IS〈インフィニット・ストラトス〉 剥奪人形の選ぶ道 (エヴァンジル)
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第一話 男子二人に女子多数

「ZZZZZZ……」

 ある教室で白い髪の少年は頭を垂れ小さな寝息を立てていた、教室に着き指定された席に座った途端眠気に襲われそのまま寝てしまったのだ。

 理由としては突然の編入で色々と準備に追われていたためだった。

 少年がいたのは『IS』、正式名称インフィニット・ストラトスという宇宙空間での活動を想定して生み出された『兵器』もとい飛行パワードスーツの操縦者達を育成する場所である。

 本来『IS』は女性にしか使う事ができない、それは開発者たる篠ノ之束がそう設計したのか男にはわからない何かしろの理由があるのかもしれない。

 そんな場所に何故この少年がいるのかというと――

 

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「はぅっ!」

 少年は甲高い声に驚き眼を覚ました、開かれた瞼の下には緋色の瞳がありどこか幼さが残る顔が跳ね上がる。開いていた口から涎が流れていたが慌てて拭き取る。

 まだ寝ぼけているせいか視点と思考がはっきりしなかった。

(……あれ?)

 悲鳴に似たような声が聞こえたと思ったら今度はいきなり静かになった。しかし、静かになったとはいっても女子の妙に熱の籠もった声は未だに残っている。

「きゃああああああっ! お姉様! もっと叱って! 罵って!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけあがらないよう躾して~!」

 その様子に少年は唖然としたが自分と同い年の女の子達がこんな妄想に浸った声を出すはずがないと思いまだ夢の中だろうと眼を擦りもう一度現状確認のため眼をこらす。

 自分の席の左隣には黒いスーツに身を包んだ女性と頭を抱えて涙目になっている男子の姿があった。

(……何かあったのかな~?)

 状況を飲み込めない少年をおいてスーツを来た女性が呆れたように声を上げる。

「……で? 挨拶もまともにできんのか、お前は?」

「いや、千冬姉、俺は――」

 スッパアァァン!!

「織斑先生と呼べ」

「……はい、織斑先生」

(うわぁ~……痛そ~)

 隣の男子生徒は再び頭を抱えて机に突っ伏していた。起きたばかりの少年から見ても織斑先生の叩き方、威力、角度に速度……どれをとっても人をたたき起こすモーションとしては素晴らしい物だった。

 しかし、今のやり取りでクラスの女子が二人の関係に気づいてしまった。

「え……? 織斑君って、あの千冬様の弟……?」

「それじゃ、世界で初の男性操縦者ってのもそれが関係してるとか?」

「でも、もう一人男の子……がいるから違うんじゃない?」

(……う~ん、どうなんだろうね~。おれにもわからないや)

 少年は妙な間が空いた事に気づき見えないように苦笑を溢すが織斑姉弟のやり取りで静かになってきた為また眠気に襲われる。

(また、眠くなってきたな~……おやすみなさ……ZZZZZZZ)

 心の中で眠る前の挨拶してすぐに眠りに落ちる、この間わずか三秒。眠るまでの時間を競う競技があったら確実に世界記録保持者、しかも負けなしの絶対王者だっただろうが寝付きが良くて良い事はそれ程多くない。

 むしろ、今の状況では悪い方向にしか向かわなかった。

 

 バアアァァン!!

 

「ふぎゅ!?」

 少年は後頭部に強い衝撃を受けその勢いに押され鼻を机にぶつける。痛みのおかげで眼が覚めたモノの鼻を押さえ涙を堪えていた。

「ば……ばな、うっだ~」

「私の横で堂々と寝るとは良い度胸だな?」

「昨日まで引っ越しの手続きとか~、近所の人にお別れの挨拶とか~、編入用の提出資料の準備とかで忙しくて眠る暇がなくて。それで仕方ないと思って~……」

「何が仕方ないだ、私も貴様の編入の準備に追われていたぞ」

「……ずびばぜん」

「わかればいい、それより自己紹介をしろ、皇(すめらぎ)」

「あ、は~い」

 少年は赤くなった鼻から手を離し涙を拭いながら自己紹介を始めた。

「皇響(ひびき)です、見た目はこんなですけどれっきとした日本人だよ。好きなモノはフワフワモコモコなお布団。嫌いなモノは目覚まし時計についてるアラームのスヌーズ機能、特技はどこでも寝られる事、趣味は日向ぼっこしながら寝る事。休み時間は大体寝てるかもだけどよろしく~」

「「「「「「寝る事しか言ってない!」」」」」」

 そんなツッコミを気にした様子もなく響はぽやっとした表情を浮かべお辞儀をした。その姿は女子と大差ない小柄な身体と童顔のせいで何処か小動物チックで千冬をのぞき男女問わずきゅんとさせた。

「こんな感じで良いですか~?」

「……言いたい事はあるが良いだろう、とにかくだ、諸君等にはこれからISの基本知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが基本動作は半月で身体に覚えこませろ、いいか良いなら返事をしろ。良くなくても返事をしろ」

(おお、清々しいほどの鬼教師だ。でも、これが素なんだろうな~)

 織斑千冬……第一世代IS操縦者の元日本代表にしてモンドグロッソ優勝者『ブリュンヒルデ』の称号を持つ世界最強の実力者にして響達の担任でもあった。

 

 

 

 

 

「くあぁ~……眠い」

 そんなこんなで無事に一時限目を終え休み時間に入ったのだがすでに眠くなってきていた、連日の疲れもあってか気を抜くとすぐに眠ってしまいそうで逆に疲れる。何日かすればここの生活にも慣れ余裕ができるだろうが慣れるまではこの眠気と闘わなくてはいけないだろう。

「なあ、皇」

「むにゃ……もう食べられない」

「頼む、起きてくれ! お願いしますから!」

「……ごめんよ、冗談抜きで眠くて~……」

 響は眠そうな表情を浮かべるも話し掛けてきた隣の男子に顔を向ける、千冬の弟で織斑一夏。自分と同じ世界で二人しかいない男の操縦者の一人。

「何か用?」

「いや、用って程の事でもないんだけど……お前は大丈夫なのか?」

「ん~? なにが?」

「何がって……この状況だよ」

 一夏は教室内に視線を向ける。

「ああ~……もともと此処は女の子ばっかりだし、仕方ないんじゃ……」

「そうは言っても教室の外にもいるんだぜ?」

 一夏の言うとおり、廊下にも女子生徒の姿があった。クラスの女子は全員で二十七人、それ以外のクラスや上の学年の女子達も一夏と響の姿を一目見ようと集まっていた。

「でもISを操縦できる男っておれ達だけだしね~……」

「そうなんだけどな……なんとも居づらいじゃないか、皇は平気なのか?」

「響でいいよ~」

 二人しかいない男子なのにいらない距離感はこの際捨てておいた方が良いだろう、男としての立場から助け合う事ができるのは互いに一人ずつしかいないのだから。

「そっか、じゃあ俺は一夏って呼んでくれ」

「わかった、一夏。それでさっきの話だけど……おれの場合は眠くてそれどころじゃないってのが本音だよ~」

 響は一夏と話ながらも眼を擦るような仕草をする、だいぶ眠いのかそれとも一夏と話をするのがめんどくさいから眠い真似をしているのかはわからないが。

「お前本当に眠そうだもんな」

「うぅ、こんなに眠いのは久しぶりかも~」

「帰りまで持つのか?」

「多分大丈夫~。心配してくれてありがとー」

「いえいえ」

 響と一夏は互いに頭を下げる。

「とりあえず、男子は俺達だけだから何かあったら助け合おうぜ」

「うん、それでいこうかあ……」

 二人が互いの協力関係を再確認した時、一人の女子生徒が二人の前に歩いてきた。

「……一夏、ちょっといいか」

「箒?」

(誰だっけ?)

 響は首を傾げるもすぐに何も無かったように振る舞う、箒と呼ばれた少女は名指しで一夏を呼んだのだから自分が関わるような事ではないだろう。

「すまない、皇。一夏を借りるぞ」

 髪を束ねたポニーテールの少女は鋭い目つきで響に断りを入れる。顔立ちは整っているというのにその目線が台無しにしているような感じを受けるがそんな事は口が裂けても言えない、それに眠い響としては休み時間は睡眠に当てたかったので箒のお願いを快く承諾する。

「どぞ~」

「悪いな、響」

 箒の後ろを付いていく一夏を見送りながら響は小さなあくびをする。その姿を見た女子達から『可愛い~』『ほんとに同い年なのかな?』『男の子……持って帰りたい』などの声が聞こえてきた。

(最後……なんか妙な事いわれてたような……まあ、いいや~)

 響はどこか寒気を感じる懸念を捨て机の上に倒れ込もうとした時、教室内にある放送用スピーカーから聞き覚えのある人物の声が流れてきた。

『一年一組、皇響。今すぐ職員室に来い、周りの女子、寝ているようならたたき起こせ』

 とても教師とは思えない発言に響の眠気は一気に冷める。

「……何も悪い事はしてないと思うけどな~」

 響はブツブツと文句を溢しながらも千冬のいる職員室へと向かった。しかし、到着直後に会議室へと移動させられた。

 そこには先客がおり机の上に手を組んでいる老人と青い髪の女子生徒がいた。

「久しぶり、十蔵爺さま~」

「大きく……なったかな、響君」

 十蔵は最後にあった三年前の事を思い出し思わず本心が顔に出る。

 口調は『僕』から『おれ』に変わっているが顔つきも身長も当時のままと言って良いほど変わっていない。変わった口調は響なりのささやかな抵抗なのだと気がつき何ともいたたまれない気持ちになる。

「……無理に言わなくても」

 響は苦笑気味に笑みを浮かべる老人にため息を溢した。

 響の前にいる老人の名は轡木十蔵、このIS学園の『良心』と呼ばれ学園の実質的な運営をしている人物だった。子供の頃からの知り合いではあるが中学に入学すると同時に会う回数も少なくなったのだが久しぶりに面と遭ってこの反応はもう少し何とかならないものかと思わずにはいられない。

「こっちの人は?」

 響は十蔵達の前ではあったが見知らぬ女子生徒に疑いを込めた眼差しを向ける。

 胸元のリボンの色からして二学年である事はわかる。青い髪に余裕を感じさせる笑みを浮かべ折りたたんだ扇子を口元に当てる、その様子に敵意は感じられないがそれが余計に不信感を抱かせた。

 自分がここに呼ばれた件にかんして無関係ではないとは思ってはいるが用心に超した事はないと警戒を強める。

「私は更識楯無、この学園の生徒会長にして君の協力者だよ……響ちゃん?」

「『君』でお願いしま~す」

 ここにきても子供扱いなので正直ストレスでしかない、年が近い楯無には止めてもらいたかったが立場上こっちが下なのでストレートに『やめろ』とは言えなかったので話を進める。

「それで、おれ何かしたかな~? 何かしたような心当たりはないんだけど……」

 響は恐る恐る十蔵に問いかける、何故なら此処には世界最強の『ブリュンヒルデ』と学園最強の『生徒会長』それにこの学園の経営者が陣取っているのだ。自分の些細な行動が何かトラブルを起こしてしまったのかと響は顔を青ざめる。

「いえいえ、そう言う事ではありませんよ。君に来てもらったのは先だって君に渡しておいた訓練機の調子を聞いておきたかっただけですから」

「なんだ、そっか~。心配させないでよ、十蔵爺さま~」

「すみませんね、で……どうですか?」

 響は制服の襟で隠れていた首のチョーカーにそっと触れる。

「調子も何もただ展開の練習しかしてないよ、それにテストだって思うように動けなかったもん。何か期待されても普通の一般人だよ~? 格闘技とかやってるわけでもないし」

 響はごく平凡な両親の元に生まれた、生活は贅沢が出来るかと言われれば出来ないが普通に暮らしていく上では何の不自由もなかった。

 会社勤めの父に自営業の母、それに中学に入学したばかりの妹。世界のどこに出もいるごく一般家庭の理想ケースと言っても良いほどだった、十蔵との縁もただ単に早くになくなった祖父が知り合いだったと言うだけで響の家庭事情には何の影響もない。

 そんな響がこの学園に来てしまったのもただ単に妹のIS適正検査が面白そうで自分もやってみてたいと申し出ただけ、その結果IS適正が判明してしまったのは本当に偶然でしかない。 

 何故ならISは女にしか使えないはずなのだから…………。

「何も不調がないのなら良いんです、君と織斑君の場合は極めて特殊なケースですから慎重にならざるおえないってだけですから」

「わかってるよ~、でも何でおれだけ訓練機を貸してもらえたの? 代表候補生じゃないし。それに一夏の方が色々と必要になるんじゃ」

 世界最強の弟、織斑一夏……その重要性と立場を考えれば自分よりも先に専用機があてがわれてもおかしくはない。訓練機とはいえむしろ自分が先に手にしている事自体が異常とも思えた。

 そんな響の疑問に十蔵は表情を曇らせる。

「織斑君の専用機は準備できています、君の言うとおり重要な立場ですからね。しかし、君の場合……あまりいい話ではないのでしたくはないのですがそれでも聞きたいですか?」

「うん」

 響の迷いのない返事に苦笑いを浮かべる。

「……君の場合、後ろ盾は何もありません。ISの男性操縦者がどうすれば増えるのか、その為の人権侵害の実験を行うなら一夏君よりも君の方が社会的にも対処しやすいと考える輩がいます」

「あ~……」

「一夏君は織斑先生の弟さんである事はすでに公にされています、一般人の方々からしてみれば君の印象はとても薄いものとなっているはず……そんな君を合理的かつ不平等を感じさせない方法で護るにはこうするしかなかったのです」

「事情はわかったよ、それで父さん達は大丈夫なの~?」

「はい、既に何人か護衛を付けています。もちろんプライベートに干渉しすぎないよう指示は出してありますし何かあればすぐにIS操縦者を向かわせる準備も整って――」

「なら安心、おれはともかく父さん達が無事に過ごせるなら問題ないよ~」

 自身の身の安全を聞かされても消える事のなかった不安を映し出していた緋色の瞳からそれが消えた。

「……相変わらずですね、君は」

「何が~?」

「何でも」

 常に自分の事を考えるよりも周りにいる誰かの事を真っ先に考える響の在り方に十蔵は笑みを緩ませる。

「あと学園では織斑先生と更識さんが君の護衛を務めますから心配しないでくださいね」

「すごいVIP扱いじゃない!?」

「そんな事はないさ、お前も私が受け持つ生徒の一人である事に代わりはない。むしろ当然の処置だ」

「そうだよ、特に君は弱いんだからさ」

 楯無はにんまりとした笑みを浮かべ扇子の先を響に向ける、笑みを見せているがその眼は笑っていない。まるで響を品定めでもするかのような視線を向ける。

「助かります! 一応、授業とかで織斑先生には教えてもらおうと思うんですけどそう簡単にいかないと思うので~」

 そんな楯無の言葉を挑発として受け取らずただ事実として受け取ったのか響は少しも嫌悪感を見せる事はなかった。

「……君、素直過ぎるって言われた事ない?」

「よく言われますけど何で知ってるんですか~?」

 響は驚きつつも首を傾げる、その姿は小さな小さな小動物が『何?』と言っているような仕草を思わせ楯無は眉間に皺を寄せながら視線をそらした。

「……私って汚れてるのかしら」

「えっ? 美人さんだと思いますけど? ? ?」

 響の口からさらっと溢れた言葉に楯無は更に肩を落とした。

「……ごめんなさい」

「えーと、何に対して謝ってるのかわからないですけど……?」

 その後、響は十蔵と千冬に護衛に関するいくつかの約束事を聞き会議室を後にした。

 ……最後まで楯無がやさぐれている理由はわからずじまいに。

 

 

 

 

 

(はあ……前途多難だ~)

 響は授業中ではあったが廊下をとぼとぼと歩いていた、護衛プランの話し合いはすぐに終わったもののやはり自分が置かれている状況が『普通』ではない事を知りため息を吐いた。

(まあ、父さん達が無事なら別に良いんだけど……)

 気がつけば教室の前まで戻ってきていた、響は気分を一新するように表情を引き締める教室の扉に手をかける。

(授業中だし……静かに入ろ~)

 本当なら教室の後ろからはいるべきなのだが自分の席は一夏と同じ最前列、しかも扉側から二列目。どう考えてもこちらから入った方が女子達の視線を受けずに済む。

 響は意を決してゆっくり静かに扉を開けた。

「決闘ですわ!」

「おう。いいぜ、四の五の言うよりわかりやすい」

(なんで!?)

 響が教室の扉を開けた途端、一人の女子生徒が机を叩き声を上げていた。彼女の視線の先には同じく護衛対象である一夏が立っていた。いきなりの事で何が起こっているのか分からなかったがさっそく問題が起きた事だけはわかった。

(えっと……イギリス人の、セシリア・オルコットさん……だったけ?)

 地毛の金髪が鮮やかな少女 、白人特有の透き通ったブルーの瞳が印象に残るがそれ以上につり上がった眉と赤い顔のほうが目についた。

「言っておきますけど手を抜いてわざと負けたら一生小間使い――いえ、奴隷にいたしますわよ!」

「侮るなよ、真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいないぜ?」

「そう? 何にせよちょうど良いですわ、イギリス代表候補生のこのわたくしセシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわ」

(一夏がオルコットさんと決闘って……)

 話の流れで何となくではあったが状況は理解できた、おそらくどちらかが怒らせるような事を口走りそれに激怒し今に至るのだろう。

 素人の一夏では国家代表候補生のセシリアに勝てる確率は低い、ましてや候補生は基本的に専用機持ちである。同じ訓練機での戦いなら一夏の勝率も上がるのだが……

 腕を組みなんとかこの状況を納める事はできないかと頭を悩ませる響の耳に女子達の笑い声が入ってきた。

 響が解決策を考えている間も話がどんどん進んでいるようだ。

「……ハンデはいい」

「当然ですわね、むしろわたくしがハンデを差し上げなければいけないでしょうから」

 自分以外の唯一の男子である一夏の重い表情が眼に入る。

(………………)

 そして周りにいる女子達の失笑とセシリアの浮かべる嘲笑、一夏がまた何か言ったらしいがこの状況を見たとき響は手を握りしめた。

「悪いのはそっちなんじゃないの?」

 女子達の笑い声が響く中で響はわざとらしく声を上げる、その声に響が教室の扉を開けていた事に気づき全員の視線が響に集まる。

「今のはど――――」

「織斑先生、今戻りました。席についても?」

 響はセシリアの言葉を遮り千冬に声をかける。

「……かまわん、座れ」

「どうも~」

 まるでセシリアは眼中にないように響は自分の席に座り教科書を取り出す、その態度がかんに障ったのかセシリアの怒りの矛先が響に向く。

「皇さん、今のはどういう意味なのかとお聞きしたのですが?」

「どうって……そのままの意味、かな」

 響はセシリアに向き直ることなく会話を続ける。

「話を最初から聞いたわけじゃないから何とも言えないけど先にケンカになるような事を言ったのはオルコットさんなんじゃない? 一夏とは会ったばかりでそう多くを知ってるわけじゃないけど『見れば』わかる、それに今は女の子達のほうが立場が強いから好き勝手言えるから加減もないのは良く知ってるし~」

「………………」

 響の言葉にセシリアだけでなく話に加わっていた女子達が気まずそうな表情を浮かべる。

「だから、先にそういう事を言っておきながら一夏をみんなで笑うのはどうかなって意味だったんだけど……間違ってるかな?」

「それでも私の国を侮辱した事に変わりわありませんわ、その結果が今に至ったのですから」

「……そっか、そうなると一夏」

 出来ればコレで引いてくれれば良かったと思いながら響は一夏に声をかける。

「な、なんだ?」

 響は満面の笑みを浮かべ親指を突き出す。

「頑張れ~、応援してるから!」

「あれ! 一緒に闘うんじゃないのかよ!?」

 一夏は響の言葉にこけそうになる。

「だって、ケンカしてるの二人だよね? それなのに横は入りしたらかっこ悪いじゃないか~」

「お前も充分ケンカうってるぞ」

「あくまで第三者の立場からという事で」

「ひでぇ!!」

 響は暗くなっていた一夏をからかい場の雰囲気を和ませる、とはいってももう一人の当事者でもあるセシリアは置いてけぼりな状況に怒りを強めた。肩をプルプルと震わせながらソプラノの声を張り上げる。

「いいでしょう! そこまでおっしゃるのなら二人ともお相手いたしますわ!」

「何でそうなるの!?」

 ここで響はセシリアに向き直り両手をあげる。

「あなたも男なのですから同罪です!」

「そんな無茶苦茶だよ~」

 響は肩を落とし大きくため息をこぼす、その仕草がカンに障ったのかセシリアは再び声を張り上げる

「あなた馬鹿にしてますの!」

「えっ、そんなつもりは無いんだけど……」

「ならわたくしと闘いなさい!」

「えーっと……」

 闘う意志を見せなければ大丈夫だと思っていたがどうやらその考えは甘かったようだ、怒りの矛先が一夏からそれたのは良いとしても自分に向けられた怒りを込められた視線に戸惑う。

 響は助けを求めるように千冬に眼を向ける。

(護衛の件もあるしここは場の収集に協力してくれますよね~?)

 千冬も響のそんな視線に気づき小さく頷き威厳ある声でこの場を収集する案を提示した。

「織斑に勝ったら皇と闘うという事でいいだろう、それで納得しろオルコット」

「ちょっとー!!」

「わかりましたわ、それでかまいません」

「承諾しないで! というかおれの意志の方を尊重しようよ、先生!?」

「やってやろうぜ、響! 男でもやれるんだって事を見せつけてやろうぜ!」

「そんなにやる気なの!」

「ではこの件に関しては以上だ、勝負は一週間後の月曜日。放課後、第三アリーナで行う。各自それぞれ準備をしておくように。それでは授業に戻る」

「……あ~、眼から汗が……」

 有無を言わせない担任の態度と一時の感情に流された自分の未熟さに両手で顔を覆った響だった。

 

 

 

「う~……ねむ……い」

 響は眼を擦り閉じようとしている瞼を必死に開こうと努力している。

「休み時間も昼休みも眠れなかったからきつい~」

 セシリアとのやり取りで余計注目を浴びてしまいクラスの女子達の視線が集中した、物理的な攻撃力があったなら今頃は視殺されていただろう。

 隣にいる一夏もIS理論に頭を悩ませていた、入学前に配布された電話帳並みの厚さを持つ専門書を間違えて捨ててしまったと聞いた時は自業自得だとしか言えなかった。

(……護衛の方は不測の事態が起きたらって言ってたし当面の問題はオルコットさんとのクラス代表決定戦か~)

「「はあ~」」

 響と一夏のため息が重なる、こんな所まで気が合うのだろうかと思わず苦笑が漏れる。

「悪かったな、響」

「ん、何が~?」

「巻き込むような形になって」

「気にしなくていいよ~。おれも女の子達の態度にはカチンと来たのは確かだから」

 たとえ闘う力が無くても闘おうとしている人間を馬鹿にするような態度は許せなかった。もし、一夏があそこで引き下がっていても話の流れによっては自分から闘うと言っていたかもしれない。

 闘いたくないとは言っていても自分の心には嘘を付きたくなかった。友達が馬鹿にされたり傷付けられるというなら正面から立ち向かう、そう両親にも教えられていたのだから。

「とりあえず、響も今日はもう家に帰るんだろ?」

「そうだね~、寮にはいるまでは一週間くらいかかる~って聞いてたからその間に荷物をまとめておかないといけないし」

 女子寮しかないこの学園で男子二人だけの為に部屋を調整すると聞いていたが思っている以上に時間がかかるようなのでしばらくは家から通う事になっている。

(帰るにしても護衛の事は話さない方が良いかな~、いらない心配かけることもないよね)

 帰ったあとどう動くか算段を考え始めるが不意に教室の扉が開き千冬と副担任の山田真耶が姿を現す。

「ああ、織斑君に皇君。よかったまだいてくれたんですね」

「はい?」

「……山田先生~?」

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 笑顔を浮かべながら寮の場所が記された紙と部屋のキーを渡す山田先生。

「俺と響の部屋は決まってないんじゃなかったですか?」

「たしか、一週間くらいは家から通ってもらう事になるって話じゃ……」

「そうだったんですけど、事情が事情なので一時的な処置ですけど部屋割りを無理矢理調整したらしいんですよ」

 すみませんと頭を下げる真耶、別段彼女が悪いわけではないので文句は言わない。

「そうだったんですか~……どうする、一夏?」

「どうするもなにも一回家に戻って荷物とか持ってこなきゃ駄目だろ」

「そうだよね、それじゃ一回もど――」

「その必要はない、私が必要なモノをすでに持ってきておいた」

 響は口を開け唖然とした、実の弟である一夏は問題ないとしても自分は赤の他人である。それ以前にどうやって入手したのか気になった。

「生活必需品だけだがな、着替えと携帯電話の充電器があれば充分だろう」

「どうも、ありがとうございま~す」

 響は開いた口を何とか閉じ礼の言葉を述べるが一夏は日々の潤いも欲しかったようで苦い表情を浮かべていた。

「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の一年生用食堂で取ってください。ちなみに各部屋にシャワーはついてますが大浴場もあります。学年ごとに使える時間がちがいますけど……その、二人は今のところ使えません」

「わかりました~」

「え、なんですんなり納得してるんだよ? 俺、大浴場好きなんだけど……」

「一夏……女の子達と一緒に風呂はいるつもりなの~?」

 響は頬を朱く染め気まずそうに使えない理由をわかっていない一夏に一言釘を刺す。

「あー……」

「おっ、織斑君! 男の子としては健全だと思いますけど駄目ですからね」

「い、いや、入りたくないです!」

 冷静に考えて自分がそのような発言をしたのかわかった一夏は慌てて返事を返す。

「ええっ! 女の子に興味ないんですか!? それはそれで問題があるような……」

 きゃあきゃあと響と一夏の前で騒ぐ副担任の言葉が教室内で伝言ゲームのように伝播したのか早くも一部の女子の間で『婦女子談義』が開催されていた。

「織斑君、男にしか興味ないのかしら?」

「それはそれで……いいわね」

「もしかして、皇君も? きゃああっ!」

「中学時代の交友関係を当たって、もちろん二人よ! 裏付け急いで!!」

(…………何かおれまで巻き込まれてるな~)

 響は額に手を当てた大きくため息を吐く、学園に通う女子生徒達が調べた程度では自分本来の経歴はわからないだろうがそっちの気があると誤解されるのは気分が悪い。

「一夏、おれは普通に女の子が好きだからね~」

「お、俺だってそうだよ! 今のは言葉のあやだって」

「なら……安心」

「その蔑むような眼でみないでくれ」

 そんな響と一夏のやり取りに笑みを溢した真耶は書類を抱え直し教室の扉へと向かう。

「それじゃ、寄り道しないように帰るんですよ」

「ではな」

 響達は千冬と真耶が教室から出て行くのを見送りてから鞄を手に取る。

「一夏、おれ達も行こ~」

「そうだな、賛成だ」

 二人は迷わずこの場から離れた、『婦女子談義』を交わす女子達の視線から一刻も早く解放されたかったからだ。

 

 

「おれは……1026、1026っと……ここだ~」

「えーと俺は1025室だ」

「隣?」

「ああ……隣だ」

 何故二人しかいない男が別々の部屋に割り振られているのか疑問思った響だったが少しでも早く休みたかったのでスルーし部屋の扉を開ける。

「じゃ、なんか用があったら声をかけて~」

「響もな」

 そうして二人はそれぞれ部屋の中に入っていった。

「ふぅ……」

 響は小さく息を吐きながら室内に入る、そこには勉強をするためのスペースと大きめなベッドが二ずつ置かれていた。響は疲れた表情を見せるも倒れこむ事はせず腰を下ろす。

 感触は響の好みであるフワフワモコモコなベッドだったがすぐに横になる様子はなくただじっと固まっていた。

「一人になると……やっぱり不安だな~」

 十蔵から千冬と楯無が護衛を務めてくれると聞いてもやはり身の危険を感じる、この学園は国家から独立している事は知っているがそれでも此処にいない家族を取引材料とされれば出ていくしかない。

「……父さん達が無事なら問題はないけど、ちゃんと解放してくれるのかが問題だ~」

 交渉材料として危害を加えられるのであればそうなる前にこの学園から出た方が家族の安全は確実なものとなるが此処まで自分を心配してくれた十蔵の厚意は無碍にも出来ない。

「何事も起きませんように!」

 響は祈るように両手を合わせる、何事も『普通』が一番良い事で何よりも尊いのだ。

 

 ズドン! 

 

「…………今のは?」

 

 ズドンズドン!

 

『本気で殺す気か、今の躱さなかったら本当に死んでるぞ!』

(一夏! まさか、間違って襲われた!?)

 響は首元のチョーカーに触れ命の危険にさらされているはずの一夏を助けるべく勢いよく扉を開けその先に広がる光景に眼を見開いた。

「……箒、箒さん、部屋に入れてください。すぐに。まずい事になるので。というか謝るので。頼みます。頼む。この通り」

「……は?」

 響の眼に映ったのは女子に囲まれ情けない声を上げ頭をさげている一夏の姿だった。しばらくして、ドアが開かれた。その部屋から出てきたのは箒だった。

「……入れ」

「お、おう」

 一夏は開かれた扉の中にいそいそと入っていた、また理解不可能な状況にうなだれ大きなため息を吐く響だった。

(そう言えば一夏は相部屋だったっけ)

 護衛されている時点で僅かな異変にも対応しようと気を張っていたがこれでは先に自分の方が倒れてしまう、一夏のトラブル体質にこの先思いやられると下げた頭を起こす。

「……は?」

 今度の『……は?』は自分の置かれている状況に大してだった。

「あー、皇君だ」

「織斑君の隣の部屋なんだね」

「いい情報ゲットしちゃったー!」

 一夏の騒ぎを聞きつけ駆けつけていた女子達の視線が一斉に響に注がれた、しかも放課後で寮の中と言う事で全員がラフなルームウェアだった。

「――――!」

 そのラフな女子達の姿をみた響の顔が一気に赤くなる。

(な、なんて格好してるの女子の皆様~!!)

 今、響の目の前にいる女子の大半が男子の眼を気にしていない格好をしていた。長めのパーカーを着てその下にはズボンもスカートもはいておらず白の逆三角形がチラチラと見える、他には羽織ったブラウスの合間から肌色の胸元が見える女子もいる。

(女子寮って地獄なの!?)

 同世代の女の子に興味津々な男の子であれば今の光景は鼻の下を伸ばし喜んだかもしれないが響にしてみれは恥ずかしさの方が先走ってしまう。同世代の女子と触れあう事などない生活を過ごした影響なのかほとんど女の子というものに免疫が無かった。

 現に今も顔を赤くして視線を絶対女子の方に向けないようめまぐるしく動かしていた、その姿は誰がどう見ても照れていると言う事が丸わかりだった。免疫のない響にとっては肌の露出が増えただけでも動揺させるには充分だった。

「どうしたのかな~? 顔が赤いよ」

「皇君も男の子なんだね!」

「その顔……ゾクゾクするかも」

 女子達は頬を朱く染めているものの作為的な笑みを浮かべ響に歩み寄ってくる。

「なななな何でもないです、それじゃ~!?」

 響は女子達のからかいの声に耐えきれず急いで部屋の中に緊急避難した。

(一夏のまずい事になるって……このことだったのか!!)

 響は眼を通して脳裏に焼き付いた光景を消去しようとやっきになり隣の部屋から聞こえる爆音に気付く事はなかった。

 

 

 




二次作品なのでうまく書けているか心許ないですが感想と評価していただければ幸いですm(_ _)m
あと、読んでいただいた方々の指摘を元に少しずつ手直ししていきたいと思ってますのでもう一度眼を通していただければありがたいです!


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第二話 クラス代表決定戦

 

 次の日、響は男として既に専用機持ちと認識されていたため一夏からISの手ほどきを頼まれていた。

 クラス代表を決める代表戦に向けて特訓をしたいとの事だったが響は浮かない顔で待ち合わせ場所の剣道場に向かっていた。なぜ剣道場なのかを一夏に問い詰めると幼なじみである箒も協力してくれる事になったらしく剣の稽古をかって出てくれたらしい。

(……でも、ISの事を教えてくれって頼まれてもな~)

 響の表情がいっそう暗いものに変わっていく。

(殆ど初心者と変わらないんだけど……かといってけしかけるような事を言っておいて手伝わないのも問題か~……)

 軽率な行動がここまで尾を引くとは思っていなかった。

(一夏には……基本的な事だけを教えて、あとは織斑先生に頼も~。あの人だって一夏のお姉さんなんだしきっと助けて……くれるかな?)

 響は両手で軽く頬を叩き気分を一新させ一夏と箒が待つ剣道場へと向かった。

 

 

「どういう事だ」

「いや、どういう事だって言われても……」

(一夏の言うとおり……どういう事~?)

 場所は剣道場、今も一夏目当てあのギャラリーが一杯でそんななか響は箒に怒られている一夏の姿に困惑していた。

「どうしてここまで弱くなっている!?」

「受験勉強したからかな」

「……中学では何部に所属していた」

「帰宅部だ、三年連続皆勤賞!」

 一夏は自信満々に胸を張る。

「――なおす」

「はい?」

「鍛え直す! IS以前の問題だ!これから毎日、放課後三時間、私がきっちり稽古をつけてやる!」

「え。それはちょっと長いような――ていうかISのことをだな」

「だからそれ以前の問題だと言っている!」

(……篠ノ之さんの言う事もわからないでもないけど、でも一夏ってそんなに弱いよいうには見えないけどな~?)

 武道も何も心得のない響からしてみれば一夏は充分強いと思う、確かに素人目でもわかってしまう程に実力差があるのはわかるもののそこは経験の有無から生じる価値観の違いがあった。

「ねぇ、一夏~」

「ど、どうした……響」

「一夏も専用機も用意されるんだよね~?」

「千冬姉はそう言ってたな」

「なら、ISの訓練はしないほうがいいんじゃないかな~? おれは訓練機を持たされてるから言える事なんだけど訓練機と専用機じゃ基本スペックが違うし、武器も何が搭載されてるか分からないよ~? 今は篠ノ之さんと土台作りの稽古に励んだ方が懸命かも~」

「そ、そうだな。その方が一夏の為にもなるだろう!」

 箒は響の発言に機嫌を良くしたのか頬を染めながら小さく笑みを溢す、しかし響の視線に気付いたのかすぐにいつものむすっとした表情に戻った。

(うん、これは一夏の事が好きなんだね~。でも、肝心の一夏はけっこう鈍いみたいだし……キューピッドってがらじゃないけど、手伝うとしますか~)

 響は一夏が落としていた竹刀を箒に渡し周りに聞こえない小さい声で話しかける。

(頑張ってね、篠ノ之さん……一夏は恋愛沙汰はかなり鈍そうだから積極的に~)

(ななななにを! 私が一夏を好いているなどと――)

(見れば分かるよ、ばれてないと思ってる篠ノ之さんもある意味すごいな~)

(ぐっ! ……そんなに、わかりやすいのか)

(少なくても一夏以外は分かってると思うな~)

 響は苦笑を浮かべ箒から離れる。周りから見てもそれほどおかしな所はなかったはずだ。

「とにかく、一夏の事頼んだよ。時間もそんなにあるわけじゃないし……じゃあ、俺は先に帰ってるから。一夏は休んでから篠ノ之さんと一緒に帰ってくるんだよ~」

「皇!」

「ああ、分かった……って同じ部屋なんだからそりゃ一緒に帰るって」

「そかそか、ならいいんだ~」

 響は顔を赤くし睨み付けている箒と何も分かっていない一夏にいつものぽやっとした笑みを浮かべ剣道場を後にしたのだった。

 

 

 

 そして翌週の月曜日、ある意味で響達の学園生活の生き方が決まる運命の日が訪れた。

「――なあ、箒、響」

「まあ、言いたい事はわかる……」

「な~に、一夏」

 箒は険しい表情を浮かべ響も微苦笑を浮かべ頬を掻いていた。

「俺の専用機が来ないんだけど……どうしたらいい?」

 そう、一夏の専用機がまだ届いていないのだ。専用機を準備する会社の方で何かごたごたしているらしくもう少しで始まるというのに一夏の手元に無いのだ。

「この感じだと、フォーマットとフィッティングは試合中にやるしかなさそ~」

「無茶だろ、響から――」

「何を言っているのだ? セシリアは一夏に勝ったら響と闘う事になっているのだぞ」

「……そうだったな」

 そういう流れで話が決まっていた事を思い出し、一夏は肩を落とす。

「別に……先に闘っても良いんだけど、おれ一夏と大して変わらないよ~?」

 それに加えセシリアとの力の差がありすぎて弱い者イジメにしかみえなくなるかもしれない、そうなるとセシリアの立場も少し変わってくる。当事者である一夏の問題も結局解決できないまま終わることになる。

「オルコットさんとの問題は一夏メインで解決した方が良いよ~、ケンカを買ったのは一夏なんだし」

「それ言われると言いかえせねえよ」

 そして沈黙する響達、はっきり言ってこの状況はまずいの一言でしかない。

 しかし、そんな空気を良い意味で壊すように真耶が第三アリーナ・Aピットに駆け足でかけてくる。その後ろからは慌てている真耶とは反対に落ち着いた様子で歩いてくる千冬も来ていた。

「織斑君、織斑君! 来ましたよ、織斑君の専用機」

「――えっ?」

 真耶の言葉に口を開ける一夏。

「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな、ぶっつけ本番でものにしろ」

「――はい?」

「この程度の障害、男子たるもの軽く乗り越えてみせろ。一夏」

「――あの? え? え? なん――」

「「「早く!」」」

 箒、真耶、千冬の声が重なる。その声に戸惑っている一夏が響に眼を向ける。

(言いたい事は……わかるな~)

 どうして自分の周りにはこういう女性しかいないのだろうと言う一夏の心の叫びが聞こえたような気がした響だった。

 

 

「ISの機動は問題ないようだな、一夏、気分は悪くないか」

 自身の専用機『白式』を纏っている一夏に声をかけるいつもと同じ態度で声をかける千冬。すぐ傍でその様子を見ていた響は普段と変わらないように感じたが弟である一夏はその違いに気づいたのか安心させるように千冬に笑いかける。

「大丈夫だ。千冬姉、行ける」

「そうか」

 一夏はピット・ゲートに進み対戦相手であるセシリアが待つアリーナに眼を向けながらも闘いを見守る箒と響に声をかける。

「箒、響」

「な、なんだ?」

「ん~?」

 闘う事に迷いを感じていないまっすぐな瞳を見せる一夏。

「行ってくる」

「あ……ああ。勝ってこい」

「まあ、頑張るといいよ~」

 箒と響の言葉に頷き一夏は闘いの場となるアリーナ・ステージへと飛び立っていった。

「……皇」

「ん~?」

「一夏は……勝てるだろうか?」

「勝つために鍛えたんだから心配しなくても~」

 響は箒の問いかけに笑みを浮かべる。

「それにあの『白式』の武装には近接ブレードがあった。それしかないのはかなり問題だけど今の一夏にはうってつけの条件だと思うよ」

 箒と一緒に稽古をしたが純粋な近接戦闘に持ち込む事ができれば一夏にも充分に勝機ある。

「じゃあ、試合は篠ノ之さんが見てあげてね~」

「お前は見ないのか?」

「うーん、少し眠くなってきたしそれに今の状況だから言える事だけど……おれだけオルコットさんの力を先に見てから闘うのはフェアじゃないかな~って」

「そうか」

「別に見ていてもかまわんぞ」

 ピットの待機室に向かおうとした響を止めるように声をかける千冬。

「お前の意見も聞きたい」

「意見も何も……参考にもなりませんよ~」

 響は笑みを浮かべる。

「一夏は守るものがあってその力を発揮できるタイプだと思います、誰かを守る闘い、何かを守る闘い……その闘いを繰り返すことで強くなる。織斑先生と同じくらい……それこそ世界最強のIS操縦者になれるんじゃないですか?」

「よく『見て』いるものだな」

「それくらいしかできないですから~。それに一夏は自分の事を普通だって言ってますけど二回目の機動であんなスムーズに動いてる時点で充分『特別』ですよ」

 響の眼に映るのはISの操縦が二回目とは思えない動きを見せる一夏の姿だった。

 セシリアに比べれば安定性はないもののそれでも自分よりはずっと良い動きだった。

「じゃ、終わったらまたピットに来ますから~」

「わかってると思うが……寝るなよ」

「……はい」

 響は肩を大きく振るわせるのだった。

 

 

 

「よくもまあ、持ち上げてくれたものだ。それでこの結果か、大馬鹿者」

 一夏が負けた事が分かる単刀直入すぎる言葉だった。

「武器の特性を考えずに使うからああなるのだ。身を持ってわかっただろう。明日からは訓練に励め。暇があればISを起動しろ。いいな」

「……はい」

 頷き落ち込んでいる一夏に励ましの声をかける響。

「一夏、大見得きって負けたのは残念だったけど気にしちゃ駄目だよ~。俺達ISに関してはまだ素人に毛が生えたていどだからさ、それでも時間いっぱい粘ったのは凄いと思う!」

 正直なところ、響は一夏に勝ってもらいたかったがやはりISの稼働時間の差は覆しきれずセシリアに敗北してしまったのだ。地力上げの訓練ばかりというのも意味がないわけではないがやはりISの感触には慣れさせておくべきだったのかもしれない。

「貶してから褒めるって、飴と鞭のつもりかよ」

「ほ、褒めたつもりだったんだけどな~」

 毒舌の自覚がないのか苦笑いを浮かべる響。

「それで……どうする、オルコット。皇と闘う気はあるか?」

 千冬は何故か同じピットに戻ってきたセシリアに次の対戦をするかどうかの確認を取った、闘うつもりなら響達が居るここではなく自分のピットに戻るはずだ。

(一夏に勝ったら闘うって約束だったしな……仕方ないか~)

 響は肩から力を落とし待機状態である専用機として渡された『打鉄』を解放しようとしたがそれより先にセシリアから意外な言葉がもれた。

「……いえ、皇さんとは闘いませんわ。今のわたくしでは、きっと勝負にはならないでしょう。……それと」

 両手を前で組み頭を下げるセシリア。

「へっ?」

 セシリアの謝罪の礼にマヌケな声を漏らす響。

「この前の事は、謝罪いたしますわ」

「はぁ……」

「では、また」

 セシリアはそれ以上なにも言わずピットを後にする。

(闘わずに済んだのは何よりなんだけど……闘ってる途中に何かあったのかな~?)

 一夏との闘いで集中力が切れたような感じは受けた物のそれでも自分と闘ってセシリアが負けるような事はないだろう。

 『きっと勝負にならないでしょう』というセシリアの言葉に響はいぶかしげな表情を浮かべながら首を傾げる。

「何にしても今日はこれでお終いだ、とっとと帰れ」

 実姉が敗者である弟にかける言葉はどこか冷たく感じる。

「帰るぞ、早くしろ」

 幼なじみでもそれは同じようだ。

「……はい」

「気をつけて帰るんだよ~」

「あれ、響は帰らないのか?」

「ちょっと用事があるんだ~。それに篠ノ之さんに悪いから」

「なっ!?」

 響の言葉に箒はたじろぎ顔を赤くしていく。

「箒を怒らせるようなことしたのか?」

「なっなんでもない、早く帰るぞ!!」

 箒は一夏の手を取り足早に去っていく。

「あまり、からかってやるな」

「そうは言ってもこれくらいしないと一夏はわからないと思いますけど……」

「……確かに」

 実の弟の鈍さに気付いているのか千冬は小さくため息をつく。

「それでさっきの試合の記録って残ってますか~?」

「ああ、お前にも見せるつもりで取っているからな」

「そうですか、じゃあ早速見せてもらいます」

「モニター室に行け、操作はわかるな?」

「ISの操縦より楽ですよ~」

 響は見る事の無かった一夏とセシリアの試合を見るためモニター室に向かったのだった。

 

 

 

 ――翌日。

「では、一年一組代表は織斑一夏君に決定です。あ、一繋がりで良い感じですね!」

 真野は嬉々として喋っていた、クラスの女子も大いに盛り上がっている。

「……響、何で俺がクラス代表になってるんだよ」

 そんな中で一夏だけがくらい表情を浮かべていた、響も困ったような表情を浮かべていた。

「おれに聞かれても~……眠いしそれどこりょじゃ……ZZZZZZ」

「起きろ、起きてくれ!」

「あう~」

 一夏に肩を揺らされ眠気が引いていく、この状況に混乱しているのわかるが自分にもわからないというのが本音なのだ。

「聞いてみればいいじゃないか、山田先生~」

「はい、何でしょう、皇君」

「おれは試合をしていないので選ばれないのは当然だと思いますけど、一夏は試合に負けましたよ~、それなのに何でクラス代表になってるんですか~?」

「それは――」

「それはわたくしが辞退したからですわ」

 がたんと立ち上がり、早速腰に手を当ててのポージング。響は半眼で見ながらも様になっているなと小さく呟く。

(なんか……テンション高いな、オルコットさん。……まさか、ね)

「まあ、勝負はあなたの負けでしたがしかしそれは考えてみれば当然のこと。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから。仕方ないですわ」

「ぐぅっ!」

 セシリアの言葉に唸る一夏、しかし負けた事は事実なので響は優しく一夏の背中をさすってやる。

「それで、まあ、わたくしも大人げなく怒った事を反省しまして」

「しまして?」

 響は落ち込んでいる一夏の変わりに聞き返す。

「”一夏さん”にクラス代表を譲る事にしましたわ。やはりISには実践が何よりの糧。クラス代表ともなれば闘いに事欠きませんもの」

(一夏さん、か。フラグが立ったって事なのかな~……)

 響はセシリアの僅かな変化に気付きながらもその事を黙殺し話を続ける。

「確かに、オルコットさんの言う通りだな。よかったね一夏、これでまた強くなれるよ~」

「……ありがたくて、汗が出てくるよ」

「が、頑張ろうよ~」

 なんとか前向きな方向に持って行きたい響だったがクラス代表の仕事を考えれば面倒なものが多いし何かあれば話が回ってくる、その手間を考えると落ち込む気持ちもわかる。

「一夏とオルコットさんの試合を見たけど、たった二回の起動で代表候補生相手にあれだけの動きを見せたんだもん。あながちこの流れも間違いじゃないと思うよ~」

 そしてさりげなく自分に被害が出ないよう逃げ道を作る響。

「二人ともわかってるねー」

「織斑君は世界で二人しかいない男の子の操縦者で織斑先生の弟さんだもんね、せっかく一緒のクラスになったんだし持ち上げないとね!」

「私達は貴重な経験を詰める。他のクラスノ子に情報を売れる。一粒で二度おいしいね、織斑君は」

「……だってさ」

「汗だけじゃなくて水飴も出てきそうだよ」

 更に落ち込む一夏、確かにこんな扱いを受けては自分も涙を流していたかもしれない。

「そ、それでですね」

 コホンと咳払いをするセシリア。

「わたくしのように優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトな人間がIS操縦を教えて差し上げれば、それはもうみるみるうちに成長を遂げ――」

 バンッ! 机を叩く音が響く。立ち上がったのは箒だった。

(やっぱり篠ノ之さんがヤキモチをみせた~、一応は応援するとは言ったけどここは変に介入しない方がいいよね)

 クラス代表の飛び火を免れたのだ、ここで恋愛沙汰の問題に巻き込まれたら対処できない。というか恋愛自体した事がないので対処もなにもないが……。

「あいにくだが、一夏の教官は足りている。私が、一夏と皇に頼まれたからな」

(あれー! なんか巻き込まれちゃってるぅ!!)

 そんな響の叫びは箒に届く事はない。

「あら、そうなんですの皇さん?」

「確かに、篠ノ之さんに頼んだけど~……」

「では、わたくしも加わりますわ。何せわたくしのIS適正はAランクですから」

「おお、高~い……一夏と篠ノ之さんは?」

「俺はBだ」

「……Cランクだ」

「篠ノ之さんはCか~……」

 上から四番目、適正としては低いが剣術の技量で充分カバーできる範囲だ。

「だが、ランクは関係ない!」

「箒はCなのか……?」

「だから、ランクは関係ないと言っている!!」

 一夏に指摘されると反論しにくいのか箒は力強く声を発するもののどこかバツが悪そうだった。

「座れ、馬鹿ども」

 低い声を上げながらすたすたと歩いてセシリアと箒の頭を出席簿で叩く千冬。さすがわ元日本代表にして第一回世界大会の覇者、貫禄の違いが滲み出ていた。

「いいか、お前達のランクなどゴミだ。私からしてみたらどれも平等にひよっこだ、まだ殻も破れていない段階で優劣をつけようとするな」

 さすがのセシリアも千冬に言われては反論できないらしい。何か言いたそうな顔をしていたがおとなしく席に座っていた。

 思っていたよりも事が大きくなる前に収集されたので響は安堵のため息を吐く。

「それにランクで優劣が決まらないこと証明しているやつがここにいる」

「………………」

 響は咄嗟に千冬から眼をそらすが時すでに遅く一夏達の視線が集まっていた。

 自分に向けられる視線に居心地の悪さを感じる。

「響のIS適正っていくつなんだ?」

「……下から二番目のEランク」

 響の言葉に一夏の時とは別の理由で沸き立つ。

「わたくしよりも下ですの!?」

「……それで専用機持ちとは」

「響って見た目とは裏腹にすごいよな」

 一夏達が驚きの声をあげるのも無理もなかった、IS適正でEランクはISを動かす事ができる可能性がある程度でしかない事を示している。その下のFランクは落第、つまり女でも動かす事はできないよりもマシ程度の適正なのだ。

「実力は発展途上ではあるが専用機を持つには充分だろう、それは私が保証する」

「あの~、そんなに強くないですけど……?」

「相性というものもある、確かにオルコットには勝てないだろうが織斑が相手ならわからんからな。あまり自分を悲観するな、いいな」

「わかりました~」

「それでクラス代表は織斑で決定だ。異論がある者は?」

「「「「「ありませーん!」」」」」

 妙な連帯感のもとにあがる声に一夏と響は机に突っ伏したのだった。

 

 




 二次創作って難しいですね~
 タグとかの設定は直せたけれど設定の曖昧さは消しきれない(涙


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第三話 転入生はセカンド幼なじみ

 夜。訓練施設から響と一夏それに箒といういつもの面々が出てきた。

「今日は一夏のクラス代表就任パーティーもあるし訓練は終わりにしようよ~、せっかく準備してくれてるのにこれ以上疲れて眠いですってわけにもいかないし」

「俺、は全然……つかれて……ないぞ」

「私……もだ」

「それだけ言えれば充分だね~」

 響は苦笑を溢しながら疲れ切った一夏達に眼を向ける。

「なあ、響……」

「なに~?」

「お前は何で疲れてないんだ?」

「何でって……二人が意地を張って加減しなかったからだよね、どっちが多く出来るかとか長く走れるかとか」

「「………………」」

 一夏と箒は疲れ切った表情を浮かべながらも響から視線をはずした。

「おれは休憩しながらだったし量も大したことないからそれほどでもないけど……」

 ちなみにトレーニングの内容はランニングマシンで十キロ、腕立て、腹筋、背筋にスクワットなどなど各百回……筋トレの途中で二人に付き合う事をやめ休憩に入ったのだが正しい判断だった。

「いざというとき疲れてましたじゃ……あんまりじゃないかな~?」

「そうはいっても……な」

「二人はもう少し加減を知るべきだよ~」

 なぜ二人がこんな事になってしまったかと言えば千冬がいらない事をクラスの全員に喋ってしまったからだ。

 IS適正がEランクでありながら専用機を持ち、その上千冬のお墨付きとまで言われてはしまっては普段からどのような訓練をしているのか……それに興味を持ってしまった一夏と箒が真っ先に自分に声をかけてきたのだ。

 何も厳しいトレーニングをしているわけではない、あくまでISを動かす上で必要な体力を付けるだけの量。元もとそれだけで良いのだがふとした事で口論をした二人が互いに自分の意見を譲らなかった結果、こうなったと言うだけの話なのだ。

「とりあえず、食堂で。ご飯食べたらそのままパーティーだよね~?」

「ああ」

「気乗りはしないがな」

「おう、俺もだ……箒」

 ほぼ同時にため息を吐く二人、ここまで息が合っているともう結婚でも何でもしてしまえと思ってしまう響だった。

「じゃあ、おれは織斑先生に訓練終わったって伝えてくるから~」

「ああ、また後でな」

 響は一夏達と別れ職員棟に向かう。

 その途中、IS学園正門の方から小柄な身体に不釣り合いなボストンバックをもった少女が一枚の紙を手に歩いてきていた。

「本校者一階総合事務受付……って、だからそれどこにあるのよ!」

 まだ暖かな四月の夜風になびく紙は、左右それぞれ高い位置で結んでいる。肩にかかるかかからないかくらいの髪は、金色の留め金がよく似合う艶やかな黒色だった。

(……ここの生徒じゃない?)

 響は地図が書かれている紙片をにらみつけ文句を言いながらも歩く少女の存在を疑問に思いながらも声をかける事にした。

「あの~、君はここの生徒じゃないよね?」

「へっ?」

 紙片に隠れていた顔を上げる少女。その表情は日本人に似ているがよく見ると違っていた、鋭角でありながらどこか艶やかさを感じさせる瞳は中国人のそれだった。

「荷物を持ってるところを見ると……転校生かなにか~?」

「あんた……男?」

「そりゃそうだよ、どこからどう見ても男に見えるでしょ~?」

 響は来ている制服を見せる、幼い見た目と小柄な体つきとは言え目の前の少女よりは身長もあるので年下扱いはされたくない。

「ってことは、あんたが一夏以外の男の操縦者ってわけね」

「君、一夏の知り合いなの~?」

「まあね、幼なじみってやつ」

「そっか……というか、おれの質問には答えてくれないんだね~」

「ああ、そうだったわね! あたしは凰鈴音、今日からここの生徒よ。あんたは?」

「おれは皇響、一夏と同じ例外の一人だよ~」

「よろしくね、とこでさ……」

 少し気まずそうに笑みを浮かべる鈴。響は声をかける前に鈴がもらしていた言葉を聞いていたので何を言いたいのかわかっていた。

「うん、総合事務受付だよね? 案内するよ~」

「ありがと、助かるわ」

「いやいや……よっと」

 響は鈴が持っていたボストンバックを手に持つ。

「なにしてんのよ」

「ここからならすぐに着くけど案内ついでにそこまで運ぶよ~」

「いいの?」

「トレーニングを休み休みでしたから物足りなかったんだ~」

「そこまで言うなら持っててもらうわよ」

「りょーかい!」

 響はボストンバックの重さをものともしないと言うように柔和な笑みを浮かべ鈴を受付まで案内するのだった。

 総合受付のある本校舎はアリーナのすぐ後ろにあるためさほど時間もかからず辿り着く事ができた。

「ええと、それじゃ手続きは以上です。IS学園にようこそ、凰鈴音さん」

 手続きも無事終わったようで響はボストンバックを鈴に手渡す。

「あとは係の人に聞けば大丈夫だから~」

「案内してくれてありがと、迷ったと思って本当に焦ってたから」

「仕方ないんじゃない? ここ似たような建物ばっかりだし、広いし」

「確かに」

「まあ、寮もこの近くだからもう大丈夫。じゃね~凰さん」

 響は千冬が待つ職員室へと向かう、少しばかり遅くなったが事情を話せば出席簿で叩かれる事はないだろうと考えつつも足早に走り去った。

「ふふ、なんか男っていうより男の子って感じね」

 昔、鈴は『男っていうだけで偉そうにしている子供』が大嫌いな子供だった。しかし今であった響からはその様子は見えなかった。

(なんか、アイツに似てたわね)

 思い出したのは幼なじみである一夏の事だった、今の響はまるで小さい頃の一夏に似ていた。人懐っこい笑みを浮かべ困っている人がいたら助ける……そんな一夏に重なって見えてしまった。

(あの外見でもあたしより年下って事はないんだろうけど……なんか『弟』って感じね)

 一夏と並んでいたら本当に兄弟に見える気がする、顔は似てなくて当然だがそこは年が離れた兄弟で辻妻があいそうだ。

「そう言えば、アイツ何組なのかしら?」

 まだ受付の前にいたため受付の係員が声をかけてくる。

「皇君は一組ね、もう一人の男の子も一組だけど……凰さんは二組だからお隣ね」

(そっか……響や一夏とは闘う事になるのね)

 響の首元にあったチョーカーを思い出す、制服の襟に隠れて見えにくかったが間違いなく専用機持ちであると確信していた。

(専用機持ちなら相手にとって不足はないわよね、楽しみだわ)

 鈴は係員の女性に礼をいって寮へと足を向ける。

「ま、先に一夏を見つけないとね」

 その顔には恋に恋する乙女の笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

「といいうわけで、織斑君クラス代表おめでとう!」

「おめでと~!」

 今は夕食後の自由時間、クラス全員が集まり一夏のクラス代表に就任したお祝いパーティーを開いていた。

 主賓である一夏は女子達に囲まれ何とも言えない表情を浮かべていた、喜んでいると言うより困っているという方向で……。

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるね」

「ほんとほんと」

「ラッキーだったよね、同じクラスになれて」

「ほんとほんと」

「………………」

 響は一夏を囲んで話をしている女子の顔ぶれに言葉を失っていた。

(……クラス以外の女子も混ざってる……?)

 自分を含めクラスの人数は二十九名、なのにこの食堂内にいる人数はそれよりも多い。

 何故だと思いつつも響はテーブルに視線を戻す。

(まあ、いいか~。それよりごはんごはん♪)

 夕食は食べたもののパーティーを開くという事で食堂のおばちゃんが特別に料理も作ってくれるとの事だった。少し物足りない感じだったので一夏の就任パーティーはそっちのけで別の席に陣取り食事をしていた響だった。

 周りからも食事中だということがわかっているのか響の周りには誰もおらず食事の邪魔をする者はいなかった。

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏君に特別インタビューしに来ました!」

 その言葉に盛り上がる女子一同。

「あ、私は二年の黛薫子。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はい、これ名刺」

 席が離れているため一夏に渡している名刺は見えない、しかし名前を聞く限り画数が多そうだ……と、ラーメンの麺をすする響。

「ではでは、ずばり織斑君! クラス代表になった感想をどうぞ!」

 ボイスレコーダーを一夏にむける薫子。

(本格的、さすが国立~。取材道具も一通り用意してるんだな~)

 そんな事を思いながらラーメンのスープを飲み干し違う種類のラーメンに箸を付ける。

「まあ、何というか、がんばります」

「えー。もっといいコメントちょうだいよ~。俺に触ると火傷するぜ、とか」

(……一夏も大変だ、えらく前時代的なコメントを求められて~)

「自分、不器用ですから」

「うわ、前時代的!」

(先輩も充分、前時代的ですよ~)

 内心つっこみを入れつつ丼物に手を出す響、ちなみにみんな大好きカツ丼である。

「じゃあまあ、適当にねつ造しておくからいいとして……もう一人の子は? 小学――中学生くらいに見えるって評判の皇君」

 薫子の切り返しに眉間に皺を寄せる響。

「ああ、響なら隣ですよ」

「隣って……食器の山しかないけど?」

 薫子の目の前にあるのはテーブルの上いっぱいに皿やラーメンが入っているお椀がこれでもかというくらい乗っている光景が広がっていた。もう少しで天井に届くんじゃないかと思えるほどに積み上がっている。

「ですからこの向こうですよ」

「こらこら、先輩をからかうんじゃないの~」

「からかってませんて、おーい、響!」

 一夏は食器の向こうで食事を続ける響に声をかける。

「ふんぅん~?」

 口の中にご飯を詰め込んでいるため喋る事ができなかったが自分がちゃんといる事はわかっただろう。

「……これ、もしかして……?」

「もしかしなくても、全部響の胃袋の中に入ってますよ」

 一夏の言葉に唖然とする薫子、同じ学年には響が大食漢である事は知れ渡っているのだが学年が違うとさすがに広がりにくいようだ。

 入学初日にこれを見た一夏や箒も言葉を失っていた。

「先輩がインタビューしたいんだってよ、大丈夫か?」

「ふぁいじょうふー」

 まだ飲み込めていないがとりあえず返事を返す響。薫子は積み上げられた食器を見上げながらも響の座るテーブルに移動する。

「食事中にごめんね」

 やや引きつった笑みを浮かべる薫子。

「気にしないでください~」

 響は水を一口含み箸を置いた。

「おれに聞きたい事って何ですか~?」

「えーっと……いろいろあったんだけど、お腹……大丈夫?」

「大丈夫です、腹八分目くらいなんで~」

「………………」

「でも今日は一夏の就任パーティーなんでお腹いっぱい食べますけど~」

 またもや絶句する薫子に笑みを浮かべる響、その笑みに苦しさは感じられない。

「い、インタビューなんだけど……一夏君の代表就任については?」

「嬉しいですよ~、めんど――大変な仕事もちゃんとこなしてくれると思うし織斑先生の弟だからなのかISの操縦も実戦の度に成長してますし頼もしい限りです」

 若干、本音が漏れそうになったがすぐに別の言葉でまくし立てる。

「響君としては今後はどう学園生活を送っていきたいのかな?」

「そうですね~……とりあえず、麺類は完食したし丼物もあと少しで食べ終わるけど今日は学食を全メニュー制覇しようと思ってます」

「そ……そう」

「次は肉料理と定食系を攻めようかと、朝は時間がないし昼は人も多いんで今はしっかり食べたいと思います。……一夏みたいに大きくなりたいんで~」

 何とも切実な一言にその場にいた全員が苦笑した、それと同時に女子達には思うところがあった。

 

 ――あの小さな身体のどこにあの量のご飯がはいるのか、そして何故太らないのかと。

 

 

 その後、口元を押さえた薫子は響のインタビューを切り上げ一夏達のテーブルに戻る姿を見送りながら親子丼に手を出す響。途中、専用機持ちだけで写真を撮る事になったがその写真に写った響の手にはどんぶりからはみ出るほどの魚の切り身がのっていた海鮮丼が握られていたのだった。

 

 

 

 

 ……余談だがパーティーは十時頃まで続けられたが、パーティーが終わるまで響はずっと食べ続けていたらしい……

 

 

 

 

「大丈夫~? 一夏、篠ノ之さん」

 朝。自分の席に座り隣にいる一夏達に声をかける。

「……全身筋肉痛だ、動きたくない」

「私も、同意見だ」

 一夏は普段から身体を鍛えていなかった為、重度の筋肉痛なり箒は日々の鍛錬のお陰で一夏ほど悪化はしなかったが動きにぎこちなさが感じられた。

「それなら筋肉痛が治まるでトレーニングは休みだよ~」

「何でだよ?」

「今は壊れた筋肉が組織を治してる最中なんだ、痛みが治まる頃にはちゃんと受けた負荷に対応できる身体になる、それを無理して続けたら逆に身体をこわす事になるのだよ~」

「皇は痛まないのか?」

 筋肉痛に苦しむ二人に比べ響の様子は普段と変わらなかった。

「痛いけど二人と比べたら……ね?」

「「………………」」

 自分達の負けず嫌いな癖が招いた過酷すぎる準備運動を思い出したのか一夏と箒は言葉を失った、響もその光景を思い出しているのか苦笑を浮かべる。

「まあ、その話はおいておく事にして……一夏、転入生の噂は聞いているか?」

「転入生?」

 一夏は首を横に振る。

「皇はどうだ?」

「直接会ったよ~、なんか迷子になってたみたいだから」

「転入生に会ったのか!」

 箒の声にクラスの女子達が響達を囲むように一斉に集まる。

「ねえねえ~、どんな子だったの~? おしえて、ひっきー」

 そんな女子の中でおっとりとした少女が響のあだ名を呼びながら質問してくる。

 少女の名は布仏本音、そのおっとりとし声に響以上に眠そうでどこか癒しを感じさせる事からクラス全員から「のほほんさん」の愛称で親しまれている人物だった。

「そうは言ってものほほんさん。名前くらいしか聞いてないんだよ~」

「名前聞いたのー? どんなー」

「えっと……確かファ――」

 響が転校生の名前を教えようとしたとき教室の扉が開かれ元気の良さが感じられる声が響き渡る。

「凰鈴音よ、中国の代表候補生で二組の対抗代表」

「そうそう、あの子~」

 響は余計な手間が省けたとホッとした表情を浮かべ教室の入り口にいる鈴を指さす。

「あたしが来るまでは専用機持ちは一組と四組しかいなかったけど二組も専用機持ちが居るってこと覚えておいてよね」

 鈴は腕を組み片膝を立てて扉にもたれ掛かっていた。

「鈴……? お前、鈴か?」

 そんな中、一夏はおどろいたような表情を浮かべ鈴の名前を呼んでいた。

「そうよ、今日は宣戦布告に来たってわけ」

 ふっと小さく笑みをこぼす鈴。トレードマークといえるツインテールが左右に軽く揺れる。

「何かっこつけてるんだ? すげぇ似合わないぞ」

「んなっ……!? なんてこというのよ、アンタは!」

「一夏の言うとおりだよ、迷子さ~ん」

「ああ! アンタも一緒に――」

「言いたいことはわかるけど、気をつけて~」

「なにをよ!」

 バシンッ! 響の言葉を聞き返した鈴の頭に出席簿による強烈な一撃が見舞われた。

(――いつも思うけど、痛そ~)

 例の如く洗われたのは鬼教官こと鬼教師、織斑千冬だった。

「もうSHRの時間だぞ、教室に戻れ」

「ち、千冬さん……」

「織斑先生と呼べ、わかったらささっと戻れ。入り口を塞ぐな、邪魔だ」

「す、すみません……」

 すごすごとドアから離れる鈴。

「ま、また後で来るからね! 逃げないでよね、一夏、響」

(あれ、何でおれまで~?)

「さっさと戻れ」

「はい!」

 千冬の叱咤に肩を震わせ二組の教室へと猛ダッシュする鈴。あの時は感じなかったが鈴の後ろ姿と肩書きに面倒な事になりそうな予感がする響。

「しかし、凰さんが代表候補生だったとは……知ってた、一夏?」

「いや、俺も初めて知った……代表候補生どころかIS操縦者ってのも初耳だ」

 響の話に答えを返す一夏、しかしそれがまずかったらしく一夏に詰め寄る二人の女子が声を上げた。

「一夏、今のは誰だ!? 知り合いか? えらく親しそうだったな?」

「い、一夏さん。あの子とはどんな関係――」

 そのほか、他のクラスメイトからも質問の集中砲火になる一夏。響は苦笑いを浮かべながらその様子を見ていた。

 バシンバシンバシンバシンバシンバシンバシン!!

「席に着け、馬鹿者ども!」

 千冬の出席簿が火を噴いた。

(なんでこう一夏って女の子に縁があるんだろ? ……これが俗に言うフラグ建築士ってやつなのかな~?)

 響は簡単に予想できる自分へ降りかかる負担の増加にため息をもらすが今日も今日とて授業は進むのであった。

 

 

 

「お昼、お昼、お昼ごは~ん♪」

 まだ質問攻めにあっている一夏を一人残して響は上機嫌で食堂へと向かう。

「昨日で学食は制覇したし、好きなもの食べるか」

 鼻歌交じりに食堂の食券販売機の辺りまで来るとそこにはラーメンをお盆にのせた鈴が立っていた。

「早いね、凰さん」

「アンタもね……? あれ、一夏は?」

「ああ、一夏ならまだ来ないと思うよ? クラスの女子に引き止められてたから~」

「……アイツはー」

 鈴から妙なプレッシャーを感じ取る。

(……ああ、この子も一夏LOVEか~。ひっきりなしにフラグを立てて一夏には困ったもんだ~)

 今の一言は言わないほうが被害を被る事もなかった。

「それより……ラーメン伸びるよ~?」

「……そうよね、このまま待ってたら美味しくなくなるし」

「だったら一緒にどう? 相席で悪いけど一夏には先に場所を取っておくて言っておいたから」

「そうする」

「じゃあ、おれもご飯もらっていくから先に席とっておいて~」

「わかった、どこでも良いのよね?」

「頼むよ~」

 響は食券のメニューボタンを一通り眺めたからボタンを数回押す。手にした食券は鈴と同じラーメンだった。

 響は食券を食堂のおばちゃんに渡し自分用に多めに盛ってくれたラーメン×五を手に鈴の待つテーブル席に向かった。

「アンタ、それ全部食べるの?」

「食べるよ~、一日五リットルのラーメンを食べる事に決めてるから!」

「そ、そう」

 鈴は表情を引きつらせながらも食事を始めた。

「そういえば、あのあと無事に寮に行けた?」

「おかげさまで、『迷子』にならずに」

「……うん、それは良かった」

 教室でカッコイイ登場シーンを台無しにした事を根に持っている様な発言に響は麺を啜り誤魔化す。

「で、なんでわざわざ宣戦布告何かしてきたの~? あんな事しなくても闘えるのに」

「それはそうだけど……」

 語尾が小さくなる鈴を横目に響はどんぶりを持ち上げスープを飲み干す。

「まあ、一夏に会いたかったんだから仕方ないか~」

「! な、なな何を……」

「篠ノ之さんとオルコットさんみたいな反応だからね、見ればわかるよ~」

「……誰よ?」

「一夏の傍にいて身長が俺と同じくらいのポニーテールの女の子が篠ノ之さん、青いカチューシャをつけてた金髪で毛先がカスタードコロネみたいな女の子がオルコットさんだよ~」

「……なんで一人だけ説明に食べ物が入ってんのよ」

「今の内緒で~、怒られるし」

 内緒と言いつつもまったく気にしていないのか響は次のラーメンのスープも飲み干す。

「まあ、特徴はともかく……その二人は一夏が好きみたいなんだよね~」

「一夏のやつ……約束、忘れてるんじゃないでしょうね?」

「約束?」

「こっちの話よ」

「そ~」

 響はどんぶりの中に残っていた麺をスープごと飲み込み何度か租借してから手を合わせる。

「ごちそうさまでした~」

「へっ? もう食べたの!」

 鈴は響の前にあるどんぶりの中を見るが中には麺は欠片どころかスープの一滴も残っていなかった。

「いつの間に食べたのよ! あたしは今麺を食べ終わったところなのよ」

 鈴と話をしていたはずなのに響は鈴の五倍の量のラーメンを食べ終えていた。

「麺がのびると体積は増えるけど美味しくない、さっさと食べるに限る。そっちのほうが美味しいしね~」

「……変なやつ」

「よく言われる……こともない、かも?」

「いや、言われてるから」

「む~?」

 声のした方に顔を向ける響、そこにいたのは一夏と箒、それにセシリアだった。

「遅いじゃない! 何でもっと早く来ないのよ、アンタは」

「そんな事言われてもな、俺にも都合があるんだよ」

 一夏は何を言ってるのかと肩をすくませながら響の隣に腰掛ける。

「それにしても久しぶりだな、いつ帰ってきたんだ? おばさん元気か? いつIS操縦者になったんだよ」

「質問ばっかりしないでよ。アンタこそなにIS使ってるのよ。ニュースで見たときびっくりしたじゃない」

(おれを挟んで会話をしないでほしんだけどな~)

 特にうるさいわけではないがこのわかりやすすぎる状況、身動きが取れないのでは逃げる事もできない。

「一夏、そろそろどういう関係か教えてほしいのだが」

「そうですわ! 一夏さん、まさかこちらの方とつつつ付き合っていらっしゃるの!?」

 疎外感を感じてか、箒とセシリアが多少棘のある声を上げながら身を乗り出す。

「べ、べべ、別に、私達は付き合ってるわけじゃ……」

「そうだぞ。なんでそんな話になるんだ? ただの幼なじみだぞ」

「「………………」」

 響は眉間を押さえ鈴は黙り込んだ。

「どうしたんだ、二人とも?」

「なんでもないわよっ!」

「おれの事は気にしないでくれていいよ~」

「そうか?」

 一夏の鈍さはどうしようもないのかと泣きたくなってくる響。鈴だけではなく箒やセシリアまで不憫に思えてくる。

「幼なじみ……?」

 響が一夏の唐変木ぶりに嘆いていると、箒が怪訝そうな声で聞き返していた。

「あー、えっとだな。箒が引っ越しっていったのは小四の終わり頃だろ? 鈴が転校してきたのは小五の頭だよ。で、中二の終わりに国に帰ったから、会うのはちょうど一年ぶりだな」

「……となると、篠ノ之さんと凰さんは入れ替わりでってことか~」

「そうなるな、箒がファースト幼なじみで鈴がセカンド幼なじみってところだな」

「ファースト……」

 一夏の言葉に箒が嬉しそうに声を漏らす。

「ふーん……そうなんだ、これからよろしくね」

「ああ。こちらこそ」

 互いに挨拶を交わす二人の間に火花が飛び散っている様に見える響。これが恋する乙女の闘いなのだと遠い目で一夏の肩を叩く。

「頑張れ~、胃薬ならあるから」

「? 何の事かわからんが、ありがと」

 響の言葉の意味をわかってないの一夏は首をかしげる。

「それより、一夏。放課後時間開いてるわよね? 久しぶりにどっか行かない?」

「放課後か? それならだい――」

「あいにくだが放課後は私と一緒にIS訓練の予定だ、どこかに出かける時間は無い」

「そうですわ。クラス対抗戦に向けて特訓は必要不可欠、他クラスのあなたに構っているひまはありませんの」

(おお~! 一気に強気に出るな二人とも)

 こんなにわかりやすい反応を見せているというのに気付いてもらえない二人にそっと目元を拭う。

「じゃあ、それが終わったら行くから待ってなさいよ?」

 鈴はラーメンのスープを飲み干し食器を返却口に戻しそのまま食堂を後にした。

「元気な子だ~」

「ああ、昔からアイツは断る時間をくれないんだよ」

「……頑張れ~、一夏」

「放課後、助けてくれるか?」

「自信な――」

 一夏のお願いに答えるしかないかと思っていた最中、食堂のスピーカーから無慈悲な声が流れる。

『一年一組皇響。放課後職員室に来い、以上だ』

「……放課後、助けてくれる~?」

「悪い、響。無理……」

 二人は身の上に起きた不幸にため息を溢す。

「「……頑張れ」」

 響と一夏には互いに「頑張れ」以外の言葉をかけたかったが何も思い浮かばずただ背中をさすりあう事しかできなかった。

 

 

 

 

 

「ふ~、今日も疲れたな~っと」

 響は学業を終え自室へと向かっていた。

「それにしても織斑先生も人使いが荒いんだから……」

 先程まで千冬の手伝いで職員室と生徒会を何度も行き来したため走り回ったお陰でトレーニングの必要も感じないほどの疲労感に襲われていた響。

 実際は自分でなくとも出来るような雑務ばかりだったのだが、これも『護衛』としての活動の一環なのだろう。生活パターンを一定にさせない事で内通者がいたとしてもうかつに動けないようにするための処置、おそらく一夏との部屋割りもそう言った意味があるのかもしれない。同居人がいれば生活習慣は一定の法則性を持ちやすいうえにこうして意味がないように思える呼び出しに事もたびたび続けば勘が良い人物なら何かに気づいてしまうかもしれない。

 しかし、その点をふまえても明日は職員室に籠もりきりになる可能性も出てきた。

「織斑先生や生徒会長さんには苦労かけてばっかりだな……俺も少しでも強くなれるようにがんばらないとなぁ――くわあぁぁぁ~」

 疲れた身体が睡眠を欲しているのか響の瞼が重くなる。部屋にたどり着く前に寝てしまう勢いを感じさせる響だったがそんな彼のぼやけてきた意識を覚醒させるような声がある人物の部屋から聞こえてきた。

 

 

『最っっっ低! 女の子との約束をちゃんと覚えていないなんて男の風上にもおけないヤツ! 犬に噛まれて死ね!!』

 

「……凰さん?」

 そして、もう一つ声のおかげで自分の部屋の前まで来ていた事に気づく。

 それと同時に鈴も一夏達の部屋から出てきた。ドアを思い切り閉めて出てきた彼女は、泣いていた。

 響が呆然と立ち尽くしていると、ドアの前で涙を拭いていた鈴と眼があった。

「待った! ストップ! 逃げないで!」

「……まだ何もしてないじゃない」

「顔見ればわかるよ~、絶対逃げる」

「………………」

 図星だったのか鈴は俯き涙をこぼした。

(はあ~……本当に一夏は~)

 面倒事が起こると言う予感は予感ではなくなりもはや当たり前のように一夏が起こすトラブルの事後処理に奔走する響だった。

 

 

 

 

 

「ち、ちょっと! 何するきよ変態! 泣いてる女の子部屋に無理やりつれこむなんて何考えてるのよ!?」

「もう少し言い方を考えてくれると嬉しいんですけど!」

 鈴の誤解を招くような発言に抗議する響。

 しかし、鈴の発言ももっともで端から見れば無理矢理連れ込んでるようにしか見えないのも事実である。

「とにかく入って。そんな顔で部屋に戻ってもルームメイトに心配かけるだけだよ~?」

「う……」

 鈴は渋々といった感じで響の部屋に入る。

 あるのはどの部屋にも初期装備されているものと、パソコン、テレビだけだった。余計なものはほとんど置かれていなかった。

 響は鈴を椅子に座らせお茶の準備をした、紅茶は切れているので黙って緑茶を用意して鈴に差し出す・

「ほい、これ飲んで少し落ち着くといい~」

「う、うん……ごめん……」

 鈴は響の手から湯飲みを受け取り一口だけお茶を口に含み飲み下す。響は鈴が落ち着いた頃を見計らい声をかける。

「それで一夏と何かあったの? この時間なら篠ノ之さんもいると思うんだけど……」

 壁越しに隣にいる一夏達を指さす響。

「見ればわかるんでしょ」

「……泣いてるってことはわかる」

 しかし、鈴が泣いている肝心の理由が響にはわからない。

「……笑わない?」

「笑うも何も、泣くってことは笑えない内容だと思うけどな~」

 それから鈴は、胸に抱えた不満と不安を響に話した。一夏との約束のこと、自分がどれくらい一夏に会うのを楽しみにしていたか、両親のこと、一夏との思い出を。

 響は途中で口を挟むことも、うなずくこともせず、ただ聞くことに専念した。

(これは……俺の手におえない感じの話だ~)

 響は鈴のたまりに溜まった乙女心を聞かされ頭を抱えた、鈴の話の内容が純粋な恋愛関連だったからだ。恋愛の経験がない響にとって鈴の悩みに対するアドバイスをだすのは困難だった。

 響はとりあえずわかっている事を口にしてみる。

「凰さんが怒るのは当然だと思うけど、一夏が鈍いのは知ってるよね~?」

「う、うん……わかってる……わかってるよ……でも……」

「男のおれでもアレは手に負えないと思ってるから……苦労すると思うな~」

 ここにいないセシリアと隣にいる箒の事も思い手を苦笑する響。

「だから、まあ、あれだね……頑張れ」

「……もう少し、まともなこと言えないわけ?」

「恋愛沙汰は助けられないよ~、女の子と付き合った事もないんだから……むしろ同じ立場に立たされたらおれが助けて欲しいくらいだもん」

 そういった事に縁の無い生活を送っていた響は肩をすくめる事しかできない。

 響は降参というように両手を挙げる、その様子がおかしかったのか鈴は小さく笑った。

「ふふっ! 本当にわけわかんないわね、あんたは。励まそうとしてできてないじゃない」 「面目ないです~」

「いいわよ、別に。あんたに怒ってるわけじゃないしそれに……話を聞いてくれたからだいぶ落ち着いた、ありがとね」

「どういたしまして、でも約束のことはこれからどうするの?」

「えっ……それは……その……」

 しばらく唸ったのち、鈴は歯切れ悪く結論を述べた。

「……これから考える……」

「なんて行き当たりばったりな……」

「行き当たりばったりじゃないわよ、あたしは考えるより先に行動なの!」

「それを行き当たりばったりっていうんじゃ……」

「う、うるさいわね! うじうじ悩むよりマシでしょ!?」

「……悩むよりマシ……か、確かにそうかも~」

 鈴の言葉は今の響の心を軽くしてくれる一言だった、自分の置かれている状況に悩みどう動けばいいのかわからない。

 ならばいっそのこと鈴の言うとおり考えるよりも今自分がどうしたいのかを行動で示すべきなのかもしれないと響は一つの答えを導き出したのだった。

「ど、どうしたのよ? 急に黙り込んで……」

「なんでもない、気にしないで~」

「そう? ならいいけど……」

 いつの間にか立場が逆転してしまったがなんとか鈴の高ぶった気分を落ち着かせる事には成功したようだ。

「とりあえず、おれに言えるのはクラス代表リーグマッチで勝った方が良いぞって事くらいだよ」

 負ければ一夏にどうして怒ったのかという理由を教えなければいけない。

 響としても鈴の話を聞いた後では負けたら気まずい事になるのは眼に見えていた。

「そ、そうよね! 勝たなきゃ謝らせる事もできないし」

「そうそう……って、おれ……一夏を応援する立場だったような~」

「なによ、さっきまでの味方ですって雰囲気はどこに行ったのよ?」

「それはそれ~、これはこれ~……って事で」

「もう! なんだかんだ言ってもアンタも一夏みたいなところあるわよね」

「………………」

 そんな自覚はない響ではあったが、一夏LOVEの鈴が言うのだからあながち間違っていないのだろうと落ち込む響。

「ともかく、一夏に伝えときなさいよ! 今度のクラス代表リーグマッチは必ずあたしが勝つんだからねって!!」

「確かに伝えとく」

「頼んだわよ、じゃね」

 鈴は湯飲みに入っていたお茶を一気に飲み干し部屋を出て行った。

「ああいうところを見習わなきゃな」

 響は急に静まりかえった部屋で小さな笑みを浮かべた。

 

 

 その後も一夏と鈴の間に気まずい雰囲気が流れる度に響は仲裁に入り事なき事を得るのだがほとんど毎日似ように仲裁に入っているため気が休まる事がない、そのせいでまた寝不足気味になっていた。

「こんな事になるなんて……」

「そうだなぁ……俺も同感だよ、響」

 その眠気を払うように一夏と鈴の対決が決まったのだ。

 クラス対抗リーグマッチ。第一試合当日。

 第二アリーナのピットには一夏が白式を展開して待機していた。

 初日初戦の対戦カードは神様のいたずらか『一組代表・織斑一夏 VS 二組代表・凰鈴音 』となっている。

(運がいいのか、悪いのか……こればっかりは何とも言えないや~)

 先程逆側のピットに行ってみて、待機している鈴にそんなことを言ったら『いいに決まってるでしょ! さっさとあたしの因縁に終止符を打ってやるわ!見てなさいよ!』と言い放たれた。

(あの様子だと……手加減してくれるかどうか微妙)

 一夏が一方的にやられてばかりではないと予想はしているものの胃がキリキリと痛み出す響。

「鈴さんのISは『甲龍』シェンロン。近接特化型ですわ。わたくしのときとは勝手が違いましてよ」

「緊張するな。練習の通りすれば勝てる」

 セシリアと箒が一夏を激励する。

 この二人は今日まで熱心に教えていたから、それに報いるために一夏も気合いが入っていた。いい感じに緊張しているのがわかる。

 しかし……。

「一夏」

「ん? なんだ?」

「気をつけてな……凰さんは強いよ~」

「わかってる。あいつ、代表候補生だもんな」

「そ、それだけじゃないんだけど」

 一夏に対する思いがもしかしたら普段よりも力を底上げしているかもしれないのだがそれをわかっている様子は一夏からは感じられない。

「へ?」

「わからないならいいよ……きっと、それが幸せなときもあるから」

 しばらくして一夏は空高く飛び立ち、戦闘開始の合図を待つために規定位置で静止した。

 響達はしばらく出撃口から吹き込む柔らかい風に身をさらす。

 ちなみに全員制御室で見るようにお達しが下っている。千冬曰く、響は前代未聞の男性操縦者、セシリアは専用機持ちで国家代表候補生、箒はISの開発者の妹だから、という様々な理由でそういうことにしたらしい。 少しでも学べる環境の整ったところで観戦しろってことなのだろう。

 わからないところは隣にいる先生に聞いてすぐ解決といったところだ。

「皇、篠ノ之、オルコット。早く来い。試合が始まるぞ」

 後ろから聞こえる千冬の声に従い、箒達は制御室に移動した。

「織斑先生、一夏は大丈夫だと思いますか~?」

「このままなら十中八九負ける」

 響が勝敗の行方を千冬に訪ねる中で箒とセシリアは制御室のモニターに見入っていた。

 一夏は苦しい戦いを強いられており、反撃する暇も見当たらないほどだ。先程まで近距離戦闘をしていた二人だが、これ以上は危険と判断した一夏が間合いを取ることにより、とりあえず斬り合いの応酬は途切れた。

 箒はいつ一夏があの剣で斬られてしまうかとひやひやしたのだが、なんとかなったようだ。しかしそう思った瞬間、突然一夏が何かに攻撃されたように地面に叩きつけられた。

 地上でもうもうと上がる土煙を、上空の鈴はニヤリと不敵に笑って見つめていた。

「一夏……!」

「……衝撃砲、ですわね。第三世代兵器ですわ」

「あの銃身のない兵器のこと~?」

「ええ。大気を砲弾として撃ち出す武器ですから、弾道が全く見えませんの」

 土煙が晴れてくると、箒達の眼に一夏が顔をしかめて立ち上がるのが見えた。そこに追撃の衝撃砲を撃ち込んだのだろう、再び一夏は見えない砲弾を受けて吹き飛んだ。

 鈴は攻撃の手を緩めることなく、両肩の武装、おそらくそれが衝撃砲だ、それを敵の方に向けている。

 一夏もなんとか避け始めたものの、どこへ逃げても必ず狙い撃ちにされる。

「鈴さんの衝撃砲、射角がほぼ無制限のようですね……」

 箒達と一緒にモニターを見ている真耶も心配そうに一夏を見ていた。

「それってつまり、死角がないということですか?」

「そのとおりです、篠ノ之さん……このままだと織斑くんは」

 真耶がそこで言葉を止めたのは、恐らく精一杯の気使いだったんだろう。

 箒もセシリアも目をやるが、千冬は微動だにせずただ仁王立ちしていた。

 しかし、そんな箒達の不安を振り払うかのように響が口を開く。

「意外と大丈夫なんじゃないかな~?」

「何が大丈夫なんだ、皇?」

「いや、こうしてみてみると衝撃砲って凄い武器だと思うけど結局は銃と同じで構えて狙って撃つ……それは同じなんだ。ほら~」

 響はモニターに映し出される鈴を指さした。

「衝撃砲を撃つとき凰さんは必ず一夏を正面に捉えるように陣取ってる、衝撃砲自体は射角が無制限でもそれを扱う彼女は毎回同じ体勢で撃ってるんだ~」

「……確かに、そのとおりだ」

「ですが、それでも見えない事に変わりありませんわよ?」

「それも何とかなると思う、衝撃砲を撃つ瞬間に空間を圧縮するせいなのか銃口の砲門部分が可変する。それに威力があるのを使おうとすればほんの少しだけタイムラグがある……たぶん溜めが必要なんだろうね~」

「「………………」」

 箒とセシリアは響の冷静な分析能力に言葉を失った、衝撃砲の脅威ばかりに眼がいってしまいがちだが確かに響の言うとおりいくつかのデメリットが存在するのだ。そもそも、どんな兵器でもそのメリットと同時に弱点とのなるデメリットが発生する。

 響の様に『勝つ』為に分析するのであればわからないものでもなかった。

「だから一夏もなんとか避けられてる、本能的になんだろうけど今言った事に気づければあいつの『零落白夜』の一撃で……あれ?」

 的確な解説をするなかで響は周りにいる箒達がぽかーんと口を開けている事に気づく。真耶ですら眼を見開き驚いているような表情を向ける。

「……あの、変な事……言いました~?」

「いや、的確な判断だ。お前はまだ模擬戦闘をしていないがそれだけ分析にたけているならクラス代表として選出しても問題なかったな」

「そんな事ないです、こんなの『普通』ですよ~? わからないからどうすればいいか考える、わかったら行動に移せばいいしわからないならまた考えれば良いんです。どうしてもわからないなら織斑先生達みたいに知っている人に聞けば解決ですから~」

「そうか……お前がそう言うならそうなのだろうな」

 千冬は戸惑っている響に小さく笑みを浮かべつつ、一夏の唯一の勝利への方程式を語る。それは響の解説を引き継ぐようにも見えた。

「……瞬時加速を教えた。使いこなせるかどうかはあいつ次第だが通用するのは恐らく一回。その一撃で相手のエネルギーを根こそぎ奪うしかない」

「難しいですわね。奇策の類いでも、鈴さんは簡単に隙をつける相手とは……」

「それができなければ、あいつはそれまでだ」

 千冬もセシリアも表情を崩さない。

 箒は二人の様子に息を呑みながらも一夏の勝利を願い手を握りしめる。

 すると試合に変化があった。一夏がただ逃げ惑うのではなく、鈴を中心とした等距離上で円を描くように高速移動を始めたのだ。かと思えば急接近し、互いの武器が届く前に離脱する。

 白式は燃費こそ悪いが性能はかなり良い方なので、トップスピードは目で追うのが辛くなるほどに速い。

 ISに乗ってハイパーセンサーの補助がついてもそうなのだろう、鈴が徐々に翻弄されてきた。

「高速で敵の攻撃タイミングをずらし、隙ができたら懐に瞬時加速での突撃ですね」

「あいつにしてはそこそこの判断だ。無駄に機会を待つよりよっぽど賢い」

 静かに会話を重ねる千冬と真耶に箒は同じものを感じた。

 セシリアも同じ事を思ったかもしれない。

 隠していても溢れ出す強者の波動。体全身がそれを受信して震えた。この人たちが味方で良かった、と戦ってもいないのに考えてしまう。箒と響ははただただ、底が全く見えない千冬に畏敬の念を覚えるのだった。

「あっ!」

 真耶先生が小さく声を出す。

 一夏がついに鈴の虚をついたのだ。距離はそれなりに離れてはいるものの、瞬時加速した白式が一瞬でそれを無かったものにする。

 甲龍も射撃体勢に移ろうとするが、間に合わない。

 雪片弐型の淡い光が鈴に迫る。

 そして――

 

 

 

 ズドォォォォォォォン!!

 

 

 

 凄まじい爆音と揺れがアリーナを襲う。響達はとっさに近くのテーブルに体を預けるが、あまりの揺れにそのテーブルすら倒れそうだ。

 画面には衝撃のショックで時折ノイズが走る。

「な、なんですの!?」

「くっ……! し、試合は!?」

「お、織斑先生!」

「……! なんだこれは……!」

「……あれIS、なの?」

 

 

 

 

 いきなりアリーナに現れた黒い物体。

 それが何なのかは分からないが、一夏と鈴は本能的に危険を察知していた。

 

 彼等の判断は正しい。

 なぜならこの物体はグラウンドを覆っている防御シールド、ISにも用いられている物理攻撃を軽減させる防御壁を破って来たのだから、相当な攻撃力を有している。

「な、なんだ? 何が起こって…」

『一夏、試合は中止よ! すぐにピットに戻って!』

 一夏一時混乱に陥っていたが、鈴からのプライベート・チャネルで意識を取り戻す。

その時、2人のISに緊急通告が送られた。

 

――ステージ中央に熱源。正体不明のISと断定。ロックされています。

 

 攻撃力が未知数の相手に標的とされた一夏は焦りを感じるが、飛ばされてきた鈴の言葉で正気に戻る。

『一夏、早く!』

「お前はどうするんだよ!?」

「あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさいよ!」

「逃げるって…、女を置いてそんなこと出来るか!!」

「馬鹿! アンタの方が弱いんだからしょうがないでしょうが!」

 鈴のようにプライベート・チャネルを開けない為、オープン・チャネルのみの通信に切り替える。

 実際、足止めをするのは実力が上の者が行い、弱い、もしくは足の速い者が救援を呼ぶ。

だがそれだと男の尊厳に係わると一夏がこの提案を拒否。

「別にあたしも最後までやり合うつもりはないわよ。こんな異常事態、すぐに学園の先生達がやって来て事態を収拾――」

「あぶねぇっ!!」

 

 

キュインッ!!

 

 

 間一髪、一夏は狙われた鈴を抱えて敵のビームをかわす事に成功した。

 助かった事に一息つくが、センサーによって割り出された熱量の値を見て背筋に冷たいモノが流れる。

 一夏が顔を青くしているのに対し、鈴は一夏に抱きかかえられた事で顔を赤くしていた。

「ちょ、ちょっと馬鹿! 放しなさいよ!」

「お、おい、暴れるな! って馬鹿! 殴るなよ!!」

「うう、う、うるさ~~~い!!! て言うかさっきからドコ触って――」

「! 来るぞ!!」

 抱きかかえたままでは避けきれないと感じた一夏はすぐさま鈴を放し、2人ともなんとか敵のビームを掻い潜って回避行動をとる。

 攻撃が治まると敵はふわりと浮き上がりながら相対して来た。

「なんなんだよ、こいつ…」

 一夏が呟いた言葉仕方が無いとも言える、なぜならそのISは見るからに異様な形をしていたからだ。

 淡い灰色の装甲から肌の色は1ミリも見当たらない、つまり『全身装甲(フル・スキン)』のIS。防御力に特化した機種も確かに存在するが、ISはどれも四肢や背中、頭部に装着されるため全身に装着された例など無い。

 しかも見た目はゴツゴツして大量の重火器が装備されている。

 それはまるで『兵器』のようだった。

「お前、何者だよ」

「………」

 問いかけに一切の反応も見れない。

 一夏もこうなると予測して声を掛けたため落ち着いているが、そんな彼の許に通信が入った。

『織斑くん! 凰さん! 今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生達がISで制圧に行きます!』

 真耶から入って来た通信が彼等の耳に入る。

 内容は理解出来ていたが、体はそのように動く事はなかった。

「――いや、先生達が来るまで俺達で食い止めます。いいな、鈴」

「だ、誰に言ってんのよ。さっさとやるわよ!」

「おぉ!!」

 2人はマヤの言葉を無視して行動に移る。

 鈴が衝撃砲で援護に回り、一夏が接近して刀で切りかかる即席のチームが出来上った。

健闘を祈るために互いの武器を軽く当て、戦闘に臨む。

「もしもし!? 織斑くん聞いてます!? 凰さんも! 聞いてます~!?」

 アリーナに設置されているオペレーションルームに真耶の声が反響する。

 緊急事態だから千冬に何かできないかと響は詰め寄るも、今のところ見守る事しか出来ない。

 ちなみに同じくその場にいた箒とセシリアも付いて来ている。

「一夏達、本当に大丈夫かな~?」

「本人達がやると言ってるのだから、やらせてみてもいいだろう」

「織斑先生、流石に今はそんな事言える状況じゃないですよ」

「ほら、コーヒーだ。少しは糖分でも取って落ち着け」

「さっきいれてたの塩ですよ~?」

「…………」

 普段しないようなミスに押し黙る千冬。それに釣られて響も押し黙るが、千冬を見るとやっぱり彼女も何だかんだ言いながら心配なんだと安心する。

 響がそんな事を考えているとギロリと睨みを利かせる千冬。

「ほら、皇。コーヒーだ。飲め」

「え? でもそれって塩入り――」

「私がお前のために入れたんだ。ありがたいだろう?」

「…は、はい」

「熱いから一気に飲むといい」

(あ、ダメだ。飲まなきゃ死ぬね、これ)

 これ以上逆らうような事したら一夏共々どんなめに遭うかわからない、響はずずいっと差し出されたカップをオズオズと受け取る。

 

 

ズズ…

 

 

「あつっ!!」

「だ、大丈夫ですの!?」

「う、うん。ちょっとヒリヒリするだけだから~」

 とは言ったものの、響は舌を出し空気で冷やす。その様は愛らしさと痛々しさが同居しており千冬以外の人物がみれば良心に悩まされ全てを許してしまうような仕草だった。しかし、現状では全部飲まないと許してくれそうにない空気が千冬から溢れ出ていた。

 なんとか塩入りコーヒーを飲みほし響は再度聞いた。

「織斑先生。やっぱり突入できませんか~?」

「あぁ。未だ遮断フィールドはレベル4を保ったまま…。しかも外への扉が全てロック状態。――おそらくあのISが原因だろう」

「避難も救助も出来ない…。閉じ込められた状況か」

 強固な守りも逆手に取られてしまっては厄介な壁にしかならない。

 たった数メートルの距離しか離れていないのに、助けに行けないもどかしさが響を苦しめる。

「先生、緊急事態として政府への助勢は――」

「もうやっている。現在でも3年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。シールド解除が出来ればすぐに部隊を突入させるがまだ時間がかかる」

「そう、ですか…」

 名案と思って出した提案が潰され意気消沈するセシリア。

 響はその姿に更に焦りを加速させるが答えは既に出ていた、口の中に溜まった唾を飲み込み響。

「織斑先生、おれ達にISの使用許可をください」

「……何だと」

「素人の自分でもこのままじゃ一夏達は持ちこたえられないのはわかります、それにこのシステムハッキングがあのISによるものなら一刻も早く倒すしかありません」

「そうしたいのは山々だが、お前はIS戦闘の経験がほどんどない。オルコットのISは一対多数向けの機体だ。それに連携訓練……」

「一夏達の闘いは見ました、それにオルコットさんとの闘いも……何度も何度も見て留意すべき欠点も全部覚えました。即席の連携なら何とかこなせます」

「お前の分析能力が高いのは認めるだがそれでも――」

 

 ピーピーピーピーピーピーピー!!

