mensa rotunda-サラダデイズ・スピンオフ (杉浦 渓)
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Englishwoman in N.Y.

新しい変身術の教授は、ずいぶんと若い人だった。

 

女性にしては背が高く、細身のパンツに白いシャツブラウス、ショルダーホルスターが印象的だ。

 

「変身術というのは、魔法のごく一部に過ぎない。過ぎないが、しかし、非常に奥が深く難解なものだ。そして、さらに困ったことに、ネズミをゴブレットに変身させることが出来なくても、人生にはまったく影響しない。変身術が得意な人は、わたくしの知る限り、変人ばかりなんだ。役に立たない術の習得に、延々と時間を費やすわけだからね。ところが、なぜこの学科が世界中の魔法学校で必須科目とされているか。それは、魔術理論を理解し、構築する能力を育むためだ。感性で魔法を使うことには限界がある。しかし、論理で魔法を発展させることには、原理的に考えて限界はない」

 

教室を、コツコツと、ゆっくりとローファーの音を響かせて教授は言った。

 

「だから変身術は全員がひと通り学ぶべき必須科目とされる。さて、今日は杖は使わない。杖をローブに仕舞って、前に出ておいで。一番役に立つ変身術を学んでもらおう」

 

エイミーがみんなと一緒に、おずおずと席を立つと、一番前の一列の机には、全てにゴブレットがひとつずつ置かれている。

 

「このゴブレットは、全部で6個。5個は変身術によってゴブレットの形をしているだけだ。本物はひとつ。まず最初に、本物を探してもらおう」

 

全員が、一番前の一列をぐるぐる回りながら、ゴブレットに尻尾や羽が生えていないか目を皿のようにして、おそろしく真剣に観察している。

 

「・・・一応ね、変身術の教授がかけた変身術なんだから、見た目に違いはないはずだよ」

「先生、見分け方がわかりません」

「じゃあ、ひとつヒントをあげよう。いいね? 『本物のゴブレットには魔法は使っていない』」

 

エイミーはぽかんと口を開けて、教授を見上げた。

 

「ん?」

「こ、これが変身術?」

「正確には、変身術を学ぶ目的を理解するためのデモンストレーションだ。魔法学校で学ぶ範囲の変身術をマスターすれば、この6個のゴブレットの正体を全て見分けられるようになる」

 

教授が杖を振ると、黒板に板書が現れた。

 

・本物のゴブレット

・ティーカップからゴブレット

・剣からゴブレット

・カエルからゴブレット

・ネズミからゴブレット

・鷲からゴブレット

 

「全部違う。本物のゴブレットにはもちろん魔法は使っていない。ティーカップからゴブレット。液体容器としては同じ目的の無機物同士だね。剣からゴブレット、これは無機物同士ではあるけれど、目的も形状もまったく違うものだ。カエルからゴブレット。生物から無生物への変身。ネズミからゴブレットは、毛の生えた生物から無生物への変身。鷲からゴブレットは?」

「・・・空を飛ぶ生物から、空を飛ばない無機物への変身?」

 

正解、と微笑んで、全員を席に戻るように促した。

 

「人間は、変身術を使わなくても生きていける。しかし、偉大な魔法使いや魔女で変身術を苦手にしている人はいない。むしろ変身術の得意な人が、偉大になる傾向にある。その理由は、こうした論理性にこそある。Aという目的のために魔法を使うと仮定する。Aを達成するには、Bを付与し、かつCを排除し、Dによって選択的分岐を設け、Eによって発動する。このような発想をするのに必要になるのが論理性だ。呪文を唱えて杖を振るだけなら、猿でも出来る。しかし、魔法を発動させることは出来ない。そこに理論の裏付けがないからだ。理論を身につけることで、出来ることは増える。魔法効果大のAの結果を求める場合、魔力量小の人物aはどうすればいいだろう」

「・・・誰かに頼む?」

 

クラス全員が失笑したが、教授は笑わなかった。

 

「それも正解のひとつだよ。他には?」

「それも正解なら・・・魔法道具を使う!」

「正解だね。他には?」

「・・・魔力が少なくて済む魔法をいくつか組み合わせる」

「正解だ。命題を達成するために取り得る手段を考える。これが一番必要な能力だ。じゃあ、ゴブレットの問題に戻ろう。わたくしは『本物のゴブレットを探せ』という課題を出した。必要な情報は何だろう? 見た目ではわからない」

「えーと、魔法を使ってないものを探す」

「どうやって?」

「どう・・・あ、魔力を確かめる?」

 

