落ち零れの異能力者たちの学園戦争 (シドラ)
しおりを挟む

01.入学

【2045年 4月10日  帝王国際学園 多目的体育館】

 

「と、いうわけで。君たちはこれからこの学園の生徒として、18歳まで生活してもらう。初めての学校で戸惑うことも多いだろうけど、頑張ってくれたまえ」

 桜の開花もピークを通り過ぎ、『出会いと別れの季節』なんて呼ばれる四月上旬。

 真新しい制服を身につけ、無駄に広い多目的体育館に並べられた椅子に座りながら、この俺、秋雨大河は壇上で長ったらしく喋るこの学園の校長を恨みがましい目で見ていた。

 ここ、帝王国際学園は海の上に浮かぶ東西10km、南北16kmの巨大な人工島だ。

 太平洋のど真ん中に存在するこの島には、航空機での出入りが禁止されているため、船に数十時間乗って、こんなところまで来たのだが、着いて早々この入学式だ。

 長旅の終了直後に要領を得ない校長の話を数十分も聞かされ続ければ、大抵の人間はその校長に恨みがましい目の一つも向けるだろう。

 なんとか意識を保ちながら校長の話を聞き流しているが、正直眠くてしょうがない。

 船の中では寝ていなかった――否、眠ることができなかった――せいで俺の体力も限界に近づいている。

「さて、長話もなんですので、そろそろ話を終えて、入学式を閉じましょうか」

 喧嘩売ってんのかと問い詰めたくなる校長の言葉を最後に、入学式は終了した。

 

 

 入学式という名の拷問を終えた俺たち新入生は、廊下に張り出されたクラスごとに移動していく。 初等部から高等部まで存在するこの学園は、異常なまでに人数が多い。

 生徒総数は10万人を超え、一学年につき1万人近い生徒が存在する。

 そんな訳で、当然クラスの数も馬鹿みたいに多い。

 今年の新入生1万人を少しづつ振り分けたのだから、数百クラスは存在する。

 しかし、そこは巨大すぎる人工島。

 当然校舎も巨大で、教室に加えて特別教室も数多く存在し、10万人では使いきれないほどの大きさを誇っている。

 そして、そんな巨大な後者の最果て、第3校舎6階の最奥部。

 合同学年クラス0組。

 入学資料に書かれている限り、この学園のいろんな意味の最底辺が集まる超問題児学級。

 何故俺がそんな問題児学級に送られることになったのか、それは少し前にさかのぼる。

 あれは、俺の帝王国際学園入学が決まった日から始まった・・・

 

【2044年 12月23日 某市立中学校 会議室】

 

「俺が、推薦?」

 当時中学3年生だった俺は、担任教師に聞き返した。

 定年退職間際でバツ2のウチのクラスの担任は俺に確かに「推薦」と言った。

「そうだ、推薦だ。お前の学力じゃ他の高校には行けないし、お前の家には私立に行く金もないだろう」

 そう、俺はぶっち切りで勉強ができない。

 全教科平均点6点。

 今までよくやってきたというレベルだ。

 そんな俺に推薦というのは冗談にしか聞こえない。

 俺なんて、ここら辺じゃ珍しい『異能力者』であるだけだ。

 その能力も、対して役に立たないポンコツ能力だ。

「まあ、推薦の話を信じるとして、推薦先って、何処ですか?」

 この現状で高校を選んでられる場合ではないのだが、自分の行く高校を知る権利くらいあるだろう。

「まあ、知りたいだろうな。いいか、秋雨。驚くなよ?お前に声が掛かったのは帝王国際学」

「お断りします失礼しましたまた明日」

 担任のセリフをぶった斬り、俺は会議室の扉に手をかける。

「いやいや!待て待て待て待て!何で断るんだ秋雨!」

 断るに決まってるだろこのバツ2ハゲ!

 帝王国際学園は海に浮かぶ人工島の学園で全寮制、ここまではいい。

 帝王国際学園は『異能力者』を育成している、ここまでもいい。

 だが、育成された異能力者は見込みがあれば戦場へ、見込みがなければ天国へ。

 それがまことしやかに囁かれている帝王国際学園の噂だ。

 俺はその噂を信じていなかったが、流石に入学させられて本当にそうだったら洒落にならない。

 そんな物騒な噂が流れている学校に行って、万が一にも死んだら大変どころじゃねえだろうが!

「秋雨は噂を気にしているのか?大丈夫だ。そんなの嘘に決まっているだろう」

 担任(バツ2ハゲ)が朗らかに言ってくるが、生憎と俺はそんな言葉では乗らん。

「とにかく、帝王国際学園に行くくらいなら中学浪人でいいです」

 俺はそう言って会議室から出ようとした。

 が、俺を阻む者がいた。

 担任ではない。担任はさっきまで俺のすぐ後ろにいたのだ。

 会議室を清掃に来た業者?違う、今日は清掃の日じゃない。

 会議室に用があった生徒?否、生徒はもう全員帰宅している時間だ。今残っているのは、推薦の話で残っている俺くらいだ。

 それでは誰が?そう思って一歩引き、俺を遮った人間を見てみる。

 2mはある身長に、漆黒のスーツ、真っ黒なグラサンをかけ、耳には映画とかでたまに見かけるインカムを装着した黒人男性がこちらを見下ろしていた。

 誰だ?この人。

 新任の英語教師とかそういうのではないだろう。離任式はまだ先だ。

 誰かのご家族?そもそも会議室に来る理由がないな

 まさかとは思うが

「あの、先生?」

 俺は恐る恐る首を回し、担任に話しかける。

 俺の予想が外れていることを願いながら。

「ん?何だ?」

 この黒人男性に一切疑問を持ってなさそうな顔を見て、俺の当たって欲しくない予想が当たっている気がしてくる。

「この外国人男性、誰っすか?」

 俺は冷や汗を流しながら担任に聞く。

「ああ、帝王国際学園からのお迎えだよ。先生、もうお前の推薦出してたから」

 ピクピクと俺のこめかみに青筋が浮かび上がる。

 担任は何故かにこやかかつ、晴れやかな顔でこちらを見ている。

 そんな担任に俺から贈る言葉はただ一つ。

「死に晒せこの腐れハゲがぁあああ!!!」

 俺は思いっきり担任の顔面を蹴り飛ばした。

「ぐふああ!」

 吹っ飛んでいくハゲ。

 そのまま壁に激突し、泡を吹いて気絶する。

「誰が帝王国際学園なんか行くかよ!」

 幸いにも一階だった会議室の窓から飛び出し、俺は黒服から逃走する。

 後ろから「Wait! Do not run away!」とか黒服が叫んでいるけど、英語のテストで一桁常連組の筆頭である俺にそんな言葉が理解できるはずもなく、そのまま逃走を続行する。

 

 今思えば、あの時俺が黒服から逃げていなければ、0組に入ることもなかったかもしれない。

 俺は今現在、あの逃走を人生で一番後悔しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02.追跡者

【2044年 12月23日  某市街地 路地裏】

 

 小汚いパイプとそこらへんで拾ってきた廃材で作った即興の小屋のようなものの中に、俺はいた。

 場所は街の商店街の路地裏、そのさらに奥である。

「はあ、はあ」

 もう何時間逃げているのだろう。

 担任(バツ2ハゲ)を蹴り飛ばし、帝王国際学園からのお迎えとかいう黒服の男から逃げることになったのは、ついさっきのようにも、かなり前のことにも感じる。

 既に陽は落ち、気温はかなり下がっている。

 全力疾走した俺の息は荒く、口から白い息を吐きだしている。

 クリスマス間近となり、浮かれている人間で溢れ返っている商店街を抜け、様々な裏道抜け道獣道を走り、徐々に増えていった黒服の男たちから逃げ続けているが、正直、限界に近い。

 今いる路地裏の最奥のような所は、絶対に見つからない自信があるが、永遠にここに居るわけにも行かない。

 第一、真冬に全力疾走して疲れた体のまま外にいたら、間違いなく凍死する。

 このままあのきな臭い噂の絶えない学校へ行くか、このまま凍死するか。

 俺の人生史上最悪な二択を、俺は迫られているようだ。

 どちらにしろお先真っ暗じゃねえか。

 そんな俺の暗い心境とは裏腹に、商店街の方向から明るいクリスマスソングが微かに聞こえてくる。

 ああ、いいねえ、羨ましいねえ。

 俺と違って平和にクリスマス直前を過ごせる人々は。

 にしても、流石にここに居続ける訳にもいかなくなってきた。

 雪が降ってきたのだ。

 この路地裏最奥は、隠れるにはもってこいだが、雨と雪だけは防げないのだ。

 このままこの場所にいたら、本当に誰にも気づかれず凍死する。

「今ここで死ぬよりは・・・帝王国際学園に行って、死ぬかもしれないっていう方に賭けたほうが・・・まだマシだよな」

 誰に言ったでもない呟きのあと、俺は立ち上がろうとした。

 だが、立ち上がる前に見たもののせいで、立ち上がることができなかった。

 俺の目線の先には、こちらを見据えている人間がいた。

 どういうことだ、この場所は誰にも見つからないと思っていた。

 事実、俺がこの隠れ家を作ってから6年間、誰にも見付かる事はなかった。

 なのに、目の前にいる人間――俺よりも幼い少女――は、俺の前にいる。

 灰色の髪の毛に真っ青な瞳、これまた灰色のパーカーとズボンを着込んだ見るからに日本人じゃないその少女は無機質な目でこちらを見つめている。

 何か話しかけてくる訳でもなく、ただただこちらを見つめている。

 少女の耳にはアクション映画とかでたまに見かける通信機のようなものが装着され、何を喋っているのかは分からないが、僅かに口元が動いている。

 何かに連絡を取ってるのか?

 まさか俺を追ってた黒服の仲間か?

 いやいや、よく考えろ。

 きっと迷い込んできたのだ。

 俺を探していたのではなく、ただ俺の前に迷い込んできただけ。

 迷子になって両親に連絡でも取っているのだろう。

 そうさ、その方が現実的だ。

 そう思って姿勢を崩そうとした矢先、灰色の少女ははっきりとした声で喋った。

「逃走者、秋雨大河を発見」

 残念ながら、今回は非現実的な方が現実みたいだ。

「逃走者、秋雨大河の帝王国際学園への送検を開始」

 どうやら目の前の少女はさっきんの黒服たちと同じ目的で俺を探してたみたいだな。

「逃走者、秋雨大河に警告。アスラが秋雨大河を捕捉した以上、これ以上の逃走は不可能であり無意味。即座に逃走を中止し、帝王国際学園へ向かえ。今なら無傷で学園へ向かえる」

 要するに『怪我したくなかったら逃げるのをやめろ』ってことか。

「断る!」

 俺は背後のフェンスを飛び越え、アスラと名乗った少女から逃げようとする。

 着地と同時に走り出そうとしたが、走り出すことができなかった。

 俺が着地した時には、アスラは既に正面にいた。

「秋雨大河はアスラの警告を無視。逃走の継続を選択した。アスラはこれより強硬手段によって、秋雨大河の身柄を帝王国際学園に送検する」

 抑揚のない機械のような声で喋るアスラに、少しばかりの恐怖を覚えながら、俺はアスラの横を突っ切って逃げることを選択した。

 流石に小学生みたいな見た目をした少女に捕まる気は毛頭ない。

 

 だが、俺が横を通り抜けようとした瞬間、アスラが俺より遥かに早い速度で動いた。

 俺の横から正面に移動し、こちらに蹴りを放ってくる。

 当然、走り出していた俺に避けることなどできるはずもなく、俺のみぞおちにアスラの蹴りが入る。

 そのまま俺は吹き飛び、フェンスに激突する。

 幸いにもフェンスにぶつかったおかげで背中への衝撃はあまりなかったが、みぞおちはハンマーで殴られたかのようなダメージが襲ってきている。

「秋雨大河にアスラは再度警告する。今すぐ抵抗を終了し、大人しく帝王国際学園に送検されろ」

 アスラは淡々と俺に言ってくる。

「抵抗を終了すればこれ以上の危害は加えない」

 だが、警告を聞き入れる聞き入れない以前に、もう俺の体は動かない。

 疲れと寒さとアスラからのダメージによって、ついに限界を迎えたのだ。

「秋雨大河?」

 アスラがこちらに話しかけてくるが、もう答える余裕もない。

 雪が降り積もる路地裏で、俺の意識はゆっくりと薄れていき、やがて完全に意識を失った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03.脱走未遂

【2044年 1月7日  帝王国際学園行き定期船内】

 

 目が覚めると、俺は船内のベッドの上にいた。

 服装はアスラに倒された時とは違い、見覚えのない制服を着ている。

 黒を基調とした軍服のようなその制服の右肩には、紅い五芒星が描かれていた。

 悪名高き、帝王国際学園の校生である。

 となると、この船は帝王国際学園へ向かっているのだろう。

 アスラが「帝王国際学園へ送検する」って言ってた通り、俺は連れ去られたわけだ。

 ポケットに入っていた携帯で日付を確認すると、12月30日。

 俺がアスラに倒されてから2週間以上が経過していた。

 アスラに蹴り飛ばされたみぞおちが痛むが、それを両手で抑えることも今の俺には出来ない。

 俺の左腕は見るからに頑丈そうな鎖でベッドの柱に固定されていた。

 引っ張っても叩いても全然壊れそうにないその鎖で俺は繋がれているのだが、はてさて、帝王国際学園へ連れていかれて俺に未来はあるのだろうか。

 帝王国際学園にはアスラのような人間が恐らく多く在籍しているだろう。

 むしろ、それ以上の存在が。

 俺の捕獲なんてものを命じられたアスラがあれだけ強かったのだ。

 それ以上の存在なんて五万といるだろう。

 まあ、考えていてもしょうがないかな。どうせ逃げられそうもないし。

『おや、目が覚めましたか』

 そんな事を考えていると、室内のスピーカーから声が聞こえた。

 低く、威圧感があるが、どこか暖かい、そんな不思議な声だ。

『秋雨大河君、少々待っていてください、食事を運びます』

 言われて気づくが、俺は2週間以上の間、何も食べていなかったのだ。

 当然、栄養も足りてないし腹もペコペコだ。

 

 数分後、食事を持ってきてくれた軍服のような服を着た青年が食事のために鎖を外してくれた瞬間、青年の顔面を殴り飛ばし、食事を口に詰め込むと、即座に部屋の外に出た。

 こんな場所に監禁された状態で学校へ向かわさせるなんて、絶対にまともな学校じゃねえ。

 ここは船の上で逃げ道はないが、最悪海に飛び込んで泳いで何処かへ逃げよう。

 そんな計画を立てているうちに、けたたましい警報が船内に鳴り響いた。

『逃亡者アリ、逃亡者アリ!逃亡者は入学番号9878秋雨大河!繰り返す!逃亡者は入学番号9878秋雨大河!』

 もうバレたのか!

