ニンジャストーリーズ・ハイデン・イン・ハーメルン (ローグ5)
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シャード・オブ・NSHIH:(1)帝都の暗雷について及び(2)カムド・ニンジャ備忘録


今回は大正ニンジャスレイヤーのオリジナル組織「帝都の暗雷」の解説及びミニストーリー、さらにおまけでカムド・ニンジャなるオリジナルニンジャの解説が内容となっております。


大正エラを迎えた日本の中心地東京。華やかな街では洋風のビルヂングが立ち並び、着飾ったモボ、モガ(モダンボーイ、モダンガールの略称。大変奥ゆかしい)が歩き、紳士淑女が最先端の洗練された洋食を愉しむ。

 

他方路地裏では近年の東京の目覚ましい進歩から取り残された貧しい人々が繁栄に羨望の目を向け、薄汚れた地面をうつむいて歩く。万人が幸せとなれる理想郷の実現はまだ遠く遥か彼方。人間や社会の光と闇を体現したかのような都市、それが大正エラの帝都東京であった。

 

そんな帝都のとある夜、銀座なる実際高い部類に入るビルヂングの屋上。それぞれ異なる店舗や施設のある世にも珍しい双子のビルヂング「有閑の双子」の左側の屋上。本来なら粋な持ち主の手によって築かれた奥ゆかしい枯山水を楽しむことができるこの屋上は今この時はただならぬアトモスフィアに満ちていた。

 

その原因は明白だ。道路に面した点で胡坐する死体めいた白い色の装束に身を包んだニンジャである。ニンジャの名前はヒドウアロー。

 

「ハァーッ……」

 

ヒドウアローは低くキアイを入れると共に背中に背負っていた大弓を左手で構え、右腕で矢筈から引き抜いた矢をつがえる。その目は決断的殺意と愉悦に満ちていた。

 

ヒドウアローは帝都の裏で暗躍する暗黒ニンジャ組織『帝都の暗雷』の構成員だ。彼もまたゲニンであるとはいえリアルニンジャの一端であり、構成員としてしかるべき福利厚生を得ている。特に彼は大弓の扱いを得意とするヘキ・ニンジャクランの出身であり、無音で放たれる矢により恐るべき暗殺者として組織内でも地位を保っていた。

 

彼は現在の帝都の暗雷という組織を気に入っている。修行の末ニンジャになったにもかかわらず得られなかったあるべき扱いをようやく得られたという事もあるが、帝都の暗雷は非常にニンジャ的な組織であり組織の邪魔にならない限りは邪悪な行為は許される。それは殺戮だろうと何だろうとだ。

 

ヒドウアローはモータルの家族連れや恋人同士を撃つのが好きだ。片方がヘキ・ニンジャクラン特有の長い矢じりにより首を飛ばされ血しぶきを上げた後に一泊遅れてあげるあの悲鳴!あれを聞いていると長く厳しい修行に耐えた甲斐があったものだと毎度ながら心温まる。

 

しかも実際嬉しい事に今回の任務は軍の邪魔な高官一家の抹殺。胡乱アナーキスト弓道家の仕業に見せかけ一家全員を殺戮するという聞くだけでエクスタシーを感じる物だ。ああ、素晴らしきかなニンジャ生。

 

故にヒドウアローは組織の大幹部の一角たる『三銃士』のトランプルダウナーを、そして首領たるチルハ・ニンジャにソンケイを抱く。「おお……見てくだされ各々方……下賤なモータルの無価値な命を、帝都を彩る美しい紅い花火にして進ぜましょう……」

 

内通者からの報告によるとそろそろのはずだ。およそ後五分後、彼ら一家を乗せた車が通りかかる。そこへまずタイヤを撃つ!そして車が動きを止めて出てきたところを―――――「ウヒッウヒヒヒヒッ!!」彼は不気味に笑う。チーン!愉悦の中にあるヒドウアローに間抜けな金属音が響いた。「ナンダ?」

 

ニンジャ聴力の捕らえたそれは双子ビルヂングのもう片方、右側のビルヂングの中央にあるエレベーターなる最新の昇降機からだ。モータルの作った惰弱なおもちゃではあるが動くのを見ているのはなかなか楽しい。屋上に到着したエレベーターのバンブー製扉が開く。「ナンデ?」ヒドウアローは眉根を寄せた。誰も乗っていない。

 

本来このビルに作られたエレベーターは自動式であるとはいえ、そもそも操作者が必要であり職業婦人どころかボーイも全て帰ったこの時刻では動くはずがない。実に不可解であった。ヒドウアローはニンジャ視力を十数メートル先のエレベーターと周辺に集中する。やはり何もない。「オバケかよ」彼が独り言ちた瞬間、今度は彼の背後でエレベーターの到着を告げる音が鳴った。チーン!

 

ヒドウアローは振り向く。彼のいる左側のビルにもエレベーターはある。彼の背後にもそれはある。だが今度は先程と違い無人ではなかった。エレベーターのバンブー製扉の向こう側、其処には赤黒装束の恐るべきアトモスフィアのニンジャが乗っていた。

 

「ドーモニンジャスレイヤーです」バンブー扉が開くと同時に一歩進み出たニンジャスレイヤーはアイサツした。その目にはヒドウアローが比較にならない程の決断的殺意が宿っている。

 

「ド、ドーモニンジャスレイヤー=サン。ヒドウアローです。貴様は我々に仇名す凶人……!?ナンデここが、いやっここに来たんだ!!?」ヒドウアローは動揺した。その赤黒の死神は組織に仇名し既に何人ものニンジャを殺した恐るべきカラテモンスターだ。

 

「知れた事よ」ニンジャスレイヤーは地獄めいた声で告げる。「私はどこにでも現れるぞ。貴様ら女子を嬲って悦に入る軟弱者共にふさわしい地獄を見せ、絶望と共に惨たらしく殺す為に」「アイエッ……」

 

ニンジャスレイヤーは情け容赦ないジュ―・ジュツを構える。「せいぜいあがき、性根にふさわしい醜い屍を晒すがいい。帝都の暗雷のニンジャは最終的に全て殺す故。イヤーッ!」殺意の具現化したかのような焔と風がヒドウアローに襲い掛かった!

 

 

 

 

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シャード・オブ・NSHIH:(1)帝都の暗雷について

 

帝都の暗雷は大日本帝国の軍部及び政財界に深く根を張るニンジャ組織である。首魁はケイト―・ニンジャの最後の弟子とされる強大なアーチニンジャチルハ・ニンジャであり、彼は世界秩序の破壊を先駆けとしたニンジャ主導世界の再生を掲げこの暗黒ニンジャ組織を作り出した。

 

この組織には類似の組織と同様に多くのニンジャ、それもリアルニンジャが参加し、邪悪なるカラテを振るっている。さらにたちが悪い事にチルハ・ニンジャは表向きは大日本帝国陸軍大佐カトウ・ヤスノハとして権力を振るっており、また上級幹部である三銃士と呼称される三人のリアルニンジャも高い社会的地位を誇る為、彼らの庇護の元、構成員たちは日夜誰にも咎められることなく暗躍している。

 

強国とはいえ列強としては新興国の日本に、多くのニンジャが集まったのは首魁や上級幹部のもたらす富や権力も大きい。だがそれ以上に構成員ニンジャたちが支持しているのは彼らの掲げる組織理念への期待だ。

 

豊富なニンジャ知識をお持ちであるみなさんならばご存知の事であるが江戸時代~Y2K(20世紀末)の時代はニンジャたちにとって「立ち枯れ」と呼ばれる冬の時代であり、諸処の影響から彼らは著しく弱体化した。如何にカラテやジツを鍛えたリアルニンジャと言っても彼らの能力は著しく減衰し、ニンジャによってはスリケンの生成すら難儀したという。

 

また産業革命期からの急速なモータルの技術の発達により、ニンジャへの対抗手段がある程度確立された上、都市の隅々までもが人工の光に照らされるようになった。そんな時代においてはモータルの未知への恐れも当然ながら減衰しニンジャはかつてほど暗躍がし辛くなっていったのだ。

 

そんな時代であるがゆえに本来よりも弱体化したニンジャ達(彼らのほとんどは現代の憑依ニンジャと技前でそう変わらないレベルになっている)が今最も隆盛しており、また彼らの窮状を打破しうる帝都の暗雷に望みをかけるのはある種当然であったといえるだろう。

 

こう書くと帝都の暗雷は時代の敗残者たちのように思えるかもしれない。しかし一般ニンジャの多くは過酷な修行を経てニンジャとなった手練れであり、またチルハ・ニンジャだけでなく三銃士も皆アーチ級のリアルニンジャだ。その上に多数の金や最新技術、人員と言ったいつの時代も必要とされる物を十二分に持っている。個人であるニンジャスレイヤーことカザミ・ケンジョウが挑むにはあまりにも強大な敵であるといえよう。

 

 

◎所属ニンジャ一覧

 

・首魁

チルハ・ニンジャ(大日本帝国陸軍大佐カトウ・ヤスノハ)

 

・三銃士

ドゥームアイ(紡績系メガコーポ社長オガバシ)

トランプルダウナー(?)

???

 

・中級下級構成員

ハービンジャー

レッドダスク

クイックリロード

デッドモズ

ブラックキャンサー

ヒドウアロー

スティールブレイカー

他多数

 

 

 

 

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「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」双子ビル左側の四階のデパート、もはやカラテ嵐に巻き込まれ跡地とかした其処で、ニンジャスレイヤーは傷を負いながらも増援ニンジャスティールブレイカーを追い詰めた!炎と風を纏った拳でスティールブレイカーを殴る!殴る!殴る!

 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」憎悪に満ちた目でニンジャスレイヤーはスティールブレイカーを殴り続ける!「アバーッ……」ボロ雑巾めいてエレベーターに叩き込まれたヒドウアローは最早地獄絵図を打ち上げられたマグロめいて見るのみだ!ブザマ!

 

ニンジャスレイヤーの右腕から背中にかけて縄めいた筋肉が盛り上がる!「イイイ……ヤアアアアアアッッ!!」

「アバババ―ッ!」スティールブレイカーを炎と風を纏った螺旋パンチで殴りつけた!スティールブレイカーは鋼アクションめいて吹き飛ばされる!「「アバーッ!!」」エレベーター内にホールイン!ヒドウアローが下敷きだ!

 

ガタンッ!ゴトン!その時悲劇が、いや喜劇が起きた!度重なるニンジャ衝撃により頑丈であるエレベーターの鎖が断裂!1階への地獄的フリーフォールを絶賛開始したのだ!邪悪ニンジャ二人は脱出どころか声を上げる事も出来ずに……

 

CRAAAAAAAAAAASH!!!「「サヨナラ!!」」致命的落下衝撃がとどめを刺し、二人纏めて爆発四散した!

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはエレベーターの穴からトライアングルリープで屋上へ飛び出しそのままビルヂングからビルヂングへ渡り何処かへかけていく。「餅侍だよ!」「餅侍すごいねー」その下を何も知らない一家の車が走っていく。

 

今宵は邪悪ニンジャを殺し殺戮を防いだことで戦はニンジャスレイヤーの勝利に終わった。だが帝都の暗雷との闘いはまだ終わったわけではない。下級中級構成員ニンジャ、上級幹部の三銃士、そしてチルハ・ニンジャを殺すまでニンジャスレイヤーの戦いは終わることがないのだ!

 

走れ、ニンジャスレイヤー走れ!全ての邪悪ニンジャを殺す為に!

 

 

 

 


 

 

 

シャード・オブ・NSHIH:(2)カムド・ニンジャ備忘録

 

 

 

古来の神話級ニンジャの一柱にカムド・ニンジャなるニンジャがいた。強大極まりないシ・ニンジャの系譜に連なる彼はニンジャ6騎士や24大ニンジャクランの首領格よりは知名度が低い物の、その凄まじいカラテや生きていた時期から紛れもなく神話級ニンジャの一角であったといわれており、また一部地方において稀に遺跡から発掘される発掘品のうち数点は彼の所縁の品とニンジャ学会は判断している。

 

信頼できる文献および伝承の幾つかによると彼は寡黙かつ浮世とは没交渉な男であるが友誼を尊ぶ奥ゆかしいニンジャであったとされる。またモータルに対しても寛容な態度を見せ悪戯に虐げることはなかった。そうした態度が故に彼を惰弱なる者とみる一部のニンジャもいたが彼は気にしなかったという。

 

そんな彼が極めて鮮烈な印象を残したエピソードが一つのみある。その事件は彼の友人の一人であったニンジャがとあるニンジャクランによって謀殺されたことに端を発する物だ。(意図的な改ざんによる物か被害者と加害者双方ともに現代に名前は伝わっていない)

 

卑劣な毒系統のジツにより数少ない友人を殺されたカムド・ニンジャは深い怒りを覚えたが、さらに彼の怒りに火に油を注ぐかのように敵ニンジャクランが勝利の証に執り行った儀式は、彼の友人を弔うというにはあまりにもふざけた故人を愚弄するかのようなブレイコウ儀式であった。あまりにもシツレイな事だ。

 

これによりカムド・ニンジャのカンニンブクロは完全に爆発した。その日の内に完全武装した彼は敵ニンジャクランの拠点を単独で急襲し、皆殺しにせしめた。

 

彼と敵対ニンジャクランの戦闘中は激しいカラテシャウトと稲妻があたり一面に一晩中響き渡り、周囲のモータルは凄まじい怒りとカラテに皆失禁しその怒りが静まることを祈った。結果として血まみれになりながらも復讐を果たした彼は無駄な殺戮に奔る事無く最後にニンジャクランの館を完膚なきまでに破壊すると亡き友人の遺品を手に何処かへ消えたという。

 

彼の行動が明確に確認できるエピソードはこれが最後である。その後のバトルオブム―ホンにおいても彼はシ・ニンジャクランの一員として中立を保ち、死者の弔いの身を執り行ったともされている。その後はハガネ・ニンジャやソガ・ニンジャの専横を嫌い何処かへと隠棲し、消息を絶ったことから、その後に寿命が尽きた大木めいて病によりこの世より消えたと現在の学会では推定されている。

 

ひっそりと目立たず、されど誇り高いカムド・ニンジャの生涯、それを伝える物は今は一部地域に伝わる伝承と一部の発掘品、長物の刃や保存されし巻物などの数点のみとなっている。




シャード・オブ・NSHIHについてはまた思いついた際に追加します。

また近日中に新規エピソードを投稿予定です。


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◆隠・話◆NSHIH:ニンジャ名鑑◆忍・殺◆

割と登場ニンジャも増えてきたのでニンジャ名鑑めいた物を投稿するドスエ。

ちなみに一部のニンジャについてはまだ構想段階の話の登場人物の為、今後の話に出なかったり設定とは違うキャラで登場する事もあるでアリンス。


 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#001

【ニンジャスレイヤー】

妹をニンジャに殺された大正時代の青年カザミ・ケンジョウは謎めいたニンジャソウルと憑依融合した事によって生まれたしたニンジャスレイヤー。帝都東京に潜む暗黒ニンジャ組織『帝都の暗雷』を滅ぼす為彼は炎と風を纏った復讐のカラテを振るい続ける。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#002

【チルハ・ニンジャ】

暗黒ニンジャ組織「帝都の暗雷」を組織したリアルニンジャ。古のニンジャ英雄ケイト―・ニンジャの最後の弟子である強大な存在であり、そのカラテと暗躍の目的はいまだ超自然の秘密で隠されている。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#003

【ハービンジャー】

シノビ・ニンジャクランのレッサ―ニンジャ。間諜としての活動と並行してレッドダスクの執を装い闇ビジネスに携わっていたが、ニンジャスレイヤーに無慈悲にスレイされた。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#004

【レッドダスク】

ヤイバ・ニンジャクランのグレーターニンジャ。没落貴族サミダレ家に入り込み極めて陰惨なサイドビジネスの隠れ蓑としていた。そのカラテは高いが下劣な衝動をもアーチニンジャより受け継いでいる。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#005

【ブラックキャンサー】

帝都の暗雷支配下のニンジャ。密輸等の海運関係のシノギを行うヤクザオヤブンであり、組織の金銭及び物資面を支えていたが組織においてはそう重んじられる存在ではなかった。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#006

【ヒドウアロー】

大弓を操る狙撃兵ニンジャ。彼の所属していたヘキ・ニンジャクランは実践的な弓術を伝える大家として有名であり、ピストルカラテと同様に現在に至ってもモータルの間でその技は伝承されている。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#007

【スティールブレイカー】

帝都の暗雷のニンジャ。ジツは持たない物のカラテに長けており、その名の通り鉄板をも破壊する剛力のニンジャ。デパート内でニンジャスレイヤーとの激しいカラテの末ヒドウアロー共々スレイされた。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#008

【エンバース】

キョート治安局の指令により犯罪者の掃討を行う傭兵ニンジャエンバースの前身はザイバツ・シャドーギルドのニンジャだ。カラテと重サイバネで増強したカトンで幾度もの戦いで勝利を収めた歴戦の兵。後悔はあれど、残り火はまだ燃えている。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#009

【フォルネウス】

とあるメガコーポに務める邪悪ニンジャ。モータルの頃よりサイコパスめいた陰惨な邪悪さの持ち主であったがそれはニンジャ化、さらに謎の超存在サツガイとの遭遇でより一層悪化した。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#010

【マネーガーディアン】

原作第一部の時系列においてソウカイヤ傘下の貿易会社での闇ビジネスを行っており極度の吝嗇家。取り立ててカラテに長けているわけではないが資金集めに優れた才覚を発揮していた。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#011

【シルキー】

普段はメイドとして車椅子の女性マナネに奥ゆかしく仕えているニンジャ。クロキ・ニンジャのもたらした無機物を超自然のジツで強化・支配するクロキ・ジョルリジツと試作型ニンジャアーマー「カタナ・ドレイクλ」の相性は実際良く、下手なニンジャでは手が付けられない。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#012

【クルードボルト】

ライデン・ンニンジャクランのレッサ―ニンジャソウル憑依者である粗暴なニンジャ。それなりのカラテはあったが生来の粗暴さと残忍さから堕落の一途をたどった。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#013

【マッドスクリプト】

特殊なドトンであるソコナシ・ジツを操る元企業ニンジャ。企業コンプライアンス上看過できない問題を多数起こした事から企業を解雇されネオサイタマまで流れ着いた。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#014

【カムド・ニンジャ】

シの系譜に連なる古のニンジャ。彼が友人を謀り冒涜した敵対ニンジャクランを一晩で誅殺した出来事は古事記に極めて示唆的な形で記されている。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#015

【ナオマサ】

199X年、彼の空虚な生には光がもたらされた。その光とは邪悪なニンジャソウルの衝動に抗い、彼を前に進ませ続ける懐かしき記憶だ。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#016

【プタロ】

江戸時代のカゼ・ニンジャクランに在籍していたゲニン。特にカラテやジツの腕前に見る所のないサンシタではあるが肺活量に優れていたという。幼子を手にかけた己の罪を、命を賭して贖った。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#017

【ファストセプター】

神秘的な歩法トビ・タテを用いるニンジャ。自身の父親であったニンジャソウル憑依者の忌まわしき行いから極めて自罰的な性格となっている。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#018

【ロストエイジ】

1800年代~大正時代末期に活動した当時としては極めてまれなニンジャソウル憑依者。帝都の暗雷ではチルハ・ニンジャ直属の暗殺者として活動し、多くの敵を暗殺した。その目は常に失われし年月を想起する。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#019

【スイーパー】

彼は元アマクダリ・アクシスの構成員であり、アマクダリ崩壊後の204X年には東欧で絶対秩序ディストピア国家の成立の為暗躍し組織の仇敵であるサツバツナイトと戦った。きわめて無慈悲な格闘術であるエリミネイト・ドーの師範でもある。

◆忍・殺◆

 

 

 

◆隠・話◆

NSHIH:ニンジャ名鑑#020

【ディナモ】

スイープアームの部下である邪悪ニンジャ。彼らの扱うエリミネイト・ドーは暴徒鎮圧や要人警護の為に軍隊格闘をベースに構築された格闘術であり、その普及のもたらした功罪はいまだに全世界の格闘研究家の議論の的になっている。

◆忍・殺◆

 

 

 

 




なお新作に関しても明日か明後日に投稿するドスエ。


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レイジング・ザ・ストーム・オブ・ヘイトレッド・イン・タイショウエラの章
【192X:イービル・ルックド・ザ・レッド・ブラック・ストーム 前】


ニンジャスレイヤー外伝サムライニンジャスレイヤーに影響を受け試験的に書いてみました。プロットの構築が進んだら本格的な連載に移行するかもしれません。




「グググググ……イヤーッ!」「アバーッサ、サヨナラ!」ナラク・ニンジャの神話の魔獣の爪めいた鉤手がウブメ・ニンジャの肩甲骨を断ち割り、そのまま心臓をも破壊し爆発四散させた。

 

「ググググ……グハハハハハ!」ナラク・ニンジャは哄笑する。上質な畳、フスマなどの戦の舞台となった屋敷の調度品はカラテの余波で砕かれ穢され、さらに殺されたモータルやニンジャの血がそれらの破片に赤黒い色彩を加えている。そう、ナラク・ニンジャの手にかかったのはニンジャだけではない。モータルも少なからず含まれている。

 

ナラク・ニンジャは平安時代を支配する半神存在たる支配者のニンジャをも殺す超自然の、いわば理不尽の具現化ともいうべき災害。ソガ・ニンジャの四天王を殺し都を滅ぼし、なおも殺戮を続けた彼の後には無数の屍が転がる。その大殺戮は死の化身と槍の英雄により彼の者が滅されるまで続いた。

 

否、まだ終わってなどいない。歴史上幾度なくナラク・ニンジャはニンジャに虐げられたモータルと憑依融合した存在、ニンジャスレイヤーとなり憎悪のカラテを振るった。

 

或る時には妻子を殺された侍が、またある時は娘を殺された父親がニンジャスレイヤーとなり、邪悪なるニンジャへの復讐のカラテを振るい殺してきた。そうして命を憎悪の炎で燃やす彼らの生は一様に短く、されど無数の死に満ちていた。

 

ニンジャによる、そしてニンジャスレイヤーによる憎悪と死の歴史は連綿と続いていく。平安時代から江戸時代へ、明治から大正へ。そしてその先へ―――――

 

 

 

 

 

 

大正エラを迎えた日本の中心地東京。華やかな街では洋風のビルヂングが立ち並び、着飾ったモボ、モガ(モダンボーイ、モダンガールの略称。大変奥ゆかしい)が歩き、紳士淑女が最先端の洗練された洋食を愉しむ。

 

他方路地裏では近年の東京の目覚ましい進歩から取り残された貧しい人々が繁栄に羨望の目を向け、薄汚れた地面をうつむいて歩く。万人が幸せとなれる理想郷の実現はまだ遠く遥か彼方。人間や社会の光と闇を体現したかのような都市、それが大正エラの帝都東京であった。

 

 

 

草木も眠る丑三つ時。東京の片隅の片隅にある邸宅に憎悪に満ちたカラテシャウトが響く。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

暴風が吹き荒れたかのような様相の室内をゴムまりめいて勢いよく吹き飛ばされるのは黒い影。フスマにめり込みうめき声をあげるのは顔から足元まで人絹で織られた黒装束で覆った男。その有様はまるでニンジャだ。

 

否、まるでではない。この男は実際ニンジャである。黒いニンジャ装束の男は帝都の闇に巣食うある秘密結社の幹部に仕える末端ニンジャであり名をハービンジャーという。

 

「キ、貴様……私を誰だと心得る。この私を、誰だと!」

 

怒り狂うハービンジャーの言葉に応えることなく接近するのは赤黒い装束のニンジャ。抜き打ちのスリケンを目にもとまらぬ速さで躱すと一瞬でハービンジャーの超近距離まで到達し、無慈悲なカラテを叩き込む。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

邪悪なニンジャであるハービンジャーの手足は具のように捻じ曲げられる。それを成すのは赤黒のニンジャの圧倒的な圧倒的なカラテ。家屋を吹き飛ばす赤黒の暴風めいた圧倒的なカラテだった。

 

「バカナー!イ、イヤーッ!」

 

ハービンジャーの頼みの綱である左腕の仕込み針も意味をなさない。赤黒のニンジャの片手で容易く受け止められ握りつぶされる。ベイビー・サブミッションめいた圧倒的なカラテ実力差が両者にはあった。

 

「アッアイエッ……」「イヤーッ!」「アバーッ!」

 

赤黒のニンジャは無慈悲に腰に吊った軍刀を突き刺し、邪悪ニンジャのはらわたを掻き混ぜた。サツバツ!

 

「アバーッ!アババババーッ!!アバッー!」「レッドダスク=サンの居場所を吐け。ハービンジャー=サン」

 

赤黒のニンジャの言葉はハービンジャーに届かない。彼の脳裏にあるのはニンジャであり、末端とはいえ巨大な闇組織の一員たる自分がこのような理不尽に遭う事に対する疑問。ニンジャである自分がこれまで足蹴にしてきたモータルのように踏みにじられている事に関する疑問で塗りつぶされていた。

 

(バカナ、俺はニンジャなのに、モータルじゃないのに、なぜ今ここでこんな目に遭っている!?仏陀は寝ているのか?そ、そうだ俺のせいじゃない。そこに転がっている役立たず共が……!)

 

ハービンジャーは転がる家主の死体を睨みつける。彼の脳裏に自身や主の行為に対する悔恨はない。その邪悪な行状に対する後悔は。

 

彼がやっていたのは現在の言葉でいえばマネージメント。主の趣向の為に没落した良家の子女を引き取り「仮置場」となる家で見せかけの愛情を注ぎ、そのあと主の元へ出荷する。そうした邪悪行為の管理監督が彼の仕事の一つだった。

 

この仕事は金と手間はかかるがなかなか雅であるとハービンジャーは気に入っていたが順風満帆な毎日にケチが付いたのは三日前、主が特別に楽しみにしていた上物の出荷直前に薄汚い新聞記者に嗅ぎ付けられた時からだ。

 

如何なる手段を使ったのかハービンジャーたちの行状を嗅ぎ付けた男が騒ぎ立てる前にハービンジャーは男を追い詰め始末した。しかし天網恢々疎にして漏らさずというべきか、赤黒装束の死神めいたニンジャがハービンジャーを殺しに来た。

 

「アバーッ!アバババババーッ!!呪われろ、呪われろォー!」「イヤーッ!」「アバーッ!サヨナラ!」

 

己の腹より引き抜かれた軍刀で首を切り落とされハービンジャーの呪われた命は爆発四散した。爆発四散の煙の中、赤黒のニンジャは残身を決める。その手にあるのはハービンジャーから奪いとった彼のものの主、レッドダスクの居場所を含む機密書類。それが何を意味するかは一つ。赤黒のニンジャは次なるニンジャを殺しにゆくのだ。

 

禍禍しい憎悪の炎を置き去りに赤黒のニンジャは走り出す。ガス灯がその姿を照らす間もなく帝都の闇を飛ぶように駆け行く身にまとわりつくのはニンジャに虐げられしモータルの残影。奴らを殺してくれ、私の娘の仇をとってくれと叫ぶ無念と怨念の声。

 

「イヤーッ!」

 

一際強い残影が消えた後、赤黒のニンジャは走り出す。全ては邪悪なるニンジャに因果応報の死を与える為に!

 

 

 

 

 

 

 

「ははははははは。タノシイ、タノシイ」

 

丑三つ時の瀟洒な洋館の中、寒さを増す室外とは対照的な室内で暖かな焔の照り返しを受け男は笑う。ここは一度は没落しながらもここ十年の復権により権勢を保つ中級華族サミダレ家の邸宅。ワイングラスを手に笑い続ける男はサミダレ家の当主のシゲタモ。十年ほど前にサミダレ家の養子に入って以来、優れた手腕で家を建て直した一世一代の傑物である。

 

だがこの家の者達にシゲタモに対する敬意はない。あるのは盲目的なまでの恐れのみ。別室で息をひそめる彼の養父母も、この屋敷で働く使用人たちも皆彼を恐れていた。まるで彼が人間ではなく祟り神であるかのように。

 

その理由は皆さんもシゲタモの面相を見れば理解できるだろう。おお、ナムアミダブツ!スーツに包まれた偉丈夫の顔を覆うのはどこか虚無的な表情の仮面めいた赤い面頬!そう、シゲタモは部下であるハービンジャー同様尋常の人間ではない。太古の世より世界をカラテで私する半神的存在、ニンジャの一人なのだ!

 

「余興は楽しんでくれたかねシオン=サン?」

 

部屋の片隅には鎖で縛りあげられた女性。いや年齢を鑑みれば少女ともいうべきか。大正エラの日本には珍しい明るい色の髪が柔らかな顔立ちと実際マッチした、可憐な花のような美しさを持った少女。そのバストはそこそこに豊満だった。

 

彼女が今宵仮初の家から出荷され、シゲタモの陰惨な殺戮劇に招待された不運なる客。その名をシオンという。

 

「ヒッヒ……ッ」

 

だがその美貌は今この場の悍ましい惨劇によって損なわれていた。ペルシャ製の絨毯のひかれた床には、先程振るわれたシゲタモの無慈悲なカラテにより試し胴めいて断ち切られた女給たちが折り重なる。その姿は無残そのもの。到底尋常な人間になせる業ではないその行為はただシオンの自我を破壊する為の余興として行われた。シゲタモの非人間的なまでの残虐さやカラテはまさしくニンジャの業。ありうべからざる事実がより一層シオンを混乱させる。

 

「ナンデ……ニンジャナンデ……」

 

NRSに襲われ必死に失禁をこらえながらもシオンは言わずにはいられない。ニンジャは神話や伝承の中に存在する超越的存在のはず。神や悪魔のようにこの世には人の心の中にしかいないはず。少なくとも大正を迎えた日本には存在しないはず。なのにナンデ?

 

「ほう、ニンジャナンデとは!所で君は悪魔の不在証明を知っているかね?」

 

対するシゲタモは愉快気だ。シオンの顔をニタニタとのぞき込み質問する。仮面の奥から見える陰惨な目から視線をそらしながらもシオンはうなづく。女学校で聞いた事のある話だったからだ。

 

シゲタモもまたシオンの反応に満足げにうなづいた。ハービンジャーは良い娘を調達した物だ。まっとうな素養がなくてはこうはいくまい。実に……実に嬲りがいのある小娘だ。

 

「よく知ってるいるものだ!そう、悪魔と同じようにニンジャの不在を証明するのは難しいが、ニンジャの存在を証明するには目の前にニンジャを連れてくればよい。おや、君の前にはニンジャがいるね?ニンジャの存在が証明されてしまったぞ!ハハハハハハ!」

 

「アイエエ……」

 

シオンはその邪悪なオーラに震えるのみ。対してシゲタモは気取った仕草でチッチと指を振る。

 

「ああ、怯えているようだが心配はいらないぞシオン=サン!ハービンジャー=サンから色々聞かされているだろうが私はそこまでひどくない。君をファックしたり殺したりはしないさ。やってもらうのは……こういう事だ!」

 

彼が片手で引きずる鎖の先にいるのは見ずぼらしい子供。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

 

「アーン!アーン!」

 

「君には!この汚らしいガキを!殺してもらう!」

 

「エッ!?」

 

「そう、殺してもらう!私はね、ニュービーのころから好きなんだよこういうのが。君のような知性や品性、善性に満ちた美少女に嫌がることを無理やりやらせ、自我を蹂躙するのが!フゥーッ!」

 

あまりにも目まぐるしく変わる展開にシオンの視界は万華鏡のように回転する。しかし混乱の極みに遭っても明晰なシオンの脳裏にはある凄惨な確信があった。

 

(この男は……このニンジャは私の全てを飴玉みたいに舐め溶かして楽しむつもりなんだ……そしてそれを止める者は誰もいない。私はただ……この男の贄となるだけ)

 

絶望し虚脱した様子で涙を流すシオンにシゲタモは歩み寄る。その目は病んだ欲望に血走り、口からは蒸気のようなと息が漏れる。シオンを戒める鎖をチョップで両断し、無理やりに人ひとりを殺すのに十分な刃物を握らせる。

 

「さあ、殺したまえ!」

 

「アーッ!アーン!」

 

「で、できません……こんな小さい子を殺すなんて私には無理です……」

 

絶望の中シオンはそれでもなおシゲタモの申し出を拒絶する。ニンジャに対して拒絶を貫くその姿勢は持ち前の善性か、それとも己を取り巻く運命に対しての反骨心か。

 

「ハァーッ!ハァーッ!早くしろ!早く刺し殺すんだ!言っておくがそうしないと私は酷いぞ!ハァーッ!知り合いにはニンジャの医者もいるんだ!生きジゴクを見せてやるぞ!」

 

「嫌だーっ!嫌ああー!!」

 

「ウフッウフフフフフッ!いいよねえ誰も助けてくれないのォー!いいよォー!」

 

シゲタモは泣き叫ぶシオンを抑えつけ無理やり子供を刺殺させようとする。おお仏陀よ!薄目を開けて寝ているのか!何という末法的光景!

 

しかしこの光景を止める者は誰もいない!シオンや子供を救う者は誰もいない!この救いのない光景こそが、帝都東京の闇だというのか!

 

「イヤーッ!」「ナニッ!?イヤーッ!」

 

だが広く凝った装飾の窓硝子をたたき割り、一筋の流星めいたスリケンがシゲタモめがけて飛ぶ!興奮のさなかにあったシゲタモは抜き打ちでスリケンを弾くが急激で大ぶりな防御行動の影響で畳五枚分飛びのく!

 

「成程……確かにその娘を救う者は誰もいない。だが」

 

粉砕された窓ガラスからエントリーしたのは赤黒のニンジャ。その赤黒の装束は砲火に晒され引き裂かれたかのように歪な形状。そしてその面頬には決断的な「忍」「殺」の二文字!

 

「貴様を殺す者ならここにいるぞ……シゲタモ、いやレッドダスク=サン。ドーモ、ニンジャスレイヤーです」

 



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【192X:イービル・ルックド・ザ・レッド・ブラック・ストーム 後】

後編開始。今回はがっつり解像度を上げたカラテをお楽しみください。


邪悪なるニンジャレッドダスクの支配する館の中、二人のニンジャはは対峙する。一方はこの館を支配する陰湿なるサイコパスニンジャ、レッドダスク。もう一方はニンジャ殺しの死神、ニンジャスレイヤー。

 

「ドーモニンジャスレイヤー=サン、レッドダスクです。その様子だとハービンジャーは殺されたようだな。なかなか使える奴だったんだが……カラテも弱かったし仕方ない、か。お前を殺した後の俺の楽しみを捧げて弔いとしよう。イヤーッ!」

 

「イヤーッ!」

 

オジギ終了の直後、二人のニンジャはカラテシャウトを発し切り結ぶ!ニンジャスレイヤーは抜き身の刀のような鋭いチョップを。対するレッドダスクの獲物は禍禍しい小太刀の二刀流。わずかに長さの異なる左右の刀を巧みに扱い、ニンジャスレイヤーの攻撃を巧みにかわす。その動きは予想以上に鋭い。彼はその陰湿極まりない性癖に相反する高いカラテの持ち主であった。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

手首を返して放たれた返礼の斬撃がニンジャスレイヤーの脇腹を切りさく。さらにレッドダスクはもう一撃。斬撃の勢いを利用して小太刀の柄を握った手を裏拳めいてニンジャスレイヤーに叩きつける。

 

「グワーッ!」「隙アリだ!イヤーッ!」

 

レッドダスクがスナップを効かせて軽く刀を振るとその一部が分離しスリケンとなってニンジャスレイヤーめがけて飛翔する!しかしニンジャスレイヤーもさる者。吹き飛ばされながらもサマーソルトめいた回転蹴りでスリケンをはじき返し、そのままトライアングルリープからのトビゲリでレッドダスクを狙う!

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」CRAAAAAAAASH!レッドダスクがガードに使った両腕の小太刀が砕け散る!地に足をつけた両者はそのままチョーチョー・ハッシの近距離戦に移行!

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 

おお、ゴウランガ!二者のカラテは空気を切り裂き流れ落ちた水滴すら何重にも刻む超高速!ニンジャ殺しの死神ニンジャスレイヤーとレッドダスクはマイめいて立ち位置を変えカラテ応酬を継続する!右こぶしと右こぶしがぶつかり合う!

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 

ニンジャ殺しの死神ニンジャスレイヤーとレッドダスクはマイめいて立ち位置を変えカラテ応酬を継続する!左こぶしと左こぶしがぶつかり合う!

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

ウインブルドンよりも激しいカラテラリーを制したのは……ニンジャスレイヤー!渾身の右蹴りがレッドダスクのあばらをへし折り血を吐き出させる!怯むレッドダスクに対してニンジャスレイヤーは断頭チョップでカイシャクを試みた!

 

「イイイヤアーッ!」「イヤーッ!」

 

しかしレッドダスクの動きは予想以上に機敏。ビール瓶を三本並べても容易に切断するチョップに肩口を切り裂かれながらも風車めいた動きでニンジャスレイヤーに蹴りを浴びせる。その一撃は苦し紛れの攻撃に見えたが……?

 

「ッ!?グワーッ!」

 

レッドダスクの蹴りは鋭い残光を残してニンジャスレイヤーを切り裂いた!赤黒い血が飛び散る中ニンジャスレイヤーの目に映るのは鈍く光る刃!

 

な、何という事であろうか!レッドダスクの足側面から生えるのは禍禍しい刃。峰が波打つ禍禍しい刃はニンジャスレイヤーがカラテ止血を試みる間も手足から出る本数を増やしていく!

 

「フーッまさか狂った賊相手にこのジツを使う羽目になるとはな。人の肉を切り裂く手ごたえは心地よいものだが……やはり生娘の精神をいたぶり木偶人形に変える喜びにはかなわぬ。ああ、早く遊びたい!」

 

更なる殺意に目を細めるニンジャスレイヤーに超自然の怨念がささやく。レッドダスクの師は強大なカラテに似合わぬ下卑た性格で知られたヤイバ・ニンジャかその系譜。彼らは刀を飲み込む修行を経て、体から刀を生やし相手を切り刻むジツを得たという。

 

ニューロンの同居者が策を示すよりも早くレッドダスクが突進する。その四肢からは先程と同様の禍禍しい刃がニンジャスレイヤーめがけて伸びる!

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 

ニンジャスレイヤーはブレーサーで刃を弾きつつも後退する!その刃の勢いは嵐の如き凄まじさ!

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イイイイヤーッ!」「イヤーッ!?」

 

だが後退するニンジャスレイヤーは訝しむ。レッドダスクの四肢から生えるのは先程と同じ小太刀。当然ながらその間合いは四肢による伸長があったとしても刀よりは短い。にもかかわらずその間合いはニンジャスレイヤーのカラテを警戒しているにしてもやけに遠い。まるでニンジャスレイヤーを遠ざけるように。

 

しかしその理由はすぐに分かった。さらに力と速さの乗った大ぶりの一撃を回避した際に体操選手めいて飛びのいたニンジャスレイヤーは気づく。背後にある者に。震えながらも幼子をかばうシオンに。

 

「かかったなニンジャスレイヤー=サン!これまでの反応で貴様がモラリスト気取りの惰弱者という事は把握済みよーっ!イイイイヤアアーーーーーーッ!!」

 

レッドダスクは空中で体をねじり竜巻めいて大回転!空中を乱舞する悍ましき刃の乱舞から放たれるのは……そう、大量のスリケンである!その大げさなまでの攻撃はニンジャスレイヤーにとっては数発の被弾を許容すれば容易に回避できる攻撃であろう。

 

「……!」

 

(((バカ!ウカツ!何たる惰弱な!)))