正解だね、と教授は頷いた。「だから、この6つの中から本物を探すのが一番簡単だ。あとのは段階的分岐を検討しながら探すことになる。原型が生物か無生物か。無生物ならば、その原型はゴブレットと同じ目的か違う目的か。生物ならば、毛があるかないか、飛ぶか飛ばないか。これを識別するには、当該魔法についての知識が必要になる。君たちは今の時点では、まだ魔法を学んでいない。ご家族の魔法や寮で上級生が使う魔法を見たことはあるだろうけれど、自分が知識をもとにした魔法を使ったことはまだない。しかし、魔力を使ったことはあるはずだ。すると、魔力の痕跡なら感じられる。つまり、本物のゴブレットを探し出す能力は、すでに持っていることになる。変身術の最終的な目標は、この6個のゴブレットだと心に刻んで欲しい。鷲をゴブレットに変身させることそのものには意味などない。ゴブレットを見て、本体が鷲だと見抜くために変身術が必要なんだ。つまり、拡大して表現すると、物事の本質を理解するための訓練が変身術だ。小手先の技術とはまったく目的の違う学科だから、その理解がなければ変身術なんかいくら頑張っても無駄だよ。5年生7年生で受ける統一試験の勉強をしていると、頭を掻き毟って喚き始める人が現れる。『大皿をフラミンゴに変えて何か意味があるのか?!』・・・わたくしの変身術の恩師は、顔色ひとつ変えずにこう言った。『あなたの人生の目標が移動遊園地の奇術師ならば意味はありますが、そうでなければ意味などないということぐらいそろそろ理解しなさい』身もふたもないことしか言わない先生だった」

 

この教授もかなり身もふたもない人だ。

 

「先生」

「何かな?」

「先生は、動物もどきだと聞きました。すごく特殊な能力だって。どうして動物もどきになったんですか? 動物もどきは役に立ちますよね?」

 

教授は腕組みをして、真剣に首を捻り始めた。

 

「動物もどきになった理由は・・・寝るためだね。熟睡するため。役に立つこと・・・熟睡できること、かな」

 

全員がぽかんと口を開けた。

 

「この前、セントラルパークを変身して散歩していたら、ニューヨーク市警に捕獲された。狼のように巨大な犬が野放しになって飼い主が近くに見当たらないからって、通報されたんだ。よって、散歩の役にも立たないことが判明した。他に役に立ったことは・・・人狼を狩ったことぐらいかな。学生時代に、学校で人狼病に罹患していた教授が変身してしまって。すごくいい先生だったから、生徒を傷つけてクビになって欲しくなかったからせっせと追いかけ回して、気絶させた。あとは・・・役に立ったわけじゃないなあ。動物もどきじゃなければあんな試合に駆り出されることはなかったし・・・うん。普遍的に動物もどきが役に立つのは、どのような状況でも熟睡できることだ」

 

おずおずとエイミーは手を挙げた。

 

「先生は、ホグワーツの出身ですよね? ホグワーツには人狼がいるんですか?」

「うん。ホグワーツという学校では、年に一度は命の危険に見舞われる。わたくしが入学して、校長先生からの初めての演説は『死にたくなければ3階西の廊下に行かないこと』だった」

「そ、それは、どうして?」

「ケルベロスが飼われていた」

「そんな生き物学校にいるわけがない!」

「ホグワーツにはいた。約60年前まではバジリスクもいたという記録がある。バジリスクに比べたらケルベロスで、まだ命拾いしたほうだとは思う」

 

全員が「この先生、頭がおかしい」と思ったようだった。

 

 

 

 

 

頭のおかしいイギリス人のウィンストン教授は、サンダーバード寮のクィディッチチームの練習風景をたまたま目にした時に、ブラッジャーがおとなしいと言って、ブラッジャーの魔法をかけ直して満足して歩き去った。そのせいで、箒から3人がブラッジャーに叩き落とされた。

 

頭のおかしいイギリス人のウィンストン教授に、数人の男子生徒がイタズラを仕掛けようと「サーペンソーティア」で毒蛇を目の前に落としたのに、ウィンストン教授がしゃがんで蛇に何か話しかけ、お互いに納得したように頷き合うと、颯爽と学校の外の森に向かって歩いて行った。蛇もその後ろを、まるで案内される来客のように素直について行ったらしい。

 

ニューヨークに出来たウィーズリー・ウィザード・ウィーズで買ってきたという形態沼地を居室の前に仕掛けても、平然と朝食に現れた。確かめたが、形態沼地は跡形もなくなっていた。

 

もはや何をしても、頭のおかしいイギリス人のウィンストン教授を止められないのか、と無力感に襲われ始めた頃、イギリス魔法省からの来客があった。ウィンストン教授の旧知の友人だというその魔女にイタズラを仕掛けようと、ある男子生徒が、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ製の「暴れバンバン花火」を放った。

イギリス魔法省の魔女はおもいきり呆れた顔をして「もうちょっとマシなものを作るように言いなさいよ」と、数回杖を振っただけで全ての花火を無言のまま消し去った。

 

 

 

 

 

「ホグワーツ怖ぇ」

 

ついに男子生徒たちが音を上げた。

 

「ホグワーツで採れる魔女はみんなああなのか?」

「2人しか知らないうちの2人ともああなんだぜ。その可能性は高い」

 

 

 

 

 

頭のおかしいイギリス人のウィンストン教授は、ホグワーツに対する恐怖を学生たちの胸に焼き付けて僅か2年でイルヴァーモーニーを去ることになった。マクーザとイルヴァーモーニーは引き止めたが、ホグワーツの校長である魔女がさっさと返せと強硬に主張したらしい。

 

