハーレム以外の何物でもない」

 

「全員レズの可能性もある」

 

「そこまでバカだったか貴様......バカだったな」

 

「小学校時代と比較するんじゃない。今の俺は多少はまともになってるだろ」

 

「変わってないさ。人を信じ続けるところが、ちっとも変ってない」

 

箒は俺が将来、世界各国のIS操縦者たちを侍らせてチヤホヤされる空間を作ると予想しているらしく、今から頭痛の種が増えると懸念しているようだ。IS搭乗者として親しくしたいと思ってはいるが個人間で仲を深めるのは別問題だと考えていた俺は思い切ってあまり聞きたくない質問をすると、箒は考えなくても納得できる返答をしてきた。そのまま認めるのも俺が節操無しだと思われそうなので有り得ないだろうが可能性としては0じゃない理論を提唱すると箒はジト目で俺を見てから少し考えた様に顎を引き、開き直った様に軽快に罵った。おそらく小学生時代を振り返ってのものだろう、今の俺は違うと答えれば人を信じる所が全然変わっていないと言われて、そうかなと思いながらも唸ってしまう。

 

「こんなやり取りをするのが懐かしい。今の私は、とても恵まれている......一夏は変わってしまったが、私たち3人の関係は変わっていない。――ああ、これを忘れたくはないな......」

 

「忘れないさ。お前は思い出しただけだ」

 

「お前は少しは恥じらいと言うものがないのか......?聞いているこっちが恥ずかしくなる」

 

「人前で散々泣いた奴が言う事じゃないだろー」

 

「それを蒸し返すか!?」

 

箒は胸に手を当てて目を伏せ、感慨に耽りながらそんなことを言い出す。俺は箒が何時の間にか忘れてしまっていただけだと言ってやれば、箒は本当に恥ずかしいのだろう、耳を少し赤らめて訊ね返してくる。人前で泣いた奴が恥ずかしいとかいってもなー、とお道化て笑いながら、箒は今度こそ顔まで赤くして此方に身体を向けながら小さく叫んだ。

 

ああ、本当に懐かしい。昔はこんなやり取りをよくしたものだ。またこうして、こんなことが言い合える日が来るなんて夢にも思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

二人で小学生時代にまで戻ったやり取りを懐かしがっていると、スライドドアが開き、一夏が戻ってきた。

 

「くー......あとちょっとだったんだけどなぁ。セシリアはやっぱり強かったよ」

 

「一夏!どうだった、怪我はないか」

 

「うん、大丈夫だよ箒。それより、バンショーのISは?」

 

「まだ届いてない」

 

「あちゃー......セシリアのこと、待たせちゃうかもね」

 

一夏はやりきった表情をしていながらも悔しさを滲ませており、一夏なりに全力でやってきたのだと理解できた。箒は一夏が戻ってきた途端駆け寄り怪我の具合を聞いている。一夏は無事を告げつつ俺の専用機の確認を取ってくるが、首を横に振りながら簡潔に伝えると苦笑を浮かべた。セシリア嬢を待たせることはないように何時でもラファールに乗れるように調整はしてあるが、出来る事ならこの一戦から専用機に乗っておきたいものだ。専用機と言うものは最初から操縦者に合わせて用意された物ではなく、操縦者が乗り続けることで専用機になっていく機体の事を指す。その仕様上、届いたばかりの専用機とは名ばかりの出荷状態であり、操縦者の特性の一切を知らない。その為、乗り続けることで操縦者を理解してもらう必要があるのだ。だからこそ、この一戦は専用機で出たかった。だが、時間的にもう厳しいだろう。

 

残念ではあるがラファールで望もうと思い待機室を出ようとしたところ、山田先生とドアを挟んで鉢合わせた。

 

「あ、堺くん!届きましたよ、専用機!」

 

「来ました?」

 

「はい!此方に搬送されましたので、急いで来てください!」

 

山田先生の言葉に耳を疑いオウム返しをしてしまったが、力強く相槌を打たれ聞き間違いでは無かったことを改め山田先生の案内に従い進んでいく。

 

「来たか。搬入口を開ける。少し下がっていろ」

 

辿り着いたピット搬入口の前に立っていた千冬さんは俺たちの到着を確かめると足元を指差して区切られているテープの外側に待機するように忠告し、俺たちが離れたことを確認してから搬入口の防壁扉を開けるスイッチを押した。黄色の警告灯が回転し、搬入口が解放されるサイレンが数度鳴り響く。非常に重いのか、ゆったりと上下に開いていく扉を眺めていると上下と斜めに開く2枚の扉が開かれ、中が次第に外の世界に晒されていく。完全に開かれた扉の奥に鎮座する専用機を、作業用ライトが点灯し光を与えた事で、細部がはっきりと見えるようになった。

 

そこには、白が居た。

 

「白式みたいに――真っ白」

 

「ああ、だが......これは」

 

「―――全身装甲(フルスキン)......」

 

一夏は、白式に似た配色に感嘆の息を漏らし、箒は自分の知っているISと比べ、その異質さに息を呑み、俺は自分が乗ることになったこの機体を見て驚いた。何せこのIS、本来なら存在するはずの肩付近に浮く大型スラスターが存在していない。更に手足を覆うような装甲ではなく、全身を包み込むタイプの異質なデザインで、どちらかと言われればISではなくロボットであった。

 

「時間が惜しい。堺、最適化は戦闘中にやれ。初期化は終わっているらしい」

 

「分かりました」

 

千冬さんに急かされ、制服を脱いで下に着ていたISスーツを露出させる。ISスーツとは、ISを装着する際に着用するユニフォームで操縦者とISの情報伝達を最適化する機能が備わっているものの事を指す。女性物のデザインしかなかった為、俺のこれも制服同様に特注品である。女性は旧式の学校指定水着に似たデザインだったが男であれを着るのは正直キモ過ぎたので、胸の辺りまでを覆う長袖タイプの上着と踝までを覆うタイツのような下着を頼んで作り上げてもらったのだ。適当に脱ぎ捨てた制服は例の如く一夏が回収し折り畳んでいた。さすがにこの状況ではしっかり片付けろなどと言えないのか、心配そうな表情で俺を見てくる。

 

「触れれば、装着されるんでしたよね」

 

「はい。それが堺くんの専用機『想角(ソウカク)』です」

 

「ユニコーンで」

 

「は、はい?」

 

「想角はちょっとダサいです。ユニコーンがいい」

 

「――――名前は後にしろ、堺。今は一秒でも早く装着してくれ」

 

ISの目の前に立ち、改めて外観を見れば、騎士の鎧を思わせる重厚な白色の厚みに、金属の光沢が鈍く光を放ってその質量感を物言わずともひしひしと伝えてくる。やはり特徴的なのは、この頭部に付いている巨大なブレードアンテナだろう。これ一つあるだけでこのISの全体のフォルムが引き締まってみえた。フルフェイス型の頭部の正面はバイザー型の、細い糸のような目と口元を覆う無機質なマスクが主張する騎士の兜のような安心感があった。懸念していたスラスターの代わりは何かと思ってISの背後を見れば、心許なさそうな小さいバックパックが一つ付いているだけだった。これで本当に大気圏を超える性能があるのかと訝しみながらも機体に触れようと伸ばした所で山田先生からこのISの名前が伝えられ、ユニコーンの方がかっこいいからユニコーンに改名したいと言ったら千冬さんが頭を抑えて催促をしてきたので一先ず諦めて、想角に手を触れた。その瞬間、想角の前面装甲が開き、フルフェイスの顔面は左右に割れ、俺を迎え入れる体勢を取った。

 

「分かっているとは思うが、ISに全て委ねる気持ちで、座るような感じでいい」

 

千冬さんの言葉に従いながら、背中を向けて搭乗を補助する為の取手を掴み懸垂で身体を持ち上げて身体を想角の中へと押し込む。細部まで身体が収まったことを確認すると、想角はゆっくりと展開していた装甲を元の形へ戻していき、俺が完全に収納され――――視界がクリアになっていくのを感じ取った。前方を見ているだけなのに、背後までよく見える。それと同時に違和感を感じていた四肢の感触が馴染み、完全に一体化したような錯覚を受ける。いや、実際に馴染んだのだろう。今の一瞬で想角が俺の四肢に合わせたのだ。広がる視界の中で、OSが立ち上がっていくのが分かる。網膜に直接表示される各種モニターされている数値は一切の違和感がなく元々そこにあったのだと思う程に自然だった。

一夏と箒が色々と理論立てて説明してくれたISの事前知識などまるで全て意味がなかったかのように馴染んでくる。いつもと同じように身体を動かせば、寸分のラグすら起こさず、完全に思い通りの動きをしてくれる。これで最適化が終わっていないというのだから、驚くばかりだ。

 

「ハイパーセンサーは問題なく作動しているようだな。よし、行ってこい。ああ、そのまま歩くなよ。最悪床が抜ける」

 

「――はい」

 

千冬さんに言われていなければそのままピットの床を踏み抜いていたかもしれず、少し焦りながら身体を浮かせる。頼りなく思えたこのバックパック状のスラスターは予想以上の出力を噴出しているようで、思わず高度が上がりすぎたことに慌ててスラスターの出力比をアイトラッカーで表示させた設定の項目からマニュアルで調整し直す。自分の身体に馴染む数値に調整し終えた所で機体を浮かせたまま前方へ移動すると、まるで無重力空間を移動しているかのようにスムーズな移動を行う事が出来る。心配そうに見つめる幼馴染二人にサムズアップをして横を通り過ぎ、カタパルトレールへ移動した。視界の端に映る表面装甲最適化完了率は25%を超えており、今こうして待機している間にも膨大な量の計算を処理し続けている。俺がスタンバイOKの合図を送ると、天井に吊り下げられた3基の信号灯が一斉に3カウントを取り始める。腰をやや落とし、前屈姿勢を取りながら武装一覧を表示させ、最初に目に付いたシールドを左腕にマウントし、次にビーム・マグナムを呼び出して右手に装備する。

 

3、ISスタンバイOK、予想進路に障害物なし。カタパルトレール内に退避遅延者確認できず。

 

2、ゲート解放完了、誘導灯点灯開始。カタパルトレール内隔離完了。

 

1、最終確認開始......システムオールグリーン、発進シークエンスの最終項目の譲渡を確認。

 

信号灯が、待機を告げる赤から、青へと切り替わった。

 

「――堺万掌、IS『想角』 出る!」

 

背部のスラスターから全力で噴き上げた噴射炎がカタパルトレール内に暴風を巻き起こして追い風となり、一気に加速した俺は外へ飛び出した。

 

 

 

 

 

「セシリア嬢、待たせてしまい申し訳ない」

 

「お気になさらず。搬入が遅れた旨は既に耳にしておりましたので。それにしても――随分と物々しい恰好ですわね」

 

「騎士のような装いで俺も驚いたよ」

 

アリーナの直径は200m。既に待ち構えていたセシリア嬢の眼前120mほどの位置で機体をゆっくりと停止させ、謝罪から入る。セシリア嬢は俺が遅れていた原因を聞いていたのか、特に気にしてないと言った上でこの全身装甲の見た目を興味津々といった様子で観察している。

 

「しかし、防御力はありそうですわね。安心しました。これで――」

 

セシリア嬢が話している最中に、網膜に投影されたディスプレイにアラートが鳴り響く。セシリア嬢の持っている武装、六七口径特殊レーザーライフル《スターライトmkⅢ》にマーカー識別式《WEAPON》がロックを掛けた。

 

「――存分に――」

 

警戒、敵性IS操縦者の左目が射撃モードへ移行。

 

警告、セーフティロック解除。

 

警告、敵性IS、射撃体勢へ移行。

 

警告、トリガー確認。警告、初弾エネルギー装填確認。

 

発射まで0.4秒。回避を推奨―――

 

試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。

 

「――戦えそうですわ!」

 

警告を知らせるウィンドウが立て続けに表示され、それらすべてを一目見て閉じて視界をクリアにした後、ISに二度と表示するな、邪魔で見えないと伝える。せっかくマーカーがあるのだからソレを使って安全、注意、危険の三段階に色分けするだけだと教えると、即座に反映される。早速それを活用してか、激しくマーカーの大きさが切り替わり主張をしてくるので意識を向ければ、砲口が白く光りスターライトmkⅢが初弾を吐き出していた。それに対し想角が自動的に左腕を胸の前に寄せマウントしたシールドを突き出す事で初撃を防ごうとする。レーザーがシールドに触れる瞬間、シールドごと貫かんと迫っていたレーザーの光は視えない球状の何かに当たったようで円を描いて分散し、逸れていく。散光と化したレーザーは俺を通り過ぎていき、見当違いな位置に次々と着弾した。

 

「――なっ......エ、エネルギー拡散力場?......Iフィールド!?何なんですの、これは!」

 

セシリア嬢は初弾を未知の方法で防がれたことで困惑し、ISが解明した情報を読み上げ困惑の色を強めた。

 

「複合新技術搭載型試験機、第3.8世代IS『想角』......次世代IS運用総合統括研究所が俺の為に用意した実験機―――らしい」

 

想角から送られてくる情報をそのまま読み上げると、セシリア嬢の息を呑む音が聞こえた。

 

「3.8世代.....!?そのシールドといい、油断しない方が良さそうですわね......文字通りの新技術の塊、退屈せずに済みそうです!」

 

セシリア嬢は恐れるどころか、笑みを深めて此方を獰猛に睨み返した後、脚部に装備された4基の小型自律兵器を射出する。マーカー《WEAPON》グリーンを示していたそれらが、一斉にレッドに変わったことで警戒を強めた。小型自律兵器《ブルー・ティアーズ》。ビットとでも呼ぶべきそれを四方に散らし、セシリア嬢のスターライトmkⅢの計5基が、マーカー《WEAPON》レッドを点灯させ、それぞれのマーカーが拡大、縮小を繰り返し警告を発している。一気に5つの砲門から狙われることになった俺は、シールドの弱点を見破られた事に舌打ちを一つしてから右手に握ったビーム・マグナムのフォアグリップを左手で掴むことで安定させ、最も近い位置に存在するビットを狙おうとした所でビットが一斉に動き出した。

 

「そう簡単にやらせるワケにはいきませんわ!さぁ堺さん、私とブルー・ティアーズが奏でるワルツを踊りましょう!」

 

「ダンスを女性から誘うのは、どうかと!」

 

「気にしないでくださいまし!」

 

静の世界であった空間が、一気に動へと移り変わっていく。セシリア嬢が人間本来の視点、死角に置いたビットからレーザーを飛ばし、俺は飛んでくるその光を見てから浮遊する程度に留めていたスラスターの出力を思い切り引き上げ、包囲網から逃げつつ軽口を叩けば、セシリア嬢は笑みを浮かべたまま短く言葉を切った。直線機動で移動していると、予測進路に撃ちこまれるレーザーの軌道を想角が捉えた為、速力を一切落とさないまま左側へロールし回避。一撃避けただけで、レーザーの雨が止むわけではない。出力を少しずつ落としながら右へ身体を傾け射線から逃れつつ、下方から左右を塞ぐ形で発射されたレーザーに対処する為に足を地面に向けながらバックブラストを吹かして機体を強制停止させる。

 

「――ッぐ、ぅうううう!!!」

 

身体に掛かる慣性をある程度は想角が負担しているとは言え、予想以上の衝撃に思わず声が漏れる。が、そこで足を止める暇はなく、即座にバックブラストを中断して浮力を切り、落下していく。これ以上は下から狙うことは不利だと思ったのか、セシリア嬢はビットを全基上方に上げさせて、ビーム・マグナムで狙われないようにするためか小さく、不規則的な軌道を描いて躍らせている。しかし、それでもいつかは撃つ機会が訪れると信じて、想角に射撃照準を起動させてから、左腕にマウントしていたシールドを収納し、代わりに大味な武装を呼び出した。

 

「――――何、を!」

 

取り出したのは、ハイパー・バズーカ。米軍が開発した280mm大口径無反動ロケット兵装だ。今回、想角に積まれている弾頭は数多くの敵を一射で効率的に撃墜する目的で開発された、散弾を積んでいた。

 

セシリア嬢が武装を切り替えた事で警戒をより一層強めビットを素早く動かして攻撃位置に着かせるが、俺の方がコンマ数秒早い。想角の照準補助を受けずとも適当に撃てば周囲一帯を大多数のベアリング弾が襲うのだ。狙うだけ、無駄というものだ。肩をバイポッド代わりに固定し、片手で撃てるように改修されたそれを担ぎ、引き金を引いた。ロケット噴進で進んでいく弾頭の射線には目もくれず、残弾こそ残っているものの次弾装填は収納した所でやらせればいい、今はビットの対処が優先だと優先順位をビットに繰り上げして即座にハイパー・バズーカをシールドへ切り替えて襲い掛かってくる3基の内2基のレーザーをシールドで拡散させて無効化するが、一発は対処し切れずに右足の装甲版が焼かれた。

 

「――くっ!この!」

 

自分の実力不足で被弾してしまった事に苛立ち、頭部に装備された7.62mmマシンガンをオンラインに切り替え照準補助を想角に任せたまま撃ちっ放しにしてビットを追い払う。5発に1発の割合で装弾されている曳光弾のおかげで射線修正は非常に楽であった。だが、どうしても射撃を行う際にその場でとどまってしまう癖があるのか、射撃に集中してしまうせいで見えていても動けない状況が出来上がってしまい、セシリア嬢に背中を撃ち抜かれて墜落する。そのタイミングで、先ほど発射したハイパー・バズーカの弾頭が炸裂し空を埋め尽くす程のベアリング弾が飛来した。バスバスと音を立てて至る所に突き刺さるベアリング弾に自爆の危険があることを感じ扱いには注意しようと思いながら、俺は地面に叩きつけられたまま急いでシールドの影に入る様に機体を丸め、被害を最小限に抑えた。

 

「――っ、無茶なことを!」

 

「無茶をしなければ、勝てなさそうなので」

 

セシリア嬢は俺を追いかけるビットの操作に夢中になっていたのか低速で飛来するハイパー・バズーカの弾頭の意識優先度を下げていたようで、炸裂したベアリングの多くをまともに受けたらしく装甲の至る所に破損痕が見られる。幸いにもビットへの被弾は軽微だったのか、問題なく動いている4基のそれを見て俺は顔を顰めた。次こそは当てる、と右手に装備していたビーム・マグナムを下げ、再装填が終わったハイパー・バズーカを取り出すと、セシリア嬢は顔色を変えてビットの全基による同時射撃によってハイパー・バズーカの砲身を融解させた。電気系統がスパークしたのか、黒煙を上げながらバチバチと音を立てるハイパー・バズーカをいつまでも担いでる訳には行かず、眼前に放り投げてからシールドで前方をカバーすると、すぐに爆発が起きて機体を煙が飲みこんだ。

 

「それは使わせません」

 

爆炎と煙が吹き上がるハイパー・バズーカの残骸からスラスターの出力を上げて飛び出しながら、右手にビーム・マグナムを呼び出す。このままではジリ貧になると分かっていたので、どうにかして形勢を逆転とまでは行かずとももう一撃、当てておきたいところだ。頭部マシンガンを斉射しながら射線修正をしていく内に分かった事が一つだけあるが、この想角の照準補助がとても甘いのだ。予測位置射撃を照準補助に任せきってしまえば、その時から直線で動き続けた場合の位置を割り出すだけで全く役に立たない。故に俺は、照準補助機能を切って武器の照準をディスプレイに投影するマニュアル射撃にした。その代わりに、想角には回避機動を任せる事で今まで担当していた攻守の役割を切り替える。

 

「――行くぞ、想角!」

 

装甲の継ぎ目が甘いのか、内側から赤い光が一瞬だけ薄らと漏れ出した事に疑問を抱きながら俺はビットを潰しに高度を上げさせ、空へ上がった。想角がかなり無茶な機動で身体を曲らない方向へ捩じろうとするのでその都度注意しながら学習させていき、ついにセシリア嬢の気力が尽きてきたのかビット2基の機動が重なる瞬間が訪れることを視た俺は、そのポイント目掛けてビーム・マグナムを構え、チャージを開始する。マニュアル照準に苦戦しながらも、ここだと思った位置でピタリと腕を止め、フォアグリップを握り固定したビーム・マグナムのトリガーを押し込み、装填されたパックカートリッジ内のエネルギー全部を砲身が吸い上げ、荷電を開始する。砲口の先端から空気が追いやられ、真空が生成される。それを一気に引き戻す様に空間が歪み圧縮され白いエネルギー弾が生成され、周囲にスパーク現象を引き起こしつつ更に歪んでいき、白光弾が輝き出す。それだけで、この砲口に蓄積しているエネルギーの総量に驚愕するがこれはチャージされているだけであり、まだ発射されていない。更に砲身から砲口へエネルギーが過剰供給され、砲身が発する熱でビーム・マグナム自体の照準が陽炎で揺らぎ始めるも外付けされたラジエータが急速冷却を開始することで揺らぎは収まり、チャージされ終わったビーム・マグナム弾が、甲高い発射音を堂々と吼えて突き進んだ。トリガーを押し込んでから発射まで、実に0.3秒。白い高熱を宿したエネルギー弾が真っ直ぐにビット2基が重なるであろう場所目掛けて空気を焼き尽くしながら進んでいく。

 

「――!」

 

セシリア嬢がそれに気付き、僅かながらの抵抗としてビットの軌道をずらすが既に遅い。手前にやってきたビットの1基を白光球が呑みこみ、一瞬の内にその姿を光に変えて消し飛ばす。続く2基目は軌道を反らして最も破壊力のあるエネルギー弾を避けるが、それを追尾して伸びていく青と赤の拡散ビームが紫電を迸らせ、射線から離れていたビットを捉え、コンマ数秒ほど掛けて溶断してみせた。食い散らかす相手を見失ったマグナム弾はアリーナを覆う大規模エネルギーシールドに衝突し、シールドの形状を可視化させるほどの白雷を引き起こしてアリーナを覆い、霧散した。

 

撃った瞬間に機体が水平制御を維持しているにも関わらず、押し退けられ、錐揉み回転をしながら落下し掛けた所で想角が全力でバックブラストを放出し、スラスターを左右姿勢制御へと配分比を変更して噴射しながら姿勢を安定させ、地面に着地させてくれる。ビーム・マグナムに使った使用済みのパックカートリッジが押し上げられ、排出されて新しいカートリッジが装填される。砲身は既に完全冷却されており、すぐにでも次弾を撃てる体勢が整っていた。今度は地に足を着け固定しているため、連射だって出来る。間違いなく、このビーム・マグナムが、想角の主力兵装だと理解した瞬間だった。

 

 

「―――――く!」

 

 

「さぁ、ダンスを続けようか。セシリア嬢」

 

 

一度に2基のビットを失ったことでセシリア嬢はビーム・マグナムを最大限に警戒し、仇敵を見るような目で睨みつけてくるが、俺はその視線を心地良い物だと思いながらビーム・マグナムの砲口をセシリア嬢本人へ向けた。

 

 

 

 

想角が発する生体補助機能が昂る精神を抑えながらも最適な行動を実現させ続けていく。

 

 

表面装甲最適化完了率85%...

 

 

――機体を覆う装甲の奥から、赤が溢れ始めていた。

 




オリ主搭乗IS 現状公開可能情報に限り記載。

・名前-想角(ソウカク) オリ主命名「ユニコーン」

・世代-第3.8世代機(束曰く) 

・身長-(待機状態):217cm (着装状態):277cm (デストロイモード):297cm

・速度-(着装状態:巡航速度):1670km/h (着装状態:最高速度):2240km/h (デストロイモード:巡航速度):2900km/h (デストロイモード:最高速度):3620km/h   

・零速→最高速度到達時間-(着装状態):25.324秒 (デストロイモード):1.89秒


※デストロイモード時の速度は巡航速度、最高速度、零速→最高速度到達時間のいずれも操縦者の状態を考慮していない条件下で算出された値を記載。

・経緯
本機はそもそも次世代IS運用総合統括研究所が設計した物ではなく、篠ノ之束によって本来渡される予定だった防御偏向型IS「フェネクス」が破壊され、代替機として送られてきた篠ノ之束が作成したISである。篠ノ之束が本機と共に次世代IS運用総合統括研究所に送り付けてきた参考資料と取扱説明書には研究者たちがオリ主に届けるのを中止するべきだとの声が多く上がったが、研究所の成り立ちが特殊なこともあってか各国の面子を潰すワケにもいかず搬送期限ギリギリまで兵装を作成し直し、インストールしていた為まともなテストすら出来ないまま搬送された。



・独自特徴
1.思考操縦システム「インテンション・オートマチック・システム」
従来のISと異なり、このシステムは理論立てたイメージを元に動かすのではなく、自分自身の肉体の一部としてISを認識して動かすことが出来る篠ノ之束が自作した操縦補助プログラム。原理としては、操縦者が発する脳波を機体に一切のズレなく反映させることで肉体を駆使した時と同じ動きを再現させるというもの。操縦者は自分の手足の様にISを動かし、ISは敵性反応の探知を分担出来る為、より高度なレベルでISを操縦することが可能になった次世代技術の試験モデルが組み込まれている。また、これの特徴の一つとして、操縦者の好戦性を無意識のうちに高めていく作用が確認されると資料に記載されており、本機を装着し続けることで完璧な戦闘行動を実現させる兵士の育成が可能になっている。オリ主が持つ特出した認識能力によってシステムの一部が上書き修正されており、後述の「サイコフレーム」と連動することで本機以外のIS操縦者の思考を探知してオリ主に伝えるセルフアクティブソナーの役割を発現させている。

2.駆動式内部疑似骨格「ムーバブル・フル・サイコフレーム」
人間が発生させる脳波を探知する特殊なコンピューターチップを金属粒子なみのレベルで封じ込めた新素材「サイコフレーム」と展開装甲の試験技術の1つとしてフレーム自体が可変する「ムーバブルフレーム」構造を合体させた新技術を全身に転用した全く類を見ない新機軸のフレーム構造。篠ノ之束が第4世代ISの特徴である展開装甲の内部に組み込もうと「サイコフレーム」を開発するも、予想外の事態が発生し続けた為に「オカルト」扱いし、投げ捨てた失敗作であったがオリ主のIS学園入学を聞きつけ、入学祝として作り上げた本機の全身に、良かれと思って組み込んだ。
「サイコフレーム」単体での構想は、敵が発する脳波をいち早く受信して対応を早める目的で頭部付近にのみ使用するというものだった。

3.デストロイモード
操縦者がISの生体補助機能を以てしても制御しきれない強い衝動に襲われた際に発動するリミッター解除機能。デストロイモードが発動すると全身の装甲が展開し内部フレームが拡張、ブレードアンテナがV字型に割れ、バイザー状に顔を隠していたフェイスガードが上方へ数段階に分けてスライドし搭乗者の視界情報を完全にシャットアウトした後双眸の瞳を持つ人を思わせるマスクが頭部サイドアーマーの回転に合わせて展開する。この状態になると「インテンション・オートマチック・システム」の機能が変質し、操縦者は一切の機体操作への干渉が不可能になり本機を動かす重要パーツと認識される。デストロイモード稼働時の操縦者は脳波を感知する機能と肉体を乗っ取られ、肉体が裂けるような急停止や慣性機動も容赦なく行う『兵器』のパーツになる。解除される条件は"変身"してから5分が経過するか、操縦者が抱いていた情動の原因の排除を確認した時。操縦者が失神・死亡した場合に限り、生身の人間でも安全な高度・地形が確保された地点に降下した後に解除される。
篠ノ之束が制御しようと試みたが、制御するのは不可能に近かったので逆に操縦者を交換可能パーツとして扱う方向に修正したところ奇跡的に成立してしまった悪魔の技術。

単一仕様(ワンオフアビリティー)
第2段階へ到達しなければ使用できない為、現在は判明していない。


・基本武装
1.ビーム・マグナム(外付ラジエータ装備)
本機の主力武装。マグナム弾と呼ばれる専用のエネルギーパックを最大で5基連結し、一射で1基分のエネルギーを全て使い切る代わりに現存する全てのエネルギー系ライフルの4倍強の威力を持つビームを発射する。ビームの軌道周囲にはビーム・サーベルと同質の紫電が散っており、これを掠めただけでもシールドエネルギーに無視できないレベルのダメージを叩き出す威力がある。ただし、携行弾倉数が少なく、腰部後方のアーマー左右に5発分のエネルギーパックを装備しているものの、最初から装填されている分と合わせても15発しか発射できない。余りにも強力なエネルギーを一度に放射する為、片手で撃つと操縦者に甚大なノックバックダメージを与えかねない懸念から、90度角で展開可能なフォアグリップが左右に装着されており、両腕で構えることが可能になった。また、2秒以上の砲身冷却時間を取らずに連射し続けるとエネルギーパックから供給される大容量エネルギーが砲身から砲口へ供給されるセッションで動作不良を起こして誘爆し、本兵装が消滅する事故が発生したことがあった為それを避ける目的で急遽ラジエータを外付けし、5射分までなら砲身冷却時間を待たずとも連射が可能になった。

2.ビーム・サーベル
リアスラスターの役割も果たしているバックパックに2基、前腕部ホルダーに1基ずつ、計4基を装備。いずれも通常時に基部を折りたたまれ収納されているが、必要に応じてグリップが180度展開し装備することが可能になる。背部のサーベルはデストロイモードにのみ展開され、それ以外では使用する事が出来ない。デストロイモード中に限り、両腕部のサーベルは手に持たずとも瞬間的に移り変わる戦局の中で突発的接近戦に対処できるようにホルダーに収納された状態でもサーベルとして機能させることが可能。この状態を「ビーム・トンファー」と呼ぶ。

3.ハイパー・バズーカ
280mm大口径対群体攻撃用無反動ロケット兵装。実体弾火器兵装で、非使用時は砲身を短縮した状態でバックパック中央部に固定できる。が、主に収納された状態で隠蔽兵装扱いすることで、不意打ちによる殲滅を狙うことが多い。発射後に時間差で炸裂し、周囲にベアリング弾を撒き散らす散弾を装填している。砲身には拡張装備用のレールマウントが備えられ、次世代IS運用総合統括研究所の設立に出資した各国の規格兵装が装備出来るようになっている。(例:グレネード・ランチャー、ミサイル・ランチャーなど)
ビームマグナム弾の予備エネルギーパックを外す代わりに、此方の予備マガジンを腰部後方のアーマーにマウントする事が出来る。基本的に使い捨て式で、撃ち終わった後は放棄して本体の機動性を向上させる。アメリカが在庫処分として寄越してきた。

4.7.62mm頭部マシンガン
頭部のアーマー内に内蔵された小型機関銃。ロシアの強い希望により搬送2日前に急遽増設された武装。5発に1発の割合で曳光弾が装填されており発砲中の射線修正が可能。主に牽制用に使用するが、的確に当て続けることで脅威に為り得る威力を有している。納期がギリギリになったのは2割ほどコイツのせい。

5.シールド
4枚の花弁状のサイコフレームパーツが「X」字型に展開し、中心部に対エネルギー兵装用の拡散力場発生装置、通称「Iフィールド」が露出する。基本的にこの展開ギミックはデストロイモード時に機能するが、通常状態であっても「Iフィールド」は機能する。この兵装は搭乗者、ISの何方もが危険を察知していない完全な不意打ちであっても自動で展開され、性能試験ではビーム・マグナム2基の同時射撃すら拡散させる効力を確認している。ただし、零落白夜を防ぐことは出来ず、「Iフィールド」が生み出す粒子自体が無効化され攻撃を通してしまうことから、さらなる改良が必要であるとされた。
サイコフレームパーツは篠ノ之束から渡された参考試料の1つであり、それを加工してシールドに収めたことでサイコフレームを持つシールドが出来上がった。
「Iフィールド」は次世代IS運用総合統括研究所が威信を掛けて作り上げた新技術ではあるものの製作コストの高さ故に本来装備させる予定であった量産型ISに組み込むという目論見が破綻し凍結されていた。しかし、今回の騒動で装備を何とか水増しして誤魔化したかった次世代IS運用総合統括研究所はこのプランに目を付け、倉庫の奥で眠っていた「Iフィールド」の現物を流用した。








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11話

対セシリア2話目です。

誤字脱字多いね......誤字は友達!脱字はズッ友!




―――――――――――――――――――――――――――――――――

一夏

 

「はー、すごいですね堺くん......マニュアル射撃でいきなり当てるなんて」

 

ピット内のモニタールームでリアルタイムに映像が送られてくるモニターを眺めていた山田先生が感嘆の溜息を洩らす。

 

「奴は昔からやけに勘が鋭い節があった。おそらく、認識能力が他者よりも優れているのだろう。だからISの照準補助がかえって邪魔になる」

 

「それよりあの機動力です。大型スラスターもなしにあの快速性、万掌が明らかに対応し切れていません。姿勢制御も無茶苦茶で、ああっ落ちる!」

 

「大丈夫だよ、箒」

 

私は、口では箒にそう言いながらも時折、真っ白な装甲の裏側から隙間を縫って輝きを放つ紅蓮に言い知れぬ不安と恐怖心を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

万掌

 

セシリア嬢を見上げたままビーム・マグナムの砲口をビットではなくセシリア嬢が駆るIS本体に固定したことで、ビットの動きが止まったのを想角のマーカーがイエローに切り替わったことで知覚した。

 

「――――セシリア嬢、もしや」

 

「流石に、バレてしまいますか。ええ、御推察の通りかと。私が《ブルー・ティアーズ》を操作するときはその操作に集中するので、私が動けなくなります」

 

「セシリア嬢、IS搭乗経験が浅い俺が言うのもなんだが、ISに操縦を任せ、ご自分でビットを操作すればよろしいのでは?」

 

「......はい?」

 

「いや、ISに操縦を任せればいいというだけの話では?」

 

「堺さん。ISは操縦者のイメージを獲得して行動に反映します。IS自身に進路軌道を予測させながら、移動を任せることは不可能ですわ。出来ていたらやっていましてよ」

 

「俺のは可能なようだが、異質なんだろうか」

 

「――世代が変わると、そのようなことも可能になりますのね」

 

「なるほど、そのようで」

 

セシリア嬢に限ってまさかそんな事はないだろうと思いながら訊ねると、そのまさかで、ビットを操作している間はその操作に集中するために動けなくなるというネタばらしをされる。確かに、1基1基が全く違う軌道を描きながら飛んできた時は恐ろしいものを感じたが、本体が動けなくなっては意味がない。しかしISに移動を任せればそんな弱点も消えるのでは、と代表候補生に向かって言うには余りにも釈迦に説法な気もしたが、セシリア嬢は面食らったようでブルーの瞳を大きく開いて僅かに身体を硬直させた。それもすぐに元通りになり、いつもの美しく凛々しい顔を作り、ISは操縦者のイメージを元に動くと説明する。教科書でも似たような記述が書いてあったが、俺の操縦するISは自分の体を動かすように意識するだけで動いてくれるし、それよりも想角が自動的に最適な進路を設定して自由に機動してくれている。それが当然だと思っていた俺はセシリア嬢に想角がおかしいだけかと訊ねると、どうやらその様だったようだ。

 

「しかし、私のみとは言え、そのような機密を告げてもよろしかったので?最新技術の塊、どの国も欲しがるものでしてよ。無論、私の祖国もその例に漏れません。この戦闘が終われば、データの提供を要求されるでしょう」

 

「――――それは考えが及ばなかった」

 

「堺さん、今このような状況でこのような小言を言いたくはありませんが、専用機というのは極秘事項の塊のようなものでして、そう迂闊にお話をされても扱いに困ります。この会話ログだけは後で抹消しておくので、今後はお話されないようにしてくださいな」

 

「以後気を付けます......」

 

セシリア嬢は機密事項の話を上げ、それを欲しがる国の多さとイギリスもその例に漏れないことを告げた上でこの後の展開を予想していた。それを想定していなかった俺は誰にも見られない覆面の下でやっちまったと顔を歪めながらに天を仰いだ。その様子を見てセシリア嬢は溜息を吐いてから専用機持ちとしての心得をレクチャーしてくれる。それで会話ログだけは消してくれるというので、今はそれに甘えることにした。反省しなければいけない。

 

「――では、再開といたしましょう」

 

「ええ」

 

先程までの融和ムードを即座に掻き消して戦う者の眼差しになったセシリア嬢が一斉にビットを動かし始めるのを見て、了承を告げつつビーム・マグナムをセシリア嬢本体目掛けてトリガーを押す。表示される視界が一瞬だけ白に染まり、恐るべき威力を持った高出力エネルギー弾がセシリア嬢目掛けて飛来するが、セシリア嬢は即座にビットの操作を中断して射線から離脱する。その隙に頭部マシンガンを使いビットを撃墜しようと連射するが、散々ばら蒔き撃ちしてきたのが祟りこのタイミングで残弾が尽きた。自動的に頭部マシンガンがオフラインになりマニュアル照準が格納され全天モニターが映り込む。

こうなると、後は残弾数が少なく威力が高いビーム・マグナムと攻撃兵装ではないシールドくらいしか装備がない。継戦能力の低さが此処にきて災いし、セシリア嬢はビーム・マグナムとシールドの双方を非常に警戒しているため決定打にはさせてくれないだろうし、シールドも徹底的に攻略してくるだろう。何か、他に武装は無かったかと武装一覧を想角も即時展開させ、それを流し読む。現在装備しているシールドとビーム・マグナムはオレンジ色の枠で、破壊されたハイパー・バズーカは灰色に染まり、残弾の尽きた頭部マシンガンは赤色で表示されている。使用可能な武器は緑色の枠で表示されたビーム・サーベルのみ。だが、此処に来て近接兵装を露見させるという事は、言い換えればもはや白兵戦を挑むしかないギリギリの状態にまで追い詰められたということを自分から示唆するということ。セシリア嬢はまだ俺が何らかの高出力兵装を隠し持っているのではないかと疑っているはずなので、ここで自分から手を見せる必要はないと判断し武装一覧を閉じた。

 

「その頭部マシンガンも、撃ち尽くしたようですわね」

 

「――まだまだ、これからだと言っておこう」

 

「そうですか。泥臭いやり方は好みではありませんが、互いの兵装相性の観点から長引く事は明白、かしら」

 

「セシリア嬢がシールドを突破してダメージを蓄積させるか、俺が一撃叩き込むか。――単純な話でしょう!」

 

「――――仰る通りですわ!」

 

セシリア嬢は話を切り出しつつ、少しでも優位を取れる位置に移動していく。想角もそれに合わせて、ビットからの攻撃をシールドでカバーしつつビーム・マグナムの射線が通る位置を確保し続けていた。撃墜には至らなかったものの蓄積したダメージが大きいのか黒煙を上げて不安定な挙動で動くビットが1基と、多少の被弾痕は見受けられるが機能に影響はないのか軽快な動きで飛び回る1基の計2基。

セシリア嬢のISは最初のハイパー・バズーカでダメージを負ったこと以外はほとんどダメージらしいダメージが入っていない。ビットを優先させすぎた、と一人反省しながら想角に部位ごとの損傷度を表示させる。バックパックの稼働率が34%低下、右足装甲版が融解し損傷。目立つ被害は少ないものの、シールドエネルギー残量は23%を切っており一刻も早く決着を付けたいと気持ちが急いてしまった。

セシリア嬢にこの勝負は意外にも簡単だと言いながら不意打ち気味にビーム・マグナムを無事なビットの方へ向け、進路を予想しつつ牽制射で一発、退路を塞ぐために追加で一射撃ちこむ。そして、ビットを閉じ込めるように赤と青の残滓が囲んだことを確認し、掠らせれば破壊出来るという気持ちの余裕もあってか、思いの外冷静にマグナム内に装填されていた最後のカートリッジのトリガーを引き、ビットを破壊することに成功する。これで、3基撃墜。残った1基は無視しても問題ない。三射連続で突き抜けたビーム・マグナムがアリーナを揺らし周囲を白に染め上げるなかで、お返しと言わんばかりにセシリア嬢は俺がビットの破壊に油断した一瞬を突き、伸ばしきっていた右腕に装備したビーム・マグナム目掛けスターライトmkⅢを速射し、撃ち抜いた。

 

幸いにもマグナム内のカートリッジ数は0だったので誘爆の危険はなかったが砲身部分に大穴が開き、まともな部位がグリップしか残っていないビーム・マグナムを投げ捨てる。

いよいよもって白兵戦を仕掛けるしかなくなった俺は、この勝負の武装の使用方法に問題があったな、と負けが濃厚になったことを確信しつつ最後まで見せなかったビーム・サーベルを展開させた。左腕のシールドが一瞬だけ宙に浮き、ホルダー内に収納されていたグリップが180度展開することで掴めるようになり、それを右手で掴んで一気に引き抜く。セシリア嬢はその光景に一瞬怪訝そうな顔をするも、グリップから放出されたマゼンタ色の高出力ビームが刀身を形成したことで一気に顔色を変えた。

シールドが再度マウントされ、騎士の構えを作り戦闘開始直後と比べ機動性がかなり落ちたスラスターからなんとか出力を提供させ続け突撃を敢行。シールドを前方に構えつつ、その裏にビーム・サーベルを隠しながら一気に接近し強襲する。スラスターが瞬間的に吐き出したエネルギーを、スラスターが取り込むことで不足していたエネルギーを自給し圧縮。再放出して爆発的な加速力を得る。瞬間的に叩き出した最高速度に想角がこの速度域での機体制御は直線的軌道のみに限定される旨を告げてくるが、おそらく直線的な動きで十分なはずだ。

 

表面装甲最適化完了率98......99%......

 

予想以上の速度で接近した俺は、この慣性に乗せられるまま前方に展開したシールドを下げ、ビーム・サーベルを握った右腕を突き出す。セシリア嬢はそれに合わせる形で俺から見て左側へ避ける動きを見せたので右腕を突きの構えから払う構えに変えて追従し、仕留めに行く。その流れを見て、セシリア嬢は勝利を確信した笑みを浮かべた。突如、セシリア嬢はその場で急停止し、今まで見た事もない速度を発揮して逆加速をしつつ俺の右側へサマ―ソルトターンを行い上下を反転させたまま抜けて行き――がら空きの側面を陣取った。

不味い、と思い機体を停止させようとするが想角が操縦者に重大なダメージを与える恐れがあると警告を発したことでそのまま突き進んでしまう。

 

「お生憎様ですが――――《ブルー・ティアーズ》は6基、ありましてよ」

 

腰部のアーマーがスライドしていき、隠れていた突起が姿を晒す。その瞬間に想角がマーカー《WEAPON》レッドを告げるが避けられない。想角に右手のビーム・サーベルとシールドを瞬間的にスイッチさせて防御を固めるが、射出された2基のビットは今までの物と違いレーザーを発射するタイプではなく――弾道形状を成していた(ミサイルだった)。シールドを信頼し過ぎていたツケがここで回ってきたようだ。直に食らうわけにはいかず、ミサイル2基に対してシールドをパージしてぶつける事で空間を作り、少しでも爆発した時のダメージを軽減させようと足掻く。パージされたシールドにミサイルが2基同時に衝突し紅蓮の炎と黒煙を巻き上げる。慣性を少しずつ殺しきった機体が爆風に揺れ、想角が提供するモニターの縁が警告を意味するオレンジに変わり、残シールドエネルギーが12%を切ったことを告げてきた。シールドはシュルツェンのような空間装甲の役割を果たし俺へのダメージを軽減してくれたが、ミサイルが生み出した高熱に耐え切れずシールドの外周は飴細工のように歪み、塗装は剥げ、中心部分は辛うじて形を維持してはいるが既に盾としての機能はない様に思えたので回収することを諦め、放棄した。左手に装備していたビーム・サーベルを右手に投げることで持ち替え、バックブラストを吹かしながら振り返り様に横薙ぎの一閃。回避を始めていたセシリア嬢の機体に出力差で無理矢理追いつき肩のスラスターにビーム・サーベルの切先を押し付け、振り抜くために力を籠めていく。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

ビーム・サーベルが触れたスラスターの一部が瞬時に熱を放ち、ビーム・サーベルの熱から逃れるように液体となった金属が消し飛ばされていく。このまま、押し切る。少しでも切断速度を上げたかったので、左手で右腕を押し込むことで切りつける圧力を高めてやると、最も耐熱性の高い部位を溶断したのか一気に抵抗が無くなり、振り抜いた。そしてそのまま、力を籠め過ぎて崩れた姿勢を想角に修正させず、頭部を地面に向ける体勢になっていた俺は左足を持ち上げ、セシリア嬢の機体を思いきり蹴り飛ばす。それと同時に再装填の終わったミサイルが2基射出され、即座に弾けた。セシリア嬢の自爆覚悟の超至近距離による爆発兵装によって互いが互いに吹き飛ばされ、距離が生まれてしまう。

 

「――――ちぃ!」

 

「――――!」

 

地面へ向かって墜ちていく途中でスラスターを吹かせて機体を安定させるが、左足の駆動部がスパークを引き起こして機能低下を訴えた事に思わず舌打ちをした。セシリア嬢はもはや一言も発する余裕がないのか、無言ではあったものの切羽詰まった表情で火花を散らすスターライトmkⅢを構える。遠距離に持ち込まれては、もはやシールドさえない俺は圧倒的に不利になる。どうにかして、この距離を埋めなければと焦燥する。

 

 

 

セシリア嬢は既に、トリガーに指を掛けている。

 

 

 

気持ちが焦り、早鐘を打つように心拍数が上がっていく。

 

 

 

想角の生体補助機能では抑えきれないほどの焦りが、想角と俺の2つの思考を染め上げていった。

 

 

表面装甲最適化率100%......最適化完了。

 

 

(――――どうにかして、スターライトmkⅢ(アレ)を破壊しなければ

 

 

 

 

ISと、操縦者の認識が一致した瞬間。スターライトmkⅢが流星を思わせるレーザーを発射した。

 

 

 

――パイロット保護機能解除。システム掌握。装甲連結解除(リミッターパージ)。目標を視認。処理を開始。

 

 

その瞬間、想角の全身から赤色の光が漏れ始める。無茶をさせ過ぎて熱暴走したのかと思って動かそうとするが、身体が動かない。頭の中に響く無機質な声に戸惑っていると、想角が"変身"した。

 

セシリア嬢の放ったレーザーが目の前で捻れ曲り、分散したレーザー光はアリーナのシールドや地面、セシリア嬢のISを掠めていく。Iフィールドのような何かに守られながら、浮いたままの機体の内側から迸る赤い光はますますその彩度を上げて輝きを増していく。その輝きに包まれながら、想角の白い装甲各種が浮いた。踵を保護していた装甲が浮き、踵がヒールの様にリフトアップして、足の両サイドに収納されていた装甲が60度上方へ回転して反り上がる。足首よりやや上の位置にある装甲版がスライドしていき、赤い光を放つフレームが露出する。脹脛を保持していた奇妙な装甲が展開して、中からスラスターを装備したフレームが拡張されることで初めてその姿を晒す。そこから膝を覆っていた装甲版が大きく前方へ押しやられるようにして開かれる。更に一段階フレームが膨張した感触を受けて機体が伸び、それに連動するように太ももを覆っていた装甲版の奇妙な継ぎ目が裂けることで対応した。腰部前面のアーマーは斜めに吊り上がるようにして溜めこんだ熱を放出したいと言わんばかりにフレームを見せつけ、前面左右のアーマーに挟まれた装甲部位も大きく膨らみ、爆ぜるが如くフレームが内側からアーマーを食い破るようにして大気に晒される。腰部背面もエネルギーパックをマウントしていた装甲版が開き、追加のスラスターが顔を覗かせた。両腕がフレームの拡張により引き延ばされ、それに対応する形でZ字型の継ぎ目と継ぎ目が開かれることで光が漏れ出していく。胴体が少し伸び、肩幅が広がり、胸から露出するフレームの拡大率は今までの物よりも遙かに大きく、それを阻害しないために装甲が下方へスライドし、フレームの下側へ収納される。両肩の中央部が大きく横に裂け、紅蓮にも似た粒子を垂れ流すフレームが威圧感を抑える事無く顕現する。背部に備え付けられていたバックパックが展開していき、先程まで使用が不可能だった位置に収納されていたビーム・サーベルがせり上がってうなじを保護するように展開し、ただでさえ強力な出力を誇っていたバックパックスラスターの両脇から、追加のスラスターが1基ずつ展開した。そして、それらが一瞬、かつ同時に行われていくのを動く事が出来ず困惑の色を強めて眺めていた俺を放ったまま、頭部の"変身"が始まっていく。

両側面を保護していた装甲が耳から離れ大きく開き、バイザーがそれに連動して中央で割れながら左右の空間に収納されていく。自らの双眸が露出したのも束の間で、すぐに目から下を覆っていた覆面が上方へ階段の様にスライドしていき俺の視界を完全に塞いでしまう。想角が視界のシャットアウトを確認しつつ、広がったままの両側面の装甲を回転させ、頭頂部に収納していた人型のマスクを降ろし俺の顔を塞ぐマスクの上に固定した。そこから、開いたまま180度回転した両側面の装甲が再度密着する。最後に本機の最大の特徴であったブレードアンテナの中央に金色の光が筋を作り、半分に割れ――V字型のアンテナへと変形し、全ての変身工程が完了した。

 

自分の操縦を全く受け付なくなった機体の双眸が緑の鋭い眼光を放ち、ビーム・サーベルの出力が急激に上がっていく。それはマゼンタ色をしていた刀身がやや白く染まるほどの変化を如実に見せつけていた。

 

「――――変わった?」

 

セシリア嬢は、自身が撃ったレーザーがIフィールドのような物で弾かれたことよりも、想角の見た目が変身したことに強く警戒した。

 

「――!」

 

口を完全に固定され、通信機能も制限されているのか一切の会話を行うことが出来ず、急激に動き出した想角に俺は肉体を乗っ取られたかのような錯覚を受けた。自分で動かしていないのに、自分の体が動いている。それはまるでISを人間が操縦しているのではなく、ISが人間を操縦しているようだ。しかし、今もっとも恐ろしいと感じたのは、これほど訳の分からない状況に追いやられていてもそれを上回る安堵に包まれていたことだった。多角形直線機動を描きながら、今までに感じた事のない慣性に身体の節々が軋みを上げ始め苦悶を声を漏らすが、想角は先程までと違いその一切を通達しない。それどころか、更に出力を上げて突っ込んでいくものだから、本当に身体が千切れてしまいそうになる。いや、事実千切れかけている。恐らくセシリア嬢に急接近しビーム・サーベルを振るったのだろう、右腕が豪速で振り抜かれ肘より先の骨と筋肉が軋んだ。暴走かと思ったが、この変身が始まる前に聞こえた僅かなアナウンスがこの機体の特徴であることを告げていたので、変身(これ)は仕様なのだと理解した。暴走でないなら、御し切れるはず。そう思って必死に肉体の優先権を取り戻そうと抗うが想角はびくともせず、逆に俺の手を更に離れていくように殺人的な加速を開始する。

 

「―――......っ、!......!」

 

想角がパイロット保護機能の一部をカットしてるせいか、息が出来ないまま慣性の暴力に振るわれ全身が消費されていく。このじゃじゃ馬が加速する度に肺が潰れたと錯覚するほどの衝撃を受け続ける。四肢に掛かる力が抜け始めてきたが、想角がそれを許さず、外側からフレームを通じて無理矢理力を籠めさせた。握り潰されるほどの圧力で保持された俺の腕を容赦なく振るい、何かを焼き切ったのだろう。ビーム・サーベルが空振りではなく、何かを切り裂いた感触を捉えて、視界が復活した。視界だけではない、想角がシャットアウトしていた物全てが再接続され、それと対になるように輝きを放っていたフレームは光を失い灰色になり、展開していた装甲各部位が折り畳まれ縮小して元の位置へと戻っていく。顔を覆っていたマスクが即座に元の位置に格納され、バイザーがスライドして戻ってきたのち、V字のアンテナは再び一本のブレードアンテナへと戻った。

 

「―――はっ......はっ......もど、った?」

 

「堺さん!貴方!何度も呼びかけたのに一体どういうおつもりかしら!?」

 

「すまない......機体が、変身してから、言う事を聞かなくなった。乗っ取られたような、感じがした」

 

奪われた全ての機能が復活したことに安堵し、吐き出された酸素の全てを取り込み直すように短く何度も呼吸をしていると両手に何も装備していないセシリア嬢が心配そうな顔と怒りを籠めた顔の両方を覗かせながら近付いてきた。俺に何度も呼びかけたそうだが、俺はそれを一切聞いていない。だから俺は、想角が変身したと思ったら肉体を乗っ取られたと話すしかなかった。セシリア嬢は困惑していたが、これ以上模擬戦を続ける気にもなれずに中止を告げる旨を述べたあと、俺を抱えてピットに運び込んでくれた。

 

機体から降りると力が入らず、倒れそうになった所を一夏と箒に支えられ、そのまま担架に乗せられて保健室に連れていかれた。

 

 

 

 

 

模擬戦は、試合内容に難有りと判断され無条件で失格に。

 

セシリア嬢は自身の未熟さに思う所があったらしく、一夏にクラス代表を譲ったことで一夏が1年1組のクラス代表になった。

 

当の一夏が、一番納得していない顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

千冬

 

「――――で、今回の件ですが。一体どういう意向であのようなISを堺に?納得のいくご説明をお願いしたい」

 

「アレは私たちの間でも意見の割れていた物です。故に今回の事故は想定されたケースであり、我々も現にこうして仕様を説明する為にIS学園に赴いたのです。ただ、少々来賓手続きに手間取りまして――――その間に、問題が起きてしまった」

 

「ではその説明をお願いしたい。早急に」

 

「お、織斑先生。お気持ちは分かりますが落ち着いてください......」

 

「――すみません、少々焦りすぎました」

 

堺の乗るISが変形し、操縦者を潰しかねない空中機動を連続して行い始めたことを不審に思っていると、次世代IS運用総合統括研究所の一団がスーツを着てやってきた。そして、モニターに映る変わり果てた想角を見て責任者と思わしき男が「ああ、遅かったか」と声に出したので問い詰めようとしたところ、山田先生に制止される。確かに焦りすぎた節があったので自重して、一呼吸置いて頭を冷やした。

 

「順番に説明していきますが、アレは本来、堺万掌くんに送る専用機ではなかったのです」

 

「それはどういうことです」

 

「はい。我々が送る予定だった本来の機体は、堺くんの強い希望とあって全身にシールドを装備した防御偏向型IS『フェネクス』というもので、それは我々技術団が作り上げた世界にも類を見ない攻撃兵装を持たないISになる予定でした」

 

「......」

 

それはひょっとしてギャグで言っているのかと思いたくなる発言に頭を抱えていると、山田先生も同じところで疑問を抱いたのか苦笑している。

 

「しかし、搬送2週間前に研究所が篠ノ之博士から襲撃を受け、我々が用意していたフェネクスを破壊してしまったのです」

 

「あのバカが?それは一体、何の為に」

 

「襲撃は一瞬の出来事で、粉々に砕け散ったフェネクスを更に押し潰すように巨大な兎の絵が描かれたコンテナを残していき、襲撃してきたISは去っていったのです。我々も中身を検めるまでは、それが篠ノ之博士が差し向けてきた物だとは気付かなかったんですよ」

 

「――――」

 

束の名が挙がったことで一気に警戒心を強めて話を聞いていると、間違いなくあのバカがやらかしていそうなことで、思わず額に手を突いたまま天井を見上げてしまう。

 

「で、コンテナを開けてみると一枚のメモと膨大な数のファイル。そして想角が収納されていました」

 

そう言いつつ、胸元にぶら下げた来賓者であることを周囲に通知するネームプレートに『主任-桜井』と書かれた男は、メモのコピーを手渡してくる。

 

「『こんなクソだっさいISをプレゼントするとか正気じゃないね!束さんが作ったこの子を送ってあげなよ。武装の一切はないからそっちでなんとかするように。 PS.またふざけた物を作るようならコア返してもらうからね』」

 

「篠ノ之博士の感性には困った物です。我々の意見が珍しく満場一致を果たして作成したISをダサいの一言で片付けてしまうのですから。ああ、話が脱線してしまいましたね、申し訳ない。そうして送られてきたのが想角で、同封されていた資料の全てを全職員が共有した上であれを本当に送るべきか、会議を何度も重ねました。当然、危険性も知っていたので現場の作業員たちは強く反対しました。私も反対したうちの一人です。しかし、我が研究所の成り立ちが成り立ちなだけあり、上からの指示には逆らえんのです。ましてやそれが、各国政府の意思とあっては一研究所ではどうすることも出来ません」

 

読み上げたメモのコピーを返すと、それを桜井主任は受け取りながら束のセンスを疑うと言い出す。――これについては何も言うまい。桜井主任は真面目な顔を作り、危険性などを考慮した上で会議を重ね、研究所全体が反対意見で固まり始めた所で政府からの圧力を受け、苦渋の選択の末送る方向に舵を切ったらしい。

 

「我々の中にも堺くんと同じ歳くらいの子供を持つ職員もいます。政府の指示とはいえ、自分たちの子供を殺人マシーンに乗せることを快く思う人間がいるワケがない。何が面子だ、何が国の威信だと思いながら、それでも届けなければならない物であるが故に多少の遅れを出しても全力で武装を作成し、搬送しました。が、搬送してからほんの数時間後に、職員たちが決起したのです。やはり、使わせてはいけないと。あれはそれほどに危険なISなのです。我々が思いついても、研究に移すことすらしなかった悪魔の技術を当然のように積んでいる」

 

「資料を見せてもらっても?」

 

「構いません。むしろ、知って頂きたい。あれがどれほど危険な物なのか、我々が何故、此処に来たのかを」

 

桜井主任は握り拳を作り音を立てることさえ気にせず悪態を吐く。何時の時代も、圧力には逆らえないものだ。私もそうであったように。資料を拝借し読み進めていくと、今すぐにでもあのISをスクラップにしたい衝動に襲われる。なるほど、確かにアレは危険だ。

 

「よくわかりました。アレは存在していい物ではない。『インテンション・オートマチック・システム』、『サイコフレーム』、『デストロイモード』。その何もかもが人類には早すぎる。人間がISを使う事はあっても、その逆は有り得てはいけない。そんなシステムが普及してしまえば、人はISを動かす為のパーツでしかなくなる」

 

「その通りです。故に私たちは立ち上がった。研究者として、いや、研究者である前に、一人の大人として、子供にあんな物を使わせてはいけないと思い、こうして足を運んだ次第です」

 

「貴方たちの来賓理由はよくわかりました。私も一人の大人として、あれの存在を許すことはできません」

 

 

 

 

 

 

そうして、次世代IS運用総合統括研究所とIS学園の意見が一致した事で堺万掌の専用機『想角』はセシリア・オルコットとの模擬戦終了後、IS学園の地下に存在する極秘格納庫の中で一時的に凍結処理を施され、3か月後の7月21日を以て破棄される方針で固まった。

 

 

また、この模擬戦を目撃した者たちには口外禁止の御触れが回り、セシリア・オルコットのブルー・ティアーズに記録された会話ログだけでなく、映像記録も漏れなく削除されたことで模擬戦があったという事実は闇に葬られた。

 

 

 

 

 




凍結処理(呼べば来ちゃう)


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12話

オリ主の専用機が手元にない状態なので、みっちり練習している一夏ちゃんが穴をあける訳もないので穴空けイベントも、飛行訓練のシーンも、放課後訓練もないです。

イベントスキップとかじゃないです。ほんとですよ(震え声)

オリ主がクラス代表してる訳じゃないのでお祝いパーティは1組のみです。

最近いちかわいい出来てなかったね......仕方ないけどごめんやで......シリアス入るとどうしてもね




鈴の性格を考慮した上で、何も知らず、告白もしてない鈴が一夏ちゃんを目撃した場合、どういう一言目を取るのかをずっと考えてました。

本当に最後に少ししか出てこないのにめっちゃ悩みました。

プロットには鈴ちゃん登場としか書かれていない。

見切り発車が過ぎる。

後書きにオリ主プロフィール的なのと本文に書かなかった小ネタをごちゃ混ぜにして載せておきました。長いのでご留意ください。

あといつものうっかりで想角の出力というか速度の記載をしてなかったので10話の後書きを更新しておきました。ご確認ください。


追記:一夏がチョロインかどうかという疑問が感想に寄せられていたので自分なりの考えを記載しておきました。同様の疑問がある方は感想欄からご確認ください。お手数をおかけします。まぁぶっちゃけるとチョロインですよね


「と、いう訳であのISは非常に危険性の高い物だという事だ。そのコピーされた資料を閲覧し、読了後は私か山田先生に返却するように。2時間以上の所持を許さないので、そのつもりでな。書かれていることにショックを覚えるかもしれないが、それは後にして今はお前が一体どんな風に使われたのかをよく知っておけ。では山田先生、後は任せます。私は凍結処理に立ち会ってきますので、これで」

 

「は、はい。お気をつけて」

 

保健室のベッドに寝かされた直後、千冬さんと山田先生、そして来賓者用のプラカードを掲げた中年の男性が入ってきてから、試合内容を振り返って反省会を一夏と箒としていたところ、ISについて説明があるらしく人払いをされた後にプラカードを掲げていた男性――桜井主任というらしい――の説明を千冬さんが引き継ぎ、資料を手渡してきて、すぐに山田先生にこの場を任せて退室していった。保健室に残った山田先生と桜井主任の目を気にしつつ、資料を手に取り読み始める。

 

「――――これだ。『デストロイモード』......そうか、コイツが......そう、か」

 

痛む右腕に顔を顰めながら、ページを読み進めていく。『インテンション・オートマチック・システム』。『ムーバブル・フル・サイコフレーム』の項目に記載されているところにも思うものはあったが、それよりも、何よりも先に、あの"変身"が知りたかった。そして、資料の残りページ数が僅かになった所で、機体資料がコピーされたページが表示された。載っていた機体は、想角の"変身"後の姿だった。それからそのページ内に書き留められた物の全てを読み、自分がISという『兵器』を動かすパーツにされていた事を知った。千冬さんが、IS学園が処分すると言いだす訳だ。

 

「堺くん。この一件の全ては、我々の不徳に集約される。大人であるはずの我々が、子供である君をあのように恐ろしい物に乗せてしまったこと、謝罪させて頂きたい。――――誠に大変失礼をしました!!!」

 

資料を捲る音だけが保健室を包み、資料を全て読み終えた後に山田先生に返却すると、山田先生は酷く哀し気な表情で俺を見てから資料を受け取り奥へと下がっていった。そして、代わりに前に出てきた桜井主任が、謝罪をしたいと言って、土下座をした。

 

「――ちょ」

 

「この謝罪に意味がないことは分かってます、ですが―――腐りきった、体裁だけは保とうとする国に代わり、私程度の頭でしかないが、この通り、下げることを赦して頂きたい!でなければ、我々は良心すら失いかねない!」

