バンドリ!のヤンデレ物を書くよ! (大塚ガキ男)
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丸く収まる、山ほどの愛と彩りに満ちた日々。

どうも、大塚ガキ男です。自分がバンドリ!で一番好きな女の子を1話目に持ってきました。


「ただいま」

 

 何枚かの壁の向こうから、聞き慣れた彼女の声が聞こえる。仕事で疲れているのか、その声色はどこか低めだ。

 ぱたぱたとスリッパで幾分か分かり易くなった足音が、段々とこちらに近付いてくる。そして、足音がドアの前で止まる。深呼吸でもしているのか、数秒程辺りが静かになってから──

 

「ただいまぁぁ!寂しかったよぉぉぉぉぉ」

 

 勢い良く踏み出した一歩目でスリッパを後方に飛ばしながら、踏み込みの度に桃色の髪を揺らしながら、彼女は俺の身体に抱き付いてきたのだった。

 彼女の名は、丸山彩(まるやまあや)。pastel*palettesというアイドルバンド?だか何だかで活動している、正真正銘のアイドルだ。何故だか彼女は俺に好意を持っていて、俺も彼女の好意に応えてる。そんな関係。

 スンスンと首筋やら胸板の匂いを嗅がれる。抵抗の意思は無く、彼女が満足するまでされるがままだ。

 

「ああ、やっぱり本当の君じゃないと落ち着けないよ!」

 

 彼女は上着のポケットから俺の匂い付きシャツの一片が入ったジップロックを投げ捨て、俺の背中に両腕を回して一層強く抱き締める。嬉しいような嫌なような、複雑な感情が俺の中で芽生えては消えていく。

 完全にホールドされた身体。

 溜め息。それから、考えるのをやめた。

 薄暗い部屋。

 四肢は動かせず、為すがままに彼女からの愛を受け止める。

 これは訳有って、そんなアイドルから好かれてしまった男の物語である。

 

「……時は遡り、数ヶ月前。ってか」

 

 都合良く回想シーンに行くなんて事は現実では有り得ないので、記憶を頼りに彩と初めて会った時の事を思い返してみる。

 ほわん。

 ほわんほわん。

 ほわんほわんほわん。

 

 

 

 *

 

 

 

 腹が減っていた。

 俺はどうしようも無く、腹が減っていた。

 この数日間何も食べていない。何故俺はこうなるまで食事を摂っていなかったのか、それさえもロクに思い出せないくらい、俺は腹が減っていた。空腹は思考、果ては歩行にまで影響し、人目の付かない路地を見付けた途端、意思に構わず足がそこへと吸い込まれ、辿り着いた瞬間に両膝が折れてしまった。壁に背中を付け、切れた息を整える。最早俺に立ち上がる力は残されていない。

 

「どうしましょ」

 

 空腹に嘆く腹をさすりながら、当ての無いこれからの事を呟いてみる。呟いたら物事が何かしらの形で進むと思ったからだ。

 しかし、現実は無情。大通りからは目の付き難いこの路地は、ビルに挟まれている事によって日中でも濃い影が生じ、往来する人々にとっては俺ではなく路地しか見えていないのだろう。

 腹が減った。

 上体を壁に預けるのも辛くなり、ズルズルと壁伝いに倒れていく。空腹が原因で病院に搬送されたら何だか情けないなと、ここまで来ても自分のプライドが気になってしまう。

 そんな、ギリギリもギリギリ。意識の狭間で。

 頭上から、声が聞こえた。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

 目だけを動かし、声を掛けてきた人物を確認。女の子だった。自分と同年代くらいの女の子が、俺に声を掛けていた。しゃがんで俺を見下ろしているので、俺の眼前には彼女の脛。その脛と脛の間には魅惑の青白ストライプが見えた。どうやら、この子は一つ何か大変な事が起きると、他の事に対して無頓着になってしまうような──そういう、場面によっては美点にも欠点にも成り得る性格を持ち合わせているらしい。

 って、そんな場合じゃない。大丈夫か聞かれているのだから、それに対して答えなければ。

 

「……腹が、減った」

 

 腹が減った。

 正解ではあるが、適切ではない。事実だけを述べて、そこに至るまでの説明がまるで足りないソレ。1秒とかからない発言を終え、遂には目を開けるのさえも億劫になってくる。

 

「え、お腹が減ったんですか?何かあるかなぁ」

 

 ガサゴソと、彼女は肩に掛けていたバッグの中から急いで食べ物を探してくれる。

 あ!

 困り顔から一転、笑顔。

 

「これ、良かったら食べて下さい。帰ったら食べようと思って一つ買ってたんです」

 

 これ。

 即ち、ハンバーガー。

 

「私、ファーストフード店で働いているんです!」

 

 良かったらどうぞ、と俺に渡そうとハンバーガーを差し出す彼女。目の前に出された、喉から手が出る程欲しかった食料の登場に、心の底から力が湧いてくる。腕を震わせながらも動かし、ハンバーガーを貰う。ゆったりとした動作で包装紙を剥がし、一口。

 美味い。

 もう一口。

 また美味い。

 もう一口。

 やっぱり美味い。

 いつの間にか、寝転がった姿勢から、壁を背もたれに座れるようになっていた。

 涙が出そうな程に美味しいハンバーガーを大口で頬張っていると、彼女がクスリと笑った。視線を向ける。

 

「あ、ごめんなさい!食べてる姿が、何だか可愛かったので」

 

 可愛い?言われ慣れない単語に、首を傾げるが、彼女は言ってしまえば命の恩人。そうでなくても、窮地を救ってくれた存在なのだから、ここで否定的な何かを言うつもりは毛頭無い。

 

「聞いても良い?」

 

 頷く。

 

「何で、そんなになっちゃうまでお腹が減ってたの?」

 

 質問。丁度食べ終わったので、包装紙をクシャクシャに丸めてから彼女の目を見る。それから、事の発端。現在に至るまでの経緯を話し始めた。

 

「親とハチャメチャに喧嘩してしまってな」

「……うん」

「あまりに許せなかったんで、|5日くらい前から家出をしているんだ。逃げては休んで、休んでは逃げてを繰り返して、結構長い距離を走ってきた。んで、汗を落とす為に銭湯に行ったまでは良かったんだが……」

「だが?」

「風呂に入っている間に財布を盗まれた。もともと少なかった所持金がゼロになってしまったのが一昨日の夕方。それから、何も食べてないって訳。しかも移動はしなくちゃいけないから、カロリーばっか消費するしで」

 

 一つ口を開いたら止まらない。見ず知らずの彼女に愚痴を聞いてもらっている今の状況に気付いた途端に恥ずかしくなり、咳払いで場の空気を取り替える事にした。胡座から正座に姿勢を移す。

 

「ありがとう」

 

 頭を下げる。それから、

 

「もう大丈夫だ。お腹いっぱいになった。本当に、ありがとう」

 

 感謝。それから、これ以上迷惑は掛けられまいと、虚言を吐いてこの場から立ち去ろうとする。じゃないと、また彼女の優しさに甘えてしまいそうだから。

 食べ物の力というのはやっぱり偉大で、まだまだ必要な栄養素は補えていないし空腹なのは変わらない筈なのに、ハンバーガーを味わってから、どこからか力が湧いてくるのだ。

 頭を上げる。目の前の彼女は目をパチクリと(またた)かせてから、クスリ。また笑った。

 

「?」

「何か、聴こえるね」

「??」

 

 耳を澄ませてみる。すると、地響きの如く重低音が聴こえてきた。

 というか、俺の腹の音だった。

 

「……」

「……」

 

 恥ずかし過ぎる失態。どんなに言っても身体は正直なのだ。

 しかし、こうなってくると俺はもう目を逸らす事しか出来ない訳で。

 

「……ふふっ」

 

 笑われてしまった。

 とても恥ずかしい。

 

「良かったらさ、私の家おいでよ。お風呂も入りたいだろうし、簡単な物なら何か作れるよ」

 