 俺は一刻も早く船から脱出するために窓から逃げようとする。

 しかし、人生そう上手くはいかない。

「再び逃走するのか、秋雨大河」

 聞き覚えのある声が、今一番聞きたくなかった声が聞こえた。

 振り返ると、そこにはやはり銀髪に青い瞳、2週間前と同じ灰色のパーカーとズボンを身につけた少女、アスラが立っていた。

「いい加減にしろ、秋雨大河。学園に到着するまで大人しくしていろ」

 アスラの言葉を無視し、窓からの逃走を試みる。

 だが、やっぱりというかなんというかアスラの攻撃が来る。

 だが、今回は前回のようにはいかない。

 俺は心の奥にいる何かに念じるように集中する。

 俺の異能力を発動するために。

 アスラの蹴りがあと少しの所まで迫る。

 そして、蹴りが直撃する寸前、俺の体が黄緑色の粒子で包まれる。

 瞬間、爆発的な速度で俺の体はアスラから離れた。

 10m離れ、着地する。

「貴様…異能力を…」

 アスラが意外そうにこちらを見ている。

「はっはっは!!いつまでも単調な蹴り技が通用すると思ったら大間違ふがああ!!」

 俺の言葉が途中で中断されたのは顔面にアスラの投げた花瓶が激突したからだ。

「ふむ、人でなければ避けられないようだな」

 冷静に分析しているアスラをよそに、割れた花瓶の破片が顔に刺さっている俺は悶絶しながら床を転げまわる。

「があああ!!痛えええ!!」

 顔に刺さった破片を抜いていくが、抜いた部分からだらだらと血が滴る。

「おい、秋雨大河。顔が物凄く気色悪いぞ」

「誰のせいだと思ってやがるんだテメエ!!」

 あくまで淡々と自分の主張だけを言ってくるアスラに向かって怒声を上げる。

「いたぞ、秋雨大河だ!」

 聞こえたのは男性の声だ。

 俺がその方向を見ると、若干ビビリながらもこちらを見ているさっき俺が殴り飛ばした青年と同じ服を着た女性がいた。

 女性に素でビビられたのに多少のショックを受けていたが、そんな事を気にしている場合ではないと気づいた時には、既に10名ほどの同じ服を着た人間に囲まれていた。

 広いとは言い難い船内で暴れ回りながら叫んでいたら、そりゃあ気づかれるな。

 そして、俺を取り囲んでいる軍服たちは全員拳銃を所持している。

 流石に武装した集団相手に勝てるわけがない。

 俺は静かに両手を上げると、顔面血だらけで降伏の意を示した。

 

 

 

 それからというもの、それはそれは悲惨な3ヶ月だった。

 懲罰として3ヶ月の間、独房のような場所に放り込まれ、毎日毎日説教を聞き続け、俺がぶん殴った青年に謝り、時々茶化しに来たアスラと言い争いをしては怒られ…。

 ろくな時間もないまま、今に至る。

 中学の卒業式も出席できず、友人たちに別れも告げずにこんな学校へ来てしまった。

 それに、入るのは正体不明の0組。

 不安でしょうがない。

「おい、秋雨」

 正直こんな場所で生きていく自信もないし、俺の異能力では喧嘩になってもせいぜい逃げに徹することしかできない。

「おい、聞いているのか」

 アスラにも一度見られただけで破られたし、他の人間にも効くには効くが、効果的とは言い難いだろう。

 となると、何かほかの使い方でも考えるしか

「人の話を聞けえええ!!」

 俺はいきなり後ろから蹴っ飛ばされた。

「ぐふえああ!!」

 謎の奇声を上げながら俺は廊下に倒される。

「誰だゴルアアア!!」

 考え事をしていた矢先にいきなり蹴っ飛ばされて切れない人間はいないだろう。

 俺もご多分に漏れずキレる人間だ。

「私の声を忘れたのか?記憶力の乏しい男だな、お前は」

 知り合いには多少人間的なことがこの3ヶ月で判明した、アスラがそこにいた。

「テメエは挨拶がわりにぽんぽん人を蹴るのをやめろって言ってんだろうが!」

「ふむ、努力はしているが、何分面倒でな」

「人の後頭部をその低身長で蹴っ飛ばす方がよっぽど面倒だ!」

「貴様・・・誰が低身長だと?」

 そんな言い合いをギャーギャーとしながら、俺は思っていた。

 こんな奴とは知り合いたくなかった、と。

 だが、当時の俺は、知らなかったのだ。

 問題児集団でありながら、最高の仲間であった0組の連中と、こいつのお陰で知り合えることを。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04.合同クラス0組

【2045年 4月10日  帝王国際学園  合同クラス0組教室】

 

「はい、新入生のお二人さんこんにちわ~」

 無駄にぽわぽわした担任に迎えられ、俺とアスラ(同じクラスだった)は席に着いた。

 広いとは言い難い教室にある机と椅子の数は5つ。

 前列3つ後列2つの台形をひっくり返したような形で並んでいる。

 俺は後列窓側、隣にはアスラが座っている。

「何でテメエと同じクラスで、しかも隣なんだ?新手のイジメか、これは」

 俺は恨みがましい目でアスラを見ながら言う。

「私とて好きで貴様と同じクラスになった訳でも、ましてや貴様の隣の席を望んだわけでもない」

 アスラも無表情ながら不機嫌そうな目でこちらを睨んでくる。

「はいはい、喧嘩しないでくださいねー。あ、申し遅れました。私、この0組の担任をやっている神楽坂彰子です。よろしくお願いしますね~」

 ぽわぽわした先生――いや、神楽坂先生がやんわりと注意してくる。

「じゃあ、上級生の皆さんもご挨拶して下さいね~」

 上級生、前列にいる、右から黒髪眼鏡男子、金髪外人女子、赤髪の見るからに暴力的そうな男子の事だろう。

「霧島俊哉だ。国籍は日本。苗字はあまり好きではないので、呼ぶなら下の名前で呼んでくれ」

 黒髪眼鏡の男子生徒は俊哉というらしい。

 だが、名前以上に気になっていることがあった。

 アスラも、その部分を凝視している。

「ああ、これか?別に病気とかじゃないから気にしないでくれ」

 俊哉の足は包帯で隠され、本人は車椅子に乗っている。

 本人の肌が日本人にしては白く、体も細いので、どこからどう見ても病人にしか見えない。

「俊哉くんは去年の授業でちょっとあったから車椅子で生活してるの。もし困っていたら助けてあげてね」

 先生、今恐ろしいこと言いませんでした?

 『授業』で『ちょっと』?

 ちょっとで両足が動かなくなるのか?

 俺は今後の不安から、顔を真っ青にしながら、次の人の自己紹介を聞いた。

「リナ・フェルミンです。国籍はイギリス、日本語はちょっと苦手ですが、お願いします」

 金髪の女子生徒――リナ・フェルミンはそう言って頭を下げた。

 俺の主観だが、いい人そうだ。

 美人だし、礼儀正しそうだ。

 俺の隣に座っている見た目はいいが、性格も礼儀もダメな奴とは大違いだ。

 そんな事を考えていると、アスラが俺の脛を蹴ってきた。

 なんでわかるんだよ、エスパーかお前は…って、いや異能力者なんだろうけどさ。

「カミラ・ロックバードだ。国籍はドイツ。専攻してるのは戦闘学」

 うわー、また不穏な単語が出てきやがった、何だ戦闘学って。

「あ、秋雨くんには戦闘学って分からないですよね」

 是非知らないままでいさせて下さい。

 しかし、そんな俺の願いは届かず、神楽坂先生は説明を始めてしまった。

「本校は異能力者を育成及び管理することで、異能力者が犯罪に加担、実行しないための教育を行っています」

 何か話が不穏な空気を帯び始めてきた。

 冷や汗を流し始めた俺に、神楽坂先生は説明を続ける。

「育成の方針は様々で、カミラくんが専攻している戦闘学の他にも、リナさんの専攻している医療学、俊哉くんの専攻している戦略的異能戦闘学とか、色々あるんですよ~」

 リナさんのはともかく俊哉さんの戦略的異能戦闘学って何ですか、戦略的って、戦略的兵器とかそんなのしか浮かばないんですが。

「ちなみに俺の専攻している戦略的戦闘学とは、文字通り『戦略的兵器並み』の異能力を用いた戦闘を教える授業だ。面白いぞ」

 俺の顔から、サーという音と共に血の気が引いていくのが分かった。

 戦略的兵器とは、核ミサイルや原子爆弾クラスの強力兵器の事だ。

 戦争に勝つための兵器と同レベルの力を持った少年と、俺は同じ部屋にいるのである。

「ああ、心配しなくていいぞ、俺はそんな無闇に力を使ったりはしない」

 俺の顔が真っ青になっているのに気づいた俊哉が微笑みながら言ってくる。

 安心させようとしてくれたのだろうが、その笑顔にすら恐怖を感じずにはいられない。

「せっ、先生!他の所はどういうことを教えてくださるのでしょうか!」

 取り敢えず戦略的戦闘学の話から逃げたかったので、そんな事を神楽坂先生に聞いた。

「あ、はい。リナさんの学んでいる医療学はその名の通り、怪我を直したりすることができる異能力者たちが、怪我の治療や看病を勉強してるんですよ~。カミラくんの勉強してる戦闘学は、戦略的異能戦闘学のような大規模なものではなく、格闘術や銃の扱いなどを交えた対人戦闘を教えているんですよ~」

 何かもう、リナさん以外にまともな勉強していないのは分かった。

 俺は、戦闘に関係ない勉強しよう。

「あ、それと、専攻する勉強は学校側が異能力の特性や、本人の能力を考慮して決めるので、希望している勉強ができるかどうかは分かりませんよ~?」

 神様仏様イエス・キリスト様、今まで全然信じてなくてすみませんでした、これからは目一杯信仰しますんでどうか俺の専攻する勉強を戦闘系にしないでくださいお願いします!!

 そんな事を頭の中で念じていたら、一瞬、言葉が聞こえた。

 神が仏が、キリストが、俺の願いに答えてくれたか!?

 『無理』

 『無理』

 『無理っ☆』

「最後のなんだこらあああああああ!!」

 俺はいつの間にか叫んでいた。

「はっ!」

 叫んでいる俺に向かって、怪訝な目を向けるアスラとカミラ。

 可哀想な人を見るような目を向ける俊哉、優しげな慈愛の目を向ける神楽坂先生とリサさん。

 俺の高校生生活は、クラスの人間全員に残念な人間認定され、始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05.0組の昼食

【2045年 4月12日  帝王国際学園  合同クラス0組教室】

 

 暖かな春の日差しが教室に差し込む中、俺は頬杖を付きながら、神楽坂先生の授業を聞いていた。

「現在、世界人口の4割が異能力者と言われていますが、その中でも戦闘に用いることができる異能を有した異能力者は、ごく少数です」

 現在は、異能力者の学ぶ基礎知識のようなものを学んでいる。

 合同学年である0組は、新入生が入るたびに授業内容がループするらしく、先輩方はかなり退屈そうにしている。

 初めて聞いている俺でさえ眠くなってきているのだから、内容を知っている先輩方はさぞかしつまらないのだろう。

 しかし、真面目に授業を聞いている俺の隣の席で、とてつもなくいい笑顔で寝ている馬鹿がいた。

 普段不気味なまでに無表情な、アスラである。

 授業が始まると同時に、アスラは机に突っ伏して寝始めた。

 今は寝返りをうったのか、こちらを向いている。

「なので、世界中の軍、組織、団体などが、戦闘に用いることができる異能力者を欲しています。戦闘に用いることができる異能力者の皆さんは卒業後、どこかの軍に就職もできますよ~」

 正直言って、神楽坂先生の授業はつまらない。

 俺にとってどうでもいいことを延々と講義されるのは、拷問にも等しい。

 以前通っていた中学でも、授業は退屈だったが、神楽坂先生の授業は退屈なだけではない。

 間延びしたその口調のせいで、すんごい眠くなる。

 隣で幸せそうに眠っている馬鹿(アスラ)がいるので、余計に眠くなってくる。

「現在、異能力者は一般の人間にも広く認知される存在となりましたが、20年ほど前は、異能力者=排除すべき異端、と一般的に考えられていましたが、現在は一部の差別的な人以外は、表立った差別は無くなりました」

 いきなり話が飛ぶのも神楽坂先生の特徴らしい。俊哉さんが言ってた。

 そんな退屈な授業を受け続け、ようやく授業終了の鐘が鳴った。

 キーンコーンカーンコーンというお馴染みの音楽が、今となっては福音に聞こえる。

 これで、午前中の授業は終了だ。

 午後からは、学校側から勝手に決められた俺の専攻科目、戦闘学の授業が始まる。

 帝王国際学園では、午前中に座学を、午後からは実技を行う。

 これも憂鬱なのだが、机に向かって退屈な授業を受け続けるよりはマシなので、幾分か気が楽である。

 戦闘学の講師である先生は、鬼のように怖いが、常にニコニコしていて得体の知れない戦術的異能戦闘学の講師よりはマシだ。

「おい、秋雨。何をやっている、飯を食いに行くぞ」

 授業が終わって昼飯時になった途端に起きだしたアスラが、俺の制服の裾を引っ張る。

「何でお前と一緒に行かねばならんのだ。お前と一緒に食いに行くと、俺の飯盗るだろ、お前」

 アスラは見た目に似合わず、かなり食う。

 一昨日、昼食を一緒にしたところ、軽く10人前は食った上で、俺の昼食を盗んで全て食いやがった。

 合計にして11人前は食ったにも関わらず、晩飯も再び俺の分ごと食い漁り、夜食まで食うという大食感である。

 おかげで一昨日は、朝飯以外何も食っていない。

 そんな地獄はもう懲り懲りなので、アスラとだけは一緒に飯を食わないと決めたのだ。

「俺はお前とだけは一緒に食わん。午後の授業でひもじい思いなどもうご免だ」

 一度弱みを見せれば確実にそこを狙ってくるので、しっかりと突き放す。

「・・・・・・」

 アスラが涙目でこっちを見ているが、気にしたら負けだ。

 俺の昼食が無くなる。

「せんせー、秋雨君がアスラさんをなかせてまーす」

 リナさんがチクった。

「秋雨く~ん?なんでアスラさんを泣かせてるのかな~?」

 いつもは眠気を誘う間延びした声が、今は恐怖を煽ってくる。

 俺は即座に抗議の視線をリナさんに向ける。

 テヘッと舌を出して笑っているのは可愛いのだが、流石にイラっときた。

 リナ・フェルミンさん、通称リナさんは、基本的にいつも優しく、大らかなとてもいい人なのだが、俺とアスラがいがみ合っていると、逐一先生にチクるので、そこは苦手だ。

「いや、ちょっと待ってくださいよ、先生。俺はアスラの昼食の誘いを断っただけです。一緒に食いたくないから誘いを断ったのに、泣かれて迷惑しているのはこっちのほうです」

 さらに言うと、アスラは泣いてなどいない。

 明らかに嘘泣きだ。

 だが、神楽坂先生はそれに気づいていない。

「まあまあ、そのくらいでやめとかないと昼休み終わるよ?」

 仲裁してくれたのは、0組が誇る最高戦力、霧島俊哉さんだ。

 いっつも本読んでて話に参加してくることは少ないが、平等に物事を見てくれるので、俺に非がない時には、とても頼りになる。

「つーか、秋雨がアスラと飯食いに行けばそれで済む話だろうが、何で断ってんだ」

 俺を避難したのは、カミラ・ロックバード先輩。通称カミラさん。

 いかつい見た目に赤髪、乱雑な口調や行動という、不良生徒のような人だが、実際は女子に対して優しい、根は真面目な人である。

 気性は荒いが。

「カミラさん、こいつは俺の分の昼飯を全て盗むような人間です。一緒に飯を食いに行ったら俺の分が確実になくなります」

 俺の発言を聞いて、納得したようにため息を吐く俊哉さん。

「じゃあ、もう面倒だから全員で食いに行くか?0組所属が少数で食いに言ってたら確実に他の生徒に難癖つけられるんだし」

 そう、これも俺がアスラと一緒に飯を食いに行きたくない理由の一つだ。

 アスラは、2人以上であまり飯を食わない。

 よって、前回の昼食の時、見事に他の生徒に絡まれて、俊哉さんたちが助けてくれるまで何人かに殴られ続けたのだ。

 怪我はなかったが、複数で昼食を取れないアスラと一緒に行っても、また絡まれるのがオチだ。

「嫌そうな顔してるけど、秋雨はアスラが絡まれてる中で、美味しく昼食を頂けるか?」

 いや、無理だが・・・。

「じゃあ、決まりだ。リナ、カミラ、学食行くぞ。場所取りは頼んだ」

 さっさと役割分担を決めると、俊哉さんは車椅子を器用に動かして出て行った。

 俺たちも、その後を追って、学食へ向かう。

 