 

「あ、頭を上げてください。俺は別に、謝罪なんて――」

 

「――――本当に、国に何と言われようと止めるべきだった。例え私の首が飛ぼうとも、止めるべきだった......!このような事態を招くと知っていたのに、私は、我々はそれを見過ごした!薄氷よりも薄いプライドと君の安全を天秤に乗せ、あろうことか下らないプライドが勝ってしまった!」

 

「......謝罪なんて、本当に必要ありません。頭を上げてください」

 

そこには、色々な物に縛られた大人がいた。保健室の床に額を擦りつけ、涙を流しているのか嗚咽交じりに謝罪をする大人がいた。人の心を保ちたいと願っている大人がいた。守るべき物の多さに耐えられず、膝を着いた大人がいた。守りたい2つの物を天秤に架けてしまった大人がいた。だから、謝罪は受け取りたくなかった。

 

「桜井主任は、すごく、良い人なんですね」

 

「――そんなことはない!私は、犯罪者だ!君を殺し掛けた、犯罪者の一人だ!だから、償いをさせてほしい!君の言う事なら、どんなことにも従おう!それで君の気が晴れるのならば!どんな要求でも受け入れる!」

 

「......だったら、俺に想角を、今一度」

 

「――――」

 

「想角をもう一度、俺に。使わせてください」

 

「堺くん!?何を言い出すんですか!ダメに決まってるじゃないですか!私は絶対に使わせませんよ!」

 

桜井主任の芯の通った在り方を尊敬した。だから、頭を上げてほしかった。しかし桜井主任は、自分のことを犯罪者だと言った。だから俺は、桜井主任は犯罪者ではなく、現存するISの中で最高峰の機体を俺に与えてくれたのだと証明する為に想角の手綱をもう一度握りたいと嘆願した。山田先生は普段のビクビクとした様子は一切感じさせず、気迫に溢れた教師然とした態度で俺を叱りつけた。それも、当然の事だろう。

 

「お願いします。もう一度、俺に。お願いします」

 

「堺くん!」

 

「――――なぜ、資料を見たのに。なぜ、もう一度アレに乗ろうと?」

 

「要は、『デストロイモード』さえ発動させなければいい、あれほど優れた機体はありません。『デストロイモード』さえなければ、暴走はしません」

 

「......」

 

「俺は桜井主任のような、子供に頭を下げることが出来る人を、犯罪者にしたくはありません。だから、俺が桜井主任は犯罪者ではなく、立派な研究者だと証明します。想角を乗りこなすことで、証明してみせます」

 

「......君は――」

 

「――む、無理ですよ!もう既に凍結処理が始まっているんです!諦めてください!」

 

強く、強く。頭を上げた桜井主任の目を見て熱望する。資料を見て分かったが、『デストロイモード』だけが特出して危険なだけなのだ。つまり、裏を返せば『デストロイモード』を発動させなければ危険性は圧倒的に低い物ばかりということ。だから、もう一度俺に想角を与えてほしかった。今度は、完璧に扱い切ってみせる。そうした覚悟を滲ませていると、山田先生から既に凍結処理が始まった旨を告げられる。

 

「今すぐじゃなくてもいいです。破棄される3か月後までに――――お願いします、先生。お願いします、桜井主任」

 

俺は頭を下げて頼み込んだ。桜井主任は一応検討するが無理だろうと言ってIS学園を後にし、山田先生は全職員に伝えはするが此方も同様に無理だろうと言われて保健室から退室していった。

 

 

 

その日の内に、口外禁止ではなく、研究所の面子があったため言いだせなかったが実はISに重大な欠陥が見つかったので現在研究所へ返送し原因の解明をしている、というシナリオの方がやりやすいと判断されたらしく修正の加えられた嘘が学園中に意図的に流され、俺は専用機を修理してもらっている生徒という扱いに落ち着いた。真相を知っているのは学園の教師陣と研究所職員、そして俺だけである。後日、次世代IS運用総合統括研究所から新しい専用機の製作に取り掛かるが予算が降りるのが5月からだと言われ、そこから基本フレームの構成などを行うこともあってか到着が7月下旬になる旨が告げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いう訳で!織斑さんクラス代表決定おめでとー!」

 

『おめでとー!』

 

クラッカーが連続して弾ける音が響き、一夏の頭の上に大量の紙テープと紙吹雪が乱れ積る。一夏はまだ自分がクラス代表になったことを疑問に思っているのか、笑顔を作っているがその口元は引き攣ったままだ。夕食後の自由時間に、1年1組の生徒が食堂を借りて一夏のクラス代表就任祝いをしようと言いだしたので、1年1組の生徒だけでやることになった今夜のパーティは、細やかながら各自が好きに飲み物を手に取り交友を深めている。一夏はクラスメイトたちにお祝いの挨拶を一人ずつされながら頭の上に乗った紙テープやら紙吹雪やらを丁寧に退けていた。

 

「よう、人気者だな」

 

「バンショー!もうくったくただよー。肩かしてー」

 

「なっ...あ、あのなぁ、馬鹿を言うんじゃない。もう少し距離感ってもんをだな......」

 

「でもずっと隣で手握り合ってたじゃない」

 

「――――............そう言われるとそうだな。距離感的にもそこまで変わらないか?」

 

「じゃあ問題ないね!ね!今度味噌汁も作ってあげるから!」

 

「別に物で釣らなくてもいいだろ。仕方ないな、ほら」

 

「わーい!」

 

一夏に挨拶をしに行こうとする度に、一夏に声を掛けたクラスメイトたちがその足で先日の模擬戦の話を持ち出しては労いの声や心配する声を掛けてくるので俺は返答に困り、ただ苦笑いのような愛想笑いを作る事しかできずにいたが、挨拶も一通り終わったようで落ち着き始めていた一夏の隣に声を掛けてから座り、持ってきたオレンジジュースを一夏の空のグラスに注いだ。一夏は俺の到着を大いに歓迎し、即座に肩を貸してくれと頼んでくる。気疲れでもしたのかと思ったが人目もあるし、距離感というものを保ってほしいと思って口に出した言葉はすぐに一夏に返され、思い返していると、確かに距離感的にはそこまで変わらないことに納得しつつあると一夏はそれを念押しして、更に味噌汁で俺を釣ることで了承させる。最終的に俺が折れる形で一夏に肩を貸してやると腕を抱きながら、二の腕に顔を擦りつけてきた。そこまでしてもいいとは言っていないが、言う気力も無かったし嫌な気もしなかったのでそのまま放っておいてオレンジジュースを自分のグラスに注いでちびちびと消費することにした。

 

「待たせた。何か軽く摘める物でもと思ってな。チョコレートを貰ってきた」

 

「ありがと、箒」

 

「気にするな、万掌もどうだ」

 

「悪い、夜のチョコはパス。気を遣ってくれたのにすまんな」

 

「甘い物はダメだったか?」

 

「夜がダメなだけで、朝とか昼ならイケるんだがな」

 

「夜にチョコはちょこっとなーって?」

 

「は?」

 

「あー!ごめんてー!」

 

右腕を一夏に遊ばれていた所に、箒がプレートに1粒1粒包装されたパーティ向けのチョコレート菓子を載せて持ってきた。一夏の右隣に座った箒は一夏にチョコを渡しながら俺にも勧めてくるが遠慮する旨を告げると、甘い物がダメだったかと訊ね返してくる。夜はダメで朝や昼は大丈夫だと答えると、一夏が下らないギャグを言い出したので立ち上がりつつ肩から引き剥がそうとすると途端に謝り抱き着く力を強めてくるので、剥がすのを諦めてソファに座り直した。コイツは男でも女でもギャグセンスは培われなかったらしい。

 

「御機嫌よう、()()()()

 

「......あ、ああ。御機嫌よう、セシリア嬢」

 

「あら、いやですわ万掌さん。私の事は気軽に、セシリアとお呼びくださいな」

 

「わ、わかった。セシリア」

 

「はい!」

 

3人で占拠していたコ字型テーブルで賑やかに雑談をしていると、セシリア嬢、いやセシリアが俺のことを名前で呼んでくるものだから、つい驚愕してグラスを落とし掛けてしまう。自分も名前で呼んでいるのだから堅苦しい言い方を止めろと言われ、その通りにして挨拶を行うと満足したのか、セシリアは胸の前で両手を合わせて笑顔を作った。

 

「一夏さんと篠――いえ、箒さんも、御機嫌よう」

 

「こんばんは、セシリア」

 

「ああ、お前も一緒にどうだ。万掌、空けてやれ」

 

「わかった」

 

「まぁ、よろしいので?ではお言葉に甘えて、失礼しますわ」

 

「――――しかしセシリア、急に俺の事を名前で呼ぶなんてな。何か意味でもあるのか?」

 

「決闘は終わりましてよ。ならばあとは御学友であるだけ。親睦も個人的に深まったと感じましたので、お名前でお呼びしたということです」

 

「なるほど」

 

セシリアは同席していた一夏と、箒の名前を途中で言い直し同じ様に挨拶を交わし、箒は篠ノ之性で呼ばれなかったことに気を良くしたのか、セシリアにこの席で雑談を共にするか尋ねながらも迎え入れる気があるようで、既に俺に距離を詰めさせ机に空きを作らせていた。それを見たセシリアはそこまで用意されていては断る事も出来ず、元々断る気はなかったようだが、それでも嬉しそうにコ字型テーブルのソファーに腰を沈めた。セシリアが持参していた紅茶を一口飲むのを確認してから、急に名前を呼んだことに対して含むものでもあるのかと訊ねると決闘は終わったので余所余所しい感じを出すのは止めにしたとのこと。たしかに、同じクラスであるなら仲良くしたいものだと納得する。

 

「それなら改めて。よろしく、セシリア」

 

「はい。このお付き合いが終生まで続く事を願いますわ」

 

「そう在れるよう、互いに努力していこう」

 

「ええ、勿論ですわ」

 

一夏の肩を左手で叩き、いったん右腕を返してもらったあとセシリアに向き直って右手を差し出す。セシリアがそれの意味を理解したのか、カップを音を立てる事なく置いてから同じ様に右手を差し出し、握手を交わした。力強く握り合った手に、永遠の友情が続く事を願って、互いがそれを維持できるように祈りを籠め、努力することを約束した。

 

その時、カメラのフラッシュが焚かれセシリアと俺は突然の出来事に驚きながら其方の方向に目を向けると、見慣れない生徒が居た。いや、見慣れないのも当然だった。リボンの色で学年を判断できるIS学園の制服だが、そのリボンの色が2年生の物だったのだ。

 

「初めまして、二年の黛薫子です。新聞部の部長やってまして、取材いいですか?」

 

「写真撮ってから聞くんですね......」

 

「ではではズバリ、どうですか堺くん!オルコットさんとの握手の感想は!」

 

「あ、一夏のクラス代表就任とかじゃないんですね」

 

新聞部の部長、二年生の黛薫子さんが名刺を差し出してから取材のアポをこの場で取り始める。それに写真を既に無許可で撮られていたことを突くと一切話に乗らず、黛先輩はセシリアとの握手の感想を聞いてきた。この先輩苦手かもしれない。顔には出さず心の中でなんとなく苦手意識を抱きながら一夏の取材はしないのかと訊ねた。

 

「女子のクラス代表なんてごまんと居るもの。あ、でも織斑先生の妹さんだっけ。じゃあ取材させて貰おうかな!」

 

「扱いが軽い!私抗議します!」

 

「堺くんとのツーショットで許して」

 

「私に答えられる範囲ならなんでも答えます!」

 

「チョロすぎるわね」

 

「......」

 

「ま、まぁ万掌さん、あまり心配しすぎても身体に毒でしてよ」

 

黛先輩の一夏の扱いに少々思う所があり、ムッとするが一夏が先に抗議の声を上げた事で鳴りを潜める。が、俺とのツーショットなんかですぐに陥落してしまう幼馴染のチョロさが心配になり頭を抱えるとセシリアが苦笑をしつつ励ましの声を掛けてくれた。一夏が女になってから精神的に幼くなったような感じがしてならない。まぁしっかりするときはしっかりしてくれるし問題はないだろう。多分、メイビー。

 

「で、どうでしたか!?」

 

「どうと言われても。この友好関係が国に影響されない範囲で続けていきたいと思ってますし、セシリアは終生までと言いましたが、俺個人の意見を言うのであれば代を跨いでも遺し続けたい関係にしたいと思ってます」

 

「万掌さん......私もそれを望みます。再度、握手をお願いしても?」

 

「分かった。この縁が何代も続く事を願い――」

 

「――続くよう努力し――」

 

「――維持していこう。よろしく、セシリア」

 

「こちらこそ」

 

「真面目ねー。スキャンダル性が全然ないわ」

 

セシリアは俺の言葉が琴線に触れたようで、先程の発言を訂正してから再度握手を求めてくるので、それに応じる。その言葉に掛けた想いが嘘にならないように努めなければならない。また一つ、この学園に来てから大切な友人が一人増えた。いやもしかしたら、ここまで縁を深めたのはセシリアが初めてかもしれない。

 

「そういえばセシリアが俺のIS学園生活初の友達になるのか......?」

 

「えぇ!?堺くんの初めてはオルコットさん!?」

 

『何ぃー!』

 

「すごい事実の歪曲を感じる」

 

「えぇと、こういう時はどの様にすればよろしいのかしら......」

 

「俺が聞きたい」

 

何ともなしに呟いた一言が、黛先輩の手で凄まじく品のない方向に捻じ曲げられる。クラスメイトたちも反応してしまい、収拾を付ける事を放棄した俺は天井を見上げて放心しているとセシリアがこんな状況に陥ったことがないのか、俺に対処を聞いてきた。既に諦めていた俺は、その方法を知りたいと言うと、セシリアは苦笑を一つ漏らして紅茶を飲む事で答えず、スルーする方向性で決めた様だ。

 

それからはクラス全員で集合写真を撮り、なぜかクラスメイト全員とツーショットを撮られ、ヒーローショーやマスコットキャラとの触れあいの時間を思い出しながら応じていたそれも終わり、その日はそれで解散となった。

 

なお後日、俺の初めてがセシリアだというとんでもない捏造を互いが互いに否定をしなかった事からクラスメイトたちに更なる勘違いを与えたようで今度こそはヤバいと思い、俺とセシリアの両名は誤解を解いて回ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明くる日の朝。

 

「転校生?この時期に?」

 

席に着くなり相川さんに話しかけられた俺は、転校生がやってくるという噂のそれに疑問を抱いた。4月も終わりに近いこの時期に、なぜ転入なのだろうか。それを訝しむのは俺だけではないようで、教室中に広がる声を聴いているとだいたいの話題が4月にやってくる転校生の話で持ち切りになっていた。

 

「うん、不思議だよね。中国の代表候補生らしくて、もしかしたら堺くんに接触する意味も籠めて送り込んだんじゃないかって噂になってるの」

 

「といっても今の俺のISは修理中だけどな」

 

「あはは、災難だったね。やっぱり色んな国の特色を混ぜるとエラーが出るのかな」

 

「そうなのかもしれないな。で、中国の代表候補生だって?」

 

「うん。詳しいことは分かってないんだけど、2組に来るらしいよ」

 

「なるほど」

 

相川さんがそれらしい理由を述べてきた為に顔を顰めながら溜息を吐いてわざとらしく修理中だという嘘をさも当然の様に言うと、相川さんは軽く笑った後に多国籍ISについてのトラブルを想像し始めたので、それに同意しつつ話題を逸らすために再び中国から来るという代表候補生の噂に目を向けさせた。相川さんは話題のすり替えを疑う様子も無く、すぐに話に乗ってくれて2組にやってくるという追加の情報まで話してくれた。騙しているのがすごく辛い。また、俺の席にはやってきていない一夏は大勢の女子に囲まれながら、クラス対抗戦には必ず勝ってくれと念押しされているようで、その理由がなんとも女子らしく1位になったクラスには優勝賞品として学食のスイーツ半年フリーパスが配布されるためだそうだ。当然、一夏も舌の好みが変わったのか甘い物を大変好んで摂る様になった為この機会を逃すまいと燃えている。

 

「まぁ、大丈夫じゃないかな。専用機のあるクラスって今の所1組と4組だけらしいし」

 

「いや――」

 

「――その情報、古いよ」

 

谷本さんがフラグにしか思えない発言をした直後、2組から1組へと廊下を歩きながら、1組のスライドドアを開けた人物から伝わる強い自信の波長を感じ取った俺は谷本さんの言葉を否定しようとしたタイミングで、被った。否定した人物に目を遣る事無く、この自信満々の波長を持つ中国人の知り合いを探せば、該当するのは一人しかいない。髪型を変えていなければツインテールで、身長も変わっていなければ150cm程だろう。八重歯が特徴のサバサバとした女の子。

 

「2組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 

チラリと目を向ければ、やはり思い描いた通りの人物が、腕を組んで立っていた。彼女の名前は(ファン)鈴音(リンイン)。箒が小学4年生の折に転校してしまった後、入れ替わる様に転校してきたその人である。男だった一夏を知る仲の良かった幼馴染の最後の一人であり、俺が懸念していた人物でもあったが、まさかこうも早く来るとは思わず仏頂面の裏では肝を冷やし、一夏が女であることがバレないように祈っていた。なぜなら鈴音は中学でもクラスが違った為に、一夏が女になった理由の一切は説明されず、突如連絡が取れなくなり何も言わずに転校し、久々に再会したら自分の想い人が女になっていたという訳の分からない状況になるからだ。何を言われるか分かった物ではないし、政府が絡んでいるとはいえ幼馴染をずっと騙し続けようとしていたのだ、許されるものではない。

 

「――よう、鈴。お前相変わらず小さいな」

 

「ぶっ飛ばすわよ万掌!」

 

俺は最初の一言を切り出し、ヘイトを敢えて此方に向けさせることで鈴音が一夏に気付かないで居てほしいと願うが、鈴音は直感が大変鋭い為、何をしても気付かれる時は気付かれるので、一夏に気付かず帰っていく確率は25%程――――ああ、いや、たった今0%になった未来が視えた。

 

「このクラスの代表に、織斑一夏って名前の奴が居たんだけど」

 

「あっ」

 

「万掌。アンタが居るなら一夏も、私の知ってるあの一夏でいいのよね?織斑一夏なんて名前、そうそう見れるモンじゃないわよ」

 

鈴音の口から早速その話が上がり、視えていても声を漏らしてしまった。鈴音は俺が居る事と重ねて、織斑一夏と言う名前が別の誰かの偶然の一致という訳ではなく、鈴音がよく知るあの一夏だと睨みを付けた様だ。相変わらず勘も鋭いし、頭もよく回る。小学生時代に散々色んな事で遊び続けた罰が遅れながら帰ってきた気分にさせられた。

 

「で、なんで万掌しか報道されてないのよ。一夏は何処よ一夏は。いーちかー!居るんでしょー!出てきなさい!」

 

「一夏って......」

 

「すぐ、そこに......」

 

不味い。そう思ったが鈴音の声は1年1組によく通り、必死に知らぬ存ぜぬを貫いていた一夏を一人、また一人とクラスメイトの視線が集中していく。これはよろしくないと悟るが、ここから誤魔化すのは至難の業、というか無理だ。箒の時みたく急いで口を塞ごうかと思うが、それよりも先に見慣れた出席簿が鈴音の頭を強く叩きつけた。

 

「ふぎゃっ!」

 

「何をしている」

 

「いったいじゃない!誰......よ......」

 

「もうSHRの時間だ。さっさと教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん!?」

 

「――織斑先生、だ。二度は言わんぞ。入口を塞ぐな、邪魔だ。堺も席に着け」

 

「あ、あははは......そうさせて頂きます。万掌!昼休みに話聞かせてもらうわよ!」

 

そこには千冬さんが立っていた。俺にしか分からない様に目線で「騒がれてないな」と問いかけられた気がしたのでそれに頷き1つで返すと頭を叩かれた鈴音が怒りながら顔を後ろに向け、即座にその怒りを鎮火させた。千冬さんは俺の返答に安堵の息を漏らしながら、SHRにはまだ気持ち早いが鈴音に向けてそういい、動揺した鈴音は千冬さんの名前を呼び、もう一発追加で頭を叩かれた。そして、退けと言われては立つ瀬も無く俺の昼休みを拘束する約束を取り付けて急いで帰っていくのだった。助かりました、と千冬さんが俺を席に押し返そうと背中を押したタイミングで伝えると、気にする事はない、妹の為だと小声で返事が返ってきた。

 

一先ず危機を乗り越えたことに俺と一夏と箒が揃って肩の力を抜き、午前中の準備時間の間に一夏と箒と机を囲み、最初に箒に鈴音の立場を説明し、それからはひたすら鈴音の対策を3人で練り続けるのだった。

 

 

 

 

 




セシリア戦が終わってコメディーしてもいいかなって思ったので気持ち盛ってます(センスはない)

プロフィール紹介 オリ主

・名前:堺万掌 土に界、数字の万に掌と書いて堺万掌。両親に色んな人達と友達になれる様にと込められた名前。

・歳:15歳

・誕生日:8月22日(サイコロ振って決めました)

・趣味:中学生時代まではゲーム。 IS学園に進学してからはモチベーション維持の為体力作りを趣味にした模様。 現在誰に見せる訳でもないが筋肉を付けようと必死になっている。

・好物:「一夏」の作った味噌汁。 最近はこれ以外の味噌汁を飲んでも何か違うと言って気に入らない様子。

・嫌いな物:物ではないが話し合う余地があるのにそれを放棄して暴力に訴える人。争い。戦争。



・人物紹介的と書いてない小ネタ的な何か。人となりっぽいなにか。

物心着いた頃から暴力を嫌い、誰とでも仲良くなろうとその手を伸ばし続けた。同年代の子供たちよりも数倍認識能力が高く、感受性も豊かであった為に恥じらいを持つようになってからは『絶対に泣ける映画』などを避ける様になる。戦争映画などでも、戦死し帰還できなくなった人達の遺された家族に感情移入してしまうのでこちらも同様に避ける様になった。殴られても殴り返さない小学校低学年だったが、決して殴られて大泣きすることはなく、それを見た一夏が仲介に入り、一夏が殴られたときによく泣いていた。殴られていなくても、殴らせてしまったことで泣いた。小学校を卒業する手前あたりで一夏に殴られたら殴り返せと言われ、それ以降は話し合えば解決できる事柄を暴力で解決しようとする存在に対して容赦なく殴り返す様になる。
一夏によく世話を焼かれていた小学生時代であったために自分で片付けをするのが苦手になってしまい、一夏はそれを咎めながらも全部やってしまうのでどんどん甘えていく負のスパイラルに今もなお嵌っている。多分抜け出せない。何かと世話を焼いてくれる一夏に恩返しの意味を籠めてお茶を自分で淹れたところ褒められ、それ以降はどんどんと飲み物を自分で作るようになり家族や千冬などにも振る舞う様になる。中学校に進学し、両親から貰った入学祝で買った物は手動のコーヒーミル。
中学生になってからは思春期を迎えたことで同級生の恋愛感情に共感し過ぎて大変な時期もあった。特に中学校生活で作った初めての友人、五反田弾の影響もあってか真面目な態度でありながら下ネタを平然といいクラスを爆笑の渦に巻き込んだり、年相応にはしゃぐ姿も見受けられた。中学3年に上がってからは一夏が女性になってしまった事件もあり、下ネタを控え、恥じる様になり、一夏の扱いに困るクラスメイト達が離れていく中で必死に一夏の心を守り続け、変わりゆく男と女の違いに困惑する一夏を優しく受け入れ続けた。
極度のストレスから突発的にヒステリックに陥る一夏を宥めるのも、心無い言葉を掛けられ傷ついた一夏を癒すのも、怒った一夏の怒りを解消するのも、泣きだす一夏の涙を止めるのも全て対応した。苦しい時も、辛いときも、楽しい時も、哀しい時も、大変な時も、とにかく女性になった一夏の心が壊れてしまわない様に寄り添い続けた。そして、これでもかと言うほどに一夏に尽くし続けた結果「片付けが出来ないけど一夏を安心させることが出来る万掌」と「家事全般を完璧に熟すが万掌が居ないと不安になり、居ると甘え続ける一夏」の泥沼マッチポンプが完成した。なお、無意識的にではあるが一夏の苦楽を自分の苦楽として共有し続けた為に一夏を親友であり幼馴染という括りで割り切ることが出来ず恋愛対象として見ており、一夏は言わずもがなである。

IS学園に入学してからは一夏が同年代の女子と普通に会話出来る事に安堵を覚えていた。ISに搭乗したことでより高度に発達した認識能力の影響で入学当初は頭の中に流れ込み続ける他人の感情の奔流に苦しんでいたが、想角のデストロイモードにより全方位視界が塞がれていながらも相手の位置を感知する感覚を学習した事で知覚能力を制御することに成功しており、4月下旬の時点で自らの意思で他人の感情を視る感覚のON/OFF切り替えが可能になっている。が、その代わりに他人の行動がどう変化し、どのような影響を与えるかを把握する予測能力が若干衰えている。これはデストロイモードによる脳波の酷使が影響したと思われているが一過性の物なのか後遺症なのかは不明。
IS学園に進学してからは一夏と同室が続き、思春期男子特有の衝動の発散の為、より一層筋トレに励むようになる。
箒の中に渦巻いていた悪感情を発散させ一夏と仲直りさせた時には、幼馴染二人が泣き笑いを浮かべながら帰ってくる未来を視ており、道場の掃除をスキップしながら行っていたのを剣道部員たちに目撃されていたりする。

共感覚の影響からか後天的な物かは分からないが、素の口調で話す事はほとんどなく、今の所素の口調で話せているのは家族と一夏と箒と鈴音と弾と数馬のみ。本来はもっと下らないギャグも言うし、年相応に崩した言葉遣いや態度をとりもする。セシリアの時など態度を露骨に変える時は、相手がそういう在り方を望んでいることを無意識的に察知してしまい口調が自然とそう変化してしまう為である。仲良くなって本音で話し合えるようになると素の口調になる。





内緒話

IS学園入学後の一夏曰く「男の頃でも大好きだったが、今はそんな言葉じゃ全然足りない」


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13話

鈴もキャラ変わってます()

多分鈴ならこうなんじゃないかなぁ、とイメージしながら書いてました。

箒もセシリアもそうですが、鈴も誰かの為に心を砕ける優しい子だと思ってます。

みんな素直になれないだけで外面さえ剥げてしまえば優しさで溢れてる子だと思うんです。

だからきっと、鈴は怒るにしても今回みたいな方向に怒るんじゃないかなって思って、鈴は本文でそういう扱いのキャラにしました。



台詞ばっかりだけどオリ主の心の声挟むとテンポ悪くなるかなって思ったのでそうしました。




 

「来たぞ、鈴」

 

購買で買ったパンや牛乳を抱えていた俺を補助するように、箒が俺の前に出て屋上への扉を開けてくれた。それに感謝しつつ、後ろ俺の制服を引っ張りながら付いてくる一夏の方を振り返って目線で問いかける。行くぞ、と。一夏は不安そうな表情をしながらも、しっかりと頷いた。それを確認してから屋上へ足を踏み入れると屋上の中心で鈴音が仁王立ちをして待ち構えていたので、到着を告げる旨を鈴音に伝える。

 

「早速女の子を手玉に取ってるってワケ?相変わらずアンタも人を誑しこむのが巧いわねー。一体誰に似たんだか」

 

「違う。篠ノ之箒、幼馴染だよ。お前と同じ旧知の仲だ」

 

「篠ノ之箒だ。万掌とは小学4年生まで同じ学び舎で勉学を共にしていた」

 

「あー、アンタが一夏と万掌が言ってたファースト幼馴染ってやつね」

 

「ふぁ、ファースト?」

 

「箒がファーストで、鈴がセカンド」

 

何も知らないとはいえ、俺が二人の女子生徒を侍らせながら話をしに来たように見えたのか、鈴音は呆れ顔で人聞きの悪い事を言ってくる。それを短く否定し、最初に箒を紹介して混乱の少ない内に関係性を明確にしておく。箒は簡単な自己紹介をすると、鈴音はそれに対して昔の事を思い出しながら彼方を暫く眺めて、箒の顔を見て納得したようだ。箒はファースト幼馴染という聞き慣れないあだ名を聞かされ俺の方を見てくる。意味を答えるとそういう事かと呑み込めたようで、箒は顔を鈴音の方に向け直した。

 

「で、そっちのショートカットの子は誰よ」

 

「一夏だ」

 

「あ、そう。一夏ね。へー、ふーん............一夏ァァアアア!?」

 

「久しぶり、鈴」

 

「え、あ、うん...久しぶり。――――じゃなくて!なんでアンタが女の子になってんのよ!万掌!説明をしなさい、説明を!」

 

「説明はするが、あまり騒がないでくれよ。この話は政府案件なんだ」

 

鈴音が俺の背後に居る一夏を覗きこむように身体を右にずらしながら訊ねてくるので、それにさも当然と言った様子で一夏の名前を挙げる。すると鈴音は最初こそ平然とした様子で受け止めていたが、呑み込んだ言葉と目の前の人物の異物感に気付いたようで改めて考えなおした所、一夏が女の子になっている事実を今度はしっかりと受け止めたようで叫んだ。それに対し一夏が小さく笑いながら手を振ると鈴音は再会の挨拶を返し、またすぐに状況の説明を求めて俺の服の襟を背伸びしながら掴んで揺すり出す。箒は既に乗り越えた者として苦笑をしながら鈴音と俺の隙間に手を通し、俺が抱えていたパンと牛乳を回収して離れた位置に移動した。一夏と俺はそのまま鈴音に声を抑えるように頼むと、政府案件という言葉でだいたい察した様ですぐに落ち着きを取り戻して真面目な顔になる。代表候補生だけあってか、やはりその辺りの情報の扱い方は心得ているらしい。

 

落ち着いた鈴音を座らせ、その両隣に俺と一夏が座ってから静かに、箒にも話した事のあらましを鈴音にも報告した。言いたかったけど口外禁止であったため話せなかったこと。会いたかったけど会ってしまうと鈴音は気付いてしまうから避けていたこと。俺が一夏を支え続けた事。何もかもを鈴音に話した。あの時期に起こった、鈴音に話せなかった事の全部を吐露した。そして幼馴染でありながら騙し続けていた事を、気付かれなければずっとその嘘を隠し続けようとしていた事を謝罪した。

 

「――――そう。政府に、IS委員会。それなら、しょうがないわね」

 

「......ごめんね、鈴」

 

「いいのよ。アンタが一番大変だったんだから。それに、謝ってくれたし、こうして全部話してくれたしね。だから私は、アンタと万掌を許す」

 

「鈴......」

 

鈴音はその全てを慈愛に満ちた瞳で聴き続け、話の中で思うところがあったのか酷く辛そうな表情をしながら全てを聴き終わると、納得したような表情を作った。一夏は何も言えなかった事を謝り、鈴音はそれを許した。当事者が一番大変だったことを告げながら、謝罪もしたし、説明も果たした事で許すといった。その一言で、一夏がどれほど救われたことだろうか。

 

 

「――――でもね、一夏」

 

「うん......」

 

「私ってアンタの幼馴染よね」

 

「――――うん」

 

「あっちの箒と違って、アンタが女の子になった時に、一緒に居た幼馴染よね」

 

「――――うん」

 

「......――――じゃあ、なんで!私にも相談しないのよ!男の万掌に相談できて、私に相談できなかった事って何よ!私は信用できなかったワケ!?騙されてたことよりも、そっちの方がよっぽどショックよ!」

 

鈴音は、諭すような口調で静かに話し出し、心の奥底に抱えていた怒りを吐き出し始める。

 

「ち、違うの。私も余裕が無くて、それで、万掌は小さい頃からずっと一緒で、とっさに思い付いたのが、万掌だっただけで......」

 

「知るか!私はアンタ達の幼馴染なのよ!政府がどうとかIS委員会とか、そんなことで迷惑をかけるからなんて理由で除け者にされた私の気持ちが分かる!?」

 

「鈴」

 

「黙ってなさい万掌!今私は一夏と話してんの!」

 

「――」

 

何か言う前にそれを鈴によって制止されたので、ここは大人しく下がることにした。これは鈴と一夏の問題なのだと。俺が介入していい話ではないと鈴が言ったからだ。

 

「良い、一夏?よく聞きなさい。私はね、男のアンタが大好きだった。ずっと告白しようと思ってたの」

 

「え......」

 

「でも、出来なくなった。――――今ね、私は凄い虚無感を味わってるわ......こんなに空っぽな心になったのは初めてよ。悲しいって一言で済ませられるものじゃない。でもね、今の私はその空っぽさえ小さく見えるほどに怒ってるの。――――なんでか分かる?」

 

「――......私たちが、鈴に何も言えなかったから......」

 

「そうよ!さっきも言ったけどね、私はアンタ達厄介者二人の幼馴染をやらせてもらってたのよ!今更女の子になっちゃいましたくらいで、――――ちょっとはビビっちゃうかもしれないけど、そんな事で幼馴染辞めるほど軟じゃないのよ!政府が何よ!IS委員会が何よ!少しくらいは迷惑掛けるつもりで、私も頼ってほしかった!」

 

「鈴......」

 

「だから、私は怒ってるの。失恋の痛みなんていう私の問題より、今は私がアンタ達に信頼されてなかった事に怒ってる。――――ねぇ、一夏」

 

「......」

 

「言いたくても、言えなかったのは、よく分かるわ。でも、でもね?それでも少しは、私のことも、頼ってほしかった......」

 

「――――ごめん......鈴......ごめん、なさい......何も、言えなくて、ごめんなさい......」

 

鈴音の頬が涙に濡れ、信用されなかった事の方が辛かったと叫び、一夏は鈴音の言葉に揺れて、泣いた。二人で抱き合いながら、互いに涙を流し、静かに抱き合っていた。俺も、声を押し殺しながらなるべく見られない様に、顔を青すぎる空に向けて泣いた。すまない、鈴音。悪かった。赦してほしい。――――何も言えないことを盾にしてごめんなさい。言える機会は幾らでもあったのに、自分のことで必死になって、言い訳して。言えなくて、ごめんなさい。鈴音がIS学園に来なければ、ずっと隠し続けようとしていた俺たちを、赦してほしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「3人とも、酷い顔をしているぞ。ほら、ハンカチ」

 

一頻り発散しあった一夏と鈴音は少し離れ、鈴は箒からハンカチを借りて涙の溜まった目尻を拭う。俺と一夏も持参していたハンカチで涙の痕を軽く拭いてから鈴音に向き直った。

 

「――うん、これで全部。全部吐き出したから、今度こそ本当に、全部許す」

 

「ありがとう、鈴」

 

「でも、それとこれとは別よ。私がクラス対抗戦で手を抜くなんてこと、しないから。それより一夏!今度街に行きましょ!私の服選んで!」

 

「急に話切り替えるね!?うーん、服かぁ。うん、いいよ。私のも選んでほしいな。箒も一緒に行こ?」

 

「わ、私か......?私は、その」

 

「何遠慮してんのよ、アンタも一緒よ。傷心同盟結成よ」

 

「嫌な同盟だな......しかし、分かった。共に行こう」

 

鈴音は今度こそ全てを許すと言って、本当にすっきりとした顔でチャームポイントの八重歯を見せて笑う。それに釣られるように一夏も微笑みながら感謝を告げる。鈴音はその後すぐに人懐っこい笑顔を獰猛な笑みに変化させ、クラス対抗戦では負けないと言い切り、またすぐに顔を替えて一夏にショッピングの約束を取り付け、箒まで巻き込んで盛り上がっていった。女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。けれど、その光景は幼馴染が集まっているだけで、変わってしまった絵面だが、何も変わっていない光景だった。

 

「万掌は荷物持ちよ、拒否権はないわ」

 

「俺も連れていってくれるのか?」

 

「当然じゃない。幼馴染なんだから。ハブにはしないわよ、どっかの誰かさんたちと違って、ね!」

 

「......勘弁してくれよ」

 

「あはは、冗談よ!で、行くの?行かないの?」

 

突如として話題を振られ、訊き返せば気持ちの良い返答と意地の悪い返答を混ぜた鈴音に肩を落としながらに口撃を緩めてくれと嘆願すると、それに気を良くしたのか快活に笑う鈴音は八重歯を見せながら聞いてくる。

 

顔を上げて鈴音たちを見れば、一夏も、箒も、鈴音も微笑みを浮かべて、俺の答えを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――行くよ。俺も、一緒に」

 

「っしゃ!決まりね!今度の日曜、空けておきなさいよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

気心知れあった者たちで囲む食事は、昔のようで。

 

何も変わっていない光景に俺は、鈴音を加えた気を許せる幼馴染3人に囲まれながら昼食を摂った。

 

 

 




短いけどキリが良かったので。

幼馴染同盟結成です。


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14話

あらすじを更新しました。よろしければご確認ください。


10話にて想角の速度を記載していなかったので書き足しておきました。

感想にて「一夏チョロイン?」という質問があったので感想欄にて自分なりの考えを書いておきました。ぶっちゃけるとチョロインですが読みたい方はお手数ですが感想ページへ飛んで閲覧をお願いします。





鈴音と再び心を繋げ合わせた一夏と俺。そして箒も加えたグループが出来たその翌日。

もはや指定席となったコ字型テーブルを囲み朝食を摂り、登校すると生徒玄関前廊下に大きく張り紙が張り出されていて、多くの生徒が足を止めてそれを眺めていた。

 

「おはよう、あの人集りは?」

 

「あ、堺くん。おはよう。なんかクラス対抗戦の対戦表らしいよ」

 

「へぇ。一夏は何処とやるんだ?」

 

「おはよー堺くん。織斑さんの1回戦の相手ね、2組だって!」

 

すぐ傍に居た鏡さんに声を掛けると、どうにもそれはクラス対抗戦の対戦日程表らしく一夏が初戦をどのクラスと闘うのかに興味を持った俺は何となく訊ねてみると対戦表を見に行っていたのか、前方の人込みから抜け出してきた谷本さんが報告をしてきた。

 

「2組ってことは――」

 

「さっそく私とやり合うって事ね。一夏!手加減無用よ。絶対負けないからね!」

 

「こっちも本気でやるよ、鈴!」

 

「そうやる気を出していてもまだ数週間も先の話だろう。今からそんなに闘気をぶつけ合って気が持つのか?」

 

一夏と鈴音は既に闘志をぶつけ合っており、良い意味で緊張感のある雰囲気を形成している。が、箒が一歩引いた位置から明日明後日の話じゃないのに今からそうも気合いを入れて意味があるのかと訊ねた。

 

「まぁ放課後の訓練には気合いが入るかもな」

 

「そういえばバンショーって、今IS修理中だけど放課後はどうするの?」

 

「ISを動かすのに最低限必要なのは体力だ。ISがない今、知識も必要だが俺にはそれ以上に体力が必要だと自覚している。だから今は肉体作りの最中だよ」

 

「何よ万掌、アンタもうIS壊しちゃったワケ?」

 

「重大な欠陥が見つかったらしくてな。研究所の職員が押しかけてまで回収していったよ」

 

「多国籍兵装が装備出来るISってのも大変ねぇ。互換性多すぎて潰れるんじゃない?」

 

「だから今修理してるのさ」

 

箒の問いに対してモチベーションの維持、もしくは増強が出来るという意味では効果があるかもしれないと返すと放課後のIS訓練に参加できていない俺を心配してか、一夏が放課後は何をするかと聞いてきたので理屈立てて発言をするが要は基礎トレーニングを集中的に積んで体を作っている段階である旨を伝えると、鈴音は俺が自分の専用機をダメにしたと思っているらしく、揶揄うような表情を作るので用意された台詞をそのまま喋る。実際シールドエネルギーだけは凍結中でも補充されているので修理には違いないだろう。それに対して鈴音は同情しつつ、予想した疑問を挙げたのでその結果がこれだよと呆れ気味に自嘲すると、その場に居た事情を知る人たちは軒並み苦笑した。

 

実際には千冬さんと何度も話し合い、想角を再び装着する許可を具申しているがその都度却下されている。もう高校生なのだから我が儘を言うなと言われたが、想角の優れた機動性はどうしても捨てがたいと思ってしまう。武装も強力で、継戦能力の低さこそ目立つものの優秀な機体だと思ったのもまた事実だ。『デストロイモード』さえなければ、の話に限るのが難点だが。実は千冬さんを含めたIS学園と次世代IS運用総合統括研究所と俺で話し合いを続けていく中で何度も争点に上がったのが『デストロイモード』の発動条件だった。それさえ明確に分かれば使用させないように封印し、俺もそれを意識しなくて済む。ただ条件が『操縦者がISの生体補助機能を以てしても抑えきれない衝動に襲われた時』というもので、それはつまり感情を排除した兵士になれと言っているようなものだという意見が学園、研究所の出した回答であり、それを肯定する事は出来ないと言われてしまった。

 

「ほら、ぼさっとしてないで行くわよ」

 

「バンショー、置いてくよー?」

 

「――悪い、今行く」

 

先日行われた対策会議の内容を思い返して耽っていると、鈴音に肩を叩かれ時計を指し示され視線を向けるとSHRが始まるまで6分を切っており、既に対戦表の前に居た生徒たちも各自クラスへ移動を開始していた。一夏がやや離れた位置で俺を呼んだので、それに返事をしつつ小走りで追いつきクラスへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

千冬

 

「いい加減に諦めろ、堺」

 

「そこを、なんとか」

 

「――――お前も分からん奴だな。想角は危険すぎる。そうおいそれとお前に返却できる代物ではない」

 

「お願いします」

 

「なぜそうまでしてあれに拘る。あれは確かに優秀だが現存する機体でもあれに匹敵する性能を持つISは多い。言ってはなんだが、お前の執着は異常だ。まるで、あのISに憑りつかれているようだぞ」

 

今日もまた、懲りずに万掌がやってきた。もうこの会話も毎日しているせいか、私が万掌に返す言葉が無くなりつつありテンプレート的な会話で事を済ませようとしてしまう。万掌の執着は異常だ。あれ以外のISを全く受け付けようとしない。今日こそはその理由を聞いておきたい、そう思って私はきつい口調で問い詰める様に万掌を睨みつける。

 

「――――桜井主任が、俺に想角を渡したことを悔やみ自分を犯罪者だと罵ったので......俺は桜井主任を犯罪者にしたくはありません。だから、想角を乗りこなすことで桜井主任の無実を証明してみせます」

 

「綺麗言だな。口にするのは酷く簡単なソレだが、実現にはどれほどの時間がかかる?それに、そもそも実現出来るのかも分かった物ではない」

 

「だからこそ、もう一度乗って確かめたいんです」

 

「......駄目だ。お前はもう高校生なんだ。通らない事もあると理解しろ」

 

「千冬さんは、迷ったりすることはないんですか」

 

「織斑先生と呼べ。なんだ、急に。迷いはするさ、私は人間だ。だが、それと同時にこのIS学園の教師という小さい規模ではあるが抱えるものは巨大すぎる組織を動かす部品、そのパーツに過ぎない。故に教師であるときは迷いはしない」

 

万掌の口から出るそれは、余りにも理想的過ぎた。それが一番なのだろうが、それを信じられる者はいない。あの資料にも、束が制御を諦めたとあるのだ。奴が投げ出すということは、そういう事なのだろう。諦めろと暗に言うと、万掌は私が迷わない人間だと思ったのかそんな事を訊いてくる。教師としての私は迷わないが、一人の人間としての私は迷いもする、そう返した。

 

「俺は、どうするのが正しいんでしょうか」

 

「どういう意味だ」

 

「想角を自分の意思でコントロールして桜井主任の罪を拭いたい、その一方で織斑先生の指示に従うことが正しいと思っている自分も居るんです。どっちが、正しいんでしょう」

 

「それは私や桜井主任、ましてや他の誰かが決めるものではない。お前が決めるものだ」

 

「決められないから、こうして迷って、俺が正しいと思った事をしているんです」

 

人の行動に正しさなどという明確な指針はない。その時の状況、それを見ている人物の思想、主義、宗教、イデオロギー、様々な物が複雑に絡み合い善悪の概念を作り出す。だからこそ、誰かに正しさを求めてはいけない。正しさを誰かに教えられた瞬間からそれは自分自身の正しさでは無くなってしまうからだ。

 

「その2択だけが、今のお前に示された道とは限らない。今のお前がどんなつもりで行動をしようと、その行動は大勢の人間の運命に介在しているものだ。お前は被害者であれど、その責任を果たす必要がある」

 

「――どうやって、でしょうか」

 

「それを私の口から言ってしまえば、想角をお前が諦めることでこの問題は解決する。新しいISを貰い、あれは完全に破棄され、全てが丸く収まるだろう。だが、お前はそれが正しいと思ってはいない。だから私の正しさとお前の正しさは違う。故に何も言う事が出来ない。自分で考えろ堺。正しい選択というものは存在しない。結果が後から付いてくるだけだ。だからこそ、考えることを止めるな。道は見えていないだけで多く存在する」

 

「......難しい、話ですね」

 

「いずれ理解できる日が来る」

 

「俺は、俺は――――......また、来ます」

 

万掌の決意に満ちていた目をよく見れば、その瞳は迷いに揺れていた。私もまだ、教師としての底が浅いようだ。こうして生徒である万掌から持ち掛けられなければ気付けないのだから。万掌の澄んだ瞳に見られると凝り固まってしまった歯車としての自分が揺らいでしまうような気がした。だから、柄にもなく長々と背中を押してしまったのだろう。万掌は呑み込もうと必死になっているがまだ理解は出来ていないようだ。だが、今はそれでいい。悩み続けろ、万掌。考える事を止めてしまえば、人は終わってしまうからな。

 

そうして万掌を送り返した後、山田先生が近くにやってきた。

 

「堺くん、今日も来ましたね......」

 

「――ふぅ」

 

「織斑先生......?どうか、なさったんですか?」

 

「いえ......私にも子供が出来れば、あのような事を言う日が来るのかと思ってしまいまして」

 

「正しさの証明は、難しい物ですよね」

 

「だからこそ、社会は善悪を明確化する為に法を作ったんです。だが、今回ばかりは法の及ばない範囲の話になる」

 

ようやく、少し本音を漏らせる人間が近くに来たことで内に溜めこんでいた気持ちを吐き出すことに成功する。万掌は、非常に難しい場所に立っている。それこそ、その後の全てを決めるターニングポイントのような物に。山田先生も思う所があったのか、難しい顔をして判断に困る話が始まる。

 

「私も、教師として正しい事をしていると思っています。でも、その一方で堺くんの熱意に応えたいと思ってしまうんです」

 

「我々は決して揺れてはいけません。我々が揺れてしまえば、教師を正しいと思う生徒を惑わせてしまうことになる。個を押し殺し毅然とした態度で向き合わなければならないのです」

 

「それは、とても難しい話です。歯車として動く大人を、子供に見せるというのは......とても、とても、どうにもならない現実を、見せてしまうようで......」

 

「大人になったという事が、嫌になりますね」

 

「はい......」

 

山田先生は教師経験が短いこともあってか、万掌の言葉にかなり揺れている様だ。私でさえ、揺らされ掛けている。だが、教師としての立場を明確化してしまった以上、それを覆す訳には行かない。教師が生徒の前に立ち道を示さねばならない。織斑千冬という個人の意見も存在するが、それを公の場に持ち込むべきはない。それは山田先生にも言えることだ。

 

「――――辛気臭い話はここまでにして、山田先生。飲みに行きましょう。我々は歯車であろうとしても、人間です。たまには息抜きが必要でしょう」

 

「――はい、そうですね」

 

だからこそ、こうして疲れた心を何らかの手段で癒し、再び歯車として回るために潤滑させるのだ。いずれ、人の誰もが味わうことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

万掌

 

試合当日、第2アリーナ第一試合。組み合わせは一夏対鈴音。新入生でありながら両者共に専用機持ちという異例の光景に、アリーナの席はほとんどが埋まっていた。俺の視線の先にはアリーナの中央に居る二人の幼馴染。白式と甲龍(シェンロン)。一夏と鈴音。互いに、近接兵装を手にしたまま試合開始の合図を待ち侘びている様に佇んでいる。鈴音の甲龍はどうやら肩のスラスターにスパイクアーマーを装着させているのか、かなり巨大な形状をしていた。そして、緊張が最大限に高まった瞬間、試合開始の合図が鳴り響いた。

 

「あの肩......ヤバそうだな」

 

「万掌さん、何かお気づきに?」

 

「いや、俺がそうだと言うだけで鈴音がそうとは限らないと思うが――――本来、近接兵装というものは忍ばせておき、万が一の場合に使う物だと俺は思っている。だから最初からその近接兵装を見せるということは鈴も一夏と同じように近接兵装のみしか持っていないのかも、と最初に考えた。だがもしかしたら、あの肩に何か仕込んであるのかもしれない」

 

「注意を逸らす為の、近接兵装ですか」

 

「まだ分からないが、どちらにせよ警戒はした方が良いだろう。俺の勘もそう告げてる」

 

試合が進む中、白式と巨大な二つの刀を警戒に振り回して斬り合う甲龍を見ていると、巨大な肩に付いているスパイク・アーマーに目が留まりそればかりに集中してしまう。というより、無視してはいけないと直感が告げていた。それをポツリと漏らすと、隣に座っていたセシリアがそれに反応したので、俺の持論である近接兵装は最後まで隠しておくのが正しく状況によって適時使うべきだという考えを述べながら、それに沿わない鈴音の戦闘スタイルに違和感を感じると伝える。セシリアの言う通り、注意を近接兵装に集中させ、あの肩で何かするつもりなのかもしれない。故に警戒はしておいて損はないと考え――

 

「銃なら......」

 

「はい?」

 

「鈴のISが、仮にあの二本一対の巨大刀が主力兵装とするなら、第3世代特有の特殊兵装がないということになる。そうなった時、近距離で斬り合いながら中距離に対応するとなれば?」

 

「――肩に中~遠距離兵装を積んでいるかもしれないということですのね」

 

「ああ。俺なら絶対に、そうした戦い方をする」

 

「万掌さんの戦闘方法は中距離を射撃兵装でカバーしつつ高機動性を以て強襲する近中距離即応戦術ですので、あの専用機を使うのならそれが正しいかと」

 

途中で、もしかしたらという考えが脳裏を過りセシリアに相談を持ち掛ける。セシリアならば《ブルー・ティアーズ》のようにビットという特殊兵装を装備しているように、第3世代機というのは何らかの特殊兵装を装備していることが条件だ。だが鈴音の近接兵装はどう見てもただの武器にしか見えず、一夏のような零落白夜が隠れているとも思えない。だったらあの甲龍が第3世代機だと仮定するなら、その答えは自然と肩に行きつく。そうなった時、何を用意するかと問われれば俺なら遠距離兵装を積む。そうして近距離戦闘の弱点をカバーする。そうした自論を展開すると、セシリアは俺の戦術は俺の想角に沿った正しい戦術であると評価された。

 

その様に試合の展開を眺めながら、時折浮かんだ疑問をセシリアに投げかけセシリアが答える、セシリアが復習の意味で聞いてくる機動方法をどのような理屈でやっているのかとその目的を答えつつ試合を見ていると、俺たちが懸念していた甲龍の肩がスライドして中央部が外に露出する形になった。

 

「――やはりか!」

 

「あれは......『衝撃砲』ですわね」

 

その大きさは何かを撃ち出すには十分な空間で、それを見た俺は一気に一夏が不利になったことを悟って苦い顔を作る。セシリアは冷静にそれを観察して、思い当たる節があったのか、聞いた事のない単語がセシリアの口から出てきた。

 

「どういう兵装なんだ?」

 

「万掌さんの読み通り、あれは遠距離兵装です。空間自体に圧力を掛けて砲身を形成し、余剰エネルギー自体を砲弾として撃ち出す空間利用兵装ですわ」

 

「つまり砲身を必要としない、最小限の搭載スペースさえあればどこでも遠距離攻撃が可能なのか!?なんだそれは、チートだろ!」

 

「ええ、確かにインチキ臭いかもしれませんがもっとも恐ろしいのはその収納スペースの少なさではなく、空間自体を圧縮して砲弾にするので――ISのハイパーセンサーであっても、その砲弾を視認するのが極めて困難だという点でしてよ」

 

「砲身も、砲弾も見えない不意打ち特化の遠距離兵装...!しかも空間を使うということは、残弾を気にしなくていいということ!俺も欲しい!――じゃなくて、一夏の奴、大丈夫か!?」

 

「確かに羨ましい兵装ではありますわ。それにどうやら、射角も制限が無さそうで。真上に逃げても、真下に逃げても、背後に回っても砲口が追尾しています。本当に厄介な武装ですこと」

 

「益々ずるいな...!是非とも想角に欲しい装備だ。ビームマグナムだけじゃ継戦能力に不安があったんだが、あれなら幾らでも撃てる」

 

セシリアからの説明を聞く度に、その胡散臭い性能に驚愕する。そのあまりの性能の高さについ本音を口走ってしまったが遠距離兵装を持たない一夏は相性の観点から最悪の試合展開になってしまっている。例え接近出来たとしてもあの巨大な刀で防がれ、その間にあの衝撃砲で袋叩きに遭う。攻防に隙の無い、恐ろしいISだと理解した時には一夏は押されており、たった今零落白夜を起動した。おそらく、次の一合に全てを賭けるのだろう。

 

「次で決めるおつもりの様ですわね」

 

「ああ、だが――――!避けろ、一夏!」

 

思わず手に汗握ってしまい、ハラハラしつつ立ち上がって試合の展開の不利を嘆きそうになる。が、そのタイミングで眉間に電気が弾ける感覚――察知能力が一夏の危機を悟った。咄嗟に叫ぶが一夏には通じず、一夏は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使って鈴音の間合いに飛び込もうとしていた。

 

真上から、何か来る。

 

ビーム・マグナムを数発以上受けてもビクともしなかったアリーナのシールドがいとも簡単に破壊され、アリーナの中央へ何かが落ちた。強烈な轟音と震動が第2アリーナを包み込み、アリーナは土埃に覆われていて状況を詳しく知ることは出来ない。その出来事に、アリーナは静まり返り、土煙が少しずつ晴れていき、未確認の全身装甲ISが立っていたのが見えた。そして、そのISは一夏に狙いを定め――――

 

「――!セシリア、避難誘導を!」

 

「っ、お任せを!万掌さんは!?」

 

「ISがない、避難するさ!」

 

「お気をつけて!皆さま、どうか押さず冷静に避難を開始してくださいまし!」

 

その場で息を呑んで硬直してしまった事に舌打ちをしてから、同じく呆然としている専用機を持っているセシリアに避難誘導をしてくれと頼むと、状況が状況なだけにセシリアは素早く対応に移りながら俺はどうするかと訊ねてきたので短く避難すると答えてその場から離れる。背中に投げかけられたセシリアの声にサムズアップをしながら、俺は管制室へと走り出した。

 

 

 

 

 

「――――織斑先生!」

 

「......堺、何の用だ。後にしろ」

 

「俺に、想角を!」

 

「今はそれどころでは――」

 

「――だから、使わせてください!」

 

管制室のドアをタックル気味にぶち破り、転がり込むように入室しつつ千冬さんの名前を叫ぶと、千冬さんは俺が此処に来た意味を知りながらも、誤魔化すようにして俺に目をくれる事無くモニターを眺め続けている。想角を使わせてくれ、と叫んだ。千冬さんはすぐに否定しようとするが、それを食い気味に被せ、再度、想角の使用許可を望む。

 

「――――駄目だ。お前に限らず、IS学園の全生徒を我々教師は預かっている身だ。お前を出撃させ、万が一の事でもあれば私はお前の両親に合わせる顔を無くしてしまう」

 

「だからって!それで一夏や鈴が狙われてるのを見過ごせって言うんですか!」

 

「......教師が対応に当たる。お前が出るまでも無い」

 

「その教師たちは!一体いつやってくるんですか!避難誘導だって出来てない、通路は生徒たちでごった返し!一夏たちが持ちませんよ!今だってああやって狙われて、アリーナのシールドを簡単に破壊する兵装に襲われ続けている!一夏も鈴も、シールドエネルギーが少ないんです!いつ落ちるか分からないんです!」

 

「――それでも、だ。それでもお前は教師を信じて待てばいい。我々教師を信じろ」

 

千冬さんはただ、信じろとばかり言う。モニターの映像は、あの正体不明のISに襲われ苦戦している一夏と鈴音がなんとか紙一重の回避を繰り返している映像が途切れ途切れに見えていた。

 

「それは、歯車としての回答ですか。それとも、人としての回答ですか」

 

「大人として、責任を伴う立場としての人間の回答だ」

 

「―――!ずるい事ばかり!アンタ達大人はいつもそうだ!そうやって抜け道ばかり探して!」

 

「聞き分けろ。ガキが騒ぐな。お前達は大人に守られていればいい」

 

大人は卑怯だ。そうやって抜け道を平然と用意して、何もかもを覆そうとする。――――そっちがその気なら、こっちだって!

 

「......どっちなんですか」

 

「何?」

 

「もう高校生だからと言ったり、今みたいに、子供扱いしたり......!」

 

「――!」

 

「俺たちは、俺たち高校生はどっちなんですか!大人なのか、子供なのか!どういう扱いをされればいいんですか!自分の行動に責任を持つ立場なんだから行動を選べと言ったかと思えば、選ぶことさえ許されず守られていればいいと言う!俺はどっちの言葉を信じればいいんですか!」

 

「それは......」

 

もう高校生なんだからと言われ、まだ子供なんだからと言われる。俺たちは、どっちの言葉を信じて動けばいいのか分からない。大人を信じていたいし、自分の中に眠る可能性も信じていたい。どっちを選べばいいのか、分からなくなる。

 

「織斑先生は俺に言ったじゃないですか......正しい選択をしろって。俺は、今の織斑先生の言う事は正しいと思えるんですけど......そうじゃないんです。ただ正しいだけで、人として、心のない対応にしか見えなくて......俺は、信じられないんです......」

 

「堺くん......」

 

「織斑先生は、一夏が、たった一人の家族が危険な目に遭ってて、それでも、それでもなお......歯車で在り続けるんですか?それが、大人なんですか......?」

 

 

千冬さんの言葉が全く理解できない......理解したくない。心を捨てることが大人になるという事なら、俺はこの『心』を捨てたくない。山田先生が、掛ける言葉もないのか伸ばし掛けた手を胸に戻すのが見えた。

 

「――――そうだ、それが大人だ」

 

「違う!アンタのそれは諦めだ!心をすり減らすことを恐れ、型にハマったことだけしていればいいという諦めだ!」

 

「......」

 

「アンタは正しいと思ったことをしろと言った!道は見えてないだけで、幾つも存在すると言った!それに、選択は俺がするべきことだとそう言った!だからそうしたのに、なんでそれを許してくれないんですか!」

 

「ガキが!いい加減、喚き散らせば思い通りに事が行くと思うな!」

 

「ぁが!」

 

千冬さんの肩を掴んで、それでもなお怒りが収まらず胸倉を掴み上げて思うが儘に言葉を吐き出した所で、一本背負いを目に見えない速度で叩きこまれ、床に押し付けられ関節を極められる。

 

「私とて思うところは多々ある。だがな堺、それを押し殺さねば仕事にならんのだ。私は今、教師として、仕事をする人間としてお前の命を預かっている。解ってくれ......!」

 

「解らない......解りません、解りませんよ......俺には、全然!解りませんよ!そんなこと!でも、解らないからって、大人だからって!俺たちの全部を否定されたら、一体、何をすればいいのか分からなくなる!大人を信用できなくなりますよ!」

 

「それを理解するのがお前達学生の仕事だ!」

 

「それはエゴだろうに!善かれと思って押し付けたことの全てが、当事者たちにとって善い物になるとは限らない!自分で考えろと言いつつ、考えを押し付けてくる!アンタは矛盾の塊だ!」

 

「ぐ.....!」

 

背中に腕を回され、そのまま体重を乗せて関節を極め続けながら顔を耳に寄せて諦めさせてくる千冬さんの言葉に反論して、頭を大きく振ってヘッドバットを叩きこむ。鼻面に当たったのか、拘束が緩んだ隙を突いて千冬さんを肘で押し退けて、距離を取りつつ立ち上がった。

 

「俺は――――俺は、桜井主任の為でも、先生たちの為でもない......ただ、自分の為に......あそこで戦ってる幼馴染たちを助けたいだけなんです......俺に、その力があるから――」

 

「それも、エゴだろうに......」

 

「そうですよ、これも、俺のエゴです。――――エゴだからこそ、俺は今、この場で何もしない正しさよりも、消える事のない間違いを選びます。迷って、悩んで、こうして織斑先生に暴言まで吐いて......それでも、それでも!俺は、親友を救おうとするこの行動が間違いであったとしても!俺は後悔しません!――――だから!お願いします!」

 

エゴを押し付け合って、何方が正しいのかもわからない。織斑先生には織斑先生の正しさがあるのだろうし、俺は俺の心の中で決めた正しいと思った事に従う。正しいと思った事(それ)を決める事が出来るのは、自分だけだと教えられたから。

 

そうでしょう!?