 夢のような──というか、夢じゃないかと疑ってしまうくらいの提案。思わず、よろしくお願いしますと頭を下げてしまいそうになるが、歯を食い縛って耐える。耐えてから、発言。

 

「い、いやいや、悪いって」

 

 大丈夫です。とか、結構です。とか、明確な拒否の言葉は探せばすぐに出る筈なのに、心のどこかで彼女の厚意に甘えてしまいたくなっている自分がいて。それは多分、この数日間において、人間としての最低限の生活も出来ていない事から来る疲弊、ストレス、睡眠不足等が大いに影響しているのだろう。

 

「悪いことなんて無いよ。ほら、早く早くっ」

 

 お世辞にも良い匂いとは言えない俺に嫌な顔一つせず、俺の手を取って立ち上がらせる彼女。立ち上がった際に彼女の顔が、大通りからの日差しに照らされ、笑顔と桃色の髪がとても輝いて見えた。

 

 

 

 *

 

 

 

「最初は……良かったんだ」

 

 その後、彩はお風呂に入ってくると俺に言い残して風呂場へと行ってしまった。一人残された俺は、こうして彩との出会いの場面に思いを馳せていたのだ。

 

「彩からの厚意に甘えて、風呂を借りたり、食事を作って貰ったり。それから段々と仲良くなっていって、彼女がアイドルだという事を知って。そこまでは、まだ良かったんだ」

 

 しかし、彩の厚意が好意に変わった時、俺と彩の関係はズブズブと深く堕ちていってしまったのだ。

 今までは夜中はとある筋の店で働かせてもらっていたのだが、段々と行かなくなってしまった。

 否、行けなくなってしまったのだ。

 出勤前に行ってほしくないとか泣きそうな顔で懇願された日もあった。

 生活費は私が何とかするから、ずっと一緒にいようと提案された日もあった。

 もう家の外には出ないでと彩らしからぬ声量で怒られた日もあった。

 彩がオフの時は一日中ベタベタと接触された日もあった。

 溜め息。

 それから、溜め息。

 繰り返し過ぎて、最早深呼吸なのではないかと疑ってしまうくらい深く吸って吐いてを繰り返してから、もう考えるのをやめた。どうせ過去の話だし、今更持ち出したってどうにもならない。

 幼少期から交流のある幼馴染がいた気がした。

 他校ながらも仲の良かった友達がいた気がした。

 妹同然の関係だった近隣住民がいた気がした。

 しかし、(いず)れも過去。今となっては連絡も取れないし、会いにも行けない。彼女達の身を憂う事も出来なければ、別れの言葉も言えなかった事実を嘆く事も出来ないのだ。

 視線を虚空から他所へと移す。

 窓はカーテンで閉じられており、俺はそこまで手が届かないのでカーテンを開けて外の様子を見る事は出来ない。

 彩が先程入ってきたドアも同然で、俺は1日の殆どの今居るこの部屋で過ごしている。寝る時は彩が隣に居て、絶対に逃がさないと言わんばかりに俺の腕をきつく抱き締める。

 そんな、現在の生活。

 俺は、これからどうなるのだろうか。

 溜め息。

 やがて、足音。どうやら、彩が風呂から上がって戻って来たらしい。

 思考を中断し、彩を待つ。

 枷と鎖によって完全にホールドされた身体。

 薄暗い部屋。

 鎖で縛られて固定された四肢は動かせず、為すがままに彩からの愛を受け止める。

 トイレには行けず、彩が笑顔で俺のオムツを替える。

 どこにも行けず、この部屋で完結する世界。

 俺と彩しか存在しない閉じ切った世界。

 これは訳有って、そんな彼女から愛されてしまった男の物語である。




続けたいです。


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市町内を捜索する日々。谷底に落とされたような毎日。有りし日の思い出ばかりが蘇り、必死の捜索に花は咲かない。

どうも、大塚ガキ男です。ツインテールに惹かれた訳ではないのですが、この二人が好きです。


 

 

 

 

「い、家出……ですか?」

 

いつもの通り、香澄と一緒にアイツを起こしに行こうと家のチャイムを押して。

いつもの通り、アイツのお母さんが出てきて「上がってちょうだい」と言われると思っていたら、お母さんの口から出たのは思いも寄らない一言だった。

 

「な、何で、そんな」

「いや、なあに?あの子ったら、ロクに勉強もしないでギターばっかりいじってるから、そんな事して何になるのって怒ったの。そしたら逆に怒鳴られちゃって。もう良いって家出しちゃったのよ」

 

今日の夜にでもなれば帰ってくるかしらね。

お母さんの言葉は最後まで耳には入らず、チャイムを押すまでの胸の高鳴りはどこへ行ったのやら、蚊の鳴くような声で「失礼、します」とアイツの家を後にした。

 

「なー君、大変だね」

 

自分なりにアイツの身を案じているのか、香澄がそんな事を言う。しかし、私の心中は穏やかではない。どうしよう、アイツに何かあったらと嵐のように騒ついていた。

それは、学校に行っても変わらなかった。授業中の板書も手に付かず、先生に当てられてもロクな答えも返せない。休み時間に香澄やおたえに話しかけられても、自分でも生返事と分かるくらい適当な言葉しか返す事が出来なかった。

 

「有咲、元気無いね。なー君がいなくなっちゃったから?」

「そ、そんな訳……いや、あんのか」

 

(まず)い。このままじゃいけない。そうは思うのだが、改心を決意してはみるのだが、やはり心というモノは私の思い通りにはいかず、アイツに会えない事への満たされなさと、アイツの身を案じる気持ちで、テンションは地に落ちてしまうのだった。

 

「……有咲、大丈夫?」

 

終いには、香澄に心配される始末。大丈夫だって。そう返してはみるが、自分でも分かるくらい、その返事は落ち込んでいた。アイツを想っているのは自覚していたのだが、私の中でアイツの存在が()()()()()大きくなっている事に内心とても驚く。

許せない、と歯噛み。

アイツを傷付けたお母さんの一言に苛立っているのも確かだが、それよりも、私に何も言わずに去ってしまったアイツが許せない。

何とかして見つけ出して、一言言ってやらないと。もう二度と私の前から居なくならないように、キツく言って聞かせないと。

それは幼馴染故の使命感なのか、それとも依存なのか。

私には分からない。と言うか、この感情の正体なんて分からないままで全然構わない。

アイツには私が居ないと駄目なのだから。

アイツは私が居ないと朝も起きれないし、身だしなみだってろくすっぽ整えられない。料理も出来ないし掃除も出来ない。香澄と一緒に勉強を見てやった事なんて両手指の本数じゃ足りないくらいだ。

アイツには、私が居ないと駄目なんだ。

私が居なくて、アイツは今もどこかで苦しんでいるかも知れない。空腹で行き倒れているかも知れない。

そんな事を改めて考えてみると、居ても立ってもいられなくなって。

 

「ごめん香澄、私これから、放課後集まれない」

「へ?」

「アイツ、探さなくちゃ」

 

蔵は、勝手に使って大丈夫だから。

交互に動き出した両脚に従い、段々と後方に遠ざかって行く香澄にそう言う。

アイツが居なくなったのは、昨日の夜。夜中に使える交通機関は殆ど無く、ましてや年中金欠のアイツが移動にお金を掛けるとは思えない。だから、アイツの移動手段は徒歩。もしかしたら走っているかも知れないので、頭の中で街中の地図を描き出し、アイツの走る速さを時速で換算して、事態を重く見積もり、アイツが休まずに走り続けた場合の移動範囲をアイツの自宅から円形に広げてみる。

 

「……街から出てるかも知れないじゃねーか」

 

これは、正直骨が折れる。今日だけじゃ終わらないなと肩を落とし、更なる案を出すために、道行く人からの情報提供をメモに書き留め、アイツが居る場所へと一歩ずつ着実に近付けるのだった。

 

 

 

 

 

 

「有咲、本当に大丈夫?」

 

二日に一度くらいのペースで、香澄が心配そうな顔で問い掛けてくる。大丈夫だって。そう返すと納得してくれるのだが、一日置くとやはり不安になるのか、二日に一度は問うてくるようになった。そんなに、私は大丈夫じゃなさそうに見えるのだろうか。