 

 帝王国際学園は、日本が出資、運営しているため、共通言語が日本語だ。

 故に、リナさんやカミラさんやアスラと会話できる。

 そのためか、学食のメニューも日本食が多く、箸が使えない生徒は苦労しているらしい。

 学食は、昼食時のため、混み合っているが、俺たちの座っているテーブルの周りには誰もいない。

 近くを通る生徒は、逃げるように通っていく。

 0組は嫌われていると思っていたが、こうまで露骨に避けられるとちょっと傷つく。

 まあ、ほかの面子はそんな事を一切気にしていないようなので、俺も気にせず食事を続けていたら、今まで誰も近づいてこなかったテーブルに、近づいてきた奴らがいた。

 以前、俺たちに絡んできた奴らだ。

 どうやら、俺たち0組は、昼食すら平和に取ることができないらしい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06.霧島俊哉に喧嘩を売るな

【2045年 4月12日  帝王国際学園  学食】

 

 清潔なテーブルを0組メンバー5人で囲み、各々が自由に食事をとっていたところ

「テメエら、0組のクセに何学食で飯食ってんの?」

 とても分かり易いヤンキーに絡まれた。

 しかし、俊哉さんは我関せずといった感じに食事を再開し、カミラさんもヤンキー達を一瞥しただけで特に反応せず、アスラに至ってはまるで気づいていないように目の前にある大量の食べ物をほおばり続ける。

 0組メンバーでヤンキー達の存在を気にしているのは、俺とリナさんだけのようだ。

 仕方がないので、俺も気にせずに注文した焼き魚定食を口に運ぶ。

 うん、塩気がきいてて美味い。

「テメエら無視すんじゃねええ!!」

 しかし、分かり易いヤンキー達は、俺たちが無視したと思ったようだ。

 いや、実際に無視したが、別に悪気があったわけではないのだが。

「俺たちは帝王国際学園高等部の生徒だ。クラスが何組であろうが、ここで食事をとるのは自由だ。それよりも、目障りだから即刻ここを立ち去れ、類人猿共」

 口に運んでいた生姜焼きを皿に戻し、侮蔑を込めた眼差しで、俊哉さんが言い放つ。

「んだと、ごるああ!」

 ついにブチギレたヤンキーが、俊哉さんに殴りかかる。

 が、その拳が俊哉さんに届くことはなかった。

「俺は立ち去れと、言ったはずだが?」

 パチンと、俊哉さんが指を鳴らす。

 瞬間、ヤンキーは地面に這い蹲るようにして倒れ込む。

 ヤンキーは現在、四つん這いの状態で、俊哉さんの前にひれ伏している。

 ヤンキーの周りの地面は、ビキビキと音を出してきしみ、ヤンキーは顔に脂汗を浮かべている。

「『この学校で霧島俊哉に無益な喧嘩は売るな』というのは、馬鹿でも知っている常識だと思っていたが、俺の知名度がそこまで高くないのか、もしくは貴様が筋金入りの大馬鹿か・・・どちらかな?」

 いつもの涼しげな笑みを浮かべながら問いかける俊哉さんの左目は、蒼色に輝いていた。

 異能力を使用する際、使用者の体は、それぞれの色に輝く。

 俺の場合は、体全体が発行するが、俊哉さんの場合は左目限定のようだ。

「まあ、俺に喧嘩を売った度胸は認めてやるが、そんな無様な姿で、まだ0組を見下せるか?」

 確かに、勢いよく殴りかかってきて、直後に土下座のような体勢にされているのだから、威厳もへったくれもない。

 それも、相手を見下しながらの登場だったので、なおのことだ。

「えーっと、確か・・・2年8組の平井善哉だったっけ?これ以上喧嘩売ってくるようなら、全力でお前の体中の骨バラバラに砕くから覚悟しとけ」

 それだけ言うと、俊哉さんはもう一度指を鳴らすと異能力の発動をやめ、少し冷めてしまった生姜焼き定食を食べるのを再開する。

 まるで、何もなかったように。

 

 

「あいつ、あんだけ強がってたくせにあっさりと負けやがったぜ」

「いや、相手が悪かっただろ、あの霧島だぜ?」

「それにしたって、もうちょっと戦えたでしょうに、あ~あ、哀れ」

 周りからは、先ほどの喧嘩(というには圧倒的すぎたが)に対する論評が飛び交っていたが、少し聞くだけでも分かる。

 あのヤンキー改め平井とかいう生徒の評価は、みるみる下がっているみたいだ。

 あれだけ無様な負け方をしたらそうだろうが、少しばかり哀れになってくる。

「別に気にする必要はないぞ、秋雨」

 声をかけてくれたのは、エビピラフを食べながら静観していたカミラさんだ。

「霧島のせいでプライドをズタズタにされたり、居場所を失ったヤツなんざ何百人もいる。いちいち罪悪感を感じてたらキリがないし、何よりお前が気にする必要もない」

 確かにそうなんだろうが、どうにも哀れになってしょうがない。

 それに、さっきの雪辱を晴らそうと、もう一度突っかかってこないとも限ら

「霧島ああああ!!!」

 ほら、やっぱりきた。

 さっきの平井が、数人のこれまた同じようなヤンキーを連れてもう一度やってきた。

「さっき警告したのに、懲りずにやってきたか、類人猿」

「うるせえ!!さっきから見下したような態度とりやがって!この0組があ!!」

 ああ、完全に頭に血が上ってるわ、この人。

「さっきから事あるごとに0組0組と言っているが、元々、合同学年0組は育成が困難な生徒を集め、互いに高め合うためのクラスだ。別に落ちこぼれでも何でもないし、むしろ貴様のような欠陥類人猿よりはよほど優秀だと自負している。それに、見下した態度をとられたくなかったら、それに見合った人間になって出直せ」

 俺たちクラスメイトに接する時とは180度違う、他者を圧倒的に嫌う、冷たい口調で俊哉さんが言い放つ。

「グッ・・・グルアアアアアアアア!!!!」

 言葉にもなっていない叫び声を上げながら、平井の体が膨張を始める。

 体は醜く膨れ上がり、目は真っ赤に充血し、爪や歯は鋭く尖り、まるで童話に出てくる狼男のような姿となった。

「ふむ・・・自身の体を変化させる異能か?また随分と醜い姿に変化させたな」

 車椅子に座っている俊哉さんと、化物と化した平井の身長差は、実に4mを超えているだろう。

 にも関わらず、いつも通りの落ち着いた表情に戻った俊哉さんは、冷静に平井を観察していた。

『グルアアアア!!オマエ・・・コロス!!!』

 人間の声とは思えない不気味な声で、平井が叫ぶ。

「知能が随分低下してるみたいだな。本能だけで俺を殺そうとしてるのか?」

 俊哉さんがそんな事を呟いた瞬間、平井が腕を振り下ろした。

 車椅子に乗っている俊哉さんでは、避けることは不可能。

「俊哉さん!」

 俺が意味もなく叫んだ瞬間、俊哉さんは落ち着いた口調で、言った。

「学習しろよ、平井。お前は俺には勝てない」

 次の瞬間、俊哉さんの左目が蒼く輝き、平井の動きが止まる。

「秋雨君、アスラちゃん。俊哉くんがどうして平井くんの動きを止めていられるか、分かる?」

 いきなり、今まで全然喋っていなかったリナさんが、聞いてきた。

「え?えっと、俊哉さんの異能が、相手の精神に干渉できる能力だから、とかですか?」

「私は相手の筋肉の動きを弄っているのかと思ったが」

 俺たちは、思っていた理屈を話した。

 まあ、どちらにしろ相手の動きを操っていたのだと思っていた。

「残念、不正解。実は俊哉くんの異能力は」

 そこまでリナさんが言ったところで、平井の体が地面から浮かび上がり、地上10mくらいまで持ち上げられる。

 浮かび上がるのが止まったかと思うと、今度は物凄い速度で地面に叩き付けられた。

 叩きつけられたのは俺たちの座っているテーブルから少し離れた場所だったので、俺たちに被害はない。

 地面に叩き付けられた平井は、メキメキと嫌な音を立てながら地面にめり込んでいる。

 恐らく、俊哉さんがさっきの警告通りに平井の全身の骨を折ろうとしているのだろう。

「俊哉くんの異能力は、重力制御なの。重力を限りなく小さくして異能力の対象を浮かべたりもできるし、限りなく大きくして今みたいに対象を地面にめり込ませることもできるの。他にも、重力を捻じ曲げてバリアみたいにしたり・・・」

 何ですかその応用範囲が極端に広いインチキ能力。

「それと『この学校で霧島俊哉に無益な喧嘩は売るな』っていうのは、俊哉くんが強すぎるから、怪我したくなかったら関わるなって意味なの。本当は優しいんだけど、怒るととっても怖いから」

 そんな説明をリナさんがしてくれているうちに、勝負がついてしまった。

 全身の骨は折れていないようだが、体中ボロボロの平井が元の姿で横たわっていた。

「全く、食事くらい静かに食わせろっての」

 そう言うと、再び何もなかったように食事を再開する俊哉さん。

 俺は、ひっそりと心に誓った。

 絶対に俊哉さんだけは怒らせないようにしよう、と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

07.カミラ・ロックバードと敵対するな

【2045年 4月14日  帝王国際学園  学食】

 

 『この学校で霧島俊哉に無益な喧嘩は売るな』という警告の意味を理解したのが一昨日、存分に恐怖を味わい、もう二度とああいうのは御免こうむりたいと思っていたのだが、そうもいかないらしい。

 本日、リナさんから新たに聞いた有難い警告がこれだ。

 『この学校でカミラ・ロックバードと敵対するな』

 またこういう物騒な警告である。

 一昨日の俊哉さんの警告と何が違うのだろうか。

 そんな事を思いながら、今日も今日とて変わらぬ食事を学食でとっていた。

 メンバーと場所は一昨日から変わらず、変わっているのはメニューと話題くらいだ。

 何故か3日連続で生姜焼き定食を食べている俊哉さんは置いといて、俺は麻婆豆腐と白飯。

 アスラは全部言うと途轍もなく長くなるので割愛、カミラさんは牛丼を頬張っており、リナさんは優雅にサンドイッチと紅茶を食べている。

 なんだろう、この全然揃ってなさは。

 いや、別に食事のメニューなんて個人の好みだけどさ。

「で、どうだ秋雨。この学校には慣れたか?」

 生姜焼き定食をもしゃもしゃと咀嚼しながら、俊哉さんが聞いてくる。

「あ、はい。なんとか」

 って、あれ?

「何で俺だけに聞くんですか?アスラも新入生なんじゃ」

 俺だけにこの学校に慣れたかと聞いてくるのは不自然ではないだろうか。

「あれ、言ってなかったか?帝王国際学園は小中高等部まであってな。アスラは中等部から上がってきたんだとよ」

 なるほど、中学の時から帝王国際学園ここにいたから俺の捕獲任務にも駆り出されたわけか。

「ん?ってことは俺がお前にボコボコにされた日、お前まだ中学生じゃねーか。何であそこにいたんだよ」

 流石に学校をサボってまで俺を捕獲しに来ることもあるまい。

 というか、捕獲しに来る理由がわからん。

「毎回の恒例行事みたいなものだ。エスカレーター式以外の新しい生徒が入る時に暴れられたり逃げられたりしないように中等部の生徒が黒服のおっさん達とは別に派遣されるんだ。まあ、毎年人数足りなくて高等部の奴らも駆り出されてるがな」

 珍しく多く喋ったアスラの説明によると、早い話が対逃走者用捕獲者みたいな役割だそうだ。

 偶然俺の担当になったのがアスラだそうで、それが俺とこいつの奇妙な縁の始まりだった。

「あー、あったあったそういうの。俺のところにも来たわ」

 こういう会話で一番危険極まりない俊哉さんが言う。

「ちなみに、俊哉さんの時はどんな感じだったんですか?どうせ反抗して暴れたんでしょうけど」

 もう重力制御をフルに使って暴れまわる俊哉さんの姿が目に浮かぶ。

「いや、俺は当時はそんなに多くなかったぞ。大体20人くらい」

 十分多いです。

「いやいや、カミラなんて凄かったらしいぞ。何人だったっけ?」

 なんでもっと多いんですか。

 最強クラスで戦術兵器級の異能力者の俊哉さんより捕獲人数が多いってカミラさん一体何者ですか。

「大体だと・・・200~300人くらいか。まあ、半分くらいが異能力者じゃなくて武装した普通の人間だったが」

 戦術兵器級異能力者の十倍以上の戦力投入しないといけないって・・・。

「カミラくんの家は、有名なマフィアの総本山だそうで、とても警戒されていたんですよ」

 今さらっと凄いこと言いましたね、リナさん。

 で、敵に回すなって、そういうことですか。

「まあ、もっと凄い理由があるけどな。確か今日から専攻授業始まったよな。秋雨、お前戦闘学の授業前見てみろ、凄いぞ」

 嫌だ、そもそも戦闘学なんていう物騒な授業を専攻したくない。

「まあ、諦めろ。そう悪いところでもないから、な」

 朗らかに言ってくる俊哉さんの言葉が死刑宣告のように聞こえた。

 

【2045年 4月14日  帝王国際学園  高等部戦闘学教室】

 

『お疲れ様です、兄貴ぃ!!』

 午前中の授業を終えて、戦闘学の教室に入った瞬間、聞こえてきたのが今の大合唱である。

 上級生下級生関係なく俺の後ろに立っている人物、カミラさんに頭を下げている。

 まるでヤクザの挨拶のように。

「おう、お疲れ」

 そんなことは一切気にしていないような雰囲気のカミラさんが席に着くと、頭を下げていた集団の一人の角刈り上級生が俺に向かってきて、いきなり胸ぐらを掴んできた。

「おいテメエ、なにカミラさんの前歩いて入室してんだ?ああ?」

 うわー、そういう事か。

『カミラ・ロックバードに敵対するな』

 こんな感じの地位築いてるから敵対すると厄介。

 って意味ですかリナさん!

「やめろ。俺の連れだ、手出しすんじゃねえ」

 俺が顔面蒼白で胸ぐら掴まれていると、カミラさんが助け舟を出してくれた。

 その声を聞くやいなや、速攻で手を離す角刈り上級生。

「すいませんでしたー!!」

 九十度を超えてカミラさんに頭を下げている。

顔色はさっきの俺以上に悪く、真っ白どころか青くなっている。

「すまねえな、大河。こいつも悪い奴らじゃねえんだ。許してやってくれ」

 コクコクと俺が頷くと、カミラさんはにやりと笑ってそのまま席に着く。

 さっきの上級生は魂が抜けたように崩れ落ちている。

 本日の教訓、『カミラ・ロックバードに敵対するな』。

 俺の心にしかと刻みましたよリナさん。

 カミラさんには人を惹きつける才能がある。

 それが、最大限に生かされているから、敵に回しちゃいけないんですよね?