 

しかしニンジャスレイヤーはニューロンの同居者の罵声をよそにガードを固める。ここで彼が引けばどれほど無残な死が背後の少女にもたらされるか明らかであるからだ。

 

ニンジャスレイヤーは焔を纏いしクロス腕でスリケンを防御する。だがそれは多勢に無勢。一つ二つと確実にスリケンがその身に刺さっていき――――13ものスリケンが刺さった時にニンジャスレイヤーはボロクズのようになって床へ崩れ落ちた。

 

薄れゆく意識の中ニンジャスレイヤーはシオンの悲鳴と、レッドダスクの勝ち誇った笑い声を聞きいた。そして彼の意識は闇へ落ちていった。

 

 

 

 

 

01001010100011111010100ザリザリザリザリ……

 

 

ニンジャスレイヤーは、カザミ・ケンジョウの意識は混濁する。走馬灯・リコールの如き記憶の奔流の中、脳裏に映るのは黒きニンジャ。血で染まったセキハバラの大地に立つは恐るべきバヨネットドーの使い手たる怨敵デスリーパー。二刀を握ったそのシルエットははどこかレッドダスクと重なる。

 

「殺すべし……妻子の仇殺すべし……!」

 

サムライの如き鎧をまとったニンジャスレイヤーは胸に燃える憎悪を基に、刀を握って突き進む。それは彼とは別のニンジャスレイヤーの記憶。二刀流の使い手たるレッドダスクとの戦が引き寄せたのだろうか。そのニンジャスレイヤー、キルジマ・タカユキが戦うのは家族の仇討の為。しかり家族の仇だ。ケンジョウもまたニンジャによって家族を殺された。

 

ケンジョウの二人の妹、アズサとリコ。穏やかで控えめ、活発で陽気という違いはあれど二人ともケンジョウにとって自分の命よりも大切な妹だった。両親亡き後にケンジョウが苦心して愛し育て来た最愛の妹だった。

 

だが二人とも殺された。陸軍に新設された航空隊に配属された日、長年の念願が叶った事への祝いの為に帰宅したケンジョウを迎えたのは、焼け落ちる生家。ニンジャのカラテ。そして折り重なるようにして剣に貫かれ殺されるアズサとリコ。

 

病弱でいつも空を見上げ夢を抱いていたアズサ。いつか兄のように航空機のパイロットになるのだと豪語していたリコ。彼女たちはもういない。ニンジャに殺された。

 

ケンジョウには妹たちを殺したニンジャにどのような理由があったのかは知らぬ。知ろうとも思わない。だが死ねない。妹たちの仇を討つまでは、彼女たちを殺したチルハ・ニンジャを殺すまでは死ねぬ!

 

「殺すべし、ニンジャ……殺すべし」

 

憎悪の嵐がケンジョウの体内に流れ込む。その悪黒のストリームは圧倒的。それはニンジャに殺され無念の内に死んでいった者たちの多さを表している。

 

「ニンジャ殺すべし……ニンジャ、殺すべし!」

 

赤黒の憎悪のストリームの中ケンジョウは、ニンジャスレイヤーは立ち上がる。目の前には邪悪なニンジャがいる。ならばやることは一つだ。カラテによって惨たらしく殺し、無明のジゴクに引きずり込むべし。それだけだ。

 

ニンジャスレイヤーはカラテを構える。どこかシオンと子供を守るように立ちふさがるその姿は鬼神の如き何処か禍禍しく雄々しいものだった。

 

 

 

 

絶望に包まれる中シオンは風を感じた。そう、風だ。幽鬼めいた姿になり果てながらも赤黒のニンジャは立ち上がった。その体からはまるで飛行機のプロペラが巻き起こすそれのようにすさまじき風がき出す!そして装束の表面で燻っていた焔と混ざり合い、凄まじい勢いで吹き出し赤黒の翼めいたエフェクトを形成した!

 

「赤と黒の……翼のニンジャ?」

 

シオンは呟く。翼めいて展開されたニンジャの裁ち布から発せられるのは凄まじいエネルギー、そのカラテは絶大な勢いであった!

 

されど赤黒の焔風がシオン達を傷つけることはない。赤黒のニンジャがそのエネルギーを向けるのは禍き刃のニンジャのみ。

 

(((グググ……ケンジョウよ。足手まといの小童共に意識を割くとは何たる未熟。だがまあ良い、とっととその胡乱な三下をクズ肉にせい!)))

 

(言われなくてもそのつもりだ……奴を、レッドダスクを殺す!)

 

「イヤーッ!!」

 

ニンジャスレイヤーは助走なしに一瞬でトップスピードに到達し駆けた!その速さは飛ぶ鳥が如し!

 

「イ、イヤーッ!」

 

異常事態に怯みつつもレッドダスクが刃のスリケンを仕掛ける!しかしニンジャスレイヤーは防御動作すらしない!レッドダスクのスリケンはその疾風の如き疾走の後に残った残影を割くのみ!瞬く間にニンジャスレイヤーはレッドダスクの眼前にたどり着いた!

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

レッドダスクが防御のため掲げた刃を右腕毎カラテ破壊!

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

レッドダスクが防御のため掲げた刃を左腕毎カラテ破壊!

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

レッドダスクが防御のため掲げた刃を右足毎カラテ破壊!

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

レッドダスクが防御のため掲げた刃を左足毎カラテ破壊!

 

両腕両脚の刃を折られたレッドダスクはもはや王手詰。だが邪悪ニンジャにはまだ仕込み武器がある。胸部に内蔵された一対の隠し刃が。

 

「アッアバッ……イ、イヤ」「地獄に落ちろレッドダスク=サン。イイイヤアアアッーーーーーーーー!!!」「アバッー!アバババババーーーーーー!!」

 

だがニンジャスレイヤーはそんな小細工など真っ向から打ち破る!赤黒の焔風を纏った右腕のが鉤爪めいた一撃が刃毎心臓を完膚なきまでに破壊する!

 

「アバーッ!な、なんだお前は、なんなんだ!アバッー!」

 

体内から焔と風を流し込まれ焼かれ割かれ砕かれていくレッドダスクは極限の苦痛の中ニンジャスレイヤーに問う。絶望の中の問いに憎悪に満ちた瞳のニンジャスレイヤーはレッドダスクの恐怖に満ちた目を見つめ答えた。

 

「何故だと?知れたことよ。妹たちの仇チルハ・ニンジャ。あの増上慢を、連なる三下共をすべて殺し首を墓前に供えるそれだけが儂の望みよ!」

 

「エッ……チルハ・ニンジャ=サンを……?」

 

最早文字通りの死に体のレッドダスクは目を見開く。彼の所属する暗黒ニンジャ組織の首魁たるアーチ級リアルニンジャ。神話級ニンジャであるケイト―・ニンジャの最後の弟子の一人である強大なイモータルである彼を殺すと?この男はそういったのか?

 

レッドダスクはその誇大妄想を笑い飛ばそうとする。しかしできなかった。ニンジャスレイヤーはチルハ・ニンジャの殺害を誇大妄想ではなく現実しかねないと彼は感じた。それほどまでにこのニンジャのカラテは、赤黒の焔風は、憎悪は……!

 

「アイエエエエエエエエエエエエエエ!アイエエエエエエエエ!!アイエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!」「イヤーッ!」「サヨナラ!」

 

ニンジャスレイヤーの憎悪を感じ取り発狂したレッドダスクは心臓握り潰しによりカイシャクされ爆発四散した。屋敷を飲み込む爆発と共にかけらも残さず、邪悪なニンジャは死んだ。

 

焔が消えそれでもなお強い風が吹く中、ニンジャスレイヤーはたたずむ。その姿はどこまでも孤独。しかしその身に秘めたる憎悪は烈火のごとく。そして彼はカラテシャウトを発し、エントリーした際の窓から出ていった。その姿を見ると共にニンジャリアリティショックの影響でシオンの意識は途切れていく。薄れゆく意識の中、それは幼子のぬくもりか、それともニンジャの焔か。何処か熱を感じながらシオンは意識を失った。

 

 

 

それが、シオンとニンジャスレイヤーの一度目の遭遇であった。かたや赤黒のニンジャ殺しのニンジャ。かたや美しくして平凡なモータルの少女。何の接点もないように見えた二者はしばしば運命づけられたかのように出会う。邪悪なるチルハ・ニンジャを殺す戦いの最中、ニンジャスレイヤーはかつて自分がそうしたように少女に救われる時が来る。

 

しかし彼らの再びの邂逅について語るのは今ではない。いつの日か、帝都東京の闇で繰り広げられるニンジャの戦が再び語られるその日に明かされる時が来るだろう。




今回の話はここまでとなります。すでにチルハ・ニンジャとの最終決戦のプロットは大まかに考えていますが、その途中がまだほとんど未完成なのでそこらへんが出来たら本格的に長編として投下するかもしれません。


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【192X:スマッシュ・ザ・ファッキン・ニンジャズ・アーマー!】

ACより先にこちらの話の構築が済んだので投稿します。

今回はカニめいたニンジャが出て死ぬ!


大正エラを迎えた日本の中心地帝都東京。華やかな街では洋風のビルヂングが立ち並び、着飾ったモボ、モガ(モダンボーイ、モダンガールの略称。大変奥ゆかしい)が歩き、紳士淑女が最先端の洗練された洋食を愉しむ。

 

他方路地裏では近年の東京の目覚ましい進歩から取り残された貧しい人々が繁栄に羨望の目を向け、薄汚れた地面をうつむいて歩く。万人が幸せとなれる理想郷の実現はまだ遠く遥か彼方。人間や社会の光と闇を体現したかのような都市、それが大正エラの帝都東京であった。

 

貧富の差に公害問題、発展の裏に存在する混迷の中にある帝都東京の中心地に堅牢かつ巨大な建物があった。日本帝国軍陸軍省の建物である。

 

多くの専制国家でそうであるようにこの日本においても軍人は英雄とみなされ、多大な権力と財力を得ている。特に先進列強と呼ばれる国家の一角である日本は過日の日露戦争による戦勝もあり、陸海軍の権勢は大変なものであった。「…オガバシ君。君の請願通り件の担当者は抱き込んでおいた。金と時間はかかったがようやく、だな」

「アリガトゴザイマス!!少佐!それでは来月より製品の納入の方、200%増しにさせていただきます!」

 

そんな陸軍省の一角で洋装の男が軍人と談笑していた。軍人は陸軍においても装備を担当する部署の高官である少佐、もう一人の平身低頭するオガバシと呼ばれた洋装の男は実業家であり、陸軍への製品の納入に関する交渉に来たようだ。「うむ…これで陸軍の軍服に用いる人絹は全て君の会社の製品を使う事になった。これからは君も社員たちも日出る国を支える殖産興業の理念の先鞭となるのだ。オガバシ君、ハゲミナサイヨ!」「ハハ―ッ!」

 

オガバシが深々と頭を下げる傍ら少佐は悠然と去っていく。彼の表情は自慢げだ。彼の得意分野とはいえ随分と時間はかかった。だがそれでも今回の取引で彼は十分に儲けた。これで老後も安泰だろうと実に気分がよかった。「…ん!?」

 

だが少佐は不意に首筋にぞくりとした感覚を生じて振り返る。後ろにはまだ頭を下げ続けているオガバシがいた。それ以外は何もない。

 

「どうかなされましたか?」

「なんでもない、ただ少々寒気を感じただけだ。これは風邪かもしれんな」

「それはいけない!少佐はこの帝国の重要人物であるのです!ご自愛くださいませ」

「ハハハお気遣いどうも」

 

そうして今度は何も感じることなく少佐は去っていった。完全に去っていったのを見てオガバシは顔を上げる。その表情は先程までの人のよさそうな若社長とは異なり、ノウメンめいた酷薄な物である。そしてその瞳孔もまた蛇めいて縦に割けていた。「非ニンジャの屑めが。事の暁には貴様の娘を目の前でネンゴロにしてやる」

 

オガバシは侮蔑を込めて毒づいた。彼は今少佐を非ニンジャと言ったか?その事実が逆説的に認めるのは恐るべき事実である。すなわち、オガバシは超自然の半神的存在、ニンジャであるという事。ニンジャとしての彼の名前はドゥームアイ。古のニンジャクランの系譜を継ぐ冒涜的ですらあるジツを持ったリアルニンジャである。「それはお勧めしないな。俺は知っているが彼の娘は君が相手にする程ではないよ」「……!」

 

聞こえてきた声に凄まじいニンジャ敏捷性を発揮しオガバシ、ドゥームアイは向き直り敬礼の姿勢をとる。

 

「ドーモドゥームアイ=サン。チルハ・ニンジャです。やはりニンジャならば、そういう事するモータルにもそれなりの質が重要だよ」「ドーモチルハ・ニンジャ=サン。ドゥームアイです。お気遣いありがとうございます」チルハ・ニンジャと呼ばれた男は大佐の階級章をつけており、腰に帯びるのは「マゴロク」と超自然ルーンカタカナで銘された名刀。さらにその顔には表向きは戦傷を理由に仮面をつけている。実際目立ち、どこに居ようと人々が気付く様相である。

 

しかし、それ以上に強烈な印象を与えるのは全身より放射される、抑えられているはずなのに圧倒的なオーラが溢れている事だ。それは彼がアーチニンジャ、すなわちカイデンを受けた特級のニンジャであることを示している。その強大さはドゥームアイの百年単位で蓄えられたカラテ経験値を以てしても規格外と言えた。

 

更に最も恐るべき点としてチルハ・ニンジャは古のニンジャ英雄ケイト―・ニンジャの最後の弟子なのだという。歴史という膨大な重み、それはドゥームアイの心胆を寒からしめる凄まじさだ。故にドゥームアイはチルハ・ニンジャの組織に誘いをかけられたときに位置もにもなく承諾した。どこか絶対者への隷属を望んでいた自分の心を自覚しながら。

 

そうした事から彼は幹部となった。チルハ・ニンジャを首魁とし、多くのニンジャが所属する暗黒秘密組織―――――――「帝都の暗雷」に。

 

「しかし惜しいものだ。レッドダスク=サンの事業はそれなりに良かったのだが…件のニンジャスレイヤー=サンはまだ死んでないんだろう?」

「はっ先日もクイックロード=サンとデッドモズ=サンが殺されました。計画が近いというのに厄介なものです」

 

ニンジャスレイヤーは現在順調に大日本帝国の軍部や政財界に浸透中の帝都の遠雷にとって唯一と言っていい敵だ。彼らが殺し損ねたモータルにニンジャソウルが憑依し生まれた彼は、かつてのニンジャスレイヤーと同様にニンジャを殺し続けている。もうすでに帝都の遠雷のニンジャが6名も殺されていた。それは彼らの計画の妨げとなるタンコブアバブアイズだ。

 

「確か…カザミ・ケンジョウ君だったかな?まったく彼にも困ったものだ。少々自重してもらいたいのだが……ああでも、確かに」「確かに?」「彼の妹たちは実際良かった。刺し貫いた時……久しぶりに心が躍ったよ」チルハ・ニンジャの目が邪悪な三日月のように歪んだ。

 

 

 

 

 

 

「俺の人生経験から真理だと思う事は、幾つかある」東京湾の近く、漁業か海運で築いた財で建てられたのであろう、大きな邸宅に陰鬱な声が響いた。声の主はスシを手にしたずんぐりとしたニンジャだ。ニンジャの名前はブラックキャンサーというこの辺りの港湾事業を取り仕切るヤクザのオヤブンであり、暗黒秘密組織帝都の暗雷の構成員でもある。

 

「まず一つ目はスシはサーモンが一番であるという事だ。脂が適度に乗りまろやかで、うまい。サーモンこそが最高のスシだ。お前もそう思うだろうマゴミ=サン?」「ハァーッ!ハァーッ!思います!実際そう思います!」「「アイエエエエ……」」

 

ブラックキャンサーはスシを嚥下する。彼が顔を向けるのは縛り上げられ転がされたマゴミという中年男性だ。彼の周りには亡き妻との間に作った娘二人が転がされている。二人共目に涙を湛え必死にニンジャの恐怖に耐えていた。周りにはヤクザもいる。精神が砕けてもおかしくない修羅場インシデントにも変わらずよく耐えていた。(なんてことだ……私がこうなる事は覚悟していた。しかし、娘たちまでもが…!)

 

マゴミがこのような目に遭っている原因はひとえに言えば経済的理由に起因する。日本経済が各機だったこの大正時代では、巨大な財閥企業が次々と造船や海運に参入し先祖代々小規模な開運で利を得ていたマゴミ家は彼らに太刀打ちできず、隆盛に取り残され窮乏していた。さらに悪い事は重なるもので息子の事故死も重なり、心身ともに消耗したマゴミは最早娘たちをオイランにするしかないというところにまで追い詰められた。そんな彼に手を差し伸べたのがブラックキャンサーの率いる組織だった。

 

ブラックキャンサーの提案はマゴミの持つノウハウを活かした密輸だ。各禁制品の密売で得られる巨額の利益に追い詰められたマゴミは抗いがたく、アンセスター達への自責の念を振り切って協力を始めた。彼の会社は成長し、娘たちにも笑顔が増えてきた。これで娘に幸せな人生を提供できる。だからこれでいいのだとマゴミは自身に言い聞かせていた。

 

しかし今日突然ブラックキャンサーたちはこのような暴挙に踏み出た。理由は分からない。マゴミに渡す金が惜しくなったのかもしれないし、組織の方針に変更があったのかもしれない。それとも単なる気まぐれか。マゴミへのインガオホーは疾く無慈悲であった。

 

「二つ目、人間はカワイソウな物には手を差し伸べるが、見苦しい物は不快に感じ蹴り飛ばすという事だ。それはニンジャである俺も変わらない」「アイエッ!」陰鬱極まりないブラックキャンサーの言葉にマゴミが悲鳴を上げた。その有様を見て周囲のヤクザたちが笑う。

 

「そして俺の前にはカワイソウな娘たちと見苦しい中年がいる。俺のやることがわかるな?」

「ヤメテ……ヤメテ!」「安心しろ。俺は14より上に興味はない。男女問わずな。最も俺の親切な部下たちは別だが」ブラックキャンサーは真顔でうなづいた。同時に娘たちへ下卑た顔のヤクザたちが群がる。「「「ヒヒーッ!」」「アイエエエ!嫌だ嫌だーっ!」「ヤメテ―ッ!」何をするかは一目瞭然!おお仏陀よ!寝ているのですか!

 

「後は三つ目、ファックとキルの悲鳴が生み出す交響曲は最高だ。マゴミ=サン、簡単には死なせないぞククク……!」「アアアアアアアアアアアアアア!!!」マゴミはただ絶望の悲鳴を上げる。嗚呼、嗚呼これが犯罪の報いとすればあんまりだ。罪人である私はともかく何故娘たちまでもがこんな目に!

 

(仏陀よ……ヤオロズの神々よ……!私は永久に地獄に落ちても構わない……!だがどうか、娘たちには慈悲を……!!)マゴミの悲痛な願いは神々に聞かれることはない!この世にあるのはただニンジャの暴力だというのか!またしてもニンジャに一つの家庭が破壊されてしまうというのか!

 

だがこの世にあるのは絶望だけではない。邪悪ニンジャに因果応報の死を与える闇夜を駆ける赤黒の死神、ニンジャ殺しのニンジャも存在するのだ!!!

 

「Wasshoi!!!」「「「アバーッ!!!」」突如として邸宅の壁が砕け散る!壁の一部が飛散すると同時にスリケンが飛びヤクザの頭部を射抜いて巧妙に貫通殺した!

 

「何だと…イヤーッ!」飛んでくるスリケンに対してブラックキャンサーは側転を打つ!後に残されたスシ皿がスリケンの直撃を受けて砕けた!ブラックキャンサーは乱入者に向けてカラテを構える。

 

「ドーモブラックキャンサーです。貴様があの……!」乱入者もまたニンジャ。血のように赤黒い装束に面頬には恐怖を煽る地獄的書体で「忍」「殺」と刻まれている!その姿にブラックキャンサーは覚えがあった。この姿のニンジャは彼の所属する帝都の暗雷に敵対する……!

 

「ドーモブラックキャンサー=サン。ニンジャスレイヤーです……!」押し殺した地獄めいた声が邸内に響いた!殺戮者のエントリーだ!

 

「我らにあだ名す国賊めがおめおめと……!者どもかかれぇ!」「「「「ウオオオー!」」」」ブラックキャンサーの号令の元手下ヤクザたちが襲い掛かった!四方八方からニンジャスレイヤーに向けてドスやボーで武装したヤクザが殺到する!

 

「ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」「アバーッ!」ニンジャスレイヤーの右足の一撃がドスを構えて突進するヤクザの首をへし折る!

 

「ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」「アバーッ!」ニンジャスレイヤーの左足の一撃がドスを構えて突進するヤクザの首をへし折る!

 

「ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」「アバーッ!」ニンジャスレイヤーの右腕の一撃がボーを構えて突進するヤクザの首をへし折る!

 

「ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」「アバーッ!」ニンジャスレイヤーの左腕の一撃がボーを構えて突進するヤクザの首をへし折る!

 

「イヤーッ!」最後の一撃の勢いのままニンジャスレイヤーはスリケンを投げた!回転を載せた曲射を交えた鋼鉄の星は内二つがガードを潜り抜けてブラックキャンサーに突き刺さる!「グワーッ!」ずんぐりとした体の芯に響く憎悪と殺意をカラテ乗算した強烈な投擲だ!

 

「チィーッ!」そのままブラックキャンサーは窓を突き破って撤退。そのまま下に待機していたヤクザバイクやヤクザカーと共に逃走を図る!だがニンジャスレイヤーの分の乗り物はない!このまま逃げられてしまうのか!?「……足はないか?」ニンジャスレイヤーはマゴミを一瞥し質問した。邸宅には車庫があり、この時代では珍しい車庫の存在から彼は足の存在を連想したのだ。

 

「……バイクが、あります、私の死んだ息子のバイクが。毎日のように整備しておいたから乗れるはずです」「使わせてもらおう」「うう…当然の事です。でも、ニンジャスレイヤー=サン私はどうしたらいいんです……」「どう、とは?」マゴミはうなだれている。彼の身に息子の事故死から今日この日まで起きたことを考えたならば自然であろう」

 

「娘を助けてくれて本当にアリガトゴザイマス。でも私にはもう何もない。これから一体どうしたら……!」「知らないな」ニンジャスレイヤーは謹厳に答えた。

 

「俺にとっては関係のない事だ。だが言えることがある、お前にはまだ家族がいるだろう。……俺と違って」ニンジャスレイヤーは娘を抱きとめるマゴミをじっと見据える。その目には憎悪以外の感情があった。「ハイ。私にはもったいないほどの」「なら、守る為に生きろ。バイクはありがたく使わせてもらう。イヤーッ!」

 

「オトウサン…!」「パパ…!」抱きしめあう親子たちをよそにニンジャスレイヤーは窓より飛び降りて車庫に飛び移る。ニンジャ筋力で車庫の扉を破り、中のバイクを起動する。質素ながらもよく整備された良質なバイクの、うなりを上げるエンジンの向こう側に赤と黒の二色のペンキが見えた。ニンジャスレイヤーは決断的にペンキ缶をつかみ取る!

 

(そうだ。俺にはもう家族などいない。カザミ・ケンジョウは死んだ)

熱を帯びた超自然の手により決断的な赤と黒がバイクのボディに蒸着される!赤と黒のサツバツたる彩色になったバイクにニンジャスレイヤーはまたがりアクセルを押し込んだ!

 

(故に奴らを、ニンジャを殺す!リコとアズサを殺したニンジャを惨たらしく殺す!)

「イヤーッ!!!」ニンジャスレイヤーはロケットスタートをかけた!邸宅の門を飛び越えヤクザとニンジャを追う!殺戮のカラテロケットが解き放たれる!

 

 

 

 

 

 

 

この時代においてはまだ車の数が少ない事もあり、まばらな夜道を数台の車とバイクが疾駆する。「アバーッ!」薬物酩酊状態でふらふらと歩いていた浮浪者をひき殺してもその速度は全く変わらない。「ドグサレッガ……!」ブラックキャンサーは毒づく。話には聞いていたが件の凶人に自分が襲われるとは。一刻も早く他のニンジャと合流して数の優位を保ち戦わなくてはいけない。まずはノミカイや奴隷トレードを通じて親しいヒドウアローの元へ……!

 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「「アバーッ!」」後方で爆発音!「ナニッ」ブラックキャンサーは慌てて振り向く。後方では殿を任せていたヤクザカーが爆発炎上!その上をバイクに乗り飛び越えていくのは……「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーだ!

 

「「「「「ザッケンナコラー!」」」」」ヤクザライダーたちが手にしたチャカガンやダーツ型爆弾を用いてニンジャスレイヤーを狙う!対するニンジャスレイヤーは臆せず、さらに加速した!

 

「タマトッタラ―!」BLAM!BLAM!ヤクザライダーはニンジャスレイヤーに向けて発砲!しかし弾丸は当たらず「イヤーッ!」お返しとばかりにニンジャスレイヤーはスリケンを投げた!「アバーッ!」脳天にスリケンを受けたヤクザライダーは転倒しバイクと共に爆発!

 

「タマトッタラ―!」BLAM!BLAM!ヤクザライダーはニンジャスレイヤーに向けて発砲!しかし弾丸は当たらず「イヤーッ!」お返しとばかりにニンジャスレイヤーはスリケンを投げた!「アバーッ!」脳天にスリケンを受けたヤクザライダーは転倒しバイクと共に爆発!

 

「タマトッタラ―!」ヤクザライダーはニンジャスレイヤーに向けてダーツ爆弾を投擲!「イヤーッ!」しかし爆弾はニンジャスレイヤーのカラテに跳ね返された!「アバーッ!」跳ね返されたダーツ爆弾によりヤクザライダーはバイクと共に爆発!

 

「タマトッタラ―!」ヤクザライダーはニンジャスレイヤーに向けてダーツ爆弾を投擲!「イヤーッ!」しかし爆弾はニンジャスレイヤーのカラテに跳ね返された!「アバーッ!」跳ね返されたダーツ爆弾によりヤクザライダーはバイクと共に爆発!

 

爆発を背にニンジャスレイヤーは赤黒の矢とかし更に加速!「イ、イヤーッ!しつこすぎる!何なんだお前は!?何故其処まで俺を狙う!!?」恐怖を湛えた目で窓からブラックキャンサーはスリケン投擲!だが当たらない!ニンジャスレイヤーはさらに加速して距離を詰める!

 

「知れた事よ!貴様らニンジャ共を残酷に殺す!それこそが儂の本懐よ!フルスロットルで引き絞ると共に背後で引火による爆発!「忍」「殺」の書体がブラックキャンサーのソウルを恐怖で煽った!

 

ニンジャ殺すべし!慈悲はない!イイイイイヤアアアーーーッッッ!!!」ブラックキャンサーのヤクザカーに突撃した!

 

CABOOOOOOM!!!!「「「アバーッ!!!!」」」「グワーッ!」ブラックキャンサーは大爆発を起こす車内から放り出され地面にウケミも取れず叩きつけられた!「ハァーッ!ハァーッ!凶人め…!呪われ…「逃がさんぞ」アイエッ!」傍らにバイクを止めたニンジャスレイヤーがすでにそこには立っている。「イ、イヤ…「イヤーッ!」「グワーッ!」ブラックキャンサーが完全に復帰するよりも早くニンジャスレイヤーが拳を叩き込んだ!

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

ニンジャスレイヤーはブラックキャンサーを殴る、殴る、殴る!こうなってはカニ・ニンジャクランの強力なニンジャ筋力も活かしようがない!殻をたたき割られ身を穿り出され喰われるカニめいて、ただただなされるがままだ!

 

「アバ…アバババ……」グロッキー状態でよろめき後ずさるブラックキャンサーを前に「イヤーッ」ニンジャスレイヤーは回転ジャンプで距離をとる。そして両脚に力を籠め、殺意と共にブラックキャンサーを見据えた!「イイイ……ヤアアアーーーッッッ!!!」GOWM!ロケットエンジンめいた風と焔による加速と共にニンジャスレイヤーはトビゲリを繰り出した!

 

「アバーッ!!!サ、サヨナラ!」凄まじいトビゲリを胸に受けブラックキャンサーは吹き飛び、地面に落ちると共に爆発四散した!因果応報!!!

 

ニンジャスレイヤーは無言で焼け焦げた巻物をつかみ取ると赤黒のバイクにまたがり再び走り出した!全ては帝都の暗雷のニンジャを殺す為!奴らに、チルハ・ニンジャに因果応報の死を与える為!ニンジャスレイヤーは走り続ける!「イヤーッ!」憎悪のアクセルをかけ、いまだ深い帝都の闇へ突っ込んでいった!

 

走れニンジャスレイヤー!走れ!全てのニンジャを殺す為に!

 




シンプルにニンジャが出て殺す短編でしたがいかがだったでしょうか?
感想の方お待ちしています!

後原作のシャード・オブ・マッポーカリプスめいた形式で見たい設定などがありましたら、活動報告の方でアンケートしているのでヨロシクオネガイシマス!


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【192X:デイブレイク・アフター・シジュウクニチ】

科学全盛のこの大正時代においても霊魂を信じる人間は少なくはない。それは田舎の人々だけでなくガス灯がくまなく照らす帝都東京に住む、日本どころか世界でも有数の進歩人達もいまだにオバケの恐怖やアンセスターの加護を信じており、死者に対する敬意を持ち続けている。もし土地の有効利用の為墓地を撤廃しようなどと唱える資産家がいればその日の内にセプクに追い込まれるだろう。

 

されど夜中の丑三つ時となれば流石に墓地を訪ねる者は誰もいない。墓守も寝付き静かな夜に墓地は場所にふさわしい完全なる静寂を得ていた。

 

否、ただ一人のみがこの墓地にはいた。まだ新しい墓石の前に立つ影は時刻故に分かりづらいが全身を血の様な赤黒装束で包んでおり、面頬には「忍」「殺」と刻まれている。その殺伐たる姿はあからさまに……ニンジャだ。ニンジャは真新しい墓石を丁寧に汚れをぬぐい掃除していく。その姿には無慈悲なキリングマシンらしからぬ穏やかなアトモスフィアがあった。

 

ヒシャクで墓石に水をくまなくかけ、木の葉の一欠けらに至るまで取り除くとニンジャは線香にチョップで火をともし備える。そして冥福を祈った。この墓に眠る彼の妹、アズサとリコの。「……四十九日の法要、出来なくて悪かったな」

 

今日は彼の妹たちが死んでから四十九日目であり、日本において死者を弔う上で重要な法要を行うべき日であった。だが彼はすでに公的身分を喪失した社会的死人であり、公的な法要は行えなかった。故に深夜の密かな墓参りが彼の法要となる。「俺はお前達と一緒に死ぬことは出来なかった。だが、その代わりにこの力を手に入れた。俺はニンジャに……ニンジャスレイヤーなった」

 

赤黒のニンジャはその自分の右手を見る。分厚い鉄板をひしゃげさせニンジャの首を切り裂き幾度なく血に染まった手だ。それは紛れもなくニンジャに対する死神たるニンジャ”ニンジャスレイヤー"の手で、かつてこの帝都に生きていた妹思いの青年カザミ・ケンジョウの手ではなかった。

 

「俺は奴らを、帝都の暗雷を殺しつくす。お前たちを殺した奴らにインガオホーの死をもたらしてやる……!だからお前たちはあの世で安らかに見ててくれ」二人の好物であった焼き菓子を備えると彼は再び手を合わせる「俺は駄目な兄だけど、それぐらいはやってやるから」

 

ニンジャスレイヤーは静かに告げ目を閉じて再度妹たちの冥福を祈る。そしてジャスト5秒後目を見開いた!「イヤーッ!」赤黒の風が駆け抜けた後には丁寧に揃えられた清掃用の道具が残るのみ。ニンジャの速度で駆け抜けるその姿はすでに墓地の外の雑木林の中だ!

 

(((グググ……休憩の時間は終わりかケンジョウよ……少々長すぎて退屈だったぞ)))「黙れナラク!」邪悪なニューロンの同居者の嘲りの声を否定し輝きの中に邪悪を秘めし魔の帝都に向かって飛ぶように走る!(((まあ良い……11時の方向にニンジャがおるぞ)))「何だと!?」

 

(((おそらくは帝都の暗雷とさえずるコワッパ共の一人よ……疾く縊り殺せい!)))「無論だ!帝都の暗雷のニンジャは全員殺す!ふさわしいインガオホーの死にざまを見せてやる!イヤーッ!」バサム!風に乗ったニンジャスレイヤーは凧めいて滑空し帝都の街並みに飛び込んでいく!

 

何の為に?全ては復讐の為、殺された妹たちの弔いの為だ!悔恨はニンジャを殺してからすればよい!「イヤーッ!」

 

 

 

 

 

 

「ハァーッ!ハァーッ!お父様……!」フナコは船の形に整えられた履物を蹴散らし葬式場の外へとまろび出る。それは良家の子女である彼女にはおよそ相応しいとは言えない行いであったが今この場でなりふり構ってはいられない。それだけの事をするだけの理由が彼女にはあった。「お父様……!」

 

フナコの父は数日前に亡くなった。官僚であった父は出先からの帰途の途中に事故に遭いあっけなく亡くなってしまった。まだ四十代と若く文官とは思えない程に壮健な父の死にはフナコも母も哀しみ以上に戸惑いの感情を隠せない。そんな彼女たちに変わって葬式の手配を行ったのは叔父だった。

 

世慣れしていない彼女たちに変わって手配をしてくれた叔父には感謝している。しかし葬式が洋式の―――――――黒を基調とした装いや装具で、立派で豪華な、そして最後には霊柩車で遺体を運び焼き場で遺体を火葬するという物である事については閉口とはいかないまでもやや疑問があった。

 

白を基調とした簡素な樽めいた棺で土葬を行うこれまでの日本の葬式は諸外国とは全く異なる物である事はここ数年の海外からの弔問客により大勢に知られる事になっている。故に耳聡い名家や資産家の家系はこうした洋式の葬式を行うようになっていた。「お前の父親はこの大正エラにふさわしい盛大な葬式を上げる」事実叔父もこうした社会の風潮にならい様式の葬式を行うと決めた。

 

(((西洋の文化技術を取り入れる事は大いに結構。だが儂は葬式までそうする事には反対だ。確かに海外の葬式に出席するにはそうした黒の装いがよかろう。だが日本の装いは古来より白と決まっておる。それを変える事は……儂は好かん)))生前の父はそう言っておりその旨は叔父にも伝えたが、其処は大正デモクラシーの世と言っても小娘の言う事だ。聞かれる事なく相応しい葬送を行うと断言された。

 

その事が葬儀を控えた前日になってもいまだにフナコの胸のつかえとなっている。だから今日の夜はなかなか寝付けず、彼女はこれで良いのだろうかと自問自答していたのだ。しかしそんな奥ゆかしい自問自答はふと目を窓の外に向けた事で終わりを告げた。

 

窓の外を離れていくのは人魂、それも父の顔をおぼろげに浮かび上がらせた人魂だった。本来ならばコワイ過ぎる光景にフナコは卒倒しただろう。だが長時間の自己問答の末にゼンめいた境地にいたフナコは苦鳴を噛み殺し外に飛び出した。

 

「お父様……!」まだ父と話したりない。先程の振る舞いを叱られてもいいからもっと話したい事があった。例え一時でもいいからとフナコは慣れない激しい動きに息を切らしながらもガス灯の下を駆け抜けていく。父の顔をした霊魂が漂っていくのを必死に追いかけていく。「ハァーッ!ハァーッ……!ここは……!」

 

フナコが息を切らしてたどり着いたのは帝都に普及し始めたタクシーの操車場だ。何台かのタクシーが倉庫に収められている其処は墓場めいて静かだ。そんな空間を父の人魂は浮遊し滑るように飛んでゆき、やがて一か所にとどまった。その周辺にはアナヤ……別の人魂もが浮かんでいる。

 

(((タクシー操車場に無数の人魂が……?これは一体……アイエッ)))思案するフナコはそこである者に気づきとっさに口を押える。操車場の中心にはこの時刻にもかかわらず5人もの人間が確かに存在していた。

 

一人を中心に四方を囲むように立つ彼らは皆軍装だ。帝国陸軍のカーキ色の制服を着てどういう訳か小銃で武装し、腕には青い腕章を付けている。そしてそんな彼らの奇妙な姿の中でひときわ目立つ者がいた。中央に立つどこか濁った白装束の真鍮製の仮面をつけた男は、黒塗りの棺めいた箱を掲げ人魂を吸い込んでいく、彼は白目を剥き、痙攣しながらもしっかりと箱を掲げ人魂を吸い込んでいく。「アッアアア……アッ!」

 

(((アイエエエエ!?)))中心にいる男はガクガクと瘧めいて身を震わせると急激にしゃっきりとするがフナコはその奇天烈さに恐怖を覚え必死に息を殺す。「フーッ……準備が済みました。ではいきましょうか」大正エラの日本には珍しい長身の男は肩を上下すると明確に指示を出す。「……とその前に、其処のあなた出てきてください」「アイエッ!?」その目は紛れもなくフナコの方を向いていた。

 

動揺のままフナコはふらふらと彷徨い出た。押し殺したはずの声が聞こえていたのだろうか?「そこのお嬢さん、あなたは何というんですか?私はオウンガンと言います」「ア……ッアア……ワタシはフナコ、です」「フナコさんですか。雛臭い名だ」ツカツカと歩み寄るオウンガンの、虹彩の見えない黒い目は冷たい。

 

「フゥム。この時刻は職業婦人が出歩くでもなし……ひょっとしてあれかね?家族の人魂でも見たとか?」「アッハイ。死んだ父の人魂を見かけて」「ハハハ正解か!ロンドン行きの旅行券が欲しいところだね」オウンガンの態度は異様なほど鷹揚だ。その真鍮製の仮面に非人間的な目は笑みに細められているがフナコにもわかる。あれはよからぬ笑いだ。

 

「アアッ……そ、その何故人魂、を?」「ああそれはしいて言うなら燃料だ」「エッ」「燃料だよ、ね・ん・りょ・う。ほら車でも何でも機械を動かすには燃料が必要だろう?これはそれと同じで……おっと、これ以上話すわけにいかないな」フナコは恐ろしいオウンガンの顔から眼をそらし黒い箱に目を向ける。そこには先ほど見たように父の魂が。「あの…それを返し」「ナンデ?私はニンジャなのに?」

 

「アイ……ニ、ニンジャナンデ……」フナコはうろたえ呟く。ニンジャとは小説などの娯楽作品の中にのみ存在するはずだ。元になる乱波や御庭番が過去にいてももうこの大正エラにはいない。現実にはいないはずなのにナンデ?「私はニンジャで、君は非ニンジャの屑。私が何をしようと君は受け入れなくてはいけないはずだ。世の中はそうなっている」

 

フナコには理解しがたい理屈を述べるオウンガンは、ニンジャは恐ろしい。だがそれでも燃料という事は、父の魂は使いつくされ祖先の待つアノヨにはたどり着けないという事ではなかろうか。それは嫌だ。絶対に嫌だ。親の魂がそのように蹂躙される事な度あってはならなかったからフナコは勇気を出した。

 

「お願いです。お金が必要なら払います。だからどうか父の」「ズガタッキェーッ!!」「アイエエエ!!」だがニンジャの暴威は予想以上に凄まじかった。古のニンジャスラングによりフナコは心を折られ失禁!「アイエエエ!アイエエエエエエ!!」

 

叫ぶフナコを傍らにオウンガンはうんざりとした表情で首を振る。「全く近頃の屑共は我々への礼儀が鳴っていない……つくづく下等な生物だ」虹彩のない目は郡よりも冷たくフナコを見据える。「まあいい。抑えろ」「ハッ!」彼の従えていた兵士が無理やりにフナコを押さえつけ首を垂れさせる。「殺して、こいつも燃料にするか」

 

オウンガンは左足を半歩踏み出し手刀を掲げる「ア…アア!ARRRRRGH!」生命の危機に混乱の中にあるフナコは叫び声をあげる。オウンガンは邪悪で強くか弱いフナコが勝てる要素は全くない。現に今も一喝で容易く屈服させられた。しかしそれでも、彼女の中にある奥ゆかしい何かが屈してはならぬと唱えていたのだ。

 

(((いいかフナコよ。確かに古きよき習慣は大事にしなくてはならん)))思い起こされるのは父の言葉だ。(((だが女だからと、意見をないがしろにしていいというのはもはや時代遅れだ。だからお前もどうしても納得出来ない事があれば声を上げなさい)))嗚呼、父にはもっと多くの事を教わりたかった。

 

「ARRR……ムッ…グッ!」せめてもの抗議に恐怖と混乱の中にありながらもフナコは叫び続けるが猿轡を噛まされた。最早何もできない彼女を軽蔑し鼻を鳴らすとオウンガンは再び手刀を構え……不意にクロス腕ガードに体勢を変えた。「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

「「アバーッ!」」吹き抜け他の強烈な赤黒の風だ。暴風の如きそれはオウンガンを5メートルほどノックバックさせ、左右の兵士をフナコを傷つける事なく切り裂いた。否、それは風ではなく赤黒のニンジャだ。「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」「チッ……オウンガンです」ニンジャのアイサツを認識すると共にフナコは奇妙な満足感に包まれながら気絶した。

 

 

 

 

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」丑三つ時を超えた帝都の廃工場にニンジャの双影が滑り込む。ニンジャスレイヤーとオウンガンは鋭いカラテをぶつけ合い丁々発止のやり取りを繰り広げる。オウンガンは帝都の暗雷の幹部ではない一般構成員であるがそのカラテは練達の物だ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 

暗い工場内で両者は力強い拳と旋回するプロペラめいた蹴りをぶつけ合う!その凄まじいカラテラリーにマグロの切れ身を投げ込めばたちまちネギトロとかすだろう!「イヤーッ!」「グワーッ!」だが優位をとったのはニンジャスレイヤーだ!オウンガンの拳を巧みにいなして打ち下ろすような拳を叩き込んだ!

