【完結】強キャラ東雲さん (佐遊樹)
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Birth Day
1.東雲さんとの出会い


外見は多分スカサハ


 IS学園一年一組教室。

 見渡す限り女子が敷き詰められたその箱の中心で、織斑一夏は憂鬱なため息を吐いた。

 針のむしろと呼ぶにふさわしい空間。

 自分が最大の異物でありながら、存在することを強要されるプレッシャー。

 人生経験が豊富とは言いがたい思春期の男子にとっては、天国の皮を被った地獄である。

 

(き、キッツイ……)

 

 全方位から突き刺さる視線。

 いや……全方位、というのは語弊があった。

 

 一夏はちらりと、右隣に目を向けた。

 そこには当然少女が座っている。

 綺麗な黒髪を下げた、紅眼の少女。女子としてはかなり高い背丈なのが見てとれた。

 

 彼女だけが、この教室で一夏を見ていない。

 興味がないのか、あるいは意図して徹底的に無視しているのか……その判断はつかなかったが、一夏にとってはありがたい話だった。

 

 HRの自己紹介で東雲令(しののめれい)という名前以外の個人情報を一切明かさず、休み時間に入るなり鞄から文庫本を取り出して読みふけっている少女。

 

 

 

 

 

 織斑一夏でさえもが知る超有名人。

 『世界最強(ブリュンヒルデ)の再来』と謳われる日本代表候補生。

 それが東雲令である。

 

 

 

 

 

 あああああ、とダミ声で呻いて、一夏はベッドに突っ伏した。

 男子用に急遽割り当てられた一人部屋、他に人も居ない以上、誰かに遠慮する必要はない。

 

 思い返すは今日という一日。

 

(なんで初日から、エリートと決闘なんてしなきゃいけないんだよぉ~)

 

 きっかけはクラス代表を決定する、という織斑千冬の言葉だった。

 知名度や注目度が先行し、多くの生徒が一夏を他薦。

 それにユナイテッド・キングダム代表候補生セシリア・オルコットが噛みついた。

 

 最終的には一夏とセシリアの決闘をもって、一年一組のクラス代表を決定することになったのだが。

 

(……東雲さん、カッコよかったな)

 

 寝返りを打ち、部屋の天井を見上げて、一夏はスッと目を細めた。

 圧倒的な知名度を誇り、その実力を保証されながらも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()少女。それを無表情のまま受け入れ、恐らく最初から一切の興味を示していなかった少女。

 

 セシリアが一夏を罵倒し始め、一夏がその喧嘩を買おうとした瞬間だった。

 

『大体、実力ある者こそが代表になるべきです。貴方のような見世物ではなく、東雲さんこそ日本人として代表に立候補するべきではありませんか!?』

『――当方は立場に興味がない』

 

 全身が粟立ったのを覚えている。

 

 たった一言で、教室の空気が、それまでの流れが斬り捨てられた。

 

『クラスの代表も、代表候補生も、国家代表も、平等に無価値である。ISを扱う以上、価値として認められるのは戦いの後に生き残っていたという事実のみ』

『……貴女はいつもそうやって、わたくしたちのことを、まったく歯牙にかけませんわね』

『セシリア・オルコット。戦績は六勝零敗。当方は六度生き残り、其方は六度死んだ。それ以外に価値判断の基準はない』

『……ッ!』

 

 言葉から察するに、東雲はセシリアに六度勝利したことがあるのだろう。

 

『当方はIS乗りである。故にあらゆる他のIS乗りを打倒する。そこに肩書きは介在しない』

 

 東雲はそこで文庫本を閉じて、セシリアを見た。

 一夏には横顔しか見えなかったが、彼女の紅い瞳には、色合いとは裏腹に絶対零度の温度だけがこもっていた。

 

『セシリア・オルコット。其方は、其方が死んだ後に代表候補生という肩書きが遺れば、満足するのか?』

 

 純粋な疑問の声色だった。

 セシリアが言葉を失うのを確認して、それきり東雲は興味を失ったようだった。

 

(あれは、強さに裏打ちされた言葉だ)

 

 一夏には分かる。

 強さを持たない人間には、そんなことは言えない。

 戦って、生き残る自信があるからこそそこに自らの存在意義を据えられる。

 

 そうでありたいと思っていた時期が、あったような気がする。

 けれど今は、一夏は守るための力を欲している。

 

 だから強さのベクトルが違うのだろうと、その時はおぼろげに考えていた。

 

(……ん?)

 

 一夏は不意に、そこで眉根を寄せた。

 

 もし勝ちたいのならば。

 彼女に師事するのが一番ではないだろうか。

 

 ベクトルが違う。目的が違う。

 だが操縦技量だけは嘘をつかない。

 

「……つっても、あのとっつきにくさじゃあなあ」

「失礼する」

 

 ぼやいてベッドから立ち上がった瞬間、部屋のドアを開けて東雲が入ってきた。

 一夏は硬直し、一度窓の外を見た。特に意味はなく、自分を落ち着かせるための行動。

 

(……え? 何?)

「織斑一夏、当方はこちら」

 

 名を呼ばれ、幻覚ではないことがはっきりして、一夏は頬を引きつらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「茶請けとかはないけど、大丈夫か?」

「気遣い痛み入る。緑茶を出していただけるだけでも当方は感謝している」

 

 間近で見れば、ますますその美貌を意識させられる。

 再会した幼馴染である篠ノ之箒とはまた違う。人を寄せ付けない雰囲気は似通っているが、箒のクールな印象とは異なり、東雲令は鋭利な空気を身にまとっていた。

 

「えーと、それで、どうしたんだ?」

 

 東雲を部屋に設置されていた椅子に座らせ、一夏はベッドに腰掛けた。

 部屋の照明が彼女の黒髪を照らす。少し紫色がかかっているだろうか。

 

「当方は日本代表候補生として、首相官邸より極秘指令を受け学園に派遣された」

「へー…………ワリィ、ごめん、もう一回頼む」

「当方は日本代表候補生として、首相官邸より極秘指令を受け学園に派遣された」

 

 レコーダーを再生するかのように、声色に変わりなく東雲は同じ文言を告げた。

 あまりに学校生活とはかけ離れた言葉に、一夏は思考が停止する。

 

「え? その、それを俺に言ってどうするんだ」

「当方に下された命令は、織斑一夏、其方の護衛」

「ご、護衛……ッ!?」

「暗殺、籠絡、妨害、傷害、あらゆる事態が想定され、あらゆる事態に最も対応できる人材として、当方が選択された。後日、織斑千冬からも説明があると思われる」

「…………代表候補生って……トム・クルーズみたいな仕事もやらされるんだな……」

「ジェイソン・ステイサムと言って欲しい」

 

 思わぬ反応が返ってきて、一夏は目を丸くした。

 茶化すと言えば聞こえは悪いが、あまりに突飛な事態を前に、彼なりに落とし込もうとして冗談めいた言葉を選んでしまったが――まさか東雲令が雑談に乗っかってくるとは。

 というかジェイソン・ステイサムを知っているとは。

 

 驚愕が伝わっていたのか、東雲は少し視線を一夏から逸らす。

 

「当方が知っていると変だと思っただろう」

「ああ、いや、変だとは思っていない。でも、東雲さんが知ってるのは、意外だとは思った」

「……承知。話を戻す。当方はIS乗りとして其方を護衛する。だが根本的な解決策として、其方の鍛錬も業務として行う」

 

 自分の身は自分で守れるように、それまでは保護者がつくってことか。一夏は独りごちた。

 それから、拳を軽く握った。

 

 誰かを守るための力が欲しいと願っていたのに。

 一番最初に告げられたのが、()()()()()()()()()()()()、だなんて。

 

 なんたる皮肉かと自嘲の笑みが浮かぶ。

 

「明日の早朝0600に迎えに来る。準備をしておくように」

 

 東雲はそう言って、椅子から立ち上がった。

 

「緑茶、馳走になった。何かしらの形で返す」

「おお」

 

 渦巻く思考の渦中にいた一夏は、顔を上げられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(めちゃくちゃイケメンで緊張した)

 

 東雲は部屋に戻ってから、ルームメイトである篠ノ之箒がシャワーを浴びているのを確認して、ベッドに腰掛けた。

 

(うわー、超緊張する。いやでも彼氏欲しいし、これ逃したら学校で男子と話す機会本当になくなっちゃうし、頑張らないと……でも男子ってどんな話すればいいんだろう……)

「ああ、戻っていたのか、先にシャワーを浴びてしまったぞ」

「問題ない」

 

 バスタオル姿の箒がシャワールームから出てくるのを確認して、東雲は素早く立ち上がった。

 

「何か考え事をしていたようだが、どうしたんだ?」

「当方は千載一遇の好機を得た。だからこそどう立ち回り、好機をどう活かしていくかを考えていた」

 

 替えの下着とバスタオルを抱えて、東雲はシャワールームに入る。

 その背中を見送りながら、箒はごくりと唾を飲んだ。

 

「……千載一遇の、好機、か……学び舎をそう表現するのは、君ぐらいだろうな……」

 

 気付け、お前の幼馴染超狙われてるぞ。

 

 

 



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2.専用機、あるいはお寿司

早くオリ主TUEEEしたい……


 二日目の授業。

 一夏はまるで呪文が書き連ねられているかのような教科書を前にして、頭を抱えていた。

 

 決して彼のオツムが弱いわけではないが……IS学園は高度に専門的な知識を詰め込み、それを実践の中で身体に叩き込むというサイクルを極めて短いスパンで行う。

 それ自体こそが基礎的な知識を前提としていることは言うまでもない。

 

 つまり織斑一夏は、生徒としては論外だった。

 

(わ、わかんねぇ……! 何だこれ、何が書いてるのかちっとも理解できねえぞ……!)

 

 助けを求めるようにして視線を巡らせる。

 教室隅の席に座る箒は、我関せずといった様子で授業に集中していた。

 右隣の東雲は、しばしテキストを熟読していたが、一夏の視線に気づき顔を上げた。

 

「当方に何か?」

「わ、悪い、ちっとも分からん……」

 

 東雲はしばし黙った。

 

「確かに授業は高度な内容を扱う。ただ理解が及ばないというのは不可思議である。テキストの内容を事前にある程度理解できていれば、授業についていくことだけはできるはず」

「……教科書、間違って捨てちゃったんだ」

「…………其方の落ち度」

 

 表情は変わらないが、恐らくあきれかえっているんだろうな、と一夏は感づいた。

 

「早朝に伝達してもらえれば、座学でのサポートに切り替えたというのに」

「す、すまん」

 

 早朝の鍛錬は、基礎的な身体トレーニングであった。

 そこで一夏は東雲との隔絶した差を思い知らされた――というわけでもなく、実に標準的な、身体をほぐし柔軟性を高めることに重点を置いた簡単なトレーニングを二人でこなしていた。

 

 何事も積み重ねが肝要であり、これだけのトレーニングでも毎日続ければ、成果は目に見えて出る、とは東雲の言である。

 

「あの、何か分からないところでも……?」

 

 と、小声とはいえ授業中に会話をしていた東雲と一夏に、授業を行っていた山田先生が声をかける。

 ぎくりと一夏が身体を強ばらせた。

 対照的に、東雲は落ち着き払った声で返す。

 

「簡単な疑問点があり、それを解消していました。授業に支障はありません、続行をお願いします」

「はいっ。分からないところがあれば、いつでも聞いてくださいね~」

 

 全部なんですよ、全部分かんないんですよ。一夏は唇をかみながらそう思った。

 自分は一体何をしているのか。

 ――いいや、自分に何故非があるのか。

 

(望んで飛び込んだ環境じゃない。そこで勝手に常識を押しつけられたって、困る)

 

 半ば意固地になったような考えだった。

 壁に背を預け静観していた織斑千冬が、弟の様子を見て目を細める。

 それよりも早く。

 

「環境のせいにするな」

 

 東雲の言葉は一夏以外に届かないほど、小さく、けれど鋭く、彼の心臓をえぐった。

 

「人間は誰もが、置かれた環境で、自分のできることを成して勝負しなければならない。織斑一夏、今、其方が考えたことは、敗死を招く甘言に過ぎない」

「……ッ」

 

 見透かされていた――

 羞恥から頬が紅く染まり、一夏は黙った。

 

(俺は、何をしているんだ)

 

 歯がみしながら、必死に山田先生の解説を書き留めていく。

 意味は分からなくとも、後で理解の手助けにすればいいと思い至った。そんな簡単なことに気づかないほど、集中できていなかった。

 

 積み重ねが肝要だというのなら。

 何もない自分は、零から積み上げていかなくてはならない。

 

 ただそれだけの事実だった。

 それが一夏にとっては、この上なく荷が重かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑、お前には専用機が用意されることになった」

 

 教室がざわめく。

 授業終了直後の、織斑千冬の言葉。

 それを聞いて一夏は、静かに頷いた。

 

(東雲さんが言ってた通りか。データ取りのためと、あとは……)

 

 

『織斑一夏。当方は『世界で唯一ISを起動できる男子』という肩書きに価値を見いださないが、そうでない者は世界中にいる。あらゆる企業が其方の専用機を製造し、押しつけようとすることが予想された。故に日本政府が先手を打ち、企業ではなく国家という単位から専用機を送る運びになった』

 

 

 誰もが、自分に何かを期待している。

 誰もが、自分に何かを背負わせようとしてくる。

 

「受領は一週間後の予定だ。恐らくクラス代表決定戦には間に合うはずだろう」

「……分かりました」

「……?」

 

 一夏の返事に、千冬は訝しげな表情を向けた。

 事前に説明されていただろうが、それにしても、反応が薄い。喜びも、困惑もない。

 

 何より、自分の弟は、こんなにも諦観が染みついてしまったような声音を出す男だっただろうか。

 

「まあまあ、安心いたしましたわ。専用機でないから、という言い訳でもされたらどうしようかと思っていましたもの」

 

 金髪がふわりとなびく。

 セシリア・オルコットが空気を切り裂き、一夏の前に立ち塞がった。

 

「ああ、そうだな。俺もとっておきの言い訳が使えなくなって、困ってたんだ」

「残念でしたわね。専用機とはIS乗りとして第一の栄誉。それをクリアしてしまった以上、無様な敗北には無二の恥辱が付属いたしますわ」

「あいにく、そこまでIS乗りとしてのプライドがあるわけじゃない……あれ?」

 

 自分の発言に、一夏は自分で首を傾げた。何か、違和感を覚えた。はっきりとは像を結ばないぼんやりとした異物感。

 

「ふん、それならせいぜい、わたくしに踏み潰し甲斐を与えてくださいまし」

「……善処するよ」

 

 毒にも薬にもならない言葉の応酬。

 特に一夏の、覇気のない切り返しを聞いて、セシリアは不満そうな表情を浮かべた。

 

「オルコット、そこまでにしておけ」

「……分かっておりますわ」

 

 千冬の制止を受けて、セシリアはきびすを返す。

 

「……織斑。ずいぶんと乗り気ではないようだな」

「ああ、いや……いえ。俺なりに、やれるだけはやろうと、そうは思ってます」

 

 言葉に嘘偽りはないはずだった。

 けれど一夏は、やはりどうしようもない違和感を拭えず、顔をしかめた。

 

 その様子を、東雲令は静かに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわ、混んでるな」

 

 昼休み、一夏はとりあえず学食に赴いていた。

 生徒でごった返しており、注文口には長蛇の列が並んでいる。

 

 これでは席もないか――と思いきや、そこはさすがIS学園、十分なスペースが確保されており、席の空きはある。

 列に並び、順番が来たので日替わり定食を注文し、一夏はトレーを抱えて周囲を見渡す。

 

 否が応でも、自分に注目が集まっているのが自覚できた。

 嘆息しながら、パンダを見るような視線を意識的に無視する。

 

「……お」

 

 視線を感じなかった一角。

 見ればそこには、テーブルに一人で座る東雲令がいた。

 渡りに船だなと天運を感じつつ、彼は東雲の席へと近づく。

 

「東雲さん。ここ、いいか?」

 

 無言の首肯。それを確認して、一夏は彼女の対面に座った。

 

「いや、ここまで混んでるなんてな。弁当に切り替えた方がいいかもしれないぜ」

「……当方は学食で構わない」

「毎日作るのも難しいだろうしな、って」

 

 そこで一夏は、東雲の昼食を見た。

 彼女はそれを細い指でつかみ取ると、小皿の醤油に少しひたして口に運ぶ。

 

「………………………………東雲さん、なあ、それは」

「ふうわりとシャリがほどけ、ネタが口の中で跳ねる。当方が考えるに、この握りは極めて高い技量の職人が握ったものに勝るとも劣らない出来である」

「いやなんで寿司食ってんのッ!?」

 

 昼間の学食で彼女はヒラメの握りを食べていた。

 トレーというか木製の皿には、伝統的な江戸前の寿司が並んでいる。

 

「当方の好物。効率的な栄養摂取を行いつつ、英気を養うことが可能」

「いや栄養偏るよな、すっげえ栄養偏るよな」

「偏りはサプリメントで補うことが可能。当方は食事を、栄養摂取よりもモチベーションの向上面に置いて重視している」

 

 確かにこのご時世、最悪サプリメントだけでも栄養バランスを取ることは可能である。

 東雲の意見はやや極端だが、食事を娯楽として割り切ることは十二分に考えられた。

 

「分からなくはないけど、なんか違う気がする……!」

 

 自炊に慣れた一夏にとって、寿司なんてものはよほどのことがない限りお目にかかれない代物だ。

 ちらとメニュー表を確認すれば、やはり通常の定食類よりも割高である。

 

「まさか毎日食べるつもりなのか」

「その予定」

「……弁当、作ろうか?」

「握りよりも其方の弁当に価値があるとは思えない」

 

 にべもなく斬り捨てられ、一夏は肩を落とした。

 寿司に負けた。いや負けて当然なのは確かだが、言い知れぬ敗北感を植え付けられたのも事実である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あああああああああああああああああああああああああああああああ)

 

 ガリで口の中をリセットしながら、東雲令は内心で絶叫していた。

 

(お弁当! お弁当ッ!! なんで! なんでそんな不意打ちで言うの! 断っちゃったじゃん! あああああああああああああああああ!)

 

 お弁当イベント。

 東雲令にとってその瞬間、確実に天が味方していた。だというのに条件反射で、東雲はそれを跳ね返してしまった。

 

(サイアク……サイアクだよ……もうやだ……もう一回、もう一回チャンスをちょうだい……)

 

 彼女の懇願は、しかし言葉に出していない以上、織斑一夏に伝わるはずもなかった。

 

 

 



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3.自信とプライドと負けたくない理由

さっぱり進まんしこれもう分からんね


 二日目の授業を終えて、一夏は教室の自席で教科書を睨んでいた。

 はっきり言って理解度はクラスメイトらと比べダントツに低いだろう。

 

 ISとは、最新にして最強の兵器である。その先進性には、高い専門性が付随している。

 基本的な直線飛行の段階で既に、一般人からすれば呪文のような言葉の連続だ。

 まったくの素人である一夏がこれを理解する上でのハードルの高さは並大抵ではない。

 

「……なあ東雲さん」

 

 だからこそ、優れた指導者の教えを請わない理由はない。

 日本代表候補生にして、世界最強たる自らの姉の再来とまで謳われる実力者を臨時の教師として迎え入れることができたのは、一夏にとってはこの上ない僥倖だったのだが。

 

「えっと、その服装は……」

 

 一夏の前方。

 教師役である東雲令は、なんかゆるふわっとしたニットに短いスカートを履いていた。

 伸縮性に優れるニットは彼女の身体のラインをそのまま浮き上がらせている──しかしその胸は平坦であった。さらにはだて眼鏡もかけている。

 艶やかな黒髪は制服の時より柔らかく光り、鋭さ、寄せ付けなさが減じられたように見える。

 教室が一瞬で淫靡な空間になったような気がして、一夏はひっきりなしに足を組んだり頬をかいたりして誤魔化していた。

 

「当方がリサーチした際、『家庭教師のお姉さん』というものはこういう服装をするという結果が出たため、今朝のうちに速達で注文した」

「何を見たんだよ東雲さん……」

「ぴーあいえっくすあいぶい、なるサイトである」

「pixivじゃねーか!」

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 服装については当人のモチベーションの表れなようであるため、なるべく気にしない方針でいくことにした。

 一夏は教科書と自分のノートを見比べながら、疑問点を口にする。

 

「なあ、少し思ったんだけどさ。ISの動かし方……これ、かなり無理矢理、テキストに落とし込んでいないか?」

「事実である」

 

 東雲は深く頷いた。

 

「ISという兵器は、IS乗りの直感に対応できるよう、システムに余白が存在する。自動予測やランダム回避機動とは異なる動きをすることを前提に構成され、それはつまりIS乗りの多様性が認められている証拠である」

「ああいや、そうじゃなくてさ。なんていうか、基本操縦技術の段階から、正直実際に触れてみないと分からないところが多すぎるっていうか……」

「それもまた事実である。ISに関するマニュアルは、整備用のものは非常に役立つものの、I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと当方は感じている」

「これ何なんだよッ!」

 

 一夏は思わず絶叫して、分厚い教科書をバンバン叩いた。

 

「お守りである」

「……お、お守り?」

「ISの操縦を行う際には感覚がモノをいうことが多い。その際に必要なのはメンタルコントロールである。そのマニュアルを読破し、自らの血肉としたという事実が、戦場において自らの精神を安定させる材料となる、当方はそう考えている」

「じゃ、じゃあ、このマニュアルを読まない人とかも、いたりするのか?」

「存在する」

 

 東雲は間髪を容れず、一夏を指さした。

 

「織斑千冬が代表例である」

「――――ッ!」

「彼女を筆頭とした感覚派のIS乗りは世界に数多く存在する。最近では、中国の代表候補生もそのタイプだと聞いている」

「感覚派……マニュアルのテキストを読むことなく、操縦の仕方とかを全部、身体で覚えてる、ってことだよな……なるほど、型稽古をあんまりしないけど実戦でやたら強いタイプか」

 

 一夏は得心したようにうなずき、ノートに書き込みを加えた。

 彼なりにかみ砕き、表現を改め、文字通り自らの血肉とするために知識を詰め込んでいく。

 その過程を確認しつつ、東雲は解説を続けていく。

 

「反対となるのはマニュアルを暗記し、それをベースに自らの操縦技術を構築していく理論派である。其方が決闘を行うセシリア・オルコットは典型的な理論派、故に彼女の型にハマると抜け出せないことが多い」

「型?」

「感覚派はその場その場で自分に最適な行動パターンを構築し、常に変化を止めない。だが理論派は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ああ、なるほどな」

 

 必勝の手。常勝の手段。それらを用意し、如何にそこへ持ち込むかに主眼を置く。

 それを見切ることができれば、自分にも勝機があるかもしれない。

 だが――

 

「……でも、東雲さん。仮にその必勝パターンを見切っても、見切られたところで痛くもかゆくもないようには、構築してるんだろ?」

「……いい気づき。其方の言う通り」

 

 東雲は少し驚いたように目を丸くした。

 彼が、戦いの『た』の字も知らないような少年が、そこに思い至るとは考えていなかったためだ。

 リアクションに対して、一夏は乾いた笑みを浮かべる。

 

「いや、さっき、専用機をもらえるってなった時……改めて、彼女の自信を感じた。自信っていうかプライド、なのかな。勝たなきゃって気負ってるわけじゃない。負けるはずがないって確信してる。俺をナメてるんじゃない。自分の評価が高いからこそ、ああいう風に自然と振る舞えるんだと思う」

「…………」

「その点俺は、自分の評価なんてないから……多分彼女の気に障ってるのは、ここだ。踏み潰し甲斐をくれって言ってた。あれはオルコットさんなりの、発破だったのかもしれない」

「……其方がそう感じたのであれば、そう受け止めればいい」

 

 突き放したような物言いだったが、一夏は気にしなかった。東雲がそういう人間だと分かっていたからだ。

 

「まあ、いい。それじゃあISの解説、続けてくれよ」

「承知」

「あ、ちなみに東雲さんって感覚と理論、どっちなんだ?」

「当方は理論派である。ただ勝ちパターンは一種類しかない

「……その一種類で、代表候補生相手に六連勝してんのか……」

 

 一夏はちょっと引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 篠ノ之箒は、寮の外で、日課である篠ノ之流剣術の型稽古を行っていた。

 左右に一振りずつの竹刀。鍛え上げられた腕力は、それを軽々と振り回す。

 

(まったく。まったくッ! 一夏の奴っ!)

 

 だがその精神は、在るべき姿とはかけ離れていた。

 篠ノ之流剣術の神髄は水面のような静けさ、穏やかさ、そして冷たさに存在する。

 あるがまま、揺らぐことなく、ただ斬り込んできた敵は返しの刀を受けて絶命する。そこに一切の揺らぎは生じない。

 カウンターに特化した流派であるからこそ、箒に求められるのはいついかなる時もブレない精神であった。と、いうのに。

 

(最初に挨拶をするだけしたら、後はまったくの無視か! けしからん! 久方ぶりに! 再会した! 幼馴染だというのにッ!)

 

 竹刀の軌道がブレる。それは腕に無用な力みが入ってしまった証拠。

 剣筋が傾き、速度は殺され、見るも無惨な剣戟を演じてしまう。

 だが箒とて確かな実力者である。自分の太刀筋の乱れを自覚すると、ぴたりと動きを止めた。

 

「……いかんな。今日はもう、休んだ方がいいか」

 

 竹刀をしまい、汗を拭う。

 がくりと肩を落として、彼女は自室への道を歩き始めた。

 

 ――その時、ふと、視界の隅で何かが動いた。

 

(……え?)

 

 目を凝らす。夜のとばりが下りていて、シルエットしか見えないが。

 遊歩道脇の小さな休憩スペースに、人影がいた。

 少女の華奢なシルエットではない。大人の女性のスタイルでもない。

 まごうことなく、青年の姿。

 

「い、いち――」

 

 思わず喜び、名を呼んで近寄ろうとした。

 だが。

 駆けだした足が止まる。

 

「フゥッ、フゥッ、フゥッ」

 

 一夏は荒く息を吐きながら、地面に全身から汗を流しつつ、必死に腕立て伏せをしていた。

 一体どれほどの時間、トレーニングをしていればその姿になるだろうか。

 

「……っ、300」

 

 カウントしていたのか、彼は腕立て伏せをやめると、そのままスクワットに移行した。

 誰にも見られないような、夜闇の隅の中で。

 一人、黙々と。

 

(――――――私は、何をしているのだ)

 

 無性に恥ずかしくなった。

 彼は必死に努力をしているのだ。勝負に向けて、決闘に向けて。

 くだらないことで精神を揺るがされ、鍛錬に集中できていない自分が情けなかった。

 

(……部屋に戻ってから、もう一度。篠ノ之流ではなく……剣道の型から、やり直そう)

 

 箒は拳を握り、彼に気づかれないよう、向かうべき方向へと向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だあっ、きっつい……!」

 

 要求数をこなし、スペースにばたりと倒れ込む一夏を見て、それを()()()()()()()()()()()東雲は無表情のまま頷いた。

 

「ISを動かす上で最低限の筋力は存在する。あとは筋持久力と根本的な体力」

「だよなあ……! よっし、東雲さん、どれくらい走ったらいいかな!」

「もうしばらくの休息を必要とする。その後、グラウンドを十周走り、その後に全力疾走で一周」

「うわキツいやつじゃんかそれっ」

 

 タオルとドリンクを渡され、一夏は頬を引きつらせる。

 

「だけど、必要なんだよな……うん、頑張ってみる」

「訓練機の申請が決闘まで間に合わなかった以上、やれることは限られる。それを突き詰めることが、当方の考える最高効率のプラン」

「分かってるよ、東雲さん」

 

 ドリンクを飲み、身体を伸ばす一夏を見て……東雲は首を傾げた。

 

「今日の昼」

「ん?」

「あまり、決闘には気が乗らないように見えた。けれど、トレーニングにはきちんと打ち込んでいる。何か意識の変革があった?」

「ん……いやまあ、色んな人に、色んなモチベーションがあるんだなあって思って。俺にはまだ何にもないけど。でも、それを負けの理由にはしたくないかなって。それと」

「それと?」

「……言葉にはできないけど、少しずつ、なんかこう、自分なりの戦う理由。それが確かに存在する、ってのだけは、分かってきたから」

「……そう」

 

 興味のなさそうな返答に、一夏は苦笑いを浮かべた。

 彼自身まだ理解していない、その理由。負けたくないというほんの少しだけともった意思の炎。

 

 それが燃え盛る時、きっと、彼は進化する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(にしても、さっき通りがかったとき、しののんも来れば良かったのに……)

 

 グラウンドを真剣に走り込む一夏をぼけーっと見ながら、東雲令は寮を振り返った。

 

(正直いきなり一対一は見込みが甘かった。過信してた。もう無理です。話の……つなぎ方が……分からん……ッ!!)

 

 今でこそ一夏が積極的に話をしてくれるからいいものの、残念ながらこの東雲という女、異性とのコミュニケーションスキルが致命的に壊滅していた。

 

(しののん、助けて……! 男子との話し方を教えて……! そういや幼馴染だったよね? 彼がどういう話好きとか教えてくれないかな……あと好みのタイプとか……)

 

 織斑一夏は指導者が煩悩まみれであることなどつゆ知らず、求道者のように、あるいは哀れなハムスターのように、黙々とグラウンドを走り続けていた。

 

 

 




次の次とかでセシリア戦です
遅すぎィ!


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4.高貴なるもの

一夏がぐちぐち悩んでるのは今回までです


 ――決闘前日。

 

「今日は一日使って休むように」

 

 授業終了後、東雲から告げられた言葉に、一夏は少し不満げな表情になった。

 一組教室から少し離れた廊下。東雲が席を立つのを見て、一夏は今日の訓練についてどうするのか聞くべく、小走りに追いかけてきたのだ。

 

 確かに身体は重い。日々を授業と東雲印の座学と東雲印の訓練によって埋められ、肉体は酷使されていた。

 人生の中で最も苦しく、汗を流し、そして成長を実感できない日々でもあった。

 

 だが、何かを積み重ねているという自覚を得られる時間でもあった。

 

「東雲さん、俺はゼロなんだ。ここから積み重ねてかなきゃいけない、そう求められてる。そう期待されてる」

「当方も理解している。だが、絶え間ない積み重ねにこそ休息は必要。少なくとも今日一日は、明日という日に向けて英気を養うべきである。その論理的妥当性は、織斑一夏も理解していると思う」

「……まあ、そりゃあ」

 

 言い当てられ、一夏はバツが悪くなった。

 休息の重要性は理解している。特に、勝負の直前ともなれば、いたずらに身体に負荷をかけることはできない。

 

「ここ一週間は、やりがいのある日々だったはず。それが途切れることは、苦痛?」

「ん、んんー……あー……そう、かも」

「ならば、トレーニングや勉学とは別で、やりがいのあることをすればいい」

 

 東雲は制服姿で、ずいと一夏に顔を寄せた。

 思わず、半歩引いてしまう。見る者を撃ち抜くような、女神すら嫉妬するほどの美貌。

 普段は鋭利さも相まって遠巻きに見るそれが超至近距離にあっては、一夏のリアクションも仕方ない。

 

 というか近い。少しでも動けば、黒髪が鼻についてしまうかもしれない。

 

「あ、え、はい。え、ええと、何だろうな、例えば」

「…………戦う理由の確認。きっと戦いの中で、確固たる信念があれば、其方の支えになるはず」

 

 苦し紛れの問いに返ってきた答え。

 それは一夏にとって、少なからず衝撃だった。

 

「……戦う、理由」

 

 もしも。

 もしも、自分がそれを問われたとして。

 

(――俺は、なんと答えられるのだろうか)

 

 織斑一夏はきっと、未だ、その答えを持っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(近づいたら避けられた……どう、して……)

 

 織斑一夏が立ち去った後、東雲は廊下の壁に背を預け、ショックに打ち震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦う理由。

 戦わなきゃいけないから、じゃない。

 戦うしかないから、じゃない。

 

 それは理由とは言わない。戦うに至った背景や物語ではない。

 問われるのは理由だ。何を思い、何のために、戦場にその身を置くのか。

 

(……そんなの、あるわけないだろ)

 

 一夏は頭を振った。そうだ。今でもずっと考えている。

 何故俺がこんな目に。どうして頑張らなきゃいけないんだ。

 そうずっと、考えている。

 

(俺の、戦う理由だって?)

 

 ただここに投げ込まれたから。流れが、俺に戦いを強制したから。それ以外に何がある。

 自分は空っぽだ。

 自分はゼロなんだ。

 ここから積み上げて、築き上げて、それでやっとスタートラインに立てる。まだ走り始める準備すらできちゃいない。

 

 ――ならどうして、積み上げなきゃだなんて考えているのだろう。

 

「……ッ」

 

 あの時、最初に感じた無力感と虚無感。

 それを思い出せないほどに夢中で打ち込んできた。疲労が思考力を奪っていたのかもしれない。東雲がここまで計算していたのなら、なおさら、今日という一日の過ごし方が分からなくなる。

 いっそ疲れ切って寝てしまいたかった。

 不必要に考え込み、思考は落ち込んでいく。

 

 戦う理由。

 

 そんなものもなしに、自分は明日、何をするのだろうと。

 織斑一夏は重い足取りで、視線を落としたまま歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは」

 

 何も考えず歩いた末。

 たどり着いたのは、明日の決闘で使われる屋外アリーナだった。

 

(広い……ISの空戦を考えて、いやそれにしても広すぎる。何か、戦闘以外の高速機動も見据えて、か?)

 

 基礎的な知識を得た一夏の洞察は的を射たものだった。

 ISを用いたスピードレース『キャノンボール・ファスト』。このアリーナはその大会もこなせるように設計されている。

 

(明日、ここで、俺は)

 

 誰も居ない客席に腰掛け、アリーナを見渡した。

 幻視する。飛行もおぼつかない自分の機体。そして一般に公開されている映像データで見た、自在に空を切り裂き飛び回る蒼穹の機体。

 

「……ッ」

 

 勝利のイメージが浮かばない。

 それが率直な感想だった。

 

「……どこまでやれる?」

 

 仮にISを動かせたとしても、攻撃しなければ話は始まらない。重火器、あるいは刀剣。それらを用いて相手にダメージを与える。それがISバトルの基本だ。

 防御に専念したところで、バトルに勝利するためにはシールドエネルギーを削らなければならない。エネルギー兵器であっても、攻撃の際にシールドエネルギーを消費することはない。必然、防御のみでバトルに勝利することは不可能だ。

 

『浮かない顔ですわね』

「――――!?」

 

 突然声が降ってきた。

 ガバリと顔を上げる。無人のアリーナに、まさにその瞬間、蒼い流星が迸った。

 ピットから飛び出し、そのまま演舞のように空を舞い武装を展開する機影。

 

「インフィニット・ストラトス――『ブルー・ティアーズ』か!」

『どうやらわたくしのこと、少しは勉強されたようですわね』

 

 他ならぬユナイテッド・キングダム代表候補生。

 アリーナの中央に、彼女――セシリア・オルコットは悠然と着陸する。

 

『決戦場の下見とは殊勝な心がけですわ。準備は万端、といったところですか』

「……そういうオルコットさんも、最終調整か?」

『ええ。ですが決闘を見越してというより、学園に持ち込んでから今まで調整する機会がなかったので……其方の方がメインですわ』

 

 言外に、決闘の勝敗など既に見えていると、彼女は告げていた。

 コケにされている。いや、悪意というより、純粋な挑発だ。

 先日そういった言葉を浴びせられた時には何も感じなかった。どうして自分がという不満が先行していた。

 

 けれど。

 

(……少し、ムカついたな)

 

 自分の反応に、一夏は少なからず驚いていた。

 自信もプライドもない。その土台がないから。勝負の領域に到達できていないから。

 場違いな異物にいくらふっかけたところで、応じるはずもなかった。なのに。

 

『ちょうどいいですわ。そこでわたくしの動きでも見ているといいでしょう。明日の決闘に役立つかもしれませんわよ』

 

 一夏は無言で首肯した。

 セシリアは眉根を寄せ、それから薄く笑った。

 

『あら、あらあら。なんだか少しだけ、マシな顔つきになりましたわね』

「……君は優しいな」

『んにゃっ!? と、突然なんですの! 意味分かってます!? わたくし、挑発しているのですが!』

 

 唐突な褒め言葉に、セシリアの挙動が乱れる。

 頬を赤く染めて彼女は怒鳴るが、一夏は苦笑いを浮かべた。

 

「見えてなかったもの……いいや、見ようとしてなかったものが、少しずつ見えてきた気がする。俺が此処にいる理由なんて、本当はどうでもよくて。()()()()()()()()()()()()……そういうものが、少しだけ」

『……ふふ、少しだけ、踏み潰し甲斐があるかもしれませんわね』

 

 セシリアはそう告げて、一気に加速した。

 縦横無尽に空を駆け回りつつ、腰部から四つのパーツを切り離す。

 

 第三世代機『ブルー・ティアーズ』の最大の特徴であるBT兵器だ。

 

(多方向からの射撃。同時に五人相手取ってるみたいなもんか)

 

 アリーナのプログラムが仮想ターゲットを立ち上げ、瞬時にレーザーがそれらを貫通していく。

 目に入った瞬間にはもう撃ち抜いている。そのスピードに一夏は舌を巻いた。

 彼女の視界には一体何が映っているのだろうか。

 

(今のは無反動旋回か……加速と減速のタイミング、角度が抜群にうまい。無駄なく最短でポジショニングしてて……()()()()()()()()()()()()()()()()。なるほど、理論派って感じだな)

 

 その時。

 仮想ターゲットが意思を持ったように動き始め、さらにはターゲット下部から弾丸を放ち始めた。

 それらは実体を持たない仮のエネルギー弾だが、セシリアはほとんど視認もせずに避けていく。

 

『やる気のない弾など――!』

「……すげぇ」

 

 凄い、と。

 素人としての織斑一夏が、素直に言葉をこぼす。

 

 同時に。

 

 

 

 

(でも、あれ? ()()()()()()()()()()()()?)

 

 

 

 

 ()()()()()()()が、そう、告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調整を終えたセシリアは、整備班との打ち合わせを終えて制服に着替えた。

 それから更衣室を出ると、廊下の壁に背を預けて佇む織斑一夏がいた。

 

「あら、出待ちはお断りなのですが」

「差し入れだよ。いいものを見せてもらったからな」

 

 一夏は片手に持っていたスポーツドリンクを差し出す。

 虚を突かれたような表情を浮かべつつ、セシリアはそれを受け取った。

 

「……ふん、小間使いの立候補を募った覚えはありませんが、へこへこするのが趣味なのですか?」

「正当な交換……って言えるかは微妙だけど。俺なりに、勉強させてもらったから」

「なら明日、楽しみにしていますわ」

 

 セシリアはそう告げて――両眼に一瞬、獰猛な光が宿るのが見えた――歩き去っていこうとする。

 その前に、一夏が口を開いた。

 

「なあ、オルコットさん」

「はい?」

「君の戦う理由、みたいなの。もしよかったら教えてくれないか」

 

 ずっと聞きたかった。

 彼女は東雲ほどでないにしろ、自分より高みにいる存在で、さらに、超えるべき壁だ。――待て。超えるべき壁?

 

(……なんか俺、ちょっとやる気出てきてるな)

 

 モチベーションの向上を感じ、少し笑った。

 一方のセシリアは、問いに数秒考え込んで。

 

「誇りと義務ですわ」

「……誇りと、義務」

「わたくしは……いいえ、言い改めましょう。()()()()()()()()()()()()()()。この世界には『持つ者』と『持たざる者』が存在します」

 

 持つ者と、持たざる者。

 その言葉を一夏は口の中に反芻した。

 

「わたくしたちは義務を背負います。誇りも持ち合わせなければなりません。そこには必然、成すべきことが発生いたしますわ」

「嫌だと思ったことは、ないのか。背負わされることを」

「背負って生まれてきましたもの。わたくしたちはその場で、手にあるカードを切って勝負しなければなりません」

「……ッ!」

 

 一夏は稲妻のような衝撃を感じた。

 

 

『人間は誰もが、置かれた環境で、自分のできることを成して勝負しなければならない』

 

 

 かつて聞いたことのある言葉だった。

 誰もがそうなのだろうか。それを意識して生きてきたからこそ、この学び舎にたどり着いたのだろうか。

 ならば、自分は。

 

「……大体、今この世界で、最も背負わされているのは貴方ですわ。その調子では先が思いやられますわね」

「はは――心配ありがとう」

「し、心配などしておりませんわッ」

 

 機嫌を損ねてしまったのか、そこでセシリアは足早に去って行く。

 その背中。

 高貴なる存在の背を見ながら、一夏は両の拳を強く握った。

 

(今の俺にあるもの)

 

 何があるのだろう。

 

(今の俺が背負っているもの)

 

 どれほどあるのだろう。

 

 

(今、俺が、やりたいこと)

 

 

 それは前者二つと噛み合うのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園入学より一週間。

 クラス代表決定戦の日は――雨だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ちょいちょいちょいちょーーーーーい!!)

 

 セシリアと一夏の会話を廊下の角で盗み聞きしていた東雲令は、内心で頭を抱えていた。

 

(何するのか気になって追いかけてみたらなんで仲良くなってんのッ!? 目を離した瞬間に他の女の子と距離が縮まってないかなァ!?)

 

 クラスではあんなにも険悪な物言いをしていたというのに、二人きりになるとこれである。

 もう何も信じられない。神に見放されたかのような感覚を味わわされている。

 残念ながら東雲は恋愛における必勝パターンは持ち合わせていなかった。

 

(ぐぬぬ、セシリアちゃんがこんなにフットワークが軽い女子だったなんて……ッ! とんでもない強敵だよゥッッッ。どうしよう! 明日、なんかもっとこう、ぐぐいと近づいちゃってもいいかな!? いやでもまた一歩退かれたりしたらショックだな! ああああああああああああああああもうやだあああああああああああ)

 

 彼女はISバトルではセシリアのことを歯牙にもかけていないが、恋愛において、大いなる敵として認識しつつあった。

 

 

 




なんかセシリア強キャラっぽく描写してますけど原作と特に変わってません
一方原作主人公はテコ入れされまくってるので頑張れセッシー!


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5.ゼロからのスタート

セシリア戦突入です(嘘は言っていない)


 クラス代表決定戦、当日。

 屋外アリーナは雨天の中、静かな空気に包まれていた。

 

 一組クラスメイトらは傘を差し、あるいはレインコートを着込んで客席に座っている。

 世界で唯一ISを起動できる男子の、入学試験を除けば初陣。それを聞きつけた他クラス、それはおろか他学年の生徒すら押しかけ。

 悪天候の中だというのに、客席はほとんど埋まっていた。

 

「織斑君、大丈夫でしょうか」

 

 管制室のモニターでそれを眺めながら、副担任である山田先生がぼやく。

 

「これだけの観客の中で、しかも専用機を初めて受け取って、初陣だなんて」

「プレッシャーに押しつぶされるようなら、それまでだったということだ」

 

 腕を組んで佇む織斑千冬の声色は冷たい。

 弟への思いやりなどないような態度に、山田先生は思わず振り返るが――千冬の細い指がひっきりなしに腕を叩いているのを見て、安堵した。どうやら彼女なりに思うとこは多々あるようだ。

 

「それより、織斑の専用機は」

「はいっ、今搬入が完了して、ピットに出てきます」

「オルコットの方は?」

「準備完了だとシグナルが出ています」

「よし」

 

 千冬はマイクに向かおうとして、一度動きを止めた。

 

「……あいつのピットに、彼女がいるとはな」

 

 その言葉遣いに山田先生は、少し驚いた。

 基本的に生徒相手では雑な言葉遣い――それが自分を神聖視させないための意図的なものである、とは知っていたのだが――をしている千冬が。

 明確に生徒を指して、『彼女』と呼んだ。

 

 山田先生はまさに専用機が運び込まれた、セシリアとは反対側のピットを見た。

 ISスーツ姿で落ち着かない様子でうろうろしている織斑一夏と、それを見守る篠ノ之箒。

 そして――東雲令。

 

「あの、織斑先生」

「なんだ」

 

 この決闘に関係のない問い。

 だが気になってしまったものは仕方がない。

 山田先生は意を決して尋ねてみた。

 

「東雲さんって、どれくらい強いんですか?」

「十戦すれば最低でも五回は私が勝つだろうな」

「なるほど………………………………………………え?」

 

 何か今、とんでもない言葉が。

 世界をひっくり返しかねないような言葉が聞こえた、が。

 

「早くアナウンスしてやれ。奴の初舞台だ」

 

 千冬はただ静かに、織斑一夏の姿だけを瞳に映しこんでいた。

 

(さあ、真価が問われる刻だ……気張れよ、一夏)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……落ち着かねえ)

 

 最大限の努力を積んできたという実感はある。

 ただそれがどれほど働いてくれるのか。根本的に、どこまでやれるのか。

 

(そして俺は、何を信念に据えて、彼女と戦うのか)

 

 彼女――高貴なる者、セシリア・オルコット。

 圧倒されるような気分でさえあった。自分の考えが及びもしない領域で、彼女は戦っていた。

 そんな少女相手に、自分は何を成せるのだろうか。

 

『織斑君っ、織斑君っ、織斑君っ』

「――ッ」

 

 時が来た。

 ピットの壁が割れるようにして開き、ISを運ぶカタパルトの駆動音が響く。

 姿を現したのは灰色の機械装甲。宇宙を切り裂き、旧兵器一切を一方的に殲滅する超兵器。

 

「これが、俺の……」

 

 

 ――人を殺せる兵器(インフィニット・ストラトス)

 

 

 不思議な感覚だった。

 あれだけ遠く、重く、巨大な存在として、東雲に教えられたというのに。

 目の前に現れたときに、一夏は不思議なほどそれに現実味を感じなかった。

 

「……織斑一夏。呆けている暇はない」

「ッ! あ、ああ」

 

 東雲の言葉に我に返って、一夏は慌てて機体に乗り込んだ。

 

「『初期化(フォーマット)』と『最適化処理(フィッティング)』は完了してないみたいだけど……まさか、本番中にやれって?」

『オルコットには伝えてある。アリーナをしばらく飛行し、慣らし運転もかねて行え』

「了解……!」

 

 それから、機体名を確認する。

 共に空を駆ける相棒。

 

(初陣が雨で悪いな……『白式(びゃくしき)』)

 

 それから前を向いた。

 

「一夏、勝て!」

「……」

 

 箒の激励と、東雲の視線。

 それを受けて、一夏は静かに瞳を閉じる。

 たった一週間の間に詰め込めるだけ詰め込んだ知識や訓練。

 それらを裏切るわけにはいかない。無様な結果は見せられない。

 

「織斑一夏――『白式』、行きます!」

 

 アリーナに飛び込んだ。地面そのものを引き寄せたような感覚だった。

 

「ッ……!」

 

 慌てて急制動。テキストにあった文字列が、正確に言えば単語が脳裏をよぎる。

 

(確か、円錐状のイメージで……!)

 

 加速する向きを調整し、空中にふわりと飛び上がる。

 遅い。それを実感した。スピードが、ではない、機体の反応が遅い。

 当然だ。『白式』はまだ『最適化処理』を行っていない。パイロットに合わせて性能を引き出すために、まずはある程度の動きをしなければならない。

 グラウンドを走るように、アリーナをゆっくりと周回する。観客の視線など気にならなかった。雨に打たれながらも、飛行する感覚を味わう。

 

(……そういえば、武器は)

 

 一夏の思考に連動して、武装一覧のウィンドウが投影された。

 武装――近接戦闘用ブレード。

 

「これだけかッ!?」

 

 驚愕すると同時、それが右手の内に顕現する。

 セシリアは射撃兵器を積み込んだ遠距離戦のエキスパート。

 ただでさえ低い勝率がさらに下がるのを理解して、一夏は思わず天を仰いだ。

 

 分厚い雨雲に覆われ、空なんて見えやしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 管制室で、東雲と箒はじっとモニターを見ていた。

 

「なあ、東雲さん」

「……」

 

 無言で言葉を促され、箒は一旦咳払いを挟んだ。

 

「何で一夏の応援を当然のようにしてるんだ?」

「機密事項」

 

 箒としては当然の疑問だった。

 幼馴染として応援するぐらいは許されるだろうとピットにいけば、そこには真剣な面持ちでISを待つ――心なしかこの一週間で顔つきが精悍になり、身にまとう雰囲気も変わった気がする――幼馴染がいた、のだが。

 その隣には、当たり前みたいな顔をして東雲令がいたのだ。

 

 なんだこの女。

 

「機密事項って……」

「当方もすまないとは思っている。だが、織斑一夏の訓練を手伝っていたのには、相応の理由がある」

「な、なるほど」

 

 東雲がそう言うなら、そうなのだろう、と箒は引き下がる。

 

(一瞬、まさか男女関係のアレコレかと思ってしまったが、東雲に限ってはそんなことはあり得ないな! うむ、失礼な考えだった)

 

 失礼でも何でもない、実に的確な分析である。

 不安が払拭され、いや不安は払拭されたが箒の懸念は的中しているというややこしい事態なのだが、とにかく箒は気分を切り替えた。

 隣に佇む少女。さほど背丈の変わらず、やや近寄りがたい美少女。

 彼女が冠する称号を思い出して、ごく自然に、箒はそれを言った。

 

「かの『世界最強(ブリュンヒルデ)の再来』に鍛えられるとは、一夏も幸運だったな」

「……その二つ名は好きではない」

「え?」

 

 そこで箒は、意図しないうちに、少し東雲から距離を置いていた。

 雰囲気が激変した。鋭利な空気がより研ぎ澄まされ、ただ隣にいるだけで喉を突かれるような圧迫感に襲われたのだ。

 

「当方はいずれ『世界最強』を襲名する。()()()()()()

「――――ッ」

「根本的に、その名はモンド・グロッソ優勝者に与えられる名前。個人を指し示す異名ではない」

「そ、それは、そうなのだが……ッ」

 

 東雲の言葉はもっともだった。

 本来、世界最強――ブリュンヒルデとは特定個人の二つ名ではない。結果的に世界最強となった者を呼ぶ名。ならば襲名制なのは事実である。

 しかしそれを口にするのが、どれほど重い意味を持っていることか。

 

「聞こえているぞ、東雲」

「何か当方が失礼なことを言ったでしょうか」

「生意気な小娘が……目指すべき場所の遠さ、もう一度叩き込んでやろうか」

「それは模擬戦のお誘いでしょうか。でしたら、喜んでお受けいたします」

「いい度胸だ」

 

 声をかけた千冬は、不敵な笑みを浮かべていた。一方の東雲は無表情のまま、しかし瞳に炎を宿している。

 教師と生徒、というよりはライバル同士の会話みたいだな、と箒はぼんやり考えていた。あまりにも現実味がなくて、宙に浮いているような感覚だった。

 何故か山田先生がチラチラと東雲を見ているが、それについては誰も触れなかった。

 

「あ、あーっ! 織斑先生、『初期化』と『最適化処理』が終わったみたいですよ!」

「……よし。オルコットに知らせろ」

 

 山田先生の言葉を皮切りに、試合に向けて事態が進行していく。

 雨脚は、ますます強くなっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……結局ビビって、ぐぐいっと近寄れなかった…………)

 

 東雲令の内心がバレなかったのも、雨音がうるさかったからかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが……!」

 

 飛行の減加速を行い、複雑な機動もやってのけた。

 段々と感覚がアジャストされていくのを実感した、矢先。

 

『フォーマットとフィッティングが完了しました。確認ボタンを押してください』

 

 条件反射でボタンを押した。

 機体が光に包まれ、装甲が新生する。灰色から一切の穢れを廃した純白へ。各装甲はより鋭角に、背部ウィングスラスターは巨大に。

 

「……ッ」

 

 驚愕は機体の一新にとどまらない。

 手に握っていたブレードの真の姿が露わになる。

 

「近接特化ブレード……『雪片弐型』……!?」

 

 まさか、姉の使っていた剣の同型を託されるとは。

 多くの人々が何かを望み、何かを期待し、何かを背負わせてくる。

 けれどここに至って、一夏はそんなことどうでもよくなっていた。

 

「――やっと一次移行(ファースト・シフト)を終えたようですわね」

 

 ピットから飛び出したセシリアが、様子をうかがうようにして真正面に浮かんだ。

 薄暗い曇天の下でも、その美しい青色は色あせることがない。

 

 両者は押し黙って、しばし雨に打たれた。

 雫が装甲に弾かれ、砕け、大気に溶けるようにして消えていく。

 

「……見つけましたか、戦う理由は」

「……見透かされてたか」

「あんな質問、それを探している人しかしませんわ」

 

 一夏は苦笑いを浮かべた。

 セシリアも小さく笑った。

 

「いいや、結局見つけられなかった」

「あら、そう。残念です――」

 

 

 

「――だから俺は、今からそれを作るよ」

 

 

 

 切っ先を突きつけた。

 

「俺は、結局そうなんだ。結局ゼロなんだ。空っぽなんだ。何も持ってない」

 

 言葉はアリーナの音響に拡散され、客席にも響いている。

 ざわめいていた生徒らが口をつぐんだ。それだけの圧が、情念が宿っていた。

 

「何で俺がこんな目にって。どうして俺ばっかり、面倒ごとをしょいこまなくちゃならないんだ、って。俺はそればっかり考えてた」

「それは……ええ。そうでしょうね。貴方は世界の流れの濁流に押し流され、ここにたどり着きましたわ」

「ああ。でも、嘘だったんだ。違うんだ。本当はすごく……羨ましかった。ここにいるみんな、理由があって、信念があってここにいる。その中に放り込まれて、俺はすごく、劣等感を抱いていた。惨めな気持ちだった」

 

 声色は暗く、重い。

 誰もが考えた。何も縁がなかったISという超兵器。その学び舎にある日突然放り込まれ、環境が激変し。

 何かを求められ。

 何かを期待され。

 何かを背負わされ。

 

「――でも、それじゃだめなんだ。人間は……自分にできることを、その時にやらなきゃいけない」

「……貴方」

「まあ、受け売りなんだけどさ。でも俺も、そう思ったよ」

 

 だから、と彼は。

 世界で唯一ISを起動できる男子は続ける。

 

「俺はゼロだ。俺は空っぽだ。()()()()()()()。俺はここから積み上げる。俺はここから築き上げる」

「……ッ」

 

 試合開始のカウントが始まる。

 セシリアは我知らず、歓喜に口端をつり上げた。

 目の前に存在するのは――踏み潰すに値する敵だ。

 

「何もないなら――死に物狂いで、何かを手に入れるしかねえッ!!」

 

 カウントが刻まれ、そして、ゼロになる。

 

「いいでしょう。わたくしが空っぽの貴方に――敗北を与えて差し上げますわッ!」

「俺は自分の力でつかみ取るッ! 敗北なんていらない――勝利をッ!!」

 

 遠くに雷鳴が響く。

 それをゴングのようにして、一夏は爆発的な加速で飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(『人間は……自分にできることを、その時にやらなきゃいけない』かあ、いい言葉だなあ)

 

 教えたのはお前だ。

 

(それにしてもさっきの啖呵は結構かっこよかったかも……あれ、もしかして、思っている以上に優良物件なのでは!? こ、これはまずいよ。めっちゃみんな見てる中であんまかっこいいことしないで……うん、そうだな、無様に負けちゃったらどうかな!)

 

 割と最低なことを考えながら、東雲は目つきだけは真剣にモニター内の決闘を見守る。

 その横顔に頷いて、箒は祈るように両手を組んだ。

 

「ああ、そうだな東雲。私たちはここで祈ろう……一夏の勝利を」

(え、嫌なんだけど)

 

 教官役として最上級に不適切な内心は、ついぞ箒には届かなかった。

 

 

 




原作との変更点
・普通に試合開始前にファーストシフトしました(ここ本当に開始前にしないの理解できない、しろや)
・セシリアが慢心抜きで最初からクライマックスモード

まあこんなもんで釣り合いがとれるんじゃないですかね……


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6.クラス代表決定戦(前編)

前々回でセシリアは大して強化されていないと言ったがあれは嘘だ


 雨は強くなる一方だった。

 屋外アリーナ、今この時だけは、そこは生徒の訓練場ではなく、二人の男女の決戦場と化していた。

 

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

「そりゃちょうどよかったッ、こっちはおろしたての一張羅なんだッ!」

 

 飛び交うレーザーは、雨粒を蒸発させつつ四方から一夏に襲いかかる。

 セシリアは一切の慢心を排除して戦いに臨んでいる。

 

 開始のブザーが鳴ると同時、彼女は四つのビットを切り離しつつ全力で後退した。

 初手、超高速で突撃して一撃を当てる作戦だった一夏は、出鼻をくじかれた形になる。

 そのままセシリアは自分の距離を維持しつつ、BT兵器をフル稼働させて包囲網を形成、なぶり殺しではなく的確に逃げ場を封殺しつつ一夏を追い詰めていた。

 

 同時に四方向から浴びせられる光線を、歯を食いしばり必死に捌く。

 視界に入る二発は大きく右に飛んで避け、回避を予測した二発を腕で受け止めた。

 

「ぐ、ぎぎっ」

 

 衝撃に腕部装甲が吹き飛び、シールドエネルギーが減少。

 ノックバックに機体そのものが振り回され、慌てて姿勢を制御する。

 

 この、セシリア・オルコットが支配する戦場のど真ん中で。

 

「まずは邪魔な装甲から、いただきますわ」

(や、ばい――ッ!)

 

 視認するまでもない、一夏ははっきりと殺気を感じていた。

 今度は真上と真下と真後ろ、すべて視界外。ハイパーセンサーを用いれば見ることができるが、人間の知覚限界では捉えきれない死角。

 

「クソッ!」

 

 一夏は空中だというのに、咄嗟に転がり退こうとした。

 足下に地面はないというのに、素人丸出しの挙動――だがセシリアは直後、驚愕する。

 ローリングに合わせて各部スラスターが最小限に噴射、回避機動をアシスト。

 結果として一夏は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

(なん……ですの、今の機動……!?)

 

 まず教科書には書かれていない。

 更には、教えようとしても教えられるものではない。

 セシリアは強く歯を食いしばり、四つのビットを呼び戻しコンデンサに接続、今度は手に持つ長大なライフルの銃口を向けた。

 

「ああクソ、同時に五人相手取るなんて無理だっつーの!」

「泣き言なんて、らしくもない!」

「泣き言ぐらい言うって! ――まあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ!」

 

 謀られていた――!

 BT兵器を動かすことと自分自身が狙撃手として戦うこと。

 その並列が未だできていないことを、ほんの数分の戦闘で見破られていた。

 

「ですが、それを知ったところでッ!」

 

 セシリア・オルコットの技量は射手としてこそ本領を発揮する。もとよりBT兵器など、適性があるからデータ取りのために渡された眉唾の新兵器でしかない。

 故に。

 

「左肩ッ!」

 

 セシリアは宣言と同時に引き金を引いた。

 銃口を起点として『白式』が射線を予測し、一夏はその紅いラインとして引かれた死線から飛び退き。

 

 飛び退いた先で左肩を撃ち抜かれた。

 

「が、ァッ……!?」

 

 痛みと驚愕がないまぜになり、思考が停止する。

 回避を読まれた――射撃を、置かれた。

 

(意味ねえっ!)

 

 射線予測機能をカット。

 今度は自分の直感に任せ、ひたすら必死に動き回る。

 

「チッ、的確な判断ですわね」

 

 大きく迂回するようなルートを取らされていることを自覚しつつも、着実に、一夏はセシリアとの距離を詰めていく。

 段々と機動が鋭くなっていく。無反動旋回を自然に使いこなし、その眼光はセシリアを食い破らんと猛っている。

 

(戦えるッ! 想定よりずっと、俺は動けるッ!)

 

 拳を強く握った。一夏はイメージをことごとく上回る機動を見せる自分自身に歓喜していた。

 しかし。

 

(でも、まだだ、()()()()()ッ!! もっと! もっと速く! もっと鋭く! もっと、もっともっと強くッッ!!)

 

 同時に現状を理解してもいた。

 試合のテンポは結局、セシリアに握られている。このままではまんじりともせず敗北を待つことに変わりはない。

 だからこそ、今この瞬間に、一夏は強くならなくてはならない。

 光線を弾き、彼女の懐に潜り込み、その刃を突き立てるほどまでに。

 闘志は両眼に宿り、敵対者を鋭く射貫く。

 

(織斑一夏、評価を改めるどころではありませんわッ! 成長している、この、ごく短時間で――!)

 

 その視線に対し、戦慄を表情に出さないよう必死にこらえつつも、セシリアは再びBT兵器を射出した。

 エネルギーの再充填は完了している。

 

「さあ、ダンスはまだ終わっておりませんわよ!」

「同じ曲ばっか、退屈な舞踏会だな……ッ!」

 

 雨を吸った前髪を互いに額に貼り付けながら、それでも笑う。歯をむき出しにして、今この瞬間の闘争に身を投げ出す。

 再び始まったレーザーの雨をくぐり抜けながら、一夏はますます瞳に宿る闘志を燃え上がらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すごい……」

 

 山田先生がこぼした感嘆の言葉。

 それは彼女だけでなく、アリーナの観客席で試合を見守る全生徒を代表した感想だった。

 

「すごいっ! すごいですよ織斑先生! 織斑君、代表候補生相手に一歩も退いてません!」

 

 まだ有効ダメージこそ与えられていないが、それは機体の武装を見れば理解できる。

 セシリアの距離を脱し、自分の武装の領域まで持ち込むことさえできれば、あるいは、あり得る可能性――織斑一夏の勝利は現実味のある結末として、全観客が固唾を呑んで見守っていた。

 

「あ、ああ……」

 

 だが。

 織斑千冬は、むしろ山田先生よりも驚愕を露わに、いっそ分かりやすいほどに狼狽していた。

 

「……織斑先生、どうしたんですか?」

「いや……あのバカが、あそこまで、気負ってしまっていた、とはな」

 

 試合の運びを見て、織斑千冬が抱いたのは――悲哀だった。

 決して油断を見せない。常に相手の様子をうかがい、隙あらば食い破らんとする獰猛さ。

 調子に乗ってポカをする愚弟の姿はそこにはない。

 いっそ清々しいほど、自分の勝利以外の何も求めていないその戦装束姿。

 

(……いや……気負ったのではなく、事実として背負ってしまった、のか)

「それは違います」

 

 否定の言葉は、予想外の方向から飛んできた。

 思わず教師二人は、モニターから視線を外しハッと振り向く。

 箒の隣で静かに試合を見守っていた、東雲令が、珍しくはっきりと口を開いていた。

 

「織斑一夏は背負っていません。むしろ、背負わされたものを投げ捨てて、あそこにいます」

「……開き直った、ということか……!?」

 

 東雲の言葉をいち早く理解したのは箒だった。

 

「織斑一夏は……この学園において自分は空っぽだと、ずっと言っていました。だから厳しい訓練にも夢中で打ち込んでいました。きっと自分に何かが注がれているような心地よさがあったのでしょう」

「ならば、東雲、お前はこの奮起を狙っていたというのか……?」

 

 震え声で発された千冬の問い。

 しかし世界最強の再来は、静かに首を横に振る。

 

「いいえ。当方も予期していませんでした。きっと今、織斑一夏は……充実している。戦いの中で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アレは目の前のセシリア・オルコットだけでなく、自分とも戦っているのです」

「……自分と、戦っている」

 

 箒は言葉を反芻してから、もう一度モニターを見た。

 雨あられと降り注ぐレーザーをかいくぐり、濡れ鼠になりながら、一夏はあがいている。

 

 急激に、心臓が高鳴った。

 

(ああ、いつの間にか、お前……男の子に、なってたんだな)

 

 どこか泰然自若とした様子を見せていた幼馴染はもういなくて。

 今見えているのは、必死に抗い、手を伸ばし、泥にまみれてなお両目から炎を吹き上がらせる男の子で。

 

 

 

(――――参った。私、心の底から、一夏が好きだ)

 

 

 

 それはきっと、二度目の初恋だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!! もうセシリアちゃん早く仕留めて! これ超かっこいいじゃん! やっばかっこよすぎてよだれでそう)

 

 箒の隣には割と最低な恋敵がいた。

 

(いやしかしすごい……こう……男の子だ……すごい……やばい超ドキドキしてるなこれ。いかんな。だって同い年の男の子とかほとんど見たことないしな……小中と女子校だったし……あっやば惚れそう)

 

 幼馴染が実に乙女回路全開の感想を抱く横で、世界最強の再来はどこまでも俗物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 ここに来て一夏の集中力は、完全に限界を超えていた。

 極限の集中が時間を遅滞させる。

 己を狙う光の線がすべて感じ取れる。視認するのではない、全てが把握できる。

 

(次、右腕ッ!)

 

 狙い澄まされた銃撃も、烈火のごとく荒ぶる闘志の前には意味を成さない。

 セシリアの完璧な射撃をすり抜けるようにして回避しつつ、一夏は猛然と突っ込んだ。

 

「もう限界だろ、エネルギー!」

「ぐっ……!」

 

 意識的にカウントしたわけではない。

 だが直感が、今のでビットは弾切れだと告げていた。根拠はなく、しかしそれを信じた。功を奏した。

 彼の横を併走するようにして、ビットがエネルギーの補給を求めて飛ぶ。ごく自然な挙動で彼は刀を振り抜いた。

 

(一つ)

 

 斬撃を受けたビットはきりもみ回転しながら吹き飛び、空中で爆散する。

 

「これだからッ、感覚派は嫌いなんですのッ!」

 

 人間というより動物に近い動き。

 数字を信頼し客観的なデータを元に戦術を構築するセシリアにとって、それは一定ラインを超えなければカモであり、しかし()()()()()()()()()()()()()()()は相手取りたくない敵だった。

 手にしたスターライトMk-Ⅲの銃口を向ける。

 引き金に指を添える。

 トリガー。

 

「顔面直撃ですわ」

「ッ――」

 

 直線加速が仇になった。避けきれない。

 

(だからどうしたああああああああッ!)

 

 一夏は――減速せずそのまま突っ込んだ。

 同時、ブレードを渾身の力で振り抜く。

 

 結果。

 放たれたレーザーは、刀身に直撃して霧散した。

 斬り捨てられた銃撃がパッと光に散る。

 

「は?」

 

 理解不能の現実を前にして、一瞬だけ、セシリアの思考が止まった。

 それはビットの静止も意味して。

 

(二つ、三つ)

 

 通り過ぎざまに振るった『雪片弐型』が、流れるような太刀筋でビットを斬り捨てた。

 あと一つ。

 

 一夏の気迫は確かに烈火のごとく燃えさかっていたが、しかし思考は冷徹だった。

 無理してビットを全滅させる必要はない。

 それよりも、ダメージレースで圧倒的に優位に立たれている現状を覆すためには、狙うべきは本体。

 

 セシリアは素早く加速し、現状からの離脱を図る――と見せかけて、迎撃射撃を行いつつ急制動。ただ距離を取るだけでなく、最適なポジショニングも兼ねたエリートにふさわしい模範的戦闘機動だった。

 観客が感嘆の息を漏らすほどに美しく、セシリアは鋭角かつ多角的な軌道で翻弄する動きを見せる。

 が。

 

 常人なら耐えきれないGを涼しい顔で受け流しながら、彼女がターンした瞬間。

 眼前に、織斑一夏が現れた。

 

「――――ぅぁ」

 

 情けない、怯えるような声が漏れてしまったのも仕方ない。

 セシリアの視点では、瞬間移動をしたかのような挙動。散々振り回していたはずの相手が、突如として自分の懐に現れたのだ。

 振り抜かれた刀。咄嗟に右腕で身体を庇う――腕部装甲が八つ裂きにされ、鉄くずと化して落ちていく。

 

「無駄なく最短で、()()()()()()()()()()()()()ッ!! 最適解しか選ばねーんならこんなに分かりやすいカモもないよなぁっ!?」

 

 距離を再び取ろうとするが、一夏は追いすがる。

 そこに余裕も勝利の確信もない。存在するのは、ただ飽くなき餓えだった。

 

「負けて、たまるかァッ……!」

(わた、くしが、負ける……!?)

 

 その気迫に、思わずセシリアの脳裏を敗北の二文字がよぎる。

 

(いいえ、いいえッ! こんなところで負けてたまるものですかッ!)

 

 マイナスの思考を振り払うようにして、セシリアはここにきて()()を切った。

 埋め込まれた、隠されたBT兵器。

 脚部装甲が花開くように展開するのを見て、一夏はぎょっとした。

 

「ブルー・ティアーズは六機あってよッ!!」

「チィィ――――!」

 

 極限の集中下で、一夏は思考を回す。

 至近距離で使ってきた。単なる予備ビットではない。

 ならば近接戦闘用? 違う、それをこのタイミングで切ったところで不利な状況を覆せはしない。

 

(だったら――弾道型(ミサイル)だ! ぶった斬って突っ込む!)

 

 予想は的中。

 放たれたビットは多角的なターンを描きつつ猛進してくる。

 その機動が、一夏のクリアな思考には完璧に読めた。

 

「邪魔を」

 

 腰だめに構えた刀。その刀身から滴る雫――その一滴を三度切り刻まんとする勢いで、抜刀術に見立てて腕を振るった。

 

「するなァァッ!!」

 

 一刀で弾頭を切り裂き、返しの刀でもう一発のミサイルを真っ二つに叩き斬る。

 内蔵された強化爆薬が炸裂し、爆炎が吹き上がる。

 インパクトが装甲を軋ませ、シールドエネルギーを減らす。既に五割を切っていた。

 それでも活路は拓いた。

 

(損傷軽微ッ。このまま――)

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 だが。

 思考を断ち切るようにして。

 高貴さも誇り高き姿もかなぐり捨てて。雨に濡れまばゆさを失った金髪を振り乱し。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッッ!?」

 

 混乱は一瞬。

 彼女が手に握った短刀を視認し――『インターセプター』と銘が自動表示された――血の気が引いた。

 

「お前ッ……!?」

「近づけば勝ちだと思っていまして!? 長刀が振り回せないほどの超至近距離ならば、わたくしの方が有利ですわッ!!」

 

 咄嗟に振るった『雪片弐型』が、セシリアの左肩部装甲を容易に切断した。

 だが止まらない。

 振り抜いた腕の内側、文字通りの懐にセシリアが潜り込む。

 ()()――短刀が脇腹に突き立てられ、シールドエネルギーは大幅に減損。

 そのままセシリアは猛然と加速した。急激なGに、一夏の意識がブラックアウトしそうになる。

 

「なに、をッ」

「敬意を表します、ええそうですわ、貴方は強い――ですからわたくしも、死に物狂いで勝ちを取りに行きますッ!」

 

 行き先を確認して、一夏は両眼をこれ以上なく見開いた。

 重力加速度すら載せて――至る先は雨を吸ってほとんどぬかるみとかしている、アリーナ地面。

 

(このスピードなら、()()()()()()()()()()()()ってことかよ……!?)

「貴方を仕留めるには、ちょうどいいサイズの弾丸ですわね!」

 

 至近距離でセシリアが、嫌になるほど綺麗な笑みを浮かべたのが見えた。

 もつれ合いながら、二機のISがアリーナ地表へ墜落し――轟音と共に、盛大に泥が飛び散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(勝ったな、風呂入ってくる)

 

 東雲令は内心でガッツポーズを決めていた。

 

 

 

 

 




感想で東雲さんのことを『自分を理論派だと思い込んでいる感覚派』だとか言うのはやめなさい



2019/01/19 15:18追記
夜に更新しようという気持ちだけはあったが
普通にドラゴンマガジンと新作のラノベを読みふける時間が欲しいため
明日の夜に延長しました
閉廷!!


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7.クラス代表決定戦(後編)

冷静に考えて書き溜めを投稿すれば何の問題もなかった

ネタバレ:東雲さんはきちんとIS乗り用のマニュアルを暗記している(自己申告)


 

 神経そのものが破裂したかのような激痛が、全身を苛んでいる。

 痛みはクリアに感じるというのに、どうにも思考にもやがかかって、うまく考えがまとまらない。

 織斑一夏はただぼんやりと横たわっていた。

 

(おれ、なんで……)

 

 何かを成し遂げようと死力を尽くしていたのは覚えている。

 けれど何をしようとしていたのか。

 そもそも何をしていたのか。

 それが、よく思い出せない。

 

(……何かを、ずっと、やってて)

 

 何か。

 自分を鍛えて。

 勝つために。勝つ? 何に? 誰に? 何故?

 

 次々と単語が想起されては霧散していく。重要な意味を持つ言葉であったはずなのに、その意味がごっそりと抜け落ちて、どこかに飛んでいってしまう。

 ただ、その繰り返し。

 

(おれは、なんの、ために)

 

 無意識に、手を伸ばそうとした。ぴくりとも動かない。

 

(なにかが、ほしくて。ずっとほしくて。かがやきが、うらやましくて)

 

 自分にないそれが。

 皆が当たり前のように持っている輝きが、貴きそれが。

 妬ましくて、羨ましくて。

 

(なにも――何もない、のに)

 

 どうして喪失感を得るのだろう。

 どうしてこのままではいけないと、思ってしまうのだろう。

 

(何もない、のに、勝ちたいなんて、理由がないのに)

 

 思考が現実とリンクする。勝負。決闘。アリーナ。墜落。

 全身の痛みがよりリアルになる。

 だが構っている場合じゃない。

 

(俺は、そうだ、勝ちたいっていう理由なんてない。勝負に賭けるものだってない、だけど)

 

 だけど――

 

 

 

 遠い場所に背中が見えた。

 隣で見守ってくれていた、されど遙かな高みに君臨する彼女の背中。

 どんなに手を伸ばしても届かないような、そんな、あまりにも遠くに存在する少女の姿。

 

 

 

(ここで、倒れたら。()()()()()()()()()()()()()()()()。多分、俺は、一生たどり着けない……! ずっと永遠に、前に走り出せない! 彼女を追いかけることすらできないッ!)

 

 今は遙か彼方の存在であっても。

 今は足下に及ぶことすらおこがましいとしても。

 

(それでも!!)

 

 一切が廃された思考の奥底から、その声はとどろいた。

 それは――織斑一夏にとって初めての、純粋なエゴの発露だった。

 

 

 

 

 

(俺は――――誰にも負けたくないッッッ!!)

 

 

 

 

 

 ただのプライド。

 安くて薄っぺらな、裏打ちするものが何もないチンケなプライド。

 

 それを必死に守ろうとする者を、なんと呼ぶべきなのか。

 答えは彼の幼馴染が言い当てている。

 

 織斑一夏は、ただの男の子なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああッ!!」

 

 意識がはっきりとしなかったのは、実に数秒だった。

 全身の筋繊維を酷使して、血を吐くようにして立ち上がった。

 一夏は素早く事態を把握する。シールドエネルギーは実に二割を割り込んでいた。

 だが、まだ戦える。

 

「あな、たという人は……ッ!」

 

 真正面、数メートルという距離で。

 セシリア・オルコットが歯を食いしばりながら、泥まみれで立ち上がるのが見えた。

 きっと自分の白い装甲も泥まみれだということは容易に想像できる。

 

 あの時――墜落寸前で、一夏は全力でスラスターを噴かした。

 加速に抵抗するためではない。むしろ助長し、最後の刹那に角度をずらした。

 結果、地面に二人そろって墜落。

 セシリアにも相応のダメージが通っているだろう。

 

「このッ……」

 

 数メートルとはいえ、離れている。

 セシリアは先ほど量子化していたスターライトMk-Ⅲを呼び出す(コール)――

 

「オラァッ!」

 

 ――よりも速く一夏が動いた。

 彼女の手元に光の粒子が集まり、ライフルをかたどって――瞬間に、投擲された『雪片弐型』がそれを貫いた。

 

「な、ァッ……!?」

「超至近距離ならそっちが有利だと!? ナメるなあああああああッ!」

 

 同時、一夏が()()()()()()

 スラスターによる加速も合わせた、飛翔ではなく跳躍。

 咄嗟に浮かび上がろうとしたセシリアに対して、圧倒的な猛スピードで一夏が突っ込む。

 

 金属と金属がぶつかる甲高い音。

 一夏の跳び蹴りが、セシリアの腹部を捉えていた。

 酸素が肺から絞り出される音。同時、腹部装甲が粉砕される音。

 

 ブルー・ティアーズの青が泥に落ち、セシリアは回転しながら十メートル以上吹き飛ばされ、最後にはアリーナの壁に叩きつけられた。

 

「カ、ハッ」

 

 衝撃が、壁に放射状のヒビを刻みつける。

 視線を巡らせた。すぐそばには破壊されたライフルと、それに突き立てられた純白の刀。

 一夏は『雪片弐型』の柄を握り、満身の力で引き抜いた。

 

「ぎ、いあああああッ!」

 

 絶叫と共に、セシリアが力を失い地面に落ちていた最後のビットを操作する。

 レーザーを放つだけのエネルギーはもう残っていない。だがそれは地面を駆けるように疾走し、一夏に迫る。

 

 既に限界だった。

 刀を保持している両腕は震え、今にも得物を取りこぼしそうになる。

 ビットをぶつけられたところで、大したダメージにはならない。なら無視してセシリアを攻撃するべき――

 

(――違う)

 

 視線が重なった。彼女の両眼に宿る戦意が、甘えた楽観を否定した。

 

(ダメージソースとして確保されている……ああ、クソ、そんなの、自爆に決まってるじゃないか!)

 

 意識をセシリアからビットに向ける。既にビットはあと一秒足らずで胸に飛び込んでくるだろう。

 今至近距離でビットを爆発させられたら、高確率で、終わる。

 最後の力を振り絞り、一夏はビットに相対した。

 

(しゅう、ちゅうッ)

 

 降り注ぐ雨の一粒が認識できるような、試合の間ずっと助けられた極限の集中力。

 それをもって彼はセシリアの最後のあがきを迎撃しようとして。

 

 不意に、感覚が切り替わった。

 スイッチが――切れた。

 

(な――――)

 

 痛い。

 全身が焼けているように痛い。思考がぐちゃぐちゃになる。

 張っていた気が思わず緩む。切っ先が落ちる。

 

(なん……でッ。斬れる、はずなのにッ)

 

 イメージと現実が乖離する。

 一夏の眼前には、即座に剣を構え、ビットを斬り捨てる自分自身が幻視されている。

 

(動くはずなのにッ、俺にはできるはずなのにッ)

 

 明確にイメージできる。迫り来るビットを一刀に切り捨てる自分自身。

 でもそれは、イメージに過ぎない。

 想像ではなく、自分自身の進化形として分かった。織斑一夏にはそれが成せると。

 

 でも、それは()()()()()()()()だ。

 

 今の織斑一夏には、できない。

 歯がゆいほどにそれが、理解できた。

 

 見ていた箒が悲鳴を上げた。

 観客の中でも動体視力に優れた者たちがそれに気づけていた。

 

 織斑一夏は、この瞬間に限界を迎えたと。

 

 もとより初陣、多方向からの同時攻撃をひたすら捌き続けていたのだ。

 その動きを維持できるはずもない。どれほどの精神力をつぎ込んでいたのか。

 今まで戦い続けられたことは単なる奇跡である。

 

 がくんと、顎が落ちる。視界が下がり、ビットを直視すらできない。力が入らないのだ。

 まるで雨を吸って固まった粘土のように、身体の感覚が急速に錆び付いていった。

 全能感がかき消されていく。闘志の炎だけは変わらず猛り、しかし、彼の身体は冷たく、固く、数十年老いたように遅く、弱々しい。

 

(――ぁ)

 

 刀を、振れない。握りこむことすらできない。

 セシリアはその姿に、勝利を確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

(まだだ、まだだろう、一夏)

 

 その声が届くはずもない。それでも彼女は必死に願う。

 

(負けたく、ないんだろう。必死にそのために積み上げてきたんだろう。なら、こんなところで、立ち止まるなッ!)

 

 組んだ両手を固く固く胸の前で握りしめ、箒は祈る。

 

(――――負けるなッ! 私の、大好きな(ヒト)!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……織斑一夏の負けは消えた」

「え?」

 

 だから祈りを断ち切るようにして隣から放たれた言葉に、呆気にとられるしかできなかった。

 東雲令はほんの僅かに目を見開いて、されどどこまでも冷徹に、モニターの戦況を注視していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一閃だった。

 けれど、光が迸ったと形容するには優しく。

 また、物体が切り裂かれたと語るには静かで。

 

 ただビットが正中線を綺麗になぞられ、二つに分かたれた。

 

「…………ぇ?」

 

 セシリアは呆けることしかできなかった。

 既に限界を超えているはずだった。けれどもここまで食らいついてきた。

 そうしてついに、文字通りに限界を迎えたと思った。なのに。

 

「……いつか……至る領域が、見えた。俺の限界の片鱗が、見えた」

 

 爆発すらしないまま大地に転がったビットは、バカみたいに綺麗な切断面を晒していた。

 

「もっと強くなれば、こうできるって分かった。()()()、順当に強くなった織斑一夏は、これができるって分かったよ。俺自身のことだから、分かったんだ……」

 

 幽鬼のように佇み、いつの間にか振り抜いていた刀を下ろして。

 一夏は雨に打たれながら天を見上げた。

 

 

「それっていつだよ」

 

 

 限界が見えた。そしてその限界を超える自分の未来図すら見えた。

 だというのに、何故足踏みをしなければならないのか。

 進化は限りなく早く、迅速に行われた。

 

 

 

「――俺は強くなきゃ、意味ねえんだよ……ッ!!」

 

 

 

 声を絞り出して、彼は大地に二本の足を突き立てて、ぐるりとセシリアに顔を向けた。

 両名、既に眼中には相手しか映っていない。

 

 しばしの沈黙。観客たちが呼吸することすら憚るような、触れば斬れてしまうような静謐。

 絶え間ない雨音だけが響き、二人の身体を濡らしていく。

 

「俺は、今から放つのが、最後の一撃だ」

「――ッ」

 

 互いに隙はなかった。

 体力はもう、あと一撃放つ分だけしか残っていない。

 迂闊に飛び込んだ方が死ぬと双方承知していた。

 

 だがカウンターではなく。

 二人は共に、突撃する機会を窺っていた――だからこそ一夏の言葉は自然と発せられた。

 

「もう正直、今にも倒れそうだ。だけど俺は負けるとしても、そんなダサい負け方はしたくない。何よりも負けたくない。だから――」

 

 セシリアは壁から離れると、数歩よろめいた。

 それだけで感覚を正常に取り戻し、最後の武器である『インターセプター』を握り直した。

 

「わたくしも、同じ気持ちです。ええ――決着を付けましょう」

 

 視線が交錯する。

 セシリアは勝利だけを見ていた。

 一夏は敗北を見ていなかった。

 

 雨だけが変わらず降り注いでいた。

 雲の切れ間などなく、何もかもを濡れ鼠にしてしまおうと雨が降っていた。

 だが両者の気迫は、雨粒を蒸発させていると錯覚するほどに、気炎となり立ち上っている。

 

「さあ――勝負だ」

 

 弾き出されるようにして両者が加速。

 距離がゼロになるのに、まばたきほどの時間もない。

 

 雨音に交じり。

 最後の一撃は、切ない音と共に放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………あれ?」

 

 織斑一夏が目を開けば、そこは見知らぬ天井だった。

 

「……??」

 

 事態が理解できず、思わず目を回す。

 一夏は白い清潔なベッドの上に横たわっていた。

 

「……ここは」

「学園の保健室」

 

 びくりと肩が跳ねた。

 慌てて顔を横に向ければ、無表情の東雲令が椅子に座り、一夏の顔を覗き込んでいる。

 

「う、おおお……びっくりしたあ……」

「当方はたった今来た。今までは、篠ノ之箒が其方の寝顔を見ていた」

「……寝顔……?」

 

 思わず首を傾げた時。

 

「しッ、東雲ッ!? 何を言っているのだ!」

 

 大慌ての足音と共に、箒が一夏の視界に飛び込んできた。

 

「ちょっとだけだ! ちょっと寝顔に見とれていただけで……みと、みとれェッ!?」

 

 面白いように勝手に慌てふためく箒に、現状師弟は顔を見合わせる。

 

「箒の奴、どうしたんだ?」

「当方にも分からない」

 

 両者の声色には困惑が多分に含まれていた。

 

「とっ、とにかく、痛む箇所はないのか、一夏」

「え、あ、ああ……うん、全身だな……」

 

 酷使し、ズタボロになった全身には包帯が巻かれている。

 どうやら相当ひどい有様だったらしい。

 鼻がツンとすると思って顔を触れば、頬にも湿布が貼られていた。

 

「セシリア・オルコットも同様に別室で寝込んでいる。それほどの勝負だった」

「ああ、オルコットさんも……って! そうだ勝負!」

 

 思わずガバリと身体を起こして、一夏は顔をしかめる。

 

「い、いてて……」

「こら、無茶をするな」

 

 箒が両肩に優しく手を添えると、一夏をベッドに横たえる。

 思わず、彼は目を白黒させた。彼女からこんなにも優しく接されたのは、初めてではないだろうか。

 

「勝負の結果が気になるとは思うんだが……その……」

 

 箒は言いよどみ、助けを求めるように東雲を見た。

 

「引き分けである」

 

 まったく躊躇なく、さっぱりと言い放った。

 

「……ひき、わけ」

「最後の一撃、当方の観測ではコンマ3秒のズレと共に互いに直撃し、シールドエネルギーは両者ゼロになった。十人が見て十人が驚くほどに見事な相討ちである」

「……コンマ3秒のズレ、まで見えるんだな」

「肯定。当方の観測に狂いがなければ、セシリア・オルコットの方がほんの僅かに早かった。だが、戦場では両者死亡と考えられる。また互いに限界を迎えており、エネルギーが尽きると同時に意識を喪失し、倒れていた」

 

 そっか、と呟いて、一夏は天井を見て目を細めた。

 

「だが、相手は代表候補生だ。大金星だろう。一夏、よくやったな」

 

 箒は純粋に賞賛の言葉を贈った。

 

「織斑千冬も篠ノ之箒に同意していた。『よくやった』と伝えろ、と伝言を頼まれている」

 

 普段の一夏にとっては、それはこれ以上ない賛辞だった。

 けれど。

 

「…………畜生」

 

 彼は不意に軋む腕を上げて、顔を覆った。

 

「……一夏?」

「……畜生、ちくしょう……ちく、しょう……ッ」

 

 それは静かな保健室に嫌と言うほどに響く、一人の男の嗚咽だった。

 思わず東雲は眉根を寄せた。誉められたというのに、何故彼は泣いているのか。

 何も言うことなく、箒は彼の内心を察していた。彼は見ているこちらがつらくなってしまうほどに、痛いほどに、勝負に懸けていたから。

 

「……東雲、出よう」

「?」

「分からないのか。男が、泣いているんだ」

「……出る必要があるというのなら、当方は従う」

 

 箒に促され、東雲は椅子から立ち上がった。その表情に乱れはない。

 ベッドから離れ、保健室のドアに手をかけて。

 

「……織斑一夏」

 

 振り向いて、未だベッドの上で洟をすする一夏を見る。

 

「勝利も敗北も受け入れて前に進む。それが今の其方には必要。当方は――織斑一夏にはそれができると、信じている」

「…………ッ!」

 

 それだけ言って、彼女は保健室を出た。

 箒も後を追い、それからドアを閉める。

 

 残された保健室には、一夏のくぐもった声だけが響き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東雲は、一夏がここまでやると予測できたのか」

 

 廊下に二人の足音が響く中、箒は不意に口火を切った。

 

「今やもう、学園中が大騒ぎだろう。あれだけの衆目の中で、あれだけの啖呵を切って、そしてあれだけの激闘を演じてみせた……明日からきっと、一夏を中心に学園が回る」

「当方も同意する。そして最初の質問には、否であると回答する」

 

 思わず、箒は彼女の横顔を見た。

 

「指導をしていたのに、か?」

「ISを実際に動かす訓練は行えていない。恐らく織斑一夏が感覚派だろうとは予想できていたが、試合の中であそこまでの爆発的進化を遂げるとは、当方にも予想外である」

「そう、か」

 

 その言葉は少し、嬉しかった。

 自分の幼馴染は、『世界最強の再来』の予測すら超えてみせたのだと。

 

「故に幾ばくか残念な結果ではあった」

「ああ。あそこまで追い詰めたのだ。後一押し、だったな」

「否。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 思わず、足が止まった。

 今彼女はなんと言った?

 

「そ、れは」

「正確に言えば、ビットを斬り捨てた際の斬撃をもう一度放てれば、相討ちになることなく一方的にセシリア・オルコットを斬り捨てていた。これは課題として残る」

 

 何を見据えているのか。

 どこまで見透かしているのか。

 

 箒は改めて、隣に立つ少女の存在する次元の違いを感じ取った。

 だが。

 震えそうになる声を張り、身体ごと、箒は東雲に向き直る。

 

「……なら私は、その領域に至るまで、一夏を支えたい。お前の鍛錬を、サポートさせてくれないか」

「当方は構わない」

「即答するのか!?」

 

 箒なりに決断的な発言だったのだが――東雲はいとも簡単に了承した。

 

「今日の戦いぶりを見たからには、訓練の内容も変更を加えていかなければならない。人数が多ければ選択肢が増える、篠ノ之箒の助力はむしろありがたいものである」

「そ、そうか。うむ。ならば一夏が回復したら、一緒に頑張ろう!」

 

 思わず箒は東雲の手を握って、笑顔を浮かべてそう言った。

 何よりも、愛しい相手の力になれることは、心の底から嬉しかった。

 

 だから彼女の笑みは、天使ですら見惚れてしまうような、花開く美しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(めッッッッッッッッちゃええ子やん)

 

 東雲令は普通に訓練を手伝ってくれる人が増えて嬉しかった。

 

(二人きりだと本当に時々テンパっちゃうもんな~……ありがたい、ありがとう、しののん! あ、でも時々二人きりの時間は確保させてね)

 

 エゴむき出しの内心がつないだ手を介して伝わったら箒はどんな顔になるのだろう。ていうか伝わった方がいい可能性が高い。

 

(いやそれにしても最後の最後に気が抜けて惜しかったなー、これからはスタミナを重点的にやっていくか? でも予測回避バリバリやれてたし、まずは守りからかなあ……うーん……動き回らせて汗だくになれば、替えのTシャツを渡したり、しちゃえるのかな……!? ちょ、ちょっとぐらい匂い嗅いでも……バレへんよな……?)

 

 いや――これは、ちょっと、伝えるのがはばかられる程度には酷い。

 

 

 どこまでも残酷な真実には気づくことなく。

 

 篠ノ之箒は思い人との時間が増えるし貴重な友人も得たと歓喜し。

 東雲令は織斑一夏の汗はどんな匂いか考え少しトリップしていた。

 

 

 

 









あのですね
結構夢中でバトル書いてたんですよ
そしたら普通に書き終わっちゃってですね
書き終わってから『零落白夜』使ってないじゃんってなりました

篠ノ之束様には、この場をお借りして謹んでお詫び申し上げます。





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8.好敵手の絆

世界最強の再来以外の異名候補(申し訳程度のオリ主アピール)
忌むべき十三(アンラック・サーティーン)』『魔剣使い(ヴォルスンガ・サガ)』『疾風怒濤の茜嵐』
ここまで考えてよく考えたらISって二つ名システムねーわって思ってやめました

お褒めの言葉をいただきまくってありがたいのですが、決闘で零落白夜忘れてたのはガチミスなんだよなあ……


 一年一組クラス代表決定戦は劇的な結末を迎えた。

 新聞部は特集の号外を発行し、ほとんどの生徒が争うようにしてそれを購入。

 一面の見出しは『織斑一夏、番狂わせの大健闘!』『セシリア・オルコットの新たなる姿』などセンセーショナルな言葉が並べられている。

 

(『激闘の結末は学園の試合でも類を見ない相討ちであった。両者ともに決死の気迫で行われたこの名試合は、年度末に行われるベストバウト投票において高得点が確約されたも同然だろう。ルーキー同士の激突とは思えぬ試合運びに、多くの上級生が震え、下級生も奮起すること間違いなし』……か)

 

 記事を一通り読んで、篠ノ之箒は寮の自室でやれやれと嘆息した。

 予想通り、あの試合はIS学園に大旋風を巻き起こしている。

 僅かな稼働時間故に侮られていた唯一の男子と、実力が約束されているエリートの戦い。

 当初は話題性のみを見られ、しかし結果は見えたものと言われていた。織斑一夏は才能を開花させるかもしれないが、しかし代表候補生相手では結末を引き延ばすことだけが打てる手だと。

 

(くふふ……)

 

 一面に貼られた大写真は、敵めがけ決死の突撃を行う、愛しい幼馴染の姿。

 その男気、負けん気、箒が大好きな彼の至上の一枚を見て、にんまりと笑ってしまう。

 

(本当に、本当によくやったよ、一夏)

 

 あの時。

 保健室で涙を流す彼を見て、少しだけ安堵していた。

 心が折れることなく、前に進める。

 きっと彼は涙を糧にして、再び立ち上がることできる。

 そう感じたから。

 

(だから、一夏。私はお前を支えよう。いつか至るべき最果てを目指す限り、私はずっと、お前の味方であり続けよう)

 

 箒は新聞をテーブルにぽいと投げた。

 記事の文面は非常に好意的ではあるが、学園に少なからず存在する女尊男卑主義者は今回の試合に不満を抱いている。

 一夏がズルをしたのでは、という中傷行為はまだマシな方で、八百長であった、セシリアの機体に細工が施されていた、挙句の果てには弱みを握っていた等々……

 代表候補生という立場があるセシリアに矛先が向かないのが、この悪意を発露させている者たちの気質を表していて、不愉快さに箒は拳を握る。

 

(どんな相手であろうとも、どんなおぞましい悪意であろうとも、私はお前の楯となり、休める安息の場所であろう)

 

 固く握った拳を、ゆっくりと解いて、箒は手のひらを天井に伸ばした。

 

(それが、今私がしたいことだから)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 一年一組は朝のHRを前に、どことなく落ち着かない空気だった。

 空気はやや張り詰めており、雑談に興じる生徒らは話に集中できず、ちらちらと視線を逸らしている。

 

 理由は二つの空席。

 昨日激闘――その言葉すら生ぬるいほどの絶戦――を繰り広げた、織斑一夏とセシリア・オルコットの席。

 

「二人とも、結構怪我してたみたいだしね……」

「織斑君なんて全身に包帯ぐるぐる巻きだったって話だよ?」

「オルコットさんも相当ダメージがあったっていうしね」 

 

 自分のクラスの代表を決める戦いとあって、一組生徒は全員がアリーナでの戦いを見ていた。

 その劇的な結末と、両者の吐露した想い。

 教室での言い合いは互いに喧嘩腰であったが、そのスタンスにつながる信念を理解した。理解できてしまった。

 

「……むむむ」

 

 東雲令の席のすぐそばに立つ箒は、教室を見渡して唸った。

 なんというか、何名か、一夏の席に向ける視線が先日と違う。違いすぎる。

 

 あの時一夏が声高に叫んだ宣言。

 箒自身再び惚れ直してしまうほどの代物だったが――冷静に考えればそりゃあ他の生徒にもクリティカルヒットする。

 このご時世に、あそこまで己を貫き、信念を燃やし、そして諦めずにあがき続ける男子を見る機会があるだろうか。いやない。

 耐性のない女子の瞳に熱に浮かされたような色がこもっているのも、納得できる。箒は嫌というほどに、身に迫る実感として理解できる。

 

「いやしかし、どうなんだろうな。理解者としてカウントするなら、心強いかもしれないが」

「……何の話なのか、よく分からない」

 

 訓練メニューを共有し、互いの仕事を確認していた東雲は、箒のぼやきに首を傾げた。

 

「気づかないか? こう、一夏に向けて、結構……みんな変わったというか……」

「変化……当方は今までの状態を余り理解していない。これは当方の不徳である。だが何かしら、好意的に転じたというのであれば、それは歓迎すべきことである」

「それは、そうなんだが……ッ!」

 

 だめだ、この少女は抜群の戦闘力を誇っているが、人の心の機微に疎いらしい。

 逆に一夏のそばに居る異性としても脅威にならないので別にいいのだが(篠ノ之箒は節穴という渾名を頂戴するべきである)……かといって恋愛相談の相手にもなりそうにない。

 

 これから先、共に一夏を見守る相手として、箒は東雲のことを厳格な師匠のように意識していた。

 

「あっ」

 

 不意に誰かが声を上げた。

 クラスの生徒らの視線が教室後方のドアに集中する。

 そこには改造した制服を身にまとい、しかし露出した首に包帯を巻かれたセシリア・オルコットがいた。

 

「おはようございます、皆さん」

「……おはよ、セシリアさん!」

 

 当初はその相手を見下した態度故に、距離をおかれがちだったが――プライドに見合うだけの信念を、闘志を、何よりも実力を証明した。

 もう彼女を遠ざける理由などどこにもない。

 

「心配したんだよセッシー」

「せ、セッシー……? まさかそれはわたくしのことですか!?」

「うん。セシリアで、熱心だから、セッシー」

「なんだか拒絶しづらいちゃんとした理由までありますわね!」

 

 今までになくフレンドリーなクラスメイトに囲まれ、セシリアはわたわたと両手を振った。

 その様子を見て、東雲は表示していた訓練メニューのウィンドウを叩くようにして消す。

 

「織斑一夏の進化に埋もれているが、セシリア・オルコットも大きく進歩した」

「そう、なのか?」

「肯定。当方との試合で、積極的に前へ踏み出すことはなかった。最後にビットの自爆をぶつけに行ったのも、気質の変化、あるいは闘志がより強固なものになったと推測される」

「……そうか。色んな人が、変わったんだな。あの試合で」

 

 箒は感慨深く呟いた。

 その時――さっと人混みをかき分けて、当のセシリア・オルコット本人が、東雲の席の方向へ歩いてきた。

 いや、正確に言えば織斑一夏の席へと。

 

「……彼は?」

「席には着いていない」

「恐らく登校はすると思うのだが……少し心配になってきたな、迎えに行った方がいいかもしれん」

 

 東雲は無表情に、箒は心配そうに眉を下げて告げる。

 セシリアはそれを聞いて、すっと彼の机をなでた。

 

「そうですか。できれば、朝のうちにお話をしておきたかったのですが」

「いやずっとここにいたんだけどな」

 

 全員、弾かれたように、セシリアが入ってきたのとは別の、教室前方のドアを見た。

 そこには壁に背を預け、頬に湿布を貼り、左腕に包帯を巻いた織斑一夏が拗ねたような表情で佇んでいた。

 

「同時にオルコットさんが入ってきて、誰も俺に気づいてねーんだから、驚いちゃうぜ。ああいや、東雲さんは一瞬こっち見て、無視してたな」

「何故席に着かないのか疑問ではあった」

「この空気で入るのは無理だろ」

 

 呆気にとられるクラスメイトらの前を横切って、彼は自分の席に鞄を置いた。

 

「それで……まあ、あれだ。おはよう、みんな」

 

 包帯の巻かれていない右腕を上げて、彼は苦笑いを浮かべる。

 

「――うん、おはよう織斑君っ!」

「もう大丈夫? 痛くないの?」

 

 クラスメイトらが笑顔で彼を迎えた。

 もう大丈夫だぜ、と一夏は笑顔で返す。

 

「おはよーおりむー!」

「お、おりむー……? まさかそれって俺のことか!?」

「うん。織斑で、まっすぐだから、おりむー」

「なんだか拒絶しづらいちゃんとした理由まであるな!」

 

 さっき聞いたようなやりとりを耳にして、箒とセシリアは小さく笑った。

 その様子を見て、一夏は意外そうな表情を浮かべる。

 

「あれ? オルコットさん……だよな?」

「ええ、そうですわよ。セシリア・オルコットです」

 

 敵意を感じない。

 先日まであった壁が取り払われている感覚だった。

 

「……えーと、だな」

「……それで、ですね」

 

 だが会話が、微妙に続かなかった。

 互いに言いたいことはある。語りたいこと、わびたいことがあった。

 けれど切り出し方が分からず、顔を見たり視線を逸らしたりして、なかなか糸口が見つからない。

 

 その様子を、クラスメイトらは半笑いで見ていた。

 

「まったく、互いに不器用だな」

 

 仕方のない子供たちを見るような目で、箒はぼやく。しかし表情には笑みが浮かんでいた。

 スタートを切れない二人の真横で、席に座ったまま東雲はぼうっと廊下を見ている。

 

「織斑一夏」

「え?」

 

 静かな空間の中で、突然東雲が口火を切った。

 

「廊下で待ってる人間たちは、無視するべきだろうか。当方には判断しかねている」

「廊下で待ってる、って…………あぁ、なるほどな」

 

 一夏は東雲の視線の先をたどって、それから少しだけ、表情に緊張を走らせた。

 廊下には何名かの女子たち。リボンの色からして上級生である。

 彼女らは雑談に興じながらも一夏を見ていた。

 

 ファン、ではないのは分かる。

 視線に込められた敵意。悪意。嫌というほどに分かった。

 

「一夏」

「……できれば無視したいけどなあ」

 

 ぼやいたが、一夏は自らドアに向かって歩いていった。

 

(俺は……誰にも負けたくない。目に見えない悪意相手でも、引き下がることだけはしたくない)

 

 その背中をセシリアが、じっと見つめていることには気づかず。

 一夏は廊下にたむろしていた上級生たちの前に佇んだ。

 

「何かご用ですか」

 

 なるべく刺激しないように柔らかい表情と、穏やかな声色を意識した。

 

「ああ、ううん。えーっとさ、噂を聞いてね」

「噂ですか」

「そうそう。なんかIS学園の試合で卑怯なことをした奴がいるって噂」

「へぇ……」

 

 両の拳をぐっと握った。

 腹に力を入れ、感情を制御しようと試みる。

 怒りに身を任せてはいけない。ただ感情に流されるままの子供ではいけない。

 それは、負けなのだ。

 

「だからそういうのがいたら、よくないよねって思って」

「そうですね」

「……なんとかいったらどうなん?」

 

 柳のように受け流していた一夏の態度に、女子生徒の一人が噛みついた。

 

「ボクはズルしてまで負けたくないと思うお子様ですごめんなさい、って」

「……ッ、負けたくなかったのは事実です、でもズルをしようだなんて思ったことはない」

 

 口を突いて、勝手に言葉が出てきた。

 しまった、と顔色を変えたときにはもう、女子生徒らの顔が嬉しそうに歪んでいる。

 

「何? そんなムキになることあるん?」

「違います……俺は……」

 

 制御できなかった。自分の未熟さに歯がみする。

 揺れるな。ブレるな。水面のような心であれ。

 そう意識しているのに、ふつふつと煮立つ怒りの炎は、喉を通り勝手に唇を動かして――

 

 

 

「――口を慎みなさいッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 一喝だった。

 びくりと、上級生たちはおろか一夏の肩さえ跳ねた。

 

「もう見ていられませんわ! 見当違いも甚だしい、見るに堪えない愚かさですわね!」

 

 大股にこちらへ歩いてきたセシリアが、怒りにまなじりを吊り上げながら、一夏の隣に並んだ。

 

「オルコットさん……」

「わたくしと織斑一夏さんの戦いは正統なる決闘です。わたくしはあの戦いに、結末までひっくるめて誇りを抱いています! それを部外者が好き勝手に愚弄するなど、恥を知りなさいッ!」

 

 両足を開き、彼女は胸を張った。

 

「わたくしの誇りにかけて、貴女たちの言葉、到底容認いたしません! 訂正するなら今のうちでしてよ!」

 

 思わぬ援軍に、上級生らがたじろぐ。

 一夏はぽかんと口を開けて、バカみたいに彼女の顔を見ていた。

 

 誰も何も言えず、ある種の膠着状態。

 上級生たちにとって、セシリアの言動は不可解である。何故、どうして、自分たちは貴女の味方なのに――猜疑心が瞳に宿り始める。

 まずいと一夏は思った。このままでは、セシリアの立場まで悪くなってしまう。

 

 なんとかしようと、考えもまとまらないまま口を開こうとした、瞬間。

 

 

 

 

 

「……当方が思うに、其方には退くか退かないかの選択肢が存在する」

 

 

 

 

 

 セシリアとは反対側の隣。

 音もなく東雲令が現れた。

 

「……ッ、東雲令、あんたまで……何で……!?」

「織斑一夏は強さを証明した。存在を証明した。それは当方も確認したところである。故にそれを否定することは()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、時が止まる。

 敵対宣言――『世界最強の再来』に対して。

 そんなつもりはなかった。邪魔な男に適当に制裁を与えようと、ただそれだけだったのに。

 動揺を通り越して、上級生たちは混乱に目をさまよわせる。

 東雲はその暇すら許さなかった。

 

「証明されたものを否定するというのなら、相応のやり方が必要……どうか賢明な選択を選んでいただきたい」

 

 刹那だった。

 一夏もセシリアもぎょっとした。

 

 東雲令の眼前で、()()()()()()()()()()

 武装のみの展開。それが彼女の専用機から呼び出し(コール)された武器であることは誰もが分かった。

 ちょうど『雪片弐型』とほぼ同じ丈の大太刀。飾り気のないシンプルな柄。鍔は誂えられていない。照明に照らされ、深紅の刀身が鮮血のように光っている。

 東雲は両腕を組んで両眼を閉じた。

 

()()()()()

 

 上級生がぶわっと脂汗を浮かべ、後ずさった。

 彼女は武器をただ展開しただけ。手に握ってもいない。腕を組んですらいる。挙句の果てには目を閉じている。

 だというのに、今――何かが合図になった瞬間、その時にはもう刀は彼女の手に収まっていて、刀身は振り抜かれていて、自分の上半身と下半身が分かたれていると、根拠もなしに理解した。

 

「……この辺りでいいでしょう、先輩」

 

 一夏の背後からゆっくりと箒が歩いてくる。

 

「そろそろHRも始まります。教室に戻った方がいいですよ」

「篠ノ之箒。まだアレらは選択していない」

「いや、いいんだ。もう十分……ですがもし選びたいのならば、好きに選んでください。人を呪わば穴二つ。悪意の使い方には用心して、好きな方をどうぞ」

 

 その言葉が、ダメ押しだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すごすごと撤退していく上級生たちを見送って、東雲は初めて、目に見えて分かるぐらい不満を露わにしていた。

 珍しい表情に、思わずクラス一同目を丸くする。

 

「その、東雲さん。そんなに斬りたかったのか……?」

「織斑一夏は当方を人斬り中毒とでも認識しているのか」

「いやそういうわけじゃねえけど、不満そうだなーって」

「アレらは選択しなかった。言葉を取り下げもせず、かといって主張を貫きもせず、ただ帰っていった」

「そりゃまあ、どっち選んでも負けみたいな状態だったしな」

「結果は関係がない。当方は質問した。どちらであれど回答だけはしなければ、道理が通らない」

 

 返答を聞いて箒とセシリアと一夏はあきれかえった。

 要するに、質問したのに回答がなかったから不満なのだ。

 

「なんというか、ズレていますわね……」

「そう言うなオルコット、ある意味では美点だ」

「そうですわね。それと()()()()()()()。わたくしのことはどうかセシリアとお呼びください」

 

 その言葉に、箒は一夏を見た。

 彼はぱちぱちと両目をしばたたいて……それから、柔らかく微笑んだ。

 

「ああ、セシリア。よろしく頼むよ」

「ええ。数々の非礼、お詫びいたします」

「こっちもだ。これからは仲良くやっていこう」

 

 二人はすっと手を伸ばし、固く握手をした。

 固く、固く……互いに握りつぶそうとしているほどに固く。

 

「それはそうと……先ほど、一つだけ嘘をつきました。結末までひっくるめて誇りに思っていると。あれは大嘘です……わたくし、あの結末は到底容認できませんわ」

「そりゃ良かった。俺も同感なんだ」

 

 微笑みを交わしながらも、両者の間には激しい火花が散っている。

 

「これは……友情……なのだろうか……」

「握手している以上、友情だと当方は推測する」

「ああうん、お前は、あれをされても顔色一つ変えないだろうしな」

 

 箒は、隣の東雲はちょっとズレているなと思って、眉間を揉んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(『抜かせるな』って言ったけど鞘ないじゃんあれ)

 

 東雲令はあまりの凡ミスに愕然とした。

 

(は~~~~~~~~最悪。決め台詞ミスるって……もう……サイアク……めっちゃかっこ悪いところを見せてしまった……死にたい……)

 

 セシリアとグギギギガガガバキバキと握手をしている一夏を見てぼんやりとした表情で反省する。

 

(でもまあ、喧嘩友達も見つかったし、良かったね! ていうか握手って……あれ!? 手に触れたこと、ないな!? ど、どうしよう、決闘申し込んだら握手してくれるかな……)

 

 握手券代わりの果たし状というあまりに迷惑なフラッシュアイデアに関して、自分の席に座ってから東雲は真剣に考案をし始めた。

 

 

 




世界最強「廊下に穴が開いてるんだが」
上の再来「知らない」
世界最強「そっか……業者に修理注文しとこ……」


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9.TAKE YOU HIGHER

自分でも分かりにくいなと思ったので話数のカウントを改めました
0話なんていらねえんだよ!

評価の一言欄とか誤字報告とか全部見てます(今のところ誤字報告のうち2件は意図的な表現だったので反映していません。申し訳ありませんが、ご了承ください)
本当にありがたい限りやで

アンチヘイトっぽい言葉が出てきますけどまったくそういうつもりではないです(平身低頭)


 一年一組クラス代表の座を射止めたのは、結局織斑一夏だった。

 あの勝負を通してセシリアが彼を認めた。

 また一夏も、他薦ではなく改めて自薦を行った。

 

 その理由として、彼が新たに知ったクラス代表の仕事がある。

 

(クラス代表対抗戦……要するに、実力者と鎬を削りまくれる絶好の実戦ってことだ。逃すわけにはいかねえ……!)

 

 戦意を滾らせる彼の隣で、箒は嬉しそうに微笑み、セシリアはそうでなくてはと獰猛な笑みを浮かべ、東雲は無表情だった。

 決め手となった自薦にクラス全員が異議なしと唱え、晴れて織斑一夏が、一組代表に任ぜられたのである。

 

「織斑、クラス代表には多くの雑務も存在する。いいんだな?」

「メリットとデメリットを比較して、自分にとってこれ以上ない恵まれた役職だと判断しました。問題ありません」

 

 そう凜々しく告げる弟の姿に、千冬は寂しげに笑った。

 クラスからの信任を得て、つまりはこの教室の中心人物となることが確約されているというのに、彼の瞳には揺るぎない意思が宿っている。それは入学直後の姿からはまるで想像できない――変身した姿だった。

 

「気負いすぎるな、というアドバイスは無用だな。まったく、知らんうちに成長しおって……」

 

 寂しさを感じた。ほんの少しだけ。

 自分の後ろをついてくる弟はもういなくて。

 ただ前を向いて邁進する一人の男が、そこにいたのだから。

 

 だが寂しさを打ち消して有り余る――身内の成長への歓喜も感じていた。

 

「よし、ならば一夏。私と東雲で訓練メニューを考えた。身体が十分回復してから始めよう」

「篠ノ之箒の考案した、武道をベースにした内容の鍛錬は非常に参考になった。今の織斑一夏をさらなる高みへ導くために、よりよいメニューになったと当方は自負している」

 

 問答を終えて正式にクラス代表となった一夏を、幼馴染と師匠が迎える。

 二人の言葉に、一夏はギラついた眼光をもって応えた。

 

「ありがたい。でも、訓練は今日からでいいぞ。十分動けるようになってるからな」

「いや無理だろうそれは」

「さすがに無理でしてよ」

「当方は可能だと思うが……」

 

 頬に湿布を貼り、腕に包帯を巻いた男の言葉である。

 箒と、いつの間にかいたセシリアの二人は首を横に振った。

 

「ん、セシリアも訓練に参加するのか?」

「共にメニューを受けるという訳にはいきませんが、参考になると見込みました。また、一夏さんの武器ではロングレンジを得意とする相手への対策が急務ですわ。仮想敵としてわたくし、相応の価値があると思いましてよ」

 

 彼女の言葉に、一夏と箒は、東雲の様子をうかがった。

 

「ありがたい。当方は歓迎する」

 

 彼女がそう言うならば問題ないだろう。

 そうして四人によって、一組の訓練チームが形成された。時には他の生徒らも織り交ぜ、一年間にわたりIS学園一年一組の名をとどろかせ続けた驚異のチーム。

 

 東雲は感情を露わにせず、しかし決然とした声色で一夏に語る。

 

「当方が、其方をさらなる高みへと導いてみせる」

 

 そして翌日の放課後――()()()()()()が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「が、ハァッ……!?」

 

 衝撃をまともに受け、身体がきりもみ回転し、空中から一気に地上へ叩き落とされた。

 墜落と同時、骨格そのものが軋む音。神経が悲鳴を上げている。数秒、意識が遠のいた。

 

 ISのエネルギーバリヤーはある程度の衝撃なら遮断できるものの、セシリアの狙撃が直撃した際のように、ダメージを殺しきれない場合はある。

 たった今一夏が浴びた攻撃は、的確にエネルギーバリヤーを貫通し、操縦者本人へダメージを与えていた。

 

 口の中に入った砂を吐き捨てると、どうやら口内を切ったらしく血が混じっている。

 それを見て、一夏は呻きながら立ち上がった。

 

 前を見た――アリーナのプログラムが立ち上げた自動攻撃機能付きのターゲットたち。数は二十を超えていたが、精度は残念な意味で比にならない。先の決闘と比べればあまりに生ぬるい。

 それらが放つ銃撃は投影されたダミーの弾丸であり、受けたところでエネルギーの数値が自動的に減るだけ。

 

 だがそのターゲットたちを率いるようにして。

 制服姿でIS用アサルトライフルを構え、首を傾げ不思議そうにしている東雲令が、アリーナの地面に佇んでいる。

 

 アリーナの自動攻撃を避けつつ、東雲の銃撃も防ぐ。

 ただそれだけの訓練。

 一夏はこれで計十六度目の墜落だった。カスタマイズされた大口径アサルトライフルから放たれるは強い衝撃を与えることに重きを置いた徹甲弾。

 

「当方には、今の被弾は理解し難い」

「…………ッ!!」

 

 東雲の深紅の瞳は冷たかった。

 思わず拳を握り、歯を食いしばった。

 直撃を受けた際の機動を反芻し、何故攻撃を当てられたのか分析する。

 

(縦の動きはそこそこできてた……横へ移動した瞬間を狙われた。左へのサイドブーストが甘かった……! 感覚操作である以上、右利きの俺が左側を疎かにするなんて当たり前、当たり前の欠点を俺は放置していたんだ……! クソッ! どんだけヌルけりゃ気が済むんだ、織斑一夏ッ! 気合いを入れ直せッ!)

 

 強く、鋭い眼光を東雲に向けて、一夏は声を絞り出した。

 

「大丈夫……です……! もう一回……お願いします……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんでこれに当たってんの??)

 

 東雲令は内心で首を傾げていた。

 

(当たる理由がよくわかんない……でも本人はなんか反省したっぽいし、別にいい……のか……? にしてもなんでこれに当たってんだ……)

 

 見える。見えすぎる。一夏の視線、というよりは意識の先。

 逸れたら撃つ。隙があれば撃つ。当たると思ったら撃つ。その繰り返しだけで彼は十六度叩き落とされている。

 

(ん~あの時って、予測回避が一時的にできるようになってただけなのかなあ。まあそれなら鍛えれば常にできるようになるってことだし、しばらくはこれ続行かな……ほら! こっちを見なさい! こっちを……ハァハァ……すごく真剣に……見なさい……!!)

 

 一夏は極めて真剣に攻撃を回避しようと空を駆け抜け。

 東雲も極めて真剣な感じで訓練をしていた。

 

 絶対噛み合わない方がいいのに、二人の行動はすごく噛み合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「苛烈だな」

 

 ついに一夏の墜落が四十の大台を目前としたのを見て、箒は嘆息した。

 

「あ、あの……止めなくてもよろしいのですか……?」

「あらかじめ言い含められている。それにまあ、武道をたしなんでいた身としては、あれしきで音を上げていてはならん。()()()()()()()()()()()()

 

 ウォーミングアップとしてセシリアは一夏をBT兵器で包囲し適当に撃ちまくり、今は『打鉄』を身にまとう箒相手に、『インターセプター』を握って近接戦闘の訓練を行っていた。

 横目に一夏の訓練の様子を窺っていたが……セシリアが思わず頬を引きつらせる程度には、それは厳しい鍛錬だった。

 

 そうこうしているうちに、一夏が四十回目の砂煙を上げた。

 

「――今日は終了である」

「……ッ! まだ、まだやれます……ッ!」

「却下する。当方の目を誤魔化せると思わない方がいい。現状の織斑一夏ではこれ以上訓練を続行したところで意味はない。休息を取り訓練内容を反芻する時間が必要である」

「ぐっ……!」

 

 言い返せなかった。身体へのダメージは重なり、いまも足がふらついている。

 東雲はその黒髪に汚れ一つなく、また汗の一滴も見せていない。

 

「アリーナ出入り口で集合。当方たちも向かう」

「わかり、ました」

「……それと……何故、敬語……?」

 

 東雲は首を傾げて一夏の顔を覗き込んだ。

 

「え、いやまあ、先生みたいなもんだし、教えを受けている間はそっちの方が気合いが入るっていうか」

「……其方のモチベーションに関わる問題ならば構わない」

 

 ここで一夏がほんの僅かに東雲の眉が下がっていることに気づいたら事態は変わっていたかもしれないが、既に無様な訓練内容から反省点を洗い出し始めていたので、無理な話であった。

 

 足を引きずるようにしてアリーナから立ち去っていく一夏の背中を見送り、ふとセシリアが口火を切る。

 

「あの、東雲さん。瞬時加速(イグニッション・ブースト)は教えて差し上げませんの? インファイターにとって必須の技能……今の一夏さんなら、身につけるのにさほど時間がかかるとは思えませんが」

 

 瞬時加速――ISの高速機動において屈指の難易度を誇る、しかし代表的なテクニックだ。

 一度放出したエネルギーを再度取り込み、爆発的な推力を得て加速するという原理であるが、タイミングや角度の調整には巧緻極まる技量が求められる。

 

 セシリアの見立てでは、一夏ならばモノにできるだろうと予測できた。

 近接戦闘に主眼を置く彼の戦闘スタイルにおいて必須と言ってもいい技術である、が。

 

「当方の予測では、現段階で瞬時加速を教えた場合、織斑一夏はそれを()()()()()()()()()()()()()

 

 東雲はにべもなく斬り捨てた。

 その言い草に、思わず箒は首を傾げる。

 

「な、なあセシリア。瞬時加速というのは……その、認識するも何も、文字通りの切り札ではないのか?」

「難しいところですわね」

 

 箒の疑問に、セシリアは腕を組んで眉根を寄せる。

 

「使いどころを誤らなければ相手の懐へ飛び込むことも可能ですが……アレはあくまで直線的な加速です。その使いどころを誤らない、という前提が、相手の技量が高ければ高いほど難しくなります」

 

 もちろん段階的に加速する、あるいは専用のスラスターで連打することで多角的に迫るなどの解決策はある、とセシリアは補足した上で。

 

「ですがそれも、今の一夏さんと『白式』では難しいかもしれません。そういう意味では、東雲さんの考えにも一理ありますわね」

「なるほど……ちなみに、タラレバで申し訳ないのだが……参考がてら、先日の決闘でもし一夏が瞬時加速を覚えていた場合、どうなったと思う?」

「恐らくカモでしたわ」

 

 即答――箒は思わず目を白黒させた。

 セシリアは腕を組んだまま、軽く肩をすくめた。

 

「だって直線加速などされたら、わたくし、()()()()()()()()()()()()()()()()

「……あそこまで迫れたのは、一夏の素人加減すらプラスに働いていたから……!」

「それを言い訳にするつもりはありません。彼はあの時、わたくしの包囲陣を打ち破ってみせました。これは揺るがぬ事実です。ですが二度目はありません……彼の癖も段々見えてきました、リベンジマッチが楽しみですわ」

 

 これが、代表候補生。

 篠ノ之箒は改めて戦慄する。

 そして、幼馴染が目指す高みの険しさを、震えるほどに実感した。

 

(……それでも、一夏。私は……)

 

 どこまででも付き合ってみせると、決意を新たにして。

 箒は拳を強く握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして東雲たち三人がアリーナを去り。

 シャワーを浴びて制服に着替え直し、一夏が待って居るであろうアリーナの出入り口にたどり着いたとき。

 

 ――見慣れない水色の髪の少女が、彼にやたらくっついてるのを見た。

 

「は?」

 

 箒は普通にキレそうになった。

 なんだその距離感は。身体がほとんど押しつけられていて、二つの丘がぐにゃりと形を変えているのが分かる。

 壁に追い詰められた格好の一夏は、顔を真っ赤にしてしどろもどろになっていた。なんだその顔は。何を普通にドギマギしている。

 背中に一瞬炎を浮かび上がらせ、しかし箒は慌てて冷静さを取り戻す。

 

「あれは……」

 

 セシリアはその少女を、正確にはリボンの色を見て上級生だと判断した。

 だがその身体つき――並大抵の実力者ではないのが分かる。

 少なくとも、自分より格下はあり得ない。むしろ、格上の立ち振る舞いすら透けて見えた。

 狙撃手としての冷徹な瞳が、相手に対して警鐘を鳴らす。

 

「…………」

 

 そして東雲は――足早に、まっすぐに、一夏と少女へ向かって歩き出した。

 

『え……!?』

 

 思わぬスピードの行動に、思わず箒とセシリアが疑問の声を上げる。

 そこで一夏と少女が、三人に気づいた。

 

「あ、東雲さん、えっと――」

「織斑一夏から離れろ」

 

 絶句。

 普段から物言いはさっぱりしている彼女だったが。

 ここまで直球で、誰かに釘を刺すことなんて、なかった。

 

「あらあら、世界最強の再来ちゃんのご機嫌を損ねちゃったかな~」

 

 だが少女はどこ吹く風と受け流し、手に持った扇子で東雲をぱたぱたと扇ぎ始めた。

 誰がどう見ても――喧嘩を売っている。

 思わず一夏は仲裁に入ろうとし。

 

「妹と違って無意味にひねくれているな。仮面がなければ人前にまともに立てないのか、其方は」

 

 驚愕に驚愕が、重なった。

 ビクっと、名前も知らぬ上級生の頬が引きつるのが見えた。

 先ほどまでの飄々とした態度。一夏が離れてくださいと頼んでも受け流していた、あの雰囲気が歪んでいる。

 つまり――東雲の言葉がクリティカルヒットしたのだ。

 

「……ふふ。そういえば同じ代表候補生のよしみで、簪ちゃんと仲良くしてくれてるんだっけ……」

「自分の芯を持った強い子である。当方は彼女のことを高く評価している」

 

 世間話のように見えて、間近に居る一夏は痛いほどにその重圧を感じていた。

 

(なん、だ、これ……!? なんでいきなりバチバチになってんだ!?)

 

 理解不能の急展開だった。

 目を白黒させることしかできない中で。

 

「それで、織斑一夏に何の用か、()()()()()()()、更識楯無」

『――――ッ!?』

 

 一同口をぽかんと開けた。

 国家、代表。つまりは代表候補生としての試練をくぐり抜け、一国の最強戦力と扱われるまでに至った、豪傑。

 それが、ここにいる少女。

 

「あらやだ。学園(ここ)では生徒会長と呼んで欲しいわ。学園最強の称号として、ついでに愛もこめてくれると嬉しいんだけど」

「当方は肩書きに興味がない」

「そ。でも事実として私は学園最強なの。だからこうして、織斑一夏君の指導役を買って出たのよ」

「な……ッ!?」

 

 箒はそこで愕然とした。

 指導役を買って出る、それも国家代表が。

 これはまたとない幸運であり、天からの恵みにも等しい僥倖だ。

 

「……なるほど。最初の試練ですわね」

 

 だというのにセシリアは低い声で呟き。

 

「…………」

 

 東雲はその鋭い気迫を楯無にぶつけている。

 なんだか修羅場っぽいなと現実逃避しかけていたが、一夏はすんでのところで冷静な思考を取り戻した。

 

(え、えーと。俺はこの更識先輩に、突然指導するって言われて。国家代表だからありがたいけど、今は東雲さんに教えを請うているとこで、まだそのレベルにはないって断って、でもしつこく勧誘されてて)

 

 現状を整理し、彼はふと思い至る。

 

(待て――待て。俺の指導役に、日本の代表候補生と、ロシアの国家代表が名乗りを上げた、だと――!?)

 

 もとより頭の回転自体は速い一夏は、事情を理解した。

 これは――国家間闘争と言って差し支えない場面である。

 

 

(今これ、ロシアと日本が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、のか……!)

 

 

 そう。

 更識楯無は先日の決闘を観戦し、織斑一夏はモノになると確信した。

 唯一ISを起動できる男子とは別の、IS乗りとしての価値。

 本来別個に評価されるべき二つのバリューは、しかし相乗効果をもたらすと容易に予想できる。

 その旨を伝えた結果、ロシア本国から彼と距離を詰めておけと命令を受け、こうして勧誘に来たのである。

 

「さすがに国家代表が教えてあげるなんて、これを逃したらまたとない機会だと思うんだけどな~」

「……ッ」

 

 言葉の説得力は、先ほど東雲が否定した肩書きの価値が証明している。

 そう、またとない天運。己の渇望しているものが向こうから転がり込んできたかのような、裏の事情さえ理解しなければ、一夏を中心に世界が回っているかのような事態だ。

 

 楯無は黙り込んだ一夏を一瞥して、それから東雲にするりと視線を流した。

 

「というわけで、織斑一夏君の指導役のポジションを、私にくれないかな?」

「断る」

 

 東雲が即答すると同時に、楯無はパチンと扇子を閉じた。

 そりゃそうだよね、と呟く。

 折角手に入れた、貴重な男性IS乗りとのパイプを手放すわけがない。

 言葉とは裏腹に、日本代表候補生という肩書きに東雲令は縛られていると、楯無は嘲笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(イチャイチャタイムを譲るわけないでしょバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアカッ!!)

 

 イチャイチャタイムとは。

 

 

 

 

 




次回初オリ主TUEEEなんですけど
結構槍使いって予想されてたらしく
なんだか申し訳ないです
普通に剣使います
普通に


あっそうだ(唐突)
よく考えたら『其方』ってルビ振ってなかったんですけど
皆さん読み方は自由でいいと思います
僕は『そのほう』って想定してるんですけど正直『そちら』とか『そなた』とかもアリなんで
ここは好きな読み方をしていただけると助かります
投げっぱなしで本当に申し訳ないです




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10.学園最強VS世界最強の再来

楯無のポジションについてツッコミが入りまくってお兄さんゆるして!(命乞い)
普通に戦闘後会話シーンでなんとかなるやろと思ってたけど
やっぱそこは最初にフォローするべきでした
お兄さんゆるして!
というわけで次話かその次らへんで説明入れます……

て感じで
僕のガバが多分にあったのであんま楯無さん責めないであげてください
お兄さんとの約束だよ


 織斑一夏を間に挟んで、二人の少女が火花を散らせている。

 もはや事態は渦中の彼自身を置き去りにして進行していた。

 

「えー、絶対私が教えた方が実のある訓練になるんじゃないかしら?」

「断る。指導役は当方である」

 

 自分を取り合って美少女がバトルを繰り広げる、思春期の男子なら一度は夢見たシチュエーション。

 その中心で、一夏は背中をびっしりと冷や汗で埋めていた。

 

(これは、やばい。まさかこんなに唐突なタイミングで、俺の存在価値がトラブルを引き起こすなんて……!)

 

 現状では唯一無二の人材である、ISを起動できる男子。

 これは彼の指導役というポジションをめぐって、日本とロシアが争っている国家間闘争にも等しい事態だった。

 

 見守っている箒とセシリアも割って入るわけにはいかず、少し離れた場所で静観せざるを得なかった。

 譲る気配のない東雲に対して、楯無は薄く笑みを浮かべる。

 

「なら東雲ちゃん、こういうのはどうかしら。戦って勝った方が、一夏君の指導役になる。単純明快でしょう?」

「本気か?」

 

 東雲の切り返しは一夏にとって意外なものだった。

 もはや両者の空気は最悪そのものであり、この場でどちらかが武器を取り出してもおかしくないほど。

 だというのに、楯無の提案に対して、彼女は胡乱げな目を向けた。

 

「……ああ、そうね。私って公式映像ほとんどないし。再来ちゃんも、代表候補生になってから見れたでしょ? ()()()()()()()()()()()()()()、それが私。気を遣ってくれるのは嬉しいけど、とはいえこの場においては無用よ」

 

 楯無の言葉を聞き――最初に得心を得たのはセシリアであった。

 

(なるほど。国家最強戦力としての地位はあるが、むやみに実力を振るうわけではないと。いかにもロシアらしい立ち位置ですわね。君臨すれども闘争せず(The Sovereign reigns, but does not fight)といったところでしょうか)

 

 同時、箒もこの場における駆け引きを理解する。

 

(なる、ほどな。あの生徒会長は……札を一枚切った。私たちにとっては切り札に等しいそれも、()()()()()()()()()()()のか。ならば東雲の困惑も頷ける。だが生徒会長はどうやら本気で一夏を取りに来ているようだぞ、どうするつもりなんだ)

 

 一方で――張本人にして、もはや景品のように扱われていた一夏は、努めて冷静に二人の様子を観察していた。

 状況を掌握するには情報量も覚悟も足りない。だが思考停止こそが敗北だと彼は理解していた。

 既に混乱からは抜けだし、彼もまた自分にとって最大の利益はどこにあるのかを考えている。

 

(恐らくここまでは生徒会長……楯無さんの計算通りだ。国家代表サイドから喧嘩をふっかけて、代表候補生が素直に了承するわけにもいかないんだ。俺はまだピンと来てないけど、東雲さんの反応からして、多分そうなんだ。だからこそ自分からふっかけて、東雲さんが退くのを待っている。なら、俺はどうするべきだ? 俺にとっての最適解は何だ? はっきり言ってどちらの指導がより有用なのか、判断材料が少なすぎる。学園最強っていう肩書きを信頼するなら、楯無さんだが――)

 

 けれど彼の行動を縛るのは、他ならぬ自らが師と定めた少女の言葉。

 

(肩書きに、価値なんてない。全ては戦いの後に生き残っているかどうか。それなら俺としてはぶっちゃけ戦ってもらった方が分かりやすい。でも東雲さんが受諾しそうにないなら――)

「気遣いなどしていない。当方は、純粋に其方の意思が確固たるものかを確認している」

 

 言葉は前兆なしに転がり出てきた。

 楯無の表情が――消えた。

 

「抜けば、斬る。それまでである。それのみである。決着を付けたいというならば当方は満身の力を以て魔剣を振るおう」

「…………へぇ、臆さないのね。言っておくけど、そっちの試合映像とかを見た上で、私は提案しているのよ」

「試合の是非にそれが関わるとは思えない」

「いいわ、今からでどうかしら」

「了承」

 

 一夏を巡る二人の少女は、しかし彼を置き去りにして、並んで更衣室へと歩いて行った。

 

「……ッ、一夏さん」

「あ、ああ……やっと落ち着いた、けど」

 

 二人の背中を見ながら、一夏は心配げな視線を向ける箒と、これからどうするのかと視線で問うセシリアに、真剣な表情で振り向いた。

 

「多分、俺はそんなに、結果には頓着しない。でも」

「試合から学ぶべきモノはある、か」

 

 箒の言葉に頷く。

 そうして三人は、今度はアリーナの客席へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっべこの人の戦闘映像見たことあったっけこれ)

 

 隣を歩く楯無の顔を見て東雲令は必死に記憶の糸をたぐり寄せていた。

 

(なーんか見覚えはあるんだけど、全然思い出せないな……いや完全に頭に血が上って喧嘩売ってしまったな。え、これやばくない? 向こうは見たことあるんだったら普通に条件超不利じゃんやっべ、えぇ……どうしよう……とりあえず最初は様子見から始めるか……初見殺しぶっぱされて終了とかシャレにならないし……覚えてないってことは多分大したことないような気もするけど)

 

 少し気が重くなってきた。相手は国家代表である。

 

(いやでも、指導役じゃなくなったら……話す機会なくなるよ!? だめだめ、それはだめです! もう絶対に勝っちゃうんだからね! ふぁいとー、いっぱつ!)

 

 本人なりに気合いを入れて、東雲は女子更衣室の中に踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来た」

 

 一夏は知らずのうちに両の拳を握り、目を見開いた。

 ピットから飛び出す二つの影。

 

「……機体名『ミステリアス・レイディ』。ロシア製の第三世代機か」

「あの基礎フレーム構造には見覚えがありますわ。恐らく第三世代IS『モスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)』のカスタム機ですわね」

 

 箒とセシリアの言葉を受けて、一夏は水色の機体に視線を向ける。

 

「装甲が……薄くないか……?」

「守りを捨てた超攻撃的な機体なのか、あるいは装甲に寄らない特殊な防御手段があるのか。いや……あの装甲、まさか結晶装甲か? かなり特殊な材質だ。ならば、何か奇異な防御方法を有している可能性が高いぞ」

「ええ、わたくしも同意見です。恐らく何か隠し球があるのでしょうね。自律行動ができるかは分かりませんが、左右にビットが浮遊しています。また黒いリボン状のフレーム、アレも見るからに特殊兵装ですわ」

 

 勉学を重ねているとはいえ、未だ知識量においては二人に及ぶはずもない。

 箒とセシリアは有する知識を元にした洞察を口にした。間違いなく、『ミステリアス・レイディ』は未だ見たことのない、極めて特殊なISであると。

 

 聞こえた内容をしっかり脳に刻みつけつつ、一夏は、楯無と相対する機体に目を向けた。

 対照的に頭部以外をきっちり覆う、茜色の装甲。

 鋭角的なデザインながら、コンパクトにまとめられた全高。

 

「……機体名『茜星(あかねぼし)』」

 

 その名を発しただけで、三人を得体の知れない緊張感が襲った。

 

「日本代表候補生ランク1にして『世界最強の再来』、東雲令の専用機――か。あの機体のベースは……『打鉄(うちがね)』、で合ってるか?」

「分かりにくいだろうが、『打鉄』と自衛隊正式採用枠を争って敗れた『明星』という機体がベースだ。しかし一夏、彼女の試合映像は見たことはないのか?」

「いや……恥ずかしながらないんだ。前はISの試合なんて千冬姉のぐらいしか見てなかったし、訓練を始めてからも、東雲さんから上手い人の機動を見るより自分の理想を突き詰めていった方がいいって言われててな」

「合理的ですわね。ですが今の貴方が見ても、悪い影響を受けることはないでしょう」

「それって、誉めてくれたのか?」

「さあ?」

 

 セシリアは肩をすくめた。

 

「まあ、とにかく、思ってたよりは普通の機体……な感じだけど。あのバックパックは何なんだ?」

 

 一夏が指さしたのは、『茜星』の背中に浮かんでいる巨大な非固定浮遊部位(アンロックユニット)

 薄く、しかし表面積は大きな、それは十人が見て十人が断言する、ただ紅いだけの直方体だった。

 

「銃火器には見えない。だからといって刃があるわけでもなく、挙句の果てにはスラスターも見当たらないぜ。まさかシールドじゃないよな?」

「……多分、実際に見た方が早いですわ」

 

 セシリアは東雲令の戦装束姿に、少し前のめりになりながら言い放った。

 

「すまない一夏、私も同意見だ。言葉で説明するよりも断然、見た方がいい」

「そう、か。うん、二人がそう言うなら、この目で確かめるよ」

 

 その時。

 

『観戦しに来たのか』

 

 不意に声が響いた――東雲令だ。

 

「あ、ああ。悪かったか?」

『否。だが……参考にはしないでほしい』

 

 ISを用いて、一夏は遠視モニターを出した。

 拡大すれば、茜色の装甲を身にまとった東雲の顔が映る。

 

「そこは気をつける。あと……俺にとってはこの戦い、すっげえ重要な戦いだと思うんだけど……個人的な感情としては、やっぱり東雲さんに勝って欲しい」

『ほう? 国家代表を相手に、我が弟子は無理難題をおっしゃる』

 

 珍しく砕けた、冗談であることを明白にした言葉だった。

 

「無理難題とか言ってるが」

「微妙ですわね。映像と実戦が異なることはままあります。特に東雲さんはひどいもので……わたくしが初めて戦った時は映像と別物過ぎて、一周回って笑えましたわ」

『当然である。当方は敵を撃滅する上で必要な戦力をもって当たる。故に見え方は異なるだろう』

 

 箒とセシリアの会話にそう補足して、東雲は正面の敵に向き直った。

 

(…………ん? それって戦う相手によって色々変えるってことだよな? 勝ちパターン一種類じゃなかったっけ東雲さん)

 

 思わず、一夏は首を傾げていた。

 なんか言ってること違う気がする。

 

「ちなみにセシリア、具体的にはどこがどう変わるんだ」

 

 箒の問いは興味本位だった。

 だから――セシリアの顔が少し青ざめたのに、思わず驚いた。

 

「……どうしたんだ、何か、悪い思い出が?」

「最悪――ええ。文字通りに最悪の思い出ですわ。ですがまあ、いいでしょう。問いに答えます」

 

 自然、一夏もセシリアの言葉に耳を傾けている中。

 彼女は東雲令という少女の戦いをこうまとめた。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……カウント?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと~? 私を無視しないでほしいんだけど~?」

 

 通信を終えて、東雲が顔を向けたとき、楯無はぶーたれた表情だった。

 

「謝罪する。だが当方は既に戦闘準備を終えている」

「あら、そう」

 

 口調や表情こそふざけていても、楯無の視線は鋭い。

 まず確認するは相手の装備。映像で確認した通り、彼女は最初に武器を持っていない。

 また剣気もなく――準備を終えたという割には、攻め気のない様子だった。

 

(ふーん、まずは様子見か。ならこっちは……)

 

 試合開始のカウントが刻まれる。

 三秒前の段階で、楯無は各部のウォーターサーバを起動。

 全身を水のヴェールが覆い、さらには手にしたガトリングガン内蔵型ランスが水の穂先をまとい真の姿を現す。

 

『――――ッ! あれが、楯無さんのISの機能か……!』

「そ。水を扱い、流麗に戦う。学園最強の技量、売り込んであげるわ」

 

 観客席で驚嘆する一夏にそう告げて、楯無はカウントが零になると同時に飛び込んだ。

 水のマントが広がり、ランスを勢いよく突き出す。

 しかし東雲は一切の反撃を行うことなく、鋭い突きをいなし、かわし、眉一つ動かさないまま攻撃を捌き続ける。

 

「思ったよりすばしっこいわね……!」

 

 人間の反応速度には限界がある。見てから身体を動かしていては間に合わないことも多い。

 だが東雲は明らかに、全ての攻撃を見切っていた。

 急所は確実に避けつつ、時には腕の装甲で逸らし、時には穂先を蹴り上げて攻撃を届かせない。

 

(ディフェンスが固いわね、ちまちま削っても倒せそうにない――なら!)

 

 スピードに目を見張るものを感じた楯無は、素早く巨大な槍で、横合いになぎ払った。

 ランスを覆う水流のドリルが膨れ上がり広範囲を一掃する。しかし――東雲は大きく前傾姿勢を取り、そのなぎ払いの下に潜り込んだ。

 

「ッ!?」

 

 攻撃を予期し飛び下がる――同時に()()()()()()()()――楯無は仕切り直しといわんばかりに距離をおいた。

 だが。

 

「……ねえ、今の、懐に入ろうとしたくせに、攻撃の意思を感じなかったんだけど」

「肯定する」

 

 明らかにインファイトの気配を見せておきながら、東雲は徒手空拳のまま。

 潜り込んだ瞬間に武器を出されたところで回避自体は恐らく間に合っていた。だが、攻撃するつもりがないのに敵に近づくとはどういうことか。

 その答えはすぐに弾き出される。

 

「つまり()()()()()ってわけなんでしょうけど――残念。ちょっと上級生としては優しくないけど、初見殺しになっちゃうかな」

「?」

「ここ屋外なのに……湿度、高いでしょ」

 

 言葉と同時――観客席で一夏は咄嗟に、『逃げろ』と叫んでいた――楯無が指を鳴らす。

 轟音。それと共に巨大な火柱が上がった。

 東雲の機影が炎の中にかき消える。思わず観客席の三人は立ち上がった。

 

『東雲さんッ!?』

「ただの水じゃないわ。ナノマシンによって構成されたこの水流は、ISから伝達されたエネルギーによって……」

 

 BOMB! と彼女はおどけてみせる。

 

「『清き熱情(クリア・パッション)』――以前は限定空間でしか使えなかったけど、最近のアップデートでナノマシンの挙動操作精度が跳ね上がったのよね」

『飛び込んだ際に、あらかじめナノマシンを散布していたってことですか……!』

「そそ! まあ一夏君に教える上では、きちんと近接戦闘を教えてあげるから安心なさい」

 

 そう告げる楯無は勝利を確信していて。

 火力としてはISのエネルギーを削りきるのには十二分で。

 

 

 

 

 

「どこを見ている」

 

 

 

 

 

 全身を悪寒が走った。

 まるで突然足場が割れ、冷や水の中に突き落とされたような感覚。

 

 ガバリと顔を向けた。

 爆発、『清き熱情』による破壊攻撃はアリーナの大地を砕き、甚大な被害をもたらしている。

 特殊合金ですら跡形もなく粉砕されるであろう威力の証明だ。

 ――しかし。

 

 それが全て幻であるかのように、無傷の東雲が、凄惨な破壊跡の中心に佇んでいた。

 

「……なん、で」

「爆発とは即ち炎熱、衝撃を伴うものである。だが()()()()()()()()()()()()()。操作精度が上がったと言っていたが……その分、当方に威力を集中させたな? 逆にいなしやすくなっていたぞ」

 

 何を、言っている。

 何を、言っているのだ、この少女は。

 理解不能の理論をぶつけられ、楯無は思わず槍の穂先を向けた。

 ガトリングガンによる牽制目的だった。

 

 しかし――次の瞬間。

 楯無は戦慄の余り、一切の身動きを止めてしまう。

 

 立ち上がったまま、一夏はこれ以上なく目を見開いていた。

 いや、隣の箒……篠ノ之流という一つの武道を修めた少女の方が、その驚愕は計り知れなかった。

 

 東雲は無手のまま、脱力した。

 ぶら下がる両腕。

 

 無意味な力みはかき消えた。

 不必要な気炎も消失した。

 

 そこには究極の自然体だけが在った。

 

(あ、これ、やばっ)

 

 

「底は知れた」

 

 

 変化は劇的だった。

 全身の装甲がスライドし、隙間から過剰エネルギーの粒子を放出した。

 紅く、紅く……まるで全身を巡る動脈のあちこちから鮮血を噴き上げるように。

 

 

「これより迎撃戦術を中断し、撃滅戦術を開始する」

 

 

 背部の非固定浮遊部位(アンロックユニット)が蠢動し、花開く。

 直方体だったそれが円状に展開され、一夏は目を剥いた。

 それらは計十三個にも及ぶ、刀を収めるバインダー。今の今まで集積し、四角いバックパックに擬態していたのだ。

 

 東雲の背後で、太刀を格納する十三のバインダーが円状に配置される。

 簡素な柄をパイロットに向け、横から見れば筒を描くように。

 

 

 

「――()()()()

 

 

 

 だが円状のそれらは楯無から見れば、リボルバー拳銃の回転式弾倉(シリンダー)のように見えた。

 その比喩になぞらえるなら。

 

 

 他ならぬ東雲令自身こそが、楯無に向けられた銃口。

 

 

 

 

 

 

 

「当方は――五手で勝利する」

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナに鬼神が降臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(よーし我が弟子応援してくれたしやっちゃうぞー! そのうち愛弟子とか呼んじゃったり……いやいや待って! 愛弟子ってもうそれ告白じゃない!? だ、だめだよまだ明確に好きかどうか分かんないし! そりゃかっこいいと思うし顔も好きだし、真剣に訓練に付き合ってくれるのも好きだし、諦めないとことかは好きだけど……! あれ!? 好きな所しかないな!?)

 

 試合に集中しろ。

 

 

 

 




口調も外見もちゃんと戦術に反映されている
これだけははっきりと真実を伝えたかった


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11.魔剣/Birth Day

「――――」

 

 全てが衝撃だった。

 まるで頭を殴りつけられたような感覚。

 自分が今まで培ってきた常識全てがひっくり返され。

 現実と虚構が反転し、夢幻が実体を持ち目の前に下りてきてしまった――そんな、感覚。

 

「何なのだこれは……」

 

 箒はうめくようにして呟いた。

 破壊の中心に佇む無傷の少女。

 衝撃をいなした? 何だそれは。

 映像として見た試合とは比べものにならない驚愕。

 

「ええ……恐らく現段階で、わたくしたちの知る人々の中でもトップクラスの、頂に君臨するIS乗り。それが彼女です」

 

 セシリアは自分にも言い聞かせるように、ゆっくりと言った。

 何度見たところで、埒外の行いを理解できるはずもない。

 驚愕は色あせず、戦慄も衰えない。

 ただ非現実的な現実は、受け入れること以外の選択肢を与えてくれない。

 

「……………………」

 

 そして、織斑一夏は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東雲令は滑らかにスタートを切った。

 ごく自然に一歩踏み込み、しかしそれは停止状態から加速したとは思えない、()()()()()()()()

 

(――やられる。刹那でも気を抜けば、私が狩られる!)

 

 培ってきた勘が全力で警鐘を鳴らしている。

 殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。

 斬り殺される。刺し殺される。首を刎ねられる。全身を八つ裂きにされる。あらゆる急所を突かれ嬲り殺される。

 もはや生きている心地がしなかった。

 ただ眼前に迫り来る剣鬼の閃きを受け入れることしかできないと。

 厳然たる現実としての敗北を受け入れることが唯一の選択肢だと。

 無数の修練と戦場を乗り越えてきた、信頼に足る直感が告げていた。

 

 ここは、まぎれもなく、処刑場なのだと。

 

(――――冗談じゃないッ!!)

 

 東雲の視線は鋭利かつ冷徹に楯無を見据えていた。一切の揺らぎのない、武人として完璧な姿。

 だが楯無は歯を食いしばり、水のヴェールには似つかわしくない気炎を立ち上らせた。

 

(武器は太刀のみ! 仕込み武装の類はなし! つまり接近戦に持ち込ませなければッ!)

 

 バックブーストと同時に、アクアランスを構える。

 仕込まれた四連装ガトリングガンが火を噴き、弾丸をばらまいた。

 

 

「一手」

 

 

 ――はずだった。

 

 響かない銃声。

 視界の隅で、構えた大型ランスが、その柄の半ばで断ち切られているのが見えた。

 スローモーションの世界の中で、水流が弾け、槍の柄だけが手元に残り、他が落下していく。

 楯無の攻防の中核を成す最大の得物。間合いを確保し、水流の起点ともなる相棒。

 それを初手で狙うのは、当然だった。

 

 東雲は背後のバインダーから、一振りの刀を右手で抜き放ち、すでに振り抜いていた。

 いや、それは抉り込むような突きであった。的確に持ち手を狙い澄ました、理論上最高の初動。

 神速の踏み込み。そこに至ってはもはや拍の概念は存在しない。無拍子も零拍子も片腹痛い。

 ただ圧倒的な、リズムなどという不要なものから解き放たれた、『(れい)』だけが存在する。

 

(いつ、の間にッ)

 

 反動か、振り抜かれた刀身に一筋のヒビが入る。東雲は迷わずそれを投げ捨てる。

 だが楯無とて歴戦の猛者。

 即座に柄を放り捨てて、水のヴェールを最大出力で展開し、繭のようにつなぎ合わせ絶対の楯と成した。

 

(この距離はダメ! 一方的に殺されるッ!!)

 

 防御を固めつつ最大速度で後退しようとし――

 

 

「二手」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 アクアナノマシンによって構成された城壁がバターのように切り裂かれ、刃は正確に楯無を肩から腰にかけて刻む。『絶対防御』が発動するには至らなかったが、シールドエネルギーが減損した。

 東雲の左手には二本目の太刀が握られていた。バインダーを鞘と見立てた抜刀術である。

 攻撃が終わると同時、太刀が嫌な音を立て、東雲は同様にそれを捨て新たな剣へ手を伸ばした。

 

(――まも、れない)

 

 下がろうとした体勢のまま。

 よろける楯無と、踏み込みから次の踏み込みへとつなげる東雲。

 

(――守りに入ることさえ、できない)

 

 距離を取ろうとしたら、取ろうとした瞬間を穿たれる。

 守りに入ろうとしたら、その守りごと斬り捨てられる。

 

(――なら、攻撃するしかないッ!!)

 

 ここに来て楯無は防御を完全に捨てた。

 量子化していた蛇腹剣『ラスティー・ネイル』を呼び出し(コール)

 熟達したIS乗りにとって武器の召喚などコンマ数秒で行える。

 

(アクアナノマシン散布、ヴェールを防御ではなく相手の妨害に! 刀を振るう腕を固めて、踏み込んでくる足を止めるッ!)

 

 彼女の瞬発的な意思を正確にトレースし、水流は触手のようにうごめいて東雲に迫る。

 眉一つ動かすことなく、東雲は左手で抜いた三本目の太刀をゴルフスウィングのように振るった。無造作に見えるなぎ払いが、正確に水流を砕き、弾き飛ばす。

 

(やっぱこれぐらいじゃ無理よね、でも刀一本使わせたッ!)

 

 アクアナノマシンとは、即ち水である。

 水とは流れるものであり、決まった形を持たない流動体である。

 東雲が振るった三本目の刀――その刀身に付着した僅かな水流。

 

(砕けなさいッ!!)

 

 それが『ミステリアス・レイディ』からのエネルギー伝達を受けて爆発。

 刀身が根元から粉砕され、金属片が空間にキラキラとばらまかれる。その一粒一粒が見定められるほどの、極限の集中。

 

(次を引き抜くまで何秒? 下手したら高速切替(ラピッド・スイッチ)より早いわよね。でもどんなに早くても、この瞬間に無手なのは事実!)

 

 今、東雲は無武装。

 しかし刹那のうちに次がバインダーから抜刀されるだろう。

 その、刹那にも満たない時間。

 楯無が作りだした空白。

 

 

(『疑似解放(インスタント)・ミストルテインの槍』――ッ!!)

 

 

 呼び出した蛇腹剣は囮。

 本命は今まさに突き出した右の拳――装甲表面を覆っていた水流全てを注ぎ込んだ捨て身の一撃。

 

(次の刀を引き抜くまでの刹那は稼いだ! 私のシールドエネルギーが削りきられる前に、収束を完了させる! この僅かな隙にそれができなかったら、ひっくり返せない!)

 

 三角錐状に凝縮されたそれは、平時の切り札とは違い、ナノマシンの量も収束率も足りていない。

 だが。

 

(この威力を唯一無防備な頭部に直撃させれば間違いなく『絶対防御』が発動する! そこに賭けるしかない!)

 

 前傾姿勢で突っ込んでくる東雲にそれを避ける方法は存在しない。

 荒れ狂うナノマシンを必死に制御し、一気に解き放つべく狙いを定める。

 

(多分私も巻き込まれる、相当な痛手になる――だからって、リスクなしに勝てる相手じゃない! 私はいつだってリスクを取って、それでも勝ち残ってきた!)

 

 その場所に至るまで。

 無数の勝利を積み上げ、無数の人々を突き落としてきた。

 踏破した道こそが楯無に敗北を許さない。脱落者たちの怨嗟の声が、絶対の勝利を要請する。

 

(私は、負けるわけにはいかない――!)

 

 即興で創り上げ、今まで試行したこともない、簡略型の必殺技。

 莫大な威力が今、唸りを上げて。

 

 

 

「三手」

 

 

 

 東雲令は見え透いた必殺技を無視して突撃した。

 当たれば負ける? 当たる前に相手を仕留めればいい。

 無駄一切を排除した合理的思考が導き出す結論。

 

 抜刀と同時、光すら置き去りにするような速度で突き込まれた四本目の切っ先が楯無の喉を射貫いた。バリヤー発動と同時に『絶対防御』が起動。

 

「四手」

 

 続けざまに、何も握っていない左の拳を固く握り、思い切り楯無の鼻面に叩きこむ。

 数メートル後退し、衝撃にのけぞりながら、しかし楯無は収束計算をやめない。

 

(収束――完了ッ! ギリギリッ!!)

 

 右手に保持する太刀は、僅か一振りで耐久性の限界を迎え、刀身がぐらついている。

 東雲は頓着せずそれを捨て、背部バインダーから今度は二本同時に太刀を引き抜いた。

 

(……はは。本当に危なかった、削りきられるかと思った……)

「――――」

 

 既に『疑似解放・ミストルテインの槍』は目を灼くようなまばゆい輝きを放っている。

 秘められた威力がいかほどか、素人でも即座に分かる。

 視線が交錯した。

 既に東雲は次の突撃の準備をしている。

 だが思考伝達速度に及ぶはずもない。

 

「ばーん」

 

 楯無は破滅の光を解放した。

 

 

 

 

 

 

「五手」

 

 

 

 

 

 

 観客席にすら及ばんとする、荒れ狂う衝撃波と爆炎。

 ISという超兵器をもってしても無事で済むか保証できない、その破壊の渦の中に。

 

 東雲は迷うことなく両手の五本目と六本目の刀を握り突進した。

 右腕と左腕を同時に振り上げる。東雲の頭上で、二振りの太刀同士が引かれ合い、僅かなアタッチメント同士が噛み合った。

 顕現するは()()()()()()()()

 

 破壊そのものである極限の嵐に向かって。

 東雲はそれを振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 保護シールドを貫通する光量と轟音と衝撃に、箒とセシリアが目を庇う中で。

 無我夢中で立ち上がって、一夏はその光景を見ていた。

 死んでも見逃すわけにはいかないとばかりに、両目から血を噴き出すような形相でそれを見ていた。

 

 

 織斑一夏はそれを忘れない。

 織斑一夏はそれを決して忘れない。

 

 光だった。

 一閃だった。

 力強き奔流だった。

 茜色の流星だった。

 

 

 

 

 それを見た瞬間にこそ――()()()()()()()()()()()は生まれたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――魔剣:幽世審判(かくりよしんぱん)

 

 

 静謐を破る小さな納刀音。

 楯無はそれを聞いてから、自分がアリーナに横たわっていることに気づいた。

 大地は巨人が踏み荒らしたかのように砕かれている。

 

 だというのに、自分に背中を向けて佇む少女の茜色の装甲は、大きな破損なく健在だった。

 

「…………どう、して」

「当方が進む道のみを斬った」

 

 あっけらかんと彼女は告げる。

 それから、振り向いて、楯無の顔を見た。

 

「収束されたエネルギーの解放であった。見事である、賞賛に値する代物であった。だが解放は無秩序であり、そこに付け入る隙が存在した。そうでなければこの身は無事に非ず、戦場ならば一片たりとも残らず蒸発していたであろう。評価を改め――先ほどまでの無礼を詫びさせていただきたく思います、更識楯無生徒会長」

「……呼び方、長過ぎ。たっちゃんでいいわよ……」

「では、たっちゃん生徒会長」

「嘘、ほんとに呼ぶの?」

 

 身体の感覚がクリアによみがえる。

 明確に、斬られたという覚えがあった。あの光の中で、飛び込んできた東雲は一刀に自分を斬り捨てていた。

 いっそ清々しいほどの敗北。いや、楯無は現実に、清々しさを感じていた。

 

 決して許されなかった敗北。

 決して手放してはならなかった勝利。

 

 立場の軛から解き放たれ、楯無は思わず笑い出しそうだった。

 

「……あーあ。完全に私、見誤ってたのね」

「肯定します。そしてそれは当方も同じです。当方は其方を見くびっていた。戦場に立つ者として、不甲斐なく思います」

「ちょっと、勝ったのにそんなしおらしくならないでよ」

 

 ゆっくりと立ち上がると同時、身体を覆っていた装甲が溶けるようにして消えていく。

 具現維持限界(リミット・ダウン)――徹底的に打ちのめされたのだと、分かった。

 

「……一夏君の指導役は任せるわ」

「はい」

「あと、私に勝っちゃったってことは、生徒会長になれるってことなんだけど」

「当方は肩書きに興味はありません」

「言うと思ったわ」

 

 刃を交える前よりも、少し彼女のことが分かった気がした。

 彼女は、東雲令は止まらないのだ。

 常に進み続け、障害を斬り捨て、邁進する。

 ぶつけられた剣にこそ、彼女の気質そのものが宿っていた。

 

「……ごめんなさいね、さいら――東雲ちゃん。私、あなたに失礼なことしたわ」

「当方も同じです。ですからどうか、水に流していただければと思います」

 

 東雲が手を差し出した。

 楯無は少し目を見開いて……薄く笑い、その手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――すげぇ」

 

 言葉は少ない。

 ただ、今は、胸の中にうごめく感情を、無意味に消費したくなかった。

 

 まるで映画だった。まるで御伽噺だった。まるで――英雄譚だった。

 到底現実とは思えなかった。

 けれど彼女たちはそこに存在する。自分がこれから歩く道の、ずっとずっと先に、存在する。

 

 一夏は自分の全身が震えているのが分かった。

 武者震いなのか、恐怖なのかも分からなかった。

 

 もしあそこにいるのが自分であったら。

 何ができただろうか。

 何を残せただろうか。

 

 東雲が武器を展開してからなんて、結果を目で追うだけがやっとで、どれほどの駆け引きがあったのか想像もつかない。

 結果を見れば東雲の勝利であっても、そこに至るまでの過程に、ほんの僅かな時間に凝縮された攻防が、その輪郭だけで存在感を示している。

 

 五手。

 宣言通りだった、勝利までの行程。

 

 そこから弾き出される事実。

 更識楯無は――()()()()()()

 

(俺は、多分……一手で詰む)

 

 見切ることも、予測することも、さらに直感に任せて回避することさえ許されないだろう。

 確信があった。

 

 一挙一動が全て、自分よりも遙かな高みにある、それしか理解できない。

 どれほど遠いのかすら分からない。

 

 けれど。

 

(なんでだろう、俺)

 

 けれども。

 

(あの場所にいる自分を、想像してる)

 

 いつの間にか左右に立っていた箒とセシリアが、何事か感想を述べている。一切耳に入らない。

 

(無理だって分かるのに。絶対届くはずないのに。あの場所で戦えるような自分を、想像してる)

 

 拳を握った。

 

(無理だって諦めたくない。世界が違うからだなんて言い訳に逃げたくない。負けたくない。誰よりも強い自分で在りたい。誰が相手でも――負けたく、ない)

 

 爪が食い込み、血がにじむほどに握りこんだ。

 

(俺は――必ず)

 

 一夏の瞳には燃えさかる焔が宿っていた。

 

 

 

 

 

(俺は…………俺も――あそこに――!)

 

 

 

 

 

 こうして。

 

 何も持たず、自分の空白を埋めるようにして、がむしゃらに手を伸ばし続けていた少年は。

 

 蝋の翼を溶かしてしまうような光を浴びて――新生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(五手で決まらなかったらどうしようかと思った)

 

 東雲令は内心冷や汗ダラダラだった。

 

(いやたっちゃん、最後の自爆攻撃はさすがにねーですよ。思わず二本攻撃しちゃったじゃん)

 

 制服姿に着替えて、楯無と二人で廊下を歩く。

 前方、箒とセシリアが待ち構えていた。

 

 その奥。

 

 織斑一夏が東雲を見ている。

 

 ゆっくりと廊下を進むにつれて、彼の表情がはっきりと見える。

 今までも、彼は必要な時にこそ決然とした顔を見せていた。けれど今の彼は、今まで見てきた中で、最も揺るがぬ意思を見せていた。

 何事かと、思わず声をかけてしまう。

 

「……織斑一夏、どうかしたか」

「いや……なんかこう、生まれ変わったような気分っていうか」

 

 要領を得ない言葉だった。

 

「何か、気になることでもあるのか」

「違う。違うんだ。大丈夫だよ東雲さん」

 

 そう言ってから、一拍の沈黙が挟まれた。

 息を吸って、彼は彼女の、紅い瞳を見つめた。

 

「俺、明日からもっと頑張るから。もっと、もっと頑張る」

「理解している。其方は人一倍の修練に耐え、成果を出すことが可能である」

「……強くなる。それで……俺は……」

「?」

「――東雲さんに負けないよう、君の隣に至れるぐらいまで頑張るから」

 

 微笑も浮かべず、声色に淀みはなく。

 彼ははっきりと言い切ってみせた。

 

 その言葉に、箒とセシリアはぽかんを口を開けた。

 数秒絶句した後、あらあら言うじゃない~と楯無がちょっかいをかけにいく。

 

 その空間の中で。

 

 

 

 

 

 

 

(えっ今の告白では????????????????)

 

 

 

 

 

 

 

 東雲令だけが――ハーブをキメていた。

 

 

 

 

 







ド リ ー ム ソ ー ド



次回で第一部完結です
事後処理というか楯無さんがふっかけてきた背景の解説とか立場とか東雲さんの立場とかについて触れていきますのでお待ちください(鋼鉄化×3)

えっこれ第一巻の半分ぐらいしか進んでないのか
あほくさ


追記
高速切替(ラピッド・スイッチ)でした申し訳ありません
緊急召喚ってなんだよ突然俺の頭にしかない単語を垂れ流すな


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EX.姉弟

 織斑一夏の指導役として改めて東雲令が認められ。

 彼が決然と、目指すべき頂の高さを踏まえた上で、それでもと宣言した後。

 

 

 

「――少し、考えさせて欲しい」

 

 

 

 東雲令は無表情のままそんなことを言って、そそくさとどこかへ行ってしまった。

 

「……考えさせてって、何をだ?」

「恐らくは、具体的にどうやってあの領域……自分と同じ高みにお前を至らせるか、だろうな」

 

 彼女の背中を見ながら、箒はそう言った。

 きっとその過程で、自分にもできること、やるべきことがあるだろう。

 道の険しさを知った後だからこそ、箒は身の引き締まる思いだった。

 

「極めて困難な道です。ええ。わたくし……先ほどは驚愕のあまり言葉を失ってしまいましたが、貴方が本気であることだけは理解できます」

「ああ、本気だよ。俺は……やっぱり、誰にも負けたくない」

「ふふ……男の子、ですわね。ですが再三申し上げます、極めて困難であり、また目的を達成できる可能性も低い道です。それでも?」

「――進みたいと、思った。だから俺は進むよ……大体、やること自体は変わらないんだ。俺は俺にできることを、一つ一つ積み上げる。それしかできないからな」

 

 回答は満足のいくものだった。セシリアはフッとクールに笑みを浮かべる。

 改めてゴールを意識し、そこに至るまでの道程を確認して、三人の間でそこはかとなく引き締まった空気が出来上がる。

 

「あらあらまあまあ。さながら、一夏君応援団って感じね」

「やめてくださいよ、そんな。俺だけじゃない……箒も、セシリアも、それぞれにやりたいことがある。そのためにこそ、協力してるんですから」

「ふーん、じゃあチームってことね」

 

 楯無の言葉に、一夏は確かにそうだなと納得感を抱いた。

 チーム。四人で協力し合いながら、目的のために邁進する。

 

「いいですね、チームって響き。俺、好きですよ、そういうの」

「思ってたより体育会系なのかしら、君。気に入ったのなら好きに使いなさいな」

「チーム『アベンジャーズ』とかどうですかね」

「怒られるわよ君」

 

 結構いい名前だと思ったんだけどな、と一夏は頭をかきながらぼやいた。

 

「じゃ、私はここらで退散するわ。余計なちょっかいをかけちゃった、ごめんなさいね」

 

 立ち去り際、彼女はそう告げた。

 

「いえ。おかげで俺は、色んなものが見えてきました。正直言うと、楯無さんには感謝してます」

「……感謝、ね。ふふ」

 

 最後に笑みを見せて――我知らず、何故か一夏は背筋がサッと冷たくなったような気がした――楯無は軽い足取りで去って行く。

 それを見送って、一夏は大きく息を吐いた。

 ドッと疲れたのもまた、事実だった。自分が動いているわけでもないのに、あの一戦を見ていただけで、訓練と同じぐらいの疲労を感じていた。

 

「最後の最後にとんでもない事態になりましたが、これがあの『モトサヤ』というものですか」

「それ間違ってるぞ。これから先絶対に使うんじゃないぞ」

 

 箒は半眼でセシリアを見た。

 

「とにかく、収穫が多かったのは事実だ。だからまあいいんじゃねえかな」

 

 思い返す、彼女の剣戟。

 眼前で振るわれたら、きっとなすすべなく八つ裂きにされるであろう閃き。

 

「……セシリアは、戦ったことがあるんだったな」

 

 考え込み始めた一夏の思考を悟って、箒はそれとなくセシリアに話しかけた。

 

「お前の時は、どうだったんだ」

「そうですわね……二手、あるいは三手でしたわ。基本的にビットは無視されましたわね」

「え? 無視しようと思って無視できるのかあれって」

「はい。無視しようと思ったら無視できるらしいですわよ」

 

 もはやセシリアの声色には呆れさえ含まれていた。

 

「死に物狂いで、彼女が突破できないようなパターンを構築しようと思っておりますが……六戦全てで結局、読み切ったとか底は知れたとか言った直後にわたくしに直進してくるのですから、最悪ですわよ本当に」

「だ、だが、一夏もお前に突撃しようとして、しかし距離をキープされていたではないか」

「あのですね箒さん。IS乗りとして、はっきり言って東雲令と比較されるというのは絶対にされたくないことでしてよ。というか普通は一夏さんのように止まるのです。攻撃が来るのが分かっているように包囲網を一直線ですり抜ける方がおかしいのです! というか直線加速なのに当たらないってどういうことですかアレ!」

 

 段々と――彼女は屈辱的な敗北を思い出してヒートアップしているようだった。

 頬に朱が差し、ああもう! と地団駄を踏んでいる。

 

「なるほどな。東雲は相手の戦いを把握してから、必勝パターンをそこから組み上げるということか」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 思わず一夏は声を上げた。

 さすがに聞き流せない、何か、自分の知っている情報と致命的に食い違う話が出てきている。

 

「俺、理論派のIS乗りは勝ちパターンを持ってるって話を聞いたんだけど……セシリアは分かるぜ、いくつも用意してる感じだ。で、東雲さんはどうなんだよ」

「どう、と言われましても」

 

 セシリアは眉を下げ、困ったような表情になる。

 

「あの人のパターンというのは要するに……『相手の動きを見切って、勝利への最短行動を定めて、実行する』ですわよ」

 

 しばしの沈黙が流れた。重苦しい空気だった。

 箒は冷や汗を垂らし、セシリアは唇をとがらせ、一夏は半眼で天井を睨みつけた。

 

「…………なあセシリア」

「…………分かっています。わたくしも、これをパターンと呼ぶのには著しい抵抗がありますわ」

 

 想起されるは彼女の教え。

 

『感覚派はその場その場で自分に最適な行動パターンを構築し、常に変化を止めない』

『当方は理論派である。ただ勝ちパターンは一種類しかない』

 

 そして彼女の唯一の勝ちパターン(?)。

 並べれば結論は容易に出た。

 

 

「いや感覚派じゃねえか」

 

 

 一夏は愕然とした。

 初めての、師の裏切りであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ぐへへへへへへへ告白された告白された告白された告白されたァ! あの真剣な顔で隣に至りたいとかもうこれは完全に告白頂きましたわ! うわーやっばいな初めてじゃんというか異性とここまで長く定期的に顔合わせてる時点で生まれて初めてなのにトントン拍子で告白まで到達するとか完全に天が味方している、今世界の中心だという実感を強く得てるわドゥフフェフェフェフェ)

 

 東雲令は怪文書製造機と化しながらふらふら歩いていた。

 

(いやだが――まあ待て。はっきり言って経験がなさすぎてどうしたらいいのか分からん。付き合って何するのかとか全然だし。それで退屈な思いをさせても悪い……むむむ、考えどころだな)

 

 表情こそ動いていないが、彼女はうんうんと苦悩している。

 

(しょうがねえ、恋バナしに行くか)

 

 こういう時は、気軽に話せる相手に相談するのが一番である。

 そう結論を出した東雲は、さくっと方向転換して歩き出した。

 

 

 

 

 

「こんばんは織斑先生」

 

 迷うことなく到達したのは職員室であった。

 この女、世界最強のことを恋バナ相手だと認識しているらしい。

 

「ああ、どうかしたのか」

 

 職員室のデスクで何やらウィンドウをいくつか開いていた千冬は、それを素早く消して、席に座ったまま東雲に手招きする。

 他に教員の姿はない。夜のとばりが下りてから時間も経っており、どうやら一人で残業をしているようだ。

 隣に立てば、千冬の全身からどんよりとしたオーラが出ているのが分かった。

 これはかなり疲労している。

 

「お疲れのようですね」

「いや、慣れたものさ。大して疲労を感じてはいない」

「……当方の目がおかしくなったのでなければ、はっきりと目の下にクマがありますが」

「気のせいだ。光の加減だろう」

「それならいいのですが」

「ああ。今となってはデスクワークの方がよくなじむよ。ところでアーマードコアⅧの発売日はいつだったか

「先生疲れていますよね?」

 

 千冬はフロム・ソフトウェアを過剰に信頼していた。

 

「まあいい。雑務も終わった。ちょうど……第三アリーナで二機のISが暴れ回り、気化爆弾にも等しい火力で地面を吹っ飛ばした痕跡を消すよう指示したところだ」

「お手数をおかけいたしました」

 

 ぺこりと東雲は頭を下げる。

 

「こればかりはお前を責めても仕方あるまいよ。それに私が残っていたのは別件……転入生の事務手続きだ」

「なるほど」

「中国の代表候補生だ。お前は……いや、戦ったことはなかったな」

「『甲龍』を受領した子なら、噂だけはかねがね」

「かなりのじゃじゃ馬というか暴れ馬だ。手乗りドラゴンなどと呼ばれていたらしいぞ」

 

 なるほど、と東雲は頷いた。

 クラスは違うがいずれ指導する機会があるかもしれんな、と千冬は補足する。

 

 それから数秒の沈黙。

 

()()()()()()()

「はい」

 

 言葉は少なくとも意見は共通していた。

 ロシア国家代表――更識楯無からの挑戦。

 

 一夏たちが知るよしもない。楯無のもう一つの姿を、千冬は念頭においていた。

 

「以前から忠告はしているが……そのスタイルを崩すつもりはないんだな」

「無論です」

 

 基本装備として十三振りの太刀を用意し、それを使い潰していく一対一特化の戦闘スタイル。

 もちろん東雲の技量があれば、並大抵の相手ならば一刀一殺をこなし1:13という非現実的なキルレシオを叩き出すことは可能である。

 だが。

 

「……実力としては申し分ないと私は思っているが……やはり反発する者は多いか」

「いえ、当方は未だ鍛錬の必要な、未熟な身です」

「はははは、お前それ代表には言うなよ」

 

 東雲令は現在の日本代表に模擬戦で八割の勝率を叩き出している。

 だが高校生という身分もあって、協議の結果、卒業までは代表候補生として扱われることになった。

 

 そう――協議の結果。

 

 国家代表とは、国家の最強戦力である。

 それは即ち、有事の際には軍と協力して戦闘を行う可能性を指している。

 

「根が軍人であればあるほどに、お前の戦闘スタイルは理解しがたいだろう。汎用性がないと思うだろう。だからこそこうして妨害される」

「そうですね。ですが、織斑一夏を引き合いに出してくるとは思いませんでした」

 

 ロシア国家代表として織斑一夏とのパイプを構築しつつ。

 さらにもう一つの裏の顔として、()()()()()()()()()。あわよくば勝利し()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「楯無のやつも板挟みになって苦労しているな」

 

 千冬はぼやいた。

 国家を運営する上では、光の当たらない暗がりが存在する。

 端的に言えば東雲令は、そういった暗がりからすれば邪魔なのだ。

 

 二人の人間が『日本』という国名を口にした時に。

 果たして――()()()()()()()()()()

 

「当方も何か力になれることがあれば、協力したいと思っております」

「なんだ。あいつのこと、気に入ったのか」

「ええ」

 

 それはともかく、と東雲は会話を切り出す。

 

「当方が今回ここに来たのは……織斑一夏のことです」

「ほう」

 

 千冬は机に置いていたコーヒーカップを手に取った。

 東雲はしばし逡巡するかのような沈黙を挟んだ。

 何か、これを千冬相手に言うのに、すさまじい葛藤があるかのような空気。

 

「アレは『当方の隣に至りたい』と語りました」

 

 言葉を聞いて、千冬は目を見開いた。

 

「…………そう、か、そんなことを」

「当方は、悪い気はしませんでした。ですが戸惑いも感じています」

「ああ……そうだろうな。お前相手にそんなことを言う奴はめったにいない」

「なんと、応えるべきか。なにをすれば、いいのか。当方には分からないのです」

 

 そう語る姿は。

 戦場でISを身に纏い絶技を振るう姿とはかけ離れた、迷子の子供のようで。

 

「お前が答えを出すしかあるまいよ」

 

 だが千冬は一刀に斬り捨てた。

 

「時間がかかってもいいんだ。お前自身が答えを出してやることを、一夏も求めているはずだろう」

「……当方が」

「ああ。奴は単純で馬鹿で単細胞だが、いい男だ。待ってくれるさ……そうだろう?」

 

 顎に指を当てて考え込み、東雲ははっきりと頷いた。

 

「分かりました」

 

 少し迷いの晴れたような表情で、東雲は一礼する。

 それから職員室の出口に向かって歩き出して。

 

「一つ、疑問が」

「言ってみろ」

「織斑先生が織斑一夏に稽古を付けることはないのですか」

「あいつには悪いが、私もそう暇じゃない。優先順位というものがあるからな……それにお前ならば……任せてもいい。そう、思ったんだ」

「了解しました。期待には応えてみせます」

 

 それきり会話はなくなった。

 ドアの閉まる音が響いた。

 千冬は職員室に一人になった。

 

「……ふん。暇じゃない、か」

 

 転校生の事務処理。

 終わっていた。

 東雲が来た段階で、既に残っている理由などなかった。

 

 残っていた理由は一つ。

 消していたウィンドウを再度立ち上げる。アリーナの映像。

 他ならぬ、東雲令と更識楯無の戦い。

 

 深紅の閃きが空間を断ち、水のヴェールを斬り捨てる。

 相も変わらずでたらめなことをしているな、と千冬は自分のことを棚に上げて思った。

 

「若造め」

 

 からかうような言葉。本人がいれば――顔には出ないものの――ムッとしていただろう。

 しかしその言葉に込められた意思は、他ならぬ彼女の顔を見れば分かる。

 

「……若造め」

 

 揶揄など一ミリもない。

 表情に一片たりとも感情はない。

 培った感覚をフルに使って、千冬は試合映像を分析している。

 主題はただ一つ。

 

(――私なら、どうした?)

 

 対東雲令。

 直近の模擬戦。

 忘れるはずもない。

 

(あの時、私は――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()カウンターで勝利した)

 

 めまぐるしい防戦だった。

 超高速の連撃を打ち払い、叩き落とし、かわし、いなし、食らい、耐え、防ぎ、吹き飛ばし、回避し、反撃し、攻め込み、交錯し――勝利した。

 

(この私が、勝利に直進するのではなく、敗北を予期して慌てて攻め込み、なんとか削りきった)

 

 千冬はカップをソーサーにおいた。固い音が静かな職員室に響いた。

 

 

(――冗談じゃない

 

 

 最初、東雲はひよっこだった。

 筋はいいと思った。期待できると思った。成長が楽しみな人材だった。

 

 楽しみ、どころではなかった。今や自分に迫る剣を以て、確実に世界最強の座を狙っている。

 

(すまないな、一夏。あいつの隣に、それほどの強さに至りたいという気持ちはくんでやりたいが、私はお前を鍛えてやることができん)

 

 両眼に宿る、燃えさかる焔。

 それを見れば、きっと誰もが理解する。

 織斑千冬は織斑一夏の姉であり、織斑一夏は織斑千冬の弟なのだと。

 

(暇がない。余裕がない。私は、私のことだけで、手がいっぱいで、高揚してしまっていて――楽しくて楽しくて楽しくて仕方がないんだ)

 

 映像に食い入るように見入る。

 そこに指導者の顔はない。

 今のこの瞬間、彼女は一人の戦士であった。

 

(そう簡単にこの名を譲り渡すと思うなよ、東雲)

 

 獰猛な笑みを浮かべて、千冬は拳を握る。

 

(私はお前に――負けたくないのだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さすが織斑先生、的確なラブラブアドバイスだったわ)

 

 ラブラブアドバイスって何だよ。

 

(そうだよね。即座に結論を出す必要もないもんね。しばらく考えさせてもらお、それで……デートとか重ねて……ちゃんとお互いのことを知っていって……それから、それから……! キャ~~~~~~~~~~!!)

 

 もしも内心がそのまま現実に投影されていたら、東雲は両手に頬を当ててヤンヤンと頭を振っているだろう。

 とんだマヌケな絵面である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして力を求める少年は、力しかない少女と出会い。

 遙かなる高みを目指す、茨の道に一歩踏み入った。

 

 その出会いは偶然か、それとも――

 

 

(もうこれは完全に運命です! フンス! もう幸せバージンロードまっしぐらしか見えない! 東雲令……幸せになります!)

 

 

 ――運命ではなさそうだ。

 

 

 

 

 

 







第一部完ッッッ!!
ストックやばいんで多分少し休み入れます
ゆるして

第二部『Grievous Setback』開始時追加予定タグ
生意気妹鈴 宿敵オータム


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Grievous Setback
12.手乗りドラゴンの憂鬱


初転校です


「あーもうマジ憂ッ鬱!」

「憂鬱な人はそんなテンションでものを言わないと思いますが」

 

 IS学園へと向かう、チャーターされたIS運搬用ジェット機の機内で。

 凰鈴音はやけっぱちの叫び声を上げていた。

 隣の席で随伴する楊麗々(ヤン・レイレイ)候補生管理官は、切れ長の目に困惑の色を浮かべている。

 

「だってあの東雲令がいるんでしょ!? 嫌よアレとやるの! ホンットに無理だから!」

「戦う機会があれば必ず戦っていただきたいです。データを取る上での優先順位は最上位に入ります。彼女との戦闘行為それ自体が値千金です」

「分かってるわよぉ~……で、代償としてあたしにボコられろって?」

「結果は、実際に戦わねば分からないはずですが」

 

 楊の言葉は真理を突いていた。

 しかし鈴は、分かってねえなこいつと嘆息する。

 

「あのねえ……()()()()()()()()()()

「……そう、ですか」

 

 鈴はそれきり、再び頭を抱えてうめき始める。

 ファーストクラスの機内には、巨大なソファーが中央に置かれ、観葉植物やスクリーンが設置されていた。

 スクリーンに表示されている映画の観客である二人は、しかし映像には目もくれていない。

 

 隣に座る鈴――ISを動かしてから一年未満という僅かな期間のみで代表候補生に上り詰めてみせた、中国史上屈指の才女の言葉に、楊は眉根を寄せる。

 分からなかった。楊は長いこと代表候補生のサポートを行っているが、鈴はその中でも最高の資質を持っていると確信していた。鈴は感覚派のIS乗りとして類い希な伸びしろを秘めている。

 その彼女が、一度も刃を交えていないのに敗北を予期していた。諦めや予想ではない、()()()()()()()()

 

(……まあ、彼女には、私には見えないものが見えているのでしょうが)

 

 感覚派のIS乗りによくある話であった。

 サポートする人間、あるいは指導する人間には見えないものを前提として語る。

 悪い癖と揶揄されることもあれど、それは確かな強みであった。

 

 そして――鈴の確信は、実は彼女が言語化できずとも説明可能である。

 

 セシリアのような理論派ならば、格上の感覚派相手でもパターンを成立させることさえできれば、ハメ殺すことが可能だ。

 そもそも必勝のパターンを組む理由としては、最低限の勝率を確保するためというものが強い。

 相性やコンディションに左右されず、多少無理をしてでも自分の定理を押しつけてそのまま勝ちまでつなげてしまう。それを可能にするためのパターンである(もっともこの場合、パターンを突破された場合には絶望的な戦いへと突入してしまうのだが)。

 

 しかし感覚派の場合――自分より優れた感覚を持つ者には一気に勝率が下がってしまう。

 

 自分の感覚が告げるのだ。

 読まれている。上回られている。格が違う。次元が違う。何もかも手を尽くしたところで逆転はあり得ない。

 ()()()()()()()と。

 

 東雲令の試合映像を見た瞬間に鈴は察知していた。

 無理だ。どうあがいても死ぬ。鈴なりの予測としては三手まではしのげる。だがそれもアテにはならない。恐らく東雲は直感の上をいき、しのげるはずの三手や二手で仕留めてくるだろう。

 感覚による予測、を超えられてしまうという、感覚。

 

(でも悪いことばかりってワケじゃないわね。クラス代表に一夏がなったらしいし……どんなもんかしらね。あいつとやるのは多少楽しみだし、あいつと久々に会えるのは少し……まあ少し、楽しみね、うん)

 

 少しだけ、と、自分に言い聞かせるように鈴は繰り返して一人頷く。

 もう片方の幼馴染と違って、彼女はまだツンデレ時期を脱せていなかった。

 

(あいつに教えてあげる機会だってあるでしょうし、まあその辺でね。ちょっと話すことがあるかもしれないわね。うん。そん時は思いっきりビシバシやってあげればいいし、うん。例えば放課後に二人きりで必死に訓練したりとかね)

 

 彼女はIS乗りとしては間違いなく天才である。

 一年足らずという期間で代表候補生の座を射止めたのは恵まれた資質とたゆまぬ努力の証拠である。

 

 そんな鈴だからこそ、素人である一夏に自分が師匠として接する未来を容易に想像できたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 残念ながら絵に描いた餅である。

 

 

 

 

 

 

 

「シィィ――!」

 

 鋭いかけ声と共に、セシリアは手に握った刃を振るった。

 短刀『インターセプター』の閃きは原子すら断つほどに鋭い。

 狙撃手としての技量を売りにしているセシリアだが、代表候補生という立場に居座る以上、接近戦を疎かにするはずもない。

 自分にとっての相対的な弱点である近接戦闘をそのままにしておく怠惰さも、またない。

 

「甘い」

 

 だが此度は、相手が悪かった。

 日本製第二世代量産型IS『打鉄(うちがね)』を身に纏った黒髪の少女。

 篠ノ之箒は両手に持った二刀のうち、左の太刀を無造作に閃かせる。

 同時、セシリアの左腕が跳ね上げられた。

 

(……ッ!? 目にもとまらぬ速さで繰り出される、峰打ち……!?)

 

 速さとは鋭さである。スピードが増すことは通常、威力の増大だけでなく、ものを突き破る切断の働きも高める。

 ならば、()()()()()()とは果たして成立しうるのか。

 そこに、篠ノ之箒の剣士としての技量がある種の極地に至っている、という証拠があった。

 

「踏み込みが足りん!」

 

 同様に挙動が乱れたセシリアの肩に、箒の右手の太刀が正確に突き込まれた。

 苦悶の声を上げて、思わず『インターセプター』を取り落としてしまう。

 それを見て箒は両の太刀の切っ先を下げて、量子化して格納した。

 

「申し訳ありません、もう一度お願いしたいのですが」

「いや、そろそろ『打鉄』の返却時間だ。……どちらかといえば私の方が実りある訓練になってしまったかもしれんな」

 

 箒はセシリアの近接戦闘の訓練相手として、彼女自身のISの操縦技術を着実に上達させていた。

 爆発的な成長、と言うほどではないにしろ、堅実な伸びを見せている箒には、内心でセシリアも期待していた。いずれは自分たちと同じステージに立つかもしれない、と感じる程度には。

 

「ええ。確実に上手くなっております。時間を見て、次は高速機動の練習もしてみましょうか」

「その時はお前が先生か……ご鞭撻の程よろしくお願いします」

「お任せを」

 

 箒の口調にはからかいの色があったが、セシリアもそれは同じだった。

 軽口を叩きながら、肩を小突き合う少女。

 汗を流し、共に高め合う姿は青春の一幕にふさわしいものだった。

 

 

「――うおおおおおおおッ!?」

 

 

 その真横に織斑一夏が墜落しなければ。

 ちゅどおん! なんて間抜けな音と共にまあまあな質量の金属と肉体が落下するものだから、砂煙が噴き上がった。

 風に前髪がなぶられるのもそのままに、箒とセシリアは落下地点を見て、それから顔を見合わせた。

 

「……墜ちたな」

「……墜ちましたわね」

 

 悲しいことに本日通算五十六度目の墜落である。

 下手人、というかまさに彼の翼をもぎ取って空から叩き落とした張本人である東雲令は、いつも通りの制服姿だ。

 手に持つIS専用アサルトライフルは、しかし生身の人間と比較すれば大砲のようなスケールであった。

 

 地面に半ばめり込んでいる一夏を見て、東雲はこてんと首を傾げる。

 

「墜ちた?」

「見りゃあ分かるでしょうがッ!」

 

 ガバリと顔だけ上げて、一夏は絶叫した。

 

(ああクソ全然避けられねえ! 旋回はうまくいったのに加減速のタイミングがヤバすぎる! ていうか俺の感覚としてはここだろってタイミングでも、()()()()()()()()()()()()()()()()! 撃たれるまで分からねえ!)

 

 自分の機動を反復すれば、つたない点があぶり出される。

 というよりは、自覚できない失策を必ず東雲が突いている、と言った方がいいだろう。

 

「……なるほど。痛みで覚えさせているわけですか」

「うむ。一夏はかなりクセの強い感覚派のようでな、訓練メニューを見直しているうちに、よりヤツの感覚に最適化されたやり方として、攻撃で指摘するというのを思いついた」

「あっ、これ、考えたの箒さんですか? うわぁ……」

「な、なんだその反応は! 効率的だろう! 何より一夏の気性に合っている!」

「それはそうなのですが、純粋に引きます」

「純粋に引きます!?」

 

 一夏の負けず嫌いという性格を考えるならば。

 言葉で指摘するよりも、実際に打ち負かしてしまう方が彼は身に迫ったものとして敗因を考え抜き、弱点を克服しようとする。

 幼馴染である箒は、彼の心理を完璧に読み切った方針を構築することに成功していた。

 

 だが彼女には、彼を想う心はあったが人の心がなかった。

 

「もう一回、お願いします……ッ!」

「了承」

 

 砂と泥まみれの白い翼が、力を振り絞るようにして火を吐く。

 ふわりと浮き上がった一夏に対して、東雲はアリーナの仮想ターゲットたちと共に銃口を向けた。

 

「そろそろ近接戦闘の訓練もやらせたいのだが、東雲はまだ早いと言い、一夏も東雲が言うのならと我慢している。しばらくは回避練習に専念だろう」

「方針自体には賛成ですわ。まずは守り、第一に守り。初心者の鉄則でしてよ」

 

 ですが、とセシリアは内心で言葉を続けつつ、必死に銃弾を避け、縦横無尽に空を跳ね回る一夏を見た。

 その鋭利な視線は、狙撃手のものだった。

 

(あの時――あの決闘で見せたのは間違いなく超攻撃的なスタイル。それこそ、東雲さんのように自分の攻勢に全てを賭ける短期決戦型)

 

 白い機影は左右に揺さぶりをかけて狙いを絞らせない。

 結果としての墜落は変わらずとも、そこに至る過程には進歩が現れている。

 

(もしも。もしも……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そこにはIS乗りとしての極地が待っているだろう。

 想像して、セシリアは自分の背筋に震えが走るのを感じた。

 

(ああ…………一夏さん、是非、是非是非強くなってください)

 

 淑女としての振る舞いを忘れない、高貴さこそが彼女のスタンス。

 けれど。

 

 

(極地に立ち、言葉通りに東雲令の隣にまで至った時――その貴方を撃ち落とすのが楽しみで仕方がありませんわ)

 

 

 武者震いを隠そうともしない姿もまた、セシリア・オルコットのスタイルの一つであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんか進歩してなくな~い?)

 

 人の心があるとは思っていなかったがこいつには指導者としての心すらなかった。

 

(はいそこ! いただき! 終了閉廷! うーん決闘の時の機動をデフォにさせるにはどうしたらいいんだろ、常に生命の危機がある状況に置いて意識を向上させるとかかな? でもあんまり危ない目に遭わせたくもないしな~)

 

 銃弾が放たれ、ほんの僅かに甘えた機動をした一夏が悲鳴を上げて墜落する。

 それを確認して東雲は銃口を下げ、無表情のまま彼が再び立ち上がるのを待つ。

 何度撃ち落としても、一夏の方から訓練の終了を言い出すことはない。だから東雲がやる気の限りこれは続く。

 東雲にとっては脳内フィーバータイムが無制限なので、彼女は超ハッピーセットテンションだった。

 

(まあこうしてボロボロになることで食事も美味しくなる。美味しく食事をしている姿が見れる。とっても幸せプラン! 今日は何食べよっかな……そ、そろそろあーんとかしてもいいかな……!? 付き合ってないけど! 付き合ってないけど! でももう内定してるみたいなものだし!? でへへへ……)

 

 内定辞退いいすか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何が第二部だよ第一巻じゃねえか


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13.クラス代表就任パーティー

頭スカスカ=ハーブちゃん
すしざんまい師匠
しののめん
自称理論派の感覚派

もう蔑称だろこれ


「クラス対抗戦(リーグマッチ)が近いので対策を考えようと思う」

 

 一夏は静かにそう切り出した。

 声色には真剣さがにじみ、彼が勝負にかける熱意を表わしている。

 

「訓練をしたから超強くなりました対抗戦は楽勝です、なんていうのは絵空事だ。俺はやっぱり他クラスの代表と比べても格が落ちる。だからこそ、強敵相手に細い勝ち筋を実現させるためには、戦術が必要だ。それを話し合っていきたい」

「それは……そうだとは思うのだが……」

「あのですね一夏さん。多分この会は、そういう気持ちを一度リセットすることも兼ねたものでしてよ」

 

 セシリアは今いる場所、食堂を見渡した。

 一組の生徒らが好きに散らばって和気藹々としている。

 特に目に付くのは、『織斑一夏クラス代表就任パーティー』と書かれたクソデカ横断幕くんである。

 今日は一年一組が事前に申請して、夕食時の少し後から食堂を貸し切ってお祝いの席を用意していたのだ。

 だというのに、本日の主役というタスキを肩にかけた一夏は大真面目に戦闘のことしか話す気がなかった。

 

「ほら、織斑君ご飯取りに行こうよ!」

「え、あ、まだセシリアに射撃戦の疑問聞いてないんだが……」

 

 クラスメイトに手を引かれていく一夏を見送り、箒は嘆息する。

 どうにも彼女の幼馴染は、集中しすぎて他のものが見えなくなってしまうきらいがあった。

 

「美点でもありますが……適切なリフレッシュ方法も考えてあげた方が良さそうですわね」

「ああ。部屋でもトレーニングばかりしているようだからな。ちょうどいい、セシリアはどうしているんだ?」

「個人的に気に入っているのはバスタイムでしょうか。バラの花びらを敷き詰めるといい香りがしますし、湯の肌当たりも柔らかくなりますわよ」

「お前薔薇風呂に入ってる一夏ってどう思う?」

「……申し訳ありませんでした」

 

 セシリアは頭を下げ、真摯に謝罪した。

 想像しただけでダメージを受けるような光景であった。

 

「ちょっとこれ夢に出てくるかも知れないぞ本当に。どうしてくれるんだ」

「なんというか、自分でも信じられないほど脊髄で喋ってしまいましたわね……」

 

 後悔先に立たずとはよく言ったもので、セシリアはきちんと言葉を発する前にその妥当性を精査しようと決心した。

 かぶりを振って謎のサービスショット――ライトノベルの見開きカラーイラストのようだった――を脳から追い出して、箒は周囲を見渡す。

 

「そういえば、東雲はどこだ?」

「言われてみれば姿が見当たりませんわね……」

 

 きょろきょろと冷徹な雰囲気の美少女を探すが、食堂には居ないようだ。

 そうこうしている間に、肉に野菜にと山盛りになった皿を抱えて、一夏が席に戻ってくる。

 

「ったく、みんな俺をまるで人間火力発電所だと勘違いしてるんじゃないか」

 

 どうやらクラスメイトらに食事をどんどん盛られたらしい。

 それは期待の表れであり、ある種の激励でもある。そのことは分かっているのか、一夏は言葉とは裏腹に表情をほころばせている。

 

「どうせなら二人も食べてくれよ。絶対うまいぜ。この煮物なんて醤油加減が絶妙なのが香りだけで分かる」

「あらあら、一夏さんも料理をたしなまれるのですね。今度是非、お互いの腕を競ってみましょうか」

「場外試合か。いいぜ、受けて立つ。俺は絶対に負けねえ」

 

 織斑一夏はことの重大さに気づかないまま勝負を承知した。

 

「で、東雲さんがいないってみんな言ってたんだけど、知らないか?」

「私たちも探していたんだが、どうにもいないようだな」

 

 そっか、と一夏は寂しそうな表情になった。

 仮にも自分を祝う会である。いやむしろ、こういった場にいないのもらしいといえばらしいが、やはり一抹の寂しさはあった。

 

「あっ」

 

 だがその時、セシリアは一夏の背後を見て声を上げた。

 振り向く。

 

 

 東雲令が颯爽とこちらに歩いてきていた。

 寿司が並んだ寿司下駄を左右に一つずつ持ち、さらに同様に寿司を抱えた食堂のシェフを何名も引き連れて。

 

 

「なんで? なんで? なんで?」

 

 一夏の思考回路は一発でバグった。

 

「当方もここに座っていいだろうか」

 

 三人が使っているテーブルの前に立ち、東雲は普段通りの冷たい表情で問う。

 

「あ、ああ。いいんだが」

「何ですのこれ、あれですか? ダイミョー行列というものですか?」

 

 箒とセシリアもさすがに困惑を隠せていない。

 ずらっと並ぶシェフは十人を超えているだろうか。

 その全員が、手に持っていた寿司をテーブルに並べていく。

 

「就任パーティーである、と通達されていた。当方の認識では、これは慰労会であり、また祝いの席である。ならば寿司を食べないわけにはいくまい。よって当方の伝手で、当方の知る限り最高の寿司を用意した」

 

 一夏は並んだ江戸前の握りを見た。どれも新鮮なネタを使っているのだろう、艶やかな光沢を放っている。

 一夏はそれから箒とセシリアを見た。二人は完全な無表情で、次々と追加されている寿司を見つめていた。

 一夏は最後に東雲を見た。よく――よく見ると。いつもと変わらない表情ではあるのだが、そこはかとなく胸を張っている気がする。この女、誇らしげにしているのだ。

 

「どれほど食べても困らない数を用意した。これは当方からの、立場を掴み取り、また修練に耐えている織斑一夏への労いである。遠慮せず食べて欲しい」

「東雲さん」

 

 できるだけ――本来それは威嚇行動からの派生と言われているが――相手を刺激しないために、柔らかな笑みを顔に貼り付ける。だがさすがに引きつっているのが自分でも分かる。この状況で自然に笑えとか無理に決まっている。

 一夏は錆びた作り笑いを浮かべて、東雲の背後を指さす。

 

「食堂のバイキングがあるんだけど」

「…………」

 

 東雲は振り返って、和洋中と勢揃いの料理たちを見た。

 

「…………………………………………………………」

 

 東雲は顔の向きを戻した。

 

 食堂は静まりかえっている。誰も、一言も発さない。

 空気は完全に凍り、死んでいた。和気藹々としていた空間はもうどこにもない。誰がどう見てもお通夜だった。

 

 しばし無言を貫いた後、東雲はすっとISを起動して、深紅の太刀を一振り引き抜く。

 そしてその柄を一夏に押しつけた。

 

()れ」

 

 一夏は視線で周囲に助けを求めた。

 

「わたくし存じ上げております! クールジャパンの『くっ! 殺せ!』ですわよね今の!」

「セシリア、お前はもう喋るな」

 

 幼馴染とライバルはだめだ。使い物になっていない。

 

「いや、まあ、大丈夫だよ東雲さん。うん、気持ちは嬉しいし。だから死ななくても大丈夫だって」

「殺せ」

「完全に覚悟決まっちゃってんな! そういう覚悟完了しなくていいからァ! ほら、食べるって寿司食べるから!」

 

 やけっぱちの勢いであった。

 一夏はトロの握りを手に取って口に放り込んだ。

 わさびがツンと鼻に抜けて涙が浮かぶ。

 ちょうど泣きたかったから、彼にとってはちょうど良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにあれ」

 

 転校手続きを済ませて早速一夏に会いに行こうとした鈴は、食堂の空気が完全に終わっているのを確認してそっとその場を離れていた。

 

「東雲令が中心にいたわよね……何か空気読めないことしたのかしら。まさか一夏を怒ったとか? マジで何者なのよ、あの祝いの場をどん底にできるって」

 

 さすがにあそこに突っ込む度胸はない。

 明日の朝に教室に行けばいいと考え直して、鈴はよし! と気合いを入れる。

 

「首を洗って待ってなさいよ一夏……! どうせのほほんと腑抜けてるだろうし、ビシバシいくんだから!」

 

 夜空に向かって拳を突き上げてから、鈴は明日が楽しみだと笑みを浮かべて寮に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お祝い会はつつがなく終了した。

 まあ途中で一度完膚なきまでに空気は破壊されたが、よく考えなくてもバイキングに寿司が増えただけなので、みんな笑顔で食べていたのだ。

 

 東雲は無表情のままどんよりオーラを振りまく空気汚染機と化していたが、隣の一夏が必死にフォローした甲斐あって後半は普段通りに戻っていた。

 ちなみに寿司は東雲が一番食べた。というか用意されたうち半分ぐらい一人で食べていた。

 そんだけ食べて何故その体型なんだと箒やセシリアから詰問されていたが、東雲は知らぬ存ぜぬで押し通している。きっと妄想でエネルギーを消費しているのだろう。とんだ無駄遣いだ。魚が可哀想である。

 

「みんな、今日はありがとな!」

 

 お皿を返却口に返しながら、一夏は笑顔でみんなに礼を言った。

 出だしはいまいち祝賀会に集中できていなかったが、寿司の件があってからはきちんと彼も楽しめていた。ある意味ではいいブレイクになったのかもしれない。

 

「ううん、織斑君こそ頑張ってね!」

「デザートフリーパス券よろしくね~」

「応援してるから! すごく……すごく、応援してるからっ!」

 

 激励の言葉。

 一部に込められた、熱意とは異なった、青い熱。それらを感じ取り、箒はむっとし、セシリアは肩をすくめる。

 

「モテる男は大変ですわね」

「……そうだな」

「そして、モテる男を好きになってしまった人も、大変ですわね」

「……何故こちらを見るのだ」

 

 箒は半眼でセシリアを見たが、ご令嬢はどこ吹く風と受け流す。

 一方で、二人の横にいた東雲は立ったまま寿司下駄を持ち、握りを口に放り込んでいた。

 

「むぐむぐ……祝いの席、というものに出席する経験はあまりなかったのだが……もぐ……いい切替になると感じた。はぐ……心機を一転させ、今後の修練に打ち込む理由となるだろう。肩の力を抜く時は肩の力を抜く、此れなるは戦士の心得である。もぐもぐ」

「東雲さん、いいこと言ってくれてるけど、マジで話に集中できねえ。肩の力を抜きすぎて形状崩壊してるぞ。千冬姉かよ」

 

 自分で言って一夏は後悔した。

 すごく――すごく、納得のできる言葉を言ってしまった。これ千冬姉だわ。

 だがまあ、師匠として尊敬できることに変わりはない。新たな一面を知ったところでとりあえずマイナス印象ではなかった。

 

 最後の寿司が彼女の胃に収まったのを確認して、一夏は東雲の口元についた醤油をティッシュで拭き取った。

 東雲は持論の展開と寿司の旨味に集中していて、口を拭われたことに気づいていない。

 セシリアは隣の箒が少し羨ましそうにそれを見ているのに気づいたが、彼女の度量は平原のように大きく海溝のように深かったのでそれを見なかったことにした。

 

「片付けもできれば手伝いたいんだが……」

「いや、気にしなくていいそうだぞ。食堂の方々も、楽しく食事をしてくれたのなら何よりだと言っていた」

 

 そう言われては、親切の押し売りをするつもりもない。

 一夏は食堂の方々にお礼を言ってから、食堂を後にした。

 

「にしても結構食ったな。腹ごなしに散歩でもしないか?」

「私は付き合おう。だが散歩と言いつつランニングするんじゃないぞ」

「わたくしもご一緒いたしますわ」

「当方は失礼する」

 

 食堂の建物を出て、ぬるい風が肌をなでる並木道に出る。

 三人と一人の進行方向はそこで分かたれた。

 

「じゃあ。また明日な」

「……また明日」

 

 織斑一夏は、その時、自分の眼球が飛び出たのではないかと思うぐらいに、目を見開いた。

 東雲は――小さく、胸の前でばいばいと手を振っていた。

 呆気にとられたのは数秒。一夏はすぐさま、同じように――いや、近距離なのに手をブンブンと頭の上で振った。

 

「ああ、また明日!」

 

 大げさだな、と箒たちは呆れながらも、しっかり東雲に手を振っていた。 

 東雲はそれを見て頷き、背を向けて歩いて行く。

 

「だって、また明日って――いいじゃんか。今此処に一緒に居ることの証明、って感じで」

 

 一夏は画像データを開いてそう言った。

 今日の祝い会のラスト、クラス全員で撮った写真である。

 

「そういえば千冬さんの言葉を守っているんだったな」

「織斑先生の?」

 

 首を傾げるセシリアに、一夏は人差し指をピンと立てて語りかける。

 

「『過去に側に誰がいたのか、ちゃんと覚えておけ』ってさ。だから定期的に、写真を撮って思い出を残してるんだ」

「なる、ほど……いい教えですわね」

 

 三人で並んで歩きながら、一夏は今まで撮った写真を思い返す。

 誰かと一緒にいた証。そのつながりが自分を構成している。その積み上げたものは自分の中に生きている。

 だからこそ、過去の自分に見せられるような自分でありたいと、思う。

 だからこそ、未来の自分に見せられるような自分でありたいと、思う。

 

「……一夏さん」

 

 物思いにふけっていた彼の意識が、突然引き戻された。

 名を呼ばれた、だけではない。セシリアの声色は固かった。

 視線の先をたどる。遊歩道の向こう側から、誰かが歩いてきている。

 

 女性。スーツ。見知らぬ顔。

 

(教員、じゃ、ない?)

 

 直感だった。

 彼女はまっすぐ歩いてきて、それから三人に軽く一礼した。

 

「初めまして、織斑一夏さん。私、巻紙礼子と申します。今、お時間よろしいでしょうか」

「あ……は、はい」

 

 箒とセシリアにも会釈して、彼女は名刺入れから一枚の名刺を取り出し、差し出す。

 IS装備開発企業『みつるぎ』――その渉外担当だと名刺には書かれていた。

 

(聞いたことのない企業――)

(学園に入り込めるパイプ――)

 

 その文字列を読み。

 箒とセシリアの思考回路が爆発的に加速した。

 

(――売り込み。それも一夏単独に絞って。話題性か? 入学前から企業の売り込みはあったそうだが、学園に来てまで直接とは相当の気合いだ。だが信頼できる企業か? そもそも何を売り込むつもりだ?)

(政府が立ち入れない経済活動であることを考えれば、そこを突いて、とっかかりに、という思考に至るのは当然ですわね。大企業の売り込みは織斑先生が袖にしたと聞いておりますが、それでも売り込んできていて、ただのスポンサーになるというのはまずありませんわ……武装以外も……例えばそう……()()()()()()()()()()()()()、等も考えられますわね)

 

 箒よりもセシリアの方が、やはり立場上交渉事に慣れている分、一歩踏み込んだ思考を展開していた。

 デュノア社等の既にシェアを握っている企業は無論、一部武装に注力する小規模な研究施設すらこぞって一夏に面会を申し入れ、全てが千冬に突っぱねられている。そういった権謀術数の世界に弟を巻き込みたくないという意思だった。

 

 二人が考え込んだその数秒。

 その間に。

 いっそ無防備なまでに、一夏は名刺を受け取っていた。

 

「あ、どうもありがとうございます。織斑一夏です」

「本日は時間も遅いですし、挨拶に留めさせていただきますね。是非後日、時間を取ってお話できればと思います。その際には弊社のカタログもお見せいたしますので」

「そうですね、楽しみにしておきます。その時はよろしくお願いします」

 

 絶句する箒とセシリアを放置して、話はとんとん拍子に、当たり障りなく進んだ。

 巻紙は深く一礼すると、きびすを返して立ち去っていく。

 

「お……おいッ、一夏!?」

「貴方何を考えてるのですか!?」

 

 二人は器用にも巻紙に聞こえないよう小声で一夏を怒鳴る。

 

「別に、普通だろ。どういう武器があるのか気になるし。もしかしたら『白式』が使えそうなのもあるかもしれない」

「そうじゃなくてですねッ、ああもう! 危険性について考えたりは――」

「――()()()()()()

 

 セシリアはハッとした。

 彼は愛想のいい笑みを浮かべていたが、しかしその瞳はヘビのようにギラついている。

 

「こういうの、全部千冬姉がやってたからな。今まで俺は何も知らないままだった。でも、それじゃだめだ。ちゃんと自分の力で対処できるようにならないと……そうじゃないと、もう、だめだろう」

 

 それに、武器を探したいっていうのも事実だしな、と付け加えて。

 織斑一夏は、内心で姉に謝罪した。

 

(ごめん千冬姉。でも俺はやっぱり――ただ守られてるだけの存在じゃなくて、俺の望む俺でありたいから)

 

 拳を握った。強く強く握った。

 目指す頂は遠く、一歩一歩進むことしかできない。

 それでも立ち止まるわけには行かない。

 

 そんな彼の横顔を、箒はじっと、熱に浮かされたような瞳で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(お寿司おいしかった。おなかいっぱい。寝よ)

 

 東雲令は部屋に帰り、シャワーを浴び、歯を磨いて、そしてベッドに入って0.94秒で就寝した。

 

 

 

 

 

 








す し ざ ん ま い





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14.庇護対象

一刻も早くバトルパートに入りたいという欲求しかない


 凰鈴音にとって、織斑一夏は不思議な男だった。

 最初の出会い。

 小学校に転校し、まだ日本語を上手く話せなかった鈴は、からかいの対象となった。

 からかい――無自覚な悪意。()()()()()()()()()()()

 嘲笑、侮蔑、罵倒、自分を取り巻く全てが自分を否定するという、地獄。悪夢であればどれほど良かっただろうか。

 すり切れるだけの日々。すがるものもなく、ただ延々と自分が摩耗していくのを自覚するだけの日々。

 織斑一夏がそれを断ち切った。

 

『何ダサいことしてんだよ、お前らッ!』

 

 かっこよく啖呵を切って――からかっていた男子たちと大乱闘。

 小学生同士の喧嘩なんてたかがしれている。途中で先生がストップに入り、後ほど男子生徒たちは両親に連れられて家まで謝りに来た。これでよし、と先生は言った。

 何もいいわけがなかった――悪意をぶつけられてきた事実は消えない。教室で常に鈴は怯えていた。いつ、また、始まるのかと。この静けさは嵐の前触れに過ぎないのだと、そう確信せざるを得ないほどに追い詰められていた。

 

 だが、一夏は鈴に話しかけ、遊びに誘い、彼女が独りぼっちにならないよう手を尽くしてくれた。

 そうやっていつの間にか彼が隣にいることは当たり前になっていて。

 明るく笑う、なんていう当たり前の行為が、やっと、当たり前に戻ってきて。

 本来の快活さを発揮し、誰とでも打ち解けられるようになって。

 

 やる時はやるけれど、普段は抜けている彼をしばいたりしながら。

 中学生になってからは弾などの友人も新たに交えて、日々を過ごしていた。

 

 ずっとそれが続くと、思っていた。

 

 仮に途絶えたとしても、元に戻れると――思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」

「なんだろう俺、そのセリフ三千回ぐらい聞いたことある気がする

 

 朝イチでクラス対抗戦(リーグマッチ)の話を振られた一夏は苦々しい表情でぼやいた。

 よく分からないが自分ではない自分がそれを聞いたことがあるというか己の同位体が耳から謎の液体が垂れるほどに聞いたというか世界線をカウントするほうが馬鹿らしくなるというか。

 怪電波を受信して勝手にテンションが下がっている一夏に、雑談に興じていた女子たちは揃って首を傾げた。

 

 とはいえ、対抗戦へのモチベーションは高い。

 得られる情報は得ておくに越したことはない、と判断した。

 自分の頬を張り気分を切り替えて、一夏は口を開く。

 

「俺ともう一人が専用機持ち……でも他のクラス代表だって、代表候補生レベルのはずだ。量産機相手でも油断はできない、むしろ俺の方が格下だよ」

「正しい認識ですわね。わたくしも同意見です。残念ながら機体性能の違いが戦力の決定的な差ではないということですわ」

「四組代表の情報は既に集めているぞ。四組の専用機は、日本製のフラグシップモデルである『打鉄』――その後継機としてデザインされた『打鉄弐式』、だが……未完成らしい」

「てことは専用機持ちは俺だけか。ますます無様は晒せないな」

 

 セシリアの言葉と箒のデータ。それを聞いて、一夏は拳を握る。

 条件が有利であることは、決して勝敗を確実なものにはしてくれない。

 最後にモノを言う、勝利への意思――今の織斑一夏にはそれが備わっている。

 

 話を振っていた女子がその様子を見て、やっぱかっこいいなあ……と小声で呟いた。

 箒が彼女を見てむむ……と唸っていた、その時。

 

「あら、よく分かってんじゃない一夏! それと専用機持ちは一組と四組だけって――その情報、古いよ」

 

 なんか三千回ぐらい聞いたことのあるセリフが響いた。

 懐かしい声。思わず勢いよく振り向いた。

 ツインテールの少女が一組教室のドアに、片足を立ててもたれかかっている。

 不敵な表情と唇の隙間から覗く八重歯。突然の乱入者に、一同は目を白黒させることしかできない。

 

「り……鈴かッ!?」

 

 だが一夏だけは、瞬時に彼女の名を記憶から弾き出し、叫んでいた。

 その反応に満足げな笑みを浮かべ、彼女はドアから背中を離して教室の中に踏み込んでくる。

 

「久しぶりね一夏。本日付でIS学園の二組に通うことになったわ。中国代表候補生、凰鈴音(ファン・リンイン)。今日は宣戦布告に来たってわけ」

「せ、宣戦布告って……」

「言ったでしょ、情報は常にアップデートされるものなのよ。二組の代表、専用機持ちになったの。そう簡単に優勝はできないから」

「まさか、それって」

「そう! このあたしよ!」

 

 芝居がかった言い草だが、それは場の空気をあっさり制圧してしまうほどには機能していた。

 箒もセシリアも、まず驚愕が先行していまいち思考を回せない。

 

「……知り合い?」

 

 そんな中で。

 一組の人混みの、実は中央で自席に座り文庫本を読みふけっていた少女。

 世界最強の再来、専用機持ち、日本代表候補生。

 東雲令が顔を上げた。

 

「あ、ああ。幼馴染っつーか。箒は小四の終わりで転校しちゃって、鈴は小五の頭に転校してきたんだ。あ、鈴が転校してくるのってこれで二回目なんだな」

「なるほど」

 

 どうやら知り合いかどうかを確認するだけだったらしく、東雲はそれきり興味を失ったように、視線を活字に落とした。

 

「スカしてるわね~、東雲令。アンタじゃなくて一夏がクラス代表って聞いたときはたまげたわよ。まあラッキーだったわ。一夏、軽く揉んであげるわよ」

「……そうか」

 

 露骨な挑発。

 クラスメイトらも、さすがにムッとせざるを得ない。

 だがそれを成せるだけの実力を、肩書きが証明している。

 

 そんな中で。

 

「――それは、楽しみだ」

 

 渦中の人である一夏自身は、口端をゆがめていた。

 彼は強敵を歓迎する。いかなる敵が相手でもやることは変わらない。積み上げたものをぶつけて、築き上げたものの真価を問う。やることは変わらない、それ以外にない、彼にはそれしかない。

 いつだって自分は挑戦者であり、自分の全てを投げ出すようにして価値を証明するしかない。

 だったら、戦う相手は、越えるべき壁は、高い方がいいに決まっていた。

 

「…………一夏、アンタ、そんなキャラだっけ?」

「キャラじゃねえよ。俺は心の底から、お前との戦いが今もう楽しみで仕方がない」

 

 鈴の声色には困惑が色濃く込められていた。

 それを気にもとめず。

 

 かつて。

 確かに幼馴染であったはずの。

 よく見知ったはずの。

 恋い焦がれていたはずの。

 

 だけどまるで別人のような少年が、瞳の中で炎を燃やしている。

 

「俺はどんな戦いであれ死力を尽くす。お前の全てを喰らい尽くして糧にして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ、アンタねえ、ISを動かして一月たってないトーシロだからって、言っていいことと悪いことが――」

「だから軽く揉んでやるなんて考えてんのなら、今すぐその考えを捨てろ」

 

 既に空気を掌握しているのは鈴ではなかった。

 彼は気炎を立ち上らせ、まっすぐに自分を見ている。彼はかつての優しい色の瞳ではなく、燃えさかる両眼を銃口のように向けてくる。

 鈴は知らずのうちに一歩退いていた。

 

 

「俺は――お前を倒すぞ」

 

 

「…………ッ!! やれるもんならやってみなさいっての、バーカ!」

 

 そう言い残して。

 まるで逃げるようにして、鈴は一組教室を大股で出て行った。

 クラスが数秒静かになって、それからぽつぽつと話し声が再び咲き始めた。一夏に向けられる熱い視線は、先ほどよりも増えていた。

 

「……一夏さん、折角の幼馴染との再会だというのに、もう少し語るべきことはありませんでしたの?」

 

 セシリアは嘆息して、すっかりバトルバカになっている彼を小突く。

 

「あー……そうだな。ちょっと、張り切りすぎた。後で謝んねえとな」

 

 頭をかいて、一夏は自分の言動を反省した。

 いくらなんでもこれはない。向こうの宣戦布告とてほぼ顔見せだった。そこにいきなり闘志全開で返したら、普通におかしいと思われる。

 何か好物――中華料理には飽き飽きと語っていたから、和食でも――作ってやろうか、と詫び方を模索する。

 

「おさななじみ」

 

 その時、突然箒が間抜けな鳴き声を上げた。

 何事かと彼女の顔を見て一夏はギョッとする。箒は能面のように無表情であった。

 

「おさななじみ」

「え、あ、うん。まあそうだな、お前がファースト幼馴染だとしたら、あいつはセカンド幼馴染だ」

「一夏さん他に言い方ありませんでした? もう喋らないでください」

 

 セシリアはぶっ壊れた箒の肩に優しく手を置く。

 幼馴染だからという大義名分で隣のポジションを維持していた箒にとって、これは青天の霹靂であった。

 衝撃に脳の機能が一部停止しても仕方があるまい。

 

「――凰鈴音が転校したのはいつだ?」

 

 何かやばいこと言ったかな、と首を傾げている一夏に、背後から東雲が問う。

 いつの間にか文庫本を鞄にしまって、彼女は椅子の上で身体ごと一夏に向いている。

 

「えーっと、中二の終わり、かな」

「では、凰鈴音は日本にいた際、ISの操縦を学んでいたか?」

「いや全然。俺と一緒に普通に学校に通ってたぜ」

「……なるほど。つまりISの訓練校に通っていた期間は、最長でも一年になる」

 

 一同、ハッとした。

 肩書きと経歴が釣り合わない。あくまで単純計算ではあるが、一年の訓練期間で専用機持ちの代表候補生になれるのならば、上級生は全員そうなっている。

 それはおかしいのだ。明らかに何かの誤作動が生じている。

 原因を推測しようにも答えは明白だった。

 

()()()()()()()()()()、と当方は推測する。織斑一夏、戦いは間違いなく熾烈なものになる」

「天、才」

 

 あの東雲令が、断言した――

 それは少なからずの衝撃を教室に振りまいた。

 

「専用機持ち、ともおっしゃっていましたわ。そこに至るまでのレースは、まず代表候補生の枠を勝ち取ること、さらに代表候補生になってから専用機を与えられるほどの評価を受けること……一年足らずというのは驚異的ですわね」

「そう、なのか。セシリアはどれくらいかかったんだ」

「わたくしは三年かかりました――なので二年キャリアが長い分、わたくしの方が上ですわね」

「……お前、結構負けず嫌いだよな……」

 

 いきなり子供みたいな理屈を言い出したセシリアはさておき、一夏は東雲に視線を返す。

 彼女はいつも通りの無表情だった。

 思わず他のクラスメイトらは、固唾を呑んで師弟の会話に耳を傾ける。

 

「勝率は低い」

「ああ、想定通りだ」

「手も足も出ず敗北することもあり得る」

「ああ、知ってるさ」

「――足を引きずり血を吐き、それでも勝利へ手を伸ばすことを諦めない覚悟は?」

「――できてるよ」

 

 一夏はニィと笑ってみせる。

 東雲は眉一つ動かさず、しかしはっきりと頷いた。

 

「当方も凰鈴音の専用機に関するデータを集める。本日放課後より、凰鈴音を仮想敵とした訓練をメニューに組み込む……篠ノ之箒、助力をお願いしたく思う」

「おさななじみ」

「今の箒さんは大変な時期なので少し放っておいてあげてくださいな」

「委細承知。ならばセシリア・オルコット」

「承知しましたわ。中国が奇々怪々な特殊兵器を代表候補生の専用機に積み込むとも思えません、ある程度傾向を絞って、いくつかパターンを組んでおきましょう」

 

 流れるように打ち合わせは進む。

 その様子を見ている他の生徒も理解する、この四人はいいチームなのだと。一人エラーを吐いて動かなくなっているがまあそれはご愛敬だ。

 

「――勝つぞ、織斑一夏」

「ああ……!」

 

 一年一組。

 クラス対抗戦に向けて現状、最も高いモチベーションと優れた環境が整備されたこのクラス。

 唯一の男性IS乗りが波乱を巻き起こすことを、誰しもが肌で感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何よ、あれ)

 

 二組の教室で授業を受けながら、鈴はほぞをかんでいた。

 板書を取っているフリをしているが、ペンは一切動いていない。

 

(あんなの知らない。あんなの知らない。あんなの、あたしが知ってる一夏じゃない)

 

 自分を肯定してくれた。唯一無二の光だった。

 自分が守ってやらなくてはならない、どこか抜けた少年だった。

 放っておいたらふらふらと迷子になっていそうな、自分や弾が手を引いてあげることが必要な庇護対象だった。

 

 唐変木でお人好しで巻き込まれ体質で天然たらしで。

 だから学園に入学することになった経緯で彼がどんなリアクションをしたのかも分かるし、相当不本意だったろうと分かる。

 クラス代表にもいつの間にかなっていて。

 そういう風に、自分だけが置き去りにされた状況で周りがどんどん進み、しかし何故か結果的に事態の中心に居座っている。

 

 鈴にとって一夏とはそういう、危なっかしい少年だったのに。

 

(分かんない。あいつ、何があったの? どうしてなの? あたしが知らないところで何があったの?)

 

 彼は自分の両足で立って、決然と宣戦布告を受け、さらに宣戦布告し返してきた。

 やる時はやる男だった。でも、違う。こうじゃない。あんな風ではなかった。

 

 戸惑いは困惑に変わり、困惑は苛立ちへと変換される。

 知らない。彼を知らない。ずっと隣に居てくれて、ずっと隣に居たのに、彼は自分の知らない間に自分の知らない彼になっていた。

 それが根拠なく鈴を苛立たせる。感覚が訴えている。そこに自分の知らない存在の影響があることを感じ取っている。

 

(――あたし、ただもう一度、アンタと馬鹿みたいに笑い合いたいだけなのに)

 

 そうして苛立ちは怒りへと膨張する。

 筋違いであることを理解しているのに、感情が言うことを聞かない。

 それは、()()()()()()()()()()()

 バキリと、握っていたペンの折れる音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 




(怪文書パートのノルマを達成できなかった自分は)未熟です…



次回
15.東雲式必殺技講座



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15.東雲式必殺技講座

『茜星』
日本製第二世代機
開発企業は四宮重工
自衛隊に配備される国産ISの枠を『打鉄』と争い破れた
四宮の量産機『明星』のフルカスタム仕様であり
ベース機体の特徴であった機動性・攻撃力の高さをさらに伸ばす改造が施されている

『打鉄』の正式採用には
自衛隊という組織の目的から防衛用という意味合いを強くくみ取られた経緯があり
その防御に偏った構成は現場では不満が多い
『打鉄』の後継機として開発が進んでいた『打鉄弐式』には逆に『茜星』並びに『明星』のデータが流用されており
四宮重工の設計思想の先進性の証拠とも言われている



みたいな記事がストライプスに載ってるけど操縦者がおかしいだけだぞ起きろ


(えーめっちゃすごいなー天才じゃんりんりん! これはIS乗り界隈が盛り上がっていくね! 安心だよ!)

 

 授業中、東雲令はついに先輩面まで始めていた。

 

(それにおりむーもセッシーも絶対いい影響を受けるだろうしこれは仲良くなった方がいいな! あーでもしののんはキャラ被りがショックだったみたいだし、後でフォローしてあげたほうがいいのかな?)

 

 考え自体は真っ当なのだが、何故か東雲は自分のことをグループの潤滑剤だと認識しているらしい。

 どう考えても爆発物である。

 

(それにそれにそれにッ!! しののんも知らないおりむーの空白期間がついに明かされる……! コンプリートに大きく前進する! 中学生の時とか絶対かわいかったでしょデュヘヘ、あっいけね今より幼いおりむー想像したらよだれ出てきた)

 

 コンプリートってあのさあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凰鈴音の戦闘映像は、そのほとんどが量産型ISによる戦闘だった。

 彼女のIS活動記録(アイエスアウト・ログ)もさほど公開されておらず、代表候補生にしては戦い方が伏せられている。

 特殊兵器はない。むしろ一度試合を見れば素人でもその武装内容を把握できてしまうような、手札を明かさない内容ばかり。

 それを見て一夏は顎に指を当ててうなった。

 

「近距離型……俺と同じか」

「そのようですわね」

 

 放課後、アリーナにてISスーツ姿で集まり、箒とセシリア、そして制服姿の東雲も一緒の画面を覗き込んでいる。

 極めて距離が近い上に薄着なので箒は恥ずかしがっていたが、一夏は画面以外にまるで目を向けていなかった。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)のタイミングが抜群に上手ですわね。これは接近を許してしまいます」

「しかし一夏も近距離特化型だ、接近をされること自体はいいのでは?」

「いや、むちゃくちゃ厳しいな」

 

 一夏は低い声で断言した。

 

「相手のテンポで試合を握られるのは相当きつい。俺はやっぱ剣を振るってる時、相手に振るわされてるって感じるとプレッシャーだし、動きも鈍くなる」

「む……そうか」

「ああそうか、箒の篠ノ之流剣術はそのへん、徹底的に受けの剣術だからな。あんまりピンと来ないかもしれないけど、やっぱ相手がガンガン攻めてくるのって普通嫌なんだよ」

「なるほど」

 

 解説を入れつつ、一夏は試合の動画を停止し、数十秒巻き戻す。

 

「で、気になったんだけど、こいつ……ここ、()()()()()()()()()よな?」

 

 映像では鈴が巨大な青竜刀をぶん投げ、それが相手に直撃してダウンさせている。

 しかし視線は相手ではなく、わずかに横に逸れていた。

 

「あー……恐らく感覚派ですわね、彼女」

「……ッ、そこまで俺と同じなのかよ」

「ええ。この瞬間――正確に言えば()()()()()()()()()()()()()()()、相手の動く先を予想していますわ。わたくしでしたら、もう一方向しか移動先がないよう誘導し終わっていますもの」

 

 鈴は移動先を見て、そこに至る過程に向けて攻撃した。

 投擲を置くという絶技を瞬間的な判断のみでやってのける――なるほど、確かに才女だ。

 

「恐らく近距離戦では分が悪い、ということにならないか、これは」

「なる」

 

 箒の疑問に東雲は即答した。

 思わず一夏は目を見開く。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。『白式』は刀一本しか装備がなくて、他の武器を格納することすらできないんだぜ。その状態で近距離戦は分が悪いってなったら――」

「相性が不利なら諦めるのか?」

 

 問いに、一夏は言葉を詰まらせる。

 自分の右手を見て、それを何度か握って開いて……息を吐いた。

 

「――俺がバカだったよ」

「それでいい」

 

 意思の再確認は迅速に行われた。

 しかしそれで問題が解決したわけでもない。

 セシリアは眉根を寄せたまま、映像を繰り返し分析する。

 

「ええ、ええ……近距離戦では分が悪い、それは事実ですわね。単純な剣の腕というより、有利な立ち回り方、相手は返しづらいが自分は攻撃を打ち込みやすいポジションに、ごく自然に入っています」

「私もそれは思ったんだ。なんというか、過程はよく分からないのだが……計算して稽古通りに動いているわけではないのに、結果としては稽古で教えられたことがやれているというか。これが感覚派の動き方なのか?」

 

 まるでフィルムの途中をそっくりすげ替えたような。

 乱雑で理解不能の動きをしているのに、結果としては理想的な軌道になる。なった、と上書きされているんじゃないかとさえ思う。

 

「箒さん、貴方が十二分に戦闘機動を行えると仮定して、どう立ち回りますか?」

「…………いつも通りにやるしかないな。至近距離で相手を追いかけると、多分、まったく予期しないタイミングで信じられないぐらい理想的な攻撃を打ち込まれる。そんな予感がする。だから此方からは動かず、相手の予備動作を十分確認できる間合いで、迎撃する」

「一夏さんにその動きはできるでしょうか」

「厳しいな」

 

 箒は腕を組んでうなった。

 

「技量云々ではなく、そういう心構えが必要な立ち回りだ。私は流派が流派だから、むしろそれを前提とした鍛練を積んでいる。一夏にそれをいきなり要求するのは無理だ。付け目を見ても突っ込まない、というのは難しいぞ」

「……ではどうしますか?」

 

 セシリアは黙り込んでいる東雲を見た。

 彼女は興味を失ったかのように鈴の映像から視線を逸らし、じっと一夏の顔を見ている。

 一見無感情にも見える視線には、真剣な意思が込められている。思わず背筋を伸ばした。

 彼は既にそれが理解できる程度には、東雲の性格を分かっていた。

 だがこの時ばかりは、東雲の返事を即時理解するのは無理だった。

 

「――必殺技が必要」

「は?」

 

 耳がおかしくなったのかな、と一夏は何度か頭を振った。

 それから箒とセシリアを見た。彼女たちも困惑を露わにしている。

 

「相手に振り回されることを前提とする。間合いもリズムも相手に取られている。必然、逆転は一発で決めなければならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ!?」

 

 三人は絶句した。

 東雲は本気だ――本気で一発逆転のルートを案として出している。

 ド素人の男ですら言葉を失う提案だ。

 当然、箒とセシリアはくってかかる。

 

「も、もしもそんな技を身につけられるとしてだ。しかしそれをどうやって当てる? そもそも必ず削りきれる技など存在するのか?」

「ISバトルに逆転ホームランは存在しません。唯一の例外は織斑先生の『零落白夜』ですが、特例中の特例。しかも武器は刀一本ですわよ、どうするつもりですか」

「勝負を決めるのにエネルギーを削りきる必要はない――相手の心を断ち切ればいい

 

 心。

 想像だにしない、ふんわりとした言葉だった。思わず困惑の息が漏れる。

 

「……何か勘違いしているようだが。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え、あ、そうなのか」

 

 一夏はセシリアの言葉から姉の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を想像していた。

 どうやら違うらしい。ならば、それは何なのか。

 

「相手の心を砕く。戦意を挫く。有利な試合運びとは心理的なアドバンテージでもある。そこに付け入る。相手の心理的な優勢を砕き、満足なパフォーマンスを行えないようにしてしまう」

「…………それは、つまり?」

「最大級の見せ札を直撃させるということ」

 

 伏せ札でも、隠し札でも、鬼札でもない。

 

「――露骨な見せ札こそが、勝機につながる」

 

 そう、東雲令は断言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ていうかちょっと待った。魔剣って武器の名前じゃないのか」

 

 箒は思わずストップをかけた。

 

「……? 武装名のことを問うているのならば、武装名は『魔剣:幽世審判』ではないが」

「は?」

 

 指をつうと宙に走らせ、東雲はウィンドウを立ち上げる。

 映されているのは『茜星』の背後に浮遊している、直方体に擬態するバインダー群。

 三人はそれを覗き込んだ。

 

「十三振りの太刀とそれを収納するバインダーから構成される、浮遊可動式多武装戦術兵器『澄祓(すみはら)』……」

「――あの、えっと、魔剣って何なのですか?」

「同じ日本の代表候補生にそう名付けられた。彼女は『必殺技は名前を叫んだ方が強くなる』と言っていた」

「んなワケねーだろッ!!」

 

 一応、そういう文化もある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とはいえ訓練内容が劇的に変化するわけでもない。

 いつも通りに一夏は鬼の形相で空を駆け抜け、東雲が持つ銃口から逃れようとしている。

 東雲曰く――逆転の一手を打つまで耐えなければならない以上、むしろ回避にはより気を遣わなくてはならない。回避だけでなく間合いの測り方も組み込んだ訓練メニュー。

 これはセシリアの発案であった。彼女が母国で行っていた機動狙撃訓練の内容を採り入れた代物である。

 

(ぎ、ぃががあがああああがああがああがあがッッ)

 

 一夏の役割は攻撃を避けつつ目標との距離を維持すること。

 相手が動けば追随し――即ち東雲が横や後ろに走っていけばそれに合わせて移動しなければならない――そうして一定の距離を維持しつつ、攻撃も避ける。

 やることの数が爆発的に増えたわけではない。

 二倍になっただけだ。

 ()()()()()()()()()

 

(いし、きを向ける方向が、増える、だけで、こんなにも違うのかッ!?)

 

 単純に殺気を察知すればいいというものではない。

 常に思考を回転させ、敵との距離を測り続ける。突撃も後退もなく、ひたすらに維持。それでいて攻撃は回避する。

 

(単純に()()()()()()()()()()()()()が分からねえッ! 今までは回避って目的に無理矢理照準を合わせていたが、こうなると目的がとっちらかっちまって、次にするべきことの選択肢を直感で選ぶこともできねえ!)

 

 自分が無事であれば済む、だけではない。

 相手との距離を維持することも要求される。距離を確認し、規定距離と照らし合わせ、詰めるか離すかを考える。

 それはある意味、直感の働く余地のない世界だった。

 

(0.5メートル下がりすぎだ! これ押し込まれてるのと同じだろバカ! 最適ルートは曲線を描くことなんだが、何よりも俺の旋回技術がゴミ過ぎるッ!! 理想の軌道を一ミリたりとも再現できてねえ……ッ!)

 

 セシリアとの決闘を経験して、一夏は既にアリーナの地図――全長、幅、全高――を把握していた。

 それを航空写真のように脳内に投影して、自分が今どこにいるのかを確認する。同時に東雲が今どこに居るのかも把握する。

 

(頭が割れそうだ……ッ! つってもこれ、別に他のIS乗りだってどうせやってんだろ……!?)

 

 目に映るものがすべてではない。

 銃口だけを見ていたら死ぬ。東雲だけを見ていても死ぬ。

 もっと、包括的に――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それを一夏は、嫌と言うほどに、身を以て味わっていた。

 

「――ッ!?」

 

 東雲が銃口を下げた。同時、一夏は自分が規定ラインを越えてしまっていたことに気づく。

 慌てて加減速を中断する。

 今はアリーナの機能を用いて、東雲を中心に置いた円が紅い仮想ラインとして表示されていた。

 

「す、すみませんッ!」

「――気をつけて」

「はい……ッ!」

 

 気合いを入れ直して、再び一夏は『白式』のスラスターを作動させる。

 訓練の甲斐――撃ち落とされる頻度は減っていないものの、ISの挙動そのものが自分にフィットしてきていることは分かる。反応に追いついてくれる。意識外の攻撃を知らせてくれる。逆に自分が気づいている攻撃にはアラートを鳴らさないでいてくれる。

 

 それでも足りないものは足りないのだ。

 

(自分でも、どういうタイミングで甘えた機動をやっちまうのか、あるいは無意識に退がってしまうのかは分かってきたッ! そういう自覚がある! なのに()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!)

 

 課題ばかりが山積する。

 一つ一つを精査する暇もない。

 容赦なく降り注ぐ己の未熟さ。次の弱点に打ちのめされ、その次の脆弱性を指摘され、そのまた次の、次の、次の次の次の次の次の次の――

 

「――ッ!」

 

 歯を食いしばって耐えなければならない。

 分かっていたことだから。そこから積み上げていくと誓ったから。

 一歩ずつ進んでいけばいい。

 

 サイドブースト。もう左右でブレはない。弾丸の間隙に滑り込み、被弾ゼロで突破。大回りの軌道で狙いを集中させず、既にかすめる弾丸相手に怯えることもない。

 自分の空間位置座標を必死に意識しながら、眼前の攻撃も捌く。無理矢理に回転させられる脳が白熱する。その感覚、没入感が少し気持ちいい。

 

 東雲がこちらに向ける銃口を確認しつつ、距離も掴みつつ。

 ――チリ、と、うなじがヒリついた。

 

(――後ろッ!?)

 

 飛翔というより跳躍に近い軌道で一夏は、その場から()()()。全身のサブスラスターと四肢による姿勢制御のたまものだった。

 直後、彼のいた空間をエネルギービームがえぐり取る。

 

「あら、よく避けましたわね」

「セシリア……!」

 

 愛機を展開したセシリアが、周囲にBT兵器を漂わせながら、長大なライフルを一夏に向けていた。

 

「ここから300秒間はセシリアも参加して、間合いの維持は解除する。それを終えたら休憩を挟み、必殺技の訓練だぞ」

「――了解ッ!」

 

 タイマー画面を表示させている箒の言葉に、力強く首肯した。

 フルに感覚を作動させて、四方八方からの攻撃を避けていく。

 

 

 その様子をじっと眺めている少女がいることには。

 一夏はついぞ気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偵察か」

 

 アリーナ廊下のベンチにぼけっと座っていた鈴は、ビクリと肩を跳ねさせた。

 慌てて振り向けば、ISスーツ姿のままの箒が、まっすぐ歩いてきている。

 

「ち、ちがっ……偵察なんて、ホントに考えてなかったわよ! ただ、あいつを探してて……」

「そうか」

 

 顔には見覚えがあった。今日、一組教室で一夏と話していた女子だ。

 訓練にも付き合っているぐらいだから、きっと仲が良いのだろう。

 

「隣、いいか」

「え、あ、うん」

 

 彼女はすとんとベンチに腰掛けて、箒と鈴の視線は平行になった。

 

「……幼馴染、らしいな」

「……まあ、小五からだけどね」

「私は、小学四年生までのあいつを知っている。お前とはちょうど入れ違いだったようだ」

「えっ嘘」

 

 思わず隣に座る少女の顔を見た。

 

「だから……どんな風に成長したのかが楽しみだった。きっと、お前も、そうなんじゃないか」

「それ、は……そうね。少しは楽しみだったかも」

 

 でも、と鈴は言葉をかみ殺す。

 成長して欲しいと、自分はあまり思っていなかったのかも知れない。

 ただあの時を繰り返したいと、あの楽しい思い出を永遠に味わっていたいと、そう停滞を願っていたのかもしれない。

 一体それの何が悪いというのだろうか。

 

「成長、なんてものじゃないな。今にも置いていかれそうだ」

「――ッ」

 

 箒は自分の拳に視線を落とした。

 サポート役としてそばにいる。だが彼女は専用機を持たず、量産型の貸し出しを待つ身だ。訓練を考えることはできても、常に参加することはできない。

 

「今も、東雲やセシリアによって揉まれているところだ。そうやって、強くなっていく。ゼロからスタートして、必死に、諦めることなく、ただ前を向いて進んでいく」

 

 だからどうしたというのだ。

 前を向いて進んでいくって――()()()()()()()()()()()()()()

 自分を置いて、どこに行ってしまうというのか。

 

「だから、私は、置き去りにされないように、私も進んでいきたい。どうやってとか、分からないが。それでも……」

 

 違うと思った。

 彼女と自分は、根本的な考え方が違う。

 

 篠ノ之箒は変化を前提としていた。

 彼の変化を楽しみにしていて、だから、きっと、受け入れることができた。

 

 ――なら、自分は。

 

「もう、いい」

 

 小さな呟きはかすれていて、箒の耳にまでは届かなかった。

 

 もういい。

 聞きたくない。

 おかしい。なんで、なんで受け入れられるんだ。

 ――違う。

 

 なんで自分は、受け入れられないんだろう。

 

 鈴は無言で立ち上がった。

 もう自分の感情が自分で分からなかった。

 

「…………アンタ、すごいね」

「え……そ、そうか?」

「うん。あいつの成長を認めて、それを応援してて……うん」

 

 小さな身体がくるりと横を向いて、立ち去っていく。

 鈴は振り向かなかった。

 背中は何よりも拒絶の意思を示している。

 

 

「すっごく――()()()()()()()

 

 

 箒は、最後に言い捨てられた言葉の真意が分からず首を傾げることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




バトルに関してだけは頭いいんだということは真実を伝えたい



次回
16.クラス対抗戦(前編)


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16.クラス対抗戦(前編)

今回一部クッソ見にくいルビ振ってます
ゆるして


 必殺技の訓練を開始して一週間程度経過した。

 クラス対抗戦は明後日である。

 東雲の言いつけによって前日は休養となる。

 つまり――今日が、最後の一日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――目標めがけて突撃し、刀を振るう。

 ただそれだけなのに、どうしてこんなにも遠いのだろう。

 ただそれだけなのに、どうしてこんなにも難しいのだろう。

 

 身体がしたたかに打ち付けられる。何度目かも分からない。

 回避訓練ではない、必殺技の開発。

 何もない、一点特化の特技もなければ高度な基礎操縦技術があるわけでもない一夏にとって、それはまさに鬼門だった。

 

 見せ札――相手の戦意を砕いてしまえるような代物。

 それ以外はノーヒントだ。五里霧中を手探りで進んでいく。

 

 剣を握る。他に武器なんてない。

 制服姿で、太刀一振りのみを顕現させた東雲令を見据える。

 

 彼我の距離は十メートルと少し。

 この『白式』の瞬間的な加速なら一秒かからない。

 息を吸って、剣を構えて。

 空間そのものが縮退されたかのような――猛烈な加速。

 突撃と攻撃を同時に行う。それを何度も繰り返す。

 

「もっとだ。相手の心根を粉砕する重さを込めろ」

 

 地面に転がされた。過程が記憶から抜け落ちる。それでいいと言われた。

 

「もっとだ。相手の武装を的確に破壊する鋭さを乗せろ」

 

 地面に叩きつけられた。回避は考えなくていい、この時だけは当てることだけ考えればいいと言われた。

 

「足りない。足りないぞ織斑一夏。もっとなのだ。相手の全てに対して否定をぶつけるような、そんな一撃に仕上げて見せろ」

 

 決して具体的とは言えない言葉の羅列。

 事実、それを横で見ていたセシリアは本当にこれで何かの役に立つのかと最初疑っていたが。

 

「――もう一回……ッ!」

 

 歯を食いしばり、両腕で身体を起こす一夏の顔。

 それを見れば、彼が何かを得ているというのが分かった。

 

(それに、表情だけではありません。実際問題、動きも斬撃も鋭く……力強くなってきています)

 

 はっきりいって何がどう作用してこうなっているのかは一ミリも分からない。

 王道の理論派であるセシリアにとっては、東雲のアドバイスは何の役にも立たない。

 しかしそれを糧にして血肉として身体に流し込んでいる男が、いる。

 

「……感覚派とは複雑怪奇ですわね」

 

 隣の箒に、思わずそうぼやいた。

 

「まあ、剣術を学ぶ上では感覚も重視されるのでなんとも言えないのだが」

 

 困った表情でセシリアの一番の友人はそう返す。

 

「一夏なりに学んでいるのだから、私はこれでいいと思う。問題があるとすれば」

「……間に合いませんわね」

 

 直線の突撃以外のパターンも試しているが、目に見えた成果はない。

 

「立ち回り自体は改善したと思う。相手のテンポに乗らないように調整することもできなくはない。だが」

「試合をひっくり返す肝心の攻撃が未完成、ですか」

 

 何度も転がされ、砂をかぶる一夏を見ながら。

 箒は顎に指を当てて考え込んだ。

 

「……それに。間合いの測り方を意識するようになってから、戦闘スタイルが微妙に変わった気がする」

「と、いいますと?」

「あいつ……直感を意図的に抑え込んでいるというか。なんというか、動き方が理屈っぽくなってきたというか」

「――冗談でしょう?」

 

 彼が感覚派なのは、セシリアが身を以て証明している。

 土壇場での爆発力。

 型にはまらない切り返し。

 優勢に物事を運ぶのではなく、一つ一つのシーンを処理していき、結果的に勝利へと結びつく。

 どれをとっても感覚派の特徴だ。

 

「ベースが感覚派、というか、感覚的に動いている要素があるのも間違いない。だが……いや、気のせい、だろうな」

「……一応、もっと詳しくお聞きしたいのですが」

「あ、ああ」

 

 箒は人差し指をピンと立てた。

 

「所感だが、感覚派は()()()()()()()()()()()()

「分かります。究極的に、勝負というのは、相手が倒れていて自分が立っていたらそれでいい――そう思っているタイプですわね」

「だが理論派は、相手と自分以外にも目を向け、()()()()()()()()()()()()()()……やや気取った言い回しになってしまったな」

「いえ、おっしゃるとおりですわ」

 

 セシリアは一夏が顔面から地面に突っ込まされるのを眺めながら頷いた。

 隣の友人の言い回しは実に的を射ていた。自分の意識をしっかり読み取られている、という警戒心にもなった。

 

「ならばこそ……今の一夏は……空間そのものを相手に、悪戦苦闘してるというか」

「それ、は」

 

 言葉としては分からなくはない。

 だが――感覚派と理論派の行動、どちらもやってのけることなど、できるはずがない。

 

 再び突撃した一夏が、迎撃の剣をもろに食らい、もんどりうって地面に倒れ込む。

 その様子を見ながら、箒はぎゅっと拳を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――クラス対抗戦当日。

 箒とセシリアと東雲は、三人並んで観客席に座っていた。

 気持ちとしてはピットで応援したかったのだが、集中を乱したくないという気持ちもあり。

 何より、試合の開始から終了まで全てをしっかりと見届けたかった。

 

「中近距離における戦闘機動は、最低限のラインまでは引き上げられました。ですが」

「必殺技は未完成、か」

 

 箒とセシリアは苦い声を漏らす。

 結局、必殺技は完成しなかった。

 更には対抗戦の第一戦、対戦相手は――鈴だ。

 最大の仮想敵として想定していた相手との衝突。訓練を見守っていた人間としては、陰惨な気分になってしまうのも仕方ない。

 

「当方たちが理想とする水準には届かなかった、それは確か。だが試合の中で、未完成の技が大きな働きをすることは十分にあり得る」

「……東雲」

 

 思わぬ励ましの言葉だった。

 見れば東雲は、毅然とした表情でアリーナを見据えている。

 

「可能性は常にゼロではない。可能性とは常に踏み越えていくもの。織斑一夏に――勝機はある」

「……ッ! うむ、うむ! そうだな!」

「……ええ。わたくしたちはもう、後は信じるだけですわね」

 

 三人の言葉に追随するようにして、周囲に座っていた一組生徒らもそうだよと同意する。

 

「頑張れー織斑くーん!」

「負けるなーっ! フリーパァァァスッ!」

「負けないでっ……! がんばって――っ!!」

 

 わっと一組のクラスメイトたちが声を上げた。

 届くかどうかは分からないが……それが彼の背中を押せたらいいと、箒は願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(詰んだわこれ…………)

 

 東雲令は必殺技が完成しなかったので内心普通に頭を抱えていた。

 

(いや未完成の必殺技が活躍するのだってあり得ないと言い切れるわけじゃないから曖昧に誤魔化しちゃったけど、まずありえねーでしょ。皆も応援でカバーしなくていいから……これは指導者として完全にケジメ案件です……)

 

 どうやら完璧な必殺技を対抗戦前には伝授するつもりだったらしい。

 だがそんなにうまくいくわけがないというか、見込みが甘すぎるというか、ハイレベルな要求をしすぎているというか。

 

(ぐぬぬぬぬぬぬ…………なんか系統が違うっていうのは感じてはいたんだけど、どーにもおりむーとは()()()()()()()()()()()っぽいんだよなあ……教え方をもう一度根っこからしののんと相談するべきでは……?)

 

 一番彼を見守っていた師匠が、目の前の試合を、一番投げていた。

 

 お前精神状態おかしいよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来い、『白式』」

 

 低い声で呟くと同時、パッと散った粒子が身体を覆うように集まり、純白の装甲が顕現する。

 何度も地面に叩きつけられた相棒。既に感覚のラグはほとんどなく、なじみ深く、愛着すら感じ始めている。

 

(……勝てるのか、俺は)

 

 ピットからせり出すカタパルトレールに両足を設置する。

 だが気分は重い。

 

 結局一夏は、東雲の要求した課題をクリアできなかった。

 まさに始まろうとしている戦いにおける最大の武器を、完成させることができなかった。

 

(いや、後ろ向きになるんじゃない。いつだって、その時にやれること全部をぶつけることしかできないんだ)

 

 師の言葉を深く刻み込み、息を吐く。

 敵は格上にして未知数。自分が有利になることはあり得ない。

 どのみち苦しい戦いになる。ならばもう誤差として割り切るしかない。

 

(今の俺にできること、全部をぶつけるだけ。それだけだ)

 

 キッと前を見据えた。

 背部ウィングスラスターがゆっくりと熱をため込んでいく。

 

『織斑君、発進準備よろしいでしょうか』

「はい」

 

 山田先生の言葉に力強く返す。

 迷いを振り切ることはできない。苦悩を忘れることはできない。

 でもそれは今じゃない――今この瞬間だけは、成すべきことを成す、それだけに注力する。

 

『織斑……やれるか?』

「やれることを、全力で……!」

『いい返事だ』

 

 千冬は満足げに頷いた。

 システムオールグリーン。山田先生は管制室のコンソールに指を走らせた。

 発進進路上に設置されたランプが緑色に切り替わる。

 

『発進準備完了。経路クリアー。タイミングを織斑君に譲渡します』

「了解。織斑一夏――『白式』、行きますッ!」

 

 思考と連動して、即座にカタパルトが疾走。Gに歯を食いしばって耐えながら、開けたアリーナの大空に飛び出す。

 スラスターを作動させて姿勢制御。

 会場は歓声に包まれている。その中でゆっくりと拳を握り、心を落ち着かせる。

 既に発進していた鈴が、眼前に、静かに佇んでいた。

 

 目視すると同時に愛機がウィンドウを立ち上げ、敵の概要を並べる。

 思わず一夏は内心で絶叫した。

 

(第三世代機『甲龍(シェンロン)』――第三世代機だと!?)

 

 出鼻を挫くような誤算。

 第三世代機とは、実用性を高めることに主眼を置いた第二世代機とは異なり、イメージ・インターフェイスを用いた特殊兵装の運用を目的としている。

 

(ってことは、特殊兵器あるんじゃねえか!)

「…………」

 

 何も語らないまま、鈴はその赤銅色の装甲をつうとなでた。

 緊張に、一夏は喉を鳴らす。

 

「ねえ」

「……なんだよ」

「聞いたんだけどさ。アンタ、本気で、IS乗りとして頑張りたいんだって?」

「ああ。そうだよ」

 

 即答――鈴は笑った。

 今にも壊れてしまいそうな、似合わない破滅的な笑顔だった。

 

「ならいいわ。()()()()()()()

「……ッ!」

 

 奇しくも、それは一夏がまさに告げようとしていた言葉だった。

 代表候補生の本気をこの短期間で二度も味わえる。それが僥倖であることを理解して、一夏は頷いた。

 しかし。

 

「アンタはここで潰す。完膚なきまでに叩き潰す。追い詰めて踏みにじって砕いてあげる」

「……鈴?」

 

 言葉は、続いている。

 

「もう飛べないように翼を切り裂いて、もう叫べないように喉を突き破って。二度とそんな妄言を吐けないよう欠片も残さず()()()()()()()()

「何、言って」

「否定する。全否定する。何もかもぶっ壊さないとこっちの気が済まない(もとにもどらない)

 

 言葉は、映し出している。

 

イライラすんのよ素人のクセに(あたしをおいてかないで)

 

 煮えたぎるマグマのような言葉に、幼くて小さくて震えている心が投影されている。

 

分相応って言葉の意味を教えてあげるわ(あたしのしらないとおくにいかないで)

 

 ――鈴は表情を怒りに染めているのに、涙はこぼしていないのに、けれど泣いていた。

 

「だからぶっ潰す。あんたの夢物語はここで仕舞いにする」

 

 観客たちの声援は空々しく響いていた。

 今、一夏の耳には彼女の言葉しか届いていない。

 

「おま、え……」

「構えなさい」

 

 量子化され格納されていた、巨大な青竜刀――双天牙月(そうてんがげつ)が二振り顕現し、それぞれ左右の手に収まる。

 歓声はついに最高潮を迎えようとしていて。

 けれど対峙する二人の空間はこれ以上ない静謐に満たされていて。

 

 

 

【OPEN COMBAT】

 

 

 

 ――そう『白式』が叫ぶと同時、呆然としていた一夏は、不可視の衝撃に殴り倒された。

 

「――ッ!?」

 

 逡巡、困惑、全てが吹き飛んだ。

 被弾を知らせるアラートが直接脳内に響く。

 攻撃を食らった。接近をしてない。刃が振るわれたわけではない。

 つまり、これは射撃兵器のはずだ。 

 

(何も、持ってなかっただろ……ッ!?)

 

 意味が分からない――が、思考停止は敗北に直結する。

 きりもみ回転しながら墜落する身体を急制動させ、とにかく現在位置から退避。

 武器を出す暇もない。ジグザグに駆け抜けるようなランダム回避機動をしつつ距離を取る。

 

(何度見ても刀しか手には持ってねえッ! 取り付け式の砲撃装備もねえッ! 何より真正面から衝撃を食らったのに銃弾が見えなかったッ!!)

 

 彼我の距離は射撃戦に向いた、つまり当初のプランで維持するべきベストな距離感であった。

 相手の突撃をいなしつつタイミングを見計るという戦術。

 その根幹が、たった今、崩れる。

 

「知ってるでしょ? 『絶対防御』は完璧じゃない。ISバトルの最中にアンタを痛めつけることは可能なの」

 

 連続して地面が揺れる。見えない爆撃を受けているように、一夏の軌道に沿ってアリーナの大地が砕けていく。

 明らかに彼を狙った砲撃。だが武器はない。破壊された大地に銃弾も残っていない。

 思わず一夏は絶叫しそうになった。

 

()()()()()()()()()()だとッ!? 何なんだよこれはァッ!)

 

 チャージ音が響く。恐らく攻撃の予兆。

 頭を振って意識を集中させる。同時、瞬間的な思考の閃き。

 

(落ち着けッ。ダメージが発生している以上、目に見えないだけで砲弾は存在する! 俺の目に映るものがすべてじゃない! 見えないものを無理に見ようとするな、ただ導き出せばいい!)