 

 千冬が響を説き伏せようとしたときオペレーションルームに甲高いアラーム音が鳴り響く。

 それは一夏の白式のエネルギー限界を知らせるアラームだった、しかも一夏だけでなく鈴の甲龍のエネルギーもあと僅かだった。

「くっ!」

「織斑先生!!」

 千冬は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたがすぐに響達に指示を出す。

「皇、オルコット! ISの使用許可を出す! それでも決して無茶だけはするな!!」

「「はい!!」」

 響とセシリアは互いに自身のISを展開し扉を破壊、アリーナへと向かうのだった。

 

 

 

 

「鈴! 俺の事は良いから闘うんだ!!」

「できるわけなでしょこの馬鹿!!」

 鈴は待機状態によりISを使えなくなった一夏の前に立ち黒いISの攻撃を防いでいた、白式のエネルギーが切れると同時に黒いISは必要に一夏へと狙いを定めたのだ。

 レーザービームによる攻撃ではなく物理的な攻撃ではあるもののそれでも鈴のシールドエネルギーを削っていくのには充分だった。

「この……なんで、一夏ばっかり狙うのよ!?」

 鈴は両刃青竜刀でなんとか相手の攻撃を凌ぐも甲龍のエネルギーがついに限界を迎える。

「まずっ!!」

 黒いISによるゼロ距離射撃、銃口に集まる光に鈴は咄嗟の判断で一夏を抱え後方に飛び退くも放たれたビーム砲は甲龍の装甲を融解させ残っていたエネルギーの全てを奪っていった。

「きゃあ!!」

「うわぁ!!」

 二人は地面を転がるように吹き飛ばされも何とか受け身を取り黒いISに向き合うように体勢を整える。

 だが、体勢を整えたところで既に闘う術は失っていた。

「さすがに……まずい」

「生身じゃ……勝てる可能性ゼロだわ」

『――――――』

 自分達に敗北と命の危機を感じる一夏達に構わず黒いISは無言で距離を詰める、まるで恐怖をより大きく強くするかのようにゆっくりと歩み寄る。

「……くそ」

「打つ手無し……ね」

 一夏達は歯を食いしばり黒いISを見上げる、打つ手はないと口にしながらも何か方法はないかと考えるなかISは二人との距離を縮めその冷たさしか感じない鈍い輝きを放つ黒い腕を伸ばす。

 

 ドォン! ドォォン!!

 

 一夏と鈴は眼を瞑り最後の時を待ったがその瞬間、アリーナに銃声が鳴り響いた。

「一夏、凰さん!! そこから動かないでくれ!!」

「「響!?」」

「オルコットさん!!」

「承知しましたわ!」

 アリーナのピットから放たれた弾丸は黒いISの頭部に着弾しほんの僅かだがその動きを鈍らせる事に成功した、その隙に響は黒いISを二人から引きはがすようににわか仕込みではあったが瞬時加速による突進を放つ。

「おおおおおおおおおお!!」

『――――――!!』

 黒いISも突然現れた響達に驚いていたのか響の攻撃を防ぐことなく暗いその巨体を無惨に吹き飛ばされる。

 その光景にセシリアは追撃も可能と判断したが先に一夏と鈴を助ける事を優先し二人を両脇に抱えピットへと飛び立つ。

「セシリア!」 

「お礼は後で、皇さんが時間を稼いでいてくれてる間にピットへ向かいますわ」

「響一人を置いてくきか!?」

「お二人を避難させたらわたくしもでます、まだ生徒達の避難がすんでませんもの」

「でも!」

 一夏と鈴はハイパーセンサーに映し出されている響の姿を眼に映す。

 訓練機である打鉄を纏う響の手には近接ブレード『葵』で牽制を続けていた。

 響の纏う打鉄は単独での運用には向いていないものの第二世代型では最高の防御能力を持ちシールドが破壊される前に修復する事ができ支援機としては非常に優秀な機体だった。日本の武者鎧に習った各装甲を束ねる特殊繊維の帯は機体にかかる様々な応力を吸収し走行の特性と相まって防御力の底上げをしている。肩部の物理シールドと強固なアーマースカートとを合わせて様々な局面で味方の強力な盾となる事ができる。

 しかし、稼働時間がほとんど無い響では牽制に適した射撃武器を使う事はできず『葵』による近接戦闘しか方法が残っていない。

 無人機もそれがわかっているのか距離を取ろうと後方へ何度も飛び退いていた。

「響のISは訓練機だ、あれじゃ無理だぞ」

「わかっていますわ、本来ならわたくしが相手をしたいところですが互いのIS性能を考えての決断だったのですわ」

 近接型の響と中距離射撃型のセシリア、連携訓練をしていない中ではどうしても機体性能を優先するしかない。ここでセシリアが黒いISと闘ったとしても響ではピットからの精密射撃は出来ない、そうなってくると苦渋の決断とはいえこうするしかなかった。

「確かに訓練機では厳しいですが打鉄の性能を使いこなせれば持ちこたえられるはずです」

 ISの飛行訓練で一度展開したが出力が一夏達のものより低いが高い防御能力を持っている。

「く……エネルギーさえきれてなきゃ」

「今言っても始まらないわよ、セシリア急いで!!」

「言われなくても!」

 セシリア達がピットに向かう中、響は無人機を攻め立て射撃をさせまいと懸命に剣撃をくり出す。

 しかし、無人機の特性なのか響の攻撃を受けても堅さに秀でたISにダメージを与えられている気がしない。

「硬い……おれの武器じゃダメージが与えられない。どうしたら……」

 響は後付武装に収納されている射撃武器に眼を向けるものの一夏と同じく初心者である自分では使った時点で隙を突かれるのはわかっていた。

 最後に表示された弾丸の特性はわからない、しかし相手が無人機であるのなら攻撃力に秀でた弾丸を使えればなんとか持ちこたえられるはず。 

 響は射撃武器を使うべきか悩んだがその僅かな隙を狙って無人機が再び弾丸の嵐を浴びせる。

「くぅっ!!」

 咄嗟に上空へ飛び上がる響だったが無人機も追撃するように加速する、巨体でありながらそのスピードは白式に匹敵しビームの出力もブルー・ティアーズよりも上……たかだか数時間程度の操縦しかしていない響ではこの弾幕を避け続けるだけでも命がけと言っても良かった。

 セシリアであれば攻撃の合間にできる僅かな隙に反撃することも可能だったはず、響は頬に冷たい汗が流れるのを感じつつ『葵』を握りしめる

(どうする、どうする……どうすればいい!)

 響は震える身体に鞭を打つように歯を食いしばり心と身体を支配しようとする絶対的な恐怖をギリギリの所で踏みとどまっていた。

 

 ――手に感じる刀の重み

 ――アリーナに充満する焼き焦げた匂い

 ――正真正銘の殺し合い

 

 ただ平穏の中で暮らしてきた少年が何の準備もなく命がけの闘いに身を投げ入れれば当然の結果だった。

 日常から非日常へ、平和から戦争へ……響でなくとも意同じ境遇で育ったものなら泣いて逃げてもおかしくない。そんな状況で響は泣き言を言うわけでもなく泣き叫ぶこともなくただ自分が取るべき行動を頭の中で模索し続けた。

 怯えに屈しないために、絶望に負けないために、死に捕まらないために必死で打開策を張り巡らせる。

(考えろ、思考を止めるな! アレを止めないとみんなが――)

 一方的な防衛の中で起死回生の方法を模索する響だったが無人機は何時の間にか響のすぐ傍まで接近していた。

 しかも接近しただけでなく無人機は響の右足を掴み動きを封じる。

「しまっ……!」

 無人機の手を振りほどくよりも先に強い遠心力を感じる響、それは無人機がなんの躊躇いもなく響をフィールドへと投げつけたからだった。

 響は予想以上の圧力に姿勢を立て直す事が出来ずそのまま轟音を上げ地上に激突する。

「がはっ!?」

 響の口から苦痛の声と共に空気がもれる、背中に受けた衝撃と痛みですぐ動く事が出来ないでいた。シールドによって直接肉体にダメージはないものの激痛が走っている事にかわりはない。

 響は痛みに表情を歪めながらも立ち上がろうとしたがそれよりも早くハイパーセンサーによる警告音が鳴り響く。すでに無人機は攻撃態勢を整え最大出力の砲撃を開始しようとしていた。

「まず……い」

 響は起き上がろうとするもそれよりも早く無人機の砲口に光が収束し死の閃光が響に降りかかろうとした。

『――――――!!』

 その時、無人機に蒼い閃光が放たれ無人機の攻撃は響をそれフィールドに爆炎をあげる。

「大丈夫ですか、皇さん!」

「オルコットさん……助かったよ~」

 響は深い安堵のため息を吐きかけたがすぐに気を引き締めセシリアと合流する。

「一夏達は?」

「ピットで待機していただいてますわ、それより今はアレを何とかしなくてはいけませんわ」

「オルコットさんの攻撃ならアレを破壊できる?」

『――――敵機、増援……殲滅』

 セシリアのビーム攻撃を受けてもなお無人機は悠々と立ち上がる、装甲ははがれているもののそれでも機動に支障は見られない。

「間合いが近ければ装甲も貫けるかもしれませんが少し難しいですわね、一夏さんの零落白夜なら一撃で落とせるとは思いますけど……」

 セシリアも自身のISによる遠距離攻撃では無人機を停止させる事は難しいと判断してピットに避難させた一夏の姿を求めるように視線を動かす。

「……おれ達が一夏が回復するまで持ちこたえられれば何とかなる、よね?」

「ええ、それならまだ可能性――――皇さん!」

「!?」

 セシリアの悲鳴に近い声と共に無人機が颯爽と間合いを詰めて射撃体勢に入っていた事に遅れて気づく。

「くっ!」

 無人機が向ける銃口から無慈悲な閃光が放たれ二人とも避ける事ができないタイミングである事を悟った響は咄嗟にセシリアを突き飛ばす。突き飛ばされたセシリアは驚愕の表情を浮かべ何か言おうとしたがそれより早く響が叫ぶ。

「狙い撃って!」

「――っ」

 セシリアは突き飛ばされた勢いを利用して体勢を立て直しスターライトmkⅢを構える。響はシールドを最大展開して降り注ぐ閃光に耐えた。

「があぁっ!!」

「そこですわ!!」

 響が悲痛な声を上げると同時にセシリアは無人機の胴体部分を的確に射貫く。

 セシリアの攻撃を受けた無人機は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ち機能を停止させた。

「やった……?」

 響は無人機のビーム攻撃で装甲が削られてはいたがほぼ無傷の状態でセシリアの元に駆け寄る。

「攻撃にエネルギーを回している間に打ち込めました、皇さんのおかげですわね」

「ううん、オルコットさんがいなかったら危なかったよ。ありがとう」

「ふふ、お互い様という事ですわね」

 響とセシリアの会話はオープンチャネルでされていたため騒ぎが無事収束した事がアリーナにいる一夏やモニタールームにいる千冬達にも伝わり和やかな空気が流れた。

「あれ、どうしたらいいのかな?」

「先生方が回収するでしょうから私達はピットに戻りましょう」

「そうし――――」

 

――敵ISの再起動を確認! 警告! 熱源反応あり!

 

 

「そんなあの状態で動けるんですの!?」

 ギギギと左腕だけが動き、響の方へと向けられる。

「しつこいよ!!」

 これに気付いた響はすかさず飛び出し腕を切り上げ射撃を反らしたが溢れ出ていた潤滑油に『葵』と無人機の装甲部分がぶつかり合い発生した火花が引火し瞬く間に爆発。響はその爆炎に飲み込まれるのだった。

 

 

 

 

 

 ――保健室――

 

 響達は闘いを終え保健室で傷の手当てを受けていた。

 受けていたといっても、一夏達に目立った傷はない。響だけがベッドの上に横たわっていた。

「一夏達に怪我が無くて良かったよ~」

「何言ってるんだよ、お前が怪我してたら意味無いだろうが」

「そうよ!」

「そうだぞ、皇」

「でも、ですね~……あの場はああするしか」

 みんなの無事を喜んだ途端そのみんなから無茶をした事を責められる響、外傷そのものは軽いのだが手当を受けていたときよりずっと痛い気がした。

「と、とにかく……織斑先生は~?」

 響は分が悪いと判断し話を無理矢理そらす事にした。

「ああ。千冬姉なら事後処理するとかで出て行ったぞ?」

「そうか……なら、いいかな」

「どうかしたのか?」

「ううん、何でも~……ふあぁ……」

 響は大きな口を開けてあくびをもらす、保健医に痛み止めの注射を打ってもらったのだがそれが効いてきたらしい。

「ねみゅい……です」

「……その顔でそう言う事を言うから子供扱いされるのだぞ?」

「確かに、年下の弟って感じだよな」

「一夏と並べば絵になるんじゃない?」

「そうですわね」

「ん~……わかった……ZZZZZ」

 普段子供っぽい事を気にしているというのにこういう時に限ってそういう行動をとる響に一夏達は苦笑をもらし、寝息を立てる響を優しい眼でも見守るのだった。

 

 

 

学園の地下五十メートル。限られた人間しか入ることが許されない、隠された空間。未確認の無人ISはここで解析が行われていた。

 完全に機能を停止した無人機が台の上に乗せられ、遠隔操作のアームが止まることなく解析作業を行っている。

「解析、終了しました……やはり、登録されていないコアですね…」

「そうか」

 画面の解析結果を見ているのは真耶先生。その後ろで腕を組んで立っているのが千冬だ。

 千冬はいつもより更に厳しい表情、その眼はすでに最強のIS操縦者のそれだった。

「やはりな」

「心当たりでもあるんですか?」

 確信じみた発言に真耶は怪訝そうな顔をする。

「いや、ない。今はまだ……な」

 千冬は「まだ」と言う言葉で答えを濁す事しかできなかった。

 

 

 



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第四話 二人の転入生は新たな火種

「おれに専用機ですか~?」

 波乱の代表戦から数日後。体調も回復した響は何事もなかったような日常が戻ってきた中で十蔵の元へ呼び出されていた。もちろん千冬と楯無も同席していた。

「ええ、そうですよ。君は訓練機とは言え正体不明のISを撃退した四人の内の一人ですからね、そろそろ専用機の準備をと考えているんですよ」

「あれは一夏達が頑張ってくれてたからだよ十蔵じい、それに基本的におれは逃げ回ってた様なものだしそれに無人機を壊したのだって偶然火花がオイルに飛び火してくれたからだし……」

 あくまで『葵』で射撃を行おうとしていた腕を切り上げた結果、爆発したに過ぎない。あの時の映像も残っているので見直せば誰でも自分が破壊したのではない事がわかる。

「学園長は君が代表候補生二人と世界最強の弟が手こずった所属不明機を破壊した……って事にしたいの」

「……?」

「君は学園長とは知り合いとはいえあくまで君のおじいさんの知り合い、それだと至上二人目の男性操縦者を保護するには少しばかり後ろ盾としては弱いの」

「しかし、皇が国家が選び出した代表候補生でも撃退できなかったISを退けたとなれば勝手が変わってくる」

 代表候補生の実力は各国家のIS企業に属する操縦者よりも優れている、軍による対人戦術に射撃訓練、戦術理論の研修を受けているため企業スパイなどの捕縛・撃退も特別任務として請け負う事がある。そんな代表候補生二人が手こずり最強の称号『ブリュンヒルデ』をもつ千冬の弟で世界の注目の的である一夏よりも上の実力を持つ……それだけ響には彼自身が考えている以上に箔がつくのだ。

「その事実があればお前を狙う者達も迂闊に手出しできなくなる、何せお前は私の弟よりも強くたった数回の操縦訓練で代表候補生に匹敵するだけの実力を身につけるほどの天才。そこに専用機が加われば――」

「君の安全はより磐石なものになるってことだよ、響君」

 楯無は自前の扇子をバッと広げながら年上とは思えなイタズラ心たっぷりの笑みを浮かべる、そして手に持っている扇子には『事実無根』と字が書かれていた。

(あの扇子、どうやって字を変えてるんだろ。おれも欲しいな~)

 響は楯無の扇子に眼を奪われたがすぐに頭を振り話に戻る。

「おれの安全より家族の安全が盤石になれば良いんだけど~?」

 この学園にいる時点で自分の安全は概ね確保されていると言っていい、ならば自分の安全よりも家族を優先して護衛してもらいたとうのが本音だった。

「だから響君には専用機が必要なんですよ? 君が専用機持ちになれば確実に代表候補生クラスかそれ以上の力を身につけた事になりますからそうなると狙いは自然と君の家族に向かうはずです」

「駄目じゃないか!!」

「落ち着いて、落ち着いて」

 楯無は頭を抱えて叫び声を上げた響を窘める。

「狙いが君からそれる事で君に回していた分の戦力もご家族の護衛戦力として回せます、その中には暗部である更識家の優秀な人材もいますから今以上の安全性を約束できると思います」

「そ、そうなんですか~?」

 十蔵の『暗部』という言葉に寒気を感じた響だったが両親と妹の安全がより保証されるのなら自分がどうこう言う事はできない。。

「お前が専用機を持てばお前自身も身を守る術が増える事でもある、どちらに護衛戦力をさくにしてもさっき言ったようにお前が専用機を持つ事で私達も動きやすくなるという事だ。わかったか?」

「はい、そう言う事なら遠慮無く~」

「話がまとまって何よりですよ、それで専用機の方向性はどうしたいですか?」

「タイプってこと?」

「そうだ、打鉄は訓練機だ。元々は支援機として製造されて物だが近接武器と射撃武器の両方を積んでいた、どちらが動きやすかったかで決めても良い。だが、お前は私や一夏の様に近接タイプの方が向いていると思うが……」

 無人機との戦闘を思い出してみても射撃武器は使わなかった響、理由としては単純に射撃訓練を一度もしていない。しかし、たった数回でISを思うように動かせていたもの事実。一歩間違えれば死んでいたかもしれないような戦場に迷うことなく飛び込む思い切りの良さと不完全とは言え瞬時加速をやってのけた確かな技量……どちらも近接戦闘には必須の技能である。

「もし気が進まないなら試しに射撃訓練してみるのも一つの手よ? 響君は器用そうだしそれに冷静な判断力もある、射撃タイプの方が向いてるかもしれないし」

 射撃による後方支援からの的確な指示ができればそれだけで充分な戦力である、たった数秒で戦況が変わってしまう死地で置かれた現状で何ができるのかを考える事のできる冷静さと手持ちの武装と実戦経験の有無を考えての選択……何より攻めるべき時と退くべき時をわかっている。

「う~ん……おれも織斑先生の言う通り近接の方が向いてるかもしれないって思いますけど射撃もしてみてから考えてみても良いですか~? 今の俺に何ができて何ができないのか、ハッキリさせないと後々大変そうですし」

「かまわん、実際に専用機に手を付けるのは少し先だ。更識の言ったように射撃特性があるのであればそちらを選ぶのも間違いではない、戦い方は人ぞれぞれだ」

「わかりました、考えておきます」

「では、専用機についてはこちらで話を進めておきますから響君は暇なときにでもISで射撃訓練をしておいてください。その結果次第で専用機の方向性を決めますので」

「ありがとう、十蔵じいさま~」

「いえいえい、コレもお仕事であり私の個人の私的理理由も入っていますから」

 今は他界した友人の孫でもある響は自分にとっても孫のようなもの、そんな響が困っているなら手助けするのは当然の事だ。もちろん、学園長という立場もあるので何でもかんでもというわけには行かないが公平に見て必要な事であれば援助は惜しまない。

「それじゃ、響君は教室に戻っても構わないですよ。朝早くからすみませんでしたね」

「ううん、他の誰でもない自分の事だから。こっちが感謝しなきゃいけないんだから十蔵じいさまももう少し厳しくしても良いと思うよ~」

「そうですか? まあ、本来ならそうあのでしょうが君を見てるとついつい手助けしたくなってしまうのです……年寄りのお節介と思って受け取っておいてください」

 響は手助けしてくれる十蔵の負担を考えての発言をしたがあまり対応が変わりそうにないので苦笑混じりにお礼を言おうとした時、学園長室のドアがノックされる。

 ドアの向こうから学園の教師の一人である職員の声が聞こえてきた。

「失礼します、今フランス、ドイツ両国の転入生の二人を連れてきました」

「おや? もうそんな時間ですか、入ってきてもらって結構ですよ」

「はい、では中にどうぞ。お話は学園長直々に伝えるとの事でしたので」

「はい、わかりました」

「……了解した」

 ドアの向こうから教師の指示に従い二人の転入生が部屋の中に入ってきた。

(転入生か~……あれ?)

 響は学園長室に入ってきた転入生達を見て違和感を感じた。

 一人は手入れの行き届いたブロンドの髪を束ね自分と同じ男子の制服を身に纏ったフランス人。

(何で女の子が男子の制服着てるんだろう~?)

 もう一人は自分の白い髪に近い輝くような銀髪で、腰近くまで長く下ろしているロングストレートヘアー。綺麗だが整えている感じはなく、ただ伸ばしっ放しと言う印象。そして一番気になるのが左目を覆っている眼帯。それは医療用の白い眼帯ではなく、古い戦争映画に出てくる軍人がしているような黒眼帯。

(こっちの子は……もしかして軍属?)

 どちらもつっこみどころが満載な転入生二人に首を傾げる響。

 そんな響に気づいたのかブロンドの髪を靡かせる少女が響に歩み寄り可愛らしい笑顔を浮かべて近寄ってきた。

「君が皇響君だね、初めまして。僕はフランス代表候補生のシャルル・デュノア、よろしくね」

「僕? ……ってことは男……おれと同じ?」

「そうだよ、それがどうかしたの?」

「ううん、何でもないよ~!!」

(あぶなかったあああああああああああ!)

 響はシャルルの事を女の子と勘違いしていたため男だとわかった時、少しだけ惚けてしまった。

(これが中性的な顔立ちってやつなのかな? 女の子にしか見えないけど言ったら失礼だった……よかった~、女の子だよねって言わなくて)

 自分もそうだがこういった特徴がある場合、多くは外見を気にしている人達が多い。とくにシャルルのように中性的な顔立ちであまり背が高くない自分よりも低く華奢な体つき、下手をしなくても女の子に見えてしまうのだがその事を気にしていたらせっかく二人目の男友達を失ってしまうかもしれない。

 胸の内を何とか隠し通せた事に安堵のため息をもらす響、シャルルに内心を悟られてしまう前に話を続けた。

「よろしく、デュノアさん。おれは皇響、響でいいよ~」

「うん、それじゃ僕のことはシャルルでいいから」

「わかった……それでそっちの君はなんて名前なの~?」

 響はシャルルでしてしまった見た目による先入観に捕らわれないようにもう一人の少女ににこやかに話しかける。

「……馴れ馴れしいやつだな、貴様は」

「えっ?」

「馴れ馴れしいと言ったのだ、何だそのしまりのない顔は? 仮にも男なのだろう、もう少しその緩んだ顔を引き締めたらどうだ!」

「……ご、ごめんなさぃ」

「フンッ」

 響は眼帯の少女の有無も言わせないような態度に萎縮してしまい特に何かしたわけでもないのに謝ってしまった、例えるならその姿は人懐っこい小型動物がじゃれつこうとして拒否されブルブルと震えている様に思えた。

 そんな響を気の毒に思ったのか千冬はため息をこぼし眼帯の少女の頭を軽くこづいた。

「ボーデヴィッヒ、自己紹介くらいしろ。少なくとも教師である私と学園長がいる前で見せる態度ではないぞ」

「申し訳ありませんでした、教官!」

「私はもう教官ではない、……もういい。お前は私が教室に案内するまで廊下で待機していろ」

「はい」

 千冬にボーデヴィッヒと呼ばれた少女は響に見せた態度とは正反対な従順な姿を見せた、軍人のように敬礼をしてから学園長室を出ていく後ろ姿を見送った響はどこか疲れきった表情を浮かべていた。

「大丈夫ですか、響君?」

「……世の中には怖い人がいるんだね~、同じ年だと思うけど」

「あいつの名はラウラ・ボーデヴィッヒ、私がドイツにいた頃に軍のIS訓練に携わっていた時の教え子だ。昔から人を寄せ付けない態度を取るやつでな……あまり気にするな」

「はあ……」

 響は困ったような表情を浮かべながら頬を掻く。

「でも、織斑先生って軍隊にもいたことがあったんですね。俺としてはそっちの方が驚きました~」

「……何、ドイツに借りを作ってしまったときの話だ」

 千冬は鋭い眼光を更に強めた、今の話は彼女にとってあまり知られたい事ではなかったのだろう。響は見た事のない千冬の表情に戸惑いながらも触れてはいけない事だと理解し話を逸らした。

「そ、それよりもう戻るよ~。そろそろ朝のHRが始まっちゃうし」

「そうでしたね、織斑先生も構いませんか?」

「はい、デュノア達を山田先生と一緒に連れて行かなければなりませんので私はもう少し此処で待ちます。皇、お前はもう行って良い。あとボーデヴィッヒに中にはいるように伝えてくれ」

「……はい」

「響、その……元気出してね」

「ありがと~、シャルル」

 とぼとぼと背中を丸めて出入り口のドアに向かう自分を励ましてくれたシャルルに零を良いながら響は廊下に出た、そしてすぐ近くに立っていたラウラに中にはいるよう千冬が行っていた事を手早く伝え逃げるようにその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 異様な威圧感から解放された響は教室に到着した途端自分の席に突っ伏した。

 普段から睡魔に負けて机に倒れ込むことがあるためその様子に驚く女子はいなかったが何かがいつもと違う事を察した一夏が響に話しかける。

「どうしたんだ、朝からそんなに疲れて……訓練でもしてきたのか?」

「違うよ~、ちょっと……怖い人に会って」

「怖い人……この学園に千冬姉以外にそんな人いたか?」

「……うん、まあ」

 響はラウラの直球過ぎる罵声を思い出し身震いする、十五年間生きてきたがあれほど嫌悪されたのは初めての事だった。一夏には怖いと言ったが恐怖心よりも拒絶された態度を取られた事の方がショックだった。

(何か気に障るような事でもしたのかな~、でも初対面だし……転入生ってことだから慣れない環境に緊張してたとか?)

 緊張と様子は見られなかったがもしかしたら表情に出ていないだけで気疲れしていたのかもしれないと響は結論することにした。

「それより嬉しいお知らせだよ、一夏~」

「ん? 何か良い事でもあったのか」

「うん! なんと今日はおれ達以外のだ――」

「はーい、皆さん席についてください。HRを始めますよー」

 響は三人目の男子生徒であるシャルルの事を一夏に伝えようとしたがそれよりも早く真耶が教室に姿を見せる。

 その後ろから千冬も入ってくる。

「今日は転入生を紹介します、それではどうぞ入ってきてください」

 真耶の声を合図に教室の扉が開かれ転校生が二人教室内に足を踏み入れる。

「えええええええええええええええええええ!!」

(そりゃ、驚くよね~)

 クラス中の女子が驚いた、一夏も驚きを隠せていないようで酸欠した金魚のように口を動かす顔を響に見せる。何故ならその理由は――

「はじめまして。シャルル・デュノアです」

 転校生がの一人が男だったからだ。

 

 

 

「えっと、シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れ事が多いかもしれませんがどうかよろしくお願いします」

「お、男……」

 誰かが呟くように言う。

「はい、僕と同じ境遇の方が二人居ると聞いて本国より転入を……」

 その丁寧な口調にクラスが静まりかえる。だが静まりかえった理由はそれだけではなく容姿を説明すると、ブロンズの髪にさらに見た目は女の子でも通りそうな美形。

(……改めてみても、どうしてこんなに違うのかな)

 響は小さくため息をもらした。

 隣にいる一夏は身長も高く体つきもしっかりしている、顔つきも同じ男から見てもかなり整っている方だと言える容姿なのだ。

 そんな二人に比べ響はその子供のような見た目と仕草から中学生扱いだったり血が繋がってもいないのに『弟』的扱いを受けている。

(おれより小さいけど子供っぽくはないよな~)

 三人揃っても自分が一番年下にしか見えない事実に肩を落とす響だった。しかし、その直後に殺気を感じとった響。隣にいる一夏も気づいたらしく二人は一斉に耳を塞ぐ。

「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 止めどなく沸き上がる歓声にシャルルが顔を隠らせる、真耶は耳を塞いで泣きそうになってる。そして同じく千冬も耳を塞ぎ疲れ切った表情を浮かべていた。

「今度はブロンド!」

「しかも今回は守ってあげたい系! 皇君の癒し動物系と織斑君の天然系も良いけどこれはキタ!!」

「こういうのもいい!! しかも三人目!! お母さん私をここに入れてありがとう!!」

「今年一杯書くわよ! 皇×デュも織×デュも皇×織も織×皇もデュ×皇もデュ×織も書くわ!」

(あれえぇぇ!? 人から癒し系動物に格下げになってるー! っていうか最後の人何言ってるのかなぁー!!)

「ええい静かにしろ! 次、ボーデヴィッヒ、自己紹介しろ」

「はっ、教官」

「何度も言わせるな私は教官ではない。ここでは先生だ」

「わかりました。……ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 もう一人の転校生は男子ではなく女子。その出で立ちはあまり男子と余り変わらないが髪が長いぶんシャルルよりもはっきりと異性だという事がわかる。だが、それよりも気になるのは赤色の右眼、その色とは対照に冷めている雰囲気を漂わせているのは教室でも変わらなかった。

「……………………」

「…………以上ですか?」

「以上だ」

 空気にいたたまれなくなった真耶ができる限りの笑顔でラウラに話しかけたが、帰ってきたのは無慈悲な即答だった。

(……シャルルはともかく、ボーデヴィッヒさんは気むずかしそうだな)

 響はここに来て一夏関係で困る事はなさそうだと思ったがすぐにその思いは覆される事になった。

「! 貴様が――」

(ん――!?)

 ラウラの声から怒気を感じた響、そのラウラが一夏の前に立ち左手を振り上げる姿に咄嗟に手を挙げる。

 

 ガシッ!

 

「初対面の相手にいきなり何する気だ?」

「離せ、貴様に用はない!」

「君になくてもおれにはあるんだよ、……今、一夏をひっぱたく気だった~?」

 響の言葉に一夏も状況を飲み込んだらしく椅子から立ち上がり身構える。

「おれの見た限りだと一夏は何もしてない、何で叩こうと――」

「小動物に用は無いと言っている!!」

「しょっ!?」

 ラウラの罵声に思わず崩れ落ちる響、もやは人から格下げされた事実に挫けそうになっていたところに追い打ちをかけられたのだ。

「チッ……」

 ラウラは崩れ落ちた響に冷たい眼を向けたあと自分の席に座った。

 一夏は落ち込んでいる響に励ましの言葉を掛ける。

「き……気にすんなって、お前に動物っぽいところなんてないんだからさ」

 正直、そのフォローの仕方はどうなのかという視線がクラスの女子達が向けるがそんな事に気づく一夏ではない。

 当の本人である響も「そんなフォローはいらない」と言う余裕もないらしく、涙でべしょべしょになった顔を上げる。

「ありがど~、いぢが~…………」

「「「「「はぅっ!!」」」」」

 恥ずかしげもなく泣いている響の表情にクラスの大半が胸を打たれた、それは転校してきたシャルルも同じようで「か、可愛い……」と声を溢していた。

「あー……、ゴホンゴホン!ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グランドに集合、二組との合同でISの模擬戦を行う、では解散!」

 千冬は堅さと癒しが入り交じる微妙な空気を払拭する為声を上げ生徒達に移動を促す。響も一夏の肩を借りながらゆっくりと立ち上がった。未だに涙目ではあるが……。

「おい、織斑に皇、デュノアの面倒を見てやれ」

「わかったよ」

「わがりまじだ~」

 響達は教室を出て行く千冬達を見送ると同時に自己紹介もなしにシャルルの手を一夏と一緒に掴む。

「ごめんな、デュノア」

「え!?」

「教室はすぐに女子が着替えを始めるんだ~、自己紹介は改めてからってことで」

「あ、う、うん」

「よし、行くか響!」

「お~!」

「え、うぇ!?」

 シャルルの手を握り一気に走り出す二人。何故ならすでに教室の外に恐ろしい敵が集まってきていたからだ。

「転校生発見!」

「皇君達と手つないでる!!」

『何だって!?』

「者ども、であえ、であえ!!」

(……なんか、こういうのも慣れてきたな~)

 この異常な状況になれるのもどうかと思うが、後ろから転入生を見ようと追いかけてくる女子生徒多数。入学当初は自分達もやられた事を思い出す。

「織斑君の黒髪に皇君の白髪も良いけど、金髪っていうもの!」

「しかも瞳はエメラルド!」

「三人の絡みをみれるなんて……ああ!」

 相変わらずの反応に背筋に寒気が走る響、だが、シャルルはこの状況を飲み込めていないようだった。

「な、なに? 何でみんな騒いでるの?」

「そんなの決まってるじゃないか~」

「男でISを動かせるのが俺と響とデュノアの三人しかいないからだと思うけどな?」

「あっ! ああ、うん。そうだね」

「とりあえず、逃げ切らなきゃならないんだけど」

 響は前に向き直り表情を青ざめさせた。

 前方にはアリーナへの道をふさぐ女子集団がいた、このまま無理に突っ切るのも難しい人数だった。

「響……アレ、やるか?」

「それしか、無いかな~」

「アレって?」

 アレがなんなのかわかっている響と一夏に対してシャルルは何もわからず困惑の表情を浮かべる。

「今から女子達の上を飛び越えるよ! ごめんね、シャルル!」

「ふえ!?」

 響はシャルルの返事を待たずに抱きかかえる、その姿はいわゆる『お姫様抱っこ』と言うやつだった。男が男にお姫様抱っことか文句を言いたいが今はそんな事を言っている場合ではなかった。

「一夏、頼んだ~!」

「任せろ!!」

 一夏は響達の姿を隠すように前方に躍り出る。

「よっと!!」

 響は前に出た一夏の背を蹴り天井ぎりぎりまで飛び上がり、前方にいた女子軍団をかわす。

「「「「「なにいぃぃ! 織斑君を踏み台にしただとぉ!!」」」」」

 どこかで聞いた事があるセリフを叫ぶ女子一同を尻目に響は見事に着地をこなす、そしてそんな響達に気を取られている間に一夏がその隙を突いて集団の中を突っ切り響と合流を果たす。

「それじゃ!!」

「逃げるよ~!!」

 華麗な連係プレイを見せた響と一夏はそのまま走り去るのだった。

 

 

 

 

 響達三人は何とか逃げ切り更衣室に到着した。

「ここまで。くれば……だいじょーぶ……」

「助かったよ、二人とも」

「お、おう。えっと……?」

 一夏は息を切らしながらもシャルルに名前を聞き返す。響はすでに学園長室で自己紹介を済ませているので息を整える事に専念する。

「シャルルでいいよ」

「おう、俺のことは一夏って呼んでくれ」

「わかった。よろしくね一夏」

 簡単な自己紹介になってしまったが無事に互いの呼び名を決める事ができ一安心する響達だったがそうゆっくりとしていられなかった。

「二人とも! 授業もうそろそろ始まりそ~!」

「げっ!?」

 そう言って慌てて一夏が服を脱ぎ始める。

「わあっ!」

「「?」」

 響も上着を脱ごうとシャツに手をかけるのだがその途中、シャルルの慌てた声が聞こえた。

「どうしたの、シャルル? 忘れ物でもしたの~?」

「だったら急がなきゃな、千ふ……担任の先生は時間に厳しいからな」

「あ、う、うん。着替えるよ、着替えるけど……あっち向いててね?」

「安心して良いよ~、おれはそっちの趣味はないから」

「何で『達』じゃないいんだよ、響!!」

「冗談冗談~、それより本当に着替えないとまず――」

「な、何かな!?」

 響と一夏が一瞬だけ視線を外した瞬間にシャルルはISスーツに着替え終わっていた。

「着替えるの早っ!」

「……? ……??」

 あまりの着替え速度に一夏は思わず声を張り上げるが響はその反対に神妙な顔つきでシャルルを見つめていた。

「ど、どうしたの? 響、早く着替えないと遅れちゃうよ」

「あ、そうだね~。俺も着替えなきゃ」

 響は小首を傾げながらも着替えを再開した。

 響はシャツのボタンを外し終わったばかりで、一夏は下をはき終えていたが上がまだだった。

「それにしてもシャルルは着替えるの早いね~」

「わっ!」

 響は苦笑いを浮かべシャツを脱ぐとまたシャルルが声をあげる。

「今度はどうしたの、シャルル?」

「響……その、……身体……」

 シャルルは手で口元を隠し悲痛な表情を浮かべる、シャルルの眼に映る響の肉体は普段から鍛えている為意外と引き締まった筋肉質な体つきだった。

 しかし、シャルルが指摘したのは均整の取れた肉体美ではなく身体に刻まれた無数の傷痕だった。

「ああ、これ~? 小さい頃に事故に巻き込まれて付いた傷、らしいよ?」

「らしいって何だよ?」

「その時の事故って結構酷かったみたいではっきり覚えてないんだよね~。だからトラウマとかにもならずにすんでるから気にしなくても良いよ~」

「そ、それなら良かった……あれ? よかったの……かな?」

「まあ、気になるとは思うけどね~」

「響……それじゃ逆に気にするって」

「そうか……ってまずい! もう時間がない!!」

「俺はシャルルと先に行くからな」

 着替え終わっていた一夏はシャルルの手を握り更衣室の扉を開け放つ。

「では、さらばだ!」

「えっ? 置いていっていいの?」

「ちょっと待って!! おいてかないでぇ~!!」

 その後一人だけ遅れた響は千冬の出席簿アタックをたらふく食らうのだった。

 

 

 ――実習――

 

 今現在、響達の上空ではセシリア・鈴コンビ対真耶の戦闘演習が行われていた。

 数的には二対一ではあったが――

「「きゃああああ!?」」

 結果はセシリア・鈴コンビの負けだった。真耶も代表候補生だったらしく教員としても訓練を続けていたらしくその実力はセシリア達を圧倒するほどの実力、一部始終を見ていた響でもコンビプレーができていない二人では負ける事はわかっていた。

「これが我がIS学園の教員の実力だ。わかったか? 以後は敬意を持って接するように」

 その言葉にクラス全員が頷く、人は見かけによらないという代表例が目の前にいるのではそうするしかなかった。

「さて、これから専用機組を中心に実習を行う。番号順に織村、皇、デュノア、オルコット、ボーデヴィッヒ、凰を中心に行え!」

 そしてクラスが7つに分かれる。

 響のグループは自分が持っているISと同じ打鉄を選んできていた。基本的に乗る事自体初めてな女子ばかりなので乗り方を簡単に教える、そして次に歩き方を指導し最後に停止の仕方と解除という手順。

 響は一夏に授業で習うISの基礎知識を教えて事もあってスムーズに授業内容を消化していくがその時女子達の黄色い声が聞こえた。

 そこを見ると一夏が箒をお姫様抱っこして立ったままで待機状態になっているISにのせていた。

(しゃがまずに降りたのか、最初は良くある事だけど……よかったね~、篠ノ之さん)

「「「「「…………」」」」」

 響は無言の圧力を感じたが授業の進行を優先知るためあえて無視する事にした。

「………………」

 その無言の圧力の中に鋭い刃を思わせる覇気が混じっていた。ラウラが鋭くにらみつけている事に気づく響。

(……ボーデヴィッヒさん、朝のこと根に持ってるのかな~……眼を合わせないようにしないと)

 響は敵意をむき出しにするラウラから視線を外し大きくため息を付き授業に集中する事にした。

 

 

 

「つーかーれーたー……」

 響は屋上に設置されている芝生に倒れ込んだ。

 IS操縦の説明を請け負った女子達とラウラの絶え間ない圧力に心身ともに疲れ切っていた。

「大丈夫、響?」

 疲れた様子を見せる響を気遣うシャルル、その優しさが心に染みる。

「だいじょーぶー……、それより……」

 響は疲労した身体に鞭を打ってゆっくりと起き上がる。

「うん、本当に僕達が同席して良かったのかな?」

 響の疲れが一層増す中シャルルが小声で話しかける、どうやら一夏の三角関係に気まずさを感じたらしい。

「大丈夫……とは言えないけど今から食堂に行ったら質問攻めを受けてお昼ごはん食べれないと思うな~」

 シャルルの事を考えれば今日くらいは女子達からのあの異様な質問攻めはさけてやりたい。その点を考えれば一夏がシャルルを誘ったのはベストな選択とも言える。

「ん、そうだね。やっぱり此処にいようかな」

 シャルルも恐怖心の方が打ちかったのか決心がついたようで、屋上でお昼を取る事にした。

 ちなみにそれぞれのメニューは一夏が箒、鈴、セシリアの作ったお弁当、響とシャルルは購買のパンなのだがシャルルは眼下に広がるパンの量に口元を抑える。

「これ全部――」

「食べるよ、けど……俺がご飯を食べようとするとみんな決まって聞いてくるよね、なんで~?」

「あたし達はもう聞かないわよ」

「そうですわ、もう知っていますし」

 シャルルの手元にあるパンは二個、そして紙パックの野菜ジュースが一本。

 響の前にあるのはパンの山、野菜ジュースは三ダース……圧倒的質量の差がそこにはあった。

「その身体のどこに入るのかな……」

「どこって……胃だよ~?」

「そういう意味じゃないぞ、響」

 ごく当たり前な回答なのだがそれだけでは説明がつかない、パーティーの時でもそうだったが明らかに身体の質量を超える量なのだ。

「まあ、いいや~。いただきまーす」

「それじゃ、僕も」

「俺も」

「わたくし達もいただくとしましょうか」

「そうね」

「そうだな」

 授業の事や最近の学園生活について話ながら響達が食事を楽しんでいると一夏がある事に気付いた。

「あれ? 箒、なんでそっちに唐揚げがないんだ?」

「! こ、これは、だな。ええと……」

(……なんだろ~?)

 何事かと思って響はパンを片手に2人のお弁当を覗いてみると中身は和風なメニューで、一夏の言う通り箒のお弁当には唐揚げが無い。この問いかけに箒は視線を泳がせ始めた。

(う~ん、反応からして早めに食べた感じじゃないし、自信作だから入れたのかもしれないな~)

「……うまく出来たのがそれだけなのだから仕方ないだろう……」

「え?」

 箒の気まずそうな呟きを聞き返す一夏。

「わ、私はダイエット中なのだ!だから、1品減らしたのだ。文句があるか?」

「文句は無いが、別に太ってないだろ?」

「あ~、男ってなんでダイエット=太っているの構図なのかしらね」

「全くですわ。まさかとは思いますけど、お2人もそういう考えで?」

 一見気遣いが感じられた一夏の発言が女性陣の気に障ったのか響とシャルルにも飛び火する。

「うんと、ダイエットは本来体調管理を刺す言葉だはずだから~……やせすぎてる人が太る為にご飯を食べるのもダイエットみたいだし、自分で納得する結果を求めれば良いんじゃない?」

「綺麗になるための努力だし、僕は良いと思うよ。まぁ、やり過ぎには気を付けてほしいな」

(……シャルルの答え方、なんか格好いい~)

 自分も一夏もシャルルのような発言ができれば反感を買う事がないのだがそういった気の利いた事は言えない二人だった。

「……一夏、何してるの~?」

「ん? いやな、ダイエットって言うけど必要ないように見え――」

 響の言った事を聞いていなかったのか論点が変わっていなかった。

「ど、どこを見ている!どこを!!」

「どこって……、体だろ」

「なに堂々と女子の胸を見てんのよ! ア・ン・タ・は!!」

「ぐあっ!?」

 鈴の叫び声と一夏の悲鳴が屋上に響く、容赦ない張り手が一夏の頭部に炸裂したらしい。

「一夏さんには紳士として不足しているモノがあまりに多いようですわね」

(それも含めて好きなんだろうに……篠ノ之さんもそうだけどこの二人も素直じゃないな~)

 響は眼を瞑りしみじみと野菜ジュースのストローを加える。

「響、どうしたの? なにか考え事?」

「ん~、一夏達を見てると平和だな~と思って」

「……なんとなく意味が分かったから聞かないでおくよ」 

 響はシャルルの言葉に安心感を覚える、一夏の鈍感っぷりに一人で悩まなくてもすむのだと思うとシャルルは心強い味方だった。

 一連の騒動も放っているうちに収拾がつき、響達は昼食を再開する事になった。

「おぉ! この唐揚げうまい!」

「そ、そうか? 本当にそう思うか?」

「あぁ。これって結構仕込みに時間かかってないか? ええと、混ぜてるのはショウガと醤油と…、んぐんぐ。なんだろうな。絶対食べた事のある味なんだけど」

「おろしニンニクだ。それとあらかじめコショウを少しだけ混ぜてある。隠し味には大根おろしが適量だな」

「へぇ! それはいいな。今度俺もやってみよう」

 一個数秒でパンを頬張っていく響の耳に楽しそうな一夏の声と嬉しそうな箒の声が届く。

(三人が持ってきた料理の中じゃ一番受けてる……よかったよかった~)

 立場としては平等に鈴もセシリアも援護するべきなのかもしれないが響としては学園で最初に仲良くなった箒を応援していた。もちろん理由はそれだけではないがそれを口にしてしまえば他の二人が激怒するのは目に見えていた。

(一夏は背が高くてイケメンだし頼りがいもあるにはある、篠ノ之さんはちょっと怖いけど美人さんだし……二人が並んでると絵になってるんだよね~)

 鈴とセシリアでは兄妹か雇われている執事に見えてしまい恋人とは違った印象を受けるのだ、そのなかで箒は幼なじみでありクラスも一緒で部屋も一緒……一緒にいる事が自然な雰囲気をかもし出しているのだ。

(まあ、誰を選ぶかは一夏しだいだけど~)

 響はパンを飲み物のように粗食しながらそんな事を考えていた。

「にしても本当にうまいな。ほら、箒も食べてみろよ」

「な、なに!?」

「ほら、食ってみろって」

「い、いや……、その、だな……」

 響はしどろもどろになった箒の声に眼を向ける、するとそこには箸に挟まれた唐揚げを箒の口元に差し出す一夏の姿があった。

 そう、いわゆる『はい、あ~ん』と言うヤツだ。

「い、一夏。さすがにそれは、その、なんと言うか……」

「良いから、ほら!」

 嬉し恥ずかしハプニングではあったが箒に悪いと思いながらも無視を決め込む響。成り行きとは言え2人っきりになるのを邪魔してしまった事に違いはない。こういったフラグイベントは知らない顔をして置く事の方が良い場合もある。

「あ、あ~ん(パクッ。もぐもぐ……)い、いいものだな……」

「だろ? うまいよな、この唐揚げ」

「そうではないが、うむ……いいものだ」

 そんな二人の様子を見てシャルルが今気づいたようだ。

「あ、これってもしかして日本ではカップルがするっていう『はい、あーん』ってやつ? 仲睦まじいね」

「シャルル、こういうのは暖かい目でそっと見守ってやるもんなんだよ~」

「そうなの?」

「そうなんだぞ~」

 響とシャルルが笑みが溢れる光景に花を咲かせていると案の定リンとセシリアも『はい、あ~ん』に名乗りを上げる。しかし、最初に『あ~ん』をしてもらったのが嬉しかったのか箒は特に反対する様子を見せなかった。

(うんうん、この調子でいけば篠ノ之さんがトップだね。頑張れ~)

 響は一夏達に聞こえないように呟くのだった。

「ねぇ、響」

「うん?」

 そんな時、シャルルが小さく笑いながら声をかけてくる。

「なに~、シャルル?」

「口の周り、汚れてるよ」

 すでに食事を終えていたシャルルは制服のポケットからハンカチを取り出し響の口元を拭う。

「むぅ~?」

「ほら、動かないで」

「ありがと~」

「ううん、気にしないで」

 そんな二人の光景を見守る一夏達も笑い声を上げる。

「ほんと子供っぽいよな、響は!」

「まあ、あれくらいなら問題はないと思うが……」

「響らしいっていえばらしいけどね」

「見ていて微笑ましいですわね!」

「むぅ、気づかなかったんだから仕方ないじゃないか!」

 響はむすっとした表情を浮かべて再びパンを頬張り食事を再開するのだった。

「まあ、そんな事よりシャルル」

「なに、響?」

「部屋割はどうなるの~? 一応はおれの部屋が開いてるけど……」

 まさか自分達以外にこんなにも早くISを操縦できる男子が転入してくるとは思っていなかったため部屋割りの事は何も考えていなかった、響としては同じ部屋でも構わないのだが相も変わらず狙われ比率が高いのではそうも行かないのが現状。

 しかし、千冬からは何も指示が来ない。

 ここで勝手に部屋割りを決めて良いものかと響は何個目かわからないパンを最早飲み物の様に口に入れ続ける。

「織斑先生からは響と相部屋だって言われたよ」

「なんで? 一夏もいるのに……」

「一夏はもう相部屋だし、それに部屋割りを決めるにしても手間がかかるからって……あとは外国の専用機持ちが同室なら色々と好都合だって言ってたよ」

「ふーん、そうなのか~」

 響は外国の専用機持ちという説明で納得がいった。

 自分を狙っているのが日本企業の誰かであれば対処しにくい輩もいるが同室にフランス人の例外操縦者がいれば自然と外交関係も考えなくてはならないだろう。ましてやIS世界シェア第3位のデュノア社の子息ならなおさら下手な動きはできない。

 傷一つ付けよう物なら外交問題どころかなし崩しに戦争になる可能性も無くはない。シャルルが自分と同じ部屋になる事でそう言った脅しを周囲に知らせ情報を流せば少なくとも手荒なまねはできなくなる……と考えているのかもしれない。

 響は自分のお粗末な考えに肩をすくめながらもシャルルと握手をする。

「とりあえず今日から同じ男子としてよろしく~」

「うん! よろしく、響」

 こうして響はルームメイトであるシャルルに唐変木である一夏から受ける負担軽減を期待するのだった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあルームメイトとして、改めてよろしく~」

「うん。よろしくね」

 シャルルの荷物整理や夕食などを一段落させ、部屋でゆっくりする事に。響は食後に一日の疲れを癒すためにお茶やお菓子を用意してシャルルの許へ戻った。

「ほい。シャルルの分だよ~」

「ありがとう。……ん? これって、日本のお茶?」

「そうだよ。コーヒーや紅茶は今インスタントのヤツしかなかったし、せっかく日本に来たんだから日本的なもののほうが良いかと思ったんだけど~……」

「インスタントでも僕は構わなかったんだけど、そういう事ならいただくよ」

 シャルルはフゥフゥと少し冷まして湯呑みに口を付ける。

(口に合えばいいんだけど……)

 響は妙な緊張感を抱きシャルルの感想を待った。

「……うん。紅茶とはずいぶん違うんだね。不思議な感じ。でもおいしいよ」

「そっか~、それなら今度は抹茶でも飲んでみる?」

 シャルルの感想に一安心する響。シャルルの眼にも嘘は感じられない。お世辞を言っているような雰囲気でもないので、本当にそう思ってくれているようだ。

 同じヨーロッパ地域出身のセシリアは味よりも色が苦手みたいで日本茶はあまり飲まないため心配だったが取り越し苦労ですんだようだ。

「抹茶ってあの畳の上で飲むヤツだよね? 特別な技能がいるって聞いた事があるけど、響は淹れれるの?」

「あ~、おれはできないけど駅前に抹茶カフェって言うのがあって、コーヒー感覚で抹茶が飲めるんだよ~」

「ふぅん、そうなんだ。じゃあ今度誘ってよ。一度飲んでみたかったんだ」

「わかった~、ついでに街を案内するよ。一夏達も誘ってみんなで行くっていうのはどうかな~?」

「本当!? もちろんいいよ。嬉しいなぁ。ありがとう、響」

「ど、どういたしまして……」

 シャルルの笑みに思わず口ごもる響。

 何故ならシャルルの微笑みは優しげで暖かい、所謂『家庭的な笑み』なのだ。響はこの笑みが好きであったし、心休めるモノだった。

 それを久しぶりに見る事ができて嬉しい反面、響の心の中に重いモノが鎮座する。

 

 

 こんなにも優しく……

 

 こんなにも暖かく……

 

 そんな笑みを見せてくれるシャルルにある人物達の面影が重なる。

 

(……父さん達どうしてるかな。連絡とか取りたいけど電話とかして大丈夫なのかな~?)

「大丈夫? 響、具合でも悪いの?」

「! いや、何でもない。ちょっと駅までの道を思い出してたんだ~」

 響は慌てて笑顔を浮かべ何事もなかったように話を続ける。だが、シャルルは何か思うような事があったのか話題を変えて話し始めた。

「そういえば響はいつも一夏達と一緒に放課後にISの特訓しているって聞いたけど、そうなの?」

「うん、おれも訓練機とは言え専用機を持ってるし」

「ねぇ、僕も加わっていいかな? 何かお礼がしたいし、専用機もあるから少しくらいは役に立てると思うんだ」

「ほんと? 助かるよ。それじゃ明日からお願いするよ~」

「うん、任せて」

 このまま響達は夜遅くまで話し込み、消灯時間いっぱい親睦を深めた。

 

 

 

 

 

「ええとね、一夏がオルコットさんや凰さんに勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握していないからだよ」

「そ、そうなのか? 一応わかっているつもりだったんだが…」

 シャルルとラウラんが転入してきて5日、彼等にとって日本で初めて過ごす土曜日だ。IS学園は土曜日の午前に理論学習を取り込んでいて、午後から自由時間に入る。

 そうは言っても土曜日はアリーナが全開放されるため自発的に実習を行う生徒もいる。響達もそんな生徒達の一員だった。

 ちなみに今は響と一夏、それにシャルルの組み合わせでお互いの苦手部分の改善について話し合っている。なお、箒と鈴は話しているフリをしながら一夏を睨んでいる最中だった。時折『ふん、私のアドバイスをちゃんと聞かないからだ』とか『あんなに分かりやすく教えてやったのに、なによ』とか聞こえて来て、その度に『2人の教え方が感覚的すぎるからだよ』と言いたかったけど何度も言葉を飲み込んで我慢する響。

「はぁ……、ほんとに眠い」

 しかし、そんな事よりも昨晩遅くまで話していたせいか響の瞼は閉じたり開いたりしており今にも就寝してしまいそうな雰囲気が漂っていた。)

「ねぇ響、ちょっと来てもらっていい?」

「んぁ~、わかった~」

 シャルルの呼びかけにゆったりとした動きで対応する、動く事はできているので寝落ちする事はないがそれでも足下がおぼつかない響。

「どしたの~?」

「さっき一夏と話してて聞いたんだけど、2人のISって後付武装(イコライザ)がないんだって?」

「おれの場合は訓練機だからいじれないってだけだけど一夏は攻撃特化型……単一能力にさいてるISだからな~」

「そうみたいだね」

 言葉通り、唯一仕様(ワンオフ)の特殊能力(アビリティー)という意味で各ISが操縦者と最高状態になった時に自然発生する能力の事である。

「たしか普通は第二形態(セカンド・シフト)から発現するんだけど出ない事の方が多くて、俺のISが第一形態でソレが使えるのは例外的な事、であってるよな?」

「正解~」

「そういえば一夏の唯一仕様(ワンオフ)、『零落白夜』って織斑先生の『暮桜』が使っていたISの能力と同じだよね?」

「まぁ、姉弟だからとか、そう言う事じゃないの?」

「ううん、姉弟だからってだけじゃ理由にならないと思う。さっきも言ったけど、ISと操縦者の相性が重要だから、いくら再現しようとしても意図的に出来るモノじゃないんだよ」

 響はシャルルの言葉に頷く。シャルルの言う通り、今発覚している唯一仕様でも似た能力はあっても同じ能力はほとんどない。別のISで操縦者が前のISで使われていたコアを使用すれば話は変わって来る可能性は否定できないが。

「でもどうしてそうなるのかは僕にはわからないけど……」

「そっか。でもまぁ、今は考えても仕方ないだろうし、その事は置いておこうぜ」

「あ、うん。それもそうだね。…って響。どうしたの、変な顔して」

「ああ、気にしなくて良いよ……眠いだけだから~」

「そっか、ごめんね。話に付き合わせちゃって」

「ん~」

 響は特に困ったわけではないので生返事で返す。

「とりあえず今度は射撃武器の練習をしてみようか。一夏、はい、これ」

 そういってシャルルはさっきまで使っていた55口径アサルトライフル『ヴェント』を一夏に渡した。

「え? 他のヤツの武器って使えないんじゃないのか?」

「普通はね。でも所有者が使用許諾(アンロック)すれば登録してある人全員が使えるんだよ。――うん、今一夏とISに使用許諾を発行したから、試しに撃ってみて」

「お、おう」

 一夏は見よう見まねに銃を構え、練習用に浮いている的目掛けて引き金をひいた。

 

 

バンッ!!

 

 

「うおっ!?」

「どう? 感想は」

「なんか、アレだな。とりあえず『速い』って言う感想だ」

「この上なくシンプルな感想だな~」

「でもあってはいるよ。一夏の瞬時加速も速いけど、弾丸はその面積が小さい分より速い。だから起動予測さえあっていれば簡単に命中させられるし、外れても牽制になる。一夏は特攻する時に集中しているけど、それでも心のどこかではブレーキがかかるんだよ」

「だから、簡単に間合いが開くし、続けて攻撃されるのか……」

「うん」

 シャルルの的確なアドバイスに物想いにふける一夏。

 響としては教える手間が省ける分楽で良いのだがその光景はどこか奇妙だった。

 そんな事を考えていると後ろからひそひそと3人の声が響のハイパーセンサーをとおして流れてきた。

『だからそうだと私が何回説明したと…!』

『って、それすら分からなかったわけ? はぁ、ホントにバカね』

『わたくしはてっきり分かった上であんな無茶な戦い方をしているモノと思っていましたけど…』

 響は目頭を押さえ苦笑をこぼす。完全に感覚適説明と超理論的すぎる説明では一夏には理解できないのだと伝えたかったがそれはそれで痛い目に遭う事がわかっているのでそうする事もできない。

「それじゃあそのまま撃ち続けて。使っていいから」

「おぅ、サンキュ」

 そのまま一夏が初めての銃の感覚を味わっている内に響はシャルルの傍まで近づく。

「ねえ、シャルルのISってリヴァイブだよね~?」

「うん、そうだよ。それがどうかした?」

「学園に常備されてるのとずいぶん違う気がして~」

 一般のリヴァイブはネイビーカラーが主流で真耶が使っていたのは多少改良していてカラーリングも新緑色だった。

 だが、シャルルのISはオレンジにカラーリングしている以外にも色々手を加えてある。

本来四枚あるはずの翼が二枚になっていたり、アーマー部分がスリムになっていたりと機動性重視のカスタマイズをしている。

 その中で一番の違いは肩部分のアーマー。

 本来付いている四枚の物理シールドがすべて取り外されていて、代わりに左腕がシールドと一体化した装甲になっている。逆に右腕はすっきりとしていて、射撃の邪魔にならないようになっていた。

「僕のは専用機だからかなりいじってあるよ。正式にはこの子の名前は『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ』。基本装備(プリセット)をいくつか外して、その上で拡張領域(バススロット)を倍にしてある」

「倍!? 一夏が聞いたら泣いてうらやましがるよ~」

「あはは。分けてあげたいけどこればっかりは無理。だけどそんなカスタム機だから量子変換(インストール)してある装備は二十くらいあるよ」

「……歩く火薬庫?」

「う~ん、間違いじゃないけどあまり言って欲しくないなー」

 シャルルは困ったような表情を浮かべるモノの響の表現はあながち間違っていないのは確かだった。普通なら粒子変換できる武器は五、六個くらいなのだがシャルルのリヴァイブはその四倍の二十なのだ。

 その粋すぎた粒子変換はを可能にするという事はそれだけ情報処理に長けている機体なのだろう。それに加え多くの武器を扱えるのだから、シャルルは高い実力の持ち主なのだと予想できた。

 響がそんな事を考えたりしていると周りがザワザワと騒ぎ始めた。

「ねぇ、ちょっとアレ…」

「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど…」

(アレは……)

 ザワザワとアリーナ内が騒ぎ始め、響もその注目の的に視線を移した。

そこにいたのはもう1人の転校生、ドイツ代表候補生であるラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 転校初日に一夏に手を挙げようとした少女。経緯はどうあれそれ以降、他人と関わった所を一度も見ていない。

 そんな彼女が生徒で溢れているアリーナに漆黒のISを装着して来場して来たのだ。

 ラウラは周りの声や視線を気にする事も無く、ある一点だけを見つめていた。

 その人物は織斑一夏だった。

「おい」

「……なんだよ」

 二人の会話だが開放回線(オープン・チャネル)での通信で行われておりこの場にいる船員に聞こえていた。

(あんなに闘争心をむき出しとは……一夏とも初対面なはずなのに)

 響はいつでも動けるように一夏とラウラの動きを注視する。そんななか響の予感があったったらしくラウラが一夏に宣戦布告としか取れない言葉をなげかける。

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と闘え」

「イヤだ。理由がねぇよ」

「貴様にはなくても私にはある」

(……あの様子だと一夏に心当たりはないみたいだ~。でも、ボーデヴィッヒさんも嘘付いてる感じじゃないし)

 二人が闘うような理由が考えつかず表情が険しくなる響、隣にいたシャルルも原因がわからず響に小声で話しかけてくる。

『ねぇ響、ボーデヴィッヒさんがあそこまで一夏に執着する理由、何か知らない?』

「よくわかんない、二人とも初対面の筈だからけど……それでもボーデヴィッヒさんは一夏の事は知ってるみたいなんだよな~」

 教室でのやり取りを思い出してもても最初に一夏を見た時、ラウラも特別何かするわけでも話しかけるわけでもなかったが一夏が『織斑一夏』だとわかった瞬間にひったこうとしたのだ。

「もしかしたら織斑先生が関係してるのかもしれないけど……こればっかりは聞いてみないとわからないな~」

『そっか、ありがとね』

「お役に立てず申し訳ないです~」

 これは響の憶測であるがそこでラウラはドイツで千冬と出会い、崇拝する人物を見つけたのだろう。そして理由はわからないが彼女は一夏の事を千冬の汚点と決めつけてしまっている可能性が大きい。

「貴様がいなければ教官は棄権などせず大会二連覇の偉業を成し得ただろう事は容易に想像できる。だから、私は貴様を――貴様の存在を認めない」

 響はラウラの言葉に右手を握りしめ意を決して二人の間に割りこみむ。

「何もそこまで言わなくても良いじゃないか」

「何だ小動物? 貴様には何の関わりもない事だ」

「いや、関係ある。だって一夏は友達だもん、友達を馬鹿にされて黙ってられるわけないだろ。君が一夏に対して良い感情を持っていない事はわかるけどさ、一夏は一夏、先生は先生なんだ。大会の事とか何があったのかも知らないけど……先生にとっては世界大会の決勝より棄権する方が重要だったって事じゃないか」

 何故、世界大会二連覇という偉業を成し遂げるチャンスを捨ててまで棄権したのかはわからない。

 だが、あの織斑千冬がそうしたのならそれは充分意味のある事だったはずだ。

「それなのに君は先生の選んだ選択やその時の思いを否定してる……それは誰かを馬鹿にする事よりずっと酷い事だよ。それわかってる?」

「黙って聞いていればベラベラと――」

「っ!?」

 ラウラは武器も何も構えていない響に右肩上部に装備されているレールガンの照準を合わせる。

「その減らず口、今すぐたたけないようにしてやる!」

 

ドギュウンッ! ガアアアァァァァン!

 

「ぐあっ!?」 

 響はラウラの放ったレールガンを至近距離でくらいフィールドを転げ回る、かなりの威力を備えているらしく打鉄の装甲がはじけ飛ぶ光景とシールドエネルギーが削れる情報がその場にいた一夏やシャルルのハイパーセンサーに映し出された。

「響! このやろおぉぉ!!」

 一夏はシャルルから借りていた『ヴェント』を投げ捨て雪片を展開しその直後、ラウラへと斬りかかる。

「ふ、最初から掛かってくれば良かったのだ」

「くっ!?」

 ラウラは流れるような動作で攻撃に映った一夏の動きを見ても慌てることなく右手を突き出す。

 その瞬間、一夏の動きが急に止まる。

「なん……だ、身体が動かない……」

「なんだ、どうして動けなくなったのかもわからないのか? やはり貴様は教官の汚点でしかない」

「てめぇ……」

「消えろ、織斑一夏――!」

 ラウラは響に向けたレールガンの引き金を引こうとしたがそれよりも早く彼女のハイパーセンサーが後方からの攻撃を察知する。

「一夏から離れろ!!」

「貴様は!」

 背中を向けている相手に攻撃をするのは褒められた事ではなかったが響は躊躇うことなく左手で『葵』を握りしめ横一閃で振り抜く。

「チッ」

 ラウラは響の攻撃を当たる寸前で交わし一夏から飛び退き二人から距離を取る。

「驚いたな、あの距離で攻撃を受けて気を失っていなかったのか」

「気絶したいくらいだよ、打鉄が護ってくれたとは言え右肩が外れた。痛くて泣きそうだ」

 どうやら響はラウラの攻撃を咄嗟に右肩で受けたらしく打鉄の装甲が綺麗に無くなっていた、装甲で受けたぶんシールドを貫通するダメージではなかったようだがそれでも弾丸の衝撃と振動で脱臼したらしい。

 口では痛みに涙を流すと良いながらも響の緋色の瞳に涙の気配はなくむしろいきなり闘いをしかけたラウラに鋭い眼光を向けていた、左手一本で『葵』を構えるその姿に幼さはみじんも感じられず一人の戦士としての姿があった。

「思っていた以上にやるようだな、だが……邪魔をするなら排除する」

「そう簡単に排除されるつもりはないね」

 響とラウラ、二人の間に緊張が走る。どちらかが先に動けばもう闘いは止められないそんな空気が周囲に流れ始めた。

「こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人はずいぶん沸点が低いんだね!」

「シャルル」

 響は声のする方に目をやるとそこには一夏の前でラウラに向けてアサルトライフルを構えるシャルルの姿があった。その後ろには一夏の姿があった、おそらく響と同じように一夏を守ろうとして間に割り込んだのだろう。

「フランスの第二世代型(アンティーク)ごときで私の前に立ちふさがるとはな」

「未だに量産化の目処が立たないドイツの第三世代型(ルーキー)よりは動けるだろうからね」

 響達3人の間で静かな睨み合いが始まった。

 シャルルが一瞬気を引いてくれたおかげで落ち着きを取り戻す響ではあったが闘いを避けられる空気ではなかった。

 シャルルとラウラは互いに銃口を向けている、そして剣を握っている自分も動けば戦闘開始となることはわかりきっていた。

(シャルルまで乱入してくるとは思ってなかった……どうしよう)

 ラウラの攻撃に反応して動いただけでも学生として申し分ない実力、対するラウラもドイツで数々の実戦をくぐり抜けた猛者だろう。

 今戦闘になれば確実に自分が一番最初に脱落する事は間違いないが売り言葉に買い言葉、その安い挑発に乗ったのは自分だ。

 それなのにシャルルが闘い傷つく事だけは避けたかった。

(……何とかボーデヴィッヒさんを止めないとシャルルまで怪我しちゃうよ)

 しかし、現状でそれは難しい。

 響とシャルル、そしてラウラ……無言でにらみ合う三人。三人が一斉に動き出したときアリーナに監督をしていた女性教師の声が響く。

『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』

 スピーカーから響いた声に動きをとめる三人。今更だが教師の存在を思い出す響。

(……助かった)

 響はオープン・チャネルで制御室に音声を流していた事を思い出した、第三者的立ち位置の横やりが入れば否応なく闘いはとまる。教師が入れば尚更だろう。

「……ふん。今日は引こう」

 急な横やりで興が削がれてしまったのか、ラウラもあっさりと戦闘態勢を解除してそのまま去って行った。

(よかった、一夏やシャルルは怪我しなくて)

 響も打鉄を待機状態に戻し身体から力を抜いたが途端に右肩に痛みが走る。

「いたた~……やっぱり外れちゃってるよ」

「響、大丈夫か!?」

「うん、心配ないよ。肩が外れただけだから~」

 心配してくれた一夏に気を使わせないように笑顔でVサインを作る響。

「心配ないよじゃないだろ! 保健室に連れてってやる」

「一人で大丈夫だよ、それより一夏達は訓練続けてていいから~」

「でも、今日はもう訓練って感じじゃなくなったぞ」

「そうだな、今日の訓練はもう終わりにしたらどうだ?」

「そうですわね。閉館時間も近いですし」

「何か釈然としないわね」

 箒達もラウラの行動に納得がいっていないようだったがこのまま気持ちを引き摺っていても良い事はないとわかっているようだった。

「じゃあ、僕が響を保健室に連れてくよ。同じルームメイトだしね」

「だから大丈夫だってば、保健医の先生に骨をはめてもらうだけだし」

「いなかったらどうするの? 痛いのが長引くだけだよ、一応軍で応急処置の方法は習ってるし間接をはめ直す事もできるけど」

「………………」

 響は時間と共に痛みを増していく右肩に左手を添える、さっきまではあまり痛くなかったのだが気持ちが落ち着いた今は痛みに堪えるのはなかなか辛いモノがあった。

「それじゃ、お願いしようかな~」

「それじゃ行こう、脱臼はクセになりやすいからね」

「シャルル、響の事任せたぜ」

「任されたよ」

 響は借りてきた猫のようにシャルルに保健室へと連れて行かれるのだった。

 

 

 




 やっとシャルロットを出すことができました~。
 原作にないシーンを書くのも意外と楽しいかもです。もしかしたらそう言ったオリジナルな展開になるかもですがそれでもよかったらまた読んでみてくださいw


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第五話 男装少女の諸事情

 

 ラウラとのいざこざの後、響はシャルルに連れられ保健室に向かった。

 幸い保健医の教員がいてくれたおかげで滞りなく手当を受ける事ができた響。

「じゃあ、後は痛み止めの注射を打つから少し待っててもらえる?」

「はい、お願いしま~す」

 響はテーピングで固定された右肩をさすりながら返事を返す。

「よかったね、すぐ処置してもらえて」

「うん、それにしても折れてもないのにこんなに傷むもんなんだ。知らなかったな~」

 肩の脱臼などした事はない、小さい頃の記憶が曖昧であるため断言できないが覚えている日々の記憶を辿ってみてもこんな痛い思いをしたのはほとんど無い。

「まあ、軍隊でもなければ脱臼するような事もしないしね。あんまり動かしちゃ駄目だよ」

「わかってる、でもこれじゃお風呂には入れないや。今日は濡れたタオルで身体を拭くくらいかな~」

 身体を拭くだけでも汗のべたついた感触や匂いは取れるものの訓練の疲労は拭えない、普段から寝てはいても今日は痛みのせいで寝付けないかもしれない。

「そういえばありがと~」

「なにが?」

「ボーデヴィッヒさんの時、シャルルがあの子の気を引いてくれたから冷静になれた。あのままシャルルが割り込んできてくれなかったら絶対返り討ちになってたから」

「そう? 特に何かしたわけじゃにけどどういたしまして」

「うん、シャルルはほんと良いやつだな~」

「良い……やつか」

 響の言葉にシャルルの表情に影がさす、今の言葉に気を悪くするような要素は無いはずだがシャルルは落ち込んだように瞳を伏せた。

「シャルル?」

「……ううん、何でもない」

「そっか~」

 響は急に暗い表情をしたシャルルに戸惑った。

(何か元気ない、訓練の疲れでも出たのかな~)

 緊張感漂うあの場にいたのだ闘っていなくとも疲労しても仕方なかったかもしれないと響はシャルルに先に部屋に戻って良いと伝える事にした。

「シャルル、先に部屋に戻っていいよ。まだ時間かかりそうだし疲れただろ~」

「けど」

「皇君」

 響の事を心配してかシャルルは残ろうとしていたが保健医が手に何も持たずに帰ってくる。

「ごめんなさいね、痛み止めの薬をきらしてて今から医薬備品室に行かなきゃならないの。悪いんだけど少しここで待っていてくれる? すぐに戻ってくるから」

「わかりました~。俺の方はまだ時間かかるからシャルルは戻ってて良いよ、シャワーも浴びたいだろうしさ」

「……それじゃ先に戻ってるね」

「うん、おれも注射打ってもらったら帰るから~」

「じゃあ、また後でね」

「は~い」

 響は左手をひらひらと振りながらシャルルと保険医を見送ったのだった。

 

 

「……。はぁっ……」

 ドアを閉め、寮の自室に戻ると同時に盛大な溜め息をつくシャルル。

 無意識に出たその息の深さに本人も驚いた。

(良いやつ、か……一番言われたくなかった言葉だよ)

 シャルルの頭の中では響の言葉が反芻している。

 彼は自分が今置かれている状況も、そんな事を言われるような存在でない事も理解している。故にその言葉がシャルルを苦しめていた。

(……シャワーでも浴びて気分を変えよう)

 シャルルはクローゼットから気着替えを取り出してシャワールームへと向かった。

 

 

「思ってたより早く終わったな~」

 保健室で右肩の痛みに顔を歪めていた響だったが痛み止めの注射を打ってもらったおかげでだいぶ楽になっていた、肩を固定されているため腕もあまり動かせないものの有事の際にはテーピングを剥がせばそれなりに動かせるだろう。

(それにしても一夏とボーデヴィッヒさんの問題はどうしたらいいんだろ?)

 教員が介入してくれたおかげで大事にならずにすんだのはよかったがアリーナから出ていくラウラの様子を思い浮かべるとまた今日のような事が起きる可能性が大きい。

 一夏の傍には常に箒とセシリアに鈴そして自分とシャルルの誰かが一緒にいるとは思うがああも周りの目を気にも留めず宣戦布告をされては簡単に止める事ができない。仮に正式な形で許可がおり一夏が挑発に乗ってしまったら彼女は遠慮しないだろうし一夏も降参しない気がする。

(二人ともその気になったら止められるのは織斑先生くらいかな、闘ってみた感じ多分ボーデヴィッヒさんが学年最強……俺じゃ足元にも及ばない)

 闘ったと言っても一分にも満たない短い時間だった、それに加えハイパーセンサーによる補助があったにせよラウラは目の前の敵に集中していた状態から背後から仕掛けた自分の攻撃に反応し回避行動をとり避けたのだ。

 一夏とセシリア達が闘った姿を直に見たからこそセシリアと鈴よりもラウラの方が実力的に上回っている事がわかった、下手をすればセシリアと鈴が二人がかりで闘っても危ないかもしれない。

(しばらくは授業で模擬戦とかもないし今日の騒ぎは織斑先生の耳にも届いているはず……そう考えればあんまり心配しなくてもいいのかな)

 響は大きくため息を吐きながら肩を落とす。

 結局の所、響には起きてしまった騒ぎを冷静に分析する事しかできない。今までもそうだったが学園内で起きてきた問題や事件に置いて騒ぎの中心・核心に迫る事はできても最後の仕上げ、つまり解決する方法を実行できるだけの力がないのだ。

 セシリアとのクラス代表戦では一夏の健闘により和解。

 鈴のクラス対抗戦では一夏と鈴が相手の足止めと敵データの収集、セシリアが無人機へ致命傷とも言えるダメージを与えた。この時、何かできたと言えばセシリアが一夏達をピットに運ぶための時間稼ぎ……そして偶然の賜で無人機を停止させただけ。

 先の一夏とラウラの揉め事ではラウラのあまりな言いぐさに我慢できず横は入りした結果返り討ちにあい一夏とシャルルに助けられた。

(こうして思い返してみると……何もできてないや、こんなんじゃ専用機をもらっても自分の身一つ護れない)

 自分が専用機を持つ事で家族の安全をより強固になる、そう伝えられたときはホッとしたがこうも後手に回り結果を残せないのではまた今回の二の舞になるのはわかりきっていた。

 護るために闘っても護られ、護るための力を手にしても自分すら護れない。ISという世界最強の兵器を手にしていても無力な一般人……その事実が響の心をどんどん重くしていく。

「このままじゃ、駄目だ……護るどころか助けになる事もできない」

 響は左手をきつく握りしめ無力感に悩まされる。

 この学園に入学する事になったのは偶然に偶然が重なった結果でしかないが力がない事は偶然ではなく揺るぎようのない事実だ。

「少しでも強くなろう、今のおれにはそれしかない」

 最愛の家族を護るために共に切磋琢磨する仲間と前に進むために。

 響は重くなっていく心に火を灯すように下がっていた顔を上げる。

「あれ?」

 その眼に映ったのは自室の扉だった。

(いつの間にか戻ってきてたんだ……もしかしてここでぼーっとしてたのか)

 響は慌てて周りを見るが彼以外誰もおらずしょんぼりしていた姿を見られる事はなかったようだ。

「よかった~、こんな姿誰かに見られたらそれこそ元気だせってあやされるところだった~」

 響は見られなかった安心しながら自室の扉を開け部屋の中に入った。

「ただいま~。って、あれ? シャルル?」

 とっくに帰っていると思っていた同居者の姿が見当たらない。

「もう食堂にいったの――」

 

 

――ガチャ

 

「もう、ボディーソープ切れて――きゃ!」

「へっ!?」

 響は不意に音のした方へ顔を向けると、シャワールームのドアからある人物が慌てた様子で飛び出してきた。

 響はちょうどシャワールームの前にいたので飛び出してきた人物とぶつかりそのまま押し倒されるように床に倒れ込む。

『………………あれ?』

 響は自分を押し倒すように乗っている人物に声を漏らす、彼女も同じように声を漏らす。

 その人物はシャワーを浴びている途中だったのか何も身につけて折らず、その事に気づいた彼女は顔を赤くしていき大声をだそうと口を開けようる。

(まずい!!)

 響は彼女の口を左手で塞ぐと同時に眼を瞑った。

 瞼の裏に少女のあられもない姿が焼き付いてはいたが何とか状況を打開しようと言葉をまくし立てる。

「聞きたい事は色々あるけど、今は声を出さないでくれ。大変な事になるから!!」

 ウェーブのかかったブロンドの髪。

 碧色の綺麗な目。

 美少女とも美少年とも言える整った顔立ち。

 そのまぶしささえ感じる同世代の女子のあられもない姿に響の思考はいつ砕け散ってもおかしくない。

「……ん」

「手は話すけど喋らないで、あとまだ動かないでね」

「…………」

 眼麗しい少女は静かに頷く。

「……もしかしなくても、シャルル?」

「う、うん」

「なんで、その~……、は、は、裸で……出て来たの?」

「ボディーソープが切れてて……、あの……、すぐに取って戻ればいいかなって思って」

「そ、そうか。それじゃ……、おれが取ってくるよ……だから、その……」

 何とか指示を出そうとする響だったが未だに抱き合っているせいで考えが思うようにまとまらない。

「その、あれだ! シャワールームに入ってくれ……ると助かる」

「わ、わかった」

 響はシャルルを見ないように両眼を覆い隠す。シャルルも音を立てないよう静かに離れる。響は動揺のあまり力が入らない足に鞭をいれクローゼットの方へ歩き出す。

 シャルルもシャワールームの中に入ったようなので響はボディーソープを手にしてシャルルの元へと戻る、もちろん扉の前までだが。

「こ、ここに置いておくから~……」

『うん……ありがと』

「ど、どういたしまして……?」

 こんな時にどういたしましてと言ってる場合では無いと思うのだが響の視界が不意に揺れる。

(あ……あれ? 眼が……まわ……りゅ…………)

 事故又は不可抗力とはいえ始めて見た同年代の少女の肌、その映像が響の頭の中で何度もフラッシュバックしあまりの緊張と高揚感で響の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 響が気絶してから一時間、彼が眼を覚ましたときに部屋にいたのは見覚えがありすぎる美少女だった。

 声や顔立ちだけならいつものシャルルと同じだったが、上気した頬が艶やかな雰囲気を醸し出し華奢な体から強調される胸のふくらみはどう見ても女の子そのものだった。

 

チッ   チッ   チッ

 

(お……重い、空気が重いよ~)

 気まずい雰囲気のまま対面して座ったものの、それから何か発展する訳でもなくただ闇雲に時間が過ぎるだけだった。途中、響も何度か話をしようとしたがシャルルも全く同じタイミングで声を出してしまい、結局何も言えずに終わる事を繰り返す頃数分。

 響は意を決して声を出した。

「その、シャリュリュさん!」

 意を決したとはいえ緊張のあまり呂律回らない響。

「え、ちょ、響? 大丈夫!?」

「うん……。ちょっと舌が……」

 まさかこんな形で出鼻をくじくとは思っていなかった響は両手で顔を覆い恥ずかしさに耐えた。しかし響が顔を押さえながらうつむいていると、上の方からクスクスと笑い声が聞こえだす。

「ん? どうしたの~、シャルル?」

「あ、気を悪くしたらごめん。でも、こんな時に舌噛むなんて……フフッ!」

「わ、笑わないでよ~。おれだって緊張してるんだから」

「なんで響が緊張するの。もしするとしたら僕の方だよ?」

「いや、女の子と話すのは……その緊張するもんなんだよ~!」

「……だよね。うん、男と思ってた人が実は女だったんだから当然だよね」

 響はシャルルの落ち込んだ表情に慌てて口を噤んだが既に遅くシャルルの気持ちが沈んでいくのがわかる。

(ああ、こんな時一夏がいてくれたら…………いても無理だ~)

 響はここにいない一夏に一方的な戦力外通告をだしながら深呼吸をして気持ちを落ち着ける。そして今度は噛まないようにゆっくりと話す。

「……やっぱり、シャルルは女の子……だったんだね~」

「やっぱり、か」

 シャルルは少し困ったような表情を浮かべる。それは間違いなく響が自分の事を女だと気がついていた事に関してだった。

「何時から気づいてたの?」

「何時って言うか……最初にあった時に女の子が男の制服着てるって思った~」

「それじゃ最初から?」

「えっと、確信……ていうかもしかしたら本当にって思ったのはシャルルがISスーツに着替えたときかな。む、胸とかは無かったけど骨格が女の子かな~って」

「骨格かぁ」

「うん、子供っぽいおれでも男だと肩の辺りが女の人に比べればがっちりしてる、腰回りも男はくびれにくいのにシャルルは柔らかい曲線だったしあとは筋肉の付き方とか……」

 冷静になった今考えればシャルルが女であると断定できる要素は幾つもあった。だが、それを言い出せなかったのも間違っていたらと言う迷いから出たもの。ハッキリと女の子だという度胸もなけれあば間違っていた場合気まずくなると言う年相応の人間関係を壊したくないという思いからでもあった。

「あはは、響には隠しきれなかったんだね。一夏は気づいて無いみたいだったのに」

「あ~、一夏は仕方ないかも。篠ノ之さん達の好意に気づかないくらいだから~」

「確かにそうだね」

 互いに一夏の鈍感ぷりに小さく笑みを浮かべる、一夏は周りにいる者の変化には割と敏感なのだが自分に向けられた好意にはまったく気づいていた無い。それは悪い事ではないのだがそれでもどうにかならないものかと思ってしまう事が多い。

「……いくつか可能性は考えてるけど、どうした男の振りなんてしてたの?」

 可能性として確実なのは世界に二人しかいない自分と一夏と接触する事。でなければ女の子であるシャルルが男装をする必要はない。

「実家の方からそうしろって言われて」

「実家? デュノア社に?」

「そう。僕の父はデュノア社の社長。その人から直接の命令なんだよ」

 響の眼に表情に影が滲みだすシャルルが映る。

「……命令?」

「うん。僕はね、愛人の子なんだよ」

 シャルルの言った言葉でどんな扱いを受けるのかは容易に想像できた、想像はできたが部外者がとやかく言っていい事ではない。響は黙ってそのまま話を聞く事にした。

「引き取られたのが2年前。ちょうどお母さんが亡くなった時にね、父の部下がやって来たの。それで色々と検査をする過程でIS適応が高い事が分かって、非公式ではあったけれどデュノア社のテストパイロットをやる事になってね」

 出て来た言葉をただただ聞き入れる響。それ以外に、今の響には何も出来ない。

「父にあったのは二回ぐらい。会話は数回ぐらいかな。普段は別邸で生活しているんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。あの時はひどかったなぁ。本妻の人にひっぱたかれたよ。『泥棒猫の娘が!』ってね。参るよね。母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのにね」

 あはは、と乾いた笑い声しか出ていない。

 無理して笑おうとする顔や生気の無い笑い声、そうしないといけないシャルルの心情は自分にはわからない。簡単にわかるとは言ってやれなかった。

「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの」

「デュノア社って量産型ISのシェア世界3位じゃ……?」

「そうだけど、結局リヴァイブは第二世代型なんだよ。ISの開発っていうのはものすごくお金がかかるんだ。ほとんどの企業は国からの支援があってやっと成り立っている所ばかりだよ。それで、フランスは欧州連合の統合防衛計画(イグニッション・プラン)から除名されているからね。第三世代型の開発は急務なの。国防のためもあるけど、資本力で負ける国が最初のアドバンテージを取れないと悲惨な事になるんだよ」

(前に第三次イグニッション・プランの次期主力機をイギリスとドイツ、イタリアのISで選定中ってニュースでやってたっけ……)

「ただでさえ遅れに遅れての最後発だから第三世代型を作るには圧倒的にデータも時間も不足していたんだ。しかもなかなか形にならないせいで政府から予算を大幅にカットされたの。そして、次のトライアルで選ばれなかった場合は援助を全面カット。その上でIS開発許可も剥奪するって流れになったの」

「……なるほど~、つまりシャルルはデュノア社の経営危機を何とかする為の広告塔、そして俺達のISのデータを取るために送り出されたってことだね~」

 予想していたとおりの答えに呆れる。シャルルも目線をそらし、苛立った声で続ける。

「そう、同じ男子なら日本で登場した特異ケースと接触しやすい。可能であれば本人達のデータも取れるだろう……ってね」

 こうして蓋を開けてみれば実に簡単で理にかなっている。

 特異ケースの自分達とIS技術の発達している日本製の専用機データは後れを取っている国からしてみれば是が非でも欲しいモノ。たとえそれが手に入らなかったとしても、交友関係さえ持っていれば何かの際に役立つ可能性も出て来る。

 一時しのぎの策だったとしても充分な効果は見込めるだろう。だが、響はある事に気づく。

(今の話は本当の事だと思うけど……でも、だったら何で……この方法なんだろ~? 世界政府やマスコミにばれる事を考えれば仮初めの御曹司じゃリスクが大きすぎる。IS学園に三年間いなきゃいけないわけだし普通に考えてみても無謀。この事が公になれば会社に利益がないどころか下手をしなくても潰れちゃう)

 響は答えが出ない疑問に頭を悩ませた。

(答えが出ないんじゃなくて……無い? 利益とリスクを天秤に掛けてもシャルルを送り出すのは綱渡りだし、会社にとっての起死回生の一手じゃないならシャルルをIS学園に入れる意味は……?)