 

 

「――――千冬さん!」

 

 

 

「―――!」

 

 

 

千冬さんの、息を呑む音だけが聞こえた。

 

 

 




感想でいちかわいいタグつけてもええんやで(超意訳)と頂いたので付けさせていただきました。


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可能性の獣

この世界ではゴーレムⅠがアリーナの隔壁弄ったりしてません。

まるで何かが駆けつけてくれるのを待っているみたいですね(棒読み)



『コード03、承認。第0格納庫3番コンテナを第2アリーナ西側ピットへ接続。リフトアップ開始』

 

「――いいですか、堺くん。堺くんが許されるのは3分間の戦闘行動のみです。シールドエネルギーだけは補充してありますが、その他の装備の一切は補充されていません。無茶だけはしないでください」

 

「分かっています。千冬さん、山田先生――ありがとうございます」

 

「......ふん、子供が何かをやりたいと言っているのだ。それを支えてやらなくて、何が大人だ。いいか万掌、今回の件で発生した責任は私が全て背負ってやる。お前はただ、自分の安全のことだけを考えて戦え。いいな」

 

「――――はい!」

 

無機質なアナウンスが聞こえる中、制服を脱いでISスーツに着替えながら山田先生にそう言われ、使用可能武装はセシリアと闘いが終わったままの状態だと改めて告げられる。それに前も聞いたという意味で把握していると返し、千冬さんと山田先生に無茶を聞いてもらった事を感謝した。すると千冬さんは、自分が押し負けた事に恥じているのか、僅かに耳を朱に染めてそっぽを向きながら、それでもしっかりと大人の在り方の1つを示してくれた。その後、全てを背負ってやると言った千冬さんの顔はとても素敵で、俺もこんな大人になりたいと憧れを抱けるものだった。信じてくれた千冬さんや山田先生、その他大勢の先生方からも支援されて俺は今、想角に再び乗れる機会に巡り逢えた。俺はその信頼に応えなければならない。

 

『リフトアップ完了。コンテナ解放。注意、取扱危険物収容コンテナです。注意、取扱危険物収容コンテナです。解放中、注意してください』

 

眼前の搬入口のフロアがエレベーターの様に上に上がっていき、押し上げたコンテナがその姿を現す。赤色の警告灯が鳴り響くブザーと共に回転しその巨大な扉を施錠している縦3段のオートロックが外され、X字を形成するように掛けられた斜めのロックも同様に外れていき、コンテナが開けられていく。

 

「――......」

 

「堺くん。気を付けて」

 

コンテナの扉が完全に開放され、ブザーと警告灯が止まりコンテナ内の天井に設置されたオレンジの蛍光灯が点灯し、その中央部に存在する大量の鎖で繋がれた想角が暗闇から浮かび上がる。それを見た千冬さんは息を静かに呑み、山田先生は俺の身を案じて声を掛けてきた。二人の不安を拭う為に振り返ってからサムズアップをし、想角の下へ駆け出す。

 

「想角、聞こえていなくてもいい。大勢の人たちがお前は危険なISだと言うんだ。操縦者を兵器のパーツにする、とても危険な兵器だと。俺も、資料を見せてもらった。製作者の意見も書いてあって、疑い様がなかった。だけど、それでも俺はお前を選びたい。山田先生っていう、少し慌ただしい先生だけど、すごく人間的にカッコいい人がいてさ。その人が、俺に教えてくれたんだ。ISと操縦者は互いが互いを理解しあうパートナーのようなものだって。だから、俺はたった1度しかお前に乗ってないし、お前だって俺をほんの数十分程度観察しただけだ。そんなんで、俺たちが互いを把握しあえるなんて思ってない。だから、俺はお前が殺人マシーンなんかじゃない、もっと別の可能性を秘めたISだって信じてる。お前を俺の下に送り届けてくれた人は、お前を殺人マシーンだと言って罪の意識に捕らわれてる。お前を使わせてしまった大人たちは、俺みたいな子供に残酷な仕打ちをしたと苦しんでる。でも俺はそうは思ってない。だから、だからな、想角......お前に意識があるのなら、俺の心を理解し、お前に掛けられた重りを取り除きたいという意志があるのなら......俺と共に、闘いたいと言うのなら、俺の声が聞こえているのならば――――俺の声に従えッ!来い『想角』!!!」

 

想いの丈の全てを想角に触れながら語り掛けた瞬間、想角を縛り上げていた鎖が一斉に解き放たれ、待機状態だった想角が独りでに装着状態へと展開し、そのまま怯えるようにゆっくりと俺に手を伸ばし始める。それの意味を理解した俺は嬉しさから笑い、想角の手を此方から掴んだ。

 

「一緒に行くぞ想角!俺を宙へ、仲間たちの下に連れていってくれ!」

 

その言葉に呼応するように装甲の内側から赤い光を一瞬放ち、想角は俺の周りを3周ほど回転した後、背後に回り込んで俺を抱きしめる様に包み込み――俺は再び想角を身に纏った。しかし、今回はそれだけで終わらず更に装甲自体が輝きを放ち......想角の一次移行(ファースト・シフト)が完了した。

 

「一次移行......!」

 

「......認めた、のか?」

 

山田先生が驚愕の様子で呟き、千冬さんも僅かに瞳を開いているのが見える。だからこそ、心配は掛けさせまいと静かに機体を浮かしてカタパルトレール内へ移動を開始する。

 

「いいか、想角。お前は俺の感情を読み取り、それを力に変えるマシーンなんだ......だから、俺と一緒に闘ってくれ。お前だけじゃない――俺も一緒に、だ」

 

装甲の継ぎ目から漏れ出す赤い光は徐々にその彩度を増していく。ISにも心があり、解りあえた。だから、想角だけにやらせはしない。俺も、何処までも一緒に闘う。

 

 

 

 

(――――仲間を助けに行こう、想角

 

 

――パイロット保護機能解除...解除拒否。システム掌握...共有へ変更。装甲連結解除。『NT-D(NewType-Drive)』作動。

 

 

 

一瞬だけ、真っ赤な光が翡翠色の虹を伴う輝きを宿すが即座に赤を取り戻し――装甲各部の連結装置が解除され、『デストロイモード』が発動した。

 

「万掌!」

 

「堺くん!」

 

千冬さんと山田先生が叫ぶが、その心配は杞憂に終わる。頭部の"変身"が開始されるが、覆面のように口元を覆っていたマスクはバイザーと共にやや前方へ展開し、左右のサイドアーマーが回転して降りてくる人型のマスクと()()()()()ように変形した。俺の目の位置に収まるように移動し、装着され直したソレが全天を見回す全方位視界を提供し――純白のブレードアンテナが左右に割れ、V字アンテナへと変形し、周囲に自分の存在を誇示するかのようにフレームから迸る緋色の光を外へ溢れさせた。

 

「――――大丈夫です。想角は、俺と共に在る」

 

「――と、いうことは」

 

「はい、制御できました」

 

「......よし!万掌、即時出撃だ!行ってこい!」

 

「了解!堺万掌、IS『想角』――強制解除!」

 

今度は手綱を握れている、問題ない。そう告げると千冬さんは即座に俺の背中を叩いて発進を許可したので、それに応えるように声を張り上げてカタパルトレール内から千冬さんと山田先生が退避したのを確認し、そのまま想角の出力を引き上げていく。あの時はただ耐えるだけだったこの推力を自分で操作出来る事に感動を覚えながら、通常時とは比べ物にならない速度でアリーナへとその身を投げ出し――鈴音を襲わんとしていた全身装甲の未確認ISを見やる。肩と頭が一体化しているようなデザインで、腕が爪先よりも長く、歪な形をしていた。同じ全身装甲タイプでも、想角がどれだけデザイン性に優れているのかが分かる瞬間だった。右腕に収納されたホルダーからビーム・サーベルのグリップを180度回転して展開させながら、抜刀せずそのままマゼンタ色の刀身を形作り、ビーム・トンファーを鈴音に狙いを定めていた射撃兵装に突き刺した。

 

「バンショー!」

 

「はぁ!?これが万掌!?」

 

絶対防御が作動していないという事は、それは武装であり破壊しても問題ないということだ。操縦者を傷つけることがないと理解した俺はビーム・トンファーを突き刺したまま、『デストロイモード』と化した事で手に入れた出力に物を言わせ、スラスターから噴き出す真っ青な噴射炎を色濃くさせながら、徐々にではあるが射撃兵装を溶かし、焼き切っていく。

 

「......!」

 

兵装を焼き切られていくのを眺めていた未確認ISが空いていたもう片方の手を此方に向けた事で、鈴音に向いていたヘイトを此方に移せたと確認する。即座にビーム・トンファーを収納し、最大出力でアリーナ上空へ逃げると、ノロノロと動いていた先程とは違い俺の危険性を数段階引き上げたのか機敏な動きで両腕の射撃兵装の4基中3基がビームを散らしていく。

 

「――――ぐ、ぅうううう、――ウォオオオオオアアアッ!」

 

想角がその射線を予測し、それを回避する為にかなり無茶な軌道を描いて逃げてくれる。が、その都度急停止や鋭角回避軌道を取るのでそれに耐え切れず苦悶の声を上げると想角が速度を緩めるので、俺の事は気にするなと吼えると再び出力を上げ始めた。サイコフレームが放つ光が尾を引いて僅かに残っていくので、それを見ていれば俺がどれほど頭のおかしい挙動で回避軌道を取っているかが分かるだろう。

 

「バンショー大丈夫!?ハイパーセンサーでも追いきれないんだけど!」

 

「俺の心配はいいッ!それより、注意を引きつける!遠距離武装がないから、3機で同時に畳みかけるぞ!」

 

「ダメっ!私のエネルギー残量が少なくて、ちょっと厳しいの!」

 

「――!じゃあ、なんとかしてくれ!それまではこっちで対応する!」

 

一夏が個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)で無事を訊ねてくるが、無事を気にするくらいならさっさと終わらせてしまった方が身体に掛かる負荷は軽いと考え、3機同時攻撃を挑むと返すと、一夏の白式はもうほとんどエネルギーがないのか鈴音が一夏の前に立ち、何時でも攻撃を防げるように盾になっているのを確認して顔を顰めてしまうが、すぐに気持ちを切り替えどうにかして攻撃手段を確保しておくように伝えて一度通信を終了させる。

 

「......」

 

対空攻撃は意味がないと理解したのか、動きを止めた未確認ISはその腕から発する砲撃も停止させ――まっすぐ両腕を大きく開いたと思ったら、そのまま機体を独楽のように回転させながらビームを撒き散らす、子供の駄々のような攻撃方法を取ってきた。

 

「なんだ、そりゃあ!」

 

高出力が故に小回りの利かない状態のままスラスターを軽く噴かしただけでも10mは裕に移動してしまう想角を必死に微調整させて回避軌道を取るがそれでもまぐれ弾が時々直撃し、シールドエネルギーが削られていく。ふざけた攻撃ではあるが、高出力機であるとランダムに蒔かれる弾幕ほどやり辛い物はない。しかも射撃武器だけならまだやり用はあるが、奴はその巨腕を利用して殴りかかってくる始末だ。動けるパターンが制限され、その制限された空間の中から回避軌道を行い逃げるがビームを掠ってダメージが蓄積していく。

 

「バンショー!鈴に背中撃ってもらうから、それを合図に突っ込むね!」

 

「はぁ!?せ...はぁ!?」

 

「詳しく説明してる時間ないのよ!合わせなさい、万掌!」

 

時折回避軌道から反転、全力噴射で急接近し、その長すぎる腕を潜り抜け懐深くに入りつつビーム・トンファーを突き立ててエネルギーを削るが攻撃可能時間は短く、余り大したダメージも入っていない。これではダメだと思い、ビーム・サーベルの出力を引き上げようとしたタイミングで一夏から再び通信が入り、話し掛けられた内容を理解できずに驚愕していると、鈴音から時間がないから合わせろとだけ短く伝えられる。背中撃つって、何考えてんだ!

 

「行くよ!バンショー、鈴!」

 

「ほんと、どうなってもしらないからね!」

 

「――く......ああ、目晦ましくらいはやってやるさ!」

 

結局短い時間の中で、別の攻撃手段を思いつく事の出来なかった俺は仕方なしに一夏の作戦に乗った。想角が出力を引き上げ、紅蓮の残光がより鮮烈にその軌跡を残しながら多角形軌道を描きつつ、徐々にではあるが未確認ISの近距離圏内に飛び込む。左右の腕部から折り畳まれたビーム・サーベルのグリップを展開し、更にバックパックのスラスターから伸びる2本のビーム・サーベルを引き抜いて疑似4刀流を完成させ、4本のグリップ全てから伸びるマゼンタ色で形成された刀身は出力が上がっていくに連れて純白へと変化し、高出力モードへと切り替わったサーベルで斜め上下に挟み込むように振るい、一息で右腕の武装を溶断してから手にしていたビーム・サーベル2本を左腕の砲身2つへ突き刺した所で未確認ISからカウンターパンチを食らい吹き飛ばされた。

 

「――今だ!」

 

「ありがとう、バンショー!」

 

吹き飛ばされた衝撃でアリーナのシールドに展開したままの高出力ビーム・トンファーが突き刺さり、再形成されたばかりのシールドが再び消滅した。だが、既に避難は完了しておりアリーナは無人になっているため、シールドが割れても人的被害は出ない。今一度立ち上がろうと想角を動かすが『デストロイモード』が限界を迎えたのか、サイコフレームから発する光が消滅し、ビーム・トンファーが使用不可能状態になり強制的にその刀身が収納されグリップ部分が折り畳まれる。輝きを失い灰色になったフレームを覆い隠すように展開していた装甲各部位が元に戻っていき、V字アンテナはブレードアンテナに、人型のマスクは無機質なバイザーへとその姿を変えた。アリーナの席を少し押し潰し、埋まってしまっている俺の数メートル隣にやってきた人物に目をやれば、視線を感じたのかその人物は、毛先のロールした金髪を優雅に靡かせ、耳に付けた真っ青なイヤリングを見せつけながら上品に笑った。

 

一夏が鈴音の衝撃砲で得たエネルギーで右腕を失ったISに急接近し、零落白夜を使い残った左腕を切り落とすだけに留まらず、零落白夜にシールドエネルギーが根こそぎ食われた未確認ISは、操縦者保護機能を奪われた。しかし、そこで白式が強制解除され、一夏が未確認ISの前で生身の体を晒してしまう。

 

「――信じてるからな」

 

「ええ、お任せください。私――セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの射撃は、正確でしてよ」

 

隣に立っていた友人に声を掛けると、その期待に応えんとばかりに瞬時に展開された4基の《ブルー・ティアーズ》が防御能力を失った未確認ISの装甲を容赦なく一方的に撃ち抜いていく。

 

「再起動されないように徹底的にやってくれ」

 

「ええ、勿論ですわ」

 

埋まったままの想角の肩に座りながら、ビットだけを展開したセシリアは無駄な動きの一切をせず、的確に未確認ISの装甲を焼き落としていく。一度再起動した様に思えた未確認ISだったが、ダメ押しのレーザーの雨により今度こそ完全に機能を停止させたようだ。

 

「友人に助けを請われれば、私セシリア・オルコット、何時でも馳せ参じましてよ」

 

セシリアはそう言ってからISを完全展開し、埋まったままの俺を引き抜いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。うやむやのまま終わったクラス対抗戦の最中に起きた未確認IS襲撃事件の裏側に携わった一夏、鈴音、俺、セシリアは誓約書を書かされ、全生徒に箝口令が敷かれたことで話題にする事さえ咎められたそれは、誰もが気にしていながらその一切を口にすることは無く――あれから特に問題も起こらない、普段通りの日常を教室で過ごしつつ、手の中に納まる物を眺めていると谷本さんと鷹月さんに声を掛けられた。

 

「あれ、堺くん?なーにしてんのっ!――あ、それ!」

 

「え、なになに?あ、もしかして!」

 

「ああ、帰ってきたんだ」

 

「嬉しそうだねー」

 

「――もう帰ってこないかも、って思ってたからさ」

 

「あはは、何ソレ、大袈裟!ただの修理だったんでしょ?あー、でも分かるなぁ。ちょっと考えちゃったりするよね」

 

「だから、帰ってきてくれて喜んでるのさ。――おかえり、想角」

 

手の中に納まる、首に掛けられるように鎖が付いた純白のブローチは一角獣の首から上をイメージした形状をしており、その目には翡翠の宝玉が嵌められている。おかえり、と声を掛けると、想角はその瞳を僅かに光らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

桜井

 

「主任。我々は――――」

 

「ああ、解っているとも。我々は彼に救われた......あの歳の子供が、我々の罪を赦し、拭ってくれた。ならば我々は彼の為に、出来る事をするとしよう。それが、子供を応援する大人がやるべきことだ」

 

「ですね、主任」

 

堺万掌。制御不可能と投げ捨てられた暴走機『想角』の手綱を握り、それに認められた少年。あれを見せられては我々としても黙っているワケには行かない。恩返しの意味を籠めて、彼の為に追加装備を作る。我々研究者に出来る事は、それくらいしかないのだから。

 

 

 

 

 




これにて1巻分は終了です。

ゴーレムⅠ戦の描写増やそうと思ったけどこっちの箒とか絶対そんな事せんやろって思ったので大人しくさせたりしてたら予想以上にペラくなりました。ゆるして


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幕間①


このお話は本編に関係はしてるけど読まなくても問題ないです。

というか幕間いうよりは書いてない小話的な話になるかと思います。

あとオリ主のキャラが崩壊してます。イメージ崩れるわハゲって人は読まない方がいいです。


思い付いたら書きます。好評だったらまた2巻の終わりくらいに書きます。


 

「どう、バンショー?」

 

「んー......あ、そこ。あ、あ~そこ、そこ、すっげー良い......」

 

「ちょっと大げさじゃない?」

 

「お前くらいにしかこんなことさせないから平気だろ」

 

「もー、そうやってすぐ口説く......ぶー」

 

「これが口説きの内に入るなら、俺は一生お前の事を口説けないな」

 

「えっ.....く、口説いてくれるの?絆されちゃったりする?」

 

「んー?そうだな......んん......お前が俺を望むなら、俺はお前の望む限りそれを与え続けよう」

 

「――――う、ぅ.........あははははは!耳掃除されながら言うことじゃないでしょー!しかもそんなキメキメの声で!ふふ、笑わせないでよね、手元狂っちゃうから!」

 

「悪い悪い」

 

4月中旬の日曜日。一夏と同じ寮部屋になってから早いもので五日が経過していた。箒と仲直りした一夏であったが、俺にしか分からない程度ではあったが顔に影が射していたので息抜きの意味も兼ねて、一夏に耳掃除をお願いしたところ、案外溜まっていた様で、一夏はすっかり俺の耳の中を綺麗にすることに夢中になっていた。こうして何度も耳掃除をお願いし、やってもらっているからか一夏の耳掃除の熟練度は高く、女の子になってからは太ももの感触も素晴らしいと良い事尽くしだった。ストレスもなく、適度に遊び心のある解りあっている関係だからこそジョークも掛け合えて、すっかり女子一色というIS学園の異質さに知らず知らずの内に疲れていた俺はいつもの様に一夏に甘えていた。一夏もそれを理解しているのか、時折俺の髪を撫でながら鼻歌混じりに丁寧に耳掃除をしてくれている。

 

「でもさ、バンショー」

 

「おー......どうした?」

 

「バンショーって、私の事どういう感じで見てるの?」

 

「どういう、か。うーん......幼馴染で、大親友で、守りたい人で、傍に居られるなら居続けたい人、かな」

 

「――ねぇ万掌、それわざと言ってる?」

 

「何が?」

 

「そ、その......傍に居続けたい、とか......守りたい、とか......」

 

「ああ。お前と一緒に居ると、俺も落ち着くし。お前も外に居る時より、テンション高くしなくてもいいから楽だろ。それに俺は大好きだぜ、一夏の事」

 

「――あ、ぅ......

 

「痛ァ!」

 

「あ、ごっごめん、バンショー!大丈夫?」

 

一夏に、俺が一夏をどういう感じで見ているのかと聞かれ、どういう感じって言われてもなぁ、と思い返しつつ頭の中に浮かんでいった言葉を一つずつ口に出していくと、一夏が俺の頬を軽く摘みながらムニムニと動かしてわざと言ってるのかと聞いてくるので、意味が分からず問い返すと先程の言葉がジョークだと思われたのか一夏は疑っている様だった。だから嘘ではなく本心からの言葉だと伝え、2人で居る時が最も落ち着くと真面目に返したら、一夏が耳掃除をしていた手を下げたせいで少し奥まで耳かきが押し込まれ、痛みから抗議の声を上げると一夏は慌てながらも腕は一切揺れずに少しずつ耳かきを引き抜いてから謝罪をした。

 

「大丈夫。続けてくれ」

 

「う、うん」

 

「一夏、揺らさないでくれ。酔う」

 

「む、無理だよぉ......」

 

「あ、そっか。足しびれたか?悪い、気付かなかった」

 

「――そーじゃないけどさー......まぁ、これくらいでいいんじゃない?」

 

「顔赤いぞ、風邪でも引いたか」

 

「ちょ......!ち、近ぁっ!」

 

「体温計無いし仕方ないだろ」

 

痛みもすぐに引いた事から再開してもいいと告げるが、一夏は落ち着かないのかそわそわと上半身と膝を軽く揺らすものだから適度に酔いそうになる。膝を借りてる身で偉そうな事を言うと、我慢できないのか動かし続けるのでもしかしたら足が痺れてしまったのかと思いすぐに頭を上げて一夏の下半身を解放しつつ一夏の顔を見た。一夏は顔を赤くしながらそう言う事じゃないと不満気な顔をしつつ、手団扇で仰ぎながら時計を見てそう言った。あまりに顔、というか頬を朱に染めた一夏の態度に、もしかしたら風邪ではと思いながら体温計を探そうとするが、そもそも体温計なんて物は持ってきていないし、買ってもいない事を思い出したので、探すのを諦め、仕方なく正確性に欠けるが自分の掌で一夏と俺の額の温度を計ることにした。ずい、と距離を詰めると一夏は更に顔を赤くして慌て、後ずさるので壁際に追い詰めてから体温計がない旨を告げて熱を計るが特に熱いワケでもない。

 

「んー......首筋は、どうだ?」

 

「ひ、ぁ......っ」

 

「とりあえず......」

 

「脱ぐの!?ここで!?」

 

「ここで脱がなきゃいつ脱ぐんだよ」

 

「まってまって!?なんか積極的すぎない!?」

 

「風邪引かれたら困るだろ、俺は明日セシリア嬢と対戦だし。それに、お前もだろ。だから、ほら」

 

「ぅわっぷ!」

 

「春の昼間とはいえ、女の子なんだから。あんまり身体、冷やすなよ」

 

「......うん......予想とは違ったけど......――――あったかいね」

 

両手で耳の真下、顎骨の辺りを軽く撫でて熱を計るがこっちにも異常はない。だが一夏は益々顔を赤くするのでよく分からないが、寒いのかもしれないと思って自分が着ていた長袖の上着を一枚脱ぐと、一夏が急に慌て始めるので、春は昼夜の温度差が激しい、予想以上に身体を冷やしてしまったのかもしれない、だから上着を被せて一夏に身体を大事にするようにと言うと、一夏は静かに頷いてから上着をしっかりと着て、暖かいと洩らすものだから、やはりかという顔になる。

 

「やっぱり冷えてたんじゃないか。本当に大丈夫か?辛いならベッドで寝てもいいんだぞ」

 

「あ、違うの......身体じゃなくてね、心があったかいなぁって。私ね、心配してくれる万掌のそういう所、大好きだよ」

 

「――――」

 

「あ、照れてる。ふふ、可愛――わ、ちょっと、きゃっ!あははは、無言で撫でるのやめてよー!」

 

やっぱり寒がってたんじゃないかと軽く叱り、本格的な風邪にならない内に温めて寝てもいいんだぞと言うと、俺の服で身体が温まったワケではなく心が温まったと言った一夏の優し気な微笑みに言葉を失い、つい照れて顔を赤くしてしまうと一夏がそれを指摘して笑ってきたので言い返すよりも先に手が出てしまい、一夏の頭をグシャグシャと思いっきり掻き撫でた。

 

「もー、髪の毛ボサボサ。何処にもいけないね」

 

「行く予定もないし、外出許可証も貰ってないだろ」

 

「そうだけどさー。ボサボサ頭っていうのも案外気にするの。ショートカットなんだから癖はつきにくいけどね」

 

「髪は女の命ってか。悪かったな、一夏」

 

「そんなに気にしてないよ。だから、撫でて直して?」

 

「滅茶苦茶気にしてるじゃないか」

 

「そうです。気にしてます。だから、早く直して?はい、どうぞ!」

 

「――仕方ない奴だな」

 

「んふー......気持ちいいね、万掌の手」

 

「ごつくて不格好だろ」

 

「万掌のがいいの。ごついだけの手じゃイヤだよ」

 

暫く一夏の制止を気にも留めず撫で続けていると、流石に髪がグシャグシャになってしまい外出どころか、食堂に行く事さえ憚られる髪になってしまっていた。口では色々と言ったが流石にやりすぎてしまったと自重し、一夏の要求を素直に飲み込んで手櫛で直していくと、一夏が俺の手を褒めるのでごついだけだろと返すと、俺の手だから良いと言ってくれる。中々にそれが嬉しくて、口元を緩めた俺はしばらく時間を余分にかけて、一夏の髪を撫でて直し続けた。

 

「バンショー、お昼はどうする?」

 

「どうせそろそろ箒が来る。その時に一緒に――そら来た」

 

「相変わらず良い勘してるね。はーい!今行くー!ほら、バンショーも!」

 

「引っ張んなって。慌てなくても飯は逃げたりしないさ」

 

「箒と話す時間が減るでしょ!」

 

「それは確かに一大事だ!」

 

時計を見ると既に11時50分を指しており、そろそろ昼食をどうするかと一夏が訊ねてきたので、もうすぐ箒が来ると理解していた俺はその発言をし、途中でノックが聞こえ箒の声がしたことを短い言葉で伝えると一夏は口元に小さく笑みを作って勘が良いと言ってから、箒の待つドアの向こうへ駆け足気味に走り出し、俺にも急ぐようにわざわざ戻ってきて袖を引っ張りつつ声を掛けてきた。慌てなくても飯は食えるぞと反論すると、一夏は箒と話す時間が減ると返してくる。それは確かに一分一秒を争うと理解し、俺も急いで廊下へ飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またまた4月中旬。セシリア嬢との試合が終わった後の保健室から寮へ戻った万掌。

 

「――ただいま」

 

「おかえりなさい、万掌。ご飯、食べれてないかもって思って、貰っておいたの」

 

「気が利くな、確かに食えてなかった。すぐに食ってもいいか?」

 

「うん、だけど右手は大丈夫?かなり無茶したんじゃない?」

 

寮の自室に戻ると、一夏が傍にやってきてテーブルを指差すので目線で追いかければまだ熱を持っていそうな味噌汁と、焼き鯖の乗った定食が置かれてあった。どうやら一夏は俺が夕飯を摂れていないと予測したようで、その通りだった俺は一夏の心遣いに感謝しながらテーブルの前に座り箸を持とうとして、箸を落としてしまう。

 

「――――......はぁ」

 

「やっぱり。右手、震えてるよ。痛むんでしょ?私が食べさせてあげるから、貸して」

 

「悪いな」

 

「事故なんだから仕方ないよ。じゃあ、まずはこのおひたしからね!はい、あーん!」

 

「......それ言う必要ある?」

 

「アリアリのアリ!」

 

「秒速レスポンスあざーす」

 

「いえーい!」

 

「いえーい」

 

微かに震え、力の籠められない右手を一夏が見るや否や、絨毯の上に落ちた箸を水道で洗い、水気を切ってから持ってきたと思ったら焼き鯖定食を俺の前からずらしておひたしを箸で持ち上げて口に持ってくるので、食べてから抗議をするとあーんの掛け声は一夏的にアリアリのアリらしく、余りの早い反応にいつぞやのノリと同じことをし、一夏は気を遣ってか左手を伸ばしてくるので俺も左手でそれを返す。

 

「じゃあ、次は――漬物!はい、あーん!」

 

「ん」

 

「餌付けしてるみたいで可愛い!」

 

「やっぱ左手で食うから箸返して」

 

「あー!ごめんてー!」

 

一夏がセレクションした順番に飯を食っていると、突如として餌付けしてるみたい、というかされているが、可愛いというのには納得できず左手で食事を摂るから箸を返せと言うと一夏はそれを拒み、それ以降は真面目に食事の介抱をしてくれた。

 

「んー......なんか違う」

 

「バンショー?どうしたの、味噌汁1つでそんな難しい顔して」

 

「いや、結構前に一夏が俺に味噌汁作ってくれたことあっただろ?」

 

「あー、中学校の時」

 

「そう、それ。最近あの味を思い出してな......あの味じゃないとなんか満足出来なくなったんだ」

 

左手で椀を持って味噌汁を啜り、難しい顔をしていると一夏に言われたので素直に一夏の味噌汁より不味いと言った。

 

「――――ねぇ万掌、これ前も聞いたと思うんだけどさ。それわざと言ってる?」

 

「何が?」

 

「だから、その......私の味噌汁、美味しかった?」

 

「あれじゃないと何か足りないと感じるくらいには」

 

「そ、そっか......それ、結構な殺し文句だから、私以外の子には言っちゃダメだよ?」

 

「お前以外に言う奴なんか居ないよ」

 

「もー、そうやってすぐ口説く。うー、バンショーのバカ」

 

「これが口説きに入るなら、俺はお前の事を一生口説けないな」

 

「それも前に聞いたと思うんだけど......ん、んん......で、でも?聞いてあげないこともないけどなー?」

 

「なんだ、口説いてほしいのか」

 

「それ女の子に聞く!?......うん、やってほしいかなぁって.....ダメ?」

 

一夏と前にもしたようなやり取りを繰り返していると、一夏は自分の味噌汁が本当に美味かったかどうかを気にしている様だったので、一夏によって鍛えられた俺の舌を唸らせた一夏の味噌汁以外は何か違うと答えると、それは女性にとって、かなり嬉しい一言だったようで一夏以外に言ってはならないとレクチャーを受けた。だが、その事を覚えた所で一夏以外に使う予定はないと返すと、また似たようなやり取りをしてしまうが、そこから一夏の様子が少し変わった。この間の様にネタにするような雰囲気ではなく、そこそこ真面目に聞いてくるので、一夏は確かに料理に対しては味覚の変化もあってかなり真剣に対応してたことを改めて思い出し、これは俺も真摯に向き合うべき会話なのだと理解した。

 

「ふむ......よし。――なぁ、一夏」

 

「.....ひゃ、はひ!」

 

「――お前の料理じゃないと、満足出来なくなっちまった。だから、俺の為に、毎日味噌汁を作ってくれないか」

 

「――――......はい、作らせてください......」

 

「はいじゃないが」

 

「あいたー!」

 

「何コロっと落ちてるんだよ」

 

「落ちるよ!?幾らでも作っちゃうよ!そんな事言われたらもう私メロメロだよ!?」

 

真面目な顔をして、2人で作りだす空気感の中では指折りのキメ顔で一夏に身体を向けると、一夏は緊張した様子で返事を返した。その一夏に追い打ちを掛けるように、いつもより3、4割キメッキメのトーンで考えた台詞を言うと、一夏は即座に陥落したのでそれに呆れてチョップを打つと元に戻った。それから少し叱ると、一夏はこの台詞に弱いのだと自分から叫ぶように告げた。

 

「そうか?」

 

「もうずっと作っちゃう!飽きたって言われたら泣いちゃうくらいに作ってあげる!」

 

「うーん......まぁ、今はそこまでしてもらわなくても、たまに作ってくれればいいよ」

 

「い、今は!?その先があるの!?」

 

「それはあるさ。お前も誰かに恋をする日が来るかもしれない。そしたらその人の為に作る事になるだろ」

 

「あ、そういう......はぁ......万掌のばか」

 

「――でもさ、お前の味噌汁が飲みたいっていうのは、本当のことなんだ。頼めるか?」

 

「――――......うん、いいよ。たまに作ってあげる。今は、ね」

 

一夏は相当味噌汁作りに関して自信があるらしく、毎日作ってもいいと言い張る。が、流石に毎日はちょっと俺の自信がないので遠慮すると、一夏は今は、ということはその先があるのかとかなり興奮気味に聞いてくるので、人を好きになればその人の為に作る事になるだろうと返すと、一気に熱が冷めたのか溜息を吐きながら俺の事を罵倒してきたので、それに反論するよりも落ち込み始めた一夏のフォローをする為に左手を一夏の肩に乗せながら、上目遣い気味に俺を見上げる一夏に、一夏が作った味噌汁を飲みたいというのは本当のことだと目を見ながら伝えると、一夏は俺の左手を両手で握りながら軽く頬擦りをして、了承を告げた。

 

その次の日から、朝食の味噌汁は一夏が作ることになり食堂のおばちゃんたちにも伝わっているのか俺の定食は常に味噌汁抜きで来るようになり、一夏がその代わりに味噌汁を持ってくるようになる。

 

くっそ美味い。毎日はキツいとか言ってたけど普通にイケるわ。

 

 

 




胃袋掴んだ奴が勝ち確ってそれ一番言われてるから。


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想角改めユニコーン+装備更新

2巻を扱う中で研究所にいくオリジナル展開を挟もうかと2巻読んでたのですが、はさめるのが1巻終了(5月初旬~中旬?)~2巻冒頭(6月頭)の間くらいしか無さそうな感じがしたので初手オリジナルです。


内容的には想角改名と武装の再補充・換装で終わります。

後書きに更新分を書いておいたのでお時間ある方はお読みください。


5月下旬。未確認IS襲撃事件のほとぼりも冷め始め、流行の移り変わりが早い学生たちは既に6月に控えた学年別個人トーナメントに向けて各々が不安や焦燥、期待など各々が抱える物に突き動かされる様に慌ただしくなり始めた今日この頃。俺は自身の物となったパートナーたる想角の武装を再補充する為に山田先生のご同伴の下で次世代IS運用総合統括研究所に足を運んでいた。本来なら送られてくるはずのそれら装備品をわざわざ取りに行くのには理由があり、ついでならこの想角の名前も俺が決めた『ユニコーン』に改名したいと思っていたからだ。さらに、桜井主任からは追加装備が手に入るとまで煽られては行かないワケにもいくまい。その一報を織斑先生から連絡され、山田先生も同行するとの事だったので予め予定を空けていた今日、ようやく足を運んだ次第ということになる。

研究所の所在地に到着すると、防犯用のフェンスが幾重にも設置された門の前にISスーツを身に纏った女性が一人立っており、桜井主任から渡されていた招待状を手渡すと既に話が通っていたのか、お待ちしておりました、と言われ門を開けてくれた。案内されるまま敷地に足を踏み入れると、まず最初に目に飛び込んできたのは日本、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、ロシア、中国の8か国の国旗。それが堂々と風を切っている研究所の屋根飾りを眺めながら、歩行者専用路を山田先生と二人で歩いて正面の建物の玄関に到着する。

中に入ると、受付嬢が即座に立ち上がり此方までやってきた後、90度以上のお辞儀をしてから桜井主任を直接ここ玄関ホールに呼び出した。その待遇の良さに思わず口を開けてしまい、唖然としながら山田先生を見ると山田先生も驚いているようで少し震えていた。

 

「堺くん!待たせてしまったかな?」

 

「桜井主任!お久しぶりです」

 

「ははは、まだたったの数週間だろう。いやしかし、学生ならそういう感覚にもなるのかな?山田先生も、おはようございます。」

 

「おはようございます。本日は堺くん共々お世話になります」

 

「あっ――お、お世話になります!」

 

暫く来客用のソファーに座らさせられ、待機していると桜井主任が小走りで此方にやってきたのを見て立ち上がり、桜井主任と握手を交わしながら久しぶりだと声を掛けたが学生と社会人では時間間隔が違うのか、数週間程度で久しぶりは言い過ぎだと言われてしまった。山田先生が頭を下げたのに俺が頭を下げないのも可笑しな話で、しまったと思いながら急いで山田先生を真似るように頭を下げた。

 

「こちらこそ、今日は宜しくお願いするよ、堺くん。ではまず、想角の改名から、だったかな?」

 

「はい。想角は言ってしまえば、開発中に付けられた『X』だと思うんです」

 

「試作という意味の『X』だね」

 

「はい。俺は想角に認められ、今も一緒に居ます。それに、見てください」

 

「アクセサリー状態の想角かな?一角獣とはまた、美しいじゃないか」

 

首から掛け、服の内側に隠していたブローチを取り出して見せながら、想角はあくまで束さんが名付けた物で俺が付けた物ではないことを最初に念押す。それを見た桜井主任は純白に輝く一角獣のブローチを見て感嘆の息を漏らした。

 

「想角は俺の相棒です。だったら、付けられた名前ではなく俺が付けた名前にしたいんです」

 

「なるほど。名前と言うものには付けられる事に意味がある。人物然り、土地然り。意味のない言葉と言うものは存在できないからね」

 

「だから俺は、何かに想いを馳せる角を持つ者という意味ではなく、俺が掲げる想いを理解して共感してくれたコイツを『ユニコーン』と名付けたいんです。丁度待機アクセサリーの形も一角獣なので験担ぎにもなるかと思って」

 

「ふむ――――『ユニコーン』......貴婦人と一角獣。私のたった一つの望み。可能性の象徴。貴婦人と一角獣に含まれる解釈の一つに、たしか『理解』という第六感を意味する解釈があったはずだ。さては、そこからとったね?堺くんも中々にロマンチストじゃないか」

 

「あ、あはは......わかります?」

 

「分かるともさ。確かに良い名前だ。可能性の獣『ユニコーン』。堺くんがやってきたことと照らし合わせれば、ぴったりの名前になるだろう。堺くんは決して可能性を捨てないからね」

 

「――お願いできますか?」

 

「お安い御用さ」

 

名前は付けることに意味がある。それは人物名だけでなく、土地にも、物事の何もかもがそれを証明しているだろう。意味を内包しない言葉は存在しない。だから俺は、束さんが名付けた『想角』ではなく、俺自身に同調してくれたこの機体に、俺が名前を与えてやりたかった。桜井主任は俺がなぜ『ユニコーン』という名前を付けようと思ったかをすぐに見破ってしまい、まさかその場でぴたりと当てられるとは思ってもいなかった。ロマンチストと称され、照れくさくなった俺は恥ずかしさに顔を赤らめながら後ろ髪を掻いて誤魔化した。良い名前だと言われ、俺との相性も良いと言われた事で若干の自信が湧いてきて、桜井主任にやってくれるかと訊ねると桜井主任は任せろと言いながら胸を張った。

 

「改名処理実行。機体名『想角』から『ユニコーン』へ。スペル確認。『Sokaku』から『Unicorn』へ......スペルミスなし、改名処理完了。終わりましたよ。これからはしっかりと名前を読んであげてくださいね」

 

「ありがとうございます」

 

「助かったよ、城戸くん。では堺くん、山田先生、次は工廠へ。ユニコーンを丸裸にしておくわけにはいかないだろう?」

 

「......?」

 

「えっとですね堺くん。工廠というのは、武器や弾薬をはじめとした軍需品を開発・製造・修理・貯蔵・支給する施設のことを指すんですよ」

 

「なるほど。つまり、着替えですね」

 

「お色直しと言った方がいいかもしれないがね」

 

眼鏡を掛けた女性が素早く改名処理と認識コードの書き換えを済ませ、俺にブローチを返してくれると、桜井主任は手早く挨拶を済ませて俺たちを工廠へと案内してくれるという。工廠の意味が分からず悩んでいると山田先生がこっそりと教えてくれたので、工廠の意味は覚えておこうと思う。日常的に使わない言葉なので、どうしても想像が出来ない言葉だった。今からユニコーンに、装備を再補充するらしく、その肝心の武器庫に向かっているということでいいのだろう。案内されるままに施設の中を歩き、件の工廠に辿り着いた。案内の最中に主任に直接案内されているせいか、廊下ですれ違う職員の皆さんからお辞儀をされるのが妙にくすぐったい感覚だった。

 

「――――すごい。研究所の中に、こんなに巨大な空間が......」

 

「我々がこの区画を学生である君と、教師である山田先生に見せるのはあなた方を信用しているからです。故に、ここの事は工廠を一歩出たその瞬間から忘れて頂く必要がある。堺くん、お願いできるね?」

 

「は、はい......!」

 

「おっと、不安を煽りすぎたかな?まぁ口外しなければいいと言うだけの話さ」

 

「は、はぁ」

 

余りにも巨大なその空間に思わず声を上げてしまうと、桜井主任が口調を強くして念を押すように聞いてくるので思わず強張った態度で返事をするとすぐにいつも俺と話している表情に戻り、肩を軽く叩きながら内緒事は得意だろう?と聞いてきたのでそれに苦笑いをしつつ確かに結構秘密を抱えてるよなぁ、と、隠している事を脳内で数えていくと3つほど数えた所で鬱屈としてきたので考える事をやめた。

 

「じゃあ、さっそくユニコーンを展開してくれるかな?」

 

「了解!来い、ユニコーン!」

 

案内された区画のテープで区切られた枠内に立たされ、ユニコーンを呼び出すと即座に光が身体を覆いユニコーンを纏って、光が収まっていく。

 

「じゃあそのまま降りて、暫く弾薬の補充なんかも見ていこうか。普段見れないからきっと面白いと思うよ」

 

「じゃあ、是非」

 

ユニコーンに前面装甲を解放させ乗降用の取手を掴みながら降りると、青色のツナギを着て、右腕に黄色のワッペンを付けた作業チームがロシアの国旗がプリントされたコンテナを積んだ作業車を誘導してユニコーンのすぐ脇にコンテナを降ろすと手早くコンテナの扉を開け放ったチームはコンテナの中身の、7.62mm頭部マシンガンのようなソレを引っ張り出し、俺の眼前に晒した。

 

「此方は7.62mm頭部マシンガンの改良型で、現在ユニコーンに搭載されている物よりも記述する程の物ではありませんが連射速度と砲身冷却速度が僅かに優れており、給弾機構を改良することにより装弾数を約60発増加させることに成功した新型です。また、従来の弾丸ではなく超音速戦闘下でも空気抵抗に影響されにくい弾速と超重量を誇る逸品です。まず、頭部マシンガンを此方のマシンガンに交換します」

 

そう言いながらユニコーンのコアや装甲各部位に端子を繋げ、タッチパネルを操作しつつ作業員の方々はユニコーンの頭部アーマーを解放し、内臓されているマシンガンを取り外し、新しく装備するマシンガンをインストールし始める。

 

「欠点が1つだけ存在し、超音速戦闘下を想定して作成した為、それ以下の速度で連続使用をすると視界不良に陥ります。ご注意ください。現在改良品の作成をしていますが、開発が難航してます」

 

「は、はぁ......連射しなければ問題ないんですよね?」

 

「ええ、ただ夢中になって撃ち続けると煙幕を張ったような状態になるので、本当に気を付けてくださいね」

 

取扱説明書というか、一枚のA4サイズの紙に要注意事項を非常に分かりやすくまとめた物を貰い、軽く目を通しながら書かれている単語が分からず混乱する。SHSってなんだTってなんだ。理解できない単語の羅列に頭が痛くなり、後で読むために折り畳んで持参してきたファイルに仕舞うと、インストールが終了したのかユニコーンの頭部アーマーを戻して空になったコンテナを作業車が移動させ、それと入れ替わるようにして2台のトレーラーが作業員に赤色灯で誘導されながらやってきて停車した。1台のトレーラーにつき二人掛りで積載されたアメリカの国旗がプリントされたコンテナを開き、中に積まれている物が相当重いのかレールを降ろしてからそれを滑らせる様にして持ち出してきた。

 

「こちらは米国からの支援品で、ハイパー・バズーカを2基補充します。散弾では使い難い上に自爆の危険があるという意見を参考に、弾頭を散弾から近接信管榴弾に変更しました。操縦者からの要請で連射性能を3倍ほどに引き上げた結果、装弾数が5発から3発に減っています、注意してくださいね。また、利便性を上げる為に追加レールに対艦3連装ミサイル・ランチャーを装備しています」

 

ユニコーンのバックパックにマウントするように設置された2基のハイパー・バズーカと、その砲身のレールに固定されている対艦3連装ミサイル・ランチャーのインストールが即座に完了する。が、トレーラーは出ていかず、中から更に追加の装備を降ろし始める作業員たちを見て納得した。

 

「続いて、またも米国からの支援品です。継戦能力に与える影響は僅かですが、初動の火力を増やす目的で両肩上部にマウントして固定する使い捨て式の対艦3連装ミサイル・ランチャーです。デストロイモード時にも干渉はしない高度にマウントしているので影響は少ないと思いますが、腕を40度以上の角度で上げようとするとバックパックと干渉してしまうので、その点は注意してください。更にまたまた米国からの支援品で、両脚部外側に装着する3連装ミサイル・ポッドです。小型自律兵器に苦戦を強いられたという報告から対空ミサイルを3発搭載しています」

 

そこで米国のコンテナは空になったのか下げられ、これで最後なのかとおもったら、追加のコンテナがクレーンに運ばれて降りてくる。が、今まで見た中で一番大きなコンテナでその巨大さ故に作業員たちは今まで以上に声を張り上げ、慎重に作業を進めながら途中で何度も荷卸し地点を確認しつつ、20分以上の時間を掛けて丁寧に床に降ろされた。作業員が安全確認をしてから手元のスイッチを押すとイギリスの国旗が描かれたコンテナが屋根から開いていき、四方にコンテナの外壁が広がるようにして中に収納されていた兵装群が照明の下に照らされた。

 

「此方のコンテナが最後になります。まず、破壊されたビーム・マグナムを再補充します。此方の変更点は外付けされていた冷却装置が内部機構に組み込まれたのみで、他は一切変更されていません」

 

「見た目がスッキリしましたね」

 

「――外観を変えずに内部に仕込むのは、意外と大変だったんですよ」

 

要必読用紙で団扇が作れそうになるくらいの厚さになったそれにうんざりしながら話に置いていかれない様に必死に食いついていると、外付けの冷却装置が内部に収まった事でシャープになったデザインのビーム・マグナムが5人の作業員が手作業で持ち運び、降ろしているのを目撃したのでついスッキリしたと言葉を発すると、現場の大変さを少し零した作業員は咳払いをしてから手元の資料を更に1枚、俺に渡してきた。

 

「続いて、今回のメインディッシュになります。此方は英国から提供されたレーザー、ビーム兵装技術を当研究所が採用し篠ノ之博士から提供された『サイコフレーム』と、当研究所が作り上げた『Iフィールド』を一つの兵装に集約したものであり、操縦者が一番最初に要望していた大型の盾を実現した兵装です。名前は『アームド・アーマーDE』。DEとはDefense(ディフェンス)-Extension(エクステンション)の略です。破壊されたシールドを解析した所、熱に弱いという致命的な弱点が発見された為それを補うべく構成素材を変更し、更にシールド本体に増加ユニットである本兵装を装着しました。スラスターとビーム・キャノンを内蔵しており、操縦者から継戦能力の低さを指摘された際に我々が対策を考え当研究所が製作したサイコフレームパーツを内蔵した拡張兵装になります。『デストロイモード』時には本兵装も展開し、その防御範囲を増やすと共にサイコフレームを展開します。――――以上で、全ての装備の補充が終わりました。お疲れ様でした」

 

全ての装備がユニコーンにケーブルで繋がれ、インストール待ちが発生しているが作業チームは与えられた仕事をやり遂げたようで、既にそのほとんどが撤収作業に移っていた。

 

「ありがとうございます。これでまた、誰かを守るために戦えます」

 

「我々の仕事は、操縦者の要望に可能な限り応えることですので。また何かあれば、何時でも言ってください。可能な限り対応させて頂きます」

 

「なるべく大切にしますよ」

 

「アームド・アーマーDEだけは本当に大切にしてくださいね。お願いしますよ、他の兵装とは桁3つ違うレベルで資金投入してるので、本当にお願いしますよ」

 

「わ、わかりました......気を付けます」

 

作業員1人ずつ握手を求めると、心良く軍手を脱いでから握手を交わして、最後に説明をしていた作業員にも握手を交わす。その際に感謝の言葉を述べると、俺の意見を可能な限り反映してくれると言うので頼もしさを感じながら大切に扱うと言うと突然肩を掴まれ、『アームド・アーマーDE』だけはマジで壊すなよお前という目線と口の圧力を掛けられ、製作費まで言われ、これは本気で壊してはいけない装備だと理解しつつ、気迫に押されながら頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ての兵装がインストールされたことで、一気にゴツい見た目となったユニコーンの装甲を撫でる。

 

「随分と格好良くなったね」

 

「桜井主任、ありがとうございます。これでまた、何かあっても守れそうです」

 

「いいや、私たちも君に心を救われた身だ。堺くん、私たちは君が万全の状態で戦えるように、全力を尽くして応援する。だから君は、君に出来る事をやりなさい。私たちも私たちに出来る事をする」

 

「――はい!」

 

「いい返事だ」

 

最後に、桜井主任と握手を交わし、男の約束をする。場所は違えど、戦いの意味も違えど、自分に出来る事をやり遂げる。桜井主任にそう誓われ、俺もそれを誓った。

 

 

 

 

 

帰り道、山田先生が俺に射撃技術の上達方法などを自己流ではあったが話してくれた。かなりタメになる物が多くあったので、今度訓練をするときに試してみようと思う。

ちなみに今回が特別だっただけであり、次回以降はアームド・アーマーDEが破損したりしない限りは全て学園に送られてくる定期補給で修理・再補充が出来るとの事だった。

 

 

 

 

 




想角→ユニコーンに改名。

・ユニコーンの武装一覧。

1.7.62mm頭部マシンガンC型Ⅱ
ロシアの技術工廠がユニコーンの『デストロイモード』時かつ全速移動時の超音速戦闘下での使用を想定し作成した新型マシンガン。オリ主の命中率が6割を超えており的確に命中させることが可能だと判明したため牽制用ではなく予備兵装として機能するように改良された。初速は想角時代に搭載されていた急造品と異なり、実に1030m/s(マッハ3超)を記録する。また、超音速戦闘下の空気抵抗に押され弾道が逸れない様に銃弾の重量は7.62mm弾とは思えない脅威の400gにまで増強させた超重金属弾を使用している。この重量はISに装備させる事を前提とした為、歩兵用兵装としては使用できない。装弾数が1門240発から300発へと増加しており僅かながらに継戦能力が上がっている。連射速度と砲身冷却速度も改良されているが記載するほどの物ではない。弾薬ベルトはSHS-T(スーパーヘビーシェル-トレーサー)・SHS-AP(スーパーヘビーシェル-アーマーピアシング)×4の割合で装填されている。しかし、その圧倒的な初速を得る為に炸薬量を増大させた結果、亜音速以下の戦闘状態での無間隔連続使用時においてはその発砲煙により視界不良に陥る問題点が挙げられている。

2.ハイパー・バズーカ+対艦3連装ミサイル・ランチャー
散弾による広範囲攻撃に巻き込まれたオリ主の意見から弾頭を目標近辺に接近した際に自動で起爆する近接信管榴弾に切り替えた280mm大口径対艦無反動ロケット兵装。更に速射して破棄したいオリ主の要請で速射性を大幅に向上させたが装弾数が2発減少し3発になっている。装弾数減少を補う為に砲身に装着された拡張装備用レールに対艦3連装大口径ミサイル・ランチャーを装備している。また、両肩上部に『デストロイモード』時の装甲展開に干渉しない位置にも1基ずつマウントされているが腕を地面に対して水平に伸ばした状態を0度とした際の肩の仰角が40度以上確保できなくなるので、戦闘行為を開始した際には即座に発射しパージする事が強く推奨される。

3.3連装ミサイル・ポッド
対セシリア戦で飛び道具に苦戦させられたオリ主の意見を参考に米国が廃棄予定だった3連装空対空追尾ロケット兵装を提供した。全弾同時発射することも単発で発射する事も可能。両脚部外側に装着され、全弾発射後に自動的にパージされる。『デストロイモード』時に干渉しない位置にマウントされている。

4.ビーム・マグナム(冷却装置内蔵式)
対セシリア戦で破壊されたビーム・マグナムの改良型。外付け式だった冷却装置をビーム・マグナム本体の枠組みを超える事無く内部に内蔵する事に成功した兵装。それ以外特に変化はないが、地味に技術力の高い事をしている。

5.アームド・アーマーDE
シールドの材質を変更し強度を上げたリメイク品で強度は十分に確保されている。が、使い捨てにされては予算上厳しいという大人の都合で操縦者を保護するシールドを保護する増加ユニットを作り、それを取り付けたシールド。対セシリア戦で破壊された旧シールドであったが『サイコフレーム』を内蔵していた部分は原型を留めており、それに目を付けた技術者たちが増加ユニット全体に余っていた篠ノ之束が提供した『サイコフレーム』を装着した事で破壊されにくいシールドを保護する破壊されにくい増加ユニットを完成させた。ただでさえ高出力機であるユニコーンを更に高機動型にする為スラスターを装着し、継戦能力の低さを指摘を受け残弾を気にせず連射が可能な兵装を要求され、英国がビーム技術を提供した事で実現に成功したビーム・キャノンを装備している。菱形を2つ重ねて並べた形状をしており、左腕にマウントして使用する。追加スラスターとして利用する場合は砲口を肩側へ向けて装備し、ビーム砲かつシールドとして使用する際は180度回転させ砲口を掌側へ向けて装備する。『デストロイモード』に対応しており、本体が『デストロイモード』へ移行することで自動的に本兵装の装甲も展開し内部全域に組み込まれた『サイコフレーム』が露出する。


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18話

オリ主の心が僅かに折れる回です。

オリ主は本当に片付けが出来ません。千冬さんを参考に全部の家事を一夏ちゃんにやらせたら絶対こうなると思います。

なんとかギャグっぽさに舵切りたかったんですけどギャグセンスないから......


5月末日。

 

「万掌さん!回避をユニコーンに任せすぎていますわ!だからこそ――そこ!」

 

「――ぐ、まだだッ!いけるな、ユニコーン!」

 

学年別個人トーナメントに向けて俺はセシリアに模擬戦を依頼していた。理由としては新兵装の照準調整や一次移行によるユニコーンのスラスター推力比の調節に加え、何よりも『デストロイモード』が制御可能になったことでそっちの出力確認や推力比調節の早急な確認が必要だったことと、何より実践経験が圧倒的に薄いのでそれを補う意味も含めて機体を動かしている。

 

セシリアもセシリアで、ビットの攻撃やレーザーをタイミングよく無効化されてしまっていては勝負にならないので俺の癖や動きを把握し、類似した兵装が登場しても動揺することなく的確に攻撃を行える訓練の意味が強い模擬戦だ。つまり、これは互いに利益のある行為であり目的もはっきりとしていた為初めてやり合った時よりもお互いの動きはかなり変化していた。

 

セシリアはビットの操作に夢中になると本体の動きが止まってしまう弱点を、直線的な加速で移動しつつ慣性で宙を滑っている間にビットを操作することで直線的な軌道でこそあれど足を完全に止めることのないビット操作を可能にした事で克服している。それに対し俺は、アームド・アーマーDEの追加によって増設されたスラスターに振り回されながらなんとか自分の好みにあった出力に絞ることに成功し、『デストロイモード』時には却って制御することを放棄しユニコーンに全ての機動を委ね、俺は武器を超音速戦闘下で当て続けることを目標にしていた。頭部マシンガンも非常に威力が上がり、セシリアのビットに5発も叩き込めればその機能を停止させるほどの威力を発揮するようになったことで問題なくサブ武器として取り回せるようになり、総合的に火力が向上している。また、アームド・アーマーDEのビーム・キャノンによってビーム・マグナムを撃たずとも牽制射並びに主力兵装として振り回すことが出来るようになっている。あとこれは、桜井主任達には秘密だが意外と鈍器としての性能も高く、瞬時加速によって急速接近してから思い切り殴りつけることでそこそこの威力を持ったシールドバッシュを放つこともできる。が、それは飽くまで武装が全て無くなった最終手段であり、ビーム・キャノンもあるので基本は遠距離兵装とシールドが一体化したモジュールだと考えている。

 

「セシリアも、実弾兵装を要求したらどうだッ!」

 

「既に要請していますが、本国の上は頭が堅い様でして――《ブルー・ティアーズ》の試験だけしていればいいというのですッ!困った御方たちですこと!」

 

「だったら、俺との戦闘データを提供すればいい!『Iフィールド』があればその特殊兵装は意味がないと、最前線に居る兵士の経験を教えてやれ!」

 

「......よろしいので?」

 

「俺のアームド・アーマーDE(コイツ)はイギリスのビーム技術提供によって成り立っている物だ。まぁ桜井主任に前もって相談はしたが、別に言い触らされて困る技術でもないと言っていたし、問題はないだろう!」

 

「その言葉、後悔する日が必ず来ますわよ!」

 

「もうしてるさ!一方向に盾を構えさせて、残った3基の集中攻撃!またビットの操作能力が上がったんじゃないのか!」

 

両脚部にマウントされた3連装ミサイル・ポッドをオンラインにし、アイトラッカーによってビット4基全てを即座にロック。当たってくれればいいレベルの考えで、左右から2発ずつ単発でミサイルを速射し、右手に持ったビーム・マグナムを左手でフォアグリップを握りながらセシリア目掛けて構える。トリガーを押し込んだ瞬間に内部の冷却システムが大きく唸り声を上げて冷却を開始し、エネルギーパック内のエネルギー全てを砲身が吸い上げ32基の荷電装置を通過して増幅されたオーバーヒート寸前の破壊力の塊が砲口にチャージされていく。空間を歪めて光を押し退けるほどの密度を獲得した白光球の周囲に、そのエネルギーの高さを証明するかの如く放電現象が誘発されながら解き放たれた。真っ白な太陽を追尾していく赤と青の線に紫電が迸る拡散ビームがセシリアの回避先を塞ぐように空間を抉り取りながら突き進んでいく。それをセシリアは直角上昇に切り替えることで射線から容易く逃れていき、俺はビーム・マグナムが決定打にならない、対策の講じられた武器だと思って歯噛みしてしまう。コイツを当てるには綿密な誘導か、2発以上の誘導射撃をして射線に誘い込んでから撃つ必要がありそうだ。それに、ビーム・マグナムは足を止めながらでないと安定して撃てない為、避けられるとノックバックの反動を押し殺している間に必ずカウンターを貰ってしまう。強い兵装ではあるが、弱点もそれなりにある。報告はしておいたが改良は難航しているらしい。ビーム・マグナムをまたやられては困るので頭部マシンガンをオンラインにしつつ、ビットを追い続けているミサイルが撃墜されない様にセシリアを追い払いながらスラスターを吹かして一気に接近する。するとセシリアは一度ビットを完全格納状態に戻し、自身のシールドエネルギーでミサイル4基のダメージを吸収した後で再度ビットを射出して攻撃を仕掛けてくる。アームド・アーマーDEを展開し、正面のレーザーとビット1基の攻撃を拡散させ無力化するが、後方に回り込んだ3基のビットからの集中攻撃を受けてシールドエネルギーが大幅に減る。

 

「私も、負けていられないということです。機体に頼っているだけで勝てるほど甘い女じゃありませんわ」

 

「――なら俺も、負けてられないな!」

 

「その目ですわ万掌さんッ!闘志を滾らせなさい!」

 

「ああッ!行くぞセシリア!――――ユニコー」

 

『アリーナ使用時間終了です。両名、ピットへ退却してください』

 

「ォン......」

 

「――――ふぅ......今日はここまで、ですか」

 

「......の、よう......だな」

 

「そこまで落ち込みますの?」

 

「だって、気分最高潮でデストロイモードになろうとしたら......これだよ」

 

「お気持ちも分からないことはないのですが、切り替えていきましょう。どうです?お茶でも飲みながら反省会というのは」

 

「......そうしよう」

 

セシリアも日々、成長を続けているらしい。俺も強くなりたい、強くなって、一夏を守りたい。あの日、守れないと嘆いた俺の言葉を覆す為に、一夏だけでも守れるようになりたい。そう思ってユニコーンに俺の想いをぶつけると、ユニコーンはそれに呼応してサイコフレームを熱く滾らせ始める。今ならイケる、そう思って声高々にユニコーンに『デストロイモード』を発動させようとした所でアナウンスが掛かり、アリーナ使用時間を使い果たしたことを知らせてきたことで一気に萎えてしまった。セシリアも昂っていた様子だったが、目を伏せ深呼吸を数度繰り返し気持ちを切り替えたようでビットを収納し、手にしていたスターライトmk3も粒子に変えて格納した。俺もそれを見て本当に気落ちしつつビーム・マグナムを仕舞い、砲口を向けていたアームド・アーマーDEを初期位置に戻す。オンラインのまま放置されていた頭部マシンガンと両脚部の3連装ミサイル・ポッドをオフラインに切り替えてすっかり輝きを失ってしまったユニコーンと共にアリーナを後にし、ピットを抜けてセシリアとのお茶会に向けて更衣室で制服に着替えてから、セシリアとの反省お茶会を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お引越しです」

 

「「はい?」」

 

「織斑さんのお引越し先のご都合が付きましたので、ご連絡しに来ました。年若い男女が同室というのも、かなり問題になっていまして。ようやく1つ解決できました」

 

その日の夜。一夏が部屋の掃除を終わらせて一息ついていたので、セシリアから頂いた紅茶をメモに書き留めた通りの手順で淹れていき一夏に提供してやると、美味しいと言いながら味わう様に飲んでは頬をだらしなく緩めているので、本当に美味いのだろう。セシリアに感謝をしながら二人でゴロゴロと過ごしていると、寮の部屋をノックしてから俺と一夏の名前を呼ぶ山田先生の声が聞こえたのでドアを開け、招き入れると開口一言目に一夏の引っ越し先が決まったと告げてきた。俺の入学で色々とトラブルがあり、そのうちの一つがこの男女同居問題だったのだろうが、俺の個室は用意出来なかったらしく代わりに一夏の部屋が用意できたとの事だった。

 

「えっと、バンショー......その、ね?......一人で部屋の片付け、できる?」

 

「無理」

 

「洗濯物畳むのは?」

 

「グッチャグチャでいいなら」

 

「お、お風呂掃除は?」

 

「何とかできる」

 

「トイレ掃除」

 

「無理」

 

「――あ、甘やかし過ぎたー!」

 

「詰んだ......」

 

これで同室じゃなくなったか、と一人感慨深く耽っていると一夏は何やらギチギチと首を此方に回し迷子になった子どもに話しかけるような優しい口調で俺に部屋の片付けが出来るかと訊ねてきた。あっ無理だ。洗濯物は皺だらけでいいなら畳めるがそもそも洗い方を知らない、一夏が全部やってしまっていたから。風呂掃除は俺がたまにやっていたので何とかできる。トイレ掃除なんてしたことすらない。一通り聞いたのか一夏はわなわなと震え出し、一人頭を抱えて蹲ってしまう。俺は逆に手で顔を覆い天井を見上げてこの残酷な別れを嘆いた。

 

「お願いします山田先生!私をこのまま万掌の同室に置いてください!じゃないと万掌は明日から皺だらけの学生服着たダメな感じの男子高校生になっちゃうんです!」

 

「えぇ!?そんなこと言われましても!ダ、ダメですよぉ、男女が同室なんていうのは!」

 

「いちかぁあ~」

 

「堺くんからすごいダメ男オーラが!しっかりしてください堺くん!堺くんなら出来ますよ!」

 

「違うんです先生、多分万掌は出来ると思うんですけど、私が全部小学校の頃から何かに付けてやってたら楽しくなってきちゃって、中学校に上がってからは自分から進んで全部やってたらこうなっちゃって......!」

 

「小学校の頃から!?堺くんがこうなった原因が完全に織斑さんのせいじゃないですか!」

 

「だから困ってるんです!お願いします先生、万掌がダメ人間になっちゃう!」

 

「母さんも居ないしなぁ......ああ俺、本当に色々な人に支えてもらって生きてきたんだな......ユニコーン、俺たちも誰かを支えていこうな......それもきっと、解りあう為に必要な物なんだよ」

 

「戻ってきてよ万掌!ほら先生、いいんですか!?万掌があんな風(何処か遠くを見てる感じ)になってますよ!」

 

「これは想定していませんでしたけどぉ......ダメな物はダメなんですよ、織斑さん......可哀想ですけど、堺くんには明日からこんな感じで......えぇ......うぅん......ど、どうしましょう」

 

一夏が俺のダメっぷりを指差しながら、明日から俺が見るも耐えない冴えない感じのキャラになって登校することを危惧して同室に留まろうと山田先生に嘆願するが、山田先生もようやく解決したと思った問題が拗れ、ここにきて新たに浮き出てきた俺の負の側面を知って驚愕しているのか非常に困惑している。普段通りに一夏の名前を呼んだはずなのに心が折れてしまっているせいか非常に情けない声が出てしまった。両膝を着いて絶望にうちひしがれていると山田先生は肩を揺すりながら俺なら出来ると俺の可能性を信じてくれた。しかしそれに待ったを掛けたのが一夏だった。

 

一夏は事ある毎に小学校の頃から俺の世話を焼き始め、最初の頃は文句を言いながら俺にやらせたりもしたのだがそれも時間が経つに連れて何も言わなくなり、むしろ俺がやろうかなと言い出すと即座にそれを咎めて自分からやり始め、更に性別が変わってからは積極的にやるようになってしまったことを山田先生に悔いながら報告すると山田先生が俺がこんな感じになってしまった事の発端は一夏にあると本当に驚いていた。思えば、部屋を掃除するのはほとんど一夏で、たまに母さんが掃除に来るくらいだった。料理も一夏か母さんがしていたし、俺は本当に飲み物を淹れることくらいしか出来ない。洗濯のやり方も、服の畳み方も適当で何となくでしか分からない。洗剤と柔軟剤の違いも分からない俺は誰かと手を取り解りあえるのだろうか。

 

ああ、俺は本当に色々な人に助けてもらい、支えられて生きてきたんだ。なぁ、ユニコーン。俺たちも、そう在れるように生きていこうな。手にしたユニコーンのブローチにそう言葉を投げかけると、瞳に埋め込まれた翡翠が光を放ち俺に共鳴したように思えた。その様子を見た一夏は山田先生に縋りつきながらむしろ脅すような勢いでダメになっていく俺を指差して訴えている。山田先生も引っ越しの案内を伝えに来ただけでこんなに深刻な事態に直面すると思っていなかったのか非常に悩みながら抜け道を探している様子で、あれやこれやと考えを巡らせては頭を悩ませ、解決策が見つからなかったのか山田先生まで頭を抱え出した。

 

本当に解決策がないのか?俺がこのまま、ダメ人間として完成してしまって終わりなのか?