退任が発表されて、アンニュイに窓の外を眺めて溜息をつくウィンストン教授に、エイミーは「どうかしたんですか?」と尋ねた。

 

「いやあ・・・アメリカは平和だったなあと」

 

先日20世紀セーレム救世軍にカチコミをかけて関係者全員を捕縛し、スカウラーの子孫であることを証明しておきながら平和とは、やっぱりこの先生は頭がおかしい。

 

「ホグワーツに帰ったら、やっぱり変身術ですよね」

「いや。闇の魔術に対する防衛術だよ。わたくしの気持ちとしては、そっちが本職でね。それは望むところなんだけれど・・・こき使われそうな予感がひしひしとする。予感っていうか、悪寒っていうか」

「ウィンストン先生が?!」

「・・・なぜそこで驚くのかな」

「いえ・・・先生に怖いものはなさそうだなと」

 

あるよ、とウィンストン教授は腕組みをして、また溜息をついた。

 

「ミネルヴァ・マクゴナガル、ハーマイオニー・グレンジャー、ダフネ・グリーングラス・・・恐ろしい魔女ばかりだ」

 

 

 

 

 

頭のおかしいイギリス人のウィンストン教授は、サンダーバードを連れて、イギリスへ帰っていった。

 

ホグワーツ出身の魔女への恐怖心をアメリカの若い魔法使いの心に焼き付けて。

 

たまにエイミーは、6個のゴブレットを並べてみる。

 

そうしてウィンストン教授が頭がおかしいかどうかについて考える。

 

「本物はひとつだけ」

 

ケルベロスのいる学校。これは確かにおかしい。しかし、嘘か本当かはわからない。

人狼が教授になる学校。人道的ではあるが常識的ではない。しかし、嘘か本当かはわからない。

サーペンソーティアを怖がらない魔女。珍しいとは言えるが、あり得ない存在ではない。

バジリスクがいた学校。これは事実だとわかっている。国連に報告書が提出されてから、公式の記録として文献に記載があるからだ。討伐者の名前にものすごく気になるものがある。確か、国連の議長とホグワーツ校長だったような・・・しかし、それはこの命題には無関係だ。

 

いずれにせよ、エイミーにはまだウィンストン教授の頭がおかしいかどうか、本質的に理解するための知識が足りていないということになる。

 

「まあ、だいたいの推定は可能よ。『バジリスクが住んでいたような学校で育てばああいう人が出来上がる可能性は高い』」

 

この仮説に満足して、ウィンストン教授の頭はそれほどおかしくないと思っておくことにした。



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よろしい、ならば妹だ

妹を起こすのが好きだ

妹に朝食を食べさせるのが好きだ

妹と飲む食後のお茶が好きだ

妹が刺繍を嗜む姿を見るのが好きだ

妹に昼食を食べさせるのが好きだ

妹とのティータイムが好きだ

 

 

 

 

 

「グリーングラス、わたし、今日すごく忙しいの」

 

本日はオックスフォード大学のマトリキュレーション、つまり入学の日である。ハーマイオニーのカレッジセレモニーは午前で終わり、ランチタイムに蓮がケンブリッジから姿現ししてくるのを待っている。

 

「帽子、かぶりなさいよ。レディの嗜みよ」

「この帽子は、持ち歩いていなきゃいけないけれど、卒業の日までかぶっちゃいけないの」

「・・・マグルはよくわからないわね。そのガウン、あちこちが短過ぎない?」

「新入生はこのガウンから始まるの。成績が認められたら長いガウン、最後が卒業ガウンよ」

「あらそう。それでね、アステリアがわたしの上級魔法薬の教科書を読んで『お姉さま、わたしは新しい教科書よりもこちらがいいわ』って言うの」

 

ハーマイオニーは諦めて、グリーングラスの口からとめどなく流れ出す妹への愛を聞き流した。

 

「・・・なんでいるんだ」

 

ケンブリッジ大学のアカデミックガウンを着た蓮がハーマイオニーの隣の席に座りながら、グリーングラスを睨んだ。

 

「グレンジャー、ウィンストンのガウンは長いわよ。これはいいの?」

「違う大学ですからね・・・ランチタイムだけよ、グリーングラス。夜は本当にダメ。マトリキュレーション・ディナーだから」

「どうして違う大学にしたのよ?」

「それぞれの学部生しか利用できない施設に潜入しやすくなるからよ」

「わたくしが在籍するカレッジには、ハーマイオニーという名前のミイラがあるからだ」

 

ハーマイオニーは蓮を睨んだ。「そのチョイス悪趣味よ」

 

「早速見に行ったら『ハーマイオニーはただいま家出中』のプレートが下がってた」

「家出中?」

「博物館の展示物として貸出し中って意味。今頃どこかの博物館でハーマイオニーのミイラを見て子供が泣いている」

「妹もミイラを怖がるわ」

 

あ、としくじったことに気づいた蓮が小さく声を上げ、ハーマイオニーはそのローファーを思い切り踏みつけた。

 

 

 

 

 

平原で 湖で

森で 草原で

居間で 書斎で

海辺で 街中で

荒野で 川辺で

 

この地上で行われるありとあらゆる妹の行動が大好きだ

 