 考えれば考えるほど深みにはまる予感を感じ響は話を戻す。

「……企業スパイってやつだよね、初めて見たよ~」

「そんなところかな。でも、響ににばれちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まぁ……潰れるか他企業の傘下に入るか、どの道今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいい事かな」

「そっか……」

「あぁ、何だか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今まで嘘ついてごめん」

 緊張感が切れたのか、シャルルは座っていたベッドに後ろから倒れ込んだ。その声は清々しさより、むしろやけになったような印象を受ける。

「あのさ、シャルル。答えは分かってるけど聞いてもいい?」

「なに?」

「父親の事、嫌い?」

「………うん」

 遅れて返ってくる返事はハッキリとした声だった。それがシャルルの本心なのだと理解できた。

「今僕がこの学園に通えてるのも、衣食住に困る事がないのもあの人のおかげではあるけど、母さんのお葬式にも来なかったあの人を僕は好きになれないよ」

「……ごめん」

「え?」

 言った事がよく分からなかったのか、上半身をあげて疑問の声を上げるシャルル。その声に応えるかのように響も本心を語る。

「おれは……両親に愛されて育ったから、君の辛さも大変さも簡単にわかるって言ってやれない。わかるって言ってやればシャルルも少しは楽になるかもしれない……でも……」

 響の言葉を決して同情から出たものではない、何の偽りのないありのままの心が純粋にシャルルという少女の事が心配であるが故の発言だった、例え彼女でなくとも響は同じ事を想い伝えただろう。

 言い方は悪いが彼女以上に不幸な目に遭っているモノも世界には五万といる、だがここで不幸自慢をしたりしたところでなんな意味もない。響にも人に話せないような事などいくらでもある、それこそ口に出したくも無いような醜悪で悲哀に満ちた事でさえ……。

 響の辛辣な表情にシャルルは同じ境遇に立たされた者だけが分かち合う事ができる感情に気づいた。そしてなによりそれが本当に自分の事を考えてくれているのだと。

「その気持ちだけで充分だよ」

「……だから、おれにできる事をしようと思うんだ~」

「響が……できること?」

「シャルルはこの学園にいたい?」

「……無理だよ。遅かれ早かれこの事はフランス政府にばれるだろうし、そうしたら僕は代表候補生の座を下ろされて牢屋入りとかだろうし」

「それでいいの?」

「良いも悪いも無いよ。僕には選ぶ権利がないから仕方ないよ」

 また生気のない笑顔を作っている。もうあれが当たり前になってしまう程使って来たのだろう。

 しいて言えば『今のシャルル』は『自分』と同じだった。

 今いる環境が、選んだ道が全てであり当たり前だと思っている。彼女はそれを笑う事で受け入れている。今は大丈夫でもいつかは潰れてしまうのは眼に見えていた……つぶれかけている自分を知っているから。

「……だったらさ、ここに居ればいいんだよ~」

「え?」

「特記事項第21、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないモノとする」

 入学する際に嫌という程読まされた規則事項や校則。

 一ヶ月以上たった今でも暗記している程一夏と一緒に詰め込まされたけど、今はこれが良い方向に転じた。

「――つまり、この学園にいれば、少なくとも3年間は何もされない。それにおれ誰にも喋らないで黙っていればすむことだもん」

 実際、シャルルが女の子であるのを知っているのは自分だけ。なら黙っていれば当分の間はシャルル・デュノアは『男』で通せる。

「……響」

「ん~?」

「よく覚えれたね。特記事項って55個もあるのに」

「……憶えなきゃ何されてたか」

「一体何があったの」

 黒服の厳つい人ばかりの部屋で読まされた事を思い出す響。一応、政府関係者の援助を受けているとはいえ研究材料にされるとか言われ兼ねない状況では死に物狂いで憶えるしかない。

「と、とにかく! シャルルはこの学園にいたい?」

 ただ真っ直ぐにシャルルを見つめる響。その眼に陰りはなく聞きたい答えがわかっているが故の輝きだった。

 その問いにシャルルは目を閉じ、再び開いた時はもう曇りはなかった。

「うん、僕はこの学園にいたい。響と、みんなと一緒にいたい」

 微笑みながらそう答えたシャルルの顔を見て、響は今日、初めて女の子としてのシャルル・デュノアの笑顔を見た気がした。

「そっか、それなら良いんだ」

「えっ?」

 響はシャルルが笑ってくれた事に安堵しシャルルの前で状態をかがめる。

「今は笑ってるけど、落ち込んだときとか嫌な事があったらこうするといい」

 響は無邪気な笑顔を浮かべ両手ででシャルルの頬に手を触れ親指で唇の端を押しあげる。右手は動かしにくいものの肩より上に上げようとしなければ痛みも出ない。

「ひゃ、ひゃに!?」

「こうして笑った顔を作れば自然と笑えるよ、シャルルは笑ってる方が可愛いんだから暗い顔はダメだぞ~」

 響は一層笑みを強めたあとシャルルの頬から手を離す。

「……ありがと、響」

 うっすらと涙が浮かんだシャルルの笑顔。周りに纏っている優しい雰囲気がそれを引き立てている。そのせいかシャルルがとても可愛く見える。心臓の鼓動がはやくなっているのがわかる。

「さ、さ~! おれにも手伝えることがあったら手伝うから。遠慮無く頼むと良い……よ?」

 何故か上から目線名自分の発言に思わず首を傾げる響だった。

「うん、そうするよ。ありがとう響」

 響は話を切り上げて時計を見ようとしたらシャルルと目が合った、恥ずかしさを憶えた響は慌てて眼をを背ける。

「ん? どうしたの?」

「いや……!」

 心配そうにシャルルは顔をのぞき込んでくる。響は思わぬ光景に後ろへ飛び退く。

(心配してくれるのはありがたいけどその角度だと、その……)

「と、とりあえず、は、離れて、シャルル」

「どうして?」

「そ、その~……む、胸元が」

 そういうとシャルルは一気に頬を染めて自分から離れて胸元を隠す。

「え、えっち! ……響も男の子なんだね……」

「ご、ゴメン……」

 シャルルの抗議の眼に素直に頭を下げる響。しかし、それと同時にある事が発覚してしまった。

(おれもって……やっぱり、子供扱いされてたんだ……はあ~……)

 響は深いため息を漏らし黙り込む、ふと時計を見てみると、もう夕食の時間になっていた。

「えーと、シャルル」

「な、なにかな!?」

「おれ、シャワールームで身体拭くから先に食堂に行ってて」

「え? 食堂?」

「うん、だってもうこんな時間だし~」

 シャルルも響につられるように時計を見る。

「気づかなかった、でも一緒に行かなくて大丈夫?」

「大丈夫だよ、それよりちゃんと着替えてからだよ~。その格好だとすぐに女の子ってばれちゃうから」

「あ、うん。そうだね」

「じゃ、そう言う事で」

 響はクローゼットからタオルを取り出しシャワールームへと逃げ込むようにはいる。

 異性であるシャルルの事を意識してなのかそれとも自分が口走ってしまった事に対する照れなのか……響の頬は僅かに赤みを帯びていた。

「……本当にありがとう、響」

 シャルルも響と同じ様に頬を染め小さく感謝の言葉を呟く。

 その声は響きに聞こえる事はなかったとしても思いはちゃんと届いただろう。

 シャルルは身支度を調え食堂へ向かった、部屋を出る時の顔はどこか清々しく男も女も関係なく見惚れる程の笑顔だった。

 

 

 

 

「何してるんだ、一夏~?」

 シャルルが部屋をでてしばらくして響は食堂に向かう途中に両手に花状態の一夏に遭遇した。

「響か! 助けてくれ!?」

「む、皇か」

「あら、皇さん、夕食ですか?」

「うん、そだよ~」

 日常的に行われている一夏争奪戦にも見慣れ慌てることなく返事を返す響。

「そ、そうか、だったら響、一緒に食べないか?」

「ごめん、一夏! シャルルを待たせてるからすぐにでも行かないといけないんだ。今日は篠ノ之さん達と一緒に食べて!」

「う、わかった」

「そうだな、皇の言うとおりだな」

「そうですわね、さすが皇さん、よくわかってらっしゃいますわ」

「それほどでもって……」

 響は一夏の右腕を抱きかかえている箒の右手に握られているモノに眼を向ける。

「篠ノ之さん、それって……?」

「ん? ああ、実家から送ってもらったんだ」

 袋の紐を解いて、ほらっ、と握っていた刀を見せる箒。

(いや~、ほらって言われてもどうして真剣なんか持ってる……って、そうか、ここIS学園は『どこにも所属していない国』だからか。真剣を持っていても捕まることもないんだ)

「皇も使いたいときは貸してやる」

「いえ、結構です!」

 少しずれた箒の言葉にかぶりを振る響。

「それじゃ、シャルルも待ってるし」

「おお、また後でな」

「うん、一夏もしっかり二人をエスコートするんだよ~」

 一夏達を追い越して食堂に早足で向かう響。

 この時間帯は学生達が一斉に食堂に向かうため出遅れればかなりの時間を待たされる事になる。今回はシャルルが先に来ているので例え彼女が食べ終わっていたとしても場所の確保はできる。

「今日は何食べようかな~、右肩がコレじゃ使いにくいし」

 腕を上げる事ができない以上、行儀は悪いが器の近くまで口を近づけて食べるしかない。そうなると麺類は選ばない方が良いだろう。響は丼物のメニューからカツ丼と親子丼、最後にネギトロ丼の食券を買い食堂のおばちゃんに手渡し頼んだメニューをお盆にのせてもらった。

 片手で運ぶ事を考えるとコレが精一杯だった。

(コレだと少ないけどすぐ寝ちゃうつもりだし我慢しよ~)

 響は先に来ているはずのシャルルを探す、結構な人数が居るためすぐ探せるかどうか心配になったがそれは杞憂に終わる。

「響! こっちだよ」

「シャルル」

 声の聞こえた方に視線を向けると食堂の一番奥のテーブル席にシャルルの姿があった。「お待たせってもう食べ終わってるね~」

「うん、響と違って小食だからね」

「たくさん食べるのは認めるけど、比べるような事でもないんじゃないかな~」

「そうだね」

 シャルルは拗ねたような表情を浮かべた響を見てクスクスと笑い声を溢す。その笑顔にぎこちなさはなく自然な笑顔、部屋でのやりとりでできてしまった気まずさは微塵も感じられなかった。

「じゃあ、ご飯を食べ終わったらすぐ部屋に戻るから」

「僕もここにいるよ」

「えっ? ご飯食べ終わったんでしょ」

「そうだけど、一人で居るのも落ち着かないしね。今はこうして人が多いところにいた方が良いかなって」

 響としては落ち着きを取り戻したようにも見えるが彼女の中ではまだ正体がばれてしまった事やこれからどうするのか、具体的に決まったわけではないので胸の内では心に不安が残っているのかもしれない。

「すぐ食べちゃうから」

「急がなくても良いよ、ご飯は食べ終わったけど話くらいはできるしね」

「それもそうだね~」

 響はシャルルの言う事ももっともだと思い食事を始めようと箸に手を伸ばしたがそこである失敗をした事に気がつく。

「箸、使えないんだった~」

「あ、利き手右だもんね」

 試しに左手で箸を使ってカツ丼の肉を掴んでみたがポロッと落ちてしまう。

「……スプーン取って――」

「あ、あのさ響!」

「な~に、シャルル?」

 響はシャルルに呼び止められ席に座り直すも呼び止めたシャルルは何故か響との距離を詰める、それこそあと少しで肩が触れ合うくらいに。

「ぼ、僕が食べさせてあげるよ」

「…………はい?」

 シャルルの提案に理解が追いつかない響だったがそんな彼を置いてシャルルは箸とカツ丼の器を手に取る、フランス人でありながら箸を器用に使いこなしカツを掴み響の口元に運ぶ。

「……あの~シャルルさん、これは……どういった……?」

「た、食べさせてあげるよ。はい、あーん」

「あーん!?」

 響の脳内に最近見た事があった映像が浮かび上がる。

 つい先日、一夏が箒に唐揚げを食べさせた光景だったがまさか自分がそれを体験する事になるとは思ってもいなかった。

 確かに『はい、あーん』を美少女にしてもらうなぞ一生の内でそうそう体験できる事ではない。周りから見れば利き腕の使えない自分を気遣う心優しいルームメイトがご飯を食べさせてくれているようにしか見えない。一部の人種の間では脳内で自己完結して違う意味合いで見る女子生徒がいるだろう。

 だがしかし! 現状では皇響しかシャルル・デュノアが『女の子』である事を知らない。

(何でこうなったのかな~)

 自分に頼ってくれとは言ったモノのご飯を食べさせてくれとは言っていない、この発言自体が世のモテナ――出会いのない紳士達を敵に回しているのだが当事者である響はそれどころではない。

(この年であーん? 可愛い女の子からあーん!? 周りの視線が集まってる中であーん!! 見せしめ? 見せしめなのかな!? だとしてもいったい何のミセシメー!!)

「た、食べないの?」

「た、食べたいけど……そのですね~」

 響は横目で周囲の様子を伺う、近くに誰もいないものの気配で少し離れたところから自分達を見ている人物達が居る事に気づく。しかも――

「見てみて! デュノア君が皇君にご飯食べさせてる!」

「ほんとだー、何か見てて微笑ましいわね~」

「私もあーんされたいなぁ」

 等という囁き声がハッキリと聞こえてくるのだ。

 そんな状況で何事もないように『はい、あーん』を受け入れられる胃はあっても度胸は響にはない。

(う~……カツおいしそうだな~、食べたい。食べたいけど、あーんは恥ずかしい。どうしたら~)

「ほ、ほら響。早くしないと冷めちゃうよ」

 響は食欲と羞恥の板挟みに遭い響は頭を混乱させるが恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見るシャルルの姿に拒否権が無い事を悟る。

 響は唾を飲み込みながら一大決心の後、シャルルが差し出しているカツをゆっくりと口に含み租借し飲み込んだ。周りから黄色い声が飛んだが聞こえない振りをする。

「お、おいしい?」

「うん、おいしいよ。で、でもあとは自分で――」

「じゃ、次はごはんね。はい、あーん」

 響が恥ずかしがりながらも食べてくれた事が嬉しかったのかシャルルは直視できない程の輝きを放つ笑顔をみせ今度はご飯を響に食べさせようとしていた。

「また!」

「またもなにも……こんなに残ってるよ」

「全部、『あーん』する気なの!?」

「え、そうだけど……駄目?」

「駄目、じゃないけど……どうして?」

「……お礼、かな」

「お礼?」

「うん」

 シャルルはは一旦ご飯を丼に戻し周りに聞こえないよう声を潜める。

「部屋で僕を元気づけてくれたし、女の子だってこと黙ってくれるって言ってくれたし……そのお礼。それに、これからたくさん頼っちゃうかもしれないから……前払い的な?」

(何で語尾が疑問系なの~!)

 響は眼に見えない涙を流しながらもシャルルなりの謝礼としてご飯を食べさせてくれているのだと無理矢理自分を納得させる。

「だから、その……あーんしても、いいかな?」

「わ、わかった~。……あ、あ~ん」

 不安そうに見つめてくるシャルルに嫌だとは言えず響は口ごもりながらも大きく口を開ける。

「そ、それじゃ次は――」

 シャルルはひな鳥のように口を開けている響にご飯を運ぶ。

 結局、シャルルの『はい、あーん』は最後まで続けられ終始女子生徒の目に映る。中には一夏達の姿もありどこかほのぼのとした顔を浮かべ見物していた。

(いっそ殺して~!)

 食べ終わる頃には響の心は嬉しさ以上に恥ずかしさに充ち満ちていた。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「皇響」

 誰もいないアリーナの観客席でラウラ・ボーデヴィッヒは静かにその名を呟いた。

「……あの小動物が」

 教官の経歴に傷を付けた男、織斑一夏のことばかりに意識がいって、もう一人の操縦者の事を忘れていた。

「…………」

 しかし、どうしても理解できない。あの男の実技訓練記録を見たが、一般生徒と同程度の成績でありながらあの男は躱す事ができなかったとは言え至近距離での砲撃を右肩で受け止めた。それどころか気を失っていなかったとしてもすぐに反撃に移ることができる精神状態ではなかったはず。

 ――なのに。

「……何故だ」

 あの男は、気後れすることなく剣を振るった。

 圧倒的な実力差がある事がわかったはずなのに逃げることなく向かってきた。

「……何故、貴様が……!」

 織斑一夏を排除しようとすればあの男が立ちふさがるだろう。

 ――むしろ、好都合だ。

「……誰が敵だろうと教官の汚点となりえる者は排除する」

 「強さ」がどういうモノなのかを教えてやる、例え肉を抉ろうと骨を折ろうと、容赦なく叩きのめす。

 そして無様に怯え許しを請う姿を見る者達全てに晒してやる。

「皇響――!」

 織斑一夏共々、貴様を排除する――。

 

 




 基本原作の流れですがちょこちょこ変えていこうかなと思います。
 少しでもシャルロットさんの可愛さを壊さないよう努力してみますw
 そして駄文を読んでくださっている方感謝です!!


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第六話 惨敗

 

 ――IS学園第三アリーナ

 月曜の朝、休日を挟み右肩の怪我も問題なく治った響は早朝からアリーナの使用許可をとり打鉄の射撃武器アサルトライフル『焔備』を握りしめ空中投影されている電子標的に狙いを付ける。

「………………」

 ハイパーセンサーの射撃補助機能で目標をロック、それと同時に『焔備』の引き金を引く。乾いた音と共に撃ち出された弾丸が的の外枠を掠める。

 的の損傷が合図になったのか空中に次々と同じ形をした的が映し出され響は絶え間なく引き金を引き続ける、撃ち出す弾丸は的に当たるもののその全てが的の中心に当たる事はなく的枠をギリギリで掠めるかそのまま外れるかだった。

「ふぅ……射撃ってやっぱり難しいんだな~」

 響は額から流れる汗を拭いながら射撃武器の扱いに苦戦し苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「素人のおれが射撃武器で闘うのは無謀かな、三年間は学べるって言っても……これじゃ」

 朝からひたすら射撃訓練をしたというのにまともに当たらない。シャルルの手ほどきがあったとは言え一夏はちゃんと的に当てていた。

(反動制御に大気の状態、弾丸の特性と弾道予測からの距離の取り方……こうしてみるとやる事がありすぎて何が何だかわからなくなっちゃうよ~)

 シャルルやセシリアの主な兵装は射撃武器で固められている、あの二人の動きを思い返してみれば簡単そうに銃を撃っているが実際に扱ってみると簡単にと言うわけにはいかない事がよくわかった。

 楯無の言うように射撃特性を持っていれば打鉄に射撃武器を組み込んでもらおうと考えていたがこれでははっきり言ってない方が良い。

 響は自分に射撃の才能が全くない事を頭を垂れた。

「いや、落ち込んでいても仕方ないしここは近接向きだってわかったと思えば問題なしだよね!」

 人気のないアリーナであるため無理矢理ポジティブ思考に切り替えながらピットへと戻りシャワーを浴びる響。最初は汗を流す事ができ気持ちよさそうに息をもらしたのだがそれがため息に思えるほど急に背中が丸くなった。

「もうそろそろ戻らないと……駄目だよね~」

 響は身体を洗いながら同じ部屋で過ごす人物の事を思い出す。

 そもそもこの朝の訓練もその人物と一緒にいる事が気まずくなり肩の調子が戻った日から使用許可をとりなれない生活サイクルに変えたのだ。

「……女の子と一緒の部屋に居るなんて、緊張して落ち着けないよ」

 女だと判明したシャルルと過ごす時間はそれはそれは気まずいモノであった。同じ男であれば何ともないような事でも一度異性だと意識してしまうとがらりと変わってしまう。

(男同士で一緒に居るって事になってるんだからこうして毎朝アリーナのシャワーを使う事もできないし、着替えるときも見ないようにしなきゃいけない。それに……)

 女の子とわかった瞬間から部屋の中が甘い香りで包まれた気がするのだ。

(同じシャンプーとか使ってるはずなのに……あれが女の子の匂いなのかな~……!!)

 特に変な事を考えたわけではないが何故かいけない事を考えてしまったような気分になり響はシャワーのお湯を冷水に変え頭を冷やした。

(心頭滅却、心頭滅却、心頭滅却火もまた涼し!! 変に意識するから駄目なんだ、何事も無かったように振る舞えばきっと大丈夫!!)

 響は心の中で声にならない声を叫び続け、何とか心を落ち着かせる事ができてから部屋へと戻った。

 しかし、その足取りは重く部屋の前についてもなかなか入れずにいた。

「……と、とにかく普段通りに。自分を小動物だと思えば良いんだ」

 右手の人差し指で左手の手の平に小動物という字を何度も書きそれを飲む真似をする響、いつもなら小動物扱いされた時点で膝から崩れ落ちるほどのショックを受けるが今は自分に暗示を掛けるために自ら『小動物小動物小動物小動物……自分は小動物』と連呼していた。

 その涙ぐましい努力が実を結んだのか響の緋色の瞳がどことなく光を失う。

(おれは小動物、踏まれて死んだとしても……本望!!)

 響は自分は小動物という気合いを漲らせ勢いよくドアを開ける、時間的にはご飯を食べに行かなくてはいけない時間だ。つまり、作り話である着替えている場面に出くわす事はない、後は朝練が終わり一緒に朝食を取りに行こうと誘えば流れとしては何の問題もないのだ。

「おはよう、シャルル! 朝ご飯たべ――」

「あ、おはよう、響。朝の訓練終わったんだね、ちょっと待ってて。今髪を梳かしてて、すぐ終わるから」

「…………はい」

 響の計画通りシャルルの着替えシーンを見る事もなく朝の挨拶も無事に済ませた。

 しかし、響は食堂に誘う事ができずただただ小さな声で返事を返すしかできなかった。

(……綺麗だな~)

 暗示を掛けて光を失っていた響の瞳に光が戻る。

 その眼に映ったのは窓から入る日の光に照らされたシャルルの姿、柔らかな陽光がシャルルの金糸を思わせる髪を優しく照らし着ている学園の白い制服がまるで天使の装束のように見えた。

 そして髪を梳かすその仕草は流れるように滑らかなで時折首周りの髪が動く度にその隙間から覗くうなじが健全な色気をかもし出していた。

「………………」

 響はシャルルに見惚れてしまいジッと見つめる、響でなくともこの光景を見れば眼を釘付けにされるだろう。

「お待たせ……響、どうしたの?」

「へっ……ああ! いや、何でもないよ!?」

 シャルルを見てぼーっとしていた事に気づいた響は慌てて誤魔化す。

「そう? それじゃ、ご飯食べに行こ」

「そ、そうだね~。今日も元気にしゅっぱーつ!」

「うん、勉強頑張ろうね!」

 こうして響はシャルルと同室生活を数日過ごした、実際異性と一緒の部屋にいる事に緊張してばかりだったがシャルルが暗い表情をする事はなく本当に『女の子のシャルル』として笑える居場所に慣れているのなら悪くないと心の底では喜んでいるのだった。

 

 

 

 

「今日の授業はここまで、学年別トーナメント向けてIS訓練を行う者はちゃんと許可を取るように」

 千冬は授業を終え今度行われる学年別トーナメントについて簡単に説明していく。クラスの女子達はクラス代表などの試合には出れなかったものの今回は全員にISが貸し出され出場できる、その為なのか教室内に異様な緊張感が漂っていた。

 もっとも原因は学年別トーナメントで優勝したら一夏と付き合う事ができるという噂が女子生徒達の間で流れている為なのだが……当の本人である一夏はその事を知らない。響とまだ女子である事を知られていないシャルルにも秘密になっていた。

(……き、きつかった~)

 しかし、そんな噂に翻弄される女子生徒達の傍らで響はシャルルが女の子である事がばれないよう気を張り続け精神的疲労に倒れていた。

(一夏にも教えた方が良いかもしれないけど抜けてるところがあるからな~、手伝ってもらいたいけど……あぶないよね~)

 一夏にもシャルルが女の子である事は伝えていない、そのせいで色々とはらはらする場面が何度もあった。

 更衣室で一緒に着替えをしよう言ったり汗を流す為にシャワールームに寄って行こうと言ったり、男子では当たり前な連れションに誘ったり等々……響はその場その場で理由を付けて阻止する事に成功したもののこれが毎日では気が持たない。

(もしかして一夏はシャルルが女の子だって気づいてるのかな~……いや、それはないか。篠ノ之さん達とはちゃんと女の子の接し方してるし)

 響はシャルルとの同室に加え一夏のスキンシップから彼女を護らなければならないという二重の重圧に疲れ机に突っ伏した。

(これを三年間か~、機会を見つけて十蔵じいさまや織斑先生に相談した方が良いかも――)

 響は理解ある協力者になってくれるであろう人物達にどう話を切り出したらいいか悩んだがその悩みが一瞬で吹き飛んでしまう様な言葉が耳に入ってきた。

「皇、専用機はどうする?」

「そうですね~、欲しいですけどね~、どうしましょ――専用機!?」

「何を驚いている? この前話しておいただろう。それで方向性は決まったのか」

「え、はい。近接タイプでお願いしようかと……」

「そうか、学園長にそう伝えておこう。だが専用機開発に着手できるのは学年別トーナメントの後だそうだ、おそらく今度の試合で基本的なデータを取る為だろう。それまでは我慢してくれ」

「わ、わかりました~」

「うむ、ではHRを終了する」

 千冬は響の言葉にどこか満足そうに頷き教室を出て行った。それと同時に一夏達が響の元に集まってきた、もちろん千冬の専用機発言が原因だった。

「響、よかったな! お前も専用機準備してもらえて」

「う、うん。そだね~」

「何故、黙っていた? 内緒にするような事でも無かっただろう」

「いや、呼び出されての話だったから内緒なのかなって~」

「何にしてもこれで皇さんも本格的IS操縦に打ち込めますわね」

「うん、それは助かるな~って思う」

 一夏、箒、セシリアに息を付く間もなく話しかけられ響はしどろもどになる。

「でも俺と同じ近接タイプか、専用機が来たら一緒に訓練しようぜ」

「その時は私も参加させてもらおう」

「近接タイプならなおさら射撃タイプの戦闘経験も必要になりますわね」

 一気に三人に話しかけられては聞き取るのも大変だった。

 自分の専用機が用意されるというのに自分以上に喜んでいる姿はどこかおかしかった。

「みんな響の事が大好きなんだよ」

「シャルル?」

 遅れてシャルルも響達の会話に加わる。

「だって、みんなから響の話を聞くとマスコットみたいに思われてる見たいだけど頼もしいって喜んでたよ」

「……頼もしいって言われたの初めてだよ、っていうか何かしたかな~?」

 響は学園での生活を思い出してみるが別段なにか目立つような事をした覚えはなかった。

「うん、確かのほほんさんが書類の束を運んでる時手伝ってくれて助かったっていってたよ。あとは鷹月さんと相川さんもアリーナの整備を代わりにやってくれたって言ってた」

「あ~、そんな事あったかも。でも、のほほんさんは書類の束が崩れそうで危なかったからだし鷹月さんたちはどうしても外せない用事があるとかで急いでたから代わりにやっただけだし……頼りになるとは違うんじゃないかな~?」

 響としては困っている人がいれば手を貸す、そう思っての行動でしかないのだ。

「でも、本当に助けて欲しい時に助けてくれたからだと思うよ。それに今話したい以外にもまだまだあるし」

「そうだぜ響、この前だって俺を助けてくれたしクラス代表対抗戦の時だって助けてくれただろ? 立派な人助けだぞ」

「人助けってそんな……。手伝いたいからやっただけで……褒められるような事じゃないんじゃ」

「それでも、響はみんなを助けてた事に代わりはないから。ここは素直に感謝を受け取ったほうがカッコイイよ?」

「そっか、なら遠慮無く~」

 響は苦笑混じりに笑顔を浮かべる。

 専用機の話からいつの間にか自分の人となりの話になってしまっていた事に気づいて赤らだったが正直専用機について聞かれても話せるような事は少ないので助かったと言えば助かった。

「でも、なんでシャルルはおれの事を聞いて回ってたの~?」

「えっ! あ、それは同じクラスだしルームメイトだからどんな人なのか知っておこうかなって。本当にそれだけだよ!?」

「わ、わかったからそんなに慌てなくても」

「ほんと二人は仲が良いな、今度は俺の事も聞いてみてくれよ。みんなが俺の事どう思ってるのかも気になるし」

「「一夏はキングオブ唐変木だよ」」

「唐変木だな」

「唐変木ですわね」

「何でみんなで声をそろえて言うんだよ!」

「だって……」

「……ねぇ」

 響とシャルルは互いに視線を合わせ箒とセシリアを見た、この二人と二組にいる鈴の恋心に気づいていない時点で一夏の評価はもう固まっている。

「俺が一体何したんだよ」

「この場合は、一夏が特定の人物の思いに気づいていないってことが問題なんじゃないかな?」

「シャルルの言うとおりだな~」

「同じ男だろ、少しは援護してくれよ」

 力なく肩を落とす一夏の姿に響達は笑い声を上げるのだった。

 

 

 

 

「さって、近接戦闘に向いてる事もわかったし早速訓練でも~」

 響は打鉄を展開し『葵』を構えアリーナで訓練を始めようとしていた。

 本来ならフォローしなければならないシャルルの傍にいなければならないのだろうが今は一夏と一緒に授業で使った教材を戻す為資料室にいた。

 自分も付いていくと響も申し出たものの専用機の為の稼働データを少しでも取っておいた方が良いと言われ薦められるままにアリーナに来るしかなかった。

「稼働データって言われても何を取ればいいのかわかんないし……とりあえずブレードの素振りから空中飛行のデータをとれば良いかな~」

 近接戦闘向きだとわかった時、この二つは確実にモノにしなければならない。この二つの基本データを記録しておけばそれ程怒られる事もないだろう。

「何だ、あんたも来たんだ」

 響は他の生徒達の邪魔にならないようアリーナの壁際に避けようとした時後ろから文字通り鈴の鳴るような声が聞こえてきた。

「あ、凰さん」

「一夏から聞いたわよ、やっと専用機を作ってもらえるんだって」

「うん、近接用だよ。射撃も練習したんだけど……一夏より才能ないみたいだし」

 響は苦笑混じりに右手で引き金を弾く真似をしてみせた。

「そんなに気にする事ないわよ、千冬さんみたいに剣一本で世界一になる人だっているんだから」

「それって比べる相手間違えてない?」

 自分はISを操縦できる二人しかいない男の操縦者でも剣道も何も習った事のない一般人、反対に千冬は元から剣の達人である。そこにISが加われば更に差が大きくなるだけだ。

「例えよ例え、でも次のトーナメントまでに間に合わないのは残念ね」

「そうだね~、おれも専用機で戦ってみたかった」

「ま、今は専用機の為の稼働データをを取らないといけないんだろうし頑張んなさいよ!」「わかった~」

 響は自分を激励してくれた鈴にありがとうと声をかけようとしたが突然彼女の表情が強張った。

「?」

 鈴が自分の後ろを見て不機嫌そうにしている為、響も何の気なしに振り向いてみる。

「あっ」

 そこにいたのは同じ組の代表候補生であるセシリアだった。

「あ」

「…………」

 ISスーツに身を包んでいる為自分と同じく訓練する為にアリーナに来たようだが鈴と視線が重なった瞬間空気が変わる。

「……あたしはこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど」

「奇遇ですわね。わたくしもまったく同じですわ」

「おれは……少し素振りを」

 強張った空気が柔らかくなるかと思い発言してみる、がそんな響を置いてバチバチと火花を散らす二人。繰り広げられる女の戦い。

(争いとはいついかなる時も醜いものである……なんていったら、殺されるかも~)

 響はガタガタと肩を震わせる。

「ちょうどいい機会だし、どっちが上かはっきりさせとくってのも悪くないわね」

「あら、珍しく意見が一致しましたわ。どちらの方がより強くより優雅であるか、この場ではっきりさせようではありませんか」

「ふ、ふふふふ」

「ふふふ、ふふ、ふふふふふ」

「「うふふふふふふふふふふふふふふ」」

(……さ、寒気が!)

 不気味な笑い声をあげながら対峙する二人。

 鈴が双天牙月を、セシリアがスターライトmkⅢを展開し、構える。

(……強さはともかく、優雅さについては最下位決定戦になるだろうな……!)

 ――と、そこへ。

 

 ヴオンッ!

 

「響っ!」

「皇さんっ!」

 響は咄嗟にブレードを振り抜き突如飛来した超音速の砲弾を斬り捨てる。

 弾道を辿ると――否、そんなことをするまでもなく、そこにいるのが誰であるかは分かっている。

 漆黒の装甲、ドイツ製第三世代型IS『シュヴァルツェア・レーゲン』、登録操縦者――

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……!」

 怒りの滲んだ、セシリアの声。そして響を庇うように、鈴が前に出る。

「……どういうつもり? いきなりぶっ放すなんて」

 連結した双天牙月を肩に預けながら、鈴は衝撃砲を準戦闘状態へ移行させる。その顔は、獰猛に歪んでいた。

「それも、あたしの友達に向かってなんて。……ぶちのめされても、文句ないわよね?」

「ちょっと鈴さん、それはわたくしの役目ですわよ? 彼女の相手はわたくしがします」

「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。……ふん、貴様達に用など無い、下がっていろ!」

「「なんですって?」」

「皇響」

 いきり立つ二人を無視し、ラウラは響を睨みつけた。

「私と戦え」

「…………」

 敵意、憎悪、嫉妬……その眼差しには、様々な負の感情が込められている。

(……なんかすごい怒ってるな~)

 響はラウラに何かしてしまっただろうかと首を傾げるもあの日からなるべく事を起こさないように接してきた……ラウラの怒りを買うような事はしていないはずだが。

「この前の決着を着けてやろう。貴様の力、私に示してみせろ」

「……はあ」

 響はうんざりとした表情を隠そうともせず大きくため息を付く。

(何があったのかはしらないけど、ボーデヴィッヒさんはかなり機嫌が悪いみたいだ。いつも以上に殺気だってる)

「さあ、私と戦え、皇響!」

「やだよ」

「……何故だ」

「何故だって言われても……闘う理由がないよ、だからやだ」

 ましてや怒りに任せた今のラウラと戦ったえば確実に保健室確定重体未満の予感しかしない。

「貴様……」

「そんなに戦いたいなら、あたしが相手してあげるわよ?」

「皇さんの手を煩わせるまでもありませんわ」

「ちょっと二人とも」

 尚も闘志を滾らせるラウラの前に、鈴とセシリアが響を庇うように立ちふさがる。

「駄目だってば」

「……響」

「皇さん……」

「……ふん。専用機を与えられると聞きどれほどの実力を秘めているかと思えば、とんだ臆病者だな」

「………………」

「そんなざまだから、貴様は捨てられるのだ」

「!」

 響はラウラの言葉に眼を細める。

「……わざわざ調べたの? ご苦労様」

「まあ、調べてみたが……記録通りの弱者のようだ。ISに乗れても貴様は何も救えない、何も護れない……」

「護れるように努力はしてるんだけどね~、……とりあえずおれは闘うつもりはないんだ。諦めてよ」

 響はラウラの挑発に耐え何とかこの場を切り抜けようと彼女を宥めようとする。

「そうだな、ならば織斑一夏を排除するだけだ。貴様もそうだがやつも駄馬だという意味では同じだが貴様よりも目障りだからな!」

 ラウラの言葉に鈴とセシリア、二人から濃密な殺気が放たれる。しかしラウラはまるで気にした様子はない。嘲りの笑みを浮かべ、尚も言葉を続ける。

「貴様も織斑一夏も……しょせん、下らぬ種馬と言う事だ」

「……ああ、もういいわ、アンタ」

「そんな汚らわしい言葉を吐き出す口は、力ずくでも閉じさせてあげましょう」

 完全に戦闘態勢に入った二人の前に出てる響。

「駄目駄目! 駄目だってば! 一夏の事も馬鹿にされて怒るのはわかるけどここは我慢して」

 ここにセシリアと鈴が居てくれたお陰で響は冷静さを失っていなかった、怒りの感情は隠せないモノのここで闘ってしまえばそれこそセシリア達も巻き込む事になる。二人を落ち着けようと肩に手を置く。

「……っ! ちょっと、響!?」

「あそこまで言われて、黙っていろと!?」

「うん」

 力を込めて、強く言う。

 響の言葉に、二人が俯く。その肩は怒りに震えており、歯を噛み締める音が、大きく響いた。

「……ああ、もう……! あんたって子はっ……!!」

「皇さん、わたくしはっ……!!」

 響の様子に、納得行かないながらも二人は引き下がる。

 ――その目尻に浮かんだ涙が、不謹慎にも、嬉しく感じた響。

「ごめんよ、二人とも~」

「謝るなっ! ぶん殴るわよ!?」

「え、じゃあ……ありがとう?」

 響は二人の怒りを静めるため笑みを浮かべる。響が戦意を治めれば二人も手出しできないだろう。

「そんな言葉が欲しいわけではありませんわ……!!」

「……ごめんなさい」

 笑って見せたが逆効果だったらしく結局謝る事になった響は肩を落とす。

「ふん……とんだ茶番だな。そうやっていれば誤魔化せるとでも思っているのか? 卑怯者が」

 ラウラがそう言うと、『シュヴァルツェア・レーゲン』のレールカノンが響を狙った。

 

 ――警告。ロックオンを確認。

 

「なら、そのまま消えろ」

「……!」

 至近距離からの発砲。並のISならば一撃で墜とすほどの砲弾を、響は再びブレードで切り払う。

「ふん、剣だけは達者だな。ならば――」

 三度装填される砲弾。響は小剣を構え――ようとして、身体が動かないことに気付いた。

「これ一夏の時と同じ!」

「所詮は訓練機。教官ほどの実力があるならばともかく、この『シュヴァルツェア・レーゲン』の敵ではない」

 ――解析完了。第三世代型兵器、AICアクティブ・イナーシャル・キャンセラーと判明。対象の慣性を停止させ、動きを封じる特殊兵装――

「なるほど……ドイツ政府のお手製ってこと」

 見えない何かに身体を固定さている感覚に戸惑いながらも状況分析に入る響。

(ボーデヴィッヒさんは俺に向けて右手を突き出してる。……AICの発動には必要な動作って事か)

「貴様など、この停止結界の前には無力だ」

 ガコン、と、レールカノンの装填音が響く。

 ――その音に、セシリアが銃を構える音が重なっていることに、ラウラは気付いていないようだった。

「消えろ」

「…………」

 

 ゴウンッ!!

 

 重々しい炸裂音。セシリアのライフルが火を噴き、レールカノンの銃口をそらした音が響く。

「なにっ……!?」

「助かったよ、オルコットさん」

「そんな事より来ますわよ!!」

 AIC――ラウラ曰わく停止結界は、確かに強力な兵器だが、何事にも限界はある。IS単体を止める事ができてもそれ以外の現象が襲いかかってきたらそれを止める事はできないらしい。

 停止結界の束縛を引き千切り、ラウラに肉迫する響。

「さあ、来いっ!」

「二人とも、絶対に手出しは駄目だよ! おれが狙いみたいだしね!!」

 こうなってはもう闘うしかない、響はセシリアと鈴に手を出さないよう止めつつラウラへと立ち向かう。

 『シュヴァルツェア・レーゲン』の両腕に取り付けられた袖のようなパーツから、高熱のプラズマ刃が伸びる。

 接近戦用の武装。それを、ジャブのように鋭く突き出して来た。

「ふぅ!」

 『葵』でラウラの攻撃を捌きながら素早く横に回避する響。するとプラズマ刃の間合いから逃れた響に向け、鋭い刃が付いたワイヤーが射出された。

 その数、六。

「逃がさんっ!」

「くっ!!」

 複雑な機動を描いて自分を囲うワイヤーのいくつかを弾くが所詮は素人、苦もなくワイヤーに拘束される。

(やっぱり、勝てそうにないや……でも!)

 響はワイヤーを使って投げ飛ばされる前にラウラと距離を詰める、瞬時加速であれば一瞬で距離を詰めれただろうが響にはまだ使いこなせていない。

「どうした! その程度の動きでは私に近づく事すらできんぞ!!」

 ラウラは自分と響の実力差を完全に把握したのか口元を歪め瞬時加速で後退しながら響を宙へと振り回す。

「うわっ!」

「それ! 受け身くらい取ってみろ!!」

 ラウラはかんに障る笑い声を上げながら響をアリーナのフィールドへと叩きつけた。

 

 

――――――――――

 

 

 

「一夏、今日も響と一緒に放課後は訓練だよね?」

「ああ、もちろんだ。……ええっと、今日開いてるのは――」

「第三アリーナだ」

「「うわぁっ!?」」

 廊下を並んで歩いている一夏とシャルルは揃って声を上げた。

「……そんなに驚くほどのことか。失礼だぞ」

 声の発信元は、いつの間にか横に並んでいた箒だった。声色通り不機嫌そうな顔で、二人を睨んでいる。

「お、おう、すまん」

「ご、ごめんなさい。居るって気づかなくて……」

「あ、いや、別に責めているわけではないのだが……」

 折り目正しくぺこりと頭を下げるシャルルに、さすがの箒も気勢を削がれてしまったようだ。咳払いを一つして、表情を少しだけ和らげた。

「こほん。ともかく、だ。第三アリーナへ行くぞ。今日は使用人数が少ないと聞いている、空間が空いていれば模擬戦も出来るだろう」

「やっぱり模擬戦は実戦に近い経験値が得られるからな、強くなるなら一番の訓練法だろうし」

 しかし、廊下が慌ただし事に気づく一夏。それも、アリーナに近付くにつれて騒がしさが増している事に疑問が強まる。

「なんなんだ? いったい」

「アリーナで何かあったのかな? 先に様子を見ていく? 観客席ならすぐに行けるけど」

「……そうだな、入っていきなり揉め事に巻き込まれでもしたらかなわないし」

「ふむ。この音、どうやら誰かが模擬戦をしているようだな。しかしそれだけにしては随分――」

 ヴオンッ!

「あれは……!」

 そう、アリーナで戦っていたのは響だった。そして、その相手は――

「どうした、もう終わりか――!」

「ラウラ!?」

 あの漆黒の装甲、長い銀髪、左目を覆う眼帯……見間違えようがない、俺と響を敵視している転校生、ラウラ・ボーディヴィッヒだ。

 いつもの氷のような鉄面皮に禍々しさすら感じる笑みが浮かんでいた。

「弱すぎるぞ、皇響っ!」

「当たり前だよ……こっちは、素人だもん……!」

 対する響は、苦悶の表情を浮かべラウラの攻撃を避け続けている。

「はあぁぁぁっ!」

 ラウラが操るIS、シュヴァルツェア・レーゲンから、ワイヤー状のブレードが射出される。

 複雑に動き回りながら迫るそれを、響は回避できず動きを止められ大型のレールカノンのシリンダーが回転し、砲弾が連射される。

「がはっ!」

 その全てが響に直撃しシールド・エネルギーを大幅に削っていく。

「響!!」

 響とラウラの模擬戦は最早一方的な暴力だった、防御能力に秀でている打鉄の装甲はほんの僅かしか残っておらずいつ絶対防御が発動してもおかしくない状態にまで破壊されていた。

「こ……のっ!」

 響は限界に近い打鉄の力を借り『葵』を振り下ろすがラウラが右手を響に向ける。

 それが何を意味するのかは分からないが、響の動きが完全に停止する。

「AICだよ、ドイツの第三世代兵器。見ての通り動きを止めちゃうんだ」

「それじゃ、攻撃できないじゃないか!?」

「それより、何故セシリア達は助けに入らないのだ」

 箒は眉を寄せながらフィールド内で黙って立っているセシリア達に疑問を抱く。

「おい、鈴! セシリア! 何やってんだよ」

「「一夏(さん」」)

 オープンチャネルで二人に大声を上げる一夏、そんな彼の怒りを感じ取ったのか二人は唇を噛みしめる。

「代表候補生が相手じゃ、ましてや響は俺と対して変わらない素人だぞ! 何で黙ってみてるんだよ!!」

「仕方ないじゃない!! 響が、あいつが手を出すなっていうんじゃさ!!」

「響が!?」

「ええ、私達が代わりに彼女と闘おうとしたのですが……自分が狙われているからと」

「響の奴……」

 ラウラが名指しで響を指名した事は事実である。他人が巻き込まれるのを好まない響にとっては、二人を闘わせまいとする考えは当然の判断だろう。

 ――それを見て、ラウラがニヤリと笑った。

「これで――!」

「わああっ!?」

 響の両足にワイヤーを伸ばし、絡める。そしてそれを、振り子のように勢いを付け――

「うわああああっ!」

 アリーナの壁目掛けて、投げ飛ばした。

 さらにはレールカノンを向け、躊躇うことなく発射。響は転がるようにその弾丸を躱すがそれでも動きは鈍い。

「――おそいな」

「……ぐっ!」

 瞬時加速で間合いを詰めたラウラが右手をかざすと、響の動きが止まる。

 何が起きたのかは分から無かったが、ラウラが響に何かを仕掛けたのは確かだった。

 ――そして響の顔面に銃口を突きつけ撃ち抜こうとしているということだけだった。

「――おおおおっ!!」

 一夏の中で、ナニカが切れた。

 白式を展開、同時に零落白夜と瞬時加速を発動、アリーナを覆う遮断シールドを切り開き、中に飛び込む。

 未だかつてない速さで行われた一連の動き、それは危機に瀕した響を助けようとする意志が一夏の素質を一時的に引き出したともいえる。

 だが、それでも間に合わない。

 レールカノンの砲弾が装填され、響は動くことが出来ず、ラウラが口元を歪ませ――

「――そこまで!!」

 ――世界が凍り付いたように停止した。

 無論、そんなものは錯覚だ。止まったのは世界ではなく、一夏とラウラだった。

 では何故、二人はは止まったのか?

 簡単だ、それは声と共にアリーナを満たすような殺気が二人を襲ったからだ。その殺気を放った人物は織斑千冬……世界最強のIS乗りだった。

 千冬が響達の元へ歩み寄ると同時に響の拘束が解かれ溶け一夏とラウラの硬直も解けた。

「ガキの喧嘩と思って黙って見ていたが、遮断シールドまで破られては放ってはおけん。決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」

 呆れているというより、苛立っているような表情の千冬の言葉。余波にあてられただけの一夏と違い、直接向けられたラウラはまだ茫然としていたが、千冬の言葉で正気に戻った。

「はっ……教官が、そう仰るのなら」

 しかしそれもまだ完全ではないようだった。

 俯くラウラに構わず、千冬がアリーナ中に聞こえるように大声で言った。

「そう何度もこんなことをされてはたまらん。学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する。分かったな? では、解散!!」

 パンッ! と千冬姉は強く手を叩き、去っていった。ラウラも、心ここに在らずといった様子で去っていく。

「……そうだ、響! 大丈夫か!?」

「……いち、か……? かっこ悪いとこ見せちゃった……。でも、打鉄のおかげで無事みたい……」

 ISを解除した響が、地面に座り込み近づいてきた一夏達に力のない笑みを見せる。

「どこがだよ、ボロボロじゃないか」

「動けるから……心配ないよ~」

「おまえなあ」

 強がりを言えるだけの余裕がある事に安心する一夏だったがすぐに響に問い詰める。

「いったいどうして……どういうことだよ? なにがあったんだ?」

「それは……」

 と、そこへ、近付いてくる二人の姿を見つけた。

「あいつ、いきなりケンカふっかけてきたのよ」

「鈴……」

 なにやらもの凄く怒ってる鈴とセシリアだ。

「いきなりって……いきなりか?」

「色々言ってましたわ。口にするのもおぞましいようなことを」

 気になった一夏だったが、訊かない方が良さそうな雰囲気に息を呑む。それくらい二人は殺気立っていた。

「皇! 無事か?」

「響、大丈夫!?」

「何とか~……」

 箒とシャルルも駆けつけ、よろめきながら立ち上がる響を支えるシャルル。

「どこが大丈夫なのさ、立ってるのも大変そうだよ」

「……全身打撲かな~」

「……とにかく、もうあがりましょう。皇さんを保健室へお連れしなくては」

「そうね。このまま訓練しても荒れそうだわ、あたし」

 そして据わった目で言う二人がかなり怖い。

(……本当になにがあったんだ?)

 一夏はそれ以上問いただす事ができずに響を保健室に送る事しかできなかった。

 

 




 毎回、誤字脱字が有る……今回もきっと気づかないだけであるんだろうな~と思いつつ投稿しまっす


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第七話 学年別トーナメント開始!

「皇君の『打鉄』、ダメージレベルB+です。修復の方はトーナメントまでに間に合うとは思いますが……」

「そうですか~、なら大丈夫ですね~」

「皇君!!」

 保健室のベッドの上で響は真耶にお説教を受けていた。

 お説教とはいっても真耶に千冬程の迫力はなく注意を受けていると言った感じだった。

「織斑先生がもう少し制止にはいるのが遅かったら危ないところだったんですよ!」

「ですね~。でも、打鉄の修理が間に合うならべ――」

「問題はそこじゃありません! 皇君の方が重傷と言っても良いんですよ!!」

 打鉄の修理はトーナメントまでに間に合うもののシールド防御を突き抜けて受けたダメージの方が深刻だった、骨が折れ内臓が破裂したわけではないが全身打撲で全治一ヶ月……早く治ると仮定してもトーナメントの開始までには間に合わない。

「ISの状態もそうですが皇君の身体の事も考えるとトーナメントへの参加は棄権した方が良いですね」

「そんな――」

「無理はいけません、本当はこうやって話しているのも辛いはずです。そうですよね?」

「………………」

 図星を突かれたのか響は真耶の問いかけに答える事ができなかった。

「織斑先生には私から伝えておきますから……今はゆっくり休んでくださいね」

「……はい」

 今の自分にできる事はそう答える事だけだった。

 痛みのせいでベッドから起き上がるのも難しい身体でラウラと闘う事などできないことはわかっている、身体と『打鉄』が万全だったとしても勝ち目はほとんどない事も……。 一方的に痛めつけられる事は明白、それでも……。

 響は歯を食いしばり保健室を出て行く真耶を見送る、そんな様子を見ていた一夏達は辛辣な表情を浮かべる響を励ます。

「響、あいつの事は俺に任せてくれ」

「一夏……」

「元はと言えば俺のせいみたいなもんだからな、今度の学年別トーナメントで敵を討ってやる」

 一夏は張った胸を力強く叩く。

「あたしもやるわよ、もう我慢の限界だしね」

「そうですわね、彼女と対戦する事になれば手加減はいたしませんわ」

 アリーナでのラウラの暴言を思い出してか鈴とセシリアの表情が一気に険しくなる。

「僕も当たる事があったら全力で闘うよ、だから響は身体の事を考えて。……悔しいかもしれないけど」

「……うん」

 シャルルの言葉にまるで自分の心の内を見透かされたような感覚を覚えた響、彼女の前では余り隠し事ができないかもしれないと苦笑をもらす。

「シャルルの言う通り『今』は大人しくしておくよ~」

 真耶との問答で知らないうちに力が入っていた事に気づき響は大きく息を吐き身体から力を抜いた。

 自分の身体を心配してくれるシャルル達の気持ちは嬉しいもののそれでも闘う事を止められたのは少しだけ納得できなかった。

 

 ――自分が闘わなくてはいけない勝負を誰かが闘う事が

 

 ――自分が弱いせいで誰かが傷つく事が

 

 ――自分が逃げれば何も護れなくなる事が

 

「(……もっと、頑張らないとだね~)」

 今の自分では自分の身を守る事すらままならない、それが実証されてしまった事実から眼を背けることなく向き合う響。その表情に怯えはなく、怖じ気づいた様子もなくただ事実として受け止めた。

「駄目だよ、今は身体を直さなきゃなんだから」

 シャルルは困ったような表情を浮かべながら響の頭を優しく撫でる。

「……声に出てた?」

「うん、ばっちり」

 シャルルの言葉に一夏達も苦笑しながら頷いて見せた。

「……大人しくしてます~」

「うん、響は素直だね」

「今のは素直とは違うんじゃないか……?」

 ふと、何かに気づいたのか一夏が保健室の棚を見つめる。

「どうかしたの、一夏~?」

「いや、……なんか揺れてるような気がしてな」

「揺れる?」

「ほら」

 一夏は棚に置いてある薬の瓶を指さす、彼の言うとおり棚に並べられている瓶がカタカタと音を鳴らし揺れている事がわかった。

「地震かしら?」

「それにしてはなんと言いますか……妙じゃありませんこと? 揺れが一定のリズムですわ」

「そうだね……それに」

 シャルルは微かに揺れる瓶から保健室のドアへ眼を向ける。

「扉の外から音が聞こえるような気が……」

「そうだね~、一夏……ちょっと見てみてよ~」

「ああ、わかった――!?」

 響に言われ一夏は保健室のドアを開け様子を見ようとしたが背筋に悪寒が走り本能的に扉から飛び退いた。

 

 ドドドドドドドドドドド……ドガアアアアアン!!

 

「な、なんだ~!」

 地響きと共に扉が蹴破られたと思った瞬間、破られた入り口から多数の女子生徒達が保健室になだれ込んできた。

 響は疑問の声を上げたがその声をかき消すように女子達が一斉に声を張り上げる。

「織斑君!」

「皇君!」

「デュノア君!」

「「「は、はい!?」」」

「「「「私と組んで!」」」」

「「「…………は?」」」

 いきなりな言葉と状況をいまいち理解できていない響達に、女子一同(百人くらいはいそうだ)が学内の緊急告知文が書かれた申込書を突き出してきた。

 その申込書を代表者として一夏が受け取る。

「な、なになに……?」

「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは――』」

「ああ、そこまででいいから! と・に・か・くっ!」

 ざざっ! と一斉に響達の眼前に手が伸びてくる。

「私と組もう、織斑君!」

「私が面倒見てあげる、皇君!」

「私と組んで、デュノア君!」

 一人だけ申し込み方が違う事に一夏とシャルルは気づいたがそこはスルーする事にしたのか一切触れなかった。

 それはさておき、学年別トーナメントの仕様変更があったかは分からないが、今こうして取り囲まれている理由はわかった。学園で三人しかいない男子とペアを組むべく、先手必勝とばかりに突撃してきたのだろう。

「え、えっと……」

 しかし、シャルルは本当は女の子なのだ。誰かと組めば当然その人と訓練する時間が増えるだろうし、いつどこで正体がバレてしまうとも限らない。

(これはまずいかも~)

 自分は真耶から参加を止められてしまった為、シャルルとペアを組む事はできない。真耶に黙って参加しようとしても肝心のシャルルから止められてしまうだろう。

(ここはどう切り抜けたらいいのかな~……)

 もし女子と組めば同じ女の子である以上ふとした仕草で正体がばれてしまう可能性が非常に高い、かといって一夏と組めば今まで頑張って阻止してきた男なら当たり前のやり取りを彼の前でしなくてはならない。

(うぅ、こんな時に怪我してるなんて……頼ってくれて良いなんて言ったのに役に立ててないよぉ~)

 響は心の中で見えない涙を流しながらも何とかこの状況を打破できないかと必死に考えていたがその答えが出る前に一夏が行動に移った。

「すまん、みんな! 今回はシャルルと組むからさ」

「え、い、一夏!?」

 一夏の行動は至極当然だった、三人しかいない男子の中で一人が怪我をしてしまっては組める人物は一人しかいない。

「響もこの通り怪我してるし、人数も丁度良いしさ……今回は男同士で組もうと思うんだ。シャルルもそれでいいだろ?」

「え、えっと……」

 シャルルは困惑した表情を浮かべ響に助けを求める。とはいえ、響もこんな状況になるとは思っていなかった為どう応えたらいいかわからなかったが一夏が言い出してしまった以上断れない、そもそも男としての立場であれば断る理由がないのだ。

「そうしなさいよ、シャルル。今回は譲ってあげる」

「そうですわね、一夏さんにも色々頑張っていただかなければなりませんし」

「そう言われても……僕は……その……」

「頼む、シャルル! 俺はどうしても勝ちたい相手がいるんだ! この通り!!」

 一夏は両手を合わせて頭を下げた。

「「………………」」

 響とシャルルは一夏の勝ちたい相手が誰なのか察しが付いていた。

 一夏の勝ちたいという相手は間違いなくあのラウラ・ボーデヴィッヒに違いない、第三アリーナでの騒動で負けてしまった自分の敵を取るべくシャルルにペアを申し込んだのだろう。

 一夏の中ではシャルルは男、ここで女子と組みラウラとの闘いで無用な被害を出したくないと彼なりに考えた末の提案なのだろう。

「……わかったよ、僕もどうしても闘いたい相手がいるしね」

「サンキュー、シャルル! 恩に着るぜ!!」

「そう言うわけだからあんた達も他のメンツと組みなさいよ」

 どことなく残念そうにしている鈴の言葉に女子達は大きく肩を落とした……が、各々が様々な反応を見せていた。

「まあ、こういう事なら仕方ないかぁ……」

「他の女子と組まれるよりはいいし……」

「男同士っていうのも絵になrゲフンゲフン」

 とりあえず納得してくれたようだ。……なんか一人眼が怖かったが。

「話も決まった事だし散った散った、ここは保健室なんだし騒いじゃったら織斑先生に怒られるし響の傷にも響くわよ」

「そうですわね、では私達もおいとましましょう。なんだかんだで話し込んでしまいましたし」

「そうだな、俺も食堂に行くかな。鈴達も一緒にどうだ?」

「もちろん行くわよ!」

「ご一緒しますわ!」

「「「「「「私達も行くー!」」」」」」

 一夏の一声で女子生徒で一杯だった保健室から一気に人がいなくなった。残されたのは響とシャルルだけ。

「みんな元気だな~」

「うん、凄いパワーだね。僕も見習わなくちゃ」

 恋に恋する乙女、それはどんな時でも想い人が近くにいれば普段ではあり得ない程の力を引き出す。鈴やセシリア、そしてその後を付いていった女子生徒達……学年別トーナメントは思っていた以上に強敵揃いである事を響だけでなくシャルルも理解したのだった。

「……なんだ、今のは」

 そんな女子達と入れ替わるように保健室の中に入ってきたのは千冬だった。

 保健室の壊れたドアを見て鋭い視線を響達に向ける。

「コレをやったのはさっきの奴等か?」

「は、はい!」

「そうです、僕達じゃありません!!」

「なら良い、このドアの件は後で処理する事にしよう。それより……デュノア」

「はい、織斑先生」

 シャルルは千冬に名指しされ背筋を伸ばす、僅かに震えている様子を見るとやはり代表候補生といえど圧倒的な恐怖の前では一人の人間でしかない。

「皇に話がある、お前は先に帰れ。話が終われば私が部屋まで送る」

「わ、わかりました。それじゃね、響」

 シャルルはベッドの近くに置いてあった鞄を手に取り響に耳打ちするように声をかける。

(ご飯は食堂からもらっておくから)

(ありがと~)

(気にしないで、あと……最後まで頑張って)

(……うん、がんばるよ~……)

 短い時間でのやりとりだったが響は夕食の心配をしなくてすんだ安心感と今から訪れる千冬のお説教タイムに恐怖するという何とも矛盾した心境に何とも言えなくなった。

「失礼します」

「うむ」

 響は千冬と二人きりという危険地帯に身を置いていた。

 心臓が早いリズムを刻み額から汗がしたたり落ちる、さっきまで感じていた痛みは極度の緊張で麻痺してしまったのか上体を起こしても微塵も感じない……これが精神が肉体を凌駕したと言うやつのなだろうか?

「そう硬くなるな、ただ学年別トーナメントの参加確認をしに来ただけだ」

「えっ?」

 身体から一気に緊張感が抜けていくのを感じた。

 参加も何も真耶には参加しない方が良いと言われ千冬にもそう伝えておくと言われたばかりだったからだ。

「あの~、山田先生から出ない方が良いって言われたんですけど……」

「それは聞いた。しかし、本心ではどうなのだ? 私の感が正しければお前は止められたくらいで出場する事を諦めるとは思えん……特に今回はな」

「…………それは」

「ボーデヴィッヒと戦いたい、と言うのが本音だろう」

 千冬は響とラウラの闘いを見ていた。

 何故、戦う事になったのかはわからない。しかし、あそこで戦いたくなかったのならラウラが闘いを始める前にISを解除するかアリーナを出るかすれば良かった。それをしなかったのは響の中で少しでも早く強くなりたいという焦りと今の自分の力が一体何処まで通用するのかという明確な答えが欲しかったからだろう。

「今のお前では絶対に勝てん、あいつの実力は間違いなく学年最強だ」

「それでもおれは……逃げたくないです」

「相手との実力差をしり退く事も戦いだぞ?」

「それもわかってます、でも……」

 響は緋色の瞳に険しい表情を浮かべる千冬の顔を移す。

「逃げるのは……いつだってできる。実力差を認めるしかないくらい差がある事もわかってる」

 真っ直ぐに眼を逸らすことなく千冬の視線を受け止め口を開く響。

「それでもきっと今度はおれの戦いだと思うから……だから、戦いたいんです」

「お前の闘い、か」

「はい」

 ラウラは自分だけでなく一夏に対しても褒められるような態度を取っていない。アリーナで自分に見せた怒りや憎しみ、負の感情をぶつけていた……そしてそれが自分に向けられた、一夏ではなく自分に。

 彼女が一夏よりも先に自分を狙ってきたのは間違いなく数日前のいざこざが原因だろう。一夏との私闘の邪魔をした事で彼女の優先順位が変わったに違いない、事ある事に邪魔が入るのならその邪魔をする者から排除すればいいと。

「今のボーデヴィッヒさんの狙いはおれです、おれが負ければ絶対に一夏は戦っちゃうと思うんです。そうなれば一夏が傷つく事になるしそれに篠ノ之さん達も心配するだろうし……」

「それはそうだな、気が狂ったかとしか思えないがあいつらはうちの弟に熱を上げている。お前が言ったような事になるだろうな」

(……一夏には人一倍厳しいな~……、やっぱり心配してるんだろうな~)

 いつの間にか学園の教師から一人の姉の姿に戻っている千冬にここにはいない家族の姿を重ねる。

 心配性な父にやってみれば何とかなると行動派な母、そしてたいした取り柄もない自分を兄と慕ってくれるしっかり者の妹……こうしてみるとどんな状況と立場に置かれても家族が傍にいるのは良い事なのだと教えられる。

「どうした、皇?」

「あ、いえ、何でもないです~!」

 知らず知らずのうちに千冬を見つめていた事に気づき慌てて両手を振る響。

「とにかく、話をまとめれば皇は参加の意思ありと言う事で良いか?」

「はい。でも、パートナーはどうすれば~」

 今の自分の状態で一緒に出てくれと頼んでも止められるだろう。そうでなくても真耶には止められた、いくら千冬がこの学園に置けるIS指揮の全権を託されているとは言え常識的に考えれば反対意見多数で押し切られる可能性の方が高い。

「そこは気にしなくて良い、私の方で何とかしておく。参加の方も納得させておいてやる」

「あ、ありがとうございます~」

「なに、お前なら……と。勝手な期待を掛けているだけだ」

「……期待に応えられるように頑張ります」

「ああ、だが無茶はしすぎるなよ。変に心配するのは一夏だけで充分だ」

「あはは」

 響は千冬の姉発言に苦笑をもらすのだった。

 

 

 保健室で学年別トーナメントへの参加を再進言した後、響は緊張から解放されまた痛み出した身体に鞭をうちシャルルがいる自室へと戻った。

 シャルルが用意してくれておいた食事を食べ終えた響はさっそく机の前に座りパソコンの画面を起動させる。

「響、話って何かな?」

「うん、ボーデヴィッヒさんのISの事なんだけどね~」

 自分も参加する事がばれないようにしなければまたいらない心配を掛けてしまうかもしれない、シャルルは人の変化に敏感な所があるので参加辞退したような演技をすれば……と思い早速行動に移す事にした。

「AICだっけ? あれの対処方法がいくつか思いついたから今の内に伝えておこうかなと思って~」

「すごいね、何度も見たわけじゃないのに……」

「何度もくらったけどね~」

 眼に見えるような拘束ではない、それに対処方法が思いついたと言ってもどれだけ通用するかもわからないのだ。今の自分に言える事があるとすれば実際に体験した事を仮定として打開策を思い浮かべる事くらいだ。

「あれって動きを止める凄い機能なんだけど、戦ってみて思ったのは一対一じゃないと使えないと思うんだ~」

「一対一じゃないと使えない?」

「うん」

 響はラウラがAICを使ったときの状況を思い出す。

「多分だけどあのシステムを使うときは凄い集中力が必要なんだと思う。それも目の前の相手しか眼に入らないって言うくらいに」

 最初に使って見せた時、ラウラは一夏の動きに集中し背後から近づいていた自分に気づかなかった。しかもそのシステムを使って自分の攻撃を止めなかった。

 多人数相手でも使う事ができたなら避ける必要はない、それに加え自分と戦ったときもすぐ傍にいたはずのセシリアの銃を構える動きに気づかなかった。その結果、レールカノンによる射撃をくらう前にセシリアの近距離狙撃によって難を逃れたのだ。

「だからこの弱点をふまえて思いついたのは二つ。一つは今回のタッグマッチ戦におけるパートナーとのコンビプレー」

 一対一での戦闘を前提にしている機能なら複数の攻撃に対応する事はできない、ならそこに二対一という状況で攻撃を仕掛ければAICの使用をかなり制限できることになる。防御の面でも一人が身動きできない状態になったとしてももう一人が攻撃を仕掛ければ必然的に解除できる。

「それを繰り返せば充分対応できると思う、とはいってもこの方法はあくまで二対一でのことだから」

「そうだね、相手チームも二人いるし簡単にはできないよ」

「そうなると残る手段としてはAIC発動直前に瞬時加速して高速移動による攪乱……くらいしかないかな~って」

 ラウラのあの右手を突き出しポーズが発動に必要な仕草なのかはわからない、しかしモチベーションを高めるといった意味では有効であるのだろう。そんな状況でも自分の集中力を高めるほうほうがあるのは地味なように思えてかなり重要な事だ。

「おれは瞬時加速を思うようにできないから厳しいけどシャルルはどうなの~?」

「僕はやった事はないけど何回か見た事あるよ、多分できると思う」

「そうなると、もしボーデヴィッヒさんと一対一の状況になってもシャルルと一夏は大丈夫そうだね~。一夏には『零落白夜』があるしシャルルには……えっと、武器を高速切り替えできるし近接から遠距離、遠距離から近接ってかえてけば良い感じかも~」

 自分が思いついたのかこれくらいだがかなり効果が期待できると思っている、何しろ実際に戦って効果を体験しボロボロにされたのだ。信憑性は高い……色んな意味で。

「こんな事しかできないけど一夏と訓練するときにでも役立ててよ~」

 響は参加しないていで話を進めたが心の中はその反対だった。

 今回も何もできずに終わらせるつもりはない。

 シャルルや一夏達に心配を掛ける事になるのもわかっている、それでも今度の事は自分がやらなければならないのだ。負ける事になっても勝てないとわかっていても逃げる事だけはしたくない。

「ありがとう、響。響ってやっぱり優しいね」

 そう言ってはにかむシャルルから眼をそらす響。

「………………」

「? どうしたの?」

「い、いや、ただ、シャルルは笑うと可愛いいから思わず見とれたというか~……?」

「……え、えぇ!? か、可愛い? 僕が……? ほ、本当に? ウソついてない?」

「嘘じゃないよ……ていうか、なんでそんなに自信なさげなの~?」

「え? だ、だって……僕って男口調だし、自分のこと『僕』って言うし……」

「別にそれは大したことじゃないんじゃ~?」

「え、そうなの?」

「むしろ似合ってると思うよ。ほら、ボーイッシュとか僕っ娘とかいう女の人もいるって言うし……口調とかそんなに気にしなくて良いと思うけど」

「うん……そうだね、響がそう言うなら」

 シャルルも大分前向きになってきた事に響は嬉しく思いながらパソコンの電源を落とす。

「は、話したい事も話したしおれはもう寝るよ~」

 気まずくはなかったがなんともこそばゆい心境になり響は照れた顔を隠すようにベッドに横になる。

「それじゃ、僕も」

 シャルルも響に続くように自分のベッドに横になる、時間的にも丁度良い頃合いだったようで消灯時間が近づいていた。

「シャルル、おやすみ~」

「おやすみ、響」

 それだけ言い残すと響の安らかな寝息がシャルルの耳に届く。

「もう寝ちゃったの?」

 まるで子供のように眠る響の姿に笑みが溢れるシャルル。

(ふふ……ベッドに入ってすぐに寝ちゃうなんて子供みたいだね、響は)

「……すー……すー…………うにゅ……」

(うにゅ、って……かわいいな~響は……でも、子供っぽく見えても頼りがいがあるよね)

 女である事を打ち明けた時も、こうして怪我をしても自分にできる最大限のサポートをしてくれる響は何の躊躇もなく自分の事を助けてくれる。。

「響……ありがとう」

 シャルルは音を立てないようベッドから起き上がり響の額に柔らかな唇で優しくキスをする。

(……思わずしちゃったけど、は、恥ずかしいな。ぼ、僕も寝よう!)

 自分のした事の大胆さに気づき熱くなった頬を両手で押さえるシャルル、シャルルは自分のベッドに戻ろうとしたときふと立ち止まった。

(……その前に寝顔の写真撮って良いかな?)

 シャルルはベッドの傍に置いてあった携帯電話を取り出し響を起こさないようたった一人で静かに撮影会を開始したのだった。

 

 

 

 

 六月の最後の週。今日から一週間かけて、学年別トーナメントが行われる。

 その慌ただしさは生徒達の予想を遥かに超えていて、今こうして第一回戦が始まる直前まで、全生徒が雑務や会場整理、来賓の誘導を行っていた。

「ここまで手が込んでるとは思ってなかったな……」

 更衣室で着替えながら一夏はモニターに映る観客席の様子を見る。そこには各国政府関係者やら研究所員やら企業エージェントやらが大勢集まっていて、パンフレット片手にあれこれと話をしている。

「三年生にはスカウト、二年生には一年間の成果の確認、それに一年生は、将来有望な人材のチェック。優秀なIS操縦者はどこも喉から手が出るくらい欲しいだろうからね、学年別トーナメントは」

「いろいろ大変なんだな」

 あんまり興味がないのか話半分で聞いていたので、一夏の返事もおざなりだった。

「……ボーデヴィッヒさんとの対戦が気になる?」

「……正直に言えばな」

 怒り、憎しみ、敵意、妬み……その矛先が自分ではなく響に向いた。それは一夏にとって望まない戦いを仕掛けられる事よりも心が揺さぶられる、自分のせいで誰かが傷つく事の方が辛い……これは響と一夏の共通点と言っても良いだろう。

(今度は俺が相手になってやるぜ、ラウラ・ボーデヴィッヒ!!)

「彼女はおそらく、一年生の中では最強だと思う。必ず勝ち上がってくるよ」

「……確かに、それは間違いないだろうな」

「この前のあの猛攻、二人がかりでもくぐり抜けるのは至難の業だね」

 確かにシャルルの分析は的確なモノだった。

 代表候補生の中でも頭一つ分抜けた実力に、AICという第三世代兵器を搭載しているIS……手を抜いて戦っていたと言っても響も良く持ちこたえられたといっていい。

「……そろそろ、対戦表が決まるころかな」

 突然のタッグ戦への変更により、今まで使っていた対戦表作成システムが正しく機能しなかったらしい。なので今朝から生徒たちが手作りによる抽選クジで対戦表を作っていた。

「一年の部、Aブロック一回戦二組目なんて運がないよな」

「え? どうして?」

「面倒事は早く終わらせてたいんだ、それに響の様子も気になるしな」

「そうだね」

 ペアが決まってから今日まで二人で何度も特訓を重ねてきたことで、お互いの性格や考え方はかなり把握出来ている。その訓練でシャルルも、一夏の何気ない気配りがあるところも分かってくれているようだ。

(それで篠ノ之さん達の思いには気づかないんだろうね)

 シャルルは苦笑をもらす。

「あ、対戦相手が決まったみたい」

 モニターがトーナメント表に切り替わった。一夏とシャルルは、そこに表示された対戦相手を確認し――

「な、なんだよ……これ」

「……そ……そん、な……」

 映し出された対戦表、その一回戦一組目の構図に一夏は戸惑いを隠せずシャルルも絶句した。

 発表されたトーナメント表。

 一年の部、Aブロック一回戦一組目。ラウラ・ボーデヴィッヒ、篠ノ之箒ペア対――

 ――皇響。

 一夏やシャルルだけでなくこれを見た一学年生徒達全員が自分達の眼を疑ったのだった。

 

 

 




 IS二期アニメがあと少しで終わってしまう。
 そんな時期に投稿です・w・


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第八話 願いは形を成し想いは刃となる

 ――ピットA待機室。

「どうなってるんだよ、千冬ね――」

 スッパアァァン!!

「織斑先生と呼べと言っているだろう」

「……はい、織斑先生」

 恒例となりつつある一夏と千冬の触れ合いは如何なる場所でもどんな緊急事態でも見る事ができるいつもの光景ではあった、だが今はそんな微笑ましいような痛ましいような姉弟のやりとりを見ている場合ではない。

「お、織斑先生! どうして響がトーナメントに参加しているのか教えてくれませんか」

「そうだった、シャルルの言うとおりだ」

 そのやりとりを見ていたシャルルは怖々とそれでいて急ぐように千冬に何故響が学年別トーナメントに出ているのか説明を求めた。トーナメントに参加している事もだったがそれよりも驚いたのは響がたった一人でフィールドに姿を見せた事だった。

「私が許可したからだ」

「ト、トーナメントの参加は体調が戻れば確かにできると思います。でも、何でペアを組まずにたった一人で響が出場してるんですか」

「ペアを組める者がいなかったのが最大の理由だ、私の方でも人数調整を行いたかったのだが……まあ、結果としては皇が一人で出る事になってしまったが本人の承諾も取ってある」

「相手はあのラウラだぞ! しかも箒までいるなんてどう考えても無茶だ」

 一夏の指摘は最もだった。

 ラウラ一人に歯が立たないというのにそこにクラスの中でもかなりの実力を持つ箒まで相手にしなければならない状況では響に勝ち目はない、その事がわかっているのかシャルルも不安そうにモニターに映る響を見つめている。

「お前達の考えはもっともだ……だが、皇は最初から勝敗を度外視して戦いに臨んでいる」

「どういう事ですか?」

 千冬もモニターに眼を向ける、その横顔には教師のものではなく一人のIS乗りとしての風格が滲み出ていた。

「今回の騒動はあくまで皇とボーデヴィッヒの問題だ、原因が織斑にあったとしても戦う事を選んだのはあいつらだからな……勝ち負けの結果ではなく何のために戦いそして自分の信念を最後まで貫き通せるか、それが今回の戦いの本質と言っても良いだろう」

「何のために戦うって……まさか!」

「そうだ、護りたい仲間の為に最後まで戦い抜く……それが皇の信念であり『強さ』でもある。お前と同じでな」

「……響は勝てるのか?」

「実力と状況を見れば勝てる可能性はほとんどない……が、攻撃力を強さと勘違いしているボーデヴィッヒではどうなるかわからん」

「でも、ボーデヴィッヒさんに勝てたとしても篠ノ之さんが残ってるから……試合には勝てない。そう言う事ですか?」

「試合に負けて勝負に勝つ……となれば、皇の勝利だろうな」

「響……負けんなよ」

「頑張って、響」

 一夏とシャルルはモニターに映る響の横顔を見つめ精一杯の応援を小さな声で呟く事しかできなかった。

 

 

 

「まさか一戦目で当たる事になるとは思っていなかったが……貴様、私を馬鹿にしているのか?」

「えっとね、おれにはそんなつもりはないんだけど……組み合わせの結果こうなったとしか~」

 響は逆上しているラウラの高圧的な怒りの声に素直に頭を下げる、千冬の話ではペアは用意しておくとの事だったがやはり途中参加に近い状態では相手が見つからなかったのだろう。

 そもそもこの学年別トーナメントはタッグ戦ではない、学年の生徒数が奇数であった事も大きな要因だと思うのだが……それを説明しても油に火を注ぐような気配がして口に出せない響。

「皇、身体は大丈夫なのか! どうして出てきたのだ!?」

「お、怒らないで篠ノ之さん。身体は大丈夫だよ~、それにもともと参加するつもりだったし……」

「治りきってない身体では尚更勝ち目がない事くらいわかるだろう!」

「……ごもっともです~」

 箒にも怒られ響は泣き出したくなったが全校生徒と世界各国の重要人物達の前で泣くわけにもいかず何とか涙を堪える。

「まあ良い、貴様を排除するには好都合だ」

「そうだね、おれも何とかしなきゃって思ってたよ」

 ラウラだけでなく響も間延びしたの声が消え緋色の瞳に覇気が宿る、箒もそんな響の表情を見て後戻りできないとわかったのか苦虫をかみつぶしたような顔色を浮かべた。

「貴様は下がっていろ、皇響は私が仕留める」

「……元より手出しするつもりはない。尋常な一対一の戦いならば口出しするつもりもないが皇をこの前のような目に遭わせるつもりなら」

「大丈夫だよ」

 響は自分の心配をしてくれた箒に満面の笑みを浮かべる。

「今度はちゃんと戦う理由があるから」

「皇」

「心配してくれてありがと、でも大丈夫だから」

「……わかった、武運を」

「うん」

 昔の自分に似ている彼女に嫌悪を抱いているのか箒は本来ならチームであるラウラに言うべき言葉を響に贈った。

「ふっ、敵に心配されるとは情けないな」

「情けなくなんかないよ、篠ノ之さんは大事な友達で大切な仲間の一人だもん」

「その甘い戯れ言、今すぐ吐けなくしてやろう」

「望むところだよ!」

 響とラウラは互いににらみ合いフィールドの指定位置に立つ、箒は二人の戦いに巻き込まれないよう出てきたピットの近くで見守る。

 響達が指定の場所にたった為、アリーナの投影ディスプレイが出現し試合開始のカウントダウンが始まった。

 

 ――――――――5

 

「さあ、決着をつけてやるぞ。皇響」

「こっちだって遠慮しないからね」

 

 ――――――――4

 

「おれが勝ったらもうケンカ売ってこないでよ」

 

 ――――――――3

 

「勝つ気でいるとはな、笑わせてくれる」

 

 ――――――――2

 

「勝手に笑ってればいいよ、おれは勝てるから戦うわけじゃない。勝たなきゃいけないから戦うんだから」

「……そうか、ならば」

 

 ――――――――1

 

「逃げておけば良かったと後悔するほどに」

 

 ――――――――0、試合開始!!

 

「叩きのめす――!!」

「おれは逃げないよ!!」

 響は開始直後、瞬時加速でラウラとの間合いをつめ『葵』を振りかぶる。

 ラウラは響が瞬時加速を体得していた事に驚いていたがすかさず右手を響へと突き出した。

「くっ!」

「開始直後の瞬時加速による先制攻撃、まさかたった数日で使えるようになっていたとは驚いたが……それでもこの様とはがっかりだな」

「そう? 期待してくれてたなら喜んだ方が良いよね」

「減らず口を!」

 響はAICによって動きを止められ身動きができない。

 そんな響に容赦なくレールカノンの照準を合わせ引き金を握るラウラ、轟音と共に撃ち出された砲弾は吸い込まれるように響の身体に直撃した。

「ぐぅ……いったいな、もお!」

 砲弾の威力と衝撃に吹き飛ばされながらも響はアリーナの上空へと飛び上がりハイパーセンサーに映し出された打鉄の破損状況を確認する。

 今の攻撃で腹部を保護していた装甲が砕け散ったものの戦闘そのものは継続できる状態だった、とは言え瞬時加速による接近とシールド防御によるエネルギー消費が予想以上に大きい。

 表情にこそ出さなかったものの響は頬に冷たい汗を流し追い詰められてしまった事を再確認した。

(何とか最初の瞬時加速の特攻でダメージを与えられれば良かったけどそううまくいかないや……でも、これで迂闊に攻めてこないだろうって思ってるはず)

 センサーの片隅に映るコンマ数秒の時間表示を見つめながら響はラウラの姿をその眼に捉える。

(AIC発動までに掛かる時間はほんの一瞬だけどやっぱり右手を突き出してからじゃないと使えないみたいだ……なら、まだ勝てる可能性は残ってる!)

 響は『葵』を握りしめラウラめがけて急降下した。

「何だ、空に逃げ延びて何をするかと思えば馬鹿の一つ覚えか」

「……っ!」

 響はラウラの罵声を聞きながし『葵』を右肩に乗せ瞬時加速でさらに速度を速める。同じ戦法をとった響に対しやはりラウラも同じように『シュヴァルツェア・レーゲン』の停止結界をもう一度使用するため右腕を掲げた。

(今だ!)

「何!?」

 ラウラが右腕を上げ意識を集中した瞬間、響は三度瞬時加速に入りラウラへ一直線だった軌道をほぼ直角軌道に変化させつつ円を描くようにラウラの背後を取る。

 急な軌道変更のせいで身体から骨が軋む音が聞こえた、『葵』を手放さないよう肩に抱えたものの全身に奔る激痛に思わず落としてしまいそうになる響。

(思ってたより痛い、けど!)

 響は奥歯を噛みしめ痛みに耐えながらもラウラの見せた僅かな隙を逃すまいとがら空きになっている背中に渾身の力を込めてブレードを振り上げる。

「はああああぁぁぁぁ!」

「ぐあっ!」

 流れるような瞬時加速の連続使用、それは専用スラスターがなければ操縦者の肉体に大きなダメージを与える。理論上では第二世代型のISでも可能だ、が……実際にそれを戦闘経験だけでなく自分流の操縦技能もまだ確立していない響がやってのけるとは思っていなかったラウラは響の放った一撃を躱す事ができずアリーナの壁際まで吹き飛ばされる。

「ハアハア……やっと……一撃、返したよ」

 対して時間が過ぎたわけじゃないのに息が上がる。ハイパーセンサーに付いている試合経過時間を見てもほんの数分……たった数分でここまで疲れるなんて思いなかった。

(やっぱり万全の体調じゃないから? それとも実戦経験が少ないから?)

 原因としては極度の緊張と無理な動きが響の体力を大幅に削っていた。

 しかし、当の本人がその事に気づけるだけの冷静さはなく『打鉄』のエネルギーもアラームこそ鳴らないがすでにエネルギー切れを考えなければならないレッドゾーンに突入しようとしている。

 たった一撃を当たるだけでここまで消費するとは思っていなかったがそれでも響の眼には揺るがない戦意が見て取れた。

「調子に、乗るなよ……この小動物がああああぁぁぁぁ!!」

「っ!」

 ラウラは絶叫と共に響との距離を詰め両手に装備されているプラズマ・ブレードを展開し怒濤の反撃を見せる。

「は……っや!」

 響も『葵』でその刃を防ぐもその攻撃の圧力に押され後方へ吹き飛ばされる。

(今の俺じゃこんな攻撃耐えられないよ!)

 息を持つかせぬ一方的な攻撃を懸命に防ぐも響は剣を上方に弾き飛ばされる、柄をしっかりと握ってはいるものの両手が打ち上げられてしまいラウラの攻撃を防ぐ事ができない。

「もらった!」

 ラウラは再びレールカノンで響を撃ち飛ばすも今度は装備されている全てのワイヤーを射出し全身を縛り上げる。

「ま、まずい!」

「言っておくが貴様の訓練機でどうにかなるような出力ではないぞ!」

 勝利を確信したラウラは愉悦に口元を歪ませながら抵抗する事ができない響を振り子の要領でアリーナのフィールドや壁に叩き続けた。

「がっ! ……かは、――ぐぅ! ――うぁ――っ!」

 その度に『打鉄』の装甲に亀裂が走り、砕け、シールドを僅かに越える直接的なダメージが響に蓄積されていく。

「あははははっ、手も足も出ないとはこう言う事をいうのだな! やはりお前は私と『シュヴァルツェア・レーゲン』の前では赤子同然だ!!」

「ぐ……、く……そ!」

 アリーナ内にラウラの冷笑と響の苦痛に耐える声が淡々と響く。

 その様子をモニター越しに見ていた一夏は今までに見せた事のない鋭い眼光で笑っているラウラを睨み付けていた。

「千冬姉! あんなのありかよ、反則じゃないのか!? これじゃ――」

「ああ、一方的な暴力と何ら変わらん。だが止めるつもりはないぞ」

「何でだよ!!」

 一夏は自分の耳を疑った。

 千冬の言った今の言葉はラウラのしている行為を認める、そう言ったと同義だったからだ。

 一夏は歯を食いしばりながらも待機室を出ようと出入り口に向かう。

「何をする気だ織斑、試合中だぞ」

「あれの何処が試合なんだよ! あれは試合なんかじゃない、止めさせる!!」

 怒りを吐き捨てるように声を張り上げる一夏、千冬の制止も聞かず扉を開けようとしたときシャルルが落ち着いた声で呟く。

「駄目だよ、一夏……試合はまだ終わってない」

「シャルルまで何言ってるんだよ、このままじゃ響が……」

「その響を見てよ、響は……まだ諦めてない」

 シャルルはモニターに映る響を指差す。

「身体を縛られて自由に動けないけど、それでも響は武器を手放してない。あれだけ攻撃を受けてるのに、勝てないかもしれないのに……それでも戦おうとしてる」

 モニターを指差すシャルルの指は微かに震え落ち着いている様な表情を見せていながらその目元にはうっすらと涙が浮かんでいた……涙を流さないように必死に堪えていた。

「………………」

 今すぐ試合を止めたい、その思いはシャルルも一緒だった。できる事なら今すぐにでも響の元へ駆けつけたい、そんな悲痛な思いがハッキリとわかる。

 そんなシャルルの姿を見た一夏は何も言えなくなった。

「今ここで僕達が助けに入ったらそれは響が負けた事になっちゃう、だから……信じてあげなくちゃ。だって……響は大事な友達で大切な仲間なんだから」

「……取り乱して悪かったよシャルル、それにちふ……織斑先生もすみませんでした」

「気にしてなどいない。それより……最後まで見届けろ、皇の戦いを」

「「はい!」」

 

 

 ダァン! ドゴォ! ドガアアァァァン!

 

 

 もう何回目かもわからない。

 十分にも満たない時間で一体どれだけ叩きつけられたのだろう。

 痛みを感じる度に気を失いそうになるのに気絶しようとしたらたたき起こすようにまた痛みが意識を取り戻させる。

(このままじゃ……勝てない、何とか……しないと)

 手も足も出ないとラウラに言われてしまったが全くもってその通りだった。

 今の響では反撃どころかワイヤーの拘束を解く事もできない、観客席で見ている生徒や国家の重役達も一方的な試合内容に表情を歪め中には響に降参するよう促している者もいる。

 その声を聞き取り普段の冷静さを幾分取り戻したのかどこかつまらなさそうに身動きの取れない響を見ていた。

「まったく、この程度の力しかないというのに手間を取らせてくたものだ……だがそれももう終わりだ」

 ラウラは意識を失いかけている響を一瞥した後、今まで散々叩きつけていたアリーナの壁に視線を移す。

「貴様! いい加減しろ!!」

 ラウラが何をしようとしているのかを誰よりも早く感じとった箒はラウラが響を振り上げる前に助け出そうと地を蹴る。

「言われなくてももうお終いだ、そら受け取れ!!」

「なっ!?」

 ラウラはワイヤーを振り上げ傷ついた響をペアでもある箒めがけて振り下ろす、その行動に驚き箒は一瞬だけ硬直するがすぐに響を受け止めようと両手を広げる。

「皇!」

 箒は迫ってくる響を抱き留めた、しかしその勢いに押し負け地面を滑るように転げ回る。

「うああああああああ!」

 箒は悲鳴を上げながらも何とか体勢を立て直し響をフィールドに寝せる。

「だ、大丈夫か!」

「……っ……く、……ぁ」

「っ! ここまで、ここまでする必要がどこにあったのだ!!」

 箒は離れた場所で自分達を見つめるラウラに怒鳴り声をあげる、彼女のすぐ傍で倒れる響は文字通り満身創痍の状態だった。

 『打鉄』の武者を思わせる装甲はそのほとんどが砕けている、その下に着ているISスーツも所々破れシールドを突破したダメージのせいか身体には無数の切り傷や打撲痕があり出血している部位もある。

 特に酷いのは腹部周辺と頭部……響が起動している『打鉄』のハイパーセンサーには機体維持警告を超え操縦者生命危険域の表示が出ていた、それでも待機状態にならないのはひとえに響の意思の力だったのかもしれない。

「私をせめても意味はないぞ、怪我をしたくなかったのならここに来るべきではなかっただけの話だ。ましてそいつは私との力の差を知っていながら出てきたのだ、愚かなのはそこで転がっているそいつの方だ」

「……貴様、何処まで――」

「まったく……ボーデヴィッヒさんの、言うとおり……だね」

「皇!?」

 響は苦悶の表情を浮かべながら地面に両手をつく、限界が来ている身体でブレードを握り直しゆっくりと起き上がる。

「ほう、まだ戦うつもりか?」

「あたり……前だよ。まだ……試合は、終わってない……もん」

 手にしたブレードを正眼に構え直す響、ただ立っているだけだというのにその身体はふらふらと揺れ今にも倒れてしまいそうな気配をかもし出していた。

 観客席からもそんな響の行動に困惑した声が上がる。

「響! それ以上は無理よ、後はあたし達に任せなさい!!」

「そうですわ、わたくし達が彼女の間違いを正します。これ以上は命に関わりますわ!」

「凰さん……オルコットさん……」

 響は一番近くの観客席から声をかける二人の姿の姿を捕らえた、彼女達の近くに空席はない。離れていた席から見ていたはずだがボロボロになった自分を心配して近くに来てくれたのだろう。

「二人の言う通りだ、私もお前の無念をはらす為に戦ってやりたいが…同じチームの私ではそれもできない。後はセシリア達や一夏達に任せよう、ラウラはお前よりも強い……このまま戦っても勝ち目は……」

「うん、知ってる……」

「皇?」

 響は視線を再びラウラに戻しながら心の中に押し込めた思いを吐露する。

「参加するって決めた時、織斑先生がせめて瞬時加速くらいは使えるようにしてやるって特訓してくれたんだ……その時も言われたよ」

 学年別トーナメントまでの僅かな時間の中で同室のシャルルや一夏達に気づかれないよう抜け出すのはかなり難しかったが何とか瞬時加速を覚える事ができたのだ。

「特訓して瞬時加速を覚えてもそれでも難しいだろうって……でも、それでも決めたんだ。強くなろうって……逃げないって」

 響の額から流れる血が鼻筋を伝い顎から地面に滴り落ちる、出血量こそは大したことはなかったが頭に何度も強い衝撃を受けたせいで視界が揺れる。

『皇、何度も言うがお前ではボーデヴィッヒには勝てん。瞬時加速はできても所詮は急ごしらえの戦法、少しでも勝率を上げる為とはいえ中途半端な力は逆に身を滅ぼすぞ』

『そんなはっきり言わなくても~……』

『だが、それだけの差がある事はお前が一番わかっているだろう?』

 一年間だけとは言えドイツで軍のIS訓練の指揮をとりラウラを鍛えた千冬だからこそ響と彼女の差がどれだけ開いているのかがわかる、響に有利な要素は一つもない。生まれてからずっと戦闘技術を叩き込めれてきた軍属であるラウラと何処にでもいるような平凡な一般人だった響、そして量産化ができないとはいえ最新鋭の機体と学園の訓練機……響の勝機を見いだそうとすればするほど千冬の脳裏には敗北の二文字しか出てこなかった。

『諦めろ、とはいわんがそれでも無謀だと忠告はしておいてやる』

『あはは、そうなんですけど……でも今回だけは、ううん、これから先はきっと今のままじゃ駄目だと思うんですよ~』

『………………』

『今までは一夏達が頑張ってくれたから何とかできました。でも、ボーデヴィッヒさんはそうはいかないって戦ってわかりました……この前の無人機よりも強いって』

 一夏と鈴が先だって戦いその後を引き継ぐように自分とセシリアが変わりに戦った。

 自分にできたのは終始時間稼ぎくらい、最後の止めを刺したと言ってもダメージの大半は一夏達が与えたもの……四人がかりでやっとだったあの無人機よりもラウラは強い。

 第三世代兵器の効果も驚異的だがそんな兵器を巧みに扱うラウラと渡り合えるのは少なくとも上級生の中に数人いるかいないかだろう。

『今回は一夏も狙われてると思うけど、基本的にはおれ狙いだし……なら他のみんなが傷つく前に何とかできればって……』

『保健室でも聞いたが、お前らしい理由だ』

『それだけじゃないですけどね~』

『何? 他にもあるのか?』

『……こんな言えば生意気だ~って思うかもしれませんけど、良いですか?』

『かまわん、言ってみろ』

 響は少し照れたように、そして口に出そうとする言葉を曲げないと決意したようにその小さな唇を開くのだった。

『――――――』

『……そうか、それがお前の決めた事なら私は何も言わん。気の済むようにしろ』

 千冬は響が恥ずかしさと一緒に話した言葉に小さく笑みを浮かべ眼を細めた。

『ありがとうございます、織斑先生~』

 鮮明に思い出したたった数時間の出来事はこの追い詰められた状況に置かれていても響の戦う意志を奮い立たせる。

「……篠ノ之さん、心配してくれたのに……ごめんね。だけど、おれは思うんだ」

 響は残り少ない力を振り絞りラウラに挑もうと腰を下ろす。

 エネルギーの残りを考えれば瞬時加速はこれが最後、使ったと同時に機体維持ができなくなるかもしれない。

 自分の身体も骨折はしていないモノのヒビくらいは入っているだろう、パワーアシストは機能しているはずだが『葵』が重く感じる。

 戦況は最悪、どう考えても勝ち目はない。

 それでも……

「相手が自分じゃ敵わないくらい強くても、自分が弱いって事が……逃げる理由にはならないって、戦えない理由にはならないんだって」

「皇、お前……」

「だから、俺は逃げない。この刀を握られなくなったって、足が動かなくなったってどんなに格好悪くたって、どんなに見苦しくたって……最後の最後まで戦い抜くんだ!!」

 折れる事のない決意を示すと同時に響は心の中で『打鉄』に謝罪の言葉をかけた、その声が聞こえる事がなくても届く事がなくても……それでも謝っておきたかった。

(ごめんよ、打鉄。……おれが弱くて我が儘だから、痛い目に遭わてばっかりで。でも、もう少し、もう少しだけ……おれに戦える力を、最後まで逃げ出さない勇気を貸して頂戴ね――――!?)

 響が最後の攻撃に移ろうとした時、『打鉄』のハイパーセンサーにシステムメッセージが浮かび上がる。

 

『――皇響の戦闘データ収集完了。これより第一形態の性能及び形態の最適化を開始する』

 

 そのメッセージが映し出された直後響と『打鉄』が眩い白光に包まれる。

「な、なんだ!?」

「皇!!」

 近くにいたラウラと箒は光の輝きに堪えきれず眼を瞑りまわりにいたセシリアや鈴、観客達も突如起こった現象に声を上げていた。

 それは待機室で試合を見守っていたシャルル達も同じだった。

「な、何がどうなったの! 響は、響は無事なの!?」

「俺に聞くなよ! ち、織斑先生!!」

「わかっている! 山田先生、皇と『打鉄』の状況は!」

「そ、それが……」

 真耶は千冬の問いかけに咄嗟に答える事ができなかったが震える指を何とか動かし光に包まれた響の映像と機体データをモニターに映し出す。

「な、何だと……」

 モニターの向こうでは眩い光は落ち着きを見せていた、だがその光の中にある響の姿に千冬は絶句した。

「……嘘」

「響……何したんだ」

 シャルルと一夏も何が起きたのか理解できずポカンと口を開けていた。

 観客席で見ていたセシリアと鈴も同じように響を見つめる。

「何なのよ、あれ……」

「わ、わたくしに聞かれても……何が起きたのかわかりませんわ」

 誰よりも近くにいたラウラと箒は自分達の機体に映し出される情報に眼を疑い唖然とするしかなかった。

 

『第一形態、機体性能・形態の最適化完了。これより自機は皇響の専用機として登録』

 

「……馬鹿な」

「訓練機が……専用機に形態移行するだと」

 学園内全てで起動しているモニターに映る響が纏う『打鉄』はその姿をより洗練したモノへと変えていた。

 打鉄のカラーリングは眩い輝きを放つ白銀へと変わり、形状そのものはさほど変わらないが装甲はより洗練され響の身に寄り添うように軽量化されていた。

 ――第二世代支援交戦型『打鉄・天魔』、それが響が手にした力の名だった。

 打鉄自身がもつ高い防御能力と支援性をより攻撃に活用できるように変化した機体。第二世代最高の防御力で正面突破を可能とし利便性に優れた『鳶葵』による近接と射撃支援により攻守共に高い水準でまとめ上げられた響の専用機。

 その変貌は一切事例のない現象だった、専用機が第二形態に移行するよりも起こりえない変化。

 訓練機のコアが自らの意思で搭乗者の専用機へと自身を作り替えた事など一度たりともないのだ、そもそもそんなプログラムが存在したとしてそれが組み込まれているとしたら全ての訓練機が搭乗者の専用機へと姿を変えていたはずだった。

「これ……打鉄が……?」

 この異常な現象の当事者である響も何が起こったのか戸惑っていたが自分が握っていた『葵』に眼を向けた時、『打鉄』が形態変更した事に初めて気づく。

 手にする『葵』は刀の雰囲気を残しながら二叉の曲刀へ変化している、次々と映し出される情報、その中で近接射撃刀『鳶葵』という武器情報が提示された。

「近接射撃刀『鳶葵』……?」

 センサーが響に伝える情報では性能の向上が見受けられ元の倍以上、それに加え近接武器であるはずの刀に射撃機能が追加された事だった。

「剣戟射出機構『断空』……総弾数、四発。 斬擊を象ったエネルギー状の刃を打ち出す……。シールド・エネルギーは消費しない……ん?」

 ぞくぞくと映し出される情報の中で響の眼にとまったのは後付武装の項目だった。そこには元々あったはずの射撃武器が搭載されておらず白式と同じように固定武装であるこの『鳶葵』しかなかった。

(……おれに合わせてくれたんだね、戦いやすいように)

 剣戟射出機構『断空』によるエネルギー刃。

 それは柄についているトリガーギミックを引く事で射出が可能であり近接戦闘の最中、自分が好きなタイミングで打ち出す事ができる特性を持っていた。

 総弾数は四発と少ない物のその出力は先の乱入事件で破壊したゴーレムのビーム兵器よりも高く、零落白夜にさえ匹敵する物だった。 

 同じようにエネルギーを無効化できるわけではないがその兵器としての威力、機能性は高く従来の点の射撃ではなく斬擊という線による射撃、これならば早々外す事もない。効率の良い運用が可能であり使い勝手の良い射撃性を備えた近接用の刀。

(ありがとう、打鉄……これならまだ闘える!)

 響は満面の笑みを浮かべ新たな刃を握りしめる。

 その瞬間一度は消えた光が響の意志に呼応するように再びその輝きを放つ。

 センサーにはたった一文だけ。

『単一能力、『一騎当千』発動』――と。

「……はは、打鉄には助けてもらってばっかりだね」

 自分の専用機となってくれただけで終わらず戦いたいという意志をくみ取って操縦者とISの精神が最高のシンクロ状態になった時発動する単一能力まで……。

 響は手にする新たな刃を呆然としているラウラへと向ける。

「勝負はこれからだよ、ボーデヴィッヒさん!!」

 響は自分の共に戦ってくれる白銀の盟友機を身に纏いながら血と土埃で汚れた顔で不敵に笑って見せるのだった。

 

 

 

 




 久しぶりの投稿になります!
 これから先少しずつこういう風に間が開いていくかもしれませんが気長に待っていただければ幸いですm(_ _)m
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第九話 求める強さは?

 前例のない形態変化を見せた響が映るモニターを見つめるシャルル達は未だに放心した状態だったが千冬だけはすぐに冷静さを取り戻していた。

(皇ならと期待していたがまさか訓練機を専用機に変化……いや、進化させるとは考えてもいなかった)

 モニターに映し出される『打鉄・天魔』のスペックデータは第二世代、しかも第一形態でありながらその性能は現存する第三世代機に匹敵するモノだった。

 それに加え単一能力まで体得してしまった。

(この現象、一夏と同じISを動かす事のできる男……だけでは説明がつかん。アイツがいたら喜んで飛びついていただろうな)

 かつて四百六十七個目の、最後のコアを置いて姿をくらました天才にして天災の名を持つ親友……、篠ノ之束がいればと考えつつもISを生み出した彼女でも自分が見ている異常現象を解明できるとは思えなかった千冬。

(未だに一夏と皇がISを何故操縦できるのか原因も判明していないというのに、ここに来てまた問題が増えるとは……)

 千冬は歯を食いしばり響を見つめる。

 もしかしたら自分の知らない何かが動いている、そんな不安が千冬に焦りを感じさせていた。

 待機室でそんな深刻な流れになっているとは知らない響は『鳶葵』を手にフィールドを、アリーナの空を縦横無尽に駆け回っていた。

「おのれ! こんな、こんな馬鹿げた事があってたまるか!!」

 ラウラは大型のレールカノンを響に向けて乱射していた。

 しかし、その攻撃は虚しくも当たる事はない。それは彼女の射撃技術が低いのではなくただ単純に響の動きが今までとは比べものにならない程の速度で実行されている事実に他ならない。

(は、速すぎだよぉ! これじゃ身体が、持た、ないぃ!)