アイツの捜索を始めてから、今日で一週間を迎えた。依然手掛かりは無く、私はただただふくらはぎを鍛えているだけの人になっている。

私がこんなに疲れているのも、アイツの所為だ。どこに行っているんだ。ムカつく。見付けたら、もう二度とほっつき歩けないように足の骨を蹴り折ってやろうか。

つい、そんな野蛮な事を頭の隅で思い付いてしまうくらいには、私は正常ではないのかも──

 

「ぼーっとしてるけど、本当に大丈夫?」

「……だから、大丈夫だって」

 

普段ならば無い、二度目の問い掛け。恐らく、この後始まるCiRCLEでの対バンライブを案じてのソレだろう。

対バンライブ。

相手は、Pastel*Palettes。バンドを通じての関係はもう慣れた物だが、それでもやはり緊張はする。むしろ、緊張しなくなったらバンドとしては終わりかも知れない。

だから、私はもう終わりかも知れない。

私の頭の中は、対バンの事など欠片も心配していないのだから。

 

「……だから、大丈夫だって。それよりも、そろそろ時間だぞ」

 

控え室。テーブルの上に置かれたペットボトルに口を付けて喉を潤しながら、来たるライブへと呼吸を整えるのだった。

 

 

 

 

 

 

終わった。

私にとってはとても長く感じた、今回の対バンライブ。ライブをやる分、いつもよりアイツを捜索する時間が減ってしまうので、心のどこかで焦りがあるのだろう。

しかし、私だってPoppin'Partyのメンバーだ。私だけ気を抜いていて、皆に迷惑をかけているようでは目も当てられない。そんな気の持ちようと、練習の成果があってか、ライブ事態は大成功と言っても過言ではない出来で終える事が出来た。

控え室で背もたれに背中を預けながら、一息。それから、ようやく周囲の音が耳に入ってきた。

Poppin'PartyとPastel*Palettesの控え室は違うのだが、対バンライブ大成功を祝して、今は同じ控え室で楽しそうに会話をしている。気が付けば、こうして椅子に一人で座っているのは私だけだ。我ながら何だか感じが悪いような気がして、慌てて立ち上がって近くのグループに混ざらせてもらう。

 

「お疲れ様です」

「あ、有咲だ。やっと元気になった?」

 

会話のグループの中の一人、おたえが私に手を振る。私もそれに応え、近くに寄っていった。

 

「今ね、彩先輩の彼氏見せてもらってたんだ」

「か、彼氏?」

 

確か、Pastel*Palettesはアイドルバンドだった筈だが。え、恋愛って大丈夫なのか?アウト?セーフ?ここだけの話?話を逸らさせるべきか、流れに溶け込むべきかで狼狽(うろた)えていると、彩先輩が照れ笑いながら否定した。

 

「もう、たえちゃん!彼氏じゃないって」

「じゃあ、何なんですかー?」

「……友達、かな?」

「絶対嘘じゃないですか」

「有咲ちゃんまで!もう!」

 

彩先輩は私達よりも先輩の筈なのに、どうしこうも親しみやすいのだとか、彩先輩がバラエティ番組に出て(いじられて)いる姿がありありと浮かぶだとか、色々考えながらも話は進み、長きに渡る交渉の末に彩先輩の彼氏とのツーショット写真を、他言無用という絶対条件を前提に見せてもらえる事になった。

 

「絶対、絶対誰にも言っちゃ駄目だよ?」

「振りですか?」

「振りじゃないよ!絶対に言わないでね!」

「分かりました──って、え?」

 

彩先輩のスマホに移る、二人の人物。

笑顔の彩先輩とその隣。よく知る髪型。よく知る瞳。よく知る鼻の形ととよく知る口元。よく知る服装に身を包んだ男は、先輩との距離に照れながらも満更でもなさそうな、私が知らない表情で写真に収まるその男は。

私がよく知るアイツだった。

 

 

 

 




バンドリ!にわか勢なので、口調とか呼び方とか間違ってたら教えて下さい。


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奥の手は有らず、光沢の無い鈍い瞳は美しくは咲かない。

どうも、大塚ガキ男です。
今回は最近来てる子のお話です。


 

 

 

 あたし──奥沢美咲には、彼氏がいる。家族にも、ハロハピの皆にも(というか、言うと色々面倒なことになるから絶対に言わない)言っていないけれど、あたしには彼氏がいる。

 彼氏の名前は、佐渡夏輝(さわたりなつき)。夏輝↑ではなく夏輝↓なのがポイントだ。()の技、のイントネーションではなく、()()戦い、のイントネーションだ。

 伝わってるのかな。

 いや、誰に? という話だけど。

 とにかく、あたしには佐渡夏輝という彼氏がいるのだ。

 けれども、夏輝は、奥沢美咲という彼女がいるのにも関わらず、他の女の子と話すし、連絡先だって持ってる。幼馴染(女の子)に毎朝起こしてもらってるし、どこかのお嬢様とも大変仲良しだ。

 何してるの。

 あたしがいるのに。

 あたしだけいれば良いのに

 何で夏輝の生活に他の女の子が介入するの。何で夏輝はその生活に疑問を持たないの。

 何で他の女の子は夏輝に好意を持ってるの。

 こんなのっておかしいでしょ。

 早く夏輝を連れ戻さないと。あたしという彼女がいるのに、他の女の子にうつつを抜かしちゃ駄目でしょって叱らないと。二度とこんな事が無いようにキツく言って聞かせないと。

 じゃないと、手遅れになっちゃう。

 

「──きちゃん」

 

「──さきちゃん」

 

「美咲ちゃん?」

「……花音さん」

「大丈夫? 何か、怖い顔してたけど。わ、私、何か変な事しちゃったかな?」

「いや、そういうのじゃないです。少し、考え事しちゃってただけなので。それで、何の話でしたっけ」

「や、やっぱり聞こえてなかったんだ……」

 

 何やらしょんぼりとしている花音さんの様子を見て、あたしはようやく、現在はファミレスで昼食を摂っている最中なのだと思い出す。出来立てとは言いがたい温度のハンバーグをナイフで切り、フォークで口に運んで、また花音さんの方を見た。花音さんがこう答える。

 

「この後、どうしようか?」

 

 そう。

 当初は、『そろそろ冬物のお洋服買いたいね』という花音さんの希望で始まったこのショッピング。しかし、午前に訪れたお店をすこぶる気に入ってしまったらしく、花音さんはそのお店で服を購入し、満足してしまったのだ。かく言うあたしも自分の買い物というよりかは、花音さんを迷子にしてはいけないという使命感から一緒に出掛けているので、特に欲しい物も無いのだ。

 

「あたしは、特に欲しい物も無いので、花音さんの行きたい所に行きましょう」

「うーん……行きたい所かぁ」

 

 食事も終え。

 次の行き先も決まってファミレスを後に。

 花音さんのペースに合わせて、街を歩きながら談笑。

 お日柄も良く、ただ歩いているだけでも元気を貰えそうな、そんな天気。

 そう言えば、こころの鼻歌もそろそろ曲に仕上げないと。

 曲にするとしたらどんな感じになるのかと、どんなテーマでどんな曲調で、とか色々考え始めると、あたしをハロハピに巻き込んだお嬢様の笑顔が、あたしの名を呼びながら脳内を暴れ回る。

 うーん。

 今じゃ無理だ。

 

「ここを左だっけ」

「いいえ、まっすぐです」

 

 我が道を往こうとする花音さんをキチンと導きながら進んでいる最中。花音さんとは逆方向。つまりは、左──視界の左端に、彼氏が、夏輝が映ったような気がした。慌てて振り返る。

 

「美咲ちゃん?」

 

 突然立ち止まったあたしを心配したのか、それともあたしが立ち止まった理由を知りたいのか、あたしと同じ方向に視線を向ける花音さん。

 

「……い、いや、何でもないです。人違いでした」

「人違い?」

「はい。少し、彼氏に似ていたので」

「か、彼氏!?」

 

