恋にも愛にも重すぎる (木冬)
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整備士は振り返る
「各関節駆動部チェック完了。エネルギー伝達経路に異常なし、ニュード流出も……無し、と」
手元のタブレットに流れてくる情報を読み取りながら、機体に接続された端末をチェックしていく。
コンソールを叩き、機体が腕を上げる。反応速度を記録し、機体内蔵センサーと格納庫据付センサーの数値に誤差が無いかを確認する。
腕が終われば足を、足が終われば胴回りを……一つの見落としがともすれば命を左右する戦場では、ブラストの整備ミスは正しく命取りとなる。
故に、手抜かりは許されない。この数秒の確認に誰かの命と自分の誇りが懸かっている。
「それが分かってない馬鹿が多すぎるんだよなぁ……よし、チェック終わり。もしコイツが落とされるなら、そりゃボーダーがヘマしただけだ、ってな」
何とはなしにメガネレンチを手元でくるり、と半回転させる。そのまま肩をトンと叩き、凝り固まった体をほぐすようにぐっと背伸びをする。
「毎度のことながらコイツの整備は手間がかかるな。ブラックボックスが下手に触れないから気を遣わないといけないし……ハティ!終わったから微調整に入ってくれ!」
いつものようにこちらをじっと眺めていたハティに声をかける……仕事の間中ずっとじっと見られるのはまだ幾分居心地悪くはあるが、下手に手伝おうとしないだけアランなんかよりよっぽどマシだ。
タラップを登り、コクピットに潜り込んでいくハティを眺めながら俺は工具を片付ける。
「ハティ!設定はいつも通りにしてはあるが今の自分に合わせての微調整を忘れるなよ!」
「はい。『毎度のことでも命に関わる、疎かにするな』、ですよね」
「ああ、上出来だ。変更した場合はちゃんと記録することもな……俺はこのまま他の機体の調整に入るから、後は任せるぞ」
そう言い残して俺は次のハンガーへ向かう。一戦ごとに何機も損壊するブラストランナーの修理、整備、発注に微調整……整備士の仕事は無限にあるのだから。
○
エルヴス艦内、第二格納庫。
十数機のブラストのチェックを済ませ、ここ数日の激務がようやく一段落した後に俺はここに来ていた。パーツ取りや予備の予備といった、普段使用されない機体が詰め込まれたここには滅多に人が寄り付かない……そのため整備班のサボり場としてよく使われているのだが。
「さて、ようやくお前の整備が出来るな……相棒」
そこに俺の愛機が格納されていた。
直線と曲線が入り混じって構築されたツギハギの躯体、背にマウントされたあまりにも巨大な刀身、肩に描かれた凶悪な鋏のエンブレム。修復の優先順位が低いため前回の交戦のダメージがそのままの酷い姿だが、交換部品はもう届いているため後は修理するだけだ。
普段は整備士としてこの艦に勤めているが、整備士がボーダーをしてはいけない、なんてルールも無い。逆もまた同じ……どころか整備している都合上、並のボーダーよりも機体に詳しいと言える。無論詳しいだけで戦い抜けるほど甘いものではないが、知識は多いに越したことはない。
「随分酷くやられちまったからな……部品の発注にえらく時間がかかっちまった」
機体の各部を点検し、前回出撃からのダメージを確認する。
前に出撃したのはトラザ山岳基地。現在はフェニエ騎士団の制圧下にあり、ここを含むいくつかのプラントを同時に攻撃することで敵の戦力を分散させたい、とガロアから攻撃要請があった。
以前の戦闘では伏兵で大変だったという話があったため今回は周辺の索敵を多く飛ばしたのだが、その分主戦場に割り振れる兵力が少なくなり俺にもお鉢が回ってきた……本末転倒ではないか、と思わなくもないが、どうあってもダメージを受ける主戦場に向かう人員が少なくなるという事は、仕事が少なくて済むという事であり……整備士の俺としては複雑な心境だった。
周囲の索敵に向かった機体のうち実際に会敵したのは数機だったが、配置は巧妙で見つけられないまま戦闘に突入していれば被害は大きかったに違いない、とはオペレーターのコノハ嬢の談。
高低差の激しい地形だったため影響の大きかったであろう、機体の下半身の関節部のチェックが終わり、引き続き表面装甲の整備を行う。避け損ねた近接攻撃を思い出して反省することもあれば、覚えの無いダメージに首を傾げることもある。
そして一際大きな……
「……あれは一体何だったんだ。騎士団長から何からエース連中が目の色変えて襲ってきやがった」
思い出すのはフェニエ陣営の繰り出してきた猛攻。脚部に刻まれた狙撃の痕跡、そしてコクピットハッチの接合部をこじ開けるように捻じ込まれた銃身……あれは明らかに狙ったものだった。でなければ主武器を潰すような攻撃をするはずがない。
あの攻撃の所為でコクピットに亀裂が入っただけでなく、油圧シャフトが歪んで緊急脱出口を使用する羽目になったし、ニュードの飛び交う戦場に生身を晒すという恐ろしく肝の冷える思いもした。自身に耐性があってもニュードの毒性の恐怖は誰しもの心に染みついている。滅多に狙われない部品が損壊したことで部品の入手も大変だった点も見過ごせない。
弾け飛んだ装甲片から目だけでも守ろうと咄嗟に左腕で庇いつつ後退したが……すぐに退却を選ばなければどうなっていたことか。
「ガロアの別動隊が目標プラントを確保したらしいし、戦略的にはこっちのが勝ちだったからいいが」
何故、自分だけがあんな攻撃を受けたのか。勝敗は戦場の常であり、またフェニエからそこまで恨みを買うような戦闘を行った記憶も無い。あくまでボーダーらしい戦闘ばかりだった筈……
解けない問題に頭を悩ませつつ、その日の整備は続いた。
●-●
フェニエ騎士団 女性士官寮 ミーティングルーム
「大戦果と言っていいな」
部屋の照明はつけられておらず、モニターからの青白い光が室内に並ぶ面々の端正な顔を不気味に照らしていた。
彼女達の視線の先にあるのは解像度の荒い幾つかの画像。
「斬滅使徒の残影に至る聖痕……今や我らが手中に在りか。序章はこれまでのようだな」
「デヒテラ!……いや、今はよそう。最初に申し上げた通り、こちらの画像が今回撮影できたものです……イリーナ様。最も状態の良いものですらこの荒さ、我が身の不明を恥じております」
「よせマルファ。大戦果だと言っただろう……むしろ恥ずべきは私の方だ。到着が遅れて二当てしか出来なかった」
「そんな……!」
「それよりも続きを聞かせてくれ。『中身』について進展があったと聞いたが?」
「は……ハッ!御存じの通り正面からは捉えられませんでしたが、周辺施設の監視カメラとデヒテラの狙撃銃のスコープから……ダメージを受けたハッチに亀裂があり、そこから内部を撮影することに成功していました。監視カメラの方は民生品ですので画質がこれよりも荒く使い物になりませんでしたが……こちらの、この部分です」
数枚の画像の中から一枚が拡大され、その一部に赤いマルが表示される。
「イリーナ様が銃身を打ち込まれた直後の画像です。恐らく顔を庇っての事だと思われますが……左腕の、この部分。前後のコマとも比較し画像解析した結果、特徴的な三本の傷跡が検出されました……それもこの瞬間出来たものではない、古い傷です」
「!……それはつまり」
「はい。もしも今後生身で遭遇した場合、その人物であると特定することが出来ます」
目的を考えればS.N.C.A.に面と向かって「そちらにこのような者はいるか」と聞くことは出来ない。しかし……偶然顔を合わせる機会があれば。
「素晴らしい成果だ!プラントの一つや二つ程度奪還するのは容易い……その事を考えればこれは、これこそが今回の戦闘において最高の成果であったと言えるだろう」
自国の領土を奪われた事をその程度、などと騎士にあるまじき発言を平然と吐き捨て、しかし咎めるものは誰一人としてこの場にはおらず、ただただ彼女はその身を掻き抱く。
「忘れもしない……あの屈辱、あの絶望、この身を捕らえた鋼鉄の冷たさ!ああ……私はまた一歩貴様に近づいた!」
空色の瞳に昏い狂気を浮かべ、彼女は嗤う。
いや、彼女だけではない……室内にいる全員が、カタチは違えど同じかそれ以上の執着をその瞳に浮かべていた。
「尽きることなく燃えるこの気持ち……ふふ、まるで恋する少女のようではないか」
絶対に違う。
そう突っ込むものが居ない空間で、彼女たちは想いを募らせる。
近くて遠い出会いへ向けて……恋にも愛にも重すぎる想いを。
イリーナ様見た瞬間「くっころ」って呟いちゃったのは俺だけではない(断言)
とりあえずイリーナ様がくっころしてヤンデレ堕ちするのとデヒテラ嬢に一目惚れさせる回はどれだけ時間がかかっても書きます。ホントだよ!
ここだけ見たら勘違いしそうだけどイリーナ様ちゃんとデレあるよ!ホントダヨ。
それ以外に原案浮かんでるのはキトリーとコノハとフリッシュ。
でもヤンデレ書くの難しいね……テンプレ通りのヤンデレはそのまま出したらただのサイコパスだから如何にして真っ当に狂気を出すかが難しい。ヤンデレもの書いてる人は凄いなぁ……
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騎士団長は研鑽する:前編
ってか戦場でブラスト爆散して片方のプラントにだけダメージ入るってどういうことですかねぇ……?
って謎について考えてたら出来た話。文字数えらいこっちゃになって前後に分けたら前半モブだけで一話になっちゃったのは申し訳。
名も無きモブ視点ちゅーい。
CPUでポンコツ多すぎるからって行き過ぎた無双にもっとちゅーい。
フェニエ騎士団駐屯地 ブラストランナー用演習場
「続いて三番機、始めてください!」
『三番機、行きます!』
鋭い号令と共に、コンソールに表示されたランプの内一つが赤から緑に切り替わる。
同時、ブーストを噴かせて鈍色の機体が飛び出した。
脚部のローラーを土を巻き上げながら回し、一直線に設置されたカタパルトへ駆け込み起動。稼働時は常に帯電しているリニアカタパルトは、いっそ暴力的なパワーでもってブラストを目標地点へ跳ね飛ばす。
『ぐぅっ……ぬっ!』
そのまま着地、衝撃吸収を経てまたブーストを噴かせ走る、走る。
廃屋の隙間を抜け、岩壁を蹴りつけ、一心不乱に前を目指して……
「そこまで!……三番機、目標地点へ到着。タイムは58秒です」
『まぁ1分切ったしノルマ達成、ってとこかな?ところでどう?今夜ディナーでも……』
「……続いて四番機、準備はいいですか?」
『はい!よろしくお願いします!』
「では……四番機、始めてください!」
そうしてブラストが次々送り出されては駆け抜けていく。
十数機のブラストが一機ずつ走り抜けた後は連携移動、十字砲火、紅白戦と続き、終わる頃には丁度昼休憩といった頃合いという、あくまで合理的ないつもの訓練風景であった。
それを遠目に眺める、金の髪を靡かせた修羅がいることを除いて……であるが。
○
模擬戦も終盤に差し掛かり、両チームのコアゲージも残り僅かとなった。
互いに譲らぬもののあと少しでこちらが競り勝つか、といったとき、左翼から敵に突破された、と通信が入る。
「まずい……コア攻撃を受けたら抑えきれないぞ!ここは任せる!」
『無茶言いやがる!プラント守り切れるか分かんねぇぞ!』
「どうせもうすぐ終わる!コアを落とされるよりマシだ!」
せめて時間稼ぎを、とECMグレネードを投擲し転送に入り、特に集中砲火を受ける事も無く転送は成功した。ECMが当たったのだろうか。
少しの浮遊感の後、ブーストで幾分緩和された着地の衝撃を受けながらモニターを見回す。
(まだ来ていない……?いや、センサーが最後に表示した位置と転送にかかった時間を考えるとそろそろ来ているはず、武器変更!)
ウィーゼル機関銃をマウントし、サワードロケットを構える。
(コアに潜り込むための経路はふたつ。どちらかヤマを張ってもいいが、足の遅いヘヴィガードでは外れた時のリスクが高すぎる。ここは落ち着いて待つべきだ……ん?)
一瞬、モニターに映る景色が歪んだ気が……違う!
サイドキック、ジャンプを同時に蹴り込み操縦桿を一気に倒す。一気にかかる慣性に堪えながらモニターの歪みに向けて照準を合わせ、トリガーを引き絞る!