洗面したばかりの妹の朝一番の笑顔が轟音と共にわたしの心を撃ち抜くのが好きだ

空中高く舞い上がった鳥の羽が妹の魔法できらきら輝く時など心がおどる

                

妹の操る水晶球の88mmが敵の呪いを撃破するのが好きだ

悲鳴を上げて燃えさかる秘密の部屋から飛び出してきた死喰い人をさらに悪霊の火でなぎ倒した時など胸がすくような気持ちだった

 

 

 

 

 

「これは詩か?」

 

グリーングラスの拷問だと言いたそうな顔で、蓮はアカデミックガウンを脱いでネクタイを緩めた。

 

「違うわよ。グリーングラスの脳内」

「こちらの気が狂いそうだ。水晶球のアハトアハトってなんだそれ」

「ホグワーツ決戦では、トレローニー先生と一緒に水晶球の砲隊にいたんでしょう。トレローニー先生が『あたくしのブラッディ・ガンの威力を思い知りなさーい! アハトアハト祭りよー!』って叫んでいたそうだから」

「・・・トレローニー先生と一緒になって水晶球で北アフリカ戦線を構築する妹のどこをどうやったらこんなに愛せるんだ?」

「知らないわよ。なんでもいいからとにかく可愛くて仕方ないの、たぶん。要するに妹のすることは全て好きだと言いたいの。それ以外には深く考えちゃダメ」

「とにかく、問題はそこなのよ」

 

ハーマイオニーの言葉にグリーングラスが身を乗り出した。

 

「どこよ」

「どこだよ」

「ドラコと結婚したら、妹の行動を見つめる機会が減るわ」

「じゃあさせなきゃいい」

「反対なんてしたら妹に嫌われる!」

「じゃあ反対するな」

「ウィンストンに聞いたわたしが馬鹿だったわ。グレンジャー、どうするべきだと思う?」

 

ハーマイオニーは身を乗り出して、グリーングラスの手を両手で握った。

 

「耐えるべきよ、グリーングラス。いつのことだか、思い出してごらんなさい。あんなことやこんなことをやりまくったでしょう? 自分の行動を思い返してみて。ボーイフレンドと4階回廊のバルコニースペースであなたがしていたこと。中庭の灌木の陰であなたがしていたこと。試合も練習もないクィディッチ応援席であなたがしていたこと。結婚した暁には、あれは正義になるわ。その権利はあなたではなく、マルフォイのものよ。見たい? それでも見たいの?」

 

グリーングラスは片手でバッグからハンカチを取り出し、目元をメイクが落ちないように慎重に拭った。

 

「・・・4階回廊のバルコニーで何が出来るんだ?」

「いろいろよ」

「中庭の灌木の陰?」

「いろいろだと言っているでしょう」

「試合も練習もないクィディッチ応援席ですることなんてあるのか?」

「日を改めて説明してあげるから、グリーングラスの心を粗塩でマッサージするような発言を繰り返さないで」

「わかった。とにかくいろいろなところで、いろいろなことをやりまくったんだな? 結婚したら、マルフォイが妹にそれをするんだな? その想像を具体的に思い浮かべることで自制心を取り戻させる方針と理解すればいいのか?」

 

グリーングラスが耐えきれなくなったようにハンカチを顔に押し当てて泣き出した。

 

「・・・あなた、わかって言っているでしょう?」

「わたくしは天使そのものの穢れなきホグワーツ生だったから、まったくわからない」

「悪魔・・・!」

 

ダメだ。蓮が愉しくなってきた顔をしている。

 

ハーマイオニーは立ち上がってグリーングラスの手と荷物を取ると、蓮を置き去りにして、自分の部屋へ跳んだ。

 

 

 

 

 

諸君 わたしは妹を天使の様な妹を望んでいる

諸君 わたしに付き合う戦友諸君

君達は一体何を望んでいる?

 

更なる妹を望むか?

情け容赦のない妖精の様な妹を望むか?

鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐の様な愛妹を望むか?

 

 

 

 

 

ケンブリッジの街を訪ねて、蓮と待ち合わせたカフェに入った時、蓮は顔をしかめて逃げ出そうとした。

素早くその手首を捕まえて、にこりと微笑んでみせた。

 

「次は、あなたの番よ、レン」

「わ、わたくしには、ドーラお姉ちゃんやフラーがいるんだ。姉代わりに当たる人物が。ちゃんとした、れっきとした、レディらしい振る舞いをする姉が」

「そう。その正しい姉の姿を、グリーングラスに叩き込んであげる『妹役』には、わたしよりあなたのほうが適任だということよ」

「・・・なんだそれ」

「1週間はわたしが妹役に耐えたんだから、あとはあなたがコレなんとかしなさいよ!」

 

ハーマイオニーの背後で、せっせとハーマイオニーの髪の乱れを手櫛で整えているグリーングラスを親指でビッと示して、ハーマイオニーは腕組みをした。

 

「ま、まさかその・・・その『姉』をオックスフォードで飼っていたのか?」

 

仕方ないじゃない、とハーマイオニーは蓮が引いてくれたカフェの椅子に崩れ落ちた。「妹のいない空虚な屋敷には帰りたくないって言うから」

 

