ドラゴンクエストビルダーズ 紡がれるもう一つの歴史 (seven river )
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序章 最悪の結末と復興の思い出

空中に浮かぶ島の上、黒い仮面とマントを着て、黒い宝玉の嵌め込まれた剣と盾を持った剣士が、瀕死となった赤髪の女性と茶髪の少年を睨みつけていた。

剣士は先に女性の方に剣を向けて、止めを刺しに行こうと歩いていく。

 

「お前のせいで、俺の人生は何もかも狂ってしまった。報いを受け入れ、死に絶えろ!」

 

女性はもう立ち上がれる状態ではなく、ただ自分が殺されるのを待つことしか出来ない。

少年も闇の剣士に立ち向かい、女性を守ろうとするが、身体が思うように動かなかった。

 

「お前の恨む気持ちは分かる…でも、僕も黙って殺させはしない…!」

 

「そんな身体で何をしようって言うんだ…?俺に抵抗しても無駄だと分かっただろ」

 

 たとえ無駄な抵抗であったとしても、女性が殺されるのを黙って見ているわけにはいかない。

 少しずつ身体を動かして、勇ましい装飾が施された剣とハンマーを持ち、闇の剣士へと近づいていく。

 しかし、決死の抵抗を見せようとした少年を、女性は止めようとした。

 

「来てはいけません…!このまま戦いを続けたら、あなたまで死んでしまいます…どうかあなただけでも生きて、世界を作り続けてください!」

 

 「でも、あなたを見捨てることは出来ない!」

 

 見捨てることは出来ないと、少年は女性の静止を無視して剣を振り上げる。

 明らかに勝ち目のない戦いを挑もうとしている少年を、闇の剣士は笑いながら見ていた。

 だが、少年の振り上げた剣が、闇の剣士へと届くことはない。

 その前に女性がかすれた声で呪文を唱え、呪文が唱えられた瞬間に少年の身体は宙に浮き上がったのだ。

 

 「私の魔法で仲間たちの元に送ります。仲間たちと共に、どうかこの世界を…!」

 

 「嫌だ…!平和になった世界を、あなたにも見せたい」

 

 少年は逃げることを拒むが、女性は呪文の詠唱をやめない。

 少年を逃がそうとしているのを見て、闇の剣士は女性に背中から剣を突き刺していた。

 

 「余計なことをするな。お前もあいつも、ここで消し去ってやる!」

 

 常人なら即死するほどの深い傷だが、女性は苦しい表情をするものの、呪文の詠唱を続ける。

 すると、少年の身体は本人の意思に反して動いていき、空に浮かぶ島から大地へと飛んで向かっていった。

 女性は息も絶え絶えになりながら、最後に少年に言い残す。

 

 「行きなさい、ファレン!あなたたちなら、きっと世界を作り続けられます…!」

 

 女性は死の間際であったが、その目には確かに希望が宿っていた。

 

「待って…!」

 

 ファレンと呼ばれた少年は最後まで逃げ出そうとはしなかったが、そんな彼の声はもう聞こえない。

 女性は闇の剣士に何度も身体を突き刺されながらも、ファレンを逃がすための呪文を唱え続ける。

 ここで自分が力尽きたら、ファレンは地面に叩きつけられて死んでしまう…女性はそう思って、剣士の攻撃を耐え続けていた。

 自分の死はもう決まっているが、せめてファレンだけでも生かそうとしている。

 

 「どこまでしぶといんだ…!今度こそ死ね!」

 

 しかし、ファレンへの思いで耐え続けていた女性にも、いよいよ限界が訪れる。

 闇の剣士がそう叫んで剣を叩きつけた瞬間、女性は力尽きて倒れ、それと同時に呪文の詠唱も中断された。

 宙を動いていたファレンの身体は、地面に向かって一直線に向かって落ちていく。

 ファレン自身は魔法を使うことが出来ず、ただ地面に叩きつけられる、死の瞬間を待つしかなかった。

 

 「これで厄介な者は全て死んだ…この世界は、永遠の闇に包まれるんだ…!」

 

 女性が力尽き、ファレンが落ちていったのを見て、闇の剣士はそう言う。

 そして、女性の死体から剣を抜き取ると、呪文を唱えて飛び去っていった。

 地面に叩きつけられた瞬間ファレンの身体には激しい痛みが走ったが、すぐに痛みも感じなくなり、意識は失われていく。

 

 (僕は死ぬのか…大事な人も、この世界も何も救えずに…)

 

 薄れゆく意識の中、ファレンはそんなことを考えていた。

 

 意識を失ってしばらくした後、ファレンは真っ暗な空間に1人立っていた。

 

 (ここは、どこだろう…僕は死んだのか…?)

 

 ファレンがそう思った次の瞬間、彼の目の前には明るい映像のような物が流れる。

 その映像は、ファレンが今まで経験して来た仲間たちとの戦いの記録であった。

 ファレンたちの生きる世界…アレフガルドを復興させる長く苦しい戦いの記録。

 恐らく自分はまだ完全に死んではおらず、走馬灯のようなものを見ているのだろうとファレンは理解する。

 

 (みんな…ごめん、世界を守れなくて)

 

 仲間たちとの思い出を見て、世界を守れなかったことへの悔しさが増す。

 こんな辛い思いをするくらいなら見たくもないと思ったが、ファレンは流れてくる走馬灯を遮ることは出来なかった。

 最初に見えたのは、ファレンがアレフガルドで最初に復興させた、緑に覆われた高原地帯、メルキドでの戦いの記録であった。



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1章 全てを破壊された世界
1-1 不思議な声と闇からの目覚め


大分遅くなりましたが、今回から連載を始めていこうと思います。

作者が受験生なのでまた長期に渡って更新停止することもあると思いますが、どうかご了承ください。


アレフガルドの復興が始まったあの日にも、ファレンは何も無い闇の中にいた。

何も見えない、何も感じない空間。

 

「…ファレン…」

 

だが、そんな空間の中に、どこかから彼を呼ぶ優しそうな女性の声が聞こえてきた。

ここがどこかも、自分が誰かも、ファレンには思い出せなかった。

しかし、その声に引き付けられるかのように、ファレンは闇の中を走っていく。

 

「…誰?」

 

「…私は長きに渡って世界を見守り、ようやくあなたのことを見つけました。ここは、ある忌まわしき選択が生んだ、闇に覆われた世界。光を失った世界に生きる力なき人々は、ただ滅びを待つしかありません。全てを失ったこの世界を作り直すため、あなたの力が必要なのです」

 

女性は自身について詳しくは話さないが、自分が世界を見守る存在であること、ファレンの力を必要としていることを伝える。

彼女が何をさせようとしているのかファレンには分からなかったが、ひとまずこの暗闇から出たいと、彼は声の方向に向かっていく。

 

「さあファレン、目をお開けなさい」

 

ファレンが闇の中を走っていく事に、声はだんだんと大きくなっていった。

そして、女性がそう言った瞬間、ファレンの前に眩しい光が溢れ出す。

 

気がつくとファレンは、いくつもの松明に照らされた洞窟らしき場所に立っていた。

目の前には石で造られた墓が立っており、辺りには積まれた土や大きな切り株もある。

誰の墓なのかは分からないが、周囲には苔が生えているのを見るとかなり昔のもののようだ。

今まで闇の中にいたと思ったら、今度は墓の前…さっきまでは夢を見ていたのかと、ファレンは思う。

 

「…ここは…?さっきまで僕は、夢を見ていたのか?」

 

「はい、先ほどまで眠っていましたが、目覚められたようですね」

 

ファレンの声に対して、再び女性の声が聞こえてくる。

闇の中を歩いていたのは夢であっても、この不思議な声は夢ではないようだ。

突然起きた出来事に混乱しているファレンに、その声は質問をしてきた。

 

「あなたは覚えていますか?自分が何者で、どんな存在であったか?」

 

「…思い出せない。覚えてるのは、僕の名前だけ」

 

ファレンは自分の記憶を振り返ろうとしたが、モヤがかかったかように思い出せなかった。

自分が何者なのかも、ここがどこなのかも、なぜこんな場所にいるのかも、全てが分からなかった。

覚えているのは、ファレンという自分の名前だけ。

ファレンがそう答えると、不思議な声は話を続ける。

 

「…そうですか。やはり、以前のことは何も覚えていないのですね。それも仕方のないことですし、今は思い出さない方がいいのかもしれません…」

 

「どういうこと?」

 

思い出せないのならともかく、思い出さない方がいいとはどういうことだろうかと、ファレンは尋ねる。

しかし、女性はそれ以上は記憶に関して話すことはなく、目を覚ましたばかりのファレンに指示を出した。

 

「いいえ、何でもありません。記憶について話すのはやめ、これからのことについて話しましょう。あなたは長い眠りで身体がなまっているようですね。まずは、身体を動かしてみてください」

 

これ以上聞いても答えてくれなさそうなので、ファレンは記憶に関して聞くのをやめた。

不思議な声の話からすると良い記憶ではなさそうなので、思い出すのが怖いという思いもあった。

この声に従っていいのか、彼にはまだ少し不安なところがあった。

しかし、他に頼れるものもない以上、ファレンは声の言う通りに身体を動かしてみた。

 

「身体を動かす…こうか?」

 

身体は思った以上にうまく動き、ファレンは目の前の墓の周りを歩いたり走ったりする。

墓は辺りより1段低い場所にあったので、ジャンプして上の段に登ったりして見せた。

走ったり跳んだりしているのを見て、不思議な声は安心そうに話した。

 

「どうやら、身体はしっかりと動くようですね。これならあなたは自分の役割を果たせるでしょう」

 

だが、女性が安心そうにしている一方、なまっていた身体を急に動かした反動か、ファレンは大きな疲れを感じていた。

このままでは倒れ込んでしまいそうだと、彼は不思議な声を遮って言う。

 

「ファレン…長き眠りから覚めてすぐに悪いのですが、あなたには果たすべき役割があるのです。あなたが果たすべき役割とは…」

 

「待って…急に動きすぎて、疲れてきた…」

 

「確かに、体力をかなり消耗しているようですね。長く眠っていたからには、仕方のないことでしょう」

 

疲れた身体を回復しなければ、ファレンは自分の役割を聞くどころではなかった。

不思議な声も何とかしなければと思ったようで、彼に一つ提案した。

 

「それならば、そこに落ちている白い花びらを拾って見てください。あなたが持つ力で、体力を回復してみましょう」

 

よく見ると、墓から向かって右の方の土の上に3つの白い花びらが落ちていた。

目覚めた時にも見えた、大きな切り株の近くだ。

自身の持つ力というのはよく分からなかったが、これで疲れを回復出来ると、ファレンは残った力で花びらのところに歩いていく。

白い花びらを拾うと、不思議な声が再び話しかけてきた。

 

「白い花びらを拾えたようですね。あなたは武器や道具を、自分の手で作り出す力を持っています。そこの切り株を使って、傷薬を作ることが出来ませんか?」

 

武器や道具を自分で作り出す力、そんなの誰でも持っているのではないかと、ファレンは思う。

しかし、自分と不思議な女性以外の誰にも会ったことがない以上、何とも言う事が出来なかった。

今の女性の声を聞いた瞬間、ファレンの中には一つの記憶が蘇ってくる。

白い花びらを加工して、傷や疲れを癒す薬を作る方法の記憶だ。

 

「作れると思うよ。今からやってみる」

 

記憶を失う前も傷薬を作っていたということなのだろうが、それ以上は思い出すことは出来なかった。

ひとまず今は疲れた身体を回復させるため、花びらを持って切り株のところに歩いていった。

 

「これを、こうするんだったな…」

 

そして、切り株の上に置き、記憶にあった通りに傷薬を作っていく。

白い花びらは練っていくとクリーム状に変わっていき、3枚ともを加工し終えると、不思議な声はファレンを褒める。

 

「素晴らしい。白い花びらから、傷薬を作り出したようですね。それこそが、この世界であなただけが持つ力…」

 

「待って、もう本当に倒れそうだ…」

 

女性は彼を褒めた後にもう一言付け加えようとしていたが、ファレンは傷薬を作ったことでさらに疲れが溜まっていた。

ファレンはその場に座り込み、女性は仕方なく傷薬を使うのを優先させる。

 

「おお、それでは先に傷薬を使ってみましょう。その傷薬があれば、疲れも和らぐはずです」

 

怪我をした訳では無いのでどう使えばいいか分からなかったが、ファレンはひとまず疲れている手や足に傷薬を塗り込んでいく。

すると、手足の疲れがだんだん消えていき、また立ち上がれるようになっていた。

ファレンが立ち上がると、不思議な声は話を再開する。

 

「傷薬で回復出来たようですね。…その傷薬は、あなたが自らの力で作り出したもの。この世界に生きる人々は、とあるきっかけで物を作り出す力を失ってしまいました。道具や武器を生み出すのは、もはやあなたにしか出来ないことなのです」

 

理由までは話してくれないが、この世界で物を作れるのはファレンだけだと女性は言う。

にわかには信じ難いことだが、自分の記憶がない以上、世界がどうなっていてもおかしくはない。

彼女の言う事を受け入れて、ファレンは話の続きを聞こうとする。

 

「ファレン、あなたに与えられた責務とは…」

 

「待って、責務の前に広い世界に出して」

 

しかし、立ち上がったファレンは、今度は洞窟の中にいる息苦しさを感じ始めていた。

このままではやはり話に集中できないと思い、先にこの洞窟から出ようと彼は言う。

 

「…確かに、こんな暗い場所は嫌でしょう。では、この穴蔵から出るための足場が必要ですね。それでは、まずはそこにある太い枝を拾うのです」

 

女性は多少呆れながらも、まずはファレンを洞窟から出そうと手助けをする。

ファレンが声を聞いて振り向くと、左の方に長くて太い木の枝が落ちているのが見えた。

ファレンは歩いてその枝を拾い上げ、不思議な声は彼にまた指示を出す。

 

「これがその太い枝だな」

 

「はい。手に入れた太い枝を使えば、檜の棒が作れるでしょう。切り株を使って、今度は檜の棒を作り出して見せるのです」

 

檜の棒の話を聞くと、ファレンは傷薬の時と同じように、檜の棒の作り方を思い出す。

もう疲れも取れたので簡単に作れそうだと、彼は切り株の元に戻っていった。

切り株の上に置かれていた石を使って木の枝を削り、持ちやすい形へと彼は加工していく。

記憶にあった通りの檜の棒が出来ると、ファレンは早速右手で持ってみる。

 

「結構大きな武器だけど、軽くて持ちやすいな」

 

「檜の棒も、無事に作ることが出来たようですね。…人はかつて、物を作る力によって輝かしい文明を作り上げました。人の文明の証たる武器も、もうあなたしか作り出せないのです。…それはともかく、先にこの穴蔵から出たいのでしたね。まずはその檜の棒を使って、辺りの土を壊すのです」

 

女性は人が文明を失ったことを嘆きつつも、ファレンを洞窟から出すことを優先する。

ファレンの立っている切り株のある場所の反対側には、ところどころ足場が欠けている壊れた階段があった。

壊れた足場に土を置けば確かにここから脱出できそうだと、ファレンは辺りにある土を集めていく。

土は少しの硬さはあったが、檜の棒で2回も殴れば壊すことが出来た。

 

「いくついるか分からないけど、いっぱい集めておこう」

 

ここから脱出するのにいくつ使うか分からないし、広い世界に出た後にも使うかもしれない。

ファレンはそう思って、檜の棒でたくさんの土を壊していった。

壊れた土は小さなブロックとなって、ファレンが肩から提げていたポーチに入っていく。

土のブロックが10個くらい集まると、女性がまた話しかけてきた。

 

「土が集まったようですね。手に入れた土を使って足場を作り、この穴蔵から抜け出しましょう」

 

「やっとここから出られるんだな。早く行こう」

 

ファレンは早くこの息苦しい穴蔵から抜け出そうと、壊れた階段のある場所に向かっていく。

階段は1段目が壊れていたので、彼は先ほど拾った土のブロックをそこに早速置いた。

ポーチに入る時は小型化していたが、取り出すとまたもとの大きさに戻る。

不思議な原理だが、たくさんの物を持ち運ぶ時には便利だ。

ファレンはそう思って、自身が設置した足場も使って階段を登っていった。

階段を半分くらい登ったところで、再び壊れた足場が見えてくる。

 

「ここも壊れてる…直して外に出よう」

 

彼はそこにも土のブロックを置いて、さらに階段を登っていく。

そして階段を登り着ると、目の前には牢屋のような鉄格子の扉が見えてきた。

ここからではよく見えないが、恐らくこの外が外の世界なのだろう。

 

「やっと外に出られるし、早く綺麗な空気を吸おう」

 

不思議な声の言っていた責務とやらも気になるが、まずは外の世界の空気を吸いたい。

ファレンはそう思って、鉄格子の扉を開けて外の世界に駆け出していった。




ビルダーズ2もプレイしましたが本当に面白かったです。

ビルダーズシリーズは最高のゲームだと思っています。


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1-2 メルキド 全てを破壊された大地

鉄格子の扉を開けたファレンの前に広がっているのは、見渡す限りの森林と草原だった。

 

「綺麗…これが外の世界か…」

 

涼しい風が吹いており、肌寒く寂しい場所だが、ファレンは目覚めて初めて見る外の世界の光景に息を飲む。

森と草原以外にはほとんど何もないが、目の前の崖を下った先にはかつて人が住んでいたと思われる町の廃墟もあった。

草原には青色の液体状の生き物がいて、さっきの白い花もたくさん生えている。

全てが初めての光景で、ファレンは責務の話も忘れ景色に釘付けになっていた。

だが、外に出られたところでそろそろ本来の目的を話さなければいけないと思った女性は、ファレンを呼び止める。

 

「ファレン、聞こえていますか?景色に夢中になるのも分かりますが、本来の目的を忘れてはなりません」

 

「ああ、そういえばそうだった。それで、僕の責務って何なんだ?」

 

不思議な声に話しかけられて、ようやくファレンは現実に戻ってくる。

この声の正体も分からないままだが、一応自分を助けてくれた存在だ。

責務とやらについても聞いておこうと、ファレンは返事をした。

 

「ファレン…あなたに課せられた重要な使命…それは、あなたが持つ物作りの力でこの闇に覆われた世界、アレフガルドを復活させ、人々の文明を取り戻すことです」

 

「えっ…ちょっと待って…」

  

不思議な声が言った自分の責務があまりにも大きいことを聞いて、彼は驚き戸惑っていた。

世界で物を作れるのは自分だけと聞いた時からファレンは、何か大きなことに巻き込まれたのではないかと思っていたが、実際に話を聞くと不安に満ちてくる。

さっきまでとは違い、ファレンは焦った口調で女性に話す。

 

「急にそんなこと言われても無理だよ。ただでさえ記憶がないのに、この世界を救えなんて…!」

 

「…確かに、目覚めたばかりのあなたにとっては、急な話かもしれません。それならば、あなたが持つ力で、あなたが思い描いた世界を自由に作ってください。そうすれば、自らの役割を果たすことも出来るでしょう」

 

大きな使命を与えられて不安になるファレンに対して、女性は言い方を変えてみる。

今は檜の棒と傷薬しか作り方が分からないが、また新たな物の作り方も思い出すかもしれない。

それならばできそうだが、ファレンの顔は相変わらず不安げだった。

 

「それなら出来るかもしれないけど…」

 

「それなら良かったです。世界を作り出すうちに、自分自身で確かめるのです…この世界に、一体何が起きてしまったのか」

 

そして、世界が滅びた理由を語らなかった不思議な声は、ファレンに向かってそうも告げた。

理由は気になっていたが今は教えてくれなさそうだ、とりあえずはこれからのことを決めようと、ファレンは責務について改めて考える。

自分の思い描いた物を作るというのも大変そうだが、世界を救うよりは簡単に出来るだろう。

不思議な声の主には穴蔵から助けてもらった恩もある上に、今は彼女に従う以外の道はない。

それに、もしかしたら物を作っているうちに自分の記憶も思い出すのではないかと思い、ファレンは女性の話を引き受けることにした。

 

「…分かった。それならやってみるよ、自分が思い描いた物を作るってことを」

 

「その返事が聞けて嬉しいです。私は大地の精霊ルビス。全ては精霊の導きのままに」

 

ファレンの返事を聞くと、女性はようやく自身の正体を名乗りだす。

姿が見えないのに話かけて来るなんてただ者ではないと思ってはいたが、この大地を司る存在なのだろうか。

ファレンがそう思っていると、ルビスは最後に奇妙なことを話した。

 

「最後に1つだけあなたに忠告しておきましょう。ファレン…あなたは勇者ではありません。このことだけは、忘れないでくださいね」

 

「勇者って何か知らないけど、分かったよ」

 

勇者という物が何かは分からなかったが、自分とは違う使命を持った者なのだろうとファレンは解釈した。

勇者でなかったら何なんだ?ともファレンは思ったが、頭の隅には留めておくことにする。

ルビスはこれで去っていくのかと彼は思ったが、次に彼女はこの草原に関しての話を始めた。

 

「では、次にこの草原と森が広がる大地について教えましょう」

 

「そういえば、ここってどこなんだ?」

 

先ほどまでファレンは辺りの景色に見とれていたが、ここがどこなのかは全く分からなかった。

 

「ここはかつて、メルキドと呼ばれた地。昔この地には強固な壁で囲まれた城塞都市がありましたが、魔物との争いで全てが破壊されてしまいました」

 

「メルキド…聞いたことがないな」

 

アレフガルドという世界の名前も、メルキドという町の名前も聞いたことはないが、自分もあの洞窟に倒れていた以上、この地の住人なのだろう。

もしかしたら自分を知っている人もいるかもしれないと、ファレンは思った。

世界が滅びた原因が全て解き明かされるのはまだ先になりそうだが、魔物との戦いも1つの理由のようだ。

彼がそう考えていると、ルビスはメルキドに関する話を続ける。

 

「あなたの持つ力でそこに新しいメルキドの町を作り上げ、アレフガルド復活の第1歩とするのです。そのために、これを渡しておきましょう」

 

ルビスがそう言った瞬間、ファレンの目の前に黄色のボロボロの布がかけられた小さな旗が落ちてくる。

ただの壊れた旗にしか見えないが、不思議な力が感じられる物だ。

彼がそれを拾うと、先ほど眺めていた廃墟の中心部から眩しい光の柱が立ち上ってきた。

 

「その希望の旗を持って光の指す場所を目指すのです。その旗は魔物に抗ったこの地の人々が、最後まで掲げていた旗。光の柱に希望の旗を立てれば、周りに光が溢れ、メルキド復興の拠点となることでしょう」

 

「分かった。じゃあ、あそこに向かってみるよ」

 

不思議な力も光の柱も、魔物と戦った人々の遺志によるものなのだろう。

ファレンは希望のはたを腰のポーチに入れると、目の前にある崖を慎重に降りて光の柱へと歩いていく。

崖を降りてまっすぐ進めば廃墟にたどり着くので、彼は苦もなく進むことが出来ていた。

途中に青色の生き物にも近づくと、ルビスから注意の言葉が入った。

 

「それはスライム…好戦的な魔物ではありませんが、危害を加えれば襲ってくるでしょう。気をつけて進むのです」

 

「そうなんだ。じゃあ、今はそっとしておこう」

 

スライムは凶暴な魔物ではないようだが、光の柱につく前に怪我はしたくない。

彼らを刺激してしまうことがないよう、ファレンは静かに廃墟へと歩いていく。

廃墟にたどり着くと、ファレンはポーチにしまっていた希望の旗を取り出した。

 

「光の柱が近づいてきたな…この廃墟を修理して、僕たちの拠点にするのか」

 

この廃墟は恐らく、かつて城塞都市メルキドがあった場所なのだろう。

巨大な都市があった頃には遠く及ばないだろうが、そこそこの規模の建物がある。

ところどころ穴が空いていたりもするが、修理すれば住むこともできそうだ。

今ある廃墟は壊して、完全に新しい建物を作るのもいいかもしれない。

いろいろなメルキドの復興を思い描きながら、ファレンは光の柱へと近づいていく。

そして、持っている希望の旗を光の中へと突き刺していった。

 

「すごい…暖かい光が溢れ出してきた」

 

するとその瞬間、光の柱や希望の旗の不思議な力が廃墟中へと溢れ出し、周りが暖かい光に包まれていく。

外は少し肌寒いので、この光の中の方が人々は過ごしやすいだろう。

ここには人間はファレンしかいないが、まもなく他の人もやってくるだろうとルビスは言う。

 

「ファレン…希望の旗を立てられたようですね。光に導かれ、早速人間たちが集まって来るはずです」

 

流石にすぐには来ないだろうからしばらく待っていようかとファレンは思ったが、ほとんど時間も経たないうちに、彼の目には自分より年下の少女が廃墟に向かって走ってくるのが見えた。

少女は希望の旗や辺りに溢れている光を見て、不思議そうにつぶやく。

 

「あの旗、いったい何だろう?それにこの場所、明るくて暖かくて不思議…」

 

少女は不思議な旗や光に夢中で、ファレンのことに気がついていないようだった。

メルキドを復興させるにもまず仲間がいるので、彼はさっそく少女に話しかけに行った。



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1-3 仲間との出会いと物作りの始まり

「おい、君は誰?」

 

「あ!私以外にも人がいたんだ。私はピリン、あなたは?」

 

ファレンが話しかけると、ピリンと名乗った少女は驚いて彼の方を見る。

 

「僕はファレン。ここに旗を立てていたんだ」

 

「この旗、あなたが立てたんだ。こんな不思議な旗を持っていたなんて、あなたは一体誰なの?それに、どこから来たの?」

 

ピリンに続いてファレンも自分の名前を名乗り、希望の旗を立てたことを伝えた。

ピリンの話し方から考えると、彼女もファレンの過去については知らないようだ。

少し残念に思いながらも、彼は自分が記憶を失っていることを伝えた。

 

「君も知らないか…。実は僕記憶がなくて、大地の精霊を名乗る声に導かれてここに来たんだ」

 

「そうなんだ…精霊の声が聞こえるなんて、何だか怪しい気がするけど…」

 

確かに考え直して見れば、頭の中に精霊の声が聞こえるなんて不思議だと、ファレンは思った。

しかし、確かなはっきりした声が聞こえてくるので、そう言った存在がいるのは間違いないだろう。

 

「怪しいかもしれないけど、本当に聞こえるんだ」

 

「分かってる。嘘をついてるようには見えないもんね。それで、旗を立ててこれから何をするつもりなの?」

 

ファレンの奇妙な話を、ピリンは一応信じてくれてはいるようだった。

 

「大地の精霊は、ここにメルキドの町を復活させてくれって言ってた。他に行くあてもないし、ここで町を作ろうと思ってる」

 

「町か…何だかよく分からないけど、ここに住んでみようかな?」

 

ピリンはまだ幼い故に、町というものがよく分かっていないのだろう。

だが、幼い子供であっても一緒に町を作る仲間はいた方がいい。

ファレンはそう考えて、メルキドに住もうか悩んでいるピリンを歓迎しようとした。

ルビスも同じように考えていたようで、仲間と暮らすためのアドバイスをファレンに与える。

 

「あなたの物を作る力を持ってしても、1人でメルキドの復興は出来ないでしょう。まずは、仲間の住むための部屋を作ってはどうですか?」

 

外で寝るよりは、何もない場所であっても部屋の中で寝る方がピリンも嬉しいだろう。

ファレンとピリンの目の前には、五つくらい穴が空いた白い家があった。

ファレンは頷き、ピリンにその家を修理することを伝える。

 

「分かった。それじゃあピリン、今からあの家を修理してくるよ。今日からあの家に住もう」

 

「え?家を修理するなんて出来るの?」

 

「もちろん。ちょっと待っていて」

 

ルビスに話しかけられたことで会話が途切れ、ピリンは不思議そうな顔をしていたが、家を修理するという話を聞いてさらに驚く。

ルビスはこの世界に生きる人々は物を作る力を失っていると言っていたので、家を修理することも出来ないのだろう。

ファレンは入り口にあった木の扉を開けて中に入り、壊れた壁に洞窟で拾った土を置いて修復していく。

周りは白い壁なので見た目上は違和感があるが、壁としては十分機能しそうだ。

ファレンが5つの穴を塞ぎ終えると、ピリンは声を上げて家の中に入ってきた。

 

「すごい!本当に家を修理出来たんだ!精霊の声が聞こえたり変わったところもあるけど、そんな不思議な力も持ってたんだね」

 

「精霊が言ってたけど、僕には物を作る力があるらしいんだ」

 

ピリンの驚く様子を見て、本当にこの世界の人々は物を作る力を失っているだとファレンは実感する。

 

「…物を作るってなあに?聞いたこともないけど」

 

ファレンは物を作る力について話したが、ピリンは作るという言葉自体知らないと答えた。

この世界の人々が物を作る力を失ったのは、最近のことではないのだろう。

今の世代には作るという言葉さえ伝わっていないのかもしれない。

ファレンがそう考えていると、ルビスはまたアドバイスをする。

 

「物を作る力を失った人々に物作りを伝えるのもあなたの役割なのです。何か、彼女に物を作ってはあげられませんか?」

 

何か物を作れと言われても、ファレンはどうすればいいかすぐには思いつかなかった。

しかし、迷っている彼に対して、ピリンは一つ相談をしてきた。

 

「どうしたの、また黙っちゃってるけど?せっかくお部屋を作ってくれたのはありがたいけど、お部屋の中を明るくするための明かりも必要だと思うんだ」

 

「暗い部屋で夜を過ごすのも嫌だもんな。どうすればいい?」

 

「松明があったらいいんだけど、この辺りには落ちてなさそうだし…」

 

松明がこの辺りにないので、ピリンはどうしたらいいか困っているようだ。

部屋の中とはいえ、真っ暗な場所で夜を過ごすのはファレンも嫌だ。

彼女の話を聞いているうちに、彼の頭の中には松明の作り方の記憶が蘇ってくる。

町の中には石で作られた、いくつかの工具が乗せられた作業台も見えて、ファレンはそこに作りに向かおうとした。

 

「その作業台であれば、松明が作れるでしょう。この素材を使って作り、彼女に見せてあげましょう」

 

ルビスがそう言った瞬間、石の作業台の上には青い油と太い枝が落ちてくる。

精霊の力で、簡単な素材は用意してくれるようだ。

ファレンはピリンに一言声をかけると、石の作業台へと駆け出していった。

 

「僕が松明を用意してくるよ。君はそこで見てて」

 

ファレンは石の作業台のところに着くと、まずは太い枝を持ちやすい太さにするため、工具を使って5等分していく。

そして、5等分した太い枝のそれぞれの先端に、青い油をたくさん塗っていく。

その様子を見ていたピリンは、不思議そうにしながら近づいて来て、ファレンに質問する。

 

「ファレン、木を切り分けたり、油を塗ったり、何をしているの?」

 

「太い枝と青い油を使って、松明を作っているんだ。もう少しで出来るから、見てて」

 

ピリンは困惑しつつも、ファレンの物作りの様子を見る。

そうしていると、やがてピリンは何かを閃いたかのような顔をした。

 

「そっか!周りにある素材から道具を生み出すことを、物作りって言うんだね!」

 

「分かってくれたみたいだね。ピリンにも出来そう?」

 

ピリンが物作りとは何かに気づいてくれて、ファレンは嬉しそうな顔をした。

ピリンも物作りが出来るようになればメルキドの復興も早まる。

そう思ってファレンが聞くと、ピリンは出来そうだと答えた。

 

「うん。ファレンが作っているのを見たら、私にも出来そうな気がしてきた」

 

ピリンを始めとしたたくさんの仲間がいれば、メルキドの町を復興させるのも夢ではないだろう。

ファレンはそう考えながら松明どうしをこすり合わせて熱を起こして、火をつけていく。

青い油は火が付きやすい素材なので、あっという間に火を起こすことが出来た。

最初の2本に火がつくと、ファレンはそれを使って残りの3本にも着火していく。

ポーチには火がついた物も問題なくしまえるので、彼は4本をその中にしまい、1本を右手に持つ。

 

「とりあえず、これで松明は作れたよ。早速部屋の中に置いて来ればいい?」

 

「うん。せっかく作ってくれたんだし、今日から使ってみようよ」

 

今日は後どのくらいで夜になるかは分からないが、早めに準備をしておいて良かった。

ファレンはピリンの返事を聞いて先ほど修理した部屋に向かっていき、松明を部屋の隅に置く。

松明が部屋の中に置かれると、ピリンも部屋の中に入ってきた。

 

「これで立派なお部屋になったね。本当にありがとう、ファレン。今日からこの部屋で一緒に暮らそうね!」

 

「うん。これからが楽しみになってきた」

 

夜を過ごせる部屋が完成し、ファレンもピリンも喜びの声を上げる。

最初にルビスに導かれた時にはファレンは不安でいっぱいだったが、今はこれからのメルキドの復興を少し楽しみにも思っていた。

ファレンがそうしている中、ピリンはまた新たな相談を持ちかけてくる。

 

「そうだ。せっかく部屋は出来たけど、夜に寝るための道具があった方がいいと思うんだ」

 

「確かに、流石に土の上で寝るのも嫌だもんな」

 

「あなたの力で、何か作れないかな?」

 

壁を修理して明かりを置いたものの、仲間たちと暮らしていく快適な部屋にはまだならなさそうだ。

ファレンはピリンの相談を聞いて、寝るために使う道具を考え始める。

そうしていると、再びルビスの助言が聞こえてきた。

 

「それなら、わらベッドを作るのが良いでしょう。わらベッドなら、辺りに生えている丈夫な草があれば作れるはずです」

 

ルビスの話を聞くと、ファレンの頭の中にわらベッドの作り方が思い浮かんで来る。

メルキドの廃墟に来るまでにも見つけた緑色の丈夫な草を3つくらい集めれば、作ることが出来るだろう。

 

「わらベッドの作り方を思い出したから、それを作ってみるよ」

 

「ありがとう。わらベッドは2つあると嬉しいな。そうしたら、ファレンの隣で寝られるから」

 

「分かった。素材を集めて、早めに作って戻ってくるよ」

 

二人が暮らしているので、わらベッドも2つ必要になる。

ファレンはピリンにそう返すと、わらベッド2つ分、6つの丈夫な草を集めるために、部屋から出ていった。

あまり拠点から離れると戻るのが大変なので、廃墟のまわりにある丈夫な草を彼は集めていく。

 

「この廃墟の周りにも結構生えてるな」

 

建物の廃墟の裏側は今まで見ていなかったが、そこにも多くの丈夫な草が生えていた。

ファレンは檜の棒を使って丈夫な草を壊し、小さくなったものを持ち帰っていく。

6つの丈夫な草が集まると、彼は拠点の中に戻っていき、石の作業台の前に立った。

 

「これを乾燥して編み込んでいけば、わらベッドが作れるな」

 

思い出した記憶は、丈夫な草を乾燥させてわらにして、それを編んでベッドを作るというものだった。

ファレンが記憶の通りに丈夫な草を乾燥させると、緑色だった部分がすぐに薄黄色に変わっていく。

草が乾燥しきると、彼はそれを編み込んでベッドの形にしていった。

2つのわらベッドが出来ると、ファレンは両腕に持って部屋に戻っていく。

部屋の扉を押して開けると、ファレンは待っているピリンに話しかけた。

 

「ピリン。ちょっと時間はかかったけど、わらベッドを作ってきたよ」

 

「すごい!ありがとうファレン。全然遅くなんてないよ」

 

わらベッドを編むのには時間がかかったが、ピリンは待っていないと言ってファレンは安心する。

彼は部屋の奥の方に入ると、両腕に持ったベッドを並べて配置した。

女の人と並んで寝るのはファレンには初めての経験で、少し緊張はするが、ピリンの頼みなので断ることはしなかった。

わらベッドも作ることが出来て、ルビスも嬉しそうに語りかける。

 

「無事にわらベッドを作れたようですね。夜や疲れた時には、そのベッドの上で眠ると良いでしょう」

 

生活を豊かにするためにはまだ多くの道具が必要そうだが、自分たちなら作っていけるかもしれない。

ルビスの話を聞きながら、ファレンはそう考えていた。

そうしていると、ピリンは心配そうにファレンに声をかけてきた。

 

「どうしたの、ファレン?さっきから何度も、目が虚ろで口が半開きになったりしていたけど…?」

 

「え、どういうこと?」

 

さっきから何度もそんな状態になっていたと聞いて、ファレンは驚く。

恐らくは、ルビスの話を聞いている間はそうなっているのだろう。

かなり恥ずかしいが、ルビスとも話さなければならないので仕方ない。

心配しないでと、ファレンはピリンに伝える。

 

「…もしかしたら、精霊と話している間はそうなってるのかも。これからもそうなるかもしれないけど、心配しないで」

 

「それなら良かった。どこかおかしいのかと思って、心配だったよ」

 

ピリンには説明出来たが、新しい仲間が来る度に話さなければならなさそうだ。

仲間に変な目で見られたり、余計な心配をかけさせたりしないよう、ファレンはそう考えた。

自分の様子について驚いていたファレンに、ピリンはまた話しかけてくる。

 

「そういえば、素材を集めにも回ったことだし、そろそろお腹が空いたんじゃない?」

 

「確かに…何かそんな気がしてきた」

 

今まで全く意識していなかったが、ピリンにそう言われるとファレンは空腹を感じた気がした。

この先食べ物がなければ、ファレンもピリンも生きていくことは出来ない。

ピリンはファレンに、メルキドの廃墟の周りに生えている木の実の話をする。

 

「この辺りには、モモガキっていう木の実があるの。小さくてお腹は膨れないけど、甘くて美味しい実なんだ」

 

「小さくても、何も食べないよりはマシだもんな。いくつ集めて来ればいい?」

 

「私は2つでいいよ。ファレンは身体が大きいから、3つがいいんじゃない?」

 

モモガキの実なんて聞いたこともなかったが、ピリンが美味しいというのでファレンは楽しみに思った。 

5つくらいの実ならすぐに集まるだろう。

早く集めて食べようと、ファレンはまた扉を開けて部屋の外に出ていく。

 

「それじゃあ、合わせて5つだね。その辺りで探してくるよ」

 

木の実だから木の下に落ちているだろうと、ファレンは拠点の近くにある細長い木のところに向かっていく。

するとそこには、ピンク色の小さな木の実が3つ落ちていた。

これがモモガキの実だろうとファレンは拾い上げて、他の木の下へとも向かった。

 

「これがモモガキの実…綺麗な見た目で美味しそう」

 

ピリンの言う通り、ファレンにもとても美味しそうな木の実に思われた。

ファレンは他の細長い木の下に向かうと、そこでもモモガキの実を2つ集める。

5つのモモガキの実が手に入ると、ファレンは拠点へと歩いて戻り、部屋の中で待つピリンに届けに行った。

 

「おかえり、ファレン!モモガキの実を持ってきてくれたの?」

 

「うん。これがピリンの分だよ」

 

お腹が空いていたピリンは、ファレンが戻ってくるのを見るとすぐに駆け寄ってくる。

それを見て、早く一緒に食べたいとファレンはモモガキの実を渡した。

 

「うわあ、ありがとうファレン!本当に美味しいし、ここで一緒に食べようよ」

 

「うん。僕ももうお腹がペコペコだからな」

 

モモガキの実を探しに行ったことで、ファレンのお腹はさらに空いていた。

彼はピリンの隣に座り、手元に残った3つのモモガキの実をポーチから取り出す。

これが目覚めて初めての食事だ、思う存分味わおうと、ファレンは実にかじりつく。

すると、彼の口の中には、程よい甘さとわずかなすっぱさが広がっていった。

 

「どう、美味しいでしょ?」

 

「うん、すごく美味いよ!一日中の疲れが取れていく感じだね」

 

ピリンの言う通り、とても美味しい木の実だとファレンは思う。

突然洞窟の中で目覚め、メルキドの町を作り初め、一日でいろいろなことがあったが、その疲れが取れていくような感じさえした。

さっきからいろいろな物を作っていたのを見て、ピリンは少し休もうかと言う。

 

「さっきからたくさん物を作って疲れたでしょ。モモガキの実を食べたら、ゆっくり休んでね」

 

「僕も疲れたし、そうさせてもらうよ」

 

ファレンはそうすると返事をすると、残りのモモガキの実も味わって食べていった。



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1-4 収納箱と石の工房

3つのモモガキの実を食べた後、ファレンはベッドに横になって休んでいた。

夜まではまだまだあるので眠りはしなかったが、それでも彼の身体に溜まった疲れは少しずつ取れていく。

昼まではピリンも隣で休んでいたが、先に起き上がって話しかけてきた。

 

「そうだ、ファレン。ファレンはさっきからたくさんの素材を集めに言っていたよね?」

 

「大した量じゃないよ…これからたくさん集めるかもしれないけど」

 

ファレンは何度も出かけてはいるが、たくさんというほどの素材は集めてはいなかった。

しかし、この先多くの素材が必要になることは予測している。

ピリンも同じことを考えていたようで、一つファレンに提案した。

 

「私もそう思って、ファレンに一つ頼みたいことがあったの。素材を入れておける箱を作れないかな?」

 

ファレンの持っているポーチにも、素材が無限に入れられる訳ではない。

ピリンの話を聞いて、ファレンも多くの素材を入れられる収納箱があった方がいいと考え始めた。

ルビスも、ピリンやファレンの考えに賛成していた。

 

「ピリンの言う通り、素材の収納箱があると便利かもしれませんね。あなたなら、何か作り出せませんか?」

 

最初は収納箱の作り方は思いつかなかったが、ルビスと話しているうちにファレンの頭の中に、太い枝で作られた土ブロックくらいの大きさの収納箱の作り方が浮かび上がってくる。

収納箱の大きさから考えて、太い枝は3つくらい必要となるだろう。

 

「作れると思うよ。今は素材がないから、外から取ってくるよ」

 

今まで手に入れた太い枝は檜の棒や松明にしたため、ファレンの手元には太い枝がなかった。

ルビスもこれ以上は用意することが出来ないようで、彼は拠点の外に集めに行こうとする。

ファレンはベッドから立ち上がり、部屋の外に出て洞窟の出口から見えた森へと向かっていった。

 

「木の枝なんだし、森の中を探そうか」

 

草原にも僅かな数は落ちているが、たくさん手に入れるならやはり森の中だろう。

ファレンはそう考えて、草原地帯を越えて森の中に入っていく。

森は木のせいで少し薄暗かったが、視界が効かなくなるほどではなかった。

森の中に入ると、すぐにファレンの目の前にたくさんの太い枝が見えてくる。

 

「やっぱりここにあったな。多めに拾っておこう」

 

ピリンの言う通り、これからは多くの素材が必要になってくるだろう。

収納箱に使うのは3つだが、ファレンは太い枝を10本くらい集めていく。 

太い枝を壊しながら森を歩いていると、彼の目の前に紫色の羽を持った魔物も見えた。

その魔物を観察していると、ルビスが情報を与える。

 

「その魔物はドラキーですね。スライム同様好戦的ではありませんが、刺激しないよう注意してください」

 

「教えてくれてありがとう。気をつけるよ」

 

ファレンは彼女の言葉に従い、ドラキーに触れないようにしながら進む。

森の中にもモモガキの実が落ちていたので、彼は今後の食料とするためにそれらも集めていった。

太い枝とモモガキの実が集まると、ファレンはピリンの待つ拠点へと戻っていく。

そして、思い出した記憶に従い、木製の収納箱を作っていった。

太い枝を使いやすいように削っていき、それらの枝を合わせて箱の形を作る。

 

「出来た…ポーチがいっぱいになったら、ここに入れようか」

 

ファレンは収納箱が出来上がると、石の作業台の隣へと設置した。

近くに置いておけば、物を作る時に使いやすいという考えだ。

彼はピリンにも知らせるため、部屋へと戻っていく。

彼女は部屋の中で何か考え事をしていたが、ファレンの姿を見ると立ち上がって話しかけてきた。

 

「ファレン、戻ってきたね!収納箱を作ってきたの?」

 

「うん。これで当分の間は、素材がいっぱいにならないと思うよ。作業台の近くに置いたから、いつでも使って」

 

収納箱の容量はかなり大きいので、すぐにいっぱいになることはない。

もしいっぱいになっても、その時はまた新たな収納箱を作れば良いだろう。

多くの素材を集めて、もっとたくさんの物が作れると、ファレンもピリンも笑顔になっていた。

収納箱の完成を聞いた後、ピリンはこの世界に対する自分の考えを話した。

 

「本当にありがとう、ファレン。私、この世界に昔何があったのかは知らないけど、悪い人たちが光を奪ったせいで、今生きている人たちは自分が生きていくので精一杯なんだ。誰かを助けることも、一緒に生きていこうともしない…私はそんな世界、すごくつまらないと思うの。ファレンもそう思わない?」

 

「僕も何があったかは知らないけど、そう思うよ。みんなが助け合って暮らす世界の方が、何だか楽しそうだ」

 

ファレンは記憶を失っているので、人々が協力しあう世界がどのような物なのかは分からない。

しかし、ルビスの言う使命にも一致し、何となくその方が楽しそうに思えたので、彼は頷いた。

 

「ファレンもそう思ってくれるんだね。ここに大きな町を作るために、これからは私も物作りをしてみるよ」

 

ピリンは今まで物を作ってもらうだけだったが、これからは共に作ることになる。

ファレンが頼もしく思っていると、ピリンは部屋の奥へと入っていき、1枚の紙のような物を取り出してきた。

 

「そういえばさっき、そのための部屋の絵を書いてみたんだ。作業部屋の方が集中出来ると思うし、一緒に作ってくれる?」

 

「部屋の中の方がしやすいんだったら、もちろんいいよ。絵を見せてみて」

 

ファレンはピリンが取り出してきた作業部屋の設計図を眺めてみる。

そこには、石の作業台や収納箱、焚き火が置かれた小さな部屋が書かれていた。

入り口にはわらの扉が置かれており、あまり豪華ではないものの現時点では十分だろう。

ファレンはそう考えて、ピリンに部屋を立てる場所の指示を出した。

 

「なかなかいい作業部屋だね。今ある建物を壊すのももったいないし、あっちに立てよう」

 

メルキドの廃墟の、洞窟に近い側のところにはほとんど建物が立っておらず、彼はそこを指さす。

また、石の作業台と収納箱は既にあるので、建物を作る位置に置いておくようにピリンに言った。

 

「僕が収納箱と作業台を叩いて外すから、ピリンは部屋が出来るところに置いて。僕は拠点の外で他の素材を取ってくるよ」

 

指示を出すと、ファレンは檜の棒を持って石の作業台と収納箱を叩き壊しピリンが運びやすいようにしてから、拠点の外へと歩いていく。

その間、彼はわらの扉と焚き火の作り方も思い出していた。

扉はわらと太い枝、焚き火は太い枝と青い油で作ることが出来る。

必要な素材を頭の中で確認しながら、まずは部屋の壁となる土を集めに行った。

 

「どんな部屋を作るにも土はいりそうだし、たくさん集めよう」

 

彼は檜の棒で辺りの土を叩き壊していき、小さなブロック化させて回収していく。

土は建築の際にこれからも必要になると思い、今必要なのは50個くらいだが、100個以上の土を拾っていった。

150個程も集めるとそろそろ腕が疲れてきたので、ファレンは次に丈夫な草を集めにいった。

丈夫な草は草原のどこにでも生えているので、今日必要な数はあっという間に手に入る。

しかし、草もこの先たくさん必要になると思い、ファレンは10個以上拾っていった。

土と草を集め終えると、最後に青い油を集めようとする。

 

「後は青い油か…さっきはルビスがくれたけど、今度は自分でスライムを倒さないと…」

 

松明を作った時はルビスから青い油を貰ったが、今度は自分で集めなければいけない。

恐らくスライムが落とすのだと思い、ファレンは檜の棒を構えて後ろからスライムに近づいていった。

魔物と戦ったことのない彼は緊張しているが、物作りのためと少しずつ歩みを進めていく。

距離が僅かにまで迫ると、無害な魔物を殺すのに罪悪感を感じつつも、檜の棒を叩きつけた。

 

「悪いけど、油をくれ!」

 

ファレンに檜の棒で攻撃され、驚いたスライムは体当たりで反撃する。

柔らかい生き物とは言え、勢いをつけて突進されたらそこそこ痛いだろう。

彼はとっさに跳んで体当たりを回避し、檜の棒ももう一度振り回す。

 

「危なかった…でも、これでどうだ!」

 

2度目の攻撃を受けて、スライムは身体が崩れて動けなくなっていた。

体勢を立て直してもう一度体当たりする前に倒そうと、ファレンは大きく檜の棒を振り上げ、スライムの身体を叩き割る。

 

「消えた…これで倒したんだな…」

 

力尽きたスライムは消え、スライムがいた場所にはさっきルビスが用意してくれた物と同じ青い油が落ちていた。

ファレンは青い油を拾うと、ピリンの待つ拠点へと戻っていく。

収納箱と石の作業台を設置したピリンは、彼の帰りを待っていたようだった。

 

「待ってたよ、ファレン。作業部屋の素材は集まった?」

 

「もちろん。僕は扉と焚き火を作るから、ピリンは土で壁を作って」

 

「分かった!集めて来てくれてありがとう」

 

ファレンはポーチから必要な分の土を取り出すと、石の作業台を使って焚き火を作っていく。

焚き火は手に持つものではないので、太い枝は適当な大きさに切り分けていった。

枝を切り分けると、松明の時と同じように枝に青い油を塗って、こすり合わせて熱を起こしていく。

先ほどと同じようにすぐに火がついて、ファレンは焚き火を設計図に書かれた位置に置いた。

 

「焚き火が出来たみたいだね。扉も作れそう?」

 

「ちょっと時間はかかるけど、出来るよ」

 

焚き火が置かれたのを見て、ピリンは土の壁を作りながら聞く。

わらの扉もベッド同様乾燥させた草を編み合わせて作るので、少し時間がかかる。

ファレンは頷くと、すぐに丈夫な草と太い枝を取り出してわらの扉を作り始めていった。

扉はベッドより大きいので、壁を積んでいたピリンの方が先に作業を終える。

しかし、ファレンはとても作業に集中しており、まだ物作りの経験がない自分が手伝っても邪魔になると思い、ピリンは後ろから彼の作業を見守っていた。

しばらく経って、わらの扉が出来上がるとファレンは立ち上がり、部屋の入り口に設置しようとする。

 

「待たせちゃったけど、これで作業部屋が出来た…助かったよ、ピリン」

 

「土を積むのは大変だったけど、とっても楽しかったよ。二人で作ったこの部屋で、私も何か物を作ってみるね」

 

たくさんの土を積んだことでピリンのボロの服はさっきより汚れ、疲れた様子もしているが、それでも顔は楽しそうだった。

これからも、ファレンと一緒にメルキドの拠点を大きくしていきたい。

そのためにも、ピリンはファレンに新たな相談を持ちかけた。

 

「でもその前に、一つ相談があるの。せっかく作業部屋も出来たのに、私達2人だけじゃ人数が足りないような気がするんだ」

 

「僕も2人で町を大きくするのは難しいと思うけど、誰かあてがあるのか?」

 

ファレンも、いくらピリンの物作りが上達しても、2人だけでメルキドを復興させるのは無理だと考えていた。

しかし、希望の旗を立ててから結構な時間が経つが、ピリン以外の人間が現れる気配は一向にない。

 

「実は数日前、あの岩山の向こう側で怪しげな人を見たの。少し様子がおかしい人だったから声をかけなかったんだけど、もしかしたら町の仲間になってくれるかもしれないね」

 

「どんな人でも、仲間が増えたら心強いと思う。その人がいないか探してくるよ」

 

ピリンは、ファレンが目覚めた洞窟の裏にある白い岩山を指さした。

怪しい人であっても、仲間になってくれるのなら心強い。

それに、こんな魔物がたくさんいる世界をうろついていたら、襲われて殺されてしまうかもしれない。

ファレンはそう思い、ピリンの言う人を探しに行こうとする。

岩山を登って越えるのは難しいので、彼は海辺の道を目指して歩き出していった。



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1-5 メルキドの末裔とビルダーの伝説

3人目の町の住人を見つけるために、ファレンは海辺の草原に向かって歩いていく。

海の向こうには黒い岩山が聳え立つ島も見えたが、ファレンは泳げないのでそこに向かうことは出来なかった。

海辺の方にもスライムがおり、彼らを怒らせないように進んでいく。

そうしていると、ファレンは気になる物を見つけた。

 

「何だろう…?あの看板」

 

いくつかの骨が落ちている場所の中央に古びた看板が立っている。

看板には大きく「誓いの記」と書かれており、その下には掠れた字で文章も記されてあった。

少しより道にはなってしまうが、ファレンはその看板へと近づいていく。

文字は辛うじて読める状態だったので、ファレンは書かれた文章を少しずつ読んでいく。

 

悪しき竜王が世界を闇に落としてから、もうどれだけの年月が過ぎたのだろう。世界は魔物たちに脅かされ、我が故郷メルキドも滅ぼされてしまった。竜王に物を作る力を奪われた人々は、今は文字すらも失いかけている。人間の物を作る力は、人間の最も大切な力の一つだったのだ。私は文明が滅ぶ前にアレフガルドの各地を旅し、アレフガルド歴程という書物として、記録を残して行こうと思う。もしこの看板を見る者がいるのなら、私の旅路と世界の記録を辿ってくれることを祈る。全ては、精霊ルビスの導きのままに…。

 

短い文章ではあったが、これによってファレンは多くのことを知ること出来た。

 

「竜王…いったいどんな魔物なんだろう…?」

 

まず、世界が滅びた理由について。

どうやらこの世界は、竜王という悪の存在によって滅ぼされてしまったようだ。

竜王と言うからには竜を統べる強大な存在なのだろうが、いつか相見える時が来るのかもしれない。

ファレンは看板を読みながら、そんなことを考えていた。

人間が物を作る力だけでなく文字をも失っているというのも、初めて聞く話だった。

それ以外にも、アレフガルド歴程という書物の存在、ルビスの名が人々にも知られていること、ファレンには知らないことばかりだ。

初めてのことばかりで混乱しつつも、書かれていたことを頭に入れて、彼は仲間探しに戻っていった。

 

「これのおかげで色々分かったし、書いた人に感謝しよう」

 

情報を残してくれた感謝として、ファレンは各地にあるアレフガルド歴程を探そうかとも思っていた。

それらしき本があったら見てみようと思いながら、ファレンは海辺を歩いていった。

海辺の道を進んでいくと、ファレンの前には焚き火が見えてくる。

 

「こんなところに焚き火が…やっぱり、人がいるみたいだね」

 

焚き火があると言うことは、この先に人が住んでいるのだろうと、ファレンはさらに歩いて、岩山の向こうにまでやって来た。

すると、今度はメルキドの廃墟にある物と同じような、壁が壊れている家が見つかった。

 

「あの家の中に住んでいるのか…?」

 

家の中に住んでいるなら、魔物に襲われているということはないだろう。

ファレンは安心して、入り口にあるわらの扉を開けて家の中に入っていく。

しかし家の中には誰の姿もなく、ベッドと1枚の紙が残されているだけだった。

見てみると、紙には汚く読みづらい字で文章が書かれている。

 

うしなわれたもじというものは、なんともむずかしい。めるきどろくのかいどくは、いつになったらおわるのだろう。

 

文章はまだ続いていたが、この先は文字があまりにも汚すぎて読むことは出来なかった。

ファレンはこの文字を書いた人を非難しようかとも思ったが、文字を失いかけているのなら仕方ないのかもしれないと考え直す。

メルキド録というのは何か分からなかったが、やはりこの家には人が住んでいるようだ。

外に出ているのなら魔物に襲われる危険もあると、ファレンは道を急いでいく。

家のある場所からさらに奥に向かって、岩山の真後ろにある森の中へと入っていった。

森の中にもスライムやドラキーしかおらず、ピリンの言う人間の姿は見つからない。

しかし、森をさまよっていると、突然中年の男性の小さな声が聞こえてきた。

 

「おい、そこに誰かおるのか?不届きな魔物どもに土に閉じ込められてしまってな…誰かは知らぬが、吾輩を助けてくれ…!」

 

「え…今の声は…?」

 

突然誰かの声が聞こえてきて、ファレンは驚きの声を上げる。

どこから聞こえているのだろうかと周りを見回すと、海の方に不自然に積まれた土の塊が見えた。

 

「もしかして、これか…?」

 

ファレンはそれに近づくと、檜の棒を使って急いで土を壊していく。

家にいないことから心配はしていたが、やはり魔物に襲われていたようだ。

その場で殺すのではなく、土に埋めて衰弱死させようとする魔物に怒りを覚えつつも、ファレンは男性を助け出していった。

土を取り払うと、彼は勢いよく外に出して来る。

 

「おお…!ようやく出られたぞ!少年、お主が助けてくれたのか…!」

 

「この辺りを歩いていたら、あなたの声が聞こえたんだ」

 

閉じ込められていたのは、長い髭を生やした声の通り中年の男性だった。

いかつい顔をしており、頼りがいがありそうに見える。

 

「随分とぼけた顔をしているが、すごい力を持っておるのだな。お主は何者なのだ?」

 

「いきなり失礼なことを言うな…。僕はファレン、この近くで町を作っているんだ」

 

男性の失礼な言い方に腹を立てそうにもなるが、中年から見たら若者の顔はそう映るのも仕方ないのかもと思い、ファレンはひとまず自分の目的を話す。

 

「町か…それは素晴らしい!吾輩も、町作りの仲間に入れてはくれぬか?」

 

「こっちも町を作る仲間を探してたんだ。町はこっちだから、付いてきて」

 

失礼な面もあるが、この男性は町作りには協力的な様子だ。

若い2人が暮らす拠点がむさ苦しくなるとも考えたが、メルキドの復興のために、仲間になってくれる者はみんな歓迎しよう。

ファレンはそうして、男性をピリンの待つ拠点に連れていこうとする。

 

「吾輩はロロンド。幻の書物たるメルキド録を持つ男だ。必ず町作りの役に立とう」

 

幻の書物と言われても、どのくらいすごいものなのかはファレンには分からない。

しかし、ロロンドとの物作りも楽しみにしながら、彼はメルキドの拠点へと戻っていった。

 

希望の旗の光に溢れる拠点に戻って来ると、ロロンドはその暖かい光に興奮し、中年らしからぬ声を上げて喜んでいた。

 

「おお!ここはなんと生命力に溢れた場所なのだ…!この地こそ、伝説の都市メルキドを復活させる最良の地だ!」

 

ロロンドにもファレンやピリンと同様に、メルキドを復活させたいという思いがある。

しかし、つい最近町を作り始めた2人と違い、昔からメルキドの復活を夢見ていた。

それだけ喜びも大きいのだろうと、ファレンははしゃぐロロンドを見ていた。

ロロンドの声を聞いて、作業部屋の中にいたピリンも外に出て来る。

 

「ファレン、町作りの仲間を連れてきてくれたんだね!」

 

「土に埋められていたけど、何とか助け出したんだ」

 

希望の旗を眺めていたロロンドだったが、ピリンの声も聞くと2人のいる方を振り向いた。

 

「おお、お主にはもう1人の仲間もいたのだな!吾輩はロロンド、今後ともよろしく頼むぞ!」

 

「ロロンドって言うんだ、よろしくね!」

 

1度はロロンドを怪しい目で見ていたピリンだったが、町の仲間になってくれて素直に喜んでいる。

だが、ピリンはロロンドが以前していた怪しい行動についても聞いていた。

 

「そういえばこの前ロロンドの姿を見たんだけど、大きな本を抱いてにやけていたよね。あれは何をしていたの?」

 

「見られておったのか…あれは、メルキドの末裔たる吾輩の家系に代々受け継がれている幻の書物、メルキド録の1部が解読出来たのだ。メルキド録はメルキドの歴史、物作りの方法などが記されたありがたい書物でな、必ず町作りに役に立つと信じておる」

 

本を抱きながらにやけるなんて確かに怪しい行動だが、メルキド録の解読を喜んでいたのだと知り2人は安心する。

さっきは具体的な内容まで言わなかったが、物作りの方法が記されているのなら役に立ちそうだ。

ファレンがそう思っていると、今度はロロンドの方からも質問してきた。

 

「ここで改めて聞くが、この町はお主たちが修理したのだな?」

 

「ファレンが最初に部屋を修理して、それを見て私も出来るようになったんだ」

 

最初はファレンしか持たなかった物作りの力だが、ピリンも徐々に手に入れつつある。

ピリンの話を聞くと、ロロンドはファレンの方を見て尋ねた。

 

「そうなのか。ということはファレン、お主はメルキド録に記された伝説の存在、ビルダーなのか?」

 

「ビルダー…?そんなの聞いたこともないけど」

 

ビルダーという言葉にはファレンは聞き覚えがなく、ピリンも首をかしげていた。

ルビスも、ファレンが伝説として語り継がれている存在だとは言っていなかった。

 

「では、やはり違うというのか…?しかし、創造の力を持っていると言うことは…?」

 

ファレンの返答を聞いて、ロロンドは混乱した顔を見せる。

しばらく悩んだ末、彼はファレンに一つ提案をしてきた。

 

「そうだ、お主が真のビルダーであるか確かめるために頼みたいことがある。あの岩山の麓にはキメラという羽を持つ魔物が住んでいてな、メルキド録によると奴らの羽を使った、移動が楽になる道具があるそうなのだ。その道具は作るのが難しいらしく、今の世界ではビルダーでなければ出来ぬらしい。吾輩はどうしても気になるのでな、その道具を作ってみてくれ」

 

ロロンドは、さっき言った反対側の方の岩山、町の近くにある森を抜けた先の岩山を指さした。

移動が便利になる道具なら欲しいし、自分がビルダーであるかも気にならなくはない。

ファレンは帰ってきたばかりではあるが、岩山にキメラを狩りに行こうとする。

 

「…作れるか分からないけど、やってみるよ。移動がしやすくなったら便利だからね。あの岩山は結構遠いから、待ってて」

 

「気をつけてね。私は作業部屋で物作りの練習してるよ」

 

「吾輩もピリンに習って、簡単な道具を作ってみようと思う」

 

ピリンとロロンドはファレンを見送ると、作業部屋で物作りの練習を始めにいった。

ファレンは薄暗い森を抜けて、ロロンドの指さした岩山の麓を目指していく。

森を抜けたところには白い岩と土で出来た奇妙な塔も立っていたが、彼は今はそれを無視して歩いていった。

岩山の側にまでたどり着くと、ファレンの近くに5匹のキメラの群れが見えてくる。

 

「あれがロロンドの言ってたキメラか…5匹もいるし、気をつけて戦わないと…」

 

キメラは、小さな羽に鋭い嘴を持った鳥のような魔物だ。

間違いなくスライムより強力で、しかも群れているので危険度はさらに高まるが、便利な道具とビルダーの証明のためと、ファレンは不安を抑えて近づいていく。

キメラはそれぞれ別の方向を向いているので、全員の死角から攻めることは出来なかった。

ファレンはキメラたちの視界に入ると、檜の棒を振り上げて急接近していく。

 

「行くぞ、羽をもらう…!」

 

武器を持って近づいて来たファレンを見て、キメラたちは即座に戦闘態勢に入った。

彼はキメラたちの攻撃に気をつけながら、最も近くにいた1匹に殴り掛かる。

まず最初に正面から腹に檜の棒を叩きつけ、それから側面にまわってもう一度攻撃した。

キメラは反撃に嘴でファレンを突き刺そうとしていたが、すぐに側面に移動したことで当たることはなかった。

横にも攻撃を当てたところで、他の2匹のキメラも至近距離へと接近して来る。

大勢の攻撃を避けながら反撃するのは難しい。

ファレンはなるべく敵の攻撃を減らすため、羽を狙って地面に叩き落とそうとしていく。

 

「落としてやる…!」

 

キメラの羽は小さい故か、あまり大きな耐久力は持っていない。

そのため檜の棒の一撃を受けると損傷し、キメラたちは飛べずに地面に落ちていった。

周りにいた3匹のキメラが落ちると、ファレンはさらなる打撃を与えていく。

先ほどからダメージを受けていたキメラはすぐに力尽きて消えていき、他のキメラも追い詰められていた。

 

「このくらいなら、行けそうだ…!」

 

後ろの2匹のキメラが来る前に倒そうと、ファレンは檜の棒を振り続ける。

接近するまでに仲間が倒されると思った後ろのキメラは、大きく鳴き声を上げた。

鳴き声での威嚇なんて意味ないとファレンは思ったが、何をして来るか分からないので警戒を緩めない。

そうしていると、キメラの前に小さな火球が生み出され、ファレンのところに向けて放たれた。

 

「うわっ…!キメラは火も使えるのか…」

 

ファレンは火球を見ていたので避けられたが、油断していたら危険だった。

2匹のキメラから火が放たれたことで、広い範囲の草原が焼き尽くされる。

羽を攻撃され飛べなくなったキメラたちも、炎を使って応戦しようとしていた。

戦闘経験の薄いファレンは、4匹のキメラに炎を放たれれば回避は難しい。

しかし、幸いにも炎を生み出すための溜め時間は長かったので、ファレンはその隙に地面に落ちたキメラに近づき、連続でとどめを刺していく。

 

「これで後はあの2匹だけ…!」

 

落ちたキメラを倒した瞬間に後ろのキメラたちから炎が放たれたが、ファレンは瞬時に跳んで免れる。

キメラは再び炎を溜め始めていたが、ファレンはそこで2匹のうちの片方に一気に接近していき、顔面を檜の棒で殴りつける。

キメラは嘴での攻撃もしようとするが、先ほどのキメラの行動から動きを読んでいたファレンは、横にまわりさらなる一撃を加えた。

もう片方のキメラの炎も避けると、また側面に近づいて攻撃を加える。

その攻撃によってキメラは怯んで動かなくなり、次の打撃で倒れて消えていった。

最後のキメラも、ファレンは同じようにして倒していく。

炎を放たれる前に接近し、嘴での攻撃を避けつつ横から檜の棒を叩きつけた。

キメラの群れを全て倒しきると、ファレンは彼らが落としていった羽を拾っていった。

攻撃で損傷しているとはいえ、素材として使うには問題のない範囲だ。

 

「初めてまともに戦ったけど、何とか勝てた…」

 

スライムはほとんど反撃させないまま倒したので、これがファレンの初めての本格的な戦闘だった。

無事に勝てて良かったと一息付くと、ファレンはロロンドたちの待つ拠点に向かっていった。



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1-6 ビルダーの証明と3つ目の部屋

5枚のキメラの羽を手に入れたファレンは、森を引き返してメルキドの拠点へと戻っていく。

その間、キメラの羽を加工して作る道具、キメラの翼の作り方を思い出すことが出来ていた。

拠点に戻って来ると、ファレンはピリンたちのいる作業部屋に入る。

部屋の中では、ピリンはわらの扉を、ロロンドは収納箱を作っていた。

2人が作った家具は所々変な形をしているものの、十分使うことが出来る物だ。

2人はファレンが帰ってくると、振り向いて声をかけてくる。

 

「おかえり、ファレン!無事に戻ってきて良かった…!」

 

「怪我はなかったようだな。それで、キメラの羽は手に入ったのか?」

 

「何とかな…今から道具を使ってみるから、作業台を使わせて」

 

危険な素材集めから戻って来て、ピリンたちは安堵の表情を見せる。

ファレンは石の作業台の前に立つと、早速キメラの翼を作り始めた。

ファレンの物作りの様子を、ピリンたちは後ろから静かに見ている。

キメラの羽を1度小さく切り分け、それを編み合わせて記憶にあった通りに編み合わせていった。

ロロンドはビルダーでもなければ作れないと言っていたが、細かい作業ではあるものの問題なく作り出すことが出来た。

5枚のキメラの羽から3枚のキメラの翼を作ることができ、ファレンは1枚を手に持つ。

 

「出来た…これが僕の記憶にあったキメラの翼だ」

 

「おお!これは正しく、メルキド録に書かれたキメラの翼!…ということは、やはりお主は伝説の存在、ビルダーなのだな」

 

「聞いたこともなかったけど、本当に僕が…」

 

ロロンドはファレンの持つキメラの翼と、手元のメルキド録を見比べて驚く。

キメラの翼の作り方が分かったのはビルダーの力なのか、自身の記憶なのかは分からないが、ロロンドの反応を見て自分はビルダーなのだろうとファレンも思った。

自分が考えていた以上に大きな存在だったことを知り、彼はかなり不安に陥る。

 

「でも、伝説の存在なんて言われても、何したらいいのか…」

 

「そんなに悩むことはあるまい。ビルダーの伝説を語り継ぎ、出現を待っていた人々が望んでいたことは、この世界を再建すること。お主が吾輩たちと共にメルキドの町を作っていけば、自ずとそれも果たすことが出来るだろう」

 

「そうなのか…伝説なんて言われて驚いたけど、それなら良かったよ」

 

「私もファレンが伝説のビルダーなんて聞いたらびっくりしたけど、今まで通り町を作っていけばいいみたいだね。あんまり難しく考えないで、楽しく町を作っていこうよ」

 

伝説の存在であっても今まで通り町作りをしていけば良いと聞き、ファレンは安心してピリンに頷く。

ビルダーの伝説について話した後は、ロロンドは自身のもう一つの目的についても話した。

 

「そうだ、ファレンよ。吾輩には大都市メルキドの復活と共に、もう一つ成し遂げたいことがある。それは、メルキドの町がなぜ滅びたかを探ることか」

 

「滅びたのは、竜王とその手下の魔物のせいじゃないのか?」

 

ルビスは魔物がメルキドを壊しと言い、冒険家ガンダルは魔物の裏に竜王という存在がいることを示していた。

しかし、ロロンドはその話を聞いても納得していないようだった。

 

「確かに竜王配下の魔物にメルキドが襲われたという話もある。しかし、かつてのメルキドは鉄壁の城塞に囲まれていた上に、巨大なゴーレムが守り神として存在していたはずなのだ。吾輩はそんな強固な守りを誇った町が魔物の力だけで滅びたとは信じられなくてな、本当の理由を知りたいと思っておるのだ」

 

「ゴーレムって言うのは何者なんだ?」

 

「全身が石で出来た巨人でな、多少の魔物くらいならすぐに粉砕出来るほどの強さを持っていたはずなのだ」

 

それほどの力を持ったゴーレムが存在していたのなら、魔物の攻撃だけで滅びたのは確かに不自然だ。

ファレンもそう感じて、メルキドが滅びた原因が気になり始める。

 

「そう考えると気になるな…いつか解き明かせるといいね」

 

「メルキド録を読み解き、お主と共に町を作っていけば、必ずそれも明らかになると思っておる。改めてよろしくな、ファレン!」

 

「うん。よろしく」

 

ロロンドは自身の2つ目の目的を話した後、改めて挨拶をする。

メルキドの復活と滅びた原因の解明、2つとも達成させたい。

ファレンはそう思いながら、ロロンドに挨拶を返した。

それからは、先ほどロロンドたちが作っていたわらの扉と収納箱が気になり、それらについて聞いてみた。

 

「そういえば2人は扉と収納箱を作ってたけど、何をするつもりだったんだ?」

 

「そうだった。ロロンドも来てくれたから、これからはたくさんの食べ物が必要になるでしょ。それに、これからいろんな物を考えたり、作ったりしていくから、モモガキの実だけじゃすぐにお腹が空くと思ったんだ」

 

「吾輩たちは、食べ物を貯蔵出来て調理も出来る料理部屋を作ろうと思ったのだ」

 

ファレンは先ほどから繰り返し出歩き、気がつくと再びお腹が空いていた。

これからさらに仲間が増えれば食料の貯蔵も必要になるとも思い、ファレンは2人に賛成する。

 

「いいね。僕もお腹が空いてきたし、早く作りに行こうよ」

 

「私とロロンドで扉と収納箱を作ったから、ファレンには調理道具を作って欲しいな。何か思いつかない?」

 

ピリンもロロンドもまだ物作りを覚えたばかりなので、1度も見たことのない道具を閃くことは出来ない。

ファレンはピリンの話を聞いて、何か調理に使える道具がないかと考えていった。

すると、ファレンの頭の中には焚き火の上に木の棒を置き、そこから食材を吊るして焼く料理用焚き火の作り方が思い浮かぶ。

焚き火は作業部屋の物を使うわけにはいかないので、またスライムを倒しに行く必要があった。

 

「作れそうだよ。ただ、素材が足りないから今から集めてくる。2人はそうだな…あの部屋に扉と収納箱を置いて、壁を修理してて」

 

「分かった。楽しみにしてるね」

 

「どこに行くかは知らぬが、怪我はないようにな」

 

ファレンは廃墟中を眺め、調理部屋に使えそうな大きな部屋があったのでそこを指さす。

ポーチからはその部屋の修復に必要な分の土を取り出すと、彼はスライムを倒しに拠点の外に出ていった。

一日中出歩いて疲れているが、美味しい物を食べて腹を満たしてから眠りたいとファレンは思っている。

草原に出てスライムを見つけると前のように背後から近づき、檜の棒で攻撃していった。

 

「もう動きは分かってるよ…!」

 

スライムは驚き体当たりして来るが、もう動きが読めているファレンは回避して横に回る。

そこでもう1度叩きつけて怯ませ、最後にもう一撃を与えて倒していった。

ファレンはスライムを倒すと、青い油を集めて拠点に戻っていく。

料理部屋となる部屋はあまり壊れ具合が酷くなかったので、ピリンたちはもう作業を終えてファレンの帰りを待っていた。

 

「こっちは終わったよ、ファレン。素材は集まってきた?」

 

「うん。これから料理用焚き火を作ってくるから、少し待ってて」

 

ファレンはピリンにそう言うと、作業部屋に入ってまずは焚き火を作っていった。

焚き火を作るのに使う太い枝は、先ほど森の中で集めた物を使う。

細かく切った太い枝に青い油を十分になり、こすり合わせて火を起こしていった。

焚き火が出来ると、次は食材を吊るすための台を作っていく。

5本の太い枝を取り出し、2本の枝を交差させた物を2組作り、それぞれを丈夫な草で縛り、それらの上に残り1本の太い枝を置いた。

上の太い枝には食材を吊るすひもを別の丈夫な草を使ってつけ、その下に焚き火を配置する。

ひもの長さは、食材やひも自身が燃えてしまわないように正確に調節していた。

これで料理用焚き火が出来たので、ファレンはピリンたちの待つ外に持っていく。

 

「2人とも、料理用焚き火を作ってきたよ」

 

「おお!よくやったな、ファレン。これで色々な食材が料理出来るぞ」

 

「私も壁を直してたらお腹が空いちゃった…早く部屋に置いてみて!」

 

物作りや家の修理を経て、ピリンもロロンドもお腹をすかしていた。

ファレンはそんな2人の様子を見て、料理部屋の扉を開けて中に料理用焚き火を設置する。

料理部屋が完成すると、ピリンたちも中に入って喜びの声を上げる。

 

「ありがとう、ここでなら美味しい料理が作れそう。物作りの一つとして、私も料理を作ってみるよ!」

 

「吾輩も木の実くらいしか食べておらなかったからな、料理が楽しみだ」

 

後は食材が手に入れば、今日はそれを食べて眠れる。

ファレンがそう思っていると、ロロンドは早速新たな食材についても話してくれた。

 

「料理部屋が出来た所で、吾輩は早速試してみたい食材がある。森のあの辺りには小さな池があってな、その近くにはキノコが生えているのだ。それを使えば上手い料理が出来るのではないかと思い、楽しみにしておった」

 

「私も昔見たことがあるよ。生のまま食べるのはちょっと嫌だったけど、焼いたら美味しく食べられるかもね」

 

「そんなものもあったんだ…僕も食べてみたいし、取りに行ってくるよ」

 

ロロンドが指さしたのは、ファレンが眠っていた洞窟の右辺りだった。

キノコというのは見たこともなかったが、ロロンドがそう言うのなら美味しい物なのだろう。

ファレンは2人にそう言うと、森の中の池に向かって歩いていく。

長い一日も終わりが近づき、辺りはだんだん薄暗くなってきていた。

 

「もうすぐ夜だしお腹も空いてる…早めに戻ろう」

 

しかし、まだ視界が効かなくなるほどでもなかったので、ファレンはドラキーに注意しながら急いで森の中を進んでいった。

森の奥にある岩山の近くにまで来ると、ロロンドの言う通り小さな池が見えてくる。

池の回りには、確かにオレンジ色の見た目をしたキノコが生えていた。

ファレンは檜の棒を取り出すと、キノコを叩き壊して回収していく。

キノコはかなりの大きさがあるので、1人一つでも大丈夫だろう。

彼は3つのキノコを集めると、お腹を空かせた2人が待っている拠点に戻っていった。

ピリンたちは調理部屋に座り込み、ファレンの帰りを喜んでいた。

 

「待っていたぞ、ファレン。キノコは見つかったか?」

 

「3人分見つけられたよ。今からここで焼くから、一緒に見ていよう」

 

「見た目は変わってるけど、どんな味か楽しみだね」

 

ファレンはロロンドに返事をしつつ、キノコのうちの1本を料理用焚き火に入れていく。

キノコはその大きさもあって、焼けるまでは時間がかかっていた。

ロロンドは待っている間、メルキド録の変わった記述についても教えてくれた。

 

「うまく焼けると良いな。そういえばメルキド録には料理のページもあってな、キノコ焼きもそこに載せられていたのだ」

 

歴史や道具に料理まで、メルキド録には本当に多彩な内容が記されているようだ。

ファレンはその話を聞いて、メルキド録を自分でも読んでみたいと思い始める。

 

「いろんな内容が載ってるんだな…そうだ、メルキド録を僕にも読ませてくれないか?」

 

「それはいかん。これは吾輩の宝物でな、そうやすやすとは見せられん。それにこの書は古代の文字で書かれておるのでな、簡単に読むことは出来んのだ…」

 

ファレンはロロンドの持っているメルキド録を取ろうとするが、ロロンドは強く握って離そうとしない。

自分は文字が読めるのでもしかしたらともファレンは思ったが、彼すら知らないさらに古代の文字で書かれていたならどうしようもない。

ファレンはその可能性も考えて、無理に見せてもらうのはやめた。

 

「それなら仕方ないか…。解読が進むのを待ってるよ」

 

「キノコ焼きが出来るまでも、吾輩は解読を進めていこうと思う。何か重要なことが分かったら、お主にも伝えるぞ」

 

ロロンドはメルキド録を開いて、キノコ焼きを待ちながら解読を進めていく。

ファレンとピリンは彼を邪魔しないようにしながら、キノコの焼き加減を見ていた。

しばらく見ていると、オレンジ色のキノコにうっすらと焦げ目がついてくる。

その間には、キノコから辺りに美味しそうな匂いも広がっていった。

 

「美味しそうな匂いだね、早く食べたいよ」

 

「もう少しで出来ると思うけど、待ちきれなくなってくるね」

 

美味しそうな匂いをかいで、ピリンもファレンもさらにお腹が空いてくる。

まだかまだかと思いながら、2人はキノコの様子を眺めていた。

そして、キノコ全体に丁度よく焦げ目がつくと、ファレンは火から取り出してピリンのところに持ってくる。

 

「ピリン、ロロンド、そろそろ焼けたみたいだ。一緒に食べよう」

 

「ついに焼けたんだね!もうお腹が空きすぎて倒れそうだったよ」

 

「これで食べられるのだな!吾輩もキノコを食べてから、またメルキド録を読み解こうぞ」

 

メルキド録に集中していたロロンドも、キノコ焼きが出来た話を聞くとすぐに駆け寄って来る。

キノコは大きい上に、みんなもう待つことが出来ないので、ファレンは3人で一つのキノコを分けることにする。

焼けたキノコを3つに裂いて、彼はピリンとロロンドに渡した。

 

「これがピリンの、こっちがロロンドの分だ」

 

「切り分けてくれてありがとう、これでみんな食べられるね」

 

「もう待ちきれん!さっそく食べて行くぞ」

 

ロロンドが先にキノコにかじりつき、ファレンとピリンもそれに次いで食べ始める。

キノコを食べた瞬間、3人の口の中にはまろやかで程よくこってりした味が広がっていった。

初めてこんなに美味しい物を食べた3人は、それぞれ感動の声を上げていた。

 

「おお、素晴らしい味だ!これが料理という物の力なのだな!」

 

「モモガキの実も良かったけど、これはもっと美味しいな」

 

「キノコってこんなに美味しかったんだ…食べられて良かったよ」

 

ファレンたちは2本目のキノコも焼きながら、キノコを次々に食べていく。

大きかったキノコも、お腹が空いていた3人はあっという間に平らげてしまった。

2本目、3本目のキノコも焼き終わると、ファレンたちはすぐに食べ始めていく。

辺りがすっかり暗くなってしまった中、料理部屋の中の3人は幸せそうな顔をしていた。

 

「美味しかった…また食べられたらいいね、ファレン」

 

「キノコはまだたくさんあったから、明日も集めてくるよ」

 

「お腹が膨れたところだ、吾輩はメルキド録の解読に戻るぞ」

 

食べ終わってからは、ファレンとピリンは明日のことについて話し、ロロンドはメルキド録の解読へと戻っていった。

こうして、ファレンたちの物作りの最初の1日は終わった。

ファレンとピリンはしばらく会話をかわした後、ロロンドのわらベッドを作ってから眠りについた。



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1-7 森林の探索と命の木の実

物作りが始まった翌日、ファレンは白い家のわらベッドの上を目を覚ます。

隣にはまだピリンが寝ているが、ロロンドの姿はそこにはなかった。

ファレンは起き上がると、彼を探しに部屋の外に出ていく。

すると、希望の旗の近くでメルキド録を持ちながら、ロロンドは難しい顔をしていた。

 

「おはようロロンド。メルキド録の解読は進んだのか?」

 

「お主も目覚めたか。昨日吾輩は町を蘇らせる手がかりを求めて読み進めておったのだが、未だに重要な情報は掴めておらん」

 

ファレンとロロンドは朝の挨拶をかわした後、メルキド録の解読について話す。

ロロンドはファレンたちが眠った後にも解読を続けてはいたが、大した情報を得ることは出来ずにいた。

まだ時間はかかりそうだが、その間何もしないのももったないと、ロロンドは一つ提案する。

 

「そうだな…吾輩がメルキド録を読み進めている間、お主は新しい道具や武器を作ったり、この辺りを探索して来たりしたらどうだ?様々な経験を積むことで、ビルダーとして成長出来ると思うぞ」

 

「探索に武器作り…それもいいね」

 

メルキドの拠点の周りはかなり広く、ファレンには未だ探索していないところも多かった。

武器に関しても、強い物があればスライムやキメラが倒しやすくなり、素材も集めやすくなる。

ファレンはそう思い、新しい武器を考えながら森を探索することにする。

 

「武器があれば吾輩も素材を集められるだろう。新しい武器が出来たら、吾輩にも渡してくれ」

 

「分かったよ。それじゃあ、この辺りの探索に行ってくるね」

 

ロロンドに武器を作ってあげることも約束すると、ファレンは拠点の外に探索に出ていった。

ファレンは拠点の近くにある森に入り、まずはキメラが生息している岩山の側にあった塔を目指していく。

塔は登りにくい構造をしているため、大事な物が隠されているに違いない。

そんな確信を持ち、新しい武器について考えながら、岩山に向けて歩いた。

その間にも、ファレンは落ちている太い枝やモモガキの実を見つけ次第拾っていった。

 

「キノコも美味しかったけど、モモガキの実もやっぱり食べたいな」

 

モモガキの実は焼かずに食べられるので、遠出してお腹が空いた時にも食べられる。

味も甘くて美味しいので、また食べてみたいとファレンは思っていた。

そうしてキメラのいる岩山に近づいていくと、昨日も見た塔が近くに見えてくる。

塔の下にまで来ると、ファレンは土を積んで足場を作りながら登っていった。

 

「高くて怖いけど…この上には良い物があるはず…」

 

地面から10段くらい離れた場所までやって来ると、高さのあまりファレンは足が震えだしてしまう。

それでも彼は塔に隠された物を見つけるため、下を見ないようにしながらさらに上へと登っていった。

塔の最上部は、地面から25段くらいも離れた場所にある。

何とかそこまでたどり着くと、ファレンは金色の装飾が施された赤い箱を見つけた。

 

「何だろうこの箱…?中に何か入ってるのか?」

 

ファレンはその箱に近づいて、慎重に開けてみる。

するとそこには、茶色の小さな木の実が一つ入っていた。

ファレンにはその木の実が何か分からながったが、手に取った瞬間ルビスの声が聞こえてくる。

 

「変な木の実だけど、食べられるのか?」

 

「それは命の木の実ですね。高い生命力が詰まっており、食べればあなたの力を強めることができます。怪我を負った時に食べれば、傷も瞬時に癒せるでしょう」

 

ルビスの説明を聞くと、ファレンは早速命の木の実を口に入れてみる。

少し苦い味がしたが我慢して噛み潰し、全て飲み込んでいった。

その瞬間、体の中に不思議な力が染み渡っていき、ファレンは自分の生命力が高まったように感じる。

これなら戦いで多少の傷を負った所で、すぐには死なないだろう。

そう思わせるほどで、ファレンはこの高い塔に登るだけの価値があったと思った。

 

「すごい力が広がってくる…強くなれた気がするし、ここに登って良かった」

 

ファレンは新たな力を感じるとまた下を見ないようにしながら塔を下っていき、森林の探索に戻っていった。

森の中はどこにでも太い枝やモモガキの実が落ちており、ファレンはさらに多くを集めていく。

採集もしながら進んでいると、森に面した岩山に小さな洞窟があるのも見つかった。

 

「ここにも洞窟か…何かあるかもしれないし、入ってみよう」

 

ファレンが眠っていた洞窟よりはずっと小さいが、ここにも何か隠されているかもしれない。

彼はその薄暗い洞窟に入っていき、何かが置かれていないか探し始めた。

すると、奥にはさっき塔の上にあったものに似た箱が置かれているのが見つかった。

しかし、その箱はさっきの物より暗い色をしており、その前には2匹のドラキーが飛んでいる。

 

「あのドラキーが宝を守っているのか…倒して、中身を見てみよう」

 

ルビスの話によると、ドラキーはそこまで強力な魔物ではない。

ここでも役立つものを手に入れられると思い、ファレンはドラキーの群れに近づいていった。

普段は大人しいはずのドラキーだが、ここの2匹はファレンを見かけるとすぐに襲いかかってくる。

 

「やっぱりここを守ってるんだな…でも、宝は僕がもらうよ!」

 

ファレンも檜の棒を構えて、ドラキーたちに戦いを挑んでいく。

ドラキーは羽ばたきながら牙で噛み付いて来ようとするが、その動きはキメラよりは遅かった。

ファレンは今までの戦いのように側面にまわり、叩き落とそうと羽を攻撃していく。

ドラキーの羽は大きいので一撃では落ちなかったが、かなりの傷がついていった。

2体のドラキーが同時に襲ってくるので攻撃の機会は少ないが、小さな隙でも逃さず檜の棒を叩きつけていく。

 

「キメラみたいな炎は使わないね…このまま仕留める…!」

 

ドラキーは炎を放つことは出来ず、牙での攻撃しか出来ない。

ファレンはかわして羽に確実に攻撃を叩き込んでいき、地面に叩き落としていく。

地面に落ちたドラキーたちを、彼はさらに追撃して生命力を削りとっていった。

2体のドラキーが倒れると、灰色だった箱から眩しい光が放たれ、塔の上のものと同じ赤色になっていた。

 

「ドラキーのせいで黒くなっていたのか。無事に倒せたし、中身を見よう」

 

魔物の影響で暗い色になっていただけで、元は同じ箱のようだ。

ファレンは檜の棒をしまうと、その箱を開けて中身を調べる。

中には、塔にもあった茶色の命の木の実が入っていた。

 

「ここにも命の木の実か。これも食べて、もっと力を手に入れようかな」

 

ファレンは一度は手に取って口に入れようとする。

だがその前に、彼はルビスの言っていた言葉を思い出す。

傷を負った時にも瞬時に回復出来る…今後素材集めの中で怪我をすることもあるかもしれないと、ファレンはその命の木の実をポーチに入れておいた。

それから洞窟を後にすると、森の素材集めへと戻っていった。

メルキドの森は全て探索しきるのが難しいほど広い。

まだ探索していない場所に歩こうとして進むと、ファレンは海の近くへとも出た。

 

「ん…?あの看板は何だろう?」

 

その辺りには何もなかったが、そこからは看板が立っている岬が見えた。

その岬はこの森のある地域と陸続きになっており、ファレンは看板が気になり森を出て歩いていった。

そこまでは草原が広がっているので、次はファレンは丈夫な草を拾いながら進んでいく。

岬にまでたどり着くと、彼はその看板に近づいていってかすれた文字で書かれた文章を読み始めた。

 

島と島とを繋いでいた橋は魔物によって壊されてしまった。人間の力ではもはや、海や川を越えることは出来ないだろう。

 

この岬から対岸までは距離がかなり短く、対岸には崖や山岳地帯が見えた。

 

「ここには橋があったのか…僕の力で直せないかな?」

 

物作りを失った人間なら出来なくとも、ビルダーの自分なら出来るかもしれないとファレンは土を使って橋を直そうとする。

しかし、ブロックを置こうとしても謎の力に阻まれてしまい、橋を作ることは出来なかった。

 

「ダメか…。竜王とやらは、作り直す人が出るのも予想していたのかもな」

 

海には何らかの力がかけられているのかもしれない。

対岸に行ければ新たな素材も手に入ると思ったが、ファレンはがっかりして岬から戻っていった。

 

「探索は終わりにして、一旦帰ろうか」

 

まだ森の全域を探索したわけではないが、ファレンは歩き続けて疲れている上に、気分も少し落ち込んだので一度拠点に戻っていった。

拠点に向けて進んでいる間、ファレンは自分とロロンドの新しい武器について考え続ける。

新しい素材が手に入らないのであれば、使えるものは太い枝くらいしかない。

そして素材が同じならば、より傷を与えやすい形状にするしかない。

そう思ったファレンは、拠点に戻る頃にトゲのついた棍棒の作り方を閃いていた。

 

「トゲのついた棍棒…これなら檜の棒より使えるかも」

 

拠点に戻ってくると、ファレンは早速作りに行こうと作業部屋に入っていく。

ロロンドは外でメルキド録を解読しており、ピリンはどこかに出かけているのか、作業部屋には誰もいなかった。

ファレンはポーチから2本の太い枝を取り出すと、片方は持ち手に、もう片方はトゲつきの部分にするためにそれぞれ削り取っていく。

トゲの形に加工するのは時間がかかったが、難なく作り出すことが出来た。

それぞれの部分が出来上がると、ファレンは繋ぎ合わせて完成させる。

 

「僕の分はこれにして、もう一つをロロンドに渡そう」

 

ファレンは一つ目の棍棒を自分のポーチに入れると、次はロロンドの分の棍棒を作っていく。

ロロンドは体も大きいのだから、棍棒を持てばキメラでも楽に倒せるだろう。

ファレンはそう思いながら、自分の物と同じようにロロンドの棍棒も完成させる。

2人分の棍棒が出来ると、ファレンはメルキド録を読んでいるロロンドの所に届けに行った。

ロロンドの所には、どこかに出かけていたピリンも戻ってきていた。

 

「ファレン。ロロンドの武器を作ってあげてたの?」

 

「うん。新しい素材は見つからなかったけど、強い棍棒が出来たよ」

 

「どのような武器なのだ?吾輩に早速見せてくれ」

 

新しい武器を楽しみにしているロロンドに、ファレンは棍棒を渡す。

ファレンはロロンドの反応が気になっているが、心配はいらない様子だった。

 

「これだ。結構強そうに作ったけど、どうかな?」

 

「おお…!これは素晴らしい武器だ。トゲがついていて強そうな上に、軽くて振りやすい。こいつがあれば色々な素材がすぐに集まりそうだな」

 

ロロンドは新しい武器に喜ぶあまり、その場で振ってもみていた。

棍棒も檜の棒と同様、軽くて振りやすい設計になっている。

自分が作った武器が褒められて、ファレンも嬉しそうになっていた。

 

「武器が出来て良かったね、ロロンド!私は魔物とは戦えないけど、2人ならいろんな魔物から素材を集められるよ。新しい物を楽しみにしてるね。そういえば私、今までキノコを集めに言っていたの。これから一緒にご飯にしよう」

 

「それで拠点にいなかったのか…僕もお腹が空いてきたし、そうしよう」

 

ピリンも新しい武器を喜んだ後、食材を集めに出かけていたことを話した。

ファレンは森や草原を歩き回り、2つも棍棒を使ったので少しお腹が空いてきていた。

そう返事をすると、ファレンたち3人はまたキノコを一緒に食べに行った。



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1-8 迫り来る骸骨軍団

今作はビルダーズ2の要素も取り入れていく予定です。


昼食の焼きキノコを食べた後、ファレンは今夜や明日からに備えて他のキノコを焼いていた。

焼いて収納箱にしまっておけば、腐って食べられなくなることはない。

ピリンは物作りの練習として作業部屋に向かい、ロロンドは料理部屋でメルキド録を読んでいた。

ファレンが3つ焼きキノコを収納箱に入れた時、ロロンドが何かを思いついたかのように彼に話しかける。

 

「ファレンよ、突然で悪いがお主に相談があるのだ」

 

「メルキド録の解読が進んだのか?」

 

ファレンは町作りの手がかりになる物を期待してロロンドに近づく。

 

「いや、大したことはまだ分かってはおらぬ。吾輩たちは一緒に暮らすようになった上に、たくさんの食事をするようになった。そこで、ツボのある部屋を作ってくれぬかと思ってな」

 

「トイレか…確かにみんなの前でするわけにもいかないもんね」

 

メルキド録の解読は進まなかったようだが、トイレも確かに大事な設備だ。

今までファレンは人に見られないように探索の間に、ロロンドたちも隠れて用を足していた。

トイレがあればわざわざ外に出る必要はなくなる、ファレンはそう思って、すぐに作りに行こうとする。

 

「ツボの作り方は考えてみるから、出来たらロロンドにも言うよ」

 

そう言うと、ファレンはツボの作り方を考えながら料理部屋を出ていった。

何を使ったらツボを作れるか、どんな形にすると使いやすいかを考えて、ファレンは使う素材と形状を決めていく。

しばらくして、彼は土と青い油を使ってツボを作ることにした。

そうすると、ついでに棍棒の力を調べるためにも、草原にいるスライムを倒しに行く。

今までのようにスライムの背後から忍びより、棍棒を叩きつけていった。

棍棒のトゲは柔らかいスライムの体に深く突き刺さり、大きなダメージを与える。

怯んで動けなくなったスライムに、ファレンはもう一度棍棒を叩きつけてとどめを刺した。

 

「簡単に倒せた…やっぱりこの棍棒は強いね」

 

強そうな見た目の棍棒が出来た後も、ファレンは本当に使えるのか不安だった。

しかし、スライムにまともに反撃させずに倒せたのを見て、彼は棍棒の強さを実感する。

スライムの消えた場所から青い油を拾うと、ファレンは拠点に戻っていった。

それから作業部屋に入って、ツボと入り口に置く扉を作りに行く。

作業部屋の中では、ピリンが収納箱を作っていた。

 

「ファレン、何かを作りに来たの?」

 

「ロロンドの頼みで用を足せる部屋を作ってるんだ。ピリンは収納箱を作ってるけど、また新しい部屋を思いついたの?」

 

「ううん。たくさん素材を集めたらこの収納箱もいっぱいになると思って、もう一つ作ってたの」

 

ピリンは作業部屋に元々置いてあった収納箱を見て言う。

ファレンは集めた素材のうち大半をこの収納箱の中に入れていた。

今は容量がまだまだ空いているが、ピリンはこの先収納箱がいっぱいになることも予測している。

 

「用を足せる部屋は私も必要だと思うけど、手伝えることはある?」

 

「そうだな…僕は中に置くツボを作るから、ピリンは入り口のわらの扉を作って」

 

ピリンは新しい収納箱を今の収納箱の隣に置くと、手伝えることをファレンに聞く。

彼はわらの扉を彼女に頼むと、先ほど思いついたツボを作業台の右半分を使って作り始めた。

土をポーチから取り出し、それに青い油を混ぜてからこねてツボの形を作っていく。

ツボの形が出来ると、ファレンは近くの焚き火を使って乾燥させた。

ツボが固まるまでは時間がかかるので、彼は形が崩れないように慎重に見ていた。

ファレンがツボを作っている間、ピリンは作業台の左半分で入り口のわらの扉を作る。

彼女も物作りを始めたばかりではあるが、昨日から練習を続けて少しは上手に作ることが出来ていた。

丈夫な草を乾燥させた作ったわらを太い枝で作った枠にかけて、部屋の中が見えないような扉を作る。

ピリンの方が先に作業を終えて、ツボを固めているファレンを見守っていた。

彼はツボが十分固まったと思うと、立ち上がってピリンに話しかける。

 

「これで丈夫なツボになったね…ピリン、そっちはどう?」

 

「こっちも出来たよ。これで部屋を作れるね」

 

「うん。ピリンの作ってくれた扉も持って、すぐに作って来るよ」

 

ファレンはピリンからわらの扉を受け取ると、工房から出て拠点の外側の方にある小さな建物を目指す。

 

「小さめの部屋だし、ここがトイレにぴったりだね」

 

以前何の部屋として使われていたかは分からないが、トイレとして使うには丁度いい場所だろう。

ファレンはそう思って、ポーチから土を取り出してまずは壊れた壁を修復していく。

壁が直ると、中にツボを置いて、入り口にはわらの扉を置いた。

こうしてトイレが出来ると、ファレンは料理部屋にいるロロンドに知らせに行った。

 

「ロロンド。待たせちゃったけど、トイレを作って来たよ」

 

「おお、よくやったな!これでわざわざ町の外に出る手間が省けるぞ」

 

ロロンドは相変わらずメルキド録を読んでいるが、ファレンの声を聞くと一度下ろして彼の方を見る。

ロロンドは別に今使いたいわけではないようで、立ち上がることはしなかった。

 

「使いたい時はいつでも使ってね」

 

様々な設備が整い、だんだんメルキドの拠点での暮らしも快適になってくる。

ファレンはそう言うと、再び料理部屋の収納箱に入っているキノコを取り出し、焚き火で焼いていった。

ピリンが集めて来たキノコは10本以上あるので、すぐに焼ききることは出来ない。

ロロンドのメルキド録の解読も待ちつつ、彼はキノコを眺めていた。

そうしていると、ロロンドは一旦休憩のためにメルキド録を閉じ、ファレンに話しかけた。

 

「町の設備を整えた上に、新しい武器も作り出した…お主どことなく、出会った時より成長した気がするな」

 

「そうか…?もしそうなら嬉しいけど」

 

自分のことをとぼけた顔と言っていたロロンドが成長を認めてくれて、ファレンは少し嬉しく感じる。

 

「はっきりとは言えぬが、何となくそんな気がするぞ。メルキド録の解読にはまだ時間がかかるが、また色々な武器や道具を作り、気長に待っていてくれ」

 

「そうさせてもらうよ」

 

早く町を大きくさせたい思いもファレンにはあったが焦っても仕方ない。

また新たな武器を作り、道具を作って経験を積んでおこう、彼はそう思ってロロンドに頷いた。

 

しかしそんな矢先、部屋の外からピリンの焦る声が聞こえてきた。

 

「ファレン、ロロンド、早く来て…!大変なことになっちゃった…!」

 

「ピリン、どうしたんだ?」

 

「何かあったようだな。とにかくピリンの元に向かうぞ!」

 

ただ事ではないと思い、ファレンとロロンドは料理の外に飛び出していく。

部屋の外ではピリンが怯えた表情をしており、彼女の目線の先からは5体の骸骨の兵士が拠点へと近づいて来ていた。

 

「何だあの骸骨どもは…?この町を襲おうとしておるのか…?」

 

初めての町への襲撃に、ファレンもロロンドも驚きを隠せない。

骸骨は剣を振り上げながら歩き、城塞の残骸と思われる壊れた石垣を越えて拠点の中に入ってきた。

 

「こんな物を作ってたとはな…!その旗も建物も、みんなオレたちがぶっ壊してやるぜ!」

 

「覚悟しろ、人間ども!」

 

骸骨たちは低い声を発して、メルキドの町への攻撃を宣言する。

このまま町を壊されるわけにはいかないと、ファレンとロロンドは棍棒を持って彼らに近づいていった。

 

「吾輩たちも町を壊されるつもりは無い。一緒に戦うぞ、ファレン!」

 

「もちろん。僕もあいつらを倒す!」

 

戦えないピリンは、骸骨たちの攻撃を受けないように作業部屋に隠れる。

武器を持って立ち向かって来たファレンたちに、骸骨たちは剣で斬りかかって来た。

 

「あくまで刃向かってくるか!」

 

「それなら、全員斬り殺してやる!」

 

骸骨は攻撃力は高いが、攻撃の素早さはキメラより低い。

戦いの経験のあるファレンはすぐに回避して、骸骨の腹に棍棒を叩き込んだ。

骸骨にはスライムのようにトゲは刺さらなかったが、腹部の骨に傷がつく。

ロロンドも人生の中で何度も戦いは生き延びており、彼は骸骨の攻撃を一度棍棒で弾き返し、仰け反らせた所で頭蓋骨に攻撃した。

 

「魔物どもめ…さっきまでの勢いはどうしたのだ!」

 

ロロンドはそう言い、メルキドの再建という自身の夢を邪魔する骸骨たちに怒りを込めて、連続で棍棒を振り回していく。

骸骨の腕や背中、足にも打撃を与えていき、全身の骨を破壊していった。

骸骨も剣を振り回して反撃するが、ロロンドは大きく横に跳んでかわしていた。

ファレンも攻撃が出来る隙を見逃さず、回避しては攻撃を続けていく。

奮戦する2人の元には、後ろの3体の骸骨も迫っていた。

まず1体ずつが2人の所に斬りかかり、最後方の大型の骸骨はより強いと判断したロロンドの元に向かう。

 

「多少の力は持っているようだな…!だが、人間どもに勝ち目などない!」

 

三方向から囲まれれば、さすがのロロンドも苦戦は免れない。

囲まれる前に敵の戦力を削ろうと、彼は目の前にいる弱らせた骸骨に集中して攻撃していく。

もう片方の骸骨の攻撃も見極めながら、どちらの攻撃も当たらない位置に飛び回って棍棒を叩きつけていった。

骸骨は拠点の周りに住む魔物よりは強いが、ロロンドの棍棒による攻撃には耐えきれず、バラバラに砕けて消えていった。

 

「これで後は4匹だ。残りの奴らも倒してくれる!」

 

ロロンドは早くもう一方も排除しておきたいとも思っていたが、その前に大型の骸骨が接近する。

他の骸骨よりは多少強いだろうが倒せないことはないと、彼は強気になって立ち向かっていった。

ファレンも2体の骸骨に囲まれつつも、少しずつ棍棒での打撃を与えていく。

彼らは挟み撃ちにしようとして来るが、横や後ろに跳んだり、体勢を下げたりして、確実に回避していった。

体勢を下げた時には、ファレンは転倒させるのも狙って骸骨の足の細い骨に打撃を与えていく。

棍棒の衝撃で足の骨が変形していき、骸骨はだんだん動きが不安定になってくる。

そこでファレンは素早く片方の骸骨の後ろに回り、背骨を砕くように力いっぱい棍棒を叩きつけた。

その一撃で骸骨は倒れ込み、足の損傷によってもう片方も救援に来られない状態となる。

 

「君たちなんかに、僕たちの町は壊させないよ…!」

 

ファレンはそこで倒れこんだ骸骨にとどめを刺し、その後近づいて来たもう片方の攻撃も受け止める。

細い腕のファレンにとって骸骨の攻撃はなかなか重かったが、彼は両腕で踏ん張って、骸骨を押し返していった。

足が不安定だったのもあり、体勢を崩した骸骨は頭から勢いよく地面に倒れる。

そこで動けなくなった骸骨の胸骨の部分を砕くように、ファレンは棍棒の先端を叩きつけた。

 

「2体とも倒れたね…あの大きい骸骨も倒してやる…!」

 

彼が戦っていた骸骨は2体とも消えて、ファレンはロロンドの方を見る。

ロロンドは大型の骸骨と戦っており、攻撃範囲の広い剣のせいでなかなか反撃が出来ずにいた。

多少はダメージを与えられてはいるが 、ファレンはロロンドを援護しに行こうとする。

ロロンドに集中している大型骸骨の背後に忍びよって、ファレンは背中に向けて強力な一撃を加えた。

 

「ぐはっ…!少年め、まさかオレの配下を倒しやがったのか…!」 

 

大型の骸骨は突然の攻撃に怯み、ファレンはそこでもう一度棍棒を振る。

ファレンが大型を引き受けたため、ロロンドの目の前にいるのは小さな骸骨だけになった。

ロロンドは剣での抵抗を続ける骸骨を棍棒を使って受け止める。

 

「助かったぞ、ファレン!吾輩もこやつを倒したら、共に親玉と戦うぞ!」

 

彼はそう言って目の前の骸骨を先ほどのように押し倒し、怯んだ所で連続攻撃を食らわせていった。

その骸骨も倒れると、ロロンドもファレンと一緒に大型骸骨を倒しに行った。

大型骸骨の攻撃を横に跳んでかわすのは難しい。ファレンは体勢を下げての回避を利用して、足への攻撃を行う。

まだ動きが不安定にはなってはいないが、足の骨には大きな傷がついていた。

 

「おのれ…少年のくせに…!」

 

追い詰められた骸骨は、そう言ってファレンに剣を振り下ろしていく。

しかし、骸骨の攻撃は読めて来ているので、ファレンは回避しては攻撃を続けていく。

そこにロロンドも来たことで、大型骸骨はさらなるダメージを受けることになった。

 

「後はお主だけだ。ファレンと共に、必ず倒してやるぞ」

 

「うん。一緒にとどめを刺そう!」

 

骸骨は2人を交互に攻撃していくが、それぞれへの攻撃頻度は減るのでファレンたちは簡単にかわして反撃出来る。

周囲を薙ぎ払うように剣を振るう時もあったが、その時は体勢を下げて避けて、足元へ棍棒を振り下ろした。

2人の攻撃を受け続けると、ついに大型骸骨は力尽きて倒れ込む。

 

「おのれ…人間ごときが…!」

 

そう言い残す骸骨に、ファレンは最後の一撃を叩き込む。

頭蓋骨を叩き割られた瞬間、彼は全ての力を失って消えていった。

全ての骸骨が消えたのを見ると、2人は棍棒をしまい、落ち着いて呼吸をする。

 

「これで終わったか。でも、町が襲われるとは思わなかったよ…」

 

「今後再び襲撃がないとも限らぬ。魔物への備えも、整えねばならなさそうだな…」

 

魔物に滅ぼされた世界とは言え、周りにスライムくらいしかいないメルキドの町が襲われるとは思っていなかった。

今回はあまり苦戦せずに倒すことが出来たが、これからは強力な魔物も襲って来るだろうと思うと、ファレンは不安になる。

 

「吾輩はメルキド録を読み解き、町を守るための備えについても考えようと思う。何か分かったら、お主にも教えるぞ」

 

しかし、それでも戦わなければせっかく作った町が壊されてしまう。

ファレンはそう思い、ロロンドのメルキド録の解読を今は待つことにした。



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1-9 新天地のおおきづち

ファレンとロロンドはまず、ピリンに無事を伝えるために拠点の中に戻っていく。

その途中、ファレンは大きな骸骨が謎の石版を落としていたことに気づく。

 

「ん…?何だろう、あの石版」

 

「さっきの骸骨が落としたようだな…もしかして、あれは!」

 

ロロンドはその石版に見覚えのあるようで、ファレンより先に駆け寄っていく。

四角形の真ん中に大きな穴の空いた石版だが、壊れていて半分しか存在していなかった。

石版の縁には、青色の文様も描かれている。

 

「ロロンド、見たことがあるのか?」

 

「メルキド録を読んでいたらこのような石版を見たことがあってな、確かこの石版を使えば旅の扉なる物が作れるようなのだ」

 

「旅の扉?それは何に使うんだ?」

 

旅の扉という名前も、ファレンは初めて聞くものだった。

ロロンドも詳しい仕組みまでは知らないが、メルキド録に書かれていた内容を伝えていく。

 

「旅の扉を地面に置くと、自分が必要とする物がある場所に行けるようになるそうなのだ。それを使えば、海を渡らねば行けぬ地にも向かえるかもしれぬ」

 

「そんな凄い物なんだ…じゃあ、素材集めのためには必ず作らないとだね」

 

ファレンはロロンドの話を聞いて、先ほど見た山岳地帯を思い出す。

岬から見ただけでも、そこには大きな植物の茂みや、崖に埋まっている鉱脈があった。

その地に赴いてみたいと、ファレンは壊れた石版を拾う。

 

「ビルダーであるお主なら作れると信じておる。作り方が分かったら、実際にやってみてくれ」

 

「うん。今から作って来るよ」

 

青い石版は半分くらい残っているので、どのような形に作ればいいかは分かる。

そのため、ファレンは修復に必要な素材を考えていった。

棍棒では石を破壊することは出来ないので、石版でも石を使って直すことは出来ない。

しかし、ツボの時もそうだったように、土からでもある程度固い物は作れるので、彼はそれを代用しようとする。

土をこね、青い文様を描くためにファレンは青い油を集めに行こうとするが、その前に戦いの音が消えたのを感じたピリンが作業部屋から出てきた。

 

「あ!ファレン、ロロンド、無事だったんだね…!どうなるかと思ってたけど、本当に良かった!」

 

ピリンは2人の怪我のない姿を見て、安心して駆け寄ってくる。

彼女の嬉しそうな顔を見て、ファレンたちもほっとしていた。

 

「おお!お主には心配をかけたが、無事に魔物どもを倒してやったぞ」

 

「旅の扉とか言うのも手に入れて、これから作りに行くところなんだ」

 

一時はどうなるかと思ったが、3人とも今も生きている。

この先に大きな不安は残るものの、今は戦いの勝利を喜んでいた。

 

「旅の扉って?」

 

「それがあれば海を渡った先の島にも行けるらしいんだ。多くの素材を集めるのは、この島だけじゃ出来ないからね」

 

「そんな道具があるんだ…それじゃあ、新しい素材を楽しみにしてるね」

 

ファレンはピリンに旅の扉について話すと、青い油を集めに拠点から出ていく。

棍棒を手に入れたファレンにとっては、もうスライムは敵ではない。

背後から忍びよって棍棒を叩きつけ、それで怯んだ所でもう一度攻撃を加える。

そうしてスライムを倒すと、ファレンは青い油を持って拠点に戻り、作業部屋に入っていった。

ピリンとロロンドは外に出ているので、今はこの部屋には彼しかいない。

ファレンは作業台の上で土に青い油を混ぜ、こねて石版のもう半分を作り、先ほど拾った石版に繋ぎ合わせた。

旅の扉の形が出来ると、ファレンは青い油で文様を描き、焚き火で焼いて固めていった。

 

「これも固まるまで待ってないとな」

 

ファレンは形を崩さないように石版を持ち、固まるのを待つ。

ツボと同じで時間はかかったが、無事に旅の扉を修復することが出来ていた。

出来た旅の扉は見た目はただの石版で、あまり大きな力は感じられなかった。

 

「これで出来たのか…?ただの石版にしか見えないけど」

 

しかし、上手く出来ていることを願って、ファレンは作業部屋から出て、地面に旅の扉を置いた。

すると、石版の中から眩しい光が溢れて、石版の中心の円の中には青い渦のようなものが現れる。

急に溢れ出した光を見て、ロロンドとピリンはファレンの元に駆け寄ってきた。

 

「おお、ファレン!ついに旅の扉が出来たのだな。これで新たな地とこの拠点を行き来出来るはずだ!」

 

「新しい素材が手に入ったら、新しい物が作れるね」

 

「どんな物があるかは知らないけど、今から行くのが楽しみだね」

 

新たな大地への扉が開かれ、ファレンたち3人は声を上げて喜ぶ。

戦いの後ではあるが、ファレンはこれからあの山岳地帯に向かおうと思っていた。

しかし旅立ちの前に、ロロンドはファレンに頼み事をして来た。

 

「旅の扉が出来たところで、ファレンには一つ調べてもらいたいことがある。メルキド録によるとおおきづちという武器があれば、木や石も砕いて素材に出来るそうなのだ。おおきづちはその名の通り山岳地帯に住む魔物のおおきづちが知っているらしくてな、彼らに作り方を聞いてきて欲しい」

 

「木や石まで素材にか、結構便利だね」

 

おおきづちがあれば新たな大地だけでなく、拠点の周りでも新たな素材が手に入るようになる。

ぜひとも手に入れたいが、魔物は喋れない者が多く、喋れるにしても人間を見ると襲いかかってくるので、まともに話が出来るのかと気になった。

 

「でも、魔物なんかとまともに話が出来るのか?襲いかかって来そうだけど」

 

「おおきづちには人間にも友好的な魔物でな。こちらから危害を加えなければ、話を聞いてくれるはずだぞ」

 

人間に友好的な魔物などファレンには信じ難かったが、おおきづちの作り方は知りたいので取り敢えず向かうことにする。

おおきづちも山岳地帯に生息しているようなので、やはり旅の扉を使ってはそこに向かうことになるようだ。

 

「そうなのか。じゃあ、とりあえず話をしてみるよ。おおきづちが出来たら、ロロンドにも渡しておくね」

 

「頼んだぞ、ファレン。おおきづちが手に入ったら、吾輩も素材を集めよう」

 

「気をつけて行ってきてね」

 

早く山岳地帯を探索したいと思い、ファレンはロロンドの頼みを聞くと、早速旅の扉に入っていく。

旅の扉に入ると、彼の体は眩しい光に包まれていく。

そして次の瞬間には、ファレンは見知らぬ山岳地帯に立っていた。

山岳地帯に入ると、まずはファレンは周りの様子を見回してみる。

 

「ここが岬から見えた山岳地帯か。おおきづちはどこに住んでるんだろう?」

 

すると、拠点の周りと違い地面は荒地になっており、何匹もの赤いスライムが生息していた。

今までは少ししか存在していなかった大型の石がたくさんあり、豆も生えていて、素材になりそうな物も多い。

遠くの方も眺めると、そこには看板が立てられた扉のない家も見つかった。

家の中には人がいると思い、ファレンはひとまずそこを目指していく。

その間、ファレンは豆を集めながら歩いていた。

 

「生だと食べられないけど、火を通せば美味しそうだね」

 

豆もなかなか美味しそうで、ファレンは今日の夕食にしようと拾っていく。

看板のある家までは少し距離があったが、何かに襲われることもなく辿り着いた。

中に入る前に看板を読んでみると、「おおきづちの里 案内所」と書かれている。

 

「おおきづちの里…ここにおおきづちたちが住んでるのかな?」

 

旅の扉の扉からあまり遠くないこの辺りにおおきづちたちは住んでいるようだ。

ファレンはこの中にも彼らがいるのではないかと思い、案内所の中に入っていく。

すると、中にはやはり一匹の紫色の毛皮のあるハンマーを持った魔物がいて、退屈そうに座っていた。

ファレンはおおきづちの姿を見たことがなかったが、これがおおきづちだろうと思う。

おおきづちはファレンの姿を見ると、驚いた顔をして話しかけてくる。

 

「おお!人間がこんな所に来るなんて珍しいな。いきなり魔物の居場所に入ってくるなんて、大胆な奴だな…」

 

「仲間からおおきづちは友好的って聞いたんだ。それで入って来たんだけど、ダメか?」

 

ファレンもロロンドの話を聞いていなければ、魔物の家には入らなかっただろう。

おおきづちもそうは言うものの、ファレンを追い出そうとはしなかった。

 

「そうだったのか。確かにオレは、昔から人間は嫌いじゃない。それで、何か聞きに来たのか?」

 

「おおきづちの作り方が知りたいんだけど、知ってるか?」

 

ファレンがそう聞くと、おおきづちは突然慌てふためくような動きを見せる。

 

「何だって!?お、お前はなんてえっちな質問をする奴なんだ!」

 

急におおきづちが慌てだしたことで、ファレンも困惑する。

しかし、魔物と武器の名前が同じところから察して、武器の方のおおきづちであることを伝えた。

 

「いや…魔物の方じゃなくて、武器の方の作り方だよ」

 

「何だ…そのことなら、この先に住んでる長老が知っているはずだぜ。長老の家の屋根にはかがり火があるから、それを目印に進みな」

 

先ほど山岳地帯を眺めた時にも、ファレンは遠くに炎が見える家を見つけていた。

行き先は分かっているので、ファレンは早速長老の家に向かおうとする。

別れの前には、案内所のおおきづちに名前を名乗って挨拶もした。

 

「分かった…教えてくれてありがとう。僕はファレン、また会うかもしれないから、その時はよろしくね」

 

「オレはラソル。いつでも来てくれよな」

 

ラソルと名乗ったおおきづちもそう言って、ファレンを笑顔で送り出す。

ファレンは案内所から出ると、かがり火のある長老の家に向かっていった。

その間にもファレンは何体かのおおきづちを見つけ、彼らも人間であるファレンを珍しそうな目で見ていた。

おおきづちのうちの1体は、彼に近づいて話しかける。

 

「人間がここに来るなんて珍しいけど、何をしてるの?」

 