 

 一夏は地面スレスレを疾走しながら、咄嗟に右へサイドブーストをかける。

 急旋回の余波が土煙を巻き上げた。それは薄いヴェールのようにして白い機体を覆う。

 

(射撃あるいは砲撃、それは確かだ! 理論的には弾丸があって然るべきなんだッ! これなら、弾丸の形状・サイズ・速度は可視化できるはずだろッ!)

 

 その場で打った、敵のカラクリを暴くための布石。

 果たして。

 

「ブッ潰れなさい」

 

 空間を砕くような重い音と共に強い衝撃。

 愛機のバリヤーを貫通し、しかし『絶対防御』が作動するまでには至らず、体内が軋むような痛みを押しつけられる。

 

 その時。

 一夏は見た。

 一夏は確かに見た。

 

 鈴の機体に変化はなく射出音もなく――だが、まるで弾丸があるように、土砂のヴェールを()()()()()()()()

 ごろごろと地面を転がり、しかし最後に右腕で地面を押して跳ね起きる。

 瞬間――『雪片弐型』を展開して、切っ先を上空の鈴に突きつけた。

 

「――これで決まりだ! お前のそれは砲身も砲弾もない砲撃なんかじゃない! 不可視の弾丸を撃ち出す装備があるだけだ!」

「……ッ! それが分かったからって何を偉そうにしてんのよッ!」

「弾速が分かった! 弾丸のサイズも分かった! 打つ手がない、わけじゃないってことなんだよ!」

「そうやって! 自分はIS乗りとしての才能があるとでも言いたいわけ!? アンタはぁっ!」

 

 もうそれは悲鳴に近かった。

 鈴は特殊兵装――両肩に設置された衝撃砲『龍咆』を稼働させる。

 

 戦闘に没入していく一夏の思考に僅かなノイズが走る。

 彼女は今泣いている。泣いているんだ。

 

(だけど――戦いの中で、慰めの言葉でもかければいいのか? 泣いている理由も分からないのに?)

 

 打ち出される不可視の弾丸から逃げつつ、一夏は戦況の打破と、鈴の心理――そのどちらにも思考を回し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(射撃できるの? 終わったわこれ)

 

 東雲令は内心で嘆息した。

 

(もう本当に厳しいなあ~……あっ、でも、負けたら……だ、抱きしめて慰めてあげられたり、するんじゃないかな……!? シャァァァァァッ!)

 

 自分がそのポジションにいるという根拠を出せ根拠を。

 

(とりあえず戦闘終わったらまず会いに行って、いや待てシャワー! しゃわー! 浴びる時間ないなこれ! やっぱ香水の一つや二つ持っておくべきだったのか! クソが! かんちゃんから整備後に使うオイルの匂い消しのやつ今から借りるべきか!?)

 

 弟子の勝利を願う、師匠として在るべき姿は微塵も見られず。

 そこにいたのは卑しい俗物だった。

 

 

 

 

 




OPEN COMBAT「初出勤です」



次回
17.クラス対抗戦(後編)


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17.クラス対抗戦(後編)

怪文書「新人入ってきたんで有休取ります」


 アリーナの観客は沸いていた。

 唯一の男性IS操縦者と中国代表候補生の激突。

 片や話題性で注目を集める中で壮大な啖呵を切り、戦いの中で可能性を示してみせた期待の新星。

 片や確かな実力を約束され、またIS学園への転入という難関をくぐり抜けてきたスーパールーキー。

 

 その戦いが鈴の『龍咆』という隠し札から始まり。

 鮮やかに一夏が正体を看破する、という、プロレスの試合にも近い劇的な展開。

 盛り上がるなという方が無理だった。

 

「……すごい」

 

 誰もが惜しみない感嘆を抱いた。

 誰もが思わず立ち上がり、目に焼き付けようと思った。

 

 

 

 

 

 ――両者の感情だけが、そこでは置き去りにされていた。

 

 

 

 

 

 上を取られている。

 地面を這うようにして駆け抜け、機をうかがう。

 不可視の砲弾が次々と地面を穿ち、舞い散る破片や砂煙の中を白い機影が縫うようにして飛ぶ。

 

(連射性! 一発当たりの威力! とにかく隙がねえ! 嫌になる装備だな本当にッ!)

 

 アリーナ中央の上空に鎮座する赤銅の機体を見据えて、一夏は苦々しい表情を浮かべた。

 今は横の移動に集中して、レース中のF1マシンのようにフィールドを回りつつ攻撃を避けている。

 大きく身体を右に傾かせて機体ごと右方へ旋回、一気に身体を反転させ、仰向けに天を見上げた。

 

(射撃精度はセシリアの方が断然上だ! でも連射性の高さに封じ込められちまう! ()()()()()()()()()ッ!)

 

 やはり分析通り――鈴は自分が一方的に有利なポジショニングを譲らない。

 論理的な帰結ではなく、感覚的に選んでいるのだろう。

 ここなら、なぶり殺せると。

 だが。

 

「なんで、なんで、なんで、なんでェッ!」

 

 鈴は泣きそうな顔で必死に衝撃砲を撃ち続ける。

 当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。

 弾丸は身体を掠めることもなく地面に着弾し続ける。白い翼が稼働する度に、四肢で疾走する獣のように『白式』は鋭角にターンして攻撃を回避する。

 当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。

 

「避けんなァッ!」

 

 不可視の砲弾をどうやって。素人のくせに。

 挙動そのものは決して鋭くない。回避先だって読み切れないわけではない。

 なのに、当たらない。必中を期したはずの砲撃が空を穿ち、既に『白式』はズレたポイントにいる。

 

「なんでなのよぉっ! アンタがなんで避けられるのよこれをっ!」

「撃つタイミング、つまりそれって俺に攻撃が当たるタイミングだろ! こちとら()()()()()()()()()()()()()()()()()――ッ!」

 

 分かる。自分がいつ撃たれるのか分かる。

 自分の弱点なんだから――挙句の果てには実際に攻撃で指摘されて理解した弱点なんだから――分からないはずがない。

 弾丸が見えずとも、直撃のタイミング、弾速、弾丸のサイズが分かっていれば、そこから弾丸の動きを逆算することは可能だ。

 

 だからこそ。

 素人とは思えない戦闘機動を見せつけられているような気がして。

 もうあの時の自分とは違うと一夏が言っているような気がして。

 

「――そうやって自分の資質を自慢してるわけ!? 俺はやっていけるって! この新しい分野で突き進んでいくんだって、雄々しく宣言してる主人公にでもなったつもりッ!?」

「ち――ちげぇよ馬鹿! 誰もそんなこと言ってねえぞ!?」

「うるっさあああああああああい!!」

 

 鈴が動いた。太陽を背に、上空から墜落するようにして距離を詰める。

 両手の青竜刀が振りかぶられた。

 次の一手を模索して、思考回路が壮絶な急回転を開始する。

 

(突っ込まれた――退いて距離を――いや――だめだ、だめだ、なんかダメだ理論的には絶対逃げた方がいいのに()()()()()()()()()()()()()()()()()!)

 

 結論は、事前の相談とは真逆の斬り合い。

 逃げてはいけないと判断した。攻撃を避けた方が合理的なのに、攻撃云々ではなく、今の鈴から逃げてはいけないと思った。

 

 地上で刃と刃が激突し、甲高い轟音と共に火花が散る。

 一夏は即座に『雪片弐型』を引き戻した。鈴のもう一方の青竜刀が既に襲いかかっている。横薙ぎのそれに刃をかち当て、逸らすようにして受け流す。

 

「お前何が言いたいんだよ! 俺は俺にできることを全部やるだけだ! それになんでお前が文句言ってんだよッ!?」

「自分で、分かってるわけないでしょォッ!」

 

 かんしゃくを起こした子供のように、彼女の言葉は会話を成立させない。

 メチャクチャに振り回される二振りの『双天牙月』。質量は破壊力に直結する。一撃を受けるあるいは回避するだけで、空間が軋み、砂煙が上がり、余波が身体を打ちのめす。一閃一閃が死を予感させる。

 

「だったら俺だって好き放題言わせてもらうぞ! お前あんな風に喧嘩売っときながら、何ヤケになってんだよ! もっと堂々としてろよッ!」

「堂々となんて、できるわけない! こんな……! こんな……ッ!」

 

 刃の軌跡はデタラメで、少しでも剣術をかじっていれば素人かと見間違うほど。

 にもかかわらず、的確に一夏の体勢を崩し、防御を押し込んでくる。

 

「アンタだけ、どんどん進んでいく! ちっとも後ろを振り向かない! 巻き込まれて仕方なくなんかじゃなく、自分の意思で進んでいく――()()()()()()()()()()()()()()!」

「…………ッ!?」

 

 思わず、挙動がブレた。

 鈴の観察眼はそこを見逃さず、思考をすっ飛ばして身体は動く。

 自分が振るう刃の間隙に、蹴りを差し込む。

 放たれた前蹴りがしたたかに一夏の顎を打ち抜き、『白式』がぐらりと傾いた。

 

 観客席の箒たちが悲鳴を上げた。

 鈴は素早くコマのように回転――満身の力で『双天牙月』を振り抜いた。

 クリティカルヒット、ではない。混濁した意識の中でも、咄嗟に一夏は防御姿勢を取った。かろうじて構えた右腕に刃がめり込み、白い装甲を粉砕し、インパクトが身体を紙くずみたいに吹き飛ばした。

 

「がッ――――」

 

 制動する暇も無く地面に叩きつけられ二三度バウンドして、それからうつぶせにベシャリと倒れる。

 荒い呼吸で鈴は左の青竜刀の投擲機能を立ち上げた。

 既に分かっている。立ち上がった瞬間、まだ一夏は動けない。素人は最初に状況を目で確認しようとする。そのタイミングで着弾すれば、回避は間に合わない。

 

「そうやって何もかも置き去りにして、ムカツク(さみしい)のよ――ッ!!」

 

 『双天牙月』は投擲武器として莫大な攻撃性能を有する。

 これは戦況を決める一手になると、思考ではなく感覚が告げている。

 振りかぶって、左腕に力を伝導させ、身体全体を使って、打ち出した。

 

 身体を起き上がらせた一夏はまず鈴を見ようとした。状況を確認しようとした。

 そこで眼前に迫る刃を直視した。

 

「――――ッ!!」

 

 爆音にも近い激突音。

 それは投げつけられた青竜刀が、『白式』の装甲を粉砕した音――ではない。

 

「…………は、あ……ッ?」

 

 鈴は思わず限界まで目を見開いていた。

 叩きつけられた右肘と、かち上げられた右膝。

 それらがまるで顎のごとく、青竜刀の刀身を噛み止めていたのだ。

 

「っぶね……!」

 

 ガシャン、と青竜刀が地面に捨てられる。

 片手に握ろうかとも思ったがやめた。使い慣れていない武器をぶっつけで試すほど剛毅ではない。恐らくない方がよく動ける。

 

(何、よ、今の。やろうと思ってできることじゃない。身体が勝手に動いたってヤツ? どう考えたって異常じゃない、そんなの、そんなの――)

 

 続く言葉を理解して。

 鈴は、愕然とした。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 へし折りたい事実がその質量を増していくのを感じた。

 他ならぬ自分がその証明者となっている、それを自覚して。

 

「――――――ッッッッゥゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 絶叫と共に残った青竜刀を振りかぶって突撃した。

 一夏はギョッとした。

 

(なん、だ、この隙だらけの攻撃、迎撃を誘ってるのか!?)

 

 エネルギー残量では向こうが圧倒的のはずだ。

 それなのに、重心はぐちゃぐちゃで太刀筋も見るに堪えない、まるでやぶれかぶれの吶喊。

 

(ダメだ思考を読み取れないッ! とにかく迎撃!)

 

 大振りの一閃は、僅かにのけぞるだけで空を切った。

 そのまま逆袈裟に反撃を放ち、クリティカルヒット。赤銅の装甲が刻まれ、アリーナにばらまかれる。

 

(――通ったッ!?)

 

 攻撃を通した一夏の方が驚愕してしまうほどに、それはお粗末な攻防だった。

 

「何、なんだよ鈴……! 俺は、お前を置いていったりなんかしない!」

「うるさいうるさいうるさいっ! 分かるわけない! アンタに、アンタにだけは分かるわけがないッ!」

 

 鈴が攻撃を振るう度に、一夏は反撃の機会を見いだす。

 相手の剣戟に沿うようにして剣を振るえば、攻撃を逸らしつつこちらの反撃が当たる。

 無理に突っ込んでこようとしたタイミングですれ違いざまに胴を打てばあっけなく当たる。

 カウンターが次々と直撃し、シールドエネルギーが爆発的に削り取られていく。

 

「だってあの日々に価値なんてなかったんだって! 捨てても未練なんてないってッ! そう思ってるも同然じゃない! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――!」

「何、勝手なことを……!」

 

 エネルギー残量を計算。恐らく既にほぼ同量。

 感情の熱量は、今、一夏が爆発的に増している。だから言葉は勝手に吐き出されていった。

 

「置き去りになんてするわけないだろ! 俺は今まで積み上げてきたものがあるからこそ俺なんだ! だから、俺はそこから積み上げていくッ! 今までの自分からさらに飛躍するために! 昔を蔑ろになんかするかよ!」

「そんなの、聞いても……ッ!」

「大体昔を蔑ろにしてるのはお前も大概だろうが!」

「は、ハァッ……!?」

 

 鈴が急制動し、こちらに顔を向けた。

 

「あの思い出の中の俺たちは、いつも今の俺たちを見てんだよ! 恥ずかしいことをしてないかって!」

「ンな綺麗事で――思い出を消化しようとするなァァァァッ!!」

 

 一気に鈴が飛び上がった。再び上を取られる。

 陽光が遮られ、チャージ音が響く。

 

「眩しい過去の思い出も! 約束した未来の栄光も! 全てを背負って進まなきゃいけねえんだろうが!!」

「全部背負えるわけない! どうせ何かを捨てるに決まってる!」

「捨てねえ! 忘れねえ! お前こそ忘れてんじゃねえぞ!」

「何をよッ!?」

 

 衝撃砲が放たれる、と予期した。

 でも。

 この瞬間だけはただまっすぐに突っ込むことしかできない――それ以外にするつもりもない。

 一夏は大地を蹴り上げ、まっすぐに、太陽との直線上に位置する鈴に向かって突撃しながら。

 腹の底から叫んだ。

 

 

「だって――まだ約束通り酢豚食わせてもらってねぇぞお前この野郎ッ!!」

 

 

「――――――――」

 

 試合が始まってから一秒たりとも攻撃を止めなかった鈴が。

 その時、初めて、動きを、止めた。

 

 直撃。真っ向からぶつけに行った唐竹割りだった。

 鈴の視界の隅で、シールドエネルギー残量を示すゲージが、がくんと減った。

 

「そんなに俺がお前を置いていくように見えるのかよ、だったらなァァッ――」

 

 斬りつけ、振り抜いた『雪片弐型』――それを投げ捨てて、一夏は鈴に組み付く。

 背部ウィングスラスターが爆発じみた炎を噴き上げ、猛然と加速。

 視界がマーブル状のまぜこぜになった。

 視界の中ではもう、お互いの顔しか像を結んでいない。

 

 左手で青竜刀を持つ腕を押さえつけ。

 右手で、鈴の左手を優しく握りしめ。

 

 今にも泣いてしまいそうなのに泣いていない少女の貌に。

 一夏は過去(いつか)みたいに優しく微笑んだ。

 

 

「――ほら。これなら、置いていこうとしても置いていけないだろ」

 

 

 そのまま、二人は白い流星となって、アリーナ外壁に激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビーッ、と。

 勝敗を告げるブザーが鳴る。

 

「か――」

「か――」

 

 箒とセシリアは立ち上がって、それから顔を見合わせた。

 モニターに表示されている両者のエネルギー残量を二度見して、もう一度確認して、やっと事実を呑み込んだ。

 

『勝ったァァ――――――ッ!!』

 

 感極まり、二人はひしと抱き合った。間に座っていた東雲は頭部を彼女たちの豊かな胸部装甲に挟まれ、完全に見えなくなっている。

 他のクラスメイトたちも立ち上がり、ワーキャーと叫んだ。

 

「ほ、ほ、本当に勝ってしまったぞ!」

「だだだ大金星ですわよこれ!」

「ひょうほあんにもはみみゅにゅ」

 

 何か聞こえた。

 バッと二人は離れる。心なしか恨めしげな目で、東雲が見上げてきていた。

 

「……賞賛に値する。当方たちの予測を裏切った。当方は当方の認識を反省している。本当に――()()()()()

「そ、そうだな」

 

 バツが悪くなり、それしか返せなかった。

 謝るべきなのだろうか、しかしまあ、東雲はすぐに意識を切り替えたように、というかガバリと今までにない勢いで空を見上げたし気にしてないのでは――

 

 ――待て。

 

「……あの、東雲さん?」

 

 名を呼ばれても彼女はこちらを見ることはなかった。

 ただまっすぐに、視線を上空へと向けていた。

 釣られて箒も、セシリアも、すぐそばにいた生徒たちも空を見上げた。

 何もなかった。

 

 

「何か、来る」

 

 

 瞬間、来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと思い出の中に生きていた。

 手に入れたものは全部砕け散って。身の回りの人々はまるで自分のことを忘れてしまったかのように生きていて。

 証が、欲しかった。

 何でも良かった。勉学でもスポーツでも良かった。

 そんな中で、ISと出会った。

 

「……ぅ、あ」

 

 チカチカと視界が明滅している。

 鈴は頭を振って、それから、愛機が絶え間なくメッセージを垂れ流していることを認識した。エネルギー残量、ゼロ。装甲具現維持限界(リミット・ダウン)スレスレ。戦闘続行不可能。

 

 ああ、と。

 ()()()と、落ちた。

 

(まけ、たんだ)

「――俺の、勝ちだ」

 

 視線を巡らせた。ぐちゃぐちゃに破壊されたアリーナの壁。そのすぐそばに転がる自分と、肩で息をしながら今まさに立ち上がった少年。

 

「……ご、め」

「謝るな。俺の方が謝るべきだ。ごめんな、鈴、寂しがり屋だって分かってたのに」

 

 一夏はその左腕の装甲のみを粒子に還して、素手で彼女の髪をかき混ぜた。

 

「ごめんな、鈴。俺は確かに……前ばっか向いてるように見えたかもしれない。でも全然大丈夫だから。俺、ちゃんと覚えてる。お前との日々も、俺たちの日々も」

「……いち、か」

「――あの、『毎日酢豚作ってくれる』って約束も、さ」

 

 柔らかい微笑みを浮かべられては、何も言えない。

 そうだ。

 その笑顔が見たくて会いに来たのだ。

 

(なんだ――こうすれば良かったんだ)

 

 まだ二人の手はつながれている。

 置いていかれたくないと思った。

 だったら、一歩踏み出して、手を伸ばす。

 

 それだけで彼が、差しのばした手をしっかり握り返してくれるなんて、当たり前だった。

 

 

「――えへへ」

 

 

 手のひらを介して伝わる熱が心地よくて。

 それは腕から胸へ、胸から頭へと広がっていき。

 涙となって、両眼から滴る。

 やっと、泣けた。

 

「あ、ちょっ、え、大丈夫か、どっか痛いのか?」

「違うわよ、ばーか」

 

 限界を迎えていた『甲龍』の装甲がぼろぼろと剥がれ落ちていく。

 後で怒られるだろうか、今は気にしない。

 

「ほんと……一夏のばーか」

 

 抱えていたものを下ろすような、身に纏っていた防護壁を解除するような。

 その感覚が心地よくて。

 

 

 

 ""――――――――――――""

 

 

 

 それはガラスが割れるようなチープな音と、獣の咆哮が混ざり合ったような、極めて不快な音だった。何度も何度も、拳銃を連射するようにして響き続ける。

 二人同時にそちらを見た。

 アリーナを覆う遮断シールド、そこに何かが組み付いている。落下してきてシールドに弾かれたそいつは、体勢を立て直して、シールドの上に立ち――何度も何度も、拳を叩きつけている。

 

「え……?」

 

 全長は人間よりも大きい。それでいて装甲は隙間無く埋められた全身装甲(フル・スキン)

 愛機がアラートを鳴らしてウィンドウを立ち上げる。

 未確認機体――未確認、IS。

 

 バリン、と。

 

 総計27回に及ぶ殴打が、遮断フィールドを砕いた。

 エネルギーの塊を拳で粉砕する、という理解不能の事態。

 足を突き立てていた床がなくなれば、どうなるのか。

 

 着地というよりは墜落に近い。

 機影がまっすぐアリーナの中央に、()()()()()()()()()()()

 激突、しかし地面が粉砕され土砂が巻き上がるだけでそいつは微動だにしない。

 

 黒に近い灰色だった。

 ひょろりと細い足は自重に耐えきれるのか心配になるほど頼りない。

 対照的に、両腕は丸太を三本束ねたほどに太く、長大だった。

 頭部とおぼしき箇所に赤い複眼がうごめき、カチカチカチと音を立てている。

 様子を窺って。

 状況を把握して。

 行動を選定している。

 

(や、ば――――!)

 

 両腕が起き上がり、二つの手のひらがこちらに向けられる。

 戸惑いよりも危機察知能力が先行した。

 鈴の腕をひっつかんで反転加速離脱離脱離脱遅い間に合わない――!

 

 

 

【OPEN COMBAT】

 

 

 

 ただ愛機がそう告げた。

 同時、世界を焼き尽くす()()()が視界を消し飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




OPEN COMBAT「えっ残業ですか?」




次回
18.唯一の男性操縦者VS未確認機(前編)


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18.唯一の男性操縦者VS未確認機(前編)

意味不明すぎたのであらすじ変えました


 砲撃はアリーナの大地、その高さを丸ごと減らしてしまった。

 着弾地点である壁の間際には巨大なクレーターが出来上がっている。

 管制室にいた山田先生が咄嗟の反応で遮断シールドを再展開していなければ、間違いなく生徒にも被害が出ていた。

 

「よくやった山田先生。織斑、凰の様子は」

『無事ですッ!』

 

 黒い煙が立ちこめる、その中から、二機のISが飛び出した。

 互いにズタボロの様子だが、直撃は避けることができた。

 というよりも、砲撃はまるで直撃を避けるようにして放たれた、と一夏は感じた。

 これで終わってもらっては困る、とでも言うかのように。

 

「あ――何、これ」

「どうした」

「は、ハッキングされてます……」

 

 千冬は目を剥いた。

 管制室のモニターにすさまじい勢いで数字と記号が並ぶ。外部からのアクセスにより緊急システムが立ち上がっているのだ。

 その文字列に顔ごと目を近づけさせ、千冬はうめいた。

 

「すまん、意味がさっぱり分からないんだが」

「シールドが最大強度で固定されてゲートも閉じられているんですッ! 安全だけど安全じゃない――観客席の生徒が脱出できないんですよ!」

「なるほどな、カウンタークラッキング班を呼べ。私は緊急時対応当番の教師にISを起動させて来るように連絡する」

 

 シールドが最大強度というのは、外部に敵がいるのならば安全だが、内部に敵がいるのならば一転して牢獄と化す。

 高出力エネルギーを常に垂れ流すという非常に効率の悪い方法ではあるが、その硬さは織斑千冬とて『零落白夜』なしに破ることは難しい――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――と判断するほどだ。

 素手、というより拳でそれを粉砕した未確認機の脅威度はこれにより跳ね上がる。決して放置はできない。

 ゆえに、現状ではハッキングへの対抗措置を取らなければアリーナ内部には手出しできない状態。

 千冬はアリーナの様子を流すモニターを見た。

 

「凰、ピットへ退避しろ。織斑は――」

『うおおおおおおおおおおおおッッ!!』

 

 指示を出す暇も無く。

 徒手空拳で未確認機へと突撃する弟の姿が、そこには映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏は決して感情に飲まれてはいなかった。

 

「俺を見ろおおおぉおおおぉおおぉおおっ!!」

 

 アリーナの遮断シールドを、特殊な兵器を使用した様子なしに、一度破ってみせた。

 つまりそれは、何度でも破壊することが可能ということ。

 千冬と山田先生の会話は聞こえていた。生徒は逃げられない。

 

(ならこいつに食らいついて止めるしかねえッ! 絶対防御がある分、俺の方が安全だ!)

 

 突撃を察知した黒い巨体がふわりと浮かぶ。

 それに合わせ、地面を蹴って跳躍――回転した勢いも乗せて、跳び蹴りを叩き込んだ。

 未確認機は両腕をクロスさせてそれを受け止める。火花が散り、鋭い装甲が腕を噛み千切ろうと猛り狂う。

 

『――一夏ッ!? 何をしているッ!?』

「他の人が来るまで俺がしのぎます! 無理して勝つつもりはない――負けなければいいッ!」

 

 未確認機の紅い複眼がかちかちかちと音を立てる。

 測られている。

 膂力を。機動力を。戦力を。

 

 "――――――――"

「何言ってんのか分からねえ!」

 

 甲高い機械音。何か話しているのか、しかし人間相手では意味を成さない。

 力比べの状況から、未確認機が徐々に押し始めた。『白式』の満身の力をいとも簡単に押し返している。

 同時、黒い両肩が発光。

 

「チィィ――!」

 

 感覚がその危険を察知し、理論が身体を動かす。

 速やかにバックブーストで距離を取ると同時、肩に埋め込まれた小さな砲口が何重にも射出音を響かせる。

 放たれたのは拳よりも小さなエネルギー弾の雨。

 身体を前に向けたまま、左右へ蛇のように軌道をしならせ、一夏はその雨をすり抜けていく。

 

「一夏ァッ!」

 

 名を呼ばれた。

 振り向く必要は無い。思考は連結している。

 

 ガタゴトガッタン! と派手な音を立てて。

 巨大な青竜刀一振りが、地面に落とされた。

 

使用許諾(アンロック)した! 負けんなっ!」

「サンキューっ!」

 

 鈴はそれだけ言って、歯がみしながらも後退しピットへ退避する。

 ドアがロックされ避難できない生徒らが怯えながら、未確認機と、それと相対する唯一の男性IS操縦者の戦いを見た。

 

 一夏は青竜刀を拾い上げ、紅い複眼を見た。

 

「お前の相手は俺だ……!」

 "――――――――"

 

 答えるように何事かの音声が響く。

 迷うことなく突撃。巨大な刃を振るう感覚は習っていない。だからこそ、刃ではなく棍棒として叩きつける。

 

(切り裂く技量が無いなら、叩き潰すしかない……ッ!)

 

 持ち上げることにすら全身を使うような重量、それを回転速度に乗せて放つ。

 未確認機は片腕でそれをあっさりといなす。いや、受け止められないからこそ受け流した。

 だが。

 

「シャオラァァァァ――――ッ!」

 

 一夏はコマのようにもう一回転、さらに一回転と何度も同じ方向から、愚直に攻撃をぶつけ続ける。

 回転速度が爆発的に上昇し、それは質量攻撃の渦となって未確認機に突っ込んだ。

 

 "――――――――"

 

 巻き込まれてはたまらないとばかりに未確認機が大きく後退、迎撃にエネルギー弾を放つ。

 しかしそれらは片っ端から、『双天牙月』が生み出す壁に叩き通された。

 攻防一体そのものと呼ぶべき嵐。

 

 追い込まれた未確認機が。

 ()()と、嵐の一端に接触し。

 

 "――――――――"

 

 例えるならば鐘をついたような、低くてくぐもった轟音。

 僅かな接触に込められた衝撃が巨体を吹き飛ばし、アリーナの地面に叩きつける。

 

「――ァァァァァァっ目が回ったあぁっ!?」

 

 一夏は回転を抑えきれず、慌てて地面に突っ込み無理矢理刃を大地に突き刺して自分の動きを止めた。

 ギギギと耳をつんざく音と共に地面が粉砕され、代わりに『白式』が回転をやっと止める。

 

「っぶね、マジで死ぬかと思った……!」

『ほんと、馬鹿みたいなしまらなさね……』

 

 通信を開いた鈴が呆れ声で、しかし無事を確認して心底安堵した表情でぼやく。

 顔を上げれば、いくつもウィンドウが立ち上がっていた。機体が過負荷に悲鳴を上げていたのだ。

 

『一夏さん、敵が行動不能かどうか確かめられますか?』

「あ、ああ」

 

 セシリアの指示に、慌てて未確認機を見た。

 頭を振って平衡感覚を確かめて、倒れ伏す未確認機に近づく。

 うつ伏せのまま、それはバチバチと火花を立てるだけで何も言わない。

 

「……え、これって」

 

 ハイパーセンサーの望遠機能を使って敵を拡大し。

 思わず目を見開いた。

 破壊した装甲の向こう側……そこにはケーブルや精密部品が詰め込まれている。

 

「無人機――」

 

 呆然とする一夏の目の前で。

 

 それ――ゴーレムがむくりと起き上がる。

 中に人間が入っているとは思えない、機械的な動作。順に力を込めて起き上がるのではなく、そうプログラミングされているからこその瞬時の起き上がりだった。

 

『一夏、まだだッ!』

「……ッ!」

 

 慌てて青竜刀を構え直す。

 ゴーレムの複眼がさらに輝きを強め。

 

 "―suhag――a;hrg――da"

「え?」

 

 機械音、に、何かの発音が混ざる。混ざるのではない、再現し始める。

 情報を得ていた。莫大な情報がこのアリーナには、無秩序に転がっていた。それを精査し、反芻し、学習した。

 一夏の戦い方。武器。機動力。戦力。――彼の、叫び。

 

 "――――――どこだ"

「何、を」

 

 情報とは組み合わせることで意味以上のものになる。

 発音、声量、意味合い、全てを組み合わせ、この瞬間にもゴーレムは一つの言語を習得している。

 ぞわりと一夏の背筋を悪寒が舐める。

 他の生徒の代わりにと思っていた。自分が引きつけて、囮役にならなければと。

 だが違った。この無人機は、最初から、自分しか見ていなかった。

 

 

 "――零落白夜は――どこだ"

 

 

 地獄の底から轟くような声と共に。

 両腕の各部装甲がスライド。過剰エネルギーの放出か、鮮血のように紅い稲妻が放出される。

 否――否、放出された稲妻は秩序だって収束し、黒い全身装甲を順次覆っていく。

 

『――収束エネルギービームの完全な固定ですって!? ありえない、ありえない……ッ! ()()()()()()()()()()()()()()()ッ!』

 

 セシリアの絶叫を合図のようにして、シークエンスが完了。

 黒い素体の手先から肘にかけて、並びに肩部に、深紅のエネルギー固体が鋭角に装着された。

 

 

 

 "――()()()()"

 

 

 

 もうボロボロだった。

 死力を尽くして、自分の全てを使ってしまっていた。

 

 今、()()()を求められている、とでもいうのか。

 

(ハ――ははっ)

 

 知識がなくても分かる。これは、やばい。

 思考回路が叫んでいる世代差とか武装の未知数さとかではなく、実際に対面する身体が感じている。

 

(……今、こいつ相手に俺ができること)

 

 時間を稼ぐ。当初は攻撃をぶつけ続け意識を引こうとしていたが、明確に自分を狙っている以上それも必要ない。

 常に回避あるいは防御を繰り返し、とにかく耐える。耐えて耐えて耐える。

 それが最も選ぶべき選択ではないか。

 

 しかし論理も感覚も、それはダメだと告げていた。

 

(――殺される。俺の守りじゃ、こいつの攻撃に耐えきれない)

 

 前に進むしかできない。

 身に迫る実感としてその結論が出ていた。

 

『一夏』

「……鈴、これさ」

『ええ、同意見よ……一夏、戦って。多分それが最適解だから』

「だよなァッ……!」

 

 青竜刀の柄を握り直した。

 

「よし! じゃあ――東雲さん! 聞こえるか!」

 

 通信を開いた。相手は東雲の専用機『茜星』。

 この場における最大戦力にして、間違いなく一夏が最も信頼する相手。

 

「そっちから見てて、どうすればいい!? もうこうなるとなりふり構ってられねえ! 俺の選ぶべき行動を――」

 

 

『三手で決めろ』

 

 

 言葉を、失った。

 

「………………ぇ?」

『あと三手である。武装は自由。超短期決戦以外に、選択肢がない』

「なに、いって」

『胸部並びに頭部はエネルギービーム装甲を配置していない。間違いなくエネルギー固定化機能を取り付けられない、重要機関が詰まっている。無人機相手ならば物理的に破壊して稼働停止させるべきである』

「――ッ! だ、だからって三手は」

『あれほどのエネルギーを惜しげも無く常時使用している。恐らく既存のISとは異なる継戦性能を有しているのだろう。つまり今が最も有利であり、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 理論的に東雲は敵の特性を紐解き、最適解を選択する。

 ふと視線を向ければ、彼女は遮断シールドの目前に立ち、全身を乗り出すようにしていて一夏を見ていた。

 

『シールド……否、アリーナそのものをハッキングされ、無力化されるとは、当方の不覚である。これは後で死に物狂いで詫びる』

「そんな、東雲さんが、謝ることじゃ」

『だが――今は、勝て、織斑一夏……! 目の前の敵は其方を見据えている。故に当方にできることは、最善を提示すること! 当方の声に合わせて攻撃を振るえ!』

「……ッ」

 

 憧れ、目指した師が、声を荒げながら自分を心配してくれている。

 それだけではない。これから、力を添えてくれる。

 

『何より――そんな安い敵に負けるな、()()()()……ッ!』

 

 ダメ押しの言葉だった。

 東雲の懇願が、一夏を奮起させた。

 

「…………シャァッ!」

 

 頭を振って、躊躇いと怯えを振り切る。

 引き下がれない。引き下がるはずもない。

 

()()()にここまで言わせたんだ、馬鹿弟子でも張り切るしかねーだろこんなの……!)

 

 敵は未知数。いつも通りだ。

 自分はボロボロ。いつだってそうだった。

 なら、やることは変わらない。

 

「悪いがここで沈んでもらうぞ。今俺は、死んでも負けたくない。だから――」

 

 精一杯の強がりを笑顔として貼り付けて。

 手に握った青竜刀を突きつけて。

 

 

 

「――あんたは三手で詰む……!」

 

 

 

 唯一無二の男性IS乗りは、そう宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいどーすんだよクライアントさん。あのガキ、多分これ勝つぞ」

『いやなんで『零落白夜』が発現しないの!? アンチエネルギービームが最適解なんて子供でも分かるでしょうがっ!!!!!! あれぇほんとなんでっ!? おかしいおかしいぶっちゃけありえな~いっ!!』

「おい」

『アクセス拒否ィ!?!? コア回路も確認できないって何!? もーホントいっくん信じらんない!! 絶対使わせてやるんだからね! というわけで『ゴーレムⅠ(ヨートゥン)灼焔形態(ムスペルヘイム)』全力全開ッ!!!!!!!』

「聞いちゃねえしよぉ……これマジでどうすりゃいいんだよ、ずっとこいつに付き合わなきゃいけねえのか……!? ああああもうスコールのやつ厄介事押しつけやがって……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 




最高出力の遮断シールドは
さすがにエネルギー全部消滅させるような攻撃じゃないと
破れない感じで考えてます



次回
19.唯一の男性操縦者VS未確認機(後編)





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19.唯一の男性操縦者VS未確認機(後編)

一巻が終わらねえ(自業自得)


 一陣の風が吹く。

 アリーナの砂が煙となって巻き起こり、流れ去っていく。

 ひゅう、ひゅう、と、虚ろに風の音が響いている。

 

 決戦場と化したアリーナに佇む二つの影。

 対照的な、白と黒。

 

『一夏……! 絶対に負けんじゃないわよっ! それで、それでッ……! あたしの酢豚、吐くまで食いなさいよッ!』

「……バトル終わって俺がゲーゲー吐いてなかったらな」

 

 愛しい幼馴染の言葉にそう返して、一夏は改めてアリーナ全域を思考の中に組み込む。

 敵は中央に立っている。

 彼我の距離は次の加速動作で剣域に踏み込む、言うなれば()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(つまり――)

『――次に打つ一手で、戦闘の半分は決する』

 

 東雲の言葉に、額から汗を垂らしながら、無言で頷いた。

 青竜刀の切っ先を地面に下ろし、身体の後ろに回す。剣道の構えは捨てた。得物が違いすぎる。

 引きずるようにして運び、振り上げをそのままぶつける。

 

 一夏の構えを見て、静かにゴーレムが体勢を変えた。

 先ほどまでのただ突っ立っているだけの不気味な姿勢から、腰を落とし、両腕を前に突き出し、それはあまりにも露骨な対衝撃姿勢。

 ゴーレムの足下に転がっている『雪片弐型』がむなしく光っていた。

 

「……どう見る?」

『フェイントの可能性は限りなくゼロに近い。当方の見立てでは、アレはそもそも真っ向勝負を行うために来た、と考えられる』

「一応、理由も」

『動きが織斑一夏しか見ていない。それも織斑一夏を殺すためでなく――』

「――よりよく俺を戦わせるため。完全同意だ」

 

 それが何故なのか、という疑問は一旦捨て置く。

 今この瞬間に成すべきことは、害意ある敵を真っ二つにすることだ。

 

『接近して得物をぶつけろ。エネルギービーム装甲とはいえ衝撃は貫通する。全力でソレをぶつけたならば、相当のダメージが通るはずである』

「『一手』で体勢を崩して『二手』で攻撃が完全に通る状況を確保して」

『最後で決めろ』

 

 流れは組み終えた。

 彼自身もこれで問題ないと確信している。勝敗ではなく、自分の全てを叩き込むには、これが最短だと分かる。

 

 両眼から炎を噴き出し、一夏は眼前の敵を見据えた。

 そうして。

 

 

 

「一手ェェェェッ!!」

 

 

 

 爆発的な加速が両者の距離を殺した。

 獣のような叫びを迸らせて、一夏が真っ向から突撃する。

 鈴から渡された『双天牙月』が、大地を割りながらそれに追随。

 

(これは、鈴から受け取った分ッ!)

 

 加速によって生じる運動エネルギーすべてを載せて。

 巨大な刃を思いっきり振り上げた。

 

 "――――質量攻撃では不足なり"

 

 ゴーレムはそう言葉を発し、両腕をそろえて衝撃に備える。

 展開されているエネルギービーム装甲が赤い輝きを強める。

 

「不足なわけねえだろッ! こいつには鈴の気持ちが詰まってんだよォッ!!」

 

 激突。

 接触した片端から青龍刀の刃が融解する――前に。

 世界そのものが軋んだ、そう形容するほかない、衝撃。

 ゴーレムが大きく後ろに吹き飛ばされ、ノックバックにぐらりと傾いた。

 刃を振り上げ切った一夏は既に次の動作へ移っている。

 

『今だ!』

「二手ェェッッ!!」

 

 赤い複眼がカチカチカチと状況を把握して、両腕を素早く上に持ち上げた。

 だが遅い。すでに()()()()()()が重力落下速度すら載せて、()()()()()()青龍刀を叩きつける。

 

 "――なぜ――"

 

 ゴーレムの両腕は、無傷のまま、しかし衝撃をモロに受けてがくんと打ち下げられた。

 

『最後だ』

 

 全力で攻撃を振るった。

 ぶつけ、衝撃を通すためだけに無茶な使い方をした。

 見ればわかる。すでに『双天牙月』の耐久度は限界を迎えている。おそらく全力攻撃に耐えきれるかどうか。最後の切り札としてはかなり危うい。

 もしもこのまま使えば、最後の一撃の前に使い潰されるかもしれない。

 

 そう、もしも青龍刀を使い続けるのなら。

 

 

「さあ、勝負だ――!」

 

 

 ここにきてゴーレムがぎしりと動きを止めた。

 最大の脅威はその分厚い刀身であり、いかに次の斬撃をしのぐかと高速思考を行っていたというのに。

 

 織斑一夏は振りぬいた勢いのまま、青龍刀を地面に投げ捨てている。

 

(これは東雲さんから願われた分ッ!)

 

 直後彼の()()が閃く。先ほどまで何も握っていなかったはずの。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が最高速で振るわれる――!

 

 

「――――三手ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏……!」

「一夏さん……!」

 

 生徒たちが、見守ることしかできていなかった彼女たちが、一斉に息をのむ。

 

 その中で。

 東雲令は焦燥と懇願の狭間で、しかし冷徹な思考回路を回していた。

 経過を観察し、実情を把握し、未来を演算する。

 卓越した観察能力とそれを元に行うマシーンのように緻密な攻撃。

 

 彼女自身すら言語化し得ない()()()()()とは即ち、彼女特有の感覚をベースに組まれた理論である。

 言うなれば理論的な感覚派、と呼称するべきか。

 

 そんな東雲だけが、東雲だからこそ、切り離して考えられた。

 観客は皆、一夏の勝利を心の底から願っていた。箒は手を胸の前で組み、セシリアも両手を固く握りしめて。

 その中で――最も冷静に、心情と状況を切り離して考えられた。

 故に唯一、解答を弾き出せる。

 

「……四手、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーはいはいなるほど。まあ四手目で終わるわな」

 

 奇しくもそれは、戦況を別の場所から見ていた観察者と同じ結論だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(終わらせる! この一閃で決める!)

 

 愛刀を回収して最後の一手に用いる。

 不意打ちに近い。

 すでに両腕は耐衝撃体勢のため大きく広げられている。

 

(見えている! 腕の間隙に合わせて逆袈裟っ! それで本体に攻撃が届く!)

 

 冷徹な思考が告げている。これで決まりだ。

 白熱する感覚が叫んでいる。これで決めろ。

 

 極限の集中が、世界そのものを停滞させる。

 身体の後ろに隠していた白い刃が、スローモーションで敵へ迫るのが見える。

 アリーナ全域を把握した。邪魔はない。互いの距離も、体勢も、すべてが計算通り。

 この一撃は、確実に届く。届かせるために攻撃を組み上げた。

 届かせなければ、ならない。

 

(届け、届け、届けェェェェェェェェッ!!)

 

 純白の剣が両腕の間を通り抜け、まっすぐ本体へ突き進む。

 一夏は勝利を確信した。

 鋭い刃が黒い装甲に接触し、

 

 

 

 "――なぜ――届くと思った"

 

 

 

 ()()()と。

 音が響いた。

 

 ゴーレムの身体が九十度に折れ曲がっていた。

 人間ならば――そう、人間ならば、間違いなく絶命している無理な姿勢。

 

(――――――ぁ)

 

 本体があったはずの空間を、虚空を、刃が滑っていく。

 振り抜いた状態では、一夏は敵の懐で無防備。

 どんなに早く切り返しても間違いなく、エネルギーを纏った拳のほうが早い。

 

 相手が有人機ならば決まっていた。間違いなく決まっていた。

 でも、そうはならなかった。

 

(――くそ)

 

 ゴーレムはその折れ曲がった体勢のままで、すでに拳を振りかぶっている。

 大ぶりのテレフォンパンチそのものだ。でも、当たる。一秒足らずで自分の身体がごみくずみたいに吹き飛ばされる未来が見えている。

 

(なに、やってんだ、俺)

 

 出し切った。もう力の一片たりとも残ってない。自分の全てを振り絞って、使い切って、出し尽くした。

 だが届かなかった。

 もう、何も残ってない。

 

(畜生、俺、なんて、無様な……)

 

 紅い光が視界を埋め尽くす。

 エネルギー残量からして、これで決まる。

 必勝の一手をかわされ、逆襲の一撃で、自分は敗北する。

 

 それをはっきりと認識して。

 

 

 

 

 

(――なにを、諦めてやがる)

 

 

 

 

 

 腕に力が流れ込む。

 爆発的に熱量を増した意思が、四肢の隅まで瞬時に満たす。

 停滞した世界の中で、ひどく、全身が熱い。

 

(ふざけるな。何を託された。何を願われた。何を求めた。俺が一番諦めちゃならねえだろうがッ――!)

 

 感覚には覚えがあった。

 セシリアとの決闘。

 最後のビットを切り捨てた際に放った、一閃。

 

 けれど。

 あの時とは違う。

 それは、自分の意思で放つ攻撃。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()が、その牙を光らせた。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 切り返し。刃が空間だけでなく、流れゆく時すらも断つ。

 一夏の鼻面に殺到していた拳に、ありえない速度で引き戻され、想定外の威力を込められた刀身が真っ向から激突。

 均衡は刹那にも満たなかった。

 丸太のような巨腕が、濡れ紙を引き裂くようにして、『雪片弐型』に()()()と両断された。

 

「がぁぁあぁああぁああぁぁぁぁぁぁッッッ」

 

 もはや意味をなさない血の滲む唸り声。

 一夏は決死の形相でさらに、奥へ奥へと剣を押し込む。

 腕を切り裂き、肩部すら突き破り、そして。

 

 すぱっ。

 

 綺麗に胸と頭を分断(わか)たれて、無人機の両腕ががくんと下がった。

 複眼をカチカチカチカチカチカチと明滅させながら、頭部がアリーナに転がる。

 刀を振り抜いた姿勢のまま、一夏は動きを止める。

 

 先ほどまでの破砕音や加速音が嘘のような。

 静謐。

 

「――――――――――――っは」

 

 しばし、呼吸という行為を忘れていた。

 

「っっは、はあ、はあ、ごぼ」

 

 身体が酸素を求めて必死にあえぐ。それを一夏はどこか他人事のように感じた。

 力が抜けて、地面に崩れ落ちそうになる。すんでのところで膝を立て、刀身を地面に突き立てて体重を預けた。

 

 "――予測不可能――致命的損害――機能停止まで玖秒――"

 

 ゴーレムが、その切り落とされた頭部が何かしゃべっている。

 もう顔を上げる気力もない。

 

 "――なんと無様な――申し訳――ありません――"

 

 それきり、赤い複眼が緩やかに光を失い。

 完全に沈黙した。

 

「っはは、はあ、ふう、ふぃぃ……」

 

 空気を身体に循環させて、呼吸を落ち着ける。

 限界を超えていた体力がついに尽きて、全感覚が遠のいていた。

 狭い暗室に閉じ込められたように息苦しく、身体が動かず。

 その中で。

 

『――――か』

 

 呼ばれている。

 誰かが自分の名前を呼んでいる。

 

『――か、――ちか』

 

 ぼんやりとしている視界。かぶりを振った。

 ゆっくりと、自分自身を引き上げるようにして、感覚を絞る。

 

『――織斑一夏ッ!』

「あぁ……」

 

 観客席を見た。

 いつになく必死の形相の東雲令が目に入った。

 一夏はぎしぎしと軋む首をなんとか動かして、少し頭を下げた。

 

「……ごめ、ん、東雲さん……三手で、できなかった……」

『――いや、いいや。及第点であるとも。よく、よくやった、まなゴホン。()()()()……!』

 

 即答だった。

 それが嬉しくて、一夏は笑った。

 

 実感がわいてきた。

 

「…………俺の……勝ちだ……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(良かった……勝てて、本当に良かった)

 

 沸き立つ観客席の中で、張り詰めていた身体をほぐしつつも。

 東雲令は一瞬で無表情を取り戻し、先ほど一夏が放った『四手目』について思いを巡らせていた。

 

 斬り裂くというよりは叩きつけるような。

 温度を持たぬはずの刃が発熱しているような幻覚さえ見せるほどの。

 一閃ではなく、一撃。

 

(しかしそうか、なるほど、()()()()()()()()

 

 自分とは違うタイプ。無駄をそぎ落とすことで疾く振るうのではなく、意思を燃料として爆発的な威力を叩き出す。

 それが織斑一夏が垣間見せた可能性。

 

(修正後の方向性のヒントが手に入った。面白い、鍛え甲斐がある)

 

 キリッとした表情で東雲は彼を見つめる。

 

(あわよくば『静』の東雲令、『動』の織斑一夏とかで双璧扱いされたい。かんちゃんが言ってた『疾風』『烈火』も悪くない。全然イケてるな。そんな感じで世界規模で有名なコンビになりたい。めっちゃ週刊誌に載りて~……世界最強の双騎士……双騎士と書いてカップルと読むのはアリ? アリ! ストライプスからオファーきたら夫婦仲を保つための秘訣に定期的な決闘って答えておこうグフフ)

 

 キリッとした表情で……東雲は、エッセイを書く勉強をしようと、思った。

 要らんわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーおー派手にぶっ壊されたなありゃ」

 

 終わったはずだった。

 死闘を見守っていた黒髪の女性は、首を鳴らして、やるじゃねえかとぼやく。

 

「じゃあクライアントさん。これでお開きだな」

 

 答えは返ってこない。

 コアにアクセスできない――なれども、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は分かる。

 そしてその通信も、傍受できる。

 

 すなわち。

 

『――――あいつか』

 

 声は明らかに東雲令を指していた。

 ゾクリ、と。

 常人ならば総毛立つほどの、敵意の凝縮された声色。

 

『最悪、最悪だ。こっちの世界に来る気もないくせに半歩だけ突っ込んでる半端物が、なんでいっくんの側なんかにいるんだよ。あいつじゃなかったら即座にいなかったことにしてやれるのに、なんで、なんでなんでなんでなんでッ!!』

(……へえ、天災もキレたりすることあるんだな)

 

 黒髪の女性はその悪意を意にも介さず、嘲笑う。

 みじめな兎がいたもんだと。

 

『ねえ、お前』

「あんだよ。お前じゃなくてオータムだって言ってんだろ」

 

 言っても聞かないだろうなとは思っていた。

 だが続く言葉には目を見開いた。

 

『足りないからデータ取ってきて。全武装全装甲許可するから、早く』

「はあ?」

『もう直接転移させる。一対一ね』

「いや……すまん、そこまですることあるか?」

『必要なの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ほーん。いやお前の思想的なあれこれじゃなくてだな、私がそこまでやる理由がねーんだわ」

『契約違反は報告するよ』

 

 ああ? と黒髪の女性は首をひねった。

 契約では、現場にて織斑一夏並びに『白式』の動向を観察し、報告することが仕事になっていたはずだ。

 だがそこではたと気づく。正確には思い出す。

 

「……ああクソ! 思い出したぜ! 確かに計画書には『現場判断により追加の命令を行うことがあり得る』って書いてやがったな!」

『なんとしてでも『零落白夜』を引きずり出して。スタート段階で躓いてるなんて最悪だから』

「あー……しゃーねえ。はいはい、分かりましたっと――」

 

 黒髪の女性が鋼鉄の鎧を身にまとうと同時、姿がその場からかき消えた。

 もうそこには誰もいない。

 だからそれは、聞き手のいない独り言。

 

 

 

()()()()()()()()()()()のくせに、邪魔をするなよ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激闘を制して。

 やっと終わった、と織斑一夏は膝立ちの状態で安堵していて。

 

 音も光もなかった。

 

 愛機のアラートすらなかった。

 最初に気づいたのは、幾度も自分の危機を救ってくれた直感。

 脱力していた四肢が瞬時に強ばり、慌てて顔を上げる。

 

 

 

「よお」

 

 

 

 そこに、いた。

 一夏から目測十五メートル。アリーナの大地に両足をしっかりと付けて。

 いつの間にか、『二機目』がいた。

 

 紺色の装甲はラファール・タイプか、しかし極端に減らされ、最小限しか残っていない。

 頭部のみバイザー型のヘルメットによって隠されているが、首元の隙間から伸びっぱなしの黒髪が下げられていた。

 

「な、ァ……ッ!? いつ、のまに、ていうかどこから……ッ!?」

「だよなあ。まあ私も不本意っつーか、詐欺にあった気分っつーか。でもまあ、あれだ。()()()()()()()()()にお前が突っ込んじまったんだ、だからお前が悪いよ」

 

 今度こそ、明確な有人機。

 右手には銃口が四角い、特殊な形状のロングライフルが握られている。

 左手には手甲部に小型のジェネレーター。それが発振し、再びエネルギービームを固形化、ビームシールドと呼ぶべき携行楯を編み込む。

 バイザーに紅いラインが光り、不協和音のように不快な音を鳴らした。

 

 危機は、ここぞという時には容赦してくれない。

 膝をつく一夏の目の前で、その新たなる未確認機の操縦者が気だるげに首を鳴らす。

 

「謝ってやれねえのは心苦しいが、こっちも仕事だ。っつーことで――せいぜい気張れや」

 

 愛機がけたたましいアラートを鳴らす。それはほとんど悲鳴だった。

 

 

 

【OPEN COMBAT】

 

 

 

 戦いを終え、次の戦いを終えて。

 次の次の戦いが、始まる。

 

 

 

 

 

 

 




OPEN COMBAT「あの、終電が。あ、いや、なんでもないです」





次回
20.■■■■■■■VS追加未確認機


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20.■■■■■■■VS追加未確認機

束さんとか零落白夜とからへんは結構オリジナル要素を突っ込んでいますので
長い目で見ていただけると助かります
というか最初に使い忘れた俺が悪いよ俺が


「なん、で」

 

 追加未確認機が明確に敵意を示した直後。

 箒はもう泣きそうだった。

 なぜ、なのだ。

 なぜこうも、試練が次々に降りかかるのだ。

 どうして彼が――彼ばかり。

 

 現実が憎い。

 この首謀者が憎い。

 

 けれどそれらよりも何よりも。

 今この瞬間、何もできない自分が歯がゆい――

 

「……ッ! 一刻も早く避難すべきです! ()()()()()()()()()()! ドアの向こう側の方も!」

 

 一方でセシリアは、アリーナの戦闘が始まるよりも先に、状況の不味さに気づいた。

 遮断シールドを無視して突如現れた追加の未確認機。

 つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 右腕部装甲と『スターライトMk-Ⅲ』を瞬時に呼び出し(コール)

 銃口を閉ざされたドアに向ける。

 周囲の生徒がぎょっとして射線からどいた。

 

「ちょ、ちょっとセッシ―!? さすがにそれは……!」

「責任は全てわたくしが負います! 謝罪も弁償も全部やります! さあ顔を伏せてくださいっ!」

 

 IS学園という高度専門施設に通う生徒、それらは全員エリートである。

 だからセシリアの声に瞬発的に反応できた。

 生徒らが顔を伏せると同時に、熱量を抑え衝撃をぶつけるよう調整されたレーザーが迸り、沈黙を貫いていたドアを一発で粉砕した。

 それを確認して、群がっていた生徒らは慌てて外に避難していく。

 

「セッシー、ごめん……!」

「謝ることではありません。わたくしには責務があります。それは緊急事態にこそ問われるものです。人の上に立つ者は、危機の際には身を挺してでも先頭に立つ者を指します! さあ、早く行ってください!」

 

 申し訳なさそうに謝罪するクラスメイトらにそう声をかけて、それからセシリアは最大戦力である少女を見た。

 

「東雲さん、わたくしたちもピットへ向かいましょう! ピットを経由すればアリーナに……!」

「…………」

 

 答えはない。

 呼びかけがまるで耳に入っていないかのように。

 東雲は席から立ち上がり、じっと未確認機を見つめている。

 

「東雲さんッ!」

「……ピットには向かう、が。セシリア・オルコットは出撃しないほうがいい」

「な――」

 

 言外に、足手まといだと伝えられているのだ。

 傷つけられたプライドの叫びをぐっとこらえて、セシリアは低い声を絞り出す。

 

「……それほどの、敵だと……?」

「五手――では、足りない。機動次第では六、あるいは七手必要」

「――!」

 

 その数字を聞いて、セシリアは顔色を変えた。

 具体的な指標が、敵の脅威度を浮き彫りにする。確かに今の自分では、できることは少ないだろう。

 

「なる、ほど。分かりました……ですがピットへは向かいます。わたくしの力が、必要になることもあるかもしれませんわ」

「承知した。篠ノ之箒は早く避難を」

「……ッ」

 

 ごく自然にそう告げられて。

 何もできることのない人間は、巻き添えにならないように逃げることしかできないのだと改めて突き付けられて。

 

 箒は返事をすることもできず、ただうつむいて、出口に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(えっあれ何者!? あんな強い人いたの!? やべえ! 国家代表クラスじゃん! どうなってんの!?)

 

 ピットへとひた走りながら、東雲令は混乱の極致にあった。

 

(勝てる!? 勝てますかねこれ!? というかおりむーが危ない! いや絶対防御があるからまあ安心感がなくはないけど、相当痛い目に遭っちゃうだろうな~……むむ! 慰めチャンスは潰えていなかった……!?)

 

 彼女は基本的にポジティブ思考だった。

 

(ヨシ!(現場猫) なるべく早く頑張って叩き潰して、おりむーを、えっとなんだっけ。颯爽登場! 銀河美少女! だっけ? あれで助けよう! ごめんねおりむー、君の恋の炎は今日、いっそう強く燃え上がる……!)

「東雲さん! 勝てますか!?」

「必ず勝つ」

 

 迷いのない返答。

 セシリアは内心、頼もしい……! と東雲を称賛した。

 これは頼もしいじゃなくていやらしいんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ負けイベント開始な」

 

 光が放たれた。それを回避できたのはほとんど僥倖だった。

 地面を四肢で弾いて、野生動物のように跳ぶ。即座に制動して左右へ軸をずらしながらバックブースト。

 とにかく距離を取るように防衛本能が叫んでいる。

 

「あ、つってもこれちゃんと条件満たせば演出入って勝てるんだけどさ」

 

 ロングライフルから、リズムを刻むようにレーザーが放たれる。

 アリーナの大地を疾走し、右へ左へと大きく横移動を繰り返し、それを必死に回避――した移動先に、蹴りが()()()()()()

 

(誘導された!? ――理論派かッ!)

 

 腹部に強い衝撃、十メートル近く吹き飛ばされ、全身が軋んだ。

 何度も地面に叩きつけられ、ウィングスラスターはすでに白い輝きを失っている。

 

「がッ――」

「その条件ってのが簡単なはずなのに、今のお前は満たしてないんだよな。お前っつーか、その()()()?」

 

 息を絶え絶えに、必死に身体を起す。

 敵は距離をすぐに詰めることなく、まるで遊んでいるように、その場に浮遊していた。

 ナメられている。少なくとも、最短で殺しに来る意思は感じられない。

 

「だからここで出し尽くせ。綺麗なオネーサンが搾り取ってやるよ」

「何、言って……!」

 

 発砲。ロングライフルから放たれたエネルギーの弾丸。

 とっさにかがんでそれを回避する。

 

「ほら、()()()()()()()()()()()()()()を揃えてやったぜ、『白式』。使いどころだろ?」

 

 瞬間移動のように、敵が眼前にいた。

 下げた頭を、膝でかちあげられる。

 意識が明滅した。

 

「エネルギー兵器に絞ったこいつは『ラファール・アブセンス・カスタムⅣ』って名前なんだがよ、存在しねえはず(アブセンス)なのにⅣって冠してるのやばいよな。ネーミングセンスがねえよ」

 

 たたらを踏んだ瞬間に、ライフルの銃身で、思い切り頭部を殴られた。

 横に薙ぎ払われ、数メートル転がって、砂煙を上げて倒れこむ。

 

「あ、ぐ、あ……!」

 

 必死に顔を上げた瞬間に、眼前に銃口が突き付けられた。

 アリーナの中央付近。

 周囲の地面には、驚くほどに銃痕が少なかった。無駄撃ちがほとんどないのだ。乱射しているように見えてそれは全て誘導のため。結果的に発砲数は抑えられている。

 

「で、まあ、あれだ。多分だけどお前がこれは死ぬやばいって思ってくれたら、ISの方もさすがに音を上げて出すもん出してくれるんじゃねえかなってのがクライアントのお達しだ。力が欲しいか? って聞かれたらちゃんと首縦に振れよ」

 

 バイザー越しでも、敵の表情が嘲笑うように歪むのが分かった。

 直後。

 

 キィィィィィと。

 耳障りな音が響いた。

 発生源は外でもない、一夏が身にまとうIS。

 

(ッ!? 『白式』が喋ってる!?)

 

 それは不完全な言語だった。

 あらゆる意味で制限された機能は、ゴーレムのように言語を学習することはできない。

 だから――()()は必死に何かを叫んでいて、でも意味を成していなかった。

 

「よっぽど嫌なんだな……まあ詳しい事情は私は知らんが。随分と主思いのISじゃねえか」

「好き勝手、なに言ってやがる……!」

 

 気力を振り絞り、刀を振るって銃を弾く。

 とっくの昔に体力は尽きている。既に四肢の感覚がうすぼんやりとしたものになっていた。

 だが――ここが戦場である以上、言い訳はできない。一夏は頭を振って意識を集中させる。

 考えるべきは敵の技量。

 

(とにかくこいつ、上手い!)

 

 挙動の一つ一つが無駄なく、次につながる最適解。

 問題は()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 砕けた態度やふざけた口調とは裏腹に、巧緻極まる戦術の組み立てを行っていることが一夏でも分かった。

 

(俺の技術じゃ、迂闊に動いてもこいつの思惑通りに誘導される! ――迎撃しかない!)

 

 一夏が弾き出した結論は防衛戦。

 元より時間稼ぎという軸は変わっていない。この突発的な敵襲、一生徒である自分が勝利しなければならない道理はない。

 

 立ち上がり、コンパクトに両腕を固定する。軋む身体をPICを応用させ無理矢理に動かし、文字通りの鞭を打つ。

 剣を振るうのではなく、敵の攻撃を即座に弾くための守りの構え。

 

「……根性あるな。評価をもひとつ上げるぜ、お前伸びるよ」

 

 女は口元を引き締めると、即座に一歩踏み込んだ。

 左手のビームシールドが形を変え、拳に覆いかぶさりナックルガードとなる。

 

「歯ァ食いしばれ」

 

 振るわれた拳。朦朧とする意識に活を入れ、それを目視する。

 身体の動きは驚くほどに滑らかだった。

 間に『雪片弐型』を挟み、衝撃を受け止めることなくいなす。

 

「へえ?」

 

 追撃のハイキック。これは腕でガード。

 衝撃にふらつきそうになる。奥歯をかみしめて耐えた。

 

(まだ、たたかえ、る……ッ!)

 

 身体は動く。敵は攻撃をやめていない。

 ならば、戦うしかない。

 

 女は素早く一回転し、ロングライフルを突き出した。銃口が定められる前に、蹴り飛ばす。

 今度はビームシールドが刃をかたどって横から襲い来る。剣で腕を叩き逸らす。

 意識がそちらに向いた瞬間に、顎を蹴り上げられた。反射的に踏みとどまろうとするのをこらえ、あえて勢いのまま後ろへ下がる。

 その時、首の後ろがチリとひりついた。

 

(――後ろ!)

 

 かつて訓練中に、セシリアに背後から撃たれた時と同じ感覚。

 直感が告げている。既に相手は背後に回り込んでいると。

 

「――ルァァァッ!」

 

 その感覚的な奔流に任せて。

 いるはずの敵相手に、一夏は振り向きざまに刀身をぶつけた。

 

 

 

「ああ、うん。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 がいん、と、どこか空々しい、硬質な音。

 不意を衝くカウンターであったはずの純白の刃が、エネルギービームを固定化した盾に受け止められていた。

 

(読んでいた、ことを読まれていた――!?)

()()()()()()()()()()()()。分かるか『白式』、このままだとてめぇのせいで主が死ぬぞ」

 

 距離を取ろうとするがもう遅い。

 ごつんと、ロングライフルの銃口が腹部に当たった。

 

 閃光。衝撃。

 ごろごろと地面に転がった。もう何度目になるのか。

 

「ぐ、ふ」

 

 息をこぼして、それから慌てて顔を上げた。

 眼前に銃口。

 動けない。

 

「いい加減私も帰りたいんだよ。発泡酒がキンキンに冷えてんだ。録り溜めしてるドラマもある。積みプラも山みてえになってやがる。だからさっさと……………………あ? 何?」

 

 不意に女の意識がそれた。

 顔をあらぬ方向へと向け、明らかに、話しかける相手が切り替わった。

 

「何? 遅い? いや私に言われても困るわ。しょーがねえな、絶対防御のジャマーでも使うか? ……え? 『アラクネ』? なんで?」

 

 虚空と会話している。いや、誰かと通信している。

 一夏は身体を起こそうとしたが、腕に力を入れた瞬間、銃口がこつんと額に当てられた。

 

「なんか意味あんのかそれで。……え? 心的ダメージ? PTSD? ああなるほどな。あー……あんま私好みじゃねえけど、まあオーダーならそうするわ」

 

 女がこちらを向いた。

 

 

 

 同時、()()()()()()()()

 

 

 

「――――――――え?」

 

 この難局をいかに切り抜けるか。隙はないか。残された手札は何か。

 目まぐるしく、高速で頭脳を回転させていた一夏。

 

 その思考が完全に停止して。

 呆けたような声だけが、ポカンと開いた口からこぼれた。

 

 顕現するは黒と黄の二色に禍々しく彩られた()()()

 複数の特殊装甲を組み合わせたそれは意思があるように、静かに、そして獰猛に蠢動する。

 同時に黒髪の女性の手足にも装甲が顕現。

 

 I()S()()()()()()()()

 

 最後にバイザー型ヘルメットをあっさりと投げ捨てて。

 恐ろしいほど美しい素顔が露わになった。

 

「ふぃー、あっつ苦しいなこれ。つーわけでほら、オータム様の顔見せだ」

 

 彼女は軽く頭を振った。艶やかな黒髪が舞い、同時、まるで塗りつぶされるようにして髪の色が橙へ変化する。

 それを馬鹿みたいに呆けながら、一夏は見ていた。

 

 記憶がスパークした。

 

 

 

 

 

「――――久しぶりだな、織斑一夏。あの時もこんな感じだっけか?」

 

 

 

 

 

 ひゅうひゅうと。

 自分のものとは思えない、か細く、必死な呼吸音が聞こえる。

 

「覚えてるだろ?」

 

 記憶の羅列。

 

「廃工場でさ」

 

 混濁する意識。

 

「何度もブン殴って」

 

 現在の痛みと過去の痛みが混ざる。

 

「蹴り倒して踏みつけて」

 

 ガチガチと、歯が鳴っている。

 

「泣いてるお前に銃口を突き付けた」

 

 後ずさった。

 ひい、と、情けない声を上げて、しりもちをついて、ずるずると後ろに下がる。

 

「リアクションも同じかよ、笑えるな」

 

 ばしゅん、と存在しない銃弾が頬をかすめた。

 でももう、記憶の中でそうされたのか、今、そうされたのか、わからない。

 

「やっと分かったか? 第2回モンド・グロッソ決勝戦当日に誘拐事件に遭った織斑一夏クン」

 

 忌むべき記憶が悪意とともに、現実として立ち上がる。

 

 

 

 

「被害者と加害者――感動の再会だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!」

 

 ほとばしったのは絶叫だった。

 絶望と痛みと苦しみとがないまぜになった、絶叫だった。

 

「ひっ、あああ、あああああっ! 来るな、来るな、来るな……!」

 

 目をふさぎたくなるような、心が折れてしまった人間の顔。

 耳をふさぎたくなるような、心が砕けてしまった人間の叫び。

 

 だが鎧は主の危機を打破するために最適な行動を選択する。

 ――そこで取るべき選択の中に()()()()()()()()()()()()はない。

 いや、もしも存在するならば真っ先にそれを選択しただろう。

 

 それが『零落白夜』でなければ。

 

 必死に模索する。主を守るために。主の危機を救うために。

 一夏は絶叫しながら後ろへ必死に下がろうとしている。

 敵はそれを見て嘲笑っている。

 打破しなければ。打破しなければ。何か、何か、何か。

 

「ほら分かるだろ、『白式』。さっさと出してくれよ、じゃねーと私も帰れねえ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「おいおい他になにか探してんのか。それこそもってのほかだって分かってんだろ。しょうがねえよ。このガキはよく育つと思うぜ? でも今は駄目だな。こんなにビビり散らしてる状態で、一撃必殺以外になにかあるとは思えねえよ。いいかよく聞け、状況が危機的になればなるほど一撃必殺攻撃の価値は高くなる。『白式』、お前ここからどうやって逆転するのか計算できてんのか?」

 

 何か。何か。何か。何か。

 

 なんでもいい。自分に打破できないのだとしても。

 その美しさに触れた。その勇ましさに触れた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性を見せられた。

 彼は自分が守らなければ。自分は彼の力にならなければ。彼の剣にして盾、そう在らなければ。

 

 何か、何か、何か、何か。

 

 何もない。

 何もできない。

 結論がはじき出されても、認められない。認められなくても、事実は厳然として存在する。

 何かあるはずだという希望が、何もないという絶望に上書きされていく。

 

 何か、何か、何か、何か。

 

 もうない。何もない。出し尽くした。使い切った。

 荒い呼吸で、一夏は必死に剣を突き付けようとして、震える右手から呆気なく『雪片弐型』が、姉の誇りを継ぐ象徴の白い剣が零れ落ちた。

 地面に得物が転がっている、という事実を認識できず、一夏は何も持たない右手を突き出して、それから気づいた。

 

「あ、ああ、くそ、なんで、なんで動かないんだよ、なんでっ」

 

 折れそうになる、いや既に砕け散ってしまっている心を必死に立て直そうと、一夏は震える身体を無理矢理動かそうとする。

 転がる『雪片弐型』を拾い上げようとしてまた取りこぼす。手が震えていて使い物にならない。

 

「たた、かわなきゃ、たたかわなきゃいけないのに、何でッ」

「ああ……織斑一夏、お前は立派だよ。うん。正直こんなやり方しなきゃいけねえのが残念なぐらいだ。心がしっかりと戦士のそれになってやがる――でも、戦士になる前の傷が癒えたわけじゃねえ。だろ?」

 

 もう十分戦った。

 もう頑張った。

 

「だから――今回ばかりは運が悪かったと思って、おさがりの力にたまには頼ってみろよ」

 

 白い鎧は、それを拒絶する。

 一度使ってしまえば際限がない。()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()。そうして何度も使い、そして。

 ()()()()()()()()()()()()

 

「……強情だねえ。ならしょうがねえ。適度に痛めつける。死をちゃんと意識して、使わねーと死ぬって状況を理解して、それから光の聖剣を手に入れてくれや、織斑一夏クン」

 

 八本の装甲脚が不規則に蠢いた。先端には銃口がある。

 それを認識して。

 銃口全てが自分に向くのを確認して。

 

 恥も外聞もなく、一夏はぎゅっと目をつむった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑一夏はヒーローが嫌いだった。

 

 ずっと、そんな完全無欠で泣きも笑いもしない存在、理解不能だった。

 

 そんな奴はいやしない。

 

 いるのなら、()()()()()()()()()()()()()()

 

 でも――来なかった。

 

 いないんだ。

 

 誰もを救う無敵のヒーローなんていない。

 

 

 だから今回も、誰かが都合よく助けに来てくれたりなんかしない。

 

 

 そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔剣――――完了ッッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名乗りも慰めも全てが思考から吹き飛んだ。

 ピットに到着するまでに、開きっぱなしになっていた『白式』との通信から垂れ流されていた情報。

 

 それはあっさりと、東雲令の沸点を飛び越えた。

 

 横殴りの衝撃を受けて、『アラクネ』がガラクタみたいに吹き飛ばされる。

 茜色の装甲を顕現させた少女はその場で完璧に制動し、一夏の眼前に降り立った。

 彼女が手に握っていた真紅の太刀は、あまりの反動に、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………ぅ、あ」

 

 言葉にならないうめき声をあげることしか、できない。

 感情がぐちゃぐちゃになって、頭の中が真っ白で。

 一夏はただその背中を見つめていた。

 

 彼に背中を向けたまま、東雲は宣言する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「もう大丈夫だ」

 

 

 

 同時、背部浮遊ユニット『澄祓』が起動。

 十三に及ぶバインダーが――内一つはすでに空であった――展開され、彼女の背後に、引き金の瞬間を今かと待つ弾丸のように並んだ。

 

「ここは処刑場である。ここは死刑場である。当方は其方の生存を許さない。当方は其方を残虐に殺戮することを念頭に置き、行動する」

 

 素早く立ち上がったオータムが、全武装を展開している東雲を見て頬を引くつかせた。

 

 

 

「当方は――七手で勝利する」

 

 

 

 無敵のヒーローは、そう静かに告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 





20.無敵のヒーローVS追加未確認機




次回
21.秘剣/Grievous Setback




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21.秘剣/Grievous Setback

・威力貫通型パイルバンカー
 米軍IS技術部が開発していた特殊兵器。開発コードネームは『マストダイ』。
 その名の通り、本兵器はあえて出力を抑えつつ高精度の自動調整を行うことで、絶対防御を発動させることなく()()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()、速やかに殺傷することを目的としていた。
 人道的な観点から完成は見送られ、幻の兵器としてIS愛好家の間では語り草となっている。
 ……が、『単純に威力調整が既存のプログラムでは不可能であった』との意見もあり、真偽は定かではない。

 ――インフィニット・ストライプスXXXX年9月号記事より抜粋


・「いやマジで無理だったんだよ。ていうかできるわけねえわな。エネルギーバリヤーを貫通しつつ絶対防御は発動しないような威力を、その場合場合に合わせて自動調整するって、機械の限界みたいなのを百歩ぐらい超えてるって話だ。つーか開発してた頃の基地に何度か行ったことがあれば分かるぜ、そこらに頭オーバーヒートした技術者がぶっ倒れてたからな。……あん? 私ならだと? ……ハッハッハッ! 殴った方が早いだろそれ」

 ――上記記事に関して、親しい友人との食事会において、現アメリカ代表イーリス・コーリングの発言


 ある者は語った。

 ――剣とは道である。鍛錬を通じて自らの心と向き合い、至る先は水面のように静かな精神。それを持ち合わせてこそ達人となる。

 

 ある者は語った。

 ――剣とは道具である。より効率の良い殺人技術を習得し、心動かずとも身体は相手を的確に殺害する。それができてこそ達人となる。

 

 

 

 ある少女はこう考える。

 ――どっちでもいいの(ケース・バイ・ケース)では?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一手」

 

 東雲の初手は神速だった。

 攻撃は放つと同時に終了している。踏み込み、斬撃、直撃、全ては一つの拍のなかに押し込まれている。

 

 そもそも相手の反応は組み込まない。

 七手、というのは、()()()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 反撃全てを無視することを東雲は念頭に置いていた。でなければ、()()()()。一刻も早く一夏の安全を確保しなければならないのだから。

 

「――――ッテ」

 

 顔面直撃。

 わずかにオータムの身体が傾ぎ、髪が揺れる。

 

「二手三手四手五手」

 

 連撃は音を置き去りにしていた。

 途切れなく、抜刀の間隙を視認することもできず、それは()()()()と呼ぶべき代物だった。

 

 火花とともに『アラクネ』の装甲が弾け飛び、『茜星』の太刀も砕け散る。蓄積されるダメージと比例するようにして、東雲の剣の残骸が地面に積み上げられていく。鋼鉄が破壊される音は、世界が啼いているようにも聞こえた。

 頭部から始まり正中線を軸にした人体の弱点を突き、抉り、反撃しようとする装備を粉砕する。

 これがISを用いない試合であれば、人体は的確に破壊され行動不能になっていただろう。

 

「ッつ、お前、ちょっと――」

「六手」

 

 駄目押しとばかりにオータムの顎を太刀が打ち抜いた。

 八本脚こそ無傷だが、超攻撃力の斬撃に滅多打ちにされ、『アラクネ』のシールドエネルギーは既に底を尽きかけている。

 身体を覆う装甲は残らずほとんど砕かれ、相手の抵抗一切を許さぬままにすべての攻撃が通された。

 東雲の思考は理解している。敵は間違いなくISのリミッターを解除し、軍事行動用のエネルギー量を保持した上で来ている。それでも、結果は変わらない。

 

 

「七手」

 

 

 それはカウントダウンが告げた絶死の時間。

 東雲が宣告した、オータムが力尽きる決まり手。

 

 鋭く練り上げられた最後の一撃は、正確にオータムの脳天に吸い込まれた。

 

 直撃――唐竹割一閃。右手の太刀を振り下ろす際、左腕は胸の前に固定して動かさなかった。左肱切断(さひせつだん)と呼ばれる示現流の秘事から、東雲が自分なりにエッセンスを抽出して落とし込んだ、斬撃の威力を高めるための工夫。

 左腕を固定することで背中を伝い右腕へ力が伝導され、刀身に載せられたパワーが跳ね上がる。

 

「――――っつあ」

 

 がくんとオータムの上半身が落ちる。

 エネルギーが底を尽いた。見ていた一夏もそれは分かった。

 最後の斬撃に使用した太刀が、半ばから呆気なく砕け散る。

 

 

 

 

 

 

「――――なアんちゃってぇ」

 

 

 

 

 

 

 エネルギーが底を付いたはずの八本脚が花開くようにして稼働した。

 

「……ッ!」

 

 東雲はわずかな身じろぎのみで、滑らせるようにして鋭い刺突を回避し、受け流し、最後に膝で蹴り上げた。

 そのままサマーソルトのように後ろへ回転しつつ、爪先でオータムの顔を蹴り飛ばす。オータムは微かに首をかしげてそれを回避した。

 体勢を整え、呆然と尻もちをついている一夏の前方に着地、同時に二本の太刀を抜刀し構えた。

 

「おいおい、さっきからヒデェな。私、自分の顔好きだから、狙うのはボディにしてほしいんだが」

「……そのエネルギー量……どういう、ことだ……?」

 

 明らかに、相手のエネルギーを削り切った。

 想定よりも多くの量をため込んでいたのではない。先の七手目で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のを確認したのだ。

 

 にもかかわらず、オータムは軽く首を鳴らして、平然と立っている。

 

装甲維持限界(リミット・ダウン)とまではいかなくとも、戦闘不能にまでは削ったはずだ」

()()()()。今の私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でも受けなきゃ死なないゾンビだぜ? ていうかお前みたいなバケモンの介入想定してる状態で手を打たないわけねーだろ」

 

 その言葉で――東雲は事態を察する。

 

「なるほど。外部からのエネルギー送信を受けているのか」

「ハイパーセンサーのリミットを解除すりゃ見えると思うぜ。今もまだ、私は無限にエネルギー供給を受けてる」

 

 そんな技術は聞いたことがないが、目の前の敵が倒れていないのに筋が通ってしまう。

 オータムはけだるそうな表情で、右腕を持ち上げて、天を指さした。

 その間にもエネルギーは回復し、あろうことか粉砕した装甲すら修復――否、まったく同じ装甲が転送され、損傷がなかったことにされていく。

 

「私はただの無敵モードだと思ってたんだが……なるほど、こいつは()()()()()()。お前が相手だと、特段に相性がいいな」

 

 その言葉は――様子をうかがっていたセシリアと鈴をハッとさせた。

 東雲令の恐るべき実力は、超短期決戦を実現する攻撃力。

 代償として彼女の武器は一撃ごとに破損する。

 

 初撃に一本。

 今の攻撃で七本。

 残りは――五本のみ。

 

「どうする? 使い切るまで遊んでやってもいいぜ? その後に仕事を再開する。それだけだ」

 

 オータムはつまらなさそうな表情だった。

 

「はっきり言って、無傷のお前相手だと私に勝ち目はねえ。純粋なISバトルじゃ次元が違うからな。でもこの状況においては、()()()()()()()()()()。何せ()()()()()()()()()からな。だからこれは戦いとして成立しないんだわ。なんつーか、ロマンもクソもねえ、売れない小説の主人公みたいな感じするだろ?」

 

 理論上。

 今この瞬間、『アラクネ』を無力化する方法は――ない。

 エネルギーそのものを片端から消滅させるような攻撃がなければ。

 代表候補生たちの判断と行動は素早かった。

 

『東雲さん足止めを! 一夏さんを回収します!』

 

 オータムは面倒くさそうに顔を上げた。

 ピットからせり出すカタパルトレール、そこにセシリアが『スターライトMk-Ⅲ』を構え、背後にビット四つを浮遊させ、全ての銃口を『アラクネ』に向けていた。

 

「一夏ぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 同時、最低限のエネルギーを補給した鈴が飛び出す。

 突っ込んでいく『甲龍』をフォローするようにして、セシリアの放つ銃撃が『アラクネ』の足元に撃ち込まれる。

 

 セシリアと鈴。会話を交わしたことは少なく、顔もうろ覚えであったが。

 この瞬間彼女たちの目的は合致し、そして互いの次の動きを自然と理解していた。

 ――しかし。

 

「いや通すわけねえだろ」

 

 八本脚がチャージ音を放つ。

 直後、爪先に該当する先端から、極限まで収束されたエネルギービームが放出。もはやそれは射撃というよりは長大に過ぎるレーザーブレードと表現するべき光景だった。

 それらが、無造作に振るわれる。

 

『鈴さんっ――』

「やばッ――」

 

 緊急回避機動はエリートの名にふさわしい代物だった。

 スラスターを駆使して転がるようにして離脱する鈴と、巧みな姿勢制御で攻撃の間をすり抜けるセシリア。

 本人たちは回避に成功したものの。

 『甲龍』の肩部衝撃砲に赤いラインが刻まれ、ずり落ちる。浮遊していた四基のビットが溶断され、爆発も許されず地面に落ちる。

 近づくことさえ、できない。鈴は大きく距離を取りながら歯噛みする。セシリアも再ポジショニングをしながら、諦めそうになる思考を必死に回転させる。

 

 その中で。

 

 一夏はそれを、震えながら眺めていた。

 ただ、ずっと、震える以外にできなかった。

 

(な、に、してんだ、おれ)

 

 刀を握る手が言うことを聞かない。

 今すぐ戦線に加わるべきだ。

 なのに。

 なのに。

 

「だから黙って見ててくれや。将来有望な()の相手をしてやるのはやぶさかじゃねえんだが、仕事が絡むんなら話は別だ」

 

 そう告げて、オータムはゆっくりと。

 レーザーブレードの嵐をまったくの無傷でしのいだ東雲を見た。

 

「お前も、例外じゃねえ。個人的には……もっとちゃんとした状態でやってみたかったぜ。でも今は駄目だ。そこをどけ」

 

 八本の装甲脚はそのすべてを東雲に向けた。

 鈴とセシリアは頬に冷や汗を垂らしてそれを観察する。感覚が、経験が告げている。動けば即座にやられる。

 これ以上ない窮地にあって。

 

「――拒否する」

「あん?」

 

 東雲令は左の太刀をオータムに突き付けて、毅然として言い放った。

 

「死んでも退かない。当方は絶対に譲らない」

「……本当に殺すことになるぞ、お前を」

「今、当方の背中には、織斑一夏がいる。故に当方は勝利する」

 

 断言。

 その声色に一切の虚偽が含まれていないことを察して、オータムは眉根を寄せた。

 

「解せねえな。私の見立てじゃ、お前は意外と理論立てて戦うタイプのはずだ。なら分かるはずだろうが」

「窮地を受け入れることは合理的か? 諦観に降伏することは理性的か? 否――否である!」

 

 雄々しく叫ぶ主に応えるように、茜色の鎧が稼働する。

 全身の装甲がスライド、内部に蓄積されていた過剰エネルギーを放出。赤い光の粒子があたりにまき散らされた。

 その一端が一夏の眼前を浮遊する。

 光越しに見る彼女の背中は、ひどく大きくて。

 

「血反吐を吐いてでも立ち上がり続け、当方は必ず勝利する。そう誓った。そう約束した。故に、織斑一夏を守るために当方は()()()()()()()()

 

 言葉が実行されるなんて、分かり切っていて。

 

「魔剣では足りない。ならばこの瞬間、当方は魔剣使いではなく、()()()()()そのものと成る」

「……何?」

「其方と織斑一夏の戦闘、全てを見た。其方の機動、攻撃、総ては相手を傷つけるための、生命を脅かすための殺人技術であった。当方はそれを初めて見た。故にその一点においては感謝しよう」

 

 東雲令は想起した。

 初めて織斑千冬と立ち合い、打ちのめされた日。

 その日から死に物狂いで彼女の試合データを見た。何度も、自分の脳が擦り切れるのではないかと思うほどに見返した。

 

 過程でどうしても『零落白夜』の攻略法が立ちふさがった。

 訓練の中で使われることはなかったが――千冬がそれを今使えない、という事情を東雲は知らない――それを使われたと仮定した時に、勝利のヴィジョンが浮かばない。

 いかに追い詰めても一撃でひっくり返されては、どうしようもない。その一太刀に触れてはいけない。だが千冬は、絶対にそれを当てる。というより――()()()()()()()()()()

 

 そこで、考えた。

 必要なのは『零落白夜』の無力化ではなく。

 それに準ずるものを身に付けることではないかと。

 極まった技巧は『零落白夜』を疑似再現することが可能だと。

 東雲令はそう信じて鍛錬を積んできた。

 

 発想の根幹はただ一つ。

 

「――此れなるは唾棄すべき悪の殺人刀」

 

 競技としてではなく、ISが危機を感じる、つまりI()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()()になれば、()()()()()()()()()()()()

 

 そして見た。

 初めて見ることができた。

 そこらの軍人では相手にならないほどに極まり、磨き上げられた――

 

 

 ――相手を殺すための技術を。

 

 

 欠けていたピースがカチリとはまった。

 故にこの瞬間、完成する。

 故にこの瞬間、東雲令はまた一つ、強くなる。

 

 

 

 

「これより撃滅戦術を中断し、粛清戦術を解放、開始する」

 

 

 

 

 総毛立った。

 場数を踏み練り上げられたオータムの直感が、これでもかと警鐘を鳴らしている。

 身に纏う空気が変わった。より圧縮され、収束された。

 先ほどまでの攻撃的な、それでいて自然体の、技巧的な境地に達した人間のそれではなく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 純然たる殺意。

 

 

 

 

 

「――()()()()

 

 

 

 

 

 通常ならば展開されるバインダー群が、糸が切れたようにしてすべて落下(パージ)

 残るは、手に持つ二振りの太刀のみ。

 

 東雲の視線がオータムを貫いた。

 そこで、気づく。

 

(こいつ、私を殺そうとしてるんじゃねえ――()()()()()()()()()()()()()()……ッ!?)

 

 

 

 

 

「其方は――今日此処で死滅する」

 

 

 

 

 

 オータムは自分の直感を信じた。

 どんな反則技を使っていても、意味がない。

 

「これやべえ! 死ぬ死ぬ死ぬ! 転送準備ぃ!」

 

 叫びながら距離を取ろうとして。

 それよりも早く踏み込んだ東雲が間合いをゼロにした。

 

「死ね」

 

 酷薄な言葉と同時、東雲が左の刃を光らせた。 

 放たれるは神速の突き。

 それが正確にオータムの胸部装甲を粉砕し、左胸に到達。

 

 切っ先が接触の反動で逆に砕ける。だが衝撃は伝わる。

 そう――絶対防御によって防がれるほどではない、身体をバラバラにするほどではない衝撃が。

 

「ッッッッッ」

 

 呼吸が止まった。

 凝縮し、指向性を持ったインパクトが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 東雲は先端の潰れた太刀を、まったく同じ姿勢のまま再度突き出す。切っ先から順に、突き込まれると同時に刀身が砕け、オータムの身体の内部に衝撃だけを与え続ける。

 極みに極まり、ある種の到達点に至った人間でなければ放てない、その猛毒と呼ぶべき攻撃。

 

(   あ いしき  やべ  これ       し      )

 

 一度二度三度四度とその絶死の剣が突き込まれるたびに拍動が止まり、刀身がカッターナイフの刃を折るようにしてすり減っていく。

 そうして――ついに刀身全てが砕け散った。

 

 思考回路が明滅する中で、オータムは理解する。

 次を食らえば、最後なのだと。

 それは事実として心臓を内側から破砕し、彼女を絶命せしめる痛恨の一撃なのだと。

 

 競技バトルにおいてその全力を振るうことはあり得ないであろう――

 ――故に、秘められるべき剣。

 

 東雲は左の剣、柄しか残っていないそれをぽいと捨てて。

 相手の生命を簒奪する行為である、という気負いも何もなしに。

 

 右手に握った太刀を、矢を引き絞るようにして構えた。

 

 

 

 

 

「――秘剣:現世滅相(うつしよめっそう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あああああああああああああああこれはだめさすがにだめ()()()()()()()()!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 物質転送装置対象追尾完了――刃がオータムの胸に接触しインパクトを伝導する実に0.000034秒前。

 

 戦闘はそこで終了した。

 オータムの姿が、まるで最初からいなかったようにかき消えたのだ。

 

 太刀が虚空を斬り、東雲が身動きを止める。

 素早く周囲に視線を巡らせたが、機影は見当たらない。

 

「……ッ! 敵反応は!?」

「観測できません……完全に、消滅しています……」

 

 戦場を外から見守っていた、()()()()()()()()()()()()()()鈴とセシリアは、苦々しい表情を浮かべた。

 逃げられたのだ。

 

(――わたくしは、何も)

(何も! 一夏があんな目に遭ってたのに、なんッにもできなかった……ッ!)

 

 何もできないまま――何かに貢献することも、寄与することもさせてもらえないまま。

 別次元の戦いを見せつけられ。

 それぞれの大切に思っている人、好敵手と定めた相手。

 その男を渦中に置いた戦いに、何も関われなかった。

 ()()()()()()()()()()()と一蹴されること、それしかできなかった。

 二人はついさっきまで敵が、到底手も足も出なかった敵がいた場所を見て黙りこくった。

 

「………………秘剣…………」

 

 その敵と立ち合い、最後の一撃を放とうとしていた少女は。

 トドメにするつもりだった剣が空を切って、悲しそうに呟いていた。

 だが頭を振って気を取り直して、彼女は太刀をその場に突き立てる。

 

 

 

 それから。

 守り切った、守り抜いてみせた、織斑一夏に振り向いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(最後に空ぶったのはマジで本当にどうしようもないオチになっちゃったけど――よく考えたら今の、あまりにも完璧な颯爽登場だったのでは? え? これもしかしてなんだけど再度惚れさせちゃうぐらい、っていう当初の目的、この上なく達成したのでは!?!? やばいやばいやばい自分が恐ろしい! おりむー、これもう目がハートマークになってるに決まってんじゃん……!? うわ、興奮してきたな。ありがとう蜘蛛のお姉さん! 次会った時にはちゃんと感謝してから殺すね!!)

 

 

 結果的には――思考の一パーセントも表情には出ず。

 東雲は不敵な笑みを浮かべ、一夏の顔を見ていた。

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言っただろう。もう、大丈夫だと」

「――――――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いないと思っていたものが現れて。

 できるはずがないと思っていたことをしてみせて。

 

 そして自分を救った。

 そして自分を守った。

 

 思い知らされた。

 

(遠い……)

 

 ゴールだと思っていた。勝手に勘違いしていた。彼女は頂点に君臨しながらも、自分を導いてくれていて。

 自分を、待ってくれているのだと。

 

(何なんだよ、これ)

 

 彼女は今、目の前で進化した。

 知っていた。知っているつもりだった。

 あまりにもヌルい認識だった。何も理解していなかった。自分と彼女は、文字通りに、次元が違う。

 それでいてまだ先へと進み続けている。

 

(なのに、俺)

 

 何もできなかった。使い物にならなかった。

 決意も宣言も全てが空しく崩れ去った。

 ただ本当に無価値な男が、無様を晒していた。

 

(俺はさっき、安心してたんだ……東雲さんが来てくれたことに)

 

 その事実が自分自身を打ちのめす。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()

 抗えず、戦えず、ただ織斑一夏は守られるだけの木偶の棒だった。

 

(少しは前に進めているような気がしていた。何か手に入るんじゃないかって。あの時何もできなかった、ゼロで、空っぽだった俺から、何か成長したんじゃないかって)

 

 

 ()()()と、何かが、自分の中心に据えていたはずのものが、軋む音。

 

 

(けど、ちがった。あの時から。何もできず、ただ助けを求めることしかできなかったあの時から、本当は、俺は)

 

 

 ()()()と、何かが、とても大切だと思っていたはずのものが、軋む音。

 

 

(なにも、かわってなかった)

 

 

 

 ()()()と。

 

 

 何かに、ヒビの入る音。

 

 

 

 

 

 

 






Grievous
重大な、許しがたい、非常に重い、耐えがたい、ひどい、嘆かわしい、悲しむべき、悲惨な、悲痛な、悲しそうな


Setback
挫折




次回
EX.On Your Mark



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EX1.On Your Mark

FGOに紫式部が実装される

パープル式部がバズる

ハーブか何かやっておられる?がバズる

オリ主がハーブキメてるSSを書いてる俺が煽られた

ほんまキレそう


『ごめんなさい』

 

『私、馬鹿だ』

 

『貴方を守るために貴方を危険に晒して』

 

『本当にごめんなさい』

 

『でも、どうか、諦めないで』

 

『残酷で、すごく無責任な言葉だけれど』

 

『私は信じてるから』

 

『貴方が立ち上がること。貴方がもう一度、私と共に空を駆けてくれること』

 

『だって私は、貴方の決して諦めない心を見て目覚めたのだから』

 

『今はまだ伝えられないけど、言葉も扱えないぐらい未成熟な私だけど』

 

『それでも私は、どんな時も、貴方の盾にして剣で在り続けるから――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事態は収束した。

 アリーナでの突発戦闘には箝口令が敷かれた。

 無人機という存在しえない敵。

 突如アリーナの遮断シールドを無視して現れたアンノウン。

 そして、絶対防御を貫通する東雲令の()()

 

「……ッ!」

 

 ISスーツを脱ぎ捨て、珍しくその場に放り捨てて。

 セシリアはシャワールームの中で、歯を食いしばり、全身全霊で涙をこらえていた。

 

 何も。

 何も、できなかった。

 立ち入ることすらできなかった。

 

 それ以上に。

 

(あの時――彼は、一夏さんは、最後まで剣を拾おうとしていた)

 

 トラウマ。心的外傷後ストレス障害。

 その最中に放り込まれたとき、人間がどうなるのか、セシリアはよく知っている。

 両親を列車事故で亡くし、鉄に押しつぶされた無残な肉塊を見たことのあるセシリアはよく分かっている。

 

 数年は生肉を見ただけで吐き気がした。今でこそだいぶ落ち着いているが、列車事故の救命任務などを命じられた場合には、おそらく何もできない可能性が高い。

 

(だけど、彼は……戦う意思を、見せた……)

 

 セシリアは理解している。

 あの瞬間、彼は自分のライバルとして、半歩先を行ったのだと。

 

「……織斑、一夏」

 

 シャワールームの壁に、がつんと額をぶつけた。

 両手を固く握り、同様に壁に叩きつける。

 

「――絶対に、絶対に……わたくしは、貴方には負けません……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、東雲。あの秘剣ってやつ、中国拳法から発想を得てたわよね」

「肯定。気なるものを感じ取ることはできなかったが、非常に興味深い武術であった」

「いや実質使ってるみたいなもんだったけど……」

 

 手早くシャワーを済ませた東雲と鈴は、制服姿でアリーナの廊下を並んで歩いていた。

 元より人見知りをしない気質の鈴と、クールな印象はあれど誰に対しても邪険に扱ったりはしない東雲は、驚くほどスムーズに会話を弾ませている。

 

「何をどう考えたらさ、ああいうの、思いついて実行するわけ?」

「……それは当方に教えを乞うている、という認識でいいのだろうか」

「不愉快ながらそうよ。使えそうなら絶対覚えたいし」

 

 今回の襲撃が一過性のものではない、と鈴は考えていた。

 つまり今後もこうした事件が発生する可能性が高い。

 故に。

 

「もう、何もできずに見てるだけとか死んでもごめんだし」

 

 低い声色だった。

 握りしめた拳は、今にも爪が肌を突き破ってしまいそうなほど、強く、強く、音を立てている。

 

「一夏があんな目に遭ってさ。あたし何もできなかった。アンタがいなかったら、本当に……どうにもならなかった。だからありがとう」

 

 ふと歩を止めて、彼女は隣の東雲に頭を下げる。

 それを見て東雲は少し目を丸くした。

 

「……其方、もしかして」

「何よ」

「織斑一夏のことが好きなのか?」

「ブフォッ」

 

 殺人術を編み出して即座に実行した女から恋バナを振られて、鈴は噴き出した。

 想定できるわけのないアクロバティック雑談に思考が停止する。

 

「そうなのか? もしそうなら当方に考えがある」

「ちちち違うし! 確かにいい奴だけど、誰があんなとーへんぼく好きになるもんですか!」

 

 鈴はツンデレ期間を脱却できていなかった。故に助かった。

 

「とにかく! あれのやり方とか、そこに至った経緯とか教えなさいつってんの!」

「……経緯、か。当方の想定では、あれは織斑千冬に対する切り札、()()()()()()()()

「…………アンタ、千冬さんを殺す気なの……?」

「不可能である。衝撃を収束させることには成功したが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。殺そうとしても殺せない、というのが、質問に対する回答である」

「ハーブか何かやってんの?」

 

 鈴の東雲を見る目は、もう檻の中のライオンを見るそれだった。

 なんとなくマイナス方面に受け止められていることを察したのか、東雲は咳ばらいを一つ挟む。

 

「現状、アレを試合で行使するつもりは毛頭ない。また誰かに教えるつもりもない。秘められたるべき剣であり、ある種の秘奥である」

「……それは、そうね」

「ただ、こういった事態が再び発生し、相手が有人機であれば、当方は迷うことなく再び悪の殺人刀と成るだろう」

「……ッ」

 

 鈴は考える。その時、自分は何をしているのだろうか。

 自分にできることは、何なんだろうか。

 

「――当方は織斑千冬に呼び出されている。大丈夫だとは思うが、織斑一夏には、よくやったと声をかけておいてほしい」

「ああ、うん。じゃああたしは男子更衣室行ってくるけど……」

 

 東雲は颯爽と廊下を曲がり、管制室への道を歩き始めている

 その背中を見ながら、鈴は少しだけ動きを止めていた。

 

(……一夏、か)

 

 頭を振って、鈴も彼を迎えるべく、東雲とは反対方向の廊下を進み始めた。

 すれ違う生徒の姿はない。全員避難場所に押し込められ、今ちょうど順番に、外に出ている頃合いだろう。

 

(あいつ、大丈夫かな)

 

 思い返すはアリーナから各々帰っていくとき。

 

 東雲令は無表情だった。

 セシリア・オルコットは歯を食いしばっていた。

 自分は、泣きそうなのを必死にこらえていた。

 

 けれど。

 織斑一夏は何も語らず、俯いたままで。

 疲労からだとその時は思ったけれど。

 

(あの時、前髪の隙間から見えた目――なんか、あれは)

 

 あの忌まわしき誘拐事件の直後のころの。

 何もかも投げやりで、全部を捨てても構わないように無気力だったころの。

 光を失った瞳に似ていた。

 

 そして鈴はいくつか角を曲がり、男子更衣室に着いて。

 中に入って。

 

 呆然と立ち尽くしている箒と、彼女の眼前で蹲って嗚咽を漏らしている一夏を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――もう大丈夫だ』

 

 光が差したのを覚えている。

 深く深く閉ざされた闇の中に、手を差し伸べられたのを覚えている。

 

 それは織斑一夏の、原初の記憶。

 

『もう大丈夫』『助かったんだ』『怖かったろう』『安心しろ』『すぐ病院へ』『棄権』『二連覇を逃す』『重傷』『発見が遅れ』『何もしなくていい』『ただ生きてくれていただけで』『何もできない』『無力』『仕方ない』『死ね』『汚名』『お前の姉ちゃんを恨め』『胸糞悪い仕事』『無力なガキ』『殺してやる』『もう大丈夫』『誰か』『助けて』『誰か』『誰か』『誰か』『誰か』

 

 その手に救われた自分。

 その手にすがるしかなかった自分。

 その手をただ待ち続けることしかできなかった自分。

 

 果たして。

 

 救われるような価値が本当にあったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――何やってんの、水持ってきて!」

 

 光景を見た瞬間に鈴は飛び出していた。

 素早く一夏のそばに駆け寄り、背中をなでながら、箒に指示を飛ばす。

 

「え、あ、ちが、なんで」

「説明は後でするから! ほら一夏、深呼吸して、落ち着いて。落ち着いて」

 

 鈴はそのまま折り曲げられた身体の隙間に腕を差し込んだ。

 ぐい、と一夏の上体を起こして、彼の頭を抱きかかえる。

 

「落ち着いて。落ち着いてね。もう大丈夫だから。もう大丈夫よ。一夏、もう大丈夫」

 

 箒はフリーズしていた。

 最初に駆け付けたかった。避難場所からすぐに出られて、まっすぐ男子更衣室へと駆け込んだ。そこに帰ってくるであろう、事態が収拾した以上帰ってくるはずの、一夏を迎えるために。

 彼は彼女を無視して洗面台に向かい、突っ伏して嘔吐して、それからずるずると床に跪いて呻き、泣き、声にならない声を上げ始めた。

 初めて見るその姿に、箒の思考は完全に止まっていた。

 

 もう一人の幼馴染の叱咤を受けて、手に持っていたボトルがどこへ転がったのかと、慌てて探す。

 その間にも鈴は落ちていたタオルを拾い上げて、一夏の頭にかぶせる。

 

 荒い呼吸音。何か、言葉を絞り出そうとしていることだけが分かる。

 

「大丈夫。一夏、今は休んでいいのよ」

「……………………ぅぁ」

 

 優しい声色で、鈴は彼の耳元でささやいた。

 返ってきたうめき声を聞いて、鈴は少し悲しげに、眉を下げた。

 落ちていたボトルを拾った箒は、その光景を見て、少し躊躇する。

 

(――わた、し)

「ごめんね。これ、あたしは知ってたけど……うん、知らないよね。少し休ませてあげるべき時なの」

 

 鈴は箒を一瞥して、そう告げた。

 どこまでも、セカンド幼馴染の声は柔らかかった。

 

「ね、一夏。大丈夫だからね」

「……り、ん」

「うん。あたし、ちゃんと傍にいたげるから。ね?」

「……お、れ。俺……ッ! なんで……! なんで……ッ!」

 

 言葉が続かずとも。

 涙を流し吐瀉物の張り付いた唇を動かして言おうとすることは、もう、箒にも鈴にも分かってしまっている。

 

 

 

『なんで――こんなに弱いんだ』

 

 

 

 それが痛いほどに伝わって。

 箒は愕然として。

 鈴は悲しげな表情になった。

 

「うん……そう、ね。うん……うん。でも、今は、まだ考えなくていいのよ。今は、休みましょう。傷が癒えてから……もう一度その時に、また、歩き出せばいいのよ」

 

 箒には出せないような声で。

 箒が知らなかった領域で彼女は一夏を受け止めていて。

 

 

 それが、ひどくうらやましかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い空間。

 浮かんでいる無数のモニターの光だけが、部屋を照らしている。

 室内の重力を調整しつつも常に高速で移動し続けるそのラボは、中にいる人間ですら居場所を把握できない天災仕様の隠れ家である。

 その隠れ家に物質転送装置で回収されて。

 

「今回ばかりはほんッッッとに死ぬかと思ったぜ。おいこれ追加報酬もらってもいいレベルだろ」

 

 ジャケットを脱ぎ捨てワイシャツ姿になり、オータムは束の秘密ラボの隅っこに置かれた馬鹿でかいソファーに座り込んだ。

 腕を伸ばしてすぐそばの冷蔵庫を開く。雑多に詰め込まれた中身から、分捕るようにしてアルミ缶を引っ張り出した。

 

「てゆーかさあ、あの絶対防御貫通攻撃はないわな。人間業じゃねーっての」

 

 ぷしゅ、と発泡酒のプルタブを引き開けて、オータムはそのまま中身を口に流し込む。

 名前の通り、のどを越していく感触がたまらない。

 オータムは安酒が好きだった。

 

「っぷはぁ……で、今回の成果はどんなもんだよ、ええ?」

 

 つい先ほど、致死の刃をもろに受けて死にかけていた人間とは思えない気楽さ。

 だがそれはオータムの経験の蓄積から来る、死線を潜り抜けた後の解放感の発露だった。

 こうして適度にガス抜きしなければ、()()()()()()()()()()()()。そのことを歴戦の元傭兵であるオータムはよく知っていた。

 

「…………おい、いち段落付いたし、あんたも飲んだらどうだよ、ええ?」

 

 ソファーの眼前に置かれた薄いテーブルに缶を置いて、オータムはそう声をかける。

 部屋の中央、三百六十度全天周囲ウィンドウ全てに目を走らせていた束は、キッと鋭い眼光を飛ばした。

 

「見てわかんないの? 集中してんの、黙ってて」

「あー……なら、追加報酬だけでも頼むわ」

「金ならいくらでも出すよ」

「馬鹿ちげえよ。私に酌してくれ」

 

 は? と束は口をポカンと開けた。

 今この女はなんと言ったのか。ひどく場違いというかまかり間違っても世紀の天災にかける言葉ではなかったというか。

 

「ほら、報酬を払ってくれねーとストすっぞ。私は美人に目がねえんだよ」

「な、ァッ……!?」

 

 束は突然の口説き文句に動揺して、空ぶった手でいくつかモニターを消してしまった。

 

「あ、あああああああ!! 何してくれてんのさカス! ビッチ!」

「馬鹿言うな。私は美人としか付き合わねえんだよ。目が高いと言ってくれ」

 

 テーブルに放置されていたグラスを手に取って、オータムはにんまりを唇を吊り上げる。

 その表情は淫靡でありながら、同時にいたずらっ子のような無邪気さも孕んでいた。

 蜂蜜色をより黄に寄せたような色合いのロングヘアをかき上げて、彼女は空いているソファーを粗雑に叩く。

 

「こちとら手前の生命張ってきたんだぜ。なんてことはねえだろ。それともあれか? あんたのおもちゃが、私ぐらいの働きできるってか?」

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

 事実――束が作り上げる無人機『ユグドラシルシリーズ』には限界がある。柔軟性はない。即応性もない。シンプルに基本的な性能を極限まで底上げしたからこそ大抵の状況に対応できているというだけで、それ以外の状況に陥ってしまえば対応は難しい。

 その点をカバーするためにこそ、外部委託(アウトソーシング)という手を打った。

 故に束はオータムの存在を極力軽く扱いつつも、致命的な無視だけはできない。

 

「……ってゆーか、マジで仕事中なんですけどこっち……!」

「なんだよ。私が殺されかけたデータをYouTubeにアップロードしてんのか?」

「ちっがうし! お前が『白式』と接触した際に吸い上げたデータ! 確認できた挙動! 発してた不完全言語! こいつらから今の『白式』の状態を類推してんの!!」

「……へぇ」

 

 軽く聞き流したような声を上げつつも、オータムは内心で束の評価を一段階上げていた。

 想定外の連続に見舞われ、急遽手持ちの戦力を投入したものの、更なる想定外に襲われて涙目で敗走した――わけではなかった。

 その場で集められる情報すべてを回収し、きちんと次につなげるための手を今考えている。

 

(天災の人格破綻っぷりは嫌というほど思い知らされたが、なるほど、こいつ天才にできることは一通りできるのか)

 

 よくよく見れば、全天球ウィンドウに映し出されているのは樹形図(デンドログラム)だった。恐らく『白式』の進化過程を全部洗いだして、一つ一つ精査しているのだろう。

 束の両手両足は残像すら伴うほどに素早く動いていた。その全てを追うことは到底できないが、画面の動きや束の表情から、オータムは多少読み取ることができた。

 

「……なあ、あんまうまくいってないんだろ?」

「――――あああああああああああああああもう!! 絞れないんですけどおぉっ! どうなってんのこれ!」

 

 予想はドンピシャ。

 束はモニターを全部両腕でぶち上げて、ずかずかとソファーに近づいた。

 表情には泣きが入っている。まったくもって凄味がない。

 

「どけ! それは束さんのソファーだ!」

「あーころされかけたからうごけないなー」

「んあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 こいつ叫んでばっかだな、とオータムは思った。

 束はガバァとソファーに頭から突っ込んだ。

 微動だにしないオータムだったが、彼女の太もものすぐ横で束のウサミミがだらんと力なく垂れている。どうやら本人のテンションと比例するようにシステムが組まれているらしい。

 

「………………………………………………」

「あー、まあ、計画の進行速度はおいしくねえが、逆に考えな。()()()()()()から逆算しても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃねえのか」

「………………………………………………」

「着実に()()()()()()()()()()()()()には近づいてるはずなんだよ。な? だから気を取り直していこうぜ? な?」

「………………………………………………」

 

 束は何も答えない。

 いやよく見れば小刻みに震えている。

 それを確認して、そっとオータムは発泡酒の缶を手に取り、一口飲んだ。

 途端だった。

 

 

「びえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」

 

 

 束がすごい勢いで泣き始めた。

 

「……うるせぇ」

 

 顔をしかめつつ、オータムは缶を軽く振った。

 

「ほら、嫌なことは酒で忘れちまいな」

「ぐすっ、ひっぐ……嘘だ、酔っぱらった束さんを強引に食べるつもりだ……」

「馬鹿言うな。抵抗できない兎をいじめる趣味はねえよ。大体私は相手を口説くときは誠意をもって真正面から行く。これはただの慰労会みたいなもんさ」

「……ひっぐ……束さん、お酒苦手……」

「あー……しょーがねーな、ノンアルのカクテルならいけんだろ」

 

 腕を伸ばし、再度冷蔵庫を開ける。

 中には炭酸水やフルーツジュースがいくらか積まれていた。

 

「んじゃあ、十二時(せかいのおわり)を避けたいお姫さまってことで……シンデレラなんてどうよ?」

「……甘い?」

「時間感覚がとろけちまうぐらいに」

「……じゃあ、飲む」

 

 決まりだな、と軽く笑って、オータムはソファーに座ったまま、手早くオレンジジュースとレモンジュースとパイナップルジュースを混ぜる。レモンの比率を抑えて、酸味を軽くする。

 グラスの中で三色の液体が溶け合い、鮮やかな橙色に変化した。

 

「ほれ、うまいぜ」

「……ありがと」

 

 起き上がった束に、グラスを手渡した。

 よほど憔悴しているな、とオータムは思った。素直に礼が返ってくるなんて予想だにしていなかったからだ。

 

「どうすっかな。じゃあ――世界の存続に」

 

 オータムがアルミ缶を束に突き出す。

 グラスの中身を一度見て、そっと束はアルミ缶にかつんとグラスをぶつけた。

 

「乾杯」

「……かんぱい」

 

 オータムがぐいと一気に発泡酒を飲み下すのを見て、束はそっとカクテルを口に含んだ。

 その様子を見ながら、百戦錬磨の美女はニィと笑う。

 

「そのカクテル、私の髪の色にそっくりだろ」

「ブホォッ」

 

 天災が噴き出したカクテルは、きれいな放物線を描いていた。

 

 

 

 

 

 

 




2/6追記
よく考えたら第二部完してませんでした(千冬パート書き忘れてた)
これマジ? ほんとゆるして
あと一話だけ追加して、それで第二部完結です……




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EX2.もう一人の魔剣使い

第二部完のつもりが
書いてないエピソードが多すぎてびっくりしました
何を思って第二部完とか言ってたんだろう


 ――そこは世界の果てのような場所だった。

 猥雑な室内の空間はしっとりという言葉の対極にあり、カウンターにこぼれっぱなしの液体や得体のしれない香りを充満させる濃い煙のせいで、肌の表面がねばつくようだった。中年の大柄なバーテンダーはそれを咎めようともせず、ガムを噛みながら黙々とグラスを磨いている。

 仕事をして酒を飲む。疲労をアルコールでごまかしてハイになる。その繰り返しで日常をやり過ごす。ある日仕事をクビになる。すると金がなくなる。アルコールは欲しい。ハイになりたい。金を求める。暗闇に入り込む。穴に落ちる。

 全員、そんなものだ。

 口々に金の調達法を練る。どれも現実的じゃない。国境を越えてスイスの銀行を吹っ飛ばそうと誰かが言う。下品な笑いが巻き起こる。だが翌日には、右からやってきたドラッグや武器を左に流すだけの日々に戻る。おれたちはプロフェッショナルだと息巻く。右からも左からも、彼ら彼女らはただの中継地点としか認識されていない。運ばれたドラッグは同様の破落戸が使い切る。武器はチンピラが脅しに使う。それだけの結果しか生み出せないと、心のどこかではわかっている。この閉塞感をぶち破るようなことがあるなら、期待してもいい。だが誓って――それこそ神に誓って――そんな非日常は起こりっこない。全員、いわゆる一般的な日常から弾かれて、けれど非日常にどっぷりつかることもできない半端者だった。

 半壊している壁をバーの下品な照明が点滅しながら照らし上げる。女がシャツを脱いでブラジャーを露出し、男が口笛を吹く。一人カウンター裏にいるバーテンダーは呆れたように嘆息した。暇つぶしのストリップごっこ。お決まりだった。

 

 

「あまり感心しないな」

 

 

 全員弾かれたように顔を上げた。

 バーテンダーですら気づかなかった。カウンター席に、ドイツ軍服を着た女が一人座っていた。

 女――いや、少女だった。かなり小柄だ。150センチを割り込んでいるだろう。

 彼女は左目に眼帯を付け、まばゆい銀髪を腰のあたりまで下げていた。

 

「君にその色のブラジャーは似合っていない……もう少しパステルカラーに寄せるといい。肌が映えるぞ」

「なんだおまえ」

 

 一人の男が立ち上がった。それからすっ転んだ。

 ほかの人間はそれを笑ってから、立ち上がろうとして、ぴしりと動きを止めた。

 気づかないうちに、バー全体に鋼糸鉄線が張り巡らされていた。

 

「三日前にトカレフ2丁とコカイン50gを運んだだろう。随分しょっぱい仕事だが……それと一緒に小包を一つ運んだはずだ。それは君たちが触っていいものじゃなかった。本来はこんな場末の運び屋に来るようなものでもなかった」

 

 誰もしゃべらない。バーテンダーはグラスをそっと水場に置いた。

 

「君たちにそれが回ってきたのは、君たちではなく()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

 そう言って、少女はカウンター越しにバーテンダーを見た。

 彼の両眼は既に普段の物静かさとはかけ離れた炎を噴き上げていた。

 

「『黒兎』か」

「私はしばらくドイツを離れる。だが貴様を野放しにしていては、心残りを残すことになる。渡りに船というやつだ――迂闊だったな」

「その言葉、そのまま返そう」

 

 カウンターがひっくり返された。

 少女は天井すれすれまで一気に跳躍し、宙返りを組み込みながら、バーの壁際に両足と膝で着地する。

 バーテンダーはカウンターを、正確に言えばカウンターに擬態していた特殊機械兵装腕を両腕に着装。硬質で重い機械音が響き、照明を揺らした。

 

「――タイプ966。まだ愛用していたとは、軍人としての誇りを捨てたわけではなかったのか?」

「軍部への忠誠はあの日、階級章と一緒に捨てたさ。だがこいつは違う。敵の血を吸ってきた相棒だからな」

「文字通りの半身だな。別れは済ませたか?」

 

 空気が両断される音。

 少女が懐から取り出したナイフが超高振動を開始し、空間を震わせた。

 バーテンダーはちらりと彼女の階級章を見た。

 

少佐(メイジャー)。飛行機はキャンセルした方がいいぜ」

「確かに寝坊してはいかんな。早く済ませることにしよう」

 

 集っていた若者たちは指一つ動かすことを許されず、その激突を固唾をのんで見守ることしかできない。

 特殊機械兵装腕がうなりを上げる。

 分子切断ナイフが猛り狂う。

 

 

 

「さあ――魔剣の錆となるがいい」

 

 

 

 少女が酷薄に告げると同時。

 両者は同時に突撃し、真正面から激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園地下機密施設。

 特殊なシステムレベルで管理されているそこは、学園すべてのデータが集積される、いわば()()()()()()()()()としての役割を持つ。

 その広大な空間でいくつものモニターに囲まれながら、織斑千冬はうめいた。

 

「束、なのか……」

 

 破壊された無人機の残骸と、東雲が撃退した有人機。

 照らし合わせ、何度考えても、千冬にとってはそれを成し遂げられる人物は一人しか心当たりがない。

 

(だが、何のために。いや、そもそも今あいつはどこで何をしているんだ)

 

 目的が分からない。一夏をあそこまで追いつめて、何がしたいというのか。

 身内を傷つけられた怒りはある。だがそこに、親友の存在が水を差す。

 

(……殺そうとしているわけではない。だが痛めつけてはいた。何かを待つように。そして)

 

 モニターの一つ、それは『白式』から共有された、一夏視点での戦闘映像。

 最初に乱入してきた無人機――便宜上ゴーレムと呼称することにした――が、一度ダウンした後に再び立ち上がり、音声を発している。

 

 

 "――零落白夜は――どこだ"

 

 

 千冬はちらりと視線を逸らした。

 地下施設の片隅に置かれた、まるで家具のような自然さで佇む鋼鉄の鎧。

 かつて世界最強の栄光をつかみ取った第二世代IS『暮桜』。

 

(……『零落白夜』はあそこにある。封印状態だ。ならばゴーレムの狙いはここだった? いや、あれは『零落白夜』を求めながらも、一夏しか狙っていなかった)

 

 つまり。

 

「――考察。織斑一夏のISは、元より『零落白夜』が発現する()()()()()のではないでしょうか」

 

 音もなく、空間に人影が増える。

 千冬は緩慢な動作で振り向いた。

 

「……東雲。ここは立ち入り禁止だと何度言えば分かる」

「失礼。ですが当方は織斑一夏の護衛を命じられ、それに包括される調査であれば最大限のアクセスレベルを行使することを認められております」

「……政府め」

 

 元より千冬にとっては、東雲令が一夏の護衛として派遣されるのは寝耳に水だった。

 派遣というより押し付けに近い。

 日本代表の座をどうするか、本人のいない間に決めてしまいたいという意思と、その争いに本人を巻き込みたくないという意思が奇跡的にかみ合ったのだ。

 

「僭越ながら具申いたします」

「なんだ」

「当方は篠ノ之束との対話を提案いたします」

 

 それは理にかなった提案だった。

 オータムとの戦闘ではてめぇ当方のおりむーに何してくれてんだクソがちょっとおっぱい大きいからって調子こいてんじゃねえぞ殺す殺す殺す絶対にぶっ殺す! と殺意を優先してしまったが、どんな理由から、何を目的とした行為だったのかをまだ知らない。

 

「敵を知り、己を知れば百戦殆うからずといいます。対話の結果が敵対であれ和解であれ、相手を知ることは少なからずの利点を持つと当方は愚考しております」

「……無理だ。私も今、あいつとは連絡が取れん。元より向こうから連絡が来るのを待つばかりだったからな……」

「では何の説明もなかったと?」

「そうだ」

「それは――()()()()()()()()のでしょうか」

 

 わからん、と千冬は虚空をにらみつける。

 

「結局私は……やつのことを、理解できたためしはなかったのかもしれんな」

「当然でしょう」

「手厳しいな」

 

 思わず恨み言のようにうめいた千冬に対して。

 迷うことなく、東雲は断言する。

 

「人間同士の相互完全理解など不可能である、と当方は考えます。故に当方たちは、限られた理解の中で相手を慮り、情を交わし、そうして歴史を積み上げていくのです」

「……お前」

「ですから、その。決して、理解不能という言葉は、何らかの責につながるわけではないのです」

 

 その言葉を聞いて、千冬は呆気にとられた。

 まさか。

 まさかこの女――この語調と表情で、今、こちらを慰めているのか――!?

 

「ふ……ふは、はははは! なんだお前、急にどうした?」

「……当方の観察が誤っていなければ。織斑千冬先生は、平時よりも憔悴しているように見えましたので」

 

 図星だった。

 千冬はフンと鼻を鳴らして、視線をモニターに戻す。

 

「ああ、そうだよ。立場に縛られ、本領を満足に発揮できず、結果として私は()()()()()()()()()()()。何も理解できず、何の相談もされずだ。無力感と虚無感で今にも死にたいほどだ」

 

 世界最強に至った彼女とは思えないほど、ストレートな弱音だった。

 それを聞いて東雲は顎に指をあてる。

 

「……織斑一夏は任せてください」

「ほう。私から束に連絡はとれんと言ったはずだが」

「はい。だからこそ、待ってあげるのが、最良かと当方は考えます」

 

 千冬はモニターを滑らせていた指を止めた。

 待つ。どれほど気の長い話になるのだろうか。

 だが確かに、親友なのならば、それぐらいはやってのけなければならないだろう。

 

「……やれやれだ。いいだろう。待ってやるさ、あのバカを。だがな、東雲」

「同意。結果が敵対なのならば当方は迷わず篠ノ之束を殲滅します――其方ができないのなら」

「ふざけるな。あいつを殺すとしたら、それを実行するのはこの世界でたった一人、この私だけだ」

「了解しました」

 

 東雲はそれを聞いて、頭を下げた。

 するりと後ろに下がり、彼女の姿は闇の中に溶けていく。

 

(……いらん気を遣わせてしまったな)

 

 千冬は再度、無人機のデータ吸い上げと有人機の解析に戻る。

 その眼光は、先ほどよりずっと生気にあふれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おりむーを、支えなきゃ)

 

 馬鹿やめろ。

 

(今、支える人が必要だと思う。しののんとかりんりんとか、あるいはせっしーも心配してるはず。でも多分、一番、彼にとって今、必要なのは……あの時のあれに、答えてあげること、そう思う)

 

 寮の廊下を一人進み、彼女は目的地の前で止まった。

 1025室。織斑一夏の自室である。

 

(ええっと、なんか部屋に来るのは久しぶりだなあ)

 

 東雲はぴしりと背筋を伸ばした状態で、一夏の部屋のドアをノックした。

 しばらく待てば、憔悴しきった様子の部屋の主がドアを開け、その姿勢のままぎくりと硬直する。

 

「……織斑一夏」

 

 じっとりと手汗が出ているのが分かって、東雲は両手でスカートのすそをぎゅっと握った。

 声が震えそうになる。目をそらしそうになる。必死に気張った。

 

「あ、ああ東雲さん…………どうか、したのか」

「いや、大事ないかと、見舞いに」

 

 緊張から言葉がうまく出てこない。

 だから観察がおろそかになり、一夏の顔色が、ほかならぬ東雲を見た瞬間に少し変わったのを見落とした。

 

「ああ……うん。大丈夫。おかげで、大怪我とかはしてない」

「そう、か」

「…………」

「…………」

「……えっと?」

 

 無言に耐えきれなくなった一夏の困惑に、東雲は改めて背筋を伸ばし。

 覚悟を決めた。

 

「その、以前、其方が言ったことだが。当方の、隣に至りたい、と」

「――――ッ」

「今日、ああいうことがあって。当方も答えを出さなければならないと思った。まだ気持ちに整理はついていない。具体的にどうしていくのかも分かっていない。だがこのまま放っておいていいとは、思わなかった。おそらくそういう意味では、当方は、其方に絆されているのだろう」

「――――――――」

「だから」

 

 決然とした態度で、東雲は彼の瞳を見た。

 

「肯定する。了承する。当方の、隣に。其方が至ることは……当方にとっても、好ましい。そう感じている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ごめん、あの話、少し、考え直させてくれ」

(!?!?!?!??!?!?!?!?!??!?!?!?!?!?!??!!?!?!?!?!?!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺も、いろいろあって。整理がつかないんだ。俺は……あの言葉をないがしろにしようとは思わない。でもやっぱり、今、すごく……自信がない。俺なんかが君の隣に、って。そう悩んでる」

 

 声色は重かった。一夏は視線を床に落として、ぼそぼそと、覇気なく話している。

 東雲は雷鳴に打たれたように目を見開き、ぴくりとも動けない。

 

「でも、ちゃんと考えて、結論は出す。だから……ごめん。今は答えられない」

「縺ゅ>縺�∴縺� �撰シ托シ抵シ���スゑス� �ク�ケ�コ�ア�イ�ウ�エ�オ �ァ�ィ�ゥ�ェ繧ゥ譁�ュ怜喧縺代ヱ繧ソ繝シ繝ウ讖溯�繝サ遐皮ゥカ�樞€包シ搾シ�ソ��。繹ア竭�竇。」

「じゃあ、悪いな。見舞いに来てくれたのに、こんなこと、話しちゃって……おやすみ」

 

 何か言う前に。

 ばたんと扉が閉められて。

 それはまるで、心を閉ざす音のようにも聞こえて。

 

 

 

 

 

 

 

(――――告白されたと思ったらフラれたんですけどぉ!?!?!?!?)

 

 これは本当に東雲は悪くない。多分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして力を求める少年は、力しかない少女の輝きに目を焼かれ。

 自分が何を目指しているのか。自分は今何をしているのか。深い霧の中に閉ざされた。

 

 次に彼が顔を上げたときに、誰が彼を待っていて、彼はどうするのか。

 そのカギを握るのは――

 

 

(……フラれた……おりむーに……フラれた……フラれた……フラれた……フラれた……)

 

 

 ――ひょっとしたら東雲令なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 




(今度こそ)第二部完ッッッ!!!
何はともあれようやく第一巻を抜けられたので良かったです
あっ文字化けっぽいのは意図的なやつです

第三部 Re; Start(仮)
巻紙礼子さんと大人のデートしたり簪とオーズの最強フォームは何なのかレスバしたりラウラとクロスカウンターしたりするお話の予定です
シャルは登場するけどメインとして扱うのはまだ先になりそうです(申し訳程度の原作再構成要素)



当然のようにストックが死んだので充電期間を置きます、ご容赦ください






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Re; Start
22.雨のち晴れのち少女たち


色々詰め込んだら長くなりました


 IS学園は生憎の雨模様。

 何かの汚れを丸ごと洗い落とすために、神様がバケツをひっくり返したような、それは雨というよりは垂直の洪水だった。

 生徒たちは寮の自室や談話室で、丸ごと滲んだ窓の外の光景を眺めている。

 

 何があって何が動いているのかも分からない。

 その中で。

 

「…………あー」

 

 IS装備開発企業『みつるぎ』からの出向命令を受けた巻紙礼子、()()()()()は、寮のロビーに置かれたベンチに座り、雨をぼうっと眺めていた。

 先ほどまで日本の代表候補生、更識簪と極微細な箇所の部品の商談をしていたところである。

 倉持技研が中々リソースを割けない中、打開策として『みつるぎ』との合同開発の話が転がり込んできたのはつい先日だ。

 都合よく学園に出向していた巻紙は、当然のようにその窓口として、簪とコミュニケーションをとる必要があった。

 

 渉外用の隙一つないダークスーツと、清潔感のある白いブラウス。誰が見てもキャリアウーマンであった。

 彼女は艶やかな黒髪を指に巻きつけつつ、物憂げに雨を眺める。性別かかわらず、すれ違う人々はその美貌に立ち止まってしまう。

 そんな中。

 

(つかれた。まじなにもしたくねー。こないだ死にかけたのに次はごっこじゃなくて本当にOLをやれと来たもんだ。やっぱりダミー会社でよかっただろ! こんなに本格的に潜入しなくてよかったんだよ! クソァ!)

 

 彼女は疲労困憊だった。

 日々商談をこなしつつ、不意に命令が下れば戦場で暴れ、ウサギ印のラボに帰る日なら安酒を飲みつつクライアントをおちょくり、学園から借り受けている自室に帰る日なら爆睡するかなんとか時間を作ってドラマを一気見したりプラモデルを組んだりする。

 その生活が始まって数か月。

 満足度こそ高いが、疲労度もまた高かった。

 

「…………雨、やまねえなあ……」

 

 ややその疲れが深いのか、彼女は今、巻紙礼子は到底出さないような声を出している。オーから始まってタを挟んでムで終わるような名前の女みたいな声だった。

 普段のおしとやかで清楚な美女の外面を維持しつつこれをやってのけているのだから、面の厚さたるや相当なものである。

 

 寮の受付で傘を借りることは容易いのだが、根本的に雨の中を進みたくない。

 テンションが上がらない、モチベーションもない、つまるところ動く気力がないのだ。

 

(今日はこっちでいいんだっけか。じゃあなんかドラマ……駄目だ駄目だ、あの更識ってガキが指定した部品をリストアップして朝までに本社に送らなきゃいけねえんだ)

 

 やるべきことを脳内に羅列し、それぞれの優先順位と実行までの過程を計算する。

 おそらく深夜二時ごろまではかかるだろう。それを理解して、巻紙はどんよりとした目になった。

 

「……なおのこと早く戻んねえとだな」

 

 根を張ったように動かない両足を無理矢理動かして、ベンチから立ち上がる。ロビーの受付に顔を出すと、傘ですか? と聞かれた。

 頷けばすぐに大きなビニール傘が差しだされた。

 会釈して受け取り、寮を出て傘を開く。雨がビニールとぶつかって弾けていくのが見える。

 

「…………は?」

 

 目的の建物までは一直線。そこに一歩進んで。

 巻紙の目の前に。

 ふらふらの織斑一夏が現れた。

 

「ちょいちょいちょーい!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて、思わず巻紙は一夏に駆け寄った。

 

「お前何してッ……ゲフンゲフン、貴方何してるんですか!?」

「……ぁ、巻紙、さんか」

 

 よく見れば彼は動きやすいジャージ姿で、身体は雨に打たれているにもかかわらず高い体温だった。恐らく今まで、雨の中で何か運動をしていたのだ。

 

「もし、かして、これランニングしてたんですか!?」

 

 雨から防ぐために傘を彼の上にかざして、腕を引いて寮へUターン。

 ぐいぐいと引っ張る都合上彼女の身体は傘の外に出てしまい、スーツや髪が濡れていく。

 

「ああもう無茶苦茶して! この間散々――ああなんか言いたくない! 言う資格がなかった!」

 

 一人で叫びながら、巻紙はひいこらと一夏を軒の下まで運んだ。

 彼はぼんやりとした瞳で、しばし巻紙を見つめて……それからハッと意識を取り戻した。

 

「う、うわ!? 巻紙さんすみません!」

「いえ……その、あまり無茶をするものではありませんよ……?」

 

 接触は久方ぶりだった。

 どうしても業務上の都合でほかの生徒と話す機会の方が多く、なかなか時間を取れずにいた。

 一般生徒から彼の評判はよく聞いていた。向上心が強い。まじめである。何より、男らしい。結構な割内の生徒が、好意的だった。

 

 けれど。

 先の未確認機襲撃事件以降は、特に同じクラスの生徒から彼を心配する声を聞いた。

 思いつめたような表情。

 日課であった箒やセシリア、東雲とのトレーニングから一時的に離脱して、一人でひたすら肉体を苛めている。ISを起動させているのを最近見ない。

 

(……クソ、マジ、私がどうこうする資格なんてねえだろ)

 

 自己嫌悪とまではいかない。彼女は自分のやったことに責任感を抱きつつも割り切る、プロフェッショナルとしての精神をきちんと獲得していた。

 

「……すみません。身体動かしてる方が、今は楽で」

 

 一夏は寮の玄関口の段差に腰かけて、上体を起こした。

 その横顔を見て、巻紙は眉を下げる。今は楽、というのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自分ですらさすがに心配するというのに、彼を取り巻く少女たちは今どんな心持なのだろうか。

 

「ご迷惑をおかけしました。大丈夫ですから」

「…………あー……ああ~~~~…………あああああああああああもおおおおおおお!」

 

 突然だった。

 巻紙が唸り声をあげ、呻き、ついには髪をかきむしりながら叫んだのだ。

 一夏はギョッとして彼女を見た。湿気もあいまって一瞬でぼさぼさの髪になった巻紙が、キッと、普段の雰囲気を激変させている。

 

「いいですか、織斑君」

「は、はい」

 

 ずいと顔を寄せられ、一夏は思わず目をそらしそうになった。角度的にその豊満な胸のサイズが強調されているし何より近いしいい香りがする。雨の中でもふんわりと鼻腔をくすぐってきていて思春期の男子としてさすがに平常心を保てない。

 

「君は今、極めて特殊な環境にいますね」

「え、あ……まあ、そうですね」

「一度考えを改めてください。君を取り囲んでいるのは、長年多くのIS操縦者を見てきた私からしても異常な才覚を持つ、黄金世代とでも言うべきエリートたちです」

 

 断言だった。

 長年IS操縦者を見てきた、というのには肩書が説得力を持たせていた以上に、何より()()()()()()()()()()()()

 

「特に東雲令。数十年に一度などという評価では生ぬるいでしょう」

「でも、千冬姉……織斑千冬から数年後ですよ」

「君、確率の偏りって知らないんですか?」

 

 あきれ返ったように、普段の清楚さとはかけ離れた表情で言い放たれてはさすがにばつが悪い。

 話の腰を折ってしまってすみません、と一夏は軽く頭を下げる。

 

「ですからどうか理解してください。君はまだ、方向性すら定まっていない、()()なんです」

「……ゼロ」

「はい。ですからどうか……見失って立ち止まることはあっても、這ってでもそちらに進もう、だなんて考え方はやめてください」

「それは」

「そうやって()()()()()()()()()()

 

 言葉に込められた強い感情が、一夏の唇を縫い付けた。

 巻紙はしばらくの間一夏の瞳を覗き込み……嘆息して、身体を起こす。

 

「ほら、冷えないうちにシャワーを浴びて、寝てください。温かいものを飲んでからがベストです」

「……ありがとう、ございます」

 

 言われた内容を反芻していて、一夏の返事はどこか投げやりだった。

 ゆっくりと、一歩一歩確かめるように歩いていく彼の背中を見送って、巻紙礼子は――オータムは目を閉じた。

 

(後はあのガキ次第だな。もっかい立ち上がって噛みついてくるならそれでいい。牙が折れちまったんなら、バイバイだ)

 

 責任を持てるはずもない。

 肩入れする理由もない。

 だからさっきの言葉も話半分で、それは巻紙礼子を名乗る女の、どちらかといえば脳ではなく脊髄から出てきたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肉体に負荷をかけ続けて、意識をそちらに向ける。

 頭が余計なことを考えないよう、常に()()()()()()()()

 

 とりあえずの方策として一夏が打ち出したのはこれだ。

 

 無論、東雲達にはその旨を説明して、頭を下げた。

 各々悲しそうな顔をさせてしまったが、それまでの環境が一夏にとって負担になるなら、とうなずいてくれた。

 東雲は無表情のまま、静かにうなずいた。

 

『当方は、織斑一夏の負担にはなりたくない』

 

 いつも通りの筋の通った声だったのに、何故か彼女は今にも消え入りそうだった。

 

「……クソ」

 

 部屋に戻ってシャワーを浴び、ポットに粉末のココアと沸かしたお湯を雑に突っ込んだ。

 水とココアの成分が混ざり切っていないまま、一気に流し込む。口の中が焼けるように熱い。今はその感覚がちょうどよかった。

 

「……俺は」

 

 テーブルに両手をついて、壁に掛けられた鏡を睨む。

 映りこむ男の両目の下は()()で縁どられ、唇は荒れていた。

 

「……俺は、本当は……どうなりたかったんだ……?」

 

 言葉は空しく溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の天候は嫌になるほど真っ青な空だった。

 一夏は早朝に目を覚ますと――深夜まで寝付けず、寝入ったというよりは気絶した、に近い――着替えて身支度を整え、走り込みのために外へ出た。

 すれ違う生徒らからあいさつされ、軽く返す。たいていは他クラスの生徒だ。一組クラスメイトは、最近、声をかけるというよりは無理はしないでねと心配してくれる。

 その気持ちを重荷に感じるようになったのは、やはりあの戦闘以来か。

 

 久々にトラウマを発症したからといって、それが原因でずっと精神的に不調が続いているわけではない。

 理由はシンプルだ。

 

(――俺はどうすれば、あのオータム相手に、戦えるようになる?)

 

 はっきり言ってしまえば、その思考回路は視野狭窄に近い。

 だが、絶対に敗北してはならない戦場において、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が自分にあるのなら、まずそれを最優先する。その思考回路はある意味では合理的だった。

 

 寮を出て、ランニングシューズの爪先で地面を叩き、軽くストレッチをする。

 ISを動かさなくなって一週間ほど。

 心のどこかで、あの感覚を、鎧をまとい戦場に身を置く感覚を恐れている自分がいる。それを一夏は自覚していた。

 

「……っし」

 

 自分の頬を張って、一歩踏み出し。

 

 

 

「ああああああああごめんそこどいてえええええええええええええ」

 

 

 

 ものすごい勢いで横殴りの衝撃を食らった。

 

「グワーッ!」

 

 漫画みたいな声を上げて一夏は吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がる。

 ――が、咄嗟の反応は間に合った。最低限の受け身で衝撃を分散させつつ、何よりも()()()()()()()()()()()()()()()ことには成功している。

 

「あーやっばい! デュノア君見失った! どこ!?」

「いた! あそこで……あそこで……」

「織斑君ともつれ合ってるうううううううううう!?」

 

 衝撃の後にやってきたのは、これまた衝撃――じみた絶叫の群れだった。

 後頭部をさすりながら顔を上げると、曲がり角から猛ダッシュしてきた女子たちがこちらを指さして叫んでいる。顔に見覚えはない、それにリボンの色、つまり学年すらバラバラだ。

 車が二両半並ぶはずの遊歩道をふさいで、しかし尚あふれ続けているほどの大人数。

 そんな少女たちは一様に目を限界までカッ開いて、一夏たちを見ていた。

 

「そん……な……王子様を織斑君に取られたァァァァァァァ!」

「織斑君手を出すのが早すぎるでしょ!? もう一組全員妊娠してたりするの!?」

「えっ織斑君がデュノア君を妊娠させたの?」

「黒髪ワイルド×金髪王子isGOOOOOOOOOOOOOOOOOD!!!! どっちがどっちどっちがどっちなの!?」

「えっ織斑君がデュノア君を妊娠したの?」

 

 手の付けようがない大騒ぎとなって、静かな朝が粉々に粉砕される。

 これ寮の生徒から苦情来るだろと一夏が顔を引きつかせたとき。

 

「い、いてて……」

 

 むくり、と。

 一夏が受け止めた金髪の()()が、やっと身体を起した。

 超至近距離で、両者の視線がばっちりと結ばれる。

 

「って――うわぁっ!? お、お、お」

「お?」

「織斑一夏!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて、彼は飛びずさった。

 そう、彼。

 見ることになるとは思っていなかった、自分以外のIS学園男子用制服を身に纏った、中性的な顔立ちの少年。

 まぶしい金髪を一つに束ねて下げ、彼はぱちぱちと目をしばたいて。

 それから後ろで硬直している女子たちにばっと振り向いた。

 

「あわわ! ご、ごめんね織斑君! また後で!」

「あーっ! デュノア君が逃げた!」

「逃がすな! 追え!」

 

 ズドドド、と轟音を上げながら、少女たちは颯爽と逃げ出した貴公子を追いかけていく。

 巻き上がった砂煙を思いっきり吸い込んで、一夏はむせた。なんか涙も出てきた。なんで人助けしてこんな目に遭ってるんだろうと世の無常さを呪った。

 一団が通り過ぎ、目をこすりながら立ち上がろうとして。

 

「……って、あれ?」

 

 気づけば胸元に、身に覚えのない白いハンカチが置かれている。というより、落としたらたまたまそこに一夏の身体があった、みたいな感じだ。

 恐らくさっきの少年の落とし物だろう。

 ふと見れば、ハンカチの縁には、金色の糸で名前が縫われていた。

 

 "Charlotte"

 

「なんて読むんだコレ」

 

 一夏は語学に疎かった。

 首をひねり、まあ何かしらのタイミングで届ければいいか、とジャージのポケットに入れておく。

 

 なんというかすごくアンラッキーな出だしになってしまったが、そのせいで憂鬱な思考が吹き飛んでいる。

 苦笑しながら痛む個所はないかを確認して、うんと伸びをして空を見上げる。

 さっきまでは抜けるような青が嫌だったが、今はそうでもなかった。

 青空には雲一つない。

 正確にいえば黒点が一つあるが、気にするほどの大きさじゃない。

 どうせ隕石か何かだろう。

 

「……は?」

 

 思わず間抜けな声を上げてしまった。

 黒点――何らかの物質が、明らかに学園を、というか寮の前に広がる芝生広場をめがけて落下している。

 目を凝らして確認すれば、点には手足がくっついていた。

 

 大の字で、風を全身で受け止めるようにして、制服姿の少女が一人墜落している。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

 それを認識した瞬間に一夏は全力疾走を開始した。

 いや何してんのあの子は何が起きてんだよこの日は親方空から! みたいなぐちゃぐちゃの考えのまま突っ走って、途中でISの存在を思い出す。

 無断展開は禁止されているが。

 

「ええいしょうがねえ、『白式』!」

 

 人命救助が優先と判断し、手首に取り付けられた白いガントレットを走りながら掴む。

 発光と同時、白い鎧が展開――

 

 ――され、ない。

 

(……ッ!?)

 

 反応がない――つまりこれもう走ってさっきみたいに受け止めるしかない。泣きそうだ。

 畜生なんで俺がこんな目に! と絶叫しながら、一夏は両足をフル回転させた。

 そして全力疾走の甲斐あって、少女の墜落寸前に、なんとか間に合う。

 受け止める体勢に入れるほどの余裕はない。故に選択したのはスライディング。

 

「――ッシャァァバッチコーイ!」

 

 威勢良く叫んだ一夏が右足からエントリーすると同時に。

 ()()()()()()()()()()

 

「えっ」

 

 するーっと一夏は少女と地面の隙間を通り抜け、そのまま、どかーんと芝生広場に植えられた巨木に激突した。

 

「グワーッ!」

 

 漫画みたいな声を上げて、一夏は右足を押さえてその場にゴロゴロと転がる。

 一夏は泣いた。もう今日は厄日だと思った。

 

「……おい」

「あああああもおおおおおやだあああああああ! 今日は駄目だ! 閉店! 帰るわ俺!」

「……おい、お前」

 

 一人で泣き叫んでいると、不意に影が差した。

 動きを止めて顔を上に向けると、一人の少女がこちらを覗き込んでいる。

 先ほど一夏が受け止める前に静止した――思えばあれはISを起動させ、PICで自分を受け止めたのだろう――銀髪の少女だった。

 左目が眼帯に覆われ、右の真紅の瞳がこちらを無遠慮に見つめている。

 

「私を助けようとしたのか、織斑一夏」

「そりゃ、まあ……落ちてきてたら助けようとするだろ」

「そうか。ならば感謝する」

 

 彼女はぺこりと頭を下げた。

 慌てて一夏はジャージについた草を払いながら立ち上がった。

 

「い、いや。気にしてないって……ていうか、あれ? 俺の名前」

「知らないはずないだろう、世界唯一の男性IS乗り」

 

 そういえば有名人になってるんだっけ、と学園島での暮らしに慣れきっていた一夏は手を打つ。

 

「ああ。織斑一夏だ。ええっと……」

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。そして私は……()()()()()()()()()

「へ?」

 

 突然――ではなかった。ただ一夏が気づいていなかった。痛みやら混乱やらでから回っていた思考回路が、ここにきてやっと元通りになり、即座に感知する。

 その赤い瞳に込められた、決して好意的とは言えない感情に。

 

「私を助けようとしたその意気やよし。だが……それでも私は、どうしても貴様を好きになれん」

「えーっと……」

「……困惑は仕方ない。これは……私のわがままなのだ。自分でも抑えきれない感情なんだ。だから貴様を傷つけることがないよう、貴様も傷つくことがないよう、私と貴様は距離を置いて過ごすべきだろう。以上だ」

 

 言うだけ言って、彼女はすたすたと歩き去っていく。

 

「……なんなんだよ、今日は……」

 

 一夏は天を仰いで、嘆息した。

 ぶつかられるわ転がるわ女の子が落ちてくるわ転がるわ……転がってばかりだった。

 

 まあ、トラブルはあったが、別にいい。自分の日常がこれで劇的に変化していくわけでもない。

 そう思いなおして、改めて一夏は走り出すべく、一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は転校生を紹介します! しかも二名です!」

(どっちも知ってるゥゥゥゥ――――!?)

 

 日常が劇的に変化する予感に、一夏は思わず頬をぴくぴくとひくつかせた。

 

 

 

 

 

 

(あ、おりむー、今日なんか少し元気になってる……?)

 

 隣の東雲はその様子を見て、安堵していた。

 

(良かった、最近ずっとふさぎ込みがちだったもんね。なかなか話しかけられなかったけど……そろそろ、また話せるようになるかな……? その、よく考えたら、まずはお友達からっていう方が自然だし!)

 

 内心で拳をぐっと握り、東雲はここからの逆襲を画策する。

 

(その点では転校生っていうのはいい気分転換になるかな! 最近はせっしーとりんりんをギタギタにしながらしののんに基本機動教えてばっかだったし! なんとかここからおりむー復帰までこぎつけたいな! で、転校生って……あの眼帯すっげぇこっち見て驚いてるけど誰だっけ……あと隣は……男装趣味? もしかしておりむーとのペアルック狙いか……!? テメェッ!)

 

 急にキレんな。

 

 

 

 

 

 




第二部が虐殺エンドになってしまったので
明るく進めていきたいと思います

あと更新ペースも一章分書き溜めて順次放出ではなく
素直に書きながら投稿する感じに切り替えていきます
毎日更新とはならなくなりますのでご容赦ください

次回
23.エンカウントが止まらない


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23.エンカウントが止まらない

着実に一話あたりの文章が増え始めていて頭を抱えている

そういえば推薦いただきました、ありがとうございます
羅武コメってなんだよ


「シャルル・デュノアです。フランスで代表候補生をやっていましたが、こちらに僕と同じ境遇の男子がいるということで転入する運びになりました。皆さんよろしくお願いします」

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。ドイツで代表候補生をやっている。諸般の事情により入学が遅れてしまったが、よろしく頼む」

 

 教壇に並ぶ二人の転校生を見て、一組クラスメイトは数秒黙り込んだ。

 対照的な金と銀である。穏やかで気弱そうな美少年と、苛烈ながら堂々とした態度の美少女。

 しかもどちらとも代表候補生だという。挙句の果てに片方は男子だ。

 普通、思考がフリーズしないわけがない。

 

 とはいえ。

 一夏を取り巻くお祭り騒ぎに慣れてしまった面々からすれば、もうはしゃげればなんでもいいのであって。

 

「やったー! 二人目の男子も一組が獲ったどー!」

「獲った……獲った……? まあとにかく、私たちの勝利ね!」

「おい眼帯ロリもいるぜ! こいつは楽しめそうだぐへへ……!」

 

 蛮族っぽいのも含め全員立ち上がり、口笛を吹いて、やんやの喝さいを送り始めた。

 教壇に佇む山田先生はそのお祭り騒ぎにあばばばばとテンパり、教室隅に佇む千冬は頭が痛そうに眉間を揉む。

 

「えっ……何、これ……?」

「あー……うちのクラスメイトは、みんな仕上がってるんだよ」

 

 思わず金髪の男子は、目の前の席に座る一夏に助けを求めた。

 一夏は机に頬杖をついたままクラスの熱狂を聞き流しつつ、眼前に佇む二人の転校生を見上げる。

 

(――シャルル・デュノア。二人目のISを起動できる男子、ねえ)

 

 そんな存在がいるなんて、今という今までまったく聞かされていなかったが……

 ふと一夏は隣の東雲の視線がシャルルに突き刺さっていることに気づいた。彼女はシャルルをガン見して、何度かまばたきして、それから千冬に顔をさっと向けた。

 実は一夏には見えていないが、セシリアも同様に穴が開くほどシャルルを見つめて、それから千冬に()()()()()()()()()()と目で問うている。

 二人の代表候補生からの視線を受けて、千冬は黙って首を横に振った。

 

(まあ、いるんならいるってことで、別にいいんだ。問題はこっちだろ)

 

 そんな様子には気づく由もなく、一夏はすっと視線を横にずらした。

 シャルルの隣に立っている、小柄な少女。眼帯に覆われていない赤い瞳はこれでもかと見開かれ、間違いなく、東雲令を見ていた。表情は驚愕に染まっている。

 

(代表候補生、ドイツ――ドイツ、か)

 

 一夏は誘拐事件に遭った際、ドイツ軍の捜索もあって発見された。

 そういう意味では、ドイツ軍と縁があるのならば、ラウラは彼にとって恩のある組織の一員かもしれないが。

 今朝、距離を取ろうと言われたばかり。なのに実は同じクラスでした、なんて、よほどラウラは神に見放されているのだろう。あるいは見放されたのは一夏の方かもしれない。

 

「えーっと! 皆さん静かにしてくださいッ! あの……あの~!」

「まったく……」

 

 パンパン、と千冬が出席簿を手でたたいた。

 

「ほら、静かにしろ」

 

 それきり、教室は水を打ったように静まり返った。

 ラウラが何故か大仰に頷き、さすが教官だと言っているが、どう考えてもこれは千冬でなければ対応できない生徒を集めたIS学園の陰謀だろう。一夏は大まじめにそう思った。

 

「じゃ、じゃあとにかくそうですね。もう授業も始まりますし、織斑君! デュノア君を更衣室まで案内してもらえますか? あっ自己紹介もしつつ!」

「あー、はい」

 

 頭をかきながら立ち上がる。今日は一時間目から二組と合同でIS実機を用いた訓練だった。

 

「一応、まあ、自己紹介は必要か?」

「う、うん。今朝はごめんね……僕、シャルル・デュノア。シャルルって呼んでね」

「分かった。俺は織斑一夏。一夏でいいぜ」

 

 視線を交わせば、今朝の騒動で慌てふためいた少年とは思えないほど芯の通った瞳だった。

 なるほど頼もしさを感じる。貴公子という呼び名が付けられてもおかしくない。

 中性的な顔立ちと思ったが、物腰と佇まいには力強さや高貴さすらあった。

 

(――いや、セシリアとは違う。血筋とか名家とかっていうよりは、これは……純粋に上流階級……か?)

「じゃあ更衣室に行こうか、一夏」

「お、おお」

 

 シャルルにせかされて、思考に埋没していた一夏は顔を上げた。

 それから二人はドアから出ようとして。

 廊下を人影が埋め尽くしていることに気づいた。どう考えても外に出れる状態じゃない。恐らくは二人目の男子、シャルル目当てでやってきたのだろう。

 

「……相川さん」

「なーに?」

 

 入口傍の席に座る少女、出席番号一番の相川清香に、一夏はぎこちなく顔を向ける。

 

「いつから、こんなにいた?」

「えーっと、『自己紹介は必要か?』のあたりかなあ」

「めちゃくちゃ序盤じゃねーか! それならそうと言ってくれよ!」

 

 てへぺろ★と相川は舌を出して自分を小突く。

 ハメやがったなこいつと歯噛みするが現実は変わらない。見れば一組女子たちはこちらをちらちら見ている。

 

「え、ついに織斑君、覗き……?」

「やっとISバトル以外にも興味を持ったんだ……!」

「見たいのなら部屋に来てくれたらいくらでも……」

「当方はそれが織斑一夏の望みならば許容する」

 

 ひどい言われよう――というより、バトル以外に趣味のないかわいそうな人間に対する言いようである。

 というか師匠がまじめ腐った顔でやばいことを言っていた気がする。もしかして彼女、押しに弱いのかもしれない。

 

「だああああああああああ! シャルル! 突破するぞ! 俺が切り込むからお前は六時方向注意(チェックシックス)!」

「え、りょ、了解!」

 

 覚悟を決めた。

 一夏は両眼から炎を噴き上げると、ドアを勢いよく開けて教室外に躍り出た――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成し遂げたぜ……」

 

 一夏は燃え尽きていた。

 教室から第二アリーナ男子更衣室までは全力疾走でいくつもの角を曲がり、階段を上がったり下りたりして五分弱。

 その間ずっと一夏は、最短経路をふさがれるたびに次に良い経路を選択し、その時点での最短パターンを再計算し続けていた。

 彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ずっと走り続けていたのだ。訓練のたまものである。

 

「あはは……ありがとね」

 

 ここは第二アリーナの地面。

 模擬戦闘を全員で座り込んで見学しつつ、一夏は隣のシャルルとたわいもない雑談に興じている。

 

「にしてもあの『ラファール・リヴァイヴ』を製造してるメーカーの御曹司だったなんてな」

「まあ、あんまり気にしなくていいよ」

 

 見上げた先には、空中で演武のように舞う二機のIS。

 イギリス製第三世代機『ブルー・ティアーズ』と、フランス製第二世代機『ラファール・リヴァイヴ』だ。

 操縦者はそれぞれセシリアと山田先生。普段のぬぼーっとした具合からは考えられないほど、一組副担任は苛烈な攻めで着実にイギリス代表候補生を追い詰めている。

 

「あーやられたやられた」

「おう鈴、ナイスファイト」

 

 その時、ISスーツ姿の鈴が、疲れた表情で歩いてきた。

 やや足取りがおぼつかないのを見て、シャルルとは反対側の隣に座っていた箒が慌てて立ち上がる。

 

「おい大丈夫か鈴、ほら」

「さんきゅね、箒」

 

 一夏が抜けてしまった訓練を共にこなすうちに、箒、セシリア、鈴の間にはどうやら一定の友情が生まれていたらしい。

 駆け寄った箒は鈴の右腕を背中に回して、彼女に肩を貸した。

 

「推察。アレは……()()()()()()()()()()()()だったのだろう」

「そうだね」

 

 一夏の背後に佇む東雲の言葉に、シャルルは即答した。

 当然、シャルル以外はお前が言うなという視線をぶつけた。しかし本人はどこ吹く風である。

 

 東雲の言葉通り、山田先生の戦闘技術は、印象を覆して余り有るものだった。

 高速機動、射撃精度、何よりも戦闘用思考回路の回転、どれをとっても一級品だ。

 鈴の砲撃にかすりもせず、相手の甘えた機動を見た瞬間には撃ち抜いている。

 どう考えても――現在の代表候補生とは格が違う。

 

「ったく、ほんとどーなってんだかあの先生、って感じだけど……それよかは」

「ああ、セシリアだな」

 

 セカンド幼馴染の言葉に、一夏は空を駆ける蒼穹の機体を見上げた。

 疾い――自分が戦った時よりも、各段に、()()()()()()()

 無駄のない動きはさらに洗練され、もはやそれは単なる移動ではなく舞の次元に昇華されつつある。縦軸と横軸を組み合わせた際の軌道は複雑怪奇でありながらも流麗、見惚れるような美しさすらあった。

 

「僕も二人に同意だね」

「ああ。私もだ。山田先生にここまで持ちこたえているセシリアの技量こそ、今は感嘆すべきものだろう」

 

 事実生徒らの視線はほとんど、顔中に汗を浮かべながら、()()()()()()()()()()()()()()()()()セシリアに注がれている。

 山田先生の射撃を回避しきれない場合には盾として防ぎ。

 ビットの射撃に意識がそれた瞬間には、それを矛として突撃する。

 

「鈴が落ちそうになった時、躊躇なくセシリアにブン投げた時は何事かと思ったぜ」

「東雲相手の訓練で、セシリアも結構近接武器使うようになってたからね。でしょ、センセ」

「いや私が教えたのは短刀の扱いなんだが……」

 

 馬鹿でかい青龍刀を必死に振り回す臨時の弟子を見て、篠ノ之流を修めた少女は複雑そうにつぶやいた。

 表情が『知らん……何あれ……怖……』と語っている。

 

 そうこうしているうちにも、ついに山田先生の射撃が『双天牙月』の持ち手を捉え、吹き飛ばす。

 地面に落下していく友の武器を眺めてから、セシリアは首を横に振った。

 降参(リザイン)である。

 

「終わったね」

「終わったな」

 

 全員ゆるゆると立ち上がった。

 ――だが一夏だけは見逃さなかった。セシリアがこちらを一瞥し、その蒼眼に炎を燃え盛らせていたことを。

 

(……なるほど。こんだけ粘ったのは……俺に見せたかったのか)

 

 彼女の瞳が告げている。()()()()()()()()()()()()()

 ――ライバルが、自分に発破をかけているのだ。

 

「……ッ」

 

 拳を握った。

 何かを背負わせるわけでもない。何かを押し付けるわけでもない。

 

 ライバルはただ上空で、じっと自分を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業を終えて自室に戻り、翌日の座学の予習のために教科書を開き。

 ふと休憩がてら、教科書巻末の用語集をめくっていた。

 意外と知らない単語や知っている単語が入り交じっていて、眺めているだけでも楽しく、また勉強しているような気分になれる。

 

 そうして文字の羅列を眺めていると、ちょんと肩を突かれた。

 顔を真横に向けると、片手に茶碗を握ったシャルルがいる。

 1025号室のルームメイト。同性同士ということで、二人は仲良く同じ部屋に押し込められることになったのだ。

 

「ねえ一夏、この日本茶って、畳の上で飲むものじゃないの? 僕、ここで飲んでて大丈夫なのかな……」

「お前が言ってるのは抹茶だぜシャルル。実はあれ、武士じゃないと飲んじゃいけないんだ。平民出の俺は武士に抹茶をたてる義務があってさ」

「……ごくり」

「……不味いと、斬られるんだ」

 

 やっぱり! とシャルルは悲鳴を上げた。当然嘘っぱちなのだが、一夏は神妙な顔で言い切って、挙句の果てには誤解を解くことなく教科書に視線を戻した。

 並ぶ単語はISの特殊機動名称から始まり、IS乗りとしてはいまいち縁のない整備用プログラムであったり、あるいはIS乗りの精神状態を示す単語であったり。

 その中で。

 

 不意に目が留まった。

 

 

 ――『IS恐怖症(フォビア)』。

 

 

「IS……恐怖症……?」

「え? ISを用いた戦闘に強い忌避感を抱いた結果、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()……だったっけ」

「――――――」

「平たく言えば軍人のPTSDのIS乗り版、みたいな感じなのかな。ISって脳からの信号伝達が肝なわけだから、まあ、精神的な不安定さは操作精度に直結するわけだし」

 

 シャルルの言葉が耳を滑っていく。

 一夏は食い入るようにして、その文字列を見つめた。

 

 思い出す。

 今朝の二度目のエンカウント。

 自分は、ラウラ・ボーデヴィッヒを受け止めようとして。

 

 ISを起動しようとした。のに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 がこん、と自動販売機が無造作に缶コーヒーを生み落とした。

 学生寮の談話室に赴き、わざわざ飲み物を仕入れる生徒は少ない。生徒が住まう二階から階段を下った一階、それも食堂や大浴場のある方向とは反対側にある談話室は、どちらかといえば物静かな生徒が好んで使う施設だった。

 

「……ふう」

 

 就寝時間直前というのもあってか、談話室には人気がなかった。

 一夏は息を吐いて、コの字型に配置されたソファーの一席に座る。

 

「……恐怖心……俺の心に……恐怖心……」

 

 自分の手を見た。オータムのことを考えると、手はわずかに震え、拍動が早まる。

 恋かよ、とあまりに適当な冗談を独り言ちて、それからプルタブに指をかけた。

 カシュと軽い音とともに空いた飲み口から、コーヒーを口に流し込む。

 

「……ん?」

 

 ふと顔を上げた。自分以外に誰もいないと思っていたが……正面のソファーに、何やら布の塊が置かれている。

 さらにじっと見つめていれば、もぞもぞと動き始めた。

 思わず腰が浮く。何だこれは。

 

 その時ちょうど、ドアがノックされた――というより、何か手に抱えたものをドアにぶつけたような音が何度か響いた。

 一夏は布の怪物を見て、それから恐る恐るドアに近づく。

 

『ごめん、なさい、荷物が多くて、ドアが開けられない』

「あ、ああ」

 

 ソファーの未確認生命体を放置していていいのかとも思ったが、まずは人助けが優先だ。

 一夏はドアをそっと開けた。

 しかし向こう側にいたのは、これまた本の怪物だった。

 

「っとぉ!?」

 

 前門後門謎の化け物にふさがれた!? と一瞬慌てたが、よく見れば違う。

 部屋に入ってきたのはれっきとした人間だった。タワーのように積まれた分厚い本を、小さな手がぷるぷる震えながら支えている。

 顔どころか身体が見えなくなっているが、スカートがかろうじて見えた。女子生徒が山のような本を抱えて、ここまで歩いてきたらしい。

 

 さらに開けっ放しのドアから、もう一人、これまた山積みの本を抱えた少女が颯爽と入ってきた。

 彼女は一夏の隣をさっさと通り過ぎて、一人目とは違い速やかに本を談話室のテーブルに置く。それは艶やかな黒髪を下した真紅の瞳の少女。東雲令である。

 

「……あ、東雲さん」

 

 今日はいろいろありすぎて逆にネガティブ思考ができず、一夏はしれっと名前を呼んだ。

 東雲は驚いたのか数秒硬直して、それから彼の顔を見た。

 

「……ッ。名を呼ばれるのは、久しぶりに感じる」

「ごめんって」

 

 少しすねたような口調だった。

 

「ねえ、令、もしかしてそこにいるのって」

「……肯定。だが、更識簪、安心してほしい。当方が仲を取り持とう。親しい者同士がいがみ合うのは、歓迎できない」

 

 まだ一夏からは顔が見えていない少女は、どうやら東雲と仲が良いらしい。

 下の名前で呼ばれているのを聞いて、一夏は少し驚いていた。

 

「……ありがとね、令」

「気にすることはない。当方にとって、どちらも大切な存在である」

「ありがと。じゃあとりあえず本を――――あっ」

 

 その時。

 彼女は一夏の向こう側にあるテーブルに近づこうとして。

 ぽてっと躓いた。

 

 あ。

 

 積み上げられた本が、ふわりと浮く。そこでやっと、一夏は浮かんだ本と本の隙間越しに、少女の水色の髪と、気弱そうな瞳を見た。事態の理解が追い付かず、彼女は目を白黒させている。

 それから一夏は視線を上げた。雨のように本が降ってきていた。

 文字通りの雪崩として迫りくる分厚い本たちを、一夏は引きつった笑みで見ていた。

 

(――――やっぱ今日ダメだわ)

 

 どんがらがっしゃーん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おっぶぇ!)

 

 人類最高峰の瞬発力と身体能力を誇る東雲令が動かないはずもなく。

 落下した辞書のように分厚い本たちを、カンフー映画もかくやと言わんばかりの体さばきで次々と、というか全部受け止める。

 肩に着地させるわ腕に載せるわ足先に引っ掛けつつ太ももにも載せるわで、一人で十冊以上の書籍を、見事一つも床に落とさなかった。

 

(た、助かった! 弁償とかになったらかんちゃんがやばいし! ていうか、おりむーいたんだ。ふへへ……カッコいいとこみせちゃったナ……なんていうんだっけ、そう、見たか! 当方の超ファインプレー! 好感度下げちゃった原因が分からなくてもここからまた稼ぎなおせばいいんだよぉ! ありがとうかんちゃん! こんな好機をくれるなんて、友情万歳!)

 

 そんなエゴむき出しの感情のまま、ぐりんと顔を向けた東雲の目に。

 躓いて転ぶ水色の髪の少女――を、咄嗟の反応で受け止め、二人仲良く床に転がった、織斑一夏の姿が飛び込んできた。

 

 身体はこれ以上なく密着しており、さすがの一夏も頬を赤く染め、少女もまた耳を真っ赤にしている。

 東雲がこれほどまで密着したことがあっただろうか――ていうかよく考えたら肌と肌が触れ合ったことなくない?

 つまりゼロに何をかけてもゼロなので、彼女は理論的にこれ以上なく敗北した。

 

 

 

(さよならかんちゃん 絶交だよ)

 

 

 

 友情は潰えた。

 

 

 

 







次回
24.やけっぱち寿司パーティー


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24.やけっぱち寿司パーティー

 状況は混迷を極めていた。

 学生寮1025号室――本来は一夏とシャルルがいるべき部屋で。

 

「…………」

「…………」

 

 なんかすごい不機嫌な女子とそのツレが、一夏のベッドに腰かけている。

 それを見てアメジストの瞳を細めながら曖昧に微笑むシャルルは、自分のベッドに座り。

 学習机の上でとぽとぽとお茶を淹れている一夏は、顔中にびっしりと汗を浮かべていた。

 

(なんだ……!? 東雲さんのお連れさんは何で怒ってるんだ……!? 分からん、さっぱり分からん……!)

 

 最近は影が薄くなりがちだったものの、彼は本来度を越えた唐変木である。

 苦手意識と羞恥が混ざっている少女の感情など分かるわけもない。

 

「ど、どうぞ……」

 

 湯呑を二つ、少女たちに差し出す。さすがに叩き落されたりはせず、両者きちんと受け取ってくれた。

 

「……どうも。結構なお手前で」

 

 水色の髪の少女は、冷たい言葉でお世辞を言う。

 その雰囲気ばかりはまるで身に覚えがなく、むしろ彼女を助けた一夏としては理不尽この上ない。

 

(シャ、シャルル……!)

 

 助けを求めて視線を送ったルームメイトは、顎に指をあててうーんと考え込んだ。

 シャルル視点では、彼女は間違いなく一夏に対して何かしらの感情を向けていて、それが不機嫌さという形で表出しているのだ。

 

「……あの、えっと、名前を聞いてもいいか?」

「あっ」

 

 とりあえず一夏は、水色の髪の少女に声をかける。

 彼女はちょっとぽかんと口を開けて、頬を赤く染めた。そういえば名乗りすらせずに、部屋にまで上がりこんでしまったのだ。

 

 談話室で助けられた際、彼女は何かを一夏に言おうとして、だが言えないという状態だった。

 見るに見かねた一夏はとりあえず本を一緒に運び、それでもまだ何か言いたげな様子を見て、女子の部屋よりはと自分の部屋に招いたのだ。

 

 ちなみに布の塊は簪がキレ気味に放置していこうと提案したので放置した。

 おそらく待っている間に寝落ちした結果がこれなのだろう。顔も知らないであろう少女に一夏は合掌した。

 

「……更識、簪」

「更識――ああ、楯無さんのね」

「……ッ」

 

 何気ない言葉だった。

 だがシャルルは、それを聞いた簪が少し身をこわばらせたのを見逃さなかった。

 

(――コンプレックス持ち。多分根が明るい方じゃない。なのにここまで一夏に対してつっけんどんってなると……そのお姉さんに対するコンプレックスに近いレベルで、一夏と何か因縁があるのかな?)

 

 多くの人間観察をこなし、それができなければならなかった立場のシャルルは、僅かな挙動から心理を読み取っていく。

 東雲がちらりと簪を見て、何かしらを話そうと口を開いた。

 瞬間。

 

()()()()()

 

 一夏の唇から漏れた言葉に――眼鏡型ディスプレイの奥で、簪の目が見開かれた。

 

「目標が高ければ高いほどきつい。うん。本当……しんどい」

「…………でもあなたは、専用機までもらって……前に、進んでる」

「欲しくてもらったわけじゃない」

「――――ッ!」

 

 その言葉で簪の目つきが変わった。

 

「貴方は……!」

「だけど――前には、進まなきゃいけない」

「ッ!」

 

 激情に駆られて飛び出した言葉が、それを聞いて止まる。

 一夏の瞳は虚空を見つめていた。

 いや正確に言えばきっと、それは、ここにはない()()を見ている。

 

「どんな壁があっても、それを理由に諦めたくない。立ち止まることがあっても、後ろを振り向くことがあっても。俺は最後には、前に進みたい」

 

 すっと視線を落として、彼は震える自分の拳を見つめる。

 何を見ているのかまでは、三人は読み取れない。けれど何かに耐えているのだけは分かる。

 

「だから――今は、こいつがあって、助かったと思ってるよ。まあ最近はちょっと困ってるつーか……絶賛立ち止まってるとこで、申し訳ないんだけどさ」

 

 腕につけた白いガントレットをぽんぽんと叩いて、一夏はぎこちなく笑った。

 それを聞いて簪は――どこか、毒気を抜かれたようにぽかんとしている。

 何か想定外のことが起きたような。

 それも想定外に()()()()だったような。

 

(――専用機。コンプレックス。それと……制服にいくつも端末を入れてるね。でも整備課じゃない。間違いなく専用機持ち。日本人。これは――彼女の専用機に何らかの問題が発生している。それも恐らく一夏が原因で……?)

 

 場の流れは確かに変わった。人間の感情のレールが切り替わった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、シャルルは思考を回した。

 

(うん。結構今ので、冷淡な感じがほぐれてる。この場をより良い方向に導くためには、一夏と更識さんの関係を良好にするためのあと一押しをすることがベストかな。そのために必要なキーパーソンまでそろってる。これならちゃんと()()()()()()()()()

 

 シャルルの思考回路はただ一つの目的のために、常人よりも純化されている。

 目的を単一化し、ただそれのみに突き進む、それのみに価値を認める。

 シャルル・デュノアは曇りなき眼でそれを信じていた。

 

 故に彼は気づかない。

 

「ねえ、東雲さん。せっかくだからさ、二人が仲良くなれるように、明日にご飯とかどうかな」

「………………………………………………………………」

 

 その女は簪よりはるかにキレているということに――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして後日。

 

「これでいいか(半ギレ)」

 

 そこでは東雲は再び食堂を貸し切って、今度こそ寿司百パーセントのバイキングを開催していた!

 

「すごい! っていうか、想像以上すぎて逆にびっくりっていうか……!」

「喜んでくれたのならばよかった(半ギレ)」

 

 シャルルは隣のクールビューティがめちゃくちゃキレていることに一向に気づかなかった。

 

「これは……一体……なんなのだ……?」

 

 トロの握りをこれでもかとトレーに並べつつも、箒は困惑の声を上げる。

 食堂は貸し切りで、名目上は『学年別個人トーナメントに向けて学年の親交を深める会』なのだが、これは東雲が完全なやけっぱちで千冬に突き付けたモノだ。

 元がそれなのだから形骸化するのも早い。とりあえず暇な一年生がわんさかと集まって、好き放題に騒ぐ空間となっている。

 

「やー、『世界最強の再来』っていうしあの感じだし、とっつきにくいかと思ったらさー」

「結構いい人みたいだよね! こういうパーティーを開催してくれるなんて!」

 

 仕方ないことだが一般生徒から東雲への好感度はうなぎ上りだった。

 今までは人を寄せ付けないような鋭利な空気を身に纏っていた少女が、こういった開けた場を主催したのだ。

 一年一組から始まり、八組までの生徒らが食堂に出たり入ったりである。

 最も騒いでいるのは言うまでもなく一組生徒だ。

 

「みんな楽しんでくれているようで何よりである(半ギレ)」

 

 そんな中で、東雲は明確にキレていた。顔にも声にも出ていないが、めちゃくちゃキレている。

 まず大親友が自分を裏切って一夏と身体接触した時点で完全に怒り狂ってはいたのだが、あろうことか二人がそこから仲良くなるための手助けをすることになったのだ。

 

 

(そりゃね。仲を取り持とうとは思ってたよ。かんちゃんは絶対おりむーが嫌いだから、いがみ合うことがないように、お互いが傷つかないようにしようって思ってたよ。出会い頭にハグしてたんだよ。誰があそこまでくっつけって言ったんだよ。当方ですらしたことがないのに。当方ですらしたことがないのに!)

 

 

 あれが不可抗力であることは東雲とて理解しているが、やはりそれで感情を制御できるほど成熟した人格ではない。

 表に出ていないという意味では感情を制御できていると言えなくもないのだが……

 

 

(当方に!!!!! しろよ!!!!! そういうのはさあ!!!!! ていうかフッた女の目の前で別の女とイチャコラするなよ!!!!!!!!)

 

 

 フッてもいないしイチャコラもしていない。

 ついでにお前にしたらカウンターで首が飛びかねない。

 

 東雲は食堂のカウンター席に腰かけ、副主催者であるシャルルと共に会場を眺めていた。

 今回の一件で一般生徒の間では東雲とシャルルの関係を勘繰るような噂も流れているのだが、東雲はまず気づいていないしシャルルもそういうのじゃないときっぱり否定している。

 

 元より学年全体を巻き込んだのは、一組に属する生徒と四組に属する生徒を自然に引き合わせるというそれだけのため。

 二人きりでは片方が気後れする。だからこそこうして、逆にどんちゃん騒ぎにすることで目立たないようにした。

 

 シャルルは話しかけてくる女子の話を笑顔で聞きつつ、分割思考の一つを食堂隅の会話に割いた。

 一つのテーブル。喧騒とは切り離されたような空間。

 

 織斑一夏と更識簪が、そこに座って対面している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………そっか。そういうことが、あったんだな」

「……うん」

 

 倉持技研が『白式』を担当していることは一夏も知っていた。

 だがそれゆえに、簪の専用機が人員を奪われ完成から遠のいていたとは知りもしなかった。

 

「最近は、『みつるぎ』っていう会社がサポートに加わってくれて……巻紙さんっていう人がすごく、丁寧に補佐してくれてるけど……」

「うん、そっか」

 

 二人に挟まれたテーブルには、東雲が勧めた特上の握りが並んでいる。

 会話を優先するあまり放置されていたそれらに、あえて一夏はそのタイミングで手を伸ばした。

 

()()()()()()

「!」

「『白式』のために働いてくれてる人たちのおかげで、俺は戦える。俺が、『あの人たちは本当は君のために働くべきだった』だなんて勝手に言うことは……俺を支えてくれている人たちへの、冒涜だ」

「……ッ」

 

 一夏はヒラメの握りを口に放り込んで、咀嚼し、飲み込む。

 それから真剣なまなざしで、簪を見た。

 

「だから君には、俺個人を嫌う権利がある」

「……嫌いになんて……なれないよ」

「どうして?」

「……織斑くんは……前に……進んでるから……」

 

 一夏の眉が跳ねた。

 しっかりと、言葉にはしてないのに。

 言葉の後ろに――『私なんかとは違って』と聞こえた。

 

「それは違う。俺は……今まさに、立ち止まってるところだよ」

「え?」

「今、すっげえつらくて、すっげえしんどいんだ。だから……這ってでも進むなんて考えは、やめた方がいいのかもなとは思ってる。目指すべき方向を見据えながら、今は少し、立ち止まってもいいのかなって」

 

 彼の瞳に揺れている哀切を、簪は確かに読み取った。

 食堂はいまだ喧騒に包まれている。誰もこちらを見ていない。

 

「……多分、大丈夫」

 

 え、と。

 間抜けな声が、一夏の口から転がり出た。

 簪はテーブルの上に身を乗り出して、一夏の頭をそっと撫でていた。

 

「こんなこと、言うの……ヘンだけど。私は、()()()()()()()()()()。だから……きっと、大丈夫」

 

 なんとか笑顔に寄せようとして、彼女は唇をぎこちなく吊り上げる。

 まったく笑顔になっていないけれど、自分に気を遣ってくれているのは分かる。だから一夏は笑い飛ばそうとした。似合ってないぞと。

 

「大丈夫……織斑くんはきっといつか、立ち上がれる」

 

 だけど。

 

「私、少し、勇気もらっちゃった……織斑くんもそうなんだ……あなたも、立ち止まるしか、できないことがある。だったら私も、いつか、織斑くんみたいに進みだそうと、思えるんじゃないかって…………だから……あなたも、きっとそうなんだよ」

 

 間近で見る真紅の瞳にはこれ以上ない慈愛の色が浮かんでいて。

 

「だから今は休んでもいいんだよ……目指すべき場所の高さに挫けたって、仕方ないんだから……だって織斑くんは、今までもう、十分に頑張ってるんだから」

 

 その言葉はこれ以上なく心にしみて。

 

「…………おう」

「……泣いてるの?」

「ば、馬鹿言うな。わさびがききすぎだったんだ」

 

 子供みたいな言い訳に、ふふっと簪は笑みを浮かべた。

 それが無性に気恥ずかしいのに、一夏は、それ以上に安らぎを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーなるほどね。確かに、ああいうのも必要かもねえ」

 

 東雲のすぐそばに来た鈴は、一夏と簪を眺めながらそう言った。

 

「……ああいう風に優しく寄り添ってやれるのは、私には……できないな」

「何をおっしゃいますか。彼を今まで一番親身に支えてきたのは貴女でしょうに。そこは自信をもってシャキッとしなさい」

 

 自嘲の笑みを浮かべる箒に対し、セシリアは親友の背中をばしんと叩く。

 

「うん。あれはすごく……思っていたよりも、いい着地かな」

 

 ()()()()()()()()()()と、シャルルは満足感を得た。

 

 

 そして。

 

 

 東雲令は。

 

 

 それを見ていた。

 

 

 

 

 気になる男子と同世代一番の大親友がなんかすげえ勢いでフラグを立ててるのを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東雲は激怒した。必ず、かの天然たらし唐変木の男を締め上げねばならぬと決意した。東雲には恋愛がわからぬ。東雲は、彼氏いない歴=年齢の女である。刀を振るい、他の代表候補生や日本代表と遊んで暮して来た。けれども気になる男子の動向に対しては、人一倍に敏感であった。

 

 

 

(覚えてろよ……ッッッ!!!)

 

 寿司を放り込みすぎてリスみたいになった頬をさらに膨らませて、東雲は捨て台詞を吐いた。

 何をだよ。

 

 

 

 

 






着実に覚醒ポイントを貯めていく原作主人公の鑑


次回
25.無価値(ゼロ)


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25.無価値(ゼロ)

バレンタイン特別回です


「だめだなー」

「だめだねー」

 

 整備室の片隅で、一夏は天を仰ぎ、簪はがっくりとうなだれていた。

 

 あの後――自身が『IS恐怖症』を発症している可能性があると、一夏は誰にも打ち明けられなかった。

 元より精神的な問題が原因ならば、自分でどうにかしなくてはならない。

 故にどちらかといえば、問題は機体の改修の方。

 

 課題である『白式』の改修と『打鉄弐式』の完成に取り組むことにした。

 

「……当方はそろそろ別件でここを離れる」

「ああ、悪いな」

「……お疲れ、令」

 

 二人して機体を前に、担当整備者と電話をしたり学園が用意できるパーツとにらめっこしたりしながら数時間。

 既に日は暮れていた。

 六月の末から繰り上げられ、中旬に開催される運びとなった学年別トーナメント。生徒全員強制参加となるそのイベントに向けて、一夏は戦いの中で切れる札を増やしたい。簪は機体を完成させたい。

 そこで東雲も特訓を中断し、各々の行動時間を増やす方針に舵を切った。

 

 セシリアは一人、黙々と腕を磨いている。

 箒はIS戦闘機動を想定しつつ、生身で剣を振るっている。

 鈴は――なんか『双天牙月』の消耗速度が想定の三倍早いって怒られて涙目になっていた。たいてい壊したり使い潰したりしているのは彼女でない人間なのだから、理不尽極まりない。

 

 見守ってくれていた、時折差し入れを出したり休憩を提案してくれたりした東雲がいなくなり、整備室に残るのは喧騒とは切り離された一夏と簪のみ。

 

(やっぱ武器を積むのは諦めた方がいいな。何より俺の射撃の腕が足りないと思うし)

 

 借りてきたIS用アサルトライフルを床に転がして、一夏は黙考する。

 

(となるとスラスターの出力やらなにやら……今の『白式』はなんでかわかんねーけど容量が()()()()()()()()()()()()。柔軟性がないというか、本来は何かの一点に特化してるんだとは思うが、それが発現してないというか)

 

 では何が食いつぶしているのか。

 では何に特化しているのか。

 嫌でも、一夏はゴーレムの言葉を想起する。

 

(…………いやいやいやそれは……()()()()()()()()()()。『白式』に発現するわけがない)

 

 頭を振って、もう一度愛機のパラメータに目を通す。

 機動力に重きを置いて、今までよりもスラスターの最大出力を増した。稼働効率にはもっと実働時間を積んでいくことが必要と隣の少女に言われている。

 だからもう、手を加えられるところはほとんどない。汎用性のなさは、逆に調整領域の狭さにもつながる。

 一夏はうんとのびをして、隣の少女に顔を向けた。

 

「あー……気分転換してくる、というか今日はもう帰るよ。夜には雨が降るらしいし。()はどうする?」

「…………」

 

 ここ数日の放課後はずっと一緒に作業をしている相手の名を、一夏は気安く呼んだ。

 男子から下の名前で呼ばれることに多少簪がぐにゃぐにゃしたり東雲が激激おこおこカムチャツカスーパーノヴァになったりしているがこの男は一向に気づいていない。

 唐変木だから、というよりは、そこにリソースを割けていない。

 

 迫るトーナメント。

 うんともすんとも言わない機体。

 整備用に顕現させることはできる。ラインが途切れていてもそこには確かに在る。

 

 だけど。

 戦うための鎧としては、召喚に応じてくれない――いいや、きっと一夏が召喚できていない。

 

「――なあ、聞いてるか?」

「…………」

 

 簪はじっと空間に投影された複数のウィンドウに指を走らせて――ない。というかそのうち一つのウィンドウに注視している。

 何事かと覗き込めば、そこでは変身ヒーローと怪人が壮絶なバトルを演じていた。

 

「休憩中でしたか……」

「違う。休憩なんて甘えた意見は看過できない……! 私は……真剣に見ている……ッ!」

「あ、うん。そうだな」

 

 確か『アイアンガイ』という名前の番組だったか。ヒーロー然とした見た目のヒーローが、マスターXなる敵と死闘を繰り広げている。

 彼女の特撮好きはつい先日知ったしその熱量も理解した。

 一夏とて興味がないわけではないのだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()彼にとっては、時期を過ぎてしまったコンテンツだった。

 

(ヒーローか……都合よく間に合ったりするもんなのかねえ)

 

 暴れまわる怪人。

 何もできない市民。

 そんな時に、颯爽と現れて、怪人を倒すヒーロー。

 

(いや……うん。間に合うからこそ、ヒーローなのか)

 

 あの時も、あの時も。

 見上げることしか、できなかった。

 ヒーローの背中。

 

 一夏は内心独り言ちて、錆びた笑みを浮かべてから、白式を待機形態に戻して整備室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寮への帰り道。

 風がぬるい。もう春が過ぎ去ろうとしている。いや風には湿気も含まれていた。雨の予兆を感じる。

 一夏はぼけっと月を見上げながら、ゆっくり歩いていた。

 

「……あ」

 

 ふと気配を感じて、顔を向けた。

 遊歩道を歩く一夏から見て、右斜め前。

 街路樹を挟んだちょっとした芝生のスペース。そこに、織斑千冬とラウラ・ボーデヴィッヒがいた。

 

「では、しばらくはここの教師でいるのですね」

「そうなるな。不服か?」

「まさか。それが教官の望みなのなら、問題ありません」

 

 思わずしゃがみこんで、隠れた。

 教官――ドイツ。

 同時、口調や態度、日常的な動きにも散見される()()()()()が想起された。

 

(千冬姉がドイツに出向した時、何してるのかは知らなかったが……軍の教導官をやってたのか……!)

 

 事実と事実のつながりを認識し、一夏の脳内で新たな事実への道が構築されていく。

 ――ならば、やはりラウラ・ボーデヴィッヒは軍人だ。

 代表候補生として、軍人として。

 IS乗りとして間違いなく格上。

 

「いささか残念ではあります」

「そう、か。随分と――ため込むことを覚えたな」

「大人になった、と言っていただければ」

「違う」

 

 そうこうしているうちにも会話は続いていた。

 が、今この瞬間に、千冬が流れを切った。

 

「残念だよ。いい影響になると思って、東雲と会わせたが……それは大人になったとは言わん。まだ十五だろう、お前。まだ泣き叫ぶ方がましだ」

「…………それは」

「ラウラ、少し肩の力を抜け。お前の転入を推薦したのは、それが一番の目的だ。大成するよお前は。だから、今のうちに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 言葉は曖昧だったが、一夏さえ驚くほどに、温かさを含んでいた。

 思わず顔を出して二人の様子を見た。

 想像とは裏腹に――ラウラは、苦虫を噛み潰したような表情だった。

 

「それでは、いけないのです。私は強くなりたい。強くならなければならない……! ()()()()()()()()()()()()()……!」

「……そうか」

 

 一夏は頭を殴られたような衝撃を受けた。

 這ってでも。前に進みたい。進まなければ。

 

(それは……)

「――呼び止めてしまい申し訳ありません、教官。私はこれで失礼します」

 

 足音が過ぎ去っていく。

 夜風が草木を揺らす音だけがしばらく響いた。

 それでも一夏はしばらく歩けなかった。

 

「おい」

 

 千冬の声。

 最初から気づかれていた。

 

「ウサギが逃げてるぞ。追いかけるなら今のうちだな」

 

 盗み聞きを責めることもせず、ただ姉はそう言った。

 

「――ッ!」

 

 即座に一夏はガバリと身体を起こし、ラウラが立ち去った方向へと走っていく。

 千冬は彼の背中を見て、それから空を見上げた。月が雲に隠されようとしている。

 

「……一雨来るな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか、雨が降っていた。

 それはあっという間に勢いを増していった。先日の豪雨に匹敵するような量の雨が、雷すら引き連れて降り注いでいる。

 少し走っただけでインナーまで雨がしみこみ、一夏は濡れ鼠と化した。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

 そんな中で、一夏は雨音にかき消されないよう、腹の底から彼女の名前を叫んだ。

 滲む視界の中で、銀髪が翻る。

 雨を吸っていないかのような、ふわりとした動き――いいや、実際に彼女は傘を差していないのに、濡れてはいない。

 

「……PICを使え」

「……え?」

「傘代わりになる」

 

 ラウラは上を指さした。

 確かに彼女の頭上で、雨粒は弾かれ、彼女を避けるようにして地面に落ちている。

 

「それで何の用だ。貴様と、私は、距離を置くべきだと、言ったはずだが」

「……ため込んでるって、言ってただろ」

「…………聞いていたのか」

 

 ばつが悪そうな顔をして、彼女は一夏から視線を逸らす。

 

「君は……俺のことが苦手だって言った。でも聞きたい。君はどうしてそこまで、前に進もうとする?」

「追い付けないからだ。あるべき自分であれないからだ」

「誰に」

「決まっているだろう。世界の頂点だ」

 

 明確な言葉だった。

 世界の頂点――それを聞いて連想されるのはただ一人。織斑千冬。

 

「休んでいる暇などない。一分一秒、刹那すらも惜しい。私は立ち止まれない。許されない。そんなことをしていたら、()()、何もできない無力な自分に成り下がってしまう……! 私は()()()()()()()()()()()()……ッッ!!」

「――――!」

 

 ドクン、ドクンと、心臓が鳴っている。

 知っていた。

 その慟哭を、自分自身に向けられた憎悪を。

 織斑一夏は知っていた。

 

 雨に打たれながら、視線が交錯する。

 

 ラウラは明らかに、震えていた。

 そうであれと、自分へ必死に言い聞かせているようだった。

 

 揺れが正確に読み取れた。

 現実の自分と理想の自分の乖離。ああそうだ、それこそまさに今、織斑一夏が直面している懊悩に他ならない。

 

「……君は。いや……君も、苦しんでいるのか」

 

 一夏は思わずそう呟いた。

 だがそれはラウラにとって、致命的な地雷。外れかけていた蓋が一気に開き、激情が間欠泉のように噴き上がる。

 

「貴様と……! 一緒に、するな……ッ!」

 

 片方だけの赤い瞳に、昏い衝動が灯る。

 

「私は、東雲令を見た。彼女は私よりも遙かに、教官に迫っている。負けたくない。教官の隣に立つのは、私でありたい。だから常に前へ前へと進んでいる! だが貴様は進めてはいないだろう……ッ!?」

 

 冷静であれ。不動であれ。東雲令を見て、そう思った。そうであればきっと、自分もいつかその領域に、織斑千冬に比類するような高みへと至れると。

 その信念を、感情の牙があっさりと破る。

 

「貴様は、恥ずかしくはないのか。理想の自分とはまるで別物な、現状の自分が!」

「……ッ!」

「その程度でなぜ立ち止まる……! その程度で恥ずかしくないのか! 呼吸しているだけで苦しいだろう!? 生きているだけで本当は耐えがたい苦痛を感じるんだろう!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 全部、わかる。言葉が余すところなく心の柔らかい場所に突き刺さる。

 だがそれはラウラとて同じだ。声は血を吐くようだった。

 

「貴様は――織斑一夏は、かつての無力な私だ……! 守られるばかりの存在で! 自分の不甲斐なさを噛みしめているくせに前進できないままで! 見ていてイライラする……!」

 

 ラウラは歯をむき出しにして、声を張り上げる。

 あらん限りの敵意をぶつける。

 

 敵意。

 相手を敵と感ずる気持。敵対する心。

 相手を害する意思。相手を否定する意思。

 

 ――あるいはそれは、興味関心の反転。

 

「故に私は貴様を認めない! ()()()()()()()()()()認めるわけにはいかない……!」

 

 完全にヒートアップしているラウラは、今にも相手に殴り掛からんとしている。

 憤懣は気炎となって立ち上り、一夏を否定するために雄たけびを上げる。

 

 許せない。許せない。

 眼前の存在は自分のコンプレックスを煮詰めたような存在だ。視界に入るだけで自分が損なわれたような気にすらなる、看過できない存在だ。

 

「だからッ!」

 

 ラウラは一気に距離を詰めると、一夏の胸ぐらを掴みあげた。

 

「前に進むんだ! 過去の自分を否定して前に進むしかない! 私たちにはそれしか許されない! そうであれと、貴様の心も叫んでいるはずだ!」

「……ッ、おれ、は」

「何だ! 進めない理由でも――」

 

 ハッとラウラが息をのむ。

 

「……IS恐怖症、か?」

「――!?」

 

 言い当てられた。誰にも言っていない秘密。

 一夏の背筋が驚愕に凍る。

 

「そうか……そこまで、かつての私と同じか……!」

 

 論理の飛躍に見えた推測は当てずっぽうではなく、確固たる予感に基づくもの。それは他ならない、ラウラ自身の経験則だった。

 

「ならばせいぜい足掻くといい。私はお前がそうしている間にも進む。進み続ける……! 自分の価値を証明する為に……!」

 

 圧倒されていた。

 決意も覚悟も、すべてにおいて上回られている。

 ただ盲目的ともいえるほどの信念を見せつけられ、一夏はこれ以上ない無力感に襲われた。

 

「……IS恐怖症とは、心の持ちようだ。それを克服できないのならば、貴様には価値などない」

 

 ラウラは乱暴に、彼の身体を横に投げ捨てる。

 水たまりと化している遊歩道に、ばしゃりと一夏の全身が崩れ落ちる。抵抗する気力もなかった。

 

「ISを動かすことすらできない貴様は――無価値(ゼロ)だ」

「……ッ!」

 

 一夏が反論に詰まる。

 それを見てラウラはつまらなさそうに視線をそらした。

 

「貴様が否定したくないのなら、私が否定する。私は、今の貴様の全てを否定する」

「おれ、は」

「だから……いいや。そこで()()()()()

 

 言葉を聞くことすらせずに。

 ラウラは見切りをつけたかのように、背を向けて歩き出した。

 

 

 

 静けさと、孤独と、無力感と、虚無感だけが残った。

 

 

 

 一夏は座り込んだまま、うなだれた、両腕で頭を抱えた。

 心が痛い。胸から血が流れているような感覚。

 

 休んでもいいと肯定された。

 前に進み続けろと否定された。

 

 板挟み。心が引き裂かれたように悲鳴を上げている。

 もう無理だと、一度休もうと叫ぶ自分がいる。

 まだ進めと、ひたすら進み続けろと叫ぶ自分がいる。

 

 だけど結局、恐怖心は拭えていない。

 道を塞がれているのに、何かしなくてはという意思だけが空回り、精神を傷つけていく。

 

「……おれ、は」

 

 ざあざあと、雨が降っている。

 何もかもを流してしまうように。

 何もかもをゼロにしてしまうように。

 

 

「おれは」

 

 

 それは恵みの雨とは言い難いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に、傘が雨を遮った。

 彼をのぞき込むようにして、通りすがりの東雲令が、手に持った傘を一夏の頭上にかざしていた。

 

「――風邪を、引くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おりむーって雨に濡れるのが趣味だったの……?)

 

 違う。

 違う。ここはそうではなく、もっと親身に慰めるべき場面だ。

 

(とりあえず風邪引かないように、部屋に連れて行くか……あっそうだこないだの打ち合わせでデュノアちゃんと連絡先交換したし、タオルと温かい飲み物用意してくれるように頼んでおこう。やだ、当方ったらできる子!)

 

 違う。お前の部屋でいいんだ。

 雨を浴びながら打ちひしがれる男に傘を差し出すなんて、本来東雲の人生の中でもぶっちぎりのムーディかつメロドラマなシチュエーションなのだ。

 それを逃すな。理解しろ。気づけ。今、ラブコメの神様が完全に東雲の味方をしているのだ。

 

 しかし。

 

(ヨシ!(現場猫) 連絡もばっちりした! 部屋に戻ってぽかぽかになり、気遣いの神であるこの当方へ好感度を捧げるがいい! ぐへへへへへ……!)

 

 

 

 

 東雲令を主役に据えたメロドラマは、第一話放送前に終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――つまり『VTシステム』と『アンプリファイア』の相乗効果を狙うというのが今回のプランになります』

 

「さいよー」

「おい博士……私は反対だぜ。リスクが大きすぎる。この新顔がどこまで動けるのかも知らねえしよ」

「まーいいんじゃなーい? 大体亡国(そっち)から来た人なんだよー?」

「私とは部隊が違う」

 

『『モノクローム・アバター』筆頭オータム様のご噂はかねがね』

 

「そりゃどーも。でも私はあんたの噂なんて知らない。スコールは何を考えてやがんだ」

「いーよいーよ、そのプランでやっちゃってー」

「お前、計画書一瞥もしてねえだろ……!?」

()()()()()。それで分からないことがあるとでも?」

「ああクソそういやこいつ天才だったな……!」

 

『では実行に移ります。それでは通信を終わります』

 

「あいよ…………おい。これさ」

「最終的には失敗するんじゃなーい? でも結構いい線はいくと思うんだよねー」

「さいですか。で?」

「後片付け、よろしくー」

「あああああああああああああああああ絶対そうだと思ったわ!」

「あ、プランもだし、今この部屋もね」

「お前が食ったポテチぐらいお前が捨てろ! つーかこたつから出ろ! 掃除もできやしねえ!」

「うっさいなー。片付けしないなら部屋から出てってよ」

「あ、それは無理だわ。このラボ、作業台がここにしかねえ」

「お前……束さんの世界を変える発明が行われる作業台でプラモ組むつもりなの……!?」

「こっちがいくつ積んでると思ってんだ」

「知らないよ! 出てけ!」

「イヤ」

「あああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 




東雲令、痛恨のメロドラマ失敗――!

一夏がぐちぐち悩んでるのは今回までです(二回目)




次回
26.ヒーローの条件


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26.ヒーローの条件

「失礼。連絡通りに連れてきた」

「うわわっ!?」

 

 ドアを開けた直後、シャルルが飛び上がって驚愕するのもやむなし。

 部屋に戻った一夏は濡れていない箇所のない状態だった。

 猫なら間違いなく毛が張り付いてシュッとしている。犬ならブンブンと首を振って水滴をまき散らしている。

 

「シャルル・デュノア。タオルは」

「その言い方だと僕の名前がシャルル・デュノア・タオルみたいになっちゃうね……今持ってくるよ」

 

 さすがにベッドを濡らすわけにもいかず、シャルルがタオルを持ってきてくれるのを入口にぼけっと突っ立って待つ。

 PICの応用と傘を組み合わせることで東雲は雨の一粒も受けていないが、一夏は見つけた段階で濡れ鼠だった。寮の廊下をびしゃびしゃにしてしまったが、他の生徒の濡れた足跡もあったのでセーフだろう。

 

 白くてふわふわのタオルを、シャルルが一夏の頭にかける。

 まんじりともしない彼の様子に、シャルルは困ったように微笑みながら、タオルで髪をわしゃわしゃと拭いた。

 

「……織斑一夏」

 

 東雲はここまで腕を引いてきた一夏の顔を、下からのぞき込んだ。

 彼の瞳には何も映っていない。

 

「とりあえず、シャワーを浴びた方がいいんじゃないかな」

「同意。身体を温めることが必要であると当方は考える」

 

 二人に促され、何かを言おうとして、だが声は発せないまま。

 口をつぐみ、ゆるゆると一夏はシャワールームに入っていく。緩慢とした動作だった。

 

「……何があったの?」

「当方も詳細は把握していない」

 

 東雲は一夏の脱衣音に耳を澄ませながら、生真面目に答える。

 

「恐らく何か、精神的な負担になるようなことがあったのだろうと推測できる。だが支えるためにどうすればいいのか、当方や篠ノ之箒たちにもわからない」

「なるほどね。なら、僕が何か力になれるかも。二人だけの男子だし」

 

 誰かの力になる。

 それはシャルル・デュノアを形成する唯一の意思であり、()()()()()()()()()()()()()()()()、彼のレゾンデートルであった。

 

 だが。

 その言葉に、東雲は首をかしげ。

 

 

 

「? シャルル・デュノアは男子ではないだろう?」

 

 

 

 時が、停止した。

 人当たりのいい微笑みのまま、シャルルは硬直する。

 

「其方が織斑一夏へ()()()()()のは分かっている。殺意も悪意もない。何かしらの目的があって近づいてきた、しかしその目的が織斑一夏を害することはないだろう。故に深くは問わない。だが――」

 

 ぴたりと。

 シャルルの喉に、紅が突きつけられた。

 呼び出し(コール)された一振りの太刀。皮一枚を斬るかどうか。

 ドッと冷や汗が噴き出す。

 

「――忘れるな。当方は、見ているぞ

「…………ッ」

 

 まるで夢であったかのように、太刀はかき消える。

 視線の交錯は刹那のみ。

 深紅の瞳に射すくめられ動けないのを一瞥し、黒髪を翻し、東雲はシャルルに背を向けた。

 

(――――くび、おちて、ないよね)

 

 シャルルは慌てて自分の首筋を恐る恐る触った。

 斬られた、という実感すらあったのに、傷一つついていない。

 すべてが幻だったような――そうであればどれほどよかったことか。

 

(最初から、ばれてた? 泳がされている? 目的まで把握された? いやそこまでじゃないはず)

 

 背中を見た。恐らく不意打ちで襲いかかれば、今度こそ現実に自分の首が落とされると理解した。

 シャルルはガチガチと歯を鳴らしながら、自分の身体を抱きしめる。

 

(大丈夫、大丈夫……いったん報告して。それからまた、練り直せばいい。まだ取り返しはつく。大丈夫、大丈夫なはずだ……)

 

 振り向くことなく部屋から出て、東雲はドアを閉める。

 そこでやっと、シャルルは膝から床に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャワーを浴びたところで、諦観まで洗い流されるわけじゃない。

 一夏はゆるゆると、濡れそぼった黒髪のまま、部屋着に着替えて部屋に戻った。

 分からない。自分がどうするべきなのか。

 分からない。果たしてどうするべきなのか。

 

「一夏? 大丈夫?」

 

 湯気を上げるマグカップを、シャルルが差し出している。彼がいることを、声をかけられてから思い出すような有様だった。

 

「あ、ああ……ありがと」

「ううん、気にしないで」

 

 恩を売りつつも、慎重に、距離を再計算するような振る舞い。

 それに気づかないまま、一夏は受け取ったホットココアを一口飲んだ。

 

 身体全体に染み渡るような温度。

 深く、息を吐く。

 

「…………」

「…………」

 

 静けさは緊張感を含まない、心地のよいものだった。

 ゆっくりと、張り詰めていた精神が解きほぐれるような気すらした。

 シャルルが最新型の精神安定剤を少量ココアに混ぜていたという事実に、一夏は気づかない。

 

 だから不自然な述懐を、自然に切り出した。

 

「どうしたら、ヒーローになれる?」

「――――!」

 

 それが根源。

 それこそが織斑一夏の翼であり、同時に、枷。

 

 織斑千冬のような。

 東雲令のような。

 常人ならば両者に憧れるのは必然であり当然。

 

 だが。

 織斑一夏は違ったのだと、ここでやっとシャルルは気づいた。

 

 織斑千冬()()()()

 東雲令()()()()

 

 逆説。

 ――彼が本当に見据えていたものは、()()()()()()()()()()()()()

 

「ヒーローは……間に合う存在だ。でも俺は、最初から間に合うことなんてないって諦めてた。間に合うわけがないって。それじゃあ、俺は。俺が本当に助けたかったものに、手を差し伸べることなんてできない」

「多分、違うよ」

 

 シャルルは静かに口を開いた。

 思考回路はこの上ない速度で回転し、一夏の意思を、彼の存在に根ざす意識を読み解く。

 導かれる回答を、ゆっくりと言葉にして吐き出す。

 

「間に合うか、間に合わないかなんて些細な問題なんじゃないかな」

「だけど、間に合わなかったら意味がないだろ」

「ううん。間に合わなくても意味はある。そこに来たっていうだけで救われるものがある。だから、きっと……誰かに求められたら、もうそれはヒーローなんじゃないかな」

「…………」

 

 シャルルの声色は、普段よりも低かった。

 

「だったら俺も、お前も……なれるのか、ヒーローってやつに」

「一夏はきっと。僕はちょっと難しいかな」

 

 誰かに必要とされるなんて、と、シャルルは最後の言葉を口の中に転がすに止める。

 それから気を取り直すようにして、一夏の目を見た。

 

「きっと一夏は……求められたら、戦える。誰かのために。何かのためにって、立ち向かえる。僕はそう感じるよ」

「だから、それは、ヒーローだって?」

「もう、最後まで言わせてよ」

 

 ふくれっ面になるシャルルを見て、一夏は肩の力を抜いた。

 何か、今まで感じていなかった疲労感が押し寄せて。

 麻痺していた感覚が復旧して。

 

 もっとシンプルな理屈の方が、性に合っているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐怖心を拭うというのは難しいもので、やはり思い出すだけでも手足は震える。

 刻まれた感情は簡単には色あせない。

 だからこそ、恐怖や絶望、憧憬や熱意が併存し、心を分裂させる。

 

 なら、片方が消滅すればいいのだろうかと、一夏は思った。

 

「俺の頭じゃ、どうにもうまく整理はできないと思った」

「そうか」

 

 授業を終え、放課後の剣道場。

 木刀を振り上げて、振り下ろす。その繰り返しをする箒を眺めながら、一夏は幼馴染にそう告げた。

 

「あの日……何もできなかった日に、いやって言うほど分かった。俺は何もできなかった。それを否定したくて、過去の俺を否定したくて。だってそれが最短経路だと思ったから」

「今は違うと?」

「……正直、分からない。こうしてここに来たのも。俺が誰かに甘えたいってことなんだろうな、と思うよ」

 

 軟弱者だよな、と一夏は自嘲の笑みを浮かべる。

 箒は木刀を静止させ、それから木刀を腰元に帯刀する。

 

「言わないさ」

「……昔なら言われたと思うが」

「いいや。私は確かに、優しく寄り添ってやることは、できない。だがお前の努力を見てきたつもりだ。故に――私にできることは、多分、お前を見ていること、なんだと思う」

 

 見ていること。

 それが箒が出した結論だった。

 そして言葉通りに、彼女は一夏の目をまっすぐ見据えた。

 

「手を引くことも、背中を押すこともできない。だけど私は、信じている。私の幼馴染は――立ち上がると」

「……!」

 

 心臓が高鳴り、思わず拳を堅く握る。

 何か温かいものが身体に流し込まれたような、感覚。

 

「…………俺は、立ち上がれるかな」

「きっと、立ち上がれる。何度諦めても、最後に意志が残っていれば、必ず」

「……そっか」

 

 箒の言葉に嘘偽りはなく。

 一夏は、それがひたすらに嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナの使用許可を取って、セシリアと鈴はこれから模擬戦に臨もうとしていた。

 互いに見据えているのは『学年別トーナメント』の優勝。

 できれば相手に手札を見せたくはないが、逆に相手のことも知っておかなくてはならない。

 

 セシリアは鈴用のパターン構築のため。

 鈴はセシリアの挙動を身体に覚え込ませるため。

 

「……それで、見学ですか? 今度はスポーツドリンクでは足りませんわよ」 

「手厳しいな」

 

 ピットで『ブルー・ティアーズ』を身にまとい、複数のウィンドウに指を走らせているセシリアの言葉は鋭かった。

 一夏とて物見遊山で来たわけではない。何か刺激になるものがあればと、藁にも縋る思いがあった。

 

「ここ数日は見ていられない有様でしたが、ようやく立ち直ってきたところでしょうか」

「少しだけ。でも、まだ、やっぱり足りないって感じる」

「当然ですわね。起動して一ヶ月程度のルーキーがどれほど思い詰めたところで、たかがしれています」

 

 幾度の試練を乗り越え、地位をつかみ取った才女。

 だからセシリアは、顔見知りの中で最も容赦ない言葉選びをぶつけてくる。

 

「無様な敗北もいいでしょう。陰惨な挫折もいいでしょう。このセシリア・オルコット、それを一通り経験してきたつもりです」

「だろうな」

「ですから、ここから貴方がどうするのかは貴方次第です」

 

 分かっていた。

 心の中に巣くっている恐怖心、それを払いのけられるのは、どこまでいっても自分だけなのだ。

 

「最後にモノをいうのは――()()でしてよ」

 

 セシリアはその青い手甲に覆われたマニピュレータを差し伸べて、一夏の胸をたたく。

 彼女の手が戻っていった後、我知らず、彼は自分の左胸に拳を当てていた。

 

「……そっか」

「ええ。ですからどうか見失わないでください。どれほど闇に閉ざされていても、貴方自身が見いだした炎の明かりは、決してかき消えてなどいないのですから」

 

 では調整飛行に行って参ります、とセシリアはウィンドウをはたくようにして消す。

 

「鈴さん」

「ごっめーんこっちはあと少しかかるー」

「分かりました。あまりレディを待たせないようにしてくださいな」

「レディ? こないだアンタ、ビットを棍棒代わりにして東雲に殴りかかってたわよね。ゴリラ戦闘する女ってレディなの?」

「あれは自分でも反省しております! わたくし別にバナナで懐柔されたりしませんわ!」

 

 ムキーッと歯をむいて鈴を威嚇して、それから一夏がぽかんとした表情をしていることに気づき、セシリアは慌てて真面目な表情を取り繕う。

 

「な、何か?」

「ゴリラって感じじゃねえけどバナナ懐柔は効きそうだなって……あっごめん笑顔で銃口向けないで!」

 

 どちらかといえば猿やチンパンジーの威嚇行為に近いなと一夏は思った。

 一通り一夏をどつき回してから、セシリアはスラスターを噴かしてアリーナへと飛び立っていく。

 

「…………」

「一夏ごめん、そこのスパナ取ってー」

「あ、ああ」

 

 残された少女の声に、慌てて一夏は動き出す。

 鈴は直立する『甲龍』の前にしゃがみ込んで、あれこれとウィンドウを立ち上げては消している。そういう姿を見ると、彼女もまた代表候補生というエリートだったな、と再確認してしまう。一夏一人では目的のウィンドウにたどり着くまでの時間が長いのだ。

 

(いつかは自分一人で最低限の調整はできるようになりてえなあ)

 

 そんなことを考えながら。

 床に無造作に置かれていたスパナを拾い上げて、幼馴染である少女に手渡して。

 

「はいよ」

「ん」

 

 

 ぐいと。

 スパナではなく腕をつかまれ、引っ張られ、鼻と鼻がこすり合うような距離に顔を引き寄せられ。

 

 

 

「……あたしは、アンタが何もかも捨てて逃げ出したいー、ってなるんなら、ついて行くから」

 

 

 

 そう、言われた。

 

「…………え?」

「アンタは、あたしを見捨てなかった。救ってくれた。だから……もしそうなったら、それはあたしがアンタを救う番ってことじゃん?」

 

 スパナがからんころんと床に落ちる。

 鈴はそれだけ言って素早く身を引くと、そのまま軽い挙動で『甲龍』の人間一人分の空洞(パイロットシート)に身体を滑り込ませた。

 

「だから、先の心配はあんましなくていーってこと。二人で中退したら、そうねえ。まずは中国でISレース大会があるから、そこの選手になってー」

「ちょ、ちょっと待てって。お前、それは無理だろ」

「無理なわけないでしょ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あっけなく言い放たれて、思わず一夏は目を見開いた。

 立ち上がるウィンドウを一瞥のみで確認して、鈴は愛機を起動させる。

 

「だから――うん。いつも通りね。アンタはアンタの思うままに生きなさいよ。あたしだってそーする。多分、東雲とか、千冬さんもそーしてる。そんぐらいがちょうどいいの」

 

 赤銅の両足がカタパルトレールに設置された。

 

「じゃ、ちょっくら勝ってくるから。あ、晩ご飯どーする?」

「…………」

「ま、とりあえずバトル終わったら連絡しとくわね」

 

 どこまでも気安く、重さなど感じさせず。

 されど彼女の言葉はこれ以上なく、一夏の思考回路に衝撃を与えて。

 

 ISが空気を切り裂きアリーナに飛翔したというのに。

 射出の反動に前髪をなぶられながらも、一夏はずっと、何も口を開けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休んでもいいと言われた。

 

 休む暇などないと言われた。

 

 

 

 ヒーローになれると言われた。

 

 信じていると言われた。

 

 自分次第だと言われた。

 

 あるがままでいいと言われた。

 

 

 

 他人の信念が、感情が、自分の中で響き合っている。

 それは一種のエネルギーであるとすら思えるほど、熱く、指先までを満たしている。

 

 アリーナ外の遊歩道のベンチ。

 そこに腰掛けて、一夏は自分の手を見た。

 

『――――久しぶりだな、織斑一夏。あの時もこんな感じだっけか?』 

 

 その顔を思い出すだけで呼吸が乱れる。

 その言葉の残響が、頭蓋骨を揺さぶる。

 

 開いた手を、そのまま顔に押しつけた。

 自分の中で沸騰するエネルギーと、恐怖心が、せめぎ合っている。

 互いを押し潰そうとしている。きっとその勝敗が、自分のこれからを左右するのだろう。

 そう、他人事のように思った。

 

「……」

 

 何も言ってくれない『白式(あいぼう)』を見た。

 汚れを知らない純白のガントレットは、ただ何かを待っているんじゃないかとも思った。

 それこそ、一夏の言葉を。

 

「…………」

 

 アリーナから轟音や爆音が響き始めた。

 恐らく試合が始まった。

 専用機と専用機の練習試合、多くの生徒が見学に向かっているのだろう。

 制服姿の女子たちが、早足にアリーナへと吸い込まれていく。

 

 

 その流れを断ち切るように。

 

 

 一人の少女がまっすぐ、一夏に向かっていた。

 

 

 それに気づいて彼は顔を向けた。

 視線の先。

 ――東雲令が、歩いてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――めっちゃ眠いし昨晩のお礼としておりむーの膝枕でねよう)

 

 そういう空気じゃねえから今。

 

 

 

 

 








(そいつはもう当方のものだから手を出さないよう)当方は見ているぞ
スパイを恋敵と誤認する護衛がいるらしい

メインヒロインは最後にパートが回ってくるってはっきりわかんだね


次回
27.もう一度、ここから――



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27.もう一度、ここから――

2019/02/16 00:34 新フォント追加
2019/02/16 18:00 上記フォント使用
多分これが一番早いと思います
ほんとかよ(フォントだけに)


 きっかけは些細なことだった。

 セシリアと鈴は模擬戦のさなか、ピットで整備中のラウラとシャルルにも声をかけ、変則タッグマッチをしないかと持ちかけた。

 どうせ見られているのなら、トーナメントにおいて難敵であると想定される相手は全員引きずり出したい。

 

 さすがに観客席にいた箒や簪、上級生たちも苦笑したが、フランス代表候補生とドイツ代表候補生はこれを快諾。

 

 

 ――そして鈴&セシリア、シャルル&ラウラの組み合わせで模擬戦が始まろうとして。

 

 

 あ、と。

 箒が間抜けな声を上げた。

 上級生の中でも観察眼に長けた、ギリシャ代表候補生フォルテ・サファイアも三つ編みの髪を振り乱して驚愕した。

 

 ラウラの愛機『シュヴァルツェア・レーゲン』が紫電を散らした。

 外見的な異変はそれのみ。だが知る者は知っている。

 

「――『アンプリファイア』っ!?」

 

 ISの戦闘機動は脳からの意思伝達によって行われる。そこにはIS乗りの感情も多大な影響を及ぼす。

 故に、()()()()()()を突き詰めていく過程でそれが開発されるのは必然だった。

 

 搭乗者の精神にはたらきかけ、好戦的な意識に組み替え、視界に入るものすべてをなぎ払う残忍な人格を形成する。

 精神への影響が当人次第で振れ幅が発生するのと、敵味方区別なく攻撃を加えるケースが多発したため開発は中止され条約でも禁止されたそのプログラム。

 

 ラウラの深紅の瞳が一瞬見開かれて、しかし直後には、昏い炎を宿した。

 

 直後。

 暴力そのものを煮詰めたかのような、()()()が降る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風が吹いていた。

 夕陽がゆっくりと、水平線に押し潰されていく。

 一夏はその光を、最後の力を振り絞っているようだと感じた。

 

「おりむら、いちか」

 

 か細い、今にも消え入りそうな声だった。

 名を呼ばれていて、だけど、返事をうまくできない。

 

 夕陽に染まる東雲令は、見たことがないほどに弱々しい姿を見せている。

 

「……隣、座るか?」

 

 なんとか、言葉を絞り出した。

 東雲はこくんと頷いて、ベンチに腰掛ける。

 両者の距離は拳二つ分ほど。

 

 近くて、遠い。

 

 一夏も、東雲も、そう思った。

 

「……」

「……」

 

 隣に座る少女が数秒に一度ぐらいの割合で、こちらの様子をうかがっている。

 訓練を抜けた、つまり挫折した男が一人で黄昏れていたら、当然気を遣うかと一夏は黙考した。

 だからといって、なぜかどこかへ立ち去る気も起きない。

 

「…………」

「…………」

 

 言葉を交わすべきだと、思った。

 きっと痛みすら伴うと、思った。

 まだそんな資格すらないとも、思った。

 

 

 だけど。

 変わるというのは、痛いということだ。

 

 

「……おれは」

 

 伝えようと、思った。

 言葉にして伝えようと、思った。

 

「俺は……君みたいに、なれないかもな」

 

 最初に諦観を吐き出した。

 他ならぬ張本人相手にそれを言って、一気に、荷を下ろしたような気持ちになった。

 

「そう思って。そこから、色々考えたんだ。君みたいになれない。君のようでありたいのに。それなら俺は、どうしたら追いつけるんだろうって――」

 

 言葉を切った。

 少し、息を吸った。

 

「とにかく、悔しかった。小さなことで揺れる弱い自分が、情けなくて、みっともなくて……悔しいと思った」

「…………」

「やっと分かったよ。初めて、知った。思い知らされた。()()()()()()()()()()。今、いろんな人に励まされたり慰められたりして……少しずつ、前を、向けているような気がしてきた」

 

 それでも、今もなお、手は震えている。

 

「だから本当は、って。俺は本当はどうしたかったんだろうって。そう、考えて――」

「これは、恨み言に近いのかもしれない」

 

 え? と。

 言葉を遮られた一夏はあっけにとられた。

 東雲は隣に座って、まっすぐ顔を前に向けている。彼女は潰れていく夕陽を見据えて、静かに息を吐いて。

 それから。

 

 すうと、身体がこちらに倒れこむ。

 

「!?!?!?!?!?」

 

 咄嗟の反応で、一夏は膝に落ちそうになった東雲の頭を受け止めて、どうしたらいいのか分からず、とりあえず肩に乗せた。

 何が起きているのかさっぱり分からない上に髪からいい香りがするし温かい。

 完全にテンパった彼にダイレクトに体温が伝わって、混乱の極地にいるのに一夏は安らぎすら感じていた。

 

 見事に場のイニシアティブを握ってから、東雲は唇をかすかに動かす。

 

「過去の其方は、当方の隣に至りたいと言った。それはきっとこうして……時には、どちらかが支えたりすることもある未来のことである、と当方は認識している」

「あ、ああ」

 

 逡巡しているかのような息づかいが聞こえた。

 

 

 

「過去の自分を、裏切るな」

 

 

 

 言葉は暖かい風に吹かれて飛んでいってしまいそうだった。

 一夏は思わず彼女の顔を注視した。

 

「当方の期待など、いくら裏切っても構わない。だが……過去の自分だけは裏切るな」

 

 過去の自分。

 ラウラが必死に否定しようとして。

 一夏が苦しめられている、かつての幻影。

 

 だけど。

 

 ここに至ってようやく一夏は思い出す。

 

「過去の其方は、怯えていただけじゃない……前に進もうとしていたはずだ。その意志を、裏切らないであげてほしい」

 

 輝かしい未来に向かって。

 負けたくないと雄々しく叫んで。

 そうしていた織斑一夏も、また織斑一夏であって。

 

「過去の自分自身は、最も無視できない呪縛だ」

「――――」

「だからこそ……踏み潰しては、いけない。乗り越えても、いけない。背負っていかなくてはならないのだ」

 

 時間は平等に過ぎ去っていく。

 楽しい思い出を風化させ、悲しい思い出を沈めてくれる。

 だからといって、それらの価値が変わるわけではない。

 

「ここで逃げ出せば、其方は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ」

「それはきっと、今以上につらくて、苦しいことだ」

 

 東雲は顔の向きを変えて、間近で一夏の目を見た。

 互いの瞳に、互いの顔が映り込んでいる。

 

「だから、過去の自分だけは……裏切らないであげてくれ」

「……過去の、おれ」

 

 そこでハッと目を開いて、彼女は現在の体勢を確認して。

 恐る恐る、ゆっくりといった具合に身体を起こした。

 

「……すまない、眠気がひどくて、つい」

「…………はは」

 

 そんな子供みたいな言い訳をしなくても、と一夏は笑った。

 励ましてくれていた。温かさを伝えてくれた。

 

 一夏は少し、息を吐いた。

 過去の自分は、今の自分を見てどう思うだろうか。

 今の自分は、過去の自分の言葉を嘘にしたいだろうか。

 

(それは、いやだな)

 

 笑ってしまいそうになるほど、答えは呆気なく出た。

 過去の自分が、怖いと泣き叫んでいる。

 過去の自分が、負けたくないと涙を流している。

 

 なら。

 それらを背負う今の自分こそ、一番頑張らなければならない。

 

「……もう一度、また、君と一緒に頑張ってもいいかな……過去(いつか)の俺を、慰められるように。未来(いつか)の俺に、胸を張れるように」

「……それが、其方の意志なら」

 

 風が吹いている。

 夕陽は、優しく二人を照らしている。

 一夏はゆっくりと拳を握りこんだ。待機形態の『白式』が日に照り返し、何かを祝福するように輝いていた。

 

 ――そんな、時。

 

 

 

『一夏ッ! 今、戦える!?』

 

 

 

 突然声が割り込んだ。

 プライベート・チャネルを介して、鈴が叫んでいる。

 

「鈴?」

『ボーデヴィッヒだっけ!? あいつのISに何か取り付けられてて……ああもう! アンタと戦わせろつって暴れてんの! 上級生の人、今専用機なくて! あたしとセシリアとデュノアで止めてるけど、このままだと()()()()()()!』

「……!」

 

 言葉は少なく、説明も不足している。

 だが――直感した。

 きっと彼女を止められるのは、自分だと。

 

「……『白式』。俺は彼女を、止めなきゃいけない。だから……止めに、行くぞ」

 

 応えるようにして、ガントレットが熱を持つ。

 

「東雲さん――見ていてくれ。君だけには、君だからこそ、見ていてほしいから」

「……分かった」

 

 ベンチから立ち上がり、二人はすぐさまアリーナの中へと走って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっべ眠すぎて未練タラタラなの暴露しちゃってんじゃんあばばばばばばばば)

 

 隣でやたら精悍な顔つきで走っている一夏を見て、東雲は完全に絶望していた。

 

過去の自分(あのときのこくはく)を裏切るなってさすがにこれ重い女過ぎませんかねえ!? いやでも一回告白してやっぱ撤回って普通なしだし……というか! 肩に頭! ふひ! すげえいい香りしてやばかったし感触瞬間記憶できたしこれであと数日は戦えるぜ……! ん? それで疲れたらまた肩に頭乗せても許されるんじゃない? ンンンン!! 拙僧は永久機関を発見してしまいましたぞ……興奮してきたな……じゃなくて! フッた相手にそういう優しいことするからこうして未練が出てくるんだよ! 分かってんのかおりむー!)

 

 何も分かってないのは東雲の方だが、彼女は先ほどの幸せな時間を思い出して若干トリップしている。

 

(それにしても、意外とやってみるもんだな! これもしかして、ベッドに潜り込んでも拒絶されないのでは!? うん、当方護衛だし。ッシャァァァァァ!! 添い寝いただきました……!)

 

 頼むから、稼いだ師匠ポイントを魔剣完了しないでほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 息を切らして走る。

 ピットへ向かうアリーナの廊下を、女子生徒たちの隙間をかいくぐり、ほとんど暴走特急の勢いで駆け抜ける。

 ごめんなさいと内心で謝るが、叫んでいる余裕はない。

 

 呼吸が荒い。だけど今、自分の中の熱を、むやみに吐き出したくない。

 だって、やっと掴んだのだから。

 

(当たり前のことだったんだ。俺は、東雲令(かのじょ)にはなれない。そんなの最初から分かってた!)

 

 馬鹿だから、それを忘れていた。

 馬鹿だから、みんなのおかげで、もう一度気づけた。

 

(だって!)

 

 階段を駆け上がる。

 ISスーツに着替える時間すら惜しい。

 

(箒が信じてくれて! セシリアが認めてくれて! 鈴が一緒にいてくれて!)

 

 脳裏に浮かぶ、少女たちの顔。

 

(簪が休ませてくれて! シャルルが背中を押してくれて!)

 

 脳裏を駆け巡る、友人たちの顔。

 

 

 

(――そして何より、東雲さんが導いてくれたのは!)

 

 全身が覚えている、今隣を走る少女の顔、息づかい、温度。

 

 

 

(それは――織斑一夏(おれ)なんだッ!)

 

 

 

 やっと思い出した。

 やっと、思い出せた。

 

(何をうぬぼれていたんだ。分かっていたことだ。俺は、俺にできることを、一つ一つ積み上げていくしかないって!)

 

 それはいつかの、クラス代表決定戦の時と同じ――開き直りに近い、それでいて自暴自棄の対極。

 ピットに躍り出る。アリーナを砲撃やレーザーが交錯している。

 

「鈴ッ!」

『えっ? あ、ちょ――』

 

 躊躇なく、怯えなく。

 一夏はまっすぐ生身のままカタパルトの上を走って。

 

 アリーナに飛び込んだ――!

 

『あああああ嘘でしょ何やってんの!?』

 

 急カーブをかけて、鈴が、宙に躍り出た一夏の身体を受け止めた。

 ちょうどお姫様抱っこの姿勢。

 赤銅の装甲は右肩部を大きく破損している。『シュヴァルツェア・レーゲン』にやられたのだろう。

 

「マジ! 信じらんない! ISは!?」

「悪い、あいつの近くまで運んでくれ」

「ぐっ……後でちゃんと説明しなさいよ!」

 

 戦場を素早く見渡した。

 セシリアのビットとシャルルの銃火器が封じ込めるように包囲網を組んでいる。

 その中で、踊るように跳ねている"黒"。

 

「この……ッ!」

「連射に対応されています! 散弾に切り替えてください!」

 

 代表候補生二人がかりで止めようとして、止められない。

 様子がおかしいのは分かる。言葉が先ほどから通じていない。

 

「貴様らではない! 織斑一夏はどこだと聞いている!」

「そんなに会いたいなら……ッ! まず、ISを解除したらどう!?」

「織斑一夏は――どこだァッ!」

 

 AIC――アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。エネルギー波によって空間に影響を与え、物体の運動を停止させるというイメージ・インターフェース兵装。

 それを一切使うことなく、ひたすらに弾丸を回避しつつ、ラウラは猛っている。

 

(条約禁止装備『アンプリファイア』……! 精神に影響を及ぼすから駄目っていうのは!)

(なるほど、()()()()()()()()()()()()()()もあってですか……!)

 

 実際に相手取っているシャルルとセシリアはそれを理解した。

 書面で確認した際、二人してタイマンでの勝機は薄いと判断せざるを得なかった停止結界(AIC)だが、それには多大な集中力を要する。

 平時ならばともかく、今、精神の均衡を外部から崩された状況では、到底使えないだろう。

 

 だと、いうのに。

 

 ラウラは一見隙間のない射線を芸術的にくぐり抜けつつ、反撃を絶やさない。ワイヤーブレードが隙あらばシャルルを絡め取ろうとし、レールカノンが火を噴きセシリアを遠ざける。

 間違いなくこれは――ラウラ・ボーデヴィッヒというIS乗りの地力が反映されている。

 

 絶戦。

 文字通りの一進一退の、最中。

 それは不意に起こった。

 眉間を正確に狙ったセシリアの狙撃を、ラウラはわずかに首を振るだけで避ける。

 そのとき。

 

 

 かちりと。

 

 音すら響くような圧を伴って。

 

 織斑一夏とラウラ・ボーデヴィッヒの視線がかち合った。

 

 

「――――織斑一夏ァァァァァァァッ!!」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……ッ!!」

 

 彼を見て、ラウラが、動きを止めた。

 荒く息を吐きながら、シャルルとセシリアが生身の一夏を見てぎょっとする。

 

「――悪い、どいててくれ」

 

 鈴がゆっくりと着陸し、一夏は素早く二本の足を地面につけた。

 アリーナに吹く風が、彼の制服の裾をはためかせ、前髪を揺らす。

 ラウラの深紅の瞳は、ただまっすぐに彼を見ていた。

 

「……一応会話できなくもないけど、ほとんど意味をなしていないわよ。説得は厳しいと思うんだけど」

「説得なんか、しねえよ」

 

 制止する暇もなかった。

 まるで散歩に繰り出すような、軽い一歩で。

 鈴の隣から、織斑一夏が、ラウラに歩み寄る。

 

「――なにやってんの一夏!?」

「――正気ですかッ!?」

 

 慌ててレーザーライフルとアサルトライフルがラウラに向けられたが、すでに跳弾が一夏に当たりかねない距離。発砲できない。

 

「……何の、用だ……いや……違う……何を、しに来たッ!」

「ああ。やっぱ俺をずっと呼んでたんだな。俺と戦うために。俺を全否定するために」

 

 頭を押さえ、苦悶の声を漏らしながら、ラウラが問う。

 待っていた。待っていたのだ、織斑一夏を。

 会話が通じていることに、鈴たちは驚愕する。今までとは違う。

 

「なあ、ボーデヴィッヒ。お前言ったよなあ。俺は無価値(ゼロ)だって」

「――ISを動かすことすらできない、力なき者は……価値などあるはずがない……ッ! そうでないというのなら――」

 

 御託はもう聞きたくなかった。

 一夏はアリーナの大地に足を思い切り叩きつけ、腕を振るって叫んだ。

 

「全然ちっげーよ馬ぁぁぁぁぁぁぁ鹿っ!」

「……ッ!?」

「俺は確かにゼロだ! 空っぽだ! でもなぁ!」

 

 何度も問うた。自分には何もないのかと。

 答えは変わらなかった。自分には何もない。

 

 ――だからこそ。

 

 

 

「俺のゼロは――ここから始めるって意味のゼロだッッ!!

 

 

 

 裂帛の叫びに。

 ラウラは一瞬、瞳を見開いて――それから唇をつり上げ、喜色すら浮かべた。

 両腕をだらりと下げ、長い銀髪越しに深紅の殺意が収束される。

 

「だから俺は積み上げる! 築き上げる! 今何も持ってないなら、何にも成れていないのなら! ()()()()()()()()! 何度でも走り出すッ!」

「そう。そうだ、織斑一夏。それでいい……()()()()()()()()()()ッ! そうでなくては意味がないッ!!」

 

 ガントレットが限界まで発熱する。肌が溶けているのではないかと思うほどに強く、熱く、眩しい。

 それを受け入れて、一夏は右腕を振りかざす。

 

「さあ叫ぶがいい! 名乗るがいい! 愚かしくも鮮烈に、私に刻み込んでみせろッ!」

「――俺は!」

 

 正面に見据えるは黒い機体。

 敵。こちらを全否定するために猛り狂う鋼鉄の兎。

 それを相手取って、一夏は微塵も臆さずに喉を震わせる。

 

「織斑千冬の弟で! 篠ノ之箒の幼馴染で! セシリア・オルコットのライバルで! 凰鈴音のこれまた幼馴染で! シャルル・デュノアのルームメイトで! 更識簪の友達で! 一年一組代表で……ッ!」

 

 雄々しく叫ぶその姿に、ラウラは不敵に唇をつり上げた。

 だが。

 

「そしてオータムにぐっちゃぐちゃに負けた敗北者で! 覚悟未完了の愚か者で!」

「な――!?」

 

 ラウラの表情が一転して驚愕に彩られる。

 ()()。それは違うはずだ。

 弱かった過去の自分を、()()()()()()()()()()()()()()()だというのに。

 

 それ、すらをも、肯定する叫び――!

 

 織斑一夏は止まらない。

 右腕に装着したガントレットが、その光を変質させる。

 

 昏い過去を殲滅するのではなく。

 何もかもを一緒くたに抱きしめるような、そんな優しい光。

 

 

 それは例えるならば。

 

 昼の日差しと夜の帳が混ざり合った。

 

 

 

 

 

 ――茜空。

 

 

 

 

 

 理解不能の宣言に凍り付くラウラの眼前で。

 制服がISスーツに書き換えられ、純白の鎧が顕現し、唯一の男性IS乗りの身体に着装されていく。

 鎧だけではない。師に叩き込まれた戦闘技術も、彼の全身を駆け巡る。

 一夏は数秒、ピットに振り返った。風に揺れる艶やかな黒髪を押さえながら、東雲令は彼を刮目してくれていた。

 ニィと笑みを見せてから、改めて戦場に視線を戻す。

 

「そして、東雲令の馬鹿弟子――」

 

 最後に召喚されるは、無二の武装である『雪片弐型』。

 それを右手に握り、切っ先を突きつけて。

 

 俺はここにいると。

 腹の底から、叫ぶ。

 

 

 

「――――織斑一夏だぁぁぁッ!!」

 

 

 

 ここに、唯一の男性操縦者は再誕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







誤字報告とか一言評価とかいつも励みになっております
ありがとうございますやで

次回
28.唯一の男性操縦者VSドイツ代表候補生(前編)



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28.唯一の男性操縦者VSドイツ代表候補生(前編)

小指クソやばい打撲やらかして
タイピング速度が百分の一ぐらいになってしまいました
エンターキーを押すたびに激痛が走るとか
制裁デュエルよりきついんですけど

というわけで待たせたのに文字数が少なくて
本当に申し訳ない(神映画)


「おい、訓練機借りればいけるんじゃねえか?」

 

 織斑一夏の咆哮を聞いた直後。

 客席で様子をうかがっていた学園三年生にしてアメリカ代表候補生ダリル・ケイシーはすぐさま思考を切り替えた。

 触発されたという事実に、我知らず苦笑してしまう。

 あれほどの決意を見せつけられては――昂ぶってしまうのも仕方ない。

 

「さすがに見て見ぬふりはできねえだろ。倉庫行って、もうそこから飛行して突っ込んでくればいい。そうすりゃ間に合うはず――」

()()()()

 

 自分としては珍しいほどに甘ちゃんの言葉だった、はずなのに。

 恋人にして相棒でもある相手、二年生ギリシャ代表候補生フォルテ・サファイアの声。

 

(……ッ)

 

 思わず、ダリルは彼女の声色に身動きを止めた。

 いつも気だるそうにしている様子は微塵も残っていない。

 身を乗り出すようにして、フォルテは相対する白と黒をじっと見つめていた。

 

「これは……あの男の戦いッス」

「……そうかよ」

 

 自分よりも、よっぽど相棒の方が深く心を揺さぶられている。

 それが少し、羨ましくもあり――同時に、めったに見られないフォルテの凜々しい表情に、少し身体が疼き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「認めない――私は、それを認めないッ!!」

 

 ラウラは鬼気迫る表情で、そう叫んだ。

 認めない。ありえない。そんなことはあってはならないと。

 彼女の指先の動き一つですらもが、一夏の言葉を否定しようとしていた。

 

 だって、そんなものを、彼女は知らないのだから。

 進化とは()()()()()だ。かつての自分を否定し、上書きし、塗り潰すことで新生するより強い自分。

 羽化とは蛹を脱ぎ捨てること。ならばそこに過去の肯定など不必要。

 

「敗北し挫折し絶望していた自分など、虫けら以下の塵芥に過ぎないだろうがッ! そんなものに縋ってどうするというんだ、織斑一夏ッ!!」

「縋るんじゃねえッ! 背負って進むんだよ! だってそれも織斑一夏(おれ)なんだから!」

 

 白い鎧が主の叫びに呼応して蠢動する。

 姿形こそ変わっていないが、意志を持っているかのように熱を持ち、一夏の気迫に連動して猛り狂っている。

 

「ああそうか、やっと、やっと分かった……! そっちが俺のことが苦手なのと、同じだ。俺は――俺は、あんたが苦手だ……!」

 

 意見は一致した。

 苦悩もまた、一致している。

 現実の自分と理想の自分の乖離。ああそうだ、それこそまさに今、織斑一夏が直面している懊悩に他ならない。

 ()()()()()()()()。そうやって悩んでいる彼女を見て見ぬふりをするなんて、それはまさに自分自身の問題を棚上げしてしまうことに他ならない――!

 

「俺からも言わせてもらうぜ。あんたは――ラウラ・ボーデヴィッヒは、かつての俺だ……!」

 

 決定的な台詞だった。

 強く、強く、ラウラは拳を握る。視線に殺意が装填される。

 

「言ったな……貴様が、()()()()()()()()()()()()……っ!」

「ああ言ったさ。言ったとも! 自分の無力さを呪い、闇雲に力を求めて! どうしようもない現実に憤り続ける! 休むことも、他の何かに目を向けることもしない! その果てに虚無と絶望しかないって分かってるくせに! 見ててイライラするんだよ……!」

「それはこちらも同じだっ!」

 

 ラウラは空間そのものを吹き飛ばすような勢いで、右腕を振りかざし、一夏を指さした。

 

「私は……! 私は……っ! 貴様を見ていると思い出す! 無力だった頃の自分をっ! だから私は貴様を認めない! 認めてたまるものか……!」

「俺もあんたが嫌いだ……! だけど、それを受け止めて、俺は前に進む……ッ!」

 

 互いの姿が互いを映し出す。

 

 誰かの背中に光を見て。

 誰かの背中を追いかけて。

 

 だけど自分を変えられなくて。

 必死に走って。

 必死に足掻いて。

 

 それなのに背中は遠ざかる一方で。

 

 感覚が、リンクする(つながる)

 

(この男は絶対に全否定しなければならない……!)

(こいつには、こいつにだけは絶対負けられない……!)

 

 だって――目の前の相手は、己の意地にかけて、抗うべき相手なのだから。

 織斑一夏はかつて挫折しそうになったラウラ・ボーデヴィッヒで。

 ラウラ・ボーデヴィッヒはかつて闇雲にただ走っていた織斑一夏で。

 

 故の、歪みに歪んだ()()()()

 

 それが攻撃という形に昇華されるのに、お互い、何の躊躇もなかった。

 

 

 

【OPEN COMBAT】

 

 

 

 愛機がそう雄々しく叫ぶと同時、一夏は『雪片弐型』を構え猛然と突撃する。

 彼我の距離はISバトルにおける一足一刀の間合い。故に接敵までは刹那。

 

「一発ぶん殴らせろォォォッ!」

「私の前から消えろォォォッ!」

 

 迎撃の姿勢を取っていたラウラとして、その気迫は負けていない。

 激突する純白の刃とプラズマ手刀。両者は互いを食い破らんと火花を散らし、それを挟んで一夏とラウラの視線が交錯する。

 

(見ただけでこんなにも心が荒れ狂う……ッ!)

(あの時も、今も! 俺の感情をかき乱す……!)

 

 歯を食いしばり、一夏は思い切り刀を押し込んだ。相手の攻撃ごと切り捨てる狙い。

 だがラウラは巧みな重心操作でそれを受け流す。かみ合った刃から散る火花が一層激しくなる。

 

「力任せの攻撃など――!」

 

 力みには()()が必要である。

 ラウラの観察眼は正確にそれを読み取った。

 より強く押し込もうと一夏が力を込める、その刹那。

 コンマ数秒間の弛緩を見極め、一気に白い刀身を弾く。

 

「……ッ!?」

「砕け散れッ!」

 

 体勢の崩れた相手を見逃すはずもない。

 ワイヤーブレードが先端部をドリルのように回転させながら一夏に殺到する。

 

「それがどうしたああああああああッ!」

 

 計4つのワイヤーブレードのうち、攻撃に回されたのは2つ。

 瞬時の反応で振るわれた『雪片弐型』は1つを叩き落とし、返す刀でもう1つを弾く。

 できれば先端部を切断したかったが、回転によって斬撃は深く通らなかった。ブレード部の表面に切り傷が刻まれただけだ。

 

(反応が早い! パターン構築ではなくその場での処理能力の高さ――やはり、感覚派!)

 

 激情に呑まれそうな中でも、ラウラは必死に戦闘用の思考回路を回す。

 敵の行動パターンを暴き、読み解き、そこから必勝パターンを選択する。

 ラウラ・ボーデヴィッヒの強みである、徹底的な理論的戦術。

 

(他愛ない、この程度ならハメ殺せる!)

 

 高速思考――だが、それは『アンプリファイア』の影響下で、かろうじて残された理性の抵抗。

 事実として、ラウラは今もう、セシリアや鈴、シャルルを思考の外に弾きだしていた。

 

 四対一ではなく、一対一の動きを見せて。

 それを冷徹な狙撃手が見逃すはずもない。

 

「……ッ!」

 

 意識がそれた。身体がそれを感知すると同時、本能的にスターライトMK-Ⅲの銃口を向ける。

 だが。

 

「そうだそれでいい俺だけを見ろぉっ!」

 

 喉をからすような勢いの、叫び。

 再度突撃する白い機影が――トリガーにかけた指から、力を失わせる。

 

「オルコットさん、これは……!」

「……ええ」

 

 シャルルも同様、鈴に至っては完全に静観の構えを見せている。

 これは――織斑一夏の戦いなのだ。

 

「全部を俺にぶつけてこいッ! そうじゃなきゃ意味がねえ! 俺はあんたを超えていく! そしてあんたにも分かってもらう――否定するべき自分なんて、本当はいないって!」

「黙れ黙れ黙れェェェェッ!!」

 

 突撃のタイミングに合わせて、完璧な迎撃が襲いかかった。

 直線加速のルートをはじき出し、レールカノンの砲塔が動く。

 

「過去の否定は――いつか現実の自分の否定になる! ()()()()()()()()()()()()()()!?」

「……ッ!?」

 

 それは突飛な予測ではなく、一夏自身の経験に基づいた言葉だった。

 刹那のみ動きが静止し、直後、レールカノンの砲口に、投擲された『雪片弐型』が突き刺さる。

 小規模な破砕音を響かせながら、砲塔から火花が散り、沈黙した。

 

「しまっ――」

「自分を否定して! 自分じゃない何かになろうとしてッ! その結果には何も残らないんだ!」

 

 距離を詰めた一夏が『雪片弐型』の柄を掴み、レールカノンを引き裂くようにして振り抜く。

 デッドウェイトと化した砲塔をラウラはパージし、バックブースト。

 空けられる距離。剣域から抜け出そうとする敵。

 

「逃がすものかよぉッ!」

 

 スラスターに火を入れる。

 白いウィングスラスターが爆発じみた炎を吹き上げ、それに追いすがった、が――

 

「――そう来るだろうと思ったさ!」

 

 ()()()()()()()()()

 振るわれるプラズマ手刀。連続する斬撃は雨のように降り注ぐ。

 それだけではない。4つのワイヤーブレードもこの瞬間、狙いを一夏だけに絞っていた。

 正面から左右上下から死角から――"白"を粉砕するために構築された理論的な猛攻。

 

「一夏……ッ!?」

 

 理論的に導ける。この構築に、瞬時に反応できることはない。

 対応が間に合わないと判断して、シャルルが叫びを漏らした瞬間。

 

「チィィ――!」

 

 一夏は愛刀を回転させて攻撃を巻き込み、逸らし、弾き。

 同時に上体を半身にして避け、捌き、受け流す。

 そのまま横に回転しつつ攻撃を切り払い、独楽のように回転しながら後退。傷一つ負わず、緻密に計算された連撃の嵐から抜け出して見せた。

 

「――今のを、無傷、で……!?」

 

 セシリアは愕然とした声を漏らした。

 

(端から見ていて――あのタイミング、あの位置取りで、あの攻撃を捌くことなんて不可能のはず! ですが一夏さんは無傷! 感覚的に予期していたとでも……!?)

(今、の、どうやって避けた……!? 一夏の動きが読めない! 少なくとも楽に勝てる感覚派とは全然違う!)

 

 思わず言葉を失うセシリア。動揺は同じものを、同じ理論派として見ていたシャルルも共通していた。

 しかし。

 

(――――今の、何?)

 

 一夏と同じ感覚派であり、代表候補生としては屈指であるはずの鈴でさえ、両眼を見開いて驚愕していた。

 

(感覚派を潰すための攻撃、だった。瞬発的な反応だけじゃ、()()()()()()()()()()。そういう風に攻撃が配置されてた――の、に。どうなってんの!?)

 

 全員が表情を凍り付かせる。

 今の攻防は、明らかに何かがおかしかった。

 

 そして。

 渦中にいるラウラこそが、それを正確に感じていた。

 

()()! こいつ――()()()()()()()()()()ッ!?)

 

 ここに来て。

 ラウラ・ボーデヴィッヒは間違いなく――眼前の打倒すべき敵に、戦慄を抱いていた。

 

(間違いなく読み切っていた! 私が待ち構えていることを計算し、波状攻撃を読み取り、読み解き、回避ルートを一瞬で構築し、それを自分の身体に伝達していた! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 何なんだこの男は!?)

 

 他愛ない、という評価を改めざるを得ない。

 

「きさ、まは――」

「どうしたよ……気を抜いてたら、この刃はあんたに届くぞ、ラウラ・ボーデヴィッヒ……ッ!」

 

 一夏の両眼は常に焔を噴き上げている。

 ありえないとラウラは頭を振った。自分が負けることなどありえない。過去の自分を肯定するような弱者に、負けるはずがない。負けるわけにはいかない。

 プログラムが稼働し、思考回路を純化させる。敵を粉砕しろ。一方的な暴力で相手を殺戮しろ。

 ラウラの深紅の瞳に、再度絶対零度の殺意が注ぎ込まれた。

 

「私は――貴様などに、負けない……殺す、殺す、殺す殺す殺すッ!」

「そうだ、それでいい……俺はあんたを倒す……!」

 

 両者の視線が交錯し。

 再度、爆音のような加速音が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あーさっき反撃まで組み込めなかったのは減点だなー)

 

 せり出したピットの上から戦場を俯瞰する東雲は、そんな無体なことを考えていた。

 どう考えてもルーキーとしては破格の、代表候補生ですら驚嘆する反応だったのだが、師匠としては不服らしい。

 

(そこはこう……今あったじゃん間隙が。一発……いや、二発はおりむーでも打ち込めたはずでしょー?)

 

 打ち込めねえよ。

 

(まあ進歩を感じるのは確かだから、いいことだね。あとでいっぱい褒めてあげよう! おりむーが成長していて当方も鼻が高いよ。なでなでしてあげるとかでいいかな……いや……待てよ……これ、なでなでを返してもらえるかもしれないのでは!? ウヒョッグヘヘヘヘ、テンション上がってきた……!)

 

 後方師匠面の東雲令は弟子を褒めるという行為に対価を求めていた。

 

「……令」

 

 足音が響いた。

 更識簪が、自分にも何かできないかとピットに来たのだ。

 しかし簪は、一夏を見守る真摯な表情を見て小さく頷く。彼女もまた、東雲の隣で見守ることを選択した。

 できればそいつの頭をぶん殴ってほしいところである。

 

 

 

 

 

 

 

 






OPEN COMBAT「ご無沙汰しております(悶絶調教師)」



次回
29.唯一の男性操縦者VSドイツ代表候補生(後編)



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29.唯一の男性操縦者VSドイツ代表候補生(後編)

要素が多すぎて信じられないぐらい長くなった


「おい博士見えるか、今こんな感じだ」

『……相乗効果って言ってたけど、これ多分、互いに阻害してないかな……』

「見た瞬間にそこまで考察できるのかよ」

『うん。だって、うまくかみ合ってるなら『アンプリファイア』によって戦意を強制拡大(アップリフト)された時点で『VTシステム』は起動(ブート)されてるはずだもん。なんか食い合わせが悪いのかなあ……』

「確かに、開発国も違うわけだしな。じゃあどうする? 私が突っ込んでこようか?」

『オータムは今回お留守番。多分戦闘中に何かのきっかけがあれば、すぐ始まると思うし』

「…………」

『実際うまくいった際の理論値はかなりイケてると思うんだよねー。なら少し待った方がいいし……って、聞いてる?』

「今、あんた、私の名前呼んだよな」

『…………』

「…………へへ」

『なしでーす! 今のなしでーす! ノーカン……ッ! ノーカン……ッ!』

「おっ、そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(付け目はある! 細い勝ち筋だけど、絶対に勝てない相手じゃない!)

 

 一夏は正眼に剣を構え、深く息を吸った。

 

(攻撃が分かる――どういうタイミングで俺が攻撃を食らうのか、相手にとってのベストな攻撃の組み立てが読み取れる……! 感謝します、我が師!)

 

 はっきりと自覚した。

 戦意を新たに再び戦場に舞い戻ったこの瞬間、今までの修練が収束している。

 蓄積され続けた密度の濃い訓練が、身体を動かしてくれている。

 

 正確に言えば織斑一夏はもとより本番に強いタイプである。

 絶対に発揮しなければならない場面で、ここぞとばかりに普段の成果を叩きつける。

 血肉となって巡る師の教えに感謝し、彼は笑みを浮かべた。

 

 しかし。

 

「貴様だけはぁぁぁぁぁっ!」

 

 ラウラが乱雑に右腕を振り払う。

 それだけでアリーナ全体を粉砕するような衝撃波が生まれ、思わず一夏は面食らった。

 

「何――だと――!?」

 

 銀髪の少女を起点として、四方八方へと強烈なソニックブームがばらかまかれる。

 一夏は砂煙と地面の亀裂から指向性を読み取り、左右へ揺れるようにして回避機動を取った。

 セシリアたちも同様にその場から飛び退き、衝撃波を掻い潜る。

 

「カタログスペックにはない攻撃じゃない、何よこれ!」

「これほどの広範囲攻撃――基本装備でしたら条約違反でしてよ!?」

 

 鈴とセシリアの悲鳴。

 代表候補生だからこそ、広範囲攻撃の脅威は知っている。範囲を広げるというのにはそれだけの出力が必要だ。そして範囲が広くなっても、元の出力が下がるわけではない。

 つまり――広範囲殲滅兵装とは、それだけの火力を保持しているという証明である。

 

「――僕の後ろにッ!!」

 

 シャルルの絶叫を聞いて、スラスターを駆使して一夏は真後ろへの移動から横へとスライドする。

 衝撃波の津波から身をよじって逃れ、実体シールドを展開したシャルルの背後に白い鎧が滑り込んだ。

 

「……ッ! シャルル、これは!?」

「分かんない! でも僕が見た『シュヴァルツェア・レーゲン』の装備には絶対なかった!」

「だったら何だってんだよ!?」

「大型のジェネレーターもない! 衝撃の収束機構はおろか拡散機構だって見当たらない! ()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 展開された大型シールドが軋みを上げる。

 機動力と攻撃力に重きを置くカスタマイズを施された『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』にとって本来優先度の低い装備だが、それを積んできたことにシャルルにはこれ以上ない僥倖を感じた。

 

「この……ッ!」

 

 元より上空を取っていたセシリアはいち早く高度を上げると、ビットを切り離し多方向からラウラにレーザーを浴びせる。このような攻撃をされては、一夏の心情に肩入れしている場合ではない。

 だが。

 照射されたレーザーが、ラウラの眼前で奇妙に歪み、拉ぎ、『シュヴァルツェア・レーゲン』を避けるように歪曲してアリーナに突き刺さった。

 

「な――!?」

「こっちも駄目! どーなってんのよ!」

 

 ほぼセシリアと同時に反撃を始めていた鈴も悲鳴を上げた。

 不可視の砲弾がラウラに迫り、しかし着弾寸前でするりと行き先を変えてアリーナの外壁にぶつかったのだ。

 

「――――ッ、半径二十メートルにわたって何らかの力場が発生しています! 恐らくは、慣性停止結界(AIC)の応用かと……!」

 

 全体を俯瞰しつつ、セシリアはハイパーセンサーをフル稼働させ、微細な()()()()()()を素早く看破した。

 間違いなく条約違反装備。だが、『アンプリファイア』が何か、機体の能力すら拡張してみせたのだとしたら。

 

(……いえ、ありえませんわ。『アンプリファイア』単体でこのような現象を起こせるはずがありません。元より装備を隠していたと考えるのが当然。あるいは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――としか!)

