最近、恋に落ちました。 (母は歯はいい)
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プロローグは突然に
プロローグ1
マイクで促され男が席から立ち上がった。こんな時でもおちゃらけた調子でヘコヘコ頭を下げながら登壇した。明るいペールブルーのネクタイを直し、男は静かにお辞儀を数度。打って変わって真面目な表情を浮かべる男は今日の主人公である二人に視線を向けて語り出した。
黄昏時の忙しなく人が通る通学路でのことだ。少なくとも三つの学校の生徒がこの通学路を往来していた。その中でも一つ、バカ話をするとある男子グループがあった。人数は四人。全員が共通して学校指定のロングコートを着て、コートの裾から見えるズボンも学生服のそれ。はしゃぎながら駆け抜けていく様は青春群像劇のような初々しさがあった。
そんな出会いは高一の春。中学はみんなバラバラで様々な事件を通じて仲良くなった四人組。
いつも駄弁って、走って、怒られて。遊んで、遊んで、遊んで、……時々勉強。しばしば町のイベントにボランティアなんかに行ったりもして。なんとまぁ、素晴らしく青春してるグループだったんだ。
そして、このお話はそのグループの中の一人。吉野千里という初心な男子高校生が送る初恋の物語。
『最近、恋に落ちました。』
初めて彼女を見かけたのは偶然だった。
その日は日がな一日中寒い日だった。それはもう校舎内でもコートを着てる奴を見かけるほどのものだったように思う。(そいつはもちろん怒られていた)
授業中その寒さに耐え、遊びに行く為に金曜日の今日に課題を終わらせてしまおうと俺たち四人で一致団結。学校内で唯一暖房の効いている図書館に転がり込んだ。
駄弁り、教え合い、キチンと課題と向き合った。まあ、そんなこんなでまもなく課題も終わり、その日もいつも通り四人でそこそこはしゃぎながら帰っていた。
右に公園、左に川が流れる一際寒い帰り道。一番後ろを歩きながらはしゃぎ回る三人をぼーっと眺めた。そんな時、ふと視線をいつものメンツから逸らした。今にしてみればその行為に特別な意味もなく、多分夕日で目が眩しかったんだと思う。
けれど、逸らした先には太陽のような少女がいた。一人で楽しそうにはしゃぐ彼女を、気づけば目で追っていた。小さな小さな風が吹き、彼女を中心に枯葉が舞う。常ならば哀愁を覚えるだろうその光景は、彼女の表情を視界に入れてしまえば、寒空に降り注ぐ陽光のような眩しさに感じてしまう。
今思えば、見惚れていたんだろう。
「センー! 行くぞー!」
ミツの呼び声が聞こえたから。
俺は振り返り「今行く」とだけ少しだけ声を大きくして叫んだ。そして、呼び声に向けて歩き出す。しかし、なぜか彼女をもう一度見たくなった。こっちを向いてたらいいなという柄にもない感情に一瞬だけ身を任せてみる。
鮮やかに煌めいた瞳が見えた。
髪の色と同じ。周りを照らし続ける太陽のような金色の瞳。
そして、彼女は俺に微笑んだ。勘違いじゃないのかって? 勘違いじゃないはずだ。だって、周囲を見渡しても誰もいなかった。勘違いじゃないのかって自分でも思って俺は自分を指差した。すると、彼女は太陽のような微笑みで頷いてくれたから。
なんだか恥ずかしくなって手を振った。彼女もそれに返してくれて……俺は走った。あんまり三人を待たせるのも悪かったし、何よりも———
「……可愛かった、な」
これ以上見続けても胸の高鳴りは多分収まることを知らないだろうから。
翌日、
「初恋した」
土曜日の授業で生徒全員が睡魔とバトルをし続ける中、その三人だけはセンの言葉で目をパチンと覚ました。まず、根本的にあまり喋らない彼が喋った。それだけでも友人たちは動揺と好奇心が湯水のように湧き出すのだ。それが唐突かつ縁の無かった色恋の話である。三人の反応は顕著だった。
シュバッ!
同時にセンの方へ顔を向ける三人ことミツ、ゲン、コー。彼らにしてみれば、その喋らないセンから詳細を聞き出すには質問しなくてはならないことを半年を超える付き合いから理解している。
「どんな
「金髪金眼の子だった」
「どこ高? ぱっと見の印象どんな感じ?」
「羽丘でも花咲川でもなかった。 中学生ではないか?
あと明るそうな……そう、太陽みたいな子だった」
「どこで会ったんだ? オレたちが知る限りセンは結構出不精だろ?」
「会ってはない。見かけただけだ」
三人の顔が疑問を隠す様子もなく同時に左に傾いた。
そして、疑問をそのままにするようにセンは話さなかった。しかし、そんなことを続けていても三人の好奇心は収まるはずもない。圧さえ感じるその視線にセンは動じないがどうにも居心地が悪そうに頬をポリポリと掻いた。
「一目惚れしたんだ」
「「「……ん? え、まじで?」
「ああ、マジだ。真剣と書いてマジと読む奴だ」
「っひょ〜〜〜!! 青春だぁ!!」
「「はい!!」」
「アオハルだぁ!!」
「「わぁー!!」」
「僕らの好物がぁ、やってきたぞぉ!!」
「「イェーイ!!!」」
瞬時にテンションのおかしくなった3人。この騒ぎようにクラス中の視線が集まるが、彼らは1ミリも気にしていない。むしろ3人の中で以心伝心され、井戸端会議を始めるようでセンを背中にほとんど放置。
五分ほどそのままになっていると三人はセンの方に振り向いた。その三人の表情は少々悪戯っ子じみたものだったことをここに記しておく。
「「「セン! 会いに行くぞ、その子に!!」」」
「セーン! 一目惚れの子は、ここで見かけたの⁉︎」
そんな問いを掲げたのはコーだった。
センの何か探していたみたいだった。という言葉をアテにして四人で紅葉の枯葉が落ちる公園にまでやって来たが、当然のようにいない。
しかし、それもそのはず、昨日は放課後遅くまで残っての帰宅だったのだ。また、時間が異なる上に今日は土曜日。条件が異なり過ぎている。
「いねぇなぁ。 中学ローラー?」
「今日は土曜日だよ。 中学生は遊びに行ったり買い物行ったり色々用事があるはずさ」
「じゃあ街に行ってみる?」
目的が消失したことによって指針はもはや意味を成さない。だが本人よりも張り切っている三人の意欲はこの程度で収まらない。センを差し置いてプランを立てる。それをセンは見るがままだ。
どうして動かないのか? 自分のことなのに。そう考えるものもあるだろうがセンは基本的に楽観主義。波に乗る方が彼のポリシーに合っているのだ。それに行きたくないところに行くほど彼らが馬鹿ではないことをセンは知っている。
「モールに行こう!」
ほら決まった。センは心の中でそう思った。
***
「行けぇぇ!」
「ちょまっ! おまっ! ぶつけてくんなって!」
「あははは。おっさきー!」
「…………追いつかれた」
「「「セン。お前は周回遅れだ」」」
学生といえば? そう問われれば少なからずゲーセンと唱える奴もいるだろう。その通り。彼らはゲームセンターでレーシングゲームに興じていた。
騒ぎに騒ぎまくる俺たち四人組だが、節度はキチンと守っている。周りが怒らないのも大概の奴はみんな俺たちと知り合いだから。そんな身内同士だからできる遊び方だが、嫌いじゃない。
客が増えてくるのも、イタズラが始まるのも恒例だから。
「アヒャッヒャッヒャッ! やめろぉー! ダンナ!」
「あははは!お前コースアウトしてんじゃん「そんなことしてていいのか?」へ? んぎゃっ! セン!甲羅ぶつけてんじゃねぇ!」
そんなこんなで、テンションアゲアゲ(死語)なレースは幕を閉じた。その後は応援してくれた奴らのプレイングを見てさらにテンションが上がった。
銃ゲーは拮抗する実力と時間との勝負で興奮した。
クイズは答える際のオーバーリアクションが見ていて面白かった。
音ゲーは知ってる曲をみんなで歌いながらやったら冗談交じりに怒られた。
そんなこんなで結構楽しい1日だった。
……まぁ本来の目的は忘れていたんだが。それも綺麗さっぱり。
***
雨は唐突に降った。折り畳み傘を持たないタイプの人間である俺は黒々とした厚ぼったい雲を眺めながら家路を急ぐ。なんてことはしなかった。
俺はこういう雨が嫌いでないのだ。無駄な思考をこ削ぎ落とすように降りしきる雨は。
生家であり実家でもあるオンボロあばら家に辿り着けば、いつもの通りガギャガッと突っかかるような音を鳴らす引き戸をこじ開けた。
「…………」
もう何年も働き続けるその音はいつも誰かを不快にさせる。その例に漏れず俺もこの音にはウンザリした。
今日も独りになった。
見慣れてしまった我が家だ。バッグを落とすだけで鈍い音は屋敷に響く。
誰もいない部屋も、埃のかぶった階段も、例に漏れず胸が炙られるように痛くなる。それはもう本当にじわじわ、じわじわと。
そんな痛みに耐えかねて、俺は服を脱いだ。
目に止まった背中の火傷を見てふと笑みが溢れた。
「……風呂」
風呂を目指して歩く。その様はまるで幽鬼のごとき有様だった。
***
それからも毎日のように金髪の女の子を探したけど、見つかることはなかった。
ショッピングモールや駅、カフェ、ファーストフード店や果てには楽器屋なんかにも寄ってみたが見つからなかった。
まぁ、探しては脇道に逸れていれば当たり前なのかもしれないが。
そして、あれから一ヶ月が経った。
町の電飾は色鮮やかに、ショッピングモールは聖夜のためのグッズが売られ、商店街もちょくちょくイベントに合わせて新商品を販売している。
そんな鮮やかな景色の中、彼はバイト帰りに一人で歩いていた。
口から漏れる白い吐息を見て、口元を隠す。
眼に映る景色は周囲の輝きに反比例してブロックの黒や灰に埋め尽くされた。その有様を見て俺は独りごちる。
否、口に出すこともできなかった。
(結局会えなかった)
その事実に溜息を吐きながらも景色の変わらない黒と灰のタイルを見続ける。年内に会えなければと思い、方々探し回った彼の身体は限界に近かった。疲れから人混みに流されること十数分。
灯の量が変わって少しだけ鬱陶しく思って顔を上げた。
俺の瞳を。その両の瞳全てを、巨大なクリスマスツリーは埋め尽くした。
つい数秒前の不満とか嫌悪とか、その他諸々の負の感情が総て消え去っていく気がした。
いや、この豪奢なクリスマスツリーが追い出したのだ。
けれど、その光景だけが俺の心を反転させたわけではない。
そのツリーを見る一人の少女だ。
あの金髪の子だった。
ポーっと熱に浮かされたようにツリーを仰ぎ見る姿は、まるで小さな小さな子どものようだった。
でもその姿は希望に満ち溢れているように見えた。
けれど、冷静な思考が今更になって小さな疑問を紡ぎ出す。彼女は少なくとも中学生。人生にはどうにもならないことやどうしてもできないことがあると、少なからず知っているはずなのに。
いつか見た想い焦がれるその瞳。そこに映る景色には恐らく一点の曇りもないに違いない。
(俺にもできるだろうか)
過去の俺ならとうに総てを諦めていた。
(俺が近づいてもいいのだろうか)
(俺は諦めないだろうか)
過去も未来も、変えられない。ならば、と。
「変わるべき……。いや、変えるべきは
一歩、前に踏み出す。考えぬ内にもう一歩。もう一歩、もう一歩彼女の元へ。次第に足の振りも、歩幅も、大きく広がっていく。
たった数歩。そう、たった数歩だったのだ、彼女との距離は。
ただ、進むか
そんなことが、今更わかった。
でも、遅くなかった。それにわかってしまえば、俺は無敵だ。
ツリーの麓。彼女の元へ近寄った。恋い焦がれる少女は目と鼻の先だ。
「こ、こんばんは! き、今日はいい天気ですね!」
……盛大にミスった気がする。
タグにも書いてある通り、この金髪の女の子はこころんです。
ただ、主人公の間の悪さやコミュ力の無さが天元突破しかけているため名前すら出てきませんでした。
プロローグを三本くらい書いて反応がよければ、のんびり続けていこうと思います。
よろしくお願いします。
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プロローグ2
片手に持ったワイングラスの中にはブドウの飲み物がある。パーティーが始まってからずっと緊張しっぱなしで、ずっと一番後ろの方に所在無げに立っているのに未だ慣れない。
“燕尾服やドレスなどで参加する紳士淑女の集まり”
そんな異次元的魔境に身を置いて平然としていられる奴を見てみたいと心の底から羨んだ。
因みに今絶賛頭の中を走り回っている疑問はこのグラスの中に入った飲み物をただジュースと言い捨てていいものなのか、という ここで考えること? というような疑問だ。あまりに庶民すぎて滑稽だろう。
顔をつねって痛みがあった。もう3度目だが相変わらず痛い。赤くなった口の右端は吊り上げられて笑えていない。痛みは淡々と呟き続けた。
なんとなく、右を見る。テレビで見たことのあるような政治家さんがワインを片手に談笑していた。
左を見る。毎年紅白に出るような有名なミュージシャンが食事をしながらこれまた有名な女優さんと仲が良さそうに話していた。
背後を見る。壁に寄りかかるのは今年2枚目俳優としてテレビや映画に引っ張りだこになっていた人だし、その人と話すのは映画のスポンサーだった大企業の社長だった。
どこを見ても有名人ばかり。名前の出ない人もいるけど貫禄のある人達ばかりだ。自分なんて絶対に浮いている。
視線をどこにやろうか迷った挙句に上を向くと凄まじい大きさのシャンデリア。。。うん、目が回ってきた。
「……どうしてこうなったんだ?」
俺は浮き足立った心を落ち着かせるために1週間前のあの日のことを思い出した。
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『こ、こんばんは! き、今日もいい天気ですね!』
憧れの女の子との再会でそんなスタートを切った。
羞恥や焦燥やその他諸々の感情が俺の身体を駆け回る。走って、跳ねて、体当たりして。心の安寧を悉く破壊し尽くすその衝動はどうやら相手には伝わっていないようだった。
「えぇ! こんばんは! それで、あなたは誰だったかしら?」
……まぁ、そうだろう。一度見かけただけの存在を覚えていられるはずもない。そう思った俺はたった一言。「少し前に会ったんですが……」とだけ告げた。