「武器の方のおおきづちの作り方が知りたくて、長老のとこに向かってるんだよ」

 

またさっきのような誤解を招かないように、武器の方とつけてファレンは話す。

 

「そうなんだ。長老は素敵なお方だから、人間の君にも優しくしてくれると思うよ。何を考えてるかはよく分からない所はあるけど、きっと助けになってくれるはず」

 

ラソルの反応から考えても、長老はおおきづちたちからの信頼も厚いのだろう。

何を考えているか分からないというのは少し心配だが、会ってから考えようとファレンは思う。

その前に、ファレンはせっかくの機会なのでおおきづちについて気になったことも聞く。

 

「そうだといいね。そう言えば、おおきづちは長老くらいしか家を持っていないけど、どうしてなんだ?」

 

「私たちは人間と違って、部屋の中に住みたいという気持ちはないからね。人間とおおきづちは、少し文化が違うんだよ」

 

ファレンの見る限り、おおきづちの里には長老の家と案内所くらいしか建物がない。

案内所はあくまで来訪者を案内するための場所で、長老は特別な存在だからその証として家に住んでいるのだろう。

おおきづちのような友好的な魔物は初めてだが、文化の違いはあるのだとファレンは感じた。

 

「家を欲しがるのは人間くらいなんだな…それじゃあ、そろそろ長老の家に行ってくるよ。僕はファレン、また会えるといいな」

 

「私はフレイユ。私たちと違って、茶色のおおきづちには気をつけてね。彼らはブラウニーと言って、人間に味方する長老から離反した存在。人間を見つけたら積極的に襲ってくるはずよ」

 

ファレンが長老の家に行く前に、フレイユはブラウニーについても教える。

ファレンがおおきづちの里の外の方を眺めてみると、確かにそこには茶色の毛皮を持ったおおきづちが見かけられた。

 

「分かったよ。見つからないように気をつける」

 

フレイユの言葉を心に留めておいて、ファレンは長老の家へと向かっていった。

ラソルやフレイユとの交流から、魔物も全員が人間を襲うのではないと感じ、彼は魔物への考えを少し改める。

長老の家の入り口は高い位置にあり、その回りに登るための石段が置いてあった。

ファレンは少しずつその石段を登っていき、長老のいる場所に向かって行った。

入り口にまでたどり着くと、ファレンの目の前には大きな1体のおおきづちと、2体の小さなおおきづちが見えてくる。

 

「あなたが、おおきづちの長老なのか?」

 

ファレンは彼が長老だと思い、おおきづちの作り方を尋ねようと話しかける。

しかしその時、長老の隣にいる小さなおおきづちたちは、ハンマーを構えてファレンに襲いかかって来た。

 

「人間がこの中に入って来るな!」

 

「ボクたちが追い払ってやる…!」

 

おおきづちは人間の味方ではなかったのかと思ったが、ファレンも棍棒を取り出して構えた。

だが、ファレンと2匹が戦いを始める前に、長老は2匹の前に立ちふさがって諌める。

 

「まあまあ、2人も人の子も落ち着くのじゃ。確かにワシがおおきづちの長老じゃが、どうしてここに来たのじゃ?」

 

「…頼まれて、おおきづちの作り方を聞きに来たんだ」

 

なぜ人間に敵対するおおきづちと暮らしているかは分からないが、ラソルたちの言う通り長老には戦意がないようだった。

長老に言われて2体は仕方なく後ろに下がり、それを見てファレンも棍棒をしまう。

それから、彼はおおきづちの作り方を聞いた。

 

「おおきづちの作り方を知りたいと申すのか!それなら、まずは活きがよくてピチピチとしたメスのおおきづちを腹ばいにして。それからオスのおおきづちの…」

 

長老が急に変なことを言い出し、ファレンはまた武器のとつけるのを忘れていたことに気づく。

しかし、ラソルのように同様せずに教えてくれるのはさすが長老だとも彼は思う。

魔物の方の作り方を聞いても面白かったかもしれないが、ファレンは武器のことだと訂正した。

 

「誤解させてごめん。僕が知りたいのは武器の方のおおきづちだよ」

 

「そっちの方じゃったか!…おおきづちは我らの秘宝でな、そう簡単に教えられぬな」

 

魔物の方の作り方は教えてくれるのに、武器の方は教えてくれず、ファレンは肩を落とす。

しかし、絶対に教えないとも長老は言わなかった。

 

「困ったな…そこを何とか出来ないのか?」

 

「なに、そこまで落ち込むことはない。実はこの家の天井に3つ穴が空いてしまってな、自分では修理が出来ず困っておったのじゃ。この家の壁にも茂っているつたでひもを作り、それを使って作ったわら床で直してくれれば、おおきづちの作り方を教えてやるぞ。屋上には作業台が置いてあるのでな、それを使うとよい」

 

ファレンが上を見ると、確かに長老の家の天井には3つの穴が空いていた。

なぜわら床なのかは分からなかったが、長老の好みなのだと思い、ファレンは作りに行こうとする。

 

「それなら作れると思うよ。直してくるから、ちょっと待ってて」

 

長老がおおきづちの作り方を教えようと言うと、後ろの2匹のおおきづちは不満を口にもしていた。

 

「長老、人間なんて百害あって一利なし!このまま、滅びるまで放っておけばいいんですよ」

 

「長老だって、昔人間は魔物をいじめていたって言ってたじゃないか」

 

「お主たちにもいずれ分かる時が来ると信じておる。…·人の子よ、修理を頼んだぞ」

 

ファレンはこのアレフガルドの人間と魔物の歴史についてはよく知らない。

小さなおおきづちの話を聞くと、人間にも非があったのではないかとファレンは思い始めた。

しかし、それならどうして長老は人間の味方をしてくれているのだろうか。

フレイユの言う通りよく分からない方だと考えながら、ファレンはわら床を作りに行った。

まずは家にかかっているつたを棍棒でいくつか壊し、屋上にあると言う作業台のところに持っていく。

 

「これが長老の言ってた作業台か。困ってるし、早く直してあげよう」

 

ファレンは作業台を見つけると、それを使ってつたから葉の部分を取り除きひもを作り、ポーチに入っていた丈夫な草を乾燥させてわらにし、合わせてわら床を作っていく。

3つのわら床が出来ると、彼は天井の穴が空いているところに埋めていった。

わら床と言っても扱いは土と変わらず、すぐに作業が終わる。

天井が全て塞がると、長老は嬉しそうに屋上へと登って来た。

 

「おお!よくやったのじゃ、人の子よ。お主はもしかして、物を作る力を持つという伝説の存在なのか?」

 

「自分でも最初は知らなかったけど、そうらしいんだ」

 

「やはりそうじゃったか。それでは約束通り、おおきづちの作り方を教えるぞ」

 

ロロンドと同様、おおきづちの長老もビルダーの伝説を知っているようだった。

彼は約束通り、ファレンに武器のおおきづちの作り方を教えようとする。

しかしファレンには、その前に聞いておきたいことがあった。

 

「その前に教えて欲しい。どうしてあなたは人間に味方してくれるんだ?それに、どうして敵対するおおきづちと一緒に住んでいるんだ?」

 

2匹のおおきづちはまだ紫色の毛皮だったが、いずれはブラウニーになるのかもしれない。

味方のはずなのに敵のおおきづちと住んでいることも、人間がかつて魔物をいじめていたと言うのに人間に味方してくれることも、ファレンには不可解に思えた。

長老は長い話になるとは言うが、隠さずに教えてくれた。

 

「長くはなるが、その事を聞いて行くかの?」

 

「もちろん。どうしても気になってね」

 

「分かった…左の子はサデルンと言ってな、彼は人間に両親を殺された思い出があるのじゃ。彼が子供の時からワシらは人間と敵対はしていなかったが、あの時ここを通った人間は魔物は全て危険という考えの持ち主じゃった。その人間はサデルンの親に殴りかかり、敵対するつもりはないと言っても、騙し討ちにする気だろうと聞く耳を持たなかった。人間も生きるのに必死じゃから、仕方のないことではある。しかし、サデルンは人間に復讐するため、ブラウニーになろうとしておったのじゃ。ワシはそうさせたくなくてな、この家で保護することにしたのじゃ。右の子はエファートと言ってな、サデルンの昔からの友達じゃ」

 

「人間が魔物をいじめていたって言ってたけど、この戦いは人間の方から仕掛けたものなのか?」

 

「いや、魔物の方から仕掛けたものではあるのだが、一時期人間が優勢になることがあっての。その時には多くの魔物が殺されたのじゃ。魔物たちから見れば、人間が魔物をいじめているようなものじゃ」

 

先ほどのは、あくまで魔物の立場から見た時の話のようだった。

先に攻撃を仕掛けたのにいじめられたなんて勝手だとファレンは思ったが、無害なおおきづちを有害だと判断した人間に親を殺されたサデルンのことも可哀想に思えた。

1度は優勢に立った人間がここまで追い詰められている理由も、ファレンは気になる。

 

「結局はそう言うことだったのか。でも、1度は優勢だった人間が、どうしてここまで追い詰められたんだ?」

 

「その時代にはワシも生きてはおらぬから分からぬが、強大な力を持った人間が突然姿を消したという話は聞いておる」

 

その理由は長老も気になってはいたが、それ以外の記録が残っていない以上調べることは出来なかった。

人間と魔物の戦いの話を聞いた後、ファレンは長老が味方をしてくれる理由についても聞く。

 

「それは気になるな…でも、それはともかくどうして長老は人間の味方をしてくれるんだ?」

 

「人間は今や滅びを待つだけの存在。片や、我々はその数を増やし続けている。ワシは今の世界のあり方が、どうしても正しいとは思えぬのじゃ。人間が増えすぎても確かに困るが、完全に消えれば世界の調和が失われ、この世界は滅びてしまうじゃろう」

 

「難しい話だけど、人間と魔物の両方が存在していなきゃいけないってことか?」

 

「そう言うことじゃ。ワシはそう信じて、以前の長老が死んだ時に新たな長老に立候補し、選ばれたのじゃ。皆は、骸骨どもに新参者といじめられて辛いという理由で、人間につくことにして投票したようじゃがな」

 

フレイユもそうだったが、長老の思想を理解しているおおきづちはほとんどいなかった。

人間と魔物のどちらかが消えれば、本当に世界は滅びてしまうのだろうか、それはファレンにも分からなかった。

人間と魔物が共に暮らす世界は、最初に思い描いていた物とは異なるが、それも悪くないと彼は思い始める。

おおきづちが新参者と言われている理由も、ファレンは尋ねてみる。

 

「何で新参者なんて言われてるんだ?」

 

「骸骨どもは数百年も前から人間と戦っておるが、我々が加わったのはそれからしばらく後のことじゃ。魔物の中にも、そういった格差が出来ているのじゃ」

 

「魔物って言っても、みんな同じじゃないんだな」

 

魔物の中にも対立があること、思想の違いがあることもファレンは学ぶ。

長老は、人間に味方してくれる他の味方についても教えた。

 

「そうじゃ。ワシら以外にも人間に味方をしようとする魔物はいる。人間と戦いはするが、強さを認めると仲間になってくれる魔物もいるのじゃ。そういう魔物を見つけたら、会話出来る魔物とは話をし、会話出来ない魔物には魔物の餌を与えるのじゃ。魔物の餌は、キノコと丈夫な草から作れるぞ」

 

ファレンは魔物の餌の作り方も、頭の中に記憶しておく。

長い話の最後に、おおきづちの長老は武器のおおきづちの作り方も教えてくれた。

 

「ワシから話せるのは、こんなところじゃな。そう言えば、お主は武器のおおきづちの作り方も聞いておったな。それについても、ちゃんと教えるぞ」

 

おおきづちの長老が話す作り方を聞いて、ファレンは頭の中でおおきづちを組み立てていく。

おおきづちも特に新たな素材はいらず、太い枝から作れるようだった。

ファレンはおおきづちの作り方を聞き終えると、長老に感謝を述べる。

 

「いろいろ教えてくれてありがとう、長老」

 

「お主がよければ、ワシはいつでも助けてやるぞ。ワシの名はラグナーダじゃ。また会いに来るのじゃぞ」

 

「もちろん。僕はファレンだ。仲間が待っているから、僕は1回戻るよ。またな、ラグナーダ」

 

ラグナーダと長話をしてしまったが、メルキドの町にはロロンドたちが待っている。

ファレンは別れのあいさつをすると、石段を降りて旅の扉へと戻っていった。



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1-10 離れ小島の衛兵

ファレンがメルキドの町に戻って来ると、旅の扉の近くでピリンが、希望の旗の側でロロンドが帰りを待っていた。

 

「ファレン、戻ってきてくれたね。おおきづちの作り方は分かった?」

 

「うん。おおきづちと長話してて時間がかかったけど、ちゃんと聞いてきた」

 

「おお、それは良くやったぞ!おおきづちから、他に役立つ情報は貰えたか?」

 

ロロンドもおおきづちのことを聞くとメルキド録を閉じて置き、ファレンの元に走ってくる。

ラグナーダの話は難しかったので、ファレンは仲間の魔物について彼に教えてあげた。

 

「この世界には、おおきづちの他にも人間を助けてくれる魔物がいるってことを聞いたよ。もしかしたら、町作りを手伝ってくれるかもね」

 

「それは頼もしいな。もし協力してくれる魔物がいたら、ぜひとも我らのメルキドに連れてきてくれ」

 

ロロンドもピリンも、仲間になってくれるならば魔物でも異論はなかった。

里のおおきづちはこちらに引越しはしないだろうが、メルキドの町に来てくれる魔物もいるかもしれない。

彼らを見つけたら仲間に勧誘しようと、ファレンも考えていた。

 

「そうするよ。とりあえず今はおおきづちを作ってくるから、待っててね」

 

「出来上がるのを楽しみにしておるぞ」

 

魔物のことを考えながらも、ファレンはまずはおおきづちを作りに行く。

作業部屋に入り太い枝を取り出すと、彼はそれをラグナーダの言った通りに加工していった。

まず1本をハンマーの形へと変えて、他の太い枝を細く削って持ち手も作っていく。

持ち手と攻撃に使う部分を繋ぎ合わせると、最後に持ち手の反対側に小さな突起をつけて、おおきづちを完成させた。

この突起の役割はよく分からないが、おおきづちたちのこだわりのようだ。

ファレンは1本が出来ると、ロロンドの分のおおきづちも作って作業部屋から出ていった。

 

「ロロンド、おおきづちを作ってきたぞ」

 

「もう出来たのか、ファレン。早速吾輩に見せてくれ!」

 

ロロンドはメルキド録のところに戻っていたが、おおきづちの完成を聞くとすぐにファレンのところに走ってくる。

隣にいたピリンも、これで新たな素材が手に入ると喜んでいた。

 

「これでたくさんの素材が集まるようになったね。これからの物作りが楽しみだよ」

 

近づいて来たロロンドに、ファレンはおおきづちを手渡す。

おおきづちは檜の棒や棍棒よりは重かったが、それでも人間の力で十分振るうことが出来る重さだった。

ロロンドはおおきづちを受け取ると、棍棒の時のように振るってみる。

 

「おお、これがおおきづちか!メルキド録では見たが、実際に見ても強そうな武器だな。棍棒より重いが、これなら木や石も素材に出来そうだ」

 

「山岳地帯には鉱脈もあった。そっちも集めて、色んな物を作ってみようと思うよ」

 

「金属があれば、城塞都市の復活に大きく役立つかもしれんな。メルキド録の解読は未だ進まんが、何か分かったら知らせるぞ」

 

「うん、そうしてくれ」

 

おおきづちほどの攻撃力があれば、金属も採掘出来るだろうとファレンたちは考えた。

金属を利用した設備を早く作りたいと、ロロンドはメルキド録の解読へと戻っていく。

ファレンはロロンドがそうすると料理部屋に入り、収納箱の焼きキノコを食べてからラグナーダが言っていた魔物の餌を作りに行った。

いつ仲間になりたい魔物が来てもいいように、なるべく早めに作った方がいい。

ファレンはそう判断し、キノコと丈夫な草を一緒に焚き火で焼いていく。

 

「草なんて美味しくなさそうだけど、魔物は好きなのかな」

 

人間のファレンからは理解出来ないが、魔物は草を食べることもあるようだ。

魔物の餌をいくつか作ると、ファレンはポーチにしまい1度寝室に戻る。

骸骨との戦いやおおきづちの里の探検を経て、ファレンはかなり疲労していた。

わらベッドに横になると、ファレンはすぐに眠りに落ちていった。

 

眠りに落ちてしばらくして、ファレンの目の前には不思議な光景が広がる。

そこはメルキドの町とは違う町で、目の前には青い服を来た兵士が立っている。

どうやら夢を見ているようだと、ファレンは理解した。

夢の中で兵士は、目の前にいる誰かに話しかける。

 

「その昔、伝説の勇者ロトは神から光の玉を授かり、世界を覆っていた魔物を封じ込めたと伝えられています。しかし、どこからか現れた竜王がその玉を闇に閉ざしてしまったのです」

 

夢の中ではファレンは視点を動かすことが出来ず、兵士が話しかけている相手の姿を見ることは出来なかった。

彼が不思議に思っていると、夢の中の兵士は話を続ける。

 

「竜王を倒し、光の玉を取り戻す…それがあなたの使命なのです。国中の人々があなたに希望を託しています。どうか竜王を倒しこの世界を救ってください」

 

そこまで兵士が話したところで、ファレンの視界は暗転していった。

 

次に気がついた時、ファレンはメルキドの町のわらベッドの上で寝ていた。

隣ではピリンとロロンドが寝ており、辺りは薄暗くなっている。

どうやら、一晩中眠って翌朝になっているようだ。

ファレンは目覚めると、もう一度寝る気にもなれず立ち上がって歩く。

 

「変な夢だったな…あれは何だったんだ?」

 

今日の夢の中で見たことは、起きた後もはっきり覚えていた。

竜王を倒してくれという兵士と、その話を聞く何者か。

全く身に覚えがないことではあったが、ただの夢とは思えなかった。

 

「もしかして、僕の記憶なのかな…?」

 

ファレンは、自身の失われた記憶なのではないかとも考える。

しかし、あの夢に見たこと以外は全く思い出せないので、何とも言えなかった。

 

「まあ、やっぱり夢だし気にすることもないよな」

 

本当にただの夢である可能性も捨てきれないので、ファレンはあまり気にしないようにし、寝室から出ていった。

朝の空気は涼しく、ファレンは心地よさを感じる。

何度か深呼吸をしていると、彼は若い男が希望の旗の近くに立っているのに気づいた。

 

「ん…?初めて見る人だな。おい、そこで何をしてるの?」

 

男はファレンより少し年上で鋭い目つきをしており、緑の帽子を被っていた。

彼は声をかけられると、ファレンの方に振り向く。

 

「そっちこそ誰だ?こんな所に旗を立てて何やってるんだ?」

 

「僕はファレン。仲間と一緒にここに町を作ってるんだ。君も町の仲間になってくれるか?」

 

ファレンはその男も町作りに誘ったが、彼はつまらなさそうな顔をする。

 

「人間が協力しあって暮らすなんて、随分下らないことをしてんだな。この世界じゃ自分が生きるので精一杯で、他人のことなんか構っちゃいられねえぜ」

 

「確かにそうかもしれないけど、一緒に暮らす方が楽しいと僕は思ってるんだ」

 

こんな世界で他人に構うのは難しいことかもしれないが、ファレンは町作りは楽しいと確かに感じている。

 

「奇妙なことを考える奴もいるんだな。まあ、オレもここに来るまで大分疲れてる。オレはロッシだ。長居する気はないが、よろしくな」

 

「よろしく。町作りの楽しさが分かるといいね」

 

ロッシも一応はメルキドの町に滞在してくれることになり、ファレンは歓迎のあいさつをする。

彼がここにいる間に町作りの楽しさを教えられたらいいなと、彼は思っていた。

そうしていると、ロッシは何かを思い出したかのように話を続ける。

 

「それはどうだかな。そうだ、町を作るための仲間が欲しいんだったら、ちょっとした心当たりがあるぜ。おおきづちの里の奥に、細い道で陸と繋がった小さな島がある。ちょっと前、その小島で人影を見た気がするんだ。その気があるなら行ってみるといいぜ」

 

「ありがとう、ロッシ。それじゃあ、その人を探しに行ってみてくるよ」

 

ロッシは偶然見つけた旅の扉を潜ってメルキドの町に来ており、その前までは山岳地帯に住んでいた。

ロッシも仲間に加わったとは言え、町の仲間はまだまだ十分だとは言えない。

ファレンはロッシに感謝すると、早速人探しに旅の扉に向かっていった。

ロッシはその間、町のいろいろな設備を見てまわっていた。

ファレンが旅の扉を抜けると、彼は再び山岳地帯に出る。

 

「そう言えば、ラソルなら知ってるかもね」

 

ファレンは自力で仲間のいる島を探そうとも思ったが、案内所のラソルのことを思い出す。

案内所というくらいなので、周囲の地形も分かっているだろうとファレンは考えた。

彼は少し歩いておおきづちの案内所に向かい、中にいるラソルに話しかけた。

 

「ラソル、ちょっと聞きたいことがあるんだ」

 

「お前はファレン!また会いに来てくれたんだな」

 

人間との交流が好きなラソルは、ファレンの姿を見ると駆け寄ってくる。

 

「それで、オレに聞きたいことって何だ?」

 

「僕たちの町に来た旅人から、おおきづちの里の奥にある陸続きになった島に人間がいるって聞いたんだ。ラソルなら、どこか知ってるんじゃないかと思ってね」

 

「もちろん知ってるさ。ちょっとついてきな」

 

ラソルはそう言うと、1度おおきづちの案内所から歩いて出る。

そして、案内所から向かって右の方を指さした。

 

「あの先に陸続きの小さな島がある。崖を降りなきゃいけねえから、気をつけな」

 

「分かった。気をつけて行ってくるよ」

 

崖を降りるなんて初めてのことで恐怖を感じるが、仲間のためならと覚悟を決める。

ファレンはラソルにそう言うと、おおきづちの里の右端の方を歩いて、仲間のいるという島に向かっていった。

途中にはたくさんの大きな石があり、ファレンは右腕のおおきづちを振り回して叩き壊してもみた。

 

「やっぱりこれも壊せるね。色んな物に使えそうだし、たくさん集めよう」

 

石はかなりの硬さだったが、ファレンが数回おおきづちを叩きつけると砕けて、2つの石材に変わる。

石材は様々な道具に利用出来ると思い、ファレンは歩きながら多くの石材を集めて行った。

そうして進んでいくと、ファレンはラソルの言っていた崖にたどり着く。

崖の向こう側には、確かに細い道でこちらと陸続きになっている島が見えた。

 

「あれがロッシの言ってた島か…高い崖だし、気をつけないと…」

 

崖は相当な高さがあり、足を踏み外せば死ななくとも大怪我は免れない。

ファレンは崖を歩いて降りられる場所がないか探しながら、1段1段身長に降りていった。

その途中、ファレンは崖に埋まっている茶色と黒色の鉱石を見つけた。

 

「これは…銅と石炭か。使うかもしれないし、これも集めよう」

 

拠点の近くの岬からも見えた鉱物で、よく見ると銅と石炭のようだった。

ロロンドのメルキド録の解読はまだだが、いずれ使うことになるだろうとファレンはおおきづちを叩きつけていった。

大きな石と同様かなりの硬さがあったが、数回おおきづちで殴れば壊れる。

採掘をしてはファレンは崖を降りていき、地面に着いた頃には彼のポーチにはたくさんの鉱石が入っていた。

ファレンは崖を降りきると、人間がいるという小島に向かっていく。

小島に近づくと、ファレンには誰かが戦っている音が聞こえてきた。

 

「ん…誰が戦ってるんだろ?」

 

ロッシが言っていた人かもしれないと、ファレンは小島に走った。

すると、兵士のような帽子を被った男が2体の骸骨に襲われ、檜の棒で戦っているのが見えた。

兵士らしく男は骸骨に立ち向かっているが、なかなか倒せず反撃を受けて腕に傷を負っている。

 

「よくもオレたちに刃向かったな…!」

 

「その程度の力で、オレたちに勝てると思うな!」

 

「くっ…!まずいことになったね…」

 

あのままでは男は骸骨に斬り殺されてしまうかもしれないと、ファレンは男の元に近づいていく。

 

「助けないと…その男に手を出すな!僕が相手をするぞ!」

 

彼は声を張って骸骨にそう言って、おおきづちを構えた。

骸骨たちもファレンに気づいて、剣を持って近づいてくる。

 

「何だこの子供は…お前もオレたちの邪魔をするって言うのか?」

 

「それなら、まずお前から斬り殺してやる!」

 

「僕は大丈夫だから、早く逃げてくれ…!」

 

男はそう言うが、ファレンは逃げずに骸骨に立ち向かっていった。

町を守った時は棍棒を使っていたが、今はそれより強力なおおきづちを持っている。

油断こそしないものの、ファレンには負ける気がしなかった。

 

「大丈夫だよ。すぐにこいつらを倒すから、そこで待ってて!」

 

男にそう声をかけて、ファレンは骸骨におおきづちを叩きつけていく。

石をも砕くおおきづちの一撃は骸骨にも大きなダメージが入り、殴る度に骨にヒビが入っていた。

骸骨も2体同時に斬りかかってくるが、ファレンは双方がいないところに飛んだり、体勢を下げたりして回避していく。

体勢を下げた時には、ファレンは町での戦いの時のように足に攻撃を続けていった。

 

「すばしっこい奴め!いい加減観念しろ」

 

「お前を殺したら、そこの兵士も葬ってやる!」

 

骸骨はそう叫んでもいたが、足の骨が砕ける度に動きは乱れていく。

そうしたところでさらに、ファレンは横からの攻撃や足への打撃を続けていった。

骸骨の動きがさらに遅くなると、ファレンは骸骨の背後に回り、両腕でおおきづちを持つ。

そして、振り向かれる前に後頭部に向かって思い切り叩きつけた。

 

「人間のくせに…!」

 

強力な一撃を受けて、片方の骸骨はそう言って倒れ消えていく。

ファレンはもう片方の骸骨の後ろにも回り、もう一度おおきづちを叩きつけた。

もう片方の骸骨はその一撃は耐え抜いたが、大きく怯んで倒れ込む。

 

「耐え抜いても、これで最後だ…!」

 

そこでファレンはさらに背骨に向かって攻撃し、とどめをさした。

彼は骸骨たちを倒すと、傷を負っていた部分に手をあてて抑えている兵士に話しかける。

ファレンが骸骨を倒したのを、彼は驚きつつ見ていた。

 

「こっちは倒したけど、大丈夫か?」

 

「骸骨を倒せるなんてすごいじゃないか…僕なんて、檜の棒を拾って調子に乗って戦いを挑んだら、力尽きてこのザマさ…」

 

よく見ると、兵士の手には檜の棒が握られていた。

骸骨の骨はそこそこの硬さがあるので、檜の棒では敵わないだろう。

魔物に負けたことで、兵士はかなり気を落としていた。

 

「…君は強い武器を持ってて勝てたけど、人間が魔物に逆らうのは難しいみたいだね。その武器であっても安全とは限らない、お互いひっそり生きていこうじゃないか」

 

しかし、こうして魔物との戦いを諦めかけてはいるが、兵士だけあって町に連れていけば戦力となるだろう。

兵士はここを去ろうとしていたが、ファレンはそう思って彼に町に来るように誘った。

 

「待って。僕たちは旅の扉の先で町を作ってるんだけど、一緒に来ないか?仲間に言われて、君を探しに来たんだ」

 

「そうだったのか。うまく行くかは分からないけど、他にいく当てもない…そこに行ってみよう。僕の名はケッパーだ。これからよろしく」

 

ケッパーもロッシ同様にそこまで積極的ではないが、来てくれることは歓迎する。

彼はキメラの翼のことも知っているようで、ファレンにそのことを話した。

 

「ケッパーか。よろしくね」

 

「君がもしキメラの翼を持っているなら、使ってみるといいと思うぞ。あの崖を登るのは大変だからね。1度行った場所なら、その場所のことを考えて使えば戻れるはずだよ」

 

「じゃあ、そうするよ。僕も崖登りは好きじゃないし」

 

見知らぬ場所に飛んでいくことは出来ずとも、飛んで戻れるだけでも十分便利だ。

ファレンはが拠点のことを考えながらキメラの翼を掲げると二人の身体は空高く舞い上がっていき、メルキドの町へと戻っていった。



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1-11 不穏の始まりと囮作戦

キメラの翼で高く舞い上がったファレンとケッパーの身体は、拠点に向かってあっと言う間に飛んでいく。

 

「うわあ…!こんなに早いんだ!」

 

「僕も話には聞いてたけど、ここまでだとは思ってなかったよ…!」

 

ケッパーはこの素早さを心地よく感じてもいたが、ファレンは目をつむる。

2人が話しているうちに身体は拠点の上空へとたどり着き、今度は急降下していった。

 

「これって本当に大丈夫なのか…?」

 

「僕も流石に怖いけど、大丈夫なはずだよ…!」

 

最初は地面に叩きつけられたら死ぬような速度だったため、ケッパーも恐怖を感じていた。

しかし、地面が近づくとともに降下する速度は徐々に落ちていき、2人は痛み1つなく希望の旗の回りに着地する。

2人が舞い降りて来たのを見ると、ロロンドたちは辺りに駆け寄ってきた。

 

「おお!ロッシという男から聞いてはいたが、新たな仲間を連れてきたのだな!」

 

「その青い帽子かっこいいね!強くて頼りになりそうだよ」

 

ケッパーが被る帽子には2本の金色の角が生えており、ピリンはかっこよさを感じる。

ロロンドも彼を歓迎したが、ロッシはどこか気に食わなさそうに見ていた。

ケッパーはいきなり走って来たみんなに驚きつつも、あいさつをしていた。

 

「初めまして、君たちがこの町の仲間だね。僕はケッパー、メルキドの衛兵の子孫さ」

 

「衛兵の子孫か…それは頼もしいな。これからよろしくな、ケッパーよ」

 

先祖が立派な衛兵だったことを知り、ケッパーも兵士を目指して今の格好をしている。

骸骨の襲撃を受けて不安に陥っていたファレンとロロンドに、ケッパーは大きな希望だった。

 

「こっちこそ、よろしくな。でも、こんなに暖かい光に包まれた場所だなんて知らなかった。僕もここを気に入ったよ」

 

「そう言ってくれてありがとう!一緒に町を作っていこうね」

 

ケッパーも先ほどは仕方なく町に来ることにしていたが、今となってはすっかり気にいっていた。

町のことを褒められて、ピリンもファレンも嬉しくなっていた。

先ほど怪我を負ったケッパーは、休める場所が欲しいと言う。

 

「もちろんそうするさ。けど、僕はさっき骸骨に襲われて怪我をしてね。休める場所はないか?」

 

「それなら、こっちに来て!横になってゆっくり休めるよ」

 

ピリンはケッパーを寝室に案内して、中に入っていく。

彼は町の外をさまよっていた疲れもあり、ベッドで横になっていた。

 

「ケッパーとの物作りも楽しみだな。そのためにも、吾輩はメルキド録の解読に戻るぞ」

 

2人が寝室に戻った後は、ロロンドもメルキド録の解読に戻る。

まだ進まないのかとは思ったが、メルキド録の分厚さから考えて、仕方のないことなのかもしれない。

そう考えて、ファレンはおおきづちを使ってまた素材を集めに行こうとする。

 

「そう言えば、木も壊せるって言ってたよな」

 

石材や鉱石は集めたが、ファレンはまだ木の伐採を行っていなかった。

木材もこの先使うかもしれないと、ファレンは拠点近くの森に向かう。

しかしその前に、ロッシが気になることを言っているのを聞いた。

 

「…兵士っぽい格好をしてると思ったら、まさか衛兵の子孫だったとはな。だとしたら、また危険なのが来たな…」

 

ファレンたち3人は、衛兵の子孫であるケッパーは頼れる存在だと思っていた。

独り言ではあるがどうしても聞きたくなり、ファレンはロッシに近づく。

 

「どうしてそんなことを言うんだ?いい人だと思ったんだけど」

 

「聞いてたのか…人間が集まるとろくなことにならねえ。それが戦いたがりの奴なら尚更だ。…お前、どうして城塞都市だったメルキドが滅びたか知ってんのか?」

 

「ロロンドだって知らないんだし、僕が分かるわけないよ。君は知ってるのか?」

 

メルキドが滅びた理由については、ロロンドも調べている途中のことだ。

ロッシはまだ若いのに、自分たちの誰も知らない謎を知っているのかと、ファレンは不思議に思う。

しかし、ロッシは多くを語ろうとはしなかった。

 

「…1つ言っておく。これ以上、町を大きくしたり人を集めたりはしないことだな」

 

それだけ言うと、彼はファレンの前から去って町の中を歩いていく。

自分が気に入らないだけならともかく、せっかく町作りを楽しんでいる自分たちにもそう言われ、ファレンは少し不快に思う。

しかし、全くの嘘とも思えなかったので、ファレンは心の隅に留めておいた。

 

「よく分からない話だったな。…まあ、とりあえずは、木を集めに行こう」

 

あのように言われたが、ファレンは町作りを止める気はなかった。

新たな物作りのため、彼は木材を集めに近くの森林を目指して歩く。

森の中に入ると、ファレンは葉が生い茂っている木の幹をおおきづちで何度か叩いていった。

おおきづちの打撃を受ける度に、木の表面にはだんだんヒビが入っていく。

そして、4度くらい攻撃した時、木は砕けて3つのブロックに変わった。

 

「やっぱり木も壊せるんだな…森は広いし、たくさん集めよう」

 

集められる素材が本当に多くなったと、ファレンは改めて実感する。

彼は3つのブロックをポーチにしまうと、森の中の他の木も壊していった。

木は様々な大きさがあり、木の大きさによって手に入るブロックの数も変わる。

若木からは2個、大木からは4個のブロックを集めることが出来た。

木のブロックが30個くらい集まると、ファレンは町の中に戻っていく。

町の中に戻ってくると、ロロンドが彼を待っていた。

 

「おお、待っておったぞ。おおきづちを使って素材を集めに行くとは、お主も頑張っておるな」

 

「うん、今は町の近くから木を集めていたんだ。ロロンド、もしかしてメルキド録の解読が進んだのか?」

 

ファレンがロッシと話し、木材を集めている間にも、ロロンドは1人黙々とメルキド録の解読を進めていた。

 

「そうなのだ。最近手に入る素材の量も増え、お主のポーチや収納箱も一杯になっては来ておらぬか?」

 

「ポーチは確かに一杯だけど、収納箱はまだ余裕だよ。でも、この先足りなくなることもあるかもね」

 

ロロンドは最近はメルキド録の解読に明け暮れているので、収納箱の容量を確かめることはなかった。

ファレンのポーチは鉱石や木材でいっぱいになって来たが、ピリンが2つ目を作ってくれたこともあり作業部屋の収納箱はまだ空いている。

しかし、この先それらも一杯になるだろうと考えると、その度に新しく作らなくて良くなるのは便利だと思った。

 

「吾輩もそう思うぞ。そこで吾輩は、お主にはメルキド録に記されていた、大倉庫なる物の作り方を教えようと思う。大倉庫は木で出来た巨大な収納箱に、毛皮の袋とツボをつけたものでな、凄まじいまでの容量を誇っているのだ。この先どれだけの人数で素材集めに行こうと、そう簡単には一杯にならぬぞ」

 

「今は使わなくても、後に備えるのも大事だよね。分かった、今から作ってくるよ。詳しい作り方を教えて」

 

今メルキドの町に住んでいるのは5人だが、この先さらに増えることになる。

そうなれば素材集めの速度も上がるので、その時のためにも作っておこうとファレンは思った。

一度大倉庫を作れば、その後は当分新たな物を用意しなくて良い。

ファレンが頷くと、ロロンドは大倉庫の作り方を細かく教えていった。

木材は先ほどの集めて来たものがあり、ツボの作り方も知っている。

しかし、困ったこともあるとロロンドは言っていた。

 

「しかし、問題は毛皮の袋だな。毛皮はおおきづちのような魔物が持つのだが、おおきづちは人間の仲間。素材のためとは言え、仲間は裏切れん」

 

毛皮の袋は、他の素材で代用することをファレンは考える。

しかし、彼はおおきづちの長老から離反した、ブラウニーたちの存在も思い出した。

 

「それなら、ブラウニーと戦ったらいいんじゃないか?ブラウニーはおおきづちたちから離反した存在だから、倒せばおおきづちたちを救うことにもなるはずだよ」

 

「ブラウニー…そのような存在がおったのか。ならば、そやつらを倒してくると良い」

 

ブラウニーの勢力がどのくらいかは分からないが、いずれ人間とおおきづちの双方の脅威になるかもしれない。

 

「それじゃあ、行ってくるよ。出来たら町の中に置いてみるね」

 

大倉庫はかなりの大きさがあるので、今ある部屋に置くのは難しい。

ファレンは部屋の改装も必要だと思いながら、ブラウニーの住む山岳地帯へ向かっていった。

旅の扉を抜けると、まずはブラウニーの住んでいる場所に向かうためにおおきづちの里に入る。

ブラウニーは里の向こう側にいるので、案内所の隣を抜け、ラグナーダの家の近くも過ぎた。

その間、ファレンの姿を見たおおきづちたちが話をしているのが聞こえた。

 

「あれがこの前長老が言ってた人間か」

 

「今日は何しに来てるんだろ」

 

あの後ラグナーダは、ファレンのことを里のみんなにも伝えていた。

人間に友好的なおおきづちたちは、彼を歓迎の目で見つめている。

里のみんなのためにもブラウニーを倒そうと、ファレンは進んでいった。

そうしていると、彼の姿を見た1体のおおきづちが話しかけてくる。

 

「君、また来てくれたんだね。これから何しに行くの?」

 

「君はフレイユか。君たちの中にブラウニーっていう離反者がいるって言ってたでしょ?素材集めのためにも、倒しに行こうとしてるんだ」

 

フレイユとは一度会話しているので、今日も話しかけてくれたようだ。

ファレンがブラウニーのことを話すと、彼女は1つ相談したいことがあると言う。

 

「それだったら、1つ助けてもらいたいことがあってね。こっちについて来て」

 

フレイユが走っていく方向を見ると、そこには土や岩の影に隠れた十数体のおおきづちがいた。

おおきづちの中には、頭の毛皮に切れ目が入っている勇ましい目つきの者もいた。

そのおおきづちは、ファレンとフレイユの姿を見ると話しかけてくる。

 

「おお。人間も助けてくれることになったのか。協力感謝するぞ、ファレン…だったかな」

 

ラグナーダはおおきづちのみんなにファレンの名を伝えていたが、この彼はまだうろ覚えだった。

 

「うん、僕はファレンだ。あなたは?」

 

「俺はポルド。おおきづちの里の兵士長をやっているんだ」

 

ここに集まっているおおきづちたちは、みな里の兵士たちだ。

フレイユも兵士だったことを知り、ファレンは少し驚いた。

ポルドは、岩の影から少し顔を出して、ファレンに話す。

 

「よろしくね、ポルド。それで、ここで何をしているんだ?」

 

「あそこにブラウニーの群れが見えるか?あいつらが、俺たちの里を襲おうとしてるみてえなんだ」

 

「里にはたくさんの戦えないおおきづちもいるからね。ブラウニーが彼らの元に行く前に、こちらから出向こうって考えてるの」

 

ポルドの目線の先には、確かに10体くらいのブラウニーがおり、武器を構えておおきづちの里を睨んでいるのが見えた。

フレイユの言う通り、おおきづちは皆ハンマーを持っているものの、大きな力を持たない非戦闘員たちもいる。

彼らがブラウニーに狙われたら、そう長くは持たないだろう。

ファレンもそう思い、ポルドたちの計画に賛成した。

 

「そうなのか。確かに犠牲は出したくないし、早めに片付けないとな」

 

「ああ。俺は里のみんなだけじゃなく、兵士たちの犠牲も出したくない。そこで俺は、1つ作戦を仕掛けることにした」

 

「前にも里が襲われたんだけど、その時には兵士も里のおおきづちも多くが死んでいったよ。今日は、もうそんなことにはなって欲しくないからね」

 

以前からもあまり頻度は高くないものの、ラグナーダやおおきづちたちの命を狙って、ブラウニーが襲撃をしかけていた。

その度に犠牲を出していたおおきづちの里は、今日こそ誰も死なせまいと作戦を考えていた。

ポルドは、ファレンにも詳しい作戦内容を話し始める。

 

「ブラウニーどもの前に、俺たちが囮になて出ていく。そこでブラウニーの注意を引き付けている間にお前たちはこの山の地形を生かして隠れ、奴らの背後にまわる。そこでブラウニーの頭に、おおきづちを思い切り叩きつけてやるんだ」

 

「なるほどな。でも、ポルドたちは大丈夫なのか?」

 

囮と戦っているうちに背後から叩き潰せば、確かにブラウニーを倒せるだろう。

しかし、少人数で10体を相手にするのは危険ではないかと、ファレンはポルドを心配した。

そういう彼に、フレイユは問題なさそうに話した。

 

「ポルド隊長はすごく強いから大丈夫だよ。心配しなくても、必ず生き残ってくれる」

 

「ああ、俺と一緒に囮になる者たちも、里でも屈指の精鋭だ。お前らも、問題ないよな」

 

ポルドに対して、一緒に囮になる2体のおおきづちは頷く。

ファレンに対して作戦を話し終えると、いよいよポルドたちは囮として出ていった。

 

「じゃあ、そろそろ俺たちは向かう。そっちも頑張れよ、ファレン」

 

彼らは大きなハンマーを構え、里を狙っているブラウニーの前に飛び出していく。

 

「お前たち、よくも俺たちの里を襲おうとしたな!」

 

「ボクたちがぶっ倒してやる」

 

「これ以上先に入ってくるな!」

 

ブラウニーたちもポルドたちを見つけると、ハンマーを振り上げて襲いかかってきた。

 

「そんなところに隠れていやがったか…随分少数で来たもんだな!」

 

「犠牲は最小限に済ませたいってか…でも、お前たちを倒したら、ラグナーダもぶっ殺してやる!」

 

ブラウニーたちは人間に味方するという考えに賛同出来ず離反したので、もうラグナーダのことを長老とは呼ばない。

彼を長老の座から引きずり下ろそうと、ブラウニーたちは襲撃をしかけて来ていた。

ポルドたちはブラウニーに近づくと、彼らの攻撃を回避して側面から反撃する。

ファレンは身体の半分以上の大きさを持つハンマーを軽々と扱うポルドに見惚れそうになるが、フレイユに話しかけられて自分に任された行動に入っていく。

 

「私たちはこの間に、ブラウニーの後ろに回っていくよ。見つからないように気をつけてね」

 

「分かってる、一緒に行こう」

 

ブラウニーたちはポルドたちとの戦いに集中はしているものの、視界に入れば流石に気付かれてしまう。

ファレンとフレイユを先頭に、おおきづちたちは慎重に動いていった。

しかし、おおきづちの里のある山岳地帯は高低差が激しい上に、そこら中に大きな石が落ちているので、ブラウニーの視界から外れることはそう難しくはない。

崖の近くも歩いていきながら、ファレンたちはブラウニーの背後に忍びよっていく。

真後ろにまで行くと、彼らは一斉にハンマーを振り上げていった。

 

「なかなかの強さだが、この数にはどうしようも出来まい!」

 

ポルドたちはブラウニーに囲まれ、懸命に戦ってはいるものの何ヶ所か攻撃を受けていた。

しかし、それでも倒れることなく、ブラウニーに確実に反撃を与えていく。

力も強いポルドは、ブラウニーの持つハンマーを弾き落としてもいた。

ファレンは彼らを援護するために、一気に近づいていく。

フレイユたちもそれに続いて、ブラウニーたちを背後から攻撃しにいった。

みんな両腕に力を溜めて、彼らの後頭部に思い切りハンマーを叩きつける。

 

「よくやった!作戦成功だぞ!」

 

ブラウニーたちは背後から突然の打撃を受けて、怯んで動けなくなる。

だが、まだ倒れてはいないのでポルドはそう叫ぶと彼らにさらに攻撃を続けていった。

ポルドはハンマーを握って一回転し、周囲を薙ぎ払う一撃も放つ。

そうしてさらなるダメージを与えられたブラウニーに、ファレンたちも追撃していった。

 

「おのれ…!まさかこんな作戦を考えていたとは…!」

 

全員の追撃によって数体のブラウニーは倒れたが、残りのブラウニーは起き上がって再びハンマーを構える。

このまま押し切ろうと、おおきづちたちは彼らを取り囲みに行った。

ファレンとフレイユは同じブラウニーを囲み、それぞれ攻撃を避けつつおおきづちを叩きつけていく。

 

「もう少しで倒せるね。最後まで油断せずに決めるよ!」

 

「うん、行くよ!」

 

フレイユがブラウニーの攻撃をかわしたところで大きな一撃を放ちもう一度怯ませる。

そこでファレンが最後の攻撃を与え、ブラウニーにとどめをさした。

ポルドたちや他の兵士も、少しの傷を負うものがいたが死者は出ず、無事に彼らを倒すことが出来ていた。

ブラウニーが倒れたところには、ファレンが求めていた毛皮も落ちている。

戦いが終わると、ポルドはファレンたちに話しかけて来た。

 

「これで全部だな。里を事前に守れた…本当に助かったぞ、みんな、ファレン」

 

おおきづちたちは、ファレンたちにとっても大切な仲間となる。

こちらも手助けが出来て良かったと、ファレンは喜んでいた。

 

「こっちこそ、役に立てて良かったよ。そうだ、ブラウニーの毛皮を使いたいんだけど、持って行ってもいいか?」

 

「もちろんいいぜ。俺たちおおきづちは、物作りは苦手だからな」

 

「ファレンたちの町に、存分に役立ててね」

 

ポルドとフレイユにそう言われ、ファレンはポーチの中に毛皮をしまっていった。

毛皮が手に入ると、ロロンドの待つメルキドの町に戻ろうとする。

 

「ありがとう。町の人が待ってるから、そろそろ僕は戻るよ」

 

「またいつでも来てくれよな」

 

「待ってるからね、ファレン」

 

ポルドたちにそう告げると、ファレンは歩いて旅の扉に向かっていった。



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1-12 巨大倉庫と金属炉

ファレンがメルキドの町に戻ってくると、ロロンドはいつものようにメルキド録の解読を進めている。

早く大倉庫を作って彼に見せようと、ファレンは作業部屋の中に入っていった。

作業部屋の中では、ピリンとロッシがわらの扉を作っているのが見えた。

 

「おかえり、ファレン!どこ行ってたの?」

 

「おおきづちたちを守るためにブラウニーと戦ってたんだ。わらの扉を作ってるってことは、また何か部屋を作るのか?」

 

ファレンがそう聞くと、ピリンは首を横に振った。

 

「ううん。今はそのつもりじゃないけど、近いうちにまた新しいものを作ると思って。ついでに、ロッシに物作りを教えてあげてたの」

 

「オレは物作りなんて興味がねえんだけど、この子が言うから断れなくてな…」

 

ロッシは断ろうともしていたが、ピリンに何度も誘われて仕方なく作り始めた。

2人が作っているわらの扉をよく見ると、物作りの力を手に入れたばかりの人らしくいくつか失敗したような場所も見かけられる。

ロッシは今は仕方なくでも、いつか物作りの楽しさを分かってくれたらいいなと、ファレンは思っていた。

 

「それで、ファレンは何を作りに来たの?」

 

「ロロンドに頼まれて大倉庫を作りに来たんだ。それがあれば、たくさんの素材を集めても一杯にならない」

 

「大きい収納箱って感じなんだね。便利そうだし、私にも手伝えることはあるかな?」

 

ファレンは最初、ピリンたちには大倉庫につけるツボ作りを頼もうと思っていたが、今の町の中には大倉庫が置ける部屋がないことを思い出す。

そこで、大倉庫が近くにあれば物作りの時便利なので、作業部屋を改築して置けるスペースを作るように頼んだ。

 

「それなら、ピリンたちはこの作業部屋を大きくして、大倉庫を置けるようにして。だいたい、その辺りに新しい壁を作ってね」

 

「近くにあったら、作業の時便利だもんね!ロッシも一緒にやるよ」

 

「オレは物作りに興味がないって言ったろ…」

 

ファレンは指をさして、新しい壁を作って欲しいところを伝える。 

ロッシはまた断ろうとしていたが、ピリンは何度でも言って一緒に作業させた。

 

「作ってるうちに、きっとロッシにも分かるはずだよ。さあ、この檜の棒を持って!」

 

「仕方ねえなあ…全く」

 

ピリンはまだ子供なので戦うことは出来ないが、檜の棒を振ることくらいは出来ていた。

彼女は自作した2本の檜の棒を取り出し、ロッシに手渡す。

ロッシも押しに弱いのか、檜の棒を受け取ってピリンと一緒に作業し始めていった。

 

「こっちの壁を壊して作業部屋を作り直すね。ファレンも頑張って!」

 

ピリンとロッシは檜の棒を振って、部屋の増築のために作業台の右の方の壁を壊していく。

ピリンの力ではなかなか土にヒビは入らなかったが、何度か叩くと壊れて小さなブロックと化していった。

ロッシもピリンを真似して檜の棒を振り、少しずつ土を壊す。

ファレンは増築作業の間に、大倉庫作りを進めていった。

まずは先ほど手に入れたブラウニーの毛皮を作り、袋を作っていく。

袋は大倉庫本体よりは小さいが、いくらかの素材は入りそうだった。

いくつかの毛皮を切り出し、繋ぎ合わせて袋の形にしていく。

 

「おい、お主たち。何をやっておるのだ?」

 

袋作りの途中、ピリンたちの作業の音を聞いてロロンドもやって来た。

 

「僕が大倉庫を作っている間に、ピリンたちに作業部屋を大きくして貰ってるんだ」

 

「おお、そうであったか!ならば、吾輩にも手伝わせてくれぬか。大倉庫の完成は、吾輩も楽しみだからな」

 

戦いの傷を癒すために眠っているケッパーを除いて、これで作業部屋にはメルキドの全員が集まる。

ロロンドはピリンたちを手伝おうとしているようだが、2人でも増築作業は順調に進んでおり、ファレンはツボ作りを頼んだ。

 

「ロロンドはツボ作りをしてくれると嬉しいな。ツボをつくためには青い油がいるけど、ロロンドなら集められるでしょ」

 

「では、吾輩はそうさせてもらうぞ。うまく出来るかは分からぬが、楽しみにしておれ。その辺のスライムを倒してすぐに集めて来るぞ」

 

ロロンドは、拠点の周りにいるスライムを倒しにおおきづちを持って出ていく。

その間、ファレンは作業台の左半分を使って毛皮の袋の続きを作っていった。

ピリンたちは今までの壁を壊し終わり、今度は土を置いて新しい壁を作っていく。

ロロンドが戻ってくる頃には、2人は作業部屋の壁を完成させていた。

 

「ファレン、新しい作業部屋の壁が出来たよ!」

 

「こっちも青い油を集めて来たぞ!次からも使えるように、いくつか持ってきた」

 

「みんなありがとう、このまま大倉庫を完成させるぞ」

 

ロロンドは5個くらい集めた青い油を、1個だけ手元に残し残りは収納箱にしまう。

そうすると、ロロンドは土を取り出して青い油を塗っていき、ツボの形を作るためにこねていった。 

ロロンドがツボを作るのは初めてだが、ファレンが作ったものの形を思い出してそれを真似する。

形が崩れてしまわないように、彼は慎重に扱っていた。

 

「私たちは手が空いたけど、他に手伝えることはない?」

 

「じゃあ、大倉庫には木材も使うから、2人はそれを加工していて」

 

作業部屋の増築が終わったピリンたちに、次はファレンは木材の加工を頼んだ。

森で手に入れた木材をポーチから取り出すと、ロロンドの言っていた大倉庫の作り方を思い出しながら、どのような形にするのかを教えていく。

2人に木材の加工を教えると、彼は毛皮は袋作りを進めていく。

毛皮の袋を作るのは初めてだったが、特に困ることもなく完成させることが出来た。

袋が出来ると、ファレンはピリンたちと一緒に木材を加工していく。

 

「こっちの袋は出来たから、僕も木材の加工を手伝うよ」

 

「もう残り少しだけど、助かるよ」

 

ファレンが手伝い始めた時にはピリンとロッシは既に多くの木材の加工を終えており、彼が加わることによってさらに作業のスピードが上がっていった。

木材8個分というかなりの作業量であったが、3人でかかればあまり時間はかからない。

ロロンドがツボを完成させる前に、大倉庫に必要な木材の加工は終わっていた。

 

「これで木材は全部作り終わったかな。ロロンド、そっちはどうだ?」

 

「ツボが固まるまで、もう少し待っておらねばならぬ。先に大倉庫を組み立てていてくれ」

 

「そうしておくよ。ファレン、ロッシ、早く組み立てよう」

 

ロロンドはツボの形を作り上げて焚き火で焼いているが、まだ固まってはいなかった。

ピリンがそう返事をすると、ファレンたちも立ち上がって、作業部屋の新しく増設した場所で大倉庫を組み立てていく。

加工した木材をファレンの指示で順番に組み立てていき、大きな収納箱の形を作っていった。

普通の収納箱の10倍以上も容量があると思われる大きさだが、これも3人ですれば時間はかからなかった。

ファレンが皮の袋を取り付けると、ピリンはツボの完成を待ちながら話す。

 

「これで後はツボだけだね。木材を使うのは難しかったけど、それでも楽しかった」

 

「うん。これで素材集めをしやすくなるし、本当に良かったよ」

 

ファレンとピリンが楽しそうにそう言っていると、ロッシもゆっくり口を開いた。

 

「…オレも、悪くはねえと思ったぜ…」

 

「そうでしょ。これからも、いろいろな物を作って行こうね」

 

「…これくらいの物なら、まだ大丈夫そうだしな。分かった、またやってみるよ」

 

今まで興味がないと言っていたからか、ロッシは恥ずかしそうに言う。

最初はどうなるかとも思っていたが、ロッシも物作りに加わってくれそうでファレンは嬉しかった。

そう話しているうちに、ロロンドがツボを完成させる。

 

「お主たち、ついにツボが出来たぞ!ファレンよ、これを大倉庫に取り付けてやってくれ」

 

「作ってくれて助かったよ、ロロンド」

 

ファレンはロロンドにそう言うと、袋作りの時に余った毛皮を使って作ったひもをツボに巻き付けて、大倉庫と縛り付けていった。

こうして大倉庫が完成すると、みんな喜びの声を上げていく。

 

「よし、これで出来上がりだね」

 

「おお、よくやったな!大分時間はかかったが、これで当分の間素材が一杯になることはないな」

 

「これからの素材集めが捗りそうだね。楽しみだよ!」

 

「物が完成した時って、嬉しいもんだな」

 

今は収納箱の容量もまだあるが、足りなくなったら大倉庫に入れようとファレンは思った。

大倉庫が出来ると、ロロンドは早く新たな町作りの手がかりが欲しいのか、またメルキド録を読みに行った。

 

「では、吾輩はさらなる町作りの手がかりを求めて、メルキド録の解読を進めようと思う。またいろいろな物を作って、続報を待っていると良い」

 

「そうしてるね。わらの扉作りの続きをするよ、ロッシ」

 

「ああ、分かったよ」

 

ピリンに言われて、ロッシもわらの扉作りに戻っていく。

彼の顔は、先ほどより少し明るくなっているようにファレンには見えた。

ファレンはそんなみんなの様子を見ながら、仲間が増えた分食料も必要になると思い、またキノコを焼くために料理に向かっていった。

 

「じゃあ、僕はみんなのためにキノコを焼きに行ってくるよ」

 

料理部屋に入ると、ファレンは収納箱に入っているキノコを取り出して焼いていく。

5人もいるのでいくつか焼かなければいけないと思い、1つ焼いては収納箱にしまうのを繰り返していき、かなりの時間が過ぎていた。

十分な数が出来るとファレンはそのうちの1個を食べてから、しばらく料理部屋の中で休む。

そうしていると、目が覚めたケッパーが中に入ってきて、ファレンに話しかけた。

 

「ここにいたのか、ファレン。ピリンから聞いたよ…君は物作りの力を持った伝説のビルダーなんだって?」

 

「ケッパーも知ってたのか。ロロンドから聞いて初めて知ったけど、そうらしいんだ」

 

ビルダーの伝説を知っていたのは、今のところロロンドとラグナーダだけだった。

ケッパーも知っていたことが分かり、ファレンは少し驚く。

ケッパーは、メルキドの町作りに役立つために1つ提案をしてきた。

 

「そのビルダーの力を使って、1つ頼みたいことがある。僕は金属を加工するための炉と金床の作り方を聞いたことがあるんだけど、それを作って欲しいんだ。炉を使って銅を溶かし金床で銅の剣を作れば、多くの魔物を倒せるようになるはずだよ」

 

ファレンは今まで銅や石炭をたくさん手に入れて来たが、その使い方が分からなかった。

金属製の剣が出来れば、今の木製武器より大きなダメージを与えられるだろう。

ファレンはそう思い、食事をして休んだ後でもあるので、今から炉と金床を作りに行こうとする。

 

「確かに金属で武器が作れたら強そうだよね。作り方を教えてくれたら、今から作りに行くよ」

 

ファレンはケッパーの言う炉と金床の作り方を集中して聞き、必要な素材も頭の中で確認していた。

彼は炉だけでなく、その後の銅の剣の作り方についても教える。

ケッパーは作り方を話すだけでなく、何か作業を手伝いたいとも言った。

 

「僕はまだ町に来たばかりで大したことは出来ないけど、何か手伝えることはあるか?ロロンドから聞いたよ…僕が寝ている間に、みんなで大倉庫を作ってたって。僕だけ何もしないなんて申し訳ないからね」

 

作業部屋には先ほどの増築で大倉庫は置けたが、炉と金床を置くスペースはもうない。

しかし、近くに収納箱があることを考えると作業部屋の中に置いた方がいいだろう。

ブロックを壊したり置いたりする作業ならケッパーにも出来そうだとも思い、ファレンはそれを頼んだ。

 

「じゃあ、ケッパーは作業部屋を大きくして、炉と金床を置ける場所を作って。その時は…あっちの方の壁を壊して」

 

「そのくらいなら、僕にも出来る気がするさ。君が炉を作っている間に作業を進めておくぞ」

 

ファレンは料理部屋を出て、今度は大倉庫が置いてある場所と反対の、作業部屋の左の壁を指さす。

それから、彼は歩いて作業部屋に入り、炉と金床を作っていった。

ピリンとロッシはどこかに出かけているのか、中には姿が見当たらない。

まずは山岳地帯で手に入れた石を使い、剣を打つための金床を作っていく。

硬い石を削るのには時間がかかるので、ファレンはおおきづちでやりやすい大きさにしてから削っていった。

ケッパーはその間、檜の棒を使って作業部屋の左の壁を壊していく。

ケッパーはピリンたちより力が強いので、すぐに土ブロックを破壊出来た。

石を砕く音や土を壊す音、メルキドの町中に大きな音が響き渡り、再びロロンドが作業部屋に駆け寄ってくる。

 

「やけに大きな音がすると思ったが、何を作っておるのだ?」

 

「金属を加工するための炉を作ってるんだ。これが出来れば銅の剣が作れるようになって、魔物と戦いやすくなるはずだよ」

 

町が骸骨に襲われた時のロロンドたちの不安も、これでだんだん小さくなっていく。

早く新しい武器を手に入れたいと、ロロンドもまた手伝おうとしていた。

 

「それはまた役立ちそうな物だな。吾輩も銅の剣は欲しいからな、手伝わせてもらうぞ」

 

「じゃあ、ロロンドは炉を作るために石材を細かく砕いて削って。その先は、作業しながら説明していくよ」

 

ファレンが金床を作っている間、ロロンドには炉の部分を作ってもらうことにする。

炉はケッパーの話によると、細かく砕いた石材を溶けた銅で繋ぎ合わせて半球の形にし、その中で金属を熱するという物だ。

炉の外側は内部よりは温度が低くなるので、繋ぎのための銅が溶けるということはない。

ロロンドが石材をおおきづちで砕いていくと、ファレンは繋げられるような形にするため、削り方の指示を出していった。

ケッパーも壁を壊す作業が終わると、土を置いて新しい壁を作っていく。

3人で役割を分担すると、炉のある作業部屋もだんだん完成が近づいていった。

ファレンは金床を作っている途中、ピリンたちのことについても聞く。

 

「そう言えばピリンたちがいないけど、どこに行ってるんだ?」

 

「食材集めや素材集めに向かったのだ。夜までには戻ってくるから、心配はいらぬぞ」

 

ピリンはロッシに物作りだけでなく、素材集めについても教えていた。

ファレンは2人の帰りも待ちながら、炉と金床作りを進めていく。

先にケッパーは新しい壁を作り終え、物作りに慣れてきている2人を見ていた。

ファレンは金床が出来ると、ロロンドが石材を削り終える前に銅を溶かすために焚き火に石炭を入れていく。

石炭を入れると焚き火の火力は大きく上がり、距離を置いてもかなりの熱が感じられた。

しかし、銅が溶けるようになるにはなかなか時間がかかり、炉が出来れば素早くたくさんの金属が加工出来ると、ファレンは楽しみにしていた。

しばらく待って銅が溶けると、ファレンはそれを余った石材の先端につけて、ロロンドが作った石の破片を繋ぎ合わせていく。

ロロンドが全ての石材を削り終えると、ファレンたちは2人で炉を作っていった。

炉が出来ると、最後にファレンは中に石炭を2つ入れて、火をつけた。

 

「これで炉の中に火がついたことだ、銅を使った武器が作れるようになったな」

 

「うん。なかなか熱いし時間もかかったけど、強い魔物が来てもうまく戦えそうだね」

 

「僕は部屋作りしか出来なかったけど、完成させてくれてありがとう。後ろから見てて、物作りを学べた気もするよ」

 

炉の中は焚き火より熱がこもりやすく、金属も短時間で溶かすことが出来る。

炉を作るのにはかなり時間がかかり、空は赤色がかって来ていた。

2人の今日の物作りを見て、これからは自分もやってみようとケッパーは思う。

炉が出来上がった後は、ファレンは銅の剣を作り始めようとする。

 

「それなら良かったね、ケッパー。じゃあ、せっかく炉が出来たところだし、僕はケッパーの言ってた銅の剣を作ってみるよ」

 

「武器の作り方は吾輩も分からぬから、後ろで見ておるぞ。お主が作ったら、吾輩も真似してみよう」

 

「僕もそうするよ。衛兵として、武器作りには興味があったからね」

 

ファレンが作った後は、ロロンドとケッパーも自分で武器を作ろうとしていた。

ファレンはまずポーチから新しい銅を取り出し、それを炉を使って溶かしていく。

 

「そうなんだ。僕もうまく作れるかは分からないけど、手本になるよう頑張るよ」

 

銅が溶けるとファレンはそれを隣の金床に移して、固まりかかった所で作業台の上にある石の工具を使って剣の形にしていった。

先に持ち手の部分を作り、それから刃の部分を作っていく。

刃の部分は切れ味を鋭くなおかつ折れにくくするために、ファレンは慎重に銅を打っていった。

望んでいる形になると、ファレンは打つのをやめて冷えるのを待つ。

銅の剣が冷え切ると、ファレンはさっそくそれを腕で持ってみた。

 

「これで完成だね。どうかな、うまく出来てるか?」

 

「僕が聞いたことがある物とは少し違うけど、初めてにしてはすごいと思うぞ」

 

「これが金属製の剣か…なかなか鋭く強そうではないか!吾輩もお主を真似して作ってみるぞ」

 

金属製なので木でできた武器よりは重かったが、それでも振りやすい物だった。

ケッパーに褒められて、ファレンは嬉しく感じる。

ロロンドはそう言うと、ファレンを真似して自分の分の銅の剣も作りに行った。

 

「ロロンドも強い銅の剣が出来るといいな。僕は疲れたし、寝室に戻って休んでるよ」

 

炉と金床、銅の剣を作ったことで、1度休んだファレンも再び疲れを感じる。

早めに身体を休めようと思い、彼は一日で一気に大きくなった作業部屋を後にして、寝室に休みにいった。

寝室に戻る途中、彼はメルキドの町に戻ってきたピリンを見る。

 

「ピリン、大分遅かったけど戻って来たんだね。何を集めに行っていたんだ?」

 

「たくさんの丈夫な草を教えに取りに行ってたんだ。何に使うかは内緒だけど、作った時に教えるね」

 

「オレも何度か聞いてみたんだけどな、教えてくれねえんだ」

 

一緒に素材集めに言っていたロッシは困った顔をしてそう言った。

ファレンも気になったが、きっと驚かせようとしてくれているのだと思い、それ以上は聞かないことにする。

それから、彼は作業部屋でのことを知らない2人に、炉と金床のことについて話しておいた。

 

「そうだったんだ…僕たちはケッパーの提案で金属を加工するための炉を作ってたよ。これで金属を使う武器が作れるようになったんだ」

 

「それじゃあ、怖い魔物が来ても町を守れるってことだね。この町が壊されちゃうのは嫌だし、私も嬉しいよ!」

 

新たな武器が手に入ったことで、ピリンは素直に喜びを表してくれる。

その一方、ロッシは何故か不安げな表情をしていた。

彼はしばらく考えこんだ後、またいつもの表情に戻っていく。

 

「…いや、まだ大丈夫か」

 

「どうしたの、ロッシ?」

 

「なんでもないぜ、気にしないでくれ」

 

ロッシが一瞬不安げな表情を見せた理由は、ファレンにもピリンにも分からなかった。

ロッシが戦えるかどうかは、ファレンはまだ聞いていない。

銅の剣が出来たところで、彼にもそのことを聞いてみた。

 

「そうか…そう言えば、ロッシって戦えるのか?銅の剣が作れるようになったし、良かったらロッシにも作るよ」

 

「いや、武器を握って戦うなんてオレには出来ねえよ…」

 

自分と同じで魔物と戦うのが怖いのだと、それを聞いていたピリンは解釈する。

しかし、先ほどからのロッシの変わった言動を見て、他にも理由があるのではないかとファレンは勘ぐった。

だが、流石に考えすぎだとも思い、彼は特には聞かなかった。

ロッシへの質問が終わると、ファレンは寝室へと戻りに行く。

 

「それなら、無理に戦わせはしないよ。僕は部屋で休んでるから、2人もゆっくり休んでて」

 

寝室に戻ったファレンはベッドに横になり、そのまま眠りについていった。



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1-13 おおきづちの里

作業部屋を改装した翌日、今回は不思議な夢を見ることもなく、ファレンはベッドで目を覚ます。

隣ではピリンたちがまだ寝ており、ロロンドだけが既に起きていて姿がなかった。

ファレンが部屋の外に出ると、ロロンドがまたメルキド録の解読を進めているのが見える。

また新たな情報はないかと、ファレンはロロンドに聞いてみた。

 

「おはよう、ロロンド。朝から読んでるみたいだけど、新しいことは分かった?」

 

「おお、ファレンか。残念だが、大倉庫以来何も分かっておらぬ。まだ時間がかかるから、お主は好きな物を作っていると良い」

 

ロロンドも早起きして解読はしているが、流石に一日で新たな情報を得ることは出来ない。

一日で数十ページを読み進めているものの、メルキド録の膨大な長さ故に重要な情報が書かれている所まではたどり着かなかった。

ファレンはそれを聞き、今日は自分で新たな道具を考えてみようと思う。

 

「それなら、今日は僕はいろんな道具の作り方を考えてるよ」

 

「そうしてくれると助かるぞ。何か分かったら、お主にも伝えよう」

 

ファレンも自分の力で新しい物を考えるのはあまり経験がない。

おおきづちたちと交流しながら、ゆっくりと考えていこうと彼は思った。

ファレンが出かける前に、ロロンドは昨日作った銅の剣も見せてくる。

 

「そうであった。昨日お主は先に寝てしまったから見せられなかったが、これが吾輩の作った銅の剣だ。うまく出来てると思うか?」

 

ロロンドの持つ銅の剣は、所々歪んだような形をしている部分もあったが、十分戦闘で使えそうな形だった。

ファレンが最初に作った物にも、劣らない出来栄えをしている。

 

「結構いい剣だと思うよ。これなら、骸骨くらいすぐに倒せそう」

 

「そう言われると嬉しいぞ。少し失敗したから気になっていたが、これで安心だ」

 

ロロンドは銅の剣を褒められると、嬉しそうにそう言った。

それから銅の剣を地面に置いて、再びメルキド録を開く。

 

「じゃあ、僕は新しい物を考えながらおおきづちの里に行ってくるよ。何か思いついたらこの町にも作ってみるね」

 

ファレンもロロンドにそう告げて、山岳地帯に入るために旅の扉に向かった。

旅の扉を抜けると、まずは彼は案内所にいるラソルの元に行く。

里には様々なおおきづちが住んでいるが、物作りの発想を得るため、面白いことを知っているおおきづちがいないか聞こうとしてのことだった。

案内所に入ってきたファレンの姿を見ると、ラソルはまた嬉しそうに話しかけて来る。

 

「おお、今日は朝っぱらから来てくれたんだな。ファレン、今日は何しに来たんだ?」

 

「物作りの手がかりがなかなか得られなくてね、何か変わったことを知っているおおきづちを探してるんだ。ラソルなら、何か知ってるんじゃないかって思ってね」

 

ラソルはしばらく考えこんだ後、おおきづちの里にある窪地のことを話した。

 

「…オレたちおおきづちは普通この山の上に住んでるんだが、たまに里にある窪地の中に住んでる奴らもいるんだ。そいつらは奇妙な趣味を持ってるらしくてな、話してみるといいかもしれないぜ」

 

おおきづちの里を歩いている時、ファレンは確かにいくつか空いた窪地を見つけていた。

なぜそのような地形になったかは分からないが、崖になっている上かなりの深さがあるので行っていない。

しかし、今後の崖登りの練習になる上に、新たな物作りの知識も得られるかもしれないと思い、彼はそこに向かうことにした。

 

「そう言えばそんな場所があったね。じゃあ、そこに向かってみるよ」

 

「気をつけて行って来いよ。案内者として役に立てて嬉しいぜ」

 

ラソルは最初はラグナーダの命令で案内所を始めたのだが、今は案内人の仕事を楽しんでいた。

ファレンは彼の話を聞き終えると、さっそく奇妙なおおきづちに会いに窪地に向かっていく。

まずは案内所の近くにある窪地へと歩いていった。

窪地の下を覗いてみると、そこには草原が広がっており、木が生えているのも見える。

崖の近くにはラソルの言う通り1体のおおきづちがおり、ファレンを見上げて話しかけてきた。

 

「おお!君は人間じゃないか!人間!人間!」

 

彼は人間を初めて見たのか、今までのおおきづちよりも興奮していた。

 

「僕は人間のことが大好きなんだけど、君が長老の言ってたファレンって人か?」

 

「うん、僕がファレンだ。ここに変わったおおきづちがいるって聞いて、来てみたんだ」

 

おおきづちの中でも特に人間が好きそうなので、仲良くなれそうだとファレンは思った。

人間好きのおおきづちは、ファレンに崖を降りてくるように言う。

 

「へえ、僕はセラン。聞いての通り、僕はちょっと変わった趣味を持ってるんだ。降りて来てくれたら、君に役立つことを教えてくれるよ」

 

「分かった。ちょっと怖いけど、降りてみるよ」

 

セランの趣味や役立つことというのが気になり、ファレンは崖を降りて窪地に入っていく。

一段ずつゆっくり降りていき、だんだんと草原に近づいていった。

窪地に降り立つと、彼はセランの元に歩く。

 

「それで、役に立つことって何なんだ?」

 

「崖の登り方についてさ。土や粘土は空中には置けないけど、何かに貼り付けることは出来るんだ。ちょっと見ててね」

 

セランは近くの草原にあった土を自身のハンマーで叩き壊すと、それを持って崖に貼り付ける。

そうすると、土は一見空中に浮いているかのような状態になった。

今にも落ちてきそうにも見えるが、しばらく見ていても落ちてこない。

 

「こんな風に、空中に浮いてるようにも見えるけど、実際は崖の土に張り付いているんだ。僕は崖登りが趣味でね、いつもこんな風にして登っているんだ。おおきづちの身体で土を持ち上げるのは大変だけど、最近はもう慣れたよ」

 

ファレンが見上げてみると、確かにこの窪地の崖にはいくつか浮いているように見える土があった。

崖登りなんて怖いことなのに、それを趣味にしていると聞いてファレンは奇妙に思う。

しかし、自身もまた崖を登り降りするようになると考え、セランの見せたことを記憶しておいた。

セランは土の性質を教えた後、崖の中腹辺りを指さす。

 

「こんな置き方があったんだ…僕は今まで知らなかったよ。教えてくれてありがとう」

 

「練習がてらに、そこの宝箱を取って来たらどうだ?お近づきの印に、中身をあげるよ」

 

セランが指さした方向には、塔や洞窟でも見た金の装飾が施された赤色の箱があった。

中身が何かは言わなかったが、ファレンは崖登りの練習と思い土を置いていく。

崖登りは危険な行動なので、練習をしておくに越したことはない。

 

「それじゃあ、ちょっとやってみるよ」

 

ファレンが置いても、セランの時と同じように土は壁に貼り付く。

落ちないことを確認すると、彼はさらにブロックを貼り付けて崖の上に登っていった。

宝箱の元にまでたどり着くと、ファレンは中身を開けてみる。

すると、そこには今までも2度見たことのある茶色の木の実が入っていた。

 

「これは、命の木の実か…いいのか、こんな貴重な物を貰って?」

 

「もちろん、僕は人間が大好きだからね。この前崖登りをしていたらすごい力を持ったその木の実を見つけてね。人間に渡すためにそこに置いたんだ」

 

命の木の実は生命力が詰まった貴重で強力な木の実だ。

こんな貴重な物を受け取るのは憚られたが、セランがそう言うのでファレンはありがたく手に入れる。

 

「それなら、ありがたく受け取っておくよ」

 

「僕の崖登り仲間になりたくなったら、また来てね」

 

ファレンは崖登りが怖いので、流石に崖登り仲間になろうとはしない。

しかし、いつか崖登りが好きになる日が来るかもしれないと、彼は一応考えておくことにした。

 

「うん。それじゃあな、セラン」

 

おおきづちの里を歩いている時に、窪地になっている場所は他にもあった。

ファレンはそこに行くために、セランに挨拶をして再び崖を登っていく。

崖を登る時には、彼から教えて貰った技も存分に使いこなしていた。

ファレンは崖を登り切ると、早速手に入れた命の木の実をポーチから取り出す。

 

「銅の剣も出来たけど、僕自身の力も高めておいたほうがいいよな」

 

ケッパーを仲間にし、銅の剣を作ったとはいえ、ファレンの中の不安が完全に消えた訳ではない。

魔物の攻撃を受けた時にも備え、彼は命の木の実を口に入れた。

口の中には苦い味が広がるが、飲み込むと身体中に生命力が広がっていく。

洞窟で手に入れた命の木の実については、このまま緊急用に保存しておいた。

木の実を食べ終わると、ファレンは今度はラグナーダの家の近くの窪地に向かっていく。

そこにも草原が広がっていたが、おおきづちの姿は見かけられなかった。

 

「ここには誰もいないか…でも、洞窟みたいな物があるな」

 

しかし、崖の下には洞窟のような物が見かけられる。

森林の洞窟のようにまた宝が隠されているのではないかと思い、ファレンは崖の登り降りの練習も兼ねて洞窟に向かっていった。

洞窟の中は暗く不気味ではあるが、魔物の姿も見かけられない。

ファレンは警戒を怠らずに、少しずつ奥の方へと進んでいく。

 

「あ、ここにもやっぱり宝箱が!」

 

そうして一番奥にまで向かうと、そこにも先ほどの見た物と同じ形の宝箱が置かれていた。

ここにはドラキーのような番人となる魔物もおらず、ファレンは宝箱に近づく。

開けてみると、そこには一枚の大きな紙が入っていた。

 

「ん…?なんだろうこの紙は?いろんな島が書いてあるけど、地図か何かなのか?」

 

その紙はこのアレフガルドの地図のようで、合わせて16個の大きな島が描かれている。

いくつかの島には町や城が描かれており、これらの場所もいつか作りに行くことになるのだろうかと彼は思っていた。

地図の下の方には山岳地帯のある島があり、ファレンはそこにいるようだ。

 

「僕がいるのはこの島か…アレフガルドにはいろんな場所があるんだな」

 

森林に砂漠、火山に雪原、アレフガルドの地図には様々な地形が描かれている。

誰が書いた物かは分からないが、ファレンはありがたくその地図を受け取った。

地図を手に入れると、ファレンはまた洞窟から出て、崖を登って山岳地帯に戻っていく。

そうすると、ファレンはブラウニーを倒しに行く途中に見た、おおきづちの里の奥の方にある窪地に向かっていった。

 

「残った窪地は、あそこで最後だったね」

 

おおきづちの里にある窪地は3つで、次が最後の窪地になる。

ファレンはラグナーダの家を通り過ぎて、その場所へと向かっていった。

その間、ファレンは案内所のような大きさの建物を見つけたが、どこにも入り口が見当たらなかった。

 

「何だこれ…?建物みたいだけど、どこにも入り口がないな」

 

普通のおおきづちは家を欲しがらないとフレイユも言っていた。

建物のような形に見えるが自然に出来た小さな山なのだろうかと思い、ファレンは通り過ぎていった。

3つめの窪地に着いて中を覗いてみると、そこには石で作られた7つの墓と、それを見ている1体のおおきづちがいた。

ファレンは何をしているのかと思い、崖の上からそのおおきづちに話しかける。

 

「おい、そこのおおきづち。そこで何をしているんだ?」

 

「おお、人間!君が長老の言ってた噂のファレンだね」

 

先ほどのセランもそうだったが、崖下にいるおおきづちにもファレンの情報は伝わっていた。

 

「うん、僕がファレンだ。君は?」

 

「僕はフェルモ。僕はメルキドで死んじゃった人間に墓を立ててあげたいんだ。おおきづちと違って、人間は死んだ仲間に墓って物を作るんだろ?でも、僕は墓の作り方が分からなくて困ってるんだ」

 

7つの墓はフェルモが作ったものではなく、元々昔の人間が作った物だった。

ファレンも昔の名前も知らない人とはいえ墓がないのは可哀想だと思い、フェルモに協力しようとする。

彼は墓地にある石の墓を記憶し、真似て同じ物を作ろうと考えていた。

 

「これは元々あった墓なんだね。分かったよ、僕が石で墓を作ってみる」

 

「待って。石の墓の詳しい作り方は、ドムドーラ砂漠に住んでいるおおきづちが知っているらしいんだ。もしドムドーラに行くことがあったら、聞いてみて欲しい」

 

ドムドーラという地名はファレンは聞いたことがないが、恐らく先ほど世界地図で見た砂漠地帯のことなのだろうと考える。

自分でも作れなくはないものの、専門家に聞いてからの方がいい。

彼はそう思い、次に旅の扉が手に入ったらドムドーラに向かい、墓の作り方を聞いて来ようとした。

 

「そうなんだ。じゃあ、今度ドムドーラに行ってみるから、それまで待ってて」

 

「うん。もし聞けたら、墓を作って僕の所に持ってきてね。墓を置くのは手伝うけど、おおきづちは物作りが苦手だからね」

 

ファレンは頷くと、フェルモがいる窪地から離れていく。

これでおおきづちの里にある窪地は全て探索したが、まだ行っていない場所がないか気になり、ファレンは周りを見回していた。



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1-14 物作りを夢見る魔物

周りを見回すと、ファレンは里の外、骸骨やブラウニーがうろついている辺りにも建物のような物があるのを見つけた。

そこにも何かが隠されているのではないかと思い、彼は銅の剣を持ってその建物へと向かっていく。

魔物と戦えば銅の剣の試し斬りになるとも、ファレンは思っていた。

建物へと近づいていくと、さっそくファレンを見つけた2体のブラウニーが襲いかかってくる。

 

「こんな所に人間が…!お前はおおきづちたちの味方だな!」

 

「ここでぶっ倒してやる!」

 

彼らは両腕に持ったハンマーを振り上げて、ファレンに近づいて来た。

ファレンは大きく跳んで攻撃をかわし、ブラウニーの毛皮に銅の剣を振り下ろす。

すると、銅で作られた刃は毛皮だけでなくその下にある皮膚も深く斬り裂き、大きなダメージを与えた。

ブラウニーも怯まず反撃して来るが、動きを止めようと腕への攻撃も行う。

 

「これが金属の武器の力か…これなら有利に戦えるな」

 

腕を攻撃されたブラウニーはハンマーを落とし、無防備な状態になる。

ここまでの強さがあるなら町の防衛に役立つ…そう思いながら、ファレンは彼らにさらなる攻撃をしていった。

もう片方の攻撃を見極めながら、ハンマーを落としたブラウニーにとどめを刺していく。

銅の剣で腹や背中を何回か斬りつけると、彼は力尽きて倒れていった。

 

「人間がここまでやるか…!でも、オレも負けねえぞ」

 

もう1体のブラウニーは怒って連続でハンマーを振り下ろして来るが、ファレンはそれも回避しつつ銅の剣を叩きつけていく。

追い詰められたブラウニーが身体を回転させ辺りを薙ぎ払うようにハンマーを振ると、銅の剣の耐久力を確かめるために刀身を使って受け止めた。

すると、銅の剣は折れることなく、ファレンへの攻撃を防ぐ。

彼はそこで身体中の力を込めて押し返し、ブラウニーからハンマーを手放させた。

こちらのブラウニーも無防備になったところで、ファレンは腹部に深く突き刺して倒す。

 

「攻撃力も耐久力も抜群って感じだね。そうだ、毛皮も持っていこう」

 

ファレンは銅の剣の強さに喜びつつも、調子に乗って油断しないようにとも心に留めておく。

2体のブラウニーが倒れると、彼は毛皮を拾って建物の方に向かっていった。

建物には先ほどの物と違って入り口があったが、そこはつたで塞がれていた。

 

「このつた邪魔だな…中に何かを隠しているのか?」

 

つたで中の宝を隠しているのだと思い、ファレンは銅の剣を振るってつたを破壊していく。

しかし、つたに覆われた中にあったのは宝箱ではなく、怯えた顔をする3体のおおきづちだった。

彼らはファレンの姿を見ると、驚いて声を出す。

 

「うわっ…!…ブラウニーかと思ったら、人間か…」

 

「…もしかして、長老の言ってたファレンって人か?」

 

こんな場所に隠れているおおきづちも、ファレンの名は知っているようだった。

ファレンは頷き、どうして里の外に隠れているのか聞く。

 

「うん、僕がファレンだ。ここはみんなの里の外だけど、どうしてこんな所にいるんだ?」

 

「…オレたちは元々里の兵隊だったんだけど、先の戦いで仲間を失って戦うのが怖くなったんだ」

 

「それで僕たちは、兵士長がブラウニーに対して攻撃を仕掛けるって言った時、こっそりここに逃げて来た。ここなら、里のみんなにもブラウニーにも見えにくいからね」

 

「こんなことしてちゃダメだって思うけど、どうしても怖くてな…」

 

囮作戦の前にファレンも聞いた通り、ブラウニーとの戦いでおおきづちの里は多くの仲間を失った。

そんな中でも勇ましく戦い続けるポルドやフレイユを、ファレンは強い者だと思った。

自分たちの姿を見つけたファレンに、真ん中のおおきづちたちは頼み事をする。

 

「頼む!ファレン、長老や兵士長には、オレたちのことを黙っていてくれないか?オレたちもいずれは戦いに行くけど、決心がつくまではここにいさせて欲しい」

 

おおきづちの里には十数体の兵士がいるとは言え、戦力は多い方がいい。

しかし、戦いを恐れる者を無理矢理戦線に出しても、犠牲が増えるだけだともファレンは思った。

いずれは戦いに戻る約束をするのならと、ファレンは頼みを聞く。

 

「…里の戦力は多い方がいい。本当に今後は戦いに戻るって約束するならね」

 

「ありがとう、ファレン!オレはマレス。こっちがプロウムで、そっちがコペラだ。お礼に、聞きたいことがあったら出来る限り教えてやる」

 

マレスはファレンから見て左のおおきづちをプロウムと、右のおおきづちをコペラと呼んだ。

ファレンには気になっていることがいくつかあり、彼らにそれを聞いてみる。

 

「じゃあ、教えてくれ。この世界は竜王って魔物のせいで滅びたらしいんだけど、竜王ってどんな魔物なんだ?」

 

ガンダルの誓いの記には竜王の名と、彼が世界を滅ぼしたことが書かれていたが、それ以外の情報はまだない。

 

「オレも会ったことはねえけど、長老に聞いたことがある。数百年前に突然アレフガルドに現れ、杖を持った魔法使いの姿をしているらしいんだ」

 

「竜王なのに魔法使いなのか?変な話だね」

 

「それも奇妙だけど、どうして人間から物を作る力だけを奪ったんだろうね。僕が人間と敵対する魔物の王だったら、そんなまわりくどいことせずに滅ぼしたと思うけど」

 

コペラは竜王の行動に関しても謎が多いと考える。

竜王と言うからには、ファレンは竜の姿をしているものだと考えていた。

魔法使いの姿なのに竜王と名乗り、人間から物を作る力だけを奪った…聞けば聞くほど、竜王は謎の存在だ。

世界を魔物の物にしたいのであれば、人間を滅ぼした方が手っ取り早いだろう。

単純に長く苦しませたいだけなのか、それともそれ以外に意図があるのか、それは誰にも分からなかった。

 

「魔物から見ても謎の存在なんだね、竜王って言うのは。そう言えば、メルキドが滅びた理由については知ってるか?」

 

「それは長老も知らないから、オレたちも知らない。役に立てなくてすまないな」

 

メルキドが滅びた理由についてはロッシが知っているような素振りをしていたが、結局話してはくれなかった。

誰かに教えて貰うことは出来そうにないので、自分たちで突き止めるしかないとファレンは思う。

 

「そうか…大丈夫だよ、自分たちで調べようとしてるから。竜王のこと、教えてくれてありがとうな」

 

「こっちこそ見逃してくれて助かった。お礼に、長老から聞いた木のはしごの作り方を教えてやるよ」

 

おおきづちは物作りは出来ないが、物作りの知識は多少持っている。

メルキドの町に高い建物はないものの、登り降り出来るはしごは便利だと思い、ファレンはプロウムの説明を聞いた。

はしごの作り方を覚えると、ファレンは3体の隠れ場所から出ていく。

 

「教えてくれてありがとう。また会いに来るかもしれないから、よろしくな」

 

「もしオレたちが戦えるようになったら、一緒に戦おうな」

 

ブラウニーに見つからないように建物の中身をもう一度つたで隠すと、彼はおおきづちの里に戻っていった。

これで里の気になる場所は調べ終わり、崖の登り方やはしごの作り方、竜王の謎といった様々なことを学ぶことが出来た。

1度メルキドの町に戻ろうと、ファレンは旅の扉に向けて歩いていく。

そうしていると、見覚えのあるおおきづちが話しかけてきた。

 

「また来てくれたんだね、ファレン。君に頼みたいことがあって、旅の扉に向かおうとしてたんだ」

 

「また会ったな、フレイユ。またブラウニーが襲って来そうなのか?」

 

昨日フレイユが兵士だったことを知ったファレンは、また戦いかと聞く。

もしそうならば、素材を集めるためにも参戦しようと考えていた。

しかし、フレイユは首を僅かに横に振る。

 

「いや、実は私は人間の物作りに興味があって、自分でもやってみようと思ったんだ。でも、おおきづちの身ではやはり難しいから、君に手本を見せて欲しいって思ってね」

 

「物作りしてみたいって言ったおおきづちは初めてだね。それで、何を作りたいんだ?」

 

今までのおおきづちは物作りに興味がなさそうだったり、出来ないと言ったりしていたので、ファレンは意外に思う。

フレイユが指さす方向には、先ほどファレンが通り過ぎていった入り口のない建物があった。

 

「考え方はおおきづちそれぞれだからね。私が作りたいのは、料理が出来る台所だよ。おおきづちは普段生のキノコや草を食べてるけど、料理をしたいって言ってる方もいてね。私は物作りの始まりとして、その方たちを助けようと思ってるんだ。あの建物の中にははるか昔物作りを夢見たおおきづちが書いた台所の設計図が入っているの。それを完成させる手助けを頼むために、ファレンを呼ぼうとしてたんだ」

 

昔のおおきづちは台所作りを夢見たものの、物作りを教える人間がいなかったため叶えることは出来なかった。

フレイユの指さす建物には何もなかったはずなので、ファレンは不思議に思う。

 

「でも、あの建物には何も入ってなかったよ?」

 

「設計図を書いたおおきづちが生きてた時代はまだ人間とおおきづちが敵対してたからね。他のおおきづちに見つからないように埋めて隠したの。それで見つからないように、こっそり子孫に伝えていったんだ。壁を掘ってみたら、中に設計図が隠れてるはず」

 

長いこと、台所の設計図の存在は書いたおおきづちの子孫しか知らなかった。

人間と友好的なラグナーダの時代が訪れて、ようやく多くのおおきづちに知られることになる。

台所の設計図が眠っている建物の前には、他の2体のおおきづちもいた。

 

「あの2人が、料理を作ろうって言ってるおおきづちだよ。私達も一緒に掘るから、台所の設計図を見つけ出そう」

 

「君たちも物作り出来るようになれば僕たちも助かるからね。分かった、一緒に台所を作ろう」

 

「ありがとう。こっちについて来て」

 

おおきづちも物作りに参加すれば、大がかりな物でも早く作れるようになる。

魔物と物作りするのも斬新だと思い、ファレンはフレイユについて行って建物の所に向かう。

そこにいた2体のおおきづちはファレンたちの方向を向いていなかったが、足音を聞くと振り向いた。

 

「おお、フレイユさん!ファレンさんを連れて来てくれたんですな」

 

「話は聞いてるよね?これから私達と台所を作るって」

 

「うん。まずはこの中から設計図を掘り出すんだよな。これからよろしくな、2人とも」

 

建物はそこまでの大きさではない。

4人でやればすぐに設計図も見つかるだろうと、フレイユたちは思っていた。

 

「よろしく、ファレンさん。僕はオルキス、料理が出来たらあなたにも振る舞いますよ」

 

「私はメレッタ。物作りの作業台は長老から借りてきたから、それを使ってね」

 

「助かるよ。それじゃあ、台所の設計図を掘り起こそうか」

 

メレッタの言う通り、建物の近くにはラグナーダの所にあった石の作業台も置かれていた。

ファレンは物作りに作業台を必要としているともおおきづちたちはラグナーダから聞かされており、事前に借りて来ている。

挨拶を済ませた後、ファレンたちはそれぞれのおおきづちを使って建物を四方から壊していった。

建物は土で出来ているので、壊すのにあまり時間はかからない。

しかし、建物のどの位置に設計図があるのか分からないので四方から掘っていったが、宝箱は中心に置かれていたため、みんな同時に見つけることになった。

ファレンは宝箱を見つけると、開けて中身を確認してみる。

 

「真ん中の方に隠してたのか…ちゃんと中身は入ってるかな?」

 

すると、中には薄汚れた紙に調理場らしき設計図が書かれているのが見えた。

土で作られた部屋の中に、料理用焚き火やツボ、収納箱、食器が置かれた石製のテーブルや椅子がある。

調理場は一段高くなっていて、そこに登るための石の階段も書かれていた。

入り口には木製の扉があり、壁には2つの松明がかけられている。

隣で設計図を見ていたフレイユは、作れるかどうかファレンに聞いた。

 

「これが昔のおおきづちが残した台所の設計図…ファレン、作れそう?」

 

焚き火やツボを作るには油がいるが、それは山岳地帯の赤いスライムの物が使える。

木製の扉には鉄が使われているため作ることは出来ないが、わらの扉で代用が出来そうだ。

しかし、松明をかける台には銅がいるので、1度炉のあるメルキドの町に戻らなければならないとファレンは思った。

 

「この木の扉は鉄がなくて作れないから、代わりにわらの扉を使うよ。それ以外にも今は作れない物もあるけど、僕が素材を集めたり人間の町で作ったりして来る」

 

「食器を作るなら、この辺りの崖の地層にある粘土が使えると思いますよ。僕達に出来ることは少ないですが、何かお手伝い出来ますか?」

 

ファレンは最初ツボと同じように食器を作るつもりだったが、オルキスに言われ粘土を取りに行くことにする。

おおきづちは物作りは苦手だが、土を運ぶことは出来なくはない。

建物の部分を作らせながら物作りを見て学ばせようと、ファレンは指示を出した。

 

「それなら、みんなは土を運んで台所の壁を作って。その間に僕がテーブルと椅子を作るから、それを見て物作りを勉強して」

 

オルキスやメレッタが作りたいのはあくまで料理だったが、物作りも出来るものならしたいと考えていた。

 

「分かったよ。土を運ぶのには慣れてないけど、まずはやってみないとね」

 

フレイユが建物を壊すのに使った土を運び、近くの平らな場所に設計図の通りに土を置き始める。

オルキスたちもそれに続いて、土を運び出していった。

セランと違って土の扱いに慣れていない3人はうまく運べず落としてしまうこともあったが、少しずつ台所の形を作っていく。

ファレンはその間に、まずはわらの扉を作っていった。

ポーチの中から太い枝と丈夫な草を取り出し、枝で作った枠に草を乾燥させて作ったわらを編みあわせていく。

わらの扉が出来ると、次にファレンは石の椅子とテーブルを作っていった。

その間、ファレンは料理を作ろうとしているおおきづちに質問してみる。

 

「そう言えば、料理を作りたいって思ってるおおきづちは2人だけなのか?」

 

「うん。私たちは元々里の食料集めをしてるんだけど、他の食料集め担当や里のおおきづちたちは、草やキノコで十分だって料理をする気はないの」

 

「料理も物作りの1種ですからね、したいけどどうせ出来ないだろうと言っている方もいます」

 

オルキスとメレッタは、里の他のおおきづちたちの考えについて話す。

里のおおきづちの多くは、人間の物作りを学んでも自分たちには出来ないだろうと考えていた。

ファレンは、彼らも物作りに参加してくれたらいいのにとも思っていた。

 

「そうなのか。みんなも、物作りに加わってくれたらいいよな」

 

「そのためには、私たちがおおきづちにも物作りが出来るって示さないといけないね。君の物作り、よく見てるよ」

 

フレイユたちは、台所を立てながらファレンの物作りを見て学ぶ。

ファレンは石のテーブルは2つの石材を削って合わせて、石の椅子は1つの石材にブラウニーの毛皮を被せて作った。

石を加工するためには時間がかかるのでフレイユたちの方が先に終わり、3体のおおきづちは作業の様子を見るのに集中していた。

石のテーブルは2つ、石の椅子は4つ必要だが、ファレンはテーブル1つ、椅子2つを作ったところで立ち上がる。

 

「そっちも出来たみたいだね。僕が作ってるのを見てて、作り方は分かった?これから素材を集めて来るから、みんなは残りのテーブルと椅子を作ってみて」

 

「ファレンの姿を見てて作り方は分かったけど、いきなり出来るかな…?」

 

「でも、やってみなきゃ出来るようにはならないよ。試してみるから、ファレンは安心して素材集めに行って」

 

おおきづちたちはかなりの時間をかけたものの、台所の壁は人間の作った物と大差がなかった。

メレッタはいきなりの物作りに不安になったが、フレイユは何事も経験だと物作りに挑もうとする。

さすがはおおきづちの里の勇敢な兵士だと、ファレンはその姿を見て思った。

 

「メルキドの町で松明の台も作ったら、またここに戻ってくる。待っててね」

 

ファレンが残した石材を使い、フレイユは石のテーブルを作り始めてみる。

オルキスとメレッタも、彼女の言葉を聞いて石の椅子を作ろうとしていた。

ファレンは3体の姿を見ながら、必要な素材を集めに歩いていく。

まず彼は、崖にあるという粘土を集めに行った。

また崖を降りるのかともファレンは思ったが、崖の上の方にも普段の土と違う色の土が見えた。

 

「あれが粘土か…落ちないように気をつけて拾おう」

 

銅の剣は戦闘では役に立つが、素材集めの時にはおおきづちの方が使える。

ファレンはおおきづちを振り上げて、粘土の地層をいくつか削り取っていった。

ファレンは粘土が手に入ると、今度は油のために赤いスライムを倒しに行く。

赤いスライムに近づくと、今まで魔物の情報もくれたルビスが話しかけてきた。

 

「それはスライムベスですね。今のあなたなら簡単に倒せるでしょうが、油断はしないで下さい」

 

「教えてくれてありがとう。気をつけて倒すよ」

 

ファレンはルビスにそう言うと、銅の剣に持ち替えてスライムベスの背後に近づく。

そして勢いよく叩きつけると、スライムベスは怯んで倒れ込んだ。

しかし動かなくなることはなく、彼はファレンに反撃の体当たりをして来る。

スライムよりは少し素早かったが、ファレンは銅の剣を使って受け止め、そのまま力を込めてスライムベスの身体を真っ二つにしていった。

 

「やっぱり銅の剣は強いね…油も落ちてるし拾おう」

 

スライムベスが倒れると、地面には赤色の油の塊が落ちる。

ファレンはそれを拾うと、焚き火とツボを作るためにもう一匹スライムベスを倒し、松明の台を作るためにメルキドの町に向かっていった。



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1-15 おおきづちの台所

メルキドの町に戻ってくると、ファレンは松明の台を作るために作業部屋に入っていった。

ロロンドはメルキド録の解読を続け、ピリンは誰にも話さずに寝室で何かを作っていた。

作業部屋の中では、ロッシとケッパーが以前ファレンが収納箱に入れた石材を使って作業している。

石材を凹型に削り、中には石炭を入れていた。

 

「ロッシ、ケッパー、何を作ってるんだ?」

 

「ファレンか。ケッパーが教えてくれたかがり火って奴を作ってる」

 

「この町は夜になると暗いからね。夜を照らせる明かりが必要だと思ったんだ」

 

2人が作っている物をよく見ると、ラグナーダの家の屋上に置いてあるかがり火に似ていた。 

部屋の中には明かりが置いてあるが、外は夜になると真っ暗だ。

そこで先祖から聞いていたメルキドのかがり火を元に、ケッパーは新しいかがり火を作り始めている。

ファレンは2人に話を聞いた後、松明の台を作っていった。

 

「そうなんだ…確かに外も明るい方が歩きやすいもんな。僕はおおきづちたちに頼まれて松明を置く台を作りに来たんだ」

 

「へえ…寝室とかの松明も、それに乗せればいいかもな」

 

松明に台を作る話を聞いて、ロッシは一つ提案して来る。

 

「それじゃあ、今度そっちのも作ってみるよ。今はまず2つ作って、おおきづちたちに届けてくる」

 

ロッシにそう答えると、ファレンは松明を置く台を作っていく。

まず炉の中にいくつか銅を入れて、石炭を燃やした熱で溶かしていった。

銅が溶けると、彼はそれを金床の上に移して石の工具を作業台の上から取り出す。

そして銅が冷え固まる前に、おおきづちの台所の設計図に書いてあった松明の台の形になるよう叩いていった。

設計図によると2つの松明を壁にかけなければいけないので、ファレンは一つが出来るともう一つも作っていく。

2つの松明の台が出来ると、ファレンはそれを持って作業部屋を出て、旅の扉に歩いていった。

 

「あの3人はうまく出来てるかな…早く届けに行こう」

 

おおきづちの里では、物作りの経験のないフレイユたちが石のテーブルや椅子作りに挑戦している。

3体の様子も気になると、ファレンは旅の扉を抜けると急いで台所の元に向かっていった。

近づくと、3体は既に作業を終えており作業台の上には石のテーブルや椅子が置かれていた。

それらは、テーブルの物を乗せる部分が歪んでいたり、椅子の毛皮が破れていたりする。

支えになる石材の方にも、いくつかの凹みが見られた。

フレイユは、戻ってきたファレンの姿を見ると話しかけて来た。

 

「戻ってきたみたいだね、ファレン。松明の台は作ってきた?」

 

「うん。初めて作るものだったけどうまく出来たよ。そっちも石のテーブルと椅子が出来たんだな」

 

「やっぱり初めてだから、あんまりうまくはないけどね。ファレンから見るとどう思う?」

 

フレイユたち3人は物作りに適さないおおきづちの身体で、ファレンを真似して必死に椅子とテーブルを作っていた。

彼女らの作った物は多少の欠陥はあるが、家具として十分使うことは出来る。

初めてにしては上出来というべきだろうとファレンは思った。

 

「物作りがしにくい身体でここまで出来るなんて、十分上手だと思うよ。このまま練習を続けていったら、正確に出来るようになるんじゃないか?」

 

「そう言われると嬉しいですね。他にも僕たちに手伝えることはありますか?」

 

作った石の家具を褒められて、オルキスたちはさらなる物作りに挑もうとする。 

おおきづちの台所を完成させるためには、まだ多くの家具を作らなければならない。

自分は初めての食器作りをしようと、ファレンはおおきづちに他の物を作って貰うことにした。

 

「…それじゃあ僕が食器を作るから、みんなは扉や収納箱を作って。作り方も詳しく教えておくよ」

 

メルキドの町で覚えたわらの扉や収納箱、料理用焚き火の作り方をおおきづちたちに教えていく。

その間に、ファレンは3体が使うために丈夫な草や太い枝、赤い油をポーチから取り出した。

ツボは綺麗な形にこねるのが少し難しいと感じたので、ファレンは自分で作ることにした。

 

「どう、作れそうか?」

 

「さっきの石のテーブルで物作りの感覚は掴めたからね、綺麗な形にはならなくてもうまくいくと思うよ。経験を重ねるのが大事だし、もちろん作ってみるね」

 

「ありがとう。出来たら、台所の中に置いてみてね」

 

フレイユが率先してわらの扉を作り始め、それに続いてオルキスが料理用焚き火を、メレッタが収納箱を作り始める。

3体が作業を始めると、ファレンも食器を作るために粘土を取り出した。

粘土は名前の通り粘性が強く、油を混ぜることなくこねることが出来る。

手でいくつかに切り離し、それぞれを設計図に書かれている食器の形に加工していった。

食器はツボより小さいので扱いが難しく、ファレンも失敗してしまうことがあったが、その度に手直ししていく。

おおきづちたちもわらがちぎれたり、木材を間違った所で削った時は、ファレンの取り出した予備の素材でやり直していった。

テーブル2つ分の食器が出来上がると、ファレンはツボを作っていった。

町にあるツボと設計図に書かれていたツボは似ているので、彼は慣れた町のツボを作り出す。

ツボの形が出来ると、先程作った食器と一緒に固めるために焼いていった。

焼くのには時間がかかるため、その間にフレイユたちは扉や収納箱を作り上げ、部屋の中に置いていく。

 

「私たちのはだいたい出来たから、先に中に置いてくるね」

 

「分かった。僕も後はツボと食器を焼くだけだから、部屋の中で休んでて」

 

焼く時にはポーチに入れていた松明に石炭を入れて、高熱を生み出す。

ツボや食器に集中していたので、ファレンは3人の作った完成品は後で見ることにした。

焼きすぎても割れてしまうので、彼はツボと食器から目を離さない。

丁度いい焼き加減になると、ファレンはそれらを火から出して台所に持っていった。

台所では、フレイユたちは自分たちやファレンの作った椅子で休んでいる。

 

「おお、ファレンさん。ツボと食器が出来たんですね」

 

「食器はちょっと難しかったけどな。松明の台も一緒に置いておくよ」

 

オルキスに返事をすると、ファレンはツボを設計図に書かれた位置に、食器をテーブルの上に置いていく。

その間、ファレンは3体のおおきづちが作った物を確認した。

すると、ピリンたちの作った物にはまだ劣るが、石のテーブルや椅子よりは上達していた。

収納箱には穴がなく小さな物でもしまうことができ、わらの扉には所々穴があったが台所の扉としては十分機能する。

料理用焚き火も食材をかける台となる木がうまく支えられており、このまま料理に使えそうだった。

ファレンはそう思いながら最後に壁に台を貼りつけ、その中に松明を入れておおきづちの台所を完成させる。

 

「これで設計図通りの台所が出来た。なかなか大変だったけど、便利な部屋になったね」

 

「おお…ついに出来たんですね、僕たちは!」

 

「物作りを教えてくれて、手伝ってくれて、ありがとうね、ファレン!またいろんな物作りをやってみるよ」

 

「私たちも料理が出来ますし、台所を夢見たおおきづちも喜んでそうだね」

 

ファレンはもう一度台所の設計図を見直して見るが、設計図通りの部屋になっていた。

台所の完成を聞いて、オルキスたちはそれぞれの喜びの声を上げる。

2度も作った物を褒められ、3人の物作りへの意欲もさらに高まっていた。

台所が出来たところで、メレッタたちはさっそく料理をしてみようとする。

 

「僕もみんなが物作り出来るようになって良かったよ。人間とおおきづちで協力して、メルキドの発展を目指そう」

 

「そうするよ。私達は今から料理にも挑戦するけど、ファレンも食べていく?」

 

ファレンは設計図を見直した後、空いているオルキスの向かいの席に座る。

メレッタは食料集めの時に手に入れたキノコを取り出し、料理用焚き火に近づいていった。

ファレンも様々な物作りや素材集めをして、お腹が空いている。

ここで昼食を食べていくと、彼はおおきづちたちに伝えた。

 

「じゃあお言葉に甘えて、ここで食べていくよ。僕もお腹が空いてるからね」

 

魔物と一緒に食事をするのも新鮮で良いとファレンは思う。

メレッタは料理用焚き火に近づくと、火の中に入らないように気をつけながらひもにキノコをかけていった。

やはりおおきづちの身体上人間ほどうまくは行かず、ファレンたちは彼女がやけどしないよう見守る。

しかし、慎重に動いたのもあって、メレッタは無事にキノコをかけて、椅子の所に戻ってきた。

 

「私たちは料理も初めてだから、いつ焼き終わればいいか言ってね」

 

「分かった。丁度な焼き加減になったら言うよ」

 

メレッタに言われ、ファレンは料理用焚き火にかけられているキノコを見る。

最初は見た目の変化がなかったが、時間が経つにつれて焦げ目がついていった。

ファレンはメルキドの調理室で何度もキノコを焼いているので、最も美味しくなる焼き加減も分かる。

その焼き加減になると、ファレンはメレッタにキノコを取るように言った。

 

「メレッタ、そろそろ焼き上がりだよ」

 

「では、今度は僕が取ってきますね。皆さんは楽しみに待っていてください」

 

自分も料理に参加したいと思い、今度はオルキスが料理用焚き火に近づき焼きキノコを取りに行く。

メレッタのように慎重に近づき、焚き火の上からキノコを取り外していった。

焼きキノコを手に取ると、彼は落とさないように自身のテーブルに運ぶ。

そこで手を使って4等分し、それぞれの前にある食器に盛り付けていった。

 

「助かったよ、オルキス。初めての料理だし、美味しく食べよう」

 

「美味しそうな匂いが漂って来ますし、僕も楽しみですね」

 

「私は料理より建物作りの方が好きだけど、直接見てみると美味しそうだね」

 

「焼きキノコは本当に美味しいから、たくさん味わおうな」

 

メレッタはオルキスに感謝した後、焼きキノコを美味しそうに眺める。

あくまで物作りの練習としておおきづちの台所を作っていたフレイユも、焼きキノコの味を楽しみにしていた。

辺りには焼きキノコの匂いが満ちており、4人とも待ちきれない。

オルキスを初めに、みんな焼きキノコにかじりついていった。

 

「これは美味い…キノコも焼いたら、こんなに素晴らしい味になるのですね!」

 

「美味しい…!私、料理を始めようとして良かった」

 

「料理っていうのはすごいね。私も建物作りだけじゃなくて、料理にも興味が出てきたよ」

 

「料理にもまた挑戦してみてね。焼きキノコは何度食べても美味いよ」

 

おおきづちが普段食べている生のキノコは、冷たくてあまり美味しいものではなかった。

それを焼いたらここまで美味しくなる物と知り、フレイユたちは感動する。

ファレンも食べ慣れている物とは言え、よく味わってから飲み込んだ。

オルキスたちは、他のおおきづちも料理に誘おうとも話す。

 

「ここまで美味いのなら、是非とも里の仲間にも食べさせてあげたいですね」

 

「そうだね…これを食べ終わったら、みんなの分も作ろうよ。それで、これからは一緒に料理していこう」

 

メレッタは、里のみんなに焼きキノコを配ろうともしていた。

台所作りに料理…少しずつ、魔物であるおおきづちにも物作りが広まりつつあった。

ファレンはそれを喜びながら、残りの焼きキノコも残さず食べていった。

彼は焼きキノコを食べ終わると、1度メルキドの町に戻ろうとする。

 

「美味しかった…それじゃあ、僕はメルキドの町に戻るよ。あっちでも作りたい物があるからね」

 

「今日は本当にありがとう、ファレン。いろんな物を作ってみるから、またいつでも来てね」

 

「美味しい料理の修行をしながら待っていますね」

 

「またよろしくね」

 

おおきづちの台所を見て、ファレンはメルキドの町にもテーブルと椅子、食器のある料理部屋を作ろうとしていた。

 

「分かってる。またな、みんな」

 

ファレンはおおきづちたちに挨拶をすると、里を歩いてメルキドの町に戻っていった。

フレイユたちは台所でしばらく休んだ後、他のおおきづちたちに物作りと料理を教えに行く。

1体でも多くの仲間が物作りに参加して欲しいと、3人は思っていた。

 

その日のメルキドの町に戻ってからと、その後の2日間の間、ファレンはメルキドの町ではおおきづちの里と同じように料理部屋を改装し、多くの木材や太い枝を集めた。

おおきづちの里では町を真似して石と炉のある作業部屋を作り、大量の石材や石炭、銅を集める。

フレイユたちのおかげでさらに十数体のおおきづちが物作りに参加することになったが、まだまだ協力的でない者も多かった。

ロロンドのメルキド録の解読も、難航しておりなかなか進まない。

しかし焦っても仕方ないので、ファレン素材を集めながら気長に待っていた。



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1-16 襲来せしブラウニー軍団

おおきづちたちに物作りを教えた3日後も、まだ町を発展させる新たな手がかりは得られなかった。

ピリンたちは家具を作りながら、ファレンは素材を集めながらそれを待つ。

朝は森にある素材を集めたので、昼からは山岳地帯に採掘に行こうとファレンは思っていた。

その前に、ファレンはロロンドにメルキド録の解読状況を聞く。

 

「ロロンド、新しい町作りの手がかりはまだみたいだけど、どれだけ解読出来たんだ?」

 

「ここ数日でかなりのページを解読出来たぞ。重要な情報はまだ見つからぬが、もうすぐだと思っておる」

 

ロロンドが解読した部分はメルキド録全体の半分にも満たないが、その中にも様々な情報が書かれている。

重要な情報ももうすぐ見つかると、ロロンドは確信していた。

 

「そうなのか。じゃあ、重要な手がかりが見つかったらまた教えてね」

 

ファレンも町がさらに発展するのを楽しみにしている。

ロロンドに返事をすると、彼は旅の扉を抜けて山岳地帯に向かおうとした。

しかしその時、町の外から何者かが近づいてくる足音が聞こえてくる。

その音はかなり大きく、人間でも魔物でもかなりの数がいそうだった。

 

「ん…誰が近づいてきてるんだ…?」

 

ロロンドも足音に気づき、メルキド録を閉じて立ち上がる。

2人が音のする方向を見てみると、そこには十数体のブラウニーの姿が見えた。

群れの最後方には、他の個体の倍近くの大きさの巨大ブラウニーもいた。

ブラウニーは人間に敵対的なので、メルキドの町を襲撃しに来たと2人は見る。

 

「まずいぞ…!また魔物どもが町を壊しに来たようだな!ファレン、共に魔物どもを倒すぞ」

 

「うん。ケッパーもすぐに来て!魔物が町に迫ってる」

 

ファレンたちはすぐに銅の剣を取り出し、物作りをしているケッパーを呼ぶ。

 

「何だって…!すぐ行くよ!」

 

その声と共に、ケッパーは作業部屋から勢いよく飛び出して来る。

彼も銅の剣を取り出し、ブラウニーたちの群れに向かって進んでいった。

 

「吾輩たちにはケッパーも加わり、銅の剣も手に入った。だが、油断せずに戦うぞ」

 

「分かってる。魔物たちを倒して、メルキドをもっと発展させよう」

 

ケッパーや銅の剣のおかげでメルキドの町の戦力は以前より大きく上がっている。

襲って来る魔物も、ファレンが戦った経験のあるブラウニーだ。

しかし、油断すれば思わぬ危険を招く可能性もある。

気を緩めないように、ファレンたちはブラウニーの群れに立ち向かっていった。

ブラウニーたちもメルキドの町が目の前に来ると、それぞれのハンマーを振り上げて来る。

 

「オレたちはおおきづちどもと違って、人間なんか大嫌いだ!」

 

「お前たちもこの町も、みんなぶっ壊してやる!」

 

「人間どもを取り囲め!人間を始末したら、この町も解体だ!」

 

巨大ブラウニーの指示を受けて、ブラウニーはファレンたちを取り囲む。

それぞれ4体のブラウニーと戦うことになり、彼らは四方からハンマーを叩きつけてきた。

ブラウニーはハンマーが大きい分、攻撃の速度も遅い。

ファレンは背後からの攻撃に注意しながら、まずは前方にいるブラウニーを攻撃していった。

銅の剣が当たると、ブラウニーの毛皮やその下の皮膚は深い傷を負っていく。

数回斬りつけるだけで、彼は大きなダメージを負っていた。

しかし、襲撃に来たのは強靭な個体ばかりのようで、すぐには倒れなかった。

 

「里の近くにいるのよりは強いね…でも、このまま押し切れるはず…!」

 

「まだ余裕を見せるか人間め!オレたちの力を見せつけてやる!」

 

傷を負ったブラウニーも、攻撃速度を落とさずに反撃して来る。

しばらく間4体もの攻撃に晒され、ファレンは回避しきれない時もあった。

その時は彼は銅の剣の耐久力を使ってハンマーを受け止め、身体へのダメージを防ぐ。

そして、ブラウニーがハンマーを振り上げている間の隙に、さらなる攻撃を行っていった。

長い時間4体に囲まれれば、戦闘経験のあるファレンも攻撃を凌ぎきれない可能性もある。

早く敵の数を減らそうと、ファレンは弱ったブラウニーに集中して攻撃していった。

 

「くっ…オレが人間なんかに負けるなど…!」

 

弱ったブラウニーはファレンを睨み続けるが、腕や足にも攻撃を受けて動きは鈍る。

そこでとどめの一撃を叩き込み、ファレンは最初のブラウニーを倒した。

囲んでいるブラウニーが減ったことで、彼はより安全に戦えるようになる。

 

「まずは1体だね…残りもこの調子で倒そう」

 

残りのブラウニーも1体ずつ倒していこうと、ファレンは銅の剣での攻撃を続けていった。

ロロンドもブラウニーとは交戦経験がないが、自身の力や銅の剣の力で彼らに優勢に立つ。

ファレンよりも積極的にハンマーを受け止め、ブラウニーの腕を狙って剣を振り下ろした。

何度も腕を負傷して攻撃が鈍って来たところで、ロロンドは両腕で武器を構えて攻撃を防ぎ、力をこめてブラウニーの腕からハンマーを叩き落としていく。

1体がハンマーを落としたところで、彼は残りのブラウニーの攻撃を警戒しながら集中して攻撃していった。

 

「数は増えたが、この前の骸骨どもと変わらぬな。吾輩たちの町を攻めたことを後悔させてやるぞ!」

 

ロロンドの強力な集中攻撃を受けて、ブラウニーはすぐに倒れていく。

残ったブラウニーたちも動きを止めないが、彼はもう1度両腕でハンマーを受け止め、ハンマーを落とさせていった。

ケッパーも強い武器を手に入れたことで、兵士としての戦闘能力が発揮出来るようになっていた。

ブラウニーたちの動きを回避しつつ、素早く剣を振り下ろしていく。

ファレンと違って1体に攻撃を集中させてはいないが、一撃の威力が高いので、ブラウニーたちは4体とも弱っていった。

 

「この前は骸骨たちに苦戦していたけど、今日はそうはいかないよ!」

 

ケッパーは兵士の子孫として、いつか強力な武器が手に入ることを願いながら、戦いの訓練をしていた。

彼に大きな傷を与えられながらも、ブラウニーたちは諦める気配は見せない。

前方にいるブラウニーがケッパーにハンマーを振り下ろし、ケッパーはそれを受け止める。

 

「兵士だろうが何だろうが、オレたちには勝てないぜ!」

 

止められたブラウニーは押し切ろうとし、周りのブラウニーはケッパーに後ろから攻撃しようとする。

しかし、彼はハンマーを防ぎつつ、剣を持つ右腕や足に力を溜め始めた。

そして、ブラウニーたちの攻撃が当たる直前に身体を瞬時に1回転させ、彼らを一斉に薙ぎ払う。

腹部を深く斬られ、ブラウニーたちは大きく怯んでいた。

 

「くそっ…何だ今の技は…!」

 