真っ直ぐ飛び出した模擬弾が地面にぶつかる寸前、空中で弾け、光学迷彩を展開していたブラストが力場を狂わされ現出した!
『Bチーム四番機、大破!コアゲージ規定値到達……戦闘終了、Aチームの勝利です!』
「いよっしゃ!ラストショットはいただきだぜ!」
コクピットの中で俺は快哉をあげた。モーションシステムを起動し四番機を追いかけてきたチームメイトにガッツポーズを送ってみせる。
「見たか!?俺のサワードロケットが直撃だ!」
『わぁーってるっての、はしゃぎ過ぎんな!あと一戦終えたら昼飯だからその時しっかり聞かせて貰うよ、キッド』
「ガキ扱いすんな!それに賭けは俺の勝ちだからな……戻ったらキッチリ出せよ!」
『はいはい、わかったわかった。身長があと5センチ伸びたら大人扱いしてやるよ……ほら、払い戻しは午後イチにやるから今は転送システム起動しろ。ヘヴィガードは余計時間食うんだから』
「お前……次の試合覚悟しとけよ!確かチーム別だったろ!」
言いながら転送システムを起動させる。
後はオペレーターが地点を割り振ってくれる。そのままチームのベースまで転送され、弾薬補充が終わり整列が済み次第、今日最後の模擬戦だ。
『……Aチーム五番機、転送します』
ふわり、と浮遊感を感じた後、モニターに映る景色が切り替わる。
「……ん?どうして全員いるんだ」
そこにはAとBに分かれるはずのブラストが全て揃っていた。
更にBチームの五番機まで転送され、10機のブラストが勢揃いしている。
しかし全員突然の事で困惑しているようで、誰も動くことが出来ていない。
『全員揃いましたね……では全機、順に補給を行ってください。説明は補給と並行して行います』
「ちょっと待ってくれよ、そんな突然……」
『静かに!』
「っ……!」
鋭い声に思わず肩をすくめる。他の機体も驚いたようで、ただ事じゃないと慌ててリペアポッドに入っていく。
『これより臨時の実戦訓練を行います。使用するのは模擬弾ですが、より実戦に近い形にするため実戦時に近い衝撃を生み出す特殊な弾頭を使用してもらいます』
(特殊な、って……)
『そして近接武器については刃を潰してあるものの衝撃はそのままです。訓練であっても万が一もありえる、という事を覚悟してください。30秒後に戦闘を開始、目標は敵ベースのコアを攻撃し、破壊することです……それまでに質問があれば、どうぞ』
一瞬呆気に取られていたが、慌てて皆が声を上げる。
『敵の数は!』
『不明です』
『制限時間は!』
『600秒です』
「ゲージ量は!」
『モード3の規定が適用されます』
『兵装は!?』
『再出撃時の兵装選択は自由とします……それでは戦闘を開始してください、始め!!』
(おいおい冗談じゃないぞ……いきなりにも程があるだろ!?)
いつの間にかIFF(敵味方識別装置)の登録もAチームに統合されている。
『いいから行くぞ!実戦じゃ敵は待ってくれねぇんだ、まずプラント制圧!』
「ッ……了解!」
慌ててカタパルトを使い、ベース近くのプラントを制圧していく。
プラントは制圧範囲内で機体から専用の暗号通信を行うことで制圧でき、機体数が増えるほど並行して進むため早く制圧できる。
専用の制圧装置なんかも開発が進められているらしいが……
「プラントBも制圧、っと。マップは……ん?」
プラントBを制圧し、プラントCへ移動しながらマップの倍率を変更する。いつも戦闘開始と同時に最大まで拡大して近距離戦闘に備えているが……
「ひとつも制圧されていない?」
倍率を戻し、戦場全体を俯瞰した時、プラントの制圧状況も同時に確認できる。出来るのだが……相手はそれをひとつも占拠していない。
考えられるのはみっつ。
ひとつは相手の機体数が少なく占拠に時間がかかり過ぎている。
ふたつは単純にこちらを侮っている。
そして最後に……
「おい!相手はプラント占拠をしていないぞ!誰かコア周辺を索敵していないか!?」
『何!?最初からコア攻撃だと!』
「クソッ、Cまで占拠していれば戻るのも早いだろう、エリア移動の早い奴、念のため行ってくれないか!」
『了k』
衝撃、轟音、暗転。
『Aチーム、一、二、三、五、六、八番機、大破』
「……え」
なにが、あたまおもい、よこ、え、これは、ひっくりかえって……?
『機体に救われたか。だがこれではな』
発砲音、衝撃。
『Aチーム、四、七、十番機、行動不能』
Pi.
>>行動不能判定を受けました...
>>...
>>...
>>...
>>再始動失敗
>>大破判定を受けました...
>>自動転送を行います
え?
『Aチーム、九番機、大破』
……え?
○-○
気が付くとベースに転送されていた。数秒意識が飛んでいたのか。
『……!…………!』
それとも数十秒?数分か?俺は……
ゴン!
「ッ!」
『おいキッド!呆けるのもいい加減にしやがれ!!まだ終わってねぇぞ!』
気付けばモニター一杯にクーガーの頭部が映りこんでいた。
「おわっ!」
慌てて機体を後退させる。ダッシュ一発、20メートルの距離が開く。
『ようやく起きたか寝坊助小僧!サッサと行くぞ!』
そう言い残してクーガーはカタパルトへと向かっていく。敵と戦う為に。
そう、俺が面を拝むことすら許されなかった……
「……ふさけんなチクショウ!どこのどいつだ!?」
思考が一気に沸き立つ。怒り、そう怒りだ。
恐らく受けたのは榴弾砲、一撃の威力から察するにギガノト榴弾砲を、固まって制圧するであろう地点に撃ち込まれ、そんな事にすら気付かず俺たちはノコノコと一網打尽にされに行ったのだ。
我が身の不甲斐なさ、自分がまだ装備することを許されていない兵装を運用できる相手への羨望、上等カマしてくれやがった相手への屈辱……それらがまだ見ぬ相手への尽きない怒りとなる。
衝動のままにカタパルトへと向かい、相手の位置を探る為にマップを展開、並行して状況を確認する。プラントはCまで制圧し、Dは中立、モード3のためコアゲージの総量自体が少ないからか、自軍ゲージ残量が半分を割っている。
マップを中程度まで拡大し、味方が飛ばした偵察機に反応が……
「一機!?一機だけだと……ふざけやがって!吹き飛ばしてやる!!」
再出撃を無意識に行っていたのだろうか、兵装は重火力のままだ。
好都合とばかりにサワードロケットを呼び出し、詰まっているのは模擬弾だという事も忘れて反応のあった場所へと急行する。
しかしヘヴィガードの足は遅く、ブースト容量も少ない。途中で数度味方に追い抜かされてしまう。次の再出撃は忘れずCから行くぞ、と考えながらもっと早くとペダルを踏み込む。
カタパルトを使う事一度、ブーストを使い切る事二度、リフトで上る事一度、更にブーストを使い切る事もう一度……戦闘が行われているプラントEへ到着した。
『くっ……撤退する!』
『外れた!?うわっ!』
『やめろ、誤射が……があっ!!』
そこは、正しく地獄だった。
鈍色の機体数機の中央で、白金の機体が踊っていた。
数人がかりでたった一機の機体が倒せない。自分の攻撃は外れ、相手の斬撃は当たり、誤射で動けず、その隙を突かれ銃弾の雨を受ける……何よりも。
『クソッ、我らが紋章を、こんな、こんな奴にぃぃぃいいい!!』
ソイツの肩。
我らがフェニエの紋章が刻印された肩部装甲が。
紋章を真っ二つに引き千切るように、付け根から端まで切り裂かれていた。
騎士として、また騎士を志すものとしてあってはならない冒涜。
それを堂々と見せつけるような相手に、あれほど無様を晒し……今、銃弾を掠らせる事しか出来ていないのか。
(怒りって突き抜けるんだ、初めて知ったな)
「……テ、メェェェェエエエエエエエッッ!!!!」
あえて少し手前の地面に当て、爆風で動きが鈍ったところを蜂の巣にしてやる、とサワードを狙い、撃つ。すぐさま武器をウィーゼル機関銃に変更。
『馬鹿者め、周りと相手をよく見ないか』
それよりも早くなお速く、赤い炎の尾を引いてロケットの弾頭を跳び越え、いつの間にか持ち替えられていた幅広の刀身が画面いっぱいに映り込み……
ガギャッ!!
「ごぉっ!……」
『Aチーム、十番機、大破』
機体が大破を判定し、自動的に転送が開始される。
モニターの中で俺の放ったサワードロケットが後ろから追撃しようとしていた味方に衝撃を与え怯ませるのを……その味方が今度は敵のクラッカーを受けて行動不能判定を受けるのを、まるで他人事のように見ているしかできなかった。
○-○-○
(CCCCCCCCCCCCCCC!!早く再出撃をさせろ!)
あれだけ密集しては下手な爆発武器などは使えない。しかしヘヴィガードを使用している現状、最も装備重量が軽量である強襲兵装は勿体ない。
コアゲージもほぼ残っていない。これ以上の損耗をすれば……敗北。
(面制圧できるショットガン!再始動が可能なリペアユニット!距離をとればヘヴィガードでだってソードくらい躱せるはずだ!せめて……せめて一発だけでも!)
現在進行形で撃墜されている味方を再始動せんと、相手にせめて一矢報いんと、プラントCへと再出撃を行う。
ふわり、と浮遊感を感じ、機体がプラント少し手前へ投下された。
(さぁどこだクソ野郎!)
すぐさま索敵センサーへと持ち替え、目の前の廃屋の陰へ貼り付ける。味方が次々と撃墜されているため、センサーが消滅して相手の位置がわからないのだ。
(出た……?)
赤い光点がマップへ表示される。だが。
「うしろ?」
何故光点は自分より後ろにあるのか。
何故今も自機から遠ざかっているのか。
何故……ベースの周辺に誰もいないのか。
『……やられた』
一番最初にコア攻撃の事を考えたはずなのに。
この人数差であれば三方向からコア攻撃を狙えば誰か一人は敵コアまで到達出来たはずなのに。
今からベースへ転送するには遅く、機体の速度は尚遅く……無人の山道を悠々とコアへ突撃する相手の背中を見ている事しか、俺達にはできなかった。
○
完勝。
翻って、完敗。
ただの一度撃墜するどころか、一矢報いる事すら叶わなかった。
誰しもが無言で、オペレーターの声に従うままにベースへと転送され、整列する。
そして奴が来た。
視界に入った瞬間、燃え尽きたと思っていた怒りが再び膨れ上がる。
白をベースに金で要所を塗り重ねた、今着る騎士団の服とそっくりのブラスト。装備は複数用意されているのだろうが、今は強襲装備のようだ。背に備えた模擬剣のモデルはSW-ティアダウナーだろうか。
転送の衝撃をブーストで自動的に相殺し、静かに着地した機体がゆっくりとこちらへ向いた。
真一文字に切り裂かれたフェニエの華
「くっ、この……」
『キッド!……わきまえろ』
思わず武器を構えそうになった俺をたしなめる声が聞こえ、辛うじて衝動を抑えることが出来た。
(そうだ……負けたんだ、俺は。俺たちは……これ以上は恥の上塗りだ)
これではキッドと呼ばれても仕方がないではないか。
敗者には敗者の矜持がある。ましてやこれは訓練、命があるなら次がある。
そう何度も何度も自分に言い聞かせ、どうにか震える拳を太ももへと押さえつける事が出来た。
『ふむ、気骨もあり自制も出来るか……そこは評価しよう。だがな』
戦闘中幾度か聞こえた声……どこか聞き覚えのある、と思った瞬間、白い機体が胸元へ手を伸ばし、コクピットハッチが開かれた。
●
周辺ニュード汚染濃度が規定値内であることを確認し、機体のコクピットハッチを開放する。
吹き付ける風に髪がふわり、と舞うが、もう何年も続けている髪型だ。どこをどう抑えればマシかは十分に知っている。
しっかりと足をかけ、降機用の手すりも使いながら機体の外へ身を晒した。髪とマントが改めて風に煽られる中、すぅと息を吸って、腹に力を籠めて。
「揃いも揃ってこの体たらくは何だ!!貴様らそれでもフェニエ騎士団かっ!!」
『だ……団長っ!?』
「教本に学ぶのはいい!基礎が無ければその先は無い……しかし!実際にブラストに乗って貴様らは一体どれだけ経った!?偵察も飛ばさず、分散もせず、たった一機だと分かった時点でコア攻撃を狙うもしない!」
情けない……不甲斐ない、つまらないいけないないないないナイナイナイ何も無い!!