恐らく、薄い笑顔を貼り付けたように喋ったように思う。……もちろん、確証はない。
「そうかしら? あたしは覚えていないわ!」
「そうか。 ……少し残念だ。 なら、今後も俺は君と会いたいから自己紹介だけはしておきたい。 そのぐらいの時間はあるか?」
緊張を強引に潰してみると口調はすぐに砕け、いつも通りぶっきらぼうな物言いになった。それでも女の子は嫌な顔ひとつしない。そのおかげか幾分か余裕を持てた俺は周りを見渡してみる。
家族連れやカップルで廻る客の割合が多いが、女の子の連れはいないようだった。聞けば、親とは来てないらしい。しかし同時に彼女の保護者らしき人も見当たらない。
まぁ、待たされているからと言って女の子に話せるほどの時間があるかどうかは判らないんだが。
「えぇ、もちろん! 黒い服の人たちとお買い物に来てるだけだもの! どこからかみているんじゃないかしら?」
「そ、そうか。 怪しい人についていかないようにな」
……保護者の心配が現実にならないといいが。まぁ、俺がいるからとりあえずは大丈夫だろう。うん。たぶん。
「じゃあ、俺の名前から。俺の名前は “吉野 千里” 。君の名前は?」
「あたしの名前は “弦巻 こころ” よ! これからよろしくね、千里!」
……こころ。 ……こころちゃん、か。
「うん、いい名前だ。 こちらこそよろしく、こころ」
俺たちはその日始めて言葉を交わした。聖夜にはまだ、少し早いとある冬の日のことだった。
「それじゃあ、連絡先を交換しないかい?」そんな風に切り出そうと思ったが、残念ながら不発に終わった。こころが言っていた黒い服の人たちが戻ってきたのだ。
「……。 お車の準備ができました。 パーティーグッズも揃いましたので帰りましょう。 おや、そこの方は?」
「彼は千里よ! 吉野 千里っていうの! あたしに声をかけてきてくれた男の子! そういえば、初めてだったわ!」
フフフッと両手を口元に当てて楽しそうに笑う彼女はとても仕草が綺麗で、表情が可愛くて……。俺は暫く惚けて見ていそうになった。
「吉野様。 今日は夜も遅いですから家まで送りましょう。 お嬢様もそれを望んでいることでしょう」
「そうね! それがいいわ! 千里、一緒に行きましょう!」
……正直に言えば、これ以上ない嬉しい提案だった。好きな子と一緒に居られる上に送ってくれるのだ。俺の心はほとんど倒れそうなほどに傾いた。
だけど、
「残念だけど、俺はこの後用事があるんだ。だから、こころとは一緒に帰れないんだ」
少しだけあの日見たままの笑顔が陰る。あぁ、俺はそんな顔をして欲しくないのに。だから、言葉を続けよう。後悔しないように。
「けど、俺はまたこころと遊びたい。
だから、また連絡するよ」
その言葉を聞いたこころは少し残念そうだったけど、心に一区切りついたのか。この季節に似合わない向日葵のような笑顔を見せてくれた。
その笑顔は全ての人間を溶かしてしまうような熱を感じた。
「分かったわ。 それなら来週のパーティー、千里もうちに来るといいのよ! 約束よ!」
強引だなぁ、そんな風に思ったが嫌ではなかった。何しろ好きな子からの誘いだ。嫌がる選択肢は当たり前のように、ない。
「分かった。じゃあ、約束だ」
俺はそう言って右の小指を優しくゆっくりと立てた。
「ええ、約束ね!」
彼女の小指が俺の小指を絡め取り、「ゆーびきーりげーんまーん」と彼女はなぜか小さく声を上げる。違和感を覚えたけれど、俺もそれに合わせて小さく声を出した。
「「ゆーびきった!!」」
俺とこころは二人して笑い合う。寒さで表情が硬くなっているのもこころの笑顔を見るだけでほぐれていくのが分かった。
「それじゃあ先に行くわ! またね、千里! バイバーイ!!」
連絡先を交換した俺はこころを見て手を振った。途端に襲う寒さは非常にきついものだけれど、胸の中にこころの笑顔がくれた暖かさがあるのが分かった。
だから、俺に怖いものはない。
「さぁ、いこう」
俺もまた、一人で色鮮やかな灯りの元を歩き始めた。
***
「それが今日になってリムジンでお出迎えしちゃうんだもんなぁ……」
1週間前の信じられない出来事から急に俺はこころと親しくなっている。そんなこころの瞳はいつも輝いていて。けど、どこか見透かしているような……。いや、違うな。なんとなくだが、見えてしまっているだけなのだと思った。
確証はない。でもそこまで外れた予想ではないだろう。こころは純粋に見つめて、見極めて。その上で、不可能を可能にしようとするのだ。
だってそうだろう。今も彼女は父親らしき妙齢の男性に連れられて色んな人に挨拶をしている。あの無邪気さはそのままにして笑顔を振り撒き続けている。
今まで必死にだらしない態度を見せないようにだろう。身体が勝手に硬くなってしまっていたのに、この瞬間肩のどこかの力がフッと抜けた気がした。
あぁ、こころとずっと一緒にいれればどれだけ嬉しいことだろう」
口から漏れ出たその理想は前に広がる華々しいパーティーへと向かわなかった。一文字ずつゆっくりと、断絶されたただの虚に吸い込まれていった。
はぁ、トイレに行こう……
俺は装飾豊かな扉に手を伸ばした。
***
ところで、100人以上が会場に揃う立食形式のパーティー会場で、たった一人の所在確認を常にすることは当たり前のように難しい。けれど、
「千里、笑顔じゃなかったわ……」
彼女———弦巻こころは彼のことに気が付いた。
それは彼女のみんなを笑顔にしたいという願望のためか。それとも無意識に意識しているのか。
誰にも知る由はない。
***
汚れひとつない綺麗なトイレに掃除用具の影すら見かけない完璧なトイレだった。そんな感動を噛み締めながら、手を綺麗に洗う。オールバックにした髪を少しだけ整えながらハンカチを取り出した。
歩きながら手を拭いていると太陽がそこにいた。
トイレから出てすぐにある眩いばかりの煌めきを発するソファ。そこには絹のように滑らかなショールを羽織ったこころがいた。少々驚きながらも俺は躊躇うことなくこころに近づく。俺の辞書に一歩引くという文字はないのだ。
……恐らく辞書にも一歩引くというのは、単語一つで載ってはいないだろうけれど。
「どうしたんだ、こころ? まだ挨拶とか終わってないんじゃないのか?」
少し俯き気味にこころは首を横に振った。
「誰かを待っているのか?」
今度は首を縦に降る。それでも相変わらず俯き気味だ。
俺はどうしたらいいか分からず、堪らず彼女の名前を呼びかけた。
「こころ……?」
「あたしは誰かを笑顔にすることが本当は、とてもとても難しいことだと知ってるわ」
だろうな。だからこそ、踏み込めなかったのだろ? 俺が君の申し出を断った時に。
「でも、あたしは諦めたくない! みんなを笑顔にするの! それは……きっと尊くて大事な気持ちだもの!」
そうだな。俺も子供の頃にそう思った記憶がある。世界中の人を幸せにできる方法はあるのか。真面目に考えたことさえある。
諦めなかったからこそ、踏み込めなかった。
「でも、あたしはあなたを笑顔にできていないわ! だって、あたしはあなたの望みを知らないもの! 知らないとあたしは何もできないの」
「俺はこころ、君と会えるだけで。君と会話をするだけで幸せなんだ。これ以上の幸せは俺には無いんだよ」
「ほら、その顔……。シャボン玉みたいに今にも消えそうな顔をしているわ」
いつ見ても鮮やかな太陽には近づくだけで火傷する。そんなことすらとうの昔に知っているのに近づいた俺だ。……そう、俺はあの瞬間に覚悟は決めていた。
あぁ。けど、もっと遅いと思ってたんだけどな……。
「じゃあ……あなたの望みは叶っているのに、どうして笑顔になれないの?」
ほら、一番聞かれたくないことを聞いてきた。
後1話続きます。
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プロローグ3
バイトが忙しかったもので。
それではどうぞ。
『どうしてあなたは笑顔にならないの?』
こんなモノはこころが言わなければただの皮肉を込めた問いだ。いつもなら受け流すし、できなくても笑って誤魔化すことができる。
でも、こころは違う。
心からの笑みを求めている。俺が奥底から幸せな気持ちになることを望んでいる。だから、受け流すこともできないし、笑って誤魔化すことなんて言わずもがな、だ。
こころに対して真摯に、自分の
まるで殻を破る手助けをするように。
「俺も昔は笑っていたんだ。楽しくても、嬉しくても。稀だけど悲しい時にもね……」
だから、話そう。俺の過去を。
「小学生の頃の話なんだが、
こころは俺の瞳を見つめたまま、動かない。黄金に輝く二つの瞳でジッと見つめるだけだ。少しだけ微笑んでいるように笑顔を見せているのがこころらしい。
話を催促されているのだ
だから、俺は口をわずかに開く。
事実しか言わない。俺の考えたことを全て彼女に伝えるんだ。
そのための一呼吸。この季節に似合わない心地よい空気が俺の口にフッと吸い込まれる。
こころは身体を左右に揺らしながら楽しそうに待っている。
だから、何となくこんな切り出しで始めてみようか。
「こころ、君は自分の生まれを呪ったことがあるか?」
「そんなことしないわ! そんなことしたって何も変わらないもの!」
こころは首を振って反論した。それも笑顔だ。なんというか……こころらしくて少し笑いそうだ。
……だが、まぁ。予想通りではある。
「俺はこころと違った。ずっとネチネチと呪っっていた。俺の半生は家への呪いで埋め尽くされているといっても過言じゃない。
君は知らないかもしれないが、俺が住んでいるところではうちの家族は悪名高かった。生活自体は裕福だったんだが、周囲に恐れられていた。
「その悪評のせいだろう。家以外での生活は基本的に酷いものだった。だが、手を出すべきではないと俺は考えたから我慢した。恐怖されるからこそ、俺は手を出せなかった」
「仕返しをしない俺を見て周囲はただの嫌がらせから手段を変えた。暴力を振るわれ、罵声を浴びせられ、学校では給食を食べさせてくれず、遊ぶことは許されなかった」
「
「呪いながらも笑顔だった。
敬遠されても笑顔だった。
虐げられても笑顔だった。
どれだけ残虐な行為を受けても俺はただ笑顔だった。
まぁ、俺の中で興味関心を持たれているんだったら好かれるチャンスはきっとくるそう思っただけだったんだがな」
「……」
少し俯いているこころ。そのため表情はうかがえない。それなら、『やめて』と言うまで続けるしかないだろう。
「だが、俺にとっては当たり前の日常は唐突に終わってしまうんだ。端的に言えば、家に児相の調査が入ったんだ」
「ジソウ?」と聞くこころに端的に「児童相談所のこと」とだけ返す。
「だが、調べられただけで大して何も家の環境は変わらなかった。だが、この調査で親に俺が虐められていることを知られたんだ」
「そこから変わったのは外だ。両親はカタギではなかったんだよ」
「報復、復讐。そんな感じの名目のもとで両親は部下を使い、家の周りをチリ一つ残らぬほど掃除した」
「それから、社会は俺に更に厳しくなった」
「家族は捕まった。兄と姉はそれぞれ別の生活を始めた。
そして、俺は一人になった。不幸を呼ぶ笑顔は綺麗さっぱり捨てた。辛いってことを自覚させてくる感情も捨てた。
それでも、俺を。俺のことを。君は、見ていてくれるのか?」
こころの顔は曇ったままだ。憂いてるように見えるし、憐れんでるように見える。憐憫なんて今の俺が一番して欲しくないものなのに。
そんな風に考えているとこころは口を開いた。
「ねぇ、千里。———どうして、ずっと待ってるの?
幸せは待っても来ないわ! 幸せは掴みに行くものよ!」
ドーンッ! とそんな効果音がこころの背景に写し出された気がした。それはもう漫画のように。
……あぁ、やっぱりだ。こころのアドバイス一つでここまで心が透き通ってしまうのか。なんと俺の素直なことか。俺はそう思いながらも忘れたはずの笑顔を浮かべかけていた。
軋むようにピクピクと痙攣する表情筋も、真一文字に結ばれた口も、緩み始める。
「そうだわ! 千里! 千里はあたしと一緒に世界を笑顔にするメンバーになるのよ!」
「……へぇ。世界を笑顔に、か。
……うん。それは面白そうだ。 やってみる価値はある」
少しだけ自分の顔が動き始める。鉄面皮のように動かない顔は、今日、この時だけ頑張っていたと信じたい。
「それじゃあ、笑顔あふれる幸せな世界を目指して……」
「えぇ! 頑張りましょう! 千里!」
間違いなくこの時だ。俺の人生を180度回転させたのは。
これから色んな人に会って、経験を積んで。最後に笑顔を浮かべるのだ。
***
……んり様。 千里様。 あぁもう、千里!」
目を覚ますと俺の付き人がそこにいた。オトコの筈なのに美麗な容姿を持つ俺の付き人は大学時代からの付き合いだ。もう七年ほどになるか。
そんなことを考えられるほど思考はできている。
下を見る。こころに決めてもらった真っ白な装い。服にシワがついたら目も当てられない。姿勢をすぐに正した。
夢なんていつもは覚えていないのに。こんな時だけ思い出させてくれるなんて……。寝ぼけ眼を擦り、身体を起こしながらふと時間を見る。用意はできているが予定時刻まであと5分もある。
殻から出なくなった心に、太陽が差し込むその瞬間。そんなイメージを覚えたあの聖夜。
白ヒゲを蓄えた赤い服のおじいさんからのプレゼントは非常に嬉しいことに俺の心にキチンと配達していた。
ドタバタと扉を開けようとする騒ぎ声が鼓膜を揺らす。極めて小規模な音の発生源は親友たちの足音だった。
なんとなく、聖夜の話をしたくなった。だが、そこまでの時間はない。これも運命か。あの日の話をどうしてか、誰にも話すことはできていない。二人だけの思い出になってしまっている。
「夢を見たんだ、出会いの日の」
「……千里、お前このタイミングで寝てたのかよ」
「相変わらずの強心臓だな」「ふふっ、肝が冷えるね」
三者三様の答えだが、心配してくれている親友がいる。
「千里様。あなたは周りの期待も全部受け止められる方ですから、今後は僕にも仕事を回してくれていいんですからね」
俺に着いてくる付き人がいる。そう考えるだけで気楽なものだ。
「……呼びに来てくれたんだろ?