 響と打鉄の単一能力『一騎当千』……それは今回の試合経験を優先した結果であるのか、それとも響とラウラの実力差を埋める手段として確立したのかはわからなかったがその能力は常時瞬時加速による高速戦闘だった。ブースターもそれ専用に増設され今までのような瞬時加速の連続使用とは違い身体への負担は少ない筈なのだが……

(力を貸して欲しいって言ったけどこれは貸しすぎだよねぇぇぇぇぇぇぇぇ!)

 その動きは周りが見ればラウラの攻撃を躱し簡単にあしらっているように見えていたが信じられない加速による圧力に響の傷ついた身体は悲鳴を上げていた。もちろん今までに体験した事のない高速移動に心も折れそうになっている。

 ……はっきり言って使いこなせていないのだ。

(あんなに格好つけて挑んだのに、……と、とにかく今は戦いに集中しないと感覚が違いすぎて攻撃のタイミングがずれちゃう。動くのは速くなって助かるけど……どうしたら)

 ここで動きを止めればラウラの攻撃の餌食になる、かといってこの単一能力を解除してしまえば打鉄の性能が上がったとはいえ勝てるかどうか怪しい。

 エネルギーも形態変化と同時に回復しこの能力のエネルギー消費は極めて低い、つまり低燃費で使い勝手の良い能力ではあるのだが自分がそれについていけない。

(今の状態で斬り合いは無理っぽい……そうなるとアレしかないよね!)

 響は圧倒的な加速力に涙を浮かべていたが何とか泣くまいと眼を細めラウラを視界に捕らえる。

(打鉄はともかくおれの方が持たないよ……これで決着がつけれれば!)

 響はラウラに突撃する形で打ち出される砲弾を躱しつつ『鳶葵』を左脇に構えその刃がラウラに当たるよう両腕で固定する。

「こちらに突っ込んできただと……まさか!?」

「そのまさかだよぉぉぉぉ!!」

 響は何とも情けない涙声と共にラウラと突撃、ブレードによる斬擊が当たると同時にすぐに距離を取りもう一度ラウラへと飛びかかる。

 一撃離脱の繰り返し、今の響に高速戦闘に慣れている時間も余裕もない。そんな彼が取れる戦法としてはこれ以上にないモノだった。

「ぐっ! ちょこまかと――ぐあっ!」

 幾重にも白銀の軌道を描きながら響は攻撃を繰り返す、速度その物に眼がいきがちだが使い慣れない能力を即席の作戦とはいえできる限りの適応を見せる響の対応力の高さは眼を見張るものがあった。

 ラウラも歴戦の強者、常時瞬時加速の速度に慣れてきてはいるがAICの発動を試みようとする度に響の刃を鍛え抜かれているとはいえ華奢な身体に受ける。

 その様子を見ている箒達は待機室で同じ光景を見ている一夏達よりも大きな衝撃を受けていた。

「専用機になってぶっつけ本番の戦闘でしょ! なんであんな動きができるのよ!?」

「まったくですわ、皇さんの器用さ……才能と言った方が良いかもしれませんが呆れてしまいますわ」

「だが、あの専用機と常時瞬時加速が実力の差を埋めてくれている。このまま何もなければ……勝てる!」

 ラウラを中心に光の奔流を思わせる白銀の閃光が描く無数の軌道、その圧倒的な速度が二人の力の上下を逆転させていた。

 この光景を見ている一夏や箒達だけでなくアリーナにいる観客全員が勝敗の行方に息を飲む。

(このまま押し切れれば……いける!)

 訓練機の専用機への換装、単一能力における高速戦闘に一撃離脱の安全策……最後の方は少しだけせこい気もするがこれだけの要素があれば勝てる、響は確かな手応えを感じていた。

 その一方でこれまでにない屈辱と敗北感を感じている者がいた。

 他の誰でもないラウラだった。

(こんな……こんな所で負けるのか、私は)

 相手の力量を侮っていた。それは間違い無く私自身のミスだ、だが……

(私は負けられない! こんな、強さの意味を曖昧にしようとする小動物如きに)

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。それになる前の私の識別記号は、『C-0037』。

 人工合成された遺伝子から作られ、鉄の子宮から生まれた。

 ただ戦いのため生み出され、育てられ、鍛えられた。

 だが『ヴォーダン・オージェ』との不適合により、私はIS訓練に遅れを取り、嘲笑と侮蔑、『出来損ない』の烙印を受けた。

 しかしそこから救い出してくれたのが、織斑教官だ、だから――許せない。教官を変えてしまう、教官の弟を。

 そして、その排除を阻むもの全てを。だから――

(力が、欲しい)

 どくん、ラウラの中で『何か』が蠢く。

 そして、それは低く陰湿さを感じさせる声でラウラに甘い花の蜜様な魅惑的な問いを示す。

『汝、自らの変革を願うか?より強い力を欲するか?』

 言うまでも無い事だ。

 力が得られるのなら。そして、それを得られるのなら、空虚な私など、くれてやる!

 だから――

「寄こせ! 力を……比類なき最強を!!」

 

Damage Level......D.

Mind Condition......Uplift.

Certification......Clear.

《Valkyrie Trace System》......boot.

 

「あああアアアアアァァァァッ!!」

 何かの問いかけに答えた瞬間、ラウラが絶叫すしそれと同時に彼女のIS『シュヴァルツェア・レーゲン』が放電を放つ。

「あれ……は……」

 そう言いかけた響だったが、台詞は途中で止まる。

 なぜなら、ラウラの機体が自分の打鉄と同じように形態移行に入ったからだ……いや、それはもはや『変化』と言って方が正しいかもしれない。。

 

 

 

 バリバリバリッ!!

 

 

 

 『シュバヴァルツェア・レーゲン』から激しい電撃が放たれる。観客の歓声が悲鳴に変わった瞬間背筋が凍るのがわかった響。

 彼の眼に映るのはラウラのISがドロドロに溶けていく異様な光景。そして、溶けたISは黒い塊に姿を変えラウラを飲み込んだ。そこからさらに形を変え、どこかISの雰囲気を漂わせながら、まったく別物の『何か』に変形した。

 響はこの事態を危険だと直感した。そして、このままでは何か取り返しのつかないことになるということも混乱する頭のどこかで理解していた。

「……すごく、嫌な感じ……でも、この感じどこかで……」

  ISと呼ぶには不気味で、奇妙なそれ見る度に畏怖を感じ眼を反らそうとする響。しかし、不思議な事に食い入るように緋色の瞳を変貌を遂げたラウラに戻す。

 アリーナの空で成り行きを見守っていた響だったが胸の中でざわめく心に気を取られているせいかその眼に陰りが見て取れ高度も下がりフィールドに着地した。

「……懐か、しい……違う……にげ……なきゃ? 何から? ……おれ、何を言って……?」

 焦点が遭ってない瞳でISという概念に無理矢理収まろうとしている兵器を見つめる響。そんな響の決定的な隙に気づいたのか黒のISはその手に刀剣を呼び出し響へと襲いかかる。

「前だ皇!!」

「――っ!?」

 箒の悲鳴にも似た呼びかけに響は意識を取り戻し迫ってくるISに気がつく。

 朦朧としていた意識を立て直しはしたものの打鉄とのシンクロ率が低下し『一騎当千』

の発動が解除されていた。

「しま……」

 響は横凪に振り払われた刃を咄嗟に『鳶葵』で受け止めるもその攻撃の重さに堪えきれずフィールドに叩きつけられるように激突する。

「ぐっ……ゆ、油断したかな。ツゥ!?」

 響はすぐに起き上がろうとしたが今の攻撃で限界を迎えたのか身体が思うように動かなくなってきていた。

(まず……早く、立たないと……)

 ガタガタと震える手で起き上がろうと必死にもがくも黒のISは武器を上段に構えていた。

「………………!」

 響はハイパーセンサーに映るその動きと武器にまた言葉を失った。

 敵の手に握られていた武器それは――

(――『雪片』……!)

 千冬のかつて振るった刀。世界最強の、『ブリュンヒルデ』が手にしていた武器。しかも武器だけでなくその姿も千冬の専用機である『暮桜』に告示していた。

「まさか……織斑先生のコピー?」

 ISによる他操縦者の動きを再現するなど可能なのか、疲労と混乱にとらわれた響は黒のISが武器を振り下ろそうとしているのに動こうとはしなかった。

 そんな響を無視して黒いISは何の他姪らもなくその刃を彼の脳天へと振り下ろす。

(かわせな――)

「やめろおおおおぉぉぉぉ!」

 響の耳に聞き覚えのある声が届く、黒いISもその声に反応を見せ攻撃を止め声のした方向へ向き直る。

「……一夏!」

「響から離れろ、この大馬鹿ヤロー!!」

 白式に身を包んだ一夏はピットから一目散に飛び出し黒いISがもつ雪片の発展型『雪片二型』による『零落白夜』の刃を振り下ろす。

『――――!』

 しかし、黒いISは臆することなく居合いに見立て刀を構え中腰の体勢をとった、その必中の間合いから放たれる必殺の一閃。

 それは紛れもなく千冬の太刀筋だった。

「このっ!」

 その太刀筋を知っていた一夏は相打ち覚悟で放った一撃に意識を集中させるがそれよりも早く黒いISの斬擊が決まる。

「ぐっあ!」

「一夏!」

 その光景に呆然としていた箒が声を上げる。

「響! そこから動かないで!!」

「シャルル!」

 箒の悲鳴をかき消すようにシャルルはアサルトライフルによる牽制射撃で黒いISを響から引き離し間に割り込む、その隙に一夏も箒の手を借り体勢を整えていた。

「千冬姉の真似なんかしやがって……ぶっ飛ばしてやる!」

「落ち着け一夏! 今は皇の安全を確保する事を優先すべきだ」

「っ!」

 響はシャルルに手を貸してもらいながら立ち上がる。

 そんな中で箒や一夏が自分を逃がそうとしている事を知り響は思わず声を荒げる。

「ま、待って! おれはまだ戦えるよ!」

「安心しろ皇、私達もアレと戦うつもりはない。見ろ」

「あれは……」

 箒に促され自分達と距離を置いている黒いISの上空に眼を向ける響。そこにはシャルルの専用機の元となった『ラファール・リヴァイブ』に搭乗する学園教師達の姿があった。

「あとは先生方に任せれば全て終わる……お前は充分戦った、誰も逃げたなどとは思わない。一夏も一人で勝手な行動は取るんじゃないぞ」

「わ、わかってる……」

 釘を刺された一夏は納得がいっていない表情を浮かべていた、箒が言っている事は間違いなく正しい。

「私達は皇を保健室へ……いや、この傷だと医務室の方が――」

「――響、まだ戦えるだけの力は残ってる?」

「シャルル……?」

 シャルルは医務室へ向かおうとしていた箒達の意見を遮り響に戦闘継続ができるかどうか確認を取る。

「何を言っている、シャルル!」

 これには箒だけでなく響も戸惑った。そんな二人を一夏だけが苦笑し様子を見ていた。

「ど……どうして?」

 シャルルも一夏達の様に助けに来てくれた、なら立つ事もままならない自分を戦わせてくれるなんて考えてもいなかったから。

「ピットの待機室でね、一夏に言っちゃったんだ……響は諦めてない。だから信じて待ってあげなきゃ駄目だって、だって大事な友達で大切な仲間だもん」

「シャルル……」

 シャルルは響を支えていた手を離し『鳶葵』を持つ響の右手を握りしめる。

「勝って、勝って……ちゃんと戻ってくるんだよ。僕は響が……勝つって信じてる」

「…………うん、勝ってくるよ……絶対に!」

 シャルルは『勝つ』という決意を込めた響の声を聞き安心したような笑みを浮かべる。それを見ていた箒は戦おうとする響を止めようと歩み寄る。

「お前達は何を言っている! その身体で何が――」

「箒、ここは響の好きにさせたやろうぜ。響や俺、それにシャルルは男だからな……どうしても引けない時があるんだって」

「男の意地とでも言うきか!? わざわざ危険に身をさらすなど馬鹿がすることだぞ!!」

『それが男というものだ、お前も知っているだろう篠ノ之』

「お、織斑先生まで!?」

 一夏の横やりでも止まらなかった箒の力みが千冬の一言で抜ける。

『皇』

「は、はい」

『私はお前ならと期待しているが……やれるか?』

 通信回線から聞こえてくる千冬の言葉、それは間違いなく自分の戦いを続けさせてくれる許可だった。

「はい、大丈夫です。……まだ、戦いたいです」

『わかった、教師部隊はその場で待機。皇響の試合続行という形で進める、私が戦闘不能と判断するまでは手出しは無用です』

 千冬の指示で黒いISを囲んでいた教師陣は千冬の指示に戸惑いながらも従う、すると黒いISがすかさず響を攻撃目標としてロックオンする。

『……あちらもお前との決着を望んでいるようだな』

「相手はボーデヴィッヒさん、ですから……意識がないにしてもきっとこうなってると思います」

 自分がラウラと戦うために力を求めそれに打鉄が答えてくれた、それと同じようにラウラのあの姿も同じく願いによって引き起こされた。

 そんな確証はない、だがきっとそうだと感じる。

 自分が大切な人達を護れる強さを、どれだけの劣勢に置かれ恐怖と向き合っても逃げ出さない強さを求めた事と同じ。ラウラは崇拝に近いその感情で千冬の様な、千冬そのものの強さを求めていたのだから。

(きっと、これが求める強さの違いなんだろうな~……だから戦って何が正しくて何が間違いなのかに気づけるのかもしれない)

 だからこそ自分も負けられない、歩いてきた道が違うように求める答えも違う。

 自分の選んだ道が正しいと信じ正しくあってくれと願う、なら今の自分にできる事はたった一つ。

「おれが勝って……おれが欲しかった答えを手に入れる、だから行きます!」

『ああ、勝ってこい。もし負けた場合は明日からの一週間、食堂でのメニューの追加……つまりおかわり禁止だ』

「そ、そんな~……そんな事されたら三日で死んじゃいますよ~」

『それが嫌なら勝て。以上だ』

「うぅ……大変な事になっちゃたよ~」

 目の前の危険よりも明日からの食料確保が重要だ……と、嘆く響の姿を見ていたシャルル達はそろって呆れたような安心したようなそんな笑みを浮かべる。

「ふふ、絶対勝たなくちゃいけなくなったね響」

「はあー……こういう時の響って大物なんだか抜けてるのかわからないよな」

「全くだ、しかし戦う許可が出てしまった以上私は止めん……」

 シャルル達からも不思議と緊張が抜け普段の授業のような空気が生まれていた。

「こっちは死活問題なんだから~、まあ……でも、行ってくるよ」

 響は堅さのない自然体のままラウラへと歩みを進める、今の自分が動けるとした後一撃。その一撃で勝負が決まる。

(次の一撃……この新しい刀の機能も使って何とか押し切る、できれば打鉄にまた手伝って欲しいけど……)

 歩きながら自分の姿を見てみるも先程までのような白銀の光は見受けられない、集中力が切れてしまったせいで単一能力の発動も消えた。もう一度あの状態になれれば楽なのだが……。

(エネルギーはまだ残ってる……でももしかしたら打鉄が使わない方が良いって押さえてくれてるのかもしれないなぁ)

 高速戦闘の感覚になれていない以上、疲労した身体と扱いきれない速さでは繊細な動きが要求される接近戦には不向き。その状態で戦闘は危険だと言う可能性を示唆しているのかもしれない。

(なら、残ってるのは『鳶葵』の剣戟射出機構だけ……一撃でも叩き込む事ができればあのISのエネルギーを削って戦闘不可能にできるはず、ここが正念場だ!)

 響は千冬の姿と力をコピーしたISの前に立ち『鳶葵』を下段に構えトリガーギミックを握り込む。

 その瞬間、二叉に分かれた刀身が零落白夜と同じ蒼い光に包まれる。

(撃ち出すだけじゃなくて、留めておく事もできるんだ……便利だな~)

 響は敵ISの一撃必殺の間合いの中にいるというのにそんな事を考えながら口元を弛める。自分でもおかしいとは思っているが自然と笑みが溢れる。

(打鉄が力を貸してくれてるからかな? それともシャルルや一夏達が信じて待ってくれてるからかな? ……怖くない、大丈夫だって思える)

 響は腰を降ろし相手が動くのを待つ。

 先に動けば負ける、良く聞く勝負のうたい文句ではあるが響にそのつもりはない。ただ、傷ついた身体では速く動く事はできない……ならば相手の動きを見てからの攻撃。カウンターとは言わないまでもそちらの方が充分勝機はあった。

 

 

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 たった数秒の沈黙、それが長い時間に感じた。

 互いに相手の動きを探り僅かな隙を見せれば即決着……その張り詰めた空気がアリーナ全体を包み込む。

「………………」

『………………』

 響と黒いIS、二人は無言でにらみ合い構えを崩さない。

 しかし、先に動きを見せたのは響だった。

 それは攻め込んだというわけではない、ただ静かに一呼吸だけ息を吐いただけの事。

 息を吐くと同時に響の身体から僅かに力を抜けたのを見抜いた黒いISは流れるように

腰を落としそして爆発的に間合いを詰め雪片で居合いの一撃を放とうとする。

 息を吐く、それは端から見れば大げさな動作ではない。

 だが、達人級の剣の腕前をもつ千冬の力をコピーしたのならその僅かな所作でも充分すぎる隙だった。

「かかったね!」

『!?』

 黒いISが刃を放とうとした瞬間、響はイタズラが成功し喜んでいる子供のような無邪気な笑みを浮かべ下段に構えたままトリガーを放す。

 

 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァン!!

 

『!!』

 下段に構えられた『鳶葵』の切っ先からエネルギー刃が地面に放たれえぐり取った土が噴煙の様に舞い上がり響達を包み込む。

 それはごく初歩的な戦法でありアニメや漫画でもよく使われる苦し紛れの苦肉の策。

 『鳶葵』の新機能、しかも制限が四発しかないその内の貴重な一発を目眩ましに使ったのだ。

 これは黒いISだけでなく二人を見守っていた観客全員も予想しておらず呆気にとられた、しかしその戸惑いが響の勝機へと繋がる。

「はあああああっ!!」

『――!』

 視界を塞がれた黒いISの背後から蒼い刃が姿を表し防ぐまもなく叩き込まれる、『断空』によって強化されたその一撃は瞬く間にシールド・エネルギーを削っていく。

 響は土煙が晴れない中、ブースターを最大出力まで一気に跳ね上げ煙の中を飛び出す。

 鮮明に鳴った響の視界の先には自分がさんざん叩きつけられたアリーナの壁が迫っていた。

「これで、決まりだよ!!」

 響は残った二発分のエネルギー刃を打ち込み『鳶葵』を振り抜く、放たれた蒼い刃は黒いISを飲み込みながらアリーナの壁へと突き進み爆音と煙をあげる。

 その瞬間、アリーナの遮断シールドが破壊されたが幸い生徒達は余波を経過して避難していた様だった。

 響は崩れるようにその場に倒れ込んだがハイパーセンサーに映る敵ISのエネルギーが底をついた事を確認した。

「ハアハア……、言ったでしょ。格好悪くても見苦しくても最後まで……戦うって。悪役みたいな勝ち方だけど……許し――ボーデヴィッヒさん!」

 響は煙の中で黒いISがその形を失っていくのをその眼で捕らえたがそれと同時に中からラウラが姿を表すのも見えた、彼女の足下には『断空』で砕け散った装甲の一部が転がっておりエネルギー刃の熱が残っているのか鈍い赤みをおっていた。

「あのまま落ちたら大怪我だよ!」

 響は助けようとしたが試合が自分の勝利で終わった事で緊張の糸が切れ起き上がる事すらできなかった。

「だ、誰かボーデヴィッヒさ――」

「任せろ!!」

 響が助けを言い終える前に一夏が瞬時加速でラウラの元へ颯爽と駆け寄り落下する彼女を抱きかかえる。その姿は中世の物語を見ているようで白い騎士が囚われのお姫を助け出した、そんな光景に思えた。

「よ、よかった~」

 響はラウラが怪我をすることなく無事に助けられた姿に安堵したが同時にある事に気づいた、ハイパーセンサーで二人の様子を見ていたが何か喋っている事がわかる。

 一夏は持ち前のいい顔をキリッとさせ喋っており抱えられているラウラは何処か惚けた表情を浮かべていた。

(……あれ? もしかして……フラグ立てちゃった、んじゃない……いち……か……?)

 響はこの先起こる苛烈を極めるであろう一夏争奪戦が頭によぎりつつも緊張からの解放と蓄積した疲労とダメージで眠るように気を失ったのだった。

 

 

 

 

「――ハアハアッ! ……ハア……ッ」

 暗闇が支配する見覚えのない森の中を走っていた、顔も名前も知らない男女に手を引かれ息の続くかぎりひたすらに。

 何故、走っているのだろう。

 何故、こんなにも怖いのだろう。

 何故、逃げているのだろう。

(……逃げてる?)

 自分への問いかけで更に疑問が増える。

 逃げている、それは怖いから。怖いものから走って逃げている。

(一体何から……?)

「――――――!」

「――――――!?」

「う、うん!」

 後ろに何があるのかと思い振り向こうとしたら声をかけられ自分の意志とは反対に視線が二人に戻る。

 しかも……

(口が勝手に……動く!)

「――――――」

 男が何かを言ってる。

 顔も身体も黒い影のようになものに包まれて口元しか見えない状態、だというのにどうしても声が聞こえない何を喋っているのかわからない。

 まるでテレビのノイズが耳元で走っているような感覚だった。

(何を言って?)

 顔の表情を見る事はできない、それでも必死に何かを喋っている事だけ声の質からわかった。

(わからない……なんで、こんな……にも)

 胸を締め付けるような悲哀が嗚咽となって溢れ口が自分の意志とは関係なくまた動き始める。

「■■■さん、■■■さん……ぼくを置いてにげて!」

(また……というか、僕って……俺の事?)

 響は自分の意志とは関係なく声を出す、もちろん子供の頃の自分が。

「ぼくが、がんばれば、■■■さんも■■■さんも助けてくれるっていってたよ。痛いこともしないってじっけんもすくなくするって……」

(名前が……それに、痛い事? 実験? おれは何を言って……)

 次々と自分の口から飛び出す言葉に戸惑う響、幼い頃の思い出の中にこんな赤い光景はない。

「だから、だから……」

 今度は声だけでなく涙まで流れてくきた、どうして自分はこんなにも懸命にこの二人を逃がそうとしているのだろう。

 響は止めど流れる涙と嗚咽を堪えきれず息が切れる。このまま走り続けるのは無理だと思った時、視界が白い光に包まれ耳を劈くような爆音が聞こえる。

 同時に身体が宙に浮く感覚が響を襲う。

「――――――はっ!?」

 その瞬間、響の眼に映ったのは赤い夢ではなく見覚えのある白い天井。

「ここ……、俺の……部屋……?」

 響は首だけを動かし部屋の中を見る、部屋の中には自分以外おらず荒い息と時計の針の音だけが響いていた。

「ゆ……夢?」

 響は先程まで起きていた事が夢だとわかり安堵のため息を溢す、同時に自分が大量の汗をかき破裂するのではないかと思えるほど心臓が鼓動を刻んでいる事に気づく。

「……気味の悪い夢だったな~、あんな夢見るなんて……やっぱりボーデヴィッヒさんと戦ったから?」

 ラウラの容赦ない攻撃に突如変化を見せた彼女のISとの戦闘、あの時に感じた恐怖と不安が見せた夢なのかもしれない。

「そう言う事にしておこ~」

 不意に喉の渇きに気づいた響は身体を起こそうとしたが途端に激痛が走り思わず自分の身体を抱きしめるように抱える。

「あいたたた~……試合でボコボコにされたの忘れてた、それに前の傷も治ってなかったし……うぅ、自業自得とはいえ辛いな~」

 全身の痛みに耐えながら響はベッドから下りる。

「はぅ!」

 身体を動かす度に腕と足にまるで鋭い針を差し込まれたような痛みが走り、疲労が残っているのか視界が揺れる。医務室や保健室ではなく自室にいるのだから命に別状はないのだろうがここまで痛みが酷いと不安になってくる。

「シャ、シャルル~……いないの~? いないよね~? いたら助けてくれてるもんね~」

 明かりの消えた部屋の中を響はゆっくりと静かに、それこそ深夜に泥棒に入った盗人の様に音を立てないように歩く。窓の外に広がるのは美しい星空と優しい光を帯びる満月、こんな状態でなければゆっくりと見ていたかったが今はそれどころではない。

 別に起きた事を隠したいわけではない、そうしなければ歩けないほどに響の身体はダメージを負っているのだ。

「あぅ……はぅ……ひぃ~」

 何とも情けないうめき声を上げながらも響は部屋に備え付けられている簡易キッチンまで辿り着く事ができた。

 早速からからの喉を潤そうとコップに水を汲みゆっくりと飲み干す。食道を通り空っぽの胃に広がる水の冷たさが熱を持った身体を冷やしてくれる。

「お腹すいたな~」

 傷と疲れのせいで熱が上がっている上に空腹だった響は体力を付けるために何か食べるものはないかと備え付けの冷蔵庫を開けて見る、中には買って飲んでいなかったジュースと調理が必要な食材が数種類。

「……この身体でなくても、料理は作れないしな~」

 主に食べる専門で生きてきた、母からも少しはできるようになっておいた方が良いと言われていたが習ったのは掃除と洗濯で肝心な料理スキルは習っていない。

「料理スキルほぼゼロのおれじゃ……シャルルが戻って来てくれるまで待つしか――」

 空腹に心が折れそうになった響だったがそんな彼の祈りが通じたのか部屋の扉が静かに開かれシャルルは部屋にはいると同時に明かりを付ける。

「あ、おかえり~」

「…………ひ、響?」

「あのね今起きたんだけどお腹すいてて……ごはん作ってくれないかな~?」

「………………」

 響は何とか両手を眼前で合わせ申し訳なさそうに笑みを浮かべシャルルに食事の準備を頼んだのだが肝心のシャルルが無言でしかも涙目になっていた。

「シャ、シャルル……さん?」

 そんなシャルルの様子に気づいた響は怒らせてしまったかと不安になる。

「あの、駄目なら良いんだ。シャルルも試合の後で疲れてるもんね……だから、その、ごめんよ~。食堂まで行ってごはん食べて――」

「し……から」

「え? なに~?」

 シャルルが俯きながらも涙声で何か喋っている事に気づき響は痛む身体を懸命に動かしシャルルの傍に寄った。

「ど、どうしたの~、眼にゴミでも入った~?」

 響はシャルルから感じる異様な圧力に怯えながらも何とか声をかける、自分に非があるのなら素直に謝りたいのだが彼女に何かしてしまった覚えはない。

「しん……し……だから」

「しん、し……紳士がどうかしたの~?」

「――――っ!」

「ひぃっ!」

 怒っているような雰囲気ではないものの迫力のある涙目で睨み付けられ響は小さく声をもらす、後ずさりをしたかったができるだけ身体を動かしたくないためその場に止まる。 ……が、その判断は数秒後間違いだったとわかる。

「し・ん・ぱ・い! すっごく心配したんだからね!!」

「はい――いぃぃぃ!?」

 涙目で抱きついてきたシャルルを躱す事ができず響は咄嗟に受け止めた……が、今の自分の身体で受け止める事などできるはずもなくシャルルに押し倒される様な形で倒されそれはそれは堅い床に後頭部と痛みきった身体を強打する。

「ひぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 響はあまりの痛みに生きてきた人生の中で一番大きな叫び声をあげる。そして、ベッドから起きずにシャルルが帰ってくるのを待っていれば良かったと涙するのだった。

 

 

 




 明けましておめでとうございますm(_ _)m
 新年最初の投稿になりまーす、お正月中にゆっくりと打ってみましたがきっと誤字脱字が有ると思います。読んでくださっている方、いつものように寛大な心で読み飛ばしどうしても「ダメだ、気になる」と言うは遠慮無くバッシングをどうぞ!
 そして感想と評価をいただけたら幸いですw


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第十話 スタートライン

 

 ――――モグモグモグモグモグモグ……ゴックン。

 

「ごちそーさまでした~」

 響は両手を合わせ食事を終える、その表情は満面の笑みでお腹いっぱい食べた事の何よりの証明と言えた。

「ごめんねみんな~、ごはん運んでもらって~」

「良いって、怪我の事もあるけど三日も寝てたんだ。急に身体を動かさない方が良いからな」

「そうだな、皇は無茶をしすぎる節がある。傷を治す為にしっかり食事を取ら無ければならないとは言えその身体で食堂まで行くには距離がある、傷が悪化しないとはかぎらんしな」

 響が眼を覚ましたのはラウラとの試合からすでに三日経った日の夜だった。

 幸い食堂は閉まっておらず響の悲鳴を聞いて駆けつけた一夏達が食堂から部屋まで響の為に食事を運んでいたのだ。

 一夏と箒は響が食べ終えた食器を部屋の机の上におく、そこにはすでに天井まで達した食器の山がある床にまで置かれていた。

「無事に意識が戻って何よりですけれど……」

「寝起きにこんだけのご飯を食べるってどうなのよ?」 

 セシリアと鈴も代わる代わる両手で持てるだけの食事を運んでいた、十往復した時点で何回行き来したか数えるのを諦めた事を響は知らない。

「食べてなかったのは三日分だよ? これでも一日半くらいの量じゃないかな~……明日も食べられなかった分を取り返さなきゃだね~!」

「食欲があるのは良い事だと思うけど……響、食べ過ぎは身体に毒だからね」

「は~い」

 響の底なしの胃袋と衰えない食欲に苦笑をもらすシャルル、そんな彼女の心を知ってか知らずか響はいつも通りの間延びした声で返事を返す。

「しかし、一体その身体の何処にこれだけの量が入るというのだ……明らかに質量の問題が」

「う~ん、おれにもわからないよ。でも、ボーデヴィッヒさんでも驚くような事なの~?」

 響は向き合うようにベッドのフットボードの位置に座っているラウラに今では定番となってしまった質問を投げかける。

「うむ、この食事の量は明らかにおかしい。我が隊の全員が決死の覚悟で胃袋に詰め込んでもこの域には達しないだろう」

「そっか~、おれの胃袋ってどうなってるんだろうね~」

「一度詳しく調べる必要があるかもしれんな」

「それは嫌だな~、最近は検査とか手当とかばっかりだからね~」

 響はベッドの横にあるサイドテーブルから痛み止めの薬を手に取り水で流し込む。

 粉薬である為、舌を抉るような苦みを感じながらも飲み下し一息つく響。

「ところでボーデヴィッヒさんは身体とか大丈夫なの~?」

「「「「「「………………はぁ~」」」」」」

 その言葉と同時に一夏達はそ揃って呆れたようにため息を溢した。

「ど、どうしたの~?」

「私が言う事ではないがお前といざこざを起こした人物がいるというのにその話題を持ち出すのが食事を終えてから……しかも、身体の事まで気遣うとは普通ではないぞ」

「そ~? 次は気をつけるよ~」

 補足的説明としてはラウラがいたのは食事の最中ではなく響が痛んだ身体を固い床にたたきつけて叫び声を上げた辺りからいた、一夏達と一緒に駆けつけた物のそれ以降も今のように何もなかったように自然な会話を続けこうしてやっとラウラとの間で起きた問題に話が移ったことになる。

「……すまなかった、皇」

 ラウラは椅子から立ち上がり深々と頭を下げた。

「今回の試合も、それより以前のぶしつけな態度と非礼の数々……本当にすまなかった」

「うん、いいよ~」

「「軽っ!」」

 ラウラの今までの非道な行いを考えれば誰しもがそう簡単に許せるような事ではなかった事をされたはずなのだが響は特に怒っている様子はみせず即答で和解の意を述べた。

 その響の反応に驚いた一夏と鈴が素っ頓狂な声をもらす。

「ちょっとちょっと! あんたが一番の被害者なんだからもう少しくらい怒りなさいよ!」

「そうだぞ、少しくらいは怒らないと男っぽくないぞ!」

「そう言う問題じゃないわよ、馬鹿一夏!!」

 鈴は一夏の的外れな指摘に一夏の後頭部めがけて平手を叩きつける。

「そ、そんなこと言われても起きたらボーデヴィッヒさんが一夏達と一緒に来てくれて心配もしてくれたしもういいかな~って……思ったんだけど……駄目……だった?」

「駄目とかという問題ではないと思うが……」

「皇さんは優しいというか、単純というか」

 箒とセシリアも納得しているとは言えない表情を浮かべていた。

「謝罪の意味も込めて私にできる事なら何でもやるつもりだ、遠慮なく言いつけてくれていい」

 ラウラも何かしろ罰を受けなければ引き下がるつもりはないようだが響としては同じ歳の女子、しかもクラスメイトである彼女に無理矢理何かをさせようなどとは思っていない。

(どうしよ~、普通は怒るところなんだろうけど……)

 自分としては試合そのものに負けてしまったもののラウラとの勝負自体には勝つ事ができた。

 つまりラウラが自分に因縁をつけてくるような事態にはならないことが約束されたことになるのだ、そして残っていた問題としては一夏に対する態度だけだったのだがこうして互いに気を許しているような二人を見た時点で全ての問題が解決したと思った。

 思ったのだが……

「ほら、こうして心配してくれたしたくさんご飯も運んできてくれたし、あと謝ってくれたし……おれとしてはもう充分なんだけど~」

 響は困ったような表情を浮かべ全員の顔をチラチラと見る、何とか一夏達が納得するようなちゃんとした答えを返したつもりのようだった。

 そんな響の気持ちをくみ取ったシャルルが援護射撃を行う。

「響らしくて良いんじゃないかな」

「シャルル」

「結局僕達は最後まで見てるだけだったし……当事者である響がボーデヴィッヒさんとの問題を解決したって思ってるなら僕達が言う事は何もないもん」

「ありがと~、シャルル」

「響、お礼を言うのはちょっとおかしいんじゃないかな」

「でも、ありがと~」

 響は場の雰囲気が暗くなるような事にならずにすみホッと一息つく。

「「「「「………………」」」」」

(…………あれ~?)

 一息ついたものの一夏達は浮かない顔で響を見ていた、気まずい雰囲気にならないよう協力してくれていたシャルルも暗い表情を見せていた。

「みんなどうしたの~? そんな暗い顔して」

「あー……その、なんて言うかな」

「……うむ」

 一夏と箒は互いに目配りをしながらラウラを見つめる。

「なんていうかさ、その聞いちゃったのよね」

「……申し開きもありませんわ」

 二人の視線に耐えかねて口を開く鈴、そんな彼女を庇うようにセシリアも会話に加わった。

「聞いたって何を~? それに何で謝ってるの?」

「響……あのね」

「うん」

「僕達、ボーデヴィッヒさんから響の……昔の事聞いちゃったんだ」

「昔の事って……」

 その言葉で響はシャルル達がなぜ浮かない表情を見せているのかがわかった。

 だが、響は暗い表情をするどころかいつも通りの屈託のない笑顔でシャルル達の居心地の悪さを払拭する。

「あー、小さい頃に親に虐待されて捨てられちゃった時の事だね~。それで施設に保護されてその後に今の父さん達に引き取られたんだけど、そこまではもう聞いた~?」

「「「「「「軽っ!!??」」」」」」

「何か予想した通りの反応でおもしろいな~」

 響はにへっと口元を弛め小さく笑う。

 その表情から衝撃的な事実が話されるとは到底思えなかった、響自身が隠していた事でありながらそれをこうも簡単に公にされてはシャルル達は呆気にとられるしかなかった。

「おもしろいな~って……響は何ともないのか?」

「何ともって言われても……、その時の事覚えてないしね~」

「覚えていない? どういう事だ皇……!」

 箒は響の何気ない口調に質問を返してしまった事に気づき慌てて右手で口元を押さえる。

「そんなに気にしなくて良いよ~、とはいっても一夏とシャルルにはほんのちょこっとだけ話しちゃってるんだよ」

「俺達に?」

「……もしかして、転入初日に更衣室でISスーツに着替えたときの事?」

「正解~、あの時に話しても良かったんだけど時間なかったしそれにギクシャクしちゃうかな~って思ったから。そこは同じ『男子』のよしみで許してよ」

「許すも何も怒ってないよ、響には響の事情があったんだし」

「俺もだ」

 シャルルと一夏は静かに頷く。

「それで話の続きなんだけど、覚えてないって言うのは虐待が結構酷かったみたいなんだよね~。おれを見てくれたお医者さんがその時の恐怖心の影響で忘れた……頭の隅に押し込めただったかな? まあ、どっちでも良いんだけど」

 響はにこやかに自分の生い立ちを部屋にいる全員に語っていく。

 響の口から出される重く暗い過去、一夏達もそれぞれ誰にも言えない、言う事ではない問題を抱えてはいるものの響のそれは悲惨さが飛び抜けていた。

 シャルルと一夏が見た響の身体に刻み込まれた様々な傷跡。

 刃物による切り傷、熱による熱傷、打撃による打撲……それら全ての傷跡は子供の頃の事故によるものだと誤魔化したものの実際には実の親から受けた非人道的な虐待の証拠なのだ。

「「「「「「………………」」」」」」

「それで肝心のその時の事を憶えてないからこんな感じに育ったんだ、まあ本当の子供じゃないおれを育ててくれた今の両親のおかげだと思うけどね~……だから、みんながそんな顔する事じゃないよ?」

「それでも……何かできないかって、考えちまうんだよ」

「もしも……ではあるが」

「そうよ、それくらいしても良いでしょう、別に……」

「そうですわ、こうして同じ学舎にいるのですから」

「響は何時だって誰かを心配して助けてくれる……僕達だってそうしたいんだよ」

「……お前の心を傷つけるような事を言った事をこのまま何もせず終わらせる気はない」

 響はまるで自分の事のように悔やんでくれている一夏達の表情に悲しくはなったがその反面嬉しさも感じた、そしてこの嬉しさをちゃんと伝える事ができれば今度こそこの沈みきったこの場の重い空気を改善できると思った。

「う~ん、でも覚えてない事を何時までも気にしてしょうがないし……それに」

「それに?」

 響は腕を組み自分の心を温かく包み込んでくれた日々を思い出す。

 他人である自分をここまで育て上げてくれた両親、その二人の間に生まれた妹、そしてこの学園で出会った掛け替えのない仲間達……。

 それが今の自分を、『皇響』という人間を形作る全てだと思うから……。

「それに、こうして一夏やシャルル達に出会えて今すっごく幸せだよ!」

 響は何の偽りのない緋色の瞳を全員に向ける。

「一夏はどんな大変な目にあっても絶対に自分の信念を貫き通す、だから格好いいし一緒に遊んでくれるし、それにここぞと言うときは頼りになる」

「……何か照れるな」

「篠ノ之さんはちょっと怖いところもあったけどちゃんと周りの事を気遣ってくれてるしそれに間違った事は断固拒否! って姿勢が男のおれでも憧れるもん、あと美人さんだしね~」

「む、そ……そうか」

「凰さんは、いつも元気だよね~。なんか見てるだけで元気を貰ってる気がするし口じゃ馬鹿とか変態とか言うけどなんだかんだ言って心配性な所がある、むーどめーかーだっけ

?」

「そ、そんなつもりはないわよ。あんた達が心配かけさせるんじゃないの!」

「オルコットさんはちゃん目標のために努力を惜しまない頑張り屋さんよ~、あとたくさんお菓子くれるからいい人~」

「お、お菓子はともかく褒められるのは……良いものですわね」

「シャルルはこの学園で一番話しやすいかもだね、雰囲気が優しいって言うか大らかっていうか……ほら、怪我したときはご飯食べさせてくれたしさりげなくフォローもしてくれたし」

「あ、あれは僕も響に助けて貰ってたから。僕も何かしてあげたかったっていうか……」

「ボーデヴィッヒさんは……」

「私もか!?」

「えっ? そうだよ。ボーデヴィッヒさんはちゃんと自分が悪い事をしたなって思ったら謝れるから何が正しいのかって判断できる大人な感じかな~? なかなかいないよ? たった数日で仲が悪かった人達と仲良くなれる人なんて」

「お前が言うなら……そうなんだろうな」

「うん! みんな、おれにない良いところばっかりもってるよね~」

 基本的に身長とこの子供っぽい外見がネックになりかっこつけようとしても決まらないことが多々ある、その点一夏や箒は日本男児に大和撫子という言葉が似合う。

 鈴やセシリア、そしてラウラは女性であるため身長が低くても問題ない、そしてそれぞれが個性的な口調と性格をしているがそれも彼女達の魅力の一部でしかない。

 シャルルに至っては曖昧な感じでしか褒める事ができなかったが異性として十分魅力的な美少女である、男ではない事が知られていたなら堂々と褒めたい所である。

「えっとね~、他にもあるんだよ。えっとえっと~……ちょっと待って、ありすぎて何を言えば良いかな~」

「「「「「「もう良いから!!」」」」」」

「そ~?」

 響はポヤポヤとした表情を浮かべながらシャルル達の長所を答えようとしたが肝心のシャルル達が褒められた事に対して頬を染め照れまくっていた。

「響、お前って照れるって事ないのか?」

「何で~?」

「いや、褒めるのだって結構照れるもんじゃないか?」

「ふ~ん、そういうもんなんだね。おれとしてはそう思ったから喋ったんだけど……今度から気をつけるよ~!」

「別に気をつけなくても良いけどな」

 一夏は自分が言った言葉の意味をわかっていない響に苦笑をもらす。そして箒達は顔を合わせ響に聞こえないよう話し合っていた。

(……皇はわかっていないな)

(そうね、あれは将来絶対女を泣かすわよ)

(確かに、褒めるという行動に全く照れを感じてないようですし)

(あれでは逆に皇をテレさせる女がいるかどうかも気になる)

 この女の園とも言えるIS学園でも響は一夏と並び人気があるのだ。

 それは異性としての人気ではなく弟、もしくは癒し効果のあるマスコットでである。とはいえ異性として思いを寄せているものが全くいないと言うわけではないだろう。

 綺麗なものには綺麗と伝え、可愛いものなら可愛いと愛でる。褒め言葉がストレートであればあるほど年頃の少女としては嬉しいもの、そんな乙女達が集まる場所での響の発言はかなりの影響力がある。

 もしかしたらいずれは『ス、ストライクッ!!』という女子が何時現れてもおかしくないのだ。

「あはは……」

 その事に気づいているシャルルは何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。

(はぁ~……篠ノ之さん達は一夏が好きななのはわかってるけどそれでもライバル多そうだなぁ、ただでさえ僕は男の振りをしてるから女の子らしいアピールなんてできない。でも……)

 

『い、いや、ただ、シャルルは笑うと可愛いいから思わず見とれたというか~……』

 

(響は僕の事、可愛いって言ってくれた……ちゃんと女の子として見てくれてるって事だよね)

 それ以外にも着替えやシャワーを浴びようとするときも不自然にならないよう何かしらの理由を付けて部屋を出て行く。

 そうした気遣いをしてくれるのは嬉しい、嬉しい反面響の負担になっているのではないかという思いもあった。

(……このままじゃ、駄目だよね)

 シャルルは意気消沈と言った様子で俯いた。

「シャルル? どうしたの~」

「ううん、何でもないよ!」

「そっか~、なら良いんだ……?」

 顔をうつむけていたシャルルが気になり声をかけた響だったがふと鼻をひくつかせる。「どうしたんだ、響?」

「いや、汗臭いかな~って。ほら三日も眠ってばかりだったし……」

 響は首元のシャツを掴み匂いをかぐ、注意して噛まなければわからない程度のものだったがさすがに除しが四人(+一人)がいる空間では気になる。

「それなら、今日は大浴場が使えるぞ。学年別トーナメントが終わって後にやっと使えるようになったんだぜ!」

 風呂好きの一夏が嬉しそう手振りで浴場の中を説明する。

「中も結構広くてな、お湯の温度も丁度良いし入った方が良いぞ!」

「そうなの? じゃあ、入ってこようかな~」

 響は恐る恐るといった感じで身体を動かしてみる。

 食後に飲んだ痛み止めが話している間に効いてきたのだろう、シャルルに抱きつかれた時に感じた痛みよりもだいぶ軽いものだった。

「手伝うか?」

「いいよ、ご飯を運んでくれたし。それに一夏はもう入ったんでしょ?」

 響は一夏のラフな服装を指摘する。

 上はなんとプリントされているかわからない和英英語が付いたTシャツに下は黒のハーフパンツ、髪も少し濡れているようにも見えた。

「もう一回くらい入っても構わないぜ」

「さすがにお風呂まで手伝ってもらうわけにはいかないよ~、ただでさえ特殊な趣味の子達が眼を光らせてるし。一回入った一夏と一緒に入ったら……」

「……やめとこう」

 響と一夏は表情を青ざめさせていたがその会話を聞いていた箒達は黙って僅かに頬を朱くしていた、もしかしたらその手の話に興味又は理解があるのかもしれない。

 そうは思いたくはないが……。

「と、とにかく一人で大丈夫だから、行ってくるよ~」

「おう、それじゃ俺は千冬姉に響はいつも通りだったって伝えとく。この時間帯ならさすがに帰ってきてるだろうしな」

 ラウラの件に関する事で事後処理に終われている為、起きたら伝えに来てくれと頼まれていた事を思い出す一夏。とはいってもこの時間帯はすでに就業時間も過ぎている、部屋でくつろいでいるかもしれない。

「では、私達はこの食器の山を片付けるとしよう」

「そうね」

「これだけの量を運ぶのは骨が折れそうですわね」

「問題ないだろう、四人もいればすぐに終わる」

「ごめんだけどお願いね~…………四人?」

 響は後片付けを申し出てくれた箒達に感謝の言葉を述べようとしたがラウラの人数に対しての発言に眉を寄せる。

「デュノアはまだ入っていないだろう、皇と一緒にゆっくりしてくればいい」

「こっちはあたし達でかたしとくから」

「えっ、ちょ、あのっ……ま――」

 何も知らない箒と鈴に事情を説明しようとしたがそううまくいかない。

 シャルルの事情は一個人である自分では女の子である事を隠す事が精一杯。だが、それがシャルルのIS学園における命綱でもあった。

「そうですわね、皇さんは大丈夫と仰っていましたが何かあってはいけませんし」

「頼んだぞ、デュノア」

「う、うん」

 何とか理由を付けて反対しようとした響だったがそれよりはやくシャルルが箒達に返事を返してしまう。

「………………」

「響、とりあえず行こうよ。使用時間もそんなに残ってないし、ね?」

「……だね~」

 そう答えるのが精一杯の響だった。

 

 

「………………」

「………………」

 息が詰まるような沈黙の中で響とシャルルは脱衣所で固まっていた。

(どうしてこうなるのかな~……って、おれがすぐに起きなかったからだよね)

 ラウラとの戦いの後、三日間眠っていたのは一夏達との話で間違いようのない事実。もしあの試合の後、気を失わずに過ごせていたなら一夏に手伝ってもらいゆっくりのんびり大浴場のお湯をたんのうできたであろう。

 響はシャルルに聞こえないようため息を吐いた。

「シャルル、先に入って良いよ~」

「えっ? 響はどうするの?」

「一緒にはいるわけにはいかないもん。おれはシャワーで良いよ、シャルルはゆっくり汗と疲れを流してきなよ~」

 一夏とは違い自分はお湯につかれなくても問題ない、汗を流させれば良いだけだ。

 しかし、シャルルは女の子である。男子としてなりすましている分湯船につかりゆっくりと疲れを流す事はできていなかったはず……ならば、今回は湯船につかる権利を譲り次の機会まで待てばいい。

 そうすれば一緒に入ることなくゆっくりとできるし、もし一夏が一緒に入ろうと言っても自分から誘いシャルルと入らないように誘導すれば大浴場の使用条件に関する問題も解決できる。

「い、いいよ。僕は脱衣所で待ってるから……それにずっと寝てたんだから身体をほぐす意味でも入った方が良いと思うな」

「う~ん、そう言われればそんな気も……」

 確かに同じ姿勢で寝ていたのか打撲による痛みとは違う痛みが関節から感じた。

 動かす事に問題はないものの固まった筋肉をほぐすには湯船につかるのは最適とも言える。

「じゃ、お言葉に甘えて入ってくるよ~」

「う、うん。僕の事は気にしなくて良いからね」

「ありがと~」

 響はシャルルの視界に入らない場所まで移動し服を脱ぐ。

 痛み止めが効いているおかげで思ったよりもスムーズに服を脱ぐ事ができた響は脱いだ服をきちんとたたんでから大浴場の扉を開いた。

「うわ~、一夏が言ったとおり広いや!」

 大浴場にはその名の通り大人数が入っても大丈夫なように大きな湯船が設置されていた、そのほかにも大きさは僅かに小さくなるもののジェットバスが着いたものもあり更にはサウナや打たせ湯まで完備されていた。

「シャルルを待たせちゃ悪いし早くすませちゃお~」

 響は手早く身体と髪を洗い湯船につかる。

 少し熱めのお湯が擦り傷や切り傷に染みるがそこは我慢して身体を湯につける。

「し、しみるうぅぅ~。 でも、思ったより傷が塞がってる」

 響はお湯につかっている自分の身体の状態を確認してみた。

 ラウラから受けた攻撃は相当なものだった、血が出るような傷もあったはずだが今は傷口が塞がっておりふやけてもまた開く様子はない。

「……傷の治りが早いのは小さい頃から知ってたけど、これだけは感謝だね~」

 何処で何をしているかもわからない血の繋がった実の両親、彼等の記憶もないぶん怒る事も怖いと思った事もない。会ってみたいと思った事もない相手に感謝を述べるとは我ながらおかしいと響は両手でお湯を掬いこすりつけるようにかけた。

「やっぱりおれって少し変わってのかな~、一夏達のあの様子だともう少しひねくれて育っても文句は言われなかったかも」

 ひねくれて育てばここにいなかっただろうからそこは自分を引き取ってくれた両親に感謝だ、こっちの両親なら離ればなれで会えなくなっているとはいえ連絡先は聞いている。感謝の気持ちを述べたいのなら今すぐにでもできだろう。

「……そう言えば、父さん達はどうしてるんだろう。シャルルやボーデヴィッヒさんの問題で電話するの忘れてた」

 自分から連絡を取ろうとすると何かしろ問題が起きてしまうため忘れてしまう、そして向こうからも連絡が来た事がない。

 学園側からも何も情報が入ってこない以上、問題なく暮らせてはいるのだろうが少しはその手の情報が欲しい事に代わりはなかった。

「便りがないのは元気な印、だっけ?」

 響は誰もいない浴場で小さく呟く。

 今ここで心配しても何も変わらない、抱えていた問題の一つは確実に解決した。残っている問題も自分の行動と考え方次第で何とかできる状況になってきている。

「……やっと、スタートラインに立ったんだ。あとは前を見て進むだけ」

 響は首に付けている白銀のチョーカーに触れる、防水加工も施されているため湯船の成分でも錆びる事はないのでずっと外すことなく付けていた。

「打鉄のおかげでやっと戦う力を、戦えるだけの力を身につけられたんだ……これなら父さん達に何かあっても護れるかもしれない」

 そうすれば数ヶ月前のようにまた家族四人で会う事ができるかもしれない、一緒に暮らせるようになるかもしれない。

「もっと、もっと頑張らなくちゃね~。そしたらまた、みんなで……」

 響の眼が何処か脱力した目つきに変わる。

 お湯につかっいることで身体の凝りがほぐれ虚脱感を味わっているのだろう、それに加え大切なものを護れる力を手にした安堵感と熱気が運んでくる心地よい圧迫感に知らない内に張っていた気も緩んだ証だった。

(……はぁ~……、このまま……寝ちゃおうかな~……)

 とはいえシャルルを待たせている事を思い出した響はブルブルと頭を振り湯船から立ち上がる。

 

 カラカラカラ……

 

(……ん~? 何か音が聞こえたよーな……?)

 普段の響ならすぐにある人物が入ってきたという可能性を思いついただろうがなにぶん睡魔が襲ってきている状態の響の頭は脱力状態、湯気の向こうに見えるシルエットに首を傾げる事しかできなかった。

「お、お邪魔します!」

「へ……」

 響の眼に映るのは湯気の向こうから一糸まとわぬ姿のシャルルだった。

 その身体には当然タオルを当てているが所詮は薄手のスポーツタオル、濡れたタオルの向こうから透けてみる肌色を理解できず気の抜けた声をもらす。

「…………シャルル?」

「やっぱり、手伝った方が良いかなって思って来たんだけど……」

 タオル一枚でしか自分の身体を隠せていない事に恥ずかしさを感じているのかシャルルの頬は真っ赤に染まっていたがその中で宝石のように蒼い瞳が少しずつその視線を下に向いていた。

「あの、……その、前……見えちゃってるよ……」

「―――!?」

 シャルルのその一言に響の意識が一気に鮮明となり音速を超える速度で湯船につかる。

「シャルル!! 何で!? どうして!! 入って来ちゃったの!!!」

 今更だが響もシャルルの裸を見てしまった事に気づき同時に彼女に背を向けた。

 しかし、響の脳裏にはシャワールームから出てきたときの見事なまでの裸体が鮮明に思い出され響から冷静さを奪う。

「シャルル!! 何で!? どうして!! 入って来ちゃったの!!!」

 また、同じ言葉を繰り返すほどに。

「だから、響が身体洗うの大変かもって思って……」

「終わったよ、髪も身体も洗い終わったからだいじょーぶ!!」

「うん、そうみたいだね」

 慌てふためく響をよそにシャルルも湯船につかる。

 しかも気配で自分の傍に近づいてきている事がわかる。

「もう充分ゆっくりしたから、今上がるから、シャルルもゆっくり――」

「ま、待って!」

「はい!?」

 意外に思えるようなシャルルの大声の制止に響は驚き立ち上がろうとして動かした足を硬直させた。

「響に……話しておきたい事があるんだ、だからまだいて欲しい」

「わ、わかった~」

 響はシャルルに背を向けてはいるもののそれでも決して前回の二の舞にならないよう必死に眼を瞑っていた。

(みない見ない観ない視ないミナイみない見ない観ない視ないミナイデスヨオオオオ!)

 しかし、視覚を閉じた事で響の耳にはシャルルの微かな息づかいが届く。

 背中越しで異性がいるという事実だけでも響の心臓はオーバーヒート寸前なのだがそれに拍車を掛けるように背中に柔らかな何かが当たる、正確には押しつけられたと言うべきか。

「……響」

「ひゃい!! らんれしょ!?」

 耳元でシャルルの声が聞こえ思わず裏声で返事を返してしまった。

 コレでは動揺している事が丸わかりなのだがそんな事に構っている余裕は今の自分にはない、自分の背中に感じる柔らかな弾力。

 これは間違いなくシャルルの胸、そして押しつけられた豊かな双丘から伝わってくる心臓の鼓動。自分と同じようにシャルルの心臓もその鼓動を早めている。

(一体何がどうなってるのおぉぉ! 夢、コレは夢ですか! 夢ですよね!?)

 自分の問いかけに答えてくれるものは誰もいない、ただ自分を抱きかかえるように腕を前に回しているシャルルの柔らかな肢体の感触と耳にかかる僅かな吐息、何より何の混じりけのない彼女が纏う甘い匂い……。

 それらが響の意識を今まさに刈り取ろうとしていた。

「前に……部屋で話した事なんだけど」

「へや……? あ~、学園に残ったらって話だっけ……」

 真剣さが伝わるシャルルの声に響は意識と崩れかけた理性を取り戻した、頼ってくれて良いと言ったが一度でも彼女の助けになれたかは疑問である。

「うん……僕はここにいようと思う、今はここにいるしかないって言うのも大きいけど」

「………………」

「でも……ここに響がいるから、一緒にいてくれるから……それが一番の理由かな」

「そ、そうですか~」

「フフ、何で敬語なの?」

「な、何でって……」

 この密着状態の中で意識と理性を保つには何かしろ気がそれるような事をしなければならない、敬語など同世代で使うような事はない為少しでも不慣れな事をすればと思ったのだが……。

「それに……決めた事もあるんだ」

「決めた事?」

「僕の在り方かな、響が教えてくれたんだよ。忘れたの?」

「え~と、え~と……」

「本当に響は鈍感なんだね、僕じゃなかったら今すごく怒られてるよ」

「う~……ごめんよ~」

「いいよ、許してあげる。でも条件があるんだ」

「条件?」

 シャルルの言う条件がいったい何なのか気になり聞き返したが何故かシャルルは自分を抱きしめる両手に力を込める。

「あ、あのじょじょ条件って……」

「その……ふ、二人きりの時だけで良いからシャルロットって呼んで欲しいんだ」

「あ、それが本当の名前なの?」

「うん、大好きだったお母さんが付けてくれた……僕の本当の名前」

「わかった……これからもよろしく~、シャルロット」

「うん!」

 自分の後ろでシャルロットが嬉しそうに返事をしていた事がわかった。

 振り向いてみる事はできないけれどきっとあの思わず見惚れる笑顔を浮かべているに違いない、響はそんな彼女につられるように屈託のない笑みを浮かべた。

「あ、あとさっきはありがとう」

「さっき?」

「うん、僕達に……昔の事を話してくれてた時にさりげなく僕の事を男の子として話を続けてくれて」

 自分でも気づく事が遅れてしまった自然な気遣い、何気ない日常的な会話が一番秘密を漏らしてしまう危険があるのだが響はその些細な所まで気を遣っていてくれた。

 このようなアクシデントに見舞われたがその事が嬉しくてお礼を言いたかったシャルロットは無事に(?)お礼を言葉を伝える事ができてホッと一安心だった。

「アレくらいしかできないけどおれにできる事があったら言ってね~、シャルロットを助けるって約束したんだし……それにシャルロットのおかげで最後まで戦う事ができたんだから」

 響は自分の胸の前で指を絡めているシャルロットの手を感謝の意を込めて優しく手を重ねる。

 ラウラのISがその姿を豹変した時、間違いなく避難する事が正しい選択だった。

 それでもシャルルは自分を戦わせてくれた、勝てるかわからない戦いを自分が勝つと信じて……。

「ううん、僕だって響がいてくれてたからこうして女の子としての自分を取り戻せたんだもん。お互い様だよ」

「そっか~」

「そうだよ」

 響はシャルロットの手から感じる温もりに笑みを溢しす、今の会話でシャルロットが前向きな心を取り戻してくれた事を理解したが、同時に今も変わらず危険な状況下にいる事を思い出した。

「シャルロット……そ、そろそろ離れてくれると嬉しいな~。このままだと気絶しそう……だよ……」

 話をしている間は気にならなかったがくっついている事を気にしてしまうともう駄目だった、背中に感じる確かな膨らみがどうしても気になる。

 幸い欲望よりも自制心や羞恥心の方が遙かに勝っているのか響の意識はそう言った邪な感情が生まれる事はなかった、むしろこのままでは心臓が緊張のあまり破裂してしまい心地よい感触と共に天国に召されてしまいそうだった。

「あ、ああ! うん! そうだね、僕も身体と髪洗っちゃうね!?」

「そうして~」

 シャルルも自分が何をしてしまったのかをここでやっと自覚したのか水音を立てながら慌てて響から離れる。

「こっち見ちゃ駄目だからね!」

「見る勇気なんてないよ~」

「……響なら良いのに」

「何か言った~?」

「な、何でもない」

 何か聞こえた気がした響だったが過度の密着で意識が朦朧としていた彼にシャルロットの爆弾発言が届く事はなかった。

 その後響達は時間がなかった事を思い出し大浴場を後にし部屋へと戻った。

 部屋に向かう途中で響は風呂場での気まずい雰囲気を引きずらないよう何気ない会話を続けた、シャルルも大胆な行動を取ってしまった事実に話し始めた時は眼を合わせようとしなかったが部屋に着く頃には普段通りの彼女に戻っていた。

「おやすみ~、シャルロット」

「うん、おやすみ響」

 いつものように就寝前の挨拶を交わし床についた二人。

 シャルルはシーツを身体に掛けてしばらくすると規則正しい呼吸を繰り返して眠りに落ちた、その一方で響は三日間の熟睡と大浴場での出来事が祟りすぐに眠る事ができなかった。

(うぅ~、眠れない。こういう時って羊を数えれば良いんだっけ~?)

 その日、響は部屋に爽やかな朝日が差し込むまで眠りにつく事ができず悶々とした夜を過ごしたのだった。

 

 

 

(……何で教室のドアが壊れてるのかな~?)

 四日ぶりの登校で響が最初に眼にしたものは無惨に壊れた教室の扉と焦げ跡が残る教室の床だった。

 焦げ後が残っていた場所は一夏の席がある場所だった、その為何か知っているだろうと一夏に質問をしてみたが……

「今は聞かないでくれ……また、殺されそうになるから」

 疲れ切った表情を浮かべた一夏にそれ以上聞く事ができなくなった響は隈ができている眼をこすった。

「ふわあぁぁぁぁぁ~……ぬみゅいですね~」

「一段とって感じだな? 寝不足か?」

「うん、三日も寝てたら……眠れなくて~」

「まあ、当然だよな」

 三日間も寝ていたのなら一晩眠れなくてもおかしくはない。

 一夏もその事をわかっているのか苦笑をもらす。

「所でシャルルはどうしたんだ? まだ来てないみたいだぞ」

「あ~。朝起きたら用事があるから先に行ってて、て~」

「ふーん、何だろうな用事って」

「……さあ~」

 一夏に相づちを打つようにとぼけて見せたものの昨日の事が気まずくて一緒に登校できなかった事を隠した。

 実際、食堂から戻ったときもいつの間にかいなくなっていた。

 先に言っていてと言われたわけではなく置き手紙にそう書かれていたのだ、どんなに鈍感な人物でも自分と同じ事を体験すれば顔を合わせにくいからという意図をくみ取る事ができるはず……。

(……これからしばらくは大変かもだけど、シャルロットが女の子だってばれないよう精一杯手伝わなきゃ。そうすれば自然とうち解けられる……かな~)

 ベッドに横になる前までは問題ないようにも感じたのだが……やはり相手は異性であり自分と同じ思春期の女の子、男の裸を見て裸を見られては思うところがあるに決まっている。

「はぁ~……」

 身体の方はかなり回復したものの精神面ではこの先も気を張り津透けなければならないだろうと思いため息が溢れる。

「み、みなさん。おはようございます」

 いつの間にかHRの時間になっていたようで真耶が教室の中に入ってきた、何故か足下が覚束ない様子で歩いていた。

(珍しいな~、山田先生も寝不足なのかな?)

 響は重い眼をこすり眼を覚まそうと頬を軽く叩く。

「……その様子だと皇君も覚悟はできてるみたいですね、早く教えてくれれば先生も大変な事にならなかったのに……」

「覚悟って……?」

「今日も皆さんに転入生の紹介を……紹介というか、もう挨拶はすんでいるというか……」

「「「「「「?」」」」」」

 響だけでなく一夏やクラスの全員が真耶の言っている事がわからず首を傾げる。

「とにかく、……入ってきてください」

「はい、失礼します」

(……あれ、この声……って)

 熱くもないのに額から汗が流れ落ちる響、顔色も見る見るうちに青くなっていくのがわかる。

「シャルロット・デュノアです、皆さん改めてよろしくお願いします」

 ぺこりとスカート姿のシャルロットがお辞儀をする。

 響以外の全員が眼を点にしてシャルロットを見つめる、クラス全員が戸惑いの表情を浮かべる中、響は机に突っ伏した。

「ええっと……デュノアくんはデュノアさん……ということでした」

「……え?」

「「「ええ?」」」

「「「「「「「「「「えええええええ!?!?!?」」」」」」」」」

(……何で自分からばらしちゃうの……)

 響は騒ぎの原因が自分である事を知っている為耳を塞ぎ誰とも眼を合わせないようにする。

「デュノア君って女……?」

「おかしいと思った! 美少年じゃなくて、美少女だったわけね!?」

「って、皇君! 同じ部屋だったんだから知らないってことは……」

 クラスの目が一斉に響に向く。

「………………」

 このとき誰もが納得するような言い訳を考える響ではあったが、決定的にまずいことに気付いた女子がいた。

「ちょっと待って! 昨日って確か、男子が大浴場使ったわよね!?」

「あっ、響! そうえば昨日、一緒に風呂にいったよな!」

(ああ! それは黙っててほしかっよおぉぉ!)

 女子達の自分を凝視する力が更に増す。

「み、みみ、みんな!? なに考えてるのかな~? シャルロットとは何もなかったよ! ねっ! シャルロット?」

 なんとか平静を保ってシャルロットに話題をふったのだが……。

「……え、えへへ……」

(なんで!? なぜに顔を赤くして照れ笑い!? ばれちゃったね、みたいな!? 少しは弁解してえぇぇっ!)

「なっ、なんで!? なんで二人とも顔赤いの!?」

「まさかお風呂で……!」

「そっ、そんな! 越えちゃったの!? イッちゃったの!?」

 何の話をしているのかと響が話を切り上げようとしたがそれよりも速く妄想にかき立てられた女子の声が響く。

「そ、それでシャルロットさん。皇君の体つきどうだったの!?」

「ちょっとあんた達、もっと大事な事聞きなさい! 大きさはどのくらいだったの!?」

「何を聞いてるの~!!」

 最初に聞かれた事ならまだ誤魔化して答えられるかもしれないが二番目に涎を流しながら質問する女子は明らかにピンポイントでねらい打ちにしてきていた。

「えっと……その、お」

「だめええええええええええ! お嫁さんもらえなくなるどころかお婿さんにもなれなくなるからああああああああ!!」

 律儀に答えようとしたシャルロットの声を絶叫で遮るもクラスの空気は変わらなかった。

「うふふ~。ひっきーも狼さんだったんだね~」

「なっ、違っ……お、落ち着いて! みんなの想像してるようなことは起き――」

 不意にシャルロットと視線が合ってしまい脳裏に大浴場で刺激的な対面をしたシャルロットがある一点を見つめていたときの事を思い出してしまった響。

「う、う……」

 響の緋色の眼が潤みだし目尻から滝のように涙があふれ出す。

「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 響は惜しげもなく鳴き声をあげ教室を飛び出していった、十五歳の男子としてはなんとも情けない姿ではあったがそれでも『可愛いから良し!』という女子達の声に唖然とするしかない。

「……お前達、あまり皇をからかうな。立ち直るのに時間が掛かる」

「「「「「「はーい」」」」」」

「デュノアも馬鹿正直に答えなくていい、お前が見たものは黙っておいてやれ」

「は、はい」

「……響のやつ、これから大変だな」

 世界でたった二人だけの男性操縦者、その内の一人皇響はIS学園に入学して早三ヶ月……未だに癒し弄られ泣かされるマスコット的立場から脱却できていなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――某所ラボ内。

 

 

 ピッ、ピピッ、ピッ……ピッピピピピッ……。

 表示される膨大な情報を信じられない早さで処理する独りの女性。薄暗い研究所のなかにいるのは彼女独りだった。

「ふむふむ、訓練機から専用機に変わったのは驚いたけど順調に力を身につけてるみたいだねー。それにとっても良い子に育ってくれて嬉しいなー♪」

 彼女の口調には、驚きよりも喜びとか嬉しさの方が強く表れていた。 大体、驚きなど一ミリも含まれていなかった。

「響ちゃんとあの子の単一能力は常時瞬時加速かぁ、でもまだ序の口みたいだねー?」

 ディスプレイに表示されつづける新たな情報を眺め、すぐに処理する。

「限界までシステムを稼働させたらどうなるのかな? う~ん、たーのしみー♪」

 そう言ってにんまり笑う彼女は、とても不思議な格好をしていた。

 空のように真っ青なブルーのワンピース。それはさながら童話『不思議の国のアリス』のアリスである。エプロンと背中の大きなリボンが目を引く。

 それ以上に目(特に男の)を引くのは、今にもはち切れそうなぐらいまで引っ張られている白いブラウスの隙間から見える、豊満な胸の膨らみだ。

 頭にはウサミミのカチューシャ。

 端的に表現すると一人『不思議の国のアリス』状態。

「やっぱり、実際に見てみないとねー♪ それに――」

 ここでどことなく和風テイストの着信音がなる。それはずっと前から彼女が待っていたものであった。

「こ、この着信音は……!」

 ピッ……。

「もすもす、終日? はぁーい! みんなのアイドル、篠ノ之 束だよ♪」

 電話こそ切れなかったが、何か血管が切れるような音が聞こえた気がした。

 何も言わないと電話を切られる気がして、というかもう切りそうだったので、必死で相手をひき止める束。

「わあ!? 待って待って! 切らないで箒ちゃん!」

『……姉さん』

「やーやーやー、我が妹よ~。うんうん、用件はわかっているよ? 欲しいんだよねー、君だけの専用機が」

 束は電話の向こう側にいる箒に話しかけながら、後ろを振り向く。

「もちろん用意してあるよ。最高性能にして規格外、そして白と並び立つもの、その機体の名は――」

 

 

 ―――――――――『紅椿』

 

 

 




ようやくラウラとのバトルまで書き終えることができました~
 響君の専用IS『打鉄・天魔』を出すときは斬新さが足りないかと思いましたがチートになりすぎないよう押さえて出してはみたものの……できる限りそうならないよう続けていければと思いますw


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第十一話 皇響の休日・その一

「はああああああああああああ!」

 六月最後の休日。

 IS学園第二アリーナ、そのフィールド上を滑るように滑空する白銀の機体を纏う響。

 その速度はかつて訓練機だったとは思えないほどの速さでターゲットへと突き進み二叉の大刀を振り下ろす。

「ふむ、基本速度にはなれてきたようだな皇」

「くっ」

 渾身の力を込めた一撃を避けられ響は今度は距離を取らずにあえて接近戦を挑む。

 『鳶葵』の刃は無数の剣閃として放たれる、ラウラとの戦いで見せた動きよりも速度は無いがそれでも流れるような身のこなしを見せる。

 だが、そんな見違えるような体運びと太刀さばきを見せる響の攻撃を難なく躱す一人の女性。

 長く美しい黒髪を後ろで束ね学園指定の教師用ジャージに身を包む千冬、ジャージの上からでもわかるほどの豊かな胸と細い腰、一切の無駄をなくした体躯で彼女は生身のままでISを纏う響と剣を交えていた。

「どうした? 私はここだぞ。一撃くらいは当ててみろ」

「は、はい!」

 片方がISを駆り片方が生身という異様とも思える状況ではあったが第一回モンドグロッソ優勝者にして世界最強の称号『ブリュンヒルデ』と呼ばれるIS操縦者、その輝かしい経歴は飾りでなくた類い希ない才能と弛まない訓練で培われた剣術で響を圧倒する。

 それを証明するように格下である響が相手とはいえIS操縦者を相手にして千冬は汗一つ流さず息一つ切れていなかった。

(うぅ~……どうやったら織斑先生に攻撃が当たるんだろ、何度やっても躱されちゃう)

 『打鉄・天魔』のスペックは第三世代級、その速度は比べるまでもなく生身の人間を遙かに圧倒している……はずなのだが、千冬はその速度を見切り身体を僅かに反らすだけで自分の攻撃を避ける。

 何度か躱しきれず剣を受け流された事もあったがそれも常識の範疇を超えていた。

(剣術の達人なんだからそういう事もできると思うけど……何でIS用の近接ブレードでそれができるんだろ~?)

 しつこいようだが千冬は生身なのだ、人が生身で扱うには過重量であるIS専用の武器を苦もなく振るい高速の剣戟を受け流すなど攻撃を避けるよりも難易度が高い。ましてや武器を振るえている事自体信じられない現象である。もしかしなくても自分の攻撃も真っ正面から受けたとしても受け止められるのだろう。

 そんな奇想天外な模擬戦闘を始めてすでに一時間……、響の心は挫けそうだった。

「はあ……はあ、はあはあ……織斑先生。ギブア……ップ~……」

「何だ、私はまだやれるぞ」

「織斑先生が……規格……外なん……ですよ~」

 響は打鉄を待機状態に戻しフィールドに座り込んだ。

 これだけ長い時間ISを起動し続けたのは初めてと言う事もあったが千冬に攻撃が当たらない焦りとIS操縦者として全く成長していないのではないかという疑心暗鬼に体力も消耗していたようだった。

「……まあ、お前は病み上がりのような物だし私の鍛錬に付き合わせてすまなかったな」

「いえいえ~、おれも……まだまだだなってわかりましたから~」

 千冬のような人間かどうか疑わしい人物と自分を比べるのもどうかと思うがこの方が身も心も引き締まる気がする。

(まさか朝の特訓してるときに織斑先生に声をかけられるとは思ってなかったけど……まあ、最適化してくれた打鉄になれなきゃって思ってた所だったし、丁度良かったのかもしれないな~)

 性能アップした打鉄になれる事ができただけでなく切り札である単一能力『一騎当千』を使わなければ今までと大して変わらないという事が確認できた。

 今の自分がどの位置にいるのか……それを確認できたのは大きな収穫でもある。

「悲観する事はない、どこぞの生徒よりも成長が早いうえに伸びしろもある……順調にいけばこの学園で上位のIS操縦者になれるだろう」

「ほ、ほんとですか! ……って、一夏にはほんと厳しいですね~」

「誰も一夏とは言ってないぞ」

「でも、織斑先生がこの学園でおれと比べるのって一夏くらいしか……」

「……一夏とはいっていないぞ」

「はい」

 何か気に障るような事でも言ったのだろうか、響は千冬の不機嫌な眼差しに理不尽という言葉を思い出す。

(別にからかったわけじゃないけど……一夏の話をすると先生って怒る……とは違う感じがするな~。照れてるとか……?)

 響は腕を組みうなり声を上げながらどうして千冬の不機嫌(=照れてるだけ)になるのか悩む。

 別段悩むような事ではないが……。

「ところで今日はこの後予定でもあるのか?」

「う~ん――って、はい。一夏と一緒に臨海学校の準備で街まで……それがどうかしたんですか~?」

「お前は忘れているかもしれんが護衛の事だ」

「……覚えてますよ~」

「……貴様、本当に忘れていたな」

「………………」

 響は気まずそうに視線を逸らし口を噤んだ、千冬も怒っているわけではないのでそのまま話を続ける。

「今まではお前を狙ってくる工作員や企業スパイを警戒して外に出す事はなかったが今日からは同伴者がいれば自由に外出していい、もちろん外出届をだして許可がおりたらだがな」

「同伴者は誰でも良いんですか~?」

「ああ、だができるならISの操縦に限らず対人戦でも対応できる者なら尚良しだ」

「わかりました、それじゃ部屋に戻って着替えたら出かけてきま~す」

「気をつけてな」

 響は額から流れる汗を拭いながらピットへと向かう、その後ろ姿を眺めていた千冬は響の姿が見えなくなった後、響が向かったピットとは反対のピットへ向きなおる。

「……山田先生、データの方は?」

『はい、計測完了しました』

 千冬以外誰もいないアリーナの大型スクリーンに真耶の姿が映し出された、彼女がいたのはピットの制御室。そこで響と『打鉄・天魔』のデータを計測していた様だ……それも響には秘密で。

『皇君の身体は完全に完治、専用機となった打鉄とのリンクにも問題はありません』

「そうか」

『ISとのリンク率は専用機になった事でより高くなるのは当たり前の事ですが、でも……』

 真耶は自分の手元に映っている響の稼働データを見て戸惑っていた。

『専用機を手に入れたからと言ってたった数ヶ月前まで軍事戦術の知識、武道などの心得もない上にIS操縦も素人同然だった皇君が……代表候補生に匹敵する戦闘データを出すなんて、とても信じられません』

「……ああ、直に戦った私が一番驚いてる」

 千冬は手にしていた近接ブレードを突き立て小さくため息を吐いた。

 朝の鍛錬とはただの口実だがその後の稽古と称したデータ採取が目的であった手合わせで取れた響の戦闘データ、稼働時間は除いたとしてもISの起動・展開の速度、安定した出力維持……それに加え授業で教えた剣術・体術の域を超えた洗練された動き。

 そのどれもが代表候補生であるシャルロット達と同等の数値を見せたのだ、通常時でこれなのだからもしもう一度響がラウラと戦う事になったとしても単一能力がなくても今度はまともな試合になるほどの成長をみせたのだ。

(信じがたいがあいつは戦う度に強くなっている……それも驚くべき速さで)

 一夏もたった二度の起動でセシリアを追い詰める所まで行ったがそれはあくまでセシリアが油断した結果だ、現に一夏はあれ以来『零落白夜』という一撃必殺攻撃をもってしてもセシリアやシャルロット達代表候補生に模擬戦でも勝ち星は挙げていない……それを踏まえて考えても響の成長速度は異常だった。

 まるでこちらの思惑通りに力を身につけているのではないかと錯覚すら感じてしまう。

「山田先生」

『はい、織斑先生』

「今回のデータは全て破棄、IS委員会に提出する記載書類はボーデヴィッヒ戦までのもので作成を。単一能力に関してはまだ自分の意志で使えないようにと報告を……あまり目立ちすぎるのもまずい」

『わかりました』

 データの計測が終わった後も千冬と真耶は互いに深刻な表情を向けながら響に関する報告書について話し合うのだった。

 

 

 

 

 予期せぬ千冬との訓練の後、響は自室へと戻り汗を流し制服に着替えていた。

「ふぅ~……疲れた~」

 響は制服に着替え終わると同時に自分のベッドへと倒れ込む、普段から身体は動かしてはいてもISの訓練だけはなかなかなれる事がなかった。

 今回はそれに拍車を掛けるように専用機となった打鉄の慣れない操縦に千冬の泣きたくなるような手ほどきの様な訓練があったためだろう。

「……それにしても、一夏がもう出かけてたなんて予想外だよ~」

 シャルル改めシャルロットが女である事を公表したため箒と同室になっていた一夏と部屋を交換したのだ。

 シャルロットは何処か残念そうに隣室に移ったのだが響としては何の気兼ねもなく生活できるようになり一安心といった状態。それでも響が一人で居るとシャルロットが部屋に遊びに来るので寝不足になるという事以外はさほど変わった事はない。

「まあ、篠ノ之さんに連れてかれたなら仕方ないか~」

 自分が部屋に戻ってきた時、朝の九時前だというのに一夏の姿はなかった。

 食堂にでも行ったのかと思ったがベッドの上に書き殴ったような文字で置き手紙が置いてあった。

 

『すまん響。箒に臨海学校の準備を手伝ってくれって言われたから先に行く、何か急いでるみたいで断ろうにもこと………………』

 

 そこで字は途切れていた。

「……無事に帰ってこれるのかな~」

 書きかけの置き手紙を見る限り箒は誰よりも先に一夏を連れ出したかったのだろう。

 セシリア達の邪魔が入る前に一夏との距離を埋めるべく行動に移したのだろうが……まさかここまでアグレッシブに攻めるとは素直ではない彼女にしてみれば珍しい事だ。

「でも、買い物どうしよ~……織斑先生は同伴者がいればって言ってたけど」

 朝九時という時間は朝食を取るには遅く出かけるには少し早い、何とも行動しにくい時間帯でもある。

「誰か誘うにしても他に約束なんてしてないからな~、……一夏に電話して頼みたいけど篠ノ之さんの邪魔するのも悪いよね~」

 響はベッドの上で仰向けになってため息を吐く。

 基礎トレーニングやISの訓練を使用にもさっきやってきたばかり、それに予定していた買い物にも行けずじまい……いきなり時間ができてしまっては何をすればいいのかもわからない。

 そんな事を考えている内に横たわるベッドのフワフワモコモコの感触に瞼が重くなる響、窓際という事もあり暖かな陽光と訓練の疲れが合い余って響を眠りに誘おうとする。

「……このまま寝ちゃお……か…………………………くぅ~」

 ものの数秒で眠りに落ちた響。

 

 コンコン……コンコン……

 

 響が寝てしまったとほぼ同時刻、部屋のドアをノックする音がなる、当然の事だが寝ている響に聞こえるはずもない。

 その後も何度か誰かがノックを繰り返すも誰も返事は返さない。

「……響、一夏。いないの?」

 恐る恐るといった様子でドアを開け室内を覗き込んできたのはシャルロットだった。

 鍵が開いているというのに返事がない事を不審に思ったのかドアを開けて入ってきたようだ。

 シャルロットは寝ているとは知らない響とここにはいない一夏に声をかける。

「二人とも……入るよ」

 それでも返事は帰ってこない、シャルロットは申し訳なさそうに声を上げ部屋の中に入る。

「響……、寝ちゃってたんだね」

 シャルロットが部屋に入って眼にしたのは気持ち良さそうな表情を浮かべ規則正しい寝息を立てて眠る響だった、その姿はとても十五歳の少年の姿ではなかったが彼女は柔らかな笑みを浮かべる。

「一夏と出かけるって言ってたのに寝ちゃうなんて、一夏は何処に……ん?」

 寝ている響の姿を見ていたシャルロットだったが彼の手に一枚の紙が握られている事に気づく、シャルロットは響を起こさないようそっと紙片を抜き取る。

「……出かけようとしたけど一夏を箒に取られちゃったんだね、そうなると臨海学校の準備をどうしようか悩んでる内に寝ちゃったってところかな」

 一夏が残した短い置き手紙に眼を通したシャルロットは何が起きたのかだいたい理解したようだ。

 ちなみに箒達とは女である事を明かした日からすぐ仲良くなり名前で呼び合う中になっていた。

「箒、いつもの稽古を早めに切り上げてたから何かあったのかと思ったけど……こういう事だったんだ」

 置き手紙を綺麗に畳み制服のポケットにしまうシャルロット。

 この手紙をセシリア達が見つけたら大騒ぎになるだろうと思い隠したようだ。

「みんなには悪いけど響を起こしちゃうよりは良いよね?」

 誰に言ったわけでもなかったが自然と疑問系になる。

 あえて言うなら自分のすぐ傍で眠っている響に聞いたのかもしれない。

 でも……

「……すぅ……すぅ……」

「気持ち良さそうに寝てる……」

 シャルロットは響の寝顔を良く見ようとベッドに腰掛けた。

「響って男の子なのに可愛い顔してるよね、髪も真っ白でさらさらしてて……」

 シャルロットは寝ている響の髪を撫でるように優しく梳かす、指の間を通る傷みの無い髪の感触にため息を溢した。

「何の手入れもしてないって言ってたけど……羨ましいよ、僕が男の子で響が女の子だったら絶対告白してると思う」

 自分は何を言っているのかと思わず苦笑してしまう。

 響が女で自分が男という事は絶対にない、むしろ響が男で自分が女である今……彼に好意を抱いているのだからはっきり言って問題にもなっていない。

(好きって……面と向かって言えたらいいのに)

 シャルロットは響の前髪を静かに払いその下に隠れていた顔を見つめる。

(響がいなかったらきっと僕は……僕のこの学園での生活は辛い事ばかりだったかもしれない)

 誰にも自分の秘密を言う事もできず辛い事があっても誰にも相談できない、そんな日々を送れば遅かれ速かれ自分の心は父親の都合で与えられた会社存続の重圧と責任、そして男とい装い嘘をついて生きている罪悪感に押しつぶされていただろう。

「響が僕を助けてくれた、だから僕は僕でいられるんだよ」

「……ん、……すぅ…………」

「ふふ、響も一夏に劣らず鈍感だからこれから大変そうだね」

 シャルロットは手を滑らせるように響の頬に触れる。

「わあ、肌もスベスベしてる、お化粧の乗りも良さそう……それに唇だって柔らか……」

 シャルロットの蒼い瞳が響の小さな唇に釘付けになる。

「…………寝て、るんだもんね」

 何処か緊張した表情を浮かべ声を震わせるシャルロット。

 しかも挙動不審に室内を見回す。

 もちろん部屋には彼女と寝ている響しかいない。

「ま、前は……おでこだったけど……今度は……」

 寝ている隙にしてしまうのは卑怯かもしれない。

 でも、いったんその事を考えてしまってはもう意識せずにはいられなかった。

 柔らかさと張り、そして適度な潤いがある自分の唇を指でなぞるシャルロット。その姿には少女の儚げな可憐さとけっしてみだらではない一種の妖艶さが滲み出ていてた。

「ほんとは恋人同士になってからだよね……」

 それでも確かめたい。

 自分の好きな人の唇がどんな感触なのかを。

「……ごめんね、響」

 シャルロットは頬を朱く染め意を決したように眠っている響に顔を近づける。

「…………………」

 シャルロットは静かに眼を閉じ唇を近づける、閉じた瞼の先には響の唇がある。

 そう思うと心臓が高鳴り頬が熱くなるのを感じた、自分でも何をしているのかと思ってしまうが止めようとも思っていない。

 そんなシャルロットと響の唇が重なろうとした瞬間――

 

   バアアァァン!!

 

「うわぁ!」

 部屋のドアが壊れたのでは中と言うほどの大きな音を立てて開かれた。

 シャルロットはその音に驚き慌てて響から離れすぐ横にある一夏のベッドに座り込む。

「一夏さん! 今日はわたくしとお買い物に行きませんこと!!」

「一夏! あたしと一緒に買い物に行くわよ!!」

「一夏! 私の嫁として買い物に付き合え!!」

「しぃー!!!!」

 慌ただしく部屋の中に入ってきたのは一夏と一緒に臨海学校の準備をしようとしていたセシリアに鈴、そしてラウラだった。

 何も知らない三人にシャルロットは静かにするよう右手の人差し指を自分の唇の前でピンッと伸ばす。

「あ……申し訳ありませんわ」

「ごめんごめん、寝てるなんて思ってなかったのよ」

「すまん」

 セシリア達は顔が赤いシャルロットの顔を見て怒っているのだろうと勘違いして小声ですぐに謝った。

 実際は寝ている響に『キス』しようしているところに乱入された為、恥ずかしさで朱く染まった頬をしていただけであるが……

「……すぅ……すぅ……すぅ……」

 響が起きる事はなかった。

 これだけ大きな音を立てても起きないのであれば早々眼が覚める事はないだろう。

「もぉ、入ってくるなら先にノックしてからにしてよ」

「すみません、でも睡眠の妨げにならなかったようでなによりですわ」

「ほんとねー、これで起きないんだからある意味才能よね。役に立つかわからないけど」

「それよりも嫁は何処にいる、一緒に臨海学校で使用する装備を準備したかったのだが」

 ラウラの言葉にセシリアと鈴も部屋の中を見渡す、シャワールームの中も確認する徹底ぶりだった。

「い、一夏なら僕が来た時にはいなかったよ。響も寝ちゃってたから……一人で買い物に行ったんじゃないかな?」

 シャルロットは置き手紙の事は言わずに一夏がいない事を伝える。

「そんな、わたくしを誘ってくださらなかったなんて!」

「何一人でいってんのよ、あいつは!」

「まったく、嫁としての自覚が足りないな」

「あはは……」

 シャルロットはすごい剣幕で怒りを露わにする三人に乾いた笑いを溢す。

 今更本当の事をいっても怒りは治まらないだろうし下手をしなくても怒りが倍増するのは目に見えていた。

「それでシャルロットさんはどうしてこちらに……まさかシャルロットさんも一夏さんを!」

「ないない、それはないわよセシリア。シャルロットは響に決まってるじゃない」

「そうだ、シャルロットの嫁は皇と決まっている」

「そうでしたわ」

「ちょっとみんな何を言って――!」

 シャルロットはしどろもどろになりながら否定しようとしたがそれよりも早くセシリアが彼女の両手を握り、鈴とラウラが肩に手を置いた。

「見ればわかりますわ」

「見ればわかるわよ」

「見ればわかる」

「~~~~~~!」

 三人の言葉に何も言えなくなるシャルロットだった。おそらくここにいない箒もシャルロットの気持ちに気づいているだろう、気づいていないのは鈍感同盟の一夏だけ。

「しかし、一夏さんがいないのでは長居は無用ですわね」

「そうね、あたし達は一夏を探さなくちゃいけないし」

「これ以上いては邪魔になるだろうから」

 セシリア達は会話もそこそこにシャルロットと響を残し部屋を出て行った。

 彼女の邪魔になるだろうとの判断は正しい物ではあったがキス未遂になってしまった状態で置いて行かれては何ともいづらいシャルロットだった。

「はぁ~……びっくりした、いきなり入ってくるんだもん。驚いちゃったよ」

 シャルロットは気持ちを落ち着けようと胸に手を当て深呼吸を繰り返す。

「……よし、もう一回してみよう……こんなチャンス二度とないかもしれないもん」

 セシリア達に邪魔される前とは違いシャルロットの眼に躊躇いはない、恥じらいこそあるものの『キス』することに迷いはない様子だった。

 シャルロットはもう一度響に寄り添うようにベッドに座り顔を近づける。

「………………響」

 今度は成功するという予感に頬を朱く染め自分の唇に当たる微かな吐息に鼓動が高鳴るシャルロット。

 震える唇を響の唇に重ねようと息を止めた……が、

「あらあら、外国の子ってやっぱり大胆なのね」

「はいっ!」

 不意に耳元で聞こえた声に返事を返しながらもシャルロットは再び響から離れた。しかし、ドアの開く音も聞こえず人の気配も感じなかった分余計に混乱する。

「あ、あの……え、ど、どうやって中に……というか、あなたは……」

「私の事は気にしなくても良いわよ、通りすがりの生徒会長だから」

「通りすがり?」

 部屋の中に入ってきたのだから通りすがりではないと言いたいシャルロットだったが彼女の眼には楯無の持つ扇子が映っていた。

 ――『千載一遇』という文字が書かれておりシャルロットが置かれている状況を示している事がわかる。そして、悪戯な笑みを浮かべていた楯無は何もなかったように出口であるドアに向かう。

「それじゃ、お姉さんはこの辺でおいとまするわね。本当は響君に頼みたい事があったんだけど……ねっ♪」

 楯無は扇子で口元を隠しながら小悪魔めいたウィンクをシャルロットに送る。男であればその仕草だけで心を射貫かれてしまいそうになる、そんな魅力的なものだった。

「あ、あのですね……これは」

「いいのいいの、私は何も見なかったから。でも、大人すぎるのは止めてあげてね。じゃないと響君には刺激が強すぎるだろうから」

 意味ありげなセリフだけ残し楯無は部屋を出て行った。

 その言葉にシャルロットも頬を朱く染めているだろうと思ったが頬は赤とは反対の色で染まっていた。

「大人すぎるのは……響には刺激が……強すぎる……」

 青ざめた表情で寝ている響の傍まで歩み寄るシャルロット、顔色だけでなく声も緊張ではなく動揺で震えている。

(もしかして響……生徒会長さんと……『大人なキス』を……!)

 眼がみるみるうちに潤みだし今にも泣きそうな面持ちを見せるシャルロット。

 彼女が脳内で想像している事など一切ないのだが、シャルロットは止まらぬ妄想に声を失い響の小さな口を見つめる。

 ……何故、『大人なキス』というそんな考えに行き着いたのかは恋する乙女のなせる技なのかもしれない。

「僕も……」

 響の口は空気を取り込む為に僅かに開いている。

 楯無のいった大人すぎる口づけをするには好都合な状態だった。

「僕も……し、舌を……」

 シャルロットは楯無に対抗心を燃やしているのかしなくてもいい事を、響の為を思えばしてはいけない事をしようとしている。

 それがわかっているのにもかかわらずシャルロットは顔をこれ以上ないほどに赤くし涙まで流しながら響の口元に意識を集中し僅かに開いた唇をゆっくりと近づけていく。

「せ、積極的にいかなきゃ……僕も女の子だって響に意識してもらえないなら……!」

 涙に濡れる蒼い瞳に十代少女の決意が宿る。

 そんな決意をするように仕組まれたとは考えてもいないのだろう、シャルロットはギュッと眼を瞑り響の唇目掛け顔を近づけ――

「いるか皇。朝の件でお前に話したい事が……」

「………………」

 声と共に部屋の中に入ってきたのはシャルロットと響の担任である千冬だった。

 これまでにない集中力が徒となったのかシャルロットは千冬が再三ノックしていた事に気づかなかった。

「何をしている、デュノア」

 シャルロットの行動を問い詰める千冬ではあったが、重々しいため息を吐きながら額に手を当てる彼女の姿は全てわかったと言いたげな物だった。

「あ、あの……響の寝顔を……見てました」

 ゆっくりと響から顔を離すシャルロット。気まずさと度を超した行動を千冬に見られてしまい自然と正座で話を続ける。

「……まあ、お前がそう言うならそうなのだろう。決定的な証拠があるわけでもない」

「すみません、これは……魔が差したというか、生徒会長さんに負けられないというか」

「生徒会長? ……楯無の事か、あいつめ面倒毎を増やしてくれる」

「し、知ってるんですか?」

 千冬はIS学園の教師である。生徒会長という役職の生徒を知らないわけがないのだが今のシャルロットにはいつもの判断力は消えていた。

「あいつがお前に何を言ったのかは知らないが皇とはお前が考えているような関係はない。あいつは人をからかう癖があるからな……あいつの言葉をあまり真に受けるなよ」

「そ、そうだったんですか……よかった~」

 シャルロットは大きくため息を吐き安心した表情を浮かべる。

「ところで、皇は起きそうか」

「えっ、どうでしょう? さっきセシリア達が来た時は凄い音を出しても起きませんでした……まだ起きないと思います」

「そうか、話があったのだが……また後で来る事にしよう」

「ぼ、僕が伝えておきましょうか?」

 自分のした事を特に罰するような事をしなかった千冬に少しでもお礼を、と考えたのかシャルロットから提案が出る。

 少しだけだが落ち着いてきているのか冷静さを取り戻し始めていた。

「これは皇に直接伝えなければならない事だからな私から伝える事にする。あと私は山田先生と一緒に街の方へ出かける、皇が起きても私が来た事は知らせなくても良い。夜にでも伝えるさ」

「わかりました」

「ではな」

 千冬は踵を返しドアノブを握り、そこで立ち上がったシャルロットに振り向く。

「……不純異性交遊は程ほどにしておけ、そうでなくても皇は子供だ。もう少し互いに理解した上で行動を起こすようにしろ」

「……はい、すみませんでした」

「わかればいい」

 酷く疲れたため息を溢し千冬は部屋を出て行った、残されたシャルロットは一夏のベッドに腰を下ろし後悔の念にかられていた。

 千冬のおかげで危機的状況(冷静に考えれば自分も響も大変気まずくなる)を脱する事ができた、これからはもう少し自制心を強く持たねばとシャルロットは深々と頭を下げた。

「……ふああぁぁ~……」

「響、起きたの?」

 寝ていた響の大きなあくびが聞こえシャルロットは響の傍に座り直す。

 三度目の正直ならぬ四度目の正直、とはさすがにならずシャルロットは眼を擦り起きようとしている響の顔を覗き込む。

「起きられる? まだ、午前中だから寝ていたいなら寝てられるよ」

「ん~?……しゃるろっと?」

「そうだよ、僕だ――よっ!?」

 響はまだ寝ぼけているのか自分の顔を覗き込んでいるシャルロットの問いかけに返事を返さなかった、変わりに左手を彼女の頬に添える。

「ひ、響?」

「……おはよ~、しゃるろっと~……」

「っ!?」

 寝ぼけながらも響はシャルロットに満面の笑みを浮かべ挨拶を返す。

 起きたばかりの無防備なあどけない笑顔、それは無邪気さや可愛らしさを通り越した純真無垢な表情。それを見る事ができるのは響と一緒に生活をしてきた家族を覗けばシャルロットと一夏だけ……。

 しかし、今響が見せている表情はシャルロット達でも見た事がないものだった。

 高校生になれば目覚ましで起きれるようになる、しかも同室しているルームメイトがいればちゃんと起きなければと気を張る。

 それが今の響には無いのだ。つまり、シャルロットが見ているのは響の素の表情であり誰でも見る事ができる様なモノではない。気を許した友人でも見る事はできないはずだ。

 過剰表現すれば選ばれた者、家族や『恋人』でなければ見る事のできない至高の素顔。

 しかも、今は響の手がシャルロットの頬に触れている。見るものによっては眠っていた王子様がお姫様の口づけで起きるおとぎ話の一場面に見えただろう。

 とはいえ、響はシャルロットのキスで起きたわけではないが。

(……今の僕にはこのくらいで丁度良い、かな)

 その事実に気がついたシャルロットは嬉しそうに笑みを浮かべ自分の頬に触れる響の手に細くしなやかで、柔らかな手を重ねるのだった。

 

 




 お気に入り登録されてくれている方、気ままに読み進めていてくれた方、お久しぶりです!
 これまで定期的な投稿ができるようがんばって参りましたが、オリジナル展開だとなかなかうまくいかないものですね(汗
 仕事の合間に何とか打ち終えたので投稿させていただきます<(_ _)>
 また、間が開くかもしれませんがなにとぞ応援と感想・評価お願いいたします!!
 