「三番機!唯一の偵察機を搭載しながら索敵を怠るとは何事だ!双方のベースからの距離を見れば最速での衝突地点はおのずと見えよう、呑気にプラントなど制圧するのが貴様の仕事か!……五番機もだ!予想される進行ルートの傍でプラントを制圧しておきながら予想侵攻ルートを放置し、プラント攻撃に備えた地雷を敷設する……索敵センサーが泣いているぞ!」
「一番、二番、六番、八番機は論外だ!貴様ら軽量機(シュライク)に乗って重量機体(ヘヴィガード)と足並みを揃えて何をするつもりであったか!グレネード一つで全滅するぞ!」
「四番、そして七番!兵装の切り替えの思いきりはいい。しかし重量級機体で強襲兵装を選んだならば、あの状況でやるべきは重装甲を活かしたコアへの突撃だろう!速度機動で水をあけられている相手へ攻めて何とする!」
「十番機、貴様もだ!砲撃を受けて吹き飛ばされるまでは仕方ないにしても、呆けてすぐに姿勢制御をしないから易々と追撃を受ける!周囲の影響を考えずにサワードロケットなぞを撃ち出し、一本橋の上で立ち尽くしたまま武器交換など訓練兵の行いだ!」
「九番機!戦況確認や後退、着実なプラントの制圧は評価しよう……しかしならばこそ周囲を率いて見せよ!ああまでやられている状況で声を上げないのはただの愚鈍な怠惰だと知れ!!」
評価するべき点は確かに存在する……しかしそれを差し引いても余りある減点が私の口を止めさせない。
これが国防の要たる騎士団の訓練でなければ、ハラスメントを訴えられても致し方ない……しかし10機がかりでただの1機のブラストすら落とせないではそれ以前の問題だ。
「若輩ながら騎士団を預かるこの身だが、羊飼いになった覚えはないぞ。騎士とはヒトであって羊の群れでは断じてない……貴様らの未だ小さすぎる双肩には、今でさえフェニエの全国民の命が乗っているのだと自認せよ!祖国の守りを誰かに任せているばかりでいいなどと、そのような愚者は今ここで私の手ずから切り捨ててやる!!」
機体のコクピットから右腕へ飛び移り、ハッチの上へ、そして頭部へ手をかけ……左肩の傍へと立つ。
未だに鋭利なまま、美しい傷跡を残す左肩に、胸の奥で燻り続ける火が再び大きく猛る。
「これを見よ!私とて無敗でも不死身でもない……戦場ではほんの少しの油断が命取りとなる。幾度耳にしようとも我が身に降りかかるその時まで、心へ真に刻もうとしなかった……その愚かしさの代償だ!我が機体は我らが祖国の紋章ごと二つに裂かれ、この身は刹那であろうとも確かに虜囚の辱めを受けた!この装甲は己が戒めとしてその時そのままに残したものだ……」
握りしめた拳が震え、噛みしめた唇は鋭い痛みを訴える。
しかし、胸の内から燃える炎に堪えるのが精一杯で……噛みしめた唇からはついに一筋の血が落ちた。
『ッ!……』
「我が身は人なれば永遠に戦い続けることは叶うまい。いずれ騎士団長の座から下る時も来よう。それが十年先なのか、一年か……それとも、明日か。人の身に未来を知るすべがあろうものか……しかし、未来を変えることは叶うのだ。何もしなかった昨日があれば何も成しえぬ今日しかない。だが一歩進んだ今日があれば明日にはもう二歩先へ進めよう。なれば今日の敗北に抗い、日々研鑽に努め雪辱を果たしてみせよ!!……今一度答えよ、騎士の誓いは!!」
『『『『『我らが盾は王の為!我らが剣は民の為!我らが命は祖国が為に!!』』』』』
「貴様らは王より剣授かりし騎士、我らこそはフェニエ騎士団である!そのこと、ゆめ忘れるな!!」
特殊弾頭(試製インパクトボム)
言うまでもないけど騎士団「で」研鑽してるイリーナ様ですな。
傍から見たら高校野球チームにメジャーリーガーが乱入して一人でホームラン連打かまして初回コールド勝ちとかいうウルトラ大人げないソロプレイ。でも騎士として給料貰ってるくせにサボったり賭けしてるから自業自得だしホラ、綱紀粛正も団長の業務だから……。
後編でR-18な感じのイリーナ様書きそうになったけどこの小説はKEN☆ZENです。
ただヤンヤンしてるだけなので。それだけなので。
後編で思う存分サイコパスっちゃって貰いますとも。
ともあれ、ボダ世界の物理法則なんて分かったもんじゃないので何か納得できない事があればそれは全てニュードの所為です。うちの世界のニュードはこういう反応示すだけで、貴方の世界のニュードはまた違った作用を見せてくれるのでしょう。
てなわけで皆もっとボダ小説書こう。折角PS4で出て使いやすいキャラ一杯増えたんだし。
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騎士団長は研鑽する:後編
出先にパソコン持って行けなくて執筆滞ってました。やっぱ出張先でも書けるように何かしら用意した方がいいんじゃないだろうか。書けないストレスが意外に響いて……ぬーん。
しかも今月もまた出張。チクショウメェ!!
でもデヒテラちゃん書くまでは続けます。続けますとも。
あとアランが盛大にやらかしてくれちゃってプロットまで綺麗に吹き飛びました。
カークマン博士とローザの間にちょっと関わりがあったとか本編で言ってたんでローザさんはそっちでヤンヤンさせて、イーリスはアランの機体奪っちゃうくらいだからそっち方面でヤンヤンさせたかったのに……被っちゃったよ。
でもアランの死体があったって名言されてないんですよね。騎士団が残骸を回収したらしいし……ワンチャンある?
フェニエ騎士団本部 旧第一格納庫
基地でも使われることの珍しい、古い格納庫……その中の空いたスペースに機体を固定し、タラップを呼び出す。
からからと音を立て、機体へ乗り降りするためのタラップが滑ってくる。自分の機体の目の前に来たことを確認してからハッチを開いた。
カツ、コツ。
硬質な音ががらんとした格納庫に響く。自分の愛機も含め、通常使用する機体は全て新しく出来た第三格納庫へ置かれており、ここに並ぶのは古い機体や訳あって動かせない機体がほどんどだ。
必然、人は少ない……今いるのもこの機体の整備のための二名だけだ。機体の整備が終わればここは消灯され、再び無人となるだろう。
「お疲れ様です、イリーナ様」
「ん……いつも済まないな。私の我儘に付き合わせてしまって」
声をかけてきたのはいつもこの機体の整備を任せる整備士だ。
まだ年若く、整備班の中でも新人としてあちらこちらへ連れ回されては、また次の所と走り回っているのをよく見かける。最初に来たときは雑用としてよく叱られていたが、数多くの機体に触れ、教えられることでその実力を伸ばし、普段使わないものとはいえ騎士団長のブラストの専属を任されるほどの成長を見せている。
この機体だけでなく、愛機(あちら)の整備を任せる日も遠くないかもしれない。
「まさか!この機体を預けて頂けるという意味、十分理解しているつもりです……あ、先程の訓練以降、騎士の面々が見違えるほどの熱意と執念で訓練に取り組むようになった、と指導教官から報告がありましたよ。昼食もとらずに全員が訓練に入ろうとして、教官からどやされたそうです」
「はは、適度な休息をとらねば鍛錬は無駄だと言うのに……まぁ奮起してくれたならいい。あそこの教官には義理もあったし、フェニエの利であれば、それは私の利でもある……それで、本題は?」
「はい、久方ぶりに動かされた機体の調子の確認と、その整備についてなのですが」
二人そろって機体を見上げる。
当時は最新鋭機だった機体。日々技術革新と進化が繰り返される今では少し型落ちとなった機体。
「日々の点検を欠かさず行っていてくれたのだろう。前に乗った時と変わらない、慣れた感じがした……」
「そう言っていただければ何よりです。そこを一番注意したので整備士冥利に尽きますよ……正直な所、部品の旧式化が進んできていましてね。製造終了したパーツはどうやっても手に入らない場合現行品と置き換えを行うんですが、注意しないと勝手に『性能が良くなって』しまいます。今の機体バランスを保てるのは……あと半年程度と、思っていてください。それ以上は部品の在庫が無くなり、整備の手間が追いつかず性能を落としきれなくなります」
「……そうか」
厄介な仕事を押し付けている自覚はある。
騎士団長の身分があってこそ許される我儘。普段使う事も無い機体の為に、他よりも少ないとはいえ確かに予算が回されている事実……公私混同甚だしいと、自分の学んできた知識は揃って不合理だと切り捨てるのに。
「あと半年は、このままでいられるのか」
「……こいつの次の出撃予定はまだしばらく先でしたね。見た所被弾も模擬弾のみ、内外のセンサーもオールグリーン、すぐにでも再出撃が出来るレベルですし……」
「おぉい、嬢ちゃん!補給終わったぞ!」
「ナイスタイミング。……という訳で、我々は先に戻らせていただきます。消灯戸締りは……言わずもがなですよね」
「ああ。いつも済まないな、気を遣わせてしまって」
「いえ、我々にできるのはこの程度ですから。それでは……」
つい漏らしてしまった言葉に寂し気な笑みを浮かべ、整備士が片付けを始める。
引継ぎや消灯、施錠の手順は聞かない……聞く必要がない。いつも、と覚えられる程度にはこの場に足を運んでいるため、もうすっかり覚えてしまった。
騎士団長の仕事だって少なくはないのに、どうにか時間を作り出してここへ足を運んでいた。エメットの扱いを理解してからは仕事がこれまでの倍以上の速さで進むようになり、ここへ来る頻度は更に増えた。
工具箱片手に、離れた扉から整備士が一礼して出ていく。照明もこの一角を残して落とされ、ドアが閉じられた後は物音ひとつしない。
格納庫内は必然的に騒音が立つため、防音もしっかりされているため外の音もほとんど入ってこない。
「今日はエメットが働く日だったな。なら、時間はあるか……」
つまり、今はもう私だけの空間。がらんとした暗く寒々しく広い、全てから束の間解放される孤独の時間だ。
先程降りて来たタラップを再び上り、コクピットハッチを開く。
ちら、と視線を機体の左肩へと投げ……のろのろと機体に潜り込んだ。
そのままハッチを閉鎖し、起動シークエンスを中断させシステムを落とす。全ての表示灯が消え、周りが完全な暗闇と静寂に落ちる。
聞こえるのは自分の心音と呼吸、身じろぎの衣擦れ。
目を開いても暗闇ばかり、赤とも青とも白とも言えない黒が、瞼を閉じた時同様にまだらに広がる。
思い返すのは左肩。切り裂かれ、摘み取られた己が誇り。
「分かってはいるのだ……見当違いの恨みであるなど」
○-○
「今月で何回目でしょうか」
「ん?何か言ったか嬢ちゃん」
「ええ……イリーナ様ですよ」
「あー……」
工具箱をゆらゆらと揺らしながら、整備士は並んで歩いていた。思い返されるのは当然、我らが騎士団長だ。
仕事の合間を見つけてはあの機体のもとへ通っている。その胸中を慮り、また場所が旧第一格納庫である事も相まって、重要な仕事が無い限りは一人にさせるのが整備士の中での暗黙の了解になっている。
「イリーナ様、もう二年以上前なのに……それでもまだあんなに思い悩まれている、おいたわしいです。それほどショックだったって事ですよね」
「そりゃ名も知れないボーダーにブラスト真っ二つにされりゃあなぁ……当時は整備班までえらい騒動になったそうじゃないか。まぁ当時は団長まで行ってなかったとはいえ、エースの機体が堕ちちゃ大変だろうが……どうした?」
きょとん、とした顔で立ち止まった整備士の女性へ振り返り彼は疑問を投げる。
やがて合点がいった、とばかりにあ、と呟き慌てて歩きはじめる。
「そういえば主任、あの騒動の後で北から引き抜かれてきたんでしたっけ。あの時はすぐ緘口令が敷かれて、その直後にもう一つでっかい事件があって有耶無耶になったままだから……そっか、知らないんですね」
「おいおい、一人で納得してないで俺にも聞かせてくれねぇか。丁度新しい話に飢えてたんだよ」