怯んだブラウニーたちに、ケッパーは連続して攻撃していく。

動けない所で心臓部に剣を突き刺し、とどめをさしていった。

次々にブラウニーが倒されていく様子を見て、後方にいた巨大ブラウニーはケッパーに近づいていく。

 

「お前、なかなかの強さを持っているようだな…それなら、オレ自身が潰しに行ってやる!」

 

巨大ブラウニーは攻撃速度は遅いものの攻撃範囲が大きい。

ケッパーは跳んで回避しながら、まずは地面に倒れ伏している小さなブラウニーから倒していった。

戦力を増大させてブラウニー軍団を倒していく中、ファレンも残った3体への攻撃を続けていく。

どの個体も攻撃方法は変わらないので、ファレンは今まで通り戦っていった。

 

「みんなもうまく戦えてるみたいだし、僕もさっさと倒すぞ」

 

彼はブラウニーの攻撃も見ながら、ロロンドたちの様子も確認していく。

2人とも安定して戦えていることを確認すると、2体目のブラウニーも追い詰めていった。

巨大ブラウニーに狙われていないファレンとロロンドは、このまま勝てるだろうと考える。

しかし、ブラウニーを弱らせていく2人の所に、遠くから火の球が飛んできた。

 

「ん…何だ?」

 

ファレンはすぐに気づいて回避するが、ロロンドは腹にかすって軽い火傷をしていた。

その方向を見ると、ファレンは4体のキメラが自分たちを狙っているのを見つける。

キメラは巨大ブラウニーよりさらに後方にいたので、今まで彼らは気づいていなかった。

キメラたちはブラウニーたちの隙間から、ファレンたちを狙って火を放ってくる。

 

「さっきは見えなかったけど、キメラもいたんだ…まずはあっちを倒さないとね」

 

キメラとブラウニーの攻撃を同時に見切るのは今のファレンには難しい。

3体であれば囲まれている状態から抜け出すことも出来るので、ファレンはブラウニーの攻撃を避けて包囲から抜け出し、キメラたちの元に向かっていった。

ブラウニーは追いかけて来るが、走る速度はファレンの方が速いので追いつけない。

キメラに近づくと、ファレンは腹部に向かって剣を叩きつけた。

 

「待ちやがれ、人間め…!」

 

ブラウニーに近づかれる前に、ファレンは出来る限りキメラを倒そうとする。

キメラは嘴で反撃して来たが、彼は口に向かって剣を突き刺す。

すると、キメラ自身の攻撃の勢いもあって、銅の剣は頭を貫通していった。

頭を貫かれたキメラは地面に落ち、ファレンはもう一度攻撃して倒していった。

他のキメラたちは火を放とうとしていたので、彼は大きく跳んでかわす。

走ってブラウニーたちとの距離を引き離し、ファレンは2体目のキメラに近づいた。

キメラは再び炎を放とうとしていたが、ファレンはその隙に剣を振り下ろす。

 

「ファレン、こっちの2体は吾輩が引き受けたぞ!」

 

ロロンドもブラウニーたちから離れ、キメラのところに向かった。

残り2体のキメラは彼が引き受けるので、ファレンは目の前の個体に集中する。

キメラは反撃として嘴でつついて来るが、彼は先ほどのように銅の剣を突き刺し、叩き落としていった。

キメラが倒れると、ファレンはブラウニーたちの元に向かう。

 

「キメラも倒しやがったか…人間のくせに強いな」

 

彼らは戦意は失っていないものの、今までの戦いで負った傷やファレンを追いかけるために走ったことで、かなり消耗していた。

ファレンは先ほどから攻撃していた2体目のブラウニーにさらなる攻撃を与え、生命力を削り取る。

残りが2体になると、彼はさらに戦いやすくなっていった。

 

「残り2体だね…もうすぐ戦いも終わりだ!」

 

どちらの攻撃も届かない方向に回り込み、側面や背後に攻撃を叩きつける。

ブラウニーの毛皮も肌も傷だらけになり、攻撃も少しずつ弱まっていった。

最後まで警戒を怠らず、ファレンは彼らを追い詰めていく。

ロロンドもファレンと同じようにキメラを倒し、ブラウニーとの戦いに戻っていった。

敵の残り数が少なくなれば、それだけ隙は大きくなる。

ロロンドは再び両腕で剣を構えてハンマーを受け止めて、叩き落として無防備にさせていった。

放っておくとハンマーを拾い直されてしまうので、彼はその隙を与えないように剣で残った体力を削っていく。

ブラウニーの数がさらに減ると、ロロンドは残りのハンマーも叩き落としていき、反撃の機会を与えないように倒していった。

 

「これで吾輩を狙うブラウニーどもは倒れたな。2人の援護をして、戦いを終わらせるぞ」

 

3人の中で、ロロンドは最初に自分を狙っていた魔物を全て倒しきる。

ファレンは普通のブラウニー1体と、ケッパーは巨大ブラウニーとまだ戦っていた。

巨大ブラウニーの方が攻撃力も生命力も高いので、ロロンドはケッパーの救援に行く。

ケッパーは小さなブラウニーの群れを倒しきった後、巨大ブラウニーの攻撃も跳んで回避しつつ、体力を減らしていった。

 

「ケッパーよ、吾輩も援護に入るぞ!」

 

「ありがとう、ロロンド!この大きいブラウニーももうすぐ倒れるはずだよ」

 

「オレが人間なんかに負けると思うな!」

 

巨大ブラウニーは抵抗を続けるが、ロロンドとケッパーを同時に相手出来るほどの力は残っていない。

狙われていない方は背後に回り込み、背中に向かって深く剣を突き刺していった。

今までのケッパーとの戦いもあり、巨大ブラウニーは全身に傷を負う。

それで攻撃の手が弱まってきたのを見て、2人は追い撃ちをしていった。

ファレンも目の前のブラウニーを倒し切り、巨大ブラウニーとの戦いに向かう。

 

「あのブラウニーは2人に集中して僕に気づいてないね…こっそり近づいて倒そう」

 

巨大ブラウニーはロロンドたちを相手するのが限界で、ファレンの姿を見ていない。

そこでファレンは見つからないように忍びよっていき、ブラウニーの横で銅の剣を振り上げた。

そこで強力な一撃を叩き込むと、ブラウニーは力尽きて倒れ込む。

 

「おお、ファレン!お主も助けに来てくれたのだな!」

 

「こいつも弱ってる…ここで倒し切ろう!」

 

ケッパーの声を合図に、ファレンたちは巨大ブラウニーに一斉攻撃を仕掛ける。

ファレンの攻撃を受けた時点で瀕死になっていた彼は、3人の剣を受けると光を放って消えていった。

巨大ブラウニーは倒れると、毛皮で出来た大きめの袋を落とす。

 

「よし、吾輩たちの勝利だな!今回も無事に町を守り抜けたぞ」

 

「これで終わったね…ん、この袋は何だろう?」

 

「この巨大ブラウニーが落としたようだな。中には素材が入りそうだし、作業部屋部屋にかけておいたらどうだ?」

 

ロロンドは喜びながら、毛皮の袋を作業部屋に置くことを提案する。

作業部屋には収納箱や大倉庫があるが、収納はたくさんあるに越した事はない。

ファレンは頷き、巨大ブラウニーが落とした袋を拾っていった。

 

「じゃあ、そうする。兎に角、勝てて良かったよ」

 

「僕も少しは心配だったけど、町を守り切れて嬉しいよ」

 

「これからはさらに強力な魔物の襲撃も予測されるからな、吾輩もメルキド録の解読を続けるぞ。とりあえずは、ブラウニーの毛皮を拾って町の中に戻ろうぞ」

 

小さなブラウニーたちは里の近くの個体と同様、倒すと毛皮を落としていった。

ファレンたちは毛皮を集めると、メルキドの町に戻っていく。

町に戻って来ると、戦いの終わりを知ったピリンとロッシが作業部屋から出てきた。

 

「ファレンたち!魔物の襲撃って聞いてびっくりしたけど、無事だったんだね!」

 

「とんでもない奴が来たんじゃないかと思ったが、大丈夫だったみてえだな」

 

魔物の脅威が去り、2人も安心した表情をする。

ファレンは2人に返事をすると、毛皮の袋を作業部屋の中に置きに行った。

 

「うん。ちょっと数は多かったけど、そんなに強い魔物はいなかったんだ。魔物がこんな袋を落としたから、作業部屋にかけて来るよ」

 

毛皮の袋は土と同様、作業部屋の壁に貼り付けることが出来た。

袋を置いた後は、ファレンはしばらく部屋の中で休んでいた。



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1-17 仲間たちの個室と回転斬り

ブラウニー軍団を打ち破った翌日、ファレンはロロンドたちより先に目覚め、寝室の外に出る。

すると、ピリンも既に起きており、眠そうな目で町の中を歩いていた。

彼女はファレンを見つけると、朝の挨拶をして来る。

 

「おはよう…ファレン。みんなはまだ眠ってるみたいだけど、早起きだね」

 

「おはようピリン。結構眠そうだけど、どうしたんだ?」

 

今日だけでなく、ピリンは近頃いつも眠そうにしていた。

ファレンたちが素材集めに行っている間、1人昼間に寝室で寝ていることもあった。

 

「この前、みんなに内緒である物を作ってるって言ったでしょ?みんなに見つからないよう、夜にこっそり起きて作ってたんだ」

 

「そういえば言ってたね…それで代わりに昼間に寝てたんだ。結局何を作ってるかは教えてくれないのか?」

 

「それは出来てからのお楽しみだよ。そうだ、そのために1つ手伝って欲しいことがあるの」

 

ピリンが何を作っているかは推測もつかないが、教えてくれないのでファレンは出来上がりを楽しみに待つ。

きっと役立つ物を作っているのだろうと、ファレンは彼女を手伝うことにした。

 

「何を手伝って欲しいんだ?」

 

「さっき夜に作業してるって言ってたけど、夜になってもケッパーは町を歩いてることがあるし、ロッシは寝ながら絶叫することもあるし、ロロンドはいびきが異常に大きいし、なかなか作業に集中できないの。だから、昼でも作業が出来るように私専用の部屋を作ろうと欲しいの」

 

ロロンドやロッシのいびきや叫び声のせいで、ファレンも何度か夜中に起こされることがあった。

ケッパーも魔物の襲撃を警戒しているため、睡眠時間を出来る限り減らしている。

確かにあの3人がいると夜間の作業には集中しにくいと、ファレンも思った。

メルキドの町に空いている場所はいくらでもあるので、そこに作ろうと彼は提案する。

 

「確かに、僕も起こされちゃったことがあるからね。まだ修理してない廃墟があるから、そこを使おう」

 

「部屋の中には、ベッドも置こうと思ってる。人数が増えてきたことで、あの部屋じゃ落ち着いて眠りにくくなってるんだ。後は私の部屋って分かるように、名前が書ける壁掛けがあるとうれしいな」

 

ファレンは5人で一緒に寝ても、いびきや叫び声以外では眠りにくくはならなかった。

しかし、男4人に囲まれているのでピリンは落ち着かないのだろうと考える。

男たちは今のままでも大丈夫だろうが、せっかくだから全員分作ろうともファレンは思った。

 

「それなら、せっかくだからみんなの部屋も作ろうよ。僕は壁掛けを作って来るから、ピリンたちは壁を作ってベッドとわらの扉を置いて」

 

「そしたら、みんなも落ち着いて寝られるかもしれないね。それじゃあみんなを起こして、ベッドとわらの扉を持ってくるよ。でも、今の寝室はどうするの?」

 

ベッドは今の寝室の物を移せば良く、わらの扉もピリンたちが練習のためにとたくさん用意している。

後は壁掛けを用意すれば、仲間たちの個室は完成となる。

今までの寝室については、ファレンは自分の部屋にしようとした。

 

「そこは僕の部屋にするよ。壁掛けが出来たら持ってくるから、待っててね」

 

「分かったよ。気をつけて行ってきてね」

 

ピリンに答えると、ファレンは壁掛けを作るための素材を集めに行く。

男の部屋と女の部屋を区別出来るよう、彼は2色の壁掛けを考え出した。

青い油を使って作る男の壁掛けと、赤い油を使って作る女の壁掛け。

青い油は以前ロロンドが集めた物があったので、ファレンは山岳地帯に赤い油を集めに行った。

 

「赤い油もまた使うかもしれないし、いくつか集めようか」

 

赤い油は壁掛け以外にも用途があると思い、彼は数個集めておくことにする。

旅の扉からおおきづちの里の間に住むスライムベスを見つけると、銅の剣を取り出して背後から近づいていった。

剣を振り下ろすと、スライムベスはすぐさま反撃の体当たりをして来る。

ファレンはそれを受け止めて、そのまま身体を叩き斬っていった。

スライムベスが倒れると、彼はその場に落ちた赤い油を拾う。

周囲にいるスライムベスも同じように倒して、5つの赤い油を集めていった。

油が集まると、ファレンは旅の扉をもう一度くぐり、メルキドの町に戻っていく。

 

「後はこれを木材に塗れば出来上がりだね」

 

町に戻ると、壁掛けを作るためにすぐに作業部屋の中に入っていった。

部屋の中に入ると、ピリンが太い枝を使って何かを作っているのが見える。

ファレンは彼女と話をしながら、5人分の壁掛けを作り始めていった。

 

「ピリン、ここにいたんだ。みんなの部屋の壁は出来たのか?」

 

「個室にも夜を照らすための明かりが必要だと思ってね、松明を作ってるの。部屋の壁作りはロロンドたちに任せて来たけど、大分進んでると思う。そっちの壁掛けの材料は手に入った?」

 

「うん。ちょっと時間はかかるかもしれないけど、今から作るよ」

 

ピリンは最初にファレンが作っているのを見て、松明の作り方は覚えていた。

太い枝を5等分して、それぞれの先端にロロンドの集めた青い油を塗っていく。

ファレンはその隣で、まずは壁掛けを作るための木材を加工していった。

5個の木材を見やすく邪魔にならない薄い形に切り出していき、1枚目はまず女の壁掛けにするために赤い油をつける。

赤い油を木材の中心に落とし、女性の服の形を描いていった。

女の壁掛けが出来ると、ファレンは4人の男の壁掛けも作っていった。

その間に、ピリンは松明を作り終えてみんなの所に持っていく。

 

「こっちの松明は出来たから、みんなの所に持っていくね。壁掛けが出来るのを待ってるよ」

 

「分かった。もう少しで行くよ」

 

ピリンの物作りはかなり上達し、松明は5本ともほとんど同じ太さになっていた。

ファレンはピリンの松明も見ながら、4枚の壁掛けに青い油を垂らしていく。

男の壁掛けでは、男性のズボンのような形を描いていった。

5枚の壁掛けが出来ると、ファレンはそれぞれに石炭を使って名前を書いていく。

まず女の壁掛けにピリンと書き、それから男の壁掛けに自分たちの名前を記した。

全員分の名前を書くと、ファレンは壁掛けをみんなの元に持っていく。

4人分の個室は既に出来ており、ピリンたちはファレンが出てくるのを待っていた。

 

「あ、ファレン!みんなの分の壁掛けを作って来たんだね」

 

「吾輩はみんなで寝るのも嫌いではないのだが、1人の部屋も落ち着きそうだな。吾輩たちの壁掛けを作ってくれて感謝するぞ」

 

「オレも自分の部屋があるって言うのは、悪くねえって思ったぜ」

 

ロロンドたちも、自分たちの個室を持つことを喜んでいた。

1人1人の部屋はあまり大きくないが、みんな落ち着いて寝られるだろう。

全員の個室を作ることを提案して良かったとファレンは思いながら、みんなの壁掛けを配っていった。

 

「そう言われると嬉しいな。これがみんなの分の壁掛けだよ。それぞれの部屋の前に貼ってきて」

 

「青色の壁掛けか…なかなか良いな」

 

「私の壁掛けは赤色なんだね。名前もはっきり書いてあるし、間違えずに済むよ」

 

「男女で色を変えたようだな。それでは、さっそく貼り付けて来るぞ」

 

ケッパーやピリンは壁掛けを眺めてそれぞれ感想を言う。

それから、みんな個室の扉の横に壁掛けを貼り付けにいった。

壁掛けもブロックと同じような性質を持ち、壁に当てるとそのままくっつく。

ファレンも今までみんなが寝室として使っていた部屋の壁に、自分の名前の看板を貼った。

みんなは壁掛けを貼り終えると、彼の元に集まってくる。

 

「こっちの壁掛けも貼ってきたよ。改めて言うけど、部屋作りを手伝ってくれてありがとう。私の作りたい物ももうすぐ出来るから、もう少し待っていてね」

 

「オレたちも何を作ってるのかは分からねえが、そんなに内緒にしてるんだ、すごい物だと思ってるぜ」

 

「吾輩のメルキド録の解読も進みそうだ。重要な手がかりが分かったら、お主に伝えに行こう」

 

ロッシたちもピリンが何を作っているかは知らなかった。

しかし、部屋が出来たことで完成も近づくだろうと、ファレンは考える。

ピリンの物作りにロロンドのメルキド録の解読、もうすぐメルキドの発展が大きく進みそうだと、ファレンは楽しみに思った。

 

「そうなんだ。じゃあ、僕もその時のために準備をしておくよ」

 

ピリンはさっそく個室に物作りに、ロロンドはメルキド録の解読に向かう。

ロッシは作業部屋に入っていき、ファレンは素材集めに向かおうとした。

そうしていると、1人その場に残っていたケッパーが彼に話しかけた。

 

「僕からも言うけど、個室の壁掛けを作ってくれてありがとう。これからは、警備に疲れたらそこで休ませて貰うよ。そう言えば、僕からも1つ提案があるんだけど、いいかな?」

 

「これから出掛けようとしてたけど、別にいいよ。どうしたんだ?」

 

個室作りをしたものの、まだ昼ごろにすらなっていない。

いくらでも時間はあると思い、ファレンはケッパーの提案を聞いた。

 

「君は昨日ブラウニーと上手く戦えてたし、ロロンドから骸骨と戦った話も聞いた。だけど、これからは魔物も強くなって来るだろうし、さらなる力が必要だと思うんだ。そこで、ちょっとした技を覚えたらいいと思ってる」

 

「もしかして、昨日ケッパーが使ってた回転攻撃か?」

 

今は骸骨やブラウニーより強い魔物はいないが、今後現れることも想定しているので、ファレンもさらなる力を得ることには賛成だった。

ケッパーは昨日、瞬時に身体を一回転させて剣で周囲を薙ぎ払い、ブラウニーの群れを斬り裂いていた。

ファレンも戦いながらではあったが、僅かにその動きは見ている。

 

「そう、僕は回転斬りって呼んでるね。僕は昔おおきづちの里の向こう側の谷で、大きな鉄の蠍と戦ったことがあったんだ。倒すことは出来なかったけど、その鉄の蠍の攻撃を見て回転斬りを編み出した。僕が教えるより分かりやすいと思うから、見に行ってきたらいいと思うんだ」

 

「鉄の蠍か…町を襲ってきても困るから倒したいけど、今の僕でも勝てるのか?」

 

鉄の蠍は恐らく、今までの魔物より攻撃力も防御力も高いとファレンは予測する。

放置しておけば町を襲撃して来るかもしれないので、見に行くだけでなく今のうちに倒そうと考えた。

ケッパーは、倒すことも不可能ではないとファレンに言う。

 

「君はなかなか強い…強敵だけど、今の君なら勝てなくはないと思うよ。でも、気をつけて行ってきてくれ」

 

「分かった。それなら、無理はしないけど倒しに行って来るよ」

 

ケッパーも今までの戦いを見て、ファレンの強さを認めていた。

回転斬りを覚えるため、町への脅威を減らすために、ファレンはおおきづちの里の向こうにいる鉄の蠍に挑みに行く。

まずは旅の扉を抜けて、おおきづちの里に向かっていった。

里のみんなとも話したいが、今は鉄の蠍のことを優先して進んでいく。

里を抜けると、その先にあるという谷を目指して歩いていった。



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1-18 鉄の蠍と強さを求める骸骨

ファレンはおおきづちの里を抜けて、鉄の蠍がいるという谷を目指す。

里を抜けた先にはブラウニーや骸骨が生息しており、高低差の激しい地形のおかげで見つかりにくくはあるが、完全に戦いを避けることは出来ない。

歩いていくファレンに向かって、2体の骸骨が剣を振り上げて襲いかかってきた。

 

「こんなところにも来たか、人間め…!」

 

「オレたちが始末してやる!」

 

ファレンは骸骨との戦いには慣れており、今は銅の剣も持っている。

骸骨の攻撃をかわしてポーチから剣を抜き取り、側面から斬りつけた。

金属の剣での攻撃を受けると、骸骨の骨にも大きく傷がつく。

勢いよく襲ってきた骸骨たちだが、すぐに弱っていった。

 

「君たちの攻撃はもう慣れてるよ!」

 

足にダメージを負うと動けなくなることも知っているので、ファレンは骸骨の攻撃を体勢を下げてかわし、足の骨にも銅の剣を叩きつける。

2回ほど足の骨を攻撃すると折れて骸骨は倒れ込み、そこでファレンはとどめをさしていった。

2体とも骸骨を倒すと、彼は再び谷を目指し始めようとする。

 

「また出てくるかもしれないけど、この調子で倒して行こう」

 

「…なかなかやるな、そこの人間!お前は、このレゾン様の修行に付き合ってもらうぜ…!」

 

しかし、進もうとしているファレンの横から、得体の知れない声が聞こえてくる。

彼が振り向くと、そこには新たな一体の骸骨が近づいてきていた。

レゾンと名乗った骸骨も剣を振り上げ、ファレンを斬ろうとして来る。

修行という言い方は気になったが、彼も再び剣を構えた。

 

「また骸骨か…君も倒してさっさと先に進む!」

 

「人間ごときにそれが出来るか…?」

 

ファレンは今までの骸骨と同じだろうと近づくが、レゾンは素早い剣さばきで彼を翻弄してくる。

骸骨と戦っているのにも関わらず、まるで生きている人間と戦っているようだった。

側面から攻撃するのは難しく、ファレンは体勢を下げての足への攻撃に集中する。

しかし、足を斬りつけることは出来たが、他の骸骨のように簡単に動きは止まらなかった。

 

「なんだこいつ…さっきの骸骨たちとは全然違う…!」

 

「あんな奴らと一緒にするなよ。俺はもう、弱い骸骨じゃない!」

 

仲間であるはずの他の骸骨に対してそんな言い方をすることも、ファレンは気にかかった。

しかし、レゾンの素早さのせいで詳しいことを考える隙はない。

少しずつでも生命力を削っていこうと、ファレンは足の骨への攻撃を続けた。

レゾンは足元へも剣を叩きつけようとするが、彼は攻撃後にすぐにかわす。

銅の剣で何度も斬りつけられ、レゾンの足もかなり傷がついていた。

 

「攻撃は効いてるね…でも、動きがなかなか弱まらない…」

 

「ただの骸骨と違って、俺の足は簡単には折れねえよ!」

 

しかし、一向にレゾンの動きが遅くなる気配はなく、背後に回って強力な一撃を叩き込むことは出来ない。

足元を狙ってはかわし、少しずつ体力を減らしていくしかなかった。

だが、僅かにでも回避が遅れればレゾンの剣はファレンに当たってしまう。

何度か剣先がかすり、彼は腰や足に軽い傷を負っていた。

 

「痛いな…でも、僕は負けないよ!」

 

「いつまで続くかな、お前のその勢いも?」

 

ファレンは痛みをこらえて、レゾンの足への攻撃の手を緩めない。

それでも全く痛みの影響を受けないということはなく、動きが鈍ってさらなる傷を負うことになった。

レゾンも生命力を多く失い、攻撃の勢いが衰えてはいるものの、倒れる気配は見せない。

これ以上レゾンとの戦いで消耗すれば、鉄の蠍との戦いに行けないどころか、この場で殺されてしまうとファレンは思った。

 

「そろそろ限界だな、お前も。俺がさらなる力を得るため、犠牲になってもらう!」

 

「くっ…こうなれば…!」

 

おおきづちの里へと逃げ出し、助けを求めることも彼は考えた。

しかし、戦えないおおきづちも多い里に強敵を連れ込むのもためらわれる。

レゾンの攻撃は確実に弱まっており、今なら防ぐことも出来るのではないかと考え、銅の剣で彼の剣を弾き返そうとした。

レゾンが剣を振り下ろして来た瞬間、ファレンは両腕の銅の剣を構える。

 

「何をしたところで勝てないぜ、人間!」

 

レゾンの攻撃は非常に重かったが、ファレンは全身の力で足を支える。

そこから剣を叩き落とすために、彼はレゾンの方向に倒れ込むように力をかけた。

すると、足が不安定になっているレゾンは体勢を保ちきれず、頭から地面に叩きつけられる。

 

「こっちの勝ちだね、レゾン」

 

その衝撃で彼の身体はバラバラになり、ファレンは散った骨の一つ一つを斬り裂いていった。

これが駄目ならおおきづちを頼ろうと思っていたが、彼1人で対処することが出来た。

レゾンの身体は元に戻ろうとするが、ファレンはその瞬間にも背骨に強力な一撃を叩き込んでいく。 

 

「まだ生きてるのか…でも、もう終わりだ」

 

レゾンの身体は元に戻るが、もう戦いが出来ないほどに傷だらけになっていた。

ファレンは彼に近づき、とどめをさそうとする。

だが、レゾンは膝をついて、命を助けるようにファレンに願った。

 

「人間、お前がここまで強いとは知らなかった。最近人間は物作りをしてるんだろ…?俺の服を素材として使っていいから、助けてくれ」

 

レゾンは纏っている布の一部を自ら剣で切り、ファレンに渡す。

仲間の骸骨を嫌うような言い方をしたり、人間に命を助けるよう頼んだり、レゾンは他の魔物とは何もかも違った。

困惑しているファレンに向かって、レゾンはもう一つお願いをする。

 

「それと、お前たちのためにどれだけでも戦うから、俺を仲間にして欲しい。ここまで強いお前となら、俺はさらなる力を得られると思うんだ」

 

レゾンは起き上がり、仲間になりたそうな目でファレンを見る。

そこでファレンは、「強さを認めると仲間になる魔物もいる」というラグナーダの言葉を思い出した。

しかし、どうしてレゾンがここまで力を求めるかも、ファレンは気になった。

 

「何でそこまで強くなりたいんだ?」

 

「俺は元々骸骨の中でも貧弱でな、仲間たちからは役立たずと呼ばれてたんだ。それで、仲間たちを見返してやりたい、俺は必死に修行を続けた。お前に襲いかかったのは、さらなる戦いの経験を積むためだ。俺は同じ骸骨のことは好きじゃないし、強い者だったら人間の仲間になっても構わない」

 

他の骸骨を見返すためなら人間に協力しても構わないとレゾンは思っていた。

今後の町の戦力を高めるために、レゾンを仲間にするのも悪くないとファレンは考える。

しかし、嘘をついて騙し討ちしようとしている可能性も捨てきることは出来なかった。

 

「そうなのか…でも、その話が本当って示す方法はないよね。嘘をついて騙し討ちしようとしてるんじゃないのか?」

 

「それなら、お前が倒したいと思っている魔物を一緒に倒しに行く。それでどうだ?」

 

人間に敵対する魔物を倒せば、人間に味方することの証明になる。 

ファレンはケッパーが苦戦した鉄の蠍との戦いに向かっていた。

レゾンには、一緒に鉄の蠍と戦わせることにする。

 

「分かった。じゃあ、これから谷底にいる鉄の蠍と戦いに行くから、一緒に戦って欲しい。今のままじゃ戦えないと思うから、傷薬を渡しておくよ。少しでも怪しい動きをしたら、おおきづちと一緒に君を倒すからね」

 

「ありがとう。必ず役に立ってみせるぜ」

 

ファレンは傷薬をレゾンに渡し、自分にも使う。

2人は傷薬で回復すると、この先にある谷へと向かっていった。

谷に向かう途中、ファレンはよく後ろを振り向いてレゾンの様子を確認する。

もし攻撃しようとしていたら、今度こそはおおきづちの兵士と共に戦い、とどめを刺すつもりでいた。

谷にたどり着くと、ファレンたちは下を覗き込む。

そこには、ケッパーの言っていた大きな鉄の蠍と、それを取り囲む3体のキメラがいた。

 

「あれが鉄の蠍か…周りにはキメラもいるね」

 

「キメラたちは俺が相手する。倒したら、あのでかい蠍と一緒に戦うぜ」

 

鉄の蠍は名前に違わず全身の皮膚が鉄で出来ており、防御力が高そうな見た目をしていた。

ケッパーは鉄の蠍しか言っていなかったので、周囲のキメラの存在に驚く。

1人なら苦戦は免れなかったが、レゾンが本当に協力してくれるのならば心強い。

キメラをレゾンに任せて、ファレンは鉄の蠍との戦いに集中することにした。

 

「それじゃあ、そっちは頼んだよ」

 

レゾンにそう言うと、ファレンは一段ずつ崖を降りていく。

何度も崖登りを経験したことで、少しは恐怖が減ってきていた。

ファレンが降りる様子を見て、レゾンはそれについて行く。

谷底まで降りると、二人は鉄の蠍とキメラの元に向かっていった。

 

「この戦いに勝ったら、人間の町とやらを紹介してくれよ。それじゃあ、行くぜ!」

 

レゾンは骸骨なのでキメラたちは警戒しておらず、彼はその隙をついて斬りつける。

同じ魔物同士とは言え流石に攻撃を受けると戦闘状態になり、キメラはレゾンを嘴で攻撃してきた。

キメラの攻撃速度は素早いが、レゾンなら容易に対処することが出来る。

彼は嘴を剣で防ぎ、そのまま口の中を斬り裂いていった。

 

「お前たちなんか、そこの人間に比べたら全然弱いぜ!」

 

次の攻撃が来る前にレゾンは連続で剣を振り、キメラに大きなダメージを与えていく。

彼の武器は銅の剣よりは弱いが、元々の攻撃力もあってキメラはすぐに弱っていった。

他の2体のキメラは炎を放ってくるが、レゾンは剣を使って凌ぎ、攻撃を続ける。

鉄の蠍も彼を狙おうとしていたが、ファレンが間に立ち塞がった。

 

「鉄の蠍は僕が引き付けておくよ。そっちも気をつけて倒して」 

 

半信半疑ではありながらも気をつけるように言うファレンに感謝しながら、レゾンはキメラとの戦いを続ける。

キメラの攻撃手段は嘴と炎しかない。

どちらの攻撃も対処されてしまい、彼らにはレゾンに抵抗する手段がなかった。

弱っていたキメラの羽を彼は狙い、地面に叩き落とす。

そこで垂直に剣を突き刺し、生命力を全て奪っていった。

 

「残りは2匹だな…お前たちも斬り刻んでやるぜ」

 

1体目のキメラが倒れると、レゾンは遠くから炎を放っていた個体にも近づく。

途中でもう一度炎を放たれたが、彼はそれも剣で受け止め、防いでいった。

キメラは近づかれると、身体に力を溜めて思いきりレゾンをつつく。

すると、彼の剣には僅かに傷が入ったが、動きを止めることは出来なかった。

 

「まあまあの力はあるみたいだが、その程度なら問題ない!」

 

先ほどの弱った状態なら危なかったが、傷薬は骸骨の身体にも効果があった。

普通の骸骨を大きく逸脱するほどの力で剣を叩きつけ、2匹目のキメラの身体を頭から尾まで斬り裂く。

流石に真っ二つにはならなかったが、キメラは瀕死となって落ち、レゾンはそこで追撃していった。

 

「後は1体だな…どれだけギラを唱えて来ようが、俺には勝てねえぞ」

 

キメラが使うのはギラという炎の呪文だとレゾンは聞いている。

2匹のキメラが倒れると、ギラを防ぎながら残りの者にも近づいていった。

そこでも今までと同様にして戦い、キメラの力を削り取る。

全てのキメラを倒したら、彼はファレンの元に向かおうとしていた。

レゾンがキメラと戦っている間、彼は鉄の蠍と1人で戦っていた。

鉄の蠍は攻撃力も攻撃範囲も広く、ファレンは大きく跳んで回避し、8本ある足に向かって剣を振り下ろす。

 

「鉄だけあって、やっぱり硬いね」

 

鉄の蠍の身体は銅の剣でも弾かれはしなかったが、表面を破るのが精一杯で浅い傷しか与えられない。

その巨体もあり、いくら攻撃しても倒せそうにない気がするほどだった。

それでも動きを休めず、前足に向かって攻撃を続けていく。

鉄の蠍は巨体とはいえ動きも速めで、後ろ足の方までは回ることが出来なかった。

鉄の蠍はファレンの方を向き、爪で引き裂こうとしてくる。

 

「受け止められないし、避け続けるしかないよな…」

 

レゾンより攻撃力が高く、両腕を持ってしても防ぎきることは出来そうにない。

確実にかわし、少しでも多くのダメージを与えようとファレンは腕に力をこめて斬りつけていった。

鉄の蠍の足は細いので、攻撃を続けることで前足は傷だらけになって動きにくくなる。

しかし、後ろの6本足でも十分に身体を支えられるので、攻撃速度が落ちることはなかった。

さらに、鉄の蠍はファレンを危険な敵と認識すると、尻尾を使って突き刺そうともして来る。

 

「この尻尾も攻撃に使って来るんだね…気をつけないと」

 

尻尾の先端は尖っており、刺されたら大怪我は必至だ。

爪と尻尾を同時に動かすことは出来ないようで、ファレンはどちらも跳んで回避して、僅かな隙に前足に攻撃を叩き込む。

しかし、一瞬でも回避が遅れると攻撃を受けてしまうので、彼は危険な状況にあった。

ケッパーは鉄の蠍は回転攻撃を使うと言っていたが、それすら見られないのではないかという思いもファレンの中に浮かび上がる。

しかし、これからの町の防衛のため、倒せずとも回転攻撃を使うまでは追い詰めようと、彼は剣を振り続けていった。

前の4本の足を集中して攻撃し、切り落とせそうな程の傷をつける。

確実に効いているだろうと考えていると、キメラを倒したレゾンが近づいてきた。

 

「こっちは片付いたぜ、ファレン。後は一緒にこの蠍を倒すぞ!」

 

「助かったよ、ありがとう。僕が前から攻撃するから、レゾンは後ろ足を攻撃して!」

 

ファレンの指示を受けて、レゾンは鉄の蠍の後ろの方へと動いた。

鉄の蠍は爪でファレンを、尻尾でレゾンを攻撃して来るが、2人は回避してそれぞれの剣で前足と後ろ足を攻撃する。

2人で戦うとそれぞれへの攻撃頻度が下がり、今までよりは安全に戦うことが出来ていた。

人間より回避力の低いレゾンは何度か尻尾での攻撃を受けることもあったが、ファレンとの戦いでも見せた生命力で耐える。

前足だけでなく後ろ足も傷だらけになり、鉄の蠍は動きが鈍ってくる。

敵の攻撃が弱まったのを見て、ファレンたちはさらに深い傷を与えていった。

だが、2人に挟まれて弱ってきた鉄の蠍は、倒れる前に見た事のない足の動きをする。

 

「ん…もしかしてこれが回転攻撃?」

 

攻撃の手は止まったが、鉄の蠍が戦いを諦めるとはファレンには思えない。

ブラウニーとの戦いでケッパーの見せた動きにも似ており、彼は大きく後ろに跳んだ。

 

「レゾン、早く下がって!」

 

レゾンにもかわすように指示を出すが、彼は動きが遅いためすぐに離れることは出来ない。

レゾンが距離を取る前に、鉄の蠍は瞬時に身体を一回転させて、辺りを薙ぎ払った。

鉄の身体から放たれる一撃を受けたレゾンは、バラバラに砕け散ってその場に倒れ込む。

 

「レゾン…!」

 

「俺なら大丈夫だ…じきに元に戻れる。すまないが、それまで引き付けておいてくれ」

 

先ほどのファレンとの戦いと同じで、レゾンは砕けても消えることはなかった。

しかし、このまま攻撃を受け続けると生命力が尽きてしまう。

ファレンはレゾンがまだ生きているのに安心すると、彼に追撃しようとしている鉄の蠍の尻尾の付け根を何度も斬り、注意を引き付けた。

真後ろにいるファレンの方を向くまでにも僅かだが隙が出来るので、そこでも両腕で銅の剣を持ち、強力な一撃を叩き込む。

鉄の蠍が再び爪や尻尾で攻撃して来た時には、今まで通り大きく跳んで避け、前足に攻撃を行った。

彼が鉄の蠍の体力を削り取っていると、レゾンが身体を再生して戻ってくる。

 

「さっきはよくもやりやがったな…仕返ししてやるぜ!」

 

レゾンは鉄の蠍の後ろ足に近づくと、力をこめて剣を叩きつけ、足を斬り落とそうとしていく。

鉄の身体だけあって簡単に足は落ちなかったが、傷のせいで思い通りに動かなくなっていった。

背後にいる彼にろくに反撃することが出来ず、鉄の蠍は追い詰められていく。

しかし、ただでは倒されることはなく、鉄の蠍はまた動きを止めて、身体に力を溜め始める。

 

「レゾン、また来るぞ…!」

 

「分かってる…同じ手は2度は食わないぜ!」

 

だが、今度はレゾンも動きは分かっているので、ファレンに言われる前から鉄の蠍と距離を取る。

回避力の低い彼でも何とか範囲外に出ることができ、回転攻撃が終わると近づいて剣での攻撃を再開した。

 

「今度こそ終わりだな、いい戦いの経験になったぜ!」

 

激しい攻撃をかわし、耐え抜き、これも強さを得るための経験になったとレゾンは思う。

鉄の蠍の最後の反撃も凌いで、彼らはとどめを刺していった。

2人での攻撃力を受け続け、鉄の蠍は最後には光を放って消えていく。

戦いが終わると、ファレンたちはそれぞれの剣をしまった。

鉄の蠍は鉄で出来た角を落とし、ファレンは拾ってポーチにしまう。

 

「何とか倒したね…本当に助かったよ。これで、君が人間の味方をしてくれるって信じるよ」

 

「それなら嬉しいぜ。じゃあ、人間の町って奴に連れてってくれ。町を襲う敵と戦ってやるぜ」

 

最初は疑っていたが、共に鉄の蠍を倒したことでファレンもレゾンを仲間として受け入れる。

今後も仲間になりたそうな魔物がいたら積極的に町に連れていこうと、ファレンは考えていた。

谷を登るのは大変だと、彼は町に戻るためにキメラの翼を取り出す。

 

「分かった。ここから町は遠いから、キメラの翼を使って戻るよ」

 

キメラの翼を振り上げてメルキドの町のことを考えると、2人の身体は急速に飛び上がり、町の方向へと向かっていく。

以前のファレンと同様に、レゾンも空の旅を怖がっていた。

 

「おい、こんなに高く飛んで大丈夫なのか!?」

 

「僕も最初は怖かったけど、安全だよ。痛みもなく町に着地出来るんだ」

 

その話を聞いても、レゾンは実際にメルキドの町に着くまでは怖がっていた。

ファレンは町の上空に着くと、ケッパーたちの様子を眺める。

彼が魔物と一緒に町に戻ってくるのを見て、彼らは驚いていた。

レゾンは無事に着地すると一安心するが、そこにすぐにロロンドたちが駆け寄ってくる。

 

「おお、そいつは骸骨ではないか!ファレンよ、どうして一緒におるのだ?」

 

「間違えて連れて来ちゃったの?」

 

「いや、この骸骨はレゾンって言うんだけど、僕たちに協力してくれることになったんだ。僕も最初は疑ったんだけど、一緒に鉄の蠍を倒してくれた」

 

ロロンドとケッパーは銅の剣を構えようとしていたが、ファレンはレゾンのことを説明する。

すると、おおきづちという人間に味方する魔物の前例もあり、ファレンがそう言うなら敵意はないのだろうと、2人は剣をしまった。

 

「なるほどな…おおきづちの他にも、人間に味方する魔物がおったのか」

 

「人間に味方した方が強くなれるって思ったんだ。せっかく一緒に暮らすんだ、これをやるよ。必要な時が来たら使ってくれ」

 

レゾンはこれから共に暮らす町の人々に、ファレンの時と同じように服を切って布を渡す。

今は布が必要な物はないが、これから必要になるかもしれないと、みんなは受け取っていった。

 

「ありがとう、結構きれいな布だね。今度使ってみるね」

 

「魔物と一緒に暮らすなんて初めてだが、なかなか面白そうだな」

 

「町に魔物が襲ってきたら一緒に戦うぜ。その時にもよろしくな」

 

町の新たな仲間が現れ、魔物たちと戦うための戦力も増え、ピリンたちは嬉しそうな顔をする。

鉄の蠍を倒したことを聞き、ケッパーは回転斬りの話もした。

 

「それは頼もしいな。そうだ、鉄の蠍を倒してきたって言ったけど、回転斬りは覚えられそうかい?」

 

「うん。動きは見てきたから、ちょっとやってみるよ」

 

「あの蠍の回転攻撃の動きか。それなら、俺も見てきたぜ!」

 

ファレンもレゾンも、鉄の蠍の2度の回転攻撃の動きを目に焼き付けて来ている。

2人はみんなに剣が当たらない位置に移動すると、鉄の蠍を真似して足と腕に力を溜めた。

そして、十分に力が溜まり切ると、瞬時に回転して周囲を薙ぎ払う。

鉄の蠍やケッパーには劣っているが、かなりの勢いが出ていた。

 

「初めてにしては上出来だと思うよ。このまま練習を続けていけば、さらに速度を上げられるはずさ」

 

ケッパーも練習を重ねて今の回転斬りを使えるようになっており、ファレンたちもだんだん上達していくだろうと彼は考える。

2人の回転斬りを見て、ロロンドは自分も使いたいと話した。

 

「へえ…なかなかの技だな。これなら、少しの魔物なら倒せるかもな」

 

「こんな剣技があったのか…吾輩も使ってみたいが、ケッパーよ、教えてくれるか?」

 

全員が回転斬りを使えれば、より戦いは有利になる。

しかし、もう鉄の蠍は倒されたので、ケッパー自身が教えるしかなかった。

 

「ロロンドは本に集中してたから声をかけなかったけど、使いたいなら教えるよ。僕は教えるのが苦手だけど、頑張ってみる」

 

「では、よろしく頼んだぞ」

 

みんなが集まった後、ピリンとロッシは物作りに戻り、ロロンドとケッパーは回転斬りの修行を始める。

ファレンとレゾンは、それぞれ独自で回転斬りの練習をし、速度を高めようとしていった。



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1-19 古の城塞と謎の魔物

鉄の蠍を倒した日の翌日、ロロンドはメルキド録の解読に戻り、ファレンとレゾンは回転斬りの練習を続けていた。

昼頃になると、ファレンは一度休憩して料理部屋で焼きキノコを食べる。

キノコを食べた後には、部屋の中でしばらく座っていた。

そうしていると、ロロンドが扉を開けて中に入り、話しかけてくる。

 

「おお、ここにおったかファレンよ。実は朝からメルキド録の解読を続けて分かったことがあってな、お主に伝えたいことがある」

 

「新しい物作りの手がかりが掴めたのか?」

 

メルキド録の解読はファレンも楽しみにしており、その話を聞くと彼は立ち上がる。

レゾンが仲間になり、回転斬りも覚えたとは言え、備えが完璧とはまだ言えない。

新しい情報が手に入ったら、すぐに作りに行こうとしていた。

 

「いや、直接書かれていた訳ではない。メルキド録に書かれていたのは、おおきづちの里の向こう側、ケッパーの言っていた谷のさらに奥にあるメルキド山岳を越えた辺りに、とある城があるという事だ。そこには、石の守りと呼ばれる魔物を撃退する装置の手がかりがあるそうなのだ」

 

ロロンドもケッパーから、おおきづちの里の向こう側にある谷に鉄の蠍がいた事は聞かされていた。

昨日ファレンは鉄の蠍と戦った時、谷の向こう側にも険しい山岳地帯が続いているのを見ている。

山岳地帯の探索自体大変だが、今回はより一層疲れることになりそうだと彼は思った。

そんな人里離れた場所に城があることも、ファレンは不思議に思う。

 

「そんな場所があるのか…でも、山奥にどうして城が立ってるんだ?」

 

「そこまではメルキド録には書かれておらぬ。兎に角、お主にはその城に行って石の守りの手がかりを手に入れて来て欲しい」

 

城が存在している理由は、その地に赴かなければ分かりそうにない。

石の守りという装置に関しても、町の発展に大きく役立ちそうであった。

ファレンはそう考えて、メルキドの山岳地帯を越えて謎の城に向かおうとする。

 

「分かった。それじゃあ、時間はかかると思うけど調べに行ってくるよ」

 

「吾輩はその間もメルキド録の解読を進めておる。石の守りの手がかりが手に入ったら、詳しく教えて欲しい」

 

ファレンに山岳地帯の城の事を伝えると、ロロンドはメルキド録の解読へと戻っていく。

ファレンは料理部屋を出て、山岳地帯に繋がる旅の扉へと向かっていった。

その間、回転斬りの練習の後外で休憩していたレゾンにも話しかけられる。

 

「なあ、ファレン。これからどこに行くんだ?」

 

「ロロンドに言われて山奥にある城を探しに行くんだ。レゾンは聞いたことあるか?」

 

「それは俺も知らねえな。気になるし、道中には敵も出そうだし、俺もついて行っていいか?」

 

レゾンもメルキド山岳の奥地にまでは行ったことがなかった。

しかし、そこにも多数の魔物が生息しているのは間違いない。

戦いの経験が積めると、彼はファレンと一緒に城に向かうことを提案した。

 

「もちろんいいよ。また崖を降りたり登ったりすることになるから、気をつけて行こう」

 

「ああ。それじゃあ、出発だ」

 

ファレンとしても、未知の領域に行く際にレゾンがいれば心強い。

2人は共に旅の扉に向かい、それを抜けて山岳地帯に向かっていった。

山岳地帯に入ると、彼らはおおきづちの里を抜けてまずは鉄の蠍がいた谷を目指していく。

その間に野生のブラウニーや骸骨にも襲われたが、彼らはもはやファレンたちの敵ではない。

練習中の回転斬りも使って倒していき、毛皮も集めていった。

谷に着くと、ファレンたちは昨日と同様に慎重に降りていく。

 

「昨日の谷まで来たね…落ちないように気をつけよう」

 

「結構高いからな…お前もゆっくり行くんだぞ」

 

一段一段降りていき、谷底まで来ると2人は一度休憩する。

昨日鉄の蠍がいた場所には誰もおらず、ファレンたちはそこでしばらくの間立ち止まっていた。

そうしていると、辺りを眺めていたレゾンが何かに気づき、指を指しながらファレンに声をかけた。

 

「おい、あんな所に家が建ってるけど、誰か住んでるのか?」

 

「確かに家があるね…誰もいないとは思うけど、ちょっと見てみよう」

 

レゾンの指さす方向には、いくつか壁が崩れている白い小さな家がある。

昨日まで鉄の蠍がいたような危険地帯なので、恐らくは誰もいないだろうとは考えながらも、ファレンは確認のために近づいていった。

すると、中には予想通り人はいなかったが、何枚かの紙が置かれているのが見えた。

 

「やっぱ誰もいないか…ん、この紙はなんだ?」

 

「大分昔に書かれた物みたいだな。何て書いてあるんだ?」

 

紙は相当古びており、書かれてからは百年以上も経っていそうだった。

しかし、辛うじて文字は分かる状態なので、ファレンはその紙に書かれている文章を読み上げていく。

 

いわやまのさきにあるじょうさいからぼくはどうにかここまでにげてきた。

あそこはやばい…あのじょうさいにはマモノがすんでいる。

あのじょうさいはメルキドのにんげんのさいごのきぼうだとおもっていたのに…。

あそこにはなにがあってもぜったいにちかづかないほうがいい。

 

文章は薄く汚い文字で書かれており、どうやら子供が書いたもののようだった。

 

「昔の子供が書いた文章みたいだね…最後の希望って事は、山奥の城は魔物の攻撃で町を追われた人間が作ったてことか」

 

「そうみたいだな。だが、そこにも魔物が現れて、結局滅びてしまったと」

 

文章を読んで、ファレンたちは山奥に城が作られた理由を理解していく。

しかし、山に囲まれた地形ならば、魔物からの攻撃は受けにくい。

城塞と言うくらいならば、簡単な攻撃では壊れない防壁もあっただろう。

そんなに強い魔物がいたのかと、ファレンは不思議にも思う。

 

「…でも、山に囲まれた城塞を滅ぼすなんて、相当強そうな魔物だな。絶対近づかない方がいいって書いてあるし。城塞に行ったら、まだその魔物がいたりしないかな?」

 

「そこまで強いとなると、オレも無理に行くとは言えねえな。どうする、戻ってロロンドにこのことを伝えるか?」

 

強者との戦いを好むレゾンも、この紙の記述を見ると無理に行こうとは思わなかった。

だが、山奥の城塞が滅びたのは大昔の話だ。

今はもうその魔物もいないだろうと、ファレンは先に進もうとする。

 

「いや、先に進むよ。魔物の攻撃を受けたのは昔の話だろうし、今はもう誰もいないはず。もし危険な魔物がいたら、キメラの翼で逃げ帰ればいい」

 

「それもそうだな。じゃあ、行くだけ行ってみるか」 

 

「うん。しばらく休んだし、谷の反対側を登るよ」

 

万が一のために備えて、ファレンたちには逃げる術もある。

2人は家を出て、城塞を目指すために谷の反対側の崖を登っていった。

反対側の崖は白く硬い岩で、土のブロックを置いて足場を作りながら進む。

崖を登りきると、彼らはロロンドがメルキド山岳と呼んだ険しい山岳地帯を歩いた。

岩山が多かったが、進むと木が生い茂った森が見えてくる。

 

「大分奥まで進んだけど、こんな所にも森があるんだね」

 

「食べられそうなキノコもあるな。そう言えば、あの黄色い植物はなんだ?」

 

森の近くにはレゾンが見たことのない黄色い植物もあり、彼はそれを指さした。

10本以上が群生しており、先端にはたくさんの小さな実がついている。

 

「これは小麦だね。小さい身だから食べにくいけど、何かに使えるかもしれない」

 

「それじゃあ、集めておくか」

 

ファレンはその植物を見ると、小麦という作物を思い出す。

どうやって食べるかまでは思い出せなかったが、今後役に立つかもしれないと思い、レゾンに頷くと一緒に刈り取っていった。

小麦が集まると、2人は再び城塞を目指して歩いていく。

 

「これくらい集まれば十分かな。この先にある城塞に向かおう」

 

小麦があった所の先にも、メルキド山岳はまだまだ続いている。

しかし、森のある場所は高低差が少ないので、彼らは素早く進むことが出来た。

森を抜けると、2人の目の前には朽ち果てて、いくつかつたも生い茂っている巨大な建物が見えてくる。

 

「見えてきた…これが山奥の城塞だね」

 

「結構な大きさだな…相当な数の人間がこの中で暮らしてたんだろうな」

 

「魔物の姿はあまりないね。石の守りの手がかりがあると思うし、行ってみよう」

 

ここがロロンドの話や先ほどの紙にあった山奥の城塞に間違いない。

城塞の中は遠くからではよく分からないが、少なくとも強力な魔物の姿はなかった。

石の守りについて調べるために、ファレンたちは近づいていく。

すると、城塞の前に作られた石の防壁と、その上に立っている兵士の姿も見えてきた。

魔物に攻撃するためか、石の防壁の前には鋭いトゲもいくつも置かれている。

兵士の顔は青ざめており、生気が感じられなかった。

 

「無念だ…あまりに無念だ。この無念さを伝えられないのがまた無念だ…」

 

「おい、どうかしたのか?」

 

ひたすらに無念だとつぶやく兵士に、ファレンは話しかける。

すると、兵士は驚いた顔をして彼らの方を振り向いてきた。

 

「おおお!ひょっとして君たちには、幽霊である私の姿が見えているのか?」

 

「え…?確かに普通の人とは違うみたいだけど、幽霊なのか?何で僕にそんなのが見えるんだ?」

 

「俺は骸骨だから見えるんだろうけど、人間のお前が見えるのは妙だな」

 

骸骨は動く死体のような存在なので、死者が見えてもレゾンは納得する。

しかし、人間であるはずの自分に幽霊が見えることに気づくと、ファレンは困惑した。

 

「な、何で君は骸骨を連れているんだ?」

 

「レゾンって言って、訳あって人間に協力してるんだ。…それより、君が幽霊っていうのは本当なのか?」

 

「本当さ。僕は石の守りという防壁を作ってたんだけど、その途中で魔物に殺されてしまった。それが無念で、幽霊としてさまよってるわけだ」

 

ファレンはレゾンのことを説明しつつ、兵士が幽霊なのかもう一度聞き直す。

突然のことで混乱している彼の変わりに、レゾンが石の守りのことを聞いた。

 

「そうなのか…でも、何で人間の僕に見えるんだ?」

 

「人間だっていろいろいるんだし、お前には幽霊が見える才能があるんじゃないか?そうだ、俺たちは石の守りの手がかりを求めてここに来ている。それについて教えてくれ」

 

死に近い存在である骸骨が幽霊を見られる事、自分が墓の前で眠っていた事から、ファレンの脳裏に一瞬嫌な予感がよぎる。

しかし、考えたくもないことなので、レゾンの言う通り幽霊を見る才能があるのだと納得した。

石の守りが目的だったことも思い出し、彼も兵士の話を聞き始める。

 

「それなら、まずはこの石垣とトゲ罠で私の足元にある石の守りを完成させてくれ。説明はそれからするよ」

 

「そのくらいなら簡単だよ。ちょっと待ってて」

 

兵士の近くには、いくつかの壊された石のブロックやトゲ罠が置かれていた。

ファレンたちはそれを手に持ち、防壁の壊れた部分に置いていく。

そんなに大きく壊れてもいないので、2人で行えばすぐに終わる作業だ。

石の守りが出来上がると、兵士は説明を始める。

 

「おお!これで石の守りは完成だね。それじゃあ、石の守りについて説明するよ。魔物は人間の住む場所を攻撃するために、石垣を壊そうと近づいてくる。でも、石垣は強力な魔物でもそう簡単には壊すことが出来ない。それで、魔物は石垣に苦戦している間に、トゲ罠が刺さって倒れるって言う事さ。この辺りにも魔物はいるし、試してみたらどうだ?」

 

石の守りは石垣で攻撃を防ぎ、トゲ罠で魔物にダメージを与えるという仕掛けのようだ。

ファレンたちのいる城塞の近くにも、数体のブラウニーの姿が見かけられる。

 

「それじゃあ、その辺のブラウニーで試してみるよ。おい、そこのブラウニーたち、さっさとかかってこい!」

 

ファレンは石垣の上に登り、ブラウニーの群れを大声で挑発した。

彼らはファレンの姿を見つけると、ハンマーを構えて襲いかかって来る。

 

「あんな所に人間が…自分から戦いを挑むとはいい度胸だな!」

 

「変な壁を作ったみたいだが、それごと壊してやる!」

 

ファレンに続いて、レゾンも兵士の立っている石垣の上に登る。

ブラウニーたちは、彼らを地面に落として戦うため、石垣を破壊しに向かった。

ファレンの挑発に乗り、地面にトゲ罠が置かれていることに気づかない。

石垣の前に来た瞬間、彼らは足に太く鋭いトゲが刺さり、大きな悲鳴を上げていた。

 

「ぐあっ…!何だこのトゲは…!」

 

「人間、よくもこんな物を…!うぐぐ、壊せない…!」

 

トゲ罠は深くまで刺さり、痛みで動いて脱出することは出来なくなる。

3体のブラウニーは石垣やトゲ罠を破壊しようとしたが、彼らのハンマーでは壊れる気配がなかった。

足掻いている間にも、ブラウニーたちの生命力はトゲ罠によってあっという間に削られていく。

ファレンたちが剣を振るうことなく、ブラウニーたちは倒れて消えていった。

 

「すごい…ブラウニーくらいなら剣でも倒せるけど、これは戦いが楽になるね」

 

「弱い魔物相手なら、もう剣を交える必要すらなくなったな」

 

相手は強力な魔物ではないとは言え、全く反撃を受けることもなく倒すことが出来た。

石の守りの強さに、ファレンとレゾンは驚きの声を上げる。

無事にブラウニーを倒すことができ、兵士も喜んでいた。

 

「うまくいったな。安全に魔物と戦えるようになる、素晴らしい仕掛けだろう」

 

「思ってたよりすごいよ。そう言えば、この城は魔物の攻撃を防ぐために、メルキドを追われた人間が作った物なのか?」

 

石の守りの強さを見た後、ファレンはこの巨大な城塞についても尋ねる。

先ほどの紙を見て思いついた考えを言うと、兵士は頷いた。

 

「ああ。この建物はお城というより、人々が魔物から身を守るシェルターだったんだ。メルキドを破壊された人々は何とかしてこの城塞を作り、中に閉じこもって逃れようとした。でも、やがてこのシェルターの中にもとあるマモノが現れてね…」

 

「滅びてしまったのか?」

 

「うん…すまない、随分陰気臭い話をしてしまったね。そうだ、もし石の守りの詳しい作り方が知りたいなら、城にいるロロニア様に聞いてみてくれ」

 

先ほどの紙を見た時のファレンの推測は正しかったようだ。

城の中は完全に滅ぼされており、生きている人間の姿は見えない。

石垣とトゲ罠はここにある物を真似すれば良いが、一応ファレンは中にいるロロニアという人に話を聞くことにした。

 

「死人の私に付き合ってくれてありがとう…嬉しかったよ」

 

兵士は最後にそう言うと、空に吸い込まれて消えていった。

 

「昇天したみたいだな。どうする、ロロニアとやらに話を聞きに行くか?」

 

「うん。詳しい作り方も聞いておいた方がいいからね」

 

ファレンたちは石垣を降りて、石の守りの後ろにある巨大な城塞に入っていく。

ロロニアという名前なので、ロロンドの祖先なのだろうか。

ファレンはそんなことも考えながら、城塞の中に入っていった。



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1-20 悲しみの集う地と空を覆う暗雲

崩れた城門から、ファレンたちは山奥の城塞に入る。

すると、中には外からは見えなかった無数の骨が落ちていた。

 

「たくさんの骨が落ちてる…メルキドの町から逃げられた人も、みんなここで死んだんだな」

 

「思ってたより酷い状況だぜ。ここを滅ぼした魔物って奴は、どんな恐ろしい存在なんだろうな」

 

魔物のせいで城塞が滅びたとは聞いていたが、ここまでの状態だとは2人は思っていなかった。

また、こんなに人数がいたならば、多少の魔物が侵入しても食い止められる。

どれだけ恐ろしい存在がいたのだろうかと、ファレンは不安にも思った。

 

「分からない…でも、この先その魔物とも戦うことになるかもね」

 

「確かにな。そいつに備えるためにも、石の守りの詳しい作り方を聞こうぜ」

 

その魔物に備えるためにも、今は町の守りを強化しなければならない。

ファレンは兵士の言っていたロロニアを探すために、城の中を見回した。

すると、城の奥の一段高くなっている場所に、赤い豪華な椅子に座っている緑色の服を来た男性の姿があった。

男性の顔は兵士と同様青ざめており、幽霊のようだった。

 

「そうだね…多分、あの赤い椅子に座ってるのがロロニアかな?」

 

「他の幽霊の姿は見えないし、間違いねえと思うぜ」

 

石の守りについて聞くため、ファレンたちは彼の元に近づいていく。

そうしていると、男性も自身が見られていることに気づき、話しかけてきた。

 

「どうやら、そなたらはワシのことが見えるようだな。そっちの骸骨はともかく、人間のお前が見えるとは珍しい…」

 

「幽霊が見える体質みたいなんだ。あなたがロロニアなのか?」

 

会話しているのを見て、男性はレゾンが敵ではないことを理解しているようだった。

ファレンが名前を聞くと、男性は頷いて答える。

 

「そうだ。吾輩が数百年前のメルキドの町長、ロロニアだ。そなたは吾輩の名前を知っているようだが、何者なのだ?」

 

「僕はファレン。物を作る力を持つ、ビルダーって存在らしいんだ。あなたの名前は、外にいた兵士の幽霊から聞いた」

 

「俺はレゾン。骸骨だけど人間に協力している」

 

「そうか…そなたらがあのメルキド録に書かれたビルダーと、その仲間なのか」

 

彼もロロンドと同様、メルキド録の事を知っているようだった。

名前も声も似ているので、ファレンはロロニアがロロンドの祖先なのだと確信する。

ロロニアは2人の名前を聞くと、不思議な事を言い始めた。

 

「して、ビルダーたちよ。この滅びた城塞に何の用なのだ?ここには、人間が自らを滅ぼした嘆きと悲しみがあるだけだ」

 

「僕たちは石の守りについて聞きに来たんだけど、人間が自らを滅ぼしたってどういうこと?外の兵士は魔物のせいで滅んだって言ってたけど」

 

谷底の家の紙の文章も、兵士の幽霊もメルキドは魔物のせいで滅びたと残していた。

ファレンがそう言うと、ロロニアはしばらく考えこんだ後、納得した顔をする。

 

「魔物か…確かに、あれはもうマモノと呼んだ方がいいのかもしれないな。石の守りの手がかりが欲しいのなら、この城塞の屋上に来るといい。そこで吾輩も、そなたに見せたいものがある」

 

ロロニアはそう言うと、先ほどの兵士のように空へと昇っていく。

しかし、消えるわけではなく、彼は屋上に着くとどこかに歩いていった。

人間が滅ぼしたという部分については、ロロニアは詳しくは語らなかったが、ファレンはどうしても気になり突き止めようとする。

 

「どうする、ロロニアを追って屋上に行くか?」

 

「もちろん行くよ。でも、その前に人間が自らを滅ぼしたと言うのが気になる」

 

「確かにな…それなら、その辺の本や紙に書いてあるんじゃねえか?」

 

ロロニアのいた場所の近くには1冊の本と2枚の紙が置かれており、レゾンはそれらを指さした。

ここに置いてあるという事は、城塞が滅びる前に住んでいた人間が書いたのだろう。

滅びた理由に繋がる記述もあると思い、ファレンはまずは本を読みに行った。

本を手に取ると、そこには見覚えのある題名が書かれていることに気づく。

 

「これは、ガンダルの書いたアレフガルド歴程か」

 

「聞いたこともないけど、そんな本があるのか?」

 

町の近くの誓いの記に、メルキドの冒険家ガンダルが世界中を巡り、アレフガルド歴程という書物を記すと書いてあった。

 

「町の近くに、そのガンダルって人が書いた看板があった。そこにアレフガルド歴程についても書かれてたんだ」

 

ファレンはレゾンに説明すると、アレフガルド歴程を読み始める。

 

我が故郷、メルキド。私は滅びたと思っていたメルキドの奥地で、シェルターとして作られた城塞を発見した。どうやら私のいない間に人々は最後の力で城塞を作り上げ、魔物たちの攻撃から身を守るためにその中に閉じこもって生活しているようだった。しかし、閉鎖された城塞で暮らす人々はどこか様子がおかしい。私が話しかけても目は虚ろで、持っていた食料を奪われそうになってしまった。これも魔物の恐怖の中、閉鎖された空間に長くい続けたせいなのだろうか。そんな人々が暮らすシェルターの中で、メルキドの守り神であるゴーレムは悲しげに座っていた。メルキドは愛すべき我が故郷…しかし、だからといってここに長居すればいいことはなさそうだ。良からぬことが起きる前に、私は次なる地へ旅立つことにする。

 

メルキドの冒険家 ガンダル

 

ガンダルは書いている途中にこの城塞を出たのか、それ以上は何も書かれていなかった。

ロロニアの話、アレフガルド歴程の記述から、ファレンはメルキドが滅びた理由について一つ推測する。

 

「…もしかして、人間同士が食料を巡って殺し合い、自分たち自身を滅ぼしたという事か?」

 

大人数が城塞に閉じこもって生活していたならば、食料がすぐに尽きるのは容易に想像出来る。

ガンダルが食料を奪われそうになったのから考えても、それは間違いないだろう。

食料を巡って争ううち、人間自身が恐ろしい魔物のようになっていった。

それがメルキドを滅ぼした魔物の正体だと、ファレンは考える。

 

「人間が自らを滅ぼしたって言うくらいなら、その可能性もあるかもな」

 

「うん。まだはっきりとは言えないから、そっちの紙も見てみよう」

 

自分たちの考えが正しいか確かめるためにも、ファレンたちは近くにある2枚の紙も見る。

その2枚の紙は谷底の家にあったものと同様、子供が書いた物のようだった。

 

きょうもまたひとがいなくなった。どうしてだろう、このじょうさいのなかにはまものはいないはずなのに…。じつはきょう、ぼくはおとなたちからよびだしをうけた。いったいぼくになんのようがあるんだろう。

 

がんだるとかいうぼうけんかからかいていたほんをとりあげてやった。あいつがかくもじはおれたちではよめなかったが、あのおとこ、おれたちのわるぐちをかいていたにきまっている。こんなことならあのおとこ、にがすんじゃなかったな。

 

ガンダルは自分でアレフガルド歴程をここに置いたわけではなく、子供に取られてしまったようだ。

 

「…やっぱり、人間同士が殺しあってたみたいだな…」

 

「魔物がいないのに人間が減るって事は、それしかねえだろうな」

 

子供だとしても、流石に城塞の中に魔物がいたら気づくだろう。

2枚の紙を読むと、人間自身がメルキドを滅ぼしたという可能性が高まった。

残っていく食料が減っていく中、少しでも自分の分を増やすため、または新しい食料にするため、人間が人間を殺すようになった。

魔物がいないのに人間の数が減っていくことで、人々は互いを疑うようになり、それがさらなる殺し合いを生んだ。

ファレンたちは2枚の紙に書かれていることから、そのように想像する。

 

「人間同士の殺し合いか…今の仲のいい町では考えられないけど、みんながそうなる可能性もあるのかな」

 

「それは大丈夫だと思うぜ。今のメルキドの町には食料もたくさんあるからな。この城塞みたいに閉鎖された状況にでも追い込まれなければ、絶対にないはずだ」

 

人間と魔物ではなく、人間同士で殺し合うなどファレンは考えたこともなかった。

彼は1度町のことも不安になったが、レゾンの言葉ですぐに安心する。

2人は紙を置くと、屋上で待っているロロニアのところに向かった。

 

「それもそっか。それなら、追い込まれないためにも町の守りを固めないとな。待たせちゃってるし、ロロニアの所に行こう」

 

「屋上で待ってるみたいだが、どうやって行くんだ?」

 

「城の外壁に土を貼り付けて段差を作って、それを登っていくよ」

 

城の中にある階段は大きく壊れており、土を使わずに屋上に行くことは出来ない。

ファレンたちは城壁に土を貼り付け、崖を登るようにロロニアの待つところに向かった。

屋上に着くと、石の守りについての書物が入っていると思われる宝箱の前で、彼は空を見上げている。

2人が歩いていくと、ロロニアは振り返って話しかけてきた。

 

「おお!ようやく来たか、ビルダーたち。遅かったが、屋上に登るのに苦戦していたのか?」

 

「いや、城塞の中に気になる書物があったから、それを読んでいたんだ」

 

「…という事は、そなたらはメルキドが滅びた理由に気づいたのか」

 

ロロニアにとっては、自身の治めている町の住民が目の前で殺し合いを始めたという状況になる。

彼も思い出したくないことなのか、多くは語らなかった。

ロロニアは先ほど見せたい物があると言っており、ファレンはそのことについて聞く。

 

「うん。そう言えば、さっき見せたい物があるって言ってたけど、どれのことなんだ?」

 

「吾輩が見せたかったのは、この屋上からの景色だ。見るがよい、この空を。どこまでも続く、黒い雲に覆われた空を…」

 

ロロニアは、アレフガルドの世界に広がる空を指さして話した。

彼の言う通り、空には果てしなく続く黒い雲がかかっている。

ファレンにとってはこれが普通だが、以前はもっと明るかったのだろうと、彼は思った。

 

「僕は見慣れてるけど、昔はもっと明るかったのか?」

 

「ああ。かつてこの世界は素晴らしく美しかった。人々は美しい大地に町を作り、楽しく生きていた。だが…今はその全てが破壊され、人々は滅びを待つことしか出来なくなってしまったのだ」

 

ルビスも言っていたかつての美しい世界を、ロロニアは話しながら思い出す。

美しい世界を取り戻して欲しいと、ロロニアはビルダーの使命に関する話もした。

 

「ビルダーよ…どうかそなたの力で、この大地に光を取り戻してくれ。しかし、使命や責務なんて言うと、難しいと思うかもしれない。だから、世界の復活や救済などは考えず、ただ自分の目の前のものを救うのだ」 

 

「僕もそのつもりだよ。世界を救うなんて考えずに、町を盛り上げるために物を作ってる」

 

最初にルビスから世界を救う責務を聞いて、ファレンは不安になった。

だが、世界を救う事など今は考えず、町作りのために物を作っているうちに、その不安は小さくなっていった。

 

「既にそうしていたか…ならば良かった。そなたが求めている物は、その宝箱の中に入れてある。私に付き合ってくれてありがとう、ビルダーよ…そなたが作る新たな世界を、楽しみにしておるぞ」

 

最後にそう言うと、ロロニアの姿は空へと昇って、やがて消えていった。

彼が消えると、後ろにいたレゾンが近づいて来て宝箱を開ける。

 

「ロロニアも昇天していったか…俺も、無理に世界を救うなんて考えなくていいと思うぜ。石の守りの記録を手に入れて、町に戻ろう」

 

「そうだね。ロロンドも待ってそうだし、早く帰らないと」

 

ロロニアの残した宝箱の中には、石垣やトゲ罠の作り方や、石の守りの設計図について書かれている紙が何枚か入っていた。

ファレンはそれらをポーチにしまうと、代わりに中からキメラの翼を取り出す。

 

「ここから旅の扉までは遠いし、キメラの翼を使って帰ろう」

 

「ああ、これを使ったら一瞬だもんな。ちょっと怖いけど、本当に便利だぜ」

 

彼がメルキドの町を考えながらキメラの翼を高く掲げると、彼らの身体は町に向かって高速で飛んでいく。

かなりの速度なので何度使っても怖いが、非常に便利なので使用は惜しまなかった。

町の上空にまでたどり着くと、彼らの身体は希望の旗の元へと下りていく。

新たな仲間が来たわけではないのでみんなは近づいて来なかったが、石の守りの手がかりを心待ちにしていたロロンドはすぐに駆け寄って来る。

 

「ファレンにレゾンよ、戻ってきたな!どうだ、石の守りの手がかりは掴めたのか?」

 

「うん。結構遠い場所だったけど、山奥の城に行ってきた。これが石の守りの記録だよ」

 

ファレンは着地して頷くと、ロロンドに石の守りの記録を渡す。

町作りの手がかりを待ちわびていたロロンドは、奪い取るような勢いで紙を受け取った。

 

「おお!これがあればこの町の防御力も大きく上がるのだな。このくらいの文章なら解読に時間はかからぬ、作り方が分かったら共に作っていこうぞ」

 

「そのつもりだよ。次の魔物の襲撃までに、この町の力を高めよう」

 

石の守りの記録はファレンには読める字で書かれていたので、彼が読めばすぐだった。

しかし、ロロンドでも時間のかからない文章量な上、読むのを楽しみにしていたので、ファレンは彼に記録を託す。

 

「では、吾輩はさっそく解読に戻るぞ。楽しみに待っておれ」

 

記録を受け取ると、ロロンドはさっそく今まで座っていた場所に戻り、読み始める。

ファレンは解読が終わるのを待ちつつ、レゾンと共に回転斬りの練習に戻った。



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1-21 着替え部屋と空飛ぶ仲間

メルキド山岳の城塞から石の守りの記録を得た後、ロロンドはその解読に勤しんでいる。

その間、ファレンとレゾン、ケッパーの3人は回転斬りの速度や威力を高めるために練習していた。

何度も練習を重ねて、ファレンたちの回転斬りも少しづつ強くなっていく。

しかし、夜になるまで続けようとしていると、個室が並ぶ所からピリンの声が聞こえた。

 

「みんな、私の部屋の前に集まって!みんなのために作っていた物が出来たんだ」

 

ピリンは個室が出来た後は、そこに閉じこもって何かを作っていた。

ファレンたちも出来上がりを楽しみにしており、1度回転斬りの練習を止めて彼女の元に向かう。

 

「これは、ずっと僕たちに内緒にしていた物が出来たみたいだな。気になっていたし、早く向かおう」

 

「うん。どんな物か楽しみだね」

 

ケッパーを先頭にピリンの個室に向かうと、そこにはロロンドとロッシも駆け寄って来る。

町のみんなが集まると、ピリンは今まで作っていた物について話し始めた。

 

「みんな集まって来てくれたね。個室のおかげで作業が早く進んで、思ったより早く出来たんだ。私がみんなのために作ったのは、これだよ」

 

ピリンの部屋の奥の方には、積み重ねられた6枚の布があった。

布はそれぞれが異なる色をしており、彼女はそれを持って部屋から出てくる。

よく見ると布には頭や腕を通すための穴が空いており、洋服のようだった。

部屋には布や金属で作られた3つの帽子もあり、ピリンはそちらも持ち出す。

 

「新しいお洋服。みんなずっと同じ服を来ていて、土とかの臭いが大変だったでしょ?だから、もっと快適に過ごすためには着替えがいると思ったんだ」

 

「吾輩たちにとってはこれが普通だったが、確かに言われてみると臭いな。これはよくやったぞ、ピリン」

 

ロロンドは今まで気にしていなかったが、鼻を近づけて汚れた服の臭いに気づく。

ファレンももう臭いには慣れていたが、もし改善出来たらいいなと思っていた。

ピリンは服の事を説明すると、さっそくみんなに配っていく。

 

「みんな同じ服も面白くないと思ったから、違う色にしてみたんだ。受け取って!」

 

「ありがとう…なかなか格好いい服だね」

 

先祖から受け継いだのか、緑色の服に赤色のスカーフを着ていたロロンドを除いては、みんな同じボロボロの服を着ていた。

ファレンはピリンに感謝すると、自身に向けて作られた服を受け取る。

オレンジ色のベルトのある青色の服で、赤いスカーフと青い帽子もついていた。

みんなも服を受け取ると、それぞれ喜びの声を上げ始める。

 

「おお!吾輩の今の服と同じ見た目だが、断然きれいだな」

 

「こんな服を着るのは始めてだ…なかなかいいな」

 

「これを着れば、より兵士らしく見えますね」

 

「俺は魔物だから服なんてなくて大丈夫だが…ありがとよ」

 

ロッシは緑色の服と帽子、ケッパーは金属製で2本の金色の角が生えた青い帽子と黄色い縦帯が入った青い服、ロロンドは今来ている物と同じ見た目の服、レゾンは紫色の服をそれぞれ受け取る。

みんなに渡し終わったピリンの手元には、赤い服とスカートが残っていた。

6人全員に服が行き渡ると、ピリンとファレンはさっそく着替え始めようとする。

 

「みんな、気に入ってくれてありがとう。それじゃあ、いつまでも汚れた服は着ていたくないし、早く着替えようよ」

 

「そうだね。僕もこの服を着るのが楽しみだよ」

 

レゾンを含めた3人は、この場で今着ている服を脱ぎ始めようとする。

すると、ロロンドは驚いた顔をして声をかけて来た。

 

「おい、お主たちはこの場で着替えるつもりなのか!?」

 

「そうだけど、何か問題あるのか?」

 

「公衆の面前で着替えるなどとても恥ずかしいことだ。部屋の中に入って着替えるとよい」

 

ファレンは最初気がつかなかったが、ロロンドに言われて少し記憶を思い出す。

 

「…そう言えばそうだったね。言われて思い出したよ」

 

「俺は魔物だから問題ねえと思うが…ここは人間の町だし、そっちの基準に従うか」

 

ファレンの後に、ピリンとレゾンも服を脱ぐ手を止める。

目の前には自分の個室があるので、ピリンはそこに入って着替えようとした。

 

「そうなんだ。じゃあ、私は部屋に戻って着替えてくるね」

 

彼女が部屋に入ると、みんなもそれぞれの部屋に向かおうとする。

ファレンも自分の部屋に入り、今着ているボロボロの服を脱いだ。

今までの服を地面に置くと、彼はピリンから貰った青い服を着て、帽子を被る。

着やすい設計になっているため、着替えにあまり時間はかからなかった。

着替えが終わると、ファレンはみんなに見せるため、個室から出ていく。

 

「ファレンも着替え終わったんだね。青い服、とっても似合ってるよ!」

 

「そう言われると嬉しいよ。ピリンも可愛らしくていいね」

 

個室から出てきたのは、ファレンが2人目だった。

ピリンもファレンも、服を変えるだけで全く違った雰囲気になる。

2人がお互いの服を褒めていると、ロロンドたちも次々に部屋から出てきた。

 

「吾輩も着替えて来たぞ!今までの服と見た目は同じだが、清潔になっただろう」

 

「みんな、なかなか悪くない格好だな」

 

「私の作った服を着てくれて本当にありがとう。みんな、とっても格好いいよ!これで、町を覆う嫌な臭いもなくなったね」

 

ファレンたちはそれぞれの服を気に入り、メルキドの町には笑顔が満ちていた。

今までみんなの服からしていた臭いも、すっかりなくなっている。

そうしていると、ピリンは喜んだ表情のまま、今後の服作りの話をした。

 

「そうだ、服が破れちゃった時のために、私はみんなの服作りを続けようと思うの。予備の服をしまうために、服専用の収納箱も考えたんだ」

 

「へえ、どんな形のなんだ?」

 

ピリンはファレンに、自分の考えていた服を入れる収納箱について教える。

木で作られた収納器具で、扉付きの空間が一つと、引き出しが3つというものだった。

収納空間の上は石材で蓋がされており、扉や引き出しの取っ手には銅を使う。

ピリンの話を聞いて、ファレンは自分の記憶の中に、クローゼットという似た形の物があるのも思い出した。

 

「僕の記憶にある、クローゼットって物に似てるね。素材はたくさんあるし、今から作ってくるよ」

 

「出来たら、みんなが取り出しやすい場所に置いてね」

 

ピリンはこの後も夜になるまで服作りを続けるだろう。

ファレンはそう思い、クローゼットを作って個室が並ぶ区画の近くに置こうとした。

しかし、作業部屋に向かおうとする彼をロロンドが引き止める。

 

「ちょっと待つのだ。服を取り出したその場で着替えられると便利だからな、そのクローゼットとやらを置いた着替え専用の部屋を作るのはどうだ?」

 

「それもいいかもな。落ち着いて着替るために、椅子も置いてみようぜ」

 

ロロンドとロッシは、椅子のある着替え部屋を作ることを提案した。

取り出したその場で出来れば、より着替えがスムーズになりそうだ。

そう考えたファレンとピリンも、2人に賛成する。

 

「それじゃあ、みんなで一緒に作ろうよ。場所はあの辺がいいかな?」

 

「良さそうだね。僕はクローゼットのために木材を削りに行くから、みんなも分担して作ろう」

 

ピリンは作業部屋の近くにある空いているスペースを指さした。

そこになら、広々とした着替え部屋を作ることが出来そうだ。

ファレンはそう言うと、クローゼットを作りに作業部屋に向かう。

 

「結構たくさんの木材がいるから、私も手伝うね」

 

「それでは、吾輩はクローゼットの石材の部分を作るぞ」

 

「オレは石と毛皮を使って椅子を作っておくぜ」

 

「僕は銅を使って取っ手を作りますね」

 

「俺は物作りには慣れてねえし、土で壁を作るぜ」

 

みんなもそれぞれの役割を決めて、着替え部屋作りを始めた。

レゾンが壁を組み立てている間、ピリンたちは作業部屋で中に置く物を作る。

木材の加工においては、ファレンは扉付きの空間の部分、ピリンは引き出しの部分を作っていった。

木を板状に切り出し、ひもを使って繋げてクローゼットの形にしていく。

みんなもう物作りには慣れているので、時間をかけずに作業を進めることが出来た。

しかし、木材の加工量は多く、ロロンドやケッパーの方が先に作業を終える。

ロッシも石の椅子を作り終え、わらの扉を持ってレゾンの元に向かった。

木材を使う部分が出来ると、ファレンは作業部屋の後ろで待っている2人の元に、組み立てられたクローゼットを持っていく。

 

「ちょっと時間はかかったけど、これで木材の部分は出来たよ」

 

「おお!よくやったぞ、ファレン、ピリン。では、吾輩の作った石材の板を置くぞ」

 

「僕も銅の取っ手を取り付けるよ」

 

ロロンドとケッパーは、それぞれが作っていたものを取り付け、クローゼットを完成させた。

クローゼットが出来ると、彼らはさっそくレゾンたちの待つ着替え部屋に持っていく。

 

「これで私が考えてた服専用の収納箱は出来上がりだよ。レゾンたちが待ってるし、早く持っていこう」

 

「うん。今日すぐには使わないけど、部屋自体は完成させておきたいもんね」

 

なるべく服が破れないようにしなければならないが、戦いの中では避けられないこともある。

そう言う時にはこの部屋で着替えようと、ファレンは着替え部屋の扉を開けた。

 

「そっちも出来たか。そこが空いてるから、そこに置いてくれ」

 

部屋の中に入ると、彼はロッシが指さす場所にクローゼットを置く。

すると、着替えをするだけでなく、着替え部屋も作ることができ、ピリンはもう一度喜びの声を上げた。

 

「収納箱を作るだけじゃなくて、部屋まで作ってくれて本当にありがとう!みんなのためにも、これからも服作りを頑張るね」

 

「ピリンの作る服は格好いいし、楽しみに待ってるよ」

 

ピリンの作る服を、ファレンもみんなも期待している。

着替え部屋作りが終わると、ロロンドたちはそれぞれのところに戻っていった。

 

「吾輩の頼みを聞いてくれて感謝する、これで着替えが便利になったな。ピリンに負けないように、吾輩も町の役に立たねば。吾輩は、石の守りの手がかりの解読に戻るぞ」

 

「そっちも進めないといけないもんね。頑張って」

 

ピリンとロッシは自分の部屋に、ケッパーとレゾンは回転斬りの練習に向かう。

 

「さっきまでしてたし、僕も回転斬りの練習に戻ろうかな。…でもそう言えば、さっきキメラの翼がなくなったな」

 

ファレンもケッパーたちと共に練習に向かおうと思っていたが、3枚のキメラの翼を使い切ったのを思い出す。

キメラの翼がなければ移動が不便になるので、彼は岩山の近くにキメラと戦いに向かった。

町の近くにある森を抜けると、すぐに彼らの住む岩山にたどり着く。

ファレンはキメラを見つけると、銅の剣を取り出して斬りかかった。

 

「こっちの武器も強くなってるし、簡単に倒せるよな」

 

以前5匹のキメラと戦った時には、倒すまで少し時間がかかっていた。

しかし、今はあの時よりも強力な武器を持っている。

銅の剣で2度身体を斬りつけると、キメラは力尽きて消えていく。

ギラの呪文で反撃してくる者もいたが、ファレンは回避しつつ近づき、次々にキメラの羽を集めていった。

1つのキメラの群れを倒すと、彼は他のキメラの群れのところにも歩く。

その群れもファレンを見かけると襲いかかってきたが、彼は銅の剣を振るい、返り討ちにしていった。

 

「ん…?あいつは襲って来ないのか?」

 

しかし、戦っているうちにファレンは、群れの中に一匹だけ攻撃して来ない個体がいるのに気づく。

そのキメラは他のキメラとは違い、ファレンを睨むような目もしていなかった。

 

「もしかして、あいつも人間に敵対するつもりはないのかな?」

 

このキメラはレゾンのように、他の魔物からはぐれて行動はしていない。

だが、今まで他のキメラに隠していただけで、本当は人間に友好的なのではないかとファレンは思った。

彼は群れの他のキメラを倒すと、攻撃して来ない個体に近づく。

 

「喋れない魔物には、魔物の餌をあげてって言ってたな…」

 

接近してもキメラは攻撃して来ることなく、仲間になりたそうな視線をファレンに向ける。

彼は喋れない魔物には餌をあげるといいと言うラグナーダの言葉を思い出し、ポーチから魔物の餌を取り出した。

餌を渡すと、キメラは口を大きく開けて一口で飲み込む。

材料に草が使われており、人間のファレンからすると美味しそうには思えない物だが、彼は嬉しそうな鳴き声を上げた。

 

「よく分からないけど、美味しそうだね。町にもついて来てくれるかな?」

 

これから戦いが激しくなっていく以上、町の仲間は多い方が良い。

ファレンはキメラがついて来てくれないかと思い、町の方へと歩き出す。

すると、彼の期待していた通り、キメラは後ろを飛び、行動を共にしようとしていた。

 

「やっぱり来てくれるか…町に戻ったらみんなにも教えないとね」

 

ファレンはキメラの羽を集めに行っただけだが、予想以上の収穫があった。

キメラは人間やレゾンの使えない炎を操れるので、大きな戦力になる。

彼はそう考えながら、来た道を戻ってメルキドの町に帰った。

町の中に入ると、外で回転斬りの練習をしていたケッパーとレゾンが、キメラの姿を見て駆け寄って来る。

 

「なかなか来なくてどこに行ったのかと思ってたが、キメラを仲間にしてたのか。この町にも仲間が増えて、賑やかになるな」

 

「色んな魔物を仲間にするなんて、流石だね」

 

「本当はキメラの羽を集めに行ったんだけど、偶然攻撃して来ないキメラを見つけてね…餌をあげたらついて来てくれたんだ」

 

一緒に回転斬りの練習を進める予定だったので、レゾンたちはファレンを待っていた。

彼は2人に向けて、キメラを仲間にした時のことを説明する。

そうしていると、キメラはレゾンに向かって口を開き、何かを喋り始めた。

人間の言葉が分からない魔物でも、魔物同士でなら会話が出来るようだ。

 

「元々こいつは人間に興味があったけど、他の奴らにバレたら殺されちまうからな…今まで黙ってたみてえだ。それで、今日ファレンの姿を見て、ついて行くことに決めたらしい。名前はエルゾアって言うみたいだ」

 

エルゾアの話していることを、レゾンは人間の言葉に訳して伝える。

仲間になってくれた理由は、ファレンの考えていた通りだった。

紹介の後、これから共に戦うことになる仲間にケッパーも挨拶をする。

 

「エルゾアか。まだ小さな町だけど、これからよろしくな」

 

人間の言葉は分からずとも、歓迎されていることは理解したのか、エルゾアは嬉しそうな表情をした。

まだ町のことをよく知らない彼に、レゾンは町を案内し始める。

 

「俺はエルゾアにこの町を紹介してくるぜ。生活する町のことはよく分かってねえといけないからな」

 

「僕たちにはキメラの言葉は分からないし、頼んだよ」

 

レゾンとエルゾアは人間には分からない魔物の言語を使いながら、町を巡っていった。

 

「エルゾアとの生活も楽しみだね。…それじゃあ、僕たちは回転斬りの練習を続けようか」

 

「うん。まだまだ完璧とはいえないからね」

 

レゾンたちが町を回っている間に、ファレンたちは回転斬りの練習を行う。

練習は夜まで続き、彼らの攻撃速度も威力も、最初に比べると上がって来ていた。



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1-22 鎧の騎士と里への襲撃者

着替え部屋を作った翌日、ファレンはケッパーと2人で回転斬りの訓練をしていた。

エルゾアがギラの魔法や回避の練習をしており、レゾンはそれを見ている。

ロロンドは石の守りの手がかりの解読を進め、早く町に防壁を作ろうとしていた。

しかしそんな矢先、旅の扉の方向から誰かの焦った声が聞こえてきた。

 

「人間さん、助けて!私たちの里が大変なの!」

 

「これは…おおきづちの声?何があったんだ?」

 

「ただ事じゃないみたいだね…行ってみるよ!」

 

おおきづちの里で何かあったと思い、ファレンたちは即座に旅の扉のところに向かう。

ロロンドとレゾンたちも、戦いに備えて剣を持って近づいてきた。

旅の扉の横を見ると、息を切らした様子のフレイユが立っている。

 

「フレイユか…何があったんだ?」

 

「…突然里の上空からキメラたちが襲いかかって来たの。私たちはすぐに戦いに行ったんだけど、キメラに夢中になっているうちに里の横から骸骨やブラウニーまで襲って来て…里中のおおきづちが襲われてるんだ。今まででも、もう何人ものおおきづちが殺された…」

 

「それで助けを求めに来たんだね…もちろん行くよ、一緒に魔物たちを倒そう!」

 

キメラに気を取られている間に他の魔物を送り込むと言うのは、おおきづちには予想もつかなかった。

今やおおきづちたちは大切な仲間で、里も2つ目の拠点のようになっている。

仲間と里を助けに行くため、ファレンはフレイユに頷いた。

 

「みんなも一緒に来てくれるか?魔物の数も多そうだし、来てくれると助かる」

 

「俺はもちろん行くぜ。俺を役立たず扱いした骸骨どもを見かけたら、斬り裂いてやる!」

 

「吾輩も行きたいところだが…町を手薄にしてはならぬし、ここに残るぞ」

 

キメラに集中している間に骸骨たちの攻撃を受けたように、おおきづちの里に集中している間にメルキドの町が襲撃される恐れもある。

それを危惧し、ロロンドとケッパーは町に残ることにした。

エルゾアもまだ強力な魔物とは戦えないと判断し、レゾンはこの場に残るように言う。

 

「町にも最低限の戦力は必要だし、僕も残るよ。どんな魔物が来ても僕たちが追い払うから、ファレンたちは安心して戦いに行って」

 

「分かった。それじゃあ、行くよレゾン!」

 

「ああ。エルゾアはまだ戦えないし、ここに残していくぜ」

 

レゾンはエルゾアに魔物の言語で伝えた後、旅の扉に入っていく。

 

「ありがとう、ファレン、レゾン。一刻の猶予もないから、早く行こう」

 

フレイユも感謝しつつ、ファレンと共におおきづちの里に向かっていった。

旅の扉を抜けると、3人の身体はすぐさま里のある山岳地帯に移動する。

里に入ってすぐ見つけたのは、ブラウニーやキメラの攻撃を受け崩壊した案内所だった。

 

「くそっ…オレはこんなところで死にたくねえよ…」

 

「黙れ、人間に味方する裏切り者め!オレたちがお前を粛清してやる!」

 

案内所の中からは、攻撃を受けるラソルの声が聞こえてくる。

彼は戦えないので、大勢の魔物に囲まれれば長くは持たないだろう。

ファレンたちはそう思い、急いで案内所の中に駆け込んで行く。

 

「ラソル…待ってて、今助けに行くよ!」

 

ポーチから銅の剣を取り出して構え、ファレンはラソルを襲う魔物たちに向ける。

壊れた案内所の中には、キメラとブラウニーが3体ずつ入っていた。

鉄の蠍と戦った時のように、レゾンはキメラたちを引き付けて戦う。

 

「お前はファレン!助けに来てくれたんだな!」

 

「うん。すぐにこいつらを倒すから、ラソルは後ろに下がってて!」

 

「俺はキメラどもを叩き落とすから、2人はブラウニーに集中してくれ」

 

ファレンたちの姿を見たラソルは、敵の攻撃を受けないように後ろに下がる。

ファレンは2体のブラウニーに近づき、銅の剣を叩きつけていった。

野生の個体よりは強いが、以前メルキドの町を襲撃したブラウニーと変わらない。

ハンマーによる反撃を回避しつつ、体力を削りとっていった。

ブラウニーが弱って来ると、ファレンは少し後ろに下がり、腕と足に力を溜め始める。

今まで練習していた回転斬りを、彼はここで試そうとしていた。

 

「せっかくだし、ここで試してみるか…」

 

「下がったところで無駄だぜ、人間!」

 

「おおきづちどもと一緒に、お前もぶっ壊してやる!」

 

弱っているにも関わらず、ブラウニーたちは強気でファレンに近づいて来る。

彼はブラウニーたちが至近距離に入った瞬間、瞬時に身体を一回転させ、辺りを薙ぎ払った。

 

「食らえ!」

 

高速で放たれる強力な一撃を受けて、ブラウニーたちはハンマーを落として倒れ込む。

そこでファレンは彼らの腹に深く銅の剣を突き刺し、止めをさしていった。

 

「うまく使えたな…練習してて良かった」

 

「すごい技だね。それがあれば、里を襲う他の魔物も倒せそう」 

 

ファレンの回転斬りの速度は、自分でも分かるほど早くなっている。

1体のブラウニーを倒し終えたフレイユも、回転斬りの威力に驚いていた。

彼女はおおきづちの中では素早さが高く、ブラウニーの攻撃を回避することも出来る。

何度か攻撃を受けてしまうこともあったが、ブラウニーを押し切っていた。

レゾンもギラの炎を受け止めつつキメラの身体を斬り裂き、地面に叩き落としていく。

地面に落ちた彼らの身体を、レゾンは剣で真っ二つに叩き割った。

 

「2人とも、こっちも片付いたぜ!もう大丈夫だぞ、ラソル」

 

「もうダメかと思ったけど助かったぜ…本当にありがとうな、3人とも」

 

周囲の敵がいなくなったことを確認すると、レゾンはラソルを呼ぶ。

案内所は壊されたものの命は助かり、彼は安心した顔で戻ってきた。

しかし、ラソルを助けられはしたものの、おおきづちの里にはまだ多くの魔物がいる。

 

「こっちも君を助けられて良かったよ…でも、まだ里には魔物がいるね」

 

「他にも襲われているおおきづちがいるはずだから、早く行こう!」

 

「オレはどうしていればいい?ここにもまた魔物が来るかもしれないぜ」

 

他の魔物と戦っている間、再び案内所に魔物が襲撃して来る恐れもあった。

ラソルを戦いに連れていくことも出来ないので、ファレンはメルキドの町に避難してもらうことにする。

 

「それなら、そこの旅の扉を通ってメルキドの町に逃げて。僕の仲間がいるし、そこなら安全だよ」

 

「分かった。また生きて会おうぜ、みんな!」

 

ラソルはすぐに案内所の残骸を後にして、旅の扉をくぐってメルキドの町に向かう。

ファレンたちはそれを見ると、おおきづちの里の中央部へと走っていった。

里の各所では、おおきづちの兵士たちが敵の魔物と戦っている。

決して善戦しているとは言えず、3人は援護に向かおうとした。

しかし、作業部屋や台所では、その中に逃げていた戦えないおおきづちたちも襲撃を受けている。

 

「誰でもいい…助けてくれ…!」

 

「もうこの里は終わりなのか…?」

 

反撃出来ないおおきづちたちは、骸骨とキメラの攻撃から逃げ惑うが、彼らの走る速度では逃げ切ることが出来ない。

ファレンたちは彼らをまず助けようと、作業部屋のある所に向かった。

 

「台所に逃げてるおおきづちたちも襲われてる…まずはあっちを助けに行こう!」

 

「うん。少しでも遅れたら、里のみんなが死んじゃう」

 

ラソルと同様、作業部屋のおおきづちたちも長い時間は耐えられないだろう。

ファレンたちは骸骨やキメラに近づくと、攻撃を加えて引きつける。

作業部屋と台所の周りには、5体のキメラと3体の骸骨がいた。

 

「里のみんなを襲うな…!君たちの相手は僕がするぞ」

 

「久しぶりだな、お前ら。俺を役立たず扱いしやがって…叩き斬ってやる!」

 

「お前らは人間に…レゾンか?まさかお前が、人間に寝返るとはな。お前みたいな弱者にはできまい…人間とおおきづち共々、この場で殺してやろう!」

 

3体の骸骨とレゾンは、お互いを知っているようだった。

だが、レゾンが普通の骸骨を遥かに上回る強者になっていることは知らず、骸骨たちは舐めてかかる。

 

「この骸骨どもは俺が倒す!2人はまわりのキメラを落としてくれ!」

 

「分かった。すぐに終わるから、任せて!」

 

レゾンが骸骨と戦っている間、ファレン3体の、フレイユは2体のキメラと戦いにいった。

ファレンは今まで通り嘴を振り下ろして来たキメラの口の中に銅の剣を突き刺し、そのまま振り下ろして腹や尾も斬り裂く。

彼らは野生のキメラよりは生命力が高いものの、これには耐えられず落ちていった。

フレイユもギラや嘴をハンマーで受け止めて、地面に向かってキメラを叩きつける。

2体程度なら傷を負うことなく対処することができ、彼らをだんだんと弱らせていた。

キメラが次々に倒れていく間、レゾンは高い攻撃力で敵の骸骨の骨を叩き割っていく。

 

「これが俺の今の力だ。お前らを倒して、この里を救ってやるぜ!」

 

「レゾン…役立たずの癖に、調子に乗りやがって!」

 

骸骨も声を荒げて、回避の苦手なレゾンに思い切り剣を叩きつけ、砕こうとする。

しかし、レゾンは防御力が高く、彼らの攻撃では倒れる気配がなかった。

レゾンは骸骨たちの腕を狙って攻撃し、骨を折ることで剣を落とさせる。

彼らが抵抗手段を失うと、先ほどのファレンのように腕や足に力を溜め、回転して辺りを薙ぎ払った。

 

「これで終わりだな!」

 

レゾンの回転斬りは速度は遅いものの、威力は非常に高い。

反撃の手段を失っていた骸骨たちは、直撃してバラバラに砕け、光を放って消えていった。

キメラたちも倒され、壊れた作業部屋と台所にはおおきづちたちが戻ってくる。

 

「みんな片付いたぜ…これでこの辺りのおおきづちも助かったな」

 

「うん。このまま里の魔物を倒しきろう」

 

「もうおしまいだと思いましたが、助けてくれてありがとうございます!戦いの間、僕たちはどこに逃げれば良いでしょうか?」

 

無事だったおおきづちたちの中には、オルキスやメレッタの姿もあった。

作業部屋と台所の魔物はいなくなったものの、まだ戦いは続いている。

ファレンはオルキスたちにも、メルキドの町に逃げるように言った。

 

「オルキスも無事だったんだね。みんなは旅の扉を通って、僕たちの町に逃げて」

 

「じゃあ、そうするね。私達は何も出来ないけど、勝つのを祈ってる」

 

メレッタがそう返事をして、先頭に立って旅の扉へと向かっていく。

おおきづちたちが避難したのを見て、ファレンたちは戦場となっている里の様子を見る。

すると、おおきづちの兵士たちも傷を負っているが、敵の数を減らすことが出来ていた。

ラグナーダの家にも魔物が迫っていたが、彼は巨大な木槌を振り回して撃退する。

 

「みんなも逃がせたし、僕たちは兵士たちの援護に向かおう」

 

「負けてはないけど、まだ有利に立っているとは言えないもんね」

 

それでもこのまま押し切れるかは不安なところであり、ファレンたちは兵士たちの元に向かう。

しかしその間に、里の奥の方から、身体中を斬り裂かれた瀕死のおおきづちが走ってきた。

 

「ファレン…フレイユ…大変だ…!あっちから鎧の騎士が現れたんだ…」

 

「鎧の騎士…それってどんな魔物なんだ?」

 

鎧の騎士という魔物の名前は、ファレンは聞いたことがなかった。

 

「青い鎧に身を包んだ、斧と盾を持った魔物だ…。他の魔物より強くて、仲間がもう何人も殺された…早くしないと、里が危ない…」

 

「分かった、今すぐ援護に行くよ。君はここを離れて、メルキドの町に向かって!」

 

里の中央部まで侵攻を許せば、さらなる犠牲を生むことになる。

ファレンはおおきづちを逃がすと、レゾンたちと共に里の奥へと向かう。

 

「そうさせてもらうよ…気をつけて戦うんだぞ…!」

 

「鎧の騎士なんて俺も初めて会うが、絶対に倒してやるぜ!」

 

「あっちの方にいるみたいだし、急ごう!」

 

強さを求めるレゾンは、鎧の騎士との戦いを通じて、さらなる強さを得ようとも考えていた。

里の奥に向かっている途中では、兵士長のポルドが部下たちと共に、大型の個体を含む骸骨の群れと戦っているのも見えた。

 

「おおきづちの癖になかなか強いな…だが、ここでお前は死ぬのだ!」

 

「お前たちごときに倒される俺ではない。今すぐ里から出ていけ!」

 

ポルドは片腕でハンマーを持つと、腕に力を溜めて3回転させ、大型の骸骨を叩き潰す。

身体自体は回転させないため回転斬りより攻撃範囲は狭いが、威力は高そうだった。

ポルドはファレンたちを見つけると、戦いながら声をかけてくる。

 

「俺もこっちが片付いたら鎧の騎士を倒しに行く!先に引き付けておいてくれ」

 

「分かってる。少しでも弱らせておくね」

 

ファレンはポルドに返事をすると、鎧の騎士のいるところに走る。

鎧の騎士の元に着くと、そこでは数人のおおきづちの兵士が攻撃を受け、追い詰められていた。

周囲には骸骨やキメラ、ブラウニーもおり、兵士たちはそちらの対処にも追われている。

 

「まわりの魔物も厄介だから、私は兵士たちと一緒にそっちと戦うね」

 

「そっちも数が多いもんな。それじゃあ、鎧の騎士は任せて」

 

兵士たちはみんな傷を負っており、援護がなければ手下の魔物も倒しにくそうだ。

フレイユは骸骨たちを引き付け、その間にファレンとレゾンは鎧の騎士の元に近づく。

 

「みんな、ファレンたちが鎧の騎士を引き受けてくれるから、一緒に周りの魔物を倒すよ!」

 

「フレイユ、助かったよ。みんなで一緒に、僕たちの里を守り切ろう」

 

おおきづちの兵士たちは弱っていながらも、フレイユと共に魔物たちに抵抗する。

ファレンたちが近づいて来るのを見ると、鎧の騎士は2人の方に斧を向けた。

 

「人間同士ではなく、魔物のために命を捨てに来るなど、馬鹿な奴だな。そこの裏切り者の骸骨と共に、お前たちを斬り刻んでやる!」

 

鎧の騎士もおおきづちたちの攻撃で多少の傷は負っていたが、まだ動きが弱るほどではなかった。

鎧の騎士は盾でファレンの剣を防ぎながら、斧で攻撃して来る。

盾は簡単に突き破ることが出来そうもないので、ファレンは防御出来ない側面に飛びつつ、銅の剣を振り下ろしていった。

 

「おおきづちたちも大切な仲間だからね…君を倒して、この里を救うよ!」

 

鎧もかなりの硬度を持つが、鉄の蠍の表面と同様、傷をつけることは出来ていた。

小さなダメージも何度も与えれば確実に弱らせられると思い、彼は側面への攻撃を続ける。

レゾンは、鎧の騎士も2人同時には戦えないと思い、背後から近づいた。

 

「骸骨め…!お前が来たところで無駄だ!」

 

鎧の騎士は戦いの間もレゾンから目を離さず、彼の攻撃を斧で受け止めようとする。

レゾンはかなりの攻撃力を持つが、それでも鎧の騎士は防ぎ切っていた。

しかし、流石にはじき返すことは出来ず、ファレンはその隙に背中を何度も斬り裂く。

鎧の騎士はレゾンを押し切るのを諦め、素早く身体を動かしてファレンの方を向き、斧を叩きつけた。

 

「2人がかりで来たところで無駄なことだ!」

 

ファレンは素早く体勢を下げて回避し、足元へと剣を振り下ろした。

2人に前後から挟まれた鎧の騎士は、素早く身体を動かしつつ交互に攻撃するようになる。

自分の方に攻撃が来た時はファレンは回避し、レゾンは剣で防いだ。

攻撃が届かない時にはそれぞれの剣を使い、鎧を斬り裂きダメージを与えていく。

今までの魔物より隙は小さいが、それでも確実に傷を負わせるが出来ていた。

背中に多数の傷を受けた鎧の騎士は、ファレンの方を向き身体中に力を溜め始める。

 

「ただの人間がここまでの力を持つか…ならば、我の鎧で貴様を砕いてやる!」

 

「ん…何をして来るんだ?」

 

彼は力を溜めながらも向きを変えることができ、ファレンに狙いを定めた。

ファレンは一度剣を振るう手を止めて、鎧の騎士の攻撃を警戒する。

力が溜まりきると、鎧の騎士はファレンに向けて突進して来た。

突進の速度は非常に素早く、当たれば大怪我は確実だ。

しかし、警戒していたファレンは即座に大きく跳んで、当たる寸前のところで回避する。

すると、勢いよく突進した鎧の騎士は止まることが出来ず、進む方向にあった大きな石にぶつかり、反動で動けなくなっていた。

 

「すごい速度と威力だったな…でも、これであいつも動けなくなってる」

 

「あんな攻撃じゃ俺でもただじゃすまねえ。もう一度使われる前にケリをつけるぞ!」

 

ファレンは回避出来たが、回避力の低いレゾンが狙われれば危険だ。

2人はそう思い、動けなくなっている鎧の騎士に左右から攻撃を加えていく。

身体中の鎧に傷がつき、彼はかなりの生命力を失っていた。

鎧の騎士を追い詰めているところに、ポルドも援護に来る。

 

「うまく引き付けてくれたな…ここからは俺も援護するぜ」

 

「そっちも片付いたんだね、ポルド。一緒にこいつを倒そう!」

 

「おのれ…人間も骸骨もおおきづちも、我らの邪魔をするものは全て斬る!」

 

鎧の騎士は体勢を立て直し、怒って斧を振り回して来る。

しかし、3人と同時に戦えば隙も大きくなり、ファレンたちはさらなるダメージを与えていった。

追い詰められた鎧の騎士は、ポルドに向かって再び突進の構えをとる。

 

「せめて、このおおきづちだけでも殺してやる…!」

 

それを見ると、ポルドも腕に力を溜め始め、突進される前に大型の骸骨にも使った3回転攻撃を放った。

既に弱っていた鎧の騎士は、ポルドの強力な攻撃を受けて倒れ込む。

 

「今だな、一気に仕留めるぞ!」

 

動けなくなった鎧の騎士を、ポルドたちは連続で攻撃し、生命力を削りとっていった。

鎧の騎士は倒れ、フレイユたちの活躍によって手下の魔物たちも全滅する。

彼女らは既に他のおおきづちたちの援護に向かい、この場には姿がなかった。

 

「これで鎧の騎士は倒れたね。他のおおきづちたちも無事かな?」

 

「俺の部下を援護に行かせたし無事だろうが、見に行くか」

 

里の中央辺りで戦っているおおきづちたちには、ポルドと共に戦っていた兵士が加勢していた。

彼らの無事を確認するため、ファレンたちは里の中央部へ向かっていく。

すると、おおきづちの兵士たちが戦っていた魔物は全て倒れていた。

しかし、先ほどまではいなかった魔物がラグナーダの家に集まり、兵士たちはそこで戦っている。

魔物は家の下だけでなく、中にまで入りこんでいた。

 

「長老の家が…さっきまではいなかったのに、また増援が来たのか…!」

 

「おお、ファレンにポルドよ…!お主たちが鎧の騎士と戦っている間に、別の魔物の部隊がワシの家を狙いに来たようなのじゃ。ワシや下の兵士は無事だが、家の中にいる2人が危ない…早く助けに行ってくれ!」

 

ファレンたちの姿を見つけたラグナーダは、家の周りで起きたことを説明する。

鎧の騎士との戦いに集中していた3人は、別働隊の襲撃には全く気づかなかった。

家の中にいるサデルンとエファートは人間を嫌っているが、ラグナーダの仲間を見捨てることは出来ない。

ファレンは彼の頼みを引き受け、家の中を狙っている5体の骸骨を倒しに行った。

 

「分かった。骸骨くらい簡単に倒せるから、任せて!」

 

「魔物はこいつらが最後みたいだな…なら、さっさと片付けるぜ!」

 

家の中では2人のおおきづちの兵士が、サデルンたちを庇って戦っていた。

しかし、2人では骸骨の攻撃を防ぎきることが出来ず、サデルンは斬り刻まれて倒れ込み、エファートも大きな傷を負う。

ファレンたちは2人を狙っている骸骨に背後から忍びより、それぞれの武器を叩きつけた。

 

「みんな、大丈夫か?僕たちも一緒に戦うぞ!」

 

「みんなまだ生きてるみたいだな。すぐに終わらせよう!」

 

「人間が…本当に助けてくれるのか…?」

 

人間を嫌っているエファートは、ファレンが助けに来たことに驚いていた。

ファレンたち3人とおおきづちの2人の兵士は、それぞれ目の前にいる骸骨と戦う。

1体なら簡単に相手することができ、ファレンは体勢を下げて攻撃を回避し、足にダメージを与えて動きを止める。

骸骨が体勢を崩すと、彼は背骨を銅の剣で叩き割り、とどめをさしていった。

レゾンとポルドは骸骨の剣を叩き落とし、無防備になったところで思い切り武器を振り、体力を削り取る。

2人はおおきづちの兵士の援護にも向かい、家を襲っている骸骨を全滅させた。

これで、ラグナーダの家を襲う脅威は去った。

しかし、戦いが終わった後ファレンたちが聞いたのは、サデルンに駆け寄る悲しそうなエファートの声だった。

 

「おい…サデルン…起きてくれ…!こんなところで死ぬなよ…!」

 

「アッシはもうダメみたいだ…ごめんな、エファート…」

 

サデルンは骸骨の攻撃で身体中に深い傷を負っており、消えかかっていた。

ここまでの傷ならば、傷薬でも治すことは出来ないだろう。

エファートの声を聞き、戦いを終えたラグナーダも家の中に入ってくる。

 

「こっちも終わったが…何があったのじゃ?」

 

「長老、サデルンが死にそうなんだ…!」

 

彼もエファートの話を聞くと、消えかけるサデルンに駆け寄っていく。

しかし、ラグナーダも治療の知識はなく、どうすることも出来なかった。

彼はファレンに、何とか助ける方法はないかと聞く。

 

「おお…こんなことになってしまうとは…。ファレンよ、何とかサデルンを助けられないか?」

 

「ここまでの傷になると…でも、もしかしたらあれが使えるかも」

 

ファレンはそこで、命の木の実を一つ使わずとっていたことを思い出す。

命の木の実は生命力の塊なので、サデルンを治すことが出来るかもしれない。

彼はそう考え、ポーチから命の木の実を取り出して、ラグナーダに渡した。

 

「命の木の実だ。これを使ったら、治せるかもしれない」

 

「これは確かに、ワシが知っている通りの命の木の実じゃな。サデルンよ、これを食べるのだ!」

 

ラグナーダは命の木の実のことを知っており、ファレンと同様にその力を信じ、サデルンに与える。

彼は残った力で命の木の実を噛み潰し、飲みこんでいった。

すると、消えかけていたサデルンの身体が戻り、見ているうちに傷口が塞がっていった。



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1-23 戦いの傷跡と今後の課題

命の木の実を飲み込んだ後も、ラグナーダの家の中は不安な空気だった。

ここまでの重傷にも効果があるかは、ファレンもラグナーダも分からない。

傷は治ったとしても、意識が戻らない可能性もあった。

しかし傷口が全て広がると、サデルンは何もなかったかのように目を開け、元気に立ち上がる。

 

「全然痛くない…これが、命の木の実の力なのか」

 

「サデルン、もう大丈夫なんだな…!もうダメかと思ったけど、本当に良かった!」

 

昔からの友達が生還し、エファートは喜びの声を上げる。

それを後ろで見ていたファレンやラグナーダも、肩をなでおろした。

 

「サデルンはワシが家族のように可愛がっていた子じゃ。これでワシも安心だぞ」

 

全てのおおきづちを救うことは出来なかったが、生存者を1人でも増やすことが出来た。

今まで人間を嫌っていたサデルンとエファートも、命の木の実をくれたファレンに感謝した。

 

「ファレン、まさかお前が助けてくれるとはな…人間は嫌いだったけど、感謝するよ」

 

「魔物のためにここまでする人間がいるとはな…アッシも少しは人間を見直したよ。ありがとうな、ファレン。…でも、この前君を追い払おうとしたアッシを、どうして助けてくれたんだ?」

 

「そっちにも色々事情があったことは聞いてるからね…僕は君たちのことを恨んではないよ。君たちのことも、これから一緒にメルキドを作る仲間だと思っている」

 

ラグナーダの話を聞いてから、ファレンは一度もサデルンたちを倒すべき敵だとは思っていない。

おおきづちの一員である以上、彼らも大切な仲間だった。

サデルンの両親を殺した人間の罪を、同じ人間である自分が償おうとも思っている。

 

「仲間か…アッシも助けてくれた人を裏切るほど恩知らずじゃない。お母さんたちを殺した人間は許せないけど、ファレンはいい人間だな…これからは、そっちの町に協力する。長老の言ってた世界の調和とやらも、理解しようと思うよ」

 

「サデルンを助けてくれたし、僕もそうする」

 

「ありがとう、2人とも。これからよろしくな」

 

命を助けられたことで、サデルンたちもメルキドの町との協力に努めようとする。

ファレンの挨拶が済んだ後、ポルドはこれからのことについて聞いた。

 

「良かったな、ファレン。そういえば長老、魔物の群れは追い払えたが、里は大きな被害を受けた。これからどうしたらいい?」

 

「…そうじゃな、まずは生き残った里の者を集めて、ワシの家や案内所、作業場を修理させよう」

 

「分かった。生き残った者を確認したいし、すぐに行ってくる」

 

おおきづちはブロックの扱いが苦手なので、迅速に建物を修理するには多くの人数が必要になる。

仲間たちの生死を確認するためにも、ポルドはラグナーダの家から出ていった。

家の後ろの方にいたレゾンは、ファレンの今後の動きについて聞く。

 

「お前はこれからどうするんだ?戦いは済んだし、子供も助けられた、そろそろ町に戻るか?」

 

「僕はおおきづちたちと一緒に里を修理するよ。レゾンは先に町に戻って、逃げたおおきづちたちに戦いの終わりを伝えて」

 

壊された建物は多いので、ファレンもおおきづちと共に修理しようとする。

しかし、町に逃げているラソルたちに魔物がいなくなったことを知らせる必要もあった。

 

「それじゃあ、お前が無事なのも一緒に伝えておくぜ」

 

レゾンは魔物に大きく壊された石段を降りて、メルキドの町に向かっていく。

 

「じゃあ、僕も下に降りるか」

 

ファレンもまずは下の兵士たちの様子を見るために、ラグナーダの家から出ていった。

兵士たちはポルドの指示を受けて、里中に分かれて生き残ったおおきづちを集めている。

最初にフレイユが数人のおおきづちを連れて家の下に戻ってきて、ファレンに話しかけた。

 

「無事だったんだね、ファレン。一緒に戦いに来てくれて、本当にありがとう!」

 

「こっちこそ、この里を助けられて良かったよ」

 

戦いが終わり、援軍に来てくれたファレンにフレイユは改めて感謝する。

嬉しそうな彼女の手には、赤色の紋様が描かれた石版が握られていた。

 

「そういえば、里のみんなを集めてる時にこんなのを拾ったんだけど、何か分かる?さっきの鎧の騎士が落としたみたいなの」

 

その石版は良く見てみると、メルキドの町にある旅の扉に似ていた。

紋様の色は違うものの、これも旅の扉なのかもしれないとファレンは考える。

 

「それは旅の扉かもしれないね。持ち主が求める物がある場所に、瞬時に移動出来る効果があるんだ」

 

原理は分かっていないが、ロロンドから聞いた旅の扉の効果をファレンは説明する。

 

「そんなにすごい物なんだ。それなら、ドムドーラって砂漠地帯に行ってきたらどうかな?ドムドーラには鉄があるから、それを使って防具を作れば強い魔物の攻撃を受けても生き残れると思うの」

 

「鉄なら銅より強そうだし、いいかもな」

 

鉄…ファレンの記憶の中にあるのは、銅より硬い灰色の金属だった。

回避力の低いおおきづちは、鉄で装備を作って防御力を上げると良いかもしれない。

彼はそう考えて、ドムドーラに向かうことに賛成する。

ドムドーラには、墓の作り方に詳しい者がいるという話もあった。

 

「鉄の防具の作り方は知らないけど、ファレンは分かる?」

 

「いや、僕にも鉄の扱い方は分からないよ。里の修理が終わったら、町のみんなに聞いてみる」

 

しかし、鉄を手に入れることは出来るとしても、鉄の扱い方は2人には分からなかった。

銅と同じように扱えばいいとも思ったが、ファレンはロロンドたちに聞いて調べることにする。

2人が鉄の防具について調べていると、他のおおきづちたちも歩いて来た。

レゾンの知らせを受けて、ラソルたちも戻ってきていた。

 

「おお、ファレン!無事だったんだな。メルキドの町も攻撃を受けたが、おじさんと衛兵のおかげで助かったぜ」

 

「それじゃあ、あっちに戦力を残してて正解だったね…あの2人は、ロロンドとケッパーって言うんだ」

 

「そうなのですか。エルゾアというキメラも、炎を吐いて活躍していましたよ」

 

町のみんなの名前を知らないラソルたちに、ファレンはロロンドとケッパーのことを教える。

彼らが危惧していた通り、メルキドの町にも襲撃があった。

しかし、あちらにも戦力を残しておくことで、2つの拠点を守り切ることが出来た。

おおきづちの里の全員が集まると、ポルドはみんなに指示を出す。

 

「これで全員か…被害は出たが、多くは生き残ってるな。これから俺たちで、建物の修理を行うぞ。俺たちおおきづちは土の扱いは苦手だが、大人数でやればすぐに済むはずだ」

 

