聖女もどきはハンターの夢を見るか (liol)
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1.「場違いな少女」
20時にもう一話投稿します。
評価・感想あれば励みになりますので、是非よろしくお願いしますっ!
トンパは十歳の時からハンター試験を受け続けたが、実力が伴わず四十歳を越えても未だにハンター試験をクリアすることが出来ていない人間だ。
最初こそ熱意を持ってハンター試験を受けていたが徐々にその情熱は風化していき、今では同じハンター試験受験者を潰すことに快楽を見出す人間へと変貌している。
才能が有り将来有望な受験者を、試験にずっと合格出来ていない自らの策に溺れて落ちていくそのさま。その相手が絶望する表情こそが、今のトンパの生き甲斐なのだ。もうこれは、彼自身にもどうしようもないライフワークなのだ。
(おーおー、今年もみんなやる気に満ちちゃってまあ)
ハンター試験287期会場に集まった受験者達を流し見て、トンパは用意した下剤入りの缶ジュースに視線を移した。飲んだ人間がその後の惨状に気が付いた時に絶望する表情を想像し、思わず下卑た笑みが漏れそうになるのをトンパは必死に堪えた。
(ヒソカか、あいつは駄目だ。ヤバ過ぎる)
当然、渡す相手は選ぶ。ハンター試験の常連であるトンパの目利きは正確に、危険な奴等を見分ける。新人潰しの二つ名を持っている自分を知る人間も対象外だ。
今回のメインターゲットは新人だ。
トンパから見れば無防備としかいえない新人達にトンパは熟練のコミュニケーションを発揮して、下剤ジュースをプレゼントする。トンパが作り上げた柔和な表情を見て、殆どの人間は彼を悪人だとは決して思わないだろう……こんな時にジュースを配る変人だとは思うかもしれないが。
(お……めっちゃ綺麗な女の子だな)
新しく会場に現れた金髪の少女を見て、トンパは思わず目を見張った。
煌びやかな美しさでは無い。清廉な雰囲気を漂わせた、どこか人を惹き付ける魅力がある美少女だった。
周囲もこの試験会場には場違いな彼女を見て、眼を白黒とさせている。ぱっと見はとても強そうには見えない。華奢な身体だ。
身なりは軽鎧を着用して万全にしているようだが、その鎧越しでも分かるくびれた細い腰つきを見て彼女がマトモに戦える人間だと思う奴は少ないだろう。
誰もがごくりっ、と唾を飲み込んだ。
トンパもそうだ。年相応の色気も感じるが……トンパは彼女を見てから沸き起こる、謎の感情を努めて抑えるのに必死だった。
――護りたい。
(お、落ち着け俺っ。俺はいわば、このハンター試験の質を上げる役目を自己的に担う裏の試験官といっていい存在だ。その誇りにかけて、たかが美少女というだけで下剤ジュースの対象から外すわけにはいかない!)
トンパは自分でも厳しいと思っている理論を振りかざし、にこやかな笑みを浮かべて彼女へと近づいた。
「? なんでしょう」
「ここんにちは……あ、あ、あのですね」
「はい」
(ちょ、おまッ! 近くで見たら余計に美少女じゃねぇかッ! なんだこのオーラは!)
それは正に一輪の花。薔薇の様な華やかな花では無く、野原に咲く大輪の
「あー! その、喉乾いてませんか? こ、これ良かったらどうぞ」
「え? いえ、その」
「ご遠慮なさらず、実は間違って多く買い過ぎて……余ってしまったんですよハハ」
「……それならお気持ち、ありがたく頂きますね。ありがとう御座います」
こちらが騙しているなんてまるで思いつきもしていないだろう彼女の優しい微笑みに、トンパは浄化されそうだった。
駄目だ俺何してんだろう真面目にやり直そう、なんて危うく改心しかけている自分に気が付く。
トンパに先を越されたと感じた者達が上手くやったトンパへと嫉妬の眼を向けるが、生憎こちとら精一杯のトンパが気づくことは無かった。
自分でもかなり罅割れている自覚が有る笑みで彼女と別れるや否や、トンパは全力の力加減で自分の頬を両手でバシバシと叩いた。
(彼女は絶対、有望な若者だ。間違いねぇ。とてもそうは見えんが、数十年培ってきた俺の勘がそう言っている――つまり、俺にとって不倶戴天の敵! 惑わされるな)
トンパは気を引き締め直し、気持ちが落ち着くのを待って再び新しい下剤ジュースを後ろ手に握った。
その表情はどこか険しく、眼には炎が宿っていた。トンパは小さな携帯手鏡を表情を確認し、善人そうな笑みを作る。
慣れた作業を淡々とこなすことで、気持ちも回復する。
丁度良く、子どもを連れた若者三人組が新しく会場にやって来たのをトンパは発見する。険しきハンター試験に子ども連れとは、とんだカモだ。
(へッ、俺は『新人潰し』のトンパ様だ! この誇りにかけて、改心なんぞしねぇっ)
トンパは、出来るだけ自身を惑わしかねない彼女を視界に入れない様にして、心の中で啖呵を切った。トンパの名演技が、始まる。
◆◆◆◆
(あー、やばいです。皆私を見てる)
これだけ沢山の人間に見られて、自分が大きく注目されていることに気付かない馬鹿は居ない。
小中学校までは多数の人間に似たような視線を送られることはままあったが、ここ数年は人込みから離れた生活をしていたのだ。多少気おくれする。
「し、失礼お嬢さん。私は――という者だが。試験開始までまだ時間が有る。始まるまでなにか話でも」
「おいおい、お前見ない顔だな新人だろ引っ込んでろ……彼女お前の強面に驚いてるじゃねぇか。あー俺じゃねぇワタクシはハンター試験をもう五回は受けた歴戦だ。分からないことが有れば何でも聞いてくれ、お嬢さん?」
「ふっざけんなボケ、お前のようななよっちい奴より俺の方が彼女の力に成れる。二人ともあっち行け」
「むさ苦しい男共は引っ込んでて! 同じ女の子の私の方がこの子も安心出来るに決まってるじゃないっ!」
初対面のオジサンから渡された飲み物を片手に、それを皮切りに続々とやって来た受験者仲間? 達が話し掛けて来る。
思わず、その剣幕に引いた。なんだか様子がおかしい。
(……これって、もしかしてスキル『カリスマC』の効果?)
創作の中の美少女たちとは違い、彼女は自分の容姿が人を惹きつけるに足ることをきちんと理解している。しかし、初対面の人間がここまで世話を焼こうと迫られるほど美人だとは思っていない。
これも修行の成果か。
彼女……レティシアの容姿は、ある人物に非常に似ている。
(『
彼女は色々あって、そのfate/という作品に出て来るとあるキャラクターっぽい能力を限定的に行使できた。
当然最初はそんな超常現象染みた能力など彼女には欠片も存在しなかったが、その特殊な来歴ゆえか先天的な才能か定かではないがその不思議な能力に目覚めたのだ。
「……では、試験を始めます。先ずは私に付いてきてください」
試験官がそう言って走り出す。なかなかのスピードだ。
周囲から投げられてくる心配そうな視線に、レティシアは大丈夫という意味を込めて軽い微笑みを返した。
暫く走り続けても平然と走るレティシアに彼女の周囲は安堵の表情を浮かべると、同じように前を向き走った。
一時間を過ぎても、走るペースは落ちない。
それどころか、むしろ徐々にペースが上がっていく。
脱落していく受験者達から、頑張れーっ! とレティシアにエールが送られる。その中には心配してアドバイスをくれた者達も混じっていた。
「ありがとうっ。残念ですが、これで諦めないで下さい!、共に研鑽していきましょう! 同じハンターを目指す同士、私は忘れません! これで諦めないでくださいっ!」
レティシアの声援に、脱落していく者達の沈んだ顔に光が差す。次いで再起を決めた雄叫びを上げると、彼らはこぶしを握って天に翳した。まだ走る者達も、そんな彼らの声に心を熱くした。負けるわけにはいかないと、脱落した彼らの気持ちを受け継いだ多くの者達が奮起する。
先頭を走っていた試験官のサトツは、わざわざ振り返らずとも分かる背後の様子に笑みを浮かべた。今年は有望そうな若者が多そうだったからだ。それに、来年にも期待できそうだ。
奇術師ヒソカは、そんな彼らの様子を興味深そうに観察しながらそれを引き起こした中核の人物を愉快そうに見つめた。
レティシアの背に悪寒が走る。
(面白そうな子だけど――さて、どうしようかな♠)
軽く"凝"をすると、彼女の強いオーラがヒソカの眼に映る。まだまだ粗削りながら、美しい"堅"だ。ヒソカの顔が愉悦で歪む。この状況で疲れやすい"堅"をする理由はよく分からないが、ああ見えて周囲を警戒しているのだろうか、それほどオーラ量に自信があるのか。
それに彼女の衣服は、なんとその全てが念で出来ているようだった。恐らくは具現化系、或いはそれに隣接した系統だろう。
オーラ量は観る限りかなりの物だろう。
(彼女はまだまだ伸びる。収穫の時期は、もうちょっと先かな♥)
彼女が後ろを走る自身の視線から離れるように走るペースを上げていくのを、彼は笑顔で見送った。
◆◆◆◆
「先ほどから、私に何か御用でしょうか?」
「うん。取り敢えず、ちょっと早めに唾つけとこうかなって思ってさ♣」
(こいつ、色々ヤバいですっ!)
レティシアは目の前の変態の舐めるような視線に、顔が引き攣りそうになるのを堪えた。しかもタチが悪いことに、この変態はめちゃくちゃ強そうだとレティシアは思った。
「ふっ! トランプ、ですか」
「うん。反応は悪く無いね♦」
レティシアは巻いて槍のようにした旗で、飛んでくるそれを叩き落とす。
ただのトランプでは無いのか、接触した感触が可笑しい。トランプがまるで鉄のように硬かったのだ。
「特殊な合金製のトランプですか?」
「?…………あぁ♥君、もしかして天然の能力者かい?♦ なるほど」
「っ!? し、知っているのですか、 この超能力のこと」
「あー、念能力って言うんだけど……いや。念を知らなくてそこまでの練度かぁ――フフッ♥」
一人で頷くヒソカに怪訝そうな顔をしたレティシアの身体に、戦慄が走る。明らかに今のやり取りで、先程より相手から感じる重圧が増している。
明らかに先程より危険度が増している。あることにレティシアは気づく。
相手の下半身の状態に気付いたのだ。
(こいつ、アレが勃ってますうう!!)