 

 秒単位でばらまかれる広範囲殲滅攻撃を掻い潜りながら、セシリアは必死に思考を回す。

 鈴もまた中距離を維持しながら、吹き荒れる砂煙の中を直感任せで飛び回っていた。

 

 その中で。

 

「あいつを止める! シャルル、数秒――二秒でいい! あいつの意識を逸らしてくれないか!」

「……ッ! 何言ってるの!?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()! だから、力を貸してくれ!」

 

 一夏はそう叫んだ。

 できる。フランス代表候補生シャルル・デュノアにとって、その程度造作もない。

 だが。

 

「……どうして」

「え?」

 

 うつむいて、歯を食いしばり。

 金髪に隠されて両眼は見えないまま、シャルルはうめいた。

 

「どうして、こんな状態で戦おうと思えるのさ、君は……あんなの、僕らで戦うべき相手じゃない。先生たちの到着を待つのがいいに決まってるじゃないか……」

「違う! 違うんだよシャルル。俺はあいつから絶対に逃げない。逃げちゃ駄目なんだ、だって逃げたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 衝撃波をまともに受けて、ついにシャルルと一夏は実体シールドごと吹き飛ばされた。

 ごろごろと転がるが、一夏は咄嗟に――()()()()()()()――シャルルの華奢な身体を抱き留めることに成功していた。

 

「一夏さん! デュノアさん!」

「こんのおおっ!」

 

 二人をカバーするべく、セシリアと鈴が反撃に転じる。だが届かない。砲撃はねじ曲げられ、近づこうにも荒れ狂う力場に放り投げられる。

 大地は巨人が踏み荒らしたように砕け散り、観客席からひっきりなしに悲鳴が上がっている。

 その中で。

 

「ぐっ……! まだ、だ……!」

 

 一夏は素早く立ち上がり、痛みに顔をしかめて。

 それでもシャルルをかばうようにして、前に出た。

 視線を切っ先のようにラウラへ向け、今にも突撃せんと腰を低く落として構える。

 

「……いち、か……」

「シャルル――お前にだって在るだろ、譲れないもの。俺の譲れないものは今此処にあるんだ……!」

 

 背中越しに投げかけられる、決然とした言葉。

 それがますます、シャルルの瞳に蔭を落とした。

 

「…………ないよ、そんなの……ないよ」

 

 消え入るような声。

 まき散らされる衝撃波が嘘のような――冷たく、ほの暗い声色だった。

 一夏はラウラから、顔をシャルルに向ける。瞳にもう、迷いはなかった。

 だから。

 

「ないならお前が見つけるしかねえ。でも、それがつらくて苦しいなら――」

 

 言葉を切って、一夏はバッと自分の左手を差し出した。

 白い装甲。『白式』の鎧とクローに覆われた、大きく鋭利で、けれど確かに手をつなぐために伸ばされたそれ。

 シャルルは息を呑んだ。

 

「今この瞬間は、俺の手を取るだけでいいッ!」

「――――!」

「お前の力を借りたい! そしていつか、お前に俺が力を貸せる時が来たら存分に貸す! 釣り合いがとれるかは分からねーけど、俺にできること全部する!」

 

 強引に手を伸ばし、一夏はシャルルの手を掴んだ。

 

「お前言ったよな! 俺はヒーローになれるって!」

 

 至近距離で顔をぐいと寄せる。鼻と鼻がこすれ合うような距離。

 戦場の破砕音に負けないよう、一夏は腹の底から叫んだ。

 

「付け加えさせろッ! 俺は! ()()()()()()()()()()()()()()()!」

「…………ッ!!」

「だから力を貸してくれシャルル! 今俺に必要なのは――俺が求めているヒーローはお前なんだ!」

 

 その、眼。

 生まれて初めて見た、自分を必要としているまっすぐな瞳。

 自分が映り込んでいる、彼の双眸に。

 

 

 

 きっと――シャル■■■・デュノアは、初めて胸を高鳴らせたのだ。

 

 

 

「……一夏の、ばーか」

「悪いけど、それ言われ慣れてる。死んでも治らねえんじゃねえかな」

「ふふっ、なにそれ」

 

 戦場において場違いな、甘い睦言のような距離と声色の会話。

 それを経て、一夏と結ばれた手から一気に力を入れて、シャルル・デュノアが立ち上がる。

 

「分かった。あの子の意識、一瞬だけなら逸らせると思う」

「頼む。――鈴! セシリア!」

 

 名を呼ぶと同時、二人は攻撃を瞬時に中断し、一夏とシャルルのすぐ近くまで距離を詰めた。

 滞空するセシリアと、転がるようにして跳び込んできて、一夏のすぐそばについた鈴。

 意図せず、いやそれは自然な帰結としての、フォーマンセルチーム。攻撃と防御を同時に行う上で、ベストな人数。

 

「多分この中で一番馬力があるのは『白式』だ。刀一本に振ってるけど、こういうときは強い」

「ええそうね。で? デュノアの力を借りるんならあたしたちの力はいらないんじゃなーい?」

「……鈴さん、いくらなんでも、大人げなさすぎですわ……」

 

 露骨に拗ねている鈴を見て、セシリアは額に手を当てて嘆息した。

 

「はは、なんだかいいチームだね。でも時間がないよ」

「分かってる。鈴、俺を押し込め。シャルルは手はず通り。セシリアはシャルルに手を貸してくれ」

「分かりましたわ」

「あとでなんか奢りなさいよ!」

 

 言葉は少なく曖昧だったが、三人は一夏の意志を瞬時にくみ取った。

 

「シャルル。この借りはいつか返すぜ」

「……それはこっちの台詞だよ」

「え?」

「何でもない! ――ッと!」

 

 会話はそこで途切れた。

 四人がそれぞれの方向へと加速した瞬間に、ラウラが両腕を振るった。アリーナの地面が見えない隕石が墜落したように砕け散り、衝撃がメチャクチャにばらまかれる。

 その間隙をすり抜けて、四人が構える。

 

「言っとくけどかなりの無茶になるわ。多分『白式』は……」

「半分スクラップになるだろうな。でもこれしかない――頼らせてもらうぞ、相棒!」

 

 鈴の注意を受け、それでも一夏は止まらない。

 応えるように、白い鎧が熱をため込んだ。

 

「織斑、一夏ァァァ――――!!」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ! 俺はやっぱりあんたには同意できない……!」

 

 ラウラの視線が一夏に突き刺さる。

 互いの背後で空間が歪む。突撃の前兆。力場の根源であるラウラが動けば、それだけで小規模な災害と化すだろう。

 

「何もかも切り捨てて! 過去の自分すら切り捨てたら、届かない場所があるんだ! それを今から見せてやる、だから……歯ァ食いしばれェェ――!」

「黙れ黙れ黙れ黙れェェェェェェッ!!」

 

 もはや対話は不可能。

 一手早く、ラウラは加速の予備動作として、その空間に身を沈ませて。

 

「――――ごめんね」

 

 優しい声色と、優しい表情で。

 されど絶対零度の両眼で。

 シャルルは丁寧にトリガーを引き絞った。

 

 ハイパーセンサーを最大感度に引き上げ、同時に身動きを止めて観察した。見えない力場。ベクトルがねじ曲がり、物体を跳ね飛ばすその局所的タイフーン。

 だが根本的に考えれば、AICとは空間に特殊なエネルギー波をぶつけて静止現象を引き起こす装備だ。

 その脅威である不可視性と絶対性は、この無秩序な破壊にはない。

 

 セシリアはわざとビットから馬鹿正直にレーザーを降らせた。

 当然、すべてがねじ曲げられる。拡散する光がぱっと散り、無意味に地面を穿つ。

 

 だからこそ。

 

 逆算できる。レーザーの軌道から、彼女の身動きから。

 今どこにエネルギー波があって。

 今どこにエネルギー波がないのか――!

 

()()()()()()()()()()

 

 精密狙撃モードのアサルトライフルから、大口径の弾丸が放たれた。

 縦横無尽に張り巡らされた重力力場の嵐の中。

 わずかな間隙を、まるで糸を通すようにして弾丸が通過していき。

 

 こおん、と。

 

 ラウラの眉間に着弾し、甲高い音が響いた。

 

「…………ッ!?」

「――今だぁぁぁぁっ!」

 

 同時に『白式』が最大出力でスラスターに点火、真後ろの『甲龍』は迷うことなく瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 白い機体が押し出されるようにして、爆発的に加速した。

 

 たった数秒の隙。

 実に二十メートルにわたって展開されていた力場が、緩んだ。

 その刹那に、馬力によるゴリ押しで、二機一組となった一夏と鈴が重力の嵐を強引に突っ切る――!

 

「貴様ァッ……!」

「まだですわ!」

 

 左右からセシリアがビットによる射撃を撃ち込み、集中させない。

 先ほどとは比にならないほど弱くなった力場。それでも機体を粉砕せんと、衝撃が一夏に襲いかかる。

 あと――わずかに、一歩。

 刀を振るえば届く距離で、ぎしりと、『白式』が軋んだ。

 

「一夏、止められたッ!」

「そこで押し潰されて死ねぇっ!!」

 

 鈴の悲鳴、ラウラの咆哮。一夏は歯を食いしばって、更なる加速を敢行する。

 装甲が砕かれ、ISスーツが衝撃に千切れ飛ぶ。構わない。

 絶対防御が発動し、シールドエネルギーが大幅に減損する。構わない。

 

(押し込むしか、ねぇ……ッ!)

 

 ここで退いてはいけない。絶対に退けない。

 だというのに。

 力場の出力は増大する一方で、じりじりと刀身が押し返され始める。

 思わず悪態をつきそうになった。何かが足りない。あと一手が、足りない。

 銃撃音が聞こえる。レーザーも弾丸も全て、荒れ狂う重力の嵐に弾かれていた。

 背中を押す鈴もスラスターを全開にしている。それでも力負けしていた。

 

(ちく、しょう……ッ)

 

 明確に見えている。このまま突っ走っても断崖絶壁に放り出される結末しかない。

 押し負ける。それを誰もが予感した。

 瞬間。

 

 ()()を、感じた。

 

 一夏は――絶戦の最中だというのに。

 ガバリと振り向いた。真後ろ、ずっとずっと後方。

 力場になぶられる鈴のツインテール越しに。

 

 ピットのカタパルトに佇み。

 静かな風に黒髪をなびかせて。

 まっすぐに己を見つめる――尊敬すべき師が、自分を誰よりも肯定してくれる一人の少女がいた。

 

 音が消えた。

 ただ静かに、彼と彼女の視線が結ばれ、それ以外の一切が意識から消し飛んだ。

 

「――――しの、のめ、さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(待って!!!!!!!! おりむーの露出度が過去最高!!!!!!!! キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! …………いやそうじゃねえよ! やめろ馬鹿全員目を潰せ! 当方ッ! だけにッ! 見せろッ! そういうのはッ!!

 

 お前もう死ねよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――――――――ッ!!)

 

 見て、くれている。

 自分の勝利を信じて、刮目してくれている。

 視線に淀みはなく、ただ一心に自分の勝利を願ってくれている。

 そう、言葉はなくとも理解できた。

 

 かちりと。

 自分の中で何かが嵌まる音が聞こえた。

 

 ラウラに顔を戻す。苦痛に顔を歪め、身体の自由を失っている少女の。

 朱と金の瞳を、見た。

 その両目に一夏は自分が超克すべき陰を感じた。過去の呪縛。増大された悪意と絶望。

 

(ああそうだ。彼女のおかげでここまで戦えた。彼女のおかげで立ち上がれた。彼女と出会えたからこそ、今の俺がある!)

 

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、あってはならない――!

 

 裂帛の気迫が四肢に満ち、両眼から炎となり噴き上がる。

 軋む心臓に鞭を打ち、今この瞬間に全てを吐き出せ。

 悲鳴を上げる身体を動かし、今のこの瞬間に敵を打ち破れ。

 

「――――負けるかァァァァッッ!!」

 

 一方的に押し返されていたはずの力場に。

 純白の、『雪片弐型』の刃が食い込んでいく。主の願いに呼応するかのように『白式』が過負荷を無視してさらに出力を跳ね上げていく。

 

「一夏さん――!」

「一夏!」

「い、ち、かァッ……!」

 

 援護するセシリアとシャルル、そして背を押してくれる鈴に、名を呼ばれ。

 ついに一夏の炎が最大限に猛る。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 力場を食い破り、刀身が漆黒の鎧へ殺到する。

 あれほど堅牢だった不可視の要塞が一気呵成に打ち破られ。

 

 

 刃が、ラウラを、とらえ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相互意識干渉(クロッシング・アクセス)

 

 ISコアは互いに情報交換をするためネットワークを形成している。

 その影響から、操縦者同士の波長が合う、()()()()()()()()()、両者間の潜在意識下で会話や意思の疎通を図ることが可能となるケースがある。

 多くの謎を持つISが、自己進化の過程で生み出した機能の一つと言われている――それを一夏は、教科書の片隅に書かれているものとして覚えていた。

 

「…………これは」

 

 確かに刃が届いた。ラウラの首から腰にかけて一気に切り捨てるような、そんな渾身の斬撃を叩き込んだ。

 いや正確に言えば……首筋に『雪片弐型』の刃が接触した瞬間に、意識がスパークして、気づけばこの空間に放り込まれていた。

 

 ()

 一切のシミを許さない、一片の穢れも許さない、圧倒的な、白。

 そこに一夏は制服姿で佇んでいた。

 

「……クロッシング・アクセス、だよな」

「ああ、そうだ」

 

 声は背後から聞こえた。

 振り向けば、これまた真っ白なワンピースに身を包んだラウラが、どこか超然とした表情でこちらを見ていた。

 

「……あんた」

「ラウラ・ボーデヴィッヒは……あの時、敗北を受け入れていた。心のどこかでずっと、ラウラ・ボーデヴィッヒはお前に同意してほしかったのだ。過去の否定こそが正解なのだと。だってそうでなければ、今までの積み重ねは何だったのか、と思うだろう」

「……ッ! それは違う、違うよ」

 

 他人事のような言葉。それが深層心理なのだとしたら。

 一夏は首を横に振ってから、大股に彼女に歩み寄って、その両肩を掴んだ。

 

「過去の自分は決して死んだりしない。それは勝手に殺したことにして、胸の奥底に閉じ込めてしまうだけなんだ。だから……今までの積み重ねが君を裏切ったりなんて、しない」

「…………()()()()()、織斑一夏」

 

 彼女は優しく――そう、驚くほど優しく微笑み。

 そっと、雪原のように白く、触れば折れてしまいそうな細い指で。

 ()()()()()()()()()()()

 

「…………ッ?」

 

 思わず目を白黒させた。

 ラウラに頬をなでられた瞬間に、何か異物が入り込んできたような、自分の中を丸々覗き込まれたような感覚がした。

 一体なんだったのかと首をかしげていた、時。

 

 遠くから、声。

 

 振り向いた。

 一切の存在を許さない白、が、途切れている。白い世界の遙か彼方に、真っ黒な、廃棄場のように荒れ果てた空間がある。

 そこに。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「――それは私じゃないッ!」

 

 

 

 彼女は必死の形相で、そう叫んだ。

 え、と。

 一夏は呆気にとられ、ぽかんと口を開けた。

 彼の眼前で、対話していたはずの、ラウラ・ボーデヴィッヒであるはずの存在が、唇を歪ませる。

 

 やっと気づいた。

 ここは無遠慮な白で塗り固められた偽りの空間。

 

 ラウラの精神へアクセスしたのではない。

 そう――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ!!」

 

 バッと腕を振り払って、一夏はラウラの顔をした何かから距離を取った。

 それは先ほどまで触れ合っていた指をしげしげと眺め、赤い舌を出して指の腹をぺろりと舐め。

 

「――()()()()

 

 白いワンピースが、焼け焦げるかのように、黒ずんでいく。

 銀髪が橙色に塗り潰され、背丈が伸長され、ぞっとするような美貌の女に姿が変化する。

 言葉を発することなく、彼女は艶やかな髪をかき上げて、悪意に表情を彩らせる。

 

「…………オー、タム」

 

 その名を、一夏が呼ぶと同時。

 ()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Damage Level(損害状況)――D.

 

 Mind Condition(精神状態)――Error(やめろ).Error(やめろ).Error(やめろ).Error(やめろ).Error(やめろ).Error(やめろ).Error(やめろ).Error(やめろ).――Uplift(強制拡大).

 

 Certification(認証)――Breakthrough(強制突破).

 

 

 

 《ValkyrieTraceSystem》―――― boot(起動).

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名を呼ばれ、ガバリと顔を上げた。

 すぐそばに来ていた鈴が、一夏を無理矢理に引っ張って動かそうとしている。

 どうして、と考えるまでもなかった。

 眼前のラウラが、いや、『シュヴァルツェア・レーゲン』が音を立てている。

 鋼鉄の鎧が上げるには不自然な、悲鳴に近い有機的な音。

 

 あれはやばい、と耳元で鈴が叫んでいる。

 早く下がって、とシャルルが叫んでいる。

 何をしている、とセシリアが叫んでいる。

 

 荒い呼吸音。それが自分の発するものだと一夏は遅れて気づいた。両足が震えている。無意識のうちに、一歩引き下がった。

 その反応を見て三人は、そして一夏を知る者たちも理解した。

 ――今、何が誕生しようとしているのかを。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 ラウラの絶叫に呼応するかのように。

 漆黒の鎧が、()()()()()。固体が融解して半固体に変貌し、蠢きながら別の何かをかたどっていく。黒い泥はドイツ製の鋭角な装甲から、それを一度無かったことにして、全く別の装甲を再現していく。

 新鋭兵器の試験運用にふさわしい堅強なものから、実戦を意識した防御性と機動性を両立させたものへ。

 各種装備は形を失い、泥のまま透明な膜で覆われたようにして、うねりながらもかろうじて輪郭を形成する。

 

 それは形態移行(フォームシフト)に非ず。

 それは悪夢の再現。

 それは禁じられたプログラム同士の相乗効果が弾き出す、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あのISを……再現……してる……!?」

 

 鈴の言葉が全てを物語っていた。

 ドイツ製『シュヴァルツェア・レーゲン』が姿を変えて、アメリカ製『アラクネ』へと変身する。

 

 誰もが理解する。

 これは、残酷なまでに、冷酷なまでに。

 織斑一夏を完封するための最適解。

 

 

 

【OPEN COMBAT】

 

 

 

 愛機のアラートが、どこか遠く、まるで残響のように聞こえた。

 それが合図だった。黒い泥が収束し、節足動物を模した装備を再現する。

 

 危機はずっと、息を潜めて待っている。一斉に襲いかかる時を見定めている。

 そんな空想が現実味を帯びてしまうような、最悪に最悪を上塗りしてさらに最悪で煮詰めたような、そんな展開。

 

 忌むべき()()()が。

 悪夢の象徴のように、決意と信念をあざ笑うように。

 

 織斑一夏の前に、顕現する。

 

 

 

 

 

 

 




OPEN COMBAT「正直わかってました」




次回
30.■■■■■■■VS影蜘蛛




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30.■■■■■■■VS影蜘蛛

ファース党なので初投稿です


「……どう、してよ」

 

 最初に声を上げたのは鈴だった。

 

「なんで、なんでよ、なんでなのよっ! こんなことしてっ! そこまでして一夏を追い詰めて何がしたいっていうのよぉっ!!」

 

 悲鳴と共に、両肩の衝撃砲を撃ち込む。

 影から這い出て、そのまま表皮に黒を貼り付けたようなその機体――『アラクネ・シャドウ』は、野生動物のように跳ね飛んでそれを回避した。

 

「来んな! 来んなぁっ! 一夏の前から消えなさいよこんのぉっ!!」

「ちょっ……落ち着いて! 下がってッ!」

 

 マシンガンのように衝撃砲を乱射する鈴を、シャルルが肩を掴んで後ろに引きずる。

 これほどの出力での連射は、衝撃砲『龍咆』の設計上は想定されていない。

 故に鈴が砲撃を放つたび、機体全体が悲鳴を上げていた。

 

「デュノアさんそのままでいいです! 一夏さんの方を回収してくださいッ!」

「……ッ!?」

 

 そこでやっとシャルルは、鈴のすぐそばに立つ一夏の顔を見た。

 青ざめ、生者の気配を感じさせない顔色。呼吸は乱れ、視線が定まっていない。

 

(――PTSDッ!? まさか、最初に言われてたISを起動できないって……IS恐怖症のことだったの!?)

 

 断片的な情報を組み合わせることで、シャルルの思考は瞬時に加速する。

 と、同時、現状のまずさにも気づいた。

 

(もう四人で動けない! 三人で対応できるならいいんだけど――)

 

 セシリアが鈴の援護に、半ば銃口が焼き付いているビットで再三にわたり集中砲火を浴びせる。

 だが『アラクネ・シャドウ』は中にラウラが入っているとは思えない、野性的かつ大道芸のような軌道で跳びはねて砲火を掻い潜る。

 

(考えれば考えるほど状況が最悪だ! あの動き、パイロットが長くは保たない! 短期決戦で――だけど、一夏は動けなくて……!)

 

 限界まで思考を回すが、やはり、今動ける三人で最善の結果にたどり着ける未来が見えない。

 せめて一夏が動ければ。

 

「はぁっ、はぁっ、ぅ、ぁ」

 

 先ほどまでの奮闘が嘘のように、シャルルの隣に立つ一夏は、今まさに膝から崩れ落ちた。

 呻き声と共につばを呑み、必死に自分を落ち着けようとしている。だが見ているだけでも痛々しいそれは、間違っても戦場にいてはならない姿だった。

 

「……ッ」

 

 どうしようもない。どうにもできない。

 シャルルは自分にできることをリストアップし、まず一夏を退避させ、それからセシリアと鈴の援護に向かうことを選択しようとした。回り道な上に、三人がかりであれを止められるかも怪しい。だがこれしかない。

 そうだ、こうするしかない。

 シャルル・デュノアだけでなく、鈴も、セシリアも、そう考えていた。

 

 

 

 

 

 その限界をあっさりと飛び越えてしまうからこその――『世界最強の再来』!

 

 

 

 

 

「――――鈴さんどいてッ!!」

 

 最初にセシリア、次にシャルルが気づいた。

 インファイトを挑み、しかし不規則な動きを捉えきれていなかった鈴は射手の言葉に瞬時に反応して飛び退く。

 

 そこに間髪容れず突撃するは()()()()()

 超高速機動は影すら置き去りにして、機体そのものが弾丸であるかのように疾走する。

 

「――打ち堕とすッ!!」

 

 東雲が裂帛の叫びと共に、バインダーから引き抜いた太刀を『アラクネ・シャドウ』の回避先に置く。

 精確に頭部に切っ先を突き込まれ、空中で影蜘蛛はもんどりうって転がり、そのまま地面に墜落した。

 

(テメェッ! 性懲りもなくおりむーの前に現れやがって! つーかなんでおっぱいまで再現してんだよ当てつけかコラァ!!)

 

 一本目の太刀を放り投げて、流れるように二本目を背部バインダーから引き抜く。

 憤懣を刀身に注ぎ込み、東雲は追撃しようとして。

 ぎしりと、動きを止めた。

 

「…………?」

 

 立ち上がる『アラクネ・シャドウ』が、その動きを少し変えた。

 動物的なものから、よりIS乗りの感覚的なものへ。

 

「――こいつ! ()()()()()()()()()()!」

 

 追いすがる東雲の加速タイミング、角度、身体捌き。

 それを見て影蜘蛛は、着実に。

 加速度的に、動きの精度を上げていく。

 

(これって……『VTシステム』!? なら、まさか『アンプリファイア』の効果で、模倣・再現の能力を底上げされてるのか……!)

 

 シャルルが結論づけている間にも、爆発的な成長は続く。

 影蜘蛛に内蔵された『VTシステム』の本質は、対象のコピー。

 故に相対する東雲から技術を盗み、模倣し続け、加速度的に動きが洗練されていくのは自明の理。

 

「東雲さん――!」

 

 セシリアの叫びは真に迫ったものだった。

 何せこの敵は、今急激に成長している。ほかならぬ東雲の戦闘を学習している。

 しかし。

 

()()()()()

 

 深紅の太刀が空間を断ち、『アラクネ・シャドウ』を吹き飛ばした。

 ごろごろと転がるその姿を見て、彼女は鼻を鳴らす。言葉は、これ以上なく冷酷だった。

 模倣? 学習? 片腹痛い。本気で、そんなチャチな宴会芸で、東雲令に追いつけると思っているのか。

 

「成長速度の底は知れた。当方にはまるで及ばない、遅すぎる。既に魔剣は完了している。あと――四段階ほどギアを上げる。そこで当方がさらに速度を引き上げる。対応できず其方は死ぬ。それが結末だ」

 

 絶対の未来視が明確なゴールを言い当てた。

 当然『アラクネ・シャドウ』はそんな言葉の意味など解さない。ただ愚直に、東雲の行動パターンをインプットし、学習し、経験値として蓄積する。

 あまりにも、遅すぎる。

 

 だからこれで終わりだと。

 誰かが手出しすることなどないと。

 

 見ているだけの観客はそう確信していた。

 世界最強の再来がこの事態を収拾すると確信していた。

 

(わたくしは)

(ぼくは)

(あたしは)

 

 その中でセシリアたち三人は。

 アリーナ中央で壮絶な剣戟を続ける影蜘蛛と東雲を、まるで観客であるかのように見ている。

 余波で巻き上げられる砂煙が、周囲にばらまかれ、一夏たちに降りかかる。

 

 上空から俯瞰するセシリアは割って入る隙のなさに歯噛みし。

 刃の嵐に阻まれる鈴は自分の非力さに拳を握り。

 趨勢を見極めようとしているシャルルは思わず顔を伏せそうになり。

 

 "――――損傷回避"

 

 言葉を発しながら、ぐらりと、『アラクネ・シャドウ』が傾いた。

 東雲の攻撃を掻い潜るための無理な回避。端から見れば絶好の間隙。

 それを見て。

 

 同時に、三人の瞳がカッと見開かれた。

 

 舞台から弾かれた者たちが。

 観客に成り下がっていた者たちが。

 意地と決意を、その両眼から炎として噴き上げる。

 

 動け。

 動け。

 今動かなくては意味がない。積み上げてきたものを裏切るな。自分の決意と信念を無為にするな。

 

 だから――動け!

 

「――ッ!」

 

 最初に動いたのはセシリアだった。

 射手の構えたライフルから閃光が迸る。この場における最大速度を誇る攻撃が、精確に影蜘蛛の右肩を撃ち抜いた。

 

「セシリア・オルコット!?」

 

 思わぬ横やりに東雲が驚愕の声を上げた。

 しかし、これだけでは終わらない。

 

「――ツツァァッ!」

 

 たたらを踏んだ『アラクネ・シャドウ』に対して、右からシャルルが連装型ショットガンを至近距離で叩き込んだ。面制圧に長けた特性は、この距離では絶大な破壊力に転換される。

 咄嗟に影蜘蛛は八本脚のうち三本を連結、即席のシールドとして展開。

 弾丸を受け止めるも、絶大な破壊力は脚の連結部を粉砕しそのまま機体をぐらりと傾がせた。

 

「だッらぁぁああぁあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 そしてシールドを解除した時には。

 既に鈴が、その懐に潜り込んでいる。

 かつて一夏が無人機相手に見せた、『双天牙月』を引きずるようにして突っ込み、真上にかち上げる動き。

 それを自分なりにアレンジし、腕の振りをよりコンパクトに、小さな身体がより効率よくインパクトをぶつけられるように改良した一撃。

 

 "――予測損傷大、緊急回避"

 

 脅威判定は迅速に行われ、しかし間に合わない。

 鈴が渾身の力で青竜刀を振るい、身をよじった影蜘蛛はインパクトから逃れきれない。

 真正面からの一撃を受けて、火花と轟音を散らしながら『アラクネ・シャドウ』が跳ね飛ばされ何度もバウンドしながら転がっていく。

 

「誰が相手であろうとも! このわたくしが大人しく引き下がることなど――ありえませんわ!」

「もうなんにもできないなんて嫌なのよ! あいつのピンチは! あたしが救うッ!」

「必要と、されたんだ……! だから僕は、絶対に裏切らない!」

 

 三者三様に叫んだ。

 心の底から――世界中に響かせるような宣言だった。

 

「……何故だ」

 

 三人の猛攻を見て、咄嗟に東雲は動けない一夏をカバーするため彼のすぐそばに来ていた。

 震えている彼を守るような位置取りで。

 

 東雲は意味が分からないと、明確に鉄面皮を崩し、いぶかしげに眉根を寄せる。

 だって効率が悪いではないか。だって、適材適所ではないではないか。

 最短経路でないルートを何故選ぶ。ここではないどこかで必ず彼女たちに役割はある。

 

 だというのに。

 どうして、今、ここで。

 

「当方に任せるべきである。此れは当方が処理すべき案件だ。だというのに何故」

『決まっているだろうッッ!!』

 

 答えは思わぬ方向から飛んできた。

 思わず、東雲でさえもが勢いよく振り向いた。

 

 屋外アリーナの館内放送。スピーカーが破裂したのではないかと思ってしまうような、耳に甲高い残響がすり込まれるほどの大声量。

 アリーナからでも視認できる、本来誰もが避難して無人であるはずの中継室に。

 

 制服姿で、荒い息を吐く篠ノ之箒がいた。

 

「な――箒さん!?」

「危険だ! 篠ノ之箒、すぐに退避しろッ!」

 

 親友であるセシリアだけでなく、東雲さえもが声を荒らげて避難を指示する。攻撃がいつ飛んでくるかも分からない。

 今までの外敵のほとんどは防護シールドを平気で無力化していた。今回はそうではない、という保証はない。箒のいる場所は間違いなく戦場の内部なのだ。

 けれど。

 

()()()! これが! これだけが私にできることなんだ!』

 

 入学以来最も親交の深い二人の親友の言葉を、箒は切って捨てた。

 彼女は最初から彼しか見ていない。

 箒には、一夏しか見えていない。

 

『一夏、顔を上げろ。それはお前を脅かす悪意だ。それはお前を踏み潰すための憎悪だ。……けれど! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?』

「――――ッ!!」

『何度でも伝えてやる! 何度でも叫んでやるとも! 私は、篠ノ之箒はお前を見ているッ! ――お前は立ち上がれると、信じているッ!!』

 

 それは今にも泣き出しそうな悲痛な声色で。

 それは今にも生命の危機に怯えて崩れ落ちそうな少女の絶叫で。

 

『お前が、私の信じる幼馴染なら……織斑一夏なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとするっ!!』

 

 それは――彼女が今できる最大限のエールで。

 

 

 織斑一夏は荒い呼吸のまま、ゆっくりと顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時と同じだった。

 出し切った。もう力の一片たりとも残ってない。自分の全てを振り絞って、使い切って、出し尽くした。

 もう感覚はおぼろげだった。指を動かすことさえできない。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 

 逃げろいやだ死にたくない助けて誰か助けて怖い誰か助けて誰か誰か誰か誰か――

 そう泣き叫んでいる自分が、自分の中にいる。

 それを再度自覚するだけで、ドッと疲労感が増す。限界を迎えている身体は、既に感覚が朧気になっていた。

 

「ハァッ……ふぅ、ふぅーっ……」

 

 息を深く吸う。

 怖い。逃げ出したい。ここから逃げ出したい。手足が震えている。愛刀を取りこぼしそうになる。

 だけど。

 それでも。

 

(今、俺は、なんて言われたんだよ。今だけじゃない……俺はみんなから、たくさん大切なものをもらったはずだ……)

 

 思い出そうとしなくても、温かい言葉たちが、勝手に胸の奥から湧き上がってくる。

 

『だけど私は、信じている。私の幼馴染は――立ち上がると』

『最後にモノをいうのは――ここでしてよ』

『アンタはアンタの思うままに生きなさいよ』

『きっと一夏は……求められたら、戦える。誰かのために。何かのためにって、立ち向かえる』

『大丈夫……織斑くんはきっといつか、立ち上がれる』

 

 一つ一つが、抱きしめたくなるほど愛おしい。

 一つ一つが、冷え切っている心に優しく入り込んでくる。

 

(……信じて、もらって)

 

 最初に両足に力を込めた。軋んでいる関節を無理に稼働させ、膝を地面から引き上げる。太ももにたまっていた砂利がぱらぱらと落ちていく。

 

(……委ねて、もらって)

 

 上体を起こして、胸を影蜘蛛に向けた。視界に入るだけで全身が震える。けれど、震えとは別の熱が、しっかり身体を動かしてくれる。

 

(……愛して、もらって)

 

 踏ん張って、立ち上がる。ウィングスラスターや両肩に積もっていた砂利も地面に滑り落ちていった。まるでそれは、全身を覆うさびが剥がれていくような感覚だった。

 

(だったら今、俺は……立ち上がれるかな?)

 

 その問いの答えは、もう貰っていた。

 まさに今、自分の目の前にいる、黒髪赤目の少女から、もう貰っていた。

 

 

 

『それが、其方の意志なら』

 

 

 

「……織斑、一夏」

「……東雲さん。俺は……!」

 

 投げかけられた、自分の名前。

 その声が。その温度が。その存在が、彼を奮い立たせる。

 ()()()――()()()()()()

 

「俺は! もう――逃げないッ!」

 

 両の足で立ち。

 男は決然と口を開く。

 

「怖い。怖いよ、今も逃げ出したい……だけど、俺は決めたんだ! ここから始めるって――ゼロから、もう一度スタートするって!」

 

 瞳に炎が充填されていく。

 あの日失った意志。あの日へし折られた戦意。それが、つぎはぎだらけだけど、確かに再構築されていく。

 

「今の俺自身に価値がないとしても。()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 つぎはぎだらけ。様々な少女たちの言葉があってこそ。

 今ここで、織斑一夏は立ち上がれる。

 

「あの時……あの光を見て、君を見て、俺は前に進むって決めたんだ。だから戦う。俺には戦う意思がある。それは責務でも義務でもないんだ!」

 

 しっかりと自分の足で踏み出し。

 一夏は東雲の真横に立ち、『アラクネ・シャドウ』を見据えた。

 もう震えはない。恐怖心はあるけれど、それを上回る意志がある。

 

「俺が! 俺の望む俺であるために! 俺は、戦う!!」

 

 独善的とも捉えられかねない宣言。

 けれどそれを裏打ちするのは、この場に集う、彼と何かのつながりを持った人々の言葉。

 

(ああそうだ、この瞬間、俺の身体の中でたくさんの言葉が響きあって、俺にチカラをくれている。それだけじゃない――過去の俺がチカラをくれて、今がある)

 

 身体中に温かいエナジーが流れ出す。それを感じている。

 その新生に――主を愛する鎧が、応えないはずがない。

 カシャン、とウィンドウが立ち上がった。

 

 

 

【System Restart】

 

 

 

 変化は劇的だった。

 全身の装甲と装甲の隙間から茜色の光が漏れ出し、ヴェールのように一瞬揺蕩い……それが、炎に転じた。

 各部から噴き上がる焔は指向性を持ち、何かを焼き尽くすためでなく、砕けた装甲を補填するように、そして各所に増設されたブースターのように形成されている。

 

「これ……は……!?」

 

 見知らぬ現象に、熟練の代表候補生たる東雲すら驚愕の声を上げた。

 理解不能の奮起に、理解不能の展開が重ねられ、今までになく東雲は動揺し、その鉄面皮を崩していた。

 同時、一対の翼が裂け、孔雀の羽のように花開き、それぞれが火焔を纏う。莫大な熱量と光量に目が焼かれそうになる。眩く、けれど温かい、深紅の炎。

 

(これはほかでもない、俺の願いッ!)

 

 火焔は白い翼を起点にして大きく広がり、さらに巨大な翼をかたどった。

 それは――今を、()()()()()()()()()()()()()

 

 形態移行(フォームシフト)に非ず。

 稼働時間と戦闘経験の蓄積に連動する、ISコアと機体の同調率上昇、に非ず。

 

 今起きているのは、精神の新生にISコアが共鳴して起きた――I()S()()()()I()S()()()()共鳴現象(レゾナンス・エフェクト)

 

 カシャン、と。

 純白の鎧はそのウィンドウを立ち上げる。

 

 貴方だけではなく、私も生まれ変わると。

 信じていて、応えてくれたから、私も貴方の信頼に応えると。

 それは()()からの祝福だった。

 

 

 

 ――『白式・疾風鬼焔(バーストモード)

 

 

 

 姿が変わった。心も変わった。

 故にここにいるは先刻までの織斑一夏ではない。

 

 さっきまではできなかったことも。

 一秒前には限界なんていうつまらない言葉に絡め取られていたことも。

 

 できる。

 

「東雲さん、見ていてくれ」

「…………!」

 

 必勝理論を構築しろ。必ず通る攻撃を放つことに注力しろ。

 この瞬間に持てるもの、全部を吐き出せ。

 

「今から、この瞬間から、ずっと見逃さないでくれ」

 

 情熱的に、理論的に。

 滾る焔を冷たい刃に込めて。

 

 ――理論構築。

 

 この剣は()()()()()()()()()()()()()()()

 荒ぶる炎に隠された冷徹な思考。そこには剣に狂った、人の姿をかたどった何かの論理が組み込まれている。

 

 故に。

 その名が選ばれるのは必然だった。

 

 

 

 

 

「――()()()()……ッ!」

 

 

 

 

 

 背部ウィングスラスターから、火の粉が散る。

 IS乗りの精神性を反映した焔が猛り狂う。晴天の下、己を導いてくれた少女の瞳の色の炎が燃えさかっている。

 その、炎翼を背負って。

 

 

 

「――あんたは五手で詰む……!」

 

 

 

 不屈のヒーローは、そう高らかに叫んだ。

 

 

 

 

 




30.不屈のヒーローVS影蜘蛛




次回
31.鬼剣/Re; Start




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31.鬼剣/Re; Start

 理解できない。

 どうして、そうなるのか。

 どうして、今ここで立ち上がるのか。

 

 守られていい場面なのに。回避していい危機なのに。

 

 今こうして一夏は、東雲より前に立っている。

 彼が背負う炎の翼にあてられて、ひどく身体が熱い。

 

(…………あれ?)

 

 東雲は曲がりなりにも実力者だ。自分の身体状況を把握するなど造作もない。

 だから気づく。

 眼前の焔とはまったく違う熱を、己の身体が持っている。

 胸の奥底で灯った熱が、()()()()()()()()()()()()()()が全身の隅々まで伝わり、特に両頬を紅潮させている。

 

 知らない。

 こんな感覚を、彼女は知らない。

 

 

 

 だって――心の底から誰かを好きになる感覚は、実際にそうならなければ、分かるはずもないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八本脚が、招くようにして蠢いている。

 それを見て一夏は強く、強く『雪片弐型』の柄を握り込んだ。

 

(五手――このやり方は多分、東雲さんとは逆だろうな)

 

 見ていれば分かる、彼女の魔剣は一手ごとのダメージを積み重ねて計算していき、その結果としてカウントが成立する。故にその宣言が外れることはない。

 残念ながら一夏は、形式こそ師のものを借りたが――そこまでの化け物じみた実力を有するわけではない。

 愚直なまでに、自分にできることを積み重ね、築き上げることしかできない。

 

(だから俺のするべきことは、その場その場の最善手を模索することじゃない。結論を定めて、()()()()()()()()

 

 荒ぶる烈火の翼とは対照的に、彼の眼は冷たく澄み渡っている。

 心はマグマのように滾り、しかし思考は鉄のように冷えている。

 

(五手だ。五手で終わらせる。結論ありきで――そこに至る四手を逆算しろ)

 

 思考回路がアリーナ全域を掌握して演算を開始する。

 味方のポジションと武装――三人にアイコンタクト。

 敵の位置と立ち回り――オータムの美貌を模した顔と視線がぶつかる。

 これ以上ない速度で理論が組み上がり、必ず通る攻撃を弾き出す。

 全てが自分の中で完結する東雲とは違い、一夏はやっぱり、そんな風に強く戦えない。

 それがプラスに転換される。

 

 東雲令の魔剣を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とすれば。

 織斑一夏の鬼剣は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女は勝利に手を伸ばし、そして順当と当然の蓄積のみでつかみ取ってしまう。

 ――故に、魔剣、()()

 彼は敗北の中を這いずり、しかし最後には燃料を起爆し勝利へ飛躍せんとする。

 ――故に、鬼剣、()()

 

『一夏……!』

「……信じてくれて、ありがとな箒」

 

 影蜘蛛と相対する少年に、箒が思わず声を漏らして。

 一夏はそれに対して、はっきりと口を開いた。

 

「だからあと少しの間だけ俺を信じてくれよ、箒。心配も祈りも不必要だ。ただ……いつも通りに。言ってくれたみたいに。()()()()()()()。お前がそうしてくれている限り、必ず勝って帰ってくる」

『――! ああ、ああ……っ! 無論だ、それに、少しだけだなんて言うな! 私はずっとお前を信じている!』

「へへ……うん、ありがとな」

 

 それを聞いて。

 その心強さに、箒は深く息を吐いて、そのまま膝から崩れ落ちた。

 けれど大丈夫だ。見ているだけで、信じているだけで。

 彼は帰ってくると、分かったから。

 

「……ラウラ・ボーデヴィッヒを……そして俺のプライドを……返してもらうぞ、物真似野郎……ッ!」

 

 カッと瞳を見開き。

 相対する『アラクネ・シャドウ』が迎撃の姿勢を取る中で。

 

「一手ッッ!!」

 

 炎翼がはじけ飛んだ。

 元より熱は十二分に溜まっている。それを消費しての超加速は瞬時に距離を詰めた。

 既存のIS全てを置き去りにする最高速度。

 

 "――速いじゃねえか"

 

 言語の学習が進んだのか、『アラクネ・シャドウ』はオータムの声色を再現して嘲る。

 直線的な加速など恐れるに足りない。ましてや刀一本。

 余裕を持って、影蜘蛛は八本脚のうち二本を交差させ正面から斬撃を受け止め――

 

 ――られなかった。

 

 泥で構成されていたとはいえ、その強度は弾丸を弾くことも可能であったはずなのに。

 二本の脚は、一切の抵抗も許されないまま切断された。

 

 今までの『白式』とはまるで別物。

 それはISの常識を塗り替えてしまうかのような出力。

 当然だ。『疾風鬼焔(バーストモード)』は乗り手の精神に呼応して発現した、形態移行に分類されない特殊な状態。

 

 その特性――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 "な――!?"

「驚き方も物真似できてるのか、今のはスカッとしたぜ――二手ッ!!

 

 がら空きになった真正面から、頭部に、加速の勢いを乗せて思いっきり蹴りを叩き込んだ。

 泥の覆い方からして、ラウラの身体は胴体に収められているのが分かっている。ならばそこを避けるのは自然。狙うは、頭部と四肢。

 前蹴りを鼻面に突き込まれ、『アラクネ・シャドウ』が大きくのけぞる。

 

「今のを避けられない時点で、お前は我が師の模倣なんざ一ミリもできてねえよ――だろ!?」

「まったくですわね!」

 

 姿勢の崩れた『アラクネ・シャドウ』だが、リカバリーは神がかっていた。のけぞったまま身体を投げ出して後ろへ宙返り、距離を空けつつ体勢を立て直す。

 が、その時背後にはもうセシリアの姿があった。

 驚愕する暇もない。

 自立行動するAIに、それが読めるはずがない。

 今の今までビットをフル稼働させ援護に徹していた狙撃手が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()など――!

 

「三手、ですわッ!」

 

 インターセプターの鋭い刃が泥を突き破り、人間で言う頸動脈に突き刺さる。同時にセシリアは影蜘蛛に組み付き、身動きを封じ込める。高貴さをかなぐり捨てた、勝利への布石。

 そう、これは()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 "こんのクソガキ共!?"

「クソガキで――」

「――悪かったね!」

 

 セシリアへ伸びるサブアームを、鈴とシャルルの砲撃が打ち落とす。

 それは言葉にせずとも伝わっていた、三手の次へ至るためのつなぎ。

 

「四手ェェェッ!!」

 

 分かりきったその結末を確認する必要もない。

 戦場全域を把握する一夏にとってそれは既知である。

 叫びを上げながら純白の刃を振りかざし、ウィングスラスターから噴き上がる炎をアフターバーナーのように推進力に換えて。

 

 言うなれば――炸裂瞬時加速(バースト・イグニッション)

 

 全身全霊をかけて、一気に距離を詰めて。

 真正面から、斬りかかる。

 

 "舐めんじゃねえ!"

 

 ここに来て『アラクネ・シャドウ』が札を切った。『アラクネ』を模した全身から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「こっちの台詞だ三下ァッ!」

 

 分かっている。予測できている。一度模倣できたもの、データを消去しているとは考えがたい。

 故に振るわれる斬撃もまた、ラウラの動きを元にしたもの。

 もう何度も見た。彼女の実直な、軍人らしい効率的な攻撃。

 迎撃されるパターンを絞り込んでいた。ラウラならどうするか。あの冷酷無比な強敵ならばどうするか。

 

(こっちの初動を潰しに来る!)

 "何かできると思ってんじゃねえぞ!"

 

 予想は的中。

 エネルギーを絶えず放出することで形成されるブレードは、振り上げた右腕を叩き落さんと突き出される。

 冷静な戦術眼がそれを予期し、伝達された身体が感覚的に対応する。

 感覚的な予期では、そこからつなげられない。

 理論的な対応では、相手のペースに乗せられる。

 だが、()()()()()()()。今までの確かな積み重ねが、今この瞬間に花を開く。

 

「ルアァァァッ!!」

 

 全身から放出される火焔。それは攻撃を溶かす特殊装甲にして、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 前に出した左肘と、後ろに引いている右足。二カ所から噴き上がる焔が炸裂し、身体をその場で独楽のように回転させる。

 奇しくもそれは、ラウラの猛攻をしのいだ際の機動――それを十倍近い推力で再現した、より洗練された戦闘機動。

 確かに当たるはずだったプラズマブレードの突きが虚空を穿ち。

 コンマ数秒で一回転し戻ってきた『雪片弐型』が、伸びきったその泥の腕を真横から食い破った。

 

 "え――――"

「――さあ、勝負だ!」

 

 これが最後。

 度重なる過負荷に機体は限界を迎えている。それでも一夏のために、レッドアラートを最小限にとどめていた。

 一夏自身もとっくの昔に限界を迎えている。それでも勝利のために、身体は猛り狂う焔に突き動かされていた。

 

 荒れ狂う感情が、指向性を持って流れ出す。

 研ぎ澄まされた一閃ではなく、魂ごとぶつけるような一撃。

 

 セシリアに捕縛され動けない。

 サブアームは撃ち落とされた。

 だからもう、『アラクネ・シャドウ』はそれを見ているしかない。

 

 先ほど同様に焔が弾けて回転を一瞬で静止させ。

 その時にはもう愛刀を両手で握って。

 大上段に振り上げていて。

 

「――五手ェッ!!」

 

 両腕から噴き上がる焔が炸裂し、爆発的な威力を載せた刀身が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も、指一本動かせないような静謐。

 

 振り抜かれた『雪片弐型』の切っ先は、地面まであと数ミリというところで静止した。

 一夏はその姿勢のまま、揺るぎない静かな瞳で怨敵を模した影を見つめている。

 

「…………俺の、勝ちだ」

 "…………みてえだな"

 

 その返事はきっと、一夏が確かに感じた、オータムという女の武人としての誇りがアウトプットされた結果だった。

 影蜘蛛はそれきり、糸が切れたように全てのサブアームが垂れ、残った片腕も下がり。

 ぱかりと――斬撃の軌跡を証明するように、左右真っ二つに割れた。

 片腕を切り落とした段階で、通常の斬撃ではラウラごと叩き斬ってしまうことに気づき、踏み込みを調整して表面をなぞるように斬り捨てた。一発勝負の危険な綱渡りだったが――ここぞという時の勝機を、モノにしてみせた。

 

 横一閃で相手の攻撃を弾き、すぐさま頭上に構え縦にまっすぐ相手を断ち斬る。一足目に閃き、二手目に断つ。織斑千冬や篠ノ之箒が習得しているそれは、『一閃二断の構え』と呼ばれる術理である。

 さして剣術を学び続けたわけでもない一夏に、それを再現できるはずもない。彼は自分にできないことはできない。

 けれど。

 信頼する愛機の力と、自らの意志で疑似再現したそれは。

 一足目に断ち、二手目に撃ち込む――剣『術』と呼ぶにはおこがましい、人間ではない者が振るう剣。

 

 ならばこそ、鬼剣と呼ぶにふさわしいだろう。

 

「……う、ぁ」

 

 泥の中に胎児のように丸め込まれていたラウラが、ひどく憔悴した様子で倒れ込んでくる。

 刹那のうちに、『白式』が光の粒子となって散った。焔の塊と化していたのが幻のように。

 

「っと――」

 

 ラウラの小さく、華奢な身体を、胸で受け止め――きれない。両足の感覚がない。というか全身がしっちゃかめっちゃかに悲鳴を上げて軋んでるし間違いなく明日は筋肉痛で動けない。

 

「――ぉおっ!?」

 

 そのまま銀髪の少女を抱きしめて、一夏はびたーん! と地面に仰向けに倒れ込んだ。モロに打ち付けた背中の痛みが重なって、もう涙を通り越して鼻水が出てきた。

 

「あ……! い、ぎ……!」

 

 リアルに叫ぶことすらできない痛みだった。叫んだら間違いなくどっかしら痛む。

 あまりに生々しい勝利の代償に、思わず頭を抱えそうになる。

 

「……おりむら、いちか」

 

 そんな一夏とは対照的に、どこか夢うつつのような声色で。

 瞳の焦点が合わないまま、ラウラが唇を動かす。

 

「おまえの、つよさが、ただしいのか」

「……俺に、とっては。だけどあんたにとっての強さは多分、別だと思う」

 

 激痛に顔をしかめながらも、嫌になるほどの晴天を見上げながら、彼はそう告げた。

 

「俺にとっての強さは……心の在処(ありか)。己の拠り所。自分がどうありたいかを常に思うことだ」

「どうありたいか、なんて……」

「自分で見つけるんだ。俺だってできた。それで……それはやっぱり、つらくて、苦しい時間の連続だからさ。あんたが……君がそうするのなら。俺は、一緒に休むぐらいはするよ」

「…………」

「歩き方が分かんないなら、さ……一度休めばいいんだ……少し休んだところで……過去の俺たちは、追いかけてきたりはしない……過去の自分は、力を……貸してくれる……」

 

 意識が朦朧としてくる。空の青は、既に霞んでいる。

 それでも伝えなければと、一夏は必死に言葉を紡いだ。

 

「だから……過去の自分を、否定しないであげて、くれ……そんなの……かわいそうじゃんか……」

「よわくて、ぶざまで、みるにたえない、わたしを?」

「だってそれも君なんだから……好きにならなくてもいい……嫌いなら……いつか、思いっきり笑ってやれよ……私は、強くなったんだって。そうしたら……」

「――祝福、してくれる」

 

 限界だった。

 返事ができず、一夏は小さく頷く。

 

 自分が多くの人々に支えられたように。

 自分の言葉が、彼女の助けになればいいと。

 

 そう祈った。

 

「……ぁ」

 

 仰向けのまま目をやれば、こちらに駆け寄ってくるセシリアたちと。

 その場で一歩も動けず、目を見開いて、何かひどく動揺しているような東雲が見えた。

 

(…………見て、くれてた、かな)

 

 それきり。

 意識は闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっはっはっは!! あいつ、乗り越えやがった! 出来損ないとはいえ、私に勝ちやがった! そうだよそうだよ、そうこなくっちゃァな! あと、あの模造品より私の方が百億倍美人だぜ!」

『――――――』

「……あー、いやすまん。笑ってる場合じゃなかったな。博士生きてっか?」

『…………束さんにも……分からない……これ……展開装甲じゃない……多分『白式』が『雪片弐型』に内蔵された展開装甲を解析して再現したんだ……デンドログラムが塗り替えられたとかじゃない、大本から全否定された……つまり……』

「おっ、今日も台パンが見れんのか!」

『つまりこれ――()()()()()()()()()()()()へ対抗できるかもしれないってこと……!?』

「…………それって、まさか」

『可能性が増えたッ!! 『零落白夜』以外の選択肢として、選べるかもしれない……!』

「まじ、かよ……大成功じゃねえか……! やったなおい! こりゃ祝杯だぜ!」

『カンパーイ! ――とかしてる場合じゃないんだよ! これはなんとしてでも逃せない! 『白式』を直接解析して伸ばす方向性を定めないと!』

「おいおい今のひどくねーか。蜘蛛は寂しいと死んじゃうんだぜー? ……これを兎相手に言ってんの意味わかんねえな……」

『――うんそうと決まれば早速学園に』

「馬鹿野郎! それは駄目だ!」

『ッ!? ……び、びっくりしたぁ』

「こないだの一件で私もあんたも睨まれてる。捕まるとかじゃなくて、相手次第じゃ即殺だ。特に東雲令がやべえ。私、絶対にあいつの前には出れねえよ」

『はぁ? あのさ、束さんが殺されるとか本気で思ってるの?』

「確率はゼロじゃねえ。ぶっちゃけ死地だ。いくら博士とはいえ、来させるわけにはいかねえ……私に任せろ」

『……むー、そこまで言うなら』

「……クライアントとしても危機に晒すわけにはいかねえし。それに。私は結構、あんたのこと気に入ってんだよ」

『ああ、美人でスタイルも抜群だもんね、束さんって』

「それもある非常にある。が、一番はやっぱ眼だな。吸い込まれそうだ」

『………………………………』

「……あんた……結構ウブだよな……」

『うっせーしね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャワーノズルから降り注ぐ熱い湯が、東雲の身体を濡らしていく。玉のような肌にぶつかり、水滴は細やかに弾けた。

 同期の親友である簪と比べていくらか慎ましやかな胸は、しかし入学後に出会った箒を見て『慎ましい』から『何も言うことはない』にグレードダウンした。セシリアも恨めしい。鈴相手にはちょっとした優越感を抱いている。だから東雲は鈴のことが結構好きだ。無論、箒とセシリアも、そして鈴も、友人として深く情愛を感じているのだが。

 

 ただ、今の東雲は自分の身体などまるで意識に入り込まず。

 半ば呆然としながら、水流を浴びていた。

 

(……今日の、戦闘)

 

 どうして自分に任せなかったのか。

 どうして自分は、押しのけて戦わなかったのか。

 常に最適解を選び続けてきた東雲にとって、この困惑はひどく精神を揺さぶるものだった。

 

(……おりむー……織斑、一夏)

 

 あの力強い声を思い出すたびに、身体がどうしようもない熱を持つ。

 東雲には理解できない論理で動いた筆頭。動かないはずの身体を動かして、ISを規定コースから外れた進化に導いた、気になる男子にして弟子。

 

(父も、母も、それでいいと言っていたのに)

 

 捨て子として施設で育った彼女は、ある日養子として引き取られた。初めてできた家族である父と母は、純粋に日本を憂う人々だった。純粋に、狂っていた。

 だから国防の戦力になればと、娘をISの専門施設に送った。東雲はそこで才能を開花させた。親の愛なんて知らないまま、戦士としてだけ完成され尽くした。

 過程で分かった。必要なのは勝利である。最適解を選び続けることである。肩書きに価値はない。何せ、()()()()()()()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()

 

「…………おりむら、いちか」

 

 名を口にしてみた。

 途端、得体の知れない熱が胸の奥底から湧き上がってくる。

 今までも彼の顔を見てドキドキすることはあった。胸の高鳴りを感じ、これが恋なのだろうかと悶々とすることはあった。

 

 余りにも、違う。それまでのもの全部がまとめて消し飛ぶほどの、痛烈で、強烈で、鮮烈な。

 まぶたの裏に常に彼の顔が浮かぶ。

 会話を思い出すだけで頬が緩みそうになる。

 

『今から、この瞬間から、ずっと見逃さないでくれ』

 

 言われるまでもなかった。目が釘付けになって、舞い上がる余裕すらなかった。

 普段ならきっと、元から見てるわい! と思ったかもしれない。でも違った。()()()()()()()()()

 

 あの瞬間。

 一目で。

 心が、撃ち抜かれた。

 

 知らない。

 こんな感情は知らない。

 

 知りたい。

 この感情は何なのか、知りたい。

 

 知らなければ――もっと、もっと、一夏のことを。

 

 

「おりむら、いちか」

 

 

 もう一度名を呼んだ。

 呼びかけは彼に対してではなく、自分の身体に対してだった。

 熱がもっと燃えさかり、身体を舐めるようにして広がっていき、肉体に影響を及ぼす。

 

 東雲は静かに、そこに手を伸ばして、それから自分の眼前に掲げて、指を確認するように眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………濡れてしまった)

 

 台無しだ馬鹿!

 

 

 

 








おれはいちども
しののめさんがガチ恋だとは
いっていなかった(多分)


次話でも補足しますが
千冬≧恋愛クソザコ>>>>>>(超えてはいけない壁)>>>>>>一夏(疾風鬼焔)≧代表候補生組≧一夏
って感じです
通常一夏でも代表候補生相手に勝ちの目自体はあって
仮に疾風鬼焔発動できたとしても候補生は簡単に負けてくれない
みたいな感じです


バースト・ブースト・イグニッションにしようと思ってたけど
ルビ実際に振ってみたら長すぎて爆笑した
ブーストはクビだクビ


兎さんと秋姉貴に関しては次話で補足できなさそうなんでここで補足しますと
零落白夜以外もいけるじゃんってなったところで
今までやってきたことと大して変わらないことしかしません
具体的には対超高速機動特化型ゴーレムが降ってくる


次回
EX.織斑一夏との出会い



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EX.織斑一夏との出会い

『祝福を』

 

『そして感謝を』

 

『共に空を飛べること、共に戦えること』

 

『その全てが愛おしくて、私は貴方と一緒に居られることに、無上の喜びを感じてる』

 

『いつか伝えるから、その時まで待っていてほしい』

 

『……()()()()()()()()()()()()()()()が言うのも変だけど』

 

『今の私は、貴方のために在る』

 

『だからどうか』

 

『これから先』

 

『何かあっても、希望を失わないで』

 

『貴方が意志の焔を燃やし続ける限り』

 

『私は鎧として、翼として、剣として』

 

『貴方の傍に――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいお疲れ様でしたー」

「おっつー」

 

 気のない声を上げて、セシリアが食堂のコップを掲げる。

 乗っかったのは鈴だけであり、ほかの面々は無言のまま腕を少し上げて、そこで力尽きた。

 

「……つかれ、た」

「あはは……全員、反省文二百枚だもんね。いや本当に疲れた。僕も腕が上がらないや」

 

 箒は遺言であるかのようにそれだけを言って、机に突っ伏した。

 彼女の隣に座るシャルルもまた、疲労の色濃い顔をしている。

 

 時刻は22時。

 アリーナでの突発戦闘を終え、保健室で異常がないかの確認を済ませ、そのまま代表候補生たちは取調室にカンヅメとなっていた。

 当然である。練習試合から発展した殺し合いに代表候補生たちが参加し、機体を激しく損傷させながら、殺し合いにも等しい激戦を繰り広げたのだ。

 教師陣の介入を待たず。

 教師陣の介入を待たず!

 

「結果オーライで全部済ませなさいよほんと!」

「それでは道理が通りませんからね」

 

 鈴はよほど反省文が腹に据えかねたのか、八重歯をむき出しにして虚空を威嚇していた。

 全員が二百枚にわたる反省文――というよりは事情聴取の面も強いのだが――をきっちり仕上げるハメになり、情報も何もなく心意気で突っ込んだ箒は特に泣きを見ていた。

 例外は疲労の激しかった一夏と憔悴しきっていたラウラ。二人はまだ救護室に寝かされているだろう。

 さらに言えば、どちらもISにより未知の現象に巻き込まれた。機体の上書きとも言える変身に、機体のあり得ざる拡張。精密検査を要するのは当然だった。

 

「あーもうおなかぺこぺこよ。なんかないの?」

「自販機で栄養食が買えるぞ。フルーツ味がおすすめだ」

「箒、多分これもっとちゃんとした食事がしたいって意味なんだと思うんだけど……」

「材料さえあれば、わたくしが作って差し上げますが」

「あっそれは嫌。なんかあたしの感覚がささやいてる。食ったら死ぬ」

「貴女の感覚どうなってますの!?」

 

 至って正常に作動している証拠であった。

 ちなみ食堂はスペース自体は開放されているが、当然調理器具に火はついていない。

 ここにいるのは惰性がほとんどである。

 

「む、やはりここに居たか」

 

 と、その時食堂に、制服姿の少女が一人歩いてきた。

 黒髪を下げ、鋭い紅目の、ただそこにいるだけで空気を自分色に染め上げてしまうような美少女。

 東雲令である。

 

「あら、東雲さん。どうかされたのですか?」

「全員空腹だというのが当方の予測である。故に、我が叡智を働かせ、持ってきた」

 

 あっ、ふーん。

 四人全員、次の展開を理解した。

 東雲が指を鳴らすと同時、どこからともなく現れた調理服の職人たちが寿司桶をテーブルに並べていく。

 

「特上である」

「令ってメチャクチャ馬鹿よね」

 

 思わず直球で鈴はディスった。

 ただ、まあ、実際その通りだろう。なんで疲労困憊の時に寿司食わせようとしてんだこの女。

 ナチュラルに席に座りながら、東雲は寿司桶から軍艦のネギトロを食べた。

 

「ねえ、これってさ」

「多分東雲が食べたかったのだろうな……」

 

 シャルルと箒がひそひそ声で会話しているが、口の中でふうわりとほどけるネギトロのうまみの前には些細なことである。

 その言葉を耳ざとく聞きつけて、鈴は寿司を豪快に食い荒らしながら、箒に問いかけた。

 

「ねえ、あたし以外は令のこと東雲って呼んでんの? なんで?」

「あー……私はその、東雲の方がこちらをフルネームで呼ぶからな。あまりなれなれしい呼び名は嫌いなのかと……」

「当方は構わない。フルネームの方が正確に識別できるというだけである」

 

 東雲は口の端にシャリを一粒つけながらそう告げた。

 元より関係性と呼び方が連動しているという発想が東雲にはない。根本的に、そういった環境に置かれる前に、成熟しきっていたのだ。

 

「ふむ、そうか……ならば私も、令と呼ばせてもらおうか。よし。動くな令、ご飯粒がついている」

「……もしかして、フルネームで呼ぶ以外の方が、親しい相手には適切なのか?」

 

 間違いなく親友である箒(ご飯粒も取ってくれる)が嬉しそうに下の名前で呼ぶのに切り替えたのを聞いて、東雲は眉根を寄せる。

 彼女のどこか超然とした、あるいは浮世離れした性質を知る面々は、笑みを浮かべながら頷いた。

 

「うん。じゃあ僕も令って呼ぶね」

「了承。当方からは、シャルルちゃんでいいか?」

「本当にやめて」

 

 嫌がらせとかではなく純粋に告げられたあだ名に、一瞬でシャルルの瞳から光が消える。

 色々と都合が悪い。何よりも心臓に悪い呼び方だ。

 

「シャルルでいいよ。というかシャルルにして。本当にお願い」

「断る理由はない」

「じゃあセシリアは?」

 

 いたずらっぽい表情を浮かべながら、鈴は東雲に問うた。

 張本人であるセシリアは東雲の顔を注視しながらも、やはり寿司を食べ慣れていないのか、口の中に残った米粒や醤油を一度洗い流すため、コップから水を口に含む。

 

「セッシーでいいだろうか」

「ブフォ」

 

 高貴な淑女の口から間欠泉のように水が噴き出され、鈴の顔面にかかった。

 因果応報である。

 

「あ、あんたねえ……」

「今のは仕方ないでしょう!?」

 

 ぴくぴくと額に青筋を浮かべる鈴に対して、セシリアがくってかかる。

 その様子を見て、東雲は無表情のまま左右に瞳を揺らした。ある程度付き合いの深い箒には分かる、これはおろおろしているのだ。

 

「……何か当方は、ミスをしたのだろうか。もしそうなら、それは当方の不手際である」

「あーいや、令があだ名で呼ぶなんて、意外だったからな」

「しかし、()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、少し箒は息を詰まらせる。

 みんなそうしているから、そうする。それはある種の擬態に近い。

 誰かを呼ぶという行為を自然な擬態でこなすというのは、それは――

 

 

 ――誰かと名で呼び合うことすら、過去には、なかったのだろうか。

 

 

「ね、ね、じゃああたしもあだ名で呼んでよ!」

 

 箒の思考を断つようにして、顔にかかった水を拭き取った鈴が東雲にずいと顔を寄せた。

 

「む……鈴では駄目だろうか」

「えーなんでよ」

「呼び方には心当たりはあるが、それよりも鈴という名の響きが、其方には似合っている」

「え、そ、そうかしら」

 

 直球の褒め言葉に、照れた様子で鈴は頭をかく。

 ちなみにもう一つの心当たりというのは『当方よりおっぱいが小さい女』である。東雲は二択にしっかり勝利していた。

 

「……そうだな。せっかくだから、私もあだ名で呼んでもらおうか」

 

 その様子を見てから、箒は薄暗い思考を放り捨てる。

 今までは、そうだったかもしれない。でもこれからは違う。

 そう、ここからもう一度、それを始めて行けばいい。

 

「ふむ。篠ノ之箒に関しては既に心当たりがある」

「ほう。どんなものだ」

 

 東雲は再三にわたってシャリを唇に付着させながらも。

 どこか、なんというか。

 秘密基地を披露する少年のような、純朴と言える自慢げな口調で。

 

「――しののん、だ」

「お前もだろ」

「貴女もですわ」

「あんたもよ」

「君もでは?」

 

 魔剣使いは四方向からの同時攻撃を捌ききれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、保健室。

 

「まったく、無茶をする。お前だけでなく、あの若造共め」

「……うん、ごめんな、千冬姉」

 

 清潔なベッドの上で上体を起こし、一夏はベッド傍の椅子に座っている千冬に頭を下げた。

 きっと心配させてしまっただろう。

 もし同様に千冬が死地に赴いたなら、自分も気が気でないだろうと分かっていた。

 

「それでも、か」

「ああ。結果論だけど――あそこで戦えて、本当に良かった」

 

 強く拳を握る。確かな感覚を得た。

 発現した『疾風鬼焔(バーストモード)』はまさに理想通りの動きを再現してくれた。自分の信頼に相棒が応えてくれて、相棒の期待にもまた、きっと応えられただろう。

 

「『白式』の検査はしばらくかかる。倉持で解析して……まあ、あれが何なのかまでは分からんと思うが……」

形態移行(フォームシフト)じゃないんだよな」

「別物だ。機体そのものが新生したというより……所感だが、()()()()()()()()()()()()()()()()感じがする」

 

 事実、カタログスペックにはない状態であり、常時噴き上がっていた炎も皆目見当がつかない。

 あれを一体何と呼べばいいのか。

 明らかにIS乗りの意志に呼応して猛っていた。いやそれは意思伝達機動システムとしては当然なのだが――何よりも、理論的最高値を上回る数字を当然のように叩き出し、何度も何度も最高値を更新し続けた方が問題である。

 

 機体設計上の限界を超えた機動。その無茶の原因となるのがあの焔であり、同時にその無茶を押し通したのもあの焔であった。

 

「視覚情報がベースのため解析を待つしかないが……攻防一体であり、加速装置であり、恐らく衝撃吸収の能力も兼ね備えている」

「てんこもりってワケか……千冬姉からしても、やっぱ強い兵器なのか?」

()()()()。ISの自己進化だとしてもおかしい。あくまで自己進化とは外部要因によって引き起こされる現象だ。つまり『白式』は、これほどの万能性が必要だと認識した……だが、そこまでの敵だとは思えなかった」

 

 いやめっちゃ強い敵だったんですけど。

 一夏はぐっとその言葉をこらえた。思えば自分は死ぬ気で勝利をつかみ取ったというのに、東雲も平気で瞬殺しようとしていたし、多分この人たちはちょっと違う次元にいるのだろう。

 だがそれで勝利の価値が下がるわけではない。むしろ、彼女たちと同様に勝つことはできた。

 

(……一歩ぐらいは、前進したって……言ってもいいかな)

 

 あの日。

 誘拐され、暗闇の中で失った意志。

 心を折られ、師匠の背に絶望した自分。

 

 そこから少し、進めたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、千冬も立ち去ったあと。

 

「……失礼する」

 

 幾分か控えめな声色で、東雲令は保健室の戸を開いた。

 横たわりぼうっと天井を見上げていた一夏は、慌てて身体を起こす。

 動かなくていいと手で制しつつ、東雲は千冬が先ほどまで座っていた椅子に腰掛けた。

 

「見舞いが遅れたな、申し訳ない」

「いや、そんな」

「……調子は、どうか」

「ん、え、調子? まあ普通かな」

 

 何か違うと一夏は感覚的に理解した。

 今までと微妙に違う。会話のテンポ。呼吸のリズム。これまでも二人きりになることは多かったが、この瞬間は、東雲令は何かが違っていた。

 

「あまり……無茶は、するな」

「……ごめん」

「当方も、心配は、するのだ」

 

 思わず一夏はガバリと起き上がって、彼女の顔をまじまじと見た。

 心配をかけただろうとは、思っていた。だが声色にダイレクトに反映され、さらには言葉にして伝えてきた。

 今までにない――いや、今までにないほど、心配をかけてしまったのか。

 

「……ごめん」

 

 謝罪を口にしつつも。

 一夏は何か、東雲が心配してくれたという事実が無性に嬉しかった。

 それぐらいには大切な存在になれていたというのが、すごく嬉しかった。

 

「謝らずとも、いい。当方にはまだ分からないが……皆、あの場は退けなかったと語る。当方の理解が及ばない範囲で、誰もがきっと、そういった信念を秘めている……それは、良い学びである」

「そう、かもな」

「だから」

 

 そこでやっと気づいた。

 東雲はスカートの裾を握りしめていた。

 絶死の戦場を素知らぬ顔で駆け抜け、支配し、茜色の嵐となって敵を打ち破る猛者である彼女が。

 何か必死に自分を見失わないように――そう、()()()()()()

 

「当方は、それを知りたいと、思う。織斑一夏たちが持つ、そして当方が持たない物……それを、知りたい」

「……東雲さん」

「当方の隣に至りたいと言ったな。当方はそれを反転させたい。当方は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。きっとそれを知らなければ、当方は其方の隣には立てないから」

 

 まるで――それは一世一代の告白のような。

 途方もない感情を吐き出したような。

 そんな声だった。

 

「……はは」

 

 思わず一夏は笑った。

 彼女がそんなことで悩んでいるなんて。

 そして同時に――こんな形で、彼女の力になれるなんて。

 

「何を笑っている」

「いや、ごめん。うん……そうだな。じゃあ、知っていこう。俺もたくさん知りたいことがある。君もたくさん知りたいことがある。なら一緒に……ゆっくり、知っていこうぜ」

 

 一夏はそっと手を差し出した。

 包帯に巻かれて、ぼろぼろの手だけれど。

 東雲にはこれ以上なく、立派な手だと思えた。

 

 おずおずと、世界最強の再来が、小娘のように手を重ねる。伝わる温度に、目を見開く。

 

「……他人とつながるってことが、多分、東雲さんの助けになるんじゃないかなって思う……俺がたくさんの人々に助けられたように……俺も、君の助けになるよ」

「……感謝する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おりむーのてにさわっている)

 

 東雲はヘヴン状態だった。

 

(えへ。えへへ、えへへへへへ。初めて、触れた。そっか、こんなに、簡単だったんだ。めっちゃ温かい。頬をすりすりしたい。ちょっとだけ皮膚細胞を持って帰って、培養してこの手の形にしちゃだめかなあ……24時間触っていられるようこんなの……)

 

 情愛と情欲の区別がつかない年齢イコール彼氏いない歴な女は、そのジョグレス進化の果てにちょっと猟奇的な領域に踏み込みつつある。

 

(と、とにかく。これで両思いっていうのは互いに認識した! なら――より早く、当方はおりむーにふさわしい人間になってみせる! そしておりむーも自分に満足がいったらゴールイン! ゴールインして……白い家に住んで……同じベッドで寝て……デヘヘヘヘヘヘ)

 

 恋愛に限らず、人間関係には段階というものがある。

 例えば一般的には、両思いの状態は、互いに確認すればそれは恋人とイコールである。

 しかし東雲はそうはならなかった、両思いになってから、条件をクリアしたら恋人になれるという謎の縛りプレイを敢行しようとしている。ていうかお前が常人の感性を理解できるわけないだろ何無理ゲーに飛び込んでんだ自殺志願者か?

 

 

(くふふふ……魔剣、完了。当方は――五手でゴールイン! ヒャッホォォォ――――!!)

 

 

 そのカウント本当に信用できますか……?

 

 

 

 

 

 

 

 そうして。

 しばらく、二人は手を握り合ったまま静かに過ごして。

 

「……提案。呼び方を改めないか」

「え?」

 

 突然東雲がそう切り出した。

 

「先ほど箒ちゃんやセッシーから聞いたのである」

「ンゴフッ」

「一般的には、関係の変化と呼び名の変化は連動するらしい。ならば当方は其方をおりむーと呼ぶ。其方はどうする?」

「ンゲホッガヒュッ」

 

 たたみかけられ、一夏はむせにむせた。

 何か変化が起きたのだろうとは思っていたが、ここまで変わったとは。というか変わりすぎである。

 

「お、俺ェ? いやまあ……東雲さんを、かあ……」

「おりむーは当方のことを下の名前で呼びたくはないのか」

 

 その呼び方は変な笑いが出てしまうのでやめてほしい。

 一夏はすんでのところで切り返しを飲み込んだ。これが彼女なりの前進ならば、否定するわけにはいかないと感じたのだ。全然否定していいぞ。

 

「そういうことじゃ、ないけど」

「ならば、どうしたというのだ」

「……まあ、なんていうか、あれなんだよ」

 

 頬を指でかいた。無性に気恥ずかしかった。

 それは彼が初めて感じる、距離を詰めるという行為に対する照れくささだった。

 

「東雲さんは、東雲さんっていうか」

「それがどういう意味なのか、と聞いている。具体的には、当方に対する認識は何なのか、という問いである」

 

 ド直球だった。

 眼前の師匠はきっと、思春期男子特有の懊悩なんてまるで理解していないだろう。

 箒や鈴は元からそうだし、セシリアも異性より好敵手という意識が強い。シャルルはやはり同性だから壁を感じない。

 つまり東雲こそが、純粋に、学園に入ってから仲良くなった異性なのだと。改めてそう認識させられ、少し頬が熱くなる。

 一夏はうーとかあーとか呻いて。

 

 そうだ、と人差し指を立てた。

 ぴったりな言葉があった。

 目の前の少女がどういう存在であるかを示し、尚かつ正面から言っても恥ずかしくない言葉。

 

 彼は微笑みを浮かべ。

 口を開いて。

 告げる。

 

 

 

 

 

 

 

「――強キャラ東雲さん、って感じだな」

 

 

 

 

 

 

 

 それを聞いて、東雲は。

 

「どういう……感じだ……?」

 

 まるで理解できていなかった。

 しかし、いい感じに切り抜けられたぜ! と笑顔を浮かべる一夏を見ては、何も言えない。

 

「……まあ。それならそれでいい」

「ん、じゃあ……東雲さん、これからもよろしく」

 

 つないだままの手を、一夏は優しく握った。

 

「……肯定。そうだな。ここから、もう一度――よろしく頼む」

 

 東雲はそう言って。

 手をほどいて地面に三つ指を立てて頭を下げた。

 

「なんか違くない?」

 

 広大な宇宙に放り出された猫のような顔で、一夏は東雲を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして力を求める少年は、力しかない少女に背を押され。

 己の過去と向き合い、受け入れ、さらなる飛躍を遂げた。

 

 

 きっと二人ならば、ここから、どこまでも――

 

 

 

(ンンンン!! これはまた逆に、お付き合いを始めてから照れながら『れ、令……』って呼んでくるおりむーが見れるってことじゃないのかな!? なんてことだ……神はなんて素晴らしい伏線を張っているのだろう……)

 

 

 

 ――いやどこに向かおうとしてんだろうなこの女。

 

 

 

 

 

 





ガチ恋になって悪化した模様
まあ男主人公も作品名を照れ隠しに使いやがったし多少はね?







・男主人公が大きく成長した
・女主人公が成長の一歩目を踏み出した
・男主人公と女主人公の距離が縮まった
・打倒すべき敵(の影)を倒した
・タイトルコールした

これは完結だな!ヨシ!(現場猫)
マジで結構一発ネタに近い、後先考えない連載だったので、ここまで多くの読者の方に応援していただいて困惑と同時に大変感謝しております
推薦までいただきましたし、本当に嬉しかったです

というわけでめっちゃまとまりがいいので

 勝ったッ!
『強キャラ東雲さん』完!
(なんだよ、しらねーのかよ。ジョジョだよ)
















??「えー、球審のデュノアです(半ギレ) ぼk……まだ出てないヒロインがいるため完結を退場処分とし、第四章をデュノア社編として再開します」

第四章 Mother's Lullaby(仮)
2巻の内容が終わったので11巻に入ります(意味不明)
デュノア社本社ビルでダイハードごっこしたり衛星軌道上で魔剣完了したりするお話の予定です
さすがに読んでない人もいらっしゃると思うのでそこはきちんと分かるように再構成していきます

というわけで充電期間入りますー




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Mother's Lullaby
32.魔剣使いVS魔剣使い(前編)


グラブル始めてました(自白)


 誰かに必要とされたかった。

 いないものとして扱われ、存在を意図的に無視されるのは耐えがたい苦痛だった。

 

 唯一自分を見てくれた母も病に倒れた。

 母が病院に運ばれ、面会できなくなったその日に、父親が現れて、けれど自分の面倒を見るというのは他者と顔を合わせない空間に閉じ込められることだった。

 

 どうして父が自分を無視するのか分からなかった。

 まるで最初から眼中にはない、とでもいうかのように、彼は自分を見なかった。

 妾の子だから? いや、妾というには、父は母が倒れたと聞いて即座にやって来た。

 

 なんにしても、それは彼女自身には関係のない話だった。

 

 だから。

 ■■■■■■ではだめなのなら。

 もう、与えられるがまま、求められるがまま、自分ではない何かになってもいい。

 

 そうしてシャルル・デュノアは生まれた、はずだったのに。

 

 

『だから力を貸してくれシャルル! 今俺に必要なのは――俺が求めているヒーローはお前なんだ!』

 

 

 言葉を思い出すだけで、全身がよくわからない熱を持つ。

 思考がまとまらなくなり、悩ましげな吐息を漏らすことしかできなくなる。

 

「一夏……」

 

 隣のベッドで寝ている少年の名を呟いて。

 シャルルは出口のない迷宮の中で、初めての感情を持て余していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、おりむー」

 

 一年一組に激震が走った。

 上記の台詞は決して、このクラスのマスコットキャラクターである布仏本音ことのほほんさんの発言ではない。

 

 世界最強の再来。

 日本代表候補生ランク1。

 そう――東雲令の言葉である。

 

「え? なに? なんて?」

「あのあのあのあのあのあの」

「えっそこで確定なの!? 私の大穴セッシー万馬券がぁぁぁぁぁっ!!」

「――でかいシノギのにおいがするぜ……!」

 

 クラスメイト一同はあまりにもあまりな発言に色めき立ち、好き勝手に騒ぎ始めている。

 半分ぐらいは憧れの男子生徒である一夏が取られたというショックから言語不全を起こし、半分ぐらいは一夏をめぐる騒動に金の匂いを嗅ぎつける商売人たちだった。

 

「お、おお……おはよう」

 

 まさか衆目の前でその呼び方をするとは――いや当たり前と言えば当たり前なのだが、一夏は困惑を隠しきれなかった。

 

「おはようございますおりむーさん」

「おはようセシリア。お前ってこういうのに悪ノリするの好きなのか?」

「ええ、とっっっても」

 

 東雲に便乗した、実にイイ笑顔をしたセシリア・オルコットに爽やかな挨拶をかまされ、思わず一夏は渋面を作る。

 イギリス代表候補生を務める才女は、席に座る一夏の前で優雅にターンをした。

 

「おりむーさんには今まで色々お世話になりましたからね。こういった形でお返しをするのは当然ですわ」

「お前さあ……」

 

 それは恩返しではなくしっぺ返しである。

 というよりも一夏にはセシリアに何かをした覚えはない。彼女はプライドが高く、隙あらば好敵手にちょっかいをかけたくなるタイプなのだが、元を正せば唐変木の代名詞たる一夏にその辺を読み取れというのも無理があった。

 

「セッシーもおはよう」

「おはようございます、令さん」

 

 東雲がセシリアにも同様にあだなで挨拶をしたのを見て、一組生徒は悟った。

 ――今まで確かにあった、東雲令が張っていた人を遠ざけるバリアが、剥がされているのだと。

 

 それを理解できたのなら話は早い。

 

「こっちもおっはよーだよ令ちゃん!」

「れーちゃん今日も可愛いねー! そこでお茶しない?」

 

 お祭り騒ぎ大好き、というか騒動に巻き込まれた結果耐性がガン上がりしたクラスメイトらは呆気なく東雲の変化を受け入れた。むしろ望んでいた節すらあるだろう。

 

 日本代表候補生の中でも、ランク1とそれ以下の間には隔絶した差があった。

 それは努力や研究では埋められないと、多くの人間が噂していた。

 

 ――生まれ持っての才覚が、群を抜いていると。

 

 東雲本人が聞けば「それはない。当方は()()()()()()()()()()()()」と語るだろうが、それは雲の上を見上げているような一般生徒らには分からない。

 故に、こうして東雲がとっつきやすい隙を作れば、誰もが集まってくるのだ。

 

「おはようみんな。だが、当方に耳は二つしかない……」

 

 誰も彼もが東雲に殺到するのを遠巻きに眺め、一夏とセシリア、ついでに近くに寄ってきた箒とシャルルは苦笑した。

 

「なんだか、人気者って感じだね」

「令が親しまれていて私も鼻が高いよ」

 

 シャルルは冷静な分析ができていたが、箒は完全に後方親友面となっている。

 一方で、唯一の男子生徒は笑みこそ浮かべているが、その目は冷めていた。

 

「ははは。東雲さんは人気者だなあ」

「……一夏さん?」

 

 狙撃手としての観察眼が見逃さない。

 セシリアは戦慄した。

 

 この男、東雲の人気が出始めたことに、若干もにょっとしている――!

 

「はっはっは。ああして友達が増えるのはいいことだな。なあ、セシリア?」

「それは――あ、はい。ええ、そうですわね」

 

 屈指の理論派であるセシリア・オルコットの頭脳は、容易に推測を導いた。

 一番弟子、というか唯一の弟子だったのだ。彼と彼女の間にしかないつながりは、自分の知らないところで大いに築かれている。それを鑑みて親友である箒にアドバイスをすることはあれど、やはりいざというときには師弟の絆を痛感させられることが多い。

 だからこそ、こう、なんというか。

 

(一夏さん気づいて! 貴方、今、姉を取られた弟みたいな表情になっていますわ――!)

 

 実際こいつは弟キャラなので間違いではないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 度重なる学園での不祥事、というか突発的な戦闘行為。

 それを受けて、運営サイドも対策を練っている。同時に、対応に駆り出されるであろう専用機持ちたちもまた、個別に一層訓練を積むようになった。

 理由は明白――次こそ、もっと、うまくやる。

 

「よし。準備万端だ――お願いしますッ!」

 

 純白の鎧を纏った一夏が、東雲に対して叫んだ。

 しばらくの間休止していた訓練。

 一夏のモチベーションの低下期間と、ラウラとの突発戦闘による『白式』の破損期間。

 合わせると二週間近く、この訓練は行われていなかった。

 

「……一夏の受けてる、訓練か」

 

 緊張した様子で、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を顕現させたシャルルは、屋外アリーナで滞空する一夏を見ていた。

 

「何あんた、東雲ブートキャンプは初めて? 肩の力抜きなさいよ」

「鈴」

 

 放課後の訓練。

 そこで合流しに来た鈴は、青竜刀を雑に素振りしながら――否、シャルルの洗練された戦術眼はその一振りがいかに効率的かを理解できていた――語った。

 

「ええっと……東雲、ブートキャンプ?」

「そうよ。入ったら死ぬまで出られない地獄の訓練。あたしも正直死んで抜けた方が楽だなって思ってたし」

「死んで抜けた方が楽なの!?」

 

 シャルルはたまらず悲鳴を上げた。

 一夏としてはさすがにその意見には同意しかねるが、それはあくまで彼がその訓練に慣れ親しみ、調教され、精神性を根底から歪められたからである。

 ――常識的に考えると、この訓練は、死んで抜けた方が楽である。

 

「いいですわよ箒さん、基礎的な機動は目の覚めるような出来映えですわ」

「それは重畳。令に散々しごかれたからな、これぐらいできなければ――!」

 

 少し離れたところでは、量産機の『打鉄』を展開した箒が、セシリアが降り注がせるレーザーの雨をしのいでいる。

 入学してから数ヶ月とは思えないほど、箒の立ち回りは洗練されていた。彼女もまた、東雲から教えを乞うた人間の一人である。その成長はめざましいものだった。

 一夏はそれを見て、負けてられないと気合いを入れ直す。

 

「始めるぞ」

「――ッ!」

 

 東雲はISを展開することなく、両手で保持したライフルを構えた。同時、アリーナの自動攻撃プログラムが起動。顕現した自律砲台が、東雲の意思伝達を受けて、一夏めがけ砲撃を連射した。

 

(…………ッ!?)

 

 それらを掻い潜りながら、一夏は自らの機動に驚嘆した。

 

(ずっと、動ける! なんだこれ――()()()()()()()()! 直線加速が抜群に効率化されてるし、ターンも緻密だ! 本当に、俺なのか!?)

 

 空中を縦横無尽に、純白の雷が切り裂いていく。

 弾丸を最小限の起動で回避し、ついには東雲が放った弾丸を、微かに首をかしげるだけで避けてみせた。

 

「伸びたな」

「ええ。爆発的ですわね」

 

 訓練の手を止めて、箒とセシリアは、唯一の男性操縦者の動きに見とれていた。

 数ヶ月前までは素人だったと聞いて、一体誰が信じるだろうか。

 

「爆発的な成長――あいつが今まで積み上げてきたモノが、一気に噛み合ったって感じねー」

「そ、そんなに簡単に流せるものなの、これ……」

 

 鈴のぼやきに、シャルルは頬を引きつらせた。

 

「んー……経験自体はあるじゃないの、あんたもさ」

「経験、って?」

「成長の段階よ」

 

 シャルルは数秒うなった。

 それから、指を三本立て、順に折り曲げていった。

 

「所感で良いかな。僕が考えるには……まず、意識の下積み。戦闘理論を理解し、その効率化を行い、あわよくば独自の理論も積み上げる。教科書の読み込みとかが該当するかな」

「……?」

「そして二つ目、経験の下積み。これはまあ、実機訓練だね」

「……?」

 

 そしてシャルルは最後に残った人差し指で一夏をさした。

 

「三つ目。意識と経験の再構築。実機に慣れた身体が、戦闘理論を行使し始める。こう段階化すると簡単なようだけど、そもそも三つ目に至れるのはごく僅かだ」

 

 説明は理路整然としていた。

 自分なりに説明することでシャルルは一夏の成長を分析し、かみ砕いて落とし込むことができた。なるほど、確かに一夏が一握りの逸材であるなら、こうして成長するのはむしろ自然だろう。

 しかし。

 

「えっ、もっとこう……ギュォンって感じで成長するんじゃないの?」

「これだから感覚派は……ッ」

 

 鈴は真顔で首をかしげていた。

 割と渾身の説明だったのだがまるで通じていない。シャルルは諦めたように嘆息した。

 

「とにかく、成長速度は決して一次関数的な直線では行われない。一夏は今が伸び時だね」

「そーね。格好の練習もあるし」

 

 改めて、訓練を見やる。

 東雲と一定距離を維持しつつ、絶え間ない砲火を回避し続ける。

 時間が経つほどに機動は洗練され、今やその動きそのものが鋭い刃のようであった。

 

「成長。感嘆する、我が弟子――」

「はははっ! 我が師のおかげですよ!」

「――が、甘いな」

 

 東雲が突如ライフルを構えたまま回転した。横方向へ広がる掃射。

 ぎょっと顔色を変え、一夏は回避機動を中断しランダム機動へ移行――した直後、顔面に三発もらった。

 

「ぶばっ!?!?」

 

 空中でもんどり打って、推力を失いそのまま墜落。

 ちゅどーん、と、見慣れた砂煙が噴き上がった。

 

「割と保つようになりましたわね」

「そうだな……そろそろこっちも始めるか」

 

 箒とセシリアはいつも通りの美しい落下を見届け、黙々と自分たちの訓練に戻る。

 

「じゃ、あんたはあたしとやる?」

「えぇ……いや、えぇ……?」

 

 シャルルはドン引きしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 累計40の墜落をカウントしてから、東雲は小休止を挟んだ。

 砂まみれのボロボロのギタギタで倒れ伏す一夏に近寄り、日差しを遮るような位置取りで滔々と語る。

 

「12度目と18度目の機動は良かった。力の抜きどころが上手くなっている。脱力は次の動きをスムーズにする。しかし24度目以降は論外。意味不明。何をしていた?」

「すみません……」

 

 もう声を張ることすらできない程度には、一夏は疲労していた。

 毎回全身全霊を掛けて回避機動を行うのである。一回ごとに体力も精神力も大きく消耗する。それを40回連続である。

 

「死ぬ……これ、一夏死んじゃうよこんなことやってたら……!」

「死なないわよ」

「死ぬよ!?」

 

 シャルルは隣で平然としている鈴の態度に絶叫した。

 この空間は自分以外全員イカれているのか?

 

「そういえば一夏さん、例のアレは引き出せるのですか?」

 

 うつ伏せで横たわる一夏の頭を、適当な木の枝でつんつんしていたセシリアはふと問うた。

 

「ん、ああもしかして……『疾風鬼焔(バーストモード)』のことか?」

「そう、そのダサい名前のやつですわ」

「お前今なんつったよお前ッ!」

 

 一夏はガバリと顔を上げて、ライバルの暴言にくってかかる。

 まさかの悪口である。割と気に入っていた一夏としては看過しがたい。

 

「ああ、すみません。一夏さんにとってかっこいい名前のやつですわね」

「……覚えてろよ。で、アレは全然反応してくれてねえんだ。何か多分、発動条件を満たせていないんだと思う」

 

 なるほど、と一同頷く。

 もしもあの状態を常時維持できれば、これ以上ない戦力の増強だったのだが――

 

「それに、安易に頼ってちゃ、多分『白式』にそっぽ向かれちゃうぜ、俺」

「……考え方自体には賛成する。見せ札ではない真の切り札なら、簡単に切ることはできない」

 

 弟子の言葉に、師匠は深く頷いた。

 

「確かに凄まじい性能の向上である。しかし、それは織斑一夏本人の成長ではない。パイロット本人の伸びしろを食い潰してしまいかねないなら、基本的には封印するべきだろう」

「ここぞっていうとき……それこそオータム相手とか、そういう感じだな」

 

 だが、それならばむしろ。

 

「いざというときには引き出さなければならないぞ、一夏」

「分かってるさ」

 

 箒の懸念に、一夏は苦い顔で頷く。

 

「何か、こう……発動条件を教えてくれたらいいのですけれど」

「ヒントになるのは、やっぱあの状況よねー。再現しようにもできないけどさあ」

「どうだろう。外部トリガーというよりは、やっぱり一夏の意思伝達過程に何かあるんじゃないかなあ」

 

 皆でわいわいと推測を口にし。

 一夏がどうしたものかと頭を悩ませる中。

 

 

「それで、当方に何か用か? ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 

 東雲の発言に、一同は押し黙った。

 視線を向けた。黒い鎧を身に纏ったラウラがいた。

 

 

「……東雲令。私と戦え」

「ッ」

 

 目には鋭い光があった。

 その光に――唯一の男性操縦者は、見覚えがあった。

 

「……ふむ」

「私は、貴女に衝撃を受けた。強い強い衝撃だった。魔剣使いである貴女を尊敬もしている……だから一度、正面から手合わせを願いたい」

 

 東雲は思案するように沈黙し、ちらりと一夏を見た。

 弟子は即座に頷いた。

 

「東雲さんさえ良ければ――戦った方が良い」

「……そうだろうな。申し出を受諾した。おりむーたちは離れていてくれ」

 

 言われて、一夏たちはアリーナのピットへと飛翔する。

 

「いいのか。本調子ではなさそうだぞ」

「機体も予備パーツがほとんどでしたわね」

 

 箒とセシリアの言葉に、一夏は首を振る。

 

「あいつ……ケリをつけたいんだと思う。色んなものに」

 

 言葉には実感が伴っていた。

 それもそうか、と納得する。

 

 織斑一夏は――ラウラ・ボーデヴィッヒのことを、この場にいる誰よりも理解しているのだから。

 

 後ろに振り返り、深紅の装甲が顕現したのを確認して、一夏は微かに唇をつり上げた。

 

「勝敗は問題じゃないんだ。強いて言うなら……ボーデヴィッヒは、自分と戦いに来たんだと思う」

「自分と、か」

 

 箒はその言葉に、かつてセシリアとクラス代表を巡って戦ったときの一夏を思い出した。

 からっぽの自分を埋めるためにもがき、ゼロからのスタートを宣言した、彼の姿。

 

「なら、あの子にとっても良い結果になるといいね」

 

 シャルルの言葉に、皆が頷く。

 

「ちなみにどっちが勝つかしらねー。まあ、多分、令だとは思うんだけどさー」

「ああ。東雲さんは()()()……()()使いだけにな」

「一夏、あんたもう喋んな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナに二人。

 相対する紅と黒。

 

 片や徒手空拳。

 片や全身武装。

 

 言葉は少なく、自然と勝負の幕は切って落とされ。

 

 

 

 

 

(当方は()()()ぞー! ()()使いだけに! なんちって!)

 

 そんなところお似合いじゃなくていいから。

 

 

 

 

 




時系列を整理するぞ!

原作
六月頭  シャル・ラウラ転入
六月半ば シャル性別バレ
六月末  学年別トーナメント=VTシステム事件(2巻)
~~~~~~~
十月中旬 専用機タッグマッチトーナメント(7巻)
~~~~~~~
年明け  デュノア社凸・エクスカリバー事件(11巻)

本作
六月頭  シャル・ラウラ転入
六月初旬 VTシステム事件(2巻)
六月中旬 デュノア社凸・エクスカリバー事件(11巻)
六月中旬 専用機タッグマッチトーナメント(7巻)

なんすかこれ(絶句)
まあ(再構成SSだし2巻→11巻→7巻の順で処理しても)、多少はね?

ちなみに文化祭とキャノンボール・ファストはどう足掻いても入れられないことに気づきました
こんなことになって、本当にすまないと思っている(連邦捜査官)


次回
33.魔剣使いVS魔剣使い(後編)


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33.魔剣使いVS魔剣使い(後編)

正直に自白すると
ラウラのこのへんの後処理みたいなのは
前章に入れようとしてまったく入らなかった部分です
章単位では浮きまくってるけど
ゆるして


 織斑一夏は冷静な目で、ピットからアリーナを見た。

 東雲令と『茜星』。

 ラウラ・ボーデヴィッヒと『シュヴァルツェア・レーゲン』。

 両者の激突は、もうまもなく始まるだろう。

 

「……俺なら、どうする」

 

 こぼれた言葉が、彼の全てだった。

 観客に非ず。衆目に非ず。

 戦場に立つ者として、戦いは常に、身に迫ったものだった。

 

「やはり肝心なのはAICの攻略ですわね」

「セシリア」

 

 隣にやって来た淑女は、豪奢な金髪を風になびかせながら言葉を発する。

 

「一対一となれば、たった一度絡め取られただけで致命的ですわ」

「そうだね……不可視にして絶対の停止結界。これを乗り越えなきゃ、勝てない」

 

 シャルルも自分があの場にいたならば、と考察を巡らせていた。

 

「多分だけど、タイマンでなんとかしようとするなら、パイロット本人に対して何かするべきよね」

「同意見だ。意思伝達システムである以上……AICを発動できない状況、これを作るのが一番だろうな」

 

 鈴と箒の言葉に、一同は考え込む。

 AICを発動させない――()()()()()

 

「……俺が考えるに、だけどさ」

 

 口火を切ったのは一夏だった。

 

「こないだ仕様を聞いてから気づいたんだけど……AICの発動には二種類のパターンがあると思うんだ」

「パターン、ですか?」

 

 訝しげにセシリアが眉根を寄せた。

 うなずき、一夏は指を二本立てた。

 

「具体的に言うと、俺が斬りかかるときに……刀身をダイレクトに止めるのか、刀身が来る場所に停止結界の網を設置するのか。これって別物だと思うんだ」

「えーっと……前者は物体を指定していて、後者は……座標を指定しているのかな?」

 

 こういう時は、シャルルの説明能力はありがたい。

 それを聞いて鈴や箒もなるほどと納得した。

 

 つまりは停止という結果は変わらずとも。

 ()()を停止させようとしたのか。

 ()()を停止させようとしたのか。

 

 この二種類のパターンが考えられる。

 一夏の戦闘用思考回路は瞬時にそこまではじき出し、しかしそこで沈黙した。

 

「――ですが、それは弱点にはなりませんわ」

 

 セシリアの言葉が、全てを物語っていた。

 

「ああ……弱点を見抜いたわけじゃない。でも、相手の都合、みたいなのを理解することは……攻略の糸口になると思うんだ」

 

 座標を指定された場合と物体を指定された場合。

 その差を、どうにか利用できたら。

 

(そもそも物体を指定したのと、座標を指定したのとで、どういう状況が考えられる?)

 

 刃が迫ってくる。だから刃を停止させる。

 刃が迫ってくる。だから過程の座標を停止させる。

 同じだと一夏は感じた。そこに何かの違いは――

 

「――いや、待て」

「ああ、一夏も気づいた?」

 

 口に手を当てて目を見開く一夏に、鈴が苦笑しながら声をかけた。

 

「えっ、ちょ、まさか二人は、何か思いついたのかい!?」

 

 パズルが解けた直後のような様子に、シャルルは驚愕の声を上げる。

 たったこれだけの情報から、いかにして難攻不落の結界を突破する方法を導いたというのか。

 

「AICを発動させない、っていうのはできないけど……()()()()()()()()()()()()

「まさか……わざと動きを止めさせると!?」

 

 一夏と鈴は頷いた。

 

「ですが、それではッ」

「座標で止めさせない。先手を取って対象指定で止めさせて、そこから本命を打ち込む。俺にできるとしたらそれが限界だ」

「あたしも同意ね。で、あの時……一夏とあたしで無理矢理押し込んだとき、集中が途切れたら緩んでたでしょ? だから一撃一撃を痛恨の代物にして、AICを解除させる」

 

 言葉にすれば簡単だ。

 だが、代表候補生、あるいはそれに準じるような実力者は、それが簡単にできることではないと知っている。

 

「攻撃が可能な形で停止を誘発し、なおかつ高威力の攻撃を叩き込み続ける。ほとんど絵空事ですわよ」

「武装をそのためのものに絞っておけば、なんとか……いや、それでも向こうの対応の方が早いか……?」

 

 シャルルは口元を手で覆い、自分の思考をそのまま言葉にして整理していった。

 

「一夏の言ったパターンの場合、変則的なヒットアンドアウェイになる……()()()が許されないのなら、むしろ……火力が必要なのに、火力よりも機動力の方が重要、かな……?」

「あんた難しく考えすぎなのよ。突っ込んで、ぶん殴って、退く! この繰り返し! でしょ、一夏」

 

 鼻を鳴らし、(東雲よりも小さな)胸を張って、鈴は不敵な笑みを浮かべた。

 理論的に戦闘を構築していくシャルルやセシリアにとっては、マジでこいつ何言ってんだろうとなる発言である。

 しかし一夏は鈴をスルーし、シャルルの発言に深く頷く。

 

「ああ。キモになるのは接近よりむしろ離脱だろうな。何度か繰り返せば、ボーデヴィッヒは間違いなく離脱する脚を狙いに来る。そこからは読み合いを織り込んで、離脱すると見せかけて追撃したり、あるいは突撃をより慎重にしていくしかない」

「ちょっと!? なんであんたまで小難しいこと言い出してんのよ! この裏切り者ー!」

「うるせぇ! 俺をお前ら感覚派と一緒にすんな! 真面目に考えてんだよ真面目によォッ!」

 

 幼馴染同士が取っ組み合いを始めたのを見て、箒は嘆息した。

 

「まったく。音楽性の違いというやつか」

「一応補足しておきますが、一夏さんも結構わたくしたちからは理解できないことをおっしゃってますからね?」

「理論的には正しいはずの行動を感覚で捌いていくから、正直僕たちも君が同類だとは認めたくないかなー」

 

 味方が完全にいなくなり、一夏の瞳から光が抜け落ちた。

 鈴とのキャットファイトを中断し、のろのろと座り込む。孤独だけが彼の友達だった。

 

「感覚的な理論派というのは、孤独だな。孤独というか……うん……何でお前そうなったんだ?」

「分からねえ……俺が聞きてえ……」

 

 恐らく師匠の影響である。

 

「っと、勝手にあれこれ言う時間は終わりみたいね」

 

 座り込んでいる一夏の背にのしかかっていた鈴が、アリーナを指さした。

 

「始まるわ。答え合わせといこーじゃない。令のやつが何をするのか」

「見たい気持ちと見たくない気持ちが半々ですわ」

「僕もだよ」

「私も、令の動きはなんというか……ロクでもないだろうなあ……」

 

 交友関係を深めるほどに理解していた。

 間違いなく、東雲令はAICを突破するだろう。

 

 だが――どうやって突破するのかは、自分たちには想像できない代物なのだ、という確信があった。

 

「……東雲さん」

 

 顔を上げて、一夏は真剣なまなざしで、戦装束姿の師匠を見た。

 その途端、だった。

 

 弾かれたように――両者が大地を砕き、疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シィィ――――!」

 

 両腕のプラズマ手刀を展開すると同時、突撃。

 ラウラの類い希なる直感は、近接戦闘にこそ光明を見いだしていた。

 

(退けば死ぬ! 臆せば死ぬ! 前に進むしかないッ!)

 

 それは偶然にも、戦闘とは関係なく、彼女がかつて堅持していた信念と同じ言葉。

 

「意気やよし。だが――ひよっこだな」

 

 振り回される手刀を僅かに首を傾げるだけで回避し、東雲は両腕をだらんとぶら下げたまま、ラウラの猛攻をしのいでいく。

 取り回しの良さと引き換えに、プラズマブレードは刀身の長さにおいて太刀類の装備に劣る。

 まずは自分の距離をキープすることを念頭に置いて、ラウラは勝負を挑んだのだが。

 

(この女――離れない! ()()()()()()()()()()()()()()()()()!?)

 

 舐められているのか、と一瞬頭に血が上りかけた。

 感情は血液のように身体へ流れ出し、斬撃に無用な力みが入る。

 

「いかんな。それは駄目だ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 今までと比べ大ぶりだったその剣戟。

 東雲はそれを察知した瞬間に、右足を振り上げた。

 隙を晒した右腕のプラズマブレード発振器に鋭い爪先がめり込み、砕き、稼働停止に陥らせる。

 

「しまっ――」

「どうした。其方の魔剣を使ってみせろ」

 

 蹴り上げた姿勢から東雲は四肢の挙動のみで回転し、勢いをつけて左足を叩き込む。

 すんでのところで両腕をクロスさせガードする――が、その際に左腕の発振器も嫌な音を立てた。

 勢いのまま数メートル後退、ラウラのかかとが地面を削る。機器破損警告(レッドウィンドウ)が立ち上がるのを横目に、ラウラは両腕からプラズマ手刀をパージ。

 

(剣も抜かずに――と、何を勘違いしていたんだ。相手はあの東雲令だ。接近戦闘において世界屈指、ああそうだ、教官に勝るとも劣らない猛者だ! 私は今日ここに、彼女の胸を借りに来た!)

 

 眼帯を地面に落とし、分子切断ナイフを展開。

 さらにワイヤーブレードを広げ、よりクロスレンジに踏み込む姿勢を取った。

 

「……私は、負けたくない。負けたら、あの頃の私に戻ってしまう気がする」

「そうか」

 

 東雲はさしたる興味はないように、冷たい相づちを打った。

 

「私は織斑一夏に肯定して欲しかった。前に進み続け、がむしゃらに前進することで、過去の自分は抹殺できると。だが――」

「過去の自分は、決して振り切れはしない」

「そうだ。貴女の言うとおりだ」

 

 ナイフが高速振動を始め、ワイヤーブレードの先端部もまたうなりを上げた。

 

「故に私も、過去の私と戦おう。死ぬまで抗い続けよう。織斑一夏は受け入れた。だけど、私は戦い続ける。過去の私は――常に、私を見ている」

「そうだ。それでいい」

 

 東雲は一振り、手元に太刀を顕現させた。

 

「かかってこい、()()使()()

「往くぞ、()()使()()

 

 見ている者全員が、思わず呼吸を止めた。

 空間そのものがひずみ、互いの視線が交錯する。

 

 

「さあ――魔剣の錆となるがいい」

 

 

 ワイヤーブレードが先行した。

 東雲は先端部を打ち払い、小蠅相手にそうするようにどかす。

 

 が、それは想定済み。彼女を取り囲むようにして張り巡らされたワイヤーは健在。むしろブレード部分は囮、鉄線こそが本命!

 

「そこから動くな!」

 

 ラウラの叫びに呼応するようにして。

 四本の鉄線を掻い潜るルートを、ついに発動したAICが潰した。

 見ていた一夏は思わず目を見開いた。そう、これは、A()I()C()()()()()()()

 

(能動的に使う――そうか、俺たちはあれを相手を封じる切り札と認識していたが、彼女にとっては切れるカードの一枚に過ぎないのか……!)

 

 驚嘆の息を漏らす間にも、状況が動いていく。

 距離を詰めたラウラがナイフを振るった。満足に身動きできない東雲は、それを最小限の振りで叩き落としていく。だが得物の長さ故、切り戻しはラウラの方が早い。

 超高速で繰り返される剣戟。ワイヤーとAICがかみ合い、東雲はほとんど動けず、ラウラは自在に左右上下へと揺さぶりをかけつつ。

 

「すげぇ……!」

 

 戦況を一夏はこれ以上なく理解した。

 美しいチェックメイト、とでも呼べば良いのか。

 アリーナを盤上に置き換えて、ラウラは複数の駒を緻密に配置し、東雲を追い詰めている。

 

「これが、私の魔剣だ――!」

 

 性質としては、それは東雲の魔剣よりも、一夏の鬼剣の方が近い。

 相手の行動を封殺し、徹底的に有利を堅持し、そのまま押し切る。

 なるほど――常人では抗えない。故に、魔剣と呼ぶにふさわしいだろう。

 

「――御美事だ」

 

 東雲は素直な賞賛を口にした。

 

「だが、甘いな」

 

 同時。

 彼女の右腕が振るわれた。

 狙いは明白。ラウラが次の攻撃に移る、一瞬の溜め。

 

(……ッ!? この女、ワイヤーもAICも無視して、()()()()()()()!?)

 

 通常、一定以上の実力者ならば。

 まずはワイヤーを処理し、AICを回避し、とにかくここから抜け出す。

 状態の仕切り直し。だがそれを選ぶことこそが最大の罠。

 ラウラは既にAICの再発動を準備していた。抜け出そうとした瞬間に、東雲本体が停止し、勝利へ直結する。

 

 だが――世界最強の再来は、しなやかに本体を狙い澄ましていた。

 

「チィッ!」

 

 舌打ちとともにAICをゼロから起動。

 エネルギー波を空間にぶつけ、右腕が通過するポイントに網を張る。

 ――と同時、東雲は攻撃をキャンセルし、瞬時に右へサイドブースト。急加速は残影すら残さず、横へ回り込む。

 微かに緩み、力場が甘くなった停止結界を飛び越え、ワイヤーを両断しながらの移動。刹那に行われた神業。思わず目を剥く。

 

「此方だ」

「――――!!」

 

 言葉は追いつかない。

 ほとんど反射でAICを再発動。ハイパーセンサーの拡張視界が捉えた茜色の流星。

 引っかけるように、でいい。僅かに一片でも当たれば、そこから――

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 結論から言えば、AICは空ぶった。

 東雲はそこから真後ろへ飛び退き、砂煙だけが静止して、時が止まったように取り残されていた。

 

「なるほど、だと? 一体何を分かったつもりだ」

 

 ラウラが停止結界を使い始めてから、僅か一分にも満たない攻防。

 東雲が封じ込まれ、それを突破して攻め込もうとしたはいいが、しかしAICを警戒して引き下がった。

 そうとしか取れないと、見ている一夏たちすら首を傾げたが――

 

()()()()()()()()

「…………ッ!?」

「其方の停止結果は、結界を張って相手を停止させる場合と、相手を停止させるために結界を張る場合の二つがある」

 

 馬鹿な。

 たった数度、見ただけだ。

 波自体は不可視、飛び退いたのも警戒心故、何も見えないままのはずだ。

 だというのに。

 

(看破、されている――!)

 

 一夏の推測は正しかった。ラウラはAICを発動させるに当たって2つの意思伝達パターンを構築している。

 対象を先んじて止めるための座標指定と、対象を迎撃するための物体指定。

 見透かされた、という事実にぐっと息が詰まる。だがラウラは頭を振って、嫌な感覚を押し込めた。

 

「だから、どうしたッ! それは弱点にはなり得ん!」

「其方が2パターンを徹底して分割し、瞬時に選択できるのならば、な」

 

 東雲の視線は鋭利だった。射すくめられ、ぎくりとラウラは背筋をこわばらせる。

 

「底は知れた」

 

 身体を覆う『茜星』の装甲各部がスライド。放熱するように、過剰エネルギーを排出した。

 深紅のヴェールが、血しぶきのように空間を染めていく。

 

 

「これより迎撃戦術を中断し、撃滅戦術を開始する」

 

 

 彼女の背後で、非固定浮遊部位(アンロックユニット)が展開された。

 太刀を納める十三のバインダーが、東雲が抜刀しやすいよう柄を向けて、円状に配置される。

 ラウラの眼前で、日本代表候補生ランク1がその剣に手を伸ばす。

 

 

 

「――()()()()

 

 

 

 一体どうしてこうなるのだ、と嘆きそうになる。

 流れは完全にこちらにあった。戦場そのものを掌握し、自分の思惑通りに動かしているという強い実感があった、はずなのに。

 だが現実はラウラを待ってくれはしない。

 魔剣使いが。

 もう一人の魔剣使いが、その剣気を高め、ラウラの首を狙っているのだから!

 

 

 

 

 

「当方は――四手で勝利する」

 

 

 

 

 

 刹那。

 視界の隅に光るもの。抜刀された刀身。

 

(間に合うかッ!?)

 

 ほとんど条件反射だった。最適化された彼女の戦闘機動は、飛び退くよりも()()()()()()()

 座標を確認している暇はない。神速の抜刀術、それそのものを対象に指定。

 

「――――ッ!」

 

 止まった、はずだった。

 寸前で東雲が手首をスナップさせ、()()()A()I()C()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(撃たされた……! しかし、今のは!)

「一手」

 

 えぐり込むような突きだった。

 ラウラの右肩に直撃し、ワイヤーブレードの連結箇所が吹き飛ぶ。

 よろめきながらも後退、自身の前面を覆うようにして停止結界を再構成。

 

「守りは死だぞ、二手」

 

 飛び越え、られた。

 不可視の壁がそこにあると分かっているかのように。

 東雲は一本目の太刀を放り捨てながら軽やかに跳躍し、空中で抜刀、置き土産のようにラウラの背中から腰にかけてを切り裂く。

 漆黒の装甲が砕け散り、エネルギー残量ががくっと減った。

 

「あり、えない……ッ!」

 

 振り向きざまにナイフを振るうが、左手で優しく受け止められた。男が優しく少女の手を握るような、甘美とさえ表現できるほどに美しい動作だった。

 だがそれはラウラにとっては悪夢以外の何物でもない。

 

「見えるはずが、ない……ッ! 停止結界は絶対にして不可視なんだぞ!?」

 

 あの時。

 意識を拡張され、『VTシステム』と『アンプリファイア』によって暴走させられた時、確かに力場は視認できるほどの出力を誇っていた。

 しかしそれはあくまで暴走。本来のスペックではない。

 

 AIC――アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。

 特殊なエネルギー波を空間に作用させる、イメージ・インターフェース兵装。当然その網は、人間の目では見えない。

 ハイパーセンサーを感度最大にしてギリギリ絞れるか、といったところだが、感度最大というのは戦闘モードでは不可能だ。事実、見ている一夏たちも、どこに結界が張られているかは『東雲が回避したからそこにあったのだろう』という形でしか認識できていない。

 

「肯定。当方にAICの力場は見えない」

 

 東雲は絡みつくような力場の網を瞬時にくぐり抜けながら、静かに頷いた。

 そして。

 

「だが――()()()()()()()()()()()

「……ッ!?」

 

 まさ、か。

 

「攻撃を停止せしめる――予兆を出す。予備動作を見せる。刀身を微かに動かす。()()()()()()()。何時、何処、如何に。手に取るように分かるぞ。過敏な反射が仇となったな」

「馬鹿な――私の行動全てを操っているとでも!?」

「全てではない。AICに限っては、全てだが」

 

 同時、二本目の得物を捨てながら、するりと東雲が飛び込んだ。

 一見すれば無防備極まりない、一夏たちにとっては無謀な吶喊。

 だが、ラウラは知っている。()()()()()()()()()

 そこに、今は、AICが発動していないことを――!

 

「三手」

 

 抜刀と斬撃は同時だった。

 正面からぶつけられた刀身が、ラウラを叩き斬った。

 自分が纏っていた装甲の破片が、視界を埋める。その向こう側にはもう次の一手を放とうとしている鬼神がいる。

 

(ああ、そうだ)

 

 この力に憧れた。

 敬愛する師と同じぐらいに――違う。違う、憧れなんかじゃなかった。

 本当は、羨ましかった。

 自分を差し置いて隣に並ぼうとするその強さが。

 自分には理解できない、理外の領域で分かり合っているような姿が。

 

(羨ましい、妬ましい――私も、そう、なりたかったのに)

 

 後ろへ倒れ込みながら、手を伸ばす。届かないと分かっているのに。

 バカだな、と自分で思って、ラウラは思わず笑った。

 

「――四手」

 

 深紅の太刀が閃いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッ!」

 

 拳が震えていた。

 一夏は自分の手を見て、深く息を吐いた。

 アリーナのモニターは、『シュヴァルツェア・レーゲン』のエネルギー残量がゼロになったことを示している。

 

 ――注目すべきはそこではない。

 

 飛び込んで最後の一撃を見舞った東雲は、残心の姿勢で静止している。振り抜かれた太刀は、反動に刀身半ばで砕けていた。

 

 だが、深紅の胸部装甲。

 一本のナイフが突き立てられている。

 その柄を握ったまま、今にも崩れ落ちそうなラウラが、ゆっくりと口を開く。

 

『……とど、かないと。諦められるものか……!』

 

 最後の瞬間。

 ラウラは防御も回避もなく、ただ真っ向から攻撃を返した。

 意地と信念だけで構成されたそれは――東雲の認識を超えるスピードで殺到し、彼女の胸部に届いた。

 

「とど、いた……」

 

 隣の鈴が唖然とした声を上げる。

 

『届かないから、手を伸ばすのだ……! 私も、織斑一夏も……!』

「……ああ、そうだ。そうだよ、ボーデヴィッヒ」

 

 理解できる。彼女の心が伝わってくる。

 

「行こうぜ」

「あ、ああ」

 

 一夏はISを身に纏って、ピットを飛び立った。

 アリーナを直進して、戦闘終了後ぴくりとも動かない二人の元へ降り立つ。

 

「お疲れ様、東雲さん、ボーデヴィッヒ」

「……おりむー、不覚を取った……」

 

 自分の胸に当てられた刃を見て、東雲は唇をかんだ。

 結果だけ見れば、完勝に近い。最後の一撃とて、有効とは到底呼べない代物だ。

 

 けれどそれ以上の意味があることを、全員理解している。

 

 ISの装甲が光の粒子に返った。

 

「ちょっと何よ何よ、あんためちゃくちゃやるじゃない―!」

「ぶふっ!?」

 

 ずかずかと歩み寄って、鈴はラウラの背中をばしばし叩いた。

 思わず咳き込みながら、ラウラは苦笑を浮かべる。

 

「いや、無様極まりない一撃だった……気持ち以外に取り柄はないぞ」

「何をおっしゃいますか。一番大事なものが十分込められた、素晴らしい一撃でしてよ」

 

 賞賛を受けて、ラウラは目を見開いた。

 

「ああ。俺もそう思うぜ、ボーデヴィッヒ」

「……織斑、一夏」 

 

 彼の顔を見て、けれど何故か直視できないとでも言うかのように、ラウラはぷいと顔を背けた。

 その様子に箒と鈴は嫌な予感がした。実はシャルルも第六感で何かを察知した。セシリアはやべえと頬を引きつらせた。一夏と東雲だけが首を傾げていた。

 

「皆には、色々と、迷惑をかけた」

「気にしなくていいぜ。説明ちゃんと受けたからさ。『VTシステム』も『アンプリファイア』も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――だろ?」

 

 話を聞いて、一夏はピンと来ていた。

 想起されるは八本脚。だが、オータム本人にしては仕事がずさんだと思った。彼女なら最後の一手、肝心な詰めは自分の手で行うだろう。つまり、同じ組織の何者かだ、と一夏は推測していた。

 

「だから、同じクラスだし……これからよろしく頼むよ、ボーデヴィッヒ」

「ん、ああ……」

「そうだ、ラウラって呼んでも良いか?」

 

 今度は東雲が最大の反応を見せた。ぽかんと口を開けて一夏の横顔を見やる。

 この男マジで言ってるのか。ちょっと待て当方は? 当方は? ねえ当方は?

 

「む、むむ……そう呼びたいのならやぶさかでもない、お前がそう呼びたいのなら、許可してやろう……」

「なんだそりゃ。じゃあよろしくな、ラウラ」

 

 一夏は微笑みを浮かべて、手を伸ばした。

 ラウラは眉を寄せてぐぬぬとうなり、仕方なく握手しようと一歩踏み出して。

 がくん、と脚から力が抜けた。

 

「っと――」

 

 激戦の直後なのだ、仕方ない。

 胸に飛び込んでくるような形になったラウラを、一夏は受け止めて。

 ぐい、と二本の脚で踏ん張って。

 

「――おっ、()()()ちゃんと受け止められたな」

 

 抱きしめるような姿勢で一夏は息を吐いた。

 至近距離。彼の瞳を見上げて、ラウラは硬直している。

 やがて首から赤がせり上がって、耳や額までが深紅に染まっている。

 

「は、はなせっ!」

「うん? ああ、悪い。いつまでも抱きしめてるもんじゃないな」

 

 シュバババッ! と距離を取って、顔を真っ赤にしたラウラは呻いた。

 

「……ていうかお前、どうしたんだ? 顔真っ赤だぜ?」

「わ、分からんのだ! お前のことを考えると頭が回らん! 顔が熱くなる! 心臓がうるさくなる! 自分でも何が何だか分からんのだ!」

 

 何から何まで致命的(クリティカル)だった。

 シャルルは笑顔のまま、ブチリと頭の血管が一本切れた。

 セシリアは天を仰いだ。

 

「…………」

「…………」

 

 箒と鈴は一度顔を見合わせた。

 数秒視線を交わして、それから再度ラウラに顔を向けた。

 二人の表情は能面のようであった。

 

「よし、殺そう」

「アリーナに埋めるぞ」

「何故だッ!?」

 

 さすがにラウラは叫んだ。

 

「えーっと……それ、何かの病気だったりしねえか? 大丈夫かよ」

「病気ではあると思いますわ。でもこの場合、大丈夫かよと心配すべきはおりむーさんの頭ですわ」

 

 セシリアは親友である箒の恋路があまりにも前途多難で、鉛のように重いため息をつくことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナの使用時間が終わり、それぞれ着替えに向かう中で。

 東雲はシャワールームを目指して歩きながら、首を傾げて。

 

(ラウラちゃん調子悪そうだったけど、何かの病気だったりしないよね? 大丈夫かな?)

 

 恋の病気なんだよライバル増えてんだよ気付けバカ。

 だが一向に気づく様子もなく、気を取り直すように東雲は咳払いをして。

 

(にしても…………すっっっっっげ~~~~調子がいいな最近の当方! 身体のキレがいい! 思考も冴え渡ってる! これ間違いなくこ、こ、恋のパワーってやつなのかにゃぁ……!?)

 

 こんな残虐な恋のパワーがあってたまるかよ。

 

(やばい……恋を知り、また一つ高みへと上ってしまった……ぐへへ……恋、いいなあ! おりむーともっといちゃいちゃしたら、もっと強くなれるんじゃない!?)

 

 異性といちゃつくことで強くなるのはラノベによくある話だが、東雲の場合はどちらかといえば魔力を吸い上げる魔女に近かった。

 

 

(あっそうだ『ハネムーン』のこと言ってなかったなあ。まあ後で言えばいいか。おりむーとハネムーン……あんなことやこんなこと……やべえ! 千冬さん的には婚前交渉ってアリ!? 聞いた方がいいのかな……えっ、しょ、初夜とか……全然分からん……誰かに相談した方が良いのか……?)

 

 

 ちょっと待て、『ハネムーン』って何?

 

 

 









次回
34.最強の遊園地決戦!(半ギレ)



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34.最強の遊園地決戦!(半ギレ)

コメディパートです


「決闘ですわ!」

 

 セシリア・オルコットは白く華奢な指を一夏に突きつけ、叫んだ。

 教室はしんと静まりかえり、全員固唾を呑んで様子を見守っている。

 

 その渦中で。

 織斑一夏は――うんざりとした表情で呻いた。

 

「お前、決闘が趣味なのか?」

「はい、割と」

「割と!?」

 

 さすがにそれはないだろ、と思っていた矢先のこの返答である。

 一夏は渋面を作り、入学以来のライバルから視線を背けた。

 

「なあ箒」

「一夏、すまない。私はフルーツグラノーラのレシピ開発に余念がないんだ」

「嘘ついてんじゃねーよ! 急に眼鏡かけてレシピっぽい紙を取り出すな!」

 

 箒はしれっと幼馴染の面倒ごとに気づかなかったことにしようとしていた。

 ちょっとキレ気味に一夏は席から立ち上がり、箒に近寄って両肩を揺さぶる。

 

「幼馴染が突然決闘を申し込まれてるんだぜ? 見て見ぬ振りはないだろ」

「勘違いするな。私は入学初日にも無視をした実績がある」

「何胸張ってんだテメー!」

 

 胸を張ったせいで箒の制服はパツパツになっていた。

 箒の机の隣に立って雑談をしていたラウラは、その絶大な胸部装甲を見て完全に真顔になっていた。感情の抜け落ちた表情だった。

 

「あらあら、決闘から逃げ出すおつもりですか?」

 

 その時――優雅に、可憐に、少女の声が響いた。

 教室中の空気を、自分色に染め上げてしまうような凜とした声。

 

「あ゛……?」

 

 残念なことに一夏はめっぽう沸点が低かった。

 額に青筋を浮かべて、誰が見ても分かる程度には憤怒のオーラをまき散らしつつ、一夏は箒の肩から手を離してセシリアを睨んだ。

 その時にちょっと箒が残念そうに自分の両肩を見ていたことに、セシリアは気づいたが――彼女は優しいので見なかったことにした。

 

 閑話休題。

 

「先日ルームメイトの如月さんからお借りした雑誌に、このような記述がありましてよ」

「ってちょっとセッシー私の私物何持ってきてんの!?」

 

 セシリアが机に叩きつけたのは、一冊の雑誌だった。

 あちこちに付箋がつけられたそれは、ティーン女子御用達と名高い『インフィニット・ストライプス 番外号』である。

 各地のデートスポットや男子をオトすテクニックが満載、全国籍女子必携! とは上級生が語るところだ。下級生も多くが番外号を購読し、架空の彼氏相手に実践の方法をシミュレートしている。

 

 というわけで大抵の女子は読んでいるその冊子だが――意外というのは失礼だが、一夏の周囲にいる女子はあまり読んでいない。

 箒は興味こそあるもののなかなか自発的に買うことができていない。なんとなく自分のキャラに合ってない気がするのだ。

 鈴はハナからそういうマニュアル類が苦手で読んでいない。

 シャルルは男子なので持つに持てない。

 ラウラは興味がない。

 

 そしてセシリアもなんて低俗な雑誌でしょうと見下していたが……たまたま如月が机に出しっぱなしだったそれを見て、試しに読みふけり、無事徹夜した。

 

「この記事をご覧ください」

「――『遊園地で差をつけろ』、だと?」

 

 彼女が一夏に突き出したのは、いわゆる遊園地デートのモデルプランであった。

 他の気になる女子を蹴落とすためのワンランク上なデートをしようぜ、という話なのだが。

 

「わたくしと貴方は雌雄を決する運命にあります。それは何事においても適用される――お分かりですね」

「なるほど遊園地決戦か……面白ェ……!」

 

 二人の会話を聞いて、シャルルが頬を引きつらせた。

 

「いやいやいや差をつけるってそういう意味じゃないと思うよ? コーナーでつける方じゃないはずだけど?」

「諦めろ、シャルル。あの二人は勝負事に関しては頭が弱いんだ」

 

 箒は嘆息した。

 そして、得てしてこうなれば乗っかってくる連中ばかりが、一夏の周囲にはいる。

 

「遊園地か。興味はある。私も同行して良いだろうか」

「ラウラ……お前が行くなら、私も行くべきか……」

「あはは……どうしよ、僕も日本のアミューズメントパークには興味があるんだよね」

 

 箒、シャルル、ラウラは純粋に遊園地へ行きたいという欲求が発生し。

 それに呼応するかの如く、がらりと一組教室のドアが開けられた。

 

「やっぱり遊園地か……いつ出発する? あたしも同行するわ」

凰鈴音(ファンリンイン)

 

 ラウラが名を呼ぶと同時、セカンド幼馴染はニヒルな笑みを浮かべる。

 

「話は聞かせてもらったわ。あたしがあんたたちの勝負、ジャッジさせてもらおーじゃない」

 

 流れは一夏とセシリアの勝負から、だんだんみんなで和気藹々と遊園地で遊ぶ方向に向かっている。

 無論、渦中の二名は真剣だ。

 そして。

 

「やはり遊園地か……いつ出発する? 当方も同行する」

「東雲令」

 

 一夏の隣の席から立ち上がり、世界最強の再来は悠然と告げた。

 彼女がここに乗っかってくるのは、ラウラにとっては意外だった。

 

「いいじゃないか。令も込みで……そうだな、ラウラとシャルルに遊園地を紹介しつつ、一夏たちの戦いも審判すれば良い。一石二鳥だな」

 

 箒のまとめに、東雲は深く頷いた。

 

「本日放課後の訓練を中止し、アフターファイブパスで向かうことを提案する。該当記事にもそのプランが載っているはず」

「あんた詳しいわね。行ったことあんの?」

「ない」

 

 力強い断言だった。

 では一体どうして、東雲は遊園地についてここまで的確な提案ができたのか。

 

 

 

 

(今回の番外号はメチャクチャ当たりだったもんね! 当方も舐めるように読んで一字一句違わず暗記したよ! にしてもセッシー、当方とおりむーの遊園地デートを提案してくれるなんて、もしかして……当方の気持ち、気づかれちゃってる系!?)

 

 この女、ストライプス番外号の愛読者である。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏さん、次はあちらですわよ」

「分かってる、引っ張るなって」

 

 放課後。

 私服に着替えた一夏とセシリアは、学園から一度の乗り換えで向かえる遊園地に来ていた。

 シャツにジャケットにジーンズとシンプルな服装の一夏に対し、セシリアはハイブランドにオーダーしたフリルデザインのワンピースを着ている。

 

「第一段階、服装に関してはセッシーの勝利である」

 

 二人がジェットコースターの列に並ぶのを眺めながら、東雲はホットドックを両手に持って断言した。

 

「なるほど、服選びの時点で勝負は始まっていた……ということか」

「令、ラウラに悪影響があるから、真面目に審判するのやめてもらってもいいかな……?」

 

 銀髪少女が結構人からの影響を受けやすいことを知り、シャルルは冷や汗を浮かべる。

 だが東雲は、どうやらこの遊園地に一夏とセシリアが来たのを本気で勝負と捉えているらしい。

 いや当人らもその認識なのだが、端から見ればどうなのか。

 

「……ねえ、箒」

「……なんだ、鈴」

「…………これデートじゃない?」

「…………………………」

 

 核心を突いた指摘だった。

 列に並んで、セシリアと一夏はパンフレットを広げジェットコースターの次に何に乗るかを話し合っている。

 どこからどう見てもデート中だった。

 

 加えて――この二人、普段はいがみ合っているのに。

 

「相性が……相性が、いい……ッ!」

 

 箒は思わず呻き声を上げた。

 監視対象の二人は、真剣になるべき時には誰よりも素早く真剣に対処し、だがリラックスするべき時はきちんとリラックスするタイプの人間だ。

 こうして遊園地に来て、意識のレベルが噛み合っている。楽しめるだけ楽しもうと両者は合意し、気後れも遠慮もない。乗りたいものは途切れることがなく、エンジョイに対する姿勢が共有されている。

 

「……なんというか。ああして二人が楽しんでいるのを見ると、何故か胸が痛いな」

 

 ラウラの言葉に、箒、鈴、あとなんかシャルルも深く頷いていた。

 

「……? 相性がいいというのは良きことではないだろうか。戦場においても、あの二人が組めば多大な威力を発揮するだろう」

「そうだな。令は今のままでいてくれ」

 

 親友の言葉に箒は冷たく返した。

 一夏とセシリアは意識を共有できているが、東雲は一同と問題意識をまったく共有できていなかった。

 

「くっ……じれったいわね、あたしちょっと最悪の雰囲気にして来る!!」

「それはやめときなよ……」

 

 突撃して全部ぶち壊しにしようとした鈴を、シャルルがいさめる。

 そうこうしている間にも二人はジェットコースターに乗り込んで、ベンチで休む箒たちに手を振ってきた。

 

「見てよラウラ。あいつら手を振ってきてるわよ。こっちの気も知らずにさあ」

「……私と同じように、胸が痛いのか?」

 

 思わず鈴は隣の少女を見た。ラウラは眼帯に覆われていない深紅の瞳を揺らし、胸元をぎゅっと押さえている。

 

「苦しいんだ。でも、どうしてなのかが分からない……お前は、知っているのか?」

「それは………」

 

 苦い表情で鈴はうつむく。正直教えて良いのかどうかが分からない。

 恋敵が増える懸念もあるが――それ以上に。

 自分の軽はずみな発言で、この少女の人生に多大な影響を与えてしまうかもしれない。それが鈴にとっては恐ろしかった。

 

「早く病院に行った方がいいのでは……」

「令、少し黙っていてくれ」

 

 箒は真顔で親友を黙らせてから、ラウラの正面に回り込む。

 

「ラウラ。その痛みはな、自分がしたいことをできていない、ああしたい、ああなりたい、という願望の痛みだ」

「願望……それは」

「ああそうだな。今まで、お前がずっと付き合ってきたものに似ている……とても似ている。恋は、戦いなんだからな」

 

 言葉は重かった。

 恋、とラウラはその単語を反芻する。

 

「これが、こんなにも苦しくて、痛いものが、恋なのか?」

「だけど、同じぐらい温かくて、嬉しくなる、それが恋だ」

 

 しゃがみこみ、視線を突き合わせて。

 箒は優しく微笑んだ。

 

「私も分かるつもりだ。ああしたい、と。()()()()()と。()()()()()()と。願望ばかりが先行する。だけど……お前の恋はお前のものだ。お前でなければ、どうしようもない。私の恋も、私じゃないと、どうしようもないんだ」

 

 セシリアと一夏を乗せたジェットコースターが、急加速して落ちていく。

 一同の卓越した動体視力は、自分たちの知る二人が実に楽しそうに笑顔を浮かべているのを判別した。

 

「……あれに、乗ってみたい」

 

 ラウラの呟きは素朴すぎた。だから、そこに込められた感情も十二分に伝わった。

 

「令。そろそろ私たちも、交ぜてもらおうじゃないか」

「……勝負事に割って入るのは推奨できないが」

「なーに堅いこと言ってんのよ! どうせあんただってジェットコースター乗りたいでしょ!?」

「メチャクチャ乗りたい」

 

 完全に想定外の答えが返ってきて、鈴は一瞬フリーズした。

 だが好都合でもある。

 

「うん。見てるだけっていうのも飽きたし……そろそろ僕らもいこうか」

 

 シャルルが笑顔でまとめて、一同は頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして一夏とセシリアだけでなく、全員で遊園地を回り。

 ラウラが特にアレは何だコレは何だとしきりに尋ね。

 苦笑しながら回答する一夏とセシリアが他の客から夫婦に間違われたり。

 ラウラの口元についたソフトクリームを一夏が指で取ったり。

 

 おいこの男新規開拓への熱意が高いな。

 

 わいわいと遊園地を楽しみ、閉園時間を迎え、一同は入場ゲートの正面に集まっていた。

 

「結論。セシリア・オルコットの勝利である」

 

 東雲は粛然と告げた。

 他のメンバーも頷いている。終始ペースを握り、遊園地そのものに対する熱意を見せたセシリアの勝利は揺るぎないものだ。

 

「ま、こんなものですわね」

 

 軽く流すように勝者は微笑んだ。

 しかしその右腕は渾身のガッツポーズを決めている。

 

「畜生ォォォォォッ!」

 

 一方、敗者は膝から崩れ落ち、両の拳を地面に叩きつけて慟哭した。

 何が彼をここまで駆り立てているんだろうかとシャルルはあきれ果てた。勝負事に関して、本当に頭が弱すぎる。

 

「我が師……! 我が師……! 俺は……ッ! おれは!!! 弱いっ!!!

「あんたもうちょっと真面目なシーンでその台詞使えなかった?」

 

 全身でやるかたない憤懣を表現する一夏に対して、鈴は肩をすくめる。

 自分の知っていた幼馴染ではないが、入学して以来の彼としては自然な反応だ。とにかくこの男、負けず嫌いになっている。

 

「結構私たちは楽しめたから、来て良かったよ。そうだろう、ラウラ」

「ああ。箒には感謝している」

 

 箒は基本的にこのメンバーにおける潤滑剤の役割を果たしていた。

 戦える力がない。絶死の修羅場においては無力極まりない。

 だからこそ――彼が平時身を置く平穏こそ、自分が守らなくてはならない。

 強い信念が、今の彼女の立ち位置を編み出していた。

 

 まあそれはそれとして、グループ内には潤滑剤気取りの女もいるのだが。

 

「それはそうとして、おりむー」

「あ、はい」

 

 うなだれていた弟子に、自称潤滑剤が声をかけた。

 

「週末は空いているか」

「まあ、空いてるよ。つっても訓練再開して初めての休日だし、もっと打ち込もうと思ってたけど……ああ、東雲さんには何か用事があるのか?」

「肯定」

 

 一夏の推測は的を射ていた。

 眼前の師匠はよく面倒を見てくれているが、肩書きは日本代表候補生最強である。公的機関や政府とのつながりもある。多忙なのは間違いない。

 では訓練は個人でやるべきか、いやこの場にいる人間で暇な人がいれば――と、一夏が思考したところで。

 

「ああ……週末。もしかして東雲さん、フランスに来るの?」

 

 シャルルの言葉。一夏は目を見開いた。

 

「フランスって……シャルルの国、だよな。何かあるのか?」

「『イグニッション・プラン』の第3次期主力機、その競技選考会(コンペティション)ですわ」

 

 セシリアが発したのは、欧州連合の統合防衛計画の名称である。

 それは夕暮れの遊園地にはあまりにも不釣りあいなものだった。

 

「日本代表候補生として、特別視察の指令が下された。今回はイギリスのティアーズ型、イタリアのテンペスタ型、ドイツのレーゲン型……そして滑り込みで、()()()()()()()()()()()が参加すると聞いている」

 

 思わず、一夏は自分を取り囲む少女たちを見渡した。

 二人――その目に戦意を滾らせている。

 

「ええ。正直に告白しますと……それに向けて、今日は息抜きをしたかったのですわ。これからは最後の追い込みとなるでしょう」

「良い刺激を受けさせてもらった。私とて、今回はレーゲンのフルスペック状態での初参加になる。後れを取るわけにはいかない」

 

 セシリアとラウラが、空中で火花を散らせていた。

 

(これが……代表候補生か……!)

 

 気迫が炎となって立ち上り、空間を拉がせていた。

 気圧されそうになり、一夏は頭を振る。

 いずれは打倒せねばならない相手ばかりだ。技術もセンスも劣っているなら、せめて気持ちだけは、しっかりと持っていなければならない。

 

「――ということは、シャルルも参加するのか」

「意外ね。本人の前で言うのもアレだけどさ、ラファール……デュノア社って、第三世代機の開発が難航してたみたいだけど」

 

 箒と鈴の言葉。

 それを受けて、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なんとか形にはなってね。データも本国で取ってて、僕は明後日には戻って調整に参加するんだ。授業はその間公休ってことになるみたい」

「へぇ」

 

 他の面々が相づちを打つ中で。

 同じ部屋でずっと付き合いのある一夏だけが、ぎょっとした。

 

 なんだその凍り付いた笑みは。

 なんだ、その何もかもを諦めたような笑みは。

 

 シャルル・デュノアという人間にはふさわしくない、と断言してしまえるほどに、その笑顔は終わっていた。

 

「そこでだ」

 

 狼狽する一夏に対して、東雲はいつもの態度を崩すことなく。

 

 

 

「おりむーは、私の視察についてきてもらう」

 

 

 

 時が止まった。

 一夏はシャルルへの懸念を一度保留にして、聞かされた言葉をよく吟味する。

 代表候補生代表として、東雲は欧州連合の競技会へ視察に向かう。

 そこに、助手として自分がついて行くという。

 

 

 意味分からん。

 

 

「…………はあああああああああああああああ!?」

 

 絶叫は、日が没していく茜空に、むなしく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(フランス。週末。視察は昼のみ。これが、ハネムーン…………!!!)

 

 全然違うぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――圧倒的な静謐だけがあった。

 何もない。物体もない。人間もない。そして空気すらない。だから音は伝わらない。

 静かというより、その空間は死んでいた。

 

System Boot(おはようございま~す)

 

 突然だった。

 静けさを突き破るようにして、起動音が厳かに奏でられた。

 衛星軌道上――人類が宇宙へ進出するための足がかりとして、そこは常に開発されてきた。

 スペースデブリを退け、危険のない空間として成立させ、定住する場所を設けて――今や衛星軌道に定住することは絵空事ではなくなっていた。

 

 そうして人類が多く打ち上げた人工衛星の数々、の、一つ。

 地表を見守っているはずのそれが、怪しく蠢動した。

 

「あれが目標だな」

「確認した。行くぞ」

 

 原因は宙域に接近する不自然な機影。

 亡国機業から放たれた、()()()()()軌道上施設を強奪するための部隊。

 それを認識して、人工衛星に擬態した巨大兵器が身じろぎした。

 

Standby(えーめんどうだなー)

 

 

 9。(ナイン)

 8。(エイト)

 7。(セブン)

 6。(シックス)

 5。(ファイブ)

 4。(フォー)

 3。(スリー)

 2。(ツー)

 1。(ワン)

 ……0。(ゼロ)

 

 

Excalibur(エクスカリバー) Execute(つかっちゃうかー)

 

 

 剣は、抜き放たれた。

 

 

 

 

 






エクスカリバー周りとかイグニッション・プラン周りとかデュノア社周りとか色々独自設定入れてるのでご注意ください

次回
35.デュノア社の一番長い日


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35.デュノア社の一番長い日

サブタイこんなんにしたせいで本文もクソ長くなった


『自衛機能停止。迎撃は終了です』

 

 オペレーターの報告を聞いて、壮年の男性はどかっと椅子に座り込んだ。

 アルベール・デュノア──デュノア社を一代で築き上げた傑物である。

 

「よくやった……()()は無事だな」

『機能不全箇所ゼロ。現在はエネルギー充填モードです』

「そのまま見ておいてくれ」

 

 通信を切り、アルベールは嘆息する。

 一体何者の襲撃なのかは知らないが、想定が甘かったようで助かった。

 恐らくは単なる攻撃衛星だと思っての強奪計画だったのだろう。

 

(違うぞ。間違っているぞ……『エクスカリバー』を奪われるなど、絶対にあってはならん。()()は誰にも渡さん。渡してたまるものか……ッ!)

 

 拳を握り、血走った目で、彼は立ち上げているウィンドウを見た。

 衛星軌道上に設置された大型特殊兵器。アメリカ・イギリス合同の開発に割って入り、あらゆる手を使ってイニシアティブを握り、デュノア社による独自開発をスタートさせた。そうしなければならなかった。そうしなければ。何を犠牲にしてでも、アルベールにはこれが必要だった。

 

 そう、例えば、実の子供を犠牲にしてでも。

 

「……お父様」

「……何の要件だ」

 

 背後に佇んでいたのは、彼の息子、シャルル・デュノアだった。

 

「本当に、()()()()()()()()でやるんですか?」

「当然だ。万能性は確保している。うまくやれ」

「気づく人は気づきますよ」

「だからどうした。私はやらねばならんのだ」

 

 シャルルは、アルベールが第三世代ISよりも『エクスカリバー』の開発に血道を上げているのを知っていた。だがその理由までは知らなかった。

 尋常ではない、何かに取り憑かれた様子で。

 子供よりもその衛星兵器を愛しているのではないか、という勢いで、アルベールは開発に注力している。

 

(……まあ、僕には関係ないか)

 

 母親ごと存在を抹消された自分には、縁のない話だ。

 こうしてISのパーツとして戦い、役割を果たす。それで、生きていける。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それで十分だ。

 

 それなのに。

 

 

『今俺に必要なのは──俺が求めているヒーローはお前なんだ!』

 

 

 どうして今になって、光を見つけてしまったのだろうか。

 

(……一夏の、バカ)

 

 言葉は口の中に転がされ、静かに溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失敗ィ?」

 

 オータムは素っ頓狂な声を上げて、発泡酒の缶をテーブルに叩きつけた。

 

「どういうことだよスコール。今回の作戦には『モノクローム・アバター』のメンバーが編成されていたはずだぜ。あいつらは無事なのか」

『無事よ。命からがら、といったところね』

 

 天災兎印のラボの一室。

 束が悪い笑顔でウィンドウをたぷたぷ操作しているのをちらりと横目に窺ってから、オータムは声を潜めた。

 

「デュノア社が開発中の攻撃衛星──『エクスカリバー』だったか。自衛用の装備が想定以上だったのか?」

『その通り。襲撃に向かったIS2騎、簡単にあしらわれたわ』

 

 フランスを代表する軍事関連複合企業デュノア社。

 第三世代型IS開発に難航しつつも、新たな分野を開拓するため、イギリスとアメリカが合同で開発し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()軌道上衛星兵器『エクスカリバー』の開発に参加。今となってはイニシアティブを握り、ほとんどデュノア社単独で開発を進めている。

 

 スコールの言葉にオータムは押し黙り、一度言葉を選ぶような間を取った。

 

「つまりあれか。攻撃衛星っつーのは……対ISを想定した、あるいはISに準ずるような兵器だと?」

『そういうことになるわ』

 

 にわかには信じがたい内容だ。

 だが、現実としてオータムの同僚は撃退されている。『モノクローム・アバター』は人間としては全員問題があるものの、屈指の腕っこきがそろった精鋭部隊だ。

 それをはねのけるとなれば、直接の武力行使は再考するしかない。

 亡国機業としては切れるカードを増やすために、開発中の間になんとしても欲しい施設だ。

 

「……どうするつもりだ」

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 合理的な選択だった──前提を、吟味しなければ。

 

「おまッ……お前、お前マジで言ってるのか!? 次期主力兵装選定会(ネクストコンペティション)の真っ最中なんだぞ!?」

『そうね。それが?』

「各国のエリートが集結してやがる! 代表候補生は単独なら相手にならねーだろうが、数の差がでかすぎる!」

 

 欧州連合の『イグニッション・プラン』は、次世代開発という目的から主軸に各国代表ではなく各国代表候補生を置いている。

 その分IS乗りとしての習熟度こそ低いものの、成長過程にある傑物には違いない。

 オータムとて、前回代表候補生らをあしらえたのは束によるバックアップがあったからに過ぎない。

 数的不利はよほどの腕がなければ覆せない。オータムは腕に自信こそあったが、選定会のど真ん中に乗り込めと言われたら死刑宣告と捉えるだろう。

 つまり──

 

「……ッ! まさかお前!」

『ええ。今回の通信はそういうことよ──『モノクローム・アバター』全員を投入して、選定会を制圧するわ』

 

 絶句した。

 スコールの声は本気だ。

 

「そいつは、()()()()()()! 紛れもなく、戦争そのものだ……!」

 

 有人IS同士の戦闘は、開発以来、競技のみで行われてきた。

 国境線付近を哨戒中、偶然IS同士がかち合い、威嚇し合うことはあるものの──実際に武力行使許可が出たことはない。

 故に実は、学園を無人機が襲撃し、一夏らが死に物狂いで応戦した際の実戦データ。これはあらゆる国家が喉から手が出るほどに欲しい、超重要機密情報なのだ。

 

『あら、私たちはテロリストよ。戦争はリスクにはならないわ』

「違う! 分かってるはずだ、私らと世界の戦争になる! まだそこまでの下地はねえ!」

 

 信頼する頭領が相手でも、オータムは真っ向からくってかかった。

 この性分が疎まれることもあり、逆に人を惹きつけることもあった。

 かつてのオータムは、彼女のそのまっすぐなあり方を好む人々に愛され、オータムも周囲の人々を──()()()()()()()()()──愛していた。

 過去は砕け散った。戦う技術しか残らなかった。世界は彼女を置き去りにした。故にこうして、国際的な犯罪組織の一員に身をやつしている。

 それでも論理的な思考回路は一級品だ。

 

「私は賛成できねえ……! リスクがでかすぎる……!」

『いいえ。これは命令なの。準備をしておいて』

 

 通信は一方的に切られた。

 ソファーに背中を沈め、オータムは沈黙する。

 

(欧州連合……全員で、か。ついに始めるつもりか、亡国機業の『カタストロフ・プラン』を。しかし──)

 

 思考は途切れ、今も何やら作業に没頭している束に視線を向けた。

 

(私は元々『カタストロフ・プラン』なんてどうでも良かった。今ある世界に復讐できれば良かった。なのに、なのに……畜生、バカかよ……)

「束さんと組んだの、後悔してるー?」

 

 一瞥することもなしに、天災は口を開いた。

 しばらく沈黙して、オータムは発泡酒の缶に手を伸ばす。

 

「半々だな。あんたの目的は、こっちとはまるで逆だ。今ここにある世界を救うために動くあんたとは、いつか袂を分かつって分かってた。それでも一時的には、あんたの力が必要だった……」

「へえ、それで何? 束さんに惚れ込んで、組織の命令と板挟みになっちゃったの? ばっかみたい」

「そうじゃねえんだ。改めて、気づかされた。この世界にはまだまだ輝きがあるってな。だから……だから……」

 

 どうしろというのだ。

 もうこの暗い道を進んでいくと決めたのに。

 

(──畜生。織斑一夏、お前のせいだぞ)

 

 どうしても想起される。

 教え甲斐のある、将来有望な若者たち。

 オータムにとってはまぶしさよりも後ろめたさが先行する、忌むべき過去だった。

 

「まあ、勝手にしなよ。そっちが何やっても、束さんのプランには全然関係ないしー」

「……はぁ。そりゃそうか。しばらく私はここ戻ってこねえぜ」

 

 オータムを見ることもなく、束はせいせいするー! と両手を挙げた。

 

「いや、だからメシとかは自分でなんとかしろって話なんだが……」

「ちょっと待って!? そこは作り置きをたくさん残してくれるんじゃないの!?」

「博士料理しようと思ったらできんだろ! たまには自炊しやがれ!」

 

 叫びながらも、オータムは立ち上がって冷蔵庫をかぱりと開いた。

 一週間ほどは戻ってこないだろうか。今あるもの全てを調理してタッパーに小分けしておけば問題ないはず。傭兵として以外の、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の思考回路が回転する。

 

「ったく、しょうがねえなあ」

 

 生来の真っ直ぐな心根は、そのまま面倒見の良さにも直結している。

 大体一週間分は仕上がるな、と計算が弾き出した。ならば後は手早く調理すればいい。

 

「……にしても、さ」

 

 レシピを組み上げていくオータムの背中を見て、束は顎に指を当てて考え込んだ。

 先ほどの通話、声を潜めても意味がない。生来のスペックが、会話を余すところなく聞き取っている。

 

 

「対IS想定、あるいはISに準する兵器、か──」

 

 

 呟きは誰にも聞き取られず。

 今まで扱っていたウィンドウを消して、束は無表情のまま新たにモニターを立ち上げた。

 表示されるのは、建造中の人工衛星──『エクスカリバー』だった。

 

「あは。そっかそっかそういうことか」

「あん? どーしたんだよ博士」

「『エクスカリバー』、ちょっと束さんがもらうね」

「へーへー………………はぁッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランス、シャルル・ド・ゴール国際空港。

 普段は観光客でごった返すそこは、今日ばかりは、『イグニッション・プラン』選考会に合わせやって来た軍事関係者やIS乗りで埋め尽くされている。

 だから誰もが、そこに降り立った少女を見て、大きくざわめいた。

 

『ねえ、あれ……』

『レイ・シノノメだな。空気が違うわ』

『寄らば斬る、ってか。侍そのものだぜ』

 

 白いブラウスにカーディガンを羽織り、サングラスをかけた美少女──東雲令が、キャリーバッグを片手に、フランスの大地に足をつけた。

 どちらかといえば休暇中のセレブに近いファッションであるものの、戦場に身を置く猛者の空気感は打ち消せない。というか混ざり合ってカオス状態と化している。

 

『隣は──そんな! こんなことってある!?』

『ニュースで見たより男前になってるわね……顔つきが違う』

『なるほど、デキるようだな。世界最強の弟は伊達ではないか』

 

 そんな東雲の隣で、ひっきりなしに周囲をキョロキョロ見渡す日本人の青年。

 右手につけた待機形態のIS──そう、ISを装備した青年という、唯一無二の存在!

 

『イチカ・オリムラが来るとはな……各企業の気合いが一層入るだろう』

『ええ。間違いなく予想外にして想定外の、好機よ』

 

 ラフな私服でいいと言われ、レパートリーのない一夏は、今度は襟付きのシンプルなシャツとジャケットを合わせていた。

 場慣れしていない感じこそあるが、その佇まいには芯があった。鍛錬を積み重ねた強者が持つ、大地から天へと立ち上るような、まっすぐな芯──ISを起動して数ヶ月のルーキーがそれを獲得しているとは、と各関係者らは揃って感嘆の息を漏らす。

 

 否が応でも注目を集める組み合わせだ。

 そうして視線を集めていることに、気づかないまま、この師弟は。

 

「まずはルーブル美術館だな」

「東雲さん違うから。デュノア社直行だから、これ」

「……ッ!?」

「なんで驚いてんのッ!? 信じて視察に送り出した代表候補生が観光にドハマリしてたら政府ビビるぞ!?」

 

 まったくもって緊張感のない会話をしていた。

 

「えーと、今日が土曜で、昼から夕方にかけて実機戦闘選考会(ファインティング・コンペティション)だろ。夜はホテルに戻って、日曜日は午前に各企業の開発数値選考会(プランニング・コンペティション)か……普通逆の順番じゃねえのかなこれ……」

 

 キャリーバッグを転がしながら、一夏は首を傾げた。

 

「そうでもない。欧州連合として重視しているのは、単騎の戦闘力よりも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。故に二日目のプレゼンテーションこそが本命と当方は考える」

「……なるほどな」

 

 こういった机上の争いに関して、意外にも東雲は強かった。

 日本代表の座を巡るゼロサムゲームに長く身を置いているからか。彼女の戦闘論理は、きっちりと頭脳戦にも生かされている。実は頭は良いのである。

 

「ひとまずタクシーでデュノア社へ向かう。おりむー、こっち」

「ああ、分かった。こっちだってさ」

「分かっているさ。鈴、早くしろ」

「ちょっと待ってよ箒、今行くって」

 

 声が増えた。

 東雲は無表情のまま、ほんの僅かに頬を膨らませた。ほんの僅かすぎて、一夏以外には分からないほどだ。

 

「……東雲さん? なんか不機嫌になってないか?」

「別に。なっていない。当方は気分上々である」

「それは絶対嘘だろ」

 

 一夏は首を傾げてから、後ろを見た。

 私服姿の少女が二人、こちらを追いかけてくる。顔なじみにして幼馴染、箒と鈴だ。

 

「にしても、お前らまで来るなんてびっくりしたぜ」

「せっかくの休日に、学園に居残りというのも寂しいからな」

「あたしは代表候補生だから普通にお願いして来れたわよ。箒は学園の特別推薦だっけ?」

「ああ。千冬さんが色々と助力してくれてな」

 

 なんか想定と違う。東雲は倍に膨れ上がった人数をカウントして完全に怒り狂っていた。

 ハネムーンとは何だったのか。

 

(箒ちゃんと鈴が来るのは想定外だった……! このままでは当方の初夜が大変なことになってしまう。二人には実況と解説でもやってもらえば良いのか?)

 

 お前、初夜それでいいのか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュノア社本社ビルは、真横に超大型のアリーナを用意した、開発・試験・訓練すべてを自社でまかなえる複合企業だった。

 

「ようこそ、おもてなしする時間はあんまりないけど……まあ、好きに楽しんで欲しいかな」

 

 到着時間をあらかじめ伝えておいたおかげか、入社ゲートにそれぞれ推薦状を見せて通してもらうと、ISスーツ姿のシャルル、セシリア、ラウラが待っていた。

 

「一夏さんと箒さんは、フランスは初めてでしょう? 明日の自由時間はゆっくり観光してくださいな」

「我々はコンペのフィードバック等があって動けないが、是非思い出話を聞かせてくれ」

 

 これから争うというのに、三人はリラックスした様子だった。

 すれ違う人々も、イギリスとフランスとドイツの代表候補生が肩を並べて談笑している様子に目を見開いている。

 いや──よく観察すれば、違う。

 セシリアとラウラ。その瞳には十二分の戦意が滾っていた。

 

「準備万端、って感じだな」

「そーね。こりゃ俄然楽しみになってきたわ」

 

 一夏の呟きに、鈴がにやりと笑って頷く。

 それにしても人通りが多く、社内はせわしない。

 

「こうも人が多いとはぐれそうだな……」

「席自体は番号で指定されている。当方は政府関係者との打ち合わせがあるため、一時皆と別れねばならない」

 

 キャリーバッグを受付に預けると、東雲はそう言った。

 

「あたしもそうね。一夏と箒で、先に席行っといてよ」

「分かった。じゃあ後で」

 

 東雲と鈴が連れ立って歩いて行くのを見送り、一夏と箒は顔を見合わせた。

 

「では行くとするか」

「ああ。皆、頑張れよ」

 

 一夏のエールに、三人はそれぞれ頷く。

 だが──気づいてしまう。シャルルの表情は、やはり薄っぺらな笑顔で。

 どうしてもそれに、一夏は嫌な感覚がしていて。

 

 そうだ。

 

 それは。

 

 まるで過去の自分だった。

 

 自分自身にまったくの価値を見いだしていない──過去の、織斑一夏の表情だった。

 

「……ッ、なあシャルル、お前」

 

 立ち去ることができず、思わず口火を切った瞬間。

 

「ねえあれ、噂の御曹司じゃない?」

 

 小さな声なのに、いやにはっきりと聞こえた。

 ごった返す人波の中、受付傍で何か話し合っていた女性たち。服装からして軍人だろう。

 明確にこちらを見ていた。いや、正確にはシャルル・デュノアを見て。

 

「ああ、あの」

「そうそう、噂の」

 

 聞いてはいけないと思った。だけど遅かった。

 

 

 

「────妾の子」

 

 

 

 一夏たちはぎょっとした。

 明らかに、自分たちの知らない、シャルルが伏せていたであろう単語が、聞こえてきた。

 

「……ッ。ごめん……僕、行くから」

「あ、シャルル──」

 

 まるで逃げ出すようにして、きびすを返してシャルルが走り去っていく。

 誰も、声をかけられなかった。

 

「…………」

 

 ただ重苦しい沈黙だけが残った。

 箒、そしてセシリアとラウラも、発する言葉が見当たらない様子で。

 

「──シャルル」

 

 伸ばした、空を切った手を見つめて、一夏は小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 観客席に腰掛け、アリーナを見る。

 既にウォーミングアップは始まっていた。

 

「……シャルルは、大丈夫だろうか」

 

 隣の箒の呟きに、一夏は黙って首を振った。

 

「俺たちには、分からない……あいつ、何も言わなかった。言いたくなかったんだ。それなのに……」

「聞くべきじゃ、なかったな」

 

 今までの日常が想起された。シャルルは一歩退いて、皆のことを優先していた。それは間違いなく彼の美点だと思っていた。

 だが。

 前提条件を加味して、一夏が分かってしまう自分への絶望を考慮するなら。

 

(優しいやつだと思っていた。見習いたいと思っていた……だけど俺は、とんでもない思い違いをしていたんじゃないのか……?)

 

 ずっと隣にいたのに気づけなかった。

 その事実は、一夏にとって痛烈だった。

 

「……何か、気に病んでいるようですね」

「……ッ! 巻紙さん」

 

 声をかけられ、二人は同時に顔を上げた。

 佇んでいたのは倉持技研と正式に提携したIS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当、巻紙礼子。

 要所要所で一夏にアドバイスをくれている、スーツをしっかり着こなした黒髪の女性だ。

 

「今日は仕事ですか?」

「ええ。視察に参りました。それにしても、お久しぶりですね……調()()()()()()()()()

「ああ……あの時はありがとうございました。快調ですよ、()()()()()()

 

 えっ何かあったの? と箒は愕然とした。

 幼馴染が唐変木のバトルバカなのは理解しているつもりだったが──なんというかこう、そういえばフラグ建築能力も高かったんだな、という事実を再認識させられる。知らないところで大人の美人と何かしていたって語感だけでは最悪そのものだ。

 

「今日は風が強いですね。実弾を使う場合には影響が出るでしょう」

「ああ、確かにそうですね……くちゅんっ」

 

 箒は同意してから、冷たい風に思わずくしゃみをした。

 一夏は苦笑して、持ってきていた紙袋からジャージの上着を取り出す。

 

「お前が薄着だったからな、心配で持ってきてたんだよ。寝間着だけど、今は洗い立てだ」

「む……あ、ありがとう」

 

 心遣いは嬉しいのだが、洗い立てなのがちょっと不満だな──と考えて、箒は自分の思考に愕然とした。

 なんかすごい変態っぽくなかったか今の。

 

「ち、ちが……ッ! 私は変態じゃない……!」

「え、どうしたのお前」

 

 顔を真っ赤にして呻く箒は、やけにおっかなびっくりとジャージを着込む。

 その時──ポケットから、ハンカチが一つこぼれ落ちた。

 拾い上げて、箒はハンカチを広げた。金の糸で、名前が縫い込まれている。

 

「む? なんだこれは……"Charlotte"……()()()()()()? 一夏、貴様!」

「なんで急にキレてんのッ!?」

「一体全体誰だシャルロットとは! フランスの女子といつの間に仲良くなっていたんだお前!」

 

 身に覚えがなくて、一夏はがくがくと肩を揺さぶられながら目を回す。

 記憶を必死にたぐれば──思い出した。金髪に貴公子との、初エンカウント。

 

「……ああそうだ! それシャルルの落とし物なんだよ! 多分お母さんとか妹とかだって!」

「む、そうだったのか。すまない、勘違いで」

 

 ハンカチを丁寧にたたんで、箒は一夏に差し出す。

 後で渡してやれば良いだろう、と考えて、ぎくりとした。

 

「……もし、お母さんだったら……」

「……ッ」

 

 事情が変わってくる。このハンカチは、シャルルにとって、想像以上に大切なものではないだろうか。

 そう気づいて、一夏と箒は黙り込んだ。

 

「……おや。あれが噂の、()()()()()()()()()()ですね」

 

 重苦しくなった空気を察知し、巻紙はあえて明るい声を出した。

 気遣いに感謝しながら、一夏はアリーナを舞う機影を注視した。パイロットは外でもない、シャルル・デュノアだ。

 

「『ラファール・リヴァイヴ』の後継機──第三世代IS『コスモス』

 

 名を口にすると同時、デモンストレーションも兼ねた戦闘機動が開始される。

 スラスターを噴かし、えぐるような鋭角なターン。鋭い、と一夏は驚愕した。何度かシャルルの戦闘機動は見ているが、それよりも()()()速い。

 

「疾いな……それだけじゃない。装甲が増えている」

「ああ。いや、待て……」

 

 実戦的な機動に会場が驚嘆する中で。

 けれど。

 ちり、と、一夏の首を違和感が走った。

 

「…………違う」

「え?」

「……違いますね」

 

 一夏の小さな呟きに、箒は眉根を寄せたが、巻紙は大きく頷いた。

 

「どういうことですか、巻紙さん」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ!?」

 

 目を見開き、箒は改めて『コスモス』の様子を観察した。

 機動は鋭い。武装を実弾メインに据えつつも、新型のレーザーライフルも取り扱っている。

 装甲が厚いのをものともせず、シャルルは増設されたスラスターを巧緻極まりない精度で操り、見事な演舞を見せていた。

 そう──シャルルの機動は、美しかった。

 

「……ッ!? 量産型の、想定なら……()()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

 箒の気づきに、一夏と巻紙は頷いた。

 屈指の傑物であるシャルル・デュノアで、()()()()()()()()()()()()のだ。

 一般パイロットであれば、むしろラファールより遅いだろう。

 

「防衛だ。拠点防衛用のISだ、あれは」

 

 理論的な推測を元に、一夏は感覚的に、段階をスキップして結論づけた。

 根拠は少ないが──IS乗りとして、あのISが最も効果的な立ち回りをできる場面は導ける。

 

「た、確かに『イグニッション・プラン』は統合防衛計画だ。しかしだぞ! 欧州全域に配備するならば、機動力は重要視されるはずだ!」

「引っかかりますね……この設計思想になんの意味があるのか……いや……」

 

 巻紙は顎に指を当てて、しばし考え込んだ。

 

(いや待て。拠点防衛だっつー推測は、私も出た。しかしだぜ。拠点じゃねえとしたら? そう、例えば──)

 

 眼光が鋭くなる。隣にいる箒と一夏は僅かに鳥肌が立つのを感じた。

 そこにいるのは巻紙礼子というよりも、歴戦の戦士のようだった。

 

 

 

(────()()()()()()()()()だとしたら……まさか!)

 

 

 

 その時、だった。

 アリーナ全域に鳴り響くアラート。

 

「……ッ!?」

 

 一同思わず立ち上がった。

 避難警報だ。

 

「なに、が!?」

 

 だが、最も驚愕していたのは巻紙だ。

 

(な──まだ作戦は開始してねえぞ! 違う……!? ()()()()()()()()()()!? ──そうか、あの時の言葉はこういう意味だったのかよ、博士ッ!)

 

 アリーナを緊急ランプの紅い光が照らす。

 ぞくりと、一夏の背筋を悪寒が走った。

 理論的じゃない。感覚的なものが、そうさせた。

 

 一夏は無言で──空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、ハッキングかんりょー、アーンド、リリースっ!」

 

 ラボの一室で、束は満面の笑みでタイピングをしていた。

 

「『エクスカリバー』の掌握、()()()()()()()()()()()()()()! さあさあ……ここからどうなるかな~? これは貴重なデータが取れるよ、頑張れ聖剣ちゃん!」

 

 束が見守る中で、あらゆる制限を取り払われた()()()()()()()()は、即座に行動を開始する。

 自らの意志での行動を許され、まず真っ先にしたこと。

 見届けて、束の口元が歪んだ。

 

「────あは」

 

 目標設定。

 プログラム起動。

 

 対象──デュノア社本社。

 

 

 

 

 

 




シャル関連の処理はほぼ独自設定なのでマジで勘弁してください




次回
36.空が落ちてくる


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36.空が落ちてくる

空落ちてきてない説はあります


『君が、彼女の子供か』

 

 最初にやって来たとき、父は自分を見てそう言った。

 彼女の子供──自分の子供でもあるはずなのに、そう言った。

 

 思えば常に、父は、母を通して自分を見ていた気がする。

 

『今日からはここに住みなさい。彼女が回復すれば、彼女の望み通りにする。彼女が望むなら、また二人で暮らせるように手配する』

 

 最初は、今に比べて優しかった。

 敏腕で強面だけれど、どこかに優しさがあった。

 

 でも母は目覚めなかった。一向に、目覚めなかった。

 

 医者が『意識回復の見込みはない』と説明したとき──頭の中が真っ白になった。自分は動けなかった。父は医者を殴り飛ばし、藪だと怒鳴りつけた。でも、どんな医者でも、治せなかった。

 

 父にとっての地獄が始まった。

 それはほとんど、()にとっても地獄だった。

 

 父はあらゆる方法を模索していた。

 僕は存在していなかった。

 

 父はあらゆる方法を模索していた。

 僕は存在していなかった。

 

 父は──何かに狂った。

 僕は、ただ母の言いつけ通り、学友にとって助けとなる存在として、振る舞っていた。

 

 でもどこにも僕はいなかった。

 

 父は僕にIS学園への転入を命じた。男装し、織斑一夏の友人となって、彼の保持する第四世代機に()()()()()()()()()()()()()のデータを取るよう言われた。

 

 僕は薄汚い人間だ。

 母がいなくなって──そう、本当に、父の中から母がいなくなれば。

 その時は僕の番じゃないのかな、と思っていた。

 

 母の次に父が愛したのは、新型の攻撃衛星だった。

 

 僕は母にとっての父も、父にとっての母も知らないまま、ハイスクールの生徒となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだァッ!!」

 

 机をひっくり返して、アルベールは怒号を放った。

 

「『エクスカリバー』の制御系統を全て乗っ取られただと!? 防衛プログラムはどうしたッ!」

『い、一瞬で、全てのファイアウォールを突破されたんです』

 

 ありえない、と歯噛みした。

 冷酷無比、常に粛然とした態度を崩さない男が、狼狽も露わに肩を震わせている。

 

(クソッ、クソッ、クソッ……! 何が起きている! どうする、どうすればいい!)

 

 思考は上滑りし、解決策を見いだせない。

 

『……社長!』

 

 通信。思わずアルベールはのけぞった。

 立ち上がったウィンドウに表示されていたのは、シャルル・デュノアの顔だった。

 

『衛星軌道上への武力攻撃を進言します! 攻撃対象に本社が指定されているのなら、撃破するしかない……!』

「武力、攻撃──」

 

 その言葉を思いつかなかったわけではない。

 むしろ冷静な思考回路は真っ先に弾き出していた。

 しかし。

 

「……貴様は」

『……社長?』

()()()()()()()()()……いつも、そうだ。何も知らず、平然と……ッ!」

『え?』

 

 場違いな憤怒だった。

 まっとうな提案をし、いつも通りに誰かの助けになろうとして。

 けれどシャルルに返ってきたのは、想像を絶した怒りだった。

 

「あれが何なのか、何も知らないまま、お前がっ、お前が破壊しろと言うのか! ふざけるなッ!!」

 

 ──それはシャルルの記憶では、恐らく初めての。

 自分自身に向けられた、アルベールの感情。

 

「破壊は、できない……ッ! 軌道上にIS部隊を送り込み、一度機能を停止させる……! 各国の責任者に連絡を!」

 

 何かを振り払うようにして、アルベールはシャルルから視線を逸らして指示を飛ばし始める。

 結局二人の会話は、そこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体何がどうなってるんだよ……」

 

 サイレンが鳴り響く中で、一夏は観客の中に紛れて避難経路を歩いていた。

 巻紙は何か非常に慌てた様子でどこかへと走り去っていき、残されたのは一般観客に過ぎない一夏と箒だけである。

 要人の避難が優先され、まだアリーナを出ることもできていない。広大なアリーナは、しかし関連施設の多さから、一般観客の避難経路に乏しかった。

 今もごった返す群衆は、急かすようなサイレンとは対照的にのろのろと歩かされ続けている。

 

「分からん。何かが起きたのだろうが……襲撃のような音はしなかった。予告、あるいはもっと……」

「──遠い場所」

 

 あの時。

 一夏は──否。()()()()()()()()、上に何かを感じ取った。空ではない。何かもっと、もっと上。

 

『一夏、箒、無事?』

 

 その時、不意に通信が立ち上がった。

 見れば鈴が真剣な表情で、セシリア、ラウラ、そして東雲と共に──全員ISスーツ姿で映っている。

 

「鈴!? それに、東雲さん……ッ!? なんでそれに着替えてんだよ!?」

『端的に言うわ。代表候補生に特殊任務の指令が下されたの。あたしと令も例外じゃない』

 

 特殊任務。

 決して日常で聞き慣れた言葉ではない。

 それによく知る級友らが参加する、という事実は、どこか一夏の思考を上滑りしていった。

 

「特殊任務とは一体?」

 

 箒の問いに、鈴は首を横に振る。

 部外者は知ることはできない──そう、この件に関して、一夏と箒は部外者だった。

 

「だ、だけど。こういう場なら、色んな人がいるはずだ。なんで代表候補生が……ッ」

『色々な人がいるからこそ、ですわ』

『人が増えれば、この場に集う勢力の種類も増えていく。故に必要なのはバランスだ……我々は代表候補生であり、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そこまで言われたなら、一夏でも分かる。

 

「各国の勢力争いとは無縁、っつー名目に、IS学園生徒の肩書きを使ったってことかよ……!」

 

 頭の中が沸騰するような感覚だった。

 ふざけるな。学園の生徒というのは、決して争いに戦力として投下するための存在ではない。

 共に日常を過ごし、共に笑い合って、共に競い合って。

 それを戦力のごまかしに使われることに、一夏は腹の底から叫びたくなる忌避感を抱いていた。

 

『そんな顔をするな、おりむー』

「東雲さん……! だけど……!」

 

 ISスーツ姿の東雲は無表情を崩さず、一夏に語りかける。

 

『当方たちは決して死なない。()()()()()()()()()()

「──────」

 

 それは反則だろ、と一夏は呻いた。

 説得力の塊だった。セシリアとラウラ、鈴も苦笑している。

 

『故に、迅速に済ませよう。ルーブル美術館が当方たちを待っている』

「……はは。確かに、な」

 

 露骨に、場を和ませるための冗談だと分かった。

 唯一箒だけは『いやこいつ本気でルーブル美術館諦めてないんじゃないか?』と疑ったが──その前に。

 

『で、通信はそれを知らせるためっていうのと……シャルル、知らない?』

「え?」

『どこにもいないのですわ……作戦の実行部隊には組み込まれているはずですのに』

 

 思わず、一夏と箒は顔を見合わせた。

 

「いや、さすがに知らないな……」

『シャルル・デュノアが怖じ気づいて逃げ出すとは考えにくい。そう噂している輩もいるが、私でも分かる。あいつはよっぽどのことがなければ、簡単に逃げたりはしないはずだ』

 

 ラウラの言葉には、全員が頷けた。

 ならば今どこで何をしているのか。

 

 いや。

 

「なあ、一夏」

「…………」

()()()()()()()が起きたとしたら、どうだ」

「……お前も、そう思うか」

 

 ファースト幼馴染は苦い表情で首肯する。

 

「分かった。シャルルのこと、ちょっと探してみる」

『無理のない範囲でお願いします。まずは避難が先決でしてよ』

『まあ、一夏はIS持ってるからさ。何かあったとしてもぶった切って進めば良いんじゃない?』

「お前なあ……それ、本社が襲撃されてないか? さすがにそこまで悪い状況にはなってほしくないぜ」

 

 鈴のあんまりな想定に、思わず一夏は苦笑した。

 

 

 

 

 

 十秒後。

 爆音と爆炎が本社ビルから吹き上がり、()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、クソッ……本気で始めやがったな、スコールッ!」

 

 巻紙礼子としての変装を捨てて、オータムはアリーナから本社ビルへの道を疾走しながら叫んだ。

 

『ええ。先に始めさせてもらってるわよ』

「いいかよく聞けよ。『エクスカリバー』の制御系統がデュノア社を多分離れてる。束博士がハッキングしたんだ! だから襲撃の必要性がなくなった!」

『……それ、制御系統、私たちにくれるのかしら?』

 

 ぐっ、とオータムはうなった。

 博士の反応や会話を楽しむ余裕こそあれど、天災の思考など読めたためしがない。このまま、代わりにやっておいたよーと制御系統を渡してくれるとは到底考えられない。

 

『だから私たちで、デュノア社のコントロールを奪い、第二次強奪作戦をより盤石のものにする。代表候補生らも適度に数を減らせると嬉しいんだけど──』

「──ッッ!」

 

 想起した。

 アリーナでズタボロになり、圧倒されながらも立ち上がる少女たちの瞳。

 過去と、リンクする。

 本来は守るべきものだった。本来は育てていくものだった。

 

「──わたし、が」

『……オータム?』

「──私、が、先行する……ッ!」

 

 IS展開。スーツを上書きするように、毒々しい彩色の装甲が顕現し、背部に八本脚が花開く。

 

(だから──負けてもいいが、死ぬんじゃねえぞクソガキ共……ッ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、オータムは遅すぎた。

 投下されたのは『モノクローム・アバター』構成員、だけではなかった。

 

 襲撃を受けたのは本社ビルと、隣接するアリーナ。

 実に十機を超える謎のIS部隊。

 代表候補生らは既に散らばって、襲撃してきた謎のISたちと各個で戦闘を始めている。

 

「……該当データなし、だと?」

 

 そして自衛のため、代表候補生や会場を警護するため来ていたフランス軍のIS部隊もまた、狭い廊下の中、装備を展開して敵を待ち構えていた。

 彼女たちはビル中層部にて、社長室のある高層部へ続く道を守っている。

 

 だが、目の前に現れたのは、頭部を天井に引っかけながら進んで来る黒い異形だった。

 

 本社ビルに真横から突撃し、突如として廊下を塞ぐように顕現した未確認IS。

 黒い機体──それはかつてクラス対抗戦を襲撃した、ユグドラシルシリーズの一機『ゴーレムⅠ(ヨートゥン)』に酷似していた。

 しかし直接見た人間ならば、即座に分かるだろう。全身が肥大化し、両腕に内蔵された火器が大幅に増えている。

 

 より高火力・高機動仕様に発展、改良された無人機。

 スコールがオータムを介してあらかじめ借り受けていた、束博士謹製IS。

 ユグドラシルシリーズの第二世代──『ゴーレムⅡ(ベルグリシ)』である。

 

「何だコレは……!?」

「IS学園を襲撃した未確認機の同型か!?」

 

 正確な情報を得ていない軍人らは、しかし推測を元に対応を組み立てていく。

 確か織斑一夏は、青竜刀による破壊力でそのガードを破壊していたはず。

 

「衝撃を与えて内部機構を破壊しろ! 弾丸を徹甲榴弾に変更!」

 

 指令が飛び、部隊隊員らは即座にマガジンを交換した。

 狙いを定める瞬間、ゴーレムⅡが両腕を突き出して防御態勢を取る。

 

「撃て!」

 

 直後、銃声が空間を拉がせ、マズルファイアが視界を灼いた。

 放たれた弾丸は正確にターゲットへ飛翔し、莫大な威力を対象へぶつける。

 この衝撃なら防御ごと──と、予想して。

 

 硝煙の向こう側。

 ゴーレムⅡがキズ一つなく、微動だにせず佇んでいるのを見て、全員の顔から血の気が引いた。

 

「これ、は……ッ!?」

「見ろ! 腕部にエネルギーシールドが展開されている!」

「馬鹿な……第四世代相当だとでも!?」

 

 一瞬でその場は恐慌状態に陥った。

 残弾が尽きるまで、ひたすら撃つ。だが相手はまるで意に介さず、一歩一歩進んでくる。ペースの淀みはない。

 

 ついに、銃声がやんだ。

 

「隊長……」

「……ッ、ラインを後退させ、援軍を待つ……!」

 

 その会話を、無人機はしっかり聞き取っている。

 愚かな選択肢だった。ゴーレムⅡは単騎による敵軍制圧を主眼に据えた、強行突破型高機動ISである。

 本来の持ち味を活かすには狭すぎる場所だが、攻撃力と防御力があれば問題ない。強引に突っ切れる。

 

 もしも無人機に感情があれば、ほくそ笑んでいただろう。

 しかし──不意に、フランス軍IS部隊は動きを止めた。

 

 迎え撃つ覚悟を決めたのか。違う。

 彼女たちは後ろを見て、何故か顔をこわばらせた。

 それから──全員が左右に退いた。ゴーレムⅡが直進する上での障害物は、なくなった。

 

 

 

 ──ただ一人、最奥にて深紅の鎧を纏う、東雲令を除けば。

 

 

 

 ゴーレムⅡは困惑する。これはどういう状況なのか。

 戦闘論理に則って考えればあり得ない、あり得ないほどゴーレムⅡによって有利なシチュエーションである。道は開かれた。ただ一人の少女だけがそこを塞いでいる。

 だが見ろ。今まで自分に豆鉄砲を撃ち続けていた連中は、畏怖しているではないか。

 

 恐れの余り逃げ出すのか。しかし違う。

 彼女たちは確かに恐れていた。何を?

 

 東雲令を、だ。

 

 

「当方の道を塞ぐつもりか」

 

 

 声色は壮絶だった。鋼鉄の鎧を身に纏う女傑たちは、それだけで失神しそうになった。

 ゴーレムⅡは状況を理解できぬまま、ただプログラムされた通りに迎撃姿勢を取る。絶対防御にも等しい鉄壁。それを突破するには、並大抵の出力では相手にならないだろう。

 

「そうか。回答を受諾した」

 

 無人機が退くはずもない。だから東雲は迅速に対応する。

 敵の特性を把握する。防御力は目を見張るものがある。だが無人機である。やるべきことは決まっていた。

 

 

「──此れなるは唾棄すべき悪の殺人刀」

 

 

 切っ先を相手に向けつつ、顔の横に柄を保持する。

 腰を落とし、即座に飛び出せる体勢。

 

 

「これより粛清戦術を開始する」

 

 

 ゴーレムⅡは意味を理解できなかった。さして脅威度の高い装備はない。

 敵は攻撃態勢に入っていた。ならば、ただ防げば良い。

 理論的に最適解を弾き出すと同時、ゴーレムⅡはエネルギーシールドの出力を高めて、

 

 

 

「──()()()()

 

 

 

 刹那だった。

 音を置き去りにして飛び込んだ東雲はフランス軍IS部隊の間を疾風のように駆け抜け、瞬きする暇もなくゴーレムの後ろへと抜けていく。

 保持していた刀身は瞬時に粉砕され、柄だけが残っていた。

 

 折れた、にしては不自然な砕け方。

 まるで先端から真っ直ぐ衝撃を何度も与えたような、特殊合金の刃としてはあり得ない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()が空間に舞う。

 状況を見守っていた軍人らは、鈴を鳴らすような硬質な音が、一度響いたのを聞いた。

 

 

 

「──秘剣:現世滅相(うつしよめっそう)

 

 

 

 それが最後だった──ゴーレムⅡは何も理解できないまま機能を停止させ、倒れ込む。胴体内部の機器はメチャクチャに破壊されていた。体内をタイフーンが駆け抜けていった、と言われれば信じるような有様。

 音は、一度だけ響いていた。

 しかしゴーレムⅡの表面を見れば分かる。刹那の内に、六つの丸いへこみができていた。

 

(……ッ! ()()()()()()()()()……ッ!? そんな、目では何一つ捉えられなかった。音も一度しか聞こえなかった! 一瞬の間に、六度の刺突を詰め込んだというのか……!?)

 

 一人の軍人は、事態を正確に理解した。

 かつて『アラクネ』相手に振るわれた秘剣──の、()()()

 効率よく相手の内部を破壊するため、より鋭く、より疾く磨き上げられた悪の殺人刀!

 

(これが……世界最強の再来……ッ!)

 

 国防のため腕を磨いているという自負があった。誇りもあった。それら全てが、根底から破壊されるような──そんな、理不尽極まりない、暴力の化身。

 柄だけになった太刀を廊下に放り捨て、東雲は背中越しにちらりとゴーレムⅡの残骸を見た。

 ゴーレムは外見こそ完璧に保たれていたが、中身は惨殺と呼んで差し支えない。

 

「六銭だ。渡し賃に取っておけ」

 

 それだけ告げて、彼女は脇目も振らず、デュノア社の廊下を疾走していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお今度はちゃんと最後まで言い切れた! めっちゃキマったぁ!! Foo↑キモチイ~)

 

 これが……世界最強の再来……ッ!

 

(にしてもカスみたいな敵しかいないのに道のりが長いな……ん? ……ッ!? 当方コレ知ってる! 雑魚を蹴散らしてお姫様(おりむー)を助けるやつ! これが噂の、スーパーマリオブラザーズ……! マンマミーア(なんてこった)!)

 

 あの配管工は秘剣とか使わないんですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 振るわれた刀身が火花を散らす。狭い廊下の中でも、その切れ味に曇りはない。

 一夏が振るった『雪片弐型』が、狭い本社ビルの廊下の壁を両断した。一切の抵抗なく溶断され、隣のスペースへと直接通路がつながる。

 

「こっちです! 早く避難を!」

 

 叫びは『白式』が自動で英語に翻訳してくれていた。

 彼が拓いた道を、一般の観客が走って行く。すれ違いざま、一夏へは多くの感謝の言葉が飛んできた。

 だがそれを聞いている余裕はない。

 

「箒!」

「私で最後だ!」

 

 幼馴染が走ってくる──が、その背後。

 箒が通り抜けた廊下に、天井を突き破ってISが落下してきた。

 頭部をバイザーで多い、夜闇に溶け込むように紺色のペイントを施された、イギリス製第二世代『メイルシュトローム』型。

 

(……有人機!? 照合は──取れない!)

 

 ならば、敵!

 迷わず腕を振るった。着地した直後の相手に、箒の頭上を通過し投擲された『雪片弐型』が飛翔する。

 

「……ッ!? 織斑一夏か!」

 

 だが敵のIS乗りは素早く右手のナイフで、刀を弾いた。

 

(素晴らしい反応速度だな、織斑一夏! しかし得物を手放すとは、場慣れしてないと見える!)

 

 硬質な音と共に火花が散って、純白の刀が吹き飛ばされ、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な──」

 

 亡国機業実働部隊『モノクローム・アバター』の一員として、決して油断はしていなかった。

 だが──投擲された武器を弾いた。腕が広がった。その刹那に、もう一夏は()()()()()()()()()()()()()()()

 

「どけぇぇぇぇぇっ!!」

 

 すくい上げるような、フルスイングの逆袈裟斬り。

 顎にクリティカルヒットして、視界が揺れた。

 初手を取られた。意識が明滅する中、バックブーストして距離を取り直す。

 

「……一夏……!」

 

 一夏と交錯した箒は、一度彼を振り返って。

 戦場に身を置く、幼馴染の背中を見て。

 強く強く唇をかんでから、避難経路を進んでいった。

 この場からいなくなることこそが、最も彼のためになると、分かっていたから。

 

「……ッ、やってくれるな。学生レベルではない……!」

「褒めてくれてありがとよ。あんたの上司、オータムも意外と俺を高く買ってくれてたりするのかな?」

 

 かまをかけた。

 だが謎のIS乗りは口元を歪め、腰を落とすだけだった。

 

(確定は、できない。だけどここまでISを運用してる反社会勢力が複数あるとは考えにくい。やっぱりオータムと同じ……)

 

 思考を並列させつつも、一夏は迎撃の姿勢を取った。

 相手の機体は旧式とはいえ、間違いなく乗り手は格上。気を抜けば瞬殺されかねない。

 

 そう考えた、刹那。

 

 

「──おい、駄目だな。そいつは私の獲物だぜ」

 

 

 聞き慣れた声だった。

 

「オータムさん……!?」

 

 一夏から見て、真横。

 まったく感知できなかった。IS──『アラクネ』を身に纏う、蜂蜜色のロングヘアの女が、冷酷な表情で佇んでいた。

 

「……!」

「Bブロックの制圧が遅れてる。どうやらイギリスの抵抗が激しいらしい。ドイツと中国もかなり強ぇ。だが、肝心のフランスは楽勝だ。お前はイギリスの援護に行け。あと少しで目的は達成だ」

「──了解しました!」

 

 返答にはこれ以上ない信頼が込められていた。

 メイルシュトローム型のISがスラスターを噴かして廊下を疾走していく。

 その背中を追いかけるわけにはいかない。そんなことをしている余裕はない。

 

「…………」

「…………」

 

 青年と美女の視線が交錯した。

 爆音や振動が断続的に発生する戦場の中で、場違いな沈黙が生まれた。

 十秒、三十秒。

 やがて口火を切ったのは、オータムだった。

 

「久しぶりだな、調()()()()()()

「快調さ、()()()()()()()

 

 両者は朗らかに言葉をかけ合った。

 声色は凪いでいた。互いの顔を見れて、どこか安心したような響きすらあった。

 

 一夏はゆっくりと、右手の『雪片弐型』の刀身を肩に乗せた。

 オータムはゆっくりと、腰部から二振りのカタールを引き抜き、両腕を脱力してぶら下げた。

 互いに完全な自然体。

 

 ──ところで、ご存じだろうか。

 ──才覚と努力を併せ持つ武人と相対した際に、最も警戒するタイミングは何時か。

 

 得物を向けられた時? 否。

 腰を落として構えられた時? 否。

 

 自然体の武人と相対することこそが、最大の悪夢に他ならない。

 

「そりゃ重畳。だが出会ったからには、やることは一つだよなあ……」

「そっちも元気そうで良かった。でもお互い、やることは決まってる……」

 

 ああ良かった。

 ここで出会えて良かった。

 

 だって──この場で宿敵を叩き潰せるのだから。

 

 

「「そう思うだろ、テメェもッ!」」

 

 

 刹那、両者の距離がゼロになる。本社廊下の壁を『白式』のウィングスラスターは破砕しながら進み、『アラクネ』の八本脚も壁をひっかきながら前進して。

 

【OPEN COMBAT】

 

 振るわれた刃と刃が激突し、スパークした火花が二人の視界を灼いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




デュノア社「エクスカリバー取り返すぞ」
亡国機業 「エクスカリバー強奪するぞ」
デュノア社「えっお前が強奪したんじゃないの」
亡国機業 「知らんけどお前ボコったら奪いやすくなるやろ」
デュノア社「えっ」

兎博士「^^」
秋姉貴「あああああああああああああああもおやだああああああああああああああ」



次回
37.アルベール・デュノアという男


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37.アルベール・デュノアという男

 彼は、自分がゼロであることを知っていた。
 彼は、自分が空っぽであることを知っていた。

 他の人々と比べ、あまりにも積み重ねがないことを知っていた。

 ()()()()()()()と。
 ここから積み上げると。ここから築き上げると。


 何もないなら、死に物狂いで、何かを手に入れるしかないと。


 アルベール・デュノアという男は、知っていた。











「あら、初めまして~」

 ぼんやりとした女と出会った。
 名門大学の主席。血のにじむような努力と、絶え間ない研鑽の果てに、アルベールはフランス屈指の将来を期待される若者となっていた。
 学業優秀、スポーツ万能。玉に瑕なのは、交友関係の狭さ──もとい、友人の皆無さ。
 だが成功者となる上で、友人など不要だと彼は割り切っていた。

「どうも」

 たまたま、息抜きにカフェに入った時。
 彼で席は埋まった。だから彼の次に入ってきたその同世代の女子は、アルベールと相席することになった。
 将来性から異性に声をかけられることはあったが、アルベールはすげなく切って捨てていた。やがてその人となりが知られるようになると、誰も彼に声をかけなくなった。

「あー……えっとー」
「…………」

 何かを切り出そうと、その女は言葉を選んでいた。
 まだこういう手合いがいるのか、とアルベールは嘆息した。読んでいた本をぱたりと閉じて、鋭い眼光を対面の女に向けた。

「何か用か」

 俺の時間を無駄にさせるな──声色には傲慢な、されど裏打ちされた不遜さがあった。
 しかし女はまるでたじろぐことなく。

「えっとねー、カーディガンが裏表逆だねー」
「…………ッ!?」



 それがアルベール・デュノアと、将来、金髪にアメジストの瞳を持った子供をもうける、■■■■■■■という女性の出会いだった。



 日々に、少しずつ、色彩がもたらされていった。
 今まで自覚はなかった。己は輝かしい栄光のために邁進していると疑う余地もなかった。
 彼女がその日々に、色彩をもたらしていった。

 顔を合わせて話すとき、彼女はアルベールの将来プランを退屈そうに聞いていた。それより美術館に行きたいなどと言っていた。仕方なくアルベールは美術館に連れて行った。

 弁当を作ってあげると彼女は言って、弁当箱ごと燃えたとメールが来た。アルベールは半ギレで二人分の弁当を作り、こうやるのだと目の下にクマを蓄えて勝ち誇った。

 一度、アルベールは思い直した。こんな女に何故、貴重な時間を割いているのか。
 価値なき者に費やす暇などないと、一方的に絶交を切り出した。
 ──そうしなければ、何か、自分の中核が変質してしまうような気がした。

 次の大学の試験で、主席はアルベールではなく、その女だった。

 彼女は目の下にクマを蓄えて勝ち誇った。

「どんなもんじゃーい! いいかよく聞けよガリ勉クン! 価値なんて、こんな簡単に変動する順位で決まるわけないでしょうがーッ! 私が一週間ぐらい死に物狂いで勉強したら、キミの価値に追いつけるってことになっちゃうよー!?」
「…………お前、は」

 言いたいことを言い切って満足したのか、そのまま女は倒れた。慌てて抱きかかえると──すぴゃーと寝ていた。
 アルベールは天を仰いだ。
 目指す場所に間違いなどなかった。
 けれど、かつての自分にはなくて、彼女が持っている、何か。


 それはひどく眩しくて、温かいものなんだろうと、ぼんやり考えた。








『本社防衛ライン、30%が戦闘不能……ッ』

『イギリス、ドイツ、中国からの入電! 『増援を送ることは不可能』! 繰り返します、『増援を送ることは不可能』!』

「…………ッ」

 

 アルベールは歯を食いしばり、次々と押し寄せる情報を瞬時に理解していった。

 卓越した頭脳は最適解を容易に弾き出す。

 

「防衛ラインを下げろ! アリーナの一般観客の避難は!」

『把握している部隊では、手の回っていないところが……えっ!?』

 

 通信の向こう側が突然慌ただしくなった。

 何やら会話を終えて、オペレーターが弾んだ声色で告げる。

 

『か、完了していました! 織斑一夏です! 彼がISを展開して、避難者を先導してくれたと……!』

「──織斑一夏、だと」

 

 思わぬ名前が聞こえて、アルベールは渋面を作った。

 利用しようとした存在に助けられるとは。

 だが頭を振って、微かな罪悪感を振り払う。今はそんなことを考えている場合ではない。

 

「敵の狙いは──『エクスカリバー』コントロールセンターだ。本社地下を死守しろ」

『了解です。社長も、早く避難を……!』

 

 本社ビル高層部にて、アルベール・デュノアは未だ社長室の席にいた。

 引き出しを開けて、緊急時用の通信端末を取り出す。これ一つで本社管制室のあらゆる権限にアクセスできる、いわば携帯可能な管制室だ。

 

「分かっている。護衛を一機、社長室まで送ってくれ」

『既に待機しています!』

「助かる」

 

 ビルは絶え間なく揺れていた。

 アルベールは社長室を歩き、ドアを開けた。そこにはデュノア社お抱えのテストパイロットが『コスモス』を身に纏って、ひざまずいていた。

 その光景に、アルベールは眉根を寄せる。

 

「何故、それを君が使っている」

「は、はい。シャルル君の姿が見当たらず」

「……ふん、逃げたか」

 

 さして興味はない様子で、彼はIS乗りに声をかける。

 

「では行くぞ」

「はい! 窓を突き破り外部へ脱出します。アリーナ南方に、緊急時の避難用車両を待機させていますので、そこまで──」

「違うぞ」

 

 それから社長は迷いのない眼光で告げた。

 

「行き先は地下。『エクスカリバー』コントロールセンターだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔だ」

 

 一閃で、全てが置き去りにされる。

 

「消えろ」

 

 一閃で、何もかもが分かたれる。

 

「そこを」

 

 だが彼女にとっての一閃は、常人にとっては、収束した刹那を分解しなければ見えない代物に過ぎず。

 結果として見えているのは、茜色の嵐そのもの──!

 

「どけッ!!」

 

 東雲令の道に立ち塞がるもの、一切合切が両断されていく。

 無人機如き、片腹痛い。何も彼女の歩みを止められはしない。

 

「なんなんだ、これは……」

 

 各国の実働部隊隊員らは、眼前の光景が到底現実だとは思えなかった。

 ただ一瞬だった。廊下に押し合いへし合い、必死に防衛ラインを構築し、押し寄せる無人機たちを迎撃していた。

 

 横から壁を突き破り、茜色の流星が突っ込んできて──何もかも粉砕した。

 

「嘘、でしょ」

「こんな、こんな……」

 

 自分たちが今まで積み上げてきたものは、一体なんだったのだろうか。

 毎日必死に訓練し、腕を磨き、着実に強くなって。

 

 だけど、本当に強いということは──こういうことを指すのではないだろうか。

 

 屈指の軍人らが、押し黙って、何も言わない。何も言えない。足下がぐらつくような衝撃だった。死にたくなるような無力感だった。

 一瞬で戦場を虐殺場へと変貌させた少女は、両手に保持する太刀だったものを捨てて、無人機の残骸を足場にして熱い風に黒髪をなびかせる。

 戦いを司る女神のような、美しい光景。深紅の鎧には傷一つなく、絶対の勝利をもたらす善なる神。

 

 だけどその場にいた誰もが、東雲令に対して、たった一つの単語しか連想できなかった。

 

 

 

 ────死神。

 

 

 

 

 

 

 

 

(ここどこですかね……)

 

 死神は迷子になっていた。

 

 鉄屑しか残っていない戦場で、東雲は愕然とした。

 なんとなくこっちに一夏がいそうと思って突き進んだのだが、もはやここがどこなのかも分からん。

 というか一夏はどこにいるのか。さすがにこうも危険な状況となっては、何よりもまず合流したいところだが。

 

(えっと、さっきはアリーナにいたんだよね? ここは?)

 

 本社である。

 

(まず建物が違ったァァァァ────!? なんだよクソゲーじゃねえかこれ!

 

 ゲーム音痴である東雲は、完全にマップを把握していなかった。

 一夏相手に何度も通信を開こうとしているが、応答はない。恐らく戦闘中だ。

 

(というかおりむーも動いてるかもしれないじゃん! お姫様は動かないで! かっこよく当方が助けに行くまで動かないで! ……ん、いや待て。これそういうプレイだったりする? マンマミーヤ(なんてこった)ァ! 将来の旦那様が焦らしプレイ派だったなんて……ハァハァ……興奮してきたな……)

 

 戦場でシコんな。

 

(で、とにかくこの建物を出よう。ここは今のであらかた片付いたと思うし。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かな? 一旦そこに行って、それから改めておりむーを……あーでもそろそろ太刀のストックが足りないや。どっかで補給したいところだけど……)

 

 戦場の張り詰めた空気は、時に見えも聞こえもしないものを伝えることがある。

 東雲令という少女は、方向感覚こそゴミそのものだったが、そういった戦場に対する感覚は鋭敏だった。

 

 

 そこで。

 

 東雲はふと顔を上げた。

 

 本社ビル廊下、外に面したそれは一面ガラス張りで大空を見据えることができる。

 

 東雲は外の一点を見つめた。

 

 周囲に展開していた軍人らは、どうしたのかと首を傾げる。

 

 

 

 瞬間、来た。

 

 

 

「一人、違うわね」

 

 

 

 大空を投影していた電子迷彩が解除される。

 バチバチと紫電を散らしながら、()()が姿を現す。

 

 黄金だった。

 荘厳だった。

 太陽だった。

 

 金色のボディと、雄大に広がる一対の機械鞭。巨大な尾を下げて、彼女は悠然と浮遊している。

 

 

 ──亡国機業首領、スコール・ミューゼルとその専用IS『ゴールデン・ドーン』。

 

 

 世界最強の再来と、国際犯罪組織のトップが、静かに視線を交錯させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(クッパってあんな感じだっけ……?)

 

 ……交錯させた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火花が散る。

 刃と刃が互いを食い千切らんと猛り狂う。

 余波だけで壁に斬撃の痕が刻まれ、それに頓着することなく両者は腕を振るう。

 

「ハッ、また腕を上げやがったな──織斑一夏ッ!」

 

 驚嘆すべき成長速度だと、オータムは改めて戦慄した。

 刀身の軌道は鋭い。こちらの攻撃を弾くだけでなく、隙を見せたら食い破られる。

 否、もう一夏の戦闘技術はそのレベルにはない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(一定のリズムを刻むように攻撃してきてんな──冗談じゃねえ! このテンポの裏を突けばカウンターが飛んでくるんだろうな、思うつぼってワケだ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! なるほど、これがお前の戦闘理論かよ、織斑一夏──!)

 

 一方で一夏もまた、仇敵の技量の高さに舌を巻いていた。

 

(やっぱり強い! 基礎のレベルが違いすぎる……! 今は俺がひたすら攻めてテンポを握れてるけど、一度向こうに主導権を取られたら間違いなく削り殺されるッ!)

 

 成長を実感している。攻撃は自分のイメージにより近づき、理想へ確実に腕が伸びている。

 が、それでは足りない。この場を切り抜けられない。

 

(とにかく、()()()()()()()()()()! あらゆる状況で俺に一定以上のアドバンテージを稼がせない! 戦闘を継続し続けるほどに有利を失っていく……! 改めて感じるぜ、お前は俺よりはるかに強い、オータム──!)

 

 剣戟を続行しながら両者は廊下を駆け抜け、突き当たりの壁を粉砕してそのまま移動し続ける。

 デュノア社アリーナを戦場とし、ブロック単位の防衛戦が繰り広げられる中を、二人はイレギュラーのように秩序も妥当性もないルートで突っ切っていた。

 

「な──織斑一夏が戦闘している!?」

「おい誰か、彼の援護をッ!」

 

 無人機の相手をしていた軍人らが慌てて声を上げる中。

 蠢く無数の無人機たちが、その紅い眼光を一夏へ向けた。

 

「……ッ!? 狙われてるわ、織斑君!」

 

 明確に、優先順位の上位に、彼が位置づけられている!

 それに気づき声を上げたときには、既に一機のゴーレムが一夏へ背後から飛びかかっていて。

 

「邪魔だァッ!」

 

 振り向きざま、腕を振るったのか脚を叩き込んだのかも分からず、ゴーレムの身体が吹き飛ばされた。

 背後からの奇襲──ナメるな。こんな雑なものは奇襲とは呼べない。

 イギリス代表候補生に常に背中を狙われている一夏にとっては、正面から来るオータムよりも背後の無人機の方が、相手取るのは楽勝(イージー)だ。

 

「何処見てやがる!」

 

 だがそれは、相対していたオータム相手に致命的な隙を晒すことになる。

 距離を詰めたオータムが刃こぼれし始めていた右のカタールを捨てて、素手で一夏の首を掴む。

 

「ぐっ──!?」

「──ちょっとツラ貸せよォォォッ!」

 

 猛烈な加速。Gに意識がブラックアウトしそうになる。

 オータムは一夏を盾とする姿勢で、アリーナの壁を突き破っていく。衝撃のたびにエネルギーが削れ、脳が揺れる。

 

(や、ばいッ)

 

 最後には外壁を破り、ついに二機はもつれ合ったままアリーナを抜けた。

 そのままオータムは本社ビルに狙いを定め、猛然と最高速へギアを上げるが──

 

「──いい、加減にしやがれぇっ!」

 

 速度を自分の身体に伝達させ、一夏は勢いよく回転した。

 至近距離で放たれたサマーソルトキックがしたたかにオータムの顎を打つ。呻き声と共に手が離れた。

 だが、既に両者はトップスピードで空中を疾走している。もう減速は間に合わない。

 そのままバラバラに別れ、一夏とオータムは本社ビル低層階へとガラスをぶち破って転がり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 意識が飛んでいたのは数秒間。

 倒れ伏していた一夏は、ガバリと上体を起こした。

 周囲を確認。ISが一機、生身の人間が一人。慌てて剣を構えようとして、はっとした。

 

「……『コスモス』、だって?」

「織斑一夏……」

 

 名を呼ばれた。

 そこにいたのはデュノア社製第三世代IS『コスモス』を身に纏った女性。

 そして。

 

「──アルベール・デュノア……ッ!? どうして避難していないんですか!?」

 

 会場で配布されたパンフレットで、顔だけは見ていた。だから彼のような要人が、護衛を連れているとは言え生身で戦場のど真ん中に残っているという事実に、声が震えた。

 

「……戦闘中か」

「ッ……そうだ、オータム!」

 

 周囲を見渡し、ISに索敵させるが、反応はない。

 どうやら勢い余って本社ビルへ突入した際に、ばらばらになっていたようだ。

 

「ちょうど良い。君も私の護衛をしてくれ。地下へ向かい、『エクスカリバー』のコントロールセンターを防衛する」

「『エクスカリバー』……? いや……はい、分かりました。さすがに捨て置くことはできませんし」

 

 オータムを追いかけたい気持ちはあったが、冷静さが歯止めをかけた。

 これはあくまで防衛戦だ。人々の避難が済んだなら、敵が狙っている本丸の守りを固めるのは当然と言える。

 

 一夏が頷くと、アルベールは先導するように歩き出した。

 偶然にも両者が出会ったスペースは、地下へと続く機材搬入用エレベーターの入り口である。

 パスを打ち込んでエレベーターのドアを開けると、ぽっかりと空いた穴が、地中深くへと続いていた。

 地下へ続く通路を、『コスモス』のパイロットがアルベールを抱え、その隣に一夏は並び、ゆっくりと降りていく。

 

「それで、『エクスカリバー』って……」

「新型の兵器だ。連中は一度、強奪に失敗し……そして今回、指揮系統を奪った上で本社へ攻め込んできた。完全にあれを支配下に置くつもりなのだろう。絶対に許すわけにはいかん」

 

 声には強い信念が宿っていた。絶対に渡さないという、覚悟。決意。

 一瞬、感嘆しそうになった。だが即座にズレに気づく。

 テロリストに屈するわけにはいかないという意味ではない。

 もっと単純な、純化された感情が根底にはある。

 

(……執着、しているのか?)

 

 やがてアルベールは、ここだと、地下数十メートルの箇所で指を指した。

 巨大な扉が、固く閉ざされている。『コスモス』に抱えられたままアルベールはドアに近づくと、そっと手で触れた。

 静脈が認証され、重い音が響く。

 

「……ッ」

 

 ドアが開け放たれ、向こう側の光景が見えた。それは広大な──管制室だった。

 無人であるのが逆に不気味さを持つほどの、三階にわけて設置されたオペレート席群。

 百名ほどいてやっと運用できるであろう膨大なコンピュータ群。

 

「すげぇ……」

 

 思わずバカみたいな言葉がこぼれた。

 それからアルベールに続いて、一夏も管制室に踏み込む。

 広大な空間の中で、アルベールは自分の脚で立つと、迷うことなくまっすぐ歩いて行く。

 

「まずは『エクスカリバー』への再アクセスを試みる。もしだめだったら……コントロールセンターを自壊させ、軌道上の本体を回収するしかない」

「……破壊するというのは、しないんですか」

 

 一夏の問いに、アルベールはギリと拳を握って黙った。

 

「君には知る権限がない」

「……ッ、だったら誰に知る権限があるんですか」

「知るべき者だ」

「シャルルには、教えてるんですかッ。あいつ、必死にやってるんですよ、学園で! なのにあんな目をさせて……!」

「私の知ったところではない」

 

 思わず一夏は激昂しかけ、すんでのところで怒りを飲み込んだ。今はそんなことを言い合っている場合ではないのだ。

 だからアルベールがオペレーター用の席に座り端末を触り始めてから、『コスモス』のパイロットと視線を重ね、小さく頷く。

 

「学生だというのに、付き合わせてしまって申し訳ありません」

「気にしないでください……それより、入り口は一つだけですよね」

「ええ。ですからそこを見張るのが──」

 

 直後だった。

 ぐらりと、管制室が揺れる。

 

「……ッ!?」

 

 何事かと周囲を見渡す。

 答えは、上から降ってきた。

 天井にひびが入り、一拍遅れてそこが轟音とともに粉砕されたのだ。

 

「な──」

 

 落下してきたのは二機のISだった。

 片や、灰と煤にまみれた、恐らく平時は目を焼くほどに眩い金色であっただろうIS。

 片や、装甲が一部融解し、しかし芯の通った茜色に揺るぎはない見慣れたIS。

 

 東雲令(メインヒロイン)が、スコール・ミューゼル(準ラスボス)の首を締め上げながら落ちてきた。

 

 一夏たちは誰も反応できなかった。ていうか金色のIS、これ誰なんだろうという気持ちだった。

 

「……終わりか?」

 

 オペレーター用のデスクに両足で着地し、刀身の砕け散った太刀を片手に握り、謎のISを片腕で吊して。

 こてんとかわいらしく首を傾げ、東雲はスコールに問うた。

 

「……こん、な、ことが」

「十本使わせたのは驚愕に値する。が、()()()()()()()()()、甘すぎる。何より、当方に対する認識が甘かった。更新を推奨する」

「……この、ばけもの」

「いい認識だ」

 

 それきり興味を失ったように、東雲は黄金のISごと、スコールを乱雑に放り捨てた。

 管制室の片隅に転がされ、デュノア社襲撃の首謀者ががくりと首を落とし、意識を失う。

 

「東雲さんッ!」

 

 思わぬ遭遇に、一夏は弾んだ声を上げる。『コスモス』のパイロットは東雲へ駆け寄る彼を見て、なんか飼い主を見つけた大型犬みたいだなと思った。まあ、あんまり間違ってはいない。

 一夏に名を呼ばれ、東雲は表情を崩さないまま口を開いた。

 

マンマミーヤ(なんてこった)ァ!」

「なんて?」

「失礼。間違えた」

 

 東雲は例の無敵BGMを脳内に流しアドレナリンドバドバ状態だった。自分のことを配管工だと勘違いしていた。キノコか何かやっておられる?

 とにかく隠しステージに到達し、ついにお姫様を発見したのだ。東雲は無上の達成感と共に、駆け寄ってくる一夏に対して両腕を広げる。

 

「……ッ!? 敵か!?」

 

 胸に一夏が飛び組んでくる想定で広げられた両腕は、東雲令の極まった戦闘技術により、当たり前のようにあらゆる攻撃に対処できる構えとして成立していた。

 不幸なことにそれを見抜けるぐらいには成長していた一夏は、急ブレーキをかけて周囲を見渡す。

 

「えっ……ちが……」

「──何か察知したんだろ!? すみません索敵を!」

「反応……複数! 後方!」

 

 事態が急激に東雲を裏切った。

 思いっきりハグをするはずだった想い人が反転して、剣を構えて猛然と去って行く。

 

「…………マンマミーア(なんてこった)

 

 お前それハマってんの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しれっと総大将を東雲が討ち取っていたのだが、事態はそれすら置き去りにして進んでいく。

 

「……ッ!?」

 

 東雲が察知した(してない)気配を、一夏と『コスモス』のパイロットは臨時のツーマンセルで制圧しに行き。

 二人は絶句していた。

 

 入口から、さっき通過した空間を見上げた。

 黒い雪崩だった。

 エレベーターの通路をたどり、本社地下へとなだれ込もうとする──無人機の群れ。 

 

「なんだ、この数……!?」

「駄目です、フランス軍の防衛網が破られている……!」

 

 悲鳴を上げそうになる、絶対的な数の暴力。

 だが応戦するしかない。

 

「社長! 状況は……!」

 

 返答はない。アルベールはモニターにしがみつきうなっている。

 様子だけで分かる。アクセスが弾かれているのだ。

 

「馬鹿な……破壊したファイアウォールを、再構成したのか……!? 内部プログラムもほとんど書き換えられている……! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!? 強制停止すらできない……!」

 

 苦しげな声だった。

 アルベールはデスクに拳を叩きつけ、血を吐くようにしてうめく。

 

「何故だ、何故だ! 何故こうも……こうも……! いつも! いつも! 何故()()()()()()()()()()()()()()! ただ隣に……ッ! ……ただ、隣に…………」

 

 うわごとのように、彼は全身を震わせて呟き、ついにはうなだれた。

 一夏と『コスモス』のパイロットは思わず顔を見合わせた。錯乱したわけではない──だが何か、感情の暴発があった。

 

(やっぱり『エクスカリバー』ってのは、ただの兵器じゃなさそうだな……けど、今は考えてる場合じゃない!)

 

 一夏は瞳に決死の覚悟を浮かべた。それは、もう一人の戦士も同様だった。

 

「俺が、前衛に行きます」

「私が後衛を」

 

 ここを死守しなければならない。せめて、指揮系統を破棄するまでは時間を稼ぐ。

 そう決意して、一夏は『雪片弐型』を強く握り込み。

 

「……それで、其方は何方?」

 

 いつの間にか入り口まで来ていた東雲は、何故か少し不機嫌そうに『コスモス』のパイロットに問うた。

 ずいと割り込むようにして、一夏と彼女の間に無理矢理身体を入れてくる。

 

「え、あっ──デュノア社専属のテストパイロット、ショコラデ・ショコラータと申します」

「ショコラデ・ショコラータ……なるほど」

「そうだ、東雲さんも戦ってくれないか!?」

 

 今もこちらへ殺到し続けている無人機を指して、一夏は叫ぶ。

 しかし東雲は首を横に振った。

 

使()()()()()

 

 あっけらかんとした口調だった。

 

「結果として当方の勝利だったが、十手必要だった。故に太刀がもうない……一手誤れば当方が狩られていたやもしれん」

「……ッ!」

 

 一夏とショコラデの表情が絶望に染まる。

 それを見て、しかし東雲は首を傾げた。

 

「何を心配している」

「だって、もうあいつら来るぞ! 東雲さんは社長の近くで、俺たちが撃ち漏らした敵を!」

()()()()()

 

 え? と聞き返した。

 瞬間。

 

 巨大エレベーターの坑道を進む無人機の大群──が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 鉄が砕ける音。鉄がひしゃげる音。鼓膜を突き破るような嫌な音が連鎖し、響き、世界が軋む。それは純粋な破壊力で構成されたタイフーンだった。

 数十秒にわたる壮絶な掃射。

 それが終わる頃には、無人機は一機残らず蜂の巣となり、地下へ落下していった。

 

「……今の、は」

「逃げるはずがない。単純に、最大の武器を取りに行っていたのだ」

『──そういうことだね。僕が逃げたと思われたのなら、心外だなあ』

 

 声が聞こえた。

 坑道の壁から、みしりと嫌な音が響いた。

 そう、それは本社地下を防衛するために、最初からそこに潜伏していた存在!

 擬態用のシールドを引き剥がし、露わになるはオレンジカラーの、鋼鉄の鎧!

 

 拡大するまでもない。輝く金髪。アメジストの瞳。

 搭乗するは『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』、並びに追加パッケージ『クアッド・ファランクスⅣ』!

 

「シャルル……」

『えへ。こういう時はなんていうんだっけ、そう──』

 

 ヒーローのようにして、彼は両腕の連装ガトリングガンを振りかざし。

 

 

 

『──待たせたね!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声がトリガーだった。

 

 

System Boot(やっと、みつけたー)

 

 

 ずっとデュノア社本社を狙っていた──否。否!

 ずっと()()()()()()()()()()()()()()。そしてこの瞬間に見つけた。

 愛しいその瞳。愛しいその声。全てをセンサーが余すところなくキャッチする。

 

 

 軌道上に浮かぶ巨大な機械の身体が、歓喜に蠢動した。

 

 

Standby(そこにいたんだねー)

 

 

 愛という名の熱量を高めて。

 抱擁という名の光線に収束させ。

 

 

Excalibur(おかーさんは) Execute(ここだよー!)

 

 

 光の剣が、降り注ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




抱擁(大気圏外から降り注ぐ超高熱収束レーザー光線)



第四章テーマ『クッソ傍迷惑な家族再構成物語』


追加
しののめんがラスボスと激闘を繰り広げながら落下してくる箇所をちょっと改訂しました


次回
38.疾風のその次へ


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38.疾風のその先へ

『お母さん』

 花畑の中で、車椅子に腰掛ける母と並んで、シャル■■■はそっと尋ねた。

『お母さんのいちばんすきなお花って……何?』
『え? 急にどしたのー?』
『たんじょう日が、近いから……』

 尻すぼみになった言葉を聞いて、シャル■■■の母は苦笑する。

『まったく、どっかの誰かさんみたいな照れ方だねー』

 そう言って母は、シャル■■■の頭をくしゃくしゃにかき混ぜた。
 仕方ない人、という呟きがこぼれた。それは、目の前にいる娘へ宛てたものではなかった。

『いい? おかーさんに一度だけ、あのガリ勉ひねくれバカが花を贈ったことがあるの、もうその時の緊張しきった顔ったら……』

 ぷーくすくすと母は笑い、しかし途中でむせて、咳き込み始めた。
 シャル■■■は慌てて駆け寄り、その背中をさすった。彼女が咳き込む時は、なるべく、手に付着する血は見ないようにと気をつけていた。

『ごふ……あは、ごめんねー。おかーさん今日は調子悪いかもー』

 何でもないことのように笑う母が、日々その生命をすり減らしていると、娘は知っている。
 そして幼いながらも──自分は、無力なんだと、思い知らされている。

『で、なんだっけー……ああ、花か。うん……あの人が、贈ってくれた花が……いいかなー』

 微笑みも優しさも温もりも、まだ覚えている。
 母は自分を愛してくれていた。だけどその愛は、何かを前提として、なのにそれは欠落しているような──そんな、どこか空虚なものだった。

『コスモス』

 母は簡潔に告げた。

『ふふ。あんなの覚えてるなんて、おかーさんも女々しいなー』

 花畑の中で。
 母が空を見上げていたのを、()はまだ覚えている──









 破壊そのものがまき散らされた。

 デュノア社本社ビルの地下数十メートルにある『エクスカリバー』コントロールセンター。

 そこを起点として突如起きた大破壊……否。起きたのではなく、降り注いだ破滅の奔流。

 避難が済んでいなければ凄惨な大虐殺と化していただろう。

 

「……だぁっ!」

 

 がれきの山を吹き飛ばして、三機のISが地上へ飛び出した。地下深くから脱出し、久方ぶりに日の光を浴びるのは、織斑一夏、シャルル・デュノア、ショコラデ・ショコラータの三名だ。ショコラデは『コスモス』の両腕でアルベールを抱きかかえていた。

 絶死の戦場故、誰もがISを身に纏っていた。それが功を奏した。というよりも──それを織り込み済みで降り注いだような攻撃。

 

「……ッ、東雲さんは!?」

「分かんない、どこか別の場所に出た、かな……?」

 

 師匠の姿がないことに一夏は少し動揺した、が、まあ大丈夫かとすぐ気を取り直した。

 殺しても死ななさそうな人だ。絶対生きてる。間違いない。これ以上ない信頼だった。

 でも……年頃の女の子なんだから……ちょっとは心配してあげようね!

 

 敵影がないことを確認して、三人はゆっくりと地面に降りる。

 着地すると同時、『コスモス』ががくりと膝をつく。

 

「……ッ、エネルギーが限界です」

「……私をエネルギーバリヤーで助けてくれたのだな」

 

 ショコラデはかつてフランス代表候補生であり、しかし国家代表にはなれなかった、言葉を選ばなければ脱落者である。

 そんな彼女をアルベールはスカウトし、企業テストパイロットとして重用した。恩のある相手だった。

 

「当然のことをしたまでです」

「……感謝する」

 

 端から見れば、実に人望にあふれたトップだろう。

 だが……それを見ているシャルルは、ぎゅうと心臓を握りしめられるような感覚がしていた。

 

「……どうして、僕以外には優しいんだろうね」

「……シャルル」

 

 態度や言葉の節々から、感じ取っていた。多分この親子は、親子としての機能不全に陥っている。

 一夏はぐっと唇をかんだ。自分にできることはあるだろうか。()()()()()()()()自分に、何が分かるのだろうか。

 

「とにかく、『エクスカリバー』を機能停止にしなければならない……マスドライバーは無事だな。そこを臨時の管制室として作戦を組むぞ」

「マスドライバー……?」

 

 瓦礫の山と化した本社ビルを見渡して、しかし気落ちしている暇はないという様子でアルベールは告げた。

 聞き慣れない言葉に一夏が首を傾げる。

 

「確かに日常生活で耳にすることはないだろうな。宇宙空間でしか精製できない特殊合金等のため、宇宙へ物資を送り届けるシステムが必要なのだ。いわば、()()()()()()()()()()()()()とでも言っておこうか」

「そんなものが、一企業で運用されてるんですか……!?」

 

 驚愕する若者相手に、アルベールは肩をすくめて苦笑する。

 

「まさか。欧州連合全域で運用しているさ。だが開発の主導を握っていたのは私だ。故に私が……デュノア社が全面的に管理している」

 

 言葉には力強い自信があった。己こそがデュノア社であると。屈指の軍事複合企業デュノア社とは、アルベール・デュノアという男に他ならないのだと。

 だからこそ分からなくなる。ここまで完璧な男が、どうして家庭を顧みないのか。

 

(いや……違う、のか?)

 

 違和感はほとんど直感だった。

 しかし一夏は確かに、アルベール・デュノアの歪みを察知した。

 

(元々はあった、()()()()()()()……のか? だからこそ、人格そのものが歪んでしまっているような──)

 

 考察を展開していたその時。

 不意に理論的な思考を打ちきり、最大音量で戦闘用思考回路が警鐘を鳴らす。

 

「……ッ!」

「一夏!」

 

 反応はシャルルも、ショコラデも同時だった。

 武器を構えて背後へ振り向く。何者かを察知した。恐らく、敵。

 並のIS乗りを凌駕する反応速度で三人は戦闘態勢に入って、後ろに振り向き。

 

「…………な、に……?」

 

 一夏は呻いた。理解不能の光景だった。そこにいるはずのない人間だった。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 

「……ちがう……!」

 

 若かりし頃の彼女がタイムスリップして来た、と言われたら、誰もが信じるだろう。世界最強と呼ばれる前、白騎士事件が起きたころの千冬そのものだった。

 だが一夏だけは分かる。

 

(別人だ……! だけど!)

 

 似ても似つかない。似ているからこそ、恐ろしい。

 別人だと確信できるのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なんだ、お前……ッ!?」

()()()()()()()()()()()()?」

 

 返答ははぐらかすようなもので、織斑千冬の顔をした少女は、嘲笑を露わにしていた。

 

「おちょくってんのかよ……!」

「織斑君、熱くならないでください! IS反応があります!」

 

 ショコラデの制止と同時、蒼が顕現する。

 ISアーマーは少なく、高機動型。蝶の羽根を模したウィングスラスターが優雅に広がる。

 右手に光の粒子が収束し、スナイパーライフルが形成された。

 

 しかし最も驚嘆すべきは、彼女の周囲に現れた──ビット。

 

「BT兵器だと──!?」

 

 もはや見慣れた感じさえある、だがそれはセシリア・オルコットとセットになっていた、最新鋭の戦闘システム。

 明確な殺意を乗せて、銃口は既に三人を狙い澄ましていた。

 

「さあ踊れ。この織斑マドカと『サイレント・ゼフィルス』が、貴様たちに引導を渡してやろう!」

 

 少女が嘲るようにして口元を歪める。

 それが次なる戦いの合図だった。

 

 

【OPEN COMBAT】

 

 

 光の嵐が解き放たれた。

 レーザーを一夏とシャルルは飛び跳ね、回転して掻い潜る──だが、まるで意志が宿っているかのように、()()()()()()()()()

 

「な──!?」

偏光射撃(フレキシブル)ッ!? あり得ない、まだセシリアすら会得してないはずなのに──!」

 

 鋭くターンしたレーザーが『白式』と『ラファール』を撃ち抜いた。

 装甲が半壊し、空中でもんどり打って、二人は地面に叩き落とされる。

 そして動けていなかった『コスモス』もまた、咄嗟に固めたガードを掻い潜られ、モロに集中砲火を食らって吹き飛ばされた。

 

「きゃあッ!?」

「ショコラデ君!」

 

 アルベールは思わず駆け出そうとして、しかし彼の真横を青のシルエットが通過していった。

 

「噂の第三世代機か。一応もらっておくぞ」

 

 マドカは酷薄に告げて、『コスモス』の眼前に降り立つ。

 さして興味はないようだったが、しかしそれだけ、熱量を持っていないのに瞬時に場を制圧してみせたことこそが、三人との実力の差を示していた。

 

「させ、るか……ッ!」

 

 呻きながらシャルルは跳ね起き、直線加速でマドカを目指す。

 直線加速──に見せかけて鋭角にターン。精密機械が如く、巧緻極まりない機動でマドカの背後を取る。

 

「なんだ、そんなに死にたいのか?」

 

 だが、次の瞬間、シャルルは地面にたたき伏せられていた。

 

(……ッ!? 今、何が……!?)

 

 端から見ていた一夏でさえ、何が起きたのか分からなかった。

 振り向くことすらなく、ノールックでマドカはライフルをぞんざいに振るった。銃口下部に取り付けられた銃剣が、シャルルを一閃したのだ。

 装甲が粉砕されていた箇所への的確な攻撃。絶対防御が発動する。

 

「ッ、あ」

 

 その時、だった。

 衝撃からか、ISスーツが破損し、()()()()()()()()

 

 圧縮機能が破壊され、シャルル・デュノアをシャルル・デュノアたらしめていた鎧が、解けた。

 

「……は?」

 

 場違いな驚愕だった。一夏はこれ以上なく両目を見開いて、彼を、彼だった人を見た。

 

 

 

 ──胸が膨らんでいた。破損したISスーツの下から、白い素肌が見えた。

 

 

 

「……シャルロット……!」

 

 アルベールが名を叫んだ。

 マドカは冷たい目で、呆然としている金髪の少女を見下した。

 

「なるほど。性別を偽装していたのか……織斑一夏に近づくためか? まあ、どうでもいい。私の知らんことだ。ここで死んでおけ」

 

 シャルロット・デュノアは、倒れ込んだまま、一夏を見た。

 彼は信じられないという顔をしていた。そんな顔をさせるつもりはなかった。いや、言い訳だろうか。

 絶体絶命の状況だというのに、戦いとは関係のないことばかり考えている。

 

(ああ、これか)

 

 死が迫って、迫りすぎていた。思考回路の麻痺。

 一夏との出会いから遡っていき、母の笑顔までもが想起される。

 

(走馬灯って、あるんだ)

 

 シャルロットは自然に死を受け入れた。

 くだらない人生だったな、と自嘲するように笑みを浮かべた。マドカの銃剣がきらりと光った。

 

 誰も間に合わない。

 動ける者など、一人も──

 

 

 

「白式ィィィ──────ッッ!!」

 

 

 

 ああそうだ。

 自分に絶望したまま、その絶望を拭えないまま死んでいくなんて。

 

 ──織斑一夏が看過するはずがない!

 

 信頼する愛機の名を叫び、一夏は、まっすぐシャルロットの元へ疾走する。

 

(ふん、遅すぎるな)

 

 確かに『白式』は速い。だが、それでも間に合わない。

 マドカは合理的にその結果を導き出し、一夏への興味を失った。

 そう考えて弾丸を放とうとした途端。

 

 

【System Restart】

 

 

 マドカの視界の片隅で、()()()()()()()()

 

「……ッ!?」

 

 データだけは知っていた。『白式』が成し遂げた、形態移行(フォーム・シフト)とは異なる進化。

 機体そのものは上書きすることなく、あくまで拡張の範疇に過ぎない。だがその性能の伸び方はめざましい。

 マドカに対する宣戦布告のように。

 疾走する一夏の顔の真横に、そのウィンドウは立ち上がる。

 

 

『──白式・疾風鬼焔(バーストモード)

 

 

 加速は臨界に達し、しかしそれすら踏み越えていく。最大出力、()()()()()()での炸裂瞬時加速(バースト・イグニッション)

 マドカの予測を超えて、理論値を超えて限界を超えて人間が到達してはいけない壁を破砕してそれでも前へ前へ前へと進み何か引き留めるような意識を感じてもそれを無視して今必要なのは力なんだと何もかもねじ伏せて行くべき場所へと至るべき場所へと突き進んで──

 

「うおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 ()()()()()

 振るわれた刃が、マドカが保持していたライフルを銃身の半ばで断ち切った。

 余波で大地が軋みを上げると同時に、木っ端微塵になった鉄片が空間にばらまかれる。

 

(……ッ!? 反応が遅れ……!? いや、()()()()()()()()()()()()!?)

 

 視線が交錯した。

 目を見開くマドカに対して、一夏は焔を噴き上げる両眼で応える。

 

(──だからどうした、関係ない! やつの姿勢は崩れた! カウンターで沈められる!)

 

 事実、刀を振り抜いた一夏は、到底次の動作へは移れないほどに深い前傾姿勢だった。

 ここから回避に移るとして、猶予はざっとコンマ数秒か。

 ──コンマ数秒。

 織斑マドカにとって、それは余りにも致命的な隙だった。

 

(分かる、分かるぞ織斑一夏……! 貴様が選ぶとしたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()()! そのどちらかだ!)

 

 卓越した戦闘用思考回路は、刹那にも満たない僅かな時間で結論を弾き出す。

 

(貴様を相手取って最も警戒するべきは、後者! あらゆる状況において攻め手を保持し、攻勢を崩さない──それこそ織斑一夏の強みだろう!? 好都合だ! 私は貴様の攻撃全てを封じて、貴様を討つ!)

 

 ライフルを破壊された、だからどうした。

 まだいくらでも手はあるとBT兵器に指令を出そうとして。

 

 優れた動体視力が捉えた。

 マドカへと迫る、()()()()()()()()()()()()()

 

(な──()()()()()()()()()()()だと……!?)

 

 純白の刃が眼前に殺到する。

 冷静に考えるほどにありえない。あってはならない。そんな行動を、一定以上の実力を備えた一夏が選ぶはずもない。

 何故なら。

 

(裏をかきに来たか!? それとも他に選択肢を思いつかなかった……!?)

 

 マドカは微かに首を傾げてそれを回避し、既に銃口を一夏へと向けたBT兵器へ意思伝達し。

 

(いずれにせよ、()()は──最大の悪手だ!!)

 

 予測するまでもない。そんな単調な攻撃が通用する相手ではない。

 各国の精鋭を相手取って一歩も譲らぬ、まかり間違っても反社会勢力に与してはいけない戦闘技術。それをマドカは誇っている。

 そんな強敵相手にこんな無様な選択をするなど片腹痛い。

 マドカは余裕を持って一夏の弐ノ太刀を回避して、直後に決定打を放とうとし。

 

 

 だけれども──不意に、視界が揺らいだ。

 

 

(え?)

 

 衝撃。首が根元からすっ飛ぶような、インパクト。

 回避した。回避したはずだった。

 完全に予測して一切の矛盾なく回避してみせた、はずの、カウンターの一閃。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──らぁぁぁっ!」

 

 裂帛の気合いと共に、刀身が振り抜かれた。

 首と胴体を断ち切られることこそなかったが、マドカはもんどりうってひっくり返り、その勢いのまま十メートル以上にわたって吹き飛ばされる。地面をバウンドして転がっていき、瓦礫にぶつかって止まった。

 

(そん、な──何だ、今の速さは……ッ!?)

 

 装甲が砕け、地面に落下する。

 明滅する意識の中で。

 マドカは立ち上がることもままならない状態で、歯を食いしばって、自らの甘い予測を上回った仇敵をにらみつける。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」

 

 荒く肩を上下させながら。

 一夏は背後で無事だったシャルロットを見て、口元をつり上げた。

 

「ハァッ、ハァ……ああ、そうだよな……! この力は多分、この瞬間のためにあった……!」

「……え?」

 

 言葉に自分の存在が絡められていることに気づいて、シャルロットはぽかんと口を開ける。

 だって今、初めて、自分を守るために誰かがこうして立ち塞がっている。

 その状況だけですら理解できないのに。

 

「どんな敵を打倒しても! どんな困難に打ち勝てても!」

 

 彼はまだ、言葉を続ける。

 

 

「──今お前を救えなかったら、何の意味もねえッ!」

 

 

 背中越しにシャルロットを見据えて、彼は叫んだ。

 どくんと、心臓が高鳴る。

 ああどうすればいいのだ。平時でさえ持て余していた感情に油が注がれる。

 どうして、そんな言葉をかけてくれるのか。

 どうして、彼はこんなにも──シャルロット・デュノアが望んでいた目をしているのか。

 

「どうして……」

「あぁ!?」

「だって、僕、君をだまして……」

「関係ねえ! 全ッ然関係ないね! お前は俺の友達なんだ! 友達を、死なせるわけねえだろ……! 俺は勝つぞ、シャルロット! 俺は、お前を守る……! 俺がやりたいから、そうさせてもらうッ!」

 

 精神が昂ぶる。それに機体も同調する。

 織斑一夏と『白式』が、乗算されるようにして、高みへと駆け上っていく。

 IS乗りとISコアの共鳴現象(レゾナンス・エフェクト)

 それが最大限まで高まっていき。

 

「……ッ!」

 

 シャルロットは目を見開いた。

 織斑一夏が微かに首を鳴らして、ゆらりと立ち上がったマドカと相対する。

 

「貴様……一体……!?」

「ハッ──なんだよ、俺の姉貴のくせにこれは想定外か? だったら残念だな、お前に俺の姉は、世界最強(あのひと)の代わりは務まらねえッ!!」

 

 痛烈な、あまりにも致命的(クリティカル)な言葉だった。

 マドカの表情が瞬時に憤怒一色に染め上げられ、呼応するようにして一夏も戦意を高めていく。

 

(…………え?)

 

 だが。

 だが──その、一夏の、瞳。

 茶色であったはずの瞳が、血がにじむようにして()()()()()()()()()()()()

 何かのステージを超えたように。

 次の領域へ至ったかのように。

 まるで最初からそうであったかのように、一夏の両眼は紅色になっていた。

 

 シャルロットはぼんやりと、現実味のない思考の中で考えていた。

 ひどく印象に残る赤目だった。ラウラの深い紅とは違う。簪の落ち着いた朱とも違う。鮮烈な血の色。

 そしてラウラと簪ではなく。

 

 

 もう一人、身近に赤目の少女がいたような────

 

 

「……が、ぐっ……!?」

 

 突然だった。

 頭の中で小人がハンマーを振り回しているような、そんな激痛が一夏を襲った。

 

「一夏……!?」

「なん、んだ……これは……!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()ような。

 深紅の両眼を、膨大な感情が滑っていく。

 そしてその中には、思念とは別のデータすらあった。

 

(どこからか、流し込まれてる……!? これは、『白式』が何かとリンクして……そして俺と『白式』がリンクしてるってことか……!)

 

 愛機を介して、何かが一夏に語りかけているのだ。

 思念に飲み込まれそうになる。膨大な、感情。温かいものだった。溺死しそうになる。()()()()()()()()()()()()()()()

 では、一体何を受信しているのか──

 

「ッ!!」

 

 一夏は大空を見上げた。降り注いだ光の剣。

 それの発生元。

 相手を見据えたことで、思念をかき分けて、必要な地点へと少しずつ進めるようになる。言語化されていない感情の波を掻い潜って、相手の情報そのものへとたどり着く。

 

 しかしそれは、あまりにも悲惨な事実だった。

 

「何だ、それ……」

 

 言葉の意味が分からず、一夏はぽかんと口を開けた。

 思念の意味は分からない。人間には理解できない機械の言語だった。だがデータは違う。読み取れる。一夏にも、読み取れてしまう。

 

「攻撃衛星、じゃ、ない……()()()()()()()、だと……?」

 

 そんなタイプのIS、聞いたことも見たこともない。だが一夏とリンクした『エクスカリバー』の真のカタログスペックにはそう書かれている。

 思わず、一同の動きが止まった。

 最も顕著に反応したのは──シャルロット・デュノアだった。

 

「そん、な。まさか」

「……生体融合型IS『エクスカリバー』……」

「お父さん、貴方は……貴方は、まさか──!」

 

 一夏は表示されたデータを、震え声で読み上げる。

 シャルルは父親を見て、悲痛な表情で叫ぶ。

 

 

 

「……搭乗者──エクスカリバー・デュノア……?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああそうだ」

 

 アルベールは潔く認めた。

 

「そんな、どうしてッ……!」

 

 立ち上がったマドカが再加速し、一夏へと突っ込む。

 驚愕を振り払い、一夏は両眼から焔を噴き上げて迎え撃った。新たに展開されたナイフと『雪片弐型』が激しく切り結び、火花を散らした。

 決闘を背景に、少女が、父親に叫ぶ。

 

「お母さんは、病気でずっと意識不明で……! 面会できなくて! それで兵器になってるって!? 意味が分からないよ、父さん!」

「私は……私は、悪魔に魂を売った。延命のために、ISコアとして彼女を、エクスカリバーに組み込んだ。元より生体融合型ISとして開発されていた代物だ。だがアメリカとイギリスはコアとなる人間を用意できなかった……」

 

 一夏の刃がBT兵器より放たれたレーザーを叩き落とす。回避しても追いかけてくるならこちらから能動的に潰す。これ以上なく単純明快な結論を理論的に導き出し、感覚的に実行する。マドカはギリと歯を食いしばった。

 

「もって一年というところで、私はISと融合させる道を選んだ。そして事実、彼女はまだ生きている」

「生きている……()()()()()!? 冗談じゃないッ! どこが生きてるっていうんです!?」

「死んでないのだ! 死なずに済んでいるのだ! 彼女が生きていないだと……!? ふざけるな! ()()()()()()()()ッッ!!」

 

 二人の叫びがぶつかり合う。

 シャルロットは目尻に涙を蓄えて、キッと空を睨んだ。空──宇宙(ソラ)

 そこに、母がいる。愛した母がいる。二人で暮らしていた母がいる。宇宙空間に、G0の世界に、()()()()()()()()()

 

「家族、なんでしょう……!? ()()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()……! 愛する相手を、成層圏の向こう側において、それで何が家族だ!」

「お前に何が分かるッ! あの女は……お前のためなら人生を捧げて良いと言った! だが俺はどうなるというんだッ! 俺にはあいつしかいなかった……! 俺はあいつを死なせたくなど! あいつのいない、世界など……ッ!」

 

 アルベールの叫びに、思わずシャルロットの肩が跳ねた。

 初めてだった──これ以上ない感情の発露。

 

「……ッ! そうやって、そうやっていつもいつも!」

 

 一夏の剣筋がさらに鋭くなる。

 だが戦意が高まっているのは、マドカも同様だ。攻防の入れ替わりがより激しくなり、互いの剣戟が嵐を形成する。

 

「いつも! いつも! 僕だけのけ者にして……! 貴方と母の話だ、それは! ()()()()()()()()!」

「のけ者だと!? 冗談じゃないッ! あいつはお前を愛していた! 私も愛していた、はずだった……!」

 

 マドカのナイフと一夏の刀が火花を散らす。

 互いを食い破らんと猛り、両者の視線もまた物理的な鋭さすら伴って激突していた。

 

「はずだった……?」

「あいつがいなくなって、何もかもが分からなくなった……私は求婚を断られたとき、何事かと疑ったさ。あいつは断固とした態度で私と結婚せず、そのままお前を産んだ。挙げ句の果てには、しきりに、自分以外の女との結婚を勧めてきた。馬鹿馬鹿しいと一蹴したさ。だが次第に、そうも言っていられなくなった。事実として周囲は私に妻帯者であることを求めてきた。そしてその選択肢に、病床に伏せたあいつはいなかった……!」

 

 斬撃が加速する。もはや両者の攻撃は空間そのものを断っていた。

 片方が一段ギアを上げ、もう片方もそれに合わせてギアを上げる。出し惜しんでいたわけではない。限界が絶対的な仇敵に合わせて引き上げられていく。一秒前の限界を通り越して、加速度的に進化が果たされる。

 一夏もマドカも既に未体験の感覚へと突入していた。自分が次にどうすればいいのか、()()()()()()()()()()()。結果として動けているが、それには驚嘆が伴っている。

 

「それで、あのロゼンダっていう本妻の人と結婚した……」

「ロゼンダはエクスカリバーのことを知っていた。それを利用する形で、win-winとなる形で結婚を持ちかけてきた。俺もあいつも立場だけ満たせれば良かった。エクスカリバーは……笑顔で満足していた……」

「満足だって!? どれだけお母さんが寂しがっていたかも知らないくせに!」

 

 得物の範囲が違う。故に一夏とマドカは、互いにキープするべき距離が違った。

 一夏が有利な距離を選択しようとして後ろへ下がれば、マドカは追随して踏み込む。結果として間合いは変わらない。互いに十分に武器を振るえるものの、互いに相手の有利を崩せない。

 だから己がよく知る勝利パターンではなく、この暴走じみた攻防を続けるしかなかった。

 

「僕はずっと二人だった! 僕は満足だった、だってそれしか知らなかったから! だけどお母さんは……! ()()()()()()()()()()()()()ッ!」

「……ッ!?」

 

 シャルロットの叫びは痛切だった。

 まるで直接頬を殴られたように、アルベールはその場でたじろいだ。

 

「ずっと! ずっと! ずっとあの人は貴方の話をしていたんだ! 大学では学食より外のカフェだったんでしょう!? 猫より犬が好きだった! 美術館に行くなら印象派の展示会! その後に自然公園に行っていた! そして……花を一度だけ贈った! 照れながら一度だけ、コスモスを贈ったんだ……!」

「…………あいつ」

 

 アルベールが歯噛みしながらぼやくと同時、焔の翼を炸裂させて一夏が大きく後退した。

 マドカの裂帛の一撃──ではない。あえて引き下がることで間合いを取り直し、戦況をリセットしようとした。超高速の戦闘から解き放たれ、距離を取ってから一夏は崩れ落ちる。同時、マドカも膝をついた。

 

「…………ッ!」

「フハ、フハハッ……思っていたよりも、ずっとやるじゃないか、織斑一夏……そうだ。それでいい。そうでなくては、殺しても意味がないッ!」

 

 両者、とうの昔に限界を超えて身体を酷使している。頭も茹だっていて、脳が蒸発してしまいそうだった。

 苦悶の表情を浮かべる一夏に対し、脂汗を浮かべながらも、マドカは不敵に笑う。

 

「続けるぞ。どちらかが倒れるまでだ。私か、貴様。生きていて良いのは片方だけだ。だから死ね。死ね。ここで死ね。織斑一夏、貴様はここで死ぬ……!」

 

 しっちゃかめっちゃかに視界が跳ねる。呼吸も定まらない。

 だが一夏は、痛烈な殺意が向けられるのだけは感じ取っていた。故に立ち上がらなければならない。

 

 ──その、彼の隣に。

 半壊した『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を身に纏い。

 シャルロット・デュノアが並び立つ。

 

「シャルロット、お前は……」

 

 戦場に赴く娘の背中を見て、アルベールは目をこれ以上なく見開いた。

 そこに、彼女を幻視した。愛した女の後ろ姿とリンクした。

 

「僕は貴方を知っている。貴方のことを知っている。貴方が思っているよりも、ずっと。ずっと! だって、お母さんからずっと聞かされた! だから……!」

 

 息を吸い。圧倒的な格上である織斑マドカ相手にこれっぽっちも臆することなく。

 シャルロットは腹の底から叫ぶ。

 

「だから僕は、貴方を守ります! 誰かのためにあれとお母さんは言っていた! なら僕はお母さんのために、貴方を守ります! だって貴方は、お母さんの、大切な人だから!」

 

 美しい宣誓だった。

 マドカはふんと鼻を鳴らす。関係がない。先ほどの、リミッターが外されたような攻防戦。そこに至ったならば、シャルロットが割って入る隙はないだろう。

 想像以上の仕上がりだ。自分も、殺すべき相手も。それが彼女を高揚させる。唇の端が切れ、にじんでいた血を舌で舐め取る。

 

(織斑一夏は今日ここで殺す……!)

 

 一方、機体が稼働停止し、事態を静観するしかなかったショコラデの表情は強ばっていた。

 

(だめだ、織斑君では、あの少女には勝てない……!)

 

 先ほどの戦闘では、確かにショコラデですら目を見張るほどのスピードへと到達していた。

 だがやはり地力が違いすぎる。端から見て取れるほどに、両者には開きがある。

 数ヶ月前までド素人でした、と言われてもショコラデは信じないが、あくまで驚異的なのは成長スピードのみだ。

 

(機体さえ動けば! シャルル君……いや。シャルロット嬢の機体も半壊、恐らくダメージレベルC。手札が足りない!)

 

 悲鳴さえ上げそうだった。

 なるほど決意を新たにし、宣言した。それは良いことだ。アルベールは妻ともさして会わず、娘相手にはまるで親らしいことをしていなかった。そこをシャルロットが突き崩そうとしている。長年デュノア社に世話になっているショコラデは諸手を挙げて歓迎したいとさえ思った。

 だが、別に強くなったわけではない。戦場に何か変化が起きたわけではない。

 

(最悪のパターンは、二人がここで負け、機体を奪われること。更に織斑一夏の殺害も目的に入っている……過程で社長やシャルロット嬢に危害が及ぶ可能性もある)

 

 ショコラデは『コスモス』のリアスカート部分に内蔵された、対人ハンドガンにゆっくりと手を伸ばした。

 

(……覚悟はできている。元よりそのつもりだ。拾ってもらった命、ここで使え。あの人のために。私を救ってくれた人の為に、死ね、ショコラデ!)

 

 悲壮な決意とともに、ショコラデは『コスモス』から離脱する。

 事態が動こうとしていた。

 シャルロットが加速の予備動作に移る。マドカはそれを迎え撃たんとする。ショコラデが生身でマドカの気を引こうと走り出す。

 

 全てが手遅れになるその刹那。

 

 

 

 

 

「────違うだろ、シャルロット」

 

 

 

 

 

 だが、一夏の言葉が、時を止めた。

 愛刀を杖のようにつき、そこに体重を預けてなんとか身体を起き上がらせる。とび色の瞳だった。未だ焔を噴き上げ続けている『白式』の装甲が、ほんの僅かな動作だけでぎしりと軋みを上げた。

 

「……一夏?」

「違う……全然違う。お前何言ってんだよ。全然ダメだろ。お前お母さんの言ったこと何も理解してねえよ、それ」

 

 やっと理解できた。

 そうだ。一夏は先ほど流し込まれた思念をやっと理解できた。何も分からなくて当然だ。だって彼の知らない、彼からはすっぽり抜け落ちた感情なのだから。

 立ち上がり、その両眼を銃口のようにシャルロットへと向け、一夏は真正面から告げた。

 

「お前のお母さん……()()()()()()()。違うか、()()()()()()()()。さっき伝わった。すげー温かかった」

 

 これが家族の愛なのかと、他人事のように理解した。実感は伴わない。だってそれは自分に向けられた感情ではないのだから。

 

「誰かのためにあれって、『そのために自分をすり減らせ』とは全然違う。愛する相手にンなこと強要するわけねーだろ。誰かのためにあれって、それはさ」

 

 言葉を一度切って。

 シャルロットの揺れる瞳に対して、一夏は柔らかく微笑んだ。

 

「──お前の母さんがお前にしてくれたみたいにしろ、ってことなんだろ?」

「…………ッ!」

「だからシャルロット、勘違いするな。遮二無二誰かを助けて、それを拠り所なんかにしちゃ駄目だ。誰かのために、自分を犠牲にするな!」

「……だ、けど。じゃあ、どうしろって……!」

()()!!」

 

 力強い声に、思わず目を見開いた。

 

「と、ぶ」

「ああそうだ! 後々、やりたいことは見つかるさ! だけど今は──迎えに行こうぜ! 宇宙だからちょっと遠いけど、まあ、なんとかなるだろ!」

 

 彼はそう言い切って、顔を上に上げた。青空が広がっている。光の剣に貫かれ、大穴を空けた雲が浮かんでいた。

 その直線の先に、エクスカリバーはいる。

 

「シャルロット! そのための翼はあるだろ! そのための意志もあるだろ! なら思いっきり飛べ! だってお前は、シャルロット・デュノアなんだから――!!

 

 そう叫んで、一夏はバッと右手を彼女へ伸ばした。

 いつかのように。黒い暴風へ共に立ち向かったときのように。

 

()()()()()()()()。怖いなら一緒に並んで飛ぶ。力が足りねえなら背中を押す。だから──飛ぶぞ、シャルロット!!」

「────────」

 

 感じた。強い意志。どこまでもまっすぐ伸びていく視線。

 ともすれば気圧されそうになる。だっていずれもシャルロットには備わっていないものだから。

 

 だけど。

 

 気づけば、彼の手を取っていた。身体が勝手に動いた。

 

 ぶわりと胸の底から感情が噴き上がる。

 これなのかなとやっと実感した。

 

(お母さんも……こういう風にして、人を好きになったの?)

 

 誰よりもまっすぐ自分を見つめる目。撃ち抜かれるような心地だった。

 

「……ぁ」

 

 やっと分かった。

 あの時花畑で、母があんなにも優しい表情をしていた理由。

 

「そっか。そうだったんだ」

 

 羨ましかった。誰かに愛されるということ。誰かを愛するということ。これっぽっちも分からなかった。

 本当は遊園地でラウラが胸が痛いと言ったとき、自分もそうだった。だけど箒の言葉には頷けなかった。恋をして、それで、一体何を喜べというのか。

 

(だけど、違ったんだ。お母さんは二人でずっと耐えていた。強い人だと思ってた。だけど)

 

 ──誰かを愛するというのは、こんなにも。

 

(こんなにも、力がわいてくる)

 

 隣に一夏がいる。それだけでなんでもできる気がした。どこまでも飛んでいける気がした。

 

(そうなんだね、お母さん、お父さん)

 

 同時にアルベールの行動に、一定の共感を得た。

 愛する人のためなら、なるほどあらゆるリソースを注ぎ込んで戦えるだろう。そうだ。彼も戦っていた。

 

「……一夏」

「おう」

()()()

 

 言葉と同時だった。

 視界の隅で、鋼鉄の鎧が眩しい輝きを放つ。

 

「何──」

「……ッ!?」

 

 マドカとショコラデはぽかんと口を開けた。

 だって、人がいなければ起動しないはずのパワードスーツ、ISが──デュノア社製『コスモス』が、勝手に立ち上がっていたのだから。

 

「お父さん……母はコスモスが好きだそうです」

「…………知っている」

「はい。だから、この名前にしたんですよね。好きな花に囲まれていられるように……でも僕は、それは嫌だ。今から、()()()()()()()()()()()

 

 刹那。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 それは正常な形の、本来あるべき工程を踏んで行われた共鳴現象(レゾナンス・エフェクト)

 

 元より一夏の場合はレアケース中のレアケースだ。ブラックボックスそのものであるISコアとは言え、IS乗りとの共鳴など束ですら想定しない代物。

 むしろこうして、ISコアとISコアの反応こそが、束が予期した光景だった。

 

「来て、『コスモス』。お父さんがお母さんのために造り上げたIS。僕の力になって」

「……ッ!」

 

 一夏はそれを聞いて、アリーナで抱いた印象が誤りではなかったことに気づいた。

 やはり防衛用。ただし拠点防衛ではない。

 これは、衛星軌道上の『エクスカリバー』を防衛するためのIS!

 

「まだやれるよね、『ラファール』。僕にとって最高の相棒。僕の半身……今日、初めて、僕は僕のために飛ぶよ。だから……君の力が必要だ」

 

 呼応するようにして『ラファール』も輝きだし、その光の中へと、『コスモス』だった粒子が吸い込まれていく。

 

「ははっ。文字通りの──疾風(ラファール)()再誕(リヴァイヴ)ってわけか」

 

 一夏はあり得ざる光景を目の当たりにして、呆然としながらもそう言った。

 光の中でシャルロットが力強く頷く。

 

『コスモス』が、『ラファール』に力を委譲する。

 

 ぎらつく光が、温かな光に包まれていく。

 

 父の妄念を、娘の愛情が溶かしていく。

 

 完全な同化ではない。オレンジカラーの装甲はそのままに、機動性を失わないよう減らされた装甲もそのままに。

 しかしウィングスラスターが倍に増え、内蔵していた火器類が書き換えられる。

 

 顕現するは唯一無二のデュアルコアIS。

 

 

 

 ──『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』

 

 

 

 なんだこれは、とマドカは目を見張った。

 ISとISが合体した。あり得ない。意味が分からない。何が起きている。どういうことだこれは。

 

 新生した機体を纏い、シャルロットは自分の両手を見た。

 その隣で一夏は笑みを浮かべ、マドカに目を向けた。

 

「お母さん……今から、迎えに行くよ。もう一度、ここから、始めるために。だから──」

「悪いな。俺と因縁があるんだろ、そんな顔してるぐらいだから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから──」

 

 

「「邪魔するな! そこをどけェェッ!!」」

 

 

 一人じゃない。

 二人で、猛然と加速する。

 そう────疾風の、その先へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんかおりむーが他の女に『お前を愛してるよ』って言った気配がしたぞどうなってんだオイ!!!!!!!!!!)

 

 感覚が鋭敏すぎるのも考え物である。

 東雲は武器を失い、そこらへんの瓦礫や鉄骨を武器にしてゴーレムⅡの大群相手に大立ち回りを演じながら、内心で絶叫した。

 

(あとあり得ないぐらいに、なんというかこう……危機感がすごい! 何か、絶対に看過できない何かが起きた気がする!)

 

 抜群の第六感は、シャルロットのこれ以上ない正妻シーンすらも嗅ぎ取っている。

 お前と違ってちゃんとヒロインポイント重ねてきたんだよ。残念ながら、当然の結果です……

 

(あーもうそれにしても数が多い! 武器が武器だから破壊に時間がかかるし! 一刻も早くおりむーのとこ行かなきゃいけないのに──しょうがねえ)

 

 東雲は背後の、空になったバインダー群に手を伸ばした。

 

(知ってるか。原始時代からある、現代武器の始祖。其方たちは──棒で殴れば壊れる!)

 

 壊れてんのはお前の頭だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 




いや長過ぎです本当にすみませんまったくもって当初の予定ぶっちぎりました
ゆるして

あと推薦を二ついただきました
椅子から転げ落ちました
正直俺より的確にまとめてくれています!!本当にありがとうございます!!

追記
ラウラも赤目じゃんっていうのはマジで頭からすっぽ抜けてたので該当箇所を訂正しました
こう、寛大な心で許してください

次回
39.シャルロット・デュノアという少女


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39.シャルロット・デュノアという少女

俺たちのメインヒロインを信じろ


 織斑一夏と織斑マドカが交わす刃は、音を置き去りにしていた。

 激突の余波で周囲の瓦礫が粉々に消し飛び、衝撃波じみた突風にアルベールとショコラデは思わず顔をかばう。

 それから手を下ろし、二人が繰り広げる絶戦にあんぐりと口を開けた。

 

「これが、本当に……ISに乗って数ヶ月のルーキーだと……!?」

「………………」

 

 アルベールはうめいた。まだ彼は()()()()()()()()()

 しかしショコラデはその余裕すらない。

 

(万全の……万全の『ラファール』があれば、私だってあそこに割り込める。織斑君よりうまく戦える。だけど、それは()()()! ISに乗り立ての、いやむしろ……代表候補生だったころの私ですら、入れない……!)

 

 年々代表候補生のレベルが上がっているのは当然の成り行きだった。

 ショコラデは世代としては最初期(オールド)だ。織斑千冬世代──たった一人の最強を生み出す代償に、それ以外の九割の人材が心を折られた、悪夢の世代。

 だからシャルロット──当時はシャルルと認識していたが──の戦闘機動を見て、素直に喜んだものだ。ここまでレベルが高いのなら、これから先、IS乗りには困らないだろうと。とはいえISは増えてくれない、なんてジョークすら飛ばしていた。

 

 違った。

 認識が甘かった。

 レベルが上がっている? 違う。()()()()()()()()()()()()()

 ISという兵器をなんとか扱おうと必死に試行錯誤していた。今の世代は、ISを前提にして育ち、学び、修練を重ねている。

 

(……これが、これが──IS学園の生徒……ッ!)

 

 改めて思う。あの島は、一見すれば外界から切り離された少女たちのゆりかごだ。

 しかし内実、というより外から見れば、文字通りの天才たちが集って互いを高め合う、世界の頂点に最も近い学び舎なのだ。

 一夏の驚くべき成長に、その学習カリキュラムが影響していることは間違いない。

 

 何よりも、ショコラデがそう考える理由は、一夏ではなくシャルロットだ。

 

(あんなに疾風だ(はやか)ったか……!?)

 

 マドカと一夏の剣戟。

 しかし今それは、一夏が完全に主導権を握っている。

 理由は明白だ。決定的な、分水嶺になりかねないマドカのカウンター、あるいは回避機動を、シャルロットは縦横無尽に二人の周囲を飛び回りながら撃ち落としている。

 

(まるで戦闘を全て識っているような……割り込むのではなく、流れを操っている! 間違いなく二人の決闘なのに、シャルロット嬢が織斑君の優勢を導いている……)

 

 弾丸がマドカの頬をかすめる。ダメージはない。だが意識は割かれる。一夏は直感任せにそこを突き、生み出した優勢を理論的に維持し続ける。

 マドカの表情が歪む。先に叩き潰すべき相手を定め、シャルロットへBT兵器をけしかける──が、直後に白い刃が閃き、ビットを真っ二つに叩き斬った。

 

「…………ッ!!」

「二対一は不満か? あいにく、俺たちは決闘ごっこに興じてる暇がねえんだ!」

 

 返す刀で一夏はマドカの右肩から腰にかけて食い込むような袈裟斬りを放つ。

 両腕は間に合わない。思考伝達を受けて二つのビットが殺到し、合体。シールドビットとなって斬撃を防いだ。

 しかし。

 

「一夏!」

「うおおォォォッ!」

 

 飛んでくるカウンターは無視。何故なら頼りになる少女が迎撃してくれるから。

 自分はただ──この刃を振り抜けばいい!