ポルドの指示を受けると、おおきづちたちはそれぞれ案内所、作業部屋、台所、ラグナーダの家の4か所に分かれ、修復作業を始める。

みんなが動き始めると、フレイユはどこの修理に行くのかファレンに聞いた。

 

「作業が始まったけど、ファレンはどこに行くの?」

 

「僕は大きいし壊れ具合がひどい台所に向かうよ。フレイユも一緒に来るか?」

 

「そうするよ。1人でも多い方が早く終わると思うし」

 

「じゃあ、俺も一緒に向かうぜ」

 

台所は面積が大きい上に、そこに逃げたおおきづちを狙った魔物によってほとんど壊されている。

ファレンはそこに向かっていき、フレイユとポルドもそれについて行く。

3人は台所のあった場所に着くと落ちている土や家具を拾い、元の場所に置いていった。

ポルドはブロックの扱いに慣れていないが、ファレンやフレイユは素早く壁を修理していく。

他の台所のおおきづちにも土を置く経験のある者はおり、短時間で元の台所に戻っていた。

 

「大きな台所だったが、これで修復は終わりだな。みんなでやればあっという間だったぜ」

 

「そうだね。ファレンも手伝ってくれてありがとう。君はこれから、メルキドの町に戻るの?」

 

「うん。戦いで疲れたし、一回休みたいからね」

 

長い戦いや修復作業を経て、ファレンの身体はかなり疲れていた。

フレイユにそう言うと、ファレンは一度メルキドの町の自室に戻ろうと思っていた。

しかしそうしていると、おおきづちの里の奥から、彼らを呼ぶ声が聞こえて来る。

 

「兵士長…ファレン…」

 

「ん…?あの3人は、マレスたちか…?」

 

「マレスって、あの行方不明になった兵士たち?」

 

「お前たちは死んだと思っていたが、生きていたのか?」

 

魔物との戦いを恐れ隠れていた、マレス、コペラ、プロウムの3人。

おおきづちの兵士たちからは、彼らは死んだものと思われていた。

歩いて来たマレスたちは、ひどく落ち込んでいる様子だった。

3人は近づいて来ると、今まで隠れていたことをポルドとフレイユに伝える。

 

「…実は…オレたち、魔物との戦いが怖くて逃げていたんだ」

 

「今日も目の前で仲間が鎧の騎士に襲われてたのに、僕たちは何もしなかった」

 

「そのせいで、オレたちの目の前で何人もの兵士が死んだ…仲間を見殺しにするなんて、おおきづちの兵士として失格だよな」

 

「そんなことをしてたのか…確かにおおきづちの兵士として失格だし、重罪だな」

 

ファレンたちが鎧の騎士と戦った場所は、マレスたちが隠れていた建物からも近かった。

追い詰められる仲間たちを救援に行くことは、十分出来る距離だ。

この戦いで何人もの部下を失ったポルドは、彼らを睨みつけて話す。

目の前で死んでいく仲間を見殺しにした3人は、自らの死をもって償おうとした。

 

「許されないことは分かっている…だから、オレたちは死んで償うよ」

 

「兵士長…ファレン…フレイユ。僕たちを、やりたいように殺して」

 

「こんな最低のおおきづちの素材なんか、使いたくもないかもしれないけど…」

 

彼らのしたことは、確かに許されないことであった。

しかし、今回の戦いで仲間を失ったおおきづちの里には、少しでも多くの戦力が必要だ。

生きて過酷な戦いに身を投じ続ける方が、死ぬより辛い償いになるかもとも、ファレンは思った。

ラグナーダたちに隠れていることを黙っている代わりに、必ずいつかは戦いに加わるという、以前交わした約束もある。

 

「…殺しはしないよ。その代わり、身を粉にして魔物と戦って。生きて戦いを続ける方が、より償いになると思うんだ。隠れているのを黙っておく代わりに、後で一緒に戦うって約束も覚えてるでしょ。ポルドとフレイユもそれでいい?」

 

「こいつらは重罪だが、俺も同族を殺すのは嫌だからな。里を守る兵士は多い方がいいし、賛成だ」

 

「怖いのは仕方ないことだし、殺すのは可哀想だと思うよ。一緒に訓練して、これから強くなっていこう」

 

ポルドとフレイユも、ファレンの意見に賛成していた。

3人は今は僅かな戦力でしかないが、鍛えれば強力な兵士になるかもしれない。

 

「こんなオレたちが、生きてていいって言うのか…それで償えるのなら、オレたちも一緒に戦うよ」

 

「どんなに訓練が厳しくても、僕たちは今度こそ逃げない」

 

「もし次仲間を見殺しにすることがあったら、その時は容赦なく殺して」

 

罪悪感からではあったが、3人の兵士がおおきづちの里の新たな戦力になった。

これで鉄の防具もあれば、犠牲者無しで里を守れる可能性もある。

 

「それでいいよ。これからよろしくな、3人とも。僕は1回人間の町に戻るけど、訓練頑張ってね」

 

「うん。今度一緒に戦おう、ファレン!」

 

まずはメルキドの町に戻って、鉄の防具について聞かなければならない。

ファレンはみんなに挨拶をして、旅の扉へと向かおうとする。

 

「それじゃあね、みんな。また今度会おう」

 

「またね。さっき言ってた鉄の防具、楽しみにしてるよ」

 

「いつでも来るといいぞ!」

 

フレイユとポルドに見送られながら、ファレンは旅の扉へと歩いていった。

扉を抜けると、彼の身体はメルキドの町へと移動する。

町に戻ってくると、部屋の外にはエルゾアの姿しかなく、彼は空を眺めていた。

その代わり、作業部屋の中からは人々の話し声や石を砕く音、金属を叩く音が聞こえてくる。

 

「みんなここにいるみたいだけど、何を作ってるんだ?」

 

みんなで何を作っているのだろうかと思いながら、ファレンは入口の扉を開けた。

 

「ただいま、みんな。ここで何を作っているんだ?」

 

「おお!戻って来たのだな、ファレン!吾輩たちの町にも魔物が襲ってきたが、返り討ちにしてやったぞ。吾輩は戦いの後、石の守りの記録の解読を終えてな、みんなで作ろうとしておるのだ」

 

ファレンが帰りを知らせると、ロロンドがすぐに駆け寄って来て、石の守りの記録を解読し終えたことを伝える。

ロロンドは傷を負っておらず、あまり厳しい戦いにはならなかったようだ。

ピリンとレゾンは石垣を作るために石材を砕き、ロッシとケッパーは金床でトゲ罠を作っている。

ファレンはさっそく、ロロンドに鉄の扱い方を聞いた。

 

「そうだったのか。そういえば、おおきづちの里を襲った魔物から新しい旅の扉が手に入ったんだ。新しい武器や防具を作るためにドムドーラっていう砂漠に鉄を取りに行こうと思うんだけど、鉄の扱い方は分かるか?」

 

「鉄か…吾輩にも分からぬが、メルキド録で以前伝説の鍛冶屋ゆきのふの話を見たことがある。その鍛冶屋は、鉄を使って様々な武具を作っていたそうなのだ。鍛冶屋の子孫に聞けば、鉄を加工する方法も分かるかもしれぬな」

 

ロロンドはしばらく考えこんだ後、メルキド録にあった伝説の鍛冶屋ゆきのふについて教えた。

伝説の鍛冶屋というくらいなら、その子孫もかなりの腕を持っているだろうとファレンは期待する。

しかし、肝心の居場所までは分からないままだった。

 

「その伝説の鍛冶屋がどこに住んでたかまでは書いてなかったのか?」

 

「すまぬが、そこまでは書かれておらんかった。だが手さぐりで探すのは難しいからな、石の守りを作り終えたら、もう一度メルキド録を読み解いてみるぞ」

 

鉄を手に入れても、伝説の鍛冶屋の子孫が見つかるまでは強力な武具は作れなさそうだった。

とりあえず今は、次なる魔物の襲撃に備えて石の守りを完成させることにする。

 

「そっか。じゃあ、鍛冶屋のいた場所が分かったら、また教えてね」

 

「分かった。だが、とりあえず今は、石の守りの完成を目指すぞ。石垣は必要数が多いからな、ピリンと共に石を砕いてくれ」

 

「そうするよ。一緒に作って、早めに完成させよう」

 

いつ次の魔物の攻撃があるかは分からないので、早く作らなければいけない。

ファレンはピリンとレゾンの隣に並ぶと、おおきづちを使って細かく石材を砕いていった。

ロロンドは収納箱にある銅を次々と炉の中に入れ、石炭を燃やした熱で溶かす。

溶かした銅は石の作業場と金床の両側に運ばれ、作業場では砕けた石材を繋ぎ合わせて石垣が作られ、金床では鋭く尖ったトゲ罠が作られた。

石垣は数十個、トゲ罠は20個近くいるので、作業は長時間に渡る。

しかし、町の仲間全員で作業を行っているので、着実に石垣とトゲ罠の数は増えていく。

以前ファレンが大量の石材と銅を手に入れて収納箱にしまったので、途中で素材が不足することもなかった。

トゲ罠の方が早く必要数が揃い、それからは全員で、作業場と金床、地面も使って石垣を作っていった。

熱い銅を扱い、重い武器を持って石材を砕き、みんな汗だくになっていたが、夕方になるまでは石垣も完成していた。

石垣もトゲ罠も揃うと、みんな疲れながらも喜びの声を上げる。

 

「おお!これでようやく石の守りが作れるぞ。長い作業だったが、ようやく終わったな…!」

 

「こんなに作業するのは初めてだから、とっても疲れちゃったよ。でも、楽しかった!」

 

「みんな仲良く物作りって言うのは、なかなかいい物だな」

 

「うん。あとは作った石垣とトゲ罠を置いたら完成だね」

 

ファレンたちの心は達成感に溢れ、作業部屋中のみんなが笑顔になっていた。

みんなと物作りを進めることで、最初は非協力的だったロッシも、すっかり楽しんでいる。

喜びの中、ロロンドは石の守りを完成させに行こうとみんなに呼びかけた。

 

「それでは、みんなで一緒に置きに行くぞ。今まで魔物は町の西から来ていたからな、石の守りはそこに置こうと思う」

 

「今日もあっちからだったのか…確かに、次も同じ方向から攻めて来そうだからね」

 

今まで3度メルキドの町は攻撃を受けているが、3回とも魔物は町の西側、ファレンの個室がある方向から攻めて来ていた。

なぜそこから攻めて来るかは分からないが、次からも西が狙われる可能性は高いだろう。

ロロンドとファレンはそう思い、町の西へと石の守りを作りに行く。

 

「ああ。次に魔物どもが来たら、石の守りで蹴散らしてやろう」

 

みんなも石垣とトゲ罠を持って作業部屋を出て、2人について行った。

町の西にたどり着くと、みんなはロロンドの指示する通りに石垣を置いていく。

石垣を設置している間、ファレンはその近くに看板が立っているのも見つけた。

 

魔物はいつもこの方角からやって来る。ここに城塞を作り、町を守るのだ。

 

看板の文字は古びており、相当昔に立てられた物だった。

人間が文字を書いていることから考えても、数百年の昔から、メルキドを襲う魔物は町の西から向かって来るようだ。

それなら今後も同じ方向から来るだろうと考え、ファレンは石垣を置き続けた。

石垣を置き終えると、彼らはトゲ罠をその前方へと設置し始める。

 

「後はトゲ罠を置けば石の守りは完成だな…一気に仕上げるぞ!」

 

トゲ罠は鋭く尖っているので、みんなは踏まないように気をつけて置いていく。

石の守りを組み立てている間、ロッシはどこか不安げな表情も浮かべていたが、ファレンにはその理由は分からなかった。

トゲ罠は石垣よりも数が少ないので、6人で置けばすぐに終わる。

石の守りが完成すると、ロロンドは再び大きな声を上げて喜んだ。

 

「おおお!これでようやく石の守りが完成だな!今までは吾輩たち自身が魔物を食い止めていたが、これなら攻撃も防御も自動で出来るぞ」

 

「並大抵の魔物なら、何の苦労もなく倒せそうだね」

 

「うん。魔物はトゲ罠に引っかかって、勝手に倒れていくと思うよ」

 

「じゃあ俺たちは、石の守りを突き破るような魔物を狙うって感じになるんだな」

 

ファレンは山奥の城塞のところで石の守りの強さは知っており、ケッパーたちにそう言う。

あの時の3体のブラウニーたちは、まともな反撃も出来ずに力尽きていた。

しかし、レゾンは石の守りを突き破る魔物が出ることも予測する。

 

「これを突き破る魔物か…そんな者が現れないことを祈るが、有り得ぬ話ではないな…。石の守りを強化出来るよう、吾輩もメルキド録の解読を続けようぞ」

 

「鍛冶屋の子孫の話もあるし、そっちも頼んだよ」

 

石垣もトゲ罠も相当な硬さを誇るが、絶対に突き破られないとは限らない。

メルキド録の解読もまだまだ途中段階であり、ロロンドは伝説の鍛冶屋の子孫を見つけるためにも、解読に戻ろうとする。

 

「それももちろんだ。少しの時間も無駄には出来ぬからな、すぐに戻るぞ」

 

ロロンドは石の守りの横を通って町の中に戻り、メルキド録を読みに行った。

石の守りが完成したことで、長時間に及ぶ作業は終わる。

ピリンやケッパーは疲れて、それぞれの個室に戻って休んだ。

 

「私も疲れたし、少し休もうかな。また明日になったら、いろいろ物を作ろっと」

 

レゾンも2人について行き、石の守りの近くにはファレンとロッシのみが残る。

先ほどまで不安な表情をしていた彼は、今はいつもの顔に戻っていた。

ファレンも自分の部屋に戻ろうとしていると、ロッシは話しかけて呼び止める。

 

「そうだ、ファレン。お前に相談しておきたいことがあるんだ」

 

「どうしたんだ?」

 

ファレンは、先ほどの不安げな表情の理由について話してくれるのかと思う。

しかしロッシは、それとは関係のない作業部屋の話をした。

 

「みんなと一緒に暮らしてて、オレも物作りがだんだん楽しく思えてきた。けどな、今の作業部屋はちょっと地味すぎる気がするんだ」

 

作業部屋には収納箱に大倉庫、石の作業台、炉と金床といった様々な物が置いてある。

しかし、考え直してみると、ファレンにもかなり地味に思えた。

 

「確かに地味って言ったら地味だよね。それで、何か置きたい物があるのか?」

 

「昔聞いたことがある。古代のメルキドでは道具を作る建物には、目印として看板を置いていたって。そこでオレは、キメラの翼を描かれた看板を考えたんだ」

 

看板の貼ってある建物のことを、ファレンもかすかに思い出す。

看板を貼り付けても派手になるとは思えないが、少しは雰囲気が出るかもしれない。

看板は木材を切り出し、染料を使ってキメラの翼の絵を描けば作れる。

ファレンはそう考え、さっそく作りに行こうと言った。

 

「看板か…それくらいならすぐ作れると思うし、今から行こう。木材を削ったら、僕がキメラの翼の絵を描くよ」

 

「それなら、木材を削るところはオレに任せてくれ」

 

「分かった。今のロッシだったら、うまく削れそうだからね」

 

疲れている2人も、看板1枚くらいなら作ることが出来そうだった。

一緒に作業部屋に入り、ロッシがまず木材を取り出して石の工具を使って削っていく。

彼も物作りには慣れており、正確に看板の形へと切り出していた。

看板の形は個室の物と非常によく似ており、真似ているようだ。

ロッシが木材を削り終えると、ファレンはキメラの翼を描いていく。

 

「これで看板の形は出来たな。後はファレン、これにキメラの翼を描いてくれ」

 

「うん。うまく描けるか分からないけど、やってみるよ」

 

赤い油と青い油を混ぜると、黒っぽい色へと変わっていく。

ファレンはその黒い油を使い、キメラの翼の形を思い出して描いた。

絵を描くのには個室看板の時に慣れているので、彼は考えていた通りのキメラの翼を描くことが出来ていた。

看板が出来上がると、ファレンは持ち上げて作業部屋から出て、扉の横に貼り付ける。

 

「これでキメラの翼の絵が出来たよ。目立つように、部屋の入口に貼り付けて来るね」

 

「ありがとうな。これでより作業部屋らしい雰囲気になるぜ」

 

個室看板と同様、壁の土に貼り付けるとそのまま固定されて動かなくなる。

ロッシはファレンに感謝すると、一緒に作業部屋の中から出てくる。

貼り付けたのを見ても、彼は満足げな顔をしていた。

 

「実際に貼り付けてみても、なかなかいい物だな。これなら、もっといい物が作れる気がするぜ」

 

「まあ、少しは雰囲気が出ているね」

 

なぜそのような記憶があるのかは分からないが、今の作業部屋は、ファレンの記憶にあった建物によく似ていた。

しばらく作業部屋を眺めた後、ロッシは急に真面目な表情になる。

 

「そうだ、せっかく看板が出来たところで悪いが、お前には一つ言っておきたいことがある。…ロロンドにいくらそそのかされても、これ以上町をでかくするのはやめた方がいい」

 

「ん、何でそんなことを言うんだ?」

 

先ほどまで物作りを楽しんでいたロッシから考えられないようなことを言われ、ファレンは戸惑う。

 

「あまりにも大きくしすぎると、魔物たちに目をつけられて必ず潰されてしまうんだ」

 

「魔物が心配なのか…それなら大丈夫だよ。仲間たちも増えて来たし、石の守りも出来た。メルキド録の解読が進んだら、もっと強い防壁も出来るかもしれない」

 

ロッシは町が大きくなることで、強力な魔物が襲撃して来るのを恐れているようだ。

しかし、今日石の守りが出来た上に、伝説の鍛冶屋の子孫やさらなる防壁の話もある。

彼にも不安がないことはなかったが、町作りをやめようとは思わなかった。

ファレンがそう返すと、ロッシはただの魔物ではないと言う。

 

「ただの魔物なんかじゃねえ…町を発展させすぎると、あの化け物が必ずやって来るんだ。その昔メルキドの町を滅ぼした、巨大なゴーレムがな!…決めるのはそっちだが、これ以上町を大きくするのは勧めねえぜ。ひとまず今日は助かった…オレは部屋に戻って休むぜ」

 

彼はゴーレムの名前を出すと、ファレンを残して自分の部屋に戻っていった。

ゴーレムという名前には、ファレンも一度聞いたことがあった。

しばらく思い起こすと、それはロロンドの言っていたメルキドの守り神の名前だったことに気づく。

 

「…あれ、ゴーレムってメルキドの守り神じゃなかったか?」

 

守り神が滅ぼしたというのは矛盾しているように思えるが、ロロンドとロッシのどちらかが間違っているのだろうか。

ファレンはそう思い、希望の旗の近くでメルキド録を読んでいるロロンドにゴーレムのことを確認しに行く。

 

「ねえロロンド、少し聞きたいことがあるんだけど。ゴーレムって、メルキドの守り神で合ってたよね?」

 

「もちろんそうだが、どうかしたのか?」

 

ロロンドはゴーレムが守り神だと信じ、ロッシはゴーレムがメルキドを滅ぼしたと信じている。

どちらが正しいのか、今のファレンには判断することが出来なかった。

 

「さっきロッシが、ゴーレムがメルキドを滅ぼしたって言ってたんだ。本気で信じているみたいで、嘘をついてるようには思えなかった」

 

「そんなはずはあるまい。ロッシ自身は本気にしているのなら、奴にそれを伝えた人間が嘘をついたのだろうな。所詮は誰かの偽言だ、気にする必要はない」

 

「それもそうだね。それじゃあ、僕は部屋に戻って休んでるよ」

 

確かにロッシ自身は誰かにゴーレムがメルキドを滅ぼしたと吹き込まれ、自分でも気付かずに間違ったことを言っているのかもしれない。

ファレンはそう思い、ゴーレムの話は気にしないことにした。

おおきづちの里の戦いや石の守り作り、作業部屋の看板作りと今日は様々なことがあった。

一日の疲れを癒すために、ファレンは自分の部屋に戻っていった。



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1-24 砂漠に住まう鍛冶屋の子孫

おおきづちの里の戦いを終えた日の夜、ファレンは疲れを取るため早めに眠りにつく。

眠り始めてしばらく経つと、彼の目の前に突然不思議な風景が浮かび上がってきた。

夢を見ているようだったが、やけに鮮明としたものだった。

 

「彼女といつまでもこうして一緒にいたい。こんな僕の気持ちも、魔物たちに踏みにじられる時が来るのでしょうか…」

 

夢の中には、赤い服を着た男性と青い服を着た女性が映っていた。

以前見た夢と似たように、男性はファレンではない誰かに話しかける。

しかし、その誰かの姿を見ることは今回も出来なかった。

視点を動かせないまま、夢の中の男性は話を続ける。

 

「でも、あなたならきっと竜王を倒してくれる!僕はそう信じています!」

 

目の前の誰かに向かって竜王を倒すことを頼んでいるのも、この前の夢の兵士と同じだった。

ただの夢なのか自分の記憶なのかファレンが考えているうちに、女性の方も話を始める。

 

「彼と一緒にいると世界を闇が覆うなんて、嫌なことも忘れられるわ。…でも、それは嘘…。世界が滅べば私たちの愛も終わってしまうと彼が言うんです。…だけど、きっとあなたならなんとかしてくれる。だってあなたは伝説の勇者の子孫ですもの」

 

女性は話の最後に、伝説の勇者の子孫という言葉を持ち出す。

勇者というのがどのような存在かは分からないままだが、ファレンは以前ルビスが、「あなたは勇者ではありません」と言っていたのを思い出した。

目の前の人々が話しているのは、少なくとも自分ではないと彼は考える。

考え込んでいるうちに、夢の中の誰かは歩き出し、近くにいた銀髪の緑色の服の男性に話しかけられた。

 

「闇の竜翼広げる時、ロトの血をひく者来たりて闇を照らす光とならん。…これ、僕の祖父の口癖なんです。おお、神よ!古き言い伝えの勇者となり得し者、…に光あれ!」

 

勇者と呼ばれる何者かの名前は、ファレンには聞き取ることが出来なかった。

闇の竜やロトなど、夢の中に出てくるほとんどが謎に満ちている。

緑色の服が喋り終えると彼の視界は暗くなっていき、深い眠りに戻る。

次に気がついた時には、ファレンは自分の部屋のわらベッドの上にいた。

 

「…また変な夢を見たな…。本当にあれは何だったんだ?」

 

今日の夢も、ファレンは目覚めた後もはっきり覚えていた。

1度ならともかく2度も不思議な夢を見たので、どうしても偶然の産物とは思えない。

しかし自分でないのなら他の誰かの記憶ということになるが、その人物に関しては全く心当たりはなかった。

 

「全く分からないな…とりあえず、外に出てみるか」

 

考えても分からない上に、町作りにはあまり関係がなさそうだ。

彼はそう思い、夢のことを気に留めつつもわらの扉を開けて、寝室の外に出ていった。

外に出ると、ピリンたちはまだ寝ているようだが、ロロンドは早起きしてメルキド録の解読を続けている。

彼はファレンに気づくと、メルキド録を足元に置いて話しかけて来た。

 

「おお!目覚めたようだな、ファレン。吾輩は昨日からメルキド録を読み進めて、重要なことを発見したのだ」

 

「おはようロロンド。重要なことって?」

 

ロロンドはファレンたちが寝静まった後も、1人メルキド録の解読を続けていた。

彼はファレンの挨拶を聞くと、メルキドを支配する魔物の親玉のことを話す。

 

「どうやらメルキドのどこかには、魔物たちを支配する親玉のような存在がいるようなのだ。そいつを倒すことで、空の闇を晴らすことが出来るそうだ」

 

「それなら、絶対に倒さないとだね…魔物の親玉って、どんな奴なんだ?」

 

ファレンは暗い雲に覆われた空に慣れていたが、昔の明るかった空も見たいと思っていた。

町を大きく発展させるためにも、脅威は排除しなければならない。

倒すためにはまず敵を知らなければならないので、彼は魔物の親玉について詳しく聞く。

 

「そこまでは書かれておらんかった。だが、吾輩たちの町を大きくするためにも、必ず敵を突き止め、倒すつもりだ」

 

「そっか…じゃあ、新しいことが分かったらまた教えて」

 

「そのつもりだ。まずはメルキド録の解読を進め、新しく町に来た仲間にも話を聞こうと思う」

 

魔物の親玉の正体についてまでは、メルキド録にも書かれているかは分からない。

2人は新しい仲間にも話を聞くことで、正体を突き止めようとした。

そうしていると、早速ファレンたちの耳に、町の外から見知らぬ男性の声が聞こえてきた。

 

「おおい、そこの2人。ここは一体、何なのでしょうか?」

 

「ん…?あいつは見知らぬ男だな…仲間になってくれるやもしれぬし、話を聞いてみようぞ」

 

ロロンドはその男性の元に歩いていき、ファレンもそれに続く。

男性は以前のピリンやロッシと同じでボロボロの服を来ており、水に濡れている部分もあった。

 

「ここはメルキドの町だ。昔は何もない場所だったが、吾輩たちが立て直しておる」

 

「町…かつてこの世界にあったと言われる、人や物が集まる場所でしたね。…ということは、あなたは伝説に語り継がれる存在、ビルダーなのですか!?」

 

この男性は町やビルダーに関して、多少の知識は持っているようだった。

 

「吾輩ではなく、隣にいる少年ファレンがビルダーだ。吾輩はファレンの物作りを見て、真似をしているのだ」

 

「そうだったのですか!生きている間にビルダーに会えるなんて、なんという感動だ!」

 

ロロンドの説明を聞くと、男性はファレンの方を見て大声で喜ぶ。

男性に向けて、ファレンは自分からも自己紹介をし、出身を聞いてみた。

 

「僕はファレン。自分では知らなかったけど、ビルダーって呼ばれる存在みたいなんだ。君はどこから来たんだ?」

 

「私は今まで世界中を歩き、泳ぎまわって来た旅の者で、名前はショーターといいます。何の取り柄もありませんが、各地で見聞きしたお話を伝えられると思いますよ」

 

ショーターは旅を続け、定住地を持たない人間のようだった。

各地で見聞きした話と聞き、ファレンは先ほど知った魔物の親玉について聞いてみる。

 

「そうなのか。それなら、メルキドの魔物の親玉って知ってるか?町を大きくするためには、そいつを倒さないといけないみたいなんだ」

 

「魔物の親玉…もしかしたら、8体の悪魔の騎士のことかもしれませんね。昔、8体の悪魔の騎士がメルキドの魔物を従えていると聞いたことがあります」

 

「悪魔の騎士ってどんな魔物なんだ?」

 

ショーターは、以前旅の途中で聞いた8体の悪魔の騎士の話を始める。

悪魔の騎士という名前の魔物は、ファレンは聞いたことも見たこともなかった。

 

「紫色の鎧に身を包んだ魔物で、強固な斧と盾を持っているそうです。どれほどの強さなのかは分かりませんが、簡単には倒せないでしょう」

 

「8体もいるとは知らなかったが、そいつらが魔物の親玉である可能性は高そうだな。共に準備を整え、必ず倒しに向かおうぞ」

 

ショーターの話を聞き、鎧の騎士に似た魔物なのだとファレンは理解する。

あの鎧の騎士の上を行く存在がいるとは考えてもいなかったが、今後戦いは避けられなさそうだ。

少しでも戦力を高めるため、ショーターも町作りの仲間へと誘う。

 

「そうしよう。ショーターも、一緒に町を作っていかない?悪魔の騎士を倒すためにも、1人でも多くの仲間が必要なんだ」

 

「もちろんそうさせてもらいますよ。私は戦いは出来ませんが、武器や兵器に関して教えられることはあります。これからよろしくお願いします」

 

たとえ戦いが出来なくても、物作りの手がかりをくれるだけで十分だった。

ロロンドはショーターに、伝説の鍛冶屋の子孫の居場所についても聞く。

 

「それじゃあ、こっちこそこれからよろしくな」

 

「そういえばショーターよ、お主、伝説の鍛冶屋ゆきのふの子孫については知らぬか?旅の者と聞いたら、もしかしたらと思ってな」

 

「それなら、以前ドムドーラという砂漠で鍛冶屋の子孫を名乗る男と会ったことがありますよ。しばらく会っていませんが、今でも住んでいるかもしれません」

 

ドムドーラ…その地名は、フレイユの言っていた鉄の取れる砂漠と同じ物だった。

ドムドーラに行けば、鉄も手に入り、それを扱う鍛冶屋も仲間に出来そうだ。

しかし、ファレンがドムドーラに向かおうとすると、ショーターは一つ警告する。

 

「そっか…じゃあ、さっそくドムドーラからその男を連れてくるよ」

 

「気をつけてくださいね。ここまで町が大きくなったら、そろそろ先ほど伝えた悪魔の騎士が動き出すかもしれません」

 

人を探しに行くだけなので、悪魔の騎士の襲撃を受けるとは思えない。

だが、もし見つけたら気をつけようと、ファレンは心に留めておいた。

 

「人探しをするだけだから大丈夫だとは思うけど、気をつけておくよ。一応、仲間と一緒に向かう」

 

「鍛冶屋を見つけたのは、ドムドーラの岩山の近くです。そこを探せば見つかるかもしれません」

 

万が一のことに備えて、彼はレゾンと一緒に出発することにした。

仮に悪魔の騎士に襲われても、2人なら倒せずとも追い払うことは出来るかもしれない。

 

「分かった。準備が出来たら出発するね」

 

ファレンはショーターたちにそう言うと、寝室で寝ているレゾンを起こしに行った。

レゾンも町の仲間になった後、自身の個室を手に入れている。

彼の部屋の中に入り、体を揺らしながら声をかけた。

 

「レゾン、起きてくれ。一緒に行きたいところがあるんだ!」

 

「…どうしたんだ、ファレン?結構早い時間だとは思うが、強い魔物でも出たのか?」

 

しばらく声をかけると、レゾンは目を覚まして起き上がる。

ファレンは彼に向けて、ドムドーラと伝説の鍛冶屋の子孫について話した。

 

「昨日の戦いでまた旅の扉が手に入ってね、鉄を集めにドムドーラって砂漠に行くことにしたんだ。そこには伝説の鍛冶屋の子孫もいるから連れて来ようと思ってるんだけど、強い魔物がいる可能性があるらしくてね…一緒に来て欲しい」

 

「そういうことか…町もさらに大きくなるし、戦いの経験も積めそうだな!分かった、一緒に行くぜ」

 

さらなる強さを求めているレゾンは、強い魔物と戦えると聞いて喜ぶ。

 

「ありがとう、それなら良かった。初めて行く場所だから調べるのも大変そうだし、早めに行くよ」

 

ドムドーラは初めて行く場所なので詳しいことは分からないが、広く探索に時間がかかる可能性もある。

ファレンはレゾンを起こすと、さっそく青い旅の扉と隣に赤い旅の扉を置いた。

旅の扉は持ち主の求める場所に道を開くというロロンドの言葉を思い出し、彼はドムドーラに行きたいと強く願いながら旅の扉に入る。

すると、彼らの身体は光に包まれていき、速やかに見知らぬ土地に移動した。

 

「ここが…ドムドーラって砂漠か」

 

「俺も名前は聞いたことがあったが、来るのは初めてだぜ」

 

その土地は、地面が見渡す限り砂に覆われた砂漠地帯だった。

今ファレンたちがいる場所は平地だが、遠くを眺めると砂で出来た山もいくつかある。

どうやら無事に、ドムドーラの砂漠にたどり着くことが出来たようだ。

砂漠一帯を見渡した後、ファレンたちは鍛冶屋の子孫を探しに行く。

 

「レゾンも来るのは初めてなんだね。鍛冶屋の子孫は岩山の近くに住んでるみたいだから、そっちに向かおう」

 

ファレンたちは海の近くにおり、内陸部に進んで右側のところには岩山も見かけられた。

ショーターの言葉を思い出し、ファレンたちはその岩山に向けて歩いていく。

その途中、2人は山岳地帯にもいたスライムベスや、頭から角が生えた獣を見つけた。

 

「この頭から角が生えてる魔物はなんだろう。知ってるか、レゾン?」

 

「確か一角兎って奴だったな。好戦的じゃないが、攻撃したらあの角で反撃してくると思うぜ」

 

「そうなんだ。じゃあ、刺激しないように行くよ」

 

一角兎はファレンたちの姿を見ても、攻撃の姿勢はとっていなかった。

今は彼らの素材を必要としてはいないので、ファレンは刺激しないように進んでいく。

内陸部までたどり着くと、曲がって岩山の方に歩いていった。

その途中、ファレンたちの視界にはおおきづちの姿が入る。

彼はファレンの姿を見ると、遠くから声をかけてきた。

 

「おお!君はファレンじゃないか。やっぱりここに来たんだね」

 

「里から離れた場所なのに、どうしてここにいるんだ?」

 

ドムドーラは里のある山岳地帯とは陸続きになっていない。

ファレンは、おおきづちの存在を不思議に思いながら返事をした。

 

「僕は泳ぎが得意なおおきづちでね、フレイユから鉄を取りに来る君を助けるように頼まれたんだ。僕は人間が嫌いだったけど、里を助けてくれて見直したよ」

 

おおきづちは一見泳げそうには見えないが、泳げる者もいるようだ。

サデルンたち以外にも、ファレンの活躍で人間を見直したおおきづちはいた。

ファレンは嬉しく思いながら、鍛冶屋の子孫について聞き出す。

 

「それは良かったよ。そういえば、この辺りに住んでる伝説の鍛冶屋のことを知らないか?」

 

「それなら、昨日魔物があの毒沼の近くに人間を連行してるのを見つけたよ。頭がはげた中年の男だったけど、そいつのことかもしれないね」

 

おおきづちは岩山の方を向き、そのふもとにある紫色の沼を指差す。

そこには建物も立っており、人間1人を閉じ込めておくには十分な大きさだった。

彼の話だけでは伝説の鍛冶屋の子孫かは判断出来ないが、閉じ込められた人を放ってはおけない。

 

「あの場所か…それなら、早く助けに行かないとね。毒沼っていうのは、入ると危ないのか?」

 

「短時間なら大丈夫だけど、ずっと入ってると危険だね。気をつけて行くんだよ」

 

短時間なら大丈夫だとはいえ、なるべく毒沼に入るのは避けようとファレンは思う。

鉄探しは後回しにして、まずは捕まった人を助けに毒沼の近くへと向かった。

 

「教えてくれてありがとう。鍛冶屋の子孫を集めたら、鉄を集めて里にも向かうよ」

 

「役に立てて良かった。待ってるからな、ファレン」

 

「強い魔物もいるかもしれねえが、俺が叩き斬ってやる。行こうぜ」

 

おおきづちに感謝すると、ファレンとレゾンは毒沼の近くへと歩いていく。

その間には砂の山もいくつかあり、鉄だと思われる灰色の金属が眠っている鉱脈も見つかった。

しかし、今は捕まった人を助けるのが最優先なので、2人は鉱脈を無視して進んでいった。

毒沼の近くに来ると、ファレンたちは魔物の姿がないか確認する。

すると、2人の前には信じられない光景があった。

 

「あれ…?何でこんなところにピリンがいるんだろ?」

 

「旅の扉を置いたばかりなのにな、どうなってやがるんだ?」

 

人間が捕まっていると思われる建物の前に、何故かメルキドの町で寝ているはずのピリンがいた。

ドムドーラへの旅の扉はついさっき置いたばかりな上、ファレンたちは寄り道もしていない。

ピリンが泳げるという話も聞いていないので、彼女がここにいることは有り得なかった。

魔物に捕まったはずなのに、見張りのがいないことも不自然だ。

十中八九魔物の罠だと思っていると、ピリンらしき存在は2人に話しかける。

 

「あ、ファレンにレゾン!こんなところで何をしているの?」

 

「ロロンドに言われて鍛冶屋の子孫を探してるんだ。ピリンこそ、こんな所で何やってるんだ?」

 

罠だと気づいていることがバレたら、即座に攻撃してくる可能性がある。

敵を油断させて倒すために、ファレンは気づいていないフリをして、普通に会話する。

 

「…へえ、相変わらずあのヒゲ親父に馬車馬のように働かされているんだね。私も実は、あのヒゲが嫌いだったの。あんな奴の使いっ走りはやめて、私と逃げちゃわない?」

 

ファレンはロロンドに無理やり働かされているのではなく、町を発展させるために自分の意思で行動しており、ピリンもそれは分かっている。

彼女も町の仲間を大切に思っており、このようなことを言うはずがなかった。

魔物の罠であることは明らかであり、もう少し正確に真似るべきだと、2人は呆れていた。

芝居に付き合うのも疲れるが、ファレンはあくまで気づいていないフリを続ける。

 

「そんなことを思ってたんだ。一緒に逃げるか…確かにそれもいいかもね」

 

「そうでしょ!ファレン、レゾン、私と逃げよう。あんなヒゲたち放っておいて、一緒にこっそり暮らそうよ」

 

敵がこちらを騙せていると信じ込んでいるのを見てから、ファレンは行動に出た。

 

「分かったよ。だけどその前に、大声では言えないけど、伝えたいことがあるんだ」

 

「どうしたの、ファレン?」

 

ファレンはそう言うと、偽ピリンの耳元に近づく。

そこで彼はこっそりとポーチから銅の剣を取り出し、腹に向かって思い切り突き刺し、強く降って斬り裂いた。

完全に不意をつかれた偽ピリンは、怯んでその場に倒れ込む。

偽ピリンが倒れると、レゾンも剣を構えて近づき、斬りかかった。

 

「よくやったなファレン、うまい演技だったぜ!魔物め、それくらいで俺たちを騙せると思ったら大間違いだ!」

 

「騙そうとするんだったら、もっと正確に真似するんだね!」

 

途中で気づかれるのではないかとも思ったが、無事に不意打ちすることが出来た。

レゾンは偽ピリンの頭や首を、ファレンは胴体や足を斬り刻んでいく。

 

「違うよ…私は本当に…」

 

「まだ言ってるのか!そんな嘘には騙されないよ」

 

偽ピリンは嘘を続けるが、ファレンたちを騙すことは出来なかった。

2人は偽ピリンを取り囲み、全身を攻撃して傷だらけにしていく。

レゾンが首を斬り落とそうとしていると、彼女の身体が突然煙に包まれる。

煙が晴れると、そこには紫色の鎧に身を包んだ、斧と盾を持った魔物が立っていた。

 

「くそっ…まさか気づいていやがったとはな…!町の人間に化ければ、うまく騙し討ちに出来ると思ったが…!」

 

「君が悪魔の騎士か…あんな演技、誰でも騙されないよ!」

 

ショーターから聞いた特徴と一致しており、目の前の魔物が8体の悪魔の騎士の1体のようだった。

しかし、変身中に受けた傷が解除後も残っており、鎧は壊れかけて、首は胴体から離れそうになっている。

 

「よくも我をここまで追い詰めおって…騙し討ちは出来なかったが、ここで叩き斬ってやる!」

 

正体を表した悪魔の騎士は斧を振り上げ、ファレンに斬りかかってきた。

悪魔の騎士はメルキドを支配する魔物の親玉の可能性があり、本来は強力な魔物のはずだ。

しかし、ファレンたちの攻撃で既に瀕死といえる状態に陥っており、全力で戦うことは出来そうもなかった。

ファレンは攻撃を回避すると、悪魔の騎士の首を狙って銅の剣を振る。

鎧はかなりの硬度を誇っていたが、少しの傷は与えることは出来た。

 

「そんな傷だらけじゃ、本来の力はだせねえだろうな…お前の首を斬り落としてやる!」

 

レゾンも悪魔の騎士の背後にまわり、首に向かって剣を振り下ろす。

首を落とせば強力な魔物でも倒せるだろうと、2人は考えていた。

前後から攻撃を受け、悪魔の騎士は素早く振り向きつつ両方に斧で斬りつける。

弱っているとはいえかなりの速度であり、回避力の低いレゾンはかわしきることが出来ない。

しかし、腕に力をこめて剣を構え、攻撃が身体に当たる前に凌いでいった。

 

「これくらいなら全然防げるぜ…お前を倒して、鍛冶屋の子孫とやらを助けてやる!」

 

「人間と骸骨ごときが、我々に勝てると思うな…!」

 

怒り狂った悪魔の騎士は力づくで斧を叩きつけて来るが、ファレンは回避を、レゾンは剣での防御を続ける。

隙が出来た時には確実に首にダメージを与え、切断を狙っていった。

首が胴体から離れかけると、悪魔の騎士は力尽きて動かなくなる。

 

「おのれ…人間どもめ…!」

 

「終わりだね…他の悪魔の騎士も、このまま僕たちが倒すよ!」

 

悪魔の騎士は最後まで立ち上がろうとしていたが、ファレンは思い切り剣を振り、首を斬り落とす。

首を失った悪魔の騎士は生命力もなくなり、そのまま消えていった。

彼が倒れた後には、目の前の建物の物と思われる鍵が落ちていた。

 

「これで倒した…ピリンに化けてるとは思わなかったけど、下手で助かったね。ん…これがこの建物の鍵か?」

 

「そうみてえだな。早く助け出して、町に連れて行こうぜ」

 

メルキドを支配する悪魔の騎士が正面から戦いを挑むのではなく、下手な演技を仕掛けてきた。

意外に大したことない相手なのかもしれないと、この時ファレンは思った。

しかし、油断は禁物だとも思いながら、彼は鍵を拾い、目の前の建物の中に入っていく。

中を見てみると、おおきづちの言っていた通り頭のはげた中年男性が鎖で縛られていた。

男性は2人の姿を見つけると、驚いた顔で話しかけて来る。

 

「おお!外で物音が聞こえるとは思ってたが、まさかお前さん、あの悪魔の騎士を倒したのか?」

 

「うん。僕の仲間に化けてたんだけど、すぐに気づいたよ。気づいてないフリをして近づいて、腹を斬り裂いてやったんだ」

 

「それでうまく倒せたのか…だがお前さんは、どうしてこんなところに?それに、何で骸骨を連れているんだ?」

 

彼は話している途中から、ファレンの後ろにいるレゾンの方を見ていた。

ファレンはレゾンのことも教えつつ、伝説の鍛冶屋の子孫について聞く。

 

「この骸骨はレゾンって言って、訳あって人間に協力してるんだ。僕はファレン、自分たちが作った町を大きくするために、砂漠に住んでる伝説の鍛冶屋の子孫を探してるんだ。もしかして、あなたがその鍛冶屋の子孫?」

 

「ああ。お前さんの目の前の男が伝説の鍛冶屋の子孫、ゆきのへだ。町というのはワシも興味があるからな、ついて行ってやるぞ」

 

ゆきのへという名前は、ロロンドの言っていた伝説の鍛冶屋ゆきのふに似ていた。

彼の家系はみんな似たような名前を名乗るのだろうかと考えながら、ファレンは鎖を外す。

鎖が外れると、ゆきのへは立ち上がって歩き始めた。

 

「ありがとう。それじゃあ鎖を外すから、僕について来て」

 

「こっちこそ、本当に助かったぜ。お前さんにも聞きたいことはあるが、それは町に着いてからにするぜ」

 

「分かった。それじゃあ、行くよ」

 

ゆきのへは閉じ込められていたのにも関わらず、元気そうであった。

3人は建物を出ると、メルキドの町に繋がる旅の扉へと歩いていった。



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1-25 砂漠の鉱脈と鉄壁の鎧

救出したゆきのへを連れて、ファレンたちはメルキドの町へと続く旅の扉へと向かっていく。

ゆきのへは魔物に拘束されてはいたが、目立った傷は見当たらなかった。

その途中、先ほどのおおきづちが、3人の姿を見つけて話しかけてくる。

 

「おお、ファレン!捕まってた人間を助け出せたんだね。やっぱりその男が、伝説の鍛冶屋なのか?」

 

「うん。伝説の鍛冶屋の子孫で、ゆきのへって言うらしいんだ」

 

ゆきのへは伝説の鍛冶屋本人ではないが、その家系の者なので腕は確かだろうとファレンは考える。

彼がおおきづちと話していると、ゆきのへは不思議そうな顔で聞いた。

 

「ん…?その魔物も、お前さんの味方をしてくれているのか?」

 

「うん。おおきづちは多くが人間に友好的でね、僕はおおきづちの里も助けようとしてるんだ」

 

人間に友好的な魔物の存在をゆきのへは知らなかったので、レゾンにもおおきづちにも驚いている。

ファレンは彼らのことを説明した後、鉄の鎧について話した。

 

「僕たちがゆきのへを探してたのは町のためだけじゃなく、おおきづちに鉄の鎧をあげたいからでもあったんだ。伝説の鍛冶屋の子孫なら、鉄の扱い方が分かると思って」

 

「物を作る力がねえから実際にはしたことはないが、もちろん知ってるぜ。お前さんたちにも教えてやる」

 

ゆきのへは先祖から受け継がれて来た、鉄の加工方法をファレンたちに教える。

鉄も炉で溶かして使うということで、銅とほとんど変わらなかった。

ファレンは彼の話を聞きつつ、頭の中で鉄の装備を作っていく。

町と里のみんなに装備を作るには大量の鉄がいるが、ドムドーラの砂の山には十分な数が埋まっていた。

 

「教えてくれてありがとう。あなたを町に送り届けたら、ここに鉄を取りに来るよ」

 

「ワシは平気だし、せっかくだから今のうちに集めたらどうだ?またここに来るのも面倒だろ?」

 

ファレンはゆきのへを休ませようと先に町に向かおうとしていたが、彼の体力には余裕があった。

ゆきのへの言う通り来直すのも面倒なので、ファレンは今から鉄を採掘しようとする。

 

「いいのか?それならそうさせてもらうよ。途中で足りなくならないように、たくさん集めて行こう」

 

「1人だと大変そうだし、僕も手伝うよ。早く採掘して、みんなに鉄の鎧を作っていこう」

 

採掘は、ハンマーを持つおおきづちも手助けしてくれることになった。

砂漠地帯には多数の魔物が生息しており、採掘中に襲われる危険性がある。

レゾンやゆきのへは採掘の間、魔物の動きを見張ることにした。

 

「それじゃあ俺はその間、他の魔物が来ないか見張ってるぜ」

 

「ワシも武器はないが、少しはレゾンを援護させてもらう」

 

ゆきのへは体格も大きいので、素手でも少しは戦力になりそうだった。

 

「分かった。あっちで鉄の鉱脈を見つけたから、そこに行こう」

 

ファレンは先ほど鉄の鉱脈を見た場所を思い出し、みんなの先頭に立ってそこへと歩いていく。

鉱脈に辿り着くと、彼はおおきづちと一緒にハンマーを構え、振り回した。

 

「これがさっき見つけた奴だね。結構硬いと思うけど、頑張ろうよ」

 

「うん。ファレンに負けないくらい、僕も集める」

 

鉄は銅よりも硬度が高いので、2人は身体に力を溜めて叩きつける。

するとかなりの威力となり、おおきづちでも鉱脈を砕くことは出来た。

おおきづちはポーチを持たないので、回収した鉄はファレンが全てしまっていく。

採掘中には黄色い大蠍が現れたが、そちらはレゾンたちが対処していった。

 

「大蠍が狙って来たか…ゆきのへ、一緒にあいつを倒すぞ!」

 

「ああ、ワシは横から攻撃するぜ」

 

レゾンは大蠍の正面から斬りかかり、ハサミを受け止めていく。

大蠍は谷にいた鉄の蠍よりは弱く、彼の力なら容易に凌ぐことが出来た。

ゆきのへはその間に足元にまわり、握り拳を何度も振り下ろす。

やはり武器での攻撃には劣るが、少しのダメージは与えることが出来ていた。

大蠍の足にダメージが蓄積すると、レゾンは腕に力を溜めてハサミを弾き返す。

そこで彼は回転斬りを放ち、大蠍を倒していった。

 

「砂漠の魔物も大したことはねえな。何匹襲って来ても、俺たちで倒してやる」

 

「採掘中のファレンたちのところには行かせないようにするぜ」

 

何匹か大蠍が襲いかかって来たが、レゾンたちはその度に排除していった。

ファレンたちも鉱脈を全て採掘すると他の砂の山に移動し、そこで新たな鉄を集めていく。

鉄が50個以上集まると、ファレンはレゾンたちに声をかけた。

 

「これでもう50個か…2人でやったら結構早いね」

 

「たくさん集まったな…これくらいあれば、町と里のみんなの分も作れそうだね。レゾン、ゆきのへ、そろそろ帰るよ!」

 

「もう十分集まったか。また別の魔物が来るかもしれねえし、早めに行こうぜ」

 

大蠍は苦戦する魔物ではないが、戦いを続ければ疲労がたまっていく。

レゾンたちはファレンの声を聞くと、速やかに彼の元に集まっていく。

おおきづちも泳ぎではなく、旅の扉を経由して里に戻ることにした。

 

「泳いで戻るのも大変だし、僕も一緒に行くよ。町に入ったら、そのまま僕たちの里に向かおう」

 

「分かった。それなら、僕について来て」

 

泳ぎが得意なおおきづちとは言え、大きなハンマーを持って泳ぐのは大変そうだった。

4人は砂漠を歩いて、海辺にある旅の扉へと向かっていく。

途中ではまた大蠍が現れたが、そこではファレンとおおきづちも武器を振り、すぐに退治した。

旅の扉に着くと、彼らはその中に入ってメルキドの町に戻っていく。

町の中に入ると、ロロンドがゆきのへの姿に気づき、メルキド録を閉じて走ってきた。

 

「おお、戻ってきたなファレン!その男が、伝説の鍛冶屋の子孫なのだな!」

 

「うん。ゆきのへって言うみたいなんだ」

 

ゆきのへは突然話しかけて来たロロンドに驚くが、少し町を見回してから返事をする。

 

「お前さんが、ファレンと一緒に町を作ってる仲間か。話には聞いていたが、なかなか大きな町だな」

 

「そう言われると嬉しいぞ。吾輩はかつてのメルキドの末裔、ロロンドだ。これからよろしく頼むぞ、ゆきのへよ」

 

ずっとドムドーラで暮らしていたゆきのへにとって、多くの人々が集まる場所は初めてだった。

ロロンドの挨拶を聞いた後、ゆきのへは伝説のビルダーの話もする。

 

「よろしくな。…そういえば、ここまでの町を作り上げるなんて、お前さんたちはあの伝説のビルダーなのか?」

 

「僕がそうなんだ。僕が最初に町を作り初めて、みんなも物を作る力を手に入れていった」

 

「へえ…ビルダーの力ってのはすごいものだな。これなら、ワシも鍛冶屋として働けるようになるかもな」

 

ゆきのへが物を作る力を手に入れたら自分たちより強い武器を作るだろうと、ファレンは期待していた。

ロロンドもそう思っていると、ゆきのへは昨日のロッシと同様の、不可解なことを言い始める。

 

「それに、ゴーレムに滅ぼされたという古代のメルキドくらい、大きな町を作れるかもしれねえぜ」

 

その話を聞いた瞬間、ファレンもロロンドも困惑の表情を浮かべた。

 

「…何を言っておるのだ、お主は?ゴーレムは、メルキドの守り神だったはずだぞ」

 

「そうだったのか?まあ、数百年も前の出来事だから、ワシも本当のことは分からん。ただ、メルキドの生き残りの子孫から聞いた話だから、間違いないと思ってたぜ」

 

ロッシもゆきのへも、もちろんメルキドが滅びるところを自分の目で見た訳ではない。

ロロンドは、今回も真っ先に他人の偽言を疑った。

 

「そいつが嘘をついてる可能性もあるし、そもそもメルキドの生き残りの子孫なのかも怪しい。守り神がメルキドを滅ぼしたなど、吾輩は絶対に信じぬぞ」

 

「…そういえば、さっきファレンが魔物が人間に化けてたって話をしてたな。もしかしたら、そいつも魔物だったのかもな」

 

ゆきのへは、悪魔の騎士が町の仲間に化けていたというファレンの話を思い出す。

人間を撹乱するために、魔物が嘘をついた可能性も彼は考えた。

ファレンもそこで先ほどの悪魔の騎士のことを思い出し、残りが7体になったことをロロンドに話す。

 

「それも有り得るよね。ゆきのへを助けに行ったら、悪魔の騎士がピリンに化けてたんだ。僕はすぐに気づいて倒して、これで悪魔の騎士は残り7体になったよ」

 

「ショーターの言っていた通り、悪魔の騎士が動き始めたのか…だが、無事に倒せて良かったな。残りの奴らも倒せるように、戦いの準備を進めて行こうぞ」

 

全力の悪魔の騎士がどれだけの強さかは分からないが、多くの仲間と鉄の武具を持って戦えば、勝てない相手ではないだろう。

メルキドに光が戻る日も近そうだと、ファレンたちは思っていた。

悪魔の騎士のことを伝えると、ファレンは鉄の鎧を作りにおおきづちの里に向かおうとする。

 

「うん。とりあえず今は、ゆきのへを連れておおきづちの里に向かうよ。おおきづちたちに、鉄の鎧をあげないといけないからね」

 

「それでは、おおきづちの里の装備が整ったら、吾輩たち向けの装備も作ろうぞ」

 

「里のみんなが待ってるし、早く行こう」

 

ゆきのへとおおきづちは、里に繋がる青の旅の扉へと歩いていく。

レゾンは自身やエルゾアの訓練をするため、町に残ることにしていた。

 

「俺は戦いの訓練がしたいし、町に残るぜ。エルゾアも鍛えないといけねえしな」

 

エルゾアはギラの魔法が使えるとはいえ、まだまだ戦力的には人々やレゾンに劣っていた。

必死の特訓でもしなければ、前線で戦うことは出来ない。

ロロンドはファレンたちを見送りつつ、ゴーレムについて考え込んでいた。

 

「もしかしたら、メルキド録の記述の方が間違っておったのか…?しかし、そんなはずは…」

 

メルキドの子孫を名乗る人物が嘘をついたのではなく、メルキド録のゴーレムは守り神である記述の方が誤りである可能性も否定出来ない。

ゴーレムがメルキドの守り神だったのか、メルキドを滅ぼす敵だったのか、真相は未だ闇の中だった。

今は目の前に迫る悪魔の騎士の脅威に対抗するため、ロロンドは解読に戻っていった。

ファレンたちはおおきづちの里に入ると、鉄を加工出来る炉のある作業部屋に向かった。

 

「ドムドーラなんて初めて行く場所だったが、無事に戻って来れた…」

 

「ここがおおきづちの里か。結構な数のおおきづちが暮らしてるんだな」

 

「昨日の襲撃で何人も犠牲が出たけど、それでも多くは生き残ってる。作業部屋はこっちの方だよ」

 

おおきづちは里に戻れたことを喜び、ゆきのへは暮らしている者たちの様子を眺める。

みんなで作業したことによって、襲撃による損害はほとんど直すことが出来ていた。

次の襲撃に対処出来るよう、兵士たちは今まで以上に見張りを強化している。

作業部屋の扉を開けると、中ではフレイユが石の椅子を作っていた。

 

「あ、ファレン!もしかして、鉄の扱い方を調べて来た?」

 

「うん。鉄もたくさん集めて来たし、伝説の鍛冶屋の子孫も連れてきたよ」

 

「ワシが伝説の鍛冶屋の子孫、ゆきのへだ。まだ物を作る力は持ってないが、ファレンのを見て真似してみるつもりだぜ」

 

フレイユは扉が開く音を聞くと、すぐにファレンたちの元に駆け寄って来る。

ゆきのへの自己紹介を聞いた後、彼女はさっそく鉄の鎧を作ることを頼んだ。

 

「なかなかかっこいい人間だね。私も出来るようになったし、きっと物作りが出来るようになるよ。ファレン、鉄の鎧は作れそう?」

 

「ゆきのへから鉄の扱い方は聞いたし、出来ると思うよ」

 

「私は金属加工の経験がないから、1回手本を見せてみて。2つ目からは、私も一緒に作るよ」

 

まず一つ鉄の鎧を作れば、ゆきのへも鍛冶屋として働けるようになるだろうとファレンは考える。

 

「分かった。みんなは後ろで見てて」

 

彼はそう返事をすると、先ほど手に入れた鉄を2つポーチから取り出し、炉の中に入れる。

鉄は銅より溶けにくかったが、石炭をいくつか入れると火力が上がり、だんだんと溶けていった。

鉄が溶け切ると、ファレンはそれを金床の上に写し、石の工具で叩いておおきづち向けの鎧の形を作る。

おおきづちの頭と身体に上手く密着するように、彼はフレイユを見ながら形を決めていった。

敵の姿が良く見えるように顔が当たる部分には大きく穴を開け、形が決まって固まった後は、長時間着ても痛みがないように、ブラウニーの毛皮を入れてひもで縛りつけた。

鉄の鎧が完成すると、ファレンはフレイユに手渡す。

 

「これで完成かな。でも、うまく出来たか分からないから、フレイユ、試しに着てみて」

 

「見た感じ良さそうだけど、試してみるね」

 

鉄の鎧は灰色に輝いており、強そうな見た目をしていた。

フレイユは鉄の鎧を受け取ると、持ち上げて頭と身体をその中に入れる。

すると、鎧はうまく身体と密着し、窮屈だったり抜けそうだったりはしなかった。

顔と腕、足を除く全身が覆われて、非常に防御力も高そうに見える。

ゆきのへはそれを見て、満足げな表情を浮かべていた。

 

「なかなか強そうじゃねえか。これなら、多少の魔物の攻撃は防げそうだぜ」

 

「そんなに重くもないし、使いやすいね。ありがとう、ファレン…これをみんなにも作れば、犠牲者を減らせそう」

 

重さも気になるほどではなく、装備したまま素早くハンマーを振ることも出来そうだった。

鉄の採掘ができ、それで強力な鎧を作ることが出来た。

ファレンも喜びの声を上げつつ、兵士全員分を作ろうとする。

 

「それなら良かった。さっそく全員分作ろうと思うけど、フレイユも出来そう?」

 

「ちょっと難しそうだけどやってみるよ。ファレン1人に任せるわけにはいかないからね。ゆきのへとランジュはどう?」

 

ファレンの作業を見て、金属加工の流れはフレイユも覚えていた。

彼女がゆきのへとおおきづちの名を呼ぶと、2人も頷く。

 

「ワシは鍛冶屋の子孫だからな、もちろんやってやるぜ。ファレンを真似して、同じ物を作ってみる」

 

「僕も人間を見直したし、物作りにも挑戦してみるよ」

 

また新たな人間とおおきづちが、物作りを覚えていく。

それにも嬉しさを覚えつつ、ファレンはみんなに感謝する。

 

「みんなありがとう。いつ敵が来てもいいように、早めに作ってしまおう」

 

それから、また別の鉄を取り出してみんなに渡そうとした。



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1-26 鉄の扉と里の避難所

ファレンが鉄を渡すと、みんなはそれを炉に入れて溶かしていく。

おおきづちの兵士はかなりの数がいるので、ファレン自身ももう一つ鎧を作ろうとしていた。

しかし、彼が鉄を取り出そうとすると作業部屋の扉が開かれ、見覚えのあるおおきづちが入ってくる。

 

「ここにいたんだな、ファレン。ちょっとお前に相談したいことがあるんだ」

 

「ラソル、何かあったのか?」

 

いつも案内所にいるラソルがここまで来るのは珍しい。

ファレンが聞き返すと、彼は戦えないおおきづちのための施設が必要だという話をする。

 

「この前の襲撃で、戦えないおおきづちは逃げ場もなく、次々に殺されていった…それでオレは、おおきづちのみんなが逃げ込める頑丈な建物が必要だと思ったんだ。ファレンなら、何か思いつかないかと思ってな」

 

おおきづちが住む区画と旅の扉は少し距離があり、戦えない者たちが援護なしで辿り着くのは難しい。

以前はファレンたちの救援のおかげで彼らはメルキドの町に逃げ込めたが、今度も間に合うとは限らない。

里の内部に避難所があった方が確実に助かると思い、ファレンはその話を聞き、いくつか提案する。

 

「確かにあった方がいいかもね。それなら、僕たちの町でも使ってる石垣で壁を作って、入り口以外をトゲ罠で囲もう。キメラに入られないよう、天井も作った方がいいな」

 

「どんな物かは知らないけど、それを使えば魔物が入れないんだな。入り口はどうするんだ?」

 

石垣とトゲ罠があれば、並大抵の魔物は避難所を壊すことが出来ない。

天井もつければ、キメラによる空からの攻撃も防げる。

しかし、入り口の前にはトゲ罠が置けないので、石垣以上に頑丈な扉が必要だった。

 

「さっき手に入った鉄で扉を作るよ。敵が開けられないよう、鍵もつけておく」

 

鉄で作った鍵つきの扉であれば、敵の魔物は開けることも壊すことも出来ない。

この避難所が出来れば、おおきづちの里の犠牲者は限りなく減らせるだろう。

だが、ここまでの大規模な建物を作るならば、石垣もトゲ罠も100個以上は必要になる。

ファレンとラソルだけでは、とても人数が足りているとは言えなかった。

 

「へえ、なかなか良さそうだな。それじゃあ、早速作り始めようぜ」

 

「でも、ここまで大掛かりな建物を作るなら、僕たち2人だけじゃ足りないよ。フレイユたちは鉄の鎧を作らないといけないし、その前に他のおおきづちを呼んで来たら?」

 

今では多くのおおきづちが物作りを覚えているので、彼らの力もあれば完成させられる。

ファレンの指示を聞いて、ラソルは1度避難所から出てみんなの元に向かっていった。

 

「分かった。じゃあ、少しの間待っていてくれ」

 

「石垣とトゲ罠には銅が必要だから、僕は先に銅を溶かしてるよ」

 

ファレンは頷くと、ポーチから銅を取り出して鉄と混ざらないように炉の中に入れた。

銅も大量に使うので、彼は炉の中に入る限界まで詰めていく。

その間フレイユは、避難所作りを手伝わなくていいのか聞いた。

 

「結構大きな建物みたいだけど、私達は手伝わなくていいの?」

 

「鉄の鎧も大事な物だし、フレイユたちはそっちを優先して。鉄の鎧が全員分出来たら、一緒に避難所を作ろう」

 

「分かった。それなら、さっさと鉄の鎧を作っちまうぜ」

 

ゆきのへは返事をしつつ、溶けていく鉄の様子を見る。

鎧も兵士たちの命を守るために重要なので、ファレンは完成を遅らせたくはなかった。

しかし、鉄の鎧を作るのにも時間がかかるが、それでも避難所よりは早く作り終わりそうだ。

その後は、ここにいる全員でおおきづちの避難所を作っていく。

彼がそう思いながら待っていると、ラソルが再び作業部屋の扉を開けて、中に入って来た。

 

「ファレン、おおきづちたちを連れてきたぜ!兵士たちは見回りがあるから来られなかったが、だいたい里のみんなが集まった」

 

ラソルの後ろには、避難所を作りに来た30人以上のおおきづちたちがいる。

その中にはいつも崖の下にいたセランや、人間を嫌っていたサデルンとエファートの姿もあった。

自分たちが助かるための施設なので、みんななやる気に満ちた顔をしている。

セランは久しぶりにファレンを見かけると、ラソルに並んで話しかけて来る。

 

「久しぶりに会ったな、ファレン。激しい戦いがあったけど、無事だったんだな」

 

「そっちも無事で良かったよ。いつも崖の下にいたのに、どうして今日はここに来たんだ?」

 

「里に大きな襲撃があって、僕も何かしないとって思ってね。大きな建物を作るって声が聞こえた時、僕のブロック積みの技が役立つと思って、上に登ってきたんだ」

 

セランはおおきづちの中では、ブロックの扱いが相当上手な方だ。

避難所を組み立てる時には必ず役に立つので、ファレンは来てくれたことに感謝する。

 

「そうだったのか、来てくれてありがとう。それじゃあ、みんなで大きな避難所を完成させるよ」

 

「オレたちは、まず何からすればいい?」

 

石垣を作る時には、まず大きな石材を細かく砕くことから始まる。

ファレンはポーチの中に入っている石材を全て取り出し、おおきづちたちの前に置いた。

 

「石垣を作るために、まずはこの石材をみんなで細かく砕いて。小さくなった石材を、銅で固めてブロックにするんだ」

 

「壊すのはオレたちは得意だからな、みんな、さっさと始めるぞ」

 

ラソルの声を合図に、みんなはそれぞれ石材にハンマーを振り下ろし、細かく砕いていく。

石材はかなりの硬さだが、彼らでも力をこめて10回ほど叩くと壊すことが出来ていた。

ファレンも眺めているだけでなく、自身のおおきづちを振り回していくつもの石材を叩き割る。

大人数で作業をしたので、大した時間がかからないうちに全ての石材が砕かれていた。

石材の準備が終わると、ファレンは次なる指示をおおきづちたちに出す。

 

「みんな石材が砕けたみたいだね。それじゃあ、溶けた銅を使ってブロックを作っていくよ。銅に直接触らないよう、気をつけてね」

 

「金属の扱いには慣れていないけど、やってみるよ」

 

おおきづちは物作りを始めたとはいえ、金属を扱った経験は少ない。

しかし、ファレンだけでは大量の石垣を用意することは出来ないので、みんな積極的に挑戦していった。

石材を砕いている間に、炉の中で熱されていた銅は溶けている。

作業台の上には彼らが作った石の工具がたくさんあり、それを使って金床や地面の上で石垣を作り始めた。

やはり慣れていないだけあって、おおきづちたちの作った石垣には最初は歪みや穴が見られた。

だが、強固な避難所を作るために、彼らはその度に改良し、正確な形へと変えていく。

ファレンはその様子を見ながら、新たな大量の銅を炉に入れつつ、自分でも石垣を作っていく。

彼が綺麗な石垣を作っていると、サデルンとエファートが話しかけて来た。

 

「さすがはファレン、結構正確に出来てるな。アッシは人間と一緒に物作りも嫌ってたけど、実際にやってみると楽しかったよ」

 

「結構難しいけど、それでも頑張りたくなるよ」

 

「そう思って貰えると嬉しいね。早く上達出来るように、たくさん作っていこう」

 

最初はファレンを追い出そうとしていた2人も、今では人間を嫌うことなく、物作りを楽しんでいる。

ファレンはサデルンたちを笑顔で見て、そう返事をした。

30人以上で作業をしているので、石垣の数はあっという間に増えていく。

しかし、それでも避難所を作る分にはなかなか届かず、先にゆきのへたちの鉄の鎧が完成に近づいていた。

 

「残り3人分か…これで、もうすぐ鉄の鎧は完了だな」

 

「早く完成させて、ファレンたちを手伝おうね」

 

溶けた鉄を炉から取り出し、先ほどのファレンを真似して鎧の形に変えていく。

彼らも最初は金属の扱いは慣れておらず、ファレンのように作れず困っていたが、何個も作るうちに少しずつ上達していった。

おおきづちの身体に合う鎧が出来上がると、3人は1度それらを地面に置く。

 

「これで全員分の鉄の鎧が出来たね。あっちはまだ石垣を作ってる途中みたいだし、手伝いに行こう」

 

「ああ。戦えねえおおきづちのことも、放ってはおけねえからな」

 

そして、フレイユたちは石材を作っているファレンに近づき、鉄の鎧が完成したことを伝えた。

ファレンは作業に集中していたが、声を聞くとすぐに振り返る。

 

「ファレン。こっちは出来たから、一緒に石垣を作るよ」

 

「やっぱりそっちの方が早く終わったね。砕いた石材を積んで、そこに溶けた銅を流し込んで」

 

「こっちも難しそうだけど、僕もやってみるよ」

 

ランジュもフレイユと同様、すっかり物作りを楽しんでいる。

ファレンはゆきのへたちに、もう1度石垣の作り方を説明した。

3人はそれを聞くと、おおきづちたちが砕いた石材を積み上げ、炉から溶けた銅を流し込んで固めていった。

彼らもファレンのようにはいかないが、鉄の鎧の時と同様、少しずつ上達していく。

ファレンも完璧に作るのは難しいので、慎重に石垣を作っていった。

昼過ぎになると、みんなの作った石垣の数は300個近くにもなる。

そこまで増えると、ファレンは次の段階に移ろうとした。

 

「石垣はそろそろ十分かもね…みんな。石垣はたくさん出来たし、次はトゲ罠を作るよ。溶けた銅を打って、大きなトゲの形を作るんだ」

 

「こっちは石垣よりは少なくて済みそうだし、さっさと作り終わろうぜ」

 

「じゃあ、今作ってる石垣が出来たらトゲ罠を作ってみるよ」

 

ラソルを先頭に、おおきづちたちは今作っている石垣が出来上がると、銅を使ってトゲ罠を作り始める。

トゲ罠は先端が尖っていればいいので、石垣よりも作るのは簡単だった。

メルキドの町の物とは形が異なる物が多かったが、それでも威力は高い。

トゲ罠が出来てくると、ファレンは鉄の扉を作るため、銅と一緒に鉄も炉の中に入れていった。

鉄が溶けると、彼はそれを叩いて延ばし、扉の形を作っていく。

開け閉めが出来るように両面に取っ手もつけ、内側になる方には敵の侵入を防ぐための鍵もつけた。

下ろすことで鍵が石垣に引っかかり、開かなくなるという仕組みだ。

鉄の扉が出来ると、ファレンはおおきづちたちと共にトゲ罠作りを進めていく。

トゲ罠も150個ほど出来ると、彼はみんなに向かって声をかけた。

 

「これくらいあればトゲ罠も十分だね…石垣もトゲ罠も揃ったし、僕が鉄の扉を作っておいたから、そろそろ避難所を作りに行くよ。今作ってるトゲ罠が出来たら、持ってきて」

 

「分かったよ。私はもう出来てるから、一緒に作りに行くね」

 

「僕はもうちょっとかかるけど、なるべく急ぐよ」

 

ファレンは既に完成した石垣とトゲ罠を持ち、作業部屋から出ていく。

フレイユや数人のおおきづちはすぐに彼について行き、ラソルやセランはもう少しトゲ罠作りを進めていた。

ファレンは外に出るとポーチから鉄の扉を取り出し、おおきづちの住んでいる区画の近くに置き、避難所を作る範囲を指さした。

 

「だいたいこの辺りが良さそうだね…この範囲で避難所を作るから、みんなは石垣を置いていって。天井が低いと狭く感じそうだし、5段目に作ろう」

 

「それくらいがいいかも。私もブロック置きは慣れてきてるし、早めに作ろうね」

 

ファレンは石垣の多くをみんなの前に置き、自分の分を鉄の扉の左から配置していく。

フレイユは彼と同じくらいの速度で右から石垣を設置し、他のおおきづちは彼女についてゆっくりとブロックを置いていった。

まず1段目のブロックを置き、それから2段目にも石垣を積んでいく。

その途中にトゲ罠作りを終えた新たなおおきづちたちも参加し、さらに作業の速度が上がっていった。

3段目になると地面から直接置くことは出来なくなるので、作業用の階段を土で作って置いていく。

3段目の途中には、ブロックの扱いに長けたセランもやってきた。

 

「こっちもトゲ罠が出来たよ。ちょっと遅くなったけど、ここからは僕も手伝う」

 

「ありがとう、セラン。みんなで積み上げて、天井まで完成させよう」

 

彼も加わり、ブロックを素早く扱える者が3人になった。

すぐさま3段目を完成させて、彼らはさらなる上にも石垣を積んでいく。

5段目の天井を作る頃には、ラソルやゆきのへも避難所の所に来ていた。

 

「大分出来てきてるな…遅くなったけど、最後の仕上げはオレもやるぞ」

 

「ワシもブロックを使うのは初めてだが、やってみるぜ」

 

人間のゆきのへは、最初からかなりの速度で石垣を積むことが出来ていた。

下に落ちないように気をつけながら、みんなでブロックを置き、避難所の天井を完成させていく。

全員で集まって作業すると、大きな避難所の天井も数えるうちに出来ていた。

避難所の天井が完成すると、みんなは周りにトゲ罠を置きに行く。

 

「これで建物の部分は完成だな。後はトゲ罠を置きに行こう、ファレン」

 

「うん。そうすれば、魔物はこの避難所に近づけないからね」

 

ラソルとファレンが屋根から降りてトゲ罠を置き始めると、他のおおきづちやゆきのへもそれに続く。

トゲ罠は地面に置くのでわざわざ登り降りせずに済み、天井より早く出来ていた。

入り口の前を除いて避難所はトゲ罠に囲まれ、ほとんどの魔物は近づくことが出来なくなる。

全てのトゲ罠が置き終わると、おおきづちたちはそれぞれ避難所の完成を喜ぶ声を上げた。

 

「よし、これで避難所は完成だな!いろいろ考えてくれてありがとう、ファレン!」

 

「こっちこそ、役に立てて良かったよ。これで、おおきづちのみんなが助かるといいね」

 

「こんなに強い避難所なら、どんな魔物でも破れないと思うよ。何かあったら、すぐにこの中に逃げ込んで」

 

フレイユは避難所を眺めて嬉しそうな顔をして、ラソルにそう言う。

ファレンとしても、これ以上おおきづちたちの犠牲を出したくはなかった。

この避難所に期待していると、ゆきのへが近づいて来て今後のことを聞く。

 

「せっかく作ったんだし、うまくいくといいな」

 

「ここまで丈夫なら、ワシも大丈夫だと思うぜ。…そうだ、みんなはこれからどうするんだ?ワシはメルキドの町に戻って、今度は人間向きの武具を作ろうと思うぜ」

 

おおきづちの里は強化されたが、町のみんなの装備は銅の剣のままだ。

今度の戦いに備えるためには、早めに鉄に強化しなければならない。

ファレンも一緒に戻ろうと思ったが、避難所作りで石材と銅を使い切ってしまったため、それらの回収に向かおうとする。

 

「私はランジュと一緒に、兵士たちに鉄の鎧を配って来るよ」

 

「僕はこの辺りで、新しい石材と銅を集めてから戻るよ。ゆきのへには鉄を渡しておくから、先に戻ってて」

 

「分かった。じゃあ、お前さんの武器も作って待ってるぜ」

 

石材と銅は、今後また必要になることもあるだろう。

ファレンはゆきのへに10個ほどの鉄を渡しておくと、それらを集めに山岳地帯を歩いていく。

フレイユとランジュは、その間に見回り中の兵士に鉄の鎧を配りに行った。



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1-27 おおきづちの庭園

ファレンはおおきづちの里の奥に向かい、石材や銅を集めていく。

そこにはブラウニーや骸骨もいたが、今の彼には簡単に倒すことが出来ていた。

素材集めをしつつ、鉄の蠍がいた谷の上までやって来る。

 

「そういえばあの山の向こうは、あんまり探索してなかったね。まだ夜まで時間はあるし、行ってみるか」

 

谷の向こう側にあるメルキド山岳には、石の守りの手がかりを求めに1度だけ向かった。

しかし、メルキド山岳は広く、あの城塞以外にも何かありそうだとファレンは思う。

避難所作りには相当の時間がかかったが、まだ日が暮れるまでは時間があるので、彼は谷へと降りていき、それからメルキド山岳を登っていった。

山岳にはキメラが生息しており、ファレンは見つからないようにしつつ進んでいく。

辺りを見渡しながら歩いていると、山岳の左側に、町の近くのものにも匹敵する広大な森林があるのを発見した。

 

「こんなところに広い森があったのか…何かあるかもしれないし、降りてみよう」

 

以前は城塞に向かうのに集中しており、森の存在には気づいていなかった。

ファレンはブロックを置きながら崖を降りていき、森の中に入っていく。

森の中にはあまり魔物の姿はなかったが、所々にドラキーの姿が見かけられた。

彼はドラキーを刺激しないようにしながら、森の中を探索していく。

 

「木材も結構使いそうだし、ここで集めていこう」

 

森には無数の木が生えているので、ファレンは素材とするためにいくつか集めていった。

食料となるキノコもたくさん生えており、それらも拾っていく。

森の様々な素材を手に入れながら歩いていくと、木で出来た柵で囲まれた、植物が植えられた場所が2つあった。

片方には砂漠で見たサボテンや、色とりどりの花が植えられていたが、もう片方には白い花と黄色の花、雑草しかなかった。

 

「こんなところにおおきづちがいるけど、何やってるんだろ?」

 

それぞれの前には、見覚えのないおおきづちが立っている。

里に戻ることが出来ず、ずっとここにいたのだろうか。

ファレンはそう思い、まずは色とりどりの花が咲く場所の前にいるおおきづちへと話しかける。

 

「君はおおきづちだよね?こんな里から離れた場所で、何をしてるんだ?」

 

「おお!あなたがファレンですね!ワタシはここで、庭園を作っていたんです」

 

今はこんな離れた場所にいるが、ファレンのことも知っているようだった。

ファレンの記憶の片隅にも花が咲いた庭園があり、おおきづちが作っている物もそれに似ていた。

おおきづちは、ファレンにも庭園を作ることを勧める。

 

「へえ、結構綺麗な庭園だね。作ったことのない僕が言うのもなんだけど、うまく出来てると思うよ」

 

「ありがとうございます。興味があるなら、あなたも作ってみるといいですよ」

 

メルキドの町に庭園があったら、人々の心の安らぎにもなる。

しかし、花は回収しようとしても花びらになってしまい、他の場所に植えることが出来ない。

それを何とかしなければ、町に庭園を作ることは出来そうになかった。

 

「でも、花は回収しようとしても花びらになってしまうよ。どうやったら植え替えられるんだ?」

 

「それなら、草花スコップを使えばいいんです。スコップを使えば、普段は素材になる物もそのまま回収出来ますよ。それを地面に置いて柵で囲えば、こんな庭園すぐに作れちゃうってわけです」

 

「そうなのか…草花スコップってどんな物なんだ?」

 

おおきづちは1度持っているハンマーを下ろし、庭園の中に置いてあるスコップを取りに行く。

それは木で出来た長い持ち手の先端に、鉄で出来た三角形の刃がついたものだった。

鉄と太い枝さえあれば作れるので、すぐに用意出来そうだ。

 

「これを使って土を掘り起こし、草花を回収するんです。ワタシの物をお貸しするわけにもいきませんから、自分で作ってみてはいかがですか?ビルダーのあなたなら、作れると思いますよ」

 

「それじゃあ、戻ったら作ってみるよ」

 

町まで戻らずとも、おおきづちの里の作業部屋でも良さそうだった。

庭園の作り方を聞いた後は、どうしてずっと里に戻らないのかもファレンは尋ねてみる。

 

「ワタシはネリアと言います。庭園の作り方に迷ったら、ワタシの物を真似するといいかもしれません」

 

「分かった。…そういえば、僕は君の姿を見たことがなかったけど、どうして里に戻らないんだ?」

 

「戻ろうとはしたのですが、敵の動きが活発になっていて思うように動けないのです」

 

囮作戦の頃から、ブラウニーや骸骨たちの動きが活発化している。

確かにこの森には骸骨やブラウニーの気配はないので、ネリアたちが襲われる危険性は低そうだった。

無理に危険な道を通って帰るより、安全な場所に滞在していた方がいい気もファレンはした。

 

「そうだったのか。それなら、安全が戻るまではここにいたらいいかもね」

 

「そのつもりです。誰かに聞かれたら、ワタシは無事ですと伝えてくださいね」

 

「そうするよ。それじゃあ、また会おうね」

 

ネリアとの話の後、ファレンは山岳地帯を探索してから草花スコップを作ろうとした。

まずは隣にある、寂れた庭園にいるおおきづちの元に向かう。

庭園の中ではなく外には、桃色の花も一つ咲いていた。

そちらのおおきづちは、ファレンが近づくとすぐさま話しかけて来た。

 

「おお、人間!ネリアから、庭園作りの秘密を聞いて来たんだな」

 

「そうだけど、教えて欲しいのか?」

 

こちらの庭園には、ネリアが持っていた草花スコップがなかった。

スコップがないため、このおおきづちは庭園を作れないのだろう。

 

「ああ、オイラはコルーダって言うんだ。オイラとアイツは里の造園家目指して競ってたんだが、何故かアイツの方が上手く庭園を作ってるんだ。絶対何か秘密があると思って、気になってたんだよ」

 

「隣にいるんだし、直接聞けばいいんじゃないか?」

 

ネリアとコルーダの庭園はとても近い位置にあり、すぐに聞きに行くことが出来る。

自分にもすぐに教えてくれたので、ファレンはネリアがスコップの事を隠すとは思えなかった。

そのことは、隣で会話を聞いていた本人が教えてくれる。

 

「ワタシも教えようとしたんですけど、聞くのはプライドが許さないって言うんですよ」

 

「それなら、直接聞いても僕が教えても同じなんじゃないか?」

 

「直接聞くよりはましだ。ファレン、庭園作りの秘密を教えてくれ」

 

コルーダのプライドに関しては、ファレンもネリアもよく分からなかった。

ファレンから聞くのは良いというので、彼は草花スコップについて教える。

 

「分かったよ。ネリアは、草花スコップっていうのを使って花を集めてるんだ。それを使えば、花の形を壊さずに回収出来るらしいんだ」

 

「そんな物を使っていたのか…オイラも作って回収に行きたいが、危なくてこの森からは出られない…。そうだファレン、代わりに庭園の花を持ってきてくれないか?」

 

コルーダもネリアと同じ理由で、里に帰ることが出来なかった。

ネリアの庭園にある花は見覚えのあるものばかりで、ファレンにも集められる。

他人に頼んでは勝負にならない気もするが、とりあえず庭園を完成させたいのだろうと、彼は考えた。

 

「庭園作りの練習にもなるし、別にいいよ。時間はかかるかもしれないけど、待ってて」

 

「ありがとうな、ファレン。庭園が出来るのを楽しみにしてるぜ」

 

ファレンはコルーダの頼みを引き受けると、庭園を後にする。

彼はスコップのことも頭に留めつつ、森の探索を続けていった。

森の奥の方まで進んでいくと、目の前には深めの洞窟が見えてくる。

 

「こんなところにも洞窟があるのか。ここにも何かあるのか?」

 

今までの洞窟には、命の木の実や世界地図といった貴重な物が眠っていた。

ここにも何かあるかもしれないと思い、ファレンは中に入っていく。

中は暗く、彼は魔物がいないか慎重に進んでいった。

しかし魔物の姿はなく、一番奥にはツボとわらベッドといった人間の生活痕が見えてくる。

1段低くなった場所には骨が埋まっており、古ぼけた字で書かれたメモもあった。

 

「昔ここに住んでいた人がいたのか…これには何が書いてあるんだ?」

 

手紙の様子からして、相当昔の時代の人のようだった。

ファレンはメモに顔を近づけ、書かれていることを読んでいく。

 

何とかあの城塞から逃げ出すことが出来た…。あんなところで暮らすよりも、ここで野垂れ死んだ方がましだ。しかし、もしここにオレの屍が無残に投げ出されていたら、墓を立てて埋葬してくれると嬉しい。オレの願いを聞いてくれれば、城塞から持ち出した宝をやろう。

 

どうやらこの人は、人間同士が争いあった山奥の城塞から逃げ出して来たようだ。

書かれた通り屍は野ざらしになっているが、ファレンはまだ墓を作る方法を知らなかった。

 

「そういえば、ドムドーラに墓に詳しい人がいるって言っていたな」

 

そこで、彼はおおきづちのフェルモが、ドムドーラには墓の作り方に詳しい者がいると言っていたことを思い出した。

この人が持ち出した宝が何なのか、既に死んでいるのにどうやって渡すのかは分からない。

しかし、このまま野ざらしにしておくのも可哀想に思えたので、ファレンは今度墓を作ることにした。

 

「墓を作ったら、またここに来てみるか」

 

旅の扉の近くには、出かけたおおきづちたちの姿しか見られなかった。

墓作りに詳しい者を見つけるためには、ドムドーラの奥の方にも行かなければならないだろう。

ファレンはそう思いながら、歩いて洞窟を後にした。

 

「森は大分調べたし、また山に登ろうかな」

 

ここの洞窟に来るまで、彼は森林地帯の大部分を調べ切っていた。

残った部分を調べると、再びブロックを積んで崖を登り、メルキド山岳を探索していく。

山岳地帯には大量の小麦が生えており、町人が増えても食料不足とならないよう、刈り取ってポーチにしまっていった。

所々には他の洞窟もあったが、そこには人間の生活痕も宝箱も見られなかった。

山岳地帯を一周すると、ファレンは鉄の蠍がいた場所に戻って来る。

 

「あんな広い山だけど、大した物はなかったね。スコップを作って、庭園を作りに行こう」

 

広大な山岳地帯なので多くの宝が眠っていることを期待していたが、あったのは庭園と人が住んでいた洞窟だけ。

しかし、人々の心の癒しとなる庭園の作り方が分かったのは大きいので、ファレンはおおきづちの里の作業部屋に草花スコップを作りに行く。

彼が作業部屋の扉を開けると、中では1人のおおきづちが石の椅子を作っていた。

みんなで食事が出来るよう、彼らは椅子とテーブル作りを積極的に行っている。

 

「お、ファレンじゃないか。何を作りに来たんだ?」

 

名前も知らないおおきづちだったが、彼は振り向いてファレンを見ると話しかけてくる。

 

「僕たちの町に庭園を作ることになってね、そのための道具を作りに来たんだ」

 

「庭園か…そういえば、里の造園家になると言ってた2人が行方不明になってるけど、どうなったんだろうな…?」

 

このおおきづちは、コルーダとネリアのことを知っているようだった。

ファレンは2人に会ったことと、彼らが無事であることを伝える。

 

「その2人には、白い岩山を越えた先の森で会ってきたよ。魔物の活動が活発化したせいで帰れないらしいけど、森の中は安全だった。魔物の動きが収まれば、帰ってくると思うよ」

 

「そうだったのか…心配してたけど、良かった。里のみんなにも伝えてくる」

 

おおきづちは、作業部屋を後にして里のみんなにネリアたちの無事を伝えにいく。

大規模なものではないので、おおきづちたちは里の全員を把握しているようだ。

おおきづちとの話を終えると、ファレンは草花スコップを作り始める。

まずは鉄を炉の中に入れて、それから持ち手となる太い枝を削り始めた。

工具を使って太い枝を切り、軽くて持ちやすい太さと長さに変えていく。

持ち手を作っている間に鉄は溶けだし、次にファレンはそれを加工していった。

金床の上に溶けた鉄を取り出し、叩いてネリアから聞いた三角形にしていく。

小さな穴もあけ、最後にそこに削った太い枝を差し込み、草花スコップを完成させた。

 

「これでスコップが出来たね。あの庭園にあった物を集めに行こう」

 

ネリアの庭園にあり、コルーダの庭園になかったのは、球状サボテン、砂漠の草、葉の茂み、柱状サボテン2個、白い花3個だ。

ファレンはスコップが出来ると、まずはドムドーラで集められる物を集めようとする。

まず青い扉を通ってメルキドの町に戻り、それから赤い扉を通ってドムドーラに向かった。

旅の扉を抜けると、彼は辺りを眺めて位置を確認する。

 

「サボテンも草も、そこら中にあるね」

 

すると、旅の扉のすぐ近くにもサボテンや砂漠の草があり、ファレンはそこに向かっていく。

そして、スコップで土を掘り起こして、サボテンや草をそのままの姿で集めていった。

サボテンにはトゲが生えており、触らないように回収していく。

 

「これくらいか。あの葉の茂みは…ケッパーがいたところで見たね」

 

ドムドーラで集められる物が揃うと、彼は再び山岳地帯の方に向かっていった。

山岳地帯に入ると、ファレンは以前ケッパーのいた小島へと歩いていく。

途中には崖もあるので、ツタや土も使いながら降りていった。

記憶の通り、小島へと続く道にも小島の上にも葉の茂みがあった。

近くには白い花もあり、ファレンはそちらも一緒に集めていく。

 

「これであの庭園は完成だね。早く持っていこう」

 

必要な数を採取した頃には、先ほど山岳地帯を探索していたこともあり、夕方になっていた。

しかし、夜になるまではまだ時間があるので、ファレンは再び山を登り下りし、コルーダの庭園へと向かう。

彼はファレンの姿を見ると、待ちわびたように話しかけてきた。

 

「おお、戻って来てくれたな!オイラのために、庭園の植物を集めて来てくれたのか?」

 

「うん。町の庭園作りの練習にもなるからね。今置くから、ちょっと待ってて」

 

ファレンは雑草を刈り取ると、ポーチから回収してきた植物を取り出し、庭園の中に置いていく。

ネリアの庭園も見て、そちらの配置と同じようにしていった。

そんなに大型の庭園でもないので、置ききるのに時間はかからない。

持ってきた植物を全て植えると、ファレンは最後に庭園の外にあった桃色の花を掘り出し、庭園の中に植え替えた。

庭園が出来上がると、コルーダは嬉しそうに中に入っていく。

しかし、彼は感謝と同時に、予期しなかったことを話した。

 

「おお、これでネリアと同じ庭園になったな!ありがとう、ファレン。長老のお題は達成したし、これでオイラも里の造園家になれるぞ」

 

「でも、これは僕が置いた物だよ。造園家になるなら、自分で置かないとダメじゃないのか?」

 

コルーダが自分に頼んだのは、とりあえず庭園を完成させるためだとファレンは思っていた。

お題を人に頼んではラグナーダも認めてくれないだろうし、ずるい気も彼はした。

指摘を受けると、コルーダは大声で文句を言う。

 

「うるさいなあ、そんな固いこと言うなよ」

 

「君はプライドが高いんじゃなかったのか…?」

 

スコップの作り方を聞けないのに、ズルをすることは出来る。

コルーダのプライドは、やはりよく分からないものだった。

大声を隣で聞いていたネリアは、コルーダを許してあげるように言う。

 

「まあまあ、魔物のせいで動けないのもありますから、今回は大目に見てください。その代わり、魔物の動きが収まったら自分で作りに行くんですよ」

 

「…分かったよ。後で必ず自分で作るし、昔人間が使っていたらしいこれをやるから、長老には黙っててくれ」

 

魔物の動きが収まったら作り直すということで、コルーダは納得した。

彼は木で出来た長めの椅子のような物を取り出し、ファレンに渡す。

それは記憶の中では、ベンチと呼ばれていたものだった。

ファレンも後で作るならと言うことで、ベンチを受け取って黙っておくことにする。

 

「いろいろ事情もあるし、仕方ないな。これはありがたく貰っておくよ」

 

「こっちこそ助かったぜ、ファレン。オイラが庭園を作った時には、見に来てくれよな」

 

いつになるかは分からないが、コルーダの作る庭園はファレンも楽しみだった。

ベンチを受け取り、彼がメルキドの町に帰ろうとしていると、ネリアがもう一つ話をする。

 

「そうでした、その庭園を完成させたファレンなら作れると思いますので、これを差し上げますね」

 

「これは…庭園の設計図?」

 

ネリアは1枚の紙を手渡し、そこには室内の庭園らしき設計図が書かれていた。

中には先ほど貰ったベンチや色とりどりの花、かがり火、丈夫な草、葉の茂みがあり、壁にはガラス張りの窓もある。

入り口には木のフェンスがあり、ファレンの作ったことのない物も多かった。

 

「はい、この小さな庭園を完成させた後に作るよう言われました、長老の難しいお題です」

 

「なかなか綺麗な庭園だね。でも、黄色と桃色の花はないし、ガラスもどうやって作ったらいいんだろう?」

 

設計図を見ても美しそうな庭園なので、ファレンはメルキドの町に作ろうとする。

しかし、ガラスの作り方は分からず、黄色と桃色の花はこの庭園以外では見たことがなかった。

 

「そうですね…黄色の花はスライムベスが、桃色の花はドラキーが持っていると聞きましたね。ガラスは、ドムドーラにある砂を高熱で溶かすと作れると思いますよ」

 

スライムベスは何匹も倒しているが、黄色の花を落としたところは見たことがなかった。

庭園を作るには、根気強く戦わなければならなさそうだ。

時間がかかりそうな庭園ではあるが、ファレンはネリアに感謝する。

まもなく夜が訪れるので、それから彼はメルキドの町に戻ろうとした。

 

「そうなのか。教えてくれてありがとう。もう夜だから、僕は町に戻るね」

 

「分かりました、また会えるといいですね」

 

「オイラも待ってるよ」

 

ネリアとコルーダの挨拶をかわし、ファレンは庭園から離れていく。

歩いて帰ると真っ暗になるので、ファレンは以前作ったキメラの翼で町に戻っていった。

町に戻ると、建築と探索の疲れから、彼は寝室ですぐに眠りについた。



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1-28 ハンバーガーとオアシスの料理人

おおきづちの庭園を作った翌日、ファレンは自分の個室の中で遅めに目覚める。

外に出ると既に町のみんなが起きており、ケッパーたちは戦いの練習、ロロンドはメルキド録の解読を続けていた。

 

「あれ、みんな鉄の鎧を着ているね?」

 

よく見ると、戦える者たちは昨日まではなかった鉄製の鎧を着ている。

ファレンがいない間に、ゆきのへがみんなに作ってくれたようだ。

自身の分もあるのだろうかと彼が思っていると、作業部屋から出てきたゆきのへが話しかけてくる。

ゆきのへ自身も、ロロンドたちと同様の鉄の鎧を身にまとっていた。

 

「おお、起きてきたのかファレン。渡したいものがあってお前さんを待ってたぜ」

 

「もしかして、みんなも着てる鉄の鎧のことか?」

 

「ああ。鎧だけじゃなくて、鉄の剣と盾、採掘用の大金槌も作ってある。作業部屋の中に置いてあるから、ついて着てくれ」

 

ファレンは頷くと、ゆきのへと共に作業部屋の中に入っていく。

すると、部屋の隅には鉄製の剣とハンマー、盾と鎧が置かれていた。

どれも輝く灰色をしており、銅の装備よりも強そうに見える。

鎧は彼の体格にぴったりに作られており、着心地は良さそうだった。

しかし、鉄製の鎧ではかなりの重さがありそうで、常に着ているのは負担が大きいと考える。

 

「これがお前さん向けの鉄の装備だぜ。魔物が来てから装備しても間に合わねえからな、鎧は普段から身につけておいてくれ」

 

「結構固くて強そうだね。…でも、これをずっと着てたら重そうじゃない?」

 

「ワシもそう思ったからな、重さを減らせるように出来る限りの工夫はしたぜ。とりあえず、着てみてくれ」

 

ファレンはゆきのへの言う通り、鉄の鎧を身につけてみる。

すると、やはり鉄製だけあって、今まで着ていた服とは比べ物にならないほどの重さだった。

しかし、ゆきのへの工夫のおかげか、身体に痛みが走るほどではなかった。

 

「まあ、確かに思ってたよりは重くないね」

 

「それなら良かった。鉄の装備を使って、強い魔物にもどんどん立ち向かっていこうぜ」

 

ゆきのへの言う通り魔物が来てから身につけようとしても間に合わないので、常に着ておくことにする。

鉄の装備があれば、戦いがより有利になることは間違いなかった。

他の鉄の装備も受け取ると、ファレンは朝食を食べに作業部屋から出る。

 

「うん。ありがとう、こんなにたくさんの装備を作ってくれて。起きたばっかりだし、僕は朝食を食べて来るよ」

 

「分かったぜ。鍛冶屋の仕事はワシも楽しいからな、装備を作ってほしかったらいつでも言ってくれ」

 

ゆきのへは楽しみながら、みんなのための装備を作っていた。

彼のことを頼もしく思いながら、ファレンは料理部屋に歩いていく。

部屋が近づくと、今度はピリンが話しかけてきた。

 

「あ、ファレン!これからご飯を食べるところなの?」

 

「うん。今日も忙しくなるかもしれないし、お腹はいっぱいにしておきたくて」

 

今日はネリアから貰った設計図に書かれていた庭園だけでなく、他の建物も作ることになるかもしれない。

肝心な時にお腹が空かないよう、早めに食事を済ませておきたかった。

ファレンがそう答えると、ピリンは独自の料理を作っていたことを話す。

 

「やっぱりそうだったんだ。実は私、みんなに向けて新しい料理を作ってたの」

 

「へえ、どんな料理なんだ?」

 

「今持ってくるから、ちょっと待っててね」

 

ピリンは料理部屋の中に入り、奥に置いてある収納箱を開ける。

どんな料理なのだろうかと、ファレンは楽しみに思いつつその様子を見ていた。

しかし、戻ってきたピリンが持っている皿には、到底料理とは思えない異形の物体が乗っていた。

 

「これが私の作った料理だよ。どう、美味しそう?」

 

「え…これが、料理…?」

 

黒っぽいドロドロとした液体の中に、虫やモモガキの実、キメラの嘴が浮かんでいる。

辺りには悪臭が漂っており、食べたら無事ではいられそうになかった。

料理とは言えない異形の物体を持ちつつも、ピリンは笑顔のままだ。

 

「そうなんだけど、どうしたの?」

 

「…それって、味見はしたのか?」

 

「まだだけど、多分美味しいと思うよ。どこか出かける前に、食べていって」

 

鉄の鎧を手に入れたとはいえ、体内からの攻撃には耐えられない。

食べたくないといえばピリンを傷つけることになるが、命には代えられなかった。

 

「…本当に申し訳ないけど、それは食べられないよ。見た目も臭いもやばそうだし、最悪死にそう…」

 

「…美味しそうだと思ってたけど、そんなに酷いの?」

 

ピリンは暗そうな顔になるが、これも仕方のないことだとファレンは受け止める。

ピリンはそう言った後、皿に乗った黒い液体を指で取って舐めてみた。

すると、彼女は瞬く間に具合の悪そうな顔になっていく。

 

「うっ…本当にこんな味なんだ…。せっかく頑張って作ったのにな…」

 

「まあ、今回はうまくいかなかったけど、次は出来るかもしれないよ」

 

ピリンは咳き込みながら、ますます落ち込んでいってしまう。

しかし、彼女はもう一つ、今度は美味しそうな料理についても話した。

 

「もう一つ、小麦とお肉を使った料理も考えてたけど、そっちもダメなのかな…?」

 

「ん、それは普通に美味しそうだと思うよ。そっちを作ってみればいいんじゃないか?僕も、ハンバーガーって料理を聞いたことがあるよ」

 

ピリンの話を聞いて、ファレンは小麦をこねて作るパンと、それで肉を挟んだハンバーガーという食べ物の存在を思い出す。

彼はハンバーガーの作り方を、ピリンに細かく伝えた。

その話を聞いて、ピリンは少しは明るい表情を取り戻していく。

 

「そんな料理があるんだ。じゃあ、今度はそっちを作ってみるね。それなら、一つお願いがあるの?」

 

「どうしたんだ?」

 

パンを作るための小麦は既にあるので、後は肉を集めれば作ることが出来る。

肉に関しては、砂漠に住んでいる一角兎が落としそうだった。

しかしピリンのお願いは、それとは異なるものだった。

 

「物知りのショーターから、ドムドーラのオアシスに昔有名な料理人が住んでいたって話を聞いてね。そこに行けば、うまい料理の方法の記録が残ってるんじゃないかって思ったの」

 

昔の人なら既に亡くなっている可能性が高いが、何らかの記録が残っていることは考えられる。

料理も町作りには不可欠なことなので、ファレンはオアシスに向かうことにした。

 

「そんな場所があったんだ。じゃあ、今から行ってくるよ」

 

「お願いね。料理の方法が分かったら、私にも教えて」

 

出かける前にも、何らかの食べ物は食べなければならない。

ファレンは料理部屋の収納箱にある焼きキノコを歩きながら食べ、赤い旅の扉を抜けてドムドーラに向かっていった。

砂漠に入ると、彼はオアシスを探しに歩いていく。

まずは海辺の道をまっすぐ進み、砂漠の中央へと向かっていった。

砂漠の中央には砂と岩で出来た橋のような物があり、その下にはおおきづちの姿があった。

オアシスの場所を聞くため、ファレンは彼の元に近づいていく。

 

「君もここまで泳いできたのか?ちょっと聞きたいことがあるんだ」

 

「おお、君はファレンだな。オイラはアンセル、長老たちの命令で鉄を集めに来たんだ。何か探してるのか?」

 

おおきづちたちは人間にばかり負担をかけないよう、独自で鉄を手に入れようともしていた。

アンセルの手には、いくつかの鉄鉱石が握られている。

 

「この砂漠にはオアシスには昔料理人が住んでたらしくてね、料理の手がかりを調べに行きたいんだ」

 

「それなら、あっちの方で見たぜ。誰の姿もなかったけど、何か手がかりはあるかもな」

 

ファレンが聞くと、アンセルはいくつもの砂山に囲まれた場所を指さす。

やはり料理人が既に亡くなっている可能性は高そうだが、手がかりがないとは限らない。

ファレンがオアシスに向かおうとすると、アンセルはピラミッドの存在についても話した。

 

「そうなんだ。教えてくれてありがとうね」

 

「こっちこそ、役に立てて良かった。そういえば、このドムドーラの奥にはオアシスだけじゃなく、巨大な三角形の建物、ピラミッドがあるんだ」

 

確かにドムドーラの奥地には、ここからでも見える巨大な三角形の建物があった。

ここまで大きな建物を何の為に作ったのだろうかと、ファレンは疑問に思う。

 

「確かに見えるね。でも、あんなに大きい物をどうやって作ったんだ?簡単には作れそうにないけど」

 

「オイラたちおおきづちの先祖が作業に駆り出されたらしいんだけど、作られた理由は分からないな」

 

上の魔物の考えは2人にも分からないが、何か大きな目的があることが予想された。

いずれ行くことになるかもしれないと、ファレンは遠くから見て思っていた。

 

「そっか。とりあえず、今はオアシスに行ってくるよ」

 

「分かった。料理の手がかりが手に入ったら、オイラたちにも教えてくれよ」

 

新しい料理については、おおきづちたちも楽しみにしていた。

ファレンはアンセルと別れて、砂山の先にあるというオアシスに向かっていく。

あまり長い距離はなく、歩いてすぐに辿り着くことが出来た。

アンセルが誰もいないと言っていたにも関わらず、オアシスの近くには綺麗なテーブルと、そこで肉料理を食べる若い男性がいた。

しかし、その男性の顔には生気がなく青ざめており、どうやら幽霊のようだった。

 

「あの人は幽霊か…ねえ、そこで何をしてるんだ?」

 

「おや、君は私の姿が見えるのか。幽霊が見えるとは、君は妙な力を持っているね」

 

ファレンに幽霊が見えるのはビルダーだからなのか、他の要因があるのか、それは分からない。

しかしこれなら、手がかりを直接本人から聞くことが出来る。

幽霊が見える特殊な力が、ここでも役立つこととなった。

 

「僕は、普通の人間とは少し違うみたいなんだ。君がオアシスに住んでいたとう料理人なのか?」

 

「そうだ。私は生前料理の研究をしていてね、至高の調理器具であるレンガ料理台を開発したと思ったら、料理の匂いに連れられた魔物に命を奪われてしまったんだ」

 

この料理人は、物を作る力を奪われていない時代の人間のようだ。

レンガ料理台を使えば、より美味しく料理を作れることだろう。

ファレンはそう思い、レンガ料理台の作り方を聞こうとする。

しかしその前に、辺りから魔物の気配が迫ってきていた。

 

「そうだったのか…そのレンガ料理台って、どうやって作るんだ?」

 

「興味を持ってくれたか…ちょっと待て、料理の味に連れられて、魔物が近づいて来ているようだ」

 

料理人の話を聞いて辺りを眺めてみると、このオアシスに2体の鉄の蠍が近づいて来ていた。

鉄の蠍はレゾンと2人がかりでようやく倒すことが出来た強敵だ。

しかし、この鉄の蠍は谷にいた個体よりは小さく、ファレンも今は鉄の装備を持っている。

彼は右手に鉄の剣、左手に鉄の盾を持つと、蠍の群れに近づいていく。

 

「鉄の蠍だね…今日は僕も鉄の武器を持ってるし、すぐに倒すから待ってて」

 

ファレンは戦いの前に、料理人にそう声をかけた。

鉄の蠍たちは彼の姿を捉えると、挟み込んで爪で攻撃しようとする。

そこで片方の側面に飛んで剣を振り下ろし、足を斬り裂いていった。

鉄同士のぶつかり合いだが、剣の方が純度が高く、硬い。

鉄の蠍の足は深い傷をうけ、少し体勢を崩していた。

 

「やっぱり武器が強くなると違うね」

 

蠍もすぐにファレンの方を向き、再び爪を叩きつける。

そこでは今度は鉄の盾の力を調べるため、左手で爪を受け止めた。

鉄の蠍は攻撃力もそこそこあり、彼の腕には少し痛みがおこる。

しかし、鉄の盾が突き破られることはなく、剣を左目に向かって突き刺していった。

目は鉄では出来ていないので、剣は深くまで刺さっていく。

頭の方まで貫かれて、鉄の蠍は大きく怯んで動きを止めていた。

 

「動きが止まったね…このまま仕留めるよ!」

 

ファレンは剣を身体から引き抜くと、顔面に向かってさらなる攻撃を続けていく。

目以外でも足よりダメージが通りやすく、鉄の蠍はだんだんと生命力を削られていった。

片方が攻撃を受けているのを見て、もう1体の鉄の蠍は尻尾を勢いよく振り下ろして来る。

そこでもファレンは鉄の盾を構え、尻尾での攻撃を防いだ。

 

「結構強い攻撃だけど、これくらいじゃ破られないよ!」

 

尻尾は爪より硬く、ぶつかった瞬間大きな音が響き渡る。

しかし、それでも鉄の盾はほとんど傷つくことなく、蠍の攻撃を防ぎきった。

ファレンはその間に右手で倒れている個体の顔面への攻撃を続け、さらなる傷をつけていく。

起き上がられても攻撃が弱まるよう、彼は前足へも剣を叩きつけ、斬り落としていった。

予想していた通り、鉄の蠍は倒れる前にもう一度起き上がり、爪での攻撃を再開する。

するとファレンはもう一度大きく飛んで横に動き、後ろ足にも傷をつけた。

鉄の蠍は前足を失ったことで身体の向きを変えるのが遅くなり、代わりに尻尾でも攻撃して来るが、先ほどと同様に左手の盾で受け止める。

 

「尻尾の威力も弱ってるね…ここで倒し切る!」

 

尻尾の威力自体も低くなっており、ファレンはもう1体がまわりこんで来る前に剣を振り回し、とどめをさす。

残りの方は爪と尻尾での攻撃を続けるが、ファレンはどちらも鉄の盾で凌ぎ、剣で反撃していった。

主に顔面や前足を攻撃しつつ、時には後ろ足にもダメージを与える。

鉄の蠍は追い詰められると、足に力を溜め始めていた。

 

「これは回転攻撃だね、もうその動きは分かってる」

 

これは、谷にいた鉄の蠍が使った回転攻撃の動きと同じだった。

ファレンはすぐに気づいて、後ろに大きく跳んで回避する。

鉄の鎧の重さは、跳べる距離にもほとんど影響はなかった。

鉄の蠍は何もない場所を薙ぎ払い、ファレンは動きが止まるとすぐに接近し、残った生命力を削り取る。

足や顔面への攻撃を続けると、鉄の蠍はやがて青い光を放って消えていった。

 

「これで2体とも倒れたね…1人だったけど、何とかなった」

 

ゆきのへのような町の発展に重要な人物を救いに来たわけではないので、今日はレゾンを連れずに一人で来た。

鉄の蠍に襲われることは想定外だったが、無事に倒し切ることが出来た。

ファレンは鉄の剣と盾をしまうと、料理人の元に近づいていく。

 

「これで魔物は倒れたよ。さっき言っていた、レンガ料理台のことを教えて」

 

「魔物を倒してしまうとはね…君も、こちらの住人になれるところだったのに」

 

魔物を倒したのに感謝どころか、そのようなことを言うので、ファレンは怒って言い返す。

 

「何言ってるんだ。僕は町を大きくするまでは、絶対に死ぬ気はないよ」

 

「ごめん、今のは冗談のような物だ。レンガ料理台の作り方を聞いてくれるとは、君なら私の後を継いでアレフガルドの料理人になれるかもしれないね」

 

料理人は一言謝ると、レンガ料理台の作り方を教え始める。

レンガで囲んだ中で火を起こし、その上に具材を置くための鉄の網を置くといった構造のようだ。

レンガは山岳地帯にある粘土を焼けば、作ることが出来ると言う。

ファレンは他にも作らなければいけない物が多いので、料理人になるつもりはない。

しかし、料理の技術が役立つこともありそうなので、彼は料理人の話をしっかり聞いておいた。

 

「レンガ料理台を使って、新たな料理人になってみる気はないか?アレフガルドの料理を復活させよって奴さ」

 

「他の物も作らないといけないからそれは無理だけど、料理も頑張ってみようとは思うよ」

 

「後を継いでくれないのは残念だが、それだけでも嬉しいよ。これは私の考えだが、料理はただ腹を満たすだけではない、人々の心に光をもたらすものなのだ。頼む、私の料理の力もアレフガルドの復活に役立ててくれ」

 

美味しい料理を食べれば、人々の表情には笑顔が満ちる。

それも確かに、アレフガルドの復興に必要だとファレンには思えた。

彼が頷くと、料理人の幽霊は昇天し、姿が消えていく。

ファレンは彼の言葉を頭に入れると、旅の扉へと戻っていった。

 

「これでレンガ料理台が作れるようになったね…そうだ、ハンバーガーを作るために肉も集めないと」

 

その途中、ファレンはハンバーガーの肉を集めるために一角兎を狩っていった。

一角兎は攻撃すると力を溜めて素早く突進して来たが、離れて跳べば十分回避出来る。

突進の後には隙が出来るので、ファレンはそこで鉄の剣で斬りつけ、倒していく。

一角兎は力尽きると、大きめの赤い肉を落とした。

メルキドの町には、人間7人と魔物2体が暮らしている。

ファレンは9枚の肉が集まると、赤い扉を通ってメルキドの町に戻った。

 

「これで肉も集まったし、まずはレンガ料理台を作ろう」

 

町に戻ってくると、ファレンは最初に作業部屋へと入り、レンガ料理台を作っていく。

ゆきのへはケッパーたちと共に戦いの訓練をしており、作業部屋には誰の姿もなかった。

おおきづちの台所の食器を作る時に、既にいくつかの粘土を集めている。

ファレンはポーチから粘土と鉄を取り出すと、炉の中に入れて石炭と共に燃やし、加熱していった。

粘土は焼けると硬くなり、料理人の言っていたレンガへと変わる。

いくつかのレンガが出来るとファレンは溶けた鉄でそれらを繋ぎ合わせて、削って中に空洞を作っていった。

空洞の中には切り分けられた太い枝を入れて、青い油を使って火を起こす。

最後に他の鉄を使って具材を置く網を作り、レンガ料理台を完成させた。

 

「これでレンガ料理台が出来たね。ピリンも待ってるし、料理部屋に持っていこう」

 

ファレンはレンガ料理台が出来ると、それを持って料理部屋に向かう。

部屋の中ではピリンが待っており、彼の姿を見ると話しかけてきた。

 

「あ、戻って来たんだね!どう、美味しい料理の手がかりは見つかった?」

 

「うん。レンガ料理台っていう新しい調理器具が作れるようになったから、用意して来たよ」

 

ファレンはレンガ料理台を取り出し、料理部屋の空いている場所に置く。

具材を乗せる場所が大きいので、料理用焚き火より大きな料理も作れそうだった。

 

「へえ、これが新しい料理台なんだ。1度にたくさんの料理が作れそうだし、新しい料理も出来るかもしれないね」

 

「僕もそう思ってるよ。そうだ、ハンバーガーを作るための具材も集めて来たから、やってみて」

 

レンガ料理台を使えば美味しいハンバーガーが出来るだろうと、ファレンもピリンも思っていた。

ファレンはポーチから9人分の小麦と肉を取り出し、ピリンに渡す。

 

「ここまでしてくれて、本当にありがとう。必ず美味しいのを作るから、楽しみに待っててね」

 

「そうするよ。時間はかかると思うから、少し出かけてるね」

 

ファレンもピリンのハンバーガーをとても心待ちにしていた。

ピリンは具材を受け取ると、先ほど聞いた通りにまずは小麦からパンを作り始める。

記憶によると、小麦を粉にしてパンをこねるのには、かなり時間がかかっていた。

ファレンはその間庭園を作るための植物を集めるため、1度メルキドの町から出ていった。

 

「後から集めるのも大変だし、今のうちに集めておこう」

 

町の外では、スコップを使って地面を掘り起こし、4つの丈夫な草と6つの白い花を集めていく。

これらの植物は大量に生えているので、探さなくてもすぐに見つけることが出来た。

草と白い花が集まると、次は桃色の花を集めに森の中に入っていく。

ネリアの話によると、桃色の花はドラキーが落とすとのことだった。

 

「何でドラキーが持ってるかは知らないけど、倒してみよう」

 

ドラキーが桃色の花を持っているようには思えないが、今はその言葉を信じるしかない。

ファレンはドラキーに近づいていくと、鉄の剣を取り出して羽に向かって叩きつけた。

ドラキーは弱い魔物なので、強力な武器での攻撃を受けると即座に地上に落ちる。

そこでもう一度剣を振り下ろし、とどめをさしていった。

 

「これは…桃色の花のつぼみだね。これを植えれば良さそう」

 

ドラキーは花そのものではなく、桃色の花のつぼみを落とす。

しかし、やがて開花しそうだったので、これを植えれば良さそうだった。

ファレンはもう1体ドラキーを倒し、2つめの桃色のつぼみも集める。

その後は、1度メルキドの町に戻っていった。

 

「後は黄色の花と茂みだね。まだ時間はあるし、こっちも取りに行こう」

 

ピリンのハンバーガーはまだ出来ておらず、黄色の花と茂みを集めに行く時間もある。

黄色の花はスライムベスが落とすという話で、茂みは小島にあるので、ファレンは青い扉を通り、山岳地帯へと向かっていった。



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1-29 ピラミッドに眠る石像

ファレンは旅の扉を抜けると、おおきづちの里との間にある荒野でスライムベスを倒し始める。

銅の剣でも2回斬れば倒れる魔物であり、鉄の剣では一撃で倒すことが出来た。

スライムベスは普段は赤い油を落とし、なかなか黄色い花を落とす気配はない。

しかし、10匹近く倒した時、倒れた場所の下に黄色いつぼみが落ちているのが見えた。

 

「こっちもドラキーと同じでつぼみなんだね。なかなか落とさないけど、もう一つ狙おう」

 

こちらも開花は近そうであり、庭園を美しく彩ることになりそうだった。

ファレンはさらに5匹ほどのスライムベスを倒し、2つ目の黄色のつぼみも手に入れる。

つぼみが集まると、彼はケッパーのいた小島に葉の茂みを取りにいった。

 

「これで花はみんな集まったし、後は葉の茂みだな」

 

小島まではかなりの距離があり、取りに行けば丁度ピリンのハンバーガーが出来ているかもしれない。

ファレンはそうも思いながら、小島を目指して山岳地帯を歩いた。

小島が近づくと、彼が以前置いたブロックを使い、崖を降りていく。

崖の下に着くと草花スコップを取り出し、葉の茂みを2つ集めていった。

 

「後は壁を作れば庭園が出来るね。ハンバーガーが出来てるかもしれないし、戻ろう」

 

これで庭園に置く植物は全て集まり、壁と内装を整えれば設計図の庭園が完成する。

壁作りに関しては、町のみんなと一緒にすれば早く終わる。

ファレンは葉の茂みをしまうと、来た道を戻って旅の扉に向かい、メルキドの町に戻っていった。

町に戻ってくると、彼は料理部屋にいるであろうピリンの元に向かう。

すると、彼女は待ちくたびれたような目でファレンを見ていた。

 

「あ、やっと戻ってきた!今までどこに行ってたの?みんなもう食べちゃったし、早くしないと冷めちゃうよ」

 

「遅くなってごめん。町に庭園を作るための草花を集めてたんだ」

 

ファレンが思っていたより、ピリンは早くハンバーガーを完成させていた。

彼は謝ってから、町に庭園を作ろうとしていることを話す。

 

「草やお花が生えている部屋か…なかなか良さそうだね。ハンバーガーを食べたら、一緒に作ろっか。まず今は、これを食べてみて」

 

「結構美味しそうだね。肉もパンも、程よく焼けてるよ」

 

庭園作りに賛成してから、ピリンはファレンにハンバーガーを手渡す。

出来てからしばらく時間は経っていたが、まだ温かさは残っていた。

パンも肉も丁度いい焼き加減で、彼は見るだけで美味しそうに感じる。

先ほどの異形の物体を作っていたピリンとは、見違えるようだった。

ファレンは味に期待しつつ、ハンバーガーを食べ始める。

 

「どう、美味しいかな?」

 

すると、ハンバーガーを口に入れた瞬間、口の中にパンと肉のうまみが広がっていく。

今までファレンは様々な食べ物を食べてきたが、その中でも一番の味だった。

肉の元々の美味しさもあるが、ピリンの調理あってこそのものだろうと彼は考える。

 

「うん。とても美味しいし、こんなのを作るピリンは料理の才能があると思うよ」

 

「そう言われると嬉しいな。みんなも喜んでくれたけど、ファレンも美味しく食べてくれて良かった!」

 

ロロンドたちも先ほど、ピリンのハンバーガーを美味しそうに食べていた。

1度はひどい料理を作ってしまったものの、ピリンはすっかり立ち直っている。

ファレンは食べる手が止まらず、すぐにハンバーガーを食べきっていく。

欠片も残さず食べ切ると、彼は今後の料理のことも楽しみにしていた。

 