 

違う。俺は、誰よりも俺の可能性を信じているはずだ。他人を信じるのに自分を信じられないわけがない。

 

 

 

「――――......一夏」

 

「!? 万、掌......」

 

「俺は、一人でも......大丈夫だ。やってみせるさ」

 

「堺くん......」

 

「万掌......!立派に、なって――!」

 

「俺は信じる。俺が一人でも掃除も、洗濯も、何もかもが出来る可能性を信じている!」

 

「――頑張ってね万掌!私も応援するから!」

 

「なんでお引越しだけでこんな感動物っぽい雰囲気になるんですか......?」

 

 

誰かに頼る時も必要だが、それは今じゃない。俺は一人でも大丈夫だと一夏に伝え、泣く泣くの別れをした。

 

 

伽藍堂になってしまった部屋で寂しさを覚え、一夏という存在の大きさを改めて実感し、一夏はあんなにも俺の心を満たしてくれていたのかと自覚した。

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

「おっはよー堺くん!って、すごい顔してるけどどうしたの?」

 

「おはよう鷹月さん......いやちょっとね。アイロン掛けが思ったより難しくて」

 

なんとか制服の皺だけでもと思いアイロンを掛けてみたが皺を伸ばすのが思った以上に難しく、蒸気の吹き出る部分を間違えて触り火傷した親指と人指し指の保護された部分を見せながら、俺は少しはにかんで見せた。

 

一夏は目頭を熱くしていた。

 

 

 

 

 

 



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19話

オリ主て一人部屋貰ってるけど多分ずっと一夏と一緒だったから本当に一人になった時間は少なさそう。

意外と寂しがり屋だったりするというか、居て当然の人が居なくなってしまったから何か足りないなってなってる感を出したかった。


ラウラがちょっと悪役ムーヴします。でもこれ必須イベントやし...ごめんやで

ニュータイプの人ってキレるとだいたい手が付けられなくなるイメージある。アムロとかカミーユもそうだけど、バナージもブチギレしてジンネマンを一方的にマウント取って殴ったりしてたからやっぱり温厚な人が怒ると手が付けられないっていうのはあると思います。



6月上旬。

 

慣れない部屋の掃除や全く知らない洗濯をネットを活用したり一夏に聞くことでなんとか出来るようになってきたが、掃除が終わった後のスッキリとした私物の少ない部屋、使われなくなったベッドの片割れが空いたままの状況に俺は寂しさを感じていた。そこにあるのが当然だったそれが、今は存在しない。俺は生まれて初めて本当の意味で一人の部屋を手に入れたことに対する喜びよりも、一夏の居ないこの部屋がどうしても空っぽにしか思えず虚しさを抱いている。

 

朝食を摂る前の僅かな時間に早朝練習で使ったジャージやらなにやらを洗濯機に放り込んでスイッチを押し、その間にシャワーを浴びて汗を流し風呂から出た後に洗濯物を回収し、乾燥機に突っ込み洗濯物を乾燥させる。その間に一夏や箒に鈴、たまにセシリアを加えた面子でもはや言うまでも無くコ字型テーブルを1つ占領して食事を摂りながらその日の授業内容を確認したり次の週末は何をして過ごすか、模擬戦の約束を取り付けたりといった世間話と学業の話をそこそこにしつつ千冬さんに怒られない内に素早く食事を済ませ、一度部屋に戻り乾燥の終わった洗濯物を取り出しハンガーに掛けて皺を伸ばしておく。それから必要な物を抱えて、寮を後にする。

 

「――よし、行ってきます」

 

「さっきぶりだね、バンショー!」

 

「一夏?どうした急に」

 

ドアを開けると、一夏が立っており嬉しさからかついさっき会ったばかりだと言うのに頬が緩み口角が上がってしまう。何か用事でもあっただろうかと思いながら、俺は一夏に訊ねた。

 

「なんか、やっぱり寂しくて。一緒に登校しようかなって」

 

「......」

 

「バンショー?なんで無言なの?なんで黙って頭撫でてくれるの?」

 

「――俺も、いや、なんでもない」

 

少し寂しそうに笑いながらそう言う一夏は、どうやら俺と同じ謎の寂寥感に苛まれていた様でそれに嬉しさを感じて頭を優しく数度撫でてやると、一夏は背伸びをして掌に頭を押し付けつつ自分から緩やかに首を左右に軽く振って撫でられるのを楽しみながら俺がなぜ突然頭を撫でたのかと聞いてきたので、俺も寂しいんだ、と答えようとしたが意地というか、なんというか。一人でも出来ると言った1週間後にこんな風に甘えていては本当にダメな男になってしまう気がしたので、本音を押し殺して気丈に振る舞うことにした。

 

「よし、いくか」

 

「うん」

 

「――?...どうした?」

 

「ん!」

 

「ん、じゃないが。――手を......ああ、なるほど。多分、こうだろ」

 

「あーおしい!」

 

「えぇ?」

 

「正解は、こう!握手じゃなくて、手を握る、でした!」

 

「握手じゃないか。―――っ...漢字で書いても、握手だぞ」

 

「ニュアンスが違うの!もう。ぶー......えへへ......行こっか!」

 

「ああ」

 

一夏に出発を促す声を掛けると、返事をしたかと思えば手をずいっと差し出してきたので、何をしているのか聞くと、ん、としか言わない。意味を理解しあぐねて考えたところ握手だと思ったので差し出された手をがっちり掴むと解釈自体は間違っていなかったのか惜しいと言われる。しかしこれ以外の握手を知らないので、怪訝そうな顔をすると一夏が手を解き、互いの指を絡ませる様にして握り直しながら、握手ではなく手を握りたかった、というものだから、漢字でも書いても握手じゃないか、と反論するとニュアンスが違うと言われては呑み込むしかなかった。不貞腐れて頬を少し膨らませるもののすぐに機嫌を良くした一夏に引っ張られる様に互いの指を絡ませて握り合ったまま登校した俺たちだったが、クラスの女子たちに『恋人繋ぎ』なる物をしていると言われ、指を絡ませながら手を握るコレの意味を知った。

 

散々弄られた俺は一夏を少し睨むが一夏は照れ笑いを浮かべるばかりで誤解を解く気が欠片も見られず、それに気力を削がれた俺は、自分だけが怒っても仕方ないかと諦め、一夏が笑ってるならそれでいいと妥協した。それに、セシリアの時にもあった『俺の初めてがセシリア事件』の時と違い、俺は誤解されてもその誤解を解こうという気にはならなかった。なぜだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は皆さんにですね、転校生を紹介します!なんとなんと、2人もいますよー!」

 

SHRで挙げられた最初の話題は、俺の耳どころかこのクラスの女子の耳にも入っていなかった情報の様で、すぐさま大きな波紋を呼んだ。相変わらずこのクラス全員の驚愕する甲高い声はキンキンと響いて耳が痛くなる。こればかりはどれだけ時間が過ぎても慣れる事は無い。それより疑問に思ったのが1年1組に転校生が集中し過ぎているという問題だ。まさか他のクラスにもこんなに転校生がやってくるものなのだろうか。

 

「それでは紹介しますね。どうぞ!」

 

「失礼します」

 

スライドドアが開き、2人の生徒が教壇へ上った。それだけで、クラスが一気に静まりかえる。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さん宜しくお願いします」

 

その原因は今自己紹介をしたこの金髪が原因だろう。俺と同じ制服に、長ズボン。やや女顔ではあるが人懐っこそうな顔立ちに礼儀正しい所作、髪はセシリアと同じかそれ以上に濃いブロンド。男にしては長すぎるその髪だったが、フランス人は男でもロングヘア―にする人が多いと聞いた気もしたし、髪型なんて個人の自由だからそこまで気にする事でもなかった。だが問題は、俺と同じ男という点だ。

 

「お、男......?」

 

「あ、はい!こちらに僕と同じ境遇の方が居ると聞いて、本国より転入を――」

 

「き......」

 

「はい?」

 

『きゃああああああ!!!』

 

その質問が飛んできた瞬間になんとなく次のアクションが直感に頼るまでも無く理解出来たので、予め人差し指を耳の穴に突っ込んで栓をすると、それを容易く打ち破る怒号が聞こえた。バイタリティー溢れる女子たちだと感心させられるが、それ以上に耳が痛かった。

 

「男子!二人目の男子!」

 

「美形!守ってあげたくなる系の!」

 

「堺くんが筋肉質高身長イケメンに対して、デュノア君は可憐華奢イケメン!絵になるぅ~!」

 

「ガッチリ体系の男と華奢な男!うへへへへ!」

 

クラス中から湧き上がる欲望の声と感情が、俺の体とデュノアの体を突き抜けていくのが分かる。たった数秒ほどしか経っていない邂逅だったが、一瞬で標的にされるデュノアに同情したからか、途端に親近感が湧いてきた。しかしその女子の声には一切反論も動揺もしない。一々反応するよりも、適度に受け流した方が良いというのはこのIS学園で2か月間過ごして手に入れた自論である。流石に受け流しきれない物は拾う他ないが。

 

「んん!あー、静かにしろ。そう騒ぐな」

 

おそらく凄まじい速度で目が濁っていくのだろう、この学園で3週間ほど受けていなかった不穏な気配を纏う好気な感情の波に充てられた俺を、教壇に立つデュノアともう一人の銀髪で眼帯という凄まじい属性を持ってきた低身長な人も見て不安そうな顔をしている。千冬さんはその空気を切り替える為に手を叩き、喝を入れる。俺を突き刺す不穏な感情の波が和らいだ所で改めてデュノアの隣に居る銀髪少女を眺めることにした。髪は白と言った方がいいのか、教室の照明によって銀髪に見えているとも言えるほどのそれを腰まで伸ばしたロングヘア―で、癖が一切付いていない。左目を塞ぐ眼帯は医療用の物ではなく、真っ黒な眼帯で、昔漫画で見た軍人が似たような物を付けていたことを何となく思い出した。開いている方の右目は見事に深紅。此方も長ズボンというか、軍人が付けていそうなアレ。太ももに余分な膨らみを作り、膝から下で一気に絞って軍靴のような何かで覆っていることから察するに『軍人』という奴か、それに近しい雰囲気を感じた。デュノアは外国人の男にしては身長が低すぎるが、それよりも尚低いのが銀髪の方だった。

 

「.........」

 

そして極め付けにこの無言である。緊張しすぎて挨拶を忘れてしまった、などという雰囲気ではない。その瞳に宿しているのは冷たく鋭い気配だった。クラスの女子たちもそれに気付いているのだろう、なるべく触れずにデュノアを見ているので分かる。が、銀髪少女はそんなクラスの気を知らずにその冷たい赤の視線で俺たちを一瞥して下らなさそうにし、それもすぐに止めて千冬さんをじっと見つめた。

 

「......はぁ。挨拶をしろ、ラウラ」

 

「はい、教官」

 

千冬さんにそう言われ、即座に態度を変えて佇まいを直して素直に返事をする――ラウラと呼ばれた少女を千冬さんが面倒臭そうな雰囲気を隠す事無く、むしろ顔からも滲ませたことで察した。

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」

 

「了解しました」

 

そう答えるラウラは背筋をまっすぐに、手の中指をズボンの縫い目に合わせて置き、踵を合わせて返事をした。間違いなく軍人っぽさを露骨に醸していた。千冬さんのことを教官と呼ぶのはドイツ出身以外で居ないだろうから、多分ラウラはドイツ人だろう。というのも、一夏が第2回モンド・グロッソの決勝戦を観戦に行って誘拐されたときに、情報を提供したのがドイツという話を千冬さんから聞かされた。その見返りということで千冬さんは1年間ドイツでISに関する教鞭をとっていたようで、それから1年間は誰も知らない時間を過ごし、その後IS学園に籍を置いたらしい。らしいというのは山田先生や他の諸先生方からそうだと聞いただけだからだ。

 

流石に一夏の心に掛かる負担も大きいのでは、と思い元気に振る舞える様になった一夏がまた沈んでしまうのを見たくはなかった俺は、席を1つ挟んで窓際に居る一夏に目を向けると、一夏はあからさまに苦い顔をしていた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「......え、あの......以上ですか?」

 

「以上だ」

 

名前以外何も言わなくなったラウラと、それにどう反応していいのか困惑するクラスが作り出す無言の空気感に堪えられなくなった山田先生がおずおずと訊き返すと、ラウラは容易く自己紹介は終わったと言い切った。泣きそうになっている山田先生を放っておきながら、ラウラは一夏を見た直後、

 

 

 

「――!貴様が......」

 

 

 

一夏の下に移動して、思い切り一夏の頬を叩いた。

 

 

 

 

「――え?」

 

 

 

甲高く鳴るビンタの音に、静まりかえっていたクラスが、更に静まりかえった気がする。

 

「私は、認めない。貴様があの人の家族であるなどと、認めるものか」

 

「貴様ッ!一夏に何をするか!」

 

「箒さん!落ち着いてくださいまし!」

 

「――......や、やった...な......」

 

「万掌さんが耐えているのです!貴女が耐えないで、どう――」

 

「――やったな」

 

「万掌さん?」

 

「やったな!人も気も知らないで、一夏の心を傷つけたな!絶対に許さない!折角一夏が笑えるようになったのに、貴様の無心な態度がまた一夏を傷つける!お前はテロリストだ!一夏を悲しませる悪だ!」

 

「きゃあ!」

 

「なんだ貴様――ぶげぁ!」

 

「落ち着け堺!」

 

「黙れ!」

 

話し合いの、最初の一言すらないまま暴力に身を委ねたラウラは、一夏の身体を傷つけ、次いで言葉で一夏を傷つけた。それだけで、俺はもう何も考えられないくらいに激怒した。ラウラを口汚く罵り、鏡さんの机を踏み台にしてラウラ目掛けて飛び掛かり、思いっきり顎を殴りつけてからそのままマウントを取り目一杯の力で拳を振り抜く。千冬さんに止められたが、それを一言で切り捨てひたすら拳を振り抜き続ける。

 

「貴様のような奴の言葉に!どれだけ一夏が心を穢されたと思っている!どれだけ一夏が自分の無力を嘆いて泣いたか知っているか!どれだけ一夏が、どれだけ一夏が千冬さんの事を想って泣いたか!貴様はその一切を知らないからそうやって平気で人を傷つけるんだ!お前のような奴がいるから世界から争いが無くならないんだ!この薄汚い悪魔め!」

 

「止めろ馬鹿者!山田先生、ラウラを!」

 

「は、はい!」

 

「離せ!千冬さんだって解ってるでしょう!そいつのしたことは、一夏の心を壊すことだ!」

 

「それでもやっていい事と悪い事があるだろう!冷静になれ!」

 

「どう冷静になれって言うんです!」

 

「ええい、分からんガキめ!お前も暴力に頼ってどうするという話だ!今から貴様を4時間生徒指導室に軟禁する!そこで頭を冷やせ!」

 

ラウラの口から言葉が出るよりも先に拳で。千冬さんに羽交い絞めにされてからは足で蹴ったが山田先生が間に入った事で蹴れなくなり歯が割れるかと思う程に力を籠める。山田先生に抱えられて保健室へ運ばれるラウラが教室から出ていくまで、ずっと睨み続ける事しかできない今の自分に、腹が立った。俺を羽交い絞めにしたまま顎を掠る様に千冬さんの拳が抜け、急に立てなくなった俺を雑に担いだ千冬さんは振り返り、一夏を見た。

 

「織斑、お前も一緒に来い。二人で頭を良く冷やせ。いいな」

 

「――――」

 

「一夏!」

 

「っ!ぅ、はい......」

 

呆然自失、というか瞳から涙を一筋流していた一夏を、千冬さんは強く名前を呼んで正気に戻し、俺と共に職員室の奥にある生徒指導室という防音性がそこそこに高い6畳ほどの部屋に押し込められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ごめんね、万掌......手、痛いよね」

 

「一夏の心の痛みが解るから、そっちの方が、痛いよ」

 

「......ごめんね、万掌。寄り掛かってもいい?」

 

「いいよ」

 

「ごめん。本当に、ごめん」

 

「――いいって。ほら、おいで」

 

「――うん」

 

壁に二人して背を預け、殴り慣れていない手の指の皮が若干擦り剥けている俺を気遣う一夏だったが、こんな小さな痛みよりも一夏が受けた痛みの方が、よっぽど重く響いていた。一夏も一人で居られないのだろう、また、あの時の様に俺に寄り掛かってもいいかと聞かれるので勿論だと即答する。一夏の為に胡坐を掻いていた足を開いて足を立てて隙間を作りそこに一夏が正面から俺に抱き着くように座る。一夏の心が持たなくなった時に、よくやっていたリラックス方法だった。そのまま抱きしめる様に包み込み、割れ物を扱うよりもなお繊細に頭を撫でる。

 

「やっぱり、私――――助かったのが、間違いだったのかな」

 

「違う。一夏は助かって当然だったんだ。そんな事を言うな」

 

「――――......万掌」

 

「いいよ」

 

「......ぅ......え、ぐ......ごめん......なさい......千冬姉......ごめんなさい、ごめんなさい......ぅ、あぁ......あぅ、ひぅ、あ、あああ......」

 

一夏が胸に顔を押し付けたまま、助からない方が正しかったというから本当に限界が近かったことを悟る。一夏が俺の名前を呼ぶので、何も聞かずに承諾すると、一夏は静かに泣きだしたが、千冬さんを想って泣いて赦しを乞うばかり。ずっと、こうなのだ。

 

一夏が原因で千冬さんのモンド・グロッソ2連覇を逃したという輩に心ない言葉を投げかけられた時。一夏は必ずこうして俺に寄り掛かり、千冬さんへ懺悔する。だからこそ、人の為に涙を流せる一夏を、一夏の心をこうまで傷つける奴らを、俺は絶対に許さなかった。

 

 

 

 

ラウラ・ボーデヴィッヒ。俺はあいつを、許さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お気に入り減りそう(危惧)


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20話

適度にギャグっぽいことしないと良心の呵責で心が持たないです。

ギャグ出来ないけど。

やや下ネタに寄せてますけどゆるして。シリアス続きは持たないの。

ラウラってこのあと何したかなーって思って原作見てたらオリ主の地雷を踏み抜くことしかしてなくて枯れた笑いが出ました。

的確に地雷を踏み抜いていくラウラが今の所本作で一番不憫だと思います。ラウラ好きの読者さんごめんやけど友情築くまで辛い思いさせると思います。ほんとすいません。

きっとラウラの中にある凝り固まった物を解せば、ラウラも優しい子だと思うんですよ。一夏への罵倒とビンタは多少歪んでいても千冬さんのことを想っての発言だったと思ってます。誰かを想える人はその在り方を間違えてはいけませんが、そこに正しさという絶対的価値観を敷こうとするのは酷く難しい話になります。

誰かと価値観を共有することは難しく、その価値観に善悪の概念を落とし込み絶対的な線引きをするということは更に難しいです。




おっぱいが好きか、お尻が好きか。大きいのが好きか小ぶりなのが好きか。それだけでも価値観を揃えるのは難しく男は大勢の派閥に分かれて揉めますよね。議論に上がる子たちのは一切揉めないのに。すいませんなんでもないです黙ります。





「堺、問題は起こすなよ」

 

「確証は出来ません」

 

「お前の感情で動く癖は直した方が良い。いいな、止めろ」

 

「善処はします」

 

「......万掌、頼む。奴は少し特殊なんだ」

 

「――――......次に。次にまた、人を傷つける様なら」

 

「その時は、お前に任せる。やりすぎるなよ」

 

「可能な限り、努力します」

 

「出来ればそこは確証してほしいところが、まぁいい。もうすぐ昼休みも明ける。いいか、次の授業は日程を変更している。5限目と6限目は二組と合同で模擬戦だ。デュノアを職員室前で待たせている。案内と面倒を頼んだぞ」

 

「――はい」

 

一夏を先に帰らせた千冬さんは俺を職員室に残したまま、ボーデヴィッヒとの間で問題を起こすなと咎められた。一夏の事でつい熱くなってしまったとはいえ、仕方のない事だろう。ああ、違う。一夏を理由に正当化してしまう自分が嫌になる。俺が、一夏の事で我慢出来なくなったから今回の結果が生まれたんだ。自分の中にある正しい選択をしたという囁きと、皮の擦り剥けた拳から伝わる痛みが、怒りに呑まれた事が間違いであると囁いてくる。これは、どっちも正しくて、どっちも間違っているのだろう。一夏の心を守る為に暴力を振るったが、ボーデヴィッヒを傷つけた。正しくも間違いである。今もまだボーデヴィッヒへの怒りは収まらないが、少し頭を冷やした事で、殴り続けた拳から伝わる痛みと、殴った時の嫌な感触が今もこの手にへばり付いている様に感じる。俺は、人を殴った手で一夏を抱きしめ、慰めていたんだ。そう思った途端に、自分の事が嫌いになった。一夏の流す涙が、ごめんなさいに含まれるものが、俺も入っていそうで、怖くなった。

 

千冬さんに問題は起こすなと言われ、確証は出来ないと答えた。実際、そうだった。俺はまた、ボーデヴィッヒの心無い行動を見ればきっと拳を振るってしまうだろう。ボーデヴィッヒが一夏にしたように、話し合う事すらなく暴力を振るい、暴言を吐くのだろう。そう、SHRの時間にボーデヴィッヒを殴った俺は、一夏を叩いたボーデヴィッヒだった。全く同じだったんだ。その行動の裏に含まれる感情に差異はあれど、俺は自分が嫌っていた事を、やってしまった。それがとてもつらかった。殴りつけた両手が、鎖に繋がれている様に重く感じる。この感覚に『罪』という言葉が与えられたのだろう。俺の心は怒りと罪悪感と自己嫌悪に包まれていた。

 

だからこそ、千冬さんに名前まで呼ばれてお願いされた言葉は、口では納得できない、次があれば同じ様にすると言うが、心境は違った。何が何でも、千冬さんとの約束を守り抜くと決めていた。ボーデヴィッヒが何をしようと、耐え抜いてみせる。千冬さんの名に懸けて誓った。

 

 

 

 

「失礼しました」

 

「――あ、あの」

 

「今朝は、見苦しい所を見せて申し訳なかった。俺は堺万掌、よろしく」

 

「う、ううん!織斑さん?の為に、あんなに必死になれるのって、すごくカッコいい事だと思うよ。僕、シャルル・デュノアです。よろしくね、バンショー」

 

職員室から出て、一息吐いた所でデュノアが怯えた様子で話しかけてきた。それもそうだろう、急に殴りだした人物が自分の面倒を見るかとおもうとぞっとする。見苦しい所を見せたと謝罪し、自己紹介をしてから手を差し出し、差し出した所で人を殴った手で握手をしようとした自分が嫌になり、手を引きかけるがそれよりも早くデュノアが手を掴んでから自己紹介をしてきたのでそれに複雑な顔で対応すると、デュノアはその人懐っこそうな顔を不安そうにして聞いてきた。

 

「あ、あの......もしかして気に障った?」

 

「ああ、いや。ただ、人を殴った手で誰かと握手をするなんて、最低な奴だなって自己嫌悪してた」

 

「......バンショーって、もっと怖い人なのかと思ったけど、優しいんだね」

 

「優しいなら、あんな一方的に殴ったりはしないさ。たとえ、逆鱗に触れられたとしても」

 

「でもバンショーが今感じてるそれって、全部僕の為を想っての事じゃない?違ったら、かなり恥ずかしいんだけどさ。初対面の僕の前でみっともない所を見せてしまってごめんなさい、人を殴った手で素知らぬ顔して友好の握手をするなんてひどいやつだ。全部、僕の事を気遣ってくれてるから、そう思えると思うんだ」

 

「――――」

 

「だからさ、バンショーはそんな暗い顔しないで、普段のバンショーを僕に見せてほしいな。悪い所は見ちゃったから、後は良い所をいっぱい見せてほしい。ダメ、かな?」

 

デュノアの不安を解す為に自分の中の悪感情を話すと、デュノアは俺を優しいと評した。それが逆に辛くて、自嘲するとデュノアは更に慰めの言葉を、その人懐っこい笑顔で花が咲いた様に笑うものだからへの字に曲げていた口元が、僅かに吊り上がってしまった。

 

「あ、笑った!ねぇバンショー、今笑ったでしょ!その調子だよ!もっと笑顔にならなきゃ!はい、にー!」

 

「......はは、なんだそりゃ」

 

「えへへ、笑うのって楽しいよ。僕ね、バンショーとなら仲良くやれると思うんだ。バンショーはどう思う?」

 

「――ああ。俺もお前となら、やっていけそうだ」

 

「じゃあ、改めて握手をしようよ。今度は、笑顔でさ!」

 

「ああ、そうだな。そうしよう。――よろしく、デュノア!」

 

「こちらこそ!よろしくね、バンショー!」

 

デュノアは自分の左右の頬に両手の人差し指を乗せて、ぐにーっと指で引っ張って笑顔を作る。それに小さく笑みを浮かべるとデュノアは満足したのか、満面の笑みで笑う事の楽しさを教えてくれる。それから、俺とならやっていけると言ってくれたことが嬉しくて、心を軽くしてくれたデュノアに内心感謝しつつ、改めて握手を求められたので今度は笑顔で互いの手を取り合った。

 

「お前の事、シャルルって呼んでもいいか?」

 

「うん、全然いいよ!むしろ僕だけバンショーって呼んでて、空気読めてないのかなぁって思ってたんだ」

 

「じゃあシャルル、次の授業だけどな。聞いてるとは思うが模擬戦だ。俺たち男は空いてるアリーナの更衣室で着替える必要がある。実習の度にその移動だから、覚悟しておいてくれ」

 

「う、うん」

 

「じゃあ、時間もそこそこに押してるしさっさと行くか。こっちだ、付いて来てくれ」

 

なるほど、デュノアと話していると同性ということもあってか、非常に気負わずに物を話すことが出来る。それに、きっとデュノアの人懐っこさに充てられたのであろう。この笑顔は、なんというかほっとする。見ていると、何となく笑顔になる。そんな優しい顔をしている。だからだろうか、デュノアと呼んでしまうと壁を作っているような気になってしまい、せっかく親しくなったのに埋めがたい距離を作っているような感じになった。だから俺は、デュノアをシャルルと呼んでもいいか、と訊ねるとデュノアは快諾してくれたので、これからはシャルルと呼ぶことにする。親睦も深まったところで、移動を開始しなければならない旨を伝え急いで移動を開始する。道行く先々で声を掛けられ囲まれたが、その都度短く言葉を交わし、最後には織斑先生の授業だから、と言うと皆すぐに道を開けてくれた。

 

「すごい人気だね。バンショーって」

 

「俺はもう見慣れたモンだ。シャルルのが目立ってんのさ」

 

「え、僕?」

 

「お前が2人目の男で、転校生だからな。それに日本じゃ珍しいブロンドにエメラルドの瞳だ」

 

「あー......外国人って奴だね。僕には日本人の黒髪黒目の方が珍しいよ」

 

「まぁ、そういう物だろうな」

 

そんなことを話しながら第2アリーナ更衣室に到着した俺たちは、それぞれロッカーの前に立った。

 

「じゃあ、まだ余裕はあるが時間はいくらあってもいい。ササッと着替えよう」

 

「う、うん。いいけど、あっち向いててよ?」

 

「男の裸を見る趣味はねーよ」

 

「お、女の子の裸は見るの!?」

 

「なんだシャルル、さっそく下ネタか?」

 

「そ、そーじゃないけどぉ!」

 

「ほぉー。まぁ解るぜ。どこまでオープンで、どこまでムッツリでいけばいいのか、すごい悩むよな」

 

「何の話!?」

 

「何事もほどほどが一番、てこと」

 

手早く制服を脱ぎ、シャツを脱いで下に着ていたズボンのベルトを外し、脱ぎ捨てて完全にISスーツだけになる。その後着てる間にずれた部分を修正しながら話をしていると、シャルルが予想以上に下ネタの食いつきがよかった事から、王子様系の顔をしていながらその辺りはしっかり興味があるのか、声を上擦らせて反応した。そういう反応は、先駆者として言わせて貰うが女子に食い物にされる反応だから注意しておいた方が良い。しかし厄介なのがそこで悪ノリすると性欲魔神扱いされるし、乗らないなら乗らないで男に興味があると思われる。どっちに転んでも痛い目を見るなら、最初からある程度の興味があり揶揄われるくらいなのが一番ダメージが少ない。ほどほどが一番である。

 

「さて、俺は着替え終わったが、シャルルは終わったか?」

 

「唐突に話切り替えるね......うん、終わったよ」

 

「なんだ、やっぱり下ネタ好きなのか?あれなら続けるが」

 

「違うよ!なんで僕をそこまでムッツリキャラにしようとするの!?」

 

「だって露骨に反応するから......」

 

「もー!揶揄わないの!」

 

「分かった分かった。いやーしかし、男子同士での会話は本当に気にする部分が少なくて楽だな」

 

「多分、分かってもらえてない反応だっていうのがよく分かったよ......んん、そんなに気楽なものなの?」

 

シャルルも既に着替えを済ませていたようで、そのまま互いに話をしながら第2グラウンドを目指して早歩きをしながら会話を続けていく。シャルルはどんな言葉を投げかけても反応してくれるから中々に面白い。フリスビーを取りに行く犬のような感じがする。どんなに意地の悪い所に投げようと、全力で取りに行く。シャルルからはそんな雰囲気を感じた。シャルルが会話の中で、男同士の会話がそれほどまでに楽な物なのかと質問が上がったので、フランスではそうではないのかと思いつつ訊ねてみることにした。

 

「女尊男卑の世の中だとな。どうしても女性がどういう反応を好むか見極める必要があるんだ。その点男子は楽だ。気負わず好きな口調で話せる」

 

「そういうものなの?」

 

「フランスだと女尊男卑はそんなに酷くないのか?」

 

「あっ、う、うん。元々ISが登場する前から男女平等って言ってた部分はあったみたいだし。日本くらいじゃないかな?か弱い女性のまま権力だけを強くするっていうのは。欧州じゃ女性もパワフルだよ。日本人みたいにお淑やかな人は少ないね」

 

「それは羨ましい部分だ」

 

「その代わりに就職率が悪かったりした時のデモ活動は凄いよ。暴動だからね」

 

「そういうのは日本じゃ見れないな」

 

「隣の芝は青いってやつ?」

 

「そうかもな」

 

女尊男卑がこれほどひどいのは日本くらいらしく、欧州は元々男女平等の名の下にバイタリティー溢れる女性たちが化粧も何も関係ないといった形相で男と渡り合っていた昔があったからか、ISが登場した今もそこまで変わってはいない様だ。しかしその代わりに、バイタリティ―溢れる人々は政府の政策に不満があると即座に暴動やらなにやらを起こすようだ。それは日本ではなかなか見られない光景だろう。せいぜいがプラカードを掲げて叫ぶ程度だ。羨ましい部分が互いにあって、疎ましい部分も互いにある。隣の芝は青いとシャルルが言った通りだった。

 

そんなことを話していると第2グラウンドに到着した俺たちは、そこそこに女子生徒が整列し始めている場所に駆け足で近付き、列に並んだ。

 

「堺君、織斑さん大丈夫だった?」

 

「ああ。酷く落ち込んでたけど、今は大丈夫だと思う。また、夜にフォローするつもりではある」

 

「ひどいよね、あのドイツの人」

 

「堺くんも悪いとは思うけど、ボーデヴィッヒさんもボーデヴィッヒさんだよ。堺くん、謝るべきだとは思うけど譲らないでね」

 

「――ああ」

 

「デュノアくん、堺くんは本当はすごい良い人なんだけど、今回は運が悪かったって言うか――」

 

「大丈夫。バンショーは悪い人じゃないって僕分かってるから。良かったねバンショー。バンショーの事支えてくれる人がこんなに居るよ」

 

「......ええ子や......ええ子やないですか堺はん......」

 

「堺くん、口喧嘩では結構怒るけど手を出した事なんてないから。今日が初めてだよね、多分。私たちも出来る事があったら、手伝うからね」

 

「――ありがとう、皆」

 

『堺くんがデレたー!』

 

「......何も言わない方が良かったかな?」

 

「あはは、冗談だって!」

 

俺たちより後に来た女子たちが口早にそう言いながら整列していき、シャルルの誤解を解こうとしてくれたり、一夏を心配したり、俺を気遣ったり、謝るべきではあるが譲らない姿勢を見せろと声を掛けてくれる。本当に、良い友人達ではある。話題が合わない時はとことん合わないが、それでもこうして心配してくれて、力を貸してくれるというのはありがたいことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、では本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

 

『はい!』

 

「まずは実演を見てもらう。凰!オルコット!お前達は専用機持ちだったな。それにちょうど射撃と格闘で分かれている。前に出ろ」

 

「はい!」

 

「畏まりました」

 

「お前達の相手だが――」

 

生徒全員が揃ったところで、千冬さんがやってきて手早く本日の実習内容を最初に通達する。それからすぐに見た方が分かりやすいというのか、セシリアと鈴音を前に出し、ISを装着させた。そして、対戦が鈴音対セシリアになるのか、それとも別の人が相手なのかと言う所で千冬さんがその口を開き――眉間に電撃が走った錯覚を感じ取り、咄嗟に飛び退いた。

 

「ど、退いて――って退くの早いですね!?」

 

「勘です」

 

瞬間的な判断だったが正解だったらしく、空から山田先生が落ちてくるより早く移動することに成功した俺は山田先生がツッコミを入れながら地面に柔らかく着地するのを見て、勘で避けたと伝えた。

 

「さて、お前達二人の相手だが、山田先生が担当する」

 

「え?さ、流石に2対1は......」

 

「少し、気が引けるといいますか」

 

「なら、山田先生側に堺も追加するか?」

 

「相手は教師!油断大敵!」

 

「山田先生の胸を借りるつもりでいかせて頂きますわ!」

 

「ふん。最初からそう言っていろ。それに、山田先生はこう見えて元代表候補生だ。射撃技術は高いぞ」

 

「む、昔の話ですよぉ。それに、結局候補生止まりでしたし」

 

どうやらセシリアと鈴音の相手は山田先生一人のようで、流石にそれはと二人が言い淀んでいると千冬さんが俺を山田先生サイドに追加すると言い出した。千冬さんも人が悪い。セシリアと俺のISの相性は最悪からそこそこ悪い程度に変わったと言えど、それは1対1の状況に限り、俺が防御に集中し、その間に山田先生が射撃に回れば対処は難しいだろう。逆に鈴音は俺がひたすら接近攻撃と、回避軌道を塞ぐ射撃で追い詰めれば山田先生の射撃でやられる。セシリアと鈴音、どちらも1対1なら俺に勝てるだけのポテンシャルを持っているが2対2ともなると初のコンビ戦故か、不安の色が強かったようで即座に前言を撤回し、山田先生を強敵と認めた。そして千冬さんがさらっと言ったが山田先生は元代表候補生であったようで、操縦技術はちょっと不安が残るが射撃がかなり得意そうな感じだ。俺も射撃武器を使う事だし、見て勉強させて貰おう。

 

「い、行きますよ!」

 

「――――よし、ではあの戦闘を眺めながら、そうだな......デュノア、山田先生が使っているISについて説明をしろ」

 

「はい。山田先生の使用されているISはデュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』です。第2世代開発最後期の機体ですが、その性能は第3世代初期型にも劣らないもので、安定した性能と高い汎用性、豊富な後付武装が特徴の機体です。現在配備されている量産型ISでは最後発ではありますが世界第3位のシェアを誇り、七か国でライセンス生産、一二か国で正式採用されています。特筆すべきはその操縦の簡易性で、それによって操縦者を選ばないことと、多様性役割切り替えを両立しています。装備によって射撃・格闘・防御といった全タイプに切り替えが可能で、参加サードパーティーが多いことでも知られています」

 

山田先生の射撃によって、初期位置から左側へ強制移動させられた鈴音はそのまま巨大な刀で山田先生を切りかかりに行くが、セシリアのレーザーを山田先生が誘導したせいで鈴音に掠り、バランスを崩した鈴音の刀がセシリアのビット1基を叩き割った。おそらく、あっ、と声を漏らしたのだろうがこの距離では聞こえず、背後を取られた鈴音は咄嗟に衝撃砲を起動させるが山田先生はセシリア本体を集中的に射撃しながらも∞字を描く様に空中軌道を描き、鈴音の衝撃砲が外れるとセシリアに直撃する位置を確保し続けながらセシリアにビットを使わせずに回避に専念させ、シールドエネルギーを削り続けていく。衝撃砲を撃てないのなら接近すればいいと言わんばかりに鈴音が突っ込んでいくが、それよりもコンマ数秒早く弾丸を撃ち切った山田先生がリロードを開始し、その隙に山田先生の背後を取ったセシリアのビットが鈴音の描いていたラインを妨害し、衝突する。明らかに連携が取れておらず、そのまま実演は進んでいきセシリアの回避先に弾丸を置くように射撃する山田先生の射撃技術は見事な物で、あの複雑な騙しを幾つもいれたセシリアの欺瞞回避軌道も容易く看破し弾丸を直撃させ続ける。そうなるといよいよビットに回す集中力を残していられなくなり、逃げるばかりになったセシリアをフォローする為に鈴音は衝撃砲を連射してヘイトを買おうとするが山田先生はほんの数十センチ動く僅かながらの回避でその衝撃砲の連打をすいすいと避けていってしまう。そして鈴音は衝撃砲を撃つ為にその場に留まった事で回避に集中するセシリアに気付かず、衝突事故を起こし――――二人で団子状態になっているところにグレネードが放り込まれ大爆発を起こし、セシリアと鈴音が落ちてきた。千冬さんはそれを一瞥した後俺たちに向き直る。

 

「さて、これで職員の実力は把握できただろう。以後、敬意を持って接するように。では実演はこれで終了。これより出席番号順に8人グループとなってISの操縦訓練を開始する。教導者は専用機持ちが行うように。では散開、実習開始!」

 

千冬さんの一言で山田先生の実力の高さを改めて思い知った女子生徒諸君は、本当に驚いた顔をしていたが、千冬さんの実習開始の声に一斉にそれぞれのグループリーダーへ駆け込み始めた。当然、俺も専用機持ちなので俺の下にも7名の女子が付く。

 

「なるべく分かりやすくはするつもりだけど、ふざけると織斑先生に怒られるから真面目にやろう」

 

俺がそう言うと、女子生徒たちは誰一人嫌とは言わずに首を縦に振って実習に臨むのだった。

 

 

 




シャルはなるべくわんこな感じで行きたいと思います。


落ち込んでるときに慰めてくれる系の元気いっぱいわんこです。


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21話

誤字脱字多いね......


「じゃあ、同室としてよろしくな」

 

「うん、こちらこそ」

 

「そっちの窓際のベッドが空いてるから使ってくれ」

 

「分かったよ」

 

実習を終えたその日の夜。夕食を摂り終えた俺とシャルルは女子の質問攻めを適度に流しながら寮に戻るタイミングで山田先生からシャルルと俺が同室になった旨を告げられ、こうして二人で同じ部屋に帰ってきた次第だ。俺は夕食後の休憩をしつつ、何か飲み物でもと思ってシャルルに何が飲みたいか訊ねることにした。

 

「なぁ、シャルル。飲み物でも淹れようと思うんだが、何かリクエストはあるか?」

 

「あ、じゃあ紅茶をお願い出来るかな」

 

「あいよ」

 

それとなしに声を掛けると、紅茶を所望したシャルルの為に目下練習中である紅茶をセシリア直伝のティーレシピを活用し丁寧に茶を入れていく。暫く蒸らし、その間に甘さを控えたバタークッキーを3枚ずつ2枚の器に乗せてトレーに置く。蒸らしも終わった所で紅茶を皿に乗せて同じようにトレーに。そしてシャルルの下へ運んでいく。

 

「出来たぞ」

 

「ありがとう。わぁ、良い香りだね。じゃあ、さっそく――――おいしい!これ、バンショーが淹れたの?」

 

「イギリスの友人が茶葉とレシピをくれたんでな」

 

「あ、それってセシリアさん?」

 

「分かるか?」

 

「今朝、バンショーが織斑先生に連れていかれたあとにクラスの人達がバンショーのことをフォローしてたから。セシリアさんも、自分の友人が~って言ってたしね。バンショーって友達多いんだね」

 

「――ああ。話が通じるなら、まずは会話をしたいからな。それで、仲良くなれるなら、仲良くしたい。クラスメイトの皆とはだいたい馬が合ったよ。無理な時もあるけどさ」

 

「じゃあ、僕とバンショーはもう友達?」

 

「当たり前だろ」

 

「やった!」

 

朗らかに笑うシャルルの顔は中性的な事もあってか、男のはずのその顔が天真爛漫な女性が屈託のない笑顔を浮かべた時と同じだと感じ受け止めてしまう。悪い癖なのだろう、つい興味本位でなんとなく手が伸びてシャルルの頭を撫でてしまった。

 

「え、えっと。バンショー?何してるのかな?」

 

「金髪って撫でたことなくてさ。髪質とかどうなのかなって」

 

「えぇ......僕の髪なんて触ってて楽しい?」

 

「滅茶苦茶触り心地いいな。やっぱり生活圏とか遺伝とか関係してるのか?」

 

「うーん......僕もそういう知識はさっぱりだよ。で、いつまで撫でてるのかな?」

 

「もうちょっと......もうちょっとだけ......」

 

「それ終わらないやつだよね!?」

 

全く引っかからないシャルルの艶のある金髪を手櫛で流しつつ適度に撫でていると髪の毛を触っていて楽しいかと訊かれたので触り心地は最高だと答えた。シャルルは上目遣い気味に頬を膨らませていつまで撫でるのかと聞いてきたので、もうちょっとだけ、と返すと終わりが中々来ない返答だと悟ったのか声を大きくしてツッコミを入れてきた。が、無理矢理退こうとするわけでも無く、ずっとその場に座ったまま撫でられ続けているシャルルだったので嫌ではないんだろうと思いながら頭を撫で続けた。

 

「はー本当に触り心地良いなぁ......男の髪とは思えない」

 

「え、えぇ?そ、そうかなっ!?」

 

「ああ......なんていうか、綺麗な髪ってやつだ」

 

「~~~ッ!も、もう終わり!はいおしまーい!」

 

「流石に嫌になったか?悪いな」

 

「嫌じゃないけどさぁ......バンショーって女の子とかにもそうやって、気の利いた言葉とか言ってるの?」

 

男の髪とは思えない、綺麗だ。そう言った時にシャルルは流石に怒った、というか照れ臭くなったのか撫でられ終了宣言をしてきたので流石にこれ以上撫でるのも悪いと思い、撫でている手を止めて紅茶を飲み直す。するとシャルルが急に変な質問を投げかけてきた。気の利いた言葉...ではないな。思った通りの事を言うから、それで抉ることもあるし。

 

「だいたい思った通りの事は言ってるかな。悪口はよほど機嫌が悪くないと言ったりしないけど」

 

「まぁ悪口の話は置いておいて。うーん......ねぇバンショー。バンショーって女の子を誑し込みたいの?」

 

「おっ口喧嘩か?」

 

「わー!そ、そうじゃなくて!そうやって何でもかんでも褒めちゃうのもどうかと思うよっていう話!バンショーって絶対、人誑しの気があるよ」

 

「ん、そうか......?いや、どうだろうな」

 

「クラスの子がほとんど全員フォロー入れてきた辺り確実に人誑しの気があるよ!男女間の友情ってやつだよ、アレ」

 

シャルルから女子を誑し込みたいのかと言われ、口喧嘩開始かな、と舌のアップを始めるがそうでは無かったようで、俺がすぐに何でもかんでもを褒めることを咎めてきた。人誑し、女誑し。どちらも一夏に言われた事のある言葉だけに唸ってしまう。が、クラスメイトたちとは普通に適度な立ち位置を維持したまま話が出来ていることからそうでもないんじゃないかとも思ってしまう。

 

「話のソリが合わない時はとことん合わないが、それでも共通の話題っていうのは幾らでもあるからな」

 

「分け隔てない態度が気に入るんだろうね。それにバンショーはすごく、人の心の変化に敏感なんだと思うよ」

 

「俺が?」

 

「うん。自分の行動で、他の人がどうなるか。その言葉でどういう感情を持つか。それをなんとなくでも考えて発言してるから、すごく相手の心に嵌る言葉になるんだと思う。僕が怯えてるのを理解して、自嘲から入ったバンショーみたいにね。バンショーなら稀代の詐欺師になれるよ」

 

「おっ、やっぱり口喧嘩か?」

 

「冗談だって」

 

「分かってるよ」

 

馬の合わない話は避けて、盛り上がれる話題に切り替えていく。多分、相手の表情を何となく理解して一番良い選択を勝手にしてしまうんだろう。人の心の浮き沈みが分かってしまうというのは、ギャルゲーなどで言ってしまえば『好感度獲得値が最大になる選択肢を自動で選択し続ける』ような物だろうから、仲良くなれると言えば当然か。シャルルがその俺を人の心に付けこむ大物詐欺師になれるとご丁寧にサムズアップまで添えて言ってきた。それにやはり舌戦か、と軽く意気込むとシャルルがすぐに言葉を訂正するが、冗談だと分かっていたので俺もすぐに鳴りを潜めた。

 

「ふふふ、バンショーと話してると楽しいね。やっぱりバンショーって人誑しだよ。この人誑し......♪」

 

「出会って1日でそこまで言われたのは初めてだ」

 

「本当に?僕たちの相性って意外に良いのかもね」

 

「ああ。お前と話してると気負わなくていいから本当に楽だよ」

 

「気を遣い続けるって楽じゃないからね、その気持ちは分かるかなぁ」

 

シャルルは俺のことを人誑し認定したらしく、楽しそうに人誑しと囁く。1日でそこまで言い合える仲になれた事に嬉しさを抱きながら肩を竦めてみせると、俺の嬉しさを読み取ったのかシャルルは相性が良いのかもと言う。確かに、男同士だからという括り以外にも、シャルルは人として良い人物だった。それだからだろう、俺も余り飾らない言葉を投げることが出来た。シャルルもそれに相槌を打ち、理解を示してくれる。なんとも居心地の良い空間に、ついつい笑ってしまう。それはシャルルも同じだったようで、紅茶が冷めないうちに会話を一度中断し、俺たちは静かなティータイムを過ごした。

 

「ところでさ」

 

「ん?」

 

「放課後、皆とISの訓練してるって聞いたけど本当なの?」

 

「ああ。模擬戦やら回避軌道の読みあいやらをしてる。理屈より、やって覚える事の方が多いからな」

 

「それ僕も混ざっていい?専用機もあるし、色々役に立てると思うんだけど」

 

「専用機の有る無しとか、役に立つとか立たないとかじゃないだろ。友達なら一緒に行きたい、それだけでいいんだよ。明日からはシャルルも一緒だ」

 

「――うん!」

 

「じゃあ、シャワーどっちが先に浴びるか決めるか」

 

「僕は後でいいよ。バンショーが先に使って」

 

「あ、そうか?じゃあ、お言葉に甘えて」

 

シャルルを放課後の訓練に加える約束をしてから、シャワーの順番を取り決めるがシャルルが後でいいと言い出した事ですぐに問題は解決し、俺は早速シャワーを浴びに行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土曜日午後。

 

「ええとね、織斑さんは射撃武器の特性を把握していないから勝ちが難しいんだと思うよ。バンショーは逆に、射撃武器を信用し過ぎてるから当たれば勝てるって考えちゃうんだろうね。ビーム・マグナムは脅威だけど、射線が読みやすいから一度でも見せちゃうと難しいかなぁ......爆発系武器が多いんだし、それも組み合わせてみたり、あえて最後まで残してるビーム・サーベルも使った方が良いと思うよ」

 

「そうなんだよ、当たれば勝てるって思って足を止めて撃つからなぁ。そもそも移動しながらじゃ撃てないし」

 

「うーん、私はまだよくわからないかなぁ」

 

「知識として理解はしてるんだろうけど、織斑さんが僕と闘った時に距離をほとんど詰められなかったよね?織斑さんは格闘武器一本のISだから、射撃武器の特性を他の人より深く理解する必要があるんだ。瞬時加速だって直線的な機動だから、反応出来なくても軌道を予測して弾丸を置いておくように撃つだけで潰せちゃうんだ」

 

「うぅ......耳が痛い......」

 

「でも瞬時加速中に軌道を変えるのは止めようね。ISの操縦者保護機能とか生体補助システムがあっても、最悪の場合骨折しちゃうから」

 

「はい......」

 

シャルルと模擬戦を交えた俺と一夏はそれぞれ指摘を受け、俺はビーム・マグナムを決定打にしすぎている節があると言われ、俺が意図的に避けている接近戦も混ぜた方が戦術に厚みが生まれると教えられた。確かにその通りだった。接近戦、敢えて避けていたそれを自分から挑みに行くにはあまりに経験が薄く、正直俺の近接戦闘方法なんてユニコーンの出力に任せて突っ込んでいくだけで、深い読み合いは一切していなかった。これからは、そこも経験を重ねていく必要があるだろう。一夏は逆に瞬時加速に頼りすぎていると言われ、それを修正するところから始める様だった。

 

「万掌さんは私の回避軌道理論を把握していますが、一夏さんはまだ甘い節がありますわね」

 

「俺は一回見せてもらえれば、後はそれをなぞる様に動かすだけでいいからな。ユニコーンに感謝だよ」

 

「一夏はもっとこう、直感で行かなきゃダメよ」

 

「分かんないよ鈴......なに、直感って......」

 

「ずばーんといって、がきん!どごーんという感じだ。なぁ、万掌?」

 

「すまない箒......俺にはよく分からない」

 

「むぅ......」

 

土曜日の午後は授業のない時間で、アリーナが完全開放されていることもあり多くの生徒がアリーナでISを装着してそれぞれの活動をしている。もっとも、6月は学年別個人トーナメントの影響もあるのだろう、4月や5月の頃よりも多くの生徒が足を運んでいた。

 

「織斑さんの白式って、後付武装(イコライザ)がないんだよね?」

 

「うん。何度も調べてもらったんだけど、この雪片弐型っていうブレード一本で全部潰れちゃってるみたいで」

 

「多分だけど、それは単一仕様の方に容量を使っているからだよ」

 

「零落白夜......当たれば強いんだけど......」

 

単一仕様。本来、ISが第二形態へ移行した際に発現するもの。操縦者の特性をISが理解し、ISがそれに見合った特性を発現させるそれだが、第二形態まで移行させることが出来ない人たちがほとんどで、それを回避する目的で特殊兵装を装備した第3世代ISが開発された。セシリアのブルー・ティアーズや鈴音の衝撃砲、これら特殊兵装はISに乗れれば誰でも扱えることから第二形態へ移行させる必要性が薄くなり、国防に採用できるIS操縦者の数を増やす目的もあった。

 

「でも第一形態で単一仕様持ちなんてすごい異常事態だよ。前例がまったくないからね。それに、その能力って織斑先生――初代ブリュンヒルデが使っていたものと一緒なんでしょ?」

 

「うーん、姉妹だからじゃないかな」

 

「ううん。姉妹だからってだけじゃ理由にならないと思う。ISは操縦者との相性が重要だから、いくら再現しようと思っても出来るものじゃないんだよ」

 

「そっかぁ......でも、今はそれを考えても仕方ないよね。仕様は仕様なんだし」

 

一夏の白式は本当に不思議なISだ。第一形態でありながら単一仕様を持っていて、それのせいでISの容量の全てが埋められている欠陥機。しかし、それらすべてを差し置いても当たってしまえば勝てるだけの博打機体である。操縦者の熟練度次第では恐ろしく強い機体になるだろう。かつての千冬さんの様に。一夏はなぜ千冬さんと同じ単一仕様を使えるか悩んでいたが、考える事を放棄したようだった。

 

「そうだね。じゃあ、習うより慣れろってことで。織斑さんも射撃武器を使ってみようか」

 

「貸してくれるの?」

 

「うん。使用許諾を出したから、織斑さんでも使えると思うよ。じゃあ、試しに撃ってみて」

 

「わ、分かった......きゃっ!」

 

「おっと、ほら」

 

「ありがと!......思ったよりも速いんだね」

 

シャルルは一夏に射撃武器を扱わせることにしたようで、一夏と白式に自身が持つライフルの使用許諾を発行し一夏に手渡した。一夏は初めて握る銃の感覚に戸惑いながら、トリガーを引いた。その瞬間に空気が弾ける炸裂音が響き、凄まじい速度で発射された弾丸に一夏は小さく悲鳴を上げてライフルを落とし掛けたので慌ててそれをキャッチし、一夏の手に握り直させる。一夏はシャルルにライフルを返そうとするがシャルルは怪訝な顔をしている。

 

「ねぇ織斑さん。センサーリンクってしてる?」

 

「銃器を使う時にハイパーセンサーに照準を同調させるやつでしょ?バンショーは自分で切ってるみたいだけど、私のはそもそも無いんだよね」

 

「え、バンショー切ってるの!?」

 

「あんなちんたら照準動かれても当たらないからな。自分で視て撃った方が早い」

 

「もしかしてマニュアル照準をモニターに出力してたり......しないよね?」

 

「してる、けど今は一夏の方だな。センサーリンクがないってどういうことだ」

 

「してるんだ......ドン引きだよ......んん、100%格闘オンリーなんだね、じゃあ目測でやるしかないね。さっき織斑さんが言ってた通り、射撃武器は速いんだよ。弾丸はその面積の小ささから瞬時加速より速いのは分かるよね?だから、見えてなくても軌道を予測して置くように撃つだけで当たるんだ。それにバンショーのビーム・マグナムを見てれば分かるけど、当たったらヤバいって分かるし、外れても暫くその回避ルートは塞がれちゃうからね。牽制にもなるんだ」

 

シャルルがまさかマニュアル照準でやってたりしないよね、と訊いてくるので、してる、と答えたところシャルルが心の底から引いたような目で俺を見てくる。頭部マシンガンとビーム・キャノンとビーム・マグナムは全部マニュアル射撃だと理解したシャルルは引き笑いをしつつ一夏に射撃武器の特性をレクチャーしていく。

 

「たしかに、バンショーのアレって正面で受けると一瞬フラッシュ焚かれたみたいになるよね。それに掠っただけでも凄いダメージ入ったし」

 

「まぁ、そういうこと。織斑さんが突っ込んでいこうと意気込んでも、心のどこかでブレーキが掛かっちゃうんだ。そのせいで距離は開けられるし、足も止めてしまうんだね。まぁとりあえず、ワンマガジン全部撃ち切っちゃいなよ」

 

「ありがとう、やってみる!」

 

一夏はそう言ってアリーナの射撃武器調整用の点数板をオンラインにし、セシリアから射撃の構えの補佐などを受けつつシャルルと俺が適時注意を飛ばしていく。

 

「そういや、シャルルのラファールってそれ、武装と色違いなだけか?」

 

「ううん、専用機としてがらっと変わってるよ。この子の名前は『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』っていって、基本装備の4枚のマルチスラスターを1対のスラスターにしてそこから更に2枚に分けることで加速性と機動性を確保してるし、胸部アーマーも銃器を取り回し易くするためにシェイプアップして、リアスカートにはマルチウェポンラックとしての機能を持たせてあるんだ。で、ここにも姿勢制御用の小型スラスターを仕込んであるよ。で、一番の特徴は肩かな!4枚の物理シールドを全部外して、代わりに左腕に装甲と物理シールドを装備したんだ。で、右手はスキンアーマーだけ!外見だけじゃなくて中身も違っていてね、これだけ基本装備をいじった上で容量を追加確保してるから、量産型のラファール・リヴァイヴの倍くらいはあるんじゃないかな」

 

「てことは、その拡張領域の中には大量の火器で埋まってる訳か。相性悪そうだな」

 

「そうでもないよ。バンショーのユニコーンが速すぎる上にあんな滅茶苦茶な回避されたら当たらないって」

 

「まぁ、最初はかなり無茶したけどな」

 

「アレは無茶じゃないんだね......」

 

シャルルのラファール・リヴァイヴはオレンジ色に染まっており、武装だけが違うのかと訊いてみたが予想以上の魔改造を施していたようでその武装と容量の多さに驚き、ユニコーンとの相性も悪そうだな、と考える。シャルルはユニコーンが速すぎる上に俺がユニコーンにひたすら回避を覚えさせていることから、ユニコーンは避ける事に特化しつつあった。シャルルがいうアレとは恐らく、多角形直線機動に一零停止(瞬間的に機体を強制停止させ即座に別方向に切り替える方向転換技術)、それに流線機動を混ぜた複合回避の事だろう。

 

「ほとんどが出力に任せた無理矢理なやり方だからな。参考にしない方が良いぞ」

 

「そもそもあんなことしてたら体力持たないよ......」

 

シャルルが訓練をしてから引いてばかりなんだが、おかしいことでもしただろうか。セシリアや鈴音はもう見慣れたという顔をしており、箒は一夏のサポートに励んでいるせいでこっちの話は聞いていない様だった。

 

「ねぇ、ちょっと。アレ......」

 

「ウソっ、ドイツの第3世代!?」

 

「まだ本国でトライアル段階だって聞いたんだけど......」

 

急に一つの話題で騒がしくなるアリーナで、その話し声が聞こえた俺は反射的に振り返る。

 

「............」

 

その視線の先に居たのは、あのラウラ・ボーデヴィッヒだった。ドイツの代表候補生にして、一夏の心を傷つけたその人である。互いに会話無く、睨むばかりだったが俺はユニコーンを僅かに浮かせて一夏を庇う為に機体を滑らせて一夏の正面に立つ。

 

「おい」

 

「何か、用か?今忙しいから後にしてくれ」

 

「断る。専用機持ちだそうだな。ならば話は速い、私と戦え」

 

「それを断る。お前のしたことはあれで手打ちだ。これ以上は怨念返しになるぞ」

 

「私はそれを望んでいる。なんなら、そこの織斑一夏も付けてやる。いや、違うな。織斑一夏と戦うから、お前もオマケで付けてやる」

 

「――――私は戦わないよ。理由がないから」

 

「私には、それが有る」

 

ボーデヴィッヒの、鋭い眼光は俺たちを捉えて離さない。ボーデヴィッヒは怨念返しを望んでいた。だが、それに付き合ってやる筋合いは無かった。俺も、ボーデヴィッヒも。互いを許さないだろうがそれで終わりなのだ。これ以上は、私怨をぶつけ合うだけになる。俺も一夏の為ではなく、自分の為にこの拳を振るうことになる。千冬さんとの約束もあったので、それだけは避けたかった。ボーデヴィッヒが一夏を狙う理由は――おそらく、一夏が女になってしまったあの日の話だろう。聞いただけで詳しい話は分からないが......一夏が語るには『謎の組織』が織斑千冬の弟である織斑一夏を拉致し、監禁。そこで組織の科学者のような人物から「遺伝子上優れているのは女性であるが、織斑千冬の遺伝子を奪うのは難しいことから織斑一夏を女体化させ、その上で遺伝子を採取し続ける道具とする」と言われたらしい。女体化が進み、完全に女性となってしまった一夏の遺伝子を採取しようとしたタイミングで千冬さんがやってきて、織斑の血を悪用されることも無く一夏は救出され、千冬さんは決勝戦を放棄してしまった、ということに繋がる。色々と突っ込み所が目立つが、それでも実際にこうして結果が出てしまっているのだから本当に当時は怒りと困惑でどうにかなってしまいそうだった。今思い出しても、怒りが心の奥底から湧き上がるような感覚に苛まれる。

 

「貴様が居なければ――――」

 

「その無力感は、私が一番よく分かってる。私は戦わない。また、今度にして」

 

「......――そうか」

 

そう。一夏が最も自分の無力を嘆いていた。俺が、俺だけが知っている一夏の弱さだった。だからその無力を理由に煽ろうとしても、一夏が一番よく理解しているものだったので一夏は戦わないと宣言した。それにボーデヴィッヒは目を伏せ――――眉間に電撃が走った錯覚を覚えた。

 

「―――ッ!」

 

「ならば戦わざるを得ない状況にしてやる!」

 

ボーデヴィッヒの駆る黒いISの左肩に装備された大型の実弾砲が発砲体勢に移行、右手に装備していたビーム・マグナムを片手(・・)で撃つ。砲口に集約する光が輝きを増していき、紫電が駆け抜ける。実弾砲が放たれたと同時にシャルルが左腕のシールドを構えながら俺の前に出るが、それよりも先に赤と青の拡散ビームを撒き散らしながら白光球が砲弾に直撃し、完全に融解させ消滅させる。それでもまだ残った破壊力の塊の残滓がボーデヴィッヒのISを掠め、追従する拡散ビームがボーデヴィッヒのISを揺らした。