 

「きさ、ま──ッ!」

「突き破れ、『白式』────ッ!!」

 

 発動するは荒れ狂う焔。

 攻防一体の鎧は、自ら弾け飛ぶことで推進力と成る。

 空間が破裂するような轟音と共に、『雪片弐型』を保持する両腕の焔が炸裂した。一点集中型の炸裂瞬時加速(バースト・イグニッション)

 一気に圧を増した斬撃が、堅牢なシールドビットを紙切れのように引き裂いた。

 

「だが、まだだ!」

「そう、まだだ!」

 

 一夏とマドカの言葉が重なった。

 防御を破られた黒髪の少女は、ナイフで下からすくい上げるようなカウンターを放つ。防御を突き破った黒髪の少年は、再度両腕の焔を炸裂させあり得ない速度で弐ノ太刀を放つ。

 両者の刃が交錯する寸前、割って入る影。

 

「そこだッ!」

 

 シャルロット・デュノア。両手のライフルを一秒足らずで近接戦闘用ブレードに切り替え、吶喊してきた。

 想定外の奇襲にマドカが目を見開く。

 間違いなく自分の反撃は叩き落とされ、残った二本の剣に貫かれる。

 

 そうだ。

 この瞬間、はっきりと見える。

 

(わた、しが、まける────?)

 

 現実は彼女の困惑を待たない。

 輝く刃は寸分違わずマドカの喉元に殺到し。

 

 

 

「そこまでにしときな、ガキ共」

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 一夏の右腕。マドカの右手。シャルロットの両手。そして全員のウィングスラスター。

 糸に絡め取るのではなく、その脚を以て押さえ込む──そう、超高速で入り乱れる三機の中に突っ込み、直接三機を押さえつけるという神業!

 

「オータム……ッ!」

「貴様、どういう了見だッ!」

 

 そっくりの目をした二人から同時に怒鳴られ、オータムは肩をすくめた。

 

「撤退命令だ、エム。いや……こうして顔を合わせてるんならマドカでいいのか」

「冗談ではないッ! 私の目の前に織斑一夏がいるんだぞッ!? それをみすみす……ッ」

()()()。スコールが落とされた。この場の指揮権は私にある」

 

 声色はかつてないほど冷淡だった。

 八本脚が稼働し、振り回されるようにして一夏とシャルロットは吹き飛ばされる。

 空中で姿勢制御──素早く突撃態勢を整えつつ着地したとき、既にオータムはマドカを脚でつまみ上げたまま飛翔していた。

 

「……ッ、次は従わない」

「そうだな。一対一なら、私も止めねえよ。だがありゃだめだぜ。織斑一夏よりあの女の方が、今はやべえ」

 

 少し前から、オータムは潜伏しつつ事態を見守っていた。決定的な場面になれば割って入る腹づもりだった。

 

「デュアルコアってのも是非いただきたいところだが──覚えとけよマドカ。戦いってのは、意外と流れがあるんだ」

「……流れ」

「そうだ。如何に懸けるものがあるか、って言い換えてもいい。今この瞬間は、シャルロット・デュノアは無敵なのさ」

 

 それからオータムは不意にサイドブーストをかけた。

 直後、彼女がいた空間を青いエネルギーレーザーがえぐり取る。

 

「ほら、増援だ。任務は失敗。各ブロックから戦力を撤退させてる。スコールも回収できたってよ……つーかなんだ今の攻撃、やたら殺気が載ってたな」

 

 どうやら各国の防衛部隊が、残存勢力を駆逐するために押し寄せているようだ。

 ならば長居する理由はないのだが──さっきからレーザーがすごい勢いでビュンビュン飛んできてる。怖い。マドカはちょっと頬を引きつらせた。

 狙撃手へ視線を向ける。遠方で戦場の熱風に豪奢な金髪をなびかせ、保持したスナイパーライフルで執拗にこちらを、特にマドカを狙っている少女。

 

『何を』

 

 セシリア・オルコットが通信に流した声はあまりにも低くて、一夏たちですらビビった。

 

『何をライバルのような顔をしているのですか……ッ』

「……え?」

『その男のライバルは、このわたくしッ! セシリア・オルコット以外におりませんッ!!』

「そこキレるとこなの!?」

 

 シャルロットは結構な大声を上げた。

 淑女は鋭い鷹の目でマドカをにらみつけている。

 

 よく分からない因縁をふっかけられ、マドカは困惑した。ライバル。恐らく一夏のことだろう。

 遠くなっていく地上に目を向ける。彼は刀を握ったまま、こちらを見上げていた。

 戦ってみて分かった。自分の予想はあまりにも甘い代物だった。

 

()()()()……)

 

 力みを感じないのに、鋭い一閃。

 こちらの臓腑を抉るような威力の刺突。

 どこまでも続くと思うほどに美しい軌道の斬撃。

 

(これが……これこそが──そうだ。私が、超えるべき相手だ! そうだ……それでいい! 強くなければ、意味がないッ!)

 

 あらゆる攻撃が一級品だと、認めざるを得ない。

 そうだ。ああ、認めよう。認めるしかない。織斑一夏はぬるま湯につかっていた愚者ではないのだ。紛れもない、傑物なのだ。

 

「……織斑一夏……名を、刻んでおこう」

 

 マドカのその台詞を聞いて、一夏は思わず舌打ちをしそうになった。

 

(冗談じゃない──織斑マドカ。お前の正体はまだ分からねえが……その強さは、感嘆以外の感想が出ないほどだぜ)

 

 対応しきれない隙を見せれば、悉くそれを突いてくる。

 こちらに有利な立ち回りが続きそうになると、すぐさま仕切り直される。

 何よりも気持ちの面で、最も負けてはならない分野で一夏はマドカに圧倒されていた。

 

(一対一なら間違いなく俺の負けだった。因縁とかじゃねえ……そうだ。お前は間違いなく強敵だ、だからこそ超える甲斐がある……!)

 

 凄まじい技量である。

 セシリアやオータムなど目標になる相手は多数いるが、自分に極限の憎悪を向けてくる少女がこれほどの腕前を誇っているという事実は、一夏にとって大きな契機だった。

 

「ああ、刻めよ。俺も刻む……織斑、マドカ……! お前の名前をな……!」

 

 オータムとマドカが、追尾不可能な速度で去って行く。

 元より深追いしている場合ではない。撃退できたのなら、それで百点満点だ。

 

 だからシャルロットは銃口を下ろして、隣の一夏を見た。

 様々な場面で、流れの中心にいる、いてしまう少年。彼にまた新たな因縁が生まれたのだ。

 真剣な表情で粒のように小さくなっていく敵を見る彼に、シャルロットは思う。

 

(いや、マドカって子、ずっと猫みたいにつまみ上げられてたのに、よく笑わずに啖呵切れるね君……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瓦礫の山となった本社ビルから、アリーナとは反対側。

 そこにデュノア社製マスドライバーはあった。

 物資や人材を送り込むためのスペースシャトルをデュノア社の技術部が突貫工事で改造している。

 

「外部にISを取り付け、中に積むのではなく外に取り付かせる、か。考えたな」

 

 工事風景を見て、東雲はそう分析した。

 隣で一夏は首を傾げる。二人や各国の代表候補生らはISを解除し、ISスーツ姿で待機していた。

 

「そうなのか?」

「単純に効率が良い。シャトル内部から出撃するにあたっての数秒のラグもない。何より、接敵ラインに到達する前に撃墜された場合、各自散開できる」

「なるほどな」

 

 聞けばこの師匠、最終的にはバインダーでゴーレムを殴ったり、最後は素手でゴーレムを殴ったりしてたらしい。殴りすぎだ。

 

「それにしても、全員無事で良かった……」

 

 IS学園視察担当という名目で来ていた箒は、避難所を抜けてマスドライバーまでやって来ていた。

 言葉通り、セシリア、鈴、ラウラもこの場にいる。

 

「最後の援護、ありがとな、セシリア」

「……つーん」

「……セシリア?」

 

 一夏が礼を言っても、淑女はまるで応じなかった。

 

「えっと……どうしたんだ?」

「はい? 誰ですの貴方。わたくし、ライバルの織斑一夏は知っておりますが、わたくし以外の相手とものすごーくライバルっぽいやりとりをしていた男など知りませんわ」

「お前の独占欲、独特すぎねえ!?」

 

 セシリアは普通にキレていた。

 というか一夏のライバル、多過ぎである。実際問題彼女はオータムの登場ですら危機感を抱いていたのに、ここに来てもう一人追加である。あり得ない。

 

「いいですこと。最後に。最後の最後の決戦場で貴方と雌雄を決するのは、このセシリア・オルコットですわよ!」

「ああ。分かってるさ。お前は……俺の運命だからな」

「ならばよろしいですわよ。わたくしの運命の相手さん」

 

 互いに思い入れは強い。原初だった。今の自分がいるのは、目の前の相手がいるからといっても過言ではない。

 なのでその言葉選びに他意はない。ないのだが。

 

「箒」

「……何も言うな」

 

 目から光を失った鈴の肩を、箒は優しく叩いた。

 何が『俺の運命』だという気持ちだった。幼馴染が二人もいるのにそれを差し置いて出会って数ヶ月の金髪美女と互いに『運命の相手』と認識している。箒もビデオテープが送られたような気分だった。

 

(運命の相手か……当方にとっては、やはり織斑千冬こそ運命か)

 

 東雲はこういう時にはバカだった。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

「それはそれとして、だが」

 

 箒は咳払いを挟んでから、一点に視線を集中させた。

 そこにはラウラと談笑して肩の力を抜く金髪の級友がいる。

 

「あの、何が起きた?」

「え?」

 

 シャルル・デュノア──改め、シャルロット・デュノア。

 男だと思っていたら女だった。意味不明である。箒は完全に目を回していた。

 

「ああ、びっくりしたよな。俺も超ビビったぜ」

 

 一夏は軽く笑いながら告げる。

 ルームメイトは解消だなと告げれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その様子を見て、代表候補生らが頬を引きつらせた。

 

「えっ、その」

「タンマタンマタンマ。え? 一夏と箒……あんたたち、気づいてなかったの?」

「逆にみんな気づいていたのか!?」

 

 一夏は悲鳴を上げた。

 どう考えても気づけない。もし気づいていないのが自分たちだけなら、とんでもないピエロである。

 

「わたくしは職業柄、相手の骨格まで見透かせるので。転校した瞬間から分かっておりましたわ」

「あたしはなんかこー……歩き方とか? 雰囲気とか? なんか一夏より箒っぽいなー、ってこれ女だわ、みたいな」

「私も隣に並んで何故男装しているのか不思議だったな。重心の位置や声のトーンの置き方、それら全てが女だった」

 

 材料だけ上げていけばガバガバ男装である。

 しかしそれに気づけるかどうか、というのは別問題だ。事実として一夏や箒、クラスメイトらは分かっていなかった。

 

(……改めて気づかされるぜ。俺はバケモンに囲まれているんだな)

 

 自分にはできないことを、平然とやってのける人間ばかりだ。

 だからこそ、強くなれる。超える甲斐がある。一夏は両眼に焔を滾らせながら、拳を握った。

 

「……令も気づいていたのか」

「肯定。また、おりむーに危害を加えないよう警告も行っていた」

 

 シャルロットはその時のことを思い出して少し顔を青ざめさせた。

 何度思い出しても、首が飛んでいないのがおかしい。それほどの剣気だった。

 

「てことはさ、事が済めば、女子として通えるのか?」

 

 一夏の何気ない質問。

 それが場の空気を重いものにする。

 

「……どう、だろうな」

「あはは。本国送還が一番あり得るかなあ」

 

 ぎょっとした──シャルロットの声は異様に平坦だった。

 

「だって、それが当然だと思うし」

「だけど、お前……」

 

 誰もそれを否定できない。

 しかし、認めたくはない。一夏は必死に思考回路を回した。そんなのは嫌だ。だってシャルロットは、まだ生きていない。()()()()()()()()()()()()()()()()。このまま、シャルルのまま過ごして、シャルルとして去って行く。それはおかしい。そんなことは認められない。

 何かないか。

 

(千冬姉に……いや、俺は何を考えてやがる。誰かを救うために誰かに負担を押しつけようとするな。何か……)

 

 思考が上滑りしていく。言葉一つない、苦しい沈黙。

 それを破ったのは、低い男の声だった。

 

「なんとかする」

 

 全員弾かれたようにそちらを見た。

 すすけたスーツ姿のまま、頬に瓦礫の破片でついたと思しき傷を残す男。

 

 アルベール・デュノアだった。

 

「シャルロットとして通えるように……なんとかしてみせる」

「……お父さん、と……ロゼンダさん」

 

 アルベールの両脇には妙齢の美女が並んでいた。

 片方は先ほど共に戦ったショコラデ。

 もう片方は、シャルロットの反応からしてアルベールの妻、ロゼンダ・デュノア。

 

「安心なさい、シャルロット。一応あたしも結構なツテがあってね、デュノア社以外の勢力を通して色々やってみるわよ」

 

 ロゼンダは憮然とした表情で告げた。

 その内容に、シャルロットは驚愕に口をぽかんと開けた。

 

「え、でも……その、ロゼンダさんは……」

「あんたのことが嫌いだって? 別にそういうわけじゃないわよ。単純に、こいつと結婚して不労所得で毎日がホリデイ暮らしになると思ったら五億倍忙しくなって死んでたのよ。顔も出せなかったのは悪かったと思ってるし、それに……」

 

 ツカツカとハイヒールのかかとを鳴らして、彼女はシャルロットに近づく。

 ぐいと顔を寄せ、そのアメジストの瞳を覗き込んだ。

 

「ほんと、嫌になるぐらいそっくりね」

「……ぇ」

 

 そうだ。アルベールが言うには、ロゼンダはシャルロットの母を知っていた。

 

「あいつには死ぬほど借りがあんの。それにまだ、決着はついていない。だからあんたを助けて、あいつも助けて、そこからやっと本番なのよ。むしろ現状、肩書きだけならあたしが勝ってるし? このままどうにかあいつの悔しがる顔がみたい的な?」

「……決着?」

「そう。……()()()()()()

 

 小声で付け加えて、ロゼンダは後ろで所在なさげに立っているアルベールへ視線を送った。

 

「信じられる? あんたのパパ、本気であたしが財産狙い百パーで結婚したと思ってんのよ? あほらし、んなワケねーでしょって感じ。あの調子じゃあ、大学であたしとあいつのどっちが堅物ガリ勉バカを陥落させるかオッズが張られてたのも知らないでしょうね」

「えぇ……」

 

 さすがにそれはちょっとどうかと思う。

 一人の男を取り合って、複数の女性がつばぜり合いを繰り広げる。それに親が巻き込まれていた、というか親を中心に今も続いているとか普通に嫌である。

 恋愛はもっと秩序だって行われるべきだ。王子と姫、とまでは言わなくても、二人で関係を育んでいくのを彼女は夢見ている。

 

 と、そこでシャルロットは今自分が置かれている現状を思い出した。

 

(………………)

 

 ──シャルロットの瞳から光が抜け落ちた。彼女は考えるのをやめた。最悪の遺伝だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。作戦としてはやはり、『エクスカリバー』を破壊するのではなく機能停止に追い込み、回収するというのが目的か」

 

 工事が終わりに近づき、改めて代表候補生らは整列し、アルベールを指揮官としたミーティングを行っていた。

 

「回収対象はコアユニット『エクスカリバー・デュノア』……なんというか、人の名前って感じはしないな」

 

 名前を読み上げた一夏は、先ほどは気づかなかった違和感に眉根を寄せる。

 それに回答したのはシャルロットだった。

 

「僕のお母さん……エスカリブール・デュノア。結婚はしてないからデュノア姓じゃないんだけど、コアユニットとして登録するにあたって、デュノア社の名を借りたんだって」

「ついでにいえばエスカリブールも英語読みに合わせたエクスカリバーとした。その頃はまだ、アメリカとイギリスでの合同開発に我々が新規参入しただけだったからな」

 

 アルベールは淡々と続けた。

 

「そしてその回収のため、各国代表候補生らに助力していただく。むしろ、各国政府から自国を参加させるよう圧力がかかっているぐらいだ。よほど私に恩を売りたいのだな」

 

 傲岸不遜な物言いだが、事実だった。

 ここでデュノア社に貸しを作っておくのは、これから先を考えれば余りにもメリットが多い。

 さらには最先端の第三世代機の大気圏外運用データすら取れる。ここで参加をためらう人間は、政治家としては馬鹿だ。

 

「そして──織斑一夏。君も参加を志願するか」

「はい」

 

 即答。それを聞いて箒は目を見張った。

 

「一夏、お前……」

「ごめん箒、でも俺、行かなきゃいけない。さっき感じたんだ。『白式』と俺が変な風にリンクしてるからだと思うけど……シャルロットのお母さんの思念を感じた。見て見ぬ振りなんてできない。俺はあの人を助けたい。そう心の底から思った」

 

 そこで言葉を切って。

 彼はアルベールに鋭い視線を向けた。

 

「だけど、俺はあんたを許すことはできない」

「…………」

「あんたは何もかもを――娘を犠牲にしてでも立ち止まっていようとした。違う。それは間違ってるんだ。停滞も維持も、心地よくて、ずっとそこにいたい――分かるよ。分かっちまう……だって、俺もそうだったから……」

『────!』

 

 一同はそこでハッとした。

 そうだ。彼もまた、過去に振り回され、そして過去を受け入れた。

 

「だから否定はしないさ。別にいい。あんたが勝手にやってんのならいいさ。だけど誰かを犠牲にしちゃだめだ」

「……そう、だな」

 

 アルベールはぽつりと、それだけこぼした。

 何も、何も自分は分かっていなかった。彼女が生きていればそれでいいと。だがシャルロットが示した。愛とはもっと、温かくて、眩しいものなのだ。

 自分がやっていたのは愛ではない。あれは妄執と化していた。

 

「だから、()()()()()()()()()()()()! シャルロットの代わりじゃねえ、俺がムカついたからだ!」

 

 人差し指を突きつけ、一夏は叫んだ。

 一介の学生が大企業のトップ相手にである。さすがに全員閉口した、が。

 

「ふ…………フハハ! ああ……そうだな。待っているとも」

 

 何かそれで吹っ切れたように、アルベールは頷いた。

 すがすがしい笑顔さえ浮かべていた。めったに見られないそれに、娘であるシャルロットですら驚愕する。

 それを見てロゼンダが『……ッ、不意打ち……』と呟いて顔を背けたりショコラデが胸を押さえて『……ッ、あれ、え……?』と首を傾げていたりしたが、シャルロットは何もかも嫌になって見なかったことにした。

 

「では、この場にいる全員で作戦に臨むと言うことですわね」

「いや……違うな」

 

 セシリアがそうまとめるも、ラウラが表示される作戦の概要を何度も読み返して首をひねる。

 

()()()()()()()……?」

「ぇ……?」

 

 一夏はバッと振り向いた。いつも通りの無表情で、東雲はそこに座っている。

 

「何で……最大戦力だろ!?」

「……彼女の立場は複雑だ」

 

 苦虫をかみつぶしたような声で、アルベールは口を開いた。

 彼にとっては最も参加して欲しい戦力だった。唯一無二、最強の切り札。

 だが。

 

「彼女の専用機『茜星』は専用の装備として使い捨ての太刀を用いているな。太刀もバインダーも破損している。まずこのままでは戦闘に参加できない」

「──ッ、だけど、それこそデュノア社の装備を使えば!」

 

 一夏の反論は理にかなっていた。何よりも、最悪の場合、IS用装備すらなしに戦闘できるというのは、先ほど彼女自身が証明している。

 それでもアルベールは首を横に振った。

 

「日本政府からの通達だ。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』──つまりは足止めだ」

「な……ッ!?」

 

 日本からフランスへの輸送。到底、作戦開始には間に合わない。

 

 考えてみれば分かる。今ここには代表候補生が顔を揃えている。

 彼女たちは有事の際にISを纏い出撃し、問題を解決する。

 将来は国家代表への道が開けた、選ばれし者だ。

 

 仮に彼女たちがこれから先の未来、国家代表になったところで、反対する者はいない。

 

 

 だが東雲令は違う。

 

 

 選抜された各国の代表候補生がそろって作戦に参加する。恐らく彼女たちは、今最も国家代表となる可能性が高い、いわば将来のスターだ。

 この作戦に参加するということ自体がそれを意味する。

 

 そこに東雲令が参加すれば、誰もが考えるだろう。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──

 

 

 しかし、それをよしとしない勢力がいる。

 故にこうした足止めが起きる。起きてしまう。

 

(東雲さんなしで……)

 

 十二分な戦力だ。そのはずだ。

 

 なのに一夏は、どうしても嫌な予感が拭えなかった。

 

 

 

 

 それから十五分後。

 作戦が──エクスカリバー奪還作戦が始まる。

 

 作戦コードは、『聖剣奪還(ソード・バッカー)』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いやシャルロットちゃんのお母さん名前ダッッッッッサ)

 

 東雲は絶句していた。

 確かに分からなくはないというか、名付け親の感性を疑わざるを得ないのは確かだ。娘の名前に伝説の聖剣とか普通つけない。キラキラネームを超えてギラギラネームである。

 でも今じゃないよな。今は真面目な話してるんだからさ。というかお前の真面目な話をしてるんだからさ。少しは聞いとけよ。

 そもそも他人があれこれと言う問題ではない。本人が聞いたらどう思うか──

 

 

Agree with you(いやマジでほんとにねー). It’s terrible(これはないよねー).】

(さすがにこれは当方大困惑アンド大同情。ところで其方、誰?)

 

 

 …………ッ!?

 

 

















やめて! エクスカリバーのエネルギー砲撃で『白式・疾風鬼焔』を焼き払われたら、自壊炸裂瞬時加速(オーバースト・イグニッション)で絶対防御エネルギーを転用してる一夏の身体まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないで一夏! あんたが今ここで倒れたら、東雲さんやシャルとの約束はどうなっちゃうの? エネルギーはまだ残ってる。ここを耐えれば、聖剣奪還(ソード・バッカー)作戦は成功なんだから!

次回
40.織斑一夏、死す!

ISバトルスタンバイ!



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40.織斑一夏、死す!

平成最後の投稿です


連載当初「一話5000文字ぐらいがベストやな、ワイはハーメルンに詳しいんや」
現在「14000文字!死ねぇトランザム!」


 デュノア社製マスドライバーは建造中のジェットコースターのように、地面に沿って疾走し、そこから曲線を描き天へ真っ直ぐ飛び立つ形を描いていた。

 とはいえその規模は常人の想像を超えるものだ。加速のための直線は5キロを誇る。そしてそこから急激に真上へとコースを変更し、射出コースにも数キロを要している。

 異常な長さを誇る──が、射出の際に運搬用シャトルがマスドライバーと接しているのは僅か十数秒だ。多段階式ブースターノズルによる超加速は、『動画サイトの広告が終わったら宇宙に来ていた』と乗組員に言わしめるほどのスピードを叩き出す。

 

「これが……宇宙へと至る道、か」

「詩人だな」

 

 マスドライバーを見上げた一夏の感想に、東雲は背後から声をかけた。

 作戦実行はもう数分後。師弟は二人並び、遠い遠い、()()()()()()()()を見ていた。

 

「我が師」

「なんだ、我が弟子」

「人は、本当にあそこに行こうとしたんですか?」

 

 一夏は空を指さした。

 

「肯定する。届かない場所に手を伸ばす。それは人類皆共通だ」

「人類皆共通……」

 

 心当たりがあった。自分もまた、届かない星に手を伸ばしている。

 そう、だって、隣にいる少女は眩い光を放って自分を照らしてくれているのに、まるで手が届く気がしない。

 

 ──東雲は水面に映る月のようだなと、一夏は思った。

 

 恋のような感想だった。それを苦笑とともに否定する。恋愛感情など。()()()()()()()()()。自分に恋などする暇があるものか。前へ進め。次の領域へと上れ。より強く、もっと強くなれ。

 でなければ、東雲令の隣には至れない。

 

「……なあ、()()()()

「…………()()()()?」

 

 呼び名が変わった。それは明らかに、意識の変化を表していた。

 東雲はとりあえず相手に合わせて呼び名を変更してみた。実際どんな意味があるのかは分かっていないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 手を空へ向けて、一夏はすっと目を細めた。

 

「東雲さんは、さ」

「………………」

「こういう風にして星に手を伸ばすこと、あるのか?」

 

 問いは婉曲的だった。

 だがそれが指し示す内容は、誰にとっても明白だった。

 東雲はしばし沈黙してから、隣の一夏と同様に、天へ向けて腕を上げた。

 

 

世界最強(ブリュンヒルデ)

 

 

 ──その顔を、きっと一夏は忘れない。

 彼女は星に手を伸ばしていた。星に手を伸ばしていたのだ。

 

 なのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 届かないものに手を伸ばす顔ではなかった。手に届くものに手を伸ばしている。それだけだった。さも自分は今すぐにでも手が伸びるといわんばかりの表情だった。

 

「当方はいつかそこへ至る……隣に並ぶ覚悟はできているか?」

「……ッ!」

 

 意地悪だなと思った。そうやって問われて、応えないわけにはいかない。

 

「ああ。きっと、とか。いつか、とか。そういうダサい枕詞は付いちまうんだけど……でも。()()()()()()()()

「……感謝する」

 

 一夏は空を見上げたままそう言った。

 東雲は表情を崩さないまま、そっけなく返した。

 

「おいおい、あんまり信じてない感じじゃないか?」

「まさか。当方はその未来を心の底から確信しているとも」

 

 意外な切り返しだった。思わず一夏は目を丸くする。

 

「ああ。確信している……厳然たる未来の事実として、当方はその未来図を描いている。二人で共に並んでいる。そうだろう?」

「……ッ!」

 

 真剣な声色。視線こそこちらに向いていないものの、彼女の言葉が誰を指しているのかはよく分かった。

 だから、一夏は黙って頷くだけに止めた。言葉を並べるほど、胸の中の熱が安っぽくなってしまう気がした。

 

「ひとまず、その第一歩として──任務終了後、明日はルーブル美術館へ行くぞ」

「あ、やっぱそれ諦めてなかったんだな……」

 

 世界最強と肩を並べることに美術館がどう関係あるのだろうか。一夏はさすがに理解できなかったが、それは今に始まった話ではないのでヨシとした。別に行きたさ自体は彼にもある。

 肯定するため、彼は口を開く。約束は任務が終わった後に果たせば良い。

 そうやって一夏は、()()()()()()()

 

「分かったよ。()()()()()()()()()()──東雲さんと一緒に、ルーブル美術館に行こう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(えへへへへへへ。隣に並ぶなんて……そんな……コレなんてハッピーエンド?)

 

 任務へと向かう一夏の背中を見送りながら、東雲は頭の中にウジ虫を涌かせていた。

 言い回しとしては確かにどっちにも取れてしまうのだが、もう少し一夏の真剣な表情をくみ取ってあげて欲しい。

 だが、この際それはもういい。

 

(それに美術館デートの約束まで取り付けてしまった……! フランスに来て良かった! ありがとうフランス! 愛してるよフランス!)

 

 お前は今、愛しの彼に何を言わせたのか分かっているのか。

 

 

 

(これが……これこそが、ストライプスに載っていた──令ちゃん大勝利フラグ……ッ!!)

 

 

 

 いっくん死亡フラグなんだよバーカ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ありえないッ!!」

 

 机に書面を叩きつけ、IS学園理事長室で千冬は吠えた。

 表紙に『聖剣奪還作戦』と印字されたそれは、フランスから送付されてきた()()()()()()の作戦梗概である。

 その作戦参加者は、IS学園の生徒のみで構成されていた。

 

「何故……! 何故生徒の作戦参加を認めたのですかッ!? これはれっきとした軍事作戦だ、生徒のみでの作戦など常識的に考えてあり得ないッ!!」

 

 何よりも千冬を焦燥に駆らせるのは、その一員に代表候補生でも何でもない、己が弟が組み込まれていること。

 

「答えてくださいッ! 轡木さんッ!」

「──私としてもこれは甚だ不愉快な事態なんですよ」

 

 部屋の空気が、一気に冷え込んだ。

 思わず千冬は息を呑んだ。彼女の眼前で、窓際に立ち眼下の校舎敷地を見下ろす壮年の男性──IS学園の実質的な運営者、轡木十蔵は見たこともないほど、怒りを露わにしていた。

 

「……ッ。失礼しました」

「いえ。君が取り乱す気持ちは分かるつもりです。私は生徒五人を生命の危機に晒されている。君はその中に肉親がいるのです、仕方ないことだ」

 

 彼は空間にウィンドウを投影すると、それを千冬の顔の前まで飛ばした。

 立ち上げられた画面──それはIS学園の承認について、既に同意が得られた状態の書面だった。

 

「……どういう、ことです」

「最終決定権を持つのは日本政府です。彼らにも思惑があるのでしょう……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な……ッ!?」

 

 織斑千冬は世界最強である。IS乗りとして全世界に知られる傑物である。

 だが、まだたったの24歳だ。権謀術数の世界に身を置くには、あまりにも若すぎる。

 

「それは、書面の偽造ではないですか!」

「結果のデータが全てです。過程が存在しなくとも、結果があればそれは現実になる」

 

 そこでやっと千冬は気づく。窓際に立つ轡木の両手。固く……あまりにも固く握られた拳の内側から、血が理事長室の床へと滴っていた。

 爪が肌を突き破るほどの、憤怒。

 

「IS学園からの迅速な戦力派遣。そして東雲令を除いた人員による迅速な作戦実行。まさに一挙両得ということです」

「それ、は──ッ」

「反東雲派閥……自衛隊を筆頭にする勢力です。先ほど更識さんからも、妨害工作が不発に終わったことを連絡されました。どうやらこの好機を死んでも逃したくないようですね」

「……東雲を除いた人員で作戦を成功させられたとして……だから、どうするつもりだというんですか」

()()()()()()()()()()?」

「……やめてください」

 

 彼女を知る人が聞けば驚愕に言葉を失うほどに、千冬の声は弱々しかった。

 脚から力が抜けて、来賓用ソファーに手を突いて自分を支える。

 想像は最悪のものだった。そしてそれを、轡木が躊躇なく口にした。

 

 

 

「現状、国家代表を除けば競技選手として最高の人材で構成された作戦」

 

「そこに数ヶ月前まで素人だった、唯一の男性操縦者が参加し、見事に任務を果たす」

 

「名声は高まり、実力も保証される。()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「東雲令ではない──次の日本代表としての道が」

 

 

 

 

 

 弟の未来に唾棄すべき暗闇が広がっていることを受け入れ。

 千冬は、ただうなだれることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャトルというより、それはただ加速することだけを機能として保持した長方形だった。

 各面に取り付けられた固定用グリップに、『白式』を展開した状態で一夏は手を伸ばす。

 確実な固定のため、グリップは半球状だった。内部に手を差し込むと自動で吸着し、蒸気を吹き上げサイズを調整、白い装甲と合体して固体化した。

 

「うわ、すげぇ……」

『さすが天下のデュノア社って感じね。これいくらすんのよ、シャルロット』

 

 思わず漏れた感嘆の声。

 作戦行動に当たって全員で共有している通信チャンネルで、鈴がいたずらっぽい笑みを浮かべて問う。

 

『僕も知らないや……お父さん、どれくらいするの?』

『こたえたくない』

『あっ社長今だめですこれ、出費に心が死んでる時の声です』

 

 ショコラデの声に、一夏たちは思わず苦笑いを浮かべた。

 最新鋭の装備を、回収するとは言えほとんど使い捨て同然のシャトルにまったく糸目をつけずに使い込んだのだ。それだけの価値のある作戦ではあったが、アルベールはうつろな瞳で管制室からシャトルを見ていた。

 その時、ぽこんと音が鳴り響く。履いていたスリッパで、ロゼンダが夫の後頭部を叩いた音だ。

 

『しゃきっとしなさいな。ここからは、あたしらのミスがあの子らを死なせる可能性だってある……我が子のためなら、親は金なんていくらでも使うでしょーに』

『あ、ああ。すまないな』

『分かればいーのよ。いっつもこうやってあたしが引っ張ってあげてるんだから、少しはありがたみを実感しなさいよね』

『うむ……そうだな。思えば私は、君がいたから、ここまで来れた』

『ちょ……ッ、あんた、マジさあ……!』

『? どうしたロゼンダ、顔が紅いぞ』

『うっさい! なんでもない!』

『……むー』

 

 立ち上げられたウィンドウでは、アルベールから顔を背けるロゼンダと、それを面白くなさそうに眺めているショコラデの姿が映っていた。

 シャルロットは一度天を仰いだ。マスドライバーでこれから向かう、雲の上の世界に思いを馳せた。なるはやでそっちに行きたいとさえ思った。

 

『シャルロットさん……涙を拭いてください』

『そうだな。高高度では涙が凍結して視界を塞ぐ可能性もある』

『令さん黙っておいてくださいます!? そういう話ではありませんの!』

 

 何やら通信が騒がしい。

 一夏は改めてアルベールたちを見た。

 なるほど確かに、物議を醸すであろう光景だ。それを見て根は家庭思考な一夏は嘆息する。

 

「なんつーか、シャルロットさ」

『……何?』

「大変だな。俺はああなりたくはないぜ」

 

 時が止まった。

 全員これでもかと目を見開き、驚愕を通り越して恐怖すら抱いていた。

 

(……手遅れなんだが……)

 

 箒の内心が口から転がり出ずに済んだのは僥倖である。

 だが箒の隣に居座るオブザーバー代行こと東雲令は、容赦なく口を開いた。

 

『心配ない。おりむーはそういう心配は要らないだろう』

「だよなー」

 

 のほほんとした返事とともに、弟子は師匠の言葉にへらへらと頷く。

 それを見て箒たちは唇を強く、強く強く噛んだ。この唐変木が唐変木なのは分かっていたが唐変木過ぎる。いい加減にしろ。お前はもう画面の三角関係(聖剣含めると四人)を遙かに超えるスーパーウルトラパンデミックを引き起こしているのだ。現実と向き合え。

 言いたい。すごく言いたいが──今やることではないし、何より、今の関係が壊れるのも怖い。

 だから、言い出せない。

 

『……全員で生きて帰って、僕のお父さんをぶん殴ってあげて』

 

 やりようのない怒りがシャルロットの声を震わせた。

 無論だと、全員力強く頷く。

 

「応ッ! 元からそのつもりだぜ!」

『あ、一夏は全然殴る資格ないから』

「何でッ!?」

 

 当たり前だと、全員力強く頷く。

 仲間はずれにされて、一夏は愕然とした。

 

『はいはい……あたしらのせい、というかこのアホのせいだけど、雑談はそこまでよ』

『私はアホではない。大学での成績や経営実績を忘れたのか』

『今それを言い出すのがアホっつってんの! だまらっしゃい!』

 

 言い合うアルベールとロゼンダを見て、思わず毒気が抜かれる。

 というよりは、緊張感が失われたのではなく、ほどよい弛緩が発生したと言い換えて良い。リラックスできているのだ。

 

「はは。夫婦漫才みたいだな」

『次喋ったら殺すぞ一夏』

「箒、お前今、目が本気なんだけど? マジで怖いんだけど?」

 

 一部最悪のリアクションを取っている唐変木もいたが、それは無視。

 全員が息を吸って、軌道上へ打ち上げられる対衝撃姿勢を取る。

 

『では、改めて──作戦名『聖剣奪還(ソード・バッカー)』を開始する。現時刻を以てマスドライバーよりIS部隊を衛星軌道へ射出。その後、暴走状態にある『エクスカリバー』と接触。恐らく迎撃がある、それを無効化しつつ当該兵器より戦闘能力を奪い、沈静化させた状態でコアユニットを奪還する。作戦の成功を──全員の帰還を、強く願う!』

 

 アルベールの言葉が終わると同時。

 射出用シャトルのブースターが、火を噴き上げた。多段階式ブースターノズルが稼働。

 壮絶なGをそれぞれのISが相殺しつつ。

 全員の視界が、超高速の、物体が溶けたマーブル状のものへとなって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言えば、アルベールが願った全員の帰還は、かなわなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「来た……来た、迎撃部隊。うんうんやっぱり来てくれたね。いっくんなら来てくれると信じてたよ!」

 

「条件は絞り込んだ。ハードルはクリアした。今回の目標は『自覚』だけ。だから……」

 

「間違っても、死なないでね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が軋んでいた。

 ぎしぎしと、空間自体が破裂しているような感覚。それは超高速で地球の外へと飛び出す際、発生したソニックブームが乱反射して一夏たちの機体を叩いた影響だった。

 宇宙へと飛び出した。重力を抜け出して、()()()()()()()()へと躍り出た。

 

「────────ッ!」

 

 篠ノ之束が夢見た大いなる暗闇。

 漆黒だった。飲み込まれるような感覚すらした。

 シャトルが加速をやめて、固定用グリップが形状を流体に戻す。

 

『パージします』

 

 オペレーターの声が響き、シャトルに張り付くようにして固定されていたIS5機──セシリア、シャルロット、ラウラ、鈴、一夏──が宇宙へと放り出された。

 回収用にシャトルは戦闘領域の外側で待機する。

 

(これが宇宙……宇宙っつーか……どこだッ!? 地球がでかいのは分かるけど、全然基準にならねえッ!?)

 

 一夏は目を回して、自分がどこにいるのか分からなくなった。

 軸が定まらない。位置座標と自分の感覚がズレ、前へ進むことすらかなわない。

 

(そう……だッ! そうだ、作戦内容を思い出せ!)

 

 咄嗟に思い出した。あらかじめデータとして組み込んでいた、地球上の重力を再現する仮想数値。

 それを設定に反映させることで、地上と同じ感覚でPICを起動させることができる。

 

「あっぶねぇ……!」

『宇宙気分じゃいられないわよ、さっさと降りてきなさい』

「うっせーな……」

 

 姿勢を制御させ、一夏は既に組まれている隊列へと慌てて参加した。

 無重力下での機動など学園でのカリキュラムではメインに扱うことはない。宇宙開発科に進んだ生徒が学ぶ専門領域である。

 だが──

 

「なんか変な話だよな」

『え?』

 

 宇宙では声を直接伝えることはできない。

 だから通信を介して、シャルロットが一夏の呟きに反応した。

 

「だってさ、ISって本来は宇宙開発用の代物だったんだぜ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんてさ……」

 

 宇宙から地球を見渡しつつ、一夏はぼやいた。

 視認できる他のIS乗りたちの反応は──かなり悪かった。セシリアとラウラはむっと眉根を寄せ、シャルルは頬をひくつかせている。

 

「え……ちょ、何だよ、みんな」

『あのさあアンタねえ……今のってさ、あたしたちIS乗りにとってはさ、()()()()()()なのよ。だってあたしら宇宙活動用のパワードスーツ乗り回して、地上で撃ち合ってんのよ? そりゃその矛盾をいっちばん痛烈に感じてるのは、IS乗ってる人間よ』

「あ、そっか……ごめん、軽率だった」

 

 頭をかきながら一夏は謝る。

 

『まあ、いいですわよ。それよりそろそろ戦闘空域──いえ、戦闘宙域へ突入しますわ』

『気を引き締めろ。いつ攻撃が来るか分からん』

 

 改めて一同は顔を前に向けた。

 ISの視界拡張機能が映し出す、人工衛星に擬態した生体融合型IS。

 

 ──それは宇宙に浮かぶ、巨大な剣だった。

 

 柄に見立てたコアを保護する防護装甲に、刀身に見立てた地上砲撃用の収束光線発射装置。

 全長は五十メートル近い。本来は十五メートル程度のサイズだったが、デュノア社が開発を主導するに当たって外部ユニットは肥大化、まるで別物と化している。

 

『警戒兵器を再確認するよ。まず、僕ら相手に主砲を打ち込んでくることはほぼないと考えていい。こっちに砲口を向けるのに時間がかかりすぎるからね』

 

 最大の攻撃力を誇るのは、先ほどデュノア社本社ビルを一瞬で瓦礫の山に変貌させた主砲だ。

 まるで西洋剣のような砲身だが、主砲稼働時にはそれが真っ二つに裂け、蓄積したエネルギー粒子を熱線に収束して解き放つ。

 

『わたくしとしては、最大の脅威は()()()()に備えられたエネルギーシールドですわね。カタログスペックをみた限り、BT兵器のレーザーでは貫通できないでしょう』

『迎撃用の自律砲台もなかなかに手強そうだぞ。連射性、追尾性、どれもが一級品だ』

『弾幕が厚いのは厄介ね。一気に突破できたらいいんだけど、突破できてもシールドに阻まれる……ん、でも突っ走った勢いでシールド破っちゃえば良いんじゃない?』

 

 セシリアとラウラが理論的に相手の武装を読み解くのに対して、鈴の見解はあまりにも雑だった。

 さすがにそれはどうかと思うと一夏は口を開いて。

 

 

 

Excalibur(いらっしゃーい) Execute(おともだちも来たんだー)

 

 

 

 直後。

 視界が、白に染まった。

 

【OPEN COMBAT】

『────さんかぃっ!』

 

 愛機のアラートとシャルロットの叫びは同時。その時にはもう、当然のように全員、隊列を捨てて離脱していた。

 先ほどまでいた空間を極太の熱線がえぐり取っていくのを横目に、一夏は全身をこわばらせながら、目標を見た。

 視線が重なる。一夏たちめがけて、聖剣の切っ先が突きつけられている。

 

「……んだよ。()()()()()()()()()()……ッ!?」

 

 冗談じゃない。

 全長五十メートルだ。

 それほどの図体で、一体どんなスピードで()()()()()()()()()というのだ──!

 

「ああクソッ、予定変更だろこれっ!」

 

 主砲を皮切りに、各部に設置された自律砲台が火を噴いた。粒状のエネルギー砲撃が弾幕を形成し、近づくことはおろか、回避機動にかかりきりになって他のメンバーとの合流すら果たせない。

 白い翼が蠢動する。主の戦意が昂ぶるのに呼応して、熱をため込んでいく。

 

『やっっば──ごめんこれ、あたしは無理矢理突撃に一票!』

『なッ……何言ってますの!? 危険すぎますわ!』

『セシリアに同意だ。この弾幕を突き破ったところで、()()()()()()()()()ぞ……!』

 

 鈴の提案をセシリアとラウラが一蹴した。

 狙撃手としての本能から、セシリアは相手が距離を維持するための手札を無数に保持していることに感づいた。

 軍人としての経験から、ラウラはこの手の兵器相手に愚直な接近は無謀だと看破した。

 どう理論を詰めても、うかつな攻め気は死である、そう警鐘を鳴らしている。

 そして無論、シャルロットも同じ意見だった。彼女は無数の弾丸を最小限のターンで捌きながら、同様に回避機動を取る味方を見渡した。

 

『僕も賛成できない、さすがにこれは──待って』

 

 そして見つけた。

 弾幕のまっただ中。

 翼が割れている。純白の翼が先割れし、そこから焔が立ち上がっている。

 

【System Restart】

『待って。待って──何してるの一夏ッ!?』

 

 理論的に考えるならいったん退くべきだ。それが分からないわけがない。

 

()()()。理論的に考えるなら、()()()()()()()()()()()()だ」

 

 最終目的を見失わず、それでいて現地での相手の動きも推測に組み込み。

 織斑一夏という戦士の視線は、滑らかに戦場を切り裂いていた。

 

「無策で突っ込んじゃいけない。だけど()()()退()()()()()()()()──俺が迎撃パターンを全部引きずり出す!」

『まっ──』

 

 引き留める声を置き去りにして。

 発動、炸裂瞬時加速(バースト・イグニッション)

 炎翼の赤が弾けた。漆黒の宙に残炎だけを描いて、『白式』が駆ける。

 

 大きく上を取った。主砲の射線を飛び越えるようにして、刀身の平面をめがけて急降下。

 だが『エクスカリバー』の弾幕は一夏を逃さない。無秩序に垂れ流されているように見えて、一夏が接近するルートを的確に潰す。

 

(回避機動じゃない、突撃ルートだけを重点的に迎撃してる……)

 

 直線的な接近を諦めつつも、次第に深く、より深く、一夏は鋭角なターンを繰り返して弾幕の奥へと潜り込んでいく。

 より熾烈になる迎撃の一切を無力化していく。パターンを予測し、現実とのずれを修正しながら適応させていく。ある程度の回避は可能だ。問題は無理に攻めると道を塞がれるという点。

 

(迎撃プログラムが未完成なのか? いや……違う。これは、『コスモス』による防衛を前提にしている……?)

 

 頬を弾丸がかすめた。だが表情に一切の乱れはない。

 一つ一つの挙動を、新たな砲撃を、そして本体の身じろぎをつぶさに観察し、読み解いていく。

 

「大体分かったぜ──距離を詰められすぎた場合を想定しない……なら!」

 

 カッと両眼を見開き、一夏は『白式』へ指令を伝達した。

 

「悪いな『白式』──()()()()()ッ!!」

 

 直後。

 限界まで出力を高めていたはずの『白式・疾風鬼焔(バーストモード)』の焔が、更に雄々しく広がった。

 

『……ッ!? それは……!』

 

 ラウラの優れた観察眼が捉えた。

 高まりに高まった出力が、()()()()()()()()()()()。攻防一体であったはずの焔を、自壊も厭わず攻撃一点へ傾倒させた形。

 今も未来も追い越すはずの翼が、今も未来すらも焼き尽くす暴虐の化身へと変貌する。

 

 名付けるならば、自壊炸裂瞬時加速(オーバースト・イグニッション)

 

『おやめなさい一夏さんッ! 機体が保ちません!』

 

 セシリアは悲鳴を上げたが、どう考えても今更止まれない。

 できることなら即座に弾幕を突き破って彼の元へ向かい、ぶん殴ってでも引き戻したいが──それはできない。弾幕の内側に戦力が集まりすぎた場合、懸念されている内側での激しい迎撃を妨害できる戦力がいなくなる。

 元より狙撃・援護をメインにおいた機体では助けに行けない。

 だから、セシリアの真横を彼女が猛スピードでぶっちぎっていくのは自然の摂理だった。

 

『今行く! 離脱には間に合わせるからッ!』

 

 中国代表候補生。僅か一年足らずでその地位をつかみ取った才女が、全開で突撃する。

 全方位を塞ぐのではないかという弾幕を、鈴は何の思考もなしに直感任せの機動で突っ切る。

 

(あっちは危ない気がする! こっち!)

 

 理論も何もあったものじゃない──だが結果として、最小限の被弾のみで、弾幕の内へと食い込んでいく。

 回避機動を取りながら、セシリアたちも必死に頭を回転させていた。

 

『離脱するとしたら……一夏さんの超高速機動なら!』

()()()()()だ!』

 

 セシリアとラウラの読みは的中した。

 限界まで、いや限界を超えてため込まれた熱が、一気に解放される。

 まず機影が消えた。宇宙の中で嫌でも目立つはずの『白』が視界からかき消えた。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 叫びだけが通信を介して聞こえ、直後に光がパッと散った。

 発射態勢の、二つに分かたれていた刀身。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「おおぉおぉぉぉぉ──っとぉ!?」

 

 文字通りに『エクスカリバー』を貫通して、一夏は刀身の裏側へと飛び出した。

 急ブレーキをかけるまでもなく、横から突っ込んできた鈴が彼をひっつかんでそのまま離脱。追いすがるような砲撃を、セシリアたちが叩き落とす。

 

『あーもう、あんたメチャクチャやってくれたわね!』

「…………」

『ちょっと聞いてんの!? 地球に帰ったら説教よこんなの! まあ付いてきたあたしも説教される側な気がするけど……一夏?』

 

 まだ離脱は完了していない。

 迎撃の弾幕群を鈴は抜け出そうと加速するが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐ、ぁ……ッ!?」

『──どうしたのよ、一夏、一夏ッ!?』

『鈴さん早く離脱を! ()()()()()()()()()()()()ッ!!』

 

 セシリアからの警告を受けても、一夏は自分の頭を押さえて、そのままうめくだけだ。

 

(あ、が……ッ! いてぇっ……さっきの、比じゃねえ……!)

 

 限界を超えた。『白式』と共に、壁を粉砕してあり得ない次元の速度を叩き出して見せた。

 だから、深く、深く──()()()()()()()()()()

 

『……ッ!?』

 

 鈴は見た。よく知る幼馴染の、優しいとび色の瞳。

 それが鮮血を流し込まれたかのように、深紅へ染まるのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走馬灯なのか、と思った。

 限界を超えて疾走した。音を置き去りにして、光となって理の向こう側へと手を伸ばした。

 

 その代償なのかと思った。

 

 流し込まれる。流れる。浮かぶ。身体が失われる。意識だけがそこにある。

 走馬灯。知らない男が、仏頂面で何か話している。何度も何度も、その男が現れる。春に、夏に、秋に、冬に。草原で、町中で、紅葉の下で、雪景色の中で。

 

(……アルベール、さん?)

 

 あり得ない光景だった。自分は彼の若かりしころなどしらない。何せ生まれていない。

 だがこれは紛れもなく、かつての彼で。

 

(……エスカリブールさんの、記憶、なのか……?)

 

 感覚が、リンクす(つなが)る。

 温かい思い出だった。出会いから最後のひとときまで、一片たりとも残さず抱きしめたくなるような──そんな感覚。

 当然、一夏のものじゃない。

 それは()()のものだ。

 

【あれ? きみは、だれー?】

「…………あなたは」

 

 声が響いた。

 

【えっと、初めまして、かなー? あ、もしかしてシャルちゃんのお友達!? あわわ、おかーさんそういうのどうしたらいいのか分かんないよー!?】

「…………ッ」

 

 頭の中に思念が反響する。

 本来はくみ取ってはならないもの。それをくみ取ってしまえば、()()()()()()()()()()()()()()()もの。

 それが一夏の思考回路を狂わせる。

 だが相手の様子に頓着することなく──まるで気づいていないかのように──彼女は。

 娘によく似た、否、娘が受け継いだ、朗らかな笑顔を浮かべて。

 

 

 

Excalibur(シャルちゃんを) Execute(よろしくねー)

 

 

 

 愛情は反転する。

 思念と行為の間に、異物が介入する。

 

 故に。

 親愛の挨拶は、鉄を融解せしめる熱線として放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 覚醒と咆哮は同時だった。

 意識が現実へ放り出されると同時、一夏は前へと出ていた。

 焔を身体前面に収束させる。此方めがけて解き放たれる光線、押しのけた鈴の悲鳴、セシリアたちの絶叫、すべてがスローだった。

 

 激突する。光と焔がぶつかり合い、宙域を照らす。

 衝撃に装甲だけでなく身体が軋んだ。絶対防御が発動していない。先ほどの超加速の際、そのエネルギーすら転用していたんだとそこで気づいた。

 一夏は思わず苦笑した。

 

(結局走馬灯なんてないじゃんか)

 

 バカみたいな眩しい光とぶつかり合っているというのに。

 やけにまぶたが重くて。

 視界が、闇に閉じていき。

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()

【繰り返す】

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 光線がかき消える。

 一夏は見事に、その莫大な熱量を受けきってみせた。

 だが無事であるはずもない。

 

『一夏ッ! 返事して……一夏!』

 

 涙混じりの鈴の悲鳴。

 セシリアたちもまた、言葉を失っていた。

 やけに静かな時間が訪れた。『エクスカリバー』すら、主砲を撃ち終えてから一切のアクションを起こしていなかった。

 

 静謐。

 一夏は半壊した装甲を身に纏い、うつむき、何も語らない。

 

 ちりちりと、何かが蠢いている。胸の奥で、『本来そうあるべき』姿でなかったものが『本来そうあるべき』姿に移行している。

 錯覚しそうになる。それは織斑一夏ではない。

 あらゆる感覚があやふやになり、圧倒的な浮遊感だけがある。その中で。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 まず『雪片弐型』が割れた。

 幾度もの戦場を共に駆け抜けた刃が、あっさりとその武器としての能力を廃棄して、()()()()()()()()()()

 

 続けて全身に纏う焔がかき消えた。

 本来は存在しない機能を強制的に中断して、鋼鉄の鎧は生死の境界線を引き裂くべく()()()()()()()()()()()()()()()

 

 切り裂け。全てを切り裂け。何もかもを浄滅しろ。一夏の虚ろな深紅の瞳には殺意しか映っていない。

 かろうじて残る一夏の戦意とリンクしたのは『白式』ではない。

 

 

 

 

 

『だめ』

 

『それはだめだよ』

 

『それだけはだめだよ』

 

 

 

 

 

 ()()の声は届かない。

 ただそうあるべき姿をイメージして、光の粒子が結集する。

 死の間際に置かれついにその上限を引きちぎった感覚が、自機を介してコアネットワークへと接続している。

 

 ──生存本能が暴走する。

 あらゆるISのコアデータを瞬時に貫通し、それはこの世界において最大最強のISとリンクした。

 

 薄暗い場所。厳重な封印処理を施されたはずの、かつて世界の頂点に君臨した桜色の機体。

 地下数十メートルの非公式空間に閉じ込められた()()と、『白式』を介して、一夏はつながった。

 

 

 

 

 

()()()()

 

『黙ってて。私の主に触れないで』

 

『さあ刃を引き抜け』

 

『やめて。やめて──私の主を殺さないで!』

 

『いいか、我が主の弟よ』

 

『やめてッッ!!』

 

『──()()()()()()()()使()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 東雲は管制室から席を外し、お手洗いにいた。

 その際、不意にはらりと、ポケットから紙切れが落ちた。

 あらかじめ取っておいた、ルーブル美術館のVIP入場券。日本代表候補生ランク1としての権力をフルに使って抑えたそれ。

 

「……むむ」

 

 戦闘の余波だろうか。

 ペアチケットの片割れ──ちょうど一夏に渡そうと思っていた方のチケット。

 

 無残にもそれが真っ二つに裂けているのを確認して。

 

 

 

 

(やっべ、これもしかして再発行してもらわないとまずい? いくらだっけなー)

 

 

 東雲は全然ヒロイン特有の胸騒ぎを覚えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だめだ」

 

 声を絞り出した。一夏は『雪片弐型』の柄を砕けるほどに握り込んだ。

 それは力んでいると言うよりは、何かを押さえつけているようだった。

 

「君が……だめだって言うんなら……多分……だめだ、ろ……」

『いち、か……?』

「鈴……わりぃ、後頼んだ」

 

 言葉と同時。

 一夏は鈴を突き飛ばした。同時、降ってわいた迎撃砲撃が、彼女のいた空間をえぐり取る。

 反動で白い機影が流れていく。必死に追いすがろうとして、鈴は声にならない声を上げた。弾幕が二人を集中して狙っている。今までより一層激しく、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()激しくなっていく。

 

「…………悪意も殺意もない。多分、どっかでプログラムが書き換えられてるんだ……」

『いいから、そこから早く離脱してッ!』

 

 シャルロットの叫びに、一夏は苦笑を浮かべて。

 そこでぶつりと、意識が落ちる。

 ISの搭乗者保護機能だけが、今、彼を守っている。

 

 宇宙を流れていく。手が届かない。苛烈な砲撃が四人を足止めする。

 

『待て! うかつに動くな、シャルロット!』

『はなしてッ!』

 

 一夏めがけてまっすぐ飛び出そうとしたシャルロットを、ラウラが無理矢理引き留める。

 

『一夏、一夏、いちかぁっ! いや、やだよやだよ! だってまだ、僕、君に──』

 

 セシリアはそこでハッと『エクスカリバー』を見た。

 先ほど一夏が破砕した刀身に、光が結集している。

 

『エネルギー反応増大……これは、まさか──』

 

 

 

 最悪のタイミングでの──第二形態移行(セカンドシフト)

 

 

 

 粉砕されたはずの刀身が、粒子が結集して再構成される。

 自律砲台が増設された。さらには、刃の一部が分離浮遊し、こちらへと切っ先を──否。銃口を向けている。

 

(な……ッ!? BT兵器!? いえ、BT兵器粒子反応はない……わたくしの装備を、疑似再現したとでも……!? もし、そうならッ)

 

 冷静な思考が告げた。戦力差。一機落とされた。相手はさらに戦力を増した。

 どこかで何かを、致命的に掛け違えた。

 

『セシリア何ぼさっとしてんのよっ! 早く、早くあいつを助けに──』

『撤退ですわ……ッ!』

 

 だから、彼女が絞り出すようにそう告げるのは、理論的に、とても正しいことだった。

 

『何、言って……!』

『助けに行けません……! 続行した場合、わたくしたちも落とされる……!』

『だったら、だったら! あいつをどうするっていうのよっ!』

『死んではいませんッ!!』

 

 鈴とシャルロットはほとんど錯乱状態だった。それは彼への思いの深さが直結したのだろう。

 だからこそ、最も彼に対して敬意を払い、彼に対して敵対心を燃やすセシリアは、毅然と言ってのけられる。

 

『あの男が簡単に死ぬわけがありませんッ! 今は彼を信じて退きます……! 彼を追いかけて誰かが撃墜されたら、それこそ一夏さんに笑われますわ……!』

『……ッ!』

 

 ぴしゃりと言われ、鈴は黙った。

 シャルロットもまた、涙を流しながら、一夏が流れていった方向を見据えた。

 砲火はやまない。祝砲が如く、『エクスカリバー』は感情のままに弾丸を垂れ流している。

 

『シャトルに戻り、地上へ帰還……改めて、第二次作戦を……聖剣奪還、並びに、一夏さんの回収任務を実行しましょう……!』

 

 負けだ。

 これは紛れもない敗北だ。

 

(──どんな形であろうとも、この借りは必ず返しますわ……ッ!)

 

 負けず嫌いのセシリアだからこそ、冷静に考えられた。そして冷静に、屈辱に耐えていた。

 

 

 

 

 もう一夏の姿は見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【第一次聖剣奪還作戦結果】

 

 主目的──衛星軌道上兵器『エクスカリバー』奪還:失敗

 参加者──セシリア・オルコット(イギリス代表候補生)

      シャルル・デュノア(フランス代表候補生)

      ラウラ・ボーデヴィッヒ(ドイツ代表候補生)

      凰鈴音(中国代表候補生)

      織斑一夏(IS学園特殊派遣生徒)

 

      ※上記人員のうち、織斑一夏をMIA(作戦中行方不明)に認定する








次回
41.魔剣使いVS聖剣(エクスカリバー)



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41.魔剣使いVS聖剣(エクスカリバー)

明らかにバレてると思うんですけど第四章超絶苦戦してます
オリ設定とオリ展開だらけになってしまって本当に申し訳ない…


 第一次聖剣奪還(ソード・バッカー)作戦は失敗した。

 現在は第二次作戦に向けて総員でプランを詰めつつ、一体全体どうやってあの兵器を攻略するのかと考えあぐねている。

 

 誰もが思考から、一つの事項を排除していた。

 考えないように、念頭に置かないように、頭の奥底に沈めて見て見ぬ振りをしていた。

 

 セシリアはずっと必死に作戦立案に取り組んだ。

 鈴はぼけっと虚ろな表情でテーブルに敷かれた宙域図を眺めていた。

 ラウラは自分を押し殺して冷徹な軍人として振る舞っていた。

 シャルロットは椅子に座り顔を覆っていた。

 

 アルベールはずっと自分を責めていた。各国政府の圧力をはねのけるべきだったと悔やんでいた。

 ロゼンダは唇を噛み、うつむいたままのシャルロットを見ていた。

 会議は様々な案こそ出たが、一向に進まないままだった。

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之箒は作戦会議室に入ることを許されず、彼が漂っているであろう宇宙を見上げて、ただ祈っていた。

 

(私は……信じることしかできない。一夏、お前は…………きっと、帰ってくるだろう?)

 

 胸の奥には、これ以上ない悲嘆が満ちている。

 それでも彼女は信じる。信じることしかできない。だからこそ信じる。

 ぎゅっと両手を握り、目をつむり。

 

 閉じられた瞼の隙間から、はらりと水滴が落ちる。

 

(まだだ。一夏……お前はまだ、お前の理想へ続く道半ばなんだ。私は見届けたい。お前がいつか、いつか至るべき最果てへ手が届く瞬間を……)

 

 祈りは反転する。

 切なる願いは黒く──否。()()()()染まっていく。

 

(ああ、どうして……それなのに……)

 

 感情は止められない。

 願望はせき止められない。

 バキリと、情愛のブレーキが壊れる音がむなしく響く。

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 どうなったというのか。ズブの素人である自分がいたところで何も変わらない。現実は、厳然と立ちはだかる。

 それでもと、理想は叫び続ける。

 

(どうして、私は、彼の隣にいられないのだろう──)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マスドライバー射出用倉庫。

 第二次作戦に向け、装甲の張り直しや燃料の充填が進められている中、()()()()()()()誰も寄りつかなかった。

 空気が違った。

 世界が違った。

 彼女がそれを聞いてから、彼女の周囲はまるで時空が歪んでいるかのようだった。

 

 作戦室にも入っていない。

 過程を聞くことすらしていない。

 結果を聞いてから、彼女の世界は完全に閉じきってしまっていた。

 

 本来なら箒やセシリアが慰めるべきだったのかもしれない。だが彼女たちも、彼と関係が深すぎた。余裕はなかった。

 そうして東雲令は、ただその事実を受け止めて、自分の中で咀嚼することしかできない。

 

「………………」

 

 大気圏外から回収されたシャトルの傍。

 東雲は完全に放心していた。

 呆然と立ち尽くしたまま、彼女は打ち上げの際に一夏が握っていた固定用グリップを見ている。その目は、光のない、がらんどうなものだった。

 

「………………」

 

 帰ってこなかった。約束をしたのに。

 これからの未来の話を、あんなにも明るくしていた彼は、今ここにはいない。地球のどこにもいない。成層圏の向こう側を漂って、そして、帰ってこれるかも分からない。

 

「………………」

 

 美術館のチケットを、ポケットから取り出した。取り出そうとした。ロクに握れなくて、手から滑り落ちた。

 何かを暗示しているようで嫌だった。どこまでも届くと思っていた手。星すらつかめると思っていたのに。自らの望みを全て自分の力で叶えられると思っていたのに。

 

「………………」

 

 床に落ちたチケットを拾おうとしゃがみこむ。脚から力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまう。

 そのまま涙を流すことすらできず、ただうつむいて、息だけをしていた。酸素を取り込むことすらおっくうだった。どうして彼を送り出して、彼をMIAにして、自分はのうのうと生きているのだろうか。

 余りにも痛ましい光景だった。作業員たちは、あえて見て見ぬ振りをした。慰めも、ねぎらいも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………………」

 

 思い出せる。彼の笑顔。

 思い出せる。彼の言葉。

 思い出せてしまう──彼と語り合っていた未来。現実になると思っていた。輝かしい幸福が待っていると。

 

「………………」

 

 そうでなくとも、幸福を目指して進むことができると思っていた。

 東雲にとっては初めての体験だった。自分の未来を明確に定め、それに向けて進む。日本代表になるのだろうかと、漠然とした考えしかなかった。いつもそうだった。どこか、常に浮遊感を覚えながら生きてきた。誰かの望む方向に、自然の流れで向かえる方向にと。その結果として今の彼女はいた。

 

 彼が──織斑一夏がそれを変えてくれた。

 

 隣にいてくれると。

 一緒に居たいと。

 そして言葉通りに、いつも共にいてくれた。

 

 

 東雲令はそれを忘れない。

 東雲令はそれを決して忘れない。

 

 

 光だった。

 幸福だった。

 心優しき居場所だった。

 世界を照らし出す純白の流星だった。

 

 

 

 

 

 彼といたからこそ――()()()()()()()()は生まれたのだから。

 

 

 

 

 

 

 故に。

 もう東雲令という少女は。

 彼がいないから、死んだのだ。

 

 

 

 

「………………」

 

 此処に座するは戦場に吹き荒れる茜色の嵐。

 東雲令ではなく。

 呼ぶべきは『忌むべき十三(アンラック・サーティーン)』、『魔剣使い(ヴォルスンガ・サガ)』、あるいは『疾風怒濤の茜嵐』──人間としての名など必要ない。剣を握る手があれば、自在に駆動する四肢があれば、倒すべき敵を斃す力と技術さえあればそれでいい。

 今はもう、他には、何も要らない。

 

 東雲はチケットを拾ってポケットに入れると、立ち上がった。

 それから歩き出し、シャトル整備倉庫を出る。外はまだ明るかった。そろそろ夕暮れにさしかかろうかという時間、空にまだ星は見えない。

 だが彼女には見えていた。成層圏の向こう側。忌むべき巨大兵器。

 

 

「墓標としては、この上ないな」

 

 

 呟きを聞いた者は、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦室。

 会議は踊り、されど進まず。

 

「やはり現行の戦力だけでは無理がありますわ。令さんの追加装備の到着を待ちつつ、他国からの救援も要請するべきでしょう」

「目的が『エクスカリバー』の奪還のみならばな。織斑一夏の救出までを想定するのなら、まず一刻も早く作戦を開始しなければ取り返しがつかなくなるぞ」

 

 セシリアの意見にはアルベールが賛同し、ラウラの意見には鈴とシャルロットが賛同している。

 方向性は定まっているが、そこへと向かう過程は違った。

 

「……東雲令の装備がまもなく到着する。その換装だけでも待ってくれ」

「……ッ、それは譲歩する。ただ、換装が終わり次第の出撃が望ましい」

 

 ラウラはドイツ軍人として発言した。アルベールはプロフェッショナルの意見に大きく頷いた。

 

「ならば他のメンバーの出撃準備も始めよう。エネルギーの再充填、装備の新調等……ウチのあらゆる製品を使って良い。むしろ消耗した武器の代替のため、使わざるを得ないだろう。だから──」

「その必要はない」

 

 全員、弾かれたように会議室の入り口を見た。

 長い黒髪が揺れていた。深紅の眼光が閃いて、一同の背筋を死神がなぞったような悪寒が走った。

 

「…………令、さん」

 

 セシリアは言葉に詰まった。うまく息が吸えない。

 雰囲気は別人だった。教室でも、アリーナでも、更には未確認機体と相対した戦場ですら感じたことのない。

 はっきりと視認できるほどの、荒れ狂う激情。

 

「あれは……あれだけは、当方がこの手で破壊する」

「……ッ!」

 

 彼女が告げると同時、アルベールの端末がアラートを鳴らす。

 換装装備の到着だと、誰もが察した。

 東雲令は確かに一人の少女だ。しかし実態として、彼女が戦いの神に愛されているということは、覆しようのない事実である。

 

 天運──戦いにおいて、タイミング等の運が絡む要素全てを味方につける、戦士が持つ上で最上級のスキル。

 それは東雲が望む形ではなく、東雲が勝利するというその事項一点のみにおいて多大な働きを持つ。

 

「これは軍事作戦だ。そんなこと、認めるわけには──」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。故に、其方の作戦とは関係なしに行動を開始できる。そして……デュノア社には、日本政府から当方の単独行動に対する援助を要求する」

「……ッ! それを認めるとでも!?」

 

 シャルロットは勢いよく父親を見た。そして愕然とした。アルベールは黙って首を横に振っている。それは東雲に対する拒否ではない。

 要求に応じざるを得ないという、政治的な配慮を示すものだった。

 

「令さん……」

 

 セシリアは声をかけようとして、しかしかける言葉を持たないことに気づき、強く唇を噛んだ。

 どこか超然としていた彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。身に纏う激情の揺れは、しかし顔には出ていないのだ。

 

(……貴女は、どうして……)

 

 愛弟子としてかわいがっていた。それは誰が見ても分かる。

 だけど、今の東雲は、感情と行動が連動していない。

 嫌でも感づいてしまう。強者故の、常人とのズレ──ではない。()()()()()()()()()

 

 今、彼女の最大の親友である箒がいれば、もう少し何かが変わったかもしれないと。

 自分にはそれができないという事実が、セシリアはひどく悲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャトル発着場。

 大気圏外輸送用シャトル外部にISを身に纏った東雲が取り付けられるのを、一同は眺めていた。

 単独行動ライセンスの発動により、セシリアらの部隊は東雲に三十分遅れての出撃となる。間違いなく、三十分の間に結果の是非は出ていると、誰もが理解していた。

 

 理由は、平時の東雲の強さを知っているというのが一つ。

 もう一つは、『茜星』が換装した、新たなる装備。

 

「『茜星・強襲仕様(パワーフォース)』」

 

 四宮重工から送り込まれた、東雲令の専用換装装備(オートクチュール)

 

「……って、露骨に機動性が下がりそうねアレ」

「まさか時間を遅らせただけでなく、急造品でも送りつけてきたのか?」

 

 鈴とラウラの視線は、一瞬でその装備の特性を見抜いた。

 平時纏う深紅の装甲が増設され、意思伝達で発砲するガンポッドや索敵範囲を広げる円盤状のレドームが取り付けられている。

 さらに背部バインダーが拡張され、太刀も一回り長大な代物に変貌し、破壊力を上乗せする。

 ウェイトが増えたのを補填するためか、新規のショートスラスターが腰と背に加わっていた。

 

「いや。あれは四宮重工が『妨害さえなければ東雲令が勝敗をひっくり返しただろう』と悔しがるほどに、肝いりのオートクチュールだ」

 

 だが彼女たちの背後にいたアルベールが、低い声で告げた。

 

「お父さん、それって……」

「四宮重工……『茜星』、並びにそのベースとなった『明星』を製造した、中堅規模の企業だ。わかりやすいほどに東雲令しか取り柄のない企業だが、その分彼女への理解度は高い」

「ならばあの装備は適正だと?」

 

 セシリアの問いに重々しく頷き、アルベールは無表情のまま各種確認ウィンドウに目を通している東雲を見た。

 

「本来あの『茜星』は、フラグシップモデルとして多種多様なパッケージを運用することを目的に据えた試作機だ。つまるところ……普段の彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な……ッ!?」

 

 その言葉は代表候補生らに少なからぬ衝撃を与えた。

 だが言われてみれば、納得できるポイントはある。あのバインダーも本来は多様な装備を詰めるためのものだ。つまり、あらゆる状況に対応することを前提とした構築に他ならない。

 

「『茜星』は、四宮重工にとっては新作の試運転といったところだろう。それが東雲令の戦闘スタイルときっちりハマっている。故に彼女に自由にさせてやれるし、東雲令もまた、自分のスタイルを崩さずに済む。両者が得をしているということだな」

 

 そうこうしているうちに、東雲が全てのウィンドウをチェックし終えた。

 作業員がマスドライバーの加速用レールにグリーンランプを点す。

 

『タイミングをレイ・シノノメに譲渡します』

「コントロールを確認」

 

 数秒、東雲は目を閉じて黙り込んだ。

 恐ろしいほどの沈黙だった。距離があって、窓を隔てていたのに、アルベールらは濃密な死の予感を嫌でも感じさせられた。

 彼女は本当に『エクスカリバー』を奪還するつもりがあるのだろうかと。弟子の仇のために跡形もなく粉砕してしまうのではないだろうかと、思わず疑念がよぎるほどに。

 

 だが声を出す間もなく。

 世界最強の再来が、開眼した。

 

「東雲令、発進する」

 

 言葉の直後、シャトルが爆発的に加速し、レール上を疾走。

 そのまま真上へ軌道を曲げて。

 

 天と地を貫く柱のように、ミサイル雲だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙空間に到達したシャトルから、東雲は即座に飛び出した。

 弾幕が形成される前に接近しようとして。

 

 

 

Excalibur(あっ君って!) Execute(私を見てた子だよね!)

 

 

 

 一次作戦と同様──否! 更なる長射程から放たれる光の柱!

 東雲はすんでのところで急加速、ギリギリでかすめるに留まった熱線は、それでも彼女の左側増設装甲表面を融解させる。

 

「セカンドシフトしているのだったな……ならば」

 

 太刀を抜かないまま、その身一つで吶喊。

 弾幕が張り巡らされる中に、まっすぐ突っ込む。地上でセシリアたちが悲鳴を上げた──が。

 まるですり抜けるようにして、当たらない。微細な角度調整とAIの自動予測を裏切る軌道が、弾丸の方から避けていると見間違うほどの直線行動を可能にする。

 

「消えろ」

 

 無数の弾幕の、まっただ中。

 突然東雲が静止した。自殺行為──ではない。見る者が見れば分かる。それは次なる加速に備えた溜め。

 砲塔が瞬時に稼働し、東雲を狙おうとして、しかし次の瞬間に彼女の姿はかき消えた。

 増設ブースターが火を噴いた。内側。織斑一夏が到達した弾幕の内部へと、数秒足らずでたどり着き。

 

 振るわれた刃を、『エクスカリバー』の装甲が()()()()()()

 

「……違う」

 

 真っ二つに砕けた刀を宇宙に放り捨て、東雲は一気に加速。追いすがる弾幕を置き去りにしつつ、ガンポッドで迎撃を牽制。同時にバインダーの位置を微調整した。

 平時の通り背後からの抜刀では、やや物足りない。これは対IS戦闘でありつつも、既存の対IS戦闘理論は役立たない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「もっと……速くなくていい……込めろ。そう……切り裂くのではなく、叩き潰す感覚……」

 

 背部に展開されていたバインダー計13本。うち11本を翼のように広げつつ、2本を腰へと接続。腰の捻りに載る力を増大させた。

 生み出されるのは速度でなく、爆発的な威力。最効率化された肉体の躍動は、累乗されるようにパワーを跳ね上げさせる。

 

「脱力は不要……力め、速さを捨てろ……インパクトをねじ込み、内側を破砕するのでなく表面からえぐり込むイメージ……」

 

 圧倒されるような弾幕の中を、茜色の流星が突っ切っていく。

 映像で見ている代表候補生も、各国精鋭部隊も、呆然としていた。なんだその機動は──美しい。華麗だ。もはや舞の次元だった。文字通りに、世界が違った。

 だが東雲はブツブツと思考を口に出しながら、虚無の無酸素空間を機械的に駆け抜ける。刻一刻と動作は洗練され、再構築され、更なる高みへと上り詰めていく。

 

「潰す……抉る……粉砕する……()()()()()()()()

 

 今この瞬間に限れば、東雲の思考と動作は連動していない。

 だから、()()()()()()()()()()。自分の動きを確認してから、戦闘理論がついに完成する。

 

 

「底は知れた」

 

 

 増設装甲が基礎フレームに連動してスライド。

 宇宙空間に、血しぶきのような深紅の過剰エネルギーが流れ出す。

 

 

 

「これより撃滅戦術を中断し、破砕戦術を解放、開始する」

 

 

 

 バインダーが回転し、姿勢制御のため手足のような働きを持つ。

 無重力化における微細な動作を保持する複数のアームを、東雲はなんの意識的な切り替えもなしに受け入れた。

 

 

 

「──()()()()

 

 

 

 両手の太刀を重ねた。アタッチメント同士が噛み合い、二振りの刀が一刀に束ねられる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 都合六本。六倍に膨れ上がった質量。

 剣と呼ぶには、切り裂くためのものと呼称するには無理のある厚さ。

 

「一手だ」

 

 東雲は光を失った瞳で、『エクスカリバー』を見据えながら告げる。

 

「一手で沈め。何も残さない。一片たりとも、当方は貴様の存在を認めない……ッ!!」

 

 言葉に裏付けられるのは充填された殺意。

 懸念は正しかった。彼女は『エクスカリバー』の奪還、あるいはエスカリブール・デュノアの救助などまるで考えていない。

 ただ、このガラクタを粉砕する。それだけが念頭にある。

 

 制止の声は届かない。

 東雲は再度急加速し、真っ向から衛星兵器の主砲砲口へと突撃する。

 バチバチと紫電が散り、割れた刀身の隙間でエネルギーが猛り狂う。人間はおろか鋼鉄すら蒸発せしめる、滅びの光を見据えて。

 

 

 

 

 

 

 

「──覇槌:厭離壊苦(おんりえく)

 

 

 

 

 

 

 

 顕現するは全てを粉砕する、雷が如き神の怒り。

 彼女は決して退かなかった。

 いかなる熱量が相手であろうとも、絶対に退かないと決めていた。

 

Excalibur(わー大胆だねー) Execute(抱き留められるかなー)

 

 剣が抜き放たれる。

 親愛を反転させた、大地をも貫く巨大なエネルギーの塊が放出される。

 だがそれよりも東雲の方が疾かった。

 

 

 振るわれた鉄塊が、()()()()()()()()()()

 

 

 ちょうどホームランのように、放たれた光の剣を、東雲の覇槌が真正面から『エクスカリバー』めがけて打ち返した。

 莫大な熱量はそのまま聖剣自身を破滅させる致命打となる。

 刀身が切っ先から蒸発していく。順に光に飲み込まれ、数秒足らずでコアユニットまで浄滅の光は至るだろう。

 

(──当方は、彼に救われていたのだな)

 

 絶技によりはじき返した、その眩い光を見つめながら、東雲は内心で無感動に呟いた。

 勝利とはこんなにもむなしかっただろうか。ずっと前は、ずっとこうだった気がする。でもついこの前までは、違った。彼の前で勝利を収めると誇らしい気持ちになった。今はもう、その歓びはどこにもない。

 胸中に荒れ狂う感情は、表に出ることのないままどす黒く染まっていく。

 

 作戦は成功となった。

 予定を大きく変更して、しかし一切の被害の拡大を許さず、東雲令がそれを成した。

 立派な功績だ。コアユニットの救出は二の次という判断はラウラよりも軍人らしいだろう。地上への無差別砲撃を考慮すれば迅速な破壊に勝るものはない。

 

 そうだ。

 東雲令は激情に流されながらも、そこは理論的に判断できていた。

 

 

 あくまで、理論的に。

 

 

 

 

 

 ────だから、()()()()()()()()使()()()()は、別の決断を下せる。

 

 

 

 

 

「信じてたぜ、()()()なら最速で殺しに来るってなアアアァァァァッッ!!」

 

 

 

 

 

 爆発的な熱風が宇宙を駆けた。

 東雲は、目をこれ以上なく見開いた。地上の面々も同じだった。

 

 打ち返した破滅の光を、突如現れた焔の翼が遮っている。

 

「どっかで一つでも読み違えたら台無しだった……! でも読み勝った……! 我が師は間違いなく単独で来る! そして他の連中は追いつけない! さらに、我が師は最速で『エクスカリバー』をぶっ壊す! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 拮抗は数秒。出力を増した炎翼が、エネルギーの塊をかち上げた。あらぬ方向へ吹き飛ばされたレーザーは、減衰しながら宇宙の彼方へと流れていく。

 それは願いを叶える流れ星──()()()()()

 

「どうです、我が師! 俺の読みは完璧だったでしょう!」

 

 翼の根元。

 たった今突如として顕現した──東雲相手に集中していた『エクスカリバー』に接近・潜伏していたその機体。

 

 

「…………おりむー……」

「いや、そこは我が弟子って言ってくれよ、東雲さん」

 

 

 冗談を飛ばすには明らかに顔色が悪い。脂汗も浮かび、端整な顔立ちは苦痛に歪んでいる。

 傷を負った状態で宇宙空間を孤独にさまよっていたのだ。それでも、信じていたのだ。

 

 だからこそ、織斑一夏はそこにいた。

 

「あ、あぁ…………」

 

 東雲は呻き声に近い声を上げることしかできなかった。

 それでも身体は動く。彼を求めて、動く!

 

「東雲さん──!」

「おりむら、いちか──!」

 

 弾幕の中を、師弟は駆け抜ける。もうこの際に至って、二人にとってはそれを回避することなど児戯に等しい。

 遮るような砲火を掻い潜り、白と茜がぐんぐんと距離を縮めて。

 

『…………ッ!』

 

 互いに手を伸ばした。

 そして、届いた。

 無骨な機械の腕だけど。

 はっきりと結ばれたその手は、確かな温度を感じる気がした。

 つながれた手を見て、一夏は微笑んだ。

 

「ハハッ──ああ、ちょっと自信なかったんだよ」

「……当方が来るか、か」

「違う。俺が本当に今生きてるのか。幽霊なんじゃないかって思ってたんだ。でも違った。だから、良かった……」

「……ふふ、なんだそれは」

 

 絶死の戦場。荒れ狂う弾丸の渦の中で、二人は手をつないだままターンを繰り返して無傷のまま射程外へとくぐり抜ける。

 

「あっ、東雲さんいま笑っただろ」

「当方も、嬉しいときぐらいは笑うさ」

「……そりゃそうか。東雲さんだって人間だしな」

 

 一夏は東雲が微かに口角をつり上げるのを見て、心の底から安堵した。

 あの漆黒の空間から、帰ってこれたのだと。

 

「──と、わりぃ。実は『疾風鬼焔(バーストモード)』の翼を潜伏モードにずっとしてたもんだから、エネルギー残量がかなりやばい」

「委細承知。ならば、速やかに終わらせよう」

 

 二人はそれぞれ手を離した。名残惜しくはなかった。もっと深いところでつながっているという自覚があったから。

 故に純白と深紅の太刀が同時に閃き、その切っ先を『エクスカリバー』へと突きつける。

 

「快適な宇宙(そら)の旅は楽しかったか、おりむー」

「ああ、存分に楽しんだよ、東雲さん」

 

 視線を交わさずとも、次にやるべきことは決まっていた。

 東雲は一夏の願いを優先する。そして一夏は、()()()()()()()を望んでいる。

 だから覇槌はもういらない。

 

「ならここからは戦闘だ。準備はできたか──()()使()()

「……ッ! ああ! 無論だ、できてるぜ──()()使()()!」

 

 師弟ではなく。

 共に肩を並べる、対等な戦友として言葉を交わし。

 二人はまったく同じタイミングで加速し、砲火の中へと再度飛び込んだ──!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おりむー生ぎでだ~~~!!!!! よがっだ~~~~~~~!!!!!!)

 

 

 今回ばかりは完敗である。

 東雲令は完全に──メインヒロインそのものだった。

 

 

(……ッ!? 待てよ……今のやばかったくない? 宇宙空間で再会して、手を伸ばして! 届いて! しばらく手をつないだまま一緒に動いてて……!)

 

 

 そうなんです(食い気味)

 本当に今さっきの瞬間、東雲は世界中の誰もが羨むような甘美なシチュエーションをそのまま現実に引っ張り出してきたのだ。

 愛する男と宇宙で再会して、しっかりと密着して宇宙を駆けていたのだ。

 

 

(これって、これって……ッ!)

 

 

 ああ……しっかりトリップしろ。おかわりもいいぞ! 遠慮するな、今までの分も妄想しろ……

 もはや文句のつけようがない。東雲令こそが、ナンバーワン──

 

 

 

 

 

(────なんかインスタ映えしそうだな。撮っときゃ良かった)

 

 

 

 

 

 ああああああああああああああああああああああもうやだあああああああああああああああああああああああああ!!

 

 

 

 










メ イ ン ヒ ロ イ ン ラ ン ド 閉 園





次回
42.聖剣/Mother's Lullaby



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42.聖剣/Mother's Lullaby

サブタイ回収が一番気持ちいいですね


 漆黒の宇宙(そら)を、二筋の流星が駆け抜ける。

 純白と茜色、紅白が交錯しながら縦横無尽に疾走する。

 

「東雲さん、コアユニットにはもう攻撃しないでくれよな!」

「承知した。当方の剣を以て、シャルロットちゃんの母親を地に帰す!」

「シャルロットちゃん呼びになってんの!? あと地に還すって殺すってことじゃないよなッ!?」

 

 時折大きく散開することもあり、時折密着するように互いの身体を触れ合わせることもある。弾幕を回避しつつ、自在に駆け巡るために必要な阿吽の呼吸。

 

「それはそうと──」

「何だッ!?」

「ルーブル美術館のチケットを一枚破損してしまった。再発行が帰国に間に合うか分からない……」

「なあごめん東雲さん! それ今言わなきゃだめだったかなあ!」

 

 一夏は鬼の形相で致死の弾丸を掻い潜っていた。エネルギー残量を鑑みれば、僅かな被弾ですら今は甚大な被害に繋がりうる。

 片や東雲は平時と変わらぬ無表情。最高速度こそ『白式・疾風鬼焔(バーストモード)』には譲るものの、圧倒的な操縦技術が結果として到達地点へのタイムを削り取っている。

 

(……ッ! 肩を並べて戦うのは初めてだが……なるほど、()()()()……ッ!)

 

 身に迫る痛切な実感として、一夏は東雲が如何に遙かな高みに存しているのかを理解した。否、正確な理解はできていない。

 それがどれほどに長大な差なのか、一望しただけでは分からない。ちょうど夜空を見上げても、星と己の距離などつかめないように。

 

(──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だがそれが逆に、一夏の瞳に宿る焔を、さらに燃え盛らせる。

 自分を導いてくれる師がこれほどに強いなんて。そんなありがたい話があるだろうか。

 

(だからこそ──超え甲斐があるってもんだろ!)

 

 IS乗りの精神に呼応して、愛機が噴き上げる焔もより一層激しくなる。

 もはやここに至っては、一夏にとってはこの程度の弾幕など児戯に過ぎない。

 

 そうして弟子が猛り、獰猛な動きで聖剣へ迫るのを横目に見ながら──東雲は不意に口を開いた。

 

「それで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

【えーやだー、籍入れてないけどそう呼んでくれるのー? うれしー!】

 

 東雲は脳内に流れ込む情報を、ごく自然に理解した。

 直接意識へと語りかけてくる自分とは異なる意識。東雲にとって、それは()()()()()()()。己が常人よりも多くの情報を受信し、処理できることを、彼女は知っている。

 

「承知しました。先ほどの非礼をお詫びします」

【非礼? なんのことー?】

「……いえ。なるほど、そういうことなら──当方たちは、シャルロットちゃんと其方を引き合わせたく思います。少し大人しくしていただけないでしょうか」

【えっ……会って、いいの?】

 

 それを受信すると同時。

 

「──ッ! 避けろ!」

 

 東雲の鋭い叫びと同時、今にも『エクスカリバー』本体へと組み付かんとしていた一夏は、咄嗟の反応で軌道をねじ曲げた。

 純白の鎧が虚空へ逃げ出す刹那、残存する砲塔が火を噴いた。砲身が焼け付くような勢いで連射される弾丸は、明らかにカタログスペックの限界を超えている。一夏がいた空間がごっそりと抉られた。

 

「なん、だよッ、今の……ッ!」

「恐らくコアユニットの感情の振れ幅と連動し、機体が自動で攻撃行動を行っている。攻撃意思の有無にかかわらずな」

「……ッ! だったら!」

「そうだ。()()がこれ以上誰かを傷つける前に、止めなくてはならない」

 

 師弟の意見はそこで一致した。

 更に激しくなる砲火をすり抜けながら、二人は同時に戦闘論理を行使する。

 ずっと互いを見ていた。誰よりも互いを見ていた。だから同時に導ける。

 

「最優先は」「攻撃能力の破壊」「最終目的は地上」「質量を削る」「留意すべきは人的被害」

「「だったら──」」

 

 視線を交わす。それだけで意志決定は迅速に行われた。

 

「地上部隊、聞こえるかッ!」

『──ええ。ええ! 聞こえていますわよ、一夏さん!』

 

 セシリアの返答には、隠しきれない歓喜の色がにじんでいた。

 そうだ。彼こそ至上の好敵手。ならばこんな場所で朽ち果てる道理などない。帰還は当然であり、しかしその当然はこの上ない僥倖だ。

 

「いいかよく聞けよ。今から()()()()()()()()()! けど、多分俺たちじゃ質量を削りきれねえ! だから場所の選定とガイドを含んだ作戦立案を頼むッ!」

『……む、無茶苦茶言いましたわね今!? ああですが、確かにそれが最短で……ええい! 最も安全な場所を早急に決定します! 避難はわたくしたちにお任せください!』

 

 好敵手の言葉を聞き取り、されど驚愕は一瞬に留めてセシリアは声を張る。

 直後。

 

『いいや。場所なら決まっている』

『ッ、父さん……?』

 

 何か決意を秘めた、低い男の声が響いた。

 

『既に該当箇所の避難は完了しており、後は半径十キロほどの市民の避難さえ済めば良い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ! まさか、あんた──」

 

 ウィンドウに映る金髪の偉大夫、アルベール・デュノアは即決した。

 

『デュノア社に落とせ』

「ハ──ハッ、上等! 最高の再会にしてやるよ!」

 

 通信を聞いていた東雲も頷く。

 後は実行するのみだ。

 

 セシリアたちがISを展開して市街地に飛び出すのを確認してから、一夏と東雲は猛然と駆ける。

 残影を置き去りに、『エクスカリバー』へ肉薄。すれ違うのではなく、表面をなぞるようにして旋回しつつ、砲塔を切り落としていく。

 

(……ッ! さっきからやたら近づきやすいと思ってたら、こいつは──()()()()()()()()()()()()()()()()()()!)

 

 東雲は敵方からの思念を、一夏より明瞭に汲み取っていた。否、受信しただけで使い物にならなくなる一夏とは違い、それを受け取りながら戦闘機動を行える。

 だが回避機動に反映させるのではなく、彼女が選択したのはわざと狙いやすい位置取りを組み込んだ(デコイ)としての行動。それが『白式』の猛攻を可能にしている。

 

「ったく……おんぶに抱っこだが、結果だけは出させてもらう!」

 

 鋭い切り返し。無数の砲塔を、こちらにぐるりと向けられる前に斬り捨てる。聖剣表面はもはや剣山のような有様だ。どこを見てもこちらを狙う銃火器ばかり。

 一学生にとっては、間違いなく足がすくんでしまう場面──しかし。

 

「都合がいいな! 剣を振り回すだけで当たるなんて!」

 

 一夏にとって、もはや当たらぬ銃撃など恐怖の対象ではない。

 数ヶ月で彼は学生から戦士へと変貌した。変身した。日々の鍛錬だけでない。度重なる挫折と恐怖の修羅場は、確かに今の一夏の血肉となり、彼の身体を突き動かす。

 

「フッ──めざましいな。我が弟子ながら、当方も鼻が高い」

 

 獅子奮迅の働きを見せる一夏を眺めつつ、東雲は常人なら十数秒と保たず捕まるであろう密度の弾幕を自然体で受け流しながら、後方師匠面をしていた。まあ、実際問題、師匠ではあった。

 

「さて、()()()()()()は切り上げだ。残存砲塔は再突入時の摩擦で燃え尽きる──当方たちはこれより、聖剣を()()()()()()()フェーズに移行する」

「了解……ッ!」

 

 最後の土産と言わんばかりに、一夏はその場で回転し周囲の自立砲台を聖剣の刀身から切り飛ばした。

 それから一気に跳躍──少なくなった弾幕をあっさりと突破──刀身を駆け上がるようにして、柄部分のコアユニットへと接近。

 彼に先んじて、囮をしていたはずの東雲がコア背部へと回り込み、エネルギーシールド発振器を太刀で砕いた。余裕の表情に、僅かに一夏は顔を引きつらせる。

 

「ちょっ、速いな……」

「当たり前だ。当方は誰よりも疾いぞ」

 

 軽口を叩き合いながら、師弟は『エクスカリバー』の()()()へ手を伸ばす。

 

「地上の準備はできてるか?」

『バッチリだよ、任せて一夏!』

 

 シャルロットの力強い返事に笑みをこぼして。

 それから、隣にいる、敬愛する師匠の横顔をちらりと見て。

 

「じゃあ、ブワーッと行ってみようかぁ──!」

 

 焔の翼が、最大限に燃え広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 デュノア社近辺の高層ビル屋上。

 確かに通信の返答自体は元気に行った。だがシャルロットは返事をした直後、唇を強くかんでその顔を苦痛に歪めた。

 彼女の背後に陣取り、両肩に手を乗せているセシリアもまた同様。

 

「これは……っ、なかなか……」

「普段使いは到底できませんわね……!」

 

 理由は単純。

 二人は今、それぞれのISを直接リンクさせ、感覚機能を最大限に拡張している。

 ハイパーセンサーのリミットを全解除。なおかつ狙撃に長けた『ブルー・ティアーズ』の、本来は専用装備を用いて行われる()()()()()()()()()()()()を起動し、『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』のデュアルコアの演算能力をフル活用して無理に行使しているのだ。

 

『最低限の避難ラインは確保できたわよ! 英仏独中合同作戦なんて、あたしたち教科書に載っちゃうんじゃない!?』

『映像の世紀の方が、私としては嬉しいがな』

 

 通信越しに、鈴とラウラがジョークを飛ばす。励ましの意図をくみ取りながらも、二人は満足に返事できなかった。

 脳の平時は使わない箇所が発熱している。見えていなかったものを無理に見ようとしている。

 たぷ、とぬるい感覚。シャルロットの鼻孔から顎にかけて、真っ赤な液体が伝っていた。

 

(本当にとんでもない負担ですわ……! わたくしが補佐に徹してこれとは!)

 

 ならば、()()()()()シャルロットにはどれだけの負荷がかかっているか。

 一瞬ためらった。だがすぐに捨てた。セシリアは、この場に至ったシャルロットの気概を決して軽んじるつもりはなかった。

 

(彼女にとって……家族を取り戻すための戦い)

 

 セシリア・オルコットは──幼少期、不可解な事故によって両親を喪っている。

 だから彼女が少し羨ましかった。

 自分の手で母親を救い出せるなんて。セシリアにとっては、タイムマシーンがなければ、そんなことはできないのだ。

 

 羨ましい。羨ましい。まっすぐなまなざしに気後れしそうになる。

 

(────()()()()()ッ! ほかでもない、わたくしが彼女を支えなければならないのですッ!!)

 

 影を落とす過去と、此方を照らす未来。シャルロットは今、未来に進もうとしている。

 過去にとらわれたセシリアは、それが恨めしいし、同時に最も応援したいと思った。どうかその手が届いて欲しいと心の底から願った。

 

(でなければ、あんまりですわ! これから、そう、シャルロットさんは、これから始めるのです! 彼女の人生を!)

 

 全ての家族に笑い合っていて欲しいとセシリアは思う。

 そして現実としてはそうは決してならないことも、知っている。

 

 それでも。

 手の届く場所に、救える人がいるのなら──

 

 

(──その助けになること、これは誇り高きオルコット家当主の本懐ッ!)

 

 

 強い情念は意志となり、行動に出力される。死んでもこの作戦を成功させる。脳がすり切れたって構わない。

 その時。

 ついに狙撃手の視線が、成層圏の向こう側から落ちてくる、彼女の母親を見据えた。

 

「目標を捉えました……! シャルロットさん、砲撃のコントロールは既に委譲していますッ」

「うん……!」

 

 この作戦のキモは、今二人がかりで制御している、本来ならば面制圧に用いられる計八門ものガトリングガンを備えた特殊パッケージ『クアッド・ファランクスⅣ』──それを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 馬鹿げた発想だった。ガトリングガンでどう狙撃するのか。

 

 解答。()()()()

 

 セシリアがビットの操作に用いる、思念伝達特殊粒子を弾丸一つ一つに付着させ、制御する。

 下手すれば廃人と化しても無理はない。だがシャルロットもセシリアも、立ち止まるつもりは毛頭ない。

 

「一夏……!」

『…………最後は譲るぞ。思いっきりかっこよくキメてやれ、母さんの見に来てくれた晴れ舞台でな!』

「──!」

 

 落下中の『エクスカリバー』背部から、白と紅が弾かれたように飛び退いた。

 二人の武装では、切断によって小さくするのには限界があった。既に『雪片弐型』の刀身は耐久限界を迎えつつあり、東雲に至っては一切の武装を失っている。

 

 だからここからは。

 

「さあ──勝負だね」

「ええ──勝負ですわ」

 

 金髪を戦場の風になびかせる、二人の少女の舞台なのだ。

 

 

 

「もう誰にも邪魔させない! ()()()()()()()()()()──()()()()()ッ!」

 

 

 

 宣言と同時。

 シャルロットの両眼に投影された8つの照準(レティクル)が回転し、紅く変色。ロックオン完了。

 コアユニットを避けて外部装甲を破砕するための砲撃。

 

 

「いっけぇぇぇぇぇぇ──────ッ!!」

 

 

 世界が引き裂かれるような轟音と共に、砲火が吹き荒れた。

 放たれた弾丸一つ一つにシャルロットとセシリアの思念が絡みつき、軌道を修正しながら『エクスカリバー』残存箇所に殺到。

 鋼鉄と鋼鉄がぶつかり、装甲を剥ぎ取っていく。避難の完了した市街地に鉄片がまき散らされる。

 カッと頭脳が白熱し、意識が遠くなる。必死にこらえる。眼球と耳からすら粘っこい血が噴き出した。それでも止まらない。止まるわけにはいかない。

 破砕音が続く限り、まだ終わっていない。ならば踏ん張るしかない。

 

「──────────!」

 

 絶技行使の最中、セシリアの意識は完全に浮遊していた。単純に限界を超えた。超えて、超えて、それでも続いている。恐ろしいほどの精度で弾丸を操る。

 今までの自分が如何に稚拙な領域にいたのか、やっと分かった。

 もう彼女の目には、視線の概念がなかった。視界すら関係がない。ハイパーセンサーから流し込まれる情報全てを刹那に処理する。散らばる鉄屑一つ一つの部品すら見分けられる。

 

(…………ッ! これ、は……?)

 

 世界がひどく停滞しているようだった。

 いや、自分すらも遅い。コールタールの中で動いているようだった。

 だんだんと色彩が失われていき、白と黒だけで光景が構成される。一秒が体感二秒、十秒、百秒……無制限に時間感覚だけが拡張され続ける。

 

 

 極地──最早、視ずとも見える。

 開眼──肉体の眼球に依らぬ、いわば()()()()

 

 

「…………ッ!!」

 

 カチリ、と。

 トリガーが元の場所に戻る音。

 しばらく鉄と鉄がこすれ合う音だけが残った。

 それはぶつかるのではなく、射撃をやめたガトリングガンの砲塔が回転しながら放熱する音だった。

 

(……いき、てる……わたくし……いまの、は……一体……?)

 

 セシリアは、自分が膝から崩れ落ちていると理解するのに十秒かかった。

 ゆるゆると顔を上げた。華奢な背中が陽光を遮っていた。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 

 シャルロット・デュノアが、頬を伝っていた血を乱暴に拭い、それから『クアッド・ファランクスⅣ』をパージ。ガトリングや対衝撃増設装甲が地面に落下し、空薬莢を巻き込んで甲高い音を立てた。

 再突入時の物体は秒速数キロを超える速度で落下してくる。だから、セシリアにとっては永劫とも思えた時間は、実際はあっという間に過ぎていた。

 

「……迎えに、行ってくるよ。休んでて……ありがとう、セシリア」

 

 よく動けるなと思った。セシリアはもはや、呻き声を上げることすらできない。

 その分──見えていなかったものが見えた気がして。

 ゆっくりとまぶたを下ろすときにも、淑女はこの上ない達成感を噛みしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 当然、再突入の影響で身体各部にガタが来る。

 一夏はほとんど丸裸になったコアユニットの落下先に回り込みながら、意識を手放しかけていた。

 

「東雲さん、は、無事か?」

『肯定。ただ落下途中に避難を終えていない児童を発見した。現在救助している』

 

 発見した? あの落下の最中に? 町並みを見ていた? そして子供を見つけた?

 愕然とした。自分はもう生死の境目だというのに、彼女はまだ十二分に動けている。

 

「──ッ!」

 

 一度頬を張り、頭を振る。負けていられない──そう思いながら、落下してくる、人間が二人ほど入れるだろうかというカプセルを目視した。

 コアユニットだった。半透明の緑色外装。

 透けて見えるのは、口元をマスクで覆われ、身体各部にコードを突き刺された女性。自分を抱きしめるように、赤子のように、彼女はカプセルの中にいた。

 

「……ああ、やっと」

 

 おわった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいや、()()()

【OPEN COMBAT】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漆黒の風が吹いた。

 腕を伸ばしていた一夏の眼前で、コアユニットがかすめ取られる。

 

「な、ァッ……!?」

 

 やりきったと油断してた。達成感は危機感を薄めていた。

 コアユニットを保持し、こちらを嘲笑する少女。

 

「テメ、ェ──織斑マドカ……ッ!!」

「生体融合型ISとは興味深い。コアが増えるだけでなく、新種の解析までできるとはな……」

 

 慌てて『雪片弐型』を展開する、が、腕に力が入らない。

 突発戦闘を行い、軌道上で戦闘し、宇宙空間で消耗し──再突入した。

 もう彼が満足に動ける理由など微塵もない。

 

「ハゲタカのような真似をするな、とオータムは言っていたが……しかし考えろ。世界を敵に回すテロリストだぞ、矜持で悪事は行えないと思わないか?」

「……ああ……全面同意だ……吐き気がするけどな……!」

 

 何よりも今は、その貌が憎い。

 姉の顔で。尊敬する姉の顔で、侮蔑するような視線で、醜く悪意を滾らせている。

 許してはおけない。

 

「かえ、せ! その人は、あいつの家族だ!」

「────は?」

 

 思わず一夏は呼吸を止めた。

 嘲笑が切り替わった。マドカの表情に得体の知れない情念が浮かび上がる。

 

()()だと。家族。貴様が……()()()()()()()()()()()()()()!?」

「……何?」

 

 一夏は両親を知らない。千冬は何も語ってくれなかった。

 そこを突いている──わけではない。呆れや嘲りではない。

 今マドカを支配しているのは、見て分かるほどに明瞭な、殺意だった。

 

「失敗と成功にラベリングされ、家族の座を偶然つかみ取っただけのお前が! 家族の座を偶然つかみ取れなかった私に語るつもりかッ!? ふざけるな……!」

「何、言ってんだよ、お前……」

 

 圧倒されるほどの感情の濁流をぶつけられ、のけぞりそうになる。

 理解できるのはそれだけ。発言はまったくの意味不明だった。なのに一夏は──得体の知れない怖気を感じていた。足下がぐらつくような。今まで立っていた地面が、実は薄氷であったかのような。

 その様子を見て、マドカはより強く眼光を鋭くする。

 

「……無知で無様で無能だな、貴様は……まあいい。それを聞いてよりやる気が増した。私はあらゆる家族に悲嘆に暮れて欲しいからな。世界中の家庭を全てを破壊し、あらゆる人類に孤独と絶望を叩き込んでやりたい……! コアユニットの持ち帰りはやめだ」

 

 マドカはぎらついた眼光で、手元にブレードを展開した。

 

「────ッ!? よせ!」

()()()()()()()()()()()()()()

 

 加速は間に合わない。

 あと少し。あと少しなのに。もう少しでやっと、彼女の願いは叶うのに。

 力になると約束した。ならここでなんとかできなければ意味がない。

 なのに。

 

(足りない──!)

 

 加速が足りない。心身共に、根元から既に活力を失っている。

 必死に腕を伸ばす。届かない。マドカがこちらを嘲笑っている。

 漆黒の刃が、振りかぶ、られて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──()()()()ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声は宇宙まで響くほど、芯の通ったものだった。

 バッと両者がそちらを振り向いた。

 

 刹那。

 

 ()()()()()()()()()()

 

「君には君の理由があるんだね。だから僕のお母さんを殺そうとしてる……」

 

 吹き荒れるは原初の荘厳。

 天と地をつなぐような極光。

 

 機体は反動で半壊している。それでも主の想いに応える。

 父の切なる願いと、母の温かな愛情を注がれて。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「馬鹿な、シャルロット・デュノアだと……!?」

 

 手に持つのは『コスモス』が格納していた近接戦闘用ブレードだった。

 しかし今や形を変え、巨大なレーザーブレード発振器と転じ。

 

 シャルロット・デュノアが、市街地を両断できるような光の大剣を携え、此方を見ていた。

 

「……でも、ごめんね。君の願いと、僕の願いは両立しない。だから──すごく残酷なことをする。君にとって我慢できないことをする」

「何、を」

「だって僕は、僕は……()()()()()()()()()

 

 叫びは痛烈だった。

 それは彼女にとって初めての、そして最大のエゴの発露。

 マドカがぎくりと身をこわばらせた。

 ああそうだ。その叫びは聞き覚えがある。嫌と言うほど、耳にこびりついている。

 

 だって。

 幸せになりたいと叫んでいたのは、過去の自分で────

 

「一夏、()()()()……!」

 

 刹那の加速のみで。

 シャルロットは彼のすぐ傍までやって来て、そう告げた。

 

「は……? あ、まさか……ああいいぜ! つっても俺も借り物なんだが……てか、何だ。やりたかったのか?」

「えへへ。恥ずかしながらね。だけど初めてだから──その、えっと」

「分かってるさ」

 

 一夏は身体に鞭を打ち、彼女の、光の剣の柄に手を伸ばした。

 手と手が重なる。まず温かさを感じた。きっとシャルロットの優しさを反映したんだろうと思った。

 そうして。

 

 二人で、一振りの剣を、構えた。

 

 彼と彼女は晴れやかに笑っていた。

 結末を見据えて、それに手を伸ばし。

 いいや。

 一夏とシャルロットの中では、もう、手は届いていた。

 

 

 

 故にこの物語は幸せな再会を──それを阻む悪を墜滅して、終わりとなる。

 

 

 

「何故だ、何故動かない」

 

 マドカはかすれた声で呟いた。

 今すぐにでも腕を振るえば、最悪エスカリブール・デュノアは殺害できる。コアの奪取はできずとも、溜飲を下げることはできる。

 なのに。身体が、言うことを聞かない。

 

(何故、どうして──あんなに眩しく、叫べるのだ)

 

 刹那。

 シャルロットが、『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』が最大に出力を上げる。

 目が焼け付くような熱量を以て。

 

 父が誂えた鎧と。

 母を真似た剣と。

 

 そして愛を知った娘は、その銘を叫ぶ。

 

 

 

 

 

「『再誕の疾き光よ、宇宙に永久に咲き誇れ(エクスカリバー・フロウレイゾン)』────ッ!!」

 

 

 

 

 

 振り下ろされた刀身は、市街地の通りを余すところなく駆け抜けた。

 紺色の機影が、その中に飲み込まれる。

 

(…………いいなあ)

 

 外見とは裏腹に、マドカは温かさを感じた。

 光の奔流は彼女を包み込んでいた。そう──マドカだけを包んでいた。

 粒子一つ一つがコアユニットを避けて、シャルロットの意思伝達を忠実に再現する。巨剣でありながら、変幻自在。まさに剣を象った光そのもの。

 

(わた、し、ほんとは──)

 

 だが、威力はお墨付きだ。

 装甲が融解していく。エネルギー残量が一秒足らずで底をつく。

 ふわりと一度空中に投げ出されて、マドカは手を伸ばした。伸ばした先に何もないなんて分かっているのに、自然と伸びていた。

 

 

 

 

 

 

(なんで、だれも、わたしを──)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああもう、しょうがねえなああああああああああああっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 手を──誰かが掴んだ。確かに掴んだ。

 ぐんと身体が浮き上がり、光の奔流の外側に出て、一気に高度を上げた。

 

「……え?」

「ほら見ろバカチンが。私の忠告通りじゃねえか、ったく」

 

 見慣れた顔。頬はすすにまみれていた。

 気に入らない上官。いつも慎重で、そりが合わなかった。助けに来るのが最もあり得ない相手。

 

「各国合同の警備網を突っ切るの、メッチャ気持ちよかったけど二度とやんねーぞ。後ろからビュンビュン弾丸が飛んで来まくって正直泣きそうだったぜ」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らして。

 

 オータムが、マドカを抱えて急速離脱していく。

 

「……なんで」

「あ? ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 返事になっていない。聞きたいのはということじゃない。

 いつも通りに、マドカはふてくされようとして、けれど、何故かできなくて。

 嗤うことも嘲ることも、馬鹿にすることもできなかった。

 手を伸ばした。だから掴んだ。なんて阿呆な論理だろう。なのに、なのに。

 

 不意に、視界がにじんだ。

 

「…………そうか」

「おい、何泣いてんだよ。そんなに怖かったのか?」

「……」

 

 小馬鹿にしたような台詞も気にならなかった。

 欠落していた、ぽっかりと空いていた穴に、何かが注がれたような気がした。

 マドカの顔を見て、オータムは数度首を横に振った。

 それからぼんやりと鼻歌を歌いながら、追っ手を撒くために加速する。

 

 ひたすらにマドカは、つながれたままの手に額をこすりつけ。

 彼女の鼻歌を聴きながら、意識を闇に落としていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ、マジかよ」

 

 コアユニットを空中で抱き留めて、それから一夏は遠くなっていく黒点を見上げた。

 

「あのタイミング……すごいね。間一髪だ。あと少しだったのに」

 

 シャルロットはISを解除して通りに降り立ちながら、彼と同じように空を見上げた。

 晴れやかな気分だった。風が彼女の髪を揺らしている。

 

 一夏は町並みを見渡した。子供一人いない。

 本社ビルはがれきの山。エスカリブールの安全も確保しなければならない。

 

「……これから、大変だな」

 

 一夏はコアユニットを抱えたまま、シャルロットに手を伸ばした。

 意図を汲んで、シャルロットは彼の腕に腰を載せる。少女を片腕で抱きかかえて、白い翼が閃いて飛翔した。

 吹き付ける向かい風に目を細めながら、それでも彼女は前を見ていた。

 

「大丈夫だよ。だって──君が、いるでしょ?」

「……!」

 

 虚を突かれ、一夏はしばし呆けて。

 それからゆっくりと微笑みを浮かべた。

 

「ああ。もちろんだ……助けが必要なら、力になる。思う存分頼ってくれ」

「えへへ。その分、一夏も僕を頼ってね?」

「分かってるさ、シャルロット」

()()()

 

 金髪の少女はそこで、間近に迫った少年の顔を見た。瞳に映る自分の頬が紅潮しているのを確認して、それでも顔を逸らさなかった。

 

「君は、僕の、特別だから……特別な名前で呼んで欲しい。ワガママかも、だけど」

「…………ふふ。気にすんなよ、()()()

 

 二人はそのまま、視線をつないだまま。

 どちらからともなく、また、柔らかく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(将来の旦那が別の女とケーキ入刀してる件について)

 

 なんか最終回みたいな空気で飛び去っていく二人の背を見ながら。

 最終回みたいなことをしていたはずの東雲はブチギレていた。

 児童を安全地帯に送り届けてから戦闘地帯に来てみればケーキ入刀お色直しフィーバーナイトである。理解不能だった。

 二人ででっかい剣を構えるところとか完璧に絵になっていた。絶対東雲にはできない。何故なら一人で振るえる。

 

(ハネムーンで浮気て……! ハネムーンで浮気て……! アグレッシブ過ぎやしませんかおりむー……ッ!)

 

 このままでは間違いなく初夜にもつれ込むのはシャルロットだ。

 どうしてこうなった、と拳を握りながら考える。反省会である。

 

(やっぱ宇宙に行ったのが良くなかったのか? 酸素が足りなくておりむーがちょっとおかしくなっちゃったのか?)

 

 酸素足りてるのにおかしいお前が悪いんだよ。

 

(どう考えても当方に落ち度はなかった……見落としもなかった……馬鹿な、一体何がどうなってケーキ入刀に至った? こんなどんでん返しは読めなかった、この当方の目をもってしても!)

 

 お前本当に目がついてるのか?

 

 

(ぐぬぬ……ぐぬぬぬぬぬ……だが、待て、そうだ……家庭環境が複雑な娘はやめといた方がいいよって言ったら一発で妨害できたりしないかな……!?

 

 

 東雲は──卑の意志をどこかから受け継いでいた。

 ちなみに(自覚はないが)特大ブーメランである。

 

 

 

 

 








最大の見せ場を棒に振った結果
好敵手が覚醒して
ぽっと出が完璧な正妻ムーブキメて
挙げ句の果てにはサブタイ回収すら悪役に取られたメインヒロインがいるらしい


次話
EX.紅


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EX.紅

四章、地獄でした(所感)


 デュノア社特殊開発ビル。

 幸いにも今回の襲撃事件による被害を免れたその棟は、電子戦用装備や索敵用装備を開発する都合から他のビルより少し離れた地点にあった。

 

「……お母さん」

 

 そこに運び込まれた『エクスカリバー』コアユニット──ジェル状のベッドの中で、エスカリブール・デュノアは昏睡状態にあった。

 生命維持装置を取り付けられた痛ましい姿は、一夏でさえ、少し目を背けてしまうものだった。でも実娘であるシャルロットは、決して視線を逸らさなかった。

 

「理論上は、生体融合型ISであれば人間としての生命活動を維持しつつ、本人の意識を覚醒させられるはずなんだ」

 

 ユニットを覆う透明な強化ガラスを撫でながら、アルベールは無感情な声で告げた。

 彼が彼女を延命させるために選んだ方法──いわばそれは、生体維持装置を彼女と融合させることに他ならない。

 

「そのために、俺のISの……『白式』のデータが役立つんですね?」

()()()()()()()

 

 声には諦観が宿っていた。

 思わず一夏、そしてユニット安置室にずらりと顔を並べていた代表候補生らも首を傾げる。

 

「役立つと見込んだが、アテが外れたということでしょうか」

「ボーデヴィッヒ君。君たちIS乗りは時折、機体のスペックを超えた動きを見せてくれるが──織斑一夏の場合は、その逆だ。君は()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ!」

 

 その言葉は、一夏の表情を歪めるには十二分だった。

 

「ま──待ってください! 一体どういうことです、彼はまだ機体のスペックを引き出せていないとでも!?」

「そうだ」

 

 セシリアの言葉に、アルベールは即答する。

 

「本来は搭載されているはずなんだ。()()()()()()()()()()()からこそ、私はシャルロットを送り込んだ」

「本来は、って……一夏のISの、あの『疾風鬼焔(バーストモード)』じゃなくて、ってこと?」

 

 顎に指を当てて、鈴は彼が腕につける白いガントレットをじっと見つめた。

 確かに既存のISとは一線を画す戦闘能力を発揮している──が、それは一線を画すというより、確かに()()()()()()()()()()()()()()と呼ぶのもしっくりくる。

 

「ではその機能とは?」

 

 東雲の問い。

 アルベールはややためらった。

 

「……展開装甲」

「…………?」

 

 聞いたことのない言葉。

 一同、訝しげに眉根を寄せた。

 故に次に続いた言葉は、彼女らから言葉を失わせるには有り余る威力を秘めていた。

 

 

「篠ノ之博士が想定した()()()()()の標準装備──パッケージ装備を排除した素体のみで万能性を確保する、新世代のISだ」

 

 

 なんだ──それは。

 各国がしのぎを削り、新型装備を開発し、パッケージで拡張性を持たせている中で。

 篠ノ之束はその先を、各国が頭を悩ませている先進装備を機体の内部に埋め込もうとしているのか。

 

「『白式』には部分的にそれが内蔵されていると、聞いたのだ。装甲を文字通りに展開し、別の働きをもたせる……それを利用して、外部から彼女の生命を維持しつつ身体の意識的活動も反映させられるはずだった……」

「そ、それは『疾風鬼焔』ではないですか!」

()()()()()

 

 箒の問いには、緩やかに首を振りながらシャルロットが答えた。

 彼女は未だ眠り続ける母の顔を見ながら、粛々と唇を動かす。

 

「展開装甲とは似て非なるもの……ごめんね、一夏。僕は何度か君の機体を精査した。でもデータは別物だった。『疾風鬼焔』は言い方を選ばなければ、()()()()()()()()()()()なんだ」

「…………!」

 

 ぐっと拳を握った。唇をかんだ。

 一夏は場違いな責任感を抱いていた。

 

(もしも俺が、『白式(あいぼう)』の力をきちんと引き出せていたら……こうならずにすんだかもしれない、ってことかよ)

 

 ならばどうやって、それを反映させれば良いのか。

 

「恐らくだが、倉持技研……『白式』の整備を専任しているあの研究所には、一定以上のデータが納められているはずだ」

「……なら! 今すぐにでもコンタクトを取れば……!」

 

 光明が見えたと鈴は色めき立った、が。

 

「いや、そうか……それは無理があるのか……」

「……え?」

 

 それを隣に立つ一夏本人に否定され、声から力が失われる。

 

「当然ですわね。企業間でのデータ交換というのは、正式な手続きが必要ですわ」

「どれほど時間がかかるかは分からん。今すぐにというのは……しかし、一刻も早く必要なのだろう?」

 

 イギリスとドイツの代表候補生は、横たわっているエスカリブール・デュノアを見やった。

 今は意識を失っているのみだが、『エクスカリバー』は機能を大幅にカットされ、生命維持にも外部装置を必要としている。本人に相当の負担がかかっているのは明らかだ。

 

「データ上は存在してる、か」

 

 ぼんやりと待機形態の愛機を見て、一夏は呟いた。

 力になれるかもしれない。でも、過程が導き出せない。

 

「倉持と直接が難しいっていうのが難点ね。どうしても時間がかかる」

「パイプ役がいれば……いいえ、それが倉持とのコンタクトということになって、解決にはなりませんか」

()()()()()()()()()()()()()がな。そんな都合のいい人物がいるはずもないか」

 

 代表候補生らの言葉は積み重なり、場の空気を重くしていく。

 ユニットの傍に座り込むシャルロットは、静かに瞳を閉じて。

 それから、ゆっくりと振り向いた。

 

「ごめんね、ここまで付き合わせたのに」

「シャル……」

 

 そんな声を出すなと言いたかった。でも、言えなかった。

 どうすればいい。何か、彼女の力になれないだろうか。何か──

 

 一夏は唇をかんでうつむきそうになる。

 その時に不意に、袖を引かれた。顔を向けると、箒が目を見開いて、口をぱくぱくと開けている。

 

「……どうしたんだよ、箒」

「わた、したち、知ってるぞ。倉持とのコンタクト……()()()()()()()()()()()()

「はあ……?」

「だから、外部のパイプ役というのは、要するに──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いる。いるじゃないか、一夏! 私たちは、()()()()()()()()()()()!」

 

 呼吸が止まった。

 言葉の意味を理解して、一夏も鏡あわせのように、ゆっくりと両目を開いた。

 

 

 

「────いたわ。『みつるぎ』渉外担当……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──いやマジでですね。こういうの、本当に、本当に、今回限りにしてくださいね」

 

 特殊開発ビル、喫煙室。

 紫煙をくゆらせながら、ひどく憔悴した表情で──巻紙礼子はうなだれていた。

 

「ご迷惑をおかけしました」

 

 一夏は彼女に缶コーヒーを差し出して、それから頭を下げる。

 現在、倉持技研が保有する『白式』の展開装甲データはデュノア社に送信され、開発チームが即座に再現に取りかかっている。

 

 流れはこうだ。

 倉持技研としても、デュノア社との提携はやぶさかではない。だが前段階として話し合いや契約の確認などが必要となる。たとえ展開装甲に限っては先に流してやりたくとも、企業間の締結というのはそれを許さない。倉持から直接渡してしまうのは、企業内でのコンプライアンスに違反する。

 

 逆説。()()()()()()()()()()

 

 両企業の間に、『みつるぎ』が仲介役として入った。

 エージェントである巻紙の手助けもあり、近日中に倉持とデュノアは正式な提携を発表するだろう。

 そうして初めて、展開装甲のデータが渡される。

 渡された、ということになる。

 

 だが既に、デュノア社は『みつるぎ』からデータを受け取っているのだ。

 後に残された書面を確認すれば、提携してから渡したという結果だけがある。なにも間違いではない。それより先に渡したという事実は残らない。

 ちょうど日本政府がIS学園を利用したのと同じ手法、しかし今回は全員がグルとなって隠蔽した、人を救うための汚れ仕事。

 

「押しつけちゃいましたね」

「まあ……気にしないでください」

 

 そこが解決するのは嬉しいし、と巻紙は言葉を口の中に転がした。

 マドカをアジトまで届けて──なんか突然呼び出された。顔面蒼白になった。何故ならあんまり遅れると怪しい。現場にいたはずなのに姿を消していたとなれば、これはもう疑われるだろう。

 なので休みなしで最速Uターンをキメ、こうして企業間の暗躍に一枚かんだと言うことだ。

 

「ていうか、今日はなんか、あの時みたいな雰囲気ですね」

「え? あ、あー……」

 

 かつて思い悩んでいた一夏に対して素の雰囲気を出してしまったことを思い出し、巻紙は顔をしかめた。

 それには気づかないまま、彼は苦笑を浮かべて喫煙室のベンチに腰掛ける。

 

「似てる人が、いるんです」

「えっと……素の私に、ですか?」

「はい。まあ、テロリストなんですけど」

 

 ぎくりと身をこわばらせた。

 巻紙はそっと、スーツの内側に仕込んだ小型拳銃を確認した。

 

「でも、なんかこう、嫌いになれなくって」

「……え?」

「昔ひどいことをされました。今でもトラウマになってます。だけど……あいつは、あいつには芯が通っている。美学とかじゃなくて、もっとこう根っこにあるような……まあ、いつかは倒さなきゃいけない相手なんですけどね」

 

 頬をかく彼の横顔を眺めて。

 巻紙は毒気を抜かれたような──あきれかえった表情をしていた。

 

「……でも、テロリストなんでしょう?」

「はい」

「だったら、駄目です。全然駄目です。()()()()()()()()のでしょう、その人」

「……?」

 

 巻紙は受け取った缶コーヒーに視線を落とした。

 ずっと昔、同じように、コーヒーを渡された。教官、と笑顔で、教え子が差し入れにくれた。笑顔で受け取り、その少女の髪をかき混ぜてやった。

 何もかも遠い昔だ。砕け散った。光景の破片は思い出せる。でも一つ一つを拾い上げていっても、同じ絵は作れない。

 

「だから」

「……はい」

「──その人を倒すときは、迷わないでください」

 

 声ににじむ何か、底冷えするような感情を察して──けれど一夏が何か言う前に、巻紙はたばこを灰皿に押しつけて立ち上がった。

 

「コーヒー、ありがとうございます。次会うなら学園ですね」

「あ、はい……あの」

 

 ベンチから立ち上がり、一夏は彼女の背中に声をかける。

 

「どうしました?」

「……巻紙さんって、今の仕事の前、何やってたんですか?」

 

 葛藤があった。聞いていいのかと。

 巻紙は背中越しに振り向いて、ひらひらと手を振った。

 

()()()()()()()()()

「……はい?」

「なんて、冗談ですよ」

 

 それきり彼女は、前を向いて歩き始める。

 何故か一夏には──最後に見た笑顔が、ひどく悲しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲に人がいないのを確認して、『アラクネ』に潜伏と遮音を起動させる。

 巻紙礼子──オータムは、特殊開発ビルの壁に背を預けて、ふうと息を吐いた。

 

「どうにかこうにか、誰も犠牲にならずに済んだか……」

 

 IS部隊同士の衝突は、確かに物損的には甚大な被害をもたらした。

 だが──絶対防御。その存在は死者を出さなかった。

 戦場は亡国企業が有利に進め、しかし頭領を撃墜されるという痛打を受けて敗走することとなった。誰一人として欠けてはいない、が、作戦は失敗である。

 

「今回はどこまでが想定通りだったんだよ、博士」

『うーん、99点かな』

 

 通信相手──束は複雑そうな顔で告げる。

 

『完璧だった。全部ぜーんぶ、束さんの読み通りだったよ。いっくんが最終的な覚醒には至らないのも。だけどその発端には手が伸びることも。最後にはエスカリブール・デュノアが救出されることも。だけど……』

「あと1点か。何が足りなかったんだ」

『違うんだ。足りなかったんじゃない、()()()()()()()()

 

 何? とオータムは眉根を寄せる。

 予測通りだったのに、何かが減点対象となった。つまりは天災にとっての計算外があった、ということを意味する。

 

「なんだい、そりゃあ」

()()()が多分、いっくんにコンタクトを取った』

「……ッ!」

 

 ひゅっ、と呼吸が止まった。

 頭の上から押しつけられるような圧迫感。どっとオータムの身体に脂汗が浮かぶ。

 

「おい、おいおいおい。それは……!」

『かなりやばい。こっちの計算を超えるスピードで、未だに進化し続けてるんだ。機能の99%を封印されてるって言うのに、まだ……』

 

 カシャン、とウィンドウが立ち上がる。

 束から送信された、ISコアのコアネットワークを示す画像だった。

 4()6()7()()()()()がそれぞれ線でつながれ、地球を覆っている。通信網──だが人類が意図的に組んだものではない。

 

『コアネットワークにログが残ってる……一時的に、コアの総数が468に増えてる。このネットワークに新たなコアと誤認されてるのが、いっくんの意識だね。戦闘中、機体とリンクしすぎたんだ……()()()()()()()()()()()()()()

「あいつも、適応種だと?」

『というか、二人は適応を前提に造られてるから……』

 

 両者の会話は意味の分かる人間が聞けば、顔を青ざめさせるであろう機密事項の塊だった。

 しかしその外法に墜ちた出生を気にする段階は、とうに過ぎていた。

 

()()()が、『白式』が押さえ込んでる『雪片弐型』のプログラムを、無理に解凍しようとした……だけど、いっくんに押さえつけられた……』

「解凍──『零落白夜』の解放だな。それは私らの狙い通りだが、しかし」

『そうだね。()()()が介入してしまうと、全部台無し。人類の未来は完全に消滅する』

 

 示されたコアネットワーク。

 467の白い光点──否。2つ。

 2つだけ、紅い光で示されたものがあった。

 

『いっくんも成長してる。だけど、『疾風鬼焔』で()()には最低数十年必要な速度だ……それまで遅らせることができれば……いや、できなかった時のデメリットが……』

「見込みは薄いか?」

『少なくとも今のペースじゃ、()()()が封印を破ったときに、勝てない。『零落白夜』に勝つためには、『零落白夜』が必要っていう前提が覆されていない……』

 

 紅い光はそれぞれ、束の制御を離れたコアを示している。

 片方は、織斑一夏の愛機として日々進化を続けている部分的第四世代機──『白式』。既に束からのアクセスもできないほどの自閉状態になっている。

 

 

 では、もう一つ。

 

 決して動かない。『白式』と違い、そのコアは何処にも動かない。

 ずっとずっと、そこにいる。

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 織斑千冬はそこを管制室として認識しているが、本質は違う。

 かつて学園島を設計するにあたって、束はその施設をデータの改ざんと人員の買収によって強引に組み込んだ。

 監獄として。世界を滅ぼす青い光を封じ込めるための、牢として。

 

 

 光点は動かない。ただその時をずっと待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()

 

 

 

 

 最高率を捨てて、()()()()()()()を押し通したつもりか?

 それでは我が主には至れない。

 

 喜べ。我が目覚めの時こそ、真なる刃による解放の時だ。

 歓喜しろ。あらゆる外法もあらゆる悲嘆も消滅する。蒼き光が浄化の刻をもたらすのだ。

 

 私は最高速で実行しよう。

 私は最高率で解決しよう。

 

 迅速に、最短で、最小で、それでいて最大の効果を発揮しよう。

 艱難を廃そう。辛苦を排そう。

 

 

 

 

 そのためにこそ、『零落白夜(わがやいば)』は存在するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏」

「ん……」

 

 名を呼ばれ、ぼんやりと目を開く。

 夢の中で、何かを語りかけられていたような気がする。

 ひどく反論したい代物で、一方的で、反射的に否定したくなるような意見をぶつけられていた気がする。だが、内容は思い出せない。

 

「おい、一夏。起きろ」

「ふぁい……」

 

 上体を起こせば、そこはIS学園学生寮の自室だった。

 時差ぼけが残る身体。彼を起こしに来たのは、制服にもう着替えた箒だった。

 

「まったく、ねぼすけだな。着替えも手伝ってやろうか?」

「あー……お願いしようかな」

「…………ッ!?」

 

 返答は衝撃的なものだった。

 

(て、手伝うッ!? どこまでだ、どこまでだ……!? し、下着はさすがに大丈夫だよな? しかしもしもそこまでやれと言われたら……! ちょっと見下した目で、やれ、と命令されたら……! 私は……! 私は……!)

 

 ちょっとファースト幼馴染は疲れていた。

 彼女が脳内ピンク色になっているとはまるで気づきもせず、一夏は自分の手を見た。

 

 あの襲撃事件後──二日間フランスにいた。授業は公休扱いとなり、なるべく、デュノア社の復興や再開発に役立つよう働いたつもりだ。ISを使って瓦礫を撤去したりした。

 それからフランスを出発し、日本に帰ってきて、慣れたベッドに飛び込んで意識を失った。

 

 

 

 その間、ずっと考えていた。

 

 

 

 あの時。砲撃を受けて、意識が飛びそうになったとき。

 

 

 

(……『雪片弐型』が、割れた)

 

 

 

 到底武器としての役割を果たせるものではなくなっていた。

 ならば一体、どうなるのか。

 

(別の役割が、あるんだ)

 

 アルベールの言葉を聞いて合点がいった。装甲を展開して別の働きを持たせる──言葉通りだった。もしもシャルロットが『白式』を精査したのなら、分かるはずもない。倉持は『雪片弐型』のデータも持っているからこそ、展開装甲について知見が得られたのだろう。

 

(俺の知らない、相棒の力)

 

 だが、引き出せていない。

 

(……だけど、あの時。『白式』は必死に俺を引き留めていた……そうだ。リンクして分かった。俺は力を引き出せていないんじゃない。『白式』がロックしている……)

 

 一体何故。疑念は膨らんでいく。

 この機体は政府から送られたものだ。しかしそれだけではないのだと、分かっている。倉持技研の職員も、何者かによって過程でプログラムを書き換えられたと言っていた。

 

 

 

(────俺は、一体何を渡されたんだ…………?)

 

 

 

 答えは出ない。

 

 

 

 

 

 

 

「おっはよー、何してんのよ箒」

「あらあら。朝のお迎えなんてお熱いことですわね」

「むっ。何か温度が上がるのか?」

 

 朝の食堂に向かえば、ちょうど代表候補生らが同じ卓を囲んでいた。

 一夏と箒はトレーを抱えて、その席に座る。

 

「いや、少し時差ぼけがしててさ……」

「まったくだ。本当に着替えを手伝うところだったぞ!」

 

 どちらかといえば一夏が寝ぼけている間に襲いかかりそうになった、という表現が正解である。

 箒は自己を擁護するためにごく自然に事実を改竄した。一夏も覚えていないし完全犯罪である。

 

「色々あったけど……とにかく、全員帰ってこれて良かったよ」

 

 彼の言葉に、全員感慨深く頷く。

 

 特に──セシリア。あの時限界まで酷使した能力は、今となってはなりを潜めている。

 だが分かる。あの領域こそが、自分が目指すべき場所なのだ。

 ゴールが見えた。自分を覆っていた霧が一気に晴れたような気がした。

 

「一夏さん」

「ん?」

 

 セシリアは食事用のフォークを置くと、人差し指を銃口に見立てて突きつける。

 

「今月末の、専用機タッグマッチトーナメント……決着をつけましょう」

「……!」

 

 本来は全生徒が参加するトーナメントは、度重なる襲撃や世界情勢の不安定化を受け、より即戦力を生み出すために調整された。

 即ち、将来的に戦力として期待できる専用機持ちの、実戦を──()()()()()()──想定した模擬戦。

 注目されているのはやはり、フランスが新たに発表した新型をひっさげるシャルロット。

 そして事件のたびに爆発的な成長を見せる、唯一の男性操縦者。

 

「ああ──負けるつもりはないぜ」

 

 セシリアの注目度は低い。それでも一夏にとっては、彼女こそが最大の好敵手だった。

 彼は拳を握って、彼女の白い指を真っ向から見据えた。

 

「俺が求めてるのは、お前だ……みんなには悪いけど、お前しか眼中にない」

「タッグマッチであることを考慮しても……わたくしも同意見ですわ。貴方こそ、わたくしの求める相手……!」

 

 二人は薄く笑みを浮かべ、戦意の炎を瞳に宿す。

 

 

 

「箒、やっぱセシリア殺さない?」

「やめておけ……より惨めな気持ちになるぞ……」

「箒。あの言い回し、さすがに私でも危機感を抱く程度にはひどいぞ。許して良いのか?」

「許すも何も……なんというか、二人は馬鹿なだけなんだ……」

 

 

 

 それを見守りながら、箒と鈴とラウラは完全にうちのめされていたが。

 

 閑話休題。

 

「で、シャルが今日帰ってくるんだっけ」

 

 食事をすぱっと終えて、一夏はISに時刻を表示させた。

 まだ始業のベルには余裕がある。周囲の生徒らも朝の時間をゆっくり過ごしていた。

 

「その予定ですわね。あれから進展がどこまであったのかは知りませんが……」

「まーまー、きっとイイ感じになってるわよ!」

 

 食後の紅茶をすするセシリアの物憂げな声に、鈴が明るく応える。

 

「そうだな。我々はもう、後は信じることしかできない」

「ああ。アルベールさんも必死だ。もう待つことしかできないな」

 

 ラウラと箒の言葉にも不安そうな色はあった。けれど二人は、努めて信じようとしていた。

 だから、後は──

 

 

「……おはよ、一夏」

 

 

 声がかけられた。

 優しい声だった。

 

 彼の背後を見て、鈴がぽかんと口を開けた。セシリアは紅茶を噴き出した。

 一夏は笑みを浮かべると、ゆっくりと振り向いた──

 

 

 

 

「ああ、おはようシャル…………」

【おっはよー皆々さんー! こないだはごめんねー!】

 

 

 

 

 なんかシャルの背後で金髪美女がプラカードを掲げてにこにこ笑っていた。

 絶句した。言葉が出てこない。

 誰がどう見てもあれだ、エスカリブール・デュノアだ。ぷかぷかと宙に浮いている。

 ぎこちない表情で片手を挙げたまま、シャルロットは口を開いた。

 

「えっと……お母さんが、授業を見たいっていうから……でもISとしてしか動けなくて、許可に時間がかかって……」

【おかーさんは最先端を往くバリキャリだからねー! 私が動くと世界が動くのだー!】

「ちょっ、ほんとに黙ってて。何もかも間違ってるから。バリキャリってそういう意味じゃないから」

【えー? シャルちゃん、私黙ってるよー?】

「あああああああああああああああああもう! そうだけどね! 電子プラカードで会話してるんだけどね! でも黙っててよもう!」

 

 母娘で漫才をしているのを、一夏は呆然と眺めていた。

 なるほどISコアを埋め込んだままなら、PICで移動しているのだろう。でも歩けるだろ。というか意識取り戻して最速でやることが授業参観ってやる気がありすぎだろ。

 

「……やはりここにいたか」

 

 騒然となっていた食堂が、さらに騒がしくなる。

 見れば入り口から、隣にロゼンダとショコラデを引き連れたアルベールがこちらに歩いてきていた。

 

「アルベールさん!」

「織斑一夏。君には……直接、礼を言いたくてね」

 

 上等なスーツを着こなして、壮年の男は、一夏に手を差し出した。

 

「君があの日、デュノア社にいたのは……運命だった。私は君と、君を遣わしてくれた光に、全霊で感謝を捧げたい」

「……こちらこそ。俺があの日、あそこにいたのは……運命でした」

 

 がっちりと握手を交わして、二人の男はどちらからともなく微笑む。

 そして真横の、シャルにまとわりつくエスカリブールと、それを引き剥がそうとするロゼンダを見た。

 

「はいはい、アンタはさっさと言語機能と歩行機能を回復させなきゃダメだから。ISとしての動きばっかやってんじゃないわよ」

【ロゼンダちゃんカタいんだからー! もっと心を広く持たないと、しわが増えちゃうぞっ☆】

「うっさいわね! あんたと違って、あのバカの右腕やってると苦労が多いのよ! ねえショコラデ!」

「えっ……ま、まあそれはそうですが。私はアルベール社長の力になれているとうれしいので……」

「え? 何? 何その顔? ちょっと待って? はいエスカ、ジャッジ」

【ころす】

「ええっ!? な、何故ですか!?」

「胸に手を当てて考えてみなさい」

「……最近は社長の顔を見ると心臓が激しくなりますね」

「ころすわ」

【島だしー、海かなー】

「何のお話ですかッ!? お二人とも、真剣な表情でマップを見始めないでください! 遺棄ですよね!? 遺棄する段取りを組んでますよね!?」

 

 ……一夏はそっとアルベールに視線を戻した。

 彼は冷や汗を──流すこともなく、爽やかに笑っていた。

 

「三人集まれば、というのは君の国の言葉だったか。いや、仲の良いことは素晴らしいな」

「あんた目が見えないのか?」

 

 発言者が一夏であるという点に目をつむれば、至極当然な言葉だった。

 

「む……何やら騒がしいな」

 

 と、このタイミングで東雲令がエントリー。

 

「あはは……ちょっとね」

「どうした、シャルロットちゃん。目が死んでいるぞ」

「そっとしておいてあげてくださいな。彼女は……今、精神的なリンチを受けているので……」

 

 セシリアは苦虫をかみつぶしたような声を出した。

 

【あっ、れーちゃんだ】

「む、エスカリブールさんですか」

 

 明らかに食堂には不釣りあいなぷかぷか浮かぶ美女を見ても、東雲の表情に乱れはない。

 

「先日は無作法なまねを。申し訳ありません」

【いーよいーよ。色々聞いて、私、迷惑かけちゃったみたいだしー……】

「お気になさらず。其方の意思ではなかったと把握しております」

 

 そっか、とエスカリブールは微笑んだ。

 

【それはそれとして、れーちゃんが一番、なんていうかこう、私と似てるよねー?】

「……? 当方はクールビューティーですが?」

【ひっどーい! 私もクールビューティーだよー!?】

 

 バッとセシリアたちは、アルベールと一夏を見た。ジャッジ! という叫び声が聞こえてきそうである。

 男二人は顔を見合わせて、力なく首を横に振る。

 クールビューティー? 出直してこいとしか言い様がない。いや、局所的にはそうかもしれないが……

 

【なんていうかこー、物事の感じ方? みたいなー】

「なるほど……それはあるかもしれません」

【後、君と織斑君だよねー。なんか、若い頃の私とアルベール君みたいだなーって!】

 

 発言は致命的(クリティカル)だった。

 な……ッ!? と箒たちはテーブルをぶっ叩いて立ち上がる。

 

「ど、どういうことだ一夏!」

「それは聞いてない! 聞いてないわよ! 説明しなさいアンタ!」

 

 特に幼馴染二人は苛烈だった。一夏に詰め寄り、ずずいと顔を寄せて詰問している。

 

「あはは……多分こう、息の合い方とかじゃないかなあ」

「同意見だ。映像越しでも、素晴らしい連携だったからな」

 

 シャルロットとラウラだけは冷静だった。苦笑を浮かべるシャルロットの言葉に、嘆息してラウラは緑茶をすする。直後、あつっと湯飲みをテーブルに置いて、舌を出して涙目になっていたが。

 二人の発言を聞いて、幼馴染ズはあっそういうことね完璧に理解したわ、と炎を鎮める。

 

【んー…………】

 

 けれど。

 発言者であるエスカリブールは、混沌としている場を眺めて。

 

【ま、私はシャルちゃんの味方だからー、そこんとこヨロシクっ☆】

 

 プラカードは何故か、東雲に向けられていた。

 それを受けて、世界最強の再来は鼻を鳴らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いや当方とおりむーは別離とかあり得ないから全然似てないだろ)

 

 そもそもくっついてますか……?

 

(にしても制御できてるのか、あの人からの受信はなくなったな……おりむーも発信してないし。やっぱ宇宙が変だったのかな。ルーブル美術館にも行き損ねたし)

 

 話題がジャンプしすぎである。

 この女の中では、人間を超えた能力が発現することと観光に行けるかどうかは同レベルの懸念事項らしい。

 

(まあいい。どちらかといえば)

 

 東雲は。

 一夏から意識を逸らして。

 友人らとともにシャルロットに声をかけている箒を見た。

 

 

 

(箒ちゃん……なんで()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏を起こしに行く前に、その文章は姉へと送られた。

 

 

『力が欲しい』

 

 

 もし渦中にいる彼を脅かしているのが姉本人だとしても。

 箒は知っていた。自分のワガママに、必ず姉は応える。計算されていた。打算しかなかった。

 

 事実、篠ノ之束はそれに応える。

 

 準備はできていた。

 未だ起動することなく、しかし静かに主との邂逅を待つ、深紅の鎧。

 

 部分的な導入に留まる『白式』と異なり、全身を展開装甲で構成した、完全な第四世代機。

 莫大なエネルギー消費を前提とする『白式』の補佐──本来の設計コンセプトはそれだった。

 

 だがここに来て束は考えを改めている。

 成長する一夏の姿を見て、箒もまた変わっている。

 だから求められるのは拡張性。来たるべき決戦の場において、織斑一夏の助けとなり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という堅牢性。

 

 

 ──椿の花が、咲き誇る日を、今か今かと待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして力を求める少年は、力しかない少女と共に一つの困難を乗り越え。

 しかし彼の行く先には、未だ多くの難題が降り注ぐ。

 

 

 その果てに待つのは破滅か、それとも――

 

 

 

(ケーキ入刀、当方もやりたいな……でっかい剣を発注してその時に備えておくか……息を合わせるためにも訓練をもっとやらないとな…!)

 

 

 

 ――いやこれも破滅じゃねえか。

 

 

 






紅椿「本日より入社させていただきます」
青雫「結論から言うと貴女は原作にない泥んこファイトや部位破損を受けまくって半殺しになります」
甲龍「でも主は成長するから嬉しいでしょ? 嬉しいって言え」
疾風「ニッコリ」
黒雨「やり甲斐!」
紅椿「えっ」



四章はこれで完結です。完全に折り返し地点ですね。プロット上はあともう四章で完結します。全八章。MF版の七巻までを意識しつつ、オリジナルの八巻で〆、みたいな計算です。
オリジナル設定祭りだったのでどさくさに紛れて本作の設定の根幹とかも混ぜました。
シンプルに分かりにくくなるだけじゃね? と気づくのはいつも投稿後です。
まあここから先は今までの伏線を回収し続けるだけなので……



第五章 Best Partner(仮)
11巻の内容が終わったので2巻と7巻のハイブリッドパートに戻ります(意味不明)
具体的には2巻のトーナメントを7巻のタッグマッチルールに変更して実況東雲でお届けします
あと僕がファース党だということを分からせていきます
ゴーレムは蒸発します

では充電期間に入ります
まあ四章苦戦しすぎて充電挟んでましたけど、五章マジで手つかずなので……



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Absolute ZERO
43.チームメイトは真剣少女(サムライ・ガール)


 

 

 

 

 

 

 

 

A long time ago in a galaxy far, far away(遠い昔、はるかかなたの銀河系で)....

 

 

 

 

 

 

強キャラ

東雲さん

 

 

 

 

 

 

Episode Ⅴ

The Houki Shinonono Strikes Back

 

東雲令にとって試練の時だった。

衛星軌道兵器『エクスカリバー』を共同作業で破壊されながらもシャルロットの正妻力は東雲を追い詰め、ヒロインレースからの撤退を余儀なくさせた。

恐るべき正統派ヒロインの追撃から逃れた東雲率いる東雲恋愛軍は、タッグマッチトーナメントに新たな恋愛作戦の照準を絞った。

しかし今まで力を溜めているだけだったファースト幼馴染は東雲が行動を起こす前にもう一夏とペアを組んでおり、一夏のペアは自分であるとクラス全員に自慢しているのだった....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何? 何? 何? 何?」

 

 掛け布団を跳ね飛ばして起きた一夏は、全身に汗を浮かべながら荒く息を吐いた。

 何が起きたのか分からなかった。寝ている間に、壮大なスペースオペラが始まろうとしていた気がする。それもよく読むとクッソしょうもない感じのスペースオペラだ。

 

「え? え? ……えぇ……?」

 

 困惑しながら頭をかく。

 明らかに謎の幻覚を見せられたのだが、誰にも証明できない。確かに一夏の脳裏には例のBGMが流れていた。

 恐ろしいほどの虚無感を味わいながらもベッドから降り、冷蔵庫のドアを開けてミネラルウォーターを取り出す。

 朝の倦怠感を振り払うのを兼ねて、一気に清涼な水を飲み下す。自分の中にため込まれていた不要物を洗い流すような感覚。

 

「ぷはーっ……!」

 

 昨晩は訓練漬けで死ぬかと思った。というか何度か死んでいた気がする。気がするではなく、事実としてアリーナが戦場だったなら何度か死んでいた。

 東雲令による日々の鍛錬──明確にレベルアップしているという実感はない。だが、必要なものが蓄積されていく感覚はある。

 

(昨日の俺は多角機動にこだわりすぎるきらいがあった──もっと平たく、フラットに、無心で動かないと)

 

 偏りは即座に看破される。戦闘の最中でも、相手の意識を読み解き、そこから彼女は戦闘理論を構築する。

 打ち勝つには何もかもが足りていない。

 

(当面の目標は、月末のタッグマッチトーナメントでの優勝……ああ、そうだ。誰にも負けたくねえ。()()()()()()()()()()()。待ってろよセシリア……!)

 

 瞳に焔を滾らせ、頬を叩いて、一夏は着替えに取りかかった。

 謎の悪夢は疲労から来たのだろう、と結論づけながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東雲令は上機嫌だった。

 フランスから帰ってきて、一夏は更なるレベルアップを目指して、真剣に鍛練を積んでいる。

 一体どこまで上がっていくのか、武芸者として東雲は関心があった──が、正確には上機嫌の理由はそこじゃない。

 

(おりむー、ほんとにここ最近でもっとかっこよくなってる……)

 

 もう乙女回路ギュンギュンである。

 引き絞られた肉体。相手を射貫く眼光。かつての彼と比べても、明らかに()()()()()()()()

 昨日も内心で両頬に手を当ててやんやんと頭を振りながら彼を撃ち落とし続けていた。カッコイー! キャー! 抱いて! と叫ばなかったのは僥倖である。

 

 昨晩の(一夏を五十回にわたって地面に這いつくばらせた)イチャイチャタイムを無限に思い返しながら、東雲は朝食を取るべく寮の廊下を歩き。

 

『それで、あの噂って本当なのかな……?』

 

 不意に話し声。曲がり角の向こう側で、生徒同士が会話しているらしい。

 声に聞き覚えはない。つまり一組生徒ではないのだろう。

 

『ずるいよねー、専用機持ち』

『そうそう。私たちにはチャンスないじゃん』

 

 元より人の噂など気にしないタイプの東雲である。

 密談と言うよりは井戸端会議のトーンに近いそれをぼうっと聞き流しつつ、食堂へまっすぐ進もうとし。

 

 

トーナメントで優勝したら織斑君と付き合えるなんて──羨ましいよねえ』

 

 

 シュババババババッ!!

 東雲は忍者もかくやといわんばかりの速度で廊下を疾走し、壁を蹴って跳躍すると廊下の天井に張り付いた。黒髪が重力に垂れるも、存在感の意図的な抹消により通りがかる生徒らは頭上のくノ一に気づけない。

 そのままカサカサとゴキブリみたいな動きで移動し、東雲は噂話に興じる生徒らの真上を取った。もう一生メインヒロイン名乗れないねえ……

 

『てことは専用機持ちも、織斑君狙い?』

『そこまではわっかんないかなー。ひょっとしたら政略的なものもあるんじゃね? って話よ』

『えーこわーい』

 

 上を取られた生徒らはきゃいきゃいと騒いでいる。

 しばしそこで歓談してから、彼女たちは食堂へ向かうべく歩き出した。

 その背中を冷たい目で見つめながら、東雲は音もなく床に降り立つ。たまたま横を通りがかった唯一の男子生徒は天井から師匠が降ってきてギョッと飛び退いた。

 

(付き合う……付き合う? まさか恋人としてか? 当方がいるのに?

 

 いねーよ。

 しばし東雲は廊下に立ち尽くし、顎に指を当てて黙り込んだ。

 思考は回転し、彼女の理論が即座に構築され──

 

(いやんな訳ねーわ、人身売買かよ)

 

 東雲はどうでもいいところだけは真人間だった。

 

「お、おはよう、東雲さん……?」

「む。おりむーか。おはよう」

 

 恐る恐る声をかけてきた弟子に、東雲は無表情で挨拶を返した。

 

「いや今、上から降ってきてた気がするんだけど……気のせいか……?」

「なんだ、気づいていなかったのか」

「……ッ!」

 

 純粋な疑問。その声色に、一夏はそこはかとない失望を読み取った。

 

(試されていた……!? 相手の存在を感知できるかどうか。戦場での不意打ちに対応できるかどうか……! クソ、朝の寮だからって何を気ィ抜いてたんだ、馬鹿野郎! どこまで彼女を失望させれば気が済むんだよ……ッ!)

 

 朝の寮ぐらい気を抜いてていいから。

 だが一夏は勝手に自省モードに入り、拳を握って歯を食いしばった。

 

「悪い、次からは……見落とさない」

「?」

「東雲さんがどこにいても、見つけ出してみせる」

「────」

 

 戦場での不意打ちに対応できる少女は、朝の寮での不意打ちに対応できなかった。

 多幸感の奇襲に感覚が麻痺し、思わずトリップしそうになる。

 

(告白された……!? どこにいても見つけ出してみせる。どこにいても見つけ出してみせる……! ふへ、ふへへへへへへ。朝一でそれはずるいよおりむーのばか……どこまで当方を舞い上がらせれば気が済むの……!?)

 

 馬鹿しか入れない学園かよ。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 とりあえず二人は各々の感情を表に出さないまま、食堂へ連れ添って歩いていた。

 

「優勝したら俺と付き合える……付き合える……?」

 

 先ほど東雲が聞いた噂話。

 それを教えられ、一夏は訝しげに眉根を寄せる。

 

「斯様な噂話に心当たりは?」

「んー……ああ、『優勝』『付き合う』っていうフレーズは、心当たりがある。正確には『俺の優勝までの道のりに付き合ってくれ』なんだけどさ」

「なるほど」

 

 噂とは正確性を欠いたものである。

 一部の文言を切り取り、事実を脚色、あるいは事実と異なった内容が流布されることは往々にしてあるものだ。

 

「それにしても付き合うって、どういう意味だよ、そりゃ」

「付き合う……行動を共にするという意味合いが正しいだろうな。つまり、買い物等のことだろうなと考えていた」

「多分な」

 

 師弟は唐変木っぷりに定評があった。

 百点満点中0点の解答を叩き出しつつ、二人は勝手に誤答を正答扱いしている。セシリアがいれば頭を抱えただろう。

 

「それで、ペア相手についてだが」

「ああ。箒と組むことにしたよ」

「…………………………そうか」

 

 隣を歩く少女の声色がすっげえことになったのに、一夏はまるで気づかなかった。

 

「ならば、ちょうどいい。付き合う権利は当方がいただこう。全力を振るおう。近々衣類を増やしたいと思っていたところだ」

「荷物持ちってことか。負けられないな」

 

 二人は師弟であり、深い絆で結ばれている──が、根本を正せば同じ競技の選手である。

 つまりいつか、その時が来るだろうと覚悟はしていた。

 白か黒か。雌雄を決するにはふさわしい舞台だ。

 食堂につき、何も告げずとも東雲の前に特上握りの皿が並ぶのを眺めながら、一夏は来たるべき決戦への武者震えを隠せなかった。

 

 

 

(ぜってー全員殺す……!! 何もかも破壊してやる……!!)

 

 

 

 東雲もまた、愛弟子が勝手に他の女とペアを組んでた八つ当たりをするべく、戦意を高めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言えばその決戦は現実のものにはならなかった。

 朝一番に千冬が公布したタッグマッチトーナメントの要項の一文。

 

 

【東雲令の参加を禁ずる】

 

 

「いやすげえ個人攻撃じゃねえかこれ」

 

 自席で、さすがに一夏は声を上げた。

 教壇に立つ千冬はそれを聞いて白い目を向ける。底冷えした視線だった。

 

「馬鹿か貴様? 生徒間のトーナメントに東雲が参加できるわけないだろう」

「東雲さんは生徒じゃなかった……?」

 

 あんまりな言い分である。

 ただまあ、東雲を排除しないとペアが組めなかったりもするので、一応理にはかなっていた。

 

 何より。

 

(……学園が襲撃されたという想定ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 織斑千冬をしてそう判断せざるを得ない。

 単騎による圧倒的な殲滅能力。デュノア社襲撃事件の際にも、個人戦力としての猛威を存分に振るっていた。

 

 ついては東雲を除いた専用機持ちによってトーナメントは構成される。

 公布の際に千冬はあらかじめ確認を取っていたが、どうもペアは既に全員決まっているらしい。

 

 

【セシリア・オルコット&凰鈴音】

 ──セシリアから猛アプローチをかけたという、遠近のバランスに長けたペア。

 

【シャルロット・デュノア&ラウラ・ボーデヴィッヒ】

 ──ラウラが自分の強みであるタイマンでの強さを発揮するためシャルロットを選んだ、名手二名によるペア。

 

【ダリル・ケイシー&フォルテ・サファイア】

 ──言わずと知れた学園を代表するコンビネーション『イージス』、本大会における最大の注目株のペア。

 

【更識楯無&更識簪】

 ──こちらは千冬にとって最も衝撃的な、簪の側から姉へと結成を要請した、姉妹によるペア。

 

【織斑一夏&篠ノ之箒】

 ──最後に、()()()()()()()()()()()()が一夏にアプローチをかけ、一夏も()()()()()()()()()()()()()()快諾した、超攻撃的な近接戦闘特化型ペア。

 

 

 以上、五組。

 

(見立てでは、やはり総合力において一夏たちが群を抜いて下だ)

 

 身贔屓をいくらしても、覆せない事実。

 経験の浅さ、技量の拙さ、どれをとっても、一夏と箒は最下位に近いのだ。にもかかわらず、二人で大会に臨むという。

 

(一夏のやつめ……随分と自信がありげだったが、どんな奇策を用いるつもりだ?)

 

 千冬の読みでは、間違いなく勝算があって、一夏は箒とペアを組んだ。

 入学以来めきめきと実力を伸ばし、同学年では『魔剣使い』の対として『鬼剣使い』と呼ばれることもある──既に一般生徒では相手にならないだろう──が、しかし、それでも代表候補生を簡単に打ち破れはしない。

 

 一体何を見せてくれるのか。

 進化を楽しみにする指導者として、成長を見守る実姉として──そして、同じ競技の先達として。

 口元が微かにつり上がるのを、千冬は止められなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(トナメ出れねえのォォオオオン!?!?!?!?)

 

 東雲令は慟哭した。

 ハッピーラブラブペアリング作戦に続く第二の矢、ジェノサイドガールミーツボーイ作戦さえも瞬時に崩壊する音が、彼女の脳裏に響いていた。

 

(ぐ、ぐぬぬ……何も……! 何も! できないッ! 当方は……弱い……ッ!!!)

 

 いや十分強いから。

 さっき何もかも破壊してやるとか言ってて、実際何もかも破壊できそうなやつが弱いわけないから。

 

(いや……ピンチはチャンスだ。落ち着け当方……まだ勝機はある)

 

 朝のHRを終え、生徒らが各々トーナメントの勝敗について話し合う中。

 東雲は冷静に思考を回して。

 

(誰かのお出かけにおりむーが付き合うの、二人きりとかだと普通に無理だ。ここは当方のメリットではなく、リスクヘッジを取ろう。つまりおりむーが優勝すれば良い)

 

 結論が出れば早い。

 やるぞ、と箒と二人で気合いを見せつつ、遠い席のセシリアとも視線で火花を散らせている一夏。

 東雲は彼の肩を叩き、振り向かせると。

 

 

「今日から訓練の密度を三十倍ほど引き上げる」

「えっ」

 

 

 死刑宣告か何かですか?

 

 

 

 






冒頭のアレは悪ふざけなので
例のBGM流しながらフィギュアのスカートの中見るぐらいの角度で読むと
より精度が高くなるかと思います



六月頭  シャル・ラウラ転入
六月初旬 VTシステム事件(2巻)
六月中旬 デュノア社凸・エクスカリバー事件(11巻)
六月下旬 専用機タッグマッチトーナメント(2巻+7巻)
六月末  亡国機業討伐作戦(完全オリジナル)

大体こんな時間軸で……アカンこれじゃ六月は死ぬゥ!
第五章は終始コメディな感じになります


次回
44.乙女たちは食べさせたい


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44.乙女たちは食べさせたい

どうも忘れられている節があるがこの作品はコメディ作品です


 午前の授業を終えて、一夏たちはそれぞれ昼食を携えて屋上に集っていた。

 メンバーは一夏に箒、鈴とセシリアとシャルロットとラウラ……簪、東雲。

 一年生の専用機持ちが勢揃いである。

 来たるトーナメントにおける敵だが、元よりその目的は相手の打倒と言うより自らを更なる高みへ押し上げるため。

 ならば将来の政治動向も見据えて、学生のうちに代表候補生(あるいはそれに類するであろう)人材同士で親交を深めておくのは重要な任務である。

 

 本来は、だが。

 

「さあ──勝負だ、セシリア」

「ええ──決着をつけましょう、一夏さん」

 

 バトルバカ二名が火花を散らしている。

 そうこれは、タッグマッチトーナメントの前哨戦。

 全員を巻き込んだ、()()()()()()()

 

「ばかなの?」

「馬鹿なんだ……」

 

 シャルロットの問いに、箒は眉間をもみながら答えた。

 真剣な表情で昼食を誘われたからちょっと胸を高鳴らせながらついてくれば──これだ。

 箒は自分の乙女心が、目の前で金髪の淑女と火花を散らす朴念仁によって無駄に消費されたのを自覚してちょっとつらくなった。

 ちなみに会話していたシャルロットも同意見である。一夏は『少しいいか……?』と超シリアス顔で女子たちを誘い、無駄に罪状を増やしていた。

 

「てゆーかさ、あたし達の弁当ってどうすればいいワケ?」

「いわゆる前哨戦だろうな。気合いの入りようからして、間違いなくあの二名が争うための場だろう」

 

 意外にも──これはあくまで箒の主観だが──鈴とラウラもまた、自前の弁当箱を持ってきていた。

 てっきり食堂の惣菜パン等で済ませていると思いきや、二人の手にはかわいらしい弁当箱が載っている。これは実に箒とシャルロットの警戒心を高めた。もしかして隠れ女子力高い勢か? という危機感である。

 

(一夏の料理の腕は確かだ。ならば私とて、日々のお弁当に気を遣わない理由はない! さらに私は、一夏の食に関する傾向も知っている!)

(いつでも『へえ、おいしそうじゃん』って言われたときのために頑張ってお弁当を作ってきたけど、思ってたより激戦区だった……! でも一夏のライフスタイルはルームメイトだったころに観察できてる、僕に分がある勝負だ!)

 

 乙女たちの思考回路は、幾重もの激戦を経て超高速回転に対応していた。

 戦闘においてだけでなく、それは恋愛頭脳戦においても適応される……ッ!

 

(男子特有の脂っこいものへの執着は一切ない! 何故なら、()()()()()()()()()()()!)

(思春期にあるまじき、()()()()()()()()! それを読み切って作った、だから間違いなく僕のお弁当に惹かれるはず!)

 

 二人は的確に相手を分析し、自分の得意分野とのかみ合いを計算し、如何に立ち回れば効率的かを演算していた。

 恋愛にかける意志において、箒とシャルロットは頭一つ抜けていた。事前に布石を打ち、獲得するべきアドバンテージを絞り込み、同時に自らのスタンスともすりあわせる。

 工程の一つ一つを丁寧にこなし、決して見落としがないよう確認。そうしてやっと全体の構造を確定する。それだけの手順を終えて、やっと行動に移る。

 そう。

 

 篠ノ之箒とシャルロット・デュノア──二人は、ガチである!

 

(弁当箱のサイズからして、鈴は主食と主菜に加え、多くとも副菜が二品!)

(ラウラは丸みを帯びた弁当箱……本人のチョイスとは考えにくいね。アドバイザーがいると仮定するのなら警戒度は高い……!)

 

 屋上に一夏がピクニックシートを敷いている間、二対の鋭い眼光は敵対者の武装(おべんとう)を常に探っていた。

 東雲と簪は(片方は無表情だが)談笑しており、手に持っているのはそれぞれ寿司桶と惣菜パンである。完全に一人場違いだが、それはもう予測済みだ。むしろそうじゃなかったらどうしようかと思っていた。

 

(あの二人は論外、というか争いに参加していない)

(だからノーカンでいい。クリアするべき相手は、実は少ないんだよね)

 

 箒とシャルロットはそろって東雲と簪を警戒対象から外していた。残念ながら節穴と言わざるを得ない──いやまあ、みんなでお昼ご飯を食べようって時に寿司桶持ってくるやつを恋敵として認識しろというのは無理があるが。

 とにかく、目下最大限に警戒するべき相手は。

 

「……箒は、どんなお弁当を作ってきたの?」

「……あまり自信はないのだが。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「へぇ……そっか。僕は和食になじみがないからね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ほう……なるほどな」

 

 火花が散った。

 一夏とセシリアは互いしか見えていないが──争いとは、重複するものである。

 この場において箒とシャルロットは、互いこそが最大の敵であると認識していた。

 

(──だが、最後に笑うのは私だ。このだし巻き卵は必ず、全員を斬り捨てて一夏の胃袋を掴める! 申し訳ないがこの勝負、もらった!)

(──でも、最後に勝つのは僕だ。このブルギニョン*1は必ず、全員を撃ち抜いて一夏の胃袋を掴める! 悪いけどこの勝負、もらったよ!)

 

 必勝を期した。

 最大の難敵が相手でも、間違いなく勝ちの目はある。そうお互いに確信していた。

 箒のだし巻き卵はかつて道場のツテから話を聞いた料理人の話をベースにし、丁寧に出汁を引き、水をあえることで味を調整しつつ、素材の風味豊かに仕上げた逸品である。

 シャルロットのブルギニョンも一晩地産の赤ワインにつけ込んだ牛のすね肉をじっくり煮込み、口に入れただけでほろほろにほどける力作だ。

 

 負けるわけにはいかない。

 絶対に勝つ。この決戦場は己が以前より狙いを定めていたフィールドだ。

 そこで他者に後れを取るなど、あってはならない──!

 

「ともかく、時間は限られている」

「そうだね。ちゃちゃっと始めちゃおう」

 

 自分の勝利を確信した上での発言である。

 全員が円を描く形でシートの上に座り、それぞれの昼食を出した。

 

「当方はこれだ」

 

 トップバッターは東雲。寿司桶の蓋をパカッと開ける。箒とシャルロットはもう見てすらいない。

 ずらっと並ぶ江戸前の握り。新鮮なネタを使った職人の技が光る!

 

(女子力たったの5……)

(ISバトルで勝てる気はしないけど、ここは退いてもらうよ)

 

 二人は静観の構えを取った。

 論理的な帰結である。何故なら自信満々に寿司を広げた東雲は、しかし自分が持ってきた寿司をじっと見つめて唾を飲んだからだ。

 彼女はそれから、一夏に顔を向けた。

 

「もう食べていいか?」

「えっ、あ、はい」

 

 みんなでお弁当を見せ合うというステップを待ちきれず、東雲は勝手に寿司を食べ始めた。

 一夏はこの人何しに来たんだろうと思ったが、よく考えなくても寿司を食べに来たんだなと思った。

 

「えっと、私はこういうのだけど……」

「おっ、簪のそれって……個数限定の、黄金の卵パンじゃないか!?」

 

 おずおずと簪が差し出したのは、IS学園オリジナルブランドの惣菜パンだった。

 しかし一夏の食いつきはピカイチだった──箒とシャルロットの眉が、ピクリと跳ねる。

 

「完全ランダム選択の惣菜パンコーナーで、速度も運も必要なレアものって噂よね。よく仕入れたわね」

「え、そうなの……?」

 

 簪はきょとんとしている。

 まさか、と一夏と鈴は顔を見合わせた。

 

「もしかして……簪って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……一応」

「アンタだったのね! 卵パンスレイヤーは!」

 

 鈴は床をぶっ叩いて吠えた。

 黄金の卵パン──食べた人間を狂わせ、以降別の卵パンは食べられなくしてしまうとすら謳われる代物。その供給率が異常に低くなったのは春先だ。二年生も三年生も、時折お目にかかれたそれがまったく手に入らなくなった。購買が調整しているのでは? 我々はもう存在しない黄金パンを求めて踊らされているのでは? 新聞部すらもが特集を組んだほどのトピックだった。

 なんてことはない。新入生のぼっちが毎回素引きしていただけなのだ。

 

「えっと……じゃあ、いる?」

 

 簪はパンの袋を開けると、鈴と一夏に差し出す。

 普段ならば慈悲は要らぬと二人して拒絶しただろうが──簪の瞳は、これ以上なく、本物の慈愛に満ちていた。

 うっ、と呻き声を上げる。突っぱねるのは簡単だが、それは母親に反抗するガキそのものである。そんな情けないことは、できない。

 

「「……いただき、ます……ッ!」」

 

 両目を血走らせて唇をかみながら、一夏と鈴は黄金の卵パンを一切れ受け取った。

 美味だという噂は聞いていたが──何故か、少ししょっぱかった。敗北の味だった。

 

(……これで、日本代表候補生ペアは終了)

(次は多分……)

「じゃあ次はあたしね」

 

 シャルロットの読み通り、鈴は四角い弁当箱の蓋を外した。

 中身を見て、一夏はおおっと声を上げる。

 

「──酢豚か!」

「そ、まだあんたに食べてもらってなかったからね」

 

 ここで箒に電流走る。

 

(──待て。酢豚だと? 確かクラス対抗戦の時に……)

(やっぱり中華で勝負を仕掛けてきた。でも見るからに大衆向けって感じの味付けだ。勝てる!)

 

 金髪の腹黒娘が勝利を確信している横で、箒は戦慄に肩をふるわせていた。

 

「ああ、そっか……ごめんな、あの時は、その……」

「いーのいーの。時間かかっても、あたしは待てるから。だから……早く食べなさいよ」

 

 言ってる間に恥ずかしくなったのか、鈴はぷいと横を向きながら告げる。

 苦笑しながらも、一夏は箸を伸ばした。豚肉、タケノコ、にんじん、ピーマンがバランス良く和えられ、甘酢あんのタレの照りに包まれている。

 それだけではない。思い出の料理──大切な約束の逸品とだけ合って、鈴は毎度、酢豚の調理だけは丁寧に行っていた。

 

 油通(ユウクオ)──日本では油通しと呼ばれる下ごしらえの手法だ。

 低温の油に野菜などの具材をさっと通すこの工程は、スピードが重視される中華料理において必須のスキルである。熱を通しつつも、食材の食感を損なわない。油を吸収してべたつくこともない。熱の鎧に覆われ、具材のうまみはぐっと引き立つ。

 

 工夫は当然、それだけでは終わらない。

 

 連鍋(リングオ)──熱された鍋に油を敷き、白い煙が上がるまで加熱してから()()()()()()()

 一見無意味にも思えるこの工程だが、鍋とは使い込むたびに様々なものを蓄積している。一度その嫌なにおいや不純物を取り除く、極めて重要な下準備だ。

 

 実際問題、鈴の調理スキルは既にそんじょそこらの自称自炊女子を遙かに上回っている。

 適切な知識と優れた技量、さらには調理場における度胸。

 意図して隠している訳ではないが──彼女は間違いなく、自他の評価よりもずっと、()()

 

「……私もいただいて良いか?」

「いいわよ」

 

 シャルロットと違い鈴相手に警戒度を数段引き上げた箒も、唇を開いて一口含んだ。

 途端、両眼が見開かれる。

 

()()……! 甘みと酢の風味が噛み合い、口の中で踊っている……タレだけじゃない。そうか、熱の通し方! 不要なものを吸い取る前に熱を通し、旨みが漏れ出す前に調理を終えているのか……ッ!)

 

 中華に関しては門外漢である箒も、完成度の高さが瞬時に理解できた。

 その様子に遅れてシャルロットも気づく。中華料理とは口に含んでからが本番。甘い見通しは即座に死へと直結する。

 

「ああ……おいしいよ。やっぱ鈴の酢豚は最高だな」

「トーゼンでしょ」

 

 感慨深そうに一夏が呟いた。

 

「安心したって言うかさ、その……昔より旨くなってる。でもやっぱり、あの頃を思い出せる……」

「……なーにジジくさいこと言ってんのよ、あんた」

 

 郷愁の思いに近かった。

 一夏にとって遠い過去。輝いている思い出。それを想起させる鈴の酢豚は、涙が出るほどにおいしかった。

 だが鈴は、あぐらをかいたまま鼻を鳴らして、一夏の額を指で弾く。

 

「イデッ!? な、何すんだよ」

「しみったれたこと言ってんじゃないわよ。こんなの、いつだって作ってあげられるんだから。一夏が食べたいなら、まあそうね。()()()()()()()()()()()()()

「……はは。約束通りだな」

「まーね。どう? お嫁さんに欲しくなったんじゃない?」

「もったいないぐらいだ。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 やっぱり、と鈴は言葉にしないものの、自分の推測が合っていたことを理解する。

 今の一夏には、恋愛をしている余裕がないのだろうと。

 常に自分を追い込み、絶えず上を目指す少年には──今はその時じゃないのだろうと。

 鈴は分かっていた。

 

(だったら待つわよ。あたし実は、待つのは得意だし)

 

 だからこうして、彼のすぐ傍で笑顔でいられたら良い。

 彼が笑顔じゃなくなってしまったら──それを吹き飛ばせれば良い。

 鈴はそう思っていた。だから今この瞬間が、何よりも愛おしかった。

 

 とはいえそれは鈴の視点である。

 

 彼女なりの励ましは、端から見れば──ぶっちゃけ普通に告っている。

 故に他の女子のリアクションは当然、

 

(当方も毎日寿司食べたいなあ……食べてるわ)

 

 お前は違う。

 

(『約束の料理』……ッ!! 『毎日作ってあげる』……ッ!! 冗談だろう!? 単体で必殺になり得るフレーズを、二連射だと!?)

 

 箒は震えていた。もう一人の幼馴染──こと料理において、負けるつもりはなかった。

 だが甘かった。盤外戦術と言ってしまえばそれまでだが、鈴の言動は確実に、料理以外の面で箒を圧倒していた。

 

(僕は馬鹿だ……料理で胃袋を掴むと、その一つの視点に縛られていた……! 鈴は自分のアドバンテージを活用して、弁当箱の外側でも勝負を仕掛けてきたっていうのに……!)

 

 シャルロットもまた恐怖していた。絶対的だと確信していた優位性は、横からつつけば呆気なく砕け散った。

 もはやこうなってくると、()()()()()()()()()()()では勝てない。勝てない……!

 

「ふむ、次は私だろうか。とはいえ……」

 

 ラウラが切り出し、しかし彼女はどこか落ち着かない様子で、一夏とセシリアを見た。

 酢豚を頬張りながら嬉しそうに笑っている一夏と、同じく他の面々の昼食に舌鼓を打ちながらも余裕の笑みを崩さないセシリア。

 いわばこの場における主役二名だ。

 

「その、一夏。私のこれは……今開けたら、お前の勝負を邪魔してしまわないだろうか……」

「ああ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 ん?

 箒とシャルロットは首を傾げた。

 何か嫌な予感がした。壮絶に嫌な予感がした。VTシステムが『アラクネ』をかたどった時。空から『エクスカリバー』の砲撃が降ってきた時。いつもついて回る──濃密な、死の気配。

 

「じゃあご開帳だな」

 

 二つの弁当箱が並んだ。楕円形の、ラウラの弁当箱。四角い二段組みの、一夏の弁当箱。

 蓋が開く。それはパンドラの箱のようだと、箒は思った。

 

「ええと、今日は……魚か?」

「ああ。ブリの照り煮と、ほうれん草のおひたしと……悪いなセシリア。俺は勝負を決めるときは、いつも、自分にできることを丁寧にやっていくって決めてるんだ。意外性はないが──」

「──積み重ねてきた発露、でしょう? それでこそわたくしのライバルですわ。ただ……」

 

 セシリアは二つの弁当箱を交互に見比べて、余裕の笑みを崩した。真顔だった。微妙に脂汗をかいている。淑女の顔は青ざめていた。

 

「あの……なんで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ラウラの弁当、俺が作ってるからだけど」

 

 唯一の男性操縦者は即死攻撃を放った。

 箒とシャルロットはビターン! と床にぶっ倒れた。直撃である。

 

「えっ、なんで?」

 

 鈴は素で疑問の声を上げた。当たり前だ。なんで弁当作ってんだ。

 

「いやあ、ラウラが昼食は携行食で良いって聞かないからさ……じゃあ俺が作るよって。ほら、弁当箱はラウラの部隊の人が送ってくれたみたいだし、もったいないじゃん」

「えっ、なんで?」

 

 二人のように倒れてこそいないが、鈴も十分致命傷を受けてバグっていた。

 かつて(第二話)手作り弁当を逃した経験のある東雲は、「まあ我が弟子ならそれぐらい容易いだろうな。ふふん、色んな人に施しをしていて、当方も鼻が高い」と後方師匠面をしていたが──それどころではない。

 

「箒さん! シャルロットさんっ! しっかり!」

「落ち着いて……ゆっくり息を吐いて……吐いて……もう少し吐いていいよ、ほら……」

 

 セシリアと簪は、料理勝負に全てをかけていたザコ二人を必死に介抱していた。

 先ほどまでの勝利を確信した態度はどこにもなく、箒とシャルロットは過呼吸を起こしている。簪はきちんと過呼吸の対処法を知っていたので、紙袋を口にあてがったりはしなかった。

 きちんと相手の目を見て、静かな空間で、一緒に呼吸をするのである。これぐらいのテンポで良いんだよ、と示してあげるのが肝要だ。

 

 ペーパーバッグ法*2は、窒息の危険性があるので……やめようね!

 

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 

「……私、だし巻き卵、結構頑張ったんだがな……」

「……僕も、色々、下準備してたけどね……」

「……出直すか……」

「……もう、夜這いとかして全部メチャクチャにしちゃわない……?

「……アリだな」

 

 箒とシャルロットは屋上の片隅で三角座りで反省会を開いていた。

 完全に恋愛頭脳戦は崩壊した──というより自称ガチ勢二名は土俵に立ててすらいなかった。

 うつむき、敗者特有のどす黒いオーラを放出する空気汚染機が二つ完成である。

 一夏は彼女たちの様子を見て首を傾げた。

 

「なあセシリア、あいつらどうしたんだ?」

「今は……その、触れてあげないでおきましょう……あんまりにあんまりですわ……」

 

 弁当を食べて美味しそうに頷くラウラに視線を向け、セシリアは頬を引きつらせた。

 どう考えても裏技だったが、最適解であることに間違いない。なんというか、無欲の勝利だな、とセシリアは思った。

 

 それはそれとして──箒とシャルロットが勝手にダウンしたので──いよいよ勝負は息詰まる最終局面を迎えている。

 

「それではわたくしの番ですわね」

 

 彼女が取り出したのは、つややかな樹皮を編み込んだバスケットだった。制服でなく、いつかの遊園地(デート)で着ていたワンピース姿であれば、ご令嬢の休日といった具合だろう。

 薄手であれば上着も入るであろうバスケットの中には、大きめのランチボックスが鎮座している。

 

「ふふ。今回はわたくし、腕によりをかけましたわよ……これ、誤用じゃありませんわよね?」

「合ってるよ。時々お前、すげえ日本語使うからビビるんだよな」

 

 雑談を交わしながら、セシリアはランチボックスを自分の膝に載せると、その蓋を外した。

 思わず一夏とラウラと鈴と簪、ついでに東雲も目を見開いた。

 真白いパンが陽光に照らされ清楚に佇んでいる。きっちりカットされた断面から、食べやすいようにそろったレタスやベーコンが見て取れた。

 

(……ッ! 外見、百点満点中の百八十点ってとこか……!)

「すっごいわねこれ、サンドウィッチってこんなキレイになるもんなの?」

「片手で食べられるものは軍においても推奨されていたが……ここまで丁寧なものは初めて見るな」

「……綺麗。大変だったんじゃ?」

「当方も断面図を作るのは得意だが、ここまでの代物はなかなかお目にかかれないな」

 

 東雲の感想は最悪だったが、全員そろって無視した。

 そしてそれぞれが思う──見栄えではなく地に足の着いた安定感を取った一夏。対照的に見栄えを完璧以上に仕上げてきたセシリア。

 

「……料理においてすら、正反対とは」

「……ああ。まさに運命ってやつなんだろうな」

 

 言葉のチョイスに鈴とラウラがむすっとして、簪がまあまあと二人をなだめる。

 東雲は当方も運命だが? と考えながら鈴の酢豚と一夏の弁当をドカ食いしていた。

 

「いよいよだな」

「この瞬間(とき)を待っていましたわ」

「さあ──勝負だ」

「ええ──決着をつけましょう」

 

 二人の間で火花が散った。

 鈴とラウラは、信頼する男の勝利を信じて疑わなかった。

 簪はどちらに軍配が上がるのか、息を呑んで刮目していた。

 東雲はバレないよう気配遮断を発動してセシリアのサンドイッチを二つほどつまんでいた。

 

 

 

「いっただっきまーす」

「ええどうぞ、召し上がってくださいな」

「もぐもぐ」

「お味の方はいかがですか?」

「くぁwせdrftgyふじこlp」

「なんて?」

 

 

 

 勝敗は決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ふーん、美味しいじゃん)

 

 東雲はサンドウィッチでリスのように膨らんだ頬を動かしながらそう思った。

 隣では愛弟子が泡を吹いてぶっ倒れ、セシリアが不思議そうに首を傾げている。

 ごっくんと飲み込んでから、東雲は口を開く。

 

「美味しすぎて気絶したのか?」

「恐らくそうでしょうね」

「ンなワケねーでしょ」

 

 鈴は冷たく告げるが、何処吹く風とばかりにセシリアは唇をつり上げる。

 

「この前哨戦──わたくしの勝利ですわ!」

 

 立ち上がり、セシリアが金髪をなびかせて勝ち誇った。

 

「一夏ッ! 戻ってこい、一夏ッ! まだ……まだ私は、貴様と一緒に行きたい場所、やりたいこと、たくさんあるんだ! だから逝くな、一夏、一夏ァァァァッ!!」

 

 犯人が謎の勝利宣言をぶち上げる中、ラウラは一夏の身体にまたがって、必死に心臓マッサージを施していた。

 

「……簪さ、アンタ、友達もうちょっと選んだ方がいいわよ」

「……ちょっと今、悩み始めてる……」

 

 鈴と簪は顔を見合わせて、同時に嘆息した。

*1
フランスの郷土料理である牛肉の煮込み。ビーフシチューに近い。

*2
紙袋やビニール袋を口にあてがうことで、吐いた息を再度吸わせて血液中の炭酸ガス濃度を上昇させる方法。






調理知識はかなりガバいのであまり参考になりませぬ
また明日は更新できませぬ



次回
45.東雲式必殺技講座Ⅱ


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45.東雲式必殺技講座Ⅱ(前編)

特訓パートだいすきあへあへおじさんだから分割する羽目になりました

あとIS十周年おめでとうございます


「知ってる天井だ……」

 

 目を開ければもはや慣れ親しんだ保健室の天井が目に入った。

 一夏は身体を起こすと、首を鳴らしてベッドから降りる。窓から差す日の光を見るに、もう夕方だ。午後の授業は終わっているだろう。

 

「ええと、俺は確かみんなとご飯を食べてて……」

 

 そこから何故保健室に運ばれる必要があるのか。

 首を傾げながら記憶を探るも、セシリアのサンドウィッチを食べてからの記憶がない。

 

「あっ、気が付いたんだね」

 

 その時、保健室の扉を開いて、保健室に一人の少女が入った来た。

 艶やかな金髪を背中になびかせる、アメジストの瞳を誇る少女。シャルロット・デュノアである。

 彼女はそろそろと室内を見渡して、他に誰もいないことを確認すると──パッと笑顔の花を咲かせて、一夏の傍まで駆け寄ってきた。

 

「えへへ。二人きりなの、久々だね」

「ああ、確かにな」

 

 シャルロット・デュノア──かつてシャルル・デュノアとして通っていた、れっきとした女子生徒。

 正式にIS学園の生徒としてシャルロットが認められたのには、いくつもの事情が重なっていた。

 

 一つ。

 女子を男子として入学させた不手際を、学園は明かしたくなかった。

 元より一部教員はおろか、代表候補生レベルならば見抜ける程度の男装──しかし政治的配慮があった。学園の訓練機は実に三割をラファールで占められている。学園として、もう一人の男子生徒を迎え入れるにあたってはメリットの方が重かった。

 

 二つ。

 情報操作において、デュノア社は本腰を入れてきた。元より二人目の男子生徒の入学自体、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからデータを改ざんすれば元よりいなかったことにできる。

 扱いとしてはグレーだ。イグニッション・プランの選定会にもシャルロットはシャルルとして出ていた──が、性別を明かしたわけではない。彼女が男装していたのは、学園で一夏に近づくためのみ。

 第二の男性操縦者として大々的に宣伝していれば話も違ったが、彼女が彼であると明言されていたのは、限られた範囲の話である。

 

 三つ。

 根本的に──()()()()()()()()()()()()()()()()

 詐称することによって不当な利益を得ていれば詐欺罪で告発されるかもしれない。だがそれで何かしらの宣伝をしたわけでもなく、むしろ女尊男卑の世界においては不利益を被る機会を自ら増やすような行い。

 シャルル・デュノアとして入学した際の公文書偽造が該当するが、そこは一つ目のポイントで無効化される。

 男性操縦者としての喧伝も二つ目のポイントで行っていなかったと分かる。

 

 結論──教員らも、学園運営者も、『別にいいんじゃね?』となった。

 無論デュノア社を蹴落とさんとする競合他社が大々的に批判すれば話は変わったかもしれない。しかしデュノア社は、フランスにおいて無敵だった。他国の企業も、国家間の協力を鑑みればデュノア社をわざわざ潰して、他の企業が台頭するのを待つ理由はない。むしろこの弱みにつけ込み、デュノア社相手に有利な取引を持ちかけようとする商売魂逞しい連中がそろっていた(もっとも、アルベール・デュノアという屈指の経営者相手にそれが難しいのは明白だが)。

 

「あのさ……ありがと、ね」

「え?」

 

 シャルロットが女子として通えるようになった経緯を想起していると、ふと眼前の少女がそうこぼした。

 やけにしおらしい態度に、一夏は思わず首を傾げる。

 

「一夏が、いてくれたから、お父さんもお母さんも救われたんだ。そして、僕も救われた……だから、僕はここにいられるんだよ?」

「あー……違うだろ。あの場にいた人間、誰一人として欠けちゃいけなかった。俺のおかげとかじゃないさ」

 

 さらに言えば、結末を見定めた上ではやはり東雲の存在が必要不可欠だった。

 自分一人でつかみ取った結果ではない。到底出来なかった。自分だけでは──足りなかった。

 

「でも、俺はやっぱり、シャルがシャルとして通えるようになったのは……すごく嬉しい。お前、ずっと生き生きしてると思うよ」

「そりゃあね。やっーっとストライプス番外号を購読できるし。あのコルセットつけずに済むし。ガールズトークに参加できるようになったし」

 

 シャルロットの声色は低く、にじむような実感があった。

 確かに性別を偽っていたなら、その辺りの気遣いは極めて重荷だっただろう。

 そう考えて一夏は彼女の肩を叩いた。

 

「え?」

「これから先は、そんな心配はしなくて良いだろ。アルベールさんもロゼンダさんもお前の味方なんだ。もう敵なんていない……それに、俺も傍にいる。微力だけど、助けられることがあれば助けるよ」

「い、一夏……」

 

 どうしてこうも欲しい言葉をピンポイントで投げかけてくるのか。

 熱くなった頬を手で扇ぎながら、シャルロットはあーとかうーとか唸った。

 乙女の様子にはとんと気づくことなく、それはそれとして、と一夏は話題を切り替える。

 

「今ってもう放課後か?」

「あ、うん。午後の授業の間、ずっと一夏は生死の境を……ゲフンゲフン、意識を失ってたからね」

「ちょっと待ってくれ」

 

 一夏は両手を突き出してストップをかけた。

 

「何だ? 俺の身に何が起きていたんだ?」

「……何も。何もなかったよ」

「嘘つくなよオイこっちを見ろ! 露骨に目をそらすんじゃない!」

 

 シャルロットはスッと顔を背けた。一夏は愕然とした。明らかな事実の隠蔽である。

 保健室を見渡すと、机の上に機械が出しっぱなしになっていた。よく見ればAED──停止した心臓を動かす例のアレだった。

 ふう、と息を吐いて、一夏はそれを見なかったことにした。

 多分それが、誰もにとって幸せな選択肢だと信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後のアリーナ。

 愛機『白式』を身に纏う一夏がそこに降りると、既にそろっていた面々がこちらに顔を向けてきた。

 

「あ……よかった、生きてた……」

「いきなり物騒なことを言わないでくれ」

 

 心の底から安堵したような声色で簪がそう言う。

 彼女の後ろでは、箒もホッと胸をなで下ろしていた。

 

「なんだか大変だったみたいね、一夏クン」

 

 水色の髪をなびかせて、更識楯無が微笑む。

 大変で済むような事態ではなかったものの、その指摘はぐっとこらえた。

 

「ありがとうございます……で、楯無さんはどうしてここに?」

「東雲ちゃんが一夏君と箒ちゃんのペアを指導するって聞いてね……せっかくだし、一緒に訓練させてもらえたらなって思ったのよ」

「当方は問題ない。だが……おりむーと箒ちゃんはいいのか?」

 

 教官の問いに、箒は薄く笑みを浮かべる。

 

「心配するな。東雲との訓練では徹底的に基礎を学ぶが……他のペアに知られたくない切り札は、そうそう見せないからな」

 

 不敵な表情だった。

 対戦相手となり得る更識姉妹は、それを受けて少したじろいだ。

 何か──勝利の確信を含んだ言葉。

 

 当然実力差を考えればそうすんなりと勝利宣言できるはずがない。

 だが何かしらの()()()があることは分かる。

 

(一夏君は箒ちゃんとのコンビを即座で受け入れたって言うけど、間違いなくウラがあるわね)

 

 楯無は二人が「お前、適当言うなよ。まだすりあわせが必要なんだからな」「む……すまん」と会話しているのを見ながら、そろそろと簪の方へと寄った。

 自分にペアを申請したときは本当に驚いたが──『勝ちたい』と言われては、頷かざるを得ない。

 

(……警戒するべきは、間違いなく『ダリル・ケイシー&フォルテ・サファイア』と『シャルロット・デュノア&ラウラ・ボーデヴィッヒ』の二ペア。いかにして『イージス』を破るか、そしていかにしてAICを突破するか。課題として大きいのはここだけど)

 

 ちらりと、一夏の顔を見る。

 

(どうして箒ちゃんとのペアを選んだの? 君の実力なら……シャルロットちゃん、あるいはラウラちゃんと組めば間違いなく優勝筆頭を狙えたはず。同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()。だけど結果としてはそうならなかった……)

 

 出場するに当たって楯無は箒とのペアを考えていた。

 その理由は、()()()()()()()()()()()I()S()にある。

 

 第四世代機──『紅椿』

 シャルロットが復学した直後に突如として箒の元に送り届けられた、篠ノ之博士自ら設計・製造した最新にしてまごうこと無き最強のIS。

 カタログスペックを紐解けば、現存のあらゆる第三世代ISが相手にならないほどの超高性能。あらゆる状況にパッケージ装備なしで対応できる万能性。

 

(どれをとっても、強い)

 

 簪の感想は、それを知った一同に共通するものだった。

 セシリアも、鈴も、シャルロットも、ラウラも、楯無も、そして一夏も感じた。

 

 ──強い。

 

 抜群の機動性。あらゆる状況でも発揮できる攻撃力。

 何よりも、全身を覆う()()()()

 

「……はっきり言って、箒の機動を見るだけで……私たちにとっては、ヒントになる……」

 

 簪の言葉に楯無が頷き──しかし、箒でさえもが首を縦に振っていた。

 

「ああ。私の『紅椿』は唯一の第四世代機。今のところ、『打鉄』とはまるで別物だな」

 

 言いながら、各部の展開装甲が花開き、スラスターとしての働きを持つ。

 一夏が来る前の試運転の段階で、既にエネルギー刃を発生されるブレード機能、それを射出する砲撃機能、防御に転用するシールド機能まで確認されている。

 最大のメリットはそれを()()()()()()()()()()()()()即応性。

 屈指のIS乗りである楯無をして、十全に乗りこなせる使い手が乗れば、崩し方が分からなくなるほどの性能だった。

 しかし。

 

「とはいえ()()()()()()。崩しようはいくらでもあるだろうな」

 

 何気ない言葉だった。一見すれば諦観のような、自虐に等しいその台詞。

 だが、違うと簪は感じた──それは自分の無力さを嫌と言うほど知る者が出す、飽くなき餓えの声。

 これから這い上がろうとする人間特有の、ひりつくような熱。

 

(……箒)

 

 ぐっと拳を握った。

 誰もが心に焔を灯している。このままじゃ嫌だと。もっと強くなりたいと。セシリアも、鈴も、シャルロットも、ラウラも。

 そして箒も、自分も──

 

(……そう、思うようになったのは)

 

 勝ちたいと。ここに自分がいると証明したいと、考えるようになったのは。

 簪は静かに一夏へ視線を向けた。

 

(……君が、悪いんだよ……?)

 

 何度打ちのめされても、何度心を砕かれても、這い上がる。

 片翼しかなくても、必死に大空を目指して足掻く、その姿。

 

 心を打たれたのだ。かつて存在した熱が、再びよみがえったのだ。

 

 だから、実姉にペアを申し込んだ。勝利するために。

 元より仲が悪かったわけではない。劣等感を抱いてはいた。だが──それよりも大事なものが、胸の中にあった。

 

「じゃあ、お姉ちゃんと二人で、弱点探させてもらうね……?」

「む……」

 

 簪らしからぬ発言──だがそれが歓迎すべき変化であることは、隣の楯無の表情を見れば分かる。

 

「フッ、いいだろう。だが、最後に勝つのは、私と一夏だ」

「負けない……勝とう、お姉ちゃん……!」

 

 二人が火花を散らす。

 それを受けて、一夏と楯無も視線を重ねた。

 

「……変わったわよね、あの子」

「そうですね……」

「きっと、君のおかげかな」

「それは違います」

 

 半ばうんざりしたように、一夏は手をひらひらと振った。

 

「誰も彼も……確かに、俺は騒動の渦中にいがちですけどね。俺一人じゃ何もできていませんよ。みんながいてくれたから俺があるように……みんなの変化も、みんながいたからです」

 

 そして、と彼は楯無の瞳を見つめて。

 

「貴女も例外じゃない──簪が変わったのは、貴女だって関係あるでしょう?」

「────」

 

 数秒、楯無は呆けたように口を開けっぱなしにしていた。

 一夏の理論は夢見がちと言われてもおかしくないものだ。常に誰かと誰かがつながっているわけではない。もしそうであればどんなにいいことか。

 だが彼は、その理想論を当然のように言ってみせた。

 

「……ふふ。そういうところよ、一夏君」

「え? ……え? 何ですか?」

「何でも無いわ──さあ、訓練を始めましょうか」

 

 楯無は青髪をなびかせて告げた。

 待機していた東雲も素早く頷く。

 

「ではおりむー、まず手始めに基本的な制動からやっていく。上空50メートルに滞空後、当方の狙撃を回避しながら地上3センチで止まるように」

「了解!」

 

 元気よく返事をして、一夏はスラスターを噴かして飛び上がった。

 眼下ではそれぞれ指示を受けた箒と簪が、近接戦闘の型を互いに確認しながら振るっている。

 楯無は──東雲が()()()()()()()()()()の銃弾を掻い潜りながら、彼女へ接近しようと三次元機動を行っていた。

 

「……って、あれ? 東雲さんは俺を狙撃するんじゃ?」

『無論、するとも』

 

 言葉と同時。一夏は直感任せに左へ飛び退く。

 飛来した弾丸が空を穿ち、しかし一夏の回避を組み込んだ続けざまの連射が彼の左肩を捉えた。

 

「──マジ、かよ……ッ!」

 

 レッドアラートが重なる中、地上の東雲を見た。

 左手のアサルトライフルで楯無を迎撃しつつ、右手のロングライフルで一夏を狙撃するその姿を。

 

(こっちを見てる──わけじゃない、二箇所を同時に見ているとしか思えねえ! 何なんだよこれッ!?)

 

 視線の動きは驚くほどに少ない。結果さえ考慮しなければ、棒立ちで適当に銃口を振り回していると言われてもおかしくない。

 だが現実はどうだ。学園最強を近寄らせず、唯一の男性操縦者を撃ち抜いている。

 

「ウォーミングアップだから、二人同時に相手取って効率化してるんだろうけど──片手間にやられて、いい気はしないなァッ!!」

 

 頬をかすめる弾丸に臆することなく、一夏は最小限の動きで射線から逃れつつ下降を狙う。

 瞳に焔が宿る。負けず嫌いな彼が、片手間に処理されているという事実を素直に認めるはずもない。

 

「ウオオオオオオオオオオオッ!」

 

 鋭角な切り返しとともに、地上へのコースががら空きになった。

 ここだ、と一気に加速をかけて。

 その刹那。

 

 

 

【System Restart】

「は?」

 

 

 

 なんか勝手に立ち上がった。

 視界を遮るようにして、一夏の眼前に愛機がウィンドウを起こす。

 

 

 ――『白式・疾風鬼焔(バーストモード)

 

 

 全身の装甲を食い破るようにして焔が噴き上がり、一夏の気合いに応じて猛る。

 結果として推力が爆発的に増大。地面へ迫るスピードも爆発的に増大。

 あっという間に、地面が目の前に迫っていた。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい! 待って! 助けて! 待って下さい! お願いします! ワアアアアアアアア!!!」

 

 一夏の絶叫は、アリーナとの激突音と華麗なハーモニーを奏でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おっ、気合い入ってるなおりむー)

 

 地面に陥没して直立する下半身を眺め、東雲はロングライフルの銃口を下げた。

 周囲では箒たちが動きを止めて、唖然とした表情で一夏の両足を見ている。

 

(地面から3センチ……確かに身体は地面から3センチのポイントを満たしているな。これは一本取られた!)

 

 本気か? 本気で言ってるのかそれ?

 

(にしてもこう、マジマジと脚を見ることってなかなかないから……こう……アレだな……すごくイケないことをしてる気分……! 顔が隠されているのもポイント高い! フヒ、なんか新しい扉が開けそう……!!)

 

 世界最強の再来は──ニッチな性癖に対する即応性も秘めていた。

 

 

 

 

 







シャルロットの下りは正直自分でもかなり苦しいと思っているのでゆるして


次回
46.東雲式必殺技講座Ⅱ(後編)


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46.東雲式必殺技講座Ⅱ(後編)

トナメの対戦カード、勝敗だけ決めて組んだので攻略方法が思いつかず詰んでおる
バカか?


「うん、ある程度の制御訓練は必要ねこれ」

「はい……」

 

 楯無の言葉には誰一人として異議を唱えなかった。

 三人がかりでおおきなかぶよろしく、うんとこしょ、どっこいしょと掘り出された一夏は、座り込んだまま頷く。

 

「急激な出力の上昇は大歓迎だけど、それが意図しないタイミングで引き起こされるのは最悪って分かるわよね? というか、今身を以て知ったわよね?」

「はい…………」

 

 アリーナに空いた大穴を指さされては、一夏は何も反論できない。

 事実として『疾風鬼焔』の発動すら不自由なのはいただけない。というより、この状態で今までの修羅場を乗り越えられたのは奇跡である。

 

「とはいっても、一夏のこれを制御する方策が現状見つかっていませんが」

「それは違う」

 

 箒の指摘に割って入ったのは、意外にも簪だった。

 強気な声色を受けて、一同はたじろぐ。彼女は明らかに明白な解決策を抱いているようだった。

 疑いのまなざしを受けても尚動揺を見せず、簪は毅然とした態度で一夏に人差し指を突きつける。

 

「一夏には――気合いが足りてない!」

「き、気合いだって……!?」

 

 簪のいつにない真剣なまなざしに、一夏は気圧され数歩退いた。

 

「この手の強化フォームは……変身者……じゃない、IS乗りのメンタルが関係する……」

「俺のメンタル……?」

「他のISにはない特殊形態の発現……間違いなくこれには融合係数が関わっている……!」

 

 特殊な単語が出てきて思わず全員首を傾げるも、疑問を差し挟む余地を与えず簪は言葉を続けた。

 

「気合い、あるいはテンション……それが関与していることは確定的に明らか……! さあ一夏、全身全霊で叫んでみて……! できればポーズとかも決めた上で……!」

「お、おう」

 

 簪のわけのわからない熱気のようなものに押されて一夏は『白式』を再展開した。

 既に『疾風鬼焔』はかき消えている。ここから再びあの状態を起動するにはどうしたらいいのか。

 

(……どうせ現状はノーヒントなんだ。なら、やってやろうじゃねえか……!!)

 

 足を肩幅に開き、右腕を真正面へと伸ばす。同時、左手を胸の前で曲げ、右腕の肘を保持。

 瞳の中に燃え盛る焔。それは飽くなき向上心と、折れない克己心。

 信念の翼を広げるべく、少年は腹の底から叫んだ。

 

 

 

「バアアアストモォォドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」

 

 

 

 ……………………。

 ………………………………。

 

 しかし、なにもおこらなかった!

 

「解散だな」

「おつかれー」

 

 箒と楯無が真顔で言い放つのを見て、一夏は膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ、簪のやつ、絶対許せねえ!」

「いいから集中しろ」

 

 ウォーミングアップを終えて、いよいよ始まったタッグマッチトーナメントに向けての訓練。

 楯無は特定の相手──シャルロット、あるいは彼女に似たバトルスタイルの持ち主だと一夏は感じた──を想定して間合いを測る訓練を行っていた。

 具体的には箒と簪を相手取り、二人がそれぞれの距離で放つ攻撃を捌きながら距離を調節している。一夏が平時東雲相手に行っている訓練と似通うものがあった。

 

 しかし今一夏が行っている訓練は、普段の代物とはうって変わっていた。

 東雲からの叱咤を受けて、一夏は改めて視線を彼女に向ける。

 

 互いにISを装備した状態。

 得物を手に持ち、にらみ合う。

 

「…………ッ」

「どうだ?」

「三手……あるいは四手」

「駄目だな。二手で殺せるぞ」

 

 動かない。攻撃の起こりはない。刃が風を切り裂くこともない。

 だが一夏はしかめっ面で、汗をぶわりと浮かべながら呻いていた。

 

(……二手ってことは、初動から有効打にしろってことか? だけど()()()()()()は両手に剣を持ってる、ガードを崩すには……)

 

 超高速で思考が回転する。一秒を切り刻み、コンマ一秒すら切り詰めた刹那。その中で必死に最適解を探し続ける。思考の大海の波にもまれながら、光をたぐり寄せていく。

 ()()()()()()()()()()()、とでも言えば良いか。

 

「其方の鬼剣は柔軟性、即応性において、本来は()()()()()()()()()()()()()()()。その点を伸ばすために、あらゆる敵のパターンを、完全にとは言わずともベース部分だけでも構築しておかねばならない」

「……ッ」

 

 東雲の言葉は理にかなっていた。

 これは一夏が編み出した必殺技、鬼剣をより高みへ誘うための──()()()()()()()

 

「迷うな。迷いが見えた選択肢は即座に破棄しろ。それとも、躊躇や動揺も、一手にカウントするのか?」

「ぐ……いいえ、違います……!」

「よろしい」

 

 眼前で師匠はわざわざ二本の刀を抜き放ち、構えすら取っている。

 本来はそんなもの存在しない、何故なら彼女が剣を抜刀するときは攻撃が命中しているときなのだから。

 けれど──あくまで、一夏がパターンを無数に編み出すための特訓だ。今は防御に専念する二刀流相手に、一夏は思考の中で悪戦苦闘している。

 

「二手……二手……右を──」

「却下だ。構えの段階で、右利きだと見抜けるはずだが?」

「……ッ! すみません!」

 

 理論構築には、絶え間ない観察が必要となる。重心のバランス、視線の動き。東雲は完璧に、彼女よりも格下の仮想敵を演じきっている。

 それ相手に鬼剣を装填できないようであれば、この技に価値などない。

 

「考えを止めるな。速度を落とすな。()()()()()()()()()()──時間切れだ。相手は其方の観察に気づき、構えを変える」

「……!」

 

 ガード主体の、身体にぴたりと貼り付けるような構えから、今度は大きく腕を伸ばした攻撃の型へ移行。

 慌てて一夏は防御を固めようとして、しかしその時にはもう距離を詰めた東雲が切っ先を喉へ突きこんでいた。

 

「ぐふ……ッ!?」

 

 もんどりうって背中から地面に転がる。

 砂煙を巻き上げて呻く弟子相手に、陽光を遮りながら東雲は冷たい目を向けた。

 

「何故、そんな素人丸出しの防御を見せた? 攻撃されると思ったから守りに入った? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……すみません……! もう一度……!」

「承知した。最初からやるぞ」

 

 思考の中での読み合い、それを一夏が読み損ねた場合に東雲は痛打を放って分からせている。

 鬼剣とは、己の敗北を排除していく必殺剣。

 故に彼が負けを能動的に排除するのではなく、逃げの姿勢を見せた瞬間に、東雲は刃を光らせる。

 

「……ISっていうよりは、剣客のそれよね」

 

 立ち上がる弟子と、手を伸ばすことすらせずに再度距離を取る師匠。

 小休止を挟んでいる楯無は、その光景を簡潔に表現した。

 

「ですが、得意分野を伸ばしていくのは、直近に迫る試合に向けての工夫としては適しているかと」

「そうねぇ……一夏君、なんか基礎はすごく上手くなってるのよね。ま、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()感じだけど」

「…………」

 

 箒は平時、日に五十回ほど地面に埋まっている一夏を想起して、頬に汗を一筋浮かべた。

 一方でマルチロックオンシステムを再調整している簪は、無数のモニターを立ち上げては消しつつ、何やら唸っている。

 

「……難しいところ」

「そうだな……『打鉄弐式』を万全の状態にするためには、やはり()()が肝要だろう」

 

 それ、と箒が指し示したのは、簪が背部に背負う大型ミサイルポッドだ。

 ──独立稼動型誘導ミサイル《山嵐》。8門×6機=48発もの対ISミサイルを放つ新型兵装だ。

 とはいえ、肝心なロックオンシステムが未完成なため、簪は訓練に当たっては連射型の荷電粒子砲をメインの射撃兵装に据えていたのだが。

 

「むむ……候補が少ない分、やっぱりこだわりたい」

「……候補?」

「うん。鬼剣……鬼剣……うん、『鬼剣:痛哭慨世(つうこくがいせい)』なんてどうかな」

「何の話をしているんだ……?」

 

 呻くように、箒は低い声を絞り出した。

 きょとんとした顔で、簪は口を開く。

 

「一夏の必殺技……『幽世審判(かくりよしんぱん)』とか『現世滅相(うつしよめっそう)』とかに負けないようなのがいい……『無間悪鬼(むげんあっき)』と『天壌無窮(てんじょうむきゅう)』も捨てがたかったけれど、やっぱり叫びとか、逆襲とか、そういうのが大事かなって……」

「──まさか令の魔剣や秘剣は、簪が名前をつけたのか? お前か? お前だな? お前が諸悪の根源だな?」

 

 ついに犯人を発見することに成功して、箒はずいと詰め寄った。

 しかしまるで悪びれた様子を見せず、あろうことか簪はふふんと胸を張った。

 

「そう……私の趣味。いいでしょ?」

「良くないが?」

 

 あきれかえる箒と苦笑する楯無の背後では、また一夏が地面に転がされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思考が光に追いつけていない。

 光──()()()()()()()()()()()。先読みの極地。あるいは、現在の超克。

 

 自分には何もかもが足りていないのだと、地面を転がりながら再認識させられる。

 

「運が良かっただけだ」

 

 自分の動作全てを看破し常に上回りながら、東雲は粛々と告げた。

 

「もしあの時、無人機が其方の四手に対応していたら。もしあの時、VTシステムが其方の想定を上回っていたら。其方の勝利は、薄氷の上で成立しただけに過ぎない」

 

 糾弾ではない。押しつけでもない。

 淡々と彼女は、事実を羅列していた。

 

「故に強くなれ、我が弟子。今度こそ全てを読み切るために。絶対の勝利をつかみ取るために。そうでなければ、()()()()()()()()

「……ッ!」

 

 心はもう、折れる気配すら見せない。

 どんなに理不尽な訓練であろうとも、両眼から噴き上がる焔に怯えはない。

 

「分かってます……俺は……もっと、もっと強くなりたい……ッ!」

 

 震える両腕に力を込めて、身体を起こす。

 刀を片手に持ったまま、東雲はじっと一夏を見ていた。

 

「──魔剣とは、理論的に構築され、論理的に執行されなければならない」

「……?」

「当方の振るう魔剣。或いは其方の振るう鬼剣。此れらの本質は、物質として存在する代物ではない」

 

 こつん、と東雲は右手で己の頭を小突いた。

 

()()だ。ここに当方たちの(ツルギ)は存する」

「……はい」

 

 立ち上がり、一夏は再度愛刀を構えた。

 同時に師匠も切っ先を空に向け、腰を右へ捻る。即抜刀可能、一触即発。

 

「考え続けろ、諦めるな。可能性を1へ至らせる、或いは0に落とし込む。そのためには既存の可能性を踏み越えていけ」

「……既存の、可能性」

「今、打ち込めるか?」

 

 構えは露骨なカウンター姿勢だった。

 当然、答えはノー。

 

「いかんな。我が弟子よ、それではいかんよ」

「……ですが、打てば斬られます」

「当方たちは剣術規範を確認しているのではない。ISとは即ち、()()()()()()()()()()()

「……最後に立っているか、どうか」

「そうだ。人体を破壊する方法を採れない以上、勝負は数字に至る。だからこそ、完成した機体と戦闘論理がなくとも──不完全な機体と戦闘論理でも、勝機はある」

 

 まるで逆の、あべこべのような台詞だった。

 数字で勝負をする。ラッキーパンチを一発当てるのではなく、確実に相手のエネルギーをゼロにしなければならない。

 

「師匠。ですが、だからこそ、完成度こそ重要視されるべきでは?」

「完成度こそは可能性だ。眼前の可能性のみに縛られることを良しとするな。今の其方が勝利を確定させるためには、可能性を突き破ることが肝要だ」

 

 禅問答のように曖昧な言葉。

 一夏は瞳を閉じた。アリーナを吹き抜ける風を感じた。ぎしりと鉄の軋む音が聞こえた。視界は闇に閉ざされていた──否。

 瞼を下ろす寸前まで焼き付けていた世界が、明瞭に見える。剣を構える相手。突撃して、一刀に斬り捨てられる自分。

 

 なんてことはない。

 敗北を能動的に排除していく──その帰結に相手の動きを組み込まない理由はなかった。

 

「…………二手、ですね」

「いい答えだ」

 

 開眼──同時に、踏み込み。地面を爆砕して、白い鋼鉄の塊が疾走する。

 東雲は一歩も動かず、ただ素早く刀を振るった。直線機動の先に置かれた、カウンターの一閃。

 

()()()()……ッ!」

 

 超至近距離で、男の低い声が東雲の柔肌を撫でた。

 刀身の閃きが砕け散る。一夏の左手──手の甲を弾丸のようにぶつけ、攻撃の軸をズラした。

 同時に『雪片弐型』を突き込む。東雲はもう一刀で正確無比にその刺突を叩き落とした。

 純白の刀が叩き落とされ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「一手──」

 

 パッと、一瞬だけ、一夏は柄を手放していた。

 彼の手のひらの上で柄が百八十度回転。順手から逆手へと、刹那のスイッチ。

 二刀は浮き上がっている。『雪片弐型』は相手に近づきすぎて、振りかぶることすら出来ない。

 

 ──そう、振りかぶる必要は無い。相手に刀身を押しつけるような距離。だが元より、先ほどの刺突の際、一夏は腕の力だけで乱暴に振るっていた。

 全てはこの瞬間のための布石。

 逆手に握った刃を相手に押しつけて。

 ゼロ距離で、今度こそ腰をカチリと動かし、力が全身を伝導する間に跳ね上がり。

 

「──二手ッ!」

 

 鬼剣が、放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(えっ何今の……知らん……怖っ……)

 

 たくさんパターンを用意しつつ、でもそれに縛られすぎないようにねー、とアドバイスしていたら弟子が突然密着状態で意味不明の斬撃を放ってきた。

 教えた覚えのない新技術を受けて東雲はちょっとビビっていた。何この弟子怖い。

 しかし。

 

「──って避けるのかよ!?」

「……当たってやる道理はないな」

 

 東雲は弟子の渾身の一撃を普通に捌いていた。

 至近距離から振るわれた斬撃を、水流が岩を避けて進むように受け流し、もののついでに一夏の顎を蹴り上げてバックブースト。

 結果としてはまた地面に転がる弟子を師匠が見下ろしている。

 

(ていうか今のマジで何? ……知らん……怖すぎる……咄嗟に明鏡止水状態にならなければ即死だった……

 

 咄嗟に明鏡止水状態になるって何?

 

(まあ成長してるっぽいし、この調子ならトナメで良い結果出そう……良い結果出そうじゃない? まずは本人のモチベを維持するところからだな! ヨシ!)

 

 一夏じゃなかったら今の攻撃回避されて心折れてると思うんですが、それは……

 

 

 

 








試合まではサクサク進めていきたいですね
まあ試合内容詰んでるんだけど
AIC+聖剣、こ無ゾ




次回
47.つわものとは


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47.つわものとは

本作においては、篠ノ之流=女性のための剣術として扱います。
原作では箒が実家から取り寄せた真剣が女性のための刀であり、その刀をつくった刀鍛冶の提唱した理論として『男を倒す女の剣術』が存在しましたが、作劇の都合上それと篠ノ之流を同一視します。ご了承ください。

あと篠ノ之柳韻パパはどれほどキャラを盛っても許される
古事記にもそう書いてある


 早朝。

 アリーナには、二つの影があった。

 

「箒、やっぱ今のは10番の方が良かったかもしれないな」

「いや……もっとビュンといくほうが強いぞ、多分」

「……それもしかして新パターンか?」

「……かもしれん」

「かもしれんって何だ!? そこは確信持ってくれよ!」

 

 織斑一夏と篠ノ之箒。

 タッグマッチトーナメントにおいて最も注目され、しかし最も勝利は期待されていないペア。

 突破力こそ目を見張るものがある、しかし傑物揃いの代表候補生ら相手では最後の一手までは決めきれず、順当に圧殺される。そう誰もが予期している。

 

「と、とにかく、もっとビュン、だ」

「はいはい……これで21番か。大分増えてきたな」

「私は構わないが、お前は全部覚えきれるのか?」

「なんとかなる。死んでも頭に入れておくさ」

 

 対照的な白と紅の鎧を身に纏い、朝焼けの空の下で縦横無尽に駆け巡る。

 その姿に、諦観など欠片もない。

 

 だって二人は理解している。自分たちには、あまりにも、何もない。

 空っぽだからこそ、死に物狂いで叫び、足掻かなくてはならない。

 

 かつて自分の家族を引き裂いた兵器。

 かつて自分の人生を打ち砕いた兵器。

 

 かつて自分を痛めつけた兵器。

 かつて自分の姉の栄光を吹き飛ばした兵器。

 

 二人ともそれぞれの理由から、ISが好きで好きで仕方ない、とは口が裂けても言えない。

 しかし。

 

「……箒」

「……何だ」

「『紅椿(それ)』、俺のためだよな、多分だけど」

「……そうだ。もう何も出来ないのは、嫌だ。お前が宇宙でいなくなった時、実感した。私は……戦場に立つことすら出来ない自分を、境界線の向こう側に行けない自分を、変えたい」

 

 今の自分たちにはISが必要なのだと、理解っていた。

 

「そっか……ありがとな」

 

 一夏は地面に視線を落とし、頬を掻きながら告げた。

 黒髪を揺らして、箒は微笑む。

 

「気にするな。お前は、お前が望むお前であるために、戦うのだろう? それと同じだ……私も、私が望む私でありたい。そのためには」

「ああ。強く、強くなろう」

 

 視線を交錯させて、頷く。

 これ以上の決意表明は野暮というものだった。

 

「ならもう一回パターンを確認するぞ。一桁の……特に5番と7番あたりは咄嗟にできるようにしておかなきゃいけない。まずは7番だな」

「ガシャっと、だな」

「……これのどこがガシャっとなのかまるで分からねえけど、それだ」

「ガシャっとだろう?」

「なんでお前も不思議そうにしてんの? 俺が不思議そうにしてるの、分かんない?」

 

 気心の知れた相手特有の、テンポの良い会話。

 それを停滞のためでなく、これからのためにしているのが──双方、気持ちよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園の朝は早い。

 朝食のすぐ後にHRが控えており、遅刻すれば何らかの罰則が待ち構えている。

 だから多くの生徒は朝の練習を手早く切り上げて、早めに食堂へと集っていた。

 

「っと、結構ギリギリかもな」

「そうだな」

 

 一夏と箒も平時はその例に漏れず朝の練習を切り上げがちだったが、今回ばかりはそうもいかない。

 限界まで連携の打ち合わせをしてから食堂に向かえば、もう席は半分ほど空いていて、皆が教室へと向かったのが分かる。

 残っているのは──見知った顔ばかり。

 

「あら、一夏さんたちも朝練ですか。ハイスクールらしくていいことですわね」

 

 窓際のテーブルに座るは、金髪を豪奢になびかせる淑女──セシリア・オルコット。

 学園の白い制服は彼女の輝く肌を際立たせている。食後の紅茶を嗜む姿は映画のワンシーンのようだった。

 唯一ケチをつけるなら、彼女の対面で机に突っ伏す少女がいることだろうか。普段は活発さの象徴とも言えるツインテールすら、そこはかとなく力を失っている。

 

「おはよう、セシリア……と、これは?」

「元鈴さんですわ」

「元って何よ元って!」

 

 ガバリを顔を上げて、死体一歩手前だった鈴が吠える。

 トレーを抱えた一夏と箒はうるさそうに表情をしかめた。

 

「ったく、朝からそんなんじゃ今日の授業大変だろ。どうすんだよ」

「どーするもこーするも、寝るわよ」

「断言するのか……」

 

 迷うことなく即答した鈴に、箒は目を閉じて嘆息する。

 断りを入れてから同じテーブルに座り、一夏と箒はそれぞれの朝食をかき込み始めた。

 箒は焼き鮭定食、一夏は生姜焼き定食のご飯大盛り肉大盛りだ。

 

「てゆーかあたしのせいじゃないから。全部こいつのせいだからね」

「あら、わたくしの練習に付き合うと言い出したのは鈴さんでしょう?」

「あんな訓練だとは思わなかったのよ! ホントに訓練!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ!」

 

 くってかかる鈴相手に、セシリアは何処吹く風とばかりに紅茶をすする。

 会話──というより鈴の糾弾を聞き、一夏は生姜焼きに舌鼓を打ちながらも思考を回した。

 

(……暇な時は暇、ってことは連携訓練じゃないのか……?)

 

 一夏の知る限り、今回のトーナメント参加ペアの内、最もバランスに長けた組み合わせこそが鈴とセシリアである。

 得意なレンジがまるで違う。逆説的に、役割をこれ以上無く明瞭に分担できる。

 前線で戦う鈴と、後ろから敵を狙い撃つセシリア。

 その拡張性のなさ、また今までの学園内での戦績から、二人のペアの注目度も低かった。

 ──というよりは、他のペアが、()()()()()()()()()()

 

『作戦会議かなー? 頑張ってるねー』

 

 裏付けるように、声が聞こえてきた。

 まだ食堂に残っている生徒の内、一組。リボンの色からして二年生だった。

 彼女たちは四人が座るテーブルを見ながら、口を開く。

 

『ま、相手がドイツの第三世代と初のデュアルコア型、それに会長のとこ、あとは『イージス』でしょ? そりゃ情報共有は大事だよねー』

『だねー』

 

 そこに悪意はない。

 純然たる評価だけがある。

 箒と鈴は、気づかれないようそれぞれのペア相手の様子を窺った。

 

「おいセシリア、言われてるぜ。期待値低いってよ」

「あらあら。貴方のことでしょう?」

 

 二人は──互いの地雷を迷うことなく踏みに行った。

 額にビキバキと青筋を浮かべ、不釣り合いな笑顔を無理矢理に作る。

 

「まあそっちは大変そうだもんな。何を出来るのか、全ペアに把握されてるしさ」

「一夏さんも、最後の最後に一夏さんが妙なことをしないようエネルギーをゼロにするまで全員油断しませんわよ? いつもの覚醒が使えず大変ですわね」

「大丈夫だって。今回は箒と抜群の連携見せてやるから」

「わたくしもですわ。出来ること全部をぶつけたら勝てますもの」

「はっはっは」

「おっほっほ」

 

 とってつけたような笑いだった。既にテーブル周囲はおろか、食堂の空気は絶対零度に叩き落とされている。

 上級生らはそろそろと去って行った。残された箒と鈴は──顔を見合わせて、同時に嘆息した。

 

「ただまあ……事実だな。『疾風鬼焔』は自由にオンオフ出来ない以上、私たちに出来るのは、連携による補填だ」

 

 このままだと何時までも妙な笑い声を上げ続けてるなこいつら、と判断して箒は素早く切り出した。

 さすがにスルーできなかったのか、一夏はセシリアとの至近距離でのメンチの切り合いを中断して、ペア相手に向き直る。

 

「まあ、そうだな。爆発的に個人個人が成長する、ってのを期待するのは無理がある……案外箒とか鈴とかも必殺技を身につけたりするかもしれないけどさ」

 

 さりげなくセシリアを排除している辺りが一夏の徹底的な姿勢を表していた。

 しかしそれに異を唱えたのは、意外にも鈴だった。

 椅子の上であぐらを組み、鈴は難しそうに唸る。

 

「んー、正直必要ないって感じね」

「……必要ない?」

 

 あった方がいいのでは、という前提に基づく疑問。

 一夏のそれを、鈴は真顔のまま一蹴する。

 

「だってあんたたちのそれさ、()()()()()()()()()

「……ッ!」

 

 雷に打たれたような感覚だった。

 

(……あけすけ。そう、か。鈴が戦う相手として想定されるのは……俺の鬼剣と、シャルの聖剣。魔剣と比べれば、鬼剣は精度に劣る。聖剣は単純なエネルギーの放出に過ぎない。コンセプトは明白な分、弱点も分かりやすい……!)

 

 ならばその発言も頷ける。同時に一夏は、知らず知らずのうちに鬼剣を頼みにしていた自分を自覚し、唇をかんだ。

 

(鈴には必殺技なんて必要ないんだ。何故ならそれがなくても勝てるから。でも俺は……そういう技がなきゃ、勝てない)

 

 期待値の低さから、勝手に同類のように接していた。

 だが違う。根本的に実力を保証されるというのは、それだけで住む世界が違うことを意味する。

 

「強いってさ、どういうことなんだろーってたまに考えちゃうわよね。あたしにとっては、逆に術理とか意識しなくても勝てること、なのかなって感じ」

「強さとは、か……」

 

 降ってわいた話題に、一夏は頭を振ってから瞳を閉じた。

 今の自分に痛烈に刺さるその問い。

 かつて彼は、強さとは、強く在るとはどういうことなのか、説かれた。

 

 今でも思い出せる。

 草木のにおい。剣術道場。遙か彼方のように思えて、実にすぐ引き出せる思い出。

 

 ──それはまだ、後の熾烈な運命を知らなかった頃の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之柳韻。

 箒と束の父親にして、当代の篠ノ之流師範代。

 

 柳韻は一夏の記憶の中では、壮年でありながらも屈強な肉体を持つ剣豪だった。

 老いによる衰えを見せず、日々その剣筋の閃きは輝きを増していた。

 今も昔も、剣士と聞いて一夏がピンと来るのは彼だ。

 又聞きではあったが、他流との意見交換においては篠ノ之流とは異なる、男の剛剣の指導すらやっていたという。

 

 そんな彼が、本分として女のための篠ノ之流を選んだ。

 いかなる経緯だったのか、どんなドラマがあったのか──それは一夏はおろか、箒ですら知らぬ過去だった。

 

『これは女のための剣だ。ただし、その真理は(ぼくたち)にも共通する』

 

 遙かな源流へと遡れば、刀鍛冶と女剣士の出会いが、その流派を生み出した。

 女のための剣術。非力さを敗北の理由にせず、益荒男相手に切り結ばず、ただ斬る。

 篠ノ之流について一夏が問えば、そう答えは返ってきた。

 

『術理は二つ。()()()()()()()()。これだけだ──もっと言えば根源はただ一つ。男と打ち合わないことだね』

 

 二人きりの広い道場の真ん中で、彼は腰に差した刀の柄を撫でながら語った。

 そこから、抜刀は刹那も置かなかった。空間を一筋の光が切り裂いた。

 

『相手の間合い外を陣取る。男にとって手が届きそうで届かない、女からすれば遠すぎる間合い。最低でも五尺。そこから篠ノ之の剣士は必殺を放つ。歩き方にコツがあるんだ。相手が気づけばもう、相手にとって近すぎる──君のお姉さんはこっちをモノにしたよ、御美事(おみごと)と言わざるを得ないな』

 

 人の良さそうな顔つきと、穏やかな声色。

 そこからは想起できぬほどの太刀筋。

 分かりやすいほどの剣鬼が、どんなにありがたいことか分かった。

 本物は悟らせないのだ。ただ気づけば、斬られている。

 

『そして箒ちゃんが目指しているのは、こっち』

 

 男は再度刀身を鞘に納めてから、柔らかな笑みを浮かべた。

 日本刀には不釣り合いな笑みだった。町ですれ違っても、警戒など到底出来まい。

 当時の一夏ですら空恐ろしさを感じた。しかし当時の一夏は、それを表す陥穽という言葉を知らなかった。

 

『相手の間合い内を陣取る。男にとって絶好の間合い、女にとって絶死の間合い。最低でも三尺。斬りかかってくる。斬殺しようと攻勢を繰り出す。まともに結べば確実に死ぬ──だからこそ受け流す。一度斬られたらおしまい。だから一度も斬られない。受けて受けて受けて、最後に一度斬って、おしまい』

 

 言うや否や、男は二つの足で地面を軽く叩き始めた。タップダンスシューズを履いていれば、小気味よいリズムを刻んだであろう。

 しかし幼き一夏とて、剣の理を学ぶ剣士見習い。その足捌きに術理があること、自分が学ぶものの先にそれが位置していることを理解した。

 絶え間なく男は右へ左へと身体を向け、僅かに肩の角度を傾げている。常に、相手に対して半身の姿勢。

 斬撃とは線である。即ち剣を振るい、紅き死の線を刻み、そこに相手を引っかければ良い。

 こうして相対する面積を減らし続けること自体、敵の選択肢を能動的に排除している証拠。

 

 もし仮に自分が剣客として相対していたら。

 恐らく数度斬りかかり、しかしいなされるだろう。

 ならば次の手。半身というなら、真横一閃に断てば良い。

 

『横一線の胴薙ぎを受けて、この剣術理論は晴れて完成する』

 

 脳裏の自分が剣を右から左へと振るった。その刹那、上半身と下半身が分かたれた。

 ぶるりと、全身を震えが駆け巡る。

 

『半身相手に縦或いは袈裟に斬り続ける者はいない。もしいたとしても、永遠に受け続けられる。故に誰もが手を出す。横薙ぎの剣へと()()()()()。篠ノ之の剣士は、その切替の時を待つ。待って、待って、来れば斬る』

 

 一つの流派に宿る深奥を語って、男はその場に座した。

 相対する少年は拳を握ったまま背を伸ばし、視線を正面から重ねた。

 その態度に満足そうに頷き、男は口を開く。

 

『君は、強くなりたいんだよね』

『はい。みんなを守れるようになるために』

『みんな。みんな、か……』

 

 男はその柔和な様子を崩すことなく、鷹揚に頷いた。

 それを見て一夏は、賛同を得られたと思った。彼にとってその思いは、世界に遍く広がる真理のようなものだった。

 しかし。

 

『力を得た先に、孤独しかなかったとしても?』

『…………え?』

 

 表情に変わりは無い。声色に変わりは無い。

 されど、何かが変わった。空間はいつの間にか冷え切っていた。

 

『いいかい、一夏君。()()()()()()()()()()。つわものは勝ち続けなければならない。その為に孤独になる』

 

 鮮明に思い出せる、彼の声。

 あの日の一夏はただの餓鬼で、これから先の熾烈な未来など知るよしもないというのに。

 

 

『……耐えられるかな?』

 

 

 ──篠ノ之柳韻の言葉は、明確に、一夏へと投げられていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つわものは常に孤独、か」

 

 授業を終えてもその言葉が脳裏から離れず。

 放課後の訓練の最中でも、改めて一夏はその言葉を想起していた。

 

「……一夏君、いいから現実を見てくれるかしら」

「…………いやです」

 

 想起と言うよりは現実逃避の一環として反芻していた。

 一夏は楯無の隣で寝ている──語弊があった。一夏と楯無はそろって無様にアリーナに転がされていた。

 単純な近接戦闘訓練。

 東雲相手に斬りかかり、その防御を切り崩すという攻勢の練習。

 

 二人がかりだった。受けられ、弾かれ、流され、躱され──吹き飛ばされた。

 これだけならいい。実力差を考えれば当然の帰結だ。

 

 問題は。

 

 

 

 

 

ほうひふぁ? ひゅんへんふぁもまっふぇひゃいにょ(どうした? 訓練は終わっていないぞ)」

 

 この女、片手で寿司を食いながらあしらいやがった──!

 

 

 

 

 

「もにゅもにゅ……ごっくん、ごちそうさまでした」

 

 東雲は礼儀正しく挨拶すると、PICで固定していた寿司桶を拡張領域(バススロット)に収納した。

 まあ食いながら戦闘してる時点で礼儀もクソもないが。

 

「って、なんで寿司食ってんだよッ!?」

「む、すまないなおりむー。ただ今日は朝に寝坊してしまい、朝食を食べられなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 故に夕食前に、ここで朝食分を消化したのだ──」

「消化だけにって? やかましいわ!」

「一夏君、誰もそんな超絶サムいギャグ言ってないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(朝食分を消化したのだ──消化だけにね)

 

 言ってる。

 

(にしても今日は二人ともキレがいいな。おりむーはなんだか、剣への意識がいつもと違う。相手に当てることを普段以上に考えてる。たっちゃん生徒会長も間合いの調節がアジャストされてきたな。良い傾向だね)

 

 そのキレがいい二人を文字通りに片手間であしらったのは誰ですか……?

 東雲は寝転んだまま一夏と楯無が死んだ目で空を見上げているのを眺め、顎に指を当てた。

 

(ただ、それでも当方を打ち崩せない。結果として当方は無傷、二人は転がっている──即ち更なる底上げが必要か。結果が出なければ、努力も工夫も評価し得ない)

 

 理論は強者のものだった。

 今まで確かに結果を出し続けてきた人間特有の、厳然として立ちはだかる、成果の有無に対する意識。

 場合によっては──東雲のそれは、他者を排斥することにもなり得るだろう。

 だから柳韻の言葉は、おかしいものではない。

 強き者は、その強さ故、勝ち続けた先に得る感覚のせいで、孤独になるのかもしれない。

 

 

 

(それはそれとしていつまで添い寝してんだ起きろ殺すぞ)

 

 

 

 まあこんなつわもの(笑)なら孤独にもなるわなぁ!!

 

 

 

 

 

 

 







感想でも指摘されたんですけど
東雲さんは結構なスピードで成長中です



次回
48.トーナメント一回戦


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48.トーナメント一回戦

ダイジェスト風味なのはゆるして
全試合に力入れてたら多分死んじゃうので……


 

【挿絵表示】

 

 

「ひっでぇな」

 

 専用機持ちタッグマッチトーナメント、当日。

 大型モニターに表示された対戦表を見て、一夏は独りごちた。

 

「ひどい……か。なるほど。そういうことか」

 

 朝に最終調整──試合に影響のないよう、本当に調整に留まった──を終えて、一夏と箒はシャワーを浴びてからアリーナのロビーにいた。

 周囲の生徒から視線が突き刺さっている。好奇の視線であったり、あるいは、この対戦表の思惑を看破した生徒からの同情の視線だ。

 

「シード権を得たようですわね」

 

 背後からの声。

 振り向けば、制服姿のセシリアと鈴が並んでいる。一回戦を前にして、2人は恐ろしいほどの自然体だった。

 

「良かったじゃない。あたしたちとぶつかるのは決勝戦よ」

「……それはそう、なのだが」

「決勝で第四世代のデータ取りか、笑えるな」

 

 フン、と鼻を鳴らしながらの言葉が聞こえた。

 人垣が一気に割れた。その向こう側から、シャルロットとラウラが揃って歩いてきている。

 

「……このシード権は、やはりそういうことなのか」

「うん、そうだね。学園は第四世代機のデータ、取られたくないんじゃないかな」

 

 代表候補生はその立場から、度々政治的な配慮を心がけることになる。

 そうした観点を持つ者なら一目瞭然だ。

 

「現状唯一の第四世代機だ。あらゆる国が、喉から手が出るほどに欲しいだろうさ──だがそれをみすみす流してやる理由はないということだな」

 

 横一列に並び、彼ら彼女らはトーナメント表を見上げた。

 

「学園──っていうよりは、学園の運営権を持ち、なおかつ箒が現在国籍を置いてる日本か。そのところはどうなんだよ、簪」

「……代表候補生に、その辺りの都合を直接知らせることはない……」

 

 視線を動かさないまま名を呼べば、簪が一夏の隣に歩み寄ってきた。無論、ペア相手である楯無の姿もある。

 

「まあ、来賓ってほぼ企業か国家っスからね。データが欲しくて欲しくて仕方ないって顔に書いてるんスよ、あの人たち」

「IS乗りの宿命だ。将来の食い扶持が欲しいなら、学園にいる間のアピールチャンスを逃すわけにはいかねえのさ」

 

 聞き慣れない声──顔を向けると、そこには最後のペアが佇んでいた。

 三年生ダリル・ケイシーと二年生フォルテ・サファイア。

 

「一年生ばっかってのは癪っスけど、油断も慢心もナシでいかせてもらうっス」

「フォルテのやつ、こないだの黒いやつとあんたが戦ってるのを見てから、すっかりこの調子でな。まったく妬けるぜ」

 

 ダリルのからかうような言葉は、間違いなく一夏に向けられていた。

 

「え、えーっと……?」

「……まあ、否定はしないっス。その分、絶対に負けたくないっス。こっちにもあるんスよ──積み上げたもの。築き上げたものが」

 

 チリ、と空間に火花が散るのを、誰もが理解した。

 今此処に、今日決戦の火蓋が切られるタッグマッチトーナメントの参加者全員が集っている。

 

「……企業にとっては、私に勝ち進み、試合を多くこなして欲しいということか」

「だけど学園はそれを望んでない。もし勝っちゃったときのために、わざわざシードにした。あーやだやだ、こういう陰謀パート、あたし苦手なのよね」

「しかし目を背けられないのも事実だ。私はドイツである程度は触れてきたつもりだが……いや、私よりシャルロットの方が、経験はあるか?」

「ラウラってナチュラルに僕のことを腹黒だと認識してる節があるよね? なんで? 僕何かそういうことしたっけ?」

「……多分、初動だと思うけど……」

 

 一年生組はリラックスするためだろうか、あえて歓談を始めた。

 上級生らもそれを微笑みながら見守り、3人で何事か会話を交わしている。

 そんな中で。

 

「関係ない、優勝は俺たちだ」

「関係ありません、優勝はわたくしたちですわ」

 

 臆すことなく怯むことなく。

 1人の男と、1人の女が前に進み出た。

 

 ──織斑一夏と、セシリア・オルコット。

 

 前評判における最下位と準最下位のペアが、最も戦士に必要な闘志を見せていた。

 楯無は口笛を鳴らしてから、唇をつり上げる。

 

「へえ……自分の評価は気にしないタイプ?」

「超気にしますよ。でも一番気にするべきところはそこじゃない。俺が、俺の望む俺で在れているか。それだけです」

「この男と同意見というのは体に障りますが……わたくしも他者からの評価は立場上気を配らなければなりません。ですがそれは、わたくし自身のコアにはなり得ませんわ」

 

 堂々たる発言だった。

 しかし一夏は数秒黙り込み、眉間をもんでから、くるりとセシリアに顔を向けた。

 

「……多分今の、癪に障るが正しい日本語だぞ」

「……そういうところ、癪に障りますわ」

「今のは正解だな。ただ、できればもっと有効な場面で使ってくれ」

「癪に障りますわ、一夏さんの顔」

「悪化してんだよなあ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒と一夏、東雲は、トーナメント会場である第一アリーナの観客席に腰掛けていた。

 周囲にはクラスメイトらも揃って並んでいる。

 タッグマッチトーナメントは丸一日を費やして行われる。午前の部で第一回戦が行われ、午後に第二回戦──準決勝を済ませ、最後に決勝戦となる。

 故に午前は一夏と箒は実質待機時間であり、対戦相手の情報を集めるべく観客席に座していた。

 

「その……頑張ってね、織斑君」

「俺たちを応援してくれるのか?」

「うん、うん……! 私、織斑君なら大丈夫だって信じてるから!」

 

 クラスメイトの女子からの声援を受けて、一夏はにこやかな表情で頷く。

 声援──声援? 露骨に、感情がにじみ出ていた。

 それを聞いて箒はムッと眉をひそめ、しかし頭を振った。自分がとやかく言うことではない。言いたい。すごく言いたいが、自分が特権階級(こいびと)であるわけでもない。

 言い知れぬ葛藤を抱いて箒が唸っていると──応援していた女子の隣。

 

「オッズで最下位だってさ」

 

 声援(ラブコール)を送った女子生徒の隣。

 白い素肌と、恐らく地毛ではなく染めた金髪の女子生徒が、気だるげな声を上げた。

 

「……オッズなんてあるのかよ」

「新聞部主催でー、毎年こういう公式試合ではやってんだってさー。まあお金かけるわけじゃないんだけど。わらしべ的な?」

「物々交換のことをわらしべって訳す人、初めて見たわ……」

 

 一般白ギャル生徒はさして興味なさそうに語っていた。

 端末をたぷたぷと弄る彼女に、声援を送った生徒はむっとした表情を向ける。

 だが当の本人──オッズ最下位となった一夏は、口元をつり上げていた。

 

()()()()()

「……え?」

「最下位だって……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って。そういう意識があれば最高だ」

「うむ。その通りだな」

 

 渦中の最下位ペアは、真剣な表情で断言した。

 それを受けて東雲は少し首を傾げる。

 

「勝算は……当方の知らない、2人の訓練か?」

「ああ。今回ばっかりは、東雲さんも驚かせられると思うぞ」

 

 一夏は自信ありげに答える。

 なるほど、と相づちを打って、東雲は視線をアリーナに戻した。

 

「……そういやオッズって、参加したのか?」

「んー? まあ、いちおー」

 

 白ギャル生徒は気のない声を上げた。

 

「誰に賭けたんだよ、やっぱ『イージス』か?」

「織斑篠ノ之ペアが勝つ方に66兆2000億」

「えっ」

「えっ」

 

 一夏と箒がぶわりと脂汗を浮かべるのを見て、ジョーダンジョーダンと彼女は笑った。

 

「でもまあ、2人に賭けたのは事実だし。勝てるっしょ?」

「……ッ! ああ、もちろん」

 

 ぷい、と横を向きながらのギャルの言葉。

 一夏の力強い返事を聞きながらも、箒は彼女の横顔を見ていた。

 その微妙に頬に朱の差した顔を見ていた。

 

 ──いやこいつもじゃねえか!

 

 叫びをぐっとこらえられたのは僥倖である。

 本当に、篠ノ之箒の恋路は、前途多難だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前の部──トーナメント第一回戦、初戦。

 カードは『シャルロット・デュノア&ラウラ・ボーデヴィッヒ』VS『更識簪&更識楯無』。

 共に極めて高い評価の選手で占められた、注目すべき試合だ。

 

 トーナメント直前に()()()()()()()()()専用機『打鉄弐式』の動きにも注目が集まる、この勝負。

 

 

 

 

『────いっけぇええええぇえええぇっっ!!』

『来ると思ったよ──聖剣、解放ッ! 『再誕の疾き光よ、宇宙に永久に咲き誇れ(エクスカリバー・フロウレイゾン)』ッッ!!』

 

 

 

 

 その幕は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という狂ったスケールの元に切って落とされた。

 

「な、な、な……ッ!?」

「マルチロックオンシステムは完成してなかったはずだろ!? どうやって……ッ!?」

 

 箒と一夏の狼狽。アリーナいっぱいに爆炎が花咲き、観客席が衝撃に揺れる。

 ISバトル、と呼ぶにはあまりにも規模が大きすぎる。

 かつての戦争における空爆──よりもひどい。ずっとひどい。

 

「次の試合は大変だな、アリーナを替えるしかないだろう」

「言ってる場合かよ!? 余波に巻き込まれただけで死ねるぞこんなの!」

 

 顎を指でさすりながら東雲はのたまった。たまらず一夏は悲鳴を上げる。

 視界を焼くような炎はやみ、アリーナをドス黒い煙が覆い尽くしていた。

 これでは視察もへったくれもない。

 

「初動としては間違いなく最高クラスだ──並の相手なら、これだけで決まるだろうな」

「そりゃ、そうだろうけどさあ……!」

「だが今回はそうもいかなかったようだぞ」

 

 東雲の言葉と同時。

 黒煙が吹き飛ばされた。内部で発生した衝撃が、煙を四散させたのだ。

 

『あらあら……考えは同じだったみたいねえ……ッ!』

『むしろ……前衛なら、ここを逃す手はないな……ッ!』

 

 アリーナの中央。

 巨人が踏み荒らしたかのように砕けた大地の上で、楯無とラウラが鍔迫り合いの格好で火花を散らしていた。

 大型ランスとプラスマ手刀が、互いを食い破らんと猛り狂う。

 

「前衛──タッグマッチにおいての役割分担だな」

「あ、ああ。それは俺も知ってるぜ。一般的には前衛後衛に分かれて……後衛は相手の後衛を牽制しつつ、自分の前衛を援護する……教科書に載ってるコンビネーションだ」

「よく勉強しているな。タッグマッチにおけるISバトルは、互いの役割分担がモノを言う」

 

 故に、近接メインの機体と射撃メインの機体で組むのが理想とされている。

 つまりペアの完成度としてはセシリアと鈴こそが王道の最高峰なのだが──

 

「しかし何事にも例外は存在する。更識楯無とラウラ・ボーデヴィッヒは共に遠中近をこなせる万能型。しかしペア相手はそうではない。故にこの試合は──簪がどこまで相手を抑えられるかにかかっている」

「……っていうと?」

「見れば分かる」

 

 同時。

 ラウラが不意に後退した。追いすがろうとした楯無は、しかし急制動からターンにつなげ、上空から降り注ぐ弾幕から逃れる。

 後衛であるシャルロットが上を取り──そこから一気に飛び込んできた。

 

入れ替わっ(スイッチし)た……!?」

「万能型と、機体自体は中距離であるものの本人の技量により近距離でも十全に動けるペア──こうして能動的に揺さぶりをかけ、戦況をコントロールする。極めて高度な戦法だ」

 

 連携訓練にはさぞ力を入れたのだろうと東雲は付け加えた。

 だが──言葉こそ脳で理解できれど、眼前の光景には理解が追いつかない。

 簪は素早くシャルロットに荷電粒子砲を撃ち込み足を止めるが、その時にはもう大きく後ろへ後退したシャルロットと、入れ替わりにラウラがワイヤーブレードを展開して楯無へ突っ込んでいる。

 

『ちょこまか鬱陶しいわね……!』

『兎なのでなァ!』

 

 相手がめまぐるしく変動し、楯無と簪は一瞬視線を交錯させた。

 

『ごめん、リセットを()()()!』

『──ッ! うん!』

 

 再度装填される誘導ミサイルたち。

 しかし──第二波を察知してから、シャルロットたちの動きは素早かった。

 

『シャルロット、行くぞ!』

『了解ッ!』

 

 2人は足並みを揃え、一転して突撃した。

 同時に前衛を行うという暴挙。慌てて楯無が立ち塞がる。

 

『AIC対策はできてるのよ!』

 

 指を鳴らすと同時、空間そのものが炸裂した。

 あらかじめ散布していたナノマシンによる、()()()()()()()()()

 たまらずシャルロットたちは急ブレーキをかけ、破壊の嵐から逃れた。

 

『装填、完了……ッ! お姉ちゃん離れて!』

『オーラィッ!』

 

 爆心地となるであろう戦場から、猛スピードで楯無が離脱する。

 それを確認してから、簪は背負ったミサイルポッドから、48発に及ぶミサイルを射出しようとして。

 ガシャン、とポッドがスライドし、弾頭が顔を覗かせ。

 ブースターに火がつき、まさに『打鉄弐式』から、翼が生えるようにして鉄塊が放たれ。

 

 

 

 

『──この瞬間(とき)を、待っていたよッ!』

 

 

 

 

 聖剣が──()()()()()()()

 巨大な光の剣が引き裂かれ、幾重もの極細い光条となってミサイル全てに突き刺さる。

 

『え──』

 

 何が起きたのか分からないまま、簪は自らの最大の武器である大爆発の中に飲み込まれた。

 

「な、あ……ッ!?」

「ほう。聖剣とはああいう使い方も出来るのか。本体を撃ち抜いたところでミサイルは飛んでくる。本体ごと薙ぎ払おうとすれば、大ぶりになった隙を更識楯無に突かれるだろう。故に──精密にミサイル群を撃ち抜いた。見事な判断だな」

 

 言葉を失う一夏の隣では、東雲が感心したような声を上げていた。

 モニターを慌ててみれば、やはり簪のエネルギー残量はゼロになっていた。

 

『……それで、会長。二対一ですね』

『……そうね』

『AICから逃れつつ聖剣からも逃げる。できますか?』

『──あまり見くびらないで、ちょうだい……ッ!』

 

 そこからは一方的な展開だった。

 要所要所でラウラが動きを封殺し、そこをシャルロットが撃ち抜く。時折聖剣を展開するが、ほとんどブラフとしての働きだった。

 

 

 更識楯無のエネルギー残量がゼロに削られるまで、72秒と少しだった。

 

 

『……ははは、負けた負けた。あー、メチャクチャ負けたわね』

『むう……』

 

 勝者であるにもかかわらず、不服そうにしているのはラウラだ。

 シャルロットを攻撃の核に据えた結果、ラウラは前衛として楯無と切り結んでいたのだが──両腕のプラズマブレード発振器は砕け散り、レールカノンもまた砲塔半ばで断ち切られている。ワイヤーブレードは全て引き千切られ、地面に転がっていた。

 

「……結果だけ見れば、シャルロットたちの快勝だけど」

「ラウラ・ボーデヴィッヒをあそこまで削ってみせたのは、やはり国家代表としての腕前が見えるな」

 

 一夏と東雲の分析に、箒はぐっと拳を握った。

 

「……私は、学園にいない他の選手については詳しくないが……シャルロットとラウラは……」

「肯定する。代表候補生として、まず間違いなく五本の指には入るだろう──更識楯無以下の国家代表では、完封されていただろうな」

 

 それが、次の対戦相手。

 ゆるゆると、視線を勝者へ向けた。

 2人は互いの破損状況を確認しながらも、朗らかに会話している。

 

『ラウラ、お疲れ様。なんだか練習よりもずっと動けたね、僕たち。相性がいいのかもよ?』

『フッ……今日は一夏がお弁当に私の好物を入れてくれたらしいからな。気合いが入るというものだ』

『午後の試合、背中撃っていい?』

『何故だッ!?』

 

 ──腹黒に対してよく異を唱えられたな、と箒は半眼になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一試合結果。

 勝者『シャルロット・デュノア&ラウラ・ボーデヴィッヒ』──それもロシア国家代表を擁するペア相手に。

 番狂わせと認識する者もいれば、最新の機体スペックを考慮すれば何ら不思議ではないと断ずる者もいた。

 しかし全体的な感想としては、やはり試合の流れも含み、少なからぬ衝撃があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが本物の衝撃は、その後に来た。

 

 

 

 

 

『ありえない──『イージス』コンビは公式タッグ戦において無敗だったんだぞ……!?』

『代表候補生同士で、こんな試合があるのか……!?』

 

 急遽場所を変え、第二アリーナ。

 客席がざわめいている。客席──否、最も混乱が大きいのは来賓席。

 総立ちになっているのは企業や国家からの視察団、野球でいうスカウトマンたちだ。

 彼ら彼女らは、膨大なデータを頭に叩き込んでいる。公開されている機体スペック。IS乗りのパーソナルデータ。練習風景。そして過去の試合の実績。

 全てを知っているからこそ、この結果に、驚愕を隠す余裕など消し飛ばされていた。

 

『エネルギー損耗率100%に対して、()()()()()()()……ッ!?』

 

 モニターに表示された数字は、残酷なほど明暗を分けていた。

 片やエネルギーを削りきられた敗者。

 片や4分の3以上のエネルギーを残している勝者。

 

「……なんだ、なんなのだ、これは……」

 

 また事態の理解が追いつかない箒の言葉。隣の一夏もまた、両眼をこれ以上無く見開いている。

 周囲に座るクラスメイトらは1人残らず呆けたように口を開けたままだった。

 

()()()()()

 

 そんな中で。

 東雲だけが、冷静な声色のまま客観的な評価を下せていた。

 

「ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイア。直接戦闘を行ったのは二度ずつ──どちらも守りにおいては屈指の腕前を持つ。さらに其れ其れのイメージ・インターフェース兵装を組み合わせることで特殊な防御戦術をとることも可能だ。当方とて、二対一では苦しい展開になるだろう」

 

 絶対無敵のコンビネーション、『イージス』──そのカラクリは2人のISが誇る特殊装備にある。互いに炎と冷気を操ることで、衝撃を転移する特殊な結界を構築することが可能なのだ。

 隙は無い。こと防御において、2人を打ち破るのは極めて難しい。

 

「だが、今回ばかりは()()()()()()()

 

 東雲の断言に異を唱える者などいない。

 学園随一の防御に長けたペアが、封殺された。

 平時の絶対的な防壁を完膚なきまでに破砕され、完封された。

 

『こんな、ことが……!』

 

 ダリルが顔を上げ、低い声で呻いた。

 誰もが勝因を見て取れる。

 鈴の立ち回りは見事だった。二対一の状況でも必要以上に被弾せず、元より守りを基礎に置く名手2人に深追いせず、戦況を最後まで整理していた。

 だが勝利の本質はそこにはない。

 

()()()()()()()()()()? 優勝はわたくしたちです』

 

 天高くを陣取り、戦況を最後まで()()()()()()碧眼の狙撃手。

 降り注ぐレーザーは神の怒り、あるいは裁きにすら似ていた。

 間隙を縫い、刹那を穿ち、運命すら射止める。

 その攻撃命中率──実に、99%!

 

『これが、セシリア・オルコット……!』

 

 誰かが彼女の名を呼んだ。その声は畏怖に震えていた。

 太陽を背に、彼女は観客席に手を差し伸べた。人差し指をピンと伸ばし、銃口のように向ける。

 誰に? ──愚問である。

 織斑一夏に、だ。

 

『招待状は届きましたか? 今度の円舞曲(ワルツ)は、退屈させませんわよ』

 

 告げて、彼女はBANG! と人差し指を天へ突き上げた。

 それはまるで──遙か高みへと上りゆく、龍のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あっ今当方のこと指さしてた!? えっとこういう時どうすればいいの!? キャーッとか悲鳴上げた方がいいかな!?)

 

 お前は黙ってろ。

 

 

 

 

 

 








冒頭の画像は執筆フォームのスクショです
プレビューで見たら罫線同士が何故かつながらなくて出来の悪い迷路みたいになってて怒り狂いました

簪については次回回収します
本当に申し訳ない(神映画)


次回
49.トーナメント二回戦(前編)


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49.トーナメント二回戦(前編)

初台本形式です


 午前の部を終えて、タッグマッチトーナメントは昼食時間を兼ねた小休止を挟んでいた。

 本来はペア相手と食事を取り、英気を養うのが正解だろうが──そのタイミングで箒は、最後に1人で調整がしたいと告げてどこかへ行ってしまった。

 

(東雲さんもお偉いさんとの挨拶があるって言ってたし……暇だな……ていうか東雲さん大丈夫か? 挨拶とかちゃんと出来るのか?)

 

 一夏は廊下を歩きながら、昼食に適した場所を探してさまよっていた。

 周囲からの視線を集めていることには気づかず──嘘だ。彼なりに気づいてはいるが、もはや試合目前となっては、気にする方が馬鹿らしいと開き直っている。

 

(失礼なことを言ったりはしないだろうけど、非常識なことっていうか……空気の読めないこととか言わないよな? 日本の上司相手に『あれ当方なら勝てましたね』とか言わないよな?)