「ごちそうさま、本当に美味しかったよ。また美味しい料理を作るのを、楽しみにしてるね」

 

「ありがとう。またいろんな料理を作ってみるから、待っててね」

 

ピリンも次なる料理のために、頭の中で様々な発想を浮かべていた。

そうしながら、2人は町の庭園作りを始めようとする。

 

「そうだ、さっきも言っていたけど、僕は町の中に庭園を作ろうと思うんだ。これから一緒に作ろうよ」

 

「うん。みんなもいた方がいいと思うし、呼んで来るね」

 

町のみんなの力もあれば、難しい庭園でも短時間で作ることが出来る。

ピリンは料理部屋から出て、メルキド録の解読や戦闘の訓練をしているみんなを呼びにいった。

町は狭いので、全員を呼びに行くのにも時間はかからない。

すぐにケッパーたちが集まり、料理部屋の中に入ってきた。

 

「庭園なんて初めてだけど、なかなか綺麗そうだね。僕も一緒に作っていくよ」

 

「心を落ち着けられそうで、悪くはねえな」

 

町の発展を恐れるロッシも、庭園くらいなら大丈夫だと判断したのか今日は協力的だった。

 

「ありがとう。みんながくつろげる場所になると思うし、協力して庭園を作ろう」

 

ファレンはみんなに感謝すると、庭園の設計図をみんなに見せて作り方を教えようとする。

しかしその前に、ロロンドが一つ話したいことがあるようだった。

 

「その前に吾輩から一つ話したいことがあるのだ。町を守るために大切なことなのだが、少しいいか?」

 

「そっちも大事な話だし、もちろんいいよ」

 

庭園作りも大切ではあるが、魔物の襲撃を受ける恐れがある以上、町の守りを固めることも必要だった。

町の防御力をさらに高めるため、ファレンは彼の話を聞こうとする。

 

「それでは話をするぞ。以前ショーターから聞いたのだが、ドムドーラには多くの宝が隠されたピラミッドなる物が存在するらしいのだ。メルキド録によるとそこにある火を吹く石像があれば、今まで以上に強力な防壁が作れるようなのだ」

 

アンセルの話でファレンもピラミッドのことは知っていたが、火を吹く石像のことは初耳だった。

火は防御力の高い魔物にも有効なので、町の防衛に大いに役立つとファレンは考える。

しかし、ピラミッド内部の構造は不明であり、ゆきのへは慎重になっていた。

 

「そんなのがあるんだ。防壁もどんどん強化しないといけないし、僕が取って来るよ」

 

「だが、ピラミッドは死者を祀り魔物の王を神と崇めるための場所らしい。相当強力な魔物がいるかもしれねえし、手を出さない方が身のためだぜ」

 

竜王の側近の魔物がいる恐れも否定は出来なかった。

しかし、石の守りだけでは今後対処出来ない魔物が現れることも考えられる。

強力な魔物と聞き、レゾンはファレンと共にピラミッドの向かおうとした。

 

「そうなのか…でも、他に強力な兵器も思いつかないね…」

 

「それなら、俺が一緒に行ってやるぜ。強力な魔物って聞いたら、戦いたくなってきたからな」

 

「そこまで危険な場所と聞くと、吾輩も無理に行けとは言わぬ。しかし、引き受けてくれるなら嬉しいぞ」

 

ゆきのへの話を聞いて、ロロンドも慎重に考えるようになった。

しかし、ファレンには新たな装備があり、強力な剣士であるレゾンも同行する。

例え強敵が現れたとしても、負ける気はしなかった。

 

「レゾンも一緒に来れば多分大丈夫だよ。ピラミッドに行って、火を吹く石像を持ってくる」

 

ロロンドたちにはピラミッドに向かう間、庭園の設計図を作っていて貰う。

 

「その間、みんなはこの設計図を見て庭園を作ってて。僕が集めた花はここに置いておくよ」

 

「分かった。では、楽しみに戻ってきてくれ」

 

ファレンはロロンドたちに、ネリアから聞いたガラスの作り方を教える。

そして、ポーチの中に入れていた草花やベンチも、彼らの前に置いた。

 

「それじゃあ、そろそろ行こう、レゾン」

 

「ああ。ドムドーラの砂漠は2度目だが、楽しみだぜ」

 

庭園作りを頼むと、ファレンとレゾンは旅の扉を抜けて、そこからドムドーラに向かっていく。

ドムドーラに入ると、まず2人は先ほどのように、海辺の道を通って中央部に向かっていった。

そこまで来ると、レゾンもピラミッドの存在に気づく。

 

「あの奥にあるのがピラミッドか…ここからでも見えるなんて、相当なデカさだな」

 

「昔おおきづちたちに作らせたらしいけど、本当にすごいよね」

 

これを作るためにどれだけのおおきづちが労働させられていたのか、ファレンは想像もつかなかった。

しかしそれと同時に、そこまでの労力をかけて作る必要があったのか不思議に思う。

ピラミッドに対する様々な疑問を抱きながら、彼らはそこへ近づいていった。

砂漠を歩いていくと、目の前に大きな川も見えてくる。

幸い深さはなく、泳げないファレンたちでも越えられそうだった。

 

「こんなところに川があったんだ。入ったら濡れるけど、どうする?」

 

「この暑さだからすぐに乾くと思うし、気にすることはねえぜ。このまま突っ切っていこう」

 

ドムドーラは砂漠だけあって、日中はかなりの高温になっている。

それで乾くということで、2人は橋をかけたり迂回したりすることなく、川を歩いて進んでいった。

川を越えると、ピラミッドはいよいよ目前に迫ってくる。

しかし、ピラミッドの周囲には鉄の蠍と鎧の騎士といった強力な魔物がいた。

 

「川を越えたし、もうすぐピラミッドだね。でも、結構強い魔物もいるな」

 

「なるべく見つからないようにして、もし見つかったら一緒にぶった斬ってやろうぜ」

 

「無駄な戦いは避けたいし、そうしよう」

 

レゾンの言う通りにして、ファレンも魔物たちから距離をとって行動する。

途中鉄の蠍に見つかってしまうこともあったが、その時は鉄の装備を用いて戦いに向かった。

ファレンが鉄の剣と盾で爪と尻尾を受け止め、レゾンがその間に横に回り込む。

 

「この前の谷の奴に比べたら、全然強くねえな!」

 

この鉄の蠍は小さい個体な上に、今回はレゾンも鉄の装備をしている。

8本の足に素早く叩きつけて切断していき、速やかにとどめをさしていった。

鉄の蠍が倒れると、2人は再びピラミッドに向かって歩いていく。

ピラミッドの中には通路があり、入り口からは魔物の姿は見えなかった。

 

「これがピラミッドか…ここからじゃ、特に魔物の姿は見えないね」

 

「まあな。だが、いつ魔物が襲ってくるか分からねえ。気をつけて進むぞ」

 

ファレンはひとまず安心しつつも、警戒を怠らずに探索していく。

ピラミッド内部の通路にはたくさんの壁掛け松明があり、奥まで見渡せるようになっていた。

しかしそれでも、深部の方まで進んでも一向に魔物の姿は見当たらない。

 

「結構奥まで進んだけど、まだ何もいないね」

 

「ここまで魔物の姿がないのも、妙に感じるな」

 

それにかえって不気味さを感じながらも、ファレンたちは通路の突き当たりまで向かっていった。

通路の最深部には上り階段があり、彼らはそこを登っていく。

すると、階段を登った先には多数のかがり火が置かれた大きな空間があり、そこには奇妙な光景が広がっていた。

 

「ん…?何でこんなところに、たくさんの人間がいるんだ…?」

 

「またこの前みたいに、魔物が化けてるのかもしれねえな」

 

「そうかもしれないね…一応、話しかけてみるよ」

 

大広間の外側には9人の人間がおり、彼らは中央を見つめて祈っている。

彼らの目線の先には、何らかの魔物を象ったと思われる黒い石像があった。

レゾンの言う通り、魔物が人間に化けていた前例がある。

ファレンは警戒しながら、石像に向けて祈る黄色いマスクを被った男性に話しかけた。

 

「ねえ、ここで何をしているんだ?」

 

「お前も人間か…人間の時代はもう終わりだ。あんたも、火を吹く石像に祈りを捧げな」

 

男性は石像から目線をそらすことなくそう答える。

彼らが祈っている石像が、ロロンドの言っていた火を吹く石像のようだ。

人間の時代は終わりだという物言いからして、やはり彼らは魔物に違いない。

しかし、人間に化けた悪魔の騎士は見破られたので、また同じ手を使う意図は分からなかった。

ファレンが男性と話した後に、レゾンは隣にいる女性に話しかける。

 

「お前、何でこんな石像なんかに祈りを捧げてるんだ?」

 

「この神々しい石像に祈るからこそ、私たちは生きていけるのです。間違っても、持ち帰ろうなどと思ってはなりません」

 

火を吹く石像を手に入れるためには、彼らとの戦いは避けられない。

レゾンは女性の話を聞くと、ファレンに近づいて小声で作戦を伝え合った。

 

「持ち帰るなだそうだが、どうする?」

 

「それでも手に入れないわけにはいかないし、僕が石像を回収するから、レゾンはその瞬間に1人を倒して」

 

町の守りを強化しなければならない以上、今さら手ぶらで帰ることは出来なかった。

ファレンの持つ大金槌の方が、火を吹く石像を回収しやすい。

彼は自分が石像を取りに行き、戦いの得意なレゾンに先制攻撃を仕掛けて貰うことにした。

人間の姿のまま1体でも減らすことが出来れば、その後の戦いは有利になる。

 

「分かった。じゃあ、いつでも攻撃出来るように構えておくぜ」

 

レゾンは慎重に、他の祈っている男性の裏に鉄の剣を構えて迫っていく。

彼らは祈りに集中しているので、まず気づかれることはなかった。

火を吹く石像と言うので、ファレンは正面を避けて横から近づいていく。

その途中、この空間の中央の天井には穴が空いていることにも気づいた。

石像の側面に辿り着くと、彼は大金槌を取り出し、力強く何度も叩きつける。

 

「結構な硬さだけど、これなら壊せるね」

 

火を吹く石像は非常に硬かったが、数回大金槌を叩きつけると壊れ、その場に落ちた。

その瞬間、レゾンは男性の首に向けて思い切り剣を振り、首を斬り落とす。

すると、辺りの人間から紫色の煙が放たれ、おぞましい魔物の声が響きわたった。

 

「我らの祈りを妨げるとは…人間め、許しはせぬぞ!」

 

煙が晴れると、9人の人間は6体の赤服の骸骨、2体の灰色の魔法使い、1体の赤色の魔法使いに代わる。

レゾンに首を落とされた魔物も即死せず、魔物の姿に戻っていた。

 

「死霊の騎士に魔法使い、魔導師か…なかなか強力な魔物だな。みんな俺が倒してやるぜ!」

 

レゾンの元には魔法使いたちが、ファレンの元には死霊の騎士が近づいて来る。

ファレンは彼らに接近される前に速やかに2つ目の石像に近づき、そちらも回収していった。

レゾンはまずは魔法使いに近づき、上から剣を叩きつける。

しかし、ここの魔物は見た目に似合わないほどの防御力を持っており、彼の攻撃は弾き返された。

 

「くっ…俺の攻撃が効かねえだと…?」

 

レゾンは何度か剣を振るが、魔法使いはほとんど傷ついている様子はなかった。

苦しい表情を浮かべることもなく、魔導師と魔法使いは炎の呪文を放つ。

それは、エルゾアのギラとは比べ物にならないほどの威力と範囲で、直撃したレゾンは体勢を崩していた。

 

「ベギラマか…首を切っても死なないだけじゃなく、こんな呪文もあるとはな…」

 

動けなくなったレゾンに向けて、魔導師たちは再びベギラマの呪文を唱え始める。

ファレンはレゾンの援護に向かおうとするが、その前に死霊の騎士たちが立ちはだかった。

 

「レゾン…!でも、こいつらも硬いな…!」

 

彼らも凄まじいまでの防御力を持っており、ファレンの攻撃では歯が立たなかった。

目的の火を吹く石像は手に入った上に、このまま戦っても勝てる見込みはない。

今ファレンたちに出来ることは、この場から撤退することだけだった。

 

「ここで戦っても勝てない…レゾン、今はとにかく撤退するよ!キメラの翼を使うから、何とか天井の穴の下に来て!」

 

「悔しいけど、仕方ねえな…生きて帰ることが優先だからな」

 

レゾンは体勢を崩したまま、床を這いずって穴の下に来る。

魔導師たちはベギラマを放とうとしており、一刻の猶予もない。

ファレンはすぐにポーチからキメラの翼を取り出し、それを使って空高く飛んでいった。

彼らの身体はドムドーラの空を飛び、すぐにメルキドの町へと戻っていく。

生きて町まで戻ることが出来ると、2人は安心して一息ついた。

 

「何とか帰って来れたね…火を吹く石像は手に入ったけど、あんなに強いとは思わなかったよ」

 

「俺もさすがにヤバいと思ったぜ。まだまだ俺たちも、力不足ってことだな」

 

ピラミッドにいる魔物たちの強さは、ファレンたちの想定を上回っていた。

鉄の剣を作って安心しているところもあったが、まだ安心するのは早かった。

この先魔物に対抗するためには、鉄をも上回る武器が必要だと2人は考える。

 

「僕もそう思ったよ。でも、あんなに強い魔物なら何で人間に化けたんだろう?」

 

「それは気になるな。あれほどの力があるんだったら、直接殺しに来たほうがいいのにな」

 

人間に化けていたことと言い、ピラミッドの魔物は強いだけでなく謎に満ちた存在でもあった。

何らかの理由はあるのだろうが、彼らには全く想像もつかない。

ファレンたちが話し合っていると、2人の帰還を見たロロンドも近づいていきた。

 

「ファレン、レゾン、戻ってきたのだな!こちらの庭園は完成したが、火を吹く石像は手に入ったか?」

 

「うん。強い魔物にも襲われたけど、ちゃんと手に入ったよ」

 

町に残ったみんなの働きで、設計図の庭園はファレンの個室の隣、町の北に完成していた。

彼は庭園の完成も喜びながら、火を吹く石像について教える。

 

「おお、それなら良かった。これがあればメルキド録に書かれた石の守りをも超える防壁、鋼の守りが作れるだろう。まだ解読の途中ではあるが、作り方が分かったら教えるぞ」

 

「石の守りも強そうだけど、それより強いのもあるんだね。作るのを楽しみにしてるよ」

 

石の守りも十分強力な防壁なので、ファレンはそれを上回る防壁の記録があるとは思っていなかった。

次々に強力な武具や設備ができ、メルキドの発展は進んでいく。

これからに期待しながら、彼は火を吹く石像の謎についても聞いた。

 

「そうだ。ピラミッドでは魔物が火を吹く石像に祈ってたけど、あの石像って何か特殊な力があるのか?」

 

「そんな事があったのか…火を吹くこと以外には、特に変わった力があるとは書かれておらなかったぞ。しかし、メルキド録にも書かれておらぬ何かがあるのかもしれぬな」

 

魔物が火を吹く石像に祈っていた理由は、ロロンドにも分からなかった。

石像に秘められた力が、今後町にも役立つことになるかもしれない。

ファレンはそう思ったが、ロロンドはもう一つの可能性についても話した。

 

「あるいは、火を吹く石像は偽装もしくは侵入者を排除するための仕掛けに過ぎず、本当は別の物に祈っておったのかもしれぬ。詳しいことは分からぬから、またメルキド録で探してみよう」

 

「そっちも、何か分かったら教えてね」

 

様々な可能性が考えられるが、どれも断言することは出来ない。

今はメルキド録に書かれていることを願いつつ、待つことしか出来なかった。

鋼の守りと火を吹く石像の話をした後、ファレンたちは庭園へと向かっていく。

 

「そのつもりだ。またしばらく時間はかかるから、待っていてくれ」

 

「そうするよ。とりあえず今は、出来上がった庭園を見てくる」

 

「俺も庭園は気になってたからな、一緒に見に行くぜ」

 

2人は入り口にあるフェンスを開けて、庭園の中に入っていく。

町のみんなの物作りの力も高まってきており、中の設備も美しく整えられていた。

整えられた部屋の中に、設計図の通りの草花が植えられている。

草花の周りにはそれを明るく照らすかがり火や、外から見るためのガラス窓も置かれていた。

強敵から逃げ延びてきた2人は、庭園を見て癒されている。

 

「設計図の通り、綺麗な庭園になってるね。この花を見てたら、戦いの疲れも消えていきそう」

 

「そうだな。こういうのを見てると、人間の町に来て良かったと思うぜ」

 

庭園を作り安らぎの場所を与えるというのは、成功したように思われた。

ファレンとレゾンは庭園のベンチの上に座り、しばらく花を眺めて休んでいた。



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1-30 石の墓とブラウニーの仲間

火を吹く石像を手に入れた翌日、ファレンは目を覚ますといつも通り部屋の外に出ていく。

外ではケッパーたちが戦闘の訓練をしており、ロロンドはメルキド録の解読を続けていた。

鋼の守りは早く作りたいが、今は待つことしか出来ない。

 

「解読は時間がかかりそうだし、今日はドムドーラの探索に行こうかな」

 

ドムドーラもかなりの広さがあり、ファレンもその全てを探索した訳ではなかった。

フェルモの言っていた、墓作りに詳しい者も未だ見つけていない。

彼はメルキド録の解読を待つ間、探索へと向かうことにした。

料理部屋にある焼きキノコを一つ食べてから、赤い扉へと入る。

 

「ピラミッドの向こうにはまだ行ってなかったし、そこを目指そう」

 

ピラミッドはドムドーラの奥地にあるが、さらにその先にも砂漠が広がっていた。

そこに何かあるのではないかと思い、ファレンはまずピラミッドの元へと向かう。

その途中一角兎や大蠍も倒していき、以前アンセルがいた砂で出来た橋も通りかかった。

彼は里に帰ったのか他の場所で採掘しているのか、ここには姿が見かけられなかった。

 

「アンセルはいないね。そういえば、この橋は何のために作られたんだ?」

 

ここの橋は、砂漠の中央部にぽつんと建っている。

下に川や池がある訳でもなく、橋を作るにしては不自然な場所だった。

何か理由があるのかと思い、ファレンは橋の上に登っていく。

すると、そこには薄汚れたツボと骨、古い1枚の紙が置かれていた。

 

「こんなところに骨と紙か…昔の人が書いたのかな?」

 

骨は相当風化しており、かなり昔の時代の人だと思われた。

ファレンは紙が読み上げると、そこにはたった一文のみが書かれていた。

 

オイラの裏の、宝物

 

「何だこれ、裏に何かあるのか?」

 

ファレンが紙を裏返すと、そこには見覚えのある木の実が置いてある。

今まで数回食べたことのある命の木の実、これもかなり古い物のようだが、変な臭いはしなかった。

 

「これも昔の人が集めたみたいだね…戦いは激しくなるし、有難く使わせて貰うよ」

 

命の木の実は特殊な木の実故に、腐ることはないようだ。

次々と強力な魔物が現れる以上、少しでも生命力を高める必要がある。

ファレンは命の木の実を飲み込むと、再びピラミッドに向けて歩いていった。

結局橋がかけられた理由は分からないままだが、これ以上は調べようがない。

川を越えると生息している魔物が強力になるので、彼はより警戒して進んでいった。

ピラミッドの魔物はまだ倒せないので中には入らず、裏側に広がる砂漠に向かう。

 

「ここがピラミッドの裏の砂漠か…そこそこ広いけど、何もないね」

 

裏側の砂漠にも鉄の蠍や鎧の騎士が生息しており、ファレンは慎重に周囲を見渡す。

しかし、そこには砂漠と遠くに見える海しか広がっていなかった。

 

「ドムドーラには墓作りに詳しいのがいるって聞いたんだけどな…死んじゃったのかな?」

 

砂漠地帯は一通り探索したが、墓に詳しい者が住んでいた痕跡すら見つからない。

しかし、ドムドーラには大きな岩山があり、ファレンはまだその向こう側は探索していなかった。

墓の作り方以外にも何か分かるかもしれないと思い、彼は岩山へと向かっていく。

 

「あの岩山の先はまだ調べてないし、行ってみるか…」

 

山岳地帯で岩山の上り下りには慣れており、ファレンは土を積んでゆっくりと岩山を登っていった。

山の上から眺めると、向こう側には町の周りやメルキド山岳の下のような、大きな森林が広がっている。

森の中にも誰かが住んでいる痕跡は見られなかったが、遠くからでは分からない可能性もあると思い、ファレンは森の方に降りていった。

森に入ると、彼は落ちているキノコやモモガキを剣で切り取り、回収していく。

 

「ここにもキノコが生えてるね…いつでも食べられるよう、取っておこう」

 

肉を手に入れるためには魔物と戦わなければいけないため、キノコやモモガキの方が入手しやすい。

普段はそれらを食べて、たまに肉料理を食べようとファレンは思っていた。

食材を集めながら、ファレンは森を歩いて生活の痕跡や、何らかの建物がないか探していく。

この森にもスライムやドラキーくらいしかおらず、安全に探索することが出来た。

 

「森の中には誰もいないか…でも、あんなところに島があるね」

 

森を隅まで歩き回っても、人の姿は見当たらない。

しかし、森を抜けて海の方を見てみると、緑が生い茂っている小島が見えた。

小島の上にはレンガの建物があり、その中にはいくつかの石の墓もある。

 

「墓も置いてあるみたいだし、あの島に誰か住んでるのかも。浅い海だし歩いていこう」

 

ここに墓作りに詳しい者がいると思い、ファレンは小島に向かって進んでいく。

ケッパーのいた小島と違って陸続きにはなっていなかったが、彼の足がつくほど浅く、歩いて進むことが出来た。

小島に上陸すると、ファレンは墓のある建物へと向かう。

するとそこには、おおきづちから離反し、人間にも敵対しているはずの存在、ブラウニーがいた。

フェルモは墓作りに詳しいのはおおきづちだと言っていたが、見間違えたようだ。

 

「君は、ブラウニー?何で人間に敵対してるはずの君が、墓を作っているんだ?」

 

「人間がここに来るなんて珍しいな。お前の言う通り、オレは人間が嫌いだ。さっさと帰ってくれ!」

 

この島は人気のない場所で、ブラウニーはファレンの来訪に驚く。

しかし、このブラウニーは人間が嫌いだと言うものの、山岳地帯の個体のように殺意に満ちた目を向けてはいなかった。

ハンマーを持っているものの、それで襲ってくることもしない。

話が通じそうだと思い、ファレンは去らずに質問を続けた。

 

「待ってよ。人間が嫌いって言うなら、どうして墓を作ってるんだ?」

 

「飾りとして置いてるだけで、これは墓じゃない。人間を埋葬なんてしてないぜ」

 

「それでもいいから、作り方を教えて。それを聞いたら、すぐに出ていくよ」

 

まさか墓に詳しい者の正体がブラウニーだとは思っていなかったが、会話出来る以上作り方を聞いておきたい。

ファレンが頼み込むと、ブラウニーはしぶしぶだが頷いた。

 

「そこまで弔ってやりたい奴がいるのか?…仕方ねえ、1回しか言わないからよく聞けよ」

 

彼は墓を作る時の石の削り方について細かく話し始める。

1回しか言ってくれないとのことなので、ファレンは聞き漏らすことなく記憶に留めていった。

石の墓の作り方が分かると、ファレンはお礼を言って、小島から去ろうとする。

 

「教えてくれてありがとう。人間が嫌いなのにこんなに話をさせてごめんな、すぐに帰るよ」

 

「…ちょっと待ちな。人間は物を作る力を失ってたはずだが、お前は墓を作れるのか?」

 

すると、今度はブラウニーの方からファレンを呼び止めた。

このブラウニーはずっとこの小島にいたからか、人間が物を作る力を取り戻しつつあることを知らないようだ。

 

「うん。僕は創造の力を持ったビルダーって存在らしくて、他の人と一緒に町を作ってるんだ」

 

「そんな伝説があるとは聞いていたが、まさかお前がそのビルダーだとはな。町か…そこに行けばオレも…」

 

「あれ、人間が嫌いなんじゃなかったのか?」

 

町のことを教えると、ブラウニーはそこに行きたがっているように言う。

襲ってこないことといい、彼は他のブラウニーとは大きく違っていた。

ファレンが困惑していると、ブラウニーは本心を話し始める。

 

「…ここまで来たら、本当のことを言うよ。実はオレは昔から人間に興味があってな、この墓も死んだ人間のために作ってたんだ。ただ、人間と話してるところを他の魔物に見られたら大変だ。だから、嫌いだと言って早く帰ってもらおうとしたんだ」

 

「でも、人間が好きならどうしておおきづちから離反したんだ?」

 

他の魔物に人間に友好的だと気づかれたら、間違いなく殺される。

普段は他の魔物の姿がないこの島でも、絶対に安全とはいえなかった。

しかし、それならばなぜブラウニーになっているのか、ファレンには理解出来なかった。

 

「ラグナーダ長老への離反が始まったのはかなり昔でな、その時はオレはまだ生まれていなかったんだ。親がブラウニーになっちまったから、オレもブラウニーの姿ってわけだ。親はオレを人間に敵対させようとしたが、オレは人間への興味を捨てきれなかった」

 

「そんなことがあったんだ。そういえば、どうして元々はみんな同じ紫色の毛皮だったのに、ブラウニーは茶色の毛皮になったんだ?」

 

彼がブラウニーとして生まれてきたのは、本人が望んだことではなかった。

ラグナーダたちに離反を起こしたと言っても、それだけで毛皮の色まで変わるとは思えない。

ブラウニー側と会話出来る貴重な機会なので、ファレンはそれについても聞いてみた。

 

「オレも会ったことはないけど、ブラウニー側にも長老がいる。そいつの力で、離反したブラウニーたちは茶色の毛皮になったんだ」

 

「へえ、ブラウニーの長老か…そいつとも、これから戦うことになるかもね。そうだ、君は町に来たいみたいだけど、どうするの?」

 

離反者の毛皮を茶色に染めたブラウニーの長老…ファレンも姿を見たことはないが、そちらともいずれ戦いになると予測した。

目の前のブラウニーは、メルキドの町に来たがっている様子だ。

ファレンが誘うと、彼は喜んでついて行こうとする。

 

「いいんだったら、もちろん行くよ。本心を隠さずに済むし、何より興味があった人間と触れ合えるからな」

 

「分かった。じゃあ、キメラの翼って道具を使って一緒に町に戻るよ」

 

人間がたくさんいる町に行けば、もう本心を隠す必要はなくなり、人々と共に他の魔物に立ち向かうことが出来る。

 

「それを使ったら、お前たちの町に行けるんだな。オレはプレーダ、これからよろしく頼むぞ」

 

「僕はファレン。一緒に町を作って行こうね」

 

お互いの名前を名乗ると、2人はキメラの翼を使ってメルキドの町に戻っていく。

ファレンたちの身体は高く浮き上がり、町の方向へと素早く向かっていく。

ケッパーやレゾンと同様、プレーダも飛ぶのを怖がっていた。

 

「すごい高さだな…。人間の作る道具って、こんなすごい力があるんだ」

 

「最初は怖いかもしれないけど、すぐに慣れるよ。もう少しで町に着くね」

 

ファレンも今は慣れており、安全だと分かっているが、最初の頃は緊張していた。

話しているうちに、2人の身体はメルキドの町の上空へとたどり着く。

希望の旗の台座に降り立つと、近くでメルキド録を読んでいたロロンドが話しかけてきた。

 

「おお、また新たな仲間を連れて来たのだな!魔物であっても、吾輩たちに協力する者は歓迎だぞ」

 

「お前がファレンと一緒に町を作ってる仲間か。なかなか大きい町だし、気に入ったぜ」

 

プレーダは町に降り立つと、周囲に建っている建物を眺める。

自分たちの作った町が褒められて、ロロンドは嬉しそうな表情をしていた。

 

「そう言ってくれて感謝するぞ。そういえば、この魔物はおおきづちに似ておるから、里の方に連れていった方がいいのではないか?」

 

「この魔物、プレーダはおおきづちから離反したブラウニーの1人なんだ。プレーダ自身は敵対する気はないけど、おおきづちたちは許してくれないかもしれない」

 

プレーダ自身は人間と同様に、おおきづちにも敵対する気は無い。

しかし、里にはブラウニーに仲間を殺されたおおきづちがたくさんおり、簡単には受け入れられないと思った。

プレーダ自身も、メルキドの町で暮らしたいと話す。

 

「おおきづちにとっては、オレも離反者の一員でしかないからな。それに、オレは人間に興味があったんだし、人間の町で暮らしたい」

 

「それならそれでもいいぞ。ではプレーダ、吾輩たちの町を案内する」

 

町が盛り上がり、戦力も増えるので、ロロンドもプレーダを歓迎していた。

ロロンドはメルキドの町を案内しつつ、他の仲間たちにも挨拶させに行く。

既に魔物を仲間にしているので、みんな仲良くしてくれるだろうとファレンは眺めていた。

 

「そうだ、墓の作り方が分かったんだしフェルモのところに行かないと」

 

ロロンドとプレーダの様子を見た後、ファレンは青い旅の扉を使っておおきづちの里に向かった。

石の墓の作り方を聞いたので、これでフェルモの墓地を完成させられる。

まずは作業部屋に入って、ポーチの中から石材を取り出した。

2つの石材を作業台の上に置くと、工具を使ってそれぞれを削り、十字架と台座を作っていく。

両方が出来ると、それらを繋ぎ合わせて石の墓を完成させた。

 

「洞窟の人の分も作らないといけないし、あと2つだね」

 

墓地には2つ墓が足りず、洞窟で死んでいた人の分も作らなければならない。

まず一つが出来ると、あと4つ石材を取り出し、残りの石の墓も作っていった。

必要な分の墓が出来ると、ファレンは墓地のある崖の下に向かう。

フェルモは彼の姿を見かけると、上を見上げて話しかけてきた。

 

「久しぶりだね、ファレン!もしかして、石の墓の作り方を調べて来た?」

 

「うん。詳しい作り方を聞いて、さっそく作って持ってきたよ」

 

「もうそこまでしてるんだ。気をつけて降りて、空いている場所に置いて」

 

大分間が空いてしまったが、フェルモは墓作りをやめてはいなかった。

ファレンは1段ずつ崖を降りていき、下まで着くと石の墓を取り出し、墓地の空いているところに置いていく。

元々あった7つの墓と合わせ、9つの墓が出来ると、フェルモは嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「ありがとう、ファレン!これでこの墓地も、ようやく完成させられたよ!」

 

「僕も墓は大事だと思うし、作れて良かったよ」

 

ファレンにとっては見知らぬ人間の墓ではあるが、そのままにしておくのも可哀想に思えた。

フェルモは墓地を眺めた後、人間の墓を作っていた理由を話す。

 

「僕は昔人間に食べ物を分けて貰ったことがあって、その時から人間に恩返しをしようと墓を作ってたんだ。僕達も物作りを始めたし、今度は自分でも作ってみるよ」

 

「それもいいかもね。さっき聞いた墓作りの方法も伝えておくよ」

 

メルキドで死んだ人間は、この墓地に眠っている者たちだけではない。

他の人間も弔うために、ファレンはプレーダから聞いた石の墓の作り方を教えた。

おおきづちはみんな物作りに目覚めており、これからはフェルモ自身が墓を作ることも出来る。

 

「教えてくれてありがとう。これから困ったことがあったら、僕も呼んでね」

 

「分かったよ。また会おうな、フェルモ」

 

墓地を作り、フェルモに石の墓の作り方を伝えると、ファレンは崖を登って上へと戻っていく。

もう一つの墓を持ち、次は谷の向こう側、メルキド山岳に向かっていった。

 

「後は洞窟の人の墓を作らないとね」

 

洞窟の中の骨も野ざらしになっており、墓を作って埋葬して欲しいと紙に書いてあった。

ファレンは蠍の谷からメルキド山岳に登ると、森林地帯へと降りていく。

洞窟の位置はだいたい記憶しているので、それを元に歩いていった。

洞窟の入り口を見つけると、彼は石の墓を取り出して中に入っていく。

 

「この洞窟だったね…早くあの人を埋葬してあげよう」

 

洞窟の一番奥に行くと、この前も見た風化した骨と紙、わらベッドとツボが置かれている。

ファレンはまず骨の上に土を被せ、その上に石の墓を置いていった。

すると墓が出来た瞬間、その場に灰色の髪の青ざめた人間が現れる。

ファレンは突然のことに驚き、声を上げて尻もちをついた。

 

「うわっ、誰っ?」

 

「驚かせてすまない。オレは、お前が今弔った屍だった男だ」

 

どうやら、かつてこの洞窟に住んでいた人間の幽霊のようだった。

彼はファレンに一言謝ると、何か靴のような物を取り出す。

 

「本当はこっそり渡すつもりだったが、お前はオレの姿が見えるみたいだな。これが約束の宝だ、受け取ってくれ」

 

「これは、靴か…?」

 

墓を作ってくれた者に宝をやるという約束も、男は守ってくれていた。

ファレンが受け取った靴は羽がついているという奇妙な見た目をしているが、特殊な力があるようには思えない。

彼が聞くと、男は靴の力について教えてくれる。

 

「これは空飛ぶ靴って言ってな、跳んで空中にいる時にもう1度跳べるようになるんだ。試しに履いて跳んでみてくれ」

 

「そんな力があるのか…ちょっとやってみるよ」

 

ファレンは空飛ぶ靴を履き、その場で大きく跳び上がる。

そして、足が地面につく前にもう一度力を入れて、さらに高く跳ぼうとした。

すると、彼の身体は空中でさらに飛び上がり、洞窟の天井にまで届きそうになる。

 

「すごいな…こんなに高く飛べるんだ」

 

「これが空飛ぶ靴の力さ。高く上がりたい時があったら、この力を使ってみてくれ」

 

空飛ぶ靴の力は、魔物の攻撃を回避するのにも崖を登るのにも活用出来る。

便利な装備を手に入れることができ、ファレンは男の幽霊に感謝した。

 

「本当に便利だし、ありがとう。さっそく使ってみるよ」

 

「こっちこそ、オレの屍を埋葬してくれてありがとう。オレはもう昇天するが、お前のことは忘れないよ」

 

男もファレンに感謝すると、昇天して姿が消えていく。

ファレンは男を見届けると、空飛ぶ靴を履いて洞窟から出ていった。

そして、その力を活用しながら崖を登って、メルキドの町に戻っていった。



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1-31 悪魔の騎士と砂漠の兵団

町の仲間に加わってから、プレーダはレゾンたちと共に戦いの訓練をし、おおきづちの精鋭ほどの力を身につけていた。

しかし、回避力の低い魔物なので、強力な魔物の攻撃に晒されれば耐えられない。

 

「そういえばプレーダにも、鉄の鎧を作ってあげないとね」

 

彼を仲間にしてから3日後、ファレンはプレーダ向きの鉄の鎧を作りに行った。

ブラウニーは毛皮の色の違いを除けば、見た目はおおきづちと変わらない。

フレイユに作ってあげた時のことを思い出し、鉄を炉で溶かし、金床の上で鎧の形にしていった。

鎧が出来上がると、肌が痛まないように中に毛皮を敷き詰める。

それも出来ると、ファレンはプレーダの所に渡しにいった。

彼はレゾンとケッパーの指導の元、回転攻撃の練習をしている。

 

「プレーダ!君向けにも、鉄の鎧を作って来たよ」

 

「みんなが着てる奴か。結構重そうだけど、オレが着ても大丈夫なのか?」

 

ファレンの声を聞くと、プレーダたちは訓練を中断して振り向く。

人間や他の魔物より小柄な彼は、鉄の鎧の重さを心配していた。

 

「うん。里のおおきづちにも同じ鎧を作ってたけど、みんな軽そうに着てたよ。試してみて」

 

「そうなのか。それがあった方が強そうだからな、やってみるよ」

 

おおきづちたちは平気そうに着ていたので、プレーダも大丈夫だとファレンは考える。

鉄の鎧が置かれると、プレーダはそれを持ち上げ、頭から被っていった。

着終えると、特に重そうな様子は見られず、ハンマーも持ち上げる。

 

「おお、確かにこれは全然重くないな。毛皮のおかげで痛くもないし、ハンマーもうまく振り回せるぜ」

 

「鎧を貰えて良かったな。さらに訓練を積んで、魔物どもに対抗して行こうぜ」

 

プレーダが鎧を着る様子を、レゾンたちは後ろから見ていた。

これで全員の装備が整い、ファレンも彼らと共に戦いの練習をしようとする。

 

「そうしないとね。鎧も作ったことだし、僕も一緒に訓練するよ」

 

「ファレンは出かけてる事も多かったし、その分もやっておかないとな。今日も回転斬りの練習をするよ」

 

彼はまずケッパーと共に、回転斬りの練習を始めた。

しかし、始めて時間もたたないうちに、飛びながらギラの訓練をしていたエルゾアが騒ぎ出す。

 

「ん?エルゾア、どうしたんだ?」

 

エルゾアはまだ、人間の言葉を話すことが出来ない。

焦った顔をして、魔物の言語でレゾンとプレーダに伝えた。

エルゾアの話を聞いた彼らは、町中に聞こえるほどの大声で叫ぶ。

 

「大変だ!俺たちの町に魔物の群れが近づいてるみてえだ」

 

「もうすぐこの町に到達するから、早く戦いの準備をして!」

 

訓練を始めたばかりのところで、もう魔物たちが襲撃して来た。

2人の言葉を聞くと、メルキドの町には一気に緊張が走る。

ピリンたちは建物の中に隠れ、ロロンドもメルキド録を閉じ、剣を構えて駆け寄ってきた。

 

「おお、それは本当か?それならば、吾輩たちの力で迎え撃つぞ!」

 

「こんな時に来るとは思ってなかったけど、来たからには仕方ないね」

 

「どんな魔物が来たかは分からねえが、ワシも一緒に潰しに行くぜ!」

 

町に来てまだ日の浅いゆきのへも、大金槌を持って魔物に抵抗しようとする。

以前より武具が強化され、新たな仲間も増えている。

正面からぶつかり合うことも考えたが、ロロンドは石の守りを使うことを提案した。

 

「だが、今の吾輩たちの町には石の守りがある。まずはその後ろに隠れて、脱出して来た魔物を迎え撃つぞ」

 

「なるべく安全に戦いたいもんね、僕もそうするよ」

 

石垣を破ろうと直進して来た魔物は、トゲ罠に刺さって大ダメージを受ける。

それだけで多くの魔物は倒れるので、利用しない手はなかった。

ロロンドとファレンの話を聞き、みんなは石の守りの端に隠れる。

トゲ罠を脱出した魔物は、ここを通って町に侵入してくるはずだった。

町のみんなが構えていると、町の外から大きな魔物の声が聞こえてくる。

 

「何か大きな壁があるが、所詮は人間が作った物だ!お前たちの力で破壊してしまえ!」

 

メルキドを統べる、悪魔の騎士の一体。

その声を聞いて、配下の大蠍や黄服の骸骨、死霊の軍団は石の守りへと近づいていく。

そして、大蠍は爪を使い、死霊は剣を使い石垣を叩き割ろうとした。

しかし、ファレンたちの予想どおり、彼らの攻撃は弾かれる。

 

「くっ…何だこの壁は…!」

 

「ぐあっ…足元にトゲだと…?」

 

力づくで叩き壊すために石垣の直前まで動いた魔物たちは、地面に置かれたトゲ罠に次々に刺さっていった。

大蠍の足よりも太いトゲは彼らの身体に深く刺さり、内臓にも大きなダメージを与える。

脱出しようと暴れる度に、身体はさらに損傷していった。

 

「罠を設置するとは…人間め、ずる賢い奴らだ!だが、お前らの力はそんな物か?さっさと脱出し、ぶっ壊せ!」

 

「人間め、オレたちを罠にはめたことを後悔させてやる…!」

 

後衛の鎧の騎士や悪魔の騎士が到達するまでにはまだ時間があり、それまでに石の守りを破壊しようと配下たちは試みる。

死霊の中には、トゲ罠から脱出して石の守りの横から攻めようとする者も現れた。

そんな様子を見て、エルゾアはギラの呪文を唱え始める。

 

「やっちまえ、エルゾア!石の守りの外に魔物を行かせるな!」

 

レゾンの声も受けて、エルゾアは野生のキメラよりも大きな炎を放つ。

トゲ罠で既に大きなダメージを受けていた死霊たちは、その威力で体勢を崩していった。

石の守りの外を覗いていたプレーダは、魔物の群れが一気に追い詰められていくのを見る。

 

「すごく効いてるよ、その炎!もっと放って、敵を焼き尽くして!」

 

エルゾアは死霊が倒れている間に、さらなるギラの呪文を唱え始める。

詠唱速度も上がっており、彼らは起き上がって回避することは出来なかった。

2度も炎で焼き尽くされ、石の守りの外から攻めようとした死霊たちは力尽きて消えていき。

死霊が倒れると、エルゾアはまだトゲ罠に刺さっている魔物にもギラを唱えていった。

 

「結構うまくいってるみてえだな。このまま無事に倒せるといいんだが」

 

ゆきのへもみんなも、戦いは順調に進んでいると見ていた。

しかし、勝つまで気を抜くことは許されない。

大蠍や死霊の中には、石の守りを破ろうとはせず、最初から横から攻めようとする個体も現れた。

 

「あれを破ろうとしても埒が明かない!オレたちはこっちから攻めてやるぜ」

 

「後ろに逃げてる人間ども、覚悟しろ!」

 

横から攻めて来た魔物には、町のみんなが剣で戦うしかない。

魔物たちの様子を見ていたプレーダは、ケッパーたちに魔物の接近を知らせた。

今度は横から攻めようとする魔物もかなり多く、エルゾアのギラでは防げそうにない。

 

「結構な魔物が横から近づいて来てる!みんな、迎え撃つ準備をして」

 

「大丈夫。これを使えば安全に倒せるよ!」

 

剣でのぶつかり合いも避けられないと、ロロンドたちも思っていた。

しかし、ファレンはそう言うと、ポーチから2つの火を吹く石像を取り出し、魔物が見えない石の守りの裏に置く。

石像の炎を使えば、まだ剣を交えることなく倒せそうだった。

 

「おお、それはこの前集めにいった石像だな。その調子だぜ、ファレン!」

 

「せっかく手に入れた物だからな、有効活用しないわけにはいかぬな」

 

危険を冒して取りに行った物なので、それだけの力があると信じたい。

レゾンもロロンドも火を吹く石像の強さはまだ知らないが、後ろから魔物の様子を見守っていた。

大蠍と死霊たちは石の守りの横を通り、何も知らずに石像の前を通る。

すると、石像は口から灼熱の炎を吐き出し、目の前の魔物たちを焼き尽くしていった。

 

「くっ…何だこの炎は…!」

 

「人間め…こんな物まで持っていたのか!」

 

石像の炎はエルゾアのギラより広範囲で、何体もの魔物に大きなダメージを与える。

炎に巻き込まれなかった魔物も、それ以上進めず立ち往生することになった。

魔物の生命力は高めで、火を吹く石像に焼かれてもまだ生き残っている。

彼らは石像の近くを強行突破しようとしたが、炎が当たらない位置、石像の横を通り抜けた場所にケッパーとゆきのへが立ち、彼らを迎え撃つ。

 

「その炎に焼かれてもまだ耐えるんだね…でも、僕たちの町を壊させはしないよ」

 

「ワシの作った大金槌で叩き潰すぜ!」

 

魔物たちは立ちふさがるケッパーたちに剣や爪を振り上げるが、2人はその瞬間に力を解き放ち、周囲を薙ぎ払う。

鉄の刃とハンマーが魔物たちの身体を大きく破壊し、とどめをさしていった。

横から攻め込んだ配下が倒されたのを見て、町に接近した悪魔の騎士は大声で指示を出す。

 

「横から攻め込んだら、人間に何をされるか分からん!総員で突撃し、あの壁を叩き壊すぞ!」

 

その声を聞くと、鎧の騎士たちは身体に力を溜めて突進し、石の守りの破壊を試みる。

悪魔の騎士本人もそれに続き、彼らの鎧が衝突した石垣にはひびが入っていた。

しかし、すぐに壊れることはなく、彼らは衝突の反動で動けなくなる。

大蠍や死霊の中には反対側から攻め込もうとする者もいたが、石の守りはかなりの長さがあり、到達する前にエルゾアに気づかれ、レゾンに知らされる。

 

「ファレン、どうやら反対側から攻めようとする魔物もいるみてえだ。それに、もうすぐ石垣が破られそうだぜ」

 

「それなら、みんな正面で構えて。僕が反対側の魔物を倒しに行ってくる」

 

ファレンは火を吹く石像の一つを回収し、石の守りの反対側の端に移動する。

みんなも石垣にひびが入ったのを見て、魔物の侵入警戒する。

エルゾアは情報を伝えた後悪魔の騎士たちにもギラを唱えるが、それだけでは倒すことが出来なかった。

 

「我らをここまで怒らせるとはな…相応の罰を与えてくれる!」

 

鎧の騎士はトゲ罠が刺さって攻撃の手が乱れ、石の守りを破壊することは出来ない。

しかし、悪魔の騎士は鋭い足の痛みに耐えて、目の前の石垣に思いきり斧を叩きつける。

 

「ここからが我らの反撃だ、人間め!」

 

ひびが入っていた石垣はついに衝撃に耐えられず、壊れてその場に落ちる。

悪魔の騎士は連続で攻撃を放ち、自身や鎧の騎士たちが侵入出来るほどの穴も開けた。

悪魔の騎士の侵入を見て、ロロンドたちは一斉に斬りかかっていく。

 

「さすがは魔物の親玉、石の守りを壊したか…だが、それでも吾輩たちは倒せんぞ」

 

悪魔の騎士は斧と盾を持っているが、さすがに大勢の人間や魔物を一気に相手することは出来ない。

ロロンドたちは鉄の剣で鎧を斬りさき、ゆきのへとプレーダはハンマーで叩き割ろうとしていった。

石の守りの反対側の端から侵入しようとした魔物も、ファレンによって阻止される。

置かれた火を吹く石像の炎によって、彼らの身体は焼かれていった。

 

「くそっ…こっちにも炎があるのか!」

 

「本当に厄介な存在だぜ、人間って奴は!」

 

炎を受けて彼らは怯み、ファレンは先ほどのケッパーのように腕と足に力を溜めて、回転斬りを放つ。

鉄の剣で深くまで身体を斬り裂かれ、大蠍と死霊は数を減らしていった。

生き残った魔物もいたが、ファレンは鉄の盾で攻撃を防ぎ、その間に顔や骨を斬り裂いていく。

死霊は骸骨と同様足を壊されると不安定になるので、足を中心に狙っていった。

動きが弱まると、ファレンは背後へと跳び、力強く剣を叩きつける。

死霊はそうして倒していき、大蠍も前足を斬り落とし、動きを鈍らせることで安全に倒していった。

 

「これでこっちの魔物は倒れたね…みんなを助けに行こう」

 

これで石の守りの端から攻めようとする魔物はいなくなり、ファレンは悪魔の騎士たちと戦うみんなの援護に行く。

エルゾアはまだ残っている大蠍と死霊を焼き払い、ロロンドたちは悪魔の騎士が開けた穴かた町に入った鎧の騎士と戦っていた。

悪魔の騎士本人は、レゾンとプレーダが食い止めている。

 

「人間共は部下に任せた…人間に寝返った魔物どもめ!貴様らを我が処刑してやろう!」

 

「なかなか強いじゃねえか。だが、俺もお前なんかに負ける気はねえぜ!」

 

レゾンは盾で斧を防ぎ、プレーダが背後からハンマーを叩きつけている。

プレーダはハンマーで攻撃を受け止めていたようで、ハンマーにはいくつもの傷がついている。

悪魔の騎士は先ほどのみんなの攻撃で傷だらけになっており、生命力も大きく消耗している。

ファレンはプレーダの隣に並び、鉄の剣を鎧に向けて振り下ろした。

 

「助けに来たよ、レゾン、プレーダ!」

 

「そっちも片付いたんだな!早く倒さねえと、町の中にまで入られてしまう。さっさと倒すぞ!」

 

「貴様まで我を倒しに来たのか…だが、少年一人増えたところで我らは倒せん!鎧の騎士ども、早く人間どもを殺して援護に来るのだ!」

 

悪魔の騎士はそう叫び、ファレンにも斧を大きく叩きつける。

攻撃力が高く、彼は盾で受け止められるか不安だったので、空飛ぶ靴の力で大きく跳び上がり、背後にまわって剣を叩きつけた。

 

「そんなに高く飛べるなんて、すげえなファレン」

 

「この前特別な靴を手に入れて、それで出来るようになったんだ」

 

ファレンが空中からさらに飛び上がるのには、レゾンたちも驚く。

空飛ぶ靴を使えば回避して容易に背後に近づくことができ、よりダメージを与えやすくなっていた。

悪魔の騎士が援護を頼んだ鎧の騎士たちは、ケッパーたちを倒せずにいる。

 

「我らは悪魔の騎士様を助けに行くのだ!貴様らなどさっさと始末してやる!」

 

「ファレンたちのところには行かせない、ここで倒すよ!」

 

「みんなのこともこの町も、吾輩が守ってやろうぞ!」

 

みんなは鉄の盾で斧での攻撃を防ぎ、鎧の騎士の盾を持っていない側面に跳んで剣を叩きつける。

かなりの強度を誇る鎧だが、鉄の武具では容易に貫かれた。

エルゾアも大蠍や死霊にギラを放ち続け、町の中への接近を許さない。

戦いの中で経験を積み、先ほどよりも威力は高く、範囲は広くなっていた。

 

「キメラごときに、我らが負けるとは…!」

 

配下の魔物は町の仲間たちに苦戦し、悪魔の騎士の元には援護が来ない。

追い詰められた悪魔の騎士は、レゾンに向かって再び突進の構えを取る。

 

「たとえ町が壊せずとも、お前だけでも殺してくれる!」

 

突進すれば悪魔の騎士も反動で動けなくなるので、捨て身の攻撃のようだった。

悪魔の騎士の突進は素早く、回避力の低いレゾンは遠くに離れても避けるのは難しい。

レゾンは悪魔の騎士から離れず、放たれる前にとどめをさそうとした。

 

「させるか!その前にお前を倒してやるぜ!」

 

「僕も一緒にとどめを刺すよ!」

 

ファレンとプレーダも共に攻撃し、悪魔の騎士の生命力を削り取ろうとした。

しかし、悪魔の騎士の力はまだ残っており、ついに突進攻撃を放ってくる。

 

「消えろ、人間に味方する骸骨!」

 

「ぐっ…ダメだったか…!」

 

レゾンは突き飛ばされ、悪魔の騎士はロロンドたちの個室の壁に衝突し、破壊する。

そこで動きは止まったが、レゾンの着ている鎧は大きく凹んでいた。

 

「レゾン、まだ立てるか?」

 

「大丈夫だ…止められなかったが、今がチャンスだぜ…!」

 

しかし、鎧は損傷してしまったものの、中のレゾンの身体は守ることが出来ていた。

この戦いで、ゆきのへの作った鉄の鎧がさっそく役立つことになった。

レゾンは立ち上がると、ファレンたちと一緒に悪魔の騎士を攻撃しに行く。

 

「よくもやってくれやがったな!だが、俺を砕くにはまだまだ力不足だ」

 

「オレもこの町の仲間として、お前を倒す!」

 

レゾンとファレンは悪魔の騎士の身体に鉄の剣を何度も突き刺し、プレーダはハンマーで足を攻撃する。

今までの攻撃で既に弱っていた悪魔の騎士は、3人の攻撃に耐えきれず倒れていった。

鎧の騎士たちも、ロロンドたちの攻撃で鎧を破壊され、力尽きていく。

新たな仲間と設備の力を持って、ファレンたちは全ての魔物を倒すことが出来た。

 

「おお、ファレン!そっちも終わったようだな。急な襲撃ではあったが、無事に魔物を倒しきれたな」

 

「石の守りも新しい武器も出来たから、あんまり苦戦しなかったね。これなら、残りの悪魔の騎士も倒せるかも」

 

魔物を倒した後、ファレンとロロンドは武器をしまいながら話す。

メルキドの魔物を統べるという8体の悪魔の騎士の、2体目も倒すことが出来た。

メルキドの発展もさらに進んでいくことだろうと、2人とも思っている。

 

「吾輩もこれからが楽しみだぞ。しかし、悪魔の騎士には石の守りが破られてしまった。やはり、以前言っていた鋼の守りが必要そうだな」

 

「今度は魔物の数ももっと増えるかもしれないからね。作り方が分かったら、また教えて」

 

しかし、悪魔の騎士に石の守りが破られた以上油断することも出来ない。

魔物の数がさらに多くなれば、今回のように対処出来るとは限らなかった。

さらに安全に戦うために、ロロンドはメルキド録の解読を続ける。

ファレンは町に戻ると、まず壊された建物を修復しに行った。



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1-32 鋼の武具と守護者の裏切り

悪魔の騎士の軍勢を倒した翌日、みんなの働きによって壊れた部分は修復されていた。

ドムドーラの探索も終えたファレンは、起きると訓練のためレゾンたちの元に向かおうとする。

そうしていると、作業部屋から出てきたゆきのへに話しかけられた。

 

「おお、起きてきたみたいだな。ちょっとお前さんに話したいことがあるんだ」

 

「どうしたんだ?」

 

「昨日の魔物の襲撃を見て思ったが、最近はこの町の発展ぶりに、魔物どもも焦り始めてるみたいだ」

 

メルキドの町には大きな防壁ができ、仲間も増えてきている。

これ以上の町の発展を恐れ、早めに潰すために悪魔の騎士が襲撃して来たと考えられた。

 

「確かにそんな感じはするよね。これからは、もっと多くの魔物が襲って来るかも」

 

「さらに戦いは激しくなるだろうが、竜王が世界を牛耳って数百年…ようやく人間が巻き返しを図るチャンスなんだ。これを無駄にしたくはない」

 

竜王の配下の力は強大であり、巻き返しを図るのは容易ではない。

しかし、今を逃せば次はない可能性もあるので、ファレンとしてもこの機会を逃したくなかった。

 

「確かに、またとない機会かもしれないからね。それで、戦いに役立つ物を思いついたのか?」

 

「メルキドを支配する魔物の親玉をぶっ潰すのにも役立つと思うぜ。ワシが先祖から伝え聞いた究極の炉、神鉄炉って奴さ。それがあれば鋼を加工して、強力な武器や防具が作れるはずなのだ」

 

鉄の剣も十分強力ではあるが、それより強い武器があればより戦いは有利になる。

鋼を加工出来ると言う事で、ロロンドの言う鋼の守りを作るのにも役立ちそうに思われた。

ファレンの記憶の中では、鋼は一度精錬した鉄をさらに溶かし、より純度を高めた物だった。

 

「鉄より強い武器があれば、もっと多くの敵が来ても倒せそうだな。これから一緒に作ろうよ」

 

「そのつもりだ。お前さんにもその製法を教えるから、一緒に作りに行こうぜ」

 

これから訓練に向かおうとしていたが、装備を強化することも大切だ。 

ファレンが神鉄炉作りに賛成すると、ゆきのへはその詳しい製法を教える。

神鉄炉は今ある炉を鉄で補強して、より高熱に耐えられるようにした物だった。

鉄を使うことで黒く輝くようになり、かっこいい見た目になる。

鉄さえあれば加工出来るので、素材集めに向かう必要はなかった。

 

「それなら、今ある素材で作れるね。さっそく作業部屋に行こう」

 

「神鉄炉を作ったら、そのまま鋼の武具も作ってしまおうぜ」

 

神鉄炉が出来たら、そのまま鋼の装備も作って全員に配る予定だった。

ファレンとゆきのへは作業部屋に入り、鉄を取り出して今ある炉で溶かす。

鉄が溶けると、2人は炉を作業しやすい場所に移し、周囲を鉄で補強していった。

炉はかなりの大きさなので、それを強化するためにはかなりの鉄が必要になる。

しかし、以前ゆきのへたちとたくさん集めていたので、なくなる気配はなかった。

2人で作業しているので長時間はかからない内に、黒く輝く神鉄炉が出来上がる。

熱がよりこもるように、金属を出し入れする穴には扉もつけた。

 

「結構な鉄を使ったけど、これで神鉄炉が出来たね」

 

「先祖から伝わった究極の炉を、この目で見るとは思わなかったな。生きてる間にこの時が来てよかったぜ…!」

 

人間が物を作る力を失い、存在は伝えられていても先祖たちは見ることが出来なかった神鉄炉。

それを自分の力で作り出すことができ、ゆきのへは感銘を受けていた。

神鉄炉を一通り眺めた後、彼は鋼の作り方を説明し始める。

 

「それじゃあ、お前さんに鋼の作り方を教えるぜ。鋼を作る時には、まず鉄を一度溶かして延べ棒状にした鉄のインゴットを作る。それをさらなる高熱でもう一度溶かせば、鋼になるんだ」

 

「そんな感じなんだ。早く武器も作りたいし、やってみるよ」

 

ゆきのへの話した鋼の作り方は、ファレンの記憶の中にあるものと一致していた。

説明を聞くと、彼はさっそく新しい鉄を神鉄炉の中に入れて、扉を閉めた中で石炭を燃やして溶かす。

鉄が溶けると、2人はまずそれを延べ棒状に加工し、鉄のインゴットを作った。

鉄のインゴットはすぐに再び炉に入れられ、さらなる高熱を与えられる。

鋼を作っている間、ゆきのへは山奥の城塞のことを話した。

 

「そういえばレゾンから聞いたぜ、お前さんメルキド山岳の奥にある壊れた城塞に行ったことがあるんだってな?」

 

「うん。どうやらあの中では、人間同士が殺しあってたみたいだね」

 

レゾンは山奥の城塞のことを、町のみんなにも伝えていた。

ファレンには人々がどんな心情だったか想像もつかないが、魔物が侵入できないのに人間が減っていき、骨だらけになっていたので、殺しあっていたのは間違いなかった。

ゆきのへは、彼の先祖もあの城塞で暮らしていたと話す。

 

「やっぱりそうだったのか…ワシの先祖もあの城塞で暮らしていたが、悲惨な状況だったらしいぜ。お互いがお互いを信じられなくなり、やがては自分たちが作った武器を取り合ったそうだ」

 

そこで、ゆきのへは以前ファレンとロロンドが否定したはずの、ゴーレムの話を持ち出した。

 

「そんな人間を見て、守り神だったゴーレムはどう思っただろうな…もし本当にゴーレムがメルキドを滅ぼしたんだとしたら、その辺りに理由があるのかもしれん」

 

「お互いを殺し合う人間に絶望して、メルキドを滅ぼしたって感じか」

 

「ゴーレムの話も本当かは分からねえから何とも言えないが、その可能性もあると思ったぜ」

 

ゴーレムが城塞の中にいたならば、人間たちの殺し合いを目の前で見たことになる。

ゴーレムが人間に絶望するのも無理はない話だった。

改めて考えると、守り神だったはずのゴーレムがメルキドを滅ぼした可能性も否定は出来ない。

しかし、やはりその場を直接見たわけではないので断言は出来なかった。

いろいろ考え込んでいるうちに、鉄のインゴットが溶けて鋼となる。

 

「まあ、ゴーレムの話はともかく、そろそろ鉄のインゴットが溶けてきた。これで鋼の装備が作れるはずだ」

 

「相手がゴーレムだったとしても、戦わないといけないからね。まずは剣を作ってみるよ」

 

たとえゴーレムが本当に人間の敵だったとしても、倒さなければならないのは変わりない。

ファレンたちは炉から鋼を取り出し、それぞれ金床の上で剣の形を作っていった。

金属製の武器作りには2人とも慣れているので、あまり時間をかけずに綺麗に作ることが出来る。

鋼の剣は鉄の剣より輝きが増しており、より切れ味も鋭そうだった。

 

「これが鋼の剣か…輝いてて、鉄の剣よりも強そうだね」

 

「これならどんな強力な魔物でも斬り裂けそうだな。せっかくだ、全員分作ってしまうぞ」

 

メルキドの町には剣を使って戦う者が4人いる。

これで2つ出来たので、彼らは残りの2人分も作り始めた。

すると、訓練を一度休憩しに来たのか、ケッパーも作業部屋の中に入ってくる。

 

「ファレン、ゆきのへ、ここにいたんだね。どうしたんだ、その黒い炉は?」

 

「神鉄炉っていうらしいんだ。これを使えば鋼が加工出来るから、今は鋼の剣を作ってる」

 

部屋の中に見知らぬ炉があり、ケッパーは驚いている。

ゆきのへは自分の作った鋼の剣を持ち上げると、彼に渡しに行った。

 

「これが出来上がった鋼の剣だ。鉄の剣より鋭いし、これからはこれを使って戦ってくれ」

 

「確かにこれは強そうだね…ありがたく貰っておくよ。そうだ、僕からも装備に関する頼みがあるんだけど、いいかな?」

 

ケッパーは鋼の剣を受け取ると、しばらく刀身を眺めてから背中にかける。

今丁度武器を作っているところなので、ファレンたちは快く頼みを引き受けた。

 

「もちろんいいぜ。何か思いついたのか?」

 

「最近は魔物の攻撃が激しいからね、せっかく作った装備が壊れることも有り得ると思うんだ。そこで、予備の武具とそれを置くための台を作ろうと思ってるんだ」

 

鋼の剣は頑丈だが、戦いの中で壊れない保証はなかった。

予備の装備を先に作っておけば、その際すぐに新たな物を使える。

 

「確かに予備の武器があった方がいいかもね。それじゃあ、全員分の剣を作ったら予備の物も作るよ」

 

「そうしてくれると助かるよ。僕は今のうちに、装備を置く台を作っておくさ」

 

しかし、まずは今すぐ使う武具を完成させなければならない。

ケッパーは剣や鎧を置く台を木材で作り、ファレンたちはその間にさらに2本の鋼の剣を作っていく。

その際予備の剣や鋼の鎧、盾も作るために、大量の鉄のインゴットを精製していった。

ファレンは先程作った鋼の剣は自分のポーチにしまい、今作った武器をロロンドとレゾンの物とする。

ケッパーは剣を置く壁掛け、鎧を立てる台、盾を置く木箱をそれぞれ2つずつ作っていった。

木材の加工が終わると、彼も鋼の武具作りに参加する。

 

「これで武具を置く台が出来たから、僕も一緒に作るよ」

 

「たくさん作らないといけないけど、3人なら早く終わりそうだからね。一緒に頑張っていこう」

 

ケッパーも銅の剣を自分で作っており、金属加工の経験があった。

その時の記憶を思い出し、鋼を打って予備の剣や盾、鎧を作っていく。

ファレンやゆきのへには劣ったが、それでも頑丈そうな装備を作っていた。

3人で作業を進めていくことで、次々に鋼製の武具が出来ていく。

しかし、作業も残り少しとなったところで、ロッシも部屋の中に入ってきた。

 

「何か大きな音がすると思ってたら、みんなで武器を作ってたのか。って、何だ、そのとんでもない炉は?」

 

「鋼を加工出来る神鉄炉って奴だよ。これで、みんなの武器を新しくしようとしてるんだ」

 

ロッシも神鉄炉を見て、先ほどのケッパーと同じような反応をしていた。

ファレンの説明を聞くと、彼は少し不安げな表情になる。

 

「それはまた、すごい物を作っちまったな…。オレは何度も忠告したぜ、町を発展させすぎると魔物に目をつけられるって…」

 

「そんなもんは百も承知だぜ。だから、魔物が襲って来ても大丈夫なように装備を強化してるんだ」

 

ロッシは町の発展を警戒する魔物に襲撃され、町が壊滅することを恐れていた。

しかし、ファレンたちは武器を鍛えればどんな魔物にも勝てると希望を抱いている。

何が待ち受けていようと、町の発展を止める気はなかった。

 

「魔物だけならまだいいんだ…力をつけすぎるとあの化け物が…とはいえ、もう手遅れか」

 

「ゴーレムの話か…僕も、ありえなくはないと思ってるよ」

 

ロッシは未だにゴーレムがメルキドを滅ぼしたという話を信じているようだった。

ゆきのへの話を聞いたことで、ファレンも否定はしない。

もう町の発展が止まらないことも見込んで、ロッシは一つ頼み事をしようとして来た。

 

「奴が来た時のために、オレから一つ頼みたいことがある。少しいいか?」

 

「僕たちは武器を作ってるから、後にして欲しい。ちょっと待ってて」

 

「もうすぐ予備の装備も完成するし、後は2人で大丈夫だぜ。大事な設備かもしれねえし、聞いてやれ」

 

鋼の武具はもうすぐ必要な分が揃うので、ゆきのへとケッパーだけでも十分作ることが出来た。

ゆきのへの言葉に従い、ファレンはロッシの頼みを聞く。

 

「分かった。それじゃあロッシ、頼みって言うのは何?」

 

「聞いてくれてありがとうな。外に作りたいものだからな、こっちで話すぜ」

 

ロッシは作業部屋を出て希望の旗の近くに向かい、ファレンはそれについて行く。

立ち止まると、ロッシは服のポケットから一枚の紙を取り出した。

紙には、上にかがり火が置かれ、石の階段とツタで登れる小さな土の塔が描かれている。

 

「これはオレが作った見張り台の設計図だ。これを使えば遠くの魔物の様子が見られるからな…手遅れになる前に作りたいと思ってる」

 

あまり高くはないが、魔物の襲撃を早急に気づくには十分な大きさだった。

土とツタは既に持っており、石の階段とかがり火も石材で作ることが出来る。

ファレンはロッシに土を積ませ、自身は階段とかがり火を作りに行った。

 

「確かに便利そうだね。これくらいならすぐに作れるし、ロッシは土とツタを置いて。僕は階段とかがり火を作って来るよ」

 

ロッシに土とツタを渡し、作業部屋へと戻っていく。

部屋の中では、ゆきのへとケッパーが鋼の装備作りを続けていた。

 

「戻ってきたね、ファレン。ロッシの頼みって何だったんだ?」

 

「魔物の襲撃を早く気づける見張り台作りだよ。僕はそこに置く階段とかがり火を作りに来た」

 

「そうだったんだ。見張り台が出来たら、僕も魔物を監視するよ」

 

衛兵であるケッパーは、見張り台での魔物の監視を請け負おうとする。

彼は、前のファレンとロッシの会話を不思議にも思っていた。

 

「それはそうと、さっきのロッシの話はどう言うことなんだろう?ゴーレムは、メルキドの守り神だったって聞いたことがあるけど」

 

ケッパーもゴーレムに関する多少の知識はあった。

ファレンが答える前に、隣で作業しているゆきのへが手を止めて山奥の城塞の惨劇について話す。

 

「お前さんは初めて聞くかもしれないいが、メルキド山岳の奥には壊れた城塞があってな、そこでは人間同士が殺しあっていたんだ。これはあくまで仮説だが、目の前で殺し合いを始めた人間に絶望して、ゴーレムがメルキドを滅ぼしたんじゃないかとワシは思ってる」

 

「僕の先祖が暮らしていたから城塞のことは知っていたよ。強固な城塞がどうして滅びたかは疑問だったけど、そんなことがあったんだね…。ゴーレムのことも考えられなくはないかもな」

 

ケッパーは城塞の話を先祖から聞いていたが、滅びた理由までは聞いていない。

守り神が滅ぼしたというのは矛盾した状況であるが、現実味を帯びてきた。

ゴーレムが来てもすぐに気づけるように、ファレンは見張り台作りを進める。

 

「僕もそう思ってる。いつゴーレムが来てもいいように、まずは見張り台を完成させるよ」

 

石材を工具を使って削り取り、階段や火を灯す台を作っていく。

ゆきのへたちもゴーレムとの戦いも見据えて、武具作りを再開していった。

階段はおおきづちの台所、かがり火は庭園にあるのと同じ物を作る。

石の加工は慣れているので短時間ででき、最後に石炭を燃やして火をつけると作業部屋を出て、ロッシの元に持っていった。

彼は既に土とツタを置いており、ファレンの到着を待っている。

 

「作ってきたみたいだな、ファレン。後は階段とかがり火を設計図の場所に置いてくれ」

 

「うん。すぐに出来るから待ってて」

 

ファレンは階段を置きつつ、それを登って塔の上へと向かった。

最上段に着くと、最後にかがり火を置いて見張り台を完成させる。

出来上がった台を見て、ロッシは大声で喜んでいた。

 

「よし、これで見張り台が出来たな!手間かけさせて悪かったな、ファレン」

 

「手間だなんて思ってないよ。これから結構役立ちそうだからね」

 

魔物やゴーレムが襲って来ても、早めに発見すれば損害を減らせる。

ショーターの話を聞いてからファレンたちは、メルキドを支配する魔物の親玉は8体の悪魔の騎士だと考えていた。

しかし、ここに来てゴーレムである可能性が高まってくる。

 

「それなら良かった。ロロンドは言ってたぜ、メルキドを解放するには魔物の親玉を倒さなきゃならねえってな…恐らくゴーレムこそが、その魔物の親玉に違いない。人間がゴーレムに勝てる気はしない…オレは逃げる準備をしておくぜ」

 

「そんなのやってみないと分からないよ。ゴーレムがどんなに強くても、僕は戦って倒す」

 

ゴーレムの強さはファレンにもロッシにも未知数だった。

だが、どんなに強敵だったとしても、ファレンは戦いを止める気はない。

 

「お前ならそう言うと思ってたぜ…どうしてもと言うのなら止めねえが、逃げる準備もしておけよ。それじゃあ、オレはそろそろ部屋に戻るぜ。今日は本当にありがとうな」

 

そう言うと、ロッシは歩いて自分の個室に戻り、中で休む。

忠告はありがたかったが、ファレンはどうしても逃げる気にはならなかった。

彼はロッシが戻っていくのを見た後、ケッパーたちのいる作業部屋に入る。

2人の作業によって、予備も含めた全員分の鋼の剣と盾、鎧が出来ていた。

 

「見張り台も出来たんだね。こっちも、みんなの分の鋼の武具が出来たよ」

 

「これで全員鋼を使って戦えるね。予備の武器はどこに置くんだ?」

 

メルキドの町には、予備の武器を入れておくための武器庫はない。

新たな建物を作ることも考えたが、ケッパーは着替え部屋に向かった。

 

「鎧を替えるのも着替えだからね、着替え部屋に置こうと思うよ。ファレンとゆきのへは、みんなに武器を配ってて」

 

「分かったよ。こっちは任せて」

 

着替え部屋には空いた空間が多く、予備の武具を置くことも出来た。

ケッパーが着替え部屋に行った後、ファレンとゆきのへは訓練しているレゾンや、メルキド録を読んでいるロロンドに新たな装備を渡す。

装備を渡した後は、鋼と鉄の蠍が落とした角を使って、強固なウォーハンマーも作った。

メルキドの魔物の親玉を倒すための準備は、着実に進んでいた。



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1-33 騎士たちともう一人の長老

鋼の武具や見張り台を作った翌日、ファレンは昨日の疲れからみんなより遅く目覚め、町の中へと出ていく。

見張り台が出来たことで、ケッパーはその上から周囲の様子を監視していた。

ロッシは不安になっていたが、まだ魔物たちやゴーレムが攻め込んで来る気配はない。

ファレンが町の中を歩いていると、自室から出てきたロロンドが話しかけてくる。

 

「おお、お主も起きて来たようだな、ファレン!実は今日、町の守りをさらに固められそうなのだ」

 

「この前言ってた鋼の守りの作り方が分かったのか?」

 

ロロンドの手には、設計図と思われる大きな紙があった。

彼はうなずくと、紙を大きく広げてファレンに見せる。

 

「ああ。寝る間も惜しんでメルキド録の解読を進め、今朝作り方が分かったのだ。今まで吾輩は具体的な形にするための設計図を書いておった」

 

「そうだったんだ。結構大掛かりな防壁だけど、その分強そうだね」

 

設計図の防壁には、石垣やトゲ罠、火を吹く石像だけでなく、鋼で出来たバリケードや大型の扉も描かれていた。

石垣の高さも2段から4段に増えており、トゲ罠の数も多くなっている。

石の守りも十分強力だったが、それ以上の防御力が見込まれた。

悪魔の騎士の攻撃を受けても、簡単には壊れそうにない。

 

「お主もそう思ってくれるか。これほどの防壁を吾輩たち2人で作るのは難しいからな、みんなのことも呼んで来ようと思う。お主も手伝ってくれるか?」

 

「もちろん。僕は戦いの練習をしてるみんなを呼んで来るよ」

 

石の守りの2倍以上の大きさなので、ファレンとロロンドだけでは作るのに何日もかかる。

早く完成させるためには、町のみんなの協力が不可欠だった。

ファレンはロロンドと別れ、町のはずれで訓練をしているケッパーたちを呼びに行こうとする。

しかしその瞬間、旅の扉の方から誰かが走ってくる音がした。

 

「ん…?誰だろ?」

 

「みんな、大変だよ!私たちの里にたくさんの魔物が近づいて来てる」

 

すぐに振り向くと、ファレンたちの立っているところにフレイユが駆け込んで来る。

人間に寝返ったと魔物たちに目をつけられたおおきづちの里への襲撃は、やはり一度では済まなかった。

しかし、おおきづちの里には避難所があり、兵士たちは鉄の鎧を装備している。

救援を頼みに来るほどの苦戦は、ファレンには想定外だった。

 

「そうなのか…でも、避難所も鎧もあるのに、そんなに苦戦しているのか?」

 

「避難所のおかげで戦えないみんなは無事だよ。でも、魔物の中に凄まじい力を持つブラウニーがいて、兵士たちが危ないの。ファレン、助けに来てくれる?」

 

「そんなのがいるのか…みんなにはよく世話になってるし、もちろん行くよ。一緒に魔物を倒しに行こう!」

 

多くのおおきづちは無事だとしても、兵士たちの命も救わなければならない。

鋼の守りを作りに行く気でいたが、それは後回しにするしかなかった。

ロロンドも、おおきづちたちの援護を優先するように言う。

 

「鋼の守りについては吾輩たちに任せてくれ。ここにも魔物が来ないか監視しつつ、作っていこうと思う」

 

「分かった。じゃあ、さっそく行ってくるよ」

 

以前のようにおおきづちの里と同時に、メルキドの町が襲撃を受ける恐れもある。

なるべく多くの戦力をつぎ込みたいが、ロロンドたちはここに残すしかなかった。

しかし、共におおきづちの里で戦ったことのあるレゾンは、ファレンたちと向かおうとする。

 

「待ってくれ。この前も一緒に戦ったからな、俺も救援に行くぜ!」

 

「レゾンがいたら心強いよ。みんなで、おおきづちの里を救いに行こう」

 

「2度も助けてくれて、本当にありがとう。厳しい戦いになるかもしれないけど、必ず勝とう!」

 

ゆきのへやプレーダが新たに仲間に加わったので、レゾンを連れていっても大丈夫だとファレンは判断する。

フレイユがそう言うと、彼女を先頭に3人は旅の扉に入り、おおきづちの里へと向かっていく。

里に入るとすぐに、おおきづちと魔物たちが戦っている音が聞こえてきた。

案内所や避難所はまだ無事であり、3人は奥の方へと向かっていく。

 

「避難所に近づく魔物はまだいないね…でも、兵士たちが囲まれてる」

 

「さっき言ったブラウニーに多くの戦力を割いたから、他の魔物は少数で対処してるの。あの部隊が一番追い詰められてるから、助けに行こう」

 

里の中央部で戦っているおおきづちの数は以前より少なく、兵士長ポルドの姿もなかった。

フレイユが指さした方向では、3体のおおきづちが多数の骸骨やキメラ、鎧の騎士に襲われている。

彼らの顔にはいくつもの傷がついており、鎧も壊れかけていた。

ファレンは3体のところに向かい、鎧の騎士に鋼の剣を振り下ろす。

 

「みんな、助けに来たよ。結構強い魔物もいるけど、一緒に倒そう!」

 

「ファレン、来てくれたんだな!危ないところだったが、助かった。フレイユも、呼んできてくれてありがとう!」

 

背後から強力な一撃を受けた鎧の騎士は怯み、彼はその間に他の個体にも攻撃を仕掛ける。

この場に鎧の騎士は4体いたが、ファレンとレゾンがそれぞれ2体ずつ引きつけた。

フレイユは骸骨とキメラを何体か叩きつけ、弱ったおおきづちを狙う魔物の数をさらに減らす。

 

「こっちこそ間に合って良かったよ。私も何体か倒すから、君たちは残ったのと戦って」

 

傷ついた兵士たちも、少しの魔物となら十分戦うことが出来た。

フレイユや兵士たちは、骸骨の足やキメラの羽を叩き割り、動きを弱らせていく。

彼らの攻撃では鉄の鎧を突き破ることは出来ず、少数になったので顔への攻撃も避けられていた。

 

「人間やおおきづちが少し増えたところで、お前たちは勝てないぞ!」

 

「その顔を叩き斬ってやるぜ!」

 

骸骨は大声で叫んで思い切り剣を振り下ろしているが、鍛えられたおおきづちの兵士たちには当たらない。

ハンマーでの反撃を受けて、彼らの骨はだんだん砕けていった。

骨が砕けると動きは鈍り、フレイユたちはさらに追撃していく。

すると骸骨たちは身体を支えられなくなり、倒れて動けなくなっていた。

 

「おのれ…おおきづちごときにやられるだと…?」

 

「君たちが思ってるほど、私たちは簡単に倒せないよ!」

 

彼らが体勢を崩すと、フレイユは頭蓋骨を叩き潰し、とどめをさしていく。

キメラも羽を損傷し地面に落ちたところで集中攻撃され、少しずつ数を減らしていった。

鎧の騎士と戦っている2人も 、新たな武具を手に入れたことで善戦している。

ファレンは空飛ぶ靴で攻撃をかわしつつ背後にまわり、鋼の剣を叩きつけていった。

 

「さすがの切れ味だね…硬い鎧でも簡単に斬り裂けるよ」

 

「空中で跳べる上に鋭い剣とは、なかなかの強さだな、人間め…!」

 

「だが、我が軍団はその程度では倒せん!お前たちも、この人間を攻撃するんだ!」

 

2体の鎧の騎士が相手でも、ファレンは攻撃を受けることはなかった。

追い詰められた騎士たちは、他のおおきづちの部隊と戦っている仲間のことを呼ぶ。

すると、新たに2体の鎧の騎士がファレンのところに迫ってきた。

 

「このおおきづちどもはもう死にかけだ…後は、骸骨たちに任せるぞ」

 

「人間め、我らに逆らったことを悔いるがいい!」

 

騎士たちは油断しているようだが、彼らと戦っていた2体のおおきづちは、敵が骸骨とキメラだけになると少しずつ体勢を立て直す。

ファレンは4体に囲まれないよう、集中攻撃してまず1体倒そうとしていった。

 

「囲まれたらまずいね…先にこいつだけでも倒そう」

 

大きく飛び上がって斧を確実にかわし、勢いをつけて剣を叩きつける。

空中から剣を振り下ろすとより威力は高まり、鎧には深い傷がついていた。

鎧の騎士は回避力は低いので避けることは出来ず、傷は大きくなっていく。

 

「人間め…お前たちが世界を取り戻すなどあってはならん!」

 

「そんなことを言われても、僕は町作りを止めないよ!」

 

騎士は怒り狂って斧を振り回すが、それでもファレンには当たらない。

彼は背中にまわると、鎧の傷に鋼の剣を突き刺し、身体の奥まで斬り裂いていった。

体内にまで深い傷を負った鎧の騎士は、生命力を失って消えていく。

もう1体の鎧の騎士にも、ファレンはすぐさま攻撃を始めていった。

 

「後は君たち3体だね…同じように倒して、この里を救う!」

 

「ここまで我らと戦えるとはな…だが、いつまで持つかな…?」

 

近づいて来た2体も加わり、鎧の騎士たちはファレンを囲んで倒そうとする。

さすがに3体の攻撃はかわしきれないので、鋼の盾も使って斧を防ぎ、背後からの攻撃を続けていった。

鋼の盾は鎧の騎士の斧では傷一つつかず、逆に攻撃を弾かれた彼らは動きを少しの間止める。

ファレンはその隙も利用して、確実にダメージを与えていった。

 

「この盾も硬いな…だが、我らが負けることなど…!」

 

鎧の騎士も抵抗を続けるが、彼らは鋼の武具を破れず、追い詰めらていく。

全身を何ヶ所も大きく斬られた彼らは、1体ずつ力尽きて倒れ、光を放って消えていった。

ファレンが4体の鎧の騎士を倒している間、レゾンは2体を相手していく。

 

「魔物の身でありながら人間に味方するとは…。お前のような恥さらしは、ここで消えてもらう!」

 

「消えるのはお前たちの方だぜ。この里に攻め込んだことを後悔しな!」

 

おおきづちたちもレゾンも、鎧の騎士からしたら人間に寝返った裏切り者でしかない。

骨を叩き割ろうと、彼らはレゾンの頭に斧を振り下ろしていった。

しかし、レゾンは剣と盾で両者の攻撃を受け止め、力をこめて弾き返していく。

元々高かった彼の攻撃力は、町での訓練や戦いの経験でさらに上がっていた。

鎧の騎士たちは体勢を崩し、レゾンはその隙に剣を突き刺していく。

一撃では倒れないが、攻撃を続けることで、ダメージを重ねていった。

弱っていくと、弾かれた時にすぐに立て直すことも出来なくなり、大きな隙を晒す。

 

「そろそろ終わりだな。お前たちを真っ二つにしてやるぜ!」

 

そこでレゾンは回転斬りを放ち、残った生命力を奪いとっていった。

鎧の騎士が倒れると、彼は骸骨やキメラと戦うおおきづちたちの援護に向かう。

6人で戦いを進めたことで、魔物の群れは全て倒すことが出来た。

 

「これでここの魔物たちは倒せたね。数が多かったし、鋼の武器があって良かったよ」

 

「すごい強さだったよな。この調子で、他のおおきづちたちも助けに行くぜ!」

 

しかし、一部隊を救うことは出来たが、里にはまだ多くの魔物がおり、強力なブラウニーと戦っている兵士たちの様子はここからは見えない。

鎧の騎士がいなくなったことで、2体のおおきづちは重傷を負いながらも骸骨やキメラを弱らせ、家の近くではラグナーダも大きなハンマーで魔物を叩き潰していた。

ファレンたちはブラウニーの元に向かおうとするが、その前にフレイユが声をかけてくる。

 

「あの3人も結構苦戦してるみたい、助けに行こう」

 

「あれは…マレスたちか。確かに追い詰められてるし、行かないとね」

 

フレイユの見ている方向には、マレスたちの姿があった。

以前は魔物との戦いを恐れて隠れていた3人も、今は立派に兵士として戦っている。

しかし、彼らは8体の死霊の騎士と4体の骸骨に狙われ、苦戦していた。

ファレンたち6人はマレスたちのところに向かい、魔物たちを引き付けていく。

 

「君たちも、今日は戦ってくれてるんだね。僕たちも一緒に戦うから、この骸骨たちを倒そう」

 

「オレたちも怖いけど、もう逃げたりしないよ。助けてくれてありがとう、これなら勝てるぜ!」

 

ファレンは剣を構えて走り、素早く死霊の騎士の背骨を斬り裂いた。

ファレンたちが救援に来た後も、マレスたちは逃げようとはしない。

体勢を立て直すと、他の死霊の騎士に向かってハンマーを振りかざしていった。

臆病で建物に隠れていた時の姿は、もう見る影もない。

 

「あんなに怖がっていたのに、3人とも成長したね」

 

「ここまで成長してくれて私も驚いたよ。私たちも、骸骨たちをやっつけましょう」

 

ファレンとフレイユは、マレスたちの成長を見ながら死霊の騎士と戦っていく。

ファレンとレゾンは2体ずつ引き付け、フレイユとマレスたちは1体ずつを相手していった。

骸骨たちに関しては、先ほど助けたおおきづちの兵士たちが戦っている。

骸骨系の魔物に対しては、足を攻撃して体勢を崩させるのが有効だ。

ファレンは死霊の騎士の剣を体勢を下げてかわし、足元に鋼の剣を叩きつけた。

 

「結構硬いけど、この剣なら十分効いてるね」

 

以前ピラミッドで戦った死霊の騎士は、鉄の剣では歯が立たなかった。

しかし、こちらの個体の方が防御力が低いこともあり、鋼の剣を使うことで大きなダメージを与えられていた。

何度も剣を当てていくと、死霊の騎士の足の骨は削れていき、身体の重さを支えるのが困難になる。

 

「人間め…足を狙って転ばせて来る気か…!」

 

「でも、オレたちはただの骸骨のようにはいかねえぜ!」

 

骸骨よりも上位の存在なので、身体が不安定になってもそう簡単には倒れない。

死霊の騎士はファレンを狙って下への攻撃に集中するが、彼は鋼の盾を使って弾き返す。

攻撃力が高いのでかなりの痛みが起こったが、盾自身には傷がつかなかった。

ファレンは痛みをこらえて剣を振り回し、死霊の騎士が倒れるまで足の骨を攻撃する。

骨が残りわずかになると、彼らはさすがに体勢を保つことが出来ず、崩れて地面に叩きつけられた。

 

「なかなか倒れなかったけど、これで終わりだね」

 

ファレンは力を溜めて倒れ込んだ死霊の騎士の頭蓋骨や背骨に剣を振り下ろし、砕いて倒していった。

マレスたちもハンマーで足を攻撃し、体勢を崩させて叩き潰す。

死霊の騎士の攻撃で鉄の鎧にはひびが入っていたが、まだ砕けるほどではなかった。

フレイユが最初に死霊の騎士を倒し、他のおおきづちたちの援護にも行く。

レゾンを相手している死霊の騎士たちは、相手が普通の骸骨と言うことで油断して戦っている。

 

「ただの骸骨がオレたちと戦おうなんて百年早いぜ!」

 

「力の差を見せつけてやる!」

 

「それはどうだろうな。勝つのは俺の方だぜ!」

 

レゾンは再び両腕で敵の攻撃を防ぎ、身体に力を溜めて弾き返していく。

厳しい訓練を続けた彼の身体は、多くの魔物の力を上回っていた。

死霊の騎士たちが体勢を崩し、地面に叩きつけられると、鋼の剣で骨を貫いていく。

 

「くっ…骸骨のくせに、ここまでの力を持っているだと…?」

 

「所詮は人間に寝返った存在だ…それでもオレたちは負けねえ!」

 

死霊の騎士たちは立ち上がって反撃しようとするが、レゾンの攻撃を回避するほどの素早さは持っていない。

再び倒され、そこで強力な追撃を加えられていった。

鋼の剣での攻撃を受け続け、死霊の騎士は重なるように消えていく。

骸骨たちもおおきづちたちに倒され、里を襲っている魔物はかなり減っていた。

 

「これで骸骨たちも倒れたね。後は、さっき言っていた強力なブラウニーか」

 

「あれは他の魔物とは別格の強さを持っていたよ。ここまで来て負けたくないから、気をつけていこう」

 

「もう逃げる気はないし、僕たちも行くよ」

 

ファレンたち9人は、魔物の隊長と思わるブラウニーの元に向かおうとする。

その時、里の奥の方からいくつも傷を負ったポルドが走ってきた。

 

「長老、ファレン…!こちらは懸命に戦っているが、被害甚大だ。それと、魔物たちを従えるブラウニーの正体が判明したぞ」

 

ラグナーダは目の前にいた魔物を倒し終えており、ポルドの方を向く。

彼もずっと家の前で戦っていたものの、メルキドの町に向かうフレイユの話を聞いて強力なブラウニーのことは知っていた。

ファレンたちもラグナーダの元に向かい、隊長のブラウニーの正体を聞いた。

 

「何なんだ、ブラウニーの正体って?」

 

「お前には知らせてなかったが、俺たちおおきづちはよく知っている相手さ。…ラグナーダ長老と長老の座をかけて争った相手、アルドーラだ」

 

その名前を聞いた瞬間、ラグナーダやおおきづちたちは驚きの表情をしていた。

ファレンもそこで、初めて会った時ラグナーダが投票で長老に選ばれたと言っていたことを思い出す。

選挙が行われたのなら、当然争った相手がいるはずだった。

 

「強力なブラウニーと聞いてまさかとは思ったが…やはりあやつだったか」

 

「ラグナーダに負けて長老になれず、それで離反してブラウニーになったのか」

 

「そのようだな。奴は強い…早くしないと里は終わりだ、一緒に戦いに行くぞ」

 

ポルドは走り出し、兵士たちとアルドーラが戦っているところに向かう。

ラグナーダは戦士としても強力で、アルドーラも同格かそれ以上の強者であることは間違いない。

ポルドに傷をつけたことからもそれは分かるが、戦わなければ里は滅ぼされるのみだった。

ファレンたちはポルドについて行き、里の奥へと向かう。

するとそこには、多数のブラウニーや鎧の騎士と共に、他の個体の倍以上あるとも思われる巨大なブラウニーがいた。

 

「あれがアルドーラか…他の魔物よりかなり強そうだね」

 

「あやつの実力は本物じゃ。お主も気をつけるのじゃぞ」

 

アルドーラの側では、10体近くのおおきづちが大怪我を負っており、中には倒れて動けない者もいた。

すぐに殺されてもおかしくはないので、ファレンたちはより急いで走る。

ラグナーダの姿を捉えると、アルドーラは攻撃の手を止めて不敵な笑いを浮かべた。

 

「やはり来たか、ラグナーダ…魔物の身にありながら、人間に寝返った元長老…」

 

「久しぶりに会うな、アルドーラよ。姿は見なかったが、お主がブラウニーの指導者だったのじゃな」

 

今までブラウニーとの戦いは幾度となくあったが、アルドーラが現れたのは初めてのことだった。

ブラウニーの指導者という言葉に、彼の手下のブラウニーは反論する。

 

「違うな、本物の長老だ!人間なんかの味方をするお前と違ってな」

 

「竜王様を裏切ったお前から、長老の座を奪いに来たんだ」

 

ブラウニーたちからするとラグナーダは偽物で、アルドーラこそが長老のようだった。

プレーダは出会った時、ブラウニーにも長老がいると言っていた。

このアルドーラこそが、その長老に違いなかった。

 

「ブラウニーの長老か…じゃあ、ブラウニーたちの毛皮の色を変えたのも?」

 

「その通りだ、人間。ワシはおおきづちの中では珍しく魔法の力が強くてな、それを使って仲間たちの毛皮の色を変えたのだ。ワシらは人間に寝返ったおおきづち共と同じ姿をしているのが、何よりも嫌だったからな」

 

「毛皮の色まで変わったのは謎だったが、そういう理由だったのか」

 

離反したところで普通は毛皮の色は変わらないので、そこはおおきづちたちにとって長い間謎だった。

アルドーラは毛皮の色について話すと、ラグナーダを睨みつける。

 

「長きに渡り人間と協力して来たが、無駄だったようだな。人間もこの世界に必要だと騙るお前も、お前を長老と呼ぶおおきづちどもも、今日この大地から消える。騎士たちが倒されてしまうのは想定外だったが、ワシ自身がお前たちを始末してやろう」

 

「お主に理解出来るとは思わぬが…こちらも、黙って倒される気はない。ファレンたちよ、共に戦うのじゃ」

 

アルドーラは鋭い目つきを続けるが、ラグナーダも怯まず立ち向かおうとする。

ファレンやレゾンにとってもおおきづちたちは大切な仲間で、誰が相手で相手でも負ける気はなかった。

 

「うん。一緒に戦えば勝てるはずだよ」

 

「人間もおおきづちも、この世界には不要な存在だ。お前たちを倒して、ワシが新たな長老となってやる!」

 

「オレたちも一緒に潰すぜ、長老!」

 

「この里もそこに生きる者も、全部ぶっ壊す!」

 

アルドーラは手下のブラウニーたちと共に、ラグナーダたちに殴りかかってくる。

彼のハンマーを振り下ろす速度はかなり早く、ラグナーダは防ぎきれず頭部に攻撃を受けていた。

威力も凄まじいもので、彼の鉄の鎧にはひびが入り、怯んで動きを止める。

 

「くっ…ここまでの強さを得ているのか…!」

 

「今のワシはあの時とは違う。お前ごときには負けない」

 

ファレンはラグナーダを援護しようと鋼の剣を構えて近づくが、アルドーラはすぐに反応し、ハンマーを振り回してきた。

止められる気はせず、ファレンは大きく跳んで後ろに下がる。

広範囲の攻撃だがかわすことはでき、アルドーラは今度はレゾンへと叩きつけた。

 

「これがブラウニーの長老の力か…受け止めるのでやっとだぜ…!」

 

「裏切り者の骸骨め…お前ごときが、ブラウニーを止められると思うな!」

 

レゾンは両腕で受け止めて耐えるが、弾き返すことは出来ず、次第に押されていく。

ラグナーダはその隙に立ち上がり、ファレンも後ろから攻撃を試みた。

しかし、レゾンや彼らの元には、手下のブラウニーたちも近づいていく。

 

「長老には手出しさせねえぜ!」

 

「お前たちは何も出来ずに倒されるんだ!」

 

「こやつらはワシが抑える。お主はアルドーラを攻撃するのじゃ!」

 

ラグナーダはファレンの前に立ち、近づいて来るブラウニーたちを迎え撃つ。

彼のハンマーも広範囲かつ高威力で、敵の身体を薙ぎ払っていった。

防具もないブラウニーたちは、ラグナーダの攻撃を受けて怯む。

しかし彼らも精鋭で、すぐに起き上がって攻撃を再開し、鉄の鎧を叩き割ろうとした。

先ほどの攻撃で破損した部分を狙い、ラグナーダの頭部を潰そうとする。

ファレンは彼のことが気になりつつも、アルドーラに攻撃していった。

 

「せっかくみんなが作ってくれた隙なんだから、無駄にはしない」

 

背後から剣を突き刺し、アルドーラの身体を深くまで斬り裂いていく。

強力な存在とはいえブラウニーなので、防御力はあまり高くなかった。

鋼の剣で強力な一撃を受けて、アルドーラは少し怯む。

だが、すぐに動きを戻し、レゾンを叩き潰そうとしていった。

彼の足元には他のブラウニーもおり、攻撃を受けて体勢が崩れていく。

 

「くそっ…俺もここまでか…?」

 

「骸骨もこの程度の力か。次はお前だ、人間!」

 

レゾンもついに倒れ込み、そこにブラウニーたちが追撃をかけようとする。

アルドーラは即座に振り向き、ファレンに真上からハンマーを振り下ろす。

彼はすぐに避けて側面に跳び、もう一度剣を叩きつけたが、次は薙ぎ払い攻撃が来て、離れざるを得なかった。

 

「攻撃しにくいし…レゾンも危ないな」

 

アルドーラは攻撃をかわされてもすぐに飛びかかり、再びファレンを薙ぎ払う。

このままでは反撃出来ないので、彼は後ろに跳んで薙ぎ払いを回避した後、空中でもう一度跳んで顔面を斬り裂いた。

顔に傷をつけられ、今までのおおきづちとの戦いもあってアルドーラの生命力も少しは削られて来る。

しかし、彼はファレンの剣にもすぐに怯まず、すぐに反撃のハンマーを叩きつけた。

ファレンも攻撃直後にすぐにかわすことは出来ず、鋼の盾で受け止める。

 

「…やっぱりすごい威力だな…!」

 

彼の細い腕だけで防ぐのは困難で、骨が砕け散るような痛みに襲われる。

それでも弾き飛ばされる前に攻撃しようと、右腕の鋼の剣を振り回していった。

何度も身体を斬られ、アルドーラは少しは苦しそうな顔になる。

だが、追い詰めるまではいかず、ファレンは弾き飛ばされて地面に叩きつけられる。

ラグナーダも手下のブラウニーを倒しきれず、レゾンは倒れ込んだところに集中攻撃を受けていた。

 

「あのままだとみんなまずい…俺たちもきついが、引きつけるしかないな」

 

「うん。多少危険でも、このままだとファレンたちが…!」

 

ポルドとフレイユたちも、多くの鎧の騎士と精鋭のブラウニーに囲まれ、戦況が良いとは言えなかった。

しかし、2人はファレンたちの様子を見て、危険を冒すことにする。

ポルドはラグナーダ、フレイユはレゾンを襲っているブラウニーに近づき、殴って引き付けていった。

 

「長老、このブラウニーは俺が引きつける。ファレンと一緒にアルドーラを倒してくれ」

 

「本当に助かったぞ、ポルドよ。敵は強い、お主も気をつけるのじゃぞ!」

 

レゾンも身体中の骨を損傷していたが、フレイユの援護を受けて立ち上がる。

 

「こっちは私が引き受けるから、ファレンのところに行って」

 

「ありがとうな。強い敵の方が燃えるからな…あのブラウニーの長老とやらを斬り刻んでやる!」

 

フレイユはおおきづちの中でもトップクラスの素早さを生かし、ブラウニーたちの攻撃をかわしてハンマーを叩きつける。

鉄の鎧の部分に攻撃を受けることはあったが、数回の攻撃では砕けなかった。

ポルドも多くの魔物に囲まれつつも、攻撃に耐えて強力な一撃を叩き込んでいく。

一気に敵を蹴散らすため、彼は腕に全身の力を溜めていった。

 

「ここは俺たちの里だ。お前たちには渡さんぞ!」

 

力が溜まりきると、片腕でハンマーを持ち素早く3回転させて叩きつける。

強力な攻撃を連続で受けたブラウニーたちは、倒れ込んで動きを止めた。

溜めている間に攻撃を受けてしまったが、それでも使ってよかったと言えるほど威力の高い攻撃だ。

ブラウニーたちが倒れ込むと、ポルドは彼らに向けて何度もハンマーを振り下ろし、とどめをさしていった。

 

「みんな頑張ってるし、オレたちも下がってられないぞ」

 

ポルドたちの援護を受けた時に後退した、傷ついた兵士たちも、弱った魔物を見て再び攻撃に参加してくる。

おおきづちたちの総攻撃を受けて、アルドーラの配下たちはだんだん数を減らしていた。

その間、起き上がったレゾンはラグナーダと共にアルドーラを背後から攻撃し、もう一度両腕でハンマーを受け止めて攻撃の機会を作る。

 

「さっきはよくもやってくれたな。もうお前の部下はいないし、俺が防いでやるぜ!ファレン、ラグナーダ、今のうちに全力を叩き込むんだ」

 

「お前ごとき、ワシ一人で十分だ!」

 

アルドーラだけでも凄まじい力なので、弱っているレゾンは押し返されそうになる。

ファレンとラグナーダは少しでも彼が耐えられるよう、思い切りそれぞれの武器を振り回していった。

今までのダメージが積み重なり、アルドーラの攻撃は弱まってくる。

そこで2人は追撃をかけて、彼の体力を大きく削っていった。

 

「ワシが…ブラウニーが…人間やおおきづちに負けるはずはない!倒れろ、骸骨め!」

 

しかし、怒ったアルドーラの渾身の攻撃を受けて、力尽きかけていたレゾンはついに再び倒れ込んでしまう。

アルドーラはレゾンが動けないのを見ると、再びファレンにハンマーを振り下ろそうとする。

だがその瞬間、アルドーラの身体に強力なハンマーの一撃が叩き込まれた。

 

「危なかったな、ファレン、レゾン!こっちは片付いたぜ!」

 

「あなたの部下はもうみんな倒しかたからね、私たちの里を奪うのは諦めて」

 

ファレンが周りを見ると、すでに配下のブラウニーや鎧の騎士は倒され、アルドーラはおおきづちたちに囲まれていた。

3人では厳しい相手でも、里のみんながいれば倒せる可能性は高い。

アルドーラもそう感じたようで、ハンマーを振り回すことなく大きく後ろに跳んだ。

 

「まさか、我らが人間とおおきづちなどに負けるなど…。だが、今勝ったところでお前たちの破滅は避けられない。せいぜい僅かな平和に喜んでいるといい!」

 

「くそっ…待ちやがれ!」

 

「逃げてまた襲ってくる気か…!」

 

アルドーラは素早く跳び続け、おおきづちの里から去っていく。

ポルドとファレンは追いかけようとしたが、戦いに疲れた彼らには追いつくことが出来なかった。

これで魔物はいなくなり、おおきづちの里には再び平穏が戻った。

しかし、アルドーラにとどめをささなけ限り、ブラウニーとの戦いは終わりそうになかった。



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1-34 長老の過去と鋼の守り

ファレンとポルドはアルドーラを追い続けるが、彼の速度にはついていけなかった。

やがてアルドーラは山岳地帯の奥へと向かい、姿が見えなくなってしまう。

見失ったところで、2人は悔しそうに立ち止まった。

 

「見失ったか…もう少しだったのに…!」

 

「すごい逃げ足の早さだったな…仕方ないが、長老たちのところに戻るか」

 

「そうするしかないか…探しても見つかりそうにないもんね」

 

山岳地帯は広大であり、探したところで見つかる可能性は低い。

今出来ることは一度里に戻り、次なる襲撃に備えることだけだった。

2人は武器をしまい、ラグナーダたちのところに引き返していく。

彼も喜びに満ちた表情はしていなかったが、里は救われたのでひとまず感謝する。

 

「さすがはあやつじゃ…逃げ足も相当なものじゃったな。じゃが、お主たちのおかげで里は救われた、本当に感謝するぞ」

 

「逃がしてしまって本当にすまない…今回は、里のみんなも無事か?」

 

アルドーラを取り逃したものの、ブラウニーの軍勢に大打撃を与えることは出来た。

戦いが終わったことで兵士たちは里の中に戻り、避難所の中のおおきづちも出てきている。

 

「ああ。大怪我を負った者も何人かおるが、犠牲者は誰もいなかったのじゃ。お主の作った設備と救援があったからじゃ…いくら感謝してもし切れぬ」

 

誰の犠牲も出さずに魔物を撃退したというのは、おおきづちにとって初めてのことだった。

里のおおきづちたちは、以前の戦いの後より明るい表情をしている。

 

「敵の長老は倒せなかったけど、そっちはうまくいったね」

 

みんなの無事を聞いた後、ファレンはアルドーラのことについて詳しく尋ねた。

 

「そうだ、おおきづちのみんなは知ってるみたいだけど、いつからアルドーラは里からいなくなったんだ?」

 

「お主も気になっておっただろうな。少し長くなりそうだから、歩きながら話すぞ」

 

ラグナーダは自身の家へと歩き出し、ファレンは後ろからついて行く。

その間、彼は自分とアルドーラの過去について語り始めた。

 

「あやつとワシは昔から真逆の思想を持っていてな、ワシは人間との共存を説き、あやつは人間の徹底的な排除を考えていたのじゃ。そして、お互い譲ることなく、おおきづちの里に伝わる試練を乗り越えて長老に立候補した」

 

「里に伝わる試練って?」

 

「この里の下には広大な地下洞窟があってな、その最深部にたどり着いた者だけが長老になれるという決まりがあるのじゃ。それを乗り越えられるということは、あやつも相当な強者ということじゃな」

 

長老の試練が行われることは滅多にないので、今までファレンにも伝えていなかった。

ラグナーダはその説明をしてから、自身とアルドーラの話に戻る。

 

「ワシも乗り越えたが、かなり命懸けの過酷なものだったな。試練を終えたワシとあやつは、どちらが長老になるべきか里の者に決めてもらうことになった。相当な僅差ではあったが、当時おおきづちたちは他の魔物からいじめられていてな、それを嫌がる者たちの投票でワシが選ばれたのじゃ。ワシが長老になった日の夜、あやつは忽然と里から姿を消した。あやつを支持する者の中には、ワシが殺したという者までいたのじゃ。それからしばらくして離反者のブラウニーが襲って来た時、あやつの姿はなかったからな…ブラウニーとあやつの関係は謎だったが、まさかもう一人の長老になっていたとは思わなかった」

 

「ラグナーダの思想は魔物の中では異端だから、どうしても納得出来なかったのかもね」

 

魔物は数百年の間人間と戦い続けているので、アルドーラはどうしても納得がいかなかったようだ。

相容れない思想を持つ以上、いずれは決着の時が来ることになる。

 

「そのようじゃな。じゃが、ワシはお主を見て思ったぞ、人間や物作りの必要性を信じて間違いではなかったと。あやつは我々の里を潰しに、必ずもう一度襲撃してくることじゃろう。頼んでばかりで悪いが、その時も一緒に戦ってくれるとありがたい」

 

「人間のこと、そう思ってくれるなら嬉しいな。おおきづちたちも大事な仲間だから、もちろん戦いに行くよ。またアルドーラが襲って来たら、いつでも呼んで」

 

アルドーラの強さは悪魔の騎士をも上回り、今までで最強の敵だった。

しかし、おおきづちの里を守るためファレンにも戦う覚悟は出来ている。

 

「本当にありがとう。新しい兵士も募集し、今まで以上に見張りを強化するから、何かあったらすぐに呼びに行くぞ」

 

「そうして。この里を守るために、出来る限りのことはするよ」

 

ファレンはアルドーラの過去を知り、もう一度戦うことを心に決める。

話しているうちに、2人はラグナーダの家の下にまで戻ってきた。

兵士たちもみな里の中心部にまで戻り、レゾンが話しかけてくる。

 

「ファレン、そっちも戻って来たみたいだな。ブラウニーの長老は相当な強さだったが、お前と一緒なら倒せる気がするぜ…俺は一度町に戻ろうと思うけど、お前はどうするんだ?」

 

「僕も町でやりたいことがあるし、レゾンと一緒に戻るよ」

 

レゾンもファレンと共に、アルドーラと決着をつける気でいた。

メルキドの町ではロロンドたちが鋼の守りを作っており、魔物の攻撃を受けている可能性もある。

様子が気になるので、ファレンは戦いが終わったばかりだが、早めに戻る。

 

「じゃあね、ラグナーダ。また今度会おう」

 

「それではな、ファレンよ。お主も気をつけて戦うのじゃぞ」

 

ラグナーダに挨拶をすると、2人は旅の扉を通ってメルキドの町に入った。

町に戻って来ると、外には周りを見回しているエルゾアの姿しかなく、攻撃を受けて壊れた建物も見られなかった。

 

「町は無事か…でも、石の守りがなくなってるな」

 

町の西側に作られた石の守りはなくなっており、作業部屋からは金属を打つ大きな音が聞こえてくる。

みんなで鋼の守りを作っており、新しい防壁を作るために石の守りを取り壊したようだった。

 

「作業部屋ではすごい音がするし、何を作ってるんだ?」

 

「石の守りに代わる新しい防壁、鋼の守りだよ。新しい防壁を置くために今の防壁を取り壊したんだと思う」

 

「そんなのがあったのか。じゃあ、俺たちも一緒に作りに行こうぜ」

 

レゾンは訓練を終えてすぐにメルキドの町を出たので、鋼の守りのことは知らなかった。

鋼の守りは強力な設備であり、これからの戦いにも間違いなく役立つ。

ファレンはうなずくと、作業部屋の扉を開けて中に入っていった。

 

「おお、戻ってきたな、2人とも!こちらには魔物の襲撃はなく、みんなで鋼の守りを作っておったのだ。おおきづちのみんなも無事であったか?」

 

「うん。この前作った避難所と鎧のおかげで、誰も死なずに済んだよ。その鋼は何に使うんだ?」

 

今日は以前とは違い、同時に襲撃はして来なかったようだ。

ファレンはおおきづちたちの無事を報告しつつ、作業部屋のみんなの様子を見る。

すると、神鉄炉で鉄を溶かして鋼を作っており、それを板状にした物を木材に貼り付けていた。

 

「そっちも無事で良かったぞ。吾輩たちはお主たちが出払っている間、作り直すために石の守りを解体し、追加のトゲ罠を作っておったのだ。それらが出来て、今はバリケードを作っておる」

 

「そうだったんだ。戦いで結構疲れたけど、僕たちも手伝うよ」

 

鋼の守りは石の守りよりトゲ罠の数が多いが、追加量はそこまででもなかった。

バリケードは鋼を使っているため強固で、悪魔の騎士でも簡単には破壊出来ないはずだ。

いつでも襲撃が来てもいいように、ファレンたちは鋼の守り作りに加わる。

 

「魔物どもも焦ってる…いつ襲って来てもおかしくないからな」

 

「休んでも構わぬが、それならありがたいな。では、さっそくバリケード作りに取り掛かってくれ」

 

ロロンドも自身の作業に戻り、ファレンとレゾンもバリケードを作り始めた。

まず石の作業台で木材を削り、地面に立てられるような形にする。

それに溶かして精製した鋼を繋げて、強固なバリケードを作っていった。

鋼の守りは攻撃力も防御力も高く、非常に強い防壁だ。

しかし、ファレンには一つ不安なことがあり、ロロンドに相談する。

 

「そういえば、鋼の守りを作ったら火を吹く石像が動かせなくなるけど、横から攻められたらどうするんだ?」

 

「魔物どものことだから壊せると思って突っ込んで来るだろうし、横から来る魔物も少数だろう。だが、少し心配なところではあるな」

 

鋼の守りは火を吹く石像を防壁の内側に置くので、以前のように横から襲って来た魔物を焼き尽くすことは出来ない。

石の守りの時もそうだったが、多くの魔物は破壊出来ると信じて正面から攻撃して来る。

脱出したり横から攻めてくる魔物もいたが、自分たちの力で対処出来るほどの数だった。

しかし、今度もそうなるとは限らず、ロロンドは考え始める。

 

「それなら、鋼の守りの延長上にもバリケードとトゲ罠を置けばいいかもしれぬな。防壁が長ければそれだけ侵入には時間がかかるし、その間にエルゾアの炎で焼き払うこともできようぞ」

 

「それがいいかもね。じゃあ、さらに追加でトゲ罠とバリケードを作ろう」

 

鋼の守りの延長上にもトゲ罠やバリケードがあれば、さらに魔物の侵入は困難になる。

鋼の守りを破ろうとすれば石像に燃やされ、かわそうとしてもエルゾアのギラで焼かれる。

魔物の大軍勢に襲われても、勝てる可能性は高いと考えられた。

 

「それでは、吾輩はみなにもそれを伝えて来るぞ」

 

ロロンドはみんなにもトゲ罠とバリケードを追加することを伝え、全員で大量に作り始める。

銅や鉄はたくさん集めているので、素材不足になることもなかった。

みんなももうすっかり金属加工に慣れており、正確な形で作ることが出来ていた。

ファレンも丁寧に金属を打ち、鋭いトゲ罠や強固なバリケードを多く作っていく。

それぞれ5個くらい作ると、再びロロンドが話しかけてきた。

 

「みんなのおかげで、延長上のバリケードとトゲ罠も大分出来てきたぞ。もうそろそろ十分だから、お主には鋼の大扉を作って欲しい」

 

「設計図の真ん中にあった奴だね。でも、そんなところに扉を置いても使えないと思うけど?」

 

鋼の守りの設計図の中央には、鋼で作られた巨大な扉があった。

しかし、その扉を通って出撃しようとするとトゲ罠の上や石像の炎が当たる場所を通らなければいけないので、使い物になりそうにない。

ファレンが尋ねると、ロロンドは扉としての役割ではないと答えた。

 

「鋼の守りの中央は魔物の攻撃を一番受けやすそうだからな、より守りを強固にしておきたいのだ。巨大な鋼の塊があれば、悪魔の騎士でも破れぬと思っておる。もちろん相当な重さがあるから、魔物ごときに開けることは出来ぬぞ」

 

「防壁として置くってことだね。時間がかかるけど、作ってみるよ」

 

巨大な鋼の塊であれば、強力な魔物でも破壊出来る気はしない。

ファレンはロロンドにうなずくと、大量の鉄を溶かして鉄のインゴットを作り、それらをさらに加熱して鋼へと加工していく。

鋼が出来ると、それを繋ぎ合わせて非常に厚い扉を作っていった。

炉は他のみんなも使っており、一度に準備出来る鋼では完成させることは出来ない。

何回も大量の鋼を作り、少しずつ大きな扉へと変えていった。

みんなはバリケードとトゲ罠を作り終えると、石像やバリケードの後ろに置くための石垣を用意していく。

石垣は石の守りの時にもあったので、みんなは今まで通り石材を砕き、それらを銅で繋ぎ合わせて作っていった。

ファレンやみんなの作業で、だんだん鋼の守りに必要な物が揃っていく。

先にファレンの鋼の大扉が完成し、それから彼も石垣作りに参加していった。

 

「すごい量の鋼を使ったけど、これで大扉が出来たね。みんなも石垣を作ってるし、僕も手伝おう」

 

大金槌でポーチの中の石材を砕き、いくつもの石垣を作っていく。

ファレンは作業部屋の中で、ロッシの近くで作業をしていた。

彼は町を大きくすることに不安を感じながらも、鋼の守り作りを手伝っている。

どうして物作りを続けているのか、ファレンは隣に来て聞いてみた。

 

「そういえばロッシ、これ以上町を大きくしたらゴーレムが来るって言ってたけど、物作りは続けるのか?」

 

「今更止めたところで手遅れだと思うからな…それに、物作りはやっぱり楽しいもんだ。ゴーレムが来たら逃げる気なのは変わらないが、それまでは楽しもうと思ってる」

 

ロッシは未だに、ゴーレムに勝てるとは思っていない。

しかし、ゴーレムが来るまではまだ猶予があるので、その間は町に残るつもりだった。

 

「そう思ってたのか。ゴーレムがいつ来るかは分からないけど、それまでは物作りを頑張っていこう」

 

「そのつもりだぜ。この鋼の守りとやらも、楽しみながら完成させよう」

 

石垣を作っていくロッシの表情は、とても楽しそうなものだった。

ロッシだけでなく、他のみんなも、町での生活や物作りを楽しんでいる。

それを見ていると、たとえどんな強敵であったとしても、ゴーレムを倒したいとファレンは思った。

ゴーレムやそれ以外の魔物にも備えるため、彼らは石垣を次々に作っていった。

昼過ぎになると、必要な数の石垣が揃い、ロロンドが立ち上がる。

 

「おお、これで鋼の守りを完成させるための石垣も出来たな。他の物もあるし、町の西にさっそく作りに行こう」

 

「うん。魔物がいつ来るかは分からないし、早めに作らないとね」

 

「では、吾輩が先に作る場所に向かうから、お主たちはついて来てくれ」

 

鋼の守りを今のうちに作っておけば、いつ魔物が来ても対応出来る。

ファレンたちはそれぞれの作った物を持ち、ロロンドについて行き町の西へと向かう。

以前石の守りがあったところまで来ると、ロロンドはみんなに指示を出した。

 

「この前はここに石の守りを作ったし、鋼の守りもここに作るぞ。まずは防壁の内側にトゲ罠とバリケードを置き、それから外側に石垣と石像を置こう。設計図を見せるから、その通りに置いてくれ」

 

「分かった。結構多いけど、みんなで置けばすぐに終わりそうだね」

 

ロロンドは設計図を地面に広げて、みんなはそれを見て作った物を置いていく。

石像を置いてから防壁の中に立つと焼かれてしまうので、先に中のトゲ罠とバリケードを置いていった。

中の設備が出来ると、今度はロロンドたちは石垣を高く積んでいく。

石の守りは2段の高さだったが、鋼の守りは4段もの高さになっていた。

みんなが石垣を積み上げる間に、ファレンは火を吹く石像と鋼の大扉も設置する。

大人数で組み上げたことで、あっという間に鋼の守りは完成していた。

 

「これで設計図の鋼の守りは完成したな、助かったぞみんな!忙しかっただろうが、本当にありがとうな」

 

「町を守るための設備だからね、大変だとは思ってないよ。後は外側のトゲ罠とバリケードを置こう」

 

「そっちも必要だからな。ではみんな、もうひと頑張りだぞ!」

 

ファレンはかなり疲れていたが、町に必要なものなので嫌だとは少しも思わなかった。

鋼の守りが出来ると、今度はみんなその延長上に追加のバリケードとトゲ罠を置いていく。

これで非常に長い防壁となり、強力な魔物たちも容易には侵入出来なくなった。

防壁が出来上がると、ロロンドをはじめたみんなは嬉しそうな顔をする。

 

「おお!これで外側のバリケードとトゲ罠も全部置けたな。この前の石の守りは悪魔の騎士に壊されてしまったが、これでどんな魔物にも勝てる気がして来るぞ」

 

「石の守りでも十分強かったのに、それを上回る防壁だからね…さらなる活躍が期待出来るよ」

 

「ワシの教えた鋼の技術が、ここまで役立つとは思ってなかったぜ」

 

ケッパーとゆきのへも、戦いの時の鋼の守りの活躍を期待している。

世界が魔物に支配されてから数百年、メルキドを取り戻すのはもう目前だと思われた。

しかし、ロロンドは鋼の守りでも満足せず、さらなる強固な防壁を求めようとしていた。

 

「今度はどんな魔物が来るか分からないけど、これなら勝てそうだね」

 

「ああ。だが、メルキド録はまだ解読出来ていない部分は多くてな、鋼の守りをさらに上回る防壁の記録もあるかもしれぬ。それについても、また調べてみるぞ」

 

メルキド録は長く、ロロンドの解読の技術が上がっても全部を読み切ることは出来ていなかった。

鋼の守りをさらに上回る防壁があれば、ゴーレムの攻撃をも防げるかもしれない。

ファレンはそう思い、ロロンドのさらなる解読を待つことにした。

 