 

のけぞるオウンガンにそのまま無慈悲な断頭チョップを叩き込もうとするが「ゾオオオォン!」どこか不吉な靄がチョップにまとわりつきその勢いを減衰させる!「ヌゥ―ッ!」その隙にオウンガンはワームムーブメントから立ち上がり牽制のクナイ・ダートを投擲する。

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーもスリケンを投げ返し並走し再びの攻撃機会をうかがう。(((グググ……これは忌々しきシ・ニンジャクランのホロウバインド・ジツ。死霊の力を用いたカナシバリよ)))ニューロンの奥底でナラクが嘲笑う。

 

(((所詮は小賢しいまやかし……奴に対応しきれぬ手数と激しさで攻めい!)))「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げ続ける。その素早いマシンガンめいた連射にはオウンガンも攻めあぐねる。「チィーッ!うっとおしいぞっ!」

 

「ゾオオオォン!」「イヤーッ!」「グワーッ!」オウンガンが背後から近づけた死霊の靄をバックキックで吹き飛ばしスリケンを投げ続ける!「グワーッ!」死霊の操作にリソースを注いだオウンガンは対応しきれず、二枚のスリケンが突き刺さった。ニンジャスレイヤーの優位だ!しかしそこで廃工場の壁が砕ける!

 

ギャルルルルル!そこへやってきたのはオウンガンへの援軍が来た!「ヤッチマウゾコラー!」自動車に車載用機関銃「三勇士」を取り付けた現代のテクニカルめいた車両に乗るのは、大日本帝国ではなく帝都の暗雷に忠誠を誓った堕落兵士!彼らはオウンガンを援護するように広い工場内を走りながら機関銃を乱射する!

 

「ハッデカシタゾ!形勢逆転だなニンジャスレイヤー=サン!」ニンジャスレイヤーは一転劣勢に追い込まれる。如何にニンジャであろうとカラテで威力を減衰できない大口径弾を叩き込まれれば実際死ぬ!ニンジャスレイヤーは躱し切れぬ銃弾に身を削られながらも戦い続ける!

 

死霊の妨害とオウンガンのクナイ・ダート、さらに機関銃の掃射を躱しながら機をうかがう。帝都の暗雷は手ごわい。強力なニンジャを多数抱える上に軍や財界に多数のシンパを持ちこうした援軍を繰り出してくる。単独で立ち向かうには強大に過ぎる相手だ。

 

(((だが、それがどうした!)))だろうとも妹たちのインガオホーを果たす為チルハ・ニンジャに連なる者は殺しつくす!それにはまず耐え抜き観察し、そして勝機を見出しカラテで殺す。それのみが

 

(((俺のすべき事だ!)))懸命の回避の中土埃の中を悶えるように揺蕩う亡霊の靄を見たニンジャスレイヤーの瞳孔が収縮した!突破口を見つけたのだ!

 

KABOOOOM!榴弾の爆発の勢いを利用してニンジャスレイヤーは工場のメインシャフトに取り付き勢いのままに駆け上がり、そして十分な高度を得ると「イヤーッ!」自動車に真正面から飛び掛かる!「何だと!?」オウンガンは驚愕に目を見開くが速度の乗った突撃はオウンガンにも、車両に乗った堕落兵士にも対応する術はなく…!

 

CLAAAAAAAAAAASH!「「アバババ―ッ!!」」車両は搭載した弾薬毎爆発炎上しこれまでとは比べ物にならない程の砂埃をまき散らす!「オノレ……!」視界を満たす砂埃が広がる前にオウンガンが見たのは飛び退る傷だらけのニンジャスレイヤー!その凄絶たる殺意を湛えた目は撤退ではなく間違いなく殺しに来る事を選んだ目だ!

 

「イイイイイヤアアアアアーッ!」砂埃に視界が満たされる中オウンガンはホロウバインド・ジツを最大発動!これまで蓄えた死霊を総動員しニンジャスレイヤーを捉えようとする!「「ゾオオオォォン!!」」

 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!」だがニンジャスレイヤーはその全て悉く躱しカラテで弾き肉薄する!その手負いの獣めいたデスパレートな動きはされど確かな確信に裏打ちされているようだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」最後の死霊がニンジャスレイヤーに弾かれるのを見たオウンガンは呻く。ニンジャスレイヤーの確信の根源が分かった。

 

ホロウバインド・ジツで使役する死霊はこの世の存在に物理的な拘束力を持つ。ならばそれは確かにこの世に存在する力状で在り、当然ながら砂埃にも影響を与える。その性質を見出したニンジャスレイヤーは爆発により満たした砂埃の揺らぎから死霊の動きを読み取り、的確な対処をしオウンガンに肉薄したのだ。

 

ニューロンの閃きでニンジャスレイヤーの意図を読み取ったオウンガンはカラテ迎撃の耐性をとるがすでに機を逸した。地面すれすれに身を伏せたニンジャスレイヤーは至近距離まで近づき、決断的に地を蹴りその力を解き放った。「イヤーッ!」

 

それは左下から右上に逆袈裟に放たれた亜流のサマーソルトキック!三日月の様な軌跡で放たれた異端の必殺蹴りはオウンガンのカラテガードを一蹴し、首を跳ね飛ばした!「……サヨナラ!」斜め上に跳ね飛ばされた首が白目を剥くとオウンガンは爆発四散した!

 

「フゥーッ……!」ニンジャスレイヤーはザンシンするとしばしダメージを堪えると顔を上げた。「オオオォ……」オウンガンに酷使されていた死霊の群れは昇天していく。邪悪なるホロウバインド・ジツの拘束から解き放たれてあるべき天へと帰っていくのだ。

 

少し離れた操車場でもオウンガンの黒い箱から解き放たれた魂が解き放たれてゆき、気絶から覚めたフナコは安らかに天へと昇っていく死霊の中に父の姿を視た。そして彼女は哀しみだけではない涙を流したがそれをニンジャスレイヤーは知らない。

 

だがニンジャに虐げられていた奥ゆかしく彼は死霊たちに一礼すると、焼け焦げた死霊の中で唯一無事だった黒漆塗りの重箱を抱え上げその中の寿司を咀嚼しながら廃工場の外へと歩みだす。

 

廃工場の外に出ると帝都の夜は明け、すでに朝日が昇っていた。

 

 

【デイブレイク・アフター・シジュウクニチ 終わり】

 

 



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【192X:エンプティネス・オブ・ロストエイジ 1】

いつもよりはちょっと長めの話なので、完結セクションの3まで今日から3日続けて投稿します。


雨に濡れた夕方の横須賀にある大日本帝国海軍の鎮守府。雨が降る中も警邏の為の軍船が盛んに行き交い灯台めいた光を放つこの鎮守府は、日露戦争以来軍縮条約がありつつも隆盛を極めつつある大日本帝国海軍の状況を表すかのように多くの軍人が行きかう。それこそ一人ばかり異物が紛れ込んでも分らない程に。

 

軍港から外れた執務室が集まる基地本部の絨毯がひかれた廊下にコツコツと規則正しい靴音が響く。廊下を歩いていく白を基調とした海軍制服に少尉の階級章を付けた男は資料の束を抱えて小綺麗な廊下を進み、目的地を目指す。途中すれ違う者もいるが不自然な程彼に声をかける者はいない。謹厳たるアトモスフィアで歩き続ける少尉はやがて3階にある一室のドア前に立ちノックした。

 

「ン。どうぞ」「失礼致します」彼の入室した部屋の主はこの鎮守府に務めるやせぎすの少佐だ。財務畑の仕事を長い事続けておりその関係で海軍のみならず陸軍にも顔が効く為、とある疑獄事件の情報を入手してしまった。故に「帝都の暗雷」の活動に邪魔であり早急に消す必要がある。「タルモト少佐。申し訳ありませんが資料の方は忘れてきていしまいました」「何?ならその紙束は何だ?」

 

少尉は答えない。返答の代わりにどこからともなく取り出したスリケンを投げ通信機を破壊した。「スミマセン。代わりと言っては何ですが、死の方をお持ちしました」「何だと……貴様まさか!?」紙束を投げ捨てた少尉の素性を悟り少佐はデスクの上から立ち上がるがもう遅い。ニンジャのカラテに対応するには少佐はあまりにも無策であった。

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」否、少佐自身が対応出来ずとも他に対応可能な護衛がいれば良い!少尉に対して天井裏よりアンブッシュを仕掛けたのは水色と白の装束に身を包んだニンジャだ!「ドーモ、フローズンシールドです。貴様やはり帝都の暗雷の……!」フローズンシールドは右手を前に出し防御姿勢をとる。

 

対して少尉は城の軍服を脱ぎ捨てた。「予想通りニンジャがいたか。ロストエイジです」どこか虚無的な声でアイサツする。「まっそうだな。俺はそこのタルモト少佐を殺しに来た」「やはりそうかおのれ帝都の暗雷の犬め……!この国を守る正義の火は絶やさせんぞ!!」「そうだ!頼むぞフローズンシールド君!」

 

「ハッ」これまた虚無的にロストエイジは笑った。「何が正義だ。何が護るだ。所詮すべてはいずれ虚無に消える」ロストエイジはカラテを構える。その構えだけで一級の技前が分かる実力の高さだ。されどその目は人生に絶望した浮浪者めいて虚ろだ。「人も国も変わらない」「ほざけ!イヤーッ!」フローズンシールドは飛び掛かる!

 

フローズンシールドはコリ・ニンジャクランの門下生であり、ニンジャとしてのキャリアは長くないレッサ―ニンジャであるが、イクサ場が海近くで肌寒い気候というフーリンカザンもあり強力なコリ・ジツが使う事が出来る。特に秘奥の一つたるササメコリ・ジツは攻防一体の強力なジツである。故にフローズンシールドに慢心はない物の自信はあった。

 

霊季を両腕にまとわせて突進するフローズンシールドに対するロストエイジは虚無的なまなざしのままジャブの様に右腕を軽く突き出す。そして精神を残酷に蝕む殺伐たるジツが解き放たれた。

 

……数分後には執務室にはロストエイジと、瀕死のタルモト少佐のみがあった。ロストエイジは手を染めた血を振り払い虫を見るような目でしょうさを詰問する。

 

「なあアンタは何でこんな危険な橋を渡ったんだ?」「アバッ…貴様フローズンシールド君を…シライ中尉をどこへやった?」「さあな。それより質問に答えろよ。あんただってバカじゃあない。帝都の暗雷と事を構えたら危険だってわかるだろう?」「それは決まっている……この国を守る為だ……!」タルモト少佐はすでに瀕死だ。

 

「国ねぇ……ご立派な事だ。先程も言ったが国など所詮いつかは果実めいて腐敗するもの。そんな物を守る為に命を懸けるとは愚かだな」「アバッ……」タルモト少佐は何事か反論しようとしたが血を吐くと動かなくなった。「くたばったか。思ったより時間がかかかったな」死んだのだ。ロストエイジは一つの痕跡もなく執務室から出てそのまま夜闇に乗じて姿を消した。

 

騒ぎを聞きつけた憲兵が執務室に入る頃には、タルモト少佐の執務室からは少佐の惨殺死体のみが発見された。護衛として活動していたシライ中尉が失踪した事から憲兵隊は彼を犯人として捜査を行ったが、シライ中尉の闘争の痕跡は全く持って発見できなかった。自らの上官を殺したと目されるシライ中尉はこの世から忽然と消えてしまったのだ。

 

まるでどこか別の世界に飛ばされたかのように。

 

 

 

【エンプティネス・オブ・ロストエイジ 1】

 

 

 

殺風景な自宅の中、ロストエイジはベッドの下で目を開けたまま眠りこけていた。これは彼が海外での活動の際に培った技術であり、事実2度命を救っていた。もうウシミツアワーに差し掛かる時刻であるが彼の睡眠は快適とは言い難い。

 

彼のニューロンの中で映し出されるのは死体、死体、死体。いずれも死に方は異なる物の、一つとして満足な死を迎える事無く無残な屍を野に晒した光景が繰り広げられる。それは彼の過去で彼が救えなかった者であり、直接手にかけた者であり、または見殺しにしてきた者達であった。

 

常人ならば失禁しながら泣きわめく恐るべき光景であるがロストエイジは眉すら動かさない。彼にとっては最早夜毎に見るありふれた顔であり、今更眉を動かす事すら億劫な光景である。無意味で空虚な死。それは彼が前世紀にニンジャソウルに憑依されニンジャとなってから百年近く続けて見てきた物であり、ロストエイジにとっては夕食のスシと同じような物なのだ。

 

ジリリリリ!居間に備え付けられた受話器が鳴った。耳障りな音に対して元より眠りの浅いロストエイジはすぐさま起き上がり受話器を取る。もうすでにいつも通り、夢の中では確かに見ていた死体の顔は忘れていた。

 

「モシモシ。ロストエイジだ」寝起きとは異なる陰惨な目でロストエイジは答える。おそらく連絡員からまた殺しの依頼だ。ロストエイジもまた帝都の暗雷という暗黒ニンジャ組織の一員であり組織の凶手として暗躍を続けている。特に組織に不満も興味もないが面倒事はごめんだった。

 

『ドーモロストエイジ=サン。夜分遅くにすまんな』声の主は案の定依頼主となる帝都の暗雷の構成員だ。「別に良い。どうせやる事もないからな。仕事か?」『ああそうだ。エフェソスとスパイクマンというニンジャを知っているか?』「知らん。あーいやまて、一度じゃれつかれたことがあるな。やつらが横領でもやったのか?」

 

帰ってくるのは苦々しい声だ。「その通りだ。奴ら元から自分らの待遇に不満を持っていたらしく組織の物資の横流しをしていた。現在逃走中の上行く先々で強盗殺人を繰り返している。別に非ニンジャの屑が死ぬのは構わんが計画前に官憲相手に組織の名が漏れる危険性は避けたい」「成程了解した。至急取り掛かろう」

 

電話が終わるのとほぼ同時にロストエイジはどこか色あせた黒装束を着ている。今日もまた虚無の先を見通せない愚かな者たちとの殺し合いだ。「ハハハ」何と無意味な事だろう。

 

空虚な笑いを張り付けたまま偽装の為の服を着込みドアを開けると帝都の街へ繰出す。陰鬱な深夜に広がるのは貪婪なる色街だ。すでに大正の世となり全盛期は過ぎた物のまだまだ深夜でも人通りの多いこの色街。最早摩耗しきった感性であるがロストエイジにとってはこうした猥雑な街の方が落ち着くのだ。「さぁてと……」首を回しほぐすと、一見ただ歩いているように見えるがその実尋常ならざる速度でロストエイジは歩き続ける。

 

ニンジャの速度で通り抜ける左右の視界を通り過ぎていくのは彼にとっては見慣れた光景だ。「ドスエ―ッ!」嘔吐する年増のレッサ―オイラン。ボロ家の前に座り続けるやせこけた男。杖をつく病人。「ハッハッハッ今日も絶好調だ!」そんな弱者たちを一瞥すらしない成金。「アバーッ!?」成金が飢えた狼めいた浮浪児に刺されて財布を奪われる。赤黒い染みが路上に広がった。「「アイエエエエエ!!」」

 

そんな強烈な光景にロストエイジは視線すら向けない。彼の人生では寂れつくした故郷から今に至るまで見飽きた光景だ。所詮固有名詞や形が異なるだけで何も変わらない。「ハハハハ」彼は乾いた笑いを笑うと一気に速度を上げ色付きの風となった。目標らしきニンジャソウルの揺らぎを捉えたのだ。おそらくはエフェソスだろう。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのヤリめいたサイドキックがスパイクマンを吹き飛ばす!不況によって放棄され持ち主のいない廃屋の壁を突き破り転がるスパイクマンの頭にはさらにトタン板がぶつかった!「グワーッ!?」インガオホー!

 

「ヌゥーッ!何故だニンジャスレイヤー=サン!俺はもう帝都の暗雷を抜けたのだ!情報が欲しければ金銭を対価に話すというに!?」「インタビューすればわかる事にわざわざカネを出すと思うか?それに……俺はニンジャを逃がさん」ニンジャスレイヤーは情け容赦ないジュ―・ジツを構える。

 

彼の脳裏に湧き上がるのは先ほど見たスパイクマンとエフェソスにハックアンドスラッシュされた商店主一家の無残な死体、そしてその死をもたらした邪悪ニンジャへの果てのない憎悪!「ニンジャ殺すべし、慈悲はない。貴様らの貧相なそっ首を刈り取り線香代わりに燃やしてくれるわ!」「ほざけ―ッ!」スパイクマンは跳躍しニンジャスレイヤーに得意の空中戦闘を挑む!

 

両者は空中で激しいカラテをぶつけ合う!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」だがやはり有利なのはニンジャスレイヤーだ!回し蹴りでスパイクマンを吹き飛ばす!

 

「カカッタリーッ!イヤーッ!」だがスパイクマンは叩き込まれた回し蹴りの威力をいなしながら空中制動を行うと共にカラテシャウトを発する!そうするとおお何という事か!スパイクマンの背中からは無数の棘が生え回転の勢いを載せてニンジャスレイヤーに飛んでいく!

 

高度なニンジャ戦略眼をお持ちの皆さまにはご明察の事だろうがスパイクマンはあえて最初にニンジャスレイヤーに空中戦を誘い、意図的に一撃を受ける事で対空能力を使い果たした敵を得意の針で狙い撃つつもりなのだ!何たる冷徹な空中殺法であろうか!だが、しかし。ニンジャスレイヤーのカラテは一味違った!

 

「イイイイヤアアアアアァァァーッッ!!」ゴウランガ!ニンジャスレイヤーは回し蹴りの勢いのままに最初に飛んできた針を蹴り、さらに飛来した針を蹴り、針を蹴る事に加速し回転を強めていく。そしてとうとう……「イヤーッ!」回転の勢いのみですべての針を弾き飛ばした!

 

「な、なんたる事―っ!?」針を飛橋尽くしたスパイクマンは着地しニンジャスレイヤーの力強いカラテに恐怖する。だが帝都を駆ける死神は一瞬の躊躇すら許さない。ギャルルルルル!着地後に摩擦熱による発火を残しながら回転を続けるニンジャスレイヤーが飛び、スパイクマンと交錯する!

 

「アバーッ!」回転を解き放ち着地したニンジャスレイヤーの背後では、一瞬で最新式のトヨモリ自動織機社製大型自動紡績機に巻き込まれたかのようなボロクズになったスパイクマンが宙を舞う。数秒程緩やかに宙を飛んでいった邪悪ニンジャはやがて大黒柱に衝突すると同時に爆発四散した!「サヨナラ!」

 

ニンジャスレイヤーはザンシンを解き爆発四散後に残る巻物を手にすると、廃屋の外に出て先程まで乗っていたバイクにまたがり疾駆する。スパイクマンは殺したが古代ローマカラテの使い手たるエフェソスはまだ殺していない。早急にスレイする必要があった。

 

だがニンジャスレイヤーがニンジャソウルの痕跡を頼りに帝都の裏道を駆けまわり、四半時かけてたどり着いた裏路地にあったのは、エフェソスの爆発四散後であった。朽ちた壁にはわずかな焼け焦げ跡以外は何もなくマキモノの切れ端すらも落ちていない。(((帝都の暗雷からの刺客か?)))わずかにニンジャソウルの痕跡は繁華街の方に続いているがそれ以上は分からない。

 

「すでに遅すぎたか」(((グググ……この気配の隠し様、これはシノビ・ニンジャクランの者に相違あるまい)))「シノビ・ニンジャクラン…隠密を得意とするニンジャか」ニューロンの同居者であるナラクの見分にニンジャスレイヤーは答える。(((左様。だがやや気配が妙だ。これは本流ではなくクランから分かれたいずれかの……)))「つまり、どこの誰だかわからずじまいか」

 

一息はくとニンジャスレイヤーは立ち上がり他の帝都の暗雷のニンジャを探しに走り出した。復讐の為戦う彼には休んでいる暇はないのだ。いつか帝都の暗雷を滅ぼすまで。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

夜明け前の薄暗い帝都の片隅をロストエイジは歩いていく。如何に帝都東京が世界でも最大級の都市といえど、まだカネモチと貧民の格差は激しく少しばかり市街を離れればガス灯など無論ない。ロストエイジにはなじみ深い荒れ果てた道と人が広がるだけだった。

 

「ウオオオーッ!」「アバーッ!」浮浪者同士が安酒の瓶をめぐって醜い争いを繰り広げる「へへっこれで……」片方が相手を石で殴りつけ昏倒させて奪った酒瓶を嬉しそうに飲み干す。「ウザッテエゾコラーッ!」「アバーッ!」通りがかりのチンピラが浮浪者の頭をボーで殴り殺して、僅かな財貨を略奪する。そんな修羅場・インシデントが目の前で繰り広げられ、チンピラに肩がぶつかるがロストエイジは気にも留めない。

 

「テメッコ……アバーッ!」突っかかってきたチンピラを無造作に殴り殺し、たまたま目についた蕎麦屋台にチンピラの財布を投げ、代わりに酒瓶をひっつかむ。店主の驚きの声にも反応せずロストエイジはサケを飲みながらぶらぶらと歩いているが十字路に立つ人影を目にすると足を止めた。

 

「……仕事は片したぞ。スパイクマンの方はもう死んでたが」「それは良い。問題はスパイクマンを殺したニンジャスレイヤーだ」「ニンジャスレイヤー?」目前に立つ黒装束の表情の分からない男は見知らぬニンジャの不吉な名前を告げた。「ああ、奴は我が帝都の暗雷に仇名す凶人だ。不快な事にカラテが強く既に何人もニンジャが殺されている」

 

「次はそいつが標的か?」「いやもうすでにルーンスピア=サンが動いている」ルーンスピア……特に記憶にはないが単独で動いているならカラテが強いのだろうか?まあどうでもよいが。「お前の次の標的は近日中に別のニンジャが設定される」「ふぅん」それだけ言ってロストエイジはまた歩き出そうとするがその前に足を止めた。「ああ、そうだ」

 

「ニンジャスレイヤーとやらは、ナンデ帝都の暗雷と事を構えたんだ?」ロストエイジの疑問に男は重々しく答える。「復讐だ。奴は家族を殺されたらしい。その復讐として我々を殺すと……まったく馬鹿げた事だ」「同感だな」

ロストエイジはニヒルに笑う。

 

「復讐など……馬鹿らしい事だ」そして今度こそ酒瓶を片手に猥雑な街にある自宅を目指して歩き出した。

 

 

 

【エンプティネス・オブ・ロストエイジ 1終わり 2に続く】




明日も同じ時間に投稿予定です。


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【192X:エンプティネス・オブ・ロストエイジ 2】

今回は大正エラ当時の世相もあり、最初の方に実際の新興宗教やそれらへの弾圧事件を基にした内容の記述があるので、苦手な方はご注意くださいドスエ。


帝都某所の森林公園。展望台に最近設けられた転落防止用の柵の上で超人的なバランスで立つニンジャ同士がアイサツする。「ニンジャスレイヤーです」「ルーンスピアです」赤黒装束のニンジャスレイヤーと肩にあてた光り輝く穂先のヤリを携えたルーンスピアはアイサツした。

 

「我は帝都の暗雷の先鞭たるヤリの達人……ニンジャスレイヤー=サンよ。帝都の暗雷に歯向かった罰として、光り輝く我が名槍の光を目に焼き付けて死ぬがいい。イヤーッ!」「イヤーッ!」ルーンスピアの鋭いツキをチョップでいなしながらニンジャスレイヤーは攻め入る隙を伺う。

 

光り輝く穂先にルーンカタカナによるエンチャントが施されている為かそのヤリの一撃は木を真っ二つにする程強烈であり、ルーンスピアも油断ならぬ使い手だがそれ以上に場所が悪い。この近くは孤児院等も含めて人家が多く大っぴらには動きづらい。鋭い穂先に注意しつつ最短の時間で惨たらしく殺すべし。

 

「イヤーッ!イヤーッ!」ルーンスピアは突き、薙ぎ自在にヤリを操り、ニンジャスレイヤーは重量の乗った攻撃を受け止める事なく凌ぎ回避する。ヤリの長さは接近戦においては非常な優位であり、一説にはヤリを持った相手にカタナで戦うには三倍の技量が必要という。が、至近距離においてはその長さは仇となり、また下方からの攻撃にはかなり対応しづらい。そこが付け入る隙だ!

 

ギラリとニンジャスレイヤーの目が光るとクモめいて超低空姿勢で槍の薙ぎ払いをかいくぐり、ルーンスピアにアッパーカットを繰り出す!「グワーッ!」ルーンスピアがのけぞり穂先がぶれた!絶好の好機だ!

 

 

 

【エンプティネス・オブ・ロストエイジ 2】

 

 

 

大正エラの日本における新興宗教団体の数は流石に明治時代の雨後の筍と言えるほどではないが、依然として仏教系や新統計を始め多くの教派が存在している。その中には明治から大正にかけての政府の宗教方針に反発したカンヌシやブッディストなどが主導する団体も多数あり、それらは本格的な宗教的教義で人々を魅了する物も多い。

 

だがそうした本格的新興宗教の衰退はここ数年確実に起き始めていた。数年前に大正時代に天災による世の立て直しを予告したとある新興宗教団体は歴史的建造物や新聞社の買収までも行う大規模な団体だったが、世を騒がせた事とエンペラーへの不敬を理由に警察による大弾圧事件、通称「ダイドー・ブレイク事件」を機に解散させられた。彼らの標榜する世の立て直しがなかった事もありその団体のみならず多くの新興宗教団体は衰退し始めた。

 

が、何事にも例外はある物でこの新興宗教にとって冬の大正エラにおいても、むしろだからこそ隆盛する宗教も確かにある。帝都郊外に建てられた景教系の新興宗教団体「神聖なる祈りの会」は真新しい礼拝堂から見てもわかるように懐具合は非常に豊かなようだ。

 

「「ラーラーラー」」やや奇妙な讃美歌が流れる教会の上の祭壇に立つのは穏やかな眼差しの若い教祖だ。穏やかに合唱を指揮する男はやがて歌を止めると滑らかに話し出す「皆さん。実際良い讃美歌でした」「「アリガトゴザイマス!」」高性能蓄音機の再現めいて信者たちは教祖に反応を返す。

 

「皆さんの信仰は必ずや天におわします父に届き、やがて天へと導かれるでしょう」「「アリガタイデス!」」「その日まで良く祈り、よく目上の人に仕えましょう」「「ワカリマシタ!」」「よろしいです。それでは私はこれで」教祖は穏やかな笑みで退出する。再び讃美歌の練習が始まった。

 

暗い舞台裏をツカツカと歩く教祖は穏やかな笑みを侮蔑に満ちた笑いに変えた。「……愚民どもめ」彼はもとより神への信仰等なく宗教等は金もうけの道具でしかないと考えている。餌を待つ豚めいた顔の信者たちも救う対象ではなく金と、数は限られるが好みの「景品」を持ってくる相手だと考えている。「全くバカばかりだな!笑いをこらえるのが難しいぜ!」嘲笑う彼に裏を知っている幹部が駆け寄ってくる。

 

「教祖様。特別顧問様がいらしています」「何だ……ああフォービ=サンが来たのか。今月は早いな」教祖は納得すると自室ではなくそちらよりも豪華で「景品」の備えてある別棟にある貴賓室に向かう。渡り廊下の落ち葉を蹴散らして向かう彼の顔は必要であろう支出にしかめられている。

 

「ドーモお待たせしましたフォービ=サン」貴賓室にあるソファの上座に腰かけていたのは赤茶色の装束のニンジャだ。「待ってないからいい。さっさと金を出せ」その足元には痛めつけられたオイランめいた姿の娘―――――正確には信者が差し出した娘が苦しみ悶えている。「アッハイ」教祖は側近幹部の差し出した札束入りケースをフォービと呼ばれたニンジャに差し出す。

 

「ヒィフゥミィ……しかし宗教とは儲かるものだ」「ハイ。イディオットが多くて実際儲かります」「それがワカルだけ貴様はマシだなハハハ。ああそうだ。また二、三人借りていくぞ」フォービの言葉に教主は当然の事の様にうなづくが背後で震える者あり。「アイエエエエエ……」鎖で繋がれたうら若き娘たちだ。

 

彼女達は信者が差し出した者や貧農の娘を買いたたいた者といずれも出自は異なるが、全員がこの教団において奴隷的扱いを受けている。幹部や教祖に、フォービによって非人間的に尊厳を蹂躙される娘達の無残な姿は筆舌に尽くし難い。これも大正エラの闇の一側面だというのか。

 

「その代わりといっては何だが俺も貰いすぎるのは良くないと思ってな……面白い物を持ってきたぞ」「面白い物ですか?」応える代わりにフォービは顎をしゃくると引っ立てられて来る十歳前後の少年があり。「糞坊主!糞成金野郎!姉ちゃんを返しやがれ!」「こいつ、こいつはマジで面白い」

 

「これはあの……サネ、だったかの弟でしたっけ」教祖にはその少年の顔立ちに見覚えがあった。両親によってこの教団に差し出された彼の姉は、教祖によって嬲られた後嗜虐心にかられたフォービによって骨までしゃぶりつくされ半年ほど前に死んだはずだ。「そうだ。こいつウヒヒッ姉の復讐に来たんだとさ!非ニンジャの屑が良くやるよな!」「本当によくやりますね!」「面白いよな!」「面白いです!」

 

「畜生!畜生ーッ!」「こいつの首をボトルネックカットチョップで落としてみようと思うんだがどう思う?」「見て見たいです!」教祖は素直にフォービに応じる。絨毯の汚れは気がかりだがこの凶暴なニンジャが小汚いガキ一人で機嫌を良くするのは喜ばしい事だったし、背後の奴隷たちへの威圧的アピールにもなる。それに彼も……元ヤクザとしてはたまには血が見たいのだ。

 

「ではタライも用意できたしやるとするか。何か言い残す事はあるか?」「呪われろ……糞野郎!」「ブフゥーッ!お、俺を笑い殺す気か!?ノロイなんて今どきねえよっ!ウヒャヒャヒャッ!」浅ましく笑いながらもフォービは鎖で引き立てた少年の首に手刀を軽く当てると大きく引いた。それを見た教祖が舌なめずりする。

 

その時豪華な部屋の中に入り倒れこむ者あり!「アバーッ!」それは外で警護していたはずの武装幹部、拳銃を握る右腕はほとんど切断され無惨に垂れ下がり腹部はどす黒い血で染めあげられている。コワイ!「お、おい、どうしたんだその格好は!」「アバーッ、あ、あれはバケモノだ…ハレルヤ……アバッ」そこまで言い終えると武装幹部は死んだ。「アバーッ!」さらに一つごく近くから武装幹部の断末魔が響く。

 

「……どいてろ」開け放たれたドア向こうの廊下に血が広がっていくのを見てフォービは少年から離れるとカラテを構える。血が広がらなくなったのと同時にエントリーしたのは色あせた黒装束のニンジャ、ロストエイジだ。「ロストエイジです。お二人の命を貰いに来ました」「ドーモロストエイジ=サン、フォービです。それは如何なる命題によるものか」

 

「知らん」ロストエイジは肩をすくめた。「俺は知らんが上役がお前らに死んでほしいらしくてな」「ならば貴様が死ね!カカレーッ!」「「ウオオ―ッ!!」」部屋に残っていた武装幹部たちがロストエイジに襲い掛かる!だが力の差は歴然だ!「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」一瞬で全員が殺されロストエイジは右腕を突き出しザンシンする!

 

「「アイエエエ!」」飛び散る血や手足を後目にテーブルに乗ったフォービはニンジャサインを組むとロストエイジを指さす。「カトン・ジツ!イヤーッ!」フォービはロストエイジのただならぬカラテを見抜くとモータルを囮に必殺のカトンを解き放とうとしたのだ。何たる損害前提の冷酷な戦術か!

 

だがそれもすでに遅きに徹した。ロストエイジのザンシンに見えた右こぶしからは虚無が放たれる。絶望に満ちた恐るべきサツバツ空間を形作る超自然の虚無が。「コクウ!

 

ロストエイジとフォービはこの世から忽然と消えた。

 

 

 

………「何だとっ!?」フォービは己のカトン・ジツが不発に終わった事、そして恐るべきジツの発動と同時に世界がモノクロームへと変わった事に驚愕する。さらに世界はモノクローム一色に変わっただけではない。周りをコロシアムの壁めいて取り囲むのは朽ち果てた廃屋と損傷したノッペラボーの死体ばかりだ。

 

「ハァーッ!ハァーッ!こ、この死体は一体……!」廃屋の中や壁沿いにある死体は餓鬼のように痩せた者、狼藉を尽くされた者、縛り首にされた者等どれもノッペラボ―で顔が分からないが一つとして満足な状態の死に様はない。ニンジャの彼からしても恐怖を感じる恐ろしい空間だった。「イヤーッ!イ、イヤーッ!」

 

思わずフォービはカトンで焼き払おうとするが何度力を込めてもカトン発動しない。「無駄だぞ。この空間では

ジツは使えない」廃墟の一つから出てきたのはロストエイジだ。その目は先程に増して虚無的である。

 

「何なんだこのジツは……貴様、何をした!?」「この死体は俺の妹のはずだ。当時は大飢饉で食い物がないうえに流行り病にかかってな。俺がボーで叩かれながらも薬と食べ物を持ってきた時にはもう、死んでいた」フォービは

一歩後ずさる。ニンジャの中に異常な姿や精神をした者は珍しくない。しかしそうした者たちと比べても虚ろなロストエイジは井戸の底を想起させるような虚無的な恐ろしさがあった。

 

「あそこの死体は俺が革命に参加した時にファックされてたカネモチの娘だ。俺は泣いて謝った様な気がするがなんでだろうな?それで煉瓦の壁に吊るされているのは……20くらいの頃の俺の恋人、だったっけ?」フォービをよそにロストエイジは独り言を続ける。「ま、顔も忘れたしいいか。ハハハハハ」己の心を蝕む虚無めいて笑う。

 

「イ、イヤーッ!」フォービはカラテを構えロストエイジに躍りかかった!この場に至っては最早カラテあるのみ!カトン・ジツが使えないならこの凶人を素手で殺して悪趣味な空間を離脱し帰還する!

 

フォービのパンチを左腕のガードでいなしロストエイジはヤリめいたサイドキックを放つ。フォービは左足を掲げサイドキックを防いで打ち下ろすかのような手刀を見舞う!「イヤーッ!」ロストエイジは半身になって躱すと巧みな両腕からのコンビネーションでフォービの行動を制限しようとする。

 

フォービのフックをステップで躱しロストエイジのストレートが顔面を狙うが、巧みなスウェーにより空を切り、引き戻すときの肘をガードしたフォービは、ロストエイジの足先をとろうとして互いの足をぶつけ合う。そして下に注意が言ったのを見計らって左腕で水平なチョップを繰り出すが速度が乗るところで掲げたロストエイジの左腕が止める。

 

ロストエイジはコンパクトな掌底でフォービの顎を撃ち抜くが浅く、カウンターのパンチが来るが首を傾けて躱す。頭突きをフェイントにフォービの脇腹を狙い、フォービもまた距離を開けて迎撃と攻撃のカラテを繰り返す。

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ノッペラボーの死体

の視線を受けながら二忍はカラテラリーを継続する。巧みなパンチが撃たれては流され互角の攻防が成立するがやがてバランスは乱れる。「イヤーッ!」フォービは先程のお返しと言わんばかりに半身になってロストエイジの拳を躱すと、拳が伸び切った事を見計らい右足に組み付く。

 

「……イヤーッ!」そのまま引き倒される事なくロストエイジは逆にフォービに覆いかぶさるように倒れると左足首を両手でがっちりとつかむ。「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャの力でひねられた足首は180度回転し激痛でフォービはロストエイジの足を離す。

 

そこでロストエイジは保持されていた右足を引き抜くとフォービの左足首を保持し180度ひねる。「イヤーッ!』「グワーッ!」両足首無惨!