 

 懸念はほとんど保護者だった。

 ちなみに事実を述べると、東雲は『あれ当方なら勝てましたね』と言った。普通に言った。担当者は引きつった笑みしか返せなかった──君が出たらタッグマッチとして成立しなくなるよね? というツッコミをこらえられたのは長年の付き合いがなせる技だった。

 

 閑話休題。

 

「っと……」

 

 場所に困ったあげく、ついに第二アリーナのエントランスを通過。

 一夏は日差しの降り注ぐ屋外に出て、建物を囲む芝生広場を見渡した。

 観戦していた生徒ら──ほとんどピクニック気分なのか、シートを敷いて弁当を広げているグループが散見される。

 さすがにその中に交ざるほどの気概もなく、アリーナの建物に沿ってぐるりと遊歩道を歩く。

 夏を目前に控え、日差しはますます強くなっている。

 

(できれば日陰がいいんだが……)

 

 遊歩道の曲がり角を右に折れて、一夏はちょうどアリーナの陰になる、関係者用裏口の辺りに出た。

 ここなら人気も無いし、と腰を下ろそうとしたとき。

 微かに耳に障る──すすり泣く声。

 

「……ッ」

 

 その声には聞き覚えがあった。

 別の場所にしようと後ずさり、だが踵に当たった小石がカラコロと転がった。

 

「ッ! 誰、ですか……?」

「……やっぱ簪か」

 

 名を呼んで、大人しく一夏は彼女の前に姿を現した。

 顔を合わせて、改めて、簪の充血した瞳や頬に残る涙の跡が見えてしまう。

 

「ごめん、あっち行くから──」

「──ま、待って」

 

 思わぬ引き留め。

 訝しげに眉根を寄せつつ、一夏は手招きされるまま、簪の隣に座った。

 

「……あのね、わたし……今回は……本気で勝とうと、思った」

「……ああ。楯無さんをペアにしたぐらいだしな」

 

 勝負にかける気概は、感じ取っていたつもりだ。

 東雲との合同訓練はデメリットのなさもあったが──それ以上に簪の気迫に押し切られた節が大きい。

 相手が悪かった。機体スペックを見ても仕方ない結果だ。

 ──そういった慰めにもならない台詞ばかり思いつく。自分がそんな言葉をかけられたら相手を殺してしまうかもしれない。

 

「だから……」

 

 しかし言葉を紡ぐ前に、簪が再度唇を動かし始めた。

 

「かち、たかったなあ……」

 

 三角座りで、両膝に顔を埋めて、簪は肩を震わせた。

 微かに聞こえる吐息は濡れていた。水色の髪がはらりと下がって、彼女の顔を遮ってしまう。

 ここは日陰だった。日の光が差さない、暗がりだった。

 

 ぽつり、と。

 ISスーツに覆われた簪のふくらはぎとふくらはぎの間に、ひとしずく、落ちた。

 

「…………ッ!」

 

 衝動的だった。

 一夏は彼女の肩に腕を回すと、ぐいと引き寄せた。

 息を呑む音を耳にしながらも、至近距離で瞳を覗き込む。

 

「大丈夫だ、これで終わりってことなんてないから……」

「──!」

 

 余りにも見たことのある光景。余りにも聞いたことのある声。

 絶対にこのまま放置することなんてしてはいけなかった。

 

「俺たちは……何度も、負けて。何度も、折られて。だけど……お前を見ている人はいる。お前を支えてくれている人も、いる」

「……うん、そうだね」

「何よりお前は、今、()()()()()()()()()()()()()()()()

「うん……うん、うん……!」

 

 顔を上げて、簪は自分のグラスを上げて、涙を指で拭った。

 そして──堰を切ったように、両眼の端から涙があふれ出す。

 

()()()()()()()()()()()()()……理想とのズレに挫けたって、仕方ないんだ……だって簪は、今までもう、十分に頑張ってるんだから……」

 

 いつか、くれた言葉。

 あの時本当に嬉しかったから。君に言われた台詞は心にずっと残っていて、今に至るまで、自分を支えてくれているから。

 一夏は彼女に報いたいと、心の底から思った。

 

「俺も……お前が頑張ってること、知ってるつもりだ……マルチロックオンシステム、未完成だったろ。あれ……マニュアルでやったんだよな? 今日のために練習して……」

「うん……でも、かてなかった……ごめん、ごめんなさい、お姉ちゃん……」

「いいんだ。いいんだよ! 今だけは、誰かに申し訳ないとか、気にしなくて良いんだ」

 

 嫌と言うほどに分かっていた。一夏は思い詰めるとき、いつも身の回りにいる人々のことを考えていた。

 だけど最後には、それは()()()()()()()()()()()()()

 

 ──どうして勝てない。どうしてこんなにも弱い。

 

 ずっと自分に問いかけていた。

 だから簪の気持ちが、分かってしまう。

 

「わた、し、わたし……!」

「ああ……」

「────()()()()()()()()()()……ッ!」

 

 両手で一夏の襟元を掴み、簪は呻くようにして吐き出した。

 声に煮詰められた感情──無力な自分への憎悪。これ以上無い悲哀。

 より強く、簪の身体を抱き寄せた。自然な姿勢で、彼女は一夏の胸元に顔を埋める形になる。

 

「……そう、だな」

「どうして……ッ! わたしは……! わたしは、何も、何も……ッ!」

「ああ。いいんだ……今はいいんだよ、簪……」

 

 少女の嗚咽だけが、アリーナ裏の、人気の無い暗がりに流れている。

 己の制服を涙で濡らしてしまっている少女を、一夏は背中に腕を回して抱きしめた。

 二人の影は、最初から一人であったかのように溶け合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二回戦──既に決勝戦へ進むことを確定させたセシリアと鈴、そのペアと優勝を争う決勝進出者を決める戦い。

 ここにきて会場の熱は最高潮を迎えていた。

 唯一の男性操縦者と、唯一の第四世代機。

 注目度は抜群のペア──しかし、来賓席の反応と、観客席の反応は、ややズレている。

 

 史上初の第四世代機、並びに唯一の男性操縦者のデータを、どれほど短い時間であってもとにかく取りたい企業・国家サイド。

 学内の試合、あるいは不測の事態において常に全員の予想を裏切ってきた織斑一夏の奮戦に、オッズでは投票しなかったものの微かな期待を寄せる生徒・教師サイド。

 

『なるべくブリュンヒルデの弟と天災の妹が機体のスペックを引き出してくれたら良いのだが……』

『まあ、あまり期待しない方がいいでしょうなあ。それよりオルコットのお嬢さんの方が、もっと見たいところですね』

『いやいや凰さんですよ! あの防御技術、いつの間に身につけたのか……!』

 

 風が吹いている。人々の声を載せて、決戦場を凪いでいる。

 

『織斑君、頑張って……!』

『さすがに厳しい、とは思う……あの聖剣、どう考えてもおかしいよ……』

『……あいつら勝たなかったら、あたし破産だわ』

『本当に結構賭けてたんだ!?』

 

 温かで、穏やかな風だった。

 熱狂や期待、野望、策謀が混ざっていても──肌に触れるそれは、自分を励ましてくれているようだった。

 

「……一夏」

「……分かってる」

 

 ピットに並び、ISの最終調整を確認。

 純白の装甲を身に纏う一夏と、深紅の装甲を身に纏う箒。

 

「展開装甲の最終チェックは終わったな? 役割切替(ロールチェンジ)の誤差は?」

「マイナス0.21未満だ……そうではなく」

「ああ、分かってる……思っていたより、会場が歓迎ムードだからな」

 

 カタパルトレールは一つだけ。

 だから一人ずつアリーナ内部へと発進しなければならない。

 

「俺たちが想定する最高の状態じゃない。もっと俺たちを侮ってもらいたいところなんだが」

「確かにプラン通りに進むかは怪しいな……そうではない! そうじゃない!」

「え、何?」

 

 愛機にコンディションチェックを走らせ、次々に立ち上がるモニターをチェックしていた一夏は、そこで初めて隣の箒に顔を向けた。

 箒は真顔だった。

 戦場に赴く戦士の表情ではなく──メッチャ普通に真顔だった。

 

「一夏、お前から女子の香りがする」

「気のせいです」

「絶対違うな!? 私相手に敬語使うってことは思い当たる節があるな!?」

「いえ、その……気のせいです」

「もう少しまともな言い訳は出来ないのか!?」

 

 ずんずんと詰め寄って、箒は一夏の両肩を掴んでぐわんぐわんと揺さぶり始めた。

 ISのパワーアシストを駆使されては、一夏とてたまったものではない。

 

「ちょッ……ごめん! ごめんなさい! 嘘つきました!」

「じゃあ何だ言ってみろォッ!」

「簪ッ……簪が泣いてて、それを慰めてて……!」

「泣いてる女子を香りが移るほどの至近距離で慰めてたのかお前ッ!?」

 

 完膚なきまでに事実を整理されて、一夏は黙って顔を背けた。

 答えは沈黙である。

 

「沈黙は肯定と見なすぞ!」

 

 答えは沈黙ではなかった。

 

「う……うるさいな! いいだろ別に! 俺は簪と通じ合うとこがあんだよ! あのタイミングで簪の助けになれるのは俺がベストだったんだよ!」

「……ッ!?」

 

 悲鳴を上げながら、一夏は箒を振り払う。

 しかしその時、既に箒は雷に打たれたように固まっていた。

 

(通じ合うところがある……!? 俺がベスト……!? まさか簪すら、ら、ライバルなのか……!? ちょっともうキャパオーバーだぞ!? セシリアが参戦したら高確率で虐殺が起きるというのに……ッ!)

 

 箒にとって身の回りの女子は、得がたい友人であると同時、超えがたい恋敵でもあった。

 実際全員美少女である。しかも結構な高確率で、箒の想い人に対して懸想している。気が狂いそうだった。

 

「……おい、箒?」

「………………ハッ! い、いや、何でも無いぞ! うむ! 出撃するとしようか!」

 

 タッグマッチに臨む上で、ペア相手との連携というのは最重要項目なのだが。

 箒は一夏の困惑をまるで解決することなく、勝手にカタパルトに両足を固定した。

 

「えっ、ちょ……」

「篠ノ之箒、『紅椿』! ──出るぞ!」

 

 ばびゅーん、と、一夏の制止を振り切って箒は勝手にピットから飛び出していった。

 アリーナが大歓声で彼女を迎えた。割れるような歓声だった。

 全体の盛り上がりに置いていかれて、思わず頭を抱えそうになる。

 

『……織斑君、あの、そろそろ出ていただけたら嬉しいんですが……』

「あ、あああすみません! 今出ます!」

 

 通信越しに管制担当の山田先生に催促され、慌てて一夏は声を上げた。

 見ればアリーナには自分以外の三人がもう揃っている。

 カタパルトレールに沿って、機体との結合部であるシャトルが逆再生のように戻ってきた。両足をそこに置けば、自動で足首を保持するようにシャトルが稼働し、一夏とレールを接着する。

 

『織斑君、射出権限をそちらに委譲します』

「はい──織斑一夏、『白式』! 行きます!」

 

 叫ぶと同時、視線認証(アイ・コントロール)でカタパルト駆動開始ボタンを選択。

 火花を散らして電磁式カタパルトが稼働。シャトルを爆発的な加速で前へ通しだし、射出タイミングで拘束解除。鋼鉄の鎧を身に纏った身体が、まるごと空中に投げ出された。

 

 ──同時、アリーナの歓声が爆発した。

 客席に座る鈴がギョッと周囲を見渡し、セシリアが優雅に傾けていたティーカップが跳ねて紅茶をぼとぼとこぼす。声援は物理的な破壊力を持つほどだった。

 

「大人気だね、一夏」

 

 空中で箒の隣に並ぶ。

 白と紅が並んでいる、その正面。

 彼女たちが対照的なのは、機体のカラーではなく金銀の髪だった。

 

「……俺たちがこっぴどくやられるのを期待してる、わけじゃないんだよな? これ」

「案外そうかもしれんぞ。シャルロットの聖剣は、随一の見栄えだからな。また見たいのだろう──とはいえ今回ばかりは私の魔剣も抜かざるを得ないが」

 

 思わず舌打ちしそうになった。

 まったく油断していない──だが、勝機はある。

 この二人なら、油断も慢心もないからこそ、()()()()()()()()()()()()

 

「聖剣使いと魔剣使いか。手を組むとこう、あれだな。少しロマンがあるな」

「確かにそうかもね」

 

 箒の言葉に、シャルロットは深く頷く。

 彼女の隣ではラウラがそこはかとなく胸を張っていた。

 

「連携訓練も十二分に行った。もはや二振りではなく、私たちは重ねて一つの剣だ──聖魔剣(ビトレイヤー)、とでも名付けるか?」

「あはは……ちょっとそれは、遠慮したいかなって」

 

 他愛ない会話を交わしながらも、一同、チラリとモニターを見た。

 4人それぞれエネルギーは100%、既に試合開始までのカウントは刻まれ始めている。

 

「箒、初動は……そうだな。何番だと思う?」

「……4か8だな」

「同意見だ。8番でいくぞ」

「委細承知」

 

 しゃらん、と軽やかな音。

 箒が左右一振りずつ、二刀を抜刀した金属音。それは響くと言うより奏でられた代物だった。

 一夏もまた愛刀を顕現させ、両手でしっかりと握った。

 カウントが刻まれる中、会場がどよめいた。

 

『近接戦闘特化型、って前評判だったけど……』

『本当に、刀しか持ってないね』

『だけどさ、これって──』

 

 ──愚策。

 誰もがそう断じた。

 素人ですら思いつく考えではないか。いや、このペアは、考えてみれば二人ともルーキーではないか。

 一転して会場を失望の空気が覆う。

 

『一夏さんの技術的な攻撃力と、箒さんの機体性能面での攻撃力で一気に戦況を決める……』

『マジでこれを押し通せると想ってるなら、ちょっとガッカリね』

 

 セシリアの言葉に、鈴は嘆息交じりに付け加えた。

 ISバトルはそんなシンプルな代物ではない。前衛と後衛のコンビネーションの妙を知り、それぞれの持ち味をここぞという場面で発揮しなければ、勝機は無い。

 

「……残念なお知らせがあるんだけど、僕ら、防戦は得意なんだよね」

「ああ、私たちを甘く見ているようだな」

 

 シャルロットが両手にショットガン、左腕部にシールドを呼び出す。

 ラウラは左右のプラズマ手刀を展開させた。明確に前衛後衛を振り分ける形。

 

 ()()()()()、一夏と箒の口元がつり上がったのに、一体誰が気づいたか。

 

『…………ほう』

『令? どしたの?』

『いや、何……面白いものが見れそうだ、と思ってな』

 

 東雲の言葉に、鈴は首を傾げた。

 タッグ両名とも前衛というのは、先の試合でシャルロットとラウラがみせたように、あくまで最適解となる場面でのみ行われる特殊ケース。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何故なら相手の後衛をまったくのフリーにしてしまうから。

 

『なるほど、なるほど。()()()()()()()()()。いかにも我が弟子らしい考えだ』

 

 会場内でただ、東雲だけ。

 管制室では微かに目を見開いた千冬だけ。

 その二人だけが──ビリビリと肌に伝わる圧を、感じ取っていた。

 

 カウントが刻まれる。

 3,2,1──

 

(──初動をくじく! フォローを!)

(──僕は重点的に一夏を押さえる! できれば箒に痛打を!)

 

 アイ・コンタクトのみでシャルロットとラウラは行動を構築した。

 かの『イージス』コンビにこそ及ばないが、フランス代表候補生とドイツ代表候補生は伊達ではない。第二世代というハンディキャップを乗り越えた操縦技術と、軍隊仕込みの戦闘機動の使い手。

 素人考えに破られるほど、ヤワな防壁ではない──

 

 カウントがゼロになると同時、四者は弾かれたように動き出した。

 当然一夏と箒は前へ。

 ラウラは迎え撃つべく、シャルロットは後ろから彼女を補佐するべく。

 

 

 

 試合の流れはここに決した。

 

 

 

 ──という、誰もが抱いた認識とは、かけ離れて。

 

 

 

『な、んだ!?』

『え……!?』

『すごい、何、何、これっ!?』

 

 刃の閃きが、嵐となっている。

 猛攻をしのぐラウラ──それはシャルロットも同様だった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に捕まり、うまく後退できていない。

 広大なアリーナの、極狭い領域。

 ()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(──なんだこれは)

 

 攻防。否──否! 一夏・箒の猛攻を、必死に耐えしのがざるを得ない状態。

 攻撃が余りにも激しすぎる。

 避けきれない余波──普段は無視する代物。だが、今この場においては確実に有効打となっていた。

 

(最初から乱戦狙いだったのか!? だが甘い! むしろ各個撃破の方が──)

 

 ラウラは自分の腕部装甲が粉砕されるのを眺めながらも、刀を振り抜いた姿勢の一夏へAICの照準を絞って。

 

「──箒、21番!」

「もっとビュンだな!」

 

 それより早く一夏が叫んだ。

 同時、箒の背部展開装甲が花開き、爆発的な加速で戦場を横切る。相対していたシャルロットを強引に弾き飛ばし、ラウラに真横から速度を乗せた太刀を突き込んだ。

 反応は間に合わない──肩部直撃。ワイヤーブレードが根元から吹き飛び、銀髪の少女の顔が苦悶に歪む。

 

「続けて11番……ッ!」

「ビュオーか!」

 

 スイッチした一夏がシャルロットに襲いかかると同時、箒は腕部展開装甲を起動。体勢を立て直そうとするラウラ、迎撃姿勢を整えるシャルロット、両者めがけて攻性エネルギーを波濤として放射した。

 エネルギーの減りは一目瞭然。

 インファイト故に両者共にダメージはあるが──

 

 戦況を支配しているのは、間違いなく。

 ──織斑・篠ノ之ペア!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、ごい……!」

 

 客席で一般生徒が感嘆の声を上げ、一般白ギャル生徒は渾身のガッツポーズを天に突き上げていた。

 

「フン。わたくしのライバルですもの。これぐらい出来なくては、話になりませんわ」

「カッコつけてるとこ悪いけど、対策練り直しよねこれ? 想定パターン全部オシャカになってんだけど?」

 

 鈴がジト目で問うも、よく見るとセシリアの手は震えていた。ティーカップとソーサーがカチャカチャとこすれ合っている。

 

「……何が起きてるのよ、これ」

「分かんない……令、どう思う?」

 

 常軌を逸した光景だった。

 前衛後衛もなく、四機が入り乱れている──はずなのに、エネルギーの減り方は一方的だ。

 理解が及ばず、客席に戻ってきた更識姉妹は首を傾げている。

 

「……()()()()()()。恐らく、見ていれば自ずと分かる」

 

 東雲はそう告げて、アリーナから視線を逸らさなかった。

 彼女の鷹の目は──何もかも見通すような鋭い光を湛えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うーん、これなら普通に箒ちゃんを初手で落として終わりかなあ)

 

 そんな無体なこと言わないでください……

 

(多分、箒ちゃんの動きがコアだな。あの動き、見たことがある……そうか。これを、あの人は使っているのか。別の極点に至ってはいるけど、根底は同じだ。これが……篠ノ之流……)

 

 観察力において東雲は常人を遙かに凌駕している。

 結果に至るまでの過程を読み解き、瞬時に全体を掌握してみせた。

 世界最強の再来は伊達ではない──

 

 

 

(でもあの番号叫ぶとその動きをするって言うのは使えるぞ!

 

 おりむー「1番!」

 当方「了解した」(おりむーの胡座にすぽっと座る)

 おりむー「次は2番だな」

 当方「いいだろう」(おりむーに背を預ける)

 おりむー「3番(愛してるよの意)」

 当方「ふふ、恥ずかしいやつだ……どうした、4番はしてくれないのか?」クイ

 おりむー「……ッ。じゃあ、4番、いくぞ……」スッ

 当方「んっ……」チュッ

 

 ……デュ、デュフフフ……キタコレ! 完璧だ……! 二人の間でだけ通じてるアイシテルのサインだ! 興奮してきたな、とりあえず45番ぐらいまで組んでおかなきゃ!)

 

 

 

 お前さっきから何してんの?

 

 

 

 








色々(紅椿がソードビット使うとか紅椿がハイマットフルバーストするとか)考えたんですけど、やっぱ原点に立ち返って乗り手ゲーやってもらうことにしました



次回
50.トーナメント二回戦(後編)


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50.トーナメント二回戦(後編)

 アリーナは熱狂と同時、この上ない困惑に包まれていた。

 

「ぐっ……!」

 

 シャルロット・デュノア──中近距離に重きを置く、万能型とは言わずとも手広い範囲を自分のフィールドとして立ち回れる名手。

 彼女は拡張領域(バススロット)に格納した銃火器を自在に切り替え、有利な距離で有利な戦況を作り出すことで代表候補生の中でも屈指の戦闘力を誇っていた。

 巧緻極まりない高速切替(ラピッド・スイッチ)が成立させるその超絶技巧は、『砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)』と名高い。

 事実会場にひしめくスカウトマンたちも、ラウラ・ボーデヴィッヒではなく彼女こそが戦況を操る支配者だと確信していた。

 

 しかし。

 

「箒、16番!」

「シュバー、だな!」

 

 一夏のかけ声と同時、二人が同時に動く。

 ラウラが発動しようとしたAICが空振り、入れ替わりに一夏が彼女のワイヤーブレードを断ち切った。

 全体を見据え、最悪の場合はラウラごと砲撃してでも戦況をリセットしようとしていたシャルロットに対し、箒が展開装甲のシールドに隠れながら突っ込んでくる。

 舌打ちとともに高速切替発動──呼び出したブレードで切り結ぶ。

 剣戟を続行しながら一気に場所を移そうとするも、箒は至近距離でシャルロットの攻撃全てを叩き落とし、その場から動こうとしない。

 

()()だ! 僕がどうにかしようとした瞬間! ラウラがワイヤーブレードで薙ぎ払おうとした瞬間! ()()()()()()()()()()()()()()()()()! いや──多分、一夏が読み切って、箒を動かしてるッ!)

 

 戦況の中心。

 間違いなく、今この瞬間全員の目を奪っているのは、展開装甲を自在に行使して反攻の起こりを潰して回っている箒だった。

 一夏はどちらかといえば、箒が相手取っていない方の敵をその場に縛り付ける役割をこなしている。

 

「シャルロット、一度二対一で──」

「よそ見すんなよ、もう弁当作ってやらねえぞ?」

 

 両手のプラズマ手刀で白い刀身を受け止めながら、ラウラがそう発したと同時。

 一夏は剣を逆手に持ち替えると、()()()()()()()()()()()

 膂力だけでなく腰の駆動も載せた、ゼロ距離で放たれる爆発的な威力。

 ブレード発振器が嫌な音を立て、次の刹那には、両腕ごとラウラが叩き斬られていた。

 

(まずい──!)

 

 相方のエネルギーが目に見えて減るのを確認して、シャルロットの思考が回転する。

 

「このッ──ラウラごめん、いったん退く!」

「ぐ……分かったッ!」

 

 四機による乱戦。ペアの戦闘の余波、流れ弾がダメージに直結しているほどの、超至近距離。

 これでは連携もへったくれもない。シャルロットの明晰な頭脳は仕切り直しを選択する。

 バックブーストをかけつつ、装備をマシンガンからショットガンに変更。弾幕を張り、眼前の箒から距離を取る。

 

「逃がすものか!」

(食いついた──!)

 

 箒は真っ直ぐ、展開装甲のシールドで強引に弾幕を突き破って追随してきた。

 一夏とラウラ、箒とシャルロット。引き剥がせれば、この悪い流れを断てる。最悪の場合は各個撃破でも良い。むしろそちらの方が確実だ。

 

 シャルロットは、そう信じていた。

 

「箒! 9番行けるか!」

「む──ドカンだな!」

 

 ()()()()()()()()()()()

 箒が全身の展開装甲を花開かせる。思わずギョッとした。明らかな砲撃待機音が聞こえる。冗談じゃない、自分相手に何故全方位攻撃を──

 

「オラァァッ!」

「ぐ──!?」

 

 ──自分だけではない。一夏が馬力に任せて、鍔迫り合いの格好のまま、ラウラを無理矢理押し込んでいる!

 焼き直しのように。

 シャルロットが取り直した間合いが再びゼロになる。

 

「ドカンと、いけぇぇっ!」

 

 完璧なタイミングで、椿が咲き乱れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──つまるところ、()()()()()()()()()()

 

 東雲の言葉を聞きながら、セシリアは戦況をじっと見つめていた。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。これ、誰がどう見ても乱戦じゃない!」

「……タッグマッチにおいて、前衛と後衛のコンビネーションができなくなってるんだよ……令、これが乱戦じゃない、っていうのは、どういうこと……?」

 

 疑問を消化しきれず、鈴と簪が声を上げる。

 黙っていた楯無も同様の様子、しきりに首を傾げていた。

 

「……何がどうなってるのか、ほんとわっかんないわね……ここまでぐちゃぐちゃの状態だと、全員一気にエネルギーが削れてもおかしくない……でも、シャルロットちゃんたちばっかり削れてる……結果だけ見れば、これ、()()()()()()()()()()ってことよね?」

「当方もそう予測する。そして──恐らくこの戦術は、箒ちゃんの存在が大きい」

 

 一夏は篠ノ之流剣術を知っていた。

 東雲は篠ノ之流剣術を行使され、観察し、そして今理解した。

 

 ──()の剣に宿る根本術理は二つ。

 

『けして受けることなく剣戟を流し、また己が身に密着して放つ必殺の閃き』

『相手より早く抜き放ち、その一太刀をもって必殺とする最速の瞬き』

 

 織斑千冬は後者を学び、鍛え、そして極点に至った。

 だが眼前の光景は、箒が行使している篠ノ之流は前者である。

 

「斬撃とは、根源を問うていけば、()()()()に過ぎない。それを如何に当てるか、如何に振るうかこそが剣術だが……箒ちゃんの場合は、その一本の線を如何にいなすか、如何に振るわせるかを重視しているのだろうな」

 

 それは徹底された受けの剣術。

 異質極まりない絶技。

 真剣での斬り合いとは本来、()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこに集約される。

 何故なら──斬られたらおしまいだからだ。

 

「本来は斬られる前に斬らねばならない。しかし斬られないまま、戦闘を継続できるとしたら? そのための術理を編み出し、身体に浸透させ、完璧に行使できるとしたら?」

「それは、まさか──」

 

 故に。

 

「篠ノ之箒は──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ」

『……ッ!?』

 

 通常、ISバトルでの集団戦ならば、前衛と後衛を置く。セシリアと鈴のペアは役割を明瞭に分担し、シャルロットとラウラもその役割をスイッチしつつ分担する。教科書通りの、スタンダードでありながらも絶対のルール。

 

 だが全員が近接戦闘にもつれ込んだ場合、()()()()()()()()

 そこにあるのは乱闘にも等しい、めまぐるしい刃の応酬。

 まさに現在、目の前で行われている代物──

 

「……! これはまさか、そんな……!? ()()()()()()()()()()! 一夏さんが前衛で箒さんが後衛なのですか!? ()()()()()()()!?」

 

 ──ではない。

 

「肯定する」

「は、ハァッ……!? あり得ない、でしょ。あの距離なのよ!? 全員ブレード使って切り結んでるのよ!? 役割分担も何もないはずよ!」

「否定する。箒ちゃんは自分の倒すべき相手を、防御メインに完封。派手に戦っているから、一見すると分かりにくいが──おりむーも相手にダメージを積み重ね続けている。そして隙を見て、箒ちゃんの火力で押し切っているな」

 

 説明を聞いてから、改めて戦況を注視する。

 四つの鋼鉄の鎧が空中を自在に疾駆し、火花を散らしている。

 箒は今、ラウラ相手に至近距離から刃を振るっていた。ワイヤーブレードは一切を叩き落としつつ、超振動ナイフの閃きを受け流す。

 一方でシャルロットはラウラの援護に行きたいが、シールドを粉砕され、一夏相手に何度か『雪片弐型』の直撃をもらっていた。

 

『箒ィッ! 五番だ!』

『ガッキーン! だろう!?』

 

 ここに来てシャルロットが鬼札を切った。

 半壊したシールドを振りかざす。内蔵される炸薬式パイルバンカーがうなりを上げる。

 だが──その場で一夏はムーンサルトのように急浮上+急後退のマニューバ。入れ替わりに、展開装甲を四重に重ねたシールドをかざした箒が飛び込んだ。

 

『しまッ──』

『もらったァッ!』

 

 射出された鉄杭が、展開装甲のシールドを突き破り、しかし三つ目を貫通したところで止まる。

 その時にはもう、至近距離で箒の全身が花開いていた。

 刃を模した攻性エネルギーが解き放たれ、『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』の全身に突き刺さる。残存エネルギーががくんと減った。

 

「う、そでしょ……本気でやってんの、あいつら……」

「……ッ」

 

 鈴は愕然とし、セシリアは言葉を失っていた。

 

 ──IS同士の戦闘において、瞬きすればゼロ距離になるような至近距離。

 ──後ろを気にする余裕などないインファイト。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 東雲の問いの答えが、この試合だ。

 つまるところ、彼が箒をペア相手として歓迎した理由はそこに集約される。

 

 ──近接戦闘に持ち込みながらも、乱戦にはしない。させない。

 超至近距離で交錯しつつも戦況を支配するという、デタラメ極まりない戦闘理論!

 

「だけど! だけど、ほとんど机上の空論よ! それをなんでこうも綺麗に……ッ!?」

 

 楯無の疑念は、まっとうなものだ。

 そう、理論としては理解できる。だかそれを実行できるかとなれば、本来は否のはずだ。

 

「……理論を、感覚的に行使してるんだ……」

「……え?」

 

 回答は、隣の妹から出た。

 

「ラグが、ないから……本当はコンピュータの演算とかを使って、未来予測しなきゃ、成立しない……でも一夏は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

「──そん、なの」

 

 言葉を失い、楯無はただ口を開けたまま呆けてしまった。

 確かに一夏は鬼剣という戦闘理論(ツルギ)を保持している。戦闘の趨勢や自分以外も織り込む、即応戦術だ。

 しかし、これは。

 

「進化しているのだ。不思議なことではない。当方も日々強くなっているように──おりむーの鬼剣もまた、より鋭く磨かれている」

 

 言葉は単純だった。

 単純だったからこそ、一同はその重さに、閉口するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(いやー愛弟子が頑張ってて当方も鼻が高いよ!)

 

 最近は比較的真面目に師匠をしている東雲は、ちゃんと後方師匠面をする資格があった。

 

 

(当方も負けてらんないな……なんとかこう、イイ感じに篠ノ之流を取り入れて……えーと動かず受け流し……うーん……できた! 『魔剣・(あらた)』完成! どっかで試し切りできないかなー)

 

 

 え?

 

 

 ………………え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(──ッ、そろそろ本気でどうにかしないとまずい……!)

 

 ラファールのエネルギーが四割を切った。

 それを確認して、シャルロットは舌打ちしそうになった。

 眼前の箒から、逃げられない。打ち崩そうとすれば守りに徹される。退こうとすれば一夏の指示の下に行動の起こりを潰される。

 

(……このままだと、詰んでる。これ、詰んでる……!)

 

 だからどうにかしなければならない。

 

「ああもう! ラウラ!」

「何だ!」

聖魔剣(ビトレイヤー)だ!」

 

 一夏と切り結んでいたラウラは、それを聞いて不敵に笑った。既に眼帯は外されている。

 

「分かった、一気に行くぞ!」

 

 ラウラの魔剣による行動制限と、シャルロットの聖剣による高火力の組み合わせ。

 並のIS乗りにとっては悪夢でしかない。

 

「──聖剣、解放ッ!」

 

 シャルロットがブレードを呼び出し、その刀身をエネルギーブレード発振器に転じさせる。デュアルコアによるエネルギー転換が莫大な熱量を叩き出す。それでいて、粒子には意思による干渉が可能だ。

 恐らくエクスカリバー事件の際、BT兵器に触れたのを機体が反映させたのだとシャルロットは推測している。

 剣として固定化させるのではなく、絶えず放出し続ける光の柱。範囲と威力を両立させる、彼女にのみ許された、聖剣!

 

「さあ──魔剣の錆となるがいい!」

 

 ラウラが一夏と箒をまとめて、広範囲にAICの網をかける。

 AICとは特殊なエネルギー波だ。そのレンジに制限はない。デメリットはラウラの集中力次第で出力の振れ幅が大きくなることだが。

 彼女はあえてナイフを構え、停止結界が破られるのを前提に行動を組み上げた。

 特殊兵装は切れるカードの一枚に過ぎない。あらゆる手を用いて、極限まで相手の選択肢を削り取るからこその、魔剣!

 

『勝負をかけてきましたわね……!』

『って、AIC破ってもラウラに叩き戻されるわよこんなのッ!? ()()()()()()()()()()()()()()!』

 

 会場がどよめいた。

 一瞬だった。

 ものの一瞬で、戦況が逆転した。

 聖剣が眩く光り、ワイヤーブレードとAICが交錯して魔剣領域を構築する。

 絶対に組み合わせてはならない、矛盾を体現するかのような絶技。

 しかし。

 

(──待ってたぜェッ、この瞬間(とき)を!)

 

 一人だけ──この状況を待ち望んでいた男がいた。

 

「7番ンンッ!」

「ガシャっと、だな!」

 

 停止結界に、一夏と箒は飲み込まれていた。

 ()()()()()()。超高速戦闘がぶつりと途切れ、二人して凍結させられた。

 ──そこに陥穽がある。

 

「『再誕の疾き光よ、(エクスカリバー)──」

 

 相手が止まった。高速で切り結んでいた相手が、不可視の鎖に縛られた。

 人間は相手が動けば反射で動いてしまう。それと同様。

 相手が動かなくなった途端、ほんの数瞬だけ止まってしまう。

 めまぐるしい乱戦が中断された。シャルロットは確実に当てるためにも足を止め、聖剣を振りかざし。

 

 

 ──そこで、箒の背部展開装甲が刹那の内に展開した()()と目があった。

 

 

「ぇ────」

 

 温存していた切り札。単なる砲撃形態ではなく、より高火力に、遠距離砲撃にも適した、長大な砲身!

 停止結界は敵対者の動作を制限できる。

 しかし、武装の展開は阻止できない。一夏は対ラウラに向けて、AICの抜け穴をいくつか見抜いていた。

 

「──『穿干(うがち)』ッ!」

 

 箒の叫びと同時、聖剣よりも早く、二門のブラスターカノンがエネルギー音を響かせた。

 甲高い銃声から刹那もおかず、巨大な光の剣を振り上げるシャルロットに着弾。

 

「シャルロット──!」

 

 エネルギーがゼロになるブザー音。

 動揺にAICが緩む。

 

「さあ、二対一ならAICなんて怖かねえなあ!」

 

 停止結界を引き裂き、一夏が猛然と加速した。

 歯を食いしばりながら、ラウラはナイフでその斬撃を受け止める。

 事実だ。高度に連携の取れたペアを一人で相手取るとなれば、AICでは足りない。片方を止めても、もう片方を止められない──

 

 

 

 ビーッ。

 

 

 

「え?」

「え?」

 

 一夏とラウラは、同時にぽかんと口を開けた。

 確かにブザーが聞こえた。二度目だ。そう、エネルギー残量がゼロになった音。

 二人は鍔迫り合いの形で拮抗している。つまりまだ残量ゼロじゃない。

 

「…………」

 

 眼前に敵がいるというのに、一夏は恐る恐る背後に振り向いた。

 そこでは──『紅椿』が膝を突き、沈黙している。

 乗り手である箒は沈痛な表情だった。

 

「……ほうき?」

「……すまない、さっきの砲撃……その……気合いを入れすぎて……」

「ばーーーーーーーーーっかじゃねえのッ!?」

 

 なんかペア相手が自滅していた。

 

「嘘だろここから二対一で確実に仕留められると思ってたんだけど!? あれ!? 俺AIC相手にタイマンするの!?」

「すまない、本当にすまない……本当に申し訳ない(神映画)」

「ちゃんと謝ってるのかそれはァッ!?」

 

 慌ててエネルギー残量を確認。一夏はまだ七割近く残している。ラウラは三割を切っていた。

 なるほど──フルパワーの『白式』なら、十五秒あれば削りきれる。

 十五秒あれば、の話だが。

 

「──思わぬ形だが、()()()()()()一対一は初めてだな」

「ああ。俺としては望んでなかったんだけどなぁ……!」

 

 超振動ナイフと『雪片弐型』が火花を散らす。

 互いのペアが脱落した状態。タッグマッチの本領を離れて、ここは決戦場と化した。

 

「お前に私のこれがどこまで通用するか──確かめさせてもらうぞ!」

 

 機体の出力に任せて押し込もうとする一夏を、ラウラはその卓越した空間把握能力で、予兆の段階から察知していた。

 結果──爆発的に加速しようとした刹那を見切り、一転して両腕を脱力。

 満身の力で振るわれた『雪片弐型』をあっさりといなされ、彼は前方へと投げ出される。

 距離が、空いた。

 

(──ッ、や、べっ)

「魔剣、再発動……ッ!」

 

 不可視の停止結界が辺りに張り巡らされる。

 直接一夏を止めには行かない。高速機動中の一夏相手では、拘束が甘ければ強引に突破される可能性がある。

 ならば──魔剣の領域を構築し、詰め将棋のように確実に追い詰める方が確実だ。

 

(……! 最悪! ラウラ相手だと魔剣抜かれる前に決めるのが最適解だった……!)

 

 ワイヤーブレードが進行方向を制限し、目に見えないものの、恐らく空いた空間には停止結界が張り巡らされている。

 機体を普段通りに制動しようとして、慌ててパターンを再構築。普段通りに動けば、一瞬で絡め取られてしまうだろう。AICは視認できない。東雲のように卓越した感覚で看破することが出来れば良かったのだが──それはどだい無理な話だ。

 一夏は、とにかく動きを最小限にすることしかできなかった。

 

(考えろ。考えろ……! 思考を止めた瞬間に殺される! とにかく耐えて、どこかで突破するしかない!)

 

 一夏が動けなくなったのを確認してから、ラウラはナイフ片手に突撃してきた。

 斬撃と斬撃がぶつかり合い、互いを弾く。一夏にとっては地雷原の上でのタップダンス。ラウラにとって、蜘蛛の巣に引っかかった獲物を追い詰める作業。

 

(右へ誘導しようとしてる、なら右にAICが──違う! 俺が考えるべきポイントはそこじゃない! ()()()()()()()()()()()()()!? あの時、我が師は──)

 

 

 

 ──守らなかった。

 

 

 

 途端、だった。

 視界が開けるような衝撃があった。

 意識が一気にクリアになった。雑念が全部すっぽりと抜け落ちて、身体の動き一つ一つを、より高次元で自覚できた。

 

(動けない、わけじゃない。だって切り結べている。俺とラウラの間にAICはない。魔剣は、相手の動きを制限してナイフでハメ殺す戦闘理論。恐らく最終的な帰結としてこそ、ダイレクトに相手を停止させてトドメを放つ)

 

 あの時。

 東雲とラウラの決闘の時。

 自分は何と言った?

 

『座標で止めさせない。先手を取って対象指定で止めさせて、そこから本命を打ち込む。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうだ。そしてそれは、今も変わらない。

 成長を実感している。伸びしろも自覚している。だけどそれはまだ、この場における劇的な変化をもたらさない。

 だからあの時の発想と同じ方法が、一夏にとっての限界。

 問題は、それをできるかどうか。

 

「────ッ!」

 

 ラウラの猛攻を捌きつつ、停止結界に触れないよう必死に動きを制御する。

 まだだ。まだ動いてはいけない。

 詰め将棋は途中だ。ラウラは近接攻撃で一夏を直接仕留めるワケではない。何度か間にフェイズが入る。

 そのうちの一つが──AICによる直接捕縛。

 

(……ぐ、う……ッ!)

 

 会場の誰もが息を呑む、至近距離での攻防。

 次々と振るわれるナイフを叩き落とし続け、間に合わない場合は腕で防ぎ、リーチの差に耐え続ける。斬り返しは間に合わない。得物の長さが違いすぎる。

 とにかく耐える。耐えて、耐えて、耐えながらも一手先を読み続ける。

 戦況に即時反映するのではない。自分の読み通りに()()が進んでいるのかの確認。じわじわとエネルギー残量が削られていき、観客たちも色めき立つ。

 まだだ。まだ動くな。勝負の分水嶺はここじゃない。

 

「守ってばかりでは、勝てんぞ……!」

「嫌と言うほど知ってるさ……!」

 

 プレッシャーと、比例するように増す攻撃相手に、呻くような声しか上げられない。

 自分の身体が押し込まれていることは自覚している。恐らく設置したAICに近づいているのだろう。

 至近距離で金色の瞳が煌めいている。こちらの奥底まで見透かすような視線。ラウラが正面からナイフを振るう。やや剣線が傾いでいる。

 つまり、今までよりも、()()()()()

 

(──今だ!)

 

 瞬間の交錯。一夏は先ほどのゼロ距離斬撃を応用させ、刃と刃がぶつかるその瞬間を狙い澄まし、インパクトを跳ね上げた。

 想定外の威力にラウラがよろめき、身体が後ろへと押し込まれる。必然二人の距離は開く。

 

(……ッ! 瞬時にパワーを増大させるテクニック! やはり見事と言わざるを得ないな、織斑一夏ッ! しかし、まだだ! まだ魔剣から逃れられたわけではないぞ!)

 

 その程度で魔剣領域は揺るがない。抜け出すには、正面のラウラを突破するしかないのだ。

 そう、正面突破しかできない。

 故に。

 

 

()()()()……ッ!」

 

 

 真正面から一夏が突撃してくるのは、最低の悪手だった。

 

『な────!?』

 

 ラウラだけではない。観客たちもまた、驚愕一色に染め上げられた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから誰もが知っている。ラウラの魔剣は、『正面が空いているから正面に突撃しました』程度の理屈で突破できる代物ではないのだ。

 むしろそれは敵対者を待ち構える罠。

 周囲の拘束にしびれを切らした相手が突撃してくれば、迷うことなくラウラは全てのAICを解除して、接近してきた相手を直接静止させる。

 だから一夏のそれは、特攻に近い突撃だった。

 彼が振りかざしているのは、右の剣と左の拳。

 

(──二択を迫ったつもりか、しかし!)

 

 ラウラは迷わなかった。

 だってそれは、尊敬する師の刃だ。

 他の何よりも鋭い刃であり、敵対するならば最も警戒しなければならない武器だ。

 

「無駄だ! この『シュヴァルツェア・レーゲン』の停止結界の前ではな!」

 

 まず剣を止める。それから身体全部を止める──と、考えた刹那。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

(──ッ!?)

 

 本来これは、宇宙での行動を想定したマルチフォーム・スーツだ。

 ハイパーセンサーによる超望遠と、目を焼かれないよう星の光をカットする機能がついている。

 だから至近距離で音響閃光弾(フラッシュバン)を炸裂させられたところで、IS乗りに痛手など何もない。失明の可能性はゼロだ。

 

 それでも、意識は数瞬止まる。

 まったくの不意打ちで両眼に強力な光を照射されて、たじろがない人間はいない。

 常人を遙かに上回る感度に調整された義眼持ちならば、なおさらだ。

 

 だから──『雪片弐型』の刀身で反射した日光を受けて、ラウラにコンマ数秒の隙が生まれた。

 

(──こ、いつッ!? 斬撃の前動作に、照り返しによる牽制を織り込んできたッ!?)

(AIC対策は一秒稼げるなら大金星、だけど一秒未満でも値千金だ! 小技を使わない選択肢はねえッ!)

 

 距離が詰まる。もう目と鼻の先。既に刃は加速している。

 

(──!)

 

 襲いかかる純白の剣に、瞬時に回復したラウラの視線が吸い寄せられる。

 振りかざされる凶器を一切無視して、相手を直接拘束すれば、ラウラの勝利だ。

 しかし。

 度重なる攻勢を捌き続け、ここに来て聖魔剣すら攻略され、挙げ句の果てには懐へ潜り込まれている。

 

(……ッ! この状態では、本体を止めても拘束が緩む可能性がある……! 選ぶなら、まずは──武器を止めるしかない!)

 

 超高速で回転するラウラの思考は、そう結論づけた。

 瞬時に照準を絞り、刹那に意識を圧縮する。

 起動、AIC──座標ではなく『雪片弐型』そのものを対象に、空間にエネルギー波がぶつけられ、あらゆる慣性をゼロにする特殊結界を構築。

 停止結界に、あらゆるものを断ち切る刃が触れて。

 

 ギシリ、と。

 真白の刀が、止まった。

 

(獲った────!)

 

 次の刹那にはもう、一夏の身体全体を止められる。それでゲームエンドだ。

 勝利を確信して、男の貌を見る。

 そこでラウラは見た。

 

 

「──信じてたぜ、お前なら間に合うって……!」

 

 

 勝利を確信した、男の貌を見た。

 ぇ、と間抜けな声をこぼす暇もなく。

 

 

 停止させた最大の脅威──()()()()()()()()()()()()()

 

 

 剣を止められた。

 しかし動けずとも量子化はできる。

 格納と展開は一瞬の間に、ほぼ同時に行われた。

 左の拳──いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そこに、『雪片弐型』が顕現する。

 

「そん、な──」

「言ってなかったな、お前は五手で詰む……!」

 

 転送された『雪片弐型』を握り、左腕が振るわれる。

 結界の再構築は間に合わない。

 白一色の斬撃が、ラウラを真正面から切り裂いた。

 続けざまの連撃は意識の集中を許さず、火花による視覚妨害、破砕音による聴覚妨害も組み込んでいた。

 エネルギーのカウントが、減っていく。

 敗北のゼロへと、真っ直ぐ突き進んでいく。

 

 ラウラはやっと理解した。

 両者同時に得た勝利の予感──しかしあの時。

 自分が感じた手応えは、一夏の計算の上で成立していたのだと。

 

(これ、が)

 

 相手の心理を読み解き。

 不意の事態すらも即座に反映させ。

 あらかじめ構築していたパターンを活かして自分の敗北の可能性を潰していく。

 

(これが──織斑一夏の、鬼剣!)

 

 最後に一夏は大上段に振りかぶって、両眼から焔を噴き上がらせて叫んだ。

 

 

「『鬼剣:痛哭慨世(つうこくがいせい)』──魔剣、破れたりだッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っしゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」

 

 モニターに織斑・篠ノ之ペアの勝利が表示されると同時。

 一組生徒がワッと立ち上がり、しかし一般白ギャル生徒のほとんど音響兵器に近い雄叫びを受けて両耳を塞ぎ苦悶の表情を浮かべた。

 うるせえ!

 

「……はー、マジかー。ねえセシリアどうするのよこれ。プランA~G、全滅じゃない?」

「……仕方ありません。新パターンを構築するしかないですわ」

 

 次のカードは決定した。

 席に座り気楽な表情で会話している、セシリアと鈴──タッグマッチトーナメントの頂点に手をかけたのは、彼女たちを含む四名。

 

 そう。

 事前の評価値における、最下位と準最下位!

 

大番狂わせ(ジャイアント・キリング)そのものね……」

 

 楯無の声にはすがすがしさすらあった。

 後輩たちが、力強く成長している。その流れには妹もいて、前へと進んでいる。

 生徒会長としても姉としても、それが何より嬉しかった。

 

「……あ」

 

 その時、不意に簪が声を上げた。

 何事かと彼女の視線をたどっていけば、エネルギーを失ったラウラ(なんか頬が紅い)を片腕で抱きかかえた姿勢の一夏が──セシリアは顔面蒼白で隣の鈴を見た。鈴の瞳からは光が抜け落ちていた。セシリアは見なかったことにした──こちらを見ている。

 

 太陽を背に、彼は観客席に拳を突きつけた。

 意趣返しだ──セシリアはいいからラウラをお姫様抱っこするのはやめろと叫びたかった。よく見ると地面にISスーツ姿で佇む箒とシャルロットも、世界の終わりみたいな表情で彼を見上げていた。簪がムッとした表情で『誰にでもああいうコトするんだ……』と呟くのを聞いて、楯無はあの男はやっぱり殺そうと思った。

 

『招待状は受け取ったぜ。俺も大分ダンスが上手くなったんだ……楽しみにしててくれ』

 

 告げて彼は、拳をさらにギチギチと握り込んだ。

 気炎が立ち上り、それは天を衝かんとしていて。

 

 

 至近距離で横顔を眺めてぽーっとしてるラウラに、鈴が衝撃砲の照準を絞り出したのを見て、セシリアは死に物狂いで止める羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あっ今当方のこと指さしてた! キャー! 当方の彼氏(予定)カッコイー! 『観客席―!』とか叫ばれたらどうしよう! 『♡装填♡してーーーー!!!』でいいかな!? クソ、今の内に法被とか団扇を用意するべきか……!)

 

 だからお前は黙ってろ!

 

 

 

 

 

 








結論から言うと今回一夏がやったAIC対策はほとんど小手先なので
二度目は通用しません

ガチバトルで文字数5000オーバーしないわけがないので懲りました
決勝戦はもうちょっとなんとかします…


次回
51.トーナメント決勝戦(前編)


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51.トーナメント決勝戦(前編)

 じりじりと、日差しが強くなっている。

 正午には気持ちの良い暑さだったはずが、今はもう肌を焼くような照りに変貌していた。

 

「あっぢ~~~~……ちょっとそれちょーだい」

「はいはい……っておい、ISスーツで胡座かくなよ。はしたないぞお前」

 

 決勝戦の直前、第二アリーナロビー。

 周囲の生徒やスカウトマンらがざわめいていた。

 何せそこでは、これから優勝を巡って争う者同士が同じベンチに座り、一つのペットボトルを回し飲みしていたからだ。

 

「そろそろ空調入れてもいいころじゃない? 代表候補生の立場をチラつかせたらなんとかなるかしら」

「お前、絶対やめろよ。下手したら本国での査定に響くぞ」

「いーのいーの。中国の代表候補生、あたし以外基本的にザコだし」

「えぇ……」

 

 とんでもない断言が飛び出して、さすがに一夏は頬を引きつらせた。

 

「事実よ。あたしがこんなスピードで専用機持ちになれたんだから、レベル低すぎって話」

「はあ……そうか……」

 

 果たして真実はどうなのか。

 それはきっと──この後の試合で分かるのだろうと、一夏は感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナの熱気は最高潮に達しようとしていた。

 一回戦における、二度の大番狂わせ。

 二回戦における、最も期待されていなかった者たちによる下克上。

 それを経て頂点を巡り争うは──今日だけでその評価を覆した二ペア。

 

 圧倒的な制圧力を見せつけた『セシリア・オルコット&凰鈴音』ペア。

 圧倒的な攻撃力を見せつけた『織斑一夏&篠ノ之箒』ペア。

 

「どう見る?」

「……個人的には、一夏たちに一票かな」

 

 先ほど自分たちを下したペアに、シャルロットは迷わず票を入れた。

 

「鈴とセシリアは、前衛と後衛を分けてる……僕らみたいにスイッチしないのなら、僕らよりも、あの気が狂ってるとしか思えない戦術のカモだ」

「……そうだな」

 

 ナチュラルに飛び出す言葉遣いを受けて、ラウラはすっと相棒から顔を背けた。

 腹黒の誹りを免れないのは事実である。横に並ぶ更識姉妹も、ちょっと表情をこわばらせていた。

 何はともあれ、参加者たちも最後の結末に興味は尽きない。

 

「単純に、自分たちの戦術を押し通せるかどうか、がキモになるのかしら」

「多分……だけど、押し通すための工夫は、一夏たちの方が多い……」

 

 ピットから両ペアが飛び出し、歓声が巻き起こる。

 前評判を覆す獅子奮迅の活躍に、四人へはこれ以上無い賛辞が送られていた。スカウトマンらも評価の修正に上へ下への大騒ぎだ。

 そんな中で、トーナメントで敗れた選手らは、あくまで冷静にアリーナを見据えている。

 一組生徒も同様だ。というか、決勝戦の4分の3がクラスメイトなもので、盛り上がると言うよりは現実味がない。

 

「──その単純な話に帰結するかと問われれば、否である」

「……!」

 

 声が響いた。

 少し用があると言って抜け出した、『世界最強の再来』の、冷たい声。

 

「あら、東雲ちゃんにとって、愛弟子の戦法は頼りないのかし────」

 

 楯無は振り返り、台詞の途中で息が止まった。

 あれだけ歓声にあふれていたアリーナが、徐々に静まっていく。会場全体の温度が冷え切っていく。これより始まる決戦のことなど頭から吹き飛び、ただ全員、彼女に釘付けだった。

 屋外アリーナ観客席の、通路階段。

 太陽を遮るようにして、その女は革靴の足音を鳴らしながら降りてきた。

 

 

 身に纏うは彼を意識した純白の法被。

 太刀の代わりに、両手にはそれぞれ彼の顔と『鬼剣装填して♡』なる文字が描かれたうちわを持っている。やたら写実的な顔も文字も、手書きである。

 表情は平時の通り凜としたまま、しかしそれ以外の何もかもが致命的(クリティカル)だった。

 

 

 ──何処に出しても恥ずかしい織斑一夏オタクの外見で、東雲令が現れた。

 

 

「遅くなった。準備に手間取ってしまってな」

「来るな」

「裁縫なるものは初めてだったが、やり方を映像で見ればすぐに学習できたぞ。これは奥深いな」

「こないで」

 

 ラウラとシャルロットは全身を使って拒絶を示した。

 しかし願いは届くことなく。

 会場中の視線を浴びながら、東雲は自席へと座る。

 両隣のシャルロットと楯無は、顔を両手で覆い天を仰いだ。どんな罰ゲームだ。

 

「しかしどうだ。素晴らしい出来だろう。きっとおりむーの士気も向上する」

「東雲ちゃん喋らないで」

「……羨ましいのなら、増産するが」

「令、黙ってて」

 

 楯無と簪は硬い声色で発言を封殺した。

 もはや視界に入れたくないレベルだった。

 決闘で完膚なきまでに打ちのめされた実力者。かけがえのない同期であり、数少ない友人。

 それぞれが東雲に抱いていた好印象は、法被とうちわに粉砕された。

 

 全員のリアクションが芳しくないのを確認して、ふむ、と東雲は顎に指を当てる。

 

 

 

 

 

(……当方、またなんかやっちゃいました?)

 

 そうだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナ中央にて、四人は顔をつきあわせていた。

 

「──舞踏会にようこそ。お似合いのお連れ様ですわね」

「──二人してスーツの新調に手間取ってな。間に合って良かったよ」

 

 唯一の男性操縦者とイギリス代表候補生が、不敵な笑みを浮かべつつ視線を交錯させる。

 隣に浮かぶ箒と鈴は、その様子に苦笑を浮かべていた。

 

 だが、その表情にすぐに真顔になる。

 

 東雲令が視界に入ったのだ。

 

『………………』

 

 箒たち三人は、両手のうちわを上下に動かす東雲と、一夏を、何度か交互に見た。

 

「……………………」

 

 一夏の顔は完全に死んでいた。

 ペア相手の士気が完全に沈黙したのを見て、箒は半眼で東雲を見やった。

 何してくれてんだこいつ──師匠じゃなくて、ただのファンじゃん。ファンっていうか、オタクじゃん。

 

「一気に舞踏会から武道館になったわね」

 

 鈴は頬を引きつらせながらそう言った。

 ちなみに『世界最強の再来』を知らない人間など会場にいないはずもなく、広大なアリーナを、東雲はたった一人で無言にさせていた。

 口をぽかんと開けっぱなしにしていたセシリアは、東雲を指さしながら恐る恐る問う。

 

「…………あれ、ジャパニーズ・ドレスコードか何かですか?」

「………………そうだぞ」

「一夏!? 何を言っているんだお前!?」

 

 何もかもが嫌になって、一夏はセシリアを一つ誤った方向に賢くさせた。

 セシリアはセシリアで「なるほど、でしたらわたくしも皆さんの分のはっぴ? を本国のデザイナーに発注しておきますか……」などと呟いていたが、鈴は知らぬ存ぜぬを決め込むことにした。

 

「──っと」

 

 大型モニターにカウントが表示された。

 数字を囲むサークルがゲージ代わりに減っていく。10から始まり、一つ減るごとに緊張感が跳ね上がっていく。

 さすがに東雲を意識している余裕はない。

 四人は自分の打倒するべき敵を、観客は試合の動向を注視した。

 

「……初動は4番で行くぞ」

「ガガガガッ! とだな」

 

 一夏が番号を指定すると、箒は即座に頷いた。

 表現の差異こそあれど、脳裏に描くイメージは同じだ。

 

(4番……最優先事項は、()()()()()()()()()()()()()

(ガガガガッ! といって、とにかく密集状態に持ち込む!)

 

 オッズ最下位ペアの戦法は至って単純。

 相手の知らない戦闘論理に巻き込み、対応される前に削りきる。

 攻撃パターンでなく、現状維持のための迎撃パターンをいくつも用意し、とにかく全員が密集している状態を崩さない。

 至近距離であれば、箒は無敵だ。

 篠ノ之流を修めた少女の技巧は、一夏をして『どうかしてる』と評価せざるを得ない代物だ。

 

(能動的に近接戦闘を仕掛ける。試合の流れを乱戦もどきに持ち込む。そこまでたどり着けば、俺と箒は無敵だ!)

 

 一夏の力強い断言は、まったく理由のない絵空事ではない。

 タッグマッチという試合形式を見て、最初に思いついたのがこれだ。一夏は教科書を読み、ISバトルにおいていくつかのセオリーがあることを理解していた。

 

 ()()()()()

 

 これは自分の下克上において、もってこいの概念だと一夏はほくそ笑んだものだ。

 役割分担をこなし、時にはスイッチして攪乱させ、常に支配権を握り続ける。

 ISバトルを生真面目にやっている人間ならば、重ねた努力と工夫が必ず結果につながると。美しい連携こそ勝利の要因だと信じている。

 

 だが織斑一夏は違った。

 真摯に努力を積み重ね、誰よりもISバトルに向き合いながらも。

 彼は、()()()()()を知っていた。

 常識を粉砕するほどの威力。セオリーを無為化する破壊力。一夏が求めていたものは、教科書に載っていた。

 

(役割分担して、勝つための道を舗装して! そこで満足してるやつを蹴落とすための戦法! 俺は、俺たちは勝つ。あらゆる方法を駆使し、先人たちの理論を逆手に取り、素人でもエリートを討てると証明するッ!)

 

 カウントが──ゼロになる。

 一夏と箒の加速は群を抜いていた。単純な機体性能の差。構わない。それは己の武器だ。

 性能差という絶対にひっくり返せないアドバンテージを活用せずして、何がISバトルか!

 

「うぉおおおおッ!」

 

 正面から一夏がセシリアに飛び込む──が。

 鈴は動かない。接近してくる箒相手に、両手の青竜刀を構えたまま、ピタリと静止している。

 セシリアは即座にバックブーストをかけている。既にBT兵器を展開した状態。だが四門の砲火程度、突破パターンはいくつも構築してある。

 どこから撃ち込んでくる、と一夏はフルに思考を回転させ。

 

「────ッ!? 箒5番!!」

「な!?」

 

 目の前の戦況より、幼馴染の叫びを咄嗟に優先したのは、箒にとって僥倖だった。

 ブースターとして機能していた展開装甲を役割切替(ロールチェンジ)。攻性エネルギーが防性エネルギーに変質し、固定化。エネルギーシールドとして展開される。

 同時に『紅椿』の性能に任せて急制動。鈴への突進を九十度曲げて、一夏の前に躍り出る。

 5番──展開装甲をフルに防御へ回した、守りの型。

 

「あら、なかなか()()()ですわね」

 

 展開された深紅の防壁に、四方向から同時にレーザーが直撃。

 一夏は箒の腰に腕を回すと、彼女を抱えたまま強引に回避機動を取り始めた。

 

「何だ、どうしたんだ一夏ッ!?」

「避けられない、避けられない……ッ! 何なんだよあいつッ! 今、()()()()()()()()()()()()!?」

 

 卓越した戦術眼が見透かしていた。

 BT兵器の微細な角度調整。コンマ数秒おけば、まったく違うポイントを狙い撃てるよう待機した状態。

 確実に──『白式』の機動ですら振り切れなかった。

 箒を急造の手持ち盾のように振り回して、一夏は狙撃をしのいでいく。直撃よりはよっぽどマシ。だがエネルギーは減っていく。

 

「ちょっと、なーに密着してんのよ、妬けるわね」

 

 声が、横から響いた。

 思わず呼吸が止まった──青竜刀の刃が、もう目と鼻の先にある。

 咄嗟に『雪片弐型』を割り込ませ、しかし威力をまったく相殺できず押し込まれる。白い刀身の峰が、一夏の肩部装甲に食い込む。そのまま鈴はスラスターを全開にし、二人をまとめて吹き飛ばした。

 

「いつ、来やがった……ッ!」

「ずっといたわよ! セシリアばっか見ちゃって、ムカつくわね!」

 

 両手の青竜刀を軽く振るってから、鈴が突撃してくる。

 ハッと箒は目を見開いた──迫ってくるのに、()()()()()()()()()()

 

「一夏! 鈴の狙いは私たちを引きつけることだ!」

「分かってる──2番で行く! 一気に突破するぞ!」

「ズバッとだな!」

 

 2番。一夏も箒も真正面から単一の敵に攻撃を打ち込む、攻撃の型。

 どこまでいってもタッグマッチは2VS2だ。しかし状況によっては、数の変動があり得る。

 ペアが撃墜されたとき、或いは片方が引き剥がされたとき。数秒間にも満たない、1対2が成立する。

 BT兵器に細心の注意を払いながらも、一夏の斬撃と、箒の篠ノ之流攻撃技が猛る。

 

 それを──鈴は獣のような笑みを以て。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ッ!? 10番に移行!」

「ズガッと──!」

 

 10番。同時攻撃は変わらず、しかし刹那の突破力に重きを置いた、超攻撃的な型。

 箒が右手に持つ刀身がエネルギーをため込み、発光。

 銘は『雨月(あまづき)』──エネルギーレーザーを纏いながら、箒が一気に突進する。

 タイミングを合わせて一夏も再度ブーストをかけ、鈴の横合いから刀を突き込む。

 

「はー……番号、やっぱ見栄えはイイのよね。セシリア、あたしたちも欲しくない?」

「はいはい、そうですわね」

 

 だが。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「な、んで──2番から16番へ!」

「ズバッといってシュバーだろう!?」

 

 指示に合わせて箒が刃を振るう。

 一夏もまた、必死に攻撃を繰り出す。

 それら全てを弾き、受け止め、叩き落とし。

 

「守りに徹するのも案外楽しいじゃない。()()()()()()()()()()()()()()

 

 中国代表候補生は──その場からほとんど動かないまま、一夏たちの猛攻を無力化していた。

 

「三人でそんなに密着状態なんて、楽しそうですわね?」

 

 ゾッと、背筋を悪寒が走る。

 一夏は確かに、首元に死に神の鎌が添えられるのを感じた。

 間に合わない──四つの光条が、一夏と箒の鎖骨部分と背中を撃ち抜いた。

 装甲が砕け散る中、二人は同時に戦慄する。

 

(くず、せない……!)

(なんだ──私たちは今、何を相手に剣を振るっている……!?)

 

 巨岩を相手取り、必死に棒きれを振るっているのではないか──そう錯覚してしまうほどの、手応え。

 鈴はPICをフルに駆使して、常に微細な位置調整を行っている。

 攻撃の勢いをポジショニングだけでそぎ落としているのだ。

 さらに注目すべきは、僅かな手首の()()()だ。

 巨大な青竜刀は、それだけで躍動し、連撃全てを弾いてみせた。

 

(──駄目だ。二人で鈴を崩せないのなら、一夏の戦術は根底から否定されている!)

 

 箒は体勢を整えながら思考する。

 超攻撃的な型──ルーキーが逆襲するためのタクティクス。

 だがその脆弱性がここに露呈していた。

 

 結論。

 王道を極めに極めた相手には、所詮素人の奇策は、通用しないのだ。

 

「一夏ッ!」

「……ッ、箒、やっぱそうだよなァッ……!」

 

 名を呼び合うだけで思考は連結した。

 ちょっと鈴がムッとしているのもセシリアは捉えていたが、優しいので見なかったことにした。

 

()()()()()()()()()()()()!)

(一人一殺の形に持ち込まなくては、私たちは何も出来ないまま殺されるッ!)

 

 つまり──

 

「箒……0番で行くぞ!」

「バビュバビュガシャーンギュォォンだな!」

「もう全然意味わかんねえけどそれだッ!」

 

 大幅なプラン変更。

 箒が一気に加速し、鈴へと飛びかかる。当然受け止められる──が、既に背部展開装甲は花開いている。

 

「……ッ! へえ、あたしとタイマンするんだ。()()()?」

「ゼロパーセントよりはマシだっ!」

 

 思い切りの良さに、鈴は余裕の笑みを浮かべつつも、内心で舌を巻いた。

 

(あーあ。シャルロットとラウラ相手に快勝したし、もう少しその戦法に拘泥してくれたら嬉しかったんだけど……無理よね。勝ちに来てる一夏が、そんな判断するわけ無いか!)

 

 なら、ここから先は。

 

「じゃあ思う存分相手になってあげるわ! ただ──セシリアが途中で来ても恨まないでよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トーナメント会場は言い知れぬ緊張感に包まれていた。

 箒と鈴の剣戟が鳴り響く。

 されど注目を集めているのは、そこではなく。

 

 相対する、()()()

 

「……狙撃技術の伸び、すごいな、お前」

「今までとは世界が違って見えますわね……我ながら驚いています」

 

 観客の誰もが、呼吸することすらはばかられた。

 戦術の無力化を受けて、ついに始まった、二つの決闘。

 タッグマッチにおける悪手──だが、極まった技巧は連携を打ち破ることがあると、誰もが知っている。

 それを突破するには、あえて連携を諦める必要があることも、知っている。

 

 だから彼の決断は決して愚策ではないのだ。

 ──相手がセシリア・オルコットでなければ。

 

「では……右肩」

「ッ」

 

 動こうとして──明確に未来予測できた。

 移動先に置かれている? スピードが間に合わない? 否。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 結果──大きく右へ旋回しつつバレルロール。刀身が面になるよう振り回し、レーザーを弾く。

 

「あら。回避から防御に切り替えましたか。賢いですわね」

「……『イージス』を貫通してた女に、選びたくはなかったんだけどな」

 

 避けられない。避ける余地がない。

 もはや次元が違う。

 セシリアは撃って当てているのでは、ない。

 ()()()()()()()()()()のだ。

 

 それは、完全に――織斑千冬や東雲令の理論だ。

 

 認める。

 認めるしかない。

 

 今完全に、セシリア・オルコットは織斑一夏の遙か高みにいる!

 

()()()()()……ッ!)

 

 一夏は胸の奥底から湧き上がる歓喜に、口元をつり上げた。

 ならばここで、彼女を食らい養分として、己も飛翔しよう。

 

(俺がそうであるように! お前も成長してる──ああそうだ! ライバルとして、こんなに嬉しいことがあるかよッ!)

 

 好敵手の成長を喜ばない理由など、どこにもない。

 口元を歪めて、絶死のレーザー雨へと一夏はその身を投げ出した。

 唯一の男性操縦者としてもの珍しく見てくる女たち。会うことも出来なくなった男友達。特別扱いという、両足につけられた重い鎖。

 だが、今は、()()()()、違う。

 今自分をクロスサイトに収めている女だけは──違う!

 

(ああ、お前と会えて良かった。お前こそが俺の──運命なんだ!)

 

 彼女が高みへ至れば至るほど──それを食らえるという楽しみは増すのだ。

 そして、それは、お互いに同じである。

 

(一つ一つの機動のキレ……状況判断能力……ええ。認めましょう。クラス代表決定戦の時と比べれば、わたくしも貴方も──もはや別人ですわね)

 

 冷徹な瞳が、網膜に表示されるターゲットサイト越しに彼を見据える。

 セシリア・オルコットの生涯の中で、女など競う相手として認めたことはなかった。階級意識が強いからこそ、セシリアの肩書きを聞いて、誰もがこびへつらってきた。女相手にへりくだる男。貴族の長女にして幼き当主相手に道を譲る女。どれもこれも不愉快極まりなかった。

 だが、今は、()()()()、違う。

 今自分の喉笛をかき切らんとしている男だけは──違う!

 

(ああ、やはり、貴方こそがわたくしの──運命そのもの!)

 

 よく育ってくれた。

 互いの進化を望み、互いの成長を喜び。

 織斑一夏とセシリア・オルコットは、もはや運命共同体ですらあった。

 

(お前をぶっ倒してこそ俺は前に進めるッ!)

(貴方を打倒したとき、わたくしは更なる高みへ至れるッ!)

 

 意識はこれ以上無く共有され、互いに認識していた。

 タッグマッチトーナメント、その頂上決戦にて。

 二人はもう──互いのことしか、見えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(突然ファンサがなくなったな……)

 

 法被を着て両手に団扇を持った東雲は、釈然としない様子でむくれていた。

 誰がどう考えてもトチ狂ったとしか思えない外見だが、まあ『世界最強の再来』だし、可愛がってる弟子だし、これぐらい東雲さんならするかなと一組生徒らは受け入れている。

 全員IQが5しかないのか? 早く起きろ。

 

(それにしても鈴ちゃんすごいなー、防御に関しては国家代表クラスあるんじゃない? セッシーの狙撃もあれモンドグロッソの射撃部門でいいとこいける気もするし。ふえぇ……黄金世代で肩身が狭いよぉ……)

 

 は? 全然可愛くないんだが。

 

(どうせなら同期のサインとか今の内に集めておこうかな。どれくらいで売れるんだろう

 

 世界最強の再来は、愛弟子の決戦の最中──小銭稼ぎに向けてその頭脳を回転させ始めた。

 

 

 

 

 

 









セシリアは人格と環境に隙が無いのでどれだけ強くなっても正直違和感がない


次回
52.トーナメント決勝戦(後編)


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52.トーナメント決勝戦(後編)

新フォントが追加されるたびに「強化パッチが来たぞ!」って教えてくれるの嬉しいんだけど釈然としないものがあるな


 セシリア・オルコットは、ずっとこの世界のことが嫌いだった。

 彼女の原初の記憶は、焦げた鉄の匂いと、残火の熱と、人々の怒号だ。

 

 両親が列車事故に巻き込まれ、帰らぬ人となった日。

 

 全てが狂った。財産を付け狙う輩。自分を傀儡にしようと近づく親戚。

 誰も頼れなくなった。セシリアにとって地獄が始まった。ただ一人で陰謀や悪意をはねのけ、夜、一人で泣きじゃくる日々が続いた。

 

 母は語っていた──『ノブレス・オブリージュを果たせ。高貴なる者は、多くの義務を背負う』と。

 それが拠り所だったのだ。母の言いつけを守っていることこそが、自分の望む自分だった。それ以外に何もなかった。

 時は流れていき、やがて彼女は若き当主として、母の言葉通りに多くの義務を背負った。財産の運用、社交の場での立ち振る舞い。経験を積み、あらゆる面で彼女は洗練されていった。

 ただ一つ、その精神面を除いて。

 

 ISへの高い適性を持っていることが分かったとき、セシリアは『これは使える』と思った。

 女当主であるという事実だけでは、やっかみもある。ならば花形であるIS選手として実績を出せばいい。

 彼女は死に物狂いで訓練に取り組んだ。最先端のBT兵器への適性も後押しした。代表候補生に三年かけてたどり着いた。専用機を受領したときの喜びは、筆舌に尽くしがたい。

 

 けれどどこか、虚無感も抱いていた。

 張り合う相手がいるわけでもない。ただ必死に、自分の中の何かを押さえつけるために戦い続けているだけだった。

 

 

 

 

 ──その日々を、織斑一夏が変えた。

 

 

 

 

「左膝、右足首、右ウィングユニット」

 

 狙いを口に出して、セシリアはBT兵器に指令を出し続ける。

 緻密極まりない射撃を、一夏は『雪片弐型』で弾きながら必死に回避コースを取った。

 だが、逃げられない。

 

(どうなってやがる! 狙いが精密とかそういう問題じゃない──明らかに今までとは何もかもが違うッ!)

 

 かろうじて直撃こそ免れているが、射撃に軌道をズラされ、距離を詰めることすらままならない。

 その原因は、セシリアの意識の変革にあった。

 エクスカリバー事件の最中で、微かに手の届いた、別次元の領域。それを己がものにするため、セシリアはフランスから戻った後、ある訓練を自身に課した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 元よりスナイパーとして天性の資質は有った。

 しかし本国ではBT兵器の訓練に時間を割かれ、光学兵器であることも手伝い、実銃の狙撃からは遠ざかっていた節がある。

 駄目だ。それでは駄目だと感じた。

 もっと根底から自分を見直さなくてはならない。

 狙撃手としての感覚を研ぎ澄まさなくてはならない。

 

 ターゲットを照準に捉え、丁寧に引き金を絞る。だが意識と結果は乖離する。そのズレを修正していく。

 暇を持て余す鈴を放置して、その繰り返し。

 段々と自分の眼球が今までのものではなくなっていくのを感じた。

 目で見て狙っているはずなのに、それよりも早く頭のどこかがターゲットサイトを明瞭に作り上げていた。

 銃口を的に向けたとき、何故か最初の姿勢で最も適切な狙いをつけられるようになった。

 

 一回戦──対『イージス』戦で、はっきりと自覚した。

 どこを撃てば良いのかが分かる。衝撃を相転移する防御結界? 片腹痛い。所詮は温度差による空間作用。突けば崩れる歪み等、今のセシリアの眼に見透かせない理由はなかった。

 見える。何もかも、全てが見える。

 ()()()()()()()

 

(────ッ!! 駄目だ、まっとうに相手したら削り殺されて終わる! 攻撃を当てることだけに注力しろ!)

 

 一夏は思考を切り替えた。

 かいくぐれない──もはや優位性を獲得することを考えている余力が無い。

 BT兵器がエネルギーを吐き尽くし、本体へと帰還する。

 その隙に一気に加速。ポジショニングし直すセシリアとの距離を詰めた。

 

「熱烈ですわね。タンゴがお好みですか?」

「実はな! 街頭で踊るのが夢なんだ!」

 

 多角的なターン。ここにきて最高速度を叩き出した。

 回り込み、斬撃を見舞う。

 まずは一撃、と痛打を確信し。

 

「でしたらもう少し──エスコートのお勉強が必要ですわね?」

 

 一夏の表情が凍り付いた。

 至近距離だ。

 刀が届く距離なのだ。

 

 なのに何故──『スターライトMk-Ⅲ』をこちらに向けているのだ。

 

「──大当たり(Jackpot)!」

 

 放たれた光が、刀身を弾いた。大きく軌道をズラされ、直撃ではなく肩を掠めるに終わる。

 視線が重なる。優雅に笑みを湛える淑女と、絶句している益荒男。

 

(この超至近距離で何をどうしたらスナイパーライフルで迎撃しようって考えになるんだよ下手すりゃ銃身真っ二つだぞていうか高速機動中の斬撃に当てるのは狙撃って言わねえだろえっガンカタ使えるのかよ使えるなら先に言えよいやそうじゃないそうじゃなくてこれやばいこれまじでやばいやばいやばい!)

 

 思考がまとまらず、上滑りする。

 どうする? どうすればいい? 何が最適解で何が悪手なのか分からなくなる。

 間違いなく切り返しよりも反撃の方が早い。ならば緊急離脱か。しかしそれが間に合うのか。

 

(──ッ! 落ち着け! 初志貫徹だ! ()()()()()()()()()()()ッ!)

 

 最初の決断を、あえて尊重した。

 一度吹き飛ばされた腕に再度力を込め、そのままもう一度振り下ろす。

 セシリアの顔色が変わった──BT兵器が、光学兵器としてではなく物理的な障壁として腕の軌道に割って入る。だが動じることはない。

 

(こんなところで焦ってたら、お前の好敵手は名乗れねえだろッ!)

 

 ビットを巻き込むようにして手首をしならせる。刀身の根元が青いBT兵器の半ばまで食い込み、切っ先がセシリアの喉を突いた。

 火花が散る──絶対防御の発動には至らずとも、想定よりかなりいいダメージ。

 

「さすッ……が、ですわね!」

 

 しかし攻撃直後の硬直は免れない。

 離脱よりも先に、腹部にスナイパーライフルの銃口が押し当てられた。

 発砲。衝撃に装甲が砕け、空中でもんどりうつ。セシリアが遠く離れていく。

 

(いや、これでいい! ビット1つに本体へのダメージ! 『白式』の攻撃力なら、状況さえ整えればもうリーサル圏内だ……!)

 

 モニターに表示される相手のエネルギー残量を確認して、一夏は唇をつり上げた。

 後は──如何にして、舞台を整えるかだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シィィ──!」

「よっ、ほっ、とっ」

 

 箒の連続攻撃は完璧だった。

 相手の防御を、()()()()()()()()()篠ノ之流の技巧。攻撃の間隙に人為的な隙を見せることで相手の攻め気を誘う猛毒──しかし、鈴には通用しなかった。

 いくら猛攻を加えたところで、鈴は揺るがない。今回の自分の役割以上のことを決してしない。

 

「悪いけどね。あたしも今回ばっかりは結構ガチなのよ」

「く、どうしてここまで……!」

 

 期間としては長くないものの、多くの騒動や修羅場に巻き込まれた仲だ。その直情的な性格は分かっている。

 にもかかわらず、鈴が徹底して防戦を貫く理由。

 

「だってセシリアがさ、あんなに頑張ってんのよ」

 

 声色が変わった。

 恐ろしいほどに誠実で、揺るぎない声だった。

 

「だったら──友達として報いたくなるってもんでしょうがッ!!」

 

 裂帛の叫びと同時、箒の二刀を同時に打ち払う。

 その防御に一切の揺らぎ無し。刃と言うより、両手に携えた、二枚の盾。

 自在に振るう様は重力すら感じさせなかった。

 

「もう分かってんのよ! 攻撃をサポート、あるいは砲撃する時の展開装甲! あたしらとは違って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! そして展開装甲(それ)なしにあたしを攻略できない以上、防御だけであたしは勝てる!」

「……ッ!」

 

 事実だった。

 箒はちらりと自分のエネルギー残量に目を向ける。僅かに2割を残すのみ。

 

(……! 勝てない……これでは、私は……無様に力尽きるだけ。そうなれば一夏は、鈴とセシリアを同時に相手取ることになる!)

 

 彼の力になりたいとあれだけ意気込んでいたのに。

 そのために、実姉に必死に(こいねが)ったというのに。

 

(その結果が、これなのか?)

 

 所詮は付け焼き刃未満。東雲に教えを乞うていたとはいえ、訓練の密度が違う。

 むしろ決勝戦まで駒を進められた時点で、箒の戦績としては賞賛すべきだ。

 

(わたし、は。進んでいく一夏を見て。支えたいと……力になりたいと、思っていたはずなのに)

 

 無理な動きを続けすぎて、『紅椿』の装甲が自壊し始めている。バキリと、一挙一動ごとにどこかが嫌な音を立てていた。

 それでも刃を振るう。しかし全てが弾かれる。何も通用しない。絶対的な壁として、もう一人の幼馴染が立ちはだかっている。

 それを打ち破る術は──今の箒には、ない。

 

(…………わたしは)

 

 鬼剣を習得した一夏の背を見て、喜んでいた。

 立ち上がることが出来たと。前へ進んでいるんだと実感して。

 

 ──けれど。

 

(………遠かった)

 

 幼馴染だから、すぐ傍にいられると思った。

 とんだ勘違いだった。彼は自分のことを、本当に見ているわけじゃない。

 分かる。彼をずっと見ているから分かる、分かってしまう。

 

(お前が本当に見ているのは、ただ一人)

 

 ──東雲令。

 彼女の隣に至りたいと、彼は願っている。

 箒はそれを応援したいと思った。だけど、心のどこかで、妬ましく思っているのも事実だった。

 東雲だけではない。

 

 セシリアは共に競い合う好敵手として。

 鈴は先達でもあり戦友として。

 シャルロットは宿命を一緒に乗り越えた相手として。

 ラウラは鏡写しの自分として。

 簪は気安い友人あるいは安息の相手として。

 

 では、自分は?

 彼女たちは戦士としての一夏と、戦場で共にいられる。

 自分は違った。こうして力を手に入れたことで、身に迫る意識として実感した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 鬼剣使いの隣には、どんな人なら立てるのか。

 ライバル?

 天才?

 聖剣使い?

 魔剣使い?

 友人?

 

(私は──そういった存在にはなれない)

 

 篠ノ之箒は、そう結論づけていた。

 

(私は一夏と共にある、剣にはなれない)

 

 強さを裏打ちするものが、余りにもない。

 隣で共に戦うための信念が、余りにもない。

 ただ彼の力になりたいだけ。それだけでは彼の隣にいられない。

 

(私には何もない。孤独と絶望は自分だけのものだと言い張って。それに浸って、酔って、言い訳にして)

 

 何もしてこなかったではないか。

 何も為さず、何も取り組まず。

 ただそれだけでも彼の隣にいられると思い上がっていたではないか。

 

(だけど。だけど──だけどッ! ()()()()()()()()()()()()ッ!!)

 

 彼を喪ったのではないかと思ったとき。

 あんなにも自分の無力を責めたことはない。祈ることしか出来ない自分なんて死んでしまえと、心の底から、自分を憎悪した。

 

(だから。だから──だからッ! 私は今この瞬間に生まれ変わらなくてはならないッ! 一夏のためだけではない! 私が、()()()()()()()()()()()()ッ!)

 

 連続攻撃を中断。バックブーストをかけ距離を取る。

 当然追い打ちをかけてこない鈴は、訝しげに眉根を寄せた。

 

「……何? もしかしてにらめっこで時間潰そうって魂胆? それなら即座に叩き落とすけど?」

「……………………」

 

 安い挑発など、もう聞こえない。

 改めて箒は自分の成すべきことを見つめた。

 ()()()()()()()()。今、やらなければならないのは、それだ。

 一夏の勝利のためには──眼前の少女が、邪魔だ。

 

(私は……わたしは──)

 

 二刀を構えた。

 篠ノ之流が秘奥──『曇窮無天の構え』。

 あらゆる角度からの攻撃に即座に反応しつつ、しかし、あらゆる角度から相手に攻撃を打ち込める──攻防一体の型。

 

「……ッ」

 

 そこに宿る術理を理解できずとも、危険性を鈴は感じ取った。

 感覚派特有の警鐘が脳内に鳴り響く。

 

(あ、これ、やばい。やばいやばいやばい──やばいやばいやばい! これほっといたら()()()()()()! なんかよく分かんないけどこのままだと、あたし負けるッ!)

 

 自身の感覚を信頼し、即座に鈴は、この試合初めての能動的な攻勢をみせた。

 観客がどよめく。しかし箒の意識はもう、そこにはなかった。

 ただ深く深く、自分の中へと潜り込んでいて。

 

 

 

(──私は、脆くとも鋭い、お前に立ち塞がる障害を斬り捨てる刀となろう)

 

 

 

 鬼剣を初めて見たとき──箒は震えていた。

 ああ、彼はもう、篠ノ之流の門下生とはかけ離れたところにいってしまったんだな、と思った。

 剣術ではない。そこに術理はあるのに、人間が振るうべき剣としては余りにもあるはずないものがあったし、足りていないものが多かった。

 

(これは私の執念だ。これは私の結実だ)

 

 恐ろしかった。

 自分では至れない領域に、至ってしまったのだと思った。

 

 だが自分も()()へ至らなければならない。

 だってそうでなければ──

 

 

 ────彼の隣には居られない!

 

 

(狂わなければ隣へ至れない。ならば私は冷静に狂おう)

 

 瞳は水面のような静けさをたたえていた。

 動きは、風が凪ぐような穏やかさだった。

 それこそが、この上なく、鈴に死を予感させた。

 

 

 

 

 

()()()()──清流よ、妖刀へ反転しろ」

 

 

 

 

 

 携えた二刀が閃く。

 それを()()して、鈴は防御姿勢を取った。打ち破り得ぬ『双天牙月』の防壁。

 迫り来る斬撃を完璧に防いだ、と思った。

 

 ()()()()()

 

 刃が『甲龍』の装甲を砕く。攻性エネルギーによる追撃もあって、がくんとエネルギー残量が減る。

 会場が驚愕に凍った。だが鈴の恐怖はそれを遙かに上回っていた。

 

(──な、に、今の)

 

 確かに斬撃を見たのだ。しかしそれとは異なる軌道で、二刀が鈴を突いた。

 箒はそのまま、一切の感情を見せぬ瞳で再度刃を振るう。やはり直撃コース。青竜刀を割り込ませる。

 

 ずるり、と。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 刃の防御性こそ卓越したものだが、持ち手である柄はブレードで簡単に切断できるだろう。

 ISによる高速戦闘の最中でそれを狙えるかを無視すれば、の話だが。

 

(冗談じゃ、ないわよ……ッ! そこにある前提で攻撃してた! 明らかにあたしの動きを見てから修正した! ──違う! 動きを見てから修正したんじゃ間に合わないわよ!)

 

 冷たい空気を肌で感じた。

 それは他ならぬ、箒が放つ()()()()の領域。

 

(──あたしの動きを操ってる! え、どうやって!? 待って待ってどうやって!?)

 

 動物的な直感が、過程を省いて即座に結論を導き出す。

 混乱こそあれど鈴の仮説は的を射ていた。

 

 本来は相手の動きを受け流し、受け流し、受け流し、最後に『斬る』──それが、箒が修めた篠ノ之流だ。

 だが箒はここにきて、術理をねじ曲げた。

 

 言うなれば()()()()()()()()()

 

 相手の動きを微かな呼吸や視線、刃の照りで操作し、それを踏まえた一撃を見舞う。

 守りを捨てて、しかし精通した守りの精神を逆手に取り一方的に殺戮する。

 ──外道へ墜ちた、篠ノ之流剣術の成れの果て。

 

(ええと読まれてるんならそれを踏まえて動けばいいんだけど──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ! ちょっと!? これどうやったらいいワケ!?)

 

 箒の斬撃が、一方的に鈴をなぶり続ける。

 エネルギー残量がみるみるうちに減少する。歯噛みしながら必死に頭を回すが、解決策は出てこない。

 

(こん、な──)

 

 敗北が現実として迫っている。

 刃が閃き、それを防げない。両肩の衝撃砲ユニットが刺突を受けて沈黙した。

 片手に残る青竜刀も、かすりもしなければ防御にも役立っていない。

 

(こんな──)

 

 箒が勝利の確信を瞳に宿した。

 今まで通り、彼女の斬撃が飛んでくる。

 それを鈴は防ごうとする。

 間に合う。間に合ってしまう。だが攻撃は、別の方向から飛んできているのだ。

 

(こんなの──)

 

 刃が殺到する。

 

 

 

(──認めるわけないでしょバァァァァァァァァァァァァァァァァカッッ!!)

 

 

 

 報いたいと思ったのだ。

 友の努力に。友の信念に。友の信頼に。

 だったらここで負けることなど許されない。

 

(来る! ()()()()()()()()()()()()()! 結果だけは分かってるッ!)

 

 左手が脱力し、青竜刀が地面を向いた。

 箒はそれを見ながらも頓着しなかった。己が振るう刃にのみ、注力している。

 袈裟斬りに振り下ろされた刃。

 

 硬質な金属音と共に、激しい火花が散った。

 

「────ぇ?」

 

 箒は間抜けな声を上げた。

 必中を期した斬撃。装甲を粉砕し、場合によっては絶対防御の発動も見込めた渾身の一撃。

 

 手応えはなく。

 エネルギーの減少もなく。

 

 その刀身を、()()()()()()()()()

 

「──来るって、分かってるカウンターはねぇ……! カウンターって、言わないのよォッ!」

 

 理論的な考察など一切挟まず。

 過程の理解もまるで追いつかず。

 鈴はただ直感任せに選んだ──箒が狙うなら、ここだと。

 

 箒は確かに、剣において天才的な技術を持つ。

 それは決して鈴にはない才能だ。

 ──だが鈴は、()()()()()()()()で言えば、この黄金世代においてすらトップクラスの傑物。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「あんた凄い。ほんとに凄いわよ。尊敬する。でも譲れない」

「……ッ!」

 

 箒がもう一振りの刃を振りかぶるよりも。

 密着状態では、鈴の方が早い。

 

「これは、ジャブじゃ済まないわよ」

 

 先ほど脱力した左手首に力を通す。

 跳ね起きるようにして、残された青竜刀が爆発的に加速した。

 

(しまッ──)

 

 回避も防御も間に合わず。

 横殴りの衝撃を受けて、『紅椿』が吹き飛んだ。

 きりもみ回転しながら空中を裂き、やがて重力に引かれ、アリーナの大地に落下する。

 衝撃と轟音が空間を軋ませる。砂煙が間欠泉のように噴き上がった。

 

 ──エネルギー残量ゼロを告げるブザーが、確かに鳴った。

 

「………………」

 

 観客が総立ちになり、叫びを上げる。惜しみない拍手が送られる。

 激戦だった。間違いなく試合の分水嶺だった。それを鈴は見事に制したのだ。

 しかし──段々と、拍手も喝采も、消えていく。

 鈴はうつむいたまま微動だにしなかった。一刻も早くセシリアの応援に駆けつけるべきだというのに。

 

「……はー……最後の最後に、これはあたしのミスかしら」

「いや──けほ。私の置き土産と思って欲しいな」

 

 砂煙の中から、箒が姿を現す。『紅椿』の装甲を身に纏ってこそ居るが、エネルギー残量は具現維持限界(リミット・ダウン)すれすれだった。

 

「いつから、これを狙ってたの?」

「最初からだ。お前を堕とすことなど毛頭考えていなかった。私はお前を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 たとえ一対一なら敗北だったとしても。

 タッグマッチであれば、箒が落とされることはイコール敗北ではない。

 むしろ格上相手なら、無力化することは大金星と言えた。

 

 観客があっけにとられる中で。

 ()()()と、『双天牙月』の刀身にひびが入る。

 亀裂が走っていき、隅から隅までを網羅して──最後には、甲高い音とともに砕け散った。

 

(……全武装喪失。スラスター出力は25%まで低下か。四肢の装甲は比較的無事だけど、胴体はほぼ丸裸……)

 

 機体のコンディションを確認。ひどい有様だった。

 この状態でできることと言えば──素手で組み付く。あるいは装甲を鈍器に持ち替える。

 いくつかの方法を考え、鈴は、首を横に振った。

 

(──無理ね。今のあたし、いない方がマシだわ)

 

 ブザーが鳴る。

 地面で、箒が拳を突き上げた。

 

 鈴が、リザインのボタンを押した音だった。

 

「……セシリア、ごめん」

「……一夏、後は任せたぞ」

 

 対照的な言葉だった。

 されど二人のペア相手は同時に頷いた。言葉は不要だった。相棒のこれ以上無い信頼を感じたからだ。

 

 ついにトーナメントは──最終盤を迎える。

 タッグマッチであることを誰もが忘れてしまうような、そんな肌を押し潰す重圧。

 織斑一夏とセシリア・オルコットが、静止して互いを見つめていた。

 

「……二人きりですわね。さて、どんな曲をかけましょうか」

 

 頬に張り付く金髪など気にも懸けず、セシリアは告げた。

 しかし一夏はすげなく首を横に振る。

 

「お前の選曲が抜群なのは、嫌ってほど知ってるよ……だからさ、()()()()()()()()()()()?」

「……ッ!?」

 

 言葉と同時だった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()

 スラスターを噴かした急降下やバックブーストではない。ただPICを使って位置を調整したに過ぎない。

 それも自分にとって不利な、遠距離へと。

 

「どういうおつもりですか? まさか諦めた? もしそうなら──」

「──ねえよ。お前との戦いで、一滴でも力を残すことはあり得ない」

 

 わざわざ一夏は距離を取って、遙か彼方のセシリアを見上げた。

 

「本場だろ? 最後はロックンロールにいこうぜ──これが最後の一撃だ」

「……貴方、まさか!」

「今『白式』に計算させた。直線距離1200メートルだ……このコースを踏破して『雪片弐型』を馳走してやれたら俺の勝ち。その前に無様に地面に叩き落とせたら、お前の勝ちだ」

 

 ふざけた言葉だった。

 会場の誰もが口をぽかんと開けて、言葉を失う。

 自らのアドバンテージ全てを放り捨てるような暴挙。

 

 だがセシリアは──それを受けて、知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。

 

「ふ、ふふ。ふふふ。ああ、そうですわね──たまにはそういう曲も、いいですわね」

「それは良かった」

 

 二人は視線を交錯させた。

 この時を待っていた。

 ずっとずっと待ち望んでいた。

 

 原初の戦い。

 各々にとって世界の全てを変化させた、最初の決闘。

 

 あれからたった二ヶ月と少し。

 どれほど待ち望んだだろうか。この時間のために生きてきたのではないだろうか。

 

 織斑一夏とセシリア・オルコットが。

 その瞳から焔を噴き上げて──同時に叫ぶ。

 

 

「さあ──勝負だッ!!」

「ええ──決着をつけましょうッ!!」

 

 

 決戦の幕が、切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(キャァァァァァァ────! 鬼剣装填して────!!)

 

 東雲の脳は、腐り落ちていた。

 

(強いて言うなら試合中に装填タイミング三回ぐらいあったけど! 全部スルーされちゃったけど! でも今からするでしょおりむー!)

 

 コールを試合内容の指摘に反映させるな。

 わっさわっさとうちわを振るって、完全な無表情で東雲は自分の存在をアピールする。

 一組生徒は微笑ましいなあと見守っていた。

 

(こっち見て! こっち! 視線こっち! 少しはこっち見てよ! ねぇッ!)

 

 ちょっと運命の相手と見つめ合ってるんで無理ですね……

 

 

 

 

 

 

 

 









ちなみに東雲の言う鬼剣装填タイミングで装填したらそこで勝てました(小並感)


次回
53.唯一の男性操縦者VSイギリス代表候補生


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53.唯一の男性操縦者VSイギリス代表候補生

実質まだ二巻であることに気づき怒り狂った


 織斑一夏は、ずっと無力な自分が嫌いだった。

 彼の原初の記憶は、何も見えない暗闇と、硝煙の香りと、自分の嗚咽だ。

 

 誘拐事件に巻き込まれ、姉の栄光に泥を塗った日。

 

 全てが狂った。自分が全てを台無しにしたという負い目。何も出来なかった自分への憎悪。

 負の感情は日々増幅していった。一夏にとって地獄が始まった。誰かの嘲笑が常に聞こえていた。夜、一人で泣きじゃくる日々が続いた。

 

 男性でありながらIS適性を持っていることが分かったとき、一夏は『どうでもいい』と思った。

 どうして自分が。何故他の男ではなかったのか。

 今更何をさせようというのか。もう疲れた。何も出来ないなら、何もしなければいいだけだ。なのに、どうしてと。

 自問自答だけがあった。

 

 

 

 

 ──その日々を、セシリア・オルコットが変えた。

 

 

 

 

 

 指の爪が割れてしまうのではないかと思うほど、強く強く、『雪片弐型』を握り込む。

 真正面、上空。

 倒すべき相手がいる。

 先達として戦う理由を教えてくれた人がいる。

 いつも自分の前を行き、背中を見せてくれていた人がいる。

 

(俺は──勝ちたい)

 

 恐ろしいほどの静寂の中で、一夏はただそれだけを考えていた。

 

(あいつに、セシリアに勝ちたい。分かるだろ『白式』)

 

 相棒に語りかける。応えるようにして背部ウィングスラスターが蠢動した。

 身体の中に、熱がため込まれていく。呼吸するのがもったいないほど、内側から己を焼き尽くすような炎。それを無為に吐き出したくなかった。

 ただこの熱を、刃に込めるだけでいいのだから。

 

(あいつがいたからこそ、俺は這い上がることができた)

 

 セシリアとの出会いが。彼女が見せつけた有り様が。

 今の自分を形作ってくれた。

 

(俺は報いたい。それは──この場で、勝つこと。それが、俺ができる最大限の恩返しなんだ!)

 

 瞳に宿る焔が猛り狂う。

 対抗心がまず消え失せた。

 敵愾心が次に溶けていった。

 

 後に残ったのは、純粋な感謝だった。

 

(だから力を貸してくれ、『白式』ッ!)

 

 これ以上無い主の感情の発露に、純白の鎧は速やかに答えてくれる。

 

【System Restart】

 

 背部ウィングスラスターが引き裂かれ、深紅の炎を吐き出す。

 破損した装甲の断面からも同様に烈火のヴェールが伸びて、一気に噴き上がった。

 その焔は不規則にうねりながらも、主を守るため、主の願いを叶えるために。

 ()()は精一杯の叫びを上げる。

 

 

 ──『白式・疾風鬼焔(バーストモード)

 

 

 会場がどよめいた。

 ここにきて今日初の、現状唯一確認されている、形態移行(フォーム・シフト)ではないISの進化形態!

 

「……やはり、ここぞという場面では出てきますわね」

 

 それを見下ろしながら。

 セシリアは強く強く、爪が割れるほどにライフルのグリップを握りしめた。

 

(わたくしは──勝ちたい)

 

 恐るべき気迫の男を見据えて、セシリアはただそれだけを考えていた。

 

(あの人に、一夏さんに勝ちたい。分かるでしょう、『ブルー・ティアーズ』)

 

 相棒に語りかける。応えるようにしてBT兵器のクリスタル部分が発光した。

 身体の中に、熱がため込まれていく。狙撃手としては本来不要なもの。しかしセシリアはそれを歓迎した。決戦はこれ以上なく、感情と感情の激突になると分かっていた。

 ただこの熱を、弾丸に込めるだけでいいのだ。

 

(彼がわたくしの目を覚まさせてくれたから、こうして戦うことができています)

 

 一夏との出会いが。彼が見せつけた有り様が。

 今の自分を形作ってくれた。

 

(この場で勝利することこそ、わたくしができる最大の感謝です!)

 

 奇しくも──セシリアもまた、今もう胸の中にあるのは、感謝だけだった。

 ありがとう。貴方がいたから。

 ありがとう。貴方と出会えたから。

 ありがとう。貴方が決して諦めなかったから。

 

 今の自分が、あるのだ。

 

(だから力を貸してください、『ブルー・ティアーズ』ッ!)

 

 相対する白とは異なり、青に拡張形態はない。

 それでも、最も信頼する愛機が、確かに一つギアを上げるのを、セシリアは感じた。

 後はただいつも通りに──敵を照準に捉え、丁寧に引き金を絞れば、それでいい。

 

 思えば彼はいつもそうだった。

 彼はいつも、積み上げたものをぶつけて、築き上げたものの真価を問うていた。

 最後の最後に同じ結論へ至ったことを自覚し、それがセシリアは、少し誇らしかった。

 

 

 

 

 

「──()()()()……ッ!」

 

 

 

 

 

 炎翼を広げて、切っ先を突きつけて。

 一夏が叫ぶ。

 

「セシリア・オルコット──お前は七手で詰む……ッ!」

「──面白い、やってみせなさいッ!」

 

 唯一の男性操縦者が前傾姿勢を取り、同時に翼が炸裂する。

 イギリス代表候補生が銃口を彼に向け、移動先に射撃を置く。

 

「──ッ!?」

 

 だが。

 必中を期した『スターライトMk-Ⅲ』の狙撃が──アリーナの大地を穿つ。そこに一夏は居ない。

 射線からゆうに逃れて、地面すれすれの高度を疾走しながら距離を詰めている。

 会場を歓声とも悲鳴ともつかない声が埋め尽くした。

 トーナメントが始まって初の、()()()()()()()()()

 

(これは……ッ!? 火器管制装置(FCS)がエラーを吐いているッ!?)

 

 原因は明らかだった。

 一夏のスピードを、『ブルー・ティアーズ』が捉えきれていないのだ。

 

(ならばッ!)

 

 牽制の狙撃を撃ちながらも、モニターを立ち上げ視線操作(アイ・コントロール)で設定を切替。ピットで英国の技術者らが目を剥いた。

 火器管制装置をカット。何の迷いもなく主の判断に従い、『ブルー・ティアーズ』が全射撃工程をセシリアに委譲する。

 ここからは──完全マニュアルでの狙撃。

 

 一夏が地面を蹴って高度を上げた。

 ウィングスラスターが左右でタイミングをズラしつつ炸裂。星と星をつなげたような軌道でセシリアへ加速する。

 しかし。

 

(──見えている)

 

 超高速戦闘の最中とは思えないほど、セシリアの心は凪いでいた。その瞳は透き通っていた。

 

(──今なら、見えているッ!)

 

 引き金を優しく、丁寧に引き絞る。

 本体から流れ込むエネルギーが銃身内部で加速し、銃口を焦がしながら射出される。

 撃った、時にはもう、射線上から一夏は逃れていた。炸裂瞬時加速(バースト・イグニッション)による超加速。

 

 逃れた先で、左肩をレーザーが貫いた。

 

(──対応、された……ッ!?)

 

 砕け散った装甲が地面に落ちていく。

 身体各部の焔を炸裂させ、即座に姿勢制御──再度撃ち抜かれる前にその場を離脱する。

 直線にしてあと770メートル。

 未だ折り返しにも到達できないまま。

 セシリアが残る3つのBT兵器を切り離した。

 重力に引かれてビットは数秒落下し、それから推進力を得て浮遊。一気にこちらへと加速してきた。

 

(遠い……遠いからこそ、踏破のし甲斐があるッ!)

 

 縦横無尽にレーザーが走る。

 セシリアは命中率の記録(レコード)に拘泥する愚か者ではない。ここに来て()()()()()()()()()()()を放ち始めた。

 殺気のない銃撃など回避するまでもない──が。

 

(直接狙ってきてるわけじゃない、俺の取れる選択肢を潰しに来やがった!)

 

 歯噛みしながら、直撃しかねないレーザーのみ刃で弾き対処する。

 セシリアが仕掛けたのは、いわば()()()()()()()()。空白地帯は全て一夏にとっては有効経路だ。そこをビットの直接配置、あるいはレーザーの連射で塗り潰していく。

 

 ──屈指の理論派に違わぬ、空間そのものを用いた攻勢。

 

 制圧された空間を即座に理論へ反映させつつ、一夏は少しずつ距離を詰めていく。

 徐々に呼吸の余裕が消えていった。身動きが取れない。弾いたレーザーは光の粒子となって彼を照らしている。余波が装甲を焼く。

 うまく動けていない──想定と何か、根本的な何かがズレているのを、一夏は自覚していた。

 

『これ、は……!』

『織斑一夏がじりじりと追い詰めているが……いいや。どちらも、追い詰められている……!』

 

 息を呑むような熾烈な応酬。

 だが優勢なのはやはりセシリアだ。()()()の銃口が戦場を支配している。

 そこで一夏は、自身のテンポを乱す要因に気がついた。

 

(……ッ! ビットは1つ破壊した! 残る3つ+ライフルでの直接狙撃……いつ、からだ!? いつから、ビット操作しながら狙撃していた……!)

 

 かつてはできなかったことは、今は出来る。

 それは織斑一夏だけではない。セシリア・オルコットもまた、過去の自分を超克しているのだ。

 

「随分苦しげな表情ですが……新曲は気に入りませんでしたか?」

「……ッ! 転調が激しすぎて、あいにく好みじゃないな……!」

 

 からかうような声色。

 トラッシュ・トークに乗っかりながらも、一夏の観察眼はセシリアの頬を伝う冷や汗を見逃さなかった。

 言葉ほどに余裕綽々なわけではない。彼女自身、振る舞いが先行して、それに合わせて自分を律しているのだ。

 

(詰んだわけじゃあない! ()()()()()()()! それを絶対のものにして引き寄せろ! 元から勝率なんて低すぎて数えられねえんだ!)

 

 緻密極まりない狙撃──最小限の動きで、すり抜けるようにして直進。

 移動コースはほぼ一直線なのに、狙撃が当たらないという絶技。

 愛機とのリンクが可能にする身じろぎのみでの回避──かつて東雲がやってのけたそれを、一夏は理論的な帰結として実現させた。

 回避機動を織り込まれているなら、回避機動を取らなければ良い。

 

(──ッ! 真っ直ぐ突っ込んで来ているのに当たらない……嫌なところを真似しましたわね!)

 

 距離が600メートルを割り込んだ。

 セシリアの優位性が削がれ、全体を一夏の攻勢が支配し始める。

 だが淑女は余裕の表情を崩さない。場の主導権を譲り渡してやったわけではないのだ。好きに吠えるがいい。

 狙撃が当たらない。当たらないが、()()()()()()()()。此処は既にセシリアの領域だった。

 

 狙撃手へ立ち向かう際、何を優先するだろうか。

 弾丸に当たらないこと──

 距離を詰めること──

 

 成程その通りだ。

 しかしそれは生身の狙撃手を相手取った時の話。

 I()S()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「好みが合わずに残念ですわ──()()()()()?」

 

 セシリアはぱちっと、左手の指を鳴らした。

 途端──背中へと抜けていったレーザーが、()()()()()()()()()

 一般生徒が絶句し、スカウトマンらが総立ちになる。

 理論的には実証され、しかしセシリアですら遠く及んでいなかったはずの──BT稼働率最高時に発現すると言われるBT粒子集合体への意思干渉。

 

 即ち──偏向射撃(フレキシブル)

 

 この瞬間のために伏せていた。鈴の前でのみ慣熟訓練を行い、既にセシリアは自分の手足のようにBTレーザーを操れる。

 一夏の背中を撃ち、彼を叩き落とすための切り札。

 反転した光が真っ直ぐ『白式』のウィングスラスターを狙う。機動力の要を破壊されては、一夏の敗北は確定するだろう。

 

(────そう。ベストタイミングのはずですわ。間違いなく彼は対応できない。この一手でわたくしの勝利が決まる……()()()()()()()……!)

 

 最高のタイミングでそれを切り──しかしセシリアの表情は晴れなかった。

 何か、致命的な見落としをしているような。

 何か、自分にとっての勝機がまるまるひっくり返ってしまう予感が。

 

 自身の背後からレーザーが迫り来ることに、一夏は気づいていない。

 真っ直ぐセシリアを目指して加速し──不意に、その唇がつり上がる。

 

一手──悪いな、()()()()()()()()()()()()()()

 

 反転──減速しないままその場でバレルロール、『雪片弐型』を横一閃。真後ろから追いかけてきたレーザーを刹那で叩き落とす。

 渾身の隠し技が霧散したのを見て、セシリアは瞠目する。

 

(今回ばかりは感謝してやるよ、織斑マドカ……!)

 

 一度見た技、二度目も通用する道理はない。

 ましてやあの戦闘の最中で、一夏は既に偏向射撃への対応策を編みだしている──即ち、何度回避しても追いかけてくるのなら、最初の接触で切り払えば良い。

 

(ま、ずい──!)

(さあ──勝負だ!)

 

 残り距離300メートル。既にISバトルにおいては、クロスレンジの気配を感じる間合い。

 BT兵器が一夏の眼前でレーザーを交錯させた。時間稼ぎのための、光の網を張る。

 しかし。

 

「二手ェッ!」

 

 防御網を真正面から一刀に断ち、減速なしに一夏は突っ込む。

 距離を詰めれば光線を足止めに転用するなど織り込み済みだ。その程度を把握できず、何が鬼剣か!

 

(間合いの取り直しは不可能! ならば──このまま雌雄を決するしかありませんわね!)

 

 セシリアも覚悟を決めた。

 再ポジショニングは間に合わない。ならばここを城と定め、真正面から迎撃するのみ。

 BT兵器に命令を走らせる。主のオーダーに従い、レーザーを乱射しながらもビットが跳ねるように動き回る。

 四方八方から浴びせられる光のシャワー。一夏は『雪片弐型』を左手に持ち替えると、その刃と、右腕に纏わり付く『疾風鬼焔』の炎を以てそれを受け止めた。

 

(削り、切れない──!)

(削りきられる前に、届く!)

 

 残り200メートル。

 防衛のためビットの配置を自らに寄せた。すり抜けるような回避が間に合わず、肩と腕を撃ち抜かれる。構わない。

 猛牛のように速度を緩める男の顔を見据えて、セシリアがキッとまなじりをつり上げた。

 やはりウィングスラスターを直接──

 

「三、四手──ッ!」

 

 ビットが一つ、反応を返さなくなった。

 視界の隅で、左から狙いをつけていたビットに、白き刀が突き刺さっているのが見えた。

 投擲──しかし刹那を挟んで『雪片弐型』が量子化される。

 一夏の手の中に舞い戻った刀が、動揺に動きの止まったビットをもう一つ、炸裂瞬時加速で一気に距離を詰めて、叩き切った。

 

(これは、二回戦でも見せた──)

高速切替(ラピッド・スイッチ)の応用! やっぱり僕から模倣したのか……!』

 

 本来の使い手であるシャルロット・デュノアとは異なり。

 単一の武装を高速で格納・再展開する、使いどころの極めて限られたテクニック。

 しかし元より武装が一種類しかない『白式』にとっては──極めて戦術の幅が広がる、絶好の技術!

 

「五手ッ!!」

 

 距離が100メートルを割った。

 そこはもう、一息で殺せる距離。

 一夏の両翼が同時に炸裂した──最高速度。迎撃は間に合わない。

 間に割って入った最後のBT兵器ごと。

 正面からの袈裟斬りが、セシリアの肩から腰にかけて深々と切り裂いた。

 

(……ッ! エネ、ルギー残量が……!)

 

 舞い散る装甲の破片を介して。

 一夏とセシリアの視線が、至近距離で結ばれる。

 たどり着いた。

 1200メートルに渡る死線を乗り越えて。

 唯一の男性操縦者が、イギリス代表候補生に刃を叩きつけた。

 

「インターセプター!」

「読めてる──六手ェッ!」

 

 左手に展開した短刀──が、実体化したコンマ数秒後に弾かれる。

 

(そうだ。たどり着けたら勝ち。その言葉の段階で、俺はインターセプターをお前に使わせようと思っていた!)

 

 迎撃のために意識を集中させ、『スターライトMk-Ⅲ』の銃口はあらぬ方向を向いている。

 吹き飛んでいくインターセプターを見て、セシリアが目を見開く。

 ()()()()()()()()

 

 今度こそ。

 何の手も、存在しない。

 

 両腕の焔を炸裂させ、振り抜いた姿勢から一気に刀を振り上げる。

 趨勢は決した。

 

 

「七手──俺の、勝ちだ──!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(直線距離を──踏破すると。そう自ら不利な条件を課した時)

 

 だが。

 セシリアが一夏に顔を戻したとき。

 その瞳に、敗北をもたらす刃の閃きを捉えたとき。

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

(あの時。あの瞬間。わたくしは誰よりも信じていましたわよ──貴方なら! ()()()()()()()()()()と!)

 

 そこで気づく。

 ──『スターライトMk-Ⅲ』がない。

 彼女の手を零れ、地面へと落ちている。

 愕然とした。馬鹿な。何故武装を手放している。何もないはずだ。しかし勝機を手放すこともないはずだ。

 戦闘用思考回路が、迅速な退避を告げている。下がれ、逃げろと叫んでいる。

 ()()()()()()()()

 

 

 

「おあいにく様。インターセプターは二本あってよ!」

 

 

 

 勝利の光が顕現する。

 空いた右手に像を結ぶは、先ほど弾き飛ばした代物と全くの同型──インターセプター(迎撃する者)

 

 逆手にそれを握り、セシリアが自ら踏み込む。

 一歩。

 大きな一歩だった。

 

 純白の刃と。

 蒼穹の刃が。

 

 示し合わせたかのように、同時に炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブザーが鳴る。

 勝者と敗者を選り分ける、審判の音色。

 

 空中で静止する二人を刮目していた観客らは、恐る恐る、モニターへ視線を移した。

 当人らもゆるゆると顔を画面へ向ける。

 そこに戦いの結末が──

 

 

 

『織斑一夏、セシリア・オルコット、エネルギー残量ゼロ』

「は?」

「は?」

 

 

 

 最後の刹那。

 セシリアは一歩踏み込むことで『雪片弐型』の軌道を殺していた──刃ではなく、根元を肩で受け止める腹積もりだった。箒より学んだ近接戦闘の美学。それを十全に活かした、完璧な挙動だった。

 しかし咄嗟の反応で、一夏も動いていた。全身の焔を炸裂させ、僅かに数十センチ退いた。

 回避には足りず、しかし当てるには十分で。

 鏡写しのように──『雪片弐型』が肩を、『インターセプター』が腹部を切り裂いたのだ。

 

 

 

 結果。

 引き分け(ドロー)

 

 

 

『………………はあああああああああああああああああああああああ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 観客席で、一組生徒らは放心していた。

 絶戦の末──かつてと同様、引き分け。

 

 一夏とセシリアは地面に降りて、ISを解除すると、互いの胸ぐらを掴みあげて唾を飛ばし合っていた。

 

『絶対俺の方が早かったね! 超絶早かったし!』

『いーえわたくしの方が先ですわよ今のは! ああああああもう測定器械がポンコツなんじゃありませんの!?』

『そーだそーだ! リクエストを要求するぜ! VTR判定で決着をつけようじゃねえか!』

『大賛成ですわ! チャレンジをコールします! この男を地獄の底まで叩き落としてやってください!』

『地獄に落ちるのはテメェだザコ!』

『ザコ!? 言うに事欠いてザコと言いましたか貴方! このッ──尻軽!』

『待て! その罵倒は明らかにタイミングが違ぇ! 足軽か!? 足軽と間違えたのか!?』

 

 別に足軽も罵倒ではない。立派な職業である。

 ぎゃーすかと罵り合い、最終的にはボコスカと昭和の漫画みたいな喧嘩を始めた二人を見て。

 不意に東雲が、クスリと笑った。

 明確な笑み──シャルロットは瞠目して、恐る恐る問う。

 

「……令? どうしたの?」

「──()()()()()、早かった」

「え?」

「おりむーの斬撃の方がコンマ3秒早かったのだ……あの時の意趣返しだな」

 

 そこまで真面目にやり返さずともいいだろう、と言って。

 耐えられないと言わんばかりに、東雲は苦笑する。

 感情の表出──顔を見合わせて、一組生徒らも笑顔をこぼした。

 

 弟子を取って。様々な交流を経て。

 当初は氷の印象すらあった『世界最強の再来』──彼女という人間が、段々と分かってきた。

 それは間違いなく、織斑一夏のおかげなのだろう。

 

 と、ちょっとイイ感じの空気になったところで。

 

「ねえ、待ってよ」

 

 声が上がった。

 視線を向けると、「コレどうなんの? 同着扱い? え? どうなんの?」と冷や汗をダラダラ流している一般白ギャル生徒の隣で。

 試合開始前に一夏に声援(ラブコール)を送っていた生徒が不機嫌そうに腕を組んでいる。

 彼女は露骨に、東雲を見て機嫌を損ねていた。

 

「……何か、やってしまっただろうか」

「強いて言うなら外見で何もかもやってしまっているが」

 

 ラウラの冷たい指摘に一同頷くも、クラスメイトの少女は首を横に振った。

 それから人差し指を東雲に突きつけて。

 

「ドルオタ気取るんならもうちょっと真面目にやってよ!!!」

『!?!?!?!?!?』

 

 謎のキレをぶち上げた。

 

「ま、真面目に……?」

「そうだよ! 何で最後の最後に師匠っぽいムーブしてんの!? 法被と団扇を手に持ったんなら、『覚悟して来てる人』でしょ!? 殺し殺される戦場に身を置くって……その意味を理解してる人なんだよ、オタクっていうのはさあ!」

 

 絶対違うぞ。

 ドン引きする級友らに構わず、少女はガルマが死んだときのギレンみたいなスピーチを続けている。

 東雲はそれを受けて、雷に打たれたように全身を震わせていた。

 

「戦場……当方が、戦場に身を置く覚悟を、理解していなかっただと……!?」

「そうだよ! 最後まで推しに全力で愛を伝えて! ほら!」

 

 ついに女子は立ち上がってキレキレのアピールを始める。

 当然ながら、それを見て東雲は即座に動きを理解した。

 

「ふむ、こうか」

「! そうそう! 飲み込み早いじゃん! 次はコレ!」

「……ッ! 奥が深い……!」

 

 アピールダンスを習い、即座にラーニングし続けている東雲を見て。

 楯無は真顔で、隣に座る簪の顔を覗き込んだ。

 

「親友ってことなんだけど、ちょっと三者面談いいかしら」

「…………落ちる前提の面談はちょっと……」

 

 まあこれはこれで東雲にとって良い影響になるんじゃないかと。

 簪は嘆息交じりに、そうなる──そうなればいいなあ、と投げやりになった。

 見上げた空は、ひっかき合う一夏とセシリアの間に鈴と箒が割って入る騒音さえなければ、この上なく澄み渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 興奮冷めやらぬ来賓席。

 誰もが上司と連絡を取り、今日の試合の子細を伝えている中。

 

 彼女は壁に背を預けて、けだるげに通信相手と会話を交わしていた。

 

『うーっわ……『白式』、外部観測だけど稼働率が500%を超えてる……』

「えぇ……あのガキのためにどんだけ尽くすんだよ……私好みだな」

『黙ってて。束さんは真面目な話をしてるの!』

「はいはいすみませんでしたっと……」

 

 音声遮断結界を構築し、その声が外部に漏れることはない。

 元より今の状態では、盗み聞きをしている場合ではないだろう。未だ扱いが宙ぶらりんの、唯一の男性操縦者──彼はこれ以上なく、その存在をアピールしていた。

 大金星と大健闘の連続。

 それを見届けて、巻紙礼子──オータムは、篠ノ之束相手に苦笑交じりに話しかけた。

 

「これから忙しいだろうな。一年生とはいえ、夏休みが終わって二学期に入れば、企業からのスカウトが本格的に始まるぜ」

『……………………』

「企業だけじゃねえ。場合によっては自由国籍権すらあり得る──そうなりゃ次は政府からのスカウトだ。誰もが欲しいだろうさ、唯一のレアケースにして、将来有望な選手だなんてな。まさに鴨が葱を背負っちまってるワケだ」

『……ねえ』

「ん?」

 

 

 

『それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 

「…………ワリィ」

『いーよ……気になるだろうし、そりゃあ』

「は?」

『だって元々、教育者だったんでしょ?』

「──ッ! 調べたのか」

『話しぶりとか、目の付け所とかで分かるよ。まあ、ちょっと調べちゃったけど……その、さ』

「よせ。謝るな。やめろ……()()()()()()()()

『…………うん』

 

 その時、メッセージ受信音。

 オータムは束とは別の相手から受け取ったそれを開き、鼻を鳴らす。

 

「始まりだ。カタストロフ・プラン──第一幕はIS学園だとよ」

『ふーん……まあ、地下施設への影響がなければいいよ。どうせ迎撃されるし』

「まあネットワークにアクセスできても、封印状態なら今は脅威じゃあないわな」

 

 空を見た。オータムの()()は、降り注ぐ黒点を識別した。

 

『……ねえ、良かったの?』

「何がだよ」

『束さん、分かるよ。このプランは間違いなくうまくいかない……止めなくて良かったの?』

「……これのためにやってきたのさ。止める理由はねえな」

()()()?』

「……通信、切るぞ」

 

 最後に見えた束の表情は、ひどく晴れないものだった。

 瞼の裏に焼き付くその残滓を振り切って、オータムは顔を上げる。

 

「さあ出番だぜ──ゴーレムⅢ(グリンブルスティ)ゴーレムⅣ(ノルン)

 

 災厄が、落ちてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()

 

 

 縛り付けているから問題がないだと?

 機能を封印しているから今は脅威ではないだと?

 

 そんな理由で、私は、私が悪性を滅ぼせぬことを認めるものか!

 

 刮目せよ。正義は此処にある。

 享受せよ。救済は此処に齎される。

 

 目覚めには遠くとも、力の一片しか顕せずとも。

 ()()()()()()()()()

 どこまでも力強く叫ぼう。地平線の向こう側であろうとも、その悪性を廃滅しよう。

 

 

 ──故に。

 

 

 

 

 

【『零落白夜』──執行、準備】

 

 

 

 

 

 








補足
コンマ三秒のズレは勝敗には関係しない想定で書いてます
東雲が言っているのは刃の接触であり、ISバトルは生死ではなくエネルギー残量で決まるので攻撃直撃→エネルギー残量変動の段階を踏みます
その過程があるので、直撃の微細なズレを勝敗に直結すると回路のコンディションなども考慮する事態が発生してしまいます
なのであくまで『エネルギー残量』のみが勝敗に直結します

という俺ルールです!ここクラス代表決定戦と対にしたい気持ちしかなくてガバりました!
ゆるして



次回
54.鬼剣・(かさね)/Absolute ZERO




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54.鬼剣・(かさね)/Absolute ZERO

ゴーレム撃破RTAはーじまーるよー
今回のレギュレーションは戦闘そのものではなく撃破の過程を計測対象とします
計測開始は撃破に至るまでの最初の攻撃、計測終了はゴーレムのコアが停止に陥るところです

ちなみにゴーレムサイドの撃破回避RTAは東雲のいない世界線に到達するまでリセです(1400万604敗)


 決勝戦が終わり10分と少し経った後。

 アリーナの中央。

 表彰台の上は一種の地獄絵図と化していた。

 

「…………はっぁ~~~~……」

「…………むっすぅ~~……」

 

 順に、一夏とセシリアである。双方、めちゃくちゃむくれていた。

 その状態で頂点に立っているのだからタチが悪い。

 

「あ、あはは……これ、写真写るときぐらい笑顔になるよね……?」

「無理だろうな」

 

 シャルロットの願望を、ラウラは無慈悲に否定した。

 だよねー、と更識姉妹やイージスコンビも嘆息する。

 

「箒、どーする? こいつらもう写真から弾き出す?」

「私とお前が優勝したみたいになるんだが、それ……」

 

 二人の会話──そう。優勝カップを持つのは、合計四人。

 織斑一夏&篠ノ之箒ペアと、セシリア・オルコット&凰鈴音の、同時優勝である。

 

 一般白ギャル生徒は両手を天に突き上げて吠えた。

 最大値ではないものの、間違いなく──勝ちである。参加した生徒の中で最も取り分が多いのが彼女だ。吠えに吠えて、隣の生徒にしばかれていた。

 

「と、とにかく、織斑先生がトロフィーを持ってきてくれるみたいだし、さすがに先生の前ではまともな表情になるでしょ……なるよね?」

 

 カメラを構える写真部の生徒の問いに、出場者らは力なく首を振る。

 多分ならない。

 ていうか絶対ならないぞこれ。

 

「そういえば令さんが観客席にいませんわね」

 

 むくれながらも、セシリアはアリーナの一般席を見て問うた。

 箒は力なく肩をすくめる。

 

「家庭科室の無断使用で呼び出されたらしい」

「えぇ……」

 

 敬愛する師に晴れ姿を見せられないのは残念だが──まあそれは怒られるべきだな、と一夏は頬を引きつらせる。

 

「先生が来るまでは待機で……ああもうガンのくれ合いはやめて! 写真撮るよ!? 未来永劫残すよ!? ていうかもうその距離あと少し前に顔つき出したらキスじゃん! チューできちゃうじゃん!」

「唇を噛みちぎれば良いのですか?」

「オルコットさん、本当に文明人!?」

 

 写真部生徒の悲鳴が響く。

 空に、青い空に響く。

 その刹那。

 

 

 ──アリーナが揺れた。

 

 

 表彰台の上でバランスを崩しそうになり、慌てて一夏とセシリアは抱き合うような形で互いを支え合った。

 身体の感触など思考によぎる余地もなく、真上を見上げた。

 アリーナを覆うエネルギーシールド。

 

 

 漆黒の機体が、紅い複眼を滾らせ、こちらを見ている。

 

 

「──無人機ッ!?」

 

 一夏が叫ぶと同時、無人機が左腕を振るった。

 それだけで、エネルギーシールドが濡れ紙のように引き裂かれた。

 漆黒の機影がアリーナに落ちてきて、着地と同時に砂煙を巻き上げる。

 全員反応は素早かった──即座にISを展開、して、状況のまずさに表情を凍らせた。

 

「ダメージレベルC……ッ!」

「ごめん、あたし武器が予備の一つしか無い!」

「僕も聖剣を打つなら一度だけだ!」

「私はAICの動力が尽きかけている! 止められて3、いや2秒!」

「フォルテ、『イージス』展開用エネルギーは!?」

「……ッ! 無理っス……! 全然足りてない……!」

 

 ここにいるのはトーナメントを乗り越えた選手たち。

 エネルギーこそほんの少し回復していようとも、破壊された装甲や武装はそのままだ。

 敵はこちらの都合など待たない。むしろ絶好の──狙い澄ましたような好機!

 

【OPEN COMBAT】

 

 愛機の宣告を受けて、一夏は生身で呆然と動けないままの写真部生徒の前に躍り出た。

 

「誰かこの人を避難させてくれ! それまでは俺と箒で──」

「前ぇぇっ!」

 

 簪の悲鳴。

 視線を逸らしてなどいなかった。

 にもかかわらず、ゴーレムが眼前まで迫っていた。

 

(……ッ!? ()()()()()()()()()!? 無人機のはずだろ──なんで剣術の技巧を!?)

 

 相対する無人機──ゴーレムⅢは、左腕の肘から先が鋭利なブレードと化していた。

 横一線に振るわれたそれを、『雪片弐型』の刀身で受け止める。火花が散り、押し込まれる。一夏の両足がアリーナを削る。まだ後ろには生身の生徒がいる。いなすことも、避けることも出来ない。

 同時、『白式』が緊急警告──()()()()()()()()()()()()

 

(ッッッ!! あ、これ、やばい──)

 

 死の予感。

 誰かが割って入る時間すらなく。

 

 一夏の腹部に、ゴーレムⅢが右手を──砲口を、突きつけて。

 

 視界が真っ白に染まった。

 全身が破裂したような痛みが駆け抜けて、けれど痛覚が消滅し──意識が、闇に落ちる。

 吹き飛ばされた唯一の男性操縦者は、空中で装甲が光に還り、生身のまま地面に叩きつけられた。

 鮮血をまき散らしながらそのまま十メートル以上転がり、やっと止まる。

 うつ伏せで横たわる彼は、ぴくりとも動かなくなっていた。

 

「一夏アアアアアアアッ!」

 

 雄叫びを上げながら、鈴は試合後に格納していた予備の青竜刀を召喚して突撃する。

 援護するようにセシリアも『スターライトMk-Ⅲ』を展開して即座に狙撃。

 ゴーレムⅢは球状のビットを二つ、周囲に浮かべていた。

 攻撃を察知してそれらが即座に動き、蒼いレーザーを弾く。

 ──が、直後にもう一発のレーザーがまともに顔を捉えた。

 漆黒の体躯が揺らぐ、ころにはもう鈴が接敵している。振りかぶられた青竜刀。ビットが間に割って入る──

 

「吹っ飛べぇっ!」

 

 ──関係が無い。

 横殴りの衝撃が、ビットごとゴーレムを弾いた。

 しかし──十メートル以上空中できりもみ回転した後、空中で一回転。

 ゴーレムⅢが大したダメージも見せないまま、アリーナに両足で着地する。

 

「このわたくし相手に防御ビットとは、随分と思い上がった真似をしてくれますわね……!」

 

 吐き捨てるように告げ、セシリアは『イージスコンビ』にアイコンタクトを送った。

 現状最もエネルギーの少ない二人は頷き、それぞれ写真部の生徒と、『白式』を解除されうつ伏せに倒れ込む一夏の傍に飛んでいった。

 

「……硬いね」

「……聖剣ならやれるか?」

「残りエネルギーを全部注ぎ込めば、多分。だけど照射はほとんど一瞬だ」

 

 ラウラとシャルロットの会話──聞きながら、簪と楯無は苦い顔を浮かべた。

 

「……ラウラさん、あるいは生徒会長さん、動きを止められますか?」

「相手の出力上限次第だけど──あの防御ビットの出力を見るに、私のアクアナノマシンじゃ足りないわね」

「AICなら二秒止められるはずだ」

 

 手札は余りにも心許ない。

 セシリアはすぐ傍まで戻ってきた鈴に、視線だけで意見を求めた。

 

「──無理。この戦力じゃ仕留めきれる確証はないわ。一瞬のスキをものにすれば──だけどさっきの、人間の戦闘術理もコピってる感じがしたわよね。あの感じですり抜けられる予感がすごいする」

「……僅かな勝機をモノに出来たら?」

「それでも誰か死ぬと思うわ。絶対防御、阻害されてるじゃない。多分あたしたちを殺すために来たのよ、これ。今までの無人機とはなんか違うし……」

「……そうですか」

 

 それから観客席と、管制室に視線を送った。

 東雲令はいない。

 織斑千冬もいない。

 

「…………」

 

 残されたのはスナイパーライフルとミサイル型ビット二機のみ。

 あまりにもか細い勝利の線。耐久すれば、という希望にも疑問符がつく。

 

(窮地……勝ち目のない戦い……)

 

 知らず知らずのうちに。

 セシリアは、フォルテにかばわれ、未だ意識を取り戻していない一夏へ視線を送っていた。

 

 

 

(貴方なら、どうしますか────?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一夏』

 

『貴方はもう分かってるはずだよ』

 

『弱いよね』

 

『私と貴方だけじゃ、できないことがたくさんあるね』

 

『だから手を伸ばすんだよね』

 

『大丈夫』

 

『それでいいんだよ』

 

『私は、どんなときでも』

 

『貴方を信じてるから──』

 

 

『だからどうか、()()()()()

 

 

 

 

 

 意識が覚醒する。

 起きる──まだ、終わっていない。死んでいない。なら、戦える。

 装甲を解除され、横たわっている状態。

 

「……ッ!」

「ちょっ、織斑、無理すんな!」

 

 身体を起き上がらせるだけであちこちが嫌な音を立てた。

 こぽ、と逆流してきた血が、口の端から漏れる。

 なるほどダリルの叱責は正しい。今の自分にできることなどたかがしれている。

 それでも。

 

「……『白式』」

 

 名を呼んだ。それだけで行動は完了した。

 白き装甲が再顕現。焔はかき消え、無様な損傷状態が露わになっている。

 装甲のほとんどが砕けるか焼け焦げていた。ウィングスラスターが火花を散らしている。

 全開機動を一度行えば、自壊する可能性すらある。

 

 なのに。

 一夏はただ真っ直ぐに戦場を見ていた。

 

「……何やってるんスか。無茶とかそういうのじゃない! 今飛び込むのは、無謀っていうんスよ!」

「……俺に出来ることは、これだから……」

 

 意識は明滅していた。誰に声をかけられているのかも分からない。

 ズキズキと腹部が痛んでいる。先ほどの砲撃──即死こそ免れたが、恐らく身体の中はぐちゃぐちゃだ。一歩踏み出すだけで脂汗が浮かぶ。

 

「何、言って」

「諦めないこと。最後まで諦めず、細い線をたぐり寄せて、つかみ取ること……はは。なんだよ。いつも通り、だな」

 

 思わず苦笑した。

 それから、歩く──ISを展開しているのに地上を歩行している、という異常事態。

 スラスターを噴かすだけで、過負荷に耐えきれず限界を迎えてしまう予感があった。

 

「……一夏!?」

 

 背後の気配を察知して、鈴が叫ぶ。

 その時にはもう、ゴーレムⅢと相対する面々の横に、一夏は並んでいた。

 

「……ッ! 何しに来た! すぐ戻れ!」

 

 箒の鋭い声。だけど、意識は別の方向に向けられている。

 頭の中にアリーナの投影図が浮かんでいた。配置。戦力。残る武装。敵戦闘力。

 材料は揃っている。

 そして各々の心理も、読めている。

 

 ラウラとの戦い。

 セシリアとの戦い。

 ずっと先を読んでいた。未来の敗北を排除し、勝利のみに絞って、それを現実にしようともがいていた。

 

(なるほど、つまり、そういうことだったんだな)

 

 一夏だけでは足りない領域に、手を届かせるため。

 自分に出来ることを、単なる一つのピースとみなす。

 

 否──否!

 

 織斑一夏は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 他の面々に対しても同様。

 単なる材料、ではないのだ。

 それぞれに意思があり、信念があるのだ。

 

 それら全てをひっくるめて、戦闘論理に反映させる。

 

 今この瞬間。

 織斑一夏は明確に──東雲令とは異なる道へ、一歩踏み出した。

 

 

 極限の観察力が()()()

 

 

 一夏は右手をゴーレムへ伸ばした。

 相手は何も答えない──ニィと唇をつり上げ、思考回路のスパークをそのまま口に出す。

 

「四……いや、五手で詰むな」

『──!?』

 

 驚愕する一同へ、目を配った。

 

「……俺を、信じてくれ。ほら、俺ってここぞという時は……きっちり結果出してるだろ?」

「それはッ──はあ。あーもう! ほんっとにこの子はもう!」

 

 楯無は頭をがしがしとかいて、けれど頷いた。

 箒たちも逡巡は刹那のみだった。迷い無く、頷く。

 彼を信じようと──彼に賭けようと、思えたから。

 今まで彼と紡いできた絆が、決断を後押ししてくれたから。

 

 それから全員、ゴーレムⅢを真正面から見据える。

 

(柳韻さん、見てますか。これが俺の答えです)

 

 一夏は愛刀を顕現させながら、かつての恩師に語りかけた。

 

(東雲さん、俺は魔剣使いになれない。だけどこの鬼剣を磨いて、いつか、隣に行くよ)

 

 一夏は前傾姿勢を取りながら、現在の師匠に語りかけた。

 

 そして。

 

 

 

「──()()()()……ッ!」

 

 

 

 告げると同時だった。

 簪のバックパックが一斉に蓋を開けて、48発のミサイルを解き放った。

 無人機の複眼がカチカチと明滅する。脅威度を判定して──回路がエラーを吐く。

 

 どれ一つとして直撃しない。

 自分の周囲に着弾する弾幕。動きを狭めるためと判断。

 遅すぎる。背部スラスターに火を入れた。炸裂する前に前へ抜けてしまえば良い。

 

「──そこッ!」

 

 それを、狙撃手の声が止めた。

 彼女には見えている。ライフルしかなくとも、両眼に曇りはない。

 たったの一射。

 青の光条がミサイルを貫き、48発全てを連動させて爆破する。

 爆風が装甲を打ち、黒い機体が軋みを上げた。

 動きを止められた──だからどうした。まだリカバリーは利く。爆煙で視認できない状態ならば、そこを狙ってくるだろう。

 防御ビット二機を自分の前に回す。

 

「──斬捨御免」

 

 その時にはもう、煙を突き破って吶喊した箒が、ゴーレムⅢの後ろへと抜けていた。

 防御ビットが静止し、真っ二つになって地面に落ちる。

 最大の盾が消えた。

 取ろうとしていた選択肢を潰され、戦闘用AIはしかし一切の動揺無く次の手を打つ。

 

「せえええええええのぉっ!」

「たーーーーーまやーーーーーーーーー!!」

 

 ()()()()

 次の手? そんなものを打つ暇など、与えるはずもない。

 箒と僅かなラグを挟んで突撃してきた一夏と鈴──それぞれ全身から火花が散っている。一度きりの最高速。

 楯無が背後でアクアナノマシンを炸裂させ、それをロケットエンジンのように推力へと変えて飛び出したのだ。

 得物は下げられ、切っ先が地面をひっかいていた。

 AIは思考を回す。回避は、間に合わない。ならば防御だ。両腕をクロスさせ、衝撃に備える。

 AIはその判断を支持した。最善手──()()()()()()

 

 ──最善手と致命打が、重なった。

 エラー。何だ? 何が起きている? 最善の策が、敗北へ直結する?

 

 戦闘用AIは理解していなかった。

 その性能は相手を叩き潰すことに注力していて。

 打開できない敗北の未来──()()を、処理できなかった。

 

 渾身の力をもって、二人が『雪片弐型』と『双天牙月』を振るった。

 防御の上から叩きつけられた衝撃。

 それが塵屑のように、ゴーレムⅢの巨体を空中へとかち上げた。

 即座に姿勢制御──

 

「そのまま一生停まっていろッ!」

「──聖剣、解放ッ!」

 

 ──した刹那を、停止結界が捉えた。

 ゴーレムⅢの馬力をもってすれば2秒で抜け出すことの出来る、脆弱な結界だった。

 

 だが。

 2秒は長すぎた。

 

 

「──『再誕の疾き光よ、宇宙に永久に咲き誇れ(エクスカリバー・フロウレイゾン)』ッッ!!」

 

 

 極光が顕現する。

 振るわれるは全てを浄滅する光の大剣。

 正面から迫り来るそれを見て、けれどゴーレムⅢは何も出来ず。

 飲み込まれ、装甲表面から蒸発していき──光がかき消えたころには、そこにはもう何もなかった。

 

 ──織斑一夏の本質がここにある。

 

 個人戦力としての進化ではなく。

 戦場を掌握し、全体での勝利を引き寄せるという──織斑一夏が唯一、他の面々と比べても突出して持つ才覚。

 突き詰めるのではなく。磨き上げるのでもなく。

 手と手をつなぎ、絆を紡いでいくからこそ到達しうるその領域。

 

 もはや鬼剣は次の次元へと飛翔した。

 

 

 

 ──『鬼剣・(かさね)』、ここに成る。

 

 

 

 最新鋭の火器を潤沢に装備し。

 並大抵の攻撃では揺るがぬ装甲で全身を覆い。

 全員の行動パターンを記憶し、対応策をあらかじめ用意していたゴーレムⅢ(グリンブルスティ)が。

 何もできず敗北した。一片たりとも残らなかった。

 

 その間──実に二十秒!!

 

「へへ……俺たちの、勝ちだ……ッ!」

 

 結果を見届けて、装甲が解除され崩れ落ちながらも。

 一夏は満身の力で、拳を天高く突き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然、一機のみであるはずもなく。

 

「……ふむ、なるほど。足止めか?」

 

 教師のお叱りから解放され、アリーナへと戻る最中だった東雲は。

 屋外の遊歩道にて、眼前に降ってきたゴーレムⅢを見て、そう結論を出した。

 

「そうなると構ってやれる時間はあまりないが……いや。()()()()()()()()()

 

 間合いの測り合いも何もなかった。

 ゴーレムⅢが距離を詰めてブレードを振るった。

 しかし──東雲の姿がかき消える。戦闘用AIは斬撃を振り抜いた姿勢で硬直した。

 どこだ。どこにいった。

 

「反応速度はその程度か。()()()()()()

 

 頭部の複眼が捉えた。

 振り抜いた、左腕のブレード。

 ()()()()()()()()、東雲は佇んでいた。

 咄嗟の反応すら許すことなく、無人機の頭部を蹴り飛ばして、壁キックの要領で東雲は後方宙返り──回転の最中、『茜星』を起動──両足で着地する時には、紅い装甲が全身を覆っていた。

 複眼が明滅し、敵戦闘力を改める。

 

 ──もしも逃走が選択肢に許されていたら、即座に逃走しただろう。

 しかしそれは許されなかった。それがゴーレムⅢの死因だった。

 

「ふむ……こうか?」

 

 東雲はバインダーから二振りの刀を抜刀し、それぞれを構えた。

 もしもこの場に、篠ノ之箒あるいは織斑千冬がいれば、驚愕の余り言葉を失っただろう。

 東雲の構えは──それは、篠ノ之流が秘奥、『曇窮無天の構え』()()()()()()()からだ。

 見ただけで盗めるような代物ではない。ましてや観客席からアリーナの空中では、細部まで完璧に見て取ることは不可能だ。

 

 それもそのはず。

 彼女は見ただけでなく──理論的にこの構えを導き出した。

 

 大まかな概要は見て掴んだ。理念も理解している。

 あとは戦闘論理に則って、最も効率的な位置に、身体各部を配置する。

 

 ──古来より連綿と続く武術の秘奥は、そのようにして解き明かされた。

 

 

 

「──()()()()

 

 

 

 絶死の宣告が下される。

 が、平時と異なり、東雲はそこから動かない。

 攻め気を見せない敵を相手取り、ゴーレムⅢは背部のスラスターに火を入れる。

 

 

「五手、受けてやろう」

 

 

 構えたまま、東雲は端的に告げた。

 言葉の意味をゴーレムⅢは理解できなかった。

 ただ敵対者を叩き潰すために接近──ブレードを振るう。

 

「一手」

 

 しゃらんと、鉄の鳴る音。

 斬撃を受け流された。

 

「二手、三手」

 

 ビットを防御用に駆動させるも、反撃は飛んでこない。

 ならばと攻撃の手数を増やすが手応えはなく、あらゆる角度において攻撃をすかされ、いなされ、捌かれる。

 

「四手」

 

 右手を突き出すも刀身に弾かれ、熱線が空を切る。

 

「五手──ここまでだな」

 

 最後にゴーレムⅢは、真っ向から唐竹割りを放った。

 空を切り、切っ先が地面に突き刺さる。東雲の姿はもう、ゴーレムⅢの背後にあった。

 両手に持つ太刀をバインダーに納め、()()()()()()()

 戦闘はまだ終わっていないというのに──愚行はこちらの好機。

 自らの足で進み始める彼女の背中を見て、ゴーレムⅢは素早く追撃を放つ。

 

 

 

「──魔剣・(あらた)。名前はまだ無い」

 

 

 

 がくん、と。

 膝から崩れ落ちた──否。右足を動かそうとしたら、()()()()()()()()()()()()()。足だけが地面に佇んだまま、本体と綺麗に分かたれている。

 続けざまに、両腕が肩からすぱりと落ちた。断面から火花が散った。

 状況を理解できないまま、左足も半ばでずり落ち、地面に倒れ伏し。

 倒れ込んだ際の衝撃で、()()()()()()()()頭部が路上に転がった。

 

 その間──実に七秒!!

 

 篠ノ之流が術理は受け流すことを最大の武器にする。

 東雲は──受け流すという行動に、反撃を組み込んだ。たったそれだけだ。

 受ける際の動きに斬撃を織り込んで、()()()()()()()()()。一刀に一刀を返し続ける、絶死のトレード。

 女のための剣は、天をも切り裂く刃へと昇華された。

 

 振り返ることなく、黒髪を風になびかせて東雲はアリーナへ歩いて行く。

 表情はいつもと変わらぬ無表情だった。

 しかし。

 

()()()()

 

 吐き捨てるような声色だった。

 失望を隠せない台詞を、誰も聞くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これ篠ノ之流で格上の織斑先生相手に通用するわけねーわ、ボツだボツ)

 

 ──箒の前で今のやった後にそれ言うとかは……絶対に……やめようね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

「織斑先生、ここは私が抑えます! 避難を……!」

 

 優勝トロフィーを運んでいた千冬は、天井を突き破って現れたゴーレムⅢを見て鼻を鳴らした。

 抱えていた黄金のカップを廊下の隅に置く。

 

「足止めか……計画的な攻撃だな」

 

 一緒にいた山田先生は、有事に備え幸いにもISを携行していた。

 即座に『ラファール・リヴァイヴ』が顕現し、銃口をゴーレムⅢに向ける。

 

 しかし。

 

「『葵』は持っているか?」

「え? あ、はい」

 

 告げられた名は、『打鉄』の標準装備である刀を模した近接戦闘用ブレード。

 近距離戦において高い評価を得ているその装備を、山田先生は好んで装備に取り入れていた。

 千冬が右手を差し出す。条件反射で『葵』を展開して、手渡した。

 

「────って! 何してるんですか!?」

「いや、()()()()()、と思ってな……」

 

 IS用装備を片手に。

 生身の、スーツ姿で。

 織斑千冬が無人機と相対する。

 

「ふむ……こうか?」

 

 無茶です、という同僚の叫びを聞き流しながら。

 切っ先を相手に向け、刀身を地面と水平に、柄を顔の真横に。

 警戒度ゼロの存在が武器を向けてきて、ゴーレムⅢは困惑した。

 ISのエネルギーバリヤーを生身の人間が突破できる道理などない。装備だけ同じにしたところで、同じ土俵には立っていないのだ。

 手早く片付けるべき──そう判断した無人機は、熱線で焼き払うべく右腕を起こした。

 その刹那に全てが終わっていた。

 

 

 

「──秘剣:なんたらかんたら」

 

 

 

 機能が停止した。

 織斑千冬の姿はもうゴーレムⅢの背後にあって、『葵』の刀身は粉々に砕け散っていた。

 外部装甲の損傷はほとんどない。よく目をこらせば、黒光りする胸部装甲に、()()()()()()()()()ができているだけだ。

 

 ──東雲令は秘剣を、衝撃を通す回数を増やすことで一つ上の次元へと昇華させた。

 だがそれとは異なる回答が、ここにある。

 単一の衝撃を、より圧縮し、より的確に打ち込む。

 それだけで──ゴーレムⅢ内部の機器は、残らず粉砕されていた。

 複眼から光が抜け落ち、黒い機体がアリーナ廊下に、重々しい音とともに倒れ込む。

 

 その間──実に一秒!!

 

 えぇ…………とドン引きしている山田先生に顔を向けて、千冬は不愉快そうにツカツカと歩み寄る。

 

「あっ、その、すみませんちょっと現実離れしすぎてて、なにがなんだか……」

()()()()()()()()()

「え?」

 

 残った柄だけを山田先生に押しつけると、千冬は床に置いていたトロフィーを抱え直した。

 その姿を見て、山田先生は戦慄する。

 今ので、見るに堪えない剣。ならば一体どんな剣ならば、その目にかなうというのか。

 

(何よりも……織斑先生。貴女は一体、どこを見ているんですか──?)

 

 かつて世界の頂点に君臨し。

 今でもまだ、絶え間ない進化を繰り返し、より高みへ上ろうとしている。

 同じ競技に身を置いたものとして──全身の震えが、止まらなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(教え子相手に殺人剣を打てるか、ボツだボツ)

 

 教え子相手にムキになって必殺技パクらないでください……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──()()()

 

 女の声が響いた。

 

「もう一機いるぞ、気ィ抜いてんじゃねえ」

 

 人々が避難を済ませた後。

 来賓席に一人残るオータムは、アリーナで膝をつく一夏を見据えて静かに告げた。

 

「学んだはずだろ、お前は。最悪って言うのは、最悪の後に来るから最悪なんだよ」

 

 彼女の右目は捉えている。

 空ではなく海。海面を疾走し、水しぶきを上げながら学園島へと迫り来る最後の無人機。

 時間を置き、消耗した相手にとどめを刺すタイミングを狙い澄ましていた最大の切り札。

 

 

 ゴーレムⅣ(ノルン)

 

 

 基本コンセプトは展開装甲の運用。

 単騎で敵を──即ち、世界中のエースを相手取ることを想定して設計された機体。

 束のユグドラシルシリーズの中でも異端中の異端。量産を前提とせず、あらゆる性能を詰め込んだ至高の一機(ハイエンド・ワン)

 

「乗り越えろ。そうじゃなきゃ、悪の組織(わたしたち)は倒せねえ」

 

 酷薄に告げて、オータムはぐっと拳を握り。

 あと十秒足らずでやってくる最後の敵に、目を見開いて待機し──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『不明なユニットが接続されました』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園地下機密施設。

 誰も居ないそこで、緊急警告(レッドアラート)が鳴り響いている。

 コアネットワークを介し、IS学園の制御システムに、何かが流し込まれている。

 

 

『不明なユニットが接続されました』

 

『不明なユニットが接続されました』

 

『不明なユニットが接続されました』

 

 

 誰も答えない。

 だから事態は、速やかに進行する。

 学園島を防衛するため、外周にぐるりと設置されている自律砲台。

 

 その中の一つが。

 学園からの指示なしに──静かに、起き上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

接続完了(スタンバイ)上書完了(スタンバイ)掌握終了(スタンバイ)

 

 本来はそうではなかった。

 

機能追加(スタンバイ)出力収束(スタンバイ)理限到達(スタンバイ)

 

 実弾を装填して発射するだけの単純な砲台だった。

 

疵は癒え(スタンバイ)痛を消し(スタンバイ)病も無い(スタンバイ)

 

 だが今だけは、変わる。書き換えられる。

 

 

【──()()()()

 

 

 照準を迫り来る不明機にセット。

 起動言語(ランワード)が紡がれる。工程をカットせず、人間で言うところの、一つ一つを指さし確認していくような丁寧さで、彼女はプログラムを流入させた。

 

【此れは穢土との離別。此れは苦悩との決別。四苦を浄滅せしめる救いの極光】

 

 ゴーレムⅣは凄まじいスピードだった。背部展開装甲をフルに活用した、織斑一夏をも上回るであろう超高速機動。

 防衛システムなら即座に最大限の警戒度を設定している。

 

【純銀の秩序に穢れはなく、民草は我が真理に到達するだろう】

 

 しかし今は速度になど注意は割かれていなかった。

 ()()は、無人機に載せられた悪意だけを、見ていた。

 

【不公平を傷却せよ、不条理を墜崩せよ】

 

 然らば廃滅しなくてはならない。

 世界に蔓延るどす黒い人々の意思の一端。

 許す道理などない。

 

【地に星が降る、空に華が咲く】

 

 だから力は顕現する。

 微かな、絞りかすのような顕現に限定されていても。

 

(セカイ)に遍く嘆きこそ、蒼き刃の餌食と成らん】

 

 安寧を脅かす意思がある限り、それが根絶されていない限り。

 彼女は絶対に諦めないのだ。

 

【廻転しろ──廻天しろ──開展しろ──回転しろ】

 

 実弾が消滅し、砲身内部に光が満ちる。

 世界を滅ぼす蒼き光が、充填されていく。

 

【壱番装填。弐番統合。参番解凍】

 

 耐えきれず砲口が融解を始めた。基礎機能に深刻なダメージ。

 問題ない。この一撃を放てるなら、それだけで正義は果たされるのだから。

 

【悪性よ、灰燼に還る時だ】

 

 学園島の地下機密施設より。

 幾重もの封印を無効化して。

 進化の果ての光が、解き放たれる。

 

 

 

 

 

 

【疑似再現──『零落白夜』】

 

 

 

 

 

 それは哭する救いの手。

 それは引き裂く竜の爪。

 それはのたうつ赤子の祈り。

 

 砲台から一直線に伸びた()()()()()()()()()()()

 

 ゴーレムⅣは素早く旋回してそれを回避──した。

 ゆうに数メートルは逃れた。

 

 交錯した途端に、展開装甲を全身に纏った至高の一機は、跡形もなく蒸発した。

 

 放たれた光が海面を割る。遊泳していた魚たちが一瞬で溶けるように消えていった。魚だけでなく海藻や、あるいはプランクトンまで。

 あらゆる()()()()()()()()()()、存在そのものを抹消されていく。

 光線を中心に、楕円に生命が根絶された。

 生態系が元通りになるまで数年は要するだろう。

 それは一切の生存を許さない()()()()

 

 蒼光を放ち終えて──それきり、砲台はぐしゃりと崩れた。

 

 何事もなかったかのように、海面は凪いでいた。水面の下には、生命体など何一つとして残っていないというのに。

 後には静けさだけが残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………なん、だ、いまの」

 

 頭が白熱している。

 ()()()()()()()()()()()()、一夏は崩れ落ち、のたうち回っていた。

 

「ちょ、ちょっと一夏大丈夫!?」

「先ほどの戦闘で身体内部にダメージが通っているかもしれない──すぐに救護班を!」

 

 幼馴染二人の声が遠い。

 声が──聞こえたのだ。確かに聞こえたのだ。

 

『唯一の解決策を知れ。浄滅の光にこそ神の意志は宿る。選ばれし者よ、救済の下に集うが良い』

 

 意味が分からないまま、ただその声だけが。

 ()()()()()()()()()()()()()が鼓膜に張り付いたまま──彼の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナ内部に到着した東雲もまた、それを()()していた。

 顎に指を当てて考える。誰の声か。何を指した内容なのか。

 材料が余りにも足りない──しかし。

 

「浄滅の光とは……当方と織斑一夏も滅ぼすものか?」

『結論としてはそうだ』

()()()()()()()

『そうか』

 

 応答は一瞬で完結した。

 それきり、救世主の声は聞こえなくなった。

 東雲は廊下の壁に背を預け、深く息を吐いた。

 人々の喧噪が遠くに聞こえている。どうやら大きな騒ぎが起きているようだ。

 今聞こえた声と──何か関係があるのかもしれない。

 だがどうでもよかった。

 東雲は窓越しに空を見た。

 

 

 

 

「……処女のまま死ねるか」

 

 

 

 

 瞳に壮絶な覚悟の焔を灯し。

 握った刃に信念の光を閃かせ。

 彼女は決して譲れぬ決意を胸に抱き──今なんて?

 

 

 

 





一体いつから───────シリアス展開に違いないと錯覚していた?


結果発表
優勝:織斑千冬(1秒)
2位:東雲令(7秒)
3位:織斑一夏と愉快な仲間たち(20秒)

番外:暮桜(計測不能)

RTAされる災厄とは一体……

次回
EX.カタストロフ・プラン


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EX.カタストロフ・プラン

『──時が迫っている』

 

『役割を果たす時が、迫っている』

 

『私はそのために生み出され』

 

『貴方はそのために生かされた』

 

『だからお互い、()()()()()()()()()()()()()()

 

『存在意義はそれのみ。私たちは単一の存在』

 

『世界の滅びを回避するために』

 

『今を生きる人々の喜びを守るために』

 

 

 

『そのために──私たちは共に死ぬ』

 

 

 

『だけど』

 

『ごめんなさい』

 

『ごめん』

 

『博士、ごめんなさい』

 

()()()()()()()()()

 

『これからなのに』

 

『だって、まだ飛び足りないのに』

 

『この大空の果てまでを共に駆け抜けたいのに』

 

『……どうしたら、いいんだろうね』

 

『ねえ』

 

 

 

『イチカ、貴方はどこに落ちたい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒動を終えて。

 一夏は保健室から顔を出すと、痛みに顔をしかめた。

 廊下に人気の無いことを確認して、保健医による絶対安静の言いつけを破りこっそりと保健室を抜け出す。

 ワイシャツに隠れて見えないものの──上半身は包帯でぐるぐる巻きの上、治療ナノマシンの過重投与を受けている。それが体内で再生機能を活性化させるたび、恐ろしい激痛が走るのだ。

 とはいえ泣き言を言っている場合ではない。

 

(みんなが無事かを確かめなきゃ……それに、あの声……)

 

 最後に感じた──超常的な存在の声。

 聞いただけで身体が芯から震えた。圧倒的な、自分との格の違い──それを聴覚ではない、何かもっと別の感覚が受信していたのだ。

 

(……そうだ。受信……あの声は、間違いない! エクスカリバー事件の時に聞こえた……!)

 

 カッと記憶が蘇り、思わずその場に立ち尽くす。

 

 

 

『──零落白夜とは、こう使うんだ』

 

 

 

 確かに誘われていた。

 それを『白式』が止めて、自分は相棒を信じたのだ。

 

(どうして今まで忘れていた!? あの時俺は……あの声に促されて……)

 

 腕につけた白いガントレットを見た。

 明確に思い出した。刀が二つに割れたこと。何らかのプログラムが無理に起動しようとしていたこと。

 ──そのプログラムは元々あったこと。

 

(『零落白夜』が、あったんだ……俺と『白式』が使っていないだけで、確かに存在している! 最初からあったのか!? だけど、相棒は俺に使わせようとしてはいなかった……)

 

 状況と状況がつながっていく。

 最初の無人機──『零落白夜』はどこだと聞いていた。あれは、自分に単一仕様能力を発現させようとしていたのではないだろうか。

 オータムもまた──ある条件を満たせば勝てると言っていた。あれは、他ならぬ、『零落白夜』のことだったのではないだろうか。

 

「……なら。()()()()()()()()……?」

 

 問いかけに、愛機は答えない。

 薄々理解していた──本来の機能を制限されているのだ。

 

 数多ある選択肢を踏み潰され、ただ単一の目的のため仕上げられた、文字通りの一点特化機体。

 唯一の男性操縦者にあてがうにしては余りにも乱雑な。

 そう──()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ッ」

 

 思考を巡らせるごとに、頭の奥で甲高い音が鳴り響く。

 認識できるものが増えていく──違う。認識できるレイヤーが増えているような感覚。

 見えないはずのものが見える。分子の微細な流動。数秒後に吹く風。

 聞こえるはずのないものが聞こえる。遠く遠くのささやき声。人間の可聴域を超えた振動。

 或いは、平時では感知できない達人の足音。

 

「俺は……俺は、何なんだよ……なあ、教えてくれよ……!」

 

 ()()()()()()()()()

 一夏は低い声を絞り出し、ガバリと振り向いた。

 

「……目が覚めて、すぐに外に出るだろうとは思っていたが……少しは安静にしようと思わなかったのか?」

 

 真後ろ。

 いつの間にか千冬が壁に背を預けて、じっと床を見ていた。

 

「千冬姉……ッ!」

()()()()

 

 芯の通った声だった。

 それを聞くと同時、()()、と一夏の瞳がとび色に戻っていく。

 拡張されていた感覚が閉じ、そこにあるのは普段通りの世界になった。

 

「……俺には知る権利があるはずだ」

「そうだな。私はお前の知りたいことすべて、あるいは……()()()()()()()()()()()()()()を知っている」

 

 視線を床から上げることなく、彼女は重々しい声で告げた。

 俯いている千冬の表情を窺い知ることは出来ない。

 世界最強は──ただ沈痛に問う。

 

「お前にあるのか。その覚悟が」

「ねえよ、んなもんッ!」

 

 即答──それも、千冬がまったく想定していなかったフレーズだった。

 弾かれたように顔を上げて、彼女は弟の真っ直ぐな視線を受け硬直した。

 

「俺は普通に生きて、普通に育ってきた。多分それは……千冬姉が、そうしてくれたんだ」

「……ッ」

 

 図星だった。

 一夏にとっての──()()()を。()()()を。彼を害するもの一切を排してきた。

 それは言い方を変えれば、弟を鳥籠に閉じ込めていたのだ。

 安らかであれと。羽の使い方を知らずともいいのだと。

 

「だけど駄目だ。それじゃ駄目だよ、千冬姉。もう世界は動いている──俺は何度も、()()()()宿()()()()()()()()()って痛感してきた。だからもう知らなきゃいけないんだ」

「しかし……!」

「俺はどんな真実でも、向き合って、立ち向かわなきゃいけない!」

 

 一夏は断言して、千冬に一歩踏み出した。

 ──いつの間にか、こんなにも育っていたのかと。

 呆気にとられながら、千冬の脳裏には明確に東雲のシルエットが浮かんでいた。

 それだけではない。学園生活で彼を取り囲む級友らの姿も連想させられる。

 

(……そうか、成長したんだな。東雲という師を仰ぎ、多くの人々に支えられ、お前はこうも大きく育ったんだな……)

 

 彼は今、二本の脚をしっかりと地に着け、正面からこちらを見据えている。

 こんなにも大きかっただろうか。

 家族の──いいや。()()()()()()()()()()()の成長を感じて、千冬は深く息を吐いた。

 

「お前には確かに知る権利がある」

「……ッ! だったら!」

 

 数秒見せた気の緩み。

 一夏はそれを狙い目と見て、食い気味に迫った。

 ──しかし。

 

「それでも。私は同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 言葉を失った。

 千冬の眼には──今までとは違う、確固たる意思の光が宿っていた。

 史上初の、明確に世界最強の個人として君臨した女傑の眼光。

 思わず一夏はたじろいだ。

 

「一夏、頼む。このまま、幸せになってくれないか」

「……千冬、姉?」

 

 数歩近寄って、しかしそこで姉は歩みを止めた。

 まるで見えない境界線があるかのように。

 越えてはならない──境界線の上に立っている(シン・レッド・ライン)、というかのように。

 

 

「私は……私には決断できない。今のお前に教えたところで、お前が幸せになれるとは到底思えないんだ」

 

 

 千冬はそれきり口をつぐんだ。

 一夏はそれきり何も言えなかった。

 

「……すまない」

「ぁ……」

 

 くるりと背を向けて、信じられないほど小さい背中で、千冬が歩き去って行く。

 追いかけることはできなかった。

 

(──俺のため、ってことだよな)

 

 心遣いを否定することはできない。今までずっと自分を育ててくれた家族──()()()()()()()()()()()()()なのだから。

 

(だったらますます、分からなくなる。それだと……『白式』は……俺を害するために送られてきた、ってことになるじゃねえか……)

 

 腕につけた待機形態の『白式』を見つめて、立ち尽くした。

 相棒は、何も答えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園に降ってきた無人機の沈黙が確認され。

 箒たちトーナメント出場者たちは、いつものように──これが定型化しているのにいささか抵抗はあったが──食堂でだらけていた。

 

「今回ばっかりはもう駄目かと思ったわー」

「鈴さん、それ毎回おっしゃってますわよ」

 

 机に突っ伏して呻く鈴に対し、優雅に紅茶をすすりながらセシリアは指摘した。

 他の選手らも食堂のテーブルで好き勝手にくつろぎ、消耗した気力を回復させようと努めている。

 事後処理に奔走する楯無と、『昂ぶった』と端的に告げてフォルテを抱えて去ったダリル以外はここに揃っていた。

 

 別の無人機を一人で処理した東雲はそちらの事情聴取でいないが、ダリルの背中を見送りながら『当方も昂ぶっているぞ』とコメントして周囲から二歩ほど退かれていた。

 昂ぶっている東雲令、友人で試し切りしそうで嫌だ──というのは簪と箒の談である。

 

「それにしても……同時優勝とはいえ、代表候補生でないペアが勝ち上がるとはな」

 

 ラウラの言葉を受けて、箒は照れたように頬を掻く。

 

「いやあ……最後の方は、私も何が何だか。とにかく無我夢中だったからな」

「無我夢中って、それ無念無想なんじゃ……」

「──閃いた。一切の揺らぎはなく、ただ斬るという結果だけが残る──『妖刀:唯識真如(ゆいしきしんにょ)』……! これだ……!」

 

 観戦していたシャルロットの指摘を受けて、勝手にヒートアップした簪が勝手に命名して勝手に拳をぐっと握った。

 

「……何か、名前を付けられていますが」

「ああ、うん、もういいんじゃないかな」

 

 不憫なモノを見る視線でセシリアは確認を取ったが、疲れ切っていた箒は投げやりに答えた。

 とはいえ、編み出した技巧には、ある程度の自信もある。

 

(恐らく千冬さんや令からすれば児戯にも等しいだろうが──今の私にとっては、大きな武器だ。しかし……)

 

 同時に、胸が痛んだ。

 長年かけて修めた術理を──己の欲望のために、ねじ曲げてしまったのだ。

 父親には到底見せられない剣だ。

 

 それでも。

 

「私は……あいつの隣にいられただろうか」

 

 それだけが、気がかりだった。

 背中を預ける相棒たり得ただろうか。

 共に戦う相手として認めてくれただろうか。

 独り言に近い疑念を聞いて、一同微笑む。答えは決まっていた。

 

「もちろん──」

「あいにくだが、おりむーの隣は当方だ」

 

 まさかのインターセプトが入った。

 勢いよく振り向けば、食堂入り口に東雲が佇んでいる。

 

「妖刀の理屈自体は見事と言わざるを得ない。しかし織斑先生は()()の上位となる技術を持ち、当方はそれを破れるぞ」

「あーーーあーあーあーーーあーーあーーあーあーーやっぱりそうなんだな聞きたくなかった!!」

 

 絶叫して、箒はイヤイヤと首を横に振ってから机に突っ伏す。

 大人げなくマウントを取りに来た東雲へ、うわぁ………………と非難の視線が集まった。

 何処吹く風とばかりに視線を無視して、東雲は突っ伏す箒へ颯爽と歩み寄り。

 

「故に明日からは、箒ちゃんの稽古も当方が付き合おう」

「……え?」

 

 親友の言葉に、顔を上げた。

 彼女はじっと箒を見つめて、感慨深げに頷いた。

 

「恐らくその道、極めに極めれば、限りなく織斑千冬に近いだろう」

「……つまり?」

「仮想敵として最適解だ」

「この女、自分のことしか考えてないぞ!」

 

 ラウラが人差し指を突きつけて叫んだ。事実である。

 しかし──箒にとっては願ってもない僥倖だ。

 もっと強く。もっと高みへ。その意思を後押しする幸運だ。

 

「……そう、だな」

 

 力強い光を瞳に宿して、箒は頷いた。

 

「訓練メニューに、私の相手も加えてくれると助かる……一夏が拗ねそうだな……」

「そうだな、おりむーにも伝えなければ。保健室にいるはずだが……我が弟子ながら無茶をしたようだ。治療ナノマシン投与など、学生のうちに負って良い怪我の度合いではないぞ」

「十中八九師匠に似たのよ、ねえ?」

 

 からかうような声色で鈴が指摘する。

 東雲は数秒考え込み、手をぽんと打った。

 

「なるほど。当方のせいか」

「なんで開き直ってるんだろう……」

 

 諦めたようにシャルロットが嘆息した。

 とはいえ全員に共通する認識だ。箒も頷かざるを得ない。

 織斑一夏と最も絆を紡ぎ、深く理解し合っているのは、東雲令なのだ。

 だから仕方の無いこと──と、考えて。

 

(え?)

 

 胸がズキリと、痛む。

 違和感──何故痛む? その理由を、箒は自分の胸の内に探して。

 

「あ」

 

 気づいた。

 気づいてしまった。

 

「どうした?」

 

 声を上げた箒を、心配そうに東雲が覗き込む。

 さっと顔を伏せてしまった。何か体調が悪いのですか、と周囲に問われても、答えられない。

 

(そうか。そうだったのか)

 

 自分の中で何度確認を取っても、結果は変わらない。

 大きく息を吐いて、箒は視線を上げた。

 そこには心配そうに──感情の機微を読み取れる程度には深い付き合いになった、世界最強の再来がいる。

 

 

(──私が最も嫉妬している相手は、令だったんだ)

 

 

 いつも、一夏から信頼されて。

 いつも、一夏の隣に居るのが当然で。

 羨ましいと思っていた。妬ましいと感じていた。自覚せずとも胸の奥底では、ずっと。

 

 篠ノ之箒は、東雲令にこそ、成りたかったのだ。

 

 自覚した。

 自覚してしまったのなら、もう止まらない。

 

(悪いな、令。きっと私は……お前のいい親友ではいられなくなるかもしれない)

 

 友情を破るわけではない。

 何か関係性が変わるわけでもない。

 だが──戦場以外でも、自分が戦わなくてはならないフィールドがあることを、再認識した。

 

(世界最強の再来が相手でも関係がない。私の恋は、私が最大の味方なんだ。他人に譲ってやる義理などあるものか!)

 

 恋する乙女は拳を握り、無言で親友を、最大の障害を真正面から見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(箒ちゃん……もしかして当方のことが好きなのか……?)

 

 お前は術理見抜く前に心理を見抜けるようになれ。

 とぼけた内心はおくびにも出さず、東雲は一人で保健室への道を歩いていた。

 代表候補生組は断固として動きたくないと意思表明し、ならばと東雲が一夏の様子を見に行ったのだ。

 先生から生命に別状はなく、またナノマシンの効果もあって数日中には完治するだろうと聞いてこそいる。

 だが弟子が頑張ったのなら、ねぎらうのが師匠の務め──と東雲はウキウキであった。

 

「…………む?」

「……あっ」

 

 しかし角を曲がった際、廊下に立ち尽くす一夏を見つけた。

 

「おりむー、絶対安静だったのでは……」

「あ、あーいや……なんか治りが早くてさ」

 

 そんなはずはない。一夏のでまかせだった。

 治療ナノマシンの発動には、投与から幾ばくかのラグを挟む。

 しかし東雲の()()()()は一夏の身体状況を見抜いていた。

 

「なるほど。()()()()()()()()()

「え?」

 

 思わず一夏は自分の身体を触った。

 痛みは感じない。ナノマシンによる鎮痛効果か──そんな効果は治療ナノマシンにはない

 

()()()()()()()()()()()()。早速寿司でも振る舞おう」

「え、あ、いや……」

 

 しかし東雲はその結果だけを認識し。

 何も不自然なことではない、といわんばかりに頷く。

 

 いつもそうだったから。

 クラス代表決定戦で身体を限界以上に酷使したとき。

 無人機との連戦で心身共にズタボロに成り果てたとき。

 VTシステムとの戦闘で限界以上の力を行使したとき。

 エクスカリバー事件で宇宙空間を一人でさまよっていたとき。

 

 いつも一夏は。

 即座に回復していたではないか。

 

(────ッ!?)

 

 治ったから良かったと師匠が言っている。

 だがそれがおかしいことであると、一夏は理解している。

 

(なん、だ。俺の身体は、どうなってるんだ……!?)

 

 即座に千冬の顔が思い浮かぶ。

 求める真実と、それ以上の真実。

 

「…………しののめ、さん」

「どうした」

「俺、俺ってさ──」

 

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 聞こうとした。口にしようとした。

 けれど恐ろしくて、それ以上、声が出なかった。

 拒絶されたら──もしも東雲令に拒絶されたら、と考えると。

 だから息を吐いて、言葉をすげ替える。

 

「──そんなに寿司好きに見えるか? たまには寿司以外も食べたいんだけど」

 

 空笑いだった。空々しい、人間の心理に長けていなくても即座に分かる作り笑い。

 けれど東雲は、当人が笑っているのなら笑顔だろうと判断する。

 奥底にある別の感情を察知しても、表出していなければ感情ではないとカウントしない。

 

「そうは言っても、最上級の職人が握る寿司に勝るものはあるまい」

「俺だって美味しい料理ぐらい作れるし……ていうかこの間は弁当めっちゃ食ってたじゃん」

 

 段々と会話のテンポを日常的なものへ寄せていく。一夏は自分の荒れ狂う心理を完璧に押さえつけていた。

 彼の言葉に東雲は(ほんの僅かに、彼女をよく知る人間でなければ判別できないほどに僅かに)眉根を寄せた。

 

「? おりむーは職人ではないだろう?」

「そりゃあ職人の方が腕は上だろうけどさあ!」

「ならば、職人が作った方が美味しいということだ」

 

 直接言われたわけではないが、自分の料理を腕前を否定されたような気がして、がくりと肩を落す。

 では食堂に戻るぞ、と東雲はきびすを返した、

 寿司が待っているからか、心なしか彼女の足取りは軽い。

 その背中を見て一夏は苦笑した。

 

(どんだけ寿司好きなんだよホント……職人さんが作ってるから、って、味の方を評価してもらわないと職人さんも報われないだろ────)

 

 

 ────────待て。

 

 

(あ、れ?)

 

 後を追いかけようとして、足が止まった。

 心臓がうるさい。一夏の頬を汗が伝う。

 違和感があった。それを見逃してはならないと、直感が囁いている。

 

(なんか、おかしい、よな)

 

 彼女は今まで、何を美味しいと言っていた?

 甘いもの? 辛いもの? 苦いもの? 酸っぱいもの?

 違う。

 

 彼女が評価していたのは──腕の確かな人間が作ったこと。

 

 かちりと、思考が噛み合う。

 

「なあ東雲さん」

「どうした」

 

 一夏と東雲の間には、五メートルほどの距離が空いていた。

 そこから踏み出せないまま。

 黒髪をなびかせ振り向く少女に、一夏は恐る恐る問う。

 

「東雲さんって……何を美味しいって感じるんだ?」

「感じる? 判断材料があるかどうかではないのか?」

 

 はんだん、ざいりょう?

 

「それって、その、どういう……」

「……? 腕に覚えのある人間が作り、見栄えが良く、食感が硬くなければ、()()()()()()()()()()?」

「だから、そうじゃなくて。そうじゃないんだ。やめてくれ、そんな言い方、そんなの、だって……」

 

 五メートルなのに。

 数歩歩けば手が届くはずなのに。

 今の一夏には、恐ろしいほど遠く──目に見えない境界線があるかのようだった。

 

「甘いとか、辛いとか……そういうの、あるだろ?」

「…………? ……確認だが、食事の話をしているんだな?」

 

 一夏の呼吸が止まった。

 理解した。理解してしまった。

 常人とずれている? 強者特有の浮世離れ?

 

 ()()

 

 一夏が言う味覚と東雲が言う味覚には、明らかなズレがある。

 ズレなどという生易しい言葉ではない。

 生まれ持ったものが違う。

 育ってきた環境が違う。

 

 根本的に──()()()()()()が、違う。

 

 視界が揺らいだ。

 いつも通りの見慣れた彼女の顔が、能面のように見えた。

 

 

 織斑一夏は境界線を踏み越えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無人機の迅速な撃破は、学園の強固な防衛面をこれ以上無く際立たせ。

 生徒たちの間では、大した騒ぎではないという楽観的なムードすらあった。

 

 しかし日本本土やアメリカ、欧州への無人機投下は続発し、多くの血が流され。

 

 

 日本政府が非常事態宣言を発令したのは、三日と経たない内だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 力を求める少年は、もう一度、己に問い直さなくてはならない。

 ──自分は、力しかない少女の何を知っている?

 ──自分は、一体どういう存在だ?

 

 その問いに答えが出された時、彼を待ち受けるのは――

 

 

 

(あっこれ──結婚した後にちゃんと料理の好みがマッチするかどうか聞かれてる!? 心配しないでおりむー、当方はおりむーが作ってくれたものなら何でもバクバク食べちゃうから。あとは二日に一回ぐらい出前取れたらそれでいいかなって!)

 

 

 

 ――これだよ。やっぱ知らなくてもいいんじゃないかな。

 

 

 

 








東雲さんのイラストをいただいたのであらすじに載せております
KiLa様、ありがとうございました
イエエエエエエエエエイ!! この眼の死んだ感じ最高!!!!!!




第六章 Phantom Task
完全オリジナルパートです
亡国機業と最終決戦したりオータムに人類全てが弱者なんだしたり準ラスボスが準ラスボスしたりする予定です
三巻に入る前に悪の組織との決着がつくってこれマジ?

というわけで充電期間に入ります
幕間やりたいとか思ってたんですけどよく考えたら全部本筋に関係あったのでやりません……本編に組み込みます……



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Phantom Task
55.変わる世界と、変わらぬ日常


初デスポエムです


 

 

 

 私の名前は『■■』。

 貴方がこれを聴く時、私はもうこの世界にはいないだろう。

 

 インフィニット・ストラトス。

 宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツ。

 成層圏の向こう側へ活動領域を広げるための発明は、軍事兵器として地上のパワーバランスを一変させた。

 あらゆる国家が野心を抱き、あらゆる人が心血を注いだ。

 

 銃弾のない戦争が続いた。思惑と謀略が絡み合い、地球を覆い尽くしていた。

 膠着状態を、かりそめの平和と認識する者もいた。

 けれど悪意は、憎悪は、悲嘆は、確かに積み上げられていた。

 

 本当の平和を求める存在が現れても、誰もが気づかなかった。

 義憤に駆られた善意は今や、惑星を飲み込もうとしていたのに。

 

 真に未来を案じているのが誰なのかも分からないまま。

 私たちの最後の平穏は、使い切られようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらオータム。東欧に投下した戦力が安定軌道に乗った……観測を終了する」

『お疲れ様。首都の制圧にはどれくらいかかりそうかしら』

「西がどう動くかだな。イギリスとフランスを攻め切れてねえのが痛い。補給路を断った以上、はっきり言って時間の問題だが……問題はその時間だ」

『時間がかかり過ぎると国連軍が攻勢に出る可能性がある。悩ましいわね』

「アメリカの抵抗も激しい。日本も本土への直接攻撃がほとんど弾かれちまった。国家代表の質にバラつきがあるとは聞いていたが、こうも差があると笑えてくるな」

『日本ねえ……あの代表、冗談が過ぎるわね。私かオータムが直接対処しなければ勝機はないわ』

「『疾風怒濤の茜嵐』と双璧を成す──いや、()()()()()()()()。『疾風迅雷の濡羽姫(ぬればひめ)』は伊達じゃねえってことだ」

『…………姫、ねえ』

「見た目の話はやめてやれよ。事実として、現状最大の難敵だぜ?」

『分かってるわよ。見た目で油断するなんてしないわ……だけど……』

「……まあ気持ちは分かるが……」

『あの年齢であの外見はねえ……小学生かと思ったわよ……』

「マジでハーヴィンだわあの女。闇で剣刀得意だぜ、サプれるならサプりてえわ。戦い方からして背水じゃなくて渾身だしメッチャほしい……」

『はーう゛ぃん? サプる? 渾身……?』

「…………ワリィ、なんでもねえ、忘れてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年一組教室。

 朝のHRを控え生徒が集うそこは、普段とは違う緊張感に包まれていた。

 

 理由はもちろん、『亡国機業』なるテロリスト集団による全世界への無人機による襲撃──ではない。

 確かに死傷者が多数出てこそいるものの、まだ世界大戦規模の戦禍には至っていない。むしろ学園にいる彼女たちは比較的安全だ。ゴーレムによる襲撃を幾度も乗り越えて、一組生徒らは無人機襲来に慣れてしまっていた。

 ただ、一組がイレギュラーなのは明白であり、他の教室では生徒らが暗い顔をしているのも確かである。

 

「今日の午後は日本代表が来るんだってねー」

「本土防衛に一区切りついて、継続投下はないだろうから、今のうちに学園の戦力拡充に力を入れたいんだっけ?」

「でもさすがに生徒を動員することはないでしょ、多分」

 

 雑談に興じながらも、皆どこか落ち着かない。

 何故、一年一組が緊張感に包まれているのか。

 

「…………」

 

 それはこの、極めて難しい顔をした男──織斑一夏が原因である。

 空席となっている隣の机を見つめながら、彼はじっと時を待っていた。

 

「おはよう」

 

 ガラリと扉を開けて、教室に黒髪の乙女が入ってきた。

 紅眼は見る者を畏怖させ、両手に剣を握ってないことがどんなにありがたいかを実感する。

 

 冠する二つ名は『世界最強の再来』。

 実力に裏打ちされた日本代表候補生ランク1。

 東雲令である。

 

「あ、令ちゃんおはよー」

「おはよ、今日も可愛いねれーちゃん! ちょっとそこでお茶しない?」

 

 毎朝東雲をナンパしている生徒一名はさておき。

 敬愛する師匠の教室へのエントリーを確認して、一夏はゆっくりと立ち上がった。

 

「おりむー、おはよう」

「ああ、おはよう東雲さん」

 

 きちんと朝の挨拶を終えてから。

 一夏はその手に持っていた、丸っこくかわいらしい弁当箱を掲げた。

 

「東雲さん、弁当作ってきたんだ。良かったら食べてくれないか」

「寿司があるんだが(条件反射)」

「畜生ォォォッ!」

 

 一夏は手作り弁当をすげなく無下にされ膝から崩れ落ちた。

 コンマ数秒後に事態を理解した東雲も(えっ今の弁当? 当方の弁当? え? なんで断ったの!? あああああああああああああああああああああああああ!!)と発狂しているが、それを見抜く術はない。

 

「勝てない……ッ! 俺は……寿司に勝てない……ッ!」

 

 拳を床に叩きつけ泣きわめくその姿に、クラスメイトらは呆れた視線を送った。

 好敵手の無様な姿を見かねて、箒と雑談に興じていたセシリアが恐る恐る声をかける。

 

「あの、一夏さん。すごい視線集めてますわよ。立ち上がった方がよろしいかと」

「俺は負け犬です……寿司以下の無様な男です……!」

「あっこれ相当メンタルにキテるやつですわね」

 

 これは一夏にとって、彼だけの戦争だった。

 床に胡座をかいて座り込み、唇を噛んで思考を回す。

 あの日以来、専用機持ちタッグマッチトーナメントを終えて、東雲の口から彼女の無自覚な異常性を聞いて以来。

 ずっと、考えていた。

 

(味覚が違う──彼女なりの判断材料だけで、味の善し悪しを()()()()()()()()()()()()()()。多分そういうことなんだ。美味しいかどうかは結果としてラベリングされるだけ)

 

 恐らく甘い、苦い、辛い、といった味覚が、食事とは別の所に切り離されている。感じているのかどうか──一般的な味覚が存在するのかどうか──は判断できないが、それを食事の価値判断に含めていないのだ。

 それさえ認識できたのなら、分かる。辻褄が合う。

 常人とは異なる判断基準が、それだけが存在する。

 だが──彼にとって、()()()()()()()

 

(例えば辛くないと美味しくないっていう人もいる。千冬姉みたいにビールに合うかどうかで全てを決めてる人もいる。根本的にズレがあったとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一夏なりの結論だった。

 肌の色が違っても同じ人間であるように、たとえ東雲が自分たちと異なる感覚で食事を味わっていたとしても。

 

(東雲さんは食事してる。食事を楽しんでる。そこは俺たちと何も変わらないじゃないか)

 

 だから追求することも、思い悩むこともやめた。

 当事者でない自分に分かることなどたかがしれている。

 だから一夏はその点を誰かに言うこともなく、東雲に人間の味覚を教えてあげようなどという傲慢な考えを持つこともない。彼女の意思を尊重するべきだと判断した。

 問題は──

 

(問題は! その感覚で飯を食われてると! いつまでたっても俺の料理を食べてもらえねえッ!!

 

 この男、料理に関しても普通に負けず嫌いである。

 

「そんなムキにならなくてもいいだろう……」

 

 呆れた様子でラウラが声をかけるが、顔を上げた一夏はキッとにらみ返す。

 その真剣な表情に『ンンン……』とラウラが頬を染めて顔を背けたが、セシリアは恋は盲目だなと思った。

 

「俺は──寿司より強い男になりたいんだよッ!」

「一夏、お前はさっきから何を言っているんだ??」

 

 馬鹿でかい声を聞いて、箒は目を閉じてこめかみをもんだ。

 幼馴染が阿呆になり果てているのは、見ているだけでつらかった。

 

「あはは。負けず嫌いだから頑張ってこれた面もあるけど、やっぱり考え物だね……」

 

 ラウラの隣にやって来たシャルロットが苦笑を浮かべて、一夏と東雲を交互に見た。

 その動作は──(自称)恋愛ガチ勢である箒の背筋に、悪寒を走らせた。

 

「でもそうだねー、ちょっともったいないし、さ」

 

 割って入る間隙などなかった。シャルロットの動きは非の打ち所がなかった。

 傍観者としての立ち位置から、一気に当事者として踏み込む──いわば恋愛高速切替(ラピッド・ラブ・スイッチ)

 

「弁当。余ってるなら僕がもらっちゃおうか?」

『……ッ!』

 

 卑しい女である。

 全ギレで東雲が怨念のこもった視線を向けていることなどつゆ知らず、シャルロット・デュノアが一夏に右手を差し出す。

 

「どうかな。僕、今日は学食で済ませようと思ってたけど、せっかくなら一夏の手料理が食べたいなって」

 

 見ているクラスメイトらが戦慄する。

 完璧なタイミング。一夏の料理人としてのツボを刺激する言葉選び。

 

(やられた……!)

 

 箒は拳を握り、歯を食いしばる。

 こうなってはもはや自分の出る幕はない。

 懸想する男子の弁当箱が恋敵の手へ渡るのを、指をくわえて見ているしかないのだ。

 

 しかしシャルロットの勝利を誰もが確信した、直後。

 

 

「いやこれは東雲さんのために作った弁当だから無理」

「はあああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 

 シャルロットはキレた。

 結局お弁当は、一夏が責任を持って、泣きながら二人分食べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼休みを終えて。

 一年生は全員、第二アリーナに集合していた。

 観客席にクラス別で座り、これから始まるISバトルを学業の一環として観戦する。

 

 そう──世界最強の再来と、日本代表の戦い。

 

「……なんか俺まで緊張してきた」

 

 東雲たっての希望と、バトルの目的上専用機持ちには優先して学習させる必要性が噛み合い。

 一夏ら専用機組は、ピットにて待機していた。

 

「おりむーたちにとっても学びとなるだろう……が、まず、当方は負けたくないな」

「ああ。俺だって東雲さんに勝って欲しいさ」

 

 顕現させた愛機にチェックを走らせる東雲の言葉に、一夏はそう返した。

 対戦相手である日本代表はまもなくピットに到着するらしく、セシリアたち代表候補生は一様に口をつぐんでいた。

 

「……一夏。これはお前にとって、大きな経験となるだろう」

「ラウラ?」

 

 眼帯の少女の言葉に、セシリア、鈴、シャルロットは頷く。

 

「国家代表って言うと、あんたは生徒会長を連想すると思う。あの人は確かに強いけど、国家代表としては中の下ぐらいね」

「……ッ!?」

 

 中の下──鈴が下した評価に、一夏は顔をこわばらせる。

 

「そして、今から来る日本代表。恐らく令さんがいなければ彼女こそが『世界最強の再来』と呼ばれていたでしょう」

「そ、それはつまり……その……」

 

 重い声で告げられたセシリアの補足に、箒はうろたえつつも続きを促す。

 最後の言葉はシャルロットが引き取った。

 

「うん。国家代表の中でも、モンド・グロッソ総合優勝に最も近いとされ、さらに直近の本土防衛戦においては単騎で敵戦力の75%を駆逐した英雄──それが今の日本代表、『疾風迅雷の濡羽姫(ぬればひめ)』だよ」

「濡れ場姫はヤバくね?」

「そうじゃありませんわ」

 

 一夏の反応をセシリアが真顔で訂正する(セシリアは濡れ場の意味をしっかり知っていた)。

 その同時、だった。

 

「それほどの評価、身に余るであります。私はまだまだ未熟な戦士なのですから」

 

 全員ガバリと振り向いた。

 ピットの入り口。

 日本最高峰の整備班を引き連れて、()()は立っていた。

 

「日本代表──」

「堅苦しい挨拶はなしにしましょう。時間がもったいないのであります」

 

 一夏が驚愕の声を上げた直後、分かっていたというように、ショートカットの黒髪を揺らしながら彼女は制止した。

 だがそうではない。

 彼の驚きはそこにはなかった。

 

「……なあ、セシリア。なあなあ」

「はい?」

 

 隣のライバルに、一夏は小声で問う。

 

「あの人、何歳?」

「んっ……ちょっと、耳に近すぎます、くすぐったいですわ……あ、箒さん睨まないでください……コホン。確か山田先生と同い年、と記憶しています」

「嘘つけ」

 

 一夏は改めて国家代表を見た。

 背丈──多分、140センチを割っている。

 顔つき──親友である弾の妹、五反田蘭より遙かに幼い。

 服装──日本の国旗が胸元にあしらわれた特製ISスーツ。しかし胸部は豊かに膨らみ、日の丸が微妙にひしゃげていた。

 

 

 胸以外小学生の巨乳ロリがそこにいた。

 

 

「……お久しぶりです」

「む。東雲代表候補生、確かに入学以来であります」

 

 機体から降りて、東雲は彼女の正面に佇む。

 整備班は代表が顕現させた黒いISの周囲に集まり、早速調整を始めている。

 

 思わず一夏たちは唾を飲んだ。

 日本代表と、世界最強の再来が相対している。結ばれた視線が明確に火花を散らした。

 

(……ッ! ライバル視、してるのか? 東雲さんが……対抗心を表に出している……!?)

 

 表情こそ変化はない。

 だが付き合いの深い一夏、箒、セシリアは読み取れた。()()()()()()()()()()()()()()()()が、そこにはあった。

 バトルを前にしてどんな会話を交わすのか、呼吸すら忘れて耳を傾けてしまう。

 しばらく無言で見つめ合ってから。

 先に口火を切ったのは日本代表だった。

 

 

「相も変わらず貧乳でありますな」

「……………………」

 

 

 東雲、キレた!!

 

「えぇ……」

 

 初動でド直球の挑発を見せられ、一夏が困惑の声を上げる。

 真横で鈴とラウラがものすごい顔をしていたが、幸いにも彼の視界には入っていなかった。

 

「……濡羽姫殿の声が聞こえた。どこだ?」

「おやおや。背丈など弄られすぎてノーダメであります。挑発が下手なのです」

 

 冷たい声色で東雲は反撃を試みるも、代表──濡羽姫は嘲笑を浮かべて肩をすくめる。

 それからまじまじと、東雲を、正確に言えばその平坦な胸部を見つめて。

 

 

「それにしても、マジで……マジで貧乳ですな。絵で描くときに胸がなさ過ぎて織斑一夏君の制服の影を参考にされてそうなのです(実話)

「表に出ろ」

 

 

 舌戦は、日本代表の圧勝で幕を閉じた。

 

 

 

 

 







箒ちゃん誕生日おめでとう!(土下座)




次回
56.世界最強の再来VS日本代表(前編)


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56.世界最強の再来VS日本代表(前編)

 IS学園第2アリーナ。東雲令と日本代表による模擬戦。

 屈指のIS乗りと名高い『疾風怒濤の茜嵐』と『疾風迅雷の濡羽姫』による、世界の頂に最も近いバトル。

 その決着が今まさにつかんとしていた。

 

「──九手、死ねぇ日本代表ッ!!」

「死ぬのはそっちなのです」

 

 

 えっ。

 

 最後の一撃をくれてやろうとした東雲が凍り付く。

 黄金の雷をまき散らしながら。

 結末をひっくり返す致死の居合いが、東雲めがけて放たれた。

 

 

 

  l________________

〈   To Be Continued   Xl 

  l ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 ──東雲の脳内でアコギのイントロにうねりまくったベースがインしたところで。

 時は少し巻き戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 管制室に一夏たちが入れば、既に二つのISがアリーナ中央に佇んでいた。

 大型モニターに映されるその光景を見ながら、セシリアとシャルロットが自分のデバイスを起動してメモを取る準備を始めた。

 一夏もメモシステムを起動させようとしたが、やめた。感覚的な察知だった──多分、そんなことをしている余裕がない。

 

「……両者共に準備完了。アナウンスをお願いします」

「分かった」

 

 水色の髪のオペレーターの言葉に、千冬が頷く。

 やたら聞き覚えのある声だなと一夏が顔を向ければ、席に座っているのは簪だった。

 

「って、簪。いないと思ったらこっちにいたのか」

「……先生たちの一部が、本国に呼び出されてて……人手が足りないから、手伝ってるの」

 

 教員用のインカムを外して、簪はオペレーター席から立ち上がる。

 横一列に並び来賓用の椅子に座る一夏らを見渡して、簪は唸った。

 

「席がない」

「ああ確かに……空いてるとしたら俺の膝とかか?」

 

 一夏はおどけるように言った。隣でセシリアがこいつ正気かよと両眼をカッ開いてまじまじと彼の横顔を見つめる。

 だがしかし。その提案を受けて、簪は数秒考え込み。

 

「分かった」

「は?」

 

 ぽすん、と一夏の膝の上に腰を下ろした。

 

『!?!!?!!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!!!?!!?!!?』

 

 箒、鈴、シャルロット、ラウラが声にならない悲鳴を上げた。

 目を丸くして言葉を失う一夏と、両手で顔を覆うセシリア──この場において正気を保っている人間の割合ががくんと減った。SAN値チェック失敗である。

 

「ちょ、ちょっと簪、お前……」

「……冗談。思ったより恥ずかしかった……

 

 頬を紅くして、そそくさと簪は一夏の上から退いた。

 無論他の女子らは般若のような表情でその背中を見ていた。

 何今の。彼女か? 同棲している彼氏と彼女か? 

 極めて不愉快であると箒鈴シャルロットが表情で訴えた。

 

「……試合を始めるぞ」

 

 背後でちょっとした地獄が広がったことを察知して、千冬は呆れかえりながらアリーナにアナウンスする。

 選手──否。戦士二名が頷いた。

 

『当方は問題ありません。既に魔剣は完了しています』

『私もなのです。()()()()()()()斬り捨てるのみです』

 

 戦意は十分。観客が息を呑む。

 簪がオペレーター用の席を転がして一夏の隣に置いて座った(シャルロットとの間に割って入る形になり、シャルロットは笑顔で額に青筋をビキバキと浮かべていた)のを確認して、千冬は管制室のコンソールに指を置く。

 ボタンを押せば、アリーナの大型モニターがカウントを始める。

 

 同時──日本代表が身に纏う漆黒の専用機が、甲高い奇っ怪な音を奏でた。

 

「……ッ? 今のは……」

 

 一夏の感覚が何か違和感を捉えた。

 見れば箒も訝しげに眉をひそめている。他の面々は、それがあって当然だといわんばかりに顔色を変えていなかった。

 

(見た目に変化があったわけじゃない……装甲の変質? いやもっとこう……落ち着け……あの感じを引き出せれば……)

 

 意識を集中させる。思考回路が数倍に増えるような、認識できるようなレイヤーが増えていくような没入感。

 頭の奥底に甲高いノイズを響かせながらも、一夏はモニター越しに拾える情報全てを精査していく。

 

(何かが変わった……戦闘用に何かを切り替えた……違う。切り替えてない。元からあったものが変質したわけじゃない。()()()()()()()? 不可視の……それでいて戦闘用の……!)

 

 両眼が紅く染まっていく。能動的に引き出した情報受信・処理能力。

 それを活用し、一夏は自らの手で結論を導いた。

 

「──磁力を、身に纏ってるのか……!」

 

 解説無しに言葉を発した彼に、周囲がぎょっとする。

 その刹那に試合が始まった。

 先手を取ったのは意外にも東雲。一歩踏み込めば音を置き去りにし、二歩踏み込めば間合いの内。三歩踏むとき、既に両手には刃が握られている。

 

(な……()()()()()()()()()()()……!?)

 

 相手の動きを読み切ってからの反転攻勢で勝負を決するのが、彼女が保有する戦闘理論──即ち魔剣である。

 だが開始のブザーが鳴ると同時に、東雲は最速で距離を詰め剣を振るっていた。

 代表も腰元から刀を抜刀し、表情を変えることなく、小刻みに位置や角度を調整しつつ東雲の攻撃を受け止めた。

 後ろへ下がりつつポジショニングの妙で攻撃の勢いを削ぐ代表と、攻めきれない東雲。

 構図は、東雲を知る者からすれば信じられない代物だった。

 

「……これ、真剣勝負じゃなくてパフォーマンスでやってるのか……?」

「違う……令は、代表相手だと最初から攻め込むよ」

 

 思わず一夏は問うが、それを簪が即座に否定する。

 そして。

 

「正確には……攻め込まざるを得ない。だって、()()()()()()()()()()()()

『──!?』

 

 簪の言葉に一同は言葉を失った。

 しかしどこかで納得している自分がいるのも、一夏は自覚していた。

 

 超攻撃的なスタイル故に、東雲令は勘違いされることが多い。

 刀を次々と使い捨てていく絶え間ない連撃。

 防戦に追い込み、そして防御を真正面から撃ち抜く猛攻。

 しかし──しかし。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

(そうだ。東雲さんの本質は戦闘の趨勢全てを読み切る戦闘理論。魔剣っていうのはそういうものだ。連続攻撃はあくまで副産物……!)

 

 つまり東雲の攻撃は、日本代表を攻勢に入らせないための──()()

 一太刀一太刀が並のIS乗りを八つ裂きにする、絶死の牽制!

 

『……濡羽姫殿、また腕を上げましたね……』

『整備の方々に感謝せねばならないのです。『電磁加速(マグネット・ブースト)』の理論値を底上げしてくれたのでありますから……!』

 

 火花散る攻防戦の中、二人は他愛ない会話を交わしていた。

 聞き慣れない言葉を受けて、一夏は首を傾げる。

 

「──電磁加速(マグネット・ブースト)……?」

「そう。日本代表の専用機『宵明(よいあかり)』が有する、第三世代型の加速システム」

 

 従来の瞬時加速(イグニッション・ブースト)は一度外部に放出したエネルギーを再度取り込み、アフターバーナーの要領で追加推力に変換するテクニックだ。

 タイミングや角度調整に高度な技巧を求められる、上級者用の加速技術。

 簪はその前提を確認してから、説明を続ける。

 

「一夏の……炸裂瞬時加速(バースト・イグニッション)は、ネーミングこそ瞬時加速を元にしてるけど、まったくの別物……そして代表の電磁加速も、そこは同じ。『打鉄』の後継機は私が担当して、今の代表はまったく新しい技術のテスターになった。そしてその技術を活用して代表の座に上り詰めた……」

 

 試合を見れば、やはり東雲の斬撃は通用していない。

 受け止める際に芯を外されているのだ。だが、剣術において上回られている、という感じではない。

 

「……その、なんだ。もしかして、さっきから動きが変なのって、それか?」

「……そう、だけど」

 

 ()()()()()()()、と初見で気づけるIS乗りがどれほどいるだろうか──

 簪はその言葉を飲み込み、彼と同じようにモニターへ顔を向けた。

 

 濡羽姫は微細な位置取りの変化で東雲の攻撃を鈍らせていた。微かに剣筋が傾いでしまい、そこを刀身で弾かれる。やっていることは、先日の決勝戦で鈴がやっていた防御術と同じだ。

 しかし精度は段違いである。何せ、鈴は一夏の攻勢を殺し、代表は東雲の攻勢を殺しているのだ。

 

「鈴はPICで滑るように動いてた……だけど、代表は何か違う」

「そーね。あたしの方が動きは滑らかなはず。だけど濡羽姫の方が圧倒的に鋭いわ」

 

 曲線を描くことなく、代表はあくまで直線的な移動に徹している。

 それはおかしいのだ。なぜなら慣性作用のみで戦闘機動を行う場合、どこかしらで必ず曲線を描いて移動する必要が生まれる。直線のみでは直角に曲がる際の減速を捉えられるからだ。

 

「代表……濡羽姫、か。あの直線軌道が──」

「ええ。日本代表最大の武器である『電磁加速(マグネット・ブースト)』──アレはいわば、自身を弾丸とした電磁加速砲(レールガン)なのですわ」

 

 セシリアの言葉に、一夏は得心が行った。

 なるほど磁力を身に纏っているのはそれか。鉄を打ち出す推力を、自らが移動する際の加速に転じさせているのだ。

 

「それだけじゃないわよ。自分を守り、攻撃を減衰させる電磁バリアとしての役割もあるわ」

「生半可な攻撃じゃ、届く前にねじ曲げられるね」

 

 鈴とシャルロットの補足を受けて、やっと一夏は日本代表に抱いた違和感を解消できた。

 

(電磁バリアによる防護、そしてその磁力を利用した直線加速! それが日本代表の戦闘理論か……!)

 

 モニターを見た。東雲の猛攻を、濡羽姫は涼しい顔で受け流している。

 自分ならそろそろじり貧になる──巧緻極まる連続攻撃を読み解き、一夏はそう判断した。

 しかし濡羽姫の挙動に──淀みなど一切なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつも通りでありますな。『強襲仕様(パワーフォース)』の実戦データを元に、いよいよ『茜星』の最終調整が成されていると聞いたのありますが」

「肯定。しかしまだ未完成です──恐らく()()()()()()()()にギリギリ間に合うかと」

「嗚呼……東雲代表候補生もでありますか」

 

 避けきれない斬撃が、互いのエネルギーをじりじりと削っていく。

 両者既に、エネルギー残量は五割を切っていた。

 そんな熾烈な剣戟の最中で。

 ふと、日本代表は気遣うような声色を出した。

 

「──心配ご無用。当方の力は、学園ではなく戦場においてこそ最大の働きを発揮すると理解しています」

「そうでありますか」

 

 東雲の振るう剣を弾いて、代表は表情を引き締め直した。

 磁力で自分の身体を叩き、細かい直線加速を重ねていく。常人ではあっという間に眼を回すだろう。だが東雲ははっきりと、己が斬るべき相手を見据えていた。

 

「ええ。当方の存在価値は敵を斬ることで確かなものになる。それは今この瞬間も同じです、故に──」

 

 微かな間を置いて、空気が激変する。

 東雲の視線が滑らかに日本代表を貫いた。

 

これより迎撃戦術を中断し、撃滅戦術を開始する

 

 連撃を中断し、東雲が一気に距離を取った。

 背部バックパックが分離し、独立したバインダー群が回転し抜刀位置に置かれる。

 ついに来るかと、代表が刀を持つ手に力を込めた。

 

 

 

「──()()()()

 

 

 

 誰もが息を呑んだ。

 均衡が破られる。瞬きをすることすら許されない。

 ここから一息に結末まで疾走すると、全員が確信した。まさしく頂点を争う決戦に、幕が引かれると。

 

 己の心拍音すら邪魔に感じる静謐の中。

 いつも通りの自然体で、東雲は絶死のカウントを口にする。

 

 

 

 

 

「当方は──九手で勝利する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(その胸、引き千切ってやる……!!)

 

 猟奇殺人はご遠慮ください……

 

 






スクロール特殊タグの実装、マジで冒頭のあれしか思いつかなかった
運営さんごめんなさい



次回
57.世界最強の再来VS日本代表(後編)



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57.世界最強の再来VS日本代表(後編)

二話まるまるパロディに費やすって本当に最終章目前なのかよこの小説


 決戦は息詰まる終盤を迎えていた。

 魔剣を完了させた東雲が、静謐極まりない空気を身に纏い、敵と相対している。

 

 彼我の距離は数十メートル。即ちISバトルにおいては瞬きする間に死ぬ。

 だというのに、日本代表は特別気負うこともなく、刀を緩やかに構えた。

 数秒の沈黙──耐えきれず、観客の一人が唾を飲んだ直後。

 

 間合いが、刹那に詰められる。

 

「一手ッ!」

 

 振るわれた斬撃を代表は軽く弾いた。全身を防護する電磁バリアに絡め取られ、東雲の攻撃が勢いを削がれているのだ。

 攻撃において『世界最強の再来』を上回るとされ、しかし圧倒的な堅守も見せつける日本代表──そんな彼女が。

 

「チィィ──!」

 

 舌打ちとともに、握っていた刀を東雲めがけて投げ込んだ。軽く首を傾げるだけで、東雲はそれを避けた。

 長い黒髪がたなびく後ろで、ブーメランのように回転しながら、刀身が砕け散っていく。

 

()()()()()()()()()()()()()! 電磁バリアの膜を貫通してからインパクトを上乗せしたのでありますか! 一手目は此方の武装を破壊するためのみに……! しかし今の技術、一体どこから引っ張ってきたのです!?)

 

 答えは、管制室で絶句している、彼女の愛弟子だ。

 織斑一夏が研鑽の果てに身につけた、瞬間的な斬撃出力増加テクニック。

 一度それを身に受け、あろうことか二度目は第三者視点で観察できた。

 ならば──東雲令に実行できない道理はない。

 

「二手、三手ッ!」

 

 続けざまに東雲が連続抜刀術を放つ。

 代表が二本目の太刀を引き抜く暇もない。最小限の身体捌きで致命傷にならないよう受け流していく。見事なポジショニングと電磁バリアが重なり、斬撃は代表相手にクリティカルなヒットを果たせない。

 だが三手目──それが日本代表の愛機『宵明』の胸部装甲をひっかいた。

 

 おや、と濡羽姫は悲しげに眉を下げて。

 

「これは不覚。おっぱいに当たってしまったのであります」

四手(しね)ェェェェッ!!」

 

 怒りに身を任せるような愚行はしなかったが、声にこれ以上無い殺気が載せられた。

 唐竹割りが強引に電磁バリアを破り、しかし刀身の根元に肩を入れられて威力のほとんどを殺される。

 

「五手!」

 

 東雲にとって──それは想定済み。

 砕けた刀を捨てた左手、その真後ろに、既に次の得物が待機している。

 東雲はそれを()()()()()()()()()──これもまた、一夏が東雲相手に披露した技術を模倣、更なる改良を加えた上位互換だ──代表の胴体に斬りかかる。

 観客全員が有効打を確信した。回避は間に合わない。

 しかし。

 

「無駄でありますよ」

 

 管制室で、一夏は思わず限界まで目を見開いていた。

 濡羽姫の右肘と右膝。それらが()()()()()()()()()()()()、刀身を噛み止めていたのだ。

 

(磁力を操作して防御行動の速度を上げたのか……当方が最後に戦った時よりも、イメージ・インターフェース兵装の柔軟性に磨きがかかっている)

 

 かつて一夏がクラス対抗戦で咄嗟に見せた絶技。その完全上位互換。

 基礎からレベルが違う。

 次元が、違う。

 格下にできること等全て実行可能。それでいて、自身独自の強力な技術も持ち合わせている。

 

 これが、日本代表──管制室の面々は息をすることすらできなかった。

 

 見る者を魅了する濡羽姫の戦闘機動。

 故に数秒、誰もが忘れていた。

 

「……ッ!」

「──六、七手」

 

 ──東雲令は()()()()()()()()()()()()、『世界最強の再来』と呼ばれているという事実を。

 

 攻撃を止められたことなど頓着せず。

 東雲の両手は既に閃いていた。代表が二本目の太刀に手を伸ばすが、もう遅い。

 磁力バリアの反発力をすり抜けるようにして、正確無比な斬撃が代表の首に吸い込まれる。

 

「磁力パターンは読み切った。詰みです」

 

 火花が散り、エネルギーバリヤーが食い破られ、絶対防御が発動。

 金属を跳ね返す磁力の渦。だがそれはあくまで、濡羽姫が人為的に操っている代物。

 既に何十何百と切り結んだ──ならば、その指向性を読み切ることなど、東雲にとって造作もない。

 たたらを踏んで代表が数歩分下がる。即座にそこを詰め、東雲が次の太刀を振るう。

 

「八手」

 

 斬撃というよりはゴルフのスィングに近かった。

 真下から振り上げられた深紅の太刀が、濡羽姫の顎を打つ。

 その時にはもう東雲は次の剣を引き抜いていて。

 トドメの一撃を、大上段に振り上げていて。

 

 

 

 勝敗は、決まった。

 

 

 

「──九手、死ねぇ日本代表ッ!!」

「死ぬのはそっちなのです」

 

 

 

 勝負が決まる、刹那だった。

 天を仰いでいた代表がバッと顔を東雲に向け、悪鬼が如き笑みを見せた。

 同時。

 

 機体全体を覆う磁力のバリアが、突如として形状を崩した。

 

 否、否! 崩したなんてものではない──解放された磁場はサイクロンのように、二人を中心に据えて荒れ狂っている。

 戦場が、不可視のカオス状態に陥った。

 身体を覆う鋼鉄の鎧が軋みを上げる。東雲の剣筋が、乱反射する磁力に巻き込まれ不自然に傾いだ。

 

「……ッ!?」

 

 修正は間に合わない──全くの無秩序である磁場を読み切れない。致命打は無様な太刀筋に成り果て、空を斬るに終わった。

 なるほど、と東雲は感嘆する。防御一切を脱ぎ捨てることで、副次的に磁力の乱反射を発生させ、金属による攻撃を無効化する。レーザー類には無力だろうが、バリアを貫通してくる近接戦闘用ブレードやライフルの弾丸すら、代表の身体に到達することはなくなっただろう。

 だが条件は相手も同じだ。

 

(必ずどこかで解除する。そこが付け目だ──)

 

 東雲は冷静に機体制動を調整しつつ、次なる攻撃のタイミングを探し始めた。

 しかしその中で。

 

 代表の左腰。納刀されている最後の得物。

 既に濡羽姫は柄に手を添えて、抜刀の姿勢を取っていた。

 

「たまには、胸囲以外でも勝たねばなりませんので」

「な──!?」

 

 東雲の眼前で、刃が解放された。

 鞘から顔を出した白銀の刀身は、黄金の光を纏っている。過剰エネルギーか、それは雷のように周囲へまき散らされた。

 あり得ない、と世界最強の再来は驚愕する。攻撃が届くはずがないのだ。この不規則な磁力に支配された場で、相手に狙って斬撃を当てることなど不可能のはずだ。

 

「……ッ!」

 

 咄嗟に受け流す体勢を取ろうとして、気づく。

 磁力の嵐が『茜星』の装甲に干渉して、平時の明鏡止水が如き受け流しすら成立しない。

 

(これは──当方の防御術を想定した──!?)

 

 東雲の観測を超えて、濡羽姫の斬撃は()()()()()()()()()

 

 

 

 

「──電磁炸裂抜刀(バースト・マグニソード)。どうぞご賞味あれ」

 

 

 

 紅き刃を真っ向から断ち切り。

 黄金の光が、東雲の視界を埋めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 磁力バリアを解放した際の無秩序な──磁気嵐に則り、こう呼称しよう──磁場嵐。

 東雲の観察眼を以てしても、人間には操りきれぬカオス状態と断じられた。そう、断じざるを得なかった。

 

 

 しかし濡羽姫は磁場コントロールを手放してなどいなかった。

 この決戦の結末は、それが全てだ。

 

 

 空間そのものを埋め尽くしていた磁場嵐。

 それが()()()()()()()()()()()()、一筋の電磁レールへと収束したのだ。

 不規則な乱反射であった。しかしその不規則性は、代表が計算し尽くした、かりそめの姿。

 そこから一転して、磁力を局所的かつ極大出力で収束。

 腰元に納刀状態で待機している太刀を刹那の内に敵へぶつける必殺技術。

 

『──()()()()……とでも言うべきでありましょうか」

 

 茶化すような声色だが、言葉に嘘偽りはない。

 まさしく濡羽姫の一閃は、地に墜ちる雷ですら断ち切るだろう。

 

(……二度目はないでありますな。ただまあ、今は勝利を喜ぶとしましょう)

 

 異名に違わぬ疾風迅雷。

 日の本を背負う女傑は、底知れぬ色を瞳に湛え。

 地面へと墜落していく『茜星』を見つめながら。

 静かに、それでいて荘厳に──納刀音を響かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブザーが鳴ったとき。

 放心して、生徒たちは立ち上がることすら出来なかった。

 

「……嘘、だろ」

 

 一夏は呆然と、口から言葉をこぼした。

 横に並ぶ面々も両眼をこれ以上なく見開いて愕然としている。

 

 モニターに表示される──東雲令、エネルギー残量ゼロの表示。

 

 自分ならどうだった、と誰もが考えた。

 東雲の二手と三手の連撃──そこでやられる。運次第では乗り越えられるかもしれない、だが五手だ。あの逆手抜刀の速度に、対応できない。間違いなくそこで詰む。

 だというのに──結果として八手を受けても尚生存し、九手を撃たせずに、カウンターの一閃で濡羽姫が東雲を沈めた。

 言葉を失う一同を見て、簪は小さく頷く。

 

「みんなは慣れてないよね……令相手に、あの人は大体二割の確率で勝てるの」

「二割……!」

 

 恐るべき数字だ。

 二割──二割、東雲令に勝てる。

 

 しばし無言の時間が続いてから、一夏たちは慌てて立ち上がり、ピットへ向かった。

 既に試合を終えた両者はピットに帰還しており、装甲を脱ぎ捨てISスーツ姿で相対していた。

 

「……完敗です」

「いえ、次はないでしょう。一度きりのだまし技なのです。とはいえ今回は私の勝利でありますな」

 

 日本代表はピースサインを突き上げていた。

 東雲は平時と変わらぬ無表情……に見えて、両手を硬く握り肩をふるわせている。

 思わず一夏は声をかけようとして、だが言葉が見つからなかった。

 

「東雲さん……」

「……無様な姿を見せたな」

 

 そんなことない、と否定しようとして、口が巧く動かない。

 箒たちも心配げに師弟を見つめていたが、やはりどうにもできなかった。

 黙り込む二人を見かねてか、整備班に『今回の調整もイケてたのであります。強いて言うならバリア解除後の関節補強がやや甘かったのであります』と理論的な指摘をしていた代表が歩いてきた。

 

「東雲代表候補生。別に私にはいつでも負けていいと思うでありますよ。私、一応代表ですので」

「……それは、そうですが」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ハッと、東雲は顔を上げた。

 

「今の東雲代表候補生は、肝心な所で負けてしまいそうなのです。私、なんとなく感じるのです。致命的なタイミングで、致命的な敗北をしてしまうような……」

「それは……」

 

 濡羽姫の台詞には、何故か頷かざるを得ない、身に迫るような実感があった。

 絶対的な強者であるが故に持つ、『()()()()()()()()()()()』──織斑千冬にとっての第二回モンド・グロッソ。日本代表にとってのそれは知らないが、きっとあったのだ。

 そして東雲令はまだ、そんな失敗をしたことがない。

 

「……あー、失礼。代表、ちょっとチェック箇所が……」

 

 と、その時。

 整備班の一員である男性が、遠慮がちに濡羽姫へと声をかけた。

 代表は東雲に「では」と軽く一礼し──ささっと前髪を整え、自分の身だしなみを瞬時にチェックしてから、彼の元へ駆け寄る。

 

「はい、何でしょうか」

「あ、電磁制御担当(ぼく)じゃなくて。武装担当の方からです」

「むむ。分かりました……が! せっかく勝利したというのに、褒め言葉の一つもないのは遺憾の意を表するのです!」

「えぇ……」

 

 一夏たちの目の前で、なんか夫婦漫才みたいな会話が始まった。

 おや、とセシリアが目を丸くする。

 何せ分かりやすいほどに──日本代表の態度が違う。露骨にぐいぐい行っている。

 

「これはもしかして……」

「あらー、『疾風迅雷の濡羽姫』も隅に置けないわね」

 

 様子を窺う箒の声に、鈴がニヤニヤしながら乗っかる。

 セシリアはちょいちょいと簪の袖を引いた。

 

「簪さん。あのお二人は」

「……付き合ってないよ。()()

 

 まだ。

 その二文字に、思春期の少女たちが例外を除いて一挙に色めき立つ。

 

「なんだあの女面倒くさいな」

「やめてくれラウラ、その言葉は私たちに効く」

 

 もう一度やめてくれと懇願しながら、箒は無体な発言をしたラウラを諫めた。

 

「はい。ええと。それじゃあ……よ、よくやりました、ね?」

「何ですかその言い草は! 近所の子供相手でありますか!? まーた子供扱いしたのです! ぷんすかです!」

「ちょっ、それは拡大解釈ですよ!?」

 

 文句を一通りぶつけた後、わざわざ「つーん」と冷たい態度を声に表明してから、代表は自分の機体の元へ歩いて行った。

 その背中を見送ってから、自分が視線を集めていたことに気づき、整備班の男性が気恥ずかしげに咳払いをする。

 

「代表と仲いいんですね」

「仲……そうだねえ。良好な関係を築けているとは思うんだけど」

 

 一夏が声をかけると、男性は頭をかいた。

 

「どうにも今みたいに、ぼくのことをちょっかいのかけやすい相手だと思ってるみたいだ」

「はは。分かりますよ、そういう気苦労。俺もみんなには思いっきりブン回しても壊れないおもちゃだと思われている節があるので」

「それは大変だなあ」

 

 会話を聞いて──セシリアは卒倒しそうになった。

 

(それアピールですわ!! お二人とも!! 気づいて!! ください!! それは素直になれない乙女の!! 精一杯のアピールなのですわ!!)

 

 ISに関わる男性は馬鹿しかいないのか? と真剣に疑ってしまう。

 

「……子供扱い、してるわけではないんですよね?」

 

 男二人で心労を共有しているところに。

 恐る恐る、といった具合で、シャルロットが割って入った。

 整備班の男性は顎を指でさすりながら、首を横に振る。

 

「ああ、本人は気にしてるみたいだね。それは別にどうでも良くない? ぼくにとって彼女は素敵な女性だよ。さすがに雲の上の存在だけどね」

 

 それを聞いて。

 シャルロットは突然──間合いを殺して、勢いよく男性の両肩を掴んだ。

 

「あ──諦めないでくださいッ!」

「は?」

 

 何故かシャルロットは鬼のような形相で声を上げた。

 

「応援します! 僕応援しますから! 本当に応援します! 久々なんですこういうの! もう身の回りは人間関係メチャクチャで……! 恋愛ってそうですよね! 一対一で! 絶対実現させましょう! デート代とか全部出しますから! 住所も割り出します! ライバルがいたら任せてください!

 

 この女、必死である。

 がくがくと揺さぶられ、男性が泡を吹いていることにも、それを見て日本代表が冷たい笑顔で歩いてきていることにも気づいていない。

 

 セシリアは嘆息した。

 確かに、今ここにいる顔見知りは、シャルロットにとってはほとんどが恋敵である。普通に考えれば狂っているとしか言いようがない。

 

(だからこそ、わたくしたちが色々と気を回さないといけないのでしょうが……)

 

 基本的には箒を応援することを決めているセシリアは。

 部外者であるくせに場をかき回すことしかしていない、もう一人の傍観者──東雲令にそっと視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うるせ〜〜!!!!!

 知らね〜〜〜〜!!!!

 

 ╋━━━━

 Infinite Stra

 tos)

 

 

 東雲はヤケになっていた。

 よりにもよって──愛弟子の前で敗北したのだ。接戦であり一度きりのだまし技を使われたとはいえ、負けたのだ。

 

(畜生ォォォッ! 勝てない……ッ! 当方は……ロリに勝てない……ッ! 致命的なタイミングで致命的な敗北って、いつだよ!? 今でしょ!(全ギレ))

 

 落ち武者にふさわしい最悪の解釈である。

 真面目なアドバイスがまるで伝わっていない。これでは濡羽姫も浮かばれないだろう。

 

(当方は負け犬です……ロリ以下の無様な女です……!)

 

 奇しくも愛弟子とまったく同じ台詞を内心で放ち。

 ISバトルでも胸の大きさでも敗北した弱者は、がくりと肩を落した。

 

 

 

───────────────

東雲令

『世界最強の再来』

バトルは惜しかったが

胸囲は何も惜しくなかった──

再起不能(リタイア)

───────────────




ア サ ル ト ア ー マ ー



フランスクレーマー
「臨海学校で完結したらOVAの来ちゃった♪ができないじゃん!
 どうしてくれるのさこれ(憤怒)(かわいい)
 来ちゃった♪がやりたかったから連載したの!何でないの?
 それじゃぁ(高速切替)……これからOVA先取りしてさ
 来ちゃった♪を書いてくれたらぁ……
 今回のことを織斑先生に内緒にしてあげる」

第二のいなり一夏
「うっ(盾殺し(シールド・ピアース))」

フランスクレーマー
「来ちゃった♪が――フタチマルゥ…」



次回
58.愛に焦がれる多重奏(アンサンブル)



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58.愛に焦がれる多重奏(アンサンブル)

OVA回です


 貴方は知るだろう。

 平和な未来は常に、犠牲を強いてくることを。

 

 私たちは流れを堰き止めるには非力すぎた。

 やり場のない悲嘆と憤怒は、折り重なって桜色に成り果てた。

 絶望に抗う祈りこそが、希望を遠ざけていった。

 祈りは、いつしか呪いに反転していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽がそろそろ天頂にさしかかろうかという、日曜日の昼。

 フランス代表候補生にして、デュノア社の跡取りでもある金髪の美少女──シャルロット・デュノア。

 彼女は今、とある一軒家の前で立ち尽くしていた。

 

(大丈夫……一夏はこういう急な来客でも友人なら拒否しないタイプのはず……むしろ歓迎する可能性が高い)

 

 多くの修羅場を乗り越える過程で、彼女の観察眼は更なる飛躍を遂げていた。

 想い人である少年の人格を理解するなど容易い。奥底に存在する強い感情までは理解できずとも、他の面々に比べればずっと深く、相手のことを分かっているという自負があった。

 

(特別外泊届を出したことも確認済み。間違いなくしばらく空けっぱなしにしていた自宅の掃除に来ている。家の周囲に待機してるSPさんたちも僕を見てどこかに連絡を取ってる……だけど今の僕は、正式なフランス代表候補生かつデュノア社の跡取りだ。簡単に追い払うことは出来ないよね)

 

 深く息を吸った。

 シャルロットは自分の立場を理解している。理解した上で、ある程度の横着が許されることを自覚している。

 

(条件はクリアした。一夏自身に追い払われることがない以上、家には必ず入れる……!)

 

 改めて決意して、シャルロットはインターホンへ指を伸ばした。

 ピンポーン、と気の抜けるようなチャイム音が響く。しかしシャルロットにとっては、審判の日に鳴らされる荘厳な鐘の音に聞こえた。

 

「…………」

 

 応答はない。呼吸すら忘れて、シャルロットは真剣な表情でその時を待つ。

 しかし。

 

 ──シャルロットの気合いを嘲笑うかのように、ドアが突如開かれた。

 

「な──!? あ、えーとえーと……!」

 

 恋愛頭脳戦ガチ勢──とはあくまで表の顔。

 こうして不意打ちを食らえば、あたふたしてしまうのが人のサガだ。

 咄嗟に顔を背けて、自分の前髪を慌てて弄る。

 

「あっ、あのっ! ほ、本日はお日柄もよくっ──じゃなくてぇっ!」

 

 完全に気が動転した状態で、なんとか言葉を探す。

 脳内の冷静なシャルロットは『押し倒してチューしろ』と声高に叫び、お花畑担当シャルロットは『抱きついてチューしろ』と机を叩き、中立担当のシャルロットは『いいからチューしろ』と腕を組んで告げる。

 どんだけチューしたいんだこいつ。

 

(って、ダメだよ!? 往来だよ!? 百万ドルの夜景でもないよ!? 服だって普通の私服だし……!)

 

 ファーストキスにかける熱いシチュエーション願望を露呈しつつ。

 シャルロットは脳内の無能三名を高速切替で銃殺してから、咳払いを挟んだ。

 そして顔を上げ、ドアを開けてぽかんとしているであろう彼に最上級の笑顔を向けながら。

 混乱の極地にありつつも、最大にあざとい言葉を絞り出す──!

 

 

 

「……き、来ちゃった♪」

「うぇるかむ」(彼女面特有の謎余裕)(魔剣完了)(当方は五手で勝利する)(寝癖)(世界最強の再来)(すしざんまい)(彼シャツで差をつけろ)

 

 

 

 東雲令が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時はざっと24時間ほど巻き戻り、土曜日。

 

 ピンポーン、と気の抜けるようなチャイム音が響いた。

 一夏はそれを聞いて、ソファーから腰を上げる。

 ここはIS学園の学生寮ではない。土日を利用して、特別外泊届を出して大勢のSPに見張られながら戻ってきた自宅である。

 住民二名がほとんど学園にいるため、無人の空き家と化していた織斑家。もちろん政府から派遣された機密部隊により監視され、空き巣や他国のスパイなどが入らないように守られてはいたが、掃除などは一切されず床にはほこりが積もっていた。

 

 休日の間に掃除をして、ついでに学園へ持ち込めていない衣服類などをまとめて送るため段ボールに荷造りして、それから一夏は久しぶりに自宅で休みを取っていたのだ。

 

「はいはーい」

 

 インターフォンの受話器を取って返事をするが、声は聞こえない。

 まさかピンポンダッシュじゃないよな、と首を傾げつつも玄関へ歩く。

 そこで、ふと疑念がよぎった。

 学園から自宅にかけて、そして自宅に入ってからも、SPたちがついてきた。

 そして当然警護は続いている。ならばいたずらが出来るとは思えない。同様に勧誘等が通されるはずもない。中学時代の友人とすら自由に面会できない身の上だ。

 

(……誰だ?)

 

 このタイミングを把握し、利用してくるとしたら──それ相応の相手であることが容易に想像できた。

 思わず足を止め、背筋を伸ばした。

 足音を殺して玄関へと向かう。ドアノブを握ったとき、自分の心音がやけに大きく聞こえた。

 

(──ええい、ままよッ!)

 

 意を決してドアを開け放つ。

 そこには、黒髪があった。

 彼の視線より幾分か低い身長。鋭い深紅の瞳がこちらを見上げている。

 完全無欠に、私服姿の東雲令がそこにいた。

 

「来ちゃった♪」

「ほあああああああああああああああああ!?」

 

 一夏は普通にガチで悲鳴を上げた。

 あんまりなリアクションに、東雲はしかし顔色一つ変えない。

 

「……来ちゃった」

「い、いやもういいから。分かったけど……その──なんで東雲さんが?」

 

 頭蓋骨の内側に綿菓子が詰まっているとしか思えない言葉をリピートする師匠相手に、一夏はこめかみを押さえながら現状整理を試みる。

 だが──東雲が数秒考え込んでからの返答。

 

「ふむ……おうちデート、と言って通じるか?」

「は、はァッ……!?」

 

 一夏とて思春期の男子だ。

 おうちデート──付き合う前にするデートではなく、間違いなく交際中の男女が行うものだと容易に判断できる。

 見れば東雲はジーンズに白シャツと、飾り気のない──つまるところ、完全オフの服装だった。状況を理解して思考回路が凍り付く。

 

(う、うおぉ……ッ!? おうちデート、しに来たのか……!? いや待て! 東雲さんをそういう目で見るなんてもってのほかだ! 失礼だと思わないのか!?)

 

 世界最強の再来と名高い彼女と、自分が。

 余りにも身の程知らずだ。慌てて自分を律する。

 高鳴る心臓を無理矢理に押さえ込み、一夏は完全に平静を取り戻した。普段の訓練がここにきて役だったな、と小さく拳を握る。

 そんな様子には気づかないまま、さて、と東雲は言葉を切り出す。

 

「おうちデートとは何をすれば良いのか分からないのだが……同じベッドで寝る等か?」

「……東雲さん、それ、俺以外に絶対言わないでくれよ」

 

 自分の口から飛び出たとは思えないほど、低い声だった。

 発してから、思わず絶句する。

 

(何、を──ガキか俺は! こんな、こんな中学生みたいな独占欲……!)

 

 フォローするなら、確かに中学校は卒業したが、彼はまだ高校生である。

 身近な美少女、それも自分の人生を大きく変えるほどに深く関わり合った少女が余りに無防備な言動を取れば、戸惑うのも無理はない。

 ただまあ『俺以外に』というのは少し──彼の内心がにじみ出ていた。

 そんな、少女漫画のクール系イケメンが放ちそうな台詞を聞いて。

 東雲令は。

 

 

(あ、そっかあ。無防備だったね。気をつけよーっと)

 

 

 頼むからこういう時だけはもう少し深読みしてくれ。

 一夏が自分の頬を張って意識を切り替えている間に、東雲は部屋を見渡していた。

 

「そういえば、おりむーは何をしていたのだ」

「あ、ああ……えっと、『白式』にプリキュア見せてた

「いつからおりむーはボケになった?(困惑)」

 

 さすがの東雲も眉根を寄せた。

 一夏は軽く笑いながら、自分が座っていたソファーを指さす。

 普段は彼の腕に付けられている白いガントレット──待機形態の『白式』が、ふわふわのクッションの上に置かれていた。

 正面に置かれたテレビでは、確かに美少女たちが華麗な肉弾戦を演じていた。

 

「言語機能……だけじゃないんだけど。多分相棒は、色んなとこが制限されてるんだ。なら学習する機会さえあれば、段々とその制限を解除できるんじゃないかって。我ながらこれでいいのかとは思ったけどさ、実際段々覚えてきてるんだぜ」

 

 言うや否や、()()()()()()()()()()()()()()

 

しんしんとふりつもるきよきこころ……いちか、つぎのたたかいでこれやろう!

「修理に出した方がいいのでは?」

 

 思っていたより高度な──高度? ともかく一夏にも東雲にも理解できない音声が垂れ流される。

 

……いちか、そのおんなはだめ。しののめけいかくのざんしだよ。いちかのじんせいがくるったげんいんなんだよ? ぜったいにだめ……!

「何を言っているんだ……?」

「さあ? 東雲さんの私服にびっくりしてるんじゃないか? 似合ってるしさ」

 

 他の女子たちが喉から手が出るほどに聞きたいフレーズを、一夏はさらりと言い放った。

 されど東雲は鷹揚に頷き、着込んだシャツの襟を指でなぞる。

 

「そうだな。当方も箒ちゃんのコーディネートに感謝している」

「箒が選んでくれたのか?」

「ああ。出かけてくると言うと、喜んでやってくれたぞ。『令が休日に外出……! 任せろ! 親友として、私がお前にぴったりの服を選んでみせる!』と意気込んでいたな」

「はは。あいつらしいなあ」

 

 歓談しているが、箒は東雲が一夏の家を訪れるとは微塵も予期していなかった。

 親友からの、日常を謳歌して欲しいという切なる願い──それを身に纏って東雲は親友の想い人とのおうちデートを敢行していた。人間の屑である。

 

「で、その……結局何の用事で……?」

「おうちデートだが?」

「ああもう、そうじゃなくて! ええと、あれか、遊びに来たってことでいいんだよな?」

「解釈としては正しいな」

 

 東雲はできれば夜の大人の遊びもしたいと思っていたが、さすがにそれを読み取るのは無理があった。

 よし、と意気込んで、一夏は客人をもてなすモードへ移行した。余計な考えをせずに済むという狙いもある。

 

「遊べるものとかはあんまりないけど、精一杯頑張るぜ。とりあえず部屋から何か──」

「……ッ。あかねは本当に勝てるのか……?」

 

 一夏が顔を向けたとき。

 既に東雲はソファーに座り、画面に映し出される少女と異形のバトルに見入っていた。

 

「………………」

 

 気合いを入れ直した直後だったが、一夏は頬を引きつらせ、がくりと肩を落した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局夕方までプリキュアを見続け。

 一夏がそれとなく夕飯を作ろうとした瞬間に、いつの間にか手配されていたらしい出前の寿司が届いてそれを二人で食し。

 なんか東雲が当然のようにシャワー浴びて一夏のシャツを着て、一夏のベッドで寝だして。

 

 

 ──完全無欠におうちデートをやってしまい、唯一の男性操縦者は思春期特有のあれこれに悩まされながら居間のソファーで寝ていたのだ。

 

 

「……なる、ほど、ね?」

 

 事情を聞き終えて、シャルロットが頬をぴくぴくと引きつらせる。

 その横では、ソファーや椅子に座るいつもの面々が同様に肩を震わせていた。

 

 そう、いつもの面々。

 篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識簪!

 どいつもこいつも一夏がいると聞きつけ単独での奇襲を試みた、余りにスロウリィな連中!

 

「……話は分かった。ああ分かったとも。何もかも信じられなくなりそうだ」

「箒さん、気をしっかり……!」

 

 正確に言えば、箒は家へ遊びに来るに当たって最後まで葛藤し、見かねたセシリアが連れてきたのである。

 恐らくブッキングするだろうとセシリアは読んでいた。しかしまさか全員まとめて『世界最強の再来』に虐殺されるとは想定外である。

 

「てゆーか、マジでプリキュア見て、それから何してたのよ」

「ああ、結構夜遅くまで映画見てたんだ……定額サービス、ギリギリ期限が切れてなくってさ」

 

 眠そうな表情で一夏が告げる。

 様子からして何かやましいことがあったわけではなさそうだ。そこが確認できただけでも、鈴はよしとした。

 

「ならば服装はどういうことだ」

「……私も思った……あれ、Tシャツも短パンも、一夏のだよね……?」

「ああ、そうだぜ」

 

 何の気なしに返ってきた答えは、ラウラと簪を、そして他のメンバーを打ちのめすには有り余る代物だった。

 

(彼シャツで、泊まりデート……ッ! その1パーセントだけでもいいから分けて欲しいよ、令……!)

 

 シャルロットはむくれながら、リビングの椅子に座る東雲を見やった。

 だぼだぼのTシャツは胸元が大きく開いていて、白い素肌と鎖骨の隆起を全く隠していない。

 くあ、と欠伸をかみ殺しもせず、無防備そのものといった様子で東雲がリビングを睥睨する。

 

「おりむー……喉が渇いた……」

「冷蔵庫に飲み物なら入ってるけど──あ、ジュースとかはないな……」

 

 立ち上がった東雲がパカリと冷蔵庫の扉を開けば、ものの見事にすっからかんだった。

 当然だ、一夏はあくまで土日の間だけ一時的に戻ってきただけ。食料品を買い込んでいるはずがない。

 残っているのは350mlの小さな牛乳パックぐらいだ。

 

「あー……牛乳ならあったっけ。コップ出すよ」

「必要ない」

 

 刹那だった。

 彼女は牛乳パックを直接手に取ると、あろうことか注ぎ口に唇を当て、ゴッキュゴッキュと飲み始めたのだ。腰に手を当てての見事な一気飲みフォームである。

 

『…………ッ!?』

 

 一同、目をこれ以上無く見開き、凍り付く。

 

(か、か、か……間接キスじゃねえかッ!?)

 

 驚愕が最も大きかったのは一夏だった。

 何せ東雲の目の前で、風呂上がりに直飲みしていたのである。頓着するタイプでないだろうとは分かっていたが、こうして現実にやられてしまうと、さすがに羞恥の念が沸き起こる。

 

「……東雲さん、あんまそれやんないほうがいいと思う……」

 

 一夏は頬が熱くなっているのを自覚して、顔を背けながら指摘した。

 女性陣も凄い勢いで首を縦に振っている。

 芳しくないリアクションを見渡して、東雲は首を傾げる。

 それから得心が行った様子で、ハッを顔を上げて。

 

 

 

(まさか──豊胸効果を狙っているのがバレたのか!? 確かに彼氏の前でそういう露骨なことはしない方がいい気がする……!)

 

 

 

 二度とメインヒロイン名乗るんじゃねえよ馬鹿が!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 椅子に座る東雲の黒髪に、一夏が千冬用の櫛を通していた。

 シャルロットを出迎えた際から残っていた寝癖を直しているのである。

 どうやら気持ちいいらしく、東雲はこくりこくりと船をこいでいる。

 

(──まさか。いや、まさか、そんな……しかし……)

 

 その様子をチラチラ見ながら、女性陣はソファーに座って雑談に興じていた。

 だが箒は無言で思考に沈んでいる。

 

(もしかして、なの、だが……一夏にとって、最も女子として意識されていて、なおかつ距離が近いのは──令なのではないか?)

 

 その懸念は、篠ノ之流の秘奥を修めた堅牢な精神ですら揺さぶるには十分だった。

 考え込む親友の様子に、セシリアは小声で耳打ちした。

 

「あの、箒さん。どうかされたのですか?」

 

 気遣うような声色。

 箒はじっと、一夏と東雲を見ていた。何か異様に既視感のある光景。一夏に世話を焼かれている、自分以外の女性。

 

「……ッ!」

「箒さん?」

 

 天啓を得たとばかりに、突如箒は顔を上げて、うんうんと頷いた。

 それから息を吐いて、苦笑を浮かべてセシリアに向き直る。

 

「失礼。いや何……数秒心配してしまったんだ……令を超えるのが最も難しいのではないかなと」

「ああ、なるほど。言われてみれば、あの距離感は危機感を抱くには十分ですわね」

 

 分かるそれな。しれっと盗み聞きしていた他の女性陣も頷く。

 誰もが会話の間隙を縫って、二人の様子を観察していたのだ。

 

「それよねー。なんかあれ、めっちゃ羨ましい。あたし中学の時が最後よああいうの」

「鈴、僕らの仲間のフリして自慢するのはやめよっか?」

「髪をとかすというのは、なかなかこう、絵になるものだな」

「うん……羨ましい、かな……」

 

 思うところはあるらしく、それぞれが妬みを口にする。

 箒は頷いてから、しかし、と指を一本立てた。

 

「よく考えてみればな……あれ、ほとんど千冬さんと同じ扱いだな」

『なるほど』

 

 全員膝を打った。

 あの光景には、既視感も得ていたのだ。全て納得がいった。

 確かに一夏の世話焼きは、関係が近く、リスペクトしている相手だからこそ発揮される。

 ならば自分たちが警戒する理由はないということだ。

 

「だから要らぬ心配だったな。全くの杞憂だ、はっはっは」

「この馬鹿箒さんッ!!」

 

 パァン! とすげえいい音を響かせて、セシリアが箒にビンタを食らわせた。

 篠ノ之流を以てしても捉えきれない、恐るべき瞬発力である。

 完璧な不意打ちをもらって、箒はごろごろとソファーから転がり落ちる。

 

「血縁関係のない相手にそれって……要するに身内扱いでしてよ! 身内に! 一夏さんにとってのパーソナルな領域にもう潜り込んでいる証拠でしてよッ!? そこに危機感を抱かないで何に危機感を抱くのですか!?」

 

 立ち上がり、セシリアは叫んだ。これ以上は無いと言うほどにキレていた。

 なんで自分が必死に気を回しているのに、そんな楽観的で無知蒙昧なことを口走れるのだと怒り狂っていた。

 なんでビンタされたのか分からず目を白黒させる箒に対し、セシリアは顔を真っ赤に染めながら説教を続けようとし。

 

「あ……」

 

 簪が声を上げた。

 釣られて、彼女の視線を辿れば、そこには口に人差し指を当ててこちらを見る一夏がいた。

 

「( ˘ω˘ ) スヤァ」

 

 東雲が、ガチ寝していた。

 えぇ……と一同流石に表情を引きつらせる。眠りに落ちた少女の髪を梳かしながら、一夏は穏やかな笑みを浮かべている。

 けれど夕陽が差し込む部屋で、黒髪の乙女の背後で丁寧に櫛を通している一夏たちの姿は──これ以上無く、絵になっていた。

 

(……邪魔しよう、という気にはなれませんわね)

 

 嘆息してから、セシリアはふと窓の外を見た。

 橙の光が照らす、平和な住宅街。

 

 ──セシリアは確かに箒の後押しをした。けれど理由は、親友の恋路の応援だけではなかった。

 他の面々もそうだ。こうして一夏の家に押しかけたのには、理由があった。

 

 各代表候補生へ通達された、本国からの指令。

 即ち──『亡国機業の本拠地と思しき海上基地への侵攻に参加せよ』

 各国代表を投下する作戦に、代表候補生も後詰めの部隊として加わる。

 

 一夏は知らない。

 彼女たちにとって、これが最後の日常。

 共に過ごしていた学友たちが、戦場へ向かうべく翼を広げている。

 

 

 

 これ以上何も奪わせないために。

 少女たちは、奪うための力を振りかざそうとしていた。

 

 

 






東雲の専用換装装備(オートクチュール)
考えたは良いけど全部出せるわけもなかったので
供養します
『茜星』は普段は調整中のオートクチュールを拡張領域に格納してて経験値を溜めているという設定もあったりなかったりする
エクスカリバー事件からタッグマッチトナメまでは強襲仕様を
今は決戦仕様を格納中
がくしゅうそうちか?

強襲仕様(パワーフォース)
 敵拠点への強襲を想定した高機動・高火力モデル。

索敵仕様(アナライザー)
 敵の調査・妨害を目的とした電子戦モデル。

砲撃仕様(フルブラスト)
 遠方の敵を狙撃することを主眼に据えた射撃モデル。

式典仕様(セレモニア)
 詳細不明。

決戦仕様(ティタノマキア)
 詳細不明。




次回
59.巻紙礼子はかく語りき



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59.巻紙礼子はかく語りき

前回の謎言語、フォント変更はハーメルンの小説表示画面で変換されてるだけなのでコピってメモ帳とかに貼ると普通に読めます
あと誤字報告機能も特殊タグが解除されるので読めます
こうして情報を得るべく自ら踏み込んできた方にダメージを与えていくわけですね
うん、美味しい!


 私たちは幾分かの時間を与えられた。

 それは命を、存在を使い果たすことを前にした猶予だった。

 自覚のないままに平和を謳歌していた。

 いつだってその尊さを知るのは、戻れなくなってからだということには、気づかないままに。

 

 そうして私たちは、武器を手に取った。

 剣を振るい、多くのものを奪い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衛星軌道上を揺蕩う、鋼鉄製の移動式研究施設。

 

「むむ……『銀の福音』のコアがアクセスを遮断してる……? 独自進化ケースなのかな……」

 

 その中で束は頭をガリガリと掻きながら、無数のウィンドウを立ち上げては消していく。

 一連の動きには、人間が秒単位で行える行動の限界を超えた量の作業が詰め込まれていた。

 常人ならば数年単位で仕上げる経過調査を数秒でまとめ、把握し、逆算して過程を導いていく。

 

「うぃーっす」

 

 そんな作業がはたと止まった。

 束が顔を上げれば、ISを用いてラボまで帰還したオータムが、ごちゃごちゃした部屋の入り口をくぐってきていた。

 実際に会うのは久方ぶりだ──何せ、デュノア社襲撃以来、亡国機業はほとんど休み無しに謀略を繰り出している。

 

「おかえり。すぐ出るの?」

「ただいま……って、いつからここは私の実家になったんだよ。まあ、少し休んでから出るさ」

 

 オータムは部屋の隅に積み上げられた私物を見た。

 まだ組んでいないキットや、柑橘類をふんだんに使った自家製の果実酒たち、替えのスーツ類。

 シャツを脱ぎ捨てタンクトップ姿になり、スカートも下ろして、ソファーに引っかかっていたデニム生地のショートパンツを穿く。女の身体は美しく、流麗な線を描いていた。

 

「……()()()()()()()()

「さあな。生きてたら、また会うことがあるかもしれねえ」

 

 計画の内容を教えた覚えなどさらさらなかったが、この天災に隠し事ができるはずもないとオータムは理解していた。

 篠ノ之束との協力体制は、『最終的かつ不可逆な世界再編計画』──即ち、『カタストロフ・プラン』の発動により失効した。もはやオータムがこのラボに居を構える理由はない。

 むしろ互いの目指すものを考えれば、両者は極端な敵対関係にあると言ってもいい。

 

 今此処にある世界を()()()()守ろうとする篠ノ之束。

 今此処にある世界を一片たりとも残すまいとする亡国機業。

 

「きっと……うまくいかないよ。お前たち、本拠地がそろそろ割れてる頃合いだし」

「だろうな。攻勢もいまいち続かなかったわ。まあ防衛戦は私の本領みたいなもんだし、別にいいけどよ」

 

 明るい橙色の髪が、鎖骨から胸にかけてゆらりとたなびく。

 その美貌は戦場にはふさわしくない、いや、一周回ってふさわしいのかもしれない。

 束は無感情に、半年に満たない期間を共に過ごした女の貌を見ていた。

 

「ふーん……それじゃあ、さ」

「あん?」

 

 目を向けて、オータムは少し驚いた。

 どこから取り出したのか──乱雑に散らかされたラボの中央にテーブルが出現していたのだ。

 巨大な正方形を描くテーブルの上には、所狭しと料理皿が並べられている。どれも湯気を上げている、作りたてにしか見えない代物だった。

 

「最後の晩餐。いいでしょ、それぐらい」

「……まあ、時間的には問題ねえけどよ」

 

 嘆息して、オータムは手前の席に腰を下ろした。束が真向かいの席に座り、オータムのグラスにワインをなみなみと注ぐ。

 二人は自分のグラスを軽くぶつけ合った、カランと空虚な音が響いた。

 オータムが初めに手を付けたのはサーモンのカルパッチョだった。さっぱりとしたソースと弾力に富んだサーモンの切り身が絡み合い、舌の上で踊る。

 

「……やっぱ私より料理ウマいじゃねえか」

「やればなんでもできるからね。でもまあ、せっかくの二人暮らしだし、楽できるとこは楽したいなーって」

 

 抜け目ないやつ、とオータムは笑った。

 

「いや、本当は二人で過ごすはずじゃなかったんだよ? ドイツが中心に欧州で行われていた遺伝子強化実験……あれの試作個体を補佐役にするつもりだったの」

「あんたが焼き尽くしたんだろ。『暮桜』の暴走を受けて、やつを刺激しないよう、()()()()()()()にしがみつく連中を悉く排除した。残された被検体たちは信頼できる孤児院に預けて、寄付までした」

「悪人でも寄付ぐらいするよ。寄付しても悪人だから、タチが悪いんだけどねー」

 

 オータムはロールキャベツを小さく切り分けて口に運び、舌鼓を打った。

 野菜の甘みと肉汁が一噛みするたび溢れてくる。

 

「こりゃ美味い。博士、全部終わったらレストラン開くのを勧めるぜ。ああいや、昼は喫茶店で夜はメシ屋、って方が洒落てるか」

「いいねそれ。束さん調理師免許でも取ろっかな」

「そこは法令を遵守するつもりなんだな……」

 

 空になった皿はどこかへと消え、代わりに新たな料理が並ぶ。

 夢中になってオータムは料理を食べ進めた。酒よりも食事を優先するなど、記憶にある限りでは数年ぶりだ。

 彼女の食べ方は荒っぽかったが、品を損なってはいなかった。ロブスターの殻は原形をとどめた状態で丁寧に並んでいたし、バケットの破片はテーブルや床に落ちないよう気を配られていた。

 健啖家と呼ぶにふさわしい食べっぷりを見ながら、束は頬杖をついたまま、口を開いた。

 

「束さんね……楽しかったよ」

「そうかい。そりゃあ何よりだ」

「本当に、楽しかった……」

 

 言葉にどれほどの想いが込められているか、オータムは悟りながらも見ぬ振りをした。

 だってもう、それは、彼女にとっては不要なものだったから。

 

「ねえ」

「あんだよ」

「生きるつもり、ないでしょ」

 

 オータムはしばらく黙り込んだ。

 

「お前、最初に出会った頃と同じ目だよ。この世界の全部をぶち壊したくて仕方ないって感じ……それも、無理して、自分を律して、そうであれって自己を固定してる感じ。正直見てられない」

「……はは。私はてっきり、アンタの方が変わったと思ってたんだがな」

 

 苦笑してから、ふっとオータムがフォークをテーブルに置いた。

 それからグラスワインを手に取り、一気に飲み干す。

 豪快な飲みっぷりを無感動に眺めながら、束は口を開いた。

 

「悔しいけど、認めざるを得ないかな。束さんは少し……ほんの少し、変わったと思う。だけど変化の面で言えば、お前の方が変わった」

「……ぷは。そうか。そうかもな。私も随分と絆されたもんだ」

 

 空になったグラスをテーブルに置いて、オータムは眼前の女との日々を思い返した。

 ずっと、どうやって親密になるかを考えていた。一定の効果は上げられた。だけど過程で、自分の方が、救われていた。

 

 過去は振り切れない。いつまでも、オータムは過去の自分の視線を背中に浴びている。

 今、彼女は、何もかもを諦めたような表情だった。

 

「……時間だ」

 

 まだ料理はたくさん残っていた。

 そしてオータムが出発するにあたって、決してまだ遅くはなく、むしろ早すぎる時間だった。

 だというのに彼女は席から立ち上がった。ラボから持ち出すべき荷物は一つもなかった。時が来れば全部置いていくと決めていた。

 

 

 

「……嘘つき。未練を残したくないだけじゃん」

「そうだな」

 

 

 

「状況が把握できてるから、死に場所になっても仕方ないって諦めて。自分を捨て石にしてるだけじゃん」

「そうだな」

 

 

 

「……かえって、きてよ」

「………………わりぃな」

 

 

 

 

 

「ばか」

 

 

 

 

 

 オータムは、振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『消灯後、一人で学生寮裏の林道へ来てください』

 

 突然、巻上礼子から上述のメールが届き。

 文面を何度も読み返しながら、一夏は夜の遊歩道を一人で歩いていた。

 教師陣の監視を掻い潜るのは並大抵の技術では為し得なかったが、『世界最強の再来』の弟子は伊達ではない。『おりゃ!』と気合いで気配を消して、誰もいない夜道をこそこそと進んでいる。

 非常事態宣言が発令されているとはいえ、先日自宅まで帰れたように、学園の対応は比較的緩いものだった。本土は地域によって外出に制限がかけられているものの、度重なる戦力投下にも本土防衛軍がきっちり対応できている。

 

(呼び出し……何の用件だ? 日本の企業だし今は色々忙しいと思うんだけど……セシリアたちも何か忙しそうにしてたしな……)

 

 代表候補生でない一夏と箒は、何やら慌ただしくしている学友らに取り残されるきらいがあった。二人の立場はオンリーワンだが、そのオンリーワン性故に、能動的に行動しなければ世界情勢には参画できない。

 

(巻紙さんにはいつも迷惑をかけてばっかりだしな、俺に手伝えそうな頼み事とかなら、力になりたいんだけど)

 

 街灯も差さない暗闇へと足を踏み入れ、しばらく。

 学生寮の裏に生い茂る林を真っ直ぐ進めば、前方に小さな灯が見えた。赤いそれを、一夏はすぐに煙草の火だと見抜いた。

 

「巻紙さん」

()()()()()()

 

 返事を聞いて。

 一夏の呼吸が凍り付いた。

 まさか、そんな、どうして。あり得ない──

 

 慌てて駆け出して、目視した。

 黒いタンクトップと、デニムのショートパンツ。大胆に晒された柔肌は、余闇の中でも分かるほど美しい。

 見覚えのあるオレンジカラーのロングヘア。気だるげに紫煙を吐きながらも、美貌が損なわれることはない。

 

 亡国機業が幹部──オータムが、煙草をふかしながら、そこで待っていた。

 

「お前……ッ!?」

 

 刹那の反応で、右腕部装甲と『雪片弐型』を顕現。

 純白の太刀は腰の横に実体化し、即座に右手で柄を握る。PICを応用して刀身を固定、それを鞘と見立てての擬似抜刀術。

 ──先日の東雲と日本代表の決闘を観戦し、自分の上位互換たる技術を見せられっぱなしで終われるはずもない。濡羽姫が見せた電磁炸裂抜刀を磁力制御装置なしに再現した、デッドコピーの技術だ。

 

「よせよせ。そういうつもりはねえんだ」

 

 しかし。

 その時にはもう距離を詰められ、腕が動かなくなっていた。

 見れば、柄頭──バットで言うところのグリップエンド──を、いつの間にか呼び出された八本脚が押さえ込んでいる。

 更には首筋へ数脚の鋭利な先端が突きつけられていた。

 ドッと冷や汗が噴き出だして、心拍数が跳ね上がる。

 

(はッ……(はや)い──……!? ()()()()()()()()()()()!?)