ヤバイ。ヤバイ。とにかく不味い。かつて無い貞操の危機に、レティシアは全力で後退した。表情は引き攣って青白い。
「おっと♣ちょっと昂っちゃったよ。抑えないと抑えないと♥」
「…………」
「お見事♥君は合格だよ♦」
「能力について、その……念?について貴方は知っているようですね」
「うん♥」
「では教えて――いえ、辞めておきます」
自身に発現したこの特殊な力について、レティシアは何も知らなかった。この力が念能力と言うらしいと分かっただけでも収穫だった。
相手も教える気は無かったようで、満足そうにして不気味に笑っている。それにレティシアとしても、この変態に教えられるのは絶対に避けたかったので、両者の利害は一致していた。
その後小さな少年がやって来て、レティシアの前にヒソカにノされていた男性の倒れ伏す様子に怒ってヒソカに突撃する事件などがあったが、レティシアはなんとか危険な生物達が犇めくヌメーレ湿原を突破した。
まさか少年を助けるために二度もヒソカと戦う羽目になったのには、レティシアも参ったが。
『ジャンヌ・ダルク』が死に赴こうとしている少年を助けないなんてレティシア的にあり得ない図柄だ。
ジャンヌに似た容姿で生まれ更には酷似した能力を持つレティシア、ジャンヌが死ぬほど好きでジャンヌロールプレイに今や人生を捧げている彼女が、この状況で命を懸けないなんてことは、あり得なかった。
ちなみにその少年……ゴンは、レティシアに横槍を入れられて不満気だった。
――レティシアは落ち込んだ。
ゴンの異常な嗅覚のお陰でレティシアは、無事に第二次試験会場に辿り着いた。
心配して駆け寄って来る受験者仲間の質問を、彼らの命が危なくなりそうなのでレティシアは嘘に慣れない舌を動かして必死に誤魔化した。
レティシアの誤魔化しに当然彼らは気づいていたが、無理に聞いても仕方が無いと彼らは出そうになる心配の言葉を飲み込んだ。
レティシアがここまで運んだ事をゴンに聞いた、目が覚めたレオリオという男性がレティシアに感謝の言葉を贈る姿を見た彼らは、彼らなりになんとなく経緯を想像してため息をついた。
(なんかあの女、違和感があるんだよなぁ)
その光景を遠目から観察していたキルアは、レオリオと話すレティシアをどこか腑に落ちないといった顔で眺めていた。
キルアの訝し気な様子に、ゴンも気になって同じようにレティシアを見た。特に違和感は無い。
視線の先では、レオリオがレティシアの手を握っている。握手の割りには長い。
残念ながらゴンの眼には、可憐な美少女に触れて如実に顔をにやけさせているレオリオが映っている。いつものレオリオである。レオリオは面倒見が良くて良い人だけど、特に女の子に興味が無いゴンには良く分からない部分が、レオリオにはあった。
キルアの眼つきは、レティシアにだけ向けられている真剣な物だ。
「どしたのキルア。レティシアさんが気になるの?」
「……ちょっとな。あいつも、あのヒソカと戦ってたんだろ? ゴンはそれ見てたのか?」
「遠目からだけど。多分レティシアさん、相当強いと思う。レティシアさんと戦ってるヒソカ、楽しそうだったから」
「そっか。やっぱ危ない奴かもな」
「ん~? レティシアさんは善い人だと思うよ? ちょっと変わってるけど」
「そうかよ」
キルアも別に、彼女が悪人に見える訳では無い。少し何かを隠している気もするが、人間は皆大なり小なりそういう部分があるものだ。そういう意味では、レティシアから危機感や何らかの悪意は感じない。
問題は、その強さだ。
何気ない動作から垣間見える身体捌きは中々の物だが、キルアには余り脅威には映らない。レティシアがあのヒソカを戦いで興奮させ、渡り合えるだけの強さを持っているとキルアには判断出来なかったのだ。
つまり、何かカラクリがあるのだろう。
キルアは好奇心を擽られたが、取り合えずは今まで気にしていなかったレティシアを頭の中の要注意人物リストに入れた。関わる時は、少し警戒しておくべきだと。
キルアにとっては暇つぶし半分で受けたハンター試験だが……予想外に、退屈は少なそうであった。
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2.「覚醒」
次話は明日、或いは明後日に投稿予定です。
「レティシア、またそんな木剣なんか持ったりして!」
「いいじゃないですか。身体を動かすのが好きなんです」
私は、
私には男だった前世の記憶が存在し、そのせいか同年代の女の子よりも、男の子達に交じって遊ぶ方が性に合った。
前世の死因は、生憎とよく覚えていない。何故前世の事を覚えているのかも不明で、特に神様と会った覚えも無い。物心つき始めた頃合いには、その混乱から両親には支離滅裂な事を言っていたようで、当時は随分と心配をかけてしまった。
両親の言いつけに従い、家事や裁縫などの女としての必須技能はしっかりと学んでいる。産んでもらった両親には大きな恩があるので、ある程度の事なら二人の言う事には頷くようにしている。
ただ余った時間は、好きに過ごさせてもらっている。あちこちに擦り傷を作って帰って来た時などは、流石にお小言を貰ってしまうのだけども。
うちは農家で、積極的に私が手伝わなくても十分に食べていける程には裕福な家庭だ。正確には地主で、所有している広い土地を他所の人に貸して収入を得ているようだった。
お陰様で小中と学校を修了し、現在は私学の高等女学校に通っていた。女学校なのは、小中学校で仲の良かった男友達から告白を受ける事が増え過ぎたから。
小学校高学年辺りになると色気づいて来る人間は多いようで、普通の女子より距離感の近い私は格好の的になった。ちなみに何故か女子からの告白も隠れて数度受けている。
気持ちは嬉しかったが、特殊な事情がある自分は男にも女にも興奮出来ない体質になっているようで、全て断った。現在の私の容姿は、かなり整っている。ここまでされてそれが分からない人間は物語以外で存在しないだろう。
同級生は勿論、顔も見た事の無い上級生や下級生にも告白されていて、今更かまととぶる気は無いのだ。前世の自分基準でも見た事の無い美人さんだ。
「でも……どこかで見た事あるんですよね……」
「え?……それよりレティシア、また化粧が雑になってるじゃないっ」
「え? どこがですか?」
「アイラインの引きが甘~い! 適当にしちゃダメっ、命を懸けるの! 元が良いレティシアには必要無いかも知れないけど、レディとして身嗜みは大事よっ!」
「す、すみません。ですがただ買い物に出かけるだけなのに、何もここまでしなくても……」
「そんなの関係無いわよっ!誰がいつ見ているか分からないんだからっ。レティシアには化粧は薄めの方が似合ってるけど、それならそれでやり方があるの!」
寮で同じ部屋で寝泊まりしている彼女にこのような指摘を受けるのは、よくある事だった。彼女は淑女としてその辺りには厳しい女の子なのである。彼女のお陰で、ずぼらな私のメイク技術は飛躍的に向上したと言って良いだろう。
今日も凝り性な彼女に髪型まで弄られて、今回は後ろで金髪の髪を三つ編みにして結って貰った。髪は女の命と言っていた母の教えのおかげで、これでも髪だけは無駄に長いのだ。お陰で洗う時は一苦労だ。
「よしっ! 完璧だわ! それじゃ私は先行ってるわね!」
「ええ。いつもありがとう御座います」
「いいのよ、好きでやってることだからっ!」
成し遂げた職人の如き満足気な顔で先に行った彼女を追いかけようとした私は、ふと鏡に映った何かが気になって……鏡をもう一度覗き込んだ。なにか、既知感があったのだ。
太腿あたりまで伸びた艶やかな金髪の長い三つ編み。吸い込まれそうな深い色合いを湛えた青紫色の瞳。
今日の服装はノースリーブの純白のシャツにネクタイをして下はショートパンツ、それと黒のハイソックスだ。コーデは当然私では無くルームメイトだ。
見れば見る程、似ている。誰かに。誰に?
さて――私の名前は?
「レティシア」
小さな呟きと共に、私は一瞬意識を失った。深い深い記憶の水底で眠っていた爆弾が、起爆した。
「英霊ジャンヌ・ダルクの、依り代ですか……」
レティシア。Fate/Apocryphaのルーラークラスでジャンヌ・ダルクが現界するための依り代となった少女である。ジャンヌ・ダルクと瓜二つの容姿をしていて、確かフランスの女学校に通っていた少女だったはず。
しかしここはフランスなどではない。
今の私の姿とほぼ同じ服装をしていたそのレティシアを、
「ああ、思い出したぞ……!」
前世の記憶があるなんて言っても、正直余り覚えていなかった。自分の名前も、どういう人間だったのかすら。そのお陰で、今世の両親には自然に触れ合えた気がする。前世の記憶など持っていても、俺からすれば重いだけだ。
殆どが曖昧な記憶しか無い前世であったからこそ、俺はこの世界に自然と順応出来たのだ。
しかし思い出した。極一部分だけであったとしても。
「俺は……ジャンヌが好きだった」
そう、死ぬほど好きだった。
Fate/Apocryphaは当然原作書籍も持ってたしブルーレイも購入していた。FGOでも当然ジャンヌも邪ンヌも聖杯捧げてLv100だし、サンタリリィも水着ジャンヌも宝具5だ勿論聖杯も捧げてる。あげく抱き枕カバーなんて物まで購入していたし(今の私にはかなりキモい行為に思える)、前世の俺はとにかくジャンヌ好きだった。
ここまで思い出した今でも前世の自分の名前も全く思い出せなかったのに、こんな事だけ思い出すなんて……どうやら前世の私は、とんだオタクだったようだ。
(しかし、私もジャンヌが好きですっ!)
そこだけは共感できる。もうこれは魂に根付いている感情なのだ。今なら分かる。何故自分の喋る口調を、丁寧にしないと落ち着かなかったのか。
「――簡単なこと。ジャンヌはオレオレ口調で喋ったりしませんッ!」
私の姿は、ジャンヌ・ダルクと瓜二つ。そんな肉体で粗雑な言葉を扱うことに抵抗感を覚えるのは、ファンとして当然な事だ。
ジャンヌ・ダルクが原作であったように、将来この私へ憑依して来るのか。恐らくそれは無いだろう。
なにせ原作のレティシアと私とでは、容姿はともかく明らかに精神性が違い過ぎる。
更にここはフランスでも、ルーマニアでも無い。
言ってしまえば日本も存在しない世界だった。ジャポンなんて似非っぽい国ならあるのだけど。使われている言語もハンター文字という物が主で、前世の自分から見れば最初は記号にしか見えなかった。
歴史でもジャンヌ・ダルクなんて名前の人物は居ないので、恐らくこの世界で私にジャンヌ・ダルクが乗り移ってくる事も無いのだ。
キリが無いので一度そこで思考を打ち切って、その日は友達を待たせるわけにもいかず取り合えず普通に買い物に出かけて遊んだ。夜にルームメイトの彼女が眠ったのを確認して、再び思考を再開させる。
幾ら転生したからといって、今まで『特別』を感じたことの無い私が創作のジャンヌ・ダルクを待ち望んでも絵に描いた餅である。転生という不可思議は確かに存在したが、それと物語上の存在の降臨を本気で願う程の夢想家に成るのは別の話だ。
ていうかこの世界、魔術とか神秘があるのだろうか?
(……は?)
今世で生まれ落ちてから間違い無く一番深い集中で思索していると、唐突に、奇妙な感覚が湧いて来る。なにこれ?
「――ま、魔力?」
集中から覚めて目を開けると、私の身体から妙な湯気みたいな物が出て来ていた。それはある程度意識すれば、自分の意志で操れるようだった。
ぽかんと口を開けて眺めながら身体から出し続けていると、妙に力が抜けていくのを感じて焦る。体の中に戻そうと意識するも、なかなか戻らない。仕方なく妥協して身体に纏うようにすると少し楽になり、徐々に疲労感も消えていった。今はむしろ、力が湧いて来る。
二段ベッドの手すりを握ると、メキッっという音がして慌てて手を放した。手すりに罅が入ってしまった……魔力強化?
下のベッドで眠る彼女が起きていないかと慌てて下を見やると、今日の買い物ではしゃいで疲れた様子だった彼女は深く眠っているようで、私は安堵のため息を吐いた。
大分混乱している気がする。
レティシアに、魔力強化の能力なんてあっただろうか?