 

「アッアア……イ、イヤーッ!」フォービは立てぬ状態で懸命に身をひねりチョップを繰り出すが、大地を踏みしめない一撃は容易くロストエイジに止められる。「アッ……」「イヤーッ!」「アバーッ!?」破城槌めいた膝蹴りが隙だらけのフォービの顔面にめり込み破壊する。

 

ロストエイジの装束を血で濡らしたフォービの顔面は完全に砕けており、もはや虫の息だ。「イヤーッ!」ゆっくりと後頭部から大地に投げ出されるフォービの股間をロストエイジがストンピングで破壊した。ムゴイ!「アババーッ!?サヨナラ!」フォービは爆発四散しこの虚無の空間からも消え失せた。

 

この空間より出れるのは二人に一人、フォービが死ぬと同時に廃墟や死体は急速に薄れていきロストエイジの周りから消えていく。「ARRGH……」ロストエイジが唸り首を回すともうすでにあたり一面は先程の貴賓室だ。「アイエエエ!フォービ=サンは?」「殺した」無慈悲にロストエイジは答える。「次はお前の番だ」「エッ……アバーッ!」

 

首を切断され噴水の様に血を噴き出す教祖を後目にロストエイジは出口に歩みだす。特に今回の任務では何か書類や資産を回収しろとは言われていない。どうせ軍や政財界にいる帝都の暗雷構成員がどうにでもするのだろう。死体だらけのアビ・インフェルノめいた室内の有様をそのままにロストエイジは自然にしまったドアを開けるがその前に首を回しNRS(ニンジャリアリティショック)で気絶した少年を見た。

 

「復讐ねぇ……そんな事を良く態々やる物だ」ロストエイジはこの時代においては非常に希少なニンジャソウル憑依者として前世紀より生きている。そのうちに経験した出来事の多くはすでに忘却の彼方にあるがまだ覚えている事は幾つもある。

 

極貧の中で体調を崩し死んだ両親……飢え死にした妹の小さな死体……復讐の為参加した革命軍の度を越した残虐な行い……傭兵として参加した内戦での泥沼の争いと味方による恋人の処刑……その全ては彼は人は死ねば何も残りはせず、万物は存在に意味がなくただ虚無となり消え去るのみという陰惨な教訓を彼のソウルに刻んだ。

 

惰性で帝都の暗雷に参加してはいるが、彼が他者に求める事は特にない。ただ惰性で無意味なニンジャの生を歩んでいるだけだ。

 

「「ラーラーラー」」教会の方からはまだ奇妙な讃美歌がうたわれている。「ハッ」あれはこの世にある物の中でも、特に無意味だ。ロストエイジは嘲笑うと特に用もないが足を速めた。

 

 

 

他方数十キロ彼方の帝都某所の公園内。「イヤーッ!」「サヨナラ!」ロストエイジが任務を終えるのとほぼ同時にルーンスピアをスレイしたニンジャスレイヤーは機密情報付き巻物を手に森林を走り抜け、色付きの風となり帝都の暗雷のニンジャの首を刈り取る為にスプリントしていく。

 

邪悪なるニンジャソウルの供物を求めて死神は走る。だが本格的に加速する前にまだ真新しい孤児院を見つけると、やや速度を落とし近くの孤児院を一瞥する。そうした後ニンジャスレイヤーは再びスプリントし常人には見えない動きでまだ明けぬ帝都の夜を疾走した。




次回も明日の夜8時に投稿します。


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【192X:エンプティネス・オブ・ロストエイジ 3】

今回の話は全体的にいつもよりカラテと心情描写を端的ですが力を入れて書きました。
偉大なるボンモーに比べると拙い出来ですが楽しんでいただけたなら幸いです。


帝都内でも落ち着いたトコシマ区内に立つ真新しい孤児院は中級貴族であるサミダレ家が設立したものだ。ここの数年の間何かに怯えていた気のあったサミダレ家の老夫婦は中興の祖である義息の死をきっかけに、貴族の位階を成金カネモチに売り渡す等して一切の財産を処分し、この孤児院を設立した。まるで何か自分たちの目をつぶってきた悪行を償うかのように。

 

そんな老夫婦の真摯さによるものか、この孤児院は如何なる伝手を使ったのか優秀な職員にも恵まれ、火事の直前に迎え入れられた義娘の働きもあり帝都でも随一の評判の良い孤児院となっている。

 

だがそれでも不満に思う孤児はいるようだ。「ハァーッ!ハァーッ!」無鉄砲にも鉄扉を乗り越えた帽子をかぶったサキオ少年は息を切らせながら道路へ駆け出す。色褪せた黒服の男、あのクソったれな教団の教祖とニンジャを殺した男、ロストエイジが歩いていた。雑踏の中へ踏み出す男は一度見逃がせばもう見つける事は出来ない、少年は本能的に駆け出した。

 

「ハアーッ!ハァーッ!」サキオ少年自身にも何故ロストエイジと名乗ったニンジャを追うのかは説明がつかない。ただただ、本当に殺したかった奴らを殺した事を問いたかった。なぜ殺したのかと。「サキオ=クン!」異変に気付いたシオン先生がこちらにかけてくる。綺麗な明るい色の髪をした何処か姉を思わせる先生で、この帽子も孤児院に来て日を置かない彼に買ってくれた優しい先生だが今は気にしている場合じゃない。

 

しかしサキオ少年の行いは無謀であった。ギィィィ―ッ!彼が渡ろうとした路地には溝が彫られその中には鉄製の線路が引かれている。それはすなわち彼が渡ろうとしているのは路面電車の線路であり、折悪くも通過する路面電車の目前であった。

 

「アイエエエエエ!飛び出し!」運転手がダイヤ遅延及び自我にダメージを与えるゴア清掃もたらす轢殺を避けようとブレーキを引くがサキオ少年より先に停まるには遅すぎた。金属がきしむ音を立てて路面電車が通り過ぎる。

 

「ンアーッ!」しかしその前にシオン先生がサキオ少年を抱きすくめ引き戻す事に成功!何とか低速運転する路面電車にゴア轢殺される様は避けた。「ハーッ!本当にやめないか!」「スミマセン。今後はよく見ておきますので」シオン先生は謝罪し何とか場を治めるとサキオ少年に向き直る。「サキオ=クン、何であんな危ない事をしたんですか?」「……あいつがいたんだよ。俺の姉さんの仇を、勝手に殺したニンジャが」

 

サキオ少年はうつむきながらそう話した。「ニンジャ……」「やっぱりシオン先生も信じないんだな」「ううん。信じるわ。ただニンジャは酷いし危険だから……考えない方がいいわ」ニンジャへの複雑な胸中を話すサキオ少年に対してシオンは柔らかく諭す。その誠実な在り様にサキオ少年は少しばかり顔を上げるが「成程、懸命な判断だ」

 

いつの間にか色褪せた黒装束の男が背後に立っていた。男の服装は一見着古した古着に見える。だが少しばかり見方を変えるとニンジャの装束めいており……!(((アイエエエエ!!)))それ以上に剣呑でどこか異常なアトモスフィアはかつてシオンを苛んだレッドダスクと同じ。紛れもなくニンジャの剣呑さだ。

 

「起きた事は仕方がない。より無意味な人生を歩むよりは忘れた方がいいぜ」へらへらと笑う虚無的な眼差しのロストエイジは陰鬱に告げる。特に力がない孤児故放っておいたがまさかまたしても出会うとは。まあ今回もどうでも良いが。「死んだ人間は、もうそれで終わりだからな」この二人に殺す意味も理由もない。今殺すべきなのは先日ルーンスピアをも殺したニンジャスレイヤーだ。

 

それだけ言うとロストエイジは踵を返そうとする。「あの……私はそうは思いません」驚いた事にシオンはロストエイジにか細い声であるが反論した。「死んだ人は……確かにこの世からはいなくなったけどそれでも親しかった人の記憶や…魂に息づいている。だから……死んだら無意味、終わったら無意味だとは思いません」その言葉にサキオ少年もうなづく。彼も姉との記憶がまだ心の中にあるのだろう。

 

もう一台路面電車が通り過ぎる。「……ロマンチストな事だ」ロストエイジは今度は笑わず、完全に踵を返し線路越しに立つ男に向き直った。それはコート姿の謹厳たるアトモスフィアの若い男でであり、シオンは驚いた様に口を押える。

 

ロストエイジは男を見据える。帝都の暗雷と一人戦う男を。屠るべき帝都の死神を。「場所を変えるか」

 

 

 

 

【エンプティネス・オブ・ロストエイジ 3】

 

 

 

 

……数分後帝の中にある薄野。開発著しい帝都の中にあるいかなる理由でか放置された薄野は当然ながらロクに訪れる者もなく何日もわずかな虫を除いて無人の状態が続いていた。が、今は二人のニンジャが対峙している。一方は色あせた黒い装束を着なおしニンジャの姿を露にしたロストエイジ。

 

もう一方の旅人めいたコート姿の青年は右腕を眼前に掲げる。ゴウッ!すると一陣の炎と風が揺らめき彼の姿は赤黒いニンジャの姿に変わった。ロストエイジとニンジャスレイヤーは向き直りカラテを構える。

 

「用件は分かっているよな?」「当然だ。ルーンスピアとかいう小うるさい駄犬の後を追わしてやる」「ハハハ……復讐なんて無意味な事に随分と粋がる物だ」ニンジャスレイヤーはもはや答えない。フイゴめいて送り込まれた憎悪のエネルギーがミシミシと筋肉を押し上げ、殺伐たる眼差しでロストエイジを見据える。

 

対するロストエイジもまた右腕から拳までを狙撃銃めいてニンジャスレイヤーに照準し、恐るべきキリングフィールド・ジツに向けて神経を研ぎ澄ます。イアイ対決めいた緊張感の中両忍は攻撃の期をうかがう。上空では黒雲が唸り雨が降り注ぐが微動だにしない。

 

次の瞬間、薄野の果てに一本のみある松の木に落雷が命中、轟音が響き松の木が斃れるよりも早くニンジャスレイヤーは低空ジャンプから薙ぐようなチョップを繰り出した!「イヤーッ!」ロストエイジはチョップの到達よりも早く掌中の虚無を解き放つ。「コクウ!」闇よりも暗い虚無が放たれた。

 

「この空間は……!」ニンジャスレイヤーは異様なモノクローム空間に取り込まれ戸惑う。ナラクの声が遠ざかりながら告げるのはこの空間はコロス・ニンジャクランの恐るべきキリングフィールド・ジツによる物だという事。一切のジツをスリケンに至るまで無効化するこのサツバツ空間はナラクすら封じ込める恐るべき空間だ。

 

「ヌゥーッ!」「驚いたか?まあ悪趣味だよなこの空間は。装束の色すらない寂寞の空間には二忍を取り囲むように立つ廃屋とノッペラボ―の死体がただただ広がる。「あれが俺の妹で、吊るされているのが俺の…恋人。もう顔も思い出せねえな」ロストエイジが呟くと同時に両者は地を蹴り接近する!「「イヤーッ!」」

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」両者は決断的な殺意に満ちたカラテを繰り出す!顔面を狙ったストレート!臓腑を抉るフック!円を描くようなチョップ!脾腹を貫くようなヤリめいたサイドキック!その全ては流水の如き防御に受け流され決して有効打にならぬ!

 

「イヤーッ!」ロストエイジのコンパクトな掌底を捌きながらカラテの程を図る。無気力かつ虚無的なアトモスフィアと異なる練達のカラテ。これまで殺してきた両腕の指の数を優に上回る帝都の暗雷のニンジャの中でも一二を争うだろう。だがそうだろうとも必ずや隙はある。隙を見つけ突破口を開き殺すべし。

 

パァン!甲高い音を立てて弾かれたニンジャスレイヤーは少しバランスを崩し、隙を見たロストエイジのケリ・キックが襲い掛かる!「イヤーッ!」「グワーッ!」そのままボトルネックカットチョップを繰り出すロストエイジ!しかしニンジャスレイヤーは臆する事なくロストエイジを取り巻くように超低空でクモめいて移動する。

 

ニンジャスレイヤーの回し蹴りが放たれる!「イヤーッ!」「グワーッ!」今度有効打を与えたのはニンジャスレイヤーだ!左腕のガードの上からロストエイジを揺さぶりノックバックする。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ノックバックしたロストエイジとニンジャスレイヤーは再びチョーチョー・ハッシのカラテラリーを始めた。

 

お互いの目線や足の動き、体勢から次の一撃を読み捌き、新たな一撃を繰り出す。防御と攻撃が一打毎に入れ替わる熾烈な競争が二人のニンジャの間で繰り広げられる!「「イヤーッ!」」常人ならばニューロンを焼かれるほどの読みあいを制した両者はクロスカウンターめいて互いの顔面にストレートを叩き込む!「「グワーッ!」」

 

強烈な一撃を受けて両者がノックバックしタタミ2枚分ほど離れる。ここまでの攻防ですでに両者には無数の傷がついている。両者の拮抗を物語る傷からはモノクロームの血が垂れ荒れた地面を濡らす。「ハハハ……やるな。まさかこれほどまでに強いとは」相手の急所を狙う獣めいてロストエイジがニンジャスレイヤーの左側を狙い同様にニンジャスレイヤーも左側を狙い体を上下させず円を描くように移動する。

 

「……」「ハッコワイねぇ……なぁニンジャスレイヤー=サンよ。復讐なんて無駄だぜ。所詮人間はどれ程大切だろうと死んだら終わり。復讐なんて自己満足でしかないし得れる物など何もない。ああばかばかしい」「勝手に言っていろ」ニンジャスレイヤーはロストエイジの言葉を一顧だにしない。

 

「ニヒリスト気取りの無価値な戯言はせいぜい壁相手にでも話すがいい。そこまで無意味な死が好きならば俺が貴様に与えてやる故」ニンジャスレイヤーの目は漆黒の憎悪に燃える。彼の妹たちを殺したニンジャへの無限ともいえる憎悪に。「ハハハ……言いやがる!」ロストエイジは笑い、カラテを構えて地を蹴る!

 

両者は宙を蹴り突進する!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ドッグファイトする戦闘機めいて幾度なく交錯する両者はそのたびにする度一撃を繰り出し、衝突のたびに周囲にカラテ衝撃波をまき散らす!

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身をひねると縦回転しながら踵落しを蹴りこみ、危険と見たロストエイジは大きくステップし躱す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの側面を狙った拳を今度は地に伏せる事で躱し、そこからメイアル―ア・ジ・コンパッソを繰り出す!「グワーッ!」ロストエイジは側頭部に強烈な蹴りを喰らいよろめいた。

 

「イヤーッ!」2発目のメイアル―ア・ジ・コンパッソをブリッジで躱すとロストエイジは報復のメイアル―ア・ジ・コンパッソでニンジャスレイヤーをけん制し、後退する。ロストエイジは半ば幻影の廃屋に突っ込みながらも迎撃のカラテを構えそこに立ち上がったニンジャスレイヤーが突撃する!

 

KRAAAAAAAAAAAASH!ナ、ナムアミダブツ!廃屋の幻影を蹴散らしながら両者が激突するが吹き飛んだのはニンジャスレイヤーだ!「グワーッ!」ロストエイジは幻影でニンジャスレイヤーから正確な軌道が見えない事を利用してケリ・キックの機動をフェイントすると無防備な箇所に鋭い一撃を叩き込んだのだ!何たるニンジャ戦略性及び技巧か!

 

「ヌゥーッ!ウカツ!」ニンジャスレイヤーは体勢を立て直すがその時にはすでにロストエイジが急速接近していた!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」三発の打撃を喰らったニンジャスレイヤーはモノクロームの胸壁の向こうへ吹き飛ぶ。衝撃の為か胸壁の前で吊るされた死体が揺れた。

 

ロストエイジはそのまま慎重に確実なカイシャクを期して右腕にカラテを込める。終わりか。所詮はただ一人のニンジャ。いかにニンジャスレイヤーのカラテが強いといっても所詮はより強い者によって狩られるのみ。つまらない復讐のつまらない終わりがこれだ。

 

軽く息を吐くとロストエイジは歩を進める。先程の拳は並ならぬニンジャでも即爆発四散しかねない威力であり、当たった感触からしても完全に入った。カイシャクの手刀をどこか諦観と共に構えたロストエイジは歩みだすが、其処で幻影の彼方から不意に出てきた飛来物に目を見開く。

 

それはモノクロームのブレーサーだ。ロストエイジは容易く弾くがそれは紛れもなくニンジャスレイヤーの付けていた装備。さらにもう一つのブレーサーが飛んできた。やはりニンジャスレイヤーは生きている。少しばかりであるが動揺するロストエイジが対峙する彼方、幻影の向こうよりニンジャスレイヤーは帰還した。

 

被弾個所からはモノクロームの血が垂れ満身創痍の有様だ。しかしその目はまだ先程と同じように、いやそれ以上の殺意が宿っている。「ニンジャ……」これまで幾度なくあった戦いと同様にニンジャスレイヤーはカラテを構えた。「殺すべし!

 

「イ、イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはロストエイジとインファイトを開始する!静かに内なる憎悪の風が唸り、焔が燃え続けている。(((成程。確かに俺の妹たちは死んだ)))殺された彼の妹達は墓地で眠り最早彼に何も語りかける事がない。彼女達が復讐を望む事もなくまたすべての復讐を終えても戻ってくる事はない。

 

(((だが、それがどうした!!!)))ニンジャスレイヤーのソウルにはニンジャへの憎悪だけではない。かつて在りし日の妹達の思い出が息づいている。それは彼の、カザミ・ケンジョウの血肉である。辛い事もあった。楽しい事も沢山あった。その全ては彼にとってかけがえのない物だ。

 

だがそれはニンジャの手によって穢された。二人の幸せな生は断ち切られた。(((許せるものか)))ニンジャスレイヤーは帝都の暗雷を、所属する邪悪なニンジャを、チルハ・ニンジャを決して許さない。(((何か得る物があるからじゃない。意味があるからでもない。そんな事はどうでもいい)))「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは殺伐たる忍殺のカラテをふるう!(((俺が奴らを、殺すと決めた!)))

 

あの日死んだ二人の妹。ニンジャスレイヤーとして復讐のカラテをふるう過程で見てきた無数の犠牲者。その根源には奴らがいる。ならばこんな所で(((負けていられるものか!!!)))

 

凄まじいシャウトを上げながらニンジャスレイヤーは負傷を押してカラテをふるう!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」当初は互角に見えたカラテラリーは次第にニンジャスレイヤーの有利へと傾いていく。「イヤーッ!」「グワーッ!」

ニンジャスレイヤーの右手が万力めいた力でロストエイジの右ひじを掴み破壊する!「グワーッ!」

 

「イヤーッ!」苦悶するロストエイジはチョップをニンジャスレイヤーの傷口を突き刺す!が、ニンジャスレイヤーは構わず左肘打ちでロストエイジの左腕を破壊!「イヤーッ!}「グワーッ!」そしてロストエイジの肩を万力めいた力でつかんだ!

 

至近距離からのニンジャスレイヤーの凝視にロストエイジは慄いた。その目に宿る殺意は虚無も絶望も吹き飛ばす憎悪の暴風めいて荒れ狂っており……!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの頭突きが放たれた。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

「ハァーッ……フゥーッ……!」ニンジャスレイヤーがロストエイジを手放しザンシンすると完膚なきまでに頭突きの連続で頭をかち割られたロストエイジはあおむけに倒れ伏した。「アバーッ……」

 

「アバッ……アバッ……!」薄れゆくキリングフィールドの中頭を割られたロストエイジは地面に倒れ伏す。彼の頭より流れ出るのは血と脳漿に、摩耗した記憶。「ハハッ……死ぬのか。ハハハハハ…!」虚ろに笑いながら己の死を受け入れるロストエイジは目を見開いた。「アッ……アアア!」壊れた脳はいったい如何なる働きによる物か、彼の虚無的な生を過ぎ去っていった幾つもの顔が浮かび上がる。

 

それはカロン・ニンジャの導きかそれとも死にゆく事へのソーマト・リコールか。彼の脳裏には幾つもの……いつしか忘れていた、もはやキリングフィールドの中にも記憶にもないと思われていた、大切だった人人々の顔が浮かび上がっていく。両親に青年時代の恋人……わずかながらある幸せな思い出と共に浮かび上がっていく。

 

「オオ……オオオ……!」そして彼の長き人生の最後に浮かび上がるのは彼の妹の笑顔。(((オニイチャン)))太陽に照らされる野原で笑う妹の顔を最後に見て、静かにロストエイジはこれまでと違い虚無的ではない笑いを浮かべ、目を閉じた。「サヨナラ」

 

現実世界に残されたロストエイジの爆発四散後には、雨粒ならぬ雫が一つのみ落ちていた。

 

 

 

 

翌日の早朝。自室で起きたシオンは身支度を整えた後に月命日である両親のオブツダンをきれいに掃除し線香を備えると、何か異常がないか点検しながら清々しい朝日の昇る孤児院の庭に出た。毎朝孤児院の子供達が飲む牛乳を配達人が届けに来るのだ。

 

昨日のニンジャ……サキオ少年が言うにはロストエイジの事は心配だ。だがそれでも彼と対峙した青年―――――――かつて自分を救ったあの決断的な眼差しの、何処か人間らしさを失っていないニンジャは必ず勝つだろう。だからシオンは己のできる事をして子供達を支える。ニンジャがいようといなかろうと子供達がロストエイジの様に絶望に囚われ、自分を損なう事がないように。

 

「今日の分の牛乳です。ドーゾ」「アリガトゴザイマス」牛乳を受け取り重さに苦戦しながらも母屋まで運んでいく。そうしてすべての牛乳を運び終わるとコトリと軽い音がした。「アイエッ……ニンジャじゃ、ないよね?」

やや怯えながら振り向くと郵便受けに引っかかっていたのは昨日落したサキオ少年の帽子とシオンの数少ないし物であるブローチだ。

 

「やだ、落していたんだ」慌てて郵便受けに走って帽子とブローチをとると、今二つを持ってきたのは誰か思い当たり、穏やかに笑った。

 

 

 

【エンプティネス・オブ・ロストエイジ 終わり】

 

 

 




次回はクリスマスあたりに新規エピソードを投稿しようと考えています。


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【192X:フォー・サンクス・イン・テイトズクリスマス】

予定よりちょっと早めだけど投稿
もうクリスマスシーズンみたいなものだしいよね


かすかに雪の降るクリスマスの帝都東京。幸せそうな人々が道々を行き交う年末の幸福に満ちた街の中、商魂たくましい商人達は行き交う人々の財布のひもの緩む今こそが商機と言わんばかりに活発に客を呼び込み、思わず人々はそれに応じてしまう。

 

そんな寒さとは裏腹の熱気にあふれる帝都の片隅にあるビルヂングはないながらも由緒ありげな店が立ち並ぶ商店街に木造の由緒ありげな店舗があった。店舗の看板には「ヤマシタ洋風喫茶」とショドーされている。

 

喫茶店の中も小綺麗で大正エラではまだ珍しいショーケースの中には色鮮やかなサンプルが飾られており、和やかな雰囲気に誘われたのか客足は絶えないようだ。現に今も喫茶店にはそぐわない謹厳そうな軍人が洋菓子を買い求めていた。「あーウン、そこのケーキを4つくれ」「ハイ。所でキャンディーはいかがですか?喉にもいいしお子様にも人気ですよ」「なら、それもだ。にしても君はずいぶんと日本語がうまいな」店員は外国人だ。

 

「もう十年近くも日本にいますからね」「そうか。この辺りは長いのかね?」「戦後から半年にはここに来ましたから」「ムッ…失礼した」「お気になさらず」店員は慣れた手つきで代金を受け取りケーキを包装し箱に詰めていく。

 

「アリガトゴザイマシタ」「ドーモ」接客をしていたエッカルトは店を出ていく客に頭を下げる。これでようやくクリスマスの繁忙期が終わった。大正エラを迎え洋風の習慣が根付きつつある帝都ではクリスマスという西洋の祝い事に興味を抱き、プレゼントや菓子類を求める者も多い。「さすがに疲れたな」

 

故に一角の洋菓子職人であるエッカルトの仕事は忙しかった。このヤマシタ洋風喫茶に朝早く来て師匠譲りのバームクーヘン等の洋菓子を焼き、それが終わったら店員として次々来る客に応対する。幸いにもこのヤマシタ菓子店の店主はエッカルトを外国人だからと見下し不当に扱う事もなく給料もきちんと払っている。しかしそれでも30を超え疲れやすくなった身に激務は堪えた。

 

「ヤマシタ=サン。これで売り切れです。そろそろ店を締めますか?」「そうしよう。アアっ腰が……」50台を過ぎたヤマシタは腰を叩きうめき声をあげる。「ジャクイン社の湿布だと全く駄目だ……これはオガバシ製薬の奴じゃないと駄目だな」「配達ついでに買ってきましょうか?」「いい。いい。エッカルト君も早く仕事を終わらせて帰りたまえ」「アリガトゴザイマス」悪い環境ではない。閉店の札を店の前掲げる。これで残りの仕事はあと一つだ。

 

「じゃあ、配達に行ってきます」「年末は事故が増えるからね。カラダニキヲツケテネ」「ハイ」エッカルトは配達の為重点的に包装された包みを持ってバイクにまたがり3件の配達に繰り出す。ヤマシタ洋風喫茶は配達サービスも割増料金でオプションとして行っている。その役目もまた最近腰を悪くしたヤマシタに変わりエッカルトが行っていた。

 

「まずはウラクディストリクトのトトノ=サンだったか」配達先は3つ。だが包装されたバームクーヘンは4箱。最後の一つは客への配達物ではなく彼自身の自己満足の為にヤマシタに頼み込んで自費で作ったものだ。(((行かねば。私の気持ちに整理をつける為にも)))ようやく仕事が終わるにも拘らず浮かない顔のエッカルトの乗るバイクは、何度か気の抜けたような声を上げると、ようやく走り出した。

 

 

 

【フォー・サンクス・イン・テイトズクリスマス】

 

 

 

「エヘムエヘム。このケーキはね、ありがたく食べさせてもらうからね。エヘム」「アリガトゴザイマス」1つ目の配達、船成金のトトノ家に豪華仕様の金箔入り洋菓子の配達を終え、エッカルトは寒空の下バイクを走らせる。思えば遠くに来た物だ。

 

エッカルトは物心ついた時から故国ドイツで菓子職人を志し研鑽を積み、勉強するうちに菓子に対する理念が噛み合い意気投合した師匠や同門と共に中国青島の租界で店を開く。そこまでは順調だった。

 

彼らがいた動乱の時代の中国の政情は不安定極まりなく菓子の売れ行きは一部の者相手にしか商売ができず、また国の荒んだ状況により難癖をつけられる事も多々あり経営はうまくいかなかった。そんな状況の後やがて勃発した世界大戦によりバーグラ―めいて青島に攻め込んだ日本軍により師匠共々エッカルトは囚われの身になった。

 

だが困難な状況の中でも乏しい材料や道具を駆使して菓子に関する研鑽を積み、この極東の地で西洋菓子の美味を広めんと、収容所から解放された後は師匠や弟弟子は横浜で、エッカルトは下見もありこの帝都東京で就職し菓子職人として活動を始めた。外国人故のハンデはあるが彼らと再集結し店を開く日も遠くはないだろう。

 

だが夢の実現が近いにもかかわらずエッカルトの心は晴れない。それは今年起こった痛ましい事件―――――彼と面識のあった家で起きた凄惨な放火殺人事件は彼の心に暗い影を落としていた。「オット」そう悲しんではいられない。次の孤児院の配達を辛気臭い顔で行うわけにはいかなかった。

 

「このあたりだったか……ああ。アッタ」トコシマ区内の孤児院。まだ真新しいその孤児院の経営者夫妻が子供達には祝日だけでも偶の楽しみをと考えクリスマスのケーキを注文した事からエッカルトは配達に来たが、辺鄙な土地なのではないかという予想と裏腹に予想以上に良い立地にありすぐに白い建物を見つける事が出来た。建物の前には雪がまばらながらも降り、実際寒い中にもかかわらずまだ若い女性が待っていた。

 

「ドーモ遅くなりましてスミマセン。ヤマシタ洋風喫茶のエッカルトです。注文のケーキをお届けに上がりました」「私はシオンと申します。ありがたく受け取らせていただきます!寒い中ご苦労様でした」シオンという孤児院の職員らしき女性は間近で見るとまだ二十歳程にも関わらず所作は育ちの良さをうかがわせている。

 

「ワーすごーい!」「実際大きい!」「高くておいしそうだ!」近くで聞き耳を立てていたのか、子供達が砂糖に群がる蟻めいて次々とエッカルトの周りに集まってくる。「こらこら、エッカルト=サンにお礼を言わなくてはなりませんよ」「「「「アリガト、エッカルト=サン!!」」」「どういたしまして」子供達は明るい声で礼を言う。寒い中凝っていたエッカルトの気持ちも幾分かほぐれてきた。

 

「あとお茶をドーゾ」「ハイ、おじさん」その上に暖かい茶まで持ってきてくれた。「嗚呼…実際ありがたいです」寒空の中を飛ばしてバイクを走らせた体に暖かい茶は染み渡る。エッカルトの身体に染みわたる暖かさには単にかぐわしい茶だけじゃなく心遣いの物も確かに含まれていた。

 

孤児院の子供達の喜ぶ様を見てエッカルトも少しばかり気が晴れた。「ごちそうさまでした。それでは私は次の配達がありますので。今後ともヤマシタ洋風喫茶をヨロシクオネガイシマス」「こちらこそオネガイシマス」エッカルトとシオンは互いに深々と頭を下げあい、エッカルトはバイクにまたがる。最後の配達先もここからそう遠くない。次で今年最後だ。

 

「「エッカルト=サン、また来てねー!」」声援を受けながらバイクのエンジンに活を入れるとまた走り出す。寒空の中雪の降る帝都のまだ舗装したての道をエッカルトはバイクを走らせる。次の配達地は警察省の高官が党首をしているミドタ家。職業から連想される格式ばった家風とは裏腹に流行りもの好きの家で、エッカルトもミドタ家には何度か配達に行った経験がある。嫌な相手ではないが道中を考えると気が晴れない。

 

エッカルトは何処か塞いだ気持ちのままバイクを走らせる。エッカルトが日本に来てからも成長目覚ましい帝都は年々豊かになりビルは高さを増し都市は完璧に近づいている。だがそれでもクリスマスに洋菓子を口にできないような立場の者は沢山いるし、理不尽な不幸がこの世から根絶された訳ではない。それは、どうしようもない事だ。

 

エッカルトはバイクを走らせていく。そろそろ近くなるはずだ。後五分程で着くミドタ家への配達の途中、昔ながらの家が立ち並ぶこの区域の入り口から数えて5つ目には……ああ、やはりあった。「オオ……ナムアミダブツ」エッカルトはやり切れない思いで首を振る。彼が通り過ぎた横には当局によって片づけられ更地に変えられた家の跡地があった。

 

ここに数か月前まであったのはカザミ家の実家だ。カザミ家は両親はすでに亡くなったが、長男であるケンジョウが二人の妹を育てていた。仲のいい兄妹だった。家計は豊かではなかったが仲のよく、見る者に穏やかな気持ちを起こさせる良い兄妹だった事を知っている。ケンジョウは乏しい時間や金を遣り繰りしてよく妹二人の為に洋菓子を買いに来たからエッカルトは知っている。

 

「あいつら、舌が肥えてているから。エッカルト=サンのバームクーヘンじゃないと満足しないんです」そう言って苦笑していたケンジョウ青年はそれでも妹二人への愛情にあふれていた。だが彼らは殺された。謎めいた放火殺人事件によりカザミ家はこの世から完全に消えた。もう二度と会う事はなくなってしまった。

 

(((ブッダもあの男もオーディンも寝ているのか……はたまたボードゲームに夢中で気づかないのか。なんにせよ役に立たない……ナムアミダブツ)))エッカルトも生涯の中に何度も苦汁をなめてきたが、それにしてもカザミ家の死はあまりにも惨過ぎる。元より信仰心の薄い彼は惰眠を貪る神に対する失望を覚えていた。

 

エッカルトは死したカザミ家の人々の為に何かをしたい。だが一介の菓子職人である彼には菓子を作る事しかできない。惨たらしい惨劇と死に体して彼はあまりに無力だった。(((しかしせめても……)))世の無常と己の無力に嘆きながらもエッカルトはバイクを走らせる。彼にはするべき配達とその他に……やるべき事がある。

 

そうこうしている内にエッカルトはミドタ家にたどり着いた。立派な面構えの家門が見えてくるがそこで違和感を覚える。ミドタ家に隠れるようにして路地裏の片隅に停車した黒塗りの車が一台あり。(((配達用の車でもあるまいし、不審者めいているが…何だ?)))エッカルトは車の運転席に乗っていたハンチング帽にコートの男と目が合う。どこか不自然なアトモスフィアの目。ぞくり、と寒気がして目をそらす。

 

(((護衛か何かだろう。そうに違いない)))エッカルトは男の存在をやや不自然なほど意識から追いやりミドタ家の門についている呼び鈴を鳴らす。速く配達をして、あの場所へと向かわなくては。

 

「ドーモミドタ=サン。バームクーヘンの配達に上がりました」「アララエッカルト=サン!ドーゾドーゾ上がっていって!」陽気なミドタ夫人がエッカルトを迎え入れる。その光景を黒塗りの車の中から見る眼があった。「ハハッ…バームクーヘンねぇ。実際暢気なもんだ」その目は歪んだ悪意に染まっている。

 

嘲笑うコートの男の背は高くおよそ6尺(約180cm程)である。鋭い目と巌の如き頑健な顔立ちと背丈に違わず、鍛えあげられた肉体を分厚いコートの下に隠していた男は車の扉を開ける。「年末の殺戮ボーナス、てとこかねぇ」男はハンチング帽コートを脱ぎ捨て車外に出ていく時にはすでに暗灰色のニンジャ装束に姿が変わっていた。ニンジャの名前はシェイドウォーカー。帝都の暗雷の構成員たる邪悪ニンジャだった。

 

シェイドウォーカーは帝都の暗雷の武力担当ニンジャの一人であり、隠密行動よりもジツと無慈悲なカラテを用いた見せしめ的な凄惨な殺人を得意としている。今回も組織の上層部の指示によりミドタ家に強制的に押し入り、一人残らず一家を惨殺するという恐るべき任務が下されていた。

 

この凄惨な任務が一体如何なる帝都の暗雷の利益誘導もしくは政治的力学によって下されたのかシェイドウォーカーは知らない。だが彼は家という一種の聖域に無慈悲に押し入り殺戮し、ゴアをまき散らす。そんな邪悪極まりない殺戮を彼は愛していた。死したモータルの絶望の表情、不可解かつ理不尽な殺戮に打ちのめされる表情、それらは彼に活力を与えてくれる。

 

「殺しの後のクリスマスディナーは格別だろうな…フフッ」ナイフめいて手刀の形にした両手を交差しそのまま滑らす、ルーティンワークを終えるとシェイドウォーカーはミドタ家の家門に向けて歩き出す。「明日の朝刊一面は独占だぜ」立派な家門の鍵を破壊してエントリーした後は配達者毎殺戮ミッション開始だ。

 

ブロロロ「あん?」高揚した気分に水を差すようなバイクの駆動音を聞きハードアームは怪訝な顔をした。前方の舗装されたばかりの道路からやってくるのは一台のバイクに乗った配達者の姿だ。「オット、ボーナスゲームかぁ」思わぬ獲物の増加にハードアームは酷薄な笑みを浮かべる。だが、バイクの運転者が走行しながら上着を脱ぎ捨て、その身に秘めた正体を現すと彼の酷薄な笑みは凍り付いた。「何だと……!」

 

高速で走りくる運転者はジゴクめいた赤黒装束のニンジャだった。長く荒々しい断ち布を首に巻き面頬には殺伐たる書体で「忍」「殺」と刻まれていた。そして装束と同様にバイクもまた赤黒に塗られておりその後部には風呂敷が下げられている。ちょうど人の頭が二つ程入っているような形状と大きさの物が。おそらくは帝都の暗雷のニンジャの生首。

 

「貴様は……!」シェイドウォーカーは身構える。帝都の暗雷に敵対する者は大日本帝国海軍や政財界にも少ないがいまだに存在している。だがこれほどの狂気と憎悪を秘めた、恐るべきニンジャは一人だけ……!

 

「ドーモシェイドウォーカーです。貴様は……ニンジャスレイヤー!」「ドーモニンジャスレイヤーです」赤黒のニンジャはバイクを停車させると同時にアイサツした。「クリスマスだろうが貴様ら帝都の暗雷のニンジャは」そして情け容赦ないジュ―・ジツを構える。「全て殺す!」ニンジャスレイヤーの双眸には無限の憎悪が宿っていた!

 

 

 

 

 

日の暮れた帝都の街、行き交う人々は雪交じりの風に顔を討つ向かせしかしそれでも年末の雰囲気に足取り軽く帰路へついていく。それゆえに人々は、いやそもそも道行く善良なる常人達はたとえ見ていても気づかなかっただろう。高速で街を駆けるニンジャ同士の死闘を。

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」帝都でも高級な土地として知られるザギン地区の3階や4階建てのビルの屋上を高速で駆けるニンジャが二人!シェイドウォーカーとニンジャスレイヤーは度々交錯し、鋭いカラテをぶつけ合う度に鋭い金属音が鳴り響く!「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 

ギュン!ギュン!ギュイン!雪交じりの風すら置き去りにして寒空とは対照的な熱いカラテを両忍はぶつけ合う!「噂通りの手練れか!相手にとって不足なしよ!」「ほざけ!」ドッグファイトめいて巧みに位置取りを変えながら相手に対して致命的な一撃を狙い合う。極めて高度な三次元的カラテ合戦だ!

 

「イヤーッ!」並走するニンジャスレイヤーの裏拳がシェイドウォーカーの頭部を断裂回転葬せしめんと狙う!「イヤーッ!」だがシェイドウォーカーは右腕を掲げブロックすると跳ね上がるようなケリを繰り出した!「グワーッ!」「イヤーッ!」後退するニンジャスレイヤーにシェイドウォーカーはスリケンを投擲する!

 

だがニンジャスレイヤーは怯んではない!吹き飛ばされた先で回転し給水塔に水平着地すると足をたわめ「イヤーッ!」バネめいて一気に加速しトビゲリ繰り出した!「グワーッ!」決断的なトビゲリによりシェイドウォーカーは真っ二つとなる!

 

だが真っ二つにされたシェイドウォーカーの陰から新たなシェイドウォーカーが出現!どこか朧げな輪郭のままチョップを振り下ろしてくる。その姿は蜃気楼めいて幻惑的に二つ重なって見えた!コワイ!「イヤーッ!イヤーッ!」「ヌゥーッ!」ニンジャスレイヤーは幻惑的なチョップを巧みなサークルガードで防ぎながら機をうかがう!二重のシルエットのせいか軌道が読みにくい!「これは……ブンシン・ジツか!?」

 

(((グググ左様……このサンシタめは自身の体とブンシンを重ね打点をずらしカラテ優位を保とうとしておる。小賢しくいじましい弱小ニンジャ特有の無駄な努力よ……)))ニューロンの同居者が嘲笑う中ニンジャスレイヤーはブンシンを見切ろうとする。(((対策を言えナラク!)))(((所詮は児戯故カラテで破ればよい。点でなく線の攻撃で攻めい!)))

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはサークルガードのまま薙ぎ払うような攻撃を繰り出す!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」弧を描くような荒々しく、しかし鋭いカラテの連撃に一瞬にして攻守が逆転した!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの右拳がシェイドウォーカーを捉える!