 夏輝と見間違えた事で少し混乱しているのか、誰にも言っていない夏輝の存在をポロリと洩らしてしまう。マズいと思った時には、花音さんからの質問攻めが始まってしまっていた。歩行を再開させながら、あたしはそれに無難な、当たり障りの無い回答で返しつつ、チラリともう一度振り返ってみた。そこには、彩先輩(仕事終わりだろうか)と、夏輝とは似ても似付かない、汚れた格好の男が並んで歩いているだけだった。

 ……どんな事情の二人なんだろう。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 

「……来ない」

 

 スッスッ、と何回もトーク履歴を更新してみる。

 が。

 

「……おかしい。返信が来ない」

 

 あれから──花音さんと出掛けてから。もしくは、夏輝と見知らぬ誰かを間違えてしまったという失態を犯してから、一週間以上が経過した頃。夏輝から全然連絡が返ってこない事に気付き、あたしは焦り始めていた。普段の夏輝はテレビゲームをしていたり、ギターを弾いていたり寝ていたりで全然スマホを見ないので、返事が一晩明けてからとか一日後とかはザラだったので、油断していた。これは流石におかしい。大丈夫かな。

 電話を掛けてみる。

 出ない。

 もう一度。

 出ない。

 

「……大丈夫かな、夏輝」

 

 呟いてから、時間を確認。現在時刻は17時と30分。オレンジ色の窓の外を一瞬見てから。

 

「……よし、会いに行こう」

 

 もしかしたら、スマホが壊れているかもしれない。そうなったら、また違う連絡手段を考えなければならないからだ(あたしが通っている学校は女子校なので、当然ながら夏輝は他の学校に通っている為スマホでしか連絡が取れないのだ)。

 自転車に跨り、夏輝の自宅へと急ぐ。話し込む必要は無い。ただ、一目会ってあたしが安心出来れば良い。ついでに、他の女の子と接触しないようにそれとなく伝えれば良い。今胸中にある得体の知れないモヤモヤと不安を、解消したいだけだから。

 何度も行った事のある、夏輝の自宅の前。邪魔にならない所に自転車を停めて、深呼吸。急いだ為に額に滲んだ汗をハンカチで拭ってから、インターホンを──

 

「夏輝は居ねぇぞ」

 

 ……、

 …………、

 ………………。

 

「こんばんは、市ヶ谷さん」

「おう。こんばんは、奥沢さん」

 

 突然の、背後からの呼び掛け。振り返ると、向かいの家の塀に背中を預け、両腕を組んだ市ヶ谷さんがこちらを見ていた。挨拶をしてみるが、この場の空気はどこも和やかではない。むしろ──

 

「何怖い顔してんだよ」

「いや、してませんけど。それより、居ないっていうのは? 夏輝、普段ならもうとっくに帰ってきてると思うんですけど」

「何で奥沢さんがアイツの普段を知ってるんだよ」

「彼女ですので」

「はぁ?」

「そういう市ヶ谷さんは? 夏輝に何の用ですか」

「幼馴染だからな。もしかしたら帰ってきてねぇかと家の周辺をウロつく事だってある」

「あぁ、()()()?」

「奥沢さんだって()()()友達だろ」

「違いますよ。あたしと夏輝は、将来を誓い合った仲なんです」

「夏輝はその事認知してんのか」

「してませんけど?」

「じゃあ駄目だろ」

 

 視線がぶつかり合い、青白い火花が散る。

 

「重要なのは、夏輝が誰を好きなのかって事です」

「アイツが奥沢さんを好きって言ったのか?」

「言ってませんけど?」

「じゃあ駄目だろ!」

「言葉にこそされてませんが、心で分かるんですよ。夏輝があたしの事をどれだけ愛しているか。どれだけ心の中で想っているか」

「分かってないからその体たらくなんじゃねぇのか?」

「……さっきから偉そうに何なんですか?」

「だから、私は()()()なんだよ。誰にも代わりが効かない、世界でたった一人、アイツの世話をしてやれる幼馴染なんだ。悪いけど、奥沢さんとは年季が違うから」

「幼馴染幼馴染って、家が近いだけの薄い繋がりじゃないですか。あたしは違う。学校さえも違うのに夏輝と出会って、今こうして付き合ってる。これって、運命なんですよ。幼馴染だかなんだか知りませんけど、夏輝は多分市ヶ谷さんのお節介、良い風に思ってませんよ」

「おい」

 

 売り言葉に買い言葉──いや、実際腹が立ってるのは事実なので、これは紛れも無い本心だけど──スラスラと口から出た最後の言葉に、市ヶ谷さんは先程とは迫力が違う表情で怒った。

 

「言葉に気を付けろよ」

 

 息を呑む。

 いつもの、バンドメンバーのツッコミ役とか、まとめ役に回ってる市ヶ谷さんではない。その瞳に、夏輝への愛を滲ませた市ヶ谷さんは、恐ろしく怒っていた。

 

「……」

「……」

 

 動かず。

 喋らず。

 睨み合って、およそ一分間。市ヶ谷さんが、肩を落としながら溜め息を吐いた。

 

「止めだ止め。こんな事したって、アイツは帰ってこないんだからな」

「何ですかその言い方」

 

 依然としてあたし夏輝の行方が分からないというにも関わらず(しかし、市ヶ谷さんはどうやら夏輝の居場所を知っているような口振り)、一人意味深な言葉を吐いた市ヶ谷さんにそう問う。

 いつの間にかあたしに背を向けて歩き出していた市ヶ谷さんは、肩の向こうから雑な視線をこちらに寄越し、こう言った。

 

「アイツ、彩先輩に監禁されてんだよ」

 

 

 

 




ついに始まった、佐渡夏輝争奪戦。果たして、夏輝は誰の物に。

前島亜美さんのYouTubeチャンネルを登録しました。やいやい、がメッチャ可愛いです。


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有効な手段は死に花も咲かせず、しかし心元無し。

どうも、大塚ガキ男です。
年に数回のフィーバータイムです(筆が乗ったので書けました)。


「は?」

「だから、家には居ねぇよ」

「……市ヶ谷さんッ!」

「怒るなよ。別に、彩先輩と組んでる訳じゃない。私だって助け出そうとはした。したけど、出来なかった」

「で、出来ないって」

「尾行したって途中で撒かれるし、事務所の方針なのか自衛なのか、SNSに上げてる写真や動画には自宅やその周辺に関するソレは一切無い。……ゴシップ誌にも取り上げられてないのは徹底してるからか人気がまだそのレベルに達していないからかは知らないけど」

「ムカついてるからって最後にちょっと毒吐くのやめましょうよ」

「気を付けるわ」

 

 夏輝の居場所。

 彩先輩の自宅。

 あの時は見間違いじゃなかったんだ。彩先輩は夏輝と歩いていたし、夏輝はあたしに挨拶一つせずに彩先輩と歩いて行った。

 ……許さない。

 どっちも。

 彩先輩はただじゃおかないし、夏輝はもう一から調教しないと駄目だ。知らない女の人について行くなんて以ての外だし、あたしを無視した罪は大きい。家に連れ戻したらぐちゃぐちゃに犯して力関係をはっきりさせておかないと。

 あたしは日々ミッシェルの格好で動き回ってるから、あんな自堕落な生活を送っている奴なんかすぐ組み伏せる事が出来るんだ。

 

「いい感じに二人へのヘイトが溜まってきたな」

「えぇ、ムカついてますよ。今SNS見てみたら、普通に仕事にも行ってますし、SNSの更新もいつもと変わりありません。夏輝との関係がバレたくないと思うくらいにはアイドルしてますよあの人」

「だけど、私らにバレちまった」

「市ヶ谷さん、一時休戦です。あの女泣かせましょう」

「……乗った。けど、裏切るんじゃねぇぞ」

「そっちこそ。夏輝救出を直前にして裏切ったら、もう二度と夏輝の前に顔出せなくしてやりますからね」

「言うじゃねぇか」

 