 

 その後戦闘学の先輩に聞いたのだが、この学園で喧嘩を売ってはいけないやつランキングというものが存在し、二位は直接的に潰されるから俊哉さん、三位は社会的に潰されるからカミラさん。

 そして、堂々の一位が何故かリナさんだった。

 一体、明日はどんな警告を聞かされるのだろうか、いや体験させられるのだろうか。

 それを考えているだけで、俺は胃痛を催すのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

08.リナ・フェルミンに手を出すな

【2045年 4月17日  帝王国際学園  学食】

 

『次のニュースです。国際異能力開発機構IDDMは、中東で多発する異能力犯罪に対しての軍事的処置を取るとして、本日会見を開きました。これに対して中東諸国の首脳陣は・・・』

既に毎回恒例となった、0組フルメンバーでの昼食の場にて、相も変らぬ物騒なニュースを学食備え付けのテレビで聞きながら、俺は不安を拭いきれないでいた。

 『この学校で喧嘩売っちゃいけないやつランキング』なるものの存在とランキング堂々の1位がリナさんであることを先輩から教えられてから早三日。

 今までの流れだとリナさんが何故ランキング1位なのかが判明する頃なのだろうが、そんな事は一切ないまま、三日が経過している。

 よって、いつ前回の『霧島俊哉に喧嘩を売るな』と『カミラ・ロックバードと敵対するな』のような実践的教訓が出てくるか分からないのだ。

 0組上級生で唯一のまともな人間である(と俺は信じている)リナさんまでもが危険な人物であったならば、もう0組には俺以外に一人もいないことになってしまう。

 それだけは勘弁して欲しい。

 常識的な人間が一人しかいないクラスで三年間も過ごさなければならないなど、地獄でしかない。

「ちょっと俊哉さん、すいません」

 今日でで5日連続生姜焼き定食を頬張っている俊哉さんに話しかける。

 この人は生姜焼き定食以外を食えない呪いにでも掛かっているのだろうか。

「なんだ秋雨。生姜焼きはやらんぞ」

 最近、打ち解けてくれたのか口調が丁寧じゃなくなってきた俊哉さん。

 ていうか、誰も、喧嘩を売ってはいけないランキング2位の生姜焼きなんて狙いませんよ。

「いえ、生姜焼きは狙ってませんから・・・。それより、ちょっと小耳に挟んだんですが・・・」

 俺は俊哉さんにランキングの事を話す。

「ああ、まだ残ってたのかその話。懐かしいな」

 遠い目をして答える俊哉さん。

 一体何があったのだろうか。

「まあ、ウチのクラスに関わることだからなあ。よし、秋雨、それとカミラも。ちょっと昔話に付き合え」

 一人無言でもっしゃもっしゃとチャーハンを食べていたカミラさんも呼ぶ。

 そして、その言葉から、本日の教訓を知る有難いお話は始まったのだった。

 

「で、何の話だ?」

「喧嘩を売ってはいけない奴ランキング第一位」

「ああ、リナか」

 それだけで話が通じてしまった。

 どれだけ有名なんだ、この話。

「さて、まず最初に、お前はリナの異能力を知っているか?」

 最初は、確認だった。

「いえ、知りません」

 俺が異能力を知っているのは、俊哉さんの重力制御だけだ。

 アスラやリナさんは異能力を見る機会などないし、カミラさんは授業中常に寝ているので、異能力を見せてもらうこともない。

 余談だが、俺は俺の異能力すらまともにどんなものか理解していない。

 俺の異能力は、今までに例がない上に、発動条件や能力の質がいまいち安定しないなど、様々な理由から、漠然と『なんかレアな能力』という事しか分かっていない。

 性質だけは分かっていたので、ちょくちょく使っているのだが、結局どういうものなのかは分かっていない。

「OK。まずはリナの異能力の説明からしていくぞ」

 俺が頷くと、俊哉さんの説明が始まった。

「リナの異能力は、『見通し』って呼ばれてる能力だ。これは、視力が上がるとかそういうのじゃなくて、リナの異能力の前では絶対に嘘が吐けなくなる」

 それはまたプライバシーガン無視の異能力だな。しかし

「それだけで喧嘩売るなランキング第一位になるんですか?」

 確かに怖い異能力だが、実際に喧嘩売りたくないのは俊哉さんやカミラさんだ。

「まあ、異能力だけならランキング上位にも上がらないんだがな、前にちょっとあってな・・・」

 カミラさんが遠い目で言う。

 何でこの二人そんなに遠い目をするのだろうか。

「そう、あれは、1年前。俺がまだ0組に編入する前のこと」

 なんか小説の回想シーンみたいな喋り方だな。

「当時、俺は常に無言を貫き、読書に励んでいた」

 今よりも重症っていうことですか。

「結果、入学から2週間程で、俺に話しかけてくる奴は激減した」

 そりゃそうでしょう。

「それでも健気に話しかけてきた奴を、重力制御を使って黙れせたりもした」

「ひどっ!」

 俺のツッコミを無視し、俊哉さんは話を続ける。

「そんなある日、学食でヤンキーに絡まれてるリナを見つけた」

 おお、やっとまともになってきた。

「絡まれてる理由が、『お前の異能力ウザイんだよ』というシンプルなものだったが、俺は元々助けるつもりなんてなかったんだ、ある出来事が起きなければ」

「ある、出来事?」

 なんだろう、俊哉さんが助けるつもりのなかったリナさんを助けた理由って。

「ヤンキーの一人がリナの座っていたテーブルを叩き、それによって飛んできたリナのオレンジジュースが俺の読んでいた本にかからなければ・・・」

 へ?

「ブチギレた俺は、そのヤンキーを、何故か一緒に殴り込んできたカミラと一緒にボコボコにした。俺の本にジュースをかけた奴が全治5年、他の奴らが全治2年。あの日を境に、ウチの学校の生徒が20名減った」

「まさかとは思いますが・・・リナさんがランキング1位なのって、喧嘩をふっかけた奴らがお二人にボコボコにされたからですか?」

 だとしたらリナさん、全く関係ないのではないだろうか。

「正確には『リナに手を出した奴らがランキング2位と3位にボコボコにされたから』だな」

 やっぱりリナさん関係なかった。

「そういえばカミラ、お前何でリナに絡んでた奴らボコったんだよ」

 それもそうだ。俊哉さんのようにキレる理由がなければカミラさんも戦おうとはしないのではないだろうか?

「ヤンキーの一人がリナの座っていたテーブルを叩き、それによって飛んできたチキン南蛮が俺の食っていたラーメンに入ってきた。タルタルソース付きで」

 あなたたちはまともな理由で人を助けようとは思わないのか・・・。

「まあ、その大乱闘が理由で俺とカミラは『危険人物』として、リナは『事件誘発対象』として0組に叩き込まれた訳だが。いやー、リナには本当に悪いことをしたなあ、カミラ」

 上級生組が0組に配属になったのは、そんなお馬鹿な理由だったのか。

「まあ、悪いとは思っているが、俺はこのクラスの方が気が楽だし、良かったと思っているがな」

「違いねえ。『沈黙する重力支配者』とかいう小っ恥ずかしいあだ名を付けられるようなクラスよりよっぽどいいしな」

 今日、学んだこと。

 意外と俊哉さんとカミラさんは、0組が好きなようだ。

 そして、リナさんはかりそめの一位だった。




 受験シーズン真っ只中に今回の話を書いていましたが、正直言ってかなり辛いです。
 受験というモノがこの世から無くなればいいと何度呪詛の言葉を吐いたか分かりません。
 本作品を読んでくださっている読者の方の中に受験生がおられ、本作品で少しでも受験の苦しみを紛らわせることがあったのなら、それはとても嬉しいことと作者は考えます。
 それでは、本作品を読んでくださっている全ての方々に最大級の感謝を込めて。

シドラ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09.0組は学生寮でも変わらない

【2045年 4月25日  帝王国際学園  0組学生寮(早朝)】

 

「グッッド、モオォオオニィイイング!!学生諸君!!」

「五月蝿いんだよ寮長、ゴルアアア!!」

 騒がしいというより鬱陶しい挨拶と、怒鳴り散らすアスラさんの声で俺は目が覚めた。

 季節は春、ここでの生活にも慣れ始め、大抵のことには慣れてしまい、驚かなくなった俺も、朝っぱらからの寮長のモーニングコールだけは慣れることはない。

 元帝王国際学園生徒である寮長こと春坂友一さんのモーニングコールは、人が熟睡している時間帯を狙って大音量の挨拶から始まる。

 そこからモーニングコールに対して怒り狂った俊哉さんとカミラさんが寮長に対して攻撃し、その騒がしい音で俺とアスラとリナさんが目覚めるというのが、最近の0組学生寮のパターンである。

 尚、学生寮というのは、『他者と協力しながら、出来る限りのことは自分でやることによって、自主性と生活能力を高める』という名目上作られた施設である。

 クラスごとに別々の寮があり、そこでの共同生活というのがルールなわけなのだが、この0組寮、とにかくボロい上に狭い。

 昔はエリートの集まりだった0組だが、最近は問題生徒ばかりが集まっているため、待遇も悪い。

 その扱いの悪さが最もわかり易く出ているのが、この0組学生寮だ。

 元々は倉庫だったのを無理矢理寮にしたため、とにかく狭い。

 さらに、他の場所の修理に金がかかっているため、ここの修理に回される金がなく、結果的に築十数年の間雨ざらしになっているボロボロの建物である。

 リナさん曰く、梅雨になると雨漏りが、夏になると湿気が、冬になると寒さがとても辛いらしい。

 建物の構造は、一階に俺と俊哉さんとカミラさんが寝ている男子部屋、寮長の寝ている管理人室の他には、リビングが一つあるだけで、他には何もない。

 二階にはアスラとリナさんが寝ている女子部屋の他に、物置と常にギシギシ言ってるベランダがある程度。

 いつ倒壊するかも分からない0組寮では、毎朝欠かさず寮長と上級生男子二人組による戦闘が繰り広げられている。

「押しつぶされて死ね!!」

「あっはっは!!効かない効かない!」

 俊哉さんの重力制御をくらっても、ケロッとした顔で動き回っている寮長。

 寮長さんは、厳密には異能力者ではなく、異能力が効かない特異体質の持ち主である。

 2000年代のフィクション作品に寮長のような能力を持った主人公のキャラクターが存在したらしいが、はっきり言って寮長は俊哉さんが言っていたそのキャラクターよりも。

「いい加減にしろ、テメエ!」

 遥かに弱い。

 今現在も、カミラさんに思いっきりぶん殴られて、吹っ飛び、廊下で泡吹きながら失神している。

 寮長の体質は異能力者相手に絶大なアドバンテージを取れるとして、発見当初は大層期待されていたのだが、在学当時の戦闘能力は何の訓練も受けていない小学生にも劣っていたため、問題外の弱さとして、在学中も0組に所属していたそうだ。

 それがきっかけで、現在は0組寮の寮長となっている。

「毎朝毎朝、よく飽きませんね~二人共」

 二階からあくびをしながら降りてきたリナさんが、半ば呆れながら言う。

 自慢の金髪が寝癖で大変なことになっており、今にも寝てしまいそうなとろーんとした目をしている。

「呆れるくらいなら寮長をなんとかして下さい。正直、毎朝の寝起きの気分は最悪なんですが」

 毎朝毎朝あの馬鹿でかい声で叩き起され、それに対してキレる俊哉さんとカミラの怒鳴り声で眠気を飛ばされるのは本当に最悪だ。

「嫌ですよ、私寮長苦手ですし」

 こういう時に一切手伝ってくれないのがリナさんだ。

 一見するとすぐに助けてくれそうな性格だが、自分のメリットにならないことは絶対にやらない現実主義者。

 それが本来のリナさんだ。

 その性格と異能力のせいで、通常クラス在籍中も好かれてはいなかったようだ。

「おい、誰か泡吹いてる寮長を管理人室に放り込んどいてくれ。そろそろ学校に行かないと遅刻する」

 最近手動式から自走式に買い換えた車椅子に乗りながら、俊哉さんが廊下で横たわっている寮長を堂々と轢きながら、寮を出る。

「んじゃ、よろしく頼むぜ」

 カミラさんは鞄を持ってさっさと行ってしまう。

「お先に失礼しますね」

 一瞬で髪の毛と服装を整え、セーラー服姿で陽光を浴びながらリナさんも行ってしまう。

「まあ、頑張れ」

 いつの間にか起きていたアスラにも先に行ってしまい、結局俺が運ぶことになる。

 しかしこの寮長、在学中に馬鹿なことに右腕の表面を鋼鉄でコーティングし、その上に人口の皮膚をかぶせて少しでも自分の戦闘能力を上げようとしたらしく、実際寮長の拳骨はありえないほど痛いのだが、その後調子に乗って両腕をコーティングしているので、寮長は重い。

 現在は在学当時とは違い、両腕を自由に振り回せる筋力があるので、高速で放たれる鉄拳(比喩ではない)と鍛えられた身体能力があるのでそこいらの軍人より遥かに強いのだが、見た目細いのに筋肉質なせいで重い。

 尚、先ほどカミラさんにぶん殴られて失神したのは寮長が弱いわけではなく単純にカミラさんが強いのだ。

 っと、そんな話はどうでもいい。

 無駄に重い寮長を引きずりながら、管理人室に文字通り放り込む。

 2~3時間くらいしたら復活するだろう。

「行ってきます、寮長」

 俺たちの家を、今日も頼みますよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.実習訓練と決意

【2045年 4月25日  帝王国際学園  戦闘学訓練室】

 

「グハッ!!」

 みぞおちに鋭い拳が入り、俺は膝から崩れ落ちる。

 現在俺がいるのは戦闘学の授業を実践するための訓練室だ。

 真四角な壁を6枚使って作ったような真っ白な部屋の中で俺はのたうち回る。

 相手は同学年の戦闘学専攻者。

 名前は・・・藤原っていったか。

「おいおい、こいつマジで素人か?カミラ先輩の連れとか聞いたから期待してみたら、このザマかよ。とんだ期待外れじゃねえか」

 実際そうだろう。

 今回の訓練実習は『異能力を使用して敵を制圧する』ことが目的だ。

 俺は正体能力用途不明の異能力で逃げ回っていただけ。

 対して藤原は対象を加速させる能力(聞いてもいないのに藤原がペラペラ喋った)で、拳や蹴りの速度を上げて攻撃してきたり、小石を高速で投げつけてきたり、自身を加速させて俺を撹乱させてきたり、かなり自身の能力を使いこなしていた。

 俺のみぞおちに入った拳も、恐らく加速させて威力を上げたものだろう。

『そこまで!』

 部屋の天井に設置されたスピーカーから共感の声が聞こえ、訓練の終了が告げられる。

「ケッ!張り合いのねえ。0組ってのはこの程度なのかよ」

 藤原はそう言い放つと、俺を放って出口から出て行った。

 俺には地面を這い蹲りその背中を睨みつけることくらいしかできなかった。

 

 実習終了後、保健室で包帯や痛み止めなどの処置を受けた俺に、カミラさんが言ってくる。

「まあ、藤原は今年の新入生の中でも上位クラスの実力者だ。気にするな」

 カミラさんの慰めの言葉も、今は惨めにしか感じない。

 なんせ、俺が負けたのはこれが初めてではない。

 入学して以来、幾度となく訓練実習をやってきたが、一度も勝ったことはない。

 連戦連敗、このままだと昔に寮長が打ち立てた偉大なる『入学後の実習36連敗記録』を超えてしまいかねない。

 俺が負け続けている理由、それはやはり自分の異能力をうまく扱えていないからだろう。

 自分の能力を使いこなすどころか把握すらできていない出来損ない。

 それが今の俺の評価だ。

 同じ0組のカミラさんやアスラも、戦闘学を専攻しているが、俺とは違って高い評価を得ている。

 アスラの能力である『身体強化』やカミラさんの能力の『火炎』は明らかに戦闘に向いており、その向いている能力を使いこなしている。

 戦闘向きどころか何の役にも立ちそうにない俺の能力とは違うのだ。

 そんな風に考え方が卑屈になっていたのだが、反面どうしても許せないことがあった。

 『0組ってのはこの程度なのかよ』藤原が吐き捨てたその言葉だけは、許すことはできない。

 俺を侮辱したけりゃ侮辱しろ。

 出来損ない役立たずお荷物ポンコツEtc・・・。

 様々な罵詈雑言には慣れている。

 だが、出来損ないなのは俺だけだ。

 ほかの0組メンバーは関係ない。

 絶対にあの言葉だけは撤回させてやる。

 俺は新しくできた小さな目標を胸に、0組寮への帰路についた。

 

 

 明くる日、4月26日。

 再び俺は、藤原と対峙していた。

 本日はルール無用で制限時間なしの一本勝負。

 異能力を使おうが、銃火器を多用しようが、何でもありの勝負。

 だが、結局俺は今現在も圧倒されっぱなしだ。

 例の何だかよくわからないが相手の攻撃を回避するのくらいには使える異能力を使いつつ、防戦一方だ。

 そして、殴り飛ばされて壁に叩きつけられ、肺の中の空気を吐き出す。

 昨日、あのような決意をしたのはいいが、はっきり言って今の俺では藤原に勝つのは無理だろう。

 アニメの主人公よろしく怒りで急にパワーアップ、からの大逆転勝利なんてものも期待する価値すらない。

 純粋にパワーアップできれば、藤原に勝つことも可能かもしれないが、そもそも異能力がどうやったらパワーアップするのかすら、俺は知らない。

 いや、そもそもパワーアップの仕方を知っていたところで、能力を把握していない俺の能力がパワーアップしたところで、余計にわけがわからなくなるのが関の山だろう。

 というか、なんで俺はこんなに必死になって藤原と戦っているのだろう?