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの左拳がシェイドウォーカーを捉える!今度はシェイドウォーカーが遊技台の小球めいて弾き飛ばされ、両足をしならせながらビルヂングの瓦屋根に着地する。其処へ飛び掛かるのはニンジャスレイヤー!瓦割めいた拳を……シェイドウォーカーの脳天に振り下ろす!「イヤーッ!」

 

ドクン。だがニンジャ第六感に違和感。シェイドウォーカーの身体は先程よりも1尺に満たないが大きい。ニンジャスレイヤーは認識と同時に目を見開くが時すでに遅し。

 

違和感に気づいたその瞬間にはすでに瓦割めいた拳はシェイドウォーカーの……ブンシンの脳天を砕いていた。

「これは……!」「インガオホー!イヤーッ!」大技を繰り出し無防備なニンジャスレイヤーの首に横薙ぎのボトルネックカットチョップを薙ぎ払う様に繰出すのは……シェイドウォーカーの本体だ!

 

この作品を読む読者の皆様が高度なニンジャ戦略性をお持ちならばご明察の事であるが吹き飛ばされたシェイドウォーカーは着地と同時に自身の姿を覆い隠すような大きめのブンシンを出現させ、その陰に隠れてニンジャスレイヤーの攻撃をやり過ごし、ニンジャスレイヤーの無防備な状態を狙ったのだ!何という熟練ニンジャ特有の巧みなジツの利用法か!

 

ドクン。コンマ0.1秒後に到達する逃れられない死に対して、ニンジャスレイヤーの脳裏で脳内物質が高速で駆け巡り窮地を抜け出す手段を探すが、回避も防御ももう遅い。シェイドウォーカーの確かなカラテによるボトルネックカットチョップは一撃で首を切り飛ばすだろう。

 

ドクン。だがそれでもニンジャスレイヤーのソウルには絶望等かけらもなくただただニンジャへの憎悪が燃え続けている。故にニンジャスレイヤーは片目を線香めいて見開いた「サツバツ!」

 

風切り音を残してシェイドウォーカーのチョップが何もない空間を駆け抜けた。「エッ」後に残るのは赤い火の粉と渦巻き唸り声の様な音を残す風のみ。首を切断するはずのニンジャスレイヤーの姿は何処にもなく消えていた。「エッ」シェイドウォーカーは首に違和感を感じた。訝しみ振り向こうとするとそのまま首がずれ、地面へと落ちていく。

 

「ヘッ?」地面へと転がり落ちた首だけのシェイドウォーカーは自身の背後に立つ影を見た。悪鬼めいた形状に面頬を変形させた邪悪極まりないシルエットのニンジャスレイヤーの姿を。この世の物とは思えない恐ろしい姿に恐怖の叫び声を上げようとするが、それよりも早くシェイドウォーカーの意識は途絶えた。「サヨナラ!」シェイドウォーカーは爆発四散した。

 

生首を残して爆発四散し灰燼へと帰したシェイドウォーカーの残滓を背に、ニンジャスレイヤーはしばし邪悪な殺戮衝動に耐えると「イヤーッ!」シェイドウォーカーの生首を掴み取り血で編んだ風呂敷にくるみ帝都の闇へと消えていった。

 

帝都の街では陽気なクリスマスソングがどこからか鳴り響いていた。

 

 

 

 

クリスマスに沸く帝都郊外とは対照的に陰鬱ですらある静寂に包まれた郊外の墓地の近く。日本では少ないが社会の上層から下層まで確かな数の存在するキリスト教徒の為に建てられた教会の上には微動だにしない影あり。襤褸切れめいた赤黒装束を纏うニンジャスレイヤーだ。教会の頂点にある避雷針にはニンジャの生首三つを入れた風呂敷が括り付けられている。

 

殺伐たる光景の中静かにニンジャスレイヤーは目を見開く。その目にはいつもの憎悪に満ちた殺忍衝動のみならず悲しみに満ちていた。

 

……一年前のクリスマスはこうではなかった。あの日彼は面識のあるヤマシタ洋風喫茶で妹たちの好きなバームクーヘンを買い求め、クリスマスソングが鳴り響く中帰路についた。そうして家についた後妹たち二人とクリスマスを祝ったのだ。それは彼のそう長くない人生における妹達と培った幸せな記憶の一つだった。

 

だがもうそんな幸せな記憶がまた築かれる事はない。帝都の暗雷に殺された彼の妹達はすでに亡く、彼自身は謎めいたナラク・ニンジャと融合し復讐のカラテモンスターニンジャスレイヤーとして蘇った。最早超自然の怪物でありただ一人の彼はニンジャを殺し続けるのみの呪われし死人だ。

 

思い出は増える事なく、ただすり減っていくのみ。普段は思いをはせる事ない寂寥にニンジャスレイヤーは思いを馳せる。カザミ家は、彼と二人の妹は人々の記憶に残る事なくこの世から消えていくのみなのだろうか?

 

だが少なくとも今はまだそうではないようだ。元から良かった上にニンジャとなって大幅に強化された彼の視力はある物を捉えていた。それは彼の妹たちの墓の前に立つドイツ人の男と、彼が供え物として墓前に供えたかつて見慣れた包みだった。

 

「エッカルト=サン……」かつて知古であった自分より十近く年上の菓子職人はこの寒い年末の中妹達の理不尽な死を悼みに来てくれたのだ。彼が如何なる衝動を以てこの場に来てくれたのかはわからない。だが、その気持ちだけでニンジャスレイヤーには充分に過ぎた。

 

教会上のニンジャスレイヤーは静かに頭を下げる。クリスマスの帝都には白く穢れのない雪が降り注いでいた。

 

 

 

【フォー・サンクス・イン・テイトズクリスマス 終わり】

 



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【192X:キャッチ・ザ・ゲイム】

某所で「大正時代の女学生の一人称は僕だった」という実際衝撃的かつエモーショナルな情報を聞き、衝動的に短めの作品を書いてみました。



 ……大正エラ! それは明治時代の文明開化を経て西洋と日本の文化がまじりあい、独自の文化が花開いた時代である! 

 

 華やかなりし帝都東京には煉瓦造りの建物が建ち並び、煉瓦造りのビルヂングにはフルーツパーラーや活動写真(後の映画である)が軒を連ね人々を引き付け、街を行く人々も洋装で身を包みその間を溌剌とした、着飾ったモボ、モガ(モダンボーイ、モダンガールの略称。大変奥ゆかしい)満開の花めいた美しき街並みを創り出していた。

 

 そんな帝都の街並みを何人かの女学生が歩いていく。奥ゆかしい黒を基調とした制服に身を包んだ彼女達は放課後の下校途中であるようだ。思い思いに仲の良い者同士で纏まり、睦まじく談笑しながら帰路へついていく。そのうちの一組、ブロンドの髪の外国人らしき少女と長い黒髪を切りそろえた清楚な少女の二人は対照的な髪色もあって実際印象的であった。

 

「カレン=サン。来週の、日曜日……って開いていられますか」「はいリンド=サン。お父様も今週は東北の方に行かれますので」少女たちの言葉使いは奥ゆかしく淑やかだ。彼女達の育ちの良さを感じさせる。「……良かった。実は僕、日曜日に家族で活動写真を見に行くのですが、お兄様に用事が出来てしまいまして一人分開いてしまったのです」

 

 僕、である! 今リンドと呼ばれた黒髪の少女は自身を『僕』と呼んだか!? 現代を生きる読者の皆様にとっては奇異な事に思われるかもしれないが当時の帝都の女学生には僕という一人称は極めて普遍的な物であったという。なんたる奥ゆかしき大正エラの文化的風潮であろうか! 

 

「だからもしご都合が良いようでしたら……カレン=サンも行きませんか?」「アリガトゴザイマス! 是非行きたいです! 私日本の活動写真を前から見て見たかったんです!」「良かったぁ……僕断られてしまったらどうしようかと……」リンドは安堵したかのような表情を見せる。「まさか! 私がリンド=サンのお誘いを断るわけないじゃないですか」「えへへ。そう言われると僕……嬉しいです」

 

 リンドは嬉しかった。半年前貿易商を営む父親の都合で帝都に越してきたカレンとは席が近かった事もあり良く話すようになったが、慣れない異国での生活もありカレンは寂し気にしている事もこれまで幾度かあった。そんなカレンと共通の話題を作ると共に、距離を縮められればよいと考え提案したが、彼女は予想以上に喜んでくれた。

 

「来週が楽しみですね!」「もう、気が早すぎますよ!」喜びに頬を上気させた二人は友情を確かめ合い帰路へと着いていく。その姿を背後からじっと……見ている男に気づくことなく。

 

 煤けたコートに幅広帽をした男は、まだ日の高い帝都の表が移動においては不審極まりない存在であったが、誰にも訝しまれる事なく少女たちを見ていた。幅広帽の下にある目は細まり、口元に装着された面頬の下で舌なめずりする。「ヒヒッ……」男はしゃくりあげるようにして不気味に笑った。

 

 

【192X:キャッチ・ザ・ゲイム】

 

 

 

「う、ううん……」リンドは瞼を震わせ目を開けると其処は薄暗い空間であり、床に散らばるブッダ像の頭や仏具の幾つかからどうやら廃寺か何かのようだ。明らかにリンドのようなうら若き乙女が近づきはしない、胡乱で荒れた場所である事に彼女は動揺する。「……エッ……ナンデ?」

 

 さらに彼女は自分の記憶が途中までしかない事に気づいた。(((確か僕はカレン=サンの家で分かれて、それから近所の雑木林の横を通っていて……それから……)))それからの記憶がない。いや正確には何かを覚えている気がするが、それは事故の前後の様などこか朧げで実体がない物だ。「アイエエエ……」

 

 そして、震えるリンドは自分の身体が動かないことに今更ながら気づく。彼女の身体は何か巨大な蜘蛛の巣めいて複雑に広がる白糸に、磔のように両腕を広げた状態で何かに拘束されており、何の身動きもできない。リンドの身を包む黒い制服が所々避けているにもかかわらず両腕で隠す事すらできないのだ。

 

「ヒヒヒ……気づいたかァ」「アイエッ!? だ、誰です!?」拘束されたリンドの正面ににじむようにして出現したのは見ずぼらしいコートの男。特徴のない顔には古の侍か……はたまたニンジャのように面頬が装着されている。

 

「ドーモリンド=サン、トゥースドスパイダーです」トゥースドスパイダーと名乗った男はアイサツを繰り出し頭を上げるとニヤニヤとリンドを眺める。卑しい目つきで舐るようにリンドの身体を見回す。「ご気分はヒヒッ……どうかね?」「アイエエエエエ……」リンドは震えるだけで満足な答えを言う事が出来ない。自身が常軌を逸した男に囚われた事を認識して激しい恐怖を感じていたのだ。

 

「……ま、モータルの女子ならこんなものか」「あ……うう……あ、あの」「うん? なんだね?」「ぼ、僕にナンデ、こんな事を?」「僕? 今君は僕と言ったかね!?」「アイエエエエッ!?」「ハァーッハァーッ何たる清廉かつお、奥ゆかしき一人称……! 素晴らしきかな大正エラッ!」

 

 トゥースドスパイダーは訳の分からない事をぶつぶつと呟き続ける。「控えめな言葉遣いと……長くつややかな射干玉の髪……! これぞ大正の大和撫子なァーッ!!」興奮のあまり彼はほとんど達しており、その異常な様を見てリンドは涙をこぼし震える。彼女を苛む絶大な恐怖の理由は二つだ。

 

 一つ目はこのトゥーススパイダーなる男が実際意味不明の狂人である事。人間という物は自信に理解できない物を恐れる生き物であり、当然ながらリンドもそうである。何から何まで訳の分からない異常者は箱入り娘として生きてきたリンドにとって恐怖の対象でしかなかった。二つ目は、自身のたどる末路に対する想像である。この様な異常極まりない男が、うら若き乙女を拉致し、捕らえた上で行おうとする事は一つしかない……! 「ハァーッハァーッフゥーッ……」

 

 病んだ欲望を湛えた、人を人と思わぬニンジャの目がリンドを見据える。「では、やるか」「ヒッ……」引き攣った悲鳴を上げるリンド。その声すらも可愛らしいのがいっそ悲劇だった。「いっ嫌です……僕はそんなの嫌、嫌ぁ……」「へへッ駄目だぞぉリンド君。そんな反応をしていては余計興奮してしまうではないか! 第一俺はニンジャで、君はモータルだ。俺におとなしくむ、貪られるのが筋ってものではないかねェ」

 

 然り、トゥースドスパイダーはニンジャである。ニンジャとして鍛え上げたカラテを下劣な欲望を満たす為に使う彼は帝都の街並みを物色中リンドに目を付けカラテ拉致し、貪ろうとしたのだ。何と悍ましく下劣な欲望の持ち主だろうか。

 

 リンドは何とかして拘束を解こうとするが全く持って果たせない。僅かに体が揺れるのみでそれ以外は何の進展もなかった。予想以上に拘束が頑丈なのだ。そんなリンドのいじましい様子を見てトゥースドスパイダーは面頬の下の口を醜く歪ませた。

 

 彼のニンジャとしてのカラテや威圧感を駆使すればこんな拘束がなくともリンドを制圧し事に及ぶのは容易い。しかしトゥースドスパイダーは獲物が四肢を拘束され逃げようにも逃げられない、こういうシチュエーションが良いと感じていた。

 

「やだ……やだぁーっ! 助けてお父様、お母様お兄様────っ!!」「だから興奮すると、いっているだろうが。ああもう、帝都という都市は最高だ! ヴィバ、大正デモクラシーッ!!」火に油を注がれたかのように嗜虐心を燃え上がらせたトゥースドスパイダーはリンドに覆いかぶさる! 美しい黒髪がトゥースドスパイダーの重量に押され誘う様に揺れた! 

 

「フィヒーッ!」「アイエエエエエ! アイエーエエエエエ!!」醜悪極まりないニンジャの暴威に対して床に転がったブッダ像の首はあらぬ方を見ている。まるで目を背けるかのようなブッダ像の有様は、この世の不条理のカリカチュアだ!ブッダよ、寝ているのですか! 

 

「アイエエエッ!? ヤメテ―ッ!」トゥースドスパイダーの鋭い爪がリンドの制服を引き裂き白く滑らかな肌を露出させた! 乙女の尊厳の危機だ! だが! 

 

 ……まさに、その時であった! 廃寺の扉が、廊下側から勢いよく蹴り開けられたのは!「Wasshoi!」禍々しくも、そして決断的なカラテシャウトが室内に響いた! ほぼ同時に、一枚のスリケンが空気を切り裂いて飛び、ニンジャの背中に突き刺さった! 「グワーッ!」

 

「ARRRRRGH! 誰だ!? 誰が俺の邪魔をする―っ!?」トゥースドスパイダーは狼狽しゴロゴロと転がって立ち上がり体勢を立て直すとカラテを構え、廃寺の入り口に向き直った! 半ば砕けた廃寺の扉を踏み越え重々しい足取りで入ってきたのは赤黒装束の殺伐たるキリングオーラを発する恐るべきニンジャだ! 

 

「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはジゴクめいた声でアイサツした。いやジゴクめいたどころではない。彼のニンジャの声に込められたすさまじい殺意はそれその物が音という形をとったジゴクにすらトゥースドスパイダーには思えた。「アッ……」ニンジャスレイヤーのエントリーと共にNRS(ニンジャリアリティショック)でリンドは気絶した。

 

「ド、ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、トゥースドスパイダーです。貴様、何故我が趣味の邪魔を……? 奥ゆかしき大正エラの申し子を嬲るという崇高な「黙れ」」ニンジャスレイヤーは答えた。ニンジャスレイヤーの片目の瞳はセンコめいて収縮し、メンポからは凄まじい蒸気が吐き出されている。「貴様が何だろうと知った事か。下劣な性根にふさわしい惨たらしい死にざまを見せてくれる」「ほ、ほざけーっ! イヤーッ!」

 

 トゥースドスパイダーはカラテを構えニンジャスレイヤーに躍りかかる! 対するニンジャスレイヤーも迎撃のカラテを繰り出した! 

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」今はもう昔、明治時代のブッダ廃棄運動の頃に取り潰された廃寺の中で決断的なミニマルカラテ応酬が繰り広げられる! 

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの曲線的な右拳がトゥースドスパイダーのこめかみを捉える! 「イヤーッ!」「グワーッ!」続いて左のヤリめいたサイドキックがトゥースドスパイダーの腹を捉えた! カラテにおいてはニンジャスレイヤーが圧倒的に上だ!」

 

「カカッタリ! イヤーッ!」「ヌゥーッ」だがトゥースドスパイダーはニンジャスレイヤーの蹴り脚を抱え込むと共に面頬を開き蜘蛛めいた二つの牙を露出させた! この牙で噛みつこうというのか! 「出血多量死しろやァーッ!!」

 

「イヤーッ!」「グワーッ!?」しかしニンジャスレイヤーがさらに上を行く! ニンジャスレイヤーは身をよじり拘束されていない右の足でトゥースドスパイダーの顔面を蹴り怯ませると、左足にカラテを込めて逆回転する! 

 

「グワーッ!?」「イヤーッ!」怯んだトゥースドスパイダーは逆回転独楽の如き動きを御しきれない、ニンジャスレイヤーの左足が拘束から……離れた! 

 

 両足をしっかりと地につけたニンジャスレイヤーは低い姿勢から次々と拳を繰り出す! 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワーッグワーッグワーッ!」ニンジャスレイヤーが徐々に姿勢を上げていくと同時に脚、腹、顔面とトゥースドスパイダーの拳に打たれる個所も上がっていく! 「イイヤーッ!」「グワーッ!」

 

 溜を作った渾身の右ストレートが廃寺の奥へとトゥースドスパイダーを吹き飛ばし、壁に叩きつける! CRAAAAAASH! 「アバーッ!」牙を砕かれ、壁にめり込んだ邪悪ニンジャは白目を剥き痙攣! だがザンシンを早くも終えたニンジャスレイヤーは攻撃の手を緩めぬ! 

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワワワワーッ!!」右腕、左腕、右足、左足とニンジャスレイヤーはリズミカルにスリケンを投擲し敵を壁に縫い付ける。そして5枚目の最後の苛烈なドライブをかけて投擲されたスリケンはトゥースドスパイダーの股間を破壊した! インガオホー! 「アバーッ!?」

 

「アバーッ! アババババ────ッ!!」叫び声をあげるトゥースドスパイダーをよそにニンジャスレイヤーはすでに磔にされたトゥースドスパイダーの眼前に立っている。決断的なボトルネックチョップを構えながら。「アババーッ! ま、ま、まさかニンジャスレイヤー=サン、貴様は動けない俺を殺そうと!? こ、こんな事が、こんな事が許されるのかぁっ!!? ヤメローッ!!」

 

「イヤーッ!」「アバーッ!」死神の断頭チョップは無慈悲に異常性癖邪悪ニンジャの首を切断しシャンパンの栓めいて飛ばす! 「サヨナラ!」

 

「フゥーッ……」しばしザンシンしたニンジャスレイヤーは拘束されたまま気絶しているリンドに歩み寄ると赤熱させた腕で慎重に蜘蛛糸めいた拘束を焼き切った。

 

そして邪悪ニンジャの手によりあられもない格好になっているリンドを如何にするべきか考え、眉根を寄せた。

 

 

 

【192X:キャッチ・ザ・ゲイム 終わり】

 

 

 




少し間は空きますが、現在も新作を構想中です


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【192X:フローティング・シャドウ・オブ・レッドマント】

他の作品の投稿に注力していたこともあり、久しぶりの投稿となります。

今回は6千字ほどの1話完結の短編です。


 大正エラを迎えた日本の中心地帝都東京。

 華やかな街並みのみならず日本を代表する各種大企業が結集したこの街にはまだ真新しいビルヂングが建ち並び、地方のまだ古式ゆかしい日本的な街並みと比べると別世界のように思えた。

 

 そうした一等地から少し離れた区画も一等地ほどの華やかさはないにしろ中堅クラスの企業の本社ビルが建ち並ぶ清潔感にあふれた場所だ。

 洋和入り混じった洗練に憧れの有る若者ならば是非一度はここで働いてみたいと思うだろう。

 この様な場所で働く進歩的な人間になりたいと。

 

「……ウウン」だが中の人間はそこまで変わらないようだ。「帝北新聞社」との看板が立つ4階建てのビルヂングの4階、事件部のオフィスにある机の前で唸る男の髪はボサボサで、無精ひげを生やしている。およそ胡乱な風貌の男はペンを鼻の上にのせて唸っていた。

 

「スナヤマさん、お先に帰りますよ」「オウ」スナヤマという男に後輩は声をかけるが帰ってくるのは生返事だ。「オタッシャデー」まだ考え込むスナヤマをよそに帰っていく後輩。これでこの夜の帝北新聞社のオフィスに残るのはスナヤマだけだ。

 

 帝北新聞社は中堅クラスの新聞社であり、東日本に強い影響力を持ち日夜多くの事件を所属する記者たちは追いかけているが、今日は特に事件もなくそのほとんどが帰宅している。そう、今日は珍しいくらいの平穏な日だった。「平穏、ねえ……ウチの部長も焼きが回ったかもしれん」

 

 スナヤマの脳裏に浮かぶのは「たまにはこんな日もよかろう」と言って能天気な面をして帰っていった事件部の部長。成程確かにこのような雲の切れ目の様な日もあるだろう。が、平穏というにはここ最近の帝都は物騒に過ぎる。「どうにも空気がおかしいぜ」スナヤマの傍らには幾つもの事件、昨年の秋から帝都を騒がせていた幾つかの事件のスクラップ記事が置いてある。

 

 華族の館が大火事に見舞われ当主が使用人と共に死亡したというサミダレ家炎上事件のみならず、下は新米少尉から上は基地の司令官クラスまで相次ぐ軍人の不審死、複数のヤクザクランの壊滅事件。さらには怪人赤マントと呼ばれる不穏な存在の暗躍までもが都市伝説になっている。

 

 怪人赤マント。秋ごろから帝都各地で目撃証言が相次いだ謎の怪人。車を上回る速度で駆けまわり宙を舞うその影は目撃者に恐怖を感じさせるという。一部では死神の化身とすら時代錯誤な噂までもがなされるこの存在の話は、ひそかに帝都に広まりつつあった。

 

尤もスナヤマの関心は赤マントだけでなく、今この瞬間も帝都で起きつつある「何か」であるのだが。「畜生め、何を調べても出てやこねえ。この帝都で何が起きてやがるんだ?」スナヤマは取材ノートを閉じる。先程述べた怪事件と同様に彼が取材している幾つかの怪事件はどうにも、情報が少なすぎる。それこそ何者か、恐らく軍部か政府の機密レベルで隠蔽されていると思しき有様だ。

 

 スナヤマは一抹の不安を感じながらも資料の調査を続ける。自身はジャーナリストでありたとえハイエナめいた卑しき者と扱われても真実を追い求めねばならぬ。少なくとも彼はそう信じていた。

 

 CLINK! 「アイエッ!?」そうして仕事を続けていた彼の背後で窓ガラスにひびが入った。「何だ?」スナヤマが訝しみ振り向くと同時に窓ガラスが砕け散った! 「グワーッ!?」

 

 

 

 

 

【192X:シャドウ・オブ・レッドマント】

 

 

 

 

 

 スナヤマは数年前まで決して模範的な新聞記者などではなく、むしろ利己的な人間であった。

 そもそも大学卒業後に新聞社に入ったのは正義感や信念があったからではなく単に給料が高かったからである。

 実際欧米文化を取り入れた明治以降の日本では二度の戦勝もあり新聞の発行部数は鰻登りであり、記者の給料や社会的地位は実際高い。

 

 真実を追い求める意思は大してなく、与えられた適当な情報を基に記事を書き、上司におべっかを使い金のために働いてきた。

 そんな彼とは対照的に弟のシゲゴは彼以上に勉強が出来た癖に妙に正義感の強い男で、環境保護活動に取り組むような奴だった。

 

「なあシゲゴよ、お前もアホみたいなことしていないで女の子とでも付き合えよ。大学生のうちに遊んでおかないと損だぞ」実家で偶然弟と会った際、スナヤマは嘲笑を込めて言った。彼は弟の行動を無駄な事だと思っていたし、あほくさいとも感じていた。「汚れた川の臭いが染みついちまったらもう最後だぞ。お前は実際一生独身だ」

 

「……兄さん、あなたが間違っているとまでは言わないけど僕の活動を揶揄するのはやめてくれ」苦々しい表情を浮かべたシゲゴが携わっていたのは関東の某所で起きた鉱毒事件への抗議活動だ。

 

 大学の研究で出かけた際に世話に杏った村の人々が汚染された生活用水により苦しんでいる事を知ったシゲゴは、調査の結果鉱山を経営する企業の杜撰な環境調査と操業が原因だと結論付けた。無論、企業に対して業務の改善を彼の教授を通して嘆願した物の利益を求める企業の行う事である、当然握りつぶされたそうだ。

 

 そんな理由から企業に対して義憤をを感じ抗議活動に加わっているのだという。「ハハハそうムキになるなよ」スナヤマはなおも嘲笑が混じった笑いを浮かべ手をひらひらと振る。

 

「あなたは麓の村がどれほど酷い事になっているか知らないからそう言えるんだ。確かに日本が列強で主導権を握る為資源開発は大事だ。でもあれはひどすぎる……!」「やだね若者の情熱は。国に逆らえばよい事だとと思ってる」

 

「全く俺には分からんよ。何でそんなどうでもいい奴らとつるんでるんだか」「何だと?」スナヤマは軽く息を吐いて続けた。「だってそうだろ、俺たちは東京住まいでモダンな生活をしている進歩民だが、そいつらは江戸時代同然の生活をしている雛臭い田舎者だろ? 全く関係ないアホのために働くとか馬鹿のやる事よ」そう言ってスナヤマはシゲゴを愚弄した。

 

 当時の利己的な彼としてもそこまで弟を嘲るつもりはなかったが口が滑り予想以上に言い過ぎた。それには弟の正義感に対しての苛つきもあったはずだ。弟の目は兄の怠惰を咎める色があり、そこに疚しさを感じていたのも確かなのだから。

 

「それとも何だ、その村に好きな娘でもいんのか? 男かもしれんがな!ハッハッハッ」「……バカハドッチダー!」「グワーッ!?」シゲゴはスナヤマを殴り倒した! 度を越した愚弄についに堪忍袋の緒が切れたのだ! 

 

「ハァーッハァーッ……失望したよ」息を整えたシゲゴは殴り倒されたスナヤマに背を向けるとどこか寂し気に去っていった。

 それがスナヤマが生きたシゲゴを見た最期だった。

 

 一週間後、シゲゴは抗議活動中にヤクザにボーで叩かれこの世を去った。雨の中鉱山を所有する企業へ抗議に行った彼らは、待ち構えていたヤクザにリンチの憂き目に遭い、凄惨な暴力の前に何人もがこの世を去ったのだ。オオ、南無阿弥陀仏! 如何に資本がものをいう近代日本社会といえど、これ程の横暴が許されるというのか!? 

 

 だが、天網恢恢疎にして漏らさずという様に、この死亡事件は予想以上の関心を人々から集め、それをきっかけに取材に参加した敏腕ジャーナリストたちの手によって実際非道な企業の手口が暴かれた。結果として鉱山所長を含む企業の幹部の多くがセプクし、リンチに加わったヤクザも逮捕された。実に因果応報というべき末路を迎えたのだ。

 

 しかし鉱毒の影響は今なお残り、多くの村人を苦しめ続けている。そしてなにより死んだ人々は戻らない。

 

そうして弟の末路にスナヤマが何を思ったかは誰も知らない。しかし彼は、まるでそれ以降別人のように新聞記者として隠された真実を白日の元へ晴らす為に精力的に働き続けてきた。そうして救われた人々も少なく環ない程に。

 

(……俺は実際クズだけどせめてそれくらいは、してやらないとな)走馬灯・リコールめいて自身の再出発点を確認するスナヤマ。だが同時に彼は自身の状況訝しむ。(待てよ? 俺はさっきまで仕事してたはずだぞ。なのにナンデ? 俺はいつの間に……?)状況への彼の疑問はもっともである。(確か窓が割れてそれで────)「「イヤーッ!」」「アイエエエエ!?」疑問を切り裂くようにカラテシャウトが響き、スナヤマは急速に意識を通り戻した! 

 

 いつの間にか彼の身体は横転した机の下敷きになっていた!「ハァーッ! ハァーッ! ハァーッ!」あおむけにひっくり返っていいたスナヤマは上に乗っかっていた書類を押しのけ、交通事故の被害者めいて這い出し、かぶりを振って膝を立てる。「どうなってやがる……!?」

 

「アッ……!」膝立ちになったスナヤマは絶句した。それまでは乱雑に書類が積まれながらも一定の秩序が積まれていた机の数々はまるで熊が暴れたかのようになぎ倒されている。無数の紙が舞う中、揺るぐことなく立っているのは「アッ、アイエエ……ニンジャ、ナンデ」二人の対照的なニンジャ。そう、呻くスナヤマの目の前で対峙するのは紛れもなくニンジャだ。

 

 スナヤマの目前でジュ―・ジツを構えるのは赤黒装束のニンジャだ。「忍」「殺」と刻まれた恐るべき鋼鉄面頬が一部の隙も無いキリングオーラを際立たせ、その線香めいた眼光は対する暗灰色の装束のニンジャを射抜く。

 

「ニンジャスレイヤーッ!おのれ凶人めが……! どこまで我々の邪魔をすれば気が済むっ!」暗灰色の装束に身を包んだニンジャが批難するかのようにサイを突きつけるがニンジャスレイヤーは動じない。「揃いも揃うてゼンマイ人形めいた同じ文句、聞き飽きたわ」

 

「だが安心するがいいハイドホーン=サン。これまで殺したサンシタ同様、貴様も地獄へ送り、そっ首を仲良く蛆虫の餌にしてやる故」「ほざけー! イヤーッ!」「イヤーッ!」

 

 色付きの風と化した二者は同時に超高速でぶつかり合う! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」常人の目にもとまらぬ速さでぶつかりあうのはまさにニンジャのカラテ! かつて平安時代の闇から人々を支配した半神たちの振るいし力の衝突であった! 

 

「アッアアア……」突然のカラテによるNRS(ニンジャリアリティショック)を発症したスナヤマはただ息も絶え絶えの声を上げる事しかできない。ここに至ってはもはや敏腕記者であろうとコケシと同様。超常の暴力が吹き荒れる中ではカラテ以外のなにもかもが無意味だ! 

 

「イヤーッ!」「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーの回し蹴りにより吹き飛ばされたハイドホーンは床を転がるが、ブレイクダンスめいた動きですぐさま体勢復帰する。しっかりと両腕のサイを構えるその目には覚悟。

 

「悍ましい凶賊がァ……!」短い演武と共に両腕のサイを前に構える。カラテは明らかにあちらが上手。ならば必殺技により状況を打開するほかなし! 

 

「トッシン・ジツ、イヤーッ!」カラテ斥力で一気に加速したハイドホーンはすさまじい速さでニンジャスレイヤーに突進する! 時速666キロメートルの如き凄まじい突進は例え自動車あろうとも木っ端みじんに砕くであろう!危うしニンジャスレイヤー! 

 

 凄まじい迫力と速度で迫りくるハイドホーンに対してニンジャスレイヤーは……地を這うように伏せ異形のクラウチングスタート体勢をとり、交錯する瞬間に薙ぎ払うような蹴りを繰り出した! 「イイヤアアーッ!」

 

「グワーッ!」「アイエエエ!?」ニンジャスレイヤーの蹴りによりバランスを崩したハイドホーンは勢いのまま壁を突き破り中空へと飛んでいく! そう、ニンジャスレイヤーはトッシン・ジツの回避と同時に極めて緻密な狙いの蹴りで力のベクトルを僅かにそらし、あらぬ方向へハイドホーンを弾き飛ばしたのだ! なんたるアイキ・ニンジャクラン顔負けのニンジャ物理力学を応用した精緻なカラテか! 

 

 そして蹴りの勢いのままに低姿勢で体を限界まで捩じったニンジャスレイヤーは、全身のバネを利用してスリケンを投げた! 奥義ツヨイ・スリケン! 螺旋軌道を描くスリケンは過たずにハイドホーンの顔面を貫いた!「アバーッ!」

 

「サヨナラ!」ハイドホーンは空中で爆発四散! 夜空に小さな赤い花火を咲かせた!

 

「ハァーッ!ハァーッな、何だったんだ一体……?」爆音の後に残るのはただスナヤマの荒い息遣いのみ。しばし残身したニンジャスレイヤーは散乱した床からハイドホーンの持っていた巻物を掴み取ると 背を向け歩き出す。「……邪魔をした」

 

「ま、待てよあんた赤マントだろ?噂には聞いていたが、まさか本当にいたなんてな」「赤マント?」「帝都で噂になっている都市伝説だよ。正体は死神ともいわれているが……なあ、今のその、ニンジャとアンタは戦っているのか?」

 

スナヤマの問いにニンジャスレイヤーは静かに答える。「……深入りはするな。全てを失うぞ」言葉少ないながらもニンジャスレイヤーの言葉には実感がこもっている。重い言葉だ。

 

「分かってる。だけどな、何事も終わってからああすればよかったなんて後悔しても遅いって、俺はようやく知ったんだ。だから、これを持っていけよ」後悔先に立たず。その言葉の意味は他ならぬスナヤマもよく知っている。

 

スナヤマは横転した机の引き出しからノートを一冊取り出し、ニンジャスレイヤーへ投げてよこす。「これは?」「其処には最近起きた帝都の怪事件についての調査内容を書いてある。その裏にさっき見たいなニンジャがいるなら、きっと役立つはずだ」

 

ニンジャスレイヤーはノートをパラパラとめくり確かめると懐にしまい込みガラスの砕けた縁に脚をかける。「感謝する。イヤーッ!」それだけ言うとニンジャスレイヤーは跳躍し帝都の闇の中へ消えていった。

 

悪意に満ちたニンジャ蔓延る、帝都の闇へと。

 

 

 

 

 

 

小雨が降り注ぐ帝都の街並みはいつもより陰鬱な雰囲気が流れている。安価な飲食店が立ち並ぶ繁華街もまたほの暗さがあるものの、導入され始めた色とりどりの提灯電灯の明かりに照らされている街並みは、見ようによっては幽玄な印象を抱く者もいるかもしれない。

 

その内の「毘おでん」と暖簾された店の中は何人かの客、コートを着た若者やいかつい肉体労働者、ワイシャツ姿のサラリマンが食事をとっている。たっぷりと汁を吸いながらも形を崩さないきつね色のがんもどきは実にうまそうだ。

 

コートの青年はがんもどきを咀嚼し、牛筋と昆布を更によそい食べ始める。滋味あふれるおでんと対照的にその様は何処か淡々としていた。

 

「イラッシャイマセ」そんな昼下がりの湯気の立ちこめる店内に入ってきたのは新聞記者のスナヤマとニュービー記者のエトウだ。

 

「よし、しっかり食っておけよ新入り。午後からはハードな取材になるからな」「アイエエ……勘弁してくださいよスナヤマ=サン。俺、ヤクザにボーで叩かれて殺されたくはないです」弱音を吐くエトウに対してスナヤマは厳かに告げる。「安心しろ。流石にそんな事態にならないように引くべき時は引く。少なくとも死なない程度にはな」

 

「それじゃあ怪我する可能性はあるってことじゃないですかアイエエ……」「考えすぎるな。心配ばかりしていると禿げるぞ」エトウをなだめすかスナヤマの背後でコート姿の青年が席を立つ。「ゴチソウサマデシタ」「オカイケイですね」代金を払う青年の姿をふと言葉を止めたスナヤマは訝しむように見た。

 

「スナヤマ=サン?」「ん?ああ何でもない」だがスナヤマも青年から目線を切り、青年も感情を済ませると店の引き戸を開け出ていった。後に残るのはおでんからの食欲をそそる匂いと湯気、そして客の話し合う言葉のみだった。

 

 



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エンバースの章
【204X:ゼア・イズ・ア・リグレット、イーブン・ソー・エンバース・イズ・スティル・バーニング 1】


『ファイト・フォー・ア・プレシャス・ホープ』はなんかサツバツとかが足りないので当初の予定から大幅に改定する予定となりました。その代りこちらの『ゼア・イズ・ア・リグレット、イーブン・ソー・エンバース・イズ・スティル・バーニング』を先に投下します。こちらもまた全3話の予定です。


月破砕以後も尚成長を続ける極東の大都市、貪婪の都ネオサイタマの遥か西。四千年の歴史を誇る煌びやかなキョ―ト共和国。

 

人類の至宝とも称される歴史と、その長さに伴った壮麗な建築物を幾多も有するこの国は10年前に起きた痛ましいカタストロフを経てなおも観光業を主産業としている。むしろ元老院穏健派の改革によりよりキョートは24時間のカブキ営業などより観光に特化した国としてなおも栄えていた。

 

が、ここ数日は観光客の脚も滞りがちだ。原因はネオサイタマにおける重金属酸性雨のように陰鬱な長く続く雨。数日間降り続く雨は観光客や小場人たちから気力を僅かなりとも奪っているようだ。しかし、これで良いのかもしれない。日照り続きのキョートに久しぶりに続いた雨はこもりすぎた熱気を奪い、僅かづつたまった瘴気を洗い流すのにはもってこいの天気だからだ。

 

「ヤメロー!ヤメロー!」

 

が、続く雨を以てしてもすべての汚れを洗い流すことは出来ないようだ。キョートの首都であるガイオンの路地裏、建造物の高度制限が欠けられていることにより横に折り重なった建造物のアーチに隠れた路地裏では惨劇が起こりつつあった。

 

標的とされたのはまだ若い外国人の観光客カップル。好奇心から隠れ家的バーのような店を探しに来た彼らはすぐに後悔することになった。彼らを待ち受けていたのは魅力的なキョートの隠れた名店ではなく血と欲望に飢えたケダモノめいたヨタモノの群れだった。

 

「アイエエエ!!」「ヤメロー!その子は何も悪くない!俺が悪いんだー!」

「イディオットめ!悪い悪くないの話ではない、我々テツノオニのテリトリーを犯した者には死を以て代償を払ってもらう!そういう決まりだ!」

 

泣き叫ぶカップルを周りのヨタモノ達はニヤニヤと見守る。その下卑た表情は彼らがその惨劇を楽しんでいる事の何よりの証明だ。そして彼らの中心にいるのは……ナ、ナムアミダブツ!緑色の装束に身を包んだニンジャである!ニンジャとはかつてこの世に生きていた闇夜を駆ける半神の如き戦士が人間に憑依する事で生まれる超自然の戦士。

その多くがヤクザやメガコーポに仕えるものの、こんな路地裏のチンピラにもニンジャが混じるとは昨今のニンジャ数の増加は実に深刻なようだ。

 

 

「だが安心しろ!貴様の女は見た所中々にバストが豊満だ!殺さずに俺のネンゴロにしてやろう!ガーハッハッハ!」

 

「ヤメロー!ヤメロー!」「アイエエ!アイエエエ!!」

 

「バカ!」「ウラナリ!」「雑魚!」

 

冒涜的な言葉に泣き叫ぶカップルをヨタモノ達があざ笑う。こうした悲劇は古今東西在りがちな事である。しかし悲劇の当人たちにとってはそれは何の慰めにもならない!ただ軽率であっただけでこれほどの凄惨な代償を払わなくてはならない。これもマッポーの一側面なのか!?