 お互い、割と本気で脅し合いながら固い握手を交わす。これで、彩先輩から夏輝を取り戻すまでは市ヶ谷さんとは協力関係になる。情報を共有し、来たる日には彩先輩の自宅に押し入って夏輝を取り戻す。

 待ってて、夏輝。

 あたしに会えなくて寂しいだろうけど、もう少しの辛抱だから。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

「やいやい──あ、間違えた。ただいま」

「何と間違えたんだよ」

 

 いつも通り、仕事から帰ってきた彩が俺の居る部屋のドアを開け、いつも通りではない可愛い挨拶をしてきた。俺としてはもう少し掘り下げて問うていきたいのだが、彩が本気で恥ずかしがっているのでやめておく。

 彩は靴下を脱ぎ、ベッドに仰向けの上体で鎖に繋がれている俺に抱き付いてきた。力一杯腕を回し、俺の匂いを嗅いでふふふと笑う。

 

「毎日毎日、飽きもせず」

「飽きないよ。だって私、君の匂い大好きだもん」

「自分ではよく分からんな。汗臭くないか?」

「むしろ、君の匂いが濃くなって嬉しい!」

「汗臭いのか……」

 

 自分の汗の匂いを嗅がれているという事実に酷く赤面し、落ち込む。女の子の前では、なるべく清潔でいたいものだ。

 しかし、排泄や入浴さえ彩に制限されている俺には到底無理なのかも知れない。排泄は、彩が外出中の時はオムツ。入浴は二日に一回、彩の匂いフェチが転じて災いとなっている。

 

「今日もいい子にしてた?」

「悪さのしようがないだろうに」

「それもそっか!」

 

 また抱き付いてくる。

 

「……なぁ。一つ、相談があるんだが」

「なあに?」

「鎖を、外してほしいんだ」

 

 その、本心から出た真面目な一言。俺は、言った瞬間のこの空気を生涯忘れる事はないだろう。

 瞳孔が開き、光の無い瞳で俺を見る彩。

 回した腕、俺の背中にギリリと爪を立て。

 空気はヒンヤリと凍り。

 音は無く、俺が言葉を続けるしかなく。

 

「……い、いやいや。この生活が嫌だとか、外に出たいとか、そういう理由じゃないんだ。俺は彩との生活に満足しているし、逃げ出すつもりなんてサラサラ無い。ただ、部屋の中でくらい鎖から放たれてもいいんじゃないかと思うんだよ。俺だって寝返りをうちたいし、たまにはストレッチをして身体を柔らかくしようと思ったり、ギターを弾きたいと思う時もある。重ね重ね言わせてもらうが、これは決して彩との生活に不満がある訳では──」

「ねぇ」

「はい」

「……」

「……」

「……分かった。良いよ」

「ま、マジか!」

「ただし。私を裏切らないという証拠が欲しいな」

「しょ、証拠とは」

 

 喜んだのも束の間、彩からの条件に、内心不安に思いながらも問い掛ける。彩は、予め用意していたのか、それとも別のタイミングで使うつもりだったのか、近くにある机の引き出しから一枚の紙とペン、それから印鑑を俺に見せた。

 

「この用紙にサインして」

「そ、それは」

「うん。婚姻届」

「その印鑑は」

「私のと君の」

「何でもう半分埋まってんの?」

「いつでも君と結ばれる覚悟があるから」

 

 どうする。

 眼前には、婚姻届と印鑑とペン。それから依然として瞳に光の無い彩。すぐさま了承出来る代物ではないが、しかしながらこれに同意しないと鎖が解けない。数秒、なるべく思案しているのがバレないように思案してから、「分かった。これから末永くよろしくお願いします」と笑顔で了承した。

 ……この生活も、よく考えたら同棲だしな。今更役場に何を申請した所で、あまり変わらん。俺はこの家から出られないんだしな。

 俺の言葉に大層喜んだ彩は、すぐさま俺の四肢に繋がれた鎖を外し、婚姻届をずいっと俺の前に出してきた。俺はそれを受け取り、机まで移動して然るべき事柄を記入していく。記入し終えたら、横から手渡された実印を捺し、彩に渡す。

 

「ほ、本当に君と結ばれるんだね……! やった……! やったよ……!」

 

 余程嬉しいのか、彩は俺から渡された婚姻届を抱き締めながら泣いている。

 

「ほら、婚姻届はしまっておこうぜ」

「そうだね……! そうだよね……!」

 

 元々入っていた机の引き出しに、彩が涙の滲む瞳で婚姻届を入れる。入れ終えたら、俺から一言。

 

「彩、おいで。今度は、俺からも抱き締めさせてくれ」

 

 ボフン。

 嬉しさがショートしたのか、頭から煙を出し、瞳から涙を流した状態でトコトコと俺に近付く。そして、俺の胴体に腕を回してきたので、俺も彩の背中に腕を回す。何やら胸の中の彩が声にならない何かを叫んでいたが、残念ながら声になっていないので聞き取れはしなかった。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 あたし──奥沢美咲と夏輝の出会いは、入学式を終えたばかりの、4月の上旬まで遡る。入学式も高校生活最初のHRも終え、授業もまだ始まらないので、昼過ぎに帰宅する事に。

 校門前にわらわらといる入部希望を募っている()()の方々。声を出せば良いって訳じゃないだろうに、と思いながら多方面から差し出されるチラシを潜り抜けて、帰路へと向かっている途中。

 あたしは、通りすがった公園で一人の男と出会った。

 どこかの高校の制服を着て、ギターをジャカジャカと弾き鳴らしながら滑り台の上で聴いたことのない(恐らくオリジナルの)歌を熱唱する男に。

 あたしは、出逢った。

 甘い水に惹かれる蛍のように、街灯に誘われる蛾のように、あたしはいつの間にか公園の敷地内のベンチに座り、その男の歌を、ギターの音を聴いていた。

 

「──これで、『俺のライブ!!!! グランドフィナーレin江戸川公園編』はお仕舞いだ! またどこかで会おうぜ! センキュー!」

 

 彼の目には空想の観客が見えているのか、誰にもいない方向に手を振りながら「ありがとう! センキュー! あ、そっちもありがとうな!」とファンサービスをしながら滑り台を降りてきた。地面に足を着けてから、溜め息。

 

「客が居ないんじゃクソつまんねぇよ……!」

 

 どうやら虚しくなったらしい。

 しまいには頭を抱えてうずくまってしまう男。何だか見ていられなくなって、思わず声を掛けてしまった。

 

「……あたしは、結構良かったと思うけど」

「本物の客?」

「通りすがりだけどね」

 

 あたし的には否定をしたつもりだったのだが、男の脳内では何やら()()()に解釈されてしまったようで、男の表情は見る見るうちに明るくなり、あたしの両手を取ってブンブンと握手を振った。それから、一言。

 

「センキュー!!」

 

 コイツ、多分アホだなって思った。

 男は色々話したい事があるらしく(かく言うあたしも帰宅しても予定も何も無いので)男と公園内のベンチに座る。男の傍らには、使い古された、少し傷のあるギターが置かれている。

 

「い、いつもこんな事やってるの?」

「いや、公園ツアーは今日が初めてだ。いつもだったら怒られちまうからな」

 

 公園ツアー初日でグランドフィナーレかい。

 

「誰に?」

「幼馴染に。まぁ、一人は野外ライブ賛成派だからプラマイゼロみたいな所はあるけどな」

 

 幼馴染(複数いるらしい)の事を思い出しているのか、頬をかきながら苦笑いする男。それから、思い出したかのようにあたしに向き直ってきた。

 

「な、なぁ。俺のギターはどうだった!? 駄目だったか? 格好良かったか!?」

「上手い下手はよく分からないけど……良かったよ。わざわざ公園入ってきてベンチで聴き入っちゃうくらいには」

 

 男からの問いにあたしがそう伝えると、男は「っしゃあー!」と喜びながらギターをジャジャンと短く鳴らす。

 

「お礼に、何か一曲弾かせてくれ。リクエストは無いか?」

「リクエストかぁ……」

 