「確かに緘口令はもう解かれたから話してもいいんですけど……」
「緘口令たぁ穏やかじゃねぇやな。気持ちのいい話じゃなかろうが……」
「……ええ。でもご存じないのならきっと知っておくべき事なんです。それで、あの日の事なんですけどね……」
------
ベースに設置されたコアは、プラントが吸い上げた周辺のニュードを転送し、収束させ、圧縮しエネルギー源として使用できるようにするための装置だ。ニュードを吸収し圧縮する、というそのものの性質からニュードによる攻撃は効果が薄く、実弾や爆発による衝撃でコアの安定性を落とし自壊させる。
そうして、自軍の占有するコアへのニュードの集積率を上昇させるため、隣接するベースの間では戦闘が頻発する。
また、直近のベースが破壊されたからといって報復に相手コアまで破壊してしまえばその地域からのニュード除去作業そのものが停滞するため、コアが破壊されれば戦闘を迅速に停止する事があらゆる戦場での暗黙の了解として成り立っている。
そして……コアはプラントとリンクしそのニュードを転送、集積するが、特定条件下においてニュード以外を無理矢理転送に巻き込ませることが可能である。ブラストが行動不能になった場合には、装甲に使用されているNCメタルに含まれたニュードをコアに『吸わせる』事でベース内の地下格納庫まで転送している。
エリア移動などではコアの流量計算を行い安定した経路を作成して行っているため比較的安全だが、緊急回収ではその工程を省略している。無理にニュード以外を『吸う』代償としてコアの安定性が落ちるが、ブラストに搭乗できるほどのニュード耐性を持つ希少な人間を喪う事に比べれば、随分と安い代償と言える。
また、ブラストへのダメージが蓄積していたり、あまりにも強力な攻撃により一撃で機体の原型が保てない程のダメージを受ける場合、その瞬間にブラストそのものがリアクティブアーマーとして働き、装甲や内部のニュード機関に蓄積された全てのニュードをコクピットブロックへ逆流させ、ニュードの圧力でもってあらゆる攻撃からボーダーを包み守りながらコアへと『弾き飛ばす』。これがいわゆる大破であり、その場に基礎フレームしか残らない理由である。
この時ばかりはブラストは全損するため、行動不能のまま転送されるようこまめにリペアポッドなどで修復が推奨されているのだが……それはまた別の話だ。
総じて、ブラストによる戦闘での戦死者は意外なほど少ない。
無論、ゼロではない。
事故は発生しうるものだし、(通常はそれまでに行動不能になるが)装甲や内部のNCメタルが著しく少ない状態でギガノト榴弾砲のような大火力の攻撃をコクピットへピンポイントで直撃したりすればニュードによる保護が追いつかず死に至る。
何よりも、大破時の転送はその特性上、通常より圧倒的に多いニュードに晒されるため、身体への害が大きい。
だが、それでも……脱出装置はあらゆるブラストに搭載され、また過度の追い打ちなどの掟破りは敵味方両軍から狙われる原因となるため、誰しもが行動不能機に追い打ちなどという真似をしない。余程不幸なものを除き、戦死者はほぼゼロ……それが戦場の常であった。
常で、あるはずだった。
何でもない、いつも通りの戦場のはずだった。
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「だけどあの日はいつも通りじゃなかった。イリーナ様の機体にわざと整備ミスを施した男がいたんです」
嫌悪と侮蔑に染まった目で彼女は呟く。
「ブラストには緊急脱出装置が搭載されているじゃないですか。そのニュード伝送経路を改造して……機能停止と大破時の流路を途中でクロスさせていたんです。ご丁寧に、メイン機だとすぐにばれるだろうからと予備機の方にそれを仕込んで」
「機能停止と大破を逆転だと!ボーダーを殺す気か!?」
機能停止は本体のジェネレーター内部のニュードを使用して、脱出まで表面装甲を保護する。
大破時は、そもそもの装甲やN-DEFが不足している状態だ。そこからなけなしのニュードを使い尽くし、ニュードの繭でコクピットを包む。
同じ保護であっても内と外、その力の向きは真逆だ。
もしそれが逆転すれば……
機能停止したのであれば、表面装甲を保護するためのニュードの嵐がコクピット周辺に吹き荒れることになる。大破脱出でなく、再始動を受け付けるだけの時間が用意されている……その10秒間、ブラスト一機分のニュードがコクピット周辺に吹き荒れる。ボーダーをレアに焼き上げるには十分すぎる火力と時間だ。
また、大破したのであればそれはそれで問題だ。装甲が不完全な状態で、ボーダーを保護するためのニュードが外向きに流れて装甲の周りに噴き出し……そして終わる。
大破脱出のためのニュードは周りに吹き散らされているためボーダーの転送は成功せず、駆動系内部のニュード全てを消費したため機体は動かず、装甲内のニュード全て使用するため、後に残されるのは装甲がスカスカの鉄の棺桶だ。
「しかも当時既にエースと呼ばれるだけの実力があるなら、やられても機能停止どまり……ほぼ確実に死ぬな」
「はい。しかも流路自体は近いので間違えて新人が接続した、チェック漏れだった……そんな言い訳がまかり通ってしまうんです」
「クソッ、舐めた真似を……」
「犯人は今はもう処刑された……マドロック伯爵でした。イリーナ様の弟君が当時の王太子殿下とご学友で、親交も深く……飛ぶ鳥を落とす勢いのイリーナ様が軍部を掌握され、王にも覚えの良いニコライ様がいるとなれば、かの家の権力は並ぶものが無くなるのでは、と。そう思ったが故に、その姉弟の双方に策を仕掛けて……」
「嫌だねぇ、お貴族様のゴタゴタってのはよ。よく生きてたもんだ……というか、よく伯爵をしょっぴけたな。基本アシはつかないようにしてたんじゃないのか?」
嫌そうな顔をして頭をかく。年端もいかない姉弟へ魔の手を伸ばす貴族の闇の深さに、自然と眉にしわが寄ってしまう。
「ええ、普通は捕まらなかったのでしょう。ですが、ニコライ様へ仕掛けた策というのが……新兵の訓練地を敵陣近くへと誘導し、その情報を敵方へ漏らし襲わせるというもので。あわよくば、程度の狙いだったのですが、その……その訓練をお忍びで視察されていた方がいらっしゃいまして」
「……まさか」
この話の流れだと、その場にいたのはまず間違いなく。
「王太子殿下が」
「はい、そこへ襲撃が。何とか王太子殿下は守られたのですが……その事件を通して王太子殿下とニコライ様の仲はいっそう深まり、このような事を起こしたのは誰だと上から下への大騒ぎとなりまして。伯爵は捕らえられ、その所業に余罪も含めて情状酌量の余地なしと」
これが因果応報か。
「っとと、話がそれちまったな。団長様の機体の整備ミスが消えたって訳じゃない、そっちはどうなったんだ?」
「あ、そうですね。イリーナ様の機体なんですが……」
●●●
戦闘は優位に進んでいた。
攻めを得意とするガロア、守りを得意とするフェニエ。しかしその戦闘力はほぼ互角……その中で異色を放つのは4機。私とマルファ、装飾が異なる敵の指揮官と緑のブラストに乗った傭兵だ。
ただ、敵の指揮官は凡庸だった。飛び抜けて悪いものではなかったが……私の相手としては不足。必然双方の戦力比は傾いていき、敵ベースの目の前まで戦線は押し上げられていた。
このまま押し込めばコアを直接攻撃が出来る。そういった焦燥があったのだろう。
この勝利でもって自身の地位を更に押し上げ、ニコライをより確実に守らないと。そういった傲慢があったのだろう。
既にその戦場だけで何機もブラストを撃破していた。そういった優越があったのだろう。
それらの毒は知らず私を蝕み、逸る気持ちが少しでも前へと背を叩き、敵の少ない狭路を一人突出した私は……取り返しのつかない一撃を己が身へ招き寄せた。
右の脇腹から左の肩先までを、カタパルトの加速とアサルトチャージャーの加速……そしてブラストの全重量を込めた遠心力でもって振り回されたSW-エグゼクターの刀身が少しの抵抗もなく走り抜け、機体が爆散した。
否、爆散したと錯覚しただけで、実際にはニュードを噴き散らして倒れただけだったが……あまりの衝撃、音、そして切り裂かれたコクピットハッチから吹き込んできた熱が私に明確な「死」を叩きつけて来た。
幸か不幸か、その瞬間まで私は戦場に死を感じたことが無かった。
無論、傷が無かったわけではない。軍に身を置く以上は体を酷使するものであるし、ブラストに乗る以上衝撃や危険を感じる事は避けられないし、敗北だって何度も経験していた。
だが、私には才能があった。その操縦センスからブラストを過剰に酷使することなく、その戦術眼から危険な奇襲を受けることはなく、その身分から死ぬことを前提とした任務へ従事させられることがなかった。
コクピットの内装は破られたことの無い絶対の盾であり、フェニエ騎士団の格納庫で閉じられたそれが再び開かれるのは屋内外を問わず、必ず安全となった後の場所であった。
故に全てが初めての経験だった。
今まで自分を守ってきた内装が無残に抉り取られ、曇天の空が鋼鉄の裂け目から広がることも。
活性化したニュードの余波で肌が炙られ、ひりひりとした痛みを放つことも。
レバーをどれだけ押し込みペダルをどれだけ蹴りつけても、機体が少しも動かないことも。
コクピット越しでない銃声が、痛いほどに耳を叩きつけてくることも。
目が絶望を見る。鼻が炎のにおいを嗅ぐ。耳が死を聞き届け、肌が痛みを訴え、舌が噛み傷つけた口中の血を味わう。
そしてコクピットの裂け目から無機質で巨大な眼がこちらを覗き込んで来て、その巨大な右手を……
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「く、ぅ……ぅ、ぁぁ、ああああああああああああああああっ!!!!」
ダメだと頭では分かっているのに、何度でも思い出してしまう。
他の場所ではこんなに取り乱すことは無い。フェニエ騎士団長の自分で、愛する弟を守る強き姉としての自分でいる間はあの経験を戒めとして毅然と立っているというのに、あの時の機体で……このコクピットの中でだけ、あの時感じたものと近い、新鮮な絶望を心の奥底が求めてしまう。
髪を掻き乱し、体を抱きしめ、骨がきしみ皮膚が痛むほどに拳を強く握った。
本当に僅かに残った理性が割れやすい画面などを避けさせたが、後は駄々っ子のように拳を振り回しシートのアームレストを叩きつける。
敗北だけなら良かった。屈辱だけなら抗う事が出来た。恥辱ならば雪ごうと奮起したはずだ。
しかし……
------
「くっ、殺せ!!我が祖国を踏み荒らす下郎の虜囚になど……!!」
そう叫びながら両腕をどうにか抜こうともがいたが、絶妙に締め付けられた鋼鉄の手は私に一切の抵抗を許さなかった。
一昔前だと舌を噛んで自害などもあったらしいが、あれはショック死ではなく舌の筋肉が丸まり喉につまることによる窒息死であり、ブラストに標準装備されている救命キットなどで処置をされれば容易に助かってしまう。
故に、自分にできる抵抗はどうにかあの腕から逃れようともがくことだけだった。
突然に訪れた死の恐怖。それに呆然としていた直後、あの機体は私の機体を貪った。
そう、貪られた……そう感じてしまった。
ぴくりとも動かない機体で抵抗すること叶わず、何度も振り下ろされる刃の音に震えるしかできない。
力任せにコクピットハッチを剥ぎ取られ、シートベルトは焼け千切れて私の命綱となりえず、呆然としたまま気付けばその鋼鉄の掌に囚われていた。
そのまま、まるで見せびらかすように機体の前へ私の身体は差し出された。
しかし、咄嗟に守れるようにとばかりに左手はその更に前へ出され、その奇妙な姿勢のままその機体はベースへと走り続けた。
心には一欠けらの平穏も残ってはいない。