 

カップルの反応に満足したのか首領ニンジャは深くうなづく。そして手を振り上げた。

 

「さてと…そろそろ頃合いだな。この軟弱者を始末せい!」

 

「イヒッ任せてくださいよボス…その代わり一撃で殺せたら後で、その女をお願いしますぜイヒッ!」

 

「いいだろう!煮干しめいた状態になった後だけどな!」

 

 

「イヒーッ!!ありがたき幸せ―!」

 

進み出た焦点の定まらない目をしたヨタモノが斧を振り上げる。被害者の絶望の叫びを無視し彼は重力の力に任せて斧を…振り下ろした!重く粘ついた音を立てて血と体の一部が転がる。

 

「イヒッイッヒヒヒヒ!イ……」

 

「何ッ!?」

 

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一泊遅れてチュンと、軽い音が響く。レンガでできた壁に刺さったのはニンジャの扱う武器の一つであるスリケン。摩擦熱か故か薄い煙を立てるそれが意味する事は……!

 

「イヤーッ!」「「「アバババーッ!!!!」」」

 

さらに天より降り注いだ火炎がヨタモノ達の半分を焼き尽くす!その凄まじい炎は奇妙な事にカップルを巧妙に避け、並みいるヨタモノ達のみを焼き尽くしたのだ!

 

「チィ―ッ!良くも折角集めた部下共を!これでは奴らに喰わせたメン・タイが無駄になったではないか!」

 

「イヤーッ!」

 

距離をとり舌打ちする首領ニンジャの前に現れたのもまたニンジャ。新たなニンジャはやや紫のかかった蒼色の装束に両腕を中心とした体の各部をサイバネ化し、フルメンポには三日月めいたサムライの如き装飾が施されている。その武骨な雰囲気と醸し出すキリングオーラは間違いなく一級のニンジャだ。

 

「ドーモ」

 

乱入ニンジャが先んじてアイサツする。アイサツはニンジャにおいて必要不可欠な儀式である。それをおろそかにするようなシツレイは例え敵対者でも、いや敵対者だからこそあってはならないのある。

 

「エンバースです」

 

カトン使いのニンジャ、エンバースは柔らかにお辞儀をした。一見儀礼的な振舞にはされど、燃え盛る炎とカラテが凝縮されている。

 

 

 

 

【ゼア・イズ・ア・リグレット、イーブン・ソー・エンバース・イズ・スティル・バーニング】

 

 

 

ニンジャのイクサは無慈悲である。ただのコンマ1秒の判断があっけないほどに生死を分ける。だがこの場のイクサはそうなりはしなかった。

 

「イヤーッ!」グワーッ!」「イヤーッ!」グワーッ!」「イヤーッ!」グワーッ!」「イヤーッ!」グワーッ!」「イイイイイヤアーッ!!!」「アバーッ!サ、サヨナラ!」

 

イクサはエンバースの圧勝。ラッシュのとどめに放たれたエンバースの赤熱カトンチョップが首領ニンジャの肩甲骨から袈裟懸けに身を断ち切り、爆発四散せしめた。如何にニンジャとはいえ所詮はモータル相手に粋がるのみが能の弱敵。幾多のイクサを生き残ってきたエンバースの敵ではない。

 

「フーッ……」

 

ザンシンするエンバースの周囲には放火されたツキジめいた惨状が広がっている。彼の無慈悲なカラテによって殺戮されたヨタモノ達は無残な躯となりある者は焼け焦げ、またある者はネギトロめいた有様になっている。インガオホーではあるが実に容赦ない。最もニンジャの殺戮とは遥か昔よりこういう物であるが。

 

「「アイエエエ……」」「表街道でケビーシガードに保護を求めろ。そしてもう裏道には近づくな」「「アッハイ」」

 

凄惨なニンジャのカラテを目撃したカップルは急性NRS(ニンジャリアリティショック)により茫然自失としている。朦朧となった意識はエンバースの助言をあっさりと受け入れふらふらと催眠術にかかったように歩いていった。キョートとって観光客は全てVIPだ。手厚い保護を受けて家族の基に変える事が出来るだろう。家族の元に、心身共に無事で。

 

「………」

 

カップルの去っていく様を何処か哀しみを秘めた目でエンバースは見守る。だがそれもわずか数秒の事。すぐに彼は踵を返しアビ・インフェルノめいた死体たちの見分を始めた。そして何体かの死体からバッチのような物を取り出すと舌打ちし、端末からIRCコールを行った。

 

『モシモシ。手早く用件をいえ』「先程観光客を襲っていたヨタモノ共を殺したが、例のバッチを持っていた。こいつらもテツノオニだ」『チッその様子だと皆殺しか。お前の腕なら生け捕りも容易いだろうに』「そうすると観光客が危険だった」

「それもそうか。後五分でそちらに行くから少し待っていろ」

 

……七分後!エンバースはケビーシ・ガードめいた現場検証に立ち会っていた。勤勉に動く背広や作業着姿の職員たちをまとめ上げているのは特徴的な白いスーツで身を包んだ目つきの鋭い男。ただしその顔には強化セラミックのメンポが装着されている。彼もまたエンバースと同様にニンジャなのだ。名をホワイトリングという。

 

ホワイトリングはキョート治安局に仕えるニンジャであり、外資系暗黒メガコーポ及び犯罪組織に対する捜査から犯罪ゲシュニンの討伐までを幅広く担当しているエージェントである。過去の一部過激派の暴走からニンジャを公職に登用することを避けがちな現在のキョートでは珍しい存在であり、若いながらも有能なエージェントとして現在頭角をあらわしつつある。フリーランスとして活動しているエンバースにとっては貴重なまっとうな仕事を回す雇い主だ。

 

「……やはりバッチの材質や構造を見るにテツノオニの連中のようだな。キョートを汚すファック野郎どもが。そんなにツッコミが好きなら奴らのケツの穴に焼けた鉄棒をつっこんでやる」「全くだな。品のない、下衆共だ」

 

だがアッパーガイオン育ちのエリートとは思えぬほどに彼は口が悪い。尤も今回の口の悪さは敵に対する強い怒りによるもの。テツノオニというクズ共の手口の下劣さにはエンバースも同意見だった。

 

テツノオニと呼ばれるヨタモノ集団は近年急速に最近キョートのアッパーガイオンを含む市街にはびこりつつある。彼らは電脳麻薬密売などの闇ビジネスを行っているが中でも非道なのが人身売買事業だ。そうした行為を行う組織はキョートに他にもいないわけでもないが彼らの事業はアッパーガイオンでも良家の子女や観光客をも標的にする事で常軌を逸している。

 

更にはテツノオニは複数のニンジャを擁し制裁に入った地元ヤクザやケビーシガードにまで被害を出した。この段になってキョート治安局は最優先捜査対象としてテツノオニを指定。ホワイトリングやエンバースのような信頼できる雇われが日夜暗闘を繰り広げている。

 

「これでN案件だけで三件目。しかも奴らそれなりに武装が整っていると来ている。そうすると……」

 

「言われなくても分かってるよ。奴らはメガコーポの紐付き。大方コウ・タイ・シュメイ社の根暗サイコパス野郎どもだろうがよ」

 

ホワイトリングは検死の済んだ死体を蹴飛ばす。死体となったヨタモノの身に着けているのは焼け焦げてはいるが軍用のタクティカルベスト。最新式ではないが製品の高い信頼性で知られるロシアの暗黒メガコーポ、スダチカワフ社の製品だ。明らかにそこらのヨタモノがそうそう着ている代物ではない。

 

ホワイトリングの言葉はただの言いがかりではない。以前にも海運系メガコーポであるコウ・タイ・シュメイ社は良家の子女を含む多数の人身売買をキョートで行った疑いがあり、強制捜査が行われたことがある。さらにその時の被害者は買い先のボロブドゥールにキョート外務省が多額の金を払い何とか取り戻したがそのクソッタレな結末には多くの人間が腹を煮やした。

 

「以前の事件を主導していたロングゲイトっていう下衆成金はヨグヤカルタでくたばったらしいがどうせ同類の糞どもがまだウジャウジャいやがる。そいつらもさっさと首を切らねえと市民の皆さまが安心できねえ」「ああ」「ハッさすがは元キョートの守護者様だ。頼もしい返事だよ。……すまねえ。少し言い過ぎた」「べつにいい。本当の事だ」

 

気が立っているとはいえ自身の失言に気づいたホワイトリングは気まずそうに目を伏せる。だがエンバースは平然としていた。そのような言葉で傷つくような心は彼にはもうない。夥しいほどの回数行った自己嫌悪が何も感じさせなかった。

 

「それより問題はテツノオニだ。急速に規模を拡大しているようだがそのぶんおそらく不安定な組織だ。バックからの支援が途絶えれば殲滅は容易だろう」「ああ。こっちもケビーシと連携して根拠地の特定を急いでいる。もし奴らの巣穴が判明したら……皆殺しだ」「その時の報酬は多めに頼む。あとは…今日の2件の分も」

 

プシュッと気の抜けた音がたつ。エンバースの身体に組み込まれたサイバネは彼のカトンを十全に生かす為の特注品だが、長時間の戦闘後も100パーセントの性能を発揮する為には冷却時間を要するのだ。この地での戦闘の前にもハックアンドスラッシュ集団を殺したエンバースのサイバネは冷却に入っていた。

 

「分かった。いつもの口座に振り込んでおこう」「それでは、オタッシャデー」「オタッシャデー」

 

エンバースは予備動作なしの跳躍で屋根に飛び乗り、キョートアッパーガイオン特有の高くない建築物をパルクールめいて飛び移りあっという間に去っていく。その動きの機敏さから見ても並のニンジャではないのは明らかだ。エンバースの挙動に見とれていた部下がホワイトリングに話しかける。

 

「あれがエンバース=サンですか。腕利きとは聞きましたが…実際強そうですね」「ああ、奴はウチの使う雇われの中でもトップの腕利きだ。俺の知ってるだけで7人はニンジャをやってる。だがな……」「ですが?」

「アイツの経歴に問題があってな。それさえなければ正式な職員として迎え入れていいんだが――――まあいい。俺は2課の奴らと情報交換してくる。お前たちも検証が済んだら引き上げろ」

 

敬礼する部下を残してホワイトリングは歩き出す。彼の手には黒漆塗りのタブレットめいた情報端末。治安局の指揮官級人員のみに支給される端末は様々な人間のプロフィール個人情報を閲覧できる、犯罪者が高級オーガニックトロよりも欲しがる代物だ。その中にはキョート市民であるエンバースの情報も載っている。

 

『ニンジャネームエンバース。本名サゴ・ブンゴ。カトン・ジツを操るニンジャであり過去の負傷から両腕を始めとする各所がサイバネ化されいる。過去の任務達成率は高く――――』

 

そんな事がつらつらと書かれた液晶画面をスクロールしていく。こんな内容はどうでもいい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『特筆事項1:エンバースはかつてキョートアッパーガイオンに甚大な被害を与えたキョート・ヘル・オン・アース事件を引き起こしたザイバツ・シャドーギルドのニンジャである。特筆事項2:エンバースにはモータル時代から養育していた娘がいたがキョート・ヘル・オン・アース事件で死亡している』

 

以前より知っていた情報を見返しホワイトリングは眉根を寄せた。世の中にはクソッタレな偶然もあるものだ。

 

 




次回の投下は明日には行う予定です。もし駄目な場合はゴメンナサイ。


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【204X:ゼア・イズ・ア・リグレット、イーブン・ソー・エンバース・イズ・スティル・バーニング 2】

サイバネティクス…ヤクザ…人情…そしてニンジャ。全てが一体となった『スズメバチの黄色』は遥かに良い……


「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!ナ、ナンデ!?ナンデ俺が殺されなきゃいけない!?ナンデ!!?」「イヤーッ!」「アバーッ!サヨナラ!」

 

ボロ雑巾のようになるまで殴られたニンジャが爆発四散した。死んだニンジャは実力と品性の双方において下等なヨゴレニンジャであるが、此度のイクサは惨いまでに一方的な圧勝。されど殺した側のニンジャも満身創痍だ。青色の装束は血に汚れ切り、モータルであれば痛みのみで数度は死ぬほどの重傷を負っていたのだ。

 

「ARRRRRRRRRRRRRGH!!殺す…全て殺していやる!」

 

だが手負いのニンジャは、エンバースはハンターの包囲に陥り狂乱するライオンめいて叫び荒れ狂う。捨て鉢な憎悪が彼の心身を覆いつくし憎悪の獣めいた状態に堕としていた。

 

「そこかああああああああああああ!!」「アイエッ!?狂人か!」「イヤーッ!」「アバババババーッ!」

 

荒れ狂うエンバースは女と血濡れの宝飾品を抱えて逃げる汚れニンジャを発見。スプリントで近寄り敵がカラテを構える前にカトンチョップで貫き、残忍なローマ剣闘士めいて天に掲げる!インガオホー!

 

「イヤーッ!」「アババババババーッ!!サヨナラーッ!」

 

貫かれたニンジャは追い打ちのカトンに身を焼かれ絶命した。タツジンめいた一瞬の早業であるがエンバースはその戦果に満足しない。即座に身をひるがえし次の獲物を求める。そして邪悪な色付きの風と化して廃墟のようになったアッパーガイオンを駆けて行った。

 

10年前キョートの表層にあるガイオン地域をマッポーカリプスめいた惨禍が襲った。当時キョートを裏から支配していたニンジャ組織ザイバツ・シャドーギルドは世界支配の為の最終計画を発動、本拠地であるキョート場を浮上させ大虐殺を行ったのだ。さらに泣きっ面に蜂とはこの事か、ザイバツと呼応するかのように発生した謎のニンジャによる殺戮と大暴動でキョートガイオン全域が大被害を被り、かつてないほどの被害者を出した。その中にはエンバースことサゴの娘も含まれている。

 

そして恥ずすべきことに当時のサゴはザイバツ・シャドーギルトのアデプトニンジャだった。かつての彼の組織への忠勤がシャドーギルド首領の謎めいたジツの影響か、まだ若かった彼自身の意思かはそれは今となっては分からない。だが一つ彼自身にとって確かな事がある。

 

自分は愛する娘の、彼女と同じように誰かに愛されて育った人々の死に加担した最低の男であることだ。

 

【ゼア・イズ・ア・リグレット、イーブン・ソー・エンバース・イズ・スティル・バーニング 2】

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

休日のキョート西部の公園。カチグミファミリー向けにカジュアルながら高品質の遊具や休憩施設の供えられたそこは市民たち憩いの場となっており、平日である今日も家族連れでにぎわっている。遊具では子供達が遊び、若い夫婦が穏やかな顔でそのほほえましい姿を見守る。実に平和な光景だ。

 

だが公園の片隅で悲鳴が聞こえた。有名な芸術家のデザインしたという幾何学的な形状のジャングルジムに上っていた子供が足を滑らせ、頭から落ちようとしたのだ。遠くから見ていたその子の両親は慌てて駆け寄ろうとするが間に合わない。子供はそのまま頭から地面に――――とはならなかった。素早く駆け付けた壮年の男が子供を受け止め、そのまま優しく地面におろしたのだ。

 

「アーン!アーン!」「アリガトゴザイアマス!本当に何とお礼を言ったらいいか…!」「いえ、お礼はいりません困った時はお互い様です」

 

何度も頭を下げる父親に対し子供を救った男は何事もないようにそう言った。そして子供の持っていた人形を拾い上げる。

 

「ほら、これは君の人形だろう」「モチヤッコだ!」

 

人形を渡してもらった子供は瞬時に泣き止み人形に頬擦りする。よほどその人形を気に入っているようだ。

 

「その人形、好きなのかい?」「うん!お父さんに買ってもらったの!僕の宝物だよ!」「そうか、なら大切にするといい」

 

穏やかな目の男はそう言って去ろうとする。モチヤッコ。確か彼の娘もそんな人形を持っていたはずだ。もういない、彼の娘が。

 

「それでは失礼します。仕事があるので」「「アリガトゴザイマシタ!」」

 

両親の声をよそに男は、サゴは去っていく。仕事というのは本当だ。この公園の付近でもテツノオニらしきヨタモノの目撃情報があった為彼は念の為に警戒に来たのだ。だがヨタモノは影も形もない。あの若い家族には幸いな事に空振りのようだ。

 

この公園が平和であるのは悪い事ではない。しかしサゴの目には焦燥がある。原因はここ一週間の奴らの犯行だ。昨日起きた事件と言いこれまでにないほどのペースで奴らは犯行を行っている。そのエスカレートぶりは治安局に追い詰められている事による焦りもあるのだろうが、次の商売が近い事もあるのだろう。早く解決せねば二度とキョートの地を踏めぬ者達が続出することになりそうだ。

 

「………」

 

サゴの目には焦燥の色が強い。速く奴らを殺すか捕らえねば。されど捜査はなかなかに核心まで進まぬ。実に難儀な事だった。

 

だがサゴの端末はこの時鳴った。それは運命へのいざないか。

 

「モシモシ」『このクズが!イヤーッ「アバーッ!」サゴか?理由は道すがら話す。ASAPで今から言う場所を襲撃してくれ!』

 

ホワイトリングの怒声にサゴ、エンバースは表情を戦士のそれへと変える。彼のカラテを振るう時がいよいよやってきたようだ。

 

 

 

夜を迎えたキョート、絢爛な観光施設や文化財が並び治安が高水準に保たれているガイオンにおいても治安の悪い要注意の地区はいくつか存在する。その一つが西部の港湾エリアからほど近いマリアシ地区である。付近を領有していたキョート貴族の没落により一挙に寂れたマリアシ地区にはヨタモノがはびこり、善良なるキョート市民は決して近寄らない。

 

あえて近づく者がいるとすればそれは違法ビジネスの加担者か、あるいは犯罪捜査に携わる者くらいであろう。そんな人通りの少ない状況故か入り口近くの塔に見張りめいて立つモヒカンの顔は弛緩している。

 

「アバーッ!」「へへ、ポイントゲット」

 

浮浪者を遊び半分に撃ち殺したモヒカンはくちゃくちゃとガムをかむ。特にケビーシなどが来るわけでもなく見張りは退屈だった。もっとも建物の中に入ってもやることがそうあるわけではない。キョートの各地から攫ってきた娘たちに卑猥な言葉を投げかけるのは楽しい。だがファックは厳禁だ。女たちに手をだそうとしたコロジはニンジャ――――『取引先』の恐ろしく強いニンジャになぶり殺しにされ、オブジェめいて手足を床に揃えられた。。

 

「BRRR……」

 

あの時の時のことはモヒカンからしても恐ろしい出来事だった。だがニンジャは商品に手を付けないならば、高圧的ではあるが金払いは良い。彼の払った金で何度もゲイシャを抱いてきたモヒカンはそれを知っている。しかも今日運び出す予定の商品は上物ばかり。払われる金を想像すると頬が自然に緩んだ。

 

CABOOOOOM!!「アイエッ!?」

 

現代のキョート市街では珍しい爆発が遠方の市街地で起こった。唐突に起きた爆発にモヒカンは顔をしかめるが、すぐに距離の遠さと爆発したのがカネモチの多いアッパーガイオンであることに思い至り、再度頬を緩ませる。

 

「へっカネモチ共が燃えるのはいい気味だぜ」

 

モヒカンは薬物入り煙草を取り出す。これをやりながら運転や銃撃を行うのが大好きなのだ。まだ長く新鮮な一本に火をつける為ライターを取り出し、点火する前に煙草に火が付いた。

 

「おっ」

 

親切な誰かがつけてくれたのか。そう思い礼を言おうとしたモヒカンの頭はそのまま溶断されたかのような焦げた切断面を見せて崩れ落ちた。その背後にはニンジャソードを構えたエンバース。周囲に敵影がない事を悟ると滑るようにシャウトもなく塔から飛び移りテツノオニのアジトへ潜入していく

 

「………」

 

急場での潜入とはいえザイバツでの訓練と長年のイクサで培った彼の能力は一級品。音もなく裏口から入り込み構造から推察される建物の中心部へと向かっていく。

 

「アバーッ!」「アバーッ!」

 

彼にとって薬物で弛緩したヨタモノなど何の障害にもならない。すれ違いざまに切り殺して再び闇から闇へと駆けていく。だがその動きと技は普段よりもわずかに荒い。

 

理由はホワイトリングからもたらされた情報だ。彼らは以前よりテツノオニに対する内通者を疑い内定調査を進めていた。その結果今日になってケビーシ・ガード内の内通者が判明し、内通者に対して迅速に制圧・拷問を行った。痛めつけられた内通者により彼らのアジトのいくつかが判明した。今エンバースが強襲しているのはそのうちの一つだ。

 

本来は装備や手数を整えるべき強襲作戦をエンバース単独で行った事には理由がある。副次的な情報により攫われた女性達の買い手が来るのは今日の深夜との事。高速輸送船で乗り付けてくるという彼らの手に渡ってしまったならばもう彼女たちは戻らない。エンバースの娘のように、家族の元へは帰れない。

 

「アバーッ!」

 

2階の各フロアを制圧し音もなく背後から忍び寄り殺す。幸いな事にメインホールへのドアは何があったのかもうない。蛇めいた低姿勢で忍び寄り通り抜け、木箱の裏に潜むと手鏡で1階の吹き抜けを見る。

 

適当にゴザを引いた地面には何人かのまだ若い娘達が縛り上げられて転がされている。肩を震わせなく彼女達を見て笑うのは椅子に座った上役らしきヨタモノ2人。少し離れた所にはショットガンとマシンガンを構えた護衛が4人立っている。

 

モータル6人など一瞬で倒せる。されど娘たちに流れ弾を当てない為には少しばかり注意が必要だ。脆弱なモータルの肉体に被害を与えず速やかに制圧する。やれるか。

 

上役ヨタモノの一人が娘たちを言葉でいたぶる為か近づいた。位置がいい。

 

「イヤーッ!」

 

接近戦。切って殴って全員殺す。飛び降りると同時に上役ヨタモノを後ろから拘束し片腕の力で首をへし折る。ほぼ同じタイミングでもう片方の腕に握ったニンジャソードでもう一人の上役ヨタモノの脳天を刺した。

 

「「アバーッ!」」「エッ……」「イヤーッ!イヤーッ!」「「アバーッ!」」

 

上役ヨタモノを立てにした状態でスリケンを投げて二人を殺す。これ以上は肉の盾は無用だ。サイバネ改造による反応速度と火力で対応される前に盾を突き飛ばし射線をふさぐ。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

立て続けに叩き込まれたパンチでサイバネヨタモノが体をくの字に折る。サイバネ化された男を殺すにはこれだけでは不要。だが無防備な頭が目の前に来ている。

 

「イヤーッ!」「アバーッ!」

 

エンバースの肘がヨタモノの頭を陥没させ即死させる。残り1。

 

「テメッ……」「イヤーッ!」「アバーッ!」

 

向き直る最後の一人にニンジャソードを投擲。断頭チャクラムめいた回転で飛翔するニンジャソードはそのまま住所う撃しようとするヨタモノの首をはね、薄汚い血が間欠泉のように噴き出した。残数0。

 

「アイエエエ!」「アイエエエエ!ゴメンナサイ!本当にゴメンナサイ!」

 

一瞬で行われた決断的殺戮に数拍遅れて女性達はさらに泣き叫ぶ。彼女たちにとってヨタモノ達はおよそ人間性という物のない怪物であり、彼らを瞬殺するエンバースはニンジャという人知を超えたさらなる化け物だ。抱く感情は恐怖しかない。

 

「アイエエエエ!アイエエエエ!!」「静かに。俺はキョート治安局の使いだ」「エッ」

 

エンバースは手早く拘束を切っていく。ヨタモノ達の人間性を暗示したかのような雑な拘束により女性達の手首足首には鬱血や切り傷がある。その有様にエンバースは顔をしかめた。クズ共め。

 

「じきに後続が来るから安心するんだ。……立てるか?」「アッハイ」

 

エンバースは一番若い娘を助け起こした。疲弊しているが重傷はない。何とか立ち上がる彼女を支えるエンバースは一瞬何か懐かしいような感覚を覚える。だがそれが何なのか自覚する前に彼は背後に向き直った!増援のニンジャだ!

 

「イヤーッ!」

 

回転ジャンプでエントリーしてきたのは灰色装束のニンジャ。中肉中背のとりたてて特徴のないニンジャであるが、そのアトモスフィアからしてこれまで倒してきたテツノオニのニンジャとは格が違う。あからさまなまでに強力なニンジャであった。

 

「ドーモ。フォルネウスです。弱小国家の弱卒にこうも趣味と実益を兼ね備えたビジネスを邪魔されるとはな」

「ドーモフォルネウス=サン。エンバースです。貴様が元締めか」「左様、と言ったらどうするね?」「無論殺す」

 

エンバースの胸には怒りがある。その激烈な怒りは彼の背に裂帛のカラテを立ち昇らせた!

 

「その様子…言葉は不要といったところか。ならば」

 

フォルネウスもカラテを構える。カタめいて動くなめらかに動く手はそのカラテ段位を雄弁に語る。二人はにらみ合い互いへ向かって突進した。

 

「「死ね」」

 

タツジンのカラテが薄暗い建物の中ぶつかり合う。これこそが真のニンジャのイクサである。

 




次回も可能なら明日更新する予定です。


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【204X:ゼア・イズ・ア・リグレット、イーブン・ソー・エンバース・イズ・スティル・バーニング3】

これまでのあらすじ:かつてザイバツニンジャであったエンバースは娘を失った後悔を抱えたまま戦いを続けていた。そんな彼の基に人身売買を行うヨタモノ集団「テツノオニ」のアジト強襲任務が下される。敵を排除しアジトの奥深くに潜入したエンバース。彼の基に現れたのは暗黒メガコーポの精鋭ニンジャ、フォルネウスだった…!


【ゼア・イズ・ア・リグレット、イーブン・ソー・エンバース・イズ・スティル・バーニング 3】

 

 

フォルネウスは子供のころから人の自由を奪う事が好きだった。人間の心身の自由を奪いこちらの一挙手一投足を怯えながらうかがう、そんな人形めいた状況に人を追いやるのが好きでいろいろと試行錯誤して遊んでいた。そんな彼は幸運なことにメガコーポ幹部の子弟であり、彼には絶えず女の子たちが寄ってきたが、彼女達とデートするよりも、捕らえた子達で遊ぶのが好きで面倒な事態に巻き込まれたこともある。

 

そんなフォルネウスの悪癖はニンジャになって加速した。しかしそれがどうしたというのだ。彼は才覚にあふれた強靭なニンジャであり、親譲りの地位から引きずり降ろされる事なく高い地位を誇る。そして何より……そんな彼をブッダもジーザスも寝込んだこの世の中で誰が自分を止められよう?

 

が、世の中には物好きなニンジャもいた者だ。エンバースというニンジャはなかなかにやる。

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!しつこいぞおっさん…!」「若造が…!」

 

移動しながら続く二忍のカラテラリーは苛烈だ!エンバースのカラテは力強くフォルネウスの俊敏なカラテに撃ち返してくる。フォルネウスがスイトンを使うのに対してあちらはカトン。相性の利はこちらにあるはずだがサイバネ機構を利用したカラテは相性差をものともせずこちらにガードすら難しい痛打を与えてくる。そしてなにより

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

フォルネウスの至近距離から放つウォーターカッターめいた鋭利なスイトンをブリッジで躱したエンバースはそのまま半月のような円弧を描くサマーソルトキック!フォルネウスの顎をかちあげた!

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 

追撃に放たれたスリケンを巧みな空中動体で躱し着地する。機敏にカラテを構えなおすフォルネウスはメンポにひびが入っているのを見て舌打ちして放り捨てた。どうせこれから無用になるものだ。

 

「ハハ…強いなアンタ。良かったら俺のボディガードにならないか?報酬は弾むし、なんなら商品を特別価格で卸してやってもいい。どうだ、いい条件と思わないか?」「報酬がお前の首なら考えてやる」「年甲斐もなくイキっちゃってまあ」

 

フォルネウスはエンバースをあざ笑い、上半身のニンジャ装束を緩める。その如何にも余裕気なアトモスフィアにエンバースは違和感を覚える。彼の巧妙な立ち回りによって攫われた娘たちが人質にされるような位置には二人は立っていない。先程確認した所では彼女達の身には毒や爆薬などもなく、遮蔽物の裏に隠れた彼女たちはエンバースの足手まといとならない。ならば何故?

 

「自分語りしちゃうとさ…俺、性癖もだけどニンジャとしても普通じゃないんだよ。ちょっと前に親切な人が便利な物くれちゃってさあ…!」

 

いったい如何なるジツの効力か、自己陶酔的な言葉と共にフォルネウスのシルエットは異形へと変わっていく!その姿はまるで……、ナ、ナムアミダブツ!異形のニンジャを前にエンバースは目を見開く!

 

「ありがとうサツガイ=サン…持ってる俺にさらに良い物をくれて!やっぱこれ最高ダヨ……!アハハハハハハハハハハハ!」

 

彼のニンジャネームにあるフォルネウスとはかつてソロモン王の召喚した72柱の魔神の一つからとられている。しかし彼が変身した姿の悍ましさはそのソロモン王ですら眉を顰め視線を逸らすだろう!心臓の弱い方は注意して次のセンテンスを読んでいただきたい!

 

灰色の装束と一体化した四肢の肉はパテを無理やり盛ったかのようにカイジュウめいた太さとなり胸板も汚染物質含有の鋼鈑めいた不健全なボリュームを備える。そしてクトゥルフめいた名状しがたい形状に変形した顔には4つの邪眼が禍禍しくきらめく。そしてその背中では退化した翼と鱗に覆われた尾が伸びる。なんという悍ましさか!

 

「これはアクマ・ニンジャクランの……!馬鹿な、スイトンとは全く系統の違う力のはず!」

 

「ハハハハアアアアハアハハハハ!!ダメダヨオジサン。イマノヨノナカニジュンオウシナキャ!アハハハハ!!ターノシー!!!」

 

エンバースは知らない。かつてキョートで起きたある事件がきっかけとなり、ニンジャにランダムにジツを授ける超存在サツガイがこの世界に降り立ったことを。サツガイがフォルネウスにジツを授けていたことを。それは当然の事であるが今このイクサにおいては致命的。ニンジャのイクサは誠に無慈悲なのだ。

 

「イイイイイ……」

 

カラテを構えるエンバースに対してフォルネウスは両腕を伸ばし、それぞれ一本ずつが成人男性の腕ほどもある五指を向ける。不可解な事にすべての指には空洞が開いていた。

 

「ヤアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

指の穴からウォーターカッターめいたスイトンが噴き出す。両腕から合計十本放たれたスイトンは恐るべき速度でエンバースに迫り必死の回避運動にも拘らずその身を捉えた!

 

「グワーッ!」「ハハハハハハハ!ヘアハハハハハハハ!!」

 

サツガイの力を得たフォルネウスのヒサツ・ワザはアクマ・ニンジャクランの強靭な異形を利用したスイトンの同時射撃だ。カラテを込めて高速で射出される10本のスイトンはニンジャであっても目視すら難しい。実に強力なヒサツ・ワザだ!

 

「ムオッハハハハハハ!!イイイイイ……」「チィ―ッ!」「ヤアアアアアアアアアア!」「グワーッ!」

 

得意絶頂のフォルネウスが二射目を準備する。その動きにエンバースはなすすべもない。形勢は完全に逆転していた。

 

 

 

 

「アイエエエエ……」

 

囚われた娘たちは絶望のままにニンジャのイクサの結末を見る。嵐が吹き荒れた後のような有様のこのホールで立つニンジャはただ一人。見るだけで精神を侵食されそうなほどの異形にヘンゲしたフォルネウスのみだ。

 

「アハハハハハゴメンネオレ、ツヨスギテアハハハハハハハ!!」

 

哄笑するフォルネウスの視線の先ではスイトンの直撃を受け壁に叩きつけられたエンバースが崩れ落ちる。もはや傷だらけの彼はこれ以上の継戦が不可能に思える。かつてキョートがカタストロフに包まれた日、彼の娘が死んだ日以来の傷を負っていた。

 

(…………これが、俺の死にざまか)

 

死を迎えようとしているにもかかわらずエンバースの心には無しかない。あの日のような激情もなくただ自分は死ぬのだという認識のみがある。彼の心は燃え尽きた灰山のように静かだった。

 

(我ながら、無意味な生だ)

 

キョートのアンダーガイオンの平凡な生まれであったサゴは、早くに結婚した妻を亡くしながらも娘を養う為懸命に働く最中―――ニンジャとなった。そののちにザイバツ・シャドーギルドに迎え入れられた時、彼はザイバツの待遇の良さに歓喜した。これで娘を大学まで出し、豊かな生活を送らせてやれると。そうして忠誠を胸にエンバースとなったサゴはカラテを鍛え、組織の為に懸命に働いた。おそらくアンダー生まれの自分はザイバツで出世することはないだろう。しかしそれでも偉大なるロードに仕え、娘の幸福に生きる事の出来る理想社会を作る一助になるはずだと考えていた。今にしては何と滑稽な思いだろう。

 

結果として娘はあの日死んだ。それを成したのはザイバツ・シャドーギルド。娘の亡骸を見て暴徒やニンジャに八つ当たりをしてももう遅い。彼は最低の父親であり、汚らしいエゴにまみれた殺戮の片棒を担いだ邪悪なニンジャだった。故に彼には生きる理由も価値もない。なのになぜこれまで生き恥を晒していたのだろう?

 

「サテト、ソロソロオワカレダエンバース=サン。コノコタチハセキニンヲモッテ、ヒドイメニアワセテアゲヨウ」「アイエエエエエ!!やだ、やだよぉ……」「カワイイネ!」

 

囚われた娘でも一番若い娘が――――彼の娘が生きていれば同じ年頃になるであろう娘がさめざめと泣く。それを見てフォルネウスはあざ笑う。エンバースの胸の奥深くで何かが燃えた。悲哀と嘲笑。その二つの相反する感情が彼の何かに火をつけた。

 

エンバースにはもうこの10年間自分が生きていた意味が分からない。わかるはずもない。だが、だがだがだが!今ここに彼の娘と同じ年であったであろう娘が苛まれ、ロードやザイバツニンジャ、そしてかつての自身のようなクソったれのニンジャが笑ってやがる!歪なエゴを満たす為、若い娘を苛んでいるのだ!

 

(生きてちゃいけないファック野郎が…!腐れニンジャが!)

 

怒りだ。しばらく感じていなかったマグマのような激しい怒りが今この瞬間のエンバースには生まれていた!目の前に反吐の出るようなニンジャがいる!

 

「ならば……十分だ!」

 

このフォルネウスというニンジャを殺す!その一念で転がるエンバースは目を見開きボロ雑巾のようになった全身にカラテを集中させた!

 

「ッ!?シネ!エンバース=サン!シネ!」「イヤーッ!」

 

ただならぬアトモスフィアを感じ取ったフォルネウスの放ったカイシャクのスイトンをエンバースはカトン小爆発を利用し無理やり躱す!そしてそのまま跳ね起きてボロボロのサイバネ腕を突き出した!彼の体の奥深くのカラテが怒りの焔を呼び覚ます!

 

「イヤーッ!」「イマニナッテコレホドノカトンヲ!?イヤーッ!」

 

回避運動とスイトンを一体化させた機動でフォルネウスは強引にエンバースのカトンを躱す。エンバースのカトンは虫の息と思えない程に強力だ。恐ろしい勢いをした、酸素どころかこの世ならざる物すら燃やしかねないほどの迫力を持った焔が、彼に迫っていたのだ!

 

「イヤーッ!イヤーッ!」

 

エンバースはカトンを纏ったスリケンを投げ続ける!そしてデスパレートなまでの鋭角なジグザグ軌道でフォルネウスに近づいていく。スイトンが当たらない!

 

「ロウガイガーッ!ウゼエンダヨーッ!!」「お前はここで死ね…!」

 

スイトンに身を削られようとエンバースは巧みに致命傷を割け、フォルネウスに肉薄していく!もはやその距離は目前だ!

 

そうしてワン・インチ距離へと至った二人がとった攻撃方法は奇しくも同様。フォルネウスはスイトンを、エンバースはカトンを宿した拳で殴り合う!

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」

 

水蒸気を上げながら二人の左拳が互いを捉える!一瞬ののけぞり硬直の後再び殴り合い始めた!

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」

 

水蒸気を上げながら二人の右拳が互いを捉える!一瞬ののけぞり硬直の後再び殴り合い始めた!

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」

 

水蒸気を上げながら二人の左拳が互いを捉える!一瞬ののけぞり硬直の後再び殴り合い始め…ない!

 

「イイヤアーッ!!」「「グワーッ!!」」

 

エンバースはそのまま自爆めいたカトンを叩き込んだのだ!自身をも深く傷を付ける超至近距離カトンはされどフォルネウスを傷つけ、これまでにないほどのダメージを与えた!カイジュウめいたフォルネウスの身体が揺らぐ!

 

「イイイイイイ……」

 

そしておお、おおゴウランガ!あらかじめダメージを予期していたエンバースは素早くダメージから復帰し、聖剣めいて右のサイバネ腕を掲げる。限界以上のカトンが注ぎ込まれたサイバネはその身を黒く焦がしながらもエンバースのカラテに支えられ確かに天へ向けて立っていた。トドメヲサセー!

 

極度に加速したニューロンの中フォルネウスは絶望と共に掲げられたサイバネ腕を見る。バカなこの俺がここで死ぬ。今この瞬間に死ぬ。ただモータルで遊んでいただけなのにナンデ?

 

「ヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 

エンバースの灼熱するチョップが、邪悪ニンジャフォルネウスに振り下ろされ袈裟懸けに切り裂いた!