 

「馬鹿な――ぐぅッ!」

 

ボーデヴィッヒは砲弾が消し飛ばされるほどのエネルギーに驚愕し、残りカス程度の認識だった拡散ビームが内包する熱量に焼かれダメージを僅かながらに受け、俺を睨みつけた。

 

「――退けよ」

 

「貴様――」

 

「こんな密集地域でいきなり戦闘をしようだなんて。ドイツ人は随分と気が早いんだね。ビールだけじゃなくて頭もホットなのかな?バンショーが砲弾を消し飛ばしてくれなかったらどうなってたか、分からないワケじゃなかったでしょ?」

 

「ふん、何かと思えばフランスのアンティークか」

 

「未だに量産化の目処すら立たないルーキーよりはよく動くと思うよ」

 

「......我が祖国を侮辱するか」

 

「シャルル、止めろ。あんな奴と同じ気位に身を落とす必要はない。俺は今、この場で他の生徒を守れた。それだけで十分だ」

 

「――......分かった。織斑さんも、行こう」

 

「......そうしよっか」

 

シャルルが僅かに遅れて俺の前にシールドとライフルを構え、ボーデヴィッヒに突きつけたまま煽る。ボーデヴィッヒとシャルルが互いに煽り合うが、そんな事に付き合う必要は無かった。ユニコーンを解除し、振り返りながらシャルルに声を掛けてアリーナを後にしようと歩き出すとシャルルはボーデヴィッヒを警戒したまま同じ様にISを解除し、一夏もそれに続いた。

 

「――――侮辱が過ぎるぞッ!堺――」

 

『そこの生徒!何をやっている!学年とクラス、出席番号を言え!』

 

「......ふん、今日は退こう」

 

ボーデヴィッヒが怒りに呑まれ、2発目を撃とうとした時にアリーナのスピーカーからアリーナ管理当番の教師から叱責の声が響く。その声に舌打ちをしながらボーデヴィッヒはISを解除し、最後まで俺を睨みつけていたのだろう、突き刺さる視線を受け流しながら、俺たちとボーデヴィッヒは互いにアリーナを後にした。

 

 

 

 

 

 

 




今更ながらオリ主がやっているマニュアル射撃を簡単に説明すると、本当にそのままなんですが無誘導兵器を共感覚と超直感で相手がこの辺に移動する事がだいたい分かるからそこに置いておくって感じの射撃になります。

セシリアや鈴音は一切警告が出ないので最初こそ被弾しましたが目線で読めることを把握してからは普通に対処できるようになりました。あとビーム・マグナム自体にトリガーを押してから発射までに0.3秒のラグがあるのでそれで普通に分かります。視界の一部から凄い光量持った白色が突然見えたら誰だって意識しますよね。真夜中の照明一つない暗闇で突然3000ルーメンくらいの光を視界の端に映されるような感じです。



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最近シャルルがおかしい

プロットの構成確認して原作と照らし合わせてみたらシリアス続きになりそうなのでギャグに寄せた短めの息抜きです。寄ってないと思うけど。

非常に短いです。

読まなくても問題ないです。


シャルをどういう立ち位置にしようかと思ったけど一人で色々してきた上で「手のかかる公の場ではほぼパーフェクトだけど私生活が本当にダメな人」が同室になると、シャルの経歴を考えると多分こうだろうな、と思いまして本文みたいになりました。



今回のお話は本当に息抜きで次回からは本文の内容を一切無視するようなシリアスに舵を切ったりします。

ご了承ください。






最近、シャルルの様子がおかしい。

 

いや、前からその兆候はあったのだが、最近はそれが顕著だ。最近といってもほんの1週間と少し程度だが。少しだけ、振り返ってみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャルル、先にシャワー浴びてきたから次使っていいぞ」

 

「うわ、バンショー!なんで上着ないの!ああもう、髪もビショビショ!」

 

「いやこれから拭くんだけどとりあえず伝えようと思ってな」

 

「ああ、そういう......ってわー!そんな雑に拭いちゃダメだよ!髪が痛んじゃう!」

 

「は?変わらんだろ」

 

「あ、ちょ、あー!もう!貸して!」

 

「うおっ...ちょ、シャルル?」

 

「髪の毛はね、こうやって拭くんだよ。今日は僕がやってあげるから、次からは自分でやるんだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

別の日。

 

「バンショー!これ燃えるゴミと燃えないゴミに別けてないじゃない!」

 

「いやゴミ出しの日に別けるんだけど......」

 

「最初から別けておいた方が楽でしょ!はい、一緒にやろう!」

 

「おう......?」

 

 

 

 

別の日。

 

「バンショー!洗濯物の畳み方クシャクシャじゃないか!」

 

「こんなもんでいいだろ」

 

「君は人と仲良くなるために才能の全てをつぎ込んだのかい?ああ、違うよ、長袖のはそうじゃなくて......縫い目に合わせて重ねれば自然と......ああ、もう!貸して!」

 

「えっ」

 

 

別の日。

 

「バンショー、お風呂あがった?じゃあ、はい!ここに座って」

 

「は、いや...は?」

 

「髪の毛拭いてあげるから!」

 

「は?」

 

 

別の日。

 

「バンショー、一緒に洗濯しちゃうから洗濯物そこの籠に入れておいて」

 

「は?」

 

「僕がやってあげるから、バンショーは紅茶淹れて待っててね」

 

「......?」

 

別の日。

 

「バンショー、偉いね!ちゃんと言い付け通りにゴミの分別できるんだね!偉いねぇーよしよししてあげる!」

 

「???」

 

「今日も一日頑張ったねバンショー、よーしよーし。お風呂入っておいで。お風呂出たら髪を拭いてあげるからね!」

 

「??????」

 

別の日。

 

「バンショー、部屋の掃除も僕がやっておくから、バンショーはゆっくり休んでていいよ」

 

「いやそれは流石に」

 

「僕が。やるから。いいね?」

 

「......はい」

 

「良い子だねバンショー!」

 

昨日。

 

「バンショーの服、畳んでクローゼットに仕舞っておくからね。ちゃんと上着と下着と肌着で収納場所をプリントした紙を貼りつけておいたから、間違えないようにね」

 

「いやそれくらいは出来――」

 

「あ、でも心配だから、枕元に明日着る服出しておこうか。そうしよう!」

 

「......」

 

 

 

 

 

 

あのシャルルからまるで手間のかかる子供扱いをされるようになってしまった。何時からだ。何時から俺は高校生的な扱いではなく、まるで片付けも何も出来ない息子のように扱われるようになってしまったんだ。片付けも家事も何も出来ないのは事実だけど頑張ってたじゃないか......シャルルが完璧すぎるだけであって、平凡な男子高校生らしく無知なりにネットの知識やら一夏の知恵袋で頑張ってたじゃないか......。

 

今朝も頭を抱え込んで教室で項垂れながら、艶々になった引っかかりの少ない髪を女子に褒められたばかりで何かしたのかと訊かれたがシャルルに拭かれるようになってからこうなりましたなんて言える訳もなかった。一夏にもシャルルにも言われたが、公の場ではそこそこデキるのに私生活は点でダメと評されてしまった。一夏も何かに付けて俺の世話を全部してしまうし、シャルルもその片鱗が、というより一夏より甘やかし上手だった。俺が断ろうとしても謎の圧力に押されて屈してしまい、そのままされるが儘になってしまっているここ数日。

 

流石に同じ男からこれ以上世話をされるというのは、と考えたが一夏が男だった時から似たような事をされていたこともあってか、思った以上にメンタルが強くそこまで屈辱にも感じていなかった。しかし逆に、その事実が何より心にきた。あって当然の環境が別の人の手によって再構成された程度の認識しかしていない様で、俺の心は思った以上の深手を負う事は無かったが、シャルルが俺の世話を楽しみだしてしまい、いよいよ以て食事の介抱までしかねない勢いなのがよっぽど問題だった。頭を抱えて項垂れていると、そこに一夏が珍しい物を見るような表情でやってきた。

 

「珍しいね、バンショーがそんなに人前で頭抱えるなんて」

 

「うーん......いや、なんかな」

 

「あれ、バンショー......髪のケアとか始めた?」

 

「あれはケアというかなんというか......」

 

「制服の皺もないし......」

 

「――――実はな......シャルルが全部やっちまうんだ」

 

ボーデヴィッヒの一件でまた溜めこんだ物をある程度吐き出してスッキリしたのか、一夏は俺の下にやってきて心配そうな表情をつくり俺に話しかけてきた。しかし、俺の私生活のだらしなさを知っている一夏の目は思った以上に鋭く、すぐに髪や制服の皺の無さを指摘し始めた。流石にコレは隠せないかと思って一夏に全てを打ち明けることにした。

 

「――――――全部?」

 

「ああ、全部。洗濯も、掃除も、乾燥機も、洗濯物畳むのもゴミの分別も――――......一夏?」

 

俺が全部と言ってからかなり間が空き、一夏が全部と訊き返してきたので家事全般全部シャルルがやっていると言おうとしたところで無言になって震え出す一夏が視界に入り、どうかしたのかと訊こうと身を乗り出した。

 

「......――――い」

 

「ん?」

 

「――ずるい!」

 

「は?」

 

「ずーるーいー!私もバンショーのお世話したいー!」

 

「――......はぁ」

 

頬を膨らませて目をぎゅっと閉じながら、胸の前で両手を握り絞めて小さく叫ぶ一夏の態度をみて、俺は相談する人選を間違えたと悟り力なく自分の席に身を沈め、天井を腐った瞳で眺め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。

 

「――と、いうことで!万掌のお世話は私がします!やります!」

 

「え、えぇ......ねぇバンショー、これどういう状況?」

 

「シャルルに嫉妬した一夏が俺の世話を変わると言い出した」

 

「自分でやる気はないのかい......?僕が言うのもなんだけどさ」

 

「やろうとしたら全部お前らに有無を言わさずやられてんだよこっちは!」

 

俺の右腕をずらし、腹回りを自分の両手でグルりと囲い自分の物アピールをしながら頬を僅かに膨らませた一夏を見て、シャルルが困惑気味に俺に状況説明を求めてきたので簡潔に説明するとごもっともな意見と自嘲の言葉が出てきた。そこまで言えるのなら是非とも俺の世話を止めてほしい。せっかく一夏離れが出来始めていたのに今度はシャルル離れが出来なくなってしまう。

 

「私もバンショーの髪の毛拭きたい!ベッドのシーツ直したい!お味噌汁は――毎日作ってるからいいとして、制服の皺とか伸ばしてあげたいの!」

 

「で、でも織斑さん別室じゃない?」

 

「それでもしたいー!シャルルだけずるい!」

 

「ずるいって言われても......」

 

「シャルルはお世話するの嫌なの?」

 

「嫌って言うか......うぅん、いや、あの――――普段は、お兄ちゃんみたいに頼りになるのに、私生活だけ本当にだらしなくて......手のかかる歳の離れた弟みたいになるのが可愛くて......えへへ、僕はバンショーのお世話するの、好き、だよ」

 

一夏が本当によろしくない方向に駄々っ子と化してしまい、俺から離れる事無くここ2週間程我慢してきた欲望をこれでもかと告げる。その度に俺の目が死んでいくのはもう語るまでもない。シャルルから兄だの弟だの言われて俺は非常に困惑しながら、俺自身が自立出来る事を忘れて話を進める二人に至極全うな提案をすることにした。

 

「俺のお世話をどっちがするとか止めないか?俺一人で出来るんだけど」

 

「「それはダメ!」」

 

「は?」

 

一番の解決策が秒速で否定され、理不尽な回答に困惑を隠せなかった。俺は一体どうやって一人立ちすればいいのだろう。ユニコーンは何も答えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

結局。

 

 

 

 

「バンショー、ちゃんと櫛で髪の毛を梳こうね。ドライヤーも掛けてあげる」

 

「......」

 

「大人しくしてて良い子だねぇ。後でいっぱい撫でてあげるね」

 

 

 

 

翌日。

 

「おはよーバンショー!洗濯物洗いに来たよ!ほら、ベッドのシーツも外して取り替えてあげる!」

 

「......」

 

「朝ご飯はこっちで食べる?それとも食堂?」

 

「......食堂」

 

 

俺は私生活を過保護な二人に1日毎に一夏とシャルルが交代する形で管理され、シャルルとの会話も今ではほとんどが俺の私生活を甘やかす甘言ばかりになった。一夏は目に見えて活力を取り戻していき、それを喜んでいいのか悲しめばいいのか分からない複雑な心境でお世話され続ける身となった。まぁ実際、恥という感情を捨てれば何もかもやってくれるのだから本当に助かっている。

 

 

 

 

俺の自立は、まだまだ遠い先の話になりそうだ。

 

 

 




ダメ人間万掌が誕生させられました。


これはネタ要素に振り切っているのであまり深い事は考えなくても次回からは普通にシリアスしてたりするので問題ないです。

ただ本当にシリアス続きが苦手なだけなんです。


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23話

オリ主、勘違いをする。

前例あるからね、しかたないね




誤字脱字多いね......


「シャルル、先に着替え終わったから待ってるぞ」

 

「あ、うん!じゃあもう少し待っててね。バンショー、待てる?」

 

「そこまでガキじゃない」

 

「冗談だってば。――――よし、お待たせ!一緒に帰ろっ!手も繋いでおくかい?」

 

「......ああそうだな、シャルルが迷子にならないように、手でも繋いでやるか!」

 

「えひゃぁ!?ば、バンショー......流石に、これは恥ずかしいよ......」

 

「――お前から手を繋いでくれってせがんで来たんだろ?この欲しがりさんめ」

 

「そ、そうじゃなくてぇ......ていうか、近い、近いよバンショー......!」

 

「男子の悪戯じゃよくある距離感だ。それに誰かに見られるわけでも――――」

 

「堺くん、デュノアくん、居ます――――あっ」

 

「あっ」

 

「あっ」

 

シャルルに先に着替えが終わった旨を告げ、更衣室の出入り口付近で待ちつつ声を大きくして話すシャルルと冗談を言い合っていると、同じように着替えを終わらせたシャルルが俺の下に駆け足で寄ってきて、手でも繋いで帰るかと言われた。俺はシャルルが迷子にならない様に悪戯心9割親切心1割から来る衝動でシャルルの手を一夏直伝の恋人繋ぎで握ってやると、シャルルが手を放そうとするので出入り口真横の壁にシャルルを追いこんで壁ドンをしつつシャルルが逃げられない様になるべく近付くと、シャルルは面白い程に狼狽えた。最近手玉に取られてばかりで疲弊していた俺はシャルルのその態度が面白く、ニヒルに笑いながらどうせ誰も来ないんだぜみたいな、いかにもチンピラが言いそうな事を発言し終わる前に真横のスライドドアが開き、山田先生が俺たちを探して左を見て、右を見て硬直した。そして俺たちも、この異質な近距離、握り合った手、紅潮するシャルルの頬、その全てが勘違いされる要因になり得ることを理解して固まった。

 

「ええと、その――――お邪魔でしたか?」

 

「違うんですよ山田先生これはシャルルが躓いてですねそれで俺の手を掴んで一緒に倒れてくるもんだからとりあえず壁に背を預けさせて体勢を立て直そうかって所だったんですなぁシャルル!」

 

「うんそうだよバンショーそうなんですよ山田先生僕ったらなんでかなんでもない所で躓いて転びかけて咄嗟にバンショーの手があったからとったらこんなことになっちゃって急いでお互いしっかり立たなきゃって時に山田先生が来ただけなんですよ山田先生!」

 

「え、えぇ......そ、そうですか」

 

山田先生が頬を赤らめて勘違いしているので、それを是正する為に一息でシャルルと誤解を解く為の言動をノータイムで刷り込む。余りにも早口かつ一息で言われた怒涛の情報量に山田先生は困惑し、呑み込んでくれた。シャルルと拳の側面を軽くぶつけあい、誤解が解けたことを祝福しあう。

 

「で、一体何の用事だったんですか山田先生」

 

「あ、そ、そうでしたね。ええとですね、今月の下旬からになるんですが、男子も大浴場を利用できます。時間帯別にすると潜り込みそうな生徒さんが居そうなので日にち制にしました。男子は週に2回、大浴場を使えますからね」

 

「大浴場!やったなシャルル!」

 

「......」

 

「シャルル?」

 

「――え、ああ!うん、フ、フランスってそういう大きい浴場とかないから、どんな物なのかなぁって」

 

素知らぬ顔で山田先生が俺たちの下へやってきたワケを訊くと、山田先生は今月の下旬から週に2回大浴場を男子が使える日に変更した旨を伝えてきた。大浴場、前々から入りたいと思っては我慢し続けてきたデカい風呂。ようやくあの小さなバスタブとシャワーだけの日々にさよならが言える日が来るのだ。その嬉しさにシャルルもある程度思う所はあるだろうと思い、喜びを分かち合いたく振り向けば、シャルルは徐々に顔を青ざめさせていく。声を掛けると大きく肩を跳ねさせ、フランスには大衆浴場がないと言いどんな物か想像をしていたという。顔を青くするほど可笑しな物はないと思いたい。

 

「そんなの入れば分かるさ。あ、でも色々とルールっていうかマナーがあるから、それは入る時に説明してやるよ」

 

「いいい、一緒に入るの!?」

 

「あーそこからか。そう、温泉とか大浴場っていうのは大勢の人と一緒に入り、一つの湯船を皆で共有するんだ。昔は混浴っていって、男女が同じ湯船を使ってもいたが、今はプライバシーや時勢、性教育の観点からほとんどが男女別になってる。だから女子は居ないよ」

 

「――――」

 

「シャルル?顔真っ青だけど大丈夫か?」

 

「ぼ、僕......」

 

「汗でも冷えてきたか。悪い事は言わないから、先に帰ってシャワー浴びてていいぞ」

 

「う、うん。そうさせて、もらうね......」

 

一緒に入りマナーなどを教えてやると話すと、シャルルはなぜか自分の身を守る様に両手で抱きしめて数歩下がった。俺に男色の気はないのでそんなに引かれても取って食ったりはしないし、したくもない。なので普通に大浴場の習わしというか、当然の事を説明すると更に顔を青くして影が射していくシャルルに俺は眉を寄せて話を切り上げ、風邪を引いてはいけないから先にシャワーを使っていいぞ、と告げるとシャルルは普段の元気な様子を一切見せないまま頷いた。無茶をさせ過ぎたのかもしれない。シャルルはまだ転入して1ヶ月も経っていないのだ、馴染むと考えるには早過ぎたか。

 

「あ、堺くんは少し職員室に来てください」

 

「え、俺何かしました?」

 

「いえ問題行為では無くてですね、堺くんのユニコーンを正式登録する書類とかに署名の方をして貰いたいんです」

 

「あ、前言ってた奴ですね。分かりました。という事でシャルル、俺はここで。先に帰っていてくれていいぞ。身体は温めておけよ」

 

「うん。分かった......ありがとね、バンショー」

 

シャルルに肩を貸そうと近寄った所で山田先生に止められ、職員室に同行を求められた。俺は問題を起こした覚えがないので見当が付かず山田先生に聞くと、どうやら注意などではなくユニコーンに関する登録書類の署名などをして欲しいという事だった。こればかりは仕方がないと思いシャルルには悪いが体調が優れない中、一人で帰ってもらうことにした。職員室で千冬さんと会った時にまた何かやらかしたのかと訊かれたのでユニコーンの正式登録をしに来ましたと告げると知っていると返された。揶揄われたことに眉を寄せていると、千冬さんが笑いながら肩を叩いてきた。ぐぬぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、俺が正式な登録者か。これからもよろしくな、ユニコーン」

 

事務的な意味合いしか持たないと言っていた書類に何枚も何枚も記名し、署名をして20分ばかり時間を取られたところでようやく書類が無くなり無事に解放された俺は寮の廊下を歩きながら1025室、自室の扉を開けながら手にしたユニコーンのブローチに声を掛けて、首から提げる。

 

「シャルル、戻った――って、シャワー中か」

 

シャルルに帰室の旨を告げるがシャワールームから聞こえる水音でシャルルが先にシャワーを浴びている事に気付いた。そこで、そう言えばボディーソープが切れていた事をふと思い出し、クローゼットにあるボディーソープを取り出して洗面所と脱衣所が一体になった一室へ足を踏み入れると、シャワールームの扉がガラリと開く。シャルルも気付いて取りにきた、という所だろうか。

 

「――――え、あ、え...ば、ばん、しょー......?」

 

「ああ、シャルル。丁度よか――――」

 

ドアを開けたシャルルが困惑した様子で声を掛けてきたので、振り返りながらボディーソープを渡そうと顔を上げ、俺は固まった。そこには、女子が居た。濡れた金の髪は僅かにウェーブがかっており、柔らかさとしなやかさを両立した美しい髪だった。すらりとした身体は細く、足は長い。腰は見事なくびれを作り、胸を大きく強調している様に見せていた。

 

「―――きゃ――」

 

「...まさか、シャルルか?」

 

「え、え、え?」

 

顔をどんどんと朱に染め耳まで赤くしていく女性の瞳の色はアメジストを思わせる綺麗な色で、その瞳が緩んでいくのを見て思わず肩を掴んで問いかけた。――お前はシャルルか、と。

 

「――――誰にやられた!どれくらい時間が経った!?」

 

「ちょ、ちょっとバンショー?」

 

「クソッ!廊下では誰もすれ違わなかったぞ!窓から逃げたか!?」

 

「バンショー!?何言ってるの!?」

 

「お前こそ突然、そんな風になっちまって混乱してるだろ!これ着てろ!俺は千冬さんに報告に――」

 

「わー!待って待って!多分すごい誤解してるよ!落ち着いて話し合おう!」

 

「大事な友達がこんな風にさせられて落ち着いていられるかよ!」

 

「分かった!僕の不安を取り除きたいから一緒に居て!」

 

「―――――っ......!すまん、そうだよな......シャルルが一番、混乱してる、よな......」

 

大切な友人が犠牲になるのは、これで二人目だった。シャルルはデュノア社の御曹司だから、何か弱みのような物を握ろうとし一夏を襲った『男を女体化させる頭のおかしい組織』が再び関与したのかと思い誰にどんな風に襲われたのか問い詰めるが、シャルルは混乱しているせいか俺の名前を上擦り気味に呼ぶばかりで応えてはくれない。どうやって逃げたのかも分からずシャルルに制服の上着を羽織らせ、その間に犯人の逃走経路を確認し窓を開けようとするがロックが掛かっており外に逃げた形跡も無かった。相当な手練れだと歯噛みしてしまう。

 

なんてことだ......どうして、俺が居ない時に限って、こうなんだ...!

 

俺は、誰も守れないのか......!

 

とりあえず千冬さんにシャルルが被害に遭った事を報告しに行く為に部屋を飛び出そうとしたところでシャルルが制服に袖を通さず羽織ったまま飛び掛かってきた事で部屋から出ることは叶わず、ベッドに押し倒された。落ち着いて話し合おうと言われたが、これで一夏に続いて2人目なのだ。落ち着いていられるわけは無かった。が、シャルルが一番混乱していて、今一番落ち着きたいのはシャルルだと本人に言われたことで一気に頭が冷えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ!?元から女ぁ!?」

 

「うん......」

 

風呂から上がり、いつも通りの湯上りジャージ姿だったシャルルだが、普段の面影はなく、手にはコルセットを握り、ブロンドの髪を結ぶ事無く降ろしたまま俺の座るベッドの隣に腰を掛けている女性がシャルルの本来の姿だとは思えなかった。しかし、間違いなく声はシャルルの物で、静かに小さく語りだすシャルルの事実確認と俺の誤解を解く事から始まったそれを俺は黙って聞いていたが、どうやら俺はシャルルが女体化させられたと思い込んでいただけで実際はシャルルは最初から女性だったようだ。だから千冬さんに報告に行くと言った時にあれほど慌てて止めたらしい。

 

「――――そう、か。誰も、お前を傷つけなかったんだな」

 

「――――うん」

 

「......良かった」

 

「――何が?」

 

「......怖かったんだ。また、俺が居ない所で、俺の大事な友達が......犠牲になるなんて......そんなことになったら、俺は......自分を許せなくなる......ところだった。でも、シャルルはそうじゃなくて、最初からそうで......ああくそっ、言葉が纏まらない......!」

 

「......こんな時でも、バンショーは誰かの心配なんだね......じゃあ、バンショーがもっと安心できるように、僕の話をしないと、だね」

 

シャルルは最初から女で、誰もシャルルを襲ったりはしていなかった。その事実確認が出来て、俺は一先ず安心した。良かった、と口から出た言葉がシャルルに拾われ、声にしなかった恐怖をシャルルに告げる。俺の居ないところで友人が犠牲になるのが嫌だった。そう伝えたところ、シャルルは柔らかな慈愛の瞳を以て穏やかな口調で俺の為に自分の身の上話をしなければいけないと伝えてくる。

 

「――――頼めるか?」

 

「うん。まず、なんで男装をしていたかというとね、実家からの指示だったんだ」

 

「――実家からの、指示?シャルルの実家って、デュノア社の......」

 

「そう。僕の父がそのデュノア社の社長で、男装は社長からの直接命令」

 

「......――実の親が、子供に......?」

 

デュノア社が関係していると言われ、それを疑問に思って声を出す。するとシャルルは実の父親からの命令で男装をしていたと言い出し、俺は更に困惑した。そして、何よりもその優しい瞳をどんどんと曇らせていくシャルルを見ていて、俺は今とても辛い話をさせてしまったのだと理解した。

 

「僕はね、バンショー。愛人の子供なんだよ」

 

「――――」

 

絶句。まさしく、言葉が出なかった。愛人を知らないわけでもないし、愛人の子というものもどういう扱われ方をするのかも知っていた。だからこそ、絶句してしまった。

 

「引き取られたのが2年前でね。ちょうどお母さんが亡くなった時だったよ。父の部下がやってきて、色々検査をしているうちにISの適正が高い事が分かって......非公式だったけれど、デュノア社のテストパイロットをやることになったんだ。父にあったのは二回くらい。会話は数回したか、しなかった程度。普段は別邸で生活をしているんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。あの時はひどかったなぁ。本妻の人に殴られたよ。『この泥棒猫の娘が!』って。参っちゃうよね、お母さんも最初に教えていてくれたら、あんなに戸惑わなくても済んだのに」

 

儚げに笑うシャルルの感情が、共感覚を通じて俺に流れ込んでくる。慟哭、吐き出したい嘆きの衝動。不安、絶望、消滅する未来、慟哭、焦り、嘆き、嘆き、叫び、使命―――――悲鳴。

 

感情の奔流の全てを押し殺して、シャルルはこの場に居る。乾いた笑いに、泣き叫びたい衝動の全てを捨て、愛想笑いで済ませようとするシャルルの頬に静かに触れた。双眸から溢れ、零れ落ちるこの涙はシャルルが流すべき涙だった。しかし、シャルルが泣かない程に強く耐えているというのに俺はそれを留めることはできなかった。触れた頬からは殴られたその痛みを理解した。それに耐えられなくなった俺は、なるべく優しく、痛まない様にシャルルの体を抱きしめた。

 

「――――バンショー?何、してる、の......?ダメ...ダメだよ、まだ、私の話が、途中だから......ね?」

 

「いいんだ......」

 

「――――だめ。泣かないって、決めたから」

 

「いいんだよ、泣いて。シャルルは、生きてるんだから......泣いて、いいんだよ......」

 

「――――――......だめ............じゃあ、少しだけ、胸、借りるね.........――――――っ、ぅ......ぁ......っ...、............おかあ、さん......っ...............ぁあああ......」

 

この痛みを、心の摩耗を。実の親に突き放された嘆きを。本来手にするはずの愛情を。シャルルは心を摩耗させて育っていった。与えられるべき愛情を注がれずに育った。母から受けた愛は大きく、しかしそれ以上に絶望と孤独が母無き後のシャルルの心を枯れさせた。今の俺から溢れる涙はシャルルの嘆きだ。シャルルがこれほどの悲哀の奔流に耐えて良い訳がない。だから、泣いていいと言った。これ以上耐えようものなら、きっとシャルルは心を壊してしまう。だから、その前に泣いてほしかった。人であるのなら、人でありたいと言うのなら泣いてほしかった。シャルルは、俺のシャツに顔を埋め、声を殺して静かに泣いた。誰にも見られない様に、深く、深く。その顔を胸に埋め、泣きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――もう、いいよ。ありがとうね、バンショー」

 

「......そう、か。なら、もう少しこのままで居るよ」

 

「――私がまだ泣きたがってるって、解っちゃうんだね。バンショーは」

 

「俺は、人の感情が何となく視えるから」

 

「そっか......だから、人誑しなんだね」

 

胸の中にシャルルを抱きしめたまま、まだ泣きたいと訴えるシャルルはその心を隠して気丈にも俺から離れようとするが、俺はそれを引き留めた。するとシャルルは俺が心を読める事に何となく察した様で離れる事を諦め、そのアメジストの瞳から大粒の涙を幾度も流しながら会話を繋げていく。俺が人誑しであるというシャルルは、俺がなぜ人誑しなのかを理解した様子だった。

 

「話を戻すけど......それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ってね。世界第3位のシェア数を誇っていても、所詮は第2世代機。欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』から除名されたフランスは、なんとかして第3世代機の開発を急ぐ必要があったの。第2世代機が最後発だったこともあって第3世代機の開発は国防に関わる急務なの。それに、資本力で負ける国が最初のアドバンテージを取れないと悲惨な事になるんだよ」

 

イグニッション・プランという言葉に、セシリアがお茶の席で言っていた話を思い出した。たしか、セシリアのISもそのイグニッション・プランの主力機候補の1機であり、イギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、イタリアのテンペスタⅡ型がトライアル段階に移行していたと言っていた筈だ。実用化ではイギリスがリードしている様だったが、稼働データが圧倒的に不足していると珍しく愚痴を零していたのが記憶に新しかった。ボーデヴィッヒも恐らく、このイグニッション・プランに携わっての転入なのだろう。

 

「それで、デュノア社でも第3世代機の開発をしていたんだけど、ラファールが遅れに遅れての最後発機体で、データも時間も、何もかもが不足していたことから形にならなかったんだ。そして政府からの通達で予算が大幅にカットされたの。そして、次のトライアルで選ばれなかった場合は援助を停止、IS開発許可の剥奪までするっていう話の流れになったんだ」

 

「なるほど......だから男装をして、第3.8世代ISを装着している俺に接触しやすくし、そこからユニコーンのデータを盗んでこいと言われたワケか」

 

「......うん。元々フランスも資金を出したからと言っても、バンショーの機体を開発した次世代IS運用総合統括研究所はどの国にも従い、どの国にも属さないIS開発をしているから、研究所が要請した事を国は素直に受け入れ、国に言われた事は研究所がとりあえずやるっていうスタンスなんだ。だけどフランスは一切ユニコーンに携われなかったから、発言権がそもそも存在しなかった。バンショーの武装に、フランス産の物は一切無かったでしょ?」

 

「確かにな。カタログを見せてもらったが、イマイチ欲しいとは思えなかった」

 

フランスがそこまで追い詰められているとは知らず、それに巻き込まれ利用されたシャルルを哀れに思い頭を撫でてやると、シャルルはまた小さく目尻から涙を流して言葉を続け、男装をして近付いた事を切り出すと怒りを滲ませながら話し出し、フランスがユニコーンに携われなかった旨を聞いて、そういえばと思い返す。たしかに、ユニコーンの装備にフランス産の物もドイツ産の物も、イタリア産の物も無く。今の所はイギリスとアメリカ、ロシアだけであり、最新技術の提供に関してはロシア、イギリスの二国のみであった。こうしてみると、欧州情勢の厳しさを窺い知る事が出来た。

 

「ユニコーンのデータを盗んでこいって言われた僕だったけど......こんなに優しいバンショーから、そんな事、出来る訳もなくて――――僕は、僕はね、ずっと......やれる機会はあったのに、やれなかったんだ......使命よりも、友達だって言ってくれたバンショーのことを、優先したんだ......バンショーが、大事な友達だって言ってくれたから......僕は、友達を裏切りたくなかったんだ」

 

「シャルル......お前も、十分に優しいよ。だが、お前はこれからどうなるんだ」

 

「――そうだね。ばれちゃったから......本国に送り返されるだろうね。デュノア社は潰れるか、別の企業の傘下に入るか......どのみち今までの様にはいかないよ。僕にはもう、関係のない話だけどさ。――――――ああ、話したらスッキリできたかな。ごめんね、バンショー。こんなにシャツ濡らしちゃって。それと、今まで騙していて本当にごめんなさい」

 

「お前は、それでいいのか?」

 

「......しょうが、ないよ」

 

「これからのお前はどうなる?」

 

「どう......って。フランス政府もこれを知ったら黙ってはいられないだろうし、代表候補生を降ろされて、運が良くて牢屋行きかな......」

 

「それしかないのか?」

 

「仕方がないよ。僕はそうされて当然のことをしているんだから」

 

シャルルは諦めた様に、底を見て、理解して、足掻くのを止めた。自分の行き着く最果ての絶望を受け入れて笑った。

 

 

 

 

だが、俺は諦めない。

 

 

 

「可能性を信じろ、シャルル」

 

「――――え?」

 

「それでも、と言い続けるんだ。たとえどんなに深い絶望に突き落とされようと、足掻くことを諦めてはいけない。どんなに苦しい事に直面しようと、信じる事を止めてしまってはダメなんだ」

 

「......でも......僕は......」

 

「――知ってるか、シャルル。俺たちはもう高校生で、自分の心に従っていいらしい」

 

「......え...――どういう事?」

 

「知っているかシャルル。俺たちはまだガキで、大人に守られていればいいらしい」

 

「......それって、矛盾してない?」

 

「シャルル。俺たちにはな、俺たちを支えてくれる格好いい大人が大勢居るって事を知らないだろ、シャルル。本当の大人っていうのはな――――子供のやりたいことを、全力で応援してくれる人の事をいうらしい」

 

「――――そう、だね。僕の周りには......そんな人たち、居なかったよ」

 

「......いいや、居るさ。どこでもない、このIS学園にはそういう格好いい大人が居るんだ」

 

「......バンショーは、僕のことをどうするつもりなの?」

 

「俺一人じゃ、守ってやれないから......大人を頼る」

 

「わっ、ちょ、ちょっとバンショー!?」

 

可能性を信じ続ける俺は、諦めるシャルルに語り掛ける。人の持つ可能性は無限大だ。だから、何もせず俺にばれた程度で諦めてはいけない。それに、俺はまだシャルルがどうしたいか聞いていない。でもきっと、今のシャルルは諦めているから答えてくれない。だから、だから。

 

俺一人じゃ、シャルルの心は救えない。だから――――大人を巻き込むことにする。俺はシャルルを抱えて就寝時間ギリギリになった部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒指導室。

 

「――――お願いします、千冬さん。俺の友達を、助けてほしいんです。お願いします......!シャルルを、助けてください!」

 

「――ふむ......まぁ、デュノアが女だというのは知っていた」

 

「あ、知ってたんですね......」

 

「当然だろう。IS学園を何だと思っている。事前の生徒の素性調査くらいはしている。むしろ何時言いだすのかと待っていた所だ。最後まで騙し通せたのなら卒業式で笑って話してやろうかと思ってもいたが......」

 

「......お願いします、千冬さん。俺だけじゃ、国を相手に出来ない。シャルルの本音を、訊き出せない。助けて、ください」

 

「そうだな......まず、万掌」

 

「――はい」

 

「よく言った。そしてよく行動に移した。自らの心に従い、頼るべき者を頼る。一月前のお前では出来なかったことだろう。次に、デュノア」

 

「――――!」

 

防音性の高いこの部屋に、シャルルと巡回をしようとしていた千冬さんを連れ込み、頭を下げてお願いした。俺一人では無理だから。一番頼れる大人を頼らせてもらった。すると千冬さんはシャルルが男装していることを把握していた様で、何時言い出すのか待っていたと言う。その上で最後まで騙し通せたのなら卒業式に最初から全部知っていたぞ、と言う所まで考えていたらしい。唖然とするシャルルを横目に再び額を地面に押し付けてお願いをした。俺一人じゃ出来ないから、助けてほしいと絞り出した声でお願いした。それを聞いた千冬さんは俺の名前を呼び、頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、よく言った、と言ってくれた。それだけで、千冬さんが真摯にこの話に取り組んでくれる事を理解して、更に深く頭を地面に押し付けた。

 

「は、はい」

 

「お前は、どう在りたい」

 

「――――どう、とは」

 

「今のお前の未来は、お前次第で決まる。可能性に揺れ動くもしもの未来か、お前が諦め、絶望の底で息絶えるか。そのどちらかを選べるなら、どちらを手にしたい?」

 

「......僕に、選ぶ権利なんて......」

 

「いいや、有る。『特記事項第二一、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』......少なくとも、あと2年と半年の猶予はある。その間、お前は諦め続けたまま絶望に身を委ねるのか?それとも――――大人たちを信じて、可能性の指し示す不確かな未来に希望を託すか?」

 

「―――――」

 

「お前が選べ。デュノア。未来はお前の掌の中にある」

 

千冬さんは、凛とした表情でシャルルに問いかけた。シャルルの両手を交互に指して絶望か、希望か、と訊いている。

 

「――――僕、僕...は......」

 

「シャルル。これはシャルルが決める事だ。それは、俺には出来ないよ」

 

「デュノア。これは、お前が選ぶべき物だ。誰かに正しい選択を委ねれば、それはお前の正しさでは無くなる。お前の思う正しさは、お前の(ここ)だけが知っている。正しいと思ったことをしろ、それがお前の正しさになる」

 

シャルルは、自分で決められる運命に動揺して、俺を見た。『俺に決めてほしい』、そう言っている様に見えたシャルルに、激を飛ばす。俺は飽くまで可能性を示しただけで、選ぶべきはシャルル自身だと教える。千冬さんも、いつか俺に話した正しい選択というものを教えながら、シャルルの心を指で軽く突き、其処に答えがあると言った。

 

「............居たい、です。ずっと、ずっと......バンショーと、皆と......ずっと......―――――織斑先生......私はIS学園に、残りたいです。――私を、助けてください!お願いします!」

 

「――――よし!よく言った!私は今から関係各員を呼び出し、早急に対策に乗り出す。まだ通達の一切が出来ていない以上、デュノアを女だと明かすと余計な混乱を引き起こしかねん。デュノアは学園側から追って通達が下るまでは男装を続けろ。残り2年の間にお前の要望の全てを訊いて、叶えてやる。子供が涙を流して頭まで下げて頼み込んでいるのだ。大人を信じろ。その涙を無碍にはしない。我々に出来る事の全てをしてやる」

 

シャルルの心の底から湧き上がった可能性を信じ、助けを望む声に千冬さんは即座に答えた。夜も更けてきたと言うのに今から対策を立ててくれると言った。子供が信じる大人で在りたいが為に、千冬さんは俺たちが伸ばした手を掴んでくれた。こんなに、こんな格好いい大人になりたいと思わせてくれる人がこのIS学園には居る。自分の無力さを嘆くだけじゃなく、誰かを頼ることで解決する可能性もある。千冬さんに教えられた言葉は、千冬さんが実行してくれた。どんなに頭を下げても、どんなにお礼を言っても足りないだろうが、俺とシャルルは二人して深く頭を下げ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はもう就寝時間だ。静かにするのなら走ってもいい。それと、明日遅刻などしたら許さんからな」

 

「――はい。シャルル、行こう!」

 

「――――うん!」

 

千冬さんから走って寮まで戻っていいと許可を頂き、シャルルに手を伸ばすとシャルルはそれを掴み、立ち上がる。失礼しましたと言いながら飛び出す様に職員室を抜けて、小さく走りながら自室を目指す。

 

「――――バンショー!」

 

小声で話しかけてくるシャルルの声に、此方も小さく小声で返す。

 

「なんだ!」

 

「私ね、バンショーを、織斑先生を信じてよかった!ありがとうね!」

 

「――ああ!」

 

「それから、私の名前!シャルロットって言うの!改めて、よろしくね!」

 

「......シャルロット、可能性を信じるって難しいけどさ!――それでも、俺は信じ続けたいんだ!」

 

「――うん!私も、これからはずっとバンショーの事を信じるね!」

 

 

 

強く握り合った手で互いの熱を伝えあいながら、心の底から笑うシャルロットの本当の笑顔を見た。

 

 

 

月明りが差し込む寮の窓に照らされるその顔は、まるで華が咲いた様に朗らかで。

 

 

 

 

 

涙に濡れ、紅潮した頬すら似合う――美しい笑顔だった。

 

 

 

 

 




シャルが可能性堕ちしました(台無し)

ちょっとシャルちゃんチョロすぎない?と思うかもしれませんけどオリ主はギャルゲーでいう好感度最大値獲得選択肢をオート選択です。チョロくならないわけがないです。

選択肢がない場合は無理矢理生やすので(千冬さんに相談するとか)防げないです。

オリ主は直接心を絆しに来るので多分ISに乗ってなくても一番危険な人だと思います。怖くないですか?話しかけてくる言葉の全てが自分の心を満たすのって。自分はすごく怖いと思います。でも他人を理解するニュータイプならそうだと思うんです。そういう読心術にも似たそれを当然の様に使い、互いを理解し合おうと考えるのがニュータイプだと思うんです。






・小話
オリ主がユニコーンの正式登録をしに行った時に、千冬さんは「デュノアの正体を知ったオリ主が相談に来た」と思ってます。

でも実際にはユニコーンの正式登録の話だったので面食らって笑っているって感じです。


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24話

地雷だけを踏み抜くラウラかよぉ!?


すごい今更ですけど原作よりだいたい皆強くなってます。
これから先は原作キャラもオリ主の影響で装備とか変更して、よりオリ主対策を取ったISにしていくことになるかと思います。



古戦場という逃げられないイベント(義務)が始まったので更新がやや不安定になります。

ご了承ください。


シャルロットのこれからを千冬先生に話した翌日。

 

昼休みも終わりに近づき、午後の授業で使う教材を一度取りに寮まで戻ってきた帰り道でのことだった。

 

「――なぜ、こんな所で教師など!」

 

「......やれやれ。何を言い出すかと思えば、またそれか。いい加減に何度も同じことを言わせるな。私には私の役割がある。それだけだ」

 

「このような極東の地で、どのような役割があるというのですか!」

 

「私も教師という仕事は最初は仕方なくだったが......ふっ、なかなかどうして遣り甲斐というものを感じている私だ。生徒に頼られ、生徒に信じられ、助けを請われ、生徒が望む大人で在り続ける。ひどくむず痒い感触のそれが今では心地の良い物になりつつある。この日本の、IS学園で私が持った役割は多いが、今、私が果たすべき役割は生徒を守ることだ。これ以上の遣り甲斐のある事をした事はない」

 

「――っ、お願いします教官。我がドイツで再びご指導を。ここではあなたの能力の半分も活かされない。それに、我がドイツであれば教官はより遣り甲斐を得られることかと存じます」

 

「ほう」

 

「だいたい、そもそもこの学園の生徒など教官が教えるに足る存在ではありません」

 

「なぜだ?」

 

「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションか何かだと勘違いしている。そのような者たちに教官が時間を割かれるなど――」

 

「――そこまでにしておけよ、小娘」

 

「――!」

 

「15歳にしてもう選ばれた人間気取りか。見ない間に随分と偉くなったものだ」

 

「わ、私は......」

 

「さて、次の授業が始まるな。さっさと教室へ戻れ」

 

「......失礼します」

 

校内の一角で騒いでいた生徒はボーデヴィッヒで、それを訊いていたのは千冬さん。そのまま無視して通り過ぎようとも考えたが、事ある毎に一々見下してくる奴の対処には飽き飽きしていた。なのでそのまま事が過ぎるまで隠れてやり過ごすことにした俺は、ボーデヴィッヒの言葉に思う所は多少はあれど、それに完全な同意を示すことはできなかった。千冬さんにしては珍しく明るい声色で今の仕事が楽しいと言っていたものだから、驚いて声を上げかけた。そして、生徒に頼られるのが良い物だと言ってくれたことで肩の荷が少し降りたような気になれた。ボーデヴィッヒはその後もドイツに帰ってきてくれと言っていたようだが千冬さんにドスの利いた声で脅され、静々と帰っていった。そろそろ俺も移動するかな。

 

「で、こんな所で盗み聞きとはな。異常性癖とは感心せんぞ、堺」

 

「......ボーデヴィッヒに絡まれたくなったんですよ。問題は起こさないように言われたので」

 

「くくく、そうか。感心な態度だ」

 

「――織斑先生」

 

「なんだ」

 

「シャルルの事、本当にありがとうございました」

 

「気にするな。盗み聞いていたなら知っているだろう。生徒を守るのが私の、今果たすべき役割だ。故に堺、お前も果たすべき――為すべき事をしろ」

 

「勿論です。俺は絶対に投げ出しません」

 

「だろうな。よし、見逃してやるからさっさと教室へ行け」

 

「ありがとうございます!」

 

何事も無かったかの様な顔で廊下を歩き出そうとすると何時の間にか隣に居た千冬さんに声を掛けられ、ボーデヴィッヒと問題を起こしたくなかった、千冬さんにも止められていたから避けるのは当然だと答える。すると千冬さんは何が面白かったのか小さく笑い、僅かながらに見上げながらその吊り上げたままの口角で俺を褒めながら肩を数度叩く。これ以上弄られるのも何か釈然としないので話題を逸らす為にシャルロットの事(自室ではシャルロットと呼び、それ以外ではシャルルと呼んでいる)を話題に上げ再度頭を下げると、千冬さんは盗み聞いていたなら、と前置きをしつつ自らの役割を説明し、俺にもやらなければならない事があると教えてくれる。だからこそ、途中で投げ出す事はしないと宣誓すると、幼稚園から今までの俺を知っている千冬さんは目を伏せて何も見ていないから走ってもいい、と言外に伝えてきたので、それに甘えて軽く走らせてもらい、俺は無事5限目に間に合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。

 

「バンショー、今日も模擬戦やるよね?」

 

「ああ。今日使えるアリーナって何処だったか」

 

「第3アリーナだっけ?」

 

「では、行くとするか」

 

シャルル、一夏、箒を引き連れて廊下を歩きつつ時折話しかけてくる女子生徒たちと一言二言話しながらアリーナを目指していると第3アリーナが近付くにつれて喧噪が聞こえ、次第に俺たちを追い抜いて走っていく女子生徒まで現れる始末。その異常事態に只事ではない何か起きているのかと状況を聞くために女子生徒に声を掛けようとした。

 

「堺くん!」

 

「国津さん、今日って利用者少なかった気がするんだが、何かあったのか?」

 

「それがね、セシリアさんと凰さんが――――ボーデヴィッヒさんと模擬戦やってるって!それで私、急いで堺くんの事止めに来たんだ!堺くん、織斑先生に言われてるんでしょ?問題を起こすなって。絶対にこれ、堺くんを誘い出す為にやってるんだよ!だから、行っちゃダメ!」

 

「あ、玲美!ヤバいよ、セシリアさんと鈴ちゃんがもう一方的に...って...堺...くん......」

 

「さゆか!バカ!」

 

「ご、ごめんね玲美!堺くんも聞いた事忘れて!」

 

「万掌、我慢だよ」

 

「分かってる」

 

「ぼ、僕が様子を見に行こうか?」

 

「いいやデュノア、行く必要はない」

 

「ありがとう、国津さん。知らずに行っていたら何をするか分からなかったと思う」

 

国津さんに軽い事情の説明を受け、その直後に夜竹さんからセシリアと鈴音の状況が好ましくない旨を意図せず伝えられる。一夏は感情を殺した様に呟き、俺はそれに短く返す。シャルロットが偵察を申し出るがそれを箒が却下する。ボーデヴィッヒは俺や一夏が一向に勝負に乗らない事に業を煮やしたのか、ついに俺や一夏の友人に手を出す事で俺たちを釣り出す事に切り替えた様だ。俺はわざわざ止めに来てくれた国津さんに感謝の言葉を伝えた。

 

「う、うん......行かない、よね?」

 

「セシリアや鈴がどういう立ち回りで動くのか、見ておきたいから行く」

 

「わー!ダメ、ダメだって!」

 

「大丈夫だよ。いざとなったら僕が止めるから」

 

「という事で、通らせて貰う。わざわざ来てくれたのに、ごめん」

 

「わ、私たちも行くよ!ほらいくよさゆか!」

 

「あ、うん!」

 

国津さんの肩を軽く押して道を開けてもらった後、シャルロットと一夏、箒が俺の後に続き、それを追いかける形で国津さんと夜竹さんが来る。観客席へ入るとアリーナでは黒煙が上がっており、それを切り裂く様に影が二つ飛び出してくる。飛び出してきたのはセシリアと鈴音で、両機体共にかなりISにダメージが入っているらしく苦い表情のまま同じ方向を見ていた。視線の先に目をやれば、そこに居たのは残りの一人。ボーデヴィッヒが真黒なISを着て多少のダメージ痕は見られたが涼し気な顔をしている。セシリアや鈴音のISはアーマーの一部が完全に消滅しており、もはや機体の制御さえままならないと見ただけで分かる。セシリアと鈴音は二人で挑んでいるのにも関わらずボーデヴィッヒに対して有利を取れないでいるようで、ボーデヴィッヒが桁外れの戦闘力を誇っていることを暗に示していた。眉を寄せてアリーナ観覧席出入り口から離れた所で模擬戦の顛末を見る事に決めた俺たちは、時折聞こえてくる谷本さんと夜竹さんの制止の声をバックミュージックに試合を食い入るように眺めた。

 

「シャルル。ボーデヴィッヒのIS、レーゲン型だな?」

 

「うん、『シュヴァルツェア・レーゲン』っていうみたいだよ」

 

「そうか。それ以上の情報はいい。どうせ見せてくれる」

 

シャルルにボーデヴィッヒの名前だけを短く訊ね、再び模擬戦を眺めていると、セシリアと鈴音は互いを一瞬だけ目配せをして頷き合い――仕掛けた。鈴音の衝撃砲が開き、訓練機なら一撃で沈めてしまう火力を誇る不可視の一撃を叩き込もうとするがボーデヴィッヒがその右手を突き出しただけで衝撃砲を完全に無力化したのか、何時まで経っても衝撃砲がボーデヴィッヒを襲うことは無かった。兵装支配系、もしくはユニコーンのシールドのようにIフィールドのような物が組み込まれているのかもしれない。鈴音の衝撃砲を無力化したまま、肩から本体と接続された一対のワイヤーブレードを射出したボーデヴィッヒは、それを撓らせながらセシリアのビットが放つ迎撃射撃の雨を潜り抜け鈴音の駆る甲龍の右足を捕らえた。撫で斬るだけでなく捕縛も可能だと理解できたその兵装に思わず眉を寄せてしまう。セシリアの狙撃とビット4基の同時射撃をボーデヴィッヒは容易く回避してみせるが、それを予期していたセシリアは更に追撃を敢行する。前面から2基、背後から2基、そしてセシリアが鈴音へ集中したヘイトを自身に向けさせるためにボーデヴィッヒの眼帯側へ回り込んでのスターライトmk3による射撃。5方向からの同時射撃の内、肩に取り付けられた大型砲が火を噴きスターライトmk3の射撃を相殺し、ボーデヴィッヒが右手を突き出した瞬間に視界内のビット2基が空中で突如としてその動きが止まり攻撃が出来ず、残った背後からの射撃は対処し切れずに被弾したボーデヴィッヒは苦々しく顔を歪めた。背後を取ったビットに対処する為にボーデヴィッヒは方向転換をしようとするが、セシリアがそれを許さず、ボーデヴィッヒの頭上を取って一方的に射撃を続けヘイトを稼いでいく。それに耐え切れなくなったのか、ボーデヴィッヒは捕縛した鈴音をセシリアへ叩きつけた。ワイヤーブレードを使った振り子運動による攻撃。単純ではあれど、鈴音を使った射線回避と盾の役割を兼用した有効的な一撃だった。衝突による影響で互いに姿勢を崩した両名を仕留める為にボーデヴィッヒは瞬間的に加速し、接近する。

 

「瞬時加速......!」

 

「砲撃戦も、近接格闘も出来るのか......」

 

一夏が自身の得意とする瞬時加速を見て驚愕に染まり、俺もそれを見て眉を寄せる。ボーデヴィッヒの駆るISは砲戦をメインにしており近接兵装はいざという時の手段だと思っていたばかりに自ら接近してくることは予想外だった。しかし、接近戦ならば鈴音にも幾分かのアドバンテージがあるはずだ。その巨大な1対の刀を連結した状態で振り回して攻撃するのかとも考えたが、鈴音はすぐにそれを解除し取り回しを優先させた。そうした原因はひどく単純で、ボーデヴィッヒの両手首に付いた袖状のパーツからプラズマブレードが展開し、左右から襲い掛かってきた所為だろう。鈴音はそれに対処すべく手数を増やす目的で連結を解除し左右の腕を自由に振るいたかった様だ。左右から不規則な軌道を描いて迫りくるプラズマブレードを肩、腕、肘、手首、手、指、掌、それら全てを柔軟かつ素早く、かつ巧みに動かして弾き返す鈴音は距離を縮められない様に少しずつではあるが後退をしており、ボーデヴィッヒはそれを追い詰める様に急速に距離を詰めていく。正しく縦横無尽に幾度も襲い掛かる刃の嵐をアリーナの形状に合わせて立体的機動で回避する鈴音だったが、ボーデヴィッヒは再び両肩のワイヤーブレード、更に両腰部からも同兵装を展開し計6本の触手が鈴音を狙う。鈴音はそれに歯噛みしながら衝撃砲を使い手数を増やし対抗しようと試みるが、その目論見はボーデヴィッヒの左肩に装備された大型の実弾砲が火を噴き鈴音の衝撃砲を打ち砕いた事で破綻してしまう。強い衝撃を受けて体勢を大きく崩した鈴音を見逃すボーデヴィッヒではなく、即座に距離を詰めてプラズマブレードを鈴音目掛けて振るった。それを黙って見ているセシリアではなく、鈴音の援護の為に遠距離戦専門のはずのセシリアは自ら懐に飛び込みながら正確な射撃で鈴音を狙っていたプラズマブレードを融解させ消し飛ばし、鈴音とボーデヴィッヒの間に割り込みながら腰部アーマー内に秘匿されたミサイルビットを自爆覚悟で射出しボーデヴィッヒに一撃を叩き込んだ。

 

「セシリアは無事か!?あんな距離でミサイルなど......無茶をする!」

 

「煙が晴れるまでは分からない......けど、多分......」

 

箒が思わず数歩アリーナへ近寄り、シャルロットはそれに対しセシリアの安否は不明であり、ボーデヴィッヒに対しては恐らくあの一撃はそこまでのダメージにはならないと言外に匂わせる。黒煙が晴れ、セシリアと鈴音は爆風に呑まれ地面に叩きつけられていた。対してボーデヴィッヒは装甲に僅かながらの破損痕が見られるだけで機能に影響は無さそうであった。酷く冷めた顔で地に伏せる両名を見下ろしたボーデヴィッヒは瞬時加速で接近し、近い位置に居た鈴音を蹴り飛ばし、2本のワイヤーブレードでセシリアを拘束したまま肩の主砲で肉薄砲撃を敢行し、宙を転がる鈴音も同じ様にワイヤーブレードで手繰り寄せた。そこから一方的な攻撃が始まる。もはや手も足も出ない二人に武装は必要ないと判断したのかワイヤーブレードで拘束したままのセシリアを、鈴音を、拳で殴り付けるだけの模擬戦でも、試合でもないリンチが始まった。シールドエネルギーがあっという間に消し飛んでいるのだろう、機体維持警告域を超えて操縦者生命警告域にまで達したそれは展開したISの一部が粒子と化して消滅していきつつあった。しかしそれでもボーデヴィッヒは殴る事を止めない。むしろ、ボーデヴィッヒはアリーナの中央部から遠く離れたこの観覧席からでも見えるほどに口元を笑みで歪め、醜い笑いを浮かべた。

 

「――ごめん、万掌」

 

「ダメだ。一夏」

 

「...っ!でも!」

 

「ダメだ」

 

一夏がそれを見ていられず、零落白夜を使いアリーナのエネルギーシールドを破壊して突入しようとするが俺が止める。一夏も分かってはいるのだろうが、友人を見捨ててしまうくらいなら問題を起こすなという千冬さんとの約束を反故にして行くべきだと訴えかけてくる。が、それでも俺は決して認めなかった。

 

「いいの万掌!?セシリアも鈴も、あんなに苦しん、で...――――」

 

「分かってる。だから、ダメだ」

 

とうとう我慢が出来なくなった一夏が俺の方を振り返り、言葉を詰まらせた。一夏の目は、俺の握り締めた右手に集中し、その掌から零れ落ちる鮮血に目を見開く。

 

「堪えろ、一夏」

 

「......分かった。ハンカチ当てるから......手、開いて」

 

一夏がハンカチを取り出し、広げた掌を見て眉を寄せ、ハンカチで爪が食い込み肉の裂けた患部を塞ぎ、手の甲側で結んでくれた。千冬さんとの約束は果たすべき責任だ。決して問題を起こさない。起こしてはならない。感情で動いては行けない時もある。それが、今なんだ。手当されたばかりの手を眼前に開いて――閉じる。握っても爪が掌に食い込むことは無く、怒りで拳が震えあがるが、手首を左手で掴むことで抑え、まるで自分の意思に反して今にも殴りかかりそうな拳を下げていく。そうして、下げた先に見えたボーデヴィッヒは、ISの解除されたセシリアと鈴音の首にワイヤーブレードを巻き付け、俺と一夏を愉悦に歪んだ顔で見つめ、手を此方へ向けて――「来い」と挑発する。しかし、決してそれに乗らない俺たちに愉悦に歪んでいた顔を徐々に憎々しげに歪めながらセシリアと鈴音を投げ捨て、アリーナのシールドエネルギーを食い破る勢いで突進を開始するボーデヴィッヒだったが、それを止めた人が居た。

 

「――やれやれ、ガキは世話が掛かるから面倒だ」

 

「......教官」

 

千冬さんその人であった。生身のまま打鉄の近接ブレードを手に持ちボーデヴィッヒの突進を食い止めた千冬さんの表情を此方から窺い知ることは出来ない。

 

「堺。私が来るまでの間、よく堪えた。織斑、お前も堺に止められるまでも無く自制出来るようになれ」

 

「なぜ此処に、教官が」

 

「織斑先生と呼べ。堺が殴りかかる前に止めてくれと頼んできた生徒たちに応える為だ。今の私はIS学園の教師なのでな。これが私の責任の1つであり、お前が増やした私の仕事だ」

 

「――っ!」

 

「これ以上の憂さ晴らしをすることは許さん。ボーデヴィッヒ、お前は学年別個人トーナメント開催までの期間の一切の私闘を禁止する。やりたければそっちでやれ」

 

「......教官が、そう、仰るのなら」

 

千冬さんは最初に堪えた俺を褒め、次に一夏を軽く叱責し、それからボーデヴィッヒを見た。ボーデヴィッヒは感情を殺した表情で千冬さんに質問をするが千冬さんはボーデヴィッヒに増やされた教師としての仕事を果たしただけだと皮肉を混ぜつつ回答を示した。ボーデヴィッヒはその言葉に動揺し、千冬さんから私闘の一切を学年別個人トーナメントまでの間禁止される処分を受け、やりたければそっちでやれと言った時だけ顔を俺たちの方へ向けた。つまり、その言葉は俺たちも対象に入っているのだということだ。ボーデヴィッヒは茫然自失とした様子で、その言葉に頷きISを解除してアリーナのピットへその姿を消していった。

 

「さて――堺、織斑、篠ノ之、デュノア!オルコットと凰を保健室へ連れていけ!」

 

織斑先生のその一言で俺たちは閲覧席から走ってアリーナ内へ入り、セシリアと鈴音を担架に乗せて保健室へ運び出した。

 

 

 



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25話

なんか滅茶苦茶評価生えてて草



なんでセシリアと鈴をリンチしてるラウラ殴り倒してイキらなかったの?みたいな質問が個人的に届いたので回答を示します。


まず1つ目の理由が千冬さんにこれ以上迷惑を掛けたくなかった事が挙げられます。千冬さんにはただでさえシャルの件を相談・報告し対策に動いてもらっているわけですから、そこにラウラとISを使って模擬戦の範疇を超えた戦闘行為も加えると大きな迷惑が掛かります。それを考慮して万掌はその拳を振り上げることはしませんでした。

2つ目が千冬さんとの約束です。問題を起こすなという教えを守り続けています。本来万掌は暴力を好みません。相手が話し合いの余地があるにも関わらず暴力に訴える時だけ此方も暴力で対抗するのですが、今回の場合、ラウラにもこれが適応されます。しかし、千冬さんとの約束がある以上、それを反故にして自分の感情を優先させてしまうのは高校生、大人として成長している時分の人間には相応しくないのではないかと万掌のプライドと千冬さんの約束が絡み合い、ブレーキの役割を果たしました。

その他にクラスメイトたちからの抑制の声や何やらもありますが特筆して書くべきだと思ったのは上述の2点くらいかと思います。


長いわハゲって人用に要約すると『感情的になってイキるのは高校生らしくない、千冬さんには(万掌が起こす問題で)迷惑を掛けたくなかった』になります。

ラウラが万掌を釣るためにでかい釣り針を用意しながら問題を起こそうとそれは万掌には関係ない事なので知りません。




いちかわいい最近出来てなかったね、ごめんなさい。

申し訳程度入れましたけどかわいいかは分からないです。ただ努力はしました。


保健室。

 

「......」

 

「......」

 

第3アリーナの一件から2時間が経過し、ベッドの上には治療を施されたセシリアと鈴音が気落ちした表情で佇んでいた。打撲や擦り傷を治療され、ガーゼを当てられた患部や包帯を巻かれた状態の二人になんて声を掛けたらいいのか分からず、しかし何か一言でも発しようと俺は口を動かした。

 

「二人とも...その――」

 

「別に、そんな事気にしてないわよ」

 

「むしろあそこで乱入されていたのなら、万掌さんを先に落としていましたわ」

 

「アンタは千冬さんとの約束を守った。私たちはあのポテトから売られた喧嘩を買った。それだけよ」

 

「約束は守るべき物です。私は万掌さんのその姿勢を尊重いたしますわ」

 