「分かった。それがあったら、ゴーレムとの戦いでも役立つかもね」

 

「ゴーレムとの戦い…?お主は、何を言っておるのだ?」

 

しかし、ゴーレムの名前を出した瞬間、ロロンドは怪訝な表情を浮かべた。

彼はしばらく考えこんだ後、ファレンは人気のない町の裏に呼んだ。

 

「あいつ…まだそんなことを…?ファレン、少し吾輩について来てくれ。お主に一つ重要な話がある」

 

「どうしたんだ?」

 

ロロンドは移動すると、他のみんなに聞かれていないことを確認してから話し始める。

 

「ここならロッシの奴に聞かれないな…お主の話で分かったが、どうやらあいつはまだゴーレムがメルキドを滅ぼしたなど、訳の分からぬことを言っておるようだな。それは間違いだ、お前は騙されておるのだと吾輩は言ったのだが、あいつはまだ嘘をつき続けているのか」

 

「待ってよ、ゴーレムがメルキドを滅ぼしたのも嘘じゃない可能性が…」

 

ロロンドは未だに、ゴーレムがメルキドを滅ぼしたという話を微塵も信じていなかった。

ファレンは以前ゆきのへに言われた話を伝えようとするが、ロロンドは遮って話を続ける。

 

「改めて言っておくが、ゴーレムはメルキドの守り神だったのだぞ。どんな理由があろうが、守り神がメルキドを滅ぼすはずがあるまい。あいつも自分の目で見たわけでもないのに、どうして嘘を信じ続けられるのだろうな…?」

 

ゴーレムはメルキドの守り神であり、それが町を滅ぼしたというのも確かに考え辛いことではあった。

ファレンたちの考えもあくまで憶測でしかなく、ロロンドに話しても聞いて貰えそうにない。

結局、ゴーレムの真実は未だ闇の中だった。

 

「あんな根も葉もない嘘でみんなを不安にさせる者は、町の発展の邪魔になる…追放を考えねばならぬかもな」

 

「でも、流石に追い出すのは…」

 

ロッシへの怒りが収まらないロロンドは、ついには彼の追放をも考え始める。

 

「町を発展させる以上、仕方のないことだ。しかし、お主たちも嫌だろうし、あいつも考えを改める可能性はある…もう少しは待ってやるつもりだ。とにかく、吾輩はさらなる防壁を求めてメルキド録の解読を進める。何か分かったら伝えるぞ」

 

ロッシの考えがどうなるかも、ゴーレムがメルキドを滅ぼしたかも、確かなことは何も分からない。

ロロンドはそう言うと、メルキド録を解読しに町の中心に戻っていった。

ロッシもゴーレムが来たら逃げると言いつつ、町での暮らしを楽しんでいるので、彼を追い出すことなどファレンは考えたくもなかった。

大事にならないことを願いつつ、ファレンも町の中に戻っていった。



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1-35 鎧の騎士団と兵士長の奥義

活動報告の方にも書きましたが、今後受験勉強が忙しくなるので、1章を夏休みに完成させてそれ以降は受験が終わったら書こうと思っています。

大変更新が遅くなりますが、申し訳ございません。


アルドーラを撃退し、鋼の守りを作った翌日、ファレンは昼頃まで眠りについていた。

目覚めて外に出ると、ロロンドはさらなる防壁の手がかりを得るため、メルキド録の解読を続けている。

進展がないか聞くため、ファレンはまず彼に話しかけに行った。

 

「おはようロロンド。新しい防壁の手がかりは何かあった?」

 

「遅くまで寝ていたが、ようやく起きてきたか。昨日からかなり読み進めていたが、そのような記述はまだなかったな」

 

「そうなんだ。もしかしたら、鋼の守り以上の防壁はないのかもしれないね」

 

ゴーレムの攻撃も防げるかは分からないが、鋼の守りも十分防壁だ。

古代のメルキドの人々も、それ以上のものは思いつかなかった可能性もある。

しかし、一日ではまだ何とも言えないので、ファレンは解読をしばらく待つことにした。

 

「それもありえるな。だが、吾輩はまだ満足していないのでな、今日も読み進めようと思うぞ。そういえば、ロッシのことについては進展があった」

 

「何があったんだ?」

 

ロッシは町の中を歩いているが、その表情は今まで以上に不安げになっていた。

 

「あやつが自然に考えを変えるとは思わぬからな、ゴーレムが人間を滅ぼしたはずがないと強く言いつけてやったのだ。最初は不満そうな顔をしていたが、これ以上嘘を広めるなら出ていってもらうと言ったら、仕方なくのようだが了解してくれた」

 

「…確かに追放は嫌だけど、脅すのも良くないんじゃないか?」

 

ゴーレムが魔物の親玉というのは、信じ難くとも根拠がない話ではない。

脅してまで完全否定するべきではないとファレンは思ったが、ロロンドは聞く耳を持たなかった。

 

「お主はそう言うと思ったが、そのような甘い考えではメルキドの町を復活させることなど出来ぬ。ともかく、これでロッシの件に関してはひと段落だ。メルキド録の解読が進むまでの間、お主はまた戦いの練習でもしていると良い」

 

「分かったよ…それじゃあ、また知らせて」

 

追放は免れたものの、ロロンドとロッシの対立は深まるばかりだ。

しかしファレンにはどうしようもなく、ひとまずこれからの戦いに備えるため、訓練に向かおうとする。

彼はいつも通りケッパーたちの元に歩き始めたが、その間に昨日の戦いでポルドが使っていた技を思い出した。

 

「そういえばあのポルドの技、僕も使えるようになってみたいな」

 

右腕に力を溜めて、素早く3回転させて敵を薙ぎ払う技。

ポルドはそれでブラウニーたちを圧倒しており、使えるようになれば役立つこと間違いなかった。

いつ魔物が襲って来るか分からない状況なので、習得は早い方が良い。

ファレンは歩みの方向を変えて旅の扉を抜けて、おおきづちの里に向かった。

里に入ると、彼はおおきづちたちが暮らしている地区まで歩き、見つけたおおきづちにポルドの居場所を聞き出す。

 

「ねえ、ポルドを探してるんだけど、どこにいるか知ってるか?」

 

「誰かと思ったら、ファレンか。兵士長なら、里の奥で魔物を見張ってるぜ」

 

おおきづちは、アルドーラたちと戦った里の奥の方を指さす。

昨日の戦いで多くのブラウニーを倒したが、親玉がまだ生き残っている以上油断は出来なかった。

 

「でも、兵士長に何の用なんだ?」

 

「ポルドが戦いの時に使ってる大技があったでしょ。その使い方を教わりたいんだ」

 

「あれか…兵士長は確か、旋風打って呼んでたな。あんなに早くハンマーを振り回すなんて他のおおきづちには無理だけど、戦いに慣れてる君なら出来るかもな」

 

何人かのおおきづちの兵士が旋風打の習得を試みようとしたが、ポルドほどの素早さで動かすことは不可能だった。

しかし、素早い人間のファレンならば可能性はあると、おおきづちは期待する。

 

「そこまで慣れてるわけじゃないけどね。とにかく、やり方を聞いてくる」

 

「出来たらかなり強そうだからな、頑張ってくれよ」

 

ファレンは里を歩いて、おおきづちが指さした場所に向かっていく。

途中たくさんのおおきづちの姿があったが、魔物の襲撃に怯えた顔をしている者も多かった。

避難所はあるにしても、強敵から確実に身を守れるとは限らない。

彼らのために出来る限りのことをしようと、ファレンは旋風打の習得を目指した。

里の外との境界近くまで来ると、彼の視界にポルドの姿が入る。

 

「ポルド、ここにいたんだ」

 

「昨日ぶりだな、ファレン。こんなところまで来るなんて、何かあったのか?」

 

ポルドは里の外の監視に集中していたが、ファレンが声をかけると振り向く。

 

「戦いに役立ちそうだし、ポルドが昨日使ってた技を教えて欲しいんだ。里のおおきづちから聞いたけど、旋風打って名前なんだね」

 

「ああ、暴風が敵を薙ぎ払うってイメージで考えた技なんだ。簡単ではないが、素早く戦えるお前なら出来るかもしれないな。時間はかかると思うが、この後大丈夫か?」

 

今日は他に用事もないので、多少習得に時間がかかっても問題はなかった。

ファレンが頷くと、ポルドは早速旋風打の使い方を教え始める。

  

「作りたい物もないし、全然大丈夫だよ」

 

「それならよかった。まず、全身の力を右腕に集中させて、それから思い切り武器を三回転させるんだ。俺が手本を見せるぜ」

 

ポルドはまず手本として大きなハンマーを右腕で持つと、全身の力を集中させた後、三回転させて前方を薙ぎ払う。

落ち着いた状態で見るのは初めてになるが、腕の動きはハンマーの位置を捉えられないほどの素早さだった。

彼の力の溜め方を観察し、次はファレンが放とうとする。

 

「こんな感じだな。お前は剣で戦うから旋風打じゃなくて旋風斬りになるが…真似してやってみてくれ」

 

「分かったよ。こんな感じかな?」

 

彼はしばらく右腕に全身の力を溜めて、それを解放して鋼の剣を三回振り回す。

鋼の剣はかなりの重さはあるが、彼の戦いの経験のおかげで高速で振ることが出来た。

回転斬りに慣れていたファレンは足に力が分散してしまい、ポルドほどの素早さにはならない。

しかし、普段の攻撃を大きく上回る速度と威力であり、ポルドは近くで見て感心する。

 

「初めてにしてはなかなかの素早さだな。このまま練習を続ければ、強力な旋風斬りになりそうだぜ」

 

「自信なかったけど、そう言われると嬉しいな。もう一回やってみるよ」

 

ファレンは何度も旋風斬りを放ち、少しづつ全身の力を右腕に集中させる方法を覚えていく。

その度に速度と威力が上がり、ポルドのものに近づいていった。

十数回練習を続けると、ポルドはファレンに声をかける。

 

「大分上達してきたな。ここまで来たら、後は実戦で使った方が腕が上がりそうだぜ」

 

「それなら、素材集めの時にでも使ってみるよ」

 

ポルドも実戦の中で使ううちに今の旋風打を完成させていった。

ファレンは魔物の素材を集めに行こうとするが、ポルドはそれを呼び止める。

 

「待ってくれ、旋風斬りを使うならちょうどいい敵がいる。あの鎧の騎士たちが見えるか?」

 

ポルドは先ほどまで眺めていた里の向こう側を再び見て、ファレンもそれに続いて視線を移す。

するとそこには、昨日の襲撃で来た魔物よりは少ないにしろ、多数の鎧の騎士やブラウニー、キメラがおり、おおきづちの里を監視していた。

 

「奴らは俺たちの里を監視して、時が来たらアルドーラたちを呼んで襲撃して来る気みたいだ。少しでも奴らの戦力を削ぐため、今回もこちらから潰しに行こうと思っている。旋風斬りを実戦で使う機会にもなるが、お前も一緒に来てくれるか?」

 

「結構敵を減らせそうだし、もちろん一緒に戦うよ」

 

おおきづちたちから魔物に攻撃を仕掛けるのは、囮作戦の時以来だ。

アルドーラと決着をつける時、配下の魔物の数が少ないほど有利になる。

旋風斬りを上達させるのにまたとない機会でもあり、ファレンも参戦しない手はなかった。

 

「助かったぜ。それじゃあ兵士のみんなを呼んでくるから、お前はここで待っていてくれ」

 

ポルドはファレンにそう言うと、里にいる兵士たちを呼びに行った。

兵士は多くが里の中央におり、その近くで大声で話しかける。

兵士たちも里での激戦を避けるため彼の計画に賛成しているようで、すぐに集まってきた。

おおきづちたちが戦う時は、いつもファレンが助けに来てくれる。

歩いてきたフレイユは、彼に改めて感謝の言葉を言った。

 

「今日も助けてくれるんだね、ファレン。いつも本当にありがとう」

 

「こっちもみんなの役に立てて嬉しいよ。みんなで一緒に、魔物たちを倒そう」

 

人間とおおきづちは互いに助け合い、強い繋がりが出来ていた。

ポルドは兵士のみんなが集まると、里を監視している魔物たちを見せる。

 

「これでみんな集まったな。向こうを見てくれ、あれが今俺たちの里を監視している魔物たちだ。奴らを倒せば次に里を襲う魔物の数は減るだろう…みんな、準備はいいか?」

 

戦い慣れている魔物ばかりだとは言え、決して油断は出来ない。

しかし、少しでも戦力を減らさなければ勝ち目は薄い以上、みんな戦いへと心は決まっていた。

 

「もちろん。里のためなら、どれだけでも戦うよ」

 

「みんなの命がかかってるんだ、もう怖がったりしないよ」

 

以前は臆病だったマレスも、今では立派なおおきづちの兵士になっている。

魔物たちは奇襲を警戒してか四方を監視しており、以前のように囮作戦は使えそうになかった。

 

「魔物どもも後ろからの奇襲を怖がってるみたいだからな…少し危険だが、正面から行くぞ!」

 

ファレンとポルドを先頭に、おおきづちの兵士は鎧の騎士たちの元に近づいていく。

彼らもおおきづちの接近に気がつくと、武器を構えて戦いに備えた。

 

「いつ殺しに向かおうとしていたが、自分たちからやって来るとはな。丁度いい…全員八つ裂きにしてくれる!」

 

「おおきづちも人間も、我らが始末してやろう。全員、奴らを潰しに向かえ!」

 

中央にいた鎧の騎士2体の指示を受けて、キメラやブラウニーたちもおおきづちたちの元に向かう。

多くの兵士たちはその2種の相手をして、フレイユたち一部の精鋭やポルド、ファレンが鎧の騎士と戦いに行った。

ファレンはまず旋風斬りを放つ隙を作るため、素早く鎧の騎士の横に回って鋼の剣を振り下ろす。

かなりの硬さを誇る鎧でも、鋼の武器なら容易に斬り裂くことが出来ていた。

 

「なかなかの強さだな、人間!だが、貴様らの繁栄が許されると思うな」

 

「その剣ごと断ち切ってやる!」

 

2体の鎧の騎士も怯まず反撃して来るが、ファレンは剣と盾を使って双方を受け止める。

流石にはじき返すことは出来ないが、さらにそこで大きく横に飛び、その勢いで鎧にさらなる傷をつけていった。

 

「なかなか力はあるけど、このまま押し切るよ!」

 

鎧の騎士もファレンが動く度に斧を振り回すが、彼の素早さについていくことは出来ない。

鎧の下にある肉体にも深い傷を受けて、だんだん生命力を失っていった。

おおきづちの兵士たちも、それぞれのハンマーでブラウニーやキメラを叩き潰していく。

彼らはファレンほどの回避力は持たないものの、鉄の鎧のおかげで複数体と同時に戦えていた。

鎧の騎士の攻撃でもすぐには鎧は割れず、精鋭たちも有利に戦いを進める。

ポルドやフレイユは騎士の斧を回避することもでき、攻撃後の隙に強力な打撃を叩きこんでいった。

 

「その程度の力じゃ、俺たちの里を潰せないぜ!」

 

「強い魔物が相手だとしても、私たちは負けないよ!」

 

「おおきづちの癖に生意気な…何としても皆殺しだ!」

 

鎧の騎士の攻撃はより激しくなるが、戦い慣れているおおきづちたちは確実に対処していく。

ポルドは2体と戦っているので斧を受けてしまうこともあったが、鎧のおかげで大きなダメージにはならなかった。

痛みをこらえてハンマーを振り回し、騎士たちが弱って来たところで右腕に力を溜める。

 

「倒されるのはお前たちの方だ。これで決めてやる!」

 

「勝てる気でいるようだが、何をして来ようが無駄だ!」

 

溜めている間にも、鎧の騎士たちはポルドを叩き斬ろうとしていた。

何度も攻撃を受けると、ポルドの鉄の鎧にも少しづつひびが入り始める。

しかし、溜めるのに時間はかからないため完全に割れる前に力が溜まりきり、彼は旋風打を放って鎧の騎士たちを薙ぎ払う。

 

「まだ倒れないか…だが、もうすぐ終わりだ」

 

旋風打を受けて騎士たちの鎧は大きく変形し、倒れ込んで動かなくなる。

ポルドはさらに打撃を与えて、残った生命力を削り取っていった。

ファレンも回避と攻撃を繰り返して、鎧の騎士を追い詰めていく。

おおきづちの兵士に止められなかったキメラが炎を放っても来たが、そちらも順番に仕留めていった。

 

「キメラもこいつを焼き尽くし、動きを止めろ!」

 

「少し新しい敵が来たところで、簡単に倒せるよ」

 

炎をかわしながら鎧の騎士から一度離れ、炎を吐くキメラの元に走っていく。

キメラは接近されると嘴で突き刺そうとして来るが、その勢いを利用して、鋼の剣で頭を貫いていった。

そして大きなダメージを与えた後は、剣を振り下ろして胴体を裂き、とどめをさす。

キメラがいなくなると、再び鎧の騎士に集中して斬りかかり、多くの傷をつけていった。

騎士たちが弱って動きが鈍くなると、ファレンは転倒を狙って彼らの足元へと攻撃を続ける。

足の鎧も他の部位と硬さは変わらず、数度斬りつけると体勢を崩して動けなくなった。

 

「どっちも倒れたね…今のうちに旋風斬りを使おう」 

 

2体はファレンの左右に倒れ込み、彼はまず右側を倒そうとポルドに習ったように右腕に力を溜めていく。

足にも力が分散しそうになるが、練習の時を思い出して、ほとんど全身の力を集中させた。

力が溜まり切ると、ファレンは腕を素早く3回転させて、鎧の騎士を深く斬り刻む。

 

「倒せた…結構うまくいったな」

 

高威力の連撃を受けた鎧の騎士は、耐えきれずに力尽きて消えていく。

攻撃力も速度も練習の時より上がっていると、ファレン自身も大きく実感していた。

片方の鎧の騎士が倒されたのを見て、左側の騎士は起き上がって抵抗する。

 

「貴様もここまでの力を持っていたのか…!しかし、人間やおおきづちどもが勝つなどありえぬ!」

 

鎧の騎士は傷ついた体を動かして、ファレンの頭に斧を振り下ろす。

そこで彼は左腕の盾で斧を防ぎながら、右腕の剣で顔や腕を突き刺していった。

既に弱っていた騎士は、ファレンの攻撃に耐えきれずにすぐに再び体勢を崩す。

そこでファレンはもう一度旋風斬りを放って、残った生命力を奪いとった。

 

「こんどこそ終わりだね、もう一発決める!」

 

旋風斬りの威力はさらに上がり、鎧の騎士は光を放って消えていく。

ファレンを狙っていた魔物たちは全て倒れ、フレイユたちも騎士たちやブラウニーを倒し切っていた。

ポルドも旋風打を受けて瀕死となった魔物たちを潰し、とどめを刺す。

全ての魔物たちが倒れるとファレンは鋼の剣をしまい、おおきづちたちもハンマーを下ろした。

 

「これで終わったな。アルドーラはまだ多くの魔物を連れてるだろうが、少しは勝ち目が上がったはずだ」

 

「そんなに強い魔物じゃなかったけど、大勢で襲撃されたら大変だったもんね。旋風斬りも覚えられたし、本当に良かったよ」

 

今くらいの数なら苦戦しない魔物たちだったが、アルドーラと共に大勢で襲撃されると犠牲者が出る可能性は高まる。

決戦の前に、敵の戦力を少しでも減らせたのは大きいことだった。

 

「ああ。戦いの間だったから少ししか見えなかったが、なかなかの威力だったぜ」

 

「自分でもあんなに強いとは思ってなかったよ。練習したら、強力な魔物でも一気に倒せそうだね」

 

旋風斬りを受けた騎士の鎧は、回転斬りを受けた時以上に大きく損傷していた。

悪魔の騎士などそれ以上の力を持つ魔物はいるが、彼ら相手にも十分な威力を発揮することが予想された。

さらに威力を高めるため、ポルドはこれから練習に誘う。

 

「練習を続ければ、アルドーラ相手でも通用すると思うぜ。俺もまだ完璧とは言えないからな、これから一緒に練習するか?」

 

「うん。今日は時間があるし、僕ももっと強くなりたいからね」

 

アルドーラやゴーレムを倒すためには、今の力で足りるとは思えなかった。

メルキド録の解読にはまだ時間がかかりそうなので、ファレンは今日一日旋風斬りの訓練に使うことにする。

フレイユたちは里に戻り、ポルドとファレンはそこに残って練習を始めた。



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1-36 鋼鉄の城塞 灼熱の石像

鎧の騎士たちを倒し旋風斬りを習得して数日間、ファレンはポルドと共に練習を続け、ケッパーたちにも旋風斬りを広めた。

4日後、いつも通り目が覚めると、個室を出て町の中を歩いていく。

人々は既に目覚めており、魔物の監視や訓練、物作りをしていた。

みんなの様子を眺めていると、メルキド録を読んでいたロロンドに話しかけられた。

 

「おお、目覚めたかファレン!実はメルキド録を読んでいてな、素晴らしい物を発見したのだ!」

 

ロロンドの口調は、いつも以上に嬉しそうなものだった。

魔物の親玉にも対抗しうる強力な防壁を期待して、ファレンは彼の話を聞く。

 

「もしかして、鋼の守り以上の防壁の記録が見つかったのか?」

 

「ああ。その名もメルキドシールドと言う物でな、これがあればどんな魔物にでも対抗出来るはずなのだ」

 

かつて鉄壁の守りを誇った城塞都市、メルキドの名を冠する防壁。

それがあれば、たとえゴーレムとの戦いになっても町を守れるように思われた。

ロッシの話ではいつ襲って来ても不思議ではないので、ファレンは早速作り方を尋ねる。

 

「メルキドの名を持つ防壁か…すぐに作りに行きたいけど、どうやって作るんだ?」

 

「実はな…メルキドシールドの詳しい製法に関しては、メルキド録にも記されておらぬ。ただ一つ分かっているのは、巨大な盾の形をしていると言う事だ。その記述を元に、自分たちで考える他ない」

 

メルキド録にも作り方が載っていないというのは初めての事態であった。

巨大な盾の形をしているといっても、細かい形や必要な素材に関しては一切分からない。

メルキドに脅威が迫っているといえども、作るのにはかなりの時間がかかりそうだった。

 

「そうなのか…これで魔物の親玉とも戦えると思ったけど、そううまくはいかないね」

 

「だが、鋼の守りを超える防壁があると分かっただけでも大きな収穫だ。共に考えて、必ずメルキドシールドを形にしようぞ」

 

ファレンもロロンドも、自分の頭で作り方を考える経験は少ない。

しかし、これからのメルキドの発展のため、何としてもメルキドシールドの作り方を考え出そうとしていた。

しかし、相談を始めようとしていると、町の外を見ていたエルゾアが大声で鳴き、見張り台の上からケッパーの焦る声が聞こえてくる。

 

「みんな、大変だよ!悪魔の騎士や他のたくさんの魔物が、この町に近づいて来てる!」

 

魔物の攻撃を聞いて、話をしていたファレンたちにも一気に緊張が走った。

メルキドシールドを作るためにも、この襲撃を乗り切らなければならない。

武器を構えて、二人は鋼の守りの裏へと向かっていった。

 

「メルキドシールドの話を始めたばかりなのに、もう来たのか…」

 

「これから考えようという所なのに、厄介な奴らだな。だが、悪魔の騎士であれば鋼の守りでも十分対処出来るはずだ。正面から戦わず、まずは後ろで待機して様子を見るぞ」

 

悪魔の騎士に対抗するには、鋼の守りも十分強力な設備になる。

ケッパーとエルゾアが魔物たちの動きを観察しつつ、レゾンとプレーダ、ゆきのへも防壁の元に向かってきた。

 

「何度もやられてるのに、魔物どもも懲りねえな。鋼の守りを破って来たら、俺が叩き斬ってやる!」

 

「強い魔物もいそうだけど、僕も一緒に戦うよ」

 

「どんな魔物が来ようが、ハンマーで潰してやるぜ」

 

町で戦いの準備が進む中、魔物たちは森を歩き、いつも通り西から少しづつメルキドの町に近づく。

悪魔の騎士に率いられて、大蠍や鉄の蠍、死霊の騎士、鎧の騎士がメルキドを襲撃しようとしていた。

彼らの目の前には、鋼の守りやたくさんのバリケードが見えてくる。

自分たちの近くに絶対の自身を持つ悪魔の騎士は、ファレンたちの予想通り鋼の守りの破壊を指示した。

 

「目障りな壁を作りおって…あのような物で我らを止められると思っておるのか?さっさと叩き壊して、人間どもに無力さを叩き込んでやれ!」

 

「奴らも無駄なのに、しつこく抵抗するな」

 

「絶望させてやる、人間どもめ!」

 

先頭の数体の鎧の騎士が武器を振り上げて、他の魔物たちもそれに続いた。

トゲ罠の存在や石像が火を吹くことも知らず、鋼の守りに剣や斧、尻尾を叩きつけにいく。

すると、まずは防御力の低い大蠍の身体にトゲ罠が刺さり、悲鳴を上げた。

しかし、その悲鳴からトゲ罠に気づく間もなく、他の魔物たちもトゲ罠に刺さり続ける。

そこにさらに追い撃ちとして、左右の石像から灼熱の炎が浴びせられた。

 

「何だ…?…っ、地面にトゲだと…!?」

 

「くそっ…石像が炎を吐くだと…!?」

 

トゲ罠と石像の炎で、魔物たちの生命力は大きく削られる。

鎧の騎士たちは耐えて斧でトゲ罠を破壊しようとするが、身体を動かす度にさらに激しい痛みが襲い、全力を出すことが出来ない。

蠍たちに関しては内臓までトゲが刺さり、より大きなダメージを与えられていた。

 

「やっぱりトゲ罠と石像が役立ってるね。今のところはいい戦況だよ」

 

「トゲと炎を使うとは、人間も恐ろしいことをやりおるな…だが、お前たちの力はそんなものじゃないだろう!さっさとトゲを抜いて、一本ずつ破壊しろ」

 

魔物たちが動けなくなっている様子を見て、見張り台の上のケッパーはそう言う。

刺さったままではまともに攻撃出来ないので、悪魔の騎士はまずトゲ罠から脱出を指示した。

騎士たちはまだ生命力も残っており、踏ん張ってトゲを足から抜く。

しかしその瞬間に、石像から再び炎が放たれる。

 

「また炎か…恐ろしい防壁だ!」

 

「人間め…こんなことが許されると思うな…!」

 

抜け出した魔物たちも、炎で怯んだことで再びトゲに刺さる。

生命力の低い大蠍は、それで2体が倒れて消えていった。

トゲ罠がない場所にも石像の炎は届くため、後衛の魔物たちもトゲを破壊しに行くことは出来ない。

配下の魔物が手を出せない様子を見て、悪魔の騎士は自らが鋼の守りに近づいた。

 

「お前たちではどうにもならんか…ならば、我が直接叩き割ってやる。諦めろ、人間め!」

 

悪魔の騎士は炎を受けることは覚悟の上で、防壁の前に敷かれているトゲ罠を破壊しに行く。

彼の攻撃力は高く、トゲ罠は一発斧を叩きつけられると地面から外れた。

トゲ罠が次々に減らされているのを見て、ケッパーは直接戦う準備を勧める。

 

「まずい…トゲ罠が壊され始めてる。みんな、いつでも戦えるようにしておいて!」

 

バリケードや鋼の大扉はまだ無事だが、そちらが壊される可能性もあった。

ファレンたちは魔物たちへの警戒を強め、エルゾアは悪魔の騎士や配下の魔物にギラの呪文を放つ。

戦いの経験や訓練を重ねたことで、エルゾアのギラは以前より範囲が広く、威力は高くなっていた。

詠唱時間も短くなっており、防壁の破壊に集中していた悪魔の騎士や、密集していた魔物たちはかわしきれずに焼かれる。

 

「キメラまで人間の味方をするか…この防壁を破壊したら、お前も始末してやる!」

 

それでも悪魔の騎士は怯まずトゲ罠を壊し尽くし、火を吹く石像に斬りかかる。

しかし、悪魔の騎士の力でも石像を壊すことは出来ず、弾かれて動きを止めた。

そこに至近距離からの石像の炎を浴びせられ、追撃としてエルゾアも炎を放つ。

横からも上からも燃やされた悪魔の騎士は、大きく怯んで動きを止めていた。

隊長が大きなダメージを受けて、他の魔物たちも火を吹く石像を取り囲み、破壊しようとする。

 

「なかなか硬い石像だな…だが、絶対にぶっ壊してやる!」

 

「我らの部隊を焼きやがって…粉々にしてやろう!」

 

だが、魔物たちが束になってかかっても石像は壊れず、前方にいた悪魔の騎士はもう一度炎を受けた。

エルゾアも石像のまわりにギラを唱え続けて、魔物たちの体力を削る。

焼かれながらも何とか体勢を立て直した悪魔の騎士は、その場を離れて指示を変更した。

 

「…このまま攻撃を続けても、防壁を破壊出来る気がしない。屈辱ではあるが、守りの薄い外側を破壊するぞ…!」

 

鋼の守りの内部は火を吹く石像や石垣がある一方、外側にはバリケードとトゲ罠のみが置いてある。

それらだけなら、自分たちの力で十分破壊出来るとの判断だった。

人間の防壁に屈するというのは耐え難い屈辱で、悪魔の騎士は悔しそうに話す。

しかし、このままでは全員焼かれてしまうので、手下たちもしぶしぶ側面に向かっていった。

 

「仕方ねえか…横の守りが薄いのは残念だったな、滅びろ人間どもめ!」

 

「時にはプライドも捨てて戦う、それが我らだ!」

 

悪魔の騎士は鋼の守りの南に向かい、トゲ罠を次々に叩き壊していく。

トゲ罠がなくなるのを見ると、騎士や蠍たちがバリケードを破壊しに来た。

バリケードは鋼の大扉に比べて一見耐久力は低く見える。

しかし、鋼で出来た強力な設備の一つであるのに間違いはなく、魔物たちの力では突破することが出来なかった。

鋼の守りの北ではトゲ罠を破壊することすら出来ず、魔物たちは身動きが取れなくなっていた。

バリケードの破壊に苦戦する魔物たちに向かって、エルゾアはさらに呪文を唱える。

また、トゲ罠の破壊や側面からの攻撃を見て、ファレンもついに攻勢に出た。

 

「横から攻めて来るのも時間の問題かもね…その前に、出来る限り数を減らさないと」

 

彼もバリケードの防御力は信頼しているが、確実に安全とは呼べない。

少しでも敵の数を減らそうと、ファレンは空飛ぶ靴の力を使って大きく飛び上がり、魔物たちの頭上から鋼の剣を振り下ろした。

突然の攻撃に魔物たちは対処出来ず、その場にいた大蠍や鉄の蠍は強烈な一撃を受ける。

そこで彼らは怯んで動きを止めて、その隙にファレンは腕と足に力を溜めた。

 

「動かなくなったね、今のうちに薙ぎ払う!」

 

「防壁を飛び越えるとは凄まじい力だ…だが、お前一人ではどうしようも出来まい!」

 

ファレンを倒さなければ、防壁の破壊どころではない。

鎧の騎士や死霊の騎士もバリケードへの攻撃を止めて、彼を取り囲んだ。

すると、彼はその瞬間に一気に力を解放して、多くの魔物を斬り裂く。

 

「囲もうとしても無駄だよ!」

 

旋風斬りには劣るが、回転斬りも十分高威力な技だ。

鋼の剣で身体を奥まで傷つけられた蠍たちは生命力を失って消え、騎士たちも半数以上がその場で倒れ込む。

まだ立っている者もいたが、ファレンは盾で斧や剣を防ぎつつ、動けなくなった魔物たちに追撃した。

すぐに騎士たちも起き上がり、さらなる多数で彼を取り囲もうとする。

 

「結構大勢が来たし、一度下がるか…」

 

大軍に囲まれては力を溜めることも出来ないので、ファレンは再び大きく飛び上がって防壁の内側に戻る。

魔物たちは彼を叩き落とそうとしたが、当たった攻撃も鎧に防がれ、動きを止めることは出来なかった。

戻ったファレンは、再び攻撃出来る機会を伺う。

 

「おお、よくやったなファレン!魔物の数は多いが、大丈夫だったか?」

 

「うん。流石にかわしきれないけど、盾と鎧が防いでくれた」

 

防壁の向こうに行ったファレンを心配していたロロンドも、その様子を見て安心していた。

鋼の守りや武具、空飛ぶ靴のおかげで、戦いを非常に有利に進められていた。

しかし、最後まで気を抜かず、みんなは魔物の動きに警戒する。

ファレンは何度も防壁を飛び越えての攻撃を行い、エルゾアはギラで魔物の群れを焼き払う。

上空や防壁の向こうからの攻撃のせいでバリケードの破壊にも集中出来ず、悪魔の騎士は新たに命令を与える。

 

「奴らの力は想像以上だな…こうなったら、人間どもに何をされるか分からないが、防壁の端を回って町に攻め込むしかない。全員行くぞ!」

 

長く続いているバリケードの端を回って町を攻撃するため、悪魔の騎士たちはバリケードに沿って歩いていく。

バリケードの裏は見えないので何をされるかは想定出来ないが、それ以外に攻め込む方法はなかった。

魔物たちの動きを見たケッパーは、見張り台を降りて防壁の南へと走る。

 

「みんな急いで、魔物たちが防壁を避けようとしてる!」

 

「流石に突破は諦めたか、出てきたところを切り刻んでやるぜ!」

 

「いよいよ吾輩たちの出番というわけだな、すぐに行くぞ!」

 

ケッパーの話にすぐに反応し、ロロンドとゆきのへは防壁の北、レゾンとプレーダは南に向かう。

エルゾアは移動する魔物に攻撃し、ファレンはがら空きになった鋼の守りの前に移動し、ウォーハンマーで火を吹く石像を回収した。

 

「魔物たちがいなくなったし、また石像を使おう」

 

悪魔の騎士でも破壊に手こずる石像だが、ウォーハンマーなら容易に壊すことが出来る。

ファレンは2体の石像を集めると、ロロンドたちのいる防壁の北に向かった。

二人の前に着くと、魔物にとって死角となるバリケードの後ろにすぐさま石像を配置する。

 

「また防壁を飛び越えてどうしたのかと思っていたが、石像を集めていたのだな。これなら、横から来た魔物も仕留められるはずだ」

 

「石像を越えてくる魔物もいるだろうが、そいつらは一緒に叩き潰そうぜ」

 

「うん。せっかく作った町なんだから、何としても守ろう」

 

火を吹く石像を配置した後は、ファレンたちは炎を免れた魔物と戦うために構える。

何も知らない魔物たちは、バリケードの先端を曲がると、案の定焼き尽くされていった。

 

「くっ…こんなところにも炎だと…!」

 

「人間のくせに…ここまでやるとは!」

 

先ほどまでのエルゾアの攻撃もあり、今まで生き残っていた大蠍も倒れ、鉄の蠍や騎士たちにも大ダメージとなる。

耐え抜いて町に侵入して来た物に対しては、ファレンはすぐに力を右腕に溜めて、旋風斬りを放った。

 

「正面ががら空きだったから、その間に回収出来たんだよ」

 

数日間の訓練のおかげでポルドたちと戦った時より威力は上がり、死霊の騎士や鎧の騎士も瞬く間に倒れていく。

範囲外にいた魔物はファレンを取り囲みに来たが、ロロンドとゆきのへが援護に来る。

 

「なんて威力だ…あの男を早く殺せ!」

 

「魔物どもめ…そううまくはいかせぬぞ!」

 

「ワシらも相手になるぜ!」

 

敵の戦力は分散し、ファレンの元には鉄の蠍、死霊の騎士、鎧の騎士が1体づつ襲いかかって来る。

ファレンはまず回避や盾での防御を使って、耐久力の低い鉄の蠍を狙った。

大きく飛んで魔物たちの身体を飛び越えて、背後から斬りかかっていく。

今までの戦いで弱っていた鉄の蠍は、数回強力な一撃を叩き込むと消えていった。

 

「後はこの2体か…さっさと倒すよ!」

 

残りが2体になると、ファレンは攻撃力が高い鎧の騎士の攻撃は回避し、死霊の騎士の剣を盾で受け止める。

そして、次の攻撃までの小さな隙に確実に斬撃を与えていった。

どちらも防御力が高い魔物だが、鋼の剣を防ぐことは出来ない。

鎧の騎士は左腕に盾を持っているので右側を重点的に狙い、体力を削っていった。

ロロンドとゆきのへは力が強いので、ほとんどの攻撃を盾で凌いでから反撃する。

 

「なかなかの攻撃力だな…だが、その程度ではこの盾は破れぬぞ」

 

「どれだけ攻撃して来ようが、町の中には進ませねえぜ」

 

力強い反撃を受けて、二人と戦っている魔物も徐々に追い詰められていった。

南で戦っているレゾンとプレーダは回避力は低いものの鎧に守られ、大きな傷は負っていない。

ケッパーと共に回転攻撃を行い、魔物たちを一気に弱らせていった。

隊長の悪魔の騎士は他の魔物より素早く、ケッパーを倒そうと斧を振り回していた。

 

「忌まわしき衛兵の子孫め、ここで散るがいい!」

 

「なかなかの強さだね…でも、僕も負けないさ!」

 

ケッパーは手下の鎧の騎士にも取り囲まれて、攻撃の隙はあまりない。

しかし、腕の痛みに耐えて盾で攻撃を防ぎ、鎧に鋼の剣を突き刺していった。

悪魔の騎士は生命力も高く、長期戦になるとケッパーも押されてしまうかもしれない。

ファレンは遠くから彼の様子を見て、目の前の敵を倒したら助けに向かうことにした。

死霊の騎士や悪魔の騎士が弱ってくると、いつも通り転倒を狙うため足元に集中して攻撃する。

 

「だいぶ追い詰めたね、転ばせて倒すよ!」

 

足の骨を削り取られると、魔物たちはだんだん動きが不安定になり、やがては倒れて動けなくなる。

彼らの動きが止まったのを見て、ファレンはまた力を溜めて、強力な回転斬りを放った。

 

「2体とも倒れたね、とどめを刺そう」

 

高速で振られる鋼の剣が直撃し、騎士たちは光を放って消えていった。

目の前にいる魔物がいなくなると、ファレンは悪魔の騎士と戦っているケッパーの元に向かう。

彼は今はうまく戦えているが、防御と回避を繰り返し、少し厳しい表情をしているのも見えた。

ファレンは鋼の剣を突き出して走って勢いをつけ、悪魔の騎士の背後から思い切り突き刺す。

 

「うぐっ…!お前はあっちにいたはずの少年。もう我の手下を倒したのか?」

 

「うん。この町を潰すんだったら、君も倒すよ」

 

悪魔の騎士は急な攻撃に怯み、ファレンはその隙にもう一度鋼の剣を深く突き刺す。

ケッパーは鎧の騎士たちとの戦いを続け、ファレンに邪魔が入らないようにしていた。

 

「援護ありがとう、ファレン。僕は鎧の騎士たちを抑えておくから、悪魔の騎士を倒して!」

 

「そうするよ。最後まで気を抜かず、町を守り抜こう」

 

悪魔の騎士は立ち上がると、ファレンに向かって素早い斧での攻撃を行う。

かわしきれない時もあったので、その際は左腕に力を溜めて盾で防ぎ、攻撃を弱めるために右腕を狙っていく。

左腕は痛んでケッパー同様顔を歪めてしまったが、盾が突き破られたり、弾き落とされることはなかった。

腕は細い部位なので、数回攻撃を当てると大きく傷つき、攻撃が遅くなっていく。

 

「子供のくせになかなかの力だ…しかし、我も負けることはできん!」

 

盾に頼っているばかりでは、いずれは力尽きて押し返される危険もある。

ファレンは悪魔の騎士の動きが弱まると、2段跳びで背後にまわり、背中にまわって剣を振り回した。

先ほどの石像やギラのダメージもあり、騎士はかなり弱っている。

それを狙ってファレンは反撃の手を強め、瀕死の状態に追い詰めていった。

悪魔の騎士の動きが止まると、ファレンは右腕に全身の力を集中させる。

 

「我ら魔物に人間が敵うと思うな…!」

 

「この先のことは分からない…でも、今日はこれで終わらせるよ!」

 

悪魔の騎士は体勢の立て直しを図るが、ファレンはその前に力を解放して、悪魔の騎士の身体に三連撃を放つ。

弱っていたところに旋風斬りを受けた悪魔の騎士は、生命力を失って倒れていった。

ケッパーたちの元にもロロンドやゆきのへの援護が入り、配下の魔物たちも次々に倒される。

鋼の守りの大きな活躍もあり、ファレンたちは全ての魔物を倒しきっていた。

 

「これでみんなも終わったね。結構な数の魔物だったけど、無事に倒せた」

 

「ああ。悪魔の騎士とその手下くらい、鋼の守りと剣を持った吾輩たちの敵ではなかったな」

 

石の守りを破壊した悪魔の騎士も、鋼の守りを破ることは出来なかった。

以前は苦戦した相手も、新たな設備のおかげで有利に戦いを進められている。

悪魔の騎士が倒れた場所を見ると、緑色の紋様が描かれた旅の扉が落ちていた。

 

「うん、大分楽に戦えた気がするよ。新しい旅の扉も手に入ったし、また別の素材も手に入るな」

 

ファレンは緑の旅の扉を拾うと、ひとまずポーチにしまう。

みんな勝利を喜んでいるが、ロロンドは少し不安そうな表情もしていた。

 

「だが、何か事がうまく進みすぎている気もする。ゴーレムが魔物の親玉というのは馬鹿馬鹿しいが、悪魔の騎士以上の存在もいるのかもしれぬな。やはりここで満足は出来ぬ、共にメルキドシールドの作り方を考えようぞ」

 

「僕もその方がいいと思うよ。戻ったら、さっそく話し合おう」

 

ゴーレムの話は未だに信じていないロロンドだが、メルキドシールドの必要性は感じているようだった。

ファレンはみんなと一緒に町の中に戻ると、二人で作り方の相談を始めた。



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1-37 魔法の玉と峡谷の鉱脈

魔物たちを倒した後、ファレンとロロンドはメルキドシールドの作り方を考えていた。

しかし、鋼の守りを超える防壁となると容易には素材や形状が思い浮かばず、一日が終わっていく。

翌日、ファレンはロロンドたちより早く目覚め、朝の空気を吸いに部屋の外に出る。

すると、町の境界辺りに見覚えのない女性の姿があった。

 

「あら、ここは何なの?暖かい光が溢れてて、不思議な場所ね」

 

彼女もほとんど乾いていながらも少し濡れた服を着ており、泳いでやって来たようだった。

新しい仲間になってくれるかもしれないと、ファレンは話しかけに行く。

 

「初めて見る顔だよね。僕はファレン、君は?」

 

「人に会うなんて久しぶりね。私はチェリコ、ここにはいろんな建物があるみたいだけど、あなたはここに住んでるの?」

 

町を見るのは初めてのようで、チェリコは不思議そうに周囲の建物を見回した。

 

「うん。みんなと一緒にここに町を作ってるんだ。もう結構な人が住んでるけど、仲間になってくれるなら歓迎するよ」

 

「町…大昔にはあったって聞いたけど、復活してたのは初めて聞いたわ。それじゃあ、私も歩き疲れてヘトヘトだからここに住ませてもらうわね」

 

チェリコは泳ぐだけでなく、ここに着くまでに相当な距離を歩いていた。

町に住んでくれることになり、ファレンは歓迎の挨拶をする。

 

「そっか。じゃあよろしくね、チェリコ」

 

「ええ、こちらこそよろしく。この町に馴染むために、色んな建物を見てくるわね」

 

チェリコは町の中に入り、ファレンたちの作った様々な建物を眺めていった。

新たな仲間が増えれば、それだけたくさんの物が作れるようになる。

未だ魔物の脅威はあるものの、メルキドの復活は確実に近づいていた。

ロロンドが目覚めるのを待つため希望の旗の台座に座っていると、次に目覚めてきたショーターに話しかけられる。

 

「目覚めていたんですね、ファレンさん。あまり役に立てないかもしれませんが、僕から少し話したいことがあります」

 

「どうしたんだ?」

 

「昨日寝る前にロロンドさんから、メルキドシールドという最強の防壁を考えていると聞きました。それを作るための素材に心当たりがあるんです」

 

メルキドシールドの話は既に町のみんなに知れ渡っていた。

メルキドシールドを作るための情報はほとんど残っていない。

ショーターはあまり役に立たないかもと言ったが、それでも十分ありがたい話だった。

 

「どんな素材なんだ?」

 

「岩山に挟まれたメルキドの峡谷地帯…そこには鋼をはるかに上回る硬さを持ち、白く輝く金属、オリハルコンが眠っています。それを使えば、最強の防壁を作るのも夢ではないと思いますよ」

 

峡谷地帯は行ったことのない場所だが、昨日手に入れた緑色の旅の扉を使えば行くことが出来る。

ファレンはさっそく採掘に行こうとするが、ショーターは問題点も話した。

 

「オリハルコンか…聞いたこともないけど、そんなに強いんだね。昨日旅の扉も手に入ったから、その峡谷地帯に行ってくるよ」

 

「待ってください。オリハルコンのあまりの硬さ故に、今の武器では採掘出来ないでしょう」

 

「…それじゃあ、採掘するのにもまだ時間がかかるってことか」

 

強力な素材のことは知れても、採掘出来ないのでは意味がない。

魔物との決戦までにあまり時間がないようにも思われ、ファレンは不安そうな顔になる。

しかし、ショーターはオリハルコンの鉱脈を砕く兵器についても話した。

 

「大丈夫です。僕は長い旅の間、古代の職人の子孫を名乗る人から魔法の玉の作り方を聞いたんです。それを使えば、オリハルコンを手に入れることも出来るでしょう」

 

「魔法の玉って…?また作るのが難しそうだね」

 

「魔法といっても、特別な技術は必要ありません。爆弾石の爆発で鉄片を飛ばし、周囲を粉砕するというものです」

 

魔法の玉という名前を聞くと難しそうに思ってしまうが、それなら魔法の使えないファレンにも問題なく作れそうだった。

 

「爆弾石は先ほど言った峡谷地帯にいる爆弾岩が落とします。自爆することもあるので気をつけて下さいね」

 

「じゃあ、そうするにしても一回峡谷に行かないとだね。今から集めに行ってくるよ」

 

まずは爆弾石を回収して魔法の玉を作り、それからオリハルコンを採掘するという流れになる。

ファレンは出掛ける前に、ショーターに魔法の玉を伝えたという古代の職人の子孫についても尋ねた。

 

「そう言えば、その古代の職人ってどこにいるんだ?」

 

「出身はメルキドらしいですけど、僕と同じで世界中を旅しているので何とも言えませんね」

 

その人も仲間にすればさらなる戦力になるが、それでは探しようもない。

魔物に支配された世界なので、生きているという確証もなかった。

そちらに関しては今は諦め、峡谷地帯の探索に向かう。

 

「そうなのか、それじゃあとにかく爆弾石を探して来るよ」

 

「戻ってきたら、一緒に魔法の玉を作りましょう」

 

今までの2つの旅の扉の隣に緑の扉を設置し、その中に入る。

すると、ファレンの身体は一瞬眩しい光に包まれた後、ショーターの言っていた通りの峡谷地帯にたどり着いた。

左側の白い岩山と右側の黒い岩山に囲まれた谷底に、黄色い草やサボテンが点在する砂地が広がっている。

 

「ここがメルキドの峡谷か…まずは爆弾岩を探さないとね」

 

峡谷を進んでいくと、まずは見慣れたスライムベスや紫色の一角兎の姿が目に入った。

彼らの素材は必要としていないので、刺激して怒らせないように進んでいく。

両側の崖には銅や鉄といった金属が眠っており、その中には見たことのない白い鉱石もあった。

 

「これがショーターの言ってたオリハルコンか…本当に採掘出来ないのか?」

 

ファレンはウォーハンマーを取り出し、オリハルコンと思われる鉱脈に叩きつける。

すると、何度叩いてみても傷一つ入らず、採掘出来る気配も感じられなかった。

 

「やっぱりダメか…。魔法の玉を作ったらまた来よう」

 

硬いということは、それだけ防壁にした時強力になるということ。

何としても採掘しようと、ファレンは峡谷の探索を続けていった。

しばらく進むと、彼の目の前には目玉や口がつき、不気味に笑っている丸い黒岩の魔物が現れる。

 

「ん…あの岩みたいな魔物が爆弾岩か。自爆するって言ってたし、気をつけないとね」

 

爆弾岩は結構な巨体であり、自爆に巻き込まれたら命はない。

それまでに倒そうと、ファレンは爆弾岩に向かって勢いをつけて走り、鋼の剣を突き刺した。

岩の身体を持っている魔物にも、鋼の武器は深く刺さる。

大きなダメージを負った爆弾岩は、ファレンに体当たりをして反撃してきた。

 

「さすがに一撃じゃ倒れないか…でも、結構効いてるね」

 

爆弾岩は動きは遅く、後ろに大きく飛んで回避する。

連続で体当たりは出来ないようなので、攻撃後の隙に連続して剣を振り回していった。

何度も傷がつくと、爆弾岩は身体に力を溜め始める。

 

「力を溜めてるな…何をして来るんだ?」

 

どんな攻撃が来てもいいように、ファレンは慎重に立ち回る。

避けやすいように少し距離をとり、剣の先端に岩の身体を斬っていった。

力が溜まりきると、爆弾岩は身体を回転させて、ファレンに向かって突進する。

体当たりより素早くなり狙いも正確だったので、ファレンは横にはかわさず、上に大きく飛んだ。

すると、ファレンの真下を爆弾岩はすり抜けていき、勢い余って岩山に衝突し、動きを止める。

 

「動きが止まったね…ここを攻めよう」

 

大きな隙を晒した爆弾岩を、ファレンは背後からさらに攻撃していく。

爆弾岩の身体は傷だらけになり、今にも割れそうな状態にまでなっていた。

追い詰められた爆弾岩は体勢を立て直し、再びファレンを睨みつける。

また力を溜め始めたが、今度は先ほどとは違い、身体が光り始めていた。

 

「これは…もしかして自爆か…?急いで倒さないと…!」

 

瀕死の爆弾岩は、ファレンを道連れにすることを考えていた。

爆弾岩の光はだんだん強くなり、力が溜まり切ったら自爆するようだった。

ファレンは右腕に全身の力を集中させ、自爆される前に旋風斬りを放つ。

 

「これで倒れろ!」

 

弱っていた爆弾岩にとっては、高速での三連撃は耐えられない。

自爆することも出来ず、砕け散って消えていった。

爆弾岩が砕けた後には、その場に熱を帯びた赤い石が置かれていた。

 

「倒せたね…これが爆弾石か。乱暴に扱ったら爆発しそうだし、気をつけよう」

 

ファレンは爆弾石を慎重にポーチにしまい、たくさんの魔法の玉を作るために次の爆弾石を探しに行く。

オリハルコンはどれだけ必要かは分からないが、一つだけでは不安だった。

 

「さすがに1個じゃ足りないよね…危ない敵だけど、もっと集めないと」

 

自爆させないように素早く倒し、多くの爆弾岩を集める。

戦うに連れて慣れていき、自爆の準備すらさせずに倒せることもあった。

10個くらいの爆弾石が集まると、来た道を戻って旅の扉に向かい、メルキドの町に戻っていく。

町の中に入ると、魔法の玉に加工するために作業部屋の扉を開けた。

 

「おおファレンさん、戻って来ましたね。爆弾石は集まりましたか?」

 

「うん。10個くらい集まったし、魔法の玉を作ろう」

 

作業部屋の中ではショーターが待っており、ファレンの姿を見かけると話しかけてきた。

これで魔法の玉を作れば、メルキドシールドの素材となるオリハルコンが採掘出来る。

 

「10個もあれば、オリハルコンは十分集まりそうですね。ロロンドさんにもこのことは話しておきました。僕は鉄を加工して、飛び散りやすい鉄片にしますね」

 

「じゃあ、僕はそれで爆弾石を囲むよ」

 

ロロンドたちも目覚めている時間で、今は彼は一人でメルキドシールドの形状を考えていた。

それぞれが役割を分担しながら、メルキドシールドの完成を目指していく。

ショーターは収納箱から鉄鉱石を取り出し、それを炉に入れて溶かし、鋭く尖った鉄片にしていった。

鉄片が出来ると、ファレンはそれで爆弾石を囲み、さらにショーターの指示でその外側にひもをつける。

作っている間に、彼はゴーレムの話もしていた。

 

「そう言えば僕は半信半疑だったのですが、ロッシさんの話から考えると、やはりかつてのメルキドを滅ぼしたのは守り神だったはずのゴーレムのようですね」

 

「まだはっきりとは言えないけどね。でも、可能性は十分にあると思うよ」

 

ショーターも旅の中で、ゴーレムの話は聞いていた。

多くのメルキドの末裔が語り継ぎ、山奥の城塞で起きた悲劇のこともある。

ロロンドは未だに否定を続けるが、ゴーレムがメルキドを滅ぼした可能性は、かなり高いと言えた。

 

「ゴーレムは相当な硬さを誇る魔物です…戦いの時にも、魔法の玉は役立つかもしれませんね」

 

「岩で出来た巨人って聞いたからね…それならこの後、もっと多くの爆弾石を集めて来るよ」

 

破壊力の大きい魔法の玉ならば、ゴーレムにもかなりダメージを与えられる可能性は高い。

今作っているのは採掘用なので、戦いにも使うならさらに爆弾石が必要になる。

オリハルコンを採掘する際に、追加の爆弾岩も集めに行くことにした。

話しながら作っている間に、一つ目の魔法の玉が完成する。

 

「これでまずは一つですね。このまま、残りの爆弾石も加工しましょう」

 

「うん。残された時間は少なそうだからね」

 

一つ目が出来ると、ファレンたちは残っている爆弾石も魔法の玉へと変えていく。

先ほどと同様にショーターが鉄を加工して、ファレンが爆弾石をそれで包んでいった。

魔法の玉が次々に出来ていく中、ショーターはメルキドシールドの素材に関する新しい話をする。

 

「そう言えばファレンさん、メルキドシールドの素材に関してもう一つ心当たりがあります」

 

「オリハルコンくらい硬い物が他にもあるのか?」

 

オリハルコンは希少な金属なので、それだけで防壁を作るのは難しくも思われた。

 

「オリハルコンほどではありませんが、かなりの硬さを誇るものです。ドムドーラにいる石の魔物、巨大なストーンマンを倒せば、ゴーレム岩という硬い岩が手に入ると聞きました。ストーンマンも、魔法の玉があれば倒せると思いますよ」

 

「そんな魔物がいたんだ。それじゃあ、この後ドムドーラにも行ってみるよ」

 

ストーンマンがゴーレムの名を冠する岩を持つのは不思議だったが、こちらも役に立ちそうだとファレンは考える。

メルキドシールドは、ゴーレム岩とオリハルコンを組み合わせた物になりそうだ。

ゴーレム岩の入手のためにも、やはり爆弾石の補充は必要そうだった。

これからのことも考えながら、ファレンたちは魔法の玉を作り続ける。

長い時間がかかって魔法の玉が10個出来ると、ファレンはそれをポーチにしまった。

 

「大変でしたが、これで魔法の玉が出来上がりましたね」

 

「うん。オリハルコンもゴーレム岩も集まるし、メルキドシールドまでもう少しだな。さっそくオリハルコンを集めて来るよ」

 

ファレンがオリハルコンの採掘に向かう前に、ショーターは少し注意をする。

 

「魔法の玉は外に置くとすぐ発火し、数秒後に爆発するそうです。置いたらすぐに離れて下さいね」

 

「分かった。気をつけて使うよ」

 

採掘が終わったら、ロロンドと一緒に形状を考えなければならない。

早めに素材は集めようと、ショーターと別れるとファレンはすぐに再び峡谷地帯に向かった。

峡谷地帯に入ると、まずは先ほど最初に見たオリハルコンの鉱脈に歩いていった。

鉱脈に向かう途中、見つけた爆弾岩は爆弾石を集めるために倒す。

鉱脈にたどり着くとポーチから魔法の玉を取り出して、すぐにその場を離れた。

 

「どれくらい爆発するんだろ、なるべく離れよう」

 

オリハルコンを砕くほどの爆発を受けたら人間ではひとたまりもない。

ファレンは爆発範囲が分からず、かなりの距離を取っていた。

設置から数秒経つと、魔法の玉は炸裂し、周辺数ブロックを粉砕する。

凄まじい衝撃を受けて、オリハルコン鉱脈も壊れてたくさんの鉱石が落ちていた。

 

「爆発はこれくらいの範囲か…オリハルコンも砕けたし、拾いに行こう」

 

ファレンは10ブロックくらい離れていたが、そこまでの必要はなかった。

彼は砕けた鉱脈に近づき、落ちているオリハルコンを回収していく。

ここでは8個のオリハルコンを手に入れることができ、ファレンは次の鉱脈を探しに行った。

 

「結構拾えたけど、まだ足りなさそうだね。採掘がてら、探索もしていこう」

 

峡谷は長く続き、ファレンは歩いて探索していった。

ずっと両側の岩山や谷底の砂地が広がり、地形の変化はほとんどない。

ときどき爆弾岩やオリハルコンが見つかり、それらを倒したり採掘したりしながら進んでいった。

峡谷の奥の方まで来た時には、20個ほどの爆弾石と30個ほどのオリハルコンが集まる。

 

「結構な数が手に入ったね。これくらいあれば十分かな」

 

メルキドシールドの作成や、ゴーレムとの戦いにも十分足りると思われる数だった。

十分な数が集まると、ファレンは探索に集中していく。

砂地を歩いていくとやがて峡谷を抜けて海に出て、そこで途切れていた。

 

「峡谷を抜けたら海に出るのか。この辺りには何もなさそうだね」

 

端まで言っても、オリハルコンや爆弾岩以外の目立つ物は見当たらない。

一本道の砂地を探索し終えたファレンは、黒い岩山に向かっていった。

 

「今度は岩山の上に登ってみるか。向こう側に何かあるかも」

 

砂地の端から眺めると、白い岩山の谷底と反対側は海に面していた。

しかし、黒い岩山は大きいため反対側が見えず、他の陸地があることも考えられた。

そちらには何かある可能性を考えて、ファレンは岩山を登っていく。

彼はブロックを積みながら、少しずつ高い場所に向かった。

最初は怖がっていた崖登りだが、慣れると少しずつ恐怖は和らいでいった。

 

「ここが岩山の上か…紫色のキメラがいるね」

 

黒い岩山の上に登ると、町の近くに生息している個体より体色が紫がかったキメラが見つかる。

強力になっている可能性もあったので、ファレンは岩山の複雑な地形を利用して隠れ、戦いを避けていった。

そして、岩山を歩いていくと先ほど登った所と同じくらい高い崖があり、その下には別の峡谷が広がっていた。

そこには森もあり、何匹かのスライムが生息しているのが見える。

 

「あんなところにスライムが住む森があるのか。砂ばっかりの峡谷なのに珍しいね」

 

砂地ばかりの峡谷の中で、その森はかなり目立っていた。

その峡谷も崖には鉄や銅、オリハルコンの鉱脈があり、爆弾岩の姿もある。

しかし特に気になる物はなく、ファレンはキメラの翼で町に戻ろうとしていた。

だがその瞬間、スライムのいる森の方から助けを呼ぶ声が聞こえて来る。

 

「ねえ、そこの人間!他のスライムたちに追われてるんだ、助けて!」

 

急いで下を見ると、そこでは一匹のスライムが他のスライムやスライムベスに襲われていた。

スライムが人間の言葉を話すのも初めて聞いたが、スライム同士が争っているのもファレンは不思議に思う。

スライムとはいえ見捨てるのは可哀想なので、ファレンはブロックを使って急いで崖を降り、攻撃しているスライムの1体に飛びかかり、鋼の剣で叩き割った。

 

「何があったか知らないけど、集団で一人をいじめるなんて可哀想だよ!」

 

スライムは一撃では死ななかったものの大きく怯み、ファレンはさらに連続して攻撃し倒す。

残った7体のスライムたちは、それを見て攻撃の対象をファレンに変えてきた。

彼は襲われていたスライムに指示を出し、腕と足に力を溜める。

 

「君は下がってて、このスライムたちは僕が倒すよ!」

 

「助けてくれてありがとう。気をつけてね」

 

スライムたちが近づいてくるとファレンは力を解放し、回転斬りで全員を薙ぎ倒す。

弱い魔物であるもののここのスライムは生命力が高くそれだけでは生き残ったが、剣の勢いで体勢を崩していた。

 

「これだけじゃ倒れないか…でも、今のうちに仕留める!」

 

生き残ったスライムたちを斬り裂き、一体ずつとどめをさしていく。

しかし、短い隙で全てを倒しきることは出来ず、4体のスライムたちは体当たりしてファレンに反撃して来た。

全てをかわしきるのは難しく、ファレンは盾でスライムの身体を防ぎ、地上に叩き落としていく。

叩きつけられた衝撃で彼らは形が崩れ、また動きを止めていった。

 

「生命力は多いけど、やっぱりそんなに強くはないね」

 

スライムたちみんなが潰れると、ファレンは再び力を溜めて、回転斬りを放つ。

二度も強力な攻撃を受けて、スライムたちはみんな油を落として消えていった。

 

「これで終わったよ。怪我はなかった?」

 

「うん。人間さんとっても強いんだね、本当に助かったよ」

 

ファレンが声をかけると、襲われていたスライムは近づいてくる。

崖を降りるのに少し時間はかかったが、大して怪我はなかったのでファレンは安心した。

敵のスライムが落とした油を拾いながら、何故襲われていたのかも聞く。

 

「僕が強いんじゃなくて、装備が強いんだよ。でも、どうしてスライム同士で戦っていたんだ?」

 

「実は僕、スライムなのに人間が大好きで、人間と仲良くなりたかったんだ。そのために人間の言葉も覚えたんだけど、他のスライムに話したら竜王様に逆らう悪いスライムだって言われちゃって…処刑されそうなところで君を見つけたんだ」

 

人間に味方をするのは、竜王の配下の魔物にとっては死に値する重罪だ。

そのためエルゾアもプレーダも、人間が好きなことを隠して生きていた。

スライムはここにいると、また新手の魔物がやって来ると言う。

 

「今は助かったけど、ここにいたらまた襲われちゃうよ。人間さん、無理を言って悪いけど、何とか出来ないかな?」

 

「それなら、僕と一緒にメルキドの町に向かおう。キメラの翼って道具があればすぐに行けるよ」

 

ここから逃げ出し、今後もこのスライムが生きていけるようにするためには、メルキドの町に連れていくしかない。

みんな魔物であっても、人間に味方してくれる者なら大歓迎だ。

 

「町…?どんな場所か分からないけど、行ってみるよ」

 

「たくさんの人間が暮らしている場所さ。人間に味方する魔物も住んでるから、君でも大丈夫だよ」

 

「そんな場所なんだ。僕はスラタン、これからよろしくね!」

 

スライムはスラタンと名乗り、ファレンも名乗ると同時にポーチからキメラの翼を取り出した。

 

「スラタンか。僕はファレン、こっちこそよろしく」

 

キメラの翼を使うとファレンとスラタンの身体は空高く舞い上がり、メルキドの町へと向かっていく。

上空からは、峡谷や町近くの草原の拾い範囲を見渡すことが出来た。

 

「すっごい景色だね。ちょっと怖いけど、いい眺めだよ!」

 

スラタンはケッパーやレゾンと違い、少しは怖がりながらも上空からの景色を楽しんでいた。

メルキドの町が近づいてくると、ファレンは町の中心を指さす。

 

「これが僕たちの作ってる町だよ。どうかな、住んでみるのが楽しみ?」

 

「うん!人も魔物もたくさんいるし、とっても楽しそうだよ」

 

初めて見る町というものに、スラタンは興奮を隠せないでいた。

町の上空にたどり着くと、二人の身体は希望の旗の台座に向かって降りていく。

スラタンの姿を見て、町のみんなはその近くに集まってきていた。

メルキドシールドの作り方を部屋にこもって考えていたロロンドも、人々の騒ぎを聞きつけて出てくる。

 

「ファレン、おかえり!そのスライムも、町の仲間になってくれるんだね!」

 

「私だけじゃなくてその子も来てくれるなら、ますます賑わいそうね」

 

「おお!何かと思ったら、また新しい仲間を連れてきたのだな!魔物の中にも我々に味方してくれる者がいるというのは嬉しいことだ」

 

「魔物も人間もたくさんで、すごく楽しくなってきたぜ!」

 

歓迎する雰囲気のみんなにスラタンは自己紹介し、ファレンが詳しく説明をした。

 

「僕はスラタン。とっても暮らしやすそうな場所だし、みんなこれからよろしくね!」

 

「スラタンは人間に味方するスライムで、それが見つかって殺されそうになったんだ。そこを助けて、町に来ることを提案したんだ」

 

「そうであったか。味方なら誰でも歓迎だ、これからよろしく頼むぞ」

 

ロロンドを始めとして、スラタンは町のみんな一人一人と挨拶しに行く。

一日で住人が二人も増え、メルキドの町の発展への期待は高まった。

だが、魔物たちとの戦いに勝たなければ、せっかくの町も滅んでしまう。

ショーターはファレンに近づき、オリハルコンの採掘について聞いた。

 

「町もますます賑やかになって来ましたね。ファレンさん、オリハルコンの方はどうなりましたか?」

 

「爆弾石と一緒にたくさん集めて来たよ。魔法の玉を補充したら、ゴーレム岩も集めに行こうと思う」

 

オリハルコンが手に入り、後はゴーレム岩が手に入れば素材集めが完了となる。

だがその前にゴーレムとの戦いで使うためにも、魔法の玉を増やすことにした。

 

「順調に進んでいますね。ここまで発展した大切な町を、僕も壊されたくはありません。時間はないですから、さっそく作りに行きましょう」

 

「うん。ゴーレムを倒して、この町を救おう」

 

二人とももう少しスラタンたちと話したかったが、戦いの準備を急がなければいけない。

作業部屋の扉を開けて、さらなる魔法の玉を作り出していった。



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1-38 古の緑竜の伝承 屍の積もる丘

大学受験も終わったので、久しぶりに戻ってきました。

長い間感覚を開けていたので書き方が下手になっているとは思いますが、どうかご了承ください。


スラタンを迎えてから数時間の間、ファレンとショーターは新しい魔法の玉を作り続けていた。

魔法の玉が用意できると、ファレンはゴーレム岩を集めに作業部屋の外に出る。

しかし、赤の旅の扉に入ろうとすると、町を歩いていたチェリコに話しかけられた。

 

「あら、いいところに出てきたわね。私から一つ伝えたいことがあるの」

 

「これから素材集めに行こうとしてるんだけど、急ぎの用事なのか?」

 

ファレンが尋ねると、チェリコはメルキドの地に語り継がれるという伝承について話す。

 

「ええ。あなたは、メルキドの古代のドラゴンの伝承を聞いたことはある?」

 

「いや、ドラゴンなんて聞いたことも見たこともないけど?」

 

目覚めてから見たことはないが、ドラゴンという名前は何故か記憶の中にあった。

ゴーレムの話については何度も聞いたが、ドラゴンの伝承については全く覚えがない。

 

「みんなの言ってたゴーレムと違ってメルキドの末裔でも知っているのは極一部らしいから、聞いてないのも無理ないわね。旅の間に聞いた伝承によると、メルキドにははるか古代から生き続けるドラゴンがいるらしいのよ。凄まじいまでの力を持っていて、彼らが怒ればメルキドの大地は瞬く間に焦土と化すらしいわ」

 

「そんな恐ろしい存在なんだ…本当にいるとしたら、対策しないといけないね。でも、そんなドラゴンなんて本当にいるのか?」

 

伝承の通りならば、これからのメルキドの発展にとって大きな脅威となる。

だが、伝承を語り継ぐ者も少なく、姿を見たこともないので、存在が確実だとは呼べなかった。

ファレンがそう言うと、チェリコは町の南西、キメラの生息している岩山を指差す。

 

「私も最初は半信半疑だったわ。でもここに来る途中、あの岩山の向こうで大きなドラゴンを見つけたの。他の魔物も近寄ろうとしなかったし、明らかに別格の存在だったわ」

 

「そう言えば、あの岩山の向こうには行ってなかったね…他の魔物も近寄らないとなると、相当強そう」

 

「ええ、もしかしたらゴーレムと同じか、それ以上の脅威になるかもしれないわ。みんなからあなたは強いって言われてたし、無茶なお願いだって分かってるけど、そのドラゴンを今のうちに倒して欲しいの」

 

ファレンはメルキドの各地を探索して来たが、あの岩山の裏にも陸地があることは知らなかった。

ゴーレムや魔物たちとの戦いもある以上、町を脅かす敵は少しでも減らしておきたい。

ゴーレム岩を集める必要もあるが、先にドラゴンと戦いに行くことにした。

 

「…危険だけど、町のためならやるしかないね。これから戦いに行ってくるよ」

 

「本当にありがとう。私は戦えなくて申し訳ないけど、あなたの勝利を祈ってるわ」

 

ドラゴンは初めて戦う魔物だが、怖気付いていることは出来ない。

しかし、伝承にある通りの強大な力を持っているなら一人で戦うことは難しく、ファレンはケッパーたちの元に向かった。

ケッパーは見張り台で魔物を監視しており、ゆきのへと魔物たちは迫る決戦に向けて訓練を続けている。

かなり集中していたので、ファレンは大声で彼らを呼んだ。

 

「ねえ、みんな。少し話したいことがあるんだ」

 

「どうしたんだ、ファレン?」

 

始めにケッパーが気づき、他のみんなもファレンの方を見る。

 

「チェリコが、この町の近くにドラゴンが生息してるって言ってたんだ。これから倒しに行こうと思うんだけど、一緒に来てくれないか?」

 

「ドラゴンか…この辺りに住んでるなんて俺も初めて聞いたぜ。みんなで行くってことは、そんなにやべえ奴なのか?」

 

レゾンもドラゴンという魔物の存在は知っていたが、伝承にあるドラゴンを見たことはなかった。

 

「うん。古代から生きていて、メルキドを焦土に変えるほどの力を持っているらしいんだ。ゴーレムと一緒に町に襲ってきたら大変だからね、こっちから出向いて倒そうと思ってる」

 

「へえ、焦土に変えるなんてすげえ話だな…今まで以上の経験が積めそうだし、俺はもちろん行くぜ」 

 

「強敵が同時に襲ってきたら、この町の設備でも厳しいからね。でも、僕も戦いに行きたいけど、この町の守りが手薄に…」

 

全員で戦いに向かえば勝てる可能性は高まるが、その分町の守りが手薄になってしまう。

強敵との戦いを好むレゾンは、伝承を聞いてすぐに戦いに向かおうとするが、ケッパーは少し躊躇っていた。

ケッパーは衛兵の子孫で、来てくれると大きな戦力になる。

すると、彼をドラゴンの方に向かわせるため、ゆきのへは一つ提案をした。

 

「それならワシが魔物どもの見張りをするから、ケッパーは二人と一緒に戦いに行ってくれ」

 

「それはありがたいけど…見張りを変えても、戦力が下がるのには変わりないな…」

 

町を攻めてくる魔物の数は多く、少しでも戦力が落ちると危険性が高まる。

ゆきのへにそう言われた後でも、ケッパーは町を出発するか悩んでいた。

 

「大丈夫だ。いっぱい訓練して強くなったんだし、オレたちが町を守るさ!二人だけじゃ厳しそうだし、頼むぜ!」

 

「確かにそこまでの強敵となると、二人が心配だよね…分かったよ、僕も一緒に戦いに行く。町のことは任せたよ」

 

しかし、プレーダの言葉にも押され、ケッパーは見張り台から降りてくる。

プレーダだけでなく、その後ろを飛んでいたエルゾアも自信ありげに鳴いていた。

ケッパーが地面に着くと、ゆきのへが見張り場への階段を登っていく。

 

「ありがとう、ケッパー。なるべく早めに倒して戻ってこよう」

 

「うん。どんな強さかは分からないけど、僕たちなら勝てるはずさ」

 

ドラゴンと戦うのは初めてだが、勝利を祈って行くしかない。

町に速やかに戻るため、ファレンたちは急ぎ足で岩山へと向かっていった。

途中の森にいるドラキーは刺激しなければ襲って来ないので、隠れることもなく進んでいく。

岩山付近のキメラは攻撃性が高いので、視界の外でブロックを積み、山を登っていった。

岩山を歩いていくと、森の反対側に広がる広大な草原が見えてくる。

 

「へえ、ここが岩山の向こう側なのか。町の近くみたいな草原が広がってるね」

 

「ファレンもここに来たことはないんだね。この草原にドラゴンがいるらしいけど、どこだろう?」

 

草原はかなりの広さがあり、すぐにはドラゴンの位置が分からない。

3人が様々な方向を眺めていると、一点でレゾンが動きを止めた。

 

「見てくれ、あいつがドラゴンだ。…だが、本当に奴と戦うのか…?見ただけでも分かる、あいつはやべえぜ」

 

レゾンの見ている方向には、人間の骨が積もった丘と、その中心に佇むドラゴンの姿があった。

ドラゴンは緑色の鱗に覆われ、4本の太い足で歩く巨大な魔物だ。

骨は焼け焦げて変形しており、ドラゴンのいる丘には草原に生息するスライムも近寄ろうとしない。

強敵との戦いを喜ぶレゾンがこんな反応をするのも初めてのことだった。

 

「確かに大きいし、強そうだね。怖いのか?」

 

「いや、俺は平気だが…そっちは大丈夫かって思ってな。勘ではあるが、今までの魔物とは別格の強さだ」

 

平気だと言うレゾンも、身体は少し震えていた。

しかし、どんな強敵であったとしても倒さなければメルキドは滅んでしまう。

ファレンは決意を固めて、岩山を降りてドラゴンの丘に向かった。

 

「それでも、ここまで来て逃げる訳にはいかないよ。町を守るために、戦いに行こう」

 

「お前ならそう言うと思ってたぜ。だが、本当に気をつけて戦うぞ」

 

ケッパーは彼に続き、レゾンも覚悟を決めて戦いに向かう。

ドラゴンは動くことはなかったが、縄張りである丘に入られた瞬間、ファレンたちの元に近づいてきた。

 

「間近で見ると本当にでかいな…でも、僕たちも負けないよ!」

 

彼らも剣を構えて、ドラゴンの元に斬りかかっていく。

ドラゴンは3人の敵意を感じ取ると、口から広範囲の炎を吐き出してきた。

ファレンたちは一度大きく横に跳び、そこからまた走って近づいていく。

 

「くっ、すごい熱さだな…まともに喰らったら一瞬で消し炭だよ」

 

炎の直撃は避けられたものの、身体にすさまじいまでの熱さを感じる。

少しでも当たったら危険なので、ケッパーたちはドラゴンの口の動きに注意していた。

そして炎が吐き出されそうになると再び横に跳んでかわし、さらに距離を詰めていった。

ドラゴンに真っ先に接近したファレンは、次なる攻撃が来る前に前足に剣を振り下ろす。

 

「結構硬いね…でも、何とか斬れそうだよ」

 

ドラゴンの鱗は非常に硬く、鋼の剣でも一瞬弾かれそうになっていた。

しかし、腕に力を入れて剣を押し込むと、深い傷を与えることが出来た。

それを見て、ケッパーやレゾンも前足に攻撃を始める。

3人に斬りつけられたドラゴンは、今度は前足の爪で引き裂こうとして来た。

 

「うぐっ、なんて素早さだ…!しかも、とんでもなく重いぜ!」

 

爪を振り下ろすスピードは早く、回避力の低いレゾンは左前足を盾で受け止める。

だが、あまりの攻撃力の高さに盾にはヒビが入り、彼の骨も砕けそうになっていた。

その様子を見て、ドラゴンはそのまま押し切ろうとしている。

そこでファレンは右前足での攻撃をかわしつつ、レゾンを襲う足を止めにいった。

跳び上がって勢いをつけて、左前足に剣を叩きつける。

 

「やっぱり伝承のドラゴンだけあって、一筋縄じゃいかないね。僕が前足を引きつけるから、2人は横から攻撃して!」

 

「分かったぜ。だが、一撃でももらったらやべえ。気をつけてくれよ!」

 

ファレンは空飛ぶ靴のおかげで、2連続の攻撃でも回避しやすい。

両足を斬って注意を引き付けて、その間にレゾンとケッパーは後ろ足の方へ動く。

するとドラゴンは踏み潰そうとして来るが、後ろ足は前足より動きが遅く、レゾンも何とか回避し、反撃を与えることが出来ていた。

ファレンは2段跳びで攻撃を回避しつつ高く跳び上がり、落下の勢いで顔や前足を斬り裂いていく。

激しい動きを繰り返しているが3人の体力はまだ多く残っており、さらなる攻撃を受けることはなく、ドラゴンの体に次々と傷をつけていく。

 

「強いドラゴンって言っても、所詮俺たちには敵わねえみたいだな」

 

「でも、まだこれだけじゃない気がするよ。油断しないで」

 

レゾンはそう言いながら、さっきの攻撃のお返しをするように鋼の剣を叩きつけていく。

だが、3人で攻撃を受け続けても、ドラゴンは余裕そうな表情をしていた。

ケッパーの言葉もあって、レゾンは攻撃の慎重さを強めていく。

そうしていると、ドラゴンは急に足の動きを止めて、全身に力を溜め始めた。

 

「なんだろうこの動き…みんな、気をつけて!」

 

3人も攻撃の手を止めて、どんな攻撃が来てもいいようにドラゴンから距離をとる。

力が溜まりきると、ドラゴンは全身を大きく回転させて周囲を薙ぎ払った。

かなりの素早さであり、接近したままだと避けられなかっただろう。

だが、回転を避けたからといってそれで終わりではない。

ドラゴンは回転を止めた直後に、ケッパーに向かって灼熱の炎を放つ。

さらに大きく飛びかかり、炎を避けた直後の彼を爪で引き裂こうとしてきた。

 

「くっ…やっぱりあれで終わりなわけないか…!」

 

さすがに2連続で広範囲の攻撃をかわすことは出来ず、ケッパーは盾で受け止める。

しかし、彼も攻撃を受けきることは出来ず、腕に走る激痛をこらえながら後ろに跳ぶ。

飛びかかりの勢いもあり、ケッパーの盾はヒビが入るどころか、一部が砕けてしまっていた。

ドラゴンはその様子を見て、彼にさらに爪を叩きつけようとしたいた。

今度攻撃を受けたら、間違いなく引き裂かれてしまう。

ファレンとレゾンはそう思い、ドラゴンの後ろから斬りかかり、ケッパーを助け出そうとする。

だが、ドラゴンは2人の接近も気にせず、ケッパーへの攻撃を続ける。

 

「俺たちの攻撃なんて屁でもないってか、舐めやがって…!」

 

「ケッパー、僕たちが何とか引きつけるから、それまで持ちこたえて」

 

レゾンとファレンはドラゴンの前足を斬り続けるが、ケッパーへの攻撃は止まらない。

まずは彼にとどめを刺そうと、ドラゴンは決定しているようだった。

ケッパーは両前足での攻撃をかろうじて避けているが、受けてしまうのも時間の問題だ。

並大抵の攻撃では止められないので、ファレンは腕に力を溜めて旋風斬りを放つ。

 

「これならどうだ、相手は僕がするよ!」

 

突然高威力の3連撃を受けて、ドラゴンは軽く怯む。

それを見て、レゾンやケッパーも力を溜めて、回転斬りを放った。

溜め攻撃ならドラゴンの鱗も容易に貫くことができ、大きなダメージを与えていた。

生命力も凄まじいドラゴンだが、少しずつ弱って来ている。

ファレンたちはそう思いながら、剣での攻撃を続けていった。

 

「さっきはよくもやってくれたね…僕たちも反撃していくよ!」

 

「俺たちの町を脅かす奴は、どんな強敵でも叩き切ってやるぜ」

 

ケッパーも体勢を完全に立て直し、ドラゴンへの攻撃を続ける。

ドラゴンも最も強力な攻撃を放ったファレンを睨みつけて、爪での攻撃を再開した。

彼はまた2段跳びを使いながら、両前足をかわしながら何度も斬撃を放つ。

ケッパーたちも後ろ足に戻り、鱗を鋼の剣で貫いていた。

2人は痛手を負ったものの、まだ後ろ足を避けられるだけの体力はあった。

大技は放てないものの、少しずつ生命力を削りとっていく。

しばらくすると、ドラゴンはもう一度身体の動きを止めて、力を溜め始める。

 

「またそれか…でも、今度は喰らわないよ。みんな、遠くまで離れて!」

 

今回も、回転攻撃の後に炎と飛びかかりを行って来るのだろう。

3人は力を溜めて回転攻撃を放っている間、炎が届かないところにまで逃げる。

回転攻撃の後ドラゴンはファレンに向かって炎を放つが、彼のいるところまでは届かなかった。

その後の飛びかかりは届いてしまうが、ファレンは引き裂かれる前に大きく横に跳び、攻撃をかわしきる。

そして、次の攻撃が来る前にすぐにドラゴンに斬りかかり、さらなる深手を負わせていった。

その間に、ケッパーとレゾンも走って接近して来る。

 

「もうその攻撃は通用しねえぜ。観念しろ、ドラゴンめ!」

 

「そろそろ終わりにするよ」

 

だが、なかなか倒れない3人を見て、ドラゴンの目付きが突然変わる。

 

「ん…何だ…?」

 

そして、気配も今までとは変わったかと思うと、彼は突然頭を高く持ち上げて叫び声をあげた。

耳をつんざくかのような咆哮に3人は動きを止める。

ドラゴンは怒りのこもった鋭い視線でファレンを睨みつけると、天に向かって巨大な火球を吐き出した。

 

「すごい叫びだ…こいつ、まだ全力じゃなかったのか…!」

 

「やべえ、とんでもねえ量の炎が落ちて来るぜ!」

 

ケッパーがドラゴンの咆哮に驚いていると、レゾンは火球が放たれた空を見てそう叫ぶ。

ドラゴンの放った火球は空中で無数に分裂し、炎の雨となって大地に降り注いできた。

3人はすぐに反応し、落ちてくる炎を何度も避け続ける。

しかし、避けた直後に新たな炎が落ちてくることも多く、彼らは直撃はせずとも、身体中に火傷を負っていた。

 

「…何だこれ…これが、伝承のドラゴンの力なのか…?」

 

「くそっ…今までは手を抜いてたってことか…!」

 

チェリコの話で強力なドラゴンだとは分かっていたが、まさかここまでとは思っていなかった。

最初の戦いは様子見、回転からの連撃も手を抜いた戦い方でしかなかったようだ。

炎の雨を受けて辺りの草原は一面焦土と化しており、散らばっていた骨もほとんどが消し炭になっていた。

3人は生きてはいたものの満身創痍で、剣や盾、鎧も大きく損傷していた。

さらに、追い詰められた彼らに、殺意をあらわにしたドラゴンはさらなる攻撃を放つ。

目の前にいたファレンに向けて、大量の炎を連続で吐き出してきた。

 

「まずいっ、これはさすがに避けきれない…!」

 

再び2段飛びを使って避けようとはするが、先ほどの傷のせいで身体が思ったように動かず、腹と足に大きく火傷を負う。

ファレンは動けなくなり、あまりの痛みに意識を失いそうになっていた。

 

「お前…よくもファレンを…!」

 

「相当な強さだけど、僕たちもまだ戦えるよ!」

 

ケッパーたちもファレンを守ろうと近づいていくが、それを見たドラゴンは力を溜め始めた。

まず間違いなく広範囲の強力な攻撃を放ってくるので、このままではファレンだけでなく、2人も死んでしまう可能性が高い。

これ以上の戦闘継続は不可能と判断してファレンは撤退を決定し、キメラの翼を取り出した。

 

「…だめだ!このままだとみんな死んじゃうよ。僕がキメラの翼を使うから、それで逃げよう!」

 

彼が懸命に翼を放り上げると、3人の身体はドラゴンの元を離れ、上空へと飛び上がっていく。

ドラゴンは力が溜まり切ると、身体を数回回転させるとともに炎を吐き出し、周囲に巨大な炎の竜巻を巻き起こした。

 

「とんでもねえ技だぜ…悔しいが、撤退して正解だったな」

 

「翼を使ってくれてありがとう。僕たちまで死ぬところだったよ」

 

重傷を負った3人が避けられるものではない上に、直撃していたら跡形もなく焼き尽くされていた。

 

「みんな無事で良かった。残念だけど、今の僕たちでは倒せなさそうだね」

 

「うん…もっと強くなって、町の設備も整えていかないと、どうしようもなさそうだ」

 

倒せなかったものの、ひとまずはみんなが生きていることを3人は喜ぶ。

ゴーレムとドラゴンが同時に襲撃してくることを恐れて戦いに行ったものの、少人数ではどうしようもない。

町の設備を整えて決戦に備えるしかないと、ファレンたちは思っていた。

やがて、3人の身体はメルキドの町に降り立つ。

 

「おお、戻ってきたか!かなり怪我をおっておるが…伝承のドラゴンとやらはそんなに強かったのか?」

 

「遅くて心配してたけど、酷い火傷ね…無茶なお願いして、本当にごめんなさい」

 

町に帰ってくると、ロロンドとチェリコが心配そうに駆け寄ってくる。

3人の怪我の様子を見て、ドラゴン討伐の依頼をしたチェリコは深く頭を下げて謝っていた。

 

「いや、謝ることなんてないよ。結局いつかは戦いになるんだし、みんなも生きてるから」

 

「お主たちが生きて戻って来てくれて本当に嬉しいぞ。それで、伝承のドラゴンは倒せたのか?」

 

「いや、途中まではうまくいってたんだけど、あいつが全力を出してからはまともに戦うことすら出来なかった。みんなが死ぬ前に、キメラの翼で撤退することにしたんだ」

 

ロロンドの質問にファレンは首を横に振り、ドラゴンとの戦いについて説明する。

 

「そうか…まさか、今のお主たちでも歯が立たぬとはな…。恐らく、メルキドの魔物の親玉とはそのドラゴンのことで間違いないな。いつ奴が襲ってきてもいいように、メルキドシールドの完成を急がねばな」

 

「うん。メルキドシールドを使って、町のみんなと一緒に戦えば、倒せないことはないと思う。また一緒に、メルキドシールドの作り方を考えていこう」

 

ゴーレムの話を信じていないロロンドは、ドラゴンが魔物の親玉だと断定した。

ゴーレムだろうとドラゴンだろうと、メルキドシールドがなければ倒すのは難しい。

一刻も早く開発を進めようと、ファレンは強く思っていた。

 

「ああ。だがお主も重傷だ、今日は吾輩一人で考えておくから、傷薬を塗ってゆっくり休んでてくれ。武器と防具の修復はゆきのへに頼んでおくぞ」

 

「分かった。じゃあ、明日からまたよろしくね」

 

ファレンの身体はまだ激しい痛みが収まらず、今日のところは休むしかなさそうだった。

傷口に傷薬を塗り、痛みが収まると、彼は自身の個室で眠りについた。

ケッパーとレゾンも見張りを他の人に任せて、早めに休んでいた。



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1-39 ピリンの想いとメルキドシールド

古のドラゴンと戦った翌日、傷薬の効果もあって火傷の痛みはほとんどなくなっていた。

さっそくメルキドシールドについて考えようと、彼は個室から出ていく。

そうしてロロンドの部屋に向かっている途中、ゆきのへから話しかけられた。

 

「おお、目覚めたか。大変な戦いだったと聞いてたが、傷は落ち着いたか?」

 

「うん。完全には治ってないけど、もう痛みはないよ」

 

心配そうに話しかけてきた彼だったが、ファレンの元気そうな様子を見て安心する。

ゆきのへは返事を聞いた後、鋼の剣と盾、鎧を取り出した。

 

「それなら良かったぜ。そうだ、ロロンドから頼まれて、お前さんの新しい装備を作って来たぞ。今のはボロボロだし、今度からはこれを使ってくれ」

 

「ああ、ありがとう。それじゃあ、さっそく着替えて来るよ」

 

ファレンは装備を受け取ると、まずは剣と盾をしまってから一度個室に戻っていった。

そこで焼け焦げて変形した鎧を脱ぎ、ゆきのへの作ってくれた新しい鋼の鎧を着る。

彼の鍛冶屋としての技術も向上してきているようで、以前よりも整った形の鎧になっていた。

鎧を着直すと、ファレンは改めてロロンドの部屋へと向かっていく。

そうしていると、今度は町を歩いていたピリンに話しかけられた。

 

「ねえ、ファレン。少し時間あるかな?」

 

そういう彼女の顔は、どこか不安げな表情をしていた。

早くメルキドシールドを考えに行きたいものの、短時間なら構わないとファレンは話を聞くことにする。

 

「そんなに時間がかからないなら別にいいけど、どうしたんだ?」

 

「もうすぐ大きな戦いがあるってロロンドから聞いて、ちょっと怖くなってるんだ。襲ってくる魔物って、とっても強いんでしょ?」

 

「うん…今までの魔物とは、比べ物にならないほどかもしれない」

 

「やっぱりそうなんだよね…。私はただ、みんなが楽しく暮らせる町を作りたかっただけなのに、どうしてこんなことになっちゃったのかな…」

 

「ずっと魔物に支配されてた世界なんだし、仕方のなかったこどだよ…でも大丈夫、僕たちが必ず強い魔物を倒すから、ピリンは安心して町作りのことを考えてて」

 

ファレンも最初ここまで戦いが起こるとは思っていなかったが、どうしようもない事だと受け入れていた。

ファレンたちが食い止めなければ、魔物の攻撃は町の中にも届くことになる。

直接戦闘には参加しないピリンも不安になってしまうのは、仕方のないことだった。

厳しい戦いは避けられないものの、ファレンは落ち込むピリンに励ましの声をかける。

 

「そう言ってくれて嬉しいよ。それで1つ頼みたいんだけど、もし魔物に襲われちゃった時のために、薬草を用意して欲しいの」

 

「まあ、やっぱり心配だよね。それくらいならいいけど、薬草ってどこにあるんだ?」

 

町に魔物が入らないようみんな最善を尽くすつもりではいるが、万が一のことを考えることも必要だ。

しかし、今まで怪我は傷薬を使って治して来ているので、薬草というのは聞いたことがなかった。

ファレンが聞くと、ピリンは庭園の方を指さす。

 

「ロロンドから聞いたんだけど、あの庭園の茂みの葉って、薬草としても使われるらしいの。葉を3枚束ねて食べたら、深い傷もすぐに治るらしいんだよ」

 

「そうだったんだ。あれくらいならすぐに集められるよ」

 

「そっか。じゃあ、薬草の葉が15枚、束が5つくらいあると嬉しいな」

 

薬草の茂みはケッパーのいた小島にいくらでもあり、15枚くらいならすぐに集められる。

束にしておいた方が一度に食べられて便利なので 、戻ってきたら束を作ろう。

ピリンの身も心配なので、ファレンはそう思いながら青の旅の扉に向かっていった。

 

「分かった。今すぐ薬草を集めて来て、束を作っておくよ」

 

「ゆきのへの集めてきた薬草で私もいくつか束を作ってたんだけど、足りるか不安でね…。時間とってごめんね」

 

「気にしなくていいよ。それじゃあ集めてくる」

 

ファレンとショーターが魔法の玉を作っている間、ゆきのへは薬草を集めに行っていた。

申し訳なさそうなピリンに一言かけると、ファレンは山岳地帯へと入っていく。

それからおおきづちの里を抜けて、ケッパーのいた小島へと向かっていった。

崖を降りて小島に続く道に入ると、思っていた通りたくさんの薬草の茂みが見えてくる。

 

「やっぱりたくさん生えてるね。さっさと刈り取って、ピリンのところに戻ろう」

 

先ほどゆきのへから受け取った鋼の剣を取り出し、茂みを切り裂いていく。

剣で切るとスコップを使った時とは違い、葉の1枚だけを手に入れることになった。

ファレンは次々に茂みを切っていき、薬草の葉を回収していく。

ピリンの言っていた15枚に加えて、自身の分9枚も集めると、彼はキメラの翼を使い、メルキドの町に戻っていった。

 

「これで僕の分も3つ作れるね。じゃあ、そろそろ町に戻るか」

 

ファレンの身体は小島から大きく飛び上がり、町の方へと動いていく。

町に戻ってくると、彼は作業部屋に入り、石の作業台の上で24枚の薬草を取り出した。

 

「あとはこれを束ねたら、ピリンに渡してこよう」

 

薬草の葉はかなり柔らかく、加工にあまり手間はかからなさそうだった。

3枚ずつ葉を束ねていき、出来上がったものからポーチにしまっていく。

ピリンの分を作った後は、自分が使うためのものも作り始めていった。

 

「ピリンの分は出来たけど、一緒に僕の分も作っておこう」

 

ドラゴンと戦うにしてもゴーレムと戦うにしても、回復の手段は多く用意しておいた方が良い。

この機会にまとめて作っておこうと、ファレンは合わせて8つの薬草の束を作り上げていった。

薬草の束が出来上がると、ファレンはピリンの部屋へと歩いていく。

 

「ピリン、薬草の束を作ってきたよ」

 

「本当!?ありがとうファレン、すぐに行くよ」

 

ファレンが扉越しに話しかけると、ピリンはそう言ってすぐに出てくる。

扉を開けた彼女に、ファレンは5つの薬草の束を取り出して見せた。

 

「これが僕が作ってきた薬草の束だよ。これで強い魔物が来ても安心かな?」

 

「うん!本当にありがとう、ファレン。それじゃあこの薬草を受け取って…」

 

ファレンの作った5つの薬草の束をピリンは両手で受け取る。

これが5つくらいあれば、よほどの大怪我でもなければ回復出来るだろう。

しかしそうファレンが思っていると、ピリンはその5つをしまわずに、さらに彼女自身が持っていた7つの薬草の束を取り出してくる。

そして、合わせて12個になった薬草の束をファレンに手渡してきた。

 

「私の作ってた分と合わせて12個、みんなファレンにあげるね」

 

「え、どういうこと?ピリンが作って欲しいって言ってたから作ったんだけど…」

 

ピリンのために作った分までも渡されて、ファレンは首をかしげる。

さっきまで魔物との戦いを不安がっていたピリンの元からは薬草がなくなってしまい、彼女の行動はとても不可解なものに思えた。

 

「最近ファレンはみんなのために武器や道具を作ったり、魔物と戦ったりして、自分のことは後回しでしょ?それで、昨日はひどい怪我までしちゃって…私、どうしても心配になっちゃって。だから大きな戦いの前に、自分のための道具を作って欲しかったの」

 

「それじゃあ…さっきは自分のことより、僕のことを心配していたのか?」

 

「うん。それで、ファレンが怪我しちゃった時のために、薬草を用意させたの。大事な仲間のファレンが死んじゃったりするなんて、私絶対に嫌だから」

 

「そっか…そこまで僕のことを考えてくれてたんだね。ありがとう、ピリン」

 

確かに最近は町を守るための道具、装備ばかりを作っており、自分の回復の道具などは後回しだったとファレンは思い返す。

今日は自分の分も作ってはいたのだが、こうしたきっかけがなければ作らずじまいだっただろう。

ピリンの真意を知ったファレンは、彼女に深く感謝した。

それと同時に、ここまで心配してくれるピリンのためにも、必ずメルキドの町を守り切らなければという気持ちが強くなる。

 

「こっちこそ、そう言ってくれて嬉しいよ。そう言えば、ロロンドの言ってたメルキドシールドって言うのは作れそう?」

 

「まだ時間はかかるけど、必ず作れると思うよ。もう少しだけ待ってて」

 

「そうなんだ。それじゃあ作り方を思いついたら、私にも手伝わせてね。私、強い魔物と戦うのは怖いけど、みんなで作ったこの町が壊されちゃうのも悲しいから…」

 

「分かった。またロロンドと作り方を考えるから、その時になったら呼ぶよ」

 

戦いには参加できないピリンも、精一杯町のために頑張ろうとしている。

いつ魔物の親玉が襲ってくるかは分からず、のんびりとしている暇はない。

ピリンが作ってくれたものと自身が作ったもの、合わせて15個の薬草の束をしまって、ファレンはロロンドの元に向かっていった。

彼は自室でメルキドシールドについて考えており、扉を開けて話しかける。

 

「遅くなってごめん。今日も一緒に、メルキドシールドについて考えていこう」

 

「待っていたぞファレン、怪我もすっかり良くなったようだな。ピリンと色々話していたようだが、そっちの用事は終わったのか?」

 

「うん。後はメルキドシールドさえ出来れば、戦いの準備は完了だよ」

 

「そうか。それでは、何としても考え出し、一刻も早く形にしようぞ」

 

ファレンもロロンドも戦いへの決意を固めて、メルキドシールドの作り方を共に考え始めた。

素材はショーターの言っていたゴーレム岩とオリハルコンに決めており、後は大きさや形状を決めるだけになっている。

形状で分かっているのは、巨大な盾の形をしているということだった。

 

そして、2日間に渡って行われた二人の話し合いの結果、ただブロックを積み上げて作る盾状の防壁ではなく、取り外し、持ち運びが容易である、岩同士を繋ぎ合わせて一つの巨大な塊とした盾状の防壁に決まった。

これであれば、魔物がどこから攻撃して来たとしてもすぐに防壁を移動し、町を守ることができる。

メルキドシールドの作り方が決まると、ファレンたちはいよいよそれを形にしようとする。

 

「おお…!ようやく、ようやくメルキドシールドの作り方を思いつくことが出来たな!恐らく昔の人々が考えていたのも、このような防壁だったに違いない」

 

「うん。どんな魔物が襲ってきたとしても、これがあれば町を守れる気がするよ」

 

「ああ。いつ魔物との決戦があってもおかしくはない、今すぐ作りに行こうぞ」

 

早く作り始めなければ、魔物たちの襲撃に間に合わないかもしれない。

オリハルコンは既に大量に集めているので、後はゴーレム岩があれば完成させることができる。

ファレンはロロンドの言葉にうなずくと、赤の旅の扉へと向かっていった。

 

「それじゃあ、ロロンドはみんなを集めて、作業部屋でオリハルコンを溶かしておいて。僕がその間にゴーレム岩を手に入れて来るよ。オリハルコンは作業部屋の収納箱に入れてあるから、それを使って」

 

「分かったぞ。それではなるべく早く戻ってきてくれ」

 

ショーターの話によると、ゴーレム岩はドムドーラにいるストーンマンという魔物が落とすという。

ファレンはドムドーラに入ると、他の魔物に気をつけながら進み、ストーンマンがいないか遠くを眺める。

そうして砂漠の中央部までやって来ると、彼の視界には全身が石で出来た、二足歩行の魔物の姿が入ってきた。

 

「あれがストーンマンか…結構強そうだし、魔法の玉を使って倒そう」

 

あれがストーンマンに違いないと、ファレンは少しづつ近づいていく。

彼らは大型の個体1体、小型の個体2体の群れで行動しており、防御力も高そうなので、剣で戦って倒すのは難しいように思われる。

爆破して一気に倒そうと、ファレンは魔法の玉をポーチから取り出した。

彼の存在に気づくと、ストーンマン達は威嚇した後、腕で殴りかかってくる。

 

「攻撃力はすごそうだけど、素早さはそこまでじゃないな」

 

ファレンはストーンマンたちの腕を何度か避けると、足元に魔法の玉を設置する。

置いた後は爆発に巻き込まれないように、走って大きく距離をとった。

ストーンマンたちは身体が重い分速く動くことはできず、爆破の範囲から逃げることは出来ない。

魔法の玉が炸裂した瞬間彼らは爆風が直撃し、バラバラに砕け散っていった。

 

「大きいのも一撃か…魔法の玉って本当に強いな」

 

ストーンマンとの戦いにも魔法の玉が役立つとショーターは言っていたが、その通りの活躍をしている。

これだけの威力があれば、ゴーレムとの戦いにも必ず役立つとファレンは確信した。

大型のストーンマンが倒れた所を見てみると、そこには茶色の岩が3つ落ちていた。

 

「これがゴーレム岩か…たくさん集めて、みんなのところに持って帰ろう」

 

ウォーハンマーで叩いてみると、オリハルコンほどではないもののかなりの硬度を誇っていた。

これとオリハルコンを組み合わせると、間違いなく強力な防壁になる。

しかし、どれだけ必要になるかは分からないが、3つだけではせいぜい1つしか作れない。

たくさんのメルキドシールドを用意するため、ファレンはさらに多くのゴーレム岩を集めに行った。

ストーンマンを見つける度に魔法の玉を使って爆破して倒し、大型の個体から岩を回収していく。

 

「結構たくさん集まったな…それじゃあ、そろそろ戻ろっか」

 

20個以上集まると、あまりロロンドたちを待たせるわけにもいかないので、キメラの翼で町に戻っていった。

 

「みんなはもうここにいるのかな?」

 

町に戻ってくると、ファレンはさっそくメルキドシールドを作りに作業部屋に入っていく。

ケッパーは見張り台から、エルゾアは空から魔物の監視を続けているものの、他のみんなの声が部屋の中から聞こえた。

もうみんな揃っているようだと思い、ファレンは作業部屋の扉を開ける。

 

「ロロンド、みんな、ゴーレム岩を取ってきたよ」

 

「おお!よくやってくれたな、ファレンよ!こちらももう準備は出来ておるぞ」

 

「ロロンドに呼ばれてみんなでオリハルコンを溶かしてたんだ。今はファレンが戻って来るのを待ってた所だよ」

 

ピリンの隣にある神鉄炉を見ると、その中では大量のオリハルコンが高熱で溶かされていた。

これからは、このオリハルコンでゴーレム岩同士を繋ぎ、メルキドシールドを作る。

作業を始めようと、ファレンは手に入れて来たゴーレム岩をみんなの前で取り出した。

 

「そっか、遅くなってごめんね。でもその分、たくさんのゴーレム岩を集めてきたよ」

 

「すっごい数だな…これなら、間違いなく最強の守りを作れるぜ!」

 

「うん!オレたちも手伝うから、さっさと完成させちまおうぜ」

 

最強の防壁であるメルキドシールドの完成を前にして、レゾンもプレーダも興奮を抑えきれない。

 

「ああ。それではゴーレム岩を切り分ける係と、それをオリハルコンで繋ぎ合わせる係に分かれて作業しようぞ。残る時間は少ない、今日のうちに完成させるぞ!」

 

「うん。みんな、町のために頑張ろうね!」

 

そして、ロロンドとピリンの言葉を合図に、メルキドのみんなはメルキドシールド作りを始める。

ロロンド、レゾン、ショーター、チェリコの4人はゴーレム岩を適切な大きさに切り分けて、ファレン、ピリン、ロッシ、ゆきのへ、プレーダの5人はそれらを溶かしたオリハルコンで繋ぎ合わせていった。

石材から作られた容器を使い、岩と岩の間にオリハルコンを流し込んでいき、冷えて固まることで1つの巨大な盾を形成する。

形が歪んでしまうこともあったが、その時はゆきのへとプレーダがハンマーを使って直していた。

熱い金属を使った作業なので、みんなの額からは汗が流れ出てくる。

ファレンの隣にはピリンがおり、平気なのか聞いていた。

 

「結構熱いけど、ピリンは大丈夫そう?」

 

「溶けた金属を使うなんて、やっぱりちょっと怖いし熱いけど…それでもみんなと物を作るのはすごく楽しいよ」

 

「そっか。僕もみんなと物を作ってる時が一番楽しいよ」

 

「魔物が襲ってくるのは怖いけど…今は物作りを楽しもう!」

 

ピリンは少し辛そうではあったが、それ以上の笑顔を見せる。

物を作るに当たっては、大変なことや難しいことも出てきてしまう。

それでも共に町を作っていくにつれて、ファレンもピリンも物作りに対して心から楽しさを感じるようになっていた。

仲良くなった町のみんなと働いていると、より楽しさも上がってくる。

メルキドシールドが1つ出来ると、すぐに次のものを作り始める。

その間、今度はロッシがファレンの隣にやってきた。

しばらく作業を進めた後、ロッシは手を止めずに話しかけてくる。

 

「なあ、ファレン。オレは最初は町だとか、人が集まるだとかなんてバカバカしいと思ってた。でも、みんなとこうして色んな物を作ってたら、町での生活も物作りもめちゃくちゃ楽しく思えてきたぜ。だから、お前の必ず倒すって言葉を信じて、オレはゴーレムが来ても逃げるのはやめにする」

 

「そっか…そこまで言ってくれてありがとう。僕もロッシと物作りは楽しいし、これからも続けよう」

 

「ああ。必ず勝つって信じてるぜ。そのためにも、さっさと完成させるぞ」

 

あれだけ恐れていたゴーレムの襲撃が目前に迫り、ロッシは本当に怯えているのだろう。

しかし、それでも町に残るという言葉を、彼は決意を持って言っていた。

これからもみんなと物作りを楽しむため、ファレンは戦いへの覚悟をより強める。

これを使って必ず町を守るんだと、彼は完成していくメルキドシールドを眺めて思っていた。

 

「これで2つ目も出来たな、残りもどんどん作っていくぞ」

 

「ああ。ワシらもまだまだ作業出来るぜ」

 

2つ目が完成した後もゆきのへを始めとしたみんなは疲れを見せず、ロロンドの合図で3つ目を作っていく。

ゴーレムの話を聞いた時、彼は一瞬嫌そうな顔をしていたものの、重要な作業の途中なので怒ったりすることはなかった。

メルキドシールドは巨大なので、作業部屋だけでなく外での作業も行っていく。

持っているオリハルコンを全て使うことで、夕方になる頃には6つのメルキドシールドが完成していた。

メルキドシールドが出来上がると、座って作業をしていたロロンドは立ち上がる。

 

「おお!これで6つ目も完成したな!6つもメルキドシールドがあれば、もう魔物どもなど吾輩たちの敵ではないだろう」

 

「ああ。まあ油断は出来ねえが、戦いに勝てる可能性はすごく上がっただろうな」

 

「間違いねえな。後は魔物どもが襲ってくるのを待つだけだ」

 

ロロンドと一緒に、レゾンやゆきのへも立ち上がって喜ぶ。

それ以外のみんなも、達成感に溢れた表情をしていた。

みんなが喜んでいる間、ファレンはメルキドシールドの配備について聞く。

 

「戦いの前に作れて良かった…そうだ、作ったメルキドシールドはどの辺に置くんだ?」

 

「鋼の守りの後ろに置いておこうと思うぞ。弱い魔物はトゲ罠や石像の炎で倒し、強い魔物はメルキドシールドで防ごうと考えている」

 

「分かった。それじゃあ、みんなでメルキドシールドを置きに行こう」

 

「うん、もうちょっと頑張ろうね」

 

ロロンドの指示を聞いて、みんなメルキドシールドを鋼の守りの後ろに配置する。

鋼の守りも弱い魔物相手には十分役立つので壊さずに残しておき、必要になったらメルキドシールドを使う形になった。

メルキドシールドの配備が完了すると、ロロンドは改めて嬉しそうな声を上げる。

 

「よし、これで6つとも置けたな!いよいよか…後は魔物の親玉を倒せば、吾輩の望みであったメルキドの復活も達成だな」

 

「うん。何が襲って来るかは分からないけど、必ず倒して町を守ろう」

 

ロロンドも町のみんなも、魔物の親玉との決戦に向けて心を決めている。

これで、いつ戦いになっても構わないという状態になった。

 

「ああ。だが、とりあえず今日はもう夜になる。決戦に備えて、ゆっくり休んでおこうぞ。吾輩はまた、メルキド録の続きの解読でもしておこう」

 

「分かった。また何か分かったら教えて」

 

準備は出来たものの、みんなメルキドシールドを作ったことで疲れている。

万全の状態で戦いを挑むため、みんなそれぞれの部屋に戻り、早めに休んでいた。



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1-40 揺れる大地と滅亡の真実

メルキドシールドを作った翌日ファレンは昼頃に目覚めて、町の様子を見て回っていた。

ケッパーは見張り台での監視を続け、レゾンたちは戦いに向けて訓練をしているが、まだ魔物が襲撃して来る気配はない。

 

「まだ時間はあるか…それなら、もう少しメルキドシールドを作っておこうかな」

 

昨日6つのメルキドシールドを配備したものの、いくつあっても作りすぎとは言えない。

決戦の前にさらなる物を用意しようと、彼はまずは素材を集めに行った。峡谷地帯でオリハルコンを採掘した後、ドムドーラでストーンマンの群れを倒し、ゴーレム岩を集めていく。

どちらにも魔法の玉が必要にはなるが、ショーターと作っていた分がまだまだ残っているので、足りなくなることはなかった。

十分な数の素材が集まると、ファレンは作業部屋の中に入っていく。

 

「さっさと作って、防壁の前に置いて来よっと」

 

中に入ると、まずはオリハルコンを取り出し、神鉄炉の熱で溶かし始めた。

それから、ゴーレム岩を切り分け、溶けたオリハルコンで繋げていく。

少しずつ巨大な盾を形作っていると、作業部屋の扉が開かれてピリンが入ってきた。

 

「あっ、ファレン。新しいメルキドシールドを作ってるの?」

 

「うん、昨日たくさん作ったけど、もう少し用意した方がいいかなって思ったんだ」

 

「まあ、たくさんあった方が安心出来るよね。それだったら、私も手伝うよ!」

 

「今日は1人でするつもりだったけど、ありがとう。昨日みたいに、岩どうしを繋げていって」

 

メルキド録の解読や訓練、町の住民たちはそれぞれ必要なことをしている。

ひとまず6個のメルキドシールドは用意しているので、今日の作業にまでみんなを呼ぶのははばかっていた。

それでもピリンは快く協力してくれたので、2人で協力してメルキドシールドを作っていく。

昨日のように分担して作業をし、ファレンはゴーレム岩の切り分けを、ピリンはオリハルコンの流し込みを行った。

シールド作りを進めている間、ピリンはファレンに一つ質問をする。

 

「ねえファレン、一つ聞いていい?私、魔物と戦うのはどうしても怖いから、その分物作りをいっぱい頑張ろうって思ってるんだけど…ちゃんと町の役に立ててるかな?」

 

ロロンドやケッパーたちが果敢に魔物に挑んでいく中、ピリンは町の中で隠れている。

そんな状況に、彼女自身も申し訳なさを感じているようだった。

しかし、戦いの腕はなくとも、ピリンは最初から町のみんなが仲良く暮らせることを考えて、多くの物作りに貢献して来ている。

先日の薬草のこともあり、ファレンは彼女に感謝の念しか抱いていなかった。

 

「もちろんだよ。ピリンはみんなが仲良く暮らせる町を目指して、いろんな物を考えたり作ったりしてくれた。僕も助けられてるし、引け目を感じることなんてないよ」

 

「そっか…どうしても不安になってたから、そう言ってくれて嬉しいよ。大変な戦いなのは分かってるけど…必ず勝ってね」

 

ピリンは微笑み、ファレンはそれに応えるかのように頷く。

彼女の望む楽しい町を守るために、何としても魔物の親玉を倒さなければならない。

勝利を確かなものにするため、ファレンとピリンは7つ目のメルキドシールドの完成を急いだ。

だいたいの形が出来上がると、ハンマーを使って形の歪みを直す。

完成した後は、昨日作った6つの隣に並べに行くことにした。

 

「これで出来上がりだな。昨日のと同じように、防壁の後ろに置いてくるよ」

 

「それじゃあ、また新しいのを作ろうと思ったら呼んでね」

 

メルキドシールドを作り終わると、ピリンは一度自分の部屋に戻る。

ファレンはそれを見ながら、鋼の守りの後ろに新しいシールドを置いた。

ドラゴンにしてもゴーレムにしても、この防壁はそう簡単には破れないだろう。

確かなことは言えないもののファレンはそう思いながら、少し休憩しようと戻っていく。

 

しかしその瞬間、突然どこかから地面が裂けるような大きな音が鳴り響く。

それと同時に、メルキドの大地が激しく揺れ動き始めた。

 

「な、何なのだこの揺れは!?この大地に何が起きておる?」

 

突然の地響きに、ロロンドも驚いて外に聞こえるほどの大声を上げる。

音も揺れもすぐに収まったが、ただ事だとは思えない。

ファレンも何が起こったか分からず動きを止めていると、ロッシが部屋から飛び出してきた。

 

「ファレン、やっぱりこの時が来ちまったな。今のは多分、メルキドの守り神、ゴーレムが目覚めて起こった揺れだぜ」

 

「まさかとは思ったけど、やっぱりそうなのか…戦いの時が来たんだね」

 

辺りを見渡しても、まだゴーレムらしき存在の姿は見えない。

そのためはっきりとしたことは言えないが、今までこのような揺れはなく、それしか考えられなかった。

休んだらメルキドシールド作りに戻ろうとしていたファレンだが、それを待たずして決戦の時は来る。

 

「そのようだな。なあファレン、今まではっきりと言ってなかったが、どうして守り神だったはずのゴーレムがメルキドを滅ぼしたんだと思う?」

 

戦いが始まる前に、ロッシはゴーレムがメルキドを滅ぼした理由について話す。

昔のことなので確かなことは言えないが、ゆきのへやケッパーとの話からだいたいの予想は出来ていた。

 

「…魔物の襲撃を生き延びた昔のメルキドの人たちは、攻撃を防ぐため山奥にシェルターを作った。でもその中で、人々は不信感や食料不足から、人間同士で殺し合いを始めた。それを見たゴーレムは人間に絶望して、メルキドを滅ぼすことにした。そんな所じゃないか?」

 

「そう言えばお前は、あの壊れた城塞に行ったことがあるんだったな。その通りだ…あの中では些細なことで人間が殺し合い、地獄のような光景が繰り広げられてたらしいぜ」

 

「やっぱりそうなんだ…。冒険家が食料を奪われそうになったり、大人が子供を殺したり…城にはそんな内容が書かれたのが落ちてたよ」

 

ファレンはロッシの話を聞く中で、シェルターに落ちていた紙や本の内容を思い出していた。

みんなが仲良く暮らす町で生きてきた彼にとっては、想像もしたくない内容だった。

 

「多分、オレたちには考えもつかないほど酷かったんだろうな…そんな殺し合いの果てに、ゴーレムは人間を襲うようになった。お前の言う通り人間に絶望して、殺し合いを止めない人間こそがやがてメルキドを滅ぼす敵だと思うようになったんだろうな。あいつはきっとメルキドを滅ぼそうとしたんじゃない…メルキドに住む人間を滅ぼしたのさ」

 

「…守り神だからこそ、人間を滅ぼしたってことか」

 

「ああ。そして今再び栄えようとしている人間を見て、もう一度滅ぼそうとしてるんだろう。メルキドを守るためにな」

 

メルキドを守るために、守り神として人間を滅ぼした、そこまではファレンも考えついていなかった。

今の人々は殺し合いをせず仲良く暮らしているが、ゴーレムは人間という種全体に絶望しており、戦いを避けることは出来ないようだ。

 

「あいつは壊れたわけでもなく、今でも守り神として生きている…けど、オレたちが生き残るためには倒さなきゃならねえ存在だ。負けんなよ、ファレン」

 

「分かってる。たとえどんな理由で襲って来るにしても、全力で迎え撃つよ」

 

魔物の親玉と言うだけあって相当な強さだろうが、それでもメルキドシールドを駆使し、戦い抜くしかない。

揺れが起きてからかなり時間が経つが、まだゴーレムの姿は見られなかった。

しかし、見張り台から町の西を眺めていたケッパーが焦った声で叫ぶ。

 

「みんな、すぐに集まって!すごい数の魔物が押し寄せて来てる!」

 

彼の叫びを聞いて、戦える者たちはすぐにファレンの元へと集まってくる。

 

「どうやら、まずは本体じゃなくて手下の魔物が来てるみたいだな」

 

「そうみたいだね。すぐに戦いに行くから、ロッシは下がってて」

 

手下の魔物も襲って来るとなると、鋼の守りも取り壊さなくて正解だった。

ロッシは町の奥の方に逃げていき、ファレンも鋼の剣と盾を構える。

集まってきたみんなも、いよいよ決戦の時だと気合いが入っていた。

 

「こっちも戦いの準備は出来てるぜ。…さっきの揺れといい、いよいよ最後の戦いって感じか」

 

「うん。ロッシが言ってたけど、ゴーレムが目覚めたみたいなんだ」

 

「俺も大分強くなってきたんだ、その力を魔物共に見せつけてやるぜ」

 

「せっかく作ってきた町なんだ…オレも絶対に負けない」

 

みんなが段々と集まってきて、最後にロロンドがやって来る。

 

「みんなもう揃っておるようだな。どんな奴が来るかは分からぬが、手下も親玉も倒し尽くしてやろうぞ」

 

「みんなで戦ったら、必ず勝てると思うよ」

 

「ああ。まずはこの前と同じで、防壁の後ろから様子を伺おう。突破されそうになったら戦いに行くぞ」

 

前回の戦いでは鋼の守りを活用することで、かなり優位に戦いを進めることが出来た。

今もすぐには斬りかかりに行かず、しばらく様子を見ているのが得策だ。

そして防壁の向こうが見えるケッパーとエルゾアの報告を受けてから、直接戦闘に向かう。

 

「分かってる。もし危ないと思ったら、すぐに伝えるよ」

 