いや、違う。そもそも私は
仮称魔力は、どうやら身体に纏っていると力が強くなるらしい。しかしそれは出し過ぎるとガス欠のように力が抜けるようで、命の危険まで感じさせる脱力感を起こした。
どうしても意識していないと、魔力が垂れ流しになってしまう。こうなってしまった原因は不明だが、垂れ流しが良くないのは感覚的に分かるので、これからは頑張って身体にとどめておく必要があるだろう。
「……くっ。これ、疲れますね」
暫くは、学校の成績が落ちそうだった。
◆◆◆◆
私は飛び級して、女学校を一年半で卒業した。
一番仲の良かったルームメイトの友達には泣かれたが、私は魔力操作の習熟に専念したかったので彼女とは一旦そこで別れる事になった。
魔力操作は気が遠くなるほどに難しく三日で諦めて、身体から最低限留められるようにだけして半年を全て勉学に捧げた。早くこの降って湧いた不思議を探求したい気持ちで一杯だったが、両親に出してもらった学費も勿体ないし二人の気持ちを無下にしたくなかった。
私は久しぶりの実家に戻って、今までの事を報告した。両親にやりたい事が有ると告げると、お前の好きにしなさい、というありがたい言葉を貰った。てっきり近所のアラン君(幼馴染)とでも結婚しなさいなどのお見合い話でもされると思ったので、かなり意外だった。
「今のレティシアの眼を見れば分かるわ。幸い無理に縁組みするほどうちは貧乏じゃないし、お父さんも欲深くないしね」
私には分からなかったが、母には今の私に何を言っても言う事を聞かないと
「私は、才能が無いのでしょうか」
実家で最低限の家事を手伝いつつ、私は魔力操作の習熟に一日の殆どを費やした。私のモチベーションは自分でも信じられない程に高い。相応に集中力もあった。
しかし、この魔力は素人には余りにも奥が深すぎる技術だった。
最初は湯気にも見えた魔力は、現在では青白く発光する光の粒のような見た目へと変化していた。もうその見た目は完全に私がイメージする魔力そのものだ。
これが成長の証なのかは不明だったが、魔力操作の習熟は着実に進んでいた。
表現はイマイチだけど魔力は筋肉と同じように、使えば使う程成長していくようだった。
一年もすると、私は旅に出た。
この魔力の扱い方を、魔術を教えてくれる人を探す為だ。そろそろ一人では限界があると感じたし、我流ではいつか困るのではと思ったからだ。
しかし、魔術師はなかなか見つからなかった。いや、この世界では魔術師とは呼ばないのかも知れないけど。
師、或いは同じ魔力の使い手が見つからないまま、更に一年が過ぎた。旅の途中も当然魔力の修行は続ける。時間は無駄に出来ない。
「『
ここ三日ほど前から、困ったことが有った。跳ねる程嬉しいのだが、理由が分からない為に反応に困る。ある朝から、魔力強化を全開で行うと、着ている服装が変わり始めたのだ。不可思議過ぎる。
「どこから見ても、英霊ジャンヌ・ダルクですね」
姿見には、記憶の中にある『ジャンヌ・ダルク』の装備をした私が喜び半分、困惑半分の顔をしている姿が映っている。FGOでいえば第一再臨時の服装である。
「…………」
私は誰も居ないホテルの自室をきょろきょろと見渡して誰も居ないのを確認して、顔を澄まして鏡の前でポーズを取った。
そして……携帯で自撮りする。
「き、来ましたあああ!! おおジャンヌうううぅうう! くぅぅ貴方こそが神ぃぃぃ!!」
取った写真を見ると、そこにはあのジャンヌ・ダルクが!!
私は思わず感動で声を張り上げてそのまま後ろのベッドに倒れ込んだ。全身を多幸感が包む普通のコスプレとは訳が違う完成度の高さだ。これが地産地消か。
……ややあって、私は真顔になって立ち上がった。
流石に今の叫びは無い――キモ過ぎる。
(いけませんいけません。今のは完全にジル(悪)でしたよ。目突き案件ですよこれは)
今の私は、あの旗持ちの乙女の姿をしているのだ。ジャンヌスキーの一爪牙として恥じない行動を心掛けるべきであるのに、この格好で間違っても妙な行動をする訳にはいかない。
内面はともかく、この格好をしている時の私はジャンヌであるべきだ。渾身のロールプレイだ。
(この姿の私を好きになる=その者は新たなジャンヌ信者ということ……んんん゛完璧です)
この突然現れた装備は当然魔力で編まれたもののようで、意識すればきちんと消すことが出来た。このままの恰好で居ると、凄いスピードで魔力が消費されていくのだ。
代わりにこの姿をしている時の身体性能は抜群でまさしく人間離れした英霊の域、ジャンヌ・ダルクとほぼ遜色無い能力を発揮した。
直ぐに気が付いた、私が使えるようだと確信出来たのは『啓示』のスキル。
FGOでは毎ターンスター獲得状態を付与、という物だったが、この『啓示』は文字通り私に啓示を与えるというものだった。声ならぬ声を聴く、という様な代物だった。
『魔力の扱いを知りたければ、ハンターとなりなさい』
そういうニュアンスの声なき声を聞いたのだ。実際に誰かに話し掛けられたわけでは無いが、例えるならそう聞いた、としかいえない感覚だった。体験した物にしか分からない感覚だった。ちょっとジャンヌの声に似ている気もする。原作のジャンヌは、これを神の声と呼んだのだろうか。
(それにしてもハンター、ですか……)
ハンター。
それは、この世界では就くのがとてつもなく難しい職業だ。男の子なら必ず一度はハンターに成りたい、なんて言う。毎年数百万人の申し込みが有るらしいが、受験資格を得るだけでも大変で、一万人ほどしか受けられないという。
更にはその年で合格者ゼロなんていう事もあるらしいのだから驚きである。
「ダメ元ですし、やってみましょうか」
確かに改めて考えれば、そんなハンターならば誰かがこの魔力について知っているかもしれない。いや、こんなに簡単に人の域を超えて強く成れるのを考えると、ハンターは全員が魔術師の可能性もあるだろうか。
迂闊だった。
その後、私の『ジャンヌ・ダルク』状態は五分ほどの維持が限界で倒れた。最近は修行がマンネリ気味だったので、次はこの状態を出来る限り持続出来るように頑張ろうと思う。
魔力総量の増加にも期待できる。
どうやら今年のハンター試験は終了してしまっているようなので、目指すのは来年のハンター試験になる。
私はやっと見えてきた光明に、小さく笑った。
『ジャンヌ』の為なら命を懸けられる、筋金入りのジャンヌ厨です……。
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3.「そして信徒は誕生する」
数多くの評価と感想、大変励みになっております。滅茶苦茶嬉しいです。
そして誤字報告も大変助かっております。この場を借りて深い感謝を。
――――ありがとうっ!(誤字が多くて赤面ものです)
そして何故かまだ二話しか投稿していないのに、いつの間にか日間ランキング一位取ってました。
(暫くポカンと開いた口が塞がりませんでした)
一重に感想・評価をくれた皆さんのお陰だと感じております。
怪電波(ジル……?)を受信して筆を執った雑プロットの拙作でしたが、それでも良ければ是非お付き合いくださいませ。
ジャンヌスキー同士の為(ほどほど)に頑張ります。
ハンター最終試験を目前に控えて行われたアイザック=ネテロによる個人面談。
ネテロは目の前に入室してきた受験番号392番、レティシアを見て思わず頬を綻ばせた。控え目に言っても美しい。
超一流の念能力者として常人よりも長く生きているネテロでも目を見張る程の美少女である。
念能力者のオーラには、その持ち主の気質が窺える時が有る。
過剰に容姿に恵まれた者は性格が歪んでいる者が多い……などという俗説もあるが、彼女の太陽が如き暖かなオーラを体感出来た者ならばその説が如何に偏見塗れであるかが分かる(一瞬、ギラギラと輝いている様に思えたのは気のせいだろう。眼に優しい光だ)。
ネテロの眼差しが、数瞬重要な事に気付いて鋭くなる。
ネテロはつい先ほど……面談前にハンター試験官のメンチに些細なちょっかいを出していた。彼の脳裏に、その時の光景が鮮明に甦る。
(メンチ君のお尻と目の前のレティシアちゃんのお尻……ふむ)
ネテロの灰色の脳細胞を以てすれば、眼前の衣服によって秘された
(むぅ。なんと凄まじい戦闘力じゃ……!)
何時の間にか無言で唸っていたネテロに疑問符を浮かべたレティシアの様子にようやく意識を取り戻したネテロは、改めて咳ばらいを一つすると向き直った。既にその表情は、ハンター協会会長に相応しい歴戦の貫禄を備えている。
その貫禄で若い頃は数多の女性を落としてきたネテロに隙など存在しない。
ネテロは予定通り予め決められた質問をレティシアに投げかける。
「レティシア君。君がハンターを志望した理由は何かな?」
「
「お主は天然の能力者じゃったか……うむ、答えよう。ここで詳しくは言えぬが、
「あぁ……ありがとう御座いますっ!」
本来ならば念能力については合格者のみに伝えるのが筋であったが、元々念能力に目覚めているレティシアにまでそれを当て嵌める必要は無いとネテロは判断した。彼女が調べていれば、いずれ分かる事なのだ。
余程能力について知りたかったのか、会長自らのお墨付きを貰ったレティシアは瞳をキラキラと輝かせて顔を綻ばせた。ネテロの顔も思わず緩むというものだ。天然の念能力者ならば、突然起こった正体不明の能力に振り回されることは珍しく無い。
それは今の彼女の様子から察することは出来ないが、それ相応の悩みや苦労があった筈である。念の開花は、それまであった周囲との関係性を容易く破壊してしまう爆弾にも等しい。開花の時期が最近であったとしても、それは変わらない。
そんな中で生きてきて、卑屈にも傲慢にも悪にも染まらずに素晴らしい善性を保つ。これは容易に出来る事ではない。
あるいはそんな苦労を経験した彼女だからこそ、人の痛みが分かるゆえに優しい心を大切にしているのかも知れないと、ネテロは思った。
「おっほん。では今君が、一番注目している選手は誰じゃ?」
「それは――44番でしょうか。色々と彼はその、凄まじい人でした。あの人とはもう二度と戦いたくありません……本人が居ないのにこんなことを言うのは憚られますが、彼がハンターに相応しいとは思えませんし」
受験者同士の避けられない衝突を除いてネテロが観察していた中でこの試験中に最も他者でしか無い受験者仲間を気遣い、助けていたのは間違い無くレティシアだった。その彼女が度々他の受験者を惨殺するヒソカを嫌うのは至極当然の事だろう。
本来ならば真っ先に競争して蹴落とすべき存在である自分以外の受験者を助けるその精神は素晴らしいものだが、ネテロは余りそこを注視していない。
ハンター試験の多くは受験者同士の競争心を煽り、敢えて助け合いを捨てさせる仕組みをしているのだ。その仕組みでいえば、ヒソカの行動は何も間違っていない。正当な物だ。逆だ。
――レティシアが異端なのだ。
彼女はこの極限状態を再現する試験の最中に、マトモに人助けを行えるだけの実力を持っている。その一点こそが重要なのだ。
信念も重要だが、本当にハンターに必要な物はその信念を貫けるだけの実力。言葉の通じない魔獣などを相手に戦いの虚しさを説くほど無価値なものは無い。
そしてレティシアには、並みの魔獣ならば物理的に叩きのめして躾けられる程の実力があったということだ。
「ということは一番戦いたくないのも、44番かの?」
「私は元々、争うことは好きではありませんが……ただ、血に塗れる事を恐れるほど臆病者ではないつもりです」
ネテロはレティシアをそんな風には思っていない。むしろネテロの眼からすれば、彼女はかなり我が強い頑固者に見える。このハンター試験で善行(時に物理)する人間が頑固で無い訳が無い。むしろ筋金入りである。
レティシアは避けられない、戦うべき相手とはむしろ前向きに戦っていた。彼女はこの試験で数少ない念能力者なこともあって、監視員の眼は多かったのだ。ゆえに試験中で得られた彼女の戦闘情報も相応に豊富でそのスタンスの把握も容易い。
(第三次試験では驚いたわい。まさかこの見た目でいきなり犯罪者に眼潰しを喰らわすとはのぉ。見てた皆ドン引きしてたわい)