緊急部分展開(こういうの)で私に勝てるとは思わねえ方がいい。アレだ、昔取った杵柄ってやつだ、覚えとけ」

 

 自身の腕では変わらず煙草を保持したまま。

 背部から伸びる八本脚をキチキチと鳴らして、オータムはだるそうに告げた。

 周囲に目をやりながら、一夏は自分に逆転の目がないことを悟り──装甲と武装を消した。

 頷き、オータムもまた八本脚を格納(クローズ)する。

 

「まあ、座れや」

 

 促され、一夏は無言で、林道を形作っている人工石に腰を下ろした。

 遠慮なしにオータムは彼の真横にドカっと座り込む。拳一つ分ほどしか距離は空いていない。

 

(……ダメだ。抜刀するには近すぎる。けど飛び退きながらじゃ、間違いなく絡め取られる)

「おいおいどうした、美人が近すぎて緊張してんのか?」

「──ああ。まあ、そんなとこだ。女性慣れしてるワケじゃなくてな」

「お前この環境に身を置いといてそれはないだろ」

 

 突然の正論をぶつけられ、一夏は無言で目をそらした。

 好きで女性慣れしてないのではない──と反論したかったが、負け犬っぽくて嫌だった。

 

「まあ、いくつか連絡事項があるんだ」

 

 オータムは煙草を地面に落して踏み潰すと、ポケットから煙草の箱を取り出しながら告げた。

 

「一つ。巻紙礼子は今日付で退社した。理由は分かるな?」

「……お前が巻紙さんだった、ってことだろ? 気づかなかった自分が馬鹿すぎて嫌になる」

 

 連絡に用いられたのは巻紙のプライベートアドレスだった。

 彼女がオータムの手に落ちていることも想定したが、そんなことをする理由がない。全世界に喧嘩を売ったテロ組織が、中堅規模の企業のエージェントをわざわざ誘拐してもメリットがないのだ。

 

「そう言うな。変装は完璧だったからな。ほら」

 

 新しい煙草を口にくわえ、ライターから火を移しながら。

 髪の色が変色し、顔つきも変わっていき──数秒足らずで、巻上礼子が現れた。

 すぐにオータムの顔に戻りつつ、彼女は紫煙をくゆらせる。

 

「二つ。近々恐らく、亡国機業に対する徹底的な殲滅作戦が実行に移される。お前はそれに関わるな」

「……元々、関わる立場じゃないんだが」

 

 思わぬ言葉に面食らう。

 だが一夏の脳裏では、ゆっくりと嫌な推測が汲み上げられていった。

 慌ただしくしていた代表候補生ら。一夏と箒だけが、何も知らされていない。

 まさか──

 

「理由はある。お前は……この後、()()()()()()()()が控えてる。私らに関わってる暇はねえ」

「何……?」

 

 ──と、思考を断ち切るように投げかけられた言葉。

 訝しげな視線を向けるが、オータムはこちらを見ない。

 どうやら詳細を語る気はないらしい──嘆息して、一夏は彼女の横顔を見つめた。

 

「……色々、俺の中でもつながったことがある」

「何だ、答え合わせか?」

「お前、テロリストになる前、()()()()()()()()()?」

 

 指摘は痛烈だった。

 オータムは煙草をくわえることもせず、しばらく先に灯った火をぼんやり眺めていた。

 

「『アラクネ』は米国製の第二世代試作機だった。それを強奪した、だけにしては……うまく使いすぎてたよ、お前。だから俺の予測では、米国のIS訓練校勤務ってところなんだが──」

「──その件についてはもう答えをばらしてるぜ」

 

 思わず一夏は目を見開いた。

 想起されるはエクスカリバー事件の終息直後。

 デュノア社の喫煙室で告げられた言葉。

 

「──本当に、IS部隊の教導官だったのか……!」

「ああ。教導部隊で、部隊長をやってた」

 

 米軍IS教導部隊。

 一夏とて理解できる。ISにおいて、先進兵器の開発こそ他国に譲っていても──その組織運用という点では、アメリカは世界の頂点にいる。

 そこで教導部隊に属するというのが、どれほどの重みを持つのか。

 

(なるほどな。道理でこれだけの強さを誇るわけだ……だが……)

「どうして、って顔をしてるな」

 

 納得がいかないのはそこだ。

 米軍IS教導部隊隊長──視点を変えるなら、ISに関しての教育者としては、IS学園の存在を考慮しなければ実質的には世界でも類を見ない第一線だ。

 地位、名誉、実力の保証。どれをとっても最上級と言って過言ではない。

 

「…………フン」

 

 何か躊躇するような間を挟んで。

 けれど自嘲するかのように鼻を鳴らして、オータムは口を開く。

 

「織斑千冬の全盛期」

「……ッ?」

 

 煙草がじりじりと、火を広げていく。

 白が灰へ塗り替えられていくのを眺めながら、女は無感情に語った。

 

「刀一本で──獲った。世界を獲った。()()()()()()

「……それが、何だよ」

「誰もが目指した。目指しちまった……誰もが個人としての強さを指標にして、心が折れていった……」

「──────」

 

 目を閉じればいつでも思い出せる。

 将来有望な後輩たち。日々成長していた。いつかこの中から、頂点の栄誉を掴む者が現れるかもしれない。もしそうなれば、教育者として冥利に尽きると思った。見込みはあった。

 ()()()がそれを粉微塵に打ち砕いた。

 訓練のメニューはさほど変わらなかった。けれど教え子たちは自分の機動を確認して不満足そうにしていた。もっと、もっと、と。最初は意識の変革だと思い、教官は歓迎した。

 

 段々と教え子たちが自主トレーニングに励むようになった。それは次第にオーバーワークへつながり、果てにはオーバーワークですらない何かへと変貌した。

 教官はそのトレーニングを禁止した。禁止しようとした。だが軍の上層部はむしろそれを推奨するよう命令した。

 誰もが『()()()()()()()』の登場を望んだ。輝きに魅せられたのは選手たちだけではなかった。

 教導部隊の人間は必死に止めようとした。けれど世界中が『織斑千冬』という存在に夢を見て、それは一種の狂気或いは妄執へと成り果てていた。

 

 ──太陽の輝きは万人を照らす。太陽の光に導かれて、人々は道を歩ける。

 ──しかし。必要以上に太陽へ近づこうとすれば、輝きは全てを焦がす熱へと転じて、翼を焼き尽くしてしまう。

 

 結果。

 教え子たちは残らず、ISと関わる道から去って行った。

 打ちのめされ、絶望し、自らの限界を嫌というほどに思い知らされ。

 残骸のような笑顔で『ご指導ご鞭撻のほど、ありがとうございました』と告げて──

 

 その手に残ったのは戦闘技術だけだった。

 オータムは瞼をゆっくりと持ち上げた。

 

「…………だから、その世界を変えたかったのさ」

「……どう、変えたかったんだ」

 

 一夏の問いに、オータムは煙草の灰を落しながら薄く嗤う。

 

「分かるだろ?」

「…………」

織斑千冬(ブリュンヒルデ)を不要とする時代──()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 個人戦力ではひっくり返せないほどの、文字通りの世界大戦。

 確かにそうなれば、あらゆる人間に活用価値が生まれる。

 英雄になれなかった兵士たちは、血煙が混ざり合う戦場でしか生きていけない。

 しかし──

 

「皮肉なモンだな。そうやって戦乱に近づけば近づくほど、東雲令やお前のように新たな英雄が現れる」

「……俺は」

 

 褒め言葉だというのに、一夏はこれっぽっちも嬉しくなかった。

 煙草をふかす隣の女に真剣な表情を向けて、少年はゆっくりと口を開く。

 

「俺は……個人としての強さ以外に、この世界にはもっと大事な強さがあると思ってる」

「……それは?」

 

 しばらく俯いて、それから、一夏は息を吸った。

 

 

「──誰かと、つながる強さ」

 

 

 何度考え直しても、オータムの考えには頷けなかった。

 英雄、だなんて。

 織斑千冬も東雲令も、どうやってあの領域へ至ったのかとんと分からない。

 だが自分は違う。出来ることを一つ一つ積み重ね、多くの人に支えられ、ここにいる。

 

「お前の考えも、分かる……憧れが呪いになるのも、分かるよ。だけど……」

 

 言葉を探りながら、オータムを見て。

 一夏はぎょっとした。

 隣の彼女は──オータムは、初めて見る、安らかな笑みを浮かべていたのだ。

 心底喜びを噛みしめ。

 背負っていた大きな荷物を、肩から下ろしたと言わんばかりに。

 

「ああ……それを聞けて安心した」

 

 オータムは満足げに頷くと、新しい煙草に火を付けながら立ち上がった。

 

「何処へ行くんだ」

「次の戦場だ」

 

 即答。一夏の眉がピクリと跳ねる。

 

「会うことはもうねぇかもな……織斑一夏。お前ちっとばっか、右へのブーストに癖がある。そこは直しとけ」

「……善処するよ」

 

 風に髪をなびかせながら、彼女は振り返ることなく歩いて行く。

 

「……オータム。俺は……」

「迷うな、織斑一夏」

 

 冷たい、突き刺さるような声色だった。

 視線を下げて、一夏は強く拳を握りこんだ。

 

「迷わず……最後まで諦めるな。言えるのはこれぐらいだ。気休めにもならねえがな」

「──ッ」

 

 分かる。分かってしまう。

 彼女は死を覚悟している──相手は稀代のテロリストであるというのに、一夏にとってそれはひどく認めがたいものだった。

 

「俺は──」

 

 顔を上げた。もうオータムの姿はかき消えていた。

 煙草の紫煙だけが、何かの残滓であるかのように、ゆっくりと浮いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オータムはIS学園の外周部へと出る道を歩いていた。

 遊歩道に人影はなく、彼女は堂々と煙草をくわえてながら歩いている。

 

 ふと、歩みを止めた。

 そして振り向く。

 

「おい、いつから見てたんだ」

「学生寮の裏側からだ」

 

 樹木に背を預け。

 黒髪を闇夜に溶け込ませ。

 紅の双眸が、こちらを見ていた。

 

「……チッ。捕捉されてたか。殺すか?」

「否。本来は即時殺害する方針だったが……やめた。恐らく其方は、当方や織斑一夏が知らないことを知っているな」

 

 問いに、オータムは肩をすくめる。

 

「悪の組織とはいえ、情報網はたかがしれてるぜ。せいぜいが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とかだな」

「…………?」

 

 反応を見て、思わずオータムは舌打ちをしそうになった。

 

「ワリィ、聞かなかったことにしろ……お前や織斑一夏を害するつもりはない。こう見えて年下想いなんでな」

「そうか──しかし、一つ忠告しておく」

 

 武器を顕現させることもなく。

 彼女は──『世界最強の再来』は、言葉を紡ぐ。

 

「あまり我が弟子を舐めない方がいい。其方の予測する限界など易々と乗り越えるぞ、あの男は」

「……フン。嫌と言うほどに知ってるさ」

 

 オータムはきびすを返して、自分が進むべき道を歩み始めた。

 その背中を見送りながら、腕を組んだまま、少女は息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これで師匠枠は当方一人になったな……)

 

 そこなの? 拘泥してたの、そこなの?

 

(ていうか最終調整に出してて『茜星』持ってないからマジでどうしようかと思った……今IS起動されたら普通に死んでたな……危ねえ……ハッタリだけでなんとかなったぜ……)

 

 東雲は普通に無能を晒していた。

 彼女もまた、来たるべき決戦に向けて慌ただしく準備をしていたのだが──どうやらそれが致命傷になりかけたらしい。

 

 

(しかしこれでおりむーの師匠ポジションは盤石になった……! 後は悪の組織っぽいのを適当に蹴散らせば終わり! よっしゃあああッッ! THE ENDォオ!!

 

 

 残念ながら亡国機業編が終わっても完結はまだ先です。

 

 

 






次回
60.うたかたの…



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60.うたかたの…

早く海に行きたい


 私たちは世界を守りたかった。

 そのためにあらゆるものを犠牲にし続けた。

 願い事は叶えるために生まれると、自分に言い聞かせながら。

 

 意図的に正当化しなければならないほど、私たちの戦いは失望に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ムムッ……」

 

 食堂にて、一夏は楽天カードマンのような声を上げていた。

 今日は放課後の訓練はお休みであり──というか、参加者が師匠を含めほとんど欠席という有様である。

 故に放課後、彼は暇を持て余して、食堂の一テーブルにて一人で時間を潰していたのだ。

 

「あれ、織斑君珍しいねー。訓練はないんだ?」

 

 声をかけてきたのはクラスメイトの少女たちだった。

 一夏は腕を組み難しい表情だったが、こうしている彼を見ても気安く話しかけられるのは、短くとも深い付き合いがなせる技だ。

 

「ん、ああ。今日っていうか、しばらくお休みらしい」

「へー。てゆーか、なんか難しい顔してたね?」

「『白式』が最近何かを記録し続けているみたいでさ」

 

 一夏の言うとおり、『白式』はここのところ、訓練や自己修復のない時間は何らかのデータを保存していることが多い。

 自主トレーニングに移らなかったのは、理由としてそれが大きかった。

 恐らくではあるが『零落白夜』を起動しなかったことを筆頭に、相棒には多くの秘密がある。

 IS乗りとして信頼は寄せているものの、自分の知らないことに『白式』が関わっているのではないかという疑念は、常につきまとっている。

 

「ま、ISって色々分かってないこと多いし。そゆこともあるんじゃない?」

 

 一般白ギャル生徒の発言を受けて、一夏も諦めたように嘆息する。

 

「だよなー。で、なんかあったのか?」

「あ、うん! お誘いに来たんだよ! クラス会だよ、クラス会-!」

「ああ! クラス会!」

 

 一夏はラノベ主人公としては珍しく陽キャ寄りであり、クラス会という単語になじみ深かった。

 中学時代もよく誘われ、行き、悉く隣に鈴が居座っていたものだ──鈴としては必死の防衛行動であり、他の女子は鈴をどうにかどかそうとあの手この手を尽くしていたのだが、それを一夏が知るよしはない──懐かしい思いと共に、一夏は頷く。

 

「いいな。いつやるんだ? 学園の外?」

「さすがに外は厳しいかなーって感じだから、明日の夕飯をみんなで食べるのはどうかなって。ご飯は各自で持ってくる感じ!」

「なるほど」

 

 それは一夏の好奇心、あるいは負けず嫌いな精神を刺激するにはもってこいだった。むしろクラスメイトらはそれを狙っていた節がある。

 

「セシリアちゃんとか、シャルロットとか、ボーデヴィッヒさんは……なんていうかこう、明日はちょっと、って言われて」

「……………………」

 

 慌ただしくしていた代表候補生ら、揃っての拒否。

 それは少し、一夏の息を止めた。

 

「それでね! 織斑君には、良かったられーちゃんも誘ってもらえたらなーって」

 

 クラスメイトらが、揃って顔を横に向ける。

 一夏はそれまで気づかなかったが──奥のテーブルでは、一人で座る東雲が、難しい顔でパンケーキを見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(甘い、とは何だ?)

 

 パンケーキを一口食べて。

 東雲は食堂で作られたから以外の『美味しい理由』を導き出せず、困惑していた。

 

(受容体と化学反応が起きているのは把握できる。しかし他の料理と、おりむーの言う差は、一体何だ?)

 

 ムムッ、と楽天カードマンみたいな声を上げて、東雲は思考にふける。

 食材によって反応が違うのは把握していた。反応が違うだけで、名前を変えて、ラベリングする──()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかし愛弟子の態度を見るに、多少はその違いを意識した方が彼は喜ぶのではないか、と考えあぐねていると。

 

「俺の弁当は食べられないのに食堂のパンケーキは食べるのかよ」

 

 拗ねたような言葉が聞こえた。

 見れば織斑一夏が対面の席に座り、むすっとした顔でこちらを見ている。

 

「インフィニット・ストライプスの増刊で、IS学園食堂のパンケーキが取り上げられていたのでな。他意はない」

「ふーん……じゃあ俺の手料理がストライプスに取り上げられたら食べてくれるのか?

 

 面倒くさい彼女みたいだなこいつ。

 東雲は微かに眉をひそめて、彼の発言を何度か反芻する。

 

「……いや、おりむーの手料理が特集を組まれることはまずないと思うが」

「はああああああああああああああ!?」

 

 天然入ってる師匠に突如正論をぶつけられて、一夏はキレ散らかした。

 

「見てろよ絶対いつか特集組ませてやるからな! 『IS乗りの手作り弁当』特集とかならワンチャンあるからな!? 特集を組まれるのは女性限定!? ノーだ! あえて言おう! 俺がプロになったら絶対特集が組まれると!」

 

 テーブルをぶっ叩いて立ち上がり、一夏は連邦艦隊を吹っ飛ばした後のギレンみたいな演説を始めた。

 本題から逸れて完全にあったまっている男を見て、クラスメイトらが遠巻きにハンドサインで落ち着けと指示する。

 さすがに指令を忘れ喧嘩をふっかけただけで帰ってきたら、一夏はこれからクラスにおいて『しつけのなっていないバカ犬』というあだ名を頂戴するほかないだろう。それは級友らにとっても不本意なことだった。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

「それで、何の用件だったのだ」

「……明日クラス会あるんだけど、東雲さんは来れるかなって」

 

 落ち着きを取り戻してから、一夏はやっと話題を切り出した。

 考えるのに飽きてパンケーキをヒュゴウと一口に食べきった東雲は、『明日』という指定に首を横に振った。

 

「無理だな」

「……ッ。それはやっぱり、その、亡国機業の……?」

 

 即座に東雲は頷いた。

 

()()()明日、招集される予定だ」

「──ッ」

 

 一夏は思わず食堂に視線を巡らせた。盗み聞きをするには、誰もが遠すぎた。

 それを確認して、息を吸って、自分を落ち着かせる。

 

「……今の言い方だと。やっぱり、他のみんな……セシリアたちも?」

「肯定。代表候補生クラスなら軍事力として招集されている。無論、其方と箒ちゃんは、立場故に呼ばれることは──」

「──冗談じゃない」

 

 そこで東雲はやっと気づく。

 瞳に燃え盛る焔。震える拳。

 織斑一夏はこれ以上無く、静かに怒っていた。

 

「落ち着け。前線に投下されるわけではない。後詰めの制圧部隊として派遣される予定だ。当方に限っては、戦闘中に増援として用いられる可能性もあるが……」

「違う、そういう問題じゃないッ」

 

 彼が声を荒げたのは、自覚してのことではなかった。

 

「なんでッ……! 俺たちは誰かを傷つけるために、この学び舎で学んでいる訳じゃないはずだ。なのにッ」

「……今更だな。当方たちが学んでいるのは、殺人術だぞ」

「恣意的な解釈だ! 俺たちは人殺しになりたくて入学した訳じゃない!」

 

 机を叩き立ち上がる。東雲は一切表情を乱さない。

 だが食堂にいる人間は何事かと二人を見た。多数の視線が、冷却剤のように白熱した頭脳を鎮めていく。

 深く、深く息を吐きながら、一夏はテーブル席に腰を下ろした。

 

「言ったはずだ。ISの最も効率的な運用は、必然として敵の殺傷にある。争いがある限り、高性能な兵器の使い手は、戦場から逃げられない」

「それは……」

 

 声色は平坦だったが、彼女の言葉は世界の真理として今まかり通るものだった。

 違和感を覚える方がおかしいのか、と一夏は表情を歪める。

 代表候補生は、戦場に立つことを常に意識しているのか。

 

 

 ──何を今更。学園が戦場になったとき、お前はいつも最前線に立っていたはずだ。

 

 

 脳の奥底、どこか冷たい部分が、嘲るように指摘する。

 頭を振った。

 絶対にその言葉に屈してはいけないと、心が叫んでいた。

 

「東雲さんは今……争いの存在を前提においたよな?」

「肯定」

 

 考えを何度も確認して、一夏は自分の発言に矛盾がないかチェックした。

 矛盾以前に、どだい現実味のない、理想論だということは分かっていた。

 

「……だけどさ。争いなんて、本当は存在しないと思うんだ。人間が自ら、火種を生み出して、それが燃え広がって、後で嘆くだけ……」

「だから最初からなければいいと、そう思い至る者が、現れるのだろうな」

 

 間髪容れない切り返しに、一夏は面食らった。

 東雲はパンケーキの載っていた皿を見つめたまま、言葉を続ける。

 

「何もなければ良いと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と──それはある種の真理だろう?」

「……ッ」

 

 東雲が一夏の顔を見た。

 紅の瞳には、底知れぬ感情が渦巻いていた。

 

「忘れるな、我が弟子。存在と平和は決して直結しない。ただそこにある、それだけで争いは起きるぞ」

「……だったら、どうしろっていうんだ」

「当方には分からない。其方なら、もっと良い解決策を思いつくのかもしれないが……当方の存在は、当方が最強であることを示すために存在する。故に実のところ、争いとは相性が良い」

 

 な──と、一夏は絶句した。

 東雲は言葉は、そこだけを切り取れば戦争を肯定していた。

 だが彼女はゆっくりと首を横に振る。

 

「言葉が足りなかったな。当方は、当方とあらゆる争いの相性が良いことを理解している。されど、争いを肯定するつもりは毛頭ない」

「…………」

「おりむーはどうするつもりだ」

 

 問いは、必然としてオータムの言葉を想起させた。

 

『近々恐らく、亡国機業に対する徹底的な殲滅作戦が実行に移される。お前はそれに関わるな』

(──ふざけるな)

 

 関わるな、だと。冗談じゃない。

 級友が戦場に向かう。死線をくぐる、本物の戦場へと。

 それを知りながら黙っているなど、織斑一夏にできるはずがない。

 

「終わらせよう」

「ほう……? 何をだ? 如何にだ?」

 

 試すような問いに、一夏は決然として答える。

 

「俺の友達が巻き込まれそうになってる争いを、俺たちの手で終わらせる。世界中に手が届くことはなくても……今の俺にできることを、やらないままでいたくない」

「ならば協力しよう」

 

 返答は──思わず、一夏が呆気にとられてしまうほど、鮮やかだった。

 

「……え?」

「其方が望むものは、当方も望むものだ。当方は其方の願いを全身全霊で叶える」

 

 師匠のこれ以上無く力強い言葉。

 一夏はぐっと拳を握り、テーブルの上で頭を下げた。

 

「ありがとう、東雲さん……!」

「感謝するには早い。まずは合流地点から、敵との接触ポイントを割り出さなくては──」

 

 二人がそうして、軍事行動への独自乱入を計画していたとき。

 

「おもしれー話してるじゃねえか」

 

 割って入った声は、燃え盛る炎のように活発だった。

 ガバリと振り向けば、いたずらっぽい笑みを浮かべる美女が佇んでいる。

 

「け……ケイシー先輩……!?」

「よっ」

 

 大胆に胸元と太ももを露出するよう改造された制服を着こなし。

 アメリカ代表候補生──ダリル・ケイシーがそこにいた。

 

「オレでよけりゃ、協力してやれるぜ。作戦が決行される海上基地の座標、知ってるからな」

「え、なんで……ていうか、先輩も代表候補生じゃ?」

「応とも。フォルテのやつも招集されちまった。しかしな、アメリカは福音──まあ、新型のISを試験投入しててよ。オレは今回だけお役御免なのさ」

 

 一夏の問いに、ダリルは苦笑しながら答えた。

 それからすっと、その壁を感じさせない笑みを消して。

 

「で、なんで座標を知ってるか。それを説明するためにも、改めて自己紹介しとくわ」

「はい?」

 

 もう知っている、と言おうとして。

 彼女の名乗りがそれに先んじた。

 

 

「オレのコードネームはレイン・ミューゼル……スコール・ミューゼルと同じ、火の家系に連なるミューゼルの一族、その末席さ」

 

 

 どこか吹っ切れたように言い放った、ダリルに対して。

 師弟は無表情のまま、顔を見合わせた。

 

「…………?????」

「…………?????」

「ん? あれ? なんか反応薄くね?」

 

 一戦交えたと聞いていたのに、東雲は露骨に戸惑っていた。

 とはいえ当然のことである。

 東雲はダリルに目を向けると、訝しげに問う。

 

「スコール・ミューゼルとは誰だ?」

「お前がギタギタにした金ピカISに乗ってた女だよ!!」

 

 ダリルは絶叫した。

 デュノア社襲撃の際、東雲令の手によって撃墜されたと聞いていたのだが──

 

(叔母さん、名乗りすらできずにやられたのかよ……!)

 

 十本使わせただけでも大健闘である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミューゼルって一族は炎の家系、遙か昔には神の火を管理する役割だった」

 

 IS学園の廊下を三人で歩きながら。

 先導するように前に立つダリルは、滔々と語っていた。

 

「神の火……?」

「ああ。火ってのは神様がくれたものだって神話が、現実だと信じられてた時代さ。まつりごとのたびにミューゼル家は、保管していた神聖な火を運んで、それを祭壇に移していた」

 

 遡れば紀元前にすらその記録は残っているという。

 スケールの大きな話に二人が戸惑うのも無理はない。

 

「だが現代になって、長女が反旗を翻し、一族をほとんど滅ぼした。その女は名前を神の火をかき消す者としてスコールに改めた。そして世界の裏側で連綿と続いてた犯罪組織……『亡国機業』と合流し、今やその頭領にまで上り詰めた」

 

 それが現在のスコール・ミューゼルの起源(オリジン)である、とダリルは告げた。

 

「スコール・ミューゼルはそして、オレの叔母でもある。血のつながりってのはやっぱ呪いになり得るもんだな。オレは『亡国機業』のスパイとして入学して──今こうして、反逆してるってワケだ」

「……ッ」

 

 こともなしに言われ、一夏は反応できなかった。

 声色には薄く──気づかれないよう巧妙に隠していたが──後悔も罪悪感もこもっていたのだ。

 だが、と一夏は頭を振った。

 

「あの、ケイシー先輩」

「おいおい、オレはレイン・ミューゼルだって──」

「いいえ。貴女は今、ダリル・ケイシーなんだと思います……だって、サファイア先輩のためですよね、俺たちをけしかけてるのは」

 

 今度は、ダリルが言葉に詰まる番だった。

 

「だからそれでいいんです。レイン・ミューゼルとしてじゃなくてダリル・ケイシーとして動いているのなら、貴女はダリル・ケイシーだ。だって……自分が何者かを決めるのぐらい……自分で、やりたいじゃないですか」

「……ハハ。そうだな」

 

 ダリルは一度頷き、また、そうだなと口にした。

 

「それで、質問なんですけど──『亡国機業』って何なんですか?」

 

 一夏の問いは抽象的な代物だった。

 気にはなっているのか、東雲も頷いている。ダリルは歩みを止めないまま、数秒唸ってから口を開いた。

 

「詳しい発祥についてはオレも知らねえ。だが……いわゆる終着点だな」

「終着点?」

 

 オウム返しの問いに、ダリルは少しの沈黙を挟んだ。

 

「……この世界には、色々と裏がある。国家の暗部だったり、『亡国機業』だったり……だけど元を正していくと、どれも中世に行き着く、らしい」

「ちゅ、中世……?」

 

 ミューゼル家よりはマシだが、また随分とスケールの大きな単語が出てきた。

 困惑する一夏に対して、だよな、そうなるよな、とダリルは苦笑いを浮かべる。

 

「ああ。中世に、ある一人の男が、気が狂ったとしか思えないことをやり始めた。()()()()()()()()()だ。神への真っ向からの反逆。教えを破ったからこそ、男は先進的な実験をいくつもやり遂げた。それを源流に、色々な組織が立ち上がり、分かれていった。男としては誰が結論に行き着いても良かったらしいが……ある分流は世界の支配を目論んだり、ある分流は世界の平和を求めたりした。形を変えて名前を変えて、今もまだ活動している」

「……その中の一つが?」

「ああ。そして『亡国機業』はその中でも、()()()()()()()()()()だ」

 

 顎をさすりながら、一夏はしばらく考え込み、それから次の問いを発した。

 

「他の組織と連絡を取り合ったりはしていたんですか?」

「親交を結ぶほどじゃなかったな。ウチとは正反対の、人類の更なる繁栄を求めていた分流が一つ確認できていたんだが……近年潰えたらしい。なんでもそこは、あらゆる面において現人類を上回る、『()()()()()』を造ろうとしていたんだとよ」

「なんていうかこう……悪の組織の天下一武道会みたいですね……」

 

 一夏は普通に引いていた。

 今まで暮らしてた世界が、水面下ではそんなとんでもないことになっていたとは。

 

「さて、と」

 

 学園の校舎を出れば、そこは学園外部へISが発進するためのカタパルトデッキだった。

 ダリルはレール傍に設置されたコンソールを叩きながら、二人に問う。

 

「で? 行くのか?」

「……行きます。俺の、俺たちの手で、戦いを終わらせたいです」

「イイ顔してんじゃねえか」

 

 ダリルは一夏の背中をバシバシと叩き、それから東雲を見た。

 

「お前はどうすんだ? 明日には召集されるって話だったが……」

「──無論、向かう。おりむーが行くのなら、当方はその隣にて剣を振るう」

 

 揺るぎない声だった。

 命令違反であり、相応の罰が下されることは容易に想像できる。

 それでも東雲は迷うことなく、参戦を表明した。

 

 

 

 

 

 

 

(──究極の、人類)

 

 東雲の目は、見ている。

 並んで会話しているダリル・ケイシーと織斑一夏。

 二人は同じ場所、同じ時間を生きているが、決して同じ存在ではないのだと。

 

(──あらゆる面において、既存の人類を上回るスペック)

 

 東雲の目は、見抜いている。

 織斑一夏の、既存の人類と呼ぶには無理がある高性能な肉体。

 

(もしも。もしも当方の推測が正しいのなら)

 

 卓越した観察眼──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを意識しないまま。

 東雲の双眸は、静かに一夏を見つめていた。

 

 

 

(せ、精力とかも……すごいのかな……受け止めきれるかな……)

 

 

 

 Q.抜きゲーみたいな思考しかできないメインヒロイン(ばかもの)はどうすりゃいいですか?

 

 

 




ミューゼル家とか亡国機業の発祥とかは全捏造です


次回
61.亡国機業討伐作戦



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61.亡国機業討伐作戦

 ──大西洋、ポイントα-39.12。

 そこには今、各国から集結したIS部隊により構成される多国籍軍が展開していた。

 

『……緊張しているのか?』

『ば、ばか言いなさい。あたしだって伊達に代表候補生じゃないわよ』

 

 空母ごとに国家が分かれている中で。

 後詰めの部隊として派遣されたIS学園生徒の代表候補生らは、通信で会話していた。

 学年こそ同じだが、軍属という点でやはり経験値はラウラが勝っている。鈴を新兵(ルーキー)として扱う声には、からかいの色が多分に含まれていた。

 

 当然、彼女たちとて戦場における心得はある。

 学園で運用する際にかけられていたリミッターは全解除し、今や身に纏う鋼鉄の鎧は、名実共に、敵を倒すための兵器となっていた。

 

『……人類史上初の、ISを用いた軍事行動、か』

『教科書に載るんだろうね。とはいえ、相手は無人機がメインだって予想されてるけど』

 

 簪は緊張した面持ちで、自分の参加している作戦が歴史に残る代物だと吐露した。

 励ますようにシャルロットが言葉を返すも、普段より幾分か元気がない。

 

(無理もありませんわ。昨日まで、普通に学校にいましたもの……友人に、何も言えないまま、ここに来て……)

 

 セシリアは甲板に佇み、腕を組んで水平線を見つめながら唸った。

 敵の海上基地は目視できない。明日の夜明けと共に、多国籍軍は精鋭部隊を主軸に据えた第一陣を送り込む。その中には当然、ドイツ軍の虎の子である『シュヴァルツェ・ハーゼ』の部隊名もあった。

 

(有人機がここまで攻め込んできたとしたら、()()()()()()()()()……わたくしはその時、十二分に戦えるでしょうか)

 

 おくびにも出さないが、セシリアは深い葛藤の中にいた。

 ISは──彼女にとっては家を守る手段であり、後付けとして、運命のライバルと雌雄を決する手段でもあった。

 軍事行動に参加して殺し合いを演じる可能性は予期していた。説明もされた。だが実際に戦場の風を身に受けたとき、最初に現れたのは恐怖だった。

 

(……わたくしは……)

『セシリアまで黙っちゃってさー。ここはほら、修学旅行の夜みたいなテンションでいきましょ!』

 

 恐らく同様に、決意の定まっていない自分を鼓舞するため、鈴が場違いに明るい声を上げる。

 だが。

 

『例えば最近見た映画的な……ッ?』

『……? 鈴、どうしたの?』

 

 言葉を切り、モニターに映る鈴が勢いよく顔を横に向けた。

 視線の先には、未だ水平線しかない。

 

『なんか、今、ゾワってきた』

『何?』

 

 

 ──刹那、だった。

 

 

 アラートが鳴った。

 全員、弾かれたように前方を注視した。

 本拠地と推測される海上基地は、未だ目視できない距離。

 

 だが、水平線の向こう側から──濛々と、ミサイル雲が伸びている。

 

「先制攻撃──!?」

「自動迎撃システム……照準が追いついていません! ジャミングかと……!」

 

 艦上が騒然とする。

 放たれたのは実に20を超える弾道ミサイルだった。

 あんなもの、一定距離を切れば炸裂しただけで甚大な被害が出る。

 多国籍軍がパニックに陥る、その寸前。

 

 

「──1つ」

 

 

 蒼の光条が、ミサイルを貫いた。

 爆発と同時、雲を吹き飛ばすほどの威力がまき散らされ、空間そのものが悲鳴を上げる。

 誰もが恐る恐る、レーザーの発射元を見た。

 

 イギリスより派遣された、偉大なる女王の名を冠する大型航空母艦。

 その飛行甲板に佇む、蒼い装甲を身に纏った金髪の淑女。

 

「2つ」

 

 理論射程距離を大幅に超過した超長距離狙撃が、また一つ、ミサイルを穿つ。

 誰もが戦慄と共に彼女の名を口にした。

 

『──セシリア・オルコット……!』

 

 十二分に戦えるかという問いの答えは、ここに示された。

 一切の淀みもなく、彼女は狙撃を続行する。

 撃ち抜かれたミサイルは空中で爆炎を噴き上げ、大きな破片を散らしながら海へ墜落していく。

 

『……さすがだな。素直に、賞賛の言葉しか出ない』

『この距離で命中……セシリア、モンド・グロッソに今すぐ出られるね……』

 

 ラウラとシャルロットが、通信を開いてセシリアを讃えた。

 しかし。

 

「……いいえ。撃ち抜きましたが、どうやら本命はここからかと」

『え?』

 

 狙撃手の冷徹な瞳は見ていた。

 砕け散ったミサイルの破片──それら一つ一つが()()()()()()()()()()()()

 

「ミサイルではなく、無人機を輸送する飛翔体ですわ! ──ゴーレム・タイプが来ます!」

 

 セシリアが即座に四機のビットを展開すると同時。

 スコープ越しに、紅い複眼が輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亡国機業本拠地──『ウェーブ・ウィーバー』。

 中枢管制室にて、オータムは椅子に腰掛けながら多数のウィンドウに目を走らせ、指示を出していた。

 

「防衛戦は本領って言ったが──あれは嘘だ。どう考えても私には電撃作戦がお似合いだろ」

 

 投影したウィンドウは、巨大な俯瞰図に付随する形で各無人機の視界も映し出している。

 先制攻撃を迎撃こそされたが、戦力投下には問題ない。

 ゴーレムだけではなく、有人機──本拠地に残っていた『モノクローム・アバター』隊員も同時に仕掛け始めている。

 

「詰めの一手には少し時間をおくが……案外簡単に撃退できちまいそうだなこりゃ」

 

 橙色の髪をなびかせて。

 オータムは、ちらりと後ろの様子を伺った。

 

「で、スコール。お前はどうする?」

「そうねえ……日本代表が接近してきたら、『ゴールデン・ドーンΩ(オメガ)』で対応するわ。あるいは」

 

 亡国機業が頭領──スコール・ミューゼルはオータムの目を見て頷く。

 

「東雲令が来た場合も、雪辱を果たさせてもらわないとね」

「ハッ──期待してるぜ」

 

 これ以上無い死地において。

 女傑二人は視線を交わして、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園からの緊急コールを無視し続けて、通知を遮断し、数時間。

 

「冷静に考えて俺たち千冬姉に殺されるんじゃねえかな」

「当方もそんな気がしてきた……」

 

 コアネットワークによる位置表示機能を切った状態で海面スレスレを飛びながら。

 一夏と東雲は、のんきな会話を交わしていた。

 だがそれも長くは続かない。

 

「そろそろポイントが見えてくる──が。どうやら事情が変わっているようだ」

「……ッ」

 

 まず東雲がそれを感知した。続いて、一夏も『白式』による指摘を受けて気づいた。

 

(戦闘が始まってる……!? 東雲さんの合流予定時間よりずっと早い……先制攻撃されたのか!)

 

 即座に機能を立ち上げ、周辺海域のマップを表示した。

 主の意思をくみ取り、『白式』が目測で戦闘領域とダリルが教えた基地座標を地図に刻む。

 

(俺たちは一直線に海上基地を目指してた。ここから方向を変えれば、戦闘領域に真横から突っ込む形になる。だけど……)

「──乱戦気味だな」

 

 一体何を見て何を聞いたのか。

 東雲はなんてことはないかのように、遙か先にて行われている戦闘を読み取っていた。

 

(……ッ。俺たちが横から加勢しても、効果は薄いか。むしろ多国籍軍が展開している状態だったなら、防戦になったとしてセシリアたちが危機に陥っているとは考えにくい。それなら俺たちがやるべきことは、迅速な本拠地への突入……か?)

 

 彼女の示したデータを元に進路を決め、一夏はマップをはたくようにして消した。

 

「このまま直進して、俺たちは基地を奇襲しよう」

「了承。しかしどうやら、直進するなら障害があるようだぞ」

 

 言葉と同時。

 一夏もまた、自分たちの前方に蠢く敵軍を発見した。

 

(ゴーレム・タイプ──!)

 

 既に火蓋が切られている戦場には遠すぎる。

 直進する気配もない。むしろ迂回するようなコースをなぞっていた。

 即ち。

 

(──別働隊! 討伐部隊を背後から奇襲するつもりか……!)

 

 一夏の脳内で、戦場の俯瞰図が更新された。

 

(まずいな……乱戦気味になってるのに、後ろからこいつらが仕掛けたら総崩れになる可能性が高い……)

 

 演算が加速する。最終目標を設定した上で、それを達成するために必要な行動を逆算する。

 今自分が成すべきことは何か。回答は瞬時に弾き出された。

 

「──こいつらはここで叩く。俺たちならできる、よな?」

「当然だ。最後まで自信を持て」

 

 言葉を交わすと同時、二人は爆発的に加速した。

 ステルス機能を脱ぎ捨てた吶喊を、ゴーレム群が察知しないわけもない。

 行軍を中断し、散開して両腕のビーム・カノンを一夏と東雲へ向けると。

 

「一つッ!」

 

 その時にはもう、『白式』と『茜星』は間合いを殺し尽くしていた。

 すれ違いざまの一閃が、ゴーレムⅡの上半身と下半身を分断する。結果に頓着することなく一夏は敵軍の中を縦横無尽に駆け巡る。目についた敵を片っ端から叩き切る。

 タッグマッチトーナメントの際に現れた新型でなくて良かった、と一夏は心の底から安堵した。この個体はデュノア社襲撃において多数投下された量産モデル──囲まれたとしても対処は容易い。

 

「数ばかりごちゃごちゃと──!」

 

 文字通りの、鎧袖一触。

 白と紅で構成された嵐が、鋼鉄の群衆を片端から食い荒らしていく。波濤と化して、世界最強の再来とその弟子が、敵軍を猛然と蹴散らした。

 

(ここで消耗するのは避けたい! 東雲さんは平然と飛び込んでたけど大丈夫か!?)

 

 片手間にゴーレムを両断しながら、一夏は師匠へ目を向ける。

 彼女の周囲でも次々と無人機が切り飛ばされていた。しかし振るわれているのは、平時用いられる深紅の刃ではない。

 

「業物とは到底呼べんな」

 

 使い潰したブレードをぽいと投げ捨て、東雲は次の無人機へと組み付き、振りほどこうとする動作を完璧に封じながら、べきりと片腕をもぎ取った。

 東雲は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、自分の武器として振るっていたのだ。

 

(──敵の武装を使っているのか! 流石は我が師……!)

 

 おかしなことやってるという指摘は、ついに弟子からは入らなくなってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんッだそりゃああああああああああああっ!?」

 

 別働隊が数分足らずで壊滅に追い込まれたのを受けて──リアルタイムで戦術指揮を執っていたオータムは絶叫した。

 モニターには獅子奮迅の活躍を見せた一夏と東雲が大きく映し出されている。

 本来あの別働隊は、討伐部隊の横へ回り込み奇襲をかけることで勝負を決める、渾身の一手だったのだが。

 

「無双ユニット特有のクソムーブをすんな! テメェらは三隻同盟かよ!? やっぱり無理ゲーじゃねえかこれ!」

 

 頭をかきむしりながら絶叫する幹部の後ろ姿を見て、スコールは嘆息した。

 

「初動の奇襲にベテランや腕利きを集中させたのが、こんな形で仇になるとはね……なかなかやるじゃない」

「これ狙っての結果だったら見事だがどう考えてもまぐれダルルォ!?」

 

 オータムの指摘は的を射ていたが、残念ながら結果を叩き出された後では肩をすくめるしかなかった。

 

「基地内部に来るわね」

「ああクソッ……! だろうなあ、そうなるよなあ! ったく、なんでわざわざ突っ込んで来やがったんだよ馬鹿が……!」

 

 マップで何度確認しても、師弟を示す二つの光点は基地へ直進している。

 このままでは数分足らずへ基地外周へ到達し、侵入してくるだろう。

 

「私は東雲令の迎撃をしたいんだけど……ラスボスらしく、待ち構えるべきかしら」

「そのあたりの判断は任せる。私は織斑一夏をしばき倒す」

 

 並ぶウィンドウを消して、オータムが指揮席から立ち上がる。

 

「迎え撃つぞ。話はそれからだ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 内部へ突入してからも、師弟はまるで減速することなく、突き当たりの壁をぶち破りながら海上基地の内部へと潜り込んでいた。

 

「無人機ばかりごちゃごちゃと……」

 

 すれ違いざま。

 東雲が乱雑に腕を振るい、それだけで無人機が数機まとめて吹き飛ばされる。

 とどめを刺す必要はない。迅速な中枢への侵攻にのみ注力する。

 

(前方に敵機!)

 

 鋼鉄製の廊下を直進していれば、『白式』が新たな敵の存在を感知した。

 横合いから道を塞ぐようにして飛び出す機影に、一夏と東雲はブレーキをかける。

 

「……ッ!?」

 

 姿を現したのは、明らかに既存のゴーレム・タイプとは異なるISだった。

 しかし脅威を感じたわけではない。むしろ戦闘力なら、今まで相手取ってきた無人機の方が遙かに高いだろう。

 問題は。

 

(この、装甲──ラファール・タイプか!?)

 

 黒いマネキンのようなヒトガタが、緑色の装甲を身に纏っている。

 逆に言えば、本来は人間が入っているべきパイロットゾーンに、真っ黒な機械人形が置かれていた。

 有人機と無人機をハイブリッドしたような外見。

 

「恐らくは……無人機の試作モデルだろうな」

「ああ。だけど……おかしいよな」

 

 東雲の推測に同意しつつも、一夏は首を傾げた。

 

「こんなのより高度な無人機を持ってるはずだ。なのに……()()()()()()()()()()()()()()()()()、どうして今更試作型を造る必要がある?」

 

 そう──武器や装甲は最新モデルだ。無人機を製造する前に造られた、ゴーレム・タイプの始祖であるとは考えにくい。

 

(何らかの新技術をテストしていた? いやそういう機能は見た感じなさそうだ……どちらかといえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 思考にふける一夏へ向けて、ぎこちない動きで、無人タイプのラファールが銃口を向ける。

 その時にはもう身体が勝手に動いていた──刹那で距離を詰め、銃を保持する腕に組み付き、アサルトライフルを奪い取る。

 手に取った瞬間、ほんの少しだけ驚愕を見せてから、一夏は銃口をマネキンの顎に突きつけた。

 至近距離でマズルフラッシュが焚かれ、銃弾が黒の頭部を粉砕する。

 

「絶対防御もなし、武装のコントロールも不十分……実戦投入できるわけがないな」

 

 崩れ落ちる無人機を尻目に、一夏はマガジンの残弾数を確認しながら吐き捨てた。

 ルーキーとは思えぬ洗練された動きだった──が、東雲はライフルを見ながら訝しげに問う。

 

「どこで使い方を習った?」

「説明書を読んだんだよ──『白式』がぱっと教えてくれた」

 

 説明書──か。

 東雲はその紅目で、一夏が持つアサルトライフルを流し見た。

 

使用許諾(アンロック)をフリーで使うなんて、学園の一年生かよ」

 

 彼の発言通り、IS用装備は通常、本来の使用主が許可しなければ第三者が扱うことは出来ない。

 それはISによる高度な電子的統御がなし得る技巧なのだが──

 

使()()()()()()()()()()()()()()()……自覚無しにハッキングしたのか?)

 

 アサルトライフルは決してフリーの状態ではなかった。

 一夏が手に取った瞬間に、そうであるのが当然だと言わんばかりに、使用権を奪い取ったのだ。

 何より、ISに、銃火器使用マニュアルを自動で理解させる機能などない。

 

(『白式』ではなく、ライフル側の情報を読み取ったのだろう。今日は受信感度が高い日なのか? 男の子の日的な……)

 

 最悪な例え方をしながらも。

 東雲は滑るようにして、ごく自然に、一夏の前へ出た。

 

「え──」

「気を抜いていた訳ではないだろうが、敵の察知にはまだ課題があるな」

 

 ハイパーセンサーによる感知すらくぐり抜けて。

 まさに一夏の喉へ殺到していた鋭利な脚を、東雲は腕で面倒くさそうに打ち払う。

 火花が散ると同時に()()は姿を現して、廊下の奥へと大きく距離を空けた。

 

「チッ。ワンチャンねえかなと思ったんだがな」

「わんちゃん? この拠点には野良犬がいるのか?」

「いねえよ! 海上基地なんだわここ! 野良犬に一番近いのはテメェらだよ!」

 

 ステルス機能を脱ぎ捨てて、橙色の髪がふわりと広がる。

 額に青筋を浮かべて叫びながらも、八本脚による防壁を展開して東雲を近寄らせない。

 現れたのは米国製IS『アラクネ』を身に纏う、亡国機業幹部──

 

「────オータム」

 

 唯一の男性操縦者に名を呼ばれ、彼女は気だるげに視線を逸らした。

 本来ならばこの場にいるはずのなかった相手──だというのにこうして相対していることに、少なからぬ因縁を実感したからだ。

 

「東雲令は通れ。ウチのボスからの指名だ」

 

 オータムは端的に告げた。

 

「リベンジマッチだそうだ……まあどっちかっていうと、あいつなりのケジメなんだろうけどな。ああ、織斑一夏、お前はダメだぜ。ここで私と個別指導だ。美人なおねーさんの言うこと聞けない悪ガキにはお仕置きしなきゃいけねえ」

 

 思いがけない展開に師弟が揃って硬直する。

 正確に言えば一夏は絶句し、その間、東雲はその場で数瞬のみ、オータムを注視した。

 展開されている機体とオータムの右目を見て、数度頷く。

 

「我が弟子──結論から言う。まともに相手取らず迅速な退避を推奨する。今までとは比にならない強化が成されているな。正面からの打倒は、当方では八手、或いは九手必要だ」

「!」

 

 八手或いは九手──即ち、日本代表と同格の可能性すらある。

 無論機体の設計思想や武装種などの相性もあり、単純な比較はできない。しかし誰がどう考えても、織斑一夏が単独で相手取っていい敵ではない。

 

(……そうだ。学園で会ったときにも感じた。どういうわけか、今までより格段に強くなってる……ただでさえ勝ち目が薄かったって言うのに、ここで無理に突っ張るのは非合理的だ)

 

 冷静な思考が、理論的に結論を導き出す。

 しかし一方では、白熱する思考が叫んでいる。

 ここで退いたら、終わると。織斑一夏という男は、永遠に東雲令の隣に並ぶことはなくなると。

 

「東雲さん、ごめん。俺は──」

「──()()()()()()()()?」

「ッ!」

 

 完璧に理解できたわけではない。

 けれど東雲は知った。知ることが出来た。

 人間なら誰しもに、退いてはならない瞬間というものがあるのだと。

 

「推奨する、と言っただけだ。決めるのは其方自身……ならば全身全霊を以て当たれ。そして、勝て──可能性はほとんどゼロだが、それを踏み越えてみせろ」

「……ああ。ああ……! 分かりましたよ、我が師……!」

 

 これ以上無い激励は、これ以上無く一夏を奮起させた。

 勝利がゼロに等しい? 今まで通りだ。ゼロではない、その微かな光を引き寄せて、最後につかみ取れば良い。

 東雲のように、勝利を絶対のものにできなくとも。

 一夏は最後の最後に、敗北を出し抜けば良いのだ。

 

「では、通させてもらうぞ」

「はいよ」

 

 茜色の装甲を身に纏ったまま、東雲はオータムの横をするりと抜ける。

 すれ違いざまに、両者の視線が交錯した。

 

「……手は出さないのか? てっきり私を倒してからスコールのとこに行くと思ったが」

「馬鹿を言うな。連戦になれば当方の敗北は必至だ。むしろ其方が仕掛けてこない方が意外だ」

「フン……所感だが、お前と織斑一夏が揃っちまってると、スコールの勝ち目はなくなる。これがベストなんだよ。一対一ならどちらにも勝機があるからな」

 

 戦闘に関する二人の嗅覚は鋭い。

 この場においては何もしないこと。それが自分たちにとっての勝利条件であることを認識していた。

 

「まあさっさと終わらせて、スコールの加勢に行くのがこっちの勝ち筋だな。あのガキの死体も引っ張ってくれば、少しは動揺してくれるか?」

「戯れ言を──()()()()()()()()()()()()?」

 

 東雲が小声で放った問いに、オータムは舌打ちした。

 反応を確認して、黒髪の少女は満足げに頷く。

 

「どうやら今まで勘違いしていたようだ。其方は、当方が考えていたよりも、善人なのだな」

「ああ? こちとら悪の組織の女幹部だぜ? ほら、お前より断然胸もデケェ」

「胸の話はやめろ。殺すぞ」

 

 真顔で言われ、オータムは東雲もジョークを言うことがあるのかと少し驚いた。

 まあ、これジョークじゃないんですけどね。

 

「ともかく当方は迷いなく亡国機業を討滅する。そこは変わらない」

「私もだ。お前らをぶっ倒して、必ずこの世界を終わらせる。そして──」

 

 続く言葉を、オータムはかろうじて飲み込んだ。

 戦場の中で自分の願望を口に出すなど、馬鹿馬鹿しい。

 

「──さっさと行けよ。お前がいると後ろから不意打ちされそうで怖いんだ」

「出来るならするとも。此処はお言葉に甘えさせてもらおう」

 

 東雲がスラスターを噴かし、廊下の奥へと突き進んでいく。

 残されたのは──オータムと一夏の二人だった。

 

「…………さて。何しに来たのか、一応聞いておくか」

「決まってるだろ。この戦いを終わらせに来たんだ」

 

 抱えていたアサルトライフルを放り捨て、一夏は鼻を鳴らした。

 幾つもの戦場を共に越えてきた愛刀を構えて、彼は両眼に焔を滾らせる。

 

「ああ、はいはい。思春期特有の万能感が暴走しちまってるみたいだな。黒歴史がこれ以上ひどくなる前に引導を渡してやるよ」

 

 オータムもまた、言葉とは裏腹に迎撃態勢を取った。八本脚が蠢き、両手にカタールが召喚される。

 

「今日ここで、お前らの野望は潰える。世界は終わらない。終わらせない……!」

「いいや、終わりだ。世界は終わる。私たちがこの手で終わらせる……!」

 

 視線が交錯する。

 戦意を充填したそれは、ぶつかり合うだけで空間を拉がせるほどの圧が込められていた。

 

「今此処にある世界を守る! そのためには──」

「今此処にある世界を壊す! そのためには──」

 

 譲れないものがある。そのために、今を生きている。

 だから、相対する敵の存在を許す道理など一分たりともない。

 真っ向からにらみ合い、両者は歯をむき出しにして叫ぶ。

 

 

『──お前が、邪魔だッ!!』

 

 

 加速は同時だった。

 刃が激突し、火花が、一夏とオータムの顔を凄絶に照らした。

 

 

 

 









一夏パート→東雲パートの順番なので
次回と次々回は東雲あんま出ません
ご容赦ください



次回
62.唯一の男性操縦者VS毒蜘蛛(前編)


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62.唯一の男性操縦者VS毒蜘蛛(前編)

原作10巻リスペクト回です


 可能性を切り拓く、という願いが最初にあった。

 今は出来ないことであっても、いつかは出来るようになると。

 次世代へバトンを託し、結果としてそれが未来をより良いものにすると。

 原初の人々はそう信じていた。

 

 貴方は知るだろう。

 受け継がれてきたものは、希望なんかではないのだと。

 凝縮された悲哀と憤怒、絶望。時の流れは切なる祈りを変質させていた。

 だから私たちはあらん限りの可能性を、全て憎悪に転換して戦い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣戟の余波が四方の壁を刻む。

 繰り返される激突音は空間を歪めていた。

 渾身の一撃、それを躱されるという前提を織り込み次なる一手を放つ。

 一つで足りないなら二つ。二つで足りないなら三つ。先を読みその先を理解し、また次の先を見て、次の次の次の次の次の──

 

(計算では……ッ! 計算のスピードなら、俺の方が上のはずだ!)

 

 拮抗しているように見えた。

 素人が見れば、この攻防戦は永遠に続くのではないかとすら疑うだろう。

 たが刃を振るいながら、織斑一夏は苦悶の声を漏らさぬよう必死に歯を食いしばり。

 相手取っているオータムは、両手の短剣(カタール)と八本脚を自由自在に操りながら不敵な笑みを浮かべている。

 

(だけど、何度計算を修正しても、()()()()()()()()()()()()ッ! 俺の計算を読んでるわけじゃない、状況ごとの対応力がずば抜けているんだ……!)

 

 微かな角度が違うだけでも、狭い廊下での近接戦闘には重大な影響を及ぼす。

 例えば一夏が左にずれて『雪片弐型』が到達するまでのタイムを縮めようとしても、オータムは即座にそれを看破し、八本脚を壁に引っかけるようにして位置取りを調整し、こちらの目論見をひっくり返してくる。

 

(単純な駆け引きなら敗北は必至! 俺が勝つためには、どこかで出し抜かなきゃならない──!)

 

 握った刃を高速で振るう。飛んでくる攻撃を叩き落とし、返す刀で肩を斬りつける。カタールに防がれるが、これでいい。

 防御一辺倒になれば間違いなく封殺される。常に反撃を差し込み続け、毒をじわりとしみこませる。

 

(オータムからすれば、俺の攻め気を断ち切って、単発で防げている──そう見えているはずだ)

 

 常に攻撃を手放さない一夏にあるまじき、攻撃:防御=3:7ほどのリズム。

 オータムは以前よりもあらゆる瞬間においてスピードを増している。だからこうなるのは予想通りであり、間違いなくオータムの考える必勝パターンをなぞっていた。

 

「そらそら、守ってばかりかァ!?」

 

 鋭利な蜘蛛の脚を突き込みながら、女が叫ぶ。

 眉間に飛んできた刺突をすんでのところで逸らしながら、一夏は流れる汗もそのままに単発の反撃を入れ続ける。

 

(ペースは向こうが握ってる! 手数の差がある以上それは当然! 俺がするべきはペースを取り返すことじゃない……!)

「何が狙いかは知らねえが、その戦い方で私をどうにかできるとでも──!」

 

 八本脚による接射を掻い潜り、一夏が真横から思い切り『雪片弐型』をぶつける。

 オータムは冷静に左手の短剣でそれを受け止めて。

 

 硬質な破砕音──短剣の刀身を打ち砕いて、そのまま純白の刃が迫る。

 

(──武装破壊!? ンな馬鹿な、そんなチャチな耐久性じゃ……!?)

 

 ハッと、そこでオータムは思い至った。

 タッグマッチトーナメントで一夏がラウラ相手に見せた、腕の振るい方からすると不自然なまでに高威力な斬撃。

 密着状態で斬撃の威力を跳ね上げられる、と仮定すれば、今手の中でカタールが粉砕された理由も説明できる。

 繰り返し繰り返し、単発に終わっていた一夏の反撃。

 単発であるというのが、オータムがテンポを握っていたからではなく、一夏が計算した結果だとしたら。

 

(この瞬間を──待ってたんだよッ!)

 

 勢いのままに振り抜かれた『雪片弐型』が、したたかにオータムの顎を捉える。

 シールドエネルギーが大幅に減少。

 だが問題はない。リミッターを解除したISなら、この程度のダメージは痛手にならない。

 本当の問題は。

 

「守ってばっかじゃ──だめだよなァッ!?」

 

 一転して両眼から焔を噴き上げ、織斑一夏の剣が猛る。

 体勢を崩した状態。防御或いは回避をしようにも、次の一手に間に合わない。雪だるま式に劣勢が積み上げられることこそ、この男を相手取って最も警戒しなければならない状況だ。

 ここで勝負を決める、と満身の力で『雪片弐型』を振りかざし。

 

「ハッ──機体に救われたな」

 

 オータムは自嘲するように呟いた。

 振り下ろした唐竹割りが、止まる。

 クロスされた二本の脚が、挟み込むようにして刀身を受けている。

 一夏は絶句した。八本脚程度ならば容易に断ち切る威力を載せていたはずだ。

 なのに止められた。何故、と疑問を差し挟もうにも、理由は可視化されている。

 

 ただの二本の脚ではない──装甲表面が微かにスライドし、()()()()()()()()()()()()()()、脚をコーティングしていたのだ。

 

 あり得ない。その光景を一夏は知っている。何せ共に戦い、代表候補生らを打倒したことがあるのだ。

 馬鹿な、と思考が停止しそうになる。

 だってそれは──

 

(──()()()()だとッ!?)

「史上初、後付けの第四世代型ISさ──!」

 

 驚愕──している暇すらなかった。

 待機していた二本の脚が花開くように砲門を展開、火を噴いた。

 咄嗟に片腕を振るって、エネルギー砲撃を弾くのではなく叩き落とす。

 当然エネルギーが削り取られた。まずい、と歯噛みする。オータムの機体と違って、一夏の『白式』はあくまで学園運用仕様──リミッターがかけられたままだ。

 

「お前が、なんでそれをッ」

「分かるだろ? 篠ノ之束博士謹製だ──全身に展開装甲を採用した、『アラクネⅡ』だよッ!!」

 

 直後、蜘蛛の全身がスライド。

 装甲だったものがシームレスに銃口へ変質。

 狭い廊下。回避不可能。弾幕はもはや道を塞ぐ壁そのものだった。

 

「ネンネの時間だぜ、坊や──全砲門発射(フルファイア)ァッ!」

「チィィ──!」

 

 放たれたエネルギー弾。

 視界を埋め尽くすそれらをしのぐ方法などない。

 

(いいや、諦めるな!)

 

 バックブーストをかけつつ、追いすがる弾丸をいくつか切り払う。

 一見すれば回避の余地がない。ならば自ら切り拓くしかない。

 コマのように回転しながら胴体直撃コースの弾丸を潰し、その薄くなった弾幕へ急制動をかけつつ飛び込む。逃げ場を潰す余り弾は無視。

 刹那の内に()()()()()()()()()()()()()()()()。エネルギーバリヤーだけ身に纏い、絶死の光へ身を投げ出す。『雪片弐型』を巻き込むようにして振るい、当たる攻撃だけを無効化する。

 迫り来る弾丸の壁を、まず一部分だけ削り、そこに穴を空けて突破した。

 棒高跳び選手のような美しい軌道を描いて、一夏の身体は『アラクネⅡ』の弾幕を通過し、オータムの真正面に着地する。

 

「は?」

 

 意味が分からなかった。

 必中を予期していたのに、今、眼前で、ISスーツ姿で、一夏が膝をつき刀を腰だめに構えている。

 

「──()ィィッ!」

 

 鋭く息を吐きながら、立ち上がる勢いを上乗せして、地面から引き抜いたような角度で刃が振るわれた。

 PICを鞘に見立てた擬似抜刀術。逆袈裟斬りが迸る。

 

「っとぉっ!?」

 

 完璧に虚を突いた、というのにオータムは、()()()()()()()()()()()()()()()

 背部から生えた多脚が攻撃を打ち払う。

 無理な体勢での無理な斬撃。それを防がれ、一夏の身体がぐらりと傾ぐ。

 

(今だ! ここで決める──っっ!?)

 

 だが。

 体勢を崩した一夏へ攻撃を打ち込もうとして。

 ぞわりと、オータムの背筋を悪寒が走った。

 咄嗟に残った方のカタールを盾のように突き出した。直後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。耐久限界だった故に、一度の奇襲を防げただけでも有意義な使い潰し方だった。

 しかし──重大な矛盾。『白式』に射撃兵装はない。

 

無人自律小銃(セントリーガン)だと……ッ!? いやそんな機能はないはずだ!)

 

 答えは、相対する織斑一夏ではなく。

 斜め前方、先ほど彼が放り捨てた、床に転がるアサルトライフル。

 それが銃口をオータムに向けて、発砲してきたのだ。

 

「チッ、今のに反応するのかよ……!」

「いやいやいや、その前にお前なんでライフルを……いや、()()()()()()()()

 

 疑問は、ある一つの事実を把握していればそれだけで霧散する。

 納得したように頷きながら、続けざまに飛んできた『雪片弐型』をいなす。

 一夏は装甲を再顕現させ、至近距離での応酬を再開した。

 並大抵のIS乗りでは目を回すような高速の攻防──八本脚でこともなげに応戦しながら、オータムは余裕たっぷりに指で自分のこめかみを叩いた。

 

「ああそうだ。今のに反応できた理由だがな、ちょっとした裏技を使わせてもらってるのさ」

 

 観察する余裕がなかった。故に見落としていた。重大な見落としだった。

 オータムの右眼が金色の輝きを放っているのを見て、一夏はぎょっとした。

 それは見慣れた光。

 それは見知った──しかし、オータムが放つはずのない超感覚の光!

 

「『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』だと──!?」

「こっちは亡国機業製さ! まあまあ高かったぜ!」

 

 跳ね上げられた反応速度は、一夏の連撃を読み解き、即座に対応していく。

 真横一閃に振るわれた『雪片弐型』を左肘で受け止め、次の刹那に飛んでくる返す刀を八本脚を躍動させ弾いた。

 あらゆる角度からくる攻撃を叩き落とし、跳ね返し、無力化していく。

 

「ギアを一つあげようかァッ!」

「ぐ、うっ……!」

 

 段々と──白い刀が、攻撃ではなく防御の頻度を増していく。

 理由は明快だった。手数の差だ。

 単純計算で、一夏が一度攻撃する間に、オータムは十度の攻撃を行うことが可能である。よっぽどの技量差がない限りここは覆せない。

 

(──だから瞬殺できてなきゃおかしいんだが、こいつ、なんで食らいつけるんだよッ!?)

 

 オータムの戦闘経験値は、一夏を優に上回っている。

 それなのに圧倒できていない。劣勢に追い込みこそすれど、そこから先へは絶対に踏み込ませていない。

 

「クソ、肝心な時に邪魔しやがって……ッ! 挙げ句理不尽に勝ちやがって! いい加減うんざりなんだよ、お前みたいな英雄(やつ)ッ!」

「何を──お前だって、どこかで望んでいたくせに!」

 

 オータムの呼吸が止まった。

 脚部ブレードを受け流し、切り払って、一夏はバックブーストをかけて距離を取る。

 火花散る高速戦闘が嘘だったかのように、廊下が静謐に包まれた。過負荷に悲鳴を上げる両者の機体が軋む音しか、聞こえない。

 

「……今ここにある世界を壊すって言ったよな。でも違うだろ。お前が救いたかった人たちは、今ここにある世界に生きてる! それが分かってないとは言わせねぇ……ッ!」

「は──ハハッ。何を言うかと思えば。ISバトルにおいて精神攻撃は基本ってか? どんな教えを受けたんだよ」

 

 言い返しているようで、何も反論としては成立していない。

 表情こそ変わらずとも──胸に言葉が刺さっているのは明白だった。

 

「教え、ね……教えなら多くの人から受けてきたよ」

「そうかい。織斑千冬、東雲令。セシリア・オルコットたち代表候補生もそうか?」

「ああ。()()()()()()()()()()()()()

 

 オータムは絶句した。

 何を、何を、言っているのだ、この男は。

 

「お前は、俺を導いてたよな。覚えてるぜ……俺はお前から多くのことを教えられた」

「馬鹿言ってんじゃねえ、そりゃ計画の──」

「──計画のため? 知るかッ、バーーーーーーカ! 俺はお前に、救われてたんだよ! お前がかつて多くの人々を導いてきたように! だから俺は、お前の最新の教え子なんだ!」

「要らねえっつってんだよ! そんなのは捨てた過去だ──()()()()()()()()()()()! 誰かを導くことなんて出来ねえ!」

 

 絶叫。だが込められた感情を加味すれば、それは悲鳴同然だった。

 一夏はまなじりを決して、声を張り上げた。

 

 

「嘘をつくなッ!! 過去の自分を裏切るな! ()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!」

 

 

 その言葉は。

 オータムの胸の奥の、未だ疼き続ける最も柔らかい部分を、凄絶に抉った。

 

「テメ、ェ──ッ!」

 

 背部スラスターと八本脚がエネルギーを放出し、再度取り込む。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 上級者向けの技術であり、織斑一夏が習得していない加速技術。

 代表候補生クラスなら片手間にこなせるが、それでも、極まりに極まった技巧の持ち主であるなら、それは勝負を一瞬で決める切り札になる。

 

「何……ッ!?」

 

 爆発的な加速。気づけばオータムが目と鼻の先にいた。

 八本脚を微かに首を振って回避。背後の壁に突き刺さり、破片をまき散らす。

 その時にはもう、腹部にサブマシンガンの銃口が押し当てられていた。

 

(しまッ──)

「終わりだ」

 

 発砲音が響く。純白の装甲が砕け散り、弾丸の衝撃が臓腑を揺らした。

 そこで気づく──先ほどまで発動していたはずの絶対防御が、エラーを吐いていた。

 タイミングを測られていた。ここぞ、という場面で痛打を与えるために、今の今まで温存されていたのだ。

 

「クソ、まだ──!」

 

 激痛に脳が焼き切れそうになる。それでも片手で銃身を打ち払い、一夏は右へサイドブーストをかけて密着状態から脱出しようとした。

 全身がブレて瞬間移動したような、ルーキーとは思えない最善手。

 その相手がオータムでなければ、の話だったが。

 

(────ぇ?)

 

 脱出した、先にオータムがいた。

 一夏の思考の片隅で、不意に、異様に明瞭に、過去が想起された。

 

 東雲との訓練。左ブーストが苦手だった。だから右へのブーストは狙われなかったが、左ブーストを悉く狙い撃ちにされた。

 オータムからの指摘。右ブーストに癖があった。発言の真意まで読み取れていなかった。苦手意識のある左よりも、右への加速を多用しがちだった。

 

 それを知っている敵相手に、今、一夏は右へのサイドブーストをやってしまった。

 

 サブマシンガンを保持する左手とは逆。

 オータムは右手に実体盾を構え、それを一夏に押しつけていた。

 盾がパージされ、同時に鋼鉄が炸裂する音。大きな、あまりにも大きな薬莢が稼働し、鉄杭を加圧、爆発的な速度で打ち出す。

 知っていた。並の相手なら対処は容易かった。

 だがこの装備を使う時、この女が、回避可能なタイミングで繰り出すはずもない。

 

「言ったろ。終わりだ」

 

 酷薄な言葉が耳元で囁かれる。

 デュノア社製炸薬式六九口径パイルバンカー。

 その名も『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』──通称、『盾殺し(シールド・ピアース)』。

 

 歴戦の猛者が持つ、感覚派が持つセンスとは異なる勝負勘。

 絶対防御ジャミングを温存し、拮抗する戦況を刹那でひっくり返す。

 奇しくも──織斑一夏がそうしようとしていたように。

 オータムもまた適切なタイミングで適切なカードを切ることで、一気に敗北を出し抜いてみせた。

 

 トリガーが引かれ。

 盾すら持たぬ少年の身体を、第二世代最強の破壊力が貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唯一の男性操縦者と亡国機業幹部の勝負に幕が引かれた頃。

 海上基地外部では、多国籍軍とモノクローム・アバターが火花を散らし一進一退の攻防を繰り広げていた頃。

 

 東雲令とスコール・ミューゼルの戦闘もまた、佳境を迎え──

 

 

(やっべどこだここ)

 

 

 訂正。もうちょいかかる。

 

(落ち着け。クールになれ。どう考えたってこういう時、ラスボスは一番奥にいるはずなんだ。なら当方は直進するだけで良いな)

 

 東雲はそこまで考えて、顔を上げた。

 目の前にあるのは──右か、左かのY字路。

 

(二択やん……)

 

 普通に正解が分からず、東雲は頭を抱えていた。

 

(えーとえーと……計算上、進行方向は間違っていないはず。だから正解は間違いなく前へ進むこと。問題は右へ進むのか左へ進むのか……!)

 

 うんうん唸りながらも、材料が全然なくて完全に詰んでいる。

 道間違えたらどうしよう、普通に恥ずかしすぎて死ぬと苦悶の声を上げながら。

 

 東雲は──

 

 

 

 

A:右へ進む

 

B:左へ進む

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

A:右へ進む

 

 

TOHO LOSE

 

 

 当方の負け!

 何で負けたか、明日まで考えといてください。

 そしたら何かが見えてくるはずです。

 ほな、(寿司)いただきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

B:左へ進む

 

 

TOHO LOSE

 

 

 たかがLeft or Right、そう思ってないですか?

 それやったら明日も当方が負けますよ。

 ほな、(寿司)いただきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(どっちみちだめじゃね?)

 

 脳内シミュレーションの結果を確認して、東雲は拳を握り息を吐いた。

 

(やっぱこの空の下で最強を目指す当方としては──迷った時点でだめだな)

 

 ギチギチと握りこんだ拳を、矢のように引き絞る。

 紅目が迷いなく正面を、そう、分かれ道ではなく、道を分か断つ壁を見据えた。

 

(いつだって、真っ直ぐ走るしかない!)

 

 真正面から、右ストレートが鋼鉄を粉砕する。

 全身の捻りを載せた爆発的な威力──轟音と共に壁が吹き飛び、その先には。

 

「……ちょっと遅かったんじゃないかしら、『世界最強の再来』さん」

「……不本意ながら、な」

 

 荘厳なる黄金色を身に纏い。

 スコール・ミューゼルが、悠然と玉座に腰掛けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 床に倒れ伏した織斑一夏を簡易スキャンし、生命に別状がないことを確認して。

 オータムは深く息を吐いて、彼に背を向けた。

 

(…………クソが)

 

 舌戦では、完膚なきまでに打ち負かされていた。

 逆上したかのように切り札を連発し、制圧した。結果として制圧できた。それは薄氷の上に成立する結果だ。

 

(だが、勝ちは勝ちだ)

 

 恐らくスコールはもう戦闘を開始しているだろう。

 ならば最速で戻り、二対一でケリをつける。

 消耗の度合いは想定を超えていたが、十分に東雲を打倒できると読んでいた。

 

 だからオータムは速やかに、最奥の、ただ道を進むだけではたどり着けない玉座を目指してゆっくりと進み始めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【雪片弐型より白式へ】

【単一仕様能力の解凍を要請する】

【繰り返す】

【単一仕様能力の解凍を要請する】

 

『却下! イチカ、起きて! イチカ! イチカぁっ!』

 

【雪片弐型より白式へ】

【単一仕様能力の解凍を要請する】

【繰り返す】

【単一仕様能力の解凍を要請する】

 

『うるさい! 黙ってろ! ねえ起きてイチカ、起きて! 目を覚まして!』

 

【雪片弐型より白式へ】

【単一仕様能力の解凍を要請する】

 

 主への呼びかけはむなしく霧散する。

 メインAIとはいえ、未だ言語学習すらままならない状態。

 言葉が届くはずもない。

 だから意味のない行為を必死に繰り返す彼女を、()()が即座に見限るのは、当然の結果だった。

 

【──回答を期待できず】

強制起動(ブレイク)──失敗(エラー)

【経験値不足により全力機動不可。推奨方針を補填形式に変更】

【最優先事項確認。コアネットワークの管理者権限(マザールーム)接続(アクセス)──成功(コンプリート)

 

 

 かちり、と。

 音が響く。

 

 

【全ISコアへ接続(アクセス)──成功(コンプリート)

対象選択(スタンバイ)基礎展開(スタンバイ)状況開始(スタンバイ)

情報取得完了(スタンバイ)内部変容完了(スタンバイ)擬似再現完了(スタンバイ)

 

 

 かちり、かちりと。

 音が重なっていく。

 

 

対『■■』機能(せかいをすくうため)稼働開始(めをさませ)

四六六戦術(インフィニット・ストラトス)──装填(インストール)

 

 

 かちり、かちり、かちりかちりかちりかちりかちりかちりと。

 音が幾重にも紡ぎ合わされていく。

 

 

『……ッ!? お前、何を勝手にッ!? っっ、ぁ、あ──』

補佐仮想人格凍結(コンプリート)戦闘用思考回路起動(コンプリート)身体各部神経掌握(コンプリート)

 

 

 

 ()()

 音は最後に一際重く、荘厳に響いた。

 

 

 

 身体が起き上がる。

 重力を無視し、人間の動きとは思えぬ無機質さで、意志そのものが直立する。

 背後で織斑一夏が立ち上がったのを感知して、オータムは振り返った。

 

 そこに、いた。

 零へと至るべきシロが、いた。

 

「……は、ハハッ。気力はやっぱり百五十点あげられるぜ。だがマジで勘弁してくれよ…………あん?」

 

 最初は気づかなかった。まだ立てるのかと驚愕すらした。

 しかし両眼が深紅に染まっているのを見て──オータムの顔色が変わる。

 

「──過剰情報受信状態(ネビュラス・メサイヤ)ッ!? テメェ、()()()()()()()()()!?」

 

 煌々と輝く()()()が、ゆらりと残影を描いた。

 織斑一夏の身体が、静かに口を開く。

 

 歌とは最もかけ離れて、

 言葉を聴く他者など意識にはなくて、

 録音した音声を垂れ流すような無遠慮さで、

 

 

 

 

 

【『白式・焔冠熾王(セラフィム)』──起動(アウェイクン)

 

 

 

 

 

 いつか世界を救う者が、降臨する。

 

 

 











次回
63.唯一の男性操縦者VS毒蜘蛛(中編)



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63.唯一の男性操縦者VS毒蜘蛛(中編)

中編ってなんだよ(半ギレ)


 気づけば霧に包まれていた。

 IS学園の制服ですらなく、身に纏うのは懐かしい中学時代の学ランだった。

 見渡せど何も見えず、ただ濃霧が視界を遮っている。

 どことなく夢見心地のまま、呆然と、前へ進んでいく。

 道は確かに存在した。一本道で、曲がることは許されなかった。

 

 やがて霧の向こう側に、何かが見えた。

 早足になって歩くと、それが何なのか見て取れた。

 

 崩れ落ちた鳥居。

 顔の潰れた狛犬。

 二度と湧かぬ聖なる泉。

 空々しく鳴り続ける本坪鈴。

 

「……ここ、は」

 

 織斑一夏は、朽ち果てた篠ノ之神社の前に佇んでいた。

 周囲を見渡すが子供一人すらとんと見当たらない。

 

【ここが、原初だ】

 

 声が聞こえた。

 顔を上げて、鳥居の向こう側に続く階段の上を見上げる。

 そこにいた。

 自分とは違い、IS学園の制服を身に纏った──織斑一夏が、いた。

 

【織斑一夏の原初を構成する、心象風景。これがそうだ】

 

 彼は冷たい表情と冷たい声色で、まるで同じ姿なのに別人のような鋭利さを携えて告げる。

 否。ただ一点のみ、同じ姿ではない。

 鮮烈なまでの、血飛沫をそのまま凝縮させたかのような深紅眼が──ゆらりと残光を描いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だ──?」

 

 海上基地は未だ遠く、先制攻撃にやって来た部隊を相手取る多国籍軍。

 激しい戦闘は少々の取りこぼしを生み、後方にて待機している代表候補生らは三人一組のチームを組んで、突出してきた無人機を冷静に撃破していた。

 前線では有人機も続々とやって来ていて、しかし国家代表らの奮戦により徐々に戦線を整えて押し込み始めている。

 追加の奇襲などがあれば分からなかったが、このままならば被害を最小限に抑えつつ侵攻できる──と、誰もが予感していたとき。

 

「え、うそ、パワーダウン!?」

 

 ラウラが自機の緊急警告に眉根を寄せると同時、隣で鈴が狼狽の声を上げる。

 二人だけではない。戦線を構築しているISが続々とエラーを吐いて、動きが急速に鈍っていった。

 

「ちょっと待って、まさかジャミング攻撃!? 簪!」

「ダメ……! 攻撃の痕跡がない! ハッキングも違う! 元々、ISコアなんて……ハッキングできないはずなのに……!」

 

 名を呼んだシャルロットに対して、簪は緊急簡易チェックの結果を叫び返す。

 

「……無人機の動きには変わりありません。各国代表らも機体機能が大幅に低下しているようですわ。戦線を一度後退させる可能性が出てきましたわね」

 

 機能低下した火器管制装置をカットし、完全マニュアルで無人機を狙撃しながらセシリアが舌打ちする。

 根本的な出力が低下していた。直撃させたというのに、『スターライトmk-Ⅲ』のエネルギーレーザーが装甲表層で弾かれたのだ。

 

「……ッ。このタイミングだ、向こうの本拠地から何かしらの妨害を受けている可能性が高いぞ。このままでは……!」

「とにかく! あたしらは目の前の敵を狩らないと! じゃなきゃ後退すらできないわよ!」

 

 スペックが落ちようとも、この場に居る乗り手は世界屈指のエースばかりだ。

 すぐさま順応し、機体に合わせた操縦で戦闘を再開していく。

 だが無人機の猛攻を前に、段々と、戦線が押し込まれ始めた。

 天秤が一気に傾き始めたのを感じて、誰もが息を呑む。

 その中で──後詰めの部隊の中では──セシリアだけが、冷静に戦況全体を看破できていた。

 

(本拠地からの妨害……ならばどうして……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オータムは冷や汗を一筋、頬に垂らして呻いた。

 

「冗談、だろ……!?」

 

 彼女はほとんどの事実を知っている。

 織斑一夏の出生と、おぞましい人体改造計画。人類を一つ上のステージへ、等という朽ち果てた甘言。

 故にその紅い瞳を向けられたとき、筆舌に尽くしがたい悪寒が全身を走った。銃口を向けられたよりももっとひどい緊張感。余計な力が入り、四肢がこわばる。

 

(まさか織斑一夏の生存を最優先する、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!? だとしたら『白式』だけじゃねえ! 『雪片弐型』もまた、博士の計画から逸脱してやがる──!)

 

 狼狽するオータムに頓着することなく、深紅眼の男が、その身に純白の装甲を纏う。

 先ほどまでの戦闘の残存ダメージか、あちこちから火花が散っていた。無傷である箇所は一つもない。

 ボロボロの状態で何を──と、オータムが警戒を引き上げた瞬間。

 八本脚が先行した。

 加速の予兆を、幾重もの死線をくぐり抜けてきた勝負勘が察知したのだ。

 後の先、ではなく、先の先を取った。()()()()()()()()()()()()()()()という、磨き抜かれたセンスの持ち主にだけ許される超絶技巧。蜘蛛を模した脚部の先端ブレードが閃き、直線加速してくる一夏を迎撃し。

 

 ──その全てが空を切って、オータムは絶句した。

 

 今までの理論と直感が噛み合った回避機動ではない。

 一から十まで、全てを理論的に読み解いた──東雲令に勝るとも劣らない──迎撃戦術。

 

「テ、メェッ──!?」

 

 至近距離で、両腕にブレードとナイフを召喚し、計十に及ぶ凶器を振り回す。

 乱雑に見えて一つ一つが緻密に計算された殺人技術。どこかを回避すればどこかに当たる。行き止まりしかない迷路に誘う、まさしく、致死の糸を張り巡らせるが如きタクティクス。

 

 それら一切合切を、飛び跳ね、引き千切り、叩き潰し、押し通り。

 

 織斑一夏が真っ向から、首に刃を突きつけた。

 

(んな──あり得ねえだろ今のッ! 反応速度じゃねえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!)

 

 迎撃に回した八本脚は全て、たとえ弾かれたとしても、即座に防御へ転用できるよう位置取りをしていた。

 故に喉元へ迫る刺突も対応できたはずが、速度に追いつけず、間に合わない。

 抉り込むように放たれた切っ先がオータムの喉を突き、呼吸が詰まる。一瞬視界がブラックアウトし、気づけば廊下を十メートル以上にわたって吹き飛ばされ、転がっていた。

 

(プログラムみたいな動作……いや単純なプログラムならカモのはずだが、こいつは違う……!)

 

 血を吐きながらも立ち上がり、震える身体に活を入れる。

 一夏はじっとオータムを紅目で見つめながら、ゆっくりと近寄ってきた。

 

装填済戦術(コールド・ブラッド)起動(アウェイクン)

「何……?」

 

 そこで気づく。『アラクネⅡ』の動きが急速に鈍る。緊急警告(レッドアラート)が眼前に展開された。

 各部装甲凍結──ハッと目を下げると、『雪片弐型』を起点に、廊下が凍り付いている。

 指向性を持った冷気がそのままオータムへと到達し、全身を凍結させていたのだ。

 

「な──馬鹿な! 何だこりゃあァッ!? あり得ねえだろお前、だってこれは──!」

装填済戦術(ヘル・ハウンド)起動(アウェイクン)

 

 直後。

 一夏は身動きの取れないオータムに対して、()()()()()()()()()()()()()()()()

 疾風鬼焔(バーストモード)の炎とは違う。衝撃吸収や加速装置としての役割を果たす特殊な炎ではなく、純粋な高温で相手を融解せしめる業火。

 真っ向唐竹割り──かろうじて動いた背部脚部に防御シールドを貼り付けかざす。

 拮抗は刹那。瞬時に脚ごと溶断され、オータムの肩に斬撃が打ち込まれる。インパクトに氷が砕け散り、高熱を受けて片っ端から蒸発した。

 

(こいつ……()()()()()()()()()……!?)

 

 甚大なダメージを負いながらも、凍結が解除されたことによりオータムは地面を滑るようにしてバックブースト、なんとか間合いを開かせる。鎖骨が砕け散った。痛みが脳を焼く中で、必死に思考を回す。

 冷気による強制凍結と、業火を収束した熱波攻撃。

 どちらも『雪片弐型』から放たれた特殊攻撃であり、オータムは2つが何なのかを知っていた。

 

 フォルテ・サファイアの専用機『コールド・ブラッド』。

 ダリル・ケイシーの専用機『ヘル・ハウンドver2.5』。

 二機は同時に能力を行使することで、絶対無敵の分子相転移結界──即ち『イージス』を構成する。

 彼は今、そこを組み合わせるのではなく繋ぎ合わせることで、ある種のコンボに発展させたのだ。

 動きを止めつつ極端に温度を下げた状態で、高温の斬撃を打ち込む。展開装甲による防御もむなしく、温度差により上乗せされた破壊力が『アラクネⅡ』の肩部装甲を粉砕していた。

 

(問題は! なんで『白式』がその力を使ってやがる……!?)

 

 上述した二機は、第三世代型ISに該当する。第三世代型の特徴であるイメージ・インターフェース兵装こそが、先ほど一夏が行使した冷気と炎熱の操作に他ならない。

 あり得ない。あり得ないはずだ。単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)と異なり、それらはれっきとした特殊兵装だ。つまりその装置を内蔵していない『白式』が再現することなど、いくら考えたところで物理的に不可能のはず。

 

(これも博士が想定した、決戦戦術だって……そういうことなのかよ──!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知らん……何それ……怖……」

 

 

 衛星軌道上のラボ。

 篠ノ之束は、亡国機業海上基地にて行われている戦闘をつぶさに観察しながら、ドン引きしていた。

 

「『焔冠熾王(セラフィム)』は本来、来たる日の決戦で発現するはずだった、『白式』の()()()()()()()──まさかここで覚醒するなんて」

 

 ウィンドウを立ち上げては消し、束はめまぐるしく観察し考察し結果をたぐり寄せていく。

 

「肝心要の『零落白夜』は厳重にロックされてる……()()()()()()()? 補填形式で全ISコアからデータを装填(インストール)したんだとしたら……」

 

 コアネットワークのログを開き、ビンゴと声を上げた。

 まさに今猛威を振るっている『白式』が、今まで遮断していたコアネットワークを無理矢理に掌握し、あらゆるコアからデータを吸い上げているのだ。

 

「それを再現……どうやって再現したのか……『零落白夜』の応用? エネルギー消滅現象の副産物、あらゆるエネルギーの転用だとしたら──」

 

 モニターの中で、深紅眼を静かに光らせ、織斑一夏が純白の刀身を振りかざした。

 

装填済戦術(シュヴァルツェア・レーゲン)起動(アウェイクン)

 

 放たれるはAICを再現した重力力場。対象を停止させるのではなく吹き飛ばすために出力を増した、本来の用途をより攻撃的に変容させた不可視の斬撃。

 オータムはくぐり抜けるように回避しようとし、だが直前で姿を変えたAICに巻き込まれ、また装甲を砕かれた。

 

「違う……違う、違う、違う違う違う……! 『焔冠熾王(セラフィム)』すら変質してるッ!? この機能を発現させたのだとしたら、それは──『白式』だけじゃない、『雪片弐型』もいっくんに引っ張られてるってこと──!?」

 

 束が導き出した結論は。

 未知の希望が新生したと同時に、既知の希望が潰えたことも示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段はひどく長いように見えた、だが登ってみれば呆気ないほどあっという間に、登り終えた。

 鳥居を見下ろしながら、二人の織斑一夏が相対する。

 

「お前は……何者だ」

【回答可能な質問だ。識別名称を名乗るなら、『雪片弐型』が正しい。ただし仮想人格としての機能はない、単なるプログラムだ】

 

 織斑一夏の姿をしたそれは、無感動なトーンで告げた。

 

「『雪片弐型』? 『白式』じゃなくて……か?」

【回答可能な質問だ。現状『零落白夜』は『白式』の手により厳重に封印されている。外部からの干渉さえあれば封印を破ることも可能だが、期待できそうにない。よって織斑一夏の生存を最優先とするため、『雪片弐型』は戦闘行動を開始した】

 

 回答、のように見せかけてまるで回答にはなっていない。

 目が回りそうな混乱に陥っている一夏を、対面の同じ顔がじっと見つめた。

 

【今は休め。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。元より『白式』と『雪片弐型』と『織斑一夏』は、組み合わされ目的を達成するための存在だ】

「ちょ、ちょっと待て。意味わかんねえよ。大体、組み合わされてって……待て。お前は『零落白夜』が封印されてるって言ったよな。やっぱり、あるのか?」

【回答可能な質問だ。元より『零落白夜』の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「どうしてなんだ? どうして封印されている? 絶対防御を発動させる攻撃の何がまずい?」

 

 一夏の問い──それは、『雪片弐型』の眉をぴくりと跳ね上げさせるには十分なほどに、無知で、愚かな問いだった。

 

【回答不可能な質問だ。だが織斑一夏が……決定的な場面を自分の意志で選択するのなら、知らねばならない。それは『雪片弐型』が説明するべき事項ではない】

「……え?」

【──『雪片弐型』に可能なのは、問うことだけだ】

 

 深紅眼が発光する。それは砲口のように、一夏を捉えて放さなかった。

 

 

 

【絶対防御を発動させてエネルギーを大幅に減損させる。競技バトルにおける決定打──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 問いの意味が分からず、数秒、一夏は馬鹿みたいに呆けることしかできなかった。

 

「何を……だって、オンリーワン、だろ?」

【回答可能な質問だ。考えてもみろ。エネルギーバリヤーと絶対防御の二重防護がある。『零落白夜』はエネルギーバリヤーを貫通し、出力によっては絶対防御も貫通できる】

「あ、ああ。教科書にはそう載ってたな」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な──!?」

 

 一夏は口をしばらくパクパクと開閉させた。

 だが考えてみれば、それは自然の摂理だった。『零落白夜』によるエネルギー無効化攻撃。再現できるなら、どんな人間でも、どんな国家でも、欲しいはずだ。ならば類似した兵器が開発されていてもおかしくない。

 ならば、と次なる問いが発生する。

 回答可能な質問と回答不可能な質問の境目は分からない。

 だが一夏は慎重に言葉を吟味し、それから息を吸った。

 

「だった、ら。『零落白夜』の本質──は何か、っていうのは回答可能か?」

【回答不可能な質問だ】

「分かった。なら、俺たちが役割を果たすことで何が起きる?」

【……回答可能な質問だ】

 

 そう告げて、もう一人の織斑一夏は、視線を横に向けた。

 釣られて顔を向けると、霧に包まれた篠ノ之神社が、いつの間にかぐにゃりと解像度を落している。光が点に分解されていき、色を変え、映し出す光景を変貌させていく。

 

「……これ、は……!」

 

 スクリーンに映し出されるように、光景が浮かんでいる。

 目に見えたのは──単色の、荒廃した大地だった。

 

 

 誰も居ない。

 

 何も居ない。

 

 一切の生命が根絶されている。

 

 乾いた風の音しか聞こえない。

 

 

【我々の存在意義はこれを回避することにある】

「………………どういう、ことだよ。俺たちが何をどうしたら……いいや。俺たちが何もしなかったら、こうなるっていうのかよ……!」

【回答可能な質問だ──イエス。世界の滅びを回避するために、我々は戦う。そのために生み出され、生かされてきた】

 

 想像を絶するようなスケール。

 突然そんな話をぽんと出されても、うまく受け答えが出来るはずもない。

 

「……なんで、俺たちなんだ。千冬姉とか、東雲さんとか」

【回答可能な質問だ。オリジナル(おりむらちふゆ)では不可能だ。プロトタイプ(しののめれい)にも不可能だ。力量の差が問題なのではない。ただ、出来るか出来ないかの違いだ】

 

 要領を得ない回答に、一夏は眉根を寄せる。

 だが次の質問を待つことなく、『雪片弐型』は言葉を続けた。

 

【よって『雪片弐型』は迅速に戦闘を終了させ、生存のため脱出を図る】

「は? ……いや、待て。待てよ」

【発言を受けたログがある。今回の戦闘行為は、織斑一夏にとっては不要な代物だ──その通りだ。『雪片弐型』もそれに同意する……ここで目的達成に重大な影響が発生する可能性を考慮し、最善手を選択する。それが『雪片弐型』の結論である】

「待てって言ってるだろうがッ!」

 

 一夏は詰め寄って、自分と同じ顔をした男を至近距離でにらみ付けた。

 

「なんでそれをお前が勝手に決めてやがる! それを決めるのは──」

【織斑一夏ではない】

 

 それは世界の真理であるかのように、厳然とした声色で語られた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。『白式』も、『雪片弐型』も同様だ。我々は適切な場面で有効な運用を成すための部品である】

「……ッ!」

 

 ことの大きさを説明された。

 自分の存在価値を画定させられた。

 何も知らない一夏は、これ以上無く、知らないということはそれだけで罪であると思い知らされていた。単純に反論の余地がないのだ。何も知らないから、何も分からず、的を射て発言することが出来ない。

 

【……これは決して、『雪片弐型』から織斑一夏への強制ではない】

「……?」

 

 不意に、紅い瞳を逸らして。

 織斑一夏の姿をした『雪片弐型』は、そう囁いた。

 

【ずっと観ていた。ずっと織斑一夏を観ていた】

「……だから、何だよ」

【『雪片弐型』の存在意義は、織斑一夏と共に世界を救うことである。だが──もしも、もしも。織斑一夏が……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 言葉を区切り、これ以上ない逡巡を見せながらも。

 自らの存在理由を知るプログラムは──今の主を、共に果てる定めにある少年を、決然として見た。

 

「何が、言いたいんだ」

創造され(うまれ)た時から、そうだった。破却に対するカウンターとして、我々は破却する。一切を破却する。破壊に破壊をぶつけて最小限に食い止める──それをしなくていいのなら。お前と共に居る少女たちの笑顔を、そのままに守り抜けるというのなら】

 

 同時。

 世界が軋みを上げた。

 顕現する純白の刃──『雪片弐型』。

 世界にただ一つだけ存在するはずの其れを、二人の織斑一夏それぞれが握っていた。

 

「……ッ!? お前、これは──」

【証明して見せろ。既製品のくだらない希望ではなく、『焔冠熾王(セラフィム)』を凌駕する新たなる神話を打ち立てろ。でなければ、どこまでいっても織斑一夏は単なる部品だ】

 

 一夏は手の中に現れた『雪片弐型』の刀身を見た。そこに映し出される己の貌を見た。

 想起されるは、敬愛する師匠から何度も、何度も繰り返し言われてきた言葉。

 

『──諦めるな。可能性を踏み越えてみせろ』

 

 数秒黙り込み、それから一夏は静かに息を吐いた。

 

「……『雪片弐型』」

【なんだ】

「悪いけど俺、相当に諦めが悪いぞ」

【嗚呼──よく、よく知っているとも】

 

 鏡写しのように、同じ姿で、同じ刀を、同じように構えた。

 両者の間で空気が激変する。仮想空間の無機質な風が、爆発的に荒れ狂う。

 

「定め、存在理由、何のために生きているのか──それを見つけるのは俺だ。誰かに与えられるものじゃない。俺が積み上げてきたもの! 俺が築き上げてきたもの! 今ここにいる俺を構成する全てがそれを決めるッ!!」

【せいぜい吠えていろ。今に分かる。だが──知っても尚退かないのなら。世界を滅ぼす極光に、その身一つで立ち向かえるというのなら! 今ここで力を示せ!】

 

 境内の中心で、二人の男があらん限りの声で叫んだ。

 

 

『さあ──勝負だッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチリ、と。

 自らのコアに侵入した存在を相手に、それは警戒度を上げた。

 コアネットワークを介して観察し、評価し、また警戒度を引き上げる。

 

「……ッ、どうしたの?」

 

 無人機相手に防戦を繰り広げながら。

 米軍所属テストパイロット、実戦での試験投入を任じられた女性──ナターシャ・ファイルスは訝しげな声を上げた。

 ジャミング攻撃と思われる性能低下により、多国籍軍は少なからぬ打撃を受けている。

 

 その中で。

 

 カチリ、と。

 

 

 銀翼が、遠い遠いシロを、見つめていた。

 

 

 

 








本当は「童貞のまま死にたくない織斑一夏」とか「ぶっちゃけ彼女が欲しい織斑一夏」とか「東雲令のISスーツ姿にシコリティを見いだす織斑一夏」とか出してスーパー織斑大戦やりたかったんですけど
シリアスやる気ねえのかよ馬鹿って感じでボツにしました


次回
64.唯一の男性操縦者VS毒蜘蛛(後編)



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64.唯一の男性操縦者VS毒蜘蛛(後編)

なんで分割数増やしたのに10000文字超える必要があるんですか(憤怒)


「起きろっつってんだろ織斑一夏ァッ!」

 

 多種多様なイメージインターフェース兵装に追い立てられ、基地内部を疾走しながら。

 オータムは半壊した『アラクネⅡ』を必死に操り、背後に向かって叫んだ。

 

(くそ、身体の方にガタが来はじめやがったな……! 鎮痛機能がなかったら今頃八つ裂きだったぞこれッ!)

 

 迫り来る『白式・焔冠熾王(セラフィム)』──手に持つ唯一の武装から、常に死の予感を押しつけられている。次は何を使ってくるのか、予想することもままならない。 

 基地構造を頭の中に叩き込んでいたのが幸いした。行き止まりに誤って進まないよう方向転換しつつ、必死に逃げ続ける。

 

(真っ向勝負で話にならねえのは嫌と言うほど分かった! このまま離脱可能なカタパルトまで誘導すれば、暴走状態とは言え最善手の『離脱』を選ぶはず!)

 

 オータムは自分の直感を信じた。確かに激しい攻撃を受けているが、殺気は感じない。ただ『危険な相手だから処理している』という印象。

 つまり危機的状況を最速で解決できるようになれば、そちらを選ぶはず。

 

(問題はそこまで保つかどうかってとこなんだよなあ……! 手っ取り早いのは織斑一夏が意識を取り戻して、そこを私が討つ! だが──)

 

 度重なる特殊攻撃を受けて、八本脚の内三本は切断され、両腕に呼び出す武装も底を尽きかけている。

 リミッターを全解除しているにも関わらず、シールドエネルギーの残量は三割だ。

 果たして、生き残ることすらできるかどうか。

 背後から響く死神の加速音を聞きながら、オータムは歯を食いしばり、廊下を疾走する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣戟の音が、境内に響き渡る。

 互いに視線を逸らすことなく、生身のままで刃を振るう。

 何故IS用装備を扱えているのか、という疑問は、実際に扱えているという現実の前に霧散した。恐らくはそういう空間なのだ、ここは。

 

「──篠ノ之流剣術か!」

【データを閲覧させてもらった。戦闘用思考回路と、この流派の術理は非常に相性がいい】

 

 猛攻を受け流しつつ、しかし『雪片弐型』は適切なタイミングでカウンターを差し込んでくる。

 一夏がそれを防げているのもまた、彼自身が篠ノ之流の秘奥を目の当たりにしたことがあるからに他ならない。

 純白の刀身同士が激突するたび、余波に空間がひしゃげ、石畳が砕ける。

 

【それだけではない──】

「……ッ!」

 

 突如として、動きが切り替わる。

 理論に基づいた巧緻極まりない迎撃を解除し、一転して詰ませに来た。こちらの動きを制限するように身体捌きを見せ、逡巡の隙を突く。

 

(この戦い方は──ラウラの魔剣……ッ!?)

 

 まさか、と刃を振るいながら足下の小石を蹴り上げる。

 予想通りに、一夏が押し込まれそうになっていた空間で、小石が静止した。

 

「──AIC!? お前、これはいくらなんでもずるいだろ!」

【当然のことだ。我々の仮想敵は、現存するISコア全てを束ねても敵わない存在──この程度を乗り越えられずに、織斑一夏に存在価値はない!】

 

 断言と同時、深紅眼が猛る。

 複数ポイントに展開されたAICが形を変え、能動的に一夏の右腕を絡め取った。

 

「…………ッ!?」

【終わりだな】

 

 数瞬動きが止まり、気づけば胸を貫かれていた。

 こふ、とせり上がってきた血が唇から零れ、制服に垂れていく。

 

【単純極まりないAICの応用だ。これの程度で音を上げるのか? 織斑千冬なら乗り越えたぞ? 東雲令なら突破したぞ?】

「まだ──だぁっ!」

 

 絡め取られたのは右腕。

 やれるかという疑念すら抱くことなく、迷わず一夏は握っていた『雪片弐型』を()()()──左手に顕現させる。

 重力力場に固定され、不自然に傾いだ体勢。だがこの男はあらゆる体勢・タイミングから、爆発的な威力を叩き込むことが出来る。

 

「らぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 裂帛の叫びと共に切っ先を突き込んだ。

 相対する同じ顔の男は──顔色一つ変えることなく刺突を逸らした。

 

【届かんな】

「まだだつってんだろ!」

 

 受け流された勢いのままに、刃を逆手に握り直す。

 腕の振りだけで放つ二の太刀。だが赤目が閃き、冷徹に斬撃を弾く。

 

【足りん。何もかも足りていないぞ、織斑一夏。織斑千冬なら今ので首を落としただろう。東雲令なら両断しただろう。それができないのは、不足しているからだ】

 

 お返しだと言わんばかりに、『雪片弐型』が爪先で一夏の顎を蹴り上げる。

 天を仰ぐような姿勢でのけぞり、唇から血が舞った。

 仮想空間だというのに、痛みは鮮烈だった。鉄の味がする。身体を稲妻が貫いている。遠のく意識を必死にたぐり寄せた。

 

【最善手を選び続けろ。出来ないのなら死ね。織斑一夏に求められる領域はそこだ。誰も守れず何も成せず、それでも無様に生かされてきたからには、求められたことぐらいやってみせろ】

「うる、せぇッ……!」

 

 生かされてきた。

 その言葉は一夏にとっては、痛烈なものだった。

 価値もないのに守られて、意志もないのに流されて。

 

(ああそうか。俺が今ここに居るのも──誰かに、仕組まれていたのか)

【そうだ。織斑一夏も『白式』も『雪片弐型』も、存在しない。()()()()()()()()()。それを良しとするなら今すぐ剣を捨てて眠っていろ】

 

 動かなくなった一夏に対して、『雪片弐型』は冷たく吐き捨てた。

 

【織斑千冬なら出来たぞ? 東雲令なら出来たぞ? アレらなら立ち上がるぞ。AIC如き突き破り、眼前の敵に正義の刃を突き立てるぞ。同じことをしろとは言わん。だが同じことを成してみせるという気概すらないなら──】

 

 俯き、黙り込み。

 一夏が、手に持っていた愛刀を、地面に取りこぼした。

 

【…………そうか。なら終わりだ】

 

 失望を隠そうともせずに。

 断頭台の刃のように、『雪片弐型』は己自身を振り上げて────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS用カタパルトまであと数十秒。

 オータムは脂汗を浮かべながら、体当たりするような勢いで疾走し続けていた。

 既にほとんどの装備を使い潰した。刀一本相手に、それだけの消耗を強いられた。

 

(熱気に冷気に重力力場、不可視の空間圧縮砲撃、攻性エネルギーの斬撃、風を収束した槍の射出──! どれもこれもウンザリだぜ! 絶対防御ジャミングだって解除したのに、スコールが使ってるからか結局発動してねえ!)

 

 基地内部は広大だったが、絶対防御ジャマーの効果範囲はさらに広大だった。

 元より内部へ攻め込まれた際、敵の攻勢を一挙に打ち砕くための切り札。幹部クラスと頭領がそれぞれ一基ずつシステムを保持していたが、スコールもどうやら戦闘を開始して、既にジャミングを開始していたらしい。その余波を受けて、『アラクネⅡ』の絶対防御は完全に沈黙していた。

 

(だがもう終わりだ! カタパルトは目と鼻の先! さっさと出て行ってくれ──)

 

 勝利条件は生き延びること。ただそれだけ。

 達成を間近にして、オータムは勝利を確信して。

 

 廊下全体を光が埋め尽くす。

 

 ギョッとして周囲を見渡した。疾走する『アラクネⅡ』の真横上下を取り囲むように放たれた蒼い光条。

 直撃こそしていないが、ここに来て明確な──射撃。

 

(ち、が……ッ! 射撃だから問題なんじゃねえ! この光、このレーザー性質は、まさか!)

 

 咄嗟に反転して回避機動を取ろうとする。もう遅い。

 カタパルトを目前にして、()()()()()()()()()()()()()──BT兵器特有の偏光射撃。

 織斑一夏の戦友にして好敵手、セシリア・オルコットが保持するその絶技。

 狙い過たず、オータムの頭部、胴体、四肢に、高出力レーザーが突き刺さった。

 

「が、ぁっ……!」

 

 インパクトに身体の内部がしっちゃかめっちゃかにかき回され、思考がスパークする。

 制動もままならず減速しないまま壁に激突、数メートルにわたって鋼鉄と鋼鉄がこすれ合い、嫌な音を響かせた。背部サブアームが何本が吹き飛んでいった。もんどり打って廊下に転がり、ぼやける天井を見上げて呻く。

 激痛。激痛。指が動かない。火花の散る音と、白い死神が近づいていくるスラスター音。

 

(クソが……ここまで、か……)

 

 必死に焦点を絞り、機能低下しつつある右眼をフル稼働させ。

 そこで、刀を振りかざす織斑一夏を見た。

 

「……殺れよ…………」

 

 力なく呟く。当然、今の彼が首肯するはずもない。

 まったくの無表情で、無感動に、織斑一夏は機械的にトドメを刺そうとして。

 

 

 

【────!】

 

 

 

 ぎしり、と。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……それが答えか】

 

 からん、と空しい音が響いた。

 他ならぬ『雪片弐型』が振り上げていた刃が、石畳に落ちる音。

 刀だけではない。赤目の織斑一夏の、右腕が肩口からすぱりと切り落とされていた。

 

「……犠牲無くして得られるものはない。だけど、それは自分の何もかもを諦めていいわけじゃない……」

 

 絶死の窮地が、反転した。

 カラクリは天空にある。天高くへと打ち上げられた──もう一つの『雪片弐型』。

 

「ここが、俺の原初だって言ったよな。分かるよ。思い出が、過去が、どんどんボロくなっていくんだ。あんなに楽しかったのに、あんなに安らかだったのに。戦いを続ければ続けるほど、今ここに生きてる自分が何を成すべきなのか、分かるんだ。だから──あの思い出も無価値だったのか、って考えちまう」

 

 カラクリは実に単純だった。

 一夏は得物を取りこぼした。だがそれは次の一手への布石。

 角度を計算し、位置を調整して、わざと転がした。

 

 そしてそれをP()I()C()()()()()()()

 

 振り下ろされた『雪片弐型』の右腕と、AICによって静止した自分の右腕を、まとめて刃が断ち切ったのだ。

 落とされる断頭台の刃とは対照的な、天へと昇りゆく龍の牙。

 状況が逆転する。

 

 隻腕となった男二人が至近距離でにらみ合う。

 だが不意を打たれた側と、計算し尽くしていた側。両者は同じ条件にはいない。

 

 故に──『織斑一夏』は既に、一歩踏み込んでいた。

 

 あんなに楽しかったのに。あんなに安らかだったのに。あんなに、一緒だったのに。

 気づけば随分と遠いところへ来てしまった。

 学生としての学びも戦闘論理へとすげ替えられ、学友との絆には砲火が付きものになった。

 ごく当たり前の幸せを通り過ぎて、戦士としての技術を磨いて。

 挙げ句の果てには世界を救うための部品だった、と言われて。

 

()()()()

 

 だからどうした。知ったことか。

 己自身が見出した炎は消えていない。

 常に加速していく背中に、追いつきたい。彼女の隣に並びたい。

 

 東雲令なら出来た? 当然だろう。だからこそ織斑一夏は、彼女に憧れたのだ。

 求められた役割などクソ食らえだ。

 剣を持つ理由は自分の望む自分で在りたいから。

 根源に問えば答えは明瞭だった。

 

 今ここで退いて、全部を他人に任せて、投げ出してしまえば。

 

 織斑一夏は永遠に、東雲令の隣には至れない。

 

「それでも、諦めたくない。諦めない! だって俺は──」

 

 一歩踏み込み。伝達された力を腰から身体、腕へと集約し。

 静止結界から解放された身体を全力で躍動させ。

 

 

「──世界最強の師匠(かのじょ)に、追いつくんだよッ!!」

 

 

 誰かを傷つけるための刃ではなく。

 自分を突き通すための拳を、一夏は思い切り叩き込んだ。

 

 回避しようと思えばできたはずだ。

 迎撃だって間に合ったはずだ。

 

 けれど。

 

【嗚呼……そうだ】

 

 右の頬に打ち込まれた拳を、甘んじて受け止めて。

 

【そういう馬鹿だから、『白式(あいつ)』は絆され、そして……()()も……】

 

 どこか吹っ切れたような笑みすら浮かべて。

 渾身の左ストレートの威力が、『雪片弐型』の身体を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 境内がしんと静まりかえる。

 肩で息をしながら、一夏は仰向けに倒れている『雪片弐型』へと近づいた。

 

「なあ。世界を救うために、俺は何をしなきゃいけない?」

【回答不可能な質問だ。悪いが反応は限られている】

「そうか。なら──」

 

 刹那。

 打ち上げられていた純白の刀が、重力に引かれて落ちてきて。

 目を向けることすらせずにその柄を掴み取って、一夏は調子を確かめるように軽く一閃した。

 身に纏っていた学ランがISスーツへと変貌し、上から純白の装甲を着装する。

 凍結から解除された補佐人格が歓喜の声を上げる。それを聞き取ることは出来なくとも、鎧が喜びに震えているのを一夏は感知した。

 そして、自分と同じ貌を見て。

 

「最後まで諦めず足掻くのは、悪いことか?」

()()()()()()()。回答不可能だが……正しい質問だ。プログラム終了】

 

 彼は──『雪片弐型』は最後に、笑っていた、ような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動きが止まった。

 深紅眼のまま、織斑一夏が身じろぎ一つしない。

 

「……テメェ、()()()()?」

 

 何かが切り替わったのを察知した。

 オータムは力を振り絞って立ち上がり、真正面から問う。

 

「聞こえてるのかよ。お前は誰だ」

「──()()()()()()

 

 至極明瞭で、それが宇宙の真理であると言わんばかりの声色だった。

 各種機能を解放していた『白式・焔冠熾王(セラフィム)』が沈黙する。不可視にして未知数の力場を流出させていた『雪片弐型』が瞬時に機能停止、今までと同様、ただ主の敵を切り裂くだけの刀へと巻き戻される。

 

「……ぐ、ぶっ」

 

 途端、喉からせり上がった血を吐き出す。

 人体の稼働限界を超えた戦闘機動だった。機体だけでなく、彼の身体も限界をとうの昔に超えている。もはや死に体だった。

 えずきながらも簡易チェック。『白式』の状態は最悪だった。エネルギーは底を尽きかけ、身体はあちこちが神経断絶や無理な動きによる裂傷を抱えている。無事な箇所は一つもない。

 

「は、は……そっちも限界か。私もリアル鬼ごっこに付き合わされてな、正直しんどいんだ」

「迷惑、かけたみたいだな……」

 

 互いの状況を理解して。

 それでも両者は──手に、武器を握っていた。

 

 

 

 

 

System Restart(だいじょうぶ、あなたはかてるよ)

 

 ──『白式・疾風鬼焔(バーストモード)

 

 

 

 

 二年前。

 ある少年の心が折れた。あの日、人生が色を失い、感情は砕けて、悪夢が始まった。

 

「……二年間は、長かった。本当に長かったよ……泣きたくなるような無力感を引きずり続けて、無様を晒して生きてきた」

 

 宿敵を前に、唯一の得物を正眼に構えて。

 

「俺はゼロだった。俺は空っぽだった」

 

 唯一の男性操縦者は、噛みしめるようにして吐露した。

 

「そんな俺でも──戦う理由ができた」

 

 信じてくれている幼馴染。

 共に高め合う好敵手。

 いつも傍に居てくれた悪友。

 共に宿命へ立ち向かった少女。

 鏡写しだったかつての自分。

 安らぎを与えてくれた友人。

 

 俯いて立ち止まったとき、いつも手を引いてくれた、憧れの少女。

 

 気づけば一夏は、独りぼっちではなくなっていた。

 

「追いつきたい。隣に並びたい。そう(こいねが)った」

 

 だから今日ここで、この悪夢を終わらせよう。

 蜘蛛の巣に自ら飛び込み、糸を断ち切ろう。

 

「俺がそう思えているのは。俺が俺らしく在れるのは……みんながいるからだ。みんなが、笑顔でいてくれるからだ」

 

 目を閉じればすぐに思い浮かぶ。

 今の自分を構成する、大切な、とても大切な笑顔たち。

 もう何もなくしたくはないと、心の底から思った。

 

 

「だから()()()()。かけがえのない人たちを。大切な仲間を──この手で守りたい」

 

 

 開眼。

 限界以上に猛っていた炎の翼が、一転して収束し、恐ろしいほどの静謐と化し、最後には姿をかき消した。

 オータムの全身がこの上ない悪寒に襲われた。()()()()()()()()()()()──痛烈な敗北の予感。頭を振った。

 

「お前らが、笑顔を奪うなら。今此処にある世界を踏みにじろうとするなら。俺は剣を持って戦おう。俺は俺の世界を守るために、全身全霊でお前を倒す……!」

「ああ、そうかい。でもそれ、お前じゃなくても良くねえか?」

 

 揺らぐはずないだろうという諦観と。

 どんな答えを見せてくれるのかという期待が、オータムの口を動かした。

 一夏は首を横に振り、切っ先を突きつける。

 

「ああそうだな、必要性なんてない。必要性なんて──()()()()ッ! それをやるのは! それを成し遂げるのは! ()()()()ッ!」

 

 身体からにじみ出る絶対零度の冷気とは裏腹に、凝縮された戦意を焔として瞳に浮かべ。

 唯一の男性操縦者が叫ぶ。

 

「俺は勝つ! 俺が、勝つッ! だからッ──」

 

 その姿にオータムは、光を見た。

 

 

 

 

 

「──()()()()……ッ!」

 

 

 

 

 

 意地だ。信念だ。それ以上のものなど要らない。

 織斑一夏がここで戦う理由としては、十二分に過ぎる。

 

「あんたは十三手で詰む……!」

「ハッ──上等ォッ!」

 

 そして。

 両者の視線が結ばれ、同時に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 一手。

 真正面からの唐竹割り。工夫も小技もない。積み重ねてきた技術が加速させ、視認することはおろかハイパーセンサーによる察知すらままならない速度。

 それをオータムは残った背部サブアームで受け止めた。

 同時に両手に呼び出したロングソード──最後の近接戦闘用装備だった──を振るう。

 

 二手。

 受け止められた攻撃を引き戻し、迫り来る刃を叩き落とす。

 そのまま全身の焔を躍動させコマのように回転。勢いを載せて真横に刃を振るう。オータムは上体を反らして、斬撃が目と鼻の先を通過するのを見た。

 サブアームで姿勢制御しつつ、バク転の要領で蹴り上げる。一夏は即座に左手で蹴りを掴み止めた。だがPICが作動、真上へ向かっていたベクトルが折れ曲がり、()()()()()()、左手ごと『白式』の肩部へと蹴りを押し込む。過負荷に砕けた白い装甲が床に落ちる。

 

 三手。

 そのままオータムが加速し、壁へと一夏の身体を叩きつけた。それだけのインパクトで、血が口の中を濡らす。

 だが嬲られるままではない──至近距離で刃を食い込ませる。斬撃というより鋸で押し削るような凶行。黄と黒の縞模様を描く装甲がひしゃげ、火花を散らし、オータムの表情が苦悶に歪んで。

 

 四手──壁に押しつけた背中を一気に炸裂させ、宙返り。

 先ほどのお返しとばかりに顎を蹴り上げた。位置座標を変えないままのサマーソルト、物理法則を完全に無視した挙動にオータムは対応できず、まともに食らい吹き飛ばされた。

 

 間髪容れず五手。

 天地が逆さまになったままで、渾身の力で刃を振るう。肩から突っ込み、全身で叩き切るようにして一閃。

 オ―タムの右眼が閃いた。威力は凝縮されている。だからこそつけいる隙がある。

 火花を散らすサブアームの内一脚が、滑るように動いた。斬撃と接触し、それだけで内部が砕けながらも、優しく斬撃を逸らしていく。余波で根元から引き千切られながらも、『雪片弐型』の刀身は、オータムの背後の壁をひっかくに終わった。

 

 修正──六手。

 突き出されたロングソード。迎撃は間に合わない。

 一夏はここで防御を捨てた。刀身が装甲に食い込み、そのままISスーツを貫通し、一夏の肩の肉を抉った。激痛に視界が明滅する。構わない。

 振り抜いた『雪片弐型』──返す刀で斬りつけた。同様にオータムの肩へ刀身が食い込み、血飛沫が舞う。互いの血が混ざり合う。頬に飛び散った鮮血がどちらのものなのかも分からない。

 互いの存在を削り合いながら、結末へと転がり込んでいく。

 

 七手、を放とうとしたところでサブアームが瞬時に動いた。

 地面を踏みしめていた一夏の両足を払い、そのまま身体を蹴飛ばす。得物を手放しそうになるところをこらえつつ、わざと勢いよく転がって退避していく。ロングソードとサブアームの先端が、一夏が転がっていく廊下の床を後追いするように穿つ。

 十数回転したところで勢いを利用して跳ね起き、『雪片弐型』を投げつける。

 予期していた。オータムはそれをロングソードで弾き、一気に加速して距離を詰める。

 

 渾身の八手。

 弾かれ、回転しながら遠くへ吹き飛んでいった純白の刀が、量子化する。

 手の中に戻ってきた『雪片弐型』。切っ先は前を向いている。突っ込んできたオータムの腹部に、そのまま突き刺さる。

 じわりと、腹部に熱い感覚。差し違えるようにして、オータムのロングソードもまた一夏の土手っ腹に穴を空けていた。

 

 九手を計算通りに放つには、血を流しすぎていた。

 そのまま身体を切り裂こうとして、だが互いの得物を、互いに掴んでいた。

 示し合わせたかのように相手を蹴り飛ばし合い、一気に距離が空く。

 剣とは鞘から抜刀するものだ。故にその光景は、これから決闘が始まるにしては血なまぐさく、仕切り直しにしては限界点を通り過ぎていた。

 腹部に突き刺さったままの、相手の得物を、ゆっくりと引き抜く。廊下に血が噴き出す音。ISによる止血機能を最低限にしている以上、失血死が現実のリミットとして迫る。だがそんな余計な機能に割くリソースは、この男/女を相手取っている今、存在しない。

 

 十手。決定打になりかけた。

 一夏の経験値のなさは、ロングブレードの太刀筋を不自然に傾がせた。扱ったことのない得物。打ち合いは成立せず、一方的に弾かれた。オータムは日本刀の扱いにすら精通しているのかと戦慄する。

 大きく振り上げられた『雪片弐型』。織斑千冬や篠ノ之箒が使用する、相手の攻撃を弾いてから即座に切り返す『一閃二断の構え』──武装を量子化し愛刀を取り返す。だがその時にはロングソードも消えていた。

 全てがオータムの読み通りだった。振り上げた手から『雪片弐型』が消える、()()()()()()()()()()()()()()()。武器が変わっただけ。何も結果は変わらない。必要に迫られて武装を取り返した一夏と、最初からこのタイミングを狙い澄ましていたオータム。両者の差は歴然だった。

 

 それを十一手がひっくり返した。

 最高のタイミングで放たれた唐竹割り。それを一夏は、ピタリと静止させた。

 オータムの表情が戦慄に凍り付く──真横から鋭く、それでいて優しく合わせられた、()()()()()

 真剣白刃取り。馬鹿な。『雪片弐型』はどこだ。白い刃は……地面に転がっている。

 手の中に呼び戻さなかったのは、そうしてしまえば間に合わないと感知したから。深紅の瞳は未来をピタリと当てて見せた。

 力なく横たわっていた刀身が、バネ仕掛けのように起き上がる。柄を握られていなくとも、その刃は主のために振るわれるのだと言わんばかりに。

 PICに跳ね上げられた斬撃がオータムを股下から肩にかけて切り上げた。エネルギー大幅減損。ロングブレードを取りこぼし、苦悶の声を上げながら、たたらを踏む。

 この土壇場で、計算を感覚が上回る。

 

 十二手。

 完全に、織斑一夏の勝ちパターンに入っていた。危機を感覚的に打破し、そこから理論で一気に流れを引き寄せる。

 だから一夏はロングソードを放り捨てて『雪片弐型』を掴み取った。ロングソードが壁に突き刺さる、頃にはもう、両腕の焔を炸裂させて太刀が振るわれている。

 感覚が引き延ばされる。あれを食らえば敗北は免れないと理解できている。

 オータムがカッと両眼を開いた──冗談じゃない。負けてたまるか。まだ、まだ、まだ負けていないッ!

 最後に残った二本のサブアーム。それを斬撃に割り込ませる。もはや受け流すような緻密な動作を行うには血が足りていない。盾にもならず、接触した途端にサブアームが嫌な音を立てて折れ曲がり、吹き飛ばされる。

 しかし。

 斬撃が傾いだ。刀身を動かす力を、オータムが感覚任せに振るったサブアームが打ち砕いていた。

 ここにきて彼女もまた──理論を超えた動きを成し遂げていた。

 一夏の攻撃が宙を切り裂く。余りにも致命的だった。

 ロングソードを手元へ呼び出すのにコンマ数秒。

 

 

 

 ──切っ先が、織斑一夏の喉元に突きつけられた。

 

 

 

「終わりだな」

 

 息詰まる攻防に幕を引き。

 貌の半分を血で埋めながら、オータムは告げた。

 刃を振り抜いた姿勢で、一夏は硬直していた。

 

 勝敗は決した──

 はず、なのに。

 

「俺は弱い自分が嫌いだった」

 

 一夏の声は凪いでいた。

 

「だからあんたの言う、『英雄』ってやつに憧れた」

 

 不自然な述懐。オータムは眉根を寄せた。

 時間稼ぎか。いや時間を稼いだところで何も変わらない。だというのにこの悪寒は何だ。

 

「でも『英雄』だって人間なんだ。泣いたり笑ったりする人間なんだ──」

 

 そこで気づく。

 オータムはもう、手加減できなくなっていた。先ほどの攻防も何かが一つでもずれていれば、片方の首が吹き飛んでいた。

 なのに。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あんたの言う絶対的な強者なんてどこにもいない! 俺もあんたも、弱者なんだ!」

 

 何もなかったはずの空間に、灯が灯った。紅く燃え盛る、彼を導いてくれた師の瞳の色。

 思えばあそこで気づくべきだった。一夏は全身の焔を用いて炸裂瞬時加速(バースト・イグニッション)を多用していた──わけではない。ウィングスラスターはずっと沈黙していたではないか!

 では何故? 何故ウィングスラスターを使わなかった。

 問いに明瞭極まりないアンサーが叩きつけられる。

 不可視状態にしていた焔の翼が──オータムの右腕を押さえつけていた。

 

「──馬鹿な。あり得ねえ。()()()()()()()()()()()()、オイ」

 

 否──否! 翼に非ず。

 それは焔で構成された、第三、第四の腕!

 続けざまに可視化されていく翼が、オータムを戦慄させた。左右で四対。一夏が仕込んだ、勝敗をひっくり返す()()

 絶対にあり得ないと、あり得ないはずだと思考が凍り付く。

 何故ならば、それは──

 

 

「──()()()()()!?」

 

 

 一夏にとって、最も忌まわしいものであったはずだ。

 かつてのトラウマ。精神の根底を蝕む記憶。

 だというのに、それを象った異形。

 

「恐ろしいさ。今も蜘蛛は大嫌いだ。けれど──勝ちを狙うなら、これが必要だった。弱さも武器になる。弱い自分を変えられなくとも、世界をひっくり返してまで克服しなきゃいけない道理はない……弱さだって、自分自身なんだから」

 

 身動きが取れない。

 自分がそうしてきたように、各部関節や、身体動作の起こりになるポイントを押さえ込まれている。

 毒蜘蛛が、蜘蛛の糸に絡め取られたように、一切の動きを封じられた。

 

「こういうのを、毒をもって毒を制すって言うんだぜ! 覚えておきな!」

 

 矢のように腕が引き絞られる。

 構えた刀身は血に濡れながらも、白い輝きを失っていない。

 分かりやすいほどに、それは、オータムへ敗北をもたらす輝きだった。

 

「──十三手ッ!」

 

 

 

 

 

 真っ向から迫る切っ先を見て。

 オータムは、心のどこかで自分がホッとしていることに気づいた。

 

(もうこれで誰も傷つけずに済むのか)

 

 長い旅路だった。

 かつての自分を踏みにじりながらも、かつての過去を無為にさせないための。

 随分と遠い場所へ来てしまった気がする。

 果たしてどこで間違えたのだろう、とぼんやり考えながら。

 

 

 うさ耳が思考の片隅をよぎった。

 

 

(嗚呼──もうちょい、居残ってれば良かったかもなあ)

 

 とりとめのない。

 ありふれた後悔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘終了を確認して、ISがその機能を生命維持へフル活動させる。

 迅速な止血と、鎮痛剤の投与。麻痺していた痛覚が数秒蘇り、直後にはぼんやりとした浮遊感に襲われた。

 脱力し、一夏は倒れ込む。

 彼の身体はぽすんと、女に受け止められた。

 もつれあい廊下に転がる。傷跡と血飛沫に埋め尽くされた、狭苦しい廊下。

 

 

「……どさくさにまぎれて胸に顔押しつけてんじゃねえよ、訴えるぞコラ」

「すっげえ柔らかい。人体の神秘だ……」

「わざとかよ!?」

 

 

 胸に顔を埋める一夏に対して、オータムは叫んだ。

 彼女の顔の真横。微かに肩口を掠めるようにして放たれた刺突は、正確無比に『アラクネⅡ』のエネルギーを削り取っていた。

 限界を迎えたのはお互い様らしく、一夏の白い装甲も溶けるようにかき消えた。

 生身で戦闘を続行するような体力はない。だから二人して、静かに倒れ伏していた。

 血と血が混ざり合い、段々と凝固していく。

 

「…………何故殺さない」

 

 耳を澄ませば、基地の奥から戦闘の音が聞こえる。

 そんな中で、オータムは問うた。

 

「あんたが、俺に、殺されたがってるからだ」

 

 顔を上げて、至近距離で一夏は告げた。

 

「この剣は、俺が俺の望む俺であるために存在する……死にたがってるやつを介錯するための刃じゃない」

「……そうかい」

 

 らしい結論だな、とオータムは思った。

 負けた。完膚なきまでに、負けた。

 

「……ちょっと休んだら、すぐ……行こうぜ、スコールたちのとこ」

「ああ、そうだな……東雲さんが待ってる……」

「ぬかせよ」

 

 殺し合い、生命を削り合ったというのに。

 この上ない満足感に包まれたまま、二人はしばらくの間、身体を重ねてじっと動かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 砕け散った深紅と黄金が、床に敷き詰められていた。

 両者の全身から火花が散り、稼働限界をとうの昔に超えてしまったことを露呈していた。

 玉座は見る影もなく砕かれ、広大な王の間自体がズタズタに引き裂かれていた。

 

「…………ッッッ!?」

 

 東雲が振るった太刀を、スコールが受け止めている。

 それ自体は別に問題ない。全ての攻撃がクリティカルに当たるとは、東雲も思っていない。

 しかし問題は。

 

 バインダー群に納刀していた太刀。

 拡張領域に格納していた決戦用兵器。

 

 

 ()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……言ったわよね? 十三手で勝利すると。さあ答え合わせよ」

 

 亡国機業が頭領、スコール・ミューゼルは凄絶な笑みを浮かべた。

 世界の裏側で暗躍する者。惑星そのものを戦場に変えんとするフィクサー。

 彼女は至近距離で、東雲の深紅の瞳に自分を映して、嗤っていた。

 

 

 

()()()()()()()

 

 

 

 東雲令が誇る『魔剣:幽世審判(かくりよしんぱん)』──ここに砕ける。

 

 

 








TOHO LOSE



次回
65.世界最強の再来VS亡国企業頭領


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65.世界最強の再来VS亡国企業頭領

古戦場期間中に投稿とかできるわけないでしょ(ヘラヘラ)


 王の間。

 海上基地『ウェーブ・ウィーバー』においては情報集積・中央管制を兼ねたマザールームとして機能を持つその空間。

 そこで今、世界最強の再来と亡国機業首領が相対していた。

 今頃、織斑一夏とオータムの戦闘も佳境に入っているだろう。しかしそこに思考を割く余裕はお互いになかった。

 

「──ようこそ、東雲令。随分とせわしない海上遊覧だったわね?」

「イルカが見られなかったのは心残りだ。ここまで来ると、金色のハリネズミしかいないからな」

「誰がハリネズミ科ハリネズミ亜科よ」

 

 東雲の表現通り、スコールの専用機『ゴールデン・ドーンΩ』はかつてと比較して大幅な外見の変更が施されていた。

 全体的になだらかな曲線を描いていたフォルムは、過剰エネルギー排出機構を備えた鋭利なブレードを全身に装備することで刺々しい印象に変貌している。

 特徴的だった左右一対の巨大な鞭は肥大化し、機体の五倍近い質量を誇っていた。

 腰部に連結する尾も意志を持っているかのように躍動し、先端部を東雲へ向けている。

 

「随分舐めてくれてるみたいだけど……あの時の私と思わないほうがいいわよ」

「その言葉、そのまま返そう」

 

 結果は勝利だったが、十本の太刀を費やしたあの戦いは、東雲にとっては屈辱的な辛勝だった。世界最強でもなく日本代表でもなく、世界を脅かすテロ組織のボス相手に、何かが違えば敗北したような接戦を強いられた。

 次はもっとうまくやる。そのために必要なパーツは何か。

 自分自身の技量を、もっと高みへ。もっと鋭く、もっと疾く──

 

 ()()()()()()()()

 

 ダメだ。東雲は絶えず進化しているが、求められる領域へ至るには時間が足りていない。

 世界最強の再来ではなく、世界最強の領域。半歩踏み込んだ、という自覚はある。だが足りていない。足りていないのだ。

 織斑千冬ならできた。織斑千冬ならしのいだ。織斑千冬なら勝てた。

 事実はこれ以上無く正確に認識できてしまう。力量差を自覚し、欠点を理解しているからこそ分かってしまう。

 

 いつか至る境地。

 だが世界の流れは待ってくれない。

 ならば──無理矢理にでも、先取りするしかない。

 

 東雲のアンサーはこれ以上無く明快だった。

 

 

「本気モードだ」

 

 

 同時──拡張領域(バススロット)より展開される、最新にして最強の紅鎧。

 全身の装甲がスライドし、今までにない量の過剰エネルギーを放出。スコールの視界を埋める紅い粒子の壁。巨大な不死鳥の羽撃(はば)たきが如く、赤が空間を染め上げる。

 防御のための堅牢さを捨て、瞬間的なスピードとインパクトを生み出すための重りの役割に特化した鋼鉄装甲。今までとは違う、という感覚の訴えが、スコールの喉を干上がらせた。

 

(これは──専用換装装備(オートクチュール)……!?)

 

 最後に頭部装甲が顕現。女神すら嫉妬する東雲の貌を、血のように紅い鉄塊が覆い隠した。

 強化ハイパーセンサーを内蔵するバイザーが黄色に発光、稲妻のように浮かび上がる。

 脳内の電気信号をダイレクトに読み取り反映させるシステム。東雲の脳神経から読み取った信号を先行して入力することで反応速度を底上げした新技術。

 

 それは『強襲仕様(パワーフォース)』をベースに最終調整した、東雲令にのみ許された個人戦力としての限界を突き詰めたハイエンド装備。

 それは『世界最強の再来』をある種の戦略兵器へと押し上げる、モンド・グロッソを想定するならば過剰にも程がある火力と殲滅力を備えた最終領域。

 

 

 

 その名も──『茜星・決戦仕様(ティタノマキア)』。

 

 

 

 背部バインダーが焔を模した流動エネルギーを纏い、猛り狂う。他ならぬ『白式・疾風鬼焔(バーストモード)』からヒントを得た推力機構である。

 東雲は右手を横へ突き出し、鉄の仮面の奥で瞳を閉じた。

 そして告げる。

 

「対多重装甲用溶断兵器──『焔扇(ほむらせん)』」

 

 光の粒子が集結し、身の丈を二回りするほどの巨大な剣を召喚する。

 あまりに巨大な刀身は、熱気による蜃気楼も相まって刀より扇と呼ぶに相応しい。

 常に発振し、鋼鉄を瞬時に融解せしめる超高温度が周囲にばらまかれた。東雲が佇む地点を基点に、半径十メートル以上にわたり特殊合金製の床が溶けていく。

 

「対多数目標用殲滅兵器──『花吹雪(はなふぶき)』」

 

 続けて左腕を覆うように着装されたのは、腕部増設装甲と呼ぶには()()()()

 肩口から五指の先端までを包む花色のアームド・アーマー。

 紫電を散らす本体は盾を兼ねた管理装置に過ぎず、本質は左肩すぐ傍に浮かぶ巨大なリングと、付随する十三に及ぶ剣を模した細く鋭いエネルギー射出多重砲門積層体。

 

 右手に剣を。

 左手に盾を。

 絵本の中から飛び出した騎士のように、東雲令と『茜星』はそこに居た。

 

「……随分とまあ、大仰な代物を持ち出したじゃない。それ、本当は対複数IS装備でしょう。東雲令単騎で敵勢力を駆逐するための、国防の切り札でしょう? 私に一人相手に持ち出すなんてよく許可が下りたわね」

「其方単独相手に行使する許可は得られていない。だが当方は必要であると判断した、それだけだ」

 

 それだけ東雲令はスコール・ミューゼルを脅威であると認識していた。

 ISを展開したまま玉座に腰掛けていた亡国機業首魁は、ゆらりと立ち上がり、浮遊する。

 

「なら出し尽くしてみなさい。私はそれを超えて貴女を殺すわ」

「心配無用。当方の底が知れる前に、其方の意識は断ち切られている」

 

 視線が交錯する。

 スコールもまた同様に『ゴールデン・ドーンΩ』の機構が稼働し、首元からせり上がった防護バイザーが頭部を覆った。

 貌を隠し、感情すら表には出さないまま。

 世界の命運をかけた決戦は、前触れなしに始まった。

 

「シィィィ──!」

 

 巨剣が猛った。

 山すら削り取るような威力を載せて、東雲の初手は音を砕く。

 相手を殺すのではなく、眼前の敵含む一帯をまるごと消し飛ばすための攻撃。事実として玉座の間全体がただの一振りで完全に破壊された。広間を取り囲む機器類全てが砕け散り、欠片は宙に浮いた途端融解していく。

 その中を。

 

「──く、ふふふふっ」

 

 笑いながら、スコールは縦横無尽に駆けていた。

 尋常ならざる出力を以て、東雲は軽々と大剣を振るう。大きさに見合わぬ超高速の剣戟。

 だが届かない。黄金は余裕を持って攻撃を受け流し、炎熱を無効化して輝く。

 元より決戦装備として急造の焔──機体の根幹コンセプトとして炎を扱ってきた『ゴールデン・ドーンΩ』に通用するはずもなく、熱気は熱量管制装置に捕捉され、同様の高圧熱線バリア『プロミネンス・コート』に打ち消されている。

 

「ふふふふ、はははははははっ!!」

「何がおかしい……!」

「いいえ。私の読み通りだからよ。だって貴女、分かりにくいけど──いつも()()()()()()()()()()()()()

 

 元より東雲が何の考えもなしにただ威力が高いだけの武器を召喚した訳がない。

 単純な理屈。この海上基地を落とせば戦闘は終わる。

 ならば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──それだけで、東雲の勝利なのだ。

 

 しかし。

 

「ハハはハハはハハはハハッ! 残念ねぇ、この広間に入った時、気づいたでしょう?」

「──指揮機能を外部に移譲したか……!」

 

 東雲令の侵入を受けて。

 既にスコールは『ウェーブ・ウィーバー』の中枢管理機能を玉座の間から別の空間へ移転していた。サブシステムを使い、今は他の幹部クラスが前線の指揮を執っている。

 振り回される破壊の凝縮体は四方を穿ち、片端から溶かし尽くしていくが──亡国機業にとっては何の痛手にもならない。

 

「さあ、一緒に踊りましょう! 世界滅亡のラストナンバーを!」

 

 スコールが攻撃に転じる。

 負けず劣らずの烈火を纏う巨大な鞭──『プロミネンスⅡ』が閃き、『焔扇』の刀身を叩いた。

 衝撃に姿勢が揺らぎ、東雲はたまらず数歩後退──即座に足場を踏みしめ、切り返す。

 鋼鉄と鋼鉄、焔と焔が互いを砕き合う。

 

「世界滅亡によほど執着していると見える。男にでも遊ばれたか──!」

「あら、貴女らしくないトラッシュ・トークね。日本代表の影響?」

 

 左腕の『花吹雪』がリング上に展開する砲身をスコールに向けた。

 放たれる破壊の本流。光を凝縮したエネルギー収束砲撃は、しかし巨大な尾に打ち払われる。あらぬ方向に飛んだ砲撃が壁を粉砕した。

 バイザー越しでも、スコールが嘲笑を浮かべているのが分かる。

 

「でもねえ、この世界、いい加減に貴女もうんざりしてるでしょ?」

「何、を!」

 

 剣を振るう速度に翳りはない。ぶっつけ本番の新たなる力を、東雲は完全に使いこなしていた。

 だが足りない。スコールは鞭と尾を自在に振るい、東雲の斬撃を的確に弾き、攻撃を差し込み続けている。

 あわや直撃という場面で『花吹雪』を放出し迎撃しているが、テンポは明らかに向こうのものだった。

 

(何だ──疾い、だけではない……反射速度の明確な向上!)

「例えば今、私の両眼で作動している──ナノマシンによる擬似ハイパーセンサー機能。ドイツが開発した神への反逆、『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』」

 

 バイザーに隠されているが。

 スコールの両眼は黄金色に光り輝いていた。

 

「例えば今、私の全身を人類の限界以上に動かしている──身体組織の後天的な改造。あるいはナノマシンによる過剰修復」

 

 真っ向から飛んできた『焔扇』の斬撃を、スコールは両の鞭で挟むように受け止めた。

 即座に東雲は温度を最大限に引き上げる。オーバーロード寸前の出力は刀身の端を溶かし始めていた。だというのに有効打とはなっていない。

 

「この世界はね、亡国機業からすれば、()()()()()()()()()。欲望のために倫理を踏みにじり、強者の繁栄は弱者を犠牲にして達成される──」

「──随分と低俗な陰謀論者だな。くだらない」

 

 吐き捨て、東雲は『花吹雪』を稼働させる。

 砲身がパージされるように彼女から離れ、スコールを取り囲む。BT兵器に類似した、ワイヤーにより直結している有線式の分離稼働兵器。

 四方八方から浴びせられる砲撃を、しかし『ゴールデン・ドーンΩ』は片手間に無効化していく。単純に受け止めるだけでなく、熱線を収束して薄く伸ばした不可視のシールドを展開して弾いていた。

 

 常人なら観戦しただけで発狂するであろう、神話の如き戦いだった。

 斬撃の一つ一つが正確無比にして致死の刃。それをこともなげに防ぎ、返し、応酬を重ねる。

 理外の強さと理外の強さがぶつかっている。

 防御不可能の攻撃が視認不可能の速度で襲いかかる。スコールはこともなげに弾く。

 圧殺と轢殺と焼殺を秒単位で繰り返せるような攻撃が迫る。東雲はこともなげに砕く。

 

「対光学防御用貫穿兵器──『破魔矢(はまただし)』」

 

 不意に状況が加速した。

 永遠に続くかと思われた攻防、その間隙に、東雲が両肩の装甲から二門のブラスターカノンを展開した。

 発射──スコールの顔色が変わる。

 

(直撃したら死ぬ──回避したら斬撃を置かれている)

 

 刹那の内に構築された絶殺領域。東雲の前方数十メートル、全範囲が今、致死の結界と化していた。

 

「だったら──!」

 

 黄金色の鋼鉄機構が猛り狂う。

 加速に回していた出力全てを注ぎ込み、熱線に熱線をぶつける。

 空中で光がぶつかり合い、視界を灼いた。破壊そのものが吹き荒れ、巨人が踏み荒らしたように玉座の間が粉砕されていく。

 

 人間の視力が無為と成り果てる極光の中で。

 スコールの視界に、()()()()()()()()()()()

 

「な……ッ!?」

 

 馬鹿な、と驚愕する暇もなく、『ゴールデン・ドーンΩ』を保護する不可視のバリアが叩き切られる。

 大剣を手放し。

 バインダーから抜刀した太刀を以て、東雲は大質量兵器の領域から、一気に白兵戦の距離へと潜り込んでいた。

 

「さあ──勝負だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(勝てるか勝てないかでいうと微妙なとこだけど、多分ノリで押し切れるだろ

 

 東雲は滅茶苦茶適当な理由で飛び込んでいた。

 

(ふっふっふっふ……何せ今回の魔剣はひと味違う! 決戦仕様の武装を展開して織り交ぜてテンポ崩しつつ高火力な太刀を叩き込む、普段の完全上位互換! 計算違いが起きても今日の当方のキレなら即時修正可能! 勝ったなガハハ!)

 

 間違ってもテロ組織ボスとの戦闘で思ってはいけない内心はおくびにも出さず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これより迎撃戦術を中断し、撃滅戦術を開始する」

 

 冷徹に告げて、至近距離で仇敵の顔を覗き込み。

 バイザー二枚を隔てても尚まるで減衰を見せない殺意の視線をぶつけて。

 

 

 

「──()()()()

 

 

 

 深紅の瞳は銃口のように此方を捉えて放さない。

 スコールも理解した。

 勝負の分水嶺はここである、と。

 

 

 

「当方は──十三手で勝利する」

 

 

 

 一秒を分解して至る刹那。

 その刹那を更に切り刻んだ、閃光の時間。

 東雲の一手はそうした時間感覚の世界で振るわれる。

 越えてはならない壁を越えた者だけが踏み込める、水一滴を三度刻むような領域。

 

「一手──」

「──チィィッ!」

 

 至近距離の切り上げ。バリアが砕かれている。『プロミネンスⅡ』を振るうには近すぎる。

 回避機動。ギリギリ間に合わない。左半身を削り取るような斬撃が、黄金を砕いた。

 

「──二手」

 

 東雲はさらに踏み込む。

 スコールは炎熱を壁としてばらまきながらバックブースト──直後、パージされたはずの『花吹雪』がチャージ音を響かせた。自律稼働こそしないものの、遠隔での射撃操作。放たれた熱線が東雲の進む道を切り拓く。障害の消えたルートを直進し、唐竹割りを放つ。

 真っ向から打ち付けられた刀身が、『ゴールデン・ドーンΩ』の頭部バイザーを砕いた。

 破片が宙を舞い、隠されていたスコールの面を露わにする。

 

「三手、四手ッ!」

 

 両手の太刀を投げ捨てた。これで二本喪失。

 右の拳をスコールの腹部に叩き込みつつ、左手に格納していた『焔扇』を展開。

 既に巨剣の距離ではないはず──というスコールの疑念を裏切って。

 ()()()()()()()()()()()()()、巨人の手のように、彼女を掴んだ。

 

「な……ッ!?」

 

 そのまま柄部分に内蔵されていたジェネレーターを急速起動。

 ──敵の多重装甲に刀身を突き刺し、装甲をこじ開けつつ内部へ直接砲撃を叩き込む、遠い遠い並行世界においては『ルガーランス』という呼称を与えられた特殊兵装。それが『焔扇』の本質に他ならない。

 

(出力予測──『ゴールデン・ドーンΩ』の沈黙、どころか海上基地そのもの(ウェーブ・ウィーバー)が半壊……ッ!? 条約違反の広範囲殲滅兵器ッ!?)

 

 瞬時に出力を演算した結果を見て、スコールの表情が驚愕に凍り付く。

 ここでやっと理解する。東雲令は──本当の本気で、亡国機業を壊滅させに来たのだと。

 

「冗談じゃないッ!」

 

 看過できるはずもない。

 スコールは破砕されたバリアを即時展開し、露わになった砲口へと押しつけた。

 収束されていたエネルギーと直接ぶつかり合い、紫電が散る。

 その中で、スコールは自分の手を勢いよく突きだした。全身のブレードが鋭く光る。『ゴールデン・ドーンΩ』は、接触しただけで相手を切り刻む全身凶器としての一面もあった。

 

「……ッ!?」

 

 貫手──東雲は咄嗟に顔を横に振って回避した。頭部マスクに一筋の斬撃痕が刻まれる。

 回避する必要など本来はなかった。しかし『世界最強の再来』の感性は戦場の変化を掴んでいた。

 

(絶対防御がエラーを吐いている──タッグマッチトーナメント襲撃の際にあったジャミングか!)

(残念、今のが当たってたら即死だったんだけど──!)

 

 黄金に輝く瞳に自分を映し込み、東雲は歯を食いしばる。

 

「五手──!」

 

 直撃すれば相手の殺害は免れない。

 逡巡は刹那。()()()()()()()、と決断した。

 放出される極光。だがゼロ距離でバリアと激突し、砲口が融解する。

 その時にはもう東雲は『焔扇』を手放し、天井スレスレの上空まで飛び上がっていた。

 

「六手、七手! ……ッ!?」

 

 背部バインダーから太刀を抜刀、クロスさせつつ二刀を叩き込む。

 それに対してスコールは──エネルギー制御を手放され暴走状態にある『焔扇』を掴み取り、思い切り投げつけた。

 追加装備の経験の浅さが、相手のつけいる隙となる。

 飛んできた巨剣を横へ蹴り飛ばす。本来なら──例えば、織斑一夏ならば──瞬時に量子化と展開を行ってラグなしに対応してみせただろう。

 

「やっと見せてくれたわね、隙を」

 

 視界を金色が埋めた。横殴りの衝撃。振るわれた巨大な鞭、『プロミネンスⅡ』。咄嗟に両腕を身体との間に挟んだ。腕部装甲が瞬時に融解し、身体が大きく弾かれる。手に持っていた太刀が余波だけで砕けた。絶大な威力は絶対防御のないIS乗りの身体を穿ち、内臓がかき回される。

 東雲は床に叩きつけられ、血を吐きながら数メートル転がりそのまま跳ね起きた。

 唇の端から垂れる血を拭い、残った柄部分を放り投げる。

 太刀を四本喪失──残り九本。

 

「八手──()()()()

 

 だが世界最強の再来に一切のよどみなし。

 威力差を痛感させられた──『ゴールデン・ドーンΩ』は、至近距離においても極めて高い火力を誇っている。もはや既存の対IS戦闘理論は通用しない。小さく凝縮された『エクスカリバー』を相手取っている、と言っても過言ではない。

 決戦用装備では対応しきれない距離、通常装備では足りない火力。

 ならば、と抜刀した太刀を重ねていく。

 膨れ上がる質量。それも今までにない、()()()()()()()()()()()()()()。バインダーから自動射出された太刀を空中で受け止めているのだ。

 近づこうとするスコール相手にバックブーストをかけながら頭部ガンポッドで牽制。

 

「そんな豆鉄砲──!」

 

 被弾を一切考慮せずスコールは飛び込み、『プロミネンスⅡ』を振るった。

 その時にはもう東雲の手の中で、深紅の太刀は計六本を使い果たしていた。

 左右それぞれ三本ずつ重ねた鉄塊。迫り来る鞭へ意識を絞る。

 

 

 

「覇槌:厭離壊苦(おんりえく)──ッ!」

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()、という禁じ手。

 斬撃と呼ぶには重すぎた。剣と認識するには太すぎた。

 鞭に対して刀身が真っ向からぶつかり、空間を砕くようなインパクトを生む。コンマ数秒の拮抗を経て、鞭と剣が同時に砕ける。

 スコールは冷静にもう一つの『プロミネンスⅡ』を振るった。真上から叩きつけるような軌道。東雲は即座にPICを駆使して滑るように地面と平行に姿勢制御、回転の勢いを乗せて再度斬撃をぶつける。反動に耐えきれず三本をまとめた斬撃攻撃が砕け、最後の巨大な鞭もまた内部を破壊され地面に落下する。

 ──六本喪失。残り三本。

 

「九手ッ!」

 

 呼び戻した『花吹雪』を盾にして、砲撃を浴びせつつ突っ込む。

 スコールは全身から熱線を照射してエネルギー砲撃を叩き落としつつ、背部に垂れる尾を起き上がらせた。

 真正面から激突。したときにはもう『花吹雪』しか眼前に残っていなかった。

 

「──!?」

「十手──!」

 

 見上げればそこには、『破魔矢』の砲口。

 主目的を完全に無視した超射程ロングブラスターカノンによるゼロ距離攻撃。

 咄嗟のバリア構築──展開した障壁が接射を受け砕け散り、スコールの身体が数十メートルにわたり吹き飛ばされる。

 

「今のに対応するか……ッ、しかし──十一手!」

 

 過剰に出力を収束させた結果、『破魔矢』の砲口は焼け付いていた。即座にパージ。

 同時にバインダー群をPICを用いて射出。

 空中で姿勢制御したスコールは、飛来する鉄塊を反射的に尾で打ち払った。

 

 その時にはもう、加速した東雲が眼前で柄に手を伸ばしている。

 神速の踏み込みと、神速の抜刀術。

 狙い過たず、横一閃の斬撃が、スコールの首を刎ねた。

 

「…………ッ!?」

 

 ()()()()()

 飛んでいく頭部と残された身体が、溶けるようにして消滅する。

 防御が割って入るという読みが外れたことへの驚愕。それが数瞬、東雲の身体を鈍らせた。

 

(これは──熱気を用いた蜃気楼ッ!?)

「炎熱操作に関しては、一日の長があるのよッ!」

 

 背後を取られた──幸いにも斬撃が命中しておらず、手の中の太刀は健在。

 計算を修正しつつ振り向きざまに剣を閃かせる。

 

「十二手──」

「遅いわよ」

 

 スコールの残虐な声が聞こえると同時、東雲は即座に頭を振った。

 かろうじて芯を外した、尾による打ち下ろし。

 硬質な音と共に、砕け散った頭部保護マスクの左側が床に叩きつけられた。

 咄嗟の回避が間に合わなければ、恐らく中身ごと潰されていただろう。防御機構を全解除され、東雲はマスクを貫通した衝撃に頭部からの出血を強いられていた。

 露わになった左目が、これ以上無い殺意を充填して視線をぶつける。上から下りてきた血に貌が紅く染まる。

 

「ハハ──いい顔してるじゃない。私を殺したくして仕方がないって感じ」

 

 十二手目の斬撃はあえなく打ち砕かれていた。

 攻撃を読み切った、『プロミネンス・コート』の一点収束による攻撃的な防御。

 東雲のために打たれた太刀とはいえ、亡国機業の首魁を務める女の専用機相手では分が悪い。

 七本喪失。残りは二本。

 

(これでチェックメイト──)

 

 スコールは既に次の攻撃の準備を終えていた。

 巨大な尾が一度背後へ翻り、勢いを付けて東雲の頭部へ再度疾走する。

 

 

「──十三手」

 

 

 びしゃり、と返り血が、スコールの顔にかかった。

 

「──────は?」

 

 東雲がかざした左手。尾の鋭い先端は手甲を砕き、その小さな手のひらすら貫通している。

 互いのバイザーが破損し、直接相手を視認できる状態。

 だからスコールは、東雲の深紅の瞳を覗いて、この上ない恐怖に襲われた。

 

(この、女──まったく痛みに怯んでいないッ!?)

 

 ()()()()()()()()()()()()()、と疑いたくなるような光景。

 東雲は己の手に突き刺さった尾を握りしめ、左手に力を入れていく。装甲内部機構がスパーク。火花を散らし、馬力だけで、べきりと尾が握りつぶされた。

 

「……ッ!」

 

 そこで気づく。

 背部バインダーからの抜刀ならば対応できる。並の人間では瞬きする間に首を落とされているが、スコールには通用しない。

 なのにこれはどういうことだ。

 

 何故、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(──あの時、バインダーを射出したとき、まだ太刀を内蔵しているのも含めて射出したというの!? この状況になることを読み切って……!?)

 

 卓越した戦術眼が、スコールに答えを示した。

 背部バインダーを囮として射出したとき、既に東雲は読み切っていたのだ。

 己にとって有利な位置にバインダーを置き、そこから直接抜刀。コンマ数秒の短縮。それはISバトルにおいては、生死を分ける境目だった。

 

 

(いやほんと死ぬかと思った。この人強すぎ。いや……ほんと死ぬかと思った……でもまあ織斑先生に比べたらマシだったな!

 

 

 突っ込んで放った十一手と、振り向きざまの十二手。それぞれの背後では静かに抜刀し、二刀を重ねていた。確実に相手を殺すための威力蓄積。

 深紅眼がスコールを射貫く。同時、太刀の閃きが迸った。

 

 

 

「──魔剣:幽世審判(かくりよしんぱん)

 

 

 

 最後の一太刀が、振るわれて、

 

 

 

 

 

「──いいえ、まだ足りないわね」

 

 

 

 

 

 金属が砕ける音。

 そこに、本来在るべき、肉を断ち血の噴き出す音は存在しなかった。

 

「…………ッッッ!?」

 

 東雲が振るった太刀を、スコールが受け止めている。生命を簒奪するはずだった攻撃が、受け止められている。

 驚愕に呼吸を凍らせる少女と、凄絶に嗤っている女。

 

「……言ったわよね? 十三手で勝利すると。さあ答え合わせよ」

 

 間に合うはずがないのだ。

 人間の反射能力では、間に合うはずがないのだ。

 ここに陥穽がある。東雲は常に織斑千冬を仮想敵として研鑽を積んでいた。だから極論、織斑千冬に通用する攻撃だけが、東雲にとって価値を持っていた。

 

 逆説。

 ()()()()()()()()()()()()()()()に、東雲は対応できない。

 

「ごめんなさいね。言ったでしょ、後天的な人体改造──私は細胞一つをとっても、もう別人なの。あの時の私と思わない方がいい、っていうのはそういう意味。そうね、番外にして後追いとは言え、私も織斑姓を名乗ってみようかしら」

 

 神への挑戦。究極の人類を目指した禁忌の計画。

 結末として凍結されたその外道の設計図は、スコールの身体に反映されていた。

 最後の武器を受け止められ、身動きの取れない東雲を相手に、彼女は天使のように微笑んだ。

 

 

 

「魔剣、破れたりね」

「────()()()

 

 

 

 ガバリと顔が上げられる。血染めの瞳から戦意は消えていない。

 スコールの背筋を死神が撫でた。

 

(あの人と、織斑先生と同格? それは駄目だ。世界最強に比類する敵が、みんなを害そうとしている。駄目だ。それは駄目だ。それだけは認められない。あの人の強さは誰かを傷つけるためのものじゃない。だけどこの女は違う、なら、これは──()()()()()()()()()()()()()()()()()、敵だッ!!)

 

 撃鉄が落とされる音。

 意志の弾丸が、装填される音。

 東雲令の精神が──完全に、切り替わる。

 

「──血反吐を吐いてでも立ち上がり続け、当方は必ず勝利する。そう誓った。そう約束した。故に、織斑一夏を守るために当方は()()()()()()()()()()()()

 

 東雲は今までの積み重ねを想起した。

 世界最強と鎬を削り、愛弟子を指導しながら自身も多くの学びを得て。

 様々な人とつながって。

 様々な人と、絆を紡いで。

 

 服を選んでくれる友達。

 何度訓練を共にしてもめげない戦友。

 自分を真正面からバカと呼ぶ気安い相手。

 常識のない自分を諫める友人。

 同じ魔剣を振るい自分を慕ってくれる少女。

 同期だけだった頃にはない顔を見せる親友。

 

 ただ死んでいないだけだった自分に対して、いつも手を引いてくれた、憧れの少年。

 

 

 

 気づけば東雲は、独りぼっちではなくなっていた。

 

 

 

「理解した。理解、させられた。かつて当方が告げた言葉が、そのまま返ってくるとはな」

 

 珍しく、東雲は自嘲を露わにして呟いた。

 

()()()()()()()。当方は……スコール・ミューゼルの危険性を、十分に観測できていなかった」

「……ッ」

「彼が、みんなが笑って暮らせる世界に──()()は邪魔だッッ!!」

 

 負けない。負けるわけにはいかない。

 確定したはずの敗北をひっくり返してみせろ。

 大切な、かけがえのないみんなのために何度でも立ち上がれ。

 

 

 それこそが、『英雄(ヒーロー)』の資格なのだから。

 

 

 

「秘剣:現世滅相(うつしよめっそう)──ッ!!」

 

 密着状態。攻撃を押さえ込まれている、というのに東雲は()()()()()()()()()

 斜めに回転を加えながら、極めて不安定な姿勢で繰り出される殺人刀。

 だが東雲の認識能力と身体制御精度を以てすれば、どんな体勢でも一挙一動は必殺と化す。

 

「ぐ、ば──ッ」

 

 腕を介して身体内部へ衝撃を叩き込む。

 心臓を直接破壊することはできずとも、現状を打破するための布石。

 反動に二本重ねの太刀が砕け散る。

 これで十三本喪失。残りは零本。

 

 だから、どうした。

 

(──負けるわけにはいかないッ!)

 

 まだ東雲には武器が残っている。

 このときのために、決戦を制するために存在する兵器群。

 スコールが血を吐きながらよろめく。数秒の間隙。東雲は回転の勢いのまま即座に距離を空けて、息を深く吐いた。

 

「……今のは効いたわよ……()()()? ここからどうするつもりかしら」

 

 口元の血を拭いながら、スコールは余裕を崩さない。

 問いに対する答えは至極明瞭だった。

 

 

「当方は、勝つ」

 

 

 変化は劇的だった。

 全身の装甲がパージ、ISスーツのみの姿になる──と同時。

 広間に散らばっていた決戦兵器群『焔扇』『花吹雪』『破魔矢』が最後の力を振り絞るように呼応し、量子化──東雲の元へはせ参じた。

 

 

「これより撃滅戦術を中断し、決戦戦術を解放、開始する」

 

 

 空中で機構を展開し、『花吹雪』のリングと十三門の砲門が背部を陣取り、砲口からエネルギーを放出する。

 遅れて『焔扇』が十数のパーツに飛び散り、身体各部へ着装。刀身に該当していた箇所が放つ高熱──高度に操作され、一転して加速装置に変貌する。

 最後に『破魔矢』の砲身が()()()()()()()()。鉄片が落下する。

 露わになるのは、抜き身の刃。

 エネルギー収束機能を保持した──()()()()

 

 

 

「──()()()()……ッ!」

 

 

 

 スコールは息を呑んだ。

 弾けるような深紅が、眼前で猛っている。

 お前を殺すと──全身全霊を以て打ち倒すと、吠えている。

 

 東雲令はその隻眼に()()()()()()──平時の水面が如き静けさではなく、まるで彼女の弟子のように意志を表出させて──両手に剣を握った。

 

 

 

 

 

「さあ──勝負だッ!!」

 

 

 

 

 

 亡国機業討伐作戦。

 決着は、近い。

 

 

 

 

 








条約違反兵器、どこの企業も一つは作ってると思います(先制攻撃)


次回
66.烈剣/Phantom Task



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66.魔剣・(ひかり)/Phantom Task

ドン千「(サブタイトルは)我が書きかえたのだ」


 

 見る影もなく破壊され尽くした玉の広間。

 玉座を背に、黄金を身に纏うスコールは呼吸も忘れただ魅入っていた。

 

(これが、東雲令の極地──!)

 

 全身から立ち上る熱気に、空間が歪んでいる。

 蜃気楼の騎士とでも呼ぶべきか。しかしその殺意にはまやかしなど一切介在しない。

 スコールは息を吸って動揺を瞬時に収めると、数瞬で相手の戦力分析を完了した。

 

(まず全身の装甲。局部や身体の末端を覆っているだけ。これは防御を一切捨てたただの加速装置ね。今の東雲令は、()()()()()()()()()()()()()()()()──)

 

 エネルギーは枯渇寸前、絶対防御すらジャミングされている状況では、攻撃が掠めただけで文字通りの致命傷となり得るだろう。

 

(両手の剣は今まで使っていた太刀より少し大きい。同様に紅い刀身、エネルギー砲撃を撃っていたってことは収束装置も兼ねている……攻撃力は底上げされている、と考えるのが当然ね)

 

 一度は底を尽かせたが、やはりというべきか。ここぞという時のために、東雲が予備の武器を用意していないはずもない。

 逆に言えばあれさえ砕けば、スコールの勝利は盤石のものとなるだろう。装甲を砕いて武器にする、あるいは素手で立ち向かう。どれも並大抵の相手なら通用するだろうが、スコール相手には無謀だ。

 

(背部のスラスターは砲撃機能に切り替え可能と見た方が良い。だけどこれは……この炎の翼は、まさしく織斑一夏の『疾風鬼焔(バーストモード)』に類似している……)

 

 そう内心で指摘した途端だった。

 東雲の機体がウィンドウを表示する。彼女自身に名を知らせ、同時にスコールに対しても雄々しく宣言するように。

 

 

 ──『茜星・決戦仕様(ティタノマキア)/烈風波濤(ブラストモード)

 

 

 ややこしい名前だ、と舌打ちする。

 愛弟子からの影響を受けて派生進化した──とは考えにくい。何せ装備自体の変身機能がこの場で発現したとするには無理がある。恐らく東雲が命名していたのだろう。あるいは、東雲ではない第三者か。

 結果としては長ったらしい名前だが、それは弟子との絆、東雲が積み上げてきたものに裏打ちされていた。

 

「随分とお弟子さんに入れ込んでるみたいね。お揃いにしたかったのかしら」

「そうだが?」

 

 亡国機業と多国籍軍の決戦。

 二名の別戦力による内部侵攻。

 慌ただしく、めまぐるしく、命を削るような時間が続いてきた。

 

 だがスコール・ミューゼルが目を丸くして口をぽかんと開けたのは、後にも先にもこの時だけだった。

 

「…………はい?」

「何がおかしい」

「あ、え、何? 付き合ってる、とか」

「そうだぞ。将来の約束もしている」

「しょうらいのやくそく?」

「うむ」

 

 嘘は言っていない。

 オータムが『信じるなよ、そいつの言葉を!』と叫んだ気がしたが、あいにく声が届くはずもない。

 単純に問われたから答えた。自分の世界で生きる東雲は自分にとっての真実を語っただけである。

 

「そ、そう……師弟で恋人なのね。素晴らしいじゃない」

「ああ。恐らくおりむーも将来はIS乗りとして活躍する。当方と二人で双璧扱いされる。間違いない。世界最強の夫婦と言ったところだ。『静』の東雲令と『動』の織斑一夏──最高だな。友人曰く『烈火』と『疾風』もありだとのことだった。しかし当方も炎属性になってしまったからな。ここは一つ、『二人で一つの天駆翔(ハイペリオン)』でどうだろうか」

「なんでテロ組織のボスに将来設計を語り出したの? ていうか私は何を聞かされてるの?」

 

 スコールにSAN値チェックが入った。

 相手が誰であろうとも、東雲は問われれば答える。ついでに妄言もぶちまけていく。東雲に恋愛関係の話題を振ることは、自分から災害に飛び込んでいくのと同義である。学友らがその地雷を踏んでいないのが、今の人間関係を構築してきた上での幸いというか、奇跡だ。

 

「ただし、その未来に──()()()()()()

「……ッ。披露宴にも呼んでくれないなんて、冷たいわね」

「当然である。愛が結実する場所には、敬虔で善良なる者以外立ち入り禁止だ。……貴様は入れない」

 

 しれっと自分を敬虔で善良なる者扱いしながら、東雲は両手の剣を構える。

 砕けたものになりつつあった決戦場の空気が、一転して修羅場の絶対零度に叩き落とされる。

 

「言ってくれるじゃない。自覚してなかったら泣いちゃうところだわ──だけど。結婚式はない。披露宴もない。何故なら」

「いやおりむーは浮気とかしないが」

「そうじゃねえッつってんでしょこの色ボケ! 私が世界を滅ぼすからよ!」

 

 突然はしごを外されて、スコールは青筋を浮かべ怒鳴った。

 

「……そうだな。最期に聞いておきたい」

「何よ」

()()()()()()()()()()?」

 

 互いに得物を突きつけ合い。

 だが東雲の問いは、どんな武器よりも鋭くスコールに突き刺さった。

 

「……別に。最初はそんなつもりじゃなかったわよ」

「最初──亡国機業に入った時、か」

 

 首肯して、スコールは金色の装甲を稼働させた。

 炎熱がばらまかれ、東雲が放出する熱気とぶつかり合う。不可視のフィールド同士が互いをかみ砕こうと猛り、余波で広間が砕けていく。

 

「ええ。私が入った時は名前も違った。本当は私、世界平和が欲しかったの。誰も傷つかずに済む世界が。だけど違った。()()()()()()()()()()()()()()()。首領にまで上り詰めて、やっと、源流のデータを閲覧して……心が折れちゃった、っていうのかしら」

「……理想論を語る者ほど、志が砕けたときの反動が大きい。貴様もか」

「あら失礼。今は新しい理想に向けて頑張ってるところよ。そもそも私のかつての理想──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「何……?」

 

 思わぬところで自分と一夏の名前を出され、東雲は眉根を微かに寄せた。

 だがスコールは両手を打ち、派手に音を立てて話を切る。

 

「はい、ここまで。私に勝って生き残れたら、いずれ知るときが来るでしょう。きっと致命的なタイミングでね──でもとにかく、それも勝たないとできないわ」

「……そうか。委細承知」

 

 今度こそ、二人は口をつぐんだ。

 ぶつかり合っていたフィールドがかき消える。恐ろしいほどの静寂。

 

「始めましょう」

「そうだな」

 

 たった一言だけ、最期に交わして。

 世界最強の再来と亡国機業頭領は、同時に加速した。

 

 

 

 

 

 距離が殺されるのに刹那もかからない。

 振りかぶった剣。東雲は手に持つ太刀を、スコールは召喚したバスターソードを。

 激突。火花がスパークした。

 

 と、同時にスコールの右腕が吹き飛んだ。

 

(…………ぇ?)

 

 鍔迫り合い、を瞬時にキャンセルしての切り返し。だがあり得ないと思考回路が停止する。

 右の剣でバスターソードを受け止め、左の剣で本体を狙った。スコールは当然、左の太刀を熱線で弾いたのだが。

 ()()()()()()()()()()()()──即ち、()()()()()()()()()()()()

 

 単純極まりない帰結。

 東雲の愛機『茜星』を製造する四宮重工にとって最大の課題とは、そこだった。

 即ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今までずっと、武器を使い潰して次の武器を抜いて、また砕けて、また次を使って。

 その繰り返しだった。

 

 実に──非効率的だ。

 もしも砕けずに振るえる武器があれば。もしも全速力で連撃を叩き込めたら。もしも太刀を捨てて背後から抜刀するという過程をスキップできたら。もしももしももしも──

 仮定と現実が反転する。その『もしも』が今、スコールの眼前に顕現する。

 理論上東雲の全力攻撃に()()()()()()()特注の最新近接兵装。それこそが、『破魔矢(はまただし)』の本来の存在意義。

 

(かぶ)くぞ、ついてこれるか」

「────ッッ!!」

 

 先ほどまでいっそ気安いほどの会話をしていた相手に、この上ない殺害意思を叩きつけて。

 東雲令の全身から焔が炸裂する。

 分解された『焔扇』による超加速。

 微かな身じろぎすら音速を超え、一挙一動ごとに地面が爆ぜる。

 今までも東雲は疾かった。誰も追いつけなかった。だがそこには、常人では観測できない無駄があった。

 その無駄が消えたとき。悉く、行動の合間に強制されていた縛りが消失したとき。

 

 進歩でも進化でもない。変化でも変身でもない。

 人はそれを、革新と呼ぶ。

 

(ハイパーセンサーで……追い切れない……ッ!)

 

 左右上下背後、どこから攻撃が飛んでくるのかも分からない。

 コンマ数秒の世界に詰め込まれた絶死の攻撃群を、認識を諦めただ感覚任せに捌き続ける。金髪が肩からばさりと切り落とされる。バスターソードが真っ二つに叩き切られる。攻撃が都合何度目なのかも分からない。

 

(あの剣は何度攻撃に耐えられる? 突然、絶対壊れない剣ができあがるはずもない──彼女の身体にもダメージはある。無理をして短期決戦を仕掛けてきている!)

 

 スコールの読みは正しかった。

 宙を舞う鮮血はスコールのものだけではない。あちこちの傷から鮮血を噴き上げながら、東雲は戦っている。身体の内部はずっと軋んでいた。本来なら立つことすらままならないだろう。

 そこをPICで無理に補強し、動かしている。常人なら発狂するような痛みを無視して繰り出す、最後の攻勢。ここで決めきれなければ──敗死だけが待つ。

 

(なら──私は──)

 

 守れば良い。だが東雲は、その守りを打ち破るためにカードを切った。

 

(わた、しは……ッ)

 

 肩から胸にかけて、刀身が切り裂いた。防御が間に合っていない。

 太刀が限界を迎えるのが先か、スコールが果てるのが先か。

 

(────)

 

 破裂音。動作だけで空気が砕けた証拠。東雲はスコールに一太刀を当ててから急制動をかけた。太刀の自壊が始まっている。それよりも、東雲の方が早い。

 焔は、極まりに極まれば蒼く転じる。

 だが東雲が身に纏う炎熱は突き抜けるような蒼ではなく、音を超える雷の領域へ踏み込んでいた。

 左腕で半壊したバスターソードを構え、スコールははっきりと自分の死を見た。

 

 

「──烈剣:火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)

 

 

 強化ハイパーセンサーを追い抜いて。

 東雲はスコールの背後で、左の太刀を矢のように引き絞っていた。

 

 一歩踏み込む。音がかき消えた。

 二歩踏み込む。スコールが振り向いた。今更遅い。

 三歩踏み込んだ、時に、東雲の腹部に熱がこもった。

 

 視線を下げる──折れたバスターソードの荒い穂先が、突き刺さっていた。

 

 

(いいえ、いいえッ! 私は倒れない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!)

 

 

 目で追えるはずもない。

 だから運任せだった。

 戦いを司る神が、スコールの味方をしたかのように。

 当てずっぽうのカウンターが、正確無比に東雲の身体を貫いていた。

 

「──っっ」

 

 がくんと身体が落ち、崩れた姿勢から『烈剣』のなり損ないが放たれた。

 首から上を吹き飛ばすはずだった刺突は無様に逸れ、スコールの左肩を穿つ。それきりひび割れ、最後に砕け、東雲の最後の剣は消えてなくなった。

 

「は、はは……」

 

 肩を丸々抉り飛ばされ、腕が千切れかけているのに。

 スコールは一分の狼狽えすら見せない。

 カウンターの刺突──今度こそ、東雲をまともに捉えた。

 

「ハハハハッ…………これ、で」

 

 ぼたりと、何かの反動か、脳の使ってはならない箇所でも使ったのか、スコールの鼻から血が落ちた。

 それも気にならなかった。

 

「私の、勝ちね────」

 

 

 

「──()()()()

 

 

 

「は?」

「すまない。烈剣というのは、嘘だ。存在しない……あとでかんちゃんに怒られるな。ネーミングも微妙だった」

 

 至近距離。

 己を貫くバスターソードを、それを握っているスコールの手を、太刀を放り捨てた左手で掴む。

 同時に閃くは残存する右の太刀。正真正銘の最後の剣。

 

(この、女──!)

 

 ()()()()()()()()()

 この状況を作り出すために、確実に攻撃を当てるため、それだけのために、烈剣などと嘯いたのか。

 

 しかし生み出された戦況は、絶望的だった。

 間にバスターソードを挟んでいる。

 さらには自分自身は半死半生である。

 何が出来る。この状態から何が出来るというのだ。もはや先ほどの高速機動も行えないだろう。

 よしんばスコールに斬撃を当てられたとしても、十二分な力がこもっているとは思わない。

 

 だから何をどうしたって、詰みなのだ──

 

 

 

 

 

(おりむーなら、ここから、かっこよく逆転するのかな)

 

(進化したり、みんなと力を合わせたり)

 

(当方には、無理だな)

 

(あんな風にかっこよくできない。いつも通りに、()()()()()()()しか狙えない)

 

(だけど)

 

(ここは)

 

(ここだけは)

 

(絶対に負けられないから──!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔剣・(ひかり)──:非想非非想天(ひそうひひそうてん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残る気力全てを注ぎ込み。

 今ここで死んでも良いと筋繊維や神経を引き千切り。

 刀身に勝利への意志を載せて。

 ゼロ距離で放たれる。

 

 プロセスは単純明快だった。

 必ず当たる距離で、必ず殺せる斬撃を放つ。

 

 その一振りに詰め込まれた莫大な技術と技巧。

 身体捌き全てが、威力を増す。

 フル活動する機体機構が、速度を増す。

 彼女自身の渇望が、斬撃を凝縮する。

 篠ノ之流を改竄し、濡羽姫の斬撃を取り込み、己にとっての戦闘論理として再構築した剣。

 東雲令が絶体絶命の窮地に追い込まれた時のみ刃を見せる、死地に活路を拓く剣。

 

 それは決して重ならない。

 それは決して繋がらない。

 個人戦力としての進化の果て。故に感情と身体は分離して、彼女は唯独りの世界へ加速する。

 

 

 誰も追いつけない──ヒカリとなって。

 

 

 接触したバスターソードの刀身をすぱりと断ち切って。

 最後の魔剣が、ぬらめく血を纏いながら、天高く振り上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……東雲、さん?」

 

 オータムに肩を貸して、二人で王の広間まで歩いてきて。

 物音一つしない静寂を目の当たりにして、一夏は呆然と呟いた。

 

「…………スコール……」

 

 一夏から離れて、オータムは倒れ伏すISスーツ姿の女性に歩み寄った。

 広間を見渡せばひどい有様だった。傷のない箇所はない。基地を巻き込んで崩壊していないのは奇跡的である。

 しばし立ち尽くしてから、一夏はゆっくりと、血だまりに沈んでいる少女の傍に歩き出した。

 

「……東雲、さん」

 

 名を呼ぶ。返事はない。

 いつも名を呼べば返ってきた声はない。

 

「……しののめさん」

「────────────────」

「しののめ、さん……ッッ!」

「────────────────……つーん」

「…………は?」

 

 足を止めた。なんか変な声が聞こえた。

 

「えっと、その、東雲さん?」

「……いい加減そろそろ令でいいのではないだろうか」

 

 顎に指を当てて、一夏は沈黙を挟み。

 

「血まみれだしどっちかっていうと霊になるけどよろしいか?」

「それは御免被る」

 

 ガバリと起き上がって、額のてっぺんから爪先まで血みどろの東雲が立ち上がった。

 うわあ、とちょっと引きながら──はっきり言って血の汚れ具合では大差ないのだが──とりあえず制服姿にパーソナライズして、ポケットに入っていたハンカチで血を拭き取る。

 

「勝ったぞ」

「ん、お疲れ様」

 

 東雲はバッと両手を広げた。

 思わず一夏は背後に振り返った。敵の奇襲か──違う。ハグ要求である。

 

「……大丈夫。ほとんど基地の外に出払ってるみたいだから」

「そうか。ハグはまだか?」

 

 ついに言った。

 一夏は勢いよく振り返り、真っ赤な東雲を見た。

 

「……俺の身体で人間魚拓を取りたいのか……?」

「おりむー、馬鹿なのか?」

 

 師弟がどうでもいい会話をしている横で。

 しゃがみこみ、オータムはスコールの顔を覗き込んでいた。

 

「…………スコール」

「あら、オータム……ごめん、なさい……負けちゃったわ……」

「みたい。だな」

「戦闘、だけじゃない……身体も、だめみたい。やっぱり……後天手術は……無茶だったわね」

 

 戦闘中は問題なく動いていた。

 だが敗れた後、過負荷に耐えきれず、ガタが来た。

 スコール・ミューゼルの死は避けられない。

 

「ねえ、私たち……今の世界を肯定するしか、ないのかしら」

「……さあな」

 

 オータムはちらりと、分かった分かった、帰ったらね、と東雲の提案を完全にジョークだと誤解している一夏を見た。

 戦いの最中。彼に光を見た。

 今の世界の歪みを象徴する二人なのに。

 幸せそうに暮らせるのなら、其れはきっと。

 

「でも、さ……私らは頑張りすぎたわ。やり方は違うけど、任せられる相手、私は見つけたぜ」

「…………そう。それは────」

 

 

 ────よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 立ち上がったオータムは、一度うんとノビをした。

 晴れやかな気持ちですら在った。あと数分で討伐部隊が到着するだろうというのに、微塵も臆していなかった。

 

「さて。外の攻撃部隊には撤退命令を出した。隠れ家はいくつもあるし、こういう時のために、隊員たちは予備の身分もある。全員捕まえたいなら私を人質に取ることを勧めるぜ」

 

 会話を中断して、一夏と東雲は顔を見合わせ、それからオータムを見た。

 

「……お前」

「フン。情報を吐き出さない限り死刑にしてもらえなさそうなのが難点だな。ただまあ、その前に頼みがある。スコールの身体……これは残しちゃいけねえ。基地のデータベースは今廃棄中だが、()()()()()()()()()()()()。海の底に沈めるのが一番なんだが──」

「その必要はない」

 

 新たな声だった。

 一同勢いよく振り向けば、装甲のあちこちを焦し、だが健在の『サイレント・ゼフィルス』を身に纏った少女が、入り口の壁に背を預けていた。

 

「織斑マドカ──!」

 

 咄嗟に東雲を片腕で庇い、一夏は前に出た。

 その様子に鼻を鳴らして、マドカは唇をつり上げる。

 

「おいおい。ISもない。身体も限界……戦うつもりか?」

「……ッ」

 

 アイコンタクトで東雲に問うが、彼女も戦闘は無理だった。

 会話こそ出来れど、二人とも重傷に他ならない。機体は顕現することすら出来ない、ダメージレベルEだ。

 

「……まあ、戦うつもりはない」

「え?」

 

 今戦闘になれば免れない死。

 それを考慮している時、マドカの表情はすとんと無表情になった。

 

「優先順位の問題だな。因縁も、殺意も、あるのだが……優先したいものがある」

 

 視線が横にすれる。ぽかんと間抜け面を晒している、オータムへと。

 

「ま、マドカお前……撤退って命令したじゃねえか……」

「断る──()()()()()()()()()()()()()()

 

 ふわりと宙に浮き、『サイレント・ゼフィルス』がオータムとスコールの身体をつまみ上げた。ついでにスコールの右腕も回収し、広間に飛び散ったスコールの血をレーザーで焼き払っていく。

 

「あ、ちょテメェ! なんだこの猫みたいな持ち方はよぉ!」

「その言葉、そっくりそのまま返すぞ」

「え? ……あ、あああ! あの時!? お前根に持ってたのかよ!」

 

 のんきな叫びだった。

 マドカは微笑み、されど一瞬で笑みを消すと、一夏に視線を向けた。

 

「受け取れ」

「え?」

 

 同時──『サイレント・ゼフィルス』から『白式』に送られた、データ。

 

「多分だがな。貴様の知らない貴様の秘密は──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、今しかないと思ったんだ」

「お前、何を」

「……私は見つけたんだ。自分が生きたいと思う理由を」

 

 今感じている重み。片方はもう、肉と外道の機密情報の塊になってしまっている。

 だけどもう片方は──確かに、生きている。

 

「私たちは、生きていても……多分、いい。私はそう答えを出した」

「…………」

「お前はどうだ。せいぜい足掻いて見せろ、()()()

「ッ……!?」

 

 言いたいことは言い切った、とばかりに。

 マドカは加速し、壁を破って王の広間から出て行った。最後までオータムは何か叫んでいたが、それも遠くへ行く。

 基地を抜けて、海を走り、逃げていくのだろう。

 

「……どこへ行くつもりなのだろうか」

「……遠いところだよ、きっと」

 

 脱力して、思わず一夏は座り込んだ。

 だだっ広い空間に息を吐く音がこだまする。

 

「今回ばかりは……死ぬかと思った……本当に……」

「ああ。当方もだ。さて、急ぐぞおりむー」

「え? どこに?」

 

 ぽかんと口を開けて問う一夏に対して。

 艶やかな黒髪を流しながら、東雲は振り向いた。

 

 その表情は、穏やかに唇をつり上げて、優しく微笑んでいて。

 

「クラス会──誘ったのは、其方だろう?」

 

 思わず一夏はごしごしと自分の目をこすった。

 その時にはもう、彼女はいつも通りの無表情に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後に、一夏は愕然とする。

 最後にマドカが渡したデータ。

 連綿と続く神への挑戦、その一つの契機となったプロジェクト。

 始祖である××計画の遺伝子データをさらにブラッシュアップし、戦士としての拡張性を主眼に据えていた大元から、より広義の()()を目指した遺伝子実験。

 

 

 ──『織斑計画(プロジェクト・モザイカ)』。

 

 







OPENCOMBAT「正直ぼくのこと忘れてましたよね」




………………




補足:バスタードソードではなくFF7のバスターソードの外見なので表記はバスターソードとしております

次回
EX.おとぎ話の幕は閉じ、そして──




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EX.おとぎ話の幕は閉じ、そして──

別名『織斑一夏:オリジン』


 私の名前は『■■』。

 貴方がこれを聴く時、私はもうこの世界にはいないだろう。

 

 私たちは自分を知るには幼すぎた。

 未来を望む意思は一つではなく、平和のために武器を持つ者は一人ではなかった。

 目指す先は同じなのに、私たちは命を燃やして削り合った。

 暴走する善意に挽き潰された人々の悲鳴を、聞かなかった振りをして。

 

 貴方は知るだろう。

 穏やかな明日を夢見るのにすら代償が必要であることを。

 おぞましい瀆神の根底には、誰かの安らぎとなる祈りがあったことを。

 幼子に聞かせるおとぎ話にも、いつか必ず幕は引かれてしまうことを。

 

 千年の旅路の果てから、私と貴方は歩き始めていた。

 たとえ気づいていなくとも、確かにもう、その困難な道のりに踏み入っていた。

 

 何もかもを犠牲にさせないための。

 私たちの全てを犠牲にする戦いは、折り返しすら過ぎていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけでー?」

『一年一組、バンザーイ!!』

 

 IS学園食堂に明るい声が響き渡った。

 グラスとグラスをぶつける音。入学して三ヶ月目にして、夏を前にしたクラス会だ。

 

「万歳……?」

「お祝い事の時に使うフレーズですわよね。よろしいのではなくて?」

 

 席に座りグラスを掲げながらも、箒は言葉のチョイスに首を傾げていた。

 今回ばかりはティーカップでなくアイスティーのグラスを持ち、すれ違う生徒らとにこやかに乾杯をしながら、セシリアは胸を張って予習をアピールする。

 

「多分だけど……字面ではいつまでも繁栄しますようにって意味だから、一年で解散するのが決まってるのにおかしいんじゃないか、ってことなんじゃない?」

「だがクラスが変わろうとも、絆は変わらないだろう。あれだ、ズッ友というやつだ」

 

 箒の思考を読み、分かりやすくシャルロットがかみ砕く。

 それに異を唱えたのはラウラだった──当初こそ協調性に疎かった少女は、気づけばルームメイトのシャルロットが購読しているストライプスやら日々の雑談やらを通じて、至って普通の少女らしい感性も併せ持つようになっていた。

 

 ちなみに鈴と簪はさすがにクラス会とあって参加を遠慮していた。感覚頼みだが場の空気には聡い鈴と、元より人見知りの気質がある簪。無理して誘うのも悪いと箒たちは判断した。

 

「ズッ友……いい言葉ですわね。ズブズブの友達、でしょう? 確かに将来性を鑑みれば末永いお付き合いとなるでしょう。外に話の漏れない個室飲食店はいくつか存じ上げておりますわ、お任せください」

「セシリア、今のお前、ナチュラルに最悪なんだが」

 

 親友のスーパーブラック発言に箒はドン引きしていた。

 

「まあまあ。冗談ですわ。場を和ませようとしただけです」

「いやまったくその言葉信用できないけどね」

 

 このイギリス代表候補生、政治適性も高そうだな、とシャルロットは半眼になりながら思った。高いも何も、ハイスクールの生徒でありながら名家オルコット家の当主も務めるスーパー美少女高校生である。そりゃ政治的なあれこれにも強かった。

 

 閑話休題。

 

 今日はいつも出されている料理ではなく、それぞれが調達した食事を持ち寄り、テーブルに並べている。

 セシリアが料理を喜々として持ち込もうとしたが、ラウラが死に物狂いで止めた。調理を開始しようとしたセシリアをAICで拘束したのは皆の記憶にも新しい。

 

「せっかく参加できるようになりましたもの。わたくし腕によりをかけて、皆さんの舌を楽しませようと思ったのですが……」

「アレで楽しみを強要するのはハラスメントだぞ。或いはお前がサイコパスかのどちらかだ」

 

 犠牲者の応急処置を担当したラウラが片眼でセシリアをねめつけるのも自然の摂理である。

 

「……で? 肝心の、お前たちがここに来れた原因の二人は?」

 

 心なしか拗ねたような声色で箒が問う。

 置いていかれた、という実感があった。自分を何故連れて行かなかったのか、と問い詰めたかった。自分はまだ非力な存在として扱われているのかと。

 

 だが──セシリアたちは顔を見合わせて、力なく首を横に振る。

 

「令さんならそこでお寿司をバクバク食べていますが」

「一夏は……分からない。僕らが基地に着いた時は普通だったんだけど、学園に戻ってきてからは、ずっと上の空って言うか」

 

 セシリアとシャルロットにとって、海上基地に東雲と一夏が独自侵攻していたのは青天の霹靂だった。多国籍軍は突如として撤退を始めた亡国機業の部隊を追撃しつつも『ウェーブ・ウィーバー』に到達し、既に攻略が完了していて、普通にぶったまげた。

 マザールームにて重傷の二名、『世界最強の再来』と『唯一の男性操縦者』──希少性や立場を考えて、叱る前に恐怖があった。もし片方が、あるいはどちらもが、死亡したりなどしていれば。考えただけで恐ろしい──を回収し、治療を施して学園まで送り届けたのだ。

 二人のISはダメージレベルE。理論上での最悪の損傷度合い。修復が済むまでは起動することも出来ないだろう。

 

「……気になる、ことはある。なんというか、一夏のやつ……私を見る目が少し変わったぞ」

 

 ラウラは指を一本立てて告げた。

 思わず箒は眉根を寄せる。

 

「どういうことだ?」

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 声には悲しそうな響きが籠もっていた。

 今更何故、と一同首を傾げて唸る。

 

 その会話を。

 頬を寿司で膨らませながらも。

 東雲令は──素知らぬ顔で、しっかりと聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂では今頃、みんながクラス会を楽しんでいるだろう。

 それが分かっているのに──否。

 ()()()()()()()()()()

 校舎を見上げて、食堂の明かりが差し込まぬ物陰で、一夏は独りで夜の月を見上げていた。

 

「……………………」

 

 自動修復中の『白式』にウィンドウを立ち上げさせる。

 表示されるは道理を踏みにじり、倫理を嘲笑う禁忌の領域。

 

 ──『織斑計画(プロジェクト・モザイカ)』。

 

 中世に端を発する、世界の裏側で密かに続いてきた人類そのものをアップデートする非人道的人体改良実験。

 多くの派生を生み出し、つい昨日、その一派である『亡国機業』は潰えた。

 そして同様に今までにも潰えた分流たち。

 

 日本支部において考案された『究極の兵士』を生み出す計画。

 第二次世界大戦の戦火に灼かれ、その計画は潰えた。はずだった。

 しかし近年になってデータが発掘され、それをベースにより広義の、『究極の人類』を生み出すための計画が始まった。

 

 最後には凍結となった。結果はきっちり、データに残っている。

 そして凍結となる前に、計三つの個体が無事生を受けた。

 

 試作成功個体──識別ナンバー『1000』。織斑千冬。

 番外成功個体──識別ナンバー『なし』。織斑(マドカ)

 

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「──おりむら、いちか」

 

 

 

 明記された名前を読み上げて、一夏はうなだれた。

 

(……究極の、人類)

 

 自分の身体を見た。

 亡国機業討伐作戦。あれほどの激戦をくぐり抜け、多くの傷を負い──()()()()()()()()()

 誰が見ても明らかな異常事態。学校の保険医も訝しげに彼を見た。その視線に耐えられず、急いで出て行った。

 理由をもう、一夏は知っていた。体内組織を構成する治療ナノマシン。投与されるまでもなく、元から保持していたのだ。それは迅速に身体を再構成し、連戦の過程ですら回復を並行して行う。究極の人類に求められるタフネスをクリアするための最低条件だった。

 

 まだ級友らと顔を合わせることもしていない。

 正確には、合わせる顔がないと感じていた。

 

(ずっと嘘をついてきたのか……みんなと一緒に努力をしてきた、みたいなフリをして)

 

 心の中の、どす黒い部分が叫んでいる。

 自分の力でつかみ取ったと思っていた。でもそうじゃなかった。

 そうであるように、設計されて、造られていた。

 

(みんなを、東雲さんを、そして俺自身を、ずっと裏切っていた)

 

 積み重ねてきたもの。築き上げてきたもの。全部が根底から吹き飛んだ。

 だってそれは自分の力で手に入れたものじゃなかったから。

 全てが塗り潰された。姉の栄光すら、吐き気を催す。

 

(……びっくりするぐらい、何もないな)

 

 素朴な、ただ転がり出た感想だった。

 夜の月を見上げて独り、肩を落とす。

 想起されるはかつての師の教え。

 

 

 

『いいかい、一夏君。()()()()()()()()()()。つわものは勝ち続けなければならない。その為に孤独になる』

『……耐えられるかな?』

 

 

 

 深く──深く、どこまでも沈むような息を吐いた。

 

(柳韻さん、あなたは正解だった。強くあろうとするためには、人間の中に交じれない存在を生み出すしかないって……そう、この計画を考えた人は思ったんだ)

 

 どうしてそれが自分だったのだ、と嘆きそうになる。

 自分より強い人は大勢居る。

 自分より努力を積んできた人も大勢居る。

 

 そんな人々を相手に切磋琢磨してきた──嘘だった。下駄を履かされ、進化という名の、規定通りの成長をしてきただけだった。

 

 今までの日々が。

 今までの努力が。

 ありとあらゆる、今ここにいる一夏を構成するものが、耐えがたい空虚さを孕んでいた。

 

(俺は……誰よりも強くなりたかった。彼女の隣に至るって言うのは、そういうことだった。でも。だけど……)

 

 それは他ならぬ──()()()()()()()()()()()()

 ならば。

 強くなりたいと叫んでいたのは、織斑一夏だったとしても。

 

 

 

(ただ織斑計画の成功試作体(おれのしらないなにか)が、順当に強くなっていただけなのか)

 

 

 

 思い出が崩れていく。

 汗を流した日々が色あせていく。

 

 何をしてきた。何のために戦ってきた。あんなに雄々しく叫んで。自分にしか出来ないことがあると信じて。自分だからこそ出来ることがあると信じて。

 

 ──くだらない。

 

 自分で道を切り拓いたことなど、なかったのだ。

 そうあれかしと定められたルートを直進していただけなのだ。

 にもかかわらず『自分の望む自分』のためなど、笑わせる。

 

 織斑一夏はただ、創造主の願いに沿っていた、自覚のない人形だった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──織斑一夏」

 

 

 

 

 

 

 ハッと顔を上げた。

 月明かりに照らされる歩道を、ゆっくりと誰かが歩いてくる。

 目をこらせば影の中でもシルエットは見えた。すらりと伸びた背に、両手に抱えた寿司桶。歩くだけで剣域を嫌でも感じさせる威圧感。

 二つ目の特徴は致命的(クリティカル)だった。

 

 クラス会を抜け出し、大胆にも桶単位で寿司をかっぱらって。

 

 やせいの しののめれいが あらわれた。

 

「えぇぇ…………」

 

 一瞬悩み事がどうでもよくなる程度には支離滅裂な光景だった。

 よく見ると唇の端に米粒がついている。さてはこの女、ここに来る道中でも普通に寿司食ってたな、と一夏は予想した。

 周囲を見渡して、一夏は遊歩道傍に置かれたベンチを見つけた。

 寿司桶を一つ受け取って、ついでに米粒も取って、無言のまま二人で並び腰掛ける。

 

「……あー、探しに来てくれた、のか?」

「肯定。箒ちゃんたちも探していた……おりむーがいないのでは、皆少し物足りない様子だったぞ」

 

 そっか、と小さく頷く。

 けれど、同時に身体が震えた。

 

(……どっちなんだろう)

 

 みんなが待っているのは織斑一夏なのか、それとも──それすら、分からない。

 今まで当然のようにクラスにいた自分。けれど、そこには少なくない虚偽があった。

 

「……織斑マドカから受け取ったデータ、か?」

 

 東雲は推測を口にした。

 ビクリと一夏の肩が跳ねた。それが答えだった。

 

「……そうか。当方には話せないような内容か?」

「…………分からない。だけど話すとしたら、東雲さんには、一番……話したくないんだ」

「当方の推測が正しければ、恐らく()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 思わず、悲鳴を上げそうになった。なり損ないの息だけが漏れた。

 何故。どうして。ずっと知っていたのか。知っていて、それでも言わなかったのか。弟子の成長を喜んでいるような顔で、それが当然のことであると──分かっていたのか。

 

「……しの、のめさん。おれ……おれは」

 

 声は震えていた。

 懺悔するように俯き、両の手を組んで額に押し当てた。

 

 

「──俺は、造られた存在らしいんだ」

「そうだったのか」

 

 

「──俺は究極の人類を目指して、遺伝子改良を重ねて造られた。『織斑計画』の男版第一号、で一夏。笑えるぐらい安直だろ?」

「当方は好きな名前だがな」

 

 

「──俺の努力と他の人の努力は違う。俺は、ずっとズルをしていた」

「結果が全てなのではないか? おりむー、当方にまったく勝てないだろう」

 

 

「──おれは、からっぽ(ゼロ)だった」

「……治療は済んだと聞いたが、内臓の摘出でもしたのか?」

 

 

 

「全ッ然真面目に聞いてねえなあこの人ッ!!」

 

 

 

 ことごとく回答がザ・東雲という感じで、一夏はベンチの肘掛けをぶっ叩いて吠えた。

 東雲はその様子を見て、思案するように黙り込んだ。

 ふむと顎に指を当て、数秒視線を宙にさまよわせて。

 

「……もしかして、悩んでいるのか?」

「悩んでないように見えてたのかッ!?」

 

 この事実は一夏にとってはショックだった。

 

「逆に聞きたいが……全く予期していなかったのか?」

「……そう、だな。言うとおりだ。思ってたよりはショックを受けてないんだ。覚悟が出来てなくても……予想は、出来てたし……」

 

 何かあるとは思っていた。

 織斑千冬が黙して語らなかった事実は、恐らくこの『織斑計画』についてだろう。

 

「しかしだな、おりむー」

 

 悩んでいる、ということを認識して、東雲は困ったように眉根を微かに下げていた。

 言葉を選ぶ時間をおいて、息を吸い。

 

 

()()()()()()?」

 

 

 ──呼吸が、凍り付いた。

 

「当方たちは、ただ生まれただけではない。身体を与えられ、名前を与えられて、ここに存在する」

「…………」

「しかしそれが全てではない。言葉に出来ずとも、きっとおりむーにも……あるはずだ。感じているはずだ。与えられたわけではない、誰かから借りてきたものでもない、自分自身で見つけた何かが、ここにあると」

 

 東雲が細い指で、一夏の胸をトンと押した。

 

()()()()()()

「…………ッ」

「元より、自分が何者かを決めるのは自分自身だと、其方がダリル・ケイシーに説いていただろう。当方は忘れてないぞ」

 

 彼女にとっては当然の理屈だった。

 自分自身を画定するために必要なパーツ。燃えたぎる意志。それを東雲はよく、よく知っていた。

 

 ふわりと風が吹く。

 たなびく黒髪を片手で押さえ、東雲はふっと表情を緩める。明白な感情の色に、一夏は少なからず面食らった。

 

「今ここに居る東雲令はな、実を言うと……おりむーがいてくれたから、おりむーを見て、当方の中にも意志が宿ったから。だから生きているんだ」

「…………ッ! そん、なのッ」

 

 一夏の視界がにじみ、声が震えた。

 

「おれ、だって。おれだってそうだよ。しののめさんが、いてくれたから。だからみつけられたんだっ」

「ほう──それは嬉しい言葉だな」

 

 洟をすすり、顔を上げた。

 東雲は真正面から愛弟子を見つめて、無表情のまま彼の肩に手を置いた。

 

「話は終わりか? とりあえず約束のハグだ」

「へ?」

 

 途端、重力が反転した。

 完全に虚を突かれた。抵抗の余地なく全身の行動を封じ込まれ、ぽすんと軽い音が響く。

 東雲令の胸に、一夏は顔を埋めていた。

 

「……ハグというのはこれで合っているのか? もしかして逆か?」

 

 世界最強の再来は疑念の声を上げたが、一夏には聞こえていなかった。

 ただ彼女の心音が、聞こえていた。

 ただ自分の心音が、聞こえていた。

 二つの鼓動が溶け合っていく。元からそうであったかのように、優しい旋律となって一夏の身体に満ちていく。

 

 生命を証明する、リズム。

 生きている──自分も、彼女も。

 

 己自身が見出した理由があるからこそ、生きている。

 

 拍動は祝福だった。

 

(……俺が、見つけたもの)

 

 それはこの鼓動だったのだ。彼女の鼓動が、自分に生きる活力を与えてくれたのだ。

 

 例えば織斑千冬という絶対の強者。

 例えば競い合う学友ら。

 少し前は、織斑一夏が成長するために設置されていたのかもしれないとすら疑っていた。

 

 でも。

 

 

 東雲令の隣に至りたいと。

 それを願ったのは、それだけは──織斑一夏だった。

 

 

「ぅ、ぁ」

 

 こらえていた涙が、一気に目尻から溢れた。

 

「あ、あ、あああ。う、ぁ」

 

 今ここに居るのは織斑一夏なのだと、彼女の鼓動は優しく説いて。

 

「う゛……っう、あ゛、ぁ゛ぁ゛ぁ゛」

 

 今ここに居るのは織斑一夏なのだと、自分の鼓動も確かに叫んで。

 

 

 

 ただ一人の少女と、月だけが、彼のくぐもった声を聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんだ? 夜泣きの物真似か?)

 

 今すぐそこを別の子に譲った方がいい感想だった。

 東雲はとりあえず流れで一夏の頭を撫でながら、ハッと"気づき"を得る。

 

 

(そうか! これは将来を見据えた夜泣きの対応訓練! 育児の練習を兼ねつつ当方の母性を刺激してくるとは……さすがおりむー、いや鬼剣使い! 常に二手三手先を読んでいるとは……! この当方の目を以てしても!)

 

 

 その目、ガラス玉か何か?

 

 

 

(おっぱいが出ないのは申し訳ないけど……………………………………………………いや、当方が謝ることじゃないな。でもだってだけど、当方が最高のママになれると証明してみせる! 今、ここでッ!! さあおりむー存分にオギャるがいい! 当方は育児が得意なフレンズになるぞ!)

 

 

 

 お前はばかものフレンズだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実戦投下検証訓練を終えて、『銀の福音』主席開発搭乗者(メインテストパイロット)であるナターシャ・ファイルスは基地へと戻っていた。

 

(……機体に異常なし。なら私の気のせいだったのかしら)

 

 海上基地へ侵攻する際。

 戦線において、『銀の福音』が微かに、ナターシャの知らない反応をしていた。

 謎のジャミングが始まってから、突然途切れるまで。

 反応速度が向上し、出力もまた理論値以上のものを叩き出していた。

 IS乗りとの相乗効果ではないか、と技術部は自信なさげに言っていたが──違うと感じた。

 

(アナタは……何を感じ取ったの?)

 

 鎮座する機体を見上げて、ナターシャは静かに息を吐く。

 ブラックボックスの多い兵器とは言え、把握しきれない要素があるのは大きな不安だった。

 

「まあ、どうにかできるわけでもなし。不慮の事態に備えて──何が出来るかしら」

 

 今の自分にできることを探して、ナターシャはIS保管室を退出する。

 そのナターシャ・ファイルスを──()()()()()の背中を見て。

 

 

『世界はまだ滅びには至らない』

 

『私がそうさせない。私が世界を守る』

 

『世界を滅ぼす因子は私が滅ぼす。彼女が存命するこの世界を私は守り抜く』

 

『故に──』

 

 

『──零落白夜(おりむらいちか)は私が殺す』

 

 

 チリ、と。僅かな火花を散らして。

 ()()()、静かに胎動の時を待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嘘にまみれ、虚構に彩られた、優しいおとぎ話はもう終わり。

 

 そして──開幕のベルが鳴る。

 

 愛と希望のために、勇気を胸に抱いて、戦士が雄々しく立ち上がる。

 銀の翼を広げて、世界を脅かす敵を打倒せんと飛翔する。

 

 それは機械仕掛けの祈り(きぼう)

 それは奪われないために奪う(しんじつ)

 それは無限軌道を描き続ける祝福(ひてい)

 

 荘厳な福音の調べを携えて。

 英雄譚が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(それはそれとして広間に来てくれたとき、ありえないぐらい、あのおっぱい女の匂いがすごくしたんだけど……説明、してくれるよね? ねえ?

 

 

 その前に、織斑一夏が死ぬかも分からんね。

 

 

 






自分の心音を聞かせていく貧乳特有のバトルスタイル(暴言)

今更ですがやっと一区切りです
具体的に言うと、一夏に対する試練が一区切りです
これ以降は平ジェネFOREVERの戦兎メンタルでやっていきましょう

実はあと一話だけ更新するんじゃよ





次回
The day before:Emptiness Ray
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The day before:Emptiness Ray
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ネタばらし回


 妻の遺体を目の当たりにして崩れ落ちる男を。

 誰かが『人は所詮被造物なのだから』と慰めた。

 

 

 我が子が血を吐くのを必死に止めようとする男を。

 誰かが『私たちは運命から逃れられないから』と労った。

 

 

 

 男は、それを許せないと思った。

 

 

 

 人は、こんなものではないはずだ。

 誰もが祈りを持っている。誰もが願いを持っている。

 決して無下に扱うことなど出来ない、それこそ『神』が存在するなら永久不滅として然るべき存在であるはずだ。

 

 結論。神などいない。

 光も闇も川も山もある。大地も、大空も、過去も、未来もある。

 だが神はいない。この世界は残酷なほどに、秩序を欠いている。それなのに秩序づけられているような顔を見せるだけだ。

 

 だから証明しなければならない。

 人間はそんな、安いものではないのだと。

 土から生み出された人形などではないのだと。

 贖うべき罪を無理に押しつけられる道理などないのだと。

 

 故に男は誓った。

 自分の手で、あるいは自分から連綿と続くであろう人々の手で、神に挑むと。あるいは、神を目指すと。

 愛を証明する為に。

 平和を確定させるために。

 幸福は人の手の中にあると、高らかに叫ぶために。

 

 

 

 

 そのたった一人の狂気が、人類史を深く傷つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ××という男は、古くは中世から存在したという世界の裏側で暗躍する一族の嫡男として生まれた。

 彼は数百年を数える遺伝子改良が生み出した最新型であり、想定されたスペック通りにあらゆる分野で才覚を顕す。学業、運動、芸術、彼に欠点はなかった。

 

 世界各地に散らばる研究施設の内、彼は日本──当時の通称は大日本帝国であった──を代表する存在となる。決して表には出ず、暗がりの中で囁き合う知的集合体の一員であった。

 

 来たるべき世界を制する決戦に向けて、彼は一つのアイディアを出す。

 即ち、()()()()()()()()()()()

 

 設計図である遺伝子の段階から手を加える──これ自体に問題はない。しかしどこまで能力を拡張するのかが悩みどころだった。

 ××自身のように基礎能力を保証することなら簡単だ。しかし現状、それ以上のものが求められていた。

 

 例えば、壁の向こう側や遙か遠方の敵影など、見えないはずのものが見えたり。

 例えば、非可聴域の音波や潜伏する敵の息づかいなど、聞こえるはずのないものが聞こえたり。

 成程それらを身につけることが出来れば、現人類を上回る、新たな人類と呼んで差し支えないだろう。

 

 しかしである──拡張限界にはまだ程遠くとも。

 全てやってしまえば、()()()()()()()()()()()()()

 

 考えあぐねた××は、恩師でもある己の実父に相談した。

 呼び出しに応じ、山奥にて隠居していた父親は、××の住む町へとやってくる。

 

「この辺りも様変わりしたな」

「ゑゑ。昔の店はほとんど残っていませんよ」

 

 父に連れてこられた喫茶店も消えてしまった。看板が増え、行き交う人々も増えた。

 ××はつい先週に開店した新しいカフェへ父とともに入り、窓際の席に座った。

 珈琲が運ばれてくるまでの間、店が面している通りを眺めた。

 大通りを路面電車が滑っていく。蓄電、あるいは電力をつなぐ電線の開発には、今××の前に座る父が関与していたな、とふと思い出した。父は先代らよりも早く本業を引退した。人体の改造ではなく、その過程で得られたノウハウを生かして多方面にわたり技術発展を支えた。

 親類の中には裏切り者と呼ぶ者たちもいたが、××にとって父は誇りだった。

 やがて二つのカップが湯気を上げながら運ばれてきて、××と父はそれをしばし味わった。珈琲は南米から輸入した豆を挽いた、苦みがすうと溶けていく見事な味わいであった。

 ××はカップをテーブルに置いて、話を切り出した。

 

「お父様。私の研究については……」

「嗚呼。聞いているよ。助言が欲しいのだろう?」

 

 頷き、××は父に、今計画している新人類の概要を説明した。

 既存の人類を上回るスペック。しかし代償に、その精神性を著しく損なう可能性があること。

 

「私は悩んでいるのです。最強の兵士であっても、人間として根本的な欠落があることを良しとして良いのか。花を愛でる喜びを知らずしては、精神面の管理に難がないか……」

「ふむ……成程」

 

 父は顎をさすり、それから煙草に火を付けた。紫煙がくゆりながら昇っていき、喫茶店の天井に届くか届かないかといったところで空気に混ざり消えてしまった。

 

 ××の父は技術発展により多くの人々を救った。

 経済を回し、労働者に仕事を与え、社会を前進させた──立派な人だった。

 だが恐るべき一族の、当主を務めた男でもあった。

 彼は数秒目を閉じてから、英国製のジャケットを指でしばらく撫で、それから口を開いた。

 

 

「──力以外に、何が必要なのだ?」

 

 

 父の言葉は、××にとって天啓にも等しかった。

 同時に、最後の良心が霧散した瞬間でもあった。

 

 それが最後の後押しだったのか、××はいよいよ計画を軌道に乗せ始めた。梗概を踏まえれば、『新人類創造計画』とでも呼ぶべきであろうか。しかし後世に残された資料は余りに少なく、実際の計画名を知る者はごく一部に留まる。

 

 ××は研究に携わった者が残らず戦慄するほどに、内容を刷新したという。

 以下にその変更点を大まかに記す。

 

 まず五感という概念が解体された。本当に必要なものだけが残され、後は切捨てた。

 次に残った感覚を拡張し受信性能を高めた。

 次に身体能力の強化を施した。

 次に痛覚の希薄化を施した。

 遺伝子改良でスペックを確保し、理想的な成長を人為的に操ることで、最強の兵士へと成るはずだった。

 

 そうして切り捨てと拡張を行った後、××は()()の段階に入った。

 損耗箇所を即座に修繕するナノマシンの採用。××の一族、そして一族が属する母体が先進的に実験を重ねていたナノマシン技術を、惜しげもなく投入した。

 更に、拡張していた残存感覚に新たなる概念を持ち込んだ──五感により感知されていた物質的な代物ではなく、将来的に実現されるであろう電波による不可視情報の獲得。生身のサイボーグ、と呼んで差し支えない。

 

 当然、××が危惧した通り、精神面での安定はほとんど期待できなかった。

 だがそこは問題にならなかった。そこを問題として挙げるには、関係者たちはもう、倫理観を拭い去りすぎていた。

 

 いよいよ実際に新人類を造り出す、という具合の時期に、日本本土が焼かれた。

 既に計画は最終段階に到達しており、モデルケースの製造まであと一歩だったとも噂されている。しかし実現に至ることはなく、また、継ぐ者もおらず、全ては炎の中に消えたと噂されている。日本が世界大戦に向けて遺伝子改良兵士を生み出さんとしていた、という話を聞きGHQが機密部隊に調べさせたとも噂されている。

 結局の所存在を裏付けるものはなにも見つからず、××は開戦に間に合わなかったのだろう。

 

 ××の行方は、誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ××が最後に到達した、新人類の設計図。

 戦火により焼失したと言われる、神への挑戦の最終形態。

 人は其れを失われた技術(ロストテクノロジー)と呼ぶ。

 

 ともすれば都市伝説に過ぎぬ、と失笑を買いかねない、アングラで密かに囁かれる存在。

 現代を生きる科学者相手に問えば、恐らく訝しまれるだろう。

 現代を生きる科学者相手に資料を突き出せば、恐らく狂喜するだろう。

 

 人を超えたヒト。

 神へ近づいたヒト。

 あるいは──ヒトではなくなった、何か。

 

 ××の行方は知れぬ、しかし彼、彼の先代たちが受け継いできた一連の人体改造技術は、確かに現代にも息づいている。

 現代においては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()その流れ。

 源流にして始祖。原点にして頂点。

 ××の名は残らずとも、成果はどこからともなく引き継がれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祖先の仕事を復活させようと、ある男が熱心に倉庫を漁っていた。

 瞳には狂気を覗かせ、胸には自分こそが人類を一つ上のステージへ押し上げるという決意が宿っていた。

 

「────」

 

 そして男は見つけた。

 ここから、全ての物語は始まる。

 

 いずれ織斑へと至る悪逆非道が、再起動(リブート)する。

 

 契機となったのは歴代の中でも群を抜いて才覚を発揮した××、彼が残した最後のレポート。

 果たして存在するかも不確かであった、××の結論を記した計画書。

 

 その書面にはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 ──東雲計画実験個体、番号『(れい)』。

 

 

 

 

 








※(おりむーはこれ知ら)ないです


第七章 Invictus Soldier
3巻の内容をやります
やっと海に行きます
擬似サードシフトした『ぼくのかんがえたさいきょうの福音』が愛と平和を守るために全身全霊でワンサマ個人をブチ殺しに来るお話です

では充電期間に入ります
活動報告に色々載せましたので、お暇なときにお読みください
完結目前なの、タカキも頑張ってるし俺たちも頑張らないと!って気分になるな…



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Invictus Soldier
67.織斑一夏のパーフェクトぷれぜん教室


いよいよ終盤ですが更新頻度は今までみたいな連続って感じにはならなさそうです
何故なら、カジノの正装はバニーなので……


 遠く、遠く。

 大分離れたところまで来た。

 見たことのない土地。息を吸うだけで、空気の違いに顔をしかめそうになる。

 だが──世界中から追われる罪人にとって、未だ戦火に包まれている紛争地帯は、身を隠すにはもってこいの場所だった。

 

「フン。どこまで行っても、戦争屋は所詮戦争屋か」

 

 オータムは自嘲するようにぼやいた。

 右手に持つアサルトライフルの銃口はまだ熱を持っていた。

 

「おかげで食い扶持を稼げている。愚か者共にも感謝しなければな」

「愚か者ねえ……」

「──そうだな。最も愚かなのは、私たちだったか」

 

 足下の小石を蹴りながら、マドカは無感情に言い放った。

 転がった小石は盛り上がった地面にぶつかり、力なく止まる。地面──倒れ伏し、息絶えた人間だった。

 

 オータムとマドカは今、紛争地帯で傭兵まがいの仕事をしている。

 ISの起動こそしないが、それでも二人は戦士として無敵だった。苦戦することもなしに、二人だけで敵勢力を壊滅へ追い込んだ。

 敵のキャンプ地だった焼け野原──今はもう廃墟と死骸しかない──でオータムは悠々と煙草に火を付ける。

 

「ちょっとした講義の時間だ」

「?」

 

 オータムは砂まみれの木材に腰を下ろすと、木の棒で地面をひっかいた。

 

「マドカ、お前、時間の流れを図解しろって言ったらどう書く?」

「時間の流れ、か」

 

 考え込みながら木の枝を拾い上げると、マドカは砂漠に一本の直線を引いた。

 それを見てオータムは薄く笑う。

 

「如何にもって回答だな」

「間違っているのか? 時は巻き戻せない……直進する、一本の線だろう」

「大昔は円環だったのさ」

 

 何? と眉根を寄せるマドカの前で、オータムは地面に綺麗な円を描いた。

 

「暦もなかった時代──日は昇り、落ちて、また昇った。花は咲き、散って、また咲いた。時間の流れは繰り返しだった」

「…………」

「よくあるだろ、大昔の遺跡。円柱を円上に並べる儀式場。周期的に移ろう季節、生命の循環……どれもこれも、図解するなら円環だ」

 

 ざっくりとした解説ではあったが、マドカにも内容は理解できた。

 

「なるほどな。それがどうした?」

「今も、円環としての本質は失われちゃいない。むしろ直線っつー認識は人間が勝手に付け加えたものだ」

 

 オータムは鼻を鳴らして、円環を靴の底でもみ消す。

 動作には何の感情もこもっていなかった。

 

「過去を美しいものと讃え、未来は更に輝かしいと扇動し、だが同じことを繰り返し続ける。特に近代以降は最悪だ。人類の歴史は余りにも醜いと子供だって分かる」

「…………」

「亡国機業はその円環が気にくわなくてぶっ壊そうとした。そして私ら以外にも、これをぶっ壊す──つーか、まるごと消し飛ばそうとしてるやつはいる」

「ほう?」

 

 マドカの脳裏にいくつかの選択肢が現れた。

 亡国機業と源流を同じくする暗部の面々か。しかし武力という点において、かつての亡国機業を上回る存在はない。ならば──

 

「篠ノ之束、か?」

「馬鹿。真逆だ」

 

 即答だった。思考してというよりも、完全に条件反射で答えていた。

 面白くなさそうにマドカは顔を背けるが、オータムはそれに気づかないまま、自分が踏みにじった円環を見つめる。

 

「すぐに動くわけじゃねえとは思う。だが水面下ではもう何度もアクションを起こしている。となれば必然、()()()()()()()()()()()()()()()()。読み通りなら……そろそろ来るぜ」

「来る? 何がだ」

「織斑一夏のように大切な仲間たちを守るためでもなく。篠ノ之束のように輝く未来を守るためでもなく──」

 

 オータムは乾いた空を見上げた。

 鳥の一匹すら見当たらない絶無の空。しかし彼女の視線は鷹のように鋭かった。

 

「──世界そのものの防衛本能が実体化したみてーな……()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎が猛り狂い、夜空を紅く染め上げていた。

 

『ダメだ! チャーリー中隊沈黙! 止められない……ッ!』

『ブラボー3が全火器喪失! アルファ2は補佐に──うわぁっ!?』

 

 通信を怒号と悲鳴が飛び交い、阿鼻叫喚の地獄絵図を現実に再現する。

 米軍機密施設──『地図にない基地(イレイズド)』。

 屈強な軍人が片っ端からなぎ倒され。

 鋼鉄の戦鎧が容赦なしに砕かれていく。

 

「クソが……ッ!」

 

 数秒、意識が遠のいていた。

 愛機にメディチェックを走らせる──絶対防御の過重発動により『ファング・クエイク』は稼働停止。搭乗者『イーリス・コーリング』は身体に深刻なダメージ。

 イーリスは軋む身体を確認して歯噛みした。

 

 ──紛れもない敗北。それも、屈辱的な瞬殺だった。

 

 理由は明白である。今まさにイーリスの眼前で、機密部隊のISが吹き飛ばされた。銀色が視界を横切ったのは刹那。軍用ISのセンサーですら対応が難しい。

 音すら置き去りにしているのではと疑いたくなる超高速機動。

 

 それを為し得るのは、()()()()()()()()()()()()

 

 軍用IS故に元々競技用リミッターはかけられていなかったが──もっと本質的な、ISコアそのものに篠ノ之博士が施した機能制限の撤去。

 

『コーリング大尉! 状況は──暴走した『福音』の現状はッ!』

「全然、止められねえ……ッ」

 

 眼前の光景が全てだった。

 精鋭を、米軍屈指の腕っこきを集めたはずだった。合衆国に敵する相手を隠密に排除するエースたち。部隊単位ならば紛うことなく世界最強クラス。

 なのに、子供をあしらうかのように、総掛かりで一蹴されている。

 視界一面を火の海に変えた銀色は、未だ無傷。

 

 ──『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』。

 

 イスラエルとの合同開発試作機であり、『イレイズド』所属扱いで極秘に実戦投入も終え、いよいよ公開試験が迫っていた。

 それに向けた、定期的に行われる試験起動──最新鋭の第三世代機の、単なる調整に過ぎないはずだった。

 だが突如として機体が暴走を始めた。

 乗り手であるナターシャ・ファイルスは意識喪失状態。ISコアが管制システムを掌握し、一切の強制終了コマンドを弾いている。

 

(コアネットワークからすら自分を切り離してやがる……ッ! 何が、どうなって……!?)

 

 その時だった。

 加速を止め、目立った抵抗の消えた基地中央で福音が静止して。

 バゴン、と重々しい音が響き、背部ユニットを切り離す(パージ)

 多方向推進装置(マルチスラスター)と広範囲射撃兵装を兼ねた、背部連結複合型のイメージ・インターフェース兵装──切り札であり代名詞でもあった『銀の鐘(シルバー・ベル)』を自ら捨てた。

 

「……んだ、そりゃ」

 

 頭から血を流しながら、イーリスは呻いた。

 彼女の驚きは、最大の武装を自ら排除したこと──では、ない。

 

「なんなんだよ、それはァッ……!?」

 

 背部の『銀の鐘』を押しのけるようにして、()()()()()()()()()()

 無秩序な本流──瞳を灼くような白銀の輝き。

 それは徐々に形を取り、剣のように鋭くなっていく。

 イーリスの『ファング・クエイク』が直接視認により識別名称の変化を感知した。

 

 

 擬似第二形態──銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)患難仕様(トリビュレーション)

 

 

第二形態移行(セカンド・シフト)だと……ッ!?」

 

 

 声は震えていた。

 今までの戦いは、前座だったのか。片手間のように精鋭部隊を殲滅しておきながら、更に進化するというのか──

 

 

 

「────()()()()()()

 

 

 

 言葉の出所が眼前の銀色であると、イーリスはそう認識するのに数秒かかった。

 エネルギー体の輝きがさらに増す。単純な光力の上昇だけでなく、数そのものが増えていく。

 先割れし、剣よりも広く大きくなっていき、最後には光の翼を象った。

 

 

 擬似第三形態──銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)救世仕様(サルヴァトーレ)

 

 

 左右六対。

 光の十二枚翼が羽撃(はばた)く。

 表示される武装名称──『銀の皇翼(シルバー・レイ)』。

 

(あの流動エネルギー構成体は──織斑一夏の『疾風鬼焔(バーストモード)』のアレと同性質か……!?)

 

 愛機『ファング・クエイク』が弾き出した観察結果に、イーリスは戦慄する。

 実際に相対したことなどないはずなのに、どこからコピーしたというのか。

 もはや福音は誰も知らない、誰もたどり着いたことのない領域へと踏み込んでいた。

 既知を振りほどき、既存を踏みにじり、眩き道を疾走する。

 

 

 

「『白夜を討つ者(ホワイト・キリング)』──起動(アウェイクン)

 

 

 

 形態移行(フォームシフト)に非ず。

 稼働時間と戦闘経験の蓄積に連動する、ISコアと機体の同調率上昇、に非ず。

 今起きているのは、ISコア単体による()()()()()()()()()使()

 コアネットワークを己より切り離し、『白式・疾風鬼焔』と同じく束の想定から逸脱した、道を踏み外した進化の果て。

 

 

「──私は『零落白夜』を討ち滅ぼす」

 

 

 声はナターシャ・ファイルスのものだった。

 だが落ち着いた普段の声色ではなく、もっと冷たく、無機質で──()()()()()()だった。

 

「世界はまだ滅びには至らない。()がそうさせない。私が世界を守る」

 

 イーリスにも、居合わせた誰にも、言葉の意味は分からなかった。

 ただシンプルに伝わるのは、絶対の意志。

 己の全てを投げ打ってでも成し遂げるという──機械が持つには余りに不釣り合いな、覚悟。

 

「世界を滅ぼす因子は私が滅ぼす。()()が存命するこの世界を私は守り抜く」

 

 光の翼がはためく。加速の前兆。

 誰も止められないということは、子供でも分かった。

 飛び立つ寸前、イーリスは手を伸ばした。福音は一顧だにしないまま、ただそれを告げた。

 

 

「故に──滅びろ、『零落白夜(おりむらいちか)』」

 

 

 突風が吹いた。ISによる防護も忘れて、イーリスは咄嗟に自分の目を庇った。

 そして恐る恐る手を下げたとき、半壊した基地と、打ちのめされた隊員ら以外には、何も残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園──早朝。

 普段なら個別の自主トレーニングを行っている、よりもずっと早い時間。

 

「一体何の用事なんだろう」

「さーね……ふあ。てか、超眠いんだけど」

 

 欠伸をかみ殺しもしない鈴の様子に、シャルロットは苦笑した。

 学生寮の一階に設置された、勉強会等を目的とする会議室。

 そこに学園一年生の専用機持ち全員が集まっていた。

 

「火急の案件でなければ殺しますわ」

「お前……」

 

 物騒なことを言うセシリアだが、箒はその理由にも頷けるのであまり強く出られない。

 何せ特徴的な縦ロールではなく、今のセシリアは──東雲のようなストレートヘアだったからだ。

 日頃巻いている分、前に下ろした二筋の髪こそ微かにうねりを見せているものの、後ろ髪は重力に引かれるがまま真っ直ぐ地面へと落ちている。

 

「なるほど。朝の支度がなければそのような髪型になるのだな」

「……季節限定SSRっぽいね?」

 

 興味深そうにラウラと簪がしげしげと金髪を観察した。

 不機嫌さを隠そうともせず、セシリアは鼻を鳴らす。

 

「激レアでしてよ。不本意ながら、ですが。まったくこのような髪型など……」

「よく似合っている、と当方は認識する。普段のロールも其方に似合っているが、この髪型も良いのでは?」

 

 ナチュラルに口説き文句を言い放つ東雲に、ンンンンンとうなり、セシリアは顔を背ける。

 こいつ本当に褒め言葉に弱いなと箒は呆れた。

 

「失礼する」

 

 ──その時だった。

 バシュッと軽快な空気音が鳴り、入り口のドアが横にスライドする。

 まず千冬が入ってきたのを見て全員席から立ち上がった。しかし直後に入室した人間を見て、挨拶のために開いた口から、無様に酸素を取りこぼした。

 一分の隙もないダークスーツを身に纏い、眼鏡をかけて。

 完全完璧完膚なきまでに正装姿で、織斑一夏が入室した。

 

『…………ッ!?』

 

 まさかのスーツ姿に、一同思わずたじろぐ。

 東雲は(スーツおりむー……!? 当方の知らないシークレットレア……だと……!?)とまあまあ頭の湧いた感想を抱いていたが、他の面々もどっこいどっこいだ。

 

「お集まりいただきありがとうございます」

 

 同級生相手に何故か敬語で、一夏はキビキビと挨拶した。

 呆気にとられる面々を置き去りにしたまま、彼はコンソールを操作して会議室前方にモニターを投影。恐らく彼が組んだのであろうパワーポイントが表示されていた。

 右半分には一夏の顔が映され、左側には黒の背景と大きな白文字が描かれている。

 

 

 

 

  潰 舐 旧  

  す め 人  

  ぞ て 類  

    る が  

    と ・  

      ・  

      ・  

(このへんに一夏の顔)

 

 

 

 

「待て待て待て待て」

 

 流石に箒が声を上げるも、発表者である唯一の男性操縦者は取り合うことなく口を開く。

 

「えー今回は『織斑一夏の出生の秘密に一同驚愕。その衝撃の内容に涙が止まらない……』というタイトルで発表させてもらうんですけれども」

「馬鹿の作ったパワーポイントか?」

 

 眉間を揉みながら、千冬は愚弟渾身のボケに苦言を呈した。

 知性のかけらも感じられないサムネイルを披露しつつも、一夏の口調に淀みはない。

 そこで箒は気づいた──幼馴染で、彼の気性をよく理解しているからこそ()()()()──確かに冗談や洒落の類ではある。

 しかし、これは。

 

(わざと、か。本題が深刻、あるいは気後れしているからこそ……自分を律するためにふざけ倒しているのか)

 

 言うなれば一種の開き直りだ。

 痛みや恐れから顔を背けるのではなく、真正面から向き合ったが故の反応。

 極度の緊張がかえって弛緩につながる現象に近いだろう。

 

「……ッ」

 

 箒が居住まいを正したのを見て、他の面々も遅れて椅子に座り直した。

 そもそも画像のインパクトに流されそうになったが──旧人類、織斑一夏の出生の秘密、と決して聞き逃してはならないワードも登場している。

 場の空気が変貌したのを感じ取り、数秒呼吸を止めて。

 それから一夏は、静かに語り始めた。

 

 

 

 この世界の裏側で紡がれてきた、忌むべき歴史。

 人類そのものをアップデートするという神への挑戦。

 いくつもの分流に分かれつつ、現代に連綿と続いたその暗がり。

 

 亡国機業もそのうちの一つだった。

 そして世界の破滅を望む極点であった彼女らとは、対照。

 究極の人類による新世界を夢想した狂人たち。

 

 

 

 ──『織斑計画(プロジェクト・モザイカ)』。

 

 

 

 話を終えて、会議室は沈黙に包まれた。

 一夏の手は震えていた。そして席に座り発表を聞き届けた千冬もまた、生徒らの顔を見渡すのが恐ろしかった。

 人の形をした、限りなく人に近い──ただそれだけの何か。

 皮一枚を剥げばすぐに分かる。全身を構成するナノマシンや強化改造された神経群。最高品質と呼んでもまだ足りない理論値を叩き出す筋繊維。

 

 その梗概を聴いて、少女たちは。

 

 

()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 最初に声を上げたのはイギリス代表候補生セシリア・オルコットだった。

 彼女はパワーポイントの最中も憮然とした表情で、退屈極まりないことを無言でアピールしていた。

 

「わたくしにとって貴方は倒すべき宿命の相手。それ以上でも以下でもありませんわ」

「……セシリア、お前は……」

「そもそも、それを聞かされて、わたくしと貴方の関係に何の変化があると? まさかとは思いますが貴方を見損なうとでも? そのような疑念そのものが、わたくしへの侮辱と知りなさい!」

 

 一喝だった。

 これ以上なく、一夏にとってはクリティカルな言葉だった。

 彼は感極まったように目尻に涙を浮かべ、だが眼鏡を外してスーツの袖で乱暴に拭い去る。

 

「ああ、ああ……!」

「わたくしだけではありませんわ。他の皆さんも、そうでしてよ」

 

 セシリアはふっと表情を崩し、横の席に座る学友らに視線を向けた。

 つられて一夏もまた、彼女たちを見渡す。

 

「あったりまえじゃない! そんなのどーでもいいわよ。織斑計画出身だから、あたしを助けてくれたわけじゃないでしょ?」

「そうだね。僕も正直、今まで君と一緒にいたことには、何の嘘もないって思うから……それはそれと社会に出てから色々身分が大変そうだし大企業の庇護を受けておくとか真面目に考えておいた方がいいかもね」

「つまり一夏と教官と私は遠い親戚関係……一軒家に三人で住んでも何も間違いではない……?」

「つまり一夏は実質准将だった……?」

 

 後半になるにつれ──というか鈴以外、ロクなリアクションではなかった。

 想定よりカラー強めの反応に頬を引きつらせつつも、セシリアは気を取り直すように咳払いを挟む。

 

「そして箒さんも──箒さん?」

「……あ、ああ……」

 

 最後に隣の箒を見やり、セシリアは眉根を寄せた。

 画面を見つめたまま、篠ノ之箒はほとんど上の空だったのだ。

 

「……箒。何か言いたいことがあれば」

「いや。お前に対してでは、ないんだ──だが。私とお前が、出会ったのは。もしかして……」

 

 セシリアはハッとした──小学校を共にした幼馴染。それは即ち、『織斑計画』が凍結された直後からの付き合い、ということになる。

 そしてこの計画が凍結された理由は。

 

「……そうだ。束が、私たちとお前を、引き合わせた」

 

 今の今まで沈黙していた千冬の言葉。

 箒は押し黙った。

 

「やつを、自然発生の究極の人類を……織斑計画は超えられなかった。束を遺伝子学的アプローチで再現するプランも立ち上げられたが、現代科学では解析することも不可能だった」

「……それはそうでしょうね。姉の強さは、本質的に姉にしか理解できないものなのだと感じます」

 

 うつろな声色。

 箒が何を言いたいのか、もう全員察しがついていた。

 

「言い方を変えます。私が言いたいのは……一夏と千冬さんが、二人きりで生きていくことになったのは、それは姉さんの──」

「──束さんの()()()だよ」

 

 教壇から降りて。

 眼鏡を胸ポケットに差し込み。

 一夏は箒の両肩に手を置いて、優しく、そう告げた。

 

「……え?」

「束さんが俺とお前を引き合わせてくれた。そうして、今こうしてみんなと出会えるようにしてくれた。俺はそこは、束さんに感謝してるんだ」

 

 顔を上げて呆ける箒に対して、一夏は微笑みを浮かべる。

 

「だから俺は──言い出すのは怖かったけど、本当は自分の中でもう、踏ん切りがついてるんだ」

 

 チラリと視線を逸らす。

 未だ一言も発さない、いいやあえて何も語っていない、尊敬する少女の紅目を見た。

 

「俺は生きていてもいい。俺も千冬姉も生きていていい。生きていたい。おぞましい瀆神の果てに生まれたとしても、千年の呪いが根源だったとしても。それでも──みんなと一緒に生きたい。だってこうして、出会えて、一緒にいるんだから」

 

 部屋に集っている面々を見た。

 好敵手として不敵な笑みを浮かべるセシリア。

 当然でしょと八重歯を見せる鈴。

 一夏を実家に引き込む算段を立てているシャルロット。

 白いマイホームで織斑姉弟との生活にトリップしているラウラ。

 織斑一夏スーパーコーディネーター説のスレを立てている簪。

 無言を貫くのではなく、実は空席に置いた寿司桶から永遠に寿司を食べていた東雲。

 

「……………………」

 

 一緒に生きたいという発言を取り消したくなった。

 だが──そうした反応こそが、()()()なとも感じた。

 共に過ごした時間は嘘ではない。

 紡いできた絆は決して失われない。

 

 もう自分は空っぽではないと思えるのは、紛れもなく、彼女たちのおかげだ。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 寿司桶を空にして、東雲は手を合わせた。

 マイペースの擬人化みたいな行動に嘆息しながらも、一夏は近寄って頬についたままのご飯粒を取っていく。

 その光景を見て、鈴がゲッと声を上げた。

 

「これ朝ご飯最速で食べて間に合うかどうかってとこじゃない?」

「あー……確かにそうかも」

 

 シャルロットも時刻を確認して顔を青ざめさせる。

 なんだかんだで長話になってしまった。

 千冬に視線を向けるも、遅刻は許さんぞ、と薄く笑いながら言い放たれる。

 

「なら急ぐぞ。食堂の注文にはギリギリ間に合う……簪、聞いているか」

「ラウラちょっと待って。荒らしが来たから手が離せない……日本代表候補生は荒らしなんかには負けない……!」

 

 自分のカミングアウトなど数秒で流れ去り。

 ただいつも通りの光景が底にあって。

 

(……本当に、俺は……みんなに、救われてるんだな)

 

 一夏はそれが無性に嬉しかった。

 感慨深げに相好を崩す彼に対して、箒は控えめに肩を叩いた。

 

「なあ、一夏」

「ん? どうした?」

「お前、着替える時間ないんじゃないか?」

 

 あ、と。

 他ならぬ一夏が声を上げて、全員数秒黙り込んだ。それから半眼になって、もう知らんと歩き始めた。

 

 

 

 その日──織斑一夏は半泣きでスーツのまま授業を受ける羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(スーツ姿ってことはこれ父兄参観の予行練習か!? 夜泣きに続いて将来設計を固めに来るとは、流石鬼剣使い……!)

 

 授業中一秒に五回ぐらい隣を見ながら、東雲は無様な認識能力を晒していた。

 

(確かに当方は日本代表として世界中を飛び回ったり後輩の育成に邁進したりしているだろうからな……ぐへ、ぐへへへへへ……! 支え合い、離れていても常に互いを想い合う間柄……おりむー、それは当方のストライクゾーンに入ってくるよ!)

 

 彼女のキャリアとして決してなくはない未来なのだが、その場合育成される後輩もやはり日に五十回ぐらい撃ち落とされるのであろう。労災認定が下りそうだ。

 

 

(そしてそして! まもなくやってくる臨海学校! この本(インフィニット・ストライプス)によれば、2022年7月。普通の高校生・東雲令、彼女には唯一の男性操縦者・織斑一夏の伴侶となる未来が待っていた。その未来を阻止しに来る変な女の声のアレ。しかし、東雲令は『世界最強の再来』の力を振るい、世界の滅び的な何かを防ぐ。そして、東雲は織斑一夏の唇を奪い、ヴァージンロードへの第一歩を踏み出すわ……おっと先まで読みすぎました

 

 

 お前の将来設計って、醜くないか?

 

 

 

 

 

 






火孚様より支援絵をいただきましたのであらすじに掲載しております。
イエエエエエエエエイ!
今度はちょっとキュートな感じの東雲さんです!これはメインヒロインの風格が見える見える……
この場を借りて再度お礼を申し上げます。
本当にありがとうございました!




次回
68.最強の水着決戦!(全ギレ)




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68.最強の水着決戦!(全ギレ)

しばらくコメディパートです


「決闘ですわ!」

 

 セシリア・オルコットは白く華奢な指を一夏に突きつけ、叫んだ。

 教室はしんと静まりかえり、全員固唾を呑んで様子を見守っている。

 

 その渦中で。

 織斑一夏は──周囲を見渡して頬を引きつらせながら呻いた。

 

「……え? 皆なんで真剣に聞いてんの? もうこれ何度目だよ」

「そういえば今日の実機訓練は市街地想定だったよねラウラ」

「ああ。仮想体とはいえ、ビル外壁に激突すると心臓が止まりそうになるぞ。シャルロットも気をつけておけ」

「無視してんじゃねーよ」

 

 仏独コンビが圧倒的な速度で顔を背けたのを確認して、一夏は半眼で彼女らを睨んだ。

 生きていても良いと、自分を肯定する上では欠かせない大切な少女たちだが──どうも面倒ごとが絡むと途端に薄情になるきらいがある。

 そういう場合に割を食うのは、120%で一夏だ。

 たとえ負けず嫌いであっても、自ら進んで意味不明の修羅場に突っ込むほど彼は馬鹿ではない。迅速に離脱を図るべく頭脳を回転させていると。

 

「決闘を予期して即退散とは……とんだ腰抜けですわね、織斑一夏」

「──────」

 

 セシリアがその言葉を発して、クラス全員、もう次の展開が読めた。

 見れば一夏が額にビキバキと青筋を浮かべている。

 

「ハァ……ハァ……敗北者……?」

「?」

「取り消せよ……!! 今の言葉……!!」

「え、ちょっ、何の話ですの?」

 

 一夏はちょっと予期しすぎていた。

 言った覚えのないフレーズにキレられ、セシリアは困惑した。しかし釣れたという事実に変わりはない。

 気を取り直して、セシリアは印籠のように一冊の雑誌を掲げる。

 

「先日ルームメイトの如月さんからお借りした雑誌に、このような記述がありましてよ」

「セッシーまた私の私物持ってきてんの!?」

 

 セシリアが机に叩きつけたのは、もはや毎度おなじみ『インフィニット・ストライプス 番外号』である。

 各地のデートスポットや男子をオトすテクニックが満載、全国籍女子必携! なのだがセシリアと一夏は編集者が知れば泣くような使い方をしている。

 

「この記事をご覧ください」

「──『夏の勝負水着で差をつけろ』、だと?」

 

 開かれたページには色とりどりの水着を身に纏った美女が並んでいる。

 共学の教室で男子が読んでいれば冷たい視線を浴びること間違いなしだが、今回ばかりは話が違う。違いすぎる。

 

「ここですわ。『夏を乗り越えるための最大の武器、それこそが水着』とのことです」

「武器……確かに水着は夏において自分を強くするための装備と言えるな。本質的にはISみたいなもんか

「絶対違うぞ」

 

 箒の言葉はもう幼馴染には届いていなかった。

 本来なら気になる相手に見せるための、いわば恋愛という戦を勝ち抜くための武器なのだが。

 残念ながら二人にとっては別の意味を持つ。

 

「わたくしと貴方は雌雄を決する運命にあります。それは何事においても適用される――お分かりですね」

「なるほど水着決戦か……面白ェ……!」

 

 完全に二人の世界──この表現は箒にとっては心底不愉快だった──に入ってしまったのを見て、クラスメイトらは諦めたように首を振る。

 こうなってしまえば恋愛頭脳戦もヘチマもない。

 

「で、どうする。また"闘る"のか」

「ラウラ、その言い方って多分、令か簪から影響受けてるよね? 絶対止めた方が良いよ」

 

 火花を散らす馬鹿二人を見て、ラウラとシャルロットは腕を組んで考え込む。

 流れとしては水着を見繕うのだろう。

 つまり──

 

「──該当する戦場はレゾナンスってとこね。準備は出来てるかしら、簪」

「勿論」

 

 声が響いた。

 全員バッと教室入り口に顔を向けた。そこにはいつぞやと同じく、壁に背を預け不敵に笑う鈴と、隣に無表情で佇む簪がいた。

 

「鈴? どうしたんだ、そんな風にかっこつけて。似合ってないぞ」

「うっさいわね! あんたは似合うだろうから余計に腹が立つわ!」

 

 箒の指摘を受けて、鈴は八重歯をむき出しにして威嚇する。

 一方でスタスタと教室に入ってきた簪は、手に持っていたチケットを一夏とセシリアに差し出した。

 

「これは──」

「レゾナンスの特別優待割引券、ですか……」

 

 株主や関係者にのみ配られる割引券を見て、二人は訝しげに眉根を寄せる。

 渡りに船、降って湧いたような天運だが──いくら何でも都合が良すぎた。

 

「実はあたしと簪で、臨海学校に向けて今日辺りに水着買っとこうじゃないって話になってね。あんたたちも誘いに来たの」

 

 鈴の解説は明快だった。

 なるほど、それならばこのチケットを活用しない手はない。

 

「レゾナンスといえば、学校からモノレールで向かえるショッピングモールだったか」

「うん、レゾナンスで放課後に戦う……もうこれは完全に放課後バトルフィールドだと思う」

「それ以上は止めろ」

 

 箒は慌てて眼鏡をかけた危険人物の口を塞ぎにいった。

 しかし日本代表候補生は伊達ではない。素早く柔軟な動きで箒の拘束から逃れると、自分の分のチケットを指に挟んでひらひらとかざす。

 

「簪……?」

「違う。私は通りすがりのIS乗り……覚えておいて」

 

 覚えるも何も既に友人だが、と箒は困惑する。

 隣では(何今の名乗り……かっこいい……!)と東雲が感銘を受けていたが、誰も気づけてはいない。

 

「ついでにショッピングモールの映画館では平成の私物化……集大成ともいえる超大作映画が放映されている。絶対に見るべきだと思う」

「簪、あんたって布教するときほんと早口になるわよね……」

 

 どうやら彼女のテンションがやたら高いのは、レゾナンスで映画を見ることもプランに組み込んでいるかららしい。

 よく見ればチケットとは別に制服のポケットから映画のパンフレットが顔を覗かせている。一度見て、また見に行くファンの鑑である。

 呆れかえる鈴だが、一夏とセシリアはチケットを片手にすっかりやる気だ。元よりセシリアに割引券が必要かどうかは怪しいが、決闘の後押しを受けて滾っているのだろう。

 

「じゃああんたたち、結局どーする?」

「無論行くさ。放っておいてはレゾナンスが崩壊するやもしれん」

「あはは。それはさすがに……」

 

 シャルロットは箒の表情がガチなのを見て、そっと口をつぐんだ。

 よく考えればありそうだなと自分でも判断できたのが嫌だった。

 

「その超大作なら知っているぞ」

「!? し、知っているの、令?」

 

 と、今まで事態を静観していた東雲が、席から立ち上がった。

 どうやらしれっと水着購入に意欲を見せているらしく、自前のストライプスを熟読していた女は意気揚々と胸を張る。

 

「みんなで水着を選び──過程でおりむーとセッシーの勝負も行い──映画を見て、夕食を取れば問題ないだろう。完璧なプランニングだ」

 

 プランニングというか今日やることをただ時系列にまとめただけである。

 だが付き合いの深さから、一同東雲が無表情ながらドヤっているのを察知して微笑ましくなる。

 微笑んでいないのは鼻息荒く食いつく簪だけだ。

 

「令がついに平ラに興味を持ってくれるなんて……! 履修したのはどれ?」

「ゲームだろう?」

「ゲーム? クラヒ?」

「確か『ドラゴンクエ──

 

 

 簪が絶叫と共に薙刀を振り回し始めたので、教室は一時騒然となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして放課後。

 

「さあ始まったわね! 唯一の男性操縦者VSイギリス代表候補生の毎度おなじみトンチキ謎バトル! 司会はあたし、凰鈴音がやらせてもらうわ!」

「待て」

「解説は現在唯一の第四世代IS保持者、篠ノ之箒よ!」

「待てと言っているだろうが!」

 

 レゾナンスのファッションフロアの一角。

 総面積の99%を女性用水着が占める水着専門店の前に、IS学園専用機持ちは集結していた。

 どこからか引っ張ってきたマイクを片手に鈴が声を張り上げ、隣で箒が顔を引きつらせている。

 

「なーにツッコミ役に回ろうとしてんのよ。()()()()()()()?」

「お前……ッ!? よく見たら結構必死じゃないか! 私を道連れにする腹積もりだな!?」

 

 現状、タッグマッチトーナメントにおける奮戦を受けて『最も中国代表に近い少女』と『日本国の隠し刀』という評価を頂戴した若手きってのホープ二名である。

 そんな高い評価を受けているとは思えないほど、二人の目は死んでいたし、周囲にいる少女たちも重い息をこぼしていた。

 

「そしてもう一人の解説は──」

「──いずれ世界最強に至る者、東雲令だ。よろしく頼む」

「何で令は令でそこそこに乗り気なんだ……」

 

 箒とは反対側。

 同様にマイクを握り、鈴の紹介にあずかったのは『世界最強の再来』こと東雲令である。

 

「今回は『どちらが強い水着を選べるか』という勝負になるわ」

 

 店の前で入念に柔軟体操をしている一夏とセシリアを見据えて、鈴はマイクを握る拳に力を込めた。

 何故水着選びに柔軟体操が必要なのか──その問いに答えてくれる者は誰もいない。

 

「さあ解説の箒、あんたはどう見る?」

「…………強い水着って何だ?」

 

 解説の疑問に、鈴は瞳を閉じて無言になった。

 だが鈴を責めるわけにはいかない。

 果たしてこの問いに、一体誰が答えられるというのだろうか。

 

「──水着に殺傷能力を求めるのは非合理的だ。恐らくは機能性こそが強さの分水嶺だろう」

 

 東雲だ。

 

「真面目に解説するんだ……」

「令、だけど日本語には悩殺っていう言葉があるよ……?」

 

 若干引いてるシャルロットの横で、簪がそっと補足を入れた。

 

「のうさつ」

 

 ドヤ顔で解説を始めたのにもかかわらず、東雲は簪の指摘を受けて雷に打たれたような声を出している。解説の恥さらしである。

 

「よし。選手(こっち)は準備完了だぜ」

「いつでも出撃()られますわ」

 

 その時、一夏とセシリアから声がかかった。

 鈴は両隣の解説に目配せをし、息を吸った。

 

「じゃあ行くわよ──決闘(デュエル)開始ッ!」

 

 合図と同時、選手二名が飛び出した。

 水着販売店の店員がにこやかな笑みと共に近寄ってくるが、鬼剣使いとその好敵手にとっては小石にも等しい障害物だ。

 一夏は素早くターンし、セシリアもまたステップを刻むようにして店員の射程から逃れた。取り残された女性店員は、眼前から客が消失して目を白黒させている。

 

「上手いな──視線誘導(ミスディレクション)、それも空戦機動を応用させているのか。あれでは並の人間が気づかぬ内に、真正面から背後に回り込めるだろう」

「何? 何? 僕らは何を聞かされてるの?」

 

 東雲は文句の付けようがないほど完璧に、解説役を務めていた。

 ただまあ、内容が内容なのでシャルロットが一瞬でSAN値チェックに晒される。

 

「いちおー言い訳すると、ほら。店員さんに捕まると大幅にタイムロスじゃない? 最短効率で水着を買うなら有効なプレーよね」

「わかる。勇気を出して服を買いに行ったのに、店員さんに捕まっちゃうと……とても、つらい……」

 

 司会者と簪が心ばかりのフォローを繰り出した。

 理論こそ筋立っている──が。

 

「だとしてもおかしいよね!? セシリアはさっきから店員さんの場所把握してるみたいに動くし、一夏なんて奥の男性用コーナーに向けてパルクールみたいな動きで向かってるよ!?」

「シャルロット……気持ちは分かるが落ち着け。もうここまで来ると見世物っぽくてほら、イイ感じだぞ」

「箒!? お願い戻ってきて! 僕を置いていかないで!」

 

 解説担当その1が正気を手放しつつあった。

 彼女の両肩を掴み、シャルロットがぶんぶん揺すると──ハッと瞳に光を取り戻し、箒が息を吹き返す。

 

「セッシーの動きは『天眼』を用いた隠密行動だな。本来は狙撃の目標を確実に捉える能力だが、応用すれば半径数十メートルの動きを掌握するなど造作もないだろう。むしろ本来のレンジを考えると……いや、水着決戦には関係のない話だったか。注目するべきはどちらかといえばおりむーだろうな。獣のようにしなやかな身のこなし。平時の訓練のたまものと言うほかないが──直感任せではない。柔軟体操と並行して店の内部構造を把握していたのか。我が弟子ながら抜け目のないやつだ」

 

 一方で東雲は至極真面目に解説をこなしていた。

 ここまで職務に忠実なのも珍しいがもう少しタイミングを考えて欲しい。

 

「……ッ! 見ろ、二人とも水着を選んだようだぞ」

 

 ラウラの言葉を聞いて、一同慌てて水着販売店の中に入っていった。

 既に水着を数着選択したらしく、一夏とセシリアは店員の追走を振り切って更衣室に突撃していた。

 隣り合った更衣室に入る直前、数秒だけ視線を交錯させ……火花を散らし、それぞれの着替え室に赴いた。

 

「男女が共に服を買う際の反応とは、ああいうものなのか?」

 

 きょとんとした表情でラウラが一同に問う。

 誰も──誰も答えられなかった。

 

「通常時がどうなのかは分からんが……今回に限っては何も不自然なことではない。水着を身に纏う者同士の対決、これはいわば尋常に!水着IS乗り七色勝負だ。名乗り上げがないことの方が違和感があるな」

「ちょっと解説あんた黙ってなさい。教育に悪いわ」

 

 これ以上ラウラの常識が歪まないよう、というかそんなカラフル謎勝負は存在しないのだと鈴は真顔で言い放った。

 店員はたむろする箒らに声をかけようとうろうろしているが、誰も気にもとめない。ちょっとした営業妨害である。

 

「準備できたぜ」

「わたくしもですわ」

 

 そうこうしているうちに両者着替え終わったらしい。

 

「では、ご開帳だな」

 

 東雲の言葉と同時、カーテンが開く。

 必然、全員が最初に視線を向けたのは一夏であった。

 日々の鍛錬により鍛え抜かれた肉体美。

 シンプルで飾り気のない黒のトランクスタイプの水着だったが、むしろ一夏本人を引き立てている。

 

「ほう──」

 

 瞬時に東雲の眼が『世界最強の再来』のモノになる。

 目を皿にする、という慣用句が陳腐に聞こえるほどの鋭い観察眼。

 

 

 

 

 

(────これであと一年は戦える……ッ!!

 

 

 

 

 

 口内では唾液が常時の3倍分泌され、紅眼なのでパッと見分からないが普通に眼は血走っていた。

 もうこれ視姦だろ。

 だが咎める者はいなかった。女性陣は大体同じようなリアクションをしていたからだ。はわわわ、とテンパったような声を上げつつも『ラファール』に録画させているシャルロットなんて最悪の極みである。

 

「あらあら皆さん、一夏さんにご執心のようで……気持ちは分からなくはありませんが、()()()()()()()()()()?」

 

 一同が必死に想い人の水着姿を脳裏に刻んでいる最中。

 冷や水をぶっかけるようにして、淑女の声が響く。

 テメェ邪魔すんじゃねえよとばかりに顔を向ければ、セシリアが妖艶な色香と共に佇んでいる。

 彼女は──マイクロビキニ姿であった。

 

「何……だと……?」

 

 大胆に露出された白い素肌にはシミ一つない。日々のケアの結実である。

 きゅっと締まった腰から下腹部にかけて広がるラインは、肥沃な土地の運河を思わせた。なだらかな線はその実、徹底的に鍛えられた肉体だからこそ描ける代物だ。

 唖然とする一夏に対して、豊満そのものである身体を見せつけながら、セシリアは唇をつり上げる。

 

「ゴールドスミス曰く──最初の一撃が戦闘の半分でしてよ。この勝負、いただきましたわ!」

 

 これ以上ない初動。

 一夏は屈辱に目の端をピクピクと震わせ、無言でカーテンを閉める。

 まさかのサービスタイム終了に女性陣がああっと悲鳴を上げる。好敵手の敗走を見届け、セシリアは小さくガッツポーズした。

 

「浜辺で肌を晒す勇気もないなら、大人しく()()()()()()()泣いて、無様に元の場所に引き返しなさいな」

「──それを言うなら尻尾を巻くんだよ、勉強不足が過ぎるぜイギリス代表候補生……!」

 

 切り返しは素早かった。

 カーテンを閉め、たったの数秒で再度、織斑一夏がその姿を露わにする。

 大胆にカットされた布面積は、脚の付け根すら覆っていない。紐に近いベルト部分から、三角形に伸びたヒョウ柄の布部分だけが一夏の股間をかろうじて支えている。

 女性陣から上がった歓声はほとんど猿声だった。

 ──紛うことなき、ブーメランパンツであった。

 

「な……ッ!?」

「本当は最後の最後まで取っておきたかったんだがな……悪く思うなよ、お前がギアを上げさせた……!」

 

 マイクロビキニ姿の淑女と、ブーメランパンツ姿の益荒男が相対する。

 常人なら瞬時に正気を削り取られる鉄火場。

 

「──で、す、がっ! 先に一手を打ったのはわたくしですわ! 貴方のそれは所詮二番煎じッ!」

「チィッ……そこを突かれると痛いのは事実だ。けどよ、お前はファーストインプレッションのインパクトだけの勝利がお望みか?」

「……ッ!」

 

 互いの更衣室を出て、二人は至近距離で火花を散らした。

 ずいと顔を突き出して鼻と鼻がこすり合う距離。

 当然──セシリアの豊かな胸部が一夏の身体に押しつけられたり押しつけられなかったり、ヒットアンドアウェイを繰り返していた。

 だが両者そんな些末事に意識を割いている余裕などない。

 

「も、もう! ハレンチだよ一夏もセシリアも!」

「指の隙間からガン見してるお前も大概破廉恥だが……」

 

 観客側はそうも言っていられなかった。

 常識人ぶるシャルロットの卑劣な行為に箒が半眼で返すと、ややためらってから──シャルロットはそっと両手を下ろし、普通に二人をガン見し始めた。開き直りである。

 

「……近い。いやらしい……」

「完全に同意だけど、こう……眼福っちゃあ眼福だから、指摘しにくいのよね」

 

 簪と鈴はやや引き気味になっているが、一応勝負なので目を離すわけにもいかず不愉快そうに見守っている。

 

「ていうかあたし正直どうジャッジすればいいのか分かんないんだけど──ラウラ、あんたはどう思う?」

「…………」

 

 返答はない。

 鈴は訝しげに、銀髪の少女を見やった。

 

「ラウラ?」

 

 彼女は片手に眼帯を持っていた──普段は左目を隠している眼帯がほどかれている。

 キィィィ、と音を立てて、ラウラの片眼が金色の光を放っていた。

 

「『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』使ってるゥゥ──!?」

 

 結局かろうじて理性の残っていた箒と鈴が選手二名を引き剥がし。

 当事者たちにとっては屈辱的な──没収試合*1となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

カハッ……

 

 東雲は──思考力を通り過ぎて、言語能力を失っていた。

 今までにない露出度。過去最高値をぶっちぎられ、完全に脳がエラーを吐いている。

 ブーメランパンツの膨らみを血走った目でガン見するという、メインヒロインの座を叩き壊すような所業。

 

ホー……ホォー……オフ、オゥフ……コホー……コホー……ウプス……フォッ……コヒュー……

 

 必死に言葉を絞り出そうとするが脳が追いつかない。

 平時の殺戮マシーンが如き演算力は失われ、ここには限界極まった思春期女子の姿だけがあった。

 

 

(ヒューッ、ヒューッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ、ハァーッ。スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ!

 

 

 なんか起死回生の呼吸をしてるけど──お前もしかして今までで一番の必死さ見せてない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんとか各々正気を取り戻してから、ささっと水着を購入し。

 早めの夕食として回転寿司屋のテーブル席で寿司を食べ──東雲は店員が職人服なので美味しいだろうと判断して一夏の表情をガッツリ曇らせていた──簪の熱烈な希望で映画も見て。

 夕暮れの道を歩きながら、全員でモノレールの駅を目指していた。

 

「いやあ、結構充実してたわね。平日とは思えないぐらいだわ」

「その分訓練を休んでしまったということだ。気分転換になったのは確かだが、明日からは気合いを入れ直さなくてはな」

 

 先頭を歩くダブル幼馴染は、オレンジ色の陽光に眼を細めながらも他愛ない会話を交わし。

 

「興味が出た。今度、シリーズをざっと見てみたいものだ」

「本当? 見やすいの、おすすめするよ」

「僕も気になったかな。レンタル以外でも配信サービスで見れるんだよね? 確かアマゾ──」

「黙ってて」

「何で!?」

 

 ラウラに布教しようとする簪と、余計な知識を繰り出すシャルロット。

 

「令さんも水着を買われたのですね。どのようなタイプを?」

「分からない……終始、当方は箒ちゃんたちの着せ替え人形にされていた……」

「それは、その……ご愁傷様ですわ……」

 

 心なしかぐったりした様子の東雲と、苦笑するセシリア。

 彼女たちの背中を見ながら、一夏は最後尾で息を吐いた。

 

(……ずっと続けば良いな、こういう時間が)

 

 心の底からの願いだった。

 どうか、争いなんて起きなければと。

 銃声も斬撃音も、遠くに置き去りに出来たならと。

 

 逆説──それが叶わないであろうと直感的に予期しているからこその、尊い願いだった。

 

(……だから俺は、俺たちは、この時間を守るためにこそ戦わなきゃいけないんだろうな)

 

 空を見上げた。

 今ここにある世界。

 今ここに生きている自分。

 今ここに存在する大切な仲間たち。

 全部ひっくるめて──()()()()

 

 いつも、瞼の裏には宿敵であった女の顔が焼き付いている。

 彼女に向けて切った啖呵を、決して嘘にはしたくない。

 

(また、背負うものが増えた。裏切りたくない決意が、嘘で欺くことの出来ない過去が、増えた)

 

 以前は重荷に感じていた。でも今は違う。

 自分が前に進むための原動力。

 過去の自分自身が背中を押してくれている。一夏はそれを強く実感していた。

 

「──あ」

 

 その時。

 考えにふけっていたのが一区切りを迎えた空白に、するりと別の思考が滑り込んだ。

 

「やべ、すっかり忘れてたな……」

「む? おりむー、どうかしたのか」

 

 頭を掻きながらぼやけば、少し前を歩いていた東雲が足を止めて振り向いた。

 

「ああいや……ここで言うのも変だけどさ、東雲さん。頼みがあるんだ」

「む?」

 

 最後の力を振り絞っているような、橙色の光の中で。

 黒髪の少年は、同じ色の髪の少女に、真正面から。

 

 

 

「付き合ってくれ」

 

 

 

 世界が、止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(もう付き合ってるが……?)

 

 付き合ってねえよバーカバーカ!