ケッパーとエルゾアの眺める方向からは、骸骨やキメラ、大蠍や鎧の騎士が迫ってくる。

そこまで強い魔物ではないが、数は多く彼らを率いている悪魔の騎士も存在していた。

悪魔の騎士は鋼の守りを見て、鎧の騎士たちに破壊の命令を出す。

 

「我々が人間の作った壁などに負けるはずがない。さっさとぶっ壊せ!」

 

「言われるまでもなく、すぐに叩き壊しましょう」

 

「覚悟しろ、人間ども!」

 

メルキドの町の存亡を掛けた激戦が、今まさに始まろうとしていた。



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1-41 存亡を賭けた戦い

斧を構えた鎧の騎士たちは、バリケードや石垣を壊すため鋼の守りへと近づいて来た。

彼らは鎧の硬さのせいで下を見づらく、トゲ罠の存在に気づかない。

しかし、飛んでいたキメラは黒いものが敷き詰められているのを見て、叫んで伝えていた。

 

「何っ、大きなトゲが敷き詰められているだと!?」

 

「人間め…くだらぬ小細工をしやがって。そのトゲともども叩き壊してやろう!」

 

壁まで突っ込もうとしていた鎧の騎士たちは動きを止め、足元にあるトゲ罠を攻撃し始める。

銅で作られたトゲはそう簡単には壊れなかったが、しだいに傷がついていった。

だが、トゲが壊れる前に2体の石像が彼らの接近に気づき、炎を吐き出す。

両側から突然灼熱の炎を受けた鎧の騎士たちは、怯んで動きを止めた。

 

「くっ…炎を吐き出す石像だと…!?」

 

「どこまでも抵抗してくる奴らめ…いい加減諦めろ!」

 

前回メルキドを襲撃した魔物は全て倒されたので、火を吹く石像の情報も伝わっていない。

騎士たちの中には体勢を崩し、トゲ罠に突き刺さっている者もいた。

すぐに立て直し石像を破壊しに行くが、非常に硬く容易に傷をつけることは出来ない。

 

「トゲ罠は見破られちゃったけど、石像が効いてるね…そのままそこで待ってて!」

 

魔物たちを見ていたケッパーは、彼らの様子をみんなに伝えた。

石像を破れない部下たちを見て、以前の個体と同様に悪魔の騎士は前線に上がって来る。

それと一緒に、空を飛んでいるキメラたちにも指示を出した。

 

「そこまで硬いというのなら我が破壊してくれる。キメラども、お前たちは先に町に飛び込め!我らもすぐに続く!」

 

8体のキメラたちは空高く飛び上がり、鋼の守りを越えて町の中に侵入して来る。

彼らはみんなが待機しているところに向かって、ギラの魔法を使って炎を放ってきた。

 

「あいつらは入って来れるみたいだね…みんな、気をつけて!」

 

炎の範囲は狭く、ファレンたちは軽く跳んで回避することができる。

しかし、キメラたちは空中にいるため、剣で反撃することが出来ない。

魔力が尽きたら嘴で攻撃するために降りてくるだろうが、悪魔の騎士は防壁の破壊を始めており、待っていたら混戦は避けられない。

エルゾアもギラの呪文を放って攻撃するが、すぐに倒しきることは出来なかった。

 

「エルゾアだけじゃ倒し切れないな…どうしたらいいんだろう…?」

 

ファレンが悩んでいる間、エルゾアは唯一反撃が出来ると目をつけられ、数匹のキメラに集中攻撃を受ける。

最初の頃より素早く飛べるようにはなったが、かわしきれずに何度も身体を焼かれていた。

悪魔の騎士も町に早く侵入するため、石像の破壊を諦め、鋼の守りの外のバリケードを狙いに行く。

 

「ここまでの石像とはな…ならば仕方ない、外側の防壁を破るぞ!」

 

「早く何とかしねえと、エルゾアも町も危ねえな…!」

 

バリケードも非常に強固ではあるが、破壊されないとは限らない。

ゆきのへたちは炎をかわしながらの戦闘も覚悟して、悪魔の騎士が破ろうとしている場所に向かった。

しかし、厳しい戦況になりつつも、レゾンがエルゾアに自信を持って言う。

 

「ここまで来たらアレを使うぞ。訓練の成果を見せてやれ!」

 

その指示を聞いて、エルゾアはギラの炎を受けつつも、全身に力を溜め始める。

そして、レゾンたちの見つめる先でギラの何倍もの炎を放ち、キメラたちを焼き尽くした。

強力な一撃を受けて、4体のキメラが地上に落ちていく。

 

「流石だぜエルゾア!消耗は激しいと思うが、もう一発やってやれ!」

 

「レゾン、今のは?」

 

「ベギラマの魔法さ。魔物どもとの決戦に備えて、毎日必死に訓練してたんだ」

 

ファレンはレゾンと共に落ちてきたキメラを始末しつつ、今の攻撃について聞く。

ギラを上回る炎を放つ呪文、ベギラマ。

魔力の消耗が激しくエルゾアは辛そうな顔もしていたが、可能な限り炎を放ち続ける。

落ちたキメラは鋼の剣で斬るとすぐに倒すことができ、だんだん数を減らしていった。

8体を落としきると、エルゾアは力が尽きて地面に降りてくる。

 

「よくやったな、エルゾア。ゆっくり休んでてくれ!」

 

「本当に助かったよ。他の魔物は僕たちに任せて」

 

今まで温存していた強力な魔法を使った反動で彼はもう飛び上がることも出来ず、これ以上の戦闘は無理そうだった。

二人はエルゾアにそう言うと、みんなが集まっているところに向かう。

戦力が減ってしまったのは痛いことだが、キメラ軍団を倒せたのは大きいことだった。

 

「おのれキメラども…裏切り者一匹などにやられやがって…!使えない奴らだったが、その分我らが町を壊してやる!」

 

今回襲いかかってきた悪魔の騎士は、以前のものよりも攻撃力が高い。

繰り返し斧を叩きつけられて、何枚かのバリケードには大きなヒビが入って来ていた。

そして、完全に破壊しきるため、鎧の騎士たちも同時に攻撃を行う。

 

「この防壁もあと少しでおしまいだな。お前たち、一気に破壊してやるぞ!」

 

「ああ、今度こそ人間を潰す!」

 

「いつまでも勝てると思うなよ!」

 

騎士の集中攻撃を受けて、ついにバリケードは壊れ、魔物の町への侵入を許す。

穴の空いた防壁から、まずは骸骨や大蠍といった弱めの魔物が攻め込んで来た。

 

「穴が空いたぞ!お前ら、突撃しろ!」

 

「バラバラに斬り裂いてやるぜ!」

 

それぞれ10体以上おり、一度に相手するのはかなり難しい。

最初に少しでも数を減らしておこうと、ファレンは手足に力を溜め始める。

 

「この数を相手するのはきついな…一気に仕留める!」

 

「エルゾアがあんなに頑張ったんだ、オレもやらねえと」

 

「僕もやってやるよ!」

 

同じく回転斬りを得意とするレゾンとケッパーも力をこめて、襲い来る魔物の軍団に放つ。

回転斬りを受けた骸骨と大蠍たちはすぐには消えなかったものの、怯んで動かなくなっていた。

決戦のために鍛えたみんなの技が大いに役立っている。

多数の魔物の動きが止まり、ロロンドたちも一斉に攻撃を仕掛けに行く。

 

「よくやったぞ、3人とも。吾輩たちと一緒に奴らを仕留めようぞ!」

 

魔物たちの何体かはその場で倒れるが、すぐに回転斬りを受けなかった後衛の魔物がやって来る。

ファレンたちは彼らの攻撃も回避しながら、怯んだ魔物たちにとどめを刺していった。

しかし、ロロンドのところには悪魔の騎士がやって来て、彼との戦いに集中するため周囲の敵の立ち上がりを許してしまう。

 

「よくもやってくれたな、人間め…まずは偉そうなお前から片付けてやる!」

 

「偉いと言われるのは嬉しいが…お主たちなどにやられる吾輩ではない!」

 

彼は悪魔の騎士の攻撃をかわし、まずは周囲の手下を倒していこうとする。

周りには鎧の騎士が2体、骸骨と大蠍が1体ずついた。

手下たちの攻撃力はそこまで高くはなく、ロロンドは盾で受け止める。

しかし、次々に行われる4体の攻撃を受け止めつつ、悪魔の騎士の斧を避けるのは難しい。

まずは回転斬りで弱っている骸骨や大蠍に狙いを定め、残った生命力を削りとっていった。

 

「数が多いだけでそんなに強くはない…押し切ってやるぞ」

 

「ずいぶん舐められたもんだな…!倒れるのはお前だ人間!」

 

魔物たちも抵抗を強め、攻撃を受け止めるために動かし続けた腕には疲労が溜まってくる。

良い戦況とは言えないが、周りもロロンドを助けられる状況ではなかった。

ファレンたち3人は回転斬りを使う危険な存在と言うことで、より多くの魔物たちに囲まれている。

回避力の低いレゾンは、攻撃にひたすら耐えつつ、力をこめて剣を叩きつけていく。

 

「弱くて役立たずだっただけじゃなく、人間に寝返るとはなあ!」

 

「我ら骸骨の恥として、ここで葬り去ってやる…!」

 

同族たちの声を聞き、レゾンはファレンに出会う前、役立たずと言われていた頃を思い出す。

他の骸骨を見返すために、とにかく強さを求めるようになった。

そして得た強さを、彼は町を守るため解き放っていく。

 

「確かに俺は弱くてどうしようもない奴だった…だが、今は誰にも負けない力を手に入れたんだ!」

 

魔物たちの猛攻を耐えつつ、再び回転斬りを放つ。

骸骨や大蠍は大きなダメージを負って倒れ込み、鎧の騎士も怯んだ。

生命力の高い彼だが攻撃を受け続けると耐えられないので、この隙に魔物たちを斬り刻んでいく。

 

「もうお前たちには負けない…とどめを刺してやるぜ」

 

骸骨たちを真っ先に倒し、立て直してくる他の魔物の攻撃に備える。

ファレンやケッパーも、目の前にいるたくさんの魔物に少しずつ攻撃を加えていた。

回避と盾での防御を組み合わせて、傷を負わないように立ち回っていく。

 

「お前の力ではかわすのがやっとだろう、このまま力尽きて死ぬがいい!」

 

「所詮は子供だ…取り囲んだら何も出来まい…!」

 

それでもあまりの敵の多さに、ファレンは十分な攻撃を与えられずにいた。

このまま回避を続けていては、ゴーレムと戦う前に体力が尽きてしまう。

町を守るためなら多少の痛みは仕方ないと、彼は動きを変える。

 

「簡単にこの鎧は破れないだろうし、こうするか…」

 

鋼の鎧は硬く、魔物たちの攻撃数発で突き破られることはない。

完全に回避するのではなく、せめて鎧を着ている部位に攻撃を当てさせるという作戦に変え、動きを小さくしていった。

傷を受けはしないもののかなりの痛みを感じ、ファレンは表情を歪める。

 

「くっ…結構痛いな…でも、こうでもしなきゃ町を守れない…!」

 

彼は必ず町を守るんだという決意した時を思い出し、止まりそうになる腕を動かし、魔物たちを斬り裂いていく。

ロロンドもケッパーも多少の痛みはこらえて、敵に確実にダメージを与えていった。

しかし、少しずつではあるが鋼の鎧にも傷がついていき、いつまでも耐えられるわけではない。

 

「鎧が壊れる前に、早く倒さないとね…」

 

回転斬りを放つ隙はないが、可能な限り力を入れて斬り裂いていった。

ハンマー使いのゆきのへとプレーダは、魔物の頭を狙って叩き潰していく。

ゆきのへは魔物の攻撃を回避し、プレーダは鎧で受け止め続けた。

彼らのところには鎧の騎士は来ず、まずは頭が低くて狙いやすい大蠍を倒していた。

彼らは防御力もあまり高くなく、頭を何度か潰し続けると消えていく。

 

「なかなかの数だが、このくらいワシらの敵じゃねえぜ」

 

「なかなか強いけど…足をぶっ壊してやる!」

 

大蠍を倒した後、二人はそれぞれ骸骨の骨を叩き割っていく。

ゆきのへは腕の骨を狙い、プレーダは足の骨を狙っていた。

足に打撃を受けて骨が変形してきた骸骨は動きが不安定になり、プレーダの動きでも回避が出来るようになる。

 

「ブラウニーのくせに人間に寝返りやがって…お前のようなふざけた奴、生きて帰さん!」

 

「オレは確かに見た目はブラウニーだけど…気持ちはおおきづちと一緒だ!人間たちのために、こっちこそお前を倒す!」

 

骸骨の攻撃を回避しつつ、プレーダは足の骨にさらなる打撃を与えていく。

弱ったところに何度も攻撃を受けて、生命力をだんだん削られていった。

骨にヒビが入って最後には砕け、倒れて動けなくなる。

 

「みんなと楽しく作ってきた町だ…お前たちには壊させない!」

 

動けなくなった骸骨の頭蓋骨を潰し、プレーダはとどめを刺していく。

ゆきのへは腕の骨を砕いて武器を落とさせ、それから全身の骨を叩き割っていった。

 

「おのれ…何でオレたちが人間なんかに…!」

 

「確かにすごい数の魔物だが…これくらいでワシらを止められるなんて大間違いだぜ!プレーダ、みんなの様子はどうだ?」

 

彼は骸骨を殴りながら、プレーダにみんなの様子を聞く。

レゾンは近くにいた魔物を倒しきっていたが、ファレンたちは未だに魔物に囲まれていた。

レゾンは近くにいたファレンの援護に向かっており、2人の戦況は好転している。

 

「ケッパーとファレンは大丈夫そうだけど、ロロンドが危ないかも」

 

「分かった。じゃあワシも助けに行くぜ!」

 

ケッパーの鎧はまだ破られてはおらず、動きも乱れていない。

しかしロロンドは他の魔物よりも素早く、攻撃力が高いのでかわしきらなければいけない悪魔の騎士を相手にしており、体力の消耗が激しかった。

プレーダに続き、骸骨を倒しきるとゆきのへも彼のところに向かう。

鎧の騎士たちに背後から忍び寄り、それぞれのハンマーで頭を殴る。

 

「うぐっ…!?お前たちは…まさかあいつらを倒したのか?」

 

「ああ。ロロンド、鎧の騎士たちはワシらが引きつけるぜ!」

 

「おお、本当に助かったぞ。奴らも少しは弱っておる…さっさと倒して、魔物の親玉に備えようぞ」

 

まわりの骸骨と大蠍はロロンドの手で倒しきっており、鎧の騎士が1体ずつ二人の相手をした。

鎧の騎士も強めの魔物ではあるが、単体では彼らを止めることは出来ない。

ゆきのへは側面に跳んでその勢いで殴りつけ、プレーダは側面にまわることが難しく、盾に攻撃を防がれてはしまうが、斧での攻撃も弾き返し、耐え続けることが出来ていた。

 

「しぶといヤツめ…さっさと倒れるがいい!」

 

なかなか倒れないプレーダを見て、鎧の騎士は全身に力を溜め始める。

以前の悪魔の騎士の動きから、突進攻撃が来ることは分かっていた。

避けきれるかは分からないが、プレーダはその間に距離をとった。

 

「今度はお前が砕ける番だ!消え去るがいい!」

 

力が溜まり切ると、鎧の騎士はプレーダに一直線で突進していく。

それと同時にプレーダも力をこめて横に跳び、何とか回避しようとした。

ブラウニーの回避力は低く、完全には避けきれなかった。

しかし、離れていて、回避の訓練もしていたことからかすっただけで済み、プレーダはすぐに立ち上がる。

 

「うぐっ…でも、倒れるのはお前の方だ…もうすぐお前も終わりだよ!」

 

「ああ。よく耐え続けてくれたぜ!」

 

鎧の騎士とプレーダが戦っている間、ゆきのへはもう一体の鎧の騎士を叩き潰し、倒していく。

そしてすぐにプレーダと戦っていた個体に近づき、強力な打撃を与えていった。

相手が二人になったことでプレーダの攻撃の機会も増えて、騎士の足や背中を殴りつけていく。

悪魔の騎士と戦っているロロンドも、1対1なら十分に相手することが出来ていた。

 

「我らを倒したところでお前たちはどうせ死ぬのだ。だからさっさと諦めるがいい!」

 

「そういう訳にはいかぬ。お主たちを倒して、魔物の親玉とやらも倒してやるぞ!」

 

手下の魔物たちも倒して、魔物の親玉とも決着をつける。

そう言う思いで、ロロンドは悪魔の騎士の身体を斬りつけていった。

ファレンとレゾンも、次々と悪魔の騎士の部下を倒し尽くしていく。

一人では多かったと思える数の魔物も、二人なら容易に相手出来ていた。

 

「他の魔物たちもどんどん倒されていってる…これからは、人間や俺たちの時代だぜ!」

 

「うん。君たちを倒して、メルキドをもっと大きくするよ!」

 

ファレンは鎧の騎士と戦い、高く飛び上がった勢いで強力な斬撃を放つ。

レゾンは回転斬りを使い、骸骨や大蠍を仕留めていった。

戦っている魔物が全て倒れると、二人はケッパーの元に向かう。

 

「これでこいつらは終わったな。次はどうする?」

 

「ケッパーがまだ囲まれてるね…助けに行こう!」

 

彼は体力はまだあるものの、鎧にかなりの傷がついており、早く救援に行かなければ今後の戦いに支障が出そうだった。

2人は魔物たちに背後から切りつけた後、援護に来たことを話す。

 

「ケッパー、助けに来たよ!一緒にこいつらを倒そう!」

 

「ファレン、レゾン!本当にありがとう!残った魔物も少ない…一気に片をつけるよ」

 

「おう!さっさとやってやるぜ!」

 

ケッパーを取り囲んでいた魔物たちは分散し、3人への攻撃を続けた。

しかし、それぞれのところには1~2体ずつしかおらず、ファレンたちは容易に対処することが出来た。

盾や回避を駆使して身体へのダメージもなく、敵の身体を刻んでいく。

 

「人間どもめ…さっさとやられればいいものを…」

 

「倒れろ…諦めろ…!」

 

魔物たちも攻撃の手を緩めることはないが、次第に弱っていく。

隊長の悪魔の騎士も鎧の騎士を倒したゆきのへとプレーダに囲まれ、次々にダメージを負っていた。

瀕死に追い込まれた悪魔の騎士は体勢を崩し、ロロンドたち3人はそこで集中攻撃を仕掛ける。

 

「奴が倒れ込んだぞ!今のうちにケリをつけるのだ!」

 

「ああ。まだ戦いは続く、こんなところで力は使ってられねえ」

 

「オレも全力で行くぜ」

 

彼らの連撃を受けて、悪魔の騎士は倒れていった。

手下の魔物たちも、ファレンたちに倒されて消えていく。

ゴーレムの手下の魔物は、これでひとまず全て倒すことが倒すことが出来た。

 

「これで悪魔の騎士は倒れたな…おおファレン、そっちも終わったようだな」

 

「うん。結構な数だったけど何とか倒せた」

 

「とりあえずは良かったな。これで次は、魔物の親玉の奴が来るのか?」

 

手下の魔物が倒れたので、次は親玉だろうか。

ロロンドたちはそう思いながら町の外を眺める。

しかしその瞬間、旅の扉の方向から息を切らしたような声が聞こえてきた。

 

「大変だよ…!たくさんの魔物たちが、アルドーラが…!」



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1-42 おおきづちの里の決戦

鎧に複数の傷を負いながら、メルキドの町に駆け込んで来るフレイユ。

魔物との戦いも一旦終わり、ファレンたちは彼女の元に近づいていく。

 

「アルドーラ…また襲って来るとは思ってたけど、こんな時に…」

 

「たくさんの魔物を引き連れてて、みんな苦戦してる…私はポルドと一緒に戦ってたんだけど、助けを呼んで来るように言われたの。まさか、そっちにも何かあったの?」

 

メルキドの町はゴーレムが、おおきづちの里はアルドーラが、同時に襲撃して破壊しようとしているようだ。

 

「うん…魔物の親玉が目覚めて、僕たちの町を壊そうとしてるんだ。手下の魔物は倒したけど、親玉との戦いが残ってる…」

 

「そうなんだ…助けを呼びに来たんだけど、どうしたらいいんだろう…」

 

おおきづちたちも共に戦い、物作りをしてきた仲間たちなので、簡単に見捨てることは出来ない。

しかし里を救援に行けば町の戦力が下がり、ゴーレムに勝てる可能性は下がってしまう。

厳しい決断を迫られる中、ロロンドはファレンに告げた。

 

「ここは仕方ない…行ってくるのだ、ファレン。我々の町作りにもおおきづちは不可欠な存在だった…メルキドの町は、吾輩たちで何とかする!」

 

「僕も行きたいけど…本当に大丈夫なのか…?」

 

武器や庭園作り、共同での素材集め、人々は幾度となくおおきづちたちに助けられていた。

そして、町をこれから発展させていくにおいて、仲間は多い方がいい。

戦いへの不安もあるがみんなそう思い、ロロンドに続いてレゾンもファレンを後押しする。

 

「大丈夫に決まってんだろ。この時のために、俺たちは強くなって来たんだ。俺たちを信じて、存分に戦ってこい!」

 

そう言われた後も、ファレンは決断できずにいた。

しかし、ロロンドたちが自信に満ち溢れた表情を見せると、彼はおおきづちの里の救援を決める。

 

「…分かった。行って、おおきづちたちを助けてくるよ。なるべく早く終わらせるから、それまで持ちこたえてくれ」

 

「もちろんだぜ!おおきづちのみんなとも、一緒に勝利を祝ってやろう!」

 

おおきづちのために危険を冒してくれるみんなに、フレイユは涙ぐみながら感謝する。

 

「みんな、本当にありがとう…!戦いが終わったら、おおきづちの精鋭を連れて来るよ。行こう、ファレン!」

 

「それじゃあ、お前さんたちのことも信じて、思いっきり戦い抜くぜ!」

 

ゆきのへたちに見送られながら、ファレンとフレイユはおおきづちの里に向かう。

それと同時に、見張り台の上にいたケッパーも大声で叫んだ。

 

「みんな、また新しい魔物が近づいて来てる!すぐに戦いの準備をして」

 

メルキドの町には、死霊や鉄の蠍、鎧の騎士、彼らを束ねる悪魔の騎士が接近してくる。

 

「本体のお出ましの前に、まだ手下がいやがるのか…まあ、一つ残らず潰してやるぜ」

 

ロロンドたちは剣を構え直し、魔物たちが侵入してくるのに備えた。

メルキドの町とおおきづちの里、二つの拠点の存亡を賭けた戦いは激しさを増していく。

 

ファレンたちは青の旅の扉を抜けると、魔物の襲撃を受けている里の中央部に急ぐ。

そこには多数のブラウニー、死霊の騎士、鎧の騎士がおり、おおきづちたちは3つの部隊に分かれて交戦している。

里の奥では、悪魔の騎士とポルドが一騎打ちをしているのも見えた。

3つの部隊は兵士のほとんどが重傷を負っており、今にも壊滅しそうな状況だ。

 

「まずいことになってるね…助けに行こう!」

 

「うん。アルドーラも気になるけど、まずはみんなを助けなきゃ!」

 

アルドーラの姿は見えないが、どうやら里のさらに奥でラグナーダと戦っているようだ。

ファレンたちは中でも被害が大きい部隊の元に向かい、おおきづちを襲うのに集中している魔物たちの背後に迫った。

フレイユはハンマーで鎧の騎士の頭部を潰し、ファレンは腕に力を溜めて旋風斬りを放つ。

 

「みんな、助けに来たよ!」

 

「こっちは僕たちが引きつけるから、みんなは残りを倒して」

 

魔物の数は多く、ファレンたちでも全員を引きつけることは出来ない。

そこで、彼らは特に強力な鎧の騎士と死霊の騎士を攻撃していった。

ブラウニーだけならば、鎧を着たおおきづちたちで十分倒すことが出来る。

 

「また助けられたな…分かった、こっちは任せてくれ!」

 

鎧でダメージを緩和して、ブラウニーたちの頭に殴りかかっていく。

その間、ファレンは騎士たちの斧や剣を回避しつつ、体勢を崩そうと足元に攻撃を加える。

鋼の剣では容易に傷をつけることができ、少しづつ体力を減らしていった。

 

「人間め…せっかくおおきづちを殺せると言うのに…!」

 

「邪魔をするな…!人間もおおきづちも今日で終わりだ!」

 

魔物たちが攻撃の手を早めて来ると、ファレンは盾での防御も行う。

攻撃力は高いものの十分受け止められるほどで、突き破られることもなかった。

 

「結構強い力だけど…僕も負けないよ!」

 

骨や鎧に傷をつけ、その傷のついた部分を集中して攻撃していった。

ファレンと並んで、フレイユも騎士たちの相手をしていく。

おおきづちの中では素早いものの、全ての攻撃をかわしきることは出来ず、鎧で多くを受け止めていった。

鎧の下にも強い衝撃が走るが、今までの戦いで痛みには慣れており、こらえて打撃を与えていく。

 

「なかなかやるね…でも、私たちは里を守り切るよ!」

 

「そこらのおおきづちよりは強いか…まあ、大した差ではないけどな!」

 

そうして騎士たちの鎧や骨は少しずつ歪んでいくが、攻撃は簡単に収まらない。

フレイユの鎧の方にも傷がつき、彼女は砕けないことを祈りながらハンマーを振っていった。

ファレンとフレイユの攻撃で、騎士の魔物たちは大きなダメージを受ける。

まだ倒れる気配はないが、このまま押し切れそうであった。

しかし、二人が戦いを続けるなか、鉄が砕け散る音が響く。

 

「くそっ…鎧が!まずいことになったな…」

 

「お前たちの鎧なんてただの鉄クズだ!今のうちに潰すぜ!」

 

先ほどまでの戦いでついた傷の影響もあり、ブラウニーと戦っていた兵士の鎧が砕けてしまった。

ブラウニーたちはそれを見ると、その兵士を集中して潰そうとする。

 

「やばいな…オレたちが援護するぜ…!」

 

「お前たちの相手も僕がするぞ!」

 

他の兵士たちは鎧を失った兵士をかばうが、彼らの鎧が砕けるのも時間の問題だった。

ファレンはその様子を見て、騎士たちを引き付けつつブラウニーの元に向かった。

 

「あっちも危ないな…このブラウニーたちも僕が引きつけるよ!このまま戦ったら危ないから下がってて」

 

「分かった…ありがとうな、ファレン」

 

ブラウニーを背後から斬りつけ、その隙に鎧を失ったおおきづちは離れていく。

ファレンは3種類の魔物から攻撃を受けることになり、盾を使っても防御は間に合わない。

彼の鎧はまだ傷が少なく砕ける気配はないので、鎧も使って防いでいった。

ブラウニーは騎士たちよりは弱く、まずはそちらを攻撃していく。

 

「邪魔な人間だな…こいつの鎧もぶっ壊してやるぜ!」

 

「大勢に囲まれては何もできまい!さっさとくたばるがいい!」

 

ブラウニーがハンマーを振り下ろしたところで頭を攻撃していく。

何度か斬っていくと表面の毛皮も落ち、よりダメージを与えやすくなっていった。

そこでファレンはさらなる斬撃を加え、だんだん弱らせていく。

 

「結構な数だけど、何とか勝てそうだね」

 

「だが、お前の鎧もかなりの傷だ。このまま砕いてやるぜ!」

 

しかし、騎士たちの攻撃も激しく、ファレンの鎧にも多くの傷がつく。

まだ壊れそうにはないが、戦いに時間をかければいずれは破られる。

また、おおきづちの他の部隊の戦況もさらに悪化しており、一刻も早く救援に行かなければならなかった。

 

「そうはさせないよ!これでどうだ、ブラウニーども!」

 

周囲の魔物たちの討伐を急いでいると、先程撤退したおおきづちが戻って来る。

鎧を壊されたため強敵と戦うことは出来ないものの、弱ったブラウニーたちを背後から殴りつけて怯ませた。

彼らが怯んだのを見てファレンは強力な一撃を放ち、トドメを刺す。

 

「さっきは助けてもらった…僕もできる限りの援護はするよ」

 

「こっちこそありがとう。残りは僕だけで戦えるから、任せて」

 

さすがに鎧なしで騎士たちと戦うのは難しいので、ファレンが感謝の言葉を言うと、おおきづちは再び下がっていく。

ファレンはまた骨や鎧への攻撃を行い、体勢を崩させようとしていった。

先に死霊の騎士たちの骨が損傷によって身体を支えられなくなり、彼らは倒れて動けなくなる。

鎧の騎士もいるので力を溜めることは出来ないが、腕の骨を集中して攻撃していった。

 

「このくらいで我らを倒せると思うな…!」

 

「お前たちがどれだけ足掻こうと、人間が勝つことなどありえない…!」

 

死霊の騎士は倒れてもなお剣を振り回し、ファレンを攻撃しようとする。

今までにはなかったことで彼は回避することはできず、盾で受け止めた。

 

「なかなかしぶといね…でも、もう少しで倒せるはず…!」

 

一度受け止めた後は、もう攻撃が来ることは分かるため避けられる。

しかし、多くの魔物の攻撃を避けつつ反撃しなければならないので、戦いには時間がかかっていた。

戦いが長引くと体力を消耗する上、他の部隊への救援も遅れるので、早めに倒さなければならない。

回避を怠るわけにもいかないので、ファレンはできる限り一撃の威力を上げようと、力を込めて腕に武器を叩きつけた。

 

「諦めの悪い人間め…早く倒れやがれ…!」

 

死霊の騎士は抵抗をやめず、弱っても鋭く剣を振り続ける。

少しずつ体力を削って倒していくことは出来たが、かなり時間がかかってしまっていた。

死霊の騎士たちが消えると、ファレンは囲まれた状態から脱して距離をとる。

そして、大きく力を溜めて近づいてきた鎧の騎士を薙ぎ払った。

 

「早く倒して、他のおおきづちたちも助けないと…!」

 

回転斬りを受けて鎧の騎士たちは大きく怯み、ファレンはその間に連続で剣を振り回す。

今までの戦いで弱っていたこともあり、騎士たちはだんだんと数を減らしていった。

早くまわりの魔物たちを倒して、さらなるおおきづちやラグナーダを助けなければならない。

しかし、怯んだ時には倒し切れず、ファレンはまた盾や鎧で斧を防ぎつつ、騎士の身体を斬り裂いていった。

鋼の剣で身を斬り刻まれ、残った鎧の騎士も光を放って消えていく。

 

「結構強かったけど何とか倒せたね…そっちはどうだ?」

 

鎧が砕けていない兵士たちはブラウニーを倒しきり、フレイユと共に騎士たちと戦っている。

救援に来た時と比べてこの部隊の戦況は大きく好転しており、このまま押し切れそうであった。

だがそんな中、遠くで戦う他の部隊の状況が目に入る。

 

「―もしかして、間に合わなかったのか…?」

 

残り2つの部隊で戦うおおきづちの数が、里に入った時に比べて明らかに減っている。

どこかに撤退しているのも見かけられず、戦死したとしか考えられなかった。

 

「くそっ…僕がもっと早く倒せていれば!」

 

騎士たちとの戦いに時間をかけすぎて、仲間たちを守れなかった。

ファレンは自分の力不足を悔いるが、そんなことを考えている時間すらない。

まだ生き残っているおおきづちもみんな重傷を負っており、今すぐ救援に向かわなければならなさそうだ。

 

「…とにかく、今生きてるみんなを助けないと…!」

 

ファレンは剣を構えて、生き残っているおおきづちたちの元に向かう。

2つ目の部隊にはマレスやランジュがおり、みんな瀕死と言えるほど弱っていた。

救援に行くのが遅れたこともあり、みんな鎧ももうなく、魔物たちの攻撃が直撃している。

ファレンは魔物たちに後ろから忍び寄り、旋風斬りを叩き込む。

 

「みんな、助けに来たよ…!遅くなって、仲間たちを守れなくて、ごめん…」

 

「こんな数の魔物なんだ…仕方ないよ。もうダメかと思ったけど、嬉しいぜ…」

 

強烈な一撃を受けて、戦いの中でダメージを受けていたブラウニーの数体が消えていく。

魔物たちはファレンに狙いを定め、その間にマレスは息も絶え絶えになりながら話し、仲間たちと共に撤退した。

旋風斬りで少しは倒したとは言え、前よりも多くの魔物に取り囲まれる。

一つ目の部隊の兵士たちと違い、この部隊の兵士はもう戦える状態になかった。

どう戦おうかとファレンが考えていると、フレイユたちも駆けつけて来た。

 

「こっちも終わったよ、ファレン。一緒にこの魔物たちを倒そう!」

 

「オレたちもまだまだ戦える。手伝うぜ!」

 

フレイユたちは果敢に魔物に挑んで行くが、仲間たちの戦死を知ったことで、みんな悔しそうな顔をしていた。

仲間たちの仇を討つため、そして今生きている者を救うため、ハンマーを振り回していく。

先の戦いと同様にファレンとフレイユは騎士たちを、おおきづちたちはブラウニーと戦った。

鎧を失った兵士は直接戦いには加わらず、攻撃出来る隙を伺っている。

 

「おおきづちどもを皆殺しに出来ると思ったのに、邪魔しやがって…!」

 

「人間もおおきづちもまとめてあの世送りだ!」

 

盾と回避を駆使しつつ、こちらの魔物たちにも少しずつ傷をつけていく。

死霊の騎士は倒れても攻撃して来るので、今度は腕を先に斬っていった。

仲間を殺された悔しさと怒りで、みんな力強く武器を叩きつける。

しかし、それでもすぐに魔物たちを倒すことはできず、3つ目の部隊はさらに厳しい状況に置かれている。

まだ窮地の仲間がいるのに助けにいけないということが、さらにファレンたちの悔しさを増幅させた。

 

「くそっ…!早く倒さないとあっちのみんなまで!」

 

「人間など所詮無力な存在!一人増えたところで滅びの運命は変わらぬ」

 

これ以上の犠牲を出したくないのにそれは叶わない、そんな状況に置かれている。

 

仲間たちが殺されていく様子を見て、悪魔の騎士と戦っているポルドも強い怒りを覚えていた。

一刻も早く助けに行こうと、彼は単身で強力な魔物に立ち向かっていく。

 

「貴様の仲間たちも次々に死んでいる。おおきづちどもは魔物たちを裏切ったことを後悔し、絶滅するがいい!」

 

「なんと言われようと、俺は屈するつもりはない!よくも里のみんなを…絶対に倒してやる」

 

悪魔の騎士の攻撃を鎧で受け止め、何度も頭に向かってハンマーを振り下ろした。

騎士は救援を呼びに行く前のフレイユとも戦っており、かなりの傷がついている。

しかし、ポルドの鎧も砕けかかっており、勝利を確信して斧を振り回していた。

ポルドは攻撃力は高いが回避力はなく、攻撃は全て受け止めるしかない。

強烈な斬撃を受け続けて、彼の鎧はついに壊れてしまう。

 

「終わりだな、おおきづちめ」

 

「まだ終わるつもりはない。必ず里を救って見せる!」

 

悪魔の騎士は思い切り斧を叩きつけ、ポルドも力をこめて受け止める。

両者は一歩も譲らず、どちらも簡単に弾き返されることはなかった。

このままでは決着がつかないと、悪魔の騎士は一度斧を振り上げて、ポルドの横側に斬りかかる。

だが、彼もすぐに反応して受け止め、せめぎ合っていた。

何度も斧とハンマーが激しくぶつかり合い、互いの武器が削れていく。

しかし、木製のハンマーの方がもろく、壊れかけていた。

 

「ダメだ…このままだとハンマーが…。普通に押し切ろうとしても無理だ」

 

何とかして力を溜められないかと思い、ポルドは後ろに下がっていく。

しかし、弱ったポルドではなかなか距離を取れず、隙が出来ない。

さらに、距離を長くとると悪魔の騎士の方も力を溜め始めた。

 

「逃げようとしたところで無駄だ…ハンマーだけじゃない、全身を砕いてやる!」

 

鎧の騎士や悪魔の騎士の大技である突進を使うのであろうとポルドは推測し、受け止めるためにも力を溜め始める。

突進は速く、この距離では避けられるものではなかった。

遠くに逃げられる時間もなく、ポルドは全身の力を手足に溜める。

 

「散れ、おおきづちめ!」

 

「うぐっ…!何としても防いでやる…!」

 

足で地面を強く踏みしめ、突進の威力を相殺しようとする。

強い怒りを持って、残った力を集中させていった。

悪魔の騎士の突進の威力は次第に弱まり、直撃は避けられる。

しかし、大きく体勢を崩して動けなくなり、突進後の隙での攻撃は出来そうもなかった。

 

「くそっ…やるなら今しかないのに…!」

 

全身の激痛を抑えて何とか立ち上がるが、一撃しか与えられないまま、悪魔の騎士は立ち上がろうとする。

 

「よく耐えやがったな…おおきづちの中でも別格のようだが、もう限界だろう」

 

ポルドの二撃目を受け止めて、悪魔の騎士は体勢を立て直す。

これ以上はハンマーが耐えられず、逆転できる望みは薄い。

 

「いや、オレたちはまだ終わりじゃない…!」

 

「んっ、誰だ…!?」

 

だがその瞬間、悪魔の騎士の後ろから力強い声が聞こえ、悪魔の騎士の身体に3つのハンマーが振り下ろされる。

突然の一撃に悪魔の騎士は怯み、ポルドはそれを見て反撃を行う。

騎士の後ろを見ると、そこにはファレンたちに助けられたマレスたちがいた。

 

「お前たち、来てくれたのか…!」

 

「うん。オレたちはもう鎧もないけど、このまま引き下がっちゃいけねえと思ってな!」

 

「鎧をなくしても頑張ってる奴もいた…僕たちも下がってはいられない」

 

助けられた1つ目の部隊の中に、鎧を失っても攻撃の隙を伺い、戦おうとしていた者がいた。

マレスたちは彼より怪我が酷いが、それでも下がってはいられなかった。

 

「おのれ…余計な邪魔をしやがって…!全員引き裂いてやる!」

 

「みんな、今のうちにやるんだ…!」

 

斧を振り下ろして来る悪魔の騎士に対して、ポルドが再びハンマーで受け止め、みんなに指示を出す。

悪魔の騎士自体も今までの戦いで弱っており、3人の力もあれば押し切れる。

 

「了解だ、兵士長!」

 

昔は臆病だったマレスも、勇敢に強大な敵に立ち向かっていく。

みんなの攻撃を受けて、悪魔の騎士はまた動きを止めていた。

そこでポルドは再び力を溜めて、旋風打を放つ。

 

「みんなよくやったな!悪魔の騎士め、これで最後だ!」

 

旋風打を受けてさらに大きく怯み、マレスたちは残った生命力を削り取っていく。

旋風打とその後の連撃で、悪魔の騎士は力尽きて消えていった。

戦いを終えたポルドに、マレスたちは3つ目の部隊について話す。

 

「何とか倒したな…本当に助かったぞ」

 

「こっちこそ役に立ててよかった…そうだ、あっちの部隊がまだ苦戦してるんだ」

 

マレスたちが戦っていた魔物を相手しているファレンたちは安定して戦えているが、3つ目の部隊は危険な状態のまままだ。

全滅は免れており、ポルドはそれを聞いてすぐに援護に向かう。

アルドーラと戦うラグナーダの様子も気になるが、兵士を見捨てることは出来なかった。

 

「すぐに向かう。みんなは隙が出来たところで魔物を叩き潰してくれ」

 

ポルドは手下の魔物と戦う余力はあるが、マレスたちが正面から戦うのは難しい。

3人は隙が出来たところで攻撃を行うため、少し距離を置いて様子を伺っていた。

ポルドはまずブラウニーたちの後ろにまわり、旋風打で薙ぎ払う。

 

「遅くなってすまない。後は俺に任せてくれ!」

 

戦いで弱っていたブラウニーは旋風打が直撃し、倒れて消えていく。

3つ目の部隊にはプロウムやアンセルがおり、彼らは戦線を一度離脱していた。

ポルドは残った魔物に囲まれ、攻撃を弾き返しながらハンマーで叩き潰していった。

今のポルドであれば、手下の魔物の攻撃は容易に弾き返すことが出来る。

しかし、魔物の数が多すぎて全てを弾き返すことは出来ず、身体中に攻撃を受けてしまう。

 

「数が多すぎるな…ここは何とか耐え抜くしか」

 

ポルドの生命力はだんだん失われていき、攻撃の勢いも少しずつ弱まっていく。

誰もが命の限りを尽くして戦わなければ、この戦いに勝つことは出来ない。

ポルドが武器を弾き飛ばしたことでマレスたちや撤退した兵士たちも全員で集まり、魔物たちに殴りかかった。

 

「もう兵士長だけに任せてはいられない、全員で行くぞ!」

 

魔物が起き上がった後も再撤退はせず、残った力で戦いを続ける。

弱った兵士たちでも大勢が集まるとかなりの戦力になり、敵に大きなダメージを与えられた。

しかし、いつ誰が死んでもおかしくない状況であり、安定しているとは言えなかった。

 

ファレンたちは1つ目の部隊の時と同様に戦い、騎士たちやブラウニーを追い詰めていく。

ポルドたちの加勢で3つ目の部隊の壊滅は避けられたが、依然として危険な状態には変わりない。

まずは死霊の騎士の腕を破壊して、剣を落とさせていった。

 

「俺の腕をぶっ壊しやがって…だが、まだやられねえぜ」

 

死霊の騎士は剣を持つ腕を失うと、もう片方の腕ですぐさま拾おうとする。

しかし、拾おうとする動きが隙になり、ファレンはそこで強力な連撃を叩き込んでいった。

拾った後も反対の腕では攻撃速度が下がりより斬りかかりやすくなっている。

 

「どこまでもしつこい奴だぜ…もう諦めたらどうだ?オレたちを倒したところでブラウニーの長老様がいるんだぜ」

 

「確かにあいつは強い…でも、勝って生き残ってやるさ」

 

彼らを倒しても、この後にはアルドーラやゴーレムが待ち受けている。

だが、ここまで進んできた以上、彼らも倒してメルキドとおおきづちの里を救うしかない。

ファレンは強い思いを抱きながら、騎士たちを攻撃していった。

死霊の騎士の片腕を落とした後の攻撃もかわしやすいとはいえ、倒すのが遅れる原因となるので、もう片方の腕も破壊していく。

腕を2本とも失うと死霊の騎士は無力化され、その隙にとどめを刺していった。

 

「これでこいつらは終わりだね…後は鎧の騎士を倒そう」

 

鎧の騎士は斧を振り回し続けるが、盾は分厚く壊れる気配がないので、防御も確実にして剣を振り回す。

弾かれないように側面にまわり、鎧を斬り裂き深いダメージを与えた。

フレイユたちも魔物にダメージを与え続け、少しづつ数を減らしていた。

ブラウニーを倒しきると、兵士たちも騎士たちに挑んでいく。

多少の攻撃を受けてはいたが、まだ鎧が砕かれてはいなかった。

魔物が怯んだところでは、先ほど鎧を失った兵士も攻撃を行う。

こちらの戦いは順調で、ポルドたちもまだ誰も死んではいないが、あまりゆっくりと戦ってはいられない。

 

「早く倒して、ポルドたちを助けに行こう」

 

二段跳びで勢いをつけて、側面から鎧の騎士を斬りつける。

勢いをつけた分だけ威力も大きくなり、騎士たちの体力は次々に削れていった。

鎧の騎士たちが瀕死になると、ファレンは勢いをつけての攻撃を続け、全員倒していく。

おおきづちたちも攻撃を続け、2つ目の部隊を襲っていた魔物たちを倒しきった。

目の前の魔物たちとの戦いが終わると、ファレンたちはポルドの元に向かう。

今のところ、新たな死者は出ていないようだった。

 

「何とか倒したな…そっちも終わったみたいだね」

 

「うん。ポルドたちはまだ苦戦してるし、みんなで助けに行こう」

 

共に戦ったおおきづちも全員引き連れて、ファレンたちはポルドの元に向かう。

兵士たちはそのまま戦いに参加するが、ポルドはファレンとフレイユに別の指示を出す。

 

「ポルド、みんな!助けに来たよ!」

 

「厳しい戦いだったけど、本当に助かったぜ。…だが、ファレン、フレイユ、二人には長老の元に行ってほしい」

 

アルドーラと戦い続けているラグナーダと一部の兵士たち。

彼らの状況はここからでは見えないが、アルドーラの強さから苦戦を強いられていることは用意に想像出来た。

 

「アルドーラと戦ってるんだったな…確かに心配だけど、こっちは大丈夫なのか?」

 

「仲間たちもたくさん来てくれた…みんなの力があれば必ず勝てるはずだ」

 

おおきづちの兵士たちが集まり、騎士たちやブラウニーとの戦いは好転して来ている。

それでもファレンは心配だったが、マレスとアンセルは自信ありげに話した。

 

「大丈夫さ。今までもオレたちは、魔物を倒して里を守ってきた。今回だってこのままうまくいくさ」

 

「長老の相手はこいつらの比じゃない…ここはオイラたちに任せて、長老を助けてくれ!」

 

2人だけでなく、兵士たちみんなが勝てると信じて、目の前の魔物に立ち向かっている。

メルキドのみんなもおおきづちの里のみんなも、勝利を確信して送り出してくれた。

そんなみんなの様子を見て、ファレンは二人の長老の元に向かう決意をする。

 

「分かった。それじゃあ、ラグナーダのところに行ってくるよ!」

 

「長老には何度も助けられた…こうしてファレンと仲良くなれたのも、長老のおかげだよ。絶対に長老を助けようね!」

 

「そうか…みんなと仲良くなれたのも。うん、必ず勝とう!みんなも負けないで!」

 

ラグナーダが今の考えを持っていなければ、おおきづちと人間の協力はなかった。

おおきづちたちの勝利を信じ、人間とおおきづちを結んでくれた彼を救うため、そしておおきづちの里を救うため、ファレンとフレイユはアルドーラとの戦いに向かった。



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1-43 おおきづちとブラウニー 長老たちの決着

ファレンたちが手下の魔物と戦っている間、ラグナーダと兵士たちは懸命にアルドーラを食い止めていた。

しかし、彼の強大な力に押され、おおきづちたちは追い込まれている。

 

「くそっ…何て力なんだ…!」

 

「人間の味方をするからこんなことになるのだ。竜王様を裏切ったことをあの世で後悔するがいい!」

 

コペラたち兵士は何度も打撃を受けて鎧は砕かれ、全身に大きな傷を負っている。

立ち上がることすら出来なくなり、アルドーラは近づいてとどめを刺そうとする。

しかし、まだ力を残しているラグナーダが立ち上がり、すんでのところでハンマーを食い止めた。

 

「アルドーラめ…ワシが生きている限りはみんなを殺させはせぬ…!」

 

「まだ立ち上がれるのか…だが、所詮は偽りの長老。ワシに勝てるはずがなかろうが!」

 

アルドーラはそう叫んで腕に力を込め、ラグナーダを弾き返そうとする。

力の差は明らかであり、ラグナーダの表情はだんだんと苦しいものになっていく。

ついには押し切られて武器を落としてしまうが、力のある限り何度もすぐに体勢を立て直し、武器を拾って立ち向かっていった。

アルドーラは素早く、防御が間に合わず攻撃を受けてしまうこともあったが、それでも動きを止めずに反撃を行う。

 

「なかなか耐久力はあるようだな…だが、それもいずれ尽きるだろう」

 

しかし、あまりの威力にラグナーダの全身に激痛が走り、しだいに力が入らなくなっていく。

ついには大きく体勢を崩し、その隙にアルドーラは連続でハンマーを振り回した。

 

「うぐっ…!…ここでワシが負ける訳には…」

 

「人間の味方をするお前など、竜王様にとって不要な存在。さあ、消え失せるがいい!」

 

ラグナーダの鎧は壊れ、全身に巨大なハンマーが何発も直撃する。

頭や腕も大きく損傷し、生命力の多くが失われていく。

それでもなお立ち上がろうとするラグナーダだったが、すぐにまた弾き返されてしまった。

 

「往生際の悪い奴め…人間の味方をするなど許されぬ罪だ。ここで死をもって償うがいい」

 

「お主が何と言おうとワシは信じる…人間も世界に必要な存在だと…!」

 

「そんな生意気な口も二度と聞けなくしてやるさ」

 

アルドーラは追い詰められたラグナーダを殺し、おおきづちの里の全てを滅ぼそうとする。

だが、ラグナーダの死が目前に迫る中、突然アルドーラの身体に剣とハンマーの一撃が炸裂した。

 

「ぐっ…何者だ…!」

 

「長老、ファレンを連れて助けに来たよ!」

 

「こっちは間に合ったみたいだね…アルドーラ、今度こそ決着をつけよう!」

 

手下の魔物を倒し、おおきづちたちを助けたファレンとフレイユが戦いに合流する。

再び相見える二人の姿を睨みつけ、アルドーラはハンマーを強く握った。

 

「お前たちはあの時の…もう少しでラグナーダを殺せるというのに…また邪魔をしてきおって…!」

 

「長老は私たちの大切なお方…簡単には殺させない!」

 

「君を倒して、おおきづちの里を救うよ!」

 

二人の援護によって攻撃の手が途切れ、ラグナーダはその間に起き上がる。

ファレンたちの乱入によって戦況は動いた。だが、それでもアルドーラは勝ちを確信しているようだった。

 

「人間をかばう長老など何の価値があるのか…だが、邪魔者が2人入ったところで何の意味もない。全員皆殺しにするまでだ」

 

「確かにお主は強い…だが、ファレンとフレイユの力があれば勝てると信じておる!」

 

ラグナーダもハンマーを構え直してファレンたちに並ぶ。

彼は弱ってはいるが、二人の援護があれば戦えるほどの力はまだ残していた。

おおきづちの里を守るため、3人はアルドーラに立ち向かっていく。

 

「それならば、我が真の長老であり、魔物こそがこの世界の支配者であると今一度刻み込んでやる。滅びよ、人間も、おおきづちもな!」

 

「こっちこそお主を倒し、人間とともに未来を作っていくのじゃ!」

 

おおきづちの里の命運を賭けた決戦の始まりだ。

アルドーラはハンマーを大きく振りかぶって飛び上がり、再びラグナーダに殴りかかった。

ラグナーダはその動きを見てすぐに構えて受け止め、攻撃の隙を作る。

負傷した彼の力ではすぐに倒されてしまうので、ファレンたちは一瞬の機会を逃さず、アルドーラに強力な一撃を叩き込んだ。

 

「よし、今のうちにやるぞ!」

 

「本当にしぶといな、ラグナーダめ!どうせお前たちは死ぬと言うのに!」

 

強力とはいえやはり相手はブラウニーなので防御力は低く、鋼の剣で深手を与えられた。

しかし、何度も攻撃することは出来ず、アルドーラはラグナーダを弾き返し、ハンマーを振り回してファレンたちを薙ぎ払う。

ファレンは一度後ろに跳んでかわし、すぐに空中でもう一度跳んで斬りかかった。

フレイユは回避が間に合わずハンマーで受け止めようとし、弾き飛ばされてしまったがすぐに立ち上がる。

アルドーラはフレイユの方に狙いを定め、大型のハンマーを叩きつけていった。

フレイユはラグナーダほどの力はなく 、再び押し返しされそうになる。

 

「目障りなおおきづちめ…お前も叩き潰してやる!」

 

ハンマーに力をこめて耐えようとしたが、アルドーラの力にはそれでも勝てない。

だが、そこに起き上がったラグナーダも加わり、二人で攻撃を受け止めていた。

弱った状態では二人がかりでも苦しいようだが、耐えて隙を作り出す。

 

「確かにお主は強力だが、二人なら押し返せまい…!ファレンよ、今のうちに攻撃するのだ!」

 

「まだ起き上がれるようだが、無駄なことだ。二人まとめて潰してやろう!」

 

ラグナーダは強気で言うが、アルドーラも腕に力をこめ、二人は次第に苦しい表情になっていく。

怯ませて動きを止めなければ二人とも倒れこみ、そのまま殺されてしまう可能性もある。

そこでファレンは二人を助けるため両腕に力を溜めて、旋風斬りを放った。

素早く3回転させた剣がアルドーラの身体を深く貫き、大きなダメージを与える。

 

「うぐあっ…!人間め、こんな技も覚えていたのか」

 

以前戦った時にはなかった技で、アルドーラは驚きの表情を見せていた。

直撃には耐えられず怯み、その隙にフレイユとラグナーダは横にまわり、何度もハンマーを叩きつける。

3人の強力な攻撃を受けて、アルドーラも少しは弱ってきていた。

しかし、まだ力尽きる気配は見せず、旋風斬りを放ったファレンに攻撃を行う。

 

「よくもワシにあんな傷を…お前からぶっ殺してやろう!」

 

「そうはさせぬぞ。フレイユよ、共にアルドーラを追い詰めるぞ!」

 

ファレンは空中に跳んでハンマーをかわし、さらにもう一度跳んで反撃を行う。

フレイユやラグナーダも横からの攻撃を続け、アルドーラにさらなるダメージを与えていった。

最初は余裕な様子だったアルドーラだが、3人の攻撃によって少しずつ追い詰められていく。

 

「アルドーラよ、ワシらの里を潰すのは諦めるのじゃな!」

 

「追い詰めたつもりか…?この人間にも、そろそろ限界が訪れるぞ」

 

しかし、ファレンも激しい動きを続けたことで体力を消耗し、しだいに動きが鈍ってくる。

ついにはかわすことが出来なくなり、両腕でハンマーを受け止めていた。

 

「くっ…やっぱり重いな…!」

 

一人で耐えられる時間は短く、両腕を使っているので反撃も出来ない。

ラグナーダが先ほどのように二人での防御に動くことは分かっているので、今度はアルドーラは初めから力を込めていた。

だが、ファレンもそれに対抗して、旋風打の時のように全身の力を腕に集中させる。

力を集中させる技術は防御の時にも役立ち、少しは耐えられる時間を伸ばしていた。

そしてラグナーダはファレンの隣へと動き、共にハンマーを受け止める。

その隙に、フレイユは素早く武器を振り回し、アルドーラの背中にいくつもの傷をつけていった。

 

「ワシの想定以上の強さだな…だが!」

 

しかし、武器のぶつかり合いの中、アルドーラは突然左手をハンマーから離し、右腕からも力を抜く。

弾き返して攻撃するチャンスではあるが、不自然な動きを警戒しラグナーダは叫んだ。

 

「何か来る、離れるのじゃ!」

 

3人はアルドーラから離れ、その瞬間彼は腕から前方に向かって強力な衝撃波を放つ。

普通のおおきづちやブラウニーでは有り得ない攻撃であり、ラグナーダたちはみんな驚愕していた。

 

「な、何なのじゃ…この技は?」

 

「この前も言っただろう、ワシはおおきづちの中でも魔力が強い方だったと。お前たちだけが強くなったと思ったら大間違いだ…多くのおおきづち共に囲まれた時のために、その魔力を使った技を開発したのだよ。3人ごときに使うとは思わなかったが、こうなれば仕方がない」

 

以前アルドーラは自身の魔力を使って離反したおおきづちをブラウニーに変えたと話していた。

その魔力の高さを戦闘に利用し、ラグナーダたちを砕こうとし始める。

 

「まずは手下のおおきづちめ…お前から消し飛んでもらおう」

 

アルドーラは再び腕に魔力を集中させ、フレイユに狙いを定める。

彼女はすぐに距離をとり射程から外れようとするが、アルドーラは力を溜めながら追いかけていた。

止まって溜めるより時間はかかるものの、アルドーラの動きは速く、フレイユでも逃げ切ることは出来ない。

衝撃波が放たれるのを止めるため、ファレンとラグナーダはすぐさま背後から接近し、連続で攻撃を叩き込む。

 

「フレイユでも避けきれないか…何とかして止めないと…!」

 

「想定外の強さじゃが…それでもワシらは諦めぬぞ!」

 

ファレンは先ほどつけた傷に剣を突き刺して内部を斬り裂き、ラグナーダは頭部を狙い、さらなるダメージを与えていく。

だがそれにも関わらず、接近してきた二人を見てアルドーラは笑みを浮かべていた。

 

「やはり近づいて来たか…3人とも消え去れ!」

 

力が溜まりきるとアルドーラは突然左腕を下に向け、地面に向かって衝撃波を撃ち放つ。

地面に当たった瞬間衝撃波は拡散し、周囲を吹き飛ばしていった。

ファレンは動きを見て直前に跳んだがかわしきることはできず、飛ばされ地面に激突する。

 

「ぐっ…近づかせるのも作戦のうちか…」

 

「ああ。お前たちを滅ぼすためなら、もう多少の傷はやむを得ない」

 

ラグナーダはただでさえ弱っていたので、瀕死の状態で起き上がれなくなっていた。

フレイユは離れており、狙いを変えられたので衝撃波を受けておらずまだ立ち向かおうとするが、アルドーラはそれを見てハンマーを構え、飛びかかっていく。

 

「あとはお前だけだな…終わりにしてやる、おおきづち!」

 

離れていたこともあって最初の一撃はかわすものの、アルドーラはすぐにもう一度飛びかかり、フレイユはハンマーで受け止めざるを得なくなる。

今までのダメージで威力は下がっているが、それでも長い時間耐えられるものではなかった。

 

「せっかくここまで戦って来たんだから…何とか勝たなきゃ…!」

 

「そんな意志を持っていたところで無駄だ…!」

 

ファレンは今までに負った傷は少なく、鋼の鎧にも守られていたため、全身の激痛が収まらないもののまだ動くことはできアルドーラに後ろから近づいていく。

だが全力を出せる状態ではないため、背後から旋風斬りを放ったところで少し怯ませることしか出来ず、またすぐに追い詰められてしまうだろう。

何か絶大なダメージを与える方法でもなければ、この場から逆転することは不可能に思えた。

 

「何か…何か方法はないのか…?」

 

今までファレンはたくさんの敵と戦い、物を作ってきた。

おおきづちの里を救うため、その中で何か使えるものはないかと考える。

 

「そうだ…これを使えば…!ゴーレムの時までとっておくつもりだったけど、仕方ない」

 

ファレンはこの前、魔法の玉でオリハルコンを砕き、ストーンマンを倒したことを思い出す。

魔法の玉の威力は非常に高く、アルドーラにも大きなダメージが期待出来た。

何度も使ったことがあるので爆発の範囲は分かっており、フレイユを巻き込むことなく攻撃ができる。

思いついた瞬間、ファレンはすぐさまアルドーラの背後に忍びより、フレイユを巻き込まない位置に3つの魔法の玉を置いた。

複数の魔法の玉を置けば、その分威力も大きくなる。

 

「もう限界のようだな、おおきづち。お前も仲間も、このままなぶり殺してやろう!」

 

フレイユはついに力が尽きてハンマーを落としてしまい、アルドーラはそのまま叩き潰そうとする。

しかしアルドーラの攻撃が放たれようとする瞬間魔法の玉が炸裂し、彼に爆風が当たり、内部に入っていた鉄片が突き刺さった。

突然の大きな爆発にアルドーラは体勢を崩し、その瞬間にファレンはさらなる魔法の玉を置いた。

 

「ファレン、今のは?」

 

「町の仲間に教えてもらった魔法の玉って道具だよ。これで弱らせられるはず」

 

アルドーラは何発もの爆発に巻き込まれてかなり追い詰められる。

しかし、完全に倒れる前に起き上がり、再びハンマーを構えていた。

 

「人間め…まさかこんな兵器を作っていたとはな…!だが、これでワシを倒しきれると思うな」

 

危険な道具を持つファレンを睨み、走ってハンマーを叩きつけて来る。

先ほどよりも攻撃速度が落ちておりかわしやすくはなっているものの、ファレン自身も大きな傷を負っているためだんだん追い込まれ、また剣と盾で防がざるを得なくなる。

 

「勝てると思ったようだが、残念だったな!やはり人間やおおきづちなどに未来などないのだ」

 

先ほどの衝撃波による痛みはまだ続いており、受けきることは出来ない。

フレイユは力を振り絞って武器を振り続けるが、なかなか食い止めることは出来なかった。

だが、ファレンが力尽きそうになっていると、強烈なハンマーの一撃がアルドーラを直撃する。

 

「くっ…おのれ、ラグナーダ…!」

 

「まだワシも負けてはおらぬ…死ぬ時までは戦うのじゃ!」

 

ファレンたちが耐えしのいでいる間、衝撃波を受けたラグナーダも少しずつ足を動かし、戦いに戻ってきた。

戦いの果てに、二人の長老はどちらも瀕死にまで追い込まれている。

ラグナーダの攻撃で怯んだところで、ファレンも側面にまわって攻撃していった。

 

「人間め…おおきづちめ…ワシを倒したところで、お前たちには死があるのみだ…ゴーレム様や竜王様が、必ずやお前たちを滅ぼす…!」

 

アルドーラは人間とおおきづちの存在を否定し続け、ラグナーダに向かってハンマーを振り下ろす。

一人だけでは受けとめきれないと思いファレンは駆け寄ろうとするが、ラグナーダは攻撃を続けるよう言った。

 

「ワシは大丈夫じゃ…お主は攻撃に集中してくれ…!」

 

迷いは生じたが、ラグナーダの強い眼差しを見てファレンは攻撃にまわることを決意する。

二人で攻撃して早く倒せば、ラグナーダも潰されることなく済む。

何度か深く身体を斬り裂いた後、旋風斬りを放つために力を溜めた。

フレイユもハンマーを振り続け、死あるのみと言うアルドーラに言い返した。

 

「確かにまだ強い敵はいるかもしれない…でも私は、私たちは必ず勝って、人間たちと生きる…!」

 

そして、深い傷を負った中でフレイユの連撃とファレンの旋風斬りを受けて、アルドーラはまた大きく倒れ込む。

そこでさらに攻撃を加えていき、残った生命力を削り取っていった。

 

「本当に強かった…でも、終わりにしよう…!」

 

「ああ。これで最後じゃ、アルドーラよ!」

 

攻撃を受けきったラグナーダもファレンの声を受けて大きく飛び上がり、真上からハンマーを叩きつける。

ラグナーダの渾身の一撃を受けて、ついにアルドーラの生命力は尽き、大きな青い光を放って消えていった。

 

「終わったな…アルドーラとの戦いも、ついに決着がついた」

 

「うん…本当に強かったけど、何とか倒せたね」

 

「何度ももうだめかと思ったけど、勝てて良かったよ」

 

危機に陥ることは何度もあったが、3人の力、道具の力により二人の長老の戦いの結末は、おおきづち側の勝利で終わった。

おおきづちの里最大の脅威であったアルドーラを倒すことができ、ラグナーダは落ち着いて武器を下ろす。

戦いが終わり、アルドーラに重傷を負わされたコペラも安心して話しかけてくる。

 

「アルドーラを倒せたんだな…僕は何の役にも立てなかったのに、すごいよ」

 

「いや、この戦いに勝てたのはお主たちの力もあったからじゃ。お主たちがいなければ、ワシはファレンたちが来る前に死んでいたかもしれぬ」

 

コペラは申し訳なさそうに言うが、十分役に立ったとラグナーダは感謝する。

ファレンたちの勝利の後、里の中央部で戦っていたポルドたちも走って来た。

 

「おーい、俺たちの方は終わったぞ!そっちも勝ったみたいだな」

 

「ポルド、みんな、無事だったんだな!」

 

「ああ。みんな集まって戦えば、あれくらいの魔物なんてことないぜ」

 

ファレンたちがアルドーラの元に向かった時点で生きていた兵士たちはみんな残っている。

避難所も壊されておらず、非戦闘員から犠牲者が出ることもなかったようだ。

ただ、兵士全員を救うことは出来ず、それだけは悔やんでいた。

 

「これで里は救われた…みんな本当に感謝するぞ。ファレンよ、お主も助けに来てくれて本当にありがとう」

 

「僕たちだって何度もおおきづちに助けられたんだ…見捨てたりしないよ。でも…全員は助けられなかった…本当にごめん」

 

「いや、お主だけの責任ではない…みんな、十分な強さではなかったのだ。ワシだってあやつと同じ長老という立場なのに、一人では手も足も出なかった…もっと早く決着をつけていれば助けに行けたのにと思うよ」

 

ポルドやラグナーダといった強者たちも、自身の力不足を思い知る。

アルドーラとの決戦を終えたおおきづちたちだが、さらなる強さを得ることを心に誓っていた。

 

「アルドーラを倒したからもうデカい戦いはないだろうが、もっと力をつけないとって思ったぜ」

 

「待って、大きな戦いはまだ終わってないよ」

 

おおきづちの里の決戦は終わったが、メルキドの町での決戦はまだ終わっていない。

フレイユは里での戦いが終わったらメルキドを助けるためにおおきづちの精鋭を連れてくると約束しており、自身も町の方に行こうと考えていた。

 

「ファレンたちの町にメルキドの魔物の親玉が迫ってるの。私、里を救ったら今度は町での戦いに協力するって約束したんだけど、誰か一緒に来てくれる?」

 

「みんな怪我してるけど、僕の持ってる薬草を使えば治せるよ」

 

戦いの傷でこのまま参戦するのは不可能だが、ファレンの元には以前作った薬草がある。

これで傷を癒せば、メルキドを襲う魔物とも戦えそうだった。

 

「なるほどな…二つの拠点を同時に潰そうとしてきたわけか。アルドーラを倒して、手下も倒した…大軍が襲ってくることはないだろうし、俺が行くぜ」

 

「ワシも人間たちには助けられた…傷の治療も出来るなら是非とも戦いに行きたいが、構わぬか?」

 

人間に世話になった恩を返すため、最精鋭であるポルドとラグナーダが名乗りを上げる。

指導者を倒したことで強力な魔物の気配はなくなり、兵士たちは二人の出発に賛成する。

 

「もちろん。こっちは僕たちに任せて、人間たちを助けて来て」

 

「二人ともありがとう。でも、鎧がなくなっちゃったけど大丈夫か?」

 

もちろんファレンも来てくれるのは嬉しいが、二人とも鎧を失っている状態だった。

だが、それでも二人は問題ないとし、町での戦いに向かおうとしている。

 

「心配ない。もともと俺たちは鎧なしで戦ってたんだ、ちょっと昔に戻るだけさ」

 

「そのくらいでワシも退いたりはせぬ。人間たちへの恩を返さなければならぬからな」

 

「そっか、でも無理はしないで。これがさっき言ってた薬草だ、行く前に飲んで」

 

「ああ、ありがとうな。お前たちに助けられた分、必ずメルキドの町も救ってやるぜ」

 

戦いの前にファレンは薬草を取り出してポルドたちに渡した後、アルドーラとの戦いでの傷を癒すために自身も飲み込む。

苦い味がしたが、だんだん痛みが引いていき、身体の力がかなり回復してきた。

他の兵士たちの中にも重傷者がいるため、残った薬草もこの場に置いていく。

 

「みんなの分も置いてくよ。それじゃあ、メルキドに行こう」

 

「うん!みんなで戦って、魔物の親玉を倒そうね」

 

後はゴーレムを倒すことが出来れば、メルキドの町も救われる。

ファレンたち4人はアルドーラとの戦いの場を後にし、ロロンドたちの待つ町へと向かっていった。



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1-44 おおきづちとの共同戦線

青色の旅の扉を抜け、ファレンたちはメルキドの町へとたどり着く。

町の中には被害は出ておらず、みんな順調に戦えていたようだった。

 

「みんな無事みたいだね…建物も壊されてなくて良かった」

 

魔物の声や戦いの音は聞こえないものの、やはりまだゴーレムと決着がついたわけではなかった。

ロロンドたちは鋼の守りの後ろで剣を構え、ケッパーは見張り台の上から監視を行い、次なる襲撃に備えている。

ファレンはおおきづちたちを引き連れ、彼らの元に走っていった。

 

「みんな、おおきづちたちを連れて来たぞ!」

 

「おお、よく戻ってきたな!ということは、おおきづちの里を救ってアルドーラとやらも倒したのか?」

 

ファレンの声を聞くとみんな振り向き、ロロンドは嬉しそうに話しかけて来る。

 

「うん。一時はどうなるかと思ったけど、ファレンが来てくれて助かったよ」

 

「ファレンもお前さんたちも無事で良かった。こっちも何とか魔物たちをぶっ倒して、次の戦いに備えてるってところだ。悪魔の騎士はやっぱり強かったが、みんなで囲んで戦ったぜ」

 

「手下の魔物も大分倒したし、次こそ親玉が来るかもしれないな」

 

ゆきのへたちは身体にいくつか傷を負っていたが、まだ戦いを続けられそうだった。

メルキドの町、おおきづちの里の双方で多数の魔物を倒し、ゴーレムとの決戦も近いように思われた。

戦いが始まる前に、フレイユは連れてきたおおきづちたちをみんなに紹介する。

 

「そうだ、連れてきた二人をみんなに紹介するね。左にいるのがポルドで、おおきづちたちの兵士長なの。右にいるのはラグナーダで、里の長老だよ。…そういえば私の名前も言ってなかったね。私はフレイユ、一緒に町を救おうね」

 

「ポルドにラグナーダ、フレイユか。吾輩はロロンド、後ろにいるのが仲間のケッパー、ゆきのへ、レゾン、プレーダだ。大きな戦いの後なのに、来てくれて本当に感謝するぞ」

 

「人間のおかげで里は発展して、命も助けられた…恩は返さないといけないからな」

 

「こちらだけが助けてもらうのは不公平じゃからな…この町の脅威を共に倒そうぞ」

 

「本当にありがとう。君たちもいれば、戦いに勝てる可能性はもっと上がると思うよ」

 

多くは初対面であり、ロロンドも町のみんなのことをおおきづちたちに紹介する。

ロロンドとケッパーは感謝の言葉も伝え、他のみんなもおおきづちたちの参戦を心から喜んだ。

里の中でも強力な3人が来たことで、勝利への希望が大きくなっていった。

戦いに備えている中、ポルドはブラウニーであるプレーダの姿を見つけ、不思議そうに思う。

 

「そう言えば、お前はブラウニーだろう?どうして人間の町にいるんだ?」

 

「おおきづちから離反したのはプレーダの親で、プレーダ自身は人間の味方なんだ。何度も一緒に魔物と戦ってくれてるし、心強い仲間だよ」

 

「ああ、さっきの戦いでも活躍してたぜ。プレーダは間違いなく味方だ」

 

おおきづちからするとブラウニーは離反者、敵であり、それを気にしてプレーダは町の方で暮らしていた。

しかし、それでも今は共に戦わなければならないので、ファレンとレゾンはプレーダのことについて説明する。

 

「嫌われるかと思っておおきづちに会うのが怖かったんだけど、やっぱりブラウニーなんかと一緒に戦いたくないか?」

 

恐る恐る質問したプレーダに対して、フレイユは優しく否定した。

 

「そんなことないよ。君は見た目はブラウニーでも心はおおきづちってことだよね。毛の色なんて自分では変えられないんだし、私は気にしない」

 

「俺たちはブラウニーに多くの仲間をやられた…でも、お前自身には罪はないからな。…受け入れようとは思う」

 

「里のみんながそう言うかは分からぬが、少なくともワシはお主を同胞として歓迎するぞ」

 

「…心はおおきづち、か…みんな、本当にありがとう…!」

 

フレイユとラグナーダはプレーダをおおきづちとして受け入れ、ポルドはブラウニーの姿を見るだけで怒りが込み上げて来るようだが、それでもプレーダのことは理解しようとしていた。

望まない姿で生まれてしまったということで、彼自身もアルドーラの被害者だと言える。

怖がっていたおおきづちに受け入れてもらえ、プレーダは心から喜ぶ。

 

「良かったな、プレーダ」

 

「ああ。ファレンもレゾンも、心強いって言ってくれてありがとう。この後の戦いでも、力一杯やってやるぜ!」

 

おおきづち全員が受け入れてくれるかは分からないが、それはゴーレムを倒した後だ。

プレーダが戦いに向けて意気込む中、見張り台の上にいるケッパーが大声で叫んだ。

 

「みんな、また手下の魔物が近づいてきている。戦いに備えてくれ!」

 

「まで手下がおるのか…だが、さっさと蹴散らして親玉も倒してやろうぞ」

 

鋼の守りの向こう側からは、多数の鉄の蠍や死霊の騎士、背中が紫色のキメラであるスターキメラが迫ってきていた。

部隊の真ん中には隊長である悪魔の騎士もおり、鋼の守りの破壊に向かう。

おおきづちたちを歓迎していたみんなの顔は一気に緊迫したものになり、防壁の裏で戦闘に備える。

ファレンは鋼の守りを使った戦いについてフレイユたちに話した。

 

「みんな、魔物たちは防壁に向かって突っ込んでくる。この防壁には魔物を迎え撃つ仕掛けがあるからまずはそれを使って、破られたら戦いに行くんだ。今はここで待機していて!」

 

「分かった。こっちでの戦いは初めてだからな、とりあえずお前の指示に従うぜ」

 

「いつ破られてもいいように構えておくよ」

 

ポルドたちはファレンの指示に従ってその場に留まり、魔物が町に侵入した時のためにハンマーを強く握る。

町のみんなが戦いに備える中、悪魔の騎士は鋼の守りの破壊に向かった。

空を飛ぶスターキメラの情報によりトゲ罠が敷かれていることは知っており、数体の鉄の蠍や死霊の騎士と共にそれらの破壊に向かう。

 

「トゲを敷いて対抗する気だったか…だが、そのくらい見破られるぞ」

 

「トゲをぶっ壊して、後ろの壁も破ってやるぜ!」

 

スターキメラは6体おり、高く飛び上がって鋼の守りを超える。

町の中に入ってきた彼らは、ファレンたちを焼き尽くそうと呪文を唱え始めた。

 

「またキメラか…防壁を越えられるのが厄介だな…」

 

「あいつらはスターキメラだな…。普通のキメラどもより強い、気をつけろ!」

 

エルゾアは力が尽きて休んでおり、今度は呪文を避け続け、魔力が尽きて降りて来るのを待つしかない。

レゾンたちは彼らの様子を見て、回避できるように構えた。

スターキメラは呪文を詠唱すると、普通のキメラよりも大きな火球を放つ。

 

「こやつらもベギラマを使えるのか…なかなか避けづらいな」

 

先ほどエルゾアが大きく魔力を消耗して放った呪文、ベギラマを彼らは容易に唱えてくる。

今はスターキメラはかなりの高度におり、発動から着弾まで時間があるためまだみんな避けられているが、それを見て彼らは高度を下げ、近い距離から炎を放ってきた。

人々や回避力の高いラグナーダやフレイユは大きく跳んで避けるが、レゾンやプレーダ、ポルドはかわしきれず、武器を使って防ごうとする。

 

「くっ…!簡単には防ぎきれないか。早く魔力が尽きるといいが…」

 

「前に里を襲ったキメラとは全然違うな…だが、何とか耐えしのがないとな」

 

炎の威力は高く3人は防ぎきれず火傷を負い、武器もだんだんと損傷していった。

町のみんながスターキメラの炎に追われる中他の魔物たちも進み、トゲ罠を叩き壊していく。

 

「この程度の罠で我らを止められると思うな!この壁をぶち破って、地面と空から挟み撃ちにしてやろう」

 

悪魔の騎士の攻撃ではトゲ罠はすぐに壊れ、死霊の騎士や鉄の蠍も数回攻撃するとトゲは壊れていった。

トゲ罠がなくなると、彼らは石垣やバリケードの破壊へと向かっていく。

しかし、そこには火を吹く石像があり、破壊に進む彼らの動きを一度は食い止めることが出来た。

 

「うおっ…!火を吹いてくる石像か…一度退避して、石像を破壊するぞ!」

 

一見ただの石像にしか見えないので、悪魔の騎士たちは灼熱の炎に焼かれる。

炎を浴び続ければどんどん生命力が削られるので、悪魔の騎士は手下にも後退と石像の破壊を指示した。

火を吹く石像のおかげで時間は稼げているものの、依然としてスターキメラは炎を放ち続け、町のみんなを追い詰める。

ファレンたちは未だに回避出来ているものの、少しずつ動きが弱くなって来ていた。

 

「まだ魔力が尽きないのか…このままだと、勝てても親玉との戦いがきついな」

 

体力を消耗した状態で悪魔の騎士に狙われたり、ゴーレムと戦うことになったら危険だ。

そこでファレンは少しでもスターキメラの数を減らそうとし、彼らのうちの2体が建物の壁の近くにいるのを見る。

 

「とりあえず、壁から飛び移ってあいつらを倒そう」

 

すぐにポーチから土のブロックを取り出して置き、それを使って壁の上へと登る。

壁の上に登ると思い切り跳び、空中にいるスターキメラの翼を深く斬りつけた。

翼に大きなダメージを受け、スターキメラは地面へと落ちていく。

壁の近くにいたもう1体は呪文の詠唱を中断して逃げようとしたが、ファレンは二段跳びを使って身体に深く剣を突き刺し、そのまま地面へと叩き落とした。

 

「よくやったぜ、ファレン!落ちた奴らを斬り刻んでやれ!」

 

「うん。この数は厄介だ…少しでも減らさないとね」

 

他のスターキメラの炎を避けたり防いだりしつつ、レゾンとケッパーを先頭にみんなはスターキメラを倒しに行く。

ファレンも叩き落としたキメラに何度も斬撃を当て、さらなるダメージを与えていった。

スターキメラは通常のキメラより生命力は高いもののみんなに囲まれると耐えられず、力尽きて消えていく。

残ったのは4体となり、先ほどより防がなければならなくなる頻度は下がった。

 

「これで数は減ったね…でも、なかなか魔力がなくならない…」

 

しかし、未だにスターキメラはベギラマの炎を放ち続け、弱まる気配はなかった。

さらに何か対策を打つ必要があるが、そんな中ロロンドが大声で言う。

 

「このままだと厳しい…みんなで作ったこれを使うぞ!」

 

彼は防壁の前に置いてあったメルキドシールドを一度取り外し、スターキメラの炎を防いだ。

メルキドシールドは高い防御力を誇るだけでなく、容易に移動が出来るという利点もある。

ファレンたちはそれを見てすぐに使い始め、体力を使うことなくベギラマに対応していった。

そうして防ぎ続けていると、だんだんスターキメラの炎は弱まっていく。

 

「ようやく弱まってきたか…早く降りて来るといいんだけど」

 

メルキドシールドを移動させつつ、各方向から放たれる炎を防いでいった。

このまま消耗させれば、スターキメラは倒しきれるであろう。

しかしそんな中、町の中の様子は把握出来ていないものの、悪魔の騎士たちも町の中に侵入しようとする。

先ほどの個体と同様に火を吹く石像は壊せなかったが、鋼の守りの横にあるバリケードに何度も斧を叩きつけ、大きな傷をつけていた。

 

「中央は破れぬにしても、このくらいの壁はぶっ壊してやる!」

 

他の魔物も攻撃に加わり、バリケードを弱らせていく。

町の内部ではスターキメラたちはまだ魔力が尽きていないものの、ベギラマで人間たちを倒すのは不可能と判断し、地上へと降りてきた。

 

「やっと降りて来たね。みんな、倒しに行くよ!」

 

スターキメラは嘴で攻撃して来るが、回避したり受け止めたりして、横からダメージを与えていく。

威力もそこそこあったが、レゾンやポルドなら十分防げるほどだった。

全員で攻撃を続け、スターキメラたちをどんどん弱らせていった。

戦っている間、悪魔の騎士たちがついにバリケードを破って町の中に侵入して来る。

 

「なかなか厄介な防壁だったが、貴様らの負けだ…さあ、町ごと破壊してやる!」

 

「まずいな…早くとどめをさそう!」

 

悪魔の騎士の襲来を見て、みんなはスターキメラへの攻撃を強める。

既に瀕死だった彼らは次々と倒れていき、他の魔物たちが来る前に全員を倒しきった。

悪魔の騎士はスターキメラが倒されたことだけでなく、おおきづちたちがいることに対しても驚く。

 

「まさかスターキメラがやられるとは…それに、貴様らはおおきづち!?里はブラウニーの長老が潰しに行ったのに、なぜここにいる?」

 

「アルドーラのことならワシらの手で倒した…今度は人間の町を助けるためにここに来たのじゃ」

 

おおきづちたちがいなければ、スターキメラは倒しきれなかった。

完全に予定が狂ったことで、悪魔の騎士はおおきづちたちに対して怒りを見せる。

そして、手下の死霊の騎士と鉄の蠍を引き連れ、ラグナーダに斬りかかりに向かった。

 

「よくも邪魔しやがって…我々に楯突いたことを後悔させてやる!お前たちも、人間とおおきづちを始末しろ」

 

十数体の死霊の騎士と鉄の蠍も分散し、ファレンたちを攻撃しに向かう。

ファレンは2体の死霊の騎士と2体の鉄の蠍に囲まれ、他のみんなも3、4体の魔物に襲われていた。

どちらも戦い慣れた魔物ではあるが油断は出来ない、ファレンは慎重に防御と回避を行い、まずは鉄の蠍から狙っていく。

蠍のうち片方は石像の炎で弱っており、そちらを集中して攻撃していった。

 

「囲まれたか…でも、一体ずつ確実に倒していこう」

 

「諦めの悪い人間だな…どこまでそんなこと言ってられるかな?」

 

片方の死霊の騎士の剣を盾で防ぎ、もう一方の騎士の剣と蠍の攻撃をかわし、焼かれた蠍の鋏の部分を斬っていった。

ここを破壊すれば攻撃が弱まり、倒しやすくなる。

鋼の剣ならば今までと同様簡単にダメージを与えることができ、深い傷を与えていく。

大きな傷が出来るとそこに向かって強く振り下ろし、鋏を斬り落とした。

 

「よし、今のうちに倒そう!」

 

鋏を落とされた鉄の蠍は大きく怯んで動きを止め、ファレンはそこで顔面を斬り裂いていき、さらに弱らせていく。

起き上がって再び攻撃して来ようとはするが大分威力は落ちており、容易に対処することが出来た。

もう片方の鋏も落としてまた動きを止め、連続で斬り裂き倒す。

1体目の鉄の蠍が倒れると、2体目に攻撃の手を向けていった。

 

「まずは一体だね…このまま減らしていこう」

 

死霊の騎士は里の方でも戦ったため避けやすく、ダメージを受けることなく戦いを進めていった。

ロロンドやケッパーも3体が相手なら苦戦せずに立ち回ることができ、回避しながら剣を振り回して魔物たちを斬りつけていく。

二人は力強く、攻撃を弾き返して隙を作ることもあった。

敵が動けなくなると、集中して体力を削っていく。

 

「なかなか強いようだな…だが、それだけ襲って来ようと吾輩たちは止まらぬ!」

 

「人間のくせに偉そうなことを…絶対に倒してやる…!」

 

2人も盾を持っており、それを使って防ぎ、弾き返すこともあった。

ゆきのへもハンマーを使って様々な部位を叩き潰し、人々が戦っている魔物は弱っていき、倒しきるのにも時間はかからなかった。

戦いはうまく進んで来ているが、悪魔の騎士と戦っているラグナーダは苦戦を強いられていた。

 

「裏切り者の指導者め…人間なんかの味方をしたことを後悔するがいい!」

 

「裏切り者と言われようと、ワシは人間たちと共に生きるのじゃ!」

 

悪魔の騎士はアルドーラよりは弱く、ラグナーダも押し返せなくはなかった。

しかし、周囲の死霊の騎士と鉄の蠍のせいで悪魔の騎士に集中できず、3体ともから攻撃を受けている。

先ほど薬草を使ったとはいえ完全に回復した訳ではなく、鎧もないので、このままでは危険な状態だった。

 

「長老が危ないな…早く助けに行かないと」

 

ラグナーダの近くで戦っていたポルドは救援に行くため、一体の鉄の蠍に狙いを集中させる。

鋏を狙って叩き潰し、尻尾を使って攻撃して来た時にはそちらにも強力な打撃を与えた。

魔物の身体は歪んで動きが鈍り、そこでさらなるダメージを与えていく。

 

「おおきづちにしては強いが、長老と一緒に死なせてやるぜ!」

 

「いや、ここで倒れるのはお前たちの方だ!」

 

死霊の騎士たちは妨害して来るが、ポルドは力を込めて弾き飛ばし、鉄の蠍への攻撃を続けた。

大きな隙がないため旋風打を放てるほどにはならないが、少しであれば一瞬でも力を溜められる。

目の前の鉄の蠍をそうして倒すと、ラグナーダの元に向かった。

ファレンも彼の危機に気づき、鉄の蠍を倒して援護に向かう。

 

「長老、こっちの魔物は任せてくれ!」

 

「僕も援護するよ。一緒に魔物たちを倒しきろう!」

 

ポルドは鉄の蠍を引き付け、ファレンは死霊の騎士を引きつける。

3体の騎士に狙われることにはなったが、慣れた相手なのでファレンは落ち着いて対処し、確実にダメージを与えていった。

無力化してから一気に仕留めるため、武器を落とさせようと腕を狙っていく。

 

「オレたちにまとめて挑もうなんて無茶な人間だぜ。お前の弱さを思い知らせてやる!」

 

「簡単に倒されると思うなよ!」

 

死霊の騎士たちも激しい抵抗を見せるが、ファレンは盾や回避でしのいで鋼の剣を叩きつけた。

しだいに腕の骨は砕けていき、攻撃の威力が落ちてくる。

その隙を逃さず、一体ずつ腕の骨を落としていった。

 

「まずは片腕だな…このまま追い詰めよう!」

 

思っていた通りもう片方の腕で武器を使い始めたが、そちらでの攻撃は最初から威力に欠ける。

避けずに鎧で防ぐことも考えつつ、さらなる腕への攻撃を続けていった。

ファレンとポルドの援護を受け、ラグナーダは悪魔の騎士と一対一で対峙する。

素早さはわずかにラグナーダの方が早く、何度か斧を避けて側面にまわり、ハンマーを叩きつけた。

アルドーラとの戦いでも活躍した彼の攻撃力は非常に高く、騎士の鎧にいくつものへこみができる。

だが、速いとはいえほとんど差はなく、避けきれずにハンマーで受け止める必要も出てくる。

 

「おおきづちめ…いつまでも避けられると思うなよ…!」

 

「うぐっ…凄い力じゃな…。じゃが、アルドーラに比べれば大したことはない!」

 

悪魔の騎士の攻撃力も高く、ラグナーダは受け止めるのがやっとであった。

しかし、何とか押し切って倒そうと、彼は全体重をハンマーにかける。

このようなことをすればハンマーに大きな負担がかかるが、この戦いを突破するためにはやむを得なかった。

押される力が強まり、悪魔の騎士は体勢を崩して倒れ込む。

ラグナーダはそこで力強くハンマーを振り回し、全身に打撃を与えた。

先ほどの石像の炎の影響もあり、悪魔の騎士は追い詰められていく。

しかし、すぐに倒されることはなく、起き上がってラグナーダに反撃していった。

 

「長老とはいえ、まさかこれほどの力とはな。だがそれでも、我を倒すには及ばぬ!」

 

再び斧を振り回し、ラグナーダの身体を斬り裂こうとしていく。

何度かは避けられ攻撃出来たが、やはり再びかわしきれず、防がなければならない時も来た。

悪魔の騎士は弱ってはきたものの、それでも弾き返すのは容易ではない。

 

「ぐっ…いつまで持つかは分からないが、やるしかないか」

 

やりすぎるとハンマーが壊れるが、再び体重をかけて押そうとする。

加えられる力に耐えられず、ハンマーが軋んでいく音が響き始めた。

それを聞いて悪魔の騎士は勝利を思い、さらに斧に力を込めていく。

 

「おおきづちのハンマーなど大した強さはない、このまま砕いてやる」

 

「何とか持ってくれ…!」

 

仮にここを乗り切っても、ゴーレムとの戦いの前にハンマーを失うのは厳しい。

しかしラグナーダが懸命に悪魔の騎士を抑える中、鋼で出来たハンマーが騎士の斧に叩きつけられた。

それに続いて、鋼の剣で悪魔の騎士の身体が深く斬り刻まれる。

それによって騎士は再び倒れ込み、大きな攻撃の隙が出来る。

 

「手下はもう倒した…後はお前さんを倒して、戦いを終わりにしてやるぜ!」

 

「くそっ…人間どもめ…!」

 

「吾輩たちもおおきづちには世話になった。その分ここでお主を助けるぞ!」

 

手下の魔物たちを倒しきったロロンド、ケッパー、ゆきのへが集まり、悪魔の騎士に大きなダメージを与えた。

ハンマーの作り方に庭園など、おおきづちは町の発展に活躍したものの、彼らを直接助けに行ったのは今までファレンとレゾンだけだ。

危機に陥ったラグナーダを助け、自分たちでもおおきづちの役に立とうとロロンドたちはしていた。

 

「本当に助かったぞ…一緒にこやつにとどめを刺そうぞ」

 

「ああ。この勢いで、僕たちの町を救おう!」

 

4人で囲まれて攻撃を受けて、悪魔の騎士は傷だらけになっていく。

それでもまだ死なずに起き上がったが、倒されるのは時間の問題だった。

 

「おおきづちの長老を殺せるところだったのに邪魔しおって!」

 

「お主も限界のようじゃな…さあ、一緒に倒そうぞ!」

 

「もちろんだ。吾輩たちの町を脅かす者は決して許さぬ」

 

ロロンドたちだけでなく、他のみんなも魔物たちを追い詰めていく。

フレイユは鎧と回避を使って攻撃を防ぎ、素早くハンマーを振って魔物を倒していく。

レゾンは自身の周囲にいた魔物を力で押し切って倒し、近くで苦戦していたプレーダを援護しに行った。

ファレンと戦っていた死霊の騎士は両腕を失って無力化され、剣と盾を使って三体とも押し倒す。

そこで力を溜め、旋風斬りを放って一気に倒していった。

ロロンドたちも悪魔の騎士の生命力を全て消し去り、魔物の軍勢との戦いを終わりにした。

 

「これで終わったか…みんなも片付いたみたいだね」

 

「ああ、みんな無事だったな。吾輩たちだけなら苦戦していたであろうが、おおきづちたちのおかげで助かった…改めて感謝するぞ」

 

おおきづちたちの救援のおかげでスターキメラを速やかに倒し、他の魔物も分散させて戦うことが出来た。

悪魔の騎士にラグナーダが追い込まれることはあったものの、すぐに助けに向かうことができ、かなり優位な戦いだったと言える。

町の住民だけなら苦戦していた可能性もあり、ロロンドはもう一度感謝の言葉を告げた。

 

「いや、こちらも危ないところで助けて貰えた。お互い様じゃよ」

 

おおきづちと共同しての戦いにより、ゴーレムの配下の魔物をまた退けることが出来た。

しかし、みんなが一旦武器を下ろしていると、地面が再び激しく揺れ出す。



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1-45 ゴーレム 全てを破壊する者

地面の揺れは長く続き、ファレンたちは身動きが取れず座り込む。

やがて揺れ自体は収まったが、町の西の方からは大きな足音のようなものが聞こえてきた。

 

「何だったのだ今の揺れは…。それにこの足音、ついに魔物の親玉が来たというのか?」

 

「そうかもしれないね…確認して来るよ!」

 

多くの手下の魔物を倒し、ついに親玉と戦う時が来たのかもしれない。

ケッパーは確認のため、走って見張り台へと登っていった。

 

「あれは…!みんな、すぐに登って来て!」

 

そして、ケッパーの見つめる先には全身が茶色の岩で出来た巨人、ゴーレムの姿があった。

ゴーレムは森をなぎ倒し、メルキドの町にまっすぐに向かって来る。

ファレンたちも見張り台へと登っていったが、ゴーレムのあまりの大きさに驚いていた。

 

「あれがゴーレムか…魔物の親玉とは言っても、まさかあんな大きさとはな…」

 

「ただならぬ恐ろしい気配がするな。厳しい戦いになりそうじゃ」

 

「まさか、本当にゴーレムが…」

 

中でも、ゴーレムはメルキドの守り神であり、人間を滅ぼすはずがないと言っていたロロンドは大きなショックを受けていた。

しかし、実際襲って来るとなれば、戦って倒すしかない。

武器だけで戦うのは難しいように思われるので、ファレンはメルキドシールドを使うように指示を出した。

 

「普通に戦っても勝てないかもね…みんな、メルキドシールドを持って攻撃を防いで!」

 

「分かったぜ。早くしないと町がやられる、みんな急ぐぞ!」

 

「うん。せっかく作ってきた町なんだ、何としても守らないとな!」

 

ゴーレムの大きさに圧倒されるものの、レゾンとケッパーを先頭に見張り台を降りていき、配備されていたメルキドシールドを持つ。

この高い防御力ならば、強力な攻撃でも十分凌げそうだった。

戦闘員が9人に対してメルキドシールドは7つ、レゾンとプレーダ、ポルドとフレイユは共に行動し、同じ物を使うことにする。

それぞれがシールドを持ち戦いに備えるが、やはりかつてない強敵との戦いなので、プレーダは不安も口にしていた。

 

「ついにゴーレムか…この日のためにたくさん頑張って来たけど、オレたち勝てるのかな?」

 

「分からねえ…でも、どんな苦しい戦いだったとしても、勝たなきゃワシらの町がなくなってしまう。それだけは避けなきゃならねえ」

 

みんなも不安でいっぱいだが、それでも町を守るため引き下がることは出来なかった。

ゆきのへの言葉を聞いて町での思い出を振り返り、プレーダは不安を押し切っていく。

 

「そうだな…オレもこの町の世話になって、みんなと仲良くなれた。勝てると信じて、やってやるしかないか!」

 

「うん。どんな戦いになるかは分からないよ…でも、みんなの力があれば大丈夫さ。僕もメルキドの衛兵として、全力で倒しに行くよ」

 

「俺もやってやるぜ。最初は強くなるためにファレンについて行ったが、この町での生活も楽しかった。あんな石像なんかに町を壊されてたまるかよ!」

 

メルキドは、誰にとってもかけがえのない大切な町となっている。

ゴーレムがだんだんと近づいて来る中、ケッパーとレゾンも戦いへの覚悟を決めた。

援護に来てくれたおおきづちたちも、このまま人間のために命をかけ続ける。

 

「私も怖いよ…けど、私たちは何度も人間に助けられた…だから、私たちも何度でも助けるよ」

 

「ああ。全力であいつをぶん殴って、人間の町を守り抜いてやる…!」

 

「ワシらはアルドーラの奴も倒したのだ…あやつも倒せぬはずはあるまい」

 

「みんなやる気はバッチリのようだな。吾輩は昔から城塞都市メルキドの再建を夢見ていた…それがもうすぐ叶うのだ、どんな敵だろうと怯みはせぬ」

 

この場にいる全員の心が、打倒ゴーレムへと向かっていく。

戦いの始まる前、ロロンドは一つ申し訳なさそうに言った。

 

「そうだ、一つ言っておかねばならぬことがあったな。…吾輩も頭では分かっておった、メルキドの魔物の親玉がかつての守り神であったゴーレムだと…。だがどうしても認めたくなかったのだ、守り神が人間を滅ぼしたなど…それで、みんなにも強く反発してしまった…」

 

「…そうだったのか。まあ、認めたくない気持ちも分かるよ」

 

ロロンドはかつてのメルキドの住民の子孫であり、先祖がシェルターの中で争いあっていたなど考えたくもなかっただろう。

ファレンもみんなもそれは理解し、ロロンドを責めることはしなかった。

 

「吾輩が間違っていた、本当にすまなかった…。今まで迷惑をかけてしまった分、進んでゴーレムを迎え撃つ。共に戦い、必ず倒してやろうぞ。この戦いに勝てば空を覆う闇も晴らせるはずだ」

 

「うん。みんなで勝って、これからも町を大きくしよう!」

 

この戦いに勝てば空の闇を晴らして、明るい世界で町を作っていくことができる。

ゴーレムはもう町の目前に迫り、鋼の守りを破壊するために腕を振り上げていた。

足音も大きくなり、町のみんなはいよいよ戦いの始まりを感じる。

 

「すぐそこまで来てるね…まずは鋼の守りを使って、壊されたら近づこう」

 

ファレンは多少は効果があるかと思い、今までの戦いと同様、まずは鋼の守りを使って生命力を削ろうとした。

接近して来たゴーレムはトゲ罠を踏み、左右の火を噴く石像に焼かれる。

石の身体には炎もトゲも大きなダメージは与えられないが、急な攻撃にゴーレムは一瞬怯んだ。

しかし、体勢を崩すことなくすぐに反撃に移り、火を噴く石像を殴りつけて破壊し、トゲ罠を蹴散らしていく。

そして両腕に力を溜めて叩きつけ、石垣やバリケードを壊して町へ侵入して来た。

 

「もう壊されてしまったか…みんな、行くぞ!」

 

「ああ…ゴーレムめ、いくらかつて守り神だったとしても、町を壊そうとするなら容赦はせぬ!」

 

悪魔の騎士でも歯が立たなかった火を噴く石像を軽々と破壊することからもゴーレムの強さが伺える。

だがそれでも怯えずみんなは武器を構え、ファレンとロロンドが先陣を切って攻撃に向かった。

ゴーレムはファレンたちの接近を見るに、腕を振り上げて殴りつけてくる。

受け止めることはまず不可能なので彼らは横に跳んでかわし、叩きつけられた腕に斬りかかる。

 

「すごい勢いだけど…なんとか避けられるな…!」

 

ゴーレムの腕は太く攻撃も素早いが、今のファレンたちなら十分に避けられた。

岩で出来た身体を砕くことは容易ではないものの、鋼の剣を叩きつけると僅かにだが傷がつく。

 

「もの凄い硬さだな…だが、全員で攻撃すればいずれは砕けるぞ!」

 

ファレンたち二人に次いで、他の人間やフレイユ、ラグナーダも攻撃に向かう。

ゴーレムは腕での殴打だけでなく足での踏みつけも行ってくるが、それも確実に回避していき、それぞれの武器を叩きつけていった。

回避力の低い魔物たちも、攻撃ができる隙を狙っている。

大勢に囲まれたゴーレムは動きを変えて、全身に力を溜めてからジャンプして踏み潰そうともしてきた。

 

「くっ…飛び跳ねることも出来るのか!」

 

着地と同時に腕も振り下ろし、軽い動きでは避けられない。

狙われたファレンとケッパーも大きく跳び、腕が叩きつけられる範囲から逃れようとした。

かわすことは出来たが、二人は着地の衝撃で地面に手をつき、すぐには攻撃には戻れない。

しかしゴーレム側にも隙ができ、他のみんなが後ろや横から近づき、さらなる攻撃を加えていった。

ここでポルドたちも接近し、石で出来た身体を少しずつ砕いていく。

 

「力は強いが付け入る隙は十分にある…どんどん攻撃するぞ!」

 

ゴーレムは殴打や踏みつけ、ジャンプを繰り返し、狙われた者は回避に集中し、それ以外の者が攻撃を加えていった。

今までの戦いで体力を消耗しているが、まだ動きが鈍るほどではなかった。

みんなでつけた小さなヒビが合わさり、ゴーレムの身体が少しづつ割れていく。

しかし、攻撃を続ける中ゴーレムは動きを変え、腕を下ろして地面に力を込め始めた。

 

「今度は何をやって来るのだ…?みんな、気をつけるのだぞ!」

 

ゴーレムの凄まじい力を受けて、地面は音を立てて割れていく。

大きな攻撃が来ると思ってみんな警戒していると、ゴーレムは地面から巨大な土塊を持ち上げ、ファレンとゆきのへのいるところに投げつけて来た。

また大きく跳んで避けようとするが、ジャンプ攻撃より範囲が広くかわしきることが出来ない。

土塊といっても強烈な勢いで叩きつけられると相当な威力となり、彼らの身体は突き飛ばされた。

 

「うっ…ここまですごい攻撃を持っているのか…」

 

「やはり一筋縄じゃいかねえな…何とかして防がねえと」

 

この攻撃を繰り返されればみんなが危機に陥り、メルキドの町の地面も削れてしまう。

しかし、ゴーレムは体勢を立て直す間もなく、土塊が直撃したファレンとゆきのへに再び同じ攻撃を繰り返そうとしてきた。

鎧を着ていてもこれ以上食らうと命が危なく、何としても防がなければならない。

 

「威力は相当だけど、これなら防げるはずだな」

 

ファレンはここでメルキドシールドを取り出し、ゴーレムと自分たちの間に置く。

オリハルコンを使ったこの防壁であれば、ゴーレムの土塊でも防げるように思われた。

予想通り土塊はメルキドシールドに当たって砕け、後ろにいたファレンたちは傷を負わずに体勢を立て直す。

土塊が防がれたのを見て、ゴーレムはまだシールドを使っていないロロンドたちの方に狙いを変えた。

 

「避けるのは難しい…みんなもメルキドシールドを使うのだ!」

 

「ああ。あいつの攻撃を防いで、また近づいてやるぜ!」

 

だが、すぐに彼らもメルキドシールドを設置して、土塊による攻撃を防ぐ。

様々な攻撃に対応され、ゴーレムは怒り狂い始めて大声をあげた。

メルキドシールドを睨みつけ、全身に強く力を溜め始める。

 

「また新しい動きだな…みんなそのまま動くなよ」

 

動きが分からない状態で近づくと危険なので、みんなロロンドの指示に従ってメルキドシールドの裏で待機する。

そして様子を伺っていると、ゴーレムは全身を激しく回転させ、ロロンドのシールドに向かって高速で突撃してきた。

メルキドシールドとゴーレムがぶつかり合い、激しい音が鳴り響く。

 

「とんでもない勢いだな…このまま耐えられるといいが…」

 

ぶつかり合っている間、ゴーレムは回転速度をだんだん早めていった。

メルキドシールドも強固とはいえ、激烈な攻撃を連続で受ければ耐えられるか分からない。

やがて軋んでいる音が聞こえ始め、ロロンドは突撃を走って避ける構えもとった。

 

「まずいことになってるな…僕も援護しに行かないと」

 

しかしゴーレムの突撃は速く、いつまで続くかも分からないので、ロロンドが確実に避けられるとは言えない。

ここで確実に食い止めるため、ファレンは目の前にあるメルキドシールドを取り外し、ゴーレムの元に向かっていく。

 

「メルキドシールドで囲い込めば、早く動きが止まるかも…!」

 

一つでけでなく複数のメルキドシールドに衝突すればゴーレム側の負担も大きくなり、早く止められる可能性が高まる。

ファレンはロロンドとは反対側にシールドを配置し、ゴーレムを挟みこむ。

すると思っていた通り、ゴーレムは二つのメルキドシールドに衝突し続けたことで大きな反動を受け、動きが弱まって来ていた。

 

「それじゃあワシも置くぜ!」

 

「大分遅くなって来てるね…僕も援護するよ!」

 

今までファレンのシールドに隠れていたゆきのへも自身のものを取り出し、ゴーレムの横側に配置する。

ファレンたちの動きを見て駆けつけたケッパーも設置を行い、ゴーレムは四方をメルキドシールドに囲まれることになった。

既に力が尽きかけている中でそれらを破ることは出来ず、ゴーレムはついに動きを止める。

 

「援護感謝する…動きが止まった今は攻め時だ、一気に攻撃するのだ!」

 

力尽きた上にあまりの回転で目を回し、ゴーレムはしばらく身動きが取れそうになかった。

今なら全員で集中攻撃を行い、生命力を大きく削ることが出来るだろう。

 

「うん!せっかく作った隙なんだ…無駄にはしない!」

 

四方のメルキドシールドを取り外し、みんなはゴーレムの足に集中して武器を叩きつけていく。

今までつけた傷に向かっても攻撃を行い、その傷を深くしていった。

一回に与えるダメージは僅かなものだが、全員で連撃を行えば大きなものとなる。

やがてゴーレムは大きく体勢を崩し、みんなはそこでさらなる総攻撃を行っていった。

 

「倒れ込んだな…これ以上暴れられる前に倒す!」

 

ファレンとポルドは旋風斬りも放ち、より大きなダメージを与える。

魔物の親玉たるゴーレムも、集結した仲間たちとメルキドシールドの力を受け、少しずつ弱ってきていた。

それでも耐久力は高くなかなか倒れる気配は見せず、体勢を立て直して起き上がる。

 

「まだ仕留められはせぬか…じゃが、このままいけば倒せるはずじゃ」

 

不安の中戦い始めたみんなだったが、だんだんと希望が見えてくる。

 

しかし、ゴーレムは立ち上がった後、先ほどとは違った叫び声を上げた。

すると、その瞬間ゴーレムは禍々しいオーラを纏い始め、町の外から複数の魔物の足音が聞こえて来る。

 

「何だ、奴の雰囲気が変わって…んっ、町の外から魔物どもも来てるぜ!」

 

「ゴーレム様、共に人間どもを滅ぼしてやりましょう!」

 

ショーターが語った、メルキドに住まう8体の悪魔の騎士。

これまで7体が人間とおおきづちの手で倒されたが、最後の1体がゴーレムに呼ばれ、町に迫って来る。

悪魔の騎士は十数体の鎧の騎士を従えており、数人で相手をしなければ勝ち目はなかった。

 

「ここまで来て新しい敵か…危ないっ!」

 

ゴーレムも一度大きく後ろに跳んでから巨大な岩石を生成して投げつけるという技を放ち、ファレンたちはすぐさまメルキドシールドで対応した。

 

「くそっ…ゴーレムと戦うのに集中したいが、あいつらも倒さないといけないな」

 

「結構な数だ…オレも手伝うよ!」

 

メルキドシールドの裏でレゾンとプレーダは騎士たちの元に向かい、おおきづちたちもそれに続こうとする。

 

「ワシらも行かねばならぬな…人間たちよ、ゴーレムの相手は任せられるか?」

 

「…うん。あっちは頼んだよ!」

 

「分かった。それでは行くのじゃ、ポルド、フレイユ!」

 

ゴーレムと戦う戦力が減ってしまうのは厳しいことだが、魔物の数を見てファレンも他の人々も頷いた。

魔物たちは騎士の軍勢と戦い、人間たちはゴーレムを引き続き相手する。

ゴーレムは一度目よりも大きな岩を投げつけ、メルキドシールドが大きく揺れた。

 

「この技に気配…吾輩が読んだゴーレムの話には書かれておらんかったぞ…一体何が起こっておるのだ…?」

 

「多分人間に絶望して魔物の親玉になった後、竜王の奴から新しい力を貰ったんだろうな」

 

数百年の間にゴーレムが新たに得た力がファレンたちに立ち塞がる。

しかし、それでも町を諦める訳にはいかないので、戦い続ける他にない。

 

「勝てると思ったのに厄介なことになったね…でも、何とか乗り切らないと」

 

「そうだな…例え新たな力が相手でも必ず勝機はあるはずだ」

 

ゴーレムの動きを見て、さらなる攻撃の機会を伺っていった。



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1-46 古き守護者との決着

メルキドシールドがなかなか壊れないのを見て、ゴーレムはさらに大きな岩を生成する。

 

「まずいな…とんでもなくデカい岩を作ってやがるぜ」

 

「耐えられると良いのだが…念の為避ける準備をしてくれ!」

 

それはゴーレムの体長と同じくらいの直径があり、いくら強力なシールドとはいえ破壊される恐れがある。

ファレンたちはゴーレムからさらに距離をとり、岩を避けられるように構えた。

ゴーレムは岩を生成し切ると、転がしてメルキドシールドにぶつける。

すると、岩とぶつかって激しい音を立てるも、シールド自体は壊されずに済んでいた。

しかし、砕け散った岩が周囲に飛び散り、町の建物が破壊されていく。

 

「さすがはメルキドシールドだけど…このままだと町が壊されるね」

 

「隠れているだけではダメだな。早く近寄らねば」

 

岩投げを放っておけば、どんどん町が壊されていく。

建物の被害だけならまだ修復できるものの、隠れているピリンたちが見つかる恐れもあった。

ゴーレムが岩を生成している間にファレンたちはメルキドシールドを取り払い、走って距離を詰めていく。

それでも一度では斬りかかることは出来ず、彼らは岩を投げてくる直前に再びシールドを置いた。

 

「なかなか近寄れないな…でも、次でいけるはず…!」

 

巨大な岩でも壊せないメルキドシールドが立ち塞がり、ゴーレムは動きを変える。

岩を空中に放り投げ、シールドの真上に来たところで自身も跳び上がり、岩を殴りつける。

すると、その衝撃で砕かれた岩の破片が雨のようにファレンたちに落ちてきた。

 

「うおっ…!岩を砕いて落として来るだと!?」

 

彼らはすぐに飛び退き、避けきれない分は剣や盾で防いだ。

しかし、落ちてくる岩は砕かれたとはいえまだそれなりの大きさはあり、相当な衝撃が腕に加わる。

受け止めきれない分もあり、身体のあちこちに激しい痛みが起こる。

 

「前からの攻撃は防げても上からの攻撃は防げないか…もう一回されるとまずいね」

 

腕の力を大きく消耗し、鋼の鎧にも傷がつき始めていた。

何度も行われると耐えきれないので、一刻も早く接近し、岩の生成を止めようとする。

岩を殴るためにゴーレムの方から近づいてきたため、距離は短いものだった。

ファレンはメルキドシールドを取り払い、足元へと斬りかかっていく。

ロロンドたちも続き、それぞれの武器を振り上げた。

接近してきた4人に対して、ゴーレムは再び腕での打撃、足での踏みつけを行う。

 

「まだ何とか避けられるな…今のうちに攻撃しよう」

 

岩で受けたダメージが原因で動きが鈍り、ゴーレムはそこを狙っているようだった。

しかし、まだ足に力を込めて跳ぶと避けることができ、攻撃後の隙に反撃していく。

先ほどの総攻撃で足の削れた部分に集中し、転倒させることも狙っていた。

ゴーレムの足は太くなかなか倒れないが、少しずつ傷が大きくなっていった。

 

「さっきの攻撃もあって、大分削れてきたね」

 

「ああ、このまま叩き割ってやるぜ…待て、また岩を…?!」

 

ファレンたちを倒せないゴーレムは、一度攻撃の手を止め、腕を挙げて岩を生成し始める。

どうやら、彼らのいる真下に向かって岩を叩きつけるようだった。

溜めている間に攻撃をされ、自身も砕けた岩の直撃を受けるにしても、4人を仕留めることを優先して考えている。

ゆきのへの声に反応してみんな大きく距離をとり、砕けた岩を避けようとする。

しかしみんなが離れたのを見てゴーレムはまた動きを改め、岩をロロンドとケッパーのいるところに投げつけた。

 

「うぐっ!急にこっちを狙ってくるとは…」

 

ロロンドは寸前にメルキドシールドを置いて助かるが、ゴーレムはそこに近づいていき、新たな岩を作り始める。

先ほどと同様にシールドの真上で岩を砕き、大量の破片を落とすのだろう。

 

「二人とも、早くそこから離れて!」

 

ファレンの声を聞いて、ロロンドたちはメルキドシールドから離れる。

しかし、先ほどと同じように岩を砕いても避けられることはゴーレムも分かっていた。

岩を生成しながら、纏っている禍々しいオーラを右腕に集中させる。

 

「何だ…力が腕に集まってる?」

 

今までにない行動でファレンとゆきのへは止めに行くが、足元に近づいた時には既にゴーレムは岩を完成させていた。

ゴーレムは岩を放り上げると、オーラを纏った右腕で殴りつける。

すると、右腕は凄まじい爆発を起こし、広い範囲に高威力の岩片が飛び散った。

岩片はロロンドたちのいるところにも届き、彼らの身体をうち砕こうとする。

 

「くっ…岩がこんなところにまで…!」

 

ケッパーもメルキドシールドを持っているが、それを置く間もない速さだった。

大量の岩片の全てを避け、受け切ることは出来ず、全身に大きな傷を負う。

ゴーレム自身も爆発の反動でダメージを負っていたが、まだ動きが止まることはなかった。

二人は倒れ込んだが、ゴーレムは生きていることを確認すると接近していく。

 

「早く止めないと危ないな…何とかならないのか…?」

 

ファレンたちはロロンドたちの状況を

見てゴーレムを追いかけ斬りかかるが、動きは止まらない。

ケッパーは重傷を負った腕で何とかしてメルキドシールドを置くが、僅かな時間稼ぎにしかならなかった。

その僅かな時間では、ゴーレムを止めるほどのダメージは与えられない。

 

「アルドーラの時も使えたし、もしかしてこれなら…ゆきのへ、離れてて!」

 

「分かったが、何をするんだ…?」

 

しかし、ゴーレムとの戦いにも役立つと言われ、アルドーラとの戦いに大きく貢献した魔法の玉。

これを大量に使えば、ゴーレムを止められる可能性はあった。

ゴーレムが岩を生成し力を溜め始めると、ファレンは足元に5つの魔法の玉を設置する。

メルキドシールドに守られているため、ロロンドたちが巻き込まれる心配はなかった。

そして一つが爆発すると、周りの魔法の玉もその衝撃で一斉に起爆する。

ゴーレムの固い体にも、爆発の勢いで飛散した鉄片は鋭く突き刺さる。

今までの戦いのダメージも重なり、ゴーレムは大きく倒れ込んだ。

 

「これがショーターの言ってた魔法の玉か…さすがだなファレン!」

 

「今のうちにもっと置くよ!このまま弱らせよう」

 

ファレンはそこでさらなる魔法の玉を取り出し、ゴーレムの身体を爆破していく。

倒れ込んでいるので、足だけでなく腕や胴体にも鉄片が突き刺さっていた。

しかし、アルドーラとの戦いに使ったこともあって、魔法の玉は尽きてしまう。

 

「もう魔法の玉がないな…みんな、囲んで斬りかかるぞ!」

 

「分かった。でかい隙なんだ…逃す訳にはいかねえぜ」

 

「吾輩もまだ倒れられぬ…共に行くぞ…!」

 

その後はファレンたちは再び武器を抜き、斬り刻んでいった。

ロロンドたちも満足には動けないものの体勢を立て直し、攻撃に参加する。

まだゴーレムは力尽きなかったものの、かなり弱らせることは出来た。

魔法の玉はもうない。後は腕の力で生命力を削りきるほかなかった。

 

人々がゴーレムと戦っていく中、魔物たちは最後の悪魔の騎士の軍勢に挑む。

今回の悪魔の騎士もラグナーダを最大の脅威とみなしているようで、真っ先に斬りかかりに行く。

 

「おおきづちの長老め…ここまで我らを苦しめるとは、決して許さぬ!」

 

「人間どももすぐに負ける…お前たちも後を追うんだな!」

 

ラグナーダは先の戦いで体力もハンマーの耐久力も消耗しており、厳しい戦いを予感していた。

しかし、斧を振り上げる悪魔の騎士に向かって、レゾンが立ちはだかる。

 

「こいつは俺が何とかする…いつも助けに行ってたのに今日は行けなかったからな、その詫びだ!」

 

今まで里が襲撃を受けた時は救援に行っていたレゾンだったが、今日はファレン一人に任せていた。

町を守るためなので仕方ないことではあるが、おおきづちたちに申し訳なさを感じていた。

里で守れなかった分ここで守ると、レゾンは剣を叩きつける。

 

「骸骨のくせに生意気言いおって…骨の髄まで断ち斬ってやる!」

 

「気に病むことではないが…助かったぞレゾンよ。ではワシは、鎧の騎士たちを片付けるぞ!」

 

レゾンは悪魔の騎士の斧を防ぎ、本来彼を狙っていた鎧の騎士たちをラグナーダが引きつける。

鎧の騎士と比べれば、ラグナーダの方が攻撃力は高い。

まずは正面の騎士に向かって殴りかかり、盾を弾き落とそうとした。

 

「長老とはいえ全員でかかれば倒せるはずだ、ずたずたにしてやれ!」

 

「人間を守ると決めたのだ…お主たちがどれだけ来ようと負けはせぬ!」

 

ラグナーダは4体の鎧の騎士に襲われており、横と後ろにいる3体は攻撃を続ける。

もう鎧は失われており、斧が毛皮を斬り裂き、肉をえぐっていく。

しかし、彼の身体は大きく深い傷にはならず、ファレンの薬草の力のおかげで十分耐えられる生命力があった。

正面の鎧の騎士を押し倒し、何度もハンマーを叩きつけていく。

その騎士が倒れると、残り3体にもハンマーを振るっていった。

 

「まずは1体じゃな…残りの奴らも倒してやろう」

 

「しぶとい奴だが、もっと斬れば力尽きるはずだ!」

 

魔物の数が減るとかわしやすくもなり、ラグナーダは安定して戦えていた。

ポルドも鎧がない状態であり、攻撃を受け続けると危険なので、旋風打を使って一気に二体を突き倒す。

 

「ぐっ…おおきづちの癖にとんでもない技を!」

 

「危険な存在だ…絶対にここで仕留めてやる!」

 

まだ立っている鎧の騎士もいたが、ポルドはそちらに向かっても力を溜め、旋風打を放っていく。

鎧の騎士も踏ん張り1撃目はこらえたが、高速の3連撃を防ぎきることは出来ず、全員体勢を崩していた。

好機を逃さず、ポルドは素早くハンマーを振り回して残った生命力を削りとっていく。

フレイユは鎧を使っての防御、持ち前の素早さを生かした回避で傷を負わず、一体ずつ狙いを定めて連続攻撃を放った。

プレーダは攻撃力も素早さも高い方ではないが、盾の届かない方向を狙って少しずつ攻撃していく。

 