「おいグリーングラス」

「なによウィンストン。ねえ、ハーマイオニーの前でそういう言葉遣いやめてくれない? あなたの粗雑さの悪影響があったらどうしてくれるのよ?」

「は、『ハーマイオニー』? 目を覚ませグリーングラス。コレはグレンジャーだろ?」

 

ダフネ、とハーマイオニーが声をかけた。

 

「なにかしら、ハーマイオニー?」

「この粗雑な『妹』をレディに育て上げることに成功したら、あなたの姉力は世界一だわ。アステリアも、その人生を通じてあなたを頼ってくれることでしょう」

 

よせ、と蓮が弾かれたように椅子を跳ね飛ばして立ち上がった。「やめろハーマイオニー・・・犠牲を拡大するな」

 

 

 

 

 

『妹! 妹! 妹!』

        

よろしい ならば妹だ!

 

わたしは渾身の力をこめて今まさに振り降ろさんとする握り拳だ

だがこの暗い闇の底で20年近くもの間堪え続けてきたわたしにただの妹ではもはや足りない!!

 

大妹を!!

一心不乱の大妹を!!

 

天と地のはざまにはウィンストンの哲学では思いもよらない妹があることを思い出させてやる

一千人規模の姉の愛で

ウィンストンを躾け尽くしてやる

 

 

 

 

 

恐怖に顔を強張らせた蓮が、恥も外聞もなくカフェから飛び出して行くのを見送り、その背後から「覚悟しなさい!」と追跡を開始したグリーングラスが駆け出していくのを見送り、ハーマイオニーはテーブルの伝票を手に立ち上がった。

 

「悪いわね、レン。これは戦争なの。シスコンの悪夢から逃げるには、犠牲を厭うわけにはいかないわ」



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アンヌス・ホリビリス【忌まわしき年】

アルテミス・ウィーズリー=グレンジャーは今年の魔法史の教科書を開いて胸を高鳴らせた。

 

「おばあさま。やっとここまで来たわ。今年の魔法史は、いよいよ『アンヌス・ホリビリス』に入るの」

 

祖母は新聞から顔を上げないまま「1992年? エリザベス2世にとってはアンヌス・ホリビリスだろうけれど、魔法史で何かあったかしら・・・秘密の部屋が開いたことぐらいよ。特に大したことではないわ」と呟いた。

 

「違うわ。2世じゃなくて、魔女のエリザベス3世のアンヌス・ホリビリスは1997年よ。知らないの?」

「あ、あれはね、アルテミス」

「ホグワーツ天文塔の戦いに始まる地獄のような一年間。おばあさまの活躍だって歴史的意義を学ぶことができるわ。わたし、すっごく楽しみにしていたの」

 

違うわよアルテミス、と祖母が眼鏡を外して真剣にアルテミスの瞳を見た。「エリザベス3世は、そんな大層なスピーチをしたことはありません。エリザベス3世のアンヌス・ホリビリスとは、プリンセス・ダイアナがドディ・アルファイドと一緒にパリ郊外で交通事故死したことをきっかけに、毎日毎日ハウスエルフが泣き暮らし、アルファイド家がハロッズの経営に関わっていたせいでハロッズへの立ち入りを厳禁され、ダイアナの占星チャートを暗記させられ、なぜケンジントン勤務の闇祓いになろうとしなかったか責められ、アルファイド家の料理にハウスエルフがトリカブトを混ぜに行かないように監視しなければならなかった年という意味です」

 

祖母の発言にアルテミスは頬を膨らませた。

 

「『ホグワーツの歴史』の最新版にだって『エリザベス3世曰くアンヌス・ホリビリスであった1997年』って書いてあるわ!」

「不正確な情報には訂正を入れるよう行政指導する必要があるわね。とにかくエリザベス3世の言うアンヌス・ホリビリスは『プリンセス・ダイアナの事故死に始まる、極めて個人的に極めてクレイジーな一年間』のことなの。1997年を英国魔法界のアンヌス・ホリビリスと位置付けること自体は間違いとは言えないけれど、エリザベス3世の発言とは無関係だから、それは理解してちょうだい」

 

どうしていつもエリザベス3世を貶すのよ、とアルテミスは胸ポケットに御守りのように入れて必ず携帯している蛙チョコカードを印籠のように取り出して祖母に突きつけた。

 

「・・・あなたまだこんなものを持ち歩いているの?」

「おばあさまのことはもちろん尊敬しているけれど、歴史上の人物としてはエリザベス3世を心から尊敬するわ。うちの校長じゃあるまいし、エリザベス3世はハウスエルフから慕われこそすれ、ハウスエルフに振り回されるような人じゃないの!」

「・・・すごく振り回される人よ? というか、あなたは蛙チョコカード化された最初のハウスエルフについて調べたことがないの?」

「ハウスエルフのカードは全部ヘンリーにあげることにしているわ」

 

祖母は溜息をついた。

 

「だったらヘンリーから見せてもらいなさい。『正義の鉄槌ウェンディ』のカードを。詳しく調べておばあさまにレポートを提出すること。いいわね?」

 