 

「サヨナラ!」

 

真っ二つにされたフォルネウスは懺悔の間もなく灰燼に帰し、エンバースもその横で膝をつく。近づいてくるキョート治安局の車両の馴らすサイレンと共に、何処か送り火のような火の粉が天井へと立ち上っていった。それはまるで死した魂を弔うセンコのような。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

かつてキョート城があった地域近くに建設された真新しい墓地。あの忌まわしい事件から一か月後。ホノカは以前より彼女の外出を渋るようになった両親を説得し墓参りに来ていた。かつての陰鬱な梅雨が嘘のようなからっと晴れた天気の下でホノカがオジギする墓石に眠るのは彼女の一族の者ではない。

 

そもそもこの墓地は10年前のカタストロフの犠牲者を弔うためにキョート元老院の主導で建てられた施設である。暴動に加わった犯罪者を除く死者が、貴賤の別なく観光客も含めて皆埋葬され、死後の冥福を祈る為に建てられたのだ。その一角にはホノカの親友であったムメも、その父も眠っている。

 

(ムメ=サン、安らかに)

 

ホノカがこの墓に参ろうと思ったのは他でもなく一か月前のあの事件が原因だ。テツノオニなるヨタモノにかどわかされ、後は闇カネモチの元へ出荷される無残な末路を待つだけだったホノカはエンバースと名乗ったニンジャの恐るべきカトンによって救い出された。凄惨な傷をものともせずフォルネウスなる異形のニンジャをも打倒し彼はホノカ達を絶望から救い出したのだ。その姿をホノカは一生忘れることはないだろう。

 

エンバースが何者なのか、そしてどこへ行くのかををモータルであるホノカは知らない。しかしメンポ越しに見えた彼の目は、そしてそのアトモスフィアはかつて死んだ親友の父、子供の目からしても自身の娘を愛していたあの人を想起させたのだ。

 

(アリガトウムメ=サン。私…あなたのおかげでまた帰ってこれたよ。家族や友達のいるこの世界に)

 

それが意味する事をホノカは知らない。ただホノカはオヒガンの彼方に旅立った親友に感謝をささげる。かつて逝った親友がニンジャとなった父を遣わし自分を助けてくれたのだと。彼女はそう信じている。

 

(そっちへ行くにはまだ時間がかかるけど…それまで、ゆっくりと待っていてね)

 

ホノカが祈りを終えるとぽたり、と水滴が一滴落ちた。それと同時にホノカは振り向き目を見開いた。雑木林の中に人影を見つけたような気がしたのだ。

 

そしてその人影は、ホノカの目が誤ってないならば両腕をサイバネに置換した、壮年の男に見えた。

 

 

 

【ゼア・イズ・ア・リグレット、イーブン・ソー・エンバース・イズ・スティル・バーニング 終わり】

 




今回の話はこれで終わりです。
自分なりに力を入れて書いた作品なのでもしよかったら評価・感想などいただければ幸いです。


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その他短編
【203X:ア・マイザー・リスぺクツ・ヒズ・ベネファクター】


アイエエエ…前回投稿したエンバース=サンのモデル、カトンはサイバネによる物で本来のジツはケイトンだってテストに出ないよぉ……


重金属を含んだ有害な雲に覆われた、陰鬱なウシミツアワーを迎えながらも貪婪の都ネオサイタマは街を行き交う人々の喧騒とネオン光に包まれていた。ギラギラとひかるまばゆいネオンは街々を照らし、同時に光の届かない路地裏をより暗くせしめる効果を持っていた。

 

そんな暗い闇の中に隠すように建てられた四階建ての雑居ビル、クローンヤクザやギャングスタの死体や血が散らばるオフィスの中で二人のニンジャが対峙している。彼らは影が交差するほどの近距離でアイサツを交す。

 

「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」先んじてアイサツしたのは赤黒い装束に「忍殺」と恐怖を煽る書体で刻まれたメンポをつけた恐るべきニンジャ、ネオサイタマの死神、カラテモンスターなどの綽名を幾つも持つニンジャ殺しのニンジャ、ニンジャスレイヤーである。

 

「ドーモニンジャスレイヤー=サン。マネーガーディアンです」ニンジャスレイヤーに対して挨拶を返すのは砂色の装束のニンジャ。マネーガーディアンだ。その顔には脂汗がにじんでいる。「まさか貴様が如き狂人が乱入してくるとはな。厄年を超えたってのに俺もツキがない」

 

今日この夜ニンジャスレイヤーがマネーガーディアンを殺しに来たのは他でもない。彼が邪悪ニンジャであるからだ。

 

マネーガーディアンの運営するこのビルに本拠を置く貿易会社は、表向きはキョートからの特産品を商うまっとうな商社であるが裏では違法物資や人身売買その他の非合法事業によって利益を上げている。その悪徳の業をハッキング、あるいは他のニンジャへの拷問によってか知ったニンジャスレイヤーはこのビルをカラテ強襲し、マネーガーディアンをスレイしに来たのだ。

 

「いつまでも己の不運を嘆き、はした金を抱えて震えておれ。その金をオヌシのアノヨへの六文銭とする故」ニンジャスレイヤーは決断的にジュ―・ジツを構え無慈悲に告げる。その構えを見てもキリングオーラが感じ取れるほどの殺意が彼には宿っていた。「ほざけ!イヤーッ!」キリングオーラにひるむことなくマネーガーディアンが右腕に装着したスリケンボウガンを発射する!イクサの火蓋が切って落とされた。

 

「イヤーッ!イヤーッ!」マネーガーディアンはスリケンボウガンを連射!一発一発がカラテを込められた弾幕をニンジャスレイヤーはブリッジで躱す!「おのれ!ならばこれだ!」体勢を崩したニンジャスレイヤーにマネーガーディアンはニンジャソードを抜き放ち切りつけた!

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」しかし吹き飛ばされたのはマネーガーディアンだ!ブリッジ状態からばね仕掛けめいて起き上がったニンジャスレイヤーは、左右のワンツーパンチでニンジャソードの側面とマネーガーディアンのボディを巧妙に叩いたのだ!

 

強烈な打撃に天井まで飛びマネーガーディアンはビリヤードの球めいて天井や壁をけり後退する。スリケンケンボウガンで牽制しようというのだ。

 

「イヤーッ!」しかし蛇めいて地面を滑るように移動するニンジャスレイヤーの方が速い!「なっ…ハヤイ過ぎ」無慈悲な鉄槌めいた拳や蹴りがマネーガーディアンを捉える!

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

「アバーッ!」CRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAASH!!気取った窓にはめ込まれた窓ガラスをぶち破りマネーガーディアンはブザマに路地裏へ落ちていく。その様はまるで彼の転落人生を暗示しているかのようであった。

 

「イヤーッ」ニンジャスレイヤーは躊躇なくマネーガーディアンの落ちた窓に足をかけ飛ぶ。今宵も邪悪なニンジャを殺す為に。

 

 

 

 

 

 

 

深夜のネオサイタマ。ウシミツアワーを迎えながらも飲み屋を始めとする様々な店が客を呼び込み盛況なこの辺りの市街は今が繁盛時だ。事実隠れ家バーめいて地下二階で開店しているこの「吼えるバー」にも多くの酔漢が集まっていた。

 

付近にネオサイタマ湾岸警備隊の基地や関連施設が多い事からこのバーに集まるタフガイたちは多くが軍人だ。彼らは一様に日ごろのハードな業務や無能な上官について管を巻き、知能指数の低いアナーキストを愚弄する。真に騒がしい事になっているが、声量の多い彼らの中でも一際うるさいのがカウンターの左隅に座っているコートを着たままの老人だ。

 

「それでのうコンドの奴はな!なんと余剰金をうまく使って儂らの部隊の弾薬を補充したんじゃ!全く戦場の勇者とはただ声を上げて突撃するだけじゃない、むしろ兵站に細かな気遣いが出来る者の事だとは思わんかね!」

「アッハイその通りです」

 

マグロめいた目で相槌を打つ若い兵士に向かって老人――――サカマサは機関銃のようにしゃべり続ける。もう数十年も前に彼の部下であった兵士のコンド・ムラノチの事を。

 

「いろいろとあったがのう…思い返せばあいつが儂に良くしてくれるようになったのは、カモにされてたあいつに金を貸してやった時の事じゃ」「金を貸したんですか?」「そうじゃほんの少しばかりの、な」

 

サカマサ曰くコンドとは同じ部隊に所属していた物の、その時までほとんど交流がなかったという。しかしある非番の日、質の悪い兵士とやっていたギャンブルでカモにされていたコンドを見かねて金を僅かながらも貸してやった所コンドはギャンブルに大勝ち。彼はサカマサを慕うようになったのだという。

 

「それからアイツとは親しくなってのう…階級の差はあったが色々酒と女から装備の仕方までいろいろと教えてやったんじゃ。無論それだけだとちょっとしたどこにでもある美談だ。しかしあいつが凄かったのは出世して、別の部隊に移ってからの事じゃった」

 

コンドが別の部隊の指揮官となってから2年後の事だ。サカマサの部隊はとある反政府ゲリラの掃討に投入されたが相手の待ち伏せにはまり隊長が戦死、数で勝る反政府ゲリラに対して追い詰められて廃病院に立てこもった。乏しい弾薬をやりくりして何とかゲリラを食い止め、HQには応援を要請したが時すでに遅し。彼らの命は風前の灯火となった。

 

「あの時は儂の人生でも電子戦争以後は最大の危機じゃった…儂も部隊の他の隊員も諦めムード。もう生きて故郷の土を踏めぬものだと思っていたよ…だが、其処に来たのが我らがコンドじゃ!」

 

コンド率いる少数の部隊は危険を冒してゲリラの背後に回ってその無防備な背後をついた。彼らの戦いぶりはすさまじく次々とゲリラを打倒していった。特にコンドは指揮官であるにもかかわらず縦横無尽に暴れまわり()()()()()()()()()()()()()()()()()()で次々とゲリラを殺しつくした。

 

「あの時は本当に助かったが…それだけじゃない。その後コンドの奴は儂がスキャンダルに巻き込まれた時も、部隊が演習中に遭難した時も儂の基に駆け付けて救ってくれた。そして今はケチな湾岸警備隊年金事務所に代わって儂に少なくない金を毎月送ってくれている」

 

サカマサ老人は涙ぐんでいるようであった。彼の弟子ともいえるコンド―――おそらく今は壮年となっている彼には返し切れない程の恩がある。それに比べれば自分が彼にしたことなどほんの微々たるものだというに。

 

「アイツには初孫の名付け親になってもらったがそんな事じゃ到底足りんあいつは…あいつは……いい奴じゃよ。なあ若いの。お前さんがどんな軍人になるかはわからんがの、ああいう真の男を見つけ友とする、それはとても良い事だから…心に刻んでおくとよいぞ……」

 

年甲斐もなく飲み過ぎたのかうつらうつらとサカマサ老人は舟をこぎだす。その様子を見て彼の聞き役となっていた若い兵士はホッとした様子で帰り支度を始めるが、同時に何処か感じ入った様子でもある。何処か、あたたかな浪漫のようなアトモスフィアを感じる光景であった。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――その光景を冷酷な目で見つめる男が居なければの話だが。

 

「クソったれめ…酒がまずくはなる話を聞いちまった」「お客様、何かおっしゃいましたか?」「別に。それよりこのツマミをくれ」「カシコマリ!」いい加減な様子で男はメニュー表の一部を指さした。店員が行くと男は鼻白んだような息を吐き、服の下のホルスターに収めたスリケンを触った。男はニンジャだった。

 

男のニンジャネームはブラッドボウ。ネオサイタマを裏より支配する暗黒ヤクザ組織ソウカイヤの構成員であり、

下部組織や取引先との交渉、時にはカラテ制圧の為に日夜ネオサイタマの闇を駆けずりまわっている。そんな彼がサカマサ老人の話に不快感を覚えたのは他でもない。彼は話に出てきたコンドという男がどんな人間か知っていた。名前や経歴からすると彼の知る男と同一人物のはずだ。

 

 

コンド・ムラノチ、ニンジャネームマネーガーディアン。ソウカイヤと提携する組織の一員である彼はニンジャソウルの憑依以前、湾岸警備隊に所属していた頃からあらゆる悪事を重ねていた。そう深い付き合いでもないブラッドボウですら彼の犯罪歴についてはうんざりするほどよく知っており、恐らくやってない悪事は尊属殺人くらいではなかろうか。現在においても彼は独自のコネクションから様々なものを仕入れ下は薬物から金髪オイランまで多くの違法物資を闇カネモチやヤクザに納入している。およそ邪悪ニンジャという称号が似合う男だった。

 

「くっだらねぇ…てめえの酒代がどこから出ているかも知らねえで調子こきやがって…クソ老害が」ブラッドボウは低く毒づき、小ぶりなスリケンを左手のひらに握りしめ、暢気な老人を睨みつけた。

 

一瞬ブラッドボウは酒をまずくしてくれた礼にサカマサを殺そうかと考えた。しかしやめた。この店のだすツマミと酒はなかなかうまい。少なくともチンケな殺しで失うにはもったいない程度には。

 

「ケッ……」ブラッドボウはツマミのバイオエビの姿焼きを食いちぎり、高くない酒をのどに流し込んだ。

 

 

 

 

 

「クソめ…ここまでか」脚の筋肉に深刻な損傷を抱えながらもマネーガーディアンは路地裏に降り立つ。ニンジャスレイヤーの強烈なカラテを受けて彼の身体はボロボロだ。スリケンボウガン毎右腕は砕け歪な体勢からはあばらが何本も折れている。この有様では逃げきれないだろう。

 

だがその前に彼に流行っておくべき事があった。インプラントしたIRCから送金の指示を無事な端末に向けて出す。これだけはやっておきたかった。電波を送った直後傷一つないニンジャスレイヤーが目前へ降り立つ。ベイビーサブミッションめいた実力差に傷一つない。やはり自分の腐れ人生がここで終わるのは明白だ。まあ、今となってはもういい事だ。

 

「ハァ……悪い事しかないわけじゃなかったが…それでもクソみてえな人生だったな……」マネーガーディアンは天を仰ぎ独り言ちる。「だが…」

 

キャバーン!キャバーン!彼らが先程までいたビルの四階からは何らかの口座への振り込みを告げる電子音が響く。その音を聞くとマネーガーディアンはニヤリと笑った。事はなった。「何の真似だ」「アバッ…気にしなくていいぜニンジャスレイヤー=サン。ソウカイヤのビズと関係のないちょっとした私用だ」そしてうなづく。「殺せよ。ニンジャスレイヤー=サン」

 

「ハイクは読むか」「ああ…」マネーガーディアンは損傷しつつある呼吸器にキアイを入れ、それでもしっかりと呟いた。「六文銭より、重き物は、わが師の恩」「イヤーッ!」「サヨナラ!」ニンジャスレイヤーの断頭チョップがマネーガーディアンの首を切り捨て、ほとんど同時に爆発四散せしめた。

 

糸の切れたジョルリ人形めいてマネーガーディアンの身体が爆発四散し灰燼に変わる。ほとんど同時に残された巻物を掴みニンジャスレイヤーは再び闇夜を駆けていく。全てはニンジャを殺す為。妻子の仇をとる為に彼の戦いは続くのだ。

 

ニンジャスレイヤーの去った後、爆発四散の風と、高速でスプリントするニンジャの動きの起こす風が合わさった二つの風に巻き上げられて一枚の写真がネオサイタマの夜を飛んでいく。色褪せた古い写真に写るのは壮年の頃のサカマサと彼のもっとも信頼する部下であったコンド・ムラノチが肩を組み映っている。

 

 

 

重金属に包まれた雲の下、ネオン光に包まれた貪婪の都の間を色褪せた写真は、コンド・ムラノチであったニンジャの持っていた写真はふわりと、飛んでいく。

 

 

 




2時間ほどで書いた作品ですが楽しんでいただければ幸いです。


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【204X:シーイズ・ア・エッジ・オブ・ハーマスター 上】

204X年のネオサイタマを舞台にした新作エピソードです。

ヒビミク、ユウミモ、アサヤモはこの世界の真理なんだ。俺にはそれがワカルからこの話を描いたんだ(彼は狂っていた)


其処は貪婪の都ネオサイタマ。月が砕け散り磁気嵐が消失し、明日世界が滅びるやもしれぬ状態でもなお聖書の貪婪の獣の如き成長を続ける貪婪の都。この悪徳の街ではサラリマンが己の愛社精神を試され、ヤクザはソンケイを磨き、情け容赦ないヤクザや企業戦士達はサイバネで己の身を鎧う。世界の中心の一つである暗黒都市は当然のことながら混沌の都市でもあった。

 

故にネオサイタマの治安は地域にもよるが全体的に悪いと言ってよい。市内の各所にはスラムやヨタモノの根城が築かれ、地域住民の治安リスクとなり続けている。このウナギディストリクトの西部にある廃墟群もまた質の悪いジャンキーやヨタモノで満ち溢れていた。

 

この荒れ果てまともな経済活動の存在しない地域に企業の治安部隊はリスクから近づくことなく、もし無力な子羊がこの廃墟群に迷い込むか引きずり込まれた場合死までも覚悟しなくてはならないだろう。実際今区画には極悪なハックアンドスラッシュ集団がたむろしており、まともな人間ならば決して近寄らない極めて剣呑なアトモスフィアに満ちていた。特に今は。

 

バラララララララ!!「「「アバーッ!」」」」普段は野卑なアトモスフィアに満ちているはずの某ハックアンドスラッシュ団アジトはガトリング砲の唸る轟音と、アビ・インフェルノの断末魔に満ちている。部屋の隅に陣取った一機のモーターガシラがガトリング砲掃射で汚らしいハックアンドスラッシュ団を薙ぎ払っているのだ。オムラ・エンパイアの手による制圧戦闘が行われているのだろうか?

 

「アイエエエエ!ナンデ!モータガシラがナンデ!?アバーッ!」ガトリング砲掃射を受けたジャンキーがザクロめいて頭を弾けさせ倒れる。「お、俺が止め……エットマラナアバーッ!!」操作キーを手に止めようとしたハックアンドスラッシュ団員が砲塔の振り回しに直撃されて倒れる。

 

然り、このモーターガシラはオムラや他のメガコーポの所属機ではなくこのハックアンドスラッシュ団が鹵獲に成功した機体だ。本来はマッポや企業警備隊に向けられるべき武力が自分たちに向けられている。そんなインガオホーに薄汚いアウトローたちは疑問を抱きながら死んでいく「アバーッ!」しかし不可解な点がある。

 

オムラのマシンは火力や装甲に秀でている物のAIの性能については2040年代を迎えた現代においても優秀とは言い難い。だが幾ら不安定かつメンテナンス不測のオムラのAIでも突如戦闘モードで起動し味方登録した者達を殺傷するだろうか?それはNoだ。

 

ならば何故?その答えはモーターガシラの陰の、人影にある!

 

人影の姿は照明がない事とモーターガシラの陰になってよく見えない。だが……おおナムアミダブツ!読者の皆様がニンジャ感知力をお持ちならばお分かりの事だが、顔を覆ったその姿とアトモスフィアは紛れもなくニンジャだ!モーターガシラの暴走はこのニンジャの手による物なのだろうか!?その時ニンジャの背後のフスマが開いた!

 

「ウオオオ―ッ!! このタツジン・オノミチ社製アサルトライフルでネギトロになりやがれぇ!!」BLAMBLAMBLAM!!!コンバットドラッグで加速した首領の手にした高性能アサルトライフルから放たれた銃弾がニンジャを捉えようとする。タツジン・オノミチ社製アサルトライフルの銃弾は極めて正確かつ大口径であり当たり所によってはロボニンジャすら破壊する。だがしかし。

 

「イヤーッ!」おお……ゴウランガ!襲撃者は素晴らしいトライアングル・リープで弾幕を躱し、そのまま首領を目指す!その稲妻めいた速さは重金属の銃弾をすり抜けてジグザグ軌道で首領を目指す!イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャはコンパクトなセイケン・ヅキで首領の腕を破壊し、首に手をかける!「「イヤーッ!」「アバーッ!」ゴキリ!鈍い音を立てて首領の首が折れ、その場に崩れ落ちた!

 

崩れ落ちる首領をよそにニンジャは用済みとなったモーターガシラに手を掲げる。KABOOM!!モーターガシラは無言でガトリング砲を自身に向けて発射しセプク、轟音を立てて崩れ落ち炎上。最早壊れ切ったガラクタの姿にアワレを抱く事なくニンジャは無音で駆けだす。割れた月のみがその無慈悲なニンジャの姿を視ていた。

 

 

 

【204X:シー・イズ・ア・ソード・オブ・ハー・マスター 上】

 

 

ネオサイタマの富裕層居住区、地を這う蟻を見下ろすイーグルめいた視点を入居者に与える富裕層向け高層マンション「三位一体の直立塔」の最上階は見事な庭園となっている。それぞれ和洋中のテーマで分けられた三種類の庭園は熟練職人によるメンテナンスを毎日受け、それ自体が観光名所となりうるほどの奥ゆかしい美を醸し出す安らぎ空間だ。

 

住人の共同出資で維持管理されるこれらの庭園は後退での貸し切り制となっているが、その優先順位はやはり住人の立場に依拠する。メガコーポ重役の関係者などが優先的な使用権を得るのだ。

 

そのような専制的側面を持った庭園の中、洋風庭園の四阿で話し込むカネモチあり。いずれもこの庭園にマッチした女性であった。「それでね。やっぱりあなたもここに籠るだけじゃ良くないでしょう?」話しかけたのは30代半ばほどの女性だ。彼女の名前はタテナシ・ビワ。ネオサイタマの中堅メガコーポであるタテナシコーポレーションの創業者一族の一員であり現役の役員である。

 

タテナシコーポレーションはネオサイタマではオムラやヨロシサン程ではないが、それなりに知名度の高い会社だ。大正エラの頃に経営者の死亡により経営破綻したオガバシ紡績工業などの数社を合併した後に急成長を遂げ、混迷期を超えた今なお衣料や建材等の複数分野で高いシェアを得ている。

 

特に近年は軍需関係においても成長を見せ、軍用スーツの製作やニッチ分野兵装においても評判が高い。中堅どころの安定成長を続けるメガコーポだ。

 

そんなメガコーポの役員であるビワが気安く話しかけるのは当然の事であるが、彼女の一族の物だ。「スミマセンビワ叔母様。どうもまだ街中はコワイです」苦笑しながら告げるのはおそらくまだ20代の女性だ。

 

初雪めいて白い紙に細い体つきに穏やかな面持ちながらどこか病み上がりめいた印象を残す顔。彼女もまた傍系ながらもタテナシ一族の一員であるタテナシ・マナネだ。

 

「嫌な事件も実際多いですから。この間もあったでしょう?あのマルノウチスゴイタカイビルで大勢マッポの方が亡くなられて……何か知っていると言われているオリガミアーティストの方も行方不明だとか」マナネは恐ろしそうに告げて見せる。ネオサイタマにおいては尋常な神経の人間ならば眉を顰めるような事件も多い。だがその事件はあまりにも異質であり、まるでコズミックホラーに出てくる事件めいている。それはマナネだけでなく多くの人が感じている事だ。

 

「そうね、あれは実際コワイ事件だわ」「ええ、本当に」「だからビワおば様、ゴメンナサイ。折角気を使っていただいているのに」「いいのよ。確かにネオサイタマは治安が良くないし……自分で決心がついた時が一番ね」ビワは心に痛みを覚えながらも一息つく。タテナシコーポレーションの経営は安定しており、少なくとも彼女の安楽な一生は保証することができる。そう急ぐことはない。そう自分に言い聞かせた。

 

「でも、実際あなたが心配だわ」ビワがマナネを心配するのには理由がある。彼女が奥ゆかしく視線を向けないようにしているマナネの足がそれだ。

 

高価なオーガニックひざ掛けの下にある足は黒いタイツに包まれているがその足はピクリとも動かない。彼女は両脚が付随であり、体質的な問題でサイバネ置換も不能である。そんな状態では如何にセキュリティの優れた高級高層マンションとはいえ心配な事には変わりない。「だから私からもお願いしますねキノト=サン」「かしこまりました。奥様」

 

マナネの右横に気配を立てずに立っていたのはマナネの専属メイドのキノトだ。日本人形めいた黒い長い髪は日本人形めいており、悠然とした整った顔立ちの右側を奥ゆかしく覆い隠している。その伝統的メイド服に包まれたバストは実際豊満だ。

 

「マナネお嬢様は私が、命に代えても守らせていただきます」うっそりとキノトはビワに告げる。日本人にしては長身な彼女の手をマナネの細い手がたおやかに撫でる。インヤンめいて対照的な二人であるが相性は悪くないようだ。

 

「ふふ……おばさまが思っている以上に強いんですよキノト=サンは。それに私の家にはああいうドロイドもいますし」キュイイイ……庭園の量隅に直立不動するのは2メートルほどのマッシヴな戦闘用ドロイドだ。

 

赤銅色の身体を繰りローブで覆った機体はヤナマンチ・インターナショナル製要人護衛用戦闘ドロイド「AL-011ウチノメス」ヤナマンチ技術部がネオサイタマや各国のカネモチの護衛の為に製造したロングセラー商品であり、各種兵器を内蔵したメインアームの他に医療や精密作業用のサブアームを脇腹に内蔵した極めて優秀な機体である。「……そうね。あなたはここに居ればダイジョブでしょう」

 

「ええ。重ねて言いますが私はダイジョブですよ叔母様。それよりも私はパリ旅行の話について聞きたいです。最新のモードとか観光名所とか」「そうね。そういう話の方が建設的だわ」ビワは上品に息づいた。

 

それからはビワも安心したのかマナネと他愛のない話に興じた。最新のモードであるとか、はたまた社会問題であるとか、またはドサンコの農場で育てられたオーガニック食材の事であるとか。そんなくだらなくもある話であったがビワはその話を通じて身を案ずべき姪の近況が穏やかなものであると知り、マナネもまた両親を亡くしてからというもの強張りがちな心を解きほぐした。

 

そうして時は過ぎてゆき、夕暮れ時になりビワも自宅へ帰る次第になった。マンションの一階のホテル的半円構造の道路入り口からビワの乗ったリムジンは出ていく。それを手を小さく振り身を来るのはマナネ、ビワもまた彼女に上品に手を振り返していた。

 

しかしビワの表情も道路に出てマナネが見えなくなって以降は曇りだす。あの事件以来セプクを考える程に沈んでいたマナネが、空元気も混じっているだろうが元気になったのはいい。

 

しかし深く心身を傷つけられた彼女はいまだ家であるマンションの敷地からはごく限られた範囲しか出る事が出来ない。足の不随以上に心の傷はいまだに深刻だった。

 

そんな状況のマナネをキノトは良く面倒を見てくれている。能力と人格と共に申し分ない。だが、そうではあるがキノトおそらくは……タテナシにも何人かいる……「マナネ=サン。あなたの未来が心配だわ……」ビワは車内でそっと嘆息した。

 

 

 

 

 

チキ……チキキキ……マンションの中層近くにあるマナネの邸宅は年頃の女性の邸宅らしく整っている。落ち着いた色合いの調度で部屋は整えられ、ネオサイタマの不健康な空色を追い隠すように薄く色づいた強化ガラスが窓にははめ込まれている。そんな部屋の床は何体ものヨロシサン製ハウスキーピングマシン「トクノシン」が動き回り常に実際清潔な状態に家を保っていた。

 

「叔母さまは心配性ね」「仕方がありませんよ」「……別に面倒に思っているわけじゃないのよ。ただ申し訳ないだけ」「存じております」マナネやキノトの声が聞こえるのは居間ではなく書斎めいた小部屋だ。他の部屋同様に落ち着いた雰囲気で整えられたかのように見える部屋は事実は違う。ここはいわば二人の築いた作戦指令室である。

 

何のための作戦指令室か?それは単純な目的が故、この貪婪の都ネオサイタマに潜む悪を追い詰め、狩り殺す。そんな無慈悲なハンティング、否処刑の為に作られた部屋であった。「見て、キノト=サン」マナネは部屋中央に置かれたハイパワーUNIXの画面をキノトに見せる。「拝見させていただきます」キノトはマナネの肩越しに画面をのぞき込む。

 

キノトの長くつややかな髪がマナネの頬に触れるが彼女は主に謝意を見せない。マナネがキノトの髪の触れる感触を楽しんでいるのを知っているからだ。「クルードボルト、ですか」画面に映るのはモヒカン頭のレザー製メンポをした男。チンピラめいているがそのただならぬ眼差しは紛れもなくニンジャのそれだ。「最低の屑ですね」キノトは冷たくつぶやいた。「でしょう?」マナネの声も冷たい。

 

クルードボルトはネオサイタマの衛星地方都市で多数の強盗殺人事件に関与。マッポによる鎮圧部隊を返り討ちにしてこのネオサイタマに流れ着いてきた。質の悪い事に既にオニイサンを殺害し破門されたヤクザクランに所属していた時代に、カラテのインストラクションを受けた為それなりのワザマエがあるという事。

 

「どうやら傘下の窃盗団のアジトに居るらしいわ。今夜、この男を取り巻き共々殺しましょう」「かしこまりました。装備の方はどれを?」「戦力評価はそう低くない……例の武装も使って確実に殺します」マナネとキノトの脳裏にはこの処刑ミッションをIRC越しに頼んできた老いた男性の姿がある。(クルードボルト、あいつは儂の息子一家を殺しやがった……!)

 

生命維持サイバネにつながれた男性はもう長くない(8歳の孫までよくも……よくも……!オネガイシマスセンセイ……!儂はせめてアイツの死を見届けてから息子たちの待つアノヨに行きたい……!)「速く処刑して安心させて差し上げないと」「ええ」「だからキノト=サン、今夜やりましょう」「望むところです」二人はうなづきあうとそれぞれ別の道をとる。マナネはUNIXルームと直通の隣室へ、キノトは隣室の隅に併設されたロッカーへ。

 

これら剣呑な会話は二人がひそかに行う裏の活動、それはすなわちネオサイタマ圏内の治安悪化により誕生した犯罪者への秘密有料報復組織における活動である。組織の名前は特定を防ぐ意味もあり定められていないが、二人はこの組織に所属しニンジャを含む凶悪犯罪者を度々ハントしているのだ。

 

二人はその理由を他者に黙して語らない。だがしかし、彼女たちは秘かに犯罪者たちにインガオホーを与え続けている。

 

キノトは扉を開けロッカーに入ると共に伝統的なメイド服を脱ぐ。素早く丁寧にロッカーにしまい込む動きの中でもうすでに新たな装束を掴んでいる。(サーヴィターセンセイ。私はあなたや他の隊員程、秩序の創生に邁進は出来なかった)既に死したセンセイに語りかけるキノトが着ていくその装束はハイ・テックな濃い紫色のニンジャボディスーツ装束である!

 

(だが私は後悔しません。最早構成員の心中にしかない組織の理念よりもお嬢様の安らぎの為に、私はカラテを振るわせてもらいます)キノトはボディスーツ装束を着込みその上から白いプロテクターをつけていく。そして最後にプロテクターと同素材の強化セラミック製メンポをつけ、髪を結った。その姿はニンジャだ!

 

そう、キノトとマナネはニンジャであるクルードボルトを殺すといった。ならばその為の戦力があるのは必然!不随のモータルであるマナネが都市に潜む邪悪を駆り殺す為の戦力、それが彼女の侍女であり刃でもあるキノトは、ニンジャである!

 

(私の唯一生きる目的の為に)完全装備のキノトはロッカーから隣室、タタミ張りの床と衝撃吸収材を張り巡らせたドージョーにエントリーする。そこではもうすでに彼女の主が武装の調整を始めていた。嗚呼、美しい。人が何かにひたむきに挑む姿勢は美しいとキノトは思う。特に彼女の主の、犯罪者にインガオホーを与える為に熱意を注ぐ姿は一入だ。「お嬢様。こちらは準備が整いました」

 

「そうですか。ならば最終調整を始めましょう。キノト=サン、いやシルキー=サン」「ハイ」キノトことシルキーはカラテを構える。全ては彼女の麗しき主の願いを叶える為に。女ニンジャは精緻なカラテのカタを構えた!

 

 




後半は明日か明後日に投稿します。


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【204X:シーイズ・ア・エッジ・オブ・ハーマスター 下】

後半投下します

カタナとかのアーマーのスタイリッシュさ良いよね……


ザリザリザリ……「ドーモ。シルキー=サン。そちらの様子はどうだ?」通信を送ってきたのはサーヴィター。アマクダリ・アクシスのカスミガセキ・ジグラット警備部隊に所属する無機物を操るジョルリ・ジツを操るニンジャであり、私のセンセイデアもあるニンジャだ。

 

「ドーモ。サーヴィター=サン。シルキーです。キョートはおとなしい物です。あれ以来最低限の監視部隊しか送っていません。政府筋のニンジャもいるようですが…拠点防衛以外の意図はないと思われます」「そうか。わかった。……いよいよだな」サーヴィターはうなづく。当時私や先生の所属する秘密結社アマクダリ・セクトの「計画」は最終段階に入っており、私たちも計画遂行の為一片の曇りもないように努めていた。

 

「明日の計画が成功すればこの世界は形を根本から変える。どうだ感想は?」「感動する、という程強い気持ちは沸きませんね」私は先生やヘヴィレイン=サン達湾岸警備隊員系列のアクシス程アマクダリの世界を熱望し散ているわけではない。

 

「ですが女学生がヨタモノに路地裏に引きずり込まれ、罪のない家族がハックアンドスラッシュの憂き目に遭う、そんな凄惨な事件のない世界ならば私はどのような世界でも受け入れましょう」私は自分に言い聞かせるように、この翌日に戦死することになるセンセイに告げた。「モチベーションは高いようだな」「左様です」

 

センセイの言う通り私のモチベーションは低くなかった。尤も今現在、お嬢様の望みに沿ってカラテを振るう今ほどではないが。

 

 

 

 

 

【204X:シー・イズ・ア・エッジ・オブ・ハー・マスター 下】

 

 

 

 

 

ネオサイタマ東部にある廃墟「広いビルディングです」と書かれた看板は煤けており、荒んだ雰囲気を放っている。何らかのインシデントで経営者が首を吊ったのか放置され荒れ果てたビルは前世紀より懸念されていた治安リスクの通り不逞の輩の住処となっていた。

 

以前はエントランスとして使われていたのだろう広いビルの一階には、十人ほどの窃盗団、装備や凶悪さを考えると強盗団とすらいえる一団がたむろしていた。彼らのたむろする中央にあるテーブルには高額の通貨素子や宝石類が山積みされているが強盗団員たちはそれをちらちらと横目で物欲し気に見るのみだ。「ンンーッ……」富の輝きを愉しめるのは首領であるクルードボルトなるニンジャだけだ。

 

「このルビーの傷のない滑らかなフォルム……実際高く売れると思わねえかイディオット共」「「「アッハイ」」」強盗団員たちは死んだマグロの目でうなづく。「だよな!これは高いぜ。明日にでもうっぱらえば一財産になる。その分け前の一割を俺は太っ腹だからお前たちにくれてやる。それで十分だよな?「「「アッハイ。充分です」」」「俺にソンケイを感じるよな?」「「「ハイ。感じます」」」「アバーッ……」

 

本来凶暴なはずの強盗団員たちはゲットアップ・コボシめいてクルードボルトの言葉に追従する。それは当然ながらクルードボルトのニンジャ圧力とカラテに恐れをなしたからというのが理由である。「アバーッ……」そして彼に逆らえばどうなるか、その実例が目の前にあるのも大きい。

 

ソファにふんぞり返ったクルードボルトの背後に吊るされているのは戦利品をネコババしようとした強盗団員の一人だ。横領に手を出した3人のうち二人をクルードボルトは惨たらしく痛めつけて殺し、残る一人をほとんど死体のままつるし上げたのだ。その腹部は「バカ」の字に沿って焼き焦がされている。コワイ!

 

この強盗団員達は(少なくとも本人たちの意識では)ここまで凶悪な犯罪者ではなかった。路地裏をテリトリーとし無力な人間たちのみを標的にしていた彼らの活動は突如として押し入ってきたクルードボルトが来てから一変した。商店や銀行への強盗を始めとした過激犯罪に加担させられるようになり、得られるものも増えたが危険度は跳ね上がった。

 

このままではいつか暗黒メガコーポか、ソウカイヤか、それともキモンかいずれの勢力による討伐を受け皆死ぬだろう。だがクルードボルトに逆らうことは出来ないし、警察を頼ることもできない。なぜ自分たちがこんな目に?絶望する彼らは自らの身に起きた惨劇を嘆き、己の行いを後悔する事はない。そんな身勝手さもマッポーの一側面なのだろうか。

 

「ハー……速く殺してえぜ」クルードボルトは次なる殺戮に思いを寄せる。彼は金が好きだがその中でも好きなのは人を殺して得た金だ。速く殺して金を奪いたい。次は……自分へのボーナスを兼ねて若いオボコのいる家がいいだろうか「ハッカーを脅していいとこさがさねえと……フーッ……」ZBR煙草の快楽に浸りながらクルードボルトは殺戮のもたらす快楽を回想する。飴玉を舐めるように。ズシン「ウン?」

 

地響き音が何処かで聞こえた。それは幾度か聞いた事の有るロボニンジャの足音に「イヤーッ!」クルードボルトは回転ジャンプで退避!KABOOOOM!!正面の扉が爆砕!「「「アイエエエエエ!!?」」」薄汚いアウトローは慌てふためくが、騒ぎを嫌うかのように銃弾の雨が横殴りに吹き付けた!「アバーッ!」

 

煙をかき分け進撃するのは4本足の見慣れないロボニンジャ!両腕にシールドと一体化したガトリング砲を装備した機体は、おそらくヤナマンチ・インターナショナル製要人護衛用戦闘ドロイド「AL-011ウチノメス」のカスタム機と考えられる。ウチノメスカスタムというべきだろうか?そのボディは何処か非人間的な黒一色に染められている。

 

「「「アババババババーーーーーッ!!!」」」強盗団員たちはレミングスめいて慌てた所に銃弾の雨を受けバレットダンスを踊る!「イヤーッ!」クルードボルトはデン・ジツを注いだスリケンを投擲!相手がロボニンジャならば電撃攻撃が有効なはずだ!「イヤーッ!」だがインターラプトのクナイがスリケンと相殺された。

 

「てめえやはり……」「ドーモクルードボルト=サン。」ニンジャ第六感に来る黒色のボディ。そして今のクナイ「シルキーです。夜分遅くにシツレイします」ボディスーツ装束の上にセラミックアーマーをつけたニンジャだ。「ドーモ。シルキー=サン。クルードボルトです。なんだぁてめぇは……」

 

クルードボルトは油断なきカラテを構える。「あなたを殺しにきた者です。理由はお分かりですね?」「知るかよクソビッチめ!死ねえ!!イヤーッ!」ズガガガガガ!!再度ウチノメスカスタムのガトリング砲が火を噴く!クルードボルトはパルクールで駆けまわりながら再度デン・ジツを注いだスリケンを投擲しロボニンジャを狙う!「イヤーッ!」シルキーもまたクナイを投擲し、再度スリケンと相殺しようとする。だが!

 

CLINK!CLINK!スリケンはどれも4つに砕けるがそのままデン・ジツを宿しつつ飛んでいく!投擲による威力は殺されたものの破片を媒介として構成された電撃の網はウチノメスカスタムを捕らえた!「ピガッ…」「ハッハー!ロボニンジャ無グワーッ!?」しかし弱点である電流を受けてもウチノメスカスタムは揺らぐことなくそのままガトリング掃射に加えて脇腹のサイドアームでつかんだ小型ミサイルランチャーを発射!

 

「「「アバババ―ッ!!」」」「グワーッ!?」ミサイルの爆風に巻き込まれ残りの強盗団員が死亡!クルードボルトも爆風と破片を受け転がった。「イヤーッ!」そこへ駆け寄るのはシルキーだ!コンパクトなタント・ダガーを両手にクルードボルトへ切りかかる!

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」チョーチョーハッシ!クルードボルトもさる者。タント・ダガーを巧みに両腕を使って防ぎ反撃のチョップを繰り出す!「イヤーッ!」

 

シルキーは首を狙ったチョップをブリッジで回避、動きの勢いのまま足をしならせクルードボルトを蹴り上げた!「イヤーッ!」「グワーッ!」これは伝説のカラテ技サマーソルトキックだ!

 

「グワーッ!」天井近くまで蹴り上げられたクルードボルトは天井を蹴り逃げようとするが当然ながらシルキーの追い打ちが早い!左手のタントダガーを投擲!「イヤーッ!」「グワーッ!」クルードボルトの右腕脇腹を貫く!右手のタントダガーを投擲「イヤーッ!」「グワーッ!」クルードボルトの左腕脇腹を貫く!