この機体の繰り出した美しさすら感じる一撃に背筋は凍ったままだ。何故愛機が突然に裏切ったのかという困惑に思考が纏まらない。突然自分の目の前に現れた死に恐怖し、濡れた着衣が気持ち悪い。貪られたかのような機体の解体に、いっそ興奮すら覚える。敵の盾にされている現状に恥辱が収まらない。どれだけ力を込めてもびくともしない鋼鉄の指に絶望が募り、その掌に守られているという現実にどこか安堵を感じてしまう。祖国を踏み荒らすための道具として使われていることに、築き上げた自尊心が音を立てて崩れ、その残骸すら丁寧に削られているように錯覚する。
正直に言えば、心はとっくに折れていた。
口調が屈しなかったのはそれ以外の喋り方を思い出す事すら出来なかったからであり、涙が流れなかったのは涙腺が錆びついていただけだ。
何年も張った意地が辛うじて部下の前での面目を立たせたが……その部下たちが苦渋の表情を機体にすら滲ませながら道を開けていくことに、何故私を殺してくれないのかと見当違いの怒りを覚えた。
屈辱、驚愕、困惑、恥辱、疼痛、憤怒、悲嘆、絶望、快感、安堵、虚飾、そのどれでもない全てが私をグチャグチャにする。
そして、その全てを私に与えた機体は悠々とベースまで到着し……
○-○
「じゃあ何だ、その傭兵はわざわざ大破させた機体から団長を救助して、ご丁寧にも守りながらベースまで送り届けて来たってのか?」
「だ、そうですよ。その道中に些細な行き違いはあれど、イリーナ様をベースの中の施設扉前に置いて、次の瞬間カタパルトを乗り継いで一瞬で距離を稼いだかと思うとすぐにいなくなっちゃったそうです。……後から破壊された団長の機体を解析した結果非常に効率的に『継ぎ目を破壊』されていたのが判明したそうで、中に乗ってたのは並のボーダーとは比べ物にならない程にブラストの構造に精通した人間であるのは間違いなく……いっそ整備士がボーダーも兼任してたと言う方がしっくりくる、と解析した技師が言ってましたよ。まあ一応量産品とはいえ敵方のブラストの内部構造まで把握していたとなればね」
「メーカー製のブラストでなかったら機密情報の流出で大問題って所だな。でもソイツが突然尻尾巻いて逃げたのはなんでだ?」
簡単ですよ、と年若い整備士は指をふたつ立てる。
「イリーナ様がニコライ様の危機を知って駆けつけないはずはありませんから、マドロック伯爵は同じ日にその事件が起きるよう画策したんです。そこへ王太子殿下発見の報が入れば全戦力を回してでも王太子殿下を確保するのは当然だと、ガロア側も考えて戦闘中のエリアから無理に兵士を再配置したんでしょう……実際、それだけの無茶を通す価値のある目標であるとは言える訳でありますから」
現在進行している作戦をグチャグチャにすることになるが、その時既に戦況は敗色濃厚。撤退の為の時間も望外に稼げたとなればガロアからしたら万々歳だ。喜んで兵力を撤退させたことだろう。
「で、道中の些細な行き違いってのは何だ?」
「ああ、イリーナ様をコクピットから救助してブラストの手で掴んで運んでたんですけど、パッと見捕虜、いつでも握りつぶせるんだぞーって人質にしか見えなくて『イリーナ様を守る為には武器を捨てて下がり、相手を素通りさせるしか』って早合点してしまったんですよ。相手が近付く分だけ後退してイリーナ様を受け取らなかったのでそのままベースまでじりじり鬼ごっこしちゃったんです」
「なんだそりゃ、締まらねぇなぁ……通信で呼びかけもできなかったのか?」
「イリーナ様、撃破される寸前にその攻撃に反応して、相手の機体に攻撃していて……頭部のアンテナが吹き飛んでたのが他の機体のカメラの記録から確認されました。運悪く通信機器が故障してしまったのではないか、というのが映像を解析した技師の見解です」
「ジェスチャーで伝えようにもモーショントレーサーを態々ブラストに搭載なんて早々してないし、戦闘中にニュードの撒き散らされた空間で自分のコクピットハッチ開ける馬鹿でもないと……どうしようもねぇな」
「それでも奇跡ですよ」
ようやく着いた扉の前で足を止め、まだ若い整備士は言う。
「機能停止であればイリーナ様の命は無かった。当たりどころが悪ければコクピットごと体を真っ二つにされていた。相手の傭兵に機体の知識が無ければ救助されなかった……」
なんだかすごいですよね、と。万感の思いを込め、しかしあえて拙い言葉で彼女は言った。
その横顔を眩しいものを見るように目を細めながら、年かさの整備士は笑う。
「とまあ、私の知っている内容はこれだけです。イリーナ様自身の胸中に仕舞われている事もあるかもしれませんし、あの日あったことがこのすべてではないのかもしれません。ですが、整備士は敵以上に味方の命を握っているんだという再確認と……道中の暇潰しにはなったんじゃないでしょうか」
「ああ、思ってたよりずっと面白い話だったぜ。良いモチベーションの向上にもなった……ありがとよ」
そういって笑顔を引っ込め、前にも増して真剣な顔で彼は扉を開く。
「さて、この後はあのヒゲダルマの班に合流して機体の組み立てがみっつ、そんで整備と調整は数えきれないくらいだ……定時内で出来るとこまでやるぞ」
「は、はいっ!!」
年若い整備士は、ちらりと旧第一格納庫の方を見た。建物自体は当然見えないが、恐らくまだそこには敬愛する騎士団長がいるのだろう。
(イリーナ様、どうか……)
そうして彼女は、彼女の戦場へと向かって行った。
●●●●
それは礼儀だった。
それは善意だった。
頭ではわかっている。突出したのも油断したのも自分だ、戦闘しているのだから倒されるのも当然だ。
相手の方が驚いただろう、相手が整備不良の機体でノコノコ出て来て、倒したら盛大な自爆をやり出したのだから。むしろ感謝しその恩義に何としても報いるのが騎士として、名家に生まれたものの礼儀として当然であると。
だが心がそれを受け入れない。
あの時確かに心は屈辱を感じ、反抗を叫んでいたのだ。後からそれは勘違いだなどと言われても、理解すれど納得が出来ない。何とかしてもう一度相まみえ、今度こそあの時以上の己が技術の冴えを見せつけるのだと。
頭が報恩を語る。命の恩人だと、迅速に紳士的に、あの者の持てる技術で自分を救ってみせたのだと。
心が雪辱を叫ぶ。あの時奪われた誇りを取り戻し、己が意地を叩きつけろと。
どうすればいいんだと何度自問しただろうか。
外にいる時は「はは、命の恩人だ……いつか我が家に招き正式な礼をしなければな」などと笑って見せるが、こうしてこの機体の中にいる時には狂おしいほどの激情にはらわたが煮え、体が熱くなる。
相反する幾つもの感情が複雑怪奇に絡み合ってどうしようもない。あの時感じた感情をひとつひとつ解いて、その全てを順に清算出来なければ……きっと、そう遠くない未来に自分は狂ってしまうだろう。
いや、もうとっくに狂っているのかもしれない。
これほど体が熱いのは、これほど心が揺れるのは何故だろうか。
ひたすらに相手に焦がれつつける……自分だって女だ、恋の一つや二つもしたことはあると思っているが、これはその時感じていた感情とは比べ物にならない程に熱い。
それとも愛だろうか。否……愛しい弟を思い浮かべるが、そこで生まれる想いとも違う。もっと赤黒く粘つくような想いだ。
もう何百回、何千回自問自答しただろう。どうすればいい。どうすれば……
グチャグチャに乱れた心が纏まらない。今日の模擬戦程度では満たされない。相反した心は歪み軋み、あの日折れた心の古傷がしくしくと痛む。
肩の裂かれたフェニエの花を思い返す。あの日サルベージされ、転送失敗したために吹き飛ぶことなく残った装甲からどうにかと頼み込んで残してもらった肩部装甲を……
「……そうか」
ふっ、と頭が軽くなった。
「全部やれば良いではないか。何だ、簡単な事だったのだな」
我武者羅に鍛錬を重ねた。いつまた会ってもいいように。
足場を固め、確固たる地位を築いた。二度と背中を刺されない様に。
忘れようと、乗り越えようと様々な事に必死に打ち込み己を高め続けた……きっとその全ては。
「まずは見つける。忘れもしない……既に諜報部の掌握も完了している、お題目もある。ガロアでも傭兵でも、どこへいたって見つけてやる」
忘れもしない、あのエンブレム。特徴的な鋏の……記録にもあったはずだ。そこから辿れば戦場での目撃証言だけでも足取りはつかめるだろう。
「敵として会えたならそれが最上。味方として迎えられたなら模擬戦でも構わない……まず、雪辱だ」
今度こそ万全の機体で、心置きなく……この技の冴えを見せる。あの日見せる事の叶わなかった戦士としての、騎士としての自分を見せ……何としても勝利する。
腕を切り落とそう。足を打ち砕こう。頭を吹き飛ばそう。だが脱出装置があるとわかっていてもコクピットだけは狙ってはいけない。大丈夫だ、今の自分にはその程度容易い。
屈辱を、恥辱を、何としてでも雪ぎ、抗おうとする心を鎮める。今ならばわかる……あの日、混乱と恐怖の中で、動かない機体から助け出された事に、自分を縛りながらも守った左手に、自分は確かに安堵と感謝を感じていたのだ。
「そうして壊して……それから、恩人として迎えるのだ」
命の恩人への報恩を。本来死んでいたはずの自分がいくつもの偶然から生まれる奇跡で生き残ったのは、きっとそのためなのだ。
あの日から積み上げた地位も、使うことが無いからと溜めこんだ財貨も、元よりこの身も……そう、あの日から顔も知らないあの傭兵に捧げるためのモノになったのだ。
既にニコライも騎士団の中で実力をつけ始め、半人前から脱却しつつある。あの日絆を深めた王太子殿下との縁がニコライの未来をきっと明るくするだろう……家族として愛を注ぐことを止めはしないが、もういつ自分がいなくなっても構わないのだ。
「ふ、ふふふ……こんなことに気付くのに2年もかけるとは。全く、度し難いな私は……いや、逆か?」
もう十分だと、ようやく恩讐を果たすに足る全てを手に入れたからこその天啓なのではないか?
いるとも知れない神をこの時ばかりは信じそうになる。あの日奇跡で生かされたのは、迷いながら歩みを止めなかったのは……
「全て今の、これからのために」
コンソールへ指を走らせる。止まっていた機体が息を吹き返し、操作を受け付けるようになる。
とても晴れやかな気分だ。
「こんなに晴れやかな気分になったのはいつぶりか……マルファには随分と心配させてしまった。エメットにも迷惑をかけ……いや、アイツはあのままの方がいいか」
ハッチを開く。呼び出したタラップはそのままで、すぐに降りることができる。
しっかりと身体を支えながら降りる。もう自分の身体ではないのだから……この身も、心も。
(マルファはあの日からあの機体を探していたはずだ。デヒテラも……候へそれらしいことを伺ったと聞いている。まずは話を聞いてみよう……私の運命は騎士団としては大っぴらに出来るものではないこと程度はわかっているからな)
今はもう型落ちとなったかつての愛機を見上げる。左肩の裂かれた、白と金色のその機体を。悩み苦しむ間もずっと共にあった、その姿をしっかりと目に焼き付ける。
「ありがとう……」
誰もが見惚れるような笑顔で、イリーナは笑った。
美しかった、今は濁り果てた青い瞳を細めて。
イリーナにくっころって言わせるためだけにこの小説を書いたと言っても過言ではない。
いやもう見た瞬間「くっころ」って言っちゃったもん。
あとこの話は本編開始より前くらいです。時系列なんてあってないようなもんですが。
この後マルファとかデヒテラに相談して、目標の共有して、足取りを追って「整備士は振り返る」に繋がります。ヤンデレって難しい。
イリーナさんの動機と目標
・カッコ悪いとこ見せちゃった、助けてくれたのにありがとうも言い損ねた!
・ありがとうって言いたいけどカッコ悪いとこ見せたのはカレのせいでもあるんだから、どうしよう!