 

 

 

 

#####

 

正義の鉄槌ウェンディに関する報告書

 

正義の鉄槌ウェンディとは、一番最初に自由に目覚めたハウスエルフのことを指す。

完全なる自由意志でエリザベス3世に教育係として仕え、エリザベス3世の政治や経済のセンスと英国王室への忠誠心を育てた。

その教育方針は独特で、杖使いの傲慢を糺すために振るったフライパンは数知れず。これが「正義の鉄槌」の異名のもととなった。

 

ウェンディが教育した英雄は、エリザベス3世に始まり、ハリー・ポッター、ドラコ・マルフォイ、ハーマイオニー・グレンジャーなど錚々たる顔触ればかりだが、彼女の真価が発揮されたのは、ホグワーツ決戦である。

ハウスエルフ大隊司令官として参戦したウェンディは、ホグワーツ配属のハウスエルフ全員に『ようふく』を着せた。これ以後『ようふく』はハウスエルフの誇りの象徴となり、ホグワーツで訓練を受けたハウスエルフは『正しくお仕えするための戦闘服』として、メイド服にヘッドドレス、白いシャツにベスト、といった服を清潔に維持することを選択するようになった。

フライパン小隊、キッチンナイフ小隊の先頭を走るウェンディの勇姿に多くの魔法生物は感激し、ハウスエルフのみならず、杖使いに虐待されがちであった魔法生物解放の契機ともなった。

 

晩年はホグワーツ校で後進の指導に専念。

「ガリオンだけがハウスエルフの人生ではない! ポンドとドルと円を使いこなしなさい!」

「ハロッズは敵だ!」

「ウィリアム王子の不幸は頭髪がチャールズに似たことに始まる」

など、経済と政治にまつわる名言やエピソードを数多く残している。

 

没後は日本の川辺に静かに葬られ、その墓碑には『河太郎の妻ウェンディここに睡れ。起きてくるな』とエリザベス3世直筆のメッセージが刻まれている。

 

 

 

 

 

#####

 

祖母は「よくまとまっているわ」とアルテミスを褒めてくれた。

 

「立派なハウスエルフだったのね・・・」

「あらゆる意味において自由なハウスエルフだったわ」

「どうしてそんな自由なハウスエルフが、ウィンストン校長のホグワーツになんて・・・魔法省にオフィスを持たせるべきだったんじゃない?」

「・・・ウェンディは、レンに仕えることを自由に決めたのよ。つまり、勝手に」

「どうして?!」

「一番教育が必要な魔女だと判断したからでしょう」

 

適当なことを言って、祖母は紅茶に砂糖を入れた。

 

「まあ、エリザベス3世について知りたければ、正義の鉄槌ウェンディについて、もっと詳しく調べることね。エリザベス3世の謎は、円卓の魔法戦士たちが一切その正体を明かそうとしないから守られているの。でも、ウェンディはなにしろ『あらゆる意味において自由』だから、ウェンディの発言を地道に解釈していけば、エリザベス3世の実像に近づくことが可能よ」

 

 

 

 

 

後年、魔法史家となったアルテミス・ウィーズリー=グレンジャーは、決してエリザベス3世の正体について語ろうとはしなかった。

そのことを問われるとアルテミスは必ずこう言った。

 

「アーサー王物語のアーサー王が実在したか否かは、歴史学において重要なことではありません。魅力的なテーマではありますが、それが何を左右するわけでもないのです。魔法界においても同じ。エリザベス3世物語のエリザベス3世が実在したか否か、魔法史では重要な問いではないのです。むしろ、エリザベス3世が、その存在をあえて曖昧なままにしている意図のほうが重要です。要するに、エリザベス3世の子孫に依存することを堅く禁じる意図があったのです。誰であるかを詮索することは、その遺志に反する行為ですから、エリザベス3世に近しい人物ほど真相を語ろうとしませんよ。彼らは伝説の人物のままにしておきたがっているのです。それでも、もし、どうしても知りたければ、『あらゆる意味において完全なる自由』を有する魔法種族の言葉に耳を傾けてみると良いでしょう。実にベラベラとよく喋っています。なにしろ、自由ですから。喋りたいことを気分のままに喋り、煽りたいことを気分のままに煽り、嘘をつきたくなれば好きなだけ嘘をつきます。その発言の中から真実を取捨選択することは難題ですけれど、得られる真実は価値のあるもの、でもありませんね。労力に見合うだけの価値はありませんでした。それでも調べたければ止めませんけれど、くれぐれも勘違いしないように。プリンセス・ダイアナ=エリザベス3世説は、完全なるデマです。そもそもダイアナは魔女ではありません。『あらゆる意味において完全なる自由』を手にしたある者があまりにもプリンセス・ダイアナのことばかり発言するせいで発生した重大な誤解の一例です。その者は、エリザベス3世の人権よりプリンセス・ダイアナを優先的に考えていただけなのです。それが最も顕著だったのが、アンヌス・ホリビリスです。その年、エリザベス3世は魔法界の窮状を救うと同時に、英国王室とアルファイド家を暗殺から守らなければなりませんでした。その艱難辛苦は筆舌に尽し難く、その思いが『アンヌス・ホリビリス』という表現を選択させたのです」