俺が助けに入れなくてすまなかった、と謝罪を口にしようとした所で鈴音がそれよりも先に歯牙に掛けない態度をとり、セシリアもそれに続く形で邪魔立ては無用だったと話す。千冬さんとの約束を二人も知っていた様で、俺にも俺なりの立場があったことを理解した上での先程の発言だったらしい。二人は約束を破ってまで助けに来る必要は無いと言ってくれた。その言葉で、友人を優先すべきか、恩人との約束を優先すべきかの二択を迫られていた俺の心の中にあった罪の意識が僅かばかり軽くなったような感じがした。

 

「そう言ってくれると俺もほんの少し気持ちが楽になる。だが、学年別個人トーナメントはどうする?ISがあの状態じゃ出場は難しいと思うが、どうだろうか」

 

「そう、ね......甲龍は衝撃砲の一基が完全に損傷して消滅してるし、装甲も粉々よ。はっきり言ってスペアパーツを使っても修復は間に合わないわ」

 

「私も、ブルー・ティアーズはほとんど無傷なので稼働は容易ですが本体のダメージがよろしくありません。悔しいですが出場は難しいでしょう」

 

「はい、二人とも。ウーロン茶と紅茶。僕が淹れたので良ければどうぞ」

 

「サンキュー、デュノア」

 

「頂きますわ」

 

鈴音とセシリアにトーナメントは出場できそうか、と訊ねると整備科から渡された損傷表とダメージレベルが記載された紙を見て、グシャグシャと丸めながら鈴音は修理が追いつかないといい、セシリアも要読紙に目を通しながら溜息を吐いて出場を諦めた。そうして全員が気持ち一つ程度落ち着き、現状を把握し終えた所にシャルロットが飲み物を淹れて戻り、鈴音とセシリアにそれぞれ茶を振る舞う。

静かに茶を飲む僅かばかりの息抜きが許された一時だったが、それは保健室のドアが開けられた事で終わりを告げた。

 

「失礼します。堺くん、いますか?」

 

「山田先生?はい、ここに。二人ともすまない、少し離れる」

 

保健室へ訪れた人物の声を聞き、それが山田先生の声色であった事に気付いた俺はカーテンを開け、セシリアと鈴音に一言その場を離れる旨を告げてから山田先生の下へ移動し、カーテンを閉めて保健室を出た。

 

「急ですいません。連絡事項が1つ生じたので、それをお知らせに来ました」

 

「連絡事項?何です、それ」

 

「はい。こちらの用紙に記述されている通りなんですけど、まずは見てもらっていいでしょうか」

 

「拝見します」

 

山田先生から手渡された一枚のA4サイズ用紙を受け取り、書かれていた文章を眺めていく。短く簡潔に書かれていた文章の内容は『今月開催する学年別トーナメントは、より実戦的な模擬戦闘を行う為に二人組での出場を原則とする。なお、二人組を組めなかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする』というものだった。

 

「と、いうことで今年は専用機持ちの生徒さんが多くいるため、少しでも一般生徒が有利に戦えるようにということで一対一ではなく二対二のタッグトーナメントへと方針を変更したんです。私はそれを伝えに来ました」

 

「確かに、拝見し、拝聴しました。わざわざご足労をおかけしてすみません、山田先生」

 

「いえいえ。堺くんにデュノアくんは競争率が高そうですから、知っておかないと困惑されるかと思いまして」

 

「そうですね......となれば、ずっと保健室に残っていてはセシリアや鈴音の傷に響くかもしれません。大事ではないですが気を遣うということは必要かと思いますし、騒ぎの原因は保健室から出ていった方が良さそうですね」

 

「じゃあこれ以上引き留めるのも悪いですね。では私はこれで失礼します。堺くん、頑張ってくださいね!」

 

「ありがとうございます、山田先生。さようなら!」

 

「はい、さようなら。また明日」

 

専用機を所有する生徒が多い為に専用機対専用機の衝突をしつつ一般生徒同士が戦闘を行う事で平等に実力を計る目的で今回のタッグトーナメントが出来上がったらしい。恐らく、専用機2名で組んだ場合は専用機2名のチームと序盤に当てられるだろう。と、そこまで考えてからタッグトーナメントへの変更届を受け取った俺は、山田先生に頭を下げて足を運ばせてしまった謝礼をする。山田先生はそれを照れた様子で顔の前で軽く両手を左右に小さく振りながら受け取り、俺やシャルロットが男子だから狙う人も多いだろうと言う事で先に告げにきたと言う。

保健室には怪我人が寝ているわけだし、騒がせるのも気に障ってしまうだろう。騒ぎの原因になる俺とシャルロットはなるべく早くこの場から離れた方が良さそうだと思い、保健室を後にする旨を山田先生に告げると、山田先生は激励の言葉を発し一足先に保健室の前から立ち去った。

 

「シャルル、もうすぐ他の生徒が此処に押しかけてきそうだ。セシリアや鈴の傷に障るのも悪いし、移動しよう」

 

「確かに、それもそうだね。じゃあ、オルコットさん、凰さん。また明日」

 

「はいはい。ウーロン茶、なかなかだったわ」

 

「ええ、また明日。紅茶も中々でしてよ」

 

「ありがとね、じゃあバンショー、行こうか」

 

「ああ。二人とも、また――」

 

「あー、ちょっと、万掌」

 

保健室のドアを開けて静かにシャルロットを呼び、簡潔に説明するとシャルロットはそれに頷き荷物を抱えてセシリアと鈴音のベッドを後にしながら俺の方へ二人に挨拶を交わしてからやってきた。シャルロットが出発の準備が整った旨を告げたので帰ろうとしたところで仕切られたカーテンを開け放った鈴音に呼び止められた。

 

「......なんだ?」

 

「もしボーデヴィッヒに当たったら......アンタはどうするの?」

 

トーナメントに出場が出来ない鈴音は心底悔しそうに表情を歪め、それから拳を俺に突き出して、ボーデヴィッヒと対戦が決まったらどうするか、と言葉を掛けてきた。鈴音の言葉に俺は振り返り、返事をする。

 

「勝敗は別として、話が出来るくらいにはお高くとまった奴を地に墜とすつもりだ」

 

「......呆れた。アンタ、アイツと話が通じると思ってんの?」

 

「話し合いに持ち込むための暴力だ。人として話し合いをしたい」

 

「甘いのよ、アンタ。だだ甘よ。そんな理想で話は片付かないわ」

 

「深く話してもいない、互いを知らない。幾らでも可能性は存在する」

 

「――っ...アンタ、本当に何も変わってないのね。可能性、可能性って。どうせ仕舞いには、それを信じろって言うんでしょ?」

 

「そうだ。俺は人を信じている。悪感情を制御できると俺は信じている。俺が、鈴やセシリアが襲われている時に感じた怒りや憎しみを制御出来た様に、ボーデヴィッヒもその自身の内側に渦巻く一夏への悪感情も消える時が来ると信じている。その時が来たときこそ、感情に呑まれる獣ではなく、真に人として言葉を交わし合いたい。そう思う」

 

「相変わらず説教臭い。面倒な男になったものね」

 

「話が出来るなら、そっちの方が良いじゃないか。そうだろ?」

 

「......はぁ。だったら、ちゃんとボーデヴィッヒを蹴散らして、しっかり一夏に謝罪させなさい。分かった?」

 

「ああ。じゃあな」

 

鈴音に呆れられるだろうなぁ、と思いながらも人間の内側にある悪感情を乗り越えて話し合い、理解出来ると語るが、やはり甘いと切り捨てられた。それはそうだろう、俺自身も、俺自身の中にある怒りを抑えきれないのだから。しかし、それでも俺はボーデヴィッヒを話が出来るくらいにまで引き摺り降ろして、話してみたい。どうしてそう人を見下すのか、どうしてそう傲慢であろうとするのか、どうしてそうも千冬さんのイメージを押し付けるのかと訊きたい。でも、今のボーデヴィッヒでは訊いてくれない。だったら、聞ける状態にまで持っていく。そう思えるようになってきた。2時間以上頭を冷やしていたせいか、自分の中に渦巻く悪感情が収まっていったせいだろうか。俺は一夏を傷つけたボーデヴィッヒの件は殴った事で手打ちにしたし、今回のセシリアと鈴音を模擬戦以上に攻撃した件は千冬さんが場を持った事で収まった。

収まらない怒りも感じない訳ではないが、今回は怒り以上に何故そこまでして一夏に拘るのかという疑問の方が強くなってきた。きっと、そこにボーデヴィッヒの悪感情の根源がある。だから、俺はそれを知りたい。それを理解できればきっとボーデヴィッヒは話に応じてくれるはず。

そう思って鈴音に人として言葉を交わし合いたいと言うと、呆れながらも口元に笑みを浮かべた鈴音は子供に言い聞かせるような優しい口調で俺を諭した。それに釣られ、俺も少し笑みを浮かべて再び別れの挨拶をして保健室から退室し、少し先で待つシャルロットへ追いついた。

 

「待たせたな、シャルル」

 

「ううん。話はもういいの?」

 

「これ以上は無理だろ。それより、シャルルは誰と組む?」

 

「バンショーは織斑さんと、だよね?」

 

「――ああ。悪いな」

 

「何となく察してたから大丈夫」

 

シャルルに追いついた俺は少し待たせてしまった事を謝罪し、横並びになって寮へ帰っていく。その帰り道の中でシャルロットに誰と組むかと訊ねると、シャルロットは俺が一夏と組むのかと確認してきた。事情を知っている身からすれば突き放す様で申し訳なさを感じ謝罪をすれば、シャルロットは首を静かに横に振って許してくれた。

 

「どうしようかな......うーん......そうだ、天運に任せてみようよ」

 

「......敢えて抽選に身を投じるのか?」

 

「だって、誰かと最初に組んでその人が恨まれるよりも抽選の方が遺恨がないよ」

 

「そりゃあ、そうだろうけど......まぁ、シャルルがそれでいいって言うならそうしてみろ」

 

「ボーデヴィッヒさんとタッグを組む事になったりしても、僕は容赦しないからね」

 

「望むところだ。ガツンと来い」

 

「まぁでも生徒数は多いからそんな事にはならないと思うけどね」

 

此処に来てシャルロットの運任せという判断に目を丸くして訊き返すと、なるほどたしかに、最初からくじ任せの方が遺恨は残らない。だがしかし、専用機二人で一組完成したとなると、確実にボーデヴィッヒとシャルロットが組む事になるだろう。なんとなく視える未来が外れないことを把握した俺はシャルロットの発言が回収されるフラグであると理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。一夏に校庭へと呼び出された俺は一夏と合流を果たし、星空を朝礼台に寝転びながら眺めていた。

 

「ねぇ、バンショー......バンショーはもう、誰かと組んだ?」

 

「いや、お前を待ってた」

 

「え、私?」

 

「ああ。―――......一夏。ボーデヴィッヒは色々な物を抱え込んで、悪感情に振り回されるがままにお前を狙っている。お前も、勿論俺も色々と内側に秘めた物は多い。だが、それでも。怨念返しのように悪感情をぶつけ続けるだけじゃ何も変わらないと思うんだ。だから、俺はボーデヴィッヒを人として見て、人として話し合いたい。その為には奴を下し、その根底にある物を発散させる必要がある。だがそれは俺一人じゃ無理だ。だから、だから頼む、一夏。力を貸してほしい」

 

一夏から切り出された話題を、食い気味に食らいついて、話したい事が多すぎて自分自身でもうまく纏められないことを自覚しながら吐き出した言葉は止まらない。結局勢いに任せて最後まで言ってしまい、言い切ってからしまったと思った。

 

「――――バンショーってさぁ......すっごいクサい台詞、平気で言うよね」

 

「ぅぐ......」

 

「それに一人で色々突っ走りすぎだし」

 

「ぬぐ...!」

 

「おまけに私の意見は聞いてくれないし」

 

「...」

 

「何か言うことはありますか、万掌」

 

「全部言われました......ごめん、一夏。伝えたい事が多すぎて、つい焦った」

 

「ん、よろしい」

 

一夏は寝転がったまま空に向けて言葉を投げ、その言葉が放物線を描いて俺に落ちてくる。その言葉の全てが俺がしまったと思っていたポイントを的確に突いてくるものだからもはや最後はぐうの音も出なかった。謝って、本音を吐き出すと一夏は満足したのか声色を明るくした。

 

「私さ、ラウラ・ボーデヴィッヒっていう人のことを何にも知らないなって思ったんだけど、きっとあの子も同じなんだよ。織斑一夏が元は男で、モンド・グロッソで拉致されて女の子にさせられて、そのせいで千冬姉にも迷惑を掛けて、バンショーにずっと甘えちゃって、苦労しながら此処まで来たって事を知らないと思うんだ」

 

「そりゃあ、予想出来ないだろうな」

 

「だよね。だからね、お互いの中にあるイメージだけじゃなくてもっとちゃんと、ラウラ・ボーデヴィッヒという女の子が織斑一夏という存在にどんな感情を抱いているのかを、私は知りたいなって思うの」

 

「一夏......」

 

「確かに最初は、すごく心を傷つけられたし、万掌にも殴らせちゃった。それは、とても心が痛くて、苦しかったよ。でも私には万掌が居たから、また立ち直れたし、今こうして誰かを想えるくらいの余裕も生まれた」

 

一夏は星空を見上げながら、ラウラ・ボーデヴィッヒが一夏を知らない様に、織斑一夏がラウラ・ボーデヴィッヒを知らないと言う。それは、俺にも当てはまる事だろう。そして一夏は互いが互いにどんな想いを抱いているのかを理解し合いたいと言う。一度、ボーデヴィッヒに心を苛まれ泣き付いた一夏だったが、その一夏は俺に支えられて再び立ち上がり、ボーデヴィッヒを気に掛ける余裕も生まれたと話す。それにむず痒さを覚え、柄にもなく頬に熱が灯ったように熱くなってきたので、それを覚ます意味で一夏がどんな顔でそれを話しているのか見ようと思って横を向くと、一夏の顔が、目が、その瞳が俺だけを見ていた。僅かに月明りに照らされて、俺だけを見ている一夏の瞳が輝きを増した。それは、とても綺麗で美しいと思える物だった。

 

「...っ」

 

「あ、照れた。かわいい」

 

「――!」

 

「恥ずかしがって逃げちゃダメだよ万掌、まだ話は終わってないんだから」

 

「うおっ...と」

 

思わず瞳に飲み込まれそうになった俺は顔を逸らすと、一夏は目尻を緩めて優しく微笑む。恥ずかしさから上半身を起こそうと身動きをしたところで一夏に素早く取り押さえられ、左腕をがっちりと固定されてしまった。

 

「......一夏」

 

「なに?」

 

「当たってるん、だけ、ど」

 

「――知ってる

 

「......!」

 

「タッグを組むのは即答できるんだけど......ねぇ、万掌」

 

「何、だ」

 

「私はね、またラウラに傷つけられて万掌に頼っちゃうのが、一番怖いの」

 

「......」

 

「また泣いて、縋って。万掌が心の底から怒ってくれることが、怖いんだよ」

 

「怨念返し...か」

 

「それは万掌も嫌だし、私も嫌だと思ってる。でもそれが、回避できなかったら......万掌はどうする?」

 

「......」

 

左腕に伝わる確かな感触に心臓が音を立てて跳ねる。緊張からか、口の中がカラカラと干上がっていき、口が震える。それでもなんとか平静を保とうと冷静な振りをして一夏に胸が左腕に当たっている、否、押し付けられている事を告げようとするが言葉が途切れ途切れになってしまった。しかし、それも話している内に徐々に真面目な話になっていくにつれて熱で茹で騰がりそうだった顔は冷めていき、次第に落ち着いたところで一夏が震えていることに気付いた。最悪の展開を想定して怯えている様だ。確かに考えられない事ではない。むしろ、有り得るかもしれない。俺は、その時どうするのか。

一夏を守るのか、ボーデヴィッヒを優先するのか。考えた時に一夏を守る、と反射的に言いかけた。しかし、それでは怨念返しが終わらなくなる。それを繰り返していては永遠にボーデヴィッヒと理解し合うことなど出来ず、憎悪が膨らんでいくばかりになるだろう。だが、逆にボーデヴィッヒを優先した時。万が一、一夏の心が持たなくなってしまった時。人として歩み始めたボーデヴィッヒは一夏にした事の重さに打ちひしがれてしまうのではないか。そして、考えたくもない第3の道は、一夏も、ボーデヴィッヒも選べなかった未来。ボーデヴィッヒは一夏の心を殺し、一夏はどんな様子で、どんな態度で......考えたくも、無かった。

 

「......」

 

「――万掌。すっごく悩んでるけどね?とても簡単な答えが目の前にあるんだよ?」

 

「......?」

 

なんとか答えを出そうと考えていると、答えを出せない俺を一夏は慈愛に満ちた瞳で微笑み、頭を抱えていた右腕を手に取り、震える肩で、腕を動かして自身の頭に乗せた。

 

「箒が乗り越えられると信じて、鈴を信じて――――色んな物を信じてきた万掌に、守られている私の事を信じてほしい」

 

「――――」

 

一夏の心が砕けない事を信じる。目から鱗だった。最も過保護に、大切に扱ってきた事柄だったからだろうか。ついこの間あんなことがあったばかりだと言うのに、一夏は信じてくれと言ってきた。無理だ、止めておけ、否定の言葉ばかりが先行して浮かんでくる。それとは逆に、肯定する言葉は一切出てこなかった。一夏を信じる。最も簡単なはずのそれが、なぜか最も難しく思えた。だが、ここで素直に無理だ、で片付けていい話でもない。現に一夏は震えながら勇気をもって行動を起こした。口に出すことすら難しい、心の問題に一夏が立ち上がったのなら――――俺は一夏を信じたい。

 

「まだ、こんなに震えてるけど......怖い物は、怖いけど......前に進みたいから、ずっと、万掌の後ろに隠れるのは嫌だから......二人で、行けるのなら。私一人じゃダメでも......私たちなら。私と万掌の二人なら、行けると思うから。だから、お願い――――どうか、どうか私に、勇気(万掌)をください」

 

震える手を誤魔化す事無く見せる一夏は怯えながらも前に進む覚悟を見せた。一夏は何時までも後ろに居たくないと嘆き、俺と一夏の二人なら乗り越えられると言った。そして、勇気が欲しいと一夏は懇願した。俺に出来る物ならば。

 

 

 

 

 

「どうすれば、一夏に勇気(それ)を与えられる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――キス、して―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉は要らず。ただ星空の下で、誰にも見られず、静かに口付けを交わす。

 

次第に震えが収まっていく一夏を抱きしめながら、何度も啄むように互いを求め、時には呼吸さえ忘れるほどの長い口付けを繰り返した。唇を擦り合わせ、吐息を交換し、互いの舌で唇を潤しあう。

 

息苦しくなり、途中で呼吸を挟んだ一夏の目は涙に濡れ――キスを再び行い、目尻に溜まった涙を拭いながら髪を触り、一夏を確かめる。

 

 

夜が一層深く更けるまで、夜空に浮かぶ月に照らされながら、何度も、何度も。ただ、繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 

そうして俺は、一夏が好きだと自覚した。

 

 

 

 

 

 

 



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こんなにも遠くに。あんなにも近くに。①

古戦場お疲れ様でした。


今回からは一夏ちゃんの中学校生活から前回に至るまでをざっくり大雑把に書いたものになります。

ちょっと重いかもしれませんがご容赦ください。



一夏

 

 

自分が突然女性になってしまうなんていうファンタジーを、現実で体験したことはあるだろうか。

 

第二回モンド・グロッソ決勝戦。自身の姉である織斑千冬の応援の為に会場に駆け付けた俺は、そこで正体不明の組織に拉致監禁され織斑の血を手に入れる道具にされ掛けていた。男は遺伝学的に劣勢存在らしく、千冬姉を捕まえられない事を理解していた謎の組織は弟である俺を女にすることで『織斑千冬』に最も近い織斑の血を持つ者を作りだした。

 

ただ、俺が女にされた段階で千冬姉が乱入。決勝戦を放り出して助けに来てくれた。あの時の千冬姉の焦燥と安堵が入り混じった顔は初めて見た物だったと思う。

 

守られてしまうことが情けなく感じ、強くなりたいと思った。

 

守られてしまうことが悔しくて、強くなりたいと思った。

 

守られてしまった事で千冬姉の快挙を潰した自分を呪った。

 

それを自覚しているからこそ、他人から言われた正論は容易く心に突き刺さった。

 

千冬姉が大会関係者に謝罪して回っている間も幾度となく襲いかかる痛みに何度涙を流したことか分からない。数えることさえ億劫になるほどには泣いた。だが、涙は枯れなかった。そんな俺を千冬姉は何度も慰めてくれたが、その慰めが最も深く心を沈めたと思う。俺って、最低だ。

 

千冬姉の帰国のタイミングに合わせて俺も帰国となり、幼稚園に通う前から友達で、今は大親友でもあり幼馴染でもある堺万掌という男の下へ向かうことになった。なぜ向かう事になったかというと、千冬姉は忙しい人だから家に居ることはほぼ無く、幼少の頃より堺家が俺の面倒を見てくれていた為だった。それに万掌やおじさん、おばさんに自分が女になってしまった事を隠し通すのは無理だろうから事情を説明して受け止めて貰い、中学校生活をどうするかを話し合う必要性があった。ただ、千冬姉に堺家に挨拶に行くと言われた時は、どんな顔をして万掌に会いに行けばいいのか分からなかった。それでも時間は残酷で、悩んでいる間に日本に戻ってきてしまい、心臓を打つ早鐘の音が自分の耳の奥から聞こえてくる感覚に怯え唇を震わせていると、千冬姉は肩を数度、優しく叩いて、大丈夫だ、と言った。

 

少し、震えが収まった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

――そして。

 

 

 

「お久しぶりです、千冬さん。少し、窶れましたか?」

 

「......ああ、そうかもしれないな。そういう万掌、お前は随分と身長が伸びたな。声も多少なりとも変わったか?――落ち着いてきたじゃないか」

 

塀の向こうで、幼馴染の声が聞こえた。ただそれだけで収まりを見せていた筈の心臓が跳ねる。こんな自分を見て、万掌はどう思うのだろうか。受け入れてくれるのだろうか。

 

なんて、説明をすれば――

 

「ほら、いつまでそうしている。さっさと出てこい」

 

「ちょ、ちょっと待って!まだ、準備が!心の準備ぃ!出来てないって!」

 

千冬姉に連れられて無理矢理万掌の前に引っ張り出された俺は男の時では想像も出来ないほどに高い声を出して抗議したが、受け入れられず簡単に万掌の前に押し出された。千冬姉も酷い人だ、心の準備が出来ていないと言うのに連れていくのだから。

 

女になって身長が縮んでしまったせいだろうか。俺の前に立つ万掌が非常に大きく見える。首を少しだけ上に上げて、上目遣いのようにしなければ顔が見れないという感覚は新鮮なものだと感じる。万掌も万掌で「え、誰?」みたいな顔をして呆けている。

 

「そら、さっさと挨拶をしろ」

 

髪の一部を指で弄りながら、緊張で震える足を誤魔化す様に内股になるのも気にせずに擦り合わせて前に立つ万掌の顔を時折覗くと、万掌は困惑の色を浮かべながら人当たりの良さそうな笑顔を薄らと作っていた。

 

少し垂れ気味の目の奥からは、慈しみの色が漏れ出している。いつもの万掌が、そこに居た。

 

「えぇと、あぅ......えと、その――バンショー、ただいま......」

 

小さく、なんとか絞り出せたその声は酷く媚びたような女の声で、自分の喉を締め上げて黙らせたい程に情けないものだった。

 

「――......?えぇと......はじ」

 

万掌が頭を抱え、脳内に居る人物と顔を照らし合わせているのだろうが、やはり気付いてはくれなかった様だ。はじめまして、と言われそうになり覚悟をしていたにも関わらず、幼馴染から掛けられるその言葉は非常に重く感じつい顔を上げてしまった。目から勝手に涙が溢れ、目尻に溜まっていく。万掌はそれを見て、言葉を切った。

 

「――まさか」

 

目を見開いた万掌は、そんな言葉を言いながら、奥に居る千冬姉を見た。

 

「まさか、そんな」

 

千冬姉から返事が返ってきたらしく、絶望したような表情で、俺を見て――目が合った。

 

「君は......――――――......一夏、なんだな?」

 

万掌は俺が此処までに受けた事を想像したのだろう、涙を零しながら震える両手で、割れ物を扱うような優しい手で俺の肩を掴んで、しゃくり上がった声で俺を俺だと認識してくれた。

 

「――......うん」

 

正しく認識してくれたことの嬉しさからか、僅かに喜色の色を滲ませてしまった自分が嫌になる。なぜ、この身体はこうも心に素直になってしまうのだろう。

 

万掌は暫く虚空を見つめる様な遠い目をして、目を伏せ――開いて俺たちを見た。

 

「春とは言え、夕暮れは冷える。一夏、千冬さんも、とりあえず中へ......どうぞ」

 

万掌は何時もと変わらない様子を取り戻し、堺家へと招き入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ」

 

万掌に差し出された、飲み慣れた美味いコーヒーを飲んで気持ちを落ち着けよう。そう思って一口、口に含み――その苦みに、思わず眉を顰めて味わう事無く呑み込んだ。喉の奥から這い上がってくる苦みが、その異物感を受け入れ難い物だと拒んできた。形用し切れないそれに苛まれ、身体が拒絶反応を起こし涙を吐き出して警告を告げてくる。

 

「――......一夏?口に、合わなかったか?」

 

そんなことない、うまいよ。――そうは、言えなかった。

 

未だに口の中で暴れ回る苦みの暴風を、鼻へ抜ける苦さを、この身体は拒絶していた。

 

「――――――苦い......いつもと同じなのに、苦いよ......ばんしょぉ......」

 

なんとか吐き出した言葉は、万掌に媚びるように擦り寄る女の物で、それが自分の口から出た事に心が悲鳴を上げていく。

 

 

俺は、男なのに。

 

 

「すまない......気が、回らなかった。紅茶にしよう。シュガーポットも持ってくるから、味を調節してくれ」

 

万掌は緊張しているのだろう、普段のお茶らけた態度は鳴りを潜めたまま剣呑な表情をしている。が、それでも普段と同じように、真摯に対応してくれた。

 

「謝らなくていい......ごめんね、バンショー」

 

この忌々しい声が嫌になる。普通に謝る事も出来ないのかと憤慨してしまう。しかし、それ以上に万掌に気を遣わせてしまった事が、俺の心の隅を突く痛みを訴えた。

 

「こっちなら大丈夫か?紅茶なんだけど。あと、クッキーとケーキ」

 

とりあえず、口の中の苦みを黙らせたくてシュガーポットの中から角砂糖を一つ取り出して紅茶に落とし、掻き混ぜた後で恐る恐る口に付け、口に流し込んだ。

 

「――――おいしぃ......」

 

今までの紅茶はどうも気に入らなかったが、これほどまでに美味い紅茶は初めて飲んだ気がする。口の中に広がる優しい味わいに思わず口元に笑みを浮かべた俺は、女々しい声が出る事も気にせずに素直な感想を口に出していた。

 

万掌はそんな俺を見て、張り詰めた表情を緩めて息を吐き出していた。気を遣わせすぎてしまったようだ。悪い、万掌。

 

 

 

 

そして、万掌に俺が女になってしまった経緯を千冬姉が話せる範囲で話し――万掌は話を聞き進めていく毎にその瞳に浮かべる怒りを濃くしていった。万掌は誰かの為に怒る事も出来る、優しい人だと改めて感じた。

 

「一夏」

 

「......うん」

 

「今は、これくらいしか言えないし、一夏は怒るかもしれないけどさ」

 

「――うん」

 

「言わせてほしいんだ。すごい、独善的で、嫌な奴に見えるかもしれないけど、言っておきたいんだ」

 

別に、そんな前置きをしなくてもいいよ。俺と万掌がどれだけ長い付き合いをしてきたと思ってるんだ。万掌がどういう人なのかは、良く分かってるから。

 

俺が沈黙を以て、続きを催促する。

 

「おかえり。大変だったろう?」

 

その言葉は、多分俺が一番欲していた物だったと思う。帰ってきたという実感が欲しくて、ここには危険な物なんて何一つ無くて、世界で一番安全だと思えた。万掌の優しい声色で発せられた震えた声は、俺の心の奥深くに侵入して途轍もない安心感を与えてくれた。

 

 

 

 

「ぅ......ぁ......う、ぁあ、あぁああ、ぅぁああああああああああ!!!!!ばん、しょぉおっ......俺...俺ぇ......!!!」

 

 

それが限界だった。飛び掛かる様に万掌に抱き着いて、感じた物の全てを吐き出した。肩に顔を押し付けて、流れる涙で万掌の服を濡らしながら、口から耐えることを止めた本音が零れ落ちていく。

 

「――――すごく、こわ、かっ...た......!」

 

万掌は俺の背中を何度も優しく擦り、頭を何度も撫でてくれる。一回り小さくなってしまった俺は万掌に包まれるように抱きしめられ、万掌から伝わる高めの体温が冷えた心を暖めてくれた。

 

これから先は、千冬姉に見られていたので割愛する。

 

ただ、小さく話すのであれば――万掌と喧嘩して、万掌が俺の事を俺と同じか、それ以上に考えていてくれたことを知った。

 

それだけ。

 

そして、俺は――私は、IS学園に行く事を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女性となってからは、本当に大変だった。

 

千冬姉とおばさんの指導の下、女性らしい所作を求められ、口調を正し、心構えや立ち振る舞いを把握した。服もとりあえず大量に買い込み、女性物の肌着の付け方を徹底的に仕込まれた。肌のケアも教えられ、髪のケアも例に漏れなかった。

 

ただ、自分で改善したのは料理だろう。かなり力を入れたし、ある事情も料理を頑張る理由になったと思う。

 

学校生活が再開してからはクラスメイトにだけは事情を説明し、それ以外のクラスには突然の転校。与えられた偽名は『如月一夏(キサラギイチカ)』。鈴には説明しようかと万掌と話し合ったが、政府がそれを許さないだろうし、迷惑を掛けてしまうだろうからと説明をするのは憚られた。

 

いつか話そうと思ってはいたが、万掌は隠し通すつもりだった様だ。最も私も、鈴が中国に帰ってしまった事でホッとしていた部分もあった。嫌な人間だと思う。

 

女性になってはっきり分かる様になったのは、男子の下種な視線だろう。元男の私でも、今が女ならそれでいいのか酷く汚い視線を向けてくる。親しかった男友達はほとんどが離れていき、五反田と数馬、そして万掌くらいになった。今まではあれほど近寄ってきた女子たちもすっかりと鳴りを潜めて寄らなくなってしまった。

 

 

 

あまり語りたい話ではないが、女性になった私なら男子の欲求も分からない訳ではないだろう、と言われ、放課後の教室で友達だった男子たちに襲われ掛けた事が一度だけあった。そんな河原に落ちたエロ本みたいな事をされる日が来ると思ってもいなかった私は、興奮して制服を剥ごうとする男子たちに恐怖し、助けを求めて叫んだが既に部活も終わってしまった時間だったせいか活気に溢れる学校はそこには無く、無人となった静かな校舎に反響するだけで終わってしまった。私の腕を掴み、制服が剥かれブラジャーが露出し、口を手で押さえられ、呻き泣くことしか出来ない私を助けてくれる人は居らず、目を閉じて、いよいよこれから起こる事の一切を見ないように、感じない様に心を塞ごうとした時。

 

 

 

――万掌が来てくれた。

 

 

 

 

文字通り教室のドアを吹き飛ばし、珍しく猛り狂った様子の万掌は動揺する男子たちとブラジャーがずらされ乳房が露出した私を見て、一切の容赦なく男子たちを殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

「一夏に何をしたぁああああああああッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

それからは、動揺と恐怖でよく覚えていない......けれど、全部終わったのか、床に転がる男子たちを無視して、何発か殴られた顔を下げた万掌は私の下にやってきて制服の上着を私に羽織らせ、静かに肩に手を置いて腰を落とし、目線を合わせてから口を開いた。

 

「――遅れてごめん、一夏。怖かったよな、ごめん、ごめんな」

 

私の肩から背中へ手を回し、頭をグシャグシャと力強く撫でてくれた万掌の手の大きさに、包まれる安堵感に震えあがっていた心は簡単に万掌を許し、涙を流した。

 

制服を整えた私は万掌の上着を羽織ったまま、万掌に担がれ職員室に連れられ、男子生徒から性被害に遭いかけたが万掌が助けてくれた旨を告げると、先生方は顔色を変え、男性教師たちは教室に駆け出し、女の先生たちは急いで警察に通報し、常駐しているメンタルカウンセラーの先生が緊張を解きほぐしてくれた。でも、そんな言葉以上に万掌が傍に居てくれたことが安心につながったんだと思う。警察の事情聴取で万掌が連れていかれた時は、本当に自分でもこれほどまでに周囲の人間が怖く感じるなんて思いもしなかった。騒ぎは生徒の家庭にも届き、裁判沙汰になりかけたが示談で収まりがつき、生徒たちは転校を余儀なくされ、この一件は恐ろしい速度で収束した。

 

私はその一件で人間不信に陥った。最初は五反田や数馬とも距離を置き、登下校は常に万掌と共にしたし、家はすぐ傍にあるけれどそれ以上に不安が勝り万掌の部屋に押しかけて共に眠らせてもらう日々が続いた。そうして過ごす間に、気付いた事の1つに、私的にとても嬉しかったことがある。こんな形で暴露するのもどうかと思うけど、嬉しかったから。

万掌の部屋は昔からよく私が掃除していたが、以前は見かけても見て見ぬフリをして触っていなかったアダルト雑誌の一切が捨てられており何処にも隠されていなかった。おばさんに相談してみると、あの一件をきっかけに自分からおばさんに捨ててくれと持ってきて頼み込んだそうだ。普通こっそりと内緒にして捨てるものだと思うのだが、万掌がやる事はよくわからない。それでも、私の為を想って起こしてくれたことだと、おばさんに言われたときは心が暖かくなった。

 

おばさんに気分転換に料理でもして、味付けを自分好みの物に近付けてみてはと言われたが、私の舌に合う味には調節出来てしまっていたので、どうせなら万掌の舌に合う物を作りたかった。料理くらいでしか、お礼が出来ないと思った事もあると思う。

 

「万掌、あのね。料理を作るんだけどどんな味付けがいい?」

 

「ん?料理か...そうだな、一夏の好きな味でいい」

 

「私は万掌の為に作ってるんだよ。だから、万掌の好みが知りたいの」

 

「――だから一夏の飯なら外れないだろ。一夏の味がいい」

 

「......ぶー」

 

「なんで拗ねるんだよ。ほら」

 

「――えへへ」

 

万掌の好きな味を教えてほしいのに、私の味がいいなんて言われてしまえば悩んでしまう。私は万掌の為に料理をしたいのに、私の味でいいのかと思ってしまう。万掌に『私の味"が"いい』と言われ、勘違いしてしまいそうになるがきっと万掌は何も考えず言っているのだろう。だからなんとなく拗ねて、この誑しめ、と恨みを籠めた視線を送る。すると万掌は困り笑いを浮かべて困惑したあと、しょうがないな、という顔をして私の頭を優しく撫でてくれるのだ。その手付きが優しく、守ってくれる万掌の暖かさに甘えてしまう。

 

 

 

守られる事が嬉しくて、甘える。

 

守られた事が嬉しくて、隣に居てほしいと思う。

 

守られているから、お礼をしたい。

 

守られ続けているから、きっと私は――

 

 

 

 

一人の女性として、堺万掌に惚れたのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから暫くして、心の傷も癒え始めた頃に五反田と数馬と再び交流を持ち始めた。ただし万掌が居る時だけに限って、だが。

万掌の大きさに惹かれ、常に万掌の傍に私が居る日々は心に負った傷を塞ぐ程の安心感と充実感を与えてくれた。万掌は私を傷つけない、苦しめない。その事実と誠実さが私の心にすっかり万掌という偶像を生み出していた。

だから、女性特有の生理現象に苦しんでイライラした時、万掌に当たってしまったり、どう吐き出していいか分からない感情の波を思いのまま万掌にぶつける事も、不意に蘇るあの一件でヒステリックを起こして万掌を拒絶する事もあった。

それでも、万掌はずっと優しくて。変わらない暖かさを私に与えてくれた。物を投げつけてしまった事も決して怒らず、私が落ち着くまで傍に居てくれて、何も言わずに全部聞いてくれる万掌に甘え続けた。正気に戻り自分のしでかした事に震えるのも良くある話で、万掌は私を優しく抱きしめながら頭を撫で、穏やかな口調で説教をするのだ。耳障りのいい、優しい声で。

 

「一夏」

 

「......ぁ、うん」

 

「落ち着けた?」

 

「――うん」

 

「なら、よかった」

 

「怒らないの?」

 

「怒ってほしいのか?」

 

「......少しは」

 

「じゃあ、少しだけ。――この馬鹿。そんなに抱え込む前に、少しは吐き出せ」

 

「――――それ、ズルい」

 

優しい声で、甘えを許してくれる万掌の胸に飛び込んで、どれだけ万掌の服を涙で濡らしただろうか。

 

好き。

 

 

大好き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中学3年、夏。

 

万掌とアポなしデートをするつもりで着た夏の流行ファッションに身を飾り、化粧も何時もより丁寧に時間をかけ、薄く塗ったファンデーションや淡い色の口紅を塗り、この日の為に美容院で整えてもらった髪を鏡の前でセットし、向かいの家に居る万掌の家の前まで手早く移動し、呼び鈴を鳴らす。蝉の鳴く声に耳を傾けているとすぐに玄関が開き、万掌が私を迎えてくれた。

 

「一夏、どうしたんだ、こんな時間に。もしかして今日、何か予定を作っていたか?――と、すまん」

 

「大丈夫、見られてもいいから。今日はちょっと一緒にお出掛けでも、っていうお誘い。根詰めすぎても、ダメになっちゃうと思って。あ、もしかして忙しかったり......する?」

 

万掌は寝間着姿で、起きたばかりで顔を洗い、髪を整え飲み物を飲んだばかりの頃合いであったらしい。回り始めた室外機の音と蝉の鳴く声に消えない様に万掌が少しハキハキとした口調で話し始める。そこで私の服装をまじまじと見つめ、下の方を見てすぐに目を伏せて謝ってきた。万掌に見せる為に着てきたんだから全然構わない、むしろもっと見てほしいとさえ思った。しかし万掌は目を伏せてしまった。それに容姿を褒めてくれてもいいじゃないかと拗ねながら、それでもデートがしたい気持ちが勝り、一緒に出掛けないか、と最後は媚びる様に訊ねた。この声に慣れてしまった自分が......嫌い、でもない。万掌が受け入れてくれたから、少なくとも、嫌ではないはずだ。

 

万掌はおじさんとおばさんが家に居ない事を告げる。この時期、お盆休みに出張で居ないなんて大変な仕事をされているんだな、と思いながら万掌に招かれたのでリビングで待たせて貰うことにした。冷房の効き始めたリビングで3分ほど待っていると、濃藍のジーパンと白い無地のシャツを着て、その上に灰色の半袖ジャンバーを羽織ってやってきた。お揃いのカラーに合わせてくれたことに嬉しく思い、万掌の到着を笑顔で迎えて駆け寄る。

 

「悪い、待たせた!で、何処に行く?」

 

「んーと、買い物!」

 

行きは電車を使って移動したが、盆休みだというのに込んでいる車内で万掌は私を庇うような位置を取り、私は入り口付近で万掌に守られている立ち位置を確保できた。暫くは小声で会話もしていたが、乗車率の高くなってきた車内で話すのは憚られた為に二人とも会話を止めた。静かに揺れる車内の雰囲気を味わいながら、万掌は私の後ろに設置された広告を見ている。対して私はずっと万掌の顔を眺めていた。その視線に気付いた万掌が私と目線を合わせるためか顔を下げた。そこで電車がカーブに入り、乗車率の高くなってきた車内の人波が一気に私の方へ押しかける。

 

「う、ぉ――っと」

 

「――――」

 

「セーフ」

 

「~~~ッ!」

 

吊革を握れない位置に立っていた万掌は人波の圧に押されよろめき、私の方へ一歩近づき、身体を支える為に電車のドアに手を突いた。それでも上半身が少し屈み、私の真横に置かれた手と、すぐ傍に迫った万掌の顔と微かに香る男性物のフレグランスの香りが鼻腔をくすぐり、顔を朱に染めていく。そこで私を見た万掌と、目が合い――万掌は私に当たらなかった事をセーフだといい小さく笑ったが、その笑顔が私的にはアウトだった。

 

格好いいなぁ。

 

その後も密度が上がっていく車内の中で必死に私に触れない様に抵抗する万掌だったが、次第に押され始め、私はより近い距離で万掌の顔と匂いを独占する形になってしまった。

 

電車、万掌と二人ならいいかも!

 

そうしてモールまでやってきた私は万掌を引き連れて、秋物の服を求めてモール内のショップを練り歩き、気になった商品を手に取り吟味を重ね、本当に欲しいと思った商品数点を手に会計に向かうと、万掌が支払いの一部を代わりにすると言い出し、狼狽えたが押し切られてしまった。申し訳無さを感じ、感謝は告げたがそれで気が晴れる訳ではない。何かお返しをしなければ。

その後、化粧品店で化粧品を買い、万掌を揶揄う為にランジェリーショップを指差して、次はあそこ、と言うと、万掌は顔を赤くして公共の休憩スペースで休むと言って走り出してしまった。可愛い所もあるものだ。

 

その後、ひたすらモール内を散策して回り、食事はモール内で摂るかどうかという私の問いに対し、万掌は今から夕飯の材料を買って家で夕飯を共にしよう、と提案してきたので私はそれを快諾した。モールから出た後、電車は使わず徒歩でスーパーまで歩き、夕飯を何にするかで悩んだ結果無難に和食にすることにし、材料を買った私たちは夕焼けに染まる帰り道を何時もよりゆっくりと、適度に会話をしつつ歩き出した。

 

「結構買ったなぁ」

 

「うん、でも本当に女の子って買うもの多くて大変だよ。なんで時間かかるのか分かっちゃった」

 

「――ああ」

 

「...バンショー、どうかした?」

 

急に話の繋がりが薄くなったことに疑問を感じた私は万掌に何か気に障ることでもあったのかと思い目の前に移動して足を止めながら万掌の顔を覗くと、口角を少し吊り上げ笑っていた万掌は伏せていた目を開き、微かに遠くを眺めた後に視線を私に合わせた。

 

「ん?いいや。飯、楽しみだと思ってな」

 

「――そ、そう?じゃあ、頑張って作るね!」

 

万掌は夕飯の内容を想像し、笑みを浮かべていたというのでそんな顔をされて期待されては最上の料理を作らざるを得ない。そう覚悟を決め、そうと決まったからにはのんびり歩くよりも急いで帰って美味しいものを作ってあげたい、その気持ちが強くなってきた。

 

気持ち早めに歩き出す私を追いかける様に歩幅を合わせ、隣に並んでくれる万掌の手を握る。万掌は一瞬驚いたような顔をしたが、私の笑顔に顔を綻ばせ、握り返してくれた。

 

 

 








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こんなにも遠くに。あんなにも近くに。②

続きなのでまたまた重いです。

甘くないけどゆるして

甘々なのは書こうとしても筆が進まない時のが多いんです。




万掌に料理を振る舞い、万掌が料理を褒めてくれる。そうすると私は万掌に頭を差し出すのだ。

 

万掌は戸惑いこそすれど、この行動が意味する正解を何度も行っているのだから、当然、それに行きつく。

 

「これさ、俺が料理褒める度にするつもりか?」

 

「んふへへ...いいよぉバンショー...これだよぉ...」

 

それは、頭を撫でてもらうということ。幼い日に万人が受ける、両親から褒めてもらう時の行為。

 

織斑家に両親は居らず、物心ついた私が千冬姉に両親の存在を訊ねても、家族は私だけだ、という答えが帰ってくるだけだった。話がそれたが、両親が居ない私にとって、頭を撫でられるという事は途轍もなく新鮮で、飽きが来ず、心を暖めてくれるものであると知った。だが万掌以外の人にやってほしいとは思えなかった。

 

万掌の手から伝わる暖かな熱が好きだ。万掌が私を想って優しく手櫛で髪を梳いてくれる感触が好きだ。万掌のごつごつとした男らしい手が割れ物を扱うかのように繊細に動き、私を喜びで満たしてくれるのが好きだ。たまに頭を撫でられたまま、耳を掠めて降りてきた万掌の手が私の頬を優しく撫でてくれる時など、つい万掌の手を抱き留めて頬擦りまでしてしまった。

 

万掌に依存する弱い私を、万掌は守るべき人と判断して甘えさせてくれる。今はその関係が心地良く感じていたので、それでいいと思っていた。どうせ、高校に行ってしまえば別々の道を歩むことになるのだから。だから私は一人でも歩ける様に、中学3年生の9月頃から万掌に多少なりとも甘えながらも、甘える頻度を減らす努力を始めた。夜8時ほどまでは互いの部屋の何方かに通い、受験勉強で一般科目の復習・予習に努め、万が一の失敗を減らす為の努力を続ける日々。その日々の中で、寂寥感に襲われたのだろうか。それの始まりは万掌だった。いつもと同じように静かに、隣に座る互いの邪魔をしない様に過去問を解きながら分からない点を交互に挙げあい、回答を示し合う光景の中で、万掌はそれとなく私の手を握ってきた。

 

「......バンショー?」

 

「――あ、悪い......つい、な」

 

「どうしたの?」

 

「別に、なんでも......ああ、いや。――少し、寂しくなった」

 

「......そっか。じゃあ、ちょっと休憩しようか!いつもなら、もう帰る時間だし、さ」

 

「もうそんな時間か、んん.....あぁ、あっという間だな」

 

最初は、こんなに小さな始まりだった。

 

何かに寂しさを感じた万掌がシャーペンを握る手を止め、私の手を握った。そこで私は休憩として、2人で壁にもたれ掛かりながら軽い会話をする事を提案した。万掌の手を、指と指を絡める恋人繋ぎで握った時は怪訝な顔をされたが、こういう繋ぎ方もあるんだよ、と教えてみると万掌は意外なほどに、すんなりと信じた。

 

「――ねぇ、バンショー」

 

「どうした」

 

「どうして、私の傍に居てくれるの?」

 

「......どうして、だろうな。家族だし、幼馴染だし、大親友だし......色々、あると思う」

 

「.........そっか」

 

「一夏?」

 

「ううん、今はそれでいい」

 

万掌の右手と私の左手を深く繋ぎ合わせたまま、体育座りをする私は胡坐を掻く万掌に目を遣りながら、どうして私の傍に居続けてくれるのか、と期待を6割、不安を4割ほどつぎ込んだ質問を投げかけた。好きだから、と言ってほしかった。そうすれば、この複雑な心境に宿る恋煩いの片思いも晴れてスッキリするのではないかと思って投げたものだった。しかし、帰ってきたのは家族や幼馴染、親友。色々という部分には期待できない。それが、男女間の友情を信じている万掌の答えだった。その返事のなんと万掌らしいことか。だから私は、今はその認識で構わないとこの質問を撃ち切った。万掌はよく分からないという顔をしていたが、いつか嫌という程理解させてあげたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

12月も終わりを迎えるころ、クリスマスや年末年始の普段の浮かれ気分も自粛してISに関する専門科目の勉強をする私に釣られたのか、万掌も自粛の方向で動いていた様だった。しかし、今日は12月25日。クリスマスだ。

 

「と、いうことで!クリスマスです!」

 

「ケーキは食ったろ」

 

「お出かけをします!」

 

「もう夜の8時だぞ」

 

「お出かけをします!」

 

「.....分かったよ。ちょっと待っててくれ」

 

「わーい!」

 

普段通りとは少し違う、気を遣ってくれたおばさんたちがチキンやケーキを用意してくれたなんともクリスマスな夕飯を食べ終えて8時まで受験勉強を終えた私は、万掌に外出を強制する旨を告げた。万掌はそれに頭痛を覚えたのか頭を少し押さえ、それでもなんやかんやと言いながら準備をし始めた。カーキ色のズボンに、真っ白なダウン。マフラーとニット帽を装備した万掌は携帯と財布を仕舞い、私の下へ戻ってきた。

 

「待たせたな、わがまま娘」

 

「待ちました!」

 

「少しは申し訳ないとか無いのかコラ」

 

「わーごめんてー!」

 

万掌がニヒルな笑いを浮かべながら格好つけた口調で格好の良い台詞を言うものだから、それに合わせて尊大な態度で胸を張りながら腰に手を当てて目を伏せ、フフンと笑いながら待ちました、と言ってみると万掌は私の耳を少し引っ張って抗議の声を上げるので、笑いながら謝罪をするとすぐに手を放してくれる。

 

「で、どこ行くんだ」

 

「――高台!」

 

おじさんとおばさんに外出する旨を告げ、万掌にエスコートしてもらいながら腕を組んで寒々とした夜の住宅街を歩く。

 

「すっかり、冬だね」

 

「ああ。年始には雪が降るかもしれないって話だったな」

 

「今日は、降るのかな?」

 

「予報じゃ晴れだったな」

 

素朴な、広がりのない話題だったと思う。しかし、こんな短いやり取りでも私の心は満たされている。面白い話が出来る人と居るのが楽しいのではなく、こんな些細なやり取りでさえ心が浮ついてしまう程に好きな人と居るのが楽しいのだ。

寒さから来るしもやけで頬が赤いのか、僅かながらの羞恥がそうさせるのか。弾む息が街灯に照らされ、靄のように広がっては消えていく。人通りのない、無機質な白いスポットライトが等間隔で設置されたコンクリートカーペットを二人で歩く。

 

静かな道を歩く二人の靴が奏でる僅かなカルテットをBGMに、高台へやってきた私たちは、街を一望できる広場へ足を運んだ。カップルで埋まっていそうだと思って出発時間を早めて来てみたが予想以上の人は居なかった。それによって混雑を予想していた広場は待ち時間も無く、揉めずにすんなりと落下防止の手すりのある最果てに到達できた。眼下に広がるのは、私たちが育った街。生まれは違っても、私と万掌はこの街で10年以上過ごしてきたのだ。その街が生む息吹の鼓動は光となって暗闇を照らしている。

 

「――綺麗だね」

 

「......ああ。だが、こんなに眩しいんじゃ星も霞んでしまう」

 

私は街の灯りを美しいと話すと、万掌はそれに同意しながら腕を組んでいない方の左腕で宙を指差して、星が見れないと言った。それに釣られる様にして顔を上げて宙を見ると、一面には輝く冬の星座たちが光を微かに放っていた。

 

「星も綺麗、なの...かな。確かに、街の光に負けちゃってる気がする。――これじゃ、どっちを見ればいいか分からないね。チョイス間違えちゃったかなぁ......」

 

「そんなことは無い。一夏となら、何処だろうと、何だろうと、楽しいものになるさ」

 

「......ねぇバンショー。それわざと言ってる?」

 

「...?何が?」

 

「それ素で言っちゃうんだもんね、バンショーって」

 

「何の話だよ」

 

「...別に、なーんでもなーい!」

 

人口の光が自然の生み出す光に勝ったこの世界において、星が生み出す小さな脈動の証は無情にも掻き消されてしまう。昼は太陽の光にその全てを呑まれ、青い空に包まれる。夜は逆に、人々が生み出す光に掻き消されて見えていたはずの物さえ見えなくなっていく。美しいと思えたはずの街の鼓動が、今となっては恨めしく思えた。それをなんとなく凹んだ表情で万掌の腕に頭を寄せながら溜息混じりに零すと、万掌は人を誑し込む甘い言葉を囁いた。

 

本当に、本当にもう。

 

万掌にわざと言ってるのか、と訊いてみても本人は何が何だか分からない様子。素でこれなんだから手に負えない。そうやって愚痴を少し零すも、万掌は頭の上あたりにクエスチョンマークを作るばかりで話を呑み込めていない様だったので、その話は打ち切って高台の一角に作られた公園にある芝生を目指して万掌の手を引っ張って連れてきた。

 

「ここで寝転がれば、星は多少は見えるんじゃないかな?」

 

「まぁ、試してみるか」

 

「そうだねっと――――――わぁ...!」

 

「......中々、良い光景だな」

 

芝生の丘に、万掌が着てきたダウンを広げて私を座らせ、その隣に万掌が腰を下ろして、二人して寝転がって宙を見上げた。そこに広がる星々のプラネタリウムに私は感嘆の声を漏らし、万掌もかなり驚いた様子で宙を食い入る様に眺めている。

 

「ねぇ、あの一番明るいの何だろう」

 

「冬の一等星はシリウスだと決まっているが......」

 

「シリウスはあんな場所には無いでしょ、何だろうね」

 

「調べてみるか」

 

「えー、知らないままでも良いんじゃない?」

 

「そうか?」

 

「私たちには分からない、漠然とした、眩しい星っていう謎めいてる感じの方が格好いいでしょ」

 

「そういうモンか?......まぁ、そうしておくか」

 

「うん!昔の人も多分、こういう風に宙を眺めて、星を見てたんだろうね」

 

「今と星の配列とか、見える数は変わってるんだろうけどな......それでも同じ星の重力に身を委ねて、未知の世界に想像を働かせることは変わらないな」

 

「分からない物に名前をつけて、自分たちはそう呼んで理解することで未知を既知にしたんだよ」

 

「人のエゴだな。それもまた変わらない物だ」

 

「人であればこそだよ」

 

「違いない。一重に、自然の本能が為す事だろうな」

 

後で調べてみたが、一際輝く星は金星だということが分かった。そうやって調べてしまうと、途端にロマンスが無くなり詰まらなくなってしまう。受験を控えた年頃の男女が、人気のない公園の芝生で、星空の下でするべき会話とは思えない内容だったがそれでも私は楽しめた。気の利いた言葉を掛けてほしい時もあるけど、ただ同じ時間を共有して、同じものを見て、同じ話題で繋がっていたい。それだけで人はこんなにも心が暖かくなるのだ。万掌も、私と同じくらいに心暖まっていてくれるだろうか。

 

「万掌」

 

「どうした」

 

「――寒いね」

 

「そりゃあ、冬だからな」

 

「万掌は、寒い?」

 

「ダウン脱いでるから寒いよ」

 

「そっか。私も寒いけど――万掌が傍に居てくれるから、暖かいよ」

 

身体を横向け、星空ではなく万掌を瞳に映して僅かな羞恥心からか、それとも寒さでやけたからだろうか。かぁっと紅くなる頬の熱の心地良さに揺られながら、私は微笑んだ。...と、思う。

 

「――......さて、身体が冷えて風邪引くのも情けない話になる。さっさと帰るか」

 

「あっ――」

 

「一夏、ほら」

 

「......うん」

 

万掌は私の声に耳を赤くして恥ずかしそうにしながら、私の視線に気付いて私の方へと身体を向け、私の顔を見て、今度は耳だけで済まず、顔から首までを真っ赤に染めた。こういう態度が、私に気でもあるのではないかと思わせてしまう。もう少し、その顔が見たくて。万掌の手を取って誰も居ない寂寥の世界で二人きりで過ごしていたかった。しかし、万掌に伸ばした手は虚空を掠め、既に立ち上がってしまった万掌は私に手を指し伸ばし、帰る旨を告げてきた。

 

手が届く位置に居るのに、届かないこのもどかしさに痛む胸を抑え――伸ばされた手を取った。

 

 

 

 

――――ばか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月に万掌がISを動かしてからは、私の復習も兼ねて短い時間の中で万掌に最低限の知識を詰め込ませた。万掌は万掌で、作成された事のないIS学園の男子制服を特注する為に学園指定の企業を駆けまわり、ISスーツのデザインを提出したり、自分の身を守る為の専用機に搭載する装備を要望したりと細かに忙しそうに毎日走り回っていた。

 

私もそんな万掌を支える為に堺家に泊まり込み、万掌のちょっと残念な家事の全てを引き受けて、万掌が使える時間の全てをISの為に使わせた。

その代わり、二人きりの時間は大きく減ってしまったが。

 

そんな日が続くある日のこと。

 

「一夏」

 

「ん、なーに?」

 

「ここまでして貰って、俺が何もしないというのは少し――貰いすぎだと思う。だから、俺が返せるものなら......何か返したいんだ」

 

「......バンショーが、返してくれるの?」

 

「俺に出来るものなら、なんでも」

 

「本当に?」

 

「うお近っ!ちょっと離れろって......ああ、俺に出来る事なら、だけどな」

 

口笛を吹きながら床をモップ掛けしていると万掌の声が聞こえたので、それに耳を傾けながら掃除を進めていく。

その中で万掌がお礼をしたいと言い出したので思わず手を止めて万掌の下へ駆け寄ってしまう。その俊敏さに驚愕した万掌が上半身を僅かに逸らしながら、自分に出来ることならなんでもすると言った。

 

万掌、気軽になんでもとか言っちゃダメだからね。

 

「......じゃあ、いい」

 

「いや、そういう訳にも行かんだろ」

 

「いいったらいいのー!」

 

「えぇ......うーん...それだと俺の気が済まないんだが」

 

「あ、いらないって意味じゃないからね?いつか、纏めて返してもらうから」

 

「ああ、そういう。まぁそれでいいなら、それでいいんだけどさ。で、いつかっていつだよ」

 

「それはバンショー次第かなぁ」

 

「うっわ意味深な顔。何集るつもりだよ」

 

「うん?――...ふふ、内緒!」

 

まだいい、というと万掌は私がいらないと勘違いしたのかどうにかして清算させようと算段を立て始めたのでその勘違いを即座に是正する。その上で期日が未定な事に不安を覚えた万掌が取りたての予定を訊ねてきたのでそれは万掌次第だと返す。万掌は口元をヒクつかせて何を要求されるか分からない恐怖に軽く震えている。

 

付き合って、なんて。

 

今の万掌に言っても買い物か何かだと思われてしまうだろうから。

 

万掌が私を意識してくれてから、万掌が欲しいと言おうと思う。

 

大好き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月。

 

万掌と同じIS学園に入学して、同じ寮部屋になって。同じ教室で過ごしているのに、なぜだかあの日々よりも遙かに疎遠になってしまったような気がした。

 

 

IS学園に入学してからは、時間の流れが速い気がする。

セシリアさんに叱咤され、より勇ましくなった万掌は決闘を申し込み、一週間の猶予が与えられた。

IS学園の同じ教室で箒に会い、すっかり荒んでしまった箒を助けたい私と万掌の考えが一致し、私は箒の中にある男の織斑一夏を砕く為に一芝居打つことになった。

 

「......久しぶりだね、箒」

 

「あ、ああ......本当に、一夏なんだな?」

 

「信じられないかもしれないけど――男がISを動かしちゃった世の中だし、信じてもらうしか、ないかな」

 

「そう......そう、か」

 

「そういえば箒、中学の頃の大会で優勝したの新聞で見たよ。ずっと剣道、してたんだね」

 

「あれは――――あまり、話題にしないでほしい」

 

久しぶりに会った箒は大人びていて、結んだポニーテールはそのまま伸ばし続けていた様でかなりの長さになっている。剣道の大会で優勝した話題を切り出すと、箒は途端に顔色を悪くして話題を逸らす。

 

「そっか。じゃあ私の話をするね。私、中学の頃は部活をせずにバイトしてたんだ。まだ男だった頃だけどね」

 

「......」

 

「第二回モンド・グロッソの決勝戦にね、千冬姉の応援に行ったときに拉致されて、女の子にされちゃってさ」

 

「な!?そんな夢物語のような話があるか!」

 

「本当に夢物語だよね。自分の体が徐々に女性らしくなっていくんだから」

 

「それで、その......無事、だったのか?」

 

事実を口にしただけなのに、自分でも信じられなくて笑ってしまう。これが実際に遭った被害なんだから猶更笑うしかない。そんな自嘲気味に笑う私を心配した箒が何かされなかったのか、と暗に聞いてきた。

 

「うん。女の子になっちゃった以外は、何かされる前に千冬姉が助けてくれたから」

 

「――そう、か。男に戻る手段は、ないのか?」

 

「ないと思うよ。こうなった仕組み自体が分からないんだから、戻し様がないの」

 

「その、組織を捕まえたり、というのは――」

 

「無理。この広い世界の何処に潜んでいるかも分からない存在を探せる訳がないよ。――それに私、男に戻る気はないんだ」

 

千冬姉が助けてくれたと話すと、箒は千冬姉なら、と安心した様で息を吐き出した。その上で、男に戻る手段はないかと訊いてきた。

どういう風に女体化したのかなんて、全く解らなかったし遺伝子学的にも、人に当てはめるのは難しい問題だと言う事で、専門家も揃って匙を投げる始末だ。

ならばその組織を捕まえて聞き出すのはどうかと提案する箒に、現実を突きつける。既に私も、千冬姉もそれを思い浮かべ、諦めた側の立場だったからだ。

そして、男に戻るつもりはないとキッパリ言い切る。

 

箒はその一言で目を見開き、唇を震わせた。

 

「......ば、馬鹿を言うんじゃない、一夏。貴様は男だ。織斑一夏、男なんだ」

 

「今の私はね、女の子なんだよ。最初はたしかに男に戻りたいなぁって思ってたんだけど...――万掌がね、女の子の私でも受け止めてくれたから」

 

「――......万掌が?」

 

「うん。万掌が、不安定な時期だった私の傍に、ずっと居てくれたの。怒鳴っても優しく聞いてくれて。泣きついても優しく慰めてくれて。抑えられないイライラを物に当てて、それを万掌にぶつけても優しく怪我はないかって心配してくれて。ずっと、ずっと。万掌は私の傍で、私を守ってくれたんだ」

 

「......」

 

「私はね、男だった頃は守られるのが嫌だったけど......女の子になってから、守られることも悪くないんじゃないかなぁって思えるようになってね」

 

箒が万掌という単語を耳にし、顔色を変えた。私はそのまま、万掌の話を嬉しく、思いの丈を乗せて言葉に出す。万掌に守られる暖かさに目を閉じて胸に手を当てると、優しい熱が掌に灯る感触がする。

 

「――違う」

 

「違わないよ、箒。人間不信に陥った私を暖めてくれたのが万掌なの。万掌だけが私の傍に居てくれたの。だから、私――」

 

「――やめてくれ、一夏...そんな、そんな言葉!私は聞きたくない!」

 

「......私は、万掌を――愛し」

 

言い切る前に、箒が打ったビンタが右の頬に当たる。破裂音にも似た音が屋上に木霊し、春の暖かな風に即座に掻き消された。

 

「お前は、男だ......男だろう、一夏」

 

「――女の子だよ、箒」

 

「違う!貴様は根からの男だ!万掌に抱いているソレは、ただの幻想に過ぎない!仮に今の貴様が女であろうと!男だった貴様を知っている万掌が貴様を愛すわけがない!そうだろう!」

 

「――......そう、かもね」

 

箒の言葉は酷く正論染みていた。と、いうのも私が心のどこかで、その可能性を否定し切れなかったからだ。

万掌は私をどんな目で見てくれているのだろうか。幾度となく思った疑問だった。万掌が私を男だと言って、今の私を否定したら私はどうなってしまうのか。考えたくも無かった。

 

箒は沈む私を見て、口元を歪めて嗤った。

 

「でも......それでも、好きだから。愛してるの、万掌のことを。片想いだけど.....それでも、いいから」

 

「――――っ!」

 

打たれた頬の痛みを押し殺して箒に微笑むと、箒は鬼のような形相を作りもう一度手を振り上げ――昼休みの終了を告げる予鈴が鳴った。

 

「......昼休み、終わっちゃったね」

 

「......ああ」

 

「先に、戻ってるから」

 

箒の顔を見る事なく、春風が吹き抜ける屋上を後にする。視界の端に映ったグラウンドの桜の木に花開かせた花弁が風に煽られ、吹き飛ばされて消えてしまうのを見た。この頬の痛みも、そうであってくれたのなら。

 

いたいよ、万掌。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万掌は、頬の痛みを打ち消してくれた。慰めよりもずっといい方法で、解決してくれた。

 

憑き物の落ちた箒が泣きながら謝罪し、女の私を受け入れてくれた。

 

そして、また幼馴染を始めることになった。

 

箒も私もいっぱい泣いたから、この話はここでおしまい。

 

思い出すのも、残すのも恥ずかしいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万掌が専用機に乗った。全身装甲の身体が一切見えないデザインの、騎士のような出で立ちのIS。

 

セシリアさんを相手によく戦ったと思う。

 

角が割れて、装甲が開いてからの万掌は、万掌じゃないみたいで。

 

あれは怖いよ、万掌。

 

 

 

 

 

 

 

 

セシリアさんと楽しそうに話す万掌に、人誑し、と軽い罵りを加えながら近寄った。

 

頭を撫でてほしくて、机に顎を乗せて待っていると、万掌は容易く与えてくれた。

 

同じ学園に居て、同じクラスに居て、同じ寮部屋に居るのに。

 

 

どうしてだろうね、万掌。

 

 

万掌が、他の誰かと関わる時間が増えたせいかな。

 

 

こんなにも近くに居るのに、すごく遠くに万掌が居る気がするんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴と再会して、いっぱいいっぱい謝って、いっぱい泣いた。

 

万掌も、空を見て泣いていた。

 

鈴はそれでも、全部許してくれた。その上で、また私たちと仲良くしてくれるって言ってくれた。

 

ありがとね、鈴。また、よろしく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が変わる。万掌とは、一言二言、話しただけ。

 

また、日が変わる。

 

楽しそうに、セシリアさんと話す万掌が居る。

 

あんなにも遠くに。

 

 

日が変わる。

 

楽しそうに、鏡さんや相川さん、布仏さんに囲まれながら話をする万掌が居る。

 

私の傍の、こんなにも近くに居る。

 

でも、その目は私を見てなくて。

 

胸が、痛いよ。

 

万掌。

 

 

 

 

 

 

引っ越しが決まって、離れ離れになってしまった。これで益々万掌との距離が開いてしまったと思う。

 

万掌のことが心配だ。万掌は掃除も洗濯も、何もかもが出来ない。それの原因は私が何役も買って出たからだろうがそれでも万掌は一人でやってみせると言い切ったのだから、信じなければ。

 

でも、あの時山田先生に万掌と同じ部屋にしてほしいと懇願したのは万掌の為じゃなく、私の為だった部分がほとんどだろう。

 

 

これ以上万掌に置いていかれたら。そう思うと、震えてしまう。

 

 

一人って、寂しいんだよ、万掌。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ......万掌が居ないと、私ってこんなに――――

 

 

 

空っぽだったんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万掌に甘えたくはなかったし、気取られたくもなかったので意地を張っていた空っぽの日々に、転校生が二人やってきた。

 

一人はシャルル・デュノア。なんと万掌と同じ2人目の男性操縦者。金髪とアメジスト色の瞳が特徴の、男の子にしては小柄で、華奢だ。西洋の男性って、なんだかもっと身長があるイメージだったんだけど、それは多分外国人が日本人を忍者だと思っているという、アレに近い感覚なのだろう。

 

そしてもう一人、ラウラ・ボーデヴィッヒ。彼女に半年ほど触られて来なかった千冬姉の2連覇未達成と、私が女の子になった事件、そして女の子になったせいで起きたレイプ未遂が連鎖的にフラッシュバックを起こした。ビンタを張られた頬の熱さえ消えていく程に私の顔から血の気が引いていった。顎はガチガチと音を立て、手は震え、身体は硬直したまま動けなくなってしまう。

 

もう、癖だったのだろう。

 

こういう状況の時は、誰かを呼ぶのではなく――

 

 

 

――たすけて、万掌......!