「そりゃあ、そうだろ。お前は今日の主役だぜ、
そう言う三成の顔はニヤケ面で喜色満面だ。ほか2人も似た感じである。
「さて、俺たちで友人代表としてお前の結婚式のスピーチをしなけりゃならんのだが……アドリブ系の、そーいう何か要望は?」
ニヤケ面のままそうのたまうクソ野郎に、あえてこんな要望を提出しようか。
「なら、付き合い始めてからのことを喋ってくれると助かる。付き合う前の話は俺とこころの秘密にしてるからな」
「つまり、捏造とかそういうことはすんなってことだろ? 分かってるって!」
はっはっはと大笑いしながらゲンは俺の背中を叩く。その痛みに軽く歪んだ表情を作った。普通に痛いんだ、仕方がない。
それに『大らかなところは君のいいところだけど、大雑把でもあるのは君の弱点だな』なんて言ってもいいがどうせ聞きゃしない。
こうやっていつも勘弁するのはなんやかんや言って俺なのだ。非常に残念だ。
「今ではこんなに笑うようになりましたが、昔は仏像かってほどに顔が変わらなくてね。あまり人には好かれないんですよ。無愛想だったからね」
「だから、『色恋なんてこいつには縁がねぇんじゃねぇか?』そう思うことも多々ありました」
「そうそう。だから、一目惚れしたって聞いた時、自分たち3人とも驚き過ぎて腰を軽くやりましたからね。おかげで今では3人とも腰痛持ちです」
式の中でも彼らの饒舌は止まらない。彼らはベラベラと飽きさせずに喋るのが上手い。身振り手振りもあり、表情も豊かな彼らの小噺は序文だけで客の視線を完全に引きつける。
スピーチの中で、ついさっきのことを思い出していた。
こころとの出会い。それから共に過ごす日々が幾度となく俺を変えていった。追いかけるだけの憧れは、隣に立ちたいという願望に変わり、最後は彼女を守りたいという覚悟に変わった。
間違いなくこれからも変えられていくのだ。
けれど、たった一つだけ変えられないものといえば。
「俺がたった一度だけの恋を掴みきったってことだろうな」
「どうかした? そんなに笑って昔の千里じゃないみたいだわ!」
「こころこそ、その
俺たちは二人で密かに笑い合うのだ。
終わりそうな感じですけど、中身はまともに進んでないですからね。
題名通りプロローグなのでそこそこ読んでくれる人がいたら書きます。恐らく、本編の内容は取り敢えず二人がお付き合いするまでということで。
それでは。
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バンドストーリー 一章
一話
華の高校二年生となった。といっても俺の生活に大した変化があるわけでもない。せいぜい変わって下駄箱くらいだった。席はなんの因果か大概窓際一番後ろなのだ。いつもの四人組は一括りにされているのか今年も同じクラスだったのである。
寧ろ俺の生活に初っ端から影響を与えてきたのはこころのイベントによるものが大きいと思う。
急に呼び出されたと思えば、制服が届いたから一緒に写真撮りましょう!とか言う話だったり、千里を笑顔にするならどうすればいいのかしら?と俺に聞いてきたり、挙げ句の果てには、こころの入学式になぜか俺がカメラを持って参加していた。
最後に関しては俺も全く意味がわからない。
そんなこんなで春は過ぎようとしていた。まさに破竹の勢いだ。
「それで、どうしてここにいるんだ?」
「あたしバンドを始めたの! だから、千里にも入って欲しいわ! きっと楽しいもの!」
「あー、うん。……は?」
朝8時。開校記念日で自堕落に眠りに落ちていた俺だ。休日の行動が基本的にトロい俺にとってはまだ睡眠時間なんだが、目が覚めたら隣にこころがいた。残念ながら(?)ソファの横にいるだけだ。横になってない。目に入れても痛くない可愛いこころを視界に収めれば俺の頭はそこそこ活動しだすのは最近になって分かったのだが、うん。まぁ……聞きたいことはいくらでもある。
バンドを始めたと言ったか? ……こう言っては悪いがよく仲間が見つかったものだと思う。入学して一ヶ月で『異空間』だったかそういうアダ名をつけられていたはずなんだが。
バンドと言うからには仲間がある程度いるのだろう。何人揃ったのだろうか?
「因みに今何人そのバンドに入っているんだ?」
「あたしと花音よ!」
ズコッと、ソファーから床に落ちた。即答だ。心の準備も間に合わないくらいの即答。
しかも、中身は二人だけという異常事態。これでバンドと言えるのか? まぁ、ギターボーカルとキーボードなら何とかなる……のだろうか?
……全くもって知らんのだが。
「因みに花音?とこころはなんの楽器をするんだ?」
「ドラムとボーカルよ! 楽しみだわ!」
ズルッと手が滑った。机に伸ばした手は空を切り、床に衝突。手首が痛かったです。まる。
小学生並みの感想が頭に浮かぶ中、俺の頭は真剣に現実逃避をしていた。……いやいや、しちゃいかんだろ。
「……こころ、どうやってドラムとボーカルだけでバンドするんだ?」
「それはできないわ!」
あ、良かった。そこは分かってるのか。
「昨日、花音が言ってたんだけどね、あたしの歌にいろんな音が重なってバンドになるの! だから、今メンバーを探してる最中よ!」
「ほう、そうか。とは言えうちの学校は休みなんだが、こころの学校は普通にあるだろ? 行かなくていいのか?」
「大丈夫! 走れば余裕よ!」
走らんとならんほどギリギリなのか……。仕方がない、送ろうか。
「こころ。荷物持って、送るから」
そう言って俺は急いで服を着替え始める。嬉しいことにこころはすぐにリビングから出て行った。外で待つようだ。バイクのキーを持って俺は家を飛び出した。
「二人乗りなんて楽しみね!」
「俺の誕生日が四月で良かったな……」
俺はさっさとスクーター型の二輪に跨りキーを回した。
「レッツゴー!」
「……ごー」
こころを送り間も無く家に帰った。そこからの俺はだらだらとメシを食い、風呂に入り、趣味である機械いじりを始めた。ミツからは羽丘でちょっとしたイベントがあるから行かないかという話だったが、全く興味がなかったので行かなかった。
それによってできた時間で飛行船のラジコンを改良した水風船を落とせるイタズララジコンが出来上がったのだ。何かに使えるかもしらんので、作品ボックスに入れておく。
「……こころはどうなっただろう? ちゃんとメンバー見つけられてるかな?」
それから三日後のことだった。
ピンポーン!
『千里ぃー! お願いがあるのー!! 開けてー!!』
んー噂をすれば、っていうか唐突だなぁ。
ん?イケメンとふわふわ系。こころの周りにも見知らぬ人が二人いるし、とりあえず開けようか。
「どうしたんだ、こころ? 俺に用事ってなんだ?」
「薫のポスターを作って欲しいの! いいかしら!」
んー……なんか色々すっ飛ばされてる気がしないでもないなぁ。でもまぁ、やるのは決まってるし。
「んー、了解。分かった、作ってみようか」
「え? ……え? えぇぇぇぇ……」
そうやって驚いたのは、青みがかった髪の女の子だった。なんとなく小動物的な可愛さがある女の子だ。愛でたくなる。
「とりあえず、入るといい。 俺も色々やってるから忙しい」
「おじゃましまーす!」
「し、失礼しまーす……」
「ありがとう。失礼するよ」
はてさて。とりあえず三人入れたわけなんだが、……どうしようかなぁ。
「インパクトが欲しいわ!」
「……儚いものがいいね」
「バンドメンバーの募集も兼ねてるので、お、お願いします……」
というような依頼だった。
うーん。儚くてインパクトがあってっていうのがまず、分からん。ほぼ、対極じゃね? それに、バンドメンバーの募集もかけるとは詰め込むなぁ。
そんな感じで俺は考えながらWordやillustratorなんかを使って色々作ってみた。
……なかなか難しいなぁ。
四苦八苦しながらも隣にいる彼女たちの意見を取り入れながら、色々頑張った。結果、二時間ほど色々考えてたら瀬田さんの姿を前面に押し出したポスターになってしまった。
こころと瀬田さんの二人は満足しているみたいだ。だがな……
「……バンドメンバーの募集も兼ねているのにこれでいいのか?」
「やっぱり、そう思うよね……」
返事を返してくれたのは花音さんだった。このコメントからいっても彼女が真っ当な価値観を持つというのはわかるだろう。正直、その事実にこの短い間で何度助かったか。
……まぁ、俺も半分くらいは価値観がズレているので彼女のおかげでなんとかなったというだけの話だ。このバンドにまともな人がいて良かったと思いました。
「それじゃあ、何枚刷る?」
「1000枚くらいかしら!」
「150枚くらい、だろうか……」
「ふえぇ! 分かんないよぉ〜……」
おっと、予想よりも多いな。俺はてっきり多くとも50枚くらいなものだと思ってたんだが……。
……ポスター用紙どのくらいあったっけ?
「……ちょっと探してくる」
俺はそう言ってその場から離れた。
10分後、戻ってくるとこころはソファーでうたた寝を始めていた。まぁ、この時間ならば仕方ないだろう。初めてあった時に連絡先を交換した黒服の人たちに一本入れておく。
これで俺が狼になることはないな。
そんな間に花音さんと瀬田さんはボリュームは小さめで、部屋の隅で談笑をしていた。
「落ち着かないのか? 当たり前か、男の家だものな」
「あ、千里くん。見つかった?」
「あぁ、もちろん。A4が50枚と少し、それにB5が100枚前後というところだな。プリントしている最中だ」
花音さんはそれを聞くとどうやら安心したよう。瀬田さんは……分からん。だってこの人『儚い』しか言わねぇからな。なんというか自己陶酔している感じ。
……何気に男の家で緊張してるのかもしれん。
「二人とも、紅茶とコーヒーどちらがいい?」
「それなら、紅茶をお願いするよ」
「うぅ、苦くないコーヒーで……」
「分かった」
俺がキッチンに行くと、二人は目の前のカウンターテーブルに座った。
「千里くんは、ここに一人暮らしなの? こんな大きな家で?」
「そうだが?」
「……へぇ、そうなんだ。自立してるんだね、すごいなぁ」
「アパートを持ってるんだ。名義は俺じゃないが、お金は入ってくるようにしているだけ。それに、良心的な住人しか住まわせてないからな。面倒ごとも少ない」
それからすぐに湯が沸いた。紅茶と甘めのコーヒーを彼女らに手渡す。俺はキッチンでブラックのコーヒーを持ちながら立ったままだ。
彼女らが飲み終わり、少しの談笑を以って帰っていった。
……もちろん近くまで送った。
明日はどんな報告が聞けることやら……。
それを少し楽しみにしている俺がいた。
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二話
実際に工業用の機械を触れる機械工作の演習がある。そのため、俺のテンションは普段と違い、僅かながらに上がっている。
残念ながらこんな時でも俺の鉄面皮は健在のようで、仏頂面から変わることはない。
因みに授業で作るよう指示されたものはすでに作り終わった。今日一日を作成時間として使うらしいがとどのつまり暇なのだ。
「今日は何を作るか……それが問題だ」
作業着のポケットに入ったデバイスを弄る。
『No.134 レーザーセンサーver.6.57』
学校で暇な時に作ってきた小型のデバイス。簡単に手に入る素材で知識から実物を作ることに俺は数年前から虜になった。そんな俺の傑作の一つだ。だがまだ不完全で、小型化や汎用性の上昇などまだ課題はいくつもある。よってこの1週間、いろんな作業をしながらもアイデアや改良メモをこの日のために作ってきた。それを今日、改良し完成への道のスタート地点にこぎつけたいのだ。
思考を加速させ、完璧な状態を自分で作り上げる。指先の状態もミリ単位での作業精度に。
作業着のチャックを上げ準備完了。
「さて、やろう」
放課後
改良が済み、新たなアイテム『レーザーセンサー2nd』として生まれ変わった。サイズは自分の親指と人差し指で作ったリングをギリギリ通るくらい。さらに設定さえ弄れば、可視光線にもなる我ながら素晴らしいデバイスを作ってしまった。
もう夕方であり、そろそろ帰る時間だ。面白くて楽しい時間だったが仕方ない、帰ろう。俺はさっさと荷物をまとめ作業室を後にする。
帰り道、お腹が空いたので商店街でコロッケとパンとコーヒーを買って帰ることを決めて行動スタート。と行きたかったのだが、目の前にはこころのバンドの面々、ピンクのクマとそれに群がる子ども、あとはこころと同じ制服の髪の短い女の子がいる。
どうしたのだろうか?