最終試験まで残った受験者の数はなんと
この結果を生み出した、多くの受験者達の旗印となった者が誰かなどは語るまでも無いことだ。その後ろに続いた者達は、驚くほどこの試験の中で成長している。誰もが真剣に、死力を尽くした闘いだったのだ。
一部の試験官からはそれに不服の声も上がったが、今の彼らならばもう一度同じ試験を課しても『旗印』抜きでもここまで勝ち残るだろうと、ネテロは判断した。
綺麗に整った礼をして去っていくレティシアの後ろ姿を見送って、ネテロは彼女が将来大成するであろうことを確信する。果たしてレティシアが念の高みを知った時に何処まで強くなるのか……前途有望な若者が生まれることはネテロにとって喜ばしいことであった。
(う~ん。やっぱ良い尻してるのぉ)
面談終了後のネテロの機嫌は、大変に良い物であった。
◆◆◆◆
負け上がりのトーナメント戦。ハンター最終試験である。
しかしそれは、異例の結果に終わった。
試験中に突如様子のおかしくなったキルアが一人の対戦者を惨殺した事で、自動的にレティシアを含むこの場に残った彼以外の受験者が合格したのだ。
レティシアとしては合格に成ること自体は嬉しいことであったが、その過程には全く納得出来なかった。キルアは姿を偽っていた彼の兄と話してから、明らかに情緒不安定に陥っていた。明らかに何か細工がされたのだろう。
まさかキルアが世界でも有名な暗殺者の家系だとは思わなかったが、彼らゾルディックがその有名を得たのにはその常軌を逸した家風が影響しているのかとレティシアは思った。
キルア=ゾルディック。
ゾルディックは確かに珍しい苗字だが、レティシアはてっきり偶然名字が同じなだけだと思っていた。
レティシアはどうやらキルアに避けられているようで試験中にキルアと深く喋ることはついぞ無かったが、ゴンやレオリオ、クラピカと楽しそうに話している姿を見ていたレティシアには、キルアがあの物騒な兄と同類であるとは考えられない。
「行くのですね、ゴン君」
「うん。キルアを連れ戻すんだ――オレは、キルアの友達だから」
「……本当は私達も、彼を助けにいきたいと思うのですが……それは私の役目では無いようです」
力強い目をしたゴンにレティシアは笑顔で頷いて、後ろから続くようにやって来たレオリオとクラピカに挨拶して握手を交わした。
任せてくれ、と二人の眼は語っていた。レティシアの出る幕は無いのだ。
「ゴン君をよろしくお願いします。また何時か、お会いしましょう」
「ああ。君も達者でな」
「おう! レティシアちゃんと別れるのは辛いが、まぁなんとかなるさ」
去っていく三人を見送り、レティシアは背後に振り返った。そこにはまだこの試験で出会った仲間達が残っている。その一人一人と、レティシアは丁寧に言葉を交わし合った。
すると最後の一人が、頬を掻いて恥ずかしそうに妙なことを口にした。
「あんたが居なければ、俺が合格することは無かっただろうよ……あんたのお陰だ」
「――それは違いますよ」
「え?」
レティシアはその的を外した感謝の言葉に苦笑いして、同じ気持ちだという顔をした受験者達にも向かって口を開いた。
「私は試験中の貴方達の努力を、一番近くで見てきたつもりです……しかし私はただ見ていただけに過ぎません。むしろお互いが合格を懸けて争う機会の方が多かった」
「それは、そうだが」
「この結果は、貴方達自身の力なのです! 誇りなさい。貴方達は私の後ろをただ歩いて楽に試験をクリアしたのですか? 違うでしょう」
レティシアのその言葉でどこか心に負い目を感じていた者達の目が、はっと見開かれる。
「ふふっ……正直、私の方が皆さんに助けられたと思っているのですよ? 私は様々なことを皆さんに教わりました」
「ここに居ない人も居ますが……トンパさんには試験の傾向を。ポックルさんには森の歩き方を。アモリさん達にはコンビネーションの大切さを。ポンズさんやバーボンさん、ゲレタさんには毒の危険を。ハンゾーさんには奇襲の怖さを」
「貴方達は私の後ろを歩いて来たのではありません。私達は、共に並んでこの試験をクリアしたのです。それを間違えないで下さい」
レティシアはなんだか偉そうにすみませんとが最後にそう締めくくり、心なしか恥ずかし気に頬を赤らめた。その表情を丁度運
去っていったレティシアをその場に居た全員の者達が、その後姿が見えなくなるまで手を振って見送った。そんな彼らの様子に途中で気が付いたレティシアも、少し困った顔で手を振り返してくれる。
レティシアがもう戻ってこない事を十分に確認したメンバーは、そっとお互いを目配せした。
「レティシアさん……」
「聖女だ」
「やっぱすげぇよレティシアさんは!」
お互いが彼女に対して抱いた感想を、彼らは疲労を忘れて語り合った。トンパなどの今までずっとハンター試験をクリア出来なかった人間程、レティシアに対しての感謝の念は深かった。
時に命を奪い合った関係であったとしても、それを引き摺っているものは今この場には居なかった。その後誰が立ち上げたのか暫くして電脳ページに『聖女ファン倶楽部』なる意味不明な物が立ち上がっていたのだが、その存在をレティシアが知るのは随分と後になるのであった。
◆◆◆◆
電車に乗ったレティシアはハンターが得られる特権を利用してVIP専用の室内の一室で、合格の証として送られたハンターライセンスを宙に翳してそれを意外そうに眺めた。
これを係員に見せるだけでこのVIP室を無料で取れたように、ライセンスカードには様々な特権が与えられている。少し見た目が地味でそれがレティシアには意外だったのだ。恐らくは盗難防止の為にこのように造られているのだろうと、レティシアは納得した。
(お母さんが心配していましたし、そろそろ一度報告に戻らないとなりませんね)
現在レティシアは故郷の実家へと向かう為に車中に居た。
偶に連絡は取っていたが、別れてからもう数年は経っている。好きにしなさいと言われていたが、声を聴いていれば本当は心配しているだろうと分かるのは当然の事だった。
普通なら娘が毎年死者を出すと噂のハンター試験を受けて、平静な両親は居ない。そしてレティシアは、人並みに両親に愛されている自覚が有った。
レティシアはジャンヌ・ダルクが好きだ。愛していると言っても過言ではない。両親も好きだが、その百倍ジャンヌを愛している人間だ。親不孝な人間だとは思うが、でなければかつての自分の名前も覚えていないのにジャンヌ・ダルクを忘れない訳が無いのである。
しかし、今までの全てを
そもそも人として当たり前の良心を捨てた人間に、ジャンヌロールを行うことなど不可能だとレティシアは思っているのだ。所詮自分は偽物に過ぎないが、レティシアはジャンヌを愛する者として質の悪い偽物に堕ちるのだけは御免だった。
自身がジャンヌと酷似した見た目で生まれた事にも、この異能に目覚めた事も、全て意味があるとレティシアは確信している。
――――神は言っているのだ。『ジャンヌ』を布教せよと。
(この世界では私こそが『
それは信者が偶像を媒介して信仰を捧げるのに似ている。自身を通してジャンヌ・ダルク一大ムーブメントを巻き起こすのだ。それこそが自分がこの世界に生まれた使命だと、レティシアは直感していた。間違い無いっ!
ジャンヌ・ダルクを知らない人間……あぁ、なんたる不幸。酷過ぎる。人生の九割は損しているに違いない。推しが居ない人生なんて。
そうして今後の人生計画を練っていると、レティシアはふと伏せていた顔を挙げた。いつの間にか電車の中が騒がしくなって来ているのに気が付いたからだ。
戦闘音。爆発音と共にレティシアが居る部屋のドアが吹き飛ぶ。レティシアはそれを余裕をもって回避した。
「大人しくしろッ!……そのカード。ハンターライセンスだな? 不用意にライセンスを使ったのが悪かったな」
「ヒヒヒッ ハンター試験直後はお前みたいな人間が良く湧く。美味しいカモだぜ」
「おいこいつ。とんでもねぇ上玉だぜ!?……なぁボス、後で一発良いよな?」
レティシアは重火器を持って現れた血塗れの相手に取り合わない。室内で取り回しが利かない旗を使わず、レティシアは腰に挿した直剣をすらりと慣れた手つきで抜き放った。
相手は見るからに悪党。二重の意味で舐めるような眼つきで見られたレティシアは、笑った。
……笑顔とは本来攻撃的な意味を持つとされた、牙を剥く行為の原点だという言葉がある。
「大事な思索の最中でしたが、良いでしょう」
「は? さっさと――」
「覚悟なさい」
ヒュっという軽い音とともに血飛沫が舞う。先頭に立っていた男の首が遅れてゴドン、という音を立てて床に落ちる。それはほんの一瞬の事で、念を知らない賊が介入する余地が無い速度で行われたものである。
一拍遅れて、状況を認識した残った二人の男が絶叫しながら手に持ったマシンガンとアサルトライフルの引き金を引く。
レティシアは狭い室内の壁を地面を走るように縦横無尽に駆け巡り弾丸を回避する。
「ひっ」
「う、うわああぁあぁあ!!」
「死ねこらあああ!!」
「甘いッ!」
レティシアはそのままその場に居た賊を討ち取ると、列車内に残った残党を探す。隣の車両のドアを開けると、丁度その場所で銃声が鳴り響いていた。
レティシアは乗客全員を銃で脅しつけ、反抗する者に鉛玉を贈る賊達を発見する。残酷に笑う賊達に乗客の彼等は震え上がり、懸命に誰かの助けを願った。
願いは聞き届けられた。
「一度だけ警告します。銃を捨てて降参なさい」
「――な! こ、こいつ!? なんで此処に!?」
「馬鹿野郎、つまり失敗したんだ! 早く撃てッ!」
レティシアの姿を見た瞬間、賊達の顔色が一変する。
メインターゲットだったハンターが強力な重火器持ちの仲間達を一蹴してきたと分かったのだ。ここにはハンドガンなどの小口径の銃持ちしか居ない。
一直線に迫るレティシアの身に賊達の弾丸が次々と直撃する……無傷。ダメージは与えられない。二人の賊が瞬く間にレティシアに制圧されて気絶し、床へと身体を転がした。小口径では彼女の脅威とはならず、それだけで済んだ彼らは非常に幸運だったと言えるだろう。
残った一人の賊が、ならばと乗客へ銃を向け人質に取ろうと画策する。
「う、動くな! こいつがどうなっても」
「残念です」
銃を乗客に向けた彼が光明が差したと笑う……と同時に、レティシアがいつの間にか右手に握っていた旗を投擲するモーションに入った。
目を大きく見開いた賊の心臓を、投擲された旗が勢いよく貫いて……なお止まらず列車後方の壁へと賊の身体を吹き飛ばして張り付けに処した。
一瞬の出来事である。彼女は時に命を懸けることもあったハンター試験でより成長を果たしていたのだ。レティシアは思いがけずに入った力加減に驚いたが、それに気が付いた者は居なかった。
可憐な少女が銃を持った大男達を倒していく姿は、恐怖に怯えていた乗客達にとってはまるで映画のように現実感が薄いものであったからだ。
数秒間深い沈黙に包まれた車内が次の瞬間、爆発した様に歓声を上げた乗客達の声で騒がしくなる。命を脅かす悪漢を打ち倒した美しい少女。人々は彼女に大きな拍手を送り、称える様に喝采を挙げた。
レティシアがそれに柔らかな笑顔を返すと、その微笑みに雷を打たれた様に呆然とする乗客も居た。
彼女はさり気ない所作で賊を張り付けにした
乗務員達が遅れて死体にこんなこともあろうかと列車の中に常備されている死体袋を被せて、レティシアへと頭を下げた。何かと話題性に富むレティシアが世間に認知される日は、そう遠くない事であった。
(……どうしましょう。これじゃ、迂闊に実家へ帰れません)
彼女は内心で、憂鬱そうなため息を吐いた。
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4.「異常なる念能力」
レティシアはある街の外れにあるホテルの一室に宿泊していた。
ハンターライセンスを使えば最高級ホテルに格安で泊まる事も可能であったが、また襲撃に遭うリスクを増やす程レティシアの危機意識は低く無い。
寧ろ入浴や睡眠など、隙が多く生まれる寝床の確保には、レティシアは細心の注意を払っている。警戒は当然の事だった。