 思案。

 ギタリストに目の前で弾いてもらえる機会なんて初めてなので、どうせなら良い曲を弾いてもらいたいと考えてみる。ようやく、その一曲が定まったところで、どこからか声が聞こえてきた。

 

「コラー! 公園で勝手にギター弾きやがって! 近所迷惑になるからやめろって昨日言っただろー!」

「げ、有咲だ。ごめんな。また今度──機会を改めて弾かせてくれ。君、名前は?」

「え、奥沢美咲」

「奥沢か。俺は佐渡夏輝。またいつか、この公園で会おうぜ。じゃあな!」

 

 公園の入り口から男に怒る、金髪ツインテールの女の子。どうやら男の知り合いらしく、男はギターを片手に(どうやら生身で持ってきたようだ)弾き鳴らしながら逃げる。その背を、女の子が追い掛けて言った。

 

「…………佐渡、夏輝」

 

 誰もいなくなった江戸川公園。あたしは、この公園で一人ギターを弾き、歌を歌っていた男の名を呟いていた。

 自分の頬が、赤く染まっているのも気付かずに。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

「……着いたぞ。ここだ」

「……ここが、彩先輩の家」

「おう、間違い無い。このドアの向こうに、アイツが監禁されてる」

 

 マンション。

 エレベーターで上り廊下を歩いて真ん中付近のその一室。

 誰が想像するだろうか。一人暮らしのアイドルの女の子の部屋の中に、男子高校生が監禁されているなど。

 歯軋り。

 はやる気持ちを抑え、ドアノブに手を伸ばす。鍵が閉まっていたら、小窓を割ってでも中に入らないと。ある程度は人目に付く事は覚悟出来ている。今重要なのは人目に付かない事じゃなく、夏輝を助け出す事だから。

 

「……開けますよ」

「いつでも良いぜ」

 

 ゆっくりドアノブを下ろす。カチャン、どうやら鍵は掛けていないらしく、ドアは容易く手前に開いた。

 唾を飲み込む。暴れ回る心臓を落ち着かせながら、玄関で靴を脱いで市ヶ谷さんと部屋の中へと進む。その途中、水洗音と共に壁際のドアが開いた。

 

「ジャカジャカ、いや、ジャジャジャジャの方が格好良いか──あれ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう! 何で見つからないの!? 早くしないと、夏輝が他の誰かに奪われちゃうじゃない!」

 

 とある豪邸の自室にて、とあるお嬢様が声を荒げる。その声を受けて、黒服がインカムでどこかと通話したりノートパソコンを操作したりと慌ただしく行動している。お嬢様は私服のポケットから一枚の写真を取り出し、そこに写っている人物に口づけを交わし、恍惚の溜め息を吐いた。

 

「夏輝……。待っててね、あたしが、すぐに迎えに行くから」

 

 

 

 

 

 

 




次話からは、分岐が入ります。それぞれのエンディングを迎えるので、気長にお待ちください。


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ピンとはられた弦。からだに巻きつくはへびのはら。こころはすでにかのじょのもの。

どうも、大塚ガキ男です。
お久し振りの投稿です。
大変お待たせしました。


「…………」

「…………」

「…………」

 

 固まった。

 ドアを開けたあたしも、その後に続いた市ヶ谷さんも、トイレから出てきた夏輝も。

 全員、固まってしまった。

 両者間の距離は3メートル程。市ヶ谷さんの後ろでドアが閉まったのと同時に、靴箱の上に設置されていた人感センサーの付いたスプレーから柑橘系の良い匂いが漂ってきた。そんな事を言っている場合じゃない。

 3人で固まって固まって、それから夏輝が気まずそうに口を開いた。

 

「ひ、久し振りだな。二人とも」

 

 ブチッ。

 呑気な夏輝の声に、あたしの頭のどこかがキレる音がした。

 

「久し振り、じゃないでしょぉぉぉ! 心配したんだよ!?」

 

 夏輝の胸倉を掴んで、詰め寄る。夏輝は両手を上げて降参の意をあたしに見せた。

 

「悪かったよ。悪かったから。話すから、離してくれよ」

 

 謝る夏輝に、目標を見付ける事に成功した市ヶ谷さんが嬉しそうに近寄っていって、あたしが皺を付けた服を丁寧に直した。

 

「まさか、普通に出歩けてたなんてな。てっきり、縛られたりして身動きが取れないのかと思ってたぜ」

「いや、まさにその通りでさ。つい最近まで鎖で繋がれてたんだよ。ここ数日で、やっとこうして家の中を自由に動けるようにしてもらえたんだ」

「…………え? 動けるんだったら、逃げ出せたんじゃねぇのか?」

「そ、それは」

 

 夏輝からの言葉を聞いた途端、人が変わったように夏輝の襟元を締め上げる市ヶ谷さん。市ヶ谷さんからのツッコミを受けた夏輝は、黙ってしまう。

 いや、何なの。何で黙るの。

 

「は? じゃあ何? 逃げようと思えば簡単に逃げれたのに、夏輝は自分の意思でここに留まったって訳?」

「…………」

「答えてよ!」

「……実は。彩と婚約した」

 

 こんやく。コンヤク。KONYAKU。こん約。

 ……婚約? 

 

「ちょ、ちょま、待てよ。何だよそれ! 婚約ってどういう事だよ!」

 

 怒鳴る市ヶ谷さんの迫力に気圧されて、黙る夏輝。そんな夏輝の肩に手を置き、あたしは優しい声色を努めて語り掛けた。

 

「夏輝」

「は、はい!」

「しっかりと説明して?」

「はい!」

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

「……いや、まぁ、説明されても納得出来る話じゃないんだけどさ。え、何やってんの? 馬鹿じゃないの? いくら彩先輩を欺く為とはいえ、普通超重要な書類に書き込んだり捺印したりする? 大馬鹿じゃん。早くその婚姻届を見付けてビリビリに破かないと」

「手伝うぜ、奥沢さん。あと、ついでに何故か彩さんが持っていた夏輝の印鑑も取り返さなきゃな」

「ふ、二人とも待ってくれ」

「どうしたの」

「どうした?」

「あのな、俺は別に、助けてもらいたかった訳じゃないんだぞ?」

「「……は?」」

 

 夏輝がかつて拘束されていた室内を探し、婚姻届やら印鑑やらを見付け出そうと市ヶ谷さんと意気込んでいたら、夏輝の口から出たのはとんでもない台詞。あたしは、それから市ヶ谷さんは、夏輝に詰め寄った。

 

「な、なな、何言ってんだよ夏輝! 彩先輩は、お前の事をこんな部屋に閉じ込めた犯罪者なんだぞ!? 外に出たくないのかよ!?」

「そうだよ! ストックホルム症候群って知ってる? 犯罪者と長い間行動を共にしたら、その犯罪者に過度な好意的な感情を抱いちゃうやつ。分かる? 夏輝は今冷静だと思っているかもしれないけど、その実冷静な判断が出来てない訳。だから、彩先輩に抱いてるアレソレは全て幻想なの。幻想だから、一刻も早くここから逃げて、普通の生活に戻らなきゃ行けないの」

「だから、そういうのじゃなくて普通に好きになったんだって。大体、有咲も美咲も何でそんな怒ってるんだ? (将来的には)世界レベルのギタリストと人気急上昇中のアイドルバンドのボーカルの電撃結婚だぜ。少しくらい祝ってくれても良いじゃないか」

「……このッ!」

「市ヶ谷さん。落ち着いて」

 

 鈍感と能天気が過ぎる夏輝の言動に、つい手が出そうになった市ヶ谷さんを制する。まだ少しイラついていそうだけど、流石に冷静にはなれたのか、市ヶ谷さんは振り被っていたその拳を収めた。

 

「で、でも!」

「あたしに考えがあります」

「考えって何だよ」

「要するに、彩先輩に取られなければ良いんですよ」

「取られなければって、もう取られちまってるじゃねぇか」

「いいえ、まだ取られていません。取られていないので、二人で、夏輝をこの場でブチ犯しましょう」

「……成る程。先に既成事実ってやつを作ってしまえば、彩先輩はもう手出し出来ないって訳か。良いぜ。本当はベッドの上、夏輝と二人っきりって状況が望ましかったけど、そうこうしてられないもんな。彩先輩が帰ってくる前に事をすませねぇと」