「千里! バンドメンバーが揃ったわ! ベースのはぐみとクマのミッシェルよ!」
「ミッシェル? バンドに……クマ?」
え……。確か、ボーカル、ギター、ドラムが揃ってるからあとはベースとキーボードだっけ? ん? ミッシェルはあの手で楽器弾くの? 弾けないと思うんだけど。
「ふむ。こころの集めたメンバーは何というか、……個性的だな」
うん、すごく個性的だ。だが、正直それがこころらしいとも言える。思考回路が他人と違ってもこころは目的にまっすぐ進む。そんな彼女に俺は憧れた。それで今は手伝うし、その上で隣に立ちたいのだ。
そんなこころが浮かべるのは満面の笑み。瞳がキラキラと輝いて。そこにいたのは俺の大好きなこころだった。
「そうでしょ! これで世界を笑顔にできるわ!」
だから今は俺のできることで彼女を手伝う。これからこころを支えるためだ。
「あぁ。これからは五人で考えて活動するんだろう。また、何かあったらウチに来るといい。コーヒーと紅茶くらいしか出せんがもてなすぞ」
「ありがとう! 千里!」
「! あぁ」
笑顔を見ただけで高揚し、声をかけられただけで発奮し、感謝の言葉一つで動悸が早くなる。
俺はこれが恋であったなら、と心の底から願っている。
地獄の文系科目代表・現代文が終わり、今日の授業はこれで終わり。これからは各々好きなことができる放課後だ。特に予定もないため、街の方に三人とともにどこかへ遊びに行こうかとも思っていたのだが。ミツはバイト、ゲンは家の手伝い、コーは部活があるとそれぞれ帰るらしい。
まぁ仕方がないから、ジャンクショップにでも行くことにした。最近手が早くなって新しいものがポンポン作れるようになってきたのだ。よって材料の消費も早い。面白いモノのイメージを膨らませてみるのも一興だ。
チャリで駅まで走り———だそうとした時だった。聞き慣れた着信音が鳴り、チャリを止める。相手の名前は弦巻こころ。すぐさま緑のアイコンをタップ。
「もしもし、こころ? 俺だ。 千里だ」
『千里! 今からウチにこれるかしら! バンドの会議をするの!』
「分かった。今すぐ行こう」
それを聞いたこころは多分嬉しかったのだろう。楽しげに笑う声が電話の向こうから聞こえてくる。俺の表情筋はどうやらこの程度で緩むらしい。口角が上がっている気がする。
……そうは言っても、多分鉄面皮のままだ。
「……ふぅ。 すまない、遅れた」
「千里! こんにちは! 作戦会議はこっちでするのよ!」
白亜の城。そんな言葉が似合うような巨大な敷地を持つ城がこころの家だ。洋館と呼ぶべきなのかもしれないが、規模だけで言えば紛れもなく城だ。
こころの案内にそのまま従うこと十分弱(家の中で移動に十分かかる辺り流石と言わざるを得ない気がするけどな)立ち止まったのは大きな扉の前。
「ここか?」
「そうよ! さぁ、行きましょ!」
宣言して扉に手をかけるこころ。押される扉。明かりに照らされた室内が見えてくるにつれ俺の
……なんだか意識の高いポエムみたいになった。
まぁ、とどのつまり
「ワクワクが止まらんな!」
新しい景色を見せてくれ!!
作戦会議を見守る中で俺は基本的に書記とか議事録まとめだ。というより、このメンバーだと誰もログを残さなかったんでな。仕方ないと言えば仕方ない。
……ただ、何となく一人だけ妙にクールな子がいる。多分、不満とかそういうものを考えても言わないタイプの。クマがどうたらと言っていたからミッシェル
「どうも、こんにちは。自分は吉野千里だ」
「……はじめまして。私は奥沢美咲っていいます」
……
……
……
お互いに無言。
話を振った方がいいのだろうか。しかし、聞きたいことはお互い同じなんではないかと思わなくもない。……まぁ、考えても仕方がないな。
「美咲。何か言いたいことがあったんだろ?」
「……いきなり名前呼びですか?」
警戒度が3割ほど上昇した気がする。ならば、極めてナチュラルに天然を……装えるか?
「だ、ダメだったか? 下の名前を呼ばれるとお腹が痛くなるとかそういうのか!?」
「そんな人がどこにいるんですか……」
俺の渾身のボケをあっさりと返してきた。少々乗ってくれると思っていたのもありだいぶショックだ。
……こんな時でも顔には出らんがな!
「まぁ、3割ジョークだ。所で美咲はこころのことを変わってるから近づいてみたのか?」
「結局名前呼びだし……。 はぁ、もういいです。 先輩のその質問にはNOって答えておきます。 私はこころとは正直なところ関わらずにいたいんですよ。
それに多分その刺繍は葉叢工業の二年生ですよね。こころの噂はそっちにも広がってるんじゃないですか? 」
もちろん広がっている。異空間だとか散々な言われようだったはずだ。
「私はこころと関わりたくないんですよ。ただ、平穏で平和で何も起こらない平凡な生活を求めてるだけなんです」
理解はできなかった。
もちろん、素直な気持ちだ。安定した生活や安寧の日々に何の面白さがあるのか、と思うのだ。そんな俺だからこそ、こころの思想に惹かれたのかもしれない。
しかし、美咲はなぜそう思うのだろう。少し気になった。
「美咲は平凡な日常に何を欲しているんだ?」
口を突いて出てきた疑問はその程度のものだった。自分が美咲に何かをあげることもすることもできないのに。正直なところ、言ってから後悔していた。
だが、美咲はそんな俺をみて察したのか少しだけ微笑んだ気がした。
「……さあ。何が欲しいんだろうね」
そう言った美咲の瞳はどこか寂しそうだった。
何となくその瞳に覚えがあって、何か言わなければと強迫観念に駆られた。無意識のうちに話していたのは昔話だった。
「俺が小学生の頃のことだ。いとこの家にあったバスケットボールの少年マンガを密かに借りて読んだ。一生懸命に汗をダラダラとかいて練習する姿に憧れた。ライバル達との真剣勝負に心を熱くした。彼らはこの瞬間を後悔しないだろう、とな」
言いたいことがまとまってなくて頭を掻いた。俺を見る美咲の瞳は次の言葉を待っているようで基本的に女性免疫のない俺には少しキツイ。
ヤバイ。冷や汗出てきた。
「つまりな、俺は未来で『ああしてればよかった』『こうしてればよかった』なんてことを言いたくないんだ。自分の選択に責任を持ちたいだけだ」
「へぇー」
……ご高説垂らしたみたいになってないか? 確たる自分持ってる俺かっこいい的なイメージになってないだろうか……。……心配だ。
この日、初対面の俺たちはそれ以上話すことはなかった。
ただ、その後の沈黙はそこまで気持ち悪いものではなかったことを憶えていたいと、そう思った。
遅くなってごめんなさい。それと相変わらず展開遅いというね!
できたら投稿するスタンスでいるのでとりあえず書き続けるのでよろしくお願いします!
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三話
今日はスタジオ初練習の日、なんだが。
非常に残念なことに俺は遅れることになっている。なぜなら今日は、幼稚園のボランティアに出ているためだ。
もちろん、こういう時は大概一緒にいる四人組で参加だ。見事に性格や顔のタイプが分かれている俺たちだから子供たちも好みのタイプのもとに集まりやすいから、今まで経験したボランティアよりは楽な方に位置する。
例えば、少女漫画のヒーローにいそうな爽やか系イケメンであるミツは部屋の中で女の子と一緒にお絵描きや読み聞かせをずっとしていていつみても優しい微笑みを浮かべている。時々女の子達がミツを取り合って喧嘩になるのもイケメン特有の爽やかオーラでなんとかしている。
ゴリゴリに鍛えまくったであろう筋肉がジャージの上からでもわかるゴッツい身体を持つゲンは悪ガキグループと相撲勝負をしている。ずっと殴られているのにハッハッハ!と豪快に笑う様は相変わらずすごい貫禄だ。柔道部期待のエースなだけある。
少し容姿が子どもっぽいコーは男の子も女の子も問わず鬼ごっこをしている。性格自体が子供っぽいこともあり、早々に打ち解けていた。ケガをさせないように視野を広く取りながら遊んでいるあたり、彼の気配りの上手さが滲み出ている。
翻って俺はというと、意外と人気なのだ。
オリジナルで作った発明品で遊びに使えそうなものを改造・改良して子供達が扱いやすくした結果、一人遊びに飽きたちょっと大人な子供たちが遊び道具を求めて俺のところに寄ってくる。その子たちにおもちゃを渡し、遊び方を実演レクチャーし、眺めるだけという状態。
ただ、子どもなので結構おもちゃを壊してしまうので、きちんと直せるようにいつもの用具箱は用意してきている。その修理作業も子どもたちには目新しいようで、目をキラキラと輝かせながら作業を見てくる。
少しむず痒いがこれも一興というものだろう。
そんなボランティアも昼過ぎには終わってしまう。時々あるとはいっても多くても年に数回しかここには訪れないのだ。そこに俺は一抹の寂しさを覚えた。
だから、
「また会える時は元気な女の子たちが君たちを笑顔にする。その時まで楽しみにしておくといい」
こうして宣言しよう。そう遠くない未来だろうから。
案の定、子ども達はすぐにキャッキャッと騒ぎ出した。ミツ達が視線を向けてくる。少し恥ずかしくなった。
「それじゃあ僕たちはこれで」
「またな! ハッハッハ!」
「じゃーねー! また今度来るからね!」
「次の機会に、また遊ぼう」
子ども達が笑顔で見送ってくれたのがすごく嬉しかった。
今日は全員ともこのあと人に会う約束をしているようで、少しだけ歩いたらそれぞれ別れた。そのまま自転車に乗り結構なスピードで風を切る。
向かう先はライブハウスCiRCLEだ。
15分もせずに辿り着くとそこにはこころのサポーターである黒服さん達と美咲がいた。中で話しているため詳細は分からないが唇の動きからすると、『ライブ』『自分たちで』『ミッシェル』『お願いします』ってところだけ読み取れた。
そんな姿を見て、涙を流さない奴はいるのだろうか。いやいまい!なんてな。
「こんにちは、美咲」
「! ……先輩だったんですね。おどかさないでください」
猫みたいに背中が縮みきった美咲はもう先日ほどの警戒心は無いようですごくありがたい。それに先輩呼びが定着したようで気分として悪くはない。
「ありがとう、ライブのこと。 こころのためなんだろ?」
ギョッと軽く目を見開きながら驚く美咲に「外から唇を読んだだけだ」と告げる。何か言いたそうな雰囲気だったが特に追求はしない。代わりに美咲が口を開いたのは別の案件のようだった。
「いえ、スタジオでこころが言ってたんですよ。 『ライブとか衣装とか演出を全部決めて一人前だ』って。だから、ミッシェルのことだけは黒服の人に押し付けようとしたってだけなんですよ」
「それはつまり、『ライブのことは自分がやるから』という宣言に聞こえるんだが、気のせいか?
……美咲、どうした? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているぞ」
本当に鳩が以下略のような顔をしているのだ。少々心配になってくる。
そんな時に美咲は黒服に呼ばれた。何かするようだ。そう思って美咲をボーッと流しみる。物陰に入り見えなくなり、数分後その場所から出てきたのはピンクのクマだった。
「ミッシェル!? ということはつまり、、、美咲=ミッシェルなのか!?」
「そうですけど今更気がついたんですか!?」
あぁ、本物のテディベアの国があるかもと思ったのに……。
「さよなら、デフォルメベアーの王国……」
(いや、あんたなに言ってるんですか)
ミッシェルにツッコまれた気がしたが気のせいだ、と信じたい。
『ライブのことは私に任せて』とその後改めて宣言されたため、今回のことに手は貸していない。つまり、美咲は一人で1週間頑張ることでライブに出るように取り決めたということになる。すごいを超えて凄まじいの域だと思いました。
それから、こころの提案でミッシェルはDJとして参加することになりましたとさ。
……うん、演出のやり甲斐があるな!
それから1週間が過ぎる。これまでがボランティア、バイト、機械いじりの三つで構成されていた俺の放課後はそこに新たに演出方法の組み立てが新規加入し、忙しい日々を送っている。
そして今日が自主練の成果を発表する日。ちなみに俺は観客だ。どれだけできているかをビデオカメラに撮り、パソコンで色々処理して頑張る係。『色々頑張るってなんだよ、なにすんの?』と思わないでもないがな。
……別に俺も楽器やってみたいと思ってなんかいないんだからな!
その日の帰り。俺はこころと一緒に帰っていた。黒服の人たちも多分付いてきているのだろう。ある程度の信頼はあっても『もし』『万が一』があると怖いという徹底的な配慮だろう。正直に言ってその方が安心できる。
「今日は楽しかったわ! みんなの音が一つになるって今日みたいなことを言うのよね! 感動したわ!」
「そうだな。俺も柄にもなく楽器を触ってみようかと思ってしまうくらいにはいい演奏だった」
お互いに笑っているような柔らかい雰囲気が心地よくて、不意に顔を出してくる気恥ずかしさが俺の心をくすぐってくる。
しかしながら、ここまできても俺の表情は変わらないらしい。確認のために顔を触ってみても、いつもと同じところに口の端がある。まぁ残念だが仕方がない。
「千里、あなたも楽器をやってみたいなら一緒にやりましょう!」
「それは俺を『ハロー、ハッピーワールド!』に勧誘しているのか? だが、残念ながらそれは無理だ。」
「なんでかしら? やってみるってすごく大事なことだと思うわ! きっと笑顔になれるわよ!」
……そういうことじゃないんだよ、こころ。俺は———
「『ハロー、ハッピーワールド!』に
だから、バンドには入っても音楽は今は遠慮しておくよ」
「むー…… しょうがないわね……。 でも、分かったわ! それなら、今はダメでもいつか一緒に歌いましょう!」
その答えが聞けただけで俺はすごく幸せだ。こころは待っててくれるのだ。だから、『ハロハピ』に最高の演出を見つけ出そう。楽しくて面白くて笑顔になれるような、そんな演出を。
「あ、そういえばなんだが。 こころは美咲を知らないのか? 確か同じクラスじゃなかったか?」
「そうだったかしら? 憶えてないわ……」
首を傾げて一生懸命思い出そうとしているらしいが結果はあまり芳しくないようだった。
そこで何となくだが考えてみる。俺のことは出会ってすぐに憶えてくれたし、こころの家にもあげてもらったことはある。俺はそんなこころと接していて仲良くなる敷居は高くないと思っていた。だから、今回の美咲に対しての言葉は少し違和感があった。
歩きながらも考えてみる。五分経ったか十分経ったか、はたまた十秒も経ってなかったかもしれない。思考は思う存分加速させた。
………………解は出ない。が、推測はたった。
「もしかしたらの話なんだが、こころが苦手なタイプだったんじゃないか?」
「あら、どうしてそう思うの?」
こころは心底不思議そうだ。けれど、俺からしたらあまりにも外れているというような予感はしていないんだが……。
……無意識とは怖いものだ。
「こころの周りにやると決めてもやらなかった人はいるか?」
「そういえば、……いないわ! 千里はエスパーかしら!」
いやいや、ないない。
「ハロハピのメンバーって花音さんにはぐみも瀬田さんもそうだが、やると決めたら絶対に達成するタイプが多いと思うんだ。 こころもそうだろう? 」
「えぇ! もちろんよ!」
……迷いのない返答に心底憧れてしまう。 俺は少なからず言質を取られないように必死になって粗探しをするからなぁ。 羨ましい。
「だが、美咲は違う。美咲はきちんと優先順位を決めるんだと思う。 それも一番が状況によって変わるタイプのものだ。 そういうことをする人は大概、自分のことよりももっと大事なものがある人なんだ。
もしかしたら、弟妹がいるかもな」
……俺の声に続く音はなかった。いつも元気なこころが?と少しだけ気になって左を向く。隣にいたはずのこころはそこにはおらず、二、三歩離れたところに立っていた。少しだけ俯いているのか表情は見えない。
こころが俯く。その事実にこそ俺は驚きながらもこころが動き出すのを待った。
「千里は……人のことがよく見えてるのね!」
バッと顔を上げたこころはどこぞのフレンズみたいなことを言い出した。
脈絡のなさというのはこういうことを言うのかと少し冷静になっている気さえする。
「もし……あたしが、千里に会わなかったら美咲をそんな風に思うことも無かったわ」
「どうだろうな。こころならある程度一緒に過ごせば自分の力で気づいた気がするが」
これは本心だ。こころの審美眼には短い間ながら度々驚かされてきた。
ただ、こころはそれに首を横に振る。
「いえ、絶対よ! あたしはいつも笑顔だから、笑顔になれない理由は分からないわ! でも、千里はあたしの考えが分かった上で笑顔になれない理由も見つけ出しているもの!