ほとぼりが冷めるまで迂闊に行動できなくなったレティシアは、両親に電話でハンター試験を無事に合格した旨を報告し、暫く帰れない事情を説明して電話を終えた。
現在のレティシアは、身嗜みには気を遣うようになっている。ジャンヌ・ダルク無き虚無の世界で聖女の偶像を唯一体現し得るレティシアがまさかズボラな姿を見せる訳にはいかない。
なおギャグ時空は除く。
早寝早起きは基本。食事もバランス良く食べて自分なりに考えた修行もきっちりこなす。そして朝には三時間の祈祷を
一つ一つは些細な事であっても、それを365日片時も欠かさずに修行僧の如きストイックな生活を送る。困っている人が居れば身を顧みず出来るだけ手を差し伸べて、人を助ける。
まるで自分のプライベートの時間など存在しない、と思えるような日々であった。
「あ、あの!」
「?……はい、なんでしょう」
「は、初めまして! ボボクはジャック・シスタという者です」
「あ、これはご丁寧に。私はレティシアと申します」
レティシアは午前のランニング中に、不健康そうな青白い肌をした小太りの男性に声を掛けられた。黒髪黒目で彫りの深い顔つきをしていて、年齢は恐らく二十代半ばから三十代前半だ。
九十度直角で頭を下げた大仰な挨拶と共にジャックに手渡されたのは名刺。そこにはジャックがハンター協会から派遣された協専ハンターだと書かれている。
ハンター協会から渡されていた事前情報で大まかにレティシアの事を把握していたつもりだったジャックであったが、実際に目にした実物の少女から放たれる美少女オーラに明らかに腰が引けている。ジャックは美少女に耐性が無かった。
レティシアは相手に一言断りを入れて、ハンター試験で知り合った元受験者仲間のハッカーの伝手を使い軽く裏を取る。彼女の周囲は時にそういった用心が必要なほど騒がしくなっているのだ。
レティシアから連絡を貰ったハッカーである彼との電話の背後からは何故か複数人の騒がしい声や物音が聞こえたが、努めて気にしないでくれと相手に言われたレティシアは、恐縮しつつ用件を告げた。
ハッカーは僅か三分で仕事を成し遂げた。
実はハッカーの部屋には【聖女ファン倶楽部】なるメンバーが偶然にも居合わせており、ハッカーはこの電話の後に強い嫉妬に駆られたメンバー達に鬼の眼光で睨まれながら激しい追及を受ける事になったが、それをレティシアが知ることは無かった。
会話を聞かれない用心の為と言ったジャックに従い、レティシア達は宿泊していたホテルから少し離れた山へと足を向けた。小心者であるジャックは今改めて自分が目の前の美少女と二人きりである事を意識して密かに慄いた。
「レレ、レティシアさんが天然の念能力者であることはう伺っています。現時点でレレティシアさんが知っている、念についての情報聞いてもその……いいですか? あその齟齬があったらいけませんしッ!」
「正直に言うと、何も。この普通の人には無い不可思議な力が、念能力と呼ばれているらしいと知っているくらいです」
「でで、では先ずは基本から話した方が良いですね!」
レティシアは暖かな眼差しで、挙動不審なジャックの話を聞いた。中学校では彼の様な人種も多かったのでレティシアは割と耐性が有った。それに前世の自分の方が多分気持ち悪い。
時折質問したり、レティシアが合間合間で相槌を打つとジャックは如実に嬉しそうにして念について知る限りの事を喋った。慣れない者には聞き取り辛いかなりのマシンガントークだ。
レティシアはそれに内心で苦笑しながら微笑ましい表情で、相手の早口を真剣に聞いて頭に情報を叩き込んだ。進学校で飛び級もしていたレティシアは基本的に頭が良い。
(なんだかこの早口を聞いてると、妙に親しみが沸いてきますね)
前世の『俺』が果たしてどのような人物であったのかをレティシアは覚えていないが、ジャックのそんな仕草は彼女にとって大変好意的に映った。
(多分ジャックさんは、念が好きなんでしょう。好きな物を
絶対前世の"俺"であれば間違いなく目の前のジャックより興奮しているだろう自信があるレティシアは、途切れることのない相手の早口に根気よく付き合った。
ジャックは自身の口が暴走してしまっている事に気が付いていたが、拙い自分の説明を笑顔で真剣に聞いてくれている彼女を前にすると自分ではもうどうしようも無かった。この目の前にいる相手に失望されたくないという気持ちが芽生えてしまっただけに、もう自分でも止められない。
ジャックは
ほんとは
たとえ合わない依頼でも上に睨まれたくなければ受諾するしかない、それが協専ハンターの実態であった。
本当は【新人ハンターへの念教育】なんていうコミュニケーション必須の依頼など受けたくない依頼№1だったが、ジャックは今間違い無くこの依頼を楽しんでいた。
――受けて良かった。
「い以上が、念の基本になります。それではみ、水見式という念の系統を知る簡単な方法がありますので、ま先ずはこれをやってみましょうか」
「はい」
ジャックは手持ちのカバンから事前に用意していたコップに水筒の水を注いで、地面に落ちていた葉をその上に浮かべる。
レティシアに見本を見せる為に、先ずはジャックがコップの前で"練"を行う。
「風もないのに、葉っぱがクルクルと……」
「ボボクは操作系なので、こんな風に葉っぱが揺らぎます」
感心した様子で葉っぱを観察するレティシアに照れたようにジャックは頬を掻いて羞恥心を誤魔化した。別に大したことをした訳でもないのだ。
「レティシアさんは独学の割に随分と綺麗な"纏"をしていますよね」
「ありがとう御座います。そう言って頂けると嬉しいです」
半ば誤魔化しの為にジャックはそうお世辞を述べたが、実際に、彼女の"纏"は独学の割に整っているとジャックは思った。何時頃にレティシアが念能力者に目覚めたのかをジャックは知らないが、恐らく物心ついた時から念に触れていたのかなとジャックは推察した。
「それでは今ボクがやったように、コップの前で"練"をしてみて下さい」
「ーーはい」
レティシアが"練"を始めて直ぐ、ジャックはその異常に気が付いて目を剥いた。オーラ量が尋常では無い。天然の能力者の弊害なのか明らかに"纏"と"練"の練度差が激しかった。
"纏"が念を教わって数年の初心者ならば、"練"は明らかにジャックの遥か上を往く密度とパワーだった。顕在オーラ量だけならば既に熟練の念能力者の域。
更に異常は重なる――いつの間にか、レティシアの服装が変わっているのだ。
レティシアを見るジャックの眼をしきりに泳がせていた原因の一つである、彼女の眩しい背中がチャームポイントの白の大胆なホルターネックシャツが、いつの間にか装いを変えて紫色のミニドレスに鎧を着けたような武装へと変わっていた。
それは明らかに"物質化"した念であった。
「あ、これは……強化系? でしょうか」
「え、ええ。そうですね……んん?」
レティシアが特にそれを気にしていない様子であったので、ジャックも慌てて衣服から視線を外してコップへと視線を移す。
確かにレティシアが言ったようにコップの水かさが増えて溢れている。それだけならば強化系だ。
「これは……特質系ですね」
「ああ。やっぱりおかしいですよね」
「ええ。強化系なら――こんな風に葉っぱは光りません」
水が溢れている現象だけならば強化系と言っても良かったが、なんと葉っぱが陽光の様な輝きを放っている。更に細かく観察すると光が揺らいで……僅かに葉が燃えている様にも見えた。
「しかし、特質系ですか。出来れば強化系が良かったのですが……」
「ああ。操作系や具現化系の人は、良くそう言いますね」
ジャックも珍しい特質系の詳細については余り知らなかった為に、レティシアに詳しく語れないことを残念に思った。それほど特質系の数は少ない。当然それに応じて出回っている情報も少なかった。
「ええ。私はやはり、一番は防御力が欲しかったので」
贔屓目に見ても人当たりの悪い自分にも優しい彼女のことだ。きっと彼女は人を傷つけるより護りたい人なのだと、ジャックはレティシアへ眩しい眼差しを送った。
……なおレティシアがつい一週間程前に、襲撃してきた賊を割とあっさり斬殺した一件をジャックは知らない。これでレティシアは割と敵に容赦が無い系の聖女(Fate産)なのだ。
「もしかしたらレティシアさんの防御力が欲しいという願いに反応して、その鎧を物質化する念能力が発現したのかも知れませんね」
「え? ああ、そ、そうなんでしょうか。あは、はは」
(よし! とうとうレティシアさんの名前を言えたぞボクはッ!)
「な何か質問があれば、ボクが分かる事なら何でもお答えしますよっ!」
気持ち得意げにジャックは胸を張った。たとえ相手が明らかに自分より強くても、ジャックは今だけはレティシアの教師なのだ。レティシアもそれなら、と随分前から気になっていた質問をぶつけてみる。
「もうお分かりかも知れませんが……実はいつからか、ジャックさんの言う"練"をすると強制的にこの装備が物質化してしまうのです。これがちょっと不便で……そして逆に"練"……"堅"をしていないとこの装備は、出す事すら出来ないのです。これは制約と誓約に関係しているのでしょうか」
それは確かに不可解なことだったが、彼女の話しを聞く限りそれは天然の念能力者にはありがちな話の可能性が高かった。
「……なるほど。恐らくはそうでしょう。推測になりますが、その装備を物質化し続ける為には【"練をする"】或いは【"堅"をし続けなければならない】といったような制約があるのでしょう」
「なるほど」
レティシアの質問で、ジャックは恐らくその辺りに"纏"と"練"の余りにもかけ離れた練度差の秘密があるのだろうと察した。ここまでのオーラを得るにはたとえ天賦の才能があったとしても説明出来ない。
理由は不明だが、彼女は日常的に【装備】を出していた可能性が高いのではとジャックは思った。ジャックは彼女が今も装備を出したままで居る事から現在も"堅"をしていると確信しているが、現在は最初に感じた濃いオーラ特有の重圧を感じられていない。
つまり驚くべきことに、あの膨大な"練"のオーラの多くがその【装備】の物質化に消費されているのだ。だから今も"練"をし続けている彼女からあの強いオーラを感じないのだろう。
一体そこまでして造り上げられた【装備】はどんな効果なのだろうとジャックは思ったが、不躾に"発"の詳細を聞くことは師匠であってもマナー違反になる可能性が有る。彼は大人しく口をつぐんだ。
復習を兼ねてレティシアに念の理解について確認を取ると、彼女は驚くほどすらすらと念の基本知識から四大行や応用技の名称からその意味を、ジャックの説明よりも分かり易く簡潔に語ってくれた――ジャックはさり気なく自身の能力の無さに落ち込んだ。
「今日はお、お疲れさまでした。また明日」
「はい。今日は大変勉強になりました。また明日、よろしくお願い致します」
ジャックは去っていくレティシアの後姿を名残惜しそうに見送った。
「明日も、か……仕事が楽しいなんて、何時ぶりだろう」
ジャックは張り切って明日の授業計画を練り始めた。その表情はまるで新人のハンターとしてやる気に満ちていた頃と同じような、清々しい晴れやかなものであった。
◆◆◆◆
(制約と誓約……なるほど。ジャックさんは少しだけ勘違いなさっていたようですが、その方が私には都合が良い……正確には恐らく)
「――――『
ハンター協会から派遣されて来た協専ハンタージャックとの初日授業を終えた後。ジャンヌはホテル内の自室で、今日手に入れられた情報の整理を行っていた。どれも興味深い情報ばかりだったのだから、把握すべき情報は膨大だ。
ジャックは大きな勘違いをしていた。
『ジャンヌ』が着る装備の
その本質とは――――ジャンヌ・ダルクの再現に他ならない。
何を隠そう、レティシアの趣味は自撮りである……撮った自分の写真に恍惚と顔を上気させるさまは端から見て変人の極みだ。
しかし結果的にこの行為は当のレティシアにそのような意識は無いものの、レティシアの"発"『
オーラは強い感情に反応して常に揺れ動く繊細な物だ。絶望で心が折れていれば弱り、心が昂るほどオーラは充溢する傾向にある。そして一流のジャンヌスキーが疑似的にでも『ジャンヌ』を見れば興奮するのは、太陽が東から西に沈むのと同レベルの真理である。