 

 

 

万掌を呼べば、来てくれると。私はそう信じて、万掌をそういう偶像にしてしまっていた。

 

ラウラの言葉が、万掌に甘えてしまう私を呼び起こしてしまったのだ。

 

「やったな!人も気も知らないで、一夏の心を傷つけたな!絶対に許さない!折角一夏が笑えるようになったのに、貴様の無心な態度がまた一夏を傷つける!お前はテロリストだ!一夏を悲しませる悪だ!」

 

ほら、やっぱり――来てくれた。

 

「貴様のような奴の言葉に!どれだけ一夏が心を穢されたと思っている!どれだけ一夏が自分の無力を嘆いて泣いたか知っているか!どれだけ一夏が、どれだけ一夏が千冬さんの事を想って泣いたか!貴様はその一切を知らないからそうやって平気で人を傷つけるんだ!お前のような奴がいるから世界から争いが無くならないんだ!この薄汚い悪魔め!」

 

あの時と同じように、私を想って動いてくれた万掌の言葉に、自然と涙が頬を伝って零れ落ちた。

 

万掌と一緒に千冬姉に生徒指導室へ連れていかれた私だが、千冬姉が気を利かせてくれたのだろう。

千冬姉に感謝しなければならない。ここで、万掌に寄り掛からなければ、多分...空っぽの私は壊れてしまうから。

 

そして、私はまた。

 

 

 

万掌へ寄り掛かる。

 

 

 

 

 

――――万掌。私は、万掌が好き。

 

 

万掌だけが、空っぽを埋めてくれるから。

 

 

万掌じゃなきゃ、嫌だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

セシリアと鈴が襲われた。

 

私と万掌を挑発するために、ラウラに襲われた。万掌の制止を振り切って助けに行きたい気持ちが逸る中で、万掌は酷く冷めた目で此処じゃない何処かを見ていた。握り締めたその手に、血を溜めて。

 

万掌が耐えるのであれば、私だけ先走る訳にも行かなかった。

 

ラウラに、守られているだけの身分は達者でいいな、と個人間秘匿通信で煽られたが、それでも耐えた。

 

事実だから、受け止めるしかなかった。

 

今はそれが事実でも――私は万掌の後ろじゃなくて、隣に居たい。

 

一緒に、肩を並べて歩きたい。

 

物理的な距離じゃなくて、立ち位置のようなものの話。

 

守られるのもいいけど、隣に居たい。

 

だから、今の位置から隣へ。そのあと一歩を踏み出せる、この前に進む恐怖に打ち勝てる何かが欲しい。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万掌から学年別個人トーナメントがタッグマッチに変わったことで相談があるとメールが来たので、『夜の9時に校庭の朝礼台で待ってる』と返す。

 

私は、この機会に賭けることにした。

 

万掌と本音で話し合えば、きっと私に足りなかった何かが見つかると信じて、行動に出る事にした。

 

流されて、言葉の痛みに嘆くだけの私は嫌。

 

万掌の手を、幾万を繋ぐ掌を私の為だけに固く閉ざしてほしくはないから。

 

私は立ち上がって、万掌の隣に立っていたい。

 

その心意気を持って寮を飛び出そうとし、出入り口で千冬姉に遭遇してしまった。

 

「こんな時間に外で逢引か。不良娘」

 

「――千冬姉」

 

寮の出入り口を仁王立ちで塞ぐ千冬姉は一歩も通さないと言った様子だった。

 

が。

 

「......早めに戻るように。私は何も見なかった」

 

「――ありがとう!」

 

「いいからさっさと行け。明日、遅刻しようものならグラウンド20周だ」

 

千冬姉は出入り口から離れつつすれ違いざまに、私の頭を数度優しく叩いて寮の見回りへ戻っていった。

 

千冬姉の許可も下りたことで校庭へ走り出した私は、月明りに照らされた朝礼台に腰を下ろす万掌を見つける事に成功し、急いで駆け寄った。

 

「ごめん、待った?」

 

「全然」

 

「――そっか。じゃあさ、前みたいに......星を見ようよ」

 

「あー......まぁ、そうだな」

 

二人で同じように、寝転がって星を眺める。

 

私は万掌にそれとなく、タッグマッチの話を持ち掛けて話の本題を静かに切り出した。

 

万掌はそれから、一人で言いたい事の全てを言い始めた。

 

ラウラが色々な物を抱え込んで、感情の赴くままに私を攻撃しようとしていること。万掌も私も、それぞれがそれぞれの思いを胸に秘めて過ごしている。その中には大なり小なりの悪感情があるのだろう。例えば――万掌を連れていってしまうセシリアや、クラスの皆に嫉妬する、とか。何時の間にか、精神的にすごく遠くへ行ってしまった万掌の居ない寂しさに震える弱さだとか。万掌はそれに流されるままで居るだけじゃ、何も変わらないと言った。だから感情を受け止めて、理解して、抑制して――本能で動く獣から、理能を以て制する人としてラウラと話をしたいと語った。でも、それをする為にはラウラのプライドと凝り固まった感情の奔流がそれを邪魔するのだと言う。

 

そして、私は万掌に一緒に闘ってほしいと言われた。

 

胸の中に、歓喜が沸き起こる。

 

すぐに、一緒に闘おうと言いたかった。万掌の手を固く握って、そう言おうと思った。

 

けれど、臆病風に吹かれた私は、そうすることが出来ずに逃げた。

 

「――――バンショーってさぁ......すっごいクサい台詞、平気で言うよね」

 

「ぅぐ......」

 

「それに一人で色々突っ走りすぎだし」

 

「ぬぐ...!」

 

「おまけに私の意見は聞いてくれないし」

 

「...」

 

「何か言うことはありますか、万掌」

 

「全部言われました......ごめん、一夏。伝えたい事が多すぎて、つい焦った」

 

「ん、よろしい」

 

何もよろしくはない。この会話は、私が逃げただけのものだ。それらしい言葉を並べて、万掌の粗を突いただけだった。

 

でも、それだけで私の中の不安が一気に軽くなった気がする。万掌の声がそうさせるのか、少し余裕が生まれた自分が為せることなのか。それは分からない。

 

でも、変わりたいって思ったんだから、変わらなくちゃ。こんなチャンスは滅多に訪れないだろうから。掴みたい。

 

行け、私。

 

「私さ、ラウラ・ボーデヴィッヒっていう人のことを何にも知らないなって思ったんだけど、きっとあの子も同じなんだよ。織斑一夏が元は男で、モンド・グロッソで拉致されて女の子にさせられて、そのせいで千冬姉にも迷惑を掛けて、バンショーにずっと甘えちゃって、苦労しながら此処まで来たって事を知らないと思うんだ」

 

「そりゃあ、予想出来ないだろうな」

 

「だよね。だからね、お互いの中にあるイメージだけじゃなくてもっとちゃんと、ラウラ・ボーデヴィッヒという女の子が織斑一夏という存在にどんな感情を抱いているのかを、私は知りたいなって思うの」

 

「一夏......」

 

自分の心を整理したくて、私の中にあった物を全部吐き出していく。本心は恥ずかしがり屋で、引っ込み思案だから。

 

全部吐き出すつもりで、話す事にする。

 

「確かに最初は、すごく心を傷つけられたし、万掌にも殴らせちゃった。それは、とても心が痛くて、苦しかったよ。でも私には万掌が居たから、また立ち直れたし、今こうして誰かを想えるくらいの余裕も生まれた」

 

星空を見上げるのではなく、私は隣に居る万掌を見て話をする。

 

これは、独白なんかじゃなくて、万掌に聞いてほしい話だから。

 

私の話を聞いて恥ずかしくなったのか、顔を赤くした万掌は私の方を見て――目が合い、瞳孔をきゅっと縮めて息を呑んだ。

 

「...っ」

 

「あ、照れた。かわいい」

 

「――!」 

 

「恥ずかしがって逃げちゃダメだよ万掌、まだ話は終わってないんだから」

 

「うおっ...と」

 

顔を逸らしながらも視界だけは私を見る万掌の態度が懐かしくて、つい微笑みながら、かわいい、と零すとあの日と同じ様に万掌は立ち上がって逃げ出そうとするが、今回はしっかりと捕まえる事が出来た。

 

遠くに行っちゃったって感じても、こういう所は変わってないんだ。

 

左腕をきつく抱きしめ、万掌を引き留めていると万掌は益々顔を赤くして狼狽え始めた。

 

「......一夏」

 

「なに?」

 

「当たってるん、だけ、ど」

 

「――知ってる

 

「......!」

 

万掌が、私の胸の感触を理解し、それを指摘したことに僅かながらの羞恥心が生まれて手を離し掛けたがその程度でこの機会を逃してしまえば、私は一生このままかもしれないと思うとその羞恥心を我慢して――いや、むしろ、より密着して万掌の耳元で余裕ぶった態度の虚勢を生み出して耐えた。

 

ここからだぞ、織斑一夏。万掌を信じる織斑一夏を信じて。

 

万掌に、手を伸ばすんだ。

 

怯える私の本心を、万掌に伝えるんだ。

 

「タッグを組むのは即答できるんだけど......ねぇ、万掌」

 

「何、だ」

 

「私はね、またラウラに傷つけられて万掌に頼っちゃうのが、一番怖いの」

 

「......」

 

「また泣いて、縋って。万掌が心の底から怒ってくれることが、怖いんだよ」

 

「怨念返し...か」

 

「それは万掌も嫌だし、私も嫌だと思ってる。でもそれが、回避できなかったら......万掌はどうする?」

 

「......」

 

とうとう、言ってしまった。目をきつく閉じて、回らない舌を必死に動かして声を作って話を続けた。私はラウラに再び傷つけられる事が怖い。けど、それ以上に傷ついた私の為に万掌が傷つく事の方がよっぽど怖い。回りまわって辿り着いた本当の恐怖に、万掌はどんな言葉を口にしようか悩んでいる。

 

だから、ここで。もっと――本心を。

 

前に進むために。万掌が、私の為に誰かを傷つけない様に。

 

私自身が、強く在れる為に。

 

「......」

 

「――万掌。すっごく悩んでるけどね?とても簡単な答えが目の前にあるんだよ?」

 

「......?」

 

なんとか答えを出そうと考えている万掌に、私は震える口でぎこちなく作った微笑みを浮かべ、万掌が頭を抱えていた右腕を手に取り、震える肩で、腕を動かして私の頭に乗せた。

 

「箒が乗り越えられると信じて、鈴を信じて――――色んな物を信じてきた万掌に、守られている私の事を信じてほしい」

 

「――――」

 

私は、一人でも大丈夫になってみせるから、信じて。

 

だから。

 

だから――

 

「まだ、こんなに震えてるけど......怖い物は、怖いけど......前に進みたいから、ずっと、万掌の後ろに隠れるのは嫌だから......二人で、行けるのなら。私一人じゃダメでも......私たちなら。私と万掌の二人なら、行けると思うから。だから、お願い――――どうか、どうか私に、勇気(万掌)をください」

 

 

 

 

私に、とびきりの勇気を、ください。

 

 

 

 

 

 

「どうすれば、一夏に勇気(それ)を与えられる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――キス、して―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉を交わす必要も無く、私は万掌を求めた。

 

万掌から漏れ出す吐息の熱が、私の心に火を灯していく。

 

喜びと、安堵と、万掌を想う気持ちで涙が零れ落ち...る前に、万掌がそれを拭った。そのまま耳を掠め、髪を撫で、後頭部を優しく触る万掌に引き寄せられ、再び勇気を貰う。何度も、何度も。

 

万掌、大好き。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして私は、一歩踏み出し、後ろではなく――万掌の隣に立てた。

 

 

 




突如女体化した幼馴染をギャルゲー時空並の濃い1年を掛けて集中攻略した後に同じ進学先にまで行ったにもかかわらず放置して、別の女の子たちといちゃつく(語弊有)オリ主いるらしいっすよ。

空虚感を感じ無いワケがないですよね。



オリ主が記憶する部分と一夏ちゃんが記憶する部分もちょっとずつ違うよってお話。



また立ち直れた、の意味はオリ主と一夏で捉え方が全然違ってきます。



これを書きたいが為に今まで一夏ちゃんとの描写を極力薄くしてきた次第です。





(自分からは)こんなにも遠くに。(他の誰かとは)あんなにも近くに。


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28話

古戦場からの四象降臨は聞いてたけどちょっと聞いてないです(満身創痍)





日常生活に支障降臨...なんちゃって。あ、はいすいません黙ります。







六月最終週。

 

IS学園は月曜日からトーナメント一色へと変わる。その慌ただしさは前もって通達こそされていたが、それは予想よりも慌ただしく学園中が小走りで急ぐ教職員や生徒たちで溢れ返っていた。

この喧噪はこうして迎える第一回戦が始まる直前まで続き、全生徒が雑務や会場の整理、来賓の誘導を行っていたのだ。

 

それら雑務や誘導が終わった生徒たちは急ぎ足で更衣室へと急ぎ、ISスーツを装着し、トーナメントの準備を整える。男子である俺と、未だ男子であるという扱いをされているシャルロットの両名は、広大な更衣室を贅沢に、いやモラルの観点から出入り口と最奥の列、端と端で互いの姿が見えない状態で着替えを終えて合流する。

 

更衣室に配備されたモニターからは観客席の様子が映し出されており、観客席には各国政府関係者、研究所員、企業エージェント、その他諸々の顔ぶれが一堂に会しているのが見受けられる。その会場の一席に、桜井主任の姿があることも確認できた。

 

「すごい数だな」

 

「3年生はスカウト、2年生は一年間の成果の確認。1年生は期待の新人探しをする為にそれぞれ人が集まっている様だよ。上位入賞者には早速チェックが入るんじゃないかな」

 

「気が抜けないな」

 

ぽつりと漏らすように呟いた言葉を近寄ってきたシャルロットに拾われ、各学年ごとに見られている物は違えど視線は存在するという忠告のような物を受け、肩を竦めながら愚痴を零すとシャルロットは小さく笑った。

 

「バンショーは、ボーデヴィッヒさんをどうしたいの?」

 

「――話し合いの席に座らせる」

 

「じゃあ、最初から全力でやるんだね」

 

「......まぁ、な」

 

シャルロットにボーデヴィッヒの扱いをどうするかと聞かれ、ボーデヴィッヒを打ち負かして会話の席に着かせることにした旨を告げる。その意味を理解したのか、シャルロットは真剣な顔をして、戦うのか、と問い掛けてきた。俺はそれに掌を握ったり広げたりしながら眉を少し寄せて煮え切らない回答を示した。

 

「バンショー、迷っちゃダメだよ」

 

「迷わないさ。既に退ける状況じゃないんだ。奴が誰と組もうとその時は墜とす」

 

「感情的にならないようにね」

 

「それも解ってる」

 

シャルロットとは敵になるかもしれない可能性を考慮して模擬戦などを極力避けながらも、同室であるが故に仲睦まじく友好を深めていたつもりではある。しかしこう何かに付けて俺の身の周りの事をあれやこれやと言う癖は治らず、今でもこうして敵として回る可能性がほぼ確定しているのにも関わらず俺の心配ばかりをする。

 

「さて、こっちの準備は終わったよ」

 

「俺もだ」

 

シャルロットはISスーツの確認をし、俺はユニコーンを装着する最終段階のチェックリストにレ点を打ち終わった所だった。

 

「――そろそろ、対戦表が決まるはずだよ」

 

どういう理由でかは不明だが、タッグマッチへと移行してから従来まで使っていた抽選システムが不具合を起こし正しく機能しなくなり、本来なら前日に出来上がっているはずの対戦表も、仕方なしに手作りのクジ抽選に変更され、今朝から未だに続くそれによって、引かれたカードによりその場で決められたチームとの試合が行われる方針が取られていた。

 

未だに決まらぬ対戦表に落ち着かない心を無理矢理沈め、緊張して床を踵で鳴らす貧乏揺すりが止まらぬ右足の膝を軽く叩きながら深く息を吐いた。

 

「あ、出た......って、――え?」

 

「――やっぱり、か」

 

観客席を定点カメラが映し出す映像が止まり、対戦表が大きく表示される。それをシャルロットは声で報せ、すぐに固まった。その原因がなんとなく分かるのでゆっくりと首を上げてモニターを眺めると、モニターには次のように書かれていた。

 

―― 1年Aブロック 第一回戦 一組目  堺万掌:織斑一夏ペア 対 ラウラ・ボーデヴィッヒ:シャルル・デュノアペア ――

 

と。

 

「......本当に、フラグ回収しちゃったね」

 

「何、男のままのお前と俺がペアを組まなかった時点で男対男になることは何となく予想が付いてたし、第一回戦一組目なら必ず目玉をぶつけようとするはずだ。だったら、この構図になるのも必然だ」

 

「うーん......確かに、そうかも。じゃあ、互いに敵同士だけど全力で戦おうね。よろしく」

 

「こちらこそ。背中には気を付けろよ。味方が味方とは限らない」

 

「あははは......さすがにフレンドリーファイアは嫌かなぁ」

 

シャルロットは少し頭を働かせて悩んだ後、言われてみればそうだと納得した様子を見せた。そしてそのままモニターから俺に向き直り、握手を求めてきたので握手をしつつボーデヴィッヒに撃たれるかもな、と揶揄うとシャルロットは頬を軽く掻きながら苦い笑いを浮かべて否定し切れないその可能性に顔を青くしていた。

 

「じゃあ――全力で」

 

「うん。全力で」

 

互いに不敵な笑みを浮かべ、握り拳を作った手の底を軽くぶつけ合い、更衣室を後にする。薄暗い廊下を抜け、搬入口を通らずそのまま通過して操縦者通路を歩き――ピットへ到着する。

 

「では、デュノアくん、堺くん、同時に発進を開始しますのでISの装着をお願いします」

 

「はい。――装着完了しました」

 

「了解。行くぞ、ユニコーン」

 

担当教師のアナウンスの下、シャルロットと俺は互いにISを装着し、準備完了を告げる為にサムズアップを送る。

 

「IS装着確認。異常なし。カタパルトレールへ移動をお願いします」

 

機体を浮かせたまま誘導に従いカタパルトレール内へ移動すると、ISのハイパーセンサーが同期して近未来的なインターフェースが表示され、発進時のガイドラインが出現する。

 

それを目視で消すと同時に前傾姿勢を取りながら左腕にアームド・アーマーDEを展開し、両肩にマウントされた3連装ミサイル・ランチャーの安全装置が作動していることを確認した。ロック確認、安全装置は作動している。

 

「カタパルトレール内到着を確認。両名の準備よし。ゲート解放開始。ゲート解放確認、ゲート解放正常に作動。3カウント開始」

 

天井部に取り付けられた3基一組の信号灯が一斉に点灯を開始する。

 

 

 

3、ISスタンバイOK、予想進路に障害物なし。カタパルトレール内に退避遅延者確認できず。

 

2、ゲート解放完了、誘導灯点灯開始。カタパルトレール内隔離完了。

 

1、最終確認開始......システムオールグリーン、発進シークエンスの最終項目の譲渡...譲渡を確認。

 

 

 

信号灯が、待機を告げる赤から、青へと切り替わった。

 

 

 

 

「シャルル・デュノア、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』――行きます!」 

 

「堺万掌、IS『ユニコーン』 出る!」

 

一足先に飛び出したシャルロットに続き、視界の彼方に見える光へ目掛けてバックパックのスラスターを全力で吹かし、カタパルトレール内に巻き起こる旋風に背中を押される感触を確かめながら空気を引き裂いてアリーナ内へ俺は飛び出した。

 

 

 

 

既にアリーナ中央部に構えている一夏とボーデヴィッヒは俺たちを待っていた様で、シャルロットと衝突しない様に距離を調節しながら慣性を徐々に殺しながら推力比を加増減させて中央部へ到着する。正面に立つ一夏が小さく微笑むのを見て、全身装甲に覆われた仮面の奥で俺も小さく笑った。そうして合流を終えると、お互い隣に立つ人物へと向き合った。

一夏とボーデヴィッヒが、俺とシャルロットがそれぞれ対面する。

 

そのまま両チームは中央からやや離れ、互いに距離を取ってトーナメントの規定に従った位置にポジションを落ち着かせた。

 

「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」

 

「――私も、同じ気持ちだったよ」

 

ボーデヴィッヒと一夏が互いの意思を垣間に覗かせながら、俺とシャルロットは何も言わずにそのやり取りを眺めながら、闘志を滲ませていた。試合開始を告げる5カウントが時を刻む。

 

5...

 

4...

 

3...

 

こうも5秒という時間が長く感じるのは、ISに乗っているからだろうか。まるで時間の流れさえ知覚できてしまうのではないかと思える程のハイパーセンサーのそれに呑まれそうになりながら、緊張からか喉が縮まり呼吸が掠れる錯覚に陥る。

 

2...

 

1...短く息を吐き出して、思い切り吸いこんだ。

 

 

試合、開始。

 

 

 

 

「ぶちのめす」

 

「行くよ、万掌!」

 

開始を告げるブザーが鳴り響くと同時にボーデヴィッヒの大型砲に《WEAPON》レッドのマーカーが激しく拡張と収縮を繰り返し警告を発する。それを見た一夏が瞬時加速でボーデヴィッヒへ突っ込んでいき、俺はそれを援護する為に頭部マシンガンをオンラインに切り替え、マニュアルで3点バースト射撃を何度か行う。改良された新型の頭部マシンガンは弾丸自体が非常に重量のある専用弾へ変更された為に、連射してしまうと発砲煙によって自身の視界不良を招きかねない。高速戦闘時以外では細かく撃ち分けて発砲煙が視界を覆うのを防ぐ必要があるが故の3点バースト射撃だった。

 

「させないよ!」

 

「――!」

 

ボーデヴィッヒがたかが頭部マシンガンと侮り、数発食らった所で装甲の一部が破損した事を受け顔色を変える。下がれると厄介なので後方へ逃れる道を弾丸で潰して嫌が応でも前方へ退避させることで一夏と衝突させる時間を縮めた。が、そこでシャルロットがボーデヴィッヒとは逆サイドから二丁のライフルをフルオートでばら撒きながら距離を詰めてくるので、頭部マシンガンでボーデヴィッヒの後退路をなるべく塞ぐように撃ちつつ空の右手にハイパー・バズーカを呼び出す。ジグザグ回避に上昇・下降を交えた乱雑機動を描いてライフルの吐き出す炸裂弾の雨から後退しつつ、アームド・アーマーDEを展開しシールドとしての機能を活用して身を守る。

 

一夏の援護を中断し、顔の正面をシャルロットに向けながら右肩にマウントされた3連装ミサイル・ランチャーをオンラインに切り替え、アームド・アーマーDEを眼前から退かす。ミサイル・ランチャーの安全装置を解除するとミサイルのハッチが開き、ミサイルの発射を阻害する留め具がパージされる。そのまま無誘導で一発ずつ薙ぐように撃つと僅かながらの反動に上半身が後ろに反れ掛けるが、ユニコーンの補助によって姿勢制御が為される。全弾を撃ちきって飾りと化した右肩のミサイル・ランチャーを即座に放棄し、右肩の可動域を広げると同時に呼び出していたハイパー・バズーカが手に握られる。サイドアームとして装備していた肩に装備されていた物と同じ3連装ミサイル・ランチャーを、今度はシャルロットをロックしつつ連射する。上下左右斜め、その全てに近接信管榴弾の弾頭がシャルロットの周囲を覆う中で速射型に改造されたハイパー・バズーカをフルオートでシャルロット目掛けて発砲する。更に面制圧力を増やす為にシールドを閉じたアームド・アーマーDEのビーム・キャノンと頭部マシンガンも加える事で重厚な弾幕を生み出す事に成功した。

 

「――くっ!」

 

「そこ!」

 

シャルロットが逃げ場が限られる僅かな隙間を模索して足を止めた間に左脚部にマウントされたミサイルポッドをシャルロットが見つけるであろう回避のラインに置く様にして先制の3連射を行う。空になったミサイルポッドが自動的にパージされるが、それに目もくれずビーム・キャノンを連射する。

 

「っ――!」

 

シャルロットは攻撃の為に回していたライフルを対空防御へと切り替え、その場に留まりながら迫り来るミサイルの群れ目掛けて射撃を敢行。足を止めたその隙にアームド・アーマーDEを一瞬だけ浮遊させ左腕部のホルダーに収納されたビーム・サーベルを引き抜く。スラスターが放出する出力を最大まで引き上げ、ゆったりと持ち上がる機体が加速に押されると同時に機体の加速に伴って生体補助機能が緩和していたGの感触が、肉体に伝わり始める。引き抜いたビーム・サーベルのエネルギー放出口からマゼンタ色のビームエネルギーが生み出す灼熱の刀身が形成され、浮遊させていたアームド・アーマーDEを再度左腕部にマウントして固定した後にビームキャノンとして使っていた機能を切り、180度反転させて追加スラスターとして扱うことで更にシャルロットへの接近を急がせる下駄として使う。

 

「――おぉおおおおッ!」

 

「っ!――ここ!」

 

ミサイル弾幕を粗方取り除いたシャルロットは即座に突撃する俺を墜とす為に武装をショットガン2丁に変更し、対空防御弾幕を面に展開。轟音と銃口から刹那的に見える閃光と、放たれたショットガンの弾丸を捉えるハイパーセンサーに感動を覚えながらバレルロールでショットガンの有効範囲から逃れるが、僅かに装甲に被弾し装甲の一部が欠ける。しかし些細なダメージであった為に気にせず更に接近する。

 

「散弾ではなぁ!」

 

「なっ!?」

 

推力比が1を軽く超えるISの機動性を活かし、戦闘機では実現不可能な機動で太陽を背にした位置まで上昇し、それを追いかけ、俺を見上げたシャルロットは見えすぎるハイパーセンサーの影響で太陽を直視し目を細める。人の癖というものだろう、手を掲げて太陽から視界を塞がざるを得なくなったシャルロットはそれに歯噛みしつつ、視界を覆いながらもう片方の手に握ったショットガンを連射した。その狙いの甘い弾幕を気にせず、追加スラスターとして使っていたアームド・アーマーDEを再びビーム・キャノンに転換させ、再度射撃を行う。狙うのはシャルロットが太陽から目を守るために翳した手に握られているショットガンであり、ビーム・キャノンの一射が吸いこまれるようにショットガンの銃身に直撃し、エネルギー弾が銃身を溶解させ誘爆を引き起こす。右手に握るビームサーベルを逆手で持ち、刀身を小指側へ向けながら未だに太陽を背に突撃をするとシャルロットは破壊されたショットガンの代わりにシールドを呼び出して防御を固めた。

 

「う、っ...なら――!」

 

「――ちぃ!」

 

シャルロットへ斬りかかる為には高度差を同じにしなければならず、限界まで太陽を利用した俺はシャルロット目掛けて機体の高度を下げ始める。それと同時に視界の回復したシャルロットのショットガンの精度が上がり始め、牽制射代わりにバカスカ撃っていたアームド・アーマーDEをシールドへ切り替えて致命的損傷を起こし得る物だけを防ぎ、僅かながらの被弾は気にも留めずに突っ込んでいく。

 

いよいよ接近戦の距離に到達するとシャルロットがシールドを構え、その機体をボーデヴィッヒ側へと動かし始めた。全天を捉えるハイパーセンサーの一端に映っていた一夏とボーデヴィッヒの戦闘が、最も意識の集中する真正面に収まる位置に移動した。

 

一瞬だけ其方に意識を集中させると一夏はボーデヴィッヒのISに搭載されている特殊兵装、A(アクティブ)I(イナーシャル)C(キャンセラー)...慣性停止能力の影響で斬りかかったものの動きを止められている様で、ボーデヴィッヒはそんな一夏に大型砲の砲口を向け、今にも撃たんばかりの体勢で残酷な笑みを浮かべ勝ち誇っているのが見えた。

 

「これからだ!」

 

「何の話!」

 

「堕とすのさ!」

 

「――ああ、そう!――って、うえぇ!?」

 

一夏のサポートを最優先に切り替える為に、シャルロットのショットガンをシールドで防ぎながら機体の出力差で無理矢理追いつく。逆手で持ったビーム・サーベルをシールドの影に忍ばせながら、右腕を後ろへ引いて限界まで刀身を隠しつつシャルロットのシールドとアームド・アーマーDEが衝突し、そのまま下がろうとするシャルロットに前に進もうとする俺の出力が合わさり、凄まじい勢いで後退を始める。その直後にはボーデヴィッヒにシャルロットをぶつけようとする俺の意図を理解したのか、シャルロットは後退を止めて全力でスラスターを前進に切り替えた。シャルロットは世代差から生じる出力の差に押されながらもシールドを斜め上方へ跳ね上げようと試み、それに乗った俺も同様にすることで互いがシールドを打ち上げた状態が形成され視界が広がった。

 

その間にシャルロットに愚痴を零す様に、勝負は始まったばかりなのに既に勝った気でいるボーデヴィッヒに忠告するように叫び、シャルロットがそれに応じるがイマイチ分からなかった様で、思考のほとんどを戦闘行為に割いている為に短い言葉でボーデヴィッヒを獣から人に戻すと伝えるとなんとなく理解してくれたのか、シャルロットは空いた手に残るショットガンを構えながら話を打ち切って、がら空きになった俺の正面目掛けて突きつけたそれが火を噴いた。が、回避を任せていたユニコーンが肉体を捻じ切らん勢いで身体を左斜め前方へ捻りながら突き進み、アームド・アーマーDEをスライドさせて手首で展開し、普段より腕1本分ほど伸びたアームド・アーマーDEを鈍器代わりに使いショットガンを殴りつけることで射線を無理矢理逸らすことで致命的損傷を与える確率を大幅に下げ、斬りつける為に身体のラインに隠していた右腕が被弾することも無くやり過ごすことに成功する。観客席に座る桜井主任が顔を青くして立ち上がるのが見え、やっちまった事を心の隅で謝罪しながら、殴り付けたショットガンの内側に忍ばせたアームド・アーマーDEを腰の捻りと左腕の引き戻しを連動させたパリィで弾き上げ、シャルロットの胴体を逆にがら空きにさせる。

 

そのまま逆手に持ったビーム・サーベルを突きでも放つかのような動きで穿つとシャルロットは咄嗟にシールドを解除し、胴体の前で再度出現させるがエネルギーの刃が迫ってこない事に気付き対応に移る。が、それよりも俺の方が速い。パリィで左側に捻らせた上半身の動きに連動して右肩が前に移動し、左肩が後方へ下がっていく。そうして大きく振られた右腕をスナップさせながら、逆手のビーム・サーベルが正面からではなく、側面からシャルロットを襲う。

 

「っ、この――ッ!」

 

シャルロットがシールドを即座に左手にリポップさせビーム・サーベルを受けながら、カウンターとして出現させた大口径ライフルを頭部マシンガンで先手を取って潰す。大質量弾に圧し折られ破壊されたライフルに顔を少し青くするシャルロットを、シールドを溶断し切ったビーム・サーベルが襲う。しかし咄嗟に後方へ下がったシャルロットの判断が功を奏し、胸部装甲の一部を焼き切っただけで振り抜けてしまった。だが逆手に持ったビーム・サーベルの意味がこの体勢で活きてくる。

 

中途半端な格好で左半身側へと振り抜いた右腕が握る逆手のビーム・サーベルの刀身を一度消滅させ、手放しながら柄を親指で弾き回転させ、正しく握り直したビーム・サーベルに再びマゼンタ色のエネルギー刀身を形成させ、前進しながら、一気に右側上方へ引き戻す動きで右手に握ったビーム・サーベルで豪快に切り上げる。それと同時に左肩にマウントされた3連装ミサイル・ランチャーのロックを解除し、ボーデヴィッヒ目掛け無誘導で一斉射を行う。

 

「え、え!?」

 

「ISは、こういう事も出来るんだろ!」

 

「――わ、く、避けて!」

 

「何――がぁっ!」

 

左肩のミサイル・ランチャーが一斉射された反動を敢えて殺さず、上半身が反れて下半身が持ち上がる。空中なのに倒れそうになる感覚を感じながら右足を振り上げ、ユニコーンの機体制御によって頭部を左側へ流しながらその場で側転をするように動き、振り抜いた右腕と胴体をカバーする為に右足を振り抜いてシャルロットを蹴り飛ばしてやると、シャルロットはまさか蹴られるとは思っていなかった様で動揺しながら吹き飛ばされる。ISによる白兵戦は、ボーデヴィッヒがセシリアと鈴音を殴りつけていた所から得たヒントを元に咄嗟に思い付いた物だったが、なかなかに強烈な一撃が入ったようで、シャルロットは慣性制御を急ぐが間に合わず、一夏を煽るので忙しいボーデヴィッヒはその対処に遅れてしまい衝突して互いが絡み合ったまま地面に墜落した。

 

ボーデヴィッヒの集中が途切れ、AICから解放された一夏はそのまま雪片弐型でボーデヴィッヒのワイヤーブレード1本を斬り飛ばして無力化し、瞬時加速で即座に団子状態の一角から脱出した。一夏の脱出を確認した俺はこの機会を逃すつもりは無く、右脚部のミサイルポッドと左腕に呼び出したもう1基のハイパー・バズーカ+3連装ミサイル・ランチャー両兵装の全弾を斉射する。更に頭部マシンガンもこの時ばかりはフルオートで容赦なく弾幕を張り続ける。

 

爆音が響き、黒煙に覆われた地上を眺めながら視界を覆い始めた発砲煙を晴らす為に頭部マシンガンの連射を中断し、高度を取った。

 

「万掌、ありがとう!」

 

「気にすんな。それに、まだ終わってない」

 

「解ってる」

 

フォローに対して感謝を告げる一夏と短く言葉を交わし、黒煙渦巻く地面を睨みつけながら残った武装を確認する。アームド・アーマーDE、ビーム・サーベル4基、頭部マシンガン残弾128発、そして――ビーム・マグナムが残弾5発、予備弾倉2基の完全状態で残っている。

 

ボーデヴィッヒもシャルロットも、ビーム・マグナムの恐ろしさは体験済みだろうから必ず警戒する。そう思って今の今まで伏せていた切り札だったが、この辺りで戦局を完全有利に持っていく為に使用を解禁することにした。

 

右手に呼び出したビーム・マグナムを握り、両手で黒煙の中心目掛けて1発撃ち込む。内臓された冷却装置が呻り声を上げて供給される過剰エネルギーによって砲身が溶融しないよう冷却され、正しく供与された破壊の力が砲身を通過し砲口へ近づく度に増幅ユニットを通過していきその輝きを太陽のそれに近付けていく。砲口に収縮したエネルギーの光弾は周囲の空間を陽炎で揺らすほどの熱量を発し、周囲の光景から砲口へ目を移すにつれて空間歪曲に凄まじい放電音を立てるスパーク、目が眩むような光量を放つ小さな太陽、それを自由に操る真っ白な全身装甲のISと、見る者を圧倒する光景が生み出された。観客席に座る来賓はその眩さに思わず手を翳して自らの目を光から守り――次の瞬間には甲高い放射音を立てて真っ直ぐに突き進む白光球は一瞬だけその進路上に存在していた全ての原子を焼き尽くし、虚無へと作り替えながら突き進んでいく。その後を辿るのは残滓とも言うべき僅かなエネルギーにも関わらず、周囲に強烈な紫電を撒き散らし白光球を追いかける放射ビーム。どちらも、食らってはいけない類の兵装だと一目見れば分かるものだった。それが黒煙の中に飲み込まれる直前、静止した。

 

「――忌々しい、太陽め」

 

煙を吹き上げて黒煙を晴らし、その姿を太陽の下に晒したボーデヴィッヒはワイヤーブレードを使いシャルロットを絡めとり、眼前に突き出していた。シャルロットのISはダメージレベルが大きく上がっており、シャルロットも苦々しい顔をしている。どうやら、俺の攻撃全てをシールド代わりにシャルロットを使って防いだ様で、ボーデヴィッヒはそこまで致命的な損傷を受けている様子は見られない。AICを使い、ビーム・マグナムをその場で止めたボーデヴィッヒはシャルロットをワイヤーブレードで操作して、ビーム・マグナムの射線に置き、AICをキャンセルした。直後――拘束されたシャルロットが、太陽に包まれた。

 

過剰なまでの破壊力を秘めた光球が突き刺さると同時、触れた装甲の一部が溶融しては焼失するを幾何か繰り返し、光が収まった所でシャルロットのISが大破判定を受けて戦闘不能状態に陥ったアナウンスが通達される。

 

「元々ダメージを食らっていたとはいえ......恐ろしい威力だ。――やはりビンテージ......使えん奴だったが、まぁ盾代わりと効力確認程度くらいには使えたか」

 

既に用済みと言わんばかりに冷めた目でシャルロットを一瞥したボーデヴィッヒは、もはや盾にすらならないと言いながらシャルロットをアリーナの外壁に放り投げ、俺と一夏を睨みつけた。

 

「さて、続きと行くか。来い、理想を掲げる弱者共。現実を教えてやる」

 

尊大な態度で手招きをして挑発するボーデヴィッヒの傲慢さに、パートナーを道具としか思わぬ在り方に怒りが滲み、その怒りに共感したユニコーンの内側から、鮮烈な赤が装甲の奥から溢れ始める。

 

 

「――行くぞ、一夏」

 

「――うん!」

 

こんなやり方でシャルロットが退場するとは思っていなかったが、ボーデヴィッヒを一人にする作戦の第一段階は達成した。

 

ここからが、俺たちの本当の作戦開始だ。

 

 

 




ビーム・マグナムの威力が高すぎて持て余し気味になってしまう。


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29話

なんか評価が増えてる...ありがたいですね。

先ずは福音戦までですが書かせて頂く所存です。

応援ありがとうございます。

感想をくださった読者の皆様、お気に入り登録をしてくださった皆さま、評価をしてくださった皆様、拙作をお読みくださりありがとうございます。


ラウラを人に堕としていきます。


18000字くらいあるので注意してお読みください。


追記:誤字脱字多すぎですね、すいません。気付いた点から順次加筆・修正していきます。

追記2:誤字報告がありましたので修正を加えました。報告ありがとうございます!



ワイヤーブレードが1本欠落したボーデヴィッヒだが、その顔色に大きな変化は見られない。むしろ、本人はその余裕さを一層増して横柄に構えては空いた手をくいくいと曲げて俺と一夏を挑発し、口元に作った獰猛な笑みは深みを増すばかり。

 

右手に装備していたビーム・マグナムをアームド・アーマーDEを収納する代わりに左手に持ち替えてから、一夏に個人間秘匿通信を用いて俺は短く言葉を発した。

 

「――先に仕掛ける。背中、預けた」

 

「まかせて!」

 

瞬時のやり取りであった。一夏の返事を聞くよりも先だったかもしれない。一夏を信じて、後に続いてくると信頼して俺が先手を切り、ボーデヴィッヒへと突撃を開始する。機体の加速に圧迫感を感じながら、ボーデヴィッヒのその手首のプラズマブレード2本と、未だに堅牢な守りを主張する3本のワイヤーブレードが征く手を阻む。一零停止、即座にその場で急制動を取り、静止した俺がブレード群を消し飛ばそうとビーム・マグナムを構えれば、ボーデヴィッヒはそれを予知していたかのように叫んだ。

 

「それは使わせん!」

 

ボーデヴィッヒが右手を翳す。が、それよりも先に俺は大きく手首をスナップさせ、自身の後方にビーム・マグナムを放棄した。ボーデヴィッヒが怪訝な顔をしつつ俺をAICで拘束し、2本のプラズマブレードを撓らせて鞭のように薙ぐ。装甲が焼き切られる感覚に背中をひやりと汗が伝ったような感じがした。本来であれば、そういった恐怖心さえもある程度はISの操縦者保護機能でサポートされるはずなのだが、俺はその保護機能の保護圏外に出るほどの恐怖心を感じている様だ。

 

「ふん。このAICの前では、平等に無力だ」

 

「ぐ!......確かに、一人ならそうだろうな。だが俺たちは――」

 

プラズマブレードの一本が胸部装甲の表面をカリカリと短く往復を繰り返し、重点的に装甲板の重層を溶融させてプラズマブレードを奥へ、奥へと焦らす様に、しかしながら確実に内部へ捻じ込んでくる。ユニコーンの発する警告により、言い知れぬ不安に呑まれ掛ける。たしかにボーデヴィッヒの言う通り、AICがあれば一対一の状況では優勢を確保できるのは容易いし、心を折る事も容易だろう。しかしながら、今回ばかりはそうはいかない。このトーナメントはタッグマッチ方式になっているからだ。つまり、今の俺には誰よりも信頼できるパートナーがいる。

 

「二人なんだよね!」

 

「――!織斑一夏ァ...ッ!」

 

俺の機体の影に隠れるように移動しながら、一夏が俺の捨てたビーム・マグナムを左手に装備して飛び出す。なぜビーム・マグナムが持てるかというと、使用許諾を以前発行していた物をそのまま残していたからだ。何も言わずにやったアドリブではあるが、以心伝心というのだろうか。一夏は俺がビーム・マグナムを捨てた理由を理解し、拾ってくれた。

 

飛び出した一夏を見て顔を憤怒に歪めたボーデヴィッヒであったが、一夏がビーム・マグナムを発射しようとトリガーを押し込んだことで一気に冷静になり、AICを解除して全力で射線から離脱を計る。超至近距離からの放射であった為に光に覆われる視界にボーデヴィッヒは舌打ちをしながらも、流石というべきだろうか。即座の判断で後退し、一夏の放ったビームマグナムの光弾を回避し、軌跡に残る放射ビームさえも地面に吸わせることで対処した。光弾が直撃したアリーナの地面は溶解し、真っ白な光を放つクレーターを作り、そのクレーターの中心部からはボゴン、ゴボ、と、まるで溶岩が胎動するように音の鼓動を掻き立てている。それを見た一夏とボーデヴィッヒはビーム・マグナムを凝視し、その威力の高さを改めて理解したのだろう。一夏は再度ビーム・マグナムを撃とうと構えるが、ボーデヴィッヒはそれを許さない。

 

ワイヤーブレードを使い、ビーム・マグナムを集中的に攻撃しようとするボーデヴィッヒの迎撃を余儀なくされた一夏は雪片弐型を振るい、不規則に捻れるワイヤーブレードの切先を見事に見切って斬り捌いていく。そこでようやくAICの効力が完全に消滅したのか、自由に動けるようになった俺は頭部マシンガンを単発射撃で撃ちながら、ボーデヴィッヒを一夏から遠ざける為に本体に攻撃を開始する。

 

「ちぃっ!」

 

先の頭部マシンガンの威力を味わっているボーデヴィッヒは舌打ちをしながら後退を余儀なくされ、右肩に装備した大口径レールカノンが一夏を狙い、そのアシストでプラズマブレードを使い一夏を足止めさせ確実に当てる積りのようだ。一夏の援護の為に射線に割って入ろうとするが、ボーデヴィッヒは俺にワイヤーブレードの全てを回し妨害をしてくる。歯噛みしながら波のように押し寄せる鞭の如きそれをビーム・サーベルを振りまわし、完全に弾くのではなく機体に大きな損傷が出ない程度に逸らして、とにかく振れる回数を増やす。時折ワイヤーを狙うが、焼き切られることを理解しているボーデヴィッヒがそれを許すはずもなく、ビーム・サーベルが通るラインに置かれたワイヤーブレードは即座にボーデヴィッヒの下へ戻っていき、ビーム・サーベルが振るわれた直後に再度射出される。

 

「一夏、避けろ!」

 

「無――理!」

 

僅かに残った頭部マシンガンも迎撃に回し、一夏の下へ急ごうとするがそれよりも先にボーデヴィッヒはその場でプラズマブレードに対処している一夏にレールカノンを撃ち放った。なんとか避けてくれと頼むが、それはなかなかに残酷な宣言であったらしく、無情にも砲口から飛び出したソレが一夏に吸い込まれる様に飛んでいき、滑り込んで直撃した。人の顔を3つ並べても足りないほど巨大な空薬莢が薬室から排莢され、地面に落下し、鈍く甲高い金属音を立てて転がる。一夏の安否を確認する為に、全方位視界を確保しているが、人の癖でつい顔を其方に向けてしまい周囲への視界確保が疎かになってしまった。それを、ボーデヴィッヒが見逃すはずも無く。

 

「――そうやって、他者に頼るから無様を晒すのだ」

 

「っ!しま――」

 

その一瞬を突かれた俺は、かつての鈴音や先程のシャルロットと同じようにワイヤーブレードに拘束され、縛り上げられてしまった。そのまま、プラズマブレードで再び蹂躙の限りを尽くされる訳にも行かず僅かながらの抵抗で頭部マシンガンを3点バーストを数度繰り返す。

 

「もとよりAICの弱点など知り尽くしている。ならばどうするか。一対一の状況を作り出してやればいいだけの事。私にはその能力がある」

 

ボーデヴィッヒは冷めた目で、勝利を確信した醜悪な笑みを口元に張り付けて高らかに宣言をしながらマシンガンの弾丸をAICで止めていた。それを見た俺はこれ以上の攻撃は通用しないと悟り、射撃を中止する。

 

「一つ、面白い物を見せてやろう。特等席でな」

 

ボーデヴィッヒは俺を拘束していないプラズマブレードの1本を目の前で泳がせた後、ゆったりとそのプラズマブレードを、ボーデヴィッヒを狙う弾丸の雨に押し当て、その軌道をボーデヴィッヒから――レールカノンの直撃を受けて吹き飛び、アリーナの壁に衝突したまま立ち上がれずにいる一夏へと修正した。それが何を意味するのかを理解し、血の気が一気に引く。

 

「自分の弾丸で、相棒を傷つけたら――貴様はどんな顔をするのだろうな」

 

「きゃ、あっ――!」

 

AICが解除されると同時に、1発400g以上の大質量を誇る銃弾の雨が、未だアリーナの壁に背を預ける一夏に襲いかかる。白式の装甲にヒビが入り、一夏の体が跳ねた。一夏は壁に浅くぶつかっては反動で押し返され、押し返された所を次の弾丸が押し返し、また壁にぶつかるというサイクルを数度繰り返し、沈んだ。アナウンスでは戦闘不能宣言がされていない事からまだ無事ではあるのだろう。ボーデヴィッヒは一夏の有様が面白かったのか愉快そうに哂い、俺を見やる。

 

「どうだ、これがパートナーとやらだ。一人でも、二人を相手取るのは容易い」

 

「――お前は、獣だな」

 

ラウラは人を侮辱する笑みを浮かべたまま、俺にパートナーなど必要ないと言ってみせる。その在り方は孤高であり、孤独であった。一人で生き続けてきた者が作り出す哀愁と憤怒の色を灯す瞳を見て、俺は獣のような生き方だと喉を割いて出てきた言葉を留める事無く吐き出した。

 

「...獣だと?――獣ならば、どうした」

 

獣と表現されたことに僅かに眉を寄せ、浮かべていた笑みを掻き消したボーデヴィッヒは俺の四肢に巻き付けたワイヤーブレードをそれぞれ胴体から遠ざける様に引き寄せる。四肢と繋がっているIS各部が引き千切られる引力を検知して警告を発し、視界が真っ赤に染まりアラートが鳴り響く。

 

「俺、たちが――お前を、人に堕とす!」

 

「......俺たち?...実に下らん。この期に及んでなお二人で挑むか......口ばかり達者な奴だ。――飽きた、消えろ」

 

何の興味も示さなくなった、無色の瞳を以て一瞥したボーデヴィッヒは最早語ることは無いと言わんばかりにワイヤーブレードで縛りつけていた俺を一夏の下へ振り子運動でエネルギーを稼いでから、全力で吹き飛ばす。俺の落下先には一夏が雪片弐型を杖代わりに立ち上がり掛けている所だった。このままでは衝突すると思い、対処策を練るが、ユニコーンがレールカノンのマーカーがレッドに移行したことを知らせてきた。それに釣られて意識を向ければ、ボーデヴィッヒは空中で俺を落とすつもりなのかレールカノンが発砲体勢へ移行し、砲弾が発射された。

 

錐揉み回転を起こしながら飛んでいく機体の制御をユニコーンに任せながら、左腕にアームド・アーマーDEを展開、即座にシールドを起動して迫り来る砲弾の弾頭に添え、ビーム・サーベルの刀身を収め、握ったままの右手を左手首の内側に当て、押し負けそうになる威力の一撃を相殺させる。ユニコーンが地面に両踵を押し付けたことを感覚で察知し、そのまま体重を掛けて地面に轍道を作りながら踏ん張って停止し、機体が静止した直後、一瞬だけ静止慣性が働き、逆側――つまり、前へ押し出される力が働いた所に左腕を右手で、上方へ弾くことで砲弾をパリィすることに成功した。その直後にはまた少し圧され、二歩、三歩と後退し...安定した。あと三歩下がれば、そこには一夏が居る。ギリギリのラインではあるが防御に成功した。しかし、このまま次弾を撃たれたなら、どうなるか分かったものではない。

 

それを避けるためにアームド・アーマーDEを収納し、クリアになった前方視界に映るボーデヴィッヒ目掛けて頭部マシンガンをフルオートで連射していく。ボーデヴィッヒは鬱陶しそうにそれをAICで防ぎ、俺たちはその光景が見えなくなるほどに濃密な発砲煙が周囲を覆い始め、それからほんの数秒ほどで完全に一帯を覆い隠していった。

 

 

 

 

 

 

 

残弾を全て消費し、わざと作り上げた疑似煙幕の中で前方を警戒しつつ一夏に声を掛ける。

 

「一夏、立てるか」

 

「万掌......手を、握って」

 

「――分かった」

 

ボーデヴィッヒが発砲時のマズルフラッシュを頼りに射撃してくるかもしれない事を考え、頭部マシンガンを全弾を撃ち切った後にアームド・アーマーDEを展開して前面防御を固めていると、一夏が手を握ってほしいと言ってきたので其方に意識を集中させると、一夏は右手をおずおずと伸ばしてきた。ハイパーセンサーの視界に映る一夏の右手は少し震えており、恐怖に揺らいでいるのが理解できた。短く了承を告げ、力強く伸ばされた右手を、同じ様に一度ビーム・サーベルを収納した右手で掴んで握り締める。

 

「俺たち二人で」

 

「......うん。私たち、二人で!」

 

ほんの数秒ほど、力なく握られていた俺の手に掛かる力が強くなった。一夏が握り返してきたからだろう。それを確認した俺は再度前方へ意識を集中させ、ビーム・サーベルを抜刀し直し、体勢を整えて隣に立つ一夏と共に煙幕から飛び出す準備を進めていく。

 

「バンショー、これ返しておくね」

 

「よし――じゃあ、第二ラウンド...行くぞ!」

 

一夏はそう言って、ビーム・マグナムを俺のバックパックにマウントして固定した。それを受け取り、恐らく再び襲ってくるであろうAICを利用した自弾再利用攻撃を警戒してアームド・アーマーDEを前方に構えながら、一気に煙幕の中から地を舐める超低空飛行で飛び出す。この予想は正しく、ボーデヴィッヒは真正面へ飛び出した俺目掛けてAICを解除し、此方に弾頭の向いた大質量弾の雨が水平に降り注いだ。だが、それを何度も食らうほどに学習能力がない訳ではない。機体をやや右側へ傾け、瞬時加速を使って加速し、射線から飛び出るように脱出しながら右手に装備したビーム・サーベルの刀身を地面に突き刺して無理矢理ブレーキを掛けていく。その際に、アームド・アーマーDEを左側面防御に回してレールカノンの射線を塞ぎつつ、ボーデヴィッヒの左真横6mの距離にまで迫る。そのままノンストップでシールドを再度前方へ戻して左肩を前に、右肩を後ろに下げてビーム・サーベルの刀身をいつものように機体の影に隠し、90度曲る直角ターンを行いボーデヴィッヒに肉薄する。

 

「くどい!」

 

ビーム・サーベルを突き刺して無理矢理削り飛ばしたアリーナの地面から土煙が舞い上がり、濃煙に包まれ始めた低高度に舌打ちをしたボーデヴィッヒは目の鼻の先にまで迫った俺をAICで止め、レールカノンを零距離射撃する為に距離を一歩詰めた。

 

「やらせない!」

 

「何ィ!」

 

発砲まで秒読みとなった土壇場になり、俺の作りだした土煙をなぞって追尾してきた一夏は俺に遅れて土煙から飛び出し、俺のバックパックにマウントしたビーム・マグナムを再度回収すると、俺の背中にぶつかりながら無理矢理俺の左肩を押して左側面へ展開し、横飛びの体勢でボーデヴィッヒの右肩に装備されたレールカノンの砲身側面へとビーム・マグナムの先端を押し付けながらトリガーに指を掛けた。ボーデヴィッヒは突然の介入に動揺して一夏を見て、AICを解除して逃げるか、撃退するかの逡巡をした。

 

「――この距離ならっ!当たれぇえええ!」

 

「ぐぅうあああッ!」

 

正しく必中の距離。砲身を一部消滅させながら内部に生成されたビーム・マグナム弾がレールカノンを一瞬で溶けた鉄屑へ変貌させながら、ボーデヴィッヒの眼前を掠めてアリーナのシールドへ吸い込まれ、白雷を迸らせる。ボーデヴィッヒは突然の事態かつ、超至近距離でビーム・マグナム弾を直視したせいか右目を抑え苦しみながら誘爆に巻き込まれるのを防ぐ目的で即座にレールカノンをパージ。そのままプラズマブレードで一夏の追撃を妨害しながら左後方へ後退していく。目視が正確に出来なくなった影響か、AICが解除され再び自由になった俺は一夏に目配せをすると、顔は見えないはずなのに一夏はしっかりと頷いた。

 

「二人で!」

 

「行くぞ!」

 

残弾二発となったビーム・マグナムを主張するように眼前に突き出しながら追撃を仕掛ける一夏をAICで停止させたボーデヴィッヒ。その一夏の後方から上空を通過する形で飛び越えた俺は、白式の大型スラスターを蹴り飛ばして加速しつつボーデヴィッヒの近距離左側へ移動する。

 

「チィ――ッ!眼帯側ばかりに!」

 

「それが闘いだろう!」

 

ボーデヴィッヒが一夏を停止の継続しつつ、ワイヤーブレードを伸ばそうとしてくるので左腕に展開したアームド・アーマーDEを追加スラスターへと転回させた俺は更に加速。そのまま手首までスライドさせたシールドで射出されたワイヤーブレード一本を殴って軌道をずらし、もう一本を内側から外側へ弾くパリィで吹き飛ばす。最後の一本は食らっても問題ない。弾かれたワイヤーブレードが回収される前に素早く振るったビーム・サーベルの振り下ろしで一本を焼き切り、流れに乗せて右側へ薙ぐ様に払った一閃で残った一本も鎔断する。が、それで足を止めるわけではなく更にスラスターの出力を上げ、ボーデヴィッヒの左側面後方を陣取りながらビーム・サーベルを高出力モードへ切り替える。マゼンタ色の刀身は短くなる代わり、圧縮されたエネルギーはその膨大な熱量を訴えるかのような純白を示して光り輝く。振り返りながらその刃を突き立てようとするが、ボーデヴィッヒはその光の刃から逃れる為に一夏を止めていたAICを解除して一夏の方へ瞬時加速で突っ込んでいく。

 

「――撃てるものか!」

 

「くっ...!――でも...今!」

 

一夏はビーム・マグナムを撃とうと狙いを定めるが、ボーデヴィッヒが避けた場合には俺にビーム・マグナムが当たる可能性を考慮して撃てず、それを見たボーデヴィッヒはプラズマブレードを動かし、慣性に流される中で一夏を襲う。が、一夏もそれに負けず、左手に握っていた雪片弐型を右腕側へ流す形で残し、ボーデヴィッヒの右側面を抜けながらカウンターで一撃を叩き込んだ。

 

「――あ...が、ぁ......っ!?」

 

単調な動きかつ、制御の出来ない瞬時加速の影響で機体のコントロールが許されないまま、加速した肉体にカウンターを受けたボーデヴィッヒは何が起こったのか理解できず、一夏のカウンターによって変化した運動エネルギーの影響で乱回転しながら地面に衝突し、大きく地面を抉り飛ばしながら転がっていく。

 

「――この、弱者共がァアアア!!!」

 

地面に沈んだ機体から紫電を滾らせ、機体限界を知らせる兆候を見せ始めたボーデヴィッヒが今までの冷静さがまるで無かったかのように吼えた。が、上空へ飛翔した俺が逆手に握った高出力ビーム・サーベルを馬乗りの体勢で突き刺す為に急降下しているのを捉えたのだろう、大慌てで地面を引掻き、必死の形相でISを落下地点から逸らして回避した。

 

「――――...っ!」

 

突き刺す相手を見失った純白の短刀身が地面を容易くマグマへ変貌させ、湧き上がる蒸気に揺らぐ中で、フルフェイスを静かに持ち上げる。茹だる蜃気楼に溶け込むバイザーから発する翡翠色の細い眼光でボーデヴィッヒを見れば、息を呑むのが聞こえた。少しの間硬直したボーデヴィッヒは、突如気を持ち直してAICで俺を止め、その間に立ち上がり一夏を警戒した。

 

「当たれっ!」

 

「そう、何度も当たるか!見飽きたッ!」

 

射撃照準のない一夏が確実にビーム・マグナムを当てる為に接近してトリガーを押し込むが、0.3秒間のチャージ時間があることを数度撃たれて理解したボーデヴィッヒはその僅かな隙を突いてワイヤーブレードの最後の一本を使い弾き上げた銃口は宙を向き、一発がアリーナのシールドを白く染め上げるだけで不発に終わる。

 

「だったら――これで!」

 

「――......!?」

 