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第十二話 皇響の休日・その二

 二度寝から目覚めた響はシャルロット共に臨海学校の準備をするべく街に繰り出していた。

「部屋に来てたなら起こしてくれれば良かったのに~」

「気持ち良さそうに寝てたから、起こすのも悪いかなっておもって……それにキスできるチャンス……だったし」

「何か言った~?」

「ううん、何でもないよ!」

「そ~? なら良いんだけど」

 響は慌てるシャルロットの様子に首を傾げたがそれ以上追求する事はなかった。

「それにしても人が多いな~」

 モノレールから降りてすぐに大型ショッピングモールの一フロアに来たのは良かったが周りは休日を謳歌する家族連れやカップル、それに友達同士で遊びに来ている人達で溢れていた。

「今日はお休みだからね、人が多くても仕方ないよ。ほら、一般の人の他にも学園の人もいるでしょ?」

「そうだね~、みんな臨海学校楽しみにしてるから準備とかも気合いが入るんだろうな~」

 自分としては水着を買えればそれで終わる、後の時間は買い物に付き合ってくれたシャルロットの買い物に付き合うだけ。用は荷物持ちではある。

 それだけでお礼になるかわからないが門限まで買い物に付き合う覚悟の響。

(母さんも瑓ちゃんも買い物は女の戦場だー! って言ってたもんな~。シャルロットの気が済むまで付き合えれば良いけど……)

 義母と義妹の買い物に付き合わされた事を思い出し響は微苦笑をもらす。

 母はともかく普段はしっかり者の瑓も買い物となると我を忘れ楽しむ事だけに集中してしまう、きっとシャルロットも目的の物が売っていないお店を見たり立ち寄ったりするのだろう。

 響は心の中で静かに闘志を燃やす。

「とりあえず腹ごしらえでも~」

「そうだね、そろそろお昼になるし込んじゃう前にどこかでご飯にしよっか?」

 シャルロットは近くにあった各階の施設を懇切丁寧に案内する電子ディスプレイを操作する。

「響はたくさん食べるから食べ放題のお店の方が良いよね?」

「普通のお店で良いよ~、ご飯食べてたら買い物する時間も減っちゃうから」

 休みに日くらいしかゆっくり食べる事ができないとはいえシャルロットを待たせてお腹いっぱいになるまで食べ続けるわけにはいかない。

「いいの?」

「うん、それに大食いチャレンジメニューがある所知ってるんだ~。すぐそこだよ~」

「じゃあ、そこにしようかな」

「わかった~、こっちだよ」

 響はシャルロットを案内知る為、先陣を切って人混みをかき分けて歩く。

 とは言え、背が低い為あまり速く歩くとシャルロットと離ればなれになるかもしれないのでゆっくりと歩いていく。

 しかし、それでも時々人混みに紛れてしまいシャルロットと離れかける。

「人が多いと移動も一苦労だな~」

「そうだね、でも……」

 シャルロットは少し気恥ずかしそうに響の手を握る。

「こ、こうすればお互い迷子にならずに済むよ?」

「そうだね~、シャルロットは頭良いな~」

「ねぇ、響。こうしてるとさ……僕達ってカップルに見えるかな?」

「っ!……ど、どうかな~」

 響はシャルロットの突然の切り返しに吹き出しそうになった。

 手を繋ぐこと自体何とも思っていなかった。しかし、誰が見ても美少女であるシャルロットからそんな事を言われてしまっては変に意識してしまう。

 ついさっきまはお互いに迷子にならないようにと手を繋ぐ案に賛成したが今は手を離した方がシャルロットのためになるのではないかと考える響。

(シャルロットがそんな事いうなんて思ってなかったから驚いたけど……正直、カップルには見えないだろうな~。そもそもカップルに見られたらシャルロットが可哀想だもん)

 背が低く童顔の自分が横にいれば兄妹にしか見えないだろう、だがそこで恋人なのでは? という視点でみれば何とも頼りのない彼氏にしか見えない。

 よくても年下の可愛い子としか見られないはずだ。

(これが一夏ならシャルロットみたいな可愛い子と釣り合いが取れるんだろうけど……おれじゃ駄目だよね~。どう見てもはしゃいでる弟がお姉ちゃんを連れ回してるようにしか見えない)

 自分の髪が白ではなく黒であったなら日本人だとわかってもらえたはずがこの髪の色では外人にしか見えない、それこそ金糸を思わせる柔らかな髪をもつシャルロットも正真正銘のフランス人……。

(どうしてシャルロットがそんなこと考えたのかはわからないけど……おれじゃ釣り合わないよ~)

 考えれば考えるほど自己嫌悪に落ちていく響だった。

「ど、どうしたの響? そんなに考え込んで……もしかして僕と手を繋ぎたくなかった?」

「そんな事無いよ~。シャルロットの手スベスベしてて柔らかくて、触ってて気持ちいい。それにシャルロットみたいな可愛い女の子と手をつなげるんだから嬉しいけど~」

 ここに来て数日前に見せた猟奇的素直発言がサラッと溢れる、響としては本心からそう思っているので機嫌取りの邪な発言ではない。

(響が可愛いって、可愛いって言ってくれた!! ど、どうしよー! 嬉しくて顔が、顔がにやけちゃうよー!!)

 シャルロットもそれがわかっている為、大手を振って喜びたい心境だったがあいにくここは公共施設内である。響に褒めてもらった嬉しさで頬が緩んでしまう顔を見られないよう俯いて我慢するのが精一杯だった。

「……そ、それなら良いけど」

「シャルロット~?」

 いきなり俯いてしまったシャルロットに響は表情を曇らせる。

(お、怒った? 怒っちゃった? 怒らせちゃった? もしかして言っちゃいけない事いちゃったの~!? シャルロットて外人さんだし可愛いより綺麗の方が嬉しかったのかな~。……どうしよ~、何か何か場の空気を変えるような話題はないかな~!)

 響は響でシャルロットが喜んでいるとは思いもせず怒っていると勘違いし頭を悩ませる。

「………………」

「………………」

 響とシャルロットは正反対の事で黙り込んでしまい会話が途切れた、それでもシャルロットはこの何も喋らなくても手をつなげている状況に満足し浮き足立っている。

 響はダラダラと額に汗を流し懸命に気まずくなっているこの状況を打破しなければと考え込む。

 しばらく無言で歩く二人だったがそれぞれ感じ方が違う無言の時間を破ったのは響だった。

「『シャル』……なんてどうかな~」

「えっ?」

 喜びに浸っていたシャルロットが間の抜けた声をもらす。しかし、彼女でなくとも響の話の切り出し方は唐突な物だった。

「いや、呼び方だよ~。まだクラスではシャルルって呼ばれることも多いかなーって。だから新しく、……みんなも親しみやすいように」

 ただのお節介かもしれないけどと響は弱々しく笑った。

 事情が事情だったので、未だに『シャルロット』という名前でシャルロットが呼ばれることは少ない。『三人目の男子』という印象のほうが強く、クラスでも『シャルルくん! あ、ごめん! シャルロットくん!』などと言われる程だ。

 その度に大丈夫だよ、とシャルロットはにっこり笑って返していたが、響は気づいていた。本当に一瞬だけだが、そう呼ばれる度にシャルロットが悲しい顔をすることを。

 その事をシャルロット自身が気づいていなくても。

 強制的に男装させられ与えられた『シャルル・デュノア』という偽名、および男子としての印象は、シャルロットにとって辛かった日々の象徴でしかないのだろう。

 何とかならない物かと響は新しい呼び方を考えていた。

 シャルロットには、これからは今までとは比べ物にならないくらい楽しく過ごしてほしいと願いを込めて、と。

「………………」

 ……しかし、肝心のシャルロットから返事がない。

(だ、駄目だった~? ……おれにネーミングセンスはないんだね~……)

 響は無反応なシャルロットに申し訳なさそうに声をかける。

「き、気に入らないなら別のを~……」

「ううん! 全然! いいよ! すごく嬉しいよ!」

「え、ほんとに?」

「うん!」

 シャルロットは響の新しい呼び名に満面の笑みで大きく頷いて見せた、見た限り嘘をついている様子は微塵もない。

(ふぃ~、よかった~)

 響がホッと胸を撫で下ろしていると、シャルロットが少し言いづらそうにしながら口を開いた。

「で、でもね、どうせなら……ぼ、僕達だけの呼び方にしない?」

「俺とシャルロットの間だけってこと~?」

「うん……だ、駄目……?」

「そんなことないけど、どうして~?」

「ほ、ほら! もともと僕のことを『シャルロット』って呼んでよかったのは響だけだったでしょ?」

 大浴場でのやりとりは恥ずかしくなるので極力思い出したくはない響、しかし言われて見れば確かに二人だけと制限がついていた……様な気がする。

「ね、いいでしょ? ……駄目?」

「別に良いよ~」

 シャルロットがそうしたいのであれば自分が反対する意味はない、そもそもどう呼ばれたいかは彼女の自由意志である。

「本当? やったぁ!」

 にっこりと微笑んだシャルロットは響の腕に抱きつく。

(シャル、シャルかぁ。愛称を考えてくれたなんて……それって、他の子よりちょっとだけ、ちょっとだけ特別って事だよね!)

(シャルロットは笑顔が似合うね~。でも、少し喜びすぎじゃないかな~?)

 響はそんな子供みたいに喜ぶシャルロットに、やれやれと笑いを浮かべておこうと思ったのだが、そうもいかないことに気付いた。

 

 

 ――むにゅ。

 

 

 自分の腕にシャルロットの柔らかな胸が当たる、抱えられているため包み込まれるような形であるのだが……そんな事よりもこの状態は非常にまずい。

「ねぇ、響?」

「な、何~? シャルロ――シャル」

「ふふ、何でもないよ。呼んでみただけ!」

「そ、そ~」

 幸せそうなシャルロットの笑顔に響は眼を反らしまい胸が当たっていると言いそびれる。

(は、早くお店に行かないと~!)

 響は顔を赤くし目的地である飲食店を目指すのだが、さっきまで感じなかった周囲の視線が妙に気恥ずかしく感じたのだった。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー!!」

 距離にして僅か百メートル、目的地である和食飲食店の暖簾を通る響。

 さすがに店内で手を繋いで入ればいらない勘ぐりを受けるという事でシャルロットに離れてもらった。

 腕を包み込む何とも言えない包容力から解放された響はほっと一息を着いたのだが、シャルロットは少しだけ残念そうにしていたのは言うまでも無かった。

「本日は何名様……です……か……」

 そんな二人を見て飲食店の店員は羆にでも会ったかのような表情を浮かべた。

「二人ですけど、席空いてますか~?」

「お客さんいっぱいだね、少し待ち時間ありそう……?」

「……あ……あ……!」

 和やかに話しかける響に対し店員の顔色がどんどん蒼くなっていく、店内を見回していたシャルロットはその事に気づき響に耳打ちするように話しかける。

「店員さんどうしたのかな? 顔色悪いよ」

「おれが来るといっつもこんな顔されるんだよね~」

「いっつも? じゃあ、ここ響のいきつ――――」

「てんちょおおおおおおおおおっ!! 奴です! あの子供の皮を被った白い悪魔が五ヶ月と五日目の今日! とうとう姿を現しましたああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 響達の目の前にいた店員は周りで食事を続ける客の眼も憚らず大声を上げる。

 その姿にシャルロットだけでなくすでに食事をしていた来客者も「何だ何だ」と眼を丸くする。

 しかもそんな彼らに追い打ちをかけるように店の奥にある厨房で調理をしていた店長らしき人物も大声で叫びながら姿を見せる。

「ついに来たか! 今こそ積年の屈辱を晴らす時!! お前達急いで準備しろ!!」

「「「「「わーした!!!! (訳→わかりました)」」」」」

「……響、これって――」

「今日の営業はここまでにさせていただきます、お代はいりませんので誠に申し訳ありませんがまたのご来店をお待ちしております」

(えぇぇ! 何なのこの状況!!)

 受付係の店員が響とシャルロットを覗く客の大半を返してしまった。

 残っている数人の客もいるのだが……

「とうとうこの日が来たか……どちらが勝つか、見物だな」

「今日こそ店長のスペシャルメニューが勝利するだろうな、あれから五ヶ月以上……戦力差は縮まっているはずだ」

「いや、それだけの時間があれば悪魔も魔王になっているかもしれん」

「どちらにしろ、まさかあの白い悪魔の食い潰しが見られるとは運が良い」

 そんな意味不明の会話が続けられていた。

 シャルロットは何が起きているのか理解できずぽけーっとした表情を浮かべていた。

「お客様、お客様はお連れ様でしょうか?」

「……え、はい! そうです」

「学校の友達です~、この子には普通のメニューをお願いしま~す」

「わかりました、ではこちらにどうぞ」

「は~い、行こうシャル」

「う、うん」

 二人は落ち着きを取り戻した店員に座敷席に案内される、ゆったりとした空間で家族連れがゆっくりと食事をする空間であるはずなのだが……店内にはこの前の学年別トーナメントに近い緊張感がある重い空気が漂っていた。

「お連れの方、メニューの方はどうなされますか?」

「は、はい。えっと……それじゃ、この穴子の天ぷら定食をお願いします」

「穴子の天ぷら定食ですね」

「おれは大盛り特別メニューで~」

「……少々お待ちください」

 シャルロットには笑顔で接客をしていた店員だったが響にはまるで眼の敵というような視線を向けていた、そんな接客をすれば口コミで閉店にまで追い込まれかねないのだがそんな事を気にしているような気配はない。

「……響、このお店で何したの?」

「何もしてないよ~、ただ……」

「ただ?」

「全メニュー制覇してから大食いチャレンジメニューを食べただけ~、月五回。もちろんおかわり有りだよ~」

「………………」

 質量を無視した量を食べる響がそんなペースで来店したならこの店の食材は底をつく、しかも大食いメニューは基本的に制限時間内に食べれば無料というシステムのはず。

 そうなるとこの店の経営はかなり危ぶまれたに違いない。

「お待たせしました、穴子の天ぷら定食です」

「早いですね!?」

 注文してから五分も経っていない、あらかじめ用意されたものを大急ぎで温め盛りつけたとしてもこんなに早く持ってこられるはずが……

「こんなお美しい女性を待たせるわけにはいきません、ましてそちらのお客様との真剣勝負です。余り時間をかけていたら食べきられ「まだですか~」と言われてしまいますから」

「……そう、ですか」

「では、ごゆっくり……大盛りチャレンジ特別メニューも間もなくお持ちしますので」

「は~い、シャルは先に食べてて良いから~」

「うん、それじゃ……」

 シャルロットは早速穴子の天ぷらから食べようと箸を持つ。

「「「「お待たせしました、大盛りチャレンジ特別メニューです」」」」

「わ~、凄い迫力だな~」

「………………」

 箸を持ったシャルロットだったが響が頼んだ特別メニュー、そのボリュームに箸を落とす。

 二人の目の前にあったのは四人用の大型テーブル、その半分の広さを占める大皿の上にのった熱々のご飯と食欲をそそる黄金色に揚げられた様々な天ぷらが突き刺さっている料理、最早「山」と行っていい程の量の丼? メニューだった。

「ふふふ、驚いたか? 炊いた米の総量二十キロ。飾り付けに使われている天ぷらは肉や魚介、旬の野菜をふんだんに使ったものだ。合計三十キロのこの特別メニュー……貴様を倒す為だけに作り上げた俺達の最高傑作だ!!」

 厨房から姿を見せた店長は額からダラダラと汗を流し疲れ切った表情で響に出した渾身の一品を解説していく、その姿からは様々な工夫を試みて失敗しやっと完成させた……そんな感慨深い情景が浮かぶようだった。

「「「「「さあ、これを食いきれる物なら喰ってみろ!!」」」」」

 店長と店員、計五人が鬼気迫る表情で響に挑戦状を叩きつけた。

「……響、これ……」

 しかし、この勝敗の行く末はすでに決まっている。

 その事を知っているシャルロットは言いづらそうに響の肩に手を置いた。

「うん、久しぶりに来たけどここいっつも美味しもの出してくれるんだ~」

(あぁ! 響がこんなに眼を輝かせてる! 残してあげたらなんて言えない!!)

 シャルロットはこれから起こる悲しい現実に静かに涙を流す。

「制限時間は四十五分、心して食せ!!」

「いただきま~す!」

 そこからはもう眼も当てられなかった。

 響が箸を手にした瞬間から、揚げたての天ぷらはものの五分でその金色の姿を消し天つゆに染まったご飯が姿を現した。

 その時すでに店員の何人かはその場に崩れ落ち涙を流していた。

 そんな彼らにかまわず響はご飯を口に運び続ける。途中、ご飯を喉に詰まらせるというアクシデントに見まわれ辛い表情を見せた。

 店長と店員はその表情に勝機はまだ残っていると淡い期待を抱いたがそれを打ち砕くように響は追加でメニューに載っている全種類の味噌汁を注文、この時、経過時間は十五分。

 追加注文した味噌汁の助けもあり響はご飯を流し込むように口に運んでいく。

「シャル、ご飯食べないの?」

「……僕、食欲なくなっちゃったよ」

「じゃあ、もらっても良い~?」

「……いいよ」

 だめ押しとばかりに響は手つかずだったシャルロットの定食に箸をのばす、まるで食後のデザートを食べるかのように流し込んでいった。その姿に自分達の敗北を悟った店長と店員は涙ぐみ仲間の健闘をたたえ合っていた。

「俺達……頑張ったよな」

「ああ、何処に出しても恥ずかしくない品を提供し続けて来たんだ」

「戦いに敗れてもその姿勢だけは残る、俺達の努力は……無駄じゃ……ない」

「「「「店長!!」」」」

「お前達!!」

 そんな彼らの姿は対決を見守っていた観客に涙を流させる物だった。

「ごちそうさまでした、美味しかったです~……けっぷ……」

 終了時間十七分十一秒……制限時間の大半を残し響の勝利で終わる。

「それじゃ、買い物に行こうか~」

「そうしようっか」

 響は特に苦しそうな表情を見せず少しだけ汚れたテーブルを片付け始めシャルロットは申し訳なさそうに自分の分の会計をしようとレジに向かう。

 本来ならここは響が払うべきなのだろうが、そうすればまたこの店の反感を買ってしまう可能性があった。

「あの、僕の分だけですけど……」

「いえ、お代は……結構です」

「えっ?」

 シャルロットは代金を払おうとしたがその手を店長が止めた。

「差し出がましいですが、きっとあなたはこれから先あの悪魔……いえ、伴侶となるあの胃袋と戦い続けなくてはいけないでしょう」

「え、あの、僕達まだ、そんな関係じゃ……」

「見ればわかりますよ、お嬢さん」

 店長は目元に浮かぶ涙を拭いながらテーブルの上を店員と一緒になって片付けている響に優しげな眼差しを向ける。

「正直、勝負は最初からどうでも良かったんです」

 店長は何処か清々しい表情を浮かべていた。

「ただ、私達が彼にもう食べられませんと言わせたい一心で汗を流し、血が滲むような努力で作り上げた品を彼は何の偽りも嫌みもなく「美味しいです~!」と食べてくれる……、いつしかその姿を見る事が私達の喜びになりました」

 命名するとすれば『タベラレーズ・ハイ』……マラソンランナーが陥る『ランナーズ・ハイ』に近い状態、普通の人間であれば食べきれるはずのない量の食事をこともなく平らげる響の姿に心を打たれたという事なのだろう。

「もし、あなたが彼の胃袋に挫けそうになった時はここに来てください」

「店長さん」

「また、いらっしゃる時まで私達はここで良質な食事を提供し続けます。彼の笑みに応えられるように」

「ありがとうございます!」

 そんなやり取りがあった事を知らずに響は店員に汚れた布巾を手渡しシャルロットの元に駆けつける。

「おまたせ~」

「ううん、待ってないよ。行こ!」

 響とシャルロットは食事を終え買い物に繰り出す。

 そんな後ろ姿をまるで戦士の旅立ちを見送るように店長と店員が見送る。

「……店長、また来てくれますかね」

「ああ、きっとまた来る。それまで俺達がすべきことはわかっているな? いずれ来るであろう新たな戦いに備え心を癒し、体を鍛え、技を磨き研磨する。もしかしたら次はもっと過酷な戦いになるかもしれない……それでも私に着いてきてくれるか?」

「「「「はい、お任せください!!」」」」

「よし! ならば明日の材料をそろえに行くぞ!!」

「「「「はい、店長!!」」」」

 店長と店員は店を閉め今だ乾かない涙を拭い仕入れに向かったのだった。

「……何だったんだ、あれは?」

「……俺に聞くな、それより……」

 店に残っていた観客の内のこの暑い中黒いスーツに身を包んだ二人は信じられない物を見たと呟く。

 そんな中、一人の男がスーツのポケットから一枚の写真を取り出す。

「俺達の仕事は、こいつの私生活から友人関係、学園の成績に至るまで調べ上げる事だ。依頼主も待ちに待っているだろうからな」

 写真に写っている人物を容姿を確かめた。

「目標はあいつで間違いない」

「そうか。なら、見失わないうちに後を追うか」

「ああ、行くぞ」

 スーツ姿の男達が鋭い視線を向ける先には、シャルロットと一緒にショッピングモールの中に入っていく白い髪と緋色の瞳を持つ少年……皇響の姿があった。

 

 

 




 原作にない展開の挿入とオリ主らしさを書きたかったのですが途中から自分でもわからなくなりましたw 
 話を打っている最中はこういうのも面白いかもと思ったのですが……。
 とりあえず最新話のアップでしたが見ていただき感謝(^^)/


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第十三話 皇響の休日・その三

 現在、響達はショッピングモールの四階にいた。

 フロアの内容としては一般的な衣類から始まり海外の一流ブランド品まで網羅している衣料品専用の売り場だった。

 女尊男埤社会である為か商品の内容もその殆どが女性もので揃えられていた、もちろん男物の売り店舗もあるのだがその店舗数は少ない。おそらく、他の階も似たようなものなのだろうが男にはとても厳しい世の中ではあるもののちゃんと男性の社会的立場を認めてもらえている分、こういった場でも苦情は出ないのだろう。

「え~と、水着売り場は何処なんだろ~?」

「………………」

 響にしてみても水着だけ買えれば問題ない為、品揃えの悪さにも気づいていない様子でシャルロットに話しかける……が、シャルロットは細い眉を寄せしきりに周囲の様子を伺っていた。

「シャル?」

「え、あ、何かな?」

「うん、水着売り場なんだけど……そんなに困ったような顔しなくても大丈夫だよ。すぐ見つかるよ~」

「そ、そうだね。すぐ見つかるよね」

 シャルロットは苦笑いを浮かべながら相づちをうったがやはりいつもの落ち着きを取り戻す事はなかった。

(もしかして……尾行されてる?)

 それもこのショッピングモールに入ってから……気づいたのはたった今だけど、もしかしたらもっと前から尾行されて?。

 シャルロットは自分達の背後をつけてくるスーツ姿の男達に気づいていた。とは言っても、彼等の尾行対象が自分か響なのかまではわかっていない。

(水着を探すふりをして四階まできたけど……一定の距離で着いてきてる、距離の取り方からすればプロ)

 一定の距離でつかず離れずを保ち、自分達の視線が向いた瞬間に身を隠す。隠す事ができなかったら何食わぬ顔で近くの店に入ったり物をとって買い物客を装っている……しかもごく自然に。

(日本人みたいだけど僕が性別偽装を何の報告も無しにやめちゃったから会社が刺客を? ううん、もう僕の事は公になってるから今更何をやっても偽装の件はもみ消せない。僕を拘束するか処分しにきた……でも、そうなると人員も装備も足りない)

 シャルロットの考えるとおり離れた場所で待ちぶせしている可能性もなくはない。だが、彼女は世界最強のISをかる操縦者であり白兵戦に於いてもそれなりの技術を身につけている。

 その彼女に何らかの行動を取るというのなら最低でもIS操縦者は準備するだろう、なによりこの人の多い場所では向こうは手出しできない。その上で尾行しているとなると考えられるのはどちらかを対象としてた情報収集になる。

(僕が対象なら尾行する必要はないから、そうなると考えられるのは響だけだけど……世界的に注目を浴びてるたった二人の男性操縦者だから? ある程度情報公開もしてるのに保護条約を無視してまでするなら……企業スパイかどこかの国の工作員って事に……)

 シャルロットは響と尾行している男達に気を配りながらも頭の中で目まぐるしく考えを張り巡らせる。

 しかし、考えれば考えるほど自分に動きようがない事がわかってくる。

 こんな町中でなくてもISの起動には厳しい制限がある。

 有事の際でなら承認してくれるかもしれないが純粋な物理戦略、人数に任せた拘束作戦を展開されては許可を取る前に捕まってしまう。

 かといって、今ここで許可を取ろうとすれば響に気づかれる。

(僕が狙いなら響に余計な心配を掛けるだけだし巻き込みたくない、響が狙いならこんなことなれてないだろうから危ない事はさせたくない)

 ISを使う事ができればシールド機能に絶対防御もあるのだが……どっちにしても響に気づかれる前に行動を起こし尾行者の目的を探り排除しなければならない。

(とにかく、僕と響のどっちを狙っているのかをハッキリさせきゃ)

「シャル~、あそこに案内ディスプレイがあったよ。見に行こ~」

「うん、これだけ見て回っても見あたらないなら他の階かもしれないからね」

 シャルロットは笑みを浮かべながら響に寄り添うように腕を抱える、響もこの状況になれてきているのか照れてはいるものの表情には出さない。

(こんなに真剣に水着を探すなんて……臨海学校楽しみにしてるんだね~)

 シャルロットが眼に見えない水面下で追跡者をどう撃退するかを考えているなどと響は気づいていなかった。

 

 

「やっと見つけた~……けど」

 ショッピングモール六階、そこには響達が探し求めていた水着売り場があった。

(女の人しかいないや~……って、当たり前だよね。ここ女性用水着売り場だもん……えっと、男用の水着は~?)

 困って目をうろうろさせていると、まるで押しやられたかのようにポツンと誰もいない売り場が響の眼に映る。

 悲しいかな、そここそ男子水着売り場だった。

「じゃ、水着を買ったらまたここで……」

「あ……」

 響がシャルロットの腕を優しく解いた瞬間、シャルロットが妙に心残りのあるような声を漏らした。

「どうしたの~?」

「な、何でもないよ。それじゃまた後で!」

「う、うん?」

 シャルロットは顔を紅くして女性水着売り場へと消えていった。

 響もそんなシャルロットの背中を見送り自分の水着を買うため売り場へと向かう。

「どれにしようかな~……あ、これにしよう」

 ポツンと孤立した売り場ではそれほど種類は多くない、それに男は水着選びに時間を掛けたりはしない。

 響も偶然眼にとまった水着を手に取り即決で買う事に決めた。

 買ったのはごくシンプルなサーフトランクスタイプの水着で動きやすさ重視、色は白だった。

「おれは終わったけど……シャルはまだだよね~」

 響は女性水着売り場をさっと眺める。

 あまり長い間じっとみていればあらぬ疑いを掛けられる可能性もあるのでそうしたのだが売り場にはシャルの姿は見あたらなかった。

「確か女の人は試着室があるんだっけ~……なら、時間かかるよね~」

 その響の考察は実に的をえておりシャルロットは試着室の一つに身を隠していた。

「響、もう水着選んじゃったんだ。こっちもはやくしないと」

 シャルロットは試着室のカーテンを僅かに開け響の様子を伺っていた、近くに男達の姿もあるものの動く気配はない。

「今のうちに」

 早く誰かに協力を求めなければと携帯端末を取り出し手早く番号を押す。

 

 トュルル、トュルル…………

 

「早く、早く出てよ。ラウラ」

『私だ、どうしたシャルロット?』

「ラウラ! よかった、出てくれた」

 シャルロットが電話を掛けた相手はラウラだった、軍属である彼女であれば荒事になれているだろう。仲間内で協力を求めるのであれば彼女以上の適任はいない。

『その様子だと何か問題か?』

「うん、実は――――」

 シャルロットは響と街にいる事と怪しい二人組に尾行されている事を伝えた。

 最初は気のせいかと思ったが現に自分達の後を付いてきている、偶然と言うにはあまりにも都合がよすぎる上にスーツに身を包んだ男二人が水着売り場など不自然すぎるのだから。

『状況は理解した、狙いはどちらかはまだわからないのか?』

「うん、それがわかれば僕も動きようがあるんだけど――あっ!」

『どうした! 何か動きがあったのか!?』

「ごめん、とにかく手伝って欲しいんだ! お願いだよ!!」

『シャルロット! ま――』

 シャルロットは電話を切り試着室から飛び出した、何故なら二人組の男が響に歩み寄ろうとしていた。

 しかも、響は二人に気づいていない。シャルロットは不自然にならないよう冷静にかつ早急に響の元へ駆け寄る。

「響」

「あっ、シャル。おわったの~?」

「ううん、まだなんだけどね……」

 シャルロットは響に隠れるように立ち男達の様子を伺う。

「……、ま……だ……」

「わか…………、あ……分後……」

 響に歩み寄っていた男達はシャルロットが傍に来た事でまた一定の距離を取った、女性売り場と言う事もあり今までよりも離れている男達が何を言っているのかわからなかったがそれはあちらも同じ事だった。

「響に水着を選んでもらおうかなって」

「シャルの水着を?」

「う、うん……ね? いいでしょ?」

 響に上目使いで懇願してくるシャルロット。

 美少女てあるシャルロットがそれをすると破壊力が桁違いである事を思い知らされる響。眩しすぎるその光景を直視でいずこれでは断るに断れない。選択肢など『はい』しかないようなものである。

「……それってセクハラになるんじゃ~」

 しかし、ここで素直に選ぶと返事をしてしまえばもう後がない。もしかしたらシャルロットが思い直してくれるかもしれないという期待を込め響は最後の悪あがきと思える反論をしてみた。

「ならないよ!」

 だが、そんな響の願いは届かずシャルロット本人にばっさりと切られた。

「……頑張ってみるよ~」

 もし誰かがこんな自分を女に甘いやつだと言うなら、それは間違いなく間違いである……と思って欲しい。

 響は頬を掻きながら諦めにも似た決意を胸に刻んだ。

「えっと、どの水着なの~」

「試着室の方に置きっぱなしだから、そっちに行こ! 早く!」

「う、うん」

 響は何処か慌てた様子のシャルロットに手を引かれ試着室へと向かう。

「あ、あ! 試着室はこっちだよ!」

「へぇ~! 結構中も広いんだね~」

 さすが女尊男卑。女性にはとことん気を使ってる。

 待遇の違いに感心つつ、響はシャルに手を引かれ一緒に試着室に入る……。

(え? ……一緒って~??)

 響は思い違いである事を願いシャルロットに声をかける。

「あの~シャルさん、ひとつ質問していいでしょうか?」

「な、なに?」

「試着室って二人で入るもんだっけ~?」

「ち、違うんじゃないかな?」

「ですよね~。じゃ、おれは外に出――」

「ま、待って! それはダメ!」

「何で!?」

 カーテンを開けて外に出ようとすると、シャルロットがぐいっと手を引っ張っる。響も負けじとそれから数回無言で出ていこうとするも、すべて阻まれた。

「も、もう一回聞くけど……何で!」

「な、何でって言われても……その……。と、とにかく! すぐに着替えるから待っててっ!」

「え!? ちょっと~!!」

 いきなり上着を脱ぎ出したシャルロットに度肝を抜かれながらも、響は素早く背を向けた。

(なにこれ!? どんな状況ですか!?)

 響はまずは何が起こっているか、問題はなにか、冷静に分析するべく深呼吸をする。

(え~と……まず最初に確認だよ。シャルが後ろで水着に着替えてるのは理解できる……)

 響の思考がそこでとまる。

(できない! できません! できるわけがない!? シャルが水着に着替えてる、イコール服を脱いでいるってことだよ!? ということは裸になる……裸? ええっ!? 後ろで女の子が、は、裸になってるの~!?)

 背後から聞こえるシャルロットの微かな吐息と服を脱ぐ音が響の理性を蝕んでいく。思春期の男子には刺激が強すぎる状況であり思春期でなくとも対処のしようがない状況に響は目眩を憶える。

(戻ってきて理性! どっか行って煩悩! もしくは助けて、店員さーん!)

 響が頭を抱え心の中で必死に戦っていると、突然後ろから声がした。

「い、いいよ……」

 その声に心臓がひときわ大きく跳ねた気がした。響がゆっくり振り向くと、そこには水着姿のシャルロットが恥ずかしそうに立っていた。

 

 

 

 

 

(うう……へ、変な子って思われたかな……で、でも響に気づかれないようにするにはこれくらいしか……)

 響は自分以外の事であれば勘が鋭い、しかもそこに問題点があればすぐに考え答えをだせる。

 今、自分達がつけられている事に気づき自分が標的だとわかれば確実に別行動を取り周りに被害が出ないよう一人で対処しようとするはずだ。

 響にそうさせないために密室で水着を選ばせるという何とも常識破りな行動ではあったが 作戦が功を奏したのか響はとてつもなく動揺していて、感想を言うのはもちろん、口を開く余裕すらもなくただじっとシャルロットの水着姿を見つめていた。

「…………」

(ひ、響ったらなんで黙ってるんだろう……み、水着が変だったかな? あ、改めて見ると、結構大胆な水着だよね……)

 しかし、シャルロットは響の視線を感じてもじもじと背中で組んだ指を動かす。

 シャルロットが身につけているのはセパレートとワンピースの中間のような水着で、上下に分かれているそれを背中でクロスして繋げるという構造になっている。色は夏を意識した鮮やかなイエローで、正面のデザインはバランスよく膨らんだ胸の谷間を強調するように出来ているのだった。

 とうとうシャルロットは沈黙にたまりかねて口を開いた。

「変……かな?」

「え!? へ、変じゃない、変じゃないよ! 可愛くて、つい、見とれちゃって……は、ははは~……」

 シャルロットもかなりテンパっているのか、響の『可愛い』が聞き取れるとそれで満足だった。

「じゃ、じゃあ、これにするねっ」

 しかも、何を思ったか響の目の前で水着を脱ごうと背中に手を伸ばす。響もその事に気づいたのか慌ててカーテンの隙間からはい出た。

「お、おれ飲み物買ってるから! 一階にあった自販機の前で待ってるよ!!」

「まって、ひび――」

 響は引き留めようとするシャルロットの声に耳を貸さず試着室から飛び出し水着売り場から走り去った響は彼女に伝えたようにエスカレーターにのり一階へと向かう。

「何でこんな事に~」

 響は紅くなった頬を隠すように俯く。

 誰も響に注目しているわけではないがシャルロットとの密室での着替え現場にいたせいか後ろめたいものを感じたのだろう。

(……逃げるように出てきちゃったけど、大丈夫だよね~)

 シャルには悪い事をしたと響は大きくため息を吐く。

 試着室から逃げ出すためとは言え緊張状態に追い込まれ喉が渇いたのは事実、嘘は言っていない。そうでなくてもあんな状況になるとはこれっぽっちも考えていなかった、考えていなかったというか思ってもいなかった……。

(とりあえずジュースでも~)

 一階に到着した響はすぐに自販機まで走り財布を出し小銭をいれる。

「コーラにしようかな~」

 自販機のボタンを押し響は取り出し口からコーラを取り出し蓋を開け一気に飲み干す。

 炭酸飲料は一気飲みに適さないのだがそんな事はお構いなしという風に喉を鳴らし最後までの見切った響。

「ゲフゥ~……それにしても、シャルはどうしてあんな事したんだろ~?」

 水着を選んで欲しいとは言われたモノの試着室に一緒に入る必要はない、ましてや男である自分が同じ空間にいるというのに臆することなく着替えまでしていた。

「……もしかして、水着に着替えてる間に迷子になるって思われてたのかな~」

 ああいった試着室で母親が服を着替えている間に試着室の前で待たせていた子供がいつの間にかいなくなってしまうという話を聞いた事がある。

(そうじゃなくてもシャルは街に出るのは初めてみたいだし……はぐれるとまずいと思ったのかな~)

 響は空になったペットボトルをゴミ箱に入れ他の利用者の邪魔にならないよう自販機の反対側に設置されているベンチに腰掛ける。

 日よけの広葉樹もあり待っているのには好都合だった。

「でも、シャルのあの感じだと迷子になるとかはぐれるとかとは違う感じだけど……。う~ん……女の子って何を考えてるのかわからないや~」

 と言うより、十五年の人生の中で異性と付き合った事のない自分が少し考えただけでわかるようなら恋人同士の方々はお互いを知り尽くしてしまっている事になる。

 実際には恋人同士でも互いに秘密にしている事や不満に思っている事、伝えたい、わかって欲しいっといった想いや考えがあるのにそれがわからないし伝わらない。それを考えればわからないのが当然だ。

「もしくは男として認識されてないって事かな~」

 響は自嘲気味に苦笑いを浮かべた。

 見た目が幼いとはいえ自分も思春期真っ直中の高校生である、もちろん異性に興味もあり女の子とお付き合いをしてみたいと思っているが自分の置かれている立場を考えるとそれは不可能に思えた。

 学園における自分の立ち位置は残念かな『マスコット』である。

「……一夏みたいに背が大きくて格好良かったら違ってたと思うけど、無い物ねだりだよね~」

 ならば、こんな自分でも好きになってくれる人を見つけるしかない……いないかもしれないが……。

 響は肩を落としベンチの背もたれに寄りかかった。

 現時点の響ではシャルロットの好意のこの字にすら気づいていない事がよくわかる、灯台もと暗しということわざがあるが今の響はまさにそれだった。

「……皇響君だね?」

「はい?」

 急に声をかけられた響は声のした方に顔を向ける。

 響の眼に映ったのは黒いスーツに身を包んだ男が二人、そして一人は胸元に手を忍ばせていた。

 

 

 

 

 響が試着室を出て行った後、シャルロットは大急ぎで着替えと会計を済ませ響の後を追って一階の自販機へと向かって全速力で走っていた。

「もー! 響の気を逸らそうとして逆に失敗しちゃったよ!!」

 尾行を気づかせないという一点に意識を集中しすぎたせいで響の羞恥心の沸点が低い事を計算に入れていなかったシャルロット。あのような状況になれば確かに響の意識は彼女に集中するだろうが水着を選び終われば逃げる、それを防ぐという所まで考えて置かなければ試着室に二人で身を隠すという作戦は成功しないのだ。

「早く、早く響の所に行かなくちゃ!」

 自分が一人になっても男達は姿を現さなかった、それはつまり彼等の狙いが響であると言う事が確定した事でもある。

「ラウラに電話してもでてくれない、響の近くにいてくれれば良いけど……」

 シャルロットは待機状態の『リヴァイブ』を握りしめる。

 いざとなれば処罰覚悟でISを展開し響を助ける、本当の自分を取り戻させてくれた、居場所になってくれた彼を護るために。

 唇を噛みしめシャルロットは思い詰めた表情を見せながら一階へ到着した。

「響は――!?」

 響の姿を探し辺りを見回すシャルロット、そんな彼女の眼に映ったのは探していた響とスーツ姿の男達。

 スーツ姿の男達は響の目の前に立ち上着の中に手を入れ何かを出そうとしていた。

(まさか拳銃、こんな所で!?)

 シャルロットは男達が銃を取り出す前に駆けつけたかったがさすがに距離が離れすぎていた。ISを起動させてもそれでも遅いと直感的に悟ったシャルロットは響に逃げるよう声を張り上げる。

「響! その人達から離れて!!」

「……シャル?」

 響はシャルロットの声に気づいたものの逃げる様子は見せず首を傾げているだけだった。

 そして男達の手が完全に引き抜かれようとした時、日よけの木から二つの影が勢いよく跳び落ち男達に飛びかかった。

「ぐわっ!」

「な、なんだ!!」

 響に気を取られていた男達は突如木から落ちてきた影に押し倒される、一人は肩に蹴りを受け地面に倒されもう一人は首筋に鋭い輝きを放つ軍用ナイフを突きつけられ身動きができないでいた。

「目標一、鎮圧」

「こっちも目標二、拘束したわよ」

 蹴りを受けた男はツインテールを揺らす小柄の少女に俯せにされ右腕を捻り揚げられていた。

「お二人とも油断なさらないように。相手は殿方、関節を決めれば問題ないでしょうが力はそちらの方が上ですから」

 シャルロットと同じ金髪の少女が響を男達から隠すように彼の前に立ちショットガンのフォアエンドを引き照準を男達に合わせる。

 ナイフとは違いこちらじゃ玩具の様だが一メートルもない距離で撃てば玩具といえどかなりの威力の物のようだ。

「わかっている」

 軍用ナイフを手にする少女も男に膝を着かせ両腕を頭の後ろで組ませていた。

「…………え~っと?」

 いきなりの事で何が起こったのか理解できなかった響はまた首を傾げ目の前にいる少女達に視線を移す。

「よかった、来てくれたんだね! ラウラ、それに鈴とセシリアも!!」

 男達を無力化したラウラ達の名前を呼び駆けつけるシャルロット。

「シャルロットか、ギリギリの所で間に合ってな。気づかれないよう隙を狙っていたのだが……二人とも無事でよかった」

「まったく、いきなり引っ張り出されたから何事かと思ったわよ」

「シャルロットさんからの電話を受けてラウラさんが顔色を変えたので心配しましたが無事で何よりですわ」

「ありがとうみんな、僕一人だけじゃ響を護れなかったよ」

 シャルロットはセシリアの後ろで眼を点にしている響に駆け寄る。

「響、ケガはない?」

「ケガ? ないけど~……?」

「よかったー。……ごめんね、本当は響に気づかれる前にこの人達をどうにかしたかったんだけどもう大丈夫だから」

「大丈夫って……」

 響はシャルロットが何を言っているのかわからず首を傾げる。

「……実はこの人達が響の事を尾行しててね、僕一人で何とか撃退したかったんだけど」

「そこでシャルロットから私に連絡が入ってな、鈴とセシリアにも手を貸してもらったというわけだ」

「感謝しなさいよ、あたし達が来なかったら危ないところだったんだからね」

「まあ、わたくし達に掛かればこの程度の事はどうとでもなりますわ」

「あの、みんな~……すっごく言いにくいんだけど……」

 響は男達を拘束し自分の危機を未然に防いぎ自慢げな表情を浮かべるラウラ達から視線を外す。

「……この人達、IS委員会の人だよ」

「……えっ?」

「……はっ?」

「……あらっ?」

「……っ」

 シャルロット達はキョトンとした表情を浮かべ小さな声をもらした。

 そして……

「「「「ええええええっ!!」」」」

 人目も憚らず少女達は悲鳴じみた大声を上げたのだった。

 

 

 

「「「「すみませんでした!」」」」

 シャルロット達はIS委員会の職員達に深々と頭を下げた。

「いや、私達もこそこそと尾行していた事に変わりはない。今後気をつける事にする、君達も気にしないでくれ」

「あ、ありがとうございます」

 二人はIS委員会の指示で保護している響の家族からどんな生活をしているのか知りたいとの事で響の身辺調査に赴いたのだ。

「しかし、皇君の担任である織斑千冬さんに連絡を入れておいたのだが……聞いていないのかい?」

「おれは知らないですよ~、シャルは何か知ってる?」

「……響が寝てる時に部屋に来たから、その話だったのかも」

「だそうです~」

 響は苦笑いを浮かべながら事情を話す。

「そうか、親御さんから聞いた通り君は良く眠ってしまうようだね」

「学園のベッドはモコモコしてて気持ちいんですよね~」

「響ってば本当に幸せそうに寝てるもんね」

「教室でも机に突っ伏してるしね」

「お昼休みは屋上で日向ぼっこしてますし」

「何処でも寝れるのはある意味才能だな」

「「………………」」

 男達は気まずそうに笑みを浮かべる、同級生からこうも寝ているところを見られているという事はそれだけ寝ている時間が多いという事で……。

「そ、それで父さん達は元気ですか? 連絡とろうとするんですけどいろいろあって!」

 響じゃ生暖かい眼で見られている事に気づき慌てて話題を逸らす。

「大丈夫だよ、君の家族は全員元気にしている。今の君に様に君の事を心配していたよ」

「連絡は自由にしてもらってかまわないが今回は手紙を預かってきている」

 その手紙を響に手渡そうとした時、誤解したラウラ達から襲われたのだが無事手渡す事が出来た男達、響も嬉しそうにその少し厚みのある手紙を受け取る。

「一応、今日一日の様子をこちらで撮影した映像を編集して送る事になっている。もし何か伝えたい事があれば今ここで撮影できる、恋人の事も紹介したいのであれば――」

「恋人って誰の事ですか~? おれに恋人なんていませんけど~」

「そ、そうなのかい? 今日一日一緒にいたその子がそうなのかと思ったのだが……」

「ぼ、僕ですか!?」

「ああ、ずっと見ていたが仲むつまじい様子だったのでそうではないかと」

「僕が、響の恋人……」

 シャルロットは両手で朱くなった頬を押さえる。

(やったー! 他の人達が見ればちゃんと僕達恋人同士に見えるんだ、そうだよね。腕まで組んだんだもん、好きな人じゃなきゃ手だて握らないし!)

 そんなシャルロットの様子をみた男達は小さく笑みを溢す。

 美少女であるシャルロットが頬を朱くして嬉しそうににやけている姿を見れば誰でも彼女が響に思いを寄せている事がわかる。

 しかし……

「シャルは恋人じゃなくて友達ですよ~、今日は臨海学校の準備で来ただけですから~」

 響はシャルロットの様子に気づかず返事を返す、一夏と鈍感同盟を結成しているだけあって少しでも間接的な言い回しでは全くと言って良いほど鈍かった。

「「「「「「………………」」」」」」

 その場にいた響以外の全員が言葉を失う、シャルロットに至っては先程まで嬉しそうにしていた表情が青ざめていた……。

「……それは失礼した」

 いたたまれない雰囲気に絶えきれなかった職員は愛想笑いを浮かべ踵を返す。

「と、とりあえず私達はこれで失礼する。後で君からも手紙なり電話なり連絡してくれて構わない」

「わかりました、ありがとうございま~す」

 何故か逃げるように帰っていった職員達を見送った響はベンチに座り渡された手紙の封を開ける。

「あ、手紙読むの?」

 シャルロットは手紙の中身が気になったものの響個人に当てられたものであるため響から離れようとする。ラウラ達も手紙から視線を外した。

「見たいなら見てっていいよ~。何となくだけど内容は予想着いてるしね~」

 しかし、響は手紙の内容を知られる事に抵抗がないのかシャルロット達が気になるのならと手紙を見やすいように堂々と広げる。

「響、僕達も見ちゃって本当にいいの?」

「うん」

「まあ、あんたがそう言うなら遠慮無く」

「失礼な気もしますが……」

「ふむ、皇の家族がどのような人物なのかも知っておく必要があるかもしれん」

 ラウラはチラッとシャルロットに視線を向ける、シャルロットもラウラが何を言いたいのかわかったのか意を決したような表情を浮かべ手紙を覗き込む。

「え~っと、なになに~……響ちゃんへ。響ちゃんは――」

 手紙の差出人は響の母の様だった。

 響は手紙に書かれている達筆な文字を眼で追いながら声に出す。

 

 

『響ちゃんへ。

 響ちゃんはご飯をちゃんと食べていますか? ご飯をたくさん食べさせてもらっていますか? 響ちゃんはたくさんご飯を食べる子だから学園の食堂で働く人達がボイコットしてしまっているのではないかととっても心配です。

 それ以外にもIS学園は授業料免除にその他の経費も負担してくれるというお話だったけれどいつか加算だ食費の請求が来るかもと気が気じゃありません! ご飯を食べてはいけないとまでは言わないけれど他の生徒さん達の分までご飯を食べないようにね。

 学園は響ちゃんと織斑君って子を除いて女の子だけってきいてるわ、響ちゃんはおねだり上手なところがあるから周りの女の子達からお菓子等も貰っているのではないかと――』

 

 

「…………あれ~?」

「あはは……か、変わった手紙だね」

「あんたの母親ご飯の事ばっか書いてるわね」

「しかも内容がまるで見ていたような感じですわ」

「皇、続きを」

 響はラウラに促されるままに手紙を読み進める。

 

 

『――とにかく、ご飯はしっかり食べなきゃ駄目よ!

 響ちゃんは人より何倍もご飯を食べているけど全然身長が伸びないんだから牛乳もちゃんと飲む事、他にも野菜不足にならないよう野菜も食べる事。

 好き嫌いが無い事は良い事だけどお肉ばっかりだと栄養が偏っちゃうから注意しなさいね、お魚も一日分のカルシウムを取るためには二十匹食べなくちゃいけな……これは心配しなくても大丈夫だっわね、お母さんうっかりしてました。

 響ちゃんは言われなくても出されたものは何でも食べるものね。

 でも、お菓子は駄目よ。お菓子の食べ過ぎは糖分の取りすぎに繋がるから肥満になるかも……ってこれも心配ないわね。響ちゃん一人で二十六センチサイズのケーキを一日に十ホール食べても次の日の血液検査に引っかかりもしなかった時の事はお母さんも瑓ちゃんもビックリと同時に嫉妬したわ。だって―――――――――――〈中略〉―――――――――――と、ケーキの事は一旦置いておいて置く事にしておきましょう。

 お母さんが今とても心配なのはお腹がすきすぎて消費期限が過ぎたものや道端に落ちている食べ物を食べてお腹を壊さないかと言う事です。

 食べられるものなら何でも食べてしまっていたときもあった小さな頃の響ちゃんを思い出すと良い思い出のような気がしますがお腹を壊すのではないかとはらはらした、けどそんなこともなくて逆にドキドキしたこともあったのよ? 響ちゃんは高校生になったんだからもうそんな事しないわよね? ね? ね? このお手紙を読んだら電話でも良いから約束してちょうだい! IS操縦者になって有名になった響ちゃんが食あたりで有名にならないかとお母さんだけじゃなくてお父さんも瑓ちゃんもとーっても心配し―――――――――――〈中略〉―――――――――――だからせめて食中毒に―――――――――――〈中略〉―――――――――――』

 

 

「………………」

 響は手紙の内容に絶句し暗い表情を浮かべる。

 書かれた内容の大半が食事に関する事であり、一番知りたいと思っていた家族の状況が未だに出てこない始末……。

 自分としては身体の体調はどうか? とか、ISの操縦はなれたか? とか、学園での生活の事を質問してくる内容なのではないかと思っていた。

 だが、実際にIS委員会の職員から手渡された手紙には食事の心配しかしていない心情だけが書かれている。

 そんな悲惨を通り越して哀れな内容に字が霞んで見える、きっと自分は泣いているのだろう。

(……せめて食中毒って、それは無いよ~……)

 響は手紙をシャルロットに手渡し両手で顔を覆いすすり泣くのだった。

「……響は変わった子供だったんだね」

「響だけじゃなくて家族も相当変わってるみたいよ」

「わたくしなんて言ったらいいのか……」

「しかし、事実だけ書かれているのだからそれを受け止めるしかあるまい。シャルロット、皇を追い詰めるようで不本意だが続きを頼む」

「う、うん」

 シャルロットは響当ての手紙を読み進めていく。

 

 

『――いろいろご飯の事を言ってきたけどやっぱり響ちゃんはご飯の事が一番大事だと思うから遠慮しちゃ駄目よ? 

 とりあえず、ご飯の事は置いておいて本題になるけどお母さん達は元気です!

 お母さん達の事は心配しないでくださいね、連絡待ってるから。

 あ、あとね響ちゃん寂しがり屋なところもあるから家族みんなで写っている写真を学園に送っておきます。

 

 

 

 

                                親愛なる母より』

 

 

(って! 終わっちゃったよ!? 手紙の枚数十枚超えてるのにご飯の事しか書いてないし、と言うか肝心の本題が最後数行っておかしいよ! 響の事聞いてないし、自分達の事もあっさりしてるし! こんな内容になるなんて一体どんな食生活してきたの!?)

 シャルロットは手紙から視線を外し泣いている響に追求するような視線を向けてしまう。

 ここで慰めておけば好印象であるのだがあまりの手紙の威力? に動揺しているようだ。

「……あ、あたし達はもういくわ。一夏探さなきゃ出し……」

「お、おほほ。そうですわね。では、シャルロットさん……また、後ほど~」

「私が言える事ではないが皇はもう少し食生活を改善する事だ、その間違いを正す事ができれば……くっ!」

「み、みんなー!!」

 シャルロットは自分達を置いてショッピングモールへと駆けていくラウラ達を呼び止めたが彼女達は一切後ろを振り向くような事はしなかった。

 理由は響にどんな言葉をかければいいのかわからない、と言ったところなのだろうがラウラに至っては目元に涙が浮かんでいたような気さえする。

「……ぅ……ぐす……せめて食中毒って……書くような事じゃないよ~……」

(ほんとにね)

 二人きりになれたのは良かったがロマンチックな状況とはかけ離れているこの状況……。

 泣いている響を情けないとは思わない、響でなくともこんな手紙を渡されては涙が出てしまうのは当然だった。

 シャルロットはため息をこぼしつつ手に持つ手紙に視線を戻す。

(あれ? 裏に何か書いてある)

 シャルロットは親愛なる母と書かれた紙片の裏に字が書かれている事に気づき最後の手紙を裏返してみる。

「あ……」

 そこに書かれていたのはたった五行の文章。

 しかも、それぞれが違う字体で手紙に書き記されていた。

 その文に眼を通したシャルロットは小さく笑みを浮かべそんな彼女の瞳には落ち込んでいる響が映る。

「響」

「なに~、シャルロット……おれ、まだ立ち直れないよ」

「これを見れば大丈夫だと思うよ」

「これって……?」

 響は目元を拭いシャルロット差し出す手紙を受け取り字を読んだ。

「…………こんな書き方、わかりにくいよ~」

「そうだね、でも……響の事大事に思ってる事はすごくわかる」

「……うん」

 シャルロットの言葉に泣いていた響の頬が緩む。

 シャルロットが発見した手紙の裏に書かれていたメッセージ、それは紛れもなく響の家族からのものだった。

 

 

『  追伸

 

          今は離ればなれだけれど忘れないで……

 

          この先に何があっても……

 

          響は父さんの自慢の息子だぞ!!

          響ちゃんはお母さんの子供なんだから!

          お兄ちゃんは瑓のお兄ちゃんなんだからね! 

                                

 

 

                                皇 忠

                                皇 頼子

                                皇 瑓  より』

 

 

「よかったね、響」

「うん、聞きたかった事はほんのちょっとしか書いてなかったけど……みんな元気そうで安心したよ~」

「今度はちゃんと忘れないように電話しなきゃだね」

「そうするよ~」

 響は心をくじかれたはずの手紙を大事そうに封筒に入れ直し制服の内ポケットにしまう。もう涙も乾き泣き顔はいつものぽやっとした表情に戻っていた。

「ほっとしたらお腹すいちゃった~。シャル、何か食べてから帰ろっか~」

「ふふ、響ったら本当に食いしん坊さんなんだから」

「えへへ~」

 シャルロットは響がいつもの響に戻って安心したのか笑みを浮かべる、響もそんな彼女につられるように照れたような笑みを浮かべ頬を掻く。

(母さん達に直に会えないのは残念だけど……でも、元気でいてくれた安心した)

 知らない土地と環境にも慣れた、家族と一緒にいられない寂しさにも慣れた……。

 寂しさも孤独も学園での慌ただしい時間が解決してくれた。

(でも、今寂しくないのは、悲しくないのはきっとシャルのおかげだよね~)

 心を包み込んでくれるような優しく、暖かい笑顔を見せてくれる。そんなシャルロットが傍にいてくれているおかげで自分はこうして笑っていられる。

「ん? どうしたの響、僕の顔に何か付いてる?」

「ううん~、何も……でも~」

「でも?」

 だから、自分もシャルの助けになれる様に頑張らなくては。

 シャルロットだけではない、一夏や他のみんなの為にも強く、こうして笑い会えるように。

「シャルは笑ってる時が一番可愛いな~って思ってさ~」

「ひ、響! いきなり何言ってるのさ!?」

「えっ? 可愛いから可愛いって言ったんだけど……あ、やっぱり高校生なんだし可愛いより綺麗って言われたいよね。ごめんよ~」

「そんな事無いよ! あ、その、嬉しいけど突然そんな事言われちゃうと驚いちゃうから……」

「じゃあ、今から可愛いって言うから~って言えばいいのかな~?」

「そ、それもどうかな? 結局、いきなり言われる事に変わりはない――あ、嫌じゃないよ、嫌じゃないから! むしろ嬉しいからね!!」

「そっか~、なら問題ないよね~」

 問題その物は何も解決していないがシャルロットが嬉しいならその時点で響には解決した問題になってしまった。

「……問題ありすぎだよ」

 そんな響に対してシャルロットは顔を真っ赤にして俯きこれから前触れもなく言われるであろう嬉しい言葉に自分は耐えられるのかと涙目を浮かべる。

「あ、あれ~? 何でシャル泣いてるの~!」

「も、もう! 少しは自覚してよ!!」

「……えっと何を? ? ?」

 先程までとは立場が逆になってしまった二人は門限まで延々と照れたり照れなかったり……そんな光景を見ていた通行人達はこう思った。

『……ああ~、あれがバカップルってやつか』

 本当の本当にカップルではない二人を見守る視線は、温かいものから冷たいものまであった。そしてごく一部の男達は血の涙を流したそうな……。

 

 




 読んでくださった方どうもありがとうございますw
 今回は少し長めで投稿できたかなと思います、一度で読むのが辛い量かもしれませんがなにとぞご容赦を。
 次のお話から福音編に入ろうかなと思っていますが結構オリジナルで行きたいかなと思っているので次の投稿まで時間が掛かると思いますので待っていただけれれば幸いですm(_ _)m


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オリ主・専用機簡易解説

皇響(すめらぎひびき)

 

年齢 十五歳  性格 素直(褒めると言う事に関しては猟奇的)

 

身長 百六十センチ   体重 五十キロ 

 

ヘアカラー 白 アイカラー 緋色

 

 幼い頃、実の両親に髪が白くなるほどの酷い虐待を受けていた様だが当時の記憶を失っている。その後、何らかの理由で捨てられてしまい施設に保護される。しばらくの間、施設で過ごしていたものの義理の家族となった今の両親、皇夫妻に引き取られ実の子供以上に愛情を受け屈託のない天真爛漫、純情可憐、不言実行などの言葉が似合う少年として成長した。

 外見は子供のようで誰にでも優しく接するが引っ込み思案というわけでもなくちゃんと自分の意志を伝える事のできる強い心を持つ、普段から大量の食事を摂取しIS学園に入学した直後はISを動かす事ができるという共通点をもった一夏やクラスメイトである箒達を驚かせるものの特徴的な外見とISを動かせる事以外は何処に出もいる普通の少年である。

 しかし、年齢とは不相応な幼い外見を気にしているせいかシャルロットの好意に全く気づかないという点で一夏と同じく超が付くほどの鈍感っぷりを発揮する。

 

 

 

皇響 支給訓練機『打鉄』……学園長である十蔵から護身用にと持たされた訓練機。

専用機に変化するまで響の力となってくれる第二世代型                    ISである。

 

皇響 専用IS 第二世代支援交戦型『打鉄・天魔』

   機体カラーリング 白銀

  

   武装  近接射撃刀『鳶葵』……剣戟射出機構『断空』

 

   単一能力 『一騎当千』……常時瞬時加速

 

 護身用兼専用機として貸し出されていた訓練機『打鉄』が響の戦闘データと想いに応え訓練機から専用機へと形態移行した姿。

 その戦闘能力は元の打鉄の数倍、単一能力『一騎当千』により常時瞬時加速を可能とし支援機と分類されながらも前線で他の専用機を上回る高い機動力を手に入れ第三世代機にも引けを取らない性能を有する第二世代変化型IS。

 響の戦闘データを最適化するまでに時間が掛かったのかラウラとの戦闘中に専用機と変貌するも武装は『鳶葵』のみである。しかし、唯一の武装である『鳶葵』は実剣としての強度だけでなくその刀身に搭載された剣戟射出機構『断空』を備えており凡庸性も高い。

 射撃を不得意とする響の為にくみ上げた兵装であり、そのエネルギー刃の攻撃力も高く『打鉄』のもつ高い防御力とシールドの修復力を高められている。

 単一能力の『一騎当千』に関しては低燃費で使用可能な上に常時瞬時加速による高速戦闘のおかげで実力差がある相手とも互角に戦う事が可能になった。

 攻撃力、防御力、機動力と高い水準で纏められた響の専用機である。

 




 この作品のオリ主である響君とその専用機である『打鉄・天魔』を少しでもイメージしやすくなるようにと簡単にではありますが設定を載せてみました~


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第十四話 見えない綻び・その一

 ……人形劇を始めよう

 

 ……開幕の鐘は赤き夢

 

 ……演じるは只一人

 

 

 ……役割を与えられた人形は

 

 

 ……その始まりを憎悪と呪詛で心を満たし

 

 

 ……その終わりは空虚に心を染められた

 

 

 ……知らぬうちに終わりを告げた人形劇

 

 

 ……哀れな人形は滑稽な道化へと姿を変える

 

 

 ……眼に映るもの全てが偽だと気づかず

 

 

 ……道化に劣る道化を演じ

 

 

 ……黒より黒い闇を見ず

 

 

 ……白より白い光に眼を向ける

 

 

 ……人形は道化を演じ続ける

 

 

 

 ……純白の髪に無慈悲な陽光を受けながら

 

 

 ……人形は道化を演じ続ける

 

 

 ……緋色の瞳に残酷な青い空を映しながら

 

 

 ……人形は道化を演じ続ける

 

 

 ……手にした温もりが仮初めだと知りもせず

 

 

 ……剥奪された悲劇を取り戻すまで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員整列!」

 千冬の号令により、IS学年一学年の生徒が一瞬にして列を完成させる。それを確認すると千冬は再び口を開く。

「ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の皆様に迷惑をかけないよう心掛ける事!」

『はい! よろしくお願いします!』

 返事を確認すると千冬も隣に居た着物姿の女将に礼をする。

「今年も世話になります」

「はい、こちらこそ。今年も皆さん元気があってよろしいですわね」

「それが取り柄の子供ですので。……では、学園生は荷物を受領後、指定された部屋へ向かえ。以後の予定は事前に連絡したとおりだ、以上!」

 生徒達がそれぞれ荷物を受け取り部屋へと向かう中、響と一夏は千冬に呼ばれたのでそちらへ向かう。

「あら、こちらが?」

 気づいた女将が千冬に尋ねる。

「はい。件の男二人です。能天気な顔をしているのが織斑一夏。子供にしか見えない顔をしているのが皇響です。今年はこの二人のせいで浴場分けが難しくなって申し訳ない」

「いやちょっと」

「すみませ~ん」

「いえいえ、そんな。良い男の子達じゃないですか」

「感じがするだけですよ。お前達、挨拶しろ」

 一夏の抗議は軽くスルーされた。納得がいかないがい一夏と一緒に響は女将に頭を下げる。

「別に能天気じゃない織斑一夏です。よろしくお願いします」

「能天気なルームメイトに苦労している同い年の皇響です。よろしくお願いしま~す」

「おい!?」

 慌てて抗議する一夏を適当にあしらう響を見て、女将は手を口に当て上品に笑った。

「面白い子達ですわね。それにやんちゃそう」

「あまり褒めないで下さい。調子に乗りやすいのが一名いますので」

「ち、千冬姉!」

「……一夏、抗議するって事は自分だって言ってると同じだよ~?」

「あ……」

 しまった、と唖然としている一夏を余所に千冬はため息一つ。そんな様子を見ていた女将はくすり、と笑うと響達を促した。

「では皆様もお部屋へどうぞ。何かご不明な点があればいつでもお尋ねくださいね」

 最後の言葉は一夏と響に言ったのだろう。基本的には女子生徒が使う事をメインに旅館側も準備しているので、一夏達が戸惑う場面もあるだろうという気遣いだ。

 一夏と響ももう一度礼を言うと荷物を持って部屋へと向かう事にした。

「ところで俺達の部屋はどうなるんだ? 一覧には載ってなかったよな」

「確かに載って無いけど、仕方ないと思うな~」

「え?」

 響の答えに一夏はおろか、未だに部屋に行かず周りで聞き耳を立てていた生徒達も首を捻る。実際の所、響は護衛の都合上どうなるかを知っているのでこう言えるのだが。そう考えるとなんだか一人だけズルをしている様な気分になるが今更の事だ。

「織斑と皇はこっちだ。着いてこい」

 千冬に呼ばれ二人が連れてかれた先、そこの扉には『教員室』と書いたプレートがついている。

「えっとこれは……?」

「元々はお前達二人で一部屋だったが、それだと就寝時間を過ぎても女子が押し掛けるのではという話になってな、織斑は私の部屋。皇は山田先生の部屋と同室となった。文句は無いな」

「そういう事か。響と同じ部屋なら色々遊べると思ったんだけどなあ……」

「こればっかりは仕方ないよ~。でもずっと部屋に居なきゃならないって訳でも無いんだし我慢我慢~」

 一夏とて通常で言うなら高校生。臨海学校や修学旅行の夜と言ったらやはり男同士で騒ぎたいという気持ちはあった。響もそれは分かるので、軽く慰める。

「……まあお前達とて女に囲まれっぱなしではストレスもたまるだろう。私達は教員会議もあるからその間にでもゆっくり話せばいい。幸い私の部屋なら女子もおいそれとは入れまい」

「成程! 流石千冬姉!」

 ぺしん、と笑顔の一夏に出席簿が振り落される。

「織斑先生だ」

「痛って……ありがとうございます織斑先生」

 頭を押さえつつも礼を言う一夏に千冬はうむ、と頷く。

「ではお前達も荷物を部屋へ入れろ。山田先生も……山田先生?」

『?』

 眉を潜めた千冬の視線を追って一夏と響が視線を向ける。

「お、男同士でお話!? 二人きり!? ま、まさか二人が……? けどあんなに喜んでいるなんて本当にっ!?」

 赤くした顔を抑えながら妄想を垂れ流す教師がそこに居た。

「……こ、更衣室に行こっか~」

「……そうだな、海で泳いで今の事は忘れようぜ」

「羽目を外しすぎるなよ」

「「はい」」

 響と一夏は部屋に荷物を置き、荷物の中から水着等が入った軽めのリュックを取り出し

大海原へと向かったのだった。

 

 

 

「う~……、失敗した~」

 眼を輝かせ海へと向かったはずの響だったが一夏と別れ千冬の元へと向かっていた。

 理由としてはごく単純、海水浴に必要な水着を忘れてきてしまったのだ。

「昨日の内にちゃんとリュックに入れたと思ったのに~……はあ~、もしかしなくても見学だね~」

 海辺の旅館とはいえ売店にも水着は置いておらず打つ手無しの状態、響は頭を垂れながら教員室へと向かう。

「あ~、ひっきーだ! そんなに落ち込んでどうしたの~?」

「あ~、のほほんさん聞い……て、よ……」

 響が落ち込んでいるところにクラスメイトである本音が声をかける。

 自分の名前を呼ばれ響は涙が浮かぶ眼を彼女に向けたものの彼女の姿を眼にした瞬間に涙が乾いた。

「……のほほんさん、その格好は~?」

「これ~? これは水着だよ~、ちゃんと撥水性も防水性も完備した高性能水着~」

「そ、そうなの~」

 響は本音の水着姿に一言返すのがやっとだった。

 何故なら本音の水着は着ぐるみのような水着だった、そのモチーフは狐。水着に必要なのかと指摘したくなる狐耳のカチューシャにゆらゆらと動く尻尾。それに加え泳ぐのには不適切な本音使用の異常に長い袖。

(溺れたら大変な事になるんじゃ~……)

「大丈夫だよ~、ちゃんと泳げるから心配むようだよ~」

「………………」

 いつも半開きの眼だが鋭い観察力と洞察力をものほほんさん、どうやら自分の表情から思っていた事を読み取られたらしい。

 響は苦笑いを浮かべながら頬を掻く。

「それで~? 水着わすれちゃったの~?」

「そうなんだよ~、だから織斑先生の所に行って見学でも言いですかって聞きに行こうかな~って」

「ISスーツでも良いんじゃないかな~」

「おれもそう思ったんだけど明日までに乾くか心配でね~」

 今日は自由時間で海水浴を楽しむ事はできるが明日からは企業から依頼、提供された各種装備の機能点検がある。

 只でさえ着づらいのに水分を含んだISスーツは更に着づらくなる、予定もつまりに詰まっているので少しのタイムロスでも千冬から大目玉を食らうのは簡単に想像できた。

「じゃあ~、わたしの貸してあげる~」

「ぶっ! おれに女の子の水着を切れって言うの~!」

 見た目が子供っぽいとはいえれっきとした男である自分がそんな物を着てしまえばはっきり言って変態にしか見えない。

「大丈夫~、私と同じ着ぐるみタイプだから~」

「あ……もう一着あったんだ~」

「これとどっちにしようか迷ったんだよ~、さ~時間ももったいないし早速お着替えだよ~!」

 本音はどこから出したのかもう一着の着ぐるみを取り出す、その手にある着ぐるみはやはりと言うべきか動物をモチーフにしたものだった。

「……これって、まさか……」

 響は本音から手渡された着ぐるみをみて口元を引き攣らせる。

「ひっきーにはよく似合うと思うよ~」

 そんな響を見て本音の眼は怪しく輝いていた……。

 

 

 

 花月荘は別館に更衣室があり、そこで着替えを済ませばそのまま海へ出れる造りとなっている。響と分かれて行動した一夏は近くで飛び交う女子達の黄色いガールズトークに頭を悩ませつつ、着替えを済ませ浜辺へと繰り出した。

「……暑いな」

 どこか遠くを見つめる一夏。この暑さは太陽と砂浜のせいだけでない。悪いのは女子達のはしゃいだ声やガールズトーク。更には七月の太陽に照らされる砂浜で戯れる女子、女子、女子。普段学園で見慣れてるとはいえ、それは制服姿やISスーツの姿。スーツも中々に刺激的なのだが、それ以上に露出の高い水着だらけのこの光景は思春期の男には辛い。

「あれ? 一夏、響と一緒じゃなかったの?」

「っ! シャルロット、そうなんだよ。響のやつ肝心の水着を忘れてきたみたい……?」

 一夏は首をふりピンク色の考えを頭から追い出し声をかけてきたシャルロットに向きなおる。

「どうしたの?」

「いや……そのだな」

 急に挙動不審になった一夏にシャルロットが首を傾げる。

 それもそのはず、今のシャルロットは響が選んだ黄色を基調とした水着を着ている。傷一つない白い肌が映えるスラリとした体躯。もはや男装する事も無いので解放された胸は、普段のISスーツの上から見る時よりも大きく見える。

 そんな魅力的な彼女の水着姿を見て見とれないわけがない……のだが、一夏の視線はシャルロットではなくその後ろに隠れるように立っている白い何かだった。

「後ろのその不審人物は何なんだ?」

 それは確かに不信感丸出しの人物だった。なにせ全身を何枚にも重ねたバスタオルで多いその身を隠しているのだ。

 シャルロットも「ああ」と思い出したのかそのバスタオルの塊の手を引いて連れてくる。

「ほら、おいでよラウラ」

「し、しかしだな」

「ラウラ? これが?」

 確かに声はラウラの声だったが何故こんな奇天烈な格好をしているのかと疑問に思う一夏にシャルロットが答える。

「せっかく水着に着替えたのに、恥ずかしがってこの調子なんだよ」

「や、やはり私には無理だっ!」

「そんなことないって言ってるのにな」

 どうやら水着を着たが良いが、人前に――というか恥ずかしくて見せられない状態に陥ったらしい。そういえばバスの中から様子がおかしかったがもしかして緊張していたのだろう。

 しかし恥ずかしがりながらもここまで来ていると言う事は、やはり海で泳ぎたいのだろう。一夏はシャルロットが救いを求める様な視線を向けている事に気づく。

 一夏も頷き、ラウラに話しかけた。

「ラウラ、一緒の遊ぼうぜ。大丈夫だからさ」

「しかしやはり私には……」

「ラウラだって一夏に見てもらいたいんじゃないの?」

「う、だが笑われたりしたら私はもう」

「大丈夫だよ。一夏はそんな人じゃないって事は知ってるでしょ?」

「う、うむ……」

「ほら、早くしないと僕が一夏と遊んじゃうよ」

「わ、わかった。お前がそこまで言うなら信じよう! ええい!」

 気合いを入れ直したラウラは一夏に自分の水着姿を披露するため全身に巻いていたタオルを勢いよくかなぐり捨てる。

「おお」

「わ、笑いたければ笑うがいい……!」

 ラウラが身につけていたのは黒の水着しかもレースをふんだんにあしらったもので、一見すると大人の下着にも見える。さらにいつも飾り気のない伸ばしたままの髪は左右で一対のアップテールになっておりなれない身だしなみに照れているのかもじもじち小さくなっている姿がよりいっそうラウラの可愛さを引き立てていた。

「おかしな所なんて無いよね?」

「お、おう。少し驚いたけど似合ってると思うぞ」

「なっ……!」

 一夏の言葉に赤面するラウラ、予想もしていなかったような反応に一夏とシャルロットは小さく笑う。

「しゃ、社交辞令ならいらん」

「社交辞令じゃねえって。なあ? シャルロット」

「うん、僕も可愛いって褒めてるのに全然信じてくれないんだよ」

「そうだったのか。あ、シャルロットも水着似合ってるぞ」

「うん、ありがと」

 シャルロットは自分も褒められ照れたのか髪を弄る。その手首には響のチョーカーと同じ色の白銀のブレスレットが輝く。

「それどうしたんだ?」

「これ? これは響と一緒に水着を買いに行ったときに貰ったんだ。買い物に付き合ってくれたお礼だって」

 ラウラ達と分かれた後、響に可愛いと何度も言われ黙り込んでしまったのを響が怒っていると勘違いし仲直りにと買ってくれた物だった。

 仲直りも何も怒っていなかった、それに嬉しくてにやけてしまったのを隠しただけなのだから自分としては良い事ずくめである。

「それ錆びたりしないのか?」

「大丈夫だよ、来る前にちゃんと保護コートしてきたから。それに後でちゃんと塩水は洗い流すし……その、響が僕に買ってくれた物だから大事にするよ」

 えへへ、と笑みを浮かべるシャルロットに一夏もつられるように笑みを溢す。

(シャルロットのやつこんなに喜んで、あとで響に教えてやらなきゃな)

「お、おい! 二人とも! 早く泳ぎに行くぞ」

「おっと、そうだったな。シャルロットも行こうぜ」

「あ、僕は響を待ってるよ。一夏はラウラと一緒に行ってあげて」

「そうか? じゃあ、また後でな!」

「うん」

 一夏はラウラと一緒に海へと向かって走り出す。

 するとどこからとも無く現れた鈴が一夏の肩に飛び乗りそれを近くで見ていたいセシリアが合流しなにやら揉めているような光景が眼に映った。

「ふふ、みんな一夏の事好きだもんね。やっぱり海で水着だと積極的になるよね」

 シャルロットは一人砂浜でその微笑ましい光景に笑みを浮かべたがすぐに彼女の思い人である響の声がシャルロットの耳に届く。

「シャルは一夏達と一緒に遊ばないの~?」

「もう、響を待って……たん……だよ」

 先程の一夏のように響の姿に声を失うシャルロット。

「あはは~……やっぱりおかしいよね~」

「………………」

 響が本音に借りた着ぐるみタイプの水着、そのカラーリングは正面を白いく背中は灰色を基調としそこに黒い縦線が三本……響のイメージをそのまま形にしたような動物がモチーフとなっていた。

 しかも、本音とは違い頭の先からつま先まで完全に覆われており出ているのは顔だけ、完全な着ぐるみだった。

 それは手の平サイズの小動物で、その小さな身体にマッチする小さな手と丸い耳。昼は殆ど寝ていてご飯の時は元気に起きる、それに加え見ているだけで癒される完全無欠な愛玩動物……その名は、ジャンガリアンハムスター。

「のほほんさんに借りたんだけど動きづらくて、結局泳げそうに無いんだよね~」

 響は両手をパタパタと動かし稼働領域が狭い事をシャルロットに教える、足の部分もハムスターのぽてっとした下半身を再現してかちょこちょことしか歩けないようになっていた。

「響……」

「これだと織斑先生にも怒られちゃうよね~、着替えるの手伝って――うぷっ!?」

 響は背中にあるチャックを下げて欲しいと後ろを向こうとしたがそれよりも早くシャルロットがいきなり抱きついてくる。

「すっごく可愛いよ!!」

「へっ?」

「うわぁ、着ぐるみの毛も本物みたい。それに抱き心地ももふもふしてて気持ちいいね」

「あの……恥ずかしいんだけど~」

「何言ってるのさ! 似合ってるんだから全然恥ずかしがる事なんて無いよ!」

「いや、着ぐるみの事じゃなくて~……」

 自分の姿に眼を輝かせているシャルロットの顔が目の前にある、それこそ息がかかるくらいの近い距離。シャルロットは気づいていないようだがはっきりいって近すぎである。誰かが背中を軽く押すだけでキスができてしまう距離感……非常にまずい状況だ。

(あ~! 近い近い近い近いぃぃ! 顔が近いよ、シャル~!!)

 外国人は人と触れ合うとき日本人よりも距離感が近いと聞くがまさにその通りだった。

 それも海辺の太陽が照らす美少女の陽光よりも眩しい笑顔を近づけられ響は指摘の言葉を思わず飲み込んでしまう。

「ほらほら、みんなにも見せようよ。せっかく可愛いんだからさ!」

「それ理由になってないよ~、むしろ男としては残念な理由――」

「良いの! 可愛い事は何よりも優先されるんだよ!!」

「シャルがおれの話を聞いてくれない!!」

 シャルロットは響の言葉を聞き流しいつの間にかビーチバレーで汗を流す一夏達の下へ響を引っ張っていく。

 思うように歩けないのだがそんな姿が一層響を小動物としての愛らしさを滲ませる。

「一夏、見てよ。響の水着可愛いよ!」

 そのシャルロットの声にビーチバレーをしていた一夏だけでなく他のメンバーであるラウラと鈴も響の姿に眼が釘付けになる、対戦相手だった千冬と真耶、そして女子生徒の一人と周りにいた女子生徒(クラスメイトの大半)の視線が響に集まる。

「「「「「「………………」」」」」」

「あ、あの、みんな眼が怖い……気がするんだけど~」

「そんな事無いってば! みんな可愛い響に釘付けなだけだよ」

 響の愛らしさに興奮が治まらないのかシャルロットは人目もはばからず響をギュッと抱きしめる。

「シャルさーん!」

 響は金切り声をあげ千冬からの叱咤に涙を浮かべた……が、その眼に信じられない光景が映った。

「良いか、皇の写真は一人十枚までだ。学園外に持ち出す事は禁止するが自分で見て楽しむぶんには許可する。あと皇を抱きしめたい者はデュノアの後ろに並べ。順番は護るように」

「何してるんですかあぁぁぁぁ!」

 携帯端末を手に写真を撮る多数の女子、そして本人無許可の写真撮影を終了した女子生徒は未だに自分を抱きしめているシャルロットの後ろに続々と並んでいく。

 しかも、いつもなら助け船を出してくれる千冬が率先して列整理をしている。

「織斑先生までからかわないでくださいよ~! 海まで来てこんな事されたらおれ泣いちゃ――」

「皇、私も順番で頼む」

「………………」

 普段と変わらない気むずかしい表情の中で瞳が異様な輝きを見せる千冬の表情を緋色の瞳に映し、唯一の救いが消えた瞬間をその眼と千冬の声で理解した響、着ぐるみ姿の撮影会と握手会ならぬ抱きしめ会は自由時間終了時刻まで続くのだった。

 

 

 




 お久しぶりです!
 前回の投稿から一ヶ月近く間が空いてしまいましたが仕事の合間やお休みの間にこつこつ文字を打ち込んでみました。
 恒例な言い方になりますが、感想と評価の方なにとぞよろしくお願いします(^^)/


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第十五話 見えない綻び・その二

 

「はあ……酷い目にあった~」

「はは、災難だったな」

「笑い事じゃないよ~」

 響は旅館の露天風呂につかりながら大きなため息をこぼす。

 海辺での珍事は結局自由時間を過ぎても続けられた、事の原因は本音から渡されたハムスターの着ぐるみ水着。

 アレを着て女子生徒一同の前に出てしまったものだから文字通り小動物として愛でられた、その中にはシャルだけでなく良く話をする箒達も混ざっており逃げようとしても逃げられずただただ抱き枕ならぬ抱きぐるみとなるしかなかった。

「……眼が血走ってる人もいたけど、……うん、忘れよ~」

 響も年頃の男子、着ぐるみを着ているとはいえ水着姿の女子達に次々と抱きしめられ女子特有の甘い匂いだけでなく柔らかな肉体の感触、そして張りのある素肌が唯一露出している顔に触れたときは気絶しそうになっていた。

 そんな響の姿に思うところがあったのか順番待ちをしていた何人かの女子は荒い息をあげ口元を怪しげにつり上げ涎を流していた、その姿を見た響は照れと緊張の他に言い表せないある種の恐怖を抱いた。

「……さ、寒気が……」

 響はその時の事を思い出し温かい湯船につかっているというのにガタガタと震え出す。

「それにしても、まさか千冬姉まで並ぶとは……響は凄いな」

「なんか含みがあるしゃべり方だね~」

「そうか? まあ、自由時間は大変だった分、この後の夕食で元を取るよう頑張れよ」

「そうだね~、せめてご飯だけはゆっくり食べたいよ~」

 この心の疲れを洗い流し臨海学校一番の楽しみである海の幸をふんだんに使っていると聞いた旅館の食事、響が尤も心躍らせる時間。

 自由時間とは名ばかりの不自由だった今日という日を謳歌できる最後のチャンス。

(うん、いつも以上に詰め込も~!)

 響はギュッと拳を握り心の中で己の食欲の限界を人知れず外す、隣にいる一夏でさえその事には気づかない。

「あー、生き返るなあ。やっぱ日本人は風呂だよな。うーん蘇る~」

「お爺ちゃんみたいだよ~、一夏」

 露天風呂の心地よい湯船に顔が緩む一夏をみて響は苦笑を浮かべる、かく言う響も同じ様な顔をしていたが。

「うるせー。気持ちいいから良いんだよー」

 ほっこりと風呂を満喫している一夏に響もそういうものか、とこれ以上は追及しない。確かに風呂は良い物なのだから。

「それでもあんまり興奮して誘うのはやめて欲しいな~」

「……ああ、そうだな」

 海岸で遊んだ際の汚れを落とそうと露天風呂へと向かおうとした時、一夏は興奮気味に響にこう言ったのだ。

 

『響、ここ露天風呂らしいぜ! 俺達の時間になったらすぐ行こうな!』

 これを聞いた女子数名の反応が酷かった。

『露天風呂……織斑君あんなにはしゃいで』

『俺達の時間……俺達の時間!』

『そして二人は仲睦まじく……キャー♪』

 と言った具合に。

 因みにその話を聞いた箒以下数名は一夏に詰め寄り何やら揉めていた、響は響でシャルロットに浴衣の袖を引かれ、

『ひ、響は大丈夫だよね?』

 と不安げな瞳で訊かれたのだ。

 何かとんでもない勘違いをしていたシャルロットの誤解を解いた響。一夏も懲りたのか今度から気を付ける、と頷いた。

 

「しかし今日は随分と遊んだけど、明日からは訓練なんだよなあ。ISの各種装備試験運用とそのデータ取りだっけか。具体的には何やるんだ?」

「訓練機は学園に保管されている装備の使用方法の確認だよ~。今後模擬戦の数も増えるだろうから、自分に合った装備を選ぶ為だってさ~。専用機持ちはそれぞれ専用のパーツや装備があるからそれの運用。来る前に言われたでしょ~」

「いや、そうなんだけどさ。俺の『白式』の場合、武器が『雪片弐型』だけだろ? だからどうすんのかなってさ」

 一夏の『白式』は拡張領域を全て『雪片弐型』で埋めている。故に後付け装備は出来ないのだ。

「そうだね~……。だったらより効率のいい運用方法の模索とかそんな感じじゃない? その辺りは織斑先生が考えてると思うけどな~」

「結局明日にならなきゃわからない、か。まあ仕方ないよな。所で響はどうなるんだ? やっぱ専用機になったから運用データの測定か?」

「どうだろ~、おれの場合は事情が事情だから~」

 自分の場合、訓練機から専用機へと変化した『打鉄』の測定をしなければならないのは当然の事である。しかし、一夏の『白式』と同じように武装は『鳶葵』のみ……おそらく一夏と同じような訓練内容になるだろう。違う点があるとすれば『鳶葵』の剣戟射出機構の運用テストと単一能力である『一騎当千』最大連続稼働時間及び限界出力の試験運用くらいだろう。

「おれの『打鉄』も『白式』と同じで武器は一つだけだけど、射撃武器みたいなのは付いてるから一夏よりは何するか予想しやすいけどね~」

「そっか、しかしやっぱ『白式』にも射撃武器が欲しいよ。そりゃ、いきなり使いこなせるとは思わないけどやっぱりあると無いとじゃ大違いだろ?」

 呟きながら己の手を握る一夏。その眼には強さへの渇望が。向上心が見える。

「うん、それはそうだよ~」

 響も一夏の言葉を肯定するように返事を返えした。

 響の場合、射撃の才能は一夏よりも低い。もしかしなくても学園内で最低レベルだ、そんな響だからこそ射撃武器の有用性は身に染みていた。

 彼の場合『打鉄』の助けもあり点の射撃ではなく斬撃による戦の射撃でなんとか射撃武器のような効果を実現しているにすぎない。これがもし剣戟射出でなく通常の弾丸、もしくはビーム系統の射撃武器であったなら響は暴走した『シュヴァルツェア・レーゲン』に勝利する事はできなかっただろう。

「でも、一夏が追加装備が欲しいのはやっぱり強くなりたいから~?」

「当たり前だろ。俺は強くなりたい。それで俺の周りの人を守りたい。まだ守られるばかりのガキだけどさ、いつかは俺が守ってやりたいんだ」

 それはとてつもない夢だろう。何せ彼の周りには彼より強い人間が多くいる。実の姉を筆頭に担任や代表候補生達。それは分からない一夏では無い。それでも守りたいと言う。

「……ねぇ、一夏。一夏は何でそんなに守りたいと思うの~?」

 一夏の人生も大よそ普通ではないかもしれない。ラウラとの一件を考えても過去に何かあったのは明白だ。その事を聞こうとも話してもらおうとは思わない。それに同じ男としてISを動かせることで学園入学し、色々なトラブルもあった。そこで一夏は自分と同じように身の丈を知った筈だ。それなのに上を目指し続ける。その心の内が気になった。

「そうだな……やっぱ守られてばかりなのは悔しい、ってのもある。だけどさ、それ以上に俺は、俺の為に頑張ってくれた人たちが大切なんだよ。その大切な人たちが悲しまない様に、今度は俺が守ってやりたいんだ。だからこそ強くなりたい。結局は自分の為かもしれないけどさ」

 ちょっと恥ずかしそうに頭を掻きながら話す内容は一夏の本心だろう。彼は彼と、その周りの人たちの為に強くなりたいのだ。そんな一夏の姿がどこか眩しく感じ、それを誤魔化すように響は湯口から出たばかりの熱湯を一夏にかけた。

「熱っ!? いきなり何するんだよ!」

「まったく、カッコイイこと言ってもおれは口説かれないよ~。口説くのは女の子だけにしてね~」

「口説いてなんかないだろ! そもそも響から訊いてきたんだじゃないか! このやろっ!」

「うわっ!?」

 お返しとばかりに一夏が同じように熱湯をかけてくるが響はギリギリで回避した。悔しそうに一夏が呟く。

「相変わらず避けるの上手いな」

「それが取り柄ですから~」

 そのまま数秒睨み合うが先に折れたのは一夏だった。はぁ、とため息を付くと湯船につかり直す。

「そういう響も俺と同じだろ?」

「ん~?」

「強くなる理由だよ、ラウラの時に喋ってたのモニター室でちゃんと聞いてたんだぜ」

「わ~、なんか恥ずかしいね~」

 まさかあの時の試合で自分を心配してくれていた箒に洩らした本心を聞かれていたとは思っていなかった。

 

『相手が自分じゃ敵わないくらい強くても、自分が弱いって事が……逃げる理由にはならないって、戦えない理由にはならないんだって』

 

『だから、おれは逃げない。この刀を握られなくなったって、足が動かなくなったってどんなに格好悪くたって、どんなに見苦しくたって……最後の最後まで戦い抜くんだ!!』

 

 今思い出してみると自分でも何を言っているんだと頬が熱くなる。

 言っている事は格好いいように聞こえても自分が勝つまで降参しないという何とも悪あがき感がある、それもかなり諦めの悪い方向で。

「恥ずかしくなんかないって、俺もそう思うぜ」

「そう言ってくれると助かるよ~、それでさっきの話の続きだけど~」

「おう」

「おれも一夏と同じかな~。大切な人を守れる力が自分にあれば、って思う。もしもの時、大切な誰かを……」

 響の言う大切な誰か、それは大切な家族であり、仲間であり、友達であり……そして、まだ見ぬ恋いこがれるであろう異性も含まれていた。一夏と同じように大切な人達を守りたい、その思いに『打鉄』が答えてくれたのだから。

 響ははにかんだ笑顔を浮かべながら待機状態である『打鉄』に触れた。

「そうか。なら俺達は同じだな。お互い頑張ろうぜ」

「うん。でも、一夏は座学からだね~」

「うっ……」

 気まずげに視線を逸らす一夏に苦笑する。入学してから大分経ち、大分マシにはなったとはいえ、まだまだ足りてないのが現状である。

「そっちはおいおいで……。そろそろ俺は先に上がるぜ。響はどうするんだ?」

「おれも出るよ~。そろそろご飯の時間だろうしね」

「じゃあ行こうぜ」

「よ~し、今日は食べまくるぞ~!」

「……今日も、だろ」

 湯船から立ち上がり満天の星空に小さな握り拳を振り上げ緋色の瞳に燃えたぎる食欲の炎を灯す響に一夏は表情を引き攣らせるのだった。

 

 

 

 

 ――『花月荘』大宴会場。

 隣接する大広間を三つ繋げた部屋で響達は食事を取っていた。

 い草の香りがする畳席やテーブル席があり、響は知らぬ者がいない小さな大食漢である為旅館の侍女の方々が食器を片付けやすいようにと出入り口近くの六人掛けのテーブル席を占拠し食事にせいを出していた。

「学園のご飯もおいしいけどここのご飯もすっごくおいしねー!」

「そ、そうだな。確かにそうだと思うが……」

 そんな響の食事を観察していたラウラは旅館の食事にご満悦名響とは反対に表情を引き攣らせていた。

(……外での食事という事もあって食欲に拍車が掛かっているのか? だとしてもこの量、いつもの倍だぞ!?)