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101回目の本命馬

アルテミスはロンドンのパブ「漏れ鍋」にいた。

 

つい先日まで、フランスにおける魔女狩りの歴史についてより正確な研究を進めるために数年間にわたりパリのマグルの本屋で働きながら研究を重ねていたが、祖母からの連絡を受けて、緊急帰国したのだ。

 

『大事件よ、アルテミス。

 

ビンズ先生が消滅したの。

つまりホグワーツに魔法史の教授がいなくなったのよ。校長はとても困っているわ。

 

なにしろあの人、魔法史にカケラも興味がないから、魔法史家の名前を知らないの。

今、続々と英国中の魔法史家から就職希望の手紙が舞い込んできて、魔法史の論文まで届くものだから知恵熱を出して寝込む寸前なの。

 

魔法史の教授に関する校長の希望は以下の通り

・現時点で死んでいない

・しばらく死なない

・生徒が眠らないように双方向的な講義をする

・バランス良く時代を網羅する(ゴブリンの反乱については1ヶ月程度を割り当てれば充分)

・英国魔法史と世界魔法史とを6:4の割合で教える

・ハリー・ポッターやエリザベス3世の業績に固執しない

・『ナーグルが英国魔法史を作った』という類の論文を送りつけない

・エリザベス3世研究をライフワークにしない

 

あなたにぴったりのポストだと思うの。というかあなたしか見当たりません。

英国魔法界にはビンズ先生の教え子しか存在しないから「歴史のバランス? なにそれ美味しいの?」という認識で、自分の専門分野にだけ無駄に熱心な人ばかり。しかもエリザベス3世という謎の人物を研究テーマにしている人が多過ぎるわ。

そんな魔法史の教授を雇ったら、校長の健康に著しい被害が出ること、あなたなら理解できるわね?

 

最新の知恵熱原因は下記の論文よ。

 

「エリザベス3世とハーマイオニー・グレンジャーの秘密の関係」

 

おばあさまにも耐え難い内容だったわ。校長が寝込む気持ちも不本意ながら理解できた。

 

一刻も早く帰国しなさい。

 

そして面接を受けて。

 

ホグワーツには今こそまともな魔法史の教授が必要です』

 

ものすごい理由で推薦されたものである。

 

・現時点で死んでいない

・しばらく死なない

 

これを推薦理由と受け止めていいかどうかさえ自信がない。

 

「大事な条件だよ。もうゴーストの教授を雇うつもりはないんだ。新しい歴史研究が出来ないじゃないか。文献を調査することも出来ない。ページをめくれないんだからね」

「・・・それはわかりますけど」

「そしてゴーストの教授志願者がとにかく多いんだ。ほとんど首無しニックまで立候補している」

「は?」

「魔法史の教授はゴースト向きの職業だという誤解が蔓延していることが判明した。リアルタイムで歴史を見てきたからというのがその理由だけれど、客観的評価を取り入れることが出来ない以上、主観的な歴史認識を生徒に押しつけることになる。それだけは避けて欲しい」

「じゃあ、しばらく死なない、というのは?」

「死ぬならわたくしが死んだあとにして欲しいんだ。新しい魔法史の教授を探すのはもう嫌だ」

「・・・なるほど。でも校長先生、わたし、まだ研究したいんです。パリに住んでいるのは、ヨーロッパ魔法史の中でも特に魔女狩りという形で、魔法族とマグルが直接的に関わった一連の流れの中で、どのような誤解や誤認が流布され、現代に影響してきたかを考察するためです。祖母は、本屋の店員をしてハンサムな男性を見つけるためだと疑っていますけれど、それはそれ、これはこれです。わたしなりに一応、魔法史家としてのテーマぐらいあります。研究を中断したくありません」

 

中断しなくていいからあ、と校長がテーブルに突っ伏して足をジタバタさせた。

 

「だってホグワーツに住んだら」

「サマーホリディはまるまる研究にあてられる。フランスでもイタリアでもドイツでもブルガリアでもロシアでも、どこの魔法省にだって研究資料の開示請求をしてあげるよ、ホグワーツ校長名で。各国の秘蔵資料が読めるよ」

 

ハンサムなフランス人との結婚だって好きにすればいい、と校長が手を振る。

 

「いえ・・・特にあてがあるわけでは」

「本屋のバイトは、生活費のため? だったら魔法史の教授も生活費のためと割り切ってくれてもいいと思う。それにホグワーツの教授という身分があったほうが、外国で研究資料を読むにははるかに有利だ。聴き取り調査だけなら身分は要らないけれど、文書を研究するならそれなりに立場が必要だろう?」

 

どうしよう。

断りにくくなってきた。面接に失敗してパリに戻るつもりだったのに、校長のほうが乗り気ではないか。この校長に見込まれてしまったら最後だ。

 

アルテミスは、必死で頭を働かせた。

 