千里のそういうところが……大好き!」
……ま、満面の笑みでそういうこというのはやめてくれよ。照れる。
そんな風に喋りたくても喋れなかった。口はパクパクと動作するだけ。音にならない。声にならない。
目が潤んでくるのを感じた。涙が出てきてしまう。仏頂面に涙だけ垂れるなんてどんなホラーだよ。
「千里、これからもよろしくね!」
言った本人は平気そうだ。いつも通りの笑顔。太陽のような煌めき。
「あぁ、よ、よろ……しく、頼むよ」
泣いて声が震える。これは間違いない。
嬉し泣きだ。
こころの笑顔を曇らせないように頑張らなきゃな!
彼はそう簡単に笑顔になりませんが、もちろん感情はあります。
故に泣くことは結構あります。
因みに映画ドラ◯もんで毎年泣くくらい彼は涙腺が弱いです。
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四話
「ずっとスタンバってるんだが大丈夫だろうか……」
今日はハロハピこと『ハロー、ハッピーワールド!』の初ライブ。演出に使う俺の発明品はリハの時に持ち込んだから今日は小さめのバッグだけだ。「切り替わるタイミングでスイッチ押すだけなので」と予め報告しておいたのがよかったのか、あまり嫌な顔をされなかったのは僥倖だろう。
妙なことをしなければ何も問題はないはずだ。『CiRCLE』の人たちなら仮にもプロだ。単純なミスはしない。
問題はこころたちの方だ。何をしでかすか分からない恐怖がある。
……例えばセトリの順番を無視して演奏したりとかしなければ。
「……なぜだ。 背筋に悪寒が」
「セェン! 何ボソボソと喋ってんの! ちゃんと見て楽しまなくちゃ」
「そうだぜ! ライブは殆どがノリだ。 つまり、はっちゃけたもん勝ちってことだな! イェーイ!!」
「こういう場所オレ始めてきたけどさ……! すごくワクワクすんね! もう今から楽しみだよ!
「……それもそうだな。 今日は精一杯楽しませてもらおう」
……この三人は一体どこから聞きつけたのか。ハロハピのライブが行われるライブハウスCiRCLEにハロハピのメンバーと俺が来る前に集まっていたのだ。ただどこで知ったのか少し分からない。
うちの学校はちょうどこの時期、春に行われる学園祭のために非常に忙しくなるのだ。そのために、高校でのビラ配りもやらなかった。それに彼らの行動範囲とハロハピの宣伝範囲は全くと言っていいほど被ってない。
「だから、知らないはずなんだがなぁ」
「おい、セン! 始まるぞ!」
俺より興奮してる……なんてことは100%ありえないが、彼らの興奮はそこらの観客に負けてはいない。
だから、ゲンの言葉を借りるなら
「……今日は俺もはっちゃけるぞ!」
さぁ、全力ではしゃぎたてよう!
ライブが始まった。
登場シーンからド派手なこころ達のパフォーマンスは観客には好評だ。はちゃめちゃというべきかみんなそれぞれ曲の間にパフォーマンスをぶち込んでいる。
こころはスタート直後にバク転するし、瀬田さんはまるで王子様のような佇まいで人目を集めるし、はぐみはミッシェルに飛びつくし、それを味わうミッシェルは姿勢を維持しようと必死になりながら音楽を流す。花音さんはもうずっと目をグルグル回しながら、ふぇ〜って言ってる。
けれど、みんなきちんと弾けている。何より少し心配だった美咲も落ち着いてメンバーをきちんと見ている。心配も杞憂に終わったからには声援を送るしかないだろう。
というわけで!
「いいぞ、ハロハピ! 最高だぁ!」
空気の読めない応援でも関係ない! 喜んで応援することに意義があるのだから!
なんやかんやあって周りの盛り上がりも最高潮。サビに入った瞬間にパワーを強化した改造ドローンが観客達の上を飛び回った。定められたルールに従い規則的に動き出し四方の壁にレーザーでミッシェルが映された。
……最近のイルミネーションはすごいよな。
「イェーイ! みんな笑顔になれたかしら! これからも『ハロー、ハッピーワールド!』をよろしくね!」
「「「イェーイ!」」」
俺ら四人の野太い声が一番大きかったように感じた。
……き、気のせいだといいなぁ。
「まさか楽屋が男子禁制だとは思いもよらなかった……」
迂闊だった。できがすごく良かった、と伝えに行こうとしていたのだが月島さんという人から『男の子はここまで!』と奥に行くことを禁じられてしまった。
それにあのライブ会場付近は比率で言えば女子の方が圧倒的に高い。そんなわけで男子だけでいるのも罪悪感があったおかげで、近くのファミレスに来ている。こころ達も呼んでいるが、ライブの後で疲れているかもしれないので無理な勧誘はしていない。もちろん、お金は俺たちが出すつもりだ。
それにしても、ポテトが美味いな……。
「残念だったな! だがまぁ、ガールズバンド時代なんて言われてるからな! 仕方がねぇだろ!」
「意外だな。 ゲンがそういう話に詳しいとは……」
俺は右手に摘んだポテトを口に入れながらゲンに尋ねた。
俺の知ってるゲンは格闘系のスポーツが軒並み強くて、大らかというか大雑把な性格だ。家庭の話も仲のいいヤンチャなはとこがいるとかその程度だ。
……友人の新しい一面を知ることができるなんて運がいいな。
「知り合いにドラムをやってる奴が何人かいてな、調べ始めて二、三年ってところだ。 ライブハウスにもちょくちょく行ってんだぜ!」
「知らなかった。そこまで入れ込んでいるとは……」
その後も男子だけのバカ話や週末課題の話、最近の愚痴なんか話し合った。一番盛り上がったのがバカ話だったのはなんとも俺たちらしいと思った。
扉が開くベルが鳴り、そろそろかと思って俺は首を向けた。
「千里ー! 来たわよ! すっっごく楽しかったわ! みんな笑顔になってくれたの!」
「こころ! お店の中なんだから、流石に叫ぶのはやめたほうがいいって!」
扉をあけて早々にテンションMAXなこころ。後ろにはハロハピのメンバー全員が揃っている。
瀬田さんとはぐみはいつものまま。花音さんはびっくりオドオドというか、赤くなってうつむきながらこっちに歩いてくる。美咲は頭を色んな方向に下げながらこころを諌めている。正直意味はないと思うがな。
案の定、こころはテンションがいつもの1割り増しくらいになっているので行動がいつも以上にアクティブだ。
「千里ー! あなたの演出って最高ね!」
「そ、そうか……。 これもハロハピの演奏が良かったからだ」
素直に褒められると照れるのは……まぁいつも通り。
それをミツにからかわれてしまったが怒るほどのものでもない。今日はただの宴だ、宴会だ。
「というわけで、ハロハピの初ライブの成功にカンパイ!」
『カーンパーイ!!!』
宴は盛り上がった。
全員のテンションがどこまでもどこまでも上がり続け、全員強い酒でも飲んだのではないかと思ったほどだ。
例えるなら……そう、これはまるで合コンの有り様。
けれど、それも少しの時間。こころが次のライブに向けて作戦会議を始めたのだ。彼女らのライブは彼女らで決める。そんな風に美咲が宣言したおかげで俺はライブの構成については一切触れていない。そんな訳であの新しい居場所に俺が入るわけにもいかない。
そんな理由で俺たちは完全に男女で分かたれた。
「ノリが良いというのも考えものだな……」
バカ騒ぎしても辛うじて怒られていない。これも、店長さんとミツが知り合いだからこそだろう。……多少迷惑にはなっているだろうが。
「それにしても、センが演出考えたんだろ? 良い出来だったよ」
「そうか。 ありがとう」
ここでグラスをカランと合わせられたら様になるのだろうが、あいにくドリンクバーの炭酸だ。俺は残り半分になったそれを口の中に一気に流し込む。氷を歯で噛み砕きながら三人の会話を眺めている。相変わらず中身のない馬鹿話なのだが、時々本当に面白かったりするのだ。
ボーッと眺めながらなんとなく将来のことを考えてみた。
俺たちは今まで自分のやりたいことを好きなだけやってきた。やりたいことをやるためやりたくないこともやってきた。
そんな俺たちは今しか目を向けていなかったんだ。
これからも俺たちは変わらない。多少の考え方の変化や遊び方の変化は起こるのだろうがな。今までも俺たちは放課後に自分の都合を優先させてきた。遊びに誘っても自分の用事を最優先してきたのだ。しかし、俺たちはお互いが断っても無理な勧誘や過度な干渉はしない。
それは……もう、お互いのために。
そんなふうに思っていたからか、ミツの次の言葉に少し驚いた。
「俺たちもバンドとかやってみないか?」
「……正気か?」
「あぁ、本気だよ」
熱に浮かされたのか? だとしたら、ここまで落ち着いているはずはない。 なぜか。 ミツは意外にミーハーで、熱しやすく冷めやすいのだ。
彼女も何度かいたこともあるけど長続きしない。それもミツが告白したのにミツから振ってしまうことの方が多い。
「なんでやろうと思ったんだ?」
「気持ちを知りたいから。 それじゃあ、ダメか?」
そんな寂しそうな顔をするなよ、断れなくなるだろ。
ふと頭をよぎるのは太陽のようににこやかな、こころの笑顔。
……せっかく、ハロハピという夢のようなバンドを蹴ったのに……。 これで受け入れたら、裏切ってるのも一緒じゃないか?
「俺に言うってことは誘ってんだろ?」
だから、俺はこの提案に……。
「結論はイヤだ」
乗らなかった。
「俺は機械いじりは得意だし趣味だが、楽器なんて子供の頃に触ったDJセットくらいしか触ったことがない。ベースもギターもトーシローだ。 俺に今できることは何もない」
半分嘘だ。
努力すれば、熱中すれば、この世の中で大概のことはできる。そうやって生きてきたんだ。断る理由も本来はない。
だが……。
「ミツ、残念ながら俺は今やることがたくさんある」
ハロハピのサポートもこころへの告白もまだ何も終わっていない。
中途半端じゃ終われない。停滞なんて俺は求めてない。
やるなら全力を尽くし、死に物狂いで挑み、考え、達成する。だから、これ以上は増やせない。
「……そうか。なんとなく分かってたけど、残念だよ」
「……」
ミツの萎える顔は久しぶりに見た。去年にも一度こんな時があったがあの時とは違う。今回は俺が原因だ。だから、その責任は取らねばならない。
「やる曲だけ教えてくれ。合わせるのはリハと本番だけ。
チャンスは春の学祭だけだ」
俺にできるのはこれが限界だ。
「……このツンデレめ」
「勝手に言ってろ。男のツンデレに需要はねぇ」
この後、彼らは宴会を楽しみましたよ。
今が一番大事なグループがこの瞬間を楽しまないわけないですから。
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五話
正直ギリギリ間に合わせてゴリ押した感じは否めませんが。
いつもより短いですが、どうぞ
「みんなー! 一緒に歌ってー!!」
そんな呼びかけを聴きながら、俺は羽丘の屋上から予定通りであることを確認しソフトを起動した。
1週間前、ハロハピのライブ予告のポスターを学校の掲示板に貼り出した。同時にSNSアカウントも作った。これからは彼女たちがいつもの日常を投稿することになる。
管理はもちろん俺だ。
作った要因は2つ。
一つは情報を拡げやすくすることで変な推測や憶測を減らすこと。二つ目は、このバンドを知った人たちがこのアカウントにDMを送れるようにするためだ。
これで宣伝もやり易い上にライブの依頼も簡単に作ることができる。SNS様々だ。これで、ライブの依頼や、ファン対応もある程度はできるようになった。
だが、俺は甘くみていたのだ。
瀬田さんという[カリスマ持ち王子様]の影響力を。
その証拠が眼下に広がる女子高生の群衆たち。ほとんどが羽丘の制服だが、花女の方にもファンがいたのだろう。見慣れた制服も混じっている。狭くはないコミュニティだが、知名度は未だ低い。にも関わらず結果がこれというのは正直予想外だった。
「さあ、始まった! 一曲目から派手に行こうか!」
俺はいつのまにか無表情なのにテンションが上がるという変な状態にトランスしていた。もう誰かに見られたらそりゃあもう敬遠される可能性が無限大なレベル。
俺はその状態のままタンッとEnterキーを押した。
曲を消化していくに連れて観客のボルテージも上がっていく。準備片付けを無視しておよそ20分のライブだ。勢いを止める必要もないし、ハロハピの曲にそんなゆっくりとした曲は入ってない。
次第に思考はこの後のメインプロジェクトについて頭が回り始めた。
それは最後の曲の最後の瞬間にライブ会場周辺から霧を作り、その中に虹を架けるというものだ。空気の流れを計算して弾き出した場所に前もって許可を取り昨日設置した霧雨生成装置に指示を送っている。
最後の曲のサビに入った。同時に通信開始。相手はミッシェルだ。
「ミッシェル、曲の終わりでみんなの視線を上に向けてくれ」
『え! そんなムチャな!』
「後は任せた」
ほぼ無責任に放置し、トン、トン、トン、と指先でリズムを取る。
彼女らのペースに合わせるには時間よりもリズムでプランを立てる方が上手くいくことは何度か試して見るうちに分かってきた。
あと四拍。
アイコンをクリックした瞬間、ライブ会場からそこそこ大きな破裂音が鳴った。予定通り指定したタイミングだ。こころたちの上空に虹は架かり、見事なエンドを飾った。
『ありがとー!!』
ハロハピのメンバー全員が最後の挨拶を済ませるのを確認しながら、俺は反省の意を込めて記録に残す。キーボードをかたかたと言わせながら、より簡単な作業で複雑なプログラムを作り出せるように改変中だ。
する内容も決まっているため、作業時間は極めて短い。
「……やはり、楽しんでもらえるというのはいいものだ」
「あれ〜、羽丘って共学になったっけ〜?」
やけに間延びした声だった。優しそうな声音だが、何となくからかわれているような気分になってくる。
……それと、マイペースな感じがビンビンする。反応しないで待っても背後の女の子は言葉を畳み掛ける様子はない。
雰囲気から察して俺は声の主人の方へ振り返った。
「いや、ここは共学ではない。だが俺はこの通り来校者、つまりゲストだ。犯罪を起こしにきたわけではない。だから、そのスマホから手を離せ」
「えぇ〜、やけに冷静だなぁ。じゃあ、そこで何してるの〜?」
俺が弁明している最中もこのショートヘアの女の子はスマホを手放さない。内心汗ダッラダラだが察しの通り、俺の表情に変化はない。
……こういう尋問系は苦手なのだがな!