・じゃあカッコいい所ちゃんと見せて、その後きっちりお礼すればいいよね!!(意訳)
あと現実でそんな超高速で技術革新なんてものは起きないので注意。物理法則が仕事しないのもキャラの性格が変わるのも全てはニュードのせいです。
衝撃で発熱したり集まる事で電気的特性を持ったり液体になったりする不思議物質に法則なんて求めてはいけない。
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侯爵令嬢は猛追する:前編
今更言うまでも無いですね。
そういやゲームではカタパルトエグゼクターとかぽんぽこやってるけどこのお話では「急激な加速に耐えながら」「空中で姿勢制御しつつ剣に慣性を乗せて」「異常な姿勢での着地を決めつつ」「敵を切り払えるように方向微調整を瞬間的に行い」「コクピット内で機体に振り回されながら完璧にこなす」までしなければならないので、この作品内でのカタパルトエグゼクターは魔剣の領域です。着地ミスっただけで普通は脚部損壊します。
そもそもS.N.C.A.の入団テスト自体も「カタパルトの急激なGに耐える」「機体の各種操作をこなす」「プラントへのアクセスを行う」「強襲兵装で自動砲台を破壊する」といった「一般人に毛が生えた程度では到底不可能」な領域にあるのでこの作中ではあの入団テストクリア出来るだけで十分凄いんですよね。
運命。
人の意思に関わらず、必然的に巡り来るもの。
そこから逃げる事は叶わないと、人々は口にする。運命など壊してやるなどと、口にするものも数多い。そんなものは無い、全ては偶然なのだと言うものも……逆に全て必然であり、その大本を調べ尽くせば、この世の全てを予測することも可能なのだと言うものもいる。
運命。
あらかじめ定まった道筋。なんとつまらないことだろうか。
まるで私の将来のようだ。全部が定まっているなら壊したくもなるだろう、そう思う事もあった。
でも、運命を感じる瞬間は確かに存在する、と……今の私は胸を張って言える。
こんな素敵な想い、一度抱いてしまえば後は進むしかないのだ。
彼を想うだけで心臓がテンポを上げる。頭がぼうっとなって、頬が熱くなる。狂おしいほどの感情が胸から溢れ、いてもたってもいられない。
ああ、きっと私は今、恋をしている。
○○○-○
お忍びで街を回る……それはある種のステイタスだ。
有名な劇団の新作を観劇してきた、新作デザインの宝飾品を購入した、確かに素敵な事ではあるけれど……お金で買える物は自分も手に入れることが出来る物でもある。
見慣れない路地裏にある小さな雑貨屋で購入したという、気泡の混じった粗雑な瓶の中でで妖しく揺れる香水こそが他のどれよりも芳しく、純度が低いからと研磨されないままに、丸く加工された紫水晶の原石のアクセサリーこそが誰の物よりも輝いて見える。
自分の足で街を回り、その思い出と共に語られる何でもないような小物に、誰しもが魅せられ溜息をこぼした。
そして次は私もと、誰かが鳥籠からの脱走を企てて。
時に成功し、時に失敗すらも話題となって、箱庭の令嬢たちはそうして日々を過ごしていた。
彼女もそんな一人だった。
世間知らずで、品は良く、はずんだ心で鳥籠から抜け出ることに成功し、あれが話で聞いた建物だろうか、これは誰もまだ話していなかったのではないかと、見るものすべてにその目を輝かせた。
ただ一つ違ったのは、彼女の容姿は令嬢たちの中だけでなく……世間一般ですら非常に珍しいものであったこと。
善悪を問わず様々なものを引き寄せるそれは、およそ善に類するものしかない鳥籠の中ではただの話題でしかなかったが……善も悪も入り乱れた街中においては、あまりにも無防備な宝石だった。
ふらふらと流されるだけの、目的地の無い少女の足取り。それは男三人で人垣でも作れば路地裏へ容易に流れて行った。気付けば目の前に野卑た笑みを浮かべる男が一人、後ずさりすればそこに二人。
彼女にはまだそういった知識は無かったが……このまま自分が、何か酷い事になるんだという漠然とした実感だけはあった。
「ひっ……嫌、こないで……」
「おいおいジョー、お前がそんな欲望丸出しだからお嬢ちゃんブルっちまってんじゃねぇか!!」
「俺だけの所為にするなよペニー?コーディもお前も俺に負けず劣らずだぜ!ひゃはは!」
「お嬢ちゃーん、こーんなとこにノコノコやってきちゃだめですよー?酷い目にあっちまう……あわせる俺らがいう事じゃねぇかぁ?ガハハハハ!!」
「や……嫌ぁ……お父様、お母様……兄様ぁ……」
「ひょー!家族にすがっちゃってかーわいー!!」
ぞわぞわと足先から悪寒が背筋を通って這いあがってくる。せめてもう見ないでおこうと目を瞑ろうとしたその時。
「……ペニー、コーディ、おい後ろ!!」
「あぁ?何ごぉげっ」
「何だよジぃげぁっ」
「ちょ、ぶへぁっ!?」
目の前を黒い人が飛び抜けた。
その両腕に呆然と口を開けたままの野卑た男たちを抱え、真横に向いて足の裏をもう一人に叩きつけて(ラリアットとドロップキックというのだと、後で聞いた)まるで猟犬のような俊敏さで三人を路地へ叩きつけ……
「はいごめんよぉっ!!オラァッ!!」
「え、きゃぁっ!?」
そのままこちらへ走ってきて私の脇腹の下へもぐりこみ、肩を私の腹に当てて一気に持ち上げて来た。
「どっせいィァ!!」
「ヒッ、いやぁぁぁあああーーーっ!!」
怖い怖い怖い怖い怖い!!
今までされた事の無い体勢で、周りの景色がぐんぐんと私を追い抜いていく。お腹を肩で何度も圧迫され、頭が上下にガクガク揺さぶられて色んなものが飛び出てしまいそうだ。
直前の恐怖とは全く異なる、しかしそれ以上に暴力的で衝撃的な初体験が私の心臓をかつてないほどに高鳴らせる。
「あ、あな、たっ、うぷっ、わたっ、わたく、しを、誰、だとっ、げうっ!」
「ぜっ、はっ、黙ってろボケッ!ふっ、舌噛むぞっ、はっ、ァアッ!!」
きっと時間にしたら1分も無いだろう短い時間。
でもその一瞬が永遠よりもずっと長く感じられたのを、今でも覚えている。
そのまま私は通りを一つと路地二つを荷物のような扱いで運ばれ、大通りへ出た所で私の脱走を知った護衛に見つかり……私を助けてくれた人が犯人と勘違いされて、彼は私をすぐそばの雑貨屋へ放り出して黒服の人に追い立てられていった。
取り残されたのは呆然とする涙目の私と、慌てて息を切らし冷や汗などで汗だくになった黒服の人と……突如として現れた厄介事の雰囲気にこめかみをヒクつかせた営業スマイルの店員だけだった。
この後私はその雑貨屋で迷惑料とばかりに値の張る物をいくつか購入して連れ戻されることとなった。
帰りの道中で私は、もし彼が捕まっていたのなら事情を話して許してもらわないと、と黒服の人に彼のその後を訪ねてみたが、ブラストのボールベアリングを撒かれて転んでしまい取り逃した、と言われた。
そして帰宅した直後から数時間にわたってこってりと絞られ、とても心配したのだと両親に抱きすくめられ、翌日から誰もしたことのない大冒険をしたのだとクラス中から尊敬のまなざしで見られることになる。
これが一回目。
きっとこれがきっかけ。
ブラストランナーというものへ興味を持ったのも、外の世界への関心も、きっと彼があの時私に叩きつけて行ったのだと思った。
○----○
そして彼女は見事に道を踏み外した。
ブラスト、という単語から調べを進め、ボーダーを目指した事だろうか?それは違う。職に貴賤はない。
守護してくれた親元を離れた事だろうか?これも違う。いつかは来ることだ。
では……高貴な生まれを、その血を継ぐ義務を放り出したことだろうか?これも違う。彼女には優秀な兄がいた。周囲の関係も穏当かつ良好であり無理に繋がねばならない程の血の責務は彼女には無かった。
ではその間違いとは。それは……
●●●●
「さて……お父様もお母様も、私が私の道を進むことを認めてくださいましたし、お兄様にも頑張れと応援をいただきましたわ。検査の結果も十分、ボーダーを志すには足りているよう。嬉しいこと……」
様々な書類をはらはらと捲っては確認し、時に流麗な文字を書き込んでいく。
そしてその手がふと止まった。
「そう言えば……まだしていない事がありましたわね。いけない……ん、んんっ!ぁ、あーあー」
あの事件以来、彼女は予め準備しておくことの重要性をちゃんと理解していた。
そして彼女はその欠点を埋めるべく日々研鑽を欠かさない勤勉な人間であった。
「わたくしの……いいえ、『我の覇道はこれより天へと至るだろう……世界よ、我への福音を赦そうぞ!!』」
彼女がボーダーになる上で学んだ事は多岐にわたる。
操縦技術、戦術は言うに及ばず、ブラストの構造、ニュードの研究、最低限の整備といったブラストの周りの事。
そして『彼女自身の身の振り方について』だ。
あの日、様々な人間が居るのだと彼女は理解した。
体力、精神力に……社交性。
即ち、言語。貴族の言葉だけではいけない……最前線でどのような言葉を扱えばよいかを、彼女は自分なりに調べた。
だが、それだけはしてはいけなかったのだ。
身の回りにいるのは同じような身分と言葉の人ばかり。
黒服は職務中は余程の事が無い限り喋らず、いないものに徹している。
ただでさえボーダーになる事に難色を示している両親に相談などすれば、それ見た事かと、考え直せと……そう言われるだろうと考えた彼女は。
せめて自分の容姿に合った話し方をしよう、と。
インターネットを使って話し方を、その言葉を調べたのだ。
『話し方 金髪 14歳 オッドアイ』と!入力して調べたのだ!!
そこから流れ込んだ情報に彼女は夢中になった。
世間知らずが悪い意味で働き、それをフィクションの中だけの事だとは疑わなかった。
詩歌や故事を学び、観劇も数限りなくしていた彼女にはそれを朗々と歌い上げることに抵抗が無かった。
全てが裏目に出た。彼女の性格すら……それが彼女自身の話し方として定着する頃、ようやくフィクションだと知った時、彼女は「ならばこの言葉は私だけの言葉であると……ええ、ええ、とても素晴らしいですわ!」などとのたまい、むしろ胸を張るようになってしまった。
こうして彼女は家を出て、それまでの繋がりを断ち、実家の侯爵家との関係も隠すため名前すら変えて……こう名乗った。
「我が身の現世における名はデヒテラ!因果の縁交わりし汝よ、願わくば朋友たらん事を!!」
間違いなく、彼女は盛大に踏み外していた。
○○○
フェニエ騎士団の階級はそこまで複雑ではない。
あまり細かく階級を区分けしても事務作業が煩雑になるだけであるし、何より入れ替わりが激しい。
昇進に式典を開くこともなければ、葬儀が盛大に行われるものでもない。
ニュードに侵され、争いにあちこちで火の手が上がる……人の命は軽いものだった。
そんな中でどうやって階級を見分けるのか。
まさか士官全員の名前と顔を一致させるなんてことは到底不可能、一目でわかるものが必要だった。
服だ。常に着用するもの……そして着脱が容易であるものであれば尚良い。
さらに民の希望である騎士団として、見栄えが良いもので……更に更に、国を表すようなものが、より望ましい。
そうして騎士団の階級は布で表わされるようになった。
花弁をイメージした、見栄えの良い純白の布地。
白によく映える金の刺繍。
騎士の鎧が如き留め具から伸びるそれは、概ね好意的に受け取られていた。
騎士団に入団した時、団結の証として与えられる一枚。
訓練を終えて、晴れて一人前として認められる時与えられる一枚。
一般兵であればおよそこの二枚を腰から下げる。
更に訓練を重ね、「自分専用の機体を与えられる」時にもう一枚。
これを肩から下げれば、フェニエ騎士団の一般的なボーダーとなる。
このほかに、部隊長や前線司令官などの要職に就いた時や、その先へ昇進した時……また勲章として与えられる小ぶりなものも存在するが、およそ階級というものは「飾り布の枚数と大きさ」で推し量ることが出来る。
ただし、例外が存在する。
貴族……高い身分のものは、一目でそれと分かるように通常の白布とは別に、淡い黄色に染め上げた布を与えられる。この幅と本数がその人物の階級を表す。
が、この事実を知るのは階級の高い者の中でも更に限られた者に限られる。
不用意に広まってしまえば不要なトラブルを招くためである……薄々察している者もいるが、そういった勘が鋭い者は貴族のゴタゴタに巻き込まれるのは勘弁と一様に口を閉ざしてしまう為、広まる事は無い。
このため、与えられた者ですらその意味を知らないままに着用している、という事も稀にある。
デヒテラは侯爵家を出ていたが……やはり親の愛というものか、影ながら便宜を図ってもらえるよう、と父である侯爵がこっそりと手を回し、彼女にもその布が与えられていた。
珍妙な言葉で周囲から浮きまくり連携に多大な悪影響を与える彼女が今日まで騎士団を追われずに済んでいたのは、彼女の技量が飛び抜けていた事ももちろんだが……その他に、その布の働きによるところが多少は含まれていた。
しかし、たらい回しも繰り返されれば不慮の事故が起こり得る。
その布の意味を知らない指揮官の下に配属されることも……当然、あり得る事だった。
デヒテラの目ってあれカラコン?天然?天然だったら面白いよね。
騎士団ってやたらヒラヒラしてない?しかも階級ごとに増えてない?
あれ?デヒテラのヒラヒラやたら長くない?オサレにしても階級章デコるって許される?