 既に食事を終えたラウラはシャルロットが終わるまで待っていた……が、隣の席で今までに見ない粗食速度で食事を平らげていく響に言葉を失う。

「お刺身も、天ぷらもお吸い物も全部おいしい~! 臨海学校来てよかった~!」

 既にテーブルの上は侍女の方々が全力で後片付けているというのに次々と食べ終えた食器が積み重ねられていく、それこそ出された瞬間には食べ終えていると言ってもいい速さで。

 毎度の事だが、響の身長は箒と同じくらい。シャルロットより少し大きい位なのだがあり得ない質量が小さな身体の胃袋に納められている。

(質量の事もそうだが何故体系的に見栄えが変わらないのだ? シャルロット達お言っていたがこれだけ食事を摂取すれば太ってもおかしくはないというのに)

 カロリーの大量摂取、その代償と言える体重の増加が全く見られない。当然身長も伸びる様子はない、はっきり言って生物学的に言っても響の胃袋は普通ではない。科学的にも解明できるかどうかという領域に達している。

(……まさか、ブラックホールを持っているとでも……いやいや、それはない)

 心の内でボケとツッコミをするラウラ、だが響の食べっぷりを見ればそれもあながちあり得るかもしれないと思える。

 すでにその光景に何にかの女子生徒は食事を中断し自室へ戻っていった者達もいる。

「……皇、そろそろ終わらせた方が良いのではないか?」

「大丈夫! まだ腹八分目だよ!!」

「いや、胃袋の心配ではないのだが……」

 その言葉の通りラウラが心配していたのは響の胃袋ではなく、この旅館に残されている食材の残量とIS学園に請求されるであろう膨大な食費だった。

 千冬なら響の食欲を計算に入れて経費を申請しているだろうがこの勢いでは他の学生だけでなく引率している職員やこの旅館の従業員の分の食糧まで食い尽くしてしまいそうな勢いである。

「明日は過酷な訓練になるかもしれない、あまり食べ過ぎると吐く可能性も考えられる」

「そ、そんなに辛い訓練するのかな~?」

「教官の事だからな、可能性は充分に考えられる、それに皇は学園の訓練機を自分の専用機に変えてしまったからな。イレギュラー中のイレギュラーだ……一体どんな過酷な訓練が用意されているかわからないぞ」

「……も、もうやめよかな~」

 響はラウラの深刻そうな声音と苦虫を噛み潰したような表情に怖じ気づいたのか世界で唯一吸引力の落ちない掃除機ばりの食欲に歯止めを掛けるように箸を置いた。

「その方が良いだろう、それよりこの後はどうするつもりだ?」

「この後は部屋で少し荷物の整理をして、それから織斑先生の部屋で一夏と何かして遊ぶつもり~」

「ふむ、つまり教官と一夏の部屋に行くまでに弱冠時間があるわけだな」

「そうだよ~、それがどうかした~?」

「いや、こちらの話だ。気にしなくて良い」

「……? よくわからないけど、ご飯も一段落したしおれは部屋に戻るよ~」

「ああ、ゆっくり片付けると良い。その方が都合が良い」

「う、うん?」

 響はラウラが何を思って都合が良いと言ったのかわからず首を捻りつつも自分の部屋へと戻る。

 あてがわれた部屋の前には『山田真耶・皇響』と堂々と名前が書かれていたがやはりそこは学園の教師が同室という事もあり女子生徒達が入ってくる事はなかった。

「はあ~、ご飯はお腹いっぱい食べられなかったけどこれでゆっくりできる~」

 部屋に戻った響は本音から借りた着ぐるみ水着を備え付けのハンガーラックに掛ける、旅館の女将の好意で洗濯機を貸してもらえたのはありがたかった。

 本音にはそのまま持ち帰って洗うからと言われた洗って返すのが当然であるため自由時間が終わってすぐに洗濯したのだ、最終日三日目には僅かだが自由時間が設けられている。その時に本音が使えば使うかもしれないので今から乾かさなければさすがに間に合わない。

「ふふ、今日はお疲れ様でした。就寝時間まではもう自由にしてくれて構いません、織斑君とお話をしてきても大丈夫ですよ」

「荷物の整理をしたら行かせてもらいま~す」

「はい、どうぞ」

 響は水着を掛け終え今度は慌てて海に泳ぎに行こうとして乱雑に置いてしまった荷物を片付ける、とは言ってもそれほど中身を取り出して部屋の中に広げたわけでもないのですぐに終わる。

「あ」

「どうしました、皇君?」

「いえ、臨海学校の準備をしてる時に間違って持って来ちゃったみたいで~」

 響は鞄の中から小さな電子端末を取り出し電源を入れた、すると投影モニターが展開されそこには響と家族の姿が映った。

「アルバムですか、ご家族の写真ですね」

「はい、父さんと母さん、それに妹の瑓ちゃんです」

 響は真耶に端末を手渡す、そのモニターに映っているのは恰幅の良い中年男性と優しげな笑みを浮かべる女性と響より小さい活発そうな少女が映っていた。勿論、響もその三人に囲まれるように映っていた。

「入学式の時に一度お会いしましたけど皇君はちゃんと連絡とかしてますか?」

「はい、今日の臨海学校の事を話したら一緒に来たかったって言ってました~」

 もっとも来たいと言っていたのは妹の瑓だけ。

 両親である忠と頼子は年齢の事もあって日光浴くらいしかできないからと難色を示していたが。

「それにIS委員会の人達からも良くしてもらってるみたいで今の所危ない事は一回も起きてないって言ってまたした~」

「それなら安心ですね、皇君もIS学園の生徒であるのでその点は心配ないですから安心してくださいね」

「は~い」

 学園長から内密に響の護衛を依頼されている千冬と楯無の事は知らされていないため真耶が言ったのはあくまで独立機関に在籍する上での保証である。

 しかし、今のところそう言った工作員達の接触もない。

(今は学園を離れちゃってるけど織斑先生が何も言ってこないなら大丈夫だよね~)

 学園の外に出たとはいえこの旅館は学園が貸し切ってある、しかも世界最強の兵器であるISが持ち込まれている以上警備は自然と厳重になる。部外者が侵入すればすぐに経過思うに掛かり捕まるのが落ちだ。

「それにしても皇君は小さい頃からあまり変わらないんですね」

「あはは……そうなんですよ~、どうしたら身長が伸びるんでしょ~?」

 一般的に言われる、よく食べ良く運動しよく寝るを実戦しているというのに全く背が伸びる気配がない響。

 伸びる気配がないとは言ってもそれは今の話で決して背が伸びていないわけではない。

 実際、写真に写っている今よりも幼い頃の響である。ちゃんと比較できる物はないが両親と妹との身長から判断するに今よりも小さい。

「学園に入学してから伸びなくなったんですけど……もう駄目ってことですか~?」

 響はどこか縋るような視線を真耶に向ける。

 けっして身長が低いからと言って男として駄目なわけではない、しかし、当の本人としては一夏と同じくらいもしくは少し低いくらいの身長が欲しいと願っているのだ。

「ど、どうでしょう? 男性は二十五歳までは身長が伸びると言いますから皇君はまだ十五歳ですしまだまだこれからだと思いますよ」

「ほ、本当ですか~!」

「ええ、ですからあまり気にしちゃ駄目ですよ」

「はい~!」

 真耶の励ましの言葉に響は満面の笑みを浮かべるもけっして背が伸びるという保証があるという事に気づいていなかった。

「ところで、荷物整理は良いんですか?」

「あ、そうでした~! 写真まだ見ますか~?」

「そうですね、折角ですし皇君の可愛らしい子供時代を見させてもらいます」

「ですか~」

 響は片付けの途中だった事を思い出し荷物整理を再開する。真耶は雪那に渡された電子モニターに指で触れ画像をスライドさせていく。

(どの写真も可愛らしく撮れてますね)

 主に最近撮られた写真から見ている物のモニターに映る響の姿は十代の少年が見せる眩しい姿では合った物の子供らしさが滲み出ている物が多かった。

 見た目もあまり変わっていないのか人混みの中で埋もれている響の写真でも真っ白な髪のお陰ですぐに見つける事ができた。

「これは運動会の時の写真ですね、でも何の競技でしょうか? 顔が真っ白ですよ」

「ああ、その写真は少し深さがあるトレイに小麦粉を入れてその中に埋まってる飴を食べるやつですよ~」

「そうですか、手持ちの旗を見る限り一位だったみたいですね。こういうの得意なんですか?」

 顔を小麦粉で白くしている響の手には手作りの一等旗が握られていた。

「得意じゃないですよ~、飴を見つけるの大変だったんで結局中身を全部食べたんです~」

「……食べたんですか? 全部?」

「そうですよ~」

「よ、よく食べれましたね」

「名前に付いてる通り粉だけあって食べにくかったですけどね~」

 響は鞄の中身を整理しながらその時の事を思い出す。

 息を止め必死に小麦粉の中に埋まっている飴を探して口を動かしたが一向に見つけられず最下位になるのではないかと焦ったとき小麦粉も食べてられる事を思い出したのが一位に繋がったのだ。

「中に入ってる飴と一緒に食べると甘いもんじゃみたいで美味しかったですよ~、飴をかみ砕く時に口の中に入れる小麦粉の量がミソで――」

「あー! この写真は何かのお祭りですか!? 皇君が可愛い浴衣来てますよ!!」

「それは中学一年生の頃ですね~。母さん縫い物が得意でおれの浴衣を縫ってくれたんです、瑓ちゃんとおそろいの生地じゃないですか~?」

「そうですね、妹さんと同じ柄の浴衣ですから。ふふっ!」

「どうしたんですか山田先生、急に笑って~?」

 響は荷物の整理を終え小さな笑いを溢した真耶に向きなおる。

「いえ、皇君は妹さん思いだと思って」

「え、どうしてですか~?」

「だって皇君、この写真だと妹さんの綿飴とか屋台で買ったお菓子を持ってあげてるじゃないですか」

 真耶が見ている写真には響が両手一杯に様々な屋台で売られていたであろうリンゴ飴やバナナチョコ、それに様々な焼き菓子を握りしめその小さな背に女の子が好きそうなアニメのキャラクターや動物の写真がプリントされた袋に入っている綿飴を背中一杯に担いでいる姿だった。

「あー、それはおれの分ですよ~。お祭りのくじ引きで好きな物を好きなだけプレゼントしますっていう券を引いちゃってそれでもらったお菓子です。その写真だと半分くらい食べた後のやつですね~」

「……これも、食べたんですか?」

「そうですよ~、その時は嬉しくて食べたかったお店の物全部もらっちゃって、でもその写真を撮ってた父さん達は何故か泣いてましたけど~」

「………………」

 真耶は楽しかった思い出を嬉しそうに話す響を見て何も言えなくなった。

 今二人が見ているこの写真は忠と頼子が家族の思い出として取った物だったがこの写真を撮っていた時の心境を考えると思わず涙が溢れそうになる真耶。

 まさか自分の子供が祭りに出店している全ての出店を潰す勢いで食べ歩くなど思ってもいなかったはずだ……。

 真耶は次の写真を見ようとしたがまた響の尋常ではない食欲話に繋がる物ではないのかとなかなか次に移れないでいた。

「山田先生失礼します、響のやついますか?」

 そんな時、真耶を助けるかのように一夏が二人の前に姿を見せる。

「織斑君!」

「あ、一夏。こっちで話すの~? っていうか、髪濡れてるね~」

「ああ、今部屋に箒達が来ててな。千冬姉とセシリアをマッサージしてたら汗かいてもう一回入ってきたんだよ、それで風呂から戻ってくるときにでも響を連れてこいっていわれてな。何か聞きたい事があるとかないとか……」

「そっか~、山田先生。片付けも終わったのでおれ一夏と一緒に織斑先生の所に行ってきますね~」

「どうぞどうぞ! 私の事は気にしなくて良いですから充分楽しんできてくださいね!」

「それじゃいってきまーす」

「はい、行ってらっしゃい!」

 響は一夏と一緒に部屋を出た。

 残された真耶は何故か安堵のため息を付く。

「まさか、この写真全部が食べ物に関係してるとは思いませんが……」

 苦笑をもらしながら真耶は記録されている写真を見ていく。どの写真も運動会や学芸会、入学式に卒業式、もちろん日常の何気ない写真まで網羅されている。

 この電子アルバムを見ると響がどれだけ大切に、愛されているのかがわかる。

「それにしても、身長の事はともかく皇君は昔からあまり変わってないみたいですね」

 真野の眼に映るのは今と対して変わらない姿の響。

 家族と一緒に生き生きとした笑顔を浮かべていた、高校生になった今でもそれは変わっていない。

「ふふ、これじゃ他の生徒さん達にからかわれたり年下と思われるのも仕方がない気がしますね……ん? この写真は……」

 微笑を浮かべながら写真を見ていた真耶の眼が不意に止まる。

 真耶が眼を止めたのは家族全員が映っている写真、その写真に映る響達は幸せそうに笑っていた。

「これはどういう事でしょう?」

 何処にでもある家族の何気ない集合写真。しかし、その一枚だけが他の写真とは違う物が映り込んでいた。

 何も幽霊が映った心霊写真というわけではない、誰か他の人物が写っているわけでもない。

 それでも真耶が目を丸くしてその一枚の写真を見つめたのは写っているある人物のたった一つだけ外見が違っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――皇君、髪が黒かったんですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ども~!
 今回も投稿が遅れてしまいましたがあまりいつもと変わらない文章量で投稿できたと思います。
 最近ですが人物の視点や場面の転換がころころと変わり読みにくいかもしれませんがなにとぞお付き合いくださいm(_ _)m


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第十六話 自覚の無い君に涙する

 

 ――『織斑千冬・一夏』 教員室。

 

「「「「「………………」」」」」

 学園同伴者兼責任者でもある千冬の部屋でいつもの面々である箒達は無言で正座をしていていた。

 そんな彼女達の目の前には子の部屋の支配者と言うべき存在である千冬が何処か呆れたような表情を浮かべている。

「おいおい、葬式か通夜か? いつもの馬鹿騒ぎはどうした」

「い、いえ。なんと言えばいいのか……」

「ええっと……ですね」

「ちふ……織斑先生とこうして話すのは初めてですし…………」

 箒、シャルロット、鈴は互いに目配りをしてどう説明したらいいのか迷っていた。

 確かに普段から面と向き合って話す機会自体が少なかった事もあるがこうしていつもの面々の中に千冬を交え完全個室で話し合う事など今まで一度もなかったのだ。

 しかも、一夏ラヴァーズである箒達からしてみれば姉でもある彼女を前にしてしまえば緊張するのも無理はない。

「まったく、しょうがないな。私が飲み物を奢ってやろう、篠ノ之何が良い?」

「は、はい!?」

 まさか自分を名指しされるとは思っていなかった箒はビクッと肩を振るわせる、突然の事で返事を返すのが精一杯で言葉を返せず困っていた。

 そんな箒を見た千冬だったが特に気を悪くした様子はない。箒が迷っている間に千冬は旅館に備え付けられている冷蔵庫の中から清涼飲料水を五人分手に取り何の気無しに全員に手渡していく。

「ほら、ラムネとオレンジとスポーツドリンクにコーヒー、それに紅茶だ。飲みたいのが他にあったなら勝手に交換しろ」

「「「「「は、はあ」」」」」

 全員が千冬の言葉に声を洩らすも、順番に箒、シャルロット、鈴、ラウラ、セシリアと受け取った全員が満足する物を受け取ったので交換会が開かれる事はなかった。

「い、いただきます」

 五人を代表してまず最初に箒がラムネに口を付ける。それを見ていたシャルロット達も恐る恐ると言った様子で手にした飲みのもに口を付け一口分だけ喉に流し込む。

「飲んだな?」

 千冬は箒達がジュースを飲んだ事を確認すると珍しくイタズラめいた笑みを浮かべる。

「は、はい?」

「飲みましたけど……」

「まさか何か入ってたんですか!?」

「そんなわけがあるか。何ちょっとした口封じだ」

 千冬も自分の分の飲み物を取ろうと冷蔵庫を開ける。

 彼女が手にしたのは星のマークがきらりと光る缶ビールだった。

 プシュッ! と、景気の良い音を立てて飛沫と泡が飛び出す。飲み口から溢れそうな泡を艶やかな唇で受け止めそのまま中身を喉を鳴らしながら飲んでいく千冬。

「「「「「………………」」」」」

 全員が唖然としている中で千冬は瞬く間に缶ビールを飲み干し上機嫌に折りたたまれた布団に寄りかかる。

「ふむ。いつもなら一夏に何か一品作らせたいところだが……そうもいかんな」

 いつもの規則と規律に厳しく全面厳戒態勢の『織斑先生』というイメージと今の千冬が一致せず、女子全員がまたしてもぽかんとしていてた。

 ラウラに至ってはより衝撃が大きかったらしく何度も眼帯をしていない紅い右眼をこすっては瞼をパチパチとしていている。

「なんだその顔は? 私が潤滑油を飲むような物体だと思っていたのか?」

「い、いえ! そういうわけでは……」

「ないんですけど……」

「でも、その今は仕事中じゃあ……」

 箒達は気まずそうに千冬が手に持つ缶ビールを見つめる。

 ラウラも同じように見つめるが言葉出てこずその代わりにコーヒーをまた一口だけ飲む。

「堅い事を言うな。それに口止め料はもう払ったぞ?」

 そう言って笑った千冬の視線の先には箒達が手にするジュースが合った。

 箒達も今の言葉でやっと奢られたジュースの真の意味を理解する。

「さて、前座はこのくらいにして肝心の話に映るか」

 千冬はからになった缶を苦もなく握りつぶしゴミ箱へと投げ捨てる、それと同時に二本目のビールをラウラに取ってもらい栓をあける。

「お前等、あいつ等の何処が良いんだ?」

 千冬はあいつ等、と名前は出さなかったもののこの場にいる全員が誰の事かを分かっていた。

 ――勿論、一夏と響しかいない。

「わ、私は別に……以前よりも兼の腕が落ちている事が不満なだけです」

 と、ラムネを傾ける箒。

「あたしは、腐れ縁なだけだし……」

 スポーツドリンクの飲み口をなぞりながらもごもごと言う鈴。

「わ、わたくしはクラス代表としてしっかりして欲しいだけですわ」

 何処かツンとした態度で答えるセシリア。

「そうか、ではそう一夏に伝えておこう」

 あまりに自然にそんな発言をした千冬に箒達は驚き一斉に詰め寄った。

「「「言わなくて良いです!!」」」

「はっはっはっ!」

 慌てふためく箒達の様子がおかしかったのか千冬は笑い声を上げながら缶ビールを傾ける。

「で、お前はどうなんだ?」

 さっきから一言も発していないラウラに声をかける千冬。

「つ、強い所でしょうか……」

「いや弱いだろ」

 にべもない。

 実の弟だからと言う事を差し引いてもあまりに直球過ぎるたのか千冬の言葉に珍しくくってかかるラウラ。

「つ、強いです。少なくとも私よりは……」

「そうかねぇ……まあ、強いかは別にしてだ。あいつは役に立つ。家事や料理もできるしマッサージだってうまい。そうだろ、オルコット?」

 何気なく話を振られたセシリアは顔を赤くして俯いてしまうが千冬の言葉を固定するように頷いて見せた。

「というわけで、付き合える女は得だぞ。どうだ、欲しいか?」

「「「「く、くれるんですか!?」」」」

「やるか、馬鹿め」

「え~っ……」

 ほんの一瞬だけ期待させるような言葉に胸を躍らせた箒達だったが千冬はそんな少女達の淡い期待を躊躇いなく降りに掛かる。

「女ならな、奪うくらいの気持ちで行かなくてどうする? 良い機会だ、自分を磨けよ。ガキ共?」

 千冬はいつの間にか三本目となっていた缶ビールを口にする。

「今度はお前だぞデュノア」

「は、はい!?」

 今まで空気のように事の成り行きを見守っていたシャルロットだったがやはり一夏と箒達の話が出たのなら必然的に響の話も出る事になる……つまり千冬の本命は響とシャルロットの原罪の状況である。

「お前は何処に惚れたんだ?」

「ぼ、僕は……優しいところ、です……」

 シャルロットは小さな声でぽつりと呟いた、声の大きさとは裏腹にそこには真摯な響があった。

「そうは言ってもあいつは誰にでも優しいぞ? それこそ家の弟以上にな」

「そ、そうですね。そこがちょっと悔しいかなぁ」

 響の美点としてこれ以上にない特徴であり紛れもなくシャルロットはその優しさに救われた。だが、その優しさが特別な相手だけではない事が複雑でもある。

 シャルロットは頬を朱くしながらも不満を隠しきれない表情で熱くなった頬を手で仰いだ、その様子が羨ましいのか悔しいのか箒達は押し黙ってじーっとシャルロットを見つめた。

「まあ、そこも問題ではあるが一番の問題はあいつ等が誰を選ぶかという事なんだが……知りたくはないか?」

「「「「「!」」」」」

「必ずしも良い結果にならないのが世の中の道理だがそれが次の道標になるのは間違いない……例えお前達の誰かでなくともあいつ等がどういった女を理想にしているのかが分かるだけでも他の奴等よりも有利になると思うが、どうする?」

「「「「「………………」」」」」

 シャルロット達は互いに顔を見合わせるも全員が千冬の言葉にどう答えるのかが分かっていた。

「「「「「ぜひ、お願いします!!」」」」」

「よし、その意気だ! そろそろ一夏の奴が風呂から上がるだろう。皇も呼んでくるように言っておいた……お前達は襖を閉めて隠れていろ。後は私がやる」

 一見十代少女達の為を思っての行動に思えたが実際には姉として一夏がちゃんと彼女を作れるのかという事を心配しての事だった、響に至っては純粋な興味である。

 その証拠に千冬の表情は実に楽しそうで嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

「あれ~? 織斑先生だけですね~」

 荷物整理を終わらせ一夏と一緒に千冬がいる教員室に遊びに来た響は部屋の中を見渡しいるはずの少女達がいない事に首を傾げる。

「ほんとだな、箒達はどうしたんだ千冬姉?」

「あいつ等は用事があるとかで帰って行った、他の女子と遊ぶ約束をしていたようだぞ」

「そうですか~。でも、シャル達には悪いけど一夏と気兼ねなく話せるから丁度良かったかも~」

「そうだな、響の場合は女子に遊ばれて遊ぶどころじゃなかったしな」

「おれも泳ぎたかったけど水着を忘れちゃったから、ああなったのは必然だったんだよ~」

 今思い出しても恥ずかしさとある種の恐怖が蘇る。

 他の男からしてみれば「何て羨ましいやつ!」と言われるような状況ではあったが同世代の女の子と付き合った事がない自分からしてみれば刺激が強すぎた、よく鼻血をださずかつ気絶しなかった自分を褒めたい。

 響はどこか虚ろげな瞳で乾いた笑い声を上げる、その様子に少しやり過ぎたかと千冬が頭を下げる。

「あの時はすまなかったな……皇の予想外の姿に私も自制心が緩んでしまったよ」

「確かに、男の俺でも癒されるなって思ったからな」

「織斑先生はともかく一夏は人前でその事言わないでよ……じゃないとどうなるかわかるでしょ~」

「ああ、風呂の一件で懲りてる。そこは心配しないでくれ」

 一歩間違えれば危うい捉え方をされる一夏の発言に響は眉を寄せる、ここにいたのが千冬だけで助かったのは確かだった。

「まあ、いつまでも立ってないで座れ。一夏、皇の分の飲み物も取ってやれ」

「おう、響は……何本飲む?」

「聞き方おかしいよね? 普通何が良いって聞くところでしょ~」

「そうなんだけどな……でも、一本以上何味でも飲むだろ」

「………………そうだね~」

 一夏が言っている事に間違いがないため響は頬を膨らませながらも返事を返す。

「とりあえず入っているもの全部出して飲ませてやれ、代金は私が払っておく」

「ありがとうございま~す、織斑先生!」

「どうせ経費で落とす、合宿中の備蓄食材に関しても心配しなくて良い。食事は取れるときに取っておくのが肝心だぞ」

「わかりました~」

 響は冷蔵庫からジュースを手渡してくる一夏からジュースを受け取る、その量は言うまでもなく冷蔵庫の中に入っていた総量(アルコール系は除く)である。

「ところで、お前達は学園の生活にはもう慣れたか?」

「はい~、最初はどうなるか心配でしたけど今はちゃんと男子で相部屋ですからだいぶ楽になりました~」

「俺もだ、別に箒と一緒なのが嫌ってわけじゃねえけどやっぱり女の子と一緒だとおちつかないからな」

「ほう……箒は女として意識していたのか? 子供だと思っていたがちゃんと色気づいていたか」

「あ、当たり前だろ! 普通に考えても箒じゃなくても緊張するっての!」

(あー、ここに篠ノ之さんがいなくてよかった~)

 

 ……ガタッ!

 

「ん?」

「何か音がしたような~?」

「気のせいだ、話を続けるぞ」

 千冬は音がしたと思われる襖を二人から隠すように寄りかかる。

「箒じゃなくてもと言ったがそれはオルコット達でも同じという事か?」

「ああ、セシリアは時間に厳しそうだし鈴は話に夢中になって寝させてくれなさそうだしラウラは勝手に人のベッドに入ってきそうで怖いし。唯一安心なのはシャルロットくらいだろ、あいつはちゃんとしてるからな」

(シャル以外はどこか信用してないんだ~……となると、本命はシャルなのかな~?)

 

 ガタガタガタガタッ!!

 

「まただ」

「風じゃない? もしかして天気悪くなってるのかも、海辺の旅館だし~」

「そうだな」

「あー、ごほんごほんっ! 皇の言う通り風だろうがもう少し大人しくしていて欲しい物だな」

「はは、ほんとだな」

「……?」

 奇妙な物音に現実主義な千冬らしからぬ言葉、普通ならここで襖の向こうに何かがあるのではと考えそうな物だが一夏は全く気づかない。

 響も首を傾げ不思議がるだけだった、これが千冬ではなく箒達が相手だったら響にばれていたのは言うまでもない。

「……で、一夏の本命はデュノアと言う事で良いのか?」

「何でそうなるんだよ!」

 千冬は一夏に話題を振りつつ横目で響の様子をみる。しかし、肝心の響に動揺した様子はない。

「じゃあ、一夏は誰が本命なの~?」

「響までからかわないでくれよ……確かに、みんな可愛いと思うけど何て言うかそう言うのはわかんねぇよ」

「なんだ? あまり不用心に気を振りまくと後々面倒な事になるぞ」

「だから違うって!」

 話の内容が思春期の男子としては気恥ずかしい恋話であるため一夏も珍しく頬を朱く染め緊張の色を見せる。

 しかし、その様子から箒達を可愛い思っていても今だ本命を決められていない事がわかる。

「千冬姉も普段からこんな話しないのに何で今こんな事になってるんだよ」

「馬鹿め、こういうときでもない限り聞けんだろう、学園でこんな話をしよう物なら騒ぎになる。それに本命がいるならいるでびしっと想いを告げておけ、そうすれば私の心配も減るんだからな」

「ぐっ……」

(やっぱり織斑先生もお姉さんなんだね~、一夏も一夏で頭が上がらないみたいだし……おれも同じようなものだけど)

 響は織斑姉弟のやりとりを見ながら義妹の瑓の事を思い出す。

 年は離れていて自分が兄であるのだが何かある度に彼女に負けてしまうのだ。

 何も喧嘩をしているわけではないが……いわゆる女の涙に弱いタイプなのだ。

(一夏みたいに偉大なお姉さんに挑んで負けてるのとは違うから比べる事でもないけど……やっぱり良いよね~)

 たった数ヶ月ではあるが家族の元を離れ今までしてきた兄妹の会話も自由にできない。

そこは電話をすれば良いだけなのだがなにぶん学生の身、携帯電話の料金を払ってもらっている以上無駄遣いはできない。

「俺の事より響の方が気になるだろ! 千冬姉だってそうだよな?」

「おれの事~?」

「そうだな、一夏の方は好きな奴ができたらすぐボロをだすだろうが皇はうまく隠しきるだろうし気になる奴がいるなら今ここで吐け」

「普通に教えても良いですけどそんな子が居ないですからね~」

「………………」

「……響の場合振りとかじゃないって分かるから凄いよな」

「そ~?」

 響は出されたジュースの栓を開け次々飲み干していく。

 嬉し恥ずかしの話をしていてもぶれる事のない姿に何とも言えない説得力がある。

「ほ、本当にいないのか? お前も少し前まではデュノアと同室だっただろう」

「あ~、シャルと一緒だったときは本当に緊張しました~。あんな可愛い子と同じ部屋で暮らせたなんて貴重な体験ですよね~、ドキドキしました~」

「何だ、ちゃんと異性として意識してるじゃないか」

「そりゃそうですよ~。シャルだって女の子なんですから、おれじゃなくてもドキドキすると思いますよ~?」

 自分の場合、会ったときから女の子ではないかと疑っていたが一夏の様に男だと思いこんでいたら更に衝撃的だったに違いない。

 そうでなくてもシャルロットが女の子であると確定したときは気絶したのだ、今思えば事故とはいえ裸を見て気絶とは何とも失礼なような気がする。

「確かにな、俺だって響みたいな状況になれば同じだったかも」

「でしょ~、だから織斑先生が期待してるような展開はないですよ~」

「そ、そうか……それは残念だな」

 千冬は引き攣った笑みを浮かべ何故か背後にある襖が気になっているようだった。

「しかしだ、まったく友達のままというわけでもないだろう」

「どういう事ですか~?」

「異性として意識していたなら特別な感情を抱いてもおかしくないだろう?」

「それはそうですけど……う~ん、誰かを好きになった事がないから良くわからないんですよね~」

「どういう事だよ、響?」

 響が誰も好きになった事がないという爆弾発言に一夏は眼を丸くする。

 何故なら響の発言は要するに初恋すらした事がないと同義なのだから。

「ほら、おれって今日女子のみんなに弄ばれたでしょ~」

「その言い方はどうかと思うぞ」

「おれとしてはそうなの! で、その時もシャルや篠ノ之さん達に抱きつかれてドキドキした。でもそれって好きだからドキドキしたとは違うでしょ~」

 あくまで露出が多くなった女子の面々に抱きつかれ恥ずかしくなったと言う事に過ぎない。仮に一夏が同じような状況になっても相手の事を好き嫌い関係なく心臓は高まるはずだ。

「そりゃそうだな……で、それがどうかしたのか?」

「お前は喋るな、皇続けろ」

「はい~。えっと、例え話にシャルを出すのは悪いかもですけどシャルを基準に話させてもらいますね~」

「構わん、むしろ好都――うぅん!」

 千冬は漏れそうになった本音を咳払いで隠す。

「シャルはすっごく可愛いです、だからシャルと居れば嬉しいし手とか握ったり腕を組んできたしてドキドキしました」

 響は腕を組みシャルロットとのスキンシップを思い出す。

 学園生活の中でおそらくシャルロットが一番自分と触れ合っていた異性である事は間違いはない。

 相部屋という同じ空間で過ごし、大浴場での事件沙汰になってもおかしくないような状況にこの臨海学校の買い物で起きた試着室密室お着替えでも心臓が破裂しそうな場面に置かれた事もある。

「そんな相手に触られたりすれば緊張もするし嬉しいとも思います……だけどそれだと『可愛いシャル』が好きなのか、この世界でたった一人しかいない『シャルロット』って女の子が好きなのか……どっちなのかわかんなくて~」

 シャルロットは間違いなく響が出会ってきた中でも指折りの美少女、しかもダントツで接しやすい異性。

 しかも人当たりの良い立ち振る舞いに何気ない所まで届く気配り、周りの人を気遣う事のできる優しさを持っている、そんな彼女が魅力的でないわけがない。

 しかし、だからこそ響は迷ってしまう。そんな彼女の良いところが好きなのか、それとも彼女自身が好きなのか。

「まあ、以上の点を踏まえておれがシャルをそう言った眼で見てるのかどうかおれにもわからないです~。もし仮におれがシャルの事を好きになってシャルがおれの事が好きだったとして付き合う事にでもなったらその……結婚とか、ちゃんと働けるようにならないと……子供とかも……」

「「………………」」

「それにシャルはありのままの自分に戻れたばかりです、彼女の辛さを全部分かってあげる事はできないですけど何かあったら助けるって約束しました……だから今は好きとか嫌いとかっていうよりもシャルを助けたい、助けてあげたいって気持ちの方が大きいです」

 響はシャルロットが女である事を開かした日に事を思い出しながら待機状態である『打鉄・天魔』に触れる。

「シャルは優しいから辛くても悲しくても無意識のうちに我慢しちゃう子ですから、危ない目に遭ってもきっと自分だけで何とかしようって頑張って頑張って頑張りすぎちゃう思うから……」

 この前の臨海学校の買い物で些細な誤解が遭ったとは言え起きた問題を自分に何の相談もすることなく解決しようとした、それは自分を危険から遠ざけようとしたのかもしれないが同時に彼女が危険の中に身をさらしているのだ。

「シャルが危ない目に遭ったら、おれが変わりに闘います、相手がどんなに多くてもどんなに強くても絶対に逃げません。シャルを、シャルロットを護るために」

 その言葉に嘘偽りはない。

 ラウラと闘った時と同じ、いやそれ以上の覚悟を込めて響はシャルロットと交わした約束を果たそうとしている。

 相手は世界に名高い有名企業であるデュノア社、その他にも国際IS機関が絡んでくるかもしれない。それが分かっていても響の緋色の瞳に恐れも迷いもなかった。

 そんな響の言葉に千冬と一夏は呆気にとられて言葉を失う。

 二人の目の前に居るのはまだ十五年しか生きていない小さな少年、しかし白銀のチョーカーに手を添え真っ直ぐな瞳を自分達に向ける彼の姿は秘められた闘志の中に確かな決意が見て取れる一人の男としての姿だった。

「助けるって約束しました、だから……あっ」

 響は知らず知らずのうちに高ぶった感情と自分が言った事に気づき頬を朱く染める。

「あ、あはは~! 何言ってるんでしょうねおれは~! 専用機持ちの中で一番弱いのにシャルを助けるって、むしろ助けられてばっかりなのに~!」

 無言で自分を見つめる千冬と一夏の視線が痛い、凄く痛い。何ともお門違いな事を言った自分に呆れているのかもしれない。

(も~! いくら専用機持ちになったからって気が大きくなりすぎてた~! この前、織斑先生にこてんぱんにされたばかりなのに……何言っちゃってるのかなおれ~)

 響は何とも気まずい雰囲気にあたふたと視線を部屋の中で彷徨わせる。

 すると響の眼に映ったのはあともう少しで消灯時間になる事を示す壁掛けのアナログ時計だった。

「あー! もう消灯時間になりますね~!? 道理で眠いとおもった~、おれもう寝ますね! ジュースありがとうございました~!!」

 気まずさと恥ずかしさに負けて響は脱兎の如く千冬達の前から走り去り、まだ起きているはずの真耶がいる部屋へと全力疾走したのだった。

 

 

 

 

 ――シャルロットサイド

 

『あれ~? 織斑先生だけですね~』

『ほんとだな、箒達はどうしたんだ千冬姉?』

 襖で隔てた部屋の向こうから響と一夏の声がシャルロット達の耳の届く。

(ほ、ほんとに響達が来ちゃったよ!?)

(あ、当たり前だろう! 千冬さんが呼ぶように一夏に言っておいたのだから!!)

(だからと言ってこの状況は危険すぎませんこと!?)

 身体の小さい女子とは言え五人も集まれば主室と隔てられた広緑に詰め込まれるように隠れればさすがに狭いようでシャルロット達は互いに身体を寄せ合い身を隠していた。

(ちょっとあんた達声がでかいわよ! 気づかれちゃうでしょうが!!)

(教官が要してくれたせっかくのチャンスを無駄にはできん、息を殺せ身動きをするな!)

(わ、わかっている!)

 箒も鈴とラウラの言葉に自分達の置かれている状況を再認識し気を引き締め息を潜める。すると早速千冬が本題を切り出す。

『ところで、お前達は学園の生活にはもう慣れたか?』

『はい~、最初はどうなるか心配でしたけど今はちゃんと男子で相部屋ですからだいぶ楽になりました~』

(あぁ……やっぱり気を遣ってくれてたんだね、響ごめんねぇ)

 早速聞こえてきたのは響の正直すぎる言葉だった、シャルロットはうっすらと涙をにじませ小さく手を合わせる。

 その一方で箒のテンションを跳ね上げる一夏の言葉が聞こえてきた。

『俺もだ、別に箒と一緒なのが嫌ってわけじゃねえけどやっぱり女の子と一緒だとおちつかないからな』

(おお! 一夏のやつめ普段は気のない振りをしておいて内心では私を意識していたか! この勝負悪いがもらったぞ!!)

(なにいってんのよ! まだ勝負は分からないわよ!!)

(そうですわ!)

(これからだぞ!!)

 一夏の言葉に浮き立つ箒に抗議する鈴達。その言葉を確かにするかのように一夏が言葉を続ける。

『あ、当たり前だろ! 普通に考えても箒じゃなくても緊張するっての!』

(一夏貴様ああぁぁぁ!!)

 天国から地獄へ落とされたような心境に箒は思わず襖を開けようとしたが他の四人が咄嗟に襖を開けないよう固定する。

『ん?』

『何か音がしたような~?』

『気のせいだ、話を続けるぞ』

 襖の裏の裏にいるシャルロット達から気を逸らす千冬。

 シャルロットも気づかれないようにと何とか箒を宥める。

(箒、落ち着いて!)

(ふふ、ほら見なさいよ。あんたじゃなくても一夏は緊張するの、あんただけが特別じゃないっての)

(まだわたくしにもチャンスはありますわ!!)

(私には分かっていたぞ! そして勝者はこの私だ!!)

 鈴達もまだチャンスがあると浮き足立つがそこにトドメとも言える千冬と一夏の会話が彼女達の耳にも届く。

『箒じゃなくてもと言ったがそれはオルコット達でも同じという事か?』

『ああ、セシリアは時間に厳しそうだし鈴は話に夢中になって寝させてくれなさそうだしラウラは勝手に人のベッドに入ってきそうで怖いし。唯一安心なのはシャルロットくらいだろ、あいつはちゃんとしてるからな』

(この馬鹿一夏あぁぁ!!)

(紳士としての振る舞いがなっていませんわ!!)

(嫁と閨を共にするのがそんなに悪い事か!!)

 今度はシャルロットと箒が襖を押さえつつ鈴達を落ち着かせる。それでも連続的に襖を揺らしてしまう。

『まただ』

『風じゃない? もしかして天気悪くなってるのかも、海辺の旅館だし~』

『そうだな』

『あー、ごほんごほんっ! 皇の言う通り風だろうがもう少し大人しくしていて欲しい物だな』

(((((すみませーん!)))))

 いくら千冬でもこれ以上は誤魔化しきれない。

 その事に気づいた五人は今までの血気盛んな行動を控え三人の会話に集中するも内容としては実りのない物になってしまった。

 ……が、

『ほ、本当にいないのか? お前も少し前まではデュノアと同室だっただろう』

『あ~、シャルと一緒だったときは本当に緊張しました~。あんな可愛い子と同じ部屋で暮らせたなんて貴重な体験ですよね~、ドキドキしました~』

『何だ、ちゃんと異性として意識してるじゃないか』

(いつのまにか響の話になってる、しかも僕と相部屋だったの嫌がってなかったんだね!)

(……良かったな、シャルロット)

(あたし達は凄惨たる結果だったけど……)

(皇さんはも男の子ですわね!)

(く、何て羨ま――何でもない)

 箒達は広緑にぎゅうぎゅう詰めになりながらもシャルロットに羨望の眼差しを向ける。

 想っている相手から女だと意識されているというのはそれだけで乙女心に響くものらしい。

 そうこしている内に話は更に進む。

『それはそうですけど……う~ん、誰かを好きになった事がないから良くわからないんですよね~』

『どういう事だよ、響?』

 響が誰も好きになった事がないという爆弾発言に一夏は眼を丸くする中、それを隠れて聞いていたシャルロット達も息を呑む。

(響、女の子を好きになった事がないって……どういう事かな?)

(わからない、だがこれは今皇には意中の相手が居ないという事でもある)

(願ってもないチャンスじゃない?)

(そのようですわね……ですが)

(おい、皇がまだ喋っているぞ)

 ラウラの一言にシャルロット達は響の話を聞き逃さないよう慌てて襖に耳を当てる。

『ほら、おれって今日女子のみんなに弄ばれたでしょ~』

『その言い方はどうかと思うぞ』

『おれとしてはそうなの! で、その時もシャルや篠ノ之さん達に抱きつかれてドキドキした。でもこれって好きだからドキドキしたとは違うでしょ~』

(確かに、そうだよね)

 響の言っている事は尤もだとシャルロットは小さく頷く、学園のISスーツもなかなか露出が多く響はあまり自分達を見て話さない。

 そして更に露出が増える水着なら尚更だ、現に抱きぐるみとなっていた響は眼前に迫る自分達を見ないように懸命にぷるぷると震えながら目を瞑っていた。

 ……それがまた、可愛かったとは言えない。

『――喋るな、皇続けろ』

『はい~。えっと、例え話にシャルを出すのは悪いかもですけどシャルを基準に話させてもらいますね~』

(えっ? えっ!? 僕うぅぅ!!)

 いくら例え話とは言え響が自分を選んでくれた事にシャルロットは声を上げそうになったが何とか歓喜の声を飲み込む。 

『構わん、むしろ好都――うぅん!』

 千冬も漏れそうになった本音を咳払いで隠した事が分かる。

『シャルはすっごく可愛いです、だからシャルと居れば嬉しいし手とか握ったり腕を組んできたしてドキドキしました』

 その言葉にシャルロットの頬が朱く染まり、口元が綻ぶ。

 響の相手を褒める時の言葉に嘘はない、時折猟奇的と思えるほどストレートなほどだ。

(でも、織斑先生とか一夏が居るのにそんなに可愛いって言われると逆に恥ずかしくなっちゃうよぉ!)

 シャルロットは赤くなった顔を隠すように両手で顔を覆う。

 箒達もシャルロットの喜ぶ姿をみてまるで自分の事のように握り拳を作ってみせる。

 しかし、ここで響の声に戸惑いが混じった。

『そんな相手に触られたりすれば緊張もするし嬉しいとも思います……だけどそれだと『可愛いシャル』が好きなのか、この世界でたった一人しかいない『シャルロット』って女の子が好きなのか……どっちなのかわかんなくて~』

(………………)

(確かに、皇からしてみればそうなのかもしれないな)

(あいつって見た目子供だけど心も純粋だからねー)

(でも、ここまでちゃんと考えてくださっているなんて紳士ですわ)

(まあ、考え方が堅い……と言えなくもないが間違いではないしな)

 響の真剣みが感じられる言葉に箒達の意見が分かれたがあながち間違っていない。

 何故なら今の響はシャルロットを恋人として『好き』か『嫌い』かを答えられていないからだ、十代の乙女に限らず少年にしても異性を好きになるというのは死活問題と言っていい。

 それこそ優柔不断と言われても仕方がない。

 だが、シャルロットをちゃんと異性として想って居るのかどうかという問題に対して面と向かって一生懸命に考えている事だけは確かだった。

『まあ、以上の点を踏まえておれがシャルをそう言った眼で見てるのかどうかおれにもわからないです~。それにもし仮におれがシャルの事を好きになってシャルがおれの事が好きだったとして付き合う事にでもなったらその……結婚とか、ちゃんと働けるようにならないと……子供とかも……』

(((((結婚!? 子供!!)))))

 いきなりの方向転換にシャルロット達はしんみりとした雰囲気を一転させかぶりつくように襖に耳を押しつける。

(何故今の流れでこんな話になった?)

(っていうか、付き合う付き合わないから飛躍しすぎじゃない!)

(ですが必然的に避けては通れない話ですわ!!)

(となればここで勝負が決するかもしれんぞ! シャルロット、皇の言葉を聞き逃すな!)

(う、うん! わ、わかってるよぉ!!)

 シャルロット達は次の言葉を待つ。

 そして響の口から語られた彼の心の内に言葉を失う。

『――シャルはありのままの自分に戻れたばかりです、今のおれじゃ彼女の辛さを全部分かってあげる事はできないですけど何かあったら助けるって約束しました……』

(これは?)

(シャルロットが女ってばらしたときの事話してるんじゃないの?)

(う、うん。そうだけどどうして今こんな話を――)

『だから今は好きとか嫌いとかっていうよりもシャルを助けたい、助けてあげたいって気持ちの方が大きいです』

 響は自分が女である事を開かした日の事を思い出しその時どう思ったのか、そして今どう考えているのかを声と言葉に変えていく。

 シャルロットは浮き足立っていた心が落ち着きを取り戻し温かい何かに包まれていく感覚に包み込まれる。

『シャルは優しいから辛くても悲しくても無意識のうちに我慢しちゃう子ですから、危ない目に遭ってもきっと自分だけで何とかしようって頑張って頑張って頑張りすぎちゃうと思うから……』

 この前の臨海学校の買い物で些細な誤解が遭ったとは言え起きた問題、その事を面と向かって自分に何か言う事はなかった。しかし、自分が響に何の相談もすることなく解決しようとした事を気に病んでいた事が分かった。

 シャルロットが響を危険から遠ざけようとしたの誰がどう考えても正しい判断だった、それでも響はシャルロット一人に問題を抱えさせた事を悔いている。

『シャルが危ない目に遭ったら、おれが変わりに闘います、相手がどれだけ多くてもどんなに強くても絶対に逃げません。シャルを、シャルロットを護るために』

(っ!)

 そして何よりシャルロットを一人の女の子として護りたいという想いを千冬達に告げる。

 その言葉にシャルロットは眼を見開き両手で口元を覆う。

(響は、僕の事……そんなに真剣に考えてくれてたんだね)

 女である事を開かしたときも、大浴場で本当の自分を取り戻したときも、自分の中ではある程度問題は解決していた……それでもデュノア社から、父から何かしろの手段を持って秘密裏に連れ戻されるのではないかと考えなかった日はない。

 それこそ眠れない日もあった。

 そしてそれは響も同じだったのだと初めて知った。

 自分はいつ来るかも分からない別れと終わりに怯えていた、なのに響は相手は世界に名を知らしめる有名企業であるデュノア社、その他にも国際IS機関が敵になるかもしれないというのに闘うと、逃げないと言ってくれた。

(……ひび、き……響……っ……)

(……シャルロット、もう少しだけ我慢できるか?)

(ぅん、……ごめ……んね、箒)

 箒は襖から耳を離し涙を流すシャルロットを優しく抱きしめる。

 鈴達も響の決意とそんな彼の優しさに涙するシャルロットの姿に眼を潤ませる。

『助けるって約束しました、だから……あっ』

 自分の見えないところでシャルロットが泣いているなど露知らず響は何かに気づいたのか間の抜けた声を上げる。

『あ、あはは~! 何言ってるんでしょうねおれは~! 専用機持ちの中で一番弱いのにシャルを助けるって、むしろ助けられてばっかりなのに~!』

(そんな事ない、そんな事ない、よ! 助けられてるのは僕の方なのに、響は弱くなんかないのに……)

 隠れていなかったら今すぐにでも彼の胸に飛び込みたい、そんな衝動を必死で押さえるシャルロットだったがそれよりも早く響がわざとらしさしかない声を上げる。

『あー! もう消灯時間になりますね~!? 道理で眠いとおもった~、おれもう寝ますね! ジュースありがとうございました~!!』

 それを最後に響と一夏に知られることなく二人の少年の心内を知る事ができたシャルロット達だった。

 

 

 

 

 

 響が部屋を出て行ってから数分、呆気にとられていた一夏は千冬に話しかける。

「千冬姉……響の奴ってもしかして」

「もしかしなくてもそうだろうな、ただ『自覚』していないだけの話だ」

 響はシャルロットを護りたいと言った、それは常日頃から仲間を家族を護りたいと言っていた響が初めて特定の人物の名前を口にしたからだ。

 本人は約束したからと言っていたがあそこまでの決意を表す姿と言葉はそれだけでは出せない事を千冬だけではなく一夏も知っていたからだ。

「まあ、皇は仮の話だと言っていたが結婚の事まで考えるような事はお前達の年ではそうないだろう。本気で惚れていない限りは」

「あ、ああ。聞いてびっくりしたぜ、結婚とか子供とか言い出すから……それに、あんな真剣な響はそう見れるもんじゃないしな」

「お前もうかうかしていられないぞ、ああいう奴程自分の気持ちに気づいた途端に力を付ける、自分のためにではなく想う相手の為に」

「分かってる、俺だって男だ。響に負けないよう強くなってみせるさ……恋愛の方はいまいち無理そうだけど」

「我が弟ながら情けない」

 千冬は苦笑いを浮かべる一夏の頭を軽くこづくだけでそれ以上は何も言わなかった。

「さて、今日はもうお開きだな。一夏、冷蔵庫の中に何本か飲み物を補充しておけ、今の時間だと連絡するより直接行って貰ってきた方がいいだろう。消灯時間までまだ時間がある、急がなくても良いぞ」

「おう、わかった」

 一夏は念のためなのか時計とブレスレットの時間を合わせてから旅館の受付へと向かった、千冬は一夏の気配が遠ざかるのを確認してから閉じた襖の後ろに隠れていたシャルロット達に声をかける。

「……もう出てきて良いぞ、お前達」

 千冬の声にシャルロット達は返事を返す事はなかった。

 ……いや、できなかったといった方が正しかった。

「……ぅ、っ……ん…………」

 シャルロットは溢れ出てくる涙を懸命に拭う。

 浴衣の袖で涙を拭き取っても治まる気配はないがそれは哀しみではなく喜びから来る物だと分かっていた。箒達はそんな彼女の肩や背中に手を添えて襖の裏から姿をみせた。

「……デュノア、喜んでいる最中すまないがお前に言っておく事がある。別に無理に喋らなくて言い、只聞くだけ聞いていけ」

「……っ、は……い」

 シャルロットは涙に濡れた顔を上げる。

「あいつはお前と同じでまだ子供だ、子供だがお前を護ろうとする姿は私が知る中で男共の中で一番の男だ。お前が危険にさらされればいの一番で駆けつけ自分が傷つく事もいとわないだろう」

「………………」

「だからこそ忘れるな、お前を護ろうとしているのは皇だけではない事を」

 千冬はシャルロットの傍に立つ箒達と視線を交わす。

「篠ノ之達もお前を大切な仲間だと思っている、もちろんこの私も生徒であるお前や一夏達を命を掛けて護るつもりだ」

「あり……ありがとう、ございます!」

「礼はいらん、だがその代わりと入っては何だがデュノア。お前が皇を護ってやれ、あいつは無理はしなくても無茶はする。ボーデヴィッヒの時もそうだったが見ていて肝を冷やす場面が多々ある……篠ノ之達も一夏を護るついででも良い、何かあったときは助けてやってくれ」

「わかりました、任せておいてください」

「まっ、手の掛かる弟ができたと思えばなんと」

「このわたくしがサポートをするのですから何事もうまくいってくれなければ困りますわ」

「うむ、シャルロットの嫁は責任持って監視します」

「みんな……」

 箒達はシャルロットの手を握りしめ女同士の友情を確かめ合う。

 好きになった相手は違っても誰かを想い恋いこがれるという点に置いては何も変わらないのだから。

「よし、お前達の結束が一段と固まったところで各自に部屋に戻れ。一夏が帰ってきたら私も消灯時の見回りに出なければならんからな」

「「「「「はい、今日はありがとうございました!」」」」」

「うむ、ではな。明日の訓練に備え疲れを残さないように」

 千冬はまだ泣きやまないシャルロットと箒達を見送り一夏の帰りを待つ。

 そんな中、千冬は自分以外誰もいない部屋で小さく笑い声を洩らす。

「まったく、手間の掛かるガキ共だ……だがこの日常があいつ等を強く育てる事は間違いない」

 空になった缶ビールをゴミ箱へと投げ入れ千冬は広緑の窓へ近づき美しい輝きを見せる星空を見上げる。

「……次の世代はちゃんと成長している、この世界もこうして生きてみればそう悪くないものだな」

 誰に言ったわけでもなく千冬は独り言のように言葉を紡ぐ。

 その姿はIS学園の教師でも操縦者でもないたった一人の女性としての姿。星空を見上げる彼女の横顔は思わず見とれてしまいそうになる小さな、それでいて幸せそうな笑みが浮かんでいた。

 

 

 




 今回もやはり遅れてしまいましたw
 何とか響君の恋模様を描けたとは思います、今回の話を読んでニヤッとしていただければ幸いです。
 次回はついに束博士を出すことができます、彼女も響君に関わっている重要人物のお一人なのでいい人で行くか悪い人でいくか悩みどころですが彼女らしさをなくさないようかけたらいいなと思う今日この頃ですm(_ _)m 
 感想評価などいただけたら嬉しいです~


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第十七話 天災兎は何を知る?

 合宿二日目。

 今日の日程は午前中から夜まで丸一日ISの各種装備試験運用データを取る事になっている、それは専用機持ちの響達も同じで専用スペースとして設けられた海岸の一角に集合する事になっていた。

「ふわぁ~……今日は一日ISに乗ってなきゃいけないから大変そうだね~」

「ああ、そうだな。それに響は俺達と違って訓練機を専用機に変えたから……他にも何かやるんじゃないか?」

「やっぱりそうだよね~」

 一番最初に集合場所へ到着したのは響と一夏だった、既に千冬が到着していたが授業の準備の為に機材のチェックに入っており二人の会話に混じる事はなかった。

 他の面々はまだ集合時間まで余裕があるためかまだ姿を見せては居なかった。

「でも、昨日の夜は恥ずかしい事言っちゃったな~」

「昨日? ああ、シャルロットを助けるって言ったやつか。全然恥ずかしくないと思うぜ、むしろ格好良かったくらいだぞ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど……おれって一年の専用機持ちの中で一番弱いからね~。シャル達が帰ってくれててほんとによかったよ~」

 自分としては約束を果たしたい一心で彼女の助けになりたいと口に出た言葉だったが、今のところラウラとの試合で負った傷の事もあり傷が治る間、つまりタッグ戦から今日まで一夏達と模擬戦はしなかった。

(みんながやってるのを傍で見てただけだし、それに織斑先生には生身で負かされちゃったし……)

 響は待機状態の『打鉄』にそっと手を触れため息を付く。

(ボーデヴィッヒさんに勝てたのも打鉄のお陰でまぐれがちみたいな物だったし……ちゃんと強くなれてるかは微妙だよね~)

 確かにラウラとの試合は自分が勝利を収める事ができたがあの闘いの中でラウラは自分と『打鉄』の単一能力『一騎当千』の常時瞬時加速に対応しかけていた。

 あの試合が彼女のISが暴走しなければもっと過酷な試合となっていたかもしれない、それこそ高速で動く自分の動きになれAICを的確に使用されたら性能の向上があったとはいえ負けていたかもしれない。

 響は自分の成長を実感できず肩を落とす。

 一夏もそんな響の心境を何となくではあったが感じ取る事ができたのか響の肩に優しく手を置く。

「そんな顔するなって、響は間違いなく強くなってる。ち――織斑先生も言ってたぜ!」

「ほんと~?」

「おう、うかうかしてたらすぐに追いてかれるぞってな」

「……それって今のところ変わらずおれが一番弱いって事と同じだよね~」

「………………少なくとも俺とは良い勝負だ」

「はは……微妙なフォローありがと~」

 今のところ響の実力を正確に把握できているのは千冬と真耶だけである。

 とはいえ響はあれから模擬戦をしていない、データの上では代表候補生に迫る結果を出したとは言え実戦経験の少なさを考えれば一夏と同等か少し下くらいだった。

 最もそれは『一騎当千』を使わなければである。

 『打鉄』とのリンク率が高まれば発動する単一能力を使用すれば現在一学年最強のラウラとの実力差を埋める事も可能だが使いこなせていない事も考えれば響の実力は非常に不安定な物である。

「……いつになったらみんなに追いつけるのかな~」

「今は地道に訓練するしかないと思うぜ、お互いに」

 響は一夏と一緒に苦笑をもらす。

「あ、そう言えば響に教えるの忘れてた」

 暗い雰囲気が流れる中、一夏が不意に話題を変える。

「教えるって何を~?」

「シャルロットの事だよ、響がプレゼントしたブレスレット。あれすげぇ大事にしてるみたいだぞ、嬉しそうにしてたし」

「シャルがあのブレスレットを付けてきてたんだ……気づかなかったよ~」

 響がシャルロットが付けていたブレスレットに気づかなかったのも無理はない。

 あの時は着ぐるみを着ている恥ずかしさと女子の面々に抱きつかれるという羨ましすぎる状況の中にいたのだから。

「うん、ちゃんと付けてきたよ」

「わぁっ!」

 そしてシャルロットが自分の背後にいた事も気づかなかった響は撥ねるように肩を揺らす。

「お、驚かせるつもりはなかったんだけど」

「う、ううん。今のはおれが勝手に驚いただけだから~」

 響は胸に手を当て深呼吸を繰り返して何とか落ち着きを取り戻した。

「そ、それでシャルはブレスレット付けてきてたんだね~」

「そうだけど……あっ! 僕が響からの贈り物をすぐに無くしちゃうと思ってたの、それはちょっと酷いんじゃないかな?」

「ううん、そうじゃなくてね……あんまり高い物じゃなかったから飽きちゃうかなって~」

「そんな事ないよ! これをくれた時、凄い嬉しかったよ。これからもずっと付けるし大事にする、響がくれた贈り物だもん」

「そ、そ~……喜んでくれてるなら良いんだ~」

「おかしな響」

 シャルロットは何処か慌てた様子の響を見て小さく笑みを浮かべる、響もそんな彼女につられて笑って見せた。

 端から見れば互いにのろけ全開のカップルにしか見えないのだが当然の事ながら響がその事に気づく事はなかった。

「まったく、朝からイチャついてるんじゃないわよあんた達は」

「まったくだ、これから訓練だというのに」

「でも、仲むつまじい事は悪い事じゃありませんわ」

「そうだぞ、一夏はともかく皇はもう少しシャルロットと――もごっ!?」

「ラウラは黙っててね、箒達も、ね!」

 ラウラが何を言おうとしたのか判らなかったがシャルロットはさっきまで響に見せていた笑顔を真っ赤に染め彼女の口を手で塞いだ。

「シャルとは仲良いよ~?」

「うん、そうだよね! 響も少し黙ってようね!」

(……なんで~?)

 響は急に怒り出したシャルロットの態度に首を傾げる。

 そんな中、箒を除く専用機持ちがそろった事を確認した千冬が響達の元に歩み寄る。

「よし、専用機持ちは全員揃ったな」

「「「「「はい」」」」」

 響達は今、一般生徒の実習場所から少し離れた場所にいる。専用機持ちだけのテスト稼働を行うためだ。

 しかし、そこにいた全員がひとつわからないことがあった。

 それは……

「ちょっと待ってください。箒は専用機を持ってないでしょ?」

 鈴が先だって疑問を口にする、響達が疑問に思っているのは、鈴の言う通り、なぜか箒がいるということだ。

「そ、それは……」

「私から説明しよう。実はだな――」

 

 

「ちーーちゃーーん!!」

 

 

(………………っ!)

 響は千冬の名を叫ぶ声を耳にした瞬間、心がざわつき白い髪が総毛立つような感覚に襲われた。

 しかし、そんな響の変調に誰も気づかず千冬の名を叫んだ女と千冬のまか不思議な会話は続けられていた。

「やあやあ! ちーちゃん! 会いたかったよ! さあ、ハグハグしよう! 愛を確かめよ――」

 崖を駆け下りてきた女は千冬の元に駆け寄ると同時に飛びかかるが、片手で顔面を捕まれる。それでも構うことなく、千冬に抱きつこうとしている彼女の姿に響を除く全員が戸惑ったような表情を浮かべていた。

(な、何だろ……あの人を見てると身体が震える)

 響だけは歯を食いしばりまるで自分を抱きしめるかのように両腕で身体の震えを押さえ込んでいた。

「うるさいぞ、束」

「相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ! でもこの感じが気持ちいい!」

「黙れ変態」

 束はすっと拘束から抜け出し、今度は隠れるようにしゃがみこんでいる箒に話しかける。

「じゃじゃーん! やあ!」

「……どうも」

「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。大きくなったね、箒ちゃん。特におっぱい――」

「ふんっ!!」

「ぶっ!?」

 ISスーツのどこに隠していたのかも問題だが箒はどこからともなく木刀を取り出して、思いっきり束を殴った。

「殴りますよ」

「殴ってから言ったぁー! 箒ちゃんひっどーい! ねぇねぇ、いっくん! ひどいよね!?」

「俺に振らないでください……」

「束、自己紹介くらいしろ」

「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー。終わりー」

(……この人が、あの篠ノ之束……ISを作った天才科学者の?)

 空のように真っ青なブルーのワンピース。それはさながら童話『不思議の国のアリス』のアリスと同じ姿。そこにエプロンと背中の大きなリボンが目を引く。

 それ以上に眼をを引くのは、頭のウサミミのカチューシャ。

 あんな個性的な格好をしていても学園の授業では幾度となくその名を耳にした最高の頭脳を持った人間、しかしISの存在が発表されてからもとくに『見る事も知る事もなかった』彼女の姿を眼にしたときから今の自分は何かがおかしい。

 響は自分が何故震えているのかも分からないまま黙って束の姿を見つめる。

「うっふっふっ。自己紹介はさておき……さぁ! 大空をご覧あれ!」

 短い沈黙を破り、ビシッと直上を指す束。全員がそれに従って上を見上げる。

 すると突然、金属の塊が響達の前に落ちてきた。かなりの大きさだが、着地の瞬間になにか見えない力がそれを支えるかのように減速し、地面にめり込むことなく制止した。

「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃんの専用機、紅椿! 全スペックが現行ISを上回る、束さんお手製だよ~!」

 束がリモコンらしきもののスイッチを押すと、金属の塊が消えた。代わりに、その中身であろう、真紅の装甲のISが目の前に現れた。

「なんたって紅椿はこの天才束さんが作った『第四世代型』ISなんだよ!」

「第……四……?」

「各国でやっと第三世代機の試験機ができた段階ですわよ……?」

「それを……開発したというのか……?」

「そこがホレ、天才束さんだから。さあ、箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズを始めようか~」

「は、はい」

 間髪入れずに箒を紅椿に乗せ、嬉しそうに空中投影型ディスプレイを呼び出す束。

 始めのうちは疑うように紅椿を見ていた箒だが、調整している間に表示されたスペック情報に目をキラキラとさせていた。まるで信じられないものが自分のものになった、とでもいうかのように。

 

 

 

 ピッピッ、ピッ……。

 

 

 

 キー操作の音はたった数回だというのに、束の手は数えきれないほどの操作を同時進行でやっていた。その天才っぷりへの驚きを全員が隠せないなか、束は声高らかに叫んだ。

「ほい、フィッティング終了~! ちょー早いねさっすが私! んじゃ、試運転もかねて飛んでみてよ。箒ちゃんのイメージ通りに動くはずだよ」

「……ええ。それでは試してみます」

 箒がまぶたを閉じて意識を集中させる。

 ふわりと紅椿が浮いたと思うと、次の瞬間にはもの凄い速度で飛翔した。

「なにこれ……速い……」

「これが、第四世代の加速……」

「………………」

 鈴とシャルロットが驚きの声をもらす。一夏に至っては驚き過ぎて、声すら出なかった。

「どうどう? 箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」

『ええ、まぁ……』

 ISのオープン・チャネルでの会話が飛んでくる。

「じゃあ刀使ってみてよー。右のが『雨月』で左のが『空裂』ね。武器特性のデータ送るよん」

 データを受け取った上空の箒が、しゃらんと二本の刀を同時に抜き取る。

 そして箒が雨月を振ると、周囲の空間に赤色のレーザー光がいくつもの球体として現れ、そして順番に光の弾丸となって漂っていた雲を穴だらけにした。

(使い方はおれの……『断空』に似てる……でも、威力が桁違いだよ)

『おおー……』

 箒の感嘆の声が響の耳に届く。

「うんうん、いいねー! じゃあ次はこれね」

 束も箒が見せる『紅椿』軽やかな動きにご満悦なのか言うなり、いきなり16連装ミサイルポッドを呼び出す。光の粒子が集まって形を成すと、次の瞬間一斉射撃を行った。ミサイルが箒に向かって飛んでいく。

 今度は空裂を箒が振ると、帯状の赤色のレーザーがミサイルを撃墜した。

「いつもの事だけど……ほんと束さんには驚かされるな、響もそう思うだろ?」

「………………」

「響?」

 響の表情は硬く、一夏の言葉は耳に入っていないようだ。

(……どうして嫌な感じがするの……胸がムカムカするの? 何でおれはこんなにあの人が怖いの……)

 響が感じた嫌悪感、それはラウラのISが暴走し千冬の姿を形取った時と同じ物だった。

 しかし、今ここで彼が見ているのは暴走状態のISではない。まして異形な変化を見せたわけでもない。

(『初めてあった人』なのに、初めて見たISなのに……こんなに……っ!)

 響の中に覚えのない嫌な予感が過る。そんな響の不安を知らずに束はなおも作業を続ける。

「うんうん! いいね、いいねー! あははは!」

 嬉しそうに笑う束を見つめている千冬の表情も硬い。

(響もそうだけど千冬姉も一体どうしちまったんだ?)

 まるで敵を見ている様な表情に一夏は声を詰まらせる。

「さてさて、箒ちゃんの方はこれで大丈夫!! いっくん、白式見せてくれないかな?」

「え? 良いですけど」

 一夏が白式を呼び出すと束はその装甲にケーブルを差し、ディスプレイを見つめる。

「ん~~、不思議なフラグメントマップだねえ。見たことないパターンなのはいっくんが男の子だからかな。これは私も予想外・・・・・・・・――」

「束さん。その事なんだけど、何で男の俺や響がISを使えるんですか?」

「ん? それは――おっとと、いけないいけない。それでISを使える理由なんだけど私にも分からないんだよねえ。自己成長するように作ったからそのせいだとは思うんだけどね。ナノ単位まで分解して解剖させてくれればわかるかも。いい?」

「いい訳ないでしょう……」

「にゃはは。そう言うと思ったよ。そうなると『ひーくん』も同じだよね!」

「っ!」

 笑顔のまま束が響に歩み寄り顔を覗き込む。

「それにしても久しぶりだねー! 何年ぶりかな? 束さん、ひーくんに会えなくてすっごくさみしかったよ。ひーくんも束さんに会えなくて寂しかったでしょー!」

「えっ……と、おれ……束博士とは初対面……ですよ~」

「………………」

 響は親しげに話しかけてきた束に驚き思わず後ずさる、千冬もそんな響の姿を見て表情を更に険しくさせる。

「えー? そんなはずないと思うけどなー」

 束は後ずさった響に歩み寄り優しげな笑みを浮かべる。

 だが、響の顔色は少しずつ悪くなっていく。そして身体の震えも大きくなる。隣にいる一夏が分かるほどに。

「いえ、ほんとに……束博士とは今日初めて……会ったはずですよ……」

「ふーん? じゃあ名前言ってみてよー」

「す、皇響です」

 響はガチガチとかみ合わない歯を鳴らしながらも何とか自分の名前を口にした。

「皇? あれぇ、あれれぇー? 束さんもしかして勘違いしてたー! 私が知っているひーくんはそんな名字じゃなかったよ」

「そ、そうですか~」

「いやー、束さんうっかり♪ それじゃ初対面のひーくん、勘違いをこれで許してねー!」

「っ!」

「ぎゅ~う♪」

 束は原因が分からない怯えに震える響をいきなり抱きしめる。

「た、束さん!?」

「なっ! 何をやってるんですか姉さん!?」

「ちょっとちょっと!」

「ここ公衆の面前で男性に抱きつくなんて!」

「天才の考える事は凡人には分からない……と言う事か」

「……ず、ずるいなぁ」

 それを見ていたシャルロット達はおのおの感想を洩らしながら固まっている響を眺める事しかできなかった。

(……やだ……いやだ……離れたい、離れたい! 早くこの人から離れなきゃ駄目だ!!)

 コスプレとしか思えない服を着ているとは言え豊満な胸と千冬に並ぶ美貌をもった束に抱きつかれればどんな男でも思わず頬を緩めるであろう状況に響はいつもとはまったく正反対の反応を見せていた。

 自分を抱きしめる束の柔らかな感触と甘い匂いに不快感を感じ、伝わってくる温かな体温に身体が震え心が拒絶を唱える。

(力……はいんない。でも、早く……離れ……離れないと……)

 響は震える腕で束を引き離そうとしたがそれよりも早く束を響を更に強く抱きしめそして耳元で甘い吐息と囁くような声を溢す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       「私が知ってるひーくんは『まだ』髪が黒かったもんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――!?」

 束の言葉に響は裂けんばかりに眼を見開いた。

「あなた、は……何を言って……」

「あはは、単なる見間違いだから気にしないでねー♪」

 束は響の弱々しい問いかけに答える事なく響から離れる。

 響も今までに感じた事のなかった悪寒にから解放されたせいなのかその場に崩れ落ちる、周りから見れば魅力的な女性の抱擁に放心しているようにも見えたが響は混乱のあまり動けないでいた。

(小さい頃髪が黒かったって何で知ってるの? 何で『まだ』って言ったの? だって、だってそんな事言うって事は……おれは、束博士と会っていた……??)

 響は動揺が滲む緋色の瞳を束に向けるが束はすでに作業に戻っていた。

(髪が白くなったのはおれを捨てた親から虐待を受けたから……それも、知ってるの? ? どうしてどうして!?)

「響、大丈夫か?」

「い、一夏……」

 響は自分の目の前で手を差し出している一夏に気づき彼の手を握りしめ立ち上がる。

「災難だったな。でも、凄い事だぜ。いつもなら俺や千冬姉に箒や叔父さん達以外は絶対にあんな事しないしそれにあんなにこやかに話す事だってしないんだからな」

「そ、そうなんだ~……変わった人なんだね~」

「ああ、そんな束さんに気に入られたお前も凄いけどな」

「はは……そんな事ない、よ」

 響は一夏に苦笑いを浮かべなんとか返事を返した。

 本心としては今すぐにでも束に詰めより何故あんな事を言ったのか、自分の事を知っているかのような態度を取ったのかそして自分が忘れてしまった過去の出来事を変わってしまった髪の色の事を口にしたのか……問い詰めたい衝動に駆られる響。

 響は空で『紅椿』を操縦する箒を見つめる束に恐る恐る声をかける。

「た、束はか――」

「た、たたたた、大変です! 織斑先生!」

 だが、胸の中で強くなる疑念を問いかけようとした響の声を遮ったのは真耶の叫び声だった。小型端末を持ちながら、慌てた様に千冬に駆け寄るその姿は尋常では無い。

「どうした?」

「こ、これを!」

 真耶が千冬に小型端末を見せる。その画面を見た途端千冬の表情が曇る。そのまま二、三、真耶と話をすると響達に向き直った。

「専用機持ちは集合しろ! 織斑、鳳、オルコット、ボーデヴィッヒ、デュノア! それと――皇と篠ノ之もだ!」

「はい!」

 響は突然の招集に戸惑う、しかしその戸惑いは『紅椿』を、自分だけの専用機を手にして喜びを隠せないような声で返事を返す箒の姿に一層強まり言い表せない不安が彼の心を包み込んでいった。

 

 




 今回は短めになってしまいましたが束さん登場のお話です!
 次回から福音編になりますが構想を練っているとキャラ視点がとびとびになりそうで書くのが大変になりそうです(-_-)
 また更新期間が空いてしまうと思いますが何とぞ何とぞ! お待ちくださいませm(_ _)m


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第十八話 ターニングポイント

 

 大座敷部屋に移動した響達。専用機持ちと教師陣が勢ぞろいしたその部屋には大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働を行っていたアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代の軍用IS【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】――福音が制御下を離れ暴走。追撃機を撃墜及び振り切り監視空域から離脱した。」

 千冬の語る内容に一夏の肩が震えたのが見えた。代表候補生のシャルロット達はこういった事態の訓練を積んでいるが、一夏はあくまで一般人だ。動揺するのも無理が無い。

(何だろう……何か、何か変な気がする)

 そんな中、響だけは海岸から戻り束と離れる事で身体の震えが治まっていた。

 一夏と同じように響も一般人なのだが暴走した福音の話を聞いても彼が怯える様子はい、むしろ今回の暴走事件について何らかの違和感を感じている程の落ち着きを見せている……まるで篠ノ之束の方が恐ろしかったと言うように。

「その後の追跡の結果、福音が時間にして五十分後ここから5キロ先を通過する事が分かった。この事態に対し、学園上層部からの通達により我々がこの事態に対処することになった。教員は付近の海域の封鎖を行う。その為に、専用機持ちにこの事態にあたって貰う。これは銀の福音と教員の使う量産型ISでは性能差が激しい為だ。ここまでで質問は?」

 手を挙げたのはシャルロットだ。彼女もまた、険しい顔をしている。

「福音が暴走した原因は何なんですか?」

「今も調査中との事だが原因は不明だ」

「なら、直接わたくし達が止めるしかないという事ですわね……目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 セシリアもシャルロットに続き手を挙げる。

「わかった。但しこれは最重要軍事機密だ。決して口外するな。情報漏えいがあった場合、この場に居る全員が査問委員会にかけられ最低でも二年間の監視が付けられる」

 全員が頷くのを確認するとディスプレイにデータが映る。銀の福音。広域殲滅を目的とした特殊射撃型IS。攻撃と機動に特化しており、最高速度は二四五〇キロを超える。格闘能力は未知数。

 明かされたデータを元に教師と専用機持ち達全員が相談を始める。しかし何分データが少なく、行き詰ってしまう。

(広域殲滅を目的にした機体ならオルコットさんと同じようにオールレンジ攻撃が出来るって事だよね。スペックデータを見る限り格闘能力は未知数だけどこの武装と性能なら接近戦に持ち込むのが一番安全、だけど……)

 響も福音のデータに目を通し自分なりの対策を考えていた。しかし、その表情は他の誰よりも険しい。何より響の眼には福音の暴走に対する戸惑い以外にも気がかりを感じている節がある。

「このまま戦闘に入るのは危険だと判断します、偵察は行えないのですか教官?」

「無理だな、この機体は今も超音速飛行を続けている、最高速度を考えれば福音とのアプローチは一回が限度だな」

「一回きりのチャンスですから一撃必殺の攻撃力をもった機体で当たるしかありませんね」

 真耶は響達の中で一夏に眼を向ける、彼女につられるようにその場にいた全員が一夏に視線を集める。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺が行くのか!?」

「「「「「当然!」」」」」」

 いきなりの抜擢に驚きを隠せない一夏の言葉に箒達は声を揃える。

(……やっぱり、一夏が選ばれるよね)

 一夏の専用機『白式』にはエネルギー無効化攻撃である『零落白夜』が備わっている、例え相手が競技用ISに比べればエネルギー総量は軍事用ISが上とはいえエネルギーは無限ではない。

 しかも今回は正真正銘の実戦でありなおかつ一度きりしかチャンスがないのならこの場に多種多様の専用機があっても一夏が最前線に赴く選択肢しかない。

(でも、『白式』の燃費を考えるとエネルギーは全部攻撃に回さなくちゃいけなくなる。……そうなると福音に追いつける速度が出せてなおかつ近接戦闘のサポートが出来るのは――)

 響は強くなる胸騒ぎに唇を噛みしめる、海岸で返事を返した箒の姿が頭から離れない。

「織斑、これは訓練では無い。実戦だ。もし覚悟が無いのなら、無理強いはしない」

 一夏は慌てた様だったが、千冬の言葉で覚悟を決めたのだろう。その眼に闘志が宿る。

「やります。俺にやらせてください」

「よし、それでは具体的な内容に入る。意見がある者は直ぐに伝えてほしい。皇、お前もだ」

「わかりました」

 しかし、千冬もシステムの危険性を知ってか容易に響を選ぶ事はなかった。

「この中で最高速度を出せる機体は誰だ?」

「それなら私のブルー・ディアーズが。強襲用高機動パッケージ《ストライク・ガンナー》が届いております。これには超高感度ハイパーセンサーもあります」

「超音速下の戦闘訓練は?」

「二十時間ですわ」

 セシリアの回答に響達は頷く。これ以上の適任は無いだろう。

「よしならばオルコットが織斑をポイントまで連れて行き、織斑の『零落白夜』で目標を落とす。パイロットに関しては――」

「ちょーと待ったーーーーーーー!」

 突然声がしたかと思うと天井の板が外れそこから束が顔を出した。

「ちーちゃん! そんなのよりももっといい作戦がここにあるんだよ!」

(……束博士、何でここに?)

 響は再び震えだした身体を押さえる様に両手で身体を抱きしめる、この悪寒の原因はやはり束が関係しているのだろうが今はその事を考えている暇がなかった。

「出ていけ。山田先生、室外へ強制退去を」

「は、はい!」

 真耶が慌てて束を捕まえようとするが、するりとそれをかわすと束は千冬に詰め寄った。

「ここはね、断・然! 紅椿の出番なんだよ! なんて言ったって、紅椿の展開装甲ならパッケージなんてなくても超高速起動ができるんだからね!」

 ハイテンションで騒ぎながら束が空中ディプレイを幾重にも呼び出す。

「紅椿はね、展開装甲って言う第四世代のISの装備なんだよ!」

 ざわっ、と室内に動揺が走る。それもその筈だ。現在世界では第三世代の試験一号機が出来た段階なのだ。それなのにそれを無視した第四世代の登場。これはIS開発の知識がない響と一夏でも分かるほど異常な事だった。

「白式にも一部使ってたんだけどねー! それを紅椿には全身に組み込んじゃいました! これで最大稼働時にはスペックデータは倍プッシュ! これぞ、第四世代型の目的である、即時万能対応機って奴だね。私がもう作っちゃったよ。ぶぃぶぃ」

 束は笑いながら言うが、周りはそれどころでは無い。誰もがこの事実に唖然と、そして呆れていた。第三世代型はそれこそ、多くの科学者達、そしてテストパイロット達が努力と研究を重ねて開発を続けている。この場にいる専用機持ちだってそうだ。セシリア、鈴、ラウラの機体は第三世代。最新鋭にして、更なる発展を目指す為の試験機に近い。彼女達もその搭乗者となった事に誇りを持っている。

 しかしそう言った努力も想いも、天才の行動一つで無意味になってしまう。これほど馬鹿な事は無い。

 気まずい沈黙の中、束は何故周りがそんな顔をするのか分からないのか首を傾げている。それを打ち破るべく千冬が声を上げる。

「全員、集中しろ。紅椿のデータは分かった。確かにこれなら作戦は可能だ。束、調整にはどれくらいかかる?」

「お、織斑先生!?」

 驚いたのはセシリアだ。状況からして自分が参加するものだと思っていたのだ。

「オルコット。パッケージの量子変換インストールはしているのか?」

「い、いえそれはまだ……」

 痛いところを突かれセシリアが勢いを失う。それを横目に束はピースを作る。

「因みに紅椿なら七分もあれば余裕だね♪」

「よし、ならば白式と紅椿の二機で――」

「お、おれは反対です。この件はオルコットさんに任せるべきだと、思います」

「んー、どうしたのかな、ひー君? 心配しなくても束さんの作った箒ちゃんの専用機は――」

「皇、理由を述べてみろ」

「ちーちゃん!?」

 千冬は先を促し束が声を上げるがそれを無視した。千冬の声を遮って自分の意見を口にしてしまった以上は喋らなければいけない、響は喉を鳴らし口を開く。

「り、理由は搭乗者である篠ノ之さん……です」

「なんだと!?」

 響の言葉に箒が反応する。響は気まずそうに箒を一瞥するがそれでも口は止めない。

「篠ノ之さん……は高速機動の訓練を受けた事ある?」

「そ、それは無い。だが、それ位――」

「代表候補生のオルコットさんでさえ二十時間も訓練を積んでるんだよ? 今日受け取ったばかりのISでの高速機動の実戦なんて無茶だよ」

「しかし一夏だって高速機動は初めての筈だ!」

「だったらなおさら経験者のオルコットさんと組んだ方が良いと思う。一夏が作戦から外せない以上は……おれが一夏と同じ立場に立ったら、そうする」

「私では役不足だと言いたいのか!」

「……おれが言えてた義理じゃないけど……そういう、ことかな」

「皇、貴様!」

 激昂した箒が響に飛びかかろうと立ち上がるが、それを千冬が止めた。

「落ち着け篠ノ之。ならばお前の案を言ってみろ」

「今回の作戦は一夏とオルコットさんのペアで挑むべきだと思います、確かに機体性能は束博士が一から手がけた『紅椿』のほうが上ですけ。けど、相手が射撃型のISである以上近接型ISだけだと苦しいと思います」

 超音速で動いている相手に近接戦闘だけで挑むのはかなり危険だ、一度しかないチャンスを確実な物にするには箒にも言った様に的確なサポートが必要になってくる。

 なれない機体に普段と違う好戦的な様子……今の箒では命の危険がある戦場に向かうのは危ない気がする。

「オルコット。量子変換にはどれくらいかかる?」

「武装を通常のままで、機動性のみに限定すれば最速で15分で出来ますわ」

 細かい作戦の打ち合わせを含めれば時間としてはギリギリだろう。しかし出来ない時間ではない。

「確かに一理ある。命令も福音を優先的に対処するようにとの事だが……」

「ちーちゃん! そんなの大丈夫だよ。私の紅椿なら問題ナッシングだから余計な機体は要らないよ」

「き、機体の性能だけでは不安材料が残ります。織斑先生」

「もぉー、ひー君はほんとに心配性だねー。大丈夫! 束さんの計算ではいっくんと箒ちゃんの勝率は九十%こえてるから♪」

「で、でも……」

 のれんに腕押しとはこのことを言うのだろうか。

 作戦における不安材料と失敗した場合の危険性を訴える響の言葉を束はにこやかに笑顔を浮かべ天才としての言葉で受け流していた、どこか虚しさが漂う空気が室内に充満する。そんな中、シャルロットが手を挙げた。

「織斑先生。僕も響に賛成です」

 きっ、と箒がシャルロットを睨む。しかし彼女も揺るがずに真っ直ぐに見返した。

「響の言う通り、ここはやはり経験のあるセシリアとコンビを組むのが良いと思います」

 シャルロットの意見に何人かが頷く。しかし教師の一人が口を開いた。

「しかし、篠ノ之博士は誰もが認める稀代の天才です。その博士が作った最新鋭の機体なら問題ないのでは?」

「確かに。それにスペックデータを見る限り、失敗する確立は非常に低いですし」

 教師陣の何人かが束に賛成をする。しかしそれはどこか、束の機嫌を損ねたくないという感情が見え隠れしていた。その堕落した態度に響は最後の不確定要素を言い放つ。

「確かに束博士や先生方の言うようにスペックデータを見れば可能だと思います。それに篠ノ之さんはおれより操縦技術も高いです。でも……その、……作戦がうまくいった後の事を考えればやっぱり篠ノ之さんは出ない方が良いと思います」

「うまくいった後の事だと? 任務が成功したのならそれで良いではないか!」

「あの、さ……篠ノ之さんがが手にしたのは第四世代ISなんだよ? この世界でたった一機しかないどの国にも所属していないあの天才篠ノ之束博士がつくった最高性能で規格外の機体、そんなISとその操縦者の君を世界政府が黙って放っておくとは……おれには思えないんだよ」

 一夏と同じように女にしか扱えないISを動かしてしまった異例として学園に入学した自分だからこそ言える事だった。

 IS学園が独立国家のような立ち位置でもISの生みの親が一から作り上げた最高性能の機体、それはどの企業・国も喉から手が出るほど求める『存在』……現段階で束が造った『紅椿』は束以外の科学者達にしてみれば机上の空論のモノだ。いつ現実に出来るかも分からなかったそんな空論が今現実に形をなしソレを扱う事の出来る操縦者までいる……それを手に入れる為なら秘密裏に行動を起こすだろう。例え不正が明るみに出たところでそれに勝る技術情報は手に入る……そして体面を保てなくなった国が起こすのは最悪の場合『世界規模の争い』である。

「! ……それは」

「それにこれは極論だけど、被害が篠ノ之さんだけに出るなら良い、良くないけど。でも、一夏達はどうするの? 一夏達なら篠ノ之さんが助けてって言えば助け手くれると思う、それはおれも同じだよ。……でもそうなれば一夏達も危険に巻き込む事になるよね?」

 響はわがままを言う子供をあやすかのように箒を窘める。しかし、その言葉は子供どころか大人顔負けの内容である。

 束の機嫌を損ねたくないと言った教師達よりも遙かに先を見据えた考え、何より箒個人と一夏達の安全を考えた正当な意見は何処にも間違いはない。

「………………」

 響の真摯な言葉に箒は黙り込む。しかし、彼女に取っては闘える力がありながら戦場に行けない事は苦痛であるはず……このまま引き下がってくれればと願いつつ響は話を続ける。

「……だから少なくとも今回、篠ノ之さんが出撃するのは反対です。今回の作戦が終わったら『紅椿』をどうするか考えた上で彼女の安全の確保を優先した方が――」

「はいはい! そこまで~、そんな事はこの束さんがさせないし、箒ちゃんと『紅椿』なら大丈夫大丈夫! それに、これ以上は時間がもったいないよ~」

「っ!? あなたは自分の妹を危険にさらすきですか、束博士!!」

 自分の思いがどうしても通じない束に声をあらげる響、このまま話を続ければ束に掴み掛かるのではないかと言うほどに。ここまで嫌悪を全面に押し出した彼の姿を今まで見た事がなかったシャルロット達は声を失った。

「『その危険から護るために』専用機を持ってきたんだよ、ひー君そろそろ聞きわけてくれないと束さんも怒っちゃうぞ? ぷんぷん!」

「束博士……どうしてそんなに篠ノ之さん達を闘わせたが――」

「――今回の件は先の通り織斑と篠ノ之が対処するものとする」

 束に噛みつかんばかりの勢いで抗議を続けようとした響の声を遮るように千冬の凛とした声が部屋の中に響く。

「ちーちゃん!」

「………………」

 束が喜び、箒もまたその顔が緩む。一方響は何も言わずその千冬の出した答えを聞いていた。

「目標の撃墜及び操縦者の保護を目的とする、織斑と篠ノ之は準備に入れ!」

『はい!』

 やっと作戦が決定し千冬が指示を飛ばしていく。再び騒がしくなった室内、そこで束は響にまるでこうなる事が変わっていたように満面の笑みを浮かる。

「私のISにも箒ちゃんにも力があるからさー心配しないで見ててね、ひー君!!」

「………………」

 響は無言。それを気にもせず束は箒の元へ歩いていった。一人残された響。その手はきつく握りしめられ震えていた。それは千冬の決定か、束の言葉ゆえか。

 それとも自分が考える最悪の結末が本当になってしまうのではないかという恐怖なのか……。

(束博士しか作れない第四世代ISなんて学園に持ち込んだらそれこそ過剰な戦力が集まってるって言われてもおかしくないのに。ただでさえ、自分や一夏の事があって代表候補生と専用機が学園に集中してるのに……もし、世界政府の人達がIS学園を危険分子だって判断したら――)

 そんな中。ふと自分の右手が急に暖かい手で包まれた。

「響、血が出てる」

 シャルロットは一本一本、解くように響の握りしめられた指を開きハンカチを巻いていく。

「あ……ごめん」

「ううん。それよりも大丈夫?……って言っても響は大丈夫って言うよね」

 ふふ、と安心させるような笑顔で笑いかけられる。

「響が何でそんなに怒っているのか……僕にはその理由は分からない。だけど響が何かに苦しんでいるなら僕はその助けになりたいと思う。それは忘れないで」

「……あ、ありがと~……シャル」

 自分でもどうして束をこれほどの嫌悪を抱いているのか分からない響。

 初めてあった瞬間から彼女の声を聞く度に、姿を見る度に……まるで身体の中から虫がはい出てくるかのような恐怖とそれに混じって今まで感じた事のない怒りがこみ上げてくる。

 しかし、それでも笑いかけてくれるシャルのそんな姿が響に冷静さを取り戻させる。

「皇」

「は、はい~」

 千冬に声をかけられた響はシャルロットのお陰もあって普段通りの彼に戻っていた。

 だが……

「顔色が悪いぞ、大丈夫か?」

「あはは~……束博士にくってかかっちゃって今頃ですけど、その、凄い事したな~って」

 シャルロットのお陰で冷静になれたもののあの世界が認める天才に反抗してしまった事実が頭をよぎる響。

「ちょっと気疲れしただけですから~」

「………………」

 気疲れしただけ、と響は言っていたが千冬は彼が束に怯えていた事に気づいていた。その原因は分からないまでも響の精神状態に強い影響がある、千冬は少しだけ考え込む仕草を見せたがすぐに響に指示を出す。

「皇、今日は体調が悪いようだな。お前は専用機持ちだが今回の作戦には参加しなくていい、部屋で休め」

「えっ、でもシャル達はここに居るんですよね~?」

 響は動く気配がないセシリア達に眼を向ける。作戦が決まったとは言え不測の事態に対応すべくここに残っている事はすぐにわかった。

「お前は専用機持ちだが一般人だ。織斑の場合は機体特性を考えて外す事は出来んが……そんな顔をした者を戦場に出すわけにはいかない」

「……そんなに酷い顔してますか~?」

「ああ、まるで死人のようだ」

 その言葉はのまま響の表情を現していた。

 青ざめた頬に何処か力のない緋色の瞳に乾いた唇……額にも汗が滲んでおり、緊張状態から解放された影響なのか動きも鈍く散漫だった。

「何かあれば呼ぶ、それまでは寝ていてもかまわん」

「わかりました~、それじゃお言葉に甘えます~」

「うむ」

 そう言うと千冬は作戦の指揮に戻っていった。

「僕もここに残るけど……一人で部屋に戻れる?」

「うん、大丈夫~……少し疲れただけだから~」

 響は心配いらないと言うように笑みを浮かべる、表情は何処か硬いもののそれでも束に大声を上げたような鬼気迫った様子は見受けられない。

「それじゃ、おれは部屋に戻るよ~。でも、何かあったらすぐ呼んでね~」

「うん、わかった。その時は呼びに行くから……響もゆっくり休んで」

 響は返事をする変わりに力のない笑みを浮かべ大座敷部屋を出ていった。

「響、大丈夫かな。……この作戦が終わったらすぐに様子を見に行こうかな」

 シャルロットは響の弱々しく縮こまった背中を見て胸騒ぎのようなものを感じたが「気のせいだよね」と、千冬達の元へ歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

「はあ~」

 旅館の客室、布団も引かずにISスーツのまま畳の上に寝転がりその天井を見上げながら響は大きくため息を吐く。しかし、その重い吐息の原因は分かりきっていた。

(……何で、あんなに怒っちゃったんだろ~)

 束に対する原因不明の悪寒……。

 自分でも不思議なほどに彼女を嫌っている事が自覚できるのだ。敵意と言っても良いかもしれない。

 柔和な微笑みから眼を逸らしたくなる、親しげな声に耳を塞ぎたくなる……なのに心はその反対。

 束の微笑みを眼に焼き付けようとする、彼女の声を忘れないように憶えようとする。

 怖いはずなのに怒りが沸き上がる、自分の中の相反する感情と行動に響は疑問を感じられずにはいられなかった。

 だが、それ以上に心に引っかかるのは束の海岸での一言。

 

 

『私が知ってるひーくんは『まだ』髪が黒かったもんね』

 

 

(おれは……束博士と会った事が、あるんだよね~。きっと……)

 そう思えてもその時の記憶は全くない。

 出会った事があるにしても確実に言える事は皇家に引き取られる前、それも実の両親の虐待によって失ってしまった以前よりも前に。

(でも、いったいどこで……いつ束博士と会ったんだろ~……本当の両親の事、何か憶えてたら調べる事もできたかもだけど……父さん達は、何か知ってるのかな~……)

 響は寝返りをうち携帯が入っている鞄を見る、今は体調不良という事で休ませてもらっていたが連絡を取ろうと思えば今すぐにでも出来る。

(……ううん、本当に束博士の勘違いかもしれない。それに世界には自分に似た人が三人はいるって言うし~……もしかしたらおれの聞き間違いかも……)

 考えれば考えるほど疑問が強まる一方で答えが見つからない気がかりを考える事をやめた、シャルロットの事でも答えが分からず保留した事があったがそれとは違う事を理解していた。

 問題の質が根本的に違う、しかも答えがある事を直感的に感じてはいても何かが邪魔をして自分と束の間にある何らかの答えを導き出す事が出来ない。

 響はむくりと起き上がり広緑へと近づき窓の外に広がる景色を眺める。そこに広がっていたのは暗く重い自分の心とは反対の美しい光景が広がっていた。青い海と空、そして日の光に照りつけられた砂浜。

 そんな光景を見ても響の表情から不安は消えない。

「一夏達は大丈夫かな~」

 部屋の時計で時刻を確認する響、指針が示す時間は既に一夏達が作戦を開始している時間だった。

「……もう福音と闘ってる、よね」

 福音との闘いで勝敗の鍵を握るのは一夏と『白式』の『零落白夜』である。

 しかも最初の一撃で仕留める事が出来なければ一気に不利になる、それは第四世代機『紅椿』の驚異的な性能を持ってしても同じだ。

 作戦模索時に見る事が出来た『福音』のスペックデータは第三世代機、第四世代機である『紅椿』を下回るモノだった。だが、篠ノ之束お手製のISに劣らないモノがあった。

 それは絶対的なエネルギー量の差、軍事用であるために搭載されているエネルギー総量は競技用に設定されている自分達のISとは比べものにならない。

 束が箒のために用意した『紅椿』でさえ競技用に設定されていた……。

「本当に成功率が九十%以上でも……規格外の性能なのは分かるけど、それでも無茶だよ~」

 ましてや相手は操縦者の制御を一切受け付けていない暴走機……確実に命の危険性がつきまとう。

「危ない事がわかってても実の妹を闘いに送り出すなんていったい何を考えて――」

 いくら世界最高の天才でも考えが甘いのではないか、そんな不満を口にしようとしたとき響の中で何かが引っかかった。

「……危ない事がわかってた……?」

 あの時、あの人はなんと言っただろう。

『『その危険から護るために』専用機を持ってきたんだよ』

 そう、自分と口論したとき……彼女は確かにそう言った。

 その危険とは何か?