 

 

「「アバーッ!」」勢いのままクルードボルトは吹き飛び吊るされていた強盗団員もろとも壁に叩きつけられる!「アバーッ!畜生……畜生!」強盗団員のクッションによりソクシは免れたもののクルードボルトは重傷。これではシルキーに勝つことは到底不可能。「ビッチめぇえええ!!」「終わりです」キュイイ……ウチノメスカスタムのガトリング砲が回転し銃弾を――――――吐き出すより早くその重厚な巨体が傾いだ。

 

「イヤーッ!」シルキーはニンジャ第六感の導きにより側転ジャンプで退避。ズブッズブブブッその間もウチノメスカスタムは床へと沈んでいく。まるで底なし沼の罠にかかった哀れな動物めいて。「イヤーッ!」室内に回転ジャンプでエントリーする者あり。これもまたニンジャだ。

 

「ドーモ。シルキー=サン。マッドスクリプトです。俺のソコナシ・ジツの感想を述べよ!」「ドーモ。マッドスクリプト=サン。シルキーです。別にどうとは」「ハッ強がりおるわ!俺はこのソコナシ・ジツを以てタルカ・タタンの戦士として、スダチカワフの頑丈だけが取り柄のガラクタを沈めまくってやったのよォ―――――!」

 

主戦力であるウチノメスカスタムを失ったにも拘らずシルキーは平然としている。「それよりもマッドスクリプト=サン。ここに来たという事はあなたはクルードボルト=サンの仲間という事でよろしいでしょうか?」「おう、その通りよ。こやつとは同好の士という奴でのォ」「アバッ…助かったぜマッドスクリプト=サン」ZBRで応急処置したクルードボルトが立ち上がる。「形勢逆転だ」

 

「これで2対1。頼みの綱のロボは最早なく貴様は数的不利で嬲り殺されるのみ。ククク……楽に死なさんぞ。貴様は雇い主を履いたうえで儂らの残虐性の限りを尽くし「だからどうだというんです?」シルキーはなおも平然としている。「何ィ?」「所詮は殺すべきクズが増えただけ。私にとっては手間が増えただけですわ」KBAM!建物の音では何かの射出音が響く!

 

建物の外より飛んできたのは……堅牢なトランクケースだ!「替えの聞かず証拠も残りやすい……できればこれは使いたくなかったのですが……あなた達へのインガオホーの為使わせていただくとしましょう」「「イヤーッ!!」」危機感を感じた2忍がシルキーに襲い掛かろうとする!だがトランクが開くと同時に強烈なフラッシュが起こる!「「グワーッ!」」怯む2忍をよそにトランクの中身、すなわちニンジャ用強襲装甲がシルキーの周囲に展開されていく!

 

装束に隠されていた機械化されたシルキーの四肢と後頭部のLAN端子にそれぞれアーマーが覆いかぶさり機械音と共に接続、接続された装甲を中心に更なる装甲が装着され彼女の全身を覆った!キュイイイン!!複眼めいた幅広の電子眼にオレンジ色の光が灯る!『スタート・ザ・アーマー』そしてその身が黒く塗り替えられていった!

 

後に残るのは全身を漆黒の強靭な戦闘用外骨格で覆われた女ニンジャの姿だ!黒い鎧の女ニンジャはカラテを構える。「第二ラウンドといきましょうか」

 

 

 

 

 

 

カタナ・オブ・リヴァプール社製ニンジャ専用強化外骨格「ヨロイ・ドレイクλ」は有体に言えば失敗兵器である。ニンジャの戦闘力拡張の為に作られた兵装であり、各種戦闘能力の拡張についてはうまくいったもののニンジャの反応速度と制御インターフェイスがコンフリクトを起こし、扱いにくい兵装となった事から少数のみが一時期量産され市場に放出された。

 

この外骨格はをマッチした形で運用するには重度のサイバネ化及び一部の特殊なジツが必要となっているが、過去の活動からサイバネ改造の度合いが多岐シルキーにとっては渡りに船な事である。

 

シルキーに憑依融合したのはクロキ・ニンジャという江戸時代の女ニンジャだ。エド・トクガワに仕えたニンジャである彼女は特殊なジョルリ・ジツを以て黒く染めた無機物カラクリを手足以上に精密に操り幾度の暗闘を戦いぬいたという。ソウルのもたらしたクロキ・ジョルリ・ジツはヨロイ・ドレイクλという扱い難い兵装の性能を十二分に発揮するのに大いに役立った。

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」広い室内を3人のニンジャが縦横無尽に駆け回りカラテを繰り広げる。強化外骨格を纏ったシルキーとマッドスクリプトとクルードボルトマイめいて立ち回りぶつかり合う。優勢なのは「イヤーッ!」「グワーッ!」漆黒の風となったシルキーだ。

 

マッドスクリプトの斧の攻撃をかわして反撃の一打を叩き込み、怯んだ所にケリ・キックを見舞う。クルードボルトのスリケン投擲を素晴らしいトライアングルリープにより躱し、接近。近接カラテにより優位をとる。その動きには確かな洗練が見受けられた!

 

「イヤーッ!」デン・ジツを纏ったクルードボルトの拳をスウェーで躱し増強機構により強化された拳で殴る。ゴウ!背中の小型スラスターが火を噴いて加速した!

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」『敵弱体化重点。トドメヲサシテ』電子AIの指示を聞きながらシルキーは思う。世の中良くできているものだ。スーツの中で怜悧な美貌の唇をほころばせシルキーは笑う。

 

カチグミから没落し不遇の極みに遭った幼少時代、ただ一度年下の子供から受けた優しさ、作戦中の事故による重サイバネ化、ニンジャとなった後のセンセイとの訓練、そして再びの出会い。全てが今につながっている。

 

夜な夜な主の命令に従いニンジャの力を以て犯罪者を殺す。その行動は確かに歪で狂っているのかもしれない。だがしかし、それで少なくとも救われる人間が一人はいるのだ。ならば喜んで自分の築き上げたカラテを捧げよう。「イヤーッ!」「アバーッ!」セイケン・ツキでクルードボルトを殴り飛ばしながらシルキーはそう思う。

 

瀕死のクルードボルトに対してシルキーはそのまま右腕を向ける。ガシャン!スライドした右腕から出た銃口から大口径トリプルコート弾が放たれた!「サヨナラ!」大口径トリプルコート弾によるカイシャクを受けクルードボルトは爆発四散!「クルードボルト=サン!イヤーッ!」

 

マッドスクリプトが再びソコナシ・ジツを発動!しかしトラップや大型の敵ならともかく高速のニンジャに対してはオソイすぎる!シルキーは脚部スラスターにより加速跳躍し、強烈な跳び膝蹴りを叩きつけた!「イヤーッ!」「グワーッ!」マッドスクリプトのメンポが砕かれ床に転がる。インガオホー!

 

「グワーッ!オノレ……オノレェ!!」マッドスクリプトは持ち前の凶暴性を発揮し、フリップジャンプで起き上がるとシルキーに飛び掛かる。空中回転からの長大な斧の回転攻撃は実際危険。アブナイ!

 

対するシルキーは左腕を後ろにイアイめいた体勢をとる。ドクン!マッドスクリプトのニンジャ第六感が訴えかける。あれは危険だと。だがもう遅い。「イヤーッ!」シルキーの左腕は勢いよく振り抜かれた。

 

彼女の左腕に沿って突き出されるのは淡く危険なプラズマの刃。持続時間コンマ8秒、瞬間的にプラズマの長刀を形成し敵を両断する剣呑な試作近接兵装が瞬き、黒い外骨格を照らした。

 

「サヨナラ!」プラズマの刃で両断されたマッドスクリプトは爆発四散。シルキーはしばしザンシンを決めると背後に向き直る。そこには壊れたウチノメスカスタムがある。どこか名残惜し気にボディを撫でると自爆コードを入力し、後は向き治る事なくしめやかに殺戮の部屋を退散した。

 

背後ではくぐもった爆発音が聞こえた。

 

 

 

 

 

ネオサイタマの富裕層居住区、地を這う蟻を見下ろすイーグルめいた視点を入居者に与える富裕層向け高層マンション「三位一体の直立塔」の最上階は見事な庭園となっている。

 

それぞれ和洋中のテーマで分けられた三種類の庭園は熟練職人によるメンテナンスを毎日受け、それ自体が観光名所となりうるほどの奥ゆかしい美を醸し出す安らぎ空間だ。そんな庭園は貸し切り制となっているが外縁部の散歩コースは住人ならばいつでも使用可能となっている。

 

そんな外縁部を車椅子に乗った女性と伝統的メイド服を着た女性が歩いている。車椅子に乗るのはマナネ、そして押していくのはキノトだ。

 

「依頼人の方、安らかに逝ったそうよ」「それはなによりです」二人は重金属酸性雨の流れる外と対照的な散歩道を歩いていく。数週間前のミッション、キノトはクルードボルトという標的ニンジャを確かに殺し証拠画像を撮影した。その後映像は依頼人に送られ、死に際の心残りを消す一助となったようだ。「お嬢様。そろそろ戻りましょう」

 

「ええそうね……ねえキノト=サン。私はあなたに無理させていないかしら」「無理、とは」「あんな危険な事を……私は自分のエゴの為に……」「何をおっしゃいますか」キノトはマナネの小さな手に自分のサイバネの、武骨な手を重ね合わせた。その顔はイクサの時とは異なる穏やかな笑顔だ。

 

「私はしたいようにしているだけです。私のカラテが私のエゴに合った形で振るえるから……お嬢様の為にカラテを振るう事が出来るからここにいるのです。私があなたに一方的に仕えるだけじゃない。私とあなたはwin-winの関係なのですよ」

 

少々俗っぽい表現だったでしょうかとキノトは苦笑した。その顔は冷酷なニンジャの物ではなく心より敬愛する主に仕える従者のそれであった。

 

「では、家に戻りましょう。今日は私がお嬢様の好きなものをおつくりしましょう」アリガト」はにかむマナネの車椅子を押してキノトは道を進んでいく。その姿はニニンバオリめいて、重なって見えた。

 




重サイバネ外骨格使いのメイドニンジャと邪悪犯罪者絶対殺す系車椅子お嬢様のコンビ……どうです?


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【199X : サンクス・フォー・ギフト】

割と忍殺らしからぬ話ですがちょっとキアイを入れて長めに書きました。


さくり、さくりと雪を踏みながら旅人は歩き続ける。襟を立てた防寒コートにつば広帽の旅人は真っ白な雪原に足跡を残しながら歩いていく。

 

その歩みは到底不安定な雪上を歩いているとは思えない程は速い。それもそのはず、旅人の男の顔はメンポで覆われている。彼はニンジャなのだ。

 

ニンジャはただ一人雪原を歩き続ける。彼方にある山脈以外は雪しかない味気なさすら感じる茫漠たる景色をただひたすら歩んでいく。雪原に孤影を刻み同行者もない旅路を進んでいく。「フーッ……」その様を雲をすかして薄く輝く太陽のみが見ていた。

 

 

 

【サンクス・フォー・ギフト】

 

 

 

キリナ・ヴェルトクが最初にナオマサと会ったのは16歳の冬明けだ。

 

199X年。ベルリンの壁やソ連が崩壊してまだ数年程度で冷戦をようやく終えた人々が明日の希望を信じる事が出来ていた後世を考えると能天気な時代を当時の世界は迎えていた。これより先に起こるY2Kと電子戦争など想像だにしなかった頃だ。

 

「はぁー……」それでも東欧の貧しい国の都市に住むストリート・オイランの生活などに変わりはない。生まれてこの方キリナは貧乏だったし16歳になった今もそうだ。「お客さんよかったら」「スミマセン急いでいます」

「あ、あの今ならお安く……」「間に合ってます。桐のハマミヤで前後するので」「……ソーデスカ」世の中は不景気なのか客は来ない。

 

(((これはまずい。実際まずい。今日は全く稼げてない)))今日はどういう訳か客が寄り付かない。キリナは傍らにある店のショーウィンドウに映る自分を見る。年の割にはバストは豊満だし長い波打つ銀髪と白い肌をした見てくれは悪くない、はずだ。それにセント―にも朝に行ったし、衛生的にもやはり悪くはないはずだ。でも客は寄り付かない。

 

原因は分かっている。近桐のハマミヤなる近隣のディストリクトに新規オープンしたユウカクに皆首ったけとなっており、安手のストリート・オイランなどは目に入らないのだ。特にこの街に支社を置く日系企業の連中がそちらに寄るようになったのは大きな痛手だ。

 

「ちょっとやめないか」「アッハイ」店舗の守衛に追い払われるキリナは日本という国については良くは知らない。ただサムライという極めてストイックな戦士が以前は統治していた事とか、100年近く前にロシアに戦争で勝った事とか、後は一番重要な事であるが豊かな国であり、日本人は金払いがいいという事とか位だ。

 

現にこの都市にあるヤナマンチやらタキベチと言った、キリナからするとエキゾチックな名前の企業のビルはピカピカだしそこから吐き出されるサラリマン達の身なりは実際整っている。乗客がごっそり抜け落ちているのは実に痛手だった。

 

でも稼ぎもなく戻るわけにはいかない。キリナはケツモチのロシアンヤクザがおり彼に渡す額を稼ぐ必要があるし、それに自分一人のみの分を稼げばいいのではないのだから。「スイマセン。良かったらどうですか」だがそれはいけなかった。金払いがよさそうだからと身なりのいいサラリマン3人に声をかけてしまった。その苛ついた雰囲気に気づかずに。ぎろりと息の合った動きでサラリマンはキリナを睨みつける。

 

「あー何言ってんですか?おかしいと思いませんかあなた?」「アイエッ!?」「私たちはねェー天下のタキベチコーポレーションの社員なんですよ、ニッケイ・スゴイハンドレッドにも載ってるんですよ?」「そんな一流企業のエリート社員によくもまあストリートオイラン風情が声をかけられましたネー。度胸あるナー」ナ、ナムアミダブツ!なんたる3人の息が整った縦社会生活者特有の陰湿な職歴マウントか!

 

その段になってキリナはサラリマンの苛ついた雰囲気ややけ酒で赤らんだ顔、そして侮蔑的な目線に気づいた。

「ゴ、ゴメンナサイ!シツレイしました!」「誤って済むと思ってんのかコラー!」「アイエエエ!」ラグビーをやっていたのか、彼らの体格は16歳で栄養も豊かではないキリナには及びつかない程逞しい。

 

「謝って済むと思うのかコラー!」「テウチダオラー!」「ンアーッ!」キリナが分厚い手によって張り倒される!非道!(((酷い……こんな辱め酷い……ジーザスはどこへ行ったの!?)))雪の残るアスファルト歩道の冷たさを感じながら修羅場になれていないキリナは悔し涙を流す。

 

そんな良識ある人々なら目を顰めるであろう修羅場にも道行く人々は目をそらし通り過ぎていく。この豊かとはいえない都市の財政や雇用はタキベチの様な外資系メガコーポに依存しており、彼らには議会や警察も逆らえない。その上虐げられているのがストリートオイランとくれば救いの手を差し伸べる人間など誰もいなかった。

 

「ハァーッ!望み通りファックしてやる!」「エッまだ寒いのに?大丈夫ですかトロゴ=サン」「問題ありません2分あれば十分です!」極めて下劣な会話を繰り広げる彼らはそそくさとキリナを押さえつけようとする。「さすがはトロゴ=サン!仕事と同じように速い!」「スゴイナ!」「ヒッ……」彼女の顔が恐怖に引き攣った。

 

「ヤ……ヤメ……」「やめませんよビッチめ!」罵倒するサラリマンはキリナを押さえつける。驕り高ぶる彼らにとってキリナはサンドバッグや木人と同じストレスを吐き捨てる為の道具だ。それがどんな反応をしても気にする事はなく使い潰せばいいだけ。

 

だから彼らがその野卑な手を止めたのは外部からの強制力による物である。「やめましょうよ」トロゴと呼ばれたサラリマンの腕をそれよりも幾分か細い手が掴んでいた。「「「エッ……」」」「アイエエ……」目に涙をためたキリナが見たのはおよそ二十歳程度の青年だった。

 

「俺はやめましょうっていたんですよ。だってズルイじゃないですか。こんな子に三人掛かりでインネン付けて強制前後なんて、ズルイし良くないなぁ」修羅場にも拘らず青年の声は平然としている。黒曜石めいたその目はどこか虚無的であった。

 

「なんだとぉ……」トロゴは青年に振り向き殴ろうとした。だが掴まれた右腕がピクリとも動かぬ。万力めいた力で青年は腕をつかんでいるのだ。ハッとして目を合わせると暗い目が見えた。それはかつて古代の人間が恐れた原初の闇の如き悍ましき……「アイエエエエ!」トロゴは失禁した!

 

「トロゴ=サン!」サラリマンBは青年に向き直り殴ろうとするとその暗い目と自分の目が合った。それはかつて古代の人間が恐れた原初の闇の如き悍ましき……「アイエエエエ!」サラリマンBは失禁した!

 

「アトギ=サン!」サラリマンCは青年に向き直り殴ろうとするとその暗い目と自分の目が合った。それはかつて古代の人間が恐れた原初の闇の如き悍ましき……「アイエエエエ!」サラリマンCは失禁した!

 

「はあ……スゴイ汚いしブザマ……とっととどっかに行ってください」「「「アイエエエエエ!!!」」」サラリマン達はブザマに逃げ出していく。心底ゴミを見るような目で青年はその様を見ていた。「大丈夫ですか」「アッハイ……大丈夫です。本当に、ありがとうございました」「イエ、困ったときはお互い様です」

 

そんな社交辞令が終わっても青年はじっとキリナを見ている。そして口ごもりながらも決心したのか切り出した。

「あの……その……お、お困りの所に悪いんですが」彼の手にあるのは財布だ。「あなたを、ええと……買わしてだけないでしょう、か……」「……ハイヨロコンデ―!」キリナは一瞬あっけにとられたがすぐににっこりと笑うと青年の頼みを聞き届けた。

 

その後キリナは近くのモーテルで3時間ほど青年を楽しませた。激しく前後し激しく左右し備え付けのシャワーで汗を流した後、別れ際に青年はナオマサと名乗った。それがナオマサとの出会いだった。

 

 

 

 

 

アスファルトで舗装された道には流石に雪はもうない。「ンアーッ……少しはあったかくなってきたかな」キリナは軽く伸びをする。この街の春はまだ盛りとなっていない。如何に冬が開けたといっても完全に春になり陰鬱な街を爽やかな日差しが照らすにはまだまだ時間がかかる。それでも冬を超えて暖房代がかからなくなってきた事は嬉しいし、その他のコストも大幅に削れる。それはとても良い事だ。

 

「そうかな?俺はまだスゴイ寒いと思うけど」「日本に比べればそれはそうだよ」キリナの後ろをついていくのは彼女と同じように食料品や日用品の袋を背負ったナオマサだ。比較的軽装のキリナに比べて厚手のジャケットを着こみ、手をさすっている。「カタナの鞘も冷たいんでしょう?外せばいいのに」「これは駄目なんだよ」

 

キリナがナオマサと付き合うようになったのはほんの少し前だ。あの日以来ナオマサは何度かキリナにカネを携えて会いに来て……過日の事もありキリナも彼には感謝していたし、それから何度か会ううちに付き合うようになった。

 

ナオマサはいい人だ。あのサラリマン達のようにキリナを見下しはしないし態度も優しくこんな行為にまで付き合ってくれている。だがこの付き合いは長く持たないだろうとキリナは考えている。ナオマサは彼は隠しているつもりだろうが物腰から育ちの良さが伝わって来るし、持っているカタナもそこらのイミテイションカタナとは段違いの出来の良さだ。そこからおそらく上流階級の出身である事が分かる。

 

なのでしばらくの間しかこの関係は続かないとキリナは考えている。だがそれでいい。代り映えのない生活にある清涼剤の様なこの関係をキリナは楽しんでいたし、それでよかった。「タキベチのミネラルウォーターは安いのね」「世界各地で安値で水源を勝って独占しているからじゃないかな。あまりコンプライアンス的にいいとは言えないかな」

 

「ナオマサ=サンやっぱりそういうの詳しいんだ」「まさか、今朝見たニュースでやってただけさ。この辺?」

「そそ」彼らが付いたのは教会風の古びた建物。赤さびた策に建てかけられた看板には「丘の下孤児院」と書かれており、柵の向こうにある遊具では子供たちが遊んでいる「私の生まれ育った、貧乏な孤児院」「ワオ」

 

「みんなー食料持ってきたぞー」「アッキリナ姉ちゃん!」「新鮮な野菜だ!」「ウオオオ―ッチョコレートもあるぞ!?」「「「ワオオーッ!!?」」」大量に群がる子供達!その服はほつれが目立つ古着だが目には希望が溢れている。誰も彼も元気そうだ。

 

「はいはい。お菓子もあるからね。一列に並んで」「何か知らない日本人がいるぞ!?」「キリナ姉ちゃんのカレシ?」対照的にナオマサは子供達のスタンピード的勢いに目を丸くしていた。「ン、そうとも言う」キリナは自信満々に胸をそらしうなづいた。「あ、ドモ。ナオマサです」

 

「礼儀正しい!」「日本人的だ!」やはり日本人はこの孤児院の生徒からすると珍しいのか歓声を上げる。「「「ウオオ―ッ!!」」」「ウオーッ!?」孤児達の勢いにナオマサは困惑していた。池に投げ込まれた新鮮な餌に群がるピラニアめいた勢いだ。その隙にキリナは院長先生にあいさつする。「先生、食料の他にいろいろ買ってきました。ドーゾ」

 

老齢の院長はキリナの差しだした品に嬉しさと申し訳なさが混じったような表情を浮かべた。「キリナ=サン、いつもすまないね……」「OBとして当然ですよ。さ、今日は具沢山のボルシチでも作ってあげてください」キリナの態度は朗らかだ。「今度は服とかも買ってきます」そして自分の行いに満足げだ。

 

そんなキリナの様子を子供達のストリームを捌きながらナオマサはじっと見ていた。何処か不思議そうにじっと見ていた。

 

……4時間後、子供達に見送られながらキリナとナオマサは家路につく。あれほどあった荷はもうすっかりなくなっている。暗く薄汚れた道を点滅する電灯に照らされながら歩くのはそう気分の良い事ではなく侘しいものだからか、ナオマサはキリナにそっと話かけた。「なあキリナ=サン」「何かな?」

 

「あの孤児院は君の育ったところだって話だけど……いつもこんなことしてるのかい?」「んとね、大体1か月に一度くらいかな」「そうなんだ……でも凄いね俺にはまねできないや」「ハハハ……そんな大層な事じゃないよ。これは私の個人的な復讐みたいな物だから」「復讐?」思いがけない言葉にナオマサは眉根を寄せる。

 

「うん。、復讐。ナンデかというと……そうだなぁ……」キリナは少し歩きながら考える。自分の中の想いを言語化するには時間がかかったのだ。「ええと……ホラ私達って生まれてこの方貧乏だし、色々な人から馬鹿にされてるし……そもそも気にしてくれる人も特にいないでしょ」「……そうだね」思い浮かべるのはあの日の傲慢なサラリマン達。「私としてもそういう状況に追い込んだ相手に復讐したくもなるよねぇ」

 

「だけど、そんな状況に私達を追い込んだ相手は困った事に国でも社会でもいいんだけど、これっていう相手がいなくて漠然としてるじゃない?私もメガコーポに親を殺されたわけじゃないし。だから……かな。もし復讐するなら犯罪やテロに走るんじゃなくて、そういう状況にある子達にああやって、自分を気にかけたり何かをしてくれる人がいるって伝えていく事が、この世の中への、復讐にはいいんじゃないかって」

 

くそこでキリナは一度言葉を切る。ナオマサは予想以上に真剣に聞いていた。「……私、そんな風に考えたんだよね。だからこうしてるの」点滅していた電灯が常に灯るようになっていた。配線の調子が良くなったのだろうか?ナオマサはじっと見つめている。

 

「しかし私予想以上に話せたんだね……自分の事バカだと思ってたんだけど」「君はバカじゃないさ。もっと、素晴らしい人だよ」ナオマサは天を仰いだ。何かをこらえるように「アリガト」ちょっとだけだけど、キリナは思ったよりナオマサと長く続くかもしれないと感じた。

 

 

 

 

 

 

この都市の冬は最低だが夏は悪くない。蒸し暑さとは無縁であり、夜には爽やかな風が吹いている。「ハッハーッ!」アウトロー気取りが奇声を上げながらバイクで爆走しているがそれは良い。そんなことが些事に思える程度にはキリナはあまり良い気分と言えなかった。「チクショメ……」自室でキリナはうめき声をあげる。

 

キリナの最近の稼ぎは良い。喜べる事ではないのだが桐のハマミヤが嫉妬心をこじらせたサイコパスの放火で潰れた為客足が戻ってきていた。だが今日は最悪だった。

 

陶磁器めいたキリナの白い肌には幾つか痣がある。今日は稼ぎが順調だと思ったら最後に酷い客と当たった。最近はまともな客が多いと思ったらビッチ呼ばわりしながらボーで叩いてくる客がいるとは。この辺りも最近妙な集団が居座る様になってきた事もありますます治安が悪くなってきたかもしれない。

 

「大丈夫?」「ウン、痣は出来ているけど骨とかは大丈夫だって」「良かった。それにしても……クソ野郎め。俺が今からでもわからせてこようか」ナオマサの目は彼らしからぬ剣呑さと侮蔑を秘めている。サディズムに満ちた客に怒っているのだ。「やめときなよ。あそこまでひどいのはなかなかいないけど一々怒ってちゃきりがないし、狂人に関わるのも損だけ。ほら、狂人に関わるのは実際狂人ていうじゃない」

 

「正確には狂人の真似をすれば実際狂人」ナオマサのインテリジェンスは高い。剣呑な光も収まりつつあった。「そうだっけ?アハハハ……」しばし二人は押し黙る。弁がたつわけでもない二人が不快な出来事を吹き飛ばす言葉を口にするには沈黙が必要だった。「アバーッ!」KABOOOM!どこかでアウトローが転倒しバイクもろとも爆発炎上した。それからもしばし間をとった後にナオマサは口を開く。「あのさ、提案があるんだけど」

 

「何かな?ひょっとしてナオマサ=サンの実家のお金で、私を養ってくれるとか?」キリナが悪戯めかして言うと、ナオマサは天を仰いだ。「……知ってたんだ」「分かるよ。見るからに育ちよさそうだもん」「ソッカ、うん俺はその……君の言う通り小金を持っている。俺のファミリーネームはタキベチ、だから少なくとも君と孤児院を支える位は持っている」タキベチの苗字。それはすなわち彼が暗黒メガコーポ、タキベチコーポレーションの創業者一族である事を示す。「ワ、予想以上」

 

サラサラした髪をぐしゃぐしゃと手でかき回してナオマサは言葉を続ける。「茶化すなよ。ああ……上流気取りのいけ好かない奴の戯言って言ってくれていい。なあキリナ受けてくれないか」「ンー……ダメかな」やや迷うようであったがキリナはあっさりと答えた。「ナンデ!?」

 

キリナもまたウェービーな銀髪に手櫛を入れながら答える。「気持ちはありがたいんだけど……そういうの良くないでしょ。ナオマサ=サンには輝かしい未来があるでしょ」「ないよそんな物。俺は妾の息子だから。特に将来とかない」またしても沈黙が狭い家を支配する。コチ、コチ、と時刻の刻まれる音だけが響いた。

 

ナオマサは思い出す。まともな環境なら治るつまらない病で死んだ母親。ただっぴろい空虚な邸宅。マネキンめいた感情のない使用人に厄介者を見る眼で彼を見下ろすきょうだい達……嫌な思い出は色のない灰色の記憶だ。冬の明けにキリナと会うその日まで我が生に意味はなし。自然と彼はそう考える。

 

再び口を開くナオマサの顔は暗い。「正直死んだ母親と以外は家族と話した事なんて数える程しかないし、お互い無関心な物さ。あいつらの関心は俺が相続したちょっとした株券や資産、それと……」「それと?」「これは秘密」

 

「そんなだから俺は……君の事がスゴイ大切なんだ。こんなに人を大切に想ったのは生まれて初めてで、だから……俺は君と別れたくない」ナオマサはキリナに執着する。およそ虚無的で意味のない生に鮮やかな色彩を与えてくれたのはキリナだ。だから彼はキリナの意思を重んじるし、何としてても守り幸せにしたいと考えている。その思いはキリナにも伝わってきた。だからキリナは嬉しく思い微笑む。

 

「私もあなたと一緒に居たいけど、お金はいらないよ。そいうのって対等の恋人らしくないじゃない」「……そうだね」ナオマサはキリナの手をぎゅっと握る。夏の淡い月明かりに照らされてキリナの波打つ銀髪と白皙の顔が妖精めいて神秘的な美しさを湛えていた。「旅行位はいいだろ……どこか近場で」「近場ってオキナワ?」「遠いよ」

 

先程とは打って変わって穏やかな気分の中、二つの影が重なり合った。

 

 

 

 

 

「ハァーッ!ハァーッ!」秋も半ば過ぎ雪が降る頃にキリナは路地裏を白い息を切らせて走っていた。「ああもうついてない……!」彼女の人生がついてないかは人によって評価が分かれるだろうが、少なくとも今日においてはついていない。BLAM!背後で銃声が鳴った。「いたぞ!ボーで叩き潰せ!」「キル・ビッチ!」「粛清重点!」

 

キリナを追いかけていくのはホッケーマスクめいた覆面と血のように紅い装束を身に着けた男達だ。手にはボーやチャカ・ガンを握っており極めて剣呑である。彼らについてはキリナもよく知らない。知っているのは良く分からない排外思想をこじらせた団体である事とか、実際に人を殺す極めて危険な団体であるとかだけだ。

 

キリナは偶然ではあるが仕事帰りに彼らが身なりの良い男性(聞こえてきた会話によると市議会議員らしい)を文字通り囲んでボーで叩いて殺す所を見てしまった。それからは何の躊躇もなく彼らはキリナを追いかけ殺そうとしており、勢いには少しの躊躇も見えない。キリナをゴキブリと同程度の存在として考えているのは明白だった。

 

しかし幸いにも彼女には土地勘がある。「アイエエエエ!!」男達は重装備のせいか箱にぶつかり躓く。あそこの屑鉄屋の爺さんは良く固めた金属を箱詰めにしている。そんな小さな事でも知っていたのは幸いだ。

 

そんな事が何度かありようやく何とかして男たちを撒いた。「ハァーッ……ハァーッ……ハァーッ……」キリナの息は荒い。一度は逃げられたが彼らに顔を覚えられた。これからはどうする?

 

警察はこの地域において頼れない。ケツモチのロシアンヤクザは左遷組で事なかれ主義だ。いずれにしてもあいつらに突き出される可能性は大いにある。孤児院やナオマサを頼るのは論外だ。「迷惑かけるわけには、行かないもんね」自分でどうにかするか、でもその手段はどうすればいいか分からない。「チクショ……なんだよ殺してもいいビッチって……こっちだって一所懸命生きてるんだぞ……」

 

ストリートオイランをしていればそうした悪意ある言葉を受けるのは珍しい事ではない。だが物理的な殺意と共に浴びせられる鋭利な言葉は、苦しい。ヒュンヒュンヒュン。「エッ?」唐突に聞こえた風切り音にキリナは目をぬぐう腕を止める。眼前には錆びた鉄パイプが浮かんでいた。

 

そしてそれは回転し彼女を打ち据えた。「ンアーッ!?」キリナは肩を強打され路地裏に投げ出される。打たれた肩からは鈍い痛み。おそらく折れているだろう。「イヤーッ!」ヒュンヒュンヒュン。中空で高速回転を続ける鉄パイプの横に回転ジャンプで着地する者あり。

 

着地者は先程の男達より一回り体格が良く、ガスマスクや装束の装飾も豪奢だ。そのマスクの額にはゴシック体で「優生」と刻まれている。「ドーモ路地裏を這いまわるムシケラよ。アーデラインです」手のひらを合わせてアイサツするその姿を視てキリナは直観的に人間じゃないと感じた。マスク越しに見える眼は人ならざる無慈悲さを湛えている。

 

「同士アーデライン=サン!見つけたんですか!」「さすが行動隊長!行動が速い!」残りの覆面男も集まってくる。その数は十人以上おり倒れ伏すキリナを包囲していた。「うむ。同志たちよ。我は堕落市民を発見。捕獲せり」「「スゴイ!!」」男達はアーデラインの取り巻きらしくキンタロアメめいた言葉で讃える。

 

彼らはやはりキリナを人間として見ていない。(((やだ……まだ死にたくないのに、イヤだこんな……!)))「目撃された時はどうなるかと思ったが……やはり路地裏のネズミめいた小賢しさよりも我らの連帯が勝つ。そうだな」「「その通りです!」」「その証明として今ここでこいつを殺す、。さあやるぞ!」「「「ハイヨロコンデ―!!」」」アーデラインを始めとした男達が冷酷な熱意に満ちた目でボーを振り上げる。

 

「ア……ア……」キリナの目に映るのは丘の下の孤児院での生活、自分を慕う子供達の笑顔、そして予想よりも長くなったナオマサの柔らかな笑み「……助けて。ナオマサ=サン」涙にぬれた顔でキリナは呟いた。傷ついた彼女の前に飛び込んでくる影があり。

 

影は速く獣じみたすさまじい怒りに満ちている。着地するのと同時に矢継ぎ早のカラテを振るった。「イヤーッ!」「グワーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」

 

「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」あたり一面に響き渡るのは鋭いカラテシャウト!そしてボーの代わりに路地裏に叩きつけられるのはバラバラにされた人体だ!インガオホー!

 

「ヌゥーッ!何奴!?」初撃にひるみ、三連バック転で距離をとったアーデラインはキリナを守るように立つ人物に誰何する!凄まじき超人的なカラテを振るったその人物は「ナオ、マサ=サン?」「……ゴメン、キリナ。遅くなってしまった」それは紛れもなくキリナの愛する人だ。ただし口元は布で覆われ、その目は黒紫の超自然的な光と、凄まじい殺意を宿している。「ドーモ。ナオマサです」

 

「ド、ドーモナオマサ=サン。アーデラインです。おのれよくも我が同志を!さては貴様も私と同類か!」「ああ、ニンジャというらしいな」両者は油断なきカラテを構える。「ええい!貴様が私と同類の超人だろうと関係ない!私は遺伝子的に優位に立っており無敵だ!同士たちの仇をとってくれる!イヤーッ!」

 

アーデラインが手をかざすとあたり一面の鉄パイプや金属製のボーが一斉に浮き上がりナオマサを取り巻き、さらに直掩めいて巨大なツルギがアーデラインの前でか高速回転する!何たる金属操作に特化した特化型サイコキネシスか!「カカレーッ!!」鉄パイプやボーが一斉に襲い掛かる。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ナオマサはキリナをかばいながらカタナで弾き続けた!

 

その作業を続けながらナオマサはキリナを再度横目で見る。肩は骨にひびが入っており額からは出血しその顔は涙と汚れに濡れている打ちのめされた姿だ。「ARRRRRRGH……!」ナオマサは唸り声をあげる。魂の一部にあるドス黒い何かが吼え怒り狂った。

 

それはかつてのように理不尽で希望がなく、ままならぬ世界や社会に向けた漠然とした怒りによるものではない。自分に愛を教え何よりも大事と感じた人を侮蔑し傷づけたアーデライン達へと一点に収斂した怒りだ。何があろうと許せぬ。無慈悲に殺すべし。

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ナオマサは裏拳で最後の鉄パイプを破壊すると隙を見てカタナをアーデラインに投擲するが、周囲を旋回するツルギにより砕かれた。それでいい。少なくともキリナの周囲にある武器は破壊し注意をこちらに引き付けた。それで十分だ。ナオマサは突進する。

 

「丸腰で私に勝てるか!イヤーッ!イヤーッ!」カラテシャウトと共にアーデラインは旋回するツルギを精密に操作する。対して突進するナオマサは無手だが何かを握るように黒紫の粒子を纏った右手を動かし、アーデラインが目を見開く。「これは……!」

 

ナオマサの右手より放たれた粒子は、収束し黒紫の刀身を形成していく。それはナオマサと憑依融合した邪悪なるニンジャソウルがもたらした禁断の武器、「滅烈(メツレツ)」のカタナだ。

 

そしてキリナは見ていた。「イヤーッ!」黒紫の不吉なカタナを携えたナオマサが旋回するツルギを切り裂き「イヤーッ!」「グワーッ!」水平に放たれた斬撃が後退するアーデラインを深く傷つけ「イヤーッ!」「アバーッ!」カタナがアーデラインの喉首に突き刺さり致死量の血を噴き出させるのを。「サヨナラ!」アーデラインは爆発四散し、塵となってこの世から消えた。

 

アーデラインの塵と砕けたツルギの鉄の混合風が吹きすさぶ中、ナオマサは自身の内にある邪悪なニンジャソウルの衝動に耐えた。怨霊の様に殺戮の愉悦をささやくソウルの叫びに耐え唇を血が出る程噛みしめ、そして堪えるように身震いすると肩を抑えながら立ったキリナに向き直った。

 

「キリナ。隠していてゴメン、俺は君と会った時からニンジャで、人間じゃないんだ」「ニンジャ、ナンデ」「分からない。君と会う少し前に事故にあった時突然こうなった」ナオマサは天を仰ぐ。いつかはこんな日が来ると思ってたが、ここが潮時だ。「そうなんだ。でも私気にしないよ」「アリガト。でも俺はここまでだ」「ナンデ!?」

 

「ニンジャは邪悪なんだよ。その証拠にホラ、俺は極めつけの糞野郎とはいえ10人以上殺してケロッとしている。そんなんだからこのままいたら君や孤児院の子達を殺してしまう。だから、お別れだ」「そんな!」

 

キリナの悲痛な顔にナオマサの心が痛む。だが駄目なのだ。邪悪なるニンジャソウルの力に屈さずにいるには自分はまだ未熟だ。カラテか精神かはわからぬが一度鍛えなおす必要がある。「嗚呼」

 

「……いかないで。行かないでナオマサ=サン!あなたがいなければ私、私!」「うん。俺もだ。俺も君がいないとだめだ。もしこの邪悪な衝動を制御できるようになったら俺は君の元へ帰る。だからしばらくの間だけだ」「ウン」「ほんの少しだけサヨナラだ」怪我をしたキリナにナオマサは肩を貸す。さながら比翼連理の鳥めいて。

 

「離れていても、俺は君を想い続ける。そして危ない事があったら今日みたいにいつでも帰ってくる」そう言ってナオマサはキリナを病院に連れていき、治療を受けた後少し話をして眠りについた後……もうナオマサはもういなくなっていた。

 

そしてしばらくたったクリスマスの日に、孤児院には多額の寄付と物資がタキベチコーポレーションから届いた。担当者の話を漏れ聞くところによると誰かが株券などの譲渡と引き換えに援助を頼んだそうだ。その働きかけを誰が行ったのかは明白だ。

 

「……バカな人。あれだけいらないって言ったのに」キリナはそっと自室で涙をぬぐう。その目に映るのは幾つかと撮ったナオマサとの写真がある。それからキリナは思い出といつの日かの再開を夢見てキリナは孤児院やナオマサの愛した自分であり続ける為働き続けた。

 

良く生きる事、それこそが彼女の愛したニンジャの贈り物へのお礼にふさわしいと思ったからだ。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

寒冷な地方故だろうかどこまでも続く雪原の真っ白で平坦な地面が続く大地。穏やかな雪景色を月が照らす中さくり、さくりと音を立てながら進んでいくニンジャの孤影があり。

 

ニンジャは如何なる目的があるのかただ一人雪原を進んでいく。その旅路は同行者のいない孤独な道であるが彼が虚無に囚われる事はない。

 

ここから遥か彼方の都市に生きる愛しき人の想いが、今この瞬間も邪悪なるニンジャソウルに抗う彼の魂に強く息づいているからだ。

 

 

【サンクス・フォー・ギフト 終わり】

 

 

 




次回は日にちは未定ですが大正ニンジャスレイヤーを投稿しようと考えています。


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