「……ライブの演出だ。俺の仕事でな」
「へぇ〜、それじゃあ、ハロハピの?」
Yesという意味で首を縦に。女の子はそこまで聞いて、ポケーッとした唇を笑顔に変えた。同時にスマホはポケットに戻した。
「へぇ〜、それならモカちゃんのバンドにも演出してくれたりするの?」
「さぁ、知らん」
「え〜、ツレナイなぁ」
もかちゃんとやらはどこか残念そうに肩を落とした。だが、俺にも時間がたくさんあるというわけではない。ただでさえでも、学生とバイトと演出担当とバンドまで掛け持ちしているのだ。四足のわらじなど手で掴んでも用途がない。
この状態に演出の担当を増やすなんてクオリティを維持できない。
そういえばこんな所で話している暇はなかった。
さっさと片付けねば。
「……おにーさん、これから用事でもあるんですか〜?」
「あぁ、会議と練習、それからバイトだ」
「……うわぁ、本当に忙しそうですね〜」
うへぇと嫌そうな顔をしたもかちゃん。
なかなか表情が豊かで、少々面白い。
「そういえば、もかちゃんとやら。この際だ。君の名前を教えてくれないか?」
「私ですか〜。 私はー、美少女女子高生 青葉モカで〜す」
「吉野千里だ。縁があればこれからもよろしく」
「こちらこそ〜」
簡素な別れの挨拶を済ませ、そこそこなスピードで階段を降りる。知り合えたことに気分の高揚らしきものもないが、繋がりが増えることに悪いことはないだろう。
……とはいえ、何故だかこいつとは腐れ縁になる気がする。
まぁ、気のせいだろう。
俺の勘は外れることが多いんだ。
そんなことを考えていたからか、俺は隣を通る女の子に気がつかなかった。髪を一房赤く染められた、一度見たら忘れられない女の子を。
ライブから日が経ち、今日も今日とて弦巻邸のスタジオでの練習だ。俺もDJセットやアンプ、エフェクターなどの機材を調整しながら四人の会話を聞き流していた。
そう、四人である。今日ははぐみが間に合っていないのだ。
「ミッシェル、はぐみから遅れる理由を聞いてはいないのか?」
「んー、そういうのは無かったと思います。 先輩は? 何か聞いてませんか?」
俺はそれに対し首を横に振った。
残念ながら、あまりはぐみとサシで話し合ったことはないのだ。俺はマネージャーではないため、メンバーの踏み込んだ事情とか詳細な情報を持ち合わせてはいない。
俺はハロハピの演出担当だ。メンバーが家族だとすれば俺は親戚。家族で話し合うべきことに親戚連中が口を出すべきではないだろ?
「そうですか……。 あとで、もう一回連絡してみますね」
「任せ「ゴメンッ! 遅れちゃった!」……もう良さそうだな」
俺たちは慌てて入ってきたはぐみに近寄った。だが、どうにもはぐみの顔は浮かない表情が浮かんでいる。
「何かあったのか?」
心が萎びたような顔をするはぐみ。彼女の口から語られたのは決して笑顔になんぞになれるわけのない重たくて暗い話だった。
「歩けなくなる、か……」
俺は残念ながら治療薬を提供できる医者でもないし装具を作ってリハビリをさせやすくする義肢装具士でもない。
……そんな俺にできることは、無いのではないか?
「あかりを笑顔にしましょう! はぐみが笑顔じゃないのにライブハウスなんて行ってられないわ!」
眺めていて思った。こころはいつも変わらない。
俺たちの理想論がこころの現実論なのではないか?
それほどまでの優しさで溢れる傲慢さでワガママさだ。
「君はやっぱり太陽だよ」
こころへの想いは、今はまだ届かないで欲しいと切に願う。
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第六話
硬質な音を響かせるはずの床は何の音も発することもない。
消毒液の嫌なアルコールの香りと妙な緊迫感はそのままに。
どうしてか、静かなはずもない病院なのに。一つの喧騒もない状態。
悲鳴も罵声も、苦痛に喘ぐ声も結果に喜ぶ歓声も。
それは文字通りの無音であった。
考え事ばかりしながらでもマナーはキチンと身に付いていた。ドアを三回ノックしても反応は無かったが動いた気配がしたので扉をスライドさせる。つい先日も出会った少女が瞳に拒絶の意を溜めながら俺を睨みつけていた。
周りには少女以外誰もいない。
許可をいちいち取るのも野暮だと思い、手近にあった丸椅子を手に取りベッドの横に置いた。
「突然来て悪かったな。話に来ただけなんだ」
リアクションは薄いが、ナースコールはされなかった。
話を続けてもいいのだという許可だと考え口を開く。
「これは非常に昔の話だがな、君のためになるから話すだけだ。
もちろん、聞き流してくれて構わない」
そう、これは少女のための物語。ただの御伽噺だ。
「……どうやって入ったの?」
「……堂々と忍び込んだ」
俺は人差指を立てて手を合わせる。ニンニン。
☆☆☆
「どうして笑顔になってくれないのかしら?」
あの薫さんとこころの漫才の後、こころのそんな疑問が夕暮れ時の帰り道にポツリとこぼれ落ちた。花音さんが辿々しくも相手してくれている。そんな健気な姿を見ながら私は思考に耽る。
それにこころの問いかけはただの疑問なのか、意識してないだけの独白なのか、細かいところは分かんない。でも、こころは珍しく悩んでいるようだった。
(って言っても何となく予想はつくけどなぁ)
私が見るにこころは迷ったことがないんだ、と思う。
だって、こころには迷う必要がないから。
自分がやりたいことはまず自分でやってみる。こころが少しでも苦手なものはいつのまにか、本人が気付かないまま克服してる。それはバンドの練習でもそうだった。
躊躇するっていう思考が微塵も含まれていない純真無垢さがこころをこころたらしめているんじゃないか、と私は思うわけだ。
それにもしどうしても無理なことは黒い服の人たちや地域の人たち、……何より先輩が助けてくれる。それぞれがそれぞれのやり方でこころをアシストして、こころはそれに気付かないまま無邪気に人を引っ張ってきたんだ。
……まぁ、引っ掻き回すって言った方が正しいかもだけど。
けど、今回笑顔にしたいターゲットはこころとは全く正反対だ。
好きなことはやりたくてもできない。
手助けしようにも根っこの問題が自分自身。
その自分自身は変わることを恐れている。
「……うーん、正直こころと相性が悪すぎると思う」
自分の中で軽い結論が出てしまって口から漏れた。
それを誰にも聞かれていないことを確認し、いつも後ろで保護者のように暖かい視線を送る先輩の方に振り返った。
「……あれ? いない……」
……どこ行った?
***
いつもはこころ達を送ってから一人で歩くのだが、病院でのライブからは別行動をしている。紅色の陽射しがだんだんと紫色の夕闇に溶け込んでいく。そんな景色を瞳に映しながら、俺はゆっくりと考える。
こころたちハロハピのライブは少女の心に響くことはなかった。
いや、こころ達のライブは結果で言えば成功なのだろう。ただ帰り際のような嫌な空気になった理由は、『届けたい相手に届かなかった』ただ、それだけのこと。
それも分からなくはない。あかりという少女の状態を正確に著すなら『新しい刺激に対して臆病になっている』といった所だろうから。
刺激を受け容れるための心の扉が開かない。その副作用で無理に笑うことも前向きに物事を考えることもできなくなったのだ。
変化してしまった現実が、もう変わらないのではないかと言う不安で覆われている。
「……まるで昔の俺だな」
自分の与り知らぬところで世界は変化していった。その結果、目まぐるしく世界が変わっていくのが怖くて、自分の力で現状を打開するしか方法がなかったのだ。
けれど、一歩目を踏み出せず足踏みをする毎日。
理由は海千山千あれど、踏み出す一歩目というのは往々にして艱難辛苦に思い込みがちだ。俺も実際そうだった。
けれど、それはただの思い込みなのだ。
俺がこころに話しかけたのも、花音さんがバンドに参加しているのも、美咲がバンドになんやかんやあってバンドに所属しているのも。
結果的に踏み出して、成功しただけだ。
一歩を踏み出さなければ傷つくことはない。だが後々、その選択は本人をいつまでも未来永劫に呪い続ける。
“あの時ああしていればよかった”
“あの時こうしていればもっと違う結果になったかも”
そうしてその呪いを後世にまで託していくのが、どれだけ愚かか。
そう考える俺は、どうしてもあかりのことを放っておくことはできない。このままでは彼女は進めない。逃げ続けるだけなのだ。
数日後、俺はいつものメンバーを集めた。
俺のやりたいことを効果的に叶えられるのはハロハピではダメだったのだ。
「また悪巧みかな? セン」
「試合が近ぇんだが……ま、いつも通り。なんとかやろうぜ!」
「鬼ごっこだといいなぁ! 最近身体動かしてないんだよ!」
場所は24時間営業のファミレス。
ミツ、ゲン、コーの三人は俺の呼びかけに快く応じてくれた。
時刻は夜7時。メシ時でもあるのに迷惑をかけるな……。
「明日こころ達が帰った後で決行だ。作戦の内容は———
それじゃ、始めよう! 俺たちなりの世界の変え方で!」
☆☆☆
「ライブの後から吉野くん見ないよね……。どうしたんだろう?」
花音さんのその言葉に今更になって思い出した。そうだよ。あのライブの次の日から私は先輩に会ってない!
いつもこころの思いつきを色んなアイテムで助けてくれるスーパーアドバイザー。自分ことを演出家なんて言ってるけど、私にしてみればどう考えてもそっちの方が印象的な先輩だ。
そんな先輩とこころをセットにして考えてしまっていた!
「こころは何か聞いてないの⁉︎ 先輩がこういう予定だとか、……とにかく、そういう話!」
私は焦りに焦っていた。何でこんなに気が気ではない状態になっているのかは自分でも分からない。何となく一番仲が良さそうなこころに問いかける。けれど、思いもよらぬ答えが返ってきた。
「千里が何をやってるかなんて知らないわ! 千里のことはよく知らないもの!」
? 何やってるか知らないのは仕方ないとしても、先輩のことをよく知らないってどういうことだろう?
「千里はいつも本当に難しいことを考えているわ! だから、あたしには千里が考えていることは分からないの。
でも分からなくてもいいと思ってるわ! 千里の気持ちは千里のもの。あたしの気持ちはあたしのものなのよ!」
「いや、それ答えになってないから……」
素っ頓狂な答えに私はガクリと膝をつきそうになる。
いや、でも。こころから見た時の先輩は、『目的が一緒だった時に手伝ってくれる人』っていう印象なのかも? そう考えれば今の回答にも辻褄が合う……のかな?
だから、今回のことは目的が違うから先輩と別行動することになったと思っているかもしれない。客観的に見れば、そんなことはあり得ないのに。けれど、こころは今どんな気持ちなんだろう?
私が思うに多分こころにとって先輩が一番笑顔にしたい人だ。そんな先輩が現在進行形で笑顔にできていないこころを助けるために動いている。その事実にこころは気づいているのかな?