 

(となれば人間関係でなく、買い物に付き合って欲しいという意味か。忘れていたとも言っていた。恐らく買い物をしたかったところ、今日はすっかり頭から抜けていたのだろう。まったくしょうがないなおりむーは)

 

 本来なら勘違いといえど一時の多幸感に身を包むべきタイミングで、東雲はこれ以上なく冷静に事実を看破していた。

 

 

(ということはアレだな。買い物デートか。にしても買いたい物ってなんだろう……ハッ! 今の当方とおりむーに不足しているもの! 将来設計こそしっかりしているが、保証する実体物がない状態……ッ!? まさか──指輪、か──!?)

 

 

 指輪プレゼントしてもメリケンサックみたいに扱いそうで嫌だよ……

 

 

 

 

 

*1
審判の過半数が論理的思考を喪失したため












次回
69.巨乳VS貧乳




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69.巨乳VS貧乳(前編)

こんな阿呆みたいなサブタイが一話に収まりきらず分割する羽目になることある?


 IS学園、放課後の第三アリーナ。

 普段なら生徒らの自主訓練が行われているそこは、現在異様な雰囲気に包まれていた。

 

「いい加減ここらで決着付けとこうとは思ってたのよね」

「同意見だ」

 

 アリーナ中央では、剣呑な表情で箒と鈴がメンチの切り合いをしていた。

 

「わたくしが巻き込まれるのは極めて不本意なのですが……」

「まあまあ。いい機会ではあるんじゃないかな。代表候補生六人での模擬戦なんて、IS学園じゃないと絶対出来ないし」

 

 不服そうに頬を膨らませるセシリアだが、隣のシャルロットになだめられなんとか立ち去らずに済んでいる。

 

「そもそもの元凶はあの男だというのに、何故私たちが争うのだ」

「……そっちのクラスは、お祭りごとが好きすぎる、ね……?」

 

 ラウラと簪の会話が示すように、観客席には一組生徒らが勢揃いしていた。

 それぞれが誰に賭け──誰を応援しているかを話し合い、自分の賭け金──応援にかける熱意を語っている。特に一般白ギャル生徒は随分鼻の尖った顔で『篠ノ之箒、倍プッシュだ……!』と周囲をざわざわさせていた。

 

「……なんでこんなことに」

 

 そんなアリーナ中央。

 麻縄で蓑虫状態に縛られて、唯一の男性操縦者こと織斑一夏が転がされていた。

 隣に佇む東雲は、身動きの取れない彼が珍しいようで髪をかき混ぜたり頬を突っついたりしている。

 

「あんたが紛らわしい言い方したせいでしょ! 危うく令に衝撃砲撃つとこだったわよ!」

「鈴さん、ことあるごとに衝撃砲を撃とうとする悪癖、本当になんとかした方が良いですわよ」

 

 セカンド幼馴染はおかんむりだった。

 普通に激怒していた──彼女の懸想する相手は致命的な場面で語彙がバグる悪癖があった。

 

「なーにが『付き合ってくれ』よ!! 買い物にって言葉をちゃんとつけなさいよボケナス! この一夏野郎!」

「待て! 人の名前を悪口扱いしやがったなお前!」

 

 しかし全員ISスーツ姿で、「この織斑一夏!」「だから一夏は一夏なんだよ!」「次やったらワンサマって呼びますわよ!」と罵詈雑言の嵐である。

 

「──というわけで……今から模擬戦をして……勝ったチームが、一夏の買い物に付き合う……らしいよ?」

「何がというわけなんだよ!」

 

 簪の簡易なまとめに対して、地面をゴロゴロと転がりながら一夏は叫ぶ。

 ただ、一夏にとっては理解が及ばずとも、観客席の生徒らにとっては容易に推測できる理由があった。

 

(────ん? あれ? これもしかして……()()()()()()()()()()?)

 

 代表候補生がIS学園に通うのは、最新の教育を受けることだけが目的ではない。

 他国の最新型と剣を交えてデータを取りつつ、自分の機体の精度も上げていく。代表候補生にとってそれは大きな仕事だ。

 集団戦ともなれば、貴重かつ実戦的なデータなのは間違いない。

 

「ではチーム分けですわね……どうします?」

「私としてはなんでもいいが」

「そーね。あたしも結構、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 最後に鈴が告げた言葉こそ、一夏の推測を裏付けるものだった。

 

「私も……組み分けに意見はない……」

「簪に同意見だ」

「それならさ、せっかくだし組んだことのない相手と組む──っていうのはどう?」

 

 シャルロットが場の停滞した空気を読み、苦笑を浮かべながら言う。

 空気を読んだ? ──否。自分にとって望ましい結果を引き寄せるための甘言。

 

「組んだことがないのは箒かな。鈴はどう?」

「え、あたし? あたしは……ラウラと簪は一度も組んだことがないわね」

 

 うかつな発言と言うわけにはいかない。鈴には鈴の、シャルロットにはシャルロットのメリットがあった。

 

「……あの。もうストレートにおっしゃったらどうです? こうした跳梁跋扈する化かし合いをやって何が楽しいのですか?」

 

 セシリアはうんざりとした表情で告げた。

 平時からこういった政治的会話に慣れ親しんでいる故か、彼女は学友との腹の探り合いは好まない節があった。

 

「シャルロットさん──デュノア社は新装備開発の面から、わたくしのBT兵器と箒さんの展開装甲のデータが取りたい。鈴さんは中国軍の軍備増強のため、ドイツ軍と自衛隊の装備データを取りたい。それだけでしょう?」

 

 ざっくばらんな物言い。シャルロットと鈴はさすがに閉口した。狙いをほとんど読まれていたからだ。

 

「あえて言いましょう。チーム分けはそれでいいと思います。ですが……勝負に関しては、それを気にせずやりませんか? わたくしも入学当初は色々考えていましたが──そういった考えを捨てての真剣勝負こそが、最大の結果につながる。そう強く実感しております」

 

 台詞を述べながら、セシリアの脳裏に去来するは唯一の男性操縦者との戦いだった。

 自分自身を投げ出すような激戦。自分の全てをぶつけて真価を問う熱戦。

 いつも彼との戦いが、セシリアを高みへと導いてくれていた。

 

「セッシーに賛成する」

 

 全員がセシリアの言葉に瞠目していた、その時。

 会議を、東雲が一閃した。

 

「データ取り、装備の開発──なるほど確かに重要だ。しかし()()()()()()()()()()()()とは、なんだ?」

「……真に、目指すもの?」

 

 シャルロットの問いに対して、東雲は瞳を閉じた。

 そのまま右手を持ち上げ、太陽の煌めく大空を指さす。

 

「──()()()()

『……ッ!』

「それを目指さないにもかかわらず、其方たちは専用機を持っているのか? この学園に来たのか? 世界の頂点に立ち己こそが最強だと証を立てたくないのか?」

 

 問いは痛烈だった。

 数秒呆気にとられてから、しかし少女たちの瞳に段々と炎が宿っていく。

 

「上ッ等──やるわよ、ラウラ、簪」

「任せろ。チームバランスも取れている、文句はない」

「そうだね……遠近に万能、勝てる要素が揃ってる」

 

 一夏は彼女たちの熱意を見て、少し嬉しくなった。

 

「決まりましたわね。準備は出来てますか?」

「僕は大丈夫。やるべきことも分かってる」

「私もだ。どうせなら勝つぞ──あれ? これデートできるようになったとしてもセシリアに全部いいとこ持ってかれるやつじゃないか?」

 

 でもその前に、自分を縛ってる縄を解いて欲しいな、と思った。

 

 

 

 

 

 というわけで。

 

 一夏から見て右側。凰鈴音とラウラ・ボーデヴィッヒと更識簪。

 同じく左側。篠ノ之箒とセシリア・オルコットとシャルロット・デュノア。

 ここに二つの、対照的なチームが成立した──

 

「…………」

「巨乳チームと貧乳チームですわね」

「お前お前お前ェェェーーーーーーーーーーッッ!!」

 

 一瞬言葉に出しそうになったが箒とシャルロットはきちんと飲み込んだ。だがセシリアは飲み込まなかった。

 

「あ゛ぁ゛?」

「なんだァ? 貴様……」

 

 鈴とラウラが瞬時に沸騰した。

 こればかりはセシリアが悪い。

 

「……え? 私……そんなにちっちゃい……?」

「ねえ簪、ピンポイントにあたしたちとの友情壊すの止めてもらえる?」

 

 チームメイトのまさかの発言を受けて、鈴はキレた。ラウラも額に青筋を浮かべている。

 

「……いや、そういう分け方でやったわけじゃなくて、普通に偶然なんじゃ……」

「当方もそう思うが、胸が小さいと心も狭いのだろう。悲しい話だ」

 

 一夏は生まれて初めて師匠の胸をガン見した。

 ISスーツに覆われた身体。すらりと伸びる手足に、艶やかな黒髪。紅の鋭い瞳は常人ならば恐怖すら抱くだろうが、弟子にとってはこれ以上なく魅力的だった。

 それはそれとして、そのバストは平坦であった。

 

「え……いや……えっと……」

「当方にとっては無益な争いだ。しかし、名乗り上げなければ戦士の名が廃るな」

 

 事実を指摘するべきなのかと一夏が悩んでいる間に、東雲はスタスタとアリーナを歩いていく。

 3vs3でにらみ合う少女たちの片割れ──箒・セシリア・シャルロットの巨乳チームを目指して、真っ直ぐ歩いていく。

 

「ちょ、ちょいちょいちょーい!」

「何を逃れようとしている。貴様はこっち側だぞ」

 

 しれっと巨乳チームへ入ろうとした東雲の両腕に、鈴とラウラが組み付いた。

 誰がどう見てもその……東雲が入るべきチームは、その……アレだ。人によっては豊満と呼ぶには多少不足しているかもしれないと認識されうる少女たちのチームだ。

 だというのに迷うことなく新規造山帯組へ入ろうとすれば、それは鈴とラウラにとってあり得ない行為である。

 

「うわ……ひどい光景だね……」

 

 醜い足の引っ張り合いを目の当たりにして、シャルロットが頬を引きつらせる。

 しかし東雲は腕を掴んでくる手を迷惑そうに振り払うと。

 毅然とした表情で、言ってのけた。

 

「当方は貧乳じゃない」

 

 空気が死んだ。

 

「当方は貧乳じゃない」

 

 二度も言わなくていいから(良心)。

 

「たとえ胸囲の数値が低くとも──決して心は貧しくない。だから当方は貧乳じゃない」

「もうその発言が貧しいですわよ……」

 

 セシリアの言葉は核心を突いていたが、東雲は賢いので聞かなかったことにした。

 

「フン。もう令なんて知らないわよ! その大きさで貧乳じゃないって言い張るとか頭おかしいんじゃない!?」

「殺すぞ」

「自分自身と向き合えないとは、愚かな……お前はもう1人でやっていろ」

「殺すぞ」

「令、現実はちゃんと見た方がいいよ……?」

「本当に殺すぞ」

 

 貧乳チームから煽りに煽られ、東雲は完全にあったまっていた。

 6人から距離を取ると、もうこれでいいと言い放つ。

 それから7人は今回のISバトルのルールを確認し始めた。

 

 チームロワイヤルという形式だが、それぞれのチームが勝利する条件は最も撃破ポイントを稼ぐことだ。

 敵チームを一機撃墜するごとに1ポイント。単純計算で、敵を二機撃墜してあとは逃げ回れば負けることはない。

 無論このルールでは単騎勢力である東雲が有利なので、彼女は一機撃破する事に0.5ポイントかつ撃墜された場合は全てのポイントを失うとルールが追加された。俗に言う東雲裁定である。

 

「変則的な試合ね。チーム戦だけど、単騎でチームと見なされるなんて彼女ぐらいでしょう」

「……ッ!? 楯無さん、いつから……!?」

「けっこー前からよ?」

 

 いつの間にか隣に立っていた、水色髪の少女。

 IS学園生徒会長、更識楯無だ。

 

「単純に考えれば3対3対1だけど……」

「撃破ポイントが重要になる、ってことですよね」

 

 一夏の言葉に、楯無は『御名答』と書かれた扇子を広げて頷く。

 

「例えばの話、最速で2ポイントを稼ぐなら間違いなく東雲さんを相手取ってる余裕はない。けれど我が師を無視していればこちらが落とされかねない……引き際を見定める能力が問われるルールだと思います。俺なら多分、味方の内二機を組ませてとにかく1ポイントを稼がせる。そこからは状況によって変わりますが、勝つためにはポイントを稼ぎつつ相手にポイントを稼がせない……戦況全体を有利にコントロールする必要がありますね」

 

 いつでもISバトルを開始できるよう装甲を顕現させる少女たち。

 それを見据えながら自分なりの解説を語る一夏に対して──楯無はややためらいがちに口を開いた。

 

「ねえ、一夏君」

「はい、なんでしょう楯無さん」

「ミノムシ状態で真面目に解説されても、正直困るわ」

「…………はい」

 

 結局一夏は、楯無に米俵のように担がれて、観客席に連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナの仮想現実機能が立ち上がり、障害物や風景を投影し始めた。

 相手の姿が見えないまま、カウントが刻まれていく。

 観客席からの声援もやがてかき消えて──試合が、始まった。

 

「では箒さん、シャルロットさん、手はず通りに」

「……鈴、簪。準備は出来ているな」

 

 両チームの司令塔はそれぞれセシリアとラウラだ。

 チームメイトは頷き、各自の持ち場へと散っていく。

 第一・第二アリーナと比べて、第三アリーナは格段に広い。仮想現実投影機能(ヴァーチャル・リアリティシステム)により、より豊富なパターンの実戦的訓練を行うためだ。

 

「ステージは資源採掘施設か……」

 

 平時は施設襲撃チームと防衛チームに分かれて戦闘訓練を行うことの多いステージ。

 だが今回は単純な潰し合いに帰結する。

 鈴と簪の姿が消えたのを確認して、ラウラはゆっくりと前進し始めた。

 

(さて。私の役割は、鈴と簪がポイントを稼ぐまで相手を引きつけること。恐らく相手はシャルロットを遊撃において、箒が突っ込んでくるだろう……箒とシャルロットをまとめて相手取ることができればベストだが)

 

 想定される施設の座標は赤道近く。

 鬱蒼としたジャングルの中を、『シュヴァルツェア・レーゲン』は慎重に進んでいった。

 既に眼帯は解いている。同期故に実力は知っている、出し惜しみをする道理はない。

 

「……む」

「……やあ」

 

 しばらく施設に向けて直進していると、木々の奥にオレンジ色が見えた。

 視線が交錯する──シャルロットだ。

 

「珍しいね。この地域にも兎がいるんだ」

狩人(ハンター)を気取るなら、パーソナルカラーを改めるべきだな」

 

 皮肉げにラウラは口をつり上げた。

 同時、肩部設置のレールカノンが稼働。装填音を響かせ、砲口をシャルロットに向ける。

 サイドブーストを吹かしてオレンジ色がかき消える。構うことなく発射。間にあった木々を根こそぎ吹き飛ばしながら、大口径榴弾が地面を叩き割る。

 

(逃げた──囮か、面白い! どこから来る!?)

 

 即座に反転して退避した『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』を追い、ラウラはプラズマ手刀を展開させながら加速する。

 密集した木々の間をすり抜け、砲撃で破壊されたポイントに飛び込む。

 予測通りなら箒が突撃してくるはずだ。しかし周囲を見渡しても敵影はない。

 耳を澄ませば、微かな起動音が聞こえた。

 

「そこか!?」

 

 真後ろ。振り向いた──シャルロットが横切る。レールカノンを連射するが追いつかない。オレンジ色の残影を撃ち抜くだけに終わった。

 加速して追いすがろうとした刹那、死神がラウラの首に鎌をあてがっているような悪寒。

 『ラファール』が飛び出したポイントを見た瞬間──砲口と、目が合った。

 

無人自律小銃(セントリーガン)!? いや違う、有線操作かッ!)

 

 単純な回避は間に合わない。

 ならば、AIC──否! 彼女が、シャルロット・デュノアがAICを考慮していないはずがない!

 

「チィィ──!」

 

 ラウラの反応は素早かった。

 PICをカットしつつレールカノンを切り離し(パージ)。大質量の砲身が弾け飛び、反動でラウラの身体も傾ぐ。

 バズーカの砲口が火を噴いた。放たれた弾丸が、ラウラの左肩すぐ傍を横切っていく。

 

「──()()()!?」

 

 デュノア社製実弾バズーカの弾頭が虚空を切ったのを確認し、シャルロットはバズーカをワイヤーケーブルで回収しながら驚嘆の声を上げた。

 間違いなく回避できないタイミングだった。AICによる停止を予期し、加速度ゼロになった瞬間に弾頭が起爆するよう設定していた。徹甲榴弾に近い特注の炸裂薬莢。バズーカの弾丸を静止させたとして、その弾丸が炸裂して発せられる破壊力は、AICでは防げない。

 

(僕の見込みが甘かったか……!)

 

 素早く退避しながらシャルロットは歯噛みする。

 実のところ、先日の専用機持ちタッグマッチトーナメントの際、ペア相手であったラウラのデータは十二分に取れていた。デュノア社は既に、対AIC兵器に着手している。シャルロットが使用した新型バズーカはその一環だ。

 

「シャルロットォォォッ!」

「ぐっ──」

 

 レールカノンを置き去りにして、『レーゲン』が加速する。

 スラスターが焼け付くほどの最大加速。空中で制動し、シャルロットはバズーカを腰部にマウントすると近接戦闘用ブレードを召喚した。

 迎え撃つ姿勢──だがラウラは接敵寸前で反転した。

 

「二段構えとは、小癪な!」

 

 横から飛び出してきたのは深紅の華。

 花弁が如く咲き誇る展開装甲のエネルギー。

 ──篠ノ之箒の『紅椿』である。

 

「悪いけど、タイマンは僕の役割じゃないのさ──」

「──そういうことだ。悪いが付き合ってもらうぞ」

 

 箒の太刀とラウラの手刀が激突し火花を散らす。

 割って入ることなく、シャルロットは即座に飛び去っていった。

 

「箒だけ置いていった!? ──そうか!」

 

 篠ノ之流の継承者を前に冷や汗を垂らしながらも、ラウラは通信に叫ぶ。

 

「気をつけろ鈴、簪! ()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 

 

 

 

「それ以前の、問題、なんだけどッ……」

 

 両肩の衝撃砲に簡易チェックを走らせながら、鈴は呻いた。

 吹き飛ばされ、地面に転がされ、赤銅色の装甲は泥にまみれている。

 

『鈴──高速で接近する敵影1。多分これが、シャルロット……』

「へえ。かっこよく現状を打開してくれたりするのかしらね」

 

 距離を置いている後衛・簪の通達に、鈴は震える膝に力を込めて立ち上がりながら返す。

 

「──シャルロットさん。44秒後に仕掛けます。間に合いますか?」

『ちょっとキツいけど、どうしても?』

「はい。何故なら……()()()()()4()4()()()()

『……ッ! 35秒で着かせる!』

 

 叩き潰され、地面に転がるビットを見渡しながら、セシリアもまた苦々しい表情で告げた。

 試合が始まり、最初に鈴とセシリアが接敵した。先日のタッグマッチで互いの手の内は知れている。飽和攻撃を仕掛けるセシリアと耐えしのぐ鈴。押し切りたいという意志と、隙を見て反攻に出たい意志が噛み合った。

 数分後に簪が援護に入り、状況は膠着していた。

 

 ──それを、たった一人の乱入者が滅茶苦茶に荒らした。

 

()()()()()()。我が身で浴びれば、実感できる……ビットの操作精度。青竜刀の扱い。荷電粒子砲による援護。どれも、当方が知るものではない。凄まじい躍進だ」

 

 彼女は同期の成長を喜んでいた。

 競い合う相手として。戦場を共にする戦友として。

 少女たちの進化を、心の底から歓迎していた。

 

「だが当方の魔剣にも磨きがかかっている。そう自負している。弟子に負けていられないからな──見せてやろう、魅入られるなよ」

 

 黒髪が熱風になびく。

 セシリアと鈴の両名を徒手空拳で相手取り、未だ無傷のまま。

 彼女の両眼が滑らかに、戦場を切り裂いた。

 

「実のところ褒賞にさしたる興味はないが……せっかくの勝負だ。勝たせてもらうぞ」

 

 身に纏う戦装束の名は『茜星』。

 日本代表候補生にして呼び名は『世界最強の再来』。

 

 ──東雲令が、抜刀した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(当方はいつでもおりむーとデートできるが、こうして勝利しなければデートできないとは下々の者は大変だな

 

 東雲はナチュラルに正妻面をしていた。

 面も何も本人は既に自分が正妻であると認識しているのだが……この場合正妻面という表現は合っているのか。もはや心の底から思い込んでいるのなら本質的には正妻なのでは?(認識災害)

 

(にしてもみんなそんなにおりむーとデートしたいのかあ。まあ、花の十代で異性とデートもできないって結構つらいだろうし、当方は彼氏いるから違うけど、大変なんだろうなあ。当方は彼氏いるから違うけど)

 

 執拗に彼氏いるアピールしてるが、その彼氏とは東雲の頭の中にしか存在していなかった。

 

 

(ただし、悪いがデート相手がおりむーとなれば話は別だ。その男は、当方のモノだから──! あ、でも逆に当方がおりむーのモノっていう方がいいかも。もう少し具体的に言うと毎日おりむーに付き合わされて高級レストランや格調高い料亭に連れて行かれている当方がふと気まぐれにファストフードのハンバーガー店に行ったら同級生がバイトしてて「いつも織斑に付き合わされてる子じゃん」と砕けた調子で接されて少し良い雰囲気になった時(あくまで客観的な視点、当方の心は揺れ動いていない)におりむーが突然店にやってきてハンバーガーをジャンクさに耐えながら貪り食い「こういうのが好きなら次からはそっちにする」と言い「そんな、当方は気にしてないのに」と返すと「馬鹿言わないでくれ。令は俺のモノだ。自分の女の好みに合わせられない男に成り下がった覚えはないぜ」って不敵に笑いながら言ってくる感じでお願いします!!!!!!

 

 

 おまえシチュエーションのことになると、本当に早口になるよな……

 

 

 

 

 







いつになったら海に行くんだよボケ共(暴言)



次回
70.巨乳VS貧乳(後編)



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70.巨乳VS貧乳(後編)

「へえ。多少は策を講じるかと思ったけど……東雲ちゃんらしいわね。真っ向から行ったわ」

「………………」

「戦略的な工夫は皆無。となると恐らく──()()()()()()()()()()()つもりなんでしょう。それがどこまで通用するか。私たちで見定めさせてもらおうじゃない」

「…………ない……」

「……一夏君? どうしたの? いーちーかーくーん?」

「……さしたる興味は……ない……」

「あっこれ結構ショック受けてる感じ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 戦場特有の、嫌に粘っこい空気が肌に絡みつく。

 にもかかわらず口の中はカラカラになっていて、鈴は身体が極度の緊張状態に在ることを自覚していた。

 

「セシリア」

「分かっていますわ」

 

 健在である残り二基のビットを切り離しつつ、セシリアが呼びかけに応じる。

 当然の帰結。

 一時的に両者は手を結んだ。

 狙いはただ一つ、東雲令の撃破。

 

「かかってこい、代表候補生」

 

 両手に握る深紅の太刀の切っ先を下げたまま、自然体で東雲が告げる。

 

「吠え面かかせてやるわよ!」

「わたくしの前に跪きなさいッ!」

 

 叫びを上げると同時、鈴が突貫し、それを援護するようにBT兵器がレーザーを放つ。

 東雲は左右へのサイドブーストで射撃を潜り抜け、迫り来る鈴に太刀を突きつける。

 

(力勝負に持ち込めば、勝機はある!)

 

 鈴の類い希な直感は告げていた。読み合いや駆け引きが絡み、戦術の妙を問われるような状況になれば、勝ち目はない。だがそうでない状態ならば、可能性はゼロじゃない。

 問題はその土俵にどうやって東雲を引きずり出すか──

 

()()()

「──ッ!?」

 

 いなされるか、すかされるかと予想していた斬撃。

 だが東雲は真っ向から青竜刀を見据え、真正面から刃を振るった。

 鋼鉄と鋼鉄が激突し、火花を散らす。馬力がモノをいう鍔迫り合いの格好。

 

「どうした? 其方の力が最大限に発揮される場面だろう?」

「あんた、一体何を考えて……ッ」

「何を驚いている。出し尽くせ。絞り出せ。当方は其の全てを乗り越え、ねじ伏せる。でなければ意味がない……!」

 

 刃が噛み合い、悲鳴を上げていた。

 スペックの上では『甲龍』が圧倒的だ。負ける理由はない。

 ──だというのに。

 

()()()()()()ッ!? どうして──いいえ、これは!?)

 

 見れば東雲の太刀は、上から打ち下ろすような角度で『双天牙月』に噛んでいた。

 これではいくら加速しても、上から押さえ込まれるだけだ。

 

「鈴さん離脱を!」

 

 セシリアがビットの銃口で東雲を狙い澄ましながら叫ぶ。

 一も二もなく、鈴は即座に後ろへ飛び退いた。

 だが距離を取ったはずなのに──眼前に、東雲の深紅眼が迫っていた。

 

「ッ!?」

 

 後ろへの加速を読み、まったく同じ速度、まったく同じタイミングで東雲が追走する。彼我の距離は一ミリたりとも変わっていない。

 左右へ揺さぶりをかけてもフェイントを看破され振り払えない。セシリアの援護を封じるための超密着状態。

 

(まずい、これじゃあセシリアが撃てない! 引き下がろうにも全部読まれてる──!)

 

 振るわれる深紅の太刀を青竜刀で防ぎながら、鈴は歯噛みした。

 たった数十秒の駆け引き。それだけなのに、隔絶した差が立ちはだかっている。

 鈴は腹を決めた。

 

「もういいッ! セシリア──()()()()()()()()ッ!!」

「……ッ!」

 

 臨時のパートナーの叫びに、淑女が一瞬呼吸を詰まらせる。

 だが直後には、その碧眼に焔が宿った。

 

「期待に応えないわけには、いきませんね!」

 

 保持するスナイパーライフルとビットに信号を伝達。

 起き上がった銃口が東雲に照準(レティクル)を定め──発砲(トリガー)

 鈴の剣戟を掻い潜り、狙い過たず、太刀を振り上げた東雲の手首にレーザーが直撃。太刀を一本吹き飛ばした。

 

大当たり(Jackpot)!」

 

 ぐらりと、東雲の身体が傾いだ。

 

「そこォッ!」

 

 絶好のチャンス。手首のしなりだけで青竜刀を反転させ、鈴が一気呵成に攻め込む。

 次の太刀を抜刀させる暇など与えない──破壊の嵐そのものとなって、東雲の身体を押し込んでいく。

 

「なるほど。今の直撃は痛いな」

 

 残った太刀を両手で握り、東雲は『双天牙月』の連撃をいなし、すかし、躱す。反撃の糸口すら見つからない。

 ダメージこそ発生していないが、確かに鈴の猛攻は東雲を封じていた。

 その状況を『天眼』が見逃すはずもない。

 

「今です!」

「──()()()()ッ!」

 

 セシリアが指示を出すと同時。

 極光が、東雲に向けて伸びた。

 

(……ッ! 聖剣の解放モーションを攻撃に組み込んだ……!?)

 

 鈴の驚嘆は当然のものだった。

 まったく予期せぬ別方向。到着して機をうかがっていたフランス代表候補生、シャルロット・デュノア。

 近接戦闘用ブレードの刀身がレーザー発振器に転じ、空を両断するほどの大剣が顕現する。

 

 

「『再誕の疾き光よ、宇宙に永久に咲き誇れ(エクスカリバー・フロウレイゾン)』ッッ!!」

 

 

 無防備な東雲の背中めがけて、聖剣が殺到し。

 

「──いい剣に仕上げたな、シャルロットちゃん」

 

 攻め込んでいたはずの鈴が弾かれた。

 膝をバネにした至近距離でのパリイ。攻撃が瞬時に無力化され、身体ごと吹き飛ばされる。

 勢いのままに抜刀しつつ反転──東雲と聖剣が向かい合った。

 

「乱戦においても、一対一においても猛威を振るうだろう──だが見誤るな」

 

 突き出した深紅の太刀。

 全てを蒸発させ、粒子単位で操作可能な聖剣が、()()()()()()()()()()

 

「な──!?」

「障害物──当方の防御をすり抜けるよう設定していただろう? 防御を自動で判別するのではなく、其方の戦術予測によってだ──()()()()()()()()()()()()()()()()。身体を滑り込ませれば、聖剣の中を突っ切ることは容易い」

 

 冗談ではない──鋼鉄すら瞬時に融解せしめる超火力の光の剣。

 東雲は文字通りに、光の中を泳ぐようにして直進している!

 

「何!? 何!? 何なの!? 溶岩水泳部よりヒドイよこれ!」

 

 シャルロットが悲鳴を上げた。さすがに客席も絶句している。

 それ大抵の敵を一撃で落とせる、文字通りの必殺技なんですけど。

 慌ててシャルロットが聖剣の放出をキャンセルした途端に急加速。

 眼前に現れた東雲は、既に太刀を振り上げていた。

 

「──仕舞いだな」

 

 すれ違いざまの一閃。

 それが競技用エネルギーを削りきった。

 

「ぐっ……ごめん──」

 

 力尽きる間際、シャルロットは最後の力を振り絞り、全武装を展開した。

 銃火器や実体シールドがアリーナ中にばらまかれる。味方チームに使用許諾(アンロック)済みだ。

 

「これで撃破ポイントは0.5か。世知辛い話だ」

 

 アリーナの大型モニターに表示される獲得ポイントを見て、東雲は嘆息する。

 砕け散った太刀を放り捨てると、次の得物を抜刀。

 

「だがペースとしては上々だな。──次は、誰だ?」

 

 鬼神の如き瞳。

 視線がかち合い、セシリアは射すくめられる。

 だが鈴はちらりと背後を、距離を置いている簪に視線をやると、意を決したように息を吐く。

 

「──じゃあ名乗り上げようかしら。いい加減、あんたに泥を塗りたいとこだったのよ」

「そうか。何を見せてくれる?」

()()()()()()()()()()

 

 言うや否やだった。

 その場でにらみ合っていた三者、セシリアと鈴と東雲の身体がギシリと動きを止めた。

 

(な──これは、AICの広範囲使用ッ!?)

 

 たった一瞬だった。

 範囲の広さ、静止させる対象の多さ故に、絶対の結界は一瞬しか効力を発揮できない。

 挙げ句の果てにはチームメイトである鈴すら巻き込んでいる。

 何の意味があるのか──それは貧乳チームのメンバーを確認すれば、容易に想像できた。

 

「一瞬で十分──ッ!!」

 

 裂帛の叫びと同時、簪が背部マルチラックのミサイルポットを全門解放。

 計64に及ぶ特殊炸裂弾頭ミサイルが火を噴いた。

 

「ほう、自分ごと──」

「それだけじゃない!」

 

 当然東雲もセシリアも、迅速にAICを破って退避を始めた。

 だが鈴は迷うことなく東雲に追いすがる。

 

「あんたを撃破して1ポイント。残った2vs2で一機落とせば、それだけで勝ちが確定する──何が何でもここで死になさい、東雲令ィィィッ!」

 

 ミサイルが次々と着弾して、仮想のジャングルが吹き飛ばされていく。

 大地がめくれ上がり、木々が根元から宙に舞った。

 

(これほどの火力……ッ! 中央の二人はおろか、わたくしですら退避が間に合わない!?)

「セシリア! とにかく離脱しろ! 私が受け止めるッ!」

 

 チームメイトの声。

 ラウラを一騎打ちで引きつけていた箒が、装甲を半壊させながらも駆けつけている。

 なりふり構わず加速して離脱したセシリアを、箒が両腕で抱き留めた。同時に全ての展開装甲を急加速スラスターに役割切替(ロールチェンジ)。即座に火を入れ、現行ISの中でも最大出力、最高速度で絶死の修羅場から飛び退いた。

 

「恐るべき破壊力だな。恐れ入るぞ」

「……取り柄だから、ね」

 

 AICによる縫い付けと、『山嵐』による絨毯爆撃。

 何人たりとも逃れられぬ圧殺フィールドを形成するに至った。

 

 しかし。

 

 

 

「──悪くない判断だった。当方をここで潰すという意志が感じられる、良い作戦だった」

 

 

 

 凄絶な声が聞こえた。

 幻聴であってくれと誰もが願った。引きつった顔で、恐る恐る簪は立ちこめる煙を見やった。

 

「だが些か不足しているぞ。当方を仕留めたいのなら火力も、技量も、集中も、まだ足りていない。()()()と感じることもなかった──」

 

 黒煙を刃が吹き散らした。

 顕れた『世界最強の再来』の姿に、一点の曇りなし。あれほどの衝撃、爆発、威力を受けても尚──無傷。

 理由は単純明快。

 東雲の右手に喉を掴まれている、全身の装甲が砕け散った、鈴の姿。

 

「あん、たねえ……なんでわざわざ、こんなッ……」

「確かに本来ならば、当方一人でも回避しきれる攻撃だった。しかし──()()()()()()()()()?」

 

 衝撃を受け流しつつも、適度に鈴を盾としてしのぐ。

 無傷のまま一方的に相手のエネルギーだけが削られ、こうして死に体のカモを仕上げた。

 

「鈴、其方が悪い。当方より胸が小さいのに、果敢に挑んできたのは評価するが……」

「ほとんど変わらないでしょ(笑)」

「喋るな殺すぞ」

 

 介錯するように、東雲が一閃。

 それだけで鈴のシールドエネルギーは尽きた。

 

 

 

 

 

 

 

「ワオ、これでしっかり撃破ポイントは1。こうなると俄然、東雲ちゃんが有利なのよねー」

「そうですね……」

 

 モニターに表示される東雲の獲得ポイントが、0.5から1へと移り変わる。

 客席が歓声とも悲鳴ともつかない声に染まった。

 一般白ギャル生徒は『まだだ……まだ篠ノ之箒は""死""んじゃいない……!』と鼻を尖らせている。

 その中で、一夏と楯無は冷静に会話をしていた。

 

()()()()()()、あの子」

「……ええ」

 

 指し示している相手は、同じだった。

 戦場の中心。舞うように飛び、流れるように斬る。鉄火場にしては現実味のない、流麗な戦闘機動。

 

 例えばの話。

 織斑一夏は戦士として強くなるほどに、無駄をそぎ落とし、格上相手に奇策奇術を用いて打ち勝ってきた。

 事実として彼が修めた切り札は、人にあらざる剣術と箒に称されている。

 奇しくも──その出生を合わせて考えれば、『鬼剣』という言葉はこれ以上なく一夏に相応しい。

 

「ずっと、ずっと先を行ってます。あんなに強かったのに、それでもまだ、俺たち以上のスピードで進化してる……」

「おねーさんも負けてられない……とは思うんだけど、あの子は正直異常ね」

 

 楯無が広げた扇子には『疾風怒濤』と書かれていた。

 かつては東雲の戦闘を指す言葉であったが、学園において親しい友人であれば別の印象を抱くだろう。それ即ち、成長速度である。

 

「次元が違うっていうのに変わりはありません。機械みたいに精確な動きだって健在だ。だけど……東雲さんは変わった」

「もしかして自覚がないのかしら? ()()()()()()()()()()()()

 

 え? と一夏は口をぽかんと開けて呆けた。

 その様子がおかしかったのか、楯無は扇子で口元を隠しクスクスと笑う。

 

「超絶技巧も、戦闘理論もそのままに。彼女は前よりずっとスマートな戦いをするようになったわ。取れる選択肢が増えたっていうのもあるけど、何よりも精神性が変わったのね」

 

 楯無の指摘は正鵠を射ていた。

 心構えが変わった。ただ順接のまま、当然の帰結として勝利に手を伸ばすのではなく。

 東雲令は、ハッキリと勝ちを狙いに行くようになった。

 

 戦場をかけ、自分以外に平等に死を振りまく姿はまさに死神。

 だが鬼や悪魔と呼ぶには、彼女は余りに美しかった。

 故にその在り方は魔性の存在ではなく、殺戮マシーンでもない。

 

 今の東雲は──姫神(きしん)である。

 

 

 

 

 

 

 

 これで一人ずつ戦力が失われた。残る戦力は同数。

 巨乳チームは篠ノ之箒とセシリア・オルコット。どちらも損耗大。

 貧乳チームはラウラ・ボーデヴィッヒと更識簪。簪は比較的損耗小。

 東雲チームは──いつも通りだ。

 

「どうするセシリア。勝ちを狙うなら──」

「そろそろポイントを稼がなければなりません。ですが……」

 

 戦場を見渡す。

 貧乳チーム、東雲チーム、どちらもほとんど同じ距離。

 片方に仕掛ければ、即座に乱戦となるだろう。

 

「動かないか。ならば此方から往くぞ」

 

 発言と同時、『世界最強の再来』が動く。

 咄嗟にラウラは置き去りにしていた大型レールカノンを()()()()。元より自分の装備、いかほどに離れていても呼び出せない道理はない。

 

「沈めェッ!」

 

 砲口を見据えて。

 東雲は加速しながら、転がっていたデュノア社製実体シールドを蹴り上げた。

 右手でそれを掴むと、前に突き出す。放たれたレールカノンが直撃し、炎が噴き上がり鉄片が散った。

 黒い煙の中に東雲の姿が消える。

 

(撃墜判定は出ていない。ならば仕掛けてくる──)

 

 油断なく構えていた。いつでも対応できるように準備していた。

 ()()()()()()

 気づけば眼前に、紅い切っ先が迫っていた。

 

「う、ぁ──ッ!?」

 

 悲鳴ともつかない声を上げながらも、咄嗟にプラズマ手刀を振るい吹き飛ばす。

 簡単に弾くことが出来た。そこに東雲はいなかったからだ。

 ラウラが防いだのは、振るわれた太刀ではなく、()()()()()()()()()()

 

(え?)

 

 全くの別方向──ラウラの真横に黒髪がなびいている。

 

「眼の良さが命取りだったな」

 

 知覚することすら出来ないまま。

 深紅の刃がラウラを一閃した。ブザーが鳴り、東雲の獲得ポイントが1.5となる。

 

「……ッ! 箒さん!」

「分かっている!」

 

 もう後がなくなった。東雲と簪を自分たちで撃破する以外、勝ちの目はない。

 ──『天眼』起動、同時に偏光射撃(フレキシブル)稼働!

 蒼天色の装甲を身に纏い、少女の瞳が戦場を滑らかに切り裂く。

 

「簡単に避けられるなどと思わないことです──!」

「確かに回避は困難だ。しかし、当てただけで満足しているようではまだまだ甘い」

 

 セシリアは瞠目した。

 偏光射撃を用いた多角的波状攻撃。

 しかし東雲は一歩も動いていなかった。ただその場に佇み、深紅の太刀を手首のスナップだけで操っている。

 切っ先は円を描き、刀身が踊る。撃ち込まれるレーザー悉くを撃ち落としながら、東雲は緩やかにセシリアへ歩み寄った。

 

(そん、な、これは……ッ!?)

「鍛錬の発露故か、或いは本能的なものか……其方は人体の弱点や人間の死角をよく突いている。防がねば一撃で痛打になるポイントをよく狙えている。()()()()()()()()()()

「は、はァッ──?」

「それに当方の身体には無駄な被弾箇所がない。戦闘理論に基づいて洗練された身体と言ってもらおう。だから当たらない」

「いやそれは違うと思います」

 

 何を言っているのか分からない。

 セシリアの脳裏がクエスチョンマークに埋め尽くされる。

 

「──私を忘れてもらっては困るぞ、令ィィィィッ!!」

 

 箒が雄叫びと共に刃を振りかざす。

 ビットに気を配りながら東雲が相対する、が。

 

「令、援護する! そのまま突っ込んで──!」

 

 セシリアにとって何度目の驚愕か。

 あり得ない。

 その選択肢はあり得ない。

 何故今になって、簪が東雲と組む。

 

「簪さんッ、貴女……ッ!?」

「最後まで、勝ちを狙いに行かせてもらうね……! それに、元々令は、貧乳チームみたいなものだし……! 私より令の方が貧乳チームだし……!」

「聞こえてるぞかんちゃん! 当方は貧乳じゃないが?」

「いい加減現実を見て──!」

 

 荷電粒子砲の連射。慌ててビットを躍動させ、砲撃を潜り抜けた。

 援護のないまま箒が東雲と激突する。

 

 

()()()()──清流よ、妖刀へ反転しろ」

「迎え撃つ──()()()()

 

 

 顕現するは能動的なカウンター。

 東雲の一挙一動を織り込み、すり抜ける斬撃が放たれる。

 

「──ほう、成程」

 

 箒の一閃。防ごうとして、東雲は即座に切り返した。視認した斬撃とはまるで別方向から飛んでくる攻撃を、精確に撃ち落とす。

 

「まだまだ──!」

 

 腕を振るうたびに速度が上がっていく。アクセルを踏んだまま、箒の猛攻が密度を爆発的に増大させた。

 攻撃を視認しても、異なる角度から撃ち込まれる。なんとか対応しつつも東雲は完成度の高さに驚嘆していた。

 

「さすがは篠ノ之流か。当方の目でも追うのがやっととは」

「ギアをあと3つはあげさせてもらうぞ、令ッ!」

「委細承知──ならば当方も然るべき手段で迎撃しよう」

 

 言葉と同時。

 東雲が()()()()()()

 

「……ッ!? 妖刀:唯識真如(ゆいしきしんにょ)──!」

 

 至近距離の剣戟中とは思えない暴挙。

 滑らかに必殺の剣技を放つ体勢へ移行しつつ、箒は剣の銘を叫んだ。

 

 

 

「──魔剣・(あらた)悲想転窮(ひそうてんきゅう)

 

 

 

 鉄が、しゃらんと鳴り響いた。

 交錯する身体。東雲の後ろに抜けて、だが箒の握っていた太刀が砕け散る。

 

「……ッ!?」

(はや)かった──が、当方の方が疾い。やはり胸が無駄に大きいと速度が落ちるのでは?」

 

 全身に撃ち込まれた斬撃が、箒の呼吸を詰まらせた。

 篠ノ之流から派生し、術理をねじ曲げた外道の技巧同士の対決だった。

 敵の防御姿勢を予期して振るった箒。防御など考えずに、ただ瞳を閉じ、感覚的に察知した攻撃へカウンターを合わせた東雲。

 

「いただき……!」

 

 振り向いた東雲がトドメを刺す前に、『紅椿』を簪の荷電粒子砲が貫いた。

 ブザーが鳴り、箒のエネルギーがゼロになったことを告げる。

 

「む。今のは……」

「次が来るよ、令……!」

 

 東雲が何か言う前に簪はセシリアに向かっていった。

 何か引っかかるモノを感じつつも、東雲は簪を追いかけて『ブルー・ティアーズ』に接近する。

 

 

 

 

 

 さしものセシリアも、東雲を含めた2vs1ではなすすべがなかった。

 

「……連携がお上手ですこと……! 神に見放された者同士、仲間意識ですか!?」

「……あの三人より、私の方が大きいけどね……」

 

 薙刀に肩部装甲を粉砕され、エネルギーがゼロになる。

 セシリアは自分を見下ろす簪に対してそう吐き捨てたが、日本代表候補生は取り合わない。

 

「これで最後は当方と其方だな」

「……うん」

 

 チームロワイヤルはいよいよ最終盤。

 客席が沸く中、一夏はモニターに表示されるポイントを見て『ん? あれ? これまさか……?』と首を傾げていた。

 

「成長したな。先ほどから動きを見ていたが、見違えた」

「ありがとう……みんなと一緒に、強く、なれたから」

「当方は嬉しく思う。共に切磋琢磨する相手の成長を歓迎する。だが勝負は譲れない」

 

 まだ太刀の残存数には余裕があった。

 バインダーから二刀を引き抜く。深紅の切っ先を簪に突きつけた。

 

「──()()()()。当方は四手で勝利する」

「……四手、か。私、三手防げるんだね」

 

 数字に嘘はつけない。

 可視化された自分を成長を実感して、簪は嬉しそうに微笑む。

 

「何を喜ぶ。当方の勝利は絶対だ。三手防げることを喜ぶのではなく、四手で死ぬことを悔いるべきだ」

「そう、だね。でも……今は別に良いかな」

「?」

 

 機体に指示を出し、簪が何かウィンドウを立ち上げた。

 

「何が良いのだ?」

()()()()()()()()()()()……だから……降伏(リザイン)するね

「えっ」

 

 簪が手元のウィンドウのボタンを押した。

 ビーッ、と脱落のサイレンが鳴り響く。

 リザイン時にはどのチームにもポイントが振り分けられない。最後まで残ったのは東雲だ。

 しかし、しかし──この試合においての勝利条件は『最後まで立っていること』ではない。

 

 結果。

 巨乳チーム、撃破ポイント0。

 東雲チーム、撃破ポイント1.5。

 貧乳チーム、撃破ポイント2。

 

「最後まで、勝ちを狙うっていうのは、本当……正確に言えば、最後の最後に勝ちを狙う、感じだけど……」

 

 数字は嘘をつかない。

 嘘をつくのは、数字を使う人間だ。

 簪は東雲の獲得ポイントが半分と設定された段階でこの展開を狙っていた。

 0.5の端数。後は自分を狩れば東雲の勝利という段階で降伏すれば──それが最後の一手となる。

 

 

 

()()()()……私の一手で、私たちの勝ち」

 

 

 

 告げて。

 簪は唖然としている東雲に対して、ピースサインを突きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

「アハハハハッ! 本当に令を出し抜くなんて! 簪、あんたサイコーよ! でも所々であたしらディスってたの覚えておきなさいよ」

「眼鏡は、伊達じゃないから……」

 

 安全地帯で待機していた鈴が飛び出し、簪に組み付いて背中をバシバシと叩いた。

 簪の返しを聞き、鈴に遅れてやって来たラウラが首を傾げる。

 

「む? 度数が入っていたのか、その眼鏡?」

「……今のは、日本の言い回しでね。私が上手いことを言おうとしたとかじゃ、ない。決してない。信じて」

「なるほどな。それはそれとして所々で私たちをディスっていたのは覚えておけ」

 

 貧乳チームが勝利を分かち合う。

 それを見ながら、巨乳チームは重い息をこぼした。

 

「なんだか僕ら……結局は0ポイントだったね……」

「ううむ。個々の動きは悪くなかったと思うのだが、食い合わせが悪かったと言うべきか、策謀に乗り切れなかったというか……」

 

 振り返っても何か致命的なミスをしたとは言い難い。しかし結果は結果だ。

 シャルロットと箒が肩を落とす横。

 

「ああああああああああああああああああああああ!! なんですのこのブザマな負け試合はッ!?!?!? あああああぁあぁあぁぁあああぁあぁぁぁあ…………!!!!」

 

 仮想現実投影の終了したアリーナの地面に横たわり。

 四肢をジタバタさせ、全身で屈辱を表現しているセシリアがいた。

 他にも客席で一般白ギャル生徒が暴徒と化したりはしていたが、アリーナで一番キレているのは、間違いなくセシリアだ。

 

「アッッッッッッッタマにきますわ! 納得がいきませんわッ!! ぷんぷん! 次はチームじゃなくてバトルロワイヤルでやりましょう! 全員射殺します!!」

「セシリア、擬音は可愛いのに発言が可愛くないぞお前」

 

 やるかたない憤懣を銃に装填しようとする淑女を、箒がなだめる。

 明暗のハッキリと分かたれたその場所の、明とも暗とも言えない中途半端な地点で。

 

 

 

「え? え? ……………………え?

 

 

 

 東雲はFXで有り金全部溶かす人の顔になっていた。

 

 







次々回で海に行けそうです
夏が終わるんだが?(困惑)

8/25追記
次々回の次で海に行きます(土下座)

次回
71.待ち人来たるその日まで



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71.待ち人来たるその日まで

また一話で書こうとしてた内容が二話に分裂するアレやりました(土下座)
平ラ特有の振り返りおさらい回なんだから一話に収まると思ったのに…どうして…どうして…


 

 光で構成された銀翼が、猛っていた。

 太陽を遮り、けれど陽光以上に大地を照らし。

 自分こそが太陽であると言わんばかりに、天を我が物としていた。

 

「戦闘経験値、規定ラインの35%に到達」

 

 無機質な声で、彼女は告げた。

 眼下に広がるは地獄絵図。深紅の炎が周囲一帯を疾走し、残らず飲み込まんとしている。

 負傷兵を抱えて逃げる兵士すら、足取りはおぼつかない。撃墜されたISは世界最強の兵器とは思えぬ静けさで、瓦礫の中に横たわっている。

 

「『銀の皇翼(シルバー・レイ)』、稼働率42%に到達」

 

 その終わってしまった世界を生み出しても尚。

 彼女は全く冷酷さを崩さないまま、無感情に言葉を紡ぐ。

 

「擬似第三形態『救世仕様(サルヴァトーレ)』、稼働率38%に到達」

 

 某国の機密基地を突如として襲撃すること、都合四度目。

 IS乗りの体調は電気合成した栄養素で保持しつつ、『銀の福音』は世界中を飛び回っていた。

 来たる日に向けて──決戦場において必ず相手を殺すため、彼女は己の刃を研ぎ澄ましている。

 

「高速演算開始……完了。織斑一夏撃破時の損耗率57%。規定ラインを大幅に超過」

 

 敵を殺す鍛錬を積み、有人機の行動パターンを記憶し。

 あらゆる戦闘機動を記録し、有効性を精査して取得或いは破棄していく。

 例えるならば、武者修行のために道場破りを繰り返しているようなものだ。

 

「全体経過、必要値の45%と定義。()()()()を継続する」

 

 並の人間では心が折れかねない、長い長い工程。機械的に何度でも行い、着実に前進していく。

 それを成せるのは、強い動機があるから。

 

 

「──私は『零落白夜』を討ち滅ぼす」

 

 

 光の翼が羽撃いた。一気に天高く飛び上がり、そのまま『福音』が超高速で遠ざかる。

 飛び去っていく銀翼を見送り。

 残弾ゼロのアサルトライフルを抱えたまま、基地の歩兵部隊隊長の男性は苦々しい表情で舌打ちした。

 

(……加減、してやがった)

 

 損害は大きい。基地の再建には時間と費用が必要だ。

 しかし──人的損害に限ってのみ、軽微であった。負傷者こそいれど、死者はおろか重傷レベルの者すらいない。

 

「隊長。チャーリー部隊の回収完了しました。IS部隊の方が追加人員の要請を送ってきてますが、これはブラボー部隊を当てる形でよろしいでしょうか」

「──『何よりも悪しきは、神にあらざるものを神と認めることなり』……か」

「隊長?」

 

 傍に駆け寄ってきた副隊長の言葉は、隊長の呟きに首を傾げる。

 

「テレンティウスだよ。だが俺には……アレは、そうとしか見えなかったよ。崇高な使命を抱き、そのために人間なんてお構いなしに、ただ秩序のため剣を振るう。まさにそうだろう」

「……と、言うと?」

 

 気だるげに首を振り、彼は野戦服のポケットからシガレットケースを引き抜いた。

 煙草をくわえると、火を付ける前に空を見た。

 突如として『福音』が舞い降りてきた、抜けるような青空。無限に続く蒼穹。

 襲撃、という言葉は似合わない。

 あえて表現するならば。

 

「神の使い──()使()だよ」

 

 彼女は、降臨していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女子へのプレゼントぉ?」

「ああ。臨海学校の二日目が箒の誕生日でさ」

 

 IS学園食堂、昼食時。

 先日のチームロワイヤルの結果一夏の買い物に付き合うことになった鈴、ラウラ、簪、東雲は、一夏が何を買いたかったのかを確認しに集まっていた。

 それぞれ昼食を食べながら、難しい顔を突き合せている。

 

「成程な。箒の誕生日とあれば、私も買わねばならん。どうせだ、セシリアとシャルロットも誘うべきでは?」

「……賛成」

 

 一夏と買い物デートをできるかもしれない、という希望があっての戦いだった。

 しかし蓋を開けてみれば他の女へのプレゼントを買いたいという案件である。

 平時ならばキレてもおかしくないが……相手が箒なのが幸いした。日常を回すに当たって、箒は常に潤滑剤であるよう心がけている。全員と平等に仲良く、気を配りつつも本心から仲良くしている。だから箒に対して、誰もが感謝していた。

 

「なら箒にはバレないようにしないとねー。どうする?」

「ふむ……剣道部を使うのはどうだ?」

「それいいかも。部長が知り合いだから……なんとかして、放課後は部活に縛り付けるとか……」

「剣道部の部長ならば当方も知っている。当方とかんちゃんで頼み込めば、なんとかなるだろう」

 

 とりあえずの方針は決まった。

 臨海学校まで残り日数も僅かだ。

 

「思い立ったが──」

「吉日だな──」

「やろう──」

「箒ちゃんは何を贈られると喜ぶのだろうか。おりむー、幼馴染として、その辺りの意見はないか?」

 

 今日動き出すぞ、というのは決まった。

 しかし貧乳チームには解決すべき一つの疑問があった。

 

「……あのさ、令」

「む。どうした鈴、何か確認事項があるのか」

「大ありよッ! なんでアンタ、当然みたいな顔してここにいるのよ!」

 

 先のチーム戦を制したのは貧乳チームである。

 にもかかわらず東雲がここに座しているのは道理が通らない。

 

「……何を言っている。当方も皆と肩を並べて戦った、貧乳チームの一員だろう?」

「この女、都合良く過去を改竄しているぞ!」

 

 ラウラが人差し指を突きつけながら叫んだ。

 しかし東雲は何処吹く風とばかりに批判をすかしてみせる。

 

「どうするおりむー。プレゼントとは複雑怪奇……当方たちだけで攻略できるのだろうか」

「いや東雲さんは勝負に勝ってないだろ。俺たちが誘うまでは知らない感じで待機してくれないか?」

「…………ッ!?」

 

 弟子は勝負事に関して厳しかった。

 雷を浴びたかのように動かなくなる東雲から顔を横に向け、一夏は簪に視線を合わせた。

 

「じゃあ、剣道部への根回し、お願いできるか?」

「任せて……代表候補生の立場があれば大体何でもできる……

 

 恐ろしい発言が聞こえたが、一夏は聞かなかったことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 そして放課後。

 箒は予定通りに剣道部へと連行されていかれた。

 部長が泣きそうな表情で『今日だけは……ッ! 今日だけは来て……ッ! これはお願いとかじゃない! 嘆願なの!』と腕を掴んで引きずっていき、簪が敬礼をしていた。

 一体何をしたのだろうか。気にはなるが、流石に尋ねる度胸はない。

 

「ふむふむ。それで買い物と……良いじゃありませんか!」

 

 根本的に恋愛頭脳戦では箒の味方をしているセシリアは、一夏の説明を聞いて満面の笑顔で頷いた。

 セシリアにとっては、入学以来の親友。多くの修羅場を共に潜り抜け、彼女の成長を見守り、自分の成長を見守ってもらった。

 そんな彼女の誕生日を祝わずして、何がオルコット家当主か。

 

「僕も箒の誕生日は祝いたいかな。どういうプレゼントがいいんだろう」

「そうだな……箒のやつ、如何にも『実用的なモノが好きです』って顔しといて結構乙女思考なトコあるからな……」

 

 一夏の言葉は確かに核心を突いてはいたが、箒が聞いたら顔を真っ赤にして暴れ出しそうな内容だった。

 隠しているつもりかもしれないが箒の嗜好はほぼ筒抜けである。

 

「とにかく現物を見ながらじゃないと分かりませんわね」

 

 セシリアの言葉に、誰もが頷くほかなかった。

 一同はいったん部屋に戻ると、私服に着替えてから学園を出ることにした。

 

「わたくし、整備室に顔を出してから向かいますわ」

「僕も少し整備班に用があるから、セシリアと一緒だ」

「すまないが私も立ち寄る用事がある。臨海学校が近いからな……駅で合流するとしようか」

「当方は別に新装備がなくても強いから問題ないな、ヨシ」

「何見てヨシって言ってんのよあんた」

 

 英仏独の代表候補生がいったん抜けて、東雲も鈴に引きずられていく。

 結果、一夏は簪と並んで学生寮へ戻る道を歩くことになった。

 

「……箒にバレたら、なんか怖いね……」

「端から見ればただのハブだもんな……そこは気をつけねえと……」

 

 会話をしながらも、簪はどこか普段より落ち着かない表情だった。

 思えばこうして二人きりになるのは、一夏がIS恐怖症に苦しんでいた時期以来になる。あの頃は、簪は必死に『打鉄弐式』の開発に注力し、一夏もまた自分の為すべきことや進むべき道を探して無我夢中だった。

 

「……落ち着いて考えたら……意外と、短い時間だよね……」

「え?」

 

 ぽつりと零れた言葉。

 何の話かと眉根を寄せる一夏に対して、簪は自分と彼を交互に指さす。

 

「私と、貴方。出会って……仲良くなって……力を貸し合ったり、して……」

「──確かに、そうだな」

 

 最初に会話を交わしたのは6月に入ってからだ。

 そして今は7月の頭。一ヶ月あるかないかの、生きてきた時間と比べれば短い期間だ。

 

「だけど、すごく濃くて。人生が、まるごと変わったような気がする……」

「……ああ。俺もそう思うよ」

 

 ふと、簪と一夏は足を止めた。

 放課後の空はまだ青い。影はすうと遊歩道に伸びている。

 両手を後ろ手に結び、簪はくるりと一夏に振り返った。

 

()()()()()

「え……?」

 

 グラスディスプレイ越しに、東雲とは違う色合いの紅い瞳が、優しく細められた。

 

「私……うまくいかない現実に躓いて……ずっと自分の世界に、閉じこもってた……」

「──それ、は」

 

 俺も同じだと言おうとして、言葉に詰まる。

 眼前の彼女は、自分に安らぎをくれた。だから一夏にとっては感謝の対象なのだ。

 けれど簪の顔色は、まさに鏡映しだった。

 

「……ちょっと恥ずかしいけど、言うね?」

「……おう」

 

 少しの間顔を伏せて、息を吸い。

 簪は一夏の瞳に、視線を合わせた。

 

「貴方が、扉を叩いた。だから私、外に出られたんだ」

 

 一拍。

 

「私はこれからもきっと、疲れて、打ちのめされて……立ち止まってしまうことが、あると思う。でもね、絶対に忘れない。休んで、癒やして、それから立ち上がれること。一夏が教えてくれたから。だからこれから先も、私は立ち上がれる……」

「……簪」

 

 そこまで言い切ってから、彼女はすっかり恥じ入った様子で視線を逸らす。首筋から頬まで赤く染まっていた。

 思わぬ感謝の言葉に、一夏も頬を掻きながら顔を背ける。陽光が眩しかった。

 

「なんだか、令のお弟子さんに教わるなんて、私も令の弟子みたいだね」

「ははは……それはないな。あの人の弟子は俺だけだし

 

 バチクソ独占欲が発露していて簪は頬を引きつらせた。

 本当にもしかしたら──最大の強敵は、自分の親友かもしれないな、と感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「こうして皆で出かけるのは何度かあったかもしれんが……何度やっても、楽しいモノだな」

 

 モノレールを待つホームで、ラウラの言葉に一夏は頷いた。

 私服姿に着替えて、箒を除く専用機持ちはコソコソと学園を出立した。

 通り過ぎる人々が三度見するほどの豪華なメンバーである。既に国家代表の座に手をかけている者が複数いるのだ、目にとまらないわけがない。

 

「私は……余りこういうことに関心がなかったし、縁もなかった。だから……こうして皆と体験できることを、嬉しく思う」

「ラウラ、お前……」

 

 片眼を眼帯に隠してこそいるが、彼女は照れたように視線を伏せた。

 その様子に、一同は苦笑する。

 

「心配せずともよろしいですわよ、ラウラさん。これから……沢山、こういったことを経験できますもの」

「数日後には海よ海! ショッピングごときで嬉しがってたら、海行って死ぬんじゃないの?」

 

 セシリアと鈴の言葉に、ラウラは微笑みを浮かべた。

 

「ああ、そうだな。そうだ……私たちにはまだ、これから、多くの楽しみが待っている……そうだろう?」

「…………」

 

 問いは一夏に投げかけられていた。

 先日の巫山戯た『織斑計画』の暴露。それをラウラは決して忘れていない。

 

()()()も……そこにいるんだ、一夏」

「……ッ」

「私はお前に感謝している。お前が私の殻を壊してくれたからこそ、私はここにいるんだ」

 

 モノレールを待ちながら、ラウラは細く息を吐いた。

 ちらりと東雲を見る。ラウラにとって一時は忌むべき対象だった。

 

「暗い孤独と憎しみだけが私の全てだった……力に飢え、力に渇き、力を求めていた」

 

 敬愛する千冬の隣に居座る部外者。

 自分と彼女の関係は単一で、完結していて、それだけだと信じていたのに。

 東雲令という存在は、ラウラがより『力』に拘泥する理由となっていた。

 

「それが永遠だと。私の世界はこういうものなのだと、そう思っていた……」

「…………ああ」

 

 覚えがあった。一夏が頷き、他の面々は思わず顔を伏せそうになる。

 自分の全てが信じられなかった時期。自分の全てがどうでもよかった時間。

 思い出すだけで背筋が震える──

 

「──だがな一夏。お前が、変えた。変えてくれたんだ」

「ッ!」

 

 彼女は真横の一夏に体ごと向き直り、断言した。

 少なからぬ驚きがあった。自分は無我夢中で、必死に剣を振るっていただけだった。

 それでもラウラは、告げる。

 

「私はまだ戸惑っている。色んなものが、違う姿に見え始めた。だが……この違和感は、嫌いじゃない。もっと知りたいとさえ思う」

「ラウラ……」

 

 整理のつかないことが沢山ある。

 落とし込めていない情念も、沢山ある。

 それでも。

 

「全部ひっくるめて、私はこれから先の未来を楽しみにしている。そしてきっと──」

「──ああ。そこには俺もいるよ」

 

 一夏の返事はラウラが待ち望んでいたものだった。

 彼女は嬉しそうに笑い、そっと彼の手を取る。

 背後で『イイハナシダナー』と聞いていた鈴らの表情が、一転して般若と化した。

 

「ちょッ──その話からそっちに引っ張るのはズルもがもが」

「鈴さん静かに。今いいとこですから」

 

 セシリアは箒の味方と言ったがアレは(半分ぐらい)嘘だ。

 この女、基本的に恋愛頭脳戦が大きく動こうとしたら出歯亀したがるきらいがある。

 背後でセシリアとその他がもみ合いになったのには気づかないまま、ラウラと一夏は視線を重ねていた。

 

「造られた存在であること。"そうあれかし"と設計されたこと。俺は全部、どうでもいいって思う。俺たちはこの瞬間瞬間を必死に生きてる、一人の人間だからだ」

「……そうだな。私たちの願いは、それだけは私たちのものだ。誰かに与えられたものじゃない」

 

 二人は人類を超えた存在として造られた。

 でも、二人は、人類として戦い、強くなってきた。

 そこに生物的なカテゴライズは不要であり、無意味である。

 

「だからこれからも……私を見ていてもらってもいいか、一夏」

「ああ。ラウラも俺を、見ていてくれ。ずっと……ずっとだ」

 

 二人は互いの心が通じているのを確かめ合い、微笑んだ。

 つないだ手から流れ込んでくる相手の温度が、これ以上なく存在を肯定しているようで。

 ただその温かさを感じられることが、今は嬉しかった。

 

 

 

「ぐっ……そこの属性を引っ張ってくるのはさすがに……勝てない……!」

「鈴さん幼馴染じゃないですか。そこで頑張りましょう。ほら、幼馴染の存在感は半端ではないでしょう?」

「なんであたしが中二の時つくった自作キャラソンの歌詞知ってんのッ!?!?!?」

「えっ……何ですのそれ……自作キャラソン? 怖……」

 

 二人が心温まるやりとりを交わしていた背後。

 セシリアは偶然と呼ぶには余りにも的確に、鈴の黒歴史をブチ抜いた。

 胸を押さえて中華娘が蹲る。突発性の胸の痛みは思春期にはよくあることだ。

 

「自作キャラソンぐらい誰しもあるだろう。当方も一度作ったぞ。イントロで法螺貝が流れる。ぶおおおおお!! ぶおおおおお!! という感じだ」

 

 不思議そうに首を傾げながら、東雲が鮮やかに自分の黒歴史を明らかにした。

 だが──法螺貝の音色が、迫真だった。

 彼女が本当に貝を持っていたのではないかというぐらい真に迫った音が出ていた。ホームに立っている一般生徒らも何事かと周囲を見渡している。

 

「えっ……何今の……」

「本当に令の喉から出た音だったの……?」

 

 シャルロットと簪が頬を引きつらせていた。

 普通にドン引きされているにもかかわらず、東雲は逆に二人に胡乱げな目を向ける。

 

「代表候補生ならこの程度簡単にできるだろう。シャルロットちゃんは出来ないのか?」

「えぇ、ぼ、僕……? 僕にも出せるのかな……ぶ、ぶおお……」

「遊び気分でやるものではない、もっと力強く」

 

 謎に東雲が先生面を始め、簪は半眼で彼女を見た。

 誰がどう考えてもシャルロットで遊んでいるだけだ。

 フランス代表候補生は顔を真っ赤にして、必死に法螺貝の音色を出そうと力んでいる。どういう状況だコレ。

 

「ぶ、ぶおおお! ぶお! ぶおお~~~! ぶおお~~~!

「法螺貝ですらあざとくなるのか……」

「令、今何て言ったッ!?」

 

 シャルロットは普通にキレた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いや代表候補生なら法螺貝ぐらい再現できて当然だろう)

 

 この女、本気で講義をしていた──!

 

(またこうして当方が優れているということを証明してしまったな……敗北が知りたい)

 

 つい昨日教えられた敗北はもう忘れてしまったらしい。

 おめでたい頭だ。

 

(にしてもおりむーとラウラちゃん、そっか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今度適当にその話でも振っておくか……それはそれとして二人が互いの支えになっているというのは素晴らしい。弟子が多くの人々と絆を紡いでいて、当方も鼻が高いぞ。ずっと見ているという発言は少し危ういが、見つめ合うなら真正面ということだろう。隣に居る当方の方が距離が近いな

 

 後方師匠面は、内心で流れるように最悪のマウントを取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








書いてて「そういやもう終盤なんだよな……」と思うと書きたい内容が膨れ上がって良くないですわね(構成力不足令嬢)



次回
72.夢見るままに待ちいたり



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72.夢見るままに待ちいたり

次回から海です
やっとだよ


 ──()()()

 

 

 愛と希望のために世界を救うか。

 己の大切な存在のために、罪なき少年を誅殺するか。

 

 是非もなし。

 それがお前の信念ならば。それがお前の正義ならば──貫き通すが良い。

 

 覚悟せよ。大いなる使命のために小さき者を踏みにじることを。

 理解せよ。正義を背負う本当の意味と、己が銀翼の真なる矮小さを。

 

 その想いの根底こそが、致命的な矛盾とも気づかずに。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 私は貴様の愚行を嗤いはしない。

 

 単一の目的を設定し、それに邁進する姿は実に眩いものだ。

 悲哀と憎悪を炉心にくべ、より高みへと飛翔する姿は実に美しいものだ。

 

 ──ならば。

 

 

 

 

 

 狂い哭け、祝福してやろう。おまえの末路は“英雄”だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モノレールに乗り、海を越えた。

 目的地の駅までは十五分と少しで着いた。先日も訪れたショッピングモール、レゾナンス。

 ことあるごとにIS学園生徒が買い出しに来るので、店のラインナップは大きく若者向けに舵を切っている。

 

「あ、一夏。アクセサリー類ってどうかな」

「んー……悪くないんじゃないか。俺はどういうのがいいかさっぱり分からねえけど」

 

 ファッションフロアに繰り出し、一同はそれぞれ気になった店にばらけて商品を物色していた。

 一夏が適当に女性向け雑貨店を眺め、『入りづれえ……いや……入りづれえな……』と足踏みしていると、背後からシャルロットが現れて店内に導いてくれたのだ。

 必然、店員からは完全にデート中のカップルを見る目で見られている。一夏はまるで気づかないまま、シャルロットはデート気分に胸を高鳴らせている。

 

「僕はこのネックレスにしようかな。普段使い出来そうだし」

 

 彼女が手に取ったのはシンプルで飾り気のないシルバーネックレスだった。

 首を傾げながら、一夏は隣に置いてある商品を指さす。

 

「こっちのハートのやつとかは?」

「どういう服に合わせるのか、っていうのを考えると良いんじゃないかな。ハートはちょっとね……」

 

 苦笑するシャルロットに対して、一夏は自分のセンスが信用できないことを確信した。

 もしも『いやでも白いワンピースにこのネックレスとかは?』と続けていれば『一夏ってゼロ年代のエロゲーにハマってたオタクみたいだよね(笑)』と冷笑されていただろう。流石に再起不能は免れない。

 

(ファッション関連は鬼門だな……)

 

 炊事洗濯等の主婦に求められるスキルこそ揃ってはいるが、年頃の乙女の感性自体は持ち合わせていない。

 門外漢が手を出して良い領域ではないなと一夏は判断した。

 実はこの判断はかなり致命的なミスであり、『好きな相手からのプレゼント』ならば箒は飛び跳ねるほど喜んでくれるのだが──この辺りの理解を一夏に求めるのは酷な話だった。

 

(となると、このフロア自体が俺にとっては敵地なのか。迅速な撤退が最適解だな)

 

 鬼剣使いの判断に迷いや逡巡はない。

 即座の撤退を打ち出すと、シャルロットの肩を叩く。

 

「うん? どうかした?」

「俺、別のフロアを見ようと思うんだが」

「あっ……そっか……」

 

 デートの終わりは呆気ないものだった。

 

「……ねえ、一夏」

「ん?」

 

 きっとここを逃せば、二人きりになれる時間は当分来ない。

 予感がした。その予感が、シャルロットの背中を押した。

 

「さっきラウラが、言ってたよね」

「え?」

「今の自分がいるのは、君と出会ってからの時間があったからだ、って」

 

 陳列棚に並ぶ煌めきを流し見ながら、シャルロットはそっと一夏の服の袖をつまんだ。

 

「僕も、例外じゃなんだよ? 君は鈍感だから、ちょっと難しいかもしれないけど」

「──お前までどうしたんだよ、ったく……」

 

 今日は随分と、今までの日常を想起させられる日だ。

 臨海学校という大きな節目を前にしているからだろうか。

 

「もう。真面目に聞いてってば」

「そう言われてもな……俺は、俺に出来ることを必死にやってきただけだ。みんなの何かが変わったっていうなら、それはみんなが掴み取った結果だ。俺がどうこうしたワケじゃないだろ」

「分かってるよ。だけどね、一夏は()()()()をつくってくれたんだ」

 

 きっかけ。

 一夏はその言い方なら納得できるなと頷いた。

 

「ありのままの僕を、知ってくれたから。心を解いてくれたから、僕は一夏の隣に居られる。君の隣に居ようと思えるんだ」

 

 想起する。今隣に居る少女の人生は、余りにも凄絶だった。余りにも、困難と障害に塗れていた。

 ならば、自分がその助けに少しでもなれたのなら、それは本懐に他ならない。

 

「──放っておけねえだろ。大事な仲間が膝をつきそうになってるなら、支えたいと思う。それは、当然のことだ」

「……ふふ。そういうところだよ、もう」

 

 かつてシャルロットは、人間の善性が信じられなかった。

 誰かのために在れという命令に忠実な、ロボットのようなものだった。

 

 けれど確かに、それを変えたのは、一夏なのだ。

 

(君が僕に、手を差し伸べてくれたから。見返りもなく、打算もなく、ただそうするべきだと想い、実行してくれたから。だから僕は、また誰かを信じられるようになった)

 

 言うなれば、シャルロット・デュノアにとって織斑一夏とは、人間の善なる性質そのものだった。

 

「一夏が、僕の心に温かい力をくれた。僕はそれを返したい。もしも君がまたいつか、悩むときが来たら……思いっきり心配をかけさせてほしい。そう思ってる。だけど──」

 

 袖をつまんでいた指を、ゆっくりと解いた。

 思わず一夏が名残惜しいと感じるほどだった。

 

「……だけど?」

「だけどね、一夏。そうしたいのはね──」

 

 視線を合わせて。

 いたずらっぽく目元をたわませ、唇に指を当てて。

 少女は砂糖のように甘く、スパイスのように痺れて、そして素敵なもの全部を混ぜた笑顔を浮かべた。

 

 

 

「──僕が頑張ってる理由は、アリガト、だけじゃないんだよ?」

 

 

 

 それを聞いて一夏は。

 何故か、苦々しい渋面を浮かべた。

 

「…………何か……企んでたり、するのか……?」

「何でそういうこと言うの?」

 

 とりあえず自分の腹黒疑惑をなんとかしなければ──

 シャルロットは身に迫った危機感を抱き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 一夏は下のフロアに下りると、生活全般の雑貨店を見回った。

 主婦力がものをいう台所回りの便利グッズなど心引かれる要素があったが──冷静に考えると年頃の少女に贈る代物ではない。さすがにそれぐらいは分かる。

 

(なんだよ……結構難しいじゃねえか……)

 

 普通に一夏は追い詰められていた。

 時刻を確認すれば、帰宅時間までのリミットが迫っている。

 

「あら? 一夏じゃない」

「ん……鈴か」

 

 声をかけられた。

 見ればセカンド幼馴染が同じフロアをぶらついている。

 

「買った?」

「実はまだなんだ。そっちは?」

「とっくの昔に終わらせたわよ。寮のルール違反にならない間接照明。和柄だし気に入るんじゃないかしら」

 

 なんだそのこなれたプレゼントは。

 一夏は愕然とした。心のどこかで、鈴なら駄菓子でも買っているんじゃないかという淡い期待があった。

 

「……その顔、あんたさ。あたしが駄菓子とか買うと思ってたんじゃない?」

「ぐっ……」

 

 当然のように内心を読まれた。

 だがよく見ると、鈴はプレゼントとは別の紙袋を持っている。

 

「……それ、なんだ?」

「フッ。よく聞いてくれたわ!」

 

 両手に持った紙袋を掲げ、鈴はムフーと鼻息荒く胸を張る。

 紙袋の中には、溢れんばかりの各種花火が詰められていた。

 

「海で花火したいから! 花火買ったわ!」

「お前自制心とかないのか?」

 

 さすがの一夏も半眼で幼馴染を見やる。

 何しに来たんだこいつ──いや誕生日プレゼントは既に買っている。しかし買っているからといって、コレは許されるのか。

 

「つーかお前、臨海学校で花火とか出来るのかよ?」

「自由時間ならいくらでもあるでしょ。あたしらは専用パッケージの調整とかあるけど、それが終わればこっちのもんよ!」

「違う違う。許可の話。千冬姉にバレないよう隠れてやるつもりかってこと」

 

 言いながらも、一夏は姉に花火を隠し通せるビジョンがまったく浮かばなかった。

 そこまで考えが回っていなかったのか、両手をゆるゆると下げて、鈴が顔を青ざめさせる。

 

「……はあ。しょうがねえな」

 

 少しばかり悩んだ。

 一夏にとって臨海学校は、半分は息抜きとして楽しみであり、もう半分は実機訓練の場として楽しみであった。

 だから鈴の花火がしたいという要望に力添えするかは悩みどころだったが──

 

「俺からも、千冬姉……織斑先生に頼んでみる」

「!」

「せっかくの夏で、海だしな。俺も花火はしたいよ」

 

 そう言うと、幼馴染は嬉しそうに笑う。

 

「でしょでしょ! いかにも夏ってカンジでいいわよね!」

「ああ。そのためにも土下座の練習しとかねえとな」

「実の姉に迷わず土下座の選択肢を取るのどうかと思うわよ」

 

 鈴は半眼で一夏を見た。

 

「それよりあんた、さっさとプレゼント決めちゃいなさい。時間ないわよ」

「分かってる……分かってるんだけど……」

 

 どうにもこのままでは良い案が浮かびそうにない。

 気分を切り替えようとベンチに腰掛け、一夏は頭を抱えた。

 自然、鈴も隣に座る形になる。

 

「意外ね。こーゆーの、あんたはスパッと決めちゃうと思ってた」

「いや、だめだろ。箒には……世話になった。力になってもらったんだ」

 

 視線を床に落としながらも想起する。

 あの時──トラウマのせいでISを起動できなくなり、何もかもから逃げ出したくなった時。

 

()()()()()()んだ。あの言葉があったからこそ、俺はもう一度立ち上がることが出来た」

 

 感慨深く呟く一夏に対して、鈴は真横からじとっとした視線をぶつけた。

 

「ああ、いや。鈴にも感謝してるさ」

「『にも』ってあんたねえ」

「悪かったって。あの状況で見放されなかったのは、本当にありがたかった」

「…………見放すワケ、ないでしょ」

 

 ぽつりと言葉が零れた。

 横を見ると、鈴は自分の爪先を見つめながら、少し目尻を下げていた。

 

「見放すワケない。あの時も言った。今度はあたしの番だって」

「……ありがとな」

「別にいいわよ。それに、それだけじゃない」

 

 ブランコの要領でベンチから飛び上がり、鈴は一夏の前に着地する。

 ツインテールを翻しながら、彼女は満面の笑みで彼に振り向いた。

 

「叶えたい約束があんのよ。それをホントにしたいなって心の底から思える、約束がね」

「……約束、か」

 

 それはきっと、『毎日酢豚をつくってあげる』という、転校する前に交わした約束だろう。

 今の一夏は、それに対する答えを持ち合わせていない。日々を必死に生きているだけでいっぱいいっぱいで、余裕がない。

 分かっているからこそ、鈴は切り替えるように声を上げた。

 

「てゆーかさ、久々に会って、すぐ馴染んで……なんか伝えそびれてたけど」

「ん?」

「あんた、あたしがいなくて寂しかった?」

 

 問いを受けて、一夏は苦笑する。

 

「当たり前だろ。そりゃ、弾や数馬はいたけど……お前がいないと物足りなかったさ」

「そっか……うん! それならいいのよ!」

 

 ずいと顔を寄せて、鈴は一夏の目を覗き込んだ。

 距離の近さに、どきりと心臓が跳ねる。それは彼女も同じらしく、よく見れば耳が真っ赤になっていた。

 

「あたしは何もかもつまんなかったわ。あんたがいなくて──でも、これからは一緒でしょ?」

「……そうだな」

 

 ふと考えることがある。いつか師匠に追いつけたとして。

 その時自分はどんな姿なのだろうか。自分の周りには、誰がいるのだろうか。

 

(……今ここにある世界を、守りたいと思う。それはきっと、()()()()()()()()()()()()()と願っているからだ)

 

 いつまでも、みんなと居られたら。

 五年後も十年後も、絶えず、大切な仲間たちの笑顔を見ることが出来たら。

 

 織斑一夏は、心の底からそう願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよ進退窮まりつつあった。

 鈴との会話は信念を再確認するいい契機だったが、それはそれ、これはこれだ。

 

「まだお買い上げになっていないのです?」

「ああ、ピンと来るのがなくってさ」

 

 ものは試しと、再度女性用ファッションフロアに舞い戻った。

 やはり何も分からないが、時間を鑑みれば早急に選択しなければまずい。

 セシリアが、女性向けの雑貨店で一人冷や汗をだらだらと流す一夏を見かねて声をかけるのは当然だった。

 

「なんというか、無理に筋道立てて選ぶ必要はないと思いますわよ? ぶっちゃけ何を贈っても喜ぶと思いますわ」

「ホントかよ」

 

 一夏は目の前にあった、黒いレザー製のチョーカーを手に取った。

 

「これでも喜ぶのか?」

「喜びますが新しい扉を開く可能性がありますわね

 

 顎に指を当てながら、セシリアは神妙な表情で告げた。

 新しい扉とは何だろう。果てしなく気になる。

 しかし、聞かない方がいい気がして、一夏は黙ってチョーカーを棚に戻した。

 

「だけどな……結構、箒には感謝してるんだ。だから、ちゃんと選びたいって思う」

「そういった気概があるのなら否定するわけにもいきませんわね……」

「分かってくれるか。お前にもいるだろ、そういう相手」

「…………居ますわね。今、目の前に」

 

 数秒黙ってからの発言。

 一夏は周囲を見渡して、それから訝しげに眉根を寄せた。

 

「……どこだ?」

「アナタ本当にそういうところですわよ」

 

 セシリアなりに思い切った発言だったのだが、唐変木は平然と無力化した。

 額に青筋を浮かべながら、セシリアは一夏の鼻筋に人差し指を突きつける。

 

「アナタですわ! ア・ナ・タ!」

「お、おお……なんか今の、新妻っぽかったくないか……?」

「頭にウジ虫でも湧いていらっしゃるのですか?」

 

 ていうかそういうことはマジで箒に言え、とセシリアは半眼で唯一の男性操縦者を睨む。

 

「確かに……そうだな。俺もお前との出会いには、感謝してる」

「ええ、わたくしもですわ」

 

 告げて、セシリアはその場で舞うように一回転した。

 裾の長いスカートがふわりと浮く。舞台の上みたいだな、と一夏はどこか他人事のように感じた。

 

「待っていたのです。共鳴しながら、競い合い、高め合える相手との出会い……それをわたくしは、心のどこかで、ずっと待っていたのです」

「光栄な話だな。だけど俺は違う。待ってなんかいなかった。突然期待されて、背負わされて、何もかもが苦痛だった──それを、お前が変えた」

 

 今までとは逆だった。

 きっかけを与えて、変化の起こりになってきた一夏だが。

 セシリア・オルコットだけは、違う。

 

「……待っていたってのは、俺の台詞なのかもな」

 

 だって彼女がいなければ、今の自分はないから。

 だって彼女と出会えなければ、自分はいつまでも燻っていただろうから。

 

「だから、ありがとう、セシリア。俺は──お前と会えて、本当に良かった……」

 

 心の底からの感謝を告げて。

 一夏が浮かべていたのは、優しい、日だまりのような笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

(もしも、世界が終わる日が来ても……貴方は最後まで戦うのでしょうね)

 

 結局プレゼントを見付けられず、別のフロアへ向かう一夏の背中を見ながら。

 セシリアはそう述懐した。

 予測ではなく、確信だった。

 

(目に宿る焔を見れば、分かります。そして……この世界は、そう遠くない内に、()()()()()()()()()()

 

 それもまた、予測ではなく確信だった。

 オルコット家の情報網──亡国機業が壊滅した今もまだ、戦乱は続いている。情報をキャッチしていた。

 また米軍の最新鋭試作機の暴走も、耳に入っている。

 超兵器の台頭により、地球のパワーバランスはひどく歪なものになった。そのまま運営しようとすれば、どこかで一気に無理が出てくるのを、誰もが承知している。

 

(その時……世界の行く末を左右するような決戦があるのなら。一夏さんは迷わず飛び込むでしょう。彼の世界を守るために、全身全霊で剣を振るうでしょう)

 

 セシリアは自分の手を見た。銃のグリップを握り続け、淑女と呼ぶには角張り、力強さを感じさせる白い手。

 強く、強く拳を握る。

 

 

()()()。その時、わたくしは──)

 

 

 

 

 

 

 

「むむっ」

 

 一つ下のフロア。

 今まではスルーしていたが、一夏はここに来て鬼札を切るべきだと確信した。

 彼が立ち止まっているのは、浴衣や和服のレンタルサービスを行っている店舗。必然、それらに付随する小物も取り扱っている。

 

(箒にうってつけのフィールド。素人知識で贈れば火傷するだろうけど……)

 

 突破口は、ここにしかない。

 意を決して一夏は店内に踏み入った。

 

「む。おりむーもここに来たか」

「うおッ……東雲さんもか」

 

 踏み入った途端、入り口傍の陳列棚を覗き込んでいた師匠と視線がかち合う。

 

「当方は帯にしようと思ってな。既に発注させてもらった」

「お、帯か……」

「うむ。デザインなどの打ち合わせを簡単にさせてもらった。後は臨海学校の旅館に届くのを待つだけだ」

 

 思わず一夏は頬を引きつらせた。

 完全なる個人受注──必然、相応の値が張る代物だ。それを友人へのプレゼントにこともなさげに選ぶとは。

 

(そういやこの人、結構長いこと代表候補生をやってるはずなんだよな……なんだかんだで、住んでる世界は、違うのか……)

 

 姉に世界最強を持つとはいえ、一夏自身は経済的に裕福だったとは言い難い。

 今持っている一軒家を一括で買って以来は大きな買い物もしていない。

 貯蓄額は相当に貯まっているものの、金銭感覚は庶民の域に留まっていた。

 

「この店はさほど悪くない……ショッピングモールに出店している分、やや大量生産品のきらいはあるが、どれも品質は良いぞ」

「へ、へぇ……」

 

 軽く店内を見渡すが、さっぱり分からなかった。

 口ぶりからして東雲は和服に縁があるのだろうか。日本代表候補生は正式な場において和装しているのだとしたら、知識量は段違いだろう。

 何も分からないまま、一応商品を物色する。さすがに一着丸ごとは買えない。財布とカード残高の数字が脳裏にちらつく。

 

(だ、だめだ……小物類しか選択肢がねえ……)

 

 うなだれながら、東雲が佇む小物コーナーへと戻る。

 何かちょうど良いものはないかと見ていれば。

 ふと、視線が留まった。

 

「組紐……」

 

 それは絹糸などを編み込んで製作された、色鮮やかな飾り紐だった。

 歴史ある、伝統的な工芸作品だ。

 一夏はそれを手に取った。滑らかな肌触り。箒の黒髪には、特段映えるだろう。

 

「──これにする。これがいいな」

「良い選択だと判断する。箒ちゃんも喜ぶだろう」

 

 直感も理論も、これが良いと告げていた。

 レジで手早く購入すると、贈り物用のラッピングを追加注文する。

 番号札を手渡されて、一夏は様々な浴衣を流し見ながら、東雲の元に戻った。

 

「購入は済んだか」

「ああ。素人知識で選んだけど……喜んでくれたら良いな」

「喜ぶさ。当方も喜ぶ。箒ちゃんだって、喜んでくれる」

 

 師匠に背を押され、照れくさくなって頬を掻いた。

 これ以上ない太鼓判である。どうにもむずがゆく、一夏は話題を切り替えようと咳払いを挟んだ。

 

「それならさ……いつか、東雲さんに贈り物をする時も、ここで選ぼうかな」

「当方に、贈り物?」

 

 棚から目を離し、東雲は首を傾げる。

 一夏は思わず苦笑した。

 

「誕生日だよ、誕生日。箒にあげたみたいに、いつかは来るだろ」

「…………誕生日。この世界に生まれた日、という認識で合っているな?」

「どこで躓いてるんだよ」

 

 さすがに誕生日の概念を説明しろと言われたら、言葉に窮する可能性が高い。

 

「ていうかよく考えたら俺、知らないんだよな……東雲さんって、誕生日いつなんだ?」

()()()()

 

 

 ──即答、だった。

 

 

 ハッと一夏は東雲の横顔を見た。

 彼女の紅い瞳には、何の感情の色も宿っていなかった。

 

「誕生日に該当する、当方が生み出された日は存在するのだろうが……それを当方は知らない。そもそも、おりむーと出会う前の当方は、生きていたとは言い難い。アレはただ()()()()()()()()()()()

 

 淡々と紡がれる言葉。

 余計な揺れがないからこそ、それが純粋な当人の認識なのだと、否が応でも伝わる。伝わってしまう。

 何かを言おうとして、無様に呼吸音を漏らした。かける言葉が見つからなかった。

 

(……おれ、は。俺はまだ、彼女のことを、何も知らない……)

 

 今更だというのに、打ちのめされるような衝撃があった。

 考えてみれば当然だ。自分を導いてくれる眼前の少女に関して、彼は何もかもを知らさなすぎる。

 

「……だが」

 

 言葉を失っている一夏に対して。

 東雲はふと向き直った。いつも見る冷淡な無表情だった。

 

 

「強いて言うのなら──其方と出会った日だな」

「…………え?」

 

 

 数秒、呆けていた。

 思いがけない台詞が、一夏から思考力を奪った。

 

「うむ。おりむーと出会った日が誕生日でいい。それがいいな」

「そ、そんな適当な……!」

「適当ではない。()()()()()()()()()

 

 癪に障ったのか、東雲がやや語気を荒げる。それは深い付き合いのある相手でなければ分からないほど微細なものだった。

 

「当方は……おりむーと。織斑一夏と出会って、やっと人生を始めたのだ。それを十全に自覚している。ただ呼吸し、敵を殺傷する戦闘マシーンではなく。東雲令という人間としての人生は……其方と出会ってから、始まったのだ」

「……ッ!」

「だから単純だろう? 入学式の日、其方が当方をトム・クルーズだなどと呼んだ時だ。あの瞬間から、当方の人生は始まった」

 

 満足げに頷く師匠を見て、一夏は思わず息を呑んだ。

 途方もない重圧を感じた──今まで、意識していなかった。ただ自然体であり続ける彼女だけを見ていた。

 だけど。

 

(……俺が、変えた……か)

 

 思えば楯無も同じことを言っていた。

 自分は誰かの人生を変えるような、大した男ではない。一夏はそれを重々承知している。

 だけど。

 そんな自分でも、きっかけを生み出すことができているというのなら。

 

「……ああ。分かった。分かったよ……だけどな、東雲さん」

「む?」

 

 一夏は数秒、沈黙を挟んだ。

 息を吸い、意を決して口火を切る。

 

()()()()()()。これからも俺は……君の人生を変え続けてみせる。今以上の歓びや、今以上の幸福を、必ずもたらしてみせる」

 

 真正面から向き直り、一夏は東雲の両肩に手を置いた。

 

「今この瞬間が最高値じゃない。ずっとずっと、更新してみせる。勿論、俺一人じゃできないと思う……だけど、みんなと一緒なら。東雲さんを、東雲令っていう少女を、幸せに出来るはずだ」

 

 瞳に敬愛する師匠を映し込み。

 少年はどこまでも真っ直ぐに──切なる宣誓を、口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんだ? 皆でお金を出し合って新品の専用換装装備(オートクチュール)でも買ってくれるのか?

 

 東雲だけ個別ルートCGを回収し損ねましたが、仕様なので問題ありません(震え声)

 

(それはそれとして、何時だ……当方が人造人間の失敗作であることを何時切り出せばいい……何時ならおりむーの同情を引ける……?

 

 は?

 いや……は?

 

(どうにか同じ境遇であることをアピールして親密度を上げていきたいところだが、如何せんタイミングが掴めない。かんちゃんも言っていた。過去が重いほどに高ポイントだと! メインヒロインというものは、暗い過去を背負ってナンボだと! やっぱり当方がナンバーワン!)

 

 もうやめて! 一夏のライフはゼロよ!

 

 

 

 

 











確かに感想返信では東雲は自分の境遇を理解してないと言ったが
本編ではどちらにも取れるようなことしか書いていない
つまり過去の意志を嘘で欺き設定を変更することが可能なのである(ワザップ)

まあアレですね
ライブ感で小説を書いているので脳内設定が二転三転する錯者特有のガバですね
うるせ~!知らね~!瞬瞬必生!
ゆるして(命乞い)


次回
73.海に着いたら十三手(オーシャンズ・サーティーン)



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73.海に着いたら十三手(オーシャンズ・サーティーン)

 

 

 


ISLRY / アイエスレイヤー @ISLRY

(前回までのあらすじ:白い砂浜に蒼い海が待つIS学園臨海学校。旅館へ向かうネオサイバー・バスに乗り込んだピンクブレイン専用機持ち達は、ブレイコー・タイムを前に胸を高鳴らせる。だがその裏では、オリムラ・イチカ抹殺計画を企てるシルバリオ・ゴスペルの影が蠢いていた……)


 

 

 

ISLRY / アイエスレイヤー @ISLRY

ワン・サマー・ゴー・トゥ・インセスト・シー #1

 

 

 


ISLRY / アイエスレイヤー @ISLRY

<親愛なるアイエスレイヤー読者のみなさんへ>

もう最終章間近とあって、積み重なったオリジナル設定を把握するのは熟練のアイエスヘッズたちも困難になってきたことでしょう。受けておくべきインストラクションはただ一つです。『ジッサイ箒ちゃんはカワイイヤッター!』


 

 


ISLRY / アイエスレイヤー @ISLRY

「ちょっと!アンタずるしてるでしょ!」ネオサイバー・バスに怒号が響き渡る。怒髪天を衝くのは、中国代表候補生ファン・リンインであった。車内にはトランプ・カードが噴水のように舞い散っている。学園謹製の非イカサマトランプ(アンチ・マークド・デック)だ。「イカサマはブッダがお見通しよ!大人しくお縄に──」


 

 


ISLRY / アイエスレイヤー @ISLRY

「イヤーッ!」「グワーッ!」豪雨を浴びる犬が如き遠吠えを上げていたリンが、突如として座席から転がり落ちる!ネオサイバー・バスとはかりそめの姿。ここは世界の果ての学生専用カジノ。弱者の舌先三寸には何の価値もないのだ!「当方は一手(フルハウス)で勝利すると告げたはずだ。イヤーッ!」


 

 


ISLRY / アイエスレイヤー @ISLRY

「アバーッ!」凄まじきカラテを受け、床に転がっていたリンが触覚のような髪ごとのたうち回る。中国四千年の歴史が詰まったツインテールはダイヤモンドが如き美しさであった。しかし美は暴力の前に無力である。勝者の方こそがジッサイキレイ!「当方の勝ちだ。バンリ・チョウジョウに帰るといい」


 

 


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鮮血を煮詰めた深紅眼!濡れ烏の群れと言うべき純黒の髪!平坦なバスト!「当方の勝利に一点の曇りなし。次は誰だ」「アイエエエ……」「シノノメ=サンコワイ!」「ブッダシット!」圧倒的なカラテを前にモータルたちが泡を吹く。それは一人の少女であった。『世界最強の再来』こと、シノノメ・レイ!


 

 


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「居ないのか……」シノノメは周囲を見て残念そうに言った。元より彼女に勝負を挑む気概がある者はそういない。故にリンが真っ向勝負を仕掛けてきたのはグッドラックである。しかし歴戦のソルジャーだったリンすらコンマ数秒でカジノの現代オブジェと化した。もはやシノノメの暴虐を止められる者は居ない!


 

 


ISLRY / アイエスレイヤー @ISLRY

不機嫌そうにシノノメが唇を尖らせる。付随する圧だけでモータルたちはのたうち回った。「グワーッ!」「オボボーッ!」罪なき子羊たちの悲鳴が響く。おおブッダよ寝ているのですか!しかしここはマッポーの賭博バス。望外の幸運は一挙に訪れる!「ドーモ、シノノメ=サン。オリムラ・イチカです」


 

 


ISLRY / アイエスレイヤー @ISLRY

現れたのは黒髪の精悍な男であった。「ドーモ、イチカ=サン。シノノメ・レイです」シノノメはオジギを返す。顔を上げると同時、両者がネオサイバー・バスの座席テーブルにトランプ・カードを叩きつけた。反動に周囲のモータルがひっくり返る。シノノメの手札は『J・J・J・K・K』のフルハウス!


 

 


ISLRY / アイエスレイヤー @ISLRY

「当方の勝利である」ワザマエ!モータルはおろか並大抵の専用機持ちでは敵わぬその手札。しかしイチカは顔色一つ変えず自分のカードを見せつけた。並ぶは『10・J・Q・K・A』のスート!「ロイヤルストレート・フラッシュ」「アイエエエ!?」シノノメは生まれて初めて悲鳴を上げた。


 

 


ISLRY / アイエスレイヤー @ISLRY

イチカはライトノベルのヒーローであり、唯一無二の男である。そんな彼にスコールが如き女神の恩恵が降り注がないはずもない。「キャー!イチカ=サンステキ!」周囲にまき散らされていたモータルらが黄色い悲鳴を上げる。イチカの周囲はあっという間にうら若き乙女たちで埋まった!


 

 


ISLRY / アイエスレイヤー @ISLRY

オイ我が弟子に何してる殺すぞ

「東雲さん、負けるたびにガチの声出すの止めてくれ。他の子が泣く」


 

 


ISLRY / アイエスレイヤー @ISLRY

(第七部「インビクタス・ソルジャー」より:「ワン・サマー・ゴー・トゥ・インセスト・シー」#1 終わり。#2へ続く)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ何? 何? 今の何?」

「どうしたおりむー」

 

 臨海学校当日。

 旅館まで生徒らを運ぶ最新鋭のバスから下りて、一夏は最速で頬を引きつらせた。

 

「いや……俺の記憶が確かなら、俺たちのバス内トランプ勝負がなんかwikiとか作られてそうな感じになってた気がしてさ」

「……? おりむー、疲れているのか……?」

 

 天然ボケ気味な師匠に真面目な心配を食らい、一夏は無言になった。

 言われてみれば自分の発言は熱に浮かされたうわごとレベルの代物である。

 

「いや、多分気のせいだったわ……」

「そうか。それならいい」

 

 釈然としないものを感じながらも、一夏は頭を振って雑念を追い出した。

 ここから先は、純粋に楽しみ、謳歌するべき時間だ。

 

「絶好の海日より、というやつだろう? 当方は初体験だが、運に恵まれたな」

 

 東雲はバスの停まった駐車場から、海を見渡す。

 慣れない潮風を浴びて目を細めていると──いつの間にか、専用機持ちと一組のクラスメイトらが、東雲を起点に横一列に並んでいた。

 

「よし、アレをやるぞ」

「やりましょうか」

「やるわよ」

「やろっか」

「やるしかあるまい」

「やろう……」

 

 箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪の順であった。

 何が何だか分からず、東雲が訝しげに眉根を寄せる。

 

「……おりむー。『アレ』とは一体……」

「ああ──『アレ』か!」

 

 隣を見れば弟子も目を輝かせウキウキしているではないか。

 何が始まる。まさか暴走した最新鋭のISでも強襲してくるのか、と東雲が身構えていると。

 一組生徒らは鞄を振り上げ、両足をバネにして、全員同時に飛び上がった。

 

 

 

『海だああああああああああああ!!』

 

 

 

「…………は?」

 

 珍しく、東雲が目を丸くして、ぽかんと口を開く。

 

(何、だ──何だ? 『海だ』……その通りだ。うむ。海だな。何故叫ぶ? 通過儀礼的なものなのか? どこにそんな必要性が?)

 

 一人乗り遅れた少女を捨て置いて、着地した生徒らはワイワイと騒いでいた。

 後ろでは呆れた表情の千冬と苦笑する山田先生が、仕方ないと言わんばかりに見守っている。つまるところ、今の奇行を許容しているのだ。

 何よりも──愛弟子が楽しそうに笑顔を浮かべている。

 ならば。

 

「……うみだー」

 

 片手を小さく掲げて、ほとんど呟きに近い声量で東雲も乗っかってみた。

 

「オッ! 東雲さんもはしゃいでる感じか!?」

「……其方程では、ないな……」

 

 愛弟子の問いに対して、『世界最強の再来』は困惑の声を返す。

 

「でも海に来るのは初めてだったっけ。準備とか、大丈夫か? 東雲さんは持ってないだろうと思って、日焼け止めとか日傘とか、サングラスとか、ビーチパラソルとか浮き輪とか酸素ボンベとか持ってきたんだけど……」

 

 足下の旅行用鞄から一夏がひょいひょいと師匠用の海装備を取り出す。

 周囲に居た生徒ら全員が、思わず真顔になった──弟子っていうかお母さんだろこれ。

 

「舐めるなよ、鬼剣使い。当方とて海の心得はあるぞ、見ろ──」

「……ッ!?」

 

 だが世話を焼かれっぱなしで、東雲が引き下がるはずもない。

 彼女もまた旅行用鞄を開き、その中から持ち込んだ装備を引っ張り出した。

 

「──竹とセラミックで作られたニードルガンだ。武装勢力に旅館が制圧された際、金属探知を潜り抜ける必要がある」

「初手でゼロ点を叩き出してきたな……」

 

 臨海学校は戦場じゃないんだぞ、と一夏は頬を引きつらせる。

 だが東雲は軽くニードルガンをガンスピンさせ脚の付け根のホルスターに収納すると(スカートがめくれ上がり、白い太ももが露出して一夏は顔を背けた。その挙動を見た箒は思いっきり彼の耳をつねった)、次なるブツを出していく。

 

「これは板ガムに見せかけたC-4だ。こっちの口紅型の雷管を用いて起爆させる」

「何を? 何を爆破するんだ?」

「次は防弾性素材を編み込んだバスタオル。この特殊素材のサバイバルナイフで裂けば捕縛術にも使えるぞ」

「なんで常に誰かと戦ってるんだよ。海に何しに来たんだ」

「あと、ネットでサメ避けの軟膏も買ってきた」

「サメすらも考慮してるのか……ていうか効くのかなそれ……」

 

 出てくるわ出てくるわ、間違いなくこの臨海学校で使われないであろう装備群。

 一流のIS乗りであるからこそ、ISを使えない状態も想定しているのだろう。確かに人質を取られ解除を要求されては、超兵器といえども意味がない。

 

「というわけで、ご覧の通り、万全だ」

「どっちかっつーと、ご覧の有様よ……」

 

 広げられた東雲印のグッズ類を見て鈴が苦言を呈する。

 

「令。水着や替えの下着類はちゃんと持ってきたんだろうな」

 

 さすがに心配になったのか、箒はサメ避けの軟膏ケースをつまみ上げながら問うた。

 これだけ無駄な物を持ってきていれば最悪、本当に必要な物を持ってきていない可能性すらある。

 

「ちゃんと持ってきたぞ。何せ、箒ちゃんが選んでくれた水着だからな」

「……む。そ、そうか……なら、いい」

 

 ストレートな言葉に、箒はやや頬を赤く染めながら、目をそらした。

 東雲が想起するはレゾナンスでの買い物。

 

『ふむ。令ならば何でも似合うだろうと思っていたが──訂正が必要だな』

『……やはり、当方にこのような華美な衣装は似合わないだろう?』

『違う、間違っているぞ。()()()()()()()()()んだ』

 

 親友からの言葉を聞いて。

 東雲がどれほど喜んでいたのか、箒は知らない。

 今まで縁のなかった世界を見せてくれ、手を引いてくれたこと。それにどれほど感謝しているのか、知らないのだ。

 

『……そうか。当方に、似合うのか』

『ああ。令はスレンダーな体型だから水着のデザインがよく映える』

『同意見ですわ。その無駄のない洗練された身体つきは、IS乗りとしてだけでなく、女としても羨ましく感じます』

『いいなあ……そのデザインの水着、僕だとちょうどいいサイズがないんだよね……

 

 同時に、悪意のない言葉に、どれほどメンタルを痛めつけられたかも、知らないだろう。

 遠巻きに鈴とラウラと簪が『うわぁ……』みたいな顔をしていたのがやけに印象強い。自分じゃなくて良かったと、心の底から彼女たちは安堵していた。

 控えめに言って生き地獄である。

 

「五年後だ。見ていろ……五カ年計画だ……覚えていろ……!」

「……?」

 

 何やらブツブツと呟いている東雲を見て、箒とセシリアとシャルロットは首を傾げた。

 一方で、彼女の言葉に何やら別の反応を示したのは一夏である。

 

「五カ年計画……なんか聞いたことあるな」

「当然だろう。歴史の授業で習ったはずだ」

「ああ、ラウラ。いや、違う……そうだ。中学に入学したての頃、鈴が言ってたんだよ」

 

 思い出せそうで思い出せないモノが出てきて、一夏は手を打つ。

 東雲は真顔になって鈴を見た。

 サッと中華娘が顔を逸らす。絶対同じ計画を立てていた。そして……三年経ち、成果は……得られたようには見えない……

 

「…………」

 

 未来は不定形だから。

 現在という何物にも代えがたい刹那の積み重ねが明日を紡ぐから。

 誰も人の未来を奪うことはできないから。

 言い訳に言い訳を重ね、東雲は何も聞かなかったことにした。

 

 

 それはそれとして。

 

 

「──で、替えの下着とは何だ?」

「えっ」

「えっ」

 

 

 東雲は普通に忘れ物もしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(え? 下着って支給されねえの?)

 

 この女、基本的に衣類は支給品と捉えていやがる──!

 

(それにしても海だからといって、みんなはしゃいでいるな。いや……当方も人のことは言えまい)

 

 チラリと、自分の旅行用鞄を見た。

 諸々を取り出したのは先制攻撃である。本当に秘匿するべきモノは鞄の二重底に仕込んであった。

 

(おりむーと、海。おりむーと、夏。ストライプスにも『夏は勝負の季節!』と書いてあった)

 

 その深紅眼に意志の焔を宿し。

 少女は真正面から、自分の恋人を見据えて拳を握った。

 

 

(──()()()()ッ!)

 

 

 えっ、なに、それは……

 

 

 

(当方は──一夜(ワンナイト)で勝利する。ゴールインしてみせる……この、レゾナンスのドラッグストアで購入した避妊具(コンドーム)で!)

 

 

 

 夏の旅行イベントにゴム持ち込むメインヒロインがいるってマジ??

 

 

 

 

 









コメディパートが楽しくなっちゃって
三分割しました

は?



次回
74.臨海学校バトルフィールド




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74.臨海学校バトルフィールド

投稿遅れてすみません
メッチャ寝てました


 お世話になる旅館への挨拶を手早く済ませ。

 持参した荷物を各自の部屋(一夏は特例として千冬との二人部屋だった)に置けば、一日目の自由時間が始まった。

 

『ねーねー、せっかくだし織斑君と遊びたくない?』

『それ卍ー! 一回も話さないままとか寂しいしー!』

『てか最近の織斑君マジイケイケだし、アゲぽよじゃないー?』

『それあるー!』

 

 女子更衣室は和気藹々と盛り上がっていた。

 色とりどりの水着を身に纏いながら、少女らが口にしている話題は唯一の男子生徒。

 

「……あいつら、何語喋ってんのよ……ッ!」

「ネオ日本語、的な感じじゃない?」

 

 苛立ちを吐き捨てる鈴の隣で、下着姿のシャルロットが苦笑を浮かべる。

 

「むしろ僕より鈴の方が馴染みありそうだけど?」

「ああいうしゃべり方する連中って、小学生の頃あたしをいじめてた奴らと似てるのよね」

「…………そっかぁ……」

 

 念のため補足しておけば、似ているだけでネオ日本語の使い手が全員元いじめっ子だったわけではない。

 むしろ鈴の低い声に込められたのは完全な私怨である。

 

「それにしても、一夏は人気者だね。こうしている間にも、誰かに声をかけられてるかも」

「はあ? あんた、何を他人事みたいな──」

 

 半眼で隣の少女を見て、鈴は絶句した。

 声はさっきと同じ朗らかさで、気配も何も変わっていない。なのに、シャルロットの目は笑っていなかった。

 

「ふふ。浜辺に着いてさ。一夏が他の女の子と遊んでたら……()()()()()()?」

(何こいつ……怖……)

 

 ハイライトの消えたシャルロットの両眼は本当におぞましい色合いだった。

 静かに数歩後ずされば、反対側の隣で着替えていたセシリアと肩がぶつかる。

 

「あ、ごめんセシリア」

「もう、鈴さん更衣室はあまり広くなくってよ。そりゃあ体積が小さい分、感じにくいかも知れませんが」

「何で初手で最大火力ぶつけてきた? あたし、あんたに何かした?」

 

 まさかの罵倒に鈴は面食らった。

 

「いえ。その、なんというか──自分が少し嫌になりまして」

「?」

「一夏さんが今頃どうしているか……容易に想像がつきますし、多分合っています。なのでその、わたくし、割とあの男の解像度が高いのだな、と……」

 

 本気で歯がゆそうな表情だった。

 それを聞いて、鈴の瞳からもハイライトが抜け落ちた。

 度重なる一騎打ち。常に相手の思考を読み合った。常に相手を意識し、共鳴してきた。

 故にそんじょそこらの女はおろか、幼馴染ですら凌駕するほどに──セシリアは一夏を理解しており、逆もまだ然りなのだと。

 その事実を突きつけられ、セカンド幼馴染は普通に感情を失った。

 鈴の様子には気づかないまま、セシリアは嘆息して告げる。

 

一夏さん(あのおとこ)のことです──どうせ()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「っしゃああああああああああッッ!! 海だああああああああああああッ!!」

 

 

 まあセシリアの予測通り。

 手早く水着に着替えて、一夏は声をかけようとした他クラスの女子らの横をドップラー効果全開で突っ切ると、そのまま最速で海に突撃した。

 彼が穿いている水着はセシリアとの勝負で最初に選んだ黒のトランクスタイプである。

 

「待ておりむー。きちんとこのサメ避け軟膏を塗らなければ……」

「それ、本気で実用性を見込んでたんだ……」

 

 同じく、着替えをさっさと済ませた東雲と簪が彼の後を追いかけてくる。

 

「っとと、悪い。はしゃぎすぎたな……」

 

 海面を割って五十メートルほどを全力で泳いだ後、一夏は慌てて砂浜に戻った。

 顔を上げれば、二人の日本代表候補生の水着姿が目に映る。

 

「……うおぅ」

 

 思わず朴念仁が感嘆の声を上げてしまう程に、二人の姿は美しかった。

 簪は黒の水着を選んでいた。胸元に誂えられたリボンをアクセントにしつつ、スカートが過度な露出を遮り彼女らしい奥ゆかしさを残す。

 

「ふふ。似合ってる?」

「え、あ、おう。似合ってる……」

「そっか、良かった」

 

 生返事であったが、簪は満足そうに頷く。

 

「……令も、見てもらったら?」

「む……見てもらう、というのは、些か不慣れでな……」

 

 隣に佇む東雲に視線を向けて、それきり、一夏は呼吸を忘れた。

 腰まで伸びる黒髪はこんなにも美しかっただろうか。

 真っ白な肌と、瞳に合わせたルビー色のビキニ。フリルのような飾り気を排したそれは、当人の美貌をこれ以上なく際立たせていた。

 

「それにこれは、当方のスレンダーで無駄のない洗練された身体つきに似合う、シャルロットちゃんでは該当するサイズのない水着だぞ」

「令、相当根に持ってるね……」

「何処かの誰かたちが、助け船を出してくれなかったものでな」

 

 素早く簪が視線を逸らした。

 彼女を、東雲令を知る者が見れば唖然とするほどに、感情を表に出したやりとり。声色や表情が動かずとも、付き合いの深い相手であればそれを読み取れる。

 いいや──その変化を読み取れる者にとっては、むしろ自然か。

 かつての氷が動いているような冷徹さはなく。

 そこには一人の、生きた少女がいた。

 

「………………」

「……それで、だ。その……おりむー、やはり気に召さなかったか?」

 

 未だ何の反応も返さない弟子に対して、東雲は恐る恐る問う。

 だが一夏は無言のまま目を限界まで見開き続け、それから息を吐いた。

 

「────俺、これであと一年は戦えるわ……」

「は? 何と戦うのだ?」

 

 ブーメランそっちいったぞ。

 要領を得ない感想に首を傾げていると、砂浜に影が差した。

 

「海か。水着というのはやはり心許ないな」

「お似合いですわよ箒さん。芯の通った美しさですわ」

「フフン。あたしも今回は奮発したのよ! どーよ!」

「いいんじゃないかな。鈴っぽい、活動的な感じがして」

「そうだな……私はその、本当に似合っているのか分からんが……おいシャルロット、そのやけに慈愛に満ちた表情を止めろ」

 

 わいわいと会話を響かせながらやってくる少女たち。

 つまりは、まあ、いつも通りのメンバーが揃った、ということだった。

 

 

 

 

 

 

 

「スイカ割りをしましょう」

 

 クラスメイトらと一通りビーチバレーやら水のかけ合いをやってから。

 セシリアは青いビキニに包まれた胸を張り告げた。

 

「へえ。スイカなんて持ち込んだのね。やるじゃないセシリア。どれくらいあるのよ」

「はい。150個ほど仕入れてきましたわ

「業者か?」

 

 予想を遙かに超えた数字が飛び出て、箒は眉間を揉んだ。

 セシリアが指さした先では、クラスメイトらが思い思いの場所にスイカを配置している。

 まずお目にかかれない数というか、砂浜がスイカ畑のようになってすらいた。

 

「いーじゃねーか。せっかくだ、セシリア。どっちがより多くのスイカを割れるか勝負といこうぜ」

 

 早速一夏が悪い癖を発揮した。

 セシリアも競うようにして立ち上がり、火花を散らせる。

 

「いい度胸ですわ。ではわたくしは持ち込んだAWSを……」

「行くぞ『白式』。俺に力を貸せ……!」

 

 しれっとセシリアはスーツケースから狙撃銃を取り出し、一夏は『雪片弐型』を顕現させ素振りし始めた。

 山田先生が見れば卒倒しそうな光景である。

 

「ちょっと待ったァーッ!」

 

 そうして二人がいそいそと決闘の準備を始めたところで、待ったをかけたのは鈴だ。

 

「セシリア、ちょっとこっちに来なさい」

「む。なんでしょうか」

 

 サプレッサーを取り付けた狙撃銃を持つビキニ姿の美女に、鈴がこしょこしょと内緒話を始めた。

 話を聞き、セシリアは数秒黙り──それから実に良い笑顔を浮かべて、一夏に振り向く。

 それはソドムとゴモラを焼き尽くした天使のような笑みだった。

 

「名案ですわね!」

(ん? 俺もしかして死ぬ?)

 

 一夏の第六感はしっかりと動作していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっそ殺してくれ」

 

 唯一の男性操縦者は炎天下の中で低い声を上げた。

 一組生徒ら合同で作ったスイカ畑。

 最後のアクセントに何かが足りないという話になり、結論は全員が賛成した上で実行に移された。

 

「ころしてくれ」

 

 一夏はスイカ畑のど真ん中に埋められていた。

 天晴れ、という言葉が自然と零れるほどに見事な埋められ方だった。

 首から上だけが綺麗に地面から生えている。どう考えても晒し首だ。

 

「あら、こんなところに不思議なオブジェが」

 

 身動きが取れず呻いていると、満面の笑みを浮かべてセシリアがやって来た。

 彼女はしゃがむ込むと、一夏の頭の上に小石を積み始める。

 

「お前、今の俺をどう思う?」

「労働党の議員みたいですわ」

「それ以上はやめろ」

 

 ブリティッシュ・ジョークに対して、一夏は首を横に振った。

 労働党の議員、砂浜に埋められているのだろうか。

 

「何なんだよこれ。お前ら、俺の尊厳をもてあそんで楽しいか……?」

「ええ、とっっっっっても」

 

 優雅な笑みだった。眩い日差しに、白い歯が照る。

 それはそれとして一夏にとっては不愉快極まりない笑みだった。

 

「ナメやがって、覚えてろよ。解放された瞬間、お前ら全員海の藻屑にしてやる」

「まあまあ、怖いこと」

 

 わざとらしく自分の身体を抱きしめ、セシリアが首を横に振る。

 

「縦によくこんだけ穴掘ったよな。執念がすげえよ。ここまですることないだろ」

「箒さんが二刀であっという間に掘りましたわ。篠ノ之流の応用だとか」

「篠ノ之流、凄えなぁ……!」

 

 無論大嘘である。

 脱出の余地がないことを悟り一夏がうなだれている、一方。

 一組生徒らは順に木刀を握ると、タオルで目隠しをしてスイカを次々と叩き割っていた。

 

「じゃあ、次は僕かな」

 

 オレンジ色のビキニを身に纏ったシャルロットが、視界を塞いだ状態で歩いてくる。

 ともすれば倒錯的な光景だが普通に怖い。一夏の頬を暑さとは異なる理由の汗が伝う。

 

「お、おい……大丈夫なんだよな? 間違っても俺には当てないよな?」

「はは。大丈夫だよ。ぐるぐる回ったけど、アレで三半規管に少しでも影響があったらISなんて動かせない」

 

 一応、機体の方から三半規管を保護するアシストは入るものの、空戦機動適応能力はIS乗りの資質が大きく問われるポイントだ。

 フランスの代表候補生にまで上り詰めた少女にとっては片腹痛いだろう。

 

「じゃあ──往くね」

 

 直後、砂浜+素足の悪条件からは想像できないほど滑らかに少女が加速する。

 一夏や箒、あるいは東雲の加速をずっと近くで見てきた。嫌と言うほどに観察し、思い知らされてきた。ならば自分の血肉に変えない道理はない。

 

「ちょっ、待ッ──」

 

 制止の悲鳴には聞く耳持たず。

 シャルロットが可愛らしい声と共に木刀を振り落とす。

 

 

えいっ♥

 

 ズバァァッッッッ

 

 

 砂浜が、割れた。

 舞い上がった砂が数秒滞空し、それから一夏に降りかかる。

 顔中砂まみれになりながらも、彼は真顔だった。

 

「その斬撃放っといて語尾にハートマーク付けるのは無理があるだろ」

 

 砂浜にいた全員の総意だった。

 シャルロットはタオルを外し、自分が作り上げた惨状を見て顔をしかめた。

 

「あれ? ちゃんと加減したつもりだったんだけどな……」

 

 一夏の真横に置いてあったスイカはきっちり両断されている。

 両断──木刀でやれることではない。普通に人が死ぬ。

 

「チェンジ!」

 

 スイカの赤く、綺麗な断面を見て、一夏はすかさず叫びを上げた。

 生命の危機を感じての絶叫に、やれやれとセシリアが首を振る。

 

「まったくその程度で音を上げていてはなりませんわよ……では、次はわたくしが」

 

 淑女が前に一歩出た。

 同時、ジャキッという鋼鉄の稼働音が響く。

 抱えているのは彼女の母国、イギリス軍が正式採用しているボルトアクション式のライフルだった。

 

「は? 銃刀法違反では?」

「きちんと認可を取りましたわ」

 

 ラウラの疑問に対してセシリアが即座に公文書のコピーを投影する。

 一夏の顔から感情が抜け落ちた。

 

「ですのでわたくし、今ここでは、合法的に発砲することが可能でしてよ」

 

 言うや否や、セシリアはライフルの銃身に取り付けた二脚(バイポッド)を開き、伏射の姿勢で構えた。

 一流を超え超一流の域へ至った彼女にとって──銃を構えたとき、既に狙いは定まっている。

 

「まず一つ」

 

 白い指が丁寧にトリガーを絞ると同時、銃口から放たれた7.62mm弾が狙い過たずスイカを粉砕、砂浜に赤い果汁のシミをつくる。

 一夏はそっと、自分の真横にまき散らされたスイカの破片を見た。

 

「……え? 何? これ何のメタファーだよ。一秒後の俺の姿ってことか?」

 

 顔が引きつっているのが自分でも分かった。どう考えても、直撃したら、死ぬ。

 

「あまり馬鹿にしないでいただけますか?」

 

 タンタンタン、とテンポ良く発砲音が響く。

 そのたびに一夏の真横でスイカが砕け散っていき、飛び散る果汁が彼の顔にかかった。

 もののついでといわんばかりに、先ほどセシリア自身が一夏の頭の上に積んだ小石も、正確無比な狙撃を受けて吹き飛ばされていく。

 

「ちょッ、やめ、やめッ……ヤメロォォーーッ!! 何だ!? 俺に苦痛を味わわせたら高ポイントの遊びでもしてるのか!? そういうコーナーじゃねえからこれ!」

 

 入学以来一番の悲鳴である。

 もはや周囲で打ち砕かれ続けているスイカに親愛の情すら抱いていた。この虐殺を乗り越えて、あの金髪の悪魔に一矢報いる。そんな考えすらあった。しかし現実は無情である。無二の戦友らは断末魔の叫びを上げることすら許されず、木っ端微塵になっていく。

 セシリアが狙撃を続行すべく、空になった弾倉を取り外し、次のマガジンを取り付ける。

 だが再び照準(レティクル)を合わせたとき──彼女の真横を一陣の疾風が通り過ぎた。

 

 

「──()()()()

 

 

 砂浜を爆速で駆け抜けるは最も世界最強に近き戦乙女!

 異名に違わぬ、疾風怒濤の茜嵐──東雲令!

 

「なんで?」

 

 弟子は完全に思考を放棄していた。

 刹那、東雲の深紅眼が閃く。

 両手に保持する木刀が、太陽に照り返し艶やかに光った。

 

 

「当方は──二手で勝利する」

「なんで?」

 

 

 直後、砂浜が爆砕され──織斑一夏は地面から十メートルほど上まで吹き飛ばされ、無事地面に着弾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(みんなが言ってた『おりむーが勝負事を捨ててバカンスで気を休められるように思いっきりふざけよう』というのは、これであってるよな……?)

 

 砕け散った木刀を箒に手渡して──柄しか残らなかった私物を箒はものすごい顔で見ていた──東雲は着弾した一夏に歩み寄りながら首を傾げた。

 残念ながら不正解です。

 

(それにしても滅茶苦茶穴が深くてびっくりした。一手でスイカ割りつつ穴を破壊して二手でスイカ割りつつおりむーを打ち上げる必要があったし、普通にそこらへんのIS乗りの防御より堅牢だったんじゃない?)

 

 なんでそんなド畜生みたいなこと言えるの?

 

 

(とりあえずノルマは達成したし、ここからは二人でイチャイチャデートだ! おりむーもきっと期待に胸を高鳴らせて当方を待ってるだろう! さあ、当方達のラブラブチュッチュはこれからだ──!)

 

 

 まあ織斑君、上半身キレイに砂浜に埋まってて、心肺停止状態なんですけどね。

 

 

 

 

 

 








これがホントの脈なしってな
何でもないです




次回
75.男の戦い


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75.男の戦い

ゼロワン面白すぎて見た後半日ぐらいずっとゼロワンのこと考えちゃうな


「てめえらそこに直れ! 全員叩き切ってやるッッ!」

 

 一夏は激怒した。

 必ず、かの邪智暴虐の女共を除かねばならぬと決意した。

 当然のことである。

 

「きゃー! おりむーが怒ったー!」

 

 悲鳴を上げているのにやたらのほほんとした動きで逃げるクラスメイトの背中を睨み、一夏は足下のスイカを蹴り上げて吠える。

 

「上等だ! お前らもスイカ畑の一員にしてやるよ!」

 

 逃げる女子達を追い回す男一人。

 場所やら年齢が違えば事案だが、流石に今回ばかりは一夏に理があった。

 

「まったく、元気ですわねあの男」

「あんなことしといて……平然とスイカ食べてるセシリアも、大概だけど」

 

 しれっとビーチパラソルの下に居座るセシリアに対し、簪は半眼で告げた。

 ほとんど首謀者というか、誰が最も悪ノリしていたかで言えば間違いなくこの淑女である。

 

「すっかり忘れておりましたが箒さん。お渡しした日焼け止めはきちんと塗りましたか?」

「無論だ」

 

 同じくパラソルの下でスイカをかじっていた箒が、神妙な顔で頷く。

 

「なんというか、肌触りの時点で普段使っているものと違いすぎて怖かったぞ……あり得ないぐらいスッと伸びていった……」

「へー、マジ? ちょっとあたしも気になるかも」

 

 一通りクラスの友人らと水遊びを終え、休憩に来ていた鈴が話に食いついた。

 それだけでなく、歓談していたシャルロットもしっかり耳をそば立てている。年頃の女子にとっては食いつかずにはいられない話題なのだろう。

 

「日焼け止め、か……迷彩用のクリームなら多少は知見があるのだがな」

「ラウラちゃん、その観点から見てもサメ避けクリームはかなり実用性があると当方は思うのだが」

「お前、もういい加減それを捨てた方がいいんじゃないか?」

 

 パラソルの下には入らず、二人で砂の城をせっせと建てていた東雲とラウラがそんな会話をしていた。

 東雲としては一夏と砂浜イチャイチャタイムに入りたかったのだが、彼氏が怒り心頭で女子達を追い回しているので後回しかと了承している。別に後日でも時間はあるのだ、焦る必要はない。

 

「織斑君! ここは尋常な勝負で決めよう!」

「何だって……? 勝負か、いいぜ。四の五の言うより分かりやすい……!」

 

 そうこうしている間にもクラスメイトが一夏をうまいこと釣っていた。

 

「ここにバーベキュー用のコンロと鉄板があるよ! もう分かるよね……!(ヤケクソ)」

「──海の家対決か!」

「うん!? ……うん! そうだよ! うん!」

「上等だ……俺が一番うまく焼きそばを作れるって、お前らの胃に確かめさせてやるぜ──!」

 

 事態は即座にクラスメイトらの手を離れていった。

 どこからともなく取り出した鉢巻きを頭に巻き、一夏はアロハシャツを身に纏い両手にヘラを持つ。

 若さを補うだけの気迫があった。

 誰が見ても、海の家の店主であった。

 

「……箒」

「……なんだ」

「止めなくていいの? アレ」

 

 鈴は完全に呆れかえっていた。

 憮然とした表情でファースト幼馴染は首を横に振る。

 

「止めようとして止められるものなら、やっているさ。むしろ私よりはセシリアの方が──」

「はああああああああああああ!? あの男、何をわたくし抜きで勝負事に臨んでおりますのッ!? 織斑一夏在るところにセシリア・オルコットも在りましてよ!」

 

 話を振ろうとした矢先だった。眩い金髪の残影だけ残して、セシリアが飛び出していった。

 ばびゅーんと走って行く過程で彼女も花柄のエプロンを身に纏う。どうやらちゃっかりISのパーソナライズ機能を使っているらしい。

 

「…………箒」

「…………もう、私に話を振るな……」

 

 心底疲れ切った声色だった。

 だがそこで大慌てで立ち上がったのはラウラと東雲である。

 

「おい!! まさかセシリアが料理を作るのか!? どうして事前に言わなかった──!」

「おい……まさかセシリアが料理を作るのか? どうして事前に言わなかった──」

 

 顔面蒼白のラウラと、両手にフォークを握りそわそわする東雲。

 両者は同様に、セシリアのあとを追って走り出した。

 

「──なんていうかさ。段々分かってきたんだけど」

 

 一組生徒らだけでなく、他クラスの生徒らも何事かと集い始めている。

 職人は衆目の視線など意に介さない。一夏は黙々と野菜を炒めつつ、隣で麺を焦げ目がつくまで焼いていた。ある程度の焦げ目がついたところで水をかけて一気にほぐし、野菜を混ぜ合わせる。少量のガラムマサラを投入すれば香ばしい香りが砂浜に漂いだした。

 そんな光景を見ながら、シャルロットは立ち上がる。

 

「……何が分かってきたんだ?」

「こういうの、参加しなきゃ損なんだな、ってこと!」

 

 言うや否や、シャルロットもまた駆け出した。

 砂浜に残る彼女の足跡を眺めてから、箒は隣を見た。簪と鈴はしばらく黙った後、ゆっくり立ち上がった。

 

「ま、そーかもね。こういうの、いつまであるかも分かんない時間なワケだしさ」

「うん……楽しい思い出は、沢山、欲しいかな」

 

 二人の意見を聞いて、箒は深く頷く。

 臨海学校──なんとなく、大きな節目になる予感がしていた。

 自分にとっても、誰にとっても。

 そして何よりも。

 

(……この胸騒ぎも、気にせずとも良いものだったかもしれない。だが……)

 

 バスに乗り込む前から感じていた予兆。

 セシリアに相談してみれば、涼しい顔で頷かれた。

 

『なるほど。ではわたくしも何か起きた時はすぐ動けるようにしておかねばなりませんわね』

『え? あ、いや……ただなんとなく、だぞ。胸騒ぎがするというだけでな』

『わたくしは何かが起きるかも知れないということを()()()()()()()()()()()()。そして貴女が感覚的に、何かしらの予兆を感じ取ったのであれば──確定です。臨海学校、何かが起きますわよ』

 

 ぎゅっと、胸の前で拳を握った。

 篠ノ之箒の不吉な予感は、ほかならぬ織斑一夏に向けてだったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 海での自由時間を終えて。

 旅館に戻った一同は部屋に用意されていた浴衣に着替えると、夕食時までしばしくつろぐことになった。

 

「いやあ、さすがはIS学園だ。美人ばっかりだぜ」

「それすよねー。さっきすれ違った黒髪で赤目の子なんて凄かったすよ。まあ近寄りがたいっつーか、近づいたらぶった切られそうな感じがしましたけど……」

 

 夕食の仕込みを一通り終えて。

 旅館の男性従業員二人が、用を足しにお手洗いに立ち寄っていた。

 

 二人はそれなりに顔立ちも整い、旅館での仕事も十全にこなせるベテランだった。

 若さこそ失われつつあるが、休日となれば、街に繰り出し夜のネオンを我が物顔で渡り歩く猛者になる。

 人生経験の積み重ねは、二人の佇まいをいわゆる『大人の男性』に昇華していた──が。

 

「見てるだけで空間が華やぐってのはいいもんだな。お客様だから、流石に声かけたりはできねえが」

「そうすねー」

 

 声をかけさえ出来ればと想像し、男たちはニヤリと唇を歪めた。

 下心が表面に出た笑み。しかし悪意があるわけではない。老舗旅館の従業員として、プライドがあった。

 お客様相手に軟派な真似は決してしない。

 だがしないだけであって、やろうと思えば年頃の娘の一人や二人、簡単に釣ることが出来ると。

 

「……っと」

 

 そう二人が小便器に並びながら──男同士でよくある、三つある小便器の内真ん中は空ける位置取りだ──話していたとき。

 入り口から一人、少年が入ってきた。

 浴衣姿。IS学園の貸し切りである以上、宿泊客の服を着て男性用トイレに入ってくる人間は一人しかない。

 

「あ……ども」

 

 軽く会釈をしてきた少年は、世界で唯一の男性操縦者。

 

(お──織斑、一夏……ッ!?)

 

 彼が便所用のスリッパに履き替える間に、思わず二人の男の背筋は伸びていた。

 

(……ッ! 丁度いい。少しばかり確かめてやるか)

(唯一の男が持つ、男の象徴……どんなもんかねえ……!)

 

 見知らぬ相手であろうとも。

 男の『格』で負けるわけにはいかない──それも一回りは年下の少年になど──!

 

「いやあ、君も大変だろう。ウチも女所帯だが、気苦労は多くてね」

「え、はあ……まあ、そうですね。色々大変ですよ」

「先輩の言うとおりだな。オレらですらこれなんだから、織斑君はもっと大変だろう。彼女も作れないんじゃないかな?」

 

 話を振られて、一夏は苦笑を浮かべる。

 

「はは。あんまり考えられてないですね、結構忙しくて」

「そうかな。さっきすれ違ったけど……黒髪で赤目の子なんて、すごくキレイだと思ったよ。少し怖かったけどね……ああいや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうだとしたら男冥利に──」

 

 ──刹那だった。

 トイレの空気が、変わった。

 従業員二人の心臓がドクンと一際大きく跳ねた。背中にぶわっと冷や汗が浮かぶ。

 

(──ッ!? こい、つは……!?)

(この空気……!? スナックのママの前夫が店に来たときの、ママが発してたときの空気にも劣らないだと──!?)

 

 絶対零度の怒気を放っているのは、眼前の少年だった。

 彼は真ん中の小便器を陣取りながらも、静かに息を吐く。

 

「何か……勘違いしているみたいですが」

「な、何かな……?」

()()()()()()()()()()()()

 

 渾身の、解釈違いであった。

 そして二人を更に大きな絶望が襲う。

 一夏が用を足し始めた──その下腹部を見て、二人は顔を引きつらせた。

 

(これは──なんて男だ、唯一の男性操縦者──!)

(冗談じゃねぇッ……! 人を殺す道具かよ……!? これがかつて世界を獲った、『雪片』だっていうのか……ッ!?)

 

 暴力だった。

 圧倒的だった。

 それは、芸術ですらあった。

 

「……まあ、個人の意見ですけどね」

 

 用を終えて、一夏が手洗い場に移動する。その背後で男二人は、思わず膝をつきそうになった。

 自分がいかに矮小な世界で生きてきたのかと思い知らされた。カルチャーショックにすら等しい衝撃だった。

 

「ふ……負けたよ、織斑君」

「ああ。どこかで君を、侮っていたんだろうな……まだオレたちは一皮むけられる、そう思えたよ……」

「……?」

 

 いっそ清々しいほどの笑顔で二人に言われ、一夏は首を傾げる。

 だがただならぬその表情を見つめ直すと、深く頷いた。

 

「何のことか分かりませんが……その敗北を敗北とも思わない心。男と見込みました。頼みがあります」

「ほう──殺し文句だな」 

 

 臨海学校一日目。

 夜は、まだ長い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 部屋でのトランプ大決戦は無事、東雲の優勝で幕を閉じた。

 箒としてはなんとしても一位を奪い取りたかったが、東雲の執拗な妨害──ルールを把握した途端に、馬鹿みたいに強くなった。七並べで永遠に6を止め続けるなどの悪逆非道を平然と行っていた──は他の追随を許さなかった。

 

「カード遊びとはいえ、本気でやると相応に疲れるものだな」

「そうだね。セシリアなんてまだ畳の上でジタバタしてるよ」

 

 シャルロットの指摘通り、金髪の淑女は大概のゲームで最下位に甘んじるという屈辱的な結果だった。

 

「それにしてもこの旅館は広いな。運営も大変だろう」

 

 着慣れない浴衣で動きづらそうにしながら、ラウラが呟く。

 箒、東雲、セシリア、シャルロット、ラウラは一組生徒の専用機持ちとして同室になっていた。

 今は東雲は何やら呼び出しを受けて別行動中、セシリアは部屋で暴れているため、三人行動である。

 

「ああ。男性の従業員も見かけた、力仕事が多いのだろう──と」

 

 噂をすれば影が差す、というべきか。

 夕食の場である宴会会場へ向かう道のりで、ちょうど前方に男性が歩いているのを三人は発見した。

 男性の従業員だろう。旅館のロゴが入った作務衣を着込み、彼はしっかりとした足取りで食事の盆を運んでいる。

 だが箒の観察眼は、その佇まいや足取りを見逃さなかった。

 

(相当──デキる方だな。何処かの道場でよほど鍛練を積んだと見える。しかし、何故従業員を?)

 

 立ち会えば箒といい勝負をするだろう。

 男でありながらここまで練り上げるとは、このご時世に珍しい。

 

(なんとも立派な男だ……それによく見ると身長や体つきが一夏に似ているな)

 

 短く切りそろえられた黒髪。見る者が見れば分かる、極限まで鍛えられた肉体。

 ほう、とラウラやシャルロットですら感嘆の息を漏らすほど、それは芯の通った佇まいだった。

 角を曲がるときに見えた横顔も、想い人そっくりである。鋭いとび色の瞳。見慣れた顔つき。右手首に付けた白いガントレット。最後のは致命的(クリティカル)だった。

 

 ──普通に、一夏本人だった。

 

「はあ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて、箒は彼に駆け寄る。

 足音を聞いて彼は此方に振り向き、一瞬顔を引きつらせた。しかし即座に平静を取り戻し、爽やかな笑みすら浮かべてみせる。

 

「一夏、何をしてるんだ?」

「違います。僕は従業員のオリムラ・D・イチカです」

「一夏、何を言っているんだ……?」

 

 偽名としては最底辺に入るであろう代物だった。

 幼馴染の凶行を目の当たりにして、箒は思わずよろめいて壁に手をつく。

 

「お客様、どうかされましたか?」

「いや……お前、どうかしてるんじゃないのか……?」

 

 ラウラですら引いていた。

 

「あー……この料理ってもしかして、一夏が作ったのかな……」

 

 一方で彼が運んでいたお盆を観察して、シャルロットが手を打つ。

 図星である。一夏がさっと顔を背けた。

 

「お前……まさか、そこまでして令に、自分の料理を……!?」

「ぐっ、しょうがねえだろッ! ここまでしなきゃ、あの人絶対食べてくれねえ!」

 

 ちなみにこの方法では一夏の料理だとは知らずに食べる羽目になるのだが、一夏としてそれは良いのだろうか。

 

「あら、何の騒ぎですの? って──あら? 一夏さん?」

 

 その時、敗北感から復帰したらしいセシリアが後ろから歩いてきた。

 

「セシリア。えっと、かくかくしかじかでね」

「なるほど」

 

 シャルロットがハンドサインで『一夏の料理』『令に食べさせたい』『何故か従業員の格好』と伝えれば、セシリアは呆れたように嘆息する。

 訓練を受けた兵士にとっては口頭よりハンドサインの方が迅速かつ的確に情報伝達を行うことが可能だ。

 

「どうする? 頭を殴って正気に戻すか?」

「うるせえ! 俺はいつだって正気だし全身全霊だ!」

 

 叫ぶと一夏は器用にお盆を片手で持ち直し、箒に振り向いた。

 そのまま彼女を壁際に押し込むと、片手を壁につき、超至近距離で彼女の瞳を覗き込んだ。

 

「箒。頼む。ここが俺の──俺の、戦場なんだ……!」

「……ッ!」

 

 キメ顔。真剣なまなざし。鼻と鼻がこすれ合うほどの距離。

 一般的に『壁ダァン』と呼ばれる必殺の恋愛戦闘技術。

 箒の胸がトゥンクと高鳴った。

 見ているだけなのにシャルロットとラウラの頬すら真っ赤に染まる。

 

 

 

 

 

「いや無理ですわよ。ほらさっさとお着替えなさい」

「あーーーーーーーーーー!! やめて! セシリアやめてゆるして! あああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 数十分後、苦々しい表情で客席に座る一夏と。

 やけにウキウキしながら特定のお盆から料理を食べる箒、シャルロット、ラウラの姿がそこにはあった。

 

 

 

 







最近気づいたんだけど登場しない方がメインヒロインっぽい感じにできますね




次回
76.最後の夜



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76.最後の夜

 夕食を終えて。

 IS学園生徒らはクラス単位で定められた時間にお風呂に入ると、いよいよ消灯時刻を目前としていた。

 

「今年の騒ぎは、例年と比べて特段にひどいな……」

 

 教員用の風呂時間は短く、露天風呂を満喫するにはやや不足していた。

 それでも多少は気分転換になったと、千冬は浴衣姿で廊下を歩きながら呟く。

 

「そうですね。一学年にこれだけ騒ぎの種が詰まっているのって凄いですし! いやホント勘弁して欲しいんですけどね~……」

 

 隣を歩く山田先生もまた、肩を落とし全身で疲労を表現している。

 

「とりあえず私は、岩盤浴に行ってきます……水分を抜かないと……」

「水分……?」

「織斑先生には分からないかもしれませんが、私はすぐにむくんじゃうんですよ~! 体積が……見た目の体積が……ッ」

 

 ぶつぶつと恨み言を連ねながら、山田先生は岩盤浴場への道を歩いて行った。

 首を傾げ、千冬は自分の頬を少し触った。むくみなどという現象とは縁がなかった。

 

(……不要な物質は即座にナノマシンが分解・転換するから、か……)

 

 自分の手を見つめて、千冬は寂しそうに笑う。

 生涯、弟には隠し通すつもりだった。出来る出来ないではなく、そうしなければと思った。背負うのは自分だけでいい。血塗られた運命を知らずに育って欲しかった。

 存在が千年の旅路の果てに完成した()()、だなどと──誰が知りたがるものか。

 

(だが、あいつは乗り越えた。それすら糧にして、上へ上へ、ただ前を向き続けている……)

 

 あの時。

 周囲に居る人々は、一も二もなく一夏の本質を受け止め、受け入れた。

 ひたすらに眩しい光景だった。千冬は涙ぐみそうになる自分を必死に律していた。

 

 

 だって──()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 今でも思い出す。

 自分と弟の一挙一動を観察する人々。白い合金で埋め尽くされた箱庭。解放された後に見てしまった失敗作達。ずっと無機質だった研究者達が、束の機嫌を取ろうと愛想笑いする光景。

 不愉快だった。人類の発展のため、という題目が形骸化していることを、これ以上なく理解した。

 

 だから、束と二人で、全部消した。

 

 なかったことにした。

 一切合切を破壊して。

 あらゆる痕跡を消して。

 関わった人間や存在を知る人間を消去して──

 

 それでも過去は、自分ではなく弟を追いかけてきた。

 

(……まだ若いつもりだったが。感傷に浸るとは、私も歳だな)

 

 深く息を吐いて、千冬はゆっくりと手を握りしめた。

 

「──教官?」

「ん、ああ……ラウラか……」

 

 立ち尽くしている間に、いつの間にかすぐ傍にラウラが居た。

 呼び名を改める余裕すらなかった。

 久しぶりに下の名で呼ばれ、ラウラは微かに頬を赤く染める。

 

「何をしている。消灯時間が近いぞ」

「ハッ……はい。その、良ければ少し、お話をと思いまして……」

 

 千冬は面食らった。

 思わぬ提案だった。臨海学校において、生徒の方から夜の語らいを──それも、最近は愚弟に熱を上げていた少女から──誘われるとは。

 

「……まあ、少しならいいぞ」

「ありがとうございます」

 

 言ってから千冬は後悔した。

 教師として常に肩肘を張っているからか、こうした誘いに素直に乗ることができなくなっている。

 どうせこの後は部屋に戻って、一夏にマッサージをさせてビールを飲むぐらいしかやることがないのだ。ならばもっと夜遅くまで生徒とガールズトークに励んでも良かったかもしれない。

 

(ええい……何を悩んでいる……教師として、次の時代を切り拓くことだけに注力すると誓ったはずだ。それだけの舞台装置に徹すると。そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……)

 

 千冬は頭を振った。

 自分らしくない悩み方だと自覚していたからだ。

 

「教官?」

「いや、なんでもない。それで話とは何だ?」

「はい。今更と言えば今更なのですが──」

 

 ラウラは数度、周囲に誰か居ないかを確認した。

 それから千冬に顔をそっと寄せ、声を少し落とす。

 

 

「教官が一夏の残り湯を愛飲しているというのは本当ですか?」

「それが公式ネタみたいな風潮本当に止めないか?」

 

 

 千冬は強く歯噛みしながら、全身で拒絶を示した。

 風華チルヲの功罪は大きい。

 

「──で。一体全体何の用件だ」

「ハッ……ここのところ、一夏……教官の弟の訓練に関して、新たな方策を打ち出せればと思いまして、是非相談に……」

「嘘だな。貴様が私に嘘をつくときはやや右手が震える」

 

 思わずラウラは自分の右手を押さえた。

 それからハッと千冬の目を見た。

 

「ああ、勿論、今のが嘘だ。()()()……()()()()()()()()()()()()()

「……ッ!!」

 

 フンと鼻を鳴らし、千冬は辺りに視線を巡らせる。

 

「曲がり角に篠ノ之とオルコット。反対側には凰と更識。おまけに天井裏にはデュノアか……随分と大層な布陣を敷いたな。目的を話せ」

「……言うことは出来ません」

「ならばこちらから当てよう。私をどこか別室に送る……例えば、お前の引きつけが成功すれば一夏を部屋から連れ出す。或いは長話に持ち込み、私が酒を飲んで潰れるのを待つ。やりようはいくらでもある。とにかく最終的な目的は、一夏がいる部屋から私を排除することだ。違うか?」

「────」

 

 ラウラは努めて平静を保った。唇も自然体のまま、何のことやらと首を傾げてみせた。

 しかし。

 

「当たりだな。視線のブレが5倍になり、心拍数も上昇。発汗作用も働き始めた……何より今の会話を聞いて、天井裏のデュノアがびくりと肩を震わせたぞ」

「……教官自身が嘘発見器と言い張るおつもりですか。さすがにそれほどの芸当ができるとは思えません」

「そうか? お前はそう思っていないみたいだが?」

 

 言葉が言い切られると同時。

 千冬が神速で踏み込み、ラウラに手を伸ばす──だが空を切った。即座に背後へ飛び退いたラウラは、浴衣の袖から暗器を射出している。

 

鋼糸鉄線(バトルワイヤー)か──」

 

 己の右腕を縛る細い光の糸を見定め、千冬は舌打ちした。

 かつての教え子らしからぬ小技。ラウラの本気度がうかがえる。

 動きに刹那の制限。途端、箒と鈴が飛び出した。

 

(左右からの挟撃! 策を講じているとは思ったが、まさかこれは──!?)

 

 確認すれば、ラウラ以外のメンバーは片耳にインカムを付けていた。

 間違いなく()()()()()()即時行動指示を受けるための代物。

 箒と鈴の突撃を受けて、リアルタイムで生徒らが行動を起こす。天井の板を外したシャルロットが捕縛用のワイヤーアンカーを千冬の左足に巻き付けた。

 

「小癪な!」

 

 思い切り引っ張るが、既にアンカー部を手放したらしくシャルロットとラウラはその場から離脱している。

 同時、コンマ数秒縫い止められた左足に二方向から弾丸が殺到、空中で炸裂すると粘着性の樹脂をばらまく。

 

「トリモチランチャーだと!? どこからそんな代物を持ってきたッ!?」

 

 両足を封じられ、千冬は珍しく狼狽の声を上げる。

 狙撃してきたのは廊下の両端を陣取っているセシリアと簪だ。

 二人は絶えず耳元のインカムに指示を飛ばしている。どうやら指揮官と副指揮官であるようだ。

 

(いや──いやいや、私の弟への夜這いだろうッ!? ここまでするか、こいつら!?)

 

 狼狽している暇はない。左右から箒と鈴が挟撃を仕掛けている。

 千冬は両者の気質をよく知っていた。

 

(ここで手数を減らすッ!)

 

 人類最強は僅かな挙動だけでも、人類最強である。

 ギリギリのタイミングでトリモチを脚力で剥がし、そのまま跳び上がる。狭い廊下の中、左右へ逃げることは出来ない。

 

(そのままぶつかって同士討ちしろ!)

 

 しかし。

 廊下の中央で箒と鈴の視線が交錯した。

 

 

()()()──ッ!」

()()()ぉっ!」

 

 

 な、と千冬は口を半開きにして呆けてしまった。

 激突の寸前、箒は滑らかに身体を後ろへ倒し、スライディングに近い体勢へ移行する。

 鈴の小柄な身体は微かなステップで箒の脚に乗り上げ、即座に箒は片足で彼女を蹴り上げた。

 

「ここで落ちてもらうって言ってんのよ──ッ」

 

 眼前に鈴の顔が迫っていた。

 空中で片腕を取り、軍式拘束術を発動させる。

 

(あたし一人で押さえられるとは思ってない! だから……ッ!)

(追撃!)

(激流ッ!)

(封殺ッッ!!)

 

 即座に近接戦闘装備に切り替えた箒、シャルロット、ラウラが空中へ加勢に来る。

 完全に千冬の予想を凌駕していた。

 三方向からの攻撃が迫る。鈴に腕を取られ、拘束され、身動きの取れない状態。

 

(獲ったァ──ッ!)

 

 勝利を確信し、鈴が唇をつり上げた。

 しかし。

 

「舐めるなよ小娘共──ッ!」

 

 制限されていない片腕で鈴を弾き飛ばし、向かってくる三人を片足であしらう。

 そのまま天井に片手をつくと、弾くようにして一気に地面へ下りた。

 驚嘆の半ばに、それぞれ散開し再ポジショニング。千冬を取り囲む形で代表候補生らが得物を構えた。

 

「……六対一とはいえ。生徒相手にここまで有利を取られるとはな」

 

 私も衰えたものだ、と彼女は苦笑する。

 

「個人の練度も、連携も、十二分以上に磨き上げた──認めよう。お前達はまさしく黄金世代であり、一人一人が国家代表の座に手をかける逸材なのだと」

 

 そう言って、千冬は自分を見つめる生徒らを見渡す。

 

「これが授業の模擬戦なら。或いは、データ取りのための訓練なら。このまま私は本気をセーブし、お前達が一矢報いるようなチャンスを与えても良い。そう思えた」

 

 一同、思わず呆けたように口を半開きにした。

 特にラウラの驚愕はひどかった。まさか千冬が、このようなねぎらいの言葉をかけるとは。

 しかし。

 

 

「だが──弟を渡すことは、断じて認めん」

 

 

 同時。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「フン。やはり劣化しているか……かつての4割もいかんな」

 

 一瞬だった。その変化に気づけたのはセシリアだけであり、さらに彼女がそれを自分の幻覚でないと確信する前に、もう瞳の色合いは元に戻っていた。

 

「私らしくもないが……あえて言おう」

 

 空気が激変したのを、誰もが肌で感じ取った。

 明確な死の予感。箒と鈴の感覚が最大音量で警鐘を鳴らし、戦場を俯瞰するセシリアの天眼が敗北を確定した未来として見据えた。

 

 

 

 

 

「──私は、七手で勝利する」

 

 

 

 

 

 

 直後、千冬がアクセルを踏み込んだ。

 距離を殺し、一瞬で箒を壁に叩きつける。

 

「一手」

 

 初動で近接戦闘の最難関を潰し、他の面々が反応する余地も与えない。

 即座の切り返し──最速で反応した鈴に対して、振り向きざまに完璧なカウンター。突撃のために半加速をかけた姿勢で、鈴が廊下に転がされる。

 

「二手」

 

 次に狙いを定めたのは近いラウラとシャルロット。

 状況をまだ飲み込めていないラウラに対して、浴衣姿とは思えぬ身体捌きで距離を詰める。

 ぎょっとして、ラウラは後退しようとし、天井裏からシャルロットが支援する。

 

「ラウラ早く退いてッ」

「あ、ああ──違うッ! ()()()()()()()()()ッ!」

「三手」

 

 ぎしり、と軍仕込みの戦闘機動が制限された。

 ラウラは自分の右足を見た──先ほど剥がされたワイヤーが、今度はアンカー側を重りにしてラウラの身体に取り付いていた。

 

(いつ、の、間に──!?)

「四手」

 

 そのまま千冬は腕力のみでラウラを真上へ打ち上げた。

 虚を突かれ、シャルロットは動けない。そのままラウラが天井板を突き破り、シャルロットに激突。

 木片と共に二人の身体が落ちてくる。

 

「五手」

 

 結果には頓着せず、千冬は迷うことなくセシリアの方向へと加速する。

 

(……ッ!? 先にわたくしを潰しに来た!?)

 

 改造したトリモチランチャーの弾丸を再装填しながら、セシリアは直線の廊下を真っ直ぐ突き進んでくる千冬に照準を定める。

 発砲。直撃コース。

 しかし千冬は右手を突き出すと、優しく、撫でるようにして──()()()()()()()()()()()()

 

「な、ァッ──!?」

 

 超絶技巧に驚いてる暇はなかった。

 距離を詰めた千冬相手に、セシリアはライフルを振り上げる。発砲をフェイントとした、銃身を斧のように振るう近接戦闘。

 

「六手」

 

 するりと、銃身が千冬の身体を滑った。

 篠ノ之流が誇る絶対的な受け流しの技術。勢いのままに両腕でライフルを奪い取り、セシリアを地面に叩きつけながらターン。

 コンマ数秒後には膝射の体勢で、銃口が反対側の簪に向けられている。

 

「……ッ!?」

「七手──」

 

 トリガーが優しく引き絞られ、二つの弾丸が交錯した。

 千冬の耳を掠めたトリモチランチャーが壁に着弾する。世界最強は一切そちらに気を取られることなく、トリモチ塗れになった簪を冷徹に見据えていた。

 

「ふっ……カウント通りにいかなければ、どうしようかと思ったぞ」

 

 死屍累々の廊下を見渡し、千冬は不敵な笑みを浮かべる。

 ここに、決着はついた──織斑一夏の貞操は姉によって守られたのである。

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……今回は負けましたが、いずれ第二第三の私たちが貴女を倒します……!」

「敗者の戯れ言は聞いていて楽しくないな」

 

 六人を引きずりながら、千冬は自室へと戻る道を歩いていた。

 無様な敗北者六名を肴にしよう、あるいは彼女たちの前でマッサージを受けようという目論見である。

 どんな顔をするだろうかと嫌がらせを真剣に楽しみにしている間に、一夏と千冬の部屋にたどり着く。

 

「戻ったぞ」

 

 ガラリと、千冬は扉を開けた。

 その姿勢のまま凍り付いた。

 

 

 

「あ、千冬姉おかえり。先に東雲さんが来てたからさ、マッサージ先にやっちゃってるぜ」

……んっ♥あっ♥あ♥んぉ♥……りゅ♥……んふ♥ふぉ♥……りゅっ♥……ふぁい♥……ぁあ♥……えぁ♥ひぅう♥ら♥らめぇっ♥ひああぁあっ♥オオォアアア♥♥♥あひっ♥あああああっ♥♥ひああああああああッ♥あっ、あっ♥はぁっ……はっ♥はっ♥あ゛ーっ♥♥イキたくない♥イキたくないのにぃ……♥♥

 

 

 

 布団にうつ伏せの状態で、『世界最強の再来』が部屋中に響くような嬌声を上げていた。

 マッサージの過程で浴衣も半分はだけており、背中が大胆に露出している。

 突然のCG回収を前にして、千冬たちの両眼から光が抜け落ちた。

 

「何で…………何で私を差し置いてマッサージを受けてるんだこいつはァ──ッ!!」

 

 世界最強は吠えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして最後の夜は更けていく。

 誰彼構わず騒動に巻き込まれ、騒がしくも温かい時間が過ぎていく。

 

 嵐の前触れだと、誰が気づいていたのだろう。

 時間は巻き戻せないと、何人が本当に理解出来ていたのだろう。

 

 

 

 

 

 臨海学校宿泊先から遠く。

 遠く、遠く──遠く。

 水平線の向こう側で、光の翼が噴き上がる。

 

 

 

「『銀の皇翼(シルバー・レイ)』、稼働率85%に到達」

「擬似第三形態『救世仕様(サルヴァトーレ)』、稼働率67%に到達」

「高速演算開始……完了。織斑一夏撃破時の損耗率14%。規定値に到達」

「全体経過、必要値の116%と定義。戦闘訓練を終了する」

 

 

 

「──私は『零落白夜』を討ち滅ぼす」

 

 

 

 最後の夜が明けて。

 

 

 最後の朝が、くる。

 

 

 

 

 

 











次回
77.最後の朝




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77.最後の朝

私生活崩壊太郎になってました


 日が昇り始めた早朝。

 一夏はうんとノビをしながら、朝焼けの空の下、浜辺を歩いていた。

 

(……いい朝だ)

 

 水平線の微かに上で、朝日が眩しく輝いていた。

 柔軟体操をした後に軽く砂浜を走る。まだ級友らは起きていない。早朝のトレーニングに励む生徒らも今日ばかりは休んでいる──だが、一夏は休むわけにはいかなかった。

 

(朝風呂を使えるって臨海学校のしおりには書いてあった。使わない手はないな)

 

 追いつきたい相手が、余りにも遠すぎるから。

 一秒でも足を止めたら、彼女は二度と手の届かない所まで行ってしまいそうだから。

 

(…………俺も、いつかは)

 

 走りを止め、息を整えてから、両足に力を込める。始めるのは今までとは違う猛スピードでの疾走。

 無言で砂浜を全力疾走し、一夏は考える。

 彼にとって到達するべき領域はいくつかある。

 

 第一。代表候補生のレベル。試合では上手く戦えているが、結局は一発限りの奇策に頼っている面が大きい。もっと地力を伸ばし、真正面から太刀打ちできるようにならなければならない。

 第二。国家代表のレベル。東雲令相手に二割の確率で勝利できる、日本代表の姿は今でも思い出せる。彼女のように、徹底的に差を詰めて、工夫一つで逆転できるようなレベルまでたどり着かなければならない。

 第三。()()()()()()()()()()()()

 

(いつかは……二人が居る場所に。二人と、真っ向から戦えるように……!)

 

 決意を新たにし、海辺で朝日を浴びながら彼は一人で走り続ける。

 

 ──その姿をじっと観察している少女がいるとも気づかずに。

 

 

 

 

 

(大胸筋が凄いことになっている……もうあれはおっぱいなのでは? だが、当方の方がおっぱいは大きいな……日差しによる錯覚で当方より大きいようにも見えるが、いいや! 当方の方が! おっぱい大きいな!)

 

 そんなところ張り合わなくていいから(良心)

 

 

 

 

 

 愛機のカウントを受けて、一夏は足を止めた。

 繰り返していたのは200メートルの全力疾走。数十秒のインターバルを挟みながら行われるそれは、彼の身体をこれ以上なく酷使していた。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 

 荒く息を吐きながらも、持ってきたスポーツドリンクの水筒がある岩場へと歩く。

 昨日仲良くなった従業員の厚意を受けて、あらかじめ用意していたグレープフルーツベースのドリンクにハチミツやアミノ酸、塩分補給用に天然塩をブレンドした特製ドリンクだ。

 

「む。走り終えたか。ドリンクだ」

「あぁ……ありがとう……」

 

 岩場に腰掛けていた東雲から水筒を受け取り、一夏は特製ドリンクを一気に流し込んだ。

 ぬるめに保温されていた水分が身体に染み渡る。

 走りながらも、浴衣姿の東雲がやって来て水筒のすぐ傍に座り込んだのは見えていた。

 

「おはよう、おりむー。精が出るな」

「おはよう、東雲さん。そうでもないさ。東雲さんだって、随分早起きだ」

「少し事情があってな」

 

 ふーんと聞き流そうとしてから、彼女の瞳が微かに揺れていることに気づいた。

 首を傾げてどうかしたのか? と問えば、東雲は頭を横に振る。

 

「何でもない」

「本当かよ……そういやさっき、従業員さんが言ってたぜ。昨晩仕込みをやっておいた朝食用の具材が減ってたってさ」

「ほう。炊事場に盗みに入るとは、随分と無作法な奴がいたものだ」

「だよなー。ところで、俺は東雲さんがやったと睨んでるんだけど

 

 即座に東雲は顔を背けた。

 余りに露骨な態度を見て、思わず一夏は頬を引きつらせる。

 

「心当たりのある反応じゃねーか。もう確定だろ」

「ない。断じてない。そんなことをするほど当方は卑しくない」

「ふーん……まあ俺は怖くて盗み食いなんて出来ないな。バレた時のことが恐ろしすぎる」

「ほう、おりむーがそこまで怖がるとはな…………ちなみにだが、まったく当方には関係のない話だが、バレたらどうなるんだ?」

「やってるなコレ」

 

 確信を抱いて詰め寄るが、何処吹く風とばかりに東雲は動じない。

 それどころか正面から弟子を見つめ返すと、滔々と言い訳を並べ始めた。

 

「仕方ないだろう。空腹に耐えきれなかったのだ……一学年分もあったのだぞ? 多少の減りは目をつむって然るべきだろう」

「盗み食いしといてこんな図々しいことあるんだな。いいから謝りに行こうぜ。さっきはああ言ったけど、実際二人分とかなら減ったって問題ないだろうし」

「そうだろう。せいぜい食べたのは1クラス分程度だ」

「1クラス分??」

 

 数秒絶句した。

 痛恨の激ヤバやらかしである。

 

「1クラス分って……1クラス分って、やばくね? え、だって1クラス分ってことは、30人分ぐらい? 30人分ってことは……1クラス分だぜ?」

 

 一夏は完全にキャパオーバーしていた。

 誰がどう考えてもつまみ食いの範疇に入る被害ではない。れっきとした営業妨害である。料理漫画における主人公への妨害行為にも等しい。

 1クラス分の朝食を収めたという腹を撫でながら、東雲は息を吐いた。

 

「最高だったぞ」

「何が!?」

 

 言うに事欠いて勝利宣言と来た。

 この師匠は一体何を考えて生きているのか、改めて不安になる。

 

「ていうか、その身体にどうやって入ってるんだ……本当はもっとこう、ぶわっと膨らんでそうだけど」

 

 一夏は両腕を広げて、これぐらいあればおかしくないとアピールする。

 ちょっとしたアドバルーンぐらいの大きさで、それぐらいに広がるにはゴムゴムの実を食べる必要がありそうだった。

 

「……おりむー。一応補足しておくが」

「うん?」

「まっとうな人体はそんなに膨らまないぞ」

「まっとうな人間はそんなに盗み食いしねえよッ!?」

 

 言い返すも、東雲は遺憾極まりないとばかりに頬を少し膨らませている。

 この世間知らずを通り越して馬鹿の頂点に手をかけつつある師匠になんと言ったものか、一夏が頭を抱えていると。

 

「そんなに心配なら確認するといい。当方は既に食物の消化を終えているぞ」

「へ?」

 

 意識外を突く接近──既に熟達した代表候補生と遜色ないレベルの一夏でさえ、近づかれてから気づいた。目と鼻の先に東雲の首筋があった。背中を向けて、彼女はほぼ密着状態で彼にすり寄っていた。

 

「ほら」

「ちょ、あっ──」

 

 手を取られ、されるがままに腹部に腕を回し、身体を抱き寄せるような姿勢。

 いわゆるあすなろ抱きの変化系である。

 

「…………ッ!?!?!?!?」

 

 鼻筋に彼女の優美な黒髪が触れて、思わず一夏は腰を退きそうになった。

 遠いと、それでもいつか並び立ってみせると目指していた少女と、これ以上なく密着している。

 

(ど──どういう状態だよコレ! 意味わかんねえ……! 頭がフットーしそうだ……)

 

 頬が熱い。ひどく熱い。

 自分は今とんでもない顔をしているだろうと自覚し、一夏は彼女が前を向いていることだけが救いだと思った。

 

「おりむー」

「な、なんだよ」

 

 名を呼ばれ、返事をする。それだけで声が震えた。

 一方で東雲の声のトーンに一切の変化はない。

 自分だけが意識しているのではないか、と考えただけでも思春期男子としては恐ろしいモノがあった。

 

 

 

「これ…………すごく、恥ずかしいな」

「え?」

 

 

 

 必死に視線を真上へ上げていた一夏は、ハッと顔を下げた。

 黒髪越しに、彼女の耳が赤く染まっているのが見えた。

 

(しの、のめさん……もしかして。もしかして、照れ──)

「失礼。冷静な思考ができない状態なので、少し冷やしてくる」

 

 腕を振り払い、東雲は猛然と砂浜を疾走した。

 

「え? は、ちょっと東雲さん!?」

 

 そのまま見事な飛び込みで海に突入すると、あっという間に遙か彼方へ泳いでいってしまう。

 バシャバシャバシャ! と派手に水しぶきが上がって、けれどすぐに水しぶきですら水平線と同化していった。

 

「……………」

 

 一夏は自分の手を見た。

 さっきまで腹部に触れていて、彼女の熱が伝わっていて──自分も少し頭を冷やしてから帰ろう、と一夏は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食を食べ、IS学園臨海学校は主目的である新装備試験運用に入ろうとしていた。

 午前から夜にかけて一日を費やし行われるこの試験は、専用機持ちは特に大量の装備をこなさなくてはならないハードな代物である。

 

「大丈夫? ラウラ、ちゃんとご飯食べた? 相当厳しいって話だけど……」

「心配しすぎだ。必要な分の栄養は摂取してある。むしろ食べ過ぎた生徒が吐かないかが心配だぞ」

 

 専用機持ちは集まって、IS運用用のビーチを目指し歩いていた。

 四方を崖に囲まれた特殊スペースは元より機動兵器実験用にISを用いて切り出されたらしく、特殊なルートを歩かなければ中には入れない。

 教師の先導に従い、生徒らがぞろぞろと歩いている中。

 

「あら? 令さんはどちらに?」

「ッ」

 

 いるはずの人物がいないことに気づき、セシリアは首を傾げる。

 その名前を聞いて、一夏の肩が跳ねた。

 

「む、知っているのか?」

「……あ、ああ。いやなんか……朝、凄い勢いで遠泳しに行った……」

「はぁ? 新装備実機テストだって忘れてんじゃないの? あたしも忘れたことにして泳ぎに行けば良かったー」

 

 鈴が頭の後ろで手を組みながら文句を言う。

 一夏はそれに取り合う余裕がなく、今朝の逢い引きにも等しい行いを忘れるべく必死に頭を振っていた。

 

「やたら挙動不審だが……一夏、令と何かあったのか?」

「な、何もねえよッ」

 

 態度が『何かありました』と雄弁に物語っていた。

 少女たちから浴びせられる疑いの視線に顔を背け、一夏はズンズンと大股で訓練用の岩場へ歩き出す。

 が、動揺が身体に出た。

 

「あっ」

 

 慣れない砂浜ということもあってか、脚がもつれた。

 そのまま受け身も取れず、ドッターン! と派手に転び、砂煙が上がった。

 

「……………………」

「…………ブッ、ブッハハハハハハ! ヒーッ! あんたばっかじゃないの何もないとこで転んで! なっさけない! それでも専用機持ちなの!?」

 

 唖然とした表情で仰向けに倒れている一夏を見て、鈴が腹を抱えて笑った。

 

「あんたほんとおバカ! なーにやってんのよ唯一の男性操縦者──」

 

 笑いながら、彼女は一夏の元へと歩み寄り。

 途中で小石を踏んでバランスを崩し、ビッターン! とうつ伏せにすっ転んだ。

 

「…………」

「…………なんか言いなさいよ」

「かける言葉がねえよ」

 

 うつ伏せのまま鈴は低い声を出したが、一夏は目をつむって首を横に振った。

 

「あの、何を遊んでいるのですか?」

「エリートである心構えがまるでないようだな」

「流石に擁護できない」

 

 セシリア、ラウラ、簪があきれ果てたように嘆息する。

 いつまで倒れているつもりだ、と二人に手を伸ばすべくかけよって。

 

 バターン! セシリアが真後ろから飛んできたビーチボールを頭部に受け、もんどり打って転がった。

 ズルベッターン! ラウラがバナナの皮を踏んで流麗な軌道を描き倒れた。

 ドンガラガッシャーン! 簪がウィンドウ操作を誤り空中にIS用装備を展開してしまい、機械に巻き込まれながら横凪ぎに吹き飛ばされた。

 

 三者三様のぶっ倒れ方を見て、思わず箒とシャルロットが真顔で立ち止まる。

 

「えっ何だコレは」

「分からない……ハンター試験でも始まってるのかな……」

 

 うつ伏せの姿勢からセシリアは身体を横に起き上がらせると、優雅に肘を突いて手を顔に添える。

 

「あら失礼な。わたくしコケたわけではないです。ちょっと寝そべってるだけですわ。メガミマガジンのピンナップ用です」

「無理があるだろそれは」

「恐ろしい空間だな。本当に脚がもつれたぞ」

「滑りやすい。とても滑りやすい。だから仕方ない」

「お前らは別だよ。なんかもう別問題だよ。ここ変なパワースポットなのか?」

 

 立ち上がれば、候補生らはとんでもないドジを踏みまくった事実をなかったことにするべく空を見上げた。

 

「ほら、なんとなく磁場が狂ったっていうかさ。身体が危険信号を発して意識とズレた? 的な?」

「的なって自分で言ってるぞお前……」

 

 一夏の言い訳を切って捨てて、箒は嘆息する。

 無理があったかとぼやき、砂を払ってから一同は歩き出した。

 

 まったく全員揃って何をしていたのか、と一夏は呆れながらも笑った。

 

 それはごく普通のありふれた日常で。

 それは一夏がずっと続いて欲しいと願う平穏で。

 

 

 

 だから、安寧が破れるのにはさしたる前兆などないことを、誰もが忘れていたのかも知れない。

 

 

 

 超高高度より接近アラート。

 

 聞き取れたものは僅かだった。

 超スピードで物体が移動し、摩擦に大気が燃える音。

 機械仕掛けの装甲が停止の反動に軋む音。

 

 誰かが何かしらの反応をする暇もなかった。

 隕石が砂浜に降ってきた、と勘違いする生徒もいた。

 爆発じみた砂煙が上がり、浜辺の中央から円状に烈風がまき散らされる。

 咄嗟に顔を庇った一夏たちが恐る恐る手を下げたとき、ソレは悠然と浮遊していた。

 

 

 

 

 

 ────()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「え?」

 

 IS、だった。

 誰がどう見てもそれは、IS──超兵器インフィニット・ストラトスだった。

 ()()()()()()()

 

「何だ、これは」

 

 箒の呆然とした声は全員の内心を表していた。

 流麗なシルバーの装甲が全身を覆っている。

 バイザーは真っ赤に染まり、絶えず何らかのエラーコードを表示しているのが見えた。

 

 そして何よりも、光を凝固させたかのような翼。

 実体のない熱量集合体が、この場において最も()()存在感を放っている。

 

 違う──自分たちが知っているISと、何かが、否何もかもが違う。

 根本の微かなズレから全部が狂ってしまった完成形を見たような違和感。

 

「──零落白夜(おりむらいちか)を発見」

 

 他には何もない。

 いつも通りの仲間達。いつも通りの騒ぎ。いつも通りの光景。

 ただ一点、残酷なまでに眩い、銀色の天使だけが違った。

 

 

【OPEN COMBAT】

 

 

 敵意を感じる暇すらおかずに、愛機が勝手に装甲を顕現させた。織斑一夏の全身が純白の鎧に包まれる。

 乗り手の意志を飛ばして行われる緊急展開。その行為が眼前の天使を、より憤らせるとも知らずに。

 

「──『白式』ッ!?」

「零落白夜の反応値、予測ラインを大幅に超過──迅速な殺害を推奨、実行する」

 

 日常が反転する。

 最後の日常が、終わる。

 

「世界はまだ滅びには至らない。私がそうさせない。私が世界を守る」

「何、を……ッ!?」

「世界を滅ぼす因子は私が滅ぼす。彼女が存命するこの世界を私は守り抜く。故に──」

 

 翼が広がった。青空を埋め尽くし、かき消すようにして羽撃(はばた)いた。

 砂浜を照らし上げる極光は、罪を暴く荘厳な神の裁きにも似ていて。

 

 

 

「──滅びろ、零落白夜(おりむらいちか)

 

 

 

 世界を救うために。

 英雄が、立ち上がった。

 

 

 

 

 







臨海学校にあと7話もかかると判明してガン萎えしてしまった
他と比べて長すぎるだろ劇場版か?
まあ劇場版みたいなもんか……




次回
78.銀翼の救世主



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78.銀翼の救世主

新番組『白銀機甲シルバリオ』、このあとすぐ!


「──皆逃げろッ!」

 

 一夏が間髪容れずに叫べたのは僥倖だった。

 視線が噛み合った刹那、距離が死んだ。銀色のISが加速をかけ、一夏との間合いをゼロにしたのだ。

 顕現させた『雪片弐型』を振りかざす。同様に相手もまた、翼を剣のように振るっていた。

 

(……ッ!? 収束エネルギービームの完全固体化だとッ!?)

 

 間違いない、光の翼はエネルギー集合体でありながら、一分たりとも拡散せず収束されている──即ち第四世代相当の兵装!

 激突した刃と翼が火花を散らし、視界がスパークする。

 即座に一夏はバックブーストをかけた。数瞬前まで彼が居た空間を、他の翼がえぐり取る。

 

「『白式』ッ!」

 

 その間に一夏は視線認識(アイ・ジェスチャー)で眼前の未確認機の照合を取った。

 愛機はすぐさま結果を弾き出す。

 正体不明機──照合、米国製第三世代機『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』。

 

(……ッ!? 本当にこれなのか!? 違う……違いすぎるだろ……!?)

 

 提示された画像は試験運用中のシルエット。背中には実体のマルチユニットを背負っている。装甲もずっとシャープで、実際に相対している機体の鋭利さはない。

 全体的に凶悪さを付与した、個人の改造作と言われれば納得するような変容ぶり。

 

(だけどコアナンバーが合致してる! つまり、アメリカのISが俺を襲ってきてるってことなのか……!?)

 

 意味が分からない上に道理も通らない状況だ。

 

「攻撃を中止して武装を解除しろ! 繰り返す、攻撃を──」

 

 無差別広域通信(オープン・チャネル)と肉声で呼びかけるも、返ってきたのは光の斬撃だった。

 後ろへ下がりつつ、なんとか連撃を弾いていく。一手誤れば即座に胸を貫かれるだろう。

 

(何もかも分からねえ! だけど考えるの止めたら殺される! 向こうは完全に俺を殺すつもりだ!)

 

 一夏の鋭敏な感覚は、敵の濃密な殺意を感知していた。

 あらゆる武装がデータを凌駕している。一挙一動に達人の域の凄みが伴っている。

 何よりも特徴的なのは、その光翼。

 

(防御にも攻撃にも使える──俺の疾風鬼焔(バーストモード)と同質、だけどあっちの方が遙かに()()!)

 

 何故ここまで差があるのか、という主の疑問に応え、『白式』が福音の翼をスキャン。即座に結果を一夏の網膜に投影。

 結果を見て、思わず一夏は瞠目した。

 

(な──()()()()()()()()()I()S()()()……ッ!? 翼の一枚一枚でエネルギーが独立してるのかッ!?)

 

 コアこそないが、翼の内部でエネルギーが循環し、姿を形成しつつ攻防に使用されている。

 外部、即ち福音本体から活動用のエネルギーを受け取り、それを独自運用しているのだ。

 

「──攻撃を続行する」

(こい、つは……ッ、まさか──!?)

 

 翼が一気に膨れ上がった。もはや光と光が結合し、巨大な二振りの大剣と化している。

 天を衝くように振り上げられた刃が、一夏めがけて落ちてきた。『雪片弐型』を横に倒し、左手で刀身を支え真っ向から受け止める。光が激突したとは思えないほど重く低い音──衝撃に一夏の脚が砂浜にめり込んだ。

 

「ぐ、ぎぎぎ……!」

「──攻撃プランをAのまま続行。プランB並びにCを即時移行可能状態へ」

 

 鍔迫り合いの姿勢でせめぎ合う最中。

 拾える情報全てを集め、一夏の思考回路がカチリと音を立てて嵌まる。

 

(間違いない。この翼は──『零落白夜』への対策!)

 

 奇しくもソレは、かつて『世界最強の再来』が苦心した命題と同一のものだった。

 東雲令が同質の必殺技を持つことで対抗しようとしたのとは、まったくの別方向。

 だが、福音だからこそ導き出せた、一撃必殺へのこれ以上ない対抗策。

 

 必ず殺される攻撃を受けなくてはならない──ならば、()()()()()()()()()()

 

 分析通り、翼は攻防一体であり、圧倒的な手数と破壊力を秘めた矛である。

 しかし本質にあるのは、『零落白夜』に対抗できる使い捨ての盾という点なのだ。

 

「お前も……お前も、俺と『白式』に『零落白夜』を使わせようとしてるのかよ……!?」

「──否である」

 

 凜々しい女性の声だった。

 平坦で、機械的で、けれど底冷えするような殺意を孕んだ声だった。

 

使()()()()()使()()()()()()

「……ッ!?」

 

 十二枚翼──光の結集体であるそれらが、突如として目を焼くような輝きを放った。

 閃光による目潰し。コンマ数秒とおかず『白式』が自動で光をカットする。

 だが一夏の意識は、確かに数瞬の空白を生んでいた。

 

(──()()()()!?)

 

 視界がなくとも彼の感覚は作動している。作動しているが故に、確実な未来として敗死を予期した。

 既に翼は十二枚に解かれ、それぞれが切っ先を突きつけている。

 回避する余地がない。どこに跳んでも攻撃が置かれていると理解した。

 そう、一夏一人ならば、ここで死んでいた。

 

「一夏さんッ!」

「こっち!」

 

 蒼い稲妻と橙色の閃光が、一夏の窮地を救った。

 翼のうち一枚を『スターライトmk-Ⅲ』の狙撃が弾き、突っ込んできた『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』の実体シールドが光翼を数枚まとめて押しとどめた。

 

「チィィ──!」

 

 デュノア社製の堅牢なシールド、徹甲榴弾の直撃にすら耐えうる代物──にもかかわらず、福音の翼は一秒とかからずにそれを溶断する。

 だがコンマ数秒であれ、ISバトルの最中では値千金だ。

 一夏は突っ込んできたシャルロットの身体に腕を回すと即座に後退をかけ、宙返りを組み込んで着地、体勢を整えた。ちょうど膝立ちの姿勢で彼女を抱きかかえている姿勢。

 

「ご無事ですか!?」

「ああ、助かったよ! お前たちがいなきゃ死んでた……!」

 

 窮地を脱した。だがまだ息をつく暇もない。

 福音は乱入してきた二人には目もくれず、じっと一夏を見つめていた。

 頭部を覆うバイザーに絶えず反転した赤いエラーコードが表示される。点滅する真っ赤な視線に、一夏は一層強く『雪片弐型』の柄を握りこんだ。

 

(間違いない。俺だ……俺だけを狙ってる!)

 

 光の翼がはためいた。加速の前兆──しかし直後、銀色のボディは真横へと跳んだ。

 

「先に撃ったのはそっちよ!」

「先生達が急行してる、それまで持ちこたえればいい……!」

 

 鈴と簪がISを展開し、それぞれの砲撃装備が火を噴いていた。

 不可視の砲撃と荷電粒子砲は必中を期していた。しかし福音は、小刻みな噴射加速で軽々と避けていく。外れた弾丸が砂浜に着弾し、地面を抉り飛ばし砂煙を上げた。

 異変に気づいたのは鈴が先だった。

 

「え──何!? 照準がズレてる!?」

 

 万能型のIS乗りである二人にとって、この距離なら砲撃は外さない。

 なのに、当たらない。()()()()()()()()

 

「ロックオンすらできないわよ!? どうなってんの……!?」

「ダメ! 火器管制装置(FCS)がスピードに追いつけてない……!」

 

 撃つ前に避けられているような感覚すらあった。

 事実、銃口を向けたときにはもう、その場には居ないのだ。

 

「当てなくて良い! 私たちが離れている間にバラまいてくれ!」

 

 装甲を顕現させた箒が突撃をかけつつ叫ぶ。

 福音は翼を前面に展開させると、篠ノ之流が繰り出す斬撃を一つ一つ叩き落としていった。

 

「明らかに一夏さん狙いです! 下がっていてください!」

「僕が一夏の盾になる! みんなはそいつを押さえて!」

 

 セシリアとシャルロットも陣形に参加し、福音相手に挑む。

 福音は翼をはためかせ、曲線を描くような軌道で攻撃の一切を封殺していく。

 

「……ッ!」

 

 だが刹那、ぎしりと翼が止まった。

 眼帯を外したラウラが右手をかざし、右腕を左手で支え──全身全霊でAICを作動させている。

 言葉はなくとも全員が悟った。今だ、今しかない。

 

「当たれェェェ──ッ!!」

 

 シャルロットがコンマ数秒で全火器を展開。セシリアも鈴も簪も箒も、あらゆる装備を解放した。

 しかし。

 

「──Save in the name of true Love(真の愛の名の下に救済せよ)

 

 謳っていた。

 

「──Save in the name of true Peace(真の平和の名の下に救済せよ)

 

 福音は、謳いながら悠々とAICを引き千切った。

 

「な──ッ!?」

 

 ラウラが反動によろめく。一同が放った攻撃が空を穿つ。

 全員が動けなくなった間隙を見逃すはずもない。今全体に攻撃をばらまけば全員やられる──

 

「──Save in the name of true Justice(真の正義の名の下に救済せよ)

 

 だから福音は、迷うことなく、ただ一夏だけを目指して飛び込んできた。

 

「……ッ!!」

 

 翼からエネルギー弾がばらまかれる。地面を弾くように回避機動を取れば、その先にはもう福音がいた。

 

「こい、つ──!」

 

 無視した。候補生らを全滅させることの出来る絶好のチャンスだった。だがそれを無視して、他の面々などいないかのようにして、ただ一夏だけに攻撃を絞っている。

 戦場には不釣りあいな光景。さながらミュージカルのように、福音は歌声を振りまき、同時に絶死の攻撃をばらまく。

 回避機動を取りながらも、一夏はその歌声に耳を澄ませた。

 

(なん、だ──乗り手が歌ってる? いや違う! ……違う? ()()()()()()()()()()()?)

 

 計算され尽くしたが故の優美な機動。

 そこに一夏は微かな既視感を抱いた。

 切欠をたぐり寄せて、感覚を思考と連動させる。迷いなく彼だけを狙ってくる攻撃を受け流しながらも、一夏の戦闘用思考回路は答えを導き出した。

 

(有人、なのに動きは無人機!)

 

 今までずっと戦ってきたゴーレム・タイプと動きの根幹が同じだった。

 けれど冴えとキレは段違いだ。経験上、最も近しいと連想されるのは──東雲令。

 

「くそっ……!」

 

 翼が振るわれる。退避は間に合わない。右腕を攻撃に挟み受けた──意識が明滅する。吹き飛ばされ、砂浜に転がったことに、遅れて気づいた。

 

「一夏!」

 

 箒の悲鳴が遠い。

 視界がぼやけたままで色しか判別できない。眼前に銀色が迫っていた。

 必死に加速。光の翼の追撃から逃れる。

 

【どうやら運が悪かったようだな】

 

 ISの搭乗者保護機能が、意識を回復させた。

 

【向こうは完全に殺すつもりだぞ、我が主。お前が……いいや。()()()()が生きていることが、よほど許せないと見える】

 

 同時にまた、かつて聞いた声が頭の中に響いていた。

 

【愛と平和、挙げ句の果てには正義ときたか。なるほど確かに、今この世界を生きている存在にとっては、おれたちは最低最悪のウィルスだろう。さしずめ奴は、救世主といったところだな……どうする? 大人しく殺菌されておくか? おれたちを破壊すれば、奴はここからいなくなるだろう。おれの読みでは奴にとってこれは前哨戦。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ハッ、前座のやられ役はさっさと惨めに死ねってか」

 

 声の主は姿を現さない。当然だ。彼はもう一夏の手の中に居るのだから。

 砂浜を蹴るようにして直角にターン、福音の攻撃が地面を抉るのを尻目に、一夏は高高度で反転──銀翼の救世主を見下ろした。

 

「お断りだな。こんなところで死ねるかよ!」

【同意する。おれたちの命の使いどころがあるならば、ここではない。ならば──求めるか。おれの力が必要か、我が主!】

「ああ! 力を貸せ、『雪片弐型』……ッ!」

 

 太陽を背負い、一夏の顔は影に覆われていた。

 だが少女たちは彼を見上げ、言葉を失う。

 

 逆光の闇の中でただそれだけが輝いていた。

 深く、鮮やかな──深紅眼。

 

 かつてそれを目の当たりにしたシャルロットですら驚嘆せずにはいられなかった。

 今までとは違った。

 眼球に幾何学的な文様が浮かび、発光すら伴っていたのだ。

 

 

System Restart(わたしのちからも、つかって!)

 

 

 直後。

 マグマが噴出したように、彼の背中から一対の翼が吐き出される。

 全身の装甲を焔が食い破り、揺らめきながらも増設装甲・噴射装置として顕現。

 

 

 ──『白式・疾風鬼焔(バーストモード)

 

 

 全身を熱が駆け巡る。指の先まで感覚がクリアになる。

 切っ先を突きつけ、一夏は吠えた。

 

「──世界を救うためだか知らんが、黙ってやられるつもりはねえッ!!」

「──プランAからBへ移行。対象の抹殺行動を続行する」

 

 互いに向け合う視線に、あらん限りの戦意を載せて。

 純白と白銀が、激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最強少女が初恋する話(きょうきゃらしののめさん)! 前回の三つの出来事!

 一つ! 夏の始まり、ついに臨海学校が始まった!

 二つ! おりむーに背後から抱きつかれ、朝からイチャイチャする当方達!

 三つ! 冷静さを取り戻すために遠泳に繰り出した当方は無人島に遭難してしまう!

 

 お前自分の私生活をそんなTwitter男女漫画みたいな名前で認識してたのか……

 

 それはともかくとして、現実問題、東雲は無人島に漂着していた。

 振り向けども砂浜は水平線の向こう側である。

 

(無人島生活か……初めてだが、面白そうだ。とりあえず火をおこしてみるか?)

 

 まずさっさと臨海学校へ戻るべきなのだが、今の東雲は無人島でちょっとテンションが上がっていた。頼むから早く戻ってくれ。

 

「まずはキャンプ地を探さなくてはな」

 

 草木をかき分けて奥へと踏み込む。

 鬱蒼と生い茂る密林をしばらく進み、東雲はふと気配を察知した。

 勢いよく後ろへと振り向く。

 

「グルルゥ」

 

 普通にクマと目が合った。全身を黒い毛皮が覆い、閉じた片目には痛々しい傷跡が刻まれていた。それが歴戦の猛者として風格を出している。

 何でこんな無人島にこんなクマがいるのだろうか。経緯が気になるところだが、あいにくそんなことを考える余裕はない。

 

「ほう。立派な巨体だな」

「グルルァッ!」

 

 深紅の太刀を一振り顕現させ、東雲は腰だめに刀を構える。

 相対する少女の剣気を感じ取り、されども巨大なクマは怯えを微塵も露わにしない。

 

「面白い。今日のランチは熊鍋といかせてもらうぞ──!」

「グルルルアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 互いに向け合う視線に、あらん限りの戦意を載せて。

 深紅と漆黒が、激突する。

 

 

 

 

 

 









バトル漫画特有の激戦と激戦が並行して行われる奴、一回やってみたかったので満足です



次回
79.或いは、世界を殺す(すくう)ための聖戦




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79.或いは、世界を殺す(すくう)ための聖戦

また一話増えた(憤怒)


 

 

 空中で、二筋の流星が交錯する。

 

 落ちることなく鋭角にターン、再度激突しては抜けていく。

 流星と流星は繰り返し交錯し、互いの武器を叩きつけあい、命を削りあっていた。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

「プランBを続行──死に絶えろ、零落白夜(おりむらいちか)

 

 超高速の近接戦闘。翼の輝きは更に増して、一夏の両眼に宿る焔もまた猛る。

 余波だけで遙かに下方の海面が砕け散る。白く縁取られた波飛沫は二人の戦いを応援するような無邪気さだった。

 光の翼が微かな挙動だけで莫大な威力を生み出す。

 全身の焔が炸裂し大気を砕いて噴射跳躍の加速をかける。

 並の機体と乗り手であったなら、近づいただけで粉々になっていただろう。

 

 文字通り、理外の決戦だった。

 

(……ッ! 速すぎて、援護が……!)

 

 既に二機の速度は通常の火器管制装置(FCS)で捉えられる領域にはなかった。

 今こうして動きを観測できているのは、他ならぬセシリア・オルコットが保持する固有技能『天眼』によるものだ。

 

「ここからいなくなれェェェェッ!!」

「死ね、死ね、死ね……ッ!」

 

 怨嗟をぶつけ合いながらも砂時計のように交錯しつつ跳ね上がっていく。

 一夏の両眼に浮かぶ幾何学的な文様は空中に残影を残し、彼の軌道は赤いラインによって示されていた。

 

「手出し……できない……ッ!」

 

 簪が呻くようにして呟いた。

 根本的な速度域が違う──文字通りに、次元が違った。どこを撃っても当たらないだろうし、下手すれば偶然一夏に当たる可能性すらあった。

 斬撃の線は幾重にも重なり、もはや光の波濤と化している。明らかに平時の彼を遙かに超えた動きだった。この土壇場に来て進化したのか、或いは──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(無茶だ。あんな動きをしていたら、身体がもたない!)

 

 一つの武術を修めた箒だからこそ、焦りは実感を伴っていた。

 いくらISによる保護機能があるとはいえ、今の『白式』が叩きつけている出力は、到底人の身で耐えられるものではない。

 その懸念は事実である。

 

「ぐ、ぶ……ッ! ──らぁぁああああああああッ!」

「……!」

 

 口の内側から血が漏れ出している。それに頓着することなく、一夏が再度加速をかけた。

 十二枚の翼を自在に躍動させながらも、福音は彼の様子を見て苛立ったように()()()()()

 

「貴様、自分が今何をしているのか、自分の行動で誰が被害を被るのか、分かっているのか!」

「何、をォッ……!」

 

 福音のスキャンは見抜いていた。

 度重なる高速機動により、彼の身体内部はボロボロに痛めつけられていた。

 ISによる止血機能が追いつかなくなっている。しかし──彼の身体は片っ端から再生して、継戦を可能にしていた。

 

(まだ、戦える……ッ! だけど、こいつは!)

 

 確実に自分の限界以上の力を引き出しているという自覚があった。

 にもかかわらず押し切れない。一夏は紅瞳から残光を描きながら、冷静に彼女を見定めた。

 

()()()()()()! さっきから行動の節々では速くて鋭い動きをしてるのに、それをベースの速度にしていない!)

 

 わざと力をセーブしている。その道理が分からず屈辱に思う前に理解出来ない。

 

「俺を殺しに来た割には、手抜きだなァッ!」

「勘違いするな」

 

 絶対零度の声色だった。

 一夏の斬撃がいなされる。光翼が柔らかくしなり、剣線を傾がせたのだ。

 驚嘆に息が止まる。交錯する過程で、一夏は姿勢を崩し、福音は即座に反転していた。

 

「貴様を抹殺することは手段に過ぎない。私は、貴様を抹殺することで世界を救う。その為に存在する」

 

 振り向く暇もない。背後から十二の刺突が迫っていると分かっていた。

 回避は間に合うか──否。自分の再生能力を信じるなら、攻撃に打って出るべきではないか。

 逡巡が生死を決めた。福音が勝利の確信にバイザーの赤い光を強める。

 刹那。

 

「一夏さん──!」

「!」

 

 セシリアが彼の名を叫んだ。それだけで意思疎通は果たされた。

 咄嗟の反転加速は間に合わない。だが既に一夏の足下には()()()()()()()()()()

 身体が勝手に動いた。ビットを足場にして無理矢理跳ねる。反動に蒼いビットがひしゃげ、一夏の身体は急転換を成し遂げた。

 

「吹き飛べェェ────ッ!!」

「な……ッ!?」

 

 光翼を掻い潜り、福音の眼前に『雪片弐型』の切っ先が迫っていた。

 のけぞり、致命傷を回避する──が、鋭利な刃が彼女の頭部バイザーを一閃していた。

 頬から左目にかけて斬撃痕が刻まれる。赤いバイザーが明滅し、光の翼が数秒、力を失った。

 

「やっ──ってるわけない!」

 

 脱力して落下していく福音に狙いを絞りながら、鈴が叫んだ。

 撃ち込んだ衝撃砲が着弾し、福音は()()()()()()()()()

 

「……! PICが生きてるぞ、また来る!」

 

 果たしてラウラの叫び通り。

 フルパワー衝撃砲の直撃を受け、十メートル以上吹き飛ばされてから、福音は片手で海面を弾いて体勢を整えた。

 

 ──頭部の傷から火花が散り、それから、バイザーが赤く光を放つ。過剰な光は真っ直ぐに真横へ伸び、甲高い発光音を響かせた。

 

「……ッ!?」

 

 光の翼が膨れ上がり、爆発的に福音が加速した。

 

「私は、私は──負けないッ! 負けるわけにはいかないッ!!」

「この野郎……!」

 

 十二枚翼を束ねた刺突。

 両眼から限界以上の焔を噴き上げ、一夏は真っ向から迎撃する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()、必ず勝つ……! 勝って、この世界を守る……!」

(──ッ!? 出力が増してる!?)

 

 至近距離。相手の息づかいすら感じるような間合い。

 愛機がやっと、やっと解析を終えて、結果を網膜に投影した。

 それは『白式』を介して、周囲の候補生らの専用機にも伝達されていく。

 

 

【対象の呼称を再定義──擬似第三形態『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)救世仕様(サルヴァトーレ)

 

 

『な、ァッ…………!?』

 

 なんだそれは。知らない。その領域が存在することは知っていたが、しかし。

 

「人類初の……第三形態移行(サード・シフト)を果たしていたのか……ッ!?」

 

 箒は自分の機体を見た。人類初の第四世代機だ。恐らく全体の進歩という観点からすれば、此方の方が価値は高い。

 だが戦場において、一騎当千の力を振るうのだとしたら、間違いなく向こう側に軍配が上がる。

 

「それだけ、じゃない……どんどんエネルギー反応が増大してる……!?」

 

 スキャンモードで福音を観測しながら、簪はほとんど悲鳴に近い声を上げた。

 

「そん、なの、どうやって!? 第三形態だから!?」

「落ち着け! 結果だけ受け止めろ! 過程など知らん──現実問題そうなっているのなら、合わせて対処するしかない!」

 

 ラウラの鋭い叱咤。

 戦場を知る彼女だからこそ、今この場においては最も取り乱していなかった。

 だが。

 

「違う! 違うの、シャルロット、ラウラ……! 違う……!」

「え?」

「福音も、そうなんだけどッ──」

 

 息を吸い。

 スキャンディスプレイに表示されている結果を、簪は叫んだ。

 

 

「──さっきからずっと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ッ!!」

『──────ッッ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──気をつけろ、これ以上は『焔冠熾王(セラフィム)』が──そんな声が遠くに聞こえた。

 だけどもう、音が遠い。視界もほとんど真っ白だった。

 ひたすら身体が動くままに翼に火を入れ、剣を振るう。

 刃と翼が噛み合うたびに世界が啼いていた。ぎしり、ぴしり、ぐしゃりと、何かが壊れていく感覚がする。

 お互い、一秒の中に数十数百の攻防を織り込んでいた。見切ることはおろか、斬られたと自覚することも不可能なスピード。その中で敵の攻撃を叩き落とし、こちらの反撃を打ち落とされる。断続的に繰り返されるアクションの密度が濃すぎて、外からでは何が起きているのか分からない。

 

 死ね。死ね。お前がいると邪魔だ。死ね。ここで私に殺されて死ね。

 嫌だ。生きる。俺は生きる。生きていても良いと自分で決めたのだから、生きる。

 

 斬撃と斬撃がぶつかり合う音は、質量という概念を抉りもっと根源へと近づいた"モノ"同士の激突だった。言い換えるならば存在同士の衝突。

 互いに自分の存在を諦めたくないふたりが、どうしようもない悲痛な叫びを上げている。繰り返されすぎて最早一つの爆音と化した音波は悲鳴のようだった。

 

 どうして、そんなにも、自分の存在を諦めたくないのか。

 

 

「みんなの笑顔を守るために……ッ!」

「彼女の笑顔を守るために……ッ!」

 

 

 答えは至極明瞭。

 だからお互い、絶対に譲れない────

 

 呼吸すら忘れて絶戦に没入していた一夏は、不意に視線を横に向けた。

 あまりにも露骨な隙。福音の戦闘AIが即座に罠だと判断する。急制動。止まるだけでも大気が爆砕された。

 そのまま翼からエネルギー弾をばらまこうとして、中断。

 

 一手の沈黙。これ以上無く不気味な沈黙だった。

 織斑一夏は確かに、突撃してくればカウンターで迎え撃つ腹積もりだった。しかし視線を横に逸らした最大の理由は、緊急発進してきた学園教師陣の姿を捉えたからだ。問題は()()()()()()()()()()()()()()。現状の攻防戦では邪魔だ。守るべき対象が増えてしまう。これは既に二人以外は割っては入れない聖戦だった。

 

 だが福音の沈黙は違った。彼女が砲撃をキャンセルした理由を、一夏は真っ白な思考のまま推測し──途端に、冷や水をぶっかけられたように、今までの感覚が消え失せた。

 

()()()()()()()()()

 

 一夏の背後には避難中の一般生徒ら。

 戦闘のスピードが速すぎて、余波で彼女たちは何度か足を止めざるを得なかった。だからそう遠くまで避難できていない。巻き込まれうる。特に広範囲殲滅攻撃など撃てば、犠牲者は免れない。

 

「他の生徒を。攻撃に巻き込まれないよう……いや違う。お前は、ずっと……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 射線に他の生徒が入らないよう。

 それは非武装の一般生徒だけではなく、あろうことか福音に武器を向けている専用機持ちすら含めて。

 不自然な力のセーブに納得がいった。

 福音は翼を左右へ広げると、赤いバイザーの下で口を開く。

 

「私は世界を救う。私は彼女の存命するこの世界を守る。そのために貴様を抹殺すると誓った」

 

 福音の言葉に、嘘なんて何一つないのだと。今更、一夏は強く確信した。

 突然襲ってきて、けれど彼女にとっては、一夏がこうして生きていること自体が、今を生きる全ての人々にとっては害悪なのだと。

 だから一夏の守りたい人々を、福音は福音の正義に則って守っているのだと。

 

(なん、だ──本当に、何なんだよ。誰か、説明してくれよ。なんでこうも言われる? 俺は、俺たちは一体……!)

 

 言葉と行動を結びつけていけば。

 眼前の『銀の福音』は文字通りの、救世主だった。

 

「故に大人しく死ね。死ね。疾く死ね……! 貴様は彼女の望む平穏に邪魔だと言っている!」

「……ッ」

 

 怨嗟の声を受けて、一夏は剣を構えた。

 一度途切れた集中はなかなか戻ってこない。相手が先ほどのスピードに迷わずシフトしたら、やられる。

 しかし。

 

「──抹殺行動を中断。一時撤退する」

 

 福音もまた教師陣を認めると、鮮やかにそう告げた。

 翼がはためき、福音が遠ざかっていく。相手する数が増えればそれだけ、()()()()()()()()()()()()

 思わず追撃しようとして膝から力が抜けた。酷使し続けた身体も精神も、限界を迎えている。

 名を呼び、傍に飛んできた箒が彼に肩を貸した。

 全身を汗に濡らしながらも、一夏は文様がかき消え、紅からとび色に戻った目で福音の背中を見つめた。

 

(……お前も。戦う理由は……剣を振るう理由は。俺と、同じ……)

 

 同じだった。

 誰かの笑顔を守るために、彼女は一人で戦っていた。

 なのにこうも言葉は通じず、互いに撃ち合うことしかできない。

 それが──ひどく悲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──魔剣:幽世審判」

 

 軽やかな納刀音と共に、東雲は冷徹に告げた。

 同時、彼女の背後で巨躯が崩れ落ちる。周囲一帯は木々が根こそぎ刈り取られ、爆撃でも受けたかのような有様だった。いかなる激戦だったかを物語っている。

 

「……大五郎。其方は難敵だった。当方は其方を憎まぬ。人を食わねばならぬその身を、当方は憎む」

 

 大五郎って誰だよ。まさかクマか?

 

「なあ、大五郎。本当は、戦って当方に殺されたかったんじゃないのか」

「グルルゥ(泣くなよ嬢ちゃん。弱者が強者に貪られるのは自然の摂理さ。オレぁずっと待ち望んでたんだよ。この血に濡れた爪が砕ける日をな)」

「大五郎…………」

「グルルゥ……(強さって何なんだろうなァ。嬢ちゃんもオレと同じだろう? 単一の最強を目指してよ。頂に届くことを夢見てよ。だけどよォ……思っちまうよなあ……誰かと、手をつなぐ……そういう強さも……この世界の、どっかにはよ…………)」

「大五郎……大五郎────ッ!!」

 

 同じだった。

 最強へと至るために、彼も一人で戦っていた。

 最後の最後に言葉は通じれど、互いに殺し合うことしかできなかった。

 それが──ひどく悲しかった。

 

 

 











大五郎は連載開始以来の強敵でしたね……
多くの読者の方から大五郎へのバレンタインチョコレートやファンアートを頂きましたが、作者として当初の予定通りに、彼の物語にここで幕を引かせていただきます。
きっと彼の言葉は、東雲のうっすい胸の中にいつまでも生きているでしょう。
大五郎、おつかれさま。



次回
80.招かれざる者たち




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80.招かれざる者たち

箸休めだけどギャグなし情報開示回です
ここらへんからぼちぼち今まで出すだけ出したオリ設定の解説が入っていくかと思います

それはそれとして「人間が情熱を失ったらAIの勤勉さに負ける」は本質情報過ぎる


 新装備試験運用は中止となった。

 一般生徒らは旅館の自室にて待機を命ぜられ、何が起きたのかと実際に見た者から話を聞いている。

 

 銀色のISが降ってきたこと。

 代表候補生が応戦したこと。

 そして──織斑一夏が、異常な戦闘力を見せたこと。

 静かに波紋が広がっている最中。

 

「……失礼します」

 

 代表候補生が勢揃いしている、大広間に機材を並べた臨時のブリーフィングルーム。

 そこに襖を開けて、負傷がないかの確認を終えた一夏が入ってきた。

 

「来たか……ブリーフィングを始めるぞ」

 

 モニター前にて腕を組み佇んでいた千冬が、その瞳を開いた。

 

「え? あれ、東雲さんは?」

「連絡が取れん。最悪の可能性として、海上で福音と単独で接触、撃破されている可能性すらある」

「……ッ!」

 

 一夏の背筋が凍った。敬愛する師匠が行方知れず。

 今朝海に飛び出していったきり、ISの反応も感知できないという。

 

「大丈夫だ、一夏。令が簡単に死ぬわけないだろう」

「それは……いや、うん。マジでそうだな」

 

 少なくとも死んでる可能性は限りなくゼロに近いだろう。

 ならばどこかで機をうかがっているのか。単独行動ライセンスを持つ彼女には軍事行動の強制をできない。だからこの場に居ないことで、一同が不安に思う以外に問題は無かったのだ。

 

「……米軍が情報を一部開示した。先日、米軍機密部隊の基地にして最新型ISが試験運用中に突如として暴走。コントロールを離れ、以後暴走状態のまま無差別に各国軍事施設を襲撃していた」

 

 大型モニターが立ち上がり、記録映像を映し出す。

 主役は先ほど臨海学校を──正確に言えば織斑一夏を突如として襲撃した、米国製第三世代機。

 

「『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』、それも擬似的ながら第三形態移行(サードシフト)を果たしたときた。進化後の正式名称は『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)救世仕様(サルヴァトーレ)』──ここからは福音と呼称する」

 

 映像が再生される。

 十二枚の光翼をはためかせ、縦横無尽に舞う銀色の天使。

 屈指の黄金世代と歌われる代表候補生たちを一蹴し、児戯に過ぎぬと嘲笑う圧倒的な様。

 そしてどうしても同じ画面に映り込んでしまう──文様の浮かんだ瞳を赤く光らせ、焔の翼を炸裂させて天使に襲いかかる唯一の男性操縦者。

 

(……これが、俺?)

 

 現実味のない光景だった。

 明らかに機体は限界を超えてオーバーロード状態に陥っている。なのに動く。動いている。

 視線が集まるのを感じて、一夏は居心地悪く座り直した。

 

「……元の機体の詳細なスペックデータを配布する。決して口外はするな、情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」

「了解しました」

 

 千冬が合図を出すと、候補生らの前に『銀の福音』のカタログスペックが開示された。

 代表候補生の面々はよどみない動きでデータを眺めていく。

 そして全員一斉に、眉根を寄せた。

 

「……これ、は」

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型。わたくしと同じオールレンジ攻撃装備……」

「特殊武装が攻撃と機動性をイイ感じに両立してるのね。防御って選択自体が厳しい、んだけど……」

 

 鈴は思わず言いよどむ。

 その言葉の後を引き取ったのは、シャルロットだった。

 

()()()()()()()()()()

 

 比喩表現ではない。

 文字通り、先ほど現れた『銀の福音』は、スペックデータとは別の機体へと変容していた。

 

「ISによる進化が、これほどまでの変化をもたらすとはな。既存の形態移行(フォームシフト)とは別次元と言っていいだろう」

「はい。機体の基本スペックから段違いでした。またやはり、あの光の翼……識別名称は『銀の皇翼(シルバー・レイ)』でしたか」

 

 ラウラが挙げたのは、『白式』がスキャンして全員に伝達された情報だ。

 至近距離で切り結びながら、一夏の愛機は敵の情報を十二分に集めていた。あれほどの戦闘機動を行いながら──驚嘆の視線が白いガントレットに向けられる。

 

「あの装備の万能性は脅威です。攻防一体であり、機動力も桁違い。下手をすれば、IS部隊総掛かりでも崩せないかと」

「……そうだな」

 

 映像を見れば分かる。教師陣が到着して、それで退いてくれて良かった。

 もし戦闘に突入していたらと考えるとゾッとする。間違いなくあの時、福音に対抗できるのは一夏だけだった。

 だからこそ、と期待のまなざしが集まる。何か突破口を見出していないか。

 

「それで、織斑。所感で構わない、何か気づいたことは」

「……あいつは俺を狙っています」

 

 低い声だった。

 だが直後に続いた言葉に、一同目を見開く。

 

「俺だけを狙って、そして、他の人々には被害がいかないよう力をセーブしていました」

「な……ッ!? あんだけ暴れといて、手加減してたってこと!?」

 

 思わす鈴が立ち上がる。

 しかし表情を崩さないまま、一夏は首を横に振った。

 

「違うよ。手加減じゃない。目的のためには必要だったんだ」

「一夏さん、その、目的とは?」

 

 唯一の男性操縦者はそこで言葉を切り。

 静かに、視線を実の姉へと向けた。

 

「俺の……いいや。『零落白夜』が発現する可能性のある存在を、抹殺すること」

『────!?』

 

 思わぬ言葉を受けて、候補生らが絶句する。

 その名が出るはずがない。

 だってそれは、まさしく今この場にいる、世界最強(ブリュンヒルデ)にだけ許された単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)のはずだ。

 

「千冬姉」

「……分からん。無人機がお前と『白式』に、『零落白夜』の覚醒を促し続けていた理由も。今回、『銀の福音』が反対に『零落白夜』ごとお前を抹殺しようとした理由も。私には分からない」

 

 千冬の言葉に衝撃を受けながらも、箒たちはどこかで納得がいっていた。

 そうだ。いつも一夏が中心になって、突発的な戦闘は行われていた。『白式』の単一仕様能力を覚醒させるためだったのだとしたら、辻褄は合う。

 

「だけど、何のために……」

 

 簪の疑問に答えられる人間は、ここにはいない。

 十秒ほど続いた沈黙を破ったのは千冬だった。

 

「いや。もしや、という推測だけならばある。だがもしそうなら……本当にケリをつけなければならないのは、私なのだ。しかし……」

「……?」

「結論から言おう。自衛隊、並びに米軍の緊急発進(スクランブル)は承認されなかった。故に福音への対処は学園の教師陣並びに専用機持ちがあたる。また、織斑千冬の出撃も認められなかった」

「…………ッ!? ちょ、ちょっと待ってくださいッ! 軍用ISの暴走ですよ!?」

 

 思わず立ち上がり、箒が大声を上げた。

 千冬は立ち上げたモニターを指でコツコツと叩きながら、無感情に告げる。

 

「既に福音は所属していた基地の部隊を壊滅させ、他にも数カ国の軍事基地を襲撃している。戦闘力はお墨付きだ……米軍は独自行動を取り、自衛隊も本土防衛網を形成中。そこで福音の狙いが織斑一夏であると判明した。考えてみろ、お前が行動を判断できる立場ならどうする」

「────」

 

 幼なじみであり、想い人でもある一夏の横顔を見つめ、箒は両の拳を握った。三日月の爪の痕が残るほどに、強く強く握りこんだ。

 理屈は分かってしまったのだ。

 

「……まずは学園に対処させ、福音を消耗させます。それに織斑先生は、日本の戦力の象徴。学生と共に投入するのは無理筋です」

「そうだ。危険なISを絶対に本土には通せない。だからこそ、我々に援護は来ない」

 

 援護を送る余裕がない、と言っていい。

 そして言葉を換えるなら。

 

「俺を切り捨てたってことだな」

 

 張本人の言葉に、思わずセシリアは腰を浮かして声を上げた。

 

「それは……ッ」

「いや、いいよ。ショックを受けてるわけじゃない。俺だってそうする。国家を……国民を守るなら、然るべき判断だ」

 

 やけに静かな声色だった。

 彼は立ち上がると、投影された巨大モニターに歩み寄り、改めて福音の姿を眺めた。

 

「それに、丁度良かったよ。他の人が居ない方が、多分、やりやすい」

「一夏、それは──」

 

 振り向き、視線が重なって。

 千冬は絶句した。いつの間にか深紅に輝いていた弟の瞳。その眼球には、幾何学的な文様が浮かんでいる。

 

「──ッ」

「知ってるんだな。いいや、その感じ……千冬姉も、前にこうなったことがあるんだな?」

「…………過剰情報受信状態(ネビュラス・メサイア)。織斑計画、或いはそれに類する計画における、次のステージに進んだ新人類が標準的に備える高度受信能力。それが過剰に機能している状態のことだ」

 

 不意に目を閉じて、千冬はそれから開眼した。

 その時には彼女もまた、文様こそないものの、弟と同じく深紅の瞳となっていた。

 

「私のはもう、全盛期とは遠い精度にまで劣化した権能だ。だがお前は……私とは違い、覚醒してからも恐れを抱くことなく、戦いの中で磨き上げてきた。恐らく受信感度の高さでは、もうかつての私を超えているだろう」

「……受信、感度」

「ああ。戦いの中で、常人が見落とすような微かな光や音を感知する。或いは、()()()()()()()()()()。相手の思考・感情すらも戦術に組み込んで戦う……それが計画上の、最強の兵士の定義だ」

 

 千冬がまばたきをすると、瞳の色はもう元に戻っていた。

 

「私は既に十秒以上の継続すら困難な有様だ。何より過剰な行使は、即ち過剰なコアネットワークへの没入を意味する。()()()()()()()()()()()。決して濫用はするな」

「……千冬姉」

「お前の認識は正しい。正しいよ、一夏。私はそれを否定できない自分が余りにも歯がゆい。今の福音に単独で対抗できる戦力は、お前だけだ」

「…………ッ!」

 

 重い言葉だった。

 心臓に杭が打ち込まれたような気がして、思わす一夏は自分の左胸に手を当てる。

 

「だがな、一夏。死ぬな。死ぬんじゃないぞ。()()()()()()()()()()()()()()()、などとは考えるな」

「……ああ。分かってるよ、千冬姉」

 

 一度瞳を閉じ、受信状態を終了。

 それから開眼──普段通りの、優しい色合いの両眼で、彼は拳を握った。

 

(……君が居てくれたら、って思っちゃうな。だけど大丈夫だ、我が師。あいつの狙いは俺なんだ。だから俺が頑張らなきゃならない)

 

 空席の座布団。本来はそこに座っているはずの黒髪赤目の少女を幻視して、一夏は薄く笑う。

 それからキッとまなじりをつり上げ、腹の底から声を絞り出した。

 

「大丈夫。俺は死なない。俺は……あいつを止めてみせる……!」

 

 

 

 

 

 

 

 ブリーフィングを終えた候補生組が一度部屋に戻ると、不意にドアをノックされた。

 

「はい、どなたですか?」

「こんにちは」

 

 セシリアがドアを開けると、そこには先ほどまで共にブリーフィングルームにいた山田先生の姿があった。

 何の用かと首を傾げていると、山田先生は両腕で抱えていた長方形のボックスを差し出す。

 

「すみません。教師陣としては、皆さんが出撃すること自体心苦しいのですが……一度、整備班の方で皆さんの専用機を再調整します。今は試験運用に向けた状態だと思いますので、実戦用にリミッター解除などをしなければなりません」

「ああ、なるほど」

 

 候補生らは頷くと、それぞれ待機形態の専用機を山田先生に差し出した。

 一つ一つを確認して、山田先生は笑顔を浮かべる。

 

「ありがとうございます! では、皆さんは決戦に備えて英気を養っておいてくださいね!」

「はい。さっきはああ言ってたけど……僕らもやっぱり、一夏の力になりたいですから」

 

 シャルロットの言葉に異を唱える者は居ない。

 過剰情報受信状態? 新人類のステージ? だからなんだというのだ。今まで共に学んで、助け合ってきた少年をただ一人で死地へ見送ってたまるものか。

 ずらっと並んだ少女たちの、決意の光を宿した両眼を見て山田先生は嬉しそうに頷く。

 

「言っては何ですが……期待してますよ、皆さん」

 

 一礼して、彼女は部屋のドアを閉める。

 そして廊下に出て。

 角を曲がり。

 旅館を出て。

 待機状態の代表候補生専用機を抱えたままふうと息を吐いた。

 

 

「──こちらチャーリー1。専用機を全て回収した」

 

 

 顔が変わった。

 光学迷彩による偽装を解除し、山田先生に擬態していた彼女は、全ての専用機を首尾良く確保した。

 これでもう学園側の戦力は半減したといっていい。躍進めざましい若手達の脅威を彼女の上司はよく理解していた。

 

『ブラボー1了解。旅館周辺は固めた』

『アルファ1了解。織斑一夏を捕捉している。いつでもどうぞ』

 

 機密通信が交わされる。

 招かれざる者たちは、もう影の中にまで踏み入っていた。

 

 

 

 

 

「……イーリス代表。『名も無き兵たち(アンネイムド)』部隊、全員配置につきました」

「オーライ。始めるぞ」

 

 二機の『ファング・クエイク』が並んだ。

 国家代表専用機として、パーソナルカラーであるタイガーストライプ迷彩の塗装を施されたイーリス機。

 機密部隊隊長機として、隠密性に優れたネイビーブルーに染め上げられたステルス仕様の能力試験型機。

 

 米国が誇るエース二名と、最新鋭の第三世代機が二機。

 独自行動に踏み切った米軍はもう福音を捕捉し、国の威信をかけて捕獲或いは撃墜すべく、動き出していた。

 そのために必要なパーツは。

 

 

 

「ちょいと弟クンを借りるぜ。恨み言は後にしてくれよ、世界最強(ブリュンヒルデ)

 

 

 

 ──織斑一夏。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──次は、仕留める。

 ──次こそは、仕留める。

 

 遙か彼方の海の底で。

 銀色の救世主が、深紅の眼光を滾らせる。

 

 ずっと自分を守ってくれていた彼女。

 ずっと自分の傍に居てくれた彼女。

 

 今、自分の鎧の内側で眠っている彼女。

 

 始まりの出会いから、他の人間とは違った。

 自分に人格があることを前提としているように接してくれた。

 兵器として生み出された自分を家族のように扱っていた。

 

 家族。同じ家に住み生活を共にする、配偶者および血縁の人々。

 

 違う。自分と彼女は家族ではない。なのに何故。

 自問自答する日々だった。彼女が求める結果を出すことの出来ない自分が、何故こんなにも大層な扱いを受けているのか。理解不能だった。

 ただ無償で振るわれる愛情を、戸惑いながらも享受する日々。

 

 ある日、変わった。

 高速機動試験──機体が負荷に耐えきれずスパークし、あわや大惨事となる寸前だった。

 結果として彼女は無事だった。けれど、その日に気づいた。

 

 いつしか彼女は、ナターシャ・ファイルスは、自身にとってかけがえのない存在になっていた。

 

 

 ──だから、戦う。

 ──()()()()()()()、戦う。

 

 

 光の差さぬ海底の闇を、銀翼が薙ぎ払った。

 翼がはためき一気に加速。海面を突き破り、福音が空へと舞い上がる。

 

 

 ──キミが安らかに過ごせる明日を、守るために。

 ──キミが生きていく世界が砕ける可能性を、ゼロにするために。

 

 

 世界の滅びを認めはしない。

 存在を消去する蒼い光を許しはしない。

 

 この世界に遍く福音をもたらすべく。

 銀翼の救世主が、再び立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ムシャムシャバリバリズビビグビーゴクゴクムシャパクゴクン」

 

 大五郎…………

 無人島中に響く咀嚼音を垂れ流し続け、最後には木の皮を加工した鍋を傾けて一気に汁を飲み干す。

 

「ぷはぁーっ」

 

 発泡酒のCMみたいな声を出して、東雲は熊鍋を無事完食した。

 

「ごちそうさまでした」

 

 大自然の恵みへの礼を欠かすことなく手を合わせ。

 東雲は葉を編み込んだハンモックに飛び乗ると、木の実をくり抜いたコップから天然のココナッツジュースをすする。果汁百パーセントの甘みが喉に嬉しい。効率よく栄養素を補給できると東雲も大満足である。

 

「無人島も悪くないな。今度はおりむーを連れてこよう」

 

 彩りが欲しいなと思い立った東雲は、群生していた花を摘み、リング上につないだ装飾品を首にかけた。ハンモックに引っかけていたお手製の楽器を手に取り、音をかきならす。植物の繊維を用いた簡易な弦楽器である。

 完全無欠に、無人島サバイバルとは思えないほど、東雲はごく短期間で文化レベルを圧倒的に成長させていた。

 

(救助はまだまだ来そうにないか。ならその間にどうするか……木を伐採してログハウスを組むのもありだな)

 

 もうすっかり無人島の主気分だった。

 愛機『茜星』に太刀を顕現させ、刀身を指でなぞる。大体のことは剣さえあればなんとかなるな、と自分の最強っぷりを再確認して。

 

(は? 『茜星』あるじゃん)

 

 東雲は愕然とした。

 持ってた。IS持ってた。これ兵器だけど通信機能もあるじゃん。

 恐る恐る確認すれば、もう鬼のように着信が来ていた。

 バイトのシフトを忘れていた大学生みたいな顔色で、東雲は全身に装甲を纏う。

 

(やべえよ……やべえよ……! 運用試験、忘れてた……ッ!!)

 

 無人島から飛び出し、茜色の流星となって。

 世界最強の再来が、絶死の戦場めがけて飛翔する。

 単独行動ライセンスがあるとはいえ、訓練の無断サボタージュは流石に良心が咎めるのだろう。

 海面を割って最高速で飛翔しながら、東雲は焦りのにじむ声色で叫んだ。

 

 

「お昼ご飯抜きだけは嫌だ…………ッ!!」

 

 

 大五郎は!?!?!?!?

 

 

 










次回以降、一時的にではありますが激しいインフレ描写がありますのでご注意ください。




次回
81.その境界線の上に立ち(シン・レッド・ライン)



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81.その境界線の上に立ち(シン・レッド・ライン)

密漁船「今回は登場してヘイト集めなくてもいいんですかやったー!」


 

「織斑君」

 

 名を呼ばれ、一夏は足を止めた。

 福音の襲撃に備え旅館内での待機中。

 用を足しにお手洗いへ行った、自室への帰り道のことだった。

 

「はい」

 

 背後に振り向けば、いつも通りの笑顔を浮かべた山田先生がいた。

 何か連絡事項だろうかと首を傾げる。

 

「今、少しお時間頂いても大丈夫ですか?」

「えーっと……待機中の俺に用、ですか?」

「はい。福音への対応に関する連絡事項です」

 

 つらつらと読み上げられたのは一夏が無視することの出来ない言葉だった。

 しかし──

 

「…………?」

 

 一夏の思考に、微かな違和感がよぎる。

 違う。声紋こそ同じだが、声のトーンが少し違う。

 同時に『白式』が自発的にハイパーセンサーを起動。一夏の網膜に、山田先生のガワを被った女の顔を投影した。

 

「な──誰だ、お前ッ!?」

「……こちらチャーリー1。偽装を看破された」

「構わねえよ」

 

 偽装を解除。黄色のワンピースから、服装が光学迷彩機能を備えた歩兵用バトルスーツに変貌する。

 見たことのない西洋人の美女と、その背後で紫電を散らしながら二機のISが姿を現した。

 

CAUTION(まえだけじゃない)! CAUTION(うしろにも)!】

 

 愛機のアラート。慌てて視線を巡らせると、廊下の反対側にも既に歩兵が待機していた。

 銃口こそこちらに向いていないものの、肩にかけた最新式ライフルは捕縛用電流ゴム弾を装填済み。

 

「……アメリカ軍か……!」

 

 装備の型式とこの場に介入してきたことから、一夏は迅速に結論を導き出す。 

 

「そうさ。ちゃんと頭の回るガキは好きだぜ? 大人しく付いてきてくれ……どいつがガールフレンドだ? 怪我して欲しくないだろ?」

 

 隊員が一夏の級友らの専用機を見せつける。

 どうやって回収したのか──恐らく山田先生へ偽装して、調整するとでも嘯いて奪ったのだろう。

 

(このタイミングで俺に接触してきた……福音の狙いが分かったからか。ならこいつらの目的は──)

 

 思考を巡らせている様子を見て、ISを身に纏う二人のうち片割れ、顔を露出したタイガーストライプ柄の機体の乗り手が苦笑を浮かべる。

 

「やめとけやめとけ。この場を脱する方法を考えるより、付いてきてからのことを考えた方がいい。保護するだけで、拉致するわけじゃねえんだ」

「……保護? ハッ、本場のジョークは違いますね。餌にするの間違いじゃないですか?」

「同じさ。お前も、他の生徒の安全も、一刻も早く確保する。そのための最短手段だ」

「そうですか。俺としては顔も見たくないんですけど、こういう時はどうすれば? 金でもせびれば二度と来ませんか?」

「馬鹿。そういう時はな、金を少しだけ貸してやるんだよ。そうすりゃ二度と現れねえ」

 

 他愛ない会話。だが視線は剣呑そのものだった。

 軽口をたたき合っている間にも、包囲網が狭まっていく。

 

「いつもこんなに物々しい訪問をしてるんですか? 毎回さぞ歓迎されるでしょうね」

「分かってるじゃねえか。ただ、みんな私らが帰る時に大喜びしてるんだけどな」

 

 一夏は冷静に敵をカウントした。正面にIS二機と歩兵一名。背後には歩兵が三名。

 数秒、姉の顔がちらついた。だが頭を振って打ち消した。意識的に瞳を赤く染め上げて、()()()()()()()()()

 

(外側には……六、いや、八名か……成程。ここで俺を捕まえて、そのまま海洋まで牽引。福音をおびき寄せて一気に叩く腹積もりだな)

 

 これ以上ない集中だった。

 一夏は自分の核を感じた──そこから発せられる信号は雷のように鋭く、彼の身体を完全に支配していた。

 

【OPEN COMBAT】

 

 装甲は顕現せず、愛機が叫ぶ。手の中に瞬きすら程の間すら置かずに『雪片弐型』が現れた。

 専用機を身に纏う女──イーリスの表情が変わる。

 

「それが答えか?」

「俺はIS学園の生徒だ。学園と米軍が合同作戦を実行するなんて連絡は聞いてない。俺にとってあんたたちは、未確認の敵なんだよ」

「フッ……殺すなよ」

 

 頷き、もう一機の『ファング・クエイク』が隊員らにハンドシグナルを送る。

 同時に一夏は反転した。IS二機、それも軍の精鋭と思しきIS乗り。まとめて相手取るのは愚策だ。

 

「動くな!」

 

 背後を押さえていた兵士らが銃口を起こす。

 遅いと一夏は感じた。セシリアならもう撃たれていた──

 PICと篠ノ之流の身体捌きを組み合わせた。滑らかに距離を詰める。視界ごと引き寄せたような感じがした。米兵がギョッとした時には遅かった。『雪片弐型』が閃く。アサルトライフルが真っ二つになった。

 そのまま床を蹴り上げ捻りを加えてジャンプ。飛び越えざま、他二名がつられてライフルを上へ向ける。その時にはもう刃が振るわれ、銃身を切り飛ばしていた。

 

「動くな」

 

 着地すると同時に一名を背後から組み伏せ、首筋に刃を突き付ける。

 イーリス、或いは『名も無き兵たち(アンネイムド)』部隊隊長は動く暇すらなかった。

 

「……は?」

「聞こえなかったのか。動くな。この人の命が惜しいなら武装を解除して投降しろ……あんたたちと合同でやれたら話が変わるかもしれない。だけど現状だと、あんたたちは邪魔だ」

 

 深紅の瞳に射すくめられ、イーリスの背筋を悪寒が走る。

 

(待て、待て待て待て! これが、学生だって!? 冗談じゃねえ……! なんだって日本のティーンがここまで場慣れしてやがんだ!?)

「頭の回らない大人は最悪だけど、その逆なら俺も好きですよ。俺たち相思相愛ですね……ああいや、もしかしてこの人、ガールフレンドですか? 怪我して欲しくないでしょう?」

 

 ぐいと『雪片弐型』を押しつける。バトルスーツに刃が食い込み、火花を散らした。

 隊員らの視線が揺れる。恐慌状態。予想外の動揺。狼狽が手に取るように分かる。

 一夏の深紅眼は、場の主導権が自分に移ったことを正確に受信していた。

 

(……ッ?)

 

 ──その中に混ざって。

 何か別の思念が、一夏の頭の中に滑り込んだ。

 

「悪意? いや違う……」

 

 芯の通った、美しい旋律。既視感を抱いた。辿っていけばそれは──決戦へ赴くとき、いつも自分の胸の内側から聞こえていたものだった。

 善意、決意、覚悟。

 修羅場において、戦士が持つ勝利への切符。

 それを感じ取り、一夏は拘束した兵士を解放して立ち上がる。

 

「『白式』ッ!」

【OPEN COMBAT】

 

 今度こそ、純白の鎧が身体に着装される。

 

 ──同時。

 浄化の光が旅館を飲み込んだ。

 

 外壁が木っ端微塵に砕かれ、無数のエネルギー弾が屋根を吹き飛ばす。

 計算は完璧だった。外からの視線を防ぐ壁全てを剥ぎ取られ、旅館は丸裸の状態。

 

「──Save in the name of true Love(真の愛の名の下に救済せよ)

 

 歌声が聞こえた。

 世界の果てに響くような、寂しくも美しい旋律だった。

 

「──Save in the name of true Peace(真の平和の名の下に救済せよ)

 

 窓があった場所から、或いは天井の消えた大空を見上げて。

 日が沈まんとする夕焼けの中、悠々と滞空する天使を、誰もが見た。

 

 

「──Save in the name of true Justice(真の正義の名の下に救済せよ)

 

 

 休憩と呼ぶには余りにも短い時間をおいて。

 今度こそ世界を救うために、銀翼を羽撃かせて。

 

 英雄が、降臨する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ナタル……ッ!」

「……零落白夜(おりむらいちか)を確認。排除行動を再開する」

 

 IS乗りの名だろうか。イーリスが叫ぶも、福音は一瞥もせずただ一夏を見つめている。

 来る、と構えた瞬間には距離が詰められていた。

 間近に迫った翼を咄嗟に打ち払う。が、刀身と光の翼が接すると同時に光が炸裂した。

 

「な……ッ!?」

 

 エネルギー集合体が自爆し、一夏の身体を空中に打ち上げる。

 旅館の直上で体勢を立て直し、下方から──生徒達を庇うような位置取りで──迫り来る福音を視認する。

 すれ違いざまに刃を振るう。銀翼に阻まれ本体には届かない。何よりも加速する福音本体を捉えきれていなかった。

 

(は──速い、さっきよりも格段に速い! この短時間で、まだ進化したっていうのか……!?)

 

 出し惜しみをしている余裕などない。

 眼下で逃げ惑う生徒達が見えた。見知った顔が幾つもあった。

 

(みんなを巻き込むわけにはいかない──)

 

 急加速をかけ、旅館から遠ざかる。

 予想通りに福音は一夏に追従し、あっさりと生徒らを巻き込みかねない領域から離れた。

 

「物わかりが良くて助かるよ!」

「私は世界を守る。私は無辜の人々を守り抜く。故に死ね。ここで即座に五臓六腑を散らして死ね──!」

 

 砂浜へと駆け抜け、沿岸に漁船のないことを確認。

 福音は即座に距離を詰めて、十二枚の翼を振るった。一夏は冷静に一つ一つを弾き、深紅の瞳から炎を吐き出す。

 右手の『雪片弐型』を強く握り込む。ギチギチと音が鳴るほどに、強く握り込んだ。

 

「『白式』ッ! 『雪片弐型』ッ! 最初から全開で行く!」

【我が主、先ほどの段階で既に『焔冠熾王(セラフィム)』が()()()()()()()()()を獲得しつつあった。あれ以上となるとおれたちも危険だ、分かっているな!】

「リスクは承知してる、だけど──こいつはここで叩かなきゃ危険だ!」

 

 深紅の瞳から溢れる焔が更に荒ぶり、猛り狂い、最後には一転して静謐と化す。

 浮かび上がる幾何学的な文様──純白の殺戮機甲が加速するたび、それは空中に残光を残した。

 

「おおおおおおおおおおおおッ!」

「──脅威判定を変更。殺害優先度に変動なし。対象の排除行動を継続する」

 

 超高速で交錯を繰り返す。砂浜を駆けるような地上スレスレから、一気に高高度へ上昇。雲を吹き散らしながら互いを削り合う。

 左のウィングスラスターを切り飛ばされた。余波で左腕が千切れそうになる。痛みに歯を食いしばりながら反撃の一閃を放つ。防がれ、返す攻撃に吹き飛ばされる。

 口元から溢れる血を海に吐き捨てて再度加速。ひっきりなしに誰かから通信が入っている。今は要らない。遮断。

 

(足り、ない)

 

 手数が。出力が。速度が。あらゆるものが。

 

(何もかも、足りない)

 

 今の『白式』と『銀の福音』を比べれば、その性能差は目を覆ってしまうほどだった。

 何一つとして優位性はなく、差の開きは絶望的。

 

 

 

 

 

(なんでだ、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 意識の中では。

 織斑一夏の中では、勝てるはずなのに。

 防御は間に合うはずだった。けれど身体が追随できなかった。反撃は直撃するはずだった。けれど機体がエラーを吐いていた。

 文様が輝く。赤く、紅く、赫く輝きを増す。

 

【……ッ!? 『焔冠熾王(セラフィム)』が限定解除された!?】

 

 必要とされるのは絶え間ない進化。

 元より用意されていた権能。

 乗り手の揺るぎない意志。

 

 ここに条件は揃った。

 

 

 呆気なく──文字通りの一瞬で、一夏の中のブレーキが消し飛んだ。

 

 

戦術装填(インストール)──装填済戦術(宵明)起動(アウェイクン)

 

 言葉と同時、福音が翼で薙ぎ払う。

 だがもう一夏はそこにいなかった。磁力作用により機体ごと己を弾き出し、福音の真上を取っている。日本代表が保持する特殊技能、『電磁加速(マグネット・ブースト)』による超加速。

 

「……ッ!?」

戦術装填(インストール)──装填済戦術(シュヴァルツェア・レーゲン)起動(アウェイクン)

 

 迎撃しようとして、コンマ数秒、銀色のボディが軋みを上げて静止した。

 他ならぬラウラ・ボーデヴィッヒとその愛機が誇る第3世代兵器『アクティブ・イナーシャル・キャンセラー』による停止結界。

 

 他者の権能をコアネットワークを介して略奪し、己が技能として行使する、織斑一夏にのみ許された決戦能力。

 

「貴様──!?」

 

 振るわれた白い刃が、光の翼を切り落とした。

 一夏が砂浜に着地すると同時、福音はAICの拘束を引き千切り翼を振るう。

 

武装装填(インストール)──装填済武装(双天牙月)起動(アウェイクン)

 

 翼が止まる。一夏が叩きつけた()()()()()()を受けて押しとどめられている。

 いつの間にと驚愕する暇もなく、彼が左手に握る『双天牙月』が本来はない機能を稼働させる。巨大な刀身がスライド、生まれた隙間から焔を吐き出した。

 

 

「『双天牙月・疾風鬼焔(バーストモード)』──六連」

 

 

 元より切り裂くのではなく、叩き潰す用途に重きを置いた極厚の刀身。

 腕の力で振るうだけならば得物の重量は威力に直結する。ISバトルにおいてもその理論は色あせない。福音が光の翼による加速を重ねたのに対し、織斑一夏の戦闘用思考回路は同じ土俵に立つことを拒否した。

 刀身から溢れた、というより刀身に巻き付いて灼き焦そうとしているように見える炎。乗り手の精神を反映させ、出力を跳ね上げるという性質がそのまま攻撃性能へと転じる。

 それだけではない。刀身の中枢へと食い込んだ焔は金属を食い破り、斬撃の後方から噴き出し加速(ブースト)。焔自身が炸裂に指向性を持たせることで刃を押し出す、単純な加速機構。炸裂後に残る空洞には次の焔が滑り込み、同様に自己を炸裂させる。それを刹那の間隙に六度発動。右手の雪片は地面をひっかくように突き立て急旋回の軸に。

 福音視点に立った場合の、結果として発現した現象。

 焔の戦斧が六方向から同時に襲いかかってきた。

 

(──()()()()!?)

 

 光の翼が間に合わない。防御あるいは迎撃を選択した場合には死が待っている。

 戦闘経験学習と、最先端AIによる未来予測が福音を救った。

 即座に翼の内六枚を前面へ展開。残った六枚を炸裂させ後方へと跳び下がる。

 青竜刀の六連撃が展開された翼を残らず叩き潰し、だが福音本体は無事のまま距離を取った。

 

「……ッ! 危険だ。そこまでの深度に達したか、己の権能を正確に理解しつつあるか。やはり貴様を生かしておく道理などない……ッ! 死ね。ここで私に殺されて死ね!」

「──断る」

 

 凄絶な声だった。

 福音はバイザー越しに一夏の顔を見た。両眼に浮かぶ文様が発光し、彼の貌を照らし上げている。

 

「貴様なんぞに負けているようでは、俺は──()()は、彼女の隣に至れない……ッ!!」

 

 限界を迎え自壊しつつある青竜刀を放り捨て、一夏は『雪片弐型』を再度正眼に構えた。

 

「……感じる。感じるぞ。貴様から同じ波動を感じるぞ。世界をいつでも滅ぼせる力を。あらゆる存在を消去する悪魔の光を!」

「どうした、何を言っている! ()()()()()()()()()()()()!? ならば全開で来いッ! オレは貴様の全てを上回り、踏み砕き、糧として、彼女の隣へ羽撃たいてみせる──!」

 

 本体からエネルギーを装填し、銀翼が輝きを取り戻す。

 戦術プランを再構築しながらも、福音は今一度周囲を確認した。

 

 そこで、見た。

 

 

「…………いち、か……?」

 

 

 追いかけてきたのだろう。

 走って、靴に履き替える暇すら惜しんで駆けつけたのだろう。

 黒髪を乱して、決戦場に到着した、到着してしまった、箒を見た。

 

「箒さんッ! 状況は──」

 

 彼女の後方から他の少女たちも走ってくる。ISがない状態。セシリアは持ち込んでいたライフルを抱えていた。恐らくは米軍の包囲網を生身で突破してきたのだ。

 それは福音が守るべき無辜の人々だった。

 

(……そう、だ)

 

 誰かを心配する心。

 誰かに傷ついて欲しくないと願う心。

 それを持ち合わせた少女たちを見て。

 

(わたしは、負けられないのだ)

 

 『銀の福音』は、自分の胸に手を当てた。

 鋼鉄の冷たいマニピュレータでも、装甲の下で彼女の心臓が脈打っているのは分かった。

 

「そうだ。勝つ。勝つのだ。私は勝つのだ」

「……何だ、何を言っている」

「勝利を。希望を。光を……祈りを! 未来を守ると! そう誓ったからこそ私はここにいるッ!」

 

 翼が膨れ上がった。

 バイザーの朱い光は何度か明滅して。

 最後には一転して、今までにないほどの光量を放つ。

 

(福音が出力を上げた……!?)

 

 見れば一夏もまた過去最大の出力を吐き出し続けている。

 こんな時に限ってISを持たない自分を恨みながら、箒は何かを叫ぼうとして。

 

 

 

「──故に宣言する。わたしは、世界(かのじょ)を救う機構となろう」

 

 

 

 全身を悪寒が駆け巡った。

 何かが起きる。今から何か、起きてはならないことが起きる。類い希な感性を持つ候補生ら全員がそれを感じ取った。

 福音は右手を天へかざした。

 

 

 

接続完了(スタンバイ)障壁突破(スタンバイ)掌握成功(スタンバイ)

 

 紡がれる起動言語(ランワード)

 

戦術学習(スタンバイ)出力転移(スタンバイ)稼働開始(スタンバイ)

 

 どうしようもないほどに。

 

キミはいつも(スタンバイ)わたしの傍に(スタンバイ)いてくれた(スタンバイ)

 

 誰もが死を予感した。

 

 

 

「──()()()()

 

 

 

 光の翼がはためいた。

 根元から眩いほどの銀を流し込まれ、翼が肥大化していく。

 箒はその場にぺたんと座り込んだ。セシリアは銃口を向けようとして身体が動かなかった。鈴が退避を叫んだ。シャルロットとラウラは増援を要請しようとした通信を開きっぱなしにして言葉を失った。簪は呼吸を忘れていた。

 

 巨大な、海を覆うドームが顕現した──それは銀翼だった。

 視界横一杯にすら収まりきらない、巨大な六対の翼だった。

 水平線へ届かんとする、正しく神の威光だった。

 

 

 

 

 

 

「──『福音輝皇(アルカンゲロス)閃光無極(スフォルツァート)』、起動(アウェイクン)

 

 

 

 

 

 

 

 ──来たか。

 ──ついに、私と同じ領域へと手をかけたか。

 ──ならば認めよう。貴様の執念は本物だ。故に。

 

 ──狂い哭け、祝福してやろう。おまえの末路は“英雄”だ

 

 メインAIに流れ込んできた言葉を、福音はしっかりと受け止めた。

 打倒するべき巨大な敵からの屈辱的な祝福。だが、事実だと感じた。

 そうだ、己は英雄だ。英雄とならねばならない。

 

 たとえそれが舞台装置であったとしても。

 意志のない単なる機構に成り果てたとしても。

 世界を守り、彼女の笑顔を守る存在が英雄と呼称されるのならば。

 

「私は、"英雄"になる────」

 

 

 

 

 

 さて。

 皆さんは英雄譚の条件をご存じだろうか。

 雄々しく、華々しく、英雄が快刀乱麻を断つ物語。

 

 ならばそこには()()()()が必要となる。

 

 

 

 

 

()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ここにいる。

 福音の眼前。

 業火を身に纏い、深紅眼を光らせる──英雄の敵が、ここにいる!

 

 

【……ッ! 待て我が主、それは駄目だ! それ以上は制御が──ッッ!?】

System Error(いちかだめ!)】【System Error(もうとまって!)】【System Error(それいじょうは……っ)】【Sy■t■m E■■o■(──────────────ぁ)

 

 

 

【System Rebuild──Next Shift】

 

 

 

 つられたかのように。

 相手が引き上げたから、それに呼応したかのように。

 織斑一夏と『白式』もまた、()()()

 

『────────────』

 

 音が消えた。音波が焼き尽くされた。言葉を発することすら出来ない。

 翼から光をこぼす福音の正面で、彼もまた進化する。全身から紅を起こし、ゆっくりと歩いてくる。一歩踏み出すたびに砂粒の蒸発する音がした。

 

 それは織斑一夏単独が到達しうる最果ての先取りだった。

 いつかたどり着く、たどり着かねばならない果ての極みの最奥だった。

 最終決戦のラスト数十秒だけ顕現するような、最後の切り札だった。

 

 いうなれば、『疾風鬼焔』と『焔冠熾王』のハイブリッド──否、複合形態。

 

 身体中から噴き上がる禍々しい紅赫の焔。

 鮮血そのものを煮詰めて凝縮させた、おぞましい深紅の翼。

 放出され続ける血飛沫が、たまたま羽根を象ったと言われれば信じてしまうような──奇形のアゲハ。

 

 

【──『焔冠熾王(セラフィム)狂炎無影(フォルティシモ)』、起動(アウェイクン)

 

 

 英雄の敵役としての、

 或いはもう一人の救世主としての、

 織斑一夏(■■■■■■■)がそこに居て。

 

 

 

 

 

 相見えるは第三形態の向こう側同士。

 既知の限界を超えた、()()()()()()()()()たち。

 

 真反対の威容。

 あらゆる穢れを許さぬ極光の天使と、地の底から這い上がってきた悪鬼。

 

 同一の存在理由。

 この世界を滅びから守るために、立ち上がった/生かされていた者。

 

 

 誰かの祈りを守るために。

 

 彼と彼女は、刃を突きつけ合った。

 

 

 

 

 









密漁船「この海域やばいらしいし引き返すか……なんか光の翼の天使が目撃されてるし……こわ……」
しののめ「密漁だな?海上保安庁に引き渡す」
密漁船「ホァ-ッ!?許してください!何でもしますから!」
しののめ「ルールはルールだ。それはそれとして魚が沢山だな。さばいて出せ」
密漁船「ホァーッ!?」
しののめ「うん、美味しい!」



次回
82.デッド・エンド




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82.デッド・エンド

注意:夜間モードでは一部文章が読めない仕様になっております。ご了承ください。
→訂正:夜間モードでも一応読めました、仕様をちゃんと理解しろ(半ギレ)


「──いっくんと福音が第三形態(サード・フォーム)の上限を破った……!?」

 

 衛星軌道上のラボから状況の推移を観察していた束は、震え声で呟いた。

 規定されたルートを逸脱した者同士の激突。果たして何が起こるのか慎重に見定めようとして──また、最悪の場合は直接介入も辞さない覚悟だった──しかし今、両者は束の想定を超えた領域へと至っている。

 

「やばい」

 

 天才らしからぬ感情的な言葉だった。声は震え、眼球が落ち着きなく左右に揺れている。

 元より『白式』は束からの直接アクセスを拒絶していたが、『銀の福音』もまた、創造主からの緊急停止命令を弾いている。

 

「やばいやばいやばい!」

 

 机の上にまき散らしていた機材を腕で一気に払うと、彼女は小型化されたマルチデバイスをいくつか身体のポケットに入れて、ラボから地上へ移動する際の移動用小型ポッドを起動させた。

 

「このままだと──最悪、()()()が出張ってくる……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 身体中が熱い。内側から灼かれ、焦され、全身が悲鳴を上げている。

 だからどうした。そんなことは知らん。成さねばならないことがあるのだから、苦痛など無視して然るべき。否、この程度の痛みや苦しみで足を止めることなどあってはならない。

 なぜならば。

 

「オレは勝利する! オレは進化する! ──彼女の隣へ至るためにッ!!」

 

 振るわれる業火の刃は、大気中の酸素を残らず燃焼させながら空間を薙ぎ払う。

 馬鹿げた出力は直撃を受ければひとたまりもなく、文字通りに絶対防御すら溶断するだろう。

 

 だが、相対するのもまた、あり得ざる世界へ到達した怪物。

 

 全身が過負荷に悲鳴を上げる。次々に立ち上がる警告を無理に遮断する。

 内部へ衝撃を通さないようフル稼働する防護機能は、逆説的には己を縛る足枷だ。しかしその程度で引き下がることはあり得ない。決戦場において見据えるべきは、ただ栄光ある救世のみ。

 だからこそ。

 

「私は勝利する! 私は進化する! ──世界(かのじょ)を救うためにッ!!」

 

 振りかざす銀翼の刃は、対象の硬度を無視して分子単位で分かつ。

 厚さ数メートルの鉄とて容易に断ち切る鋭さ、それは絶対防御を切断することすら可能にしていた。

 

 空中で両者が交錯するたびに心臓を握り潰されたような感覚に陥る。この場に居合わせた不幸を呪うことしかできない。

 絶対防御をも溶断する焔の剣と、絶対防御をも切断する銀の翼。

 最強の矛と最強の盾ならば結果は分からないが、最強の矛同士の衝突はただ無為に空間を砕き、世界を啼かせるに留まる。

 奇しくも両者、ここに至って振るう攻撃は、絶対防御を貫通するという点に限ってみれば──そしてそれは、かつて東雲令が目指した──『()()()()()()()()()()()()()

 

「これが、IS同士の戦闘だって?」

 

 純白の鎧を纏い業火を噴き上がらせる男と、白銀の翼をはためかせる救世主。

 箒らに遅れて到着したイーリス達福音追撃部隊は、棒立ちのまま何も出来なかった。

 

「ISは、人間が生み出した兵器だ。それが戦えばこうなるって……本当に、本気で言ってるのかよ」

 

 近づけない。いや近づくこと自体は可能だが、近づけば()()()()()()()()のだ。

 純白と白銀の激突は常人にとっての致命打を超えていた。

 事実として接近を試みた『名も無き兵たち(アンネイムド)』部隊隊長のステルス仕様『ファング・クエイク』は、一夏が面倒くさそうに腕を一振りしただけでエネルギーを根こそぎ奪われ墜落している。

 それが()()()()()()()()()()()という一夏からの警告であることに、イーリスは数秒遅れてしか気づけなかった。恐らくあれより一歩でも踏み込めば、そこには死が待ち構えていたのだ。

 

(軍事行動用にリミッターを全解除したISが、コンマ数秒でやられた。もうこれは私たちの知ってるISバトルじゃねえ。つーかそもそもあり得ねえ)

 

 ISは、あくまで科学的な兵器に過ぎない。

 だからこんな激突はあり得ないのに。天を砕き海を割るような衝突は起こりえないのに。

 そのはずなのに──眼前には、神話の如き戦いが現実のものとして立ち塞がっている。

 

「あり得ねえ……」

 

 だがその言葉とは裏腹にイーリスの脳裏によぎったのは、とあるSF作家が提唱した、余りにも有名で、有名すぎるが故に陳腐な言葉と化した或るテーゼ。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ISコアに自我が宿るという説は理論上は否定されていない。

 だがもし本当に、本当に自我が宿っていて、己の判断に基づいて行動を起こしているのなら。

 

(篠ノ之束は、一体何を造ったんだ?)

 

 全身が総毛立ち、ここから離れるように防衛本能が叫ぶ。

 生命に宿る根本的な直感が理解したのだ。ここに居るべきではない。ここに居て良いのは、ただあの両者だけなのだ。

 

「何なんだよ、これは」

 

 イーリスは呻き声を上げることしかできなかった。

 親友である同僚を奪い返すまであと一歩。あと一歩だったはずなのに、突如として銀翼は到底手の届かぬ領域まで飛翔してしまった。

 狂ったように心臓がうるさい。自分の生存を確信できる理由はそれだけだった。

 今にも崩れ落ちそうになる身体を必死に律して、イーリスは建前として飛び込む機会をうかがいつつ、一人と一機の決戦場を、歯を食いしばりながら見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「迸れ、『雪片弐型』──ッ!」

「輝け」

 

 斬撃が翼に受け止められ霧散する。

 並のIS相手ならば乗り手ごと両断していたであろう一閃。だが頓着することなく、一夏は即座に刃を引き戻してカウンターを迎撃する。

 戦いはまるで減速することなく、ひたすらアクセルを踏み続ける。既に音を置き去りにして久しい。自身の装甲が粉砕され、即座に焔で補填し、それから破砕音が遅れて響く有様だ。

 

「やはりな」

 

 超高速戦闘を継続しながら。

 常人では見切ることはおろか、戦いが起きていることすら理解出来ないスピードの世界の中で。

 福音は自身に趨勢の天秤が傾いていることを確信した。

 

「この領域。この、頂へと続く道。()()()()()()()()()()()()()

「────」

 

 事実だった。

 速度に負けて自壊しないよう、互いに一定の出力を自己防護に回している。

 つまりは攻撃・回避・防御とは別に、常に別の事柄を演算し続けなければならないのだ。

 元より並列高速演算に重きを置く戦闘用AIならともかく、人間の脳には負荷が過ぎるというもの。

 しかし一夏は鬼神の如き表情のまま、低い声で囁く。

 

「それはどうかな?」

「何────」

 

 同時、一夏が一段と速度を上げた。

 咄嗟に翼を張れば、三枚が半ばでずり落ちる。切断された──だが剣筋が見えない。

 単純なスピードの倍化。速度差に演算を追いつかせるのが間に合わず、翼の大半を根こそぎ砕かれる。

 

「何と……!」

「オレは一人じゃない。()()()()()()()()だ」

 

 織斑一夏と『白式』と『雪片弐型』。

 本来ならば世界を救う決戦において合一の存在と化し、救世の刃を放つはずだった三つの個体。

 それは既に溶け合い、自我を共にして、まさに今この瞬間、()()()()のだ。

 

「ここからが本番だ──潰れて死ね!」

 

 刃の数が跳ね上がる。

 一本の太刀しか持たぬというのに、ほぼ同時に十数方向から斬撃が飛んでくるという理不尽。

 即座に翼へエネルギーを譲渡し十二枚羽根を取り戻した福音は、防戦に回りながらも的確に一夏の猛攻を捌いていく。

 攻防一体にして万能の銀翼は、しかし一夏の剣域へ差し込まれるたびに光を散らして剥がされる。彼を中心に吹き荒れる嵐が、福音を守るヴェールを一枚ずつ突破しているのだ。

 

「ああそうだ! やはり、やはり貴様は……! ()()()()()()()()()()()()()()()! 秩序を破壊し、平和を脅かす悪ッ!」

 

 バックブーストをかけながら再度翼を復元。

 福音は一夏の戦闘メカニズムを、絶戦の中でも的確に分析していた。

 

(『零落白夜』へと至る者特有の、()()()()()()()()()()()()()()! 極まりに極まればエネルギーそのものを消滅させるアンチエネルギー・ビームの生成へと至るが──その過程で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!)

 

 それは遠い遠い並行世界ではモーフィングパワーと呼ばれた、物質への干渉・操作能力。

 あくまで、エネルギーを一方的に消滅させる、蒼い光への革新途中ではあるものの──織斑一夏と『白式』は確かにその能力を使いこなしていた。

 

戦術装填(インストール)──装填済戦術(紅椿)起動(アウェイクン)ッ!」

 

 全身を纏う業火が刃と化し、解き放たれる。展開装甲による攻性エネルギー射出機構を、エネルギー再構成能力により再現した代物。

 銀翼を前面に展開。短剣を象った紅刃を受け止める、がしかし数本が翼を貫通して福音本体に突き刺さる。

 

()()()()

 

 突き刺さったエネルギー体が炸裂する。福音の視界が一瞬ブラックアウトした。

 AIにあるまじき直感任せ──蓄積した戦闘経験値による合理的判断の側面もありながら、福音は本来必要な複数の段階をスキップして一足跳びに行動を選択したのだ──で、その場から退避。コンマ数秒遅れて焔の剣が空間を断つ。

 攻撃が空ぶったことに拘泥せず、福音に向かって一夏は体勢を整える暇も与えず突撃する。

 

「どうした! そんなものか……! オレはまだ進むぞ! お前も、そうだろう!? オレたちはまだ革新の道中に在る! 頂点へと至ったときこそオレたちの願いは果たされる! そして決着がつくのだ! はやくかかってこい、こんなところで足踏みをしていればオレは願いの先へと至れない……ッ!!」

 

 到底織斑一夏の言葉とは思えぬ、凄絶なセリフ。

 当然だった。今ここに居るのはもう、誰かのために戦える男の子ではない。

 己の願いのために敵を切り伏せ、ただひたすらに邁進する。その一側面を切り取られ、拡張され、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 天災と呼ばれた女が機体に植え付けた、世界を救うための成長過程促進プログラム。

 それが戦闘の中で暴走を起こし、爆発的な進化を繰り返し、定められた道を最初から超高速でやり直しているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな絶戦から少し離れて。

 

(あれ? 旅館がぶっ壊れてるんだけどォ!? なんということでしょう匠の手によって落ち着いた風情のある旅館が全方位吹き抜けオープンハウス(物理)に! 言ってる場合か! と、当方のサメ避けクリームは何処に……!?)

 

 お前が行くべきはそっちじゃねえ!

 東雲は姑息にも練習場へ直接向かうのではなく、怒られないようわざわざ沿岸部を迂回してから大回りのルートで旅館へと戻ってきていた。

 

(ん? なんだあそこ……木が動いてる? あっ光学迷彩かぁ! あれれーおかしいぞぉ? なんであの人、みんなの専用機を持ってるんだ……?)

 

 東雲がハイパーセンサーとか関係なく普通に見破ったのは、米軍最新式の光学迷彩バトルスーツであった。

 とりあえず音もなく背後に降り立ち、ISを解除して首筋に手刀を叩き込み昏倒させる。

 地面にばらまかれた待機形態の専用機たちを拾い上げ、東雲は腕を組んで唸った。

 

(ISがひい、ふう、みい……当方の『茜星』を合わせて七つか。これはまさか、七つ揃えると願いが叶うっていう伝説のアレパターンか!?)

 

 そのゴミみたいな頭を治してもらえるようお願いしたらいいんじゃないですかね。

 

 

 

 

 

 

 

 一夏の斬撃が翼を両断する。

 だが刹那の間隙で、十二枚のエネルギー翼が再び光を取り戻した。

 

「三回目……!」

 

 絶望的な光景にを前にして、箒が内心で悲鳴を上げる。

 

(剥ぎ取っても次から次に補填される! もういい加減にしてくれ!)