 第四世代機の操縦者になり注目を浴びる事になる箒を世界の私利私欲に動く者達から護るため――

「……違う」

 『紅椿』の力を悪用されないようにというならそもそも持ってくる必要がない。

 仮に今回の暴走事件が起きなかったとしてもIS学園から離れたこの臨海学校で持ってくる意味は? 専用機を渡したかったなら学園でも構わないはずだ、むしろIS学園からの援護を受けにくい場所で受け渡しする利点はない。

 世界中が血眼になって探していなかで堂々と姿を見せているのは何故か? 第四世代機という空想の産物を作り上げた唯一無二の制作者、そしてその操縦者。

「篠ノ之さんと『紅椿』を……目立たそうしてる? そしたら世界から注目された危ない事にも巻き込まれやすくなる……?」

 箒は束の妹、それだけで保護プログラムが適用されている程の重要人物。本来なら不用意に目立つべきではない。しかし、束の言う危険はこれではない。

「でも、危ないのは今だよね? ならその危ない事が起きるってわかってた……? だから篠ノ之さんの専用機を持ってきた? だとしたらどうしてそれがわかったの?」

 響は混乱する思考に身震いする、今考えた仮定が全て本当だとしたら束の目的がなんなのか見当がつかない。

 目立つ事が狙いなら危険を冒してまでするような事ではない、むしろ箒と一緒に人目の前に出ればそれだけで良い。

 つまり現状では束が箒に専用機を渡し偶然起きてしまった暴走事件を利用する必要は無いはず。

 こんな回りくどい方法をとる意味がない事は当の本人が理解していないはずはない。

「他に目的がある? ……わかんない。わかんない……いや、でも……こんな事本当にする……? 勝つ事が出来れば良いけど負けちゃったら元もこうも…………っ!」

 混乱の中で必死に状況を整理しようとする響の脳裏に学園でのある一幕の光景がよぎった。

 

 

『おれに専用機ですか~?』

『ええ、そうですよ。君は訓練機とは言え正体不明のISを撃退した四人の内の一人ですからね、そろそろ専用機の準備をと考えているんですよ』

『学園長は君が代表候補生二人と世界最強の弟が手こずった所属不明機を破壊した……って事にしたいの』

『皇が国家が選び出した代表候補生でも撃退できなかったISを退けたとなれば勝手が変わってくる』

 ――代表候補生二人が手こずり最強の称号『ブリュンヒルデ』をもつ千冬の弟で世界の注目の的である一夏よりも上の実力を持つ……それだけ響には彼自身が考えている以上に箔がつく。

『その事実があればお前を狙う者達も迂闊に手出しできなくなる、何せお前は私の弟よりも強くたった数回の操縦訓練で代表候補生に匹敵するだけの実力を身につけるほどの天才。そこに専用機が加われば――』

『君の安全はより磐石なものになるってことだよ、響君』

 

 

「束博士は自分の眼の届くところで……篠ノ之さんと一夏の安全を確保しながら『福音』の暴走を止めたっていう箔をつけようとしてる……の?」

 第四世代機を与え例外である織斑一夏と共に『福音』を落とさせることで、注目を浴びせながらも世界最高の天才にして天災である自分と、世界最強のIS操縦者と血縁者という繋がりがあれば世界は互いに牽制しあい自然と単独で動く事がほぼ不可能になる。

 そうでなくても情報社会の現代で一度流れ出た情報は止められない、仮に止められる者がいたとしたらそれはたった一人……篠ノ之束一人だけ。

「……なんでこんな事、するのかな……それさえ分かれば……何か、何か分かる気がするのに――!」

 眉を寄せガラス一枚隔てた向こう側に広がる砂浜に眼を向けていた時、響は砂浜を歩いているある人物の姿に眼を見開く。

 そこにいたのはこの世界の誰よりも特徴的な服装に身を包んだ女性……。

「……束博士、どうして外に? 今は作戦中のはずじゃ……織斑先生達のところにいるはずじゃ……」

 『紅椿』の調整があったとしても短時間で終わったはず。

 その調整が終われば作戦をとる千冬の元へと戻っているものと考えていた響に彼女の姿は衝撃を通り越して理解不能だった。

「篠ノ之さん達の状況を知るには織斑先生達と一緒にいた方が良いはずなのに……」

 響は増え続ける疑問に頭が追いつかず眼を回しそうになるが束が砂浜を歩きどこかへ向かおうとしている事に気づく。

「……あっちは建物とかは無いはずだよね。あるのは……森だけだったような、何をしに行くんだろ?」

 響は束が森へと姿を消した時、胸に言い表せないざわめきを感じ部屋を慌てて飛び出す。

(この感じ……砂浜で束博士を見たときと同じ、ううん……もっと強くて濃い、そんな嫌な感じがする)

 響は知らず知らずのうちに額から頬に流れ落ちてきた汗を拭いながら束の後を追った。

 この時、千冬に何らかの形で自分の行動を伝えるべきだったというのに今の彼からはそんな冷静さは残っていなかった。

 響自身も気づかない焦燥感が彼の足を束の元へと向かわせる……そして響だけでなく彼を護る立場だった千冬と真耶、共に闘う仲間であるシャルロット達が見逃してしまった響のほんの僅かな違和感。

 それが今日この日彼等が冒した最大のミスだったと気づくのは僅か数十分後の事だった。

 

 

 




 やっと更新する事が出来ましたー!!
 今回はシリアスでいければと思い書いてみましたが何処まで上手くシリアスに出来ているか不安です(-_-)
 こういった展開は苦手な方なので文章的におかしな部分があると思います。
 指摘の方を頂けたら参考に推敲してみたいと思いますので批判などの感想も遠慮無くどうぞお願いします!
 最後に前回の更新から間が空いてしまって申し訳ありませんです……とは言え、また間が空きそうな今日この頃~


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第十九話 乱心の刃・その一

 時刻は十一時半。

 七月の空はこれでもかと言わんばかりに海岸をその眩い光を降り注ぐ。

 そんな砂浜で作戦決行時刻と同時に一夏と箒は互いに一瞥し待機状態の『白式』と『紅椿』を展開する。

「来い、白式!」

「行くぞ、紅椿!」

 その声と共に二人は光に包まれ同時にISを纏う、姿を現したのは呼んだ名の通り白と紅のIS。展開と同時に起動したPICによる浮遊とパワーアシストが正常に機能した事を確認した一夏達は表情を引き締めた。

「俺はエネルギーの殆どを攻撃に回さなきゃならないから移動は頼んだぜ」

「本来なら女の上に男が乗るなど私のプライドが許さないが、今回は特別だぞ」

 作戦の性質上、移動の全ては箒が担当する。一夏はその彼女の背に乗って福音と接敵、『零落白夜』の一撃で撃墜しなければならない。

 一撃必殺が不可欠の作戦と考えれば一夏と白式には僅かなエネルギーの消費でもまずいのだから。

『織斑、篠ノ之、聞こえるか?』

 ISのオープン・チャネルから千冬の画像が映し出され二人の耳に声が届く。

 一夏と箒は頷きながら返事を返す。

『今回の作戦は一撃必殺による短期決戦だ、あまり気負いするなと言いたいところだが気を抜きすぎるなよ』

「了解」

「織斑先生、私は状況に応じて一夏のサポートをすればいいでしょうか?」

『そうだな。しかし、無理はするな。お前は専用機を受け取ったばかりで試験運用も実戦経験もない。束が造ったとは言え何かしろの問題が起きるかもしれんからな』

「わかりました、出来る範囲で支援します」

 千冬の言葉に対する箒の応答は一件落ち着いているように見える。だが、その姿を見ていた一夏は彼女が何処か浮ついているように見えた。

 一夏は規格外の力を持った専用機を手にした喜びを隠しきれず頬を僅かに弛めている箒に不安を感じた、このままでは何か良くない事が起きるのではないか……と。

『――織斑』

「は、はい」

 箒を見つめていた一夏に千冬が声を掛ける、しかも先程まで使っていたオープン・チャネルではなく個人回線に切り替えて。

 一夏は通信回線の突然の切り替えに慌てながらも設定変更しながらも返事を返す。

『篠ノ之はどうも浮かれているようだ……あの状態では作戦に支障が出るかもしれん。いざというときはお前がサポートしてやれ』

 千冬は一夏の不安と箒の喜悦を見逃さず冷静に指示を出す。

 その中で一夏に箒のサポートを告げているという事は同時に一撃必殺で決めきれない可能性を忘れるなと言う注意でもあるのだろう。

 相手は競技用ISを超える性能とエネルギーを有する軍用機である、一撃必殺を目的とする作戦ではあるものの千冬も大座敷部屋でのやりとりを気にしているのだろう。

 束の用意した『紅椿』なら作戦の成功はかなりの確立で成功する、それは千冬も分かっていたが普段から人に声を荒げる事の無かった響の様子と口にした不安要素は決して無視できるようなモノではない。

「わ、わかりました」

『頼むぞ……では、これより作戦を開始する、始め!!』

 再びオープン・チャネルに切り替えると同時に千冬は作戦決行の号令をかける。

「行くぞ、一夏」

「おう」

 箒は一夏を背に乗せたまま一気に上空三百メートルまで飛翔した、その速度は瞬時加速と同等かそれ以上……その脅威の加速力に言葉を失う一夏だったが振り落とされぬようしっかりと箒の肩に捕まる。

(くっ、これが《雪片二型》と同じ……その完成型の力なのか!)

 その特性上、『紅椿』の展開装甲はパッケージのインストール無しで攻撃、防御、軌道の全てに対応できる仕様になっている。

 今はスラスター部分の装甲だけだがコレが全展開となればいったいどれだけの出力になるのか一夏には想像もつかなかった、それ以外にもこれだけの性能を発揮しながらもISの展開を維持していられるだけの膨大なエネルギーをどこから歳出しているのかすらもわからない。

 『紅椿』の底知れぬ性能に言葉を失う一夏をよそに箒はものの数秒で目標高度の五百メートルに上昇し福音の索敵に取り掛かる。

「暫時衛生リンク確立……目標の現在位置を確認。――見つけた! 一気に行くぞ、一夏」

「ああ、頼む!」

 箒は更に『紅椿』の展開装甲を解放し瞬く間に福音の元へと飛翔する、その中で二人のハイパーセンサーに目標である福音の姿映る。

 『銀の福音』と言う名に相応しくその全身に銀を纏う機体が。

(響の打鉄も同じ銀色だっけ……でも、機体の特性は全く逆だな)

 頭部からはい出るように広がる巨大な一対の翼。本体同様銀色の輝きを放つそれは、アメリカ軍から提供された情報に寄れば高出力の大型スラスターと広域射撃武器を融合させた次世代兵器の一つであり自分達が危惧していた新システムでもある。

 見た目もそうだが実際に戦闘で使用されるのは今回が初となる、そのせいでデータを見る事はできた者の武器とシステムの特性は完全に把握できてない。

 一夏達が一撃で決める事が出来なければ窮地に立たされるのは必至だ。

「見えたぞ、一夏! このまま一気に加速する、目標との接触まであと十秒だ!!」

「わかった!」

 一夏は箒の肩から手を離し更に加速した『紅椿』の背でバランスを取ると同時に単一能力を発動させる。

 高速で動く福音との距離をどんどん縮めながら一夏は《雪片二型》を上段に構える。

 

 ……五、四、三、二、一――!!

 

「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!」

 『零落白夜』の出力を安定させ一夏は自分の間合いに福音を捕らえると同時に気合いの込めた叫びと共に《雪片二型》を振り下ろすのだった……

 

 

 

 

 

 森の中へと消えた束を追って同じように森の中に足を踏み入れた響。

 そこは夏の照りつける日差しを遮る深い森、完全にとまでは言わないものの太い幹から伸びる枝とその先に茂る葉で出来た日陰は気温の高い空の下よりも遙かに快適な温度だった。

「ま、迷っちゃったかな~」

 しかし、そこはやはり森。同じような木ばかりが立ち並んでいる為か響は森の中に入ってしばらくして迷子になってしまった。

「えっと、確かあっちの方向から来たと思ったんだけど……」

 旅館の部屋で海を眺めていたとき、この森に入る束を見て追いかけてきたところまでは良かった。だが、すぐ後ろを追いかけたわけではないので束を尾行する事は出来ず見つける事も無理そうなので一度来た道を引き返そうとしたのだが……いったい何処に入り口があったのか憶えていない。

「うぅ~、こんな事になるなら目印か何か付けとくんだった~」

 響は鼻声混じりで辺りを見回す。

 自分の眼に映るのは何処を見ても木、木、木である。既に暴走した福音を止める作戦が開始されている時間に箒と『紅椿』のサポートを千冬と一緒にしなければならない束を見て咄嗟に探しに来てしまったが……まさか、高校生になって迷子になってしまうとは思ってもいなかった。

 これでは見方によっては実年齢高校生の森探索ではなく見た目の通り子供が親とはぐれてしまい必死に探しているようにしか見えない。

 ここで『打鉄』を起動させてしまえば良いだけなのだが、休めと言われたのに無断で外に出た上にもし近くに束がいたら尾行(未遂)がばれてしまう事になる。とは言え、このままでは自分の様子を見に来た誰かが部屋に自分がいない事に気づき千冬に報告するはず……その時点で厳しいお仕置きが待っているのは言うまでもないだろう。

「はぁ……今日は朝から良い事無いや~」

 響は眉間に皺を寄せ大きくため息を吐いた。肩もがっくりと落ちている。

 考えても見れば響がため息と共に溢した愚痴も概ね正しい。

 専用機の運用をいざ始めようとした時、束が響達の前に現れ箒の専用機を疲労した。その間ずっと響は束を見ると怒る原因不明の震えと嫌悪感に悩み、彼女の意味深な言葉に困惑し言い表せない不安を抱いた。その上、副因の暴走という突発的事故に対する自分と束の姿勢の違いに憤りシャルロット達にいらない心配まで掛けてしまう……眼が覚めて数時間でコレでは響でも気が重くなり運の無さに文句をつけたくなるのも仕方のない事である。

「とにかく、束博士を見失っちゃったし……旅館に帰る事だけ考えよ~」

 気を取り直して森の中を歩き始める響、本来なら見知らぬ土地、場所で迷った場合は動かない事が常識的な行動ではあるがこの森はけっして広いわけではない。まして海辺に隣接している、方向は分からぬくとも歩いていればいずれ海に出るだろうという楽観的な考えではある物の出口を目指して歩く響。

 ……もっとも、広くもない森で迷った彼では脱出出来るかどうか定かではない。

「………………」

 たった一人で森の中を彷徨う響は特に何か喋る事もなく片すら森の中を進んでいく、歩いている方向に何があるのか方角その物も分からないが足を止める事はなかった。

(迷っちゃったっていってもこうしてゆっくりと森の中を歩いたのって初めてだよね~、そう考えると何か新鮮……かも…………?)

 森の中を歩くという初めての体験に胸が躍る――とは反対の、何処か懐かしいそんな印象を感じた響。

(……最近、何処かで……森を歩いた気がする……。あっ……これってあの時見た夢に似てるかも~)

 奇妙な既視感を感じた響ではあったがどうしてそう思ったのか思い当たる事を思い出す。それは先月行われたタッグ戦、そのラウラとの試合で数日間寝ている間に見た赤い夢だった。

(あの夢も、確かこんな森の中を走ってた……おれだけじゃなくて、知らない人達と一緒に……)

 そう見覚えのない森で、顔も分からない誰かと……。

 それでも一人が男性でもう一人が女性だという事は何故かわかった不思議な夢。

 眼に映るのは暗い森、黒い影でしかない人物、そして最後に見たのは赤黒い空……。

「………………」

 夢をたぐり寄せる響の眼に力はない、どことなく脱力した印象を見せる光を失った瞳。まるで夢遊病者のような響はいつの間にか足を止める、立ち止まろうとしたのではなく自然と止まり……

(……何かから逃げてた……でも、何かから逃げてたのかわからなかった。覚えてるのは、真っ赤な空と暗い森で――――ッ!?)

 そんな響の視界が血のように赤く染め上げられる。

 眼に見える森の突然の変化に響は眼を見開く、その瞬間血のように赤かった世界は殺気までと変わらない暗い森に戻る。

 その変化は一瞬の出来事、響が世界の変化に驚く前にそれは赤い色を消す。今起きた事がまるで何もなかったかのように。

「き、気のせいかな~……今、一瞬夢みたいに木と地面が赤かくなったような……」

 響は眼を眼をこすり何度か瞬きをしてみる、そのあともう一度森の中を見渡してみるモノの彼の緋色の瞳に映る景色に変化はない。

「……あ、あれ~……?」

 何度見返しても目の前に広がる景色に変化はない、あるのは日の光が届かない暗い森だけで夢で見た赤い世界ではない。

「疲れてるのかな~……早く森から出て旅館にもど――」

 

 

『――――――――――!』

 再び歩き出そうとした響の耳に歓声のような声が届く。

「今のは?」

「――しっ! そ……だぁー♪」

「束……博士?」

 響は僅かに聞こえる声に耳を傾けながらゆっくりと声がする方へと足を進める。向かう先にあるのはより深い森、今までよりも更に木が生い茂り光を遮る……そんな暗所だからこそ響の眼に目印と言っても言いある物が映った。

(電子モニターの光……しかも)

 その光に近づくにつれて聞き取りにくかった声がはっきりとそしてモニターを眺めている人物の姿もちゃんと眼で確認できるようになった。

 そこにいたのは響の予想通り束だった。また、身体が震え出すものの距離が離れているためそれほどではないのか彼女に近づく響の足運びはまだしっかりしている。

「よしよし、良い感じだよー。その調子でハッスルだよいっくん、箒ちゃん!」

(束博士も二人の様子をちゃんと見てるみたいだ。でも、どうしてこんな森の中に来たんだろ~?)

 そんな事を疑問に思いながらも響は束に声をかけようとする。

 本心では作戦会議の事もありあまり話しかけたくはなかったモノのこの森から出るには自分一人では駄目だ、ここはこちらの今すぐ旅館に戻りたいという意見は通らないかもしれないが今は彼女に頼るしかない。

「た――」

「これで箒ちゃん達が一手間掛けて暴走させたISを止めてくれれば束さんの思い通りの展開になってくれるねー」

「――っ!」

 束の言葉に響は出かかった声を飲み込み近くの樹木に身を隠す、隠れた木その物は太くはないモノの小柄な響が隠れるには充分な幹の太さを持っていた。

 まだ二人の間に距離はある、今のところ束が響に気づいた様子もない。

(今の、どう言う事? 暴走させたって……福音を、束博士が? そうしてそんな事!?)

 福音の暴走は偶発的に起きた事故じゃない、その事実と犯人が近くにいる。しかもその犯人は篠ノ之束……突然浮かび上がってきた真実に響は動揺と混乱に唾を飲み込む。

(篠ノ之さんと紅椿を目立たせたいからってこんな危ない事をするなんて……目的は何なの? 何時から計画を? 軍用のISを暴走させるなんて芸当を一手間って言える時点で普通じゃないけど……こんな事実行するなんてほんとに普通じゃない!!)

 響は白銀のチョーカーに触れ束の元へと駆けだす、打鉄の展開時間はコンマ数秒。展開と同時に『鳶葵』を両手で握りしめ一夏達が映る電子モニターを見ている束の背に切っ先を突きつけた。

「……束博士、あなたはいったい何をしてるんですか」

「ふむふむ、着いてきてたのはひー君だったのかー。巻けたと思って安心してたんだけどさすがの束さんも一本取られちゃった?」

「気づいてたんですか?」

「もちろん、ひー君は気づかなかったかもだけどこの森は人の感覚を狂わせる超音波を流してるから絶対わたしの所にはこれないように設定してるんだよ。まあ、ちーちゃんみたいに無心で動く事が出来れば関係ないんだけど……ひー君ってもしかして達人さんになっちゃった? お! 今の動きは良かったよ、さすが箒ちゃん♪」

「………………」

 自分が福音を暴走させた事が響にばれてしまったというのに束の声にうろたえた様子はない、それどころか『鳶葵』を突きつけられている状態でありながらモニターに映る一夏達と福音の戦いを見物する余裕を見せている。

「……束博士、今すぐ福音を止めてその操縦者の人を解放してください」

「今良いところなんだよ? それにもう少しで終わるからもうちょっと待っててくれないかなー」

「待てません! 今すぐ暴走を……いえ、福音の強制操作をやめてください。でないと……」

「でないと、束さんに乱暴してちーちゃんの前に突き出すぞー……で、良いのかな?」

「………………」

 束自身が口にした言葉を肯定煤様に響は『鳶葵』を握る手に力を込める。束も響の答えが分かったのかため息を溢した。

「まったく、ひー君は強引なんだから。でも、そんなところも束さんは大好きだから安心してね☆」

「ふざけるのはやめてください、それより早く福音を」

「うんうん、わかってるよー。でもね、これでも束さんだって女の子なんだよ?」

「っ!?」

 それは響が今までに体験した事のない動きだった。

 響は『打鉄』のハイパーセンサーとパワーアシストによって生身の人間を簡単に無力化できる状態にあった、それこそ今までの日々で培った技術は間違いなく響自身を幾度となく助けてきた。

「女の子にこんな危ないモノを向けるのは駄目だよー」

 そんな響の眼に映る束お動きは何の変哲もないもの、何の違和感も感じさせず静かにゆっくりと高い場所から低い場所へと流れる水のように自然で……ただ響の方へ振り返りその流れのまま左手一本で切っ先を向けている『鳶葵』を何の衝撃も感じさせず払う。

「だからちょっとだけ、お・し・お・き♪」

「な――――ッ!?」

 そして響が束の不可思議な動きに驚嘆した瞬間、響の幼さが残る表情は苦悶に歪み『打鉄』ごと吹き飛ばされ背後に立ち並ぶ木に激突する。

「がっあ……!?」

 木に激突した大きな音と一緒に漏れる響の声、それは束が響に向きな追ったときに突き出された右拳が響の腹部にめり込み超重量のISごと殴り飛ばされたからだ。

「な……ぐぅ………っ!???」

「まったく、こんなか弱い女の子に武器を向けちゃ駄目だよ。次からは気をつけてね!」

(何……が、どうなって……!?)

 響は腹部に走る激痛に耐えながらハイパーセンサーを通して流れてくる情報に我を疑った。

 

 ――シールド維持困難、絶対防御機能の阻害を対峙目標から確認。

 

(シールド防御が無効化……されたの? そんな、一体いつの間に……でもそんな事より……問題なのは……っ!?)

 今の攻撃に対してシールドが機能しなかった事には驚いた響、だが目の前にいるのはISの生みの親である。自分には想像もつかない何らかの方法でISの機能に干渉してシステムを阻害してくる事くらい簡単にできるだろう。

 しかし、それ以上に問題なのは篠ノ之束が生身で『打鉄』を展開している自分を苦もなく殴り飛ばした事だった。

(いくら何でもこんなの出来るわけ……ない、もしかして眼に見えないISとか……そうじゃなかったら……)

 響は地面に膝を付きながらもこの異常な状況の解を模索する、とは言えすぐに束が響の疑問に答えるかのように話を続けた。

「おぉ~、ひー君はすごいねー。今のは肋骨が折れてるはずなんだけどねー、凄く痛いはずなのに束さんがどうやってひー君を殴り飛ばしたのか考えてるんだねー♪」

(……おれの考えてる事は全部、お見通しって……天才ってこんなに凄いの……)

 響は右手で『鳶葵』を地面に突き立て左手で痛みが走る腹部を抱えるように立ち上がる、束の言う通り少し動いただけで響の表情は苦痛に歪み額からは脂汗が流れる。

「うんうん♪ そんな頑張りやさんなひー君にはちーちゃん以外誰も知らない秘密を教えてあげるね!」

「……ひみ……つ……っ」

「あのねぇ、私ってば天才天才て言われちゃうんだけどねー、それって思考とか頭脳だけじゃないんだよー」

 束は自慢げな笑みを浮かべ腰に手を当て胸を張った。

「――肉体も、細胞単位でオーバースペックなんだよ」

「もう……何でも、有り……なんですか」

 響は息を詰まらせながら何とかそれだけ言う事が出来た。

 しかし、束の脅威以外の何者でもない台詞を予想していたかのように右腕一本で『鳶葵』を構え直す。

「あれぇ? 予想してた反応と違うねー、ちょっとがっかりぃ」

「何となく……分かって、ました」

 臨海学校に来る数日前に同じような体験を千冬が自分に実戦して見せた、今の束の言葉を全部本当の事だとすれば生身で彼女に対抗できるのは千冬だけになる。

「束博士に対抗できるとしたら……織斑先生くらい、ですよね」

 これだけは確信を持って言える。

 いとも容易く『打鉄』のシステムに干渉しただけではない、ISによって数倍、十数倍に強化された身体能力をモノともしない戦闘能力は確実に千冬に匹敵もしくは凌駕している……はっきり言って何の躊躇いもなく全力で攻撃できたとしても今の自分では止める事はできないだろう。

「たったこれだけのやりとりでそこまで答えを導き出すなんてひー君は頭良いねー。この調子だと思ってたより早く戻っちゃうかもだねー」

「……? 戻っちゃうって……何の事ですか」

「うーん、どうしよーかな……って、ひー君は気にしなくて良いから。どうせいつかわかることだし」

(……何を、言ってるんだろ……この人……)

 作戦会議の時もそうだったが全く自分の意志が通じていないような感覚、話を聞いているはずなのに聞き流し何事もなかったように違う話を続ける彼女との会話はどうやっても慣れる気がしない。

(でも……今は……)

 成立しない会話を気にしている余裕も時間もない、早く束を何とかしなければ一夏達に危険が及ぶ……響は歯を食いしばり闘う事だけに意識を集中させる。

 

 ――シンクロ率百パーセント、単一能力『一騎当千』発動!!

 

 ハイパーセンサーにその一文が点滅すると同時に響と『打鉄』は眩い白銀の光を纏う。

「おー! それがひー君とその子の単一能力だねー! ちゃんと直に見てみたかったんだー」

(くっ……これもお見通しなの、だけど迷ってる場合じゃないや)

 ラウラを飲み込んだ暴走ISが響にして見せたように、響は腰を落とし居合いの構えをとる。それは束との実力差を少しでも埋めるために今の響に出来る唯一の方法だった。

 現に実力差がある相手に長期戦は不利、ましてや生身でISと渡り合え実力も超一流……戦術、戦略、戦況分析と何一つ勝てる要素がない。

 自分が勝てる要素があるとすればそれはたった一つだけ。

「確かに今のひー君が私に勝つには実力の差を埋めるだけのスピードを活用するしかないよねー、常時瞬時加速なら出来ない事もないかもぉ」

「……おれは、あなたを傷つける事になっても止めます」

 一夏や箒の事だけではない。今ここで彼女を止めなければきっと大変な事が起こる……そんな不安と予感が響に剣を取らせる理由でもあった。

「私を傷つける事になっても、ねぇ……ひー君は相変わらず優しい子だねー」

「………………っ!」

 その束の言葉は間違いなく自分の事を知っている事を示唆していた、それも自分が知らない、覚えていない幼少の五年間を。

 響は問いただしたい衝動を抑え込み『一騎当千』の高速を生かし一気に束との距離をつめ『鳶葵』を腰元から彼女目掛けて抜き放った。

「――――!?」

 その動きは肋骨を折られたダメージがあるとはいえ今までのどんな動きよりも早く滑らかで代表候補生で一学年筆頭でもあるラウラが見ていたなら太鼓判を押す程のもの。

 生身の、ただの人間では防ぐ事もできない必殺の一撃。

 しかし、その成長著しい響の視界に映ったのはその一撃を後方に跳んで躱した束でも生身で『鳶葵』を受け止めた彼女の姿でもなかった。

 彼の緋色の瞳が捕らえたのは空を拒むかのように生い茂る森の緑豊かな葉で遮られた頭上だった。

(何……で……?)

 そして次の瞬間再び響は腹部に強い衝撃を受け吹き飛ばされ地面を転げ回り倒れ伏した。

「今のはなかなか良い動きだったよー、私じゃなかったら危ないところだったねぇ、ぶぃ!」

(……ねちゃ……駄目だ……)

 響は揺れる意識に歯止めを掛けようと俯せで倒れたままではあったが束を見上げる、そこには自分の攻撃を何の問題にもしていなかった束の姿があった。

 実際、今の響では何が起きたのか理解するだけの余裕も冷静さもない。

 響の視界が束から頭上に切り替わったのは彼女が響の顎を打ち抜いたからだ。

 これまでに例をみない見事な動きを見せた響を上回る体捌きで居合いをかいくぐり響の懐に潜り込みその細い右手で掌底を繰り出し響が何が起きたかを理解する前に今度は左の正拳を繰り出したのだ。

 このたった二擊の攻撃で響の意識は揺さぶられ戦闘不能にさせられたのは紛れもない事実である。

「さて、ひー君はおねむの時間だよー。後の事は束さんにおまか――あれっ!?」

(……束博士が、驚いて……る)

 『鳶葵』を突き付けられても単一能力を見せつけても一切動揺する事の無かった彼女が驚きの声を上げた、その今までにない束の反応がほんの僅かだが響の意識をつなぎ止める事に繋がった。

「もぉー! 密漁船がいたなんて計算外だよ、これじゃ箒ちゃんを華々しくお披露目できないよ」

(やっぱり……束博士の目的は……篠ノ之さんをIS乗りとして…………)

「むぅ、仕方ない。こうなったら意切り直すしかないね、でもでも、このまま何もせずに逃げるとちーちゃんに気づかれちゃうかもだし……ここはいっくんに墜落してもらおう!」

(仕切り直し……一夏に、何を……?)

 かろうじて意識をつなぎ止めている響の耳に届く束の声は途切れ途切れでその全てを聞き取れないでいた。

「ちゃんと加減をして絶対防御が発動するくらいにしておかないとねー、出力だけは高いし。間違ってもいっくんを殺しちゃわないようにしないと」

(絶対防御……、いち……か、ころし…………そん、なの……させ……ない!)

 断片的に聞こえてきた彼女の言葉に響は薄れゆく意識の中でさえ立って戦おうと足掻く、しかし揺らされた脳と腹部のダメージでは思うように動く事など出来ずただ地面にはいつくばりモニターを見つめる束の後ろ姿を見る事しかできなかった。

(何とか……織……先生に……みんな……つたえ……なきゃ…………?)

 一夏に迫る危機を千冬達に伝えなければ懸命に眼を瞑るまいとする中で響の眼に信じられない物が映り込む。

(……いつの……間に……あそこ……に?)

 響が見たものは黒い髪の小さな少年だった、丁度束と響の間に膝を着くように座り込んでいた。

 今まで束と戦う事ばかりで気づかなかったのか、それとも経ったいまここに姿を現したのかはわからない。それでも響は目の前にいる少年の元へ残った力を振り絞り這うように近づいていく。

 思うように動かない体でもうすぐ消えてしまいそうな意識を総動員して少年へと向かう響。

(束博士が……気づ……に……さ……なきゃ……)

 響は身体に走る傷みに声をもらしながら少年の元へと辿り着く、少年は自分のすぐ後ろに響が来ている事に気づいていないのか小さな身体を小刻みに振るわせていた。

(ない……て、るの……でも、今はにげ……て……)

 この状況では慰める事も連れて逃げる事も出来ない、出来るのは千冬達の元へ逃げるよう伝える事だけ。この子が束に気づかれることなくこの場から離れる事が出来ればまだ間に合うかもしれない。

 響はこの絶望的な状況の中で一抹の希望を託そうと泣きじゃくっている少年に右手をさしのべ、そっと肩にふれ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 『呪われろ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――えっ?」

 そのたった一言が理解できず声をもらす響。

 泣いているはずの子供が口にするには場違いな、それでいてその言葉に相応しい怨嗟が込められた声。

 小さくて、静かで、細くて、冷たくて今にも消えてしまいそうな声。

 それでいて気を失いかけているのにも関わらず、この場にはっきりと、明確に響いた確かな熱量を込めた声。

 まるでこの世界に絶望し一抹の希望もないと罵るかのような……何の混じりけのない哀しみと憎しみが込められ限りなく黒に染まった詛呪の言葉。

 その声を最後に響の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

「もぉー! 密漁船がいたなんて計算外だよ、これじゃ箒ちゃんと紅椿を華々しくお披露目できないよ」

 計算外の問題が起きてしまった事に歳不相応に頬を可愛らしく膨らませる束、そんな彼女の後ろに傷つき倒れた少年がいなければ誰しもが仕方ないと苦笑をもらしていただろう。

(いくらちーちゃんが優秀でも周りの人間がゴミ同然だとこんな事も起こるかー、ちーちゃん達が居なかったら今すぐ消しちゃっても良いような奴らばかりだけど今回は大目に見てあげよ。うん♪ 束さんやっさしぃ!)

 声に出さなかったものの束は危険きわまりない考えをしながらモニターの向こうで暴走していると思わせた福音と戦っている一夏と箒に眼を向ける。

「むぅ、仕方ない。こうなったら意切り直すしかないね、でもでも、このまま何もせずに逃げるとちーちゃんに気づかれちゃうかもだし……ここはいっくんに墜落してもらおう!」

 ただでさえ、響がここに来た事で自分の完璧だったはずの計画に僅かな綻びが出ている。本来なら響はここにいない、福音を打ち落とし意気揚々と帰ってくるはずだった二人を迎え入れる予定だったのだから。

「ちゃんと加減をして絶対防御が発動するくらいにしておかないとねー、出力だけは高いし。間違ってもいっくんを殺しちゃわないようにしないと」

 束は専用の投影型ディスプレイを呼び出し福音に施した戦闘プログラムの書き換えを始めた、密漁船を護る為に最高の演出とチャンスが駄目になってしまったのだ。ここは一夏を打ち落とされその怒りに奮起した箒に福音を落とさせる、戦闘では邪魔も入るだろうがそこはISを知り尽くした自分の手に掛かれば何の問題もない。

 もし箒が拘束されるような事になっても助け出し『いっくんの仇を討とう!』と言えば箒は必ず戦場へ向かう。

「次の準備を整えないとねー」

 鼻歌交じりでディスプレイと共に浮かび上がったキーボードを操作していく束、その様子からはすでに次の戦いのシナリオはできあがっている事が伺える。

 

 

 ――ガシャ……

 

 

 束の鼻歌に混じり金属が擦れる音が森に響く。

 それは響がゆっくりと立ち上がる音だとわかった束は大きく肩を落とす。

「……あ……ああ……」

「はあー、ひー君諦めが悪すぎる男の子は格好悪――――!」

 すでに響は気を失っていると思っていた束にしてみれば三度立ち上がった彼に半ば呆れ気味になっても仕方がない。

 だが、束が眼にしたのは自分が知る『皇響』ではなかった。

「ああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァッ!」

 束が振り向いた先にいたのは美しく眩い輝きを放っていたISを纏う響ではなく、意志を持っているかのようにまとわりつくどす黒い光を垂れ流す何か。

「…………あちゃー、これは予想してなかったよ」

 突如豹変した響と『打鉄』の姿を眼にした束はディスプレイをかき消し今まで見せた事のない緊迫した表情を浮かべる。

 そしてその表情の中で細く鋭い視線には悲哀のようなものが混じり込んでいた。

「もしかして全部思い出しちゃったのかな? それとも君の怒りに、君の抱える『闇』が反応したのかな?」

「グッ……ウ……ア……ア……」

 束の声に反応しているのか響と『打鉄』を包み込む黒い光がその鈍い輝きを強めていく。

 その光から感じられるのは限りなくわき出る怒りとむき出しの闘争本能だけ……今の響には意識どころか理性すら残っていないようだった。

「少しだけなら相手をしてあげる。どっちにしても君を止めないと私の計画は壊れちゃうしね…………何処からでも掛かってくると良いよ、哀れなお人形さん」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 今の響が束の挑発を理解したとは思えなかったが、そんな彼女の言葉を合図にしたかのように響は『鳶葵』を剣の型などお構いなしに乱雑に構え常時瞬時加速による最大速力最大戦力で束に飛びかかり剣を振り下ろした。

 その瞬間、束だけでなく緑豊かな森を黒より暗く、深い漆黒が爆音と共に飲み込んだ。そしてその溢れ出た漆黒の光は森を蹂躙するだけでなく雲一つ無い空へと立ち昇る。

 それの空へと昇る黒柱はまるで青い空を貫こうとする一本の巨大な剣に、この世界に反旗を翻すかのよ為に掲げられた刃に見えた……。

 

 




 お久しぶりです!
 シャルさんと響君のイチャラブ要素が全くない展開に辛さを感じていますが読んでくださっている方ももう少しシリアスにお付き合いくださいませ<(_ _)>
 今回のお話は今までで一番オリ主である響君の秘密を全面に押し出している……ように駆けてるか心配ですがここから原作に沿いながらもオリジナル展開の確信を混ぜていけるよう更新していきたいと思います。
 では、また次回とかw


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第二十話 乱心の刃・その二

 

「箒、援護を頼む!」

「任せろ!!」

 海上で福音と刃を交える一夏と箒、二人は繰り出した初太刀を福音に躱され追い詰められていた。

 追い詰められていたと言うには戦闘時間は短い。しかし、『重要軍事機密』として扱われているISである福音に搭載されている高出力の多方向推進装置によって必殺の一撃を避けた……その現実が否応なく二人を窮地に立たせる。

「くっ! このっ」

 自分達の置かれている状況がどれだけ悪条件なのかを分かっているのか一夏の声には焦りが感じられた。

 事実、彼が繰り出す攻撃はそのどれもが紙一重で躱されている。

 見事なまでに翻弄されている一夏は『零落白夜』の使用限界が迫っている事で本人も気づかないうちにその動きが鈍っていた。

 その決定的な隙を見逃す福音ではなかった。

 福音が背負う銀色の翼が羽ばたくように開かれる、同時に翼を起点に無数の光が一夏へと降り注いだ。

 翼だと思っていたそれは砲口の役割も担っているらしく反応が一瞬遅れた一夏は撃ち出された高密度のエネルギー弾を受けてしまい爆音と共に弾き飛ばされる。

「ぐぅ!」

 一夏が受けた弾丸はまるで羽のような形をしていたがISの装甲に突き刺さると同時に装甲を抉るような爆発を引き起こす特殊弾丸。これが福音の主兵装にして射撃武器であるのだが――

(何て連射速度だよ!!)

 銃というたった一つの砲口から撃ち出されるのではなく翼に備え付けられている無数の砲口から撃ち出される数がその連射性をより高く感じさせる。狙いはそれほど正確ではないもののその欠点を補えるほどの攻撃範囲と回数……弾丸の特性を考えてもそうなんども受けるわけにはいかなかった。

「これ以上長引けばやばい! 箒、俺は右から攻める。左は頼んだぞ!!」

「任せろ!」

 一夏と箒は散弾のように降り注ぐエネルギー弾を回避し多角軌道を描きながら福音との距離を詰め攻撃を仕掛ける。

 しかし、回避に特化したスラスターを持つ福音に二人の攻撃は掠りもしない。その上、反撃されシールド・エネルギーを削られる一方だった。

 福音の持つ特殊型ウィングスラスターは実用性が高く、思わず舌を巻いてしまう性能を有していた。

「一夏、私が奴を止める!」

「ああ、頼む!」

 このままでは防戦一方になる事を見越してか箒は雨月と空裂を構え両腕の展開装甲を解放、刺突と斬撃を交互に繰り出し福音へと斬りかかる。

 箒の攻撃に合わせて腕部展開装甲から二本の刀にエネルギーが流れ込みその斬撃軌道を切り裂くようにエネルギー刃が射出され福音へと放たれる。

(福音も半端な性能じゃないけど、紅椿も似たような……いや、それ以上か……!)

 紅椿の機動力と展開装甲による自在の方向転換、急加速を利用し福音を攻め立てる箒。専用機を受け取って間もないとは言え彼女は紅椿の性能を充分に引き出せていた。

 そんな彼女の動きに福音も防御を使わざる動きを止めたが、反撃の隙だけは見逃さなかった。

『La……!』

 甲高い機械音、それはまるで意志のある声に聞こえた。

 それを証明するかのようにその声に似た音と共に翼を羽ばたかせる福音、その翼の砲口は全部で三十六……それも全方位に向けての一斉射撃である。

「やるな! だが、このまま押し切らせてもらう!!」

 箒は紙一重で砲撃を回避、福音に接近すると同時に両手の近接ブレードを振るい幾重にも斬撃を繰り出し福音の動きを止める。

「一夏、今だ!!」

「おう――――ッ!?」

 箒がやっとの事で作り出した最大のチャンスを逃すまいと瞬時加速で距離を詰め《零落白夜》を振りかざす一夏。しかし、福音を止める事が出来る好機だというのに一夏は福音と箒を通り過ぎるように海面へと急降下した。

「一夏!?」

「うおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 一夏が海面へと急降下したのは福音が箒にはなった弾丸、その内の一発を撃ち落とすためだった。

 海面へと向かっていたエネルギー弾に追いついた一夏は《零落白夜》の刃でそれを切り落とす。

 そして、その一振りが作戦の要である一撃必殺の刃の最後となる。

 雪片二型から伸びる光の刃は瞬時加速と単一能力の併用で大幅にエネルギーを消費した代償か、見る見るうちに消えていき雪片二型の展開装甲が閉じた……それはもう福音を止める術を失った事を示していた。

「せっかくのチャンスに何をやっている!」

「船がいるんだ、海上は先生達が封鎖したはずなのに――くそ、密漁船か!」

 かといって見殺しにするわけにもいかない。密漁船には人が乗っている、命には代えはないのだから。

「馬鹿者! 犯罪者など庇って、そんな奴等は――――――」

「箒!」

「――――っ!?」

「箒、お前どうしたんだよ? そんな寂しい事言うな、言うなよ。力を手にしたら弱い奴の事がわからなくなるなんて……らしくない、そんなの全然お前らしくないぞ!」

「っ! わ、私、私は……」

 一夏に辛そうな声で問い詰められた箒は動揺した、その表情には力に溺れた自身への後悔と失望が滲み出ている。

 その顔を隠すように両手で顔を覆う、その際に溢れ落とした刀が光に包まれその姿を粒子に変えその形をけす。

 その光景に一夏は自分の心臓が大きく脈打つのを感じた。

(今のは具現維持限界……まずい!!)

 ――具現維持限界、つまり武器をISのエネルギーが底をついた事をしめす。しかもここは学園のアリーナではなくまごう事なき戦場……命を懸けた実戦だ。

「箒!!」

 一夏は箒を助けようと最後のエネルギーを使って瞬時加速にはいる。

 彼の視線の先には箒と距離を取って警戒していた福音が静かに、寒気を感じさせる様に翼を広げいていた。

(頼む、白式! 頼む!!)

 いくら希代の天才が作り上げた最新機であっても一度エネルギーが切れてしまえばその装甲は酷く脆い。絶対防御に必要なエネルギーを確保していたとしても脅威の連射速度による爆撃を喰らえばひとたまりもない。

(間に合え! 間に合ってくれ!! 俺は仲間を――)

 スローモーションの世界で、福音が幼なじみに向かって光の弾丸を放つのが見える。

(――箒を護りたいんだ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『力を欲しますか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 突然の問いかけに一夏の眼に映っていたスローモーションだった光景が時を止める。

 いや、止まっているのではなく限りなく『停止』に近い状態で世界が動いているといった方が正しいのかもしれない。

「な、誰だ!」

 福音が、福音の放った凶弾が、そしてその攻撃を受けようとしている箒が……世界の全てが遅延している異常な状況の中で一夏は箒と自分の間に割り込むかのように静かに佇む一人の女性に警戒心むき出しの声を投げかける。

『………………』

 自分の前に立っていたのは白い輝きを放つ甲冑を思わせるISに身を包んだ女騎士。

 その手には身の丈と動揺の大剣を携え、その表情は目を覆うガードのせいで口元しか見えない。それ故に彼女がどんな表情をしているのか全く分からない。

 だが、これだけは分かった。

(……敵じゃない、それに……なんか知ってる気がする……この人を……?)

 この停滞仕掛けている世界と女騎士の突然の出現に警戒していたはずの一夏の心が落ち着きを取り戻していく、彼の目には箒に福音の攻撃が向かっている光景が映っているがそれでも慌てる様子は微塵もない。

『……力を欲しますか?』

 理由は分からない。

 でも、この奇妙な世界で今まで通り動けているのは自分だけ……そして女騎士も。

 なら、この世界がこんな風になってしまったのもきっと彼女のせいに違いない。そう気づいたときから自分は落ち着いていられる。

『力を……欲しますか、何のために?』

 三度目の問いかけ、この時一夏はこの常識から逸脱したの始まりと終わりがこの質問に集約されている事に気づいた。

「……俺は、この世界で一緒に闘う仲間を護りたい」

『仲間を……』

「ああ、こうして闘いの中で危ない目に遭ってる箒は大切な仲間だから……だから護りたいんだ」

 勿論、ここで一緒に闘っていたのが箒でなくセシリアや鈴達でもその思いは変わらない。IS学園で出会い共に切磋琢磨したクラスメイト達は掛け替えのない友達で仲間だ。

 ……ほんの少しだけそれ以外の事も思い浮かんだ気もするが。

「俺は俺の大切な人達を護りたい」

『そう……――――だったら、行かなきゃね』

「っ!?」

 ほんの一瞬、一夏が瞬きをした間に女騎士の姿は消え変わり立っていたのは白いワンピースに身を包む少女。

 風に揺れる長い白髪は太陽の光を受け眼を背けたくなるほど美しい髪、それを靡かせながら少女は無邪気な笑みを浮かべ一夏へと手を差し出す。

「行こう、貴方の求めた力の……その先へ」

「……おう!」

 差し出された小さな手を一夏が握りしめた瞬間、世界に時間の概念が取り戻される。

 同時に福音と箒の間に割り込んだ一夏と白式は眩い白光を放ち……光弾の衝撃と爆発に巻き込まれた。

 

 

 

 

『………………』

 海上で爆炎が漂う、福音は追撃する事も逃げる事もせず観察するようにその場に佇んでいた。

 何故なら、今の攻撃でどちらもエネルギーが底をつき海へと落ちていくはずなのに一向に二人が煙の中から海に墜落していかなかったからだ。

『……………………?』

 福音は反撃を経過しつつ漂う煙へと近づく。

 反撃する力が残っていない事は分かっているが、それでも攻撃に備えることに間違いはない。

『…………!?』

 しかし、次第に消えていく煙から放たれたのは攻撃ではなく煙をかき消してしまうほどの白い光だった。

 一瞬、爆発かと思ったが爆発に伴う爆音は聞こえずパイロットが意識を保っていたのなら思わず眼を逸らしたくなるほどの眩い光が空と海を照らす。

「……本当に白式にはいくら感謝しても感謝しきれないぜ」

『迎撃目標―――第二形態への移行を確認!』

 眩い光が収まる中で一夏は箒を抱え変化した白式を見つめる。

 

 ――白式第二形態『雪羅』

 

「一夏……これは」

「聞かないでくれると助かる、俺にもよくわかんねぇからな」

 ハイパーセンサーに映る白式のスペックデータ。

 主にウイングスラスターの大型化と左腕に増設された新装備『雪羅』が顕著な変化だが、自分のみと箒を護ったのは『雪羅』の防御形態、その機能である『零落白夜』のシールドのお陰だった。

(これなら福音の射撃攻撃を完全に無効化できる、だけどもうエネルギーが……)

 箒を救い窮地を脱するために『白式』が第二形態移行という奇跡を起こしてくれたというのに……状況は好転していない。

 『白式』のエネルギー残量は既に警告アラームが鳴り響き抱きかかえる箒は『紅椿』を維持するだけのエネルギーもなく生身だった。

(どうする……せめて箒だけでも逃がせれば……)

 一夏は抱える箒の体温と胸の鼓動に表情を曇らせる。

 ここで一つでも判断を間違えれば箒は間違いなく死ぬ、その事実に箒を抱きしめる腕に

力が入る。

「一夏、私の事は気にするな。今ならお前だけでも福音を止められるかもしれん」

「馬鹿な事言うなっての! お前の言う通り福音と止められてもお前が傷ついたら、死んじまったら俺の闘う意味が無くなっちまうんだよ!!」

 護るために力を求め、助けるために剣を握っているのだ。ここで箒を見捨てるという論外な選択肢は最初から自分の中にはない。

 一夏は『雪片二型』を片手で構え福音と対峙した、彼の頬には滝のような汗が流れ落ち呼吸も次第に大きくなっていく。正真正銘、自分のもてる全てを懸け一撃で仕留めるため一夏は福音の一挙一動動きの全てに集中し反撃のチャンスを伺う。

 福音も一夏と『白式』の想定外の形態移行に臆したのか動きを止めていた――

 

 

…………ォォォォォン

 

 

『――――――――――――――――――――――――!!!』

「何だ!?」

 ハイパーセンサーを通してノイズのような小さな音が一夏の耳に届き、福音もその音を拾ったのか音の発生源に向かって体勢を変えた。

「あれは……黒い、柱……いや光か!?」

 一夏は突然の警報とハイパーセンサーを通して見る事が出来た蒼い空へと立ち上る黒い光に眼を奪われる。箒も一夏の腕の中でその映像を見ていた。

 そして、両名のハイパーセンサーに映し出された索敵情報がこの流れを一気に変える。

 

 

『――――花月荘、周辺領域に造林された森林区域から超高エネルギー放出確認

 

 ――――エネルギー源 第二世代支援交戦型『打鉄・天魔』

 

 ――――単一能力『一騎当千』 シンクロ率臨界点突破・他ISとのコアネットワーク

                のリンクを許可及び単一能力の一時完全解放を確認

 

 ――――シールド・エネルギー 『敵』物理攻撃により低下中

 

 ――――稼働限界まであと三分十二秒                    』

 

 

「皇が、闘っている……のか?」

「あ、ああ。そうみたいだ……でも、一体誰と――――!!」

 一夏と箒が索敵情報に気をとられていた間に福音がウイングスラスターを羽ばたかせる、その姿に二人はまたあの激しい攻撃が来るものと身構えたが福音は一夏達に攻撃することなく急上昇し高度を上げる。

「まさか、逃げる気か!?」

「まずいぞ、ここで逃がしてしまえば次のチャンスは――」

 福音の逃走という最悪に近い作戦結果に狼狽する箒の予想した通り福音は一夏達との戦闘を中断し封鎖海域を離脱してしまった、『白式』が第二形態に移行したとは言えエネルギーは殆ど残っておらず追いかけることはできない。

 ここに福音撃退、操縦者救出作戦はそのどちらも完遂することなく失敗に終わった。

「くっそ! だけど響の方も放っておくわけにも……とにかく、響のところへ――」

『その必要はない』

「千冬姉!」

 福音を取り逃してしまった今もう追いかける事はできない。

 しかし、今何が起きているのかは分からないが響のところへ向かう事は出来る。その途中で箒を安全な場所へ降ろし一刻も早く加勢しなければ。

 そんな考えを巡らせていた一夏を通信回線越しに千冬がと止めた。

『今、デュノアとボーデヴィッヒを皇の元へ向かわせた。一夏、お前は箒と一緒にそこで待機していろ。迎えにはオルコットと凰を向かわせた』

 一見冷静な対応を見せる千冬だったが本人も気がついていないのか一夏を『織斑』とは呼ばず名前で呼ぶ……それは彼女が不測の事態に冷静さを欠いていることを示していた。

「何が起きたんだ? 何で響が闘ってるんだよ!」

『わからん、こちらもすぐに皇と通信を試みたが何者かによって妨害された、しかもご丁寧に通信だけでなく戦闘が起きている森林一帯の映像解析も出来ないようにな』

「そんな……」

「一体だれがそんな事を……」

『今言ったはずだ、わからんと……お前達はオルコット達と合流しだい帰投、旅館で待機だ。二人ともすぐに戦線に復帰できるだけの余力はない、いいな』

「はい……」

「……了解しました」

 一夏はエネルギーの消費を押さえるべく箒を抱えつつも海面へと静かに降下する、高い高度を維持するだけでもそれなりに消耗する上に途中でエネルギーが切れてしまえば高い場所から海面へ落ちる事になる。

「……皇は無事だろうか」

「わからない。だけどラウラ達が加勢に行ったんだ、きっと大丈夫だって」

 その言葉は箒を安心させるためのものだったかもしれない、それでもその言葉は一夏自身も自分に向けたものでもあった。

 ……空に立ち上った黒い光を見たときから変わらず胸の奥で蠢くように大きくなる不安を消し去るために。

 

 

 

 

 一夏と箒が通信回線を通している帰投を命じられていた頃、シャルロットとラウラは旅館から少し離れた場所にある森林区域へと到着していた。

 それは一夏達と福音の闘いを見守る中で突然作戦室の大型モニターへ映し出された響の単独行動及び謎の敵性反応との戦闘、千冬を含めその場にいた全員が驚愕の表情を浮かべたもののすぐに対処するべく残っていた四人の中で即時連携が出来るシャルロットと軍における実戦経験のあるラウラが選ばれたのは当然と言えば当然かもしれない。

 しかし――

「何……これ……」

「…………見たままを言うのであれば、ここはさっきまで紛れもない戦場だった」

 シャルロットとラウラの眼に映ったのは緑豊かな森林ではなく、凄まじいほどの戦闘行動によって残された破壊の波紋。

 立ち並ぶ木々は一本残らず折れ、猛狂う炎に灼かれ木が根を張っていた土ですら焦げていた。そして、地面にまざまざと見せつけるように残る巨大な斬撃の後……、空高くから見たとしても分かるほどに大きく深く刻まれたそれは規模と威力こそ桁違いではあったが響がラウラとの闘いで見せた剣戟射出機構『断空』のものだとわかった。

 焦土と化した森、その光景を一言で現すならそこは地獄だった……。

「ひ、響は? 響は何処! ここに、ここにいたんだよね? ここで闘ってたんだよね!?」

 シャルロットは辺りを見回して見るも響の姿を見つける事が出来なかった、その焦りが彼女の不安を一層引き立てる。

「響! 響!? 何処にいるの、返事をしてよ!!」

「落ち着けシャルロット! まだ近くに敵がいるかもしれぬのだぞ!」

 ラウラは周囲に警戒しながら焦るシャルロットを宥めた。

「で、でも――」

 それでも冷静にないシャルロットはラウラにくってかかろうとしたとき、二人の耳に小さな声が届く。

「………………か…………の? …………やく、……ちか…………達………………」

「この声! 響、何処にいるの!?」

「発信源は――あそこだ! あの焼けた木々が積み重なっているところに皇がいる!」

 二人は少し離れた場所に瓦礫の如く積み上がっていた木々へと駆け寄り急いで撤去していく。

「響!!」

 シャルロットは焼け焦げた木の下敷きになっていた響の姿に声を上げる、打鉄はまだかろうじて展開されていたが彼は酷い傷を負っていた。

 重要な血管を傷つけたのだろうか、額から止め処なく流れ出る血は顎を伝い土を濡らし既に血だまり。身体には切り傷と火傷が幾つもつけられ右腕は左足はあり得ない角度に折れ曲がっている……。

「……はぁ……………………はぁ……はぁ…………」

 響の傷ついた身体を押し潰すように乗っていた瓦礫を退けても響の呼吸は弱まる一方だった、おそらくISスーツに隠れている箇所にも何かしろのダメージを受けているだろう。

 木の下敷きになっただけでは到底つく事のない傷、ラウラ戦の時でさえここまでの重傷を負う事はなかった。今のシャルロット達が確実に理解できたのは響が闘っていたのがISのシールド防御をいとも容易く突破する事の出来る強力な兵器を有した何か。

 それも福音よりも高性能な機体……としか答えを見つける事が出来なかった。

 いや、シャルロット達だけではない。この現状をみてたった一人の、それも生身の人間が代表候補生ではないとは言えIS操縦者を『無傷』でここまで瀕死の状況に追い込んだとは思いもしないだろう。

「響、もう大丈夫だよ。すぐ手当てするから!」

「しかし、ここでは応急処置が限界だ。教官に救護班の準備を要請しておくぞ」

「うん、お願い!」

 響の手当をしようと俯せになっている響を仰向けにする、その際の僅かな振動で響は声をもらす。

「ぐっあ! ……く……ぅ……」

「響、痛いかもしれないけど我慢してね」

「……だ……れ……ど……、より…………二人…………へ……はや……く……」

「どうしたの、何か伝えたいの?」

 シャルロットは救急セットを取り出しさっそく応急処置に取り掛かろうとするも手を止め弱々しく何か喋っている響の口元に耳を近づける。

「……誰かわからないけど、おれ……より…………他の二人……があぶない……です。だから……早く……とこ……」

「大丈夫、大丈夫だよ! 二人は無事だよ!!」

「おれ……大丈夫……だから、一夏達……の……ところへ」

 シャルロットの声が聞こえていないのか響は一夏と箒の下へ向かうようにとうわごとのように繰り返した。その緋色の瞳にシャルロット達の姿を映しならも何処か虚ろだった。

「出血が多いせいで一時的に眼が見えていないようだ。それに意識も定まっていない」

「救護要請の方は!?」

「既に準備を開始しているとの事だ、皇がこの状態ではここで応急処置をするよりも一刻も早く旅館に戻り医師に診せた方が良いだろう」

「うん、わかった!」

 少しの振動でも痛みに表情を曇らせる響になるべく負担を掛けないようシャルロットは慌てずしかし迅速に響を抱きかかえる。

「っぅ!」

「ごめんね、響。でもすぐに手当てしてもらえるから」

「…………シャ……ル……?」

 シャルロットに抱きかかえられた際の痛みで意識がはっきりとしたのか響はかすれた声で彼女の名を呼んだ。

「そうだよ! 助けに来たから、もう安心だから」

「……一夏……達は……? 二人が、あぶない……」

「一夏達も大丈夫だよ。今セシリアと鈴が迎えに行ったから、だからもう喋っちゃダメだよ」

「……そっか……一夏達は……無事なんだ、ね……よか――――ゴホッ!」

 一夏達の安否に安堵の言葉を溢すと同時に大きく咳き込んだ響。

 咳き込むと同時に口から大量の血を吐き出してしまい、その血がシャルロットの顔を朱く染める。

「ひ、響!!」

「まずい! 内臓もやられているのか!!」

「だい……じょうぶ、だから……しん……い……な……いで……」

「喋らないで、喋らなくて良いから!」

 シャルロットは自分の顔についた吐血を拭う事なく響に声をかける、喋る度に響の呼吸が弱くなっていく。

 ラウラの言う通り内臓にもダメージを負っている、吐血した事から肺か食道……胃に深刻なダメージを負っているのは間違いない。

 自分を心配しているシャルロットに心配を掛けまいと懸命に喋ろうとする響の姿にシャルロットの大きな瞳から涙が流れ響の頬に落ちた。

「……? ……ない、てるの? ……泣かないでよ、シャル。おれは……だいじょーぶ……だか………………ら………………」

 泣いているシャルロットの表情は見えないものの響は泣きやませようとまた言葉をかける。だが、その声は途切れ途切れで次第に弱くなっていく。

 まるで微かに揺らめいている灯火が静かに消えていくように。

「響? 響! しっかしして、寝ちゃダメだよ!!」

 気をうしないかけている響に大声をあげるシャルロット。

 普段の彼女なら取り乱す事なく意思確認をしていたはずだ。いま、それが出来ないのは大切に想っている響が死の淵にむかっているせいなのかもしれない。

「急ぐぞシャルロット、このままでは危険だ!!」

「う、うん!」

 シャルロットは響を落とさないようしっかりと抱きかかえ敵の攻撃を警戒しながらも先行するラウラの後を追いかけ空へと飛び上がる。

「響、やだよ。死んじゃやだよ!」

「………………」

 シャルロットの悲痛な願いに返事を返さない響、それは完全に気を失った事を示していた。

 こんなに、こんなに近くにいるのに遠く感じる。

 響がどんどん遠くに行っちゃうそんな嫌な感じが強くなってく。

「僕を……僕を一人にしないで、響っ!」

 シャルロットは涙を流しながらも必死に嗚咽を堪え響を抱きしめた。

 傷口から流れ出る血を止めようと、遠くに行ってしまわないようにと、すぐ傍に自分が居ると伝えようと……そうする事しかできなかった。

 

 




 久しぶりの投稿、申し訳ありません!!
 今回、投稿した割には短い感じになってしましました~。
 キャラクターさん達の視点をどう書くか迷った末に時間ばかりが掛かってしまいましたが何とか更新出来ました。
 次は今回よりも間が空かないようにしたいなと思いますが最近ラノベ投稿の方に力を入れております。更新速度が落ちるかもしれませんが完結まで気長にお付き合いいただけたら幸いです<(_ _)>


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第二十一話 まだ見えぬ真実は誰が為に・・・・・・

 

 

「………………」

 ……眼を開いたとき最初に見えたものは血のように赤い、赤い空。

 眼に見える全てが、空と大地を分かつ様に隔てる地平線のその先まで赤い。

 見ているだけで喉の奥から何かがこみ上げてくる。

 血のように赤い世界に吐き気を感じ胃の中のものを出してしまいたいのか、それともこの何処か暗さを感じさせる風景に恐怖し悲鳴をあげたいのか……それとも胸の中で蠢く黒い何かを解き放ちたいのか。

「……よく、わかんないや……」

 響は何処にいるのかも分からない赤い世界で小さく息を吐いた。

「……一夏達は無事なんだよね?」

 ため息と共にでたその呟きを聞く者は誰もいない。

 しかし、天才と名高い篠ノ之束が響達の前に現れ箒に世界でたった一機しかない第四世代のISを渡しその直後に福音の暴走事件……響でなくともたった一日の内に起きた事柄は疲れ切ってしまうだろう。

 目まぐるしい一日と言えばただ忙しいだけに聞こえるが実際には自衛官でも軍人でもない一人の少年が過ごす一日としては異常、その異常さを理解できるのはほんの一握りだろう。

 そんな中でも響は自分が置かれた異常なこの現状よりもここにいない一夏やシャルロット達の心配をするのだった。

「……あの子は、大丈夫かな…………思い出せないな~」

 束との闘いの最中、気を失いそうになっていた自分の前に突然現れた小さな子供。

 あの危険きわまりない戦場で泣いていた少年は響の前で泣いていた、その光景が強く頭に残っているというのに響は子供を逃がそうとした後の事を全く憶えていないようだった。

「……最後に見たのシャルだったけどもう泣いてないよね~……、シャルが泣いてたのは驚いたけど来てくれたならあの子もきっと大丈夫」

 自分の目の前に現れた子供の安否を知る術はない、それでも響はあの場に駆けつけたシャルロットが無事保護してくれたはずだと何とか納得する事にした。

「それにしても……身体が動かないや、これって金縛りなのかな~?」

 響はただじっとこの世界の空を見上げていたわけではない、何度か身体を起こし周囲を歩き自分が置かれた状況を確認しようとしたのだ。だが、すぐ行動に移ろうとしたとき足は愚か手すら動かないことに驚いたのだ。

 動くのは肩から上、つまり首と瞼と口だけ……そんな状態では当然何も出来ない。

「う~ん、これって夢なのかな? 夢なら早く覚めて欲しいな~、早く一夏達に束さんのこと伝えなきゃ…………」

 響は眼を瞑り起きろ起きろと念じるがふと脳裏に千冬の事が思い浮かんだ。

「伝えなきゃ……いけない事なんだよね」

 今回の福音暴走事件の首謀者は篠ノ之束である事に間違いはない、現に彼女は響に自分が犯人である事をつげ福音を使って一夏と箒と闘っていた。

 その事実は変わりようがない、変わりようがないからこそ響はこのことを千冬に知らせる事を迷った。

 何故なら、この事が千冬だけにではなく世間に知られれば束だけでなく妹の箒や幼い頃からの親友である千冬と一夏の立場も危うくなるかもしれない。その上『紅椿』を渡された箒は共犯者と疑われてもおかしくない状況に置かれている。

 そうなれば無実である事を知っている、信じるであろう一夏達は確実に政府関係者と敵対する事になる。そうなれば今度は箒と一夏を護ろうと束がどんな行動に出るか分からない。

 分かっている事があるとすれば篠ノ之束を敵にしてしまえば間違いなく世界は壊滅的なダメージを受ける事になるのは間違いないだろう。

 そうなってしまえば束を止める事が出来るかもしれない千冬にどんな『命令』と言う名目の脅しが掛かるか分かったものではない。

「……どうしら、いいのかな」

 響は自分が知る事の事実を千冬に伝えるべきか、否か……ただ一人相談できる相手も居なく自分が取るべき行動を、出すべき答えになや――――

 

 

 

 

「自分を傷つけた相手の事も気遣うなんて、アナタは本当に優しいのね」

 

 

 

 

 ――響しか居なかったはずの赤い世界に凛とした声が響いた。

「えっ?」

 その声に響は思わず声を洩らしながら声が発せられた方向に顔を向ける。

 そこに立っていたのは落ち着きに満ちた一人の女性……、この暗い世界でも艶やかな質感を失わない長い黒髪、つり目がちな黒い瞳には憂いが感じられ身につけているのはまるで研究者を思わせる汚れ一つ無い白衣。年は二十代後半と言ったところだろうか……相反する色を纏いながらも調和の取れた風貌に響は言葉を失う。

「…………あの、貴女は~……?」

「ワタシがアナタと直接話すのはコレが初めてだけれど……、今の『私』の姿を見ても思い出さないのはカノジョが優秀だったとお礼を言うべきなのかしら」

「貴女の姿? 彼女? 一体何を??」

「思い出せないのなら良いの、むしろ思い出して欲しくないもの。たとえ『過去』を、『本当』を取り戻す事が出来るとしても……アナタがそれを望んだとしても、ね」

 白衣姿の女の凛とした声が僅かに震える、黒い瞳に映る哀しみも一層色濃く……今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。

 彼女が言う過去と本当がいったい何を意味しているの、この時の響は状況について行けず聞き逃したのか彼女に気配っていた。

「あの、大丈夫ですか~? 何処か具合が……」

「ワタシの心配はしなくて良いわ……ところで自己紹介がまだだったわね、立てる?」

「それが身体が動かなくて……金縛りに遭ってるみたいで~」

「そう……ならワタシが起こしてあげるわ、響」

「いや、だから金縛りがですね……って何でおれのなまえ――」

 女は未だに寝そべっている響の手を掴みゆっくりと起き上がらせる。対して力が込められているようには見えなかったが響の動かなかった身体を苦もなく掴み起こし響を立たせた。

「あ、あれ~? さっきまで全然動かなかったのに、何で?」

「フフ、当然よ。だってワタシはアナタを助け、アナタの力になるために居るんだもの。これくらい出来なきゃね」

「へっ? おれを助ける?」

「そうよ」

 女は未だ自分が言っている事を飲み込めず混乱している響の頭を優しく撫でながら自分の名を明かした。

「ワタシの名前は『天魔』、第二世代支援交戦型IS……アナタの専用機だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

「山田先生、福音は?」

「……閉鎖している海域内で停止しています」

 モニターに移った『福音』の現在地を示す印は同じ場所で点滅し続けている。

「皇の容態と、ご家族への連絡は?」

「はい、皇君の治療は無事完了したとの事です。しかし、外傷よりも内臓器官に受けたダメージの方が深刻で今も……眼を覚ましてはいません。ご家族への連絡も正体不明の敵対勢力の所在が確認できないとの事で皇君の事は何も伝えられていない状況です」

「そうか」

「……本部はまだ私達に作戦の継続を?」

 普段から温厚な真耶であるがこの時ばかりは怒りと偽心を隠せなかったのか批難めいた声音で千冬に問いかける。

「解除命令が出ていない以上、継続だ」

「ですがこれからどのような手を!? 暴走した福音だけでも手に余る状況で皇君を狙った敵にどのように対処するのですか! 今の戦力ではとても……っ」

 福音と正体不明の敵対者に対してこちらの主な戦力は代表候補生の一夏達だけ、海上を封鎖している以上は彼等を上回る実力をもつ教員達からの援護はない。

 此処にいる千冬と真耶も現場の指揮をする為動く事は出来ない、出来たとしてもこの臨海学校の授業で持ち込んだ訓練機の大半は海上の封鎖に使われている上に生徒達を護る為の機体も必要、はっきり言って攻撃戦力として出す余裕はない。

 その上、真耶ならば使用可能でも千冬の動きに耐えられる事が出来るISは現段階ではこの場にないという事実もある。

(……あの時、皇を一人にした時点で後手に回るしかなかったと言う事か)

 福音に対する作戦を立てた時、束と言い争い様子がおかしかった響に付き添いをつけるべきだった。それならばこうも追い詰められた状況にはならなかったかもしれない。

 千冬は胸のまで腕を組みながら歯を食いしばった。その時、控えめなノックの音がこだまする。

『失礼します……』

「誰だ?」

『デュノアです』

「待機といったはずだ。入室は許可できない!」

 答える間も千冬はモニターからは目を離さない。そんな彼女の胸の中で自分外いる以上何とか出来る……そんな慢心への後悔は誰にもわからなかった。

 

 

 

 一夏、箒、シャルロット、鈴、セシリア、そしてラウラは作戦本部の目の前にいた。

 今さっき入室を断られ、どうしようもなく立ち尽くす。そんな六人の焦りと不安は増すばかりだった。

 柱に背を預けて、目をつぶっていたラウラは静かに口を開く。

「此処は教官の言うことを聞くべきだろう」

「でも……! 先生だって響の事が心配なはずだよ!」

 ラウラの意見に対し、シャルロットが反論する。

「皇さんはまだ目覚めていらっしゃいませんのに……」

「手当ての指示を出してから、一度も様子を見に行ってないしね……」

 医療班の適切な処置で響は何とか一命をとりとめたものの、依然意識がもどらない。

 千冬も作戦室にこもり、全く出てくる気配がない。

 シャルロットでなくてもラウラの言葉に意見を言いたくなるのも当然だった。

「教官だって苦しいはずだ。苦しいからこそ、作戦室にこもっている。皇を見舞うだけで、福音が倒せるとでも? しかも皇を襲った敵の詳細も分からない以上、我らにはこうして次の指示を待つしかできないのは……事実でしかない」

 ラウラの言っていることは正しい。正しいが……五人は言い返す言葉が見つからず、視線を落とす。

 その中でもこの旅館で待機組になっていたシャルロットやラウラ達だからこそ次の指示まで万全の状態で待つという冷静な判断と心のままに福音と未確認の敵へと打って出たい……その葛藤は福音と闘っていた一夏と箒よりもずっと強いものだった。

 しばらく黙っていると、すっと響が眠っている部屋がのふすまが開き、白衣を着た女性が出てきた。

 その姿を眼にしたときシャルロットは誰よりも早く医師と思われる女性に声をかける。

「す、すみません!」

「はい?」

「あ、あの……響は……」

「あなたたちは? あの子の友達?」

「は、はい。そうです……それで響は……?」

 とたんに女医の顔が曇る。いい答えが返ってこないのは容易に想像できた。

「右腕と左足の骨折、肋骨も三本折れてる。正直外傷の方は治療用ナノマシンのおかげで命に別状はないわ。ただ……」

 どんどん声がくぐもっていく。聞いている六人は息を呑み説明を待った。

「ISの事は専門外だからよくわからないのだけど治療する上で最低限必要な情報だった『シールド防御』によるダメージ軽減機能と『絶対防御』による操縦者の安全確保機能に関しては説明を受けたから言える事だけど……今回の場合、『絶対防御』が発動してくれていた方がよかったわ」

「それは、どういう……事ですか?」

「診察した結果としては腕や脚にを折られる前か後かまではわからないけれど……頭と腹部の傷の方が危険ね。内臓系に深刻なダメージを与える攻撃であればあそこまでダメージが蓄積する前に『絶対防御』が発動していたはずだと思うの」

「それは皇が絶対防御機能をカットしていたという事ですか?」

 ラウラは女医の言葉に眉を寄せた。

 『絶対防御』システムはその機能上システムを意図的に切る事は出来ない、一夏がゴーレムとの闘いで見せた零落白夜の規格外発動と似たようなものなのだろうがそれでも致命傷を受ける攻撃に対する機能制御を響が出来たとはとても考えられなかったからだ。

「あの傷ではそう推測するしかないのだけれど……とにかく、結論としてはそのせいもあってより厳しい状況に追い込まれたのは間違いないわ」

 女医は閉めた襖の向こうにいる響を見るように顔を向ける。

「一応、作戦開始が決まった時点でこの旅館には大学病院と同じくらいの設備が準備されたわ。今後お友達の状態が急変しても対応できるよう準備はしておくけれど……このまま眼を覚まさないようなら、覚悟を決めたほうがいい」

「覚悟……ですか」

「ええ」

 その言葉は響の命は尻すぼみに消えるしかないと言われているのと同じだった。

 突然の死刑宣告と言われてもおかしくない……そんな状態にまで響は追い込まれていた。

「意識が戻っても予断を許さない状態だけどこのまま眠り続けるよりはよっぽどいいわ……あなたたちみたいな若い子にこんなことを言うのは本当に嫌なんだけど、私達に出来る事はちゃんと手を尽くしたわ……あとは、神様にでも祈るしかない。医者としては情けない限りだけどね」

 そう言って女医は白衣を翻してその場を後にした。

「……響」

 祈るしかない、そう言われたときシャルロットは両手で口元を覆った。

 あの屈託のない、人懐っこい笑顔。たまにイタズラっぽい笑顔も見せる、あの少年が死にかけている。

 信じられなかった。

 信じたくなかった。

 昨日まではあんなに元気で、今日の朝だって呑気にあくびなんかしていた。

(なのに……どうしてこんな事になっちゃうのかな)

 女医が立ち去ったあと、残されたシャルロット達の沈黙は長く深く続いた。

 今何をすべきか、何が出来るのかを必死で頭を巡らせるシャルロット。

 そして、行き着く先は皆同じだった。 視線を交わせば、互いの考えが不思議とよくわかる。

 皆が無言でうなずいた。

 もしかしたら、この選択は間違ってるのかもしれない。本当なら響のそばにいるべきなのかもしれない。

 だけど、いてもたってもいられなかった。

「問題は福音の居場所、だね」

「うむ、こっちが福音と闘えばもしかしたら皇を傷つけた輩もこの隙を狙って姿を現すかもしれない」

 本当なら此処で戦力を分けたい一夏達だったが福音との戦力差を考えるとそれはできない、ここはあえて全員で打って出る事で響よりも福音を優先していると思いこませ千冬達に対処してもらう方がこの状況を打破する事ができる可能性は増す。

「とはいえ闘おうにも居場所がわからないのでは打つ手がないな」

 六人の心に闘う意志があっても行動を起こす事ができないのではどうしようもなかった。

「……命令違反は感心せんな」

「千冬姉!」

 いつの間にか姿を見せたのか思い悩む一夏達の後ろに千冬がいた。

「どうせお前達の事だ、黙って行くつもりだったのだろうが……私がさせるとでも?」

 鋭い眼光を放つ瞳を向ける千冬の言葉に一夏達は一瞬息を呑んだ。しかし、それでもシャルロット達は千冬から眼を反らす事はなかった。

「すみません、織斑先生……」

 シャルロットは千冬の前に立ち今考えている事を伝える。今から向かう場所は命がけの戦場である事は分かっていた、何より自分の手で響を護りたくてもその役目を残った者達に任せるしかない現状で自分がすべき事をやりきるしかない事も。

「僕は福音と闘います。本当は此処に残って響を護りたいです……でも、それじゃ響を狙った敵の正体を掴む事が出来ません」

 理由は分からないが響は束と言い争った後、部屋には戻らず旅館の外へと森へと向かった。

 たった一人で居る時を狙われたのだ、ここには他の生徒とそれを護る千冬がいる。その時点で相手が動きをみせるかどうかわからない。しかし、現在最大戦力でもある自分達全員が福音の下へ向かえばその警戒を緩め動いてくれるかもしれない。

 出来る事なら響への危険を少しでも早く取り除きたい今、このなんの意味もない自分達の暴走にも見える行動が必要だとシャルロット達は確信していた。

「……福音の下へ向かい勝てたとして、それでも何の収穫も無かったらどうする?」

「助けます、響が僕を助けてくれたように……今度は僕が響を助けます!」

 父の呪縛に縛られ母を失った悲しみに打ちひしがれていた自分を救ってくれたのは響だった、自分が嘘をついていた事を咎めるのではなくこれから自分がどうしたいのかを聞いてくれた。

 シャルロット・デュノアとして自分を見てくれた。一人の女の子として見てくれた、たったそれだけの事なのに心を埋め尽くしていた後悔、無力感、怒り、悲しみ……そんな負の感情に染まっていた心を照らしてくれるような笑顔を見せてくれた。

「僕は……響に笑っていてほしい、だから……」

 シャルロットは揺るがない決意を言葉に託し千冬の言葉を真っ向から受け止める。

「僕は助けるだけじゃなくて護ってあげたいんです」

「俺達も行くぜ、響には助けてもらってばっかりだからな……今度は俺達の手で助けてやりたいんだよ!」

 一夏の言葉に賛同するように箒達も頷く。彼女たちは何も喋らなかったが響の為に闘う気持ちは一緒だった。

(皇はいつだって力のあり方を示してくれていた、なのに私は力を手にして過ちを侵しかけた……そうならないように言葉をかけてくれていたのに)

(何度も助けてもらいましたもの、そろそろこちらが助ける番ですわ!)

(あいつは一人で抱え込みすぎなのよ、たまにはあたし達が頼りになるって事を教えてやらないとね!)

(私の暴挙を止めた礼はまだしていなかった……今がその時だ)

 シャルロットや一夏達の決意が宿る眼を見た千冬は小さくため息をついた。

「……どうしても行くというのなら、作戦を立ててからにしろ」

「千冬姉!」

「六人がかりであれば福音の撃破と操縦者の救出は十分可能だ、それに福音と闘っているお前達を餌に隠れている敵をあぶり出すチャンスを作れる事も確かだ」

「それじゃ!」

「作戦会議だ、中に入れ」

 

 

 

 

 

「――――――あ、あの……もう一回言ってくれますか~?」

「ええ、ワタシの名前は『天魔』よ。普段は打鉄と呼んでいるから違和感があるかもしれないけれど今度からはそう呼んでくれると嬉しいわね」

「じゃ、じゃあ本当に貴女がおれの専用機の?」

「そうよ、まあ……そうは言っても信じられないでしょうけどね」

 自分の言葉を理解しききれず驚きと戸惑いの表情を見せる響に天魔は小さく笑みを溢す。

「まだワタシのことについて頭も心も整理できてないだろうけど時間もないし本題に入るわね」

「本題?」

「ワタシの姉と妹達に危険が迫ってるの……それとパートナーでもあるアナタのお友達にもね」

「天魔の姉妹さんにおれの友達って……まさか!?」

 さっきまで呆けていたというのに響は天魔の言う友達に迫る危険という言葉に表情を一変させた。

(此処がどこだかわかんないけど早く一夏達のとこに、シャルのところへ戻らなくちゃ!)

 この血のように赤い世界が何かは分からない、天魔の言う彼女が自分の専用機であることや姉妹に友達……混乱している頭では全部が全部理解できたわけではない。

 それでも友達がなんなのか危険がなんなのかだけははっきりと分かった。

「福音を操って束さんが一夏達を襲おうとしてるの!?」

「ええ、おそらくカノジョはまだ目的を果たしていない。それが何なのかは分からない、でも何らかの目的を達成するまでは何度でも今日と同じ事をするでしょうね」

「そんな……篠ノ之さんは血の繋がった妹なのに、一夏だって大切にしてるのに。どうして、どうしてこんなこと!」

「アナタで分からないのならワタシにも分からない、ワタシが知っているのはアナタに関する事だけだもの」

「…………おれの事?」

「そうよ」

 響の頭を撫でていた天魔はその手をおろしそのまま右肩に手を添え、反対の手も彼の肩に添える。そして響と目線を合わせるように地面に膝を付いた。

 着ている白衣が土で汚れてしまうのも構わずに。

「ワタシは……どのISよりもアナタと早く出会い、別れ、そしてこうして再開した。でも、アナタと離ればなれになっていた間もワタシはカノジョの元でアナタを見守り続けた」

「おれと会った事があるの? どのISよりもはやく? カノジョの元でってどう言うこと!?」

「……………………」

 響は困惑した表情を浮かべながら天魔を問いただしたが彼女はその質問に答えようとはしなかった。表情にも再び苦悩の色が浮かぶ。

「……お願いだよ」

 天魔は自分の知らない、覚えていない事の全てを知っている。

 束と出会ったときの事も、それを含めた自分が忘れてしまった過去を……その過去に隠された重大な何かを。

「知ってるなら教えて、何でも何でも良いんだ。おれの事を、束博士の事を知っているなら何でも良い! 教えて、教えてよ天魔!!」

 響は自分の肩にのる天魔の手を掴みこの不可解な事ばかり起こる現状を、解消できない不安をかき消そうと懇願するように天魔に頭を下げる。

 言い表せない不安が、束と『再会』してからずっと胸の奥で蠢く暗い感情が束を危険だと警告している。それと同時に一夏達にせまっている危険をどうにかしなければならない……不安と焦り、二つの感情が響の心を焦燥で満たす。

「……それは――――――っ!」

 焦燥に震える響の姿に天魔は躊躇いがちに口を開き言葉を紡ごうとしたがすぐに息を呑んだ。

「……天魔?」

 まるで何かに遮られたかのように声が止まった天魔に気づき響は顔を上げた。

「これ……って?」

 顔を上げた響の眼に映ったのは小さな光、それは一つだけではなく全部で六つ。

 汚れのない純白、鮮やかな紅、空を思わせる蒼、花のような淡蘇芳、揺らぎのない黒……そして太陽の柔らかな陽光を思わせる日色の光。

 そんな小さな光達が響の周りをつかず離れずといった様子で漂い続ける。

「『一騎当千』でコア・ネットワークを繋げて情報を渡してもらっていたけれど……意識だけとは言え姉さん達が響とワタシの深層世界に直接来たってことはもう時間がないみたい」

「姉さん達って……もしかしてこの光が一夏やシャル達のIS?」

「詳しい説明は省くけどそうよ」

「これが……白式やリヴァイヴ……?」

『『『『『『――――――――!』』』』』』

 自身の色を鮮やかに纏う小さな光、白式達は響周りをせわしなく動き回る。

 響の周りをグルグルと飛び回ったり上下に撥ねたり、それは響に何かを伝えようとしているように見えた。

 そんな中でリヴァイヴであろう日色の光がそっと響の目の前にまで浮かび上がる。

「な、何?」

「触ってみて、そうすればあの子達がどういった状況か直接理解できるはずよ」

「う、うん!」

 響は天魔の言う通り自分の前でふよふよと浮かぶ光を急いで握りしめる。

 だが、握りしめると言っても力強く拳を作るような要領ではなく脆く壊れやすいガラス細工を手の平にのせるように優しく包み込む響。

「――――!!」

 その瞬間、響の脳内にリヴァイヴがシャルロットの視点で見ている光景と独自に分析している戦況の情報が映像として一気に形となる。その奇妙な感覚に響は眼を閉じて意識を集中する。

 リヴァイヴが響に見せたのは福音と闘う一夏達の姿だった、そこに映った福音は背にエネルギー状の光翼を背負い、一夏達も六人がかりでも挑んでいるというのに苦戦している。

(これが第二形態への移行! 福音だけじゃなくて一夏の白式まで? それに『絢爛舞踏』って紅椿の単一能力の発動、稼働率四十二パーセントって……)

 頭の中で闘いの過程と結果が目まぐるしく流れ続ける中で響はその濁流とかしている情報の波を一つ一つを信じられない速度で理解していく。

「………………」

 その様子を黙って見つめる天魔の表情は何処までも悲しく、辛いものになっていく。

(一夏の白式、新しい装備が着いたみたい。雪羅なら福音の攻撃を全部防げみたいだけどエネルギーの消費が大きすぎて紅椿の『絢爛舞踏』をつかってもすぐに消耗しちゃう……篠ノ之さんも単一能力を使いこなせないみたい……このままじゃっ!)

 響は弾かれたように眼を開きリヴァイヴを包み込んだ手を開く。

「答えは分かってるけど、一応聞くわね……あの子達の所へ行くのね?」

「うん、みんなを助けに行くよ。おれなんかが行っても戦力にならないかもしれないけど……それでもここで黙って見ているより、何もしなかったっていうよりよっぽど良いもん」

 本当ならここで天魔に自分と束について知っている事を聞きたかった。

 でも、それよりも大事な事ができた今それを聞いている時間もない。ここで足を止めている間にも一夏達は命を懸けて闘っているのだから。

「どうすればここから出られるの?」

「簡単よ、普段現実の世界で眠るようにこの世界でも意識を沈めればいい。そうすれば眼が覚める」

「わかった」

 響は思いの外簡単な戻り方に安心しつつ眼を閉じる。

 立った状態とは言え響ならすぐに眠りに落ちる事が出来るだろう。

 眼を閉じ数秒が経ち、響の意識が消えそうになったとき天魔が響の頭を撫でる。

「……一方的に話すけれどそのまま眼を閉じて聞いて」

「……うん」

「アナタはワタシに聞きたい事たくさんあったと思う、でもそれはワタシが教えなくてもいずれアナタ自身がその答えに辿り着くわ。アナタが自分の為に闘い、誰かの為に闘い、その闘いの中で傷つき続ける事で。それがアナタの優しさで強さなのは認める、けれど誰かを護る為にワタシの力を使えば使うほどアナタは自分の中にある闇を――憎しみと向き合わなければいけなくなる。その原因を作ってしまったワタシがどうこう言う資格はないんだけどね」

「………………」

 天魔が自分に何を伝えたいのかは分からない。

 ただ分かったのは彼女の伝えようとしている何かが全ての元凶、篠ノ之束の暴走も自分が覚えていない記憶も全てが彼女だけが知る過去に見てきた今に繋がる。

 そして、求める答えは酷く重く黒い結末……それを自分が思い出してしまう事を何よりも恐れていることを。

 響は少しずつ薄れていく意識の中で天魔の微かに震えている声に耳を傾ける。

「きっと此処での事は殆ど覚えていられないと思うわ……でも、どうか……これだけは忘れないで」

「……?」

 震える声と共に天魔は眼を瞑る響を優しく抱きしめた。

(何で抱きしめられてるんだろ……でも、何か懐かしいな~。小さい頃、義母さんに……抱きしめてもらったみたいな……そんな感じがする)

 むろん響を抱きしめているのは義母である頼子ではない、響の精神世界の中で人の姿を模造した天魔である。それも夢と同じような世界で感じる温もりも幻に過ぎない。

 それでも響の心は落ち着いていた、これから命を懸けた戦場へと向かう事になるというのに何処か安らいだ表情を浮かべている。

「憎しみよりも先にアナタが与えられてものを、託されたモノを忘れないで……アナタの目の前に広がるものが前に進む事さえできない限りなく暗く深い闇だったとしても―― 」

 響の意識がこの世界を離れる事を示しているのか彼の身体が徐々に薄れていく、一夏達の危険を知らせにきた白式達もいつの間にか姿を消していた。

 あと数秒もしないうちに消えてしまう響を抱きしめ天魔は耳元で小さく、それでいて今までで一番はっきりとした声で最後の言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あの人達が残したアナタの道標となる小さな光を」

 




 またもや期間があいての投稿、申し訳ありません!!
 今回は主人公と天魔さん、シャルロットや一夏君達の視点をころころ変えてのお話になりますので読むのが大変かと思いますが何とぞ読んでいただければと思います<(_ _)>
 次回は、やっと福音戦のメインバトルのお話を手がけようと思います。
 オリ主の響君とシャルロットのイチャイチャはまだ遠く・・・・・・正直ストレスですがもう少しだけお付き合いくださいませw
 後書きも久しぶりなので長くなってしまいましたが感想と評価など頂けたら嬉しいかなと・・・・・・
 では、また次回のお話まで~ノシ


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第二十二話 共に立つ戦場

 

星の輝きが照らす空の下……。

 海上二百メートルの位置に福音が胎児のように膝を抱えその身体を丸くしていた。

『――――――?』

 何かに気づいたのか不意に銀の福音が頭を上げる。直後、超音速で飛来した砲弾が頭部を直撃、大爆発を起こした。

「初弾命中! 続けて砲撃を行う!!」

 福音から五キロほど離れた場所、そこには砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』を装備した『シュヴァルツェア・レーゲン』を展開しているラウラがいた。

 通常装備とは異なり八十口径レールカノン二門と遠距離からの攻撃を防ぐ為の物理シールドを展開……。

 対福音用の装備で固めたラウラは爆煙が晴れるよりも早く次弾を装填、続けて砲撃を放つ。

『――敵機Aを確認、これより排除行動に移る』

 しかし、ラウラの攻撃を察知した福音は煙の中から飛び出し放たれた砲撃を全て回避。ラウラへと接近していく。

(敵機接近まで残り四千……三千――――くっ! こちらの予想よりも速い!)

 ラウラは福音の予想を超える機動力に歯を噛みしめる、そんな中でも砲撃を続けているのだがラウラと福音の距離はあっという間に千メートルを切った。

 そして福音は後退しようとするラウラの首に手を伸ばし、あと数センチというところまで鋭い指先が迫る。

「やああああぁぁ!!」

 しかし、そこに急降下してきたセシリアがその右手を弾き、レーザーライフルで追撃を加える。

 強襲用髙機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備した『ブルー・ティアーズ』のステルスモードによる強襲攻撃、時速五百キロを超える速度からの精密射撃で福音を狙い撃つセシリア。

『敵機Bの確認、Aと共に排除する』

 が、なおも福音は主武装でもある特殊型ウィングスラスターによる持ち前の加速力を生かし、そのすべてをかわして上昇し迎撃態勢を整える。

「今ですわシャルロットさん!!」

 最高速下での攻撃をを避けられてはいるもののセシリアは慌てることなく射撃を続けステルスモードで上空に待機していたシャルロットに声をかける。

「了解! かかったね!」

 空高く舞い上がり回避を行った福音に、今度はシャルルが強襲をしかける。

 ショットガン二丁による近接射撃を背中に浴び福音は姿勢を崩す。

 体勢を崩した福音にシャルロットは得意の『高速切替』ラピット・スイッチによってアサルトカノンを呼び出し、更なる追撃をねらう。

 しかし、福音が光の弾丸を射出して応戦し始める。

 その弾丸を防御特化パッケージ『ガーデン・カーテン』を使い防御するシャルロット。

「悪いけどこのくらいじゃ落とせないよ!」

 福音の攻撃を凌いだシャルロットは再びアサルトライフルによる追撃を開始、ラウラとセシリアも物理弾、エネルギー弾と特性の異なる攻撃で福音を攻め立てる。

『……優先順位を変更、現空域からの離脱を最優先に』

 三人の射撃攻撃で消耗し始めた福音は自分にとって戦況が不利だと判断し、シャルロット達の弾幕が僅かに途切れた瞬間全方位にエネルギー弾を射出。その攻撃を避けたシャルロット達の間に出来た僅かな空間に最大加速で突入、強引に離脱行動を取ろうと――

 

「させないわよ!!」

「今度こそお前を!」

「逃がしはしない!!」

『――――!』

 

 ――した瞬間、海面が爆発的に膨れあがり水しぶきを巻き上げながら鈴と一夏、そして箒が姿を現す。

 ラウラから始まった一連の強襲、ステルスモードが使える事が前提とは言えここまで立て続けに奇襲行動をとった作戦はそう無いだろう。

「離脱する前にたたき落とすわよ!!」

 機能増幅パッケージ『崩山』によって増設された衝撃砲、計四門の砲口を福音に向け一気に不可視の弾丸を放つ鈴。普段の『甲龍』では考えられないだけ福音にも勝るとも劣らぬ数多の衝撃弾が一斉に福音を襲う。その弾幕に紛れ込むように『紅椿』を纏う箒と第二形態に移行した『白式』で突撃する一夏。

「ぜらああぁぁっ!!」

「はああぁぁぁっ!!」

 『零落白夜』を発動した雪片二型と雨月と空裂の二刀を持って福音へと肉薄、容赦のない斬撃を振るう一夏と箒。

『――《銀の鐘》最大稼働開始』

 鈴の圧倒的火力を持つ援護射撃とこの場のどのISよりも速い速度を出せる一夏と箒の息のあったコンビネーション攻撃で決まるかと思いきや、福音は銀の両翼を羽ばたかせエネルギー弾の一斉射撃により連携攻撃を阻止した。

 なおかつ三人の攻撃を防ぎきった直後にまた膨大な量の弾丸を射出し自分に接近していた一夏と箒目掛けて撃ち放つ。

「箒! 一夏! 僕の後ろに下がって!!」

「頼む、シャルロット」

「すまない!」

 エネルギー弾が二人に届く寸前でシャルロットは前に躍り出る。

 防御に特化したシャルロットが一夏と箒に代わり攻撃を防ぐ事で白式と紅椿のエネルギー切れを防ぐ。

 前回の闘いでも箒はエネルギーを使い果たし一夏も第二形態に移行できたとは言え僅かしか残らなかった、その失敗を踏まえて集団戦闘の利を活かし各自が自分の役割を決め担う事で福音と互角以上の闘いを可能としている。

「とはいえ、これはきついね」

「六人がかりでやっとってところだな」

「どうあっても長引けばこちらが不利になるのは変わらないようだ」

 福音の攻撃を防ぎながらもシャルロット達は冷静に戦況を見極める。

 確かに六人で闘う事で福音とも互角に戦えているのは間違いない。しかし、人数的に有利でも埋められないモノがあった。

 ――それはISのエネルギー総量の差。

 今までの闘いでより多くのエネルギーを攻撃と防御に使っているのは福音のほうだ、その事実が福音を確実に消耗していると感じる事が出来る。だが、それでも長期戦になれば先に動けなくなるのはシャルロット達である。

「何弱気な事言ってんのよ、あんた達は!」

「こうして闘う以上、わたくし達がすべき事は変わりませんわ!」

「それとも今更怖じけついたのか?」

 シャルロット達が福音の攻撃に晒されて身動きが取れない中、声を張り上げながら交互に援護射撃をしながら追いついてきた鈴、セシリアとラウラ。

「そんなわけないよ、この闘いは福音を止めるだけじゃない……響を護る事にも繋がってる闘いなんだから」

「ここで逃げるようなら最初からきてないって」

「ああ、何故なら私達は……」

 鈴達の援護によって一旦距離を取る事が出来たシャルロット達は鈴達に強気な言葉を返し、そして六人全員が自分達の頭上で銀の翼を広げる福音の姿をその眼に捉える。

「「「「「「大切な仲間を護る為に此処にいる!!」」」」」」

 福音を止めその操縦者を助け、そして何よりたった一人で絶大な力を持った暗躍者に立ち向かった友達を護る為にこの戦場へと来た……その決意は誰一人寸分の狂いもなく同じだった。

 今も眠りについている響を今度こそ自分達の『力』で護る為に……。

 

 

 

 

 

 

「代表候補生一同、福音との戦闘に入りました!」

「わかった。山田先生は引き続き織斑達から眼を離さないように、他の先生方はこの花月荘内部と周辺に設置した監視カメラの映像を常に確認してください。何かしろの異常、不審者がいればすぐに報告を」

「「「はい」」」

 一夏達が海上で福音と交戦する一方で千冬は旅館に残り同時進行している響の護衛似ついていた。

 響の護衛に着いているとはいえ未確認の敵をおびき出さなければならない為、福音の対処につきっきりという慣れない一芝居を打っている最中だった。

(一夏達が福音に向かったのはあくまでこちらの指示に従わず身勝手な判断による出撃……その対処にも手を拱いていると敵に思いこませれればいいが、さてどう動く?)

 福音の捕獲に失敗し焦る学園側、自分達の力を過信し暴走した生達への遅くなってしまった対処、通信回線を切り指揮をする事もままならないこの状況を……ここまでお膳立てをすれば暗躍者も動かずにはいられないはず。

(これで動かないのなら、目的は皇ではなく他にある事になる……もしそうなら皇を襲ったのも陽動と考えられるが……、どちらにせよ今は相手の出方を見てから動くしかないか)

 千冬は大型モニターに映し出される一夏達と福音の闘いを鋭い眼光で見つめる。

 彼女の眼に映るのはまだ十五、六になったばかりの少年少女が少しでも対応を間違えば命を落としかねない戦場で懸命に武器を手に空を駆ける姿だった。

 本当なら自分が動くべきなのだろうがここには一夏達と違い自己防衛の為の力を持たない多くの生徒達と数名の職員と旅館関係者がいる。

「……まったく、今の私ではただ闘う事さえままならないな」

 戦場で戦う一夏達と一般人を含めた旅館に残る百名を超える人命……。

 命を、その重さと価値を天秤に掛けるなどしてはならないのは誰もが知っている事だ。だが、それでも責任という枷を手にする千冬にはどう足掻いても選ぶ事を強要される。

 六名の命と百を超える命どちらを優先するべきかと……。

「山田先生……皇の状態は?」

「はい、脳は心拍数共に安定しています。皇君がいる隔離部屋に近づく不審者も今のところ確認できていません」

「皇の状態及び周辺の警戒も怠らないよう注意しながら敵の発見に全力を尽くせ……残る問題は白式のエネルギーだけだが……」

 集団戦法を用いて福音と闘う所まではこちらの作戦通り。

 しかし、そこからは予想通りにはいかない。現にラウラの射撃をかいくぐり接近し近距離戦を仕掛けられかけた。つまり射撃武装しか搭載されていないとは言え徒手格闘による近接戦闘も行えるという事。

(近距離にも対応出来る性能と強度……あいつ等はけっして弱くはない。同年代の中で代表候補生に選ばれ専用機を持つ事を許されるほどの実力を持っている、それでも分が悪いか)

 大型モニターに通してみる事ができる一夏達の一進一退の攻防。

 ギリギリのところで実力が均衡してはいるが自分達にとって唯一の勝利条件である『零落白夜』の一撃をどうしても決める事が出来ない。

 六人がかりでほんの僅か、本当に紙一重の差で届かない。

(せめてあともう一人……もう一人いれば確実に福音を止める事が出来るというのに、このままでは――)

 千冬はただ見守る事しかできない自分に、そして胸の奥で強くなる焦燥を表に出さないよう奥歯を噛みしめ平常心を保つ。

 そんな中、作戦指令室内に大音量でエネルギー限界を知らせるアラームが鳴り響く。

「織斑君の白式からです! このままだと単一能力の維持だけでなくISその物を維持できなくなります!!」

「ちっ……考えた矢先にこれか。白式のエネルギー残量は?」

「あと百二十です、瞬間加速を使わないにしても残る攻撃回数はあと一回が限度です」

「後が無いな……」

 絶体絶命的状況に千冬は腕を組みこの状況下における打開策を模索する。

 自分の経験と知識を総動員するも誰もが導き出せる答えしか出て来ない。千冬を含めもう撤退するしかないという決断が司令室に漂い始めたその時、今度は『紅椿』に変化がしょうじた。

 モニターに映る箒の姿は鮮やかな光に包まれ瞬く間に『紅椿』のエネルギーが最大まで回復していく。

「これは『紅椿』の単一能力のようです。『絢爛舞踏』……どうやらエネルギーを回復する事ができる能力のみたいです!」

「エネルギーの回復だと……いや、今はありがたいことに代わりはないな」

 消費したエネルギーを行った良い何処から補っているのかが気になった千冬ではあったがこの危機的状況を乗り切るには願ってもない能力だった。

「篠ノ之さんが織斑君と接触、どうやらバイバスを介さなくてもエネルギー譲渡が出来るようです『白式』のエネルギー百から四百まで回復……戦闘続行可能です!!」

「よし、福音に対する作戦もこのまま続行する。もうしばらくこちら側に動きがないようならこちら側で待機させている訓練機三機の内二機を支援に向かわせられるよ――」

「織斑先生!」

「今度は何だ!?」

 好転した戦況を崩すまいと矢継ぎ早に指示を飛ばす千冬の声を遮るように真耶が酷く狼狽した声で千冬を呼ぶ。

「か、隔離部屋の映像を出します!!」

「な……何だこれは……」

 真耶が大型モニターの右端に響が寝ている部屋の映像を映し出す。その映像をみた千冬と部屋にいた教員全員が声を失う。

 千冬達が見ていたのは自動修復を終えた『打鉄・天魔』を纏い白銀の光を放ちながら部屋の中で浮遊している響の姿だった、モニターに映る彼はまだ意識が戻っていないのか眼を閉じたままだった。

「ISが……操縦者の意志に関係なく起動しているのか」

「どうやらそのようです、しかも単一能力の『一騎当千』まで発動しています!」

「いったい何がどうなっている!」

「モニターに打鉄の機動状況を映します」

 真耶は今までに例を見ない光景に戸惑いながらもキーボードを操作していく。

 モニターに映し出されたのは彼女達の疑問に答えるかのような情報と常軌を逸脱したシステムの発動を知らせるメッセージだった。

 

 

 

 ――――単一能力『一騎当千』 シンクロ率臨界点突破及び単一能力の完全解放を承認

                コア・ネットワーク完全リンク可能コアの検索

 

 操縦者 織斑一夏        専用IS準第四世代『白式』第二形態『雪羅』

 操縦者 篠ノ之箒        専用IS第四世代『紅椿』

 操縦者 セシリア・オルコット  専用IS第三世代『ブルー・ティアーズ』

 操縦者 凰鈴音         専用IS第三世代『甲龍』

 操縦者 シャルロット・デュノア 専用IS第二世代『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』

 操縦者 ラウラ・ボーデヴィッヒ 専用IS第三世代『シュヴァルツェア・レーゲン』

 

 その他IS学園所有機多数確認 『ラファール・リヴァイヴ』及び『打鉄』 計十五機

 

 上記 二十一機とのコア・ネットワークを接続……完了

 

 専用機、訓練機に蓄積される対福音戦に使用可能と思われる戦闘データ・戦術を抽出

 

 自機操縦者 皇響への深層共鳴による高速学習準備

       抽出データの利用における最適化の完了を確認……

       高速学習開始

 

 

                                       』

 

 

「皇の専用機が……これを全部やっているというのか」

「そ、そのようです」

「……何なんだ、このISは」

 ISのコアに内蔵されている、データ通信ネットワーク……それは広大な宇宙空間での相互位置確認・情報共有のために開発されたシステム。現在は操縦者同士の会話として、オープン・チャネルとプライベート・チャネルが利用されている。最近の研究で、ようやく非限定情報共有を行い、コア自身が自己進化していることが分かったばかりだというのに。

 響の専用機『打鉄・天魔』は更にその先……自身の進化だけでなく操縦者にもその自己進化を促している。

 しかも今回、訓練機・専用機ともにコアに関しては不適切なアクセスに対する高度な防衛プログラムが組まれているのにもかかわらず福音と闘う為に膨大な戦闘データを読み取りそれを最適化し効率よく響に学ばせ福音と闘えるだけの……いや、『勝つ』為のプログラムを組み上げている。

(いくら最適化しデータ総量を少なくできているとしてもそんなものが皇の、人の脳に収まりきるのか!?)