恥ずかし気に笑ってはにかむジャンヌ。
凛々しい表情で佇み旗を構えたジャンヌ。
そして【レティシアへbyジャンヌ】と書かれた色紙を胸元に抱いた上目遣いのジャンヌ。
レティシアの脳に脳内麻薬が大量分泌されるとともに、レティシアの全身が底無しの多幸感に沈む。『
『
その為に普段からジャンヌロールプレイを行っているだけで興奮しているレティシアは、常に念へブーストを掛けているようなものであった。
レティシア本人は天然で生まれた能力の詳細を完全には理解していないので、これらの行為がより彼女の"発"を強めていることを知らない。
しかしこれは天然に生まれた念能力である。弊害もあった。
「"絶"……出来る気がしませんね」
レティシアには、致命的に"絶"の才能が皆無であった。或いはこれも制約になるのだろう。外面は相手に凛々しく清らかな落ち着いた印象を与えるレティシアだが、彼女は常に内面では気持ちを高ぶらせている。その為、己の精孔を閉じる事が極めて難しい。
レティシアには溢れ出る
もしレティシアが初めて精孔を開いた時に真っ先に覚えた、流れ出す
「"隠"……似た物なら、いつも使っていますね」
レティシアは睡眠などの例外を除き
つまり就寝中以外はずっと『
普段は私服のみを着用しているように見えるのは、ただ装備を
通常の"隠"ならばオーラを隠し不可視にしているだけで、物理干渉は出来る。物理干渉が出来なければ念弾を隠して攻撃する事などが出来ないので当然の事だ。
しかしレティシアは、"念"を知らなかった。念能力者の常識が無い。
代わりに非常識ならばあった――
レティシアの"隠"は物理干渉をしない……ではなく出来ない。レティシアからすれば装備を見えなくする=消す=
『――レティシアさんは独学の割に随分と綺麗な"纏"をしていますよね』
それは違う。
ジャックがこの時に"見た"オーラは、レティシアが『
もし落ちこぼれハンターのジャックが相手が念初心者だと油断せずに甘い"凝"をしていなければ、レティシアの隠されたオーラと装備を発見することが出来ただろう。
ジャックは……レティシアの多くを誤解していた。
「明日の授業……楽しみですね」
レティシアは届けられたルームサービスの夕食を摂って、残ったワインをすっと一口だけ飲んだ。そして今日のジャックとのやり取りを思い出して……茶目っ気たっぷりな笑みを浮かべて、ほんのりと頬を赤らめた。
小悪魔な『
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5.「対念能力者戦闘」
ジャックがレティシアに念を教え始めてから三日間が過ぎた。
ジャックが知る限りの念についての知識を、レティシアは初日でほぼ完璧に記憶していた。
「もう、ボクからレティシアさんに教えられる事はありませんね……」
「え? そんなことは無いと思うのですが……」
三日にして、既にジャックの念授業は終わりを迎えようとしていた。もう彼が知る限りの事は教えてしまったのだ。
ジャックは彼女の地頭の良さに驚いた。聞けばジャックでも音に聞く進学校を飛び級で卒業したらしい……納得である。
才色兼備とは彼女の様な存在なのか、とジャックは自らとかけ離れ過ぎた相手に嫉妬すら湧かない心境だった。これがもう少し手が届きそうな相手なら間違いなく嫉妬していただろう。俺より太陽が輝いていると嫉妬する人間など居ないように。
レティシアが特殊な経緯で生まれた“発”の影響で“絶”が使えないなどの大きな弊害を抱えていることなど、天然の念能力者が陥りがちな問題こそあったものの、総合すれば極めて優秀な生徒であった。
念能力は、決して一朝一夕に伸びる物ではない。
ジャックが彼女に出来た事と言えば、精々「"絶"以外の各四大行と応用技を毎日欠かさず練習する時間を取ってください」と口酸っぱく言うくらいで、元々“念”の下地があったレティシアへジャックが座学以外で殊更指導すること少なかった。
ジャックは出来るなら少しでもレティシアと長く触れ合えたらなと夢想したが、残念な事にレティシアは教師役からすれば酷く教えがいの無い生徒だった。かといって私利私欲で授業を無理に引き延ばし、レティシアを困らせるようなことをジャックは好まなかった。
ジャックは依頼成功実績のドベ争いを万年繰り広げている男である。当然ジャックの素性の裏を取ったレティシアがそれを知らない筈がなかった。贔屓目に見ても容姿は平均以下で、根暗で人が好むような点など皆無。それがジャックである。
そんなジャックに対してまさか意味も無く好意的に接する人間などは居ない。ハンター協会事務員の業務的な作り笑いすらジャックには向けられることも少ない始末である(ジャックの依頼達成率を事務員は熟知しているのだ)。
ジャックのドモリ癖のある喋りは何時も人を苛立たせた。今回もどうせそうなるだろうと思っていた。自分が人に何かを教えられる訳が無い。だが幾らドモって喋っていても何時でもレティシアは楽しそうに真剣に聞いてくれる。いっそそれが作り笑いでも構わなかった。彼女の真剣さは誤魔化しようがないものだ。彼からすればそれだけが全てだ。
ジャックは行きたくも無いと思っていたが、キャバクラに通い詰める男達の心理が今なら分かる気がした。当然レティシアをキャバクラで働く女性達と同一視する事など許されないとジャックは思ったが、この時間を金で買えるならば幾らでも出す気持ちであった。
最初はそんな話を聞く彼女の態度が嘘ではないのかと疑い、ジャックが時折思いがけない問いを投げかけても、レティシアからは直ぐに打てば響くような答えが返ってくる。その度にジャックは相好をだらしなく崩した、にやにやとした笑みが零れるのを必死にこらえなければならなかった。
レティシアに気持ち悪いと思われたら、ジャックのメンタルは致命的なダメージを負うのだ。
第一長年に渡り人の悪意を浴びて来たジャックには、相手が自分に好意的かそうでないかなど簡単に判断できる自信がある……しかしそれでもなお疑ってしまうのは、自分の心が弱いからなのだとジャックは改めて自分を情けなく思った。
「はい。ジャックさんの分です」
「あああありがとう御座いますッッ!!」
そうしていると、とうとうジャックが楽しみにしていた時間がやって来る。ナイーブな気持ちなど、もうどこか彼方に放り捨てているジャックだ。
ジャックはこの二日間レティシアからお昼の合間に
ジャックは当初、レティシアから念を教えてもらうのだから授業代をお支払いますと有難い言葉を貰っていた。しかしこの仕事の報酬はハンター協会から出るからとレティシアには伝えて、ジャックは頑なに固辞していた。ジャックはこれでも規則を守る主義なのだ。
それならせめてものお礼にと――――ジャックは彼女に、お弁当を作って貰っていた。
「? 美味しくありませんでしたか?」
「いえいえいえいえいえめめ滅茶苦茶美味しいです!!!」
「ふふふっ。ジャックさんは面白い人ですねっ! どうぞ遠慮しないで食べて下さい」
「ふぁいっ!」
間違い無く今が人生の絶頂期であるとジャックは確信していた。
自分の手元を見れば、そこにはレティシアが膝に置いて食べているお弁当より一回りサイズが大きいキャラ弁がある。これがまた美味しいのだ。
弁当の中心に描かれているのは見慣れない、飛び出た目玉が特徴のサーカスの道化師服に身を包んだ男である。可愛らしくデフォルメされたキャラクターは歓喜の顔を浮かべて何かに祈りを捧げている様子で、彼女はちょっと趣味がおかしい。まぁジャックにはこれが何でも嬉しいのだが。
聞けばレティシアが尊敬している【先輩】らしかった。ジャックはその言葉に心中で血涙を流した。
妬まし過ぎる。
ジャックから少し離れた横では、レティシアが小さなお弁当を小さな口で少しずつ食べている。
ぼうっと食べ終わったジャックがちらちらと時折その姿を盗み見ていると、高い澄んだ青空に浮かぶ雲海の隙間から太陽の光が零れ落ちてレティシアへと降り注ぎ彼女の身を美しく照らし出した。
彼女の艶やかな金色の髪がキラキラと光を吸い、顔に差した陽光にレティシアは眩しそうに手をかざして青紫色の綺麗な瞳を細めた。まるで一枚の絵のような光景だ。
(綺麗だよなぁ~。なんだかお金を払わないといけない位イイ思いしてる気がする。いやもう間違いないよこれ)
この絵を金で買える物ならハンターとして百億ジェニーでも購入する気概があるジャックであったが、生憎と非売品である。ジャックは自分に絵の才能が無い事に口惜しい気持ちになった。
◆◆◆◆
ジャックは深く息を吐いて、努めて目を眇めて出来るだけ真剣な顔を作る。レティシアもジャックに倣い、すっと姿勢を正し彼に相対する。
「レティシアさん。裏ハンター試験……合格です」
「裏ハンター試験、ですか?」
「ええ。念は
「なるほど。一般の者が知る表の試験に合格し、更に念を覚えるまでが本当のハンター試験なのですね」
念能力者の総数は少ないが、ゼロでは無い。高額賞金首の中には念能力者も多いのだ。どの分野のハンターでも、必ずなんらかの特殊能力を持つ念能力者と戦う場面は発生する。
ジャックが見る限り、レティシアは凄まじい才能を秘めている。しかし念能力者に限ってはそのような事実など関係なく、死ぬときは死ぬのだ。幾ら才能が有る者であっても、少し歯車が狂えば命を落とす厳しき世界。
それが念能力者同士の闘いなのだ。
「本当はもうこれで終了ですが……それではレティシアさんさえ良ければ、最後に僕からとっておきの授業があります」
「とっておきの?」
「ええ――実践です」
そう言い放ったジャックのカバンから突如、鉄球の群れが次々と飛び出て来る。それは静かに横回転を繰り返しながら、ジャックを守護するように円を描きつつゆっくりと彼の周りに滞空する。
「これが僕の“発”。『
ジャックの背後に浮かび上がったのは合計三十二個の鉄球であった。それぞれが時折円の軌道を微妙にずらし位置を入れ替えるように動き回っている。
その鉄球は、ジャックが念に目覚めてから毎日オーラを込め続けて来た特別製だ。ジャックとの親和性は抜群で、今や彼の意のままに僅かな誤差も無く自由自在に動き回る。
「……ありがとう御座います」
本来裏ハンター試験で、試験官がここまでする必要は無い。ジャックの意図に気が付いたレティシアが、静かに頭を下げた。
これが今のジャックがレティシアに贈れる唯一の
「私も、本気で行きます――『
そう宣言したレティシアの手には、空間から染み出すように出現した大きな旗が握られていた。変化はそれだけでは無く服装まで変化する。
紫を基調としていた軽鎧が白を基調とした物へと変化し、束ねられていた髪が解かれて風に靡いた。
ジャックが『
「行きますっ!」
先手を取ったのはレティシアだ……いや、ジャックが敢えて先手を譲ったのである。決して彼女を侮った訳ではない。『
明らかに場数を踏んだ
幾らオーラが込められた鋭い一突きであっても、強い念が込められた彼の鉄球を壊すことは不可能だ。ジャックは落ちこぼれハンターだ。依頼成功率は鳴かず飛ばず。しかし、直接的に誰かにそれを罵倒されたり、喧嘩を売られることは少なかった。何故か?
ジャックの好む仕事は政府から依頼された
「いけッ!」
「くっ!」
鉄球の壁はそのままに、防御に回らなかった残りの鉄球がレティシアへと高速で打ち出される。予めプログラムされたその攻撃は、ジャックが相手の姿を視認せずとも的確に目標の急所を狙う。
レティシアは後退して、数十個の鉄球を旗で弾き落とす。続いて壁に使われていた鉄球全てが分離して、隙の出来たレティシアの身体へと突撃する。
「きゃあっ!?」
(だ、大丈夫かな……!?)
悲鳴を上げて倒れたレティシアの様子に、攻撃していたジャックの方が狼狽した。深手を負わせる気は無かったのだが、鉄球は半自動で動く為に加減できる物では無い。
「あ、あれ……?」
「っ、油断しました」
(効いて無い?)
鉄球の群れが勢いよくその肢体を打ち付けたのにも関わらず、レティシアはまるで嘘のように軽やかな動きで立ち上がった。
(レティシアさんは特質系。なのにこれは――――硬すぎる!)