「ふ、二人とも? 何の話をしているんだ……? 目が、目が少し怖いぞ?」

「市ヶ谷さん。夏輝の両手、押さえて下さい」

「おい、私は後かよ」

「発案者はあたしですから」

「…………チッ。ほら、夏輝。動くな」

「おい! 何すんだよ有咲! 幼馴染の身体の自由を奪う奴があるか!」

 

 カーペットの上で組み伏せられ、バンザイの姿勢で、両腕を市ヶ谷さんに乗られて動けなくなってしまった夏輝。普段とは打って変わって、嗜虐心をそそる怯えた表情をしてくれながらジタバタと暴れる夏輝に下腹部の疼きを覚えながらも、夏輝に優しくキスをした。何だか、やたらムラムラする。一度訪れた思春期の性衝動は、簡単には止められない。いや、止まる気もないけれども。

 

「ファーストキスだったんだぞ! 何サラッと奪ってくれてんだよ、美咲!」

 

 ファーストキス。

 夏輝の口から出たその甘美な響きに、あたしは思わず頬を緩めた。夏輝のファーストキスを貰えた事への嬉しさで、割と本気でキレている市ヶ谷さんを尻目に、優しく夏輝に微笑みかけた。

 

「大丈夫。これから、キスかどうか判別も付かないくらいグチャグチャになるから」

「おい! ここ人の家だぞ!? マジでシャレにならねぇって! やめろって! なぁ! おい──」

 

 尋常じゃないあたし達の様子を受けて怖くなってしまったのか、涙目で首を横に振る夏輝。そんな反応をされてしまってはあたしも更に興が乗ってしまうのでやめてほしいんだけど、このムラムラはどちらにせよ止められない。もう一度深〜くキスをして、顔を背けたり身体を捩ったりするのをやめてもらってから行為に及ぼうと舌舐めずりをしたところで。

 部屋の窓が吹き飛んだ。

 室内に散乱する窓ガラスの破片。瞳に入らないように顔を背け、夏輝が怪我をしないように覆い被さって窓ガラスから庇っていると、何者かによって夏輝から引き剥がされた。

 

「痛ッ……!」

「何なんだよ!」

 

 引き剥がされ、床に組み伏せられる。両腕を背中に回させられ、身動きの取れない状態に。頭を動かして、こんな事をしてくれた人物の顔を拝んでやろうと振り向けば、そこにはサングラスを掛けた黒服の女性がいた。

 

「……まさか」

「痛ぇな! はなせって!」

 

 拘束から逃れようと暴れる市ヶ谷さんを尻目に、何かに気付きそうになるが、それよりも先に玄関の方から特徴的な鼻歌が聴こえてきた。

 

「ふん♪ ふふん♪ ふーん♪ ふんふーん──あら? 美咲じゃない! それに、有咲も!」

「こ、こころ。もしかしなくても、これってこころの仕業?」

「うーん……。これって言って良いのかしら?」

「お嬢様。どちらにせよ、もう言い逃れは出来ない状況かと」

「それもそうね! ……そうよ! あたしが考えたの! とっても面白い事になってきたでしょう?」

「前からおもってたけどさ。つるまきさん、すこしくうきをよむってことをおぼえた方がいいとおもうぜ──痛たたたたたた」

 

 悪態を吐いた市ヶ谷さんの腕を黒服が極め、関節をギチギチと軋ませている。痛みのせいか、それとも先程の興奮のせいか、市ヶ谷さんの口の端からは犬みたいに涎がダラダラと垂れていた。

 

「美咲と有咲に限った話じゃないと思うのだけど、みんなはもっと積極的になった方が良いと思うわ! そうじゃないと」

 

 こころはてくてくと歩き出して、立ち上がって黒服に介抱されている夏輝の胴体に抱きついた。

 

「大切な人が、どこかに行ってしまうもの!」

「こ、こころお嬢さん」

 

 先程とは打って変わって、純粋な好意を向けられた夏輝が、どうしていいのか分からずに狼狽える。それだとまるであたしと市ヶ谷さんの愛が歪んでいるみたいだ。……まぁ、自覚はあるけど。

 

「大丈夫だった? あんなに二人に襲われて、とても怖かったでしょう?」

「そりゃ、怖かったのは確かなんだけどさ。いきなり窓から突撃されて、部屋が滅茶苦茶になってるのもまあまあ怖いって言うか」

「まぁ、それは確かに怖いわね! じゃあ、先に向こうに行っててくれるかしら! 怖い事が無くなったら、あたしもすぐに向かうわ」

 

 こころが楽しそうにそう言ってから、黒服達に導かれてドアの向こうへと一人で消えていく夏輝。閉められた部屋のドアの前に黒服が二人、ガードするように立ち塞がったところで、市ヶ谷さんが口を開いた。

 

「……どういうつもりだよ。つるまきさん」

「あたしは、ただ夏輝と幸せになりたいだけよ?」

「……こたえになってねぇ」

「ねぇ、こころ」

「どうしたのかしら? 美咲」

「あたしさ、こころみたいな純粋さを絵に描いたような人が、まさかこんな事をするなんて思わなかったよ」

「あたしも、美咲が夏輝と知り合いだなんて知らなかったわ!」

 

 そりゃまあ、意識して言ってなかったからね。

 夏輝取られたくなさから、こころへ紹介する事を避けていたことを指摘され、思わず目を背けてしまう。こころは笑いながら続けた。

 

「夏輝は、あたしにとって、特別な人なの」

 

 ドアの向こうに消えた夏輝の事を思いながら、こころはうっとりとした様子で虚空を眺め始めた。その瞳は、普段のこころとは違う妖しい輝きを秘めていた。

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

「いやいや、何だよ。いきなり現れてお話しましょうだなんて。第一、平日の昼だぞ。学校はどうした」

「抜け出してきたわ!」

「何で?」

「何か、楽しい事が起きそうな気がしたの! 走って学校から出たら、あなたに会えたわ!」

「……不良か」

「? そんなことはないわ。授業に出なくても、その代わりにとても楽しい経験が出来るなら、それはとても良い事じゃないかしら!」

「……その考え方は嫌いじゃないが、中学生の頃からそんな事してちゃあ、俺みたいな素行不良生徒まっしぐら──って、ちょっと待て。その制服、お前高校生か」

「そうよ。あたしは弦巻こころ! 高校一年生! 楽しいことを探しているの!」

「楽しい事、だァ?」

「ええ! あたしは、楽しいことを探しているの!」

「いや、何で二回言ったよ──ってか、そんなの俺に聞くなよ。見るからに楽しくなさそうだろ。俺」

「いいえ、あなたはきっと楽しい人だわ! あたしの直感がそう言ってる!」

「そうかい。生憎、俺は今少しナーバスでな。弦巻のところのお嬢さんがいくら楽しそうにしてても、俺は楽しくなんてなれないね」

「そんなの、やってみないと分からないわ!」

「やってみるって、俺を楽しくさせるってことかよ」

「えぇ。そしたらあたしも楽しくなりそうなの!」

「直感!」

「そうよ!」

「……そりゃ大したもんだ。じゃあな。愉快なお嬢さん。その調子で頑張って楽しいことを探してくれ」

「あなた、夢はあるかしら」

「……何でそんな事を聞くんだよ」

「夢って、楽しいじゃない!」

「はぁ……あるよ。デッケー夢がな」

「聞かせて!」

「一々引っ付かなくても教えるから──俺の夢はな、このギター1本で海を渡る事なんだ」

「…………」

「おい、急に黙るなよ。そんなに変か?」

「……すっっっっごく素敵な夢ね! 凄いわ! とてもいいと思う! あなたって素晴らしいのね!」

「あぁ、関心してたのね」

「じゃあ、一つ提案があるのだけど!」

「提案?」

「その夢に近付く為に、この公園でギターを弾いてくれないかしら! あたしもそれに合わせて歌うわ!」

「成る程、ゲリラライブって訳か。良いぜ。天才ギタリスト、佐渡夏輝様の伝説の一ページに書き記すにはピッタリのイベントだ」

「ありがとう! あたしも負けないように頑張るわ!」

「おう。手始めに二人で笑ってライブを始めてやろうぜ!」

「それは素晴らしい提案だわ! いきましょう!」

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 それは、こころの過去だった。

 あたしも知らないこころと夏輝の出会いのエピソードが、こころの口から楽しそうに語られた。黒服の人達はハンカチで目元を拭いながらこころの話を聞いていた。

 