「……分かんないけど、取り敢えず先輩を信じて待ってみますか」
「そうね♪ それがいいわ!」
そう言ったこころはご機嫌なハミングとともに止めていた足を動かし始めた。また、あかりのところで何をするか考えているのかもしれない。
だから、頼みますよ、先輩。
***
あたりが寝静まった頃。病院内の電気が全て消え、暗闇が支配する闇夜の時間。そこに怪しい人影が四つ。
千里とその仲間たち。ミツ、ゲン、コーの四人組だ。
手慣れた手信号で合図を出し、彼らは俊敏に敷地の影を突き進む。間も無く所定の位置に到着した。ターゲットの部屋は5階。だが、正面から入るのはバレたくはない彼らにとって愚策だ。
だから、いつも通り、こっそり入る事にした。
「ゲン、頼んだ」
ゲンはそれに親指を立てると膝をしっかりと曲げ、指を絡ませたバレーのレシーブのような姿勢を作った。
「じゃ、お先に!」
ゲンに向かって、身軽なコーが跳ぶ。ゲンの絡ませた指に足をかけ思いっきり上に投げられたコー。だが、彼らの中でも屈指の運動神経を持つコーのボディーバランスは3階の目的地にまで余裕で届かせる。
一人目が音を立てずに侵入したのを三人は見るとすかさずミツが同様に跳ぶ。コーが腕を掴み後は自力で音を立てずに3階へ侵入。
三人目の千里も同様に跳び上がった。ただ、彼の場合二人の手助けもありギリギリで侵入に成功したが。
昼間に開けておいた空き部屋の窓から侵入。鍵が開いていることはすでに確認済みだ。
現在3階。
「こんばんは、病院の皆さん。少しの間お静かに、なんてね」
「ミツ、お前はどこのキザな怪盗だ。デカイ宝石でも狙っているのか?」
「夜の病院ってワクワクすんね! 興奮してきたよ!」
しかし、コーとはここでお別れだ。ここで、逃げ道を確保しておく役目がある。いざとなったら、彼の身体能力なら隠れるのは容易なのだ。
「それじゃあ、また後で」
「バイバーイ!」
俺とミツは空き部屋からスタスタと立ち去った。
エレベーターは使えない。ナースステーションのある通路の延長線上にあったからだ。夜勤の巡回ルートは最高効率であると相場が決まっている。基本的にナースステーションに三人。その内1時間に1度の巡回がローテーションで一人。
物音を立てれば飛んで行ける様にである。
そんなことは百も承知と二人は素早く行動。ナースステーションのカウンターよりも腰を屈め張り付きながら進んでいく。目的の階段までほとんどノンストップで歩き続ける。
こんな奇妙な動きも彼らにとってはすでに手馴れたもの。ひっそりコソコソと動く事に関していえば、誰が相手でもそう負けることはない。
「ふぅ。漸く階段に辿り着いたねぇ。それで監視はどうするんだい? あれ壊れたまんまなんだろ?」
「……いつも通りだ。今回はこれを使う」
ズボンのポケットから取り出したのは小さな蜘蛛のおもちゃだ。
「へぇ、完成したんだ。スパ○ダーボット。……操作はオート?」
「簡単なアルゴリズムだけだがな」
ギミックは用意してあるが、今回はおそらく使わないだろう。だから、ミツへの説明も省く。
「センサーだけは取り付けたからこれを見ながらいざとなったら相手してやってくれ」
センはそう言ってミツの手に収まるサイズのデバイスを渡した。それをみたミツ、「これは?」とだけ告げる。
「レーダーだ。ボットを三匹放つからその情報を受け取る係が必要だろ?」
「まるで、ドラ○ンレーダーだね。夢が膨らむよ」
クススと声を落としながら笑うミツ。けれど、それも長くは続かない。チャチャっと残り二つの内ポケットからボットを取り出したセンはそのまま壁に放り投げる。触れたと思えばピタッと張り付いたボットを見てミツは少し驚いた。
そんな光景もつかの間。動き始めたセンの後をミツは追いかけた。
「ボットによればナースが来るらしい。それじゃ、捕まえてくるよ」
「よろしく頼む」
10分もしないうちにナースの巡回ルートに引っかかった様で、残念ながらどうしても逃げ場がない。予定通り囮になってくれるのだ。感謝しかない。
そうして、俺は一人になった。
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第七話
それと、この作品にもついに色がつきました。
推しを書きたいという思いから始まったこの作品に評価がつけられるのは凄く嬉しいです。
これからも楽しんで頂けるように書いていきますのでよろしくお願いします。
「こんばんは。今日の天気はいいですね」
そんなスタートで始まったトークは残念ながら不発に終わってしまったらしい。あかりちゃんが質問して俺が答えて。はい終了、って感じだ。
無愛想でも感情はあるのだよ、あかりちゃん……。
「ここまでとは……。泣きそうになってくる」
「私より大きいのに泣くの? ダサ」
大人が泣かないとでも思っているのだろうか? いい年した高校生が毎年ドラ○もんで泣くと言うのに。
「……辛辣だな。君は知らないかもしれないが大人でも泣くんだぞ。悲しくても泣くし、感動しても泣くし、嬉しくても泣く。人間ってのはそういうもんだ。
それに、泣くことはそう悪いことじゃない、と俺は思うのだが」
「……」
ざ、雑談が雑談にならねぇ……。……沈黙が辛い。パラ、パラ、とあかりちゃんがページをめくる音とカチッカチッという最速の時計の針がカウントするシンプルな音だけが病室に響く。
口ベタな俺があかりちゃんに興味を持ってもらう。そんなことは正直不可能だ。
なぜか? 俺が不器用だからだ、その生き様が。地道に一歩ずつ泥臭く這いずり回って、結果を出していくことが楽しいって思うタイプなんだ。
そんな俺が薄っぺらく努力や根性を名言なんかを引用して語ったとしてもこの子には通じない。
だって、俺が努力をしてないから。好きだからやってるだけに過ぎない。
だったらとことん真正面から君の想いを
「……お伽噺をしにきた」
「……」
「なぜそんなことをするか? それは君と俺は似ているから、興味が湧いたからでもある」
返答はない。が、確実に意識はしている。本を読む手が止まっているんだから。仕方がなく、俺は口を開く。
……昔々、鶴太郎という男がいたそうだ。
鶴太郎は非常に人懐っこくいつも笑顔だった。そんな彼はいつでも人に囲まれ人に愛されて育ったのだ。
そんな少年はある時、自分の名前に興味を持った。
『僕はなんで鶴太郎なのか?』と。彼は父親にそっくりそのまま聞いてみた。
父親曰く『お前はコウノトリではなく鶴が連れてきたのだ。だから、お前の名は鶴太郎だ』ということらしい。彼はなんともまあシンプルな理由だなぁと思ったが、微笑みながら覚えておくことにした。
彼は着々と成長していき、元気な男の子になった。いつしか彼の夢は世界を救うヒーローになることだった。子供らしくも力強い夢を抱いた男の子。周囲からの印象はそんな普通の男の子だった。
夢がヒーローってガキっぽい? 男の子なんだ。仕方がないだろ?
だが、彼の夢はどうしても叶わぬ未来となる。
「……ほら、夢なんて叶わないんじゃん。やっぱり夢に向かって努力するとか、そういう……なんて言うのかな?」
「綺麗事か?」
「そう、それ。綺麗事なんて一つも叶わないんだよ。あの金色の髪の人も同じだよ。世界中のみんなを笑顔になんて不可能だよ」
「それはどうだろう? この話を聞いているとそんなことを言えなくなると思うよ」
「……ふーん」
なんで叶わなくなったかって? 鶴太郎はいつしかいじめられるようになったからだよ。理由は簡単『鶴が連れてきた子だから』だ。
彼なりの正義をいつも持っていた鶴太郎。暴力を振るわず、諦めることをせず、妥協もせず。彼はずっと言葉で訴えかけた。
けど、力が足りなかった。相手のことを考えてなかった。だから、負けてしまった。
だが、鶴太郎は諦めなかった。なら、もっと力をつけて対等になって話し合おう、と考えたわけだ。どこまで諦めが悪いんだよって話だ。馬鹿すぎてこの上ない。
けれど、彼は一人にはならなかった。
彼を知ろうとする少しの友人が彼を助けてくれた。友人たちはそれぞれ自分のできることをどう活かせるか話し合ったんだ。
俺が話すのをやめるとあかりちゃんは疑問に思ったのか俺に問いかけた。
「……それでどうなったの?」
「お話の結末は俺も知らない。何よりしばらく会っていない友達に聞いた話だからな。今度会った時に聞いておく」
「なんだ。つまんない」
「そうでもない。俺がこの話を聞いて思ったのは小さな小さな石っころがいつしか大きな壁に変わっていくってこと。それと、諦めなければ一緒に馬鹿やる物好きが絶対に現れるってこと」
「そんなこと……」
「信じられないって? 君が見たこころをもう一度見直してみればいい。今のこころは仲間に恵まれている。それにこころは俺が知る限り絶対に諦めない。いつも突拍子も無いがそういうとこは信頼できる」
「……なんで? そんなに信頼できるの?」
「惚れたからだ」
「
「………………」
あかりちゃんは唖然としている。ポカーンという擬音がきっちりくっきり的を射ているそんな状態だ。口を馬鹿みたいに開けっぴろげ俺を見つめる。まるで知り合いがエロ本の袋とじを開けようとするところを見たかのよう、な…………。
……ん?
今すごく臭いセリフ言わなかった? しかも笑ってないのが致命的な奴。自覚した瞬間、恥ずかしさが湧き水みたいにコポコポと溢れてくる。じっくりじんわりと確実に。
……つまり、びみょーに気まずい。
途端に現実に戻った俺は焦りに焦って口を開いた。
「あかりちゃん、わ、忘れてくれ!
本心は本心だがこういうのはまだ君が気にするのは早いと思うので迅速に忘れろください!」
頭を下げ、全身全霊で懇願する高校生とそれに相対する小学生。……美咲辺りが見たら『……先輩、何してるんですか?』と言われそうなくらいの滑稽さ。
だが、今の切羽詰まった感情をこの子が理解してくれることに比べればそんなことは非常にどうでもいいのだ。それよりも何よりもまずいのはこの子が思いの外策士で、俺を脅してしまえば正直なところ詰みだ。この子は俺を脅すに足る必要な情報を全て持っているのだから。
①俺がこころを好いていること
②俺がハロハピの演出家であること
③こころがハロハピのメンバーとしてもう一度ここに来ること
ほら、文字通りチェックメイト。
……こんな時でも表情は変わらんがな!! もういい加減にしてくれ、とそう思わなくもない。
顔を上げてあかりちゃんをみる。脅す気はないようで口に手を当てクスクス笑っている。どうやら俺はあかりちゃんを元気付けることに成功したようで、彼女は暫くぶりの笑顔であった。
「……お兄ちゃん、なんだかカッコいいね。
すっごくキラキラ光って見える。目が痛くなりそうなくらい」
呆れたような表情の中にアホな奴を見る憐憫さを隠さない瞳。
けれど、口元には笑みが浮かんでいてそこまで悪い気分にはならなかった。
致命的な無愛想に対してそんなことを言ってくれるなんて……。大人な感じがして涙が出るわ。
「ありがとう」
「……もう一回きちんと見てみるよ」
「その方がいい。また見舞いにくる」
「うん、じゃあね」
俺は手を振り返してゆっくりと音を立てないように部屋を出る。こんなところで誰かに見つかったら笑い話にもならんからな……。
誰もいないことを確認。グループチャットに電話を鳴らす。取り敢えず要件を簡潔に。
『撤収しよう。準備してくれ』
『了解したよ。僕は後から出るから先に出てて』
『俺の方も待機してるからな、そろそろねみぃ』
『待ってるからね、セン!』
な、あかりちゃん。言っただろ? 俺はいい仲間を持てて幸せだよ。
近くの公園に場所を移した。俺はベンチに、ゲンは鉄棒、コーは滑り台の近くに陣取る。遅れて出てくるミツを待つ間、ずっと雑談をしていた。最近のことから始まり、様々なことだ。
そうして時間を潰すこと十数分。放射冷却によって気温が下がり少し肌寒くなりかけた頃、ミツはいつもの優しい笑みを浮かべて現れた。
俺は取り敢えず、どこかに場所を移したくて口を開いた。
「……どこに行く? 星でも見に行くか?」
「んー、取り敢えずファミレスに行こうよ。流石にお腹が減った」
「「「さんせ〜い!!!」」」
いつもの馬鹿騒ぎと全力疾走を伴って、俺たちは夜の街を走り回る。
ネオンが俺たちを照らし、怖い人に絡まれかけたり、淫美な女たちが店に俺らを誘うのを断りながら走って走って走り回る。
時々警官にも追いかけられたけどそれもまた悪くはない。
ファミレスからの帰り道。ゲンとコーとは早々に別れ、俺とミツの二人で川沿いの道を歩いて帰る。お互いに今日は疲れたのだろう。口数はどうしようもないほどに減ってしまった。だが、そこまでキツい沈黙ではない。俺たちは二人とも自分から話しかける方ではないのだ。話し始めは大概ゲンとコーの二人だから。
そう。いつもなら一言二言の会話で終わるはずなのだが今日は違った。
「それで今日はどんな話をしてあげたんだい?」
「……鶴太郎だ」
「……へぇ」
ミツはそれを聞いて空を仰いだ。理由は分かっている。
「鶴太郎ねぇ、それにしてもあそこまでよくオマージュできたよね。僕たちからしてみれば、出来過ぎなほどに」
「あぁ、そうだな」
なんとなく俺も空を仰いで見る。街灯も、家の明かりもない帰り道には満天とはいえない、けれども美しい景色が広がっていた。
「いい景色だよね」
「……そうだな」
いつの日でも心の燻りは俺の中で残りつづける。
今回アンケートを作りました。
何か要望があれば感想欄かメッセにお願いします。
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第八話
今日は新曲を携えての病院ライブ(2回目)である。2週間前から練習に参加し、もう本当に忙しかった。テストもあるし、バイトもあるし、他にも色々とあるわけで。充実し過ぎて過密だったわ。
あれから1週間くらい経った後、あかりちゃんは元気になった。
お見舞いにほぼ毎日行くとそのくらいのことは分かる。
ただ、そこまで目立つ変化ではない。一応前を向いてみようかなという一歩目を踏み出す助走の段階。そういう意味ではこころみたいな完全元気フルパワー100%みたいな状態ではない。例えるならば、月曜日の朝「うわー今日から学校だぁ……。行きたくないなぁ……けど行くかぁ……」となっている状態だろう。
違ってたら……うん、まあごめん。
だが、あかりちゃんにとって前を向き始めたという事実こそが大きな進歩だ。看護師さんが教えてくれたのだが、少しずつリハビリの話も聞き始めているらしい。俺を見つけたあかりちゃんが密かに笑顔をこぼすところも時々見ることがあるくらいだ。
『私を見ないで』
初めて会った時、つまり一番最初の病院でのライブの際俺が感じた彼女からの圧力だった。敵愾心と嫌悪感、それに絶望感を前面に押し出した圧力は見ていて辛くなった。
「それが今では逃げずに、きちんと前を見ている。……成長したじゃないか」
だが、俺ではあと一歩足りない。
まだリハビリの話を聞くだけだ。いざとなったら足が竦んで動けなくなるらしい。
……俺と一緒だと思った。一歩目を踏み出せず誰かに助けを請えることもない。自分が解決するしかない問題で選択権は自分しか持ってない。他人を現状から排除するしかなかった。
そんな俺が最後に救われたのはこころの輝きなのだ。
そういう訳で俺のやり方では残り一歩が詰められない。
「だが、こころなら変えられる」
──ー俺を変えたように。
だから、俺はハロハピのライブを全力でサポートしよう。
いつもの定位置である簡易ステージの裏側。発泡スチロールで作られた背景に身体を預け、インカムをつけてミッシェルに繋ぐ。ステージの真裏の狭い空間から吹き抜けとなっている天井を仰ぎ見る。
今回のライブはインカムでの会話はなし。あっちからの声はよほどのボリュームじゃないと聞こえない。指示も出すのは俺だけだ。
「さぁ、見せてくれ」
キーボードをタッチする右手は絶え間なく動き続け一瞬のタイムラグも許さない。身体の全ての細胞がこのライブを成功させることだけを考え続けているのだ。
薫さんのマジックにはライブ会場周辺にプロジェクションマッピングの要領で空を写す。吹き抜け全てが空に変わって外の風景とも合致する。ヤバすぎて最高だろう?