「! いけっ!」
まるで堅牢な城塞に小石をぶつけたような手応え。手加減するどころか、全力を出さなければならない相手だとジャックは直感する。
ジャックが手を指揮棒のように振るうと、入力された
「コードΣ!」
そうジャックが叫ぶと、なんと鉄球からオーラで出来た輪状の刃が形成された。その円が途端にキュッと縮み、中に居たレティシアの身体をズタズタにする。
筈であった。
「
『
レティシアの言霊と共に、輝く光が竜巻の隙間から零れ出す。そして一瞬の間を置いて……彼女を囲む鉄球の全てが強い力で押されたかのように盛大に吹き飛んだ。ジャックは目を剥いた。
驚きは連続する。
竜巻の中から姿を現したレティシアは、なんとあの竜巻に切り刻まれたにも関わらず多少の切り傷を負っただけのようであった。更に続いてレティシアの全身が緑のオーラに包まれたかと思うと――その傷がすうっと消えていく。
何故か破れた衣服まで修復されている有様だ。
レティシアは口元の血を指で拭い取り、心なし
ジャックが気を取り直すのと、レティシアが樹の根が張った足場の悪い地面を駆けたのはほぼ同時だった。
「……今度は、私の番ですっ!」
鉄球が辺りに吹き飛び、守りが薄くなったジャックへと動けるようになったレティシアが肉薄する。この状況で口角を上げ愉しそうに笑う彼女の姿には、普段のその落ち着いた印象を消し飛ばすだけの衝撃が有った。そしてその駆けるスピードは明らかに戦闘開始時よりも速い。
それに焦燥を覚えたジャックが慌てて手を振るう。
「戻れッ!」
散らばった鉄球は驚きの速さでジャックの下へと帰還すると、レティシアとジャックの間に再び大きな壁を構築した。
「――甘いっ!」
ほっとしたのもつかの間に、轟音が響き分厚い壁が大きく凹む。そして次の瞬間レティシアの突撃に耐え切れなくなった鉄球の壁が、吹き飛んだ。
正面の一番強い衝撃が加えられた数個の鉄球は大きく欠けて、残りの吹き飛んだ鉄球諸共それらが横殴りの雨のようにジャックの身体を打ち付ける。思わず手で顔を覆う。
「さぁ、覚悟なさい!」
「ご、ハァ!!」
そこに容赦の欠片も感じられないレティシアの連撃がジャックの身体へと命中した。最後の止めとばかりにバットのようなスイングで振りぬかれた旗が、ジャックの腹へ吸い込まれるようにぶち当たる。ジャックは素早く“流”をして腹部にオーラを集中させた。
ジャックは星になった。
◆◆◆◆
「ありがとう御座いました。大変勉強になりました」
「そ、それなら良かったです……」
戦いは終わった。
元の私服姿へ戻ったレティシアとジャックはお互いの健闘を称えて握手を交わす。身体のあちこちが痛んでいたジャックだが、それを表情に出すことはせず余裕そうな笑みを浮かべて顔を取り繕った。
男には意地が在るのだ、相手がレティシアともなれば猶更である。
気が昂り過ぎて、ちょっとやり過ぎたかなと思っていたレティシアは、全く平気そうなジャックに驚いた。レティシアの心配は杞憂であったのだ。
「流石ジャックさんですね、実は少しだけ心配していたのですが……ジャックさんに失礼な態度でした」
「エ!? い、いえいえそんな事は。レティシアさんの攻撃もその、中々でしたよ?」
「ありがとう御座います。優しいのですね」
レティシアにそう言って微笑まれただけで元気になった気がしたジャックは、レティシアに見惚れつつ、先程の戦闘を回想した。振り返れば、かなり気になっていた事がジャックにはあったのだ。
レティシアが竜巻から出て来た時だ。
ジャックの無駄に記憶力の良い頭が冴え渡り、その時の光景を鮮明に浮かび上がらせる。ジャックの記憶では、そもそも白い姿に変わったレティシアは端的に言って……エロかった。特に胸辺り。
(しかもあの時、レティシアさんの服が破れて…………肌色が)
ジャックの内心でピンク色の欲望の渦を巻く。チクチクと刺すような罪悪感が首をもたげた。
「?……どうしました?」
「いえ――ボボクはもうこれで! またどこかでお会いしましょううぅっ!!」
「え、あの」
「おお御達者でー!」
唐突に走り出したジャックにレティシアはぽかんと口を開けて、“練”まで使い風の如く去っていったジャックの後姿を見送った。
(やっぱり、痛かったんですね)
痛がる姿は見せたくなかったのだろうと、レティシアは察して苦笑した。彼女にもその気持ちはよく分かる。
(分類すればキャスターか、アーチャーでしょうか。ジャックさんは)
人間離れした動きを見せる念能力者との戦いを経験してサーヴァントを連想したレティシアは、益体も無くそんな事を思った。
ゆっくりと歩いてホテルに戻ったレティシアはまず一番に熱いシャワーを浴びて、身体の疲れを癒した。
「ふ――ん、うぁ」
レティシアは丁度いい温度の、温かいシャワーに心地よさそうに目を閉じて気を緩ませた。そのたおやかな肢体に温水が流れ落ちて、艶めかしい胸の間を通って華奢な足を伝い床に落ちる。
レティシアは確認の為にその透き通るような肌の上に手を当てて、指をすぅっと滑らせてみる。鏡を見るとあれだけの闘いをしたのにも関わらず、その身体には傷痕一つ残っていなかった。
(良かった。傷にならなくて)
レティシアは『
両手を組んで改めて『ジャンヌ』へと深い感謝の祈りを捧げたレティシアは、リフレッシュした心地でシャワールームを後にする。
その前にレティシアは何かが気になって、ふと首を後ろに傾けた。
鏡に映っていたレティシアの背中には、四枚羽の――――大きく赤い紋様が刻まれていた。
その後、色々と一皮剥けたジャックさんは順調に依頼達成率を向上させ、協専ハンターとして少しずつ名を上げていくのであった……。
着実に実力をつけている現在、レティシア(特質系)の防御力は
ウボォー>レティシア
くらいです。目指せ人間城塞。
※真面目に念修行もしてます
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Break time「聖女、或いはただの中二病」
織り重なった良く分からない雑誌の束。飲み干した大量の空き缶が詰まったビニール袋。掃除が雑なのか、部屋の四隅には埃が見えた。
そんなとても清潔とは言えない、掃除が出来ない男子特有の散らかり具合をした広い大部屋に十数人の人間達が一様に円形のテーブルに座り、顔を突き合わせていた。
異様な光景である。
その輪の中では、一人の男がその身を拘束され青い顔で冷や汗を流していた。そんな憐れみを誘う彼に対して周囲の者達は、まるで不俱戴天の裏切り者を見つけたといわんばかりな憎々し気な表情で相手を睨みつけている。
「おいてめぇ……いつの間にレティシアちゃんから電話貰える仲になってんだ?」
「――これは、聖女ファン倶楽部規約、第三条『恣意的に聖女へ接触することを禁ず』の項目に抵触しているのでは?」
ある男が言い放った言葉に、皆が鬼の首を取ったといわんばかりに声を上げた。囃し立てる歓声とコキコキと拳を鳴らす音で場が満たされる。渦中の人物は既に蒼白な表情で、息も絶え絶えの様子である。
「
「処刑! 処刑! 処刑!」
「やっぱハッカーはクソ。はっきり分かんだわ」
「ちょっとレティシアさんに頼られたからって調子乗ってたんだなぁ~」
「所詮ファンってのは口だけで、実際はただのストーカーだったってことか!」
「――さっきから違うって言ってるだろ! 情報関係に疎いレティシアさんが俺がそういうのに強いってのを聞いて、ちょっと頼られてるだけだよ! 俺から接触したんじゃないッ!」
「アウト? アウトだよね?」
「いや、一応規約範囲外だろう。お前ら落ち着け。サイトはこいつが七割くらい運営してっからハッカー外すと面倒になるぞ……」
「ニコルの奴にやらせりゃいいんじゃねぇか?」
「いやあのぽっちゃりは重度の上がり症だから無理。次のハンター試験に向けて走り込みで忙しそうだし」
「……俺、明日からネットの勉強するわ」
「お前ガチ脳筋じゃん無理だよ」
大きな円形のテーブル越しに彼を囲んで好き勝手に駄弁る男達。時たまテーブルに広げられた駄菓子を摘まんだり、既に我関せずと携帯やPCを弄る人間など様々な人物がその場に集まっていた。
その携帯やPCの壁紙にはカメラ目線のレティシアの写真(公認)が設定されている。その総数はなんと二十枚を超えていた。
『写真? グッズ? え、まぁ、構いませんが……? あ、写真なら是非これを使ってくださいっ!』
普通の女性が自らの写真を、たとえ友達といえども抵抗も無く提供するかは怪しいものであったが、幸い自撮りが趣味らしい彼女に忌避感は無いようであった。これはファン倶楽部にとっても望外の幸運である。
彼女の笑顔は大げさだが、まるで居る筈の無い同志を見つけたかのような満面の笑みであったとか。不思議な事だ。
この場に集う、人種に年齢も異なる彼等の共通点はただ一つ。全員が『聖女ファン倶楽部』……通称【聖女教】に所属する会員であることだけだ。そこに人種差別、国境などは存在しない。全員が旗の下に集う同志なのだ。
……なお、この男子部屋に女性は集まっていない。普通に汚いからである。女性は女性のコミュニティを形成しているのだ。
「てか、今レティシアさん何してる訳?」
「あー……ほら、一応個人情報だし言っちゃ駄目だろ」
「は? 今まで当たり障りのないことなら……ってそうか。ハンター関係?」
「ま、そういう感じ」
この時、レティシアはジャックから“念”の修行を課されていた時期であった。ハンターではない一般人も交ざっているこの会合で、一般人には秘されている事を話す訳にはいかないのである。
「そういえばこの前あいつ、あの後どうなった? レティシアちゃんの身体目当てで近づいた馬鹿。身の程知らずだよなぁ」
「チッ、あの変質者の話はするなよ胸糞悪いし。いざレティシアさんに絡んでいって、腕を掴んだ瞬間鉄拳を喰らって冗談みたいに星になった姿を偶然見かけたわ」
「……ハッカーお前、それほんとに偶然か?」
「……偶然だよ」
ハッカーは頬を掻いて、そっと微妙な顔つきで目を逸らした。
ちなみに彼の得意技はクラッキングで、趣味は町中に設置されている監視カメラの乗っ取りである。
「言える範囲で、最近のレティシアさんの動向とかその辺喋れる奴いねぇの?」
「あー、少し前に列車襲撃事件を解決した新人美少女ハンターってちょっと話題になってたな」
「それ皆知ってるだろ」
「ハンター情報雑誌の『287期の新人ランキング』に一位で名前上がってたよ。流石はレティシア様」
「そんなのあるのか」
「もっと、もっと聖女栄養分をくれ。それじゃただの有望なハンターでしかないじゃん」
「ん~俺も最近はそう思ってたかな。レティシアさんの聖女力幾らなのか知りたい」
「話題性とかじゃなくてもいいんだけど……普通に優秀美少女ハンター、とかで落ち着きそうなのが寂しい」
「――はぁ? レティシアさんがただの超アルティメット可愛い美少女有望ハンターでしかないって?」
暫くレティシアの話題にふれていない会員数名の言葉に、自由になったハッカーが唐突に切れた。ハッカーの熱意を知っている古参会員はその様子を「爆撃来るぞ、備えろ」と、謎の注意を数名に飛ばし、温かく見守る。
「お前らレティシアさんの慈悲深さ知らねぇからそう言えんだよ。今までどこ見てたんだそれでも【聖女教】の信徒か? 誰が聖女じゃなかったら毎日必死に修行してるとこに早朝突然出くわした不審者丸出しの小汚いスウェット着た知らない小男の話を通報もしないで真面目に聞くアルティメット可愛い女性が居るんだ? 一見地味な事だけどいざそれが出来る人間が、今の荒んだ世に何人居る? 俺らとは器が違うんだよ、俺がいつ見ててもレティシアさん誰にでも優しいし困ってる人が居たらどんな身なりの人間でも声掛けるしそれでいて絡んで来た野郎にはきちんと対処して自分の意思ははっきりしてて、言うべきことはきちんと言うし家庭的で友人思いで家族も大切にして一週間に一回は必ず電話してるし、どこに俺らみたいな奴らに気さくに接してくれる美少女が居る? 居る? 居ないっしょ居ても俺はレティシアさん以外眼中ないけど居ないだろクラッキングしか能の無い俺みたいな根暗クズにもあの綺麗なお声でにこやかに話し掛けてくれるんだよ頭が高いぞテメェ、くれくれ厨がよォォ!」
「お、おぅ………………なんか、ごめん」
ハッカーは一息でそう言った。多くがその様子を目を点にして見ている。彼は慣れない声帯を酷使したせいか、ゼェゼェと息を吐いてゆっくりと深い深呼吸をした。
「いや、まだあるぞ」
「また爆撃あるぞ備えろ」
(……いま、さり気なくハッカーがおかしいこと喋って無かったか?)