「楽しいことを探していたら、偶然出会った夏輝。それから夏輝と公園でライブをして、あたし、とっても楽しかったの。それも、いつもの楽しいじゃなくて、こう……胸の奥が、何だか心地良く苦しいの。その感情を味わう為に、何度も何度も夏輝に会いに行ったわ。会いに行けば行くほど、この感情はどんどん大きくなっていって、だんだんと夏輝をあたしだけの物にしたくなったの。夏輝みたいなとっても楽しい人と一緒にいたい女の子は沢山いると思ったから、あたしが独り占めしたくなったの。夏輝が居なくなっちゃったって知った時は、本当に悲しかったわ。少しでも早く夏輝を見つけたかったから、色んな人にお願いして、やっと見付けたと思ったら、彩の家に居て。あたし、心が苦しかったわ。あたしの中で夏輝を独り占めしたいって思いがいつのまにか膨らんでいってて、彩と会わないで、あたしとずっと一緒に居てって。そう思ったの」

「こころが凄い量の言葉を話してる」

「つるまきさんって、こんなひくい声で話せたっけ?」

 

 さっきから何だか舌ったらずな市ヶ谷さんと一緒に、様子のおかしいこころについて話し合っていると、こころがあたしと市ヶ谷さんに語りかけた。

 

「ねぇ、二人とも! 夏輝を諦めてくれないかしら!」

 

 最悪の提案。あたしと、市ヶ谷さん。答えはどちらも同じだった。

 

「嫌だよ」

「無理」

「そう。残念だわ」

 

 言って、本当に残念そうに肩を落とすこころ。その様子を見て、あたしは納得した。

 

「……成る程、こころも夏輝に惚れちゃった訳か」

「惚れるって?」

「夏輝に恋したんでしょ?」

「あたしは、ただ夏輝とずっと一緒に居たいだけよ! 恋とか愛は、まだよく分からないわ!」

「……うん。そうだね。まだ分からないよね。こころは純粋だもんね」

 

 あたしがどこか諦めたような目でこころを見ると、こころがニッコリと笑った。

 

「とにかく、無理なら仕方ないわね!」

「うん。諦めて帰──」

「二人には悪いけれど、夏輝はあたしが貰っていくわ! これも作法なんでしょう?」

「ふざけんな! 弦巻さん、それは許せね痛たたたたたた」

 

 こころに噛み付こうとした市ヶ谷さんの関節を、黒服の人が極める。かくいうあたしも、何か問題発言をするのではないかと背後の黒服の人があたしの手首を一層強く掴んでいるところだった。

 

「こころ、考え直さない?」

「それは無理よ」

 

 こころは笑っていない。

 驚くほど、こころの口から出た声とは思えない程、底冷えする声だった。

 喉が干上がるのと同時に、こころが言葉を続ける。

 

「それに夏輝も、もう二人とは会いたくないんじゃないかしら?」

「どういう事だよ弦巻さん! おい!」

「信じていた人にあんな乱暴をされたら、普通嫌だと思うわ」

「「…………」」

「このままだと二人が可哀想だから、種明かしするわ」

「種明かし?」

「彩の家の玄関に、消臭スプレーがあったでしょ?」

「うん。人を感知してスプレーが噴き出るヤツでしょ?」

「あれ、その物は元からあったんだけど、中身は変えてあるの」

「な、中身?」

「そう。あの匂いを嗅いじゃうと、少しの時間だけ自分の中の衝動が抑えられなくなるの。美咲は夏樹に酷い事しそうになったし、有咲は効き過ぎて今も少し怖いわ。何だかおかしいわね!」

 

 けらけらとあたし達の事を笑うこころ。その言葉を受けて、ようやく自身の身体の異常が腑に落ちた。

 そっか。

 あたしの身体がこんなにも熱く、欲情が止まらないのは──玄関先にあった消臭スプレーの所為だったのか。彩先輩の事だから、プライベートもアイドル(女子力高め)で行っているのかと思っていたけど、その実、こころの策略だったって訳ね。

 ムカつく。

 欲に身を任せて夏輝を犯そうとしたあたしと市ヶ谷さんは、完璧に夏輝を怖がらせてしまった。こうなっては、あたしと市ヶ谷さんがどれだけ説得しようとも耳を傾けてはくれないし、心も許してはくれないはずだ。

 

「こころッ──うぅ」

 

 怒りのあまり(これも、消臭スプレーの所為なのかな)、こころに掴みかかろうとする。が、当然の如く黒服の人達に阻まれて床へと叩き付けられる。

 

「じゃあ、あたしは行くわね! 美咲と有咲は、仲良くここで暮らすというのはどうかしら!」

 

 弾けんばかりの笑顔で、そう提案(命令)するこころ。その言葉で黒服の人達が、あたしと市ヶ谷さんを、夏輝が繋がれていた鎖に繋ぐ。どれだけもがこうとも外れないその鎖は、こころの退室を阻めない。

 

「こころ!」

「弦まきさん!」

「じゃあね。あたしは夏輝と幸せに暮らすわ」

 

 最後までこちらに笑顔を見せたまま、ドアを閉めたこころ。黒服の人達は、自分達で割った窓の修復作業に移り始めた。あたし達には目もくれない。

 突如として現れた4人目のライバル。存在さえ知らなかった4人目は颯爽と夏輝を掻っ攫い、あたし達3人を出し抜いてみせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから。

 マンションから出て、行き先も決めず歩いていた時分。美咲と有咲に犯されそうになった事実を思い出しては、あれは誰が悪かったのかと深く、それでいて変に考えてしまう。気にしていないと言えば嘘になるが、あの後こころお嬢さんと2人がどんな会話をしたのかは気になる。

 勝手に家を出てしまった。派手に窓ガラスを破られてしまったが、彩は大丈夫なのだろうか。彩の心情を察しては、心配とヒヤヒヤが止まらない。次に顔を合わせたら、今度こそ生きてあの部屋から出られないかもしれない。

 隣に視線を移す。

 そこには、当たり前のように隣を歩くこころお嬢さんが笑っていて、丁度俺に話し掛ける所だった。

 

「夏輝! お願いがあるのだけれど!」

「なんだよ、こころお嬢さん」

「あたしのこと、こころって呼んでくれないかしら! 呼んでもらえたら、あたしとっても嬉しいわ!」

「……こころ」

「嬉しいわ! ありがとう!」

「そりゃどーも。でさ、一つ聞きたい事があるんだが」

「──夏輝」

「お、おう」

「あたし以外の女の子の事は考えないでほしいわ」

「な、何で分かったんだ……?」

「夏輝の頭の中にあたし以外の女の子が存在してると思うと、どうにかなってしまいそうだもの。だから、お願い。夏輝。あたし以外の女の子の事なんて、一生頭の中に記憶しないで? 考えないで? 口に出さないで? ……思い出さないで」

 

 こころの両手で頬を挟まれ、強引に目を合わせられる。強い力。恐ろしささえ秘めたその双眸。その瞳が何を意味しているのかを知っていた俺は、黙って首を縦に振るしかなかった。

 周囲の至る所に黒服が隠れていて、俺とこころを中心に包囲網を布いている。

 弦巻こころ。

 彼女とは、とても永い付き合いになりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




段々とサブタイトルが長くなる……。
前回言った通り、分岐エンドです。
こころちゃん、可愛いですよね。


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