一夏は雪片弐型をスライドさせ、中からエネルギーで形成された刃...零落白夜を起動した。勝負を決めに行くつもりらしく、残弾一発のビーム・マグナムと一撃必殺の零落白夜、浪漫とも言うべき大火力を両手に携えたボーデヴィッヒはこれ以上一夏の接近を許さないと言わんばかりに、怒りと焦りで単調になった挙動のプラズマブレードを2本突き飛ばす。そのミスに気付き、ボーデヴィッヒはプラズマブレードを引き止め手繰り寄せようとするが、一夏の握るビーム・マグナムがそれを容赦なく妨害した。トリガーを押し込んだ一夏がマガジン内に装填された最後のエネルギー・パックから供給されたエネルギーを増幅して生成された小さな太陽が放射され、プラズマブレード2本を纏めて消し飛ばし、ボーデヴィッヒの顔面左側、浮遊している肩のアーマーも残滓と化した余波が呑み込み、光へ変えて消し飛ばす。ボーデヴィッヒはビームが突き抜けた真空が閉じる暴風に煽られながら思わずといった様子で、ハイパーセンサーにより左側へ顔を向け、通過していったビーム・マグナムのエネルギーの破壊力に表情を凍らせた。

 

「はっ......はっ......――武器はそれ一本だよ。......もう、諦めて」

 

「......舐めるなッ!たとえワイヤーブレード一本になろうとも!私はドイツ軍人だ!なればこそ――誇り高きゲルマン魂を以て斯く戦うだけのこと!」

 

「――恨むなよっ!」

 

冷めやらぬ興奮に息を荒げて呼吸する一夏が、全て撃ち切ったビーム・マグナムを下げながら零落白夜を収納しつつ、高周波ブレードに戻した雪片弐型を突き出して戦闘はボーデヴィッヒの敗北濃厚だと告げる。そのまま降伏を勧めるが、ボーデヴィッヒは自らを軍人だと言い切り最後まで戦うと叫んだ。同い年の少女が口走る言葉とは思えないそれに、後頭部を殴られた衝撃を感じながら自身の恵まれた環境に思いを馳せ――それを振り切り、軍人であれば絶望的な闘いになったとしても恨むのは無しだ、と、こちらも感情を乗せた声で叫び、ボーデヴィッヒへ後方から強襲を仕掛ける。一夏もそれに続き、前後からの挟撃と相成った。

 

「恨んでいる!既に貴様を!織斑一夏をな!」

 

「憎しみでは何も得られないと、なぜ理解しない!」

 

一夏をAICで捕縛し、前方からの突進を防いだボーデヴィッヒはワイヤーブレードを俺の方に回してビーム・サーベルを弾こうとするがアームド・アーマーDEは既に不要だと判断した為、収納して右腕部のホルダーからビーム・サーベルをもう一本引き抜き二刀流を形成して、迫り来るワイヤーブレードを弾き落とす為の近接防御を展開する。リーチが欲しかったので、何方も通常出力モードへと切り替えて振るい続ける。

 

「いいや、変わるさ。私は憎しみで強さを手に入れた!近接戦も得意かと焦ったが――甘いな!」

 

「――ぐ!それは強さじゃない!孤独になっただけだ!」

 

「だからどうした!」

 

「強さとは、戦うだけの力じゃないだろう!」

 

「私にとってはそれが全てだ!」

 

「それが獣だと言っているんだ!」

 

ワイヤーブレードの迎撃をしつつ、ボーデヴィッヒが対話に応じ始めている事に心境の変化を感じながら、迫り来る殺意の籠った一撃を弾く。が、弾く度にドス黒いオーラを纏っていく思念の籠る一撃は、その重さを増していき、やがて此方の防御が追いつかなくなった。拮抗した一撃が左手に握ったビーム・サーベルの出力装置が貫き、ビーム・サーベルを破壊する。やはり、左手での剣術は慣れていないこともあるせいか、隙が大きかったようだ。終わってしまった事を悔いるような時間も無く、内側に秘めた感情を表に出し始めたボーデヴィッヒの底力に、歯がガチガチと情けなく鳴り、背筋を凍らせる程の寒気を覚えた。

 

これが、一人で闘い続けた者の魂か。

 

なんと、冷たいのだろう。

 

「――それでも!」

 

「...動きが!?」

 

「人は一人では生きられない!支え合って生きていくんだ!」

 

「甘言ばかり!」

 

右手に残るビーム・サーベルを高出力モードに切り替え、胸の前に添えて構えた被弾覚悟の一撃で懐に突っ込んでいく。するとボーデヴィッヒは突然の攻防逆転に驚き、一夏に掛けていたAICをキャンセルし、その場から横――アリーナ中央へと飛び退く。AICを解除された一夏は逃げるボーデヴィッヒの追撃に移り、ボーデヴィッヒの背中を斬りつけんばかりに加速するがボーデヴィッヒは一零停止からの反転を行い、一夏の上段からの振り下ろしを回避して、カウンター気味に裏拳を放つ。その間に、一夏の背後にまで接近した俺は、一夏がその場で飛び退くのに合わせて逆に加速し、前に出る。そうして入れ替わる瞬間に一夏が再び、俺の背中にビーム・マグナムをマウントさせ返却してきた。

 

「俺はそうやって生きてきた!」

 

「――何故だ!なぜ、そうも弱い貴様が......こうも強い!?」

 

ボーデヴィッヒ目掛けて胸の中央に構えたビーム・サーベルを右側へ薙ぐが、踏み込みが一歩足りずに致命的損傷にはならず。胸部装甲の塗装が灼ける程度に留まってしまう。ならばもう一歩踏み込み、一撃を加えようと右腕を左側へ振り戻そうとするが逆に踏み込みすぎてしまい――いや。接近してきた、焦燥するボーデヴィッヒによって間合いが狂わされたようだ。右手首を抑えられ、正拳突きが飛んでくる。それを食らう訳にはいかず、左腕に出したアームド・アーマーDEで受け止め、この戦いの中で少しコツを掴んだパリィで、ボーデヴィッヒの拳を外側へ弾く。

 

「守りたいという想いさえも、力になる!」

 

「寝言を言うな!――認めたくないが、機体の技術差か!?」

 

「違う!支えてくれる人達に背中を押してもらって、俺は前に進み続けることが出来る!一人で突き進む孤独(きさま)とは違う!」

 

「そんな人間、存在しない!」

 

「貴様が見てこなかっただけだ!差し伸べられたはずの手を無視して、孤独で在ろうとしたお前の弱さがそれだ!」

 

抑えつけられた右手に残るビーム・サーベルがワイヤーブレードに弾かれ、後方へ飛んでいく。ボーデヴィッヒの表情が何とも言えぬ物に歪んでいき、震えていく。

 

「本音を語れ、ボーデヴィッヒ!その仮面の下に隠した醜い物を吐き出してしまえ!」

 

「――だまれ、だまれ、黙れぇえええッッッ!!!ずけずけと人の心に入り込む俗物め!」

 

「助けを求める事は弱さじゃないよ、ラウラ!」

 

アームド・アーマーDEで未だに手首を抑えつけているボーデヴィッヒの腕を殴って振り払い、ビーム・キャノンを連射する。ボーデヴィッヒはまだ飛び道具が残っていたことを忘れていたのか、瞳を見開いてジグザグに後退を開始した。俺はそれを追いかけようとするが、それよりも速く、主人加速を使った一夏が斬り込んでいく。片手にビーム・サーベルを、片手に零落白夜を握った状態で。

 

「ッ!織斑、一夏ァアアア!!!」

 

「私も――助けられて、前に進んだ人間だから!」

 

必殺の二刀流を構えた一夏は瞬時加速で得た速度を活かしタックルを撃ち込み、迎撃に向けられたボーデヴィッヒのワイヤーブレードを弾きながら本体に直撃し、慣性を殺しきった後に力なく揺れるワイヤーブレードを焼き落とす。

 

「認められるか......認められるものか!そんなこと!」

 

「人に頼る勇気も、強さになるよ」

 

顔をぐしゃぐしゃに歪め、動揺しているボーデヴィッヒはいよいよ武装が無くなってしまい拳闘戦を挑むために前進するが、一夏の慈愛の声と共に放たれた「X」字に斬り付ける必殺の連撃が無情にも機体を引き裂き、致命的損傷を与えた。

 

「――私は......私は......負ける、のか......?」

 

機体維持限界を告げる紫電がボーデヴィッヒのISを覆い始め、アナウンスが聞こえる頃だろうと思い、勝利を確信した一夏は、零落白夜を維持できなくなり、シールドエネルギーが底を尽いて雪片二型が消滅するのを少し呆けた様子で眺めていた。そんな一夏に声を掛けようとしたところで、眉間に閃きにも似た閃光が駆け抜ける。

 

「一夏下がれ!まだ何か来るぞ!」

 

「――ッ!」

 

力なく項垂れたボーデヴィッヒの眼帯が地面に落ちるが、その顔は沈んでおり見る事はできない。だが、言い知れぬ不安に包まれた俺の直感がこれから始まる何かを確実に察知していた。一夏を呼べば、即座に飛び退いて俺の隣にまで後退してくる。

 

「ぐ、あ......あ、ああ――あああああああああッッッッ!!!」

 

ボーデヴィッヒは凄まじい勢いで天を見上げたかと思えば、身を裂かれているのかと思う程の絶叫を発した。それだけで一夏はビーム・サーベルを構え、俺はビーム・キャノンの砲口をボーデヴィッヒへ突きつけた。だがそれも束の間で、次に起きた現象で俺たちは互いに顔を青くする。

 

破損痕や被弾痕、罅割れや装甲の一部が欠け、塗装の剥げたボーデヴィッヒのISを象っていた輪郭が突然飴細工のように溶け、どろりとした液体に変貌した。それだけでも奇怪だというのに、その現象はそこで終わらず、濁ったどす黒い悪意が、ボーデヴィッヒを奈落の底へ落としていく様に呑み込んでいく。

 

「万掌......なに、アレ......」

 

「知らない......あんな、悪意に満ちた物は......!」

 

一夏が肩を小さく震わせながら腰を少し引いて怯えつつ、俺にアレが何かと訊ねてくる。だが俺にもあんなものを知っているわけも無く、何よりあの黒い液体が放つ、邪気と呼ぶのが正しいほどのそれがボーデヴィッヒを手招きするように、迷子の子供を連れ去る様に呑み込んでいく状況に焦燥を覚えた。

 

ISは原則的に、変形をしない。例外として装甲の展開やパーツ位置の変動などで発生する変形はあるが、それは飽くまで拡張される機能の一部である。ISが装甲展開以外でその形を大きく変える時は、『初期化・最適化』と『形態移行』の2種類のみである。パッケージやイコライザに積んだ追加装備によって多少の外観変化はあれど、基礎形状が変形することはまずない。有り得ない出来事であるはずのそれが、目の前で起きている現実に俺たちは唖然として、行動を起こす事が出来ずにいた。

 

まるで粘土細工のようにISを構成していたパーツ全てが歪な形に歪み、ボーデヴィッヒを核にするように集まっていく。瞬間的に発生した変異の中で、眼帯で塞がれていたボーデヴィッヒの金色と普段の紅蓮のオッドアイが俺を見て――右手を伸ばした。ような、気がした。が、それも束の間の出来事。ボーデヴィッヒを完全に取り込んだ黒い液体は新しい肉体を形作り、その表面を何度か胎動するように脈動させてゆっくりと降りてきた。その黒い何かはボーデヴィッヒの肉体をそのまま利用したような少女らしい身体を作り上げ、その手足には従来のISを思わせる最小限の装甲らしき物が取り付けられている。頭部はフルフェイスのアーマーに覆われ、双眸にはセンサーがあるのか、顔面を覆う装甲の下で邪悪な烈火を力なく灯していた。

 

「......雪片...!」

 

一夏が苦悶の表情を浮かべて零した一言は、変態したボーデヴィッヒのISが握っていた武器の銘を指した。雪片。かつて千冬さんが握っていた武器であり、一夏が現在使っている武器の先代である。一夏はそれに思う所がある様で、激しい怒りに呑まれて武器を突き出そうとした所で、一夏を無理矢理掴んで引き留めた。

 

「――!離して、万掌!」

 

「一夏」

 

「...でも!あれは、千冬姉のデータなの!千冬姉だけの物なの!」

 

留められた一夏は、怒りと悲しみの混ざり合った表情で吼える。しかし、もう一度名前を呼ぶと少し冷静になったのか、突撃は止めた。それでも腕を引っ張って揺らす一夏の叫びを黙って聞いていると、黒いISが突発的に、かなりの速度で動き出した。

 

「――退け、一夏!」

 

「――っ!」

 

機体維持限界に到達している一夏を後ろに下げ、アームド・アーマーDEを突進してきた黒いISの眼前に突き出すと、黒いISは居合に見立てた刀を中腰に構え、必殺の一閃を薙いだ。ただそれだけで、マウントしていた固定装置が破損し、アームド・アーマーDEこそ砕けなかったものの、保持していた装置が持たずにシールド諸共吹き飛ばされ、身を守る物が完全に剥がされた。そのまま上段に構えた動作を見て、次にやってくる一撃を想起し咄嗟に逆加速を始めて後退を開始する。しかしそれもコンマ数秒間に合わず、縦一直線に振り下ろされた一撃が胸部装甲を掠めた。全方位視界で得られる背後の一夏を気に掛けて意識を向ければ、既に白式は消滅しており、生身のまま危険な位置に放り出された状態のまま固まっていた。戦おうにも武装がない。デストロイモードが起動しない。かといって下がろうにも一夏を構えたままでは退けない。

 

破れかぶれの突撃をしたところで、千冬さんの動きをそのままトレースした一撃を持つあの黒いISにヤケクソの攻撃が通じるとも思えない。八方塞がりのような状況の中、視界の隅から小さな光が瞬き、黒いISが小さくよろめいた。

 

「バン、ショー...!織斑さんを、早く!」

 

誰の援護だと思って光の射した方へ顔を向けると、シャルロットが紫電を巻き起こしたままのラファールをなんとか動かして、ライフルを構えていた。シャルロットは俺の視線を感じ、苦悶の表情のまま一夏を連れて下がれと叫ぶ。

 

「――すまん!任せた!」

 

「万掌!私まだ戦えるよ!」

 

「無茶を言うな!白式はエネルギー切れだろ!」

 

「そうだけど!でも、ラウラが!」

 

「......とにかく、今はシャルルの方へ!」

 

一夏を腕の中に抱きしめて背中を盾にしながらシャルロットの援護射撃の中を迅速に後退する。一夏は生身なので、なるべく苦にならない速度での離脱を求められるが、正直あまり構っていられるほどの余裕はなかった。

シャルロットの正確な射撃を物ともせずに近付いてくるので、気が気でない。安全圏まで離脱できたと思った矢先、瞬時加速を使い一瞬で真横に並ばれた事に唖然とし――追い抜いていった黒いISに思考が一瞬停止し、シャルロットへ攻撃を行ったことで脳が思考を再開した。

 

「――シャルル、射撃中止!その武装を投げ捨てて逃げろ!」

 

「え、あ...うん!」

 

シャルロットは俺の声に動揺したが、何か考えがあってのことだと信じて黒いISへライフルを投げ付けて、片足を地面に擦りつけながら退避を開始した。眼前に迫ったライフルを両断した黒いISは、大破状態のシャルロットに一切の興味を示すことは無く、その場に鎮座する。そのパターンの観測に成功したことで、憶測は確信に変わった。攻撃を受けた、もしくは攻撃性の高い武器を検知することで自動的に反撃・迎撃を行うプログラムのような物だろう。一夏はISがエネルギー切れで消滅し、俺は武装をほぼ全て消費した上で、吹き飛ばされたシールドを除いて残された武装はデストロイモードにならないと使えないビーム・サーベル2基のみ。それも今は通常形態なので使えず脅威度はゼロに等しい。シャルロットも何時エネルギーが尽きても可笑しくはない状態の為、脅威度は低いと判断された様だ。といっても、まだ腰部背面にマウントされた予備カートリッジを遣えばバックパックにマウントしたビーム・マグナムは再使用が可能になる。だが、それが千冬さんの動きを完全トレースするあの黒いISに通じるかと言われれば、言い淀んでしまう。

 

「バンショー!」

 

「シャルル、無事か?」

 

「ダメージレベルがCを超えているのが無事だって言うのなら、無事だよ」

 

姿勢制御機能が破損しているのか、千鳥足のような動きで俺と一夏の傍にやってきたシャルロットに安否確認をすると、軽口を返してきたので見た目こそ損傷が酷いが本人は健康そうで何よりだと感じる。

 

「――よし。3人揃ったことだし、作戦会議だ」

 

「......ボーデヴィッヒさんを助けるんだね、バンショー」

 

「ああ。俺の気のせいかもしれないが――奴はアレに呑まれる瞬間、助けを求めたような気がした。手を伸ばしたのなら、相手が誰であろうと俺はその手を掴みたい。助けられるのなら、助けたい」

 

その俺の言葉に、何故か笑みを浮かべる一夏とシャルロットに訝しむ目線を向けるが、二人はその視線を受けてもただ小さく笑っているだけ。

 

「バンショーは、そうじゃないとね。――でも、武器がないよ。シールドエネルギーも......」

 

「それに、なにより決定打が足りない。一番火力があるのは一夏だが、一夏の白式は完全にガス欠だ」

 

「零落白夜があれば、多分行けると思うの......どうかな、シャルル」

 

「僕のリヴァイヴのコア・バイパスを使って――バンショーのユニコーンから吸い上げたエネルギーを、そのまま織斑さんに流せば......一極限定でなら、動かせると思う」

 

一極限定。本来ISは全身に展開する物だが、特異的状況下に置かれた場合でもISを扱える様に、腕の一部にのみISを展開することで、性能を腕1本分しか発揮できない代わり、燃費も腕一本分で済む限定使用状態の事を指す。今回の場合は、一夏の右手にのみ白式の腕を展開させ、零落白夜を扱わせる形になる。だが......

 

「......怖いね、万掌」

 

「一夏......」

 

一夏は、自らが重大な責任を背負った事に小さく震えている。無理もない。ほぼ生身の状態で、ISを装備した千冬さんの前に行けと言われているのだ。勝ち目は限りなく薄いだろう。たとえそれが、偽物であったとしても。

 

「大丈夫だ。俺も一緒に行く」

 

「え......」

 

「俺も怖いけど......いざという時は、盾くらいにはなると思う」

 

「――――じゃあ、守られるワケにはいかないね」

 

一夏に渡すシールドエネルギーの量を少しでも増やす為にユニコーンを出現させたまま装着を解除して地面に着地しつつ、一夏の頭を軽く撫でて肉壁くらいの役割は果たせると格好付けてみた。一夏はその言葉を聴き、身体の震えを殺し、やる気に満ちた目で失敗はしないと言ってみせた。

 

「よし。シャルル、頼んだ」

 

「――うん、じゃあバンショーのコアから、僕のコアを経由して織斑さんの白式にエネルギーを供給するよ。本当に、やっていいんだね?」

 

「お願い、シャルル」

 

アリーナのスピーカーから非常事態発令のアナウンスが鳴り響き、来賓と生徒は一斉に退散を始めており、その喧噪の中で静かにユニコーンに接続されたケーブルが一度リヴァイヴを経由し、それから白式へと繋がれたケーブルを通過してエネルギーの供給が開始される。ユニコーンが消滅しかかる寸前までエネルギーを譲渡したシャルロットはケーブルを引き抜き、エネルギーの配布が終了した旨を無言の頷きを以て知らせた。

 

「右手と、雪片弐型だけ......」

 

予想以上に供給されたエネルギーが少なく、腕の装甲さえ展開出来なかった一夏は不安そうにそれを眺める。

 

「一夏、お前が白式を信じなくてどうする。ISと操縦者は、パートナーなんだ。互いが互いを信頼し合うんだ。それに俺は、お前なら大丈夫だと信じてる」

 

「――うん。そうだね......そう。私が一番、白式の事を良く知っているんだから、信じてあげないとだね」

 

「......よし、ユニコーンでお前をギリギリまで連れていく。隙を見つけたら、即座に斬りつけろ」

 

手短に話をした後、一夏が捕まりやすいように膝を着いて待機していると、バックパックにマウントされたビーム・マグナムのグリップを掴んで身体を安定させたらしい一夏を一瞥して、無言で立ち上がる。ユニコーンも限界寸前の状況の中、無理矢理動かしているのが今だ。あのISの前に送れるか、送る前に消えるかのどちらかだろう。頼むぞユニコーン、お前の粘り強さを見せてくれ。

 

ユニコーンにそう告げると、機体の内側から迸る赤のサイコフレームが翡翠に染まり、暫く波打つように機体を覆い――光が消滅し、沈黙する。流石のユニコーンも、ここからはしゃぐ気力は無かった様だ。相棒が見せた茶目っ気に少し苦笑を漏らし、気が少し楽になった所で背中に乗る一夏に声を掛ける。

 

「行くぞ、一夏!」

 

「――うん!行って!」

 

この状況を整えてくれたシャルロットにサムズアップをしながら通り過ぎ、黒いISへ接近していく。奴の感知範囲に入ったのか、凄まじい勢いで振り返って宙を滑りながら突っ込んできた。

 

「速い!」

 

「ユニコーンが限界なの!」

 

「ああ、そういうこと!」

 

まるで紙芝居のページが1枚抜け落ちたかのように、いきなり眼前に現れた黒いISに驚愕するが、一夏の言葉で今のユニコーンはハイパーセンサーさえ満足に稼働しない状態だと改めて自覚しつつ、横薙ぎに構えられた一閃を咄嗟の判断で左膝と左肘でなんとか挟むことに成功し、刀を防ぐ。が、この雪片のコピーだが、高周波ブレードの機能も再現しているらしくこうして抑えつけている間にも、なけなしのシールドエネルギーが削られ続けている。

 

「...一夏!」

 

「――ここまで連れてきてくれたから、あとは私に任せて!」

 

「このまま抑える!いけ!」

 

一夏は俺の右隣に降り立つと、零落白夜を静かに起動させた。しかし、供給されるエネルギー量が少ないせいか、零落白夜は普段のような太いそれではなく、ビーム・サーベルのように細い。だがしかし、細いが故に頼りないという訳ではない。むしろ、日本刀を想起させるその形状は頼もしささえ感じた。しかし、そうして意識を集中させていられたのも束の間。高周波ブレードを抑えつけているユニコーンの脚部装甲が罅割れ、機体維持限界に陥ったことも相まって四肢の先から次第に粒子と化して消滅していく現状に焦るが、一夏が零落白夜を当てるまでは意地でも腹部側面の装甲を削り始めている高周波ブレードを防ごうと腹を括る。

 

「――強さっていうのは、誰かを傷つけるものじゃないんだよ、ラウラ」

 

シールドエネルギーの残量不足による絶対防御能力損失により、ここで致命傷を負えば死に直結しかねない現状に心臓は早鐘を打って自らの置かれた立場を克明に知らせ続けてくる。黒いISの正面にゆっくりと歩み寄った一夏は、削り飛ばされていくユニコーンの装甲が巻き起こす火花に包まれながら、黒いISの内部に囚われたボーデヴィッヒに声を掛けた。

 

「守りたい人が居る。守りたいから強くなる。強さっていうのはね......」

 

これ以上刃が脇腹を抉るようなら、サイコフレームを切り伏せ、そのまま生身の肉体まで裂かれるであろう事を想像し、その嫌な予想が現実の物にならない様に右腕もブレードに叩き付けて圧力を加えていく。頭部を保護していた兜を模したフルフェイスは少しでもブレードを抑える装甲各部位を維持させる為に、先んじて光となって消えた。これ以上は、本当にヤバい。高周波ブレードを挟み続けている左膝と左肘の装甲は真っ赤に灼け、操縦者保護機能が停止しつつあるユニコーンを伝わり始める。じわりと熱くなってきた皮膚に、額に貯まる汗はその熱から生じたものではなく、危険を察知した動物の本能が発した冷や汗というものだという事を直感的に理解する。しかしこの場で取れる最善は、一夏の援護をすること。この状況を打開するのは俺ではなく、一夏である。いや、一夏しかいない。

 

だから俺は、この土壇場で、俺の命も、安全も、ボーデヴィッヒのことも、何もかもを全部を一夏に預けた。

 

俺の信じた一夏なら、やってくれると信じているから。

 

「強さっていうのは、誰かを想って、誰かの為に頑張ろうとする活力の事だと、私は思うの」

 

「――任せたぞ一夏!」

 

「私は今――万掌を守りたい。私の為にギリギリまで粘ってくれた万掌を、守りたい。信じてくれた万掌を守りたい。だから、これが今の私に出来る全力全霊......守りたい人の為に振るう、想いの一振り。ラウラにも...届いてほしい」

 

一夏が両手で握った雪片弐型を構え、目を閉じながら静かに言葉を漏らす。そして、ボーデヴィッヒにもその想いが届く事を祈りながら、一夏は...

 

 

静かに、その切先を、音を立てる事なく、振り下した。

 

 

「――」

 

削り飛ばされたユニコーンの装甲に塗られていた塗装が剥げ落ち、削り飛ばされた装甲片が火の粉となって、粉雪のように一夏の周りへと重力に惹かれ、積もっていく。その黒い雪の中で、雪片弐型を振り下ろしたまま残心を取る一夏は、呼吸さえも忘れているように静止していた。まるで写真を見ているかのような、切り取られた景色だった。その中心に佇む、物憂げな表情で、熱を帯びた瞳を潤ませる彼女を一目見て、俺は決着が着いたのかも分からない状況なのを忘れ、見惚れてしまっていた。

 

「――っと...!」

 

しかし、それも束の間の出来事。脇腹の装甲を半ばまで削っていた黒いISのブレードがグニャリと歪んで溶け落ちる。それに合わせて本体も形を保てなくなったのだろうか、一夏に斬りつけられた縦一閃の切り口に沿うようにして開かれた部位から、虚ろな目をしたボーデヴィッヒが零れ落ちるように地面へ投げ出されたのを見て、正気を取り戻した俺は予想通りに動かないユニコーンをなんとか動かして一夏の正面に立つと、ボーデヴィッヒを右腕で抱き留めた。そのまま地面に降ろし、寝かせると同時にユニコーンが完全に粒子と化して消滅し、ユニコーンは首に掛けられたブローチへと戻ってしまった。

 

「無茶をさせたな、ユニコーン」

 

本当にギリギリまで酷使してしまった事を詫びながら、俺の期待に応えてくれたユニコーンを労う為にブローチを数度、優しく撫でてやる。するとユニコーンは、僅かにその瞳の翡翠を光らせた。疲れているだろうに、反応するその律儀さに、思わず薄い笑みを浮かべてしまう。

 

「万掌」

 

「ん?」

 

「――信じてくれて、ありがとう」

 

雪片弐型を粒子へ帰した一夏に呼ばれ振り返ると、少し頬を赤くした一夏が微笑みを浮かべて礼を告げてくる。それを何故か長い時間直視することができず、目線を逸らしてしまった。

 

「......――パートナー、だから、な」

 

「――!うん!」

 

赤くなった頬を指で掻きながら、目線を逸らしたまま小さく呟く。すると一夏は何故か嬉しそうに笑みを深め、華が咲いたような、満面の笑みを作った。

 

 

 

 

 

 

 

その後、駆けつけた教職員たちに連れられボーデヴィッヒは一度精密検査を受ける為に専門病院へ搬送され、俺たちも俺たちで、シールドエネルギーの切れた絶対防御発動不可能状態での戦闘行為を行った為に、念の為ということでボーデヴィッヒと同病院に搬送される事となった。

 

 

 

 

 

 




ラウラの過去把握と仲直りは次回に持ち越しです。

焦らしてすいません。


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30話

インフルエンザを患い、床に伏せておりました。

皆様、インフルエンザやノロウイルスには十分注意をして健康的に日々を過ごされてください。




 

病院での検査の後、左太ももに肌が少々赤くなる程度の軽い火傷を負った以外の傷がなかった俺と、無傷だった一夏は共にIS学園の学生寮へと帰還が許された。そこから病院でも受けていた事情聴取の続きを学園内でも受け、日がすっかりと暮れて夜の帳が降りた頃にようやくの解放という形になった。

 

そうした諸々があった為に昼食を摂る事さえ出来ず数時間を空腹のまま過ごし、ようやくありつける夕食を一夏とシャルロットとテーブルを囲みながら軽い話を交えつつ摂っている今に至る。

 

「結局、トーナメントは事故で中止か...」

 

「でも一回戦だけは全部やるっぽいね」

 

「個人データは今後の指標になるだろうからね、必要なものだよ」

 

シャルロットは湿布が巻かれた方の手首を労るように撫でながらカルボナーラに付属したコーンスープを一口飲み、俺たちの会話の裏打ちを付けた。一夏は塩ラーメンを、俺は銀鱈定食をそれぞれ完食した。

 

「はぁ、昼食を抜いただけだっていうのに......こんなに腹が減ってるとは思いもしなかった」

 

「ISは体力を使うからね」

 

コップに注がれた水を一息で飲み干してから両手を合わせ、御馳走様と告げてから食後のトークを再開しようとした矢先だった。

 

「あ、堺くん、デュノアくん。織斑さんも、こんばんは」

 

「こんばんは。山田先生、どうしたんですか?まさか、また書類か何かですか...?」

 

山田先生が食堂内を軽く見回し、俺を見つけて近付いてきたことで会話を中断して、やってきた山田先生に来訪の理由を訊ねる。

 

「いえいえ、逆です。朗報ですよ!本日から男子の大浴場が解禁になります!」

 

「今日からですか!」

 

「はい、元々本日はボイラーの点検日だったので大浴場は使用できない状態だったんですが点検自体はもう終わっているので、それなら男子の二人に使ってもらおうという計らいなんです」

 

山田先生が俺たちを探していた理由は、本日から使用可能になった大浴場の案内についての説明の為だったようだ。大浴場、デカい風呂。貸し切りに等しい状況で疲れを流せる湯船。

 

「そうですか!じゃあ早速準備に入ります!」

 

「分かりました。大浴場の鍵は私が持っていますが、開けておくので入浴時間内であれば好きな時間に入って頂いて構いませんよ」

 

嬉しさで舞い上がってしまった俺は二つ返事で準備をすると言い、山田先生はそんな俺を嬉しそうに眺め、時間内であれば自由に入っていいと言い残して去っていった。

 

「じゃあ、私も部屋に戻るね」

 

「ああ。お疲れ、一夏」

 

「バンショーもね。また明日!」

 

「ああ、また明日」

 

一夏と小さくやり取りを交わし、手を振って見送った。

 

「えーと、どうしようバンショー?」

 

「とりあえず、着替えを取りに戻って――先に入っていいぞ。俺は後で入るよ」

 

「分かった。じゃあ、それで行こうか」

 

シャルロットと共に寮に戻り、着替えを抱えて大浴場に先行するシャルロットを送り出した。それから1時間ほどした後、入れ替わる形で俺が大浴場で大風呂を独占する喜びを噛み締めながら楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕ね......まだ、ここだって思える場所を見つけられないの」

 

「――居場所、か」

 

風呂上り、自室にてシャルロットから持ち掛けられた話に小さく乗りながら、布団に沈めていた身体を起こしてシャルロットに向けた。

 

「......うん。だから、まだこの学園に残って、本当に居たいと思える場所を探そうと思ってる」

 

「...そうか。その居場所を見つけるのは、俺には手伝えないことだ。でも、どれだけ辛いことがあっても――」

 

「それでも、と言い続けて前を向く。足は止めない、とか...そんな言葉でしょ」

 

「――分かるか?」

 

「バンショーなら絶対そう言うと思った。分かるよ」

 

シャルロットを焚きつけてしまった身としては、シャルロットのこれからが気になっていた。自分の居るべき場所、居たい場所。シャルロットはそれを見つけられずに居るが、焦る必要はない。そして、それは俺が介在していても介入は出来ない物事だ。故に、周囲に影響されながらでも一人で決めることである。自分で選ぶ事と周囲に強制される事の、相違による辛さに打ちひしがれても、また立ち上がり前を向いて進んでほしい。そう言おうとしたが、読まれていたようだ。

 

「見つかるといいな」

 

「見つけるよ、きっと」

 

握り拳を眼前に突き出せば、シャルロットは強い瞳で口元に小さな笑みを作りながら、拳を同じ様に突き出した。

 

音を立てず、小さくぶつかる。

 

「俺に出来る事があったら言ってくれ。やれるだけのことはしてみせる」

 

「その時が来たら、頼らせてもらうよ」

 

ぶつけ合った右手同士を解き、握手を交わす。

 

その後、会話を繰り返し、夜も更けてきたから寝ようかとなったところで部屋の扉がノックされたので誰かと思い、少し扉を開けるとジャージ姿の千冬さんが立っていた。

 

「堺、少し話がある。人の耳には入れたくはない。ついてこい」

 

有無を言わさない千冬さんの圧力に、シャルロットに先に寝ているように告げてから、先へ行ってしまう千冬さんを小走りで追いかける。無言のまま足早に屋上へ向かう千冬さんに置いていかれないように追従した。

 

教職員用の鍵で開けた屋上へ通された俺は、千冬さんと二人で転落防止用のフェンス越しに灯りのない暗闇を眺めた。6月のやや湿気の強い夜風に頬を撫でられながら千冬さんが会話を切り出すのを、無言で待っていた。

 

「そら、飲め」

 

ラフなジャージ姿の千冬さんは、そのポケットから缶コーヒーを取り出すと横に居る俺に手渡してくる。口止め料、というやつだろうか。

 

「こんなもの、無くても口外しませんよ」

 

「口止めのつもりではない、ただの善意だ」

 

「なら、頂きます」

 

プルタブを開けて一口飲めば缶コーヒー特有の安い味に眉を寄せるが、そんな味などよりも、千冬さんから切り出される話題のことで俺の頭の中はいっぱいだった。

 

「――ラウラのことだがな」

 

俺が会話を促していることに気付いたのだろう。千冬さんは少し溜めた後、ボーデヴィッヒに関する話題で呼び出した事を告げた。

 

「......ドイツの、軍人でしたっけ」

 

「ああ。私はそこで教官を務めていた。一夏の一件で、世話になった礼だ」

 

「同い年の女子が......軍ですか」

 

「想うことはあるだろうが、今はラウラの話が先だ」

 

「――はい」

 

思わない所がないわけではない。しかし、それよりも今は千冬さんの話が優先だろう。缶コーヒーを握る右手を、左手で数度撫でてから再び口に含み、軽く流し込む。

 

「なぜお前にこの話をするかというとだな......まぁ、私も人間だ。教え子が知り合いに誤解されたままでは居てほしくない。――そういう、個人的な話だ」

 

「...聞きますよ、それでも」

 

「すまん、助かる。さて、といっても......どこから話したものか」

 

音のない静寂の暗闇で、千冬さんは何から話そうかと逡巡していた。しかし、それも束の間の出来事。次の瞬間には、千冬さんは言葉を発していた。

 

「......ラウラはな、人工生命体だ」

 

「――――」

 

「遺伝子強化試験体C-37番。それがラウラに付けられた最初の名前だった」

 

千冬さんがジャブ代わりに寄越した最初の一言は、あまりに衝撃的すぎた。ボーデヴィッヒが意図的に作り上げられた存在である、到底理解できない話だった。

 

「人間のクローンや、遺伝子操作は禁止されているはずです」

 

「それは表の社会での話だ。陰では好き勝手にやっている奴らがいるのが今の世の中だ」

 

「っ......」

 

「ラウラは、その暗い時代に産まれた人工生命体だ。鉄の子宮で人工合成された遺伝子から作りだされた。ISの無かった時代だ。ただ戦う為だけに作られ、教えられ、育てられ、鍛えられ、それらの為だけに産み落とされた」

 

「......」

 

千冬さんから語られたことの重さに、目を閉じ、耳を塞いで、綺麗な世界だけを盲信していたい衝動に駆られた。しかし、それでも。俺は耳を塞ぐ事はなく、目を閉ざす事もまた無かった。聞かなかければならない事であり、知らなければならない事だと思ったからだろう。

 

「――奴が覚えていたのは軍にとっての常識だけだった。如何にして人体を攻撃するか、どうすれば敵軍に致命的打撃を効率良く与えられるか。格闘術を習い、銃撃を教えられ、各種兵器の操縦法を会得した。ラウラは、人間兵器として凄まじく優秀な人材だった」

 

「だった...?」

 

「そう.....だった。ISが誕生するまでは、奴は最高峰の人間兵器だった。世界最強の兵器であるISへの適合性を高める為、疑似ハイパーセンサーともいうべき『ヴォーダン・オージェ』と呼ばれる肉眼へのナノマシン移植処理手術が、ラウラを取り巻く環境を変えた」

 

「――金の、瞳」

 

ボーデヴィッヒが眼帯で覆い隠していた、オッドアイ。あれが、そのヴォーダン・オージェという奴なのだろう。

 

「疑似ハイパーセンサーというだけあって、その性能は凄まじいものだった。脳への視覚信号伝達の爆発的向上と、超高速戦闘状況下における動体反射の強化。普通ならば瞳の色も変わらず、使用者の意思で自由に切り替えられるはずのそれが、ラウラにはそうではなかった。常に稼働したままカットする事も出来ず、金の瞳に変異したそれは、それまでに築き上げてきたラウラの全てを否定し始めた」

 

「処置の失敗、ということですか?」

 

「いや、ある種の成功ではあった。見えてはいるのだからな。しかし、残された普通の目とヴォーダン・オージェが捉える視界の差異は、如実にIS訓練で悪影響を与えた。その事故ともいうべき事が起こってから、ラウラがトップに君臨していられなくなるのは必然だった。そんな転落をした奴を待っていたのは、同部隊員からの嘲笑と侮蔑、そして『出来損ない』の評価だ」

 

「――...空っぽ、ですね」

 

ボーデヴィッヒに感じた虚無は、そんなことがあったからだろう。そういう在り方しか知らなかったのであれば、ああなってしまうのも、なんとなくわかる。しかし、ボーデヴィッヒのしたことを無知だったからで許す事も出来ない。

 

「ああ、実に空虚な瞳をしていた。そんな時に私が教官となり、IS専門の部隊へと鍛え上げ――再び奴を頂きへと導いた。あの時は、強い瞳をしていたが......いったい、どこで歪んでしまったのか。私にはそれが分からない。ラウラの仕出かした事を許す事は出来ん。しかし、だからといって万掌、お前にラウラを悪だと断定させるワケにもいかん」

 

「人であるから、ですか」

 

「そうだ。無知を許せとは言わない。だが、どこかで折り合いをつけてやってほしい。私も、一夏を傷つけたラウラには一発痛いのをお見舞いしてやって、それで手打ちにした」

 

「ボーデヴィッヒの事は、もう散々殴って、蹴って......それで、終わりですよ。それに、奴は知らないだけなんです、きっと。獣ではなく、人であれば......分かる事もあると思います。そう、信じたいです。」

 

「人...人か......――そうだな。あの時のラウラの根底にあったのは、願いだろう」

 

「願い、ですか」

 

「VTシステム。ヴァルキリー・トレース・システム。歴代ヴァルキリーの動きを再現するシステムであり、現在はIS条約により如何なる国家・組織・企業においても開発・研究・使用の全てが禁止されている。それが、ラウラのISに巧妙に隠された状態で搭載されていた。操縦者の精神状態・機体の蓄積ダメージ・操縦者の願望。その全てが揃わなければ発動しない仕組みになっていたらしい。万掌、お前のデストロイモードの一件で提供されたデータが役に立った瞬間だ」

 

「デストロイモードも、俺の意思に反応するから.....ですか」

 

「そうだ。ラウラは願った。私に成りたいと。お前も願うだろう。誰かを助け、守りたいと。ラウラのVTシステムも、お前のデストロイモードも。根本は同じ、願いから来ている」

 

「......使い方と担い手によって、それは大きく変わってしまう...ということですね」

 

「ISは純粋だ。搭乗者の意思をそのままに反映する。それはなぜか...善悪の区別を持たないからだ。操縦者の意思が全てであるISにとって、善悪の概念は操縦者の価値観に固定される。故に、ISは操縦者の為だけに動く。そういうものだ。ラウラも、そうして産まれ、善悪の概念も与えられず、ただ道具の様に育てられ、兵器として扱われた。ラウラは、ISのような存在なのかもしれない」

 

善悪の概念を教えてくれる肉親を持たず、ただ兵器で在れと言われ、それを忠実に熟し続けたボーデヴィッヒ。そこに、自らの意思は存在しなかった。そうすることでしか生きられず、そうすることしか知らなかったからだろう。そんな狭い世界で、自分が必要ないと言われたときにどれほどの絶望感を感じるのだろうか。もしも俺がボーデヴィッヒと同じ出自であったとして――親の居ない世界で、千冬さんのような人に逢ったのなら。何を、想うだろうか。

そう考え、顔を上げた所で視えた深く蒼い空に浮かぶ星々の鼓動が放つ輝きの眩さが、目に入った。

 

「......万掌、何故に泣く」

 

「――あまりに、綺麗で」

 

薄暗い話もあり、人々の傲慢さに覆われた世界の中でも、変わらずにこの地上を見続けている星々。それに抱く『情景』と、ボーデヴィッヒが囚われていた深い闇の中に現れた千冬さんに抱く『憧れ』。きっと、それは同じものだろう。だから、ボーデヴィッヒが千冬さんに憧れてしまうことも理解できた。理解できたから、涙が一筋、勝手に流れ落ちた。それを千冬さんに見られ、何故泣くのかと訊かれた。咄嗟に誤魔化したが、きっと千冬さんのことだ。解っているだろう。

この世の中は汚くて、見たくも無い物もいっぱいあって、それでも星が輝くこの世界が美しくて。ボーデヴィッヒも、千冬さんにそういった感情を抱いた。そして、盲信してしまった。千冬さんを、偶像にしてしまったのだ。

 

「......ふむ。たしかに、地球が汚染されている等という話が嘘に思えてくるな。だが、今見えているこの空も、昔よりは随分と汚れている。砂漠も、日々広がり続け、海面の上昇も続いている。――全て、人間のやったことだ。乱開発に土壌拡大、埋め立て工事や夢の島。人が自然から生まれた生物なら、人が出すゴミや毒も、自然の産物ということになる。このまま人が住めなくなったとしても、それはそれで、自然がバランスを取ったという結果のことだろう」

 

「......」

 

千冬さんは一度喉元まで出かかった言葉を呑み込み、それから俺の嘘に合わせた話を始めた。その微妙な優しさが、なんとも不器用で。暖かいと感じた。

 

「自然に慈悲なんてものはない、昔の人間はそれを知っていた。他ならない、自然の産物の本能として、な」

 

「だから、生きる為に文明を作り、社会を作って身を守った......ですよね」

 

「ああ、だが――そいつが複雑になりすぎて、何時の間にか、人はそのシステムを維持する為に生きなければならなくなった。挙句...生きる事を難しくしてしまい、その本末転倒から脱する為の新天地を、あの馬鹿――束は、良かれと思って、人を救う為に宇宙を求めた。ISは、束の掲げるシステムの一つだった」

 

ヒューマニズム公害や人災などと言う言葉があるように、人もまた自然が生み出した存在なのかもしれない。そして、人は脆い。人が一人では生きられないことを知っていた昔の人達は、それでも生きていたいから文明を築き上げ、社会を作りだした。人が、長く生きられる為に作ったんだ。

しかし、時が経つにつれて色々な人間の思惑が混ざり、利権が絡みあい、人が生きやすくあるための社会だったそれが、社会の為に人が生きている世の中になってしまった。社会を生かす為に人が歯車になっていく。人が幸福である為に、システムに政治、権力、資金が関わった結果、人はその手段を維持しなければいけなくなった。

 

まさしく、本末転倒だろう。

 

「それは、エゴというべき物じゃないでしょうか......でも、そうですよね。そういうエゴ......良かれと思ってやり始める善意がなければ、きっと何も始まらなかったと思います......束さんも、社会も、善意から始まったんだと思いたいです」

 

「ああ、私もそう思いたい。だが今までの各国家が築き上げた古い体制は、束の宇宙とISを否定した。出自の違うシステム同士が、相容れることはない。どちらかがどちらかを屈服させようとするだけだ。そうして束は押し潰された」

 

「でも――今こうして、IS学園で違う国の人達と同じ言語で会話をして、同じ目標を目指して共に歩むなんていうこと、きっと昔は夢物語でしたよね。そういう可能性も、人にはあるんじゃないですか?二つの考え方が、いつか一つになることだって......」

 

「全員が全員、平等に束ねられたわけじゃない。今までの長い歴史の中で、似たような事は幾度となくあった。平等に扱われず、それに弾かれた者たちの怨念は今でもこの地球の、社会のあらゆる場所にへばり付いている」

 

「......哀しい事です。それは、すごく......」

 

「――――ああ、悲しいな。悲しくなくするために、生きているはずなのに。――――なんでだろうな」

 

両親を持たず産まれてきた人工生命体ボーデヴィッヒ。愛人の子シャルロット。同じく両親のいない織斑姉妹。両親の離婚した鈴音。両親を亡くしたセシリア。疎遠の箒。そんな中で、俺だけが、両親に恵まれ、今も育てられているという当たり前を改めて思い返す。

 

当然だと思っていたことの全てが、鬱陶しいとまで思ったことの全てが最初からなかったり、ある日を堺に無くなってしまったら。彼女たちが、どんな想いで過ごしているのかと、考えた。

 

持たない者は、その当然を理解できない。持つ者だけが、理解できる。

 

産まれた瞬間から平等でない。残酷で――変えようがない、自然の摂理。

 

 

 

 

 

 

なんて、哀しいことなんだろう。

 

 

 

 

 

 

「――――......ぅ......ぁ......」

 

「......万掌」

 

「解ってます、解ってますよ......男が、人前で泣くもんじゃないって言うんでしょう......!」

 

流れる涙を腕で無理矢理拭い、頭を振って解っていると千冬さんに態度で示す。

 

「いや......自分を憐れんで泣く奴はみっともないが、人を想って流す涙は別だ」

 

「......」

 

しかし、掛けられた千冬さんの言葉は予想とは違い、その暖かさに心打たれた俺の瞳からは、抑えていた涙が溢れて零れ落ちた。そして、そのまま声を殺して静かに泣いた。千冬さんはそれ以上は何も言わず、ただ黙って背中を撫でてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

朝食を共に摂っていたシャルロットだったが、登校の時間になると先に行ってくれと言われた。その言葉通り先に教室に辿り着いたが、ホームルームの時間になってもシャルロットはやってこなかった。

 

「はい、皆さん。おはようございます。えぇーと......転校生といいますか、既に知っていると言いますか......じゃあ、挨拶をお願いします!」

 

山田先生が教室に入ってきて、そう説明をした事で何となく察した。そして、その予想は即座に的中した。

 

「失礼します。シャルロット・デュノアです。皆さん、改めて宜しくお願いします」

 

スカートに履き替え、コルセットも外し、女性らしい出で立ちになったシャルロットが小さく頭を下げた。

 

「と、いうことで......前々から相談はされていたんですけど、ようやく学園側の準備が整ったので、こうして皆さんに伝える事になったわけです。デュノアくんは、デュノアさんでした」

 

困惑するクラスメイトたちをそのままに、山田先生は予め知っていたこともあってか困惑の色は少なく、ニコニコと笑いながら話す。

 

「堺くんとデュノアさんは、来週にはまた別室になります。即日でないのは我慢してくださいね」

 

「はい。山田先生、何から何までご迷惑をお掛けします」

 

「いえいえ、先生ですから!生徒さんの頼みは断れませんよ!先生ですから!」

 

張り切っている山田先生に一同苦笑しながらも普段通りにホームルームが終わり、いつもの雰囲気に戻っていくクラスにシャルロットは受け入れられ、別段変わった様子も無く馴染んでいった。男装が似合いそう、という話が上がるあたり順応性の高さには脱帽せざるを得ない。

 

そして、4限目が終わり昼休みに入ったところで、ボーデヴィッヒが登校してきた。

 

「堺万掌、織斑一夏......少し、付き合ってもらおう」

 

一夏と俺を呼び止めたボーデヴィッヒの瞳に浮かぶ微かな戸惑いの色を見た一夏が先に頷き、俺も同じようにした。ボーデヴィッヒは俺たちの同意を確認すると背中を見せて廊下を歩き出す。

 

校庭に足を踏み入れた俺たちは、そこでボーデヴィッヒと対峙することになった。

 

「お前達に同行を依頼したのは、訊きたいことが幾つかあったからだ......質問を、許可してほしい」

 

ボーデヴィッヒは迷いの色を強めた赤い瞳で一夏と俺を交互に見ながら、覇気の消え失せた様子で自信無さげに訊ねてくる。

 

「答えられることなら、答えよう」

 

「うん。私も、万掌と同じ意見かな」

 

「そうか、助かる。――では、最初の質問だ」

 

ボーデヴィッヒの口から、感謝の言葉が出てきたことに俺と一夏は少し面を食らい、次いで口元に小さな笑みを浮かべてしまう。

 

「織斑一夏からはあの時、強さの意味をなんとなく聞いた。だが、堺万掌......お前から教えられた強さの意味が理解できない。答えてくれ、堺万掌。お前の強さとは、何を指す。何を以てして、そうも強く在れる?」

 

「そう、だな......例えばだ、千冬さんに『頑張れ』と激励の言葉を投げかけられ、背中を押されたとして――ボーデヴィッヒ、お前はモチベーションが上がらないか?」

 

「――滾る、だろうな」

 

「そういうことだ。俺の言う強さなんて、そういう些細なことなんだ。俺を信じてくれる人が居るだけでいい、声を掛けてくれるだけでいい、俺を頼ってくれるだけでいい、困った時に助けてくれる人が居る。その想いやりの積み重ねが、強さになっていく」

 

「大勢の人間との関わりは、人間的強度を下げていく。守るべき物は少なくするべきだ」

 

「それも正しいことだ。守るべき物の多さに、守り切れない未来を想起して絶望に震えることもある。だが、それでも――俺はこの掌で人の手を掴み続ける。一人じゃないから、臆する事なく手を伸ばせる。辛いとき、どうしようもない時、必ず助けてくれる人達が居ると信じている」

 

「裏切られることも、有り得るかもしれない」

 

「それでも、だ」

 

「リスクに見合わないと切り捨てられるかもしれない」

 

「それでも」

 

「信じていると甘い言葉を掛けられ、その裏で利用されているだけかもしれない」

 

「それでも、俺は人を信じる」

 

「......私は、そうは在れない。そんな強さは、持てない......」

 

ボーデヴィッヒは、決して変わらない俺の言葉に顔に影を落とし、俯いてしまう。

 

「別に、俺を真似る必要はないさ。お前は千冬さんでもないし、一夏でもないんだから」

 

「では!――では......私は、一体...誰だ?何を以て、私がラウラ・ボーデヴィッヒだと言えばいい?」

 

ボーデヴィッヒは答えを求め、俺を訊ねたのだろう。しかし、その答えを俺が持ち合わせているわけがなかった。

 

「それは、これからのお前が作り上げていくものだ。誰でもない、お前がラウラ・ボーデヴィッヒに成っていくんだ」

 

「――――」

 

「今までみたいに、孤独で在ろうとせず......誰かを頼るのも悪くないんじゃないか?」

 

「......私は、繋がり方を知らない」

 

「――そうか。なら......」

 

俯いたままのボーデヴィッヒは悲痛な面持ちで、つい数日前とは打って変わって小動物的な雰囲気を醸し出している。なるほど、確かにこれではラウラ・ボーデヴィッヒという人物を掴めずにいるのも納得がいった。

 

だからだろうか。縁を結んだ経験の薄いボーデヴィッヒに、俺は手を差し出した。

 

「まずは俺と、仲直りの握手でもしようじゃないか」

 

「......なに?」

 

「じゃあ、次は私とだね!」

 

「......何故だ?どうしてそうなる!?私はお前達の心を抉り、身体を傷付けた敵だろう!なぜそうして、手を差し出せる!」

 

ボーデヴィッヒは差し出された一夏と俺の手を交互に見て、吠えた。理解できない物を見るような顔をして数歩後退したボーデヴィッヒは、目線を泳がせて言葉を選びながら質問を繰り返した。

 

「深い意味はない。ただ、()のお前となら、仲良く出来そうだと思っただけだ」

 

「私は、もっとラウラのことを知りたいなって思ったから」

 

「......理解できない」

 

ボーデヴィッヒは小さく首を横に数度振り、顔を地面に向けて数秒ほど伏せた後、弾かれた様に顔を上げた。

 

「――だが、手を......手、を...差し出して、くれるなら――――私は、その手を......取っても、いいのだろうか......?」

 

「良いも悪いも、今の俺たちは、お前に手を伸ばしてるんだ。他の誰でも無い......ラウラ・ボーデヴィッヒ、お前にだよ」

 

ボーデヴィッヒは自分の為に差し出された手に、自らの手を伸ばし、引っ込めてはまた伸ばし......という行為を数度繰り返し、猫が未知の物体に触れるかのようにおずおずとしている。黙ってそれを見守っていると、たっぷりと数分ほどの時間を掛けた後、ボーデヴィッヒの手がついに俺の手に触れ、握った。その瞬間に俺も握り返し、握手を結んだ。

 

「――あたたかい」

 

「この熱は、お前も持っている物だ。人の熱が、人の心を暖めるんだ」

 

「......私も、誰かの心に熱を与えられるのだろうか」

 

「出来るさ。俺はラウラがそう在れる可能性を持っていると信じている」

 

「――これは、抗えない、な......」

 

ラウラは両手で俺の右手を握り締め、額に押し付けてしばらくそのまま固まり、小さく声を漏らす。意味は分からずとも穏やかな声が、全てを物語っている。

 

「じゃあ、私とも握手だね」

 

「......――――」

 

握手を終え、自ら手を離したラウラは一夏の方へ身体を向け、そのまま息を呑んで固まった。一夏は最初こそ困惑の表情を浮かべたが、次第にラウラからの言葉を待つように慈愛の色を強めた。

 

「......その、酷い事を言ってごめんなさい。それで、その――――その上で、私を赦してくれるのなら......私と、友達になってほしい」

 

ラウラは自分の過ちを謝り、一夏に赦しを求めて手を伸ばす。罪を認め、赦しを乞う。人であればこそ、出来る事だろう。

 

「友達だもん、赦すよ!」

 

一夏はその手を、大層嬉しそうに笑いながら、しっかりと取った。

 

ラウラは握られたその手と、掛けられた言葉を数秒ほど掛けて解き解し呑み込んだようで、次第にその顔に喜色の色を浮かべていく。

 

「よ、よろしく...一夏!」

 

「こちらこそよろしく、ラウラ!」

 

ファーストコンタクトが最悪だった二人が、手を取り合う光景を傍で見ていた俺は、その暖かさに改めて人の在り方という物を深く感じた。

 

生まれや育ちで多少の意識の差や異なる正義を持っていようと、互いが互いを理解しあう努力をすれば、必ずその距離は縮む。

 

哀しいことの多すぎる世界であっても、可能性は存在し続ける。

 

 

いつか、この二人のように世界が暖かな光に包まれるだろうと信じられる。

 

 

空は蒼く、広がっているのだ。

 

 

 

 

人の想いも、この空を抜け、宙を包み、広がっていけるだろう。

 

 




二巻終わりです。

B-birdを聞きながらプロット作ってたので、聞きながら見て頂けると、準えている部分が多いかと思います。




幕間的な小話は......要りますかね?



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TabaNe

読まなくても問題ないです。




「おー......お、お......おー...?」

 

奇妙な部屋。

 

至る所に機械の部品が散乱し、ケーブルが樹海のように広がった密室。

 

金属の根の上を歩くのは機械仕掛けのリス。床に転がったネジを拾い上げてはドングリを齧るかの如く、ネジを削り取っている。カリカリと金属粉さえ上げずに金属を食す金属が放つ異音は、一昔前のハードディスクの書き込み音によく似ていた。

 

不必要な部品を識別し、その構成素材を分解して吸収、別の形状へ再形成するリスなど、世界中を探してもこの部屋にしか居ないだろう。

 

ここは、篠ノ之束のラボである。

 

「う~ん......わっかんないなぁ......」

 

異質な部屋に籠る篠ノ之束。束もまた、異質さを隠すことなく放っていた。

 

空のように真っ青なブルーのワンピースに、エプロンと背中に付けられた大きなリボンが目を引く。鉄の箱庭に住むアリスのような恰好をした束の目線の先には、12枚の大型のノンフレームモニターが束を囲むように端に行くにつれて歪曲しながら設置されている。

 

それを食い入る様に眺める束の目は不健康に淀んでおり、その暗く濁った目の下に出来たクマはもう何年も消えていない。

 

睡眠とは思考を整理する時間でしか無く、眠るという行為自体が脳が自身の記憶を整理する為に起こす生理的衝動である事すら乗り越えてしまった彼女は、自らの意識を泥の中に沈める事を忘れてしまっていた。

 

正しく、天才は思考から解放されないというものだろう。

 

ウサギ耳のカチューシャを揺らしながら、束の淀んだ瞳に捕らわれ続けているのはIS学園1年1組所属、唯一の男性操縦者こと堺万掌その人であった。束は万掌がユニコーンを装着しデストロイモードへと移行した瞬間を、どうやってか様々な角度で録画した物を同時に再生し、リピートしては頭を抱えて唸っていた。

 

「わっかんないなー......なーんでしょーくんは暴走しないんだろー」

 

束は不機嫌そうに独り言ちるが、その口元には張り付いたような冷たい笑みを浮かべ、目は興味深そうにどす黒い光を滲ませて万掌を捕らえ続けていた。

 

ハイパーセンサーを起動していない束だが、その瞳は凄まじい速度で動いており、超音速戦闘へと突入した12枚のモニターに映る全ての万掌を同時に捕らえ続け、手元に出現させた網膜投影式のヴァーチャルキーボードを叩き続けている。

 

「しょーくんに連動して暴走するようにした筈なんだけどなぁ......う~ん」

 

瞬き一つすることなく、虚空の瞳は万掌全てを知り尽そうと貪欲に動き続けてはキーボードを叩く指の速度が加速していく。

 

「やっぱり、人の心かぁ......それは流石の束さんにも分からないよねー」

 

入力された情報は、万掌の感情指数であった。万掌が戦闘の際に感じた、僅かながらでも抱いた感情が独特の指数で表示されたそれを見た束は、ユニコーンのデストロイモードへ至っても暴走しない原因の解明を終えた。

 

しかし、本人はその答えに満足してはいなかった。

 

「しょーくんの暴れっぷり、面白くないよねぇ......」

 

束は、制御不可能な獣に乗せられて暴れ狂う万掌が見たかったのだと言わんばかりに憤怒の表情を一瞬浮かべ、すぐに元通りの顔を用意する。

 

「――あ、そーだ!」

 

束が何かを思いついたようで、パン、と両手を合わせた瞬間にモニターの映像が全て途切れ、ヴァーチャルキーボードが消失した。それが当然だと思っている束は何も気にすることなく立ち上がり、床に散乱した機械の山に身体を潜り込ませて、あれでもないこれでもないと言いながら部屋を更に乱雑に汚していく。

 

「しょーくんなら、きっと使えると思うんだよねー。あったあった、これこれ!」

 

うんしょ、とわざとらしく声を上げながら束が鋼鉄のジャングルから引き抜いたそれは、液体のような金属だった。

 

「しょーくん、見せてよ。束さんにさ......」

 

束が引き抜いた物は、名前を『サイコ・コミュニケーター(仮称)』と言う。人間の出す感応波をISの独自言語に翻訳し、従来の命令系統よりもより素早く複雑な操作をする事が可能になる拡張ツールと呼べるものである。しかし、これを凡人に使わせても意味はなく、強い感応波を発せられる操縦者でしか十全の効果を発揮できない未完成品の失敗作であった。

 

だが、万掌の感情指数を読み取った束は万掌の感情を見て、何かを企む深い笑みを作る。

 

「人の可能性ってやつを♪」

 

失敗作、オカルトと自分が投げ捨てたISに、同じく失敗作であり未知のサイコ・コミュニケーターを合体させた物に万掌が搭乗することで、『オカルト×未知×予測不可能』が成り立つ。

 

束の目に映る、万掌が最も強い感情指数を叩き出した物は2つ。怒りと悲しみ。

 

束は、決して今回の結果に満足したわけではない。

 

万掌はまだ、ユニコーンの全てを発揮できていないし、万掌自身の底も見せてはいない。束はそれを知った。

 

だからこそ、見てみたい。

 

「これからは、束さんがちゃーんと......しょーくんの全部を見てあげるからね」

 

どんな絶望を与えれば、万掌の心は折れるのだろう。その折れた心が再度治った時、ユニコーンはどれほど万掌に共鳴するのだろう。

 

その身を灼くほどの怒りに襲われたとき、ユニコーンはどれほど猛り狂うのだろう。その暴れ馬を、万掌はどう制御するのだろう。

 

一人と一機。これほど不完全で完全な人とISのコンビを束は見た事が無かった。万掌は全てをユニコーンに預け、ユニコーンはそれに応え続ける。束が数年前に見たかった物が、そこにあった。

 

「......束さんに、見せてよ」

 

『I・S』と表示されたプログラムを、束は起動させた。

 

『I』とはIdealを意味する。Idealは『理想』である。Iを表すのは、堺万掌。理想を抱き、人を愛し、可能性を信じて前へ進み続ける少年。

 

対する『S』とはStruggleを表す。Struggleとは『闘争』である。こちらにも、既に対象者が居る。人間の本能とは闘争であると信じ、破壊の限りを尽くそうとする存在。

 

「どっちが、正しい人間の在り方なのか」

 

理想・闘争。どちらも、人間が持つべき側面である。

 

苦しくもISになぞらえた頭文字になった本プロジェクトの本質は、人を見極める事である。

 

次世代を担う二人の若者に、理想と闘争の象徴を与え――幾度となく衝突させれば、何方が人間の本質か理解できるだろう。

 

「でも、きっと。IもSも、束さんに成ると思うんだよね」

 

束の濁り切った瞳から、感情が抜ける。そこに残るものは、虚無だけだ。束は解っている、理想の先に在るものを。束は知っている、闘争の先に在るものを。そして、そこに至った者の果てを。

 

何故か。

 

それは至極単純。

 

 

 

果てに至ったものが、篠ノ之束であるからだ。

 

 

 

 

「――楽しみだね、しょーくんが束さんに成れる日が」

 

 

 

 

そうして、少女のような声で童話の一節を読み上げながら鼻歌混じりにサイコ・コミュニケーターの調整を始める束は、どこか悲しそうに、しかし嬉しそうな様子である。

 

 

 

 

 

 

誰も知らないこの空間を起点に、世界は静かに動き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 




『サイコ・コミュニケーター』:オリ主の底を見たい束が用意した不完全品。使用するには強い感応波を発する人間でなければならない為、一般人が扱うことは不可能に近い。しかし、束が資格化したオリ主の感情の度合いにより怒りと悲しみの何方かを強く発揮させることで、操作が可能になるのではないかという企みからユニコーンに取り付けられる予定となった。

以降の記載はユニコーンに取り付けられ、3巻の内容が進んでからになります。





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