「レティシアさんの経歴改めて言ってやるよこんなの信徒なら誰でも知ってることだけどお前ら新参には新しいだろ。レティシアさんはフォルカリニアのドンミレ村出身で幼い頃は意外と男勝りで活発な子供だったらしいな。その頃から親のしつけか分からんがシッカリしてて弱い者イジメなんかしたことないし逆にいじめっ子叱って改心させたり学校通ってる時も努力家で成績良いわそれを鼻にもかけず人柄も良いわで同じ女子に嫉妬されていじめられたりしてもめげずに自分からぶつかっていって最後は仲良くなったみたいだし中高で思春期迎えてもグレもせずに今まで生きて来たんだよ。ハンター試験いざ受ける準備してる時もスゲェ修行してたみたいだし確かに天才なんだろうけどそれに胡坐もかかねぇで頑張って来たからあれだけ実力も有って心も強いんだよ。
かといって、最初に文句言ってたお前はなんだ? 最初はサイトに貼ってたその神々しい美貌のお写真に惹かれて会員になった口だろ別に最初はそれでもいいんだよみんなそんなもんだ俺なんて最初は反感バリバリで敵意剥き出しだったしな。でもお前もう会員なって一か月だろレティシアさんに確か直で会ってたろ会話してまさか見てたのはそのお美しい外見だけか? むしろガン見するべきなのはその精神性だろどこ見てんだッ! もっと真剣に見ろよ祈れよッ! 本気でレティシアさんの事見てたか? まさか自分の想像張り付けて勝手に期待して勝手に失望してるとかふざけた事してたらぶち殺すぞ、コラッ!」
「ストップストップ。その辺にしとけよ兄弟。こいつらもそんな悪気が有った訳じゃねぇから」
「ちょっと聖女分が不足してたんだよ。よく張り付いてるお前と違って供給量が少ないんだ」
「こいつレティシアさん語らせたらキモいぐらい延々と喋るぞ」
「ふぅ~~……オッケー分かった。じゃあ先ずは聖女分の補給からか……それなら、これだろ」
ハッカーがカバンから取り出したのは、レティシアをデフォルメしたフィギュアだった。服の細かなディティールまで再現したそれは、過度の露出が無い物で男の欲望を誘うような安直な格好の代物ではない。
むしろどこか侵し難い、神聖さすら感じられる物だ。簡単に触れる事すら躊躇われるその
製作者の気持ちが多分に強く込められたそれは、念能力者が見ればはっきりと強いオーラを纏っていることが分かるだろう。
実際にレティシアに会っている者達の一部が、その人形から紛れも無いレティシアの気配のような物を感じ取り瞠目する。それは尋常ならざる製作者の念ゆえか。その降臨したブツに、この場に集まっていた全員から自然と感嘆の声が漏れる。
【聖女教】の人間で、これに心を奪われない者はいない。
居ればそいつは異教徒だ。
「――聖女人形Ver.21だ。この会合後に原価で販売する。何故ならこれは商売じゃない、布教だからだ」
「うむ。ハッカーに聖女のご加護在れッ!」
「お前こそ【聖女教】の鑑だ!」
「俺は最初からお前がそういう聖人なんだって分かってたぜッ!」
「いやお前数分前までハッカー罵倒してたじゃん」
「うるせぇ」
見事な手のひら返しにも、彼は特に反応しなかった。
続いてハッカーがカバンから、ドンッと分厚い聖書の如く鈍器レベルに重い本を取り出してテーブルに置く。よく見ればその本は端々が摺り切れていて、彼が何度も読み返していることが分かる。
「来たぞ……ハッカーの十八番だ」
「――当然そこの不信心者には、このスペシャルブックの有難い教えを聞く必要がある……覚悟はあるか?」
「お、おう」
「ここまで来たからにはな。俺らに、レティシアさんの凄さを教えてくれ」
「良かろうッ!!」
厳かな雰囲気とともに、巌のような顔をして彼は静かに語り出す。その目が、まるでどこかの次元に居る
その日新たなる狂信者がまた一人、二人と誕生した。
◆◆◆◆
オヴィエットは逸る気持ちを抑えていた。数年ぶりに電話などではなく、こうして直接彼女に会える機会を自分でも驚くほど楽しみにしていたのだ。
それもオヴィエットがずっと捜していたのに居場所をなかなか掴ませなかったレティシアのせいであると、彼女は内心で不貞腐れた。
「――久しぶりねっ! レア」
「……ええ。お久しぶりです、オヴィー」
オヴィエットは数年ぶりに再会した親友と、ヨークシンシティにある喫茶店にて軽食を食べていた。久しぶりに見る彼女は相変わらず別格の美しさで、その白無垢のワンピース姿に視線を送る人間は多い。単純な服装ほど誤魔化しが効かず、それが却って
「あなた、何か変わった?」
「え? そうでしょうか」
「最初は化粧をきっちりするようになってたからかな、って思ったけど……やっぱり違うわ。雰囲気が違うのよ」
「……オヴィーには、お見通しですね」
オヴィエットの指摘に驚いたように目を瞬かせたレティシアはうっすらと微笑んで、手を胸に置いて静かに目を瞑った。オヴィエットは首をかしげつつ、妙な間に首をかしげつつそれを見守った。
「…………あれ?」
「これでどうでしょう?」
「ん――違和感が消えたわね」
「……そうですか」
再び目を開けたレティシアからは、もう謎の違和感は感じられない。表面上に在る凛とした雰囲気は健在だが、今の彼女を見て清楚な少女と言う者は少ないだろう。どちらかといえば活発な印象を受ける。
静よりは、動。元気一杯の子どもがそのまま大人になったかのような快活さを秘めた瞳に、わんぱくな少年を思わせる無邪気そうな笑みと振る舞い。大人しさは僅かだ。
こうして見ると、オヴィエットにはさっきまでのレティシアと今目の前に座っているレティシアとの違いが良く分かった。姿形は全く変わっていないのにも関わらず、まるで別人である。
むしろなぜ同じ人物に見えたのだろうかと思う程雰囲気が異なる、とオヴィエットは怪訝そうに目を眇めた。それは長い付き合いがある彼女にしか分からない程小さな差であったが、親しい人間ならばハッキリと分かる違いだろう。
久しぶりに会った先程までのレティシアには、どこか人を強く惹き付ける無言の“カリスマ”めいた風格があったのだとオヴィエットは遅れて理解する。
「あ~、レアって双子とか居たの? 一瞬で人と入れ替わる芸に目覚めたとかっ」
「ふふっ。違いますよ。ちょっと色々ありまして……精巧な演技、のようなものです」
「……ま、いいけど」
学校でも成績優秀かつ文武両道で通っていたレティシアは、もとより周囲からはなんでも出来る天才と見られているふしが有った。それでいてそれを鼻に掛ける事も無く、男女問わず優しく人当たりも良い。まさに理想の才女。大半の男子が理想とするような少女である。
しかしオヴィエットは知っている。
これでいて彼女は意外とずぼらだ。高校生になっても化粧っ気も皆無で、放っておくとスッピンで外出する事など珍しくない。花より団子で活発な性格の彼女は女性らしい外見を裏切って、どこか男性的な一面さえある……だから偶に、妙な女子から告白されるのだ。
その外見から勘違いしやすいが、本当はレティシアが何かと熱くなりやすい情熱家であることを知っているオヴィエットからすれば、そんな熱い彼女の琴線に触れる物がハンターにはあったのだろうと、長年の付き合いでそう推察さえ出来た。
「さっきまでの私……率直にオヴィーはどう思いました? 格好良く、いや可愛くありませんでした? 私的には最高に超かわ美しい尊い感じに出来てると思うのですが」
そう言ってどこか得意げな顔をしているレティシアの様子に、オヴィエットは思わず表情を顰めると大きく嘆息した。まるでナルシストのような……いや間違いなくナルシストそのものの発言である。明らかに様子が可笑しい。
まぁ何かと天然な一面があるレティシアなので、これもいつものことかとオヴィエットは目の前にいる残念美人へある種の諦めの視線を向けた。
このような顔をしている時のレティシアは、大抵が変な方向に思考が突き抜けている時なのである。オヴィエットはそう過去の経験から察していた。
最後にこんな顔をしていたレティシアは何をしていたか、とオヴィエットが記憶を探ると……嫌な記憶が浮かび上がって来る。クラスメイトの一人を虐めていた不良グループを、闇討ちして帰って来た時だ。頬に返り血をつけて金属バットを肩に担いでいるレティシアに悲鳴を上げて花瓶(玄関の)を投げつけた記憶はまだ新しい。
レティシアはこれでいてかなり喧嘩っ早く、目には目を歯には歯を、な人間なのだ。とんだ外見詐欺があったものである。
「正直、似合ってないっ。私には今の素のままな貴方が良いかな」
「え゛!? ――に、似合いません、か……」
ずーん、と分かりやすく落ち込んでいるレティシアの様子に、何か
「なんだか……そう、遅れてやって来た中二病のようねっ!」
「ちゅ、中二病!? い、言うに事欠いて、中二病……流石は、オヴィー。容赦が微塵もありませんね」
「う~ん……傷付けたならごめんなさいね。演技? は素晴らしかったと思う。私でも最初は全然気づかなかったし、その多大な努力は認めるわ」
「で、ですよねっ!? 素晴らしいですよねっ!?」
「でも、私の前ではもう二度としないでねっ!」
「!? そ、そんな……」
オヴィエットの言い様に、レティシアは思わず顔を引き攣らせていた。まさかここまで友人に拒絶されるとは思わなかったらしい。そんなに自信があったのか。
「ハンターになったんだからそういう、化ける? 技能も必要なのかしら……でも、私の前ではやめて頂戴っ。なんだかレアが遠くなったようで、寂しいのよ」
「うっ」
まだ内心不服そうにしているレティシアに目敏く気づいていたオヴィエットは駄目押しとばかりに悲しげに目を伏せると、すかさずそう口にして追い打ちを掛けた。基本的に懐に入れた相手には弱くなるのがレティシアである。オヴィエットにこう言われれば断れるはずも無かった。
オヴィエットの前だけでも演技を止める事が心苦しいのか、うるうると涙目になって弱々しく頷いたレティシアの様子に、思わずオヴィエットは前言を翻しそうになり胸を抑えた。
オヴィエットとしては、今では仮面のようにも思える『レティシア』越しにレティシアと言葉を交わしたくはないのである。
「お、オヴィーや家族には、止めておきます……」
「そうして貰えると嬉しいわ」
確約が取れて嬉しそうに笑うオヴィエットの様子に……レティシアは根負けした様子で苦笑いした。
オヴィエットが話を切り替えたのに合わせて、レティシアも気持ちを入れ替えて新たな話題に乗る。
レティシアが居なくなって、心持ち活気が薄まった高校の話。まだ決めきれていない進路の話。それならばとカタギではない親にせっつかれて、面倒な社交界に出ろと言ってくる父親への愚痴など。
オヴィエットの長い話に、言えない話が多いレティシアは素直に聞き役へと回った。和やかな時間が二人に漂う。
それはレティシアがジャックに念の講義を受けてから、半年を過ぎた頃の話であった。
「あっ、レアは明日、時間ある?」
「午後からで良ければ、何かありましたか?」
「なら明日の夜、二人でディナーに行かないっ? お父さんと私で二人分の予約を取ってたんだけど、お父さんったら、仕事で来れないらしくて」
「オヴィーとお父様さえ良ければ、構いませんよ」
軽く予定を振り返って快諾したレティシアに、オヴィエットの頬が興奮で朱に染まる。これで超高級レストランで一人寂しく食事をしなくてはならない地獄は無くなった。
「なら決まりねっ! このヨークシンでも指折りの高級レストランだから、楽しみにしててっ!」
ルート【『
ルート【『
ルート【『
※作者の脳内分岐ルート。
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