「校長先生。おっしゃる通りです。生活費を稼ぐための職業としては理想的だと思います。研究費用を貯めるのにも」

「だよね!」

「でも・・・わたしなりに教育への熱意もあります」

「すごく嘘っぽいけれど、大丈夫。立場に作られるタイプの人間なら、わたくしはよく知っている。君は責任あるポジションに置かれたら、不本意だと言いながら責任を果たす人間だ」

「・・・そ、そうかもしれませんけど! わたし、わたしは・・・魔法史家としてならともかく、魔法史の教授としては、熱意が足りないかもしれないんです。それが不安で」

「とりあえず不安の内容を言ってみて」

「わ、わたしは! 死んでまで授業をする気はありませんから!」

 

合格だ! と、校長がテーブルに飛び乗ってアルテミスを激しく抱き締めた。

 

「え? は?」

「今まで面接をした100人が100人とも『死んでも授業を続ける所存です!』って当たり前の顔して言うんだ! わたくしは、死んだら墓に入るという常識を有する教授が欲しいんだよ! ただそれだけなのに!」

 

・現時点で死んでいない

・しばらく死なない

・死んだら墓に入る

 

以上の3点を決め手として、無事に新しい魔法史の教授が見つかった。

 

 

 

 

 

着任の挨拶でアルテミス・ウィーズリー=グレンジャーは宣言した。

 

「あなたがたに、より整理された、過不足のない、基礎知識としての魔法史を教え、OWLをクリアしたNEWT学生には、相応の研究テーマに対する研究手法を指導するという、魔法史の教授としての責任は果たします。ですが、死んでまで授業をする気はありません。それほどの熱意がないことは、心得ておいてください。死んだら、おとなしく墓に入ります。それが、魔法史家に必要不可欠な『常識』というバランス感覚なのです」

 

薬草学のネビル・ロングボトム教授が立ち上がって盛大に拍手をし、校長はスプーンでグラスを盛大に鳴らした。

 

アルテミスはこの2人に大歓迎されたことにげんなりして、レオナルド・マルフォイ魔法薬学教授を見たが、同情的な薄ら笑いだけしか返ってこなかった。

 

 

 

 

 

「騙されたのは僕も同じだ。おじいさまからは『ウィンストンは熱意のある若い魔法薬学者を求めているから、スラグホーン教授を尊敬し、死ぬまでホグワーツに奉職すると言えば合格だ』と言われたんだ。なのに、実際の面接で『僕は最新の調合技術についていけなくなった時には潔く後進に道を譲りたい。それが可能なように、若く優秀な魔法薬学者を次々に育てることが教授の使命だと考えます』と率直に言ったら泣きながら手を握られて・・・問答無用で採用された。円卓会議ではホグワーツ教授陣の人事について相応の計画を立てているんだろう」

「・・・それをどうしてわたしに警告してくれなかったのよ? 警告さえしてくれていたら、死んだら墓に入るなんて馬鹿正直に言ったりしなかったのに・・・!」

「自称魔法史家という触れ込みでフランス人のボーイフレンドを渡り歩いているから、君にだけは無関係な話だと思っていた。まさかビンズ先生が歴史に満足する日が来るとは思わないじゃないか」

 

アルテミスは地下牢教室の調合台の上で髪をかきむしった。

 

「結局、あなたの採用の決め手は何だったの?」

「『日進月歩の技術と知識に対する意識の高さが欲しかった』のだそうだ。『白内障で大鍋も見えなくなってから続けられる仕事じゃないことを覚悟する意識高い系の魔法薬学者じゃなきゃイヤだ』と泣きながら言われて、やっぱり辞めますと言えるか? 君はおおかた、さっきのスピーチそのまんまのことを言ったんだろう?」

 

当たり前よ、とアルテミスは髪をかきあげた。「魔法史家には何よりも客観的事実を受け入れることが必要なの。『死んだら墓に入る程度の熱意しかない』って言ったら・・・漏れ鍋のテーブルに飛び乗ってしがみつかれて・・・『死んだら墓に入る常識を持った人が欲しいだけなのに、101人と面接してそう答えたのは君だけだ』と言われたら、あまりに気の毒で」

 

「こうなったら広く警告を流布したほうがいいな。マスコミを使って、ホグワーツ人事に関する企みの気配があることを流そう。円卓会議の今の目標は教育改革だぞ」

「待ってマルフォイ。それさえも計算されてるかもしれない。教育改革への世論を誘導しかねない人たちよ!」

「・・・それは確かにそうだが・・・裏をかいたつもりで犠牲者を増やすか? いずれにせよ、罠を張ってでもやることをやる人たちだぞ? 世論が高まり、意欲的な学者がホグワーツ教授を目指すことそのものは悪いことではないだろう。掌の上だと思うから癪に触るんだ」

 

ちなみに、とマルフォイはまた薄ら笑いを浮かべた。

 

「なによ?」

「僕は最新の魔法薬学についていけなくなったら退職だからな? 僕のほうが退職は早い。教育改革において、教授人事の次に来そうなテーマは『次の校長誰にしようかな?』になると思う。気をつけろよ、アルテミス。君の退職基準は『死んだら墓に入る』だろ? ただでさえ一番最後まで居残りだ。スケープゴートは早めに用意しろ」



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