 人の脳は精密機器にも劣らぬ情報を蓄積、記憶する事が出来る。だが、人一人の脳と『打鉄・天魔』を含めた全二十二機のコア・ネットワークのデータではその蓄積総量は文字通り桁違いである。

「このままでは何が起こるか分からん。皇のISをこちらから強制解除する、山田先生!」

「強制解除信号発信……駄目です! こちらからの信号を受け付けません!?」

「くっ、こちらからは何も出来ないという事か」

 これも天魔の意志なのか、と千冬は眉間に皺を寄せ一切の操作を受け付けないISを睨み付ける。

「皇の状態は?」

「えっと……身体・精神共に目立った問題は無いようです。何て言って良いか分かりませんがまるで皇君を護っているような感じですね、これを見てください」

 未だに理解が追いつかない状況ながらも真耶は天魔から発信されるシステムデータをモニターに映す。

 

 

『  

   対福音用戦闘プログラム学習終了。

   過剰蓄積情報の削除、必須プログラムを自機コア内に保存……

   戦闘状況下における変更、効率的支援の為に待機タスクを作成……

   高速学習全課程の終了を確認

 

   操縦者体内に治療用ナノマシンを確認、システム解析――完了

   ナノマシンによる治癒力の促進を開始

   

   破損箇所の細胞癒着・固定化の完了まで後三十秒

 

 

   操縦者皇響の脳波に反応有り完全覚醒まであと三秒

 

                                       』

 

 

「……呆れてものも言えなくなるな」

「コア・ネットワークの自動接続から始まって治療用ナノマシンへの干渉、皇君の怪我まで治してしまうなんて……もう何が起きているのかわかりません」

「ああ、私もだ……分かっている事があるとすれば一つだけだ」

 千冬は諦めにもにたため息を吐きながら大型モニターに映る響を見た。

『……行こう、天魔。一夏達が危ない』

 白銀の光を放つ天魔を纏う響が静かに、ゆっくりと眼を覚まし折れていたはずの右手に鳶葵を握りしめ――

 

 

ドガアアァァァン!!

 

 

 ――轟音と共に旅館外壁を破り超高速で飛び立った。

「……山田先生、旅館関係者の方に破損状況の報告を。謝罪と一緒に修理費用はこちらで持つと」

「わかりました……」

 響の後先考えていない行動に先程まで驚愕と混乱に包まれていた作戦室の空気が軽くなった気がした千冬。

 意識不明で危篤状態だった教え子が眼を覚ました事で真耶の表情も明るくなった。

 だが、経費上では負担が増えた事に代わりがない事とまだ手を上げて喜べる状況ではない事に気を引き締める。

「周辺に敵らしき反応は?」

「生体反応、IS反応どちらもありません……皇君を襲った人物は動かなかったようです」

「ここでケリをつけたかったが動かないなら動かないでくれたほうが助かる。それに皇が眼を覚ました、これ以上は下手な芝居をする必要もないだろう。織斑達と通信を」

「通信回線回復までしばらく時間がかかります、おそらくこちらの作業が終わる前に皇君がみんなの所に到着すると思います」

「わかった、作業を続けてくれ」

 千冬は気を抜きすぎない程度に肩から力を抜く。

 先程まで後手に回り追い詰められていたのだ、気を張り詰めるのは仕方がない事だが響が眼を覚ました事とこの場における第三者が動かないもしくはもう周辺にいない状態になったのは千冬達にとって願ってもないチャンスが舞い込んだ事でもある。

(打鉄の特異現象に皇の覚醒、それに加え生体再生に限りなく近い治癒促進……色々気になる事はあるが今は福音に集中しなければな)

 周りにいる教員達に聞こえないよう一度だけ大きく深呼吸をする千冬。今の彼女の顔に普段の教師としての顔が、世界最強のIS乗りとしての風格が戻る。

(……勝負はまだこれからか)

 

 

 

 

 

「逃がしませんわ!」

 セシリアは手に持ったスナイパーライフル『スターダスト・シューター』の引き金を再び引いた。

 しかし、光の翼を背にした福音の速さに翻弄され、まったく狙いが定まらない。

 強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備しているため、六基のビットは射撃機能を封印し、スラスターとして使用しているため、福音の動きについていくためとはいえ多方向同時攻撃は行えない欠点がある。

 福音の光弾がセシリアに向けて発射され、なんとかそれをかわして反撃に転じるも、やはり相手の機動力とこちらの連射力の少なさが影響してか、放った弾丸は雲を貫くばかりでセシリアは焦った表情を浮かべる。

「本当に嫌になるわね、この機動力!」

 そう言いながらも攻撃の手を緩めない鈴。

 セシリアの射撃によって回避行動にいくらか動きを制限されているのにもかかわらず福音は空を踊るようにそのすべてを避け続ける。視認できない特性をもつ衝撃砲も攻撃感知センサーのみで反応するシステムが開いてはその特性を活かしきれない。

『――――La!』

「くっ!」

 猛攻の後に出来る鈴の僅かな隙を見逃さなかった福音はすかさず無数のエネルギーの弾丸を鈴に向けて放つ。

「させないよ!!」

 その攻撃を全員を援護できるよう常に全員と自分の位置撮りを把握するシャルロットが防御パッケージ『ガーデン・カーテン』を展開して防ぐ、そして左手にアサルトライフル『ガルム』を呼び出し、福音の攻撃を中断させるよう弾丸を浴びせる。

 だが、福音もまるで対抗心を燃やすようにエネルギー弾を連射し始める。

「離脱しろ! 鈴、シャルロット!」

 ラウラは鈴とシャルロットに集中砲火を浴びせる福音に狙いを定め、二人を援護する。

『La――!?』

 福音が攻撃目標をら裏に切り替えようとした刹那、箒が福音に斬りかかる。

「もらったぁぁ!!」

 雨月と空裂を福音目掛けて振り下ろす……がその二刀は苦もなく福音の両手で受け止められる。

 バチバチと火花が散り、刃が福音の装甲を切り裂こうとするも第二形態移行の影響か第四世代である『紅椿』の物理攻撃力を持ってしても破壊することは出来ないでいた。

「硬い……だが!」

「はああああああ!!」

『――――!?』

 箒に気を取られている隙を突き一夏が福音へと迫り『零落白夜』の刃を振り下ろす。

 それでも――

 

 ギギ……ギ……ギィィン!!

 

 福音は両手を固定するように押し込まれていた雨月と空裂をはじき飛ばし光翼を羽ばたかせ緊急回避行動を取った。

 少しでも攻撃を受け止める事を考えていれば絶対に一夏が振り下ろした一撃必殺の攻撃を避けることの出来なかったタイミングだったが、やはり恐怖も迷いもないシステムが相手では後一歩が遠い。

 福音は『零落白夜』を避け再び空で滞空する。

「くっそ! しぶとすぎんだろ……」

「まさか、これも凌がれるとは」

「……そろそろ決着をつけたいところですわね」

「そうだね……、エネルギーにも余裕が無くなってきたし」

「ああ、おそらくあと十分も保たんだろう」

 目まぐるしい攻防を開始してからどれだけ時間が経っただろうか、暗かった空もいつの間にか朝日が顔を出し始めだした。

 うっすらと日が差し掛ける空の下、一夏達は好転しない戦況に焦りを隠しきれなかった。

「次の一撃が最後になりそうだね、一夏……白式のエネルギーはもちそう?」

「シャルロットの言うとおり後一撃が限界だ、次で決めないとマジでやばい」

「そうなるとわたくし達に残された手段は一つしかありませんわね」

「そうね、正攻法で挑んでも駄目なのはもうわかってるし」

 シャルロットにラウラ、そしてセシリアに鈴……四人による援護射撃をもってしても箒が福音に肉薄するまでしか行かない。

 いくら一夏の攻撃を喰らえばまずいといえ、福音の動きは凄まじいとしかいえない。

 最後の一撃さえ凌げれば落ちる事はない、その一点に戦闘プログラムをくんでいるのだろう。

 なら、それがわかっていても避けることが出来ない状況に追い込めれば……

「問題は誰が先行するかだが……」

 箒は攻撃役である自分と一夏を除いた四人に視線を向ける。

「適任なのはシャルロットとラウラね」

「うん、僕ならシールドで接近して隙を突いて福音を拘束できるし」

「私であればAICの準備をして置いてあとは隙を見逃さなければいける」

「でも機動力を考えるならシャルロットさんですわね」

「わかった、まずは僕が先行して福音の攻撃を凌ぎつつ拘束、それが難しいようならラウラが後ろからAICの発動圏内に福音を捉えて拘束そこに一夏が跳び込んで一撃……ってところかな?」

「私と鈴、それとセシリアは援護にまわる。もう正攻法が通じないのであれば少しでも一夏が動きやすい方が良いだろう」

「あたしもそれでいいわ」

「わたくしも」

「なら……作戦は決まりだな」

 一夏達は雪片二型を握り込み滞空して戦闘プログラムを書き換えている福音を睨み付ける。

「タイミングはシャルロットに任せるぜ」

「わかった、それじゃカウント五から――」

 福音に最後の攻撃を始めようとしたその瞬間、その気概を挫くかのように福音がこの海域を離脱するかのように急上昇を始める。

「っ! 逃がさないよ!!」

 シャルロットは福音の突然の行動に驚き一夏達との連携を取るためのカウントを唱えることなく福音を追いかけた。

「おい!?」

「待つのだシャルロット!」

「シャルロットさん!?」

「ちょっとちょっと!!」

「戻れシャルロット!」

 タイミングを外し置き去りにされた一夏達は飛び出したシャルロットに止まるよう静止の言葉を掛ける。

 だが、それでもシャルロットはそんな五人の言葉を聞かずに更に福音との距離を詰めていく。

(ここで福音を逃がしたら響を護れない! 絶対、絶対ここで食い止めなきゃ!!)

 今、作戦本部にいる千冬と通信が出来たのならシャルロットも一夏達の声で止まったかもしれない。だが通信が出来ないということは離れている響の安否も確認できないということ。

 その事実が今までの戦闘でもギリギリ繋がっていた戦いへの集中力を切らしてしまった、今のシャルロットにあるのは福音を逃がせば響を襲った犯人達を逃がしてしまうという思考ばかりが胸の内で行き交っている。

「君をここで止めなきゃ、響が――っ!?」

『――――♪』

 響の安否ばかりに気を取られていたシャルロットの心を見透かしたかのように福音は上昇をやめ今度は彼女目掛けて急降下を始める。

「しまった! 奴の狙いはシャルロットだ」

「先に防御役を潰そうってこと!?」

「させませんわ!!」

 急速にシャルロットと距離を詰める福音に向けてラウラ達は福音の足を止めようと砲撃を放つ、三人の攻撃は的確に福音に狙いを付けてはいるものの当たることなくシャルロットへの接近を止められなかった。

『La――――』

 まるで自分の勝利を確信したかのような声音を奏でた福音はシャルロットとの距離を詰める最中、羽ばたかせていた翼をまるで人の手を思わせる形に変化させる。

「まさかあの翼は射撃だけでなく接近戦にも使うことが出来るのか!!」

 自らの窮地を察知した福音は今までの戦いの中で第二形態に移行し光の翼を生み出した。その翼の保つ機動力と絶大な射撃能力はここにいる全員が身をもって体験し舌を巻くほど強力無比なものである。

 だが、この瞬間にその翼が何で出来ているのかまでは警戒していなかった。

 それは呼び名の通り光……つまり、福音の膨大なエネルギーによって形作られた流動する翼。

 ISの装甲の様に物質で作られているのならまだしもエネルギーで形作られたものが羽の形でしか使えないわけがない。

「避けろシャルロット!!」

「駄目だ! あのタイミングでは避けらない!」

 シャルロットにすぐ後退するよう促すがそれが間に合わないとわかった箒は苦虫を噛みつぶしたかのような表情を浮かべる。

「こちらの攻撃が……当たりませんわ!」

「つべこべ言ってないで撃ち続けなさいよ!」

「くっ! このタイミングで弾切れか!」

 少しでも時間を稼ごうと福音をねらい打つセシリアと鈴、シャルロットが逃げられるよう援護をしている中で一番最初にラウラが弾切れに陥った。

 激しさが衰える段幕の中を福音は水を得た魚のように優雅に飛び回りシャルロットをその翼の射程に収める。

『LaLaLa――』

「ここまで来てこんなのって……」

 眼前で翼を広げ自分を光の手で包み込もうとする福音がシャルロットの眼に映る。

(あと少し、あと少しで響を護れたかもしれないのに……助けることが出来たかもしれないのに……)

 福音の姿が恐ろしいほどにゆっくりと見える。

 形を変えた翼が少しずつ両手を組むように狭められていく、優しくそれでいて静かに。

 でもその優しささえ感じる光景とは裏腹に自分に与えられるのは絶望だけ。

 この攻撃を受けてもきっと自分は助かる。一夏達も負けてしまうがそれでも最後の一線は越えなくてすむ。

 絶対防御が発動して意識は失うかもしれないが命はつなぎ止めることが出来る。

 それでも、諦めたくない。

(ここで僕が負けちゃったら響が何処か遠くに行っちゃう、僕の居場所になってくれた響が……また傷つけられちゃう。そんなの嫌だよ、嫌なのに……どうして!)

 自分を助けてくれた彼に恩返しも出来ずにそのチャンス奪われる。

 安らぎを感じさせてくれるあの笑顔を奪われる。

 いつも嬉しそうに、幸せそうに話し掛けてきてくれる大切で……大好きな人を奪われる。

(どうして……僕って肝心なときに何もしてあげられないのかな。僕じゃ響の助けになることも出来ないのかな)

 自分のみに迫る福音の無慈悲な慈悲によって与えられる痛みよりもその先に待っている敗北にシャルロットは涙を浮かべた。

(ごめん……ごめんね、響)

 リヴァイヴごと身体を包み込もうとする福音の翼の輝きに眼を閉じるシャルロット。

 そして、眼を閉じたことによって涙が頬を伝う。

「僕……君に何もしてあげられなかったよ」

 目尻からこぼれた涙が頬を伝い足下へ落ちる、それがこの戦いの終りを告げる鐘になろうとした――

 

 

 

 

 

「――シャルロット、お前が『俺』に謝る必要はない」

 

 

 

 

 

 ――時、シャルロットの耳にここにいるはずのない少年の声と共に何かがはじき飛ばされたような音が届く。

「……えっ?」

 自分の身体を襲ってくるはずの痛みの代わりに届いた声にシャルロットは戸惑いの声を漏らしながら眼を開いた。

 彼女の眼に映ったのは福音よりも眩い白銀の機体と暖かな光を纏った少年。

「すまない、来るのが少し遅れた」

 福音に背を向けながらも揺らぐことのない強い意志が込められた緋色の瞳。

「でも安心してくれ、ここから先は俺も闘う。シャルロットや一夏達だけに危険な橋は渡らせたりなんかさせない」

 白銀の光を纏いながらもその汚れ一つ無い純白の髪がなびく。

「……響、なの?」

「ああ」

 涙に潤んだシャルロットの前にいたのは彼女と彼女の仲間達が護ると決めた掛け替えのない仲間……皇響だった。

 

 




 台風が襲う中こんばんわ! 
 前回の更新よりもはやくUPできたとおもう白熱の福音戦第二ラウンドをお送りします(家のオリ主的には第一ラウンドですがw)
 原作沿いとはいえ戦闘を描けているかとても不安ですがようやく家の子がシャルロット達と合流→バトルな流れですがまだまだ原作の「君の名は」まで遠い感じがします(>_<) 
 次回はオリ主である響くん重視のバトル予定ですので楽しみに待って頂けたのなら幸いです、ではではノシ


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第二十三話 銀と銀は兎に抗う

 太陽の放つほんのわずかな光で暗闇に光る星の光はその美しい輝きを弱めていく夜と朝の狭間、太陽が水平線から顔を出すわけでも星空が残り火のように揺らめく光で空を照らしているわけでもない空。

 瑠璃色が広がる空と深い藍色の海の狭間で鮮やかな白銀の光を放つ二つ軌跡。

 一つは蒼白の大翼を背負いその身すべてを銀の鎧で包んだ天使。

 もう一つは白銀の光と呼応するように輝きを放つ銀の甲冑を身に纏う少年……。

 その二人が空を駆け巡り交差するたびに火花が散り甲高い金属音が鳴り響く。

 二叉の太刀と強固な拳、純粋な物理攻撃力だけでありながら二人の戦いは一夏達が全力で戦ったいた時よりも疾く苛烈な激闘を繰り広げていた。

(――一夏達と戦っていたときよりも更に速い。ここに来るまでに天魔がくみ上げた対福音用の戦闘プログラムがなかったらやられていたな……)

 天魔の深層世界で一夏の白式やシャルロットのラファールから福音に関する情報を受け取っていなければ単独で相手をすることはできなかっただろう、現に『今』の自分は曲がりなりにも福音と闘うことができている。

(とはいえ、データ上の仮想戦闘とこうして実際に闘ってみるのとでは違う。俺の考えが正しいのなら――)

 幾度となく切り結ぶ中、響は一撃離脱の作戦から接近戦に持ち込む。

 いくら接近戦もこなせる性能を持つとはいえ福音は射撃型のIS、驚異的な戦闘能力を見せる『今』の響でも相手の土俵で闘えば敗北は必死……。

 響もそのことをわかっているのか福音との距離を詰める動きに迷いはない。

「はああああああああっ!」

 居合い抜きの要領で右手に握る鳶葵の刃を福音の首筋めがけ高速の一刀を放つ響、福音もその太刀筋を予測していたのか右腕一本でその攻撃を受け止めようと振り上げる……が、

『――――!?』

 福音が防ぐはずだった響の一撃は空を切る。

 それは響が福音との目測を誤り鳶葵による一撃を外したのではなく右手に握られていた太刀が消えていたからだ。

 福音がその不可解な現象に戸惑った瞬間、右手から消えたはずの鳶葵がいつの間にか左手に握られており先ほどよりも速い剣速でがら空きになっている福音の右脇腹に迫っていた。

『――――!!』

 福音は突然消えた鳶葵の現象に解析システムを起動させつつ右肘を軸にしつつ右手を振り下げ鳶葵を受け止める。

 その次の瞬間――

「おおおお!!」

『――――!?!?!?』

 右腕の外部装甲が鳶葵を受け止めた衝撃を感知した瞬間、そこに鳶葵の刀身はなかった。

 再び鳶葵が握られていたのは先に振り抜いた右手だった。

 響は右手に握った鳶葵の切っ先を何の迷いもなく福音の頭部へと穿つ、三度その姿を消し忽然と眼前へと現れた刀身を目視した福音は両手で響の刺突を止める。

『――――La』

 白羽取りの体制を取る中で福音は背中に背負う光の翼を広げ響へと光の雨を浴びせようと射撃体制に入る。だが、それよりもほんの僅かに早く響は鳶葵のトリガー・ギミックを握り込む。

「――『断空』」

 鳶葵の二叉の刀身から蒼い閃光があふれ出し福音の両手の中で一気にはじけ飛ぶ。

 引き金と共に放たれた断空の閃光は海面を蒼い光で照らし、轟音と煙をまき散らした。

『――La』

「逃がすか!!」

 広大な海の上に広がる噴煙の中から再び二つの銀が姿を現す。

 響は無傷、福音は至近距離での爆発にシールドを突破されたダメージが見えた。

 無傷、とは言わない。

 しかし、響が放った『断空』は福音の装甲に僅かな亀裂を与えただけだった。決定的な傷を負わせられなかった。それでも響きは動揺した様子を見せることなく近接攻撃で畳みかけようと福音との距離を縮める。

『――――攻撃目標危険度更に上昇、最大戦力で迎撃を開始する』

 響きが福音との距離を詰め切る後一歩というところで光の翼が一夏達に向けられたようにその羽を大きく羽ばたかせ時、光の散弾が容赦なく響へと降り注いだ。

「広域射撃か!」

 接近戦で押し切ろうとしていた響と福音との間にほとんど距離はない、『一騎当千』の高速機動でもよけることはできない。

 そう理解した響は足を止め鳶葵に断空のエネルギー刃を纏わせ自分に向けた放たれた無数の弾丸へ剣戟で対抗する、福音が放った弾丸の数は優に百近い……その中で確実に自分へのダメージとなるものだけど瞬時に見切って次々と切り落としていく。

 一太刀で数発の弾丸を切り裂き、右手と左手と矢継ぎ早に鳶葵を持ち替え嵐を思わせる剣閃をきらめかせる。斬り損じたものは一発も掠らせる事なく躱し、何度となくその繰り返す。避けたことで海へとたたき込まれた光弾によって海面から立ち上る大きな水柱に視界を阻害されながらも響は第二派を放とうとしている翼を広げる福音の動きを察し刀身へ纏わせていた断空を放つ。

『――――高エネルギー接近! 緊急回避!!』

 射撃体勢に入っていた瞬間を狙って放った断空の刃、それを福音は一夏達との攻防で見せた時以上の反応速度で回避して見せた。

 そんな福音の動きに響は眉を寄せ苦言を漏らす

「……これでも押し切れない、か。そうなると俺単独で福音を止めるのは無理だな」

 『一騎当千』による高速機動に、今もコア・ネットワークによってもたらされるデータを元に天魔が組み上げる対福音用戦術の中で有効とされたシャルロットの『高速切替(ラピツド・スイツチ)』を接近戦に組み込んでの近接戦闘。

 つまり今のの自分にできる最速で最良の……最大戦力を持ってしても福音を落とすには至らない。

(最も、エネルギーの差を考慮しても俺だけで止めるのは無理だ……やはり篠ノ之束の思惑通り一夏と篠ノ之に福音を落とさせるしかないか?)

 その真意は今でも理解できてはいない。だが、この戦いで束はかなりの確率で実の妹である箒に福音を迎撃、操縦者の救出という功績を彼女の手で成し遂げさせようとしていることに間違いはない。

 何故、実の妹をここまで危険に晒して――と、響が束との戦いでも行き詰まった答えに悩んだときふと彼の脳裏に不可解な考えが浮かび上がる。

(福音を止めた功績を与えたいだけなら……何故、福音を第二形態に移行した?)

 響きは動きを止め自分を見下ろす福音に研ぎ澄まされた刀のような鋭い視線を向け、警戒しながらもわき上がる疑問に意識を集中させる。

 仮に福音が攻撃を仕掛けてきたも今の自分であればすぐに反応できる事がわかっていた。

(ここに来るまでの間、天魔達が俺に見せてくれた光景の中には篠ノ之が動きを止め一夏が福音の銀の翼を切り落とし撃墜したはずだ)

 スラスターとしての役割もあった翼を切り落とされた福音は海中に沈んでいった……、なら何故そこで福音の強制制御を止めなかったのか?

 彼女の思惑とその時の戦況を考えれば止めていなければおかしい。

 福音を自分が手がけた二機のISとそれを操縦する親友の弟である一夏と実の妹である箒が止めたことで彼女が思い描いた暴走事件のシナリオは完璧に成功しているのに……

 

 何故、今も福音を戦わせている? 

 

 何故、目的を果たそうとしていない? 

 

 それとも何か別の目的のために?

 

 響は自分が思い描くいくつもの問題と答えを反芻するが完全に束の目的が何なのかをわからなくなっていた。

(おおよそのシナリオを変更していないのなら俺がここに駆けつける事を絶対に阻止していたはずだ。俺が織斑千冬に真実を語る可能性もある以上無視できない……俺が篠ノ之束と戦ったことで何かが変わってしまったとしてもそれは変わらな――――)

 束の思惑に思考を巡らせる中、小さなアラームと共にディスプレイに天魔からの響混乱を解決しうるメッセージが浮かび上がる。

 

『 コア・ネットワーク完全リンク可能コア 救助信号を感知該当機は次の通りである

 

 

 操縦者 ナターシャ・ファイルス 専用IS第三世代『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』 

                 操縦者保護による疑似第二形態の発動中

 

 

 ――受信メッセージ

 

 当機は何者かの干渉により強制操作を受託

 該当問題解決のため強制的に第二形態への移行を承認、それにより当機は暴走状態である。

 操縦者の生体反応も著しく微弱、当機の停止。又は撃墜をもって操縦者の救助を要請

 

 繰り返す、当機は――

                                                                               』

 

「……そうか、お前も戦っているんだな」

 自分の操縦者を救おうと福音も懸命に抵抗したのだ。

 ISという存在を生み出した、『銀の福音』という存在を生み出す技術を作り上げた天才、篠ノ之束に。

 彼女のシナリオを歪めることで、一夏と箒の二人に撃墜されるという最悪の結末を回避するために『自分自身』の意志で暴走を引き起こした。それが操縦者であるナターシャを救うことのできる唯一の方法だと信じて……。

 でなければ福音は第二形態に移行することなく敗北していたはずなのだから。

「俺を待っていてくれたのなら……」

 響は秘匿回線を用いて一夏やシャルロット達にメッセージを送った、本当なら直接話して自分の考えを伝えたかったがそれをしている余裕はないだろう。

 緋色の眼に写るのは再び戦闘態勢に入ろうとしている福音の姿が映っているからだ、先ほどと同じように高速戦闘になれば口答で伝えるのは難しい。

「できるできないじゃない――やるだけだ!」

 何より福音が自分の身を犠牲にしてまで束と戦うことを選んだ姿に、迷いは消えた。

(篠ノ之束。お前は俺が止める!!)

 響は鳶葵を両手で握り込み、福音へ……いや、自分の身勝手な都合のために一夏達を危険にさらし福音を操った束へ全力で挑むという不遜の決意をたぎらせる響だった。

 

 

 

 

 響が単身で福音と刃を交える姿を見つめるシャルロット達はただただ呆然としていてた。

 響がたった一人で福音と互角の戦いをして見せていると言うこともだが、意識不明の重体に陥っていたはずの響がここに来たという事の方が衝撃が強かったからだ。

「どうして……どうして響がここにいるの!? 身体は、身体は大丈夫なの!?」

「わからん。しかし、皇のあの動きを見る限り重傷の身体で駆けつけたというようにはみえんが……」

 シャルロットの当然すぎる疑問にラウラも自分でもわからんと言うように空を駆ける二つの閃光を見つめる、今も自分達がいるこの領域が戦場であることさえ忘れているかのように。

「ど、どうなってんだ? 響のやつ腕とか足とか折れてたよな?」

「ああ、確かにそのはずだが……」

「意識を取り戻したのは幸いですけれど……」

「もう……いったい何がどうなってんのよ!?

 一夏達も予想もしていなかった状況に慌て呻くのが精一杯のようだ。

 それも仕方のないことかもしれない、命の危険に瀕していたクラスメイトがまるで幾多の戦場を駆け抜けたような風貌を漂わせながらシャルロットの窮地を救いすかさず自分達と福音を引き離すように戦闘を開始したのだ。

 現に、花月荘でこの光景を見ている千冬達も全く同じ心境なのだから。

「わかんねぇ、わかんねえけど……あいつたった一人で福音と渡り合ってる」

「この目でもても信じられん、皇はあそこまで強くはなかったはずだ……」

「そうですわね……でも」

 一夏、箒、セシリアと響の異常なまでの戦闘能力に戸惑いの眼差しを向ける。

 彼らだけではない、鈴やシャルロット達も同じように響と福音の戦いに眼を奪われていた。

「あの動き、『一騎当千』の高速機動によるものだろうが……三度目の発動でもう完全に使いこなしているようだ」

「それだけじゃないよ、あんな速く動いてるのに近接ブレードを高速で……ううん! 僕の『高速切替(ラピツド・スイツチ)』より全然速い武器の切替で福音の反応を攪乱してる!!」

 今も戦う響自身は『高速切替(ラピツド・スイツチ)』を駆使して戦っている、と考えているが実際は違う。

 二人の戦いを離れてみているシャルロット達の眼に映る響きの武器切替の速度はもはや高速を超えている。

 響が所持している武装が鳶葵一つだけとはいえ、武装の展開には僅かなタイムラグが生まれる。それはシャルロットだけでなく千冬を含めた操縦者全員に言えることだ。

 どれだけ熟練したISのりでも武器の展開時にはコンマ数秒以下の時間は絶対に掛かる。だと言うのに響は少しでも武器の展開を遅らせてしまえば命取りになる接近戦でまるで呼吸するかのように自然に、鳶葵を右手と左手交互に展開していく。

 その動きと太刀筋は一刀の太刀でありながらまるで二刀流の剣士そのもの、そう思わせるほどに響の動きに無駄がないのだ。

 何故、響がそんな神がかった技術をこの高速戦闘のなかで実演できるのか……それはシャルロット達にはわからない。

 それが響と天魔の単一能力の真の力だという事実に。

 

 『一騎当千』はラウラとの戦いで打鉄が天魔へと形態変化した際に生み出された唯一無二の能力、その能力は高速機動における対峙者との実力差を埋めるもの……とほとんどのものが考えていただろう。

 だが、それは『一騎当千』の力の一端でしかない。

 真の能力それは、他ISとのコア・ネットワークを形成することでコアに蓄積された操縦者の操縦技術と経験値をそのまま響に譲渡するものだ。

 単一能力の名の通りたった一人で千の兵に匹敵する技量を持たせる事こそが『一騎当千』の真髄であり、シャルロットの得意技でもある『高速切替(ラピツド・スイツチ)』をより高い技術へと昇華すること可能なのだ。とはいえ、響がやって見せている『高速切替(ラピツド・スイツチ)』は誰もが取得可能な技術である。

 何故なら武器の展開と武器換装はISの操縦を学ぶ上で誰もが必ずやっていることだからだ。

 授業の中でISにのった女子生徒、教員達の武器の展開と換装の回数は膨大なものだ。たった一人の蓄積データを抽出するだけで数百、数千さらに数万と繰り返される何気ない行動の積み重ね、それを専用機だけでなく訓練機全てに蓄積されている今までIS学園で操縦技術を重ねてきた者達全ての展開ログデータとなればもうその回数は億に達する。

 つまり、響がやっている『高速切替』ならぬ『瞬間切替』は数え切れないだけの展開を繰り返し練習してきた結果、何気ない繰り返しの中で身につく反射行動にまで速められた『ただの』武器展開なのである。

 そして、今の響が福音と互角に戦えているのもただ単にこの世界の誰よりも多く訓練を積んだ操縦者という極論の体現を可能にしたからだ。

 考えようによってはもはやあの世界最強のIS乗りである千冬さえ超えたと思えるものの、福音と互角程度の力で止まっているのは単純に戦いと訓練の違いからである。

 天魔が抽出した戦術データはあくまで命をかけることのない安全な環境で養われた技術、この一一刻一刻と変わる戦場では変わることのない言わば危険を冒さずに確実にISを動かせるようになるための基礎的な技術なのだ。

 一の可能性が何通りにも変わる戦場に必要なのはひとえに実戦経験である、だが今回天魔が同調したISに実践経験なるデータは限りなく少ない。

 政府が管理するISや企業が所有するものであったのなら千冬と戦うことが可能になったかもしれない、なによりここに千冬の専用機があったのなら響は間違いなく世界最強にもなれたかもしれない。

 しかし、そこまでうまくいかないのが世の常である。

 現に、ここにあるISでは響にそこまでの成長は見受けられない。むしろ基礎技術の向上だけで最新鋭のそれも実践を前提とした軍用ISと互角に渡り合えているだけで賞賛すべきだろう。

「見ろ! 響達の動きが止まったぞ!?」

 響と天魔の単一能力にそんな力があるとは知らない一夏達はその事実に気づくことなく膠着状態に入った二人の様子に息を呑む。

「僕達も響の所へ……」

「いや、今は戦況が拮抗している。うかつに割り込むのは危険だ」

「だが、いつまでも皇一人で持ちこたえられるとはおもえない」

 戦いに加わろうとしたシャルロットを止めるラウラだったが、彼女の言葉を今度は箒が窘める。

「箒の言う通りだ、このまま黙って見てるわけにはいかないって」

「そうですわね。それに……」

「あいつの専用機『打鉄・天魔』のエネルギーもそろそろやばいわよ。切り札の『一騎当千』だけじゃなくて断空だってもう二発も使っちゃってるんだし……」

「確かに加勢すべきなのは間違いない。しかし……」

 一夏達の判断が正しいとわかっていたもラウラは戦いへの参加に難色を示していた。

 それは『今』の響が自分達とは比べるまでもなく強いからである、それはIS操縦に限ったことだけでない。一度は何者かの手によって死に近づいたにもかかわらずこの命がけの戦場に立つ強靱な精神力を含めて……全てにおいて響はラウラ達よりも上に立っていた。

 だからこそ、自分達が戦況に加わることで響が不利な状況に追い込まれるとしたらそれはようやく見え始めた勝機を逃すことになるのではないか……と。

「……ラウラ」

 傍観か加勢か、自分達の取るべき行動に迷うラウラを心配そうに見つめるシャルロット。一夏達もシャルロットと同じようにラウラの葛藤を理解していたがそれでも答えは決まっていた。

 

『   ――皇響専用機『打鉄・天魔』からのメッセージを一件受信しました――   』

 

 そんな六人を後押しするようにそれぞれのISに響から電子メールが届く。

「これ、響からだよ! 今お互いに動きを止めてる間に送ってきたんだ!」

「俺の所にも来たぜ!」

「私もだ」

「わたくしも」

「あたしもね」

「……このタイミングで私達全員にか」

「きっと何かを伝えたいんだよ!」

 シャルロットは躊躇うことなく響と天魔から送られてきたメッセージを開く。

 その中に書かれていたのは一方的な通達、それも福音を停止させ操縦者を救うための作戦だった。

 一夏達もシャルロットに続くように作戦内容に眼を通し……戸惑いと驚嘆の表情を浮かべる。

「響の奴正気か!? こんな無茶な作戦あるかよ!!」

「確かに私達の状況を考えればこれしかないとはいえ……」

「すくなくともわたくしは反対ですわ」

「無茶どころの話じゃないわよ、これ」

「……これでは皇の安全を考えていないと同じではなか、こんな作戦とても認め――」

「――やろう、今の僕達にはこれしか方法がないもん」

 一夏達が響の提案した作戦に反対の意思を見せる中、シャルロットだけが実行に移そうと意見した。そんな彼女の言動に真っ先に一夏が声を上げた。

「確かに今の響ならできるかもしれない、だからっていくら何でもこんなの無茶苦茶だ! シャルロットだってそれくらいわかるよな!?」

「うん、わかってる……。でも、あの響が僕達を信じてこの作戦を選んだんだよ! なのに、僕達が響を信じてあげなくてどうするのさ!!」

「「「「「!!」」」」」

「僕は響を信じる、だって響はいつだって僕達を助けてくれた。響からしてみれば何気ない事かもしれない、でもいつだって助けて欲しいときに助けてくれたじゃない」

 響を襲った襲撃者の正体も目的もはっきりとしていない、それでも彼がここに来たと言うことは今だけは第三者からの干渉もないと言うこと。今だけは響の安全が確保されていると言うこと、なら今自分達がするべき事は決まっている。

「なら、僕達が響を助けるなら……ううん! 助けられるとしたら、きっとそれは今なんだよ!!」

 どれだけ反対されても揺るがない覚悟を一夏達に示すシャルロット。

 その姿は今の響と同じ、誰かを護るり助けるために自分を……そして仲間を信じると決めた一人のIS操縦者としての姿だった。

 そこにはもはや性別など関係ない。

「……わかった、俺も覚悟を決める」

「私もだ、皇を助けるため避けて通れぬと言うのなら」

「わたくし達も皇さんを信じます」

「まあ、ラウラの猛攻にも耐えたんだから心配する必要もないかもだし」

「それを言うな……ともかく、これしか方法がないなら命をとしてやるだけだ!」

「みんな……」

 シャルロットの言葉に決意を固めた一夏達は互いに視線を交わし頷きあった。そんな仲間の姿にシャルロットは安堵しそして遙か遠方で福音と対峙する響に視線を向ける。

「今行くよ、今度こそ君を助けてみせるから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 三度し切り直した福音との戦い、響は海面すれすれを滑空しながら福音の無慈悲な……いや、暴走している自分を止めてくれると信じ全力を尽くし生み出した抗いの砲口から放たれる俊速の弾丸を躱し続けていた。

 『断空』を鳶葵に纏わせ斬りしのぐこともできたが今は助けを求める福音と、この戦いを見て居るであろう束に一矢報いる為の策を悟らせまいとあえて劣勢な状況へと追い詰められた響。

 だが、それでも響の表情に畏れはない。

(……福音の動きがわかる、次に何をしようとしているのかも全部……俺が考える前にどんどん頭の中で理解していく。……不思議な感覚だな)

 一手でも誤れば命を落とす戦いの中で、まるであの千冬の様に相手を見据え戦うことができている。

 どこまでも冷静に、油断なく、まっすぐに戦うべき相手に臆することなくこの手に握る刃を振るうことができる。

 自分でも不思議でならない。

 ここに来る前、誰かと話をしていたことはうっすらとだが覚えている。だが何を話したのかまでは覚えていない、覚えているのは自分に向けて大切な何かを忘れないでという小さく震えた声だけ。

 次に聞こえてきたのはシャルロットが自分に謝る声だった。

 

 ――ごめん……ごめんね、響。僕……君に何もしてあげられなかったよ

 

 悲哀と無力さに追い詰められた彼女の声を聞いた時、自分がすべきことが明確に頭の中に浮かび上がり、心が叫んだ。

 ……仲間を、彼女を護れと。

(シャルロットを……一夏や篠ノ之達を、大切な仲間を……)

 響は息もつかせぬ攻撃を続ける福音を眼で捉える。

(……『今度こそ』と、そんな感情が溢れてくる)

 仲間を護るのは当然だ、この状況を考えれば当然だ。

 だが、考えてみると『今度こそ』というこの感情はいったいどこから来るのだろうか?

(いや、今は作戦を成功させることだけを考えろ!!)

 それが福音の願いを繋ぎ止め操縦者を救うことになるはずなのだから。

『――――La』

 海面にいくつもの水柱を起こす猛攻を続けてきた福音の攻撃の緩む。

 それは偽りの劣勢の中で唯一あの天才を出し抜くことのできる響にとって最初で最後のチャンスだった。

 激しい水飛沫に視界を阻害されながらも響はその隙を見逃すことなく天魔のスラスターを一気に最大出力まで引き上げる。

(見ているか篠ノ之束……これがお前の目的に対する俺の答えだ!)

 その瞬間、天魔を駆る響は第四世代の加速に勝るとも劣らぬ速度で立ち上る水柱の間をすり抜け福音へと瞬く間に接敵する。それは大空へと放たれた白銀の弾丸、文字通り目にもとまらぬ速力のまま鳶葵を振るう響。

 音も無く放たれる閃光の如き斬撃が福音目掛けて袈裟がけに走った。

『――!?』

 その斬撃は福音のシールドに遮られた、が福音は自分の反応速度を超えた一刀に防御できずその場で停滞してしまった。

「おおぉぉっ!」

 福音が反撃をしてこないとわかると響は『瞬間切替』を駆使して上下左右とめまぐるしく多角軌道の斬撃を繰り出す。

 それは福音の光弾を凌駕する剣閃の雨、鈍く輝く鳶葵の刀身がその軌跡を残し、かつ確実に福音のシールド機能を発動させエネルギーを削り取っていく。幾十、幾百と放たれる斬撃は雨どころか暴風である。

『――『光翼』最大出力による全方位防御姿勢開始、同時に自機前方広範囲射撃開始!!』

 この戦いで福音のエネルギーは底を尽く事はない。

 だが、響が『鳶葵』を振る度にシールドを突破してくる刃に……操縦者に危険が迫ると判断しシールド機能だけでなく光翼による防御形態を取ってしまったのだ。

(仕掛けるなら今しかない!)

 おそらくここが福音を止める為の最初で最後のチャンス……。この機を逃したら次はない。そんな直感が脳裏をよぎった瞬間、響は『鳶葵』のトリガーを握りしめ両手で上段に構える。

「これで、決める!!」

 響は福音が光の翼で全身を包み込んだ瞬間、断空の輝きを宿した蒼の剣を渾身の力を速度で叩き込んだ。

 断空と光翼がぶつかり合った衝撃は下方の海面まで届き、海面を大きく揺らす。

 互いの超高密度のエネルギーの衝突に今までにない火花が散り大気が震える、光翼の出力に押され『鳶葵』を握る響の手がガタガタと震えていた。

 

 ――頼む、一夏! シャルロット!!

 

 今にも手の中から弾き飛ばされてしまいそうになる『鳶葵』を握り込み、光翼ごと福音の動きを止める。

「行くよ、響!!」

「ここから先は!」

「あたし達に!」

「任せろ!!」

『――!?』

 ステルスモードによる序盤の奇襲と同じ強襲を仕掛けるシャルロットとセシリアと鈴、そして箒……現段階でまだ弾幕を張ることが出来たのはこの四人だった。

 ……そう、響もろとも福音への全力射撃を。

「ぐぅっ!」

 降り注ぐ実弾とエネルギー弾、そして不可視の圧縮弾に断空と同じ斬擊を象った放出エネルギー刃……単純に総弾数なら福音の射撃能力を超える。絶え間なく降り注ぐ四人の攻撃に響は歯を食いしばり鍔迫り合い似た状態の中でトリガーを離す。そして間をおかず最後の一撃を込め『鳶葵』を振り切る。

「はああぁぁぁ!!」

『――La!?』

 弾幕によって浮き上がる煙を裂く蒼の刃、その刃の圧力に翼を開くことが出来ない福音は逃げることも出来ず押し出された先で右手を掲げ待ち受けていたラウラが『シュヴァルツェア・レーゲン』の停止結界によって拘束された。

「今だ一夏!」

「わかってる! 今度は逃がさねえぇぇぇ!!」

 瑠璃色の空に日が姿を現した瞬間、その光を背負い一夏は全てのエネルギーを込めた『零落白夜』を掲げ福音へ滑降し勝敗を決する一撃で停止結界ごと福音を切り裂いた。

『――――シールド・エネルギー残量急激に低下……中、千五百、千、五百七……百…………七十……五――――展開状態維持困難、待機モードへ移行します』

 その瞬間、福音のエネルギーは底を尽き光の翼が粒子となって消えていく。福音の全身装甲も消え操縦者であるナターシャが気を失っている状態で宙に浮いていた。

「……福音の停止を確認、操縦者ナターシャ・ファイルスの救出に成功。任務完了だな」

 気を失っている彼女を抱きしめる響の元に一夏達が集う。

 皆が皆疲労してはいたが無事誰一人掛けることなく勝ち残ることが出来た、その事を確認するように響は自分以外の全員に眼を向ける。

「みんな無事か?」

「おう、全員誰も墜ちてないぜ」

「危ういところだったがな」

「ええ、まったく」

 響の問い掛けに一夏、箒、セシリアと順に答えていく。その表情は色濃く疲労が浮かんでいたが戦いの緊張から解放されたからか安堵の笑みが浮かんでいた。

「ほんと暫くこういうのはいいわね」

「そうだな、軍でもこれ程の任務はなかなか無い……貴重な体験ではあるが私も遠慮したいというのが本音だ」

 鈴とラウラも一夏達と同じく疲れた笑みを浮かべる。スタミナなら七人の中でも特に高い二人がここまで疲労している姿を見れば今回の暴走事件がかなり厳しい物だったと言うことがわかる。

「……………」

 それでも柔らかな空気が流れる中でシャルロットだけが無言で響を見つめていた。

「シャルロット? どうした……何処か痛むのか? なら、早く花月荘にもど――」

「身体は? 身体は大丈夫なの……響」

 シャルロットは涙で濡れた瞳を響に向け掠れ声で彼の身体を気遣う、それもそうだろう……響は意識不明の重体に陥り死の際に立っていたはずなのだから。

 響は隣にいた一夏にナターシャを抱えてもらうよう変わりシャルロットへと近づく。

「心配を掛けたみたいだな……俺は大丈夫だ、現にこうしてここにいる。お前の目の前に」

「うん、うん……そうだけど……本当に、死んじゃうかと思った……あのまま……あのまま――」

 掠れた声は涙声に変わり嗚咽に言葉を詰まらせるシャルロットを静かに、そして優しく抱き寄せる響。

「……大丈夫、大丈夫だ。俺は死んでない、何処にも行かない。シャルロット……お前を一人にしたりしないさ」

 自分の腕の中で泣きじゃくるシャルロットの背中に腕を回し優しく撫でる、自分が生きていると言う証明である熱を、命の温もりを伝えるように。

 何よりシャルロットからも感じる確かな温もりを感じた響は戦いで張り詰めていた心が落ち着きを取り戻していくのがわかった。

 響の心に呼応するかのように『一騎当千』によって輝いていた天魔がその白銀の輝きを弱めていく。

「それに約束したじゃない、シャルロットが困った時は『おれ』が助けるからってさ~」

 光が完全に消えた時、響は普段通りの柔和な表情を浮かべ間延びした声でシャルロットへ話しかけていた。

 そこには先程まで研ぎ澄まされた眼光をたたえた偉容な戦士の姿ではなく何処か子供っぽさを抜け出せないいつもの響がいた。

「シャルは笑った方が可愛いんだから、ね?」

「……もう、響はこんな時でも相変わらずなんだから」

「相変わらずって……何が~?」

 目尻から溢れる涙を拭いながら頬を朱く染めるシャルの様子に首を傾げる響。

 無意識で、無自覚で本心を口に出してしまう響とそんな少年の言動に照れるシャルロット。学園で見ることの出来るいつもの二人を見て一夏達も心の底から戦いが終わったことを実感できたのかみな苦笑を浮かべ響とシャルロットを見守っていた。

「でも、どうして響はここに来れたんだ? 身体の事もそうだけど千冬姉が戦うのをゆるしてくれるとは思えないんだけどな」

「そうれは私も気になっていた……本当に身体は大丈夫なのか?」

「うん、身体は大丈夫だよ~。でも……どうしてここにいるのかよくわかんないんだよね~」

「それは……」

「どういう事なのよ?」

 一夏や箒だけでなくセシリアと鈴も首を傾げる。

「えーっと、よく覚えてないんだけど旅館で寝てたら誰かにシャルやみんなが危ないって教えてもらった、ような感じで……起きたら何か妙に頭がすっきりしててみんなを助けるにはどうすればいいか、どう戦えばいいかわかった、様な感じで……」

「要領を得ない説明だな」

「そこが響らしい気もするけどね」

 ラウラは呆れたようなため息を溢す、シャルロットが何とかフォローしてはいる物の緊張感とは無縁な緩みに緩んだ雰囲気が流れる。

「まあ、旅館に帰ろう~。きっと織斑先生も待って――」

『ああ、その通りだな』

 響の声を遮るようにオープン・チャネルで千冬の声が響き立ち全員の耳に入る。

「あ、織斑先生! よくわからないですけど作戦は無事に終わりましたよ~」

『こちらでも回線の回復と同時に福音の停止と操縦者の無事を確認できた、皆ご苦労……よくやったな』

「「「「「「「はい!!」」」」」」」

 千冬からの労いの言葉に響と一夏達は一瞬顔を見合わせたがすぐに褒められたと悟ると満面の笑みを浮かべた。

『作戦終了! ……と、言いたいところだが皇よ』

「はい、何ですか~?」

『お前には今作戦において無断外出と無断出撃、それに福音戦闘海域に向かった際に建造物等損壊罪にあたる行為についての事情宇聴取がある。察しの良いお前のことだ、……ここまで言えばわかるな』

「…………はい」

『よろしい、では皇以外の専用機持ちは福音操縦者を花月荘移送後休養を取れ……以上だ』

 それ以上、千冬からの言葉はなくただ無言がもたらす息を飲むような静寂さが海上に佇む響達の間に流れる。

「…………みんな助けてくれる?」

「「「「「「ごめん、無理」」」」」」

「ですよね~……」

 海面から太陽が顔を出し明るくなり始めた空の下、福音との命懸けの戦いは終わりを告げる。しかし、皇響の孤立無援の戦いは今始まったばかりだった……。

 

 

 




 お久しぶりです! これが今年最後に投稿になります。
 前回の投稿からまた間が開いてしまいましたが何とかギリギリ滑り込むことができました!! これで福音との戦いは一区切りですが次回で福音編をやっと終わることができます。
 その後の構想はまだ練れていない状況なのでまた間が開いてしまうことが否めません。こんなペースでしか投稿できませんがまた読んでいただけたら幸いです<(_ _)>
 ハーメルンに二次投稿してはや一年・・・・・・来年もよろしくお願いします!!


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第二十四話 彼は平穏に戻り彼女は不穏を残す

 福音との死闘を終えた響を含めた学園の関係者達はその日、寝るまもなく事後処理に追われていた。

 福音の回収と操縦者の保護はもちろん海上閉鎖の解除に軍や政府に対しての任務報告、それに加え機密保持の工作と響が破壊してしまった旅館の補修工事等々……。もちろん、そんな迅速にかつ慎重に行動する学園教師陣の働きの中で千冬も例外なく仕事をこなしている。

「――もう一度確認するが、本当に何も覚えていないんだな?」

「は、はい~……気分転換に森を散歩して……そこから一夏達と一緒に福音と闘ってました。おれも何が何だかわかん、ない……れ……すぅ…………」

 千冬の聴取に響はかっくんかっくんと頭を揺らしながらも答えを返す。しかし、数時間前まで重体状態だった上に目が覚めてすぐに福音との戦闘……その疲れに抗えず何度も寝落ちしている響。

「勝手に寝るんじゃない、これで何度目だと思ってる馬鹿者が!!」

「あぅ! ……す、すみません……」

 福音を捕獲、その操縦者を無事に救出できたのは間違いなく響の活躍があってのことだ。しかし、千冬はそんな響の頭に容赦なく手刀を振り落とす。響も自分の勝手な行動が今回の窮地を招いてしまったことを理解しているためただただ千冬の愛の鞭とも呼べなくもないお仕置きを受け入れいていた。

「ま、まあ織斑先生。皇君も色々大変だったことですし……もうそろそろこの辺で休ませてあげた方が」

「……言いたいことは山程あるが、今回はこのくらいにしておいてやる。だが、次はもう無いと思え」

「は……はい……」

 真耶の救いの手が酷い眠気に襲われる響を助けるものの、響は眠気なのかはたまた寒気なのかがくがくと肩を揺らしながら返事を消すだけで精一杯だった。

「そ、それじゃ皇君はお部屋の方に戻って大丈夫ですよ。ゆっくり休んでくださいね」

「わかりました~……失礼、します」

 響はこれで休むことが出来ると分かったのかほっとした表情を浮かべ、眠い目を擦りながら聴取用に設けた客室を後にした。

「まったく、後始末させられるこっちのみにもなって欲しいものだ」

「そうですね、旅館の修理代金の支払いに政府や軍への報告書に学園長への連絡……それに……」

 真耶は響が出て行った引き戸を苦い表情で見つめ、千冬も眉間に皺を寄せ重いため息を吐く。

「皇は襲撃者の事を何も覚えていない、しばらくは本人には知らせずこちら側で護衛をつける。学園長、あと更識にも知らせておいてくれ」

「わかりました」

 響が帰ってきてすぐに今回の正体不明の襲撃者についての聴取を取った結果、分かったのは響が『襲撃者(篠ノ之束)』の事に関して何も知らない……覚えていないと言うことが分かったと言うことだけ。

(あの傷では意識がもうろうとして忘れてしまった、そう考えられなくもないが……)

 だが、その可能性は低い。そう千冬は考えていた。

(天魔からの緊急信号が発せられた時、皇は間違いなくISを起動させ『何者』かと闘っていたはずだ。いくら通信機器が妨害に遭っていたとしてもあいつなら何らかの方法で襲撃者の情報を残せるだけの判断は出来る……)

 学園の中で、唯一ISの適正がEとは言え物事に対し冷静に的確に判断できる能力は全生徒を含めてずば抜けて高いと言わざる終えない。その上、たった数ヶ月で操縦者としても急成長を遂げている。

 今回の闘いでそれはより顕著に表れ、あの福音と迂りなりにも互角に渡り合った……それだけの実力をもった響が何もせずに負けたとは千冬には考えられなかった。

(だがあえて残さなかったとしたら…………説明は付く、か)

 響の態度と状況仮説から導いた自分の答えに千冬の瞳に悲しみの色が浮かぶ。

 彼女自身、きっとかなり高い確率でそうなのだろうと直感的に理解しているからかもしれない。

「……お前は何処へ行こうとしているんだ、この大馬鹿者め……」

 千冬は聴取を記録した小型端末の画面を見つめ、誰に言うでもなくそう呟いた……。

 

 

                      ◇

 

 

(ふぅ……後先考えないで動き過ぎちゃったな~)

 厳しい視線とお仕置きから解放された響は重い瞼を擦り覚束ない足取りで新しく用意された自分の部屋へと向かっていた、シャルロット達の窮地を救う為とはいえやはり旅館の一室を壊してしまった事に罪悪感を感じる響。

 修理費用が自分に請求されることはないとは言えそのせいで千冬達の負担を増やしてしまった、その上ある事を伝えないまま……隠したまま部屋を出てきてしまったのだから。

(全部覚えてるわけじゃないけど、束博士が福音を暴走させた張本人だって事だけははっきりと覚えてる……全然歯が立たなかったことも)

 響の脳裏に満面の笑みを浮かべ自分を無力化した束の姿が鮮明に浮かび上がる。

 ISのパワーアシストとシールド防禦を難なく上回る腕力、単一能力『一騎当千』を上回る速力と反応速度。思い出すだけで頭脳だけでなく束がどれだけ人を外れた力を有している事に響は胸の奥で渦巻く『何か』に対して表情を歪めた。

 それはまざまざと突きつけられた敗北感なのか、それとも自分の無力さに嘆く悲哀かは分からない。ただ確実に言えることは『皇響』は『篠ノ之束』に完膚無きまでに負けたと言うこと。

(少しは強くなれたと思ったのに……結局分からないことだらけで、何も出来なかった感じが強いな~)

 福音との闘いも何が有ったのか、どう闘ったのか……はっきりと思い出せなくなってきている。

 霧が掛かったように、そしてその霧が晴れるように思い出そうとしても思い出せない不思議な感覚。束に組み伏せられたことも福音と互角に戦えたことも全てが夢だと言われたら思わず頷いてしまいそうなほど希薄に。

 だからこそ、自分では……自分だけでは束を止められなかった事実が明確に理解できてしまう響。

(でも……シャルや一夏達は護れた、今は……それだけで)

 いつも護られてばかりで不甲斐なかった、これからもシャル一夏に護られる事になるかもしれない。でも今までとは違う、不甲斐ないなりにも自分にも護ることが出来ると証明出来た。

(今は……もう、寝よ~……)

 響は眠気に耐えられそうにないと自嘲気味に笑みを溢し宛がわれた自分の部屋へと到着し戸を開ける。

「おっ、思ったより早く終わったんだな」

「だが、予想通り厳しい罰を受けたようだ……覇気がない」

「仕方有りませんわ、状況が状況でしたから」

 響が開いた戸の向こうにはいつもの面々がジュース片手にテーブルを囲うように座っていた。

「そうよね、怪我して寝て起きてすぐに戦闘……そこから千冬さんのお説教くらえば疲れて当然」

「うむ、教官のしごきはドイツで教鞭を振るっておられたときも苛烈を極めたからな。それを個人的に向けられたのだ……よく耐えたな」

 一夏や箒達は一仕事を終えた響を見て皆感慨深げな表情で頷き合う。

 彼等も自分達が同じ事をされたらと容易に想像できるため響の苦労が理解できる、もっとも共感はしても一緒に罰を受けることは無かったが。

「お疲れ様、ジュースとかお菓子用意しておいたけど……食べられる?」

 そんな面々の中でシャルロットだけは響にねぎらいの言葉を掛ける、そんな彼女の言葉と気遣いに響の瞳に涙が浮かぶ。

「食べるよ~」

 響は寝ぼけ眼でシャルロットの隣に腰を下ろす、睡魔がすぐそこまで迫ってきてはいても彼女が用意してくれたお菓子を食べずに眠ってしまうのは悪いと思ったのだろう。響はジュース片手にスナック菓子を頬張る。

「それにしても昨日から色んな事が起きて大変だったね」

「そうだね~……みんなはほんとに怪我とかしてないの?」

「僕達は大丈夫、響の方が重傷だったんだよ? 今は傷が治ってるみたいだけど……」

 シャルロットは響の身体を眺める、とはいってもちゃんと浴衣を着ているため服の上から視覚的に傷の有無を判断することは出来ない。しかし、彼女とラウラが響を救助した際には応急処置では対処が困難な傷を負っていた。

 頭部裂傷からの大量出血に右腕と左足の骨折、それ以外にも肋骨も折れていた事は医師である女性から聞かされていたのだ。そして命の保証も絶対ではないと……

「響の方こそ身体は大丈夫なの?」

「大丈夫だよ~、凄く眠たい……事以外は~……」

 例の如く用意されていたお菓子を飲み物のように粗食した響は残っていたジュースを飲み干し一息ついた、満腹にはほど遠いだろうが有る程度食欲を満たしたことで彼の表意嬢がよりいっそう虚ろな物になる。

「眠そうだな、まあ千冬姉に怒られたんだから仕方ないか」

「そう思うなら……一緒に怒られてよ、一夏……」

「無理言うな、そもそも響が無茶したからだろ?」

「そうだけど……みんなを……助けるためだったんだから……そんなに、怒らなくても……」

「って、ほんとに眠そうね」

「皇も無事に戻ってきたのだ、ここは休ませてやった方が良いだろう」

「そうですわね」

「一夏、皇の為に布団を用意してやってくれ。私とラウラ達で場所を作っておく」

「おう」

 もう夢心地で座っている響の姿に一夏達は苦笑しながらも作業に入った。

 一夏は布団を鈴とセシリアはゴミの処理、箒とラウラはテーブルを部屋の隅へと運ぶ。シャルロットは寝床の準備が出来るまで響が寝てしまはないよう肩を揺す。

「響、もう少しでお布団の準備が終わるから頑張って」

「シャル……揺らさないれぇ~……それ眠く…………も、むぅりぃ~…………」

 しかし、寝かせないためとは言え心地よいリズムで揺らされた響は弱々しい声を溢すと共に後ろへ倒れそうになる。

「あ、あぶない!」

 そんな響を見て『瞬時加速』に匹敵する身のこなしでシャルロットは倒れる響の後ろへと回り込み、倒れる響の頭を抱える形で受け止めた。

「はあぁ……もうびっくりさせないでよ、響」

「昨日今日と一番大変だったのは確かだ、眠気に勝てなくても仕方ないだろう。しかし……危険だな」

「そうですわね……これは危険ですわ」

「箒? セシリアもどうしたの、そんな眉間に皺をよせて……」

 二人から向けられる視線に響を抱き留めるシャルロットは首を傾げる。

「シャルロットなら問題ないんじゃない? そもそも相手が響なんだし」

「それに皇は眠っている、事故であり他意など入る余地もない」

 鈴とラウラも呆れつつも羨ましそうな視線をシャルロットに向けていた。

「さっきから何を――――んっ?」

シャルロットは四人が何を言っているのか分からず寝ている響の頭を抱えなおし……

「すぅ……すぅ……」

「………………あっ!」

 表情を一変させた。

 箒達が何を言いたかったのかを理解したシャルロットの頬がみるみるうちに朱く染め上がっていく。

 何故なら彼女は寝ている響を支えるために身体をしっかり密着させている、しかも寝ている響が枕にしているのは外人としては小さめなしかし同年代の少女としては充分すぎるふくらみをもつ柔らかな双丘。

 それも響が寝返りを打ってしまえばシャルロットのふくよかな胸に顔を埋めしまってもおかしくない危険な状況である。

(ど、どうしよう!? 響を起こすわけにも行かないし、固い畳の上に寝かせるのも可哀想だし……こ、これはこれで嬉しいけど箒やラウラ達に見られちゃってるし……)

 シャルロットは顔を真っ赤にしながらも自分達を見ている箒達に視線を向ける、そこには手持ちの携帯端末で響を抱きしめているシャルロットの姿を写真に納める箒達がいた。

「けっして羨ましから腹いせに撮っている訳ではないぞ」

「そうですわ、けっしてそのような羨望からの行動ではありませんわ」

「そうよ、これはシャルロットと響のよわ――思い出を残してあげてるだけよ」

「三人とも本音が隠せていないよ!」

「シャルロット」

「な、何かな……ラウラ?」

「青春だな」

 ラウラは端末のカメラ越しにシャルロットと響の写真を撮りながらあいている手でビット親指を立てる、その行動と言葉からラウラだけは祝福している様な気は感じられた。

「ちょ、写真撮るの禁止!」

「大丈夫だ分かっている、安心しろシャルロット。後でお前の分を印刷して送ってやる」

「そう言う事じゃなくてね!」

「むっ、シャルロット。あまり騒ぐと皇が起きてしまうぞ?」

「大人しくしていたください」

「あ、今の写真ぶれた。もう一回取り直さないとね」

「なら、クラリッサに頼んで画像補整の編集をして貰おう。何故かそういった技術も持っていてな、何枚だ?」

「もおぉぉぉぉ! 僕何も悪い事してないのにー!!」

 シャルロットは声を控えめにしながらも箒達の容赦のない追撃に泣き叫ぶ、寝ている響は恋に恋する乙女達お可愛い争いとは無縁な満足そうな笑みを浮かべて寝息を立てている。

「……響の奴、あれで無自覚だから凄いよなー」

 そんな騒がしくも、微笑ましい光景を布団を敷き終わった一夏は肩をすくめながら見守るのであった。

 

 

 

 

「はぁ~あ……彼には驚くなぁ~」

 束が崖に腰掛け、ディスプレイを眺めて嬉しそうに呟く。そこには『一騎当千』によって福音と互角に戦いを繰り広げた響と天魔の戦闘データが映し出されていた。

「あの常時瞬時加速だけじゃなくて戦闘データ、この場合は他人の経験をそのまま自分の物にする特殊効果も持ってるなんて驚きだよ。それにまさかナノマシンの機能に働きかけて操縦者の生体再生を促進するなんて、まるで――」

「 まるで、『白騎士』のようだな。コアナンバー001お前が心血を注いだ一番目の機体にな」

 束の背後から千冬が姿を現す。

 お互いに顔は見えない。

 しかし、千冬は束ねが何を考えているかはわかる……いや、わかっているつもりだった。

「やあ、ちーちゃん。私に何か用かなー?」

 いつもと変わらぬ挨拶。友にかける穏やかな挨拶。

「……例えばの話がしたい。とある天才が一人の男子を高校受験の日にISがある場所に誘導できるとする。そこにあったISを、その時だけ動くようにしておく。すると男が使えないはずのISが使えたように見える」

「うーーん、それだとその時にしか動かないよね~」

 ふふふっと面白そうに話す束。『そんなことできたらすごいよね』とでも言うように。

「実のところ白式『は』どうして動くのか私にもわからないんだよねー」

「……今度は別の話だ。とある天才が大切な妹の晴れ舞台でデビューさせたいと考える。そこで用意するのは専用機とどこかのISの暴走事件だ。暴走事件に際して妹が乗る新型の高性能機を作戦に加える。妹は華々しくデビューというわけだ」

 千冬は静かに話を続ける。

「だが、そこにはひとつ問題がある。他の高スペック機――いや例外的な専用機がその表舞台を壊してしまう。その可能性がある機体と操縦者を足止めをする、同時に出撃不可能となるまで徹底的に痛めつける。二度と立ち上がれないほどに……だ」

 束は千冬の言葉に動かない。静かにその声に耳を傾けているだけ……しかし、その手は忙しなく投影キーボードを叩いていた。

「響ちゃんてさ……すごーく優しい子だよね」

「……何が言いたい?」

「あの子の力はある目的のために培われているはずなのに、それとは全く別の使い方をしてるんだよ。本来の用途とは異なる使い方って言うのは普通はほいほいできル物じゃないのにさ……いっくん達のお陰もあるのかな」

「……お前、皇の何を知っている?」

「私が知ってるのはそんなの多くないよ? あの子が新しい家族の元で暮らした十年間についてはまあそこそこ覗かせて貰ってはいたけどさー」

 今度は直接ディスプレイをカタカタとたたく。

 先程から様々な方法で何かを調べているようだが、表示されるウィンドウは結局同じ。

 

 

 

 ――――未確認、未所属のISコアの反応を感知。該当機体二機。

 

 

 

「これから先、響ちゃんのせいで箒ちゃん達も大変な目に遭うかもだし……困っちゃうよ」

 その声は、出てきた言葉のわりにとても嬉しそうだった。

「私が知ってるのはあの子が響ちゃんからひー君になるほんの数日の事くらい。それ以外となると……あと一個くらいしかないかな」

「……それは何だ? それを知れば一夏達にも危険が迫るのか? それとも――」

 千冬の言葉に束は満月を見上げ、微笑んだ。

「うふふ……今日のちーちゃんは質問ばっかりだね。でも、これだけは言えるよ」

 千冬は足下に視線を落とし、束はずっと足をぶらぶらとさせている。

「科学者としてはこれほど魅力的な研究対象はないよ。きっと私が造り出したISにこの世界の誰よりも、この私よりも愛された存在。そんな子がいっくんや箒ちゃんと一緒にいるんだから……これから楽しくなるな~♪」

 束が見つめる満月は不吉なほど丸く、明るく、そして美しかった。

「――それにしても、ちーちゃんのたとえ話を実現できるなんてすごい天才がいたものだね~。世界は広いってやつだね☆」

 突然話題が代わる。

 意図的なのか、それとも唐突に思い出したのか。

 だが千冬は全く動じず、落ち着いて答える。

「ああ。すごい天才がいたものだ。かつて12ヶ国の軍事コンピュータをハッキングした天才がな」

「……ねぇ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?」

「そこそこにな」

「そうなんだ、ならちーちゃんは響ちゃんの『敵』になるかもだね」

「私が皇の敵になるだと? それはどういう意味だ」

「ちーちゃんも知ってるでしょう? 私は世界を壊せる力を持っている、ちーちゃんは世界を救う資格を持っている。でも、あの子が持っているのは私達とは別……あの子は――」

 崖からの風が束の声をかき消すように音をあげる。

「皇……お前と束の間に何があったんだ。何より……お前は何者なんだ?」

 そしてその場所から風が連れ去っていったかのように、束は千冬の前から忽然と姿を消した。しかし、その場に残された千冬には……彼女だけが束の言葉を受け取ることが出来ていた。

 

 

 

 

 

――あの子は私を、ISと人を……そしてこの世界を罰する権利をもっているから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……人形劇はまだ続く

 

 

 ……人形劇はまだ続く

 

 

 ……道化が人形に戻る時が来た

 

 

 ……騎士ではそれを止められない

 

 

 ……人形劇はまだ続く

 

 

 ……人形の操り糸はまだ切れない

 

 

 ……人形劇はまだ続く

 

 

 ……人形が悲劇を手にすれば終わるのか?

 

 

 ……糸が切れれば終わるなど誰が決めたのか?

 

 

 ……故に人形劇はまだ続く

 

 

 ……道化の仮面が取れようと糸が切れようと

 

 

 ……人形と兎が踊る限り

 

 

 ……人形劇はまだ終わらない

 

 

 

 

 

 

 

 




 当作品をお気に入り登録してくださっている皆様、大変長らく更新が途絶えて申し訳ありませんでした<(_ _)>
 年明けから私用でバタバタしておりましたが漸く更新することが出来ました。しかし、福音編の終盤の終盤と言うことで今回は短めですw
 次回からまたIS学園に戻ってのお話になります。
 また半年近く更新できなくならないよう頑張りたいと思いますので何卒長い目でお付き合いくだされば幸いです。
 


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第二十五話 皇響は与り知らぬ・その一

 雲一つ無い青空が広がるIS学園、臨海学校を終え夏休みに入った生徒達はおのおの自分達の思うように過ごしていた。

 入学したばかりの一学年生徒はしばらく帰っていなかった実家に帰省する生徒達が殆どで一学年の寮は静まりかえっていた、もちろん一人もいないというわけではない。

 中には家には帰らずISの使用許可が取りやすくなると言うことで学園に残り操縦技術を磨く生徒達も思いの外多く残っている。

 そんな中、世界でたった二人の男性IS操縦者の内の一人である皇響は後者。

 夏休みという操縦技術を磨くにはまたとないチャンスを物にすべく今日も朝から仲の良いクラスメイトと達と模擬戦に勤しんでいた。

 アリーナの中を駆けめぐる白銀と純白のIS、目まぐるしい速度で交差する度に飛び散る火花と激しくぶつかり合う金属音。

「はあああああっ!」

「うおおおおおっ!」

 響と一夏はそれぞれ愛刀と呼ぶべき『鳶葵』と『雪片二型』を振るい、互角の戦いを演じていた。

 一方が刃を振るえば一方がそれを受け、躱し反撃に転じる。隙が生じればすかさず苛烈な刃を振るい両者共にシールド・エネルギーを削っていく。

「くぅっ! こっのおぉぉ!!」

 絶え間なく打ち合う中で響はそんな膠着状態だった流れに痺れを切らし上段から大振りの一撃を放つ。天魔のパワーアシストを受けたその一撃はさほどまずい一手ではない。

 通常時の性能で言えば全ての項目において天魔よりも白式の方が勝っている。しかし、そこに大きな差はなくその一撃を一夏が受け止めれば動きを止め鍔迫り合い持ち込み動かない戦況を一旦仕切り直すことが出来ただろう。

 躱されたとしても間合いを取ることができ、次の策を考えることが出来る。

 だが、一夏はそんな響の考えを読んでいた。それは単純に彼が響よりも闘いという項目において場数を多く踏んでいるのだから当然だ。

 一夏は響の攻撃を雪片で受け止めず、左手に装備されている雪羅の手甲で振り下ろされる鳶葵を持つ響の両手を振り払い僅かに太刀筋を逸らす。

「ここで決めさせて貰うぜ、響!」

 斬撃の軌道を逸らすと同時に一夏は雪片の柄を握り白式とのシンクロ率を一気に上げる。

「零落白夜――」

「っ! 一騎当千――」

 一夏が単一能力の名を口にすると同時に響もすかさず天魔とのシンクロ率を引き上げ、そして体勢を崩されながらも響は右手を引き突きを繰り出そうとしている一夏の動きを捉える。

『発動!!』

 刀身を可変させ蒼いエネルギー刃を出現させ突きを繰り出す一夏、響もその身に白銀の光を纏い繰り出される一撃必殺の切っ先をギリギリのところで後退し鳶葵のトリガーギミックを握り込み横一文字に振り抜く。

「断空!!」

 零落白夜と同じ蒼の刃――剣戟射出機構『断空』を放ち、畳みかけるように残り残弾全てを一夏めがけて放ち続ける。

「雪羅、シールドモード!」

 自分めがけて放たれた四つの斬撃を防ぐべく一夏は左手を突き出し零落白夜の盾で断空を受け止めた。だが、断空を打ち消す度に白式のエネルギーが消耗し活動限界のアラームが鳴り響く。

「くそ、まずい。エネルギーが――ッ!?」

「隙ありだよ!!」

 今度は一夏が見せた決定的な隙。

 響は鳶葵を両手に携え超速で間合いを詰め一夏と白式の背後へと回り込み――

「これでおれの勝ちだよ!!」

「ぐあっ!」

 白式の残り僅かなシールド・エネルギーを削りきる一撃を叩き込む。

 その一撃に白式のエネルギーはそこを尽き、アリーナに二人の模擬戦終了を告げる。

「な、何とか……勝ったぁ~……」

 アラームが鳴り響は天魔を待機状態に戻し額から流れる汗を拭いつつ地面に座り込んむ。

「次は私のワタシの番だぞ。早く準備をしろ、皇」

「もう……勘弁して~、ボーデヴィッヒさんと……闘うの、次で六回目なんだけど~!」

 一夏との模擬戦で疲れ切っている響に声をかけたのは一学年最強のラウラだった。

 と、言うよりもアリーナのフィールド内にいたのは響と一夏……そしてラウラだけでなくいつもの面々である、箒にセシリア、鈴にシャルロット達が勢揃いしていた。

「それに一夏やシャル達だってそうだよ! さっきから何でずっと六人で交代しながらおれと闘ってるの? おれは三十五連戦なんだよ、あと一回で三十六戦目だよ!?」

「あと一回で六の倍数になる、丁度良いだろう」

「何が丁度良いのかなボーデヴィッヒさん!! 苛め? これ苛めだよね!? そうだよね!!」

 四つん這いになり項垂れながら地面をぽかぽかと叩く響。声は必死に異議を唱えすぎて涙声、そのせいか項垂れて見えない表情が簡単に想像できる。

 それはシャルロット達も同じようで互いに顔を見合わせ苦笑と戸惑いを見せた。

「ご、誤解だよ響」

「そう言われると、そうかもなんだけど……なあ?」

「ああ、皇には悪いとは思うのだが……」

「言いがかり、と反論したいのも事実ですわ」

「そうよね、これだけ闘ってもなんだか……手を抜かれてる気がするのよね」

「あの時のお前はこんな物ではなかったぞ?」

 シャルロット達はそれぞれが臨海学校での福音戦の事を思い出す。

 福音との闘いは響を除いた六人が全力を尽くし、暴走状態とはいえ福音と息も詰まる攻防を繰り広げた。その最中、シャルロットの窮地に響が駆けつけ彼等の闘いを引き継ぐかのように割っては入り、たった一人で福音と互角の戦いをして見せたのだ。

 今までに例を見ない訓練機から専用機へ変化した響の専用IS『打鉄・天魔』その性能は第三世代機に劣らぬ物だがあの場には篠ノ之束が作った第四世代機も揃っている状況。

 シャルロットだけは第二世代機のカスタム機ではあったがIS適正の高さと培われた技術で世代差を埋める、それだけの機体と操縦者達がいたというのに響はそんな彼等の想像を超えた戦闘能力をシャルロット達に焼き付けていた。

 そして現在、響とシャルロット達の総合成績は……

 

 一夏 一勝五敗

 箒  0勝六敗

 セシリア 0勝六敗

 鈴  0勝六敗

 シャルロット 0勝六敗

 ラウラ 0勝五敗

 

 一勝三十四敗……と、不憫に思える程に響が負け越している散々たる結果である。

「だから言ってるじゃない、あの時はおれもよく分からないうちに闘ってたからまぐれみたいな物だって~……」

 響は涙を拭いつつも苦い表情を浮かべながらゆっくりと立ち上がり、未だに自分の説明に納得してくれないシャルロット達にため息を吐いた。

「今じゃ殆どどう闘ったかさえ思い出せないんだよ~? そのくらい夢中で動いてたから福音がおれのでたらめな動きを読めなくて困っただけなんじゃないかな~」

「確かにそれの可能性は無くはないだろうが……」

 響の言い分も間違いではないだろう、何者かの襲撃によって命の危険がある状態まで追い込まれ目が覚めたと同時に戦場へ赴いたのだ。誰しもが常軌を逸脱した流れであることを理解できる。

 しかし、それでもラウラやシャルロット達は納得がいっていない視線を交わらせる。

 その原因はこれまでの対戦成績による物だった。

 総合的な勝率は無惨にも一勝だけ、むしろ全敗の方が気持ちが良いくらいだろう。だが、響以外の全員が注目しているのはそこではなかった。

「お願いだからもう今日は終わろう、さすがに朝からずっとは辛いよ~」

 ……そう、響はただの一度も休むことなく戦い続けた。それも一度も決定的なダメージを受けることなく。

「「「「「「………………」」」」」」

 負け越している時点でそれだけ攻撃を受けていることに代わりはない。これは模擬戦でありシールド・エネルギーが底をついた時点で勝敗が決まる。

 しかし、響は一試合ごとに対戦時間を延ばしシールド・エネルギーを大幅に削る攻撃を見極め最小限のダメージの積み重ねで負けているのだ。その分、一夏達は休む時間が増えるが響はシールド・エネルギーを充填する僅かな時間しか気を抜けていない。

 福音戦と比べれば確かに体捌きや武器の使い方、操縦練度は拙い物だろう。それでも闘う事に響の操縦技術は少しずつだが確実にその練度をあげていった。

 それを見ていた六人からしてみれば響があえて自分達の力に合わせて闘っているのではないかと錯覚してしまうのも無理はないのかもしれない。

「おれ、もう戻るからね~……後片付け頼んだよ~」

 そんな一夏達の心情を知るよしもない響は一夏達にアリーナの後始末を頼み、疲れ切った表情でピットへと向かっていった。

「……ちょっとやり過ぎたか」

「ああ、皇には済まないことをしてしまったな」

 一夏と箒は落ち込んで帰って行く響の後ろ姿に申し訳なさそうに表情を曇らせる。

「仕方ないじゃない、織斑先生に頼まれたんだから」

「そうですわ、どんな内容であれお願いされては断るわけにはいきませんもの」

「鈴とセシリアの言うとおりだ、教官の命令は絶対だからな」

 鈴とセシリア、そしてラウラは特に気にする様子もなくISを待機状態に戻す。シャルロットや一夏達もそれに続く。

「でも、織斑先生から聞いたとおり……響は凄いスピードで強くなってるよ。今だって僕達に負けはしたけど、った数ヶ月で僕達と良い勝負が出来るくらいだもん」

 シャルロットもリヴァイブを待機状態に戻し一息つきながらも、千冬から調べるよう頼まれた現時点における響の能力状態に脱帽の言葉を漏らす。

「福音と闘った時みたいに『高速切替』は出来ないみたいだけど、接近戦の能力と判断の速さは学年別トーナメントの頃に比べて確実に成長してるよ」

「そうだな、私と闘っていてもワイヤーブレードを的確に捌きAICの発動を警戒できるまでの余裕まであった。あれから一ヶ月程度でここまで力をつけるのは異常だ」

「ってことはやっぱり、響の奴は」

「ええ、織斑先生の言う通り『一騎当千』の持続効果……というより後遺症といった方が良いのかもしれませんわ」

「闘った感じそこまで酷いものじゃないみたいだけどね……でも、これってよくよく考えれば結構まずいわよ」

「……うん」

 鈴の発言にシャルロットは悲痛な表情を浮かべ、一夏達も黙り込んでしまう。

 響の著しい成長、本来それは喜ぶべき事である。

 しかし、その成長速度と単一能力の効果に問題があった。現在ISコアの総数は四百六十七個……優秀なパイロット育成するための機関であるIS学園には三十を超えるISが配備されている。それ故に優秀な人材とISコアはどの国も喉から手が出る程に必要としているのが現状だ。

 そんな状況でたった一つのコアが特定のコアと同期し最適な戦闘プログラムを作成、同時に操縦者に経験値といえる戦闘データを一定の時間または期間内に学習させ成長させる。そんな類い希ない効率化機能を持ってしまったISとその恩恵を受けたった数ヶ月で素人から代表候補生に匹敵するまでに成長した操縦者。

 各国の戦力バランスを著しく崩しかねない存在であり、同時に研究対象としても魅力的すぎる響は格好の標的である。

 もっとも一騎当千の特殊効果については千冬と学園長である十蔵が厳重に情報操作を施し、今まで通り常時瞬時加速による高速戦闘のままにしていた。

 それでも、福音戦に携わっていた者達はその事実を知ってしまっている。その為、職員にも裏工作を生業とする更識家の監視がつけられることになった。

 もちろんプライベートに関してはそれなりに配慮はしてあるが、生徒であり各国の代表候補生でもあるシャルロット達には千冬が直接口答で厳重に口止めするだけに留まった。彼女達ならば響の情報をおいそれと口にすることもましてや自国に漏らすことはない、と千冬から信頼を込めての色合いが強い。

 故に、現時点でシャルロット達は響と闘うことで天魔の単一能力による効果持続がどれだけのモノなのかを響本人には内緒で確認していた。

「響自身は単一能力の効果を自覚してないみたいだし……使っている間は記憶に残らないって事なのかな?」

「違うんじゃないか? さっきだって俺達と闘って『一騎当千』を使っても何かを忘れたって感じはしなかったぞ」

「一夏の言う通りだな」

「教官の話では皇の記憶に影響を示したのは『一騎当千』のシンクロ率の上限を超えた時と言っていた。普段の発動ではその傾向はみうけられない……つまり単一能力を発動させるだけではそう簡単に特殊効果発動の域までは持って行けない、と考えるべきだ」

 全三十五戦の中でも響の実力が一気に跳ね上がることも他機ISともコアネットワークを介して戦闘データを収集する動きはなかった。

 その上、一夏を上回る実力を知らず知らず身につけ始めているとはいえ『零落白夜』のエネルギー無効攻撃によって攻めきれず六戦中にやっと一勝を勝ち取る事がやっと。その不安定さが今だけは好都合だった。

「とはいえ、何もしないわけにはいかないからこうしてあたし達が闘ってるわけだけど……なんか複雑よね」

「そうですわね、皇さんは闘うごとに力をつけていますわ。そうすることで一人でも自分の身を護れるようになるのは良いことですけど」

 発現してしまった『一騎当千』はもう無かったことにすることは出来ない。本来の能力が発動していなくてもその微かに持続している経験値の増大効果は無視できない。ならばいっそのこと有意義に活用するほかないだろう。

 少しでも多くの戦いを経験させることで、少しでも響自身の成長を促すことでいずれは『一騎当千』を使わなくても戦えるようにしなくてはならないのだから。それが自分達の……いや、千冬が出した響を護るための打開策なのだ。

「はあぁ……響の奴どんどん強くなってくな」

「仕方ないだろう、それが皇と天魔の力だというならな」

「わかってはいるんだけどな……やっぱり悔しいじゃないか」

「……まあ、普通はそうよね」

「近いうちに追い越される事を知っているのは嬉しいようで嬉しくないものですわ」

 自分達が積み重ねてきた努力とそれによって培われた力が決して響に劣っているわけではない。しかし、その努力に費やしてきた時間をより短くして成長できる響を見ていると自分達の強くなろうとする思いが彼よりも弱いのではないかと思えてしまい一夏達は小さくため息を吐いた。

「……愚痴ってても仕方ない。また模擬戦しようぜ、いくら成長速度が違うっていっても俺達だって闘う度に強くなれるのは同じなんだ。なら響の倍やってやろうぜ!!」

「そうだな、皇が強くなるなら私達も強くなれば良いだけのことだ」

「ええ、わたくしとブルー・ティアーズだって負けてられませんわ」

「あたしもそう簡単に負けてる気なんてないわよ」

「……みんなやる気になるのは良いけど、今度はちゃんと休みを取りながらやろうね」

 暗い雰囲気になりかけた場の空気に渇を入れるように自分を奮い立たせる一夏達、その姿をみてシャルロットは被害者とも言える響の疲れ切った表情を思い出す。

「響が一番闘うことになるだろうから、次はちゃんとペース配分とを考えようよ」

「ああ、わかってるって。よし! それじゃ特訓を再開な、響が抜けたから次は俺と――」

「いや、一旦休憩にしよう。そろそろアリーナの使用時間が終わる」

「もうそんな時間なのか?」

「ああ、皇が行っていたように長い間続けていたようだ」

 ラウラはやる気に満ちた一夏の進言を止め、ディスプレイに映る時間を見た。

 時刻はすでに十一時を越えている、此処で訓練を止め昼食を取って午後に再開。休憩を取るには丁度良い。

「各自休憩の後にまた此処に集合で良いだろう、使用時間延長の許可は私が教官から許しを得てこよう」

「悪いなラウラ。それじゃ、俺達も一回休憩にしようぜ」

「そうだな、あまり根を詰めてもよくない」

「では、私は一度部屋に戻って私用を済ませてきますわ」

「あたしも課題で少し調べたい事があるし」

 一夏達はそれぞれ休みを取るべくピットへと向かう。

「シャルロットはどうする? 何か予定があるのなら済ませたらどうだ」

「予定っていうか……響に可哀想なことしちゃったから、お詫びにご飯でも作ってあげようかなって」

 立て続けに自分達と戦い疲れ切った響の背中を思い出すシャルロット。

 朝から響の予定もろくに聞かず半ば強引に起こし自分達の特訓に付き合わせてしまった。いくら響が優しいと言っても、その優しさにつけ込んでしまったような……そんな罪悪感がある。

「皇の食事を作るのは良い案だと思うが……その、総量はかなりの物だぞ? 一人だけでは」

「響はゆっくりしたかったかもしれないのにそれを無理矢理連れて来ちゃったしね、これくらいなんて事無いよ。それに……僕が作ってくれた物を美味しいって言ってくれたら、嬉しいし……」

 臨海学校では様々な出来事が起きたが、その中でもシャルロットにとって一番の収穫は響の自分へ対する無自覚の恋心だろう。響本人は全く気づいていないようだが、千冬と一夏との恋バナトークでそれは周知の事実となった。

 それを知ったシャルロットとしては、嬉しさや恥ずかしさが毎日のように胸の中で小躍りしおり少しでも響との距離を縮め友達以上恋人未満(今の響にしてみれば仲の良い女の子の友達)な関係を少しでも発展させたいと静かに燃えているのだ。

「そうか、ならば教官への報告が終わったらすぐにでも手伝おう。調理に関しては殆ど戦力には慣れないが雑用くらいなら私にもできるだろからな」

「ありがとうラウラ」

「なに、お前と私の中だ。これくらい礼を言われる事でもない。では、私は教官の所へ行ってくる」

「うん、響と天魔の報告お願いね」

「それじゃ、俺達も休憩にしよう。特訓は用事が済んで集まった奴らから始めるって事で良いか?」

「ああ」

「それでかまいませんわ」

「おっけー、んじゃ解散ね」

 一夏や箒達もラウラの後を追うようにピットへ戻る。シャルロットもその後に続くが、彼等の後ろで特訓以上のやる気に満ちているのか小さな手を握りしめ拳を作る。

(よーし! 響が好きなもの沢山作ってまずは仲直りしなくちゃ、やるぞー!!)

 

 

 

 

「――以上が、模擬戦で得られた皇と天魔の戦闘データと、私を含めた専用機持ちの意見です」

「そうか、やはり後遺症にも似た症状が出ているようだな」

 IS学園の職員室で、ラウラは千冬と共にアリーナでの状況を事細かに彼女へ報告していた。夏休みと言う事もあってか他の職員の姿は無く回りを気にすることなく話を続ける二人。

「今のところは皇に自覚症状が無い事が救いだが……あいつの事だ、近いうちに気づくかもしれん。お前達も出来る限りISの訓練を怠るな、お前達との実力差が縮まればその分気づくのが早まる」

「はい、教官!」

「教官ではない、先生と呼べと何時も言っているだろう」

 千冬は目頭を押さえ深いため息を吐く。

 夏休みに入っても響と天魔に関する情報統制に動き回っているのだろう、その表情を見ただけでも気苦労が絶えない事が分かる。

「それで、他に何か気づいた事はあるか? 何でも良い、少しでも違和感があるような事でもかまわん」

「……一つだけ、気がかりな事が」

「言ってみろ」

「はい、おそらくこの事に関しては教官もお気づきになっているかもしれません。皇と天魔の『一騎当千』に関してです」

 ラウラは一度、職員室の中を見回し自分達以外に誰もいない事を確認する。

「あれは……タッグトーナメントで私が暴走状態に陥ったVTシステムと近い、いえ、同じ性質の物なのではないかと」

「お前もそう思ったか。まあ、類似点がある。教師陣の中でもその事息づいている先生方もいるからな」

「やはり、そうでしたか」

 天魔の単一能力『一騎当千』、ドイツがラウラには内密に『シュヴァルツェア・レーゲン』に搭載していた『VTシステム』……。

 この二つにはいくつかの類似点があった。

 搭乗者の強い意志、つまり高いシンクロ率の元に発動する事。

 搭乗者に、特定の人物の技術を再現させるシステムプログラムである事。

 そして、発動時にはその際の記憶が曖昧又は覚えていない副作用がある事。

 暴走状態もその一例ではあるが、束との戦いを知るよしもないラウラはその事に気づいていない。

 それでも、これだけ近い性質を持っていれば同質のシステムプログラムである事を疑わざる追えない。

「まさか、ドイツ本国が皇のISに何か細工を施していたのでしょうか?」

「それはない、皇のISは学園が所有する訓練機の内の一体だ。軍が工作員をここに送り込むにはリスクが高すぎる。しかも、操縦者としての素質を確認されてからはIS委員会の監視が常についていた」

 もう一つ理由を付け加えるとしたら、天魔の進化はVTシステムが発動する前に起きた。つまり、天魔自身が進化するための条件の中にVTシステムの影響を受けたものではない。何より、あの試合の後ドイツの研究所の一つが何者かの手によって壊滅させ羅れている。もちろん『VTシステム』に関わった研究所、それも人的被害を一切出さずに……それを出来るのは一人しか思い浮かばない。

「であれば、何故これほどまでに類似点があるのでしょうか」

 千冬は小さくため息を溢し、葛藤を胸の奥にしまい込みラウラの問いに答えた。

「わからん。そもそも単一能力は一夏と白式を除いて唯一無二に近い発現能力だ、考えられるとすればお前との実力差を埋めるために天魔が導き出した最適な力……とだけしかいえん。それに」

「調べようにも、皇の安全を考えると難しいと言う事ですね」

「そうだ、まったく手が掛かる生徒だよ」

 千冬はやれやれと頭をふり、ラウラも苦笑を溢す。

「で、皇はどうしている?」

「特訓終了後、部屋に戻っているはずです。何か用事でも?」

「ああ、あいつに会いに来ている方々がいてな。山田先生が案内役で側に居る。今頃は調理室で腕を振るっているはずだ」

「皇に会いに? 調理室で料理? それはいったいどのような用件なのですか?」

「何だ、これだけ言って分からないのか?」

「はい」

 顎に手を当て響に会いに来た人物達が誰なのか予想できないで居るラウラを見て千冬は面白そうに笑いを溢す。

「なら、答え合わせだ。この夏休み期間中、皇は臨海学校のこともあってその問題が解決するまではずっとIS学園にいてもらうことになっている。そんな皇に会いに来た。調理室で料理をしている、という事は皇が大食らいであることを知っている。……どうだ、もうそろそろ思いつくんじゃないか?」

 千冬はもったいぶるような素振りでラウラに教えた面々の特徴を繰り返す。

 それはラウラがその人物達が誰なのかに気付き、どんな表情をするのかを手ぐすねを引いて待っているようにも見えた。

「臨海学校での事件、夏休み、皇が大食漢である事をしり、調理室で料理を…………――っ!!」

 千冬の誘導にラウラは眼を見開き息を飲んだ。

「まさか、今この学園に来ているのですか!?」

「ああ、そのまさかだ。皇に関しては福音戦でのこともある……そう驚くようなことでもない」

 ようやく答えに気づいたラウラに、千冬は小さく笑みを溢す。

 

 

「血縁関係が無くてもやはり家族だ、屈託無く笑う姿は親子だと感じさせられたよ」

 

 

たった一度、響を引き取った夫妻の笑う顔を見た瞬間、千冬は二人に響と同じモノを感じた。包み込むような暖かさと柔らかさを感じさせる微笑み、それは間違いなく響の両親であることの証明だった。

 

 

 

 

 

 




 遅れに遅れて申し訳ないです(-_-)
 お仕事関係でいろいろあってほとんど手つかずでしたが、何とか一段落したのでまた投稿を再開したいとおもいます!!
 今回のお話から終わるのが何話までになるかわかりませんが(そんなに長くならないとは思います)、家の響君以外の人達のお話を投稿します。
 もちろんヒロインであるシャルロットさんにはしっかりと出ていたく流れですので、ご安心くださいw
 今回はキャラクターさんの視点がころころ変わるのでいくらかまとめて更新する予定ですので、またいつものように気長に待っていただければ幸いです。
・・・・・・そう言えばISの最新刊まだ買ってないな~、なんて小言を漏らしてみます。
ではではw、


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