「みんなが待ってる…早く倒してゴーレムのところにいかないとね」

 

「なかなか強い奴らだけど、オレも町を守るんだ!」

 

人間に味方する魔物たちの猛攻により、敵対する魔物は追い詰められていく。

悪魔の騎士と対峙していたレゾンも左腕で斧を受け止め、その間に鋼の剣を突き刺そうとした。

騎士は左腕で盾を持っており、レゾンは右側に向かって狙いをつける。

それでも防がれてしまうこともあったが、何度か深く突き刺さり、かなりのダメージを与えた。

 

「骨の癖してここまで耐え忍ぶとはな…だが、それでも我は倒せぬぞ」

 

「いや、倒してやるぜ。今までつけてきた強さで、町を守ってやる!」

 

悪魔の騎士は斧により力をこめるが、その分レゾンも手足に力を集中させていく。

お互いの武器に凄まじい力が加わるが、どちらもまだ折れることなく耐え続けた。

そして、強靭な力を保ち続けるレゾンを見て、彼が以前耐えきれなかった技を悪魔の騎士は放つ。

 

「まだ耐えるか…しかしもう限界のはず、この鎧でお前を砕いてやろう!」

 

「ちっ…突進か…!」

 

2体目の悪魔の騎士との戦いの時、レゾンは突進に耐えきれず突き飛ばされてしまった。

あの時はファレンが近くにいたが、今は救援に来られる者はいない。

自力で耐え、止まったところを攻撃の機会にするしかなかった。

 

「だが、今度は耐えてやるぜ!どんな技が相手だろうが、俺は勝つ!」

 

回転斬りの要領で腕と足に力を溜め、悪魔の騎士が突進して来たところで解き放つ。

やはり一筋縄ではいかず、レゾンの右腕の骨が軋む音が聞こえ始めた。

左腕の盾も使うが、それでも悪魔の騎士の動きは止まらない。

 

「うおおおおおお!こんなところで負けられねえ…俺は、もっと強くなるんだ!」

 

しかし、大声を上げ、残っている全身の力を腕と足にこめ続ける。

悪魔の騎士はどうしても押し切ることが出来ず、次第に突進の速度は遅くなってくる。

 

「もう少しだ…もう少しで行けるぜ…!」

 

「くそがっ…骸骨の分際で…!」

 

もう少し耐えればこちらの攻撃の機会が訪れる。

その一心で、耐えられるよう祈りながら軋む骨に力を入れつづけ、突進を食い止めた。

そして悪魔の騎士はついに力が尽き、突進の反動で動けなくなる。

 

「やったぞ…これで俺の勝ちだ!」

 

レゾンも力尽きかけていたが、今のうちに仕留めなければ意味が無い。

悪魔の騎士の鎧に剣を何度も突き刺し、大きなダメージを与えていった。

レゾンが攻撃を続けていると、鎧の騎士を倒し終えたポルドもハンマーを叩きつける。

 

「悪魔の騎士を一人で止めるなんてさすがだな…俺も見習わないと」

 

「やっとかっとのことだ…俺だって、まだまだ十分じゃない」

 

一人で悪魔の騎士を追い詰めたレゾンには、おおきづちの中でも最強のポルドも驚いていた。

二人の攻撃を受け続け、悪魔の騎士は瀕死にまで追い詰められる。

それでもなお起き上がろうとしていたが、レゾンとポルドはそれぞれ力を溜め、最後の一撃を放つ。

 

「なかなかの生命力だが、これで終わりだぜ!」

 

「ああ、決めるぞ!」

 

回転斬りと旋風打を同時に受け、悪魔の騎士は消えていく。

ラグナーダたちも鎧の騎士を仕留め、いよいよ残るはゴーレムだけになっていた。

 

「無事に悪魔の騎士も片付いたようじゃな」

 

「ああ。なかなか強い奴だったが、俺に倒せない相手じゃないぜ!」

 

「そっちもみんな倒れた…これでゴーレムに集中出来るな。みんな、行くぞ!」

 

メルキドを統べる8体の悪魔の騎士は全て倒れた。

ポルドの言葉に魔物たちはみんな頷き、ゴーレムと戦っている人間たちの元に向かう。

 

仲間たちの総攻撃、魔法の玉の爆発を受けて弱ったゴーレムは力溜めが必要な技を使わず、腕での殴打やジャンプで攻撃してくる。

岩片の直撃を受けたロロンドとケッパーは素早く動くことが出来ず、ファレンたち二人が相手をした。

二人はまだ体力を残しており、回避しつつ斬りかかっていく。

 

「大分追い詰めてきたね、このまま倒せるといいけど」

 

「ああ。最後まで油断せずに行くぞ」

 

立っている時には足しか狙えず、ファレンは右足を、ゆきのへは左足を攻撃した。

簡単に転倒することはないが、足を構成する岩石はかなり砕けている。

確実にダメージを与えられるよう腕に力をこめて、鋼の武具を叩きつけていった。

小さな傷が積み重なり、ゴーレムの動きもだんだんと遅くなっていく。

 

「動きも遅くなって来てる…かなり弱ってるね」

 

そこにつけ込んでさらなる攻撃を行い、体力を奪っていった。

しかし追い込まれたゴーレムは、再びファレンたちを睨みつけて大声で叫ぶ。

先ほども見た回転攻撃の構えだが、禍々しいオーラが腕に集中していた。

 

「回転攻撃か…でも、さっきよりもすごい力を感じる」

 

「確かにな…だがとにかく、メルキドシールドで囲むぞ!」

 

回転攻撃はメルキドシールドで取り囲むことで防ぐことが出来た。

ファレンとゆきのへはすぐさまシールドを設置し、攻撃の発動に備える。

二人の思っていた通りゴーレムは回転攻撃を放って来たが、今回は腕に溜められた力の影響で衝突の度に爆発が起こった。

自身にも大きなダメージがあり、弱ったゴーレムの捨て身の攻撃のようだ。

しかし、爆発のせいでメルキドシールドへの負担は大きく、いつ破られてもおかしくない。

 

「必ずゴーレムを倒すと決めたのだ…吾輩も行くぞ!」

 

「これで四方を塞げた…これで止まるといいけど」

 

2つのメルキドシールドが食い止めている間にロロンドとケッパーも足を引きずって加わり、四方をメルキドシールドで囲んだ。

爆発の反動を受け、ゴーレムの動きはだんだんと弱まってくる。

しかし、メルキドシールドも大きなダメージを受け、いつ壊れてもおかしくない状況だった。

そして、ついにファレンの目の前にあったシールドは壊れ、ゴーレムが迫ってくる。

 

「まずいっ…メルキドシールドが…!」

 

ゴーレムの回転速度は速くさらに目の前にいるので、ファレンは窮地に陥る。

だが、ファレンを倒そうとするゴーレムの前に、新たなメルキドシールドが置かれる。

 

「大丈夫だ!あっちの魔物どもは倒した、後はこいつだけだ」

 

「レゾン、みんな、無事に勝てたんだな!」

 

「もちろんだ。さあ、一緒にゴーレムを仕留めるぞ!」

 

悪魔の騎士の軍勢を倒した魔物たちが加わり、ゴーレムは再びメルキドシールドの壁に閉じ込められる。

ゆきのへの置いたシールドも壊されてしまったが、そこにはラグナーダが新たなものを置いた。

 

「こっちも壊したか…じゃがな、お主の好きにはさせぬぞ!」

 

捨て身の攻撃でもファレンたちを倒しきれず、ついにゴーレムは動きを止める。

そこでみんなは、再び一斉に攻撃を仕掛けに行った。

 

「動きが止まったね。みんな、行くよ!」

 

「ああ。ゴーレムを倒し、明るい空を取り戻そうぞ!」

 

弱っていた足に9人の強力な攻撃を受け、ゴーレムは崩れ落ちていく。

それでもまだ生命力が完全には尽きず、みんなは頭や腕、胴体への連撃を止めずに行った。

ファレンたちの攻撃出来ない背中の中心辺りには、空中から火球が放たれる。

魔力を消耗して休んでいたエルゾアも全快とはならずも戻ってきて、町の戦闘員全員でゴーレムにとどめをさす。

全身の岩が砕け、ついにゴーレムは大きな光を放ちながら消えていった。

 

「…や、やったぞ。ついに、ついに吾輩たちはゴーレムを倒したのだ!」

 

「うん。長い戦いだったけど、何とか勝てたね…!」

 

「本当に勝ったんだな…危ないかとも思ったけど、みんなで倒せて良かったよ」

 

ロロンドとファレン、ケッパーは喜びの声を上げ、仲間たちも戦いの痛みが続く中でも嬉しそうな顔をしていた。

まだ空の闇は晴れていないが、いずれは晴れるのだろうとみんな考える。

人間の町を救うことができ、おおきづちたちも喜んでいた。

 

「これでワシらの里も人間の町も救われたのじゃな…本当に良かったぞ」

 

「そうだね。これからも一緒に仲良く暮らしていけるよ!」

 

「ああ。完全に戦いはなくならないだろうが、こんな大きなものはもうないだろうな」

 

みんなが勝利の余韻に浸る中、ゆきのへはゴーレムが倒れたところに何かが落ちていることに気づく。

 

「本当に良かったぜ…ん?何だあれは?」

 

「ゴーレムが落としたみたい。これは…メダル?」

 

ゆきのへが指差す方向を見ると、そこには赤い宝石が埋め込まれた、錆び付いたメダルのようなものがあった。



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1-47 古のメダルと勝利の宴

例え錆びていたとしても、ゴーレムが持っていたものなので重要かもしれない。

ファレンはそう思い、落ちていたメダルを拾い上げた。

 

「完全に錆び付いてるけど、何に使うんだろう…?」

 

「どこかで見覚えがあるな…はっ、これはまさか伝説の…!?」

 

ロロンドも隣でメダルを眺め、しばらくすると驚いた声を上げる。

 

「何か知ってるのか?」

 

「ああ…これは恐らく、メルキド録に記された古のメダルだろう。記録によるとこれを掲げれば空の闇を晴らせるはずなのだ」

 

ゴーレムを倒した今も空を覆う黒雲は晴れないままだが、親玉を倒すだけでは不十分で、特殊な道具を使う必要もあるようだ。

しかし、錆び付いた状態で強い力を発揮出来るとも思えない。

 

「そんな力があるのか…でも、ここまで錆び付いてるのに機能するのか?」

 

「ううむ…このままでは多分無理だろうな。だが、吾輩たちの持つ金属で修復を行えば、きっと力を取り戻すじゃろう」

 

「それじゃあ、僕が今から修理して来るよ。どの金属を使えばいいんだ?」

 

せっかくここまで戦って来たので、明るい空の下で物作りがしたい。

持っている金属で修復が出来るならと、ファレンはさっそく作業部屋へと向かおうとする。

 

「記録には、確かオリハルコンと鋼の合金を使うと書いてあったな」

 

「そっか、それならすぐに作れそうだな」

 

武器やメルキドシールド作りのために集めたので、オリハルコンも鋼の原料である鉄のインゴットも作業部屋の収納箱にはたくさん入っている。

ファレンは古のメダルの修復に向かい、その間ケッパーとラグナーダは町や里の仲間たちに勝利を伝えに行った。

 

「いよいよ空が晴れるんだね…それじゃあ、僕はみんなに戦いの終わりを伝えて来るよ」

 

「そうじゃな…里のみんなも早く知りたいじゃろうし、行ってくるぞ」

 

数百年続いていたゴーレムの支配が終わり、空の闇も晴れる。

ロロンドは壊れた壁を修復後、祝いの宴を開くことも提案した。

 

「そうだ。今日はめでたい日なのだ、みんなで勝利を祝う宴を開かぬか?傷を癒し、壊れた建物を修理したら準備に取り掛かりたいと思っている」

 

「なかなかいいな。美味いものを食って、真夜中まで楽しもうぜ!」

 

「里のみんなも集まったらもっと盛り上がりそうだよね。私もおおきづちたちを呼んで来るね」

 

みんな賛成し、フレイユはおおきづちたちに宴のことを伝えに向かい、ロロンドたちはまず作り置きの傷薬を塗ってから壊れた建物の修理を始め、それから準備を行っていく。

人間とおおきづちが集まって勝利を祝えば、より喜びが大きくなりそうだと思われた。

仲間たちが宴の準備を進める中、ファレンは作業部屋で古のメダルを甦らせる。

まず鉄のインゴットを高熱で溶かして鋼を作り、それからオリハルコンを共に溶かして合金にしていった。

そして表面の錆を削り、合金を使うことで新しい古のメダルを形作る。

メダルの修復が完了すると、ファレンはそれを早速ロロンドに見せに行った。

 

「ロロンド、古のメダルを作って来たよ!」

 

「おお、本当によくやったな!ついに古のメダルが蘇った…それを使えば空の闇が晴れるはずだ。ファレンよ、それを空に向けて掲げてみるのだ」

 

「分かった、やってみるよ」

 

古のメダルはその特殊な力のおかげが、金属そのものより強い光沢を放っていた。

触ると不思議な温かさがあり、大きな光の力が感じられる。

 

「ついに明るい空が見られるのだな…ファレンよ、明るい世界でももっとメルキドを大きくしていこうぞ」

 

「うん。それじゃあ、行くよ!」

 

いよいよ空の闇が晴れるのだと思い、ファレンは古のメダルを掲げた。

掲げられたメダルはファレンの手を離れ、空高く登っていく。

そして、地上からは見えないほどの高さにまで登ると輝きを強めだし、メルキドの空にまばゆい光を放った。

放たれた光は黒雲を吹き飛ばしていき、その後ろに数百年の間隠されていた青空や白い雲が見えてくる。

やがて光は見渡す限り全体に広がり、黒い雲の姿は少しも見えなくなった。

 

「おお…空に光が…!こんなにも明るく、青く、美しく…!」

 

「すごい…これが本当の空だったんだ…!」

 

ファレンもロロンドも、初めて見る青空に感動の声を漏らした。

黒い雲にも見慣れてはいたが、こちらの方が美しく、光を取り戻せて良かったと強く思う。

宴の準備をしていたみんなも手を止め、青空と白い雲を眺めていた。

 

「とってもきれい…空がこんなに明るかったら、暮らしももっと楽しくなりそう」

 

「すげえな…ワシらの手でこの空を作り出せて本当に良かったぜ」

 

おおきづちの里からも空が晴れる様子は分かり、ラグナーダたちもそれを見守っていた。

彼らは魔物なので黒い雲も嫌ではなかったが、これで大きな戦いが無くなると喜びあう。

そして、メルキドの空の光を見渡していたファレンに、ルビスも優しく声をかけてきた。

 

「本当によくやりましたね、ファレン…これでメルキドは竜王の悪しき力から解放されました。長く続いた闇が晴れ、私も深く感謝しています」

 

「最初は急に世界を復活させろなんて言われてびっくりしたけど、みんなと出会えてこんな綺麗な空も見れた…始めて良かったと思ってるよ」

 

もし世界の復興という責務を放棄していれば、仲間たちとの出会いも美しい空の奪還もなかった。

厳しい戦いも多かったが、物作りを始めて良かったとファレンは思い始める。

 

「しかし、忘れてはなりません…アレフガルドには、まだ闇に覆われた場所がたくさんあることを…」

 

メルキドは復興させられたが、アレフガルドには他の地域も存在している。

それらの地域にも復興に向かい、いずれは竜王との戦い、一度は人間が優勢に立っていたのに世界が荒廃した理由の解明もあるのだろうかと、ファレンは色々想像していた。

 

「おお、どうしたのだファレン?またルビスと話しておったのか?」

 

「うん。メルキドの光が戻ってルビスも嬉しそうだった」

 

「青空が戻るのは数百年ぶりだろうからな…そうだ、吾輩たちは光が戻ったことを祝って宴を開こうと思っておる」

 

「そうなのか、じゃあ、今日はいっぱい楽しもう」

 

しかし、今はメルキドに光が戻ったことを喜ぶのが優先だ。

ファレンたちは壊れた建物の修理を続け、その後おおきづちのみんなも集まって宴を開くため、屋外にたくさんの椅子を配置していった。

そうしている間にラグナーダとフレイユがおおきづちたちを連れて戻り、彼らも準備に協力していく。

宴にはみんなに振る舞う料理が欠かせず、ゆきのへやマレスたちは町の外に素材を集めに、ピリンやオルキス、メレッタたちは調理部屋に調理をしに向かった。

どうやら新しい料理を考案したようで、ファレンたちは楽しみに待っている。

 

そして全ての準備が整うと、メルキドの人々とおおきづちたちは勝利の宴を開く。

 

「みんな、料理ができたよ!私たちが考えた新しい料理なんだけど、どうかな?」

 

「結構たくさんありますし、お腹いっぱい食べられると思いますよ」

 

みんなは屋外の椅子に座り、オルキスたちの作った料理を受け取る。

彼らが作ったのは、一角兎の肉と枝豆をパンで挟んだうさまめバーガーと、豆乳でキノコを茹でたキノコ豆乳スープだった。

どちらからもいい匂いがしてきて、ファレンたちは食欲をそそられる。

ファレンはピリンから受け取り、最初は変な料理を作っていた彼女の成長を感じていた。

 

「最初は変な料理を作ってたのに、こんなに美味しそうなものを思いつけるようになったんだね」

 

「ううん、これを思いついたのはオルキスたちで、私は砂に鉄の蠍の角とブラウニーの毛皮、ミミズを混ぜてスライムベスの油で煮込んだ料理を考えてたの。そしたらみんなに拒否されて、こっちを作ることになったんだ」

 

しかしピリンは否定し、また変な料理を考えていたことを白状する。

以前ピリンの作ったハンバーガーは美味しく、彼女は料理を作る才能はあっても、料理を考案する才能は壊滅的なようだった。

ピリンには申し訳ないが、ファレンは拒否してくれたオルキスたちに深く感謝する。

 

「そうだったのか…。でもこれは美味しそうに見えるから、作る才能の方はあると思うよ」

 

「それなら嬉しいな…でも、いつかは新しい料理が認められるよう、また考えてみるよ」

 

どんな料理を思いつくのだろうかと、これからのピリンに期待と不安を抱いていた。

 

「そっか、これからも頑張って」

 

ピリンは微笑みつつ、他のみんなにも作った料理を配っていく。

やがて全員に2種類の料理が渡され、メレッタの声でみんな食べ始めた。

 

「これでみんなに届いたね…それじゃあ、さっそく食べてみて」

 

ファレンはまずうさまめバーガーの方からかじりつき、味見をしてみる。

すると、ハンバーガーの旨みに枝豆の味も入り込み、さらなる美味しさが出来上がっていた。

長い戦いで疲れたファレンだったが、また身体から力が湧き上がってくる。

 

「美味しいなこれ…こっちはどうだろう」

 

オルキスたちの発想、ピリンを含めたみんなの料理の腕は大したものであった。

ファレンはうさまめバーガーを食べつつ、キノコ豆乳スープの方も試してみる。

スープの中のキノコには豆の味が染み込んでおり、よく食べているキノコであっても普段とは違う味を楽しむことができた。

美味しさから食欲が加速し、ファレンは次々に料理を食べていく。

ロロンドやロッシたちも料理を味わいながら、空の光が戻ったことを喜んでいた。

 

「美味いな…空が綺麗だからか、ますます美味しく感じるぞ!」

 

「悪くねえな…というか、すごく美味いぜ!やっぱり町での生活はいいな」

 

最初は人が集まることを好んでいなかったロッシも、すっかりと宴を楽しんでいた。

料理を味わった後、ファレンたちは仲間たちとさまざまなことを話し、夜まで過ごす。

おおきづちの中にはまだあまり話したことのない者もおり、彼らとの会話も楽しんでいった。

宴には今まで魔物の影響で庭園から里に戻れなかったネリアとコルーデも参加しており、ファレンは二人にも話しかけに行く。

 

「ネリア、コルーデ、二人が無事に戻って来れて良かったよ。僕たちが作った庭園、どうだった?」

 

「とっても綺麗な庭園だと思いましたよ…長老の難しいお題まで達成してしまうなんて、さすがですね」

 

「ああ、オイラも負けてられねえって思ったぜ」

 

ネリアもコルーデも今まで自由な移動ができず、庭園作りが進んでいなかった。

しかし、これからは魔物の脅威も減り、自由に庭園を作ることが出来そうだ。

 

「魔物は減ったし、二人も長老のお題に挑んでみるのか?」

 

「ええ。ワタシたちの里の方にもこの庭園を作って、いずれはもっと大きな物も作りたいと思っています」

 

「オイラはそうだな…まずはネリアの庭園みたいなのを自分でも作って、それから挑もうと思うぜ」

 

以前コルーデは庭園作りをファレンに頼み切っていたが、今度は自身で作ろうとしている。

庭園は心の癒しになるので、里にもあればおおきづちたちも助かるだろう。

ファレンは二人の庭園作りも応援し、町の庭園の方も大きくしようかと考えていた。

 

「大変そうだけど頑張って。僕もいつか町の庭園をもっと華やかにしようと思うよ」

 

「そっか。じゃあ、お互いに頑張っていこうな」

 

「そうですね。私たちが作ったのも、また見に来てくださいね」

 

どんな庭園が出来るのだろうかと、お互い心から楽しみにしている。

 

「うん。楽しみに待ってるよ」

 

ネリアたちとは庭園以外にも、様々なことについて話した。

二人がいない間に里で起きたことは既に他のおおきづちから聞いていたようだが、メルキドの町で起きたことについても教える。

二人は一回会った後、山岳地帯の魔物の増加を受けて庭園に留まっていたが、庭園周辺の森は魔物の数は少なく安全に過ごせたようだった。

お互いの話に浸りながら、更けていく夜の時間を過ごしていく。

二人との話の後、夜遅くになっても宴は終わらず、ファレンはラグナーダとフレイユが先ほど話していた庭園のベンチに座っているのを見つけた。

 

「ラグナーダ、フレイユ。二人もこの庭園を気にいってくれたんだね」

 

「この庭園の設計図は何となくで書いたのじゃが…思った以上に綺麗じゃったよ」

 

「うん。緑や花に囲まれてて、とっても落ち着くよ。ファレンも座る?」

 

「そうするよ。僕も庭園を眺めるのは好きだし」

 

設計図の書き手であるラグナーダも、予想以上の庭園の美しさを感じていた。

久しぶりにゆっくり庭園を眺めてにようかと、ファレンはフレイユの隣に座る。

 

「二人の言う通り、やっぱりここは落ち着くな」

 

夜であっても、かがり火に照らされることで草花の美しさがはっきりと見える。

むしろ今までは昼ばかりに訪れていたので、暗い中で照らされる植物に趣を感じていた。

ファレンがゆっくりと庭園を眺めていると、フレイユは人間との物作りを思い返す。

 

「人間に出会えたおかげで里も大きくなって、いろんな物が作れて、こんな楽しい宴もできて…人間に出会えて良かったって思ってるよ、本当にありがとうね」

 

「こっちこそいつも言ってるけど、おおきづちたちにはたくさん助けられてる。何度でも感謝するよ」

 

互いに助け合い、おおきづちと人間はこれからも協力していくことだろう。

今日の宴を楽しみ、ラグナーダも人間は滅ぼすべきでない、必要な存在だと改めて考える。

 

「人間は美しく、楽しい物も作り出せる…ロッシから聞いたが、確かに争いあったり恐ろしい一面を持つ生き物でもあるのじゃろう。じゃが、素晴らしい面を持つ生き物でもあると思ったぞ。ワシも人間に味方して良かったと思うのじゃ」

 

「そう言ってくれると嬉しいよ。メルキドの昔の人達は殺し合いをしてしまったけど、今のみんなは戦いの中でも仲良くしてる。これからもきっと楽しい町を作って行けるよ」

 

かつてのメルキドの住民の過ちを繰り返すことなく、ファレンたちは町を作って来ることが出来た。

人間の良い側面も口に出して認めてもらって、ファレンは嬉しく思う。

 

「みんなならきっとできると思うよ。これからもよろしくね」

 

「うん。よろしく頼むよ」

 

明日からの物作りも楽しみにしながら、3人は庭園で時を過ごした。

いつもなら寝る時間になったとしても、町のみんなはまだ騒いでいる。

ファレンたちも静かに草花を眺めることもあれば、フレイユたちと思い出話をすることもあった。

庭園に来てから長い時間が経った頃、料理部屋からポルドの変な声が聞こえて来る。

 

「うおおっ…これはすごいな…だが、これくらい耐えなければ…」

 

彼は苦しそうだが、我慢しながら何かを行っているようだった。

庭園を楽しんでいたファレンもこの声に驚き、不思議に思う。

 

「ん…これはポルドか?何をしてるんだろ」

 

「さあね、ちょっと見てきたら?」

 

フレイユもラグナーダも首をかしげており、ファレンは庭園を出て料理部屋に向かう。

扉を開けると、その中には料理とは思えない異形の物体と、それを何とか食べようとするポルドの姿があった。

 

「…ポルド、何をしてるんだ?」

 

「ああ、ファレンか。さっきオルキスから聞いた、ピリンの考案した料理を作って食べていたんだ」

 

異形の物体はよく見ると蠍の角や砂が混ざっており、先ほどピリンが言っていた料理の内容と合っていた。

変な料理をわざわざ作って食べるという理解し難い行為に、ファレンは怪訝な表情で聞く。

 

「…な、何でそんなことをしてるんだ?」

 

「これからもっと強くなるために、まずは今まで以上に厳しい修行に耐える忍耐力をつけようと思ってな…こいつはとんでもない味だが、食べ切れば忍耐力がつくはずだぜ。お前も食べるか?」

 

確かに修行に忍耐力は重要だが、それをピリンの料理でつけようとするのは予想外のことだった。

確かにあの料理を食べるのは並大抵の忍耐力では不可能なので役に立つかもしれないが、さすがにファレンは遠慮しておく。

 

「いや、さすがに僕は遠慮するよ。…まあ、頑張って」

 

「ああ。絶対に食べ切って見せるぞ」

 

ポルドの不思議な発想を見た後、ファレンは無理やり食べさせられたりしない内に部屋から出た。

町の中では、相変わらず人間やおおきづちたちが互いに話し合っている。

彼は少し眠くなっても来たが、ここまで盛り上がれるのは滅多にないとまた誰かと話そうとする。

ロロンドとロッシは空を見上げており、ファレンは二人に話しかけた。

 

「二人とも、空を見上げてるのか?」

 

「おお、ファレンか。先ほど見た青空も素晴らしかったが、この星空もなかなか良いと思ってな」

 

「ああ。空の闇が晴れるってこんなすげえことなんだって、思ってもなかったぜ。ゴーレムが来た時はやっぱり怖かったが、逃げなくてよかったぜ」

 

空を見上げてみると、そこにはたくさんの星々が輝いている。

星空を眺め、改めて光が戻った喜びをファレンは感じていた。

そして、ロッシがゴーレムの恐怖を乗り切っただけでなく、対立していたロロンドと仲良くしていることも彼には嬉しいことだった。

 

「確かに綺麗だな…そういえば、二人も仲良くなれたんだな」

 

「ああ。吾輩が間違っていたと何度も謝り、これからは仲良くしていこうと話したのだ」

 

「認めたくなかったって気持ちも分からなくはねえし、オレはそこまで謝らなくていいって言ってるんだけどな。過ぎたことを気にしてても仕方ねえ…人と仲良くすることは楽しいって気付いたんだ、ロロンドとも楽しくやっていこうと思うぜ」

 

二人の対立関係もなくなり、この町のみんなの仲は強まっていく。

明日からどのように町が発展していくかは分からないが、より楽しいものになっていきそうだ。

 

「そっか…対立が収まってほんと良かったよ。明日からも仲良く暮らしていこうな」

 

「ああ。綺麗な空の下での生活が楽しみだぜ」

 

ロロンドたちは星空を眺めつつ、これからの町の発展を想像して話した。

ここでもかなり盛り上がり、やがて朝日が昇り始める時間になって来る。

さすがにそこまで来ると眠気が強くなり、長かった宴もお開きになる。

おおきづちの多くは里に戻っていったが、ポルドやフレイユは町の中で人々と話しながら眠りについた。

 

ファレンが次に目覚めた時には昼過ぎになっており、彼はゆっくりと部屋を出た。

魔物の親玉が倒れたことで戦いは減り、特に急いで作るものもない。

のんびりと暮らし、もし何かを思いついたら作りに行こうと考えていた。

 

「んっ…ちょっと待てよ?」

 

しかし、ゴーレムを倒した喜び、空の美しさ、宴の楽しさですっかり忘れていたが、ここでファレンは大きな不安が残っていたことを思い出す。

以前圧倒的な強さを前に撤退を余儀なくされた、古くから生きる伝承のドラゴン。

ゴーレムという一つの大きな敵には打ち勝ったものの、もう一つの脅威があった。

ファレンがそのことを考えていると、町の中を歩いていたロロンドが話しかけてくる。

 

「おおファレン、目が覚めたのだな!昨日の宴は本当に楽しかったな…ロッシがあんなにひょうきんな奴だとは思わなかったぞ」

 

「僕も、あんなに大きな宴が出来て楽しかったよ」

 

宴は本当に楽しくファレンもそう返事をするが、彼がどこか不安げな表情をしているのを見て、ロロンドは尋ねる。

 

「どうしたのだ?どこか不安そうな顔をしているが?」

 

「以前僕たちが戦った古代のドラゴンを覚えてるか?あいつをまだ倒していないのがちょっと気になって」

 

「その事か…実はレゾンも気にしていてな、ポルドと一緒に様子を見に行ったんだ。大人しくしてるといいのだがな」

 

直接相見えたこともあり、レゾンもかなり気にしているようだ。

もしあのドラゴンが襲って来るのであれば、彼らはもう一戦交えなければならない。

動きがないことを願っていると、町の外からレゾンとポルドの声が聞こえてきた。

 

「おおい、ロロンド!おっ、ファレンも起きてたか。聞いてたか知らねえが、俺たちはあのドラゴンを調べに行ってたんだ」

 

「予想外の結果ではあったが、襲って来ることはなさそうだ」

 

「聞いてたよ。それで、予想外の結果って?」

 

襲って来る気配がないというのはありがたいが、予想外の結果というのは気になった。

 

「ドラゴンの奴があの場所からいなくなってた。まさかもう町に向かったのかとも思ったが、そんな姿もなかったぜ」

 

「恐らくゴーレムが倒されたことで、自身も倒されると思って逃げたのだろうな」

 

「そっか、逃げたなら一安心だね。でも、さらに力をつけて戻って来るってことは?」

 

ゴーレムの討伐を知って逃げたというのなら、今の町の設備があれば十分倒せるだろう。

しかし、ファレンは強力になって戻ってくることも懸念する。

 

「有り得なくはないだろうな。ただ、あいつはここまで生きながらえ、今回もゴーレムの討伐を知って逃げた…相当慎重な性格のはずだ、力をつけるにしてもとてつもない時間をかけるはず。戻ってくるにしても早くて数十年後、遅かったら数百年後だろうな」

 

「そんなに時間がかかるのか…それなら、今すぐ気にする必要はないのか」

 

戻ってくるにしてもそれだけ時間がかかるならば、こちらもいくらでも準備を整えられる。

今の世代の人間が生きている間には来ない可能性もあるが、その場合は文章にして後世に伝えることになる。

 

「ああ。それまでにならいくらでも対策が立てられるし、逃げた場所を突き止められるかもしれない。今はあいつよりも、ゴーレムの軍の残党を確実に倒すための力をつけた方がいい」

 

「確かに、他の魔物もいなくなった訳じゃないもんな」

 

大きな戦いは終わったものの、残党との戦いはまだ起きるかもしれない。

おおきづちの里の戦いでは全員を守りきれず、兵士の中から犠牲者が出てしまった。

ドラゴンは来ないにしろ、これからはみんなを守れるようにもっと強くなる必要がある。

 

「そうだな。俺もまだ満足できる強さになったわけじゃない。これからも訓練し続けるぜ」

 

「うん。一緒に頑張っていこう」

 

強さを求め続けるレゾンも、これからも修行を続けていくことを誓っていた。

残党も確実に倒していき、みんなで作ったこの町を守っていく。

みんながそう思っている中、ロロンドは東の山を指さした。

 

「吾輩も戦い続けるぞ。そうだ、さっき吾輩はあの山の向こうに不思議な光の柱が立つのが見えたのだ。少し気になるし、見に行ってみないか?」

 

良く見てみると、確かに山の向こうに薄く光っている場所があるのが確認出来た。

ロロンドと初めて出会った場所の近くだが、あの時にはそんなものはなかった。

一緒に見に行こうと返事をしようとすると、ファレンの頭にルビスの声が聞こえてくる。

 

「あれはあなたを遠くの地に運ぶ光の扉です。あの中に入れば、あなたはメルキドとは異なる地方に行くことができます」

 

「メルキドが復興出来たから、次の場所に向かうってことか」

 

昨日もルビスは言っていたが、アレフガルドにはメルキド以外の地域も存在している。

メルキドの魔物の親玉を倒したことで、他の地域にも向かえるようになったようだ。

そこにはまだ見知らぬ素材があり、それを使って新しい物を作ることが出来る。また、新たな人々がおり、彼らを救うこともできる。

その地域で戦うことはさらなる強さを得ることにも繋がり、行かない理由はないはずだった。

しかし、ルビスは大きな注意点についても話す。

 

「ええ、しかし良く聞いてください。竜王によって私の力が制限されている今、あの扉は一度しか使うことができません。さらに通れるのは一人だけで、武器や道具を持っていくことも出来ないのです」

 

「…それじゃあ僕しか旅立てなくて、行ったら戻ってこれず一から作り直しってことか…」

 

別の地方に行けると聞いた時には嬉しく思ったファレンだったが、その条件を聞くと旅立つのをためらった。

見知らぬ地域に行くのに、ここから何も持っていけないのは厳しい。

それに何より、町の仲間たちと会えなくなるのは辛いことだった。

 

「そう言うことになります。しかし、それでもこの世界の闇を払いたいというのなら、あの光の中に飛び込むのです。全ては精霊の導きのままに…」

 

「…すぐには決められないから、ちょっと考えさせて」

 

新しい地で旅の扉を見つけるなどしたら戻って来られるかもしれないが、手に入るという保証はなかった。

旅立ちたくないという思いが強まるが、メルキドだけでなく他の地域に住む人々にも物作りの楽しさを教え、救いたいという気持ちもある。

葛藤する中、ロロンドはファレンに話しかける。

 

「またルビスと話しておったようだが、何かあったのか?」

 

「うん…もしかしたらみんなと別れなきゃいけなくなるかもしれないから、心して聞いてほしい」




次回で1章の最終回になります。
書き始めた当初は平均文字数約5000文字、1章は45話以内で完結の予定でしたが、思った以上に長くなってしまいました。


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1-48 思い出は浮かび、消えて行く

今回で1章は完結となります。

全体の完結まで途方もない長さになりそうですが、今後も頑張って書いていきます。


ファレンと別れなければいけなくなると聞き、ロロンドたちは驚きの表情を浮かべた。

 

「お主と別れなければならぬとは…一体どういうことなのだ…?」

 

「ロロンドが見つけた光の柱…あれはルビスが作った、人を別の地方に運ぶためのものらしいんだ。ただ、今は竜王のせいでルビスの力が限られてるから、あれを使ったら行ったきり戻ってこれない。それに、行けるのは僕一人だけらしいんだ」

 

「そうなのか…それじゃあ、竜王がいる限りは戻ってこれないかもしれないんだな」

 

竜王を倒せば確実に戻って来られるだろうが、そんなことが出来るとは到底思えない。

ポルドも同じ考えで、永遠の別れになることも予感していた。

 

「うん…僕に竜王を倒せるとは思えないし、もしかしたら二度と戻って来れないかもしれない」

 

「そうであったか…吾輩はもちろんここに残ってほしいが、お主はどうしたいのだ?」

 

「僕だってみんなと会えなくなるのは嫌だ…でも、他の地方の人たちも救って、物作りの楽しさを教えたいって気持ちもある。どうしたらいいか分からないよ…」

 

このままメルキドに残って一生を過ごすという選択肢もあった。

しかし、世界にはまだまだ物作りの力を奪われたまま、苦しんでいる人がたくさんいる。

ファレンは人々に物作りや町での暮らしの楽しさを伝え、同時に自らも学んでいった。

別の地方に住む人々にも楽しさを伝え、救いたいという気持ちも抑えることは出来なかった。

 

「難しいところだな…竜王を倒せさえすればお主も戻って来られるし、世界中の人間が救われる。しかし、やはりそれは厳しいだろうな…」

 

「まあな…でもよ、世界中を巡って強くなって、いろんな装備を作ったら、もしかしたら倒せるかもしれねえぜ」

 

世界中で戦いを続ければその分強くなり、各地で物作りを続ければ新たな装備も手に入る。

レゾンは倒せる可能性もなくはないと話すが、それでも簡単に旅立つという決断は出来なかった。

 

「そううまく行くのかな…ゴーレムとは比べ物にならないほどの強敵だろうし」

 

しかし、物作りの力を失ったままになる人々のことを考えると、やはりメルキドに残るとも言えない。

低い可能性に賭けてでも、竜王を倒せると信じて新たな大地に旅立った方がいいのではないかという考えも浮かんだ。

もし竜王を倒せたら魔物との戦いも収まり、メルキドを救うことにも繋がる。

 

「確かに竜王は強いだろうな…だが、世界は広い。世界中を巡っていけば、思ってもみなかったすごい物が作れると思うぜ。それを使えば、きっと勝てるはずだ。お前に世界を救いたいって意志があるなら、俺はそれを尊重したいぜ」

 

世界には何があるか分からない。冒険を続けるうちに、竜王をも打ち破る武器も作れるかもしれない。

レゾンの言葉に押され、ファレンの心は旅立つ方向へと動いた。

物作りの力を信じて、まだ見ぬ人々を救いに、そして竜王を倒しに行きたいという思いが強くなっていく。

 

「世界は広い、か…竜王を倒せばみんなが幸せになれるんだし、それに賭けようかな」

 

「そうか…お主としばらく会えなくなるのは悲しいが…どうしても旅立ちたちたいと言うのなら、引き止めることはせぬぞ」

 

「ああ。お前のやりたいようにすればいい。メルキドの町とおおきづちの里は俺たちに任せてくれ」

 

戻って来るにしてもしばしの別れにはなるが、世界中の人々の幸せが懸かっているので、ロロンドもポルドもファレンの意志を尊重する。

悩んでいたファレンは、ついに次の大地に旅立つことを決意した。

 

「…分かった。じゃあ、新しい大地に旅立つことにするよ。必ず生きて戻って来るから、それまで待ってて」

 

確実に勝てる保証はないが、戦う前から負けることを考えてはいられない。

必ず勝つと強く思い、それをロロンドたちに向かって口にした。

 

「どれだけでも待っておるぞ。そうだ、みんなには知らせずにこのまま出発するのか?」

 

「しばらくは会えなくなるんだ。挨拶してから行こうと思うよ」

 

いずれ戻るにしても黙って旅立つのは忍びないので、ファレンは挨拶してから行くことにする。

町の中心にある希望の旗の台座に立ち、みんなに集まるよう声をかけた。

 

「みんな、ここに集まってくれ!」

 

「どうしたの?作りたいものを思いついたんだったら、遠慮せずに言ってね」

 

ピリンを始めとして、町のみんなや残っていたおおきづちは、すぐにファレンの元に集まってくる。

みんなの姿を見ると、光の柱を指さしてこれからしばらく会えなくなることを話した。

 

「メルキドの光が戻ったことで、あの光の柱から他の地方に行けるようになったんだ。ただ竜王の力のせいで行けるのは一人だけで、行ったら戻って来れないらしいんだ。しばらく会えなくなるけど、これから旅立とうと思ってる…だからその前に、みんなに挨拶しようと思ったんだ」

 

突然会えなくなることを告げられ、みんな暗い顔になっていく。

 

「…せっかく光が戻って、一緒に楽しく暮らして行こうと思ってたのに…いつ戻って来るの?」

 

「分からない…けど、竜王を倒したら必ず戻って来れるはずだよ」

 

「竜王を倒すか…ファレンの力は信じてるが、そんなこと出来るのか?」

 

竜王を倒すということに関しては、ロッシたちも不安を感じているようだった。

ここにいる誰もが姿を直接見たことはない…しかし、非常に強力な存在であることは間違いなかった。

 

「確かに今の力じゃ無理だよ…けど、広い世界を巡ればそれだけの力を得られる可能性はあると思う。竜王がいなくなれば魔物との戦いも今以上に少なくなって、メルキドも助かるはず。戦って勝って、みんなの元に戻って来るよ」

 

「確かに不可能とは言えないけど…どうしても行くのか?」

 

「僕も悩んだけど…他の地方の人にも物作りの楽しさを教えたいんだ」

 

物作りの楽しさはメルキドのみんなも理解している。

まだ見ぬ人々のため、ピリンとゆきのへは悲しみつつもファレンを送り出そうとした。

 

「そっか…確かに作るのは楽しいし、世界中のみんなに伝えなきゃ不公平だもんね」

 

「そうだな…こっちの都合だけで止める訳にはいかねえ。世界中のみんなを救って、いつかここに戻って来てくれよ」

 

「うん。そうするつもりだよ」

 

二人と同じように他の住人たちもファレンの意志を理解し、旅立ちを止めることはしなかった。

 

「信じて待ってるからね…そうだ、長老たちも呼んでくるね」

 

フレイユはラグナーダたちにも別れの挨拶をさせるため、一度おおきづちの里に向かった。

彼女が戻ってくるまでの間、ファレンはポーチから様々な道具や武具を取り出し、仲間たちに渡す。

ルビスの話によると物を次の地方に持っていくのは不可能なようなので、それならみんなに託した方が良かった。

 

「ルビスの話によると武器や道具も持っていけないらしい。だから、僕の持ち物はみんなに渡しておくよ。遠慮せずに使って」

 

「分かったぞ。必ず町の発展に役立ててやろう」

 

「ああ。どんな町になるか楽しみにしててくれよ」

 

鋼の剣や鎧、全ての道具を次々に渡していき、ファレンは最初に着ていたボロボロの服のみの姿になる。

持ち物を渡し終えた頃には、フレイユがラグナーダたちを連れてメルキドの町に戻ってきた。

ラグナーダはおおきづちたちの代表として前に出て、ファレンに語りかける。

 

「みんな、長老たちを連れて来たよ」

 

「…ファレンよ、どうしても行くと言うのならワシも止めはせぬ。しかし、無事でおるのじゃぞ…」

 

「もちろんだよ。他の地方のみんなと協力して、どんな困難でも乗り切るよ」

 

どうしても消えない不安はあるが、旅立つと決めた以上その気持ちは押し殺していく。

 

「もし、我らのように人間に味方する魔物もいたら、彼らとも協力するのじゃぞ」

 

「そのつもりだよ。仲間になってくれるなら、魔物だって歓迎する」

 

新たな大地にも協力的な魔物がいれば、町の復興や戦いはより有利になる。

ファレンはレゾンやプレーダ、エルゾア、おおきづちたちと出会って、魔物は全て敵であるという考えはもう持っていなかった。

ラグナーダの言葉を聞き、新たな魔物たちとの物作りも期待する。

彼との話の後、ファレンはいよいよ次の大地に出発する。

 

「そうだ。ずっと話してたら迷うかもしれないから、そろそろ出発するよ」

 

「分かった。吾輩たちは大丈夫だから、新しい場所で存分に物作りをするのだぞ!」

 

ロロンドの言葉に強く頷き、ファレンは光の扉へと歩き出す。

 

「頑張ってね、応援してるから…!」

 

「君は人間とおおきづちを繋いで、救ってくれた…どんな事でも出来るって、信じてるから!」

 

ロロンドに続き、ピリンやフレイユたちも手を振りながらファレンの旅立ちを見送った。

みんなに見送られながら、彼は光の扉へと向かっていく。

道中にはスライムやドラキーといった攻撃性の低い魔物しかおらず、身を隠さずに歩いていった。

遠くからでは分かりづらかったものの、近づくと光の柱がはっきりと見えてくる。

光の扉のすぐ近くにまでやって来ると、ルビスが再び話しかけてきた。

 

「ファレンよ、いよいよ次なる大地に旅立つ覚悟が出来たのですね」

 

「うん。アレフガルド中を救って、竜王も倒して見せるよ」

 

「…先ほども言っていましたね、竜王を倒すと…」

 

ファレンは竜王を倒しに行く気でいたが、ルビスはそれにあまり賛成していないように話す。

 

「どうしたんだ?」

 

「以前、私が話したことを覚えていますか?あなたは勇者ではないと言ったことです」

 

ルビスは、ファレンが目覚めたばかりの時に言っていたことをもう一度話す。

彼も覚えてはいたが、その言葉の意味は分からないままだった。

 

「もちろん覚えてるけど、それがどうかしたのか?」

 

「竜王を倒すのは勇者の役目であり、あなたの役割ではありません。ビルダーのあなたの使命は、あくまで各地の町を立て直すことです」

 

竜王を倒す勇者は別にいて、自分は人々が暮らす町を作っていればいい。

そう聞くと厳しい戦いを避けられるようにも思ったが、そんな都合のいい話ではないようだった。

 

「そう言う意味だったのか。それじゃあ勇者は今どこにいて、いつ竜王を倒しに行くんだ?」

 

「残念ながら、勇者となる存在はまだ生まれてきていません。しかし、あなたが町を作り、戦いの準備を進めれば、勇者の戦いは有利なものとなるでしょう。いずれ生まれてくる勇者を支えるのも、あなたの役割の一つです」

 

今勇者がいないのであれば当分の間竜王が倒されることはない。

ファレンがメルキドの町に戻れず、今生きている人々が平和な世界を見られない恐れすらあった。

 

「じゃあ、その勇者って言うのはいつ生まれてくるんだ?」

 

「それは私にも分かりません。何十年後か、何百年後かかもしれません。しかし、いずれは必ず現れるでしょう」

 

「そんなに遅いんじゃだめだよ。ルビスからしたら良いのかもしれないけど、僕は今生きているみんなを救いたいんだ」

 

いつ生まれてくるかも分からない勇者に竜王との戦いを託すことは出来なかった。

やはりどんな厳しい戦いになっても、自身の役目でなくても、竜王と戦わなければならないとファレンは考える。

 

「しかし、それでも勇者が現れるのを待つしかないのです」

 

「現れないんだったら僕が倒しに行くよ。世界中で物作りを進めていけば、竜王を倒せる武器や道具も作れるはず」

 

先ほどのレゾンの言葉を信じて、ファレンはそう告げた。

 

「何度も言っていますが、勇者ではないあなたが竜王に挑むべきではないのです。…それに、勇者と他の者では力も大きく違います。勇者でない者が、今まで大いなる闇を討ち果たしたことはありません。無謀なことはやめて、精霊の導きに従っていれば良いのです」

 

「まだないにしても、絶対に出来ないとは限らないと思うよ。勇者が現れないんだったら、何と言われても僕が戦いに行く」

 

ファレンは確かに戦闘能力が他の人間と比べて特段高いという訳ではない。

しかし、今まで勇者が闇を討ち払っていたからといっても、他の人には絶対に不可能とも言いきれないはずだった。

最初は自分が竜王を倒すのは不可能だと思っていたファレンも、物作りの力を信じ、竜王を倒してくるとみんなに言ってここまで来た以上、引くことは出来なかった。

 

「そこまで言い張りますか…私には理解できませんが、仕方ありません。世界の復興が終わればあなたの責務も終わる、そこからは自由にするといいでしょう」

 

「うん。そうするつもりだよ」

 

「あなたのような人間は初めてですね…私も、ちょっと興味が湧いて来ました。…話は逸れてしまいましたが、この光の扉をくぐれば新たな大地にたどり着きます。心が決まったら入ると良いでしょう」

 

人間と精霊は考え方も寿命も違う。互いに理解し合えない領域があるようだった。

しかし、理解出来ないからこそルビスの中に興味が湧き起こっている。

 

「心の準備は出来てる。さっそく行くよ」

 

竜王を倒しに行くと告げた後、ファレンは光の扉の中に入っていく。

彼の身体はまばゆい光に包まれ、まだ見ぬ大地へと送られていった。

 

 

 

死の淵に追いやられてから、もうどのくらいの時間がたったのだろうか。

いくつもの思い出が、目の前に浮かび上がっていく。

みんなと作り上げたメルキドの町での生活は、厳しい戦いもあったものの楽しかった。

ファレンは他の地方の人々が見捨てられず、竜王を倒せることに賭けて新たなる大地に旅立った。

 

今思えば、この決断は間違っていたのだろうか。

ずっとメルキドの仲間たちと暮らしていれば、こんな結末にはならなかったのかもしれない。

やはり、ルビスの言う通り人には定められた役割という物があり、それから外れてはならなかったのかもしれない。

かの存在が現れることもなく、小さな戦いが時々起こるくらいで済んだのかもしれない。

 

もしものことを考えても仕方のないことだが、ファレンはそう思わざるを得なかった。

勝利の宴の時にみんなが見せた笑顔、それが脳裏に焼き付いて離れない。

あの時確かな幸せを感じていた彼らがもういないのかもしれないと思うと、後悔の念は止まない。

 

終末の日はまだまだ遠い。アレフガルドの復興があんな結末で終わるなどと、誰も予想はしていなかった。

 

(僕は、どうしたら良かったんだろう…?)

 

みんなを救えなかった悔しさに心がはり裂けそうになる。

しかし、死の直前にいるファレンには、もうどうすることも出来ない。

目の前に浮かびあがった思い出はやがて消えていき、ファレンは生と死の境界を彷徨い続けた。

いつか目を覚ます時が来るのか、このまま覚ますことがないのかも分からないまま。



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2章 蝕まれた島と病の癒し手
2-1 リムルダール 病に冒された大地


ファレンが死の淵に立たされてから、もう長い時間が経っていた。

それでも目を覚ますことなく、完全に命が尽きることもなく、彼の目の前にはたくさんの思い出が映り続ける。

次に映ったのは、ファレンが2番目に復興させた大地、リムルダール島での記憶であった。

 

 

 

メルキドの光の柱に入ると、眩しさのあまり目を閉じずにはいられなくなる。

光が収まり次に目を開いた時、ファレンの視界には見知らぬ光景が広がっていた。

毒々しい色の沼地に浮かぶ小島の上に立っており、小島を構成する土も紫がかっている。

沼の中には樹木も生えていたが、全て枯れ果てていた。

空気も淀んでおり、魔物の力で汚染を受けたようだった。

ファレンが新たな大地を眺めていると、ルビスの声が聞こえてくる。

 

「いろんなところ汚れてるね…メルキドより深刻かも」

 

「ここはリムルダール島、あなたが次に救うべき場所です。遥か昔、この地には美しい湖に囲まれた町がありましたが、今ではおぞましい毒に侵され、生き残った人々も病の恐怖に怯えています」

 

汚染が進んでいるだけあって、人々の間にも病が流行しているようだ。

その治療も必須になるとので、復興はメルキドより難しいと考えられた。

しかし、人々に物作りを伝えたいという思いはやはり強く、このまま突き進んでいく。

 

「それじゃあ、病の治し方も開発しなきゃいけないってことか…難しそうだけど、やってみるよ」

 

「期待していますね。復興の第一歩としてまず、あなたにはこれを渡しておきましょう」

 

ルビスがそう言うと、ファレンの目の前に見覚えのあるボロボロの旗が落ちてくる。

魔物に抗った人々が最後まで掲げていたという、希望の旗。

メルキドのものは布が黄色だったのに対してこちらは緑色だが、同様の強い力が感じられた。

 

「この新たな希望の旗を、あそこに見える光さす地に立てるのです」

 

小島から沼を渡った先に、細い光の柱が立っている台座が見える。

新たな大地を探索したい気持ちもあるが、まずはそこを目指すことにした。

 

「あの場所だね…さっそく行ってみるよ」

 

「病に苦しむ人々、初めて戦う魔物、今までとは異なる物作り…いくつもの困難が待ち受けているでしょうが、あなたなら必ず道を切り拓けるでしょう。竜王の力で持ち物は奪われてしまいましたが、私の方で簡単な武器は用意出来ました。ポーチに入れましたので、さっそく使ってみてください」

 

「ありがとう。これがあったら、素材集めも楽になるな」

 

ファレンのポーチの中には、ルビスの力で作られた棍棒とおおきづちが入っていた。

ルビスの期待を受けながら、ファレンは希望の旗の台座へと向かっていく。

途中沼地を渡らなければならないが汚染された水につかると危険かもしれないので、おおきづちで辺りの土を削って橋をかけていった。

台座のある大地に辿り着くと、魔物たちの姿も見えてくる。

 

「スライムだけじゃなくて、見たことない魔物もいるな」

 

魔物の中にはスライムもいたが、紫色のカタツムリ型の魔物であるドロルや、その色違いで灰色をしているドロルメイジの姿もあった。

台座の周辺にはいなかったため見つかることなく、ファレンは歩き続ける。

そして、台座の上に立つと希望の旗を高く持ち上げた。

 

「どんな人が来るか分からないけど、仲良くやっていかないとな」

 

メルキドのみんなと仲良くなれたのだから、リムルダールの人々ともうまくやっていけるだろう。

そう思いながら、ファレンは希望の旗を台座の中心に突き立てる。

するとメルキドの時と同様に旗から光が溢れ出し、台座の周辺が明るく、そして暖かくなっていった。

希望の旗が立つと、ルビスは再び話しかけてくる。

 

「ファレンよ…無事に旗を立てられたようですね。この光に導かれて、少しずつ人々が集まって来ることでしょう。彼らと共に病を治し、建物を作り、ここに新たなリムルダールの町を作り出すのです」

 

「そのつもりだよ。ここにも、メルキドに負けないくらい大きな町を作る」

 

町作りは楽しいので、リムルダールにも大きな町を作っていきたい。

ルビスにそう言うと、ファレンは新たな仲間、新たな町作りに心を躍らせていた。

 

「誰かが来る前に、少しは建物を作っておくか」

 

しかしメルキドの時と違って、新たな仲間はすぐにはやって来ない。

誰か来る前に最低限の整備をしておこうと、ファレンはまず旗の周辺を詳しく見回りにいった。

まず目に入ったのは周囲より二段高くなっている場所で、その上には木で出来た台のようなものが見える。

どうやら作業台のようで、上には様々な工具が置かれていた。

 

「木で出来てるけど、あれも作業台として使えそうだね」

 

メルキドにあった石の作業台はないので、ここでは木の作業台を用いて物作りを行うことになりそうだ。

木の作業台のある場所の隣には、壁が所々壊された廃墟もあった。

辺りには骨がいくつか落ちており、彼らが生きている時に暮らしていた場所のようだ。

 

「ベッドと焚き火が残ってる…とりあえず夜はここで寝るか」

 

中には焚き火と2つのわらベッドが置かれており、壁を直し、入り口の扉を設置したら寝室として使えそうだった。

まだ夜になる気配はないので、拠点となる場所を一通り見回ったら修理を行うことにする。

そうして歩き回っていると、メルキドではドラキーからのみ手に入れられたピンク色の花や、朽ち果てた木箱、壁だけが残った廃墟、汚染されていない水場も見つかった。

 

「この水はまだ汚れてないね…この変わった石のおかげかな?」

 

水場には水色をした四角形の石が置かれており、汚染を免れたのはそれのおかげだとも考えられた。

メルキドでは近くの池の水を使っていたが、拠点内に水場があるのは助かる。

汚染を防ぐため、水色の石はそのままにしておいた。

一通り台座のまわりを見て回ると、ファレンは廃墟の修理を始めようとする。

 

「これで全部見て回ったね…まだ夜にはならないけど、あの廃墟を直しに行くか」

 

メルキドにあった緑色の草はないが、代わりに薄青色の草が生えており、それを使ってわらの扉を作ることが出来そうだ。

扉の枠を作るために必要な太い枝も光の範囲の外ではあるが近くに落ちており、それを拾いにいく。

だが、素材を集めて作業台の元に向かおうとすると、突然空から何かの鳴き声が聞こえてきた。

空気を揺るがすような大きな鳴き声で、ファレンは空を見上げる。

 

「何だろ今の声…?」

 

すると、紺色の胴体を持ち、巨大な翼を持った鳥の魔物が羽ばたいているのが見えた。

鳥の魔物はファレンの存在を気にも止めず、拠点の上空を悠々と飛び去っていく。

他の魔物と比べて非常に大きく、強力な力を持っていることは間違いなかった。

 

「すごく強そう…ゴーレムみたいに、あいつも魔物の親玉なのかもね」

 

リムルダールの大地も前までのメルキドと同様、空が暗い雲に包まれている。

ここでもゴーレムのように魔物の親玉がおり、その親玉が空の闇を晴らす道具を持っていると考えられた。

空を飛んでいては斬りかかることが出来ず、強力な存在ともなれば簡単には降りて来ないので、倒すための特殊な対策も必要のようだ。

 

「あいつを倒すための兵器も作らないとな…」

 

どのような武器であればあの鳥の魔物に攻撃出来るのか、今のファレンには分からない。

しかし、仲間たちを集めて町を作るうちに、きっと思いつくだろうと信じていた。

魔物の姿が見えなくなると彼は光の中に戻っていき、わらの扉を作り始める。

まず太い枝を切り分けて扉の枠の部分を作り、それに草を編み合わせていった。

作り慣れているものなのですぐに完成し、廃墟へと持っていく。

 

「扉も置いたし、後は壁を直したら出来上がりだな」

 

扉を設置した後は、辺りの地面の土をおおきづちで叩いて回収し、それを用いて壁を修理していく。

粗末な物ではあったが、これで寝泊まりが出来る部屋が完成した。

リムルダールでの町作りの第一歩であり、ファレンは早速出来上がった部屋に入る。

 

「まだ誰も来てないね…せっかく出来たんだし、中で休んでるか」

 

誰かが来る気配はまだなく、彼はしばらくベッドに寝転がりながら休んでいた。

しかし、まだあまり疲れていないうちに休んでも退屈なだけなので、しばらくした後自分で仲間を探しに向かうことにする。

 

「ずっとここにいるのも暇だし、探索がてらこっちから探しに行くか」

 

拠点の周辺にもかなり広大な大地が広がっており、新たな物作りに役立つ素材が見つかる可能性もある。

新たな仲間のため、新たな素材のため、ファレンはリムルダールの地の探索に乗り出していった。



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2-2 シスターと蠢く亡骸

リムルダールの拠点は三方向を沼地に囲まれており、大地が続いているのは東のみであった。

ファレンは歩きながら、薄青色の草や太い枝を集めていく。

メルキドでもよく使う素材だったので、たくさん保管しておいた方が良いように思われた。

スライムやドロルの生息地にも入るが、今は探索を優先して戦いを避ける。

進んでいくと土や岩で出来た山岳地帯もあり、土の崖にはツタも生えていた。

 

「この上には何があるんだろう…ツタを集めながらでも登ろう」

 

ツタはヒモ作りに必要であり、これもおおきづちを使って回収していく。

登れそうなところを探り、一段ずつゆっくりと上がっていった。

しかし、ファレンが崖を登っている途中、見知らぬ人の声が聞こえてくる。

 

「囲まれてしまいましたね…どうしましょう…」

 

声は崖の下、南西の方角から聞こえたものだった。

誰かが危険な状態にあるのかもしれないと思い、ファレンは探索を後回しにし、崖を降りていく。

 

「誰だろ…襲われてるみたいだし、助けに行こう」

 

声の方向に向かって走っていくと、そこでは青色のシスターの服を着た女性が、4体の魔物に襲われていた。

シスターは石を投げて応戦するが、数の多さに苦戦している。

そのうち3体はドロルだったが、朽ち果てた人間の死体のような姿の魔物、腐った死体もいた。

その不気味な姿に驚きつつも、彼女を助けるために魔物たちに近づいていく。

素早く振りやすい棍棒に持ち替え、まずはドロルに殴りかかった。

 

「助けに来たよ!一緒にこの魔物たちを倒そう」

 

「ありがとうございます…ですが、あなたは一体…?」

 

「話は後にしよう…今はとにかくこいつらを!」

 

ファレンからの不意の一撃を受け、ドロルは一瞬動きを止める。

しかしすぐに体勢を立て直し、彼を睨みつけていた。

お互いのことを話すのは後にし、まずは目の前の魔物たちの討伐を目指す。

ファレンはドロルだけでなく腐った死体にも殴りかかり、そちらの注意を引きつける。

 

「この魔物も引きつけるから、君はそっちの2体をお願い!」

 

「分かりました…共にここを乗り切りましょう!」

 

シスターはいくつもの石を取り出し、残り2体のドロルに投げつけた。

ドロルとも腐った死体ともファレンは戦ったことはないが、町作りを始めるために勝たねばならない。

まずはドロルの方から倒そうと、棍棒での攻撃を続けていった。

身体は柔らかく、弱い武器でも十分ダメージを与えることが出来る。

 

「こいつ、思ったより素早いね…」

 

ドロルも体当たりで反撃して来るが、十分避けられる速度であった。

しかし、腐った死体はかなりの速度で力強く殴りかかって来ており、注意して戦わなければならなかった。

大きく跳んで距離をとり、その間にドロルを殴りつけていく。

ドロルの身体がだんだんと歪んでいき、それに伴って攻撃も弱まっていった。

 

「早くこっちを倒して、あの死体みたいなのに集中しないと」

 

ドロルは追い詰められると、口から紫色の毒液を吐き出して来る。

前方から攻撃していると当たってしまう恐れがあるので、ファレンは背後に回って攻撃を続けていった。

ドロルも向きを変えようとしていたが、ファレンには追いつくことが出来ず、最後には生命力がなくなって消えていく。

 

「これで倒れたね…あっちも大丈夫みたいだし、こいつを早く仕留めよう」

 

シスターも魔物の数が減ったことで優位に戦えていた。

ドロルの目や口に素早く大きめの石を投げつけて、ダメージを与えていく。

前方からの攻撃しているが常に距離を取っていたため、毒液をかわすことは容易だった。

 

「どうなることかと思いましたが、この数なら相手できますね」

 

石なので一つ一つの威力は小さいが、何度もぶつけることでドロルは体力を失っていった。

シスターの様子を見て安心し、ファレンは腐った死体との戦いに集中していく。

腕での殴打を回避して側面にまわり、そこで棍棒を叩きつける。

身体が腐っているだけあって防御力も低く、こちらにも大きなダメージは与えられた。

 

「柔らかいけど…なかなか怯まないね」

 

どれだけ殴っても怯むことなく、集中攻撃を行う隙はない。

少しずつ削っていくしかなかったが、死体のような風貌の割に生命力は高く、少しも倒れる気配はなかった。

それでもメルキドでの激闘を生き残ったファレンはまだ体力が尽きることはない。

ダメージを与えられているのは間違いないので、側面にまわっての攻撃を続けていくしかなかった。

しかし、殴られ続ける腐った死体は動きを変え、跳びかかってファレンを押し倒そうとして来る。

 

「くっ…この身体でこんな動きも出来るのか…!?」

 

急に殴打より広い範囲の攻撃が出てきてファレンは避けられず、腐った死体の胴体を棍棒で受け止める。

だが相手の力はかなり強く、彼は左腕も使う前に体勢を崩してしまっていた。

動きを止めたファレンを見て、腐った死体は顔面を殴打する。

その勢いでファレンは強く地面に叩きつけられ、その隙に魔物はさらなる追撃を加えようとした。

 

「まずいな…でも、両腕ならどうだ?」

 

ファレンは痛みをこらえて意識を保ち、今度は最初から両腕を使って殴打を受け止める。

すると、激しい衝撃はあったが押し返されることは避けられ、彼は防いでいる間に後ろに飛び退き、体勢を立て直す。

しかし、棍棒は今のでヒビが入っており、倒す前に壊れてしまいそうだった。

 

「棍棒が…重いけど、おおきづちで戦うしかないか」

 

おおきづちはかなり重く、棍棒のようには振り回せない。

壊れるまでは棍棒を使おうと、また腕での攻撃に対応しつつ殴っていった。

飛び掛かり攻撃の動きももう分かっているので、今度は大きくジャンプして避ける。

攻撃しているうちに棍棒は壊れ、ファレンはすぐにおおきづちを取り出した。

 

「もう壊れたか…こっちは壊されないといいけど」

 

おおきづちも強力な攻撃に何回もは耐えられないので、極力回避を心がける必要がある。

今まで通り殴打や飛び掛かりを避けて側面にまわり、頭部におおきづちを叩きつけた。

一撃は重いもののやはり連続して振り回せないので、ダメージを与える速度は落ちてしまう。

どれだけの生命力があるかは分からないが、削りきれることを祈りながらファレンは攻撃を続けていた。

そうして戦いを続けていると、腐った死体の頭に向かって石が投げつけられる。

 

「こちらは片付きました!あとは一緒にこの魔物を倒しましょう」

 

「無事に倒せたんだね。こいつも結構弱ってる…二人なら押し切れるはずだよ」

 

戦いが長引き、シスターはもうドロルたちを倒し終えていた。

彼女は腐った死体の頭に狙いを定め、ずれてファレンに当たらないよう、距離を詰めて石を投げる。

殴打は当たらないが飛び掛かりは受けてしまう距離なので、ファレンはその注意もした。

 

「遠くにいても飛びかかってくるから、気をつけて」

 

「そうなのですね。いつでも避けられるよう構えておきます」

 

シスターの投げた石でのダメージも大きく、腐った死体は彼女にも狙いをつける。

飛び掛かっての攻撃をして来たが、シスターは大きく後ろに跳び、攻撃を受けずに済んだ。

お互いに腐った死体の攻撃は見切り、かわしつつの反撃を続ける。

やがて腐った死体は弱ってきて、ようやく動きが落ちてくる。

 

「そろそろ弱ってきたね…とどめをさすよ!」

 

「はい、一緒に行きましょう!」

 

そこでファレンもシスターも攻撃の手を強め、残った力を奪っていった。

腐った死体は最後には動かなくなり、倒れ込んで消えていく。

シスターを襲っていた4体の魔物は全て倒れ、ファレンは武器をしまった。

戦いの後、シスターはファレンに感謝と質問をする。

 

「こんな強い魔物が出るなんて思ってなかったけど、何とか倒せたね」

 

「ええ、助けて下さり本当にありがとうございます。初めて見る方ですが、患者様ではないのですよね…こんなに力を持っていて、あなたは一体…?」

 

戦いの中で出会ったので、まだお互いの名前も知らないままだった。

ファレンは名乗り、リムルダールの地を復興させに来たことを話す。

 

「僕はファレン、物作りの力を持つビルダーってものなんだ。このリムルダールを復興させるために人を探してたら、君が襲われてるのを見つけたんだ」

 

「ビルダーって、あの伝説の…おお!もしそうでしたら、これこそ神の導きに違いありません…!」

 

伝説のビルダーに出会い、シスターは歓喜の声を抑えられないようだった。

彼女もファレンに続いて名乗り、病の治療に協力することを話す。

 

「私はエルと申します。ファレン様でしたね、どうか私と一緒に、病に苦しむ人々を救ってください」

 

「そのつもりだよ。復興のためには病も何とかしないといけないからね。こっちに僕の拠点があるから、ついて来て」

 

協力的な人が最初に仲間になってくれるのは心強い。

まずはエルを拠点へと案内しようと、ファレンは歩き始める。

 

「ありがとうございます。病を治すのは私の夢でした…一緒に叶えましょうね」

 

「うん。一緒に治療法も考えていこう」

 

新たな仲間の力もあれば病を癒す方法も見つかると、ファレンは期待していた。

拠点へと向かう途中、彼は先ほど戦った魔物について聞く。

 

「そういえばさっきの死体みたいな魔物…結構強かったけど、リムルダールにはあんなのがたくさんいるのか?」

 

「いいえ。ドロルはいつも見かけるのですが、あの魔物は今日が初めてでした」

 

多く見かけられないのであれば、そこまで警戒する必要はない。

しかし、人間の死体に似た姿の魔物を見て、エルも不気味に感じていた。

 

「…しかしあの異様な姿、何か不気味なものを感じましたね」

 

「まあね、他の魔物とは少し違う雰囲気がしたよ」

 

ただ、あくまで見た目が気味悪いだけで、強めの普通の魔物である可能性も考えられた。

現時点では何とも言えないので深くは考えず、拠点の方向に歩き続ける。

そして希望の旗の光の中に入ると、エルはその明るさと暖かさに驚いていた。

 

「ここが僕の作ってる拠点だよ…まだ一つしか建物がないけど、これから大きい町を作っていく」

 

「おお…!これがファレン様の…なんとも明るく、暖かい場所ですね。あの旗もあなたが立てたのですか?」

 

「うん。暖かい光も旗の力なんだ」

 

ずっと暗い雲の下で生き続けていたエルは、この地の暖かさをすぐに気に入る。

 

「とても良い場所ですね…ここなら、私の夢も叶えられそうな気もします」

 

「それなら良かった。僕も苦しむ人は放っておけないし、これから頑張っていこう」

 

「はい。共にこの地の人々を、蔓延する病苦から救い出しましょう!」

 

リムルダールの復興に向けて、新たな仲間が加わる。

まだ見ぬ世界への不安も未だに大きいが、新たな町の完成を楽しみに待つ気持ちもどんどん大きくなっていった。



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2-3 病室と初めての患者

エルを仲間にし、とりあえず今は二人で病気の治療を目指していく。

今は拠点に病人もおらず、治療の設備もない。ファレンが何から始めようかと考えていると、エルは一つ提案してきた。

 

「さっそく治療に向けて準備を進めていきたいけど、何から始めよっか?」

 

「そうですね…私は昔から、患者様を迎え入れる病室を作ることを夢見ていました。ここに私の書いた設計図もありますし、まずはそれを作ることから始めましょう」

 

病室作りのことを話し、設計図が書かれている大きめの紙を取り出した。

その設計図には、土で出来た壁で作られ、中にたらいや焚き火、生け花、木の机が一つずつ、木のベッドが二つ置かれた病室が描かれている。

入り口の扉は一つだけでなく、正面と横の二つがあった。

壁は5段の高さがあり、最上段には天井を作るとも書かれている。

 

「天井か…今までは作ってなかったけど、これって必要なのか?」

 

「はい。今は降っておりませんがこの地は雨が多く、建物を作るならば天井もなければいけません」

 

雨の降らないメルキドよりも、建物作りは大変になりそうだった。

寝室にはまだ天井がないので、後でそちらにもつけることにする。

だいたいの物は既に見つけた太い枝やヒモ、ピンクの花、スライムの油を使って作れるが、木のベッドに置く布団や枕には新しい素材が必要になった。

 

「そうなのか…設計図のだいたいの物は作れそうだけど、ベッドに置く布団は何を使えばいいんだろう?」

 

「あの高台の上に、綿毛が取れる植物が生えております。それを使えば、暖かく柔らかい布団が作れると思いますよ」

 

エルは先ほどファレンが登ろうとしていた崖の上を指さした。

そんなに遠い場所ではないので、短時間で集められる。

建材となる土も大量に必要となるため、ファレンはまず素材集めに向かった。

 

「分かった。それじゃあ、これから素材集めに行くけど、一緒に来るか?」

 

「もちろんです。早く病室を作らなければ、苦しむ患者様を迎えることが出来ません…私だけ待っているわけにはいかないです」

 

エルもついて来たので、武器を持っていない彼女にはピンクの花や綿毛、ツタの採取を頼む。

 

「助かるよ。それじゃあ、エルは花みたいな壊しやすい素材を集めて」

 

「はい。一緒に手早く集めて、病室を完成させましょう」

 

二人は歩き出し、まずは拠点のすぐ近くにある素材から取りにいった。

エルは素手でピンクの花を採取し、ファレンはおおきづちで土や太い枝を回収していく。

ある程度の数が集まると東の方向に進み、スライムが生息している場所に入った。

油が必要なことはエルも分かっており、石を遠くから投げつける。

 

「焚き火を作るための油も必要ですよね。遠くからの方が安全ですし、私が倒しますね」

 

スライムは高速で石を投げつけられて大きく怯み、エルを睨んで体当たりして来る。

しかし、当たる前に彼女は至近距離から石を投げつけ、スライムにとどめを刺した。

 

「これで倒れましたね…一つで十分でしょうか?」

 

「焚き火1個を作るには十分だよ。でも、今後他のものにも使うかもしれないし、集めながら行こう」

 

ファレンはスライムの青い油を拾い、二人で他のスライムたちも倒していった。

ファレンのおおきづちでも大きなダメージを与えることができ、二回攻撃を当てると倒せる。

油を集めながら、綿毛があるという高台へと向かっていく。

崖の下にまで来ると、土やツタを集めながら登ることにした。

 

「この崖の上に綿毛があるんだね…そうだ、このツタも必要になるから集めて。僕は土を集めながら登って行くよ」

 

「分かりました。落ちないように気をつけて下さいね」

 

ファレンは再びおおきづちを振るって崖の土を砕き、エルは崖に張り付いているツタをむしり取っていく。

石を素早く投げられるだけあって、エルもかなりの力を持っていた。

素材を集めながら、ゆっくりと崖の上に登っていく。

崖の上にはメルキドのような草原が広がっており、白い花や薬草の原料となる茂み、そして綿毛のついた新しい植物があった。

素材だけでなく、緑色の頭巾を被り、紫色の肌をした魔物の姿も見える。

 

「あれから綿毛が取れるのか…何か、見た事のない魔物もいるね」

 

「あれは毒矢頭巾ですね。彼らの持つ矢には毒が塗られていると聞きます」

 

良く見ると、彼らは手に弓を持ち、背中にはいくつもの矢が入った入れ物が背負われていた。

毒が塗られているとなるとより危険なので、ファレンたちは隠れて進む。

 

「そうなんだ。危なそうだし、見つからないように気をつけて」

 

「はい。綿毛を手に入れたら、なるべく早く降りましょう」

 

作る木のベッドは二つなので、そんなにたくさんの綿毛が必要にはならない。

二人で手分けして集め、数が揃うとまた崖を降りていった。

寝室のベッドはわらのままでもファレンは気にならないが、エルにも聞いておく。

 

「そういえば、拠点のベッドはわらなんだけど、そのままでもいいか?」

 

「私は大丈夫ですよ。患者様さえ良いベッドを使えれば、私はどこでも構いません」

 

今までベッドも何も無い環境で生きてきただけあって、気にならないようだった。

ひとまずこれで病室は作れるので、二人は拠点に向かって歩く。

光の中に戻って来ると、分担して病室を作り始めた。

 

「戻って来たね…僕が中に置く物を作ってるから、エルはその間に外壁と天井を作って。置き方を見せるから、それを真似して」

 

「ありがとうございます。作る場所は…その辺がいいと思いますよ」

 

エルは病室を作る位置として、拠点の北東部を指さしていた。

ピリンもそうだったが、まずは建物作りの様子を見て、覚えてもらう必要がある。

ファレンは手に入れたブロックを取り出し、まずは一つ手本として置いた。

 

「こんな風に置いて…どう、出来そう?」

 

「ええ。やってみますね」

 

手本を見せた後ファレンはエルにたくさんの土を渡し、彼女は動きを真似して隣に設置する。

すると、物作りの力を失っていたエルも、壁を作り出すことに成功した。

無事に土を置くことができ、彼女は嬉しそうな顔をしていた。

 

「出来ました…!こんな風に動いて、壁と天井を作って行けばいいのですね」

 

「うん。もし困ったら、そこにいるから聞いて」

 

「はい。私が集めた素材も、ファレン様に渡しておきますね」

 

エルは自信を持って、土を使って壁の他の部分も形成していく。

素材を受け取ると、ファレンはその間に病室の中に置く物を作り、木の作業台のある場所にいった。

まずは慣れているものから作ることにし、太い枝で出来た枠に薄青色の草を編み合わせてわらの扉を、枝を細かく割ったものにスライムの油を加え、摩擦で火を起こして焚き火を完成させた。

その後は太い枝を削って板とそれを支える脚を作り、机を製作する。

それから木で出来た入れ物にピンクの花を添え、生け花を作っていった。

たらいに関してはまず小さめの木の板をいくつも用意し、それをツタから作ったヒモで繋ぎ合わせて完成させる。

物が多いだけあって作るのにはかなりの時間がかかり、木のベッドを作り始める前にエルがやって来た。

 

「ファレン様、こちらは終わりましたよ!あなたの真似を続けて、壁と天井は出来ました」

 

「ありがとう、こっちももう少しで完成するよ。疲れてるんだったら、エルは休んでて」

 

エルが壁を作っていた方向を見ると、確かに設計図の通りの建物が出来ている。

分厚い天井に覆われており、これならば病人が雨に打たれることは防げる。

疲れているだろうと思い休むように言うファレンだったが、エルは物作りの方にも参加した。

 

「いえ、私は全然平気ですよ。早く病室を完成させたいですし、道具作りにも興味はありました。ファレン様の作業も手伝いましょう」

 

「そっか、本当に助かるよ。後は二つの木のベッドがいるんだけど、僕が作ってるのを見てもう一つを作ってみて」

 

一刻も早く患者を迎えるため、エルは病室の完成を急いだ。

ファレンはまず太い枝を組み合わせてベッドの部分を作り、それから綿毛を薄く伸ばしていき布団を作った。

綿毛の一部は切り分け、それは枕にしていく。

エルもその様子を見て真似していき、もう一つのベッドと布団、枕を完成させる。

物作りを始めたばかりの彼女が作ったものは形に多少の歪みはあったが、それでも十分使える物にはなっていた。

 

「これで完成ですね…どうでしょうか、使えそうですか?」

 

「まず問題ないと思うよ。さっそく置きに行って、病室を完成させよう」

 

「はい。そちらも手伝いますね」

 

二人は作った物を持ち、部屋の各場所に設計図通りに配置していく。

内部に必要なものを置くと、最後に2つのわらの扉を設置し、病室を完成させた。

病室を作るという古くからの夢が叶い、エルは感動の声をあげる。

 

「おお…!これでようやく病室の完成ですね。なんと…なんということでしょう!ファレン様、夢を叶えて下さり本当にありがとうございます!」

 

「エルの力もあってこそだよ。とにかく、これで病人を連れて来られるね」

 

「ええ、本当に嬉しいです。私はあくまでファレン様の真似をしたに過ぎません…何と感謝を申し上げたらいいか」

 

物作りの力によってエルは笑顔になり、ファレンも嬉しく思う。

病室が出来たことで、病人を看病出来るようになった。

しかし病人を連れてくる前に、エルはリムルダールの多くの人々が置かれている状況についても話す。

 

「リムルダールの人々は病に抗うことを諦め、ただ訪れる死を待つだけでした。しかし私は信じていました、人間には病に打ち勝つ力があると。ファレン様、完成した病室で共に病を根絶させていきましょうね」

 

長い間物作りの力を奪われ、病を治す方法が見つからなければ、諦めてしまうのも無理はないようにファレンも思った。

しかし、長く続いたその状況を打破出来る可能性が、少しずつ高まって来ている。

病室が完成した後、ファレンは早速患者を連れて来ることを話した。

 

「うん。そうだ、せっかく病室が出来たんだし、治療を始めないとね。病人がどこにいるかの心当たりはある?」

 

「ちょうど、私も同じことを思っておりました。その時の私は何もしてあげられないと思い、話しかけていなかったのですが、病にかかった方を見かけております。確かここから西の方向、湖を渡った先にいました」

 

エルは話しつつ、それぞれの患者がいるという方角を指さす。

西の方向の沼地の対岸ははっきりと見えそんな遠くの場所ではないが、毒の沼地に橋を作るか、もしくは大きく迂回して行く必要があった。

一人で運ぶことも考えたが、運んでいる最中に魔物に襲われるとすぐには武器を構えられない上、病人にも危険が及ぶ。

その危険性を考えると、二人で行った方が良いように思われた。

 

「分かった。それじゃあ、早くここまで連れて来ないとね。運んでいる間に魔物に襲われたら大変だし、二人で行こう」

 

「そうしましょう。回りこんで行くか湖に橋をかけるか、どちらに致しますか?」

 

「やっぱり近いし、土を集めてから行くよ。湖を渡るための土を集めるから、ちょっと待ってて」

 

ファレンは一度拠点の外に出て、おおきづちを使って土を集めていく。

近いとはいえ向こう岸に着くにはかなりの数が必要になるので、回転技も使って土を砕いていった。

たくさんの土が集まるとエルの待つ拠点に戻り、それから毒沼に橋を作り始める。

 

「結構な数が集まったし、これで向こう岸まで行けそう。僕が橋を作るから、後ろからついて来て」

 

「患者様を待たせられませんし、急ぎましょう」

 

毒沼に土を置くと、その毒によって土は汚染され、紫色になっていた。

大きな土をあっという間に汚染してしまう毒性の強さに危険を感じ、二人は急ぎつつも慎重に歩いていく。

毒沼を進んでいくと島もあり、ファレンはそこでも土を回収した。

 

「足りなくなるかもしれないし、ここでも土を集めてくよ」

 

向こう岸までの距離を見て、必要な分が集まると再び進んでいく。

そうして向こう岸まで辿り着くと壊れた家のようなものがあり、中には焚き火の炎が見えていた。

エルはその家を指さし、ここに患者がいたと話す。

 

「無事に向こう岸についたな…んっ、あの壊れた家は何だろう?」

 

「確か、患者様はあの家の中におられました。行ってみましょう」

 

二人は壊れた家に近づいていき、すると中に人が倒れているのが見えた。

倒れているのは若い男で、顔色も悪く病気にかかっているようだった。

 

「あっ、やっぱり人がいるな。そこの人、大丈夫か?」

 

ここからでは声をかけても反応がなく、家のすぐそばまで来るとようやく気づく。

 

「んっ…誰だ…?田舎くせえ顔の奴と…美人の姉ちゃん…?ごほっ、ごほっ…」

 

「田舎臭いって…僕はファレンで、こっちがエル。君のことを助けに来たんだ」

 

男は身体を起き上がらせることも出来ないようで、かろうじて話すも咳き込みが起こる。

ファレンは彼の発言にイラッとしつつも助けに来たことを伝えるが、彼はもう生きることを諦めていた。

 

「残念だが…オレはもう死ぬ身だ…。放っておいてくれ…」

 

「まだ諦めてはいけません。私たちがきっと治療法を見つけます」

 

エルも続いて声をかけるが、男は希望を失ったまま身体を下ろす。

 

「気持ちは嬉しいが…物も作れないオレたちにはどうしようもねえ…」

 

「ファレン様は物作りの力を持つビルダーです。そのおかげで、私も力を手に入れつつあります。その力があれば、あなたの病も治せるでしょう」

 

「そんなことが…?でも…どうせ、嘘なんだろ…」

 

ビルダーのことを話すも、ずっと物作りの力を失っていた世界で生きてきた男は、少しも信じようとしなかった。

拠点を見れば信じるかもしれないと思い、ファレンは彼を担ごうとする。

 

「あっちに僕たちの作った拠点がある。そこならゆっくり休める病室もあるよ」

 

「本当にそう言ってるなら…連れて行ってくれ…。オレはノリン…死んじまっても、覚えててくれよ…」

 

ノリンの身体はかなり重かったが、ファレンは重い武器や鎧を使っていた経験のおかげで何とか担ぐことが出来た。

まわりにはスライムやドロルもおり、彼らに見つからないように進んでいく。

しかし、運んでいることもあって素早く身を隠すことは出来ず、攻撃的なドロルが襲いかかって来た。

 

「魔物…やっぱり、もうだめなのか…?」

 

「大丈夫です、私が倒しますよ」

 

ファレンはノリンを守るために距離をとり、その間にエルが攻撃に出る。

彼女は取り出した石を何度も投げつけ、ノリンに危険が及ぶ前にドロルを倒した。

腐った死体のような強力な魔物はおらず、怪我をさせることなく運んでいけた。

毒沼にかかった橋までの距離は長くなく、無事にそこまで辿り着く。

背負った状態で早く動けば、バランスを崩して落ちてしまう恐れがある。

橋はかなりの長さではあるが、ファレンは一歩ずつゆっくりと歩いていった。

拠点に戻って来ると、ノリンは弱々しいながらも驚きの声を上げる。

 

「ここは…物作りの力って、本当だったのか…」

 

「さっき言ってた病室はここだよ。ゆっくり休んでて」

 

ファレンたちは彼を病室のベッドに寝かせると、上から布団を被せる。

雨も風も防げる病室の中なので、症状の悪化も緩和されると考えられた。

無事に運び込むことができ、3人とも一安心する。

 

「暖かくて…いい場所だな…。本当に助かった…さっきは田舎臭いとか言ったり…疑ったりして、すまなかった…ごほっ、ごほっ、ごほっ…」

 

「おお…無理はしないで下さいね」

 

ノリンは感謝の言葉を伝え、先ほどの非礼を詫びようとするが、無理に喋ったことでまた咳き込む。

エルは安静にするように言い、彼はそれに従って静かに横になっていた。

ノリンの様子が落ち着いたのを見て、ファレンたちは一度病室の外に出る。

 

「僕は病のことはよく分からないけど、ノリンは治せそうか?」

 

「ええ…恐らく顔色から判断して、ノリン様は全身の体力が失われる病にかかっておられるようです。ですが症状は軽い方で、病室の環境があれば薬草での治療が出来ると思います」

 

薬草なら既に見つけているので、その言葉を聞いてファレンは安堵する。

体力の失われる病とのことだが、他にも種類があるのかと気になり、彼はエルに質問した。

 

「それなら良かった…そう言えば、病にもいくつか種類があるのか?」

 

「はい。ノリン様のかかっていた、全身の体力が徐々に失われる病や、激しい咳と高熱で、急速に死に至る病、身体が痺れて動かなくなり、衰弱していく病など、あらゆる病苦がこの地には蔓延しています」

 

病の種類が複数あれば、それぞれ治療法を変える必要性も考えられる。

やはり、リムルダールでの復興は一筋縄ではいかないように思われた。

エルは病の種類だけでなく、この地に病を振りまく元凶についても話す。

 

「そうなんだ。それぞれの病に対して治療法を考えないといけないかもね」

 

「はい。それに完全に病を消し去るには、この地の魔物の親玉であるヘルコンドルを倒さなければなりません。…あの空飛ぶ怪鳥がいる限り、戦いは終わらないでしょう」

 

「あの鳥か…今はどうしようもないけど、何とか倒さないとね」

 

リムルダールに来たばかりの時に見た、空を駆ける巨大な鳥。

やはりあの鳥がリムルダールの魔物の親玉のようだった。

いくつもの病に、空飛ぶ魔物の親玉。まだまだ課題は多いが、仲間たちと共に乗り切るしかない。

 

「見た事もあるのですね。病を癒しつつ、戦いの準備も進めていきましょう」

 

「うん。みんなと一緒なら、必ず乗り越えられると思うよ」

 

しかし、ひとまず今は病との闘いを進めていくため、ノリンの治療の話に戻る。

 

「私もそう思っています。いろいろ語ってしまいましたが、とりあえず今はノリン様を治療しなければなりませんね」

 

「薬草が必要なんだったよね…それなら、今すぐに集めてくるよ。エルはここに残って、ノリンの看病を続けてて」

 

「ありがとうございます。1つでは足りないかもしれませんので、いくつか集めて来てくださいね」

 

いくつか必要なのであれば、ピリンから教えてもらった薬草の束を作ろうとファレンは考える。

あれを使えば、3つの薬草を一度に摂取することが出来る。

薬草くらい簡単に集められる上、容態は安定しているとはいえ病人を置き去りにするのも心配なので、エルにはここに残るように言った。

薬草を手に入れるため、また土で出来た高台の方へと向かっていく。



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2-4 病からの回復と新たな患者

ファレンは沼地のそばを歩いていき、高台に着くと残っているツタを使って登っていく。

高台の上にはたくさんの薬草が生えており、彼は毒矢頭巾から身を隠しながら刈り取っていった。

 

「戦いの時にも使うかもしれないし、いっぱい集めておくか」

 

ノリンの治療に使うのは数枚と思われるが、今後戦いで傷を負った時にも必要になるので、余分に集めていく。

10枚ほどが集まると、ファレンはツタを降りて拠点に戻っていった。

帰って来ると、彼はさっそく看病をしているエルのところに持っていく。

 

「エル、薬草を持って来たよ」

 

「おお、ありがとうございます。それでは3つほど、早速ノリン様に与えてみますね」

 

ノリンは落ち着いた様子で、容態が悪化することはなかったようだ。

ファレンが薬草を取り出すと、彼は身体を起き上がらせてその様子を見る。

 

「分かった。ちょっと苦いかもしれないけど、我慢して飲んでみて」

 

「それを…飲めば、オレの病気も治るのか…?」

 

「はい。飲んだ後一晩休めば、きっと治ると思いますよ」

 

エルの言葉を信じて、ノリンは3枚の薬草を口に含んでいく。

かなり苦そうな顔をしていたが、それでもこらえて飲み込んでいった。

 

「まずかったけど、少しは楽になった気がするよ。ありがとうな、二人とも」

 

戦いの時と同様で薬草の効き目は早い。彼は先ほどよりも元気そうに話し、ファレンたちに感謝の言葉を言う。

 

「良かったです。それでは、一晩の間ゆっくり休んでくださいね」

 

「まあ、まだ少しはだるいからな。そうさせてもらうよ」

 

長い間病に蝕まれていたこともあり、すぐには完治しないようだった。

ノリンは眠りにつこうとまた横になり、目を閉じる。

患者を無事に治療でき、ファレンもエルも一安心していた。

 

「効き目があって良かったね。このまま治るといいけど」

 

「きっと大丈夫だと思いますよ。薬草でここまで元気になったのです、一晩眠れば完治することでしょう」

 

ノリンはこのまま治ると思われるが、エルは今後の治療に対しての不安も口にした。

 

「…しかし、これは症状が軽かったからこそです。重症の患者様でしたら、薬草だけでは治せないかもしれませんね」

 

「まあね。新しい治療法も考えないといけなさそう」

 

薬草だけで治せるならリムルダールの復興は簡単だが、そう上手く行くとは思えない。

二人とも、さらに高度な治療技術の開発も必要だと考えていた。

 

「そうですね。しかし、簡単には思いつきません…ひとまず今は、ノリン様の回復を待ちましょう」

 

「僕たちも大分疲れてるからね。あっちの部屋に屋根を取り付けたら、そこで休もう」

 

病室作りにノリンの治療を経て、ファレンたちの身体にも疲労が溜まっている。

夜も近づいているので、とりあえず今は休みに行くことにした。

 

「はい。また一緒に作っていきましょうね」

 

ファレンは拠点の周りから土を集め、それを使ってエルと共に寝室に屋根をつけていく。

天井があれば部屋の中はより暖かくなり、雨が降って来ても防げる。

完成すると、二人は置かれていたわらベッドに寝そべり、眠りについた。

 

翌日、ファレンが目覚めると外から誰かの足音が聞こえてきた。

 

「誰だろ…?もしかして、ノリンが起きてきたのかな」

 

エルはまだ隣で寝ており、ノリンが回復して歩けるようになったのかもしれない。

彼の様子を見に行くため、ファレンは眠い目を擦りながら外に出ていった。

すると、ノリンが元気そうに歩きながら、希望の旗や作業台を眺めている。

元気になったことを知り、ファレンは嬉しそうに彼に話しかけた。

 

「ノリン、元気になったんだね!」

 

「おおっ、ファレンか。この通り、すっかり元気になったぜ!助けてくれて本当にありがとうな」

 

一晩休んだことで、体力も元通りに戻っているようだ。

これから町作りの仲間になっていく彼に、ファレンはいくつかの説明をする。

 

「こっちこそ、無事に助けられて良かったよ」

 

「あんたとエルには、感謝してもし切れないな。…そういえば、昨日は良く見てなかったけど、面白そうな物がたくさんあるな。この旗とかあの台とか、初めて見たぜ」

 

「これは希望の旗で、この力のおかげで拠点の周りが明るくなってるんだ。あっちのは作業台で、あれを使って物作りをするんだ」

 

「物作りか…オレも出来るようになるのかな?」

 

ノリンは物作りにも興味を示している様子だった。

ファレンが作り方を教えれば、彼も作業に加われることだろう。

 

「もちろんだよ。何か作る時があったら、その時に教えるね」

 

「分かった。楽しみに待ってるぜ」

 

町は作りかけの段階にあり、ノリンに手伝ってもらう機会もじきに訪れる。

彼が楽しげにしていると、二人の話し声によって目覚めたエルも寝室の外に出てきた。

 

「おお!話し声が聞こえると思ったら…目が覚めていらっしゃったのですね!」

 

「おはよう、エル。もうすごく元気になってるよ」

 

「身体のだるさももうないぜ。ファレンにも言ったけど、本当にありがとう。オレ、病気にかかったら必ず死ぬもんだと思ってたぜ」

 

ノリンはエルにも改めて感謝の言葉を告げる。

病は治せると分かったこと。これはみんなにとって大きな進歩であった。

 

「これで確信できました、人間には病に打ち勝つ力があると。ノリン様、本当に良かったです」

 

「生き残れてオレも嬉しいぜ。そうだ、二人はこれからも病人の治療を続けるのか?」

 

「もちろんそのつもりです。たくさんの患者様を助け、リムルダールの町を復活させたいと思っております」

 

ファレンとエルは、これからも病人の治療を続けていく。

エルがそう話すと、ノリンは新しい患者の情報を伝えてくれた。

 

「それなら、あっちの方に行ってみたらどうだ?オレがまだ元気だった時、あっちの方で一人病人を見つけたぜ。もしかしたらまだ生きてるかもしれねえ」

 

彼は町の南東にある枯れた森林地帯を指さす。

歩いて行くにはかなりの距離があるが、昨日のように毒沼に橋をかける必要はなかった。

ノリンより先に病気になっていたのならば、重症になっている恐れもある。

 

「分かった。それじゃあ、これから行って来るか」

 

「ええ。一刻も早く連れてきて治療しなければなりませんね」

 

エルとファレンは患者を救うため、拠点の南東へと向かい始める。

その際ノリンはまだ病み上がりなので、残しておくことにした。

 

「ノリンは病み上がりだし、ここに残ってて。また色々見回っててもいいよ」

 

「分かった。それじゃあ、無事を祈って待ってるぜ」

 

完治したようには見えるが、無理をすると病気がぶり返すことも考えられる。

 

「それでは、患者様の元に向かいましょうか」

 

「うん。結構遠いけど、二人で頑張って運んで来よう」

 

ノリンはまた町の中を歩き出し、ファレンたちは新たな病人の元に向かう。まず高台のある拠点の東に向かい、そこから南に歩いて枯れ木の森へと向かっていった。

森の手前には壊れた家があり、二人はその中を覗いてみる。

 

「ここにも壊れた家か…ここに病人がいるのかな?」

 

「…どうやら、ここにはいらっしゃらないようですね。もう少し森の奥でしょうか?」

 

「そうみたいだね。森の中にも入ってみよう」

 

しかし家には古びた紙が何枚か置いてあるだけで、誰の姿もなかった。

紙の内容は気になるが今は患者の救出が優先で、二人は枯れ木の森に入る。

枯れ木の森にはドラキーが生息していたが、好戦的ではないので前を通り過ぎ去っていった。

森の中にはピンク色のキノコも生えており、ファレンは食べられるか尋ねた。

 

「あのキノコ…見たことないけど、食べられるのか?」

 

「ええ。私は苦キノコと呼んでおりました。その名の通り苦いですが、腹は膨れますし毒もありません」

 

ファレンもエルも昨日から何も食べておらず、空腹を感じている。

苦いといっても他に食料はないので、新しい患者を拠点に運んだ後に取りに来ることにした。

 

「そうなんだ。お腹も空いてるし、後で取りに来よう」

 

「そうしましょうか。私も、1回食事はとっておきたいです」

 

二人は患者の姿を探しつつ、枯れ木の森を探索していく。

進んでいくと海の近くにまで辿り着き、もう一つの壊れた家も視界に入ってくる。

ファレンたちがそこに近づいていくと、家の前で倒れている女性の姿が見えた。

 

「あっ、倒れてる人だ…大丈夫か?」

 

「誰だろ…ごほっ、ごほっ…」

 

彼女は咳き込みながらも身体を起き上がらせており、意識はあるようだった。

二人は女性の元にかけよっていき、もう一度話しかける。

 

「こちらに患者様がいると聞き、助けに参りました」

 

「気持ちは嬉しいけど…どうせあたいは助からないよ…。身体がすごく熱いんだ…ごほっ、ごほっ」

 

彼女もノリンと同様に、生きることを諦めているようだった。

顔色は紫がかっており、かなり重症であるように見えた。

高熱を出しているようで、エルは額へと手を当てる。

 

「確かに高い熱ですね…しかし、きっと治せるはずです。あちらに私達の拠点があるので、まずはそこに連れていきますね」

 

「僕たちは既に一人の病気を治してるんだ。キミも安心して」

 

「本当に…そんなこと出来るの…?…でも、他にあてはないし…そこに連れてって」

 

彼女も病を治せることは疑っているようだが、僅かな希望にすがりつこうとしている。

今回は女性を運ぶということでエルが担ぎ、ファレンが魔物に備えることにした。

 

「ええ。少し遠いですが、頑張ってくださいね」

 

「そうだ…あたいはケーシー…。助からなかったら、墓にそう刻んでね」

 

「そんなことにはさせません。私はエル、そちらの方はファレンです。共に治療法を見つけてみせますね」

 

エルはケーシーを背負いながらゆっくりと歩き、ファレンはおおきづちを取り出す。

枯れ木の森にはドラキーしかおらず、襲われることはなかった。

しかし、毒沼の近くに来るとドロルの姿があり、彼らは3人を見つけると襲いかかってくる。

 

「やっぱり魔物が来たか…さっさと倒して来るよ」

 

「ええ。お願いしますね」

 

ファレンはドロルの側面から近づいていき、おおきづちを振りかぶって叩き潰していく。

彼らの動きは遅く、横から攻撃することは容易であった。

体当たりして来る個体もいたが、その場合は大きく後ろに跳んでかわす。

エルたちを狙うドロルたちを確実に倒していき、少しずつ拠点に進んでいく。

ドロルの中には倒れた後ねばつく紫色の液体を落とす者もおり、ファレンはそれも回収していった。

やがて高台の横を通り過ぎ、リムルダールの拠点が見えてくる。

 

「あれが私たちの拠点です…病室がありますから、そこで休んでくださいね」

 

「あんなに建物が…物を作れないはずなのに、どうして…?」

 

人々は物を作れないはずなので、ケーシーは拠点を見て目を疑っていた。

ファレンとエルは、歩きながらビルダーのことについて話す。

 

「信じられないかもしれないけど、僕たちは物作りの力を持ってるんだ」

 

「ビルダーのファレン様に教えられて、私も作れるようになったのです」

 

「そんなすごい事が…それなら、病気も治せるかも…」

 

物作りの力の話を聞いて、ケーシーも少しは希望を持ち始めたようだ。

そうして拠点へと戻って来ると、ファレンたちの姿を見たノリンが話しかけて来る。

 

「戻って来たんだな、二人とも。病人も生きてるみたいで良かったぜ」

 

「はい。これから病室にお連れするつもりです」

 

エルは病室の扉を開けて、ケーシーを木のベッドに寝かせる。

暖かい部屋の中に入ったことで、彼女の様子も少しは安定しているようだった。

ケーシーが横になるとエルは一度外に出て来て、ファレンはそこで治療出来そうか聞いた。

 

「どう、治療出来そう?」

 

「症状はやや重めのようですし、薬草が効くかは分かりませんね…」

 

「オレがかかってたのとは違う病気なのか?」

 

「ええ。ケーシー様がかかっていたのは、毒の病と言われているもの。昨日ファレン様には話しましたが、放っておくと高熱と激しい咳で衰弱していき、死に至る病です」

 

ノリンは咳をしていたものの、高熱や顔色の異常といった症状は見られなかった。

症状の重さが違うだけでなく、そもそもの病気が異なるようだ。

現在では薬草での治療法しかないため、ファレンはどうするのか聞く。

 

「それなら早く何とかしないとな。薬草が効かないってことは、新しい治療法も必要になるのか」

 

「その可能性もあります。しかし、一度は薬草を試してみましょう。治ればそれに越したことはありませんし」

 

一度は薬草での治療を試し、その効果がなければ新たな治療法を考える。

現状ではそうするしかなく、ファレンはまた薬草を3枚取り出した。

 

「分かった。それじゃあ、これを飲ませてみて」

 

「はい。ケーシー様、薬草を持って参りました」

 

エルは薬草を受け取ると、病室で横になっているケーシーの元に持っていく。

 

「薬草…これを飲んだら…治るのかな…?」

 

「まだ何とも言えませんが、少しは楽になると思いますよ」

 

「そっか…じゃあ、飲んでみるよ」

 

彼女も薬草を受け取ると、苦さを我慢して飲み込んでいった。

薬草の成分が身体中に回ると、ケーシーは少しは楽そうに話す。

 

「ありがとう…少しは楽になったよ…」

 

「それなら良かったです。このまま、一晩休んでみて下さいね」

 

「うん…そうしてるよ…」

 

ケーシーはまた横になり、エルはその様子を見て少しは安心する。

しかし、まだ治るかどうかの確信はないため、大きく喜ぶことは出来なかった。

 

「このまま治るかな…?」

 

「そうだといいのですが…とにかく、明日まで待ってみましょう」

 

「まあオレの時もそうだったけど、すぐに症状がなくなるわけじゃないからな」

 

一晩待って、また明日様子を見てから考えることにする。

しかし今日はまだ昼前なので、今後どうするかノリンが聞いた。

 

「それじゃあ、この後どうするんだ?」

 

「とりあえず、ここには食べ物がないから集めて来ようと思う」

 

遠出したことでさらにお腹が空いており、ファレンやエルは苦キノコでもいいから食べたいと思っていた。

 

「私はケーシー様の様子を見守っていますね」

 

「分かった。オレは病み上がりだし、また休んでればいいか?」

 

「うん。やっぱり、まだ様子を見てた方がいいと思うし」

 

エルとノリンを拠点に残し、ファレンは再び枯れ木の森へと向かっていく。

今度は素早く歩けるのでドロルたちから身を隠し、戦いを避けて進んでいった。

 

「そういえば、ここの家も気になるな…」

 

森に向かう途中、先ほど見た壊れた家の中へも入っていく。

そこにあった古びた紙には、掠れた字で文章が書かれていた。

 

このリムルダールの地はヘルコンドルによって支配されている。聖なる雫で病を癒し、ヘルコンドルを倒せばリムルダールに光が指すだろう。…しかしそれは、人間の力では叶わぬことだ…。

 

ヘルコンドルについてはエルから聞いていたが、聖なる雫というのは初めて見る名前だった。

 

「聖なる雫か…どんな物か分からないけど、いずれ作らないといけないかもね」

 

どんな物なのか、何の素材が必要なのかは全く分からないが、病の治療において重要な役割を持つことは間違いなかった。

聖なる雫のことも頭の片隅に留めておきながら、ファレンは苦キノコを集めに行く。

苦キノコは枯れ木の森のあちこちに生えており、集めるのにも時間はかからなかった。

4人で食べても数日間は持つように、数十個をポーチに回収していく。

苦キノコが集まると、ファレンは調理して食べるために拠点に戻っていった。

 

「生では食べたくないし、焚き火で焼いて食べるか…そしたら、料理用の焚き火も作らないとな」

 

彼はメルキドでもキノコは焼いて食べており、生で食べるのは気が引けた。

リムルダールには料理用の焚き火はないので、帰りながらそれを作るための素材を集めていく。

太い枝や薄青色の草を拾い、スライムからは青い油を手に入れた。

必要な素材を集めて拠点に戻って来ると、すぐに作業台で作り始める。

 

「おっ、戻って来たな。うまく食料は集められたか?」

 

「苦いキノコしかなかったけど、一応集められたよ。今から料理用の焚き火を組み立てるけど、一緒にやってみるか?」

 

「まあ、ここには美味いものもないから仕方ないさ。もちろんやるぜ…これでオレも、物作りが出来るようになるのか」

 

「それでしたら、私も手伝いますよ」

 

ノリンは苦キノコに少しがっかりした様子だったが、他に食べられる物はないので諦めていた。

料理用焚き火は一人でも作れるものだが、ノリンに物作りを教える必要もある。

3人で作業をしながら、ファレンは彼に作り方を説明することにした。

簡単な作業ならば、病み上がりのノリンに負担をかけることもない。

 

「分かった。それじゃあ、まずはこの枝を細かく割っていって。僕はその間に火を起こしてるよ」

 

ファレンは摩擦で火を起こし始め、エルとノリンは太い枝を小さく割っていく。

これは物を壊す作業なので、ノリンも説明なしで出来ていた。

加熱用の焚き火が出来上がると、3人は別の5本の太い枝と薄青色の草を使い、食材を支える台を作っていく。

枝同士を交差させた物を2組作って支えにし、その上に5本目の枝を置く。

支えと上の枝は薄青色の草で縛って固定するのだが、1組目はファレンが縛り、それを見て2組目はノリンが縛った。

彼は初めてなのでファレンほど綺麗にできてはいなかったが、料理用として十分機能するくらいにはなる。

枝同士を縛り付けると、最後にファレンが食材を吊るすひもとなる草を上の枝の真ん中につけ、料理用焚き火を完成させた。

 

「これで料理用の焚き火も完成だね。ノリンも大分うまく出来てたよ」

 

「それなら良かったぜ。それじゃあ、さっそくこれでキノコを焼いてみるか?」

 

「ええ。私も昨日から何も食べていませんし、そうしましょう」

 

上手に出来ていたと言われ、ノリンは嬉しそうな表情になる。

3人とももう空腹の限界だったので、早速完成した料理用焚き火を使って苦キノコを焼いていった。

焼いている途中不味そうな匂いがして食欲が削がれたが、それでも食べないわけにはいかなかった。

焼き上がると、3人は大きな苦キノコをちぎって分け、それぞれ食べ始める。

 

「…生で食べるより少しはマシだけど、やっぱり苦いな…」

 

「ええ…しかし、栄養はたくさん含まれています。残さず食べて下さいね」

 

「分かってる。何とか我慢して食べるよ…」

 

エルやノリンは生で食べたことがあり、焼いたことで苦味が多少は緩和されたと感じているようだった。

しかし、それでも苦味を消しきることは出来ず、3人は表情を歪ませている。

食べ切ると少しはお腹が膨れ、おかわりをしようとは思わなかった。

 

「…とりあえずこれで、お腹は満たせたね」

 

「やっぱり苦かったけど、これも仕方ないよな…。今日はちょっとの作業だったけど、また何か作りてえな」

 

「うん。必要な物があったら、また言うね」

 

ノリンは次の物作りを楽しみにしており、リムルダールの町作りにも大きく役立ちそうであった。

食事の後、エルはケーシーの寝ている病室へと戻っていく。

 

「それでは、私はまた病室に戻っていますね」

 

「分かった。何かあったらまた伝えて」

 

ファレンは2度も長い距離を行き来した事で疲れており、しばらくの間寝室で休んでいた。



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2-5 木の墓と老人の嘆き

ノリンが回復した日の夕方、病気の間木のベッドで寝ていた彼は寝室のベッドもそちらにしたいと話す。

それを機にファレンとエルも自身の木のベッドを作り、3人で一夜を明かした。

翌日、ファレンは最初に目覚め、ケーシーの様子を見に行く。

 

「起きては来てないか…もしかして、まだ治ってないのかな?そんなことないといいけど…」

 

ノリンの時とは違い、元気に外を歩いている様子は見られなかった。

治ったけれどまだ寝ているのだと信じて、ファレンは病室の扉を開ける。

だがそこには、顔色が紫色のまま、高熱と激しい咳で苦しんでいるケーシーの姿があった。

彼女は起きているようで、ファレンが来たことに気づいて話しかける。

 

「あっ、ファレン…ごほっ、ごほっ…。一晩寝てみたけど、治らないみたい…」

 

薬草が効かないのであれば、現在の技術では治すことが出来ない。

昨日は希望を持ち初めていたケーシーだったが、また絶望に沈み始めていた。

 

「やっぱり、あたいはもうだめみたいだね…ここまで助けてくれてありがとう…」

 

「まだ死ぬって決まった訳じゃないよ。何とか新しい治療法を見つけるから、それまで頑張って。これからエルとも相談して来るよ」

 

だからと言って、ここで治療を諦めることは出来なかった。

しかし一人では何も思いつかないので、ファレンは一度病室を出て、エルを起こして新しい技術の相談をしようとする。

 

「エル、起きて。相談したいことがあるんだ」

 

「…どうしたのですか?深刻そうな顔をしておられますが」

 

「さっきケーシーの様子を見てきたんだけど、治ってなかったんだ。それで、新しい治療法の相談をしようと思って」

 

重症だったため予想出来たことではあったが、それを聞いてエルも悲しそうな顔になる。

 

「…やはり、薬草だけではだめでしたか。そうであれば、特殊な薬を作らなければならないでしょうね」

 

「どうやって作るんだ?」

 

「実は…私は薬に関しての知識は浅く、そこまでは分からないのです。しかし、知識を持つ人に心当たりがあります」

 

エルは病を治したいという志は強いものの、薬の知識には乏しいようだった。

知識のある者の居場所を尋ねると、エルは一度寝室から出て、拠点の南にある丘を指差す。

 

「どこにいるんだ?早く治さないといけないし、これから連れて来るよ」

 

「あの丘の上に、ゲンローワという薬師が住んでおられます。彼の知識と物作りの力が合わされば、特別な薬もきっと作り出せるでしょう」

 

南の丘には、昨日通った枯れ木の森から登ることが出来る。

 

「そっか。じゃあ、今から行ってくるよ」

 

「ありがとうございます。彼は強情で変わった方なのですが、ファレン様なら大丈夫だと思います」

 

変わった人と聞いてファレンは少し不安にはなるが、新しい薬を作るため連れて来ない訳にはいかなかった。

彼がゲンローワの元に向かう間、エルはケーシーの看病を行う。

 

「そうなんだ…でも、とにかく行ってくるよ」

 

「お願いしますね。私はその間、ケーシー様の看病をしております」

 

ファレンは拠点を出発し、まずは魔物たちを避けながら枯れ木の森に向かっていった。

森に着くと、そこから崖を登って丘の上を歩き始める。

丘の上には拠点近くの高台と同じで白い花や薬草、綿毛草が生えており、毒矢頭巾が何体も彷徨いていた。

しばらく進んでいくと、メルキドでも見た枝豆の姿が目に入る。

 

「枝豆か…苦キノコばっかり食べるのも嫌だし、集めておこっと」

 

ようやく美味しい食材が手に入ると、ファレンは枝豆を刈り取っていく。

しかし、とりあえず今はゲンローワを探すことが目的なので、多くは採取しなかった。

丘の上を歩き続け、人の姿がないか見回していく。

そうしていると、4つの木で出来た墓標と、その隣に佇む老人の姿が見えてきた。

老人の近くには、メルキドでも見た形の宝箱も置いてある。

 

「あのおじいさんがゲンローワかな…?」

 

老人は緑色の服を着ており、髪は全て白髪になっていた。

暗い顔で墓標を眺め続けており、話しかけ辛い雰囲気を放っている。

老人だとは聞いていなかったが他に人の姿もなく、ファレンは思い切って声をかけた。

 

「…ねえ、そこのおじいさん」

 

「むっ…お主は初めて見る顔じゃが、どこから来たのじゃ?」

 

「僕はファレン。エルって人に言われて、薬の知識を持ったゲンローワって人を探してるんだ」

 

「それなら、ゲンローワはわしのことじゃな…エルはまだ、病との戦いを諦めてはおらぬのか…」

 

ゲンローワはエルとは違い、病との戦いを諦めているようだった。

しかし、物作りの力があれば薬も作れるだろうと思い、ファレンは彼を連れて行こうとする。

 

「こんな世界だから諦めるのも無理はないと思うけど…僕は物作りの力を持ったビルダーなんだ。物を作る力があれば、薬も作れると思うよ」

 

「お主が、あの伝説のビルダーか…すまぬが、今のわしは何もやる気が出ぬのじゃ。どうか、放っておいてくれぬか…」

 

ゲンローワは暗い表情をしたまま、再び木の墓標の方を見る。

よく見ると、墓標を置く台が5つあるにもかかわらず、墓標自体は4つしかなかった。

 

「もう一人弔いたいのじゃが…そのための木の墓すらない…」

 

「それなら、僕が作ってくるよ。ちょっと待ってて」

 

墓がなければゲンローワはやる気を出しそうになく、ファレン自身も死者を放っておきたくはなかった。

一度彼の元から去って、リムルダールの拠点へ木の墓を作りに行った。

二本の太い枝で十字架を作り、それらをヒモで固定すれば作ることが出来る。

帰り道に太い枝を集め、早足で歩いていった。

拠点に戻って来ると、ファレンの足音に気づいたエルが病室から出てくる。

 

「ファレン様、戻って来られたのですね…ゲンローワ様は来られなかったのですか?」

 

「うん。死者を弔うための墓が足りなくて、やる気が出ないみたいなんだ。墓を作っても来てくれるかは分からないけど、とりあえずやってみるよ」

 

ゲンローワは薬師として働いていたものの、患者を救えなかったようだ。

その悲しみから彼が立ち直れるかは不安であったが、薬の開発のためにもう一度説得に向かう。

 

「そうでしたか…墓を作りましたら、また説得してみて下さいね」

 

「そのつもりだよ。何とかして薬を用意しないとね」

 

「はい。ケーシー様も頑張ってはおられますが、時間はかけておられません」

 

エルとの話の後、ファレンは木の作業台を使って木の墓を作り始めた。

回収した2本の太い枝を取り出し、それらをヒモで縛って十字架の形を作る。

墓が出来ると、ファレンはそれを一度ポーチに入れ、再びゲンローワの元に向かっていった。

先ほどと同じ道を辿り、南の丘へと登っていく。

ゲンローワの元に着くと、空いている台に木の墓を設置した。

 

「ゲンローワ、墓を作って来たよ」

 

「むう…確かにこれは木の墓。これを作れるとは、お主は誠に伝説のビルダーのようじゃな…」

 

実際に墓を作った所を見て、ゲンローワもビルダーの力を認めていた。

そこでファレンはもう一度説得を試みるが、一筋縄ではいかないようだった。

 

「この物作りの力があれば、病を治す薬を作れると思うんだ。物作りの仕方ももちろん教えるよ…だから、一緒に来てくれないか?」

 

「確かにお主の力はすごいようじゃ…しかし、そもそも死とは抗うべきものではない。自然の摂理として受け入れるべきものなのじゃ…」

 

ゲンローワは諦めの果てに、病や死に抗うのをやめ、受け入れるという考えに至ったようだ。

エルの言っていた通り、確かに変わった考えの持ち主だった。

しかし、エルは病に抗いたいという強い想いを持ち続け、人々も絶望しつつはあるものの生きたいと願っている。

 

「そうなのかもしれないけど…それでも僕たちはどうしても病を治したい、リムルダールを復興させたいと思ってる」

 

「死に抗おうとするのは人間だけじゃ…おこがましいことだとは思わぬか?」

 

確かに人間だけのことで、ゲンローワの言う通り自然の摂理に反しているのかもしれない。

しかし、それだからこそ人間らしいのだと、ファレンは強く思った。

 

「確かにそうだけど…だからこそ、人間らしいってものなんじゃないか?」

 

「人間らしい、か…お主、間の抜けた顔のわりに、随分それっぽいことを抜かすではないか」

 

ファレンの言葉に、ゲンローワは意外そうな顔をする。

間の抜けた顔というのには納得出来なかったが、彼も少しはやる気を出し始めたようだった。

 

「…いいじゃろう。お主たちの作った拠点に、わしも連れてってくれ」

 

「来てくれるんだね…本当にありがとう」

 

来てくれることになり、ファレンはゲンローワに深く感謝する。

彼の知識がどれほどのものかは分からないが、病との戦いに役立つことは間違いなかった。

出発の前、ゲンローワは近くに置いてあった宝箱を指さした。

 

「お主とエルの覚悟のほどを、わしが見極めてやろうぞ。…そうじゃ、確かこの宝箱の中に、大昔の人が作った移動に役立つ道具が入っておるぞ」

 

「そうなんだ。それじゃあ、それを使って帰ろう」

 

ゲンローワの持ち物だと思って先ほどは放っておいたが、ファレンは宝箱を開けてみる。

すると、中には3枚のキメラの翼が入っていた。

大昔の物とのことだが状態は良く、これを使って帰れそうだった。

 

「キメラの翼だね…すごい速さで飛んで帰る道具だけど、大丈夫か?」

 

「わしもそこまで老いてはおらぬ…安心して使うのじゃ」

 

素早く飛ぶのでファレンは少し心配になったが、ゲンローワは問題ないと答える。

 

「分かった。それじゃあ、拠点に行こう」

 

ファレンは拠点のことを思い浮かべながらキメラの翼を放り上げ、その瞬間二人の身体は高く飛び上がった。

空を真っ直ぐに飛んでいき、リムルダールの拠点の上空へと向かう。

 

「おお…これが空から眺める大地か…いつもとは違って新鮮じゃな」

 

「まあ、ほとんど汚染されちゃってるけどね…あっ、そろそろ拠点に着くよ」

 

ファレンたちは空を飛びながら、汚染された大地や湖を眺める。

あっという間に二人の身体は拠点の上へとたどり着き、希望の旗の台座へと急降下していった。



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