なんてことを考えてたらできました。ここで止めておけばまだ綺麗な恋で済むぞ!後編で後悔しても知らんぞ!!
マジモンのお姫様をお米様抱っこする系主人公。
ちなみに本人は特に覚えていない模様。
あ、今日からまた出張なんで次回更新は早くても三月頭までは無いです。出張先でも続きは書くけどな!
出張なんてなくなっちまえばいいんだ……
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侯爵令嬢は猛追する:後編
ヤンヤン度合が足りない?
やみのま属性でヤンヤン深めるとえらいこっちゃになりまして……すまねぇ……
思考する。
わざと開けておいたルート。流した情報。企業が開発した装備の概要……実際に運用した際の性能までは分からずとも、どのようなものが作られているかだけでも分かれば、思考の読みやすい連中のこと、どう使うかの予想を立てる事は十分に可能だ。
計算する。
統計、確率、心理学……相手の動きは多少の誤差はあっても計算が可能だ。ましてやそれが多少なりとも知っている相手であれば尚更計算は容易い。騎士団なんてお堅い連中、ちょっと煽って餌をちらつかせれば……
「ここへ来る確率は92%……まぁ、まず外れない数字でしたね。現時点で詰みとまでは言いません……王手といったところですか」
彼女は嗤う。モニターの中で必死に踊る哀れな犠牲者を眺めながら。
現在は反応をロストしているが、潜伏場所など限られている。左腕と右足ホイールが破損していては満足に戦闘も出来ないことは明白だ。
じわり、じわりと……真綿で首を絞めるように、包囲の輪を狭めていく。
楽しい。愉しい。タノシイ。
獲物が罠にかかることが、自分の思い通りに事が運ぶ愉悦が、彼女を興奮させる。
薄汚い記憶を、苦いだけの経験を……その全てを覆した栄光の瞬間を思い出す事が出来るから。
「あなたが逃げられる確率は0%です。絶対に……絶対に」
†
遡ること一週間、彼女の所属する基地へとその指令は届けられた。
新装備の試験を兼ねた偵察。複数の基地へ同時に行われたその指示に、現場の指揮官は思わず眉をひそめた。
偵察自体は日々行っている。しかし問題は使用を指示されたその装備にあった。
最近開発された新しいタイプの光学迷彩装置。
正式配備は決定しているし、最新鋭の装備ではあるが……新しく出てきたばかりの物に自分の命を預けられるかと言えば、Yesと答えられる者はそう多くない。誤作動や予期しないエラーが発生したとき、そこが戦場のド真ん中であれば即、死につながるのだ。
ボーダーの数はブラスト以上に限られている。有効な装備は当然欲しいが、有効かどうかの判断材料にするために自分の部隊の人間を出したくないというのが指揮官の……そしてボーダーたちの反応だった。
しかし彼女はそこに手を上げた。
高尚な理由など無く、最新型の光学迷彩というフレーズに心惹かれただけではあるが……彼女の得意とする遊撃兵装の新装備、試してみる価値は十二分にあった。
彼女の愛機であるツェーブラに装備し、兵装の重量バランスを調整しながら装備を選び直し、フェニエ騎士団のカラーリングに塗装し直して機体が組み上がる。基地内の試験場で動作チェックを行えば機体の準備は完了だ。
そして最近になって突然大量の物資や大型のコンテナが運び込まれたという情報があるガロアの基地を目的地として、偵察部隊は編成された。
ブラストランナーは戦闘用ではあるが、作業、情報収集にも高い効果を発揮する。
特にツェーブラ系列の機体は遠距離射撃戦闘に対応させるため、情報処理能力が他の機体よりも強化されている。
民間に偽装したトラックで目的地付近まで移動しブラストを起動、巡航出力でレーダーを掻い潜り、基地付近で偵察機を射出、ベース内部を一気に解析して撤退……という作戦だった。
そう、過去形だ。
ブラストを起動した後、巡航出力で接近し……基地をカメラに捉えた、そこまでは予定通りだった。
しかし偵察機を展開し、射出体制に入ったブラストから偵察機が打ち上げられた瞬間……
Pi.
Pi.Pi!
PiPiPiPiPiPiPi!!
「……なっ」
レーダーに光る赤いマーキング。
自分の通ってきたルートにすら灯る敵の反応。
思考が真っ白になった瞬間、コクピットに痛烈な衝撃が走った。
†
「おのれ……こちらにも忌々しき光の使徒が現れたか」
機体のカラーリングは自分の方がそれっぽいことを棚に上げ、闇の主を自称する彼女は毒づいた。
あの奇襲の直後。機体出力を一気に跳ね上げ退却を試みたが、最初の狙撃で左腕に深刻なダメージを受け、右足も爆風で破損し、無理な崖下りがトドメとなって右足のホイールが破損、脱落していた。
その甲斐あってか敵の包囲から一時的に脱することは出来たが、逃げ込める場所はよりにもよってガロアの基地周辺のみであった。
「歩くことは出来ても戦闘は……それに左腕に刻まれし呪印。これでは我が絶技を奴らに見せつけることも叶わぬ」
左腕の代わりになる台座を見つけることが出来れば狙撃は可能だが、反動をいなせない以上一射で狙撃銃がどこかへすっ飛んでいくことは明白だ。更に拾い直して再度構えている間に攻撃の方向から自分の位置は特定されてしまうだろう。
しかし主兵装であるマーゲイも使えない。戦闘中にリロード動作が安定しない上に片方しか使用できないのでは敵を撃破しきる前にこちらが撃破されてしまうだろう。
コアを使用した強制転送による脱出が出来ない現状、不用意な行動は出来ない。
頼みの綱は背中の光学迷彩装置……ツェーブラの索敵能力と光学迷彩によってほぼ一方的な索敵が可能な事だけが救いだった。
壊れかけの左腕を慎重に動かしマーゲイのリロードを行い、腕のハードポイントに格納する。
事前に入手しインストールしておいた周辺の地図と、今確認した敵の包囲網を重ねて表示し、脱出のための経路を探す。
「我がこんなところで討たれるなど……あってなるものか!」
洞窟を、レーンの下を、時に光学迷彩を展開して堂々と敵の正面を通り抜け、必死に機体を移動させる。
彼女の鍛え上げた技巧は損傷の激しいブラストであっても衰えず、彼女を探して走り回るガロアの兵たちから的確にその身を隠していた。
しかし……歩行のみに限ったブラストの移動速度は原付バイクよりも遅い。光学迷彩にも展開限度はある。
レーダー対策のため、巡航出力まで絞った出力ではその限界は更に早く……
『随分と上手に逃げ回りましたね。半日以上粘るとは、ボクの計算以上でしたよ』
そうして彼女は追い詰められていた。
目の前にずらりと並んだ10機に届こうかというブラストの群れ。
背後には断崖絶壁、下はニュードに汚染された海……飛び込もうものなら命は無い。
チェックメイト。彼女自身がどのような手を打とうと、ここから挽回の手は存在しなかった。
『さあ、諦めて投降してください。素直に従えばそれほど手荒な真似は致しませんよ……ええ、しませんとも。フフッ』
どこか仄暗い声。愉悦と侮蔑を多分に含んだ、強者にあることを確信した口調。
せめて一矢報いるか。背中にマウントされた狙撃銃か、左腕に据え付けられたマーゲイを抜いて……
(駄目だ。既に銃口はこちらに向けられている、何かしようものなら一瞬で……)
『それとも無理矢理引きずり出される方がお好みでしたか?それは失礼しました、投降すら恥だとはあなたの騎士道精神とやらを見くびっていたようです』
そして先頭の隊長格らしい機体がその銃をこちらへ向ける。
アラート、ロックオン警告がコクピットに虚しく響く。
『では……少し揺れますよ。舌を噛まないでくださいねぇ?』
デヒテラが悔しさとともに空を仰ぐ。
瞬間、その二色の目が大きく見開かれた。
†
積み上げた経験がすべてだ。
重ねた修練だけが結果を導く。
瞬間のひらめき、刹那の見切り……何かしらを悟ったところでそれを成し遂げる肉体がなければ全て机上の空論だ。
何度練習したか。どれほど失敗したか。漠然と失敗を重ねるのではなく、一歩一歩を踏み固めるように、研ぎ澄ませていった極致。
イメージする。始まりから終わりまで、10秒……たった10秒に今まで積み重ねた全てが現れる。
「頼むぜ……!」
0秒。トリガー。
1秒。カタパルトによって機体が爆発的加速を得て、シートへ体が深く深く沈み込む。
2秒。圧力で空白になっていた思考が復帰し、音と光、周りの状況が一気に戻ってくる。同時に体が反射的に動く。
3秒。引き絞った右腕。フットペダルを蹴り上げ、直後両足を蹴り込む。システムがあらかじめ組み立てていた動作を再現し、腰のブースターが火を噴き機体がくるりと回る。
4秒。着地の衝撃がコクピットを激しく揺らす。同時、振り抜かれた鉄塊が軌道上のブラストを食い千切り、翡翠色の爆発が吹き荒れる。
5秒。右手のサブトリガーを押し込み機体が慣性のままに大剣を手放す。放り投げられた大剣が軌道上にいたブラストを貫通し、更にその向こうにいたブラストを串刺しにする。
6秒。更に機体を回転させ、左手のサブトリガーを押し込む。左手に装着されたウエポンコンテナがパージされ、回転の慣性のままにコンテナが放物線を描く。
7秒。空いた右手に主兵装をロード。空中のコンテナを狙う。
8秒。発砲。コンテナが砕け、中の強化手榴弾とマガジンが誘爆、大爆発によって更に3機のブラストがニュードを撒き散らして機能停止する。
9秒。そのまま照準をずらし、唖然として棒立ちになっている機体を蜂の巣にする。
10秒……弾切れによって最後の一機を仕留め損ねた。
『積み重ねた経験が全てだ』
体が勝手に動いた。ブースターにアサルトチャージャーが接続され、機体が爆発的に加速して最後の一機に迫る。
『重ねた修練だけが結果を導く』
フットペダルを蹴り込み、親指のボタンを押し込む。何十何百、千回と繰り返した動作が千一回目を刻む。
計算だけ、思考だけ……頭だけで組み立てていた者と、汗と血を流し実際にその身に刻みつけた者。
二人の差は1秒の差を生み出す。1秒の差が、銃と足の射程の差をゼロにする。
「お前も、寝てろっ!!!!」
重量と運動エネルギーの全てを乗せた足が敵ブラストの腰を抉り、システムが致命的損傷を判断し大破。ボーダーの強制転送が発動し最後の一機が基礎フレームを残して沈黙した。
「……あぁ、危なかった」
N-DEFが回復していく。あと1秒遅ければN-DEFを貫き本体が蜂の巣だっただろう事実に、今更背中から冷や汗がどっと噴き出す。
そもそもカタパルトで射出されている最中に格闘武器を使用すること自体が相当危険であるのに、その中でもトップクラスの扱いにくさと重量を誇るエグゼクターでやるなどほぼ自殺行為……出来ると確信していてもやりたいものではない。着地をしくじればあの数の前で無様にコケるだけだったのだから。
だが、確かに生きている。その事実を噛みしめながら機体を反転させ、最後の一機……フェニエ騎士団の紋章をペイントされたツェーブラへ向き直った。
「さて……」
†
突然目の前に舞い降りたブラストの華麗な逆転劇。
あまりの衝撃に呆然とする彼女へそのブラストは向き直り……
『はいごめんよぉっ!!オラァッ!!』
おもむろに手にした突撃銃を捨て、こちらの機体の左腕を掴み力任せに引き千切った。
「なっ……何をする!!」
『いいから暴れるな、手元が狂う!』
致命的な損傷に機体が警告をがなり立てる。しかしそんな事は知ったことでは無いとばかりに背中に回り込んだその機体は、今度は背中にマウントされた狙撃銃をもぎ取りその場に打ち捨て、光学迷彩装置を殴りつけて叩き落とし踏み砕く。
『脱出する、舌を噛むなよ!』
そうして乱暴に『軽量化』された私の機体を乱暴に掴み、そのブラストは駆けだした。
コクピット内の私にははたまったものでは無く、下向きに吊り下げられシートベルトが腹部に食い込み、がくがくと乱雑に揺られる。
その重みに、先ほどの衝撃に……数年前の始まりの記憶がフラッシュバックする。
あの日、破落戸に襲われようとしていた私を助けた少年の……
スピーカーから聞こえたのはあの声に似てはいなかったか。
彼が逃げるときに撒き散らしたブラスト用の部品、なぜそんなものを持っていたのか。