 強制的に入学させられた学校の、会って2ヶ月も経っていない奴らのために、俺は必死に戦うような人間だっただろうか?

 そもそも強制入学の事は今でも恨んでいるし、普通の学校に通いたいという思いは今でもある。

 だけど、アスラや俊哉さんやリナさんやカミラさんや寮長や神楽坂先生という普通の学校では出会えなかった人たちと出会えた。

 中学校にいた頃は、異能力者=化物という構図のせいで友人などただの一人もできなかった俺に、新しい出会いをくれたこの学校には、確かに感謝しているが、そんな理由でボロボロになりながらも相手に向かっていくような人間だっただろうか、俺は。

 空っぽで中身のない、楽しさの欠片もなかった中学校生活よりは、遥かに楽しいと思える場所が、今、俺にはある。

 だけど、中学校時代より楽しいからといって、俺は何故戦う?

 0組で騒いでいるだけでも、十分に楽しいだろうに。

 

 って、どれだけ言葉を並べても無意味か。

 だって、俺が戦っている理由なんて、馬鹿みたいに単純な理由だ。

「友人馬鹿にされて、黙ってられるかこのクソがあああ!!!」

 俺の右腕が黄緑色の光に包まれる。

 全身をコーティングしては俺の方が対象から離れてしまう。

 入学してから俺が研究し続けた結果、俺の異能力は『光に包まれた部分が生き物と接触しようとすると爆発的な速度で自分自身か接触しようとした生き物が離れる』というどういうものかは分かったのだが、用途がさっぱり分からない、やはり意味不明な異能力だった。

 生き物にしか効果がないので飛んでくる武器などは避けられないし、メリケンサックなどで生き物が生き物ではないもので攻撃してきた場合も避けることができない。

 このため、寮長の拳骨は回避できない。

 そんな扱いづらいことこの上ない異能力だが、相手が武装していない人間なら多少は役に立つ。

 藤原は加速能力を使って生身で戦っている。

 そして、ボロボロになった俺にトドメを刺そうと、おお振りの拳を叩き込むモーションに入っている。

 俺は、そのおお振りの拳に狙いを定め、カウンターのように右拳を叩き込む。

 能力が発動し、藤原が逆方向に吹っ飛び、壁に激突する。

 そのままミシミシと嫌な音を立てながら壁にめり込んでいく。

 実はこの能力、俺が止めない限り半永久的に発動し続けるので、壁にぶつかると離れようとして体がめり込むことになる。

 苦悶に歪む藤原の顔を見ながら、達成感を感じつつ、俺の意識は途切れていった。




 最近受験も終わり、執筆に割ける時間も増えてきたのですが、何分学生の身のため中々投稿することもできませんが、これからも皆様を楽しませることができる作品作りに邁進する所存ですので、どうぞこれからもよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.変化と対応と地獄絵図

【2045年 4月30日  帝王国際学園  共同学年0組教室】

 

 さて、藤原との実習訓練が終わったあと、3つほどあからさまな変化が俺の周りに訪れた。

 1つは、周りからの俺の評価だ。

 今ままで『学園最底辺のポンコツ』みたいな評価を受けていた俺の評価は『学園内でレベルの低い奴』程度に格上げされた。

 まあ、実際扱いが悪いのは大して変わらないのだが、それでも0が1になるのは大いなる進歩だ。

 この調子で、いつかは先輩方と肩を並べるくらいに強くなりたいものだ。

 さて、2つ目の変化だが、俺に不用意に触ろうとする人間がいなくなった。

 元々0組を恐れている人が多い中、わざわざ俺に触るなんていう意味のない行為をしてくる人間は1人もいなかったのだが、最近は偶然触れるのも全力で避けられるようになった。

 俺が意識を失ってからも、藤原が壁にめり込み続けた結果、全身の骨を折る大怪我を負い、現在は学園備え付けの病院棟で入院生活となってしまい、その状態を見た生徒が、『秋雨大河に不用意に触ると全身の骨をお折られる』という新しい教訓を作ってしまったためである。

 0組メンバーと神楽坂先生、寮長はそんなもの気にもせず(寮長に至っては異能力効果がないし)、普通に接してくれるが、食堂で肩がぶつかった瞬間に悲鳴をあげられたり、廊下を歩いている時にあからさまに距離を取られたりするのは正直に言うとショックだ。

 益々俺のこの学園での評価や立ち位置が妙なことになりつつある。

 3つ目の変化だが、なんか最近俊哉さんがボコボコにした平井とかいう生徒がなにかと絡んでくる。

 これは、ほかの0組メンバーにも相談したのだが、直接的に何かされたわけでもないのに攻撃したりすると神楽坂先生や寮長が校長に怒られる可能性が高くなってしまうため、これといった対処はできていない。

 『別に寮長の給料が引かれようが、食事が貧相になろうが、クビになろうが知ったこっちゃないが、神楽坂先生に被害が及ぶのは避けたい』というのが上級生組の総意だそうだ。

 まあ、寮長の扱い云々は置いておくとして、不必要に事を荒立てるべきでもない。

『何かあったら即座に連絡しろよ。そいつ血祭りにあげるから』と物騒な約束を俊哉さんとしているため、当面問題はないだろう。

 以上が俺の身に起きた3つの変化だが、正直な話そんなものどうでもいい。

 いや、1つ目は重要かもしれないが、今はそれ以上に重要なことがる。

「皆さーん、ちゃんと一般科目の勉強もしていますか~?来週は中間テストですよ~?」

 神楽坂先生ののんびりとした声が、閻魔の有罪判決にも聞こえる。

 そう、中間テストだ。

 別にテストの成績親に見られても人工島まで怒りにこないからいいんじゃね?という考えの奴もいるだろう。

 だがしかし、俺は普通にこの学校を卒業して後はごく一般的な生活を送りたいのだ!

 中間テストの成績が悪すぎて留年なんてことになったらこの学校に1年間余分に在籍しなくてはならない。

 それだけはなんとしても避けたいのだが。

「今回のテストは一年生の大河君とアスラちゃんがいるので、中学校3年間に範囲を絞ります。まあ、簡単だと思うから頑張ってねー」

 チュウガッコウサンネンカン?

 範囲の絞られていた中学校の定期テストすらで1桁点数常連組の筆頭だった俺だぞ!?

「あ、あと学年平均点の半分以下だと補修になっちゃうので気をつけてくださいね~。俊哉君とリナちゃんとカミラ君は2年生の、大河くんとアスラちゃんは1年生の平均点目指して頑張ってね~」

 この学園の奴らの平均点を知らないから何とも言えないが、俺レベルでアホなやつが何万人もいるとも思えない。

 勉強するしかないのか・・・!?

「科目は国数理社英の5教科で、全部で500点満点です。皆さん、頑張ってくださいね~」

 神楽坂先生はそう言うと教室を出ていき、俺は死刑宣告を受けた囚人のような陰鬱な顔でうなだれるのだった。

 

 

「なんだ、秋雨。お前そんなに勉強できないのか」

 0組学生寮で晩飯を囲んでいたところ、カミラさんが聞いてきた。

 よほど暗い顔をしていたのだろうか、カミラさんは心配そうな顔をしている。

「中学校の定期テストの合計店が100点を超えた事が一度もないくらい勉強できません」

 俺がそう呟くと、他のメンバー全員がドン引きするような、具体的に言うと「うわぁ・・・」といった声を上げた。

「そんなにか・・・寮長よりひどくないか、それ」

「俺の定期テストでも100点はいってたぞ」

「威張るな寮長。大して変わらん」

 カミラさん、寮長、俊哉さんの順番での発言だが、まさか寮長以下の烙印を押されるとは思わなかった。

「そういう皆さんはどうなんですか、テストの成績」

 授業をほぼ寝て過ごしているアスラ(バカ)はともかく、上級生組が賢いなら是非とも勉強を教えていただきたい。

「教科にもよるが、大体平均点は取れてるぞ、俺は」

 カミラさんは見た目に反して結構勉強はできるようだ。

 赤毛に着崩した制服に乱暴な口調にキツイ目つきと、2000年代初期にいた不良にしか見えない見た目に反して。

「何か物凄い馬鹿にされたような気がするんだが」

 その上エスパーである(比喩)

「私も大体平均点以上は取っていますよ。国語はちょっと苦手ですが」

 お次はリナさんだ。

 やはり平均点以上は取れているらしい。

 なんだかんだ言っても、やはり優秀な人が多いのだろう。このクラスは。

「で、最後に俊哉さんですが」

 珍しく率先して話に入ってこなかった俊哉さんである。

「俺の場合は・・・参考にもならないし教えることもできないぞ?」

 そう言いながらリビングの端っこにあったファイルを取り出す。

 それを俺に放り投げる。

「食事中に物を読むのは感心しませんよ?」

「いいんだよ、そんな風習は日本だけだ」

 寮長の注意に、カミラさんが反論する。

 俺は一度箸を置くと、ファイルを開く。

 中には過去のテストの答案が入っていた。

 名前の欄には、全て『霧島俊哉』と記入されている。

 だが、問題なのはテストの点数だ。

 100点満点のテストもあれば、一桁の点数もあり、ひどいと0点のテストもある。

 しかし、補修で出されているテストは全て満点である。

 はっきり言って、何故こんなに落差があるのか分からない。

「俺は模範解答を全部頭の中に叩き込んである。だから模範解答通りのテストではいい点が取れるんだが、他ではからっきしだ」

 ああ、確かに参考にはなりそうもない。

 早い話が答えを全部覚えて、そこから応用できるやつは応用するってことだろう。

 無理だ。

 そんな馬鹿げたテストの乗り切り方できるわけがない。

「だから言っただろう。参考にもならないし教えることもできないって」

 それだけ言うと俊哉さんはファイルを回収し、食事を再開した。

「まあ、テストまで一週間はあるんだ。頑張れよ」

「頑張って下さいね。わからないところがあったら教えますので」

 結局、俺は頑張るしかないようだ。

 ここからが、帝王国際学園に入学して、初の暴力的ではない俺の地獄となるのだった。




 最近、私生活であまりいいことがないような気がします。
 ライトノベルを一気買いしようとしたら友人の策略で2巻だけが買われていたり、別の作品を一気買いしようとしたら友人に3巻だけ買われていたり、漫画の最新巻を買いに行ったら売り切れていたり、知り合いの男子が卒業メッセージに「好きです」とかいう気色の悪い冗談を書いてきたり・・・。
 ですが、そのような作者の運のなさ分だけ、この作品で皆様が幸せになっていただければと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.絶望的な馬鹿はもはや罪

【2045年 5月1日  帝王国際学園  0組学生寮】

 

「で、なんだ?この結果は」

 俺の前で青筋を浮かべているのは俊哉さんだ。

 その手には先程俺がやったテストの答案が握られている。

 正確には怒りのあまり握りつぶしている。

「秋雨・・・お前真面目にテスト受けたんだよなあ?」

 やばい。滅多に怒らない(寮長のモーニングコール以外では)俊哉さんが怒っている。

 理由はやはり俊哉さんが手にしているテストだろう。

 中間テストまでの間、上級生組とそこそこに勉強はできたアスラによって勉強を教えてもらっているのだが、その途中でやった模擬テストがまずかったらしい。

「はい!中学校3年間のテストよりも遥かに真面目に受けました!」

「じゃあ何でこんな答案になるんだ馬鹿野郎!!」

 ついに俊哉さんがキレた。

「おかしいだろ!どうしてこうなるんだよ!訳分かんねえよ!」

 俊哉さんがテストを机に叩きつける。

 そのテストの点数は、どれも100点満点中10点や5点などの絶望的な点数ばかり。

 だが、恐らく俊哉さんが怒っているのはそこではないだろう。

「どう考えたらこんな回答に行き着くんだよ!」

 そう、もはや才能の域といっても過言ではない珍回答の数々だ。

『Q 次の漢字の読みを書きなさい【頑固】  A かたくなこ』

「どうやったら片栗粉みたいな読みができるんだよ!」

『Q 2011年の東日本大震災以来、使用が危険視されているエネルギーを答えなさい【原子力】 A 希望と絶望の相転移』

「古いアニメの見過ぎだバカが!」

『円周率を数字で書けるだけ書きなさい。なお、小数点第2位までは必ず書く事【3.1415926535・・・etc】  A π』

「数字で書けって書いてあるだろうが!」

『Q 長篠の戦いで織田軍が武田軍に勝つために使った南蛮より伝えられた武器を答えなさい【鉄砲】 A 気合』

「そんなもので勝てるか!つうか武器ですらねえ!」

『Q 裸子植物は被子植物とどのように違っていますか?簡単に説明しなさい【胚珠が子房につつまれていない】 A こうなっている(イラスト付き)』

「文字で説明しろ文字で!しかも無駄に上手いなイラスト!」

『Q 次の英文を訳しなさい I have a pencil【私はえんぴつを持っています】 A 私はハブをペンシルしています』

「直訳にすらなってねえ・・・!」

 と、このように馬鹿としか思えない、いや実際に馬鹿なのだが・・・ともかくふざけているとしか思えない珍回答を連発したせいで、俊哉さんがキレてしまった。

「なんなんだよ、ハブをペンシルしていますって!」

「自分にも分かりません!」

 実際、本当に分からないからそう書いたのだ。

 というか、分かるわけがない。

 中学校時代に真面目に受けた授業が体育だけという実績は伊達ではないのだから。

 当時から馬鹿として周りに認識されていた俺は、体育以外の授業は常に寝ていた。

 よって、小学校くらいの勉強しかできない。

帝王国際学園(ここ)の共用語が日本語じゃなかったら終わってたぞ、お前・・・」

 前にも言ったように、帝王国際学園の共用語は日本語だ。

 というよりも、学園関係者が断固として日本語を使い続けるので、いつの間にか日本語に定着してしまったらしい。

「いっそのことテストに細工を・・・いや、バレたらただじゃ済まなくなるしな・・・となると別の方法で・・・」

 俊哉さんはどうやら俺がどうやって勉強できるようになるかじゃなくてどうやってイカサマするかに焦点を切り替えたようだ。

 まあ、あれだけお馬鹿な回答をしていれば諦めるのも無理はないだろう。

「秋雨、俺はイカサマの会議をやってくるからお前はリナとカミラに勉強教えてもらっとけ」

 どうやらイカサマをやることを隠す気もないようだ。

「了解しました」

「じゃ、行ってくる」

 時速6km程の速度で最近走り始めた俊哉さんの乗った自走式車椅子を見送ってから俺は今後のことを考えた。

 カミラさんかリナさんに勉強を教えてくれと頼むなら、殆どの人はリナさんを選ぶだろう。

 明らかに頭良さそうだし、人あたり良さそうだし、美人だし。

 そんな事を考えているうちに、アスラに捕まった。

 最近あんまり関わりがないのが嫌なのか、率先して首を突っ込んできた。

 このアスラ、授業中はいつもそれはそれは可愛らしく忌々しい寝顔で俺の睡魔を刺激してくるのだが、勉強はそこそこできたらしい。

 ついでに言えば、アスラは美少女である。

 同じクラスの贔屓目かもしれないが、まあ可愛い顔立ちをしている。

 俺がリナさんに教えてもらおうと思っていた理由のうち2つは、意外にもアスラにも当てはまった。

 が、3つのうち最後の1つだけはこいつが当てはまることはない。絶対ない。

 こいつのどこが人当たりがいいんだよ。

 (他人に)無口、無愛想、(私生活に)無頓着の無が三拍子揃っているアスラに人当たりなど求めるのは殺生な気もするが・・・。

「何か失礼な事を考えなかったか、お前」

 貴様もエスパーか!(比喩)