サビ前になった瞬間に三体のドローンが花吹雪をゆっくりと散らす。鳩に当たらないように俺が両足と左手でコントロールする羽目になった。
……筋肉痛になりそうだ。
ステージの色もプログラミングで現在進行形の稼働中。さらにス○イダーボットの大活躍。ギミックその1である可視光線を出しまくりのスーパーサプライズ。因みにこいつらは短時間なら蜘蛛の糸出して空中を動き回れるのだ。改造に苦労した部分でもある。
観客は熱狂。見ていなかったはずのおじいさん達もなにごとかと見に来て、この光景に顎を外して、彼らもまた熱狂する。
熱さは伝播し病院全体にまで嵐を起こす。
ありがたい事に黒服の人たちはこのライブを一ミリも規則を破らず成功させるつもりらしく、ライブ会場として提供してくれた場所から通路や病室に音以外は何も通さない。環境を作り上げた。
ドローンが飛んでいるのは大体4階。つまり、1フロアにつき一人で対処している。花弁の一枚もフィールド外に落ちることはなく、ボットのレーザー、一つさえ持っている手鏡で対処し、全く病院の業務を損なわせず成立させていた。
……正確さがもはや人間ではなかった。
ステージやその周辺の状況を全てカメラで見ていた俺は一人スクリーンに向き合い続ける。背後の熱狂は俺には通じず、暑くなるのは機材ばかり。何にも上手くないことばかり考えながら俺は手足と目と耳に全神経を集中させて完璧に補足する。
どんなラグも起こさず、今後に活かせる最高効率を叩き出す。
「まだまだ続くぜェ!」
……おかしなテンションになってることは否めない。
ライブが終わる。
これで今日の仕事は終了だ。お疲れ様。
愛用のパソコンに手を重ね、撫ぜる。ボットたちもほとんど一斉にステージ裏に戻ってきた。ドローンも無事帰投。
「……ありがと。お疲れ様」
働き過ぎて熱くなった機械たちにひと時の休息を……。
気づけば夕方だった。場所はライブステージの裏側。前が壁で左右は機材に囲まれたはずの狭っ苦しい場所。本当に四畳半もない狭い場所だ。因みに左右を覆っていた音響機材たちはすでに片されているようでそこそこ快適だ。
……よくこんなところで眠れたよ。
周りを見ているとライブ会場が撤去され始めていた。感動的なシーンさえも俺は寝過ごしてしまったようで、うん、まぁ……シャレにならない。
「……おぉ、久し、振りに……身体が、重い」
妙な使い方したからなぁ……。歩けるかしら? ……でも、今日は歩かなくてもいいか。どうせ病院だからな。氷でも貰って大人しくしてよう。
「疲れた……。……、温泉にでも……」
「すっごくおじさんみたいなこと言ってますよ、先輩」
現れたのは美咲だ。いつものように帽子を被ったラフな格好の美咲。
「仕方がないんだ。機材が予想以上に熱くなって脱水症状寸前までなる上、ドローンのコントロールをオートでしようと思ったら回線多すぎラグ多過ぎで完全手動になったんだ。まぁ足も全力で使ったが」
「動かないんですか?」
「動けないんだ」
俺が足を見ると美咲は全て察してくれたようで、あちゃ〜とすごい苦笑いを浮かべてしまった。まぁ仕方ないよね!
「氷を貰ってきてくれないか? 冷やせばなんとか動けるはずだ」
「……ずいぶんな希望的観測ですね。分かりました。貰ってきます」
美咲は走って行ってしまった。身体が完全にだらける。あと少しで横になってしまう。
ズルズルと背中が壁から離れていく。ブレーキをかけようとしても止まらない!
「……耐えろ、耐えるんだ。病院の壁で一夜を過ごすとか、はっきり言ってバカだぞ!」
身体は拘縮し、筋肉は緊張し、全体で見ればプルプル震えている。もう面白過ぎでしょ!!
そうやって俺が我慢していると、こころが現れた。もうさっきまでのバンド衣装から着替えており、白と赤のストライプのシャツにオーバーオールだ。何度見ても可愛いと思う。
そんなことを考えていれば、こころは手を差し出してくれた。だが、俺も男だ。根性でずり下がった背中を必死になって持ち上げ座位を保った。
それにしても、待ってくれていたのだろうか?
「みーつけた! すごく探したのよ! 感謝しなさい♪」
……うっはー! 可愛いなぁー!
上から目線なのに悪気がないところがめちゃくちゃ可愛い!
うん、もうね。ヤバい(語彙力)
「……ミツだな、入れ知恵したのは」
「? その人は誰か知らないけど、千里にはこう言うと元気が出るって教えてくれたのよ!!」
はーい、あったりー。コーならこんなこと言わずに直接来るし、ゲンは基本的に女の子と上手く話せない。ほら確定。
だが、ミツよ──ー
「邪気のない上から目線……。なかなかにいいな」
「? 何か言ったかしら?」
「いや、それよりも俺はあと少しで動ける」
そう言って体に力を入れる。
尻が浮かんだ。ただ、それだけ。
……できることといえば転がることくらい。……非常に虚しい。
こころはそんな俺を見ても笑わなかった。
「……美咲が氷を持ってくるから、少し待ってくれ」
「もちろん! それじゃあ、お話ししましょ?」
「! あぁ、その方が気が楽だ」
にっこりと笑いながらこころは俺の隣に座った。三角座りで体を左右に揺らしてすごく楽しそうで……。そんな元気なこころを見てまた惚れそうになってしまう。
……相変わらず俺という男はチョロい。
「あかりはこれから頑張るって言ってたわ! センリがあかりを笑顔にしてくれたのよね! ありがとう!!」
「……なんで俺があかりを笑顔にしたと思ったんだ?」
……バレないようにしたのに。
「『お兄ちゃんにまた来てねって伝えて』ってお願いされたの。ハロハピに男の子はセンリしかいないわ!」
演出家の俺にも言葉を残してくれるなんてあかりちゃん、いい子だ。手を貸した甲斐があったというもの。想いを馳せるとこころは俺の瞳をまっすぐに見つめてきた。
というか勘違いかと思ったけど近いな……。
「こころ、近くないか? 俺のそばに居ると暑いし、何より…………臭いだろ?」
今日のライブで汗だくになった状態で汗も拭けなかったし最悪だろう。俺でもこんな奴に近寄りたくないって思うし。
そんなふうに思っているとこころは首を振った。
「そうね、汗臭いわ!」
……にっこり笑顔でドギツい言葉を惜しげもなく言うなぁ……。
…………ちょっと泣きそうになっちゃったよ。
「けど、それは千里がよく頑張ったからよ! ありがとう!!
ライブが成功するのはいつも千里のおかげなんだから!!」
………………。(号泣)
うわー、もうだめー! まじでヤバい! 頭ん中で笑いが止まらねぇ!!
だってよ、好きな相手だぞ! 何度も言うけどな、俺は表情変わらんだけで結構泣き虫なんだ! 分かるか? 分かるよな? だからさ、もうこころからそんなに褒められたら俺、発狂しちゃうから!
「う、ぐ、うおぉぉぉぉ……」
普通におかしなくらい泣いちまう。服で拭けども涙は溢れた。
堪らず頭を下げる。多分泣き顔を見られたくないからだ。
ポロポロと呆然と流す涙は俺の中でも結構多い。けれども、
「せ、千里! どうしたの? 泣いているわ!」
ほら、こころも動揺するくらい泣いてる。涙でタイル床に水たまりができてしまいそうだ。
「だ、大、丈夫、だ。……だから、心配、すんな。
……これは、ただの、……嬉し泣きだ!」
しばらくの間俺は珍しくあたふたしたこころに慰められることになった。
……正直それを嬉しく思う俺もいた。
数日後、あかりちゃんから俺宛てに手紙が届いた。当然、ハロハピへの手紙とは別のものだ。俺は慣れ親しんだ自宅のペーパーナイフで封を切った。
中身は二枚。そこまで量の多い文章ではなかったが、すごく感謝しているらしい。
……久し振りに心が、暖かくなった。
続けて2枚目の最後に目を通してみると、俺は飲んでたコーヒーを吹き出しそうになった。
『お兄ちゃんがフられたらあかりのおよめさんにしてあげる!』
「……ヒロインかよ」
……そんなことを言う前にリハビリしなさいっての……。
苦笑いをこぼしながらそんなことを考える。着々としかし、噛み締めながら俺は文字をなぞる。
……小学生にしては綺麗な字だった。ヘタしたら俺よりも……。
手紙を読み終えると一番最後に紙切れがホッチキスで止められていた。もちろん、破かないように剥がした。
「……いいね。やる気が出ちまうよ」
俺は居てもたっても居られず、外に出た。まだ春の色を残す爽やかな空気が胸いっぱいに入り込み、少しずつ夏の色も写し始める時期だった。
右手に持った小さな小さなメモ用紙をもう一度目に通す。
「『がんばってね』、か……。ククク、テンションがやっぱ上がるな」
この時、彼の顔は悪魔のような表情になっていたらしい。
ただ、確実に浮かんでいたのは笑顔だったことを千里はまだ知る由もなかった。
バンドストーリー一章おしまいです。
取り敢えず、アンケートの結果からオリジナルストーリーを一つ書いてみたいと思います。
これからも感想評価よろしくお願いします。
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番外編
似た物同士
これはショートストーリー系クロスオーバーです。
こころは名前しか出ません。
最後まで行けばクロスの内容もわかります。
スッハ、ハァ。スッハ、ハァ。スッハ、ハァ。
最近一月程だが朝6時ごろから一時間ほど走るようになった。始めてまだ一週間だが意外と俺に合っているらしい。今では寝ぼけていても家を出る30分前には目が覚めてジャージを着るのだから極めて健康的だが阿呆だと思う。そのお陰で商店街のおじさん達と話すことが増えるようになった。なんでも仕込みをしているらしく休日は手伝わせてもくれる。
しかし、この無愛想な俺を結構頻繁に仕込みの手伝いをやらせてくれる。地域評の中では物を壊したりくすねたりする可能性もあるはずなのだ。基本的に俺たち四人組は悪ガキなのだから。その知名度は町の中でも随一だからなぁ、嫌っている人と好いている人が半々というような状況らしい。なんちゃらパーティーのライブの時は『葉叢の四人組にお気をつけください』なんてアナウンスが流れたのを翌日クラスメイトからも聞かされた。
傍迷惑な話だがここ数年でやらかしたことで言えばズ○コケ三人組や忍た○乱太郎よりも派手で迷惑だからな、仕方がないと言えば仕方がない。正直、荒唐無稽さで言えばまだ勝てないのは解決ゾ○リぐらいじゃないかと思ってる。あんな巨大ロボットは俺に作れないし。
「……こころがロボット作ってなんて言わなきゃいいが。……下手したらこれもフラグだな」
走りながらも俺は特訓を忘れない。面白いからと渡された本にあった特訓法。マスクの下で笑顔だがマスクはないのでただ笑ってみる。しかし、表情筋は動いている気がしない。取り敢えずククク笑いの練習をしてみると向かいを走って来る人から怯えられた。魔王でも見たかのような怯え方だった。……相変わらず、俺の表情は変わっていないらしいな。
ジョギングコースの中盤かつ休憩所の公園にやって来た。水筒は持ち合わせてないので自販機に寄ってお茶を買うのがここ一週間の習慣である。元気で勇ましい声が聞こえて自販機の影から出どころを探ると高校生だろうか?えらい体格のいい男子が一人。頬に傷があって優男的なイケメンにワイルドさが加算されている。めっちゃイケメンだ。それを見る小柄な女の子もニコニコ笑って元気そうに見える。こころ程ではないが大層可愛らしい。朝っぱらから元気だなぁ。
俺には無理だな、と一つ屈んでお茶を取った。
「……見ない顔だな」
!!!ビックリした!気配を感じなかった。あれだけ馬鹿なことをして追いかけられている俺が微塵も。こやつできる!、的なテンションになりながら声をかけて来た男を仰ぎ見る。
平均より少し高めな俺に似て無愛想な男だった。ただ顔の造形だけは俺と月とすっぽんレベルで違うイケメンだ。カッコいい。
「どうも」
「……」
「……」
「……おはぎ食うか?」
「いや、唐突だな、アンタ。しかもそれどっから出した」
ジャージのポケットから出したぞこの人!!
「……潰れてないはずだが」
「会話が通じないな。……だが旨そうなので貰う」
なんとなくシンパシーを感じた俺は取り敢えずベンチに誘うことにした。話を聞くのは嫌いじゃないから。
「中学か高校で教師でもやってるのか?」
「……高校で、体育を教えている」
「そうか。うちの体育の教師は生徒から結構嫌われていてな「俺は嫌われてない」……そうか、嫌われてるn「嫌われてない」……嫌われて「ない」……」
「……」
暫くの無言。しかしこの人、もしかしたら嫌われている自覚があるのかもしれないな。俺みたいに。
「……今度俺の家に来るか?うちは何もしなくても賑やかになる」
「……同僚を連れて行ってもいいか?」
「構わない。(できれば花音さんが驚かないように)恋人を連れて来てくれ」
「(誰かが驚いてしまうのかもしれない。それなら姉ではなく妹を)連れて行こう」
……恋人がいるのか。ちょっと羨ましいな。俺なんてこころに話しかけてももうすでに家族扱いなんだよなぁ。恋愛対象に見られたいのに。
「……そう言えば自己紹介をしていなかった。吉野千里だ、よろしく」
「冨岡義勇だ。よろしく」
その後二人はベンチで少しの間お茶を飲みながらだらりと時間を潰した。
似過ぎてて書いちゃいました。義勇さんはうまく表現できてるでしょうか?
ということでクロス内容は鬼滅の刃(キメツ学園)でした。
自分はオリジナルストーリーを描くのが取り敢えず苦手だとわかったのでこういうお茶を濁したような作品をいくつか書いてみようと思います。
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