この必死な乱暴さは……
『……ぃ、おい!聞こえてるのか返事しろ!!』
「は、はいっ!!」
『ヘリを奪って脱出する、偵察機がまだ残っているならあっちに向かって飛ばせ!』
「りょ、了解っ!」
一瞬出てしまった素の自分を隠すように、慌てて機体を操作する。
一旦下ろされ、偵察機を指示された方向に射出する。機体のコンピュータがあらかじめ予定していた偵察の部分まで含めてのデータスキャンを開始し、一瞬だけ機体の反応が重くなり……直後、レーダーに次々表示される反応を見て、ようやく目の前のブラストが友軍を示す青いマーカーであることに気付いた。
『よし、射出したな……じゃあこのコンテナも不要、っと』
めきゃりがりごりぶちぶち。
乱暴に偵察機のコンテナが外され、警告音と共に私の機体が更に軽くなった。本当に友軍なんだろうか。
再び持ち上げられる機体、必然的に吊り下げられ食い込むシートベルト。実は刺客ではないんだろうか。
そんな事を思いながら、偵察機の情報を元に敵を躱し、二機のブラストは海へせり出した予備ベースの近くまで到着した。
その頃には幾分か心も落ち着き、いつもの調子を取り戻すことが出来た。
『詳しいことはヘリで話す、先に行ってヘリを起動しておいてくれ』
「……我を小間使いにするとは。汝で無ければ闇の炎で灼いていたところだ」
リフトを起動し、ベースの裏手のヘリポートへ直接向かう。ご丁寧に右腕と両足は残されていたので、リフトは問題なく使用することが出来た。
そうしてヘリポートに残されたヘリに機体を格納し、コクピットから遠隔操作でヘリの起動手順を進める。
システム起動、エンジンの始動、通信機器の再設定と飛行ルートの確認……ガロアのブラストに追いつかれる前に何とか飛び立とうと、作業を進めたのだった。
†
リフトで機体がヘリポートへ向かっていくのを確認し、俺は武器をコールした。
エグゼクターは投擲し、手榴弾はコンテナごと投げ飛ばした。残弾の尽きた突撃銃も投げ捨て、ブラストを抱えて移動するときにアサルトチャージャーは空っぽになった……それでも。
ヘリが離陸するための時間を稼ぐ。
胴体から特殊なアンテナが立ち上がる。ニュードの光を放ち……上空に待機させた機体に格納されたものを、自分の手元に呼びつける。
視界の端に紫色のブラストが次々と現れるのと同時に、それは転送されてきた。
「要請兵器受領……!悪いが、ここはちょっとだけ通行止めだ!!」
ニュードに汚染されたのは海や大地だけではない、大気もまたニュードに汚染されている。この空気中のニュードが発する磁気や熱が電波を阻害し、正確なデータ通信には相応の手段が必要となった。
それは戦場においてブラストでネットワークを構築し情報精度を高めることであったり、偵察機のように使用時間を代償に高出力化を図ることであるが……よりシンプルな解決方法がある。
即ち、通信装置を巨大化し、出力を馬鹿みたいに上げ、無理矢理指令を送信する、である。
要請兵器・爆撃通信機。ブラストでようやく抱えられる程の巨大なアンテナを地面に突き立て、攻撃指令が送信される。
直後、方位角と周辺地形のデータから算出された爆撃ポイントが上空の爆撃機へ伝達され、遥か上空を旋回しつつ待機していた航空機が一気に機首を下げ戦場へ飛来した。
『使わせ……間に合わんか!退避だ-!!』
『急げ、どこから突っ込んでくるか分からないぞ!』
そう慌てるガロアのボーダーたちの行く手を遮るように投下されたそれは真っ直ぐに地面を抉り、派手な炎を吹き上げた。
通常戦闘で使用されるのは大型の榴弾であるが……
『炎が、炎が消えません!』
『これは榴弾じゃない、焼夷弾だぞ!』
『ニュードの活性化も起きてないのに要請兵器を使って、しかも特殊弾頭だと!?』
「クライアントから大盤振る舞いして貰えたからな。このまま行かせてくれればいいんだが」
混乱に陥り、炎の壁に立ち往生するガロアのブラストを尻目にリフトでヘリポートへ向かう。目をやった先では既にヘリがローターを始動させ始めていた。
『ルート入力完了、IFF書換完了、各部ロック解除……4番ハッチ開放!汝!』
「ナイスタイミング、だ!」
俺を迎え入れるようにヘリ側面のハッチが一つ展開され、同時にローターの回転速度が上昇していく。
側面に飛び込み機体を固定……
『逃がしませんよ……』
しようとした次の瞬間、爆音と共に一機のブラストが炎の壁を突き破って突破してきた。
†
記憶を頼りにヘリを操作していく。コンソールにコマンドを打ち込み、始動手順を確実に、しかしできる限り早く入力する。
必死に学んできたことが活きる。達成感と充足、生き残ることが出来そうだという安堵……
「……よし、汝はこれより我が眷属である!その翼、存分に使ってやろうではないか!」
ヘリを掌握し、エンジンの出力を上げながら戦場に目をやる。
丁度上空から何発もの砲撃が降り注ぎ、炎で分断されたブラストの集団を尻目に彼がリフトで渡ってくるところだった。
ハッチを開け、ヘリの格納庫へと迎え入れいざ飛び立とうという瞬間。
『逃がしませんよ……』
粘つくような暗い声、同時に炎の壁の一角が爆発する。
サワードロケットによる爆風で一瞬だけでも火勢が収まった瞬間を狙って、一機のブラストが飛び込んできた。
爆風へ自分から突っ込む無茶と、弱まったもののまだ十分な勢いを保ったままの炎により大きなダメージを受けながら……それでもそのブラストは炎の壁を乗り越えこちら側へと辿り着いていた。
(まずっ……今攻撃されたら抵抗の手段が!)
このヘリに武装は搭載されていない。装甲もブラストによる攻撃を受ければひとたまりも無いだろう。
彼の機体は主武器、副武器はおろか補助、特殊に至るまで全て使用しきっており、要請兵器も残されていない。
『あなたが逃げられる確率は0%なんです!逃がさない……あってはならない!ボクの計算に、狂いなんか……』
通信機越しでも分かるほどに激高し、半狂乱の声を上げるそのブラスト。
焼け付き、ニュードを噴き上げながら……その損傷すら知ったことかと、恐ろしさを感じるほどの執念のままに突っ込んでくる。
『認められない……認めないっ!!ボクの計算がっ!絶対なんですよ!!』
その手の銃がこちらへ向けられ……
銃声が、響いた。
†
「……、……?……テラさん!」
「っ!何事だ、機関の襲撃か!?」
突然の声に飛び跳ねて周りを見回す。すぐに声の元は見付かった。
さらりとした金髪、青い瞳。整った顔立ちの青年だ。
「おはようございます、デヒテラさん。整備担当から内線ですよ」
「ニコライか。済まぬな、少し闇に囚われていたようだ……主任、如何したか」
受話器を取り、接続ボタンを軽く叩く。直ぐに通話が繋がれ、用件を聞く。
「あぁ……うむ、その銃だけはそのままにしておいて頂きたい。補充も交換も不要だ、元より戦場へ持ち込むつもりも無いのでな……否、そうではなくてだな、その……ああ、理解して頂けたなら結構。ではよろしく頼むぞ」
受話器を置き、一息つく。毎度の事ながらこの説明をするときには妙な気恥ずかしさを覚えてしまう。
「用件が何だったか伺っても?」
「ああ……我が愛機の寝台に飾ったものについてな」
「そういえば機体の搬入が今日でしたか。これでデヒテラさんも本格的にこの基地の仲間入りですね」
「うむ。願わくばこの闇の契約がより長く続かんことを祈ろうぞ!」
†
そう、彼女はまたトバされたのだ。
足並みをそろえることが出来なかったり、その言動で敬遠されたり……理由は同じようなものだが、都合何度目かという配置転換。
優れた技術を持ちながら一ヶ所にとどまることが出来ない彼女は、そのブラストと共に何度もトバされてきた……が、ある時からその持ち物が一つ増えた。
格納庫の彼女のブラストに割り当てられたスペースに飾られた、何の変哲も無い一挺のマーゲイ。二挺一組の片方だけが常に機体の傍にある。
†
「あれこそは運命を撃ち抜く銃だ。魔を払い、真を穿つ……否、穿った故に唯一へと至った器と言えるだろう」
「は、はぁ……そうなのですか」
苦笑しつつニコライが相槌を打つ。きっと理解は出来ないだろう。
だが、それでいい。あの銃の価値を知るものは私だけでなければいけない。
真実、あの銃は真を……心を撃ち抜いたのだ。私の心を。
数ヶ月前のあの日。無謀とも言えるほどの突撃を行ったガロアのブラストが、ヘリに銃を向ける、その寸前に。
『借りるぜ』
左腕も、狙撃銃も、光学迷彩も偵察機も奪われた私の機体に残されていた唯一の武器……右肘にマウントされていたマーゲイ・サヴァート。
片手となった今抜くことすら出来ない、存在すら忘れていたその銃を抜き取って彼は発砲した。
大口径の銃弾は真っ直ぐ飛び、吸い込まれるように頭部へと着弾。無理な突破でダメージを受けていた機体はひとたまりも無く爆散し、ボーダーは強制的に転送されていった。
『Jackpot(大当たりだ)!』
その一言に、撃ち抜かれた。
胸の奥からとめども無く真っ赤な想いが溢れる。今すぐ飛び出してしまいたいのに手が離せない、寄り添えない寂しさは心に穴が空いたようで、すぅすぅと風が吹き抜けるように漠然とした不安が通り抜けていく。
ああ、死んだのだ。間違いなく……恋を知らなかった自分は、胸を撃ち抜かれて息絶えたのだ。
だってこんな熱い想い、一度知ってしまえば戻れない。恋を知らなかった時の生き方なんて二度と出来やしないだろう。
彼との出会いは鮮烈で、思い出すたび胸がドキドキした。しかしそれは恋では無かった……今なら理解できる。何も知らない子供が、世界に初めて触れる瞬間の、感動と期待による胸の高まりというだけだった。彼よりも世界の方が大きかったのだ。
だが、これは違う。顔も知らず、名も知らず……しかしそんな彼に今、自分は間違いなく恋をしたのだ。
†
今になって思えば何と勿体ないことだっただろうか。
初恋に頭が真っ白になり、どう声をかけていいかも分からず、あんなに近く……コクピットから飛び出せば直ぐの位置に彼がいたにも関わらず、何も出来ないまま拠点に下ろされ彼が去って行くことを見守るしか出来なかった。
憶えているのは二つだけ。飛び去る巨大な航空艦と、肩に刻まれたエンブレム。後から調べて分かったのは、傭兵集団S.N.C.A.という名前だけ……
それでも。
「父上、母上、兄上……我は見出したぞ。我が生涯を捧げるに相応しき主を、我が深淵の闇に立つ騎士を……我が半身たりえる運命の使徒を!」
彼女は止まらない。それどころか同じ存在を求める同志を騎士団から見つけ出し、説得すらやってのけた。
あの堅物の騎士団長すら同志である以上、今やフェニエ騎士団の全てから追われているといっても過言では無い。
一歩ずつ、着実に……彼女は彼へと近づいていく。
「我が侯爵家の出しうる全てを捧げよう。権力も、金も、思いのままに。我が正妻となるのであれば側室なども好きに付けるとも。我と汝の間には覆し得ぬ運命が既に繋がっている……後は世の些事を整えるのみ」
格納庫のマーゲイ・サヴァートを前にして、そのグリップに、歪んだ固定ボルトに付けられた強引な傷跡を人差し指でなぞり、彼女はそのオッドアイを歪める。
「だから汝よ。どうか……どうか、幾久しく」
騒音の鳴り響くハンガーの中、その呟きに気付く者はいない。例え一つ隣のハンガーであっても。
故に、自機の調整に集中しているニコライがその瞳を見ていなかったことは、きっと幸せだったのだろう……そう、きっと。
出張が終わったら気温が上がってきて執筆止まるという。
ちまちまと書き進めてる間に新キャラ新キャラあとLv.10衣装。ぬわー!
それでもデヒテラちゃんまでは書ききるって言ってたので有言実行。他のキャラも考えてはいるけど書けるかはわかりますん。
もし書けるならコノハかフリッシュかなぁ……
あ、コクピットの描写しましたけど内装は公式と違う部分があります。あしからず。
OP見たらハティがコクピットいる時にボダコンしっかり映ってるんですよね……
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