 と、そんなじゃれあいをしながらも、案外教え方の上手いアスラに勉強を教わること2時間。

「お前には無理だ。諦めろ」

 さじを投げられた。

 逆によく2時間も付き合ってくれたと感心する。

「霧島に聞いていたが・・・お前は相当の馬鹿だ。多分お前のレベルで勉強のできない人間はまずこの学園にはいない」

 ひどい言われようだ。

 というか先輩を呼び捨てにするな。

「このままではイカサマをしたところで乗り切れるかどうかわからないぞ。お前」

 そこまで言うか。

「たっだいまーー!!」

 妙にテンションの高い俊哉さんが帰宅した。

 その時、俺は知らなかったのだ。

 比較的まともだと思っていた俊哉さんの頭が結構イカれていた事を。

 そして、0組にまともな人間など1人もいないことを。

 満面の笑みを浮かべる俊哉さんが実行した、恐ろしく阿呆らしい計画を。




 先日、友人に借りていたライトノベルを明日返しに行こうと決意しました。
 翌日大雪で返しにけなくなりました。

 先日、USBをポケットにいれたまま洗濯してしまいました。
 翌日データが何故か生きていることを喜びました。

 本日、USBが行方不明になりました。
 やはり最近運が悪いような気がします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.点が取れないのなら・・・

【2045年 5月7日  帝王国際学園  合同学年0組】

 

「いいか秋雨。補修や留年が嫌なら、死んでも1点は取れ」

 テスト直前、イカサマの準備を終えたらしい俊哉さんが物凄い真面目な顔で言ってきた。

 内容は全然真面目ではないのだが、俊哉さん曰く、5教科の合計点が5点以上(1教科でも0点取ればアウト)なら俊哉さんのイカサマのおかげで留年や補修を回避できるらしい。

 どういう作戦なのかは一切教えてもらえず、そもそも作戦の存在自体他言無用。

 神楽坂先生にイカサマの事が知れたら2度と同じ作戦が使えないし、全員が死ぬほど怖い折檻を受けることになると青い顔で言われた。

 一体過去に何があったのだろうか。

 キーンコーンカーンコーンッ!!

 寮長が最近いじったせいで馬鹿みたいに大きくなった音量のチャイムを聞きながら、テストが開始された。

 今回こそは真面目に5点を取る!

 あれ?これは真面目なのか?

 少なくとも俺は真面目だと思っているのだが、目標点数5点(総合)っていうのは如何なるものか?

『別にいいんじゃないか?お前の自由だろ、目標点数なんて』

 頭の中で仏が入学式以来初めて喋った。

『もっと高みを目指せよ!諦めるな!』

 無駄に熱い神が俺に、これも入学式以来初めて喋りかけてきた。

『お前には無理だ。2点にしろ』

 おいキリスト、テメエ俺を見くびりすぎだ。

 俺ならもっと点取れるんだよ!

『無理』

『無理』

『無理っ★』

 テメエら入学式の時から変わってねえぞ、おい!

 だが、俺はテメエらとは違う、進歩してるんだよ!だから叫ばねえ!

『なん・・・だと?』

 つーかこれ以上テメエらと喋ってる時間はねえ。

 シャーペンでカリカリと答案を書く音だけが教室に響き渡る。

 俺にしか聞こえない三馬鹿(神仏キリスト)も俺が真面目にテストを受け始めたからなのかもう喋りかけてこなくなった。

 カリカリ。

 カリカリ。

 イカサマなど本当にやっているのだろうかと思いたくなるほど静かに、何の変哲もなくテストは続く。

 

 

「おい秋雨。調子はどうだ」

 最近俺たち以外は近寄らなくなった学食のテーブルで、俺の知る限り入学式からずっと食べ続けている生姜焼き定食を口に頬張りながら俊哉さんが聞いてくる。

 この人は本当に生姜焼き定食しか食べられない呪いでも受けているのだろうか。

 いや、朝食や夕食では普通になんでも食べているから違うのか?いやでも・・・。

「おい、人の話を聞け」

 俊哉さんのチョップで俺が思考を元に戻すと、満面の笑みで答える。

「すげえいいです。これなら行けます!」

 実際、俊哉さんやさじを投げた後も渋々勉強に付き合ってくれたアスラや、その後手伝ってくれたカミラさんやリナさん、夜食を割烹着姿で作り続けた寮長など、様々な助けのおかげか、5点どころか普通にテストで勝負できそうな気すらする。

「ふーん・・・まあ、それならそれでもいいな。イカサマは続行するが」

 ああ、やっぱり続行はするんだ。

「頼むぞ大河。お前が補修になると俺たちまで巻き添えを食う」

 何故に先輩方まで。

「神楽坂先生は『大河君があれだけ頑張ってテストを受けて、その結果が悪くて一人補修なんて可愛そうです。さあ、皆さんも一緒にやりましょう』とか笑顔で言ってくると思いますよ。一年間の付き合いで分かっています」

 リナさんが乾いた笑みを浮かべる。

 どうやら以前にも似たようなことがあったらしい。

「それにしても、テスト終わったら少し羽を伸ばせますかね?」

 少しでも気を紛らわせるためにそんなことを言ってみる。

 そんな俺の発言に、俊哉さんが手帳を確認して、さらに苦い顔をする。

「つーか、テスト終わっても他クラス交流会とかいうイベントある・・・またあいつらと関わるのか・・・」

 全力でげんなりしていた。

 他クラス交流会という単語を聞いて、カミラさんとリナさんもげんなりとした顔になる。

「その・・・俊哉さん、あいつらって、一体」

「黙れ秋雨。今はテストに集中しろ」

 俊哉さんの放った威圧感に、質問を最後まで言い終えることすら許されず、俺は沈黙した。

 今まで見たこともない、寮長に対して怒るのとも、俺の勉強について怒るのとも違う、そんな顔を俊哉さんはしていた。

「・・・悪い。脅かす気は無かった。だが、その話はするな」

 それだけ言うと、車椅子を操ってどこかへ行ってしまった。

「まあ、俺からも今話すことはねえな。とりあえず今はテストを頑張れ」

 カミラさんもそう言い残してどこかへ行ってしまう。

「私からも何も言うことはありません。テスト頑張ってくださいね」

 リナさんもそう言ってどこかへ行ってしまう。

 残されたのは俺とアスラだけだ。

 なんか男子と女子で二人きりっていうのも気まずいので、俺は早足に学食を後にする。

 その時、俺の頭の中は俊哉さんの語らなかった話と、アスラと二人っきりという気まずさと、テストの事で一杯だった。

 だから気づかなかったのだ。

 俺たちを値踏みするように、集団で観察していた生徒たちに。

 

 

 それから何事もなくテストも進み、

「お疲れ様でしたー!!」

 久々に勉強漬けの日々から解放され、開放感のある夕食を迎えられた。

 当日中に発表されたテストの総合平均点は、65点。

 俺のテストの結果は合計点135点。

 ぶっちぎりで平均点越えだ。

「お前が平均点取れないなら、平均点を地に落とせばいいじゃねえか」

 というのは俊哉さんの言葉。

 Kと名乗るサングラスを装着した先輩が、俺たち以外の生徒の答案をすべてすり替えたらしい。

 先輩の異能力は『転送』と呼ばれ、金庫や封筒の中身をすり替えることもできるらしい。

 俊哉さんが頼み込んで手伝ってもらい、適当な答案とすり替えてもらったらしい。

「まあ、何はともあれ、秋雨とアスラの補修回避を祝して、乾杯!!」

 ジュースをグラスに注いで全員で騒ぐ。

 間違ってアルコールの入った俊哉さんが妙に絡んできたり、酔っぱらった寮長とカミラさんが殴り合いに発展したり、アスラのペースに合わせて食べていたリナさんがぶっ倒れたり。

 様々な騒ぎが起こる中、俺たちは終始笑顔だった。

 

 しかし、次の週に俺たちの笑顔は凍り付くことになる。

 奴らのせいで。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.新しい強敵

【2045年 5月9日  帝王国際学園  体育館】

 

「はい、皆さん。今日はお互いを敬いつつ、全力で交流してくださいね~」

 体育館でジャージを身に纏った神楽坂先生の号令に、俺たちはやる気のない返事を返す。

 今日、俺たちが体育館に体操服姿で整列しているのには、一応理由があった。

 先日、俊哉さんが口にしていた『他クラス交流会』の参加である。

 様々な生徒や職員に忌み嫌われている我らが0組と交流したいというクラスなど、ほぼ0に等しいのだが、それでも物好きなクラスが1クラスだけあった。

 『第二種合同特別編成戦闘技術講習クラス』通称『二種組』の皆さんだ。

 俺たちのクラス、0組は二種組の生徒たちから見れば第一種の合同学年であり、二種組とは似て非なるものである。

 0組が異能力を重視して育てるのに対して、二種組の生徒は純粋な戦闘技術を叩き込まれる。

 異能力無しの戦闘では、最強と呼ばれる二種組。

 ただし、それ以外の技能は使い物にならないくらい低レベルという偏った能力を持っている。

 そんな特異な人たちと交流会を行うのは、少々不安だが、はっきり言ってそんなものは対して問題ない。

 何より問題なのは

「・・・・・・」

 尋常じゃないくらい機嫌の悪い俊哉さんが隣にいることだ。

 最近足の怪我が治り始めたらしく松葉杖で参加している。

 それ自体はいいことなのだが、俊哉さんの本日の不機嫌面が物凄い。

 さっきも、体育館に移動している間にほとんどの生徒が俊哉さんをすごい避けていたし。

 まあ、俊哉さんの機嫌が悪いのはこの前の会話で予想できたのだが。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 なんでカミラさんとリナさんまで二種組の人たちが入ってくる予定のドアを親の仇を見るような目で見ているんですか。

 駄目だ、空気悪すぎる。

 交流会とかいう雰囲気じゃねえ。

 その辛気臭い雰囲気は一瞬で破壊された。

「はっはっは!!何だお前ら、その辛気臭い顔はよぉ!」

 ドアを蹴破りながら金髪の少年が入ってきた。

 制服を着崩し、明らかに染めているであろう金髪、乱雑な口調。

 古い時代に存在した『DQN』というものを体現した少年。

 そのDQN(仮)は、俊哉さんを一瞥すると、にたりと笑った。

 その直後

「中崎ぃいいいい!!」

「来たか、霧島ああああ!!」

 DQN(仮)改め中崎と呼ばれた少年と俊哉さんがいきなり喧嘩を始めた。

 俊哉さんの重力制御を受けて、中崎が地面にめり込むが、獣人化して人間の数倍の筋力を得た状態の平井ですら地面に倒れながらめり込んだ超重力下で、両足を踏ん張って立っている。

「テメエ!いきなり重力制御とか使ってんじゃねえよ!」

「黙れ!お前などに容赦などッ!」

 あろうことか叫んでいる。

 どんな体の構造しているのだろうか。

「って、こらあああ!中崎やめろ!」

 中崎が蹴破ってきたドアから、黒髪の少女が入ってきた。

 そのままドアノブ(金属製)を中崎にぶん投げて中崎が倒れる。

 後頭部から少々出血しているが、黒髪の少女は気にも留めない。

 しかし、この少女も恐らく化物だ。

 超重力下で軽いドアノブをぶん投げて対象の頭にぶつけるなど人の技ではない。

「いてえ・・・・!」

 俊哉さんがのたうち回ろうとして重力でのたうち回れない中崎を生ゴミを見るような目で一瞥した後、超重力を解除する。

「霧島・・・テメエ・・・」

 中崎がまだ俊哉さんに食って掛かろうとするが、黒髪の少女がそれを止める。

 そんなやりとりをやっていたら、ぞろぞろとドア(全壊)から数人の男女が入ってきた。

 髪の色も目の色も肌の色も違う少年少女たちには、一つだけの共通点があった。

 言葉では言い表せない、謎の恐怖を抱く気配。

 それは先に入ってきた中崎という少年と、黒髪の少女も同じだ。

「はいはい、じゃれ合いはそれくらいにして、早く始めましょ~」

 ただ一人呑気な神楽坂先生の合図で、お互いに整列して向かい合う。

「それじゃあ、自己紹介から始めましょうか~。お互いに一年生もいますしね~」

 そんな神楽坂先生の指示に従い、不機嫌極まりない俊哉さん、二種組の皆さんを睨み付けるカミラさん、いつもの笑顔とは程遠い無表情で挨拶するリナさん、いつも通りの仏頂面で挨拶するアスラ、そして至って不通を装うとして逆に不自然になっている俺、という順番で自己紹介を済ませる。

「じゃあ、次は俺らだな。俺は中崎陽斗、三年。沈黙する重力支配者の両足を潰した伝説の男だ。存分に尊敬してくれたまえ」

 中崎さんが(一応敬称)ふざけた挨拶をする。

 ようやく俊哉さんがあれだけ機嫌が悪く、即座に攻撃したのか分かった。

 『ちょっとした理由』としか聞いていなかったが、俊哉さんの足はこいつのせいらしい。

 悪くなった空気を晴らそうとするように、二種組の人たちも自己紹介を始める。

「私は黒宮ゆかり。二年生です。先ほどは中崎がご迷惑をおかけしました」

 黒髪の少女改め黒宮さんが頭を下げる。

 だが、二年生組はそれを華麗に無視し、アスラは何も考えてなさそうにぼーっとしている。

「だ、大丈夫ですよ」

 何か、可哀想だったので俺がそう答える。

「ありがとうございます」

 黒宮さんがそう答えると別の人が自己紹介を始めた。

 アスラ並に無表情な、金髪の少年だ。

「シガ・アライム。一年」

 シガと名乗った少年は、それだけ言って黙り込んだ。

 本当に口数が少ない。

 そのくせ殺気に満ちた目でこちらを見ているのだから、とても怖い。

「ヴァリアント優作。三年」

 黒髪に赤目の少年がぶっきらぼうに言う。

 恐らくハーフなのだろう、名前と見た目からして。

 この人もなんか凄い怖い。

 俺より身長小せえクセに。

「ダシル・クイーン。三年です。よろしく」

 優作さんより背の低い金髪の少女が自己紹介した。

 もう小学生くらいにしか見えない。

「誰が小学生だ?テメエ」

 貴様もエスパーか!

「私は正真正銘心を読む能力者だ。文句あんの?」

 なんでそんなのがいるんだよ。

「はいはい、それくらいにしとけ。ああ、俺は宮居敦哉。2年な、よろしく」

 唯一まともそう黒髪の少年が自己紹介した。

 敦哉と名乗った少年の時だけ、二年生組の目つきが鋭くないのを、俺は見逃さなかった。

 やはりまともな人間なのだろうか。

「それじゃあ、自己紹介も終わったし、ドッジボールやろうぜ!」

 中崎の言い出した一言を理解するのに、俺は一分を要したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.異能力者たちのスポーツ大戦

【2045年 5月9日  帝王国際学園  体育館】

 

「は?」

 俺が一分を要して理解した言葉に対する返答が、それだ。

 DQNにしか見えない少年が物凄いいい笑顔で「ドッジボールやろうぜ!」とか言い出したら、こんな反応にもなるであろう。

 一体このDQNもどきは何を考えているのだろうか。

「交流会だろ、この集まりって。だから何か適当に遊ぼうぜ」

 だからって、何故にドッジボール。

「楽でいいだろ、ルールとか」

 確かにドッジボールは複雑な反則とかは特にない。

 だからって、会って一時間も経ってないのに喧嘩になって睨み合いになって、直後にドッジボールとか、訳が分からない。誰か説明してくれ。

「あの阿呆の考えは理解しようとしても無駄だ」

 呆れるように吐き捨てる俊哉さんが、片方の松葉杖を壁に立てかけ、首を回す。

 その眼には、青白い炎が宿るような錯覚すら見せるほどの闘志に満ちていた。

「潰す潰す潰す潰す潰す潰す・・・・・・」

 闘志というより、呪詛のようにも見えるが。

 ともかく、既に戦闘態勢に入っている俊哉さんはともかく、他の人たちの様子はどうだろう。

「・・・・・・」

 相変わらず何も考えていなさそうなアスラはスルーするとして、残りの二年生組だ。

「ドッジボールか、相手の臓物、全部ボールで潰しても自己だよなあ、中崎・・・!」

 殺す気満々である。

「おーおー、やれるものならやってみやがれ!」

 目つきが悪い者同士がにらみ合うと、本当に怖いので是非やめていただきたい。

 マフィアの子と、古き良きDQN(もどき)が睨み合いを続けるなか、俊哉さんが松葉杖を投げ捨ててウォーミングアップを始める。

 親の仇でも討つような目で、壁に向かってボールを投げている。

「頑張れよー、お前らー」

 のんびりとした調子で寮長がエールを送ってくる。

「というか、いつからいたんですか。全然気づきませんでしたよ」

 寮長は影が濃い方なのだが、今回は全然わからなかった。

「ん?ああ、いま来たところだよ。可愛い寮生の学校行事なんだから、保護者として」

「あ、俊哉さん。練習混ぜてください」

「最後まで聞こうよ!」

 後ろから寮長がギャーギャーと騒いでいるが、完全に無視する。

 そういえば、寮長で思い出した。

「カミラさん、寮長ってなんで0組にいたんですか?どちらかといえば二種組の方が合っているような気がするんですが」

 対異能力者戦闘を得意とする、大した異能力を持っていない奴が大半の集団。

 それが二種組なら、寮長とかぴったりじゃないのだろうか。

「当初は、二種組に配属される予定だったんだが・・・弱すぎて除外された」

 ああ、それは納得だ。

 俺は寮長に憐みの視線を向ける。

 在学当初は雑魚の烙印を押されていた寮長である。

 二種組からお払い箱にされるのも無理はない。

「さて、と。時間もあんまりねえし、さっさと始めようぜ」

 指の先端でくるくるとボールを回しながら、中崎が告げる。

「おう、お前の両手両足をぐちゃぐちゃにする準備なら、こっちも整ってるぜ」

 完全に据わった目で中崎を見つめながら、左目を蒼く輝かせる。

 異能力の発動、準備万端だ。

「おうおう、やれるもんならやってみろっつーの。で、ルールだが、細かいルール抜きのお遊びルールでいいだろ。ほら、ジャンプボール」

 体育館の真ん中で、0組と二種組のメンバーが向かい合う。

 こちらは5人しかいないため、俺とアスラと俊哉さんとリナさんとカミラさんのフルメンバー。

 対して、二種組は、中崎に宮居さん、黒宮さんに優作さん、それに加えてシガの計5名。

 クイーン先輩はベンチのようだ。

「始めますよ~」

 神楽坂先生が、ボールを真上に放り投げる。

 ジャンプボールには、こちらのメンバーで最も身長の高いカミラさんが、あちらからは宮居さんが前に出る。

 神楽坂先生の動きに合わせて、同時にジャンプする。

「ぶっ潰れろ!!」

「させるかっての!!」

 俊哉さんの重力制御が発動すると同時に、中崎が異能力を発動させる。

 青い光を発しているのは、俊哉さんと同じ左目。

 発動した異能力は、傍目にはよく分からないのだが、俊哉さんの重力制御を相殺できる、かなり高レベルの異能力であることは確かだ。

「もーらいっと!」

 宮居さんが、ボールを自チームのコートに放り込む。

「ナイスだ、敦哉!」

 それを受け取った中崎が俺に向かってボールを投げる。

 かなり速いが、避けられないレベルじゃ。

()()()()()()()()!」

 中崎が俊哉さんのような叫びを上げると共に、俺の体が地面に叩き付けられた。

 体が鉛になったように重く、見えない巨人に体を押さえつけられているように、強く押さえつけられる感覚がある。

 俺が地面に倒れている間に、中崎が放ったボールが俺に当てられる。

「秋雨!」

 俊哉さんが相殺してくれて、ようやく圧力から解放される。

「げほっげほっ!俊哉さん、あれって・・・」

 俺が咳き込みながら、俊哉さんに言う。

 もう0組に入って一ヶ月以上経つのだ。

 間違えるわけがないのだが、それでも一縷の望みにかけて俊哉さんの答えを待つ。

「重力制御・・・俺と同じ異能力だ、奴のは」

 聞きたくなかった俊哉さんの言葉で、俺は絶望する。

 ドッジボールなど、相手を俊哉さんが押さえつけて、俺たちがボールを投げれば終わると思っていた。

 しかし、現実はそう上手くはいかない。

 俊哉さんは中崎の重力制御を相殺するために力を使い続けて、攻撃の余裕がない。

 そして、一度でも中崎に捕まれば、身体能力でアドバンデージを持っている二種組に袋叩きにされる。

 このままじゃあ、絶対に勝てない。

「まだまだゲームは始まったばかりなんだぜ?もっともっと楽しもうや」

 悪魔のような笑みを浮かべながら、俺の前に現れた二人目の重力支配者は、そう告げた。




 本当に更新ペースが落ちて、申し訳ありませんでした。
 新しい生活が始まり、戸惑っている間に、時間だけは無情にも過ぎて行ってしまい・・・って、言い訳重ねても意味有りませんね。ごめんなさい。
 こんな駄文書きの駄文をお気に入り登録してくださっているユーザー様方、ネタ出しを手伝ってくれた友人たち、なによりこの作品を読んでくださっている読者様方に最大級の感謝を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.お前らスポーツやれよ

【2045年 5月9日  帝王国際学園  体育館】

 

「カミラ!左舷から飛んでくるナイフを迎撃しろ!リナ、外野から、渡しておいたスモークグレネードを相手のコートに投げ入れろ!アスラ、ボール投げるのはお前に任せる、弱そうなのから狙ってけ!秋雨、サボるな!さっさとコートに戻ってこい!」

 超重力で空間を捻じ曲げ、発生させたバリアで中崎の攻撃を相殺しながら、ありえないほど物騒な支持をメンバーに飛ばす。

 皆さんは、信じられるだろうか。

 これ、ドッジボールなんだぜ?

「黒宮とシガは、カミラの防御を崩せ!宮居、スモークグレネードを何とかしろ!優作、外野だからってさぼんじゃねえ!援護しろや!」

 戦場もかくやという気迫で、お互いにチームメンバーに支持を飛ばす。

 このまま続けると、死人出るんじゃねえか?

 敵チームのシガなんか、ナイフ投げてきてるぞ。

 まともな人だと思ってた黒宮さんも、先端から毒々しい液体の滴っているナイフ何本も投げてきてるし。

「いや、陽斗。何とかしろって言われても、俺、風とか使えないんだけど」

「じゃあ、グレネードでも爆破して吹っ飛ばせ!」

「いや、それだと俺たち死ぬから。せめてお前の重力制御で煙の向き変えろ」

 駄目だ、まともな思考してない。

 一番まともだと思ってた宮居さんも、結構狂ってる。

「重力制御解いたら、霧島にボコボコにされるわ!いいから何とかしろ!」

 目まぐるしく移動し、攻撃する0組と二種組の面々。

 その中で、一人存在空気な俺。

「はっはっは、無駄無駄無駄!能力が同等なら、戦闘能力が上の俺に分があるんだよ!」

「ふざけてんじゃねえよ!能力が同等?扱いが雑すぎて上手く制御できてねえテメエと一緒にするんじゃねえ!」

 活気盛んな生徒の筆頭両名に至っては、最早ドッジボール無視して能力のぶつけ合いだけをし始めた。

 あんたら何がやりたいんだよ。

「こいつは、また引き分けになるんじゃないのか?」

「また中止ですか、俊哉くーん、いい加減にしてくださーい!」

 カミラさんとリナさんがが注意するが、一向にやめる気配のない筆頭2名。

 お互いに止まれなくなってしまった2人の勝負は、周りの事など一切気にせずに攻撃の余波でそこら中を破壊する。

 次第に、ミシミシという音と共に、体育館全体が揺れ始めた。

「ちょっと!2人ともなにやってるんですか!このままだと体育館ぶっ壊れますよ!」

 俺がたまらず叫ぶ。

 このままでは、体育館全壊の大惨事だ。

「知ったこっちゃねえな!新入り、俺と霧島の勝負に首突っ込んでんじゃねえ!」

「秋雨、いくら俺でも、これだけは譲れない!」

 俺の静止を、ガン無視。

 次第にミシミシという音も、大きくなってきている。

「ちょっと、リナさんもカミラさんも止めてって・・・」

 よく見れば、中崎以外の二種組メンバーと俺と俊哉さん以外の0組メンバーが全員撤収している。

 崩壊寸前の体育館に残っているのは、俺と俊哉さんと中崎だけだ。

「あいつら、逃げやがった・・・!」

 せめて逃げるなら俺も連れてけよ!

 そんな恨み言を言っている暇もない。

 崩壊はもう始まっている。

 照明が落ち始め、窓ガラスが全て割れる。

 床は砕け、壁には亀裂が入る。

 完全に崩壊するのも、時間の問題だ。

「いい加減にしろ、あんたらああああ!!」

 俺はダッシュで2人の方へ駆け寄ると、最初に俊哉さんを殴り飛ばし、次に中崎を蹴っ飛ばした。

 異能力を発動させた状態で吹っ飛ばしたので、2人は壁に向かって飛んでいき、激突。

 そのまま壁にめり込み、異能力の発動を中止する。

「テメエ!なにしやがんだ新入り!」

「あんたらが体育館ぶっ壊すの止めたんだろうが!いい加減にしろ!」

 久しぶりにブチ切れて人を殴り飛ばしたり蹴っ飛ばしたりしたが、俺は重大なミスをしていた。

 一つ目、吹っ飛ばした方向が柱のある方角だった

 二つ目、異能力を解除するのを忘れた

 三つめ、体育館が崩壊寸前だったことを忘れていた

「秋雨、俺はもう落ち着いたんだが、この状況やばくないか?」

 それを指摘したのは、俊哉さんだった。

 そこで俺は、やっと火に油を注いでいたことに気付く。

 慌てて俊哉さんを解放するが、それは中崎の体が柱を破壊するのと同時だった。

 倒壊寸前だった体育館は、支えを一つ失っただけで簡単に崩れ去った。

 

「本当になにやってるんですか!三人とも!」

 珍しく語尾が伸びていない神楽坂先生のお説教である。

「なんで皆さんは平和的に交流したりできないんですか!毎回毎回!」

 聞いた話によると、前回の交流会でもグランドの一部が崩壊したらしい。

 もちろん、原因は俊哉さんと中崎である。

「いいですか、もう二度とやめてくださいね!」

 無理だ、絶対に交流会が次もあったらどこかが崩壊する。

「次こそは絶対ぶっ潰してやる・・・」

「今度会ったら、絶対に足の借り返してやる・・・」

 だってほら、二人ともやる気満々じゃないですか。

 今後も、俺たちと神楽坂先生の気苦労が絶えることはなさそうだ。




投稿が遅れて、本当に申し訳ありませんでした!
言い訳はしません、本当にすいませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17.略奪者の登場

【2045年 5月16日  帝王国際学園  特別アリーナ】

 

『さあ!いよいよお互いの大将の登場だあああ!』

 中々に強い日差しの下、古代ローマの闘技場のような見た目のアリーナの中央で、俺は奴と睨み合っていた。

 同じ歳でありながら、将来を有望視されている異能力者。

 柏原裕大、それが俺の目の前に立っている敵の名だ。

「へえ、逃げずに来たんだ。いいね、そういうの」

 軽薄な笑みを浮かべながら、こちらを見つめる柏原。

 この睨み合いを見ている大多数の人間は知らないだろう。

 俺が何故こいつと睨み合っているのか、そして俺は何故こいつに勝負を挑んだのか。

 説明すると長くなるが、あれは5日程前、交流会の熱も冷め始めた昼の頃だった。

 

 

「俊哉さん。俺、たまに貴方が賢いのか馬鹿なのかわからなくなるんですよね」

「うるせえ」

 今日も今日とて、いつもの0組の面子で学食の一部を占領している中、俺が呟き俊哉さんが反論した。

 そんな俊哉さんの言葉も、いつもより元気がない。

「いや、今回ばかりはフォローできねえよ。お前」

 目を細めてカミラさんが俊哉さんを一瞥する。

 当の俊哉さんは不機嫌そうに、否、物凄い不機嫌に生姜焼き定食を口に運んでいる。

 この人と初めて学食に来たのが4月の半ば頃だったが、1か月間毎日一緒に学食へ来ているのに生姜焼き以外を食っている光景を見たことがない。

 最早、生姜焼き定食以外のものを昼飯にしてはいけない、とかいう呪いにでもかかっているのだろうかと本気で考えそうになる。

「俺の体がどうなろうと、俺の勝手だ。一々口をはさむな」

 普段より、七割増しでぶっきらぼうになっている俊哉さんだが、その原因は本人の足にある。

 俺が入学して初めて見た時よりも入念に包帯で固定され、絶対に無理ができないようにしてある。

 座っているのは学食備え付けの椅子ではなく、愛用の車椅子。

 もうお分かりだろうが、俊哉さんの足の怪我は悪化し、もう一度車椅子生活となったのだ。

 原因は当然、無茶な異能力の運用に復帰直後の過剰な運動。あと、俺が吹っ飛ばして壁にぶつけたのも響いているらしい。

「まったく・・・神楽坂先生の説教は食らうし、体育館の倒壊届と反省文は書く羽目になるし、挙句の果てに中崎の野郎は無傷だし・・・ッ!」

 怒りに任せて箸を握りしめる俊哉さん。

 その顔には青筋が浮かんでおり、物凄く怖い。

 同じクラスじゃなかったら、絶対にこの席で食事などできなかっただろうってくらい怖い。

 ミシミシという音が箸から聞こえ始めたため、慌てて止めるも、そのせいで俊哉さんの機嫌は更に悪くなった。

「ま、まあまあ!落ち着いてください俊哉君、顔が怖いですよ」

 リナさんが俊哉さんをなだめるが、いまいち効果がない。

 そんな殺伐とした日常風景を送っていると、なにやら学食の中央あたりが騒がしくなってきた。

「どうしたんですかね、あれ」

 俺が親指で騒がしい方向を指差す。

 そこでは、複数人の生徒が何やら言い争っているようだった。

「大して珍しくもねえだろ、騒ぎくらい」

 カミラさんがそう言う。

 実際、そうだから否定もできない。

 活気盛んなお年頃であるこの学園の異能力者たちは、事あるごとに喧嘩したり殴り合ったり異能力で喧嘩したりと、騒がしい。

 喧嘩など日常茶飯事で、むしろ学食が静かな方が珍しいという。

「それって、喧嘩してるのが個人じゃないからじゃないんですか?」

 リナさんが、そんなことを指摘する。

 俺は、振り返って騒がしい方向を見る。

 そこには、百人以上の生徒が睨み合っていた。

 中央にいるのは、黒い長髪が暑苦しそうな男子と対照的に坊主頭の涼しそうな男子だ。

「あれ?あのロン毛、噂の転校生じゃねえのか?」

 一人黙々と食事を続けていた俊哉さんが言う。

「転校生?そんなのいたんですか?」

 普通、転校生が来ればそこら中が騒ぎ立てること間違いないのだろうが、そんな噂の転校生なんていう話は一度も聞いたことがない。

「いや、転校生は年がら年中普通に来るぞ。異能力者なんて、それこそ腐るほどいるしな」

 俊哉さんが、そう補足する。

 世界人口の4割が異能力者と言われている現代、確かにこの学園に入る異能力者は多いだろう。

「ただ、その腐るほどいる転校生の中でも、特に注目されてるのがあのロン毛だ。名前は・・・なんつったっけ?」

 ただ、大して興味はないようだ。

「柏原裕大君・・・だったと思いますよ。かなり希少な異能力を持っているとか」

 リナさんがそう呟く。

 この人は他学年他クラスにも人脈があるため、そういう話も知っているのだろう。

「で、その期待の転校生サマがなにやってんだ?」

 料理を平らげたカミラさんが、頬杖を突きながら言う。

 確かに、そんな有名人がいきなり大人数の喧嘩をするのも妙だ。

「大河、アスラ。これだけはよく聞け」

 少しの間黙っていた俊哉さんが、真面目な顔で言ってくる。

「どうもあの一年、嫌な感じがする。目を見ればわかるが、あれは徹底的に他人を道具としか見てないタイプの奴だ。今も、相手の坊主頭のことをジャガイモか五月蠅い虫くらいにしか見てねえ」

 俊哉さんはそう警告すると、さっさと食堂を出て行ってしまった。

 

 今思えば、あの時にもう少し調べていればよかったのかもしれない。

 あの忌々しい、略奪者の事を。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.代理戦争(観戦)

【2045年 5月12日  帝王国際学園  合同学年0組】

 

「おい、俊哉。明日、代理戦争やるらしいぞ」

 授業も終わり、寮に真っ直ぐ帰るのも嫌だった俺とアスラと俊哉さんが駄弁っているところに不穏な単語と共にやってきたのはカミラさんだ。

「随分と久しぶりだな、やるの。で、何処と何処だ」

「私も見るのは久しぶりだ。何処がやるんだ?」

 完全に順応している俊哉さんとアスラだが、俺はそんな物騒な名前の催しなんぞ知らん。

「ああ、悪い。大河は代理戦争しらねえよな。えーっとどこから説明すれば・・・」

 できれば卒業まで知りたくなかったですよ!

「個人同士で対立するのって、喧嘩だろ?それとは違って、クラス同士で対立した時の措置が代理戦争」

 カミラさんが説明を始めてしまったので、逃げるに逃げられない。

 ああ、どんどん遠のいていく俺の中の平和。

「クラス同士が前面衝突すると、周りの被害がでかい。だから、お互いのクラスから代表者を何人か出して戦わせるのが、代理戦争」

 生徒総数10万人を誇る帝王国際学園のクラスは、一クラスにつき生徒が200名ほどいる。

 そのクラス同士がぶつかり合えば、ぶつかり合う生徒の数は400名。

 確かに、代表同士で喧嘩させた方がまだ平和的だろう。

「で、なんかルールを決めて戦って、勝った方が正しいってことになる。まあ、大概はそのあとにも大小様々な喧嘩が多発するけど、表立っては争わなくなる」

 表立っては、ってことは裏では相当喧嘩してるのかよ。

「まあ、大概は三対三の勝ち抜き決闘が主流だな。見た目も派手だし、簡単だし」

「他には、どんなルールがあるんだ?三対三くらいしか、私は知らんのだが」

 未だに敬語を使わないアスラが質問した。

「んー・・・まあ、平和的なのだとクイズ大会みたいなのとか、ちょっとした運動会とか」

 平和じゃないのと平和なやつとの差が激しすぎる。

「ただ、たまに全員参加の総力戦とかもあるぞ。最早代理戦争じゃないが」

 それ、代理戦争のルールから外れてないか?

「まあ、とにかく明日は観戦だな。早起きしろよ」

 そう言ってカミラさんが俺とアスラの肩を叩く。

「って、俺もですか!?」

「当たり前だろ、全員参加だ」

 休みの日くらい、休ませてほしいのだが・・・。

 だが、逆らうのが無意味なのは火を見るよりも明らかだ。

 俺は、渋々承諾をするのだった。

 

「で、結局どこのクラスとどこのクラスがやるのか聞いてないんだが」

 翌朝、三対三ルール代理戦争用の特別アリーナの観客席に陣取っている0組メンバーでの朝食中、アスラが言う。

「あれ?ああ、言ってなかったか」

「お前の一人語りのせいでな」

 茶々を入れたのは俊哉さん。

 確かに、昨日は代理戦争の説明で終わってしまい、今日の内容は聞いていなかった。

「戦うのは、高等部の一年同士。注目はあの転校生だな」

 カミラさんが指さす方向には、この前学食で対立していた髪の長い少年がいた。

 その少年を反対側から睨む、坊主頭の少年もいる。

「なんか、あのロン毛の持ってる異能力が今回の代理戦争の原因らしいけど、流石に細かい事情までは知らん」

 持っているのが原因で代理戦争にまで発展するほどの異能力。

 いったい、どういうものなのか、少しだけ興味が湧いてきた。

『さあ、いよいよ代理戦争の始まりだ!対戦するのは一年5組と一年3組の代表者!さあ、戦う奴らも感染する奴らも、盛り上がっていこうぜえー!!』

 いきなり大声+マイクで叫び始めたのは、アリーナの一席に座っている眼鏡の男子だ。

 最早、声が大きすぎて苦情が出そうなくらいに声が大きい。

「放送部の松田さんですね、あの人」

 苦虫を噛み潰したような顔をしてリナさんが説明してくれる。

「代理戦争がある度に出しゃばって、解説だのなんだのやってる歩く騒音問題だ。ちなみに高等部三年」

 両手で耳を塞ぎながら、俊哉さんが説明してくれる。

『さあさあ!今回は一体どんな戦いが見られるのか!わたくし、楽しみで楽しみで仕方ありませっがっ!』

 松田先輩が途中で変な言葉を発したのは、アスラが近くに落ちていた空き缶を投げて松田先輩の顔面にぶつけたからだ。

 俺らのいるアリーナの観客席から、松田先輩のいる臨時解説者席までは、軽く300mはあるのだが、アスラは難なくクリーンヒットさせた。

 絶対に異能力は使っているだろうが。

『いたたたた・・・ったく、妨害はあったが、そろそろ代理戦争スタート時刻だ、さあ張り切って戦ええええ!!』

 テンションが下がるどころか、余計に鬱陶しくなってしまった。

「空き缶をぶつけたくらいじゃ、あの馬鹿は止まらん。もう流せ」

 カミラさんが溜息を吐きながら言ってくる。

 そんなやり取りをしているうちに、開始時刻となった。

 今回は、三対三の勝ち抜き戦。

 先鋒、中堅、大将の順番に出場し、勝てばそのままフィールドに残り、負けたら出る。

 これを繰り返して先に相手を全滅させた方が勝ち。

 至ってシンプルなルールだが、戦力性はある。

 順番は最初に提示したものが適用されるため、相手との相性を考えて提示しなければならない。

 故に最初から勝負は始まっていると言っても過言ではない。

「期待の転校生の実力次第ってところか、この代理戦争」

 俊哉さんがそう呟く。

 既に提示されてる順番では、明らかにロン毛(名前は柏原というらしい)のクラスのメンバーと坊主頭(西園寺って名前)のクラスのメンバーの相性は恐らく悪い。

 柏原の先鋒と中堅は戦闘学の授業で見たが、近接戦闘を得意とする生徒。

 対して、柏原の先鋒と中堅はリナさん情報だと、遠距離攻撃とカウンターの異能力を持つ生徒。

 柏原と西園寺の能力は知らないが、他のメンバーの相性はどう見ても西園寺の方が有利だ。

「これより、1年3組と1年5組の代理戦争を開始します。互いの先鋒は戦闘フィールドに出てください」

 審判兼司会進行である教師が、そう促すと古代ローマのコロッセオのような戦闘フィールドに二人の生徒が出る。

 互いに準備は終わっているのか、ただ静かに睨み合う。

「両者、準備はできていますね。それでは、先鋒戦、開始!」

 開始の宣言と共に、両クラスの威信をかけた決闘は開始された。

 

「本当に、相性悪かったんですね」

 柏原側中堅VS西園寺側先鋒の決闘が終わってから、俺はそう呟いた。

 負けた先鋒も中堅も、頑張ったとは思うが、致命的に能力相性が悪かった。

 掌からビームを発射する異能力者に、どうやって近接戦闘型の異能力者が勝つというのだ。

 基本スペックが大きく違うなら結果は変わっただろうが、異能力以外の実力は戦闘学の生徒だから少し上という程度。

 ぶっちゃければ、そこまで大差はない。

「大分会場も白けてきたな。帰る奴までいるぞ」

 カミラさんが周りを見渡しながら、そう言う。

 しかし、それは仕方のないことだろう。

 柏原側は圧倒的に不利どころか崖っぷち。

 先鋒だけで大将を引きずり出されてしまったのだから、見てる方も興醒めだろう。

「はてさて、期待の転校生君はどんな活躍を見せてくれるのやら」

 準備時間中なので、暇なのか本を読みながら俊哉さんが言う。

「あ、もうすぐ始まりますよ」

 リナさんが指をさす方向には、柏原と先鋒の少年(柴田っていったかな)が向かい合っていた。

「お互いの準備が終わったようなので、これより1年3組大将対1年5組先鋒の決闘を行う。大将対先鋒戦、開始!」

 恐らく、観客席のやつらも、西園寺側のやつらも、みんな思っていたことだろう。

 『いくら柏原が強かったとしても、3人抜きは厳しい』と。

 しかし、俺たちは見ることになる。

 略奪者の、圧倒的な力を。




 タグを増やしたり、初めて三千文字突破したりしました。シドラです。
 今回は連載開始時からやりたかった代理戦争の話を書かせていただきました。
 続きを読んでみたいと思っていただけたなら、とても幸せです。
 ご意見、ご感想、誤字脱字報告などがございましたら、是非お願いします。
 最後に、この作品を読んでいただいて下さる読者の皆様がこの作品を楽しんでいただけることを願います。

シドラ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19.略奪者の片鱗

【2045年 5月13日  帝王国際学園  特設アリーナ】

 

「大番狂わせって、こういうものを言うんだろうな」

 代理戦争1年3組大将対1年5組中堅戦を見ていた俊哉さんがそう呟いた。

 大番狂わせ、確かにそうかもしれない。

 1年5組の先鋒が、1年3組の先鋒と中堅を破竹の勢いで倒し、大将を引きずり出した。

 この時点で3対1となった3組に勝ち目はないと誰もが思っていた。

 だが、現実は違った。

 大将対先鋒戦で、柏原は右眼を紅く発光させ自身の影の中に消え、先鋒の少年の影から這い出てくるというホラーまがいな事をした後、左手を緑色に発光させエネルギー弾をゼロ距離で放ち、先鋒を沈黙させた。

 しかし、沈黙したのは先鋒だけではない。

 いや、沈黙というよりは絶句したのだ。

 俺たち観客や1年5組の代表たちは。

 異能力を複数持った人間は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 通常、異能力は一人の人間に一つしか宿らない。

 それは、異能力がこの世に現れて数十年間続いた絶対の常識。

 だが、柏原は影に潜る異能力とエネルギー弾を放つ異能力を使った。

 そして、二つの異能力を使うときの発光色と部位が違った。

 異能力者は異能力を使うときに、必ず体の一部や全体が発光する。

 俺だったら全身が黄緑色に、俊哉さんだったら左目が蒼色に、カミラさんだったら両目が赤色に。

 それぞれ様々な光り方をするが、発動時に発光する色と部位はいつも同じ場所だ。

 だが、柏原は違った。

 つまり、紛れもなく別の能力。

 唯一平然としていたのは俊哉さんくらいだろう。

 他人にあまり興味のない俊哉さんだからなのか、それとも別の理由があるのかは知らないが。 

 しかし、俺たちは次の大将対中堅戦で、更に言葉を失った。

 エネルギー弾をカウンターで跳ね返した1年5組中堅だったが、柏原はそれを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これには、隣の席に座っていた俊哉さんも絶句した。

 影の中に入る能力、エネルギー弾を発射する能力、幕のようなものを張って攻撃を逸らす能力。

 三つの、いやもしかしたらそれ以上の能力を持つ少年。

 最早、期待の転校生とかそういうレベルじゃない。

 もし、あれが本当に複数能力の所持者なら世界レベルの大発見だ。

『さあさあ!いよいよ大将対大将のクライマックスだ!盛り上がっていこうぜえええ!!』

 いきなりの松田先輩の大声によって現実に引き戻された観客は、数十分前までの低いテンションからは想像がつかないほどのハイテンションで歓声を上げ始めた。

「やってやらあ!複数の異能力がなんぼのもんじゃい!」

 気合の入った声と共に西園寺がフィールドに出る。

「これより、1年3組大将対1年5組大将戦を行う。両者、準備はいいか?」

 無言で頷く西園寺と、柏原。

「では、最終戦、開始ッ!!」

 教師の声と共に、西園寺が地面に拳を叩き付ける。

 瞬間、地面を馬鹿でかい揺れが襲い、西園寺と対峙していた柏原は勿論、観客やステージの外の敷地にいる生徒まで、全員が平行に立てなくなった。

「あの一年の能力・・・地震か?」

 冷静に能力を分析しているのはカミラさんくらいだ。

 いつもであればカミラさんが言ったことを言うはずの俊哉さんは車椅子がひっくり返って動けなくなっている。

「転校生の影に入る能力、一応地面に入ってる感覚みたいだな。影に入ったら別空間、みたいな扱いだったら地震を避けるのに一番最適なはずの能力だが・・・それをやってない」

 車椅子の下敷きになっているのに冷静な俊哉さんがそう言う。

 だが、正直車椅子の下敷き状態では格好がつかない。

 むしろ格好悪い。

「おい、秋雨。車椅子どかせ。動けん」

 俊哉さんの命令を遂行し、車椅子をどける。

 だが、その作業をしているたった数秒の間に、戦況は動いた。

 もう一度、柏原が影に入ったのだ。

 入ったのは自分の影、つまり。

「完全に姿が消えた・・・」

 柏原は先程対戦相手の影から出てきた。

 日の傾き具合のせいで、絶対に後ろを取られる状況。

 西園寺はこの瞬間、詰んだのだ。

 西園寺が対応する暇もなく、西園寺の影から出てきた柏原は西園寺の後頭部にエネルギー弾を叩き付け、昏倒させた。

『しょ、勝者・・・柏原裕大---!!』

 大番狂わせの代理戦争は、終幕した。




 ほんと、遅くなってすみません。
 クオリティ低くて、すみません。
 ほんとなんかもう、生まれてきてすみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。