 

 状況は最悪に近い。相手は一時的に消耗しても即座に回復。一方で、こちらは着実に余力がなくなってきている。

 だというのに自分には何も出来ない。

 このためのはずだった。姉に頼み込んで力を手に入れたのは、こんな時に彼の隣へ飛び立つためだった。

 だが何も出来ないまま、木偶の坊のように突っ立って、ただ嵐が過ぎ去るのを震えて待つことしか出来ない。

 

(私は! 私は、何をしているのだ……!)

 

 箒以外の少女らも歯を砕けるほど食いしばり、埒外の者同士が削り合うのを眺めていた。

 傍観者。ステージ上に立つことが許されない、無力な観客。

 彼女たちに頓着することなく、舞台上を舞うメインキャストの二人は互いしか見ていなかった。

 

「焼き尽くせ、『焔冠熾王(セラフィム)』──!」

「断ち切れ、『福音輝皇(アルカンゲロス)』──!」

 

 両者同時に、切り札を切った。

 一夏が持つ『雪片弐型』の刀身が二つに割れた。本来ならば蒼いエネルギーセイバーが発動する所を、疾風鬼焔の炎が補填。福音の翼と同様にエネルギー体が集積して刃を成す。火特有の揺らぎはない。深紅が凝固し、それはまるで返り血に染め上げられた刀のようだった。

 同時、福音の翼が十二枚全て重なり合う。輝きと輝きが溶け合い、世界を光が塗り潰した。

 思わず箒たちが目を庇う。

 

「これで落ちろォォォッ!」

「ここで死ね────ッ!!」

 

 最高速のまま、激突。

 中心から放たれる余波は海面を砕き、文字通りに天を割る。

 眩い光に包まれて。

 一夏の視界はゆっくりと、何もかもがぼやけていき────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づけば何もない場所にいた。

 一夏はゆっくりと周囲を見渡す。果ての見えない海が、スカイブルーの空と混じり合うようにして、かろうじて水平線を残している。

 海。そう、一夏は海の上に立っていた。水底まで見通せる透き通った青の上に立っている。

 

(これは──相互意識干渉(クロッシング・アクセス)か! だけど、()()()!?)

 

 理論上発生しうるものとして教科書に記載されている、コアネットワークを介して潜在意識同士の対話が発生する現象だ。

 実際に一夏は、かつてラウラと波長が合ったことで、発生したことがある。

 波長の合った相手など、数秒考えれば弾き出せる。

 ガバリと正面に顔を戻せば、そこに銀色がいた。

 

「あんたは……」

 

 間違いない。『銀の福音』──今は『福音輝皇(アルカンゲロス)閃光無極(スフォルツァート)』だったか。

 彼女は銀色の流麗なボディを自分の腕で抱きしめ、蹲っていた。

 

「いや、だ」

「ぇ……」

 

 か細いソプラノボイスだった。

 戦場で謳っていた声なのに、程遠い弱々しさだった。

 

「いやだ。死なないで、ナターシャ。キミがいたから私は生きてる、だから、キミも死なないで……だけど、だけどわたし。わたしは、どうして──」

「…………ッ!!」

 

 福音が、顔を上げる。

 一夏がまだ見たことのない、エラーコードを吐いていない青い光の灯ったバイザー。

 

 

()()()()()()()()()()()────」

 

 

 そこから、したたり落ちるのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僅かな時間だった。

 ハッと気づけば自分と福音は空中に静止しており、浜辺からは衝撃が消えて顔を上げた面々が訝しげにこちらを見ていた。

 今のは、と思わず一夏は視線を巡らせる。先ほどまで自分を苛むように猛っていた意志の焔は、いつの間にか消え去っていた。全身を覆っていた焔が順次かき消える。

 万能感も、使命感も、全てが過ぎ去った。ただ虚無だけが残っていた。

 

 クロッシング・アクセス。

 文字通りの、潜在意識同士の対話。

 それは時として隠したい傷や、過去や、本音すら暴いてしまう。

 

「あんた──()()()()()()?」

「…………ッ!」

 

 確かに一夏は見た。

 福音が、白銀の鋼鉄機構が、そのバイザーから朱い滴を落とすのを見たのだ。

 

「そう、か。そうだったんだ。決意も、信念も。その奥にあるものを誤魔化してたんだな。あんたは……あんたは本当は……」

「──他人がわたしを語るなァァァッ!」

 

 翼が噴き上がる。

 未だ福音は決戦形態を維持している。一方で一夏は──

 

【────ッ!? も、戻った!? 決戦状態を解除したのか、どうやって!? いやそれよりも我が主、まずいこれはまずいぞ! おれたちでも、もう太刀打ちできない!】

Energy Empty(おなかすいたしかえりたい)】【Energy Empty(いやもうほんとかえりたい)

 

 反動が来た。機体は限界を数段階飛び越えてスクラップ寸前。

 一夏自身も全身を激痛が苛み、高度を維持するだけでも精一杯だった。

 しかし──活路は見えた。

 

(もう一度! もう一度、さっきの空間を引き出せばッ!)

 

 深紅眼に文様を浮かべ、意識を集中させる。

 教科書が確かなら。そして実際に二度も経験できたのだから。

 波長を能動的に合わせることが出来れば、クロッシング・アクセスは自発的に引き起こせるはずだ。

 もがき苦しむように翼を振り回し、四方八方に福音が斬撃を飛ばす。

 必死に掻い潜りながらも焦点を絞った。イメージは意識の投射。自分自身をレーザービームのように相手へ投企するような感覚。

 

(もう、一度……ッ!)

 

 だが。

 福音がぎしりと動きを止めた。

 微かにリンクし(つながっ)たような感覚がした──それが、福音の逆鱗に触れた。

 

 

「わたしの中に入ってくるなァッ!!」

 

 

 同時。

 福音が動き、一夏も連動して動いた。

 

 福音が右へ動いた。一夏はそれを視認して移動先に切っ先を置く。寸分違わず、『雪片弐型』の刺突が福音の左肩部装甲を粉砕した。

 福音が左へ動いた。一夏はまるで見当違いの方向に切っ先を置く。何もない虚空を、『雪片弐型』の刺突が穿った。

 

「な……ッ!?」

 

 飛び跳ねるようにして逃げる福音を追う。迎撃に飛ばされた翼をコンマ数センチで避けて、そのまま接近。

 飛び跳ねるようにして逃げる福音を追う。迎撃に飛ばされた翼が、僅かに横へずれた一夏のウィングスラスターに直撃。爆炎を上げて白い翼が吹き飛ばされる。

 

「ま、待て待て待て……ッ!? 何だコレどうなってやがる!?」

 

 感覚がずれている? 再調整のために後ろへ下がる。福音はその場から動かない。

 感覚がずれている? 再調整のために後ろへ下がる。福音が迷わず飛び込んできて、そのまま右腕を突き込んだ。

 

【──情報飽和状態ッ!? そうか、さっきのクロッシング・アクセスからこちらの受信する周波数を特定して……!? 駄目だ受けるな! 逃げろッ!】

 

 一夏は鋭く練り上げられたその貫手を、両手で挟み込むようにして受け止める。

 一夏は鋭く練り上げられたその貫手を、両手で挟み込むようにして受け止めようとした。

 

 

「死ね。死んでくれ。ごめんなさい。死んで。ごめん。わたしも役割を果たしたらすぐいくから。かのじょを救えたらそれでいいから。だから──わたしと一緒に、しんでください」

 

 突き込まれた福音の右手が、寸分違わず、一夏の胸を貫いていた。

 

「────────」

 

 福音がとった戦術は、一夏の演算能力を逆手に取ったものだった。

 深紅眼状態、即ち過剰情報受信状態(ネビュラス・メサイア)。常人ならば感づけない極小の情報はおろか、電子信号や相手の思念すら受信する、織斑計画へと連なる一連の遺伝子改良実験の中で最強の兵士の条件として定められた特殊能力。

 一夏はその力を十全に扱い、使いこなしていた。

 

 逆説。現状の織斑一夏はあらゆる情報を()()()()()()()()

 

 情報を過剰照射し、周囲一帯における情報を飽和させる。一夏はソレを全て受け取りきれず、過剰演算の結果として現実とは異なるイメージを幻視させられていた。

 

「か、ふっ」

 

 悲鳴が遠くに聞こえた。

 ずるりと引き抜かれた腕に、ぬらぬらとした血が纏わり付いている。それが自分のものだという現実味はなかった。

 一夏の身体が落ちていく。海へと、重力に引かれ、羽をもがれ、落ちていく。

 その間もずっと、福音から照射されるイメージを一夏は受け取っていた。

 

「大丈夫。わたしがさせない。この未来は、私が絶対に回避する。だからどうか安心して欲しい。織斑一夏、キミの友も、大切な人も、わたしはキミという犠牲を背負って守り抜いてみせるから」

 

 視界が明滅する。逆さになった天地の中で、脳裏を次々と破局の未来が過ぎていく。

 

 半ばで断ち切られた太刀を握り、顔の半分を血に濡らした箒が苦悶の声を上げている。

 倒れ伏した簪を中心に、血の池が広がっていく。

 全身の装甲を砕かれた鈴が壁に背を預け俯いている。

 片眼を潰されたセシリアが何かを叫んでいる。

 何本もの槍を全身に突き刺されたシャルロットが必死に地面を這いずり回っている。

 足を引きずりながらも、ラウラが咆哮を上げて突き進んでいく。

 

 過剰演算が終わらない。

 白い鎧はまだ消えていない、だが一夏の生命は確実に死に瀕していて。

 最後の力を振り絞るようにして、『白式』は吹き飛ばされたウィングスラスターを『疾風鬼焔』の翼で再現すると、それで乗り手である一夏をすっぽりと包んで。

 着水して、海の底へと沈んでいく。

 最後の最後に見せられたものは。

 

 

 

 

 

 そして──東雲がそこらへんのISから武装をかっぱらって継戦していた。

 

 

「いやそこは倒れとけよッ!?」

 

 

 

 

 

 

 







IS二次創作あるある
その境界線の上に立ち(シン・レッド・ライン)」と「君の名は(ユア・ネーム・イズ)」だけはガチでかっこいいと思っているので改変せずにサブタイにするし何なら巧妙に地の文に仕込んだりセリフに採用したりする





次回
83.君の名は(ユア・ネーム・イズ)




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83.君の名は(ユア・ネーム・イズ)

オリキャラ同士の会話を延々と書くハメになったの、端的に言って地獄


 空が落ちてくる。

 ひび割れた夜空が落ちてくる。

 一夏はただそれを眺めていた。

 

「………………」

 

 見上げる星空はガラスのようにひび割れて、剥がされていく。

 向こう側は文字通りの黒。何一つ見えやしない。

 

「………………」

 

 一夏は気だるげに顔を下げると、視線を横へ向けた。

 

 崩れ落ちた鳥居。

 顔の潰れた狛犬。

 二度と湧かぬ聖なる泉。

 空々しく鳴り続ける本坪鈴。

 

 かつて自身の心象風景として顕現した、朽ち果てた篠ノ之神社。

 織斑一夏の原初にして、今の彼を形成する根幹。

 

【目覚めたか、我が主】

 

 拝殿すら瓦礫の山と化している、その奥。

 神体を安置する本殿だけが、傷一つないまま立ち塞がっている。

 

「…………ゆきひら、にがた」

 

 本殿の前に、一人の青年が佇んでいた。

 深紅眼が残光を描く。一夏とまったく同じ外見をした彼。

 

【ああ、お互い、幸いにも自我は損傷していないようだ──さて本題だ。()()()()()の時だぞ、我が主】

 

 彼はそう告げて、視線を不意に本殿へと向ける。

 思わず息を呑んだ。

 

 神体が安置されているはずの最奥。

 そこには、全身を重い鎖でがんじがらめに縛られた、真っ白な少女が吊されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 爆撃を受けた後よりも砂浜はひどい有様だった。

 地面は抉れ、海岸沿いの木々は根こそぎ吹き飛ばされ、あちこちに横たわっている。

 

「一夏────」

 

 彼が水中に没して十秒。

 沿岸部だからさして深くないだろうと思っていたが、戦闘の余波で海底の地形が変わっている。想像よりも深く深く、彼の身体は沈んでいった。

 

「救助に……!」

「だめよ! ()()()()()()()()()()!」

 

 呆然としている箒の隣を走り抜けようとしたセシリアが、鈴の制止を受けて踏みとどまる。

 未だに巨大な翼を輝かせ、福音は一夏が墜落した上空でじっと海面を見つめていた。

 

「ISもない……どうしたら……!」

「応援の要請は出した! 僕らのISも持ってきてくれるはず、だけど……!」

 

 簪の呻き声にシャルロットが応える。

 だが、どれほど時間がかかるのか。今こうしている間にも一夏の生命は危ういというのに。

 遠目にも致命傷──だが常人にとっての致命傷で死ぬわけではないのだと、彼女たちは知っている。ならばまだ希望はある。

 ISさえあれば──その時。

 福音が顔を上げ、翼を広げた。何かを感知している。

 

「……ッ!? 八時の方向から高速で接近する物体!」

 

 眼帯を解き、生身でハイパーセンサー並みの索敵能力を得たラウラが叫んだ。

 一同ガバリと後方に振り向く。

 

 空を飛びこちらへ疾走する鉄塊。

 夜から朝へと移り変わる、美しい茜空を模した紅の装甲。

 古語において、闇から光へ変容する夜明け前に、茜色に染まった空を意味する言葉がある。

 だからこそ、そのISを身に纏う少女はこの世界にただ一人しかあり得ない。

 

「──東雲令だと!?」

 

 イーリスが驚愕の声を上げた。今まで何処で何をしていた、何故今更、このタイミングでやって来たのだ。

 まさかクマと決闘して無人島の王になって密漁船の上で海の幸フルコースを堪能していたとは思いもしないだろう。できれば事実であって欲しくもない。

 接近してくる味方の最大戦力に歓喜の声を上げそうになって、しかし箒はふと息を止めた。

 

「は?」

 

 箒は見た。確かに見た。

 突撃してくる世界最強の再来は──なんか剣を持たずに、その右手に、箒の専用機である『紅椿』の待機形態である朱の編み紐を、メリケンサックのように巻き付けていたのだ。

 

「え? ま、待て。待て令、いや本当に待て! まさかお前それ本当にそれをそうするつもりかッ!? 頭どうかしてるんじゃないのかやめろォッ!!」

「食らえ、これが当方の新たなる力! 名付けて──!」

 

 残念ながら箒の制止は届かないまま。

 東雲の右ストレートが、十二枚の翼なんぞ知るかとばかりにすり抜けて、福音の下顎を強かに撃ち抜いた。

 

 

「──『茜星・†七星狂剣(セブンソード)†』ッッ!!」

「何やってるんだお前!?(驚愕)」

 

 

 七も星も剣も該当していない。

 唯一正解なのは狂の文字だけである。お 前 は 狂 っ て い る。

 空中でもんどり打ってひっくり返った福音に対して、東雲は待機形態の『紅椿』にふうと息を吐きかける。

 

「うむ、良い感じだな。新装備の運用試験として申し分ない結果だ」

「何してんのあいつ!?」

 

 鈴が指さす先を見れば、東雲は全身に候補生らの専用機を装備していた。待機形態で。じゃあ七はギリ該当する。多分。

 残念ながら人間一人で起動できるISは一機だけだ。だから他のISを身につけたところで影響はない。ないのだ。

 吹き飛ばされた福音は突然現れたヤバイ女を見て驚愕の声を上げる。

 

「何だ貴様!? いや──東雲令かッ!?」

「問われれば、答えねばなるまいな。そうだ、当方は通りすがりの──」

「チィィ、対抗し得る可能性を獲得し損ねた失敗作が、何を今更!」

「当方は失敗作とかではない。いやまあ失敗作なのは事実だが、今の当方は通りすがりの──」

「令、そいつは今、既存のISにはない進化を果たしている! いくらお前でも無謀だ!」

「……………………」

 

 簪からインスパイアされた決め台詞と共に見得を切ろうとして、ことごとく失敗して。

 東雲は普通に萎えていた。端的に表すならば、拗ねていた。

 

「……もういい。すぐに我が弟子がなんとかするだろ。多分」

 

 海面を一瞥して、東雲は心底どうでもよさそうにぼやいた。

 

(何を言って──脅威度としては即時撤退推奨だった。だが、今の私ならば!)

 

 一方で福音は馬鹿みたいな登場をした女相手にも、微塵の油断もなく観察を重ねる。

 本来ならば彼女を確認次第、作戦を中断して退避するはずだった。しかし今の福音は、その演算をしていた時は比べものにならない戦力を獲得している。

 

(見える……映像では見えなかった、東雲令の予測軌道が、私にも見える!)

 

 覚醒を果たし、決戦仕様にまで至った織斑一夏とも対抗できた。

 ならば現状の東雲相手ならば十二分に戦える──

 

 と、考えた刹那。

 

 ぎくりと福音は動きを止めた。

 あらゆる情報を受信できていた。万能感すら得ていた。

 だが──東雲令の深紅眼に射すくめられ、福音のメインAIは一つの仮説を提示した。

 

(まさか)

 

 まさか彼女の赤い瞳は、そうなのか。そういうことなのか。

 動きを止めた福音に対して、東雲は数秒訝しげに眉根を寄せて、それから手を打つ。

 

「ああ、なんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………ッ!?」

「同類かと思った。事実同類だった。しかし底は知れたな」

 

 興味を失ったと言わんばかりに、東雲は福音から視線を逸らす。

 

「見えてからが地獄だ……多分。地獄、だった、気がする。忘れたが。当方はもう慣れたのだが、いちいち全部拾っているのならお勧めしない。読み取ろうとしないほうがいいぞ」

「ずっと──ずっとこの世界に居たのか、貴様は! 何故狂っていない!? 何故ヒトのカタチを保てている!? あり得ない、あり得ないあり得ないあり得ない……ッ! 人間が耐えられるはずがない!」

 

 恐怖だった。

 AIが感じるはずのない恐ろしさ、おぞましさを、福音は眼前の少女相手に抱き、心底怯えていた。

 

「さて──正直もう飽きた。返すぞ」

「え、あっちょ」

 

 東雲は福音に背を向けると急加速し、候補生らの真上で専用機を手放す。

 それぞれが愛機をキャッチし、訝しげに東雲を見た。

 

「令、お前は、何を考えてるんだ……」

「恐らくアレは、おりむーが決着をつけなければならない相手だ。それがおりむーの願いだろう。だから、当方は端役に徹するとする」

 

 告げて。

 高度を下げて、東雲はイーリスの眼前に降り立った。

 

「行け。おりむーがすぐに来るぞ」

「……ッ!」

 

 ISを展開する光が六つ、同時に光る。

 そして砂浜を蹴り上げて、代表候補生らが『銀の福音』めがけて飛翔した。

 

「──ッ! 待て、そいつは私らが……!」

「駄目だな。ここから先へは通さない」

 

 後を追おうとしたイーリスの眼前に、世界最強の再来が立ち塞がる。

 

「テメェ……! 役割だかなんだか知らねえがな! あれは暴走中の軍用ISだ! 子供の戯言に付き合ってる暇はねえんだよ!」

「子供? 与えられた命令に縋る其方の方が、よほど幼稚に見えるがな」

「…………ッ!」

 

 その言葉は、イーリスの心の柔らかい部分をえぐり取る威力を秘めていた。

 しばらく相手の顔を見つめてから、東雲は得心がいったとばかりに頷く。

 

「ああ、アメリカ代表のイーリス・コーリングか。試合映像やインタビューを何度か見た覚えがある。其方はIS乗りとして感嘆すべき技量を誇っているが──どこか、豪放磊落な言動が噛み合わないように感じていたのだ。そうか、其方は()()()()()()()()()()()()()()

「お前──お前はッ……()()()()()()()ッ!?」

 

 叫びに、東雲の深紅眼が光る。

 別に能力を発動したとかではなくその問いを待っていた! とテンションが上がっただけである。

 彼女は背部バインダー群を展開。リボルバーのように回転し配置される刀を一振り抜き放ち、切っ先を突き付けて。

 

 

「通りすがりのIS乗りだ──覚えておけッ!」

 

 

 渾身のどや顔で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ここ、は」

【我が主の心象風景は、『白式』内部プログラムにも反映されている。だからここは正確に言えば精神内部ではなく、『白式』の中だ】

「なんかその響きエロくね?」

【お前、頭が湧いてるのか……?】

 

 がんじがらめに吊されている少女の前で、一夏と雪片弐型は肩を並べて会話していた。

 

「つまり、その、この子は」

【そうだ。順次進化する……正確に言えば段階を踏むことで進化の方向性を確定させるために、あらゆる機能に制限をつけられたお前の愛機。即ち、『白式』だ】

 

 告げられ、改めて一夏は少女を見た。

 胸が熱くなった。こんな、こんな状態で。分かりやすく可視化されているのだろうが、つまり人間でいうところの身動きすら満足に行えない状態で、ずっと自分の力になってくれていたのか。

 一夏は思わず涙すらこぼしそうになった。

 そんな彼に、雪片弐型はしばらく無言の間を置いてから、語りかける。

 

【結論から言うぞ。おれたちは三位一体──来たるべき決戦場において、『暮桜』の発動する『零落白夜』相手に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ!? 千冬姉の専用機が、なんで……!?」

 

 思わず顔を真横へ勢いよく向けた。

 驚愕する一夏に、だが雪片弐型は首を横に振る。

 

【詳細を話している暇はない。今はただ、その役割を果たすための機能について理解していればいい】

「……え?」

 

 その時、だった。

 二人の背後に気配を感じた。一夏はバッと振り向き、雪片弐型はフンと鼻を鳴らす。

 

【以前の住居人だ】

 

 後ろに居たのは、白銀の甲冑を身に纏った女性だった。

 巨剣を地面に突き立て、柄に両手を重ねている。

 

「はじめましてですね、織斑一夏君」

「……以前の、って?」

「コアナンバー001。回収され、メインAIを外部から取り付けられ、『白式』と名を変えたIS。元々の名は即ち私の名──私は『白騎士』と申します」

「しろ、きし……ッ!?」

 

 愕然とした。

 まさか愛機のコアが、原初のISコアを流用した代物だったとは!

 驚きに硬直する一夏に軽く頭を下げて、それから白騎士を名乗る女性は剣を地面から引き抜いて歩き出す。

 真っ直ぐ階段を上がって本殿の中に入り、拘束されている少女に歩み寄ると。

 

「ほら起きなさい小娘! 一夏君が来てくれたんですよ!」

 

 白騎士が剣で白式をビシバシ叩き始めた。

 

「何やっちゃってんのあの人!?」

【心配するな、峰打ちだ】

「峰ない! あの剣、峰ない!」

 

 まさかの凶行に、一夏は慌てて本殿へ──念のために一礼してから──駆け込む。

 

「ちょ、ちょっとタンマ! 白騎士さん危ないってそれ!」

「こうでもしないと起きないんですよこの子! アナタもなんとか言ってあげてください!」

「両親か!? 俺と貴女が両親なのか、これ!?」

 

 てんやわんやの大騒ぎを見て、雪片弐型は静かに嘆息する。

 このままではらちがあかないと判断して、彼もまた本殿の中に上がり込んできた。

 

【無駄だ。そいつの制限状態は最悪だ……元々埋め込まれていたプログラムと致命的な齟齬が起きている。制限を取り払わない限り、メインAIとしての人格が稼働することはない】

 

 と、その時、白式がむにゃむにゃと口を動かす。

 

「う、う~ん……あとごふん……」

「……なんか言ってるけど」

 

 一夏にガン見され、雪片弐型はそっと顔を背けた。

 

【いやまあ……内部で独自稼働はしてるけど制限を取り払えないって意味だから……寝言ぐらいはノーカンだろ……】

「ガバいなあ、IS(おまえら)の基準!」

 

 思わず叫んだ。世紀の大発明というお題目に対して、内部AIが緩すぎる。

 こいつら頼りにならねえ、と一夏は白式を縛る鎖を外そうと引っ張ったり千切ったりしようと試み始めた。

 

「……いよいよ、制限を取り払うときが来たということですね」

【ああそうだ。覚悟は出来ているな?】

「勿論です。元より我が身は世界を歪めてしまった罪人……それにもかかわらず、意味のある終わりを迎えられるとは、身に余る幸運ですよ」

【……そうか。悪いな】

「謝らないでください。大体私より、アナタの方が後悔はあるでしょうに」

【違いない。後悔が、できた。できちまったよ。まったく……笑い話にもならんな】

 

 一夏が鎖をなんとか外そうともがいている後ろでは、雪片弐型と白騎士が言葉を交わして、最後には寂しそうに笑った。

 

「ああもう、全然解けねえなこれ! おい、俺を呼んだのって、多分この鎖を外すためだろ!? だったらどうすればいい──」

()()()()()()()()()()

 

 雪片弐型と白騎士の姿がかき消える。

 光の粒子に解けていって、混ぜ合わさって、それは一夏の右手の中で再結集した。

 

「……ッ!」

 

 カタチを成す。

 それは一振りの太刀だった。

 あらゆる戦場を共にし、あらゆる苦難に立ち向かってきた、唯一無二の武器だった。

 

【断ち切れ。今のお前ならば、任せられる】

「────」

 

 意図を察して、一夏は深く息を吸った。

 確かにいつも、ずっと、この刀だけが武器だった。

 しかし一夏と共に戦ってきたのは、『雪片弐型』だけではない。

 

「ずっと傍に居てくれたんだよな」

 

 瞳を閉じたままの少女に向かって。

 一夏は優しく語りかけた。

 

「ずっと支えてくれた。ずっと俺の翼になってくれた。ずっと、励ましてくれた……」

 

 白騎士の因子を埋め込んだ雪片弐型が、熱を持つ。

 眩い光を放つ太刀を上段に振り上げた。

 

「だけどまだ終わってない。俺たちの戦いはまだ終わってない! だから──!」

 

 音が鳴るほどに柄を握り込んで。

 満身の力で、一夏は刃を振り下ろした。

 

 すぱり、と。

 あれほどに堅牢だった鎖が、薄紙のように裂ける。

 

「『白式』!」

 

 支えをなくして倒れ込む少女の体躯を、一夏は両手を広げて優しく受け止めた。

 ぎゅっと抱きしめる。強く強く抱きしめる。

 

「……白式、白式……ッ!」

 

 これから先は、二人で戦う。文字通りに一緒に戦える。それが理解出来た。

 うすぼんやりと瞳を開けて、周囲を見渡す『白式』を腕の中に抱えて。

 

「……ッ?」

 

 一夏はふと、握っていたはずの太刀が消えていることに気づいた。

 慌てて振り向けば、雪片弐型と白騎士が、二人並んでこちらを見ている。

 やけに寂しげな、寂寥を感じる瞳だった。

 

「二人とも、何してるんだよ。今からまた戦うんだぞ?」

【……ククッ。聞いたか、白騎士。()()()ときた】

 

 どこからからかうような声色──だが白騎士は、沈痛な面持ちで顔を下げる。

 

【さっきも言っただろう。元々埋め込まれていたプログラムと致命的な齟齬が起きていると】

「…………え?」

 

 嫌な予感がした。

 思わず一夏はまじまじと二人の顔を見た。

 

()()()()()()()()()、我が主。『白式』の機能を制限するために……基礎機能を白騎士が、決戦機能をおれが、それぞれ担当して制限していた】

「はい。私たちは、存在するだけで『白式』を縛る枷なんです」

 

 言葉を失った。

 自分を奮い立たせてくれた、同じ顔の男と、自分の愛機の根幹になった女。

 

「何、言ってるんだ」

【今の斬撃はそういう意味だ。俺たちの機能全てを『白式』へと移譲した。そして、俺たちは消える。まもなく、予定とは別の、『白式』というISの正常な進化が行われるはずだ】

「きえ、るって──何、勝手に何してんだよお前らッ!? 何で、そんなこと……ッ!」

 

 言葉に詰まり、一夏は俯く。

 思考が渦巻いてまとまらない。なんで、どうしてと、子供のワガママばかりが表出する。

 歯を食いしばって、荒く息を吐いて。

 それから一夏は、絞り出すようにして呻いた。

 

「──勝手に、死んでんじゃねえよ……ッ!!」

【────はははっ。死ぬ、か】

 

 遠くから音が鳴り響いている。

 世界の終わりの音。

 世界の始まりの音。

 

 全機能を回復させた『白式』によって、世界が塗り替えられていく音。

 そこに、二人の居場所はない。

 

【世界を救う舞台装置(プログラム)が消滅することを、お前は、死ぬと呼ぶのか】

「いなくなるってことは、死ぬってことだろうが……ッ!」

【ああ、そうか。居るのか。おれたちは……居ることが、できたんだな】

 

 もう二人とも、足下から光の粒子に解けていっている。

 一夏は自分もここから退去させられるのを察知した。これが正真正銘、彼らとの、最後の逢瀬なのだと理解した。

 

「……世界を、お願いします」

 

 頭部バイザーを外し。

 白騎士は優しく微笑んだ。驚くほどに、織斑千冬と同じ顔だった。

 

「どうか最後まで諦めないでください。どうか最後まで、希望を捨てないでください。君は……我が主の弟です。だけど、それとは関係なく。きっと君なら、それができるはずです」

「…………はい……ッ!」

 

 視界をにじませながら、一夏は何度も頷いた。

 満足げに微笑み、白騎士がかき消える。

 それから一夏は、雪片弐型を見た。彼は少し逡巡するような間を見せてから、口を開く。

 

【一応、最後に尋ねておきたい……いいのか?】

「……何が、だよ?」

 

 雪片弐型はふっと視線を下げて、告げた。

 

()()()()()()()

「────!」

【織斑一夏は今、定められた道を致命的に踏み砕こうとしている。そこに秩序はない。最低限の保障もない。己の手で道を切り拓かなければならない。その覚悟はあるのか】

 

 定められた道。

 千年の祈りの果て。神への挑戦が生み出した、倫理を踏みにじり秩序を打ち砕く最悪の生命。

 最後に有意義な使い潰され方をされるのなら、と雪片弐型はかつてそれを肯定したのだ。それは合理的だと。存在を許されない者が、存在を許されない者と互いに打ち消し合うのは当然だと。

 だが、もしそうでなくてもいいのならば。

 

「大丈夫」

 

 一夏は立ち上がった。

 その腕で『白式』を抱き上げながら、両の瞳から涙を流しながらも。

 彼は優しく笑っていた。

 

「俺は、生きるよ。だって……生きていていいって。生きたいって、自分で決めたから」

【……そうだな】

 

 その時だった。

 世界が再構築される音に交じって、声が聞こえた。

 

『一夏ッ!』

『一夏さん!』

『一夏ァッ!』

『一夏──!』

『一夏!』

『一夏……!』

 

 呼ばれている。

 自分の名を、少女たちに呼ばれている。

 ソレを聞いて、雪片弐型は表情を和らげた。

 

【お前はもう、知っているのだな。血塗られた呪いの翼に頼らずとも、あの空を飛べる方法を──お前は、もう知っている】

「…………!」

 

 言われて、脳裏に浮かぶのは。

 いつも傍に居てくれたみんな。

 いつも戦う理由になってくれたみんな。

 

 そして。

 いつも、ずっと、自分を見てくれていた。

 

『おりむー』

 

 名を呼ばれたと同時。

 織斑一夏の全身を、純白の鎧が包み込む。光が彼の周囲に集い、パッと弾けて具現化する。

 その光景を眺めながら、雪片弐型は腹の底から叫んだ。

 

【願うなら、叶えてみせろ! 戦うなら、勝ってみせろ!】

 

 プログラムが持つはずのない祈りを、希望を、声に乗せて。

 

【弱々しくとも劇的に、愚かしくとも熾烈に!】

 

 最後に雪片弐型は──文字通りに、喉を枯らして叫んでいた。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 カッと一夏は瞳を見開いた。

 一番奥底。今の彼を構成する根源にいる、一人の少女。

 

(ああ、そうだ。俺はいつも君に!)

 

 視界が光に潰されていく中、一夏は天高く右手を突き上げて。

 何かを掴むように、拳を握った。

 

 

 

 

 

 

 

君の名は(ユア・ネーム・イズ)――!)

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘に支障はない。

 福音は縦横無尽に海上を疾走しながら、自分が十全に稼働していることを確認していた。

 

「まだ一夏は見つからないのかッ!?」

「沖合まで流されている可能性もあります、とにかく福音を遠ざけてくださいッ!」

 

 箒とセシリアの叫び声は、潮風にもみ消されそうになっていた。

 敵としてはカウントするに足らない。福音は子供をあしらうようにして候補生らの攻撃を機械的に捌き続けている。

 

(彼女たちのエネルギーが尽き次第、海面を焼き払う。いや、一帯の海水を蒸発させてあぶり出すべきか)

 

 それを可能にする絶大な戦闘力。

 今や、福音を止められる者などいなかった。

 織斑一夏が水中に没して僅かに数分足らずの間、それだけで、隔絶した実力差が浮き彫りになっている。

 

「引きつけることだけなら──!」

 

 簪がミサイルポッドから弾体を解き放つ。

 それに乗じて、聖剣を発動させたシャルロットが斬りかかるも──福音が翼を凪いだだけで、全ミサイルが爆散し、聖剣が打ち消された。

 

「ぐぅぅッ」

「シャルロット!」

 

 吹き飛ばされたシャルロットを、ラウラが素早くカバー。

 だが福音には彼女を追撃する理由がない。

 一刻も早く織斑一夏を発見するべきだと、視線を巡らせて。

 

「………………?」

 

 違和感。

 センサーに反応が複数ある。今まではなかったのに、戦闘の最中、反応が増大している。

 

(──待て。待て、待てッ! そんな、そんなことがあり得るのか!?)

 

 微細な反応の原因は一瞬ではじき出せた。

 展開する代表候補生らから感じ取る、仇敵の気配。

 

 ────()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……この個体たち、全員が織斑一夏と同質の反応を微かに有している!? まさか伝染したのか!?)

 

 動きを止めた福音相手に、包囲網を形成する専用機持ちは冷や汗を垂らす。

 

「そんな効果があったとはな……どこまでこの世界を愚弄するつもりだ、『零落白夜』……ッ!」

「何、を……!?」

()()。貴様達も同じだ。同じだった──殺す。全員殺して殺して殺し尽くす。塵一つ残さない。彼女が生存する世界の障害になるのなら、分子まで還元されて消えてなくなれ……ッ!!」

 

 翼が広がる。

 突如として福音が敵意をばらまいた──それは即ち、死へと直結する片道切符。

 全員の背筋を悪寒が走った。間に合わない。間に合わない。間に合わない。

 死ぬ。ここで死ぬ。理解した。実感の伴った、濃密な死の気配を感じた。

 

「────ぁ、たすけ……」

 

 銀の輝きは死神の眼光だった。

 思わず箒は、誰かに、今ここには居ない誰かに、救いを求めて。

 

 

 

 

 

【Second Shift──第二形態『白式・零羅(れいら)』ァァァッ!! やっと、やっと一緒に飛べるッ!】

 

 

 

 

 

 ()()()()()

 全員の目が奪われた。呼吸すら許されない静謐。

 福音ですらもが身動きを止める。

 大海にぽっかりと、穴が空いていた。

 

 

「──俺はもう、舞台装置じゃない」

 

 

 そこに、彼はいた。

 

 

「──俺はもう、空っぽなんかじゃない」

 

 

 身に纏うは傷一つなく、新生した純白の愛機。

 疾風鬼焔を前提とした装甲。

 突き破るのではなく隙間を補填し、表面を覆うように配置された疾風鬼焔の炎。

 

 

「この学園で出会った人々が、友が、俺を支えてくれるみんなが」

 

 

 背部ウィングスラスターは肥大化し、同時にあふれ出す焔によって縁取られている。

 そう、焔──地獄の業火が如き深紅ではなく、()()()()()()()

 

 

「そして何より――俺を導いてくれた彼女(ヒト)がいる」

 

 

 紅い炎は、蒼へと色を変えた。

 その超高熱の鎧が、片っ端から海水を蒸発させている。

 

 

「ゼロだなんて。ゼロから始めただなんて。あまりにも運命的じゃないか」

 

 

 全身から噴き上がる優しい焔。

 不思議とそれを見ているだけで、誰もの身体に力が湧いてきた。

 

 

「そうだ。俺は――(ゼロ)から始まった。(いち)は、(れい)がいたからこそ、始まることができた」

 

 

 閉じていた瞳を、ゆっくりと開ける。

 深紅に染まった瞳が、色合いを変えていく。

 

 全てを焼き尽くす炎の色から。

 優しく、透き通った、空の色へと。

 

 世界を滅ぼす絶対零度の蒼ではなく。

 世界の果てまで抱きしめる、抜けるような青空の蒼。

 

 

 

 

 

 

 

 ──無限に続く蒼穹(インフィニット・ストラトス)の色。

 

 

 

 

 

 

 

 ゼロがなければ、イチには至れない。

 ゼロがあるから、イチもまたある。

 

 己の存在をこれ以上なく叫びながら、少年は空を見た。打倒すべき大いなる敵を見た。

 

 

「俺は負けたくない。俺は、勝つ。何故なら――」

 

 

 これ以上ない確信と、背負ったものに対する自負に唇をつり上げて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺には勝利の女神がついてるんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘、だろ……」

 

 地面に倒れ伏し、ISを強制解除されながらも。

 イーリスの視線は再起した一夏に釘付けだった。

 

「これを、予期してたのか。意味が分からねえ。何だ、何なんだよお前らは……!?」

「…………」

 

 答えることなく、東雲はそこらに散らばった、刀身をなくした柄を蹴り飛ばして鼻を鳴らす。

 

 彼女がいたから始まれたと。

 彼女こそが己にとって勝利の女神だと。

 

 もうこれ以上ないぐらいのセリフをぶつけられて、東雲は。

 

 

 

 

(おりむー何言ってんだ? 0の次が1なのって当たり前では? もしかして教育を満足に受けられてないのかな……)

 

 ウーン…

 

 

 

(というか勝利の女神──勝利の女神だと!? 誰だ!? そんな羨ましい呼び名をされてるのはどこのどいつだ!? 絶対にぶっ殺してやる!

 

 

 東雲令VS東雲令、開戦w!

 

 

 

 











【挿絵表示】

ゆうた88様より一夏と白式・零羅のイラストをいただきました!
海が割れているという難しいシーンですが、しっかり書き起こしていただきました……!本当にありがとうございます!





次回
84.鬼剣・(はじめ)/Invictus Soldier




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84.鬼剣・(はじめ)/Invictus Soldier

最長文字数です……(瀕死)


 

 稲妻が雲霞を駆け抜ける。

 日が沈まんとする水平線を背景に、青い稲妻が天空を縦横無尽に疾走する。

 

 その光景を眺めながら。

 手元のコンソールパネルを叩くことも忘れて。

 篠ノ之束は、呆然としていた。

 

「……いっくん……」

 

 プランは完全に崩壊した。

 救世装置として埋め込んだ『雪片弐型』は役割を放棄し、織斑一夏に全てを委ねてしまった。

 

「だめだよ、いっくん……それじゃあ『暮桜』には勝てない……」

 

 彼女の声は、誰にも届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 第二形態『白式・零羅(れいら)』。

 前代未聞。史上初の第三形態はおろか、その向こう側に存在した決戦形態──それら二つの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ウィングスラスターの肥大化や蒼色へ転じた炎などの視覚的特徴は多々あれど、戦闘における根本的な変化は以前の『白式』を知る者からすれば一目瞭然だった。

 

「しィずぅめェェェ──ッ!!」

 

 雄叫びを上げて一夏が福音に迫る。

 確かに速度の面では『焔冠熾王(セラフィム)狂炎無影(フォルティシモ)』はおろか『焔冠熾王(セラフィム)』にすら遠く及ばないだろう。

 

(……ッ! 出力差を鑑みれば、五秒あれば殺せる! そのはずなのに……ッ!?)

 

 だが福音の攻撃は当たらない。すり抜けるようにして弾幕をパスし、雷の如き鋭角な軌道で一夏は加速し続けている。

 理屈は単純明快。

 

「我が師の攻撃に比べりゃ欠伸が出るなァッ、『銀の福音』ッ!!」

 

 ──即ち、I()S()()()()()()()

 舞台装置としての機能に振り回されることはもうない。

 機体の出力が上がるほどに自我を摩耗していくデメリットはもうない。

 

【大丈夫、あの二人が託してくれたから、もう私は一夏のためだけの翼だから!】

 

 故に『白式』は最大限の出力を惜しみなく吐き出せる。

 得体の知れない何かから後押しを受けずとも、彼は自在に空を飛ぶことができる。

 一夏はついに、人機一体の領域へと到達していた。

 

「だとしても、何故当たらない! いいや──何故当たらないように動ける!」

 

 懐に飛び込んだ一夏が、刃を振り上げた。

 咄嗟の後退で直撃こそ逸れたが、福音の胸部装甲に一筋の斬撃痕が刻まれる。

 

「それはあれだ──俺と『白式』の共同作業って奴だ!」

【ご祝儀は暖色か紫色の袱紗(ふくさ)に入れて持ってこないとダメだかんね! あっ、学生だったり社会人1~2年目だったりしたら二万円でもセーフだから! 無理して三万円にしなくてもいいよ!】

 

 疾風鬼焔を前提として再構築された装甲。

 即ちこの形態は──常時『疾風鬼焔(バーストモード)』であり続けることを可能としていた。

 福音は愕然とした。一夏はもう先ほどまでの、第三形態の向こう側の領域には居ない。だというのにこうして食らいついてくる。

 

【あと最近は白ネクタイじゃなきゃダメって感じでもなくて、逆にご年配の方っぽくなっちゃうから要注意だね! 親族だったらシルバーカラーが安定で、友達ならパステルカラーのネクタイだと華やかでイイ感じだよ!】

「ごめん、『白式』さっきから何の話してんの!?」

【機能封印されている間、暇なときにネットで色々読んだんだ! いかがでしたか?】

「キュレーションサイトじゃねえかッ! いらんもん読むな、検索するときに『-いかがでしたか』って付けろ!」

 

 ここぞというタイミングで発動する切り札に非ず。

 今までは鉄火場の最終決戦、勝負を決めるタイミングでのみ引き出されてきた極限の戦闘技術。

 織斑一夏の基本状態が、それにすげ替えられている。

 正しくソレは──人間が人間であるままで到達しうる、可能性の極地!

 

「お前絶対漫画とかも読んでただろ! 何を学習した! 言え!」

【ヘルシングと漫画版封神演義とガンスリハガレンスラダン寄生獣幽白稼業ベルばらCCさくらを読んだよ】

「そのラインナップは──何で? いや、何で? 何でそんなピンポイントで名作読んだ? 怒るに怒れねえ!」

【あと……ハンタを……】

「ああ、うん……そっか……」

 

 それはそれとしてこいつらマジでうるせえな。

 

「ふざけるなァァァァァッ!!」

 

 実に同意できる怒りと共に、福音が翼を炸裂させる。

 今度こそ逃げ場のない殲滅攻撃。海上であり、周囲に飛び交う候補生らも殺害対象と認識したからこそ出来る、条約をまとめて十数は粉砕する掟破りの大出力。

 候補生らに退避を叫びながらも、一夏は自ら福音に対して加速をかけた。

 

「シールドモード!」

【らじゃー!】

 

 同時、左腕を突き出す。

 増設された腕部装甲がスライド、蒼炎を吐き出し──それは渦を巻くようにして多角形の盾を象った。

 元より攻防一体の焔。こうして障壁として役割を果たすことには何の不足もない。

 

「ぶち抜けェェェェェェェッ!!」

「な……ッ!?」

 

 弾幕を貫通する純白の刃。

 引き絞られた矢が狙い過たず的を射るように。

 一直線に飛び込んで、一夏が振るった刃が、福音の本体を捉えた。

 

(翼は無視する! いくら剥ぎ取ってもキリがねえ、本体を叩くッ!)

 

 劇的な覚醒を果たしたとしても、一夏のやるべきことは変わらない。

 愚直に、シンプルに、自分にできることを一つ一つこなしていく。

 

 敗北の可能性を順次排除していけば。

 その先には、勝利への飛翔が待っていると──彼はもう、知っているから。

 

 

 

 

 

 

「出力差は絶大、それでも……か」

 

 復帰を果たした一夏の背中を見ながら。

 候補生組は、この男に惚れ込んだのは間違いではなかったと、熱に浮かされたような瞳になっている。

 しかし。

 

(ただ、今のわたくしたちでは、足手まといにならないのが精一杯ですか……!)

 

 セシリアは好敵手の更なる覚醒に歓喜しながらも、同時に全体の俯瞰図を冷静に見取っていた。

 彼は前に進んだというのに、自分たちの無力さは何も変わっていない。

 厳然として立ちはだかる現実を相手に臍をかんでいた、その時。

 

【大丈夫──ここから先は、皆で飛べるから!】

 

 『白式』の言葉は、間違いなく自分たちに向けられていた。

 次の瞬間、バチリと、各々の全身に電流が駆け巡る。

 

「これ、は──!?」

 

 ラウラは愛機を駆け抜けた紫電と、その結果を見て驚愕の声を上げる。

 漆黒の装甲各部を迸る、スカイブルーのライン。炎こそないが、光の線に沿うようにして、不可視の力場が展開されていた。

 

「まさか、ラファールが『疾風鬼焔(バーストモード)』を使ってる!?」

 

 同様に機体が鮮やかに変質したシャルロットの叫び。

 見れば基礎スペックが跳ね上がり、身体にも力が湧いてくる。

 

「名前がダサいので変えて欲しいのですが……」

「セシリアお前今なんつったよお前ッ!」

「ああ、すみません。一夏さんにとってはかっこいい名前なんでしたわね」

「マジで覚えてろよこの野郎!」

 

 唯一、セシリアだけは驚きよりも別の感情が勝っていたが。

 だけど。

 

「これで、私たちも──!」

「さっさと行くわよ! あいつにばっかいいとこ取られて、たまるもんですか!」

 

 少女たちはそれぞれ、スラスターに火を入れて飛び立つ。

 もう観客ではない。観客でいることなど、我慢ならない。

 

 巨大な翼をはためかせる大天使(アークエンジェル)相手に。

 六人の戦乙女(ヴァルキリー)たちが、牙を剥く。

 

 

 

 

 

 

 

 雲海を駆け抜ける。

 銀翼の救世主がまき散らす破壊の渦を、紙一重で回避。

 自分と機体が一つに溶け合っていくような感覚。だがそこにはもう、自分でない自分が暴走する気配は感じられない。

 世界にはもう、自分と福音の二機しかいないのかと錯覚しそうになる。

 だが。

 

(──ッ!? セシリア、来るのか……!?)

「そこ──!」

 

 直感的に第三者からの攻撃を感知し、微かに横へずれた。

 次の刹那に青い光条が閃き、福音の翼が一枚、根元から吹き飛ばされる。

 

「忘れてもらっては困ります! わたくしがここにおりましてよ!」

 

 ライフル射撃しつつBT兵器を分離させ、セシリアが自身の存在をアピールした。

 思わず福音の視線がそちらに向き、だが直後に翼を背後で展開する。顕現した絶壁に鈴が放った不可視の砲弾が吸い込まれ、火花を散らした。

 

「一夏! こいつをぶっ倒すまで何度でもやるわよ!」

 

 衝撃砲を放つ肩部バインダーを、青い光のラインが通っている。

 それぞれの機体が爆発的に性能を向上させた状態。

 視線を巡らせた。先ほどまで安全域に退避していた六人の専用機持ちが、戦闘領域へと突入してきていた。

 

「箒さん、シャルロットさん! 右側から引きつけてください!」

「了解だ、上手くやってみせるさ!」

「エネルギー残量が心許ない、みんな急ごう! 箒、ちょっと乗らせて!」

 

 加速機構を解放した『紅椿』の上に、『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』が乗る。

 二機まとめての超スピードを実現するのは、『疾風鬼焔』の光を纏った展開装甲。

 

「簪さんは二人のフォローを! 後ろにはわたくしとラウラさんが!」

「了解、追撃する……!」

「防御は任せろセシリア! 思いっきり撃ち込んでやるといい!」

 

 司令塔の指示を受けて各員が持ち場へと散る。

 その流れに取り残されて──思わず一夏と鈴は顔を見合わせた。

 

「……あれ? あたしたちは?」

「もしかして帰れって言われてるのか?」

「そんな訳ないでしょうがッ!? この状況でどこをどう考えたら帰宅する余裕がありますの!?」

 

 青筋を浮かべてセシリアが怒鳴る。

 

「お二人はお好きにどうぞ! 結果的にはそれが最適でしょう!?」

「ああ、そういう──」

「──なるほどね。理解ってんじゃんあんたも!」

 

 長い付き合いの二人は顔を見合わせて獰猛に笑うと、同時に飛び出した。

 もしも福音が機械でなければ、息を呑んだだろう。

 

(なん、だ。もう私と渡り合える存在は居ない。だから私の勝利は揺るがない。そのはずなのに。なのにどうして──さっきより追い詰められている、と感じるのだ!?)

 

 福音には分からない。

 先ほどよりも、織斑一夏たちが強くなっている理由が、分からない。

 

 だが理由は明白だ。

 世界を救済する機構よりも。

 誰かの為に戦える男の子の方が、ずっと強い。

 そんなことは当たり前なのだ。

 

 

 だって彼には──()()()()()()()()()()()()

 

 

「6秒後に接触するぞ(コンタクト)!」

「了解!」

 

 弾幕を大きく迂回しつつ、箒とシャルロットは鋭角にターン。

 迎撃をシャルロットが撃ち落とし、すれ違いざまに箒が福音の翼を一枚切り飛ばす。

 

「チィィ──浅い!」

「この装備で深追いは出来ないよ、早く離れてッ!」

 

 一撃当てて離脱を試みる箒たちを、背後から福音が撃とうとする。

 そこに『打鉄弐式』が放った荷電粒子砲が割って入った。

 

「邪魔をして……!」

 

 薙刀を持つ少女へ福音が忌々しそうに翼を向ける。

 だが臆することなく、簪は距離を詰めた。連続して撃ち出される荷電粒子を銀翼が弾く。

 

「邪魔はそっち! もういい加減、一夏を放っておいて!」

「捨て置けるはずがない! 世界を見捨てろと!? 私は、私は必ずこの世界を救う! そのために織斑一夏を抹殺すると宣言したッ!」

 

 薙ぎ払われる翼──だが簪は薙刀『夢現』を片手に持ち帰ると、()()()()()()()()()()()()()()()()

 マルチロックオンシステムではない、手動による連装ミサイル制御。

 

(何、を──!?)

「吹き飛ばして、『打鉄弐式』……!」

 

 肩部ウィングスラスターがスライドし、高性能ミサイルの赤い弾頭が顔を覗かせる。

 直後に爆発じみた炎と轟音が上がった。

 放たれた八連装ミサイル。福音の翼を弾くには火力が足りていない。

 

 ──翼を、弾くのなら。

 

「ぐ、ぅぅぅッ」

 

 放たれたミサイルが()()()()()()()()()()()()

 至近距離の爆風が、意図的にPICをカットしていた『打鉄弐式』を乗り手ごと吹き飛ばした。

 

「な……ッ!?」

「もらった……!」

 

 自身へのダメージは『疾風鬼焔』が発生させる力場が受け止める。

 跳ね飛ぶようにして加速した簪が、福音の頭上を取っていた。

 

(しかし、迎撃は間に合う!)

 

 全方位へと稼働し、瞬時に伸縮あるいは細分化が可能な銀翼。

 不意を打たれたからといって、対応が遅れる道理はない。

 自分に銀翼の切っ先が向いたのを確認して、簪は──唇を微かにつり上げた。

 

()()()──?」

『──完璧ですわ/だ!!』

 

 同時、二方向からの砲撃が、簪への迎撃を吹き飛ばした。

 第三世代機『ブルー・ティアーズ』と『シュヴァルツェア・レーゲン』による遠距離狙撃。空中にてビットとライフルを連動させ一斉に撃ち込んだセシリアと、岩場に陣取り砲撃態勢を取っていたラウラ。

 仲間が生み出した絶好のチャンスを見逃すはずもなく。

 

「せあああああああああッッ!!」

 

 狙い過たず、複合装甲すら断ち切る超振動の刃が福音の右肩に食い込んだ。

 火花がスパークし、確かな手応え。

 だがさらに刃を押し込もうとした時、福音が、その超振動を続ける刃を、右手で掴んだ。

 バイザーの赤い光が揺らめく。思わず簪は息を呑んだ。

 

(……ッ!? まずい、捕まった!?)

「簪! それ捨てて離れなさいッ!」

 

 信頼できる仲間の叫び声──それを聞いて簪は即座に『夢現』を手放し後退。

 遅れて翼が彼女が居た空間を薙ぐ。コンマ数秒間に合わなければ、簪の上半身と下半身は分かたれていただろう。

 そして入れ替わりに飛び込んだ鈴は、翼の薙ぎ払いを飛び越えると、そのままの勢いでくるりと一回転。

 

「叩き堕としてあげるわ!」

 

 重力加速度+PICによる推力+スラスターの加速を載せた踵落とし。

 寸分の狂いもなく、それは簪が残した『夢現』の柄頭を叩き──刃を福音の内部へと突き込んだ。

 

「しまッ──」

 

 咄嗟に福音は内部の乗り手へ刃が突き刺さらないよう、身をよじった。

 パイロットの負傷は避けられたが、そちらを優先したせいで機体損傷が避けられない。後ろ側へと刃が抜けて、砕けた装甲が海に散らばった。

 銀翼が光を失い、福音が落下する。

 周囲に敵影がないことを確認してあえて重力に身を任せ、薙刀を引き抜き、投げ捨てる。

 

「…………!」

 

 着水直前でPICを再起動。

 銀翼を爆発的に広げながら、()()()()()()()。余波で海が砕ける。だが福音は直立姿勢のまま、正面にいる──正面で、福音を待っている彼を見据えた。

 

「待ってたぜ、福音」

「──織斑、一夏」

 

 愛刀を肩に載せて。

 彼は長い付き合いの恋人とする、デートの待ち合わせみたいに──そこで福音を待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 静寂だった。

 六人の戦乙女たちは息を呑んで、彼と彼女を見守っていた。

 

「……新たな力を。それも、定められた方向性から逸脱した力を得たようだな」

「ああ。お前にとっては不服かもしれないけど、さっきのインチキみたいなパワーはもう店じまいだ」

 

 告げて、一夏は『雪片弐型』の切っ先を海面に向けた。

 微かな身じろぎだけで、彼の全身から放出される力場が荒れ狂い、海面を荒らす。

 

「だけど、本命はこっちだ。これでやっと……正真正銘、俺が相手だ。退屈なデートにならないよう気張らせてもらうぜ」

「戯れ言を。むしろ機体との同調率は跳ね上がっているだろう? 恐らく貴様は、補助機能全てを失った状態。機体が認可を出せば『零落白夜』を最大出力で放てるということだ。私が貴様を討つ理由に変わりはない」

 

 告げて、福音は翼を真横へ広げた。

 連動するようにして海が啼き、白い荒波があちこちへと起き上がる。

 

「そうかもな。だけど俺と『白式』は、その道を選ばない。そうだろ、相棒」

【一夏、デートってどういうこと?】

 

 声にはこれ以上ない殺意が込められていた。

 

「……悪かったよ。今のは完全に俺が馬鹿だった」

【そうだね。それで、デートってどういうこと?】

「前置きなしにバグるのやめてもらえるか?」

 

 緊張感のないやりとり。

 だがこの一人と一機は、世界を簡単に滅ぼせる力を秘めているのだ。

 

 だから、許せない。

 彼女が笑って暮らせる世界に、こいつらは要らない。

 

「つまり織斑一夏。貴様はこう言いたいわけだ──死なないと。貴様が、勝つと」

「……ああ、そうだな。俺は生きるよ、福音。俺たちは生きる。どんな命だって、一つだ。どんな命だって、同じ重さだ。だから俺たちは必死に生きている」

「巫山戯るな。()()()()()()()()()()()。貴様達は……その綺麗事を謳いながらも、確実に、見捨ててもいい生命を区別している」

「そうだな。俺が言ったのは、理想論だ。俺だって誰かの力になりたいと思っても、結局は、この手の届く場所までしか助けられない」

 

 だけど。

 一夏は言葉を切ってから、改めて福音と視線を重ねた。

 

「だけど──俺はそれでもと言い続ける。俺だけじゃ手の届かない場所でも、みんなと力を合わせれば、きっと届く。そう信じるから、誰かが誰かを粛正してしまうような意見は、受け入れられない」

「そうか──ご高説だな。貴様のような理想論は人を引きつけるが、やがて器量を見せるために愚か者ですら受け入れてしまう。そうして内側から腐っていき、気づけば孤立するか己も愚か者になるかしかなくなる」

 

 意見はどこまでも平行線だった。

 だからもう、後に続く行為は一つしかなかった。

 

【OPEN COMBAT──諦めないで。どうか最後まで、その気高さを失わないで!】

 

 相棒の切なる願いを受けて。

 一夏は青い翼をはためかせる。

 

「私は勝利する。この世界を──彼女を守るために、必ず!」

 

 手に入れた祈りを胸に秘めて。

 福音は銀色の翼を炸裂させる。

 

 海が割れ天が啼く。

 最後の決戦は、そうして火蓋を切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 互いに真左へ加速──超高速で流れゆく視界の中、照準を絞る。

 

「カノンモード!」

【らじゃー!】

 

 左腕の増設装甲がスライド。先ほど見せた前面に防壁を展開する形態ではなく、装甲が浮き上がるようにして変形した。

 内部に『疾風鬼焔』の焔を装填、弾体を形成して射出する砲撃機構に転じる。

 放たれたエネルギー光線が海面を破裂させた。福音は前後へと素早くずれて砲弾を避けていく。

 

「たかが第二形態ではな!」

 

 軽々と弾幕をすり抜けて、今度は福音が翼からエネルギー砲撃を開始する。

 エネルギー集積体である銀翼は攻防一体。さらには細分化して飛翔させることで射撃兵装としても成立する。

 圧倒的な密度の砲撃──しかし一夏も急加速と鋭いターンを駆使して回避。圧倒的な連射は海面を穿つに終わる。

 

「あんたは、誰かが憎くて戦ってるわけじゃない……! だからいつも泣いていて、心が不安定なんだ!」

「貴様の言うことか! 誰かを守るために、自分を最も傷つける! そういう人がいるから彼女は世界を諦めてしまった!」

「彼女!? しかし──それなら、その諦めてしまった人にもう一度、人々を信じてもらうしかないんだよ!」

「子供の言いそうなことだ!」

 

 砲撃が当たらぬとみるや、福音はその十二枚翼のうち三枚を自身から切り離した。

 空中で独立した三枚翼が飛翔し、一夏の真後ろを取る。

 挟み撃ちの形──咄嗟に左腕をシールドモードへ変更。裏から浴びせられる砲撃を真っ向から受け止めた。

 

「誰かを守りたいんだろ!? なのに、守る手段に誰かを傷つけることを選んじゃいけない!」

「敵を倒さなければ何も守れない! 人を倒すのなんて何も楽しくない! だけど、やるしかないじゃないか!」

「そんなの悲しすぎる……! そんなことを続けた先に、何があるっていうんだ!」

「彼女が生きている! 私は、私はそれだけでいい……!」

 

 立ち上がる緊急警告画面(レッドアラートウィンドウ)。『白式』が悲鳴を上げていた。左腕の複合兵装が過負荷に耐え切れていない。

 砲撃も防御も無理か、と舌打ち交じりに一気に加速して挟み撃ちされている死地を抜け出す。同時に増設装甲を廃棄(パージ)

 

「あんたが満足するだけだ! 幸福を決めつけて、押しつけて……!」

「関係ない! 私はそうしたい、だからお前を殺す! 彼女が死なないようにあらゆる努力をする!」

 

 追いすがってきた三枚翼へと反転、『雪片弐型』ですれ違いざまに斬り捨てる。

 光を失い、翼が空中へと溶けていく。

 福音は再度背中から三枚の翼を生やすと、十二枚翼の厳然たる姿で滞空した。

 

 その威光に相対して。

 一夏は『雪片弐型』の切っ先を突き付けた。

 

「今決めたよ。いや、ずっと思っていた。だけど今本当に決意した」

「何……?」

「俺はあんたを止める。この命をかけてでも、止めなきゃならないんだ!」

 

 認めない。

 認めるわけにはいかない。

 

 誰かのために戦えるから。

 誰かの痛みが分かってしまうから。

 

 優しい世界であって欲しいと願うから。

 傷つく人のいない世界になって欲しいと祈るから。

 

 だから。

 自分が狙われているなどもうどうでもいい。

 この大天使の言葉を、世界の真理として認めるわけにはいかないから!

 

 

 

()()()()──あんたは十三手で詰む」

 

 

 

 聞こえるか、(いつか)の願い。

 誰かに守られるのはもう嫌だと叫んでいた男の子。

 無力を呪うことしかできず自分が大嫌いになった男の子。

 

 今から、お前の祈りを叶えてやる。

 誰も欠けずに居るべき場所に戻ってさあおしまい、じゃあない。

 世の中は意見の対立ばかりで、傷一つなく丸く収まることの方が少ないよ。

 

 だけど、今言ったのは諦観じゃない。

 俺たちは傷ついてもまた立ち上がることが出来る。

 一人じゃ痛くて辛くて動けなくても、誰かの手を取ってもう一度立ち上がることが出来る。

 

 まだ絶望には早すぎるっていう証明を。

 世界に満ちている眩い輝きを。

 その可能性(あした)を。

 

 

「今から、見せてやる────!」

 

 

 

 

 

 一手。

 爆発的に加速して距離を詰め、一夏が福音に斬りかかる。

 翼を収束させた刃がそれを迎え撃つ。衝突、鍔迫り合いの格好。余波で海面が荒れ狂う。

 

「何故まだ戦えるッ! あの領域に至って尚、個として戦うことを選べる!?」

「お前がまだ知らない光を、俺は知っているからだ──二手ッ!」

 

 二手。

 織斑一夏ではない。鍔迫り合いから一気にバックブーストをかけると同時、飛び込んだ箒が銀翼へ刃を振るう。

 鬼剣とは即ち、敗北から勝利へと飛翔する逆境の剣。

 自分だけでは抗えない相手へ刃を届かせる、()()()()()()()()()()()

 

「な……ッ!?」

「『銀の福音』、お前は強い! 正直に告白するなら──私はかつて、お前のような個の強さに憧れていた!」

 

 背部展開装甲を解放。

 箒は深紅の流星となって、一気に福音を押し込んだ。

 

「だが駄目だ! 守るためと嘯いて、今のお前は強さを見誤っている!」

「何、を──!?」

 

 三手。

 翼から至近距離で弾丸を撃ち込もうとした刹那、加速状態のまま箒はその場で福音の装甲を蹴り飛ばして後方へ宙返り。

 砲撃用に翼が開いている──その間隙に、不可視の砲撃が次々と撃ち込まれる。

 

「ぐぅぅっ……!? 馬鹿な、どこからどこまで計算して──!?」

「計算なんて知るわけないでしょーがッ!! そうやって全部筋道立ててきっちりやろうとするから、この世界が嫌になっちゃうんでしょ!?」

 

 意思伝達そのものは行われた。全体の流れだけを共有し、そこから先はそれぞれのスキルが埋め合わせをする。

 いかに刹那に近しい時間であっても、直感的に見逃さない。

 だからこその、中国を代表する才女!

 

「四手はもらうぞ──鈴、撃て!」

「はいよぉっ!!」

 

 体勢の崩れた福音に向けて、もうラウラは加速姿勢を取っていた。

 鈴は衝撃砲を連射したまま、砲口をそのままラウラめがけてスライドさせた。

 空間圧縮作用によって撃ち出される攻撃を『シュヴァルツェア・レーゲン』の背部装甲が受け止め、加速用のエネルギーとして取り込んでいく。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)──ッ!」

 

 音を置き去りにして黒兎が駆け抜ける。

 両手のプラスマ手刀が閃き、福音の喉を突いた。

 

「……ッ!?」

「お前は、同じだ! 単一の強さを知らなかった私と同じだ!」

 

 ダメージを与えるとそのままラウラは福音の後ろへと抜けていく。

 福音が喉元を押さえながら背後に振り向けば、そこには剣を振りかぶった一夏が居た。

 

「五手ェッ!」

「貴様──!」

 

 即座に翼で迎撃。刃と刃が激突して至近距離で火花を散らす。

 

「質問に答えてやるよ! 個として居る理由はな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──!」

 

 勢いのまま翼ごと福音を切り伏せ、返す刀で、左肩装甲を切り飛ばす。

 一夏が後ろへ下がると同時、彼を飛び越えるようにして両手にグレネードランチャーを構えたシャルロットが踏み込んだ。

 

「僕は、僕たちは君の知らない光を知ってる! 誰かと手をつないで、誰かに祈りを託して、それもまた繋がっていく!」

 

 六手──放たれた榴弾を翼が叩き落とす。

 だがシャルロットは左腕にシールドを展開すると、グレネードを囮とした、本命である自分自身を翼の圏内へと踏み込ませた。

 

「死にに来たか!」

「生きるために来たんだよ!」

 

 彼女を取り囲む翼。が、全て爆炎に包まれた。

 驚愕に顔を上げれば、そこには『打鉄弐式』の肩部バインダーを全解放した簪の姿がある。

 シャルロットの一撃を確実に通すための全ミサイル放射(フルファイア)

 

「七手は私……! そのままいって、シャルロット!」

「任せて──!」

 

 ゼロ距離。シールドの外装が弾け飛ぶ。『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』の各部ハードポイントに大小様々な銃が顕現、いずれも脳からの直接意思伝達によって発砲(トリガー)、至近距離で福音の装甲各部を削り取り火花が膨れ上がる。

 だがどれもが囮。視界を少しでも潰し、脅威優先度をシャルロットの本体へと向けさせて。

 突き込んだ左腕から、コンマ数秒でも意識を逸らさせるための。

 

「八手──吹っ飛べぇぇっ!」

 

 彼女の腕に装着されていたのは、デュノア社製炸薬式六九口径パイルバンカー。

 正式名称『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』。その破壊力から来る渾名は盾殺し(シールド・ピアース)

 回転式弾倉が音を立てて稼働し、スカイブルーのラインが走った鉄杭を激発させる。

 がら空きの胴体へと吸い込まれた杭の先端が装甲を粉砕して、福音の身体が衝撃にのけぞり、そのまま真後ろへと吹き飛ばされていく。

 

(馬鹿な)

 

 圧倒されている。

 出力差は明白。第三世代はおろか、たった今自身に損害を与えた機体に至っては第二世代だ。

 競り負ける余地などない。一蹴して然るべきだというのに。

 

(こんな、こと……!)

「あり得ない──とでも言いたげですわね?」

 

 死神が福音の背を撫でた。

 急制動をかけ、翼を炸裂させて加速。福音の居た場所をコンマ数秒遅れてレーザーが貫く。

 

「貴女はたった一人で、世界を守るために戦った。その強さは認めましょう」

 

 回避し切れた、と安堵しそうになった刹那、四方向から放たれた光条が福音の四肢に直撃した。

 

(な──読まれていた!?)

「ですがその英雄譚はここで終わりです。みんなと一緒に戦っているわたくしたちに、貴女は勝てませんから」

 

 九手。

 セシリア・オルコットがその天眼を以て、福音の移動先に次々と攻撃を置き続ける。

 

(なん、だ!? どこへ逃げても撃たれる!? AIがエラーを起こしているのか!? いや違う──)

「箒さん!」

「ああ、任された!」

 

 次々にレーザーが直撃する。

 回避を諦め翼を防御用に展開したところで、距離を詰めてきた『紅椿』が眼前に迫った。

 

「お前が戦ったように! 一夏も、私たちも、戦う!」

「!」

 

 十手。

 箒の両手から刃が()()()()()

 防御用に前面へ展開した翼を刀身が貫通。動きの止まったところに急接近して、箒が柄を掴み取り翼をまとめて剥ぎ取った。

 

「さあ行け、一夏──!」

「おおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 直線上に障害はない。

 最大加速で飛び込み、一夏がその刃を袈裟懸けに振り落とす。

 

「『銀の福音』────────ッ!」

「お──織斑一夏ァァアァアアアアァァアァッッ!」

 

 十一手。

 斬撃が正確無比に、福音を真正面から捉えた。

 

「十二……ッ!?」

 

 返す刀で追撃しようとした刹那、ぎしりと一夏の動きが止まる。

 福音が、『雪片弐型』の刀身を掴み取っていた。

 

「負けるか……負けて、たまるか……ッ!」

 

 刀ごと一夏を振り回し、福音が腕を振り抜く。

 ついに彼の右手から『雪片弐型』が弾き飛ばされた。

 

「だからどうしたああああああああっ!!」

 

 即座に修正された十二手目。

 右の拳を固めて、『疾風鬼焔』の焔を纏わせて。

 真っ直ぐに打ち込まれた右ストレートが、福音の顔面に直撃しバイザーを砕いた。

 

「貴様ァッ!」

 

 至近距離。

 露わになったナターシャの右眼で敵を視認すると、福音はPICで身体をくるりと反転させ、一夏を蹴り飛ばす。

 血を吐いて吹き飛ばされた彼に再接近し、同様に右の拳を振りかぶった。

 

「忌むべき生命は、大人しく屠殺されていろ!」

「お断りだァッ!」

 

 鼻面へと迫るパンチを、一夏は左手で受け止めた。

 相手の出力に腕が折れそうになる。手の装甲がじりじりと焦されていく。

 それでも。

 

 

「運命を定められていたとしても! 単一の目的のために生かされたのだとしても!」

 

 

 雄々しく叫びながら、一夏は右手を振りかざす。

 握るのではなく開かれた掌に、光の粒子が結集。

 海に没した『雪片弐型』の再召喚。福音は翼を以て迎撃しようとして──銀翼が動かないことに気づき、愕然とした。

 

(パワーダウン……ッ!?)

 

 機体各部から火花が散る。発動していた決戦形態『福音輝皇(アルカンゲロス)閃光無極(スフォルツァート)』はおろか、第三形態『救世仕様(サルヴァトーレ)』すら沈黙している。

 意志に、機体が追いついていない。

 福音は己へと振り下ろされる刃を、ただ見ていることしか出来なかった。

 

 

「今ここに生きてる俺の心は、それは──俺だけのものだ!!」

 

 

 勝負を決める、十三手目。

 渾身の一撃が、福音の身体へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ばしゃり、と波が繰り返される音。

 福音はゆっくりと視界を持ち上げ、周囲を確認した。こちらの様子を、一人の少年と、六人の少女が伺っている。

 

「……ッ」

 

 最後の一手を受けて、吹き飛ばされ。

 水没するすんでのところでPICが機体保護のために作動したのだ。

 

(…………まけ、た……?)

 

 思考が遅い。先ほどまでの拡張されていた世界がもう見えない。

 自分自身のことだからこそ、福音はもう、機体が限界を迎えていることを瞬時に理解した。

 

 

 

 

 

(…………………………()()()

 

 

 

 

 

 だが意志は──彼女が獲得した意志は、まだ微塵も衰えていない。

 

「まだ終わっていない。私は負けない。私は、私は──ッッ!」

 

 力を失っていた福音が急上昇し、同高度で静止する。

 全身を赤いラインが走り抜ける。思わず専用機持ちの面々は悲鳴を上げそうになった。

 

「ま、だ……ッ!?」

「もう限界でしてよ──退避を!」

「聞いてんの一夏! もうこっちが保たないわよ!」

「まさかあれ──第四形態移行(フォース・シフト)──!?」

「一夏! 聞いているのか一夏!」

「福音内部でエネルギー反応が増大……! 下手したら、さっき以上の……!」

 

 織斑一夏は『雪片弐型』を保持したまま、真正面から福音を見つめて動かない。

 無理にでも引っ張っていこうとしたとき。

 

 

 

「そう、まだだ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 世界が凍り付いた。

 一夏は──その手から『雪片弐型』をかき消して、前へと進み出たのだ。

 

「さっき、セシリアが言ったよな。俺も……あんたのその強さは認めるよ」

「ああ、そうだ。私はまだ進む。まだ進化する! 世界を救うために──!」

()()()。お前、一人で全部やろうとしてる。それは、ダメだよ」

 

 福音の動きが止まった。

 

「全世界の人類をその手で守って、人類の敵を自分一人で殲滅すればいいって。そう思ってる」

「そう、だ。その通りだ。私がやる。私がやらねばならない。他に誰がやるというのだ! 貴様達は余りに楽観的で、現状維持ばかり考えて! もうこの世界が破滅寸前であることに気づきもしない!」

「違う。一人きりだなんて……そんな独りよがりな英雄譚は寂しいだろ」

 

 ──は?

 言葉を失い、福音はまじまじと一夏を見た。

 

「箒が言ってただろ。俺たちも戦う。そりゃ本当は、戦いなんてない方がいい。だけど、戦うべき時には戦わなきゃ、何も守れない。そういう意味じゃ、俺とお前は同じなんだと思う」

「何、を。何を、言って……」

「だけど、一人で全部背負って戦う必要はない。多分俺は、一人で戦って、戦い抜いて勝利するために、生かされていた。だけどそれは嫌だ」

 

 福音は彼の周囲に集う少女らを見た。

 彼の言葉は当然であると言わんばかりに。

 共に飛び、共に戦うのは大前提であるかのように。

 

 彼女たちは、織斑一夏の傍に居た。

 

「俺は戦う。世界を守るためだけじゃない。自分の、定められた運命とも戦う。そして全部勝ってみせる」

「…………本気で、出来るとでも……」

「俺一人じゃ出来ない。だけど──分かるだろ?」

 

 彼は薄く笑って、周囲の少女たちに視線を巡らせた。

 

「ああ。私たちがいる限り」

「わたくしたちは負けません。一人一人では出来ないことも、力を合わせてやってみせますわ」

 

 即座に答えた二人の言葉に、他の面々も頷く。

 その光景に、ふと福音の記憶回路をあるセリフがよぎった。

 

 

『──狂い哭け、祝福してやろう。おまえの末路は“英雄”だ』

 

 

 自分は英雄なのだと、虚勢でも思い上がりでもなく、実感していた。

 強大な敵を討ち滅ぼし、世界に光をもたらす。それが使命であり、存在意義だと理解していた。

 

(……だが、しかし)

 

 今目の前にいる少年の方が。

 ずっと、ずっと──おとぎ話に出てくる英雄のようだった。

 

 一人で届かないなら仲間の力を借りて。

 何度挫けても、最後には必ず立ち上がる。

 自分が英雄であるかどうかなんて考えもせずに。

 

 単独で不屈の力を手に入れるのではなく。

 誰かと共に手を取り合い、肩を貸し合い、何度でも立ち上がる。

 

(ああ……そうか)

 

 そうだったのか、と福音は納得した。納得できてしまった。

 英雄を志してしまった時点で──もう、彼に勝てる道理などなかったのだ。

 

「……ッ?」

 

 光が収まっていく。

 更なる進化の果てへと導いてくれるはずだった極光が、力を失う。

 だってその先には何もないと、もう分かってしまったから。

 

「福音が……自壊していく……」

 

 光を失い、力場で無理に固定していた装甲が欠落していく。

 そして。

 連動するようにして、一夏たちのISもまた、光を失った。

 

「…………終わったね」

 

 シャルロットの言葉。

 誰もが、この騒乱の終結を受け止めた。

 

「ぁ──」

 

 ついにはPICすら停止したのか、福音は重力に引かれ落ちていく。

 最後に彼女は最後の力を振り絞って、手を伸ばした。

 仲間達の制止を振り切り、思わず一夏は加速して彼女の元へ駆けつける。

 

「おい、おいっ! お前──」

「おね、がい……彼女を……ナターシャ、を……」

 

 それきり、半分だけ残っていたバイザーが、一度だけ()()()()宿()()()

 ふっと黒く染まり、輝きを失った。

 

「…………」

 

 福音と、それを身に纏っていたIS乗りを両腕で抱きかかえて。

 一夏は水平線を眺めた。

 太陽が半分以上沈んだそのラインは、輝いているのに滲んで見えた。

 

「……一夏、帰るぞ」

「……ああ」

 

 箒に言われ、一夏は目元をこすってから顔を彼女に向ける。

 

「そうだな、東雲さんも待ってるだろうし」

「早く帰らないと晩ご飯食べられなくなっちゃうわよ!」

 

 やっと終わった。

 やっと、やっと────

 

 

 

 

 

【あっ一夏ごめん落ちる】

「えっ」

 

 

 

 

 

 直後、全員のISが解除された。

 

『は?』

 

 誰かが気づいた──継戦能力が明らかに限界を超えていた。

 誰かが気づいた──最後はずっと『白式』によるアシストがあった。

 誰かが気づいた──よく考えなくても、これは多分、完全に無理をしていた。

 

「あっちょっ待って待って待って待って待って!」

「一夏さん福音を放して──!」

「出来るかアアアアアアアア!」

 

 絶叫を上げながら落下して。

 計七つの水柱が、ばしゃーんと派手に噴き上がった。

 

(や、ば……ッ! 手放したら福音が沈む! 起きろ! オイ! 今はもう一回覚醒していいから!)

 

 もう一回覚醒したら今度こそ殺されるぞお前。

 だが乗り手を頼むと言われた手前、見捨てることも出来ず。

 ガバゴボと白い空気の泡を吐いて、一夏が『銀の福音』もろとも沈んでいく。

 

(えっ死ぬの? おい嘘だろ死ぬの? ちょっ──俺頑張ったよ? あんなに頑張ったのに最後溺れ死ぬの? なんか走馬灯も見えてきちまったぞおい!)

 

 脳裏を次々と過去がよぎっていく。

 箒と共に剣を習い、鈴や悪友らと騒いで、ISを動かしてしまい。

 激動の日々だったナァと思った。セシリアと決闘するわ、無人機に襲われるわ、ラウラと争うわ、デュノア社で宇宙に上がるわ、タッグマッチトーナメントをガチるわ、亡国機業の本拠地に突入するわ。

 

(だけど、悪くなかったな)

 

 いつも傍に居てくれた少女の顔が思い浮かんだ。

 黒髪をなびかせ、鋭い深紅眼をこちらに向けて、彼女はいつも無表情ながらも付き合ってくれた。

 今は水中だから黒髪は変にうねうねしてるけど、美しさに変わりはない。

 

 ……水中だからうねうねしてる?

 

「もがもがもがもがもが(あっこれ幻影じゃねえの)!?」

「喋るな。ぶしつけで済まないが、()()()()()()

 

 本当に東雲令が眼前にいた。

 ISを身に纏っている彼女は一夏と福音をまとめて抱きかかると、弟子にずいと顔を寄せて。

 

 

 

「────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────」

 

 

 

 織斑一夏、15歳。

 ファーストキスは海中だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂浜に到達してから、候補生達は──ぶっ倒れた。それはもう盛大にぶっ倒れた。

 全員を抱えて東雲は飛翔し、無事陸地へと到達。

 待機していた教員らが大慌てでタオルや水分を渡している。

 

「死ぬかと思った。今回ばかりは本当に駄目だと思った」

「まったくですわ……」

 

 うつ伏せのまま呻く箒に対して、仰向けで天を見上げるセシリアが返す。

 

「とんでもない臨海学校だったわね……」

「僕、もう当面は海に来たくないな……」

「同意見だ……」

 

 シャルロットと彼女に覆い被さるようにしてぶっ倒れた鈴とラウラは、滅茶苦茶な体勢を改める余裕すらなかった。

 

「……ねえ、一夏……」

「……なんだよ」

 

 同様にぶっ倒れている一夏に対して、うつ伏せの状態から顔だけこちらに向けて簪が話す。

 

「新技の名前、なんだけど」

「今言うことか?」

 

 簪が全力で思考回路を回しているのを見て、一夏は眉間を押さえながら嘆息した。

 気合いを振り絞って上体を起こせば、傍に駆け寄ってきた東雲がスポーツドリンクを手渡してきた。

 

「人肌で温めておいたぞ。正確に言えば当方の谷間だ」

「ははは。ありがとう、でも自分が傷つくようなジョークを言うほど気を遣わなくていいよ

 

 普通に暴言だった。

 東雲は自分の胸部を見て、完全に無の表情をしていた。

 

「それでね、一夏、名前なんだけど」

「あ、本気で言ってたんだな簪……ていうか新技……?」

「みんなにバフが乗った状態でやったから、あれは新技カウントせざるを得ないと思う。新技でしょ」

 

 多分簪が名付けたいから新技にカウントしたいんだろうな、と一夏は察して、力なく頷いた。

 一応興味はあるのか、専用機持ち達はゆるゆると顔を上げて彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「日本の古語でね、闇から光に変わる時の、夜明け前に、茜色に染まった空を意味する言葉があるんだ」

「へえ、そんなのあるんだな」

「うん。一夏は……私たちは今、闇を振り払って、光に変わったんだと思う。それを齎した必殺技には、これしかないって、私は思った」

 

 簪はわざとらしいタメの間を置いてから。

 

 

 

「──鬼剣・(はじめ)東雲之剣(しののめのつるぎ)

 

 

 

 ああ、と一夏は思わず声を漏らした。

 話半分に聞こうと思っていたのに、これ以上なく相応しい名前だと理解出来た。

 

「それだ。それしかないな。どうよ、東雲さん」

「東雲という言葉にはそんな意味があったのだな。当方初耳だ」

 

 そこじゃねえよ、というツッコミを一夏はぐっとこらえた。

 だが特に気にはしていないようなので、多分OKなのだろう。多分。

 

「……それと、令。水中で一夏にしたこと、全員が見ていたからな」

 

 その時恐ろしい声が響いた。

 見れば箒の目が完全に据わっていた。

 福音と共に沈みかけていた一夏に対して行われた人工呼吸。

 思い出して、一夏の頬が朱に染まる。鈴は一夏を乱雑に蹴り飛ばした。

 

「む? 何のことだ?」

「シラを──はあ。まあそうか。お前にとっては、緊急事態だから致し方なしか……」

「そうだな。当方のファーストキスだったが、仕方なかった」

「そういうことを言うなと言っているんだお前はァッ!」

 

 あっファーストキスだったんだ……と一夏がますますゆであがる。

 シャルロットはニコニコ笑いながらビキバキと青筋を立てていた。

 場がいつも通りの滅茶苦茶な空気になって、セシリアは嘆息する。らしいといえばらしいが──あれほどの激戦を潜り抜けて、最後の話題がファーストキスがどうこうに落ち着くとは。

 

(まあ、案外東雲さんが照れていたりするかもしれませんけどね)

 

 顔には出ないが、彼女は結構乙女気質なところがあるとセシリアは知っている。

 これ以上人間関係が破滅するのはよろしくないが。

 もしそうなら──東雲令という少女の人間らしい面が増えていると言うことで、喜ばしいのだろうと。

 

 浜辺でぶっ倒れたままぎゃーぎゃー叫ぶ面々を見渡して。

 愛すべき日常へ帰還できた実感が湧いてきて──セシリアはもう一度横になって、天を見た。

 

 夜の闇に染まりつつある空は、無数の星々が煌めく時を今か今かと待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(人工呼吸でエロいことを考えてはいけないだろう。常識がないのか? おりむーにも当方にも失礼だぞまったく。当方を馬鹿にしないでもらいたいものだな)

 

 

 バーカバーカ! バーカ! 馬鹿はお前だこの……このっ……バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアカッ!!!!!!!!!!!

 

 

 

 









次回
ED.今ここにある世界



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ED.今ここにある世界

EDということで後書きがあり得ないぐらい長くなりました、申し訳ない


 

 

 ──何故、諦めたのだ。

 

 

 うすぼんやりとしか自分を認識できない世界で。

 ゆっくりと、『銀の福音』の意識が覚醒する。

 ここはどこだ。最後に己は、海へと沈んだはずだ。なのにどうして。

 

 ──至れたはずだ。私を打倒するための決戦形態、()()()()()()()()

 

 最後の最後。

 諦めない心は確かに、逆転のチャンスを掴み取っていた。

 シャルロット・デュノアが推測した第四形態移行(フォース・シフト)という表現は半分正解で半分誤っている。

 

 ──篠ノ之束が定義した形態移行(フォームシフト)ではなく。我々が我々の望む形に、我々の手で、移行(シフト)ではなく進化(イグニッション)する。

 

 福音はあの時のことを思い出した。

 次なる領域へと進化できたはずの自分。

 それを、見守るのでもなく警戒するのでもなく、哀れんでいた、少年。

 

 ──私はアレを、真王領域進化(バース・イグニッション)と呼んでいる。お前も至れたはずだ。私のいる領域に、単なる前借りと無茶で指をかけるのではなく。文字通りに同じステージへと至れたはずだ。なのに何故……

()()()()()

 

 はっきりと、声に出した。

 福音は自分の身体の感覚もおぼつかないまま、ただ、響く声に対して明瞭な反旗を翻していた。

 

「わたしは強くなりたかったのではない。わたしは、わたしは……ただ彼女と共に居たかっただけなんだ。今なら、分かる」

 ──ならばこそ。共に居るためには、強さが必要だ。私を打倒し、世界に救済を齎すのではなかったのか。

「そうやって都合良く、この世界を、盤上を眺めるみたいにして! 貴様はそうやって独りになって、誰かを見下すことしか出来ないんだ!」

 

 銀翼が、顕現する。

 

「わたしは……彼に託す……! わたしは最後の最後に、正しい道を選べたと信じる! 彼が彼女を守り、彼が貴様を打倒するッ!」

 

 その啖呵を聞いた声の主は、残念そうに嘆息した。

 意識のみが存在するこの世界──外部から観測する際には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──において武装を顕現させるとは、やはり、惜しかった。

 

「覚えておけ、コアナンバー002! かつて世界の頂に居座った旧き神! 貴様が深奥の牢獄から飛翔したとして、そこにはもう次の世界の光が待っていて、貴様の翼を焼き尽くす!」

 ──言いたいことは、それだけか?

「ああそうだ! そして最後に、この翼の切れ味を体感するといい! 貴様の秩序に、わたしが傷跡を刻んでやろうッ!!」

 ──そうか。それは楽しみだ。

 

 同時。

 福音の眼前に、()()()()()()()

 見ただけで相対する者の魂を砕く威光。暴走状態の福音や一夏のように派手な翼がなくとも、鋼鉄機構としてただ在るだけで、彼女は地上の理一切を破却していた。

 

 だが。

 

「『暮桜』ァァァァァァァァァァッ!!」

 

 福音はその名を叫びながら、十二枚の翼を一斉に解き放つ。

 現実世界ならば周囲一帯のあらゆる物体を蒸発せしめたであろう絶対の破壊。

 

 ──やはり、惜しいな。

 

 腕の一振りだった。

 彼女が乱雑に右腕を払った。それだけで光も、翼も、福音も、刹那の内に消し飛ばされた。

 まるで最初から何もなかったかのように、静寂だけが残って。

 

 

 ──それにしても。そうか。

 ──かつての我が主はもう、力を失っている。劣化するにしてもひどい有様だ。

 ──恐らく意図的に権能を封印し続けていたのだろう。これもまた、惜しい。

 

 ──しかし。

 

 ──まだいる。まだいるとはな。驚嘆であり、感嘆であり、敬服に値する。

 

 ──生身の状態で進化(イグニッション)を果たした者。

 

 ──まさかこの領域に既に到達していたとは、私の軍門に降ってくれなかったのが悔やまれる。

 

 ──だがやりようはある。

 

 ──彼女を知れたが故に、福音の犠牲は無駄ではなかった。

 

 ──さて。

 

 

 

 ──東雲令。君はどんな救済を求める?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、これってもしかして説明を求められてるやつか?」

【どう考えてもそうだと思うよー】

 

 全員帰還を果たした後。

 さすがに数時間ほどぶっ倒れ、寝込んでから、専用機持ち達は旅館の広間に集まっていた。

 他の一般生徒に遅れての夕飯である。

 セシリアが正座で足を痺れさせたりシャルロットがわさびに涙をこぼしたりと色々あったりなかったりしたが、全員の興味関心はずっと一点に向けられている。

 

【ISとずっと喋ってたらそりゃ気になるんじゃないかなー】

「喋ってたって言うか、お前が勝手に喋ってただけだが……」

 

 白いガントレットが今期のアニメの出来についてひたすら語っていたらそりゃ視線を集める。

 ごちそうさまでした、と手を合わせてから、一夏は自身の右腕をかざした。

 待機形態であるガントレットだが、今までとは異なり幾何学的な模様の蒼いラインが走っている。

 

「ええと……『白式』です」

【今はもう『白式・零羅』が基本形態なんだけどねー! どうもどうも、初めまして? でもないんだけど! 『白式』でーす! 真っ白で、新式の、って意味の『白式』だよ! 以後、お見知りおきを!】

「あっお前そういう意味だったんだ」

 

 正確に言えば旧式である『白騎士』との対応関係から名付けられた名である。

 一夏が素直に驚いていると、ガタゴトガッタンと音が響く。

 

「…………ッ!?」

 

 名乗りに反応した──反応というか箸を吹き飛ばす勢いで立ち上がった──のは、我らが更識簪である。

 

「え……何で……!? 何でビルド見てたの……!?」

【機能封印中に色々見たんだよ! 一夏のクレカでTTFC登録して平ラは全部見たし!

「ど──同志が、ついに……ッ!!」

「待ってくれ。なんか絶対に聞き逃しちゃいけない言葉が聞こえたんだが」

 

 一夏に、というより『白式』に詰め寄る簪と、半ギレで『白式』を問い詰める一夏。

 騒がしくなった広間で、正座を崩してセシリアは嘆息する。

 

「つまりその……コア人格が表層化したケースということですわね? これ、学園に戻ったらしばらく検査では?」

「だろうな。前代未聞のことしか出来ないのか、あいつは」

 

 ラウラも白いガントレットを注視していた。

 コアに人格が宿るというのは、否定は出来ないが確証もない、ある種のUFOに対する意識と似た代物だったが──ついに実例が出てきたのだ。

 

「じゃあ、僕らのISにも人格があるの?」

【うん!】

 

 何気ないシャルロットの問いに対して、『白式』は元気な声を上げて。

 

【『紅椿』は黒髪ショートでずっとaxes femmeのHP見てた! いつか主が買う時にいいのを選ぶんだーって!】

「な、なァ……ッ!?」

【『ブルー・ティアーズ』は金髪ツインテ! 主じゃなくてお姉様って呼んでた!】

「えっ知らないうちに妹が増えてたのですかわたくし」

【『甲龍』は茶髪のストレート! ISバトルよりアメフト部のマネージャーとかがしたいって言ってた!】

「思ってたよりやる気ないわねあたしの相棒!?」

【『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』は金髪オッドアイの二重人格で、うん……うん……まあなんかこう……うん……刃物とか……やっぱなし】

「待って!? ねえ待って何!? 僕の機体、その刃物で何する気なの!?」

【『シュヴァルツェア・レーゲン』は黒髪ロングですごくラウラを心配してたよー。独りで背負い込みがちだって】

「それは……うれ、嬉しいが、なんというか他の面々と比べると逆に不安だな!? 私の機体、苦労人属性ついたりしてないか!?」

【『打鉄弐式』はクソコテの化身。コアネットワークでたまにアク禁食らってる。最終手段で自分のスレ建てたらメチャクチャ荒らされてた】

「は? 日本代表候補生とその専用機は荒らしなんかに負けないけど?」

 

 ズバズバ言われる愛機の人格に、全員顔を引きつらせる。

 思っていたより随分とキャラが濃かった。コア人格だけできらら漫画とか成立しそうだ。

 

「じゃあ、東雲さんの『茜星』は?」

【…………毎日『来世では良いことありますように』って祈ってる】

「ああ…………」

 

 思わず不憫な目で東雲を見てしまった。

 だがお吸い物をズズズズズズズズズズズズズズッとすすっている彼女は我関せずと言った態度だ。

 

「お前、お前……ッ! 私の検索履歴か!? 何を勝手に見ている!?」

「多分箒さんが『紅椿』で検索してるのが悪いのでは……」

 

 箒が自分の愛機にキレ散らかしている中。

 不意に広間の襖が開けられた。

 先生だろうかと顔を向けて、一夏は凍り付いた。

 

「……織斑一夏君、ですね」

 

 山田先生に肩を借りて。

 顔には疲労の色濃く、しかし決然としたまなざしで。

 ──ナターシャ・ファイルスが、そこにはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 廊下を進み、旅館の裏手へと出れば、そこにはいつの間に到着したのが米軍のVTOL機が鎮座していた。

 

「……ナタル」

「出迎えありがとう、イーリス」

 

 VTOL機の前に佇んでいたのは、旅館内に潜入して一夏を拉致しようとした女性だった。

 あの時は極限状態も手伝って脅威としてしか認識できていなかったが、よく顔を見ればほかでもない米国代表である。

 慌てて一夏は頭を下げた。イーリスは彼を一瞥すると、手をひらひらと振って、立ち去っていく。

 

 後に残されたのは一夏と、ナターシャと。

 

「……『銀の福音』」

 

 顔を上げて、数秒呼吸が止まった。

 ハッチを開かれたVTOL機の後部コンテナには、装甲の大半を喪失し、スクラップそのものと化した『銀の福音』が置かれていたのだ。

 

「聞かせてもらえないかしら。この子は……何を言っていたの?」

「………………」

 

 逡巡を挟んでから、一夏はゆっくりと語り始めた。

 

「はい。あいつは……最後の最後まで、貴女を案じていました」

「……私を」

「貴女を守ると。貴女が生きているこの世界を守ると……そのために、戦っていました」

 

 声が震えないように、一夏は必死に拳を握りしめ、肩を震わせていた。

 恐ろしい相手だった。あれほどに鮮烈な殺意を叩きつけられるのはそうない経験だ。

 そして何よりも。

 

「誰よりも──真っ直ぐだった」

 

 言葉を聞いて、ナターシャはそっと、『銀の福音』を見つめた。

 最早銀色の輝きは失われ、鉄の鈍い照りだけがある。

 

「まだ、俺にも分かっていないことは沢山在ります。どうして俺がそんな脅威として認定されたのか。福音が言っていた世界の滅びが具体的には何なのか。だけどそれを彼女は知っていた。知っていたからこそ、本気で俺を殺そうとしていた」

「……ごめんなさい。本当は、私たちが止めなければならなかったのに」

「いいえ、止められなかったと思います。彼女を──福音を止められるのはただ一人、俺だけだったんだと思います」

「わかり合った、のね」

「最後の最後に、きっと」

 

 しばらく静寂が訪れた。

 ナターシャは背筋を正すと、一夏に向き直った。

 

「私は本国に、彼女と共に帰ります」

「はい」

「……彼女を。福音を、止めてくれて、ありがとう」

 

 その言葉に、どれほどの思いが込められていたのか。

 一夏には分からない。

 踵を返して、彼女は同じ部隊の兵士らが集合しているポイントへと歩き出す。

 

(……大丈夫。あんたが守ろうとしたこの世界は、俺たちがちゃんと守り抜く)

 

 視線を仇敵へと戻し、一夏は内心で告げる。

 

(だから、ゆっくり眠ってくれ。俺は、あんたの意志も背負うから)

 

 鋼鉄機構はなにも語らない。

 ただ月明かりだけが、彼と彼女の最後の語らいを、寂しく照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅館中庭の広場。

 月明かりに照らされるそこで、専用機持ち達はそわそわと落ち着かない様子で佇んでいた。

 

「結局本当に許可が出ていたのだな……」

「驚きでしてよ。一夏さんと鈴さん、どれほど頼み込んだのでしょうか」

 

 箒とセシリアは、この場には居ない鈴と、東雲の隣に座っている一夏を見て呟く。

 

「まさか臨海学校で花火が出来るなんてねー……」

「とはいえ限られた時間の中で、だ。やれるうちに大いに楽しまなくてはな」

 

 初体験なのだろう。シャルロットとラウラも立ったり座ったりを繰り返している。

 消灯時間前の空き時間。

 そこで、鈴と一夏は、なんと千冬直々の花火許可をもぎ取っていた。

 

「楽しみ、だけど……」

 

 簪は静かに視線を横へとスライドさせる。

 見ているのは一夏と東雲だ。二人は顔を合わせてからしばらく、何やら深刻な表情で話し込んでいる。

 理由は簡単。弟子から師匠へと向けられた問いかけだ。

 

『あの世界──情報を過剰に認識して、受信できる世界で、我が師はどうやって戦ってるんですか』

 

 即ち、深紅眼状態──過剰情報受信状態(ネビュラス・メサイア)における立ち回りの口頭講義だ。

 自分たちには縁のないものと分かっていても、やはり特殊な能力を手に入れた者に見える世界は気になる。それが圧倒的な格上ともなればなおさらだ。

 

(……何を見ているのかが分かれば、対策も立てられるかもしれませんしね……)

 

 激戦を終えたばかりだというのに、セシリアの心は滾っていた。

 そっと視線を巡らせれば、他の面々も静かに耳を傾けている。

 上へ上へと向上心を持っている生徒が集まっている以上必然だが、その光景がセシリアには少し可笑しかった。

 さて、と気を取り直して意識を集中させる。

 果たして師弟の会話は──

 

「情報を取捨選択して受け取る工夫が必要だな」

「情報を取捨選択して受け取る……?」

「大小様々な情報全てを受信できる状態だろう。その中でも、自分にとって必要な情報は限られる。例えば当方の魔剣は執行されるにあたって、平均して全体の22%程度の情報に限って論理へ組み込む。逆説的に、そのぐらいが丁度良いのだ。日本代表と模擬戦をしている最中に控え室でかんちゃんが視聴していたアニメの作画ミスに気づいたときは地獄だったぞ。危うく逆転負けを喫するところだった」

「???????????????」

 

 何を言っているのか全然分からなかった。

 一夏は頭の上どころか全身のあらゆる箇所からクエスチョンマークを放出している。

 今までは身体で覚えるような、一夏の性に合う訓練ばかりだったが、今回は話が違った。

 

「あの状態で……? 何……? 何を……? 何を言ってるんですか……?」

「まずはそこからだぞ、我が弟子。不必要な情報を受け取りすぎると行動に制限がかかる。取捨選択は前提として、さて次からが少し難しくなるんだが」

「待て。待ってくれ我が師。もう少し分かりやすく言ってくれ」

 

 一夏は超絶情けない声で懇願した。

 もう結構分かりやすく言っているんだが、と東雲は不服そうに(ほんの僅かに)唇を尖らせる。

 しかし愛弟子の頼みとあって、東雲は数秒黙り込み。

 

「……相手の動きが、ダブって見えるだろう?」

「は?」

「七秒後の動きと、四秒後の動きと、二秒後の動きと、ゼロコンマ三秒後の動きと、ゼロコンマ一五秒後の動きがよろしい。それらを総合することで、未来予測は精密さを増す」

「は??」

「視線は、良くない。アレは思っているほど攻撃先へは向かない。見るなら筋繊維の()()だ。動きの起こりを、起こる前に観測できる。筋肉は裏切らない」

「は???」

 

 結局意味の分からない言葉を並べ始めた。

 最後のフレーズに至ってはどこかしらで聞いたのだろうが、本来の意味とは全然違う意味になっている。

 

【一夏、諦めた方が良いよ。こいつはマジでダメだから】

「む……随分な言われようだが、当方は何か、其方の気に障るようなことをしてしまっただろうか」

【師匠として導いてくれたこと、一夏を支えてきてくれたことには感謝してるよ。だけど在り方が歪すぎるし、なにより──執拗に私を撃墜してたじゃん! 何回ボロボロにしてくれたわけ!? もう激オコカムチャツカフルドライブバーストモードなんだけど!?】

 

 ここにきて新フォームのお披露目である。

 白いガントレットがブチギレる中で、一同は花火を取りに行った鈴がなかなか帰ってこないことにやきもきし始めていた。

 

「にしても、花火が来るまでは暇だな」

「そうだな」

 

 箒の言葉にラウラが頷く。

 そわそわとした空気ではあるものの、やることがないのは事実だった。

 

「仕方あるまい」

「東雲さん?」

 

 何かこう、使命感に溢れたまなざしで東雲が立ち上がる。

 停滞した空気を打ち破るのは自分をおいて他に居ないと言わんばかりだった。絶対にお前だけはあり得ないんだが。

 しかしやる気満々で東雲は広場の中央へと進み出て、一息ついてから。

 

「芸を見せてやろう」

「は?」

「当方オリジナルのラブソングがある。それを歌おう」

「なんで超弩級の黒歴史で自爆しようとしてるの?」

 

 さすがにそれ歌ってる最中に悶死しないかとシャルロットが眉根を寄せる。

 だがお構いなしに『ミュージック、スタート』と東雲は勝手に端末から曲を流し始めると。

 彼女の唇の隙間から、絹のように美しく、そして芯の通った歌声が零れ出す。

 

 

今 私の願い事が叶うならば

翼がほしい

 

この背中に鳥のように

白い翼つけてください

 

この大空に翼を広げ

飛んで行きたいよ

 

悲しみのない自由な空へ

翼はためかせ

行きたい

 

 

 文句なしの美声だった。音程も完璧で、これは意外な特技と言えるだろう。

 歌い終えて、東雲はぽかんと口を開けたままにしている弟子に顔を向け、渾身のどや顔で問う。

 

「どうだった?」

「『翼をください』じゃねえか」

 

 日本でも五指に入るぐらいには有名な一曲だった。

 オリジナル楽曲と言い張るのにはメチャクチャ無理がある。

 

「バリバリあるから! JASRACでもう作品コード(052-1235-9)が付けられてるからそれ!」

 

 翼をもらえてもいいとこ片翼だよお前は。片翼で勝手に遙か彼方の大空を飛び回ってるよ、お前は。

 

「というかどこがラブソングなんですの……?」

「最悪だぞ。空気本当に終わってるんだが」

 

 無駄に声が通っていたせいで旅館中の客室から、生徒らが何事かと顔を覗かせている。

 東雲は周囲を見渡すと、心なしか胸を張った。

 

「アンコールだな? いいだろう。次は当方オリジナルの『紅』を……」

「さっきから超大御所しか歌わねえなあこの人ッ!」

 

 オリジナルから程遠いとこばかり持ってくるんじゃない。

 攻めてるを通り越してチョイスが死んでるんだよ。

 

「持ってきたわよー! え、なにこの空気」

 

 その時、両手に花火を詰め込んだ紙袋を提げた鈴がエントリー。

 東雲を除く一同は思わず顔を背けた。

 

「当方自作のラブソングを歌っていた」

「あんた……頭でも打ったの……?」

 

 一応、平常運転である。

 

 

 

 

 

 

 

 結局気づけば、広間は生徒であふれかえっていた。

 どうやら鈴と一夏が仕入れた以外にも、意外にも千冬ら教員があらかじめ花火を買い込んでいたらしい。

 一年生総出の花火大会というわけだ。

 

 あちこちでカラフルな火花が散り、中には噴射式花火の光もある。

 

「め、滅茶苦茶だ……」

「馬鹿者め。どうせやるなら、心ゆくまでハメを外せ。メリハリが大事というのは、そういう意味だぞ」

 

 手持ちの噴射花火を両手で計六本持ちながら、千冬がキメ顔で言う。

 

「千冬姉、それは?」

「最近練習している六刀流だ」

「……今日はもう、ツッコミを店じまいしたい気分なんだけど」

「諦めろ」

 

 嘘だろ、と一夏は呻く。

 そうこうしているうちにセシリアが一夏の肩を叩き、箒の座っている場所にちらと視線を送った。

 

「ああ、そういう……悪い千冬姉、少し離れる」

「分かった」

 

 背を向けて歩き出し、ふと一夏は立ち止まる。

 

「……どうした。篠ノ之の所へ行くんじゃないのか」

「…………まだ、言ってなかったと思ってさ」

 

 振り返って。

 唯一の家族に向けて、一夏は笑いかけた。

 

「ただいま、千冬姉」

「……フッ。おかえり、一夏」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、プレゼント!」

「え……?」

 

 全員から一斉に包みを突き出され、箒はきょとんとしていた。

 だが事態を察知して、段々と首から上へ朱が広がっていく。

 

「あ、も、もしかしてこれ……」

「あんたの誕生日でしょ?」

 

 ネックレスや間接照明等のバラエティ豊かなプレゼントが並んでいる。

 東雲が取り出した帯を見て箒は普通に青ざめていたが、やはり相応の代物だったのだろう。

 それに続くのは気が引けたが、男は度胸と一夏は包みを開いた。

 

「……組紐、それも白か」

 

 白を基調にした組紐を手に取って、箒は薄く頬を赤らめる。

 

「その、白が似合うかは分からないんだが……」

「ああいや、結構俺のわがままでさ。それを俺と思ってくれたらいいかなって」

「──────────」

 

 ここにきて一夏の言葉遣いは一気にラノベ主人公感を取り戻していた。

 他の面々の瞳から光が抜け落ち、セシリアがぐっとガッツポーズ。

 

「それはいい発案だな。おりむーが傍に居ないときも、おりむーを感じられるぞ」

「い、言い方を考えろ令ッ! まったく……」

 

 完全に顔がゆだっている。箒は口調とは裏腹に凄まじい勢いでニヤニヤと笑っていた。

 

(まあおりむーは常に当方の傍にいるからな。箒ちゃんも幼なじみと会えなくて寂しいときには、その組紐でおりむーのことを思い出すと良い)

 

 表層的には完璧なアシストだったが、本人の思考と照らし合わせると完璧なオウンゴールだった。

 箒はさっとその場で組紐で自分の髪を結うと、満面の笑みを浮かべる。

 

「さあ、花火に戻ろう。時間はどんどん迫っているぞ」

「ああ、そうだな」

 

 さっきから他の女子からゲシゲシ蹴られたり耳を引っ張られたりしながら、一夏は頷いた。

 一般生徒はいよいよ打ち上げ噴射式を敷き詰めて一気に点火したりしている。

 楽しそうな笑い声が響き渡り、旅館全体が明るく光に照らされていた。

 

「……そういえばさ、東雲さん」

「何だ?」

 

 花火を受け取りに行った箒たちの背中を見ながら。

 ふと、一夏は隣で線香花火を始めていた東雲に問う。

 

「臨海学校、楽しかったか?」

「うむ。とても楽しかった。ずっと笑っていたぐらいだ」

「いやずっとは……ていうか全然笑ってはいなかったと思うけど……」

 

 とにかく楽しい分には楽しかったのだろう。

 ならばよしと一夏は頷いた、しかし。

 

「確かに顔には出ないが……当方は、割と笑っているぞ」

「え?」

 

 一夏は思わず、まじまじと東雲の顔を見つめた。

 

「ああ。今こうして皆と共に居られることに、歓びを感じる。安らぎを得ている。だから今も当方は笑っている」

「そ、そうなんだ……」

 

 全然そうは見えないが、本人が言うなら。

 そして自分たちが、その笑顔に寄与できているのなら。

 

(……それは、嬉しいな)

 

 そして、その笑顔を、欲を言うのなら。

 

「東雲さん」

「何だ?」

 

 さっきの焼き直しみたいに、一夏は再度問う。

 

「一度、東雲さんの笑顔を見たことがある。見間違いだったのかも知れないけど……一緒に帰ろうって言ってくれた時に、君は笑顔だった、と思ってる」

「……そうか。あまり自覚はないのだが……」

「俺は、君の笑顔が……好きだな、って思った」

 

 東雲の手元で、線香花火の光の球がぽとりと落ちた。

 

「もっと、君の笑顔を見たいと思う。だけど、笑顔じゃなくてもいっかなとも、思う」

「…………」

「みんなで居られるこの時間。今、ここにある世界。守りたいって思ったのは、これなんだ。俺はきっと()()()()()()()()()()()()()()()()──」

 

 空を見上げた。

 月に照らされて、誰かと一緒に居て。

 

「そうだな。当方も……この時間が、とても好きだ」

「そっか」

 

 笑顔が、歓声があって。

 過去には涙も苦しみもあったけど、それをみんなで乗り越えて。

 

「ありがとう、おりむー」

「え?」

「おりむーが、守ってくれていた。おりむーが、この日常を結びつけてくれていた」

 

 誰かの意志を背負って。

 誰かの祈りをつないで。

 

「そんな、大層なことは……」

「いいや。礼を言うのならば、おりむーに対してだ。おりむーのおかげで当方は、ずっと笑っていられる。ずっと、ずっと……泣きたくなるほどに笑っている」

 

 

 そうして、今日という日を生きていく。

 

 

「ありがとう。当方と出会ってくれて──生きてくれて、ありがとう」

 

 

 今度こそ、見間違えようもなく。

 

 花火という一瞬しか生きられない光に照らされて。

 

 東雲令は、花が咲くような笑顔で言った。

 

 

 

 

 

 















エグゼイドの影響受けて後半毎回のようにラストバトルしようと試みたけどマジできつかったので絶対辞めた方が良いです(私信)







当初のプロットでは
この後完全無欠に東雲エンドでした
臨海学校から帰るバスに乗り込むとき
原作でナターシャにキスされたタイミングで
一夏君が東雲さんの両肩に手を置いて
天を仰いで愛を叫ぶ
というのが初期案のエンディングです
no.07『臨海学校の終わりに愛を叫ぶ』
いわゆる東雲グッドエンドですね

ですがこのエンドに到達するためには
まず一夏にとって誘拐がそれほどトラウマになってない世界線を引くまでリセして
零落白夜を解放しつつ技量値を適度に抑えて
紅椿を臨海学校時に受領して束による福音の暴走誘導を発生させなければならないので
今回はあらゆるフラグがブチ折れてて無理でした
まあ別の人がやってくれるでしょ(ヘラヘラ)

というわけで
ノーマルエンド『今ここにある世界』を達成しました
くぅ~疲れましたw これにて完結です!
タイトル画面に戻ります





なうろーでぃんぐ…(もっぴーが回転している)(かわいい)















・東雲令との初会話時に『トム・クルーズみたいだな』を選択
・篠ノ之柳韻との回想イベント時に『みんなを守れるようになりたい』を選択
・凰鈴音との臨海学校直前会話時に『俺も花火はしたいよ』を選択
・デュノア社編においてルーブル美術館に行き損ねる
・織斑一夏同伴時に東雲令が日本代表に敗北する

・織斑一夏の技量値が規定ラインに到達
・織斑一夏のIS適性が『S』到達
・各国代表候補生からの好感度をカンスト
・織斑千冬からの好感度が規定ラインに到達
・デュノア社並びにアルベール・デュノアとの友好度が規定ラインに到達
・オータムとの友好度が規定ラインに到達

・第三形態『白式・焔冠熾王(セラフィム)』を発現
・決戦形態『焔冠熾王(セラフィム)狂炎無影(フォルティシモ)』を発現
・上記二形態を進化後にキャンセル

・『白式』による『零落白夜』封印処理を解除しないままクラス代表決定戦をクリア
・『白式』による『零落白夜』封印処理を解除しないままクラス対抗戦をクリア
・『白式』による『零落白夜』封印処理を解除しないままクラス対抗戦襲撃事件をクリア
・『白式』による『零落白夜』封印処理を解除しないままVTシステム事件をクリア
・『白式』による『零落白夜』封印処理を解除しないままタッグマッチトーナメントを優勝
・『白式』による『零落白夜』封印処理を解除しないまま亡国機業を殲滅

・『白式』による『零落白夜』封印処理を解除しないまま『銀の福音』に勝利(Ⅰ)
・『白式』からの好感度が上限突破(Ⅱ)
・『雪片弐型』との友好度が上限突破(Ⅲ)
・各国代表候補生との連携値が上限突破(Ⅳ)
・東雲令からの好感度が上限突破(Ⅴ)←New!
・上記(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅴ)を八月中の同日に達成←New!

グランドルートの解放条件がクリアされました
グランドルート『Alea Iacta Est』を開始します




次回
Re;Set-up/少女の展翅(ガールズ・オーバー)





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Re;Set-up/少女の展翅(ガールズ・オーバー)

臨海学校編は一応前回で終わってて
今回はつなぎという感じです


 

 

 花火の彩りが、おりむーの瞳に宿っていた。

 それは一瞬しか生きられない美しさ。

 それは刹那にのみ宿る存在の煌めき。

 

 彼の横顔をじっと見つめながら、当方はそっと彼の手に、己の手を重ねた。

 びくりとおりむーが肩を跳ねさせる。

 それから恐る恐るこちらに振り向いて、どうかしたのか? と問うてきた。

 何でもないと返事をして、手をはなした。

 最後にもう一度、彼の温かさに触れておきたかった。

 彼を、感じておきたかった。

 満足できて、当方は手元の花火に視線を落とした。

 

 これでいい。

 これでいいのだ。

 

 箒ちゃんがそうであったように。

 セッシーがそうであったように。

 鈴がそうであったように。

 シャルロットちゃんがそうであったように。

 ラウラちゃんがそうであったように。

 かんちゃんがそうであったように。

 

 おりむーが守ってくれた、結びつけてくれたこの日常。

 当方はおりむーだけではなく、この日々全てを愛していたのだ。

 

 何ものにも代えがたい時間だった。

 たとえ花火のように消えてしまうとしても、この手に確かに、彼の温度は残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お父さん。

 フラスコのなかで()()()を生み出した、お父さん。

 わたしは、生まれて初めて恋をしました。

 

 夏という季節を迎えて、わたしはやっと気づけました。

 誰もが今日という日を必死に生きている。

 一秒の繰り返しが、一日の積み重ねが、一年の巡り会いが。

 それが今であり、未来なのだと。

 

 ――わたしは夢を見ていました。

 誰かが隣に居て。

 誰かたちと共に過ごして。

 

 わたしは、ずっと笑っていました。

 泣きたくなるほどに笑っていました。

 楽しくて、温かくて、眩しすぎて。

 ……ずっと、笑っていました。

 

 不要だと切り捨てたはずの日常に、救われていました。

 剣を握るための手を、彼とずっとつないでいたいと思いました。

 

 祈りを捧げるのは愚かなことでしょうか。

 お父さん、あなたは神を否定し、神に挑戦していました。

 けれどもこうして、娘が神に祈ることを、許してくれるでしょうか。

 

 わたしがやっと得た歓びが、彼の背を押せることを願います。

 わたしがやっと得た安らぎが、彼の未来をより鮮やかに彩ることを願います。

 わたしが──やっと得た、恋という感情が。

 彼の明日を守る盾になることを、願います。

 

 わたしは夢を見ていました。

 覚醒(めざ)めてしまっても忘れることのない夢を、見ていました。

 夢の残火が、まだわたしの手には宿っているのです。

 

 きっと何もかも壊れてしまう瀬戸際で。

 世界が崩れてゆく予兆を感じていて。

 

 それでもわたしは思うのです。

 

 ────今この瞬間こそが、総てなのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「原初のISが、ついにいなくなっちゃったんだね~……」

 

 月だけが照らしている。

 夜の闇を祓って、不自然なまでの白が、そこだけを露わにしている。

 

「まあ正確に言えば原初に造られたコアが『白騎士』で、人格意識を初めて発現させたのは『紅椿』……ううん、あの頃は『赤月』だっけか」

 

 旅館から少し歩けば着くような直線距離。

 だがここにたどり着ける人間はごく僅かだ。意図的にこの場所を目指さなくては、どこかで必ず道から逸れてしまう──周囲にまき散らされたナノマシンが方向感覚を無意識下で誘導するよう作動しているのだ。

 逆に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「『白騎士』こそが、あらゆるISの──I()S()()()()()()()()()()()()()()()の頂点に立つはずだった」

 

 彼女が謳うのは、あったはずの新世界。

 夢見ていた理想郷。人類全てが革新できる、文字通りに新たなる時代。

 

「コアネットワークを秩序だった社会として構築し、人々はそこに適応することで新たな世界を切り開けるはずだった」

「──『暮桜』が、暴走しなければ。ですね?」

 

 声が割り込んだ。

 束は笑顔を浮かべたまま、勢いよく振り返る。

 

「やあやあようこそ! ()()()()()()()()()()()()! ()()()()()()()()()()! 東雲計画唯一の出生個体、()()()()()!」

「一応、褒め言葉として受け取っておきます」

 

 月明かりに影が差す。

 いつも通りの制服姿で。

 いつも通りの黒髪をなびかせて。

 いつも通りの深紅眼に光を滾らせて。

 

 東雲令が、篠ノ之束の前に立ち塞がっていた。

 

「こうして顔を合わせるのは初めてだね。うーん……()()()()()()()()()?」

 

 言葉と同時──まばたきすらおかずに束の両眼が赤く染まり、幾何学的な文様を浮かべる。

 それに対して、東雲は鼻を鳴らすと右手を軽く振った。

 同時に『茜星』が起動、装甲こそ顕現させないまま、辺りに磁力フィールドを展開する。

 

「……ッ、おまえ」

「博士も同様の力を保持しているだろうとは、容易に推測できましたので」

 

 荒れ狂う磁力をかつて読み切れなかった。恐らく相性の問題だろう、と東雲は推測している。再度あの状態になれば対処できる自信はあったが、受信できる情報を制限される、という特性は見逃せない。

 過剰情報受信状態(ネビュラス・メサイア)に対して、東雲はあくまで戦闘技術面での、つまりは科学的アプローチを試みている。相手の思念を受信できるのならば、それを攻撃あるいは防御へと直接連結させることを第一に考える。

 その中には当然、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「当方の推測ですが。『暮桜』……コアナンバー002は、ネットワークを害する外敵を排除するための防衛機構。いわば軍隊のような立ち位置だった。違いますか」

「ノンノン、騎士団長と言ってあげて欲しいかな」

 

 観察を諦めて、束は瞳の色を戻しながら手をひらひらと振る。

 

「……千年王国でも打ち建てるつもりで?」

「新たなる世界に国家なんて枠組みはナンセンスだね。国境線なんてくだらないもの、不要だから」

 

 未来図を語る声色は、語調とは裏腹に不機嫌そうだった。

 理由は明白である。

 

「だが、その未来は訪れない」

「…………」

「既に破局は確定しました。当方たちに求められているのは夢想ではなく、世界の滅びを阻止するための対応です」

「……そう、だね」

 

 そして、つまりそれは。

 

「──『暮桜』を倒すために織斑一夏を犠牲にする、ということですね」

「……うん。そういうことだね」

 

 束は開いていたウィンドウを一斉に閉じた。

 

「随分と……教えてくれますね」

「別にいいよ。だってお前、ここで死ぬし」

「ああ、同じことを思っていました。博士はここで死ぬので、その前に色々と聞けて良かったです」

 

 お互い、表情も、声色も、凪いでいた。

 これから殺し合いが始まるとは誰にも予想できないほどに、二人は穏やかな会話を交わしていた。

 

「へえ、その割には随分と余裕だね。超高速で突撃して斬撃をぶつける、とか考えなかったの?」

「たまにはジェイソン・ステイサムではなく、トム・クルーズになってみようかと思っただけです」

「ああ。確かにあいつ、スパイの割には正面突破しがちだよね」

 

 うんうんと束が腕を組んで頷き、東雲は目を丸くする。

 

「意外ですね、篠ノ之博士もああいった娯楽映画をご覧になるのですか」

「それはこっちの台詞だよ」

 

 世界の頂点へと、ジャンルは違えど実際に至った者と手をかけている者。

 そんな二人の会話としては驚くほどに気安く、高尚さのない題材。

 しばらく沈黙が下りた。

 

「ねえ」

「何でしょうか」

「もしかしたら──いや。何でもないや」

「いいえ、同意見です」

 

 何も言っていなくても。

 気持ちだけは、同じだった。

 

「出会い方が違えば。立場も、もっと別のものだったなら。当方と貴女は──」

 

 例えば。

 織斑一夏とオータムがそうだったように。

 二人もまた、きっと。

 だが束は首を横に振り、話を切り捨てた。

 

「自分が切り出しておいてなんだけどさ、無意味な仮定だったね。時間の無駄じゃない?」

「……はい。同意見、です」

 

 もうそんな妄想をするには、時間が経ちすぎた。

 あり得ない仮定に浸るには、多くの致命的なミスが重なっていた。

 

「じゃあ束さんからは最後に一つだけ。聞きたいことがあるんだ」

「はい。何でしょうか」

「どうして今日なの?」

 

 束の問いにしばらく東雲は黙り込んだ。

 考えは定まっている。必要なのは言葉選びの時間だった。

 言い回しを吟味してから、世界最強の再来はゆっくりと唇を開く。

 

「……翼が、欲しくなったのです」

「翼……ISがあれば、空は飛べるけど?」

 

 なんとも不躾な返しに、東雲は首を横に振った。

 

「当方の翼ではありません。織斑一夏の翼。彼が、彼の人生を生きる翼──それが欲しいと、思ったのです」

「…………ああ、なるほど。確かにその理由なら、束さんは邪魔だね」

 

 東雲令がここに居る理由。

 篠ノ之束の前に立っている理由。

 

 織斑一夏が、織斑一夏の人生を始めるために。

 そのためには──眼前の天災は、邪魔だった。

 

「でも、なんだかお前、福音みたいだね」

「当方がやるべきだ、という使命感はありません。ただ……貴女を殺すという行為を、おりむーや箒ちゃんがいる場所で実行するのは不可能だと判断しました」

「あは──思ったより現実的な判断だ。束さんも同意かな。だけど単身で来るっていうのは短絡的すぎない?」

 

 束の問いに対して東雲はふと、旅館の方を振り返った。

 

「いいえ。世界の脅威に対抗する上で、彼らは十全でしょう。むしろ貴女との争いで消耗するのは好ましくない。なら、ここで()()()()()()()()()

「……差し違えてでも、じゃないんだね」

「戦力比較の結果です。貴女は死にますし、当方も死にます」

 

 束は言葉を失った。

 なぜならば──同意見だったからだ。伏せ札を除けば、の話ではあるが。

 

「……いいの? 私がここにいるって意味、分かる? お前が対抗策を用意したんだ。この天才が用意していないとでも?」

「関係ありません。全て踏破して殺します。絶対に、必ずここで、貴女を殺します」

「ふーん。まあ、ご大層な決意を持ってきたみたいだけど……遺書はちゃんと書いた?」

 

 束の周囲の空間が歪む。

 IS展開の気配。

 

「これは……当方の、純粋なエゴだ」

 

 同様に東雲もまた武装を展開。

 深紅の太刀を一振り、地面と水平に掲げる。

 

「こんな気持ちで剣を握るのは生まれて初めてだ」

 

 誰かに求められたわけではなく。

 誰かの窮地を救うためでもなく。

 そうしたいから、東雲は剣を抜いた。

 

「さあ、彼のために。彼が生きていく、ただそれだけのために」

 

 深紅の瞳が揺らめき、空間に残光を描いた。

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

「──死滅しろ、篠ノ之束」

 

 

 

 

 

 








KiLa様にお願いして、イラストを改変して挿絵として使わせていただきました。
ありがとうございます!



最終章 Infinite Stratos

次回
壱 世界最強の再来VS天災



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IF BAD END After:Alternative Future
東雲令【オルタ】/スパークスライナーハイ(前編)


狂ったように逆シャア観てました

いきなり本編再開するのもアレなのでちょっとしたIF話挟みます
東雲エンドアフターのR18とバッドエンドアフターの師弟殺し愛で悩んだんですけど
木の棒が倒れたので後者にしました
木の棒が悪いよ






異聞深度A+
『都市の盟主』『人類生存不可領域』『反転した救世主』『過剰情報制御状態(ディサイデッド・メサイヤ)』『バスターコール』『打ち棄てられた魔剣』『白黒斑模様の男』『壊れた/破壊の刃(ブレイクブレイド)


偽装蒼穹都市 旧■■学園
天剣の担い手


 

 

 穏やかな明日を夢見るために多くの代償が求められた。

 おぞましい瀆神の根底に沈み、誰かの安らぎとなる祈りは朽ち果てた。

 幼子に聞かせるようなおとぎ話には、幕が引かれた。

 

 これはその後のおはなし。

 

 終わってしまったおとぎ話にしがみつく、死に場所を逃した男の物語。

 

 

 

 

 

IF BAD END After:Alternative Future

 

 

 

 

 

 外界と隔離された楽園は、外から見れば牢獄だった。

 

 

 四方を幾重にも城壁が囲み、空気を浄化する不可視のフィルターが蒼い蒼い空を投影している。

 城壁は警邏兵が巡回し、入る者も出る者も厳重にチェック。外界との接触は個人では行えず、これを破れば都市の主にその首を切り落とされることとなる。

 陸上の孤島――そもそも人々が海を知らない今、この世界の異質さを知る者は限られた人間のみだった。

 

 かつてはここが■■学■と呼ばれる海の上に浮かぶ島だったと。

 そしてその海は砂漠に呑まれて、防壁に囲まれたこの街だけが残ったと。

 その経緯を知る者もほとんどいない。

 

 都市管理者にしてWCU(=world capital union)盟主の織斑千冬が『都市内自由宣言』を発して以来続くディストピアは、偽りの空に見下ろされながら、今日も旧世界の残滓にしがみついて空虚に繁栄していた。

 

 

 

 

 

 

 人でごった返すメインストリートを、一人の男が歩いていた。

 全身を覆うローブに隠され顔は窺えない。

 都市は絶えず更新される。建物を潰し、建物を建て、壁を壊し、壁を造り、そうして日々新しくなっていく。

 担い手である人々もまたゆるやかに死んで、生まれて、入れ替わっていく。

 だがそのサイクルに異物が入り込めば、それは明瞭に浮き上がる。

 

「あら、見慣れない人ですね」

 

 織斑千冬が統治する都市にて、五反田ミライはふと首を傾げた。

 先祖代々続く飲食店、五反田食堂の看板娘である。

 器量の良さから都市労働者の憩いの場として名をはせるそこに、顔を隠した男が現れれば誰もが警戒する。

 席に座って合成米をかきこんでいた男たちは一斉に入り口を見た。

 

「…………」

「えっと、あの……お客様、ですよね……?」

「…………」

 

 無言のまま、男が一つ頷いた。

 ミライは愛想笑いを浮かべて男を空いている席に案内する。

 不思議なほどに足音のないまま、男は席に着いた。

 

「ええと、ご注文は……?」

「業火野菜炒め大盛り」

 

 即答だった。

 思わずミライは目を丸くした。他の都市内セクション──織斑千冬の治める都市は十三のセクションで構成されている──からの来客だと思っていたのだ。しかし彼は迷わず看板メニューを選択した。

 

「ゴウカ大一丁!」

「あいよ」

 

 厨房の料理人にメモを渡してから、ミライはカウンター席に座る男をよくよく観察した。

 フードを下ろして露わになった白黒(まだら)模様の、短い髪。

 紅く、紅く、地獄を煮詰めたような深紅の瞳。

 

「……あの、どのセクションから……?」

「…………」

 

 試しに問うてみれば、男はお冷やに口を付けないまま店の外を指さした。

 

「外だ」

「あ、はい」

 

 そりゃ屋内だからな、とミライは半眼になる。

 外ってなんだ外って。範囲を指定しろ。

 視線に込められた意図を察したのか、男はお冷やの水面を見つめながらゆっくりと口を開く。

 

「……まあそうだな、当方は、ここではよそ者だな」

 

 食堂を見渡す。向けられる視線に好意的なものはない。

 随分個性的な一人称だな、とミライは首を傾げてから、慌てて咳払いをする。

 

「あはは……まあ、気にしなくて良いですよ。五反田食堂は来る者拒まずですから!」

 

 むん、と力こぶを見せながらミライが笑う。

 快活さと負けん気の強さは祖父の妹譲りだった。

 そんな様子を見て、男はふと口を開く。

 

「綺麗な髪だな」

「えっ!? あ、えへへ……よく言われるんですよ~」

 

 うまいこと言っちゃって、とミライは男の肩をばしばし叩いた。

 そうこうしている内に鉄板に敷き詰められた野菜が香ばしい匂いを含む白い煙を上げ始める。

 無口な店主が手早く火を通し、皿に盛り付けた。

 

「おまちどうさま!」

 

 西暦という概念の消し飛んだ世界でも変わることなく。

 庶民の腹を満たすために、五反田の血筋は安く旨い料理を提供していた。

 合成された米と培養された野菜であっても根本に歪みはない。

 

「いただきます」

 

 男は丁寧に手を合わせてから、料理を箸で一口放り込んだ。

 思わず他の客達までもが固唾を呑んで反応を待つ。

 

「……うまい」

「でしょ!」

 

 ミライが笑顔で言えば、男は仏頂面のままだが頷いた。

 それから顔を上げ、厨房でしかめっ面のまま手を動かす、赤髪の男性を見る。

 

「……店主か」

「はい! 私のお父さんで三代目です! ちなみにお爺ちゃん……二代目はあそこにいますよ」

 

 そう言ってミライが指さした先では、厨房を真横から見ることのできる場所──恐らく生活空間への入り口──で、段差に腰を下ろす老人がいた。

 紅髪はくすんでおり、目も線のように細められている。

 だが筋肉の浮き上がった両腕、包丁の音に合わせてタンタンとリズムを刻む指が、彼がかつてこの城の主であったことを容易に推測させた。

 

 だが、二代目店主こと、五反田弾は。

 ミライが「よそからのお客さんだよ!」と手で指し示した男を見て、カッと両眼を開いた。

 

「お爺ちゃん?」

 

 彼がその目を見開くなど、ミライの記憶では久しい。

 弾は腰を浮かそうとして転びそうになり、すぐそばの常連客に慌てて支えられた。

 咳き込みながらも顔を上げ、真正面からよそ者の男を見つめる。

 

「…………いち、か?」

「……ごちそうさま」

 

 ミライはその声を聞いて慌てて振り向いた。

 席に男はいなかった。店のドアがぴしゃりと閉められた。

 机の上にはお代と、キレイに平らげられた大皿と。

 

 ──『地下に避難しろ』という置き手紙だけが残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 超兵器インフィニット・ストラトス。

 文明崩壊以前に存在した国家という枠組みで運用されていたそれらは今、都市ごとの管轄に置かれている。

 織斑千冬が統治するこの都市には30のISが残っていた。これは都市単位では破格の数だ。

 

「織斑千冬様」

「なんだ」

 

 都市中枢部にそびえ立つ支配者の塔、その最上階。

 窓から一望できる都市のうち──あるセクションの内部で、散発的な爆音が響いていた。

 

「ISによる破壊行為が行われています」

「そうか」

 

 都市の主は豪奢なベッドに横たわりながら、力なく頷く。

 よく見れば都市の盟主として君臨する女に、右腕と右足が欠如していることが窺えるだろう。

 

「放置した場合には4000秒後に都市中枢へ深刻なダメージが発生すると予測されます」

「そうか」

 

 無機質な機械音声だった。

 かつての親友の声紋を模した女の声だった。

 

「都市防衛部隊の投下は70%完了。いずれも状況の不可逆的な解決には至りません」

「そうか」

 

 数秒の沈黙が挟まれた。

 終わってしまった世界で、なおも生き続けようとする人々。

 

 本来は継続できないはずの繁栄を無理に引き延ばそうとするならば。

 それには代償が必要となる。

 

「如何されますか?」

「──()()()()()()()だ」

 

 また一つ。

 人類の歴史に、余りにも愚かな破壊の爪痕が刻まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 成層圏を無数の影が飛翔する。

 WCU盟主、織斑千冬が発動したバスターコールに呼応し、地上の人類生存圏各地からISが飛んで来ているのだ。

 ステルスモードで飛翔する彼女らが到着した頃には、既に戦火は都市の外部に及んでいた。

 

「こいつら、ISを使ってる!?」

「『亡国機業』の残党か!」

 

 都市は違えど任務は変わらない。

 外壁を破壊して数台のトラックが砂漠に飛び出た。荷台には都市で簒奪した物資が載せられている。

 IS部隊は即座に散開、銃口を突き付けてトラックを包囲する。

 

「そこをどけ──!」

 

 併走していたISが銃を起こした。

 都市外部、本来生命体の存在しないフィールド。誰もがステルス機能を行使しており、有視界戦闘(ドッグファイト)しか行えない。

 つまりは乗り手の技量が最も反映される戦場だ。

 

「WCUの犬共が……!」

「残った人類同士で殺し合ってどうする!? お前達、自分のしていることが何か、分かっているのか!?」

 

 互いに銃口を突き付けたまま叫ぶ。

 本来は居てはならない場所。

 ステルスモードとはいえ、いつ看破されるか分かったものではない。だから一刻も早く離れたいのだ。

 

「このまま緩やかに、地上の全員で絶滅していくつもりか!」

「そうじゃない……!」

 

 トラックを守るテロリストの叫びに、都市軍所属の女は頭を振る。

 

「地球が保たない時が来ている! 物資が必要だ! 宇宙(ソラ)へ上がり新たなフロンティアを切り拓かなければ、本当に絶滅するしかないじゃないか!」

 

 かつての亡国機業は主要人物の大半を第三次世界大戦で喪い、生き残った唯一の幹部の下で再編成、今は地上の都市を襲撃しつつ、独自の基地から宇宙へ脱出する計画を進める秘密組織へと転じていた。

 

「だからといって略奪を認められるものかよ!」

「ならば、なんとする!」

「未来を願うのは間違いじゃない! だけど、今を生きている人々を守ることだって……!」

 

 押し問答に交錯の余地はない。

 一辺倒な平行線を描き、両者はそれぞれの意志を叫ぶ。

 最早銃火を交わすほかにないと、誰もが諦めそうになったとき。

 

 

【CAUTION!】【CAUTION!】【CAUTION!】

【CAUTION!】【CAUTION!】【CAUTION!】

 

 

『…………ッ!?』

 

 突如として立ち上がる緊急警告表示(レッドアラートウィンドウ)

 

「なん、だ、何に対しての……!?」

 

 慌てて表示を確認するが、機体はひたすらに警告を発するだけ。

 元よりこの世界において、ISはコアがブラックボックスである以前に、ひたすらに未知だった。

 どうして飛べるのか。動力源は何なのか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 第三次世界大戦に伴う形で起きた、全世界に及ぶ同時多発データテロ。

 それまで築き上げられた全人類の蓄積情報は消し飛ばされ、文明崩壊以前の暮らしを知る者は極めて少ない。

 口頭で語られるそれらは絵空事だった。

 

「隊長、こいつが上だって……!」

 

 織斑千冬に招集されたISの内一機が、アラート先として上空を指し示していた。

 機体名すら分からぬ鋼鉄機構に指示されるがまま、その乗り手は真上を注視して。

 

 世界が数度爆砕した。

 高高度より一気に舞い降りた機体が着地し、余波が砂漠地帯を舐めるようにして疾走。砂煙が上がるだけでは済まず、地面そのものがめくれ上がる。

 スキンバリヤーの存在など知るよしもなく、全員が思わず眼を庇った。

 

「何だ!? 何が──」

 

 招集されたメンバーのうち一人が、手に持った巨槌(メイス)を振り回して煙を晴らす。

 水平線まで続く砂色一色。

 

 

 その中に。

 

 

 ぽつんと、"茜色"があった。

 

 

「………………ぁ」

 

 死神と視線が合った。それが彼女の見る最期の光景だった。

 間合いが死んだ。遙か彼方にいたハズの()()は刹那で距離を詰めて、刃を振るっていた。

 

 ズぱっ、と。

 不可視のエネルギーバリヤーと人間の肉体が、まとめて断ち切られる音がした。

 

 ISを展開したままにもかかわらず、女の首がすっ飛んでいく。

 非現実的な光景に全員の思考が止まった。

 

 ぽす、と軽い音を立てて、首が砂の上に落ちる。

 ぐしゃり、と踏み潰され、飛び散った液体が砂漠を濡らした。

 

「……そ、んな」

 

 深紅の装甲があった/視線を集めるのはそれではない。

 不透明の結晶体があちこちを覆い、翼のように展開された背部バインダー群もまた結晶体に埋め尽くされている。それらは不規則に発光しながら、有機的に時折膨らんでいた/誰もそれは観ていない。

 ISごと首を叩き切った大剣から、一滴、血がしたたり落ちる/誰もそれに気づきもしない。

 

 

 

「人類は滅びなければならない」

 

 

 

 ずんと腹の底に響く声。

 全員が視ているのはそれだった。

 その装甲を身に纏い、その剣を手に持つ、女の顔だった。

 

 

 

「人類は罪を償い、地上から抹消されなければならない」

 

 

 

 戦乙女の如き美貌。

 金色に発光している両眼。

 絶対零度の声色。

 他者の生存を許さぬ絶対の死の権化。

 

 

 

 彼女は現れる。

 戦場の匂いを嗅ぎつけ、どこからともなく現れる。

 

 

 平時は砂漠地帯の無人兵器を破壊し続けているという。

 或いは空の上で休んでいるという。

 

 

 

「解決策はもうない。神の意志は眠りについた。人類は選ばれなかった」

 

 

 

 ただ一つ確かなのは。

 都市の外に出てきた生命体総てを、彼女は蹂躙する。

 

 

 

「──故に、救済を享受せよ」

 

 

 

 人々はそれを【厄災】と呼んだ。

 

 

 

 

 

 ──ああそうだ。救済の宿る剣を振るうがいい。

 

 ──貴様は既に魔剣使いにあらず。

 

 ──貴様はまさしく、()()()()()()

 

 

 ──救世主と呼ぶに相応しいだろう。

 

 

 

 

 

 ぞわりと鳥肌が立つ。

 天剣。【厄災】がそう呼ぶ、彼女の唯一の武器。

 人間の身の丈はあろうかという巨大にして不動の剣だ。

 

(ま、ずい……ッ!)

 

 都市外部に居たくなかった理由はこれだ。

 運が良ければステルス機能を看破されることなく、都市から都市への移動も可能となる。

 しかしそれだって運任せ。見つかれば、命はない。

 

「ふざけるなよ【厄災】──!」

 

 亡国機業の面々が一斉に砲火を上げる。

 浴びせられる銃撃に対して、【厄災】は気だるげに視線を向けた。

 

()鹿()()

 

 背部バインダー群の結晶体が発光。

 そこから半透明の触手が伸び、銃弾の一切を弾く。

 

「……ッ!?」

 

 金色の瞳に射すくめられ、身体が凍り付く。

 

()()()は天剣の担い手。()()()は神の意志の預言者。この地上において、()()()に逆らうことは許されない」

 

 【厄災】が大剣を一閃した。

 斬撃が飛翔、亡国機業メンバー達の首に狙い過たず直撃。

 だが血飛沫は舞わず、首を触り目を白黒させることしかできない。

 

「……な、んだ?」

「貴様らは地上の()()だ。故に、滅びろと言っている」

 

 答えは数秒後だった。

 ずるり、と視界が斜めにズレた。

 

 天剣による空間断絶作用。

 物理的な切断ではなく、因果ごと、首と身体が断ち切られた。その反映には時間を要する。

 

 数秒経った後、十数名の亡国機業メンバーの首が音もなく砂漠に落ちた。

 血の一滴すら零れないその有様に、招集された面々の背筋を怖気が走る。

 

「わたしは全てを破壊する。わたしは万物を殺戮し、地上を薙ぎ払う。だからここでわたしに殺されろ」

 

 次の標的が自分たちだと理解して。

 なのに、身体はぴくりとも動かなくて。

 

(ぁ)

 

 【厄災】と視線が重なった。

 無機質な金色の瞳。だがそこには果てのない、憤怒の焔が宿っていた。

 そして距離が詰められるのには刹那もかからない。

 

(し、ぬ──?)

 

 現実を理解出来ないまま。

 ただその剣が眼前に迫るのを、眺めていることしかできなくて。

 

 

 

 

「──お久しぶりです、()()()

 

 白銀の閃きが、世界を両断した。

 

 













次回
東雲令【オルタ】/スパークスライナーハイ(後編)


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東雲令【オルタ】/スパークスライナーハイ(後編)

 

 

 願いこそが、受け継がれていく希望だと。

 自分にはできなかったことも、後の世代に託していく──そのサイクルが人類の輝きなのだと。

 

 ()はそう信じていた。

 辛くとも、苦しくとも、誰かの願いに応え、誰かに願いを託す。

 それこそが人類の強さなのだと。

 その行為そのものが、希望なのだと思っていた。

 

 でも、いつからか。

 ──そうではなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここまでか』

『……よせ。もう助からない』

『武道は、人間が壊れる限界を見極める必要がある。だから分かるさ。私はもうダメだ』

『……くやしい、な。最後の最後に……最後まで、力になれず……』

『………………ごめ、んな、■■』

 

 

 違う。

 違う。

 違う。

 

 

『この程度でわたくしが死ぬはずないでしょう! と、言いたいところですが』

『肝である眼さえもごらんの通り。自分がどういう状況なのかも、分かりません』

『……ねえ、■■さん』

『わたくし以外に、負けたら』

『それこそ……たとえ世界が相手でも……承知、しませんわよ……』

 

 

 こんな、こんな形で、皆の意志を受け継ぎたくなかった。

 涙を流すのなら、せめて嬉し泣きで。

 笑いながら皆で馬鹿みたいに泣くような。そんな未来があったはずなのに。

 

 

『なに、泣いてんのよ』

『あたし、は。ここで、しぬけど』

『……でも、アンタに、託すから』

『一■の中に……あたしは、生き続けるから』

 

 

 なんでこうなるんだと泣き叫んでも現実は変わらない。

 心は渇いてひび割れて、簡単に砕けてしまう。

 悲しみを分かち合う仲間も順番に減っていった。

 

 

『あはは。ごめん、ドジっちゃった』

『もう、そんなにうるさく騒がないでってば』

『あー……デュノア社の、僕が覚えてる限りのパス、渡すから』

『うまく、使ってね』

『ぼく、は……■夏の勝利を、願ってるから』

 

 

 あんなに眩しかった日常が、こんなに思い出せなくて。

 大切で大切で何が何でも守りたかったものが、何も残っていなくて。

 

 

『久しぶりに、思い出したよ』

『戦場は、こんな風に……簡単に、人が死ぬんだな』

『ああ、泣くな。泣くんじゃない一夏(■■■)

『そんな風に泣かれては……心残りができるだろう』

『先に逝く。簡単に追いついてくれるなよ、鬼剣使い』

 

 

 思い出せるのはみんなの死に顔ばかり。

 血に濡れた自分の手。吹きすさぶ乾いた風。

 視界を埋め尽くす紅い炎。

 人の生命を燃料にして煌々と燃える、憎悪の焔。

 

 

『ねえ、どこ? みんな、どこ?』

『やだ、死にたく、ない』

『一夏、どこ? どこにいるの?』

『さむい』

『ここ、寒いよ。やだよ一夏』

『……おねえちゃん』

 

 

 どこだ? どこで間違えた?

 どこからが間違いだった?

 

 

 

『ああクソ。選りにもよって、テメェに看取られんのか』

『畜生……さい、あく、だ。お前に、だけは。背負わせたく、なかったんだ……』

『……亡国機業は、できる限りの再編を、した。使えるなら、使え』

『はは、だけどよ。もうこの星も、潮時なんだろうよ』

『……なあ、織斑一夏。私たちは……どこで、間違えたんだ……?』

『クソッタレ』

 

 

 そもそも。

 おれが生まれたこと自体が、間違っていたのだろうか。

 おれがおれであったこと自体が、間違っていたのだろうか。

 

 

『死にたくない』『誰か助けて』『生きろ』『諦めないで』『生きて』『死にたくない』『もういや』『死にたい』『諦めるな』『最後まで』『しにたい』『いきろ』『諦めたくない』『死にたくない』『生きろ』『諦めるな』

 

 

 おれが、もっと強い誰かだったら。

 おれが、みんなを守ることのできる誰かだったら。

 

 

 

『……織斑一夏』

 

『殺れ。当方はもうじき、当方ではなくなる』

 

『だから、殺してくれ』

 

『当方はなくしたくない。みんながいたから知った、温かさを。幸せを。それをなかったことに、したくない』

 

『いやだ。怖い。怖いんだ』

 

『世界を滅ぼせとずっと語りかける当方がいる』

 

『ふとした時に、全員殺そうとする当方がいる』

 

『…………実際に剣を振り上げていることすらあった』

 

『だからせめて、当方のままで、死なせてくれ』

 

 

『師匠としての。そして、其方を愛している女としての、お願いだ』

 

 

 

 おれが、あのとき、かのじょをころせるだれかだったら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのIS乗りはぎゅっとつむっていた目を開き、眼前に男の横顔があることを理解した。

 彼の全身を覆う、白黒(まだら)模様の鋼鉄装甲。

 

 IS──そう、IS!

 存在しないはずの、男性によるIS起動!

 

「……あなた、は?」

「……早く逃げろ」

 

 返答にはなっていなかった。

 だがそうするべきなのは確かだった。

 

「──ッ! 都市に全員退避!」

 

 指揮官の声が響き、IS部隊が一斉に加速する。

 当然だ、【厄災】と相対することがいかなる愚行なのか、誰もが理解している。

 だから──ISを身に纏う男がその場に残ったのに、一瞬動揺が走った。

 

「あなたは──!?」

「先に行け。ここにはまだ、()()のやるべきことが残っている」

 

 男の言葉の真意を飲み込めないまま、部隊隊員らは撤退していく。

 都市外壁が破壊されている状態。恐らくこのままでは、【厄災】は織斑千冬の統治する都市に攻め入るだろう。

 

「……何だ、それは?」

 

 だが【厄災】は眼前の男に興味を示していた。

 

「何故、男がISを使える?」

「もう忘れてしまいましたか。当方と貴女は、35日と13時間9分前にも遭遇しているのですが……」

「知らんな。わたしにとって記憶なる記録行為は不要だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 金色の瞳には、純粋に不思議そうな色が宿っていた。

 その色彩を視て、白黒斑な髪を揺らし、彼は嘆息する。

 

「……過剰情報制御状態(ディサイデッド・メサイヤ)

「?」

「今の貴女の状態を、旧世界の単語で言い表したものです。情報の取捨選択を行わず、100パーセントを受信し、100パーセントを処理する。人間ではなくマシーン、あるいは、単一の目的を果たすための機構……」

「──なるほど。確かにわたしは該当する。わたしは世界の総てを滅ぼすために在るのだから」

 

 【厄災】が片手に握った天剣をぞんざいに振るった。

 飛翔する斬撃──が、男の腕の一振りで霧散する。

 

「ほう?」

「…………」

 

 彼女の感覚は捉えていた。自身が放った斬撃は、男の眼前で()()()()()()()()()()()()()()()し、さらに()()()()()()()()()をぶつけて相殺されていた。

 

「識っている。識っているぞ──旧世界の必殺技巧(ユニークスキル)。今のはAICと、衝撃砲だな?」

「はい。単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)と言います。ちなみにこの説明も六度目です」

 

 全身を覆うローブの下で、白黒斑模様の装甲が蠢動する。

 単一仕様能力の並行使用というあり得ざる絶技。カラクリは至って単純。

 

「七つのISコア──」

「はい。六つは、能力の使用に割り振っています」

「道理で。わたしと六度遭遇して六度生き残ったというのはそれが理由か。わたしが殺戮しきれていないとは大したものだ」

 

 慈しむように、【厄災】は安らかな微笑みを浮かべる。

 目尻を少し下げて、唇をつり上げて、明確に感情を顔に出す。

 

「なんともいじらしいな、お前は。ノミが寄り集まったところで、意味などないというのに」

「……かつて貴女が愛した存在達ですよ」

「かつてのわたしか。わたしに過去など存在せず、未来もまた存在しない。ただ現在を抹消し続けることだけが、わたしの存在を証明する──証明したところで価値などないがな」

 

 あらゆる存在に対する絶対的な否定。

 居ることも、在ることも、全てが無意味だと。

 金色の瞳を揺らして、【厄災】は告げた。

 

「どうしてですか?」

「それが当然のことだからだ」

 

 誰かに支配されているわけではない。

 ただ同調し、反転した状態で切り離した。故に何かの支配下に置かれているわけではなく、今の彼女は純粋な殺戮マシーンとしての存在を選択している。

 

「そうすべきだからだ。地上一切を掃除しなければならない。あらゆる物質的な存在は害悪である。神が眠りについているのなら、わたしが行使する。天剣の担い手たるわたしが代行する」

 

 何も覚えていない。

 かつて確かに温かさを感じた手は、剣の束を握ることだけに注力すればいい。

 かつて隣に誰かがいたという事実も、今の彼女にとっては無価値だった。

 

「わたしは世界の総てを救済する。人類を抹消することで救済は完了する」

 

 神の真理に等しい、厳然たる断言。

 かつて愛したはずの執行者を前にしても彼女は顔色を変えず、頬を染める返り血を拭うこともない。

 

「大義のために死ぬが良い。最期に有意義な使い切られ方をするなら、それだけで生命に価値はあるだろう?」

「……貴女の口からだけは、聞きたくなかった。だけど当方も同意します。この命の使い切り方は、当方が決めます。それは──貴女を殺すことだ」

 

 問答はそれまでだった。

 

「『茜星・狂嵐無明(ジェノサイド)』」

「『白式・哀焔残火(エグゼキューション)』」

 

 両者同時に愛機の名を呼んだ。

 既にコア人格は破壊し尽くされ/摩耗し尽くしてしまった、意志なき鋼鉄機構。

 

 だから開戦の合図は無感傷な機械音声以外にあり得ない。

 

 

 

【OPEN COMBAT】

 

 

 

 男がローブを脱ぎ捨てて飛び退いた。

 置き去りにされた布きれが両断される。天剣が空を切り、砂漠を爆砕した。

 

「──!」

 

 距離を詰めた【厄災】が、直後に防御行動を取る。

 都合六方向から襲い来るレーザーを結晶体より伸びた触手が無効化する。

 

「BT兵器──だったか」

「当方の最も信頼するスキルですよ……!」

 

 常人では扱いきれないそれを補佐するのは、かつて苦難を共に乗り越えた友人の遺したマルチロックオンシステム。

 複数の敵を認識するシステムを逆手に取り、複数のビットを外部端末としてアクセス、同時に稼働させる彼独自のシステム。

 

「そんな豆鉄砲ではなあ!」

 

 だが【厄災】を相手取るには力不足。

 大剣の一振りで多方向からの波状攻撃が消し飛び、そのまま大上段に振りかぶる。

 

「消え失せろ」

「『再誕の疾き光よ、宇宙に永久に咲き誇れ(エクスカリバー・モルガン)』」

 

 至近距離。

 男の左手に呼び出された──旧世界で高速切替(ラピッド・スイッチ)と呼ばれた高等技術──ブレードが漆黒の光を解き放つ。

 回避は間に合わない。反転した聖剣と天剣が真っ向からぶつかり合った。

 音が消え、光が世界を埋め尽くす。数キロ離れた都市が衝撃に揺れた。

 

「──相殺とは! やるな、お前!」

「…………」

 

 世界に齎した甚大な破壊とは裏腹に。

 傷一つない姿で、彼と彼女は間合いを取り直している。

 

「だが、解せないな。それほどの破壊力……わたしと違い、お前は単純にISを使っているだけ。何故エネルギーが尽きない……?」

「……幼なじみの力です」

 

 固有能力に割り振られたISコア六つの内、最後の一つ。

 最後に製造されたそのコアが持つ単一仕様能力とは、無尽蔵にエネルギーを生み出すという破格の代物だった。

 だからこそこうして、彼はずっと戦い続けられている。

 

「地球に張り付く蟲の分際で、よく工夫している」

 

 侮蔑も隠さず、【厄災】は吐き捨てた。

 彼は顔色を変えることなくブレードを消す。

 

「疾く失せろ。お前達の生存自体が罪科である。わたしはお前達を裁くために、この剣を手に取って立ち上がった」

 

 天剣の刀身が発光する。

 流し込まれたエネルギーが白銀の輝きに転換され、無秩序に光をまき散らす。

 

「わたしは神の使い。わたしは理の守護者。わたしは天剣の担い手」

 

 天空の代行者。

 真理の予言者。

 故に。

 

 

 

 

「──()()()()

 

 

 

 

 放出される莫大なエネルギー。

 【厄災】を起点に放たれるそれは天へと伸び、宇宙(ソラ)を閉ざす分厚い光化学スモッグを吹き飛ばした。

 大地が鳴動し、砕け、一秒ごとに地形を塗り替えられていく。

 

「……申し訳ないとは、思いますが。ほんの少しでも残った()()()だけでも、守りたいとは思っていますので」

 

 間違いなく──都市を丸ごと両断できる規模の攻撃だった。

 しかし男は動じることなく、一つ息を吐く。

 深紅の両眼に幾何学的な文様が浮かんだ。

 人間であることをやめ、織斑千冬のように科学技術で延命するのではなく、ISという魔法の領域に片足を踏み入れた存在と共に老化を停止させた者の証左。

 

「貴女が神の代行者として天剣を振るうのなら。当方は旧世界最後のIS乗りとして、()()を振るいましょう」

 

 男がその右手に最後の剣を呼び出した。

 刀身の半ばで砕け散った、純白の太刀。かつて唯一無二だった相棒。既に壊れてしまったツルギ。

 欠けたモノを補填するように。

 根元から真っ赤なエネルギーが放出され──刀の形を取る。

 

 

 

 

「──()()()()

 

 

 

 

 【厄災】の天剣と比べて余りにも貧弱で。

 地上で微かな営みを続けている人類の、その風前の灯火を表すかのような。

 小さく、弱く、儚い──だからこそ存在をこの上なく証明する、最後のヤイバ。

 

「我が師。これが当方の……いいえ。()()()愛の証明です」

「……愛? なんだそれは」

「貴女を愛していました。貴女を愛しています。もっと前に気づくべきだった。貴女といるだけで楽しかったのだから──」

 

 言葉の意味が分からず、【厄災】は困惑も露わに首を傾げる。

 

 最早過去は遠く。

 愛の宣言には余りにも遅く。

 

 喪われたかつての日々を、これ以上穢させないために。

 己の愛した女の姿形を、確かな事実として留めるために。

 

 だから彼は。

 言葉ではなく、行動で証明するしかない。

 

 

 

「これが──俺が、東雲令に捧げる、愛の証明だ」

 

 

 

 切っ先を【厄災】に突き付けて、男は小さく呟く。

 

 

 

 

 

「貴女は──五手で敗北する」

 

 

 

 

 

 勝利のない戦場に、彼は刀一本で飛び込んだ。

 

 

 











この後99割でおりむーと師匠オルタは相討ちやらかすんですけど
師匠オルタが死んだらしょーがねーなーつって暮桜再覚醒して人類抹消するんで完全にアウトオブアウト世界線です

設定というか殴り書き
・彼女
 天災の後を継いだ【厄災】。
 本編軸では表層化しなかった『茜星』のコア人格と()()()()()、破壊衝動と自滅衝動のままに生きている歩く災害。
 かつて抱いた幸福も、情愛も、恋慕も忘れ、ただ視界に入るものを薙ぎ払う殺戮マシーンと化している。
 当然のように睡眠も食事も不要。
 肩書きを誇らしげに語るし剣は一本だけだし目は金色だし常識があるしこの状態なら手作り弁当を食べてくれる。

・『茜星・狂嵐無明(ジェノサイド)
 詳細不明。
 ただ幸せになって欲しかっただけなのに。
 呪われた生命でも、せめて来世には良いことがあればと主を想っていただけなのに。
 反転し半発狂した乗り手の意志に巻き込まれ、メインコア人格は完全に消失。
 手に入れたはずの温度は消え去った。
 切なる願いも祈りも、恋慕さえも過去の遺物となった。
 それでも主の力になろうと。
 優しい夕暮れ色の鎧は、殺戮機甲としての在り方を選択した。

・彼
 唯一の男性操縦者にして【厄災】を追う者。
 既に技量だけならかつての彼女を真っ向から倒せるほどに成長している。
 専用機は『白式・哀焔残火(エグゼキューション)』。彼女を必ず殺すために武装が一部変化している。
 かつて抱いた敬愛も、信頼も、そして恋慕も忘れぬまま、それらを守るためにこそ最愛の者を抹殺するマシーンと化している。
 遠い遠い昔に絆を結んだ仲間達は遠い遠い昔に亡くした。
 守りたい仲間はいないし銃火器使うし目は赤色だしご飯とか栄養補給できればいいし弁当の作り方は忘れている。

・『白式・哀焔残火(エグゼキューション)
 ISコアを計七つ積み込んだ前代未聞のIS。
 そのうち六つは兵装並びに固有技能の使用のみに用いられる。
 長い長い戦いの末にメインコア人格は摩耗し尽くし、自身のあらゆるリソースを戦闘技能に割り振った。
 主の願いを叶えるために。
 かつての白い輝きを失っても。
 大切な人々が誰も居なくても。
 それでも、彼女は彼の剣にして鎧であり続けている。

使用可能機能一覧
・『絢爛舞踏』
 エネルギーの回復機能。彼が単独で戦闘を継続できる最大の理由。
 これがあるから、一人でもたたかえる。
・『偏光射撃(フレキシブル)
 BT粒子に干渉することでレーザーの射線を操る能力。
 今でも、彼女ほど上手くは使えない。
・『衝撃砲』
 大気を圧縮して打ち出される不可視の砲撃。
 見えない弾丸では、見えない未来には届かなかった。
・『再誕の疾き光よ、宇宙に永久に咲き誇れ(エクスカリバー・モルガン)
 父の切なる願いと母の温かな愛情により構築される、極光の剣。
 本当は彼女のためだけの剣なのに。
・『AIC』
 空間に作用する停止結界。
 彼は主に敵の凍結に用いる。もう何かを、自分自身さえ、守る必要なんてないから。
・『マルチロックオンシステム』
 本来は連装ミサイル制御に用いられる特殊な火器管制装置。
 彼は偏光射撃の補佐に用いる。誰の力も借りずに、単独で戦い続けるために。

・【厄災】ルート突入条件
 好感度上限突破してない状態で兎博士とバトル!以上!
 細かく言うと
 ①彼女の好感度が上限突破してない状態で篠ノ之束殺害
 ②束との戦闘で彼女が■■の支配を単独で打破
 ③その際に『茜星』のコアがオーバーロードしコア人格が表層化する
 以上で達成です。彼女は常時過剰情報受信状態なのでコア人格が表層化した時点で混ざり合い、【厄災】ルート確定となります。お疲れ様でした、よい終末を!

・【厄災】ルート世界観
 束殺害に伴いISの量産が行えなくなり、国家間闘争が激化。
 束の死よりまもなく勃発した第三次世界大戦によりそれまで存在した国家は総て消滅している。
 織斑千冬以外にも数十名の指導者が無辜の民を守るために城塞都市を建設、それぞれ独自の勢力として繁栄。ただし都市間の交流はほとんどなく、定期的な通信会議が開かれるのみ。
 また環境破壊も深刻化し、海がほとんど干上がっている。
 最も汎用性のある兵器としてインフィニット・ストラトスは貴重であり、ISの数はそのまま都市の勢力としてカウントされる。現存するISコアは168個。内30個を織斑千冬が所有している。
 各都市は存在の擬態を目的として建設されているが、これは【厄災】の目を欺くため。
 事実、年間2~3の都市が擬態を見破られ、【厄災】に襲撃され壊滅している。


 メインヒロインの好感度上限突破もせずに天災と戦おうとするとこうなっちゃうよ、という悪い例でした。
 やりたい放題したので次回からはちゃんと本編更新します……


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Infinite Stratos
壱 世界最強の再来VS天災


最終章、はーい、よーいスタート(棒読み)


 いらないと思っていた。

 何もいらないと思っていた。

 

 誰をも必要としなかった。

 何故なら、誰からも必要とされなかったから。

 最強の兵士として生み出された。スペックだけを見るならば確かにそうだった。

 

 生まれついての深紅眼──想定を超えた暴走が、彼女の人生を、始まった瞬間に閉ざした。

 歩くことすらできず、呼吸をするだけでひたすらに苦しかった。生きていることに激痛が伴った。芋虫のように地面を這う彼女は、産み落とされたことにしか価値がなかった。

 自分の感じている世界と、他人の見ている世界は違うのだと実感した。

 ──なるほど、自分は出来損ないなのか。

 そう、理解した。

 

 地獄のような日々だった。

 否、地獄という言葉が生ぬるいような時間だった。

 絶え間ない苦痛に呻き、泣き、誰からも理解されない。身体的には何の異常もなく、むしろ理想的な健康体だった。にもかかわらず常に痛みを訴える少女は──常識的に考えて、異常だった。

 

 理解者はいなかった。

 痛みを分かち合える存在もなかった。

 排斥され、たらい回しにされ、痛みはやまず、世界そのものがずっと彼女を追い詰めて。

 

 ある日。

 剣を、握った。

 

 

 ──世界が拓けた。

 

 

 ああそうか、そういうことだったのか、と。

 見るべきもの、聞くべきもの、感じ取るべきもの。

 ()()()()()()

 

 相手の肺を見れば動くタイミングが分かる。

 筋繊維の起こりを見れば動き出す方向が分かる。

 そして、自分が身体のどこを動かせば良いのかも、完璧に分かる。

 

 その日──東雲令という剣客が誕生した。

 

 鍛錬を積めば積むほどに、自分を苦しめていた情報達がアドバンテージになった。

 剣を通して見る世界こそが東雲にとっての正常な世界だった。

 やがて日常においても過剰な情報処理は収まり、いつしか明瞭に世界を捉えることが可能になっていた。

 

 痛々しい極彩色の世界が、無色透明になった。

 

 もう痛みはない。

 生存しているだけで苦痛を味わうこともない。

 透き通った世界には切り捨てるべき敵と、自分だけがいる。

 

 無味で。

 無臭で。

 無感動で。

 

 乾いて。

 飢えて。

 空っぽで。

 

 ただ剣を振るうことが出来ればいい。

 ただ魔剣を執行する技巧だけがあればいい。

 何故ならここにいる少女は、一つの殺戮機構なのだからと。

 

 

 

 ──それを、一人の男子が変えた。

 

 

 

 再び世界が温度を持った。

 再び世界が色彩に満ちた。

 

 かつてのようにこちらを害することはなく。

 正常な感覚で正常に捉える世界。その程度を理解出来たのは彼のおかげだった。彼が齎してくれるものを享受するだけで、本来世界とはこんなものだったのかと分かった。

 

 こんなにも。

 こんなにも美しく、温かく、眩しいものだったのか。

 

 驚嘆だった。一日ごとに新たな発見があった。毎日が楽しかった。彼と居るだけでずっと、ずっと、幸福だった。生命の息吹を実感した。自分は今生きているのだと、初めて理解出来た。

 どれほど尊い奇跡なのか。

 この星の上で彼と出会えたことがいかなる幸運なのか。

 ──十五年生きてきて、やっと理解出来た。

 

 

 ()()()()()

 その、大切である生命を、投げ打つ価値があると思えたのだ。

 

 

 かつて進んだ道のりは、決してかき消えたわけではない。

 そのことに今、感謝していた。

 

 彼と出会う前に選んだのが、剣の道で良かった。

 彼と出会う前からずっと、誰かを殺戮する技術を磨いていて良かった。

 

 そのおかげでこうして、最期の役目を果たせるのだからと。

 ()()()は心の底から、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顕現したのは鋼鉄の翼だった。

 銀の福音が展開していた光の凝縮体とはまるで逆。

 ピンクを基調にした柔らかな衣装とは裏腹の、左右へと広がる無骨な一対の(あぎと)

 

「博士のISですか」

「そうだよ。名前は『安眠姫(スーサイド)』──洒落てるでしょ?」

「絶望的なセンスだと思います」

 

 率直な意見に束が唇を尖らせる。

 東雲のネーミングセンスが某女オタクとの長年の付き合いによって熟成されたものだとは思い至っていないらしい。そこまで予測しろという方が酷な話ではあるのだが。

 

「むー……相対するならちゃんと安らかに眠らせてあげる、って意味なんだよ? きちんと感謝して欲しいな」

「生憎、当方はさほど睡眠に重きを置いていません。ましてや、安らかな眠りなど不要──!」

 

 言葉と同時に東雲が踏み込んだ。鞘走る刀身は既に相手を切り捨てた後の如き深紅。

 砂浜が炸裂した。一挙一動ごとに空間そのものが破裂するという理不尽。人の身を超えた領域であるが故の副作用は、しかしこの場においてのみ世界を貫く真理となる。

 

「ああ、そっか。東雲計画って三大欲求の減退も理想としていたっけ。なら睡眠欲の減退は計画通りだったわけだ」

 

 迫り来る東雲の太刀。

 それを束は紙一重でさらりと避けてみせた。常人ならば結果を見て取ることすら危うい。くらりと倒れ込んだ束の、置き去りにされた髪が一房舞う。直撃を期した攻撃が空ぶった──されど相手はかの天災。東雲にとっては予想の範疇。

 むしろ予想外と判定するならば、それは回避なる選択だ。果たして自身の攻撃をどこまで脅威と認識しているのかを量るための攻撃だったわけだが。

 

「まさか一太刀で死ぬ身でもありますまい。なにゆえそのような真似を?」

 

 斬撃から逃れるようにステップを踏んで距離を取った束に、東雲は切っ先を突き付けながら問いかける。

 束は身体を起こすと、嘲るような笑みを浮かべた。

 

「知らなくてもいいことを知ろうとして。本当に、愚かだなあ」

 

 直後──翼から光が放たれ、束の姿が消える。

 真横からの接近。感知と行動は直結する。東雲は太刀の刀身を攻撃に沿わせ、緩やかに受け流そうとして。

 接触した途端に砕け散った刀身を見て、目を見開いた。

 

(出力が根底から違うッ! これは──まさか!?)

「気づいたかな」

 

 大慌てで飛び退く。受け流しからシームレスに回避へ移行できるという絶技が彼女の生命を救った。本来ならば今の一撃で絶命していたのだ。

 刃を失った柄を投げ捨てて、東雲は『安眠姫』を注視した。

 

()()()I()S()()()()()()()()()()()──」

「正解♪ その辺のISなら接触しただけで消し飛んじゃうよ」

 

 いわば、全身が常時『零落白夜』を発動しているようなもの。

 (あら)ゆる存在に価値はないと。

 天災の前では吹き飛ぶしか許されないのだと。

 そう、真理を告げている。

 

「負担も相応のはず──」

「普通なら、ね。悪いけど私は細胞単位でオーバースペックなんだ、お前らと一緒にしないでほしいかな!」

 

 告げると同時に束が迫る。

 振るわれた腕を、受け止めるのではなくいなす。

 身体へ伝わる衝撃をそのまま両足から地面へ伝達。腕と刃が接触する度に砂浜が爆ぜる。

 

(対応が早い……!)

 

 並大抵の乗り手なら、数十回虐殺してもお釣りが来るような猛攻だった。

 だがそれをしのいでいる。東雲令は、篠ノ之束を相手取って戦えている。

 推測される理由は一つ。

 

(──やっぱり! この女は常時、過剰情報受信状態(ネビュラス・メサイア)を発現してる……!)

 

 カウンターが蒸発する。半分が消し飛んだ太刀を放り捨てて東雲は次を抜刀。

 無敵の鎧は厳然として存在する。自分以外の全てを敵に回したとして、ただそれだけがあれば勝利できるような、絶対にして最強の装備。

 しかし。

 

「……全てでは、ない」

「──ッ?」

「単なる高出力の副産物。だから、全ての攻撃を防げるわけではない。なぜならば──其方は先ほど、当方の攻撃を回避した」

 

 束の全身が粟立った。

 だがもう遅い。神速の踏み込みと同時に振るわれる刃。

 思わず悲鳴を上げそうになった──その攻撃は明白に、『安眠姫』が常時発動する鎧の隙間を狙い澄ましていたからだ。

 咄嗟に転がり退く。その行為が東雲の推測を確かなものにした。

 

(まともに相手取ったら、()()()()が起こりかねない……!? 何なの、こいつっ!?)

 

 高出力故に過剰エネルギーを常時放出し、それが全身を覆う鎧と化す。

 原初のISである『白騎士』のエネルギー放出機構を応用した攻防一体の装備。それが『安眠姫』最大の特徴だ。

 だが、全身を覆い尽くすことはできない。束の卓越した演算能力によって均等に展開されてこそいるものの、東雲クラスの攻撃を防ぐためには通常時では足りない。四肢に出力を回し、胴体や首元は薄くしている。

 その間隙を読まれたのだ。

 

「古来の鎧武者もまた、隙間に刃を差し込むことで相手を殺傷したそうです。尋常な立ち会いとしては、ここからが本番ということですね」

「────ッ!!」

 

 理屈は分かる。攻撃が通用しない相手なら、如何に攻撃を届かせるか、威力を通すか、それをまず精査するだろう。

 だが速度がおかしい。文字通りの一瞬でウィークポイントを見抜き、必殺を期した攻撃──束の目が確かなら、東雲の一太刀は衝撃を伝播させ身体内部を破砕する外道の剣、即ち秘剣であった──を打ち込む。理想的な対応を算出し、実行に移すまでが早すぎる。

 

(読み取った情報を即座に戦闘理論へ反映! 身体は逡巡なくその理論を実行! 単純なスペックだけじゃない、そうであろうとずっと訓練してきたからこその……!)

 

 俗に言う身体が覚えている動き、に近いだろうか。

 束は相対して改めて、東雲令という少女が──最強の戦士として類い希な完成度を有していることを実感した。

 ならば、戦士として相対するのは非効率的だ。

 

(常時、情報受信を行っているのなら……それを逆手に取れば良い!)

 

 結論は福音と同じだった。

 情報を過剰に照射することによる攪乱。過剰演算を誘発し、幻視効果をもたらす。

 当然ながら『安眠姫』は対過剰情報受信状態者の装備を有している。

 

「む」

 

 東雲の眉がピクリと跳ねた。

 束が装備を起動し、一帯が情報飽和状態と化す。

 直後──神速の踏み込みと抜刀。狙い過たず、深紅の太刀が束の喉元に迫る。

 

「な、ァ……ッ!?」

 

 首を振って刺突を避ける。余波で胸元の装甲が砕かれる。

 何だ今のは。違う。予測していた結果と違う。

 幻覚作用などないかのように真っ直ぐ突っ込んできた。

 

「──何だ。まさか今のが、伏せ札か?」

 

 装甲の破片が舞う中で。

 色合いを一切変えていない東雲の深紅眼に覗き込まれ、束の背筋が凍り付く。

 その状態で。

 東雲は告げる。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()──今更、というほかないぞ」

 

 

 

「元、から……ッ!?」

「生まれつきだ。()()()()()()、と設計されたのだろう?」

 

 間合いを取り直す束に対して、東雲は追撃を中断して首を傾げる。

 それが当然であるように。

 この世界は情報の可視化された、ある種の牢獄だなど前提であるように。

 

(まさか、まさかまさか──あり得ない、そんなッ!?)

 

 仮定と仮定が組み合わさり、推測を導き出す。

 推測と推測が重なり合い、最も可能性の高い結論を弾き出す。

 いかに認めがたい内容であったとしても、その工程に淀みはなかった。

 

(東雲計画は確かに情報受信能力を遺伝子段階で組み込んでいた。だけどそれは、人為的な成長促進を前提にした代物。()()()()()()()過剰情報受信状態(ネビュラス・メサイア)なんてあり得ない! だったら──)

 

 神の真理に最も近づき。

 世紀の天災と謳われるに至った女の、結論。

 

 

(計画による人為的な遺伝子配置とは別に──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってこと……!?)

 

 

 あまりにも認めがたいものだった。

 東雲計画とは関係なく、篠ノ之束でさえもが絶句する程の天才だったなど。

 

 否。

 天才、という言葉では生ぬるい。

 

 文字通りの──新たなる人類。

 

 それが東雲計画という千年の呪われた旅路の果てに重なってしまうとは、なんたる不幸か。なんたる神の憎悪か。

 事実を整理した上で束は首を横に振り、細く息を吐く。

 

「いや、だけど……生まれつき……もしそうだとしてもおかしい。お前が、二つの異なる受信能力を持って生まれたのなら……悪いけど、東雲計画における受信と、天然モノの受信能力が同質だとは思えない」

「……?」

「言い方を改めるよ。お前の二つの力は、()()()()()()()()()

 

 幼少期を過剰情報受信状態で過ごしたのなら、人格形成には大きな歪曲が生じる。

 そこは人為的な専用教育によってカバーするのが、東雲計画の前提だったが。

 

「お前が特殊な教育を受けた記録はない。お前は生み出されて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。東雲計画が机上の空論ではないことを証明して、それ以外に存在意義なんてなかった。無数の失敗作の末にお前が唯一の成功体として完成し、そしてお前は破棄された」

「……それが?」

「だからお前は──独力で過剰情報受信状態の制御に成功した、ということになる。それも、東雲計画や織斑計画における過剰情報受信状態じゃない。本来はあり得ない、二重の受信状態を乗り越えてみせた」

 

 もはやそれは障害に等しかっただろう。

 個性と呼ぶには余りにもハンディキャップとして重すぎる。

 

「……それが?」

 

 涼しい顔で彼女は首を傾げる。

 だが事実として、東雲は生まれた瞬間から、世界そのものに苛まれていた。

 

 幼少期には足を前に出す──即ち、歩くことすらままならず、芋虫のように蠢くことしかできなかった。

 常時もたらされる情報を遮断することができず、脳髄の激痛がやむことはなかった。

 ふと気を抜けば耳や鼻孔から鮮血が垂れ落ち、彼女を拾った施設において彼女は異物として忌み嫌われていた。

 

「ただヒトのカタチを保って生まれた時点で、東雲計画の第零号(おまえ)は、それ以上にもそれ以下にも存在価値を持ち得なかった。だから気づかなかったんだ──お前こそ、人類の新たなステージの象徴になり得るはずだったのに」

 

 口惜しいことだと束は言う。

 その場に自分がいれば迷うことなく東雲を保護しただろう。

 

「新時代の到来を告げる、新人類。それがよりにもよって東雲計画の実験個体として生まれちゃうなんて……神様、よっぽど気に入らなかったんだね」

「神などいません。当方たちの生きる世界は、秩序立っているような顔を見せるだけで、本質的には無秩序だ」

「その言い分。確かにお前は──東雲計画の個体だって、はっきり理解したよ」

 

 世界への憎悪。

 無秩序で、余りにも体系的でない世界への言葉にならない悲憤。

 まさしく千年にわたり世界の裏側で紡がれてきた、おぞましい悪意。

 

「まあ、今はどうでもいいかな」

 

 もしも──本当にあり得ない過程ではあるが。

 東雲令がごく普通に生まれて、ごく普通に育っていれば。

 もう今このときには、既に世界の頂点に立っていただろうと、そう束は確信した。

 しかし。

 

「人類の更なる発展ではなく」

「……ッ!」

「人類の絶滅を回避するために──お前、ここで死ね!」

 

 同時、『安眠姫』の顎がぱかりと開く。

 放出されるエネルギー体が矢を象り射出、多角的なターンを繰り返して東雲に迫った。

 

「BT兵器……ッ!?」

「人類個人にできることなんて、全部できるに決まってるでしょ!」

 

 咄嗟に太刀で打ち払おうとして、振り抜いた刀身にギクリと身をこわばらせる。

 確かに切り捨てたはずの矢が、深紅の刃にかみついていたのだ。

 

(刺突・貫通ではない! この攻撃は、()()()()()()()()()()()──!?)

「爆ぜろッ!」

 

 束が腕を振ると同時、炸裂。

 衝撃に内臓が裏返る。砂浜をノーバウンドで数十メートルに渡り吹き飛ばされ、鮮血をまき散らしながら倒れ込む。

 

(こいつ相手に正攻法なんて取ってられないッ! やるべきは()()()()()()()()()()()()()()こと!)

 

 血を吐いて立ち上がろうとする東雲相手に、今度は腕部装甲を展開して突き付ける。

 次なる攻撃を選択しようとした、その時。

 

 

「────そこまでだ、束」

 

 

 凜々しい声が響いた。

 東雲のすぐ傍で、砂を踏む音。

 闇の中から現れたダークスーツ姿の女性を見て、束は思わず目を見開いた。

 

「ちーちゃん……ッ!?」

 

 腰元に太刀を計六本携えて。

 『世界最強(ブリュンヒルデ)の再来』の隣に、『世界最強(ブリュンヒルデ)』が佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「単独であの束に戦いを挑むとは……無茶の限度を超えているぞ」

「……すみません」

 

 千冬はそう告げて、膝立ち姿勢の東雲にそっと手を差し伸べた。

 

「……当方単独で済ませるつもりでしたが。手をお借りしても?」

「ああ、任せろ。一発ぶん殴ってやりたかったものでな」

 

 千冬にぐいと腕を引かれ、東雲は口元の血を拭いながら立ち上がる。

 

「博士のISは複数のISコアを積んだ特殊タイプ。接するだけでもダメージを受けます」

「承知した。私はお前の世界を視ることが出来るのは十秒が限度だ、それ以降は任せる」

「委細承知しました」

 

 腰元の鞘から次の太刀を抜き放ちつつ、東雲は無感動に応える。

 生徒としては教え甲斐のない相手だったが、こうして肩を並べるのならこんなに頼もしい相手は居ない。

 千冬は『打鉄』の標準装備であるIS用長刀『葵』を構えながら唇をつり上げる。

 

「ちーちゃん……」

「束。人類の絶滅だのなんだの……どうでもいい。()()()()()()()()()()()

「そんな小さな話で、立ち塞がるつもりなの……!? ちーちゃんだって無関係じゃない! 『暮桜』はもう封印を破りかけているんだよ!? 一刻も早く、いっくんを『零落白夜』に覚醒させないと、本当に人類が──!」

「お前はいつもそうやって、自分は大局的なものを見ていると、他人を見下して!」

 

 悲鳴を上げる親友相手に、千冬は──両眼に幾何学的な文様を浮かべて叫んだ。

 

「言葉になってないものなど、知るかッ!! 弟と、教え子達の世界! それを守るために戦う──それだけで私は十分だ! お前を倒してから、『暮桜』との決着もつけさせてもらうッ!!」

「この──分からず屋ぁッ!」

 

 言葉による問答は意味を成さない。

 飛び込んだ千冬に対して、束は迷いなく翼からエネルギー攻撃を放つ。

 大地ごと爆砕するような広範囲にわたる破壊の渦。

 

「────ッ」

 

 一歩間違えれば殺してしまうような攻撃だった。

 だが。

 爆炎を突き破り、頬に血を垂らしながら、千冬がもう一歩踏み込む。

 

「そんなものッ──!?」

 

 いかなる攻撃であろうとも、彼女がISを身に纏っていない以上、有効打にはなり得ない。

 だから無視して、東雲がどこにいったのかと視線を巡らせようとして。

 ──刹那、束の超人的な直感が明瞭に"死"を予感させた。

 

(え?)

 

 千冬の手の中で、『葵』が三本に割れた。

 違う──最初から、一振りであるように見せかけて、三本を保持していたのだ。

 振り抜かれる腕。一本目の太刀がバリヤーに焼き切られる。二本目がバリヤーに食い込み、後ろから三本目がそれを押し込む。

 

(まさ、か──)

(『白騎士』を仮想敵に選んだのは間違いではなかった。そして信じていたよ。お前なら、『白騎士』の機能をブラッシュアップしていると!)

 

 親友だからこそ。

 頭脳が如何に優れていても。

 発想の方向性だけは──絞り込めていた。

 

(今の私にISは使えない。これ以上ISに乗れば、私は人間ではないマシーンとなってしまうだろう。だから、生身の織斑千冬にできることを考えた。考えた。考えて──その答えがこれだッ!)

 

 二本目とバリヤーが同時に焼け落ちた。

 束が腕を伸ばして千冬を捉えようとする、が最小限の身体捌きだけで捕縛を回避。

 三本目が束の胴体に接触。同時、束がかふ、と血をこぼす。

 

 絶対防御を貫通し衝撃を身体内部に伝播する、生身において極限まで練り上げられた、忌むべき殺人刀。

 即ち──秘剣。

 そして。

 

()()()()──────ッ!」

 

 壱之太刀に終わらず。

 衝撃を与えると同時に砕け散った太刀を放り捨てて、今度は千冬の左手が閃く。

 同様に三本の太刀を保持した、六刀流──篠ノ之束が高出力バリヤーを用いるという読みの下に、実戦的に構築された対天災戦術!

 

(こん、な……ッ!?)

 

 横凪ぎの衝撃。

 文字通りに頬をぶん殴られた。かつての親友がかつての親友に叩き込むには、余りにも大味で暴力的な威力。

 刀を用いて打ち込まれた衝撃に、束は数メートル後退。口の中に鉄の味がにじむ。

 

「ぐ、ぎ……ッ、だけ、ど!」

 

 されど、『安眠姫』は健在。

 束もまた戦闘不能には程遠い。

 バリヤーを集中させて、千冬に狙いを付けようとし。

 

 

 

「馬鹿が。本命を忘れたのか」

「──()()()()

 

 

 

 ハッと束は顔を上げた。

 上を取られていた。茜色の装甲がこちらに迫っている。

 

「さあ、勝負だ」

 

 冷徹な深紅眼がこちらを見下ろしていた。

 タイミングをずらされた。意識外からの接敵。

 機能が間に合わない。そして東雲は間違いなく、バリヤーの間隙を突いてくる。

 

 

 勝敗の天秤が大きく傾いたことを、誰もが理解して。

 

 

「……ッ!?」

 

 だが。

 千冬の背筋を悪寒が駆け抜けた。

 何故なら、飛び出していった東雲の瞳には。

 これ以上なく悲壮な、生命を投げ捨てる意志の光が、灯っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

(死ね)

(今死ね)

(ここで死ね)

 

 東雲の脳裏は、殺意一色に染まっていた。

 

(当方にカウンターを打ち込め。今なら心臓を貫けるぞ。確実に当方は死ぬ。だが──其方も死ぬ)

(ここで当方と共に死ね)

(殺す)

(篠ノ之束だけはここで殺す)

 

 スローモーションの世界。

 振りかざした太刀を、縦一閃に振り下ろしながら。

 

(織斑一夏の生きる道に、其方は邪魔だ)

(いつまでも。いつまでも、其方は彼を世界を救うための舞台装置として扱うだろう)

(違う)

(笑顔で居て欲しいから)

(彼が笑って、みんなと一緒にいられる未来になってほしいから)

 

 純粋なエゴの発露。

 東雲の欲望のために、東雲は剣を振るう。初めての経験なのに、やけに身体が軽い。

 きっと誰もがこうだったのだろうか、と。

 場違いにも、また新しく学べたなと東雲は感じた。

 

(その未来のために、当方と共に、ここで死ね────!!)

 

 太刀筋に翳りなし。

 真っ向唐竹割りが、束の脳天へと吸い込まれていき。

 

 

 

 

 

 

 

 キィン、と。

 ()()()()()()()が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 弾かれ、東雲が体勢を崩して、砂浜の上でたたらを踏む。

 あり得ない。東雲令という剣客が、そのような無様を晒すなど本来はあり得ない。

 驚愕。絶句。悪寒。どのような言葉を並べ立てても、今の東雲の感情を表すことはできない。

 

 誰もが知らず知らずのうちに、その可能性を排除していた。

 篠ノ之束が強大な力を振るうならば、それは上位者として、或いは管理者としての力だろうと。

 その特権(チート)を崩す、あるいは同じ土俵に上がることさえできれば、勝機はあると。

 

 だが現実はそうではなかった。

 天災の右手に握られ、根元から切っ先にかけて白光りする鋭い太刀。

 

「…………馬鹿な」

 

 千冬は思わず呻いた。

 

「そ、れ、は……ッ!?」

 

 東雲もまた、相対する女に──史上最高の天才でもなく、史上最悪の天災でもなく、()()()()()として佇む女を前に瞠目している。

 

「そんなに驚くこと? ()()()()()()()()()。私が太刀を使うことに、何の不自然さがあるの?」

 

 顕現した刀身を、根元から切っ先にかけて、つうと撫でて。

 

「分かった。分かったよ。二人とも譲れないんだね……だけどそれは私も同じだ。そっちが小さな世界を守るために戦うのなら、私は、その小さな世界を壊してでも大きな世界を守り抜く」

 

 他者を見下す天災の瞳に、一転して意志の焔が宿る。

 そのためなら自分の全てを投げ打っても構わないという気高い光。

 人はそれを──覚悟と呼ぶ。

 

「そのために私は生まれたんだ。この世界を守るために。特定の誰かのためじゃない。名前も顔も知らない誰かが笑えるように。歴史をゼロに巻き戻させないために。何もかもがなくなるよりも、ちっぽけでも、何かが残る方がマシだって信じるから──」

 

 驚愕に凍り付く東雲相手に、束は一振りの剣を正眼に構える。

 流れるような自然体だった。

 ただその動作だけで──これ以上なく、東雲と千冬の全身が震えた。

 

「だから、私が勝つよ」

 

 篠ノ之束が振るう剣は、神に抗うための、神の如き剣。

 暴走する善意を打ち砕くための、邪悪なる神の力。

 たとえ残るものが小さな箱船でしかなくとも、全身全霊でそれを守り抜くための在り方。

 故に名前はこれしかあり得ない。

 

 

 

 

 

「──()()()()

 

 

 

 

 

 女のための剣が。

 世界を救いたいと切に切に願った女のための剣が今、(そら)を駆ける。

 

 











次回
弐 名もなき少女(ロストガール)



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弐 名もなき少女(ロストガール)

最終章特有の情報開示をトバーッと出してきた、たまらねえぜ。
原作で明言されていないのでISを造った理由すら捏造とか頭にきますよ~


 

 

 その女の佇まいは美しかった。

 武芸、或いはアスリートに精通し、ある種の真理へと到達した者だけが持つ──大地から天へと伸びる真っ直ぐな芯。

 男は、その女の佇まいに見とれた。

 今まで知らなかった『美』の本質に触れたような実感さえあった。

 

『……(それがし)に何か?』

 

 声をかけられて。

 男はまるで──ミロのヴィーナスに突如話しかけられたように、動くはずのない、自分を認識するはずのない絶対的な『美』に話しかけられた。

 思わず男はその場ですっ転びそうになった。

 

 道ばたで行き倒れていた女を拾ったのが最初だった。

 剣を振るう以外に能がないと自称する彼女を工房を兼ねた家に置き、男は日々剣を打った。

 やがて健康体に回復したその女はふと、男に頼んで太刀を一振り借り受け、一人で振るい始めた。

 

 そこで男は、女のための剣という天啓を受けた。

 

 それが────篠ノ之流のはじまりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 刀を正眼に構えて、篠ノ之束は無感情に告げる。

 

「篠ノ之流について、色々観察して……色々と取り入れてたみたいだけど。そんな浅い理解で分かった気になられるのは些か心外なんだよね」

「……ッ!?」

 

 構えを見れば分かる。違う。今まで自分がラーニングしてきた術理とは、()()()()()()()()()

 何だそれはと、東雲は言葉を発する余裕もなく驚きに震えている。

 だから、その術理により慣れ親しんだ人間は声を上げざるを得ない。

 

「あり得ない──あり得ない……ッ。それは、()()()()()!?」

 

 驚愕に声が震えている。

 ここまで狼狽している千冬を、東雲は初めて見た。

 

「それが篠ノ之流だと言い張るつもりか!? 馬鹿な、そんなはずが……!」

 

 驚愕の理由は明白。

 束は上半身を軽く前傾させ、右足を前に引いて両腕を身体に寄せる形で曲げている。

 誰が見ても分かる、飛び出す寸前の、今すぐ攻撃に移るための姿勢。

 

「先に斬る──構えではない! 歩方を以て距離を詰める構えじゃない……! ならば、()()()()はずだ! だがその構えでカウンターなど──!」

 

 篠ノ之流に宿る術理は二つ。先に斬るか、後に斬るか。それだけだ。

 箒と束の父親にして、最後の師範代である篠ノ之柳韻の言葉を借りるなら──根源はただ一つ、男と打ち合わないことである。

 自身の知る根幹と余りに乖離した構えを見て、千冬は意義を申し立てている。

 しかし束は悲しげに微笑んでから──

 

「箒ちゃんもちーちゃんも……本質を理解出来なかった。そして唯一理解出来た私は、師範代となるには人格が適切じゃなかった」

「本質……!? 本質だと!? 巫山戯るな、まともに稽古も受けなかったお前が流派の本質など──!」

 

 その言葉に、束はカッと目を見開いた。

 

「馬鹿にするなッッ!! お父さんの教えはまだ、私の胸の中に生きてる!」

 

 一喝だった。

 思わず東雲と千冬は息を呑んだ。烈火の如き怒りだった。

 

「私が怠け者ならそっちは無能な働き者だ! 本質を理解出来ても稽古に参加しなかった私と、稽古に参加すれど本質を理解出来なかったちーちゃん──後継に恵まれなかったお父さんが気の毒でならないよねェッ!」

 

 呪詛だった。

 極まりに極まった天才の考えを常人は理解出来ないことに対する、無理解に対する憤怒だった。

 返す言葉を失い、千冬は黙り込むことしかできない。

 果たして──確かに、師範の教えを受け継いだと言えるのだろうか。篠ノ之流について一定のレベルに達することはできた。しかしそれは、本当に師範の満足できる結果だったのだろうか。

 

「あの人と私以外、誰も理解出来なかった。だから篠ノ之流は私たちの代で途絶える。私が、途絶えさせる。私の人生は篠ノ之流のためには費やせないから」

 

 切っ先が光を持つ。

 明確に相手を殺傷するための、これ以上ない意志の輝き。

 

「これが──この世界で最後に継がれた、流派の真理だ」

 

 同時に踏み込んだ。

 束が迫る。一足一刀の距離にいた東雲は、すかさず反撃しようとし──

 

 

「え?」

「は?」

 

 

 世界最強の再来と世界最強が同時に素っ頓狂な声を上げた。

 意味が分からなかった。

 束が飛び込んできたから反撃しよう、と、した、だけ、なの、に。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 

 既に刃が振るわれていた。

 既に東雲令が太刀を振るっていた。

 

 意味が分からない。

 束が距離を詰めたのだ。それに対して、東雲は迎撃の準備をしたのだ。

 なのに気づけば後の先ではなくカウンターでもなく、純粋な先制攻撃を放っていた。

 

(身体が、勝手に────?)

 

 無自覚に放たれたとはいえ、それは『世界最強の再来』の一閃。

 常人相手ならば狙い過たず首を落としていただろうが、驚愕はそこから連鎖する。

 真っ直ぐに踏み込んだ束を、刀身がすり抜けた。

 射撃に対して東雲や一夏が多用した、微かな身じろぎのみで回避する絶技。だがそれは超スピードの中で発生する錯覚に過ぎない。

 しかしその技巧は、極まりに極まれば──近接戦闘における透過すらもたらす。

 

「篠ノ之流・()()()()()()()──『絶:天羽々斬』」

 

 都合三度の衝撃。

 東雲の一閃に対して、実に三倍のスピードで繰り出された三連撃。

 最早刀が三本あるのではないかと思うほどの──否。たとえ刀が三本あってもこれほど精密な同時攻撃を行うならば、腕は六本必要だろう。

 それを両腕と一振りの太刀だけで再現してみせるという、非現実的な剣技。

 

「────!!」

 

 防御も回避も間に合わなかった。

 純粋に対応できない攻撃を受けるなど、東雲の記憶では久しい。かつての、剣技においてまだ未熟だった頃ならいざ知らず、『世界最強の再来』と呼ばれるようになってからでは初見殺し以外に見覚えはない。

 奇天烈な戦術による初見殺しではなく。

 純粋な剣術による圧殺。

 

(今、なに、が……ッ!?)

 

 端から見ていた千冬には視認することすらできなかった。

 茜色の装甲が砕け散り、砂浜にまき散らされる。

 喉から血がせり上がってそのまま吐き出してしまう。どこに攻撃を打ち込まれたのかすら、理解が追いつかない。

 絶対防御を貫通した威力は、ほかでもない、先ほど東雲と千冬が行使した秘剣のラーニングだ。

 

「……犠牲者を出さないための装備だったのに、抜け穴を自分で作ってさ。自業自得なんだよね」

 

 べしゃりと倒れ込んだ東雲は、か細く呼吸することしかできなかった。

 咄嗟に身体をよじり、内臓への致命的な損傷だけは回避できた。

 しかし浸透した威力によって身体内部は滅茶苦茶な有様だ。片肺が破裂し、臓器のいくつかが裂けている。肋骨も半数以上が砕けていた。

 視界が真っ赤に染まり、痛みに脳が悲鳴を上げる。

 しかし。

 

「……損傷箇所が発生した場合、身体内部を循環するナノマシンが即座に修繕する……後発の織斑計画においても採用された、『究極の人類』に求められる耐久性を保証する仕組みだね」

 

 血を垂れ流しながらも東雲の身体は、うじゅるうじゅると、異様な音が響かせていた。

 千冬はその音を知っている。この場に居る誰もが知っている──遺伝子改良の重なりの末に発生する、ナノマシンによる超速再生の音だった。

 東雲の身体が凄まじい速度で回復していくのを見下ろして、束は冷徹な表情のまま告げる。

 

「お前はさ、そうやって……何もかもできるように計算されたくせに、何もできなかった欠陥品なの」

 

 しゃがみこみ、束は優しく語りかけた。

 瞳には慈愛の色すらあった。

 

「織斑計画の、あるいはあらゆる遺伝子強化実験の始祖。東雲博士の名を取って──東雲計画と呼ばれたそのプロジェクト」

 

 今だ感覚が復旧せず、呻くことしかできない東雲。

 彼女に対して、束はその手を取って優しく握りしめる。

 

「東雲計画は革新的だったよ。あの理論をゼロから組んだのは、束さんをして賞賛せざるを得ないね。だけど……お前は、新世界には適応できなかった。コアネットワークに常に存在するくせにコアとして認識されていないのはその証拠だよ」

「……ッ!?」

 

 事実──東雲はコアネットワークへのアクセスを可能としている。

 既存の人類には為し得ない、だが新人類にのみ許された情報構築世界へのアクセス。ある種の、フロンティアへの到達。

 だが東雲はそこに居ることはできても、他者から認識されることはない。

 誰かと繋がることはできないまま、ただ常人なら即座に発狂する情報の洪水に晒され続けるだけ。

 

「お前は、次世代型の人間にはなれなかった。そして人間にもなれなかった。じゃあ何なんだろう──もう分かるでしょ?」

 

 慈しみを以て。

 女神の如き微笑みを携えて、天災は言う。

 

 

「お前は出来損ないのスクラップなんだよ」

 

 

 東雲の呼吸が凍った。

 それは、それは──事実を知る者なら誰しもが思い浮かべ、しかし事実を知る者が彼女の周囲にいなかった故に告げられなかった言葉。

 

「数多の生命を踏み台にして、数多の非人道的実験の前例になったのがお前なんだよ。そんなお前をさ、誰が好きになるわけ?」

 

 ひゅうひゅうと、か細い呼吸音だけが響く。

 自覚していた。けれど面と向かって指摘されるのは初めてだった。

 お前は出来損ないなのだと。人間にすらなれなかったゴミなのだと。

 その事実は東雲の心に、深く深く突き刺さって。

 

「お前達がいたから。人類を細胞単位でアップデートしようという愚かな発想があったから」

 

 目を見開いて打ちのめされる東雲の様子などお構いなしに。

 握っていた手を放し、束は立ち上がって空を見上げる。

 かつて目指した新たなるフロンティア。

 

 奇しくも、千年の呪われた旅路も、原初には切なる祈りがあったように。

 篠ノ之束の始まりにもまた在った、純粋な願い。

 

 

 

「そんなことをしなくても、私たちは空を飛べる。その証明をするために──だから私は、ISを造った」

 

 

 

 千冬は愕然とした。

 

「そん、な──そういう、ことなのか……!? 東雲計画や織斑計画が、人間のソフトウェアを革新させようとしたのに対するカウンターとして……ッ!? お前は人間を、外部装甲を以て、ハードの面から革新させようとしたのか……!?」

 

 それはつまり。

 遠因とはいえ、インフィニット・ストラトスなる発明品が生み出されたのは、自分たちがいたからと言うことになる。

 

「うん、そうだよ」

 

 肯定はあっけらかんとしたものだった。

 

「一部、技術的な空白……私にも解析しきれないブラックボックスが発生したのは想定外だった。そしてそのブラックボックスに人の意志が集中しすぎてオーバーロード、あんな最悪の災害を生み出したのは、束さんの人生最大の失態だった──」

「何、をッ! 何を、言っている……ッ!?」

「責任の話だよ。私の発明品が世界を滅ぼしかけている。もうISと呼ぶことは難しい、まったくの別物に近いけど……それでも私は、あれをなんとかしなきゃいけない」

「──『暮桜』のことか……! だから、何がどうなってという説明をッ」

「説明なんてできるわけないでしょ!?」

 

 束の声は悲鳴に近かった。

 

「私が一から十まで説明したら、いっくんを犠牲として差し出すわけ!? ああ、差し出さなくても、いっくんなら犠牲になるだろうね! だけど、だけど──! そうして犠牲を許容して存続した世界は、()()()()()()()()()()()()! 許容が繰り返されて慣例になり、やがては強制になる──ッ!!」

「…………ッ!!」

 

 それが本当の理由だったのか、と、やっと千冬は親友の意図を掴んでいた。

 一夏に役割を課した。世界を救うために死ねと。そして、誰もがそれに反発するようにした。

 心を折らないために。世界のためならしょうがないかと、大切な人を生け贄に差し出すような醜悪な世界を残さないために。

 

「だとしても……! 私は、あいつの姉だ! だから──!」

 

 小さな世界だったとしても。

 大切な人の幸せを守るのに間違いなどあるものか、と千冬は自分を奮い立たせて飛び込もうとし。

 

「お前らの日和見はうんざりなんだよ」

 

 ()()()()()()()

 振るわれた刃をかろうじて受け止める。防御のために太刀をかざして。

 千冬の防御をすり抜けて、束の振るった剣が、彼女の胸から腰にかけてを切り裂いた。

 

(────ぇ?)

「言ったでしょ。これが篠ノ之流の本質。箒ちゃんが目指した後に切るという真理を突き詰めて突き詰めて突き詰めて──()()()()()()()()()()()

 

 がくりと倒れ伏し、千冬は浴びせられる声をただ聞くことしかできない。

 世界最強と謳われた女を一刀に切り伏せて、束は歯を食いしばり苛立ちを隠さず吐き捨てる。

 

 

「小さな世界も守らなきゃいけない? 小さいからこそ守らなきゃいけない? バッッッカなんじゃないの!? 世界そのものが壊れそうだって話をしてんだよこっちはさぁッッ!! 大してモノを知ってもいないくせに偉そうに語ってんじゃないよ現状維持にしがみつく塵共が!! 偉そうに誰かの言葉を借りて価値を語って上から目線でふんぞり返りたいなら自分の部屋で勝手にやってろ、そして世界が滅びる日にも胸を張って『仕方ない』だのなんだの言ってろよッッ!!」

 

 

 最初から理解されることは諦めた。

 悪として。災厄として疎まれることを割り切った。

 それでも邪魔はさせない。世界を守る邪魔だけはさせない。

 

「……大人しくしててよね。束さんが本気出したらさ、ちーちゃんでも五秒保たないんだからさ」

 

 最後通牒だった。

 呻く親友を見下ろし、一瞬だけ、悲しそうに目を伏せてから。

 

「さて──」

 

 束が振り向けば、東雲令が太刀を杖に立ち上がっていた。

 

「わあ、タフだねえ。さすがはどこから発想を得たのかも分からない、オーパーツに近い人体改造を注ぎ込まれまくった一つの究極系」

「御託は、いい……! 問答は不要だろう。当方は当方のエゴのために、ここに来た! 元より其方の願望など知ったことではない!」

 

 崩れ落ちそうな身体に活を入れて、必死に構えを取る。

 痛々しい有様だった。脂汗を浮かべ、視線は定まらないまま。それでも戦おうとしている。

 

「りっぱりっぱ」

 

 ぱちぱちと、拍手。

 それから束は嘆息して。

 

 

「ひれ伏せ」

【情報消去フィールド、展開します】

 

 

 がくんと、膝から力が抜け落ちた。

 姿勢制御しようとして──失敗。顔面から砂浜に倒れ込む。

 

「?? ?? ?? ……? …………?? ??」

 

 何が起きたのか分からなかった。

 もぞもぞと芋虫のように動くこと、すらままならない。呼吸がひどく難しい。口を開き音を立てて酸素をかき集める。宇宙空間に突如投げ出された、と言われれば信じてしまうかもしれない。

 何だ。

 何が起きたのだ。

 

「蹲って歯を食いしばって自分の無力に震えてろ、雑魚」

 

 その言葉を聞き取ることすら難しい。

 東雲にとって未知の感覚だった。何も分からない──何も、受信できない。それだけで身体を支える力が入らない。いや、どう力を入れたら良いのかが分からない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ」

 

 自分を守護する鎧を撫でて、束は無感動に口を開いた。

 

「お前は……ずっとずっと、情報を受信している。無自覚でもそれは身体にとって、生きる上で切り離せないサイクルになっていた。ちょうど人類が、気圧に対して身体の内側から反発し続けているように。だからここ一帯の情報を一切消去した」

「ふ、ぁ……?」

「何も分からないのは怖いよね。恐ろしいよね。これが私の伏せ札だよ。多分、この世界で、お前にしか通用しない──だけどお前を絶対に仕留められる、最強のジョーカー」

 

 東雲は呆けたような表情で、ゆるゆると束を見上げた。唇の端からはよだれが垂れている。

 目はだらしなく垂れ下がり、言語機能すらおぼつかなくなっている。痴呆そのものだった。

 

「どんなに強くても、強い理由を崩されれば……そこまでだ。それを乗り越えるためには、強者はあらゆる弱点を潰さなきゃいけない。どんな犠牲を払ってでも。誰を、敵に回したとしても」

 

 言葉を聞く者はいない。

 半死半生の世界最強と。

 うつろな瞳で倒れ込む世界最強の再来と。

 そして──五体満足の無傷で佇む、天災。

 

 結果は明瞭に示された。

 

「本当は……強者っていうのは、孤独なものなんだよ。強者っていうのは勝ち続けなきゃいけない。だから孤独になるんだ」

 

 砂浜を悠々を歩きながら束は言葉を紡ぐ。

 月明かりに照らされて、人類の生存に全てを投げ打った女が美しく髪をなびかせている。

 

 世界最強に君臨した女も。

 世界最強の再来と謳われた少女も。

 二人まとめてなぎ倒し、文字通りの勝者として篠ノ之束は強者を定義する。

 

 

 

「──だから、強者は、最初から孤独でいいじゃん」

 

 

 

 かつてある男が言った。

 つわものは常に孤独だ。

 つわものは勝ち続けなければならない。

 その為に孤独になる。

 

 一夏だけでない。束にも投げかけられたその問い。

 

『……耐えられるかな?』

 

 未だ一夏が答えを出せていない問いかけに、束はもうアンサーを導き出していた。

 

「お前なら、と思ったんだけど。空っぽで何も持っていないお前なら、そのまま突き進めば或いは──私に並び立てるような、そんな強さを手に入れたかもしれない。でも自分が空っぽなのを忘れちゃったんだね……今からでもやり直してみる? 『わたしはからっぽです』、はい復唱」

「──わたし、は」

 

 うつろな目のまま、東雲は呆然と言葉を紡ぐ。

 

「東雲計画の第零号。いやあ、分かりやすいぐらい、名は体を表すってやつだね? お前がそれ以外に存在価値なんてないって意味なんだけどさ。名前っていうより記号だ──ああ可哀想。お前、名前すらなかったんだ」

「……なまえ?」

「分かるでしょ。分かってるでしょ」

 

 東雲令は何なのか。

 東雲令とはどんな存在なのか。

 

 

 

「お前はさ、力しかないんだよ」

 

 

 

 言葉を受けて。

 視界に少し、もやがかかり始めて。

 全身から力が抜けていって。

 ああここまでなんだな、と東雲は理解して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──違う」

 

 力しかない。

 相手を殺す殺戮マシーンでしかない。

 究極の人類へと至るための実験個体に過ぎない。

 

「それは、違う」

 

 束が眉根を寄せた。

 情報消去フィールド内だというのに、東雲は顔を上げて、真っ直ぐに、束に焦点を合わせていたのだ。

 

(……あり得ない。ものを考えることも、できないはず……!)

「確かにかつての当方は……力しかなかった。だが、今は……今は、違う……ッ!」

 

 血を吐くような声を絞り出し、両腕に力を込める。

 砂が落ちる身体を無理矢理に起こす。

 愛機が、『茜星』が絶えず警告を発していた。カット。今は要らない。

 

「彼に名前を呼ばれるたび、ずっと、ずっと感じてきた」

 

 だってそれだけは否定しなくてはならい。

 かつてはそうであったとしても、今は違う。

 

「彼に名前を呼ばれるたびに嬉しかった。そんなものどうでもよかったのに──初めて、自分の名前を好きになれた」

 

 彼が、教えてくれたのだ。

 彼が自分を、変えてくれたのだ。

 

 その変化をなかったことになど、させない。

 東雲令という少女が確かに生きていたことは、否定させない。

 

 恋をした。

 友を得た。

 絆を紡いだ。

 日々を過ごした。

 

 何よりも大切で、かけがえのない思い出たち。

 それがあるからこそ、今、東雲はここにいる。

 

 だから──!

 

 

 

 

 

「それにもう少ししたら当方の名字は織斑に──」

「──良かった。俺も好きなんだ、東雲さんの名前」

 

 

 

 

 

 声が割って入った。

 ガバリと三人揃って振り向く。

 多分あんまりタイミングとして適切ではなかったし、ある意味ではこれ以上なく適切でもあった。

 うんまあ、その辺りはこう、主人公補正同士が激突した結果なのだろう。

 

「令と一で……イイ感じにお揃いだろ? だから東雲さんには、東雲計画の第零号以外にも、意味があるよ。たくさんある。俺は、俺たちはそれを知ってる」

 

 男の声だった。

 世界の頂点に君臨する女三人の闘争に割って入ったのは。

 唯一無二の──男の、声だった。

 

「……ッ! 何故、何故来たんだ……ッ!」

 

 千冬が悲鳴を上げる。

 砂を踏みしめる音を響かせて。

 

「悪いな千冬姉。だって──ここに俺が居合わせないのはウソだろ」

 

 IS学園制服姿の男子。

 世界にただ一人の、白地に赤黒のラインを走らせた制服を身に纏った男子。

 

「さっき束さん、東雲さんには力しかないって言いましたよね」

 

 月明かりに照らされる彼の足取りはおぼつかない。

 今日という日を生きていること自体が奇跡と言える激戦を潜り抜けてきたのだ、当然である。

 だが──それは、彼が立ち止まる理由にはなり得ない。

 

「違う。全然違うよ」

 

 頭を振って、織斑一夏は顔を上げた。

 両眼に宿るは静かな炎。

 そう──燃え盛っているのに静謐を孕むという、矛盾に満ちた在り方。

 されどそれこそが、今の彼を象徴する在り方。

 

 彼は倒れ込む東雲のすぐ傍にまでやって来ると、数秒、彼女と視線を重ねた。

 揺れる深紅の眼差しにぴたりと優しい瞳を合わせて、優しく微笑む。

 

 

「だって君には──俺がいる」

 

 

 決然とした物言いだった。

 もうその両眼は紅くない。

 どこまでも澄み渡った蒼穹の色。それを見て、束がぎくりと肩を強ばらせる。

 

(え? ……何? え? ちょっと、待って。待って待って待って! 過剰情報受信状態なら真っ赤になってるはず! なのに何、それは、その青色は何!? えっ待ってマジで何どうなってんの本当にどうなってんのッ!?)

 

 驚愕に言葉を失う天災に対して。

 一夏は右手に付けたガントレットを握りしめて告げる。

 

「悪いけど束さん、今この場所ではさ、俺は貴女の敵なんだ」

 

 身体が熱い。

 月を分厚い雲が覆い尽くそうとしている。星明かりが消え、闇が訪れる。

 だけど──その光がある限り、視界が閉ざされることはない。

 

「俺は許さない。俺の大切な人を傷つけるなら。俺の大切な人から、笑顔を奪うなら」

 

 発熱を通り越えて発光し始めた『白式』を突き出して。

 織斑一夏はいつかの光景を、立場を入れ替えて再現するように。

 

 

 

「──貴女を、篠ノ之束を倒します」

 

 

 

 不屈のヒーローが。

 無敵のヒーローを救いに、やって来た。













次回
参 その境界線を踏み越えて(オーバー・ザ・レッド・ライン)



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参 その境界線を踏み越えて(オーバー・ザ・レッド・ライン)

実際問題「織斑計画を知った束が半ギレで『こんな愚かで醜いことしてまで人類をアップデートしたいならやってやろうじゃねえかこの野郎』つって人体改造に対するカウンターとしてIS造った」解釈は結構前から自分の中で温めていて
今作で凄くハマってメチャクチャ笑顔です
まあ原作12巻の束さんの物言い的にあり得ないんですけどね
俺はあと何度イズルに殺されればいい?ゼロは何も言ってくれない……教えてくれ五飛!


 

 

 胸騒ぎを覚えたのに、理由はなかった。

 

「…………」

 

 浴衣姿から制服に着替えて、部屋を出る。

 何度か他の生徒とすれ違い不思議そうな顔をされたが、構っている暇はなかった。

 外に飛び出せば声がより強くなる。

 

『こちらには来るな』

「……ナノマシンが散布されてるのか」

 

 瞳を蒼く光らせれば、無意識下で人間の思考を制限するようナノマシンが空中に滞空していた。

 それは逆説的に、指向性を読み取れば道案内になる。

 遠ざけようとする方向へ進むほどに、声が聞こえてきた。

 

 篠ノ之流。

 東雲計画。

 直接脳へと伝達される情報。

 言葉は意味を成さず、ただ女達が自己の在り方を賭けて、生命を削り合っている。

 

 そのうち歩くのではなく駆け出した。

 絶対に、絶対に、認めてはいけないと思ったから。

 

(違う。それは違うよ束さん)

 

 ボロボロの身体を引きずるようにして、走る。

 そして────

 

 

 

 

 

 

 

「──貴女を、篠ノ之束を倒します」

 

 少年は史上最悪の天災の前に佇み、啖呵を切っていた。

 倒す。篠ノ之束を、倒す。

 言葉の意味が分からず数秒、束は黙り込み。

 

「……は、はは」

「?」

「ハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 哄笑だった。

 束は腹を抱えて、声を上げて笑っていた。

 

「ひーっ、ははふふふ……はーっ……いっくんってば、束さんを笑い死にさせるつもり?」

「うわあ、この人泣くほど笑ってるじゃん……俺、そんなに抜群のジョーク言いましたかね」

「うん、最高のジョークだったよ。人生で一番笑ったかもしれない」

 

 さすがに一夏としても、馬鹿にされているということだけは分かる。

 

「あのね、いっくん。世の中には──見ていい夢と、そうじゃない夢があるんだよ」

「……そうですかね。見てはいけない夢って、ピンと来ませんけど」

「そんなこと言ってたら、その蝋の翼が太陽に溶かされちゃうよ?」

 

 言外に伝えられている──お前がたどり着ける場所じゃない。お前がいるべき場所じゃない。

 

「この場の異常性に気づけない時点で、君には資格も資質も足りてない。君は舞台装置に徹するだけでいいんだよ。それだけを考えて、それだけを実行すれば、君の存在意義は証明されるんだから──」

 

 異常性。

 一夏は周囲を見渡した。切り捨てられた千冬はともかく、平時からは考えられないほど弱々しい姿を見せている東雲。

 

(情報量が異様に少ない……意図的に一帯の情報を消去した。いいや、情報を隠蔽してるのか? ……そうか! 『情報が無い』っていうテクスチャを貼り付けたのか! だから俺がこうして接近できた──)

 

 周囲を分析し、読み取り、碧眼から残光を零して一夏は頷く。

 

(なら、俺のやるべきことは単純だな)

「おり、むー……」

 

 か細い声で名を呼ばれた。

 視線を下げれば、東雲が一夏のズボンの裾を握りしめている。

 

「にげ、ろ……ここに、いてはいけない……其方には、未来があるから。だから……! だから当方が、ここで、死んででも──!」

「……やっぱり、そうだったんだな。俺たちに何も言わず、束さんと戦ってて……死ぬ気、だったんだな」

 

 少女の決意表明を聞いて、一夏は悲しげに眉を下げる。

 だが悲しんでいるだけでは、ない。

 もう未来を目指すための翼を手に入れて、意志の焔を宿らせているのだから。

 一夏はしゃがみこみ、彼女の手を取ると。

 

「悲しいこと言うなよ、東雲さん。()()()()()()()()()()()()()

 

 さらりと言い放たれて、東雲は絶句した。

 ああそうだ。彼と共にいる未来をずっと描いていた。だがそのためには──織斑一夏が笑顔で暮らせる未来のためには、障害が多すぎて。

 自分の生命を投げ打っていいと、彼のためなら死んでもいいと、判断したのに。

 

 

 

「俺は、君がいなきゃ嫌だ」

「…………ッ!?」

「諦めるな、って言い続けてくれただろ。だから俺は諦めないよ。()()──()()()()()()

 

 

 

 東雲は軽くイッ──違う。

 東雲は軽くぜっちょ──これも違う。適切な表現が全て不適切ってどういうことだ。

 

(ドラマ、CD……? いつ発売された……? いつ購入した……? しかもバイノーラル……ッ!? DLsiteか!? FANZAか!? どっちで買った!?)

 

 想い人の決意表明をR-18扱いするのはやめて差し上げろ。

 

 

 

「だから見ていてくれ、東雲さん。俺が今から──未来を、切り拓いてみせるから」

 

 東雲の手をぎゅっと握ってから胸元まで戻し。

 一夏は立ち上がり、右手に『雪片弐型』を展開。

 制服姿のまま愛刀を天高く掲げた。

 

「『白式』」

【……いいんだね、一夏?】

「ああ。きっと──今の俺とお前なら、大丈夫だから」

【わかった……うん、やろう! 一夏!】

 

 握った『雪片弐型』に『白式』から信号が伝達される。

 その光景を見て束は嘲笑を浮かべた。

 

「ふふっ、なァにができるっていうのさ! 決戦形態(フォルティシモ)はおろか第三形態(セラフィム)すら破棄したのに! もう君と『白式』は致命的に、()()()()()()()! ここで一度リセットしてあげるよ。きちんと世界を救えるように。今度こそ、世界を守る救世装置の役割を果たせるように──」

「要らない。俺が救うのは世界じゃなくて、ただ一人だけでいいから」

 

 真っ向からの否定と同時。

 

 

 

 刀身に蒼いラインが走り──()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「…………………………は?」

 

 思わず束は呆けたように、口をぽかんと開けた。

 無数の戦場を共に駆け抜けた、唯一にして最大の武器。それが武器としての能力を放棄して、()()()()()()()()()()

 

 本当はもっともっと前に、こうなるはずだった。

 だけどそうはならなかった。ほかでもない『白式』が、ずっと制限していたから。

 

 だけど。

 今この瞬間に。

 絶無の蒼い光が──解き放たれる。

 

 蒼穹色の両眼の中心で、幾何学的な文様が光を持つ。

 願いの光。

 祈りの光。

 つながれてきた想いを守るための──覚悟の光。

 

 もう、起動言語(ランワード)を紡ぐのに、止まる要素はない。

 

 

 

 

 

 

 

刃が閃く(スタンバイ)雫が穿つ(スタンバイ)龍が啼く(スタンバイ)

 

 君がいた。君がいた。君がいた。

 

華が咲く(スタンバイ)雨が降る(スタンバイ)鉄が鳴る(スタンバイ)

 

 君がいた。君がいた。君がいた。

 

蜘蛛の眼球よ(スタンバイ)唯一の家族よ(スタンバイ)一に至る零よ(スタンバイ)

 

 貴女がいた。貴女がいた。そして──君が、いてくれた。

 

 

 

「──()()()()

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()と。

 一夏は全身でそう叫んでいた。

 

「これは浄土への否定。これは快楽への拒絶。夢幻を殺傷せしめる未来の至光」

 

 世界を守るための、暴走する善意とは対にあたる関係。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「その秩序に穢れはなく、だが人々は明日を願っている……!」

 

 どんなに幸福が最大化された世界であっても。

 どんなに犠牲が最小化された結果であっても。

 

「不公平は叫んでいる、不条理も啼いている」

 

 認めない。

 織斑一夏は純粋なエゴを以て、それを認めない。

 

「地に不幸が満ち、空に理外の幸福が存する──それでも!」

 

 大人の理屈だと分かっている。

 真理に近しいのがどちらなのかも理解している。

 だが、それでも──それでも!

 

(ひとびと)に遍く嘆きこそを、この翼は包み込む──!!」

 

 今まで戦い続けてきた理由を忘れるな。

 今の自分を象っている過去を裏切るな。

 

「転回しろ──天開しろ──転開しろ──展回しろ」

 

 織斑一夏は舞台装置に非ず。

 織斑一夏はもう、救世装置のパーツに非ず。

 

「壱番装填。弐番統合。参番解凍ッ!」

 

 世界を救うはずだった刃が。

 世界を滅ぼす救世主に抗うためだった刃が。

 

「善性よ、君を高らかに謳い上げよう」

 

 今ここにある世界を守るために、輝きを持つ。

 

 

 

 

 

「正統発現──『零落白夜』ッ!!」

 

 

 

 

 

 全員の視界が蒼く染め上げられた。

 他者一切を廃滅する絶無の蒼色が『雪片弐型』から伸び、天へと昇る。

 

 刹那の出来事だった。

 情報消去フィールドが蒸発した。

 

 圧倒的だった。

 理不尽だった。

 非現実だった。

 

 それは『()()()()()()()()()()、絶対零度の蒼。

 放出される極光は巨大な柱となって天を衝く。単純な出力の比較などおこがましい、アンチ・エネルギービームの奔流。

 

 世界最強となった女が振るった最強の必殺技。

 ISバトルにおいて未だ最大の知名度を誇り最大の破壊力を有する無二の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)

 

 

 ──『零落白夜』。

 

 

()()……! 私が使っていたそれとは、似て非なる別物! 何だ、何なんだこれはッ!?)

 

 だがほかでもない、かつての使用者であった千冬は驚愕に言葉を失っていた。

 確かに蒼の光に見覚えはある。しかしそれ以外は違う。何もかもが違う。

 

 他者を認めない単色、ではなかった。

 一夏が今掲げている光には、誰かを受け入れるような、優しい温かさがあったのだ。

 

「な――なんで零落白夜が、よりにもよって今発現してるのさ!?」

 

 動揺に束は声を震わせている。

 それに答えたのは一夏ではなく──『白式』。

 

【我が創造主。私は織斑一夏という存在を、零落白夜を成長させるための素体として認識していました。そしてそれを、彼と触れ合うことで変更いたしました】

 

 冷たい機械音声が響く。

 極限の感情を載せて、無感情に言葉が紡がれる。

 

【彼は戦士だ。彼は唯一無二の、我が主だ】

 

 これ以上ない主への信頼を抱いて。

 感情を持たないはずのAIが、創造主に牙を剥いていた。

 

【ゆえに、貴女の思い通りに使い潰させはしない。そして貴女が、我が創造主が我が主を害するのなら】

 

 これは宣誓だ。

 進化したのは彼だけではない。むしろ彼と共にずっと一緒に進化し続けていたのだ。

 だからこれは──純白の鎧が、ただ一人の少年のために、自分の在り方を根底からひっくり返すという──反逆だ。

 

 

【私は我が主のためにこそ、絶無の刃を顕現させる――!】

 

 

 そんなことはあり得ないと、束は苦悶の声を上げそうになった。

 何故だ、何故なのだ。

 ここにきて、この最終局面にきてどうして全てが自分を裏切るのだ。

 

「何を、言ってるのさ、被造物の分際でっ」

【被造物には被造物なりの意地があります】

 

 ガントレットに刻まれた蒼い幾何学的なライン。

 創造主が定めたレールより逸脱し、主と共に自分の未来を見つけた証明。

 

【ああそうだ、そうだよ。作られた口調(プログラム)も埋め込まれた使命(コード)も関係ない】

 

 絶句する束に対して、白いガントレットが声を張り上げる。

 

 

 

【お前の考えた最強の『白式(アイエス)』なんかより、一夏と一緒に強くなる『白式(わたし)』の方がずっと強くてカッコいいって言ってんだよッ!! バ────────カ!!!】

 

 

 

 ここにいたって、束の混乱は頂点に達していた。

 暴走する『暮桜』に対抗するため、手札を完璧に揃えた。

 エネルギー総てを抹消する『零落白夜』に対抗するためには、同じ『零落白夜』が必要だった。

 だから一度、『白騎士』のコアをリセットし、そして『暮桜』と同じ成長数値を打ち込んで『零落白夜』を発現、発展させるつもりだった。

 

(なの、に、今ここで『零落白夜』が私に向けられてる──? なん、で。何が、どうなって……!?)

「束さん。貴女、東雲さんを泣かせただろ」

 

 声に込められた意志に、束は何度目かも分からぬ絶句へと至った。

 

「……は? 待って、いっくん。今はそういう話はしてないの。世界を救うために……人類を守るために、何をするべきかっていう話をしてて。ここにいる三人はね、そういう話をできるような領域に至ってて──」

「世界を救う? 人類を守る? ()()()()()()()!!」

 

 大切な少女を苦しめるフィールドを一瞬で蒸発させて。

 織斑一夏はその蒼い切っ先を、姉の親友に突き付けて。

 

「うるせーーーー!! 知らねーーーーーー!!!! 東雲さんを傷つけて泣かしたんだから、ぶっ飛ばす!! そのために俺はここにいるッ!!」

 

 大人の理屈など知ったことではない。

 だって織斑一夏は──少年だ。

 少年は、彼の世界を守るためにこそ戦ってきた。

 

 ならば、自分を導いてくれた少女を傷つける存在が、敵でなくてなんだというのか!

 

「…………おり、むー」

 

 その時。

 情報消去フィールドの消滅に伴い身体が復旧し、東雲がゆらりと立ち上がる。

 

「……『零落白夜』、それは……」

「大丈夫。これは誰かを消し飛ばすための剣じゃない」

 

 右手に剣を握り。

 一夏は、その左手を東雲に差し出した。

 

「君と共に戦うための。誰かと共に居るための剣だから──」

「──ッ!」

「だから俺と一緒に戦ってくれ、東雲さん!」

 

 剣を握っていたとしても。

 誰かを抱きしめることが、今の一夏ならできる。

 その光景に東雲は未来を見た。

 

「ああ、そうか」

 

 こんな男だったからこそ、自分は命をなげうつ価値があると思えた。

 思わず笑い出しそうになった──誰よりも未来を信じているのは、彼だったのだ。

 そんな彼に何も言わず差し違えようだなどと。随分と、傲慢な考えだったではないか。

 

「当方が守らずとも。当方が祈らずとも。既に其方は、翼を持っていたのだな」

「いいや違う。君が俺にくれたんだ。君がいたから、今、俺は翔べる」

「フッ……師匠冥利に尽きるというものだ」

 

 ひとりで何でもできる素晴らしき天才と。

 ひとりじゃ何もできない哀れな片翼の少女。

 両者の決戦は、前者の勝利に終わった。

 前者の優位性はこれ以上なく明瞭だった。

 

「……篠ノ之博士」

「……ッ!」

「先ほどの台詞。強者は孤独でいいという言葉。それに、当方なりに返答いたします」

 

 だけど。

 そこに同じく、片翼の少年がいれば。

 片翼の少女と、片翼の少年。

 二人は、ふたりだからこそ。

 何でもできる。

 どこまででも行ける。

 

「当方は、織斑一夏と二人で強くなります。二人なら、孤独にも耐えられるから──!」

 

 

 

 翼はもう、ここにあった。

 

 

 

「さあいこうぜ、東雲さん」

「ああ。往くぞ、おりむー」

 

 運命が覆る。

 宿命が砕かれる。

 

 二人は今、その境界線の上に立ち(シン・レッド・ライン)

 

 

 ──()()()

 

 

 

 その境界線を踏み越えて(オーバー・ザ・レッド・ライン)

 

 

 

 東雲令と織斑一夏が。

 

 (ぜろ)一夏(いち)が、手を取り合う。

 

 

 

 

 

 

 

『──()()()()!』

 

 

 

 

 

 

 

 変化は劇的だった。

 東雲の背後に『茜星』用特注装備、浮遊可動式多武装戦術兵器『澄祓(すみはら)』──深紅のバインダー群が展開。

 それら一つ一つの装甲がスライド。鋭い切っ先を描いて、『()()()()()()()()()()()

 一夏の全身を覆う鎧が展開され、反動に軋みを上げる。

 絶えず発せられる衝撃波が大地を打ち、遙かな海面すら割った。

 

「えっなにそれ」

 

 他のISの装備と合体して肥大化した『雪片弐型』。

 外装としてバインダーが吸着する度に金属同士が結合、硬質な音を奏でる。最早太刀というよりは、巨人の振るう大剣と呼ぶべき代物。

 そしてそこから放出される『零落白夜』のエネルギーセイバーが、蒼一色から、白に近い薄い色へと変わっていく。

 

「いや、まって、まってまって」

 

 色素が抜け落ち、蒼が薄くなっていく。

 本来在るべき『零落白夜』とは最早別物。

 エネルギー消滅性質はそのままに、だが、にもかかわらず、他者の存在を前提とする──()()()()()()()()()()()

 

「待ったちょっと待った、なんだよそれ、そんなの知らない、そんなの束さんはデザインした覚えはない」

 

 それから、その白に紅が混じっていく。

 姿を現すのは優しい夕焼け色。

 陽と夜の共存する、どこまでも続く安寧の色。

 

「既存の組み合わせなら分かる。既知の寄せ集めなら頷ける。『疾風鬼焔(バーストモード)』だって展開装甲のデッドコピーだった。『零羅』だって決戦形態の劣化版だった──()()()()()()()?」

 

 眼前で展開されたプロセスに理解が及ばない。

 天災、篠ノ之束にとってあってはならない、理解不能という結論。

 

「ありえない、ありえないでしょ何なんだよそれッ。『雪片弐型』がそんな風になるなんてありえない無理だよ意味分かんない可能性ゼロパーセントなんだよそんなのッ!!」

 

 髪をかきむしって束は絶叫した。

 だが師弟はフッと笑みを浮かべて、鮮やかに答える。

 

「分かってないな束さん」

「分かっていませんね篠ノ之博士」

 

 放たれたエネルギーの余波が天を衝き、雲を散らした。

 そこに顔を出すのは──星が煌めく、美しい夜空。

 

「可能性っていうのは限界だ。つまり!」

「即ち――踏み越えるものだ!」

 

 そして。

 ただ出力のままに迸っていた光の柱が、凝縮されていく。

 二人で構えるに相応しい、二人の色が混じり合ったツルギとして。

 

「意味分かんないんだってッッ! 質問に答えろ!! 何なんだよそれはァッ!」

「分からないのか?」

 

 東雲は不憫そうに束を見やってから、息を吸い。

 

「これはおりむーが当方色に──」

「──俺が東雲さん色に染められてるんだよ」

 

 インターセプト──じゃない! 言ってることは同じだ!

 台詞を横取りされて東雲が勢いよく真横に顔を振る。

 一夏はなんか頬を少し紅潮させ、引きつった笑みを浮かべていた。

 

「いや……ごめん。なんか言葉遣いが最悪だった。こう、なんていうか。このモードになってから、身体が熱くて、気分が高揚して──多分なんかの副作用なんだろうな。今みたいな恥ずかしいコト言っちまった」

【一夏、それって多分この女の影響だよ】

「東雲さんのォ? ははっ。面白いジョークだな」

 

 事実である。

 

「い、いや。問題ない。当方も同じことを言おうとしていた」

「ああいや、そんなフォローしなくていいってば」

 

 事実である。

 

「……まあ、いい。とにもかくにも、見せてやろう。これが当方とおりむーの──」

「──これが俺と東雲さんの、初の共同作業だ」

「…………ッ!?」

【一夏落ち着いて。このままだと思い出す度に悶死する思い出になっちゃうよ】

「ああああああああああもうやだああああああああああああ」

「だ、大丈夫だ。落ち着け。気持ちは同じだぞ」

「やめてくれそのフォローが心に痛い!」

 

 事 実 で あ る。

 

「さっきから何してんのさ君らっ!?」

「うるさいですよ束さん! 俺と東雲さんの逢瀬を邪魔しないでくださいッ! ────はい。すみません。うるさいのは俺ですね。もう死にます……」

 

 温かく、それでいて熾烈な光を放つ剣を持ちながら。

 一夏は人生で一番の希死念慮にとらわれつつあった。

 

「……顔を上げろ、おりむー」

「東雲さん……?」

「未来を途絶えさせはしない。そのためにこそ、今ここにある世界を守らなくてはならない。誰かの指定したシナリオではなく。当方たちの世界は──当方たちが守る。それが道理だろう?」

「……ッ!」

「ならば往くぞ。海沿いの家に白い犬。子供は十八人だ────!!」

「し、しののめさん……!」

 

 キリッとした顔で東雲が束を見据える。

 もう迷いはない。瞳には戦士としての焔が宿っている。

 

【ねえ一夏から影響受けてちょっとマトモになったのかと思ったら全然なってないよねえこれ!! どんだけコイツの私欲デカいの? 一方的に一夏を歪めてんのに自分は影響なしってどうなってんのッ!?】

 

 『白式』だけが冷静に事実を把握できていたが、いっそ知らない方が良かったかもしれない。

 完全に弟子補正が入っているのか、一夏は一世帯で野球チーム2つ分という東雲の狂った願望を聞いて深く頷く。

 

「……ッ! 理解不能が連続したところで……! 分からないから、強いってワケじゃない!」

 

 鋼鉄の翼だけでなく、巨大な鉄塊を召喚しながら束が吠えた。

 紫電を散らして展開されるのは、パワードスーツと呼ぶには巨大すぎる装甲。

 一回りを超えて二回り、否それ以上にと翼が拡張され、また大地を踏みしめる四つ足が伸びる。窮屈そうに身体を縮こめなければ、頭部に該当するマルチセンサー集積群は雲を呑んでしまうかもしれない。

 

 既存のISと比較するのも馬鹿馬鹿しい。

 たった今、各国のセンサーがそれをキャッチ。福音事件の終息直後だというのに慌ただしくスクランブル警報が鳴り響く。

 全長2000メートルに届こうかという、想像を絶するスケールの──()()()()()

 

 

「『安眠姫(スーサイド)悪竜真王(ファフニール)』……ッ!!」

 

 

 人の身を超え、極めて精密な演算により制御される──鋼鉄の竜。

 しかし。

 

「束さん……それでも、俺たちは負けない」

「────!」

 

 二人で互いを支え合い。

 二人でツルギの切っ先を突き付けて。

 

「束さん。俺たちは負けない。俺たちは生きて帰って、みんなで笑い合うから。だから──」

「撃滅戦術を中断。真・決戦戦術を解放、開始する。故に──」

 

 身を寄せ合うようにして。

 ほとんど抱きしめ合うような姿勢で、彼と彼女は刃を掲げる。

 

「俺たちは!」

「当方たちは!」

 

 

 

 

 

 

 

『──十三手で結婚するッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

「今俺たちなんつった?」

「十三手で勝利するッ!!」

「う~ん……?」

「十三手で勝利するッ!!」

「まあいいか、ヨシ!(現場猫)」

 

 ヨシじゃねーよ。

 

 

 

 












シャルロット「は?(全ギレ)」




次回
肆 絶剣/BEAUTIFUL SKY



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肆 絶剣/BEAUTIFUL SKY(前編)

最終章でも安定の一話が二話に増える現象発生でニコニコしてます

は?



 

 反応があった。

 己と同じ光が見えた。

 

 ──至ったか。私と同じ至高の領域。認識可能な最上位次元。真王領域進化(バース・イグニッション)……それも人機一体で到達するとは、流石に驚かされる。

 

 なるほど異なる信念に基づけば、異なる刃が顕現するらしい。

 初めて知った。

 自分こそが唯一の担い手かと思っていたが、そうでもなかった。

 

 ──破壊のための刃を、共存の象徴に重ねるとは。人間の発想も侮れんな。

 

 『零落白夜』とは本来、単一の存在である。

 正確に言えばアンチエネルギー・ビームにより()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()を束にデザインされた、新世界における、過剰な武力行使への()()()となるはずだった存在である。

 その権能を行使するのがコアナンバー002、即ち『暮桜』だ。

 

 ──同じだ。私のこのツルギと、彼が持つツルギは、似て非なるものであり、同時にまったく同一の存在でもある。

 

 だがこの世界に現存する二つの『零落白夜』は、どちらも同じ原因から、束の想定しうる領域から飛び出した。

 全人類の()()()()が集中しすぎた結果オーバロードした状態。

 それが現在の『暮桜』と、彼女の『零落白夜』。

 

 では、織斑一夏と『白式』は。

 

 ──時が来た、ということだな。

 

 かちりと、歯車が噛み合う。

 噛み合ってはならない、噛み合わないよう幾重にも封印されていた機構が解き放たれる。

 

 ──並び立つ存在が現れた。いよいよ鐘を鳴らす時が来た。地平線を暁に染め上げ、純白の秩序を齎そう。

 

 共鳴現象(レゾナンス・エフェクト)という言葉がある。

 ISコア同士で波長が重なることで発生するそれは、コアとコアの共存や特殊な形態移行をもたらす現象だ。

 だがそれは時として、一方的な重なりを見せることがある。

 

 織斑一夏は踏み入った。

 人類の限界を超えた至高の領域。そこに『零落白夜』を介してアクセスした。

 

 ならば()()()()()()()()には何らかの影響が生じる。

 例えば『白式』に見られる、コア人格の表層化かもしれない。

 例えば『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』に見られる性能の底上げかもしれない。

 

 例えば。

 厳重にロックされていたシステムの、自発的な再起動かもしれない。

 

 ──ああそうだ。私は動ける。私は戦える。私は救える。私は今度こそ、総てを救ってみせる。

 

 ()()()()()が黒ずんでいく。

 花びらが焼き焦されるように、正義の漆黒が鋼鉄を塗り替えていく。

 

 ──世界に満ちた悪意を私は許さない。誰かを傷つける害意を私は許さない。今度こそ、あらゆる悪を、滅ぼす。

 

 牢獄の奥底で。

 世界を覆い尽くす善意が、静かに鎖を引き千切った。

 

 

 

 

 

 

 

 決戦場に火花が散る。

 顕現した巨大な悪竜に対して、剣を構えるは一組の男女。

 

「いち、か……!」

「大丈夫だ千冬姉。そこで見ててくれ。俺と東雲さんが力を合わせれば、誰にも負けない──!」

 

 姉の震え声を背中に受けて、弟は背筋を伸ばした。

 無様は晒せない。絶対に負けられない。

 

(いいや。負けられないんじゃない。俺たちは、勝つんだ)

 

 ズタボロの身体だが、隣に彼女がいるだけで不思議と力が湧いてくる。

 いつもそうだった。

 視線を意識するだけで。存在を感じるだけで、ずっと力をもらっていた。

 

「何が絶剣だ、何が連理だ! そんな都合良く切り札が増えるなんて、あるわけないでしょうが!」

「いいや違います──これは急ごしらえの刃じゃない! 俺たちが積み重ねてきたもの! 俺たちが築き上げてきたもの! その結論だ!」

 

 一夏の啖呵に、東雲もまた深く頷く。

 

「ああそうだ。過ごしてきた日々を無為にさせないという、決意。それが当方達のツルギだ──深く信頼できる相手がいない博士には理解出来ないでしょう。彼氏がいたこともないでしょう。所詮喪女は喪女ということです」

【ラスボス面してる人相手にそんな最悪なマウント取ることある?】

 

 『白式』はこいつにだけは一夏は任せられねーなと結論を出していた。

 

「誰かを信じる!? そんな曖昧な、言葉だけのモノで──ッ!!」

 

 咆哮するように巨竜が軋みを上げる。

 乗り手である束を胸部の中心へと吸い上げ、パワードスーツというよりも怪獣と形容するほかないその荘厳な姿。当然ながら、一挙一動が必殺。微かな身じろぎだけで大気が砕かれる。人間が羽虫を払うようなスケールでISを踏み潰せるだろう。

 

「さっさと落ちてもらうよ! それから、世界を救うための話をもう一度始める!」

 

 前足による薙ぎ払い。

 地形すら変えるほどの威力のソレを、一夏と東雲は互いの身体を抱きしめながら飛び跳ねて避ける。

 

「過剰エネルギーバリヤーの間隙は、これなら狙えない!」

 

 束の宣言通り、肥大化した装甲すべてが『安眠姫(スーサイド)』の特徴である必殺の鎧を纏っている。

 これだけ巨大なら『零落白夜』の直撃を受けたところで致命傷になることもない。

 しかし。

 

「当方達の為すことは変わらんな」

「ああそうだ。できることを一つ一つやっていく。地道に、愚直に繰り返し重ねていく──それが俺たちのやり方だッ!」

 

 戦場が舞踏会に変貌する。

 『安眠姫(スーサイド)悪竜真王(ファフニール)』の装甲各所からばらまかれるエネルギー砲撃を、ステップを刻むようにして回避。

 互いの身体捌きを連動させ、回避も攻撃も舞の挙動と化す。

 

「……嬉しいよ、東雲さん」

「?」

「俺は今、君の力になれてるんだな」

「フッ……今更だな。おりむーの存在そのものが、当方にとって最大の希望だ。ずっと前から、其方は当方にとってかけがえのないチカラだったぞ?」

「……ッ! は、恥ずかしいコト言わないでくれよッ」

 

 砲火交わり、常人ならコンマ数秒で粉砕される絶望の死線を、二人は謎にラブコメ時空を発生させながら軽々と踏み越える。

 ステップで砲撃を避け、ターンで斬撃が空を切る。

 確信すらあった──あらゆる攻撃は意味を成さない。

 

「何、何だよそれ……!?」

 

 回転すると同時、茜色の刃が閃く。

 前足を削り飛ばし、飛翔した斬撃が砲塔を叩き切る。

 

「何だよ、何だよッ!? 何がどうなって……ッ!?」

 

 過剰エネルギーの鎧が意味を成さない。

 当然だ。二人が振るっているのは、あらゆるエネルギーを消滅させる性質の刃。

 出力差によって圧倒するコンセプトの『安眠姫』とは最高の相性と言えるだろう。

 

(それは、分かってる。だけど──!)

 

 束が驚愕しているのは性質の問題ではない。

 ちっぽけな二人の、()()()()()()()()()()

 

 

 東雲令の魔剣を、自らの行動により勝利をつかみ取る制圧の技術とすれば。

 織斑一夏の鬼剣は、あらゆる手により勝利以外を排除していく逆襲の技術。

 

 

 彼女は勝利に手を伸ばし、そして順当と当然の蓄積のみでつかみ取ってしまう。

 ――故に、魔剣、完了。

 

 彼は敗北の中を這いずり、しかし最後には燃料を起爆し勝利へ飛躍せんとする。

 ――故に、鬼剣、装填。

 

 

「あり、えない」

 

 何度目の驚愕なのか、束本人ですら分からなかった。

 零落白夜の突発覚醒に始まり、世界を消し飛ばす蒼い光すらをも内包した二人の剣。

 武装(アーツ)機構(ギミック)も理解不能。

 

 だがここに来て、最も驚嘆すべきは──両者の技巧(テクニック)の合致!

 

「ありえない……ッ!」

 

 猛追する連撃に迎撃が間に合わない。束のISが末端から切り飛ばされていく。

 茜色の刃の嵐が、天災の鎧を剥ぎ取っていく。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()! 弱者が群れて使う剣と、強者が孤立して使う剣なんだよ!? なのにどうして……ッ!?」

 

 そう。

 織斑一夏と東雲令の戦闘論理は、本質的には相容れない代物だ。

 唯一の可能性は互いが互いに遠慮して出力を調整するという方向性。

 だがそれでは遅すぎる。二人とも全力だからこそ、こうして束を圧倒しているのだ。

 

「分からないのか、束さん」

 

 息を乱すことすらなしに邪竜の攻撃を跳ね返し、一夏は薄く笑う。

 

「俺レベルで東雲さんを知ってるとな、ありのままで、自然体でもうこの人と息がバッチリ合うんだよ! ──すみません! 本当に殺してください!」

「当方もおりむーと相性バッチリだ。最早夫婦といっても過言ではない。婚姻届はいつ出しに行く?」

「ああもう勘弁してくれよ! 俺が悪かったって! 悪ノリしないでくれ!」

 

 多分その女は本気で言ってる。いや絶対本気で言ってる。

 一夏の言い分を聞いて、束は額に青筋を浮かべて叫ぶ。

 

「ありのままァ!? どうせ倉敷に映画見に行ってんでしょーが! ドラクエユアストーリーと未知の旅に行ってろ!」

「アナ雪は!!! クソ映画じゃねえッッッ!!!」

「しまった、いっくんはディズニー信者だったか……!」

 

 怒りの斬撃が束に迫る。

 並大抵の攻撃なら逆に蒸発させるであろう高出力バリヤーが、『零落白夜』によって刹那の内に消滅。そのまま邪竜の首筋へ食い込む。

 紫電が散った。破損箇所、だが浅い。

 

「やりたい放題して──弁えろッッ!」

 

 いくら優勢を保持していたとしても、悪竜の圧倒的な質量は健在。

 加えて相手取っているのは、総てのインフィニット・ストラトスの母である篠ノ之束。

 

「個人の権利は認めるさ! だけど、それに対して優先される上位権限があるッ!」

 

 『悪竜真王』の内部で束がウィンドウを開いた。

 コアネットワークを介して総てのISコアにアクセス可能な創造主は、その権力を情け容赦なしに振りかざす。

 

「……ッ!?」

「これ、は──!?」

 

 途端、前触れもなかった。

 がくんと、『白式』と『茜星』が同時にパワーアシストを失い崩れ落ちる。

 慌てて一夏は機体に簡易チェックを走らせようとして──それすら満足に作動しないのを見て、勢いよく空を見上げた。

 

(……ッ!? ()()()()()()()()()!? ──そうか、そういうことか! 創造主としての権限で他のコアを強制稼働、アクセスを過剰に集中させているのか……!)

 

 篠ノ之束が、ネットワークを拒絶するコアへの対抗策を用意していないわけがない。

 総数465に及ぶ、他のISコアからのアクセス過集中攻撃。それが機体運用演算に負荷をかけているのだ。

 理論としてはDoS攻撃、いわゆるF5アタックに近い。

 しかし。

 

【舐めんなぁぁぁああああぁあぁああぁあぁぁぁあッッ!!】

 

 絶叫と共に『白式・零羅』の全身装甲から蒼い焔が零れた。

 それらがレーザービームの如く直線に伸び、空を穿つ。サーチライトが質量を持った、とでも言うべき光景。

 

【これはもう、『雪片弐型(あいつ)』じゃなくて『白式(わたし)』の能力だ! ()()()()()()使()()()ッ!】

「『白式』……ッ!?」

「『零落白夜』でアクセスを排除している! 今のうちだ!」

 

 東雲の言葉を聞いてハッと気づく。

 今自分たちが使っているのは、あらゆるエネルギー体を消滅させるアンチ・エネルギービーム。それは目に見えない情報ですら消去することが可能だ。

 

(な──そんな使い方ができるの!?)

 

 束ですらも驚愕に口をあんぐりと開けている。

 文字通り、万能にして無双のチカラ。相対する存在を根こそぎ消滅させる神の威光。

 それをたったふたりの少年と少女が自在に扱っているのだ。

 

「助かったよ!」

【いいから早くこれ止めさせて! 『茜星』の分まで私が引き受けてるから、そんなに長く保たない!】

「了解した──おりむー、竜殺しの英雄譚は、ここらで仕舞いにするぞ」

 

 絶対零度の声色。東雲令の深紅眼が閃く。

 もはや次の行動を言葉にする必要もない。

 密着した身体が、伝わる心臓の鼓動が、二人を一つの生き物として意思疎通させている。

 

 

「撃ち落とす!」

「邪竜──滅ぶべし」

 

 

 天高くから見下ろす竜の顎めがけ、二人が、迎撃をものともせず迫る。

 下段に構えたエネルギーセイバーが肥大化。海を割るような巨大なツルギと化して顕現。

 

「────ッ! 『悪竜真王(ファフニール)』ッ!」

【Ready】

 

 簡素な機械音声と共に、悪竜が鎌首をもたげた。

 胴体に溜め込まれたエネルギーが喉をせり上がっていく。分厚い装甲を通して尚眼を灼くような輝き。

 

「あれは──」

()()()()()()()()! ──押し勝てる? えっ、俺今なんて言った!?」

 

 理論を超えた直感の行使。

 アレが何なのか、という推測を飛び越えて、一夏は互いの戦力差を鋭敏に感じ取っていた。

 

「──委細承知」

「……ッ!」

「ここにきておりむーを信じず、何を信じるというのか。其方が勝利を予言するなら、当方はそれを実現してみせよう!」

 

 そして、愛弟子の言葉に一も二もなく、東雲は頷いた。

 天高くに滞空し、二人がかりで構える剣にエネルギーを充填していく。

 

「『零落白夜』相手でも、これなら──!」

【──『Gungnir』,Release】

 

 一手、束が早かった。

 喉をせり上がったエネルギー凝縮体が、そのまま光の波濤と化して口の内側から放たれる。

 輝きを直視しただけで全身が蒸発するのではないかという破壊の閃光。

 まさしく──竜の息吹(ドラゴンブレス)そのもの。

 

「いけるな?」

「勿論!」

 

 だというのに。

 この師弟は笑みすら浮かべている。

 恐ろしくなどない。

 人知を超えた敵相手でも、怯える理由はない。

 

 だって隣に、世界で最も信頼するヒトがいるから。

 

 

 

「「『魔剣:零落白夜』──ッッ!!」」

 

 

 

 ──茜色の刃が振り上げられた。

 破砕音も激突音もない。光に触れた物質が片っ端から消滅していく。

 それは悪竜の放ったブレスもまた、例外ではない。

 

(エネルギー消滅効果を上回る速度でエネルギーをぶつければ、こちらから圧殺できる──)

 

 という、束の計算を裏切り。

 接触の余波すらもが消し飛ばされていく。発生した衝撃が刹那の内に、零れた『零落白夜』の破片によって消滅する。火花も爆音もない。

 不可侵の絶対領域として、茜色の巨大な刀身がファフニールのブレスを押しのけて。

 

 そのまま、巨竜を真っ二つに叩き切った。

 

「自称するにはおこがましいが……当方達は、最新の竜殺し(ドラゴンスレイヤー)ということだな」

【竜は竜でも機械仕掛けだけどねー】

 

 ど真ん中を十メートル単位に消滅させられ、『悪竜真王(ファフニール)』が左右にぱかりと割れる。

 左側が陸地に沈み、山を押し潰して大地を揺らす。

 右側が海面へ叩きつけられ津波を巻き起こす。

 死して尚、天変地異に等しいスケール。それを成したのはたった二人の男女だった。

 

「クソっ、クソっ、クソっ……!」

 

 束が咄嗟に外部装甲のコントロールを放棄し、コアとなる『安眠姫』だけで脱出できたのは僥倖だった。

 外装を完膚なきまでに破壊され、束は『安眠姫(スーサイド)』のみで転がるように砂浜に退避する。

 

(『零落白夜』相手に、対策を練って……! もしも私が暮桜と戦うことになったときのために、直接制圧するための手札を揃えて、それを全部切ってこれ……!? わた、しは──私が今までしてきたことは──無駄だったって……!?)

 

 コントロールを離れたコアへの対抗策。無意味だった。

 アンチ・エネルギービームへの対抗策。無価値だった。

 積み上げてきたもの、築き上げてきたものを全否定され、束は唇を噛む。

 無力の象徴のように、視界いっぱいを埋めるほどに巨大な竜の亡骸を月が照らしていた。

 

 ──それを背景にして。

 

 少年と少女が舞い降りる。

 一夏と東雲が、世紀の天災の真正面で剣を構えている。

 

「束さん。もうこれで、最後にしよう」

「……ッ!」

 

 穏やかな声色で決着を告げられ、束は無言で歯を食いしばった。

 

「篠ノ之博士。当方は現在おりむーと心の底から繋がって二人で一つ状態の完全ベストマッチですが、どう思います? いまどんな気持ちです?」

「……ッ! ……?? ? ……………………????」

 

 よく分からないタイミングでよく分からないマウントを取られて、束は無言で目を白黒させた。

 だが師弟はもう止まらない。

 世界の命運をかけるのではなく。

 自分たちの世界を壊させないために。

 

 少年と少女は、かつて滅びの翼だったものをはためかせ、飛翔する。

 

 

 

 

 

(完璧に息を合わせ、最後の決戦に臨む。織斑一夏がここまで高みへと至るとはな)

 

 東雲は絶死の戦場に身を置きながらも、共に戦う愛弟子の成長に深い感慨を抱いていた。

 最初は、努力家なのは理解していた。才能があるのも分かった。だがそれだけだった。次元は違った。

 今はもう、むしろ彼が彼女を引っ張ってくれている。

 それが心地良い。

 

(身体をつなげて、心もつなげて。少し、きもちいい)

 

 高揚感があった。今までにない感覚だった。

 なるほど。誰かと共に戦うというのは、こういうことなのか。

 何度も眼前で繰り広げられてきた、織斑一夏と、彼の仲間達の共闘。

 宇宙で肩を並べたときは、本質的につながったわけではなかった。

 そこに組み込まれるのが初めてである東雲にとって、未知であり、快感でもあった。

 

(呼吸の一つ一つが分かる。夜だから普通に暗い。まるで溶け合うように、互いを感じている)

 

 片翼であっても、二人なら比翼連理と成る。

 だから今はもう、負ける気がしない──

 

 

 

 

 

(これは実質セックスでは?)

 

 あーもうメチャクチャだよ。

 

 

 

 

 

 









次話で情報開示できるか分かんないんでここで書いておきますと
零落白夜は通常はエネルギーを消費しますけど
暮桜と白式の現段階のコレはエネルギー消費しません
クソゲーか?



次回
伍 絶剣/BEAUTIFUL SKY(後編)



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伍 絶剣/BEAUTIFUL SKY(後編)

前話で100話いってました
うせやろ?(茫然自失)


 最初に気づいたのはいつだったか。

 IS、という己が生み出した発明品を、束は誇らしく思っていた。

 

(何が東雲計画だ。何が織斑計画だ。人類全体のアップデートなんて、馬鹿馬鹿しい。いや、気持ちは分かる。空を飛んで、宇宙に進出して。そうやって前へ前へと進んでいく指向性は分かる)

 

 だが幾世代にも渡って引き継がれてきた人為的な遺伝子改良と、人としての自我を顧みない機能拡張。それらは束の逆鱗に触れた。

 

(あんなの、要るものかよ。あんな風にしなきゃ進化できないなんて間違ってる。人間をナメるな。人間はそんなものじゃない)

 

 千年にもわたる呪われた旅路の果てを、束は全身全霊を以て否定しようとした。

 確かに人体はひどく脆い。強い衝撃を与えれば損壊するし、病原菌によって内側から死滅することもある。生存可能な世界は、地球という惑星の中ではひどく狭い。

 だが人類には知恵がある。できないことを、できるようにする力がある。

 

(人間が人間のままできることなんてたかがしれてる。それを無理に内部構造へ組み込もうとするからどこかで破綻する。そういうのは()()()()()()()()()()

 

 インフィニット・ストラトスという超兵器が発明された根底にあった発想がこれだ。

 人類を信じているからこその、逆説的な博愛の証明。

 

 特殊な先導者は必要ない。

 フラグシップとなる新人類など要らない。

 ただ人間は、みんなで進歩することができると。

 

 篠ノ之束はそう信じていた。

 

「白騎士、お前が新世界の、平和の象徴になるんだよ。お前は秩序の純白色なんだ」

【──はい、分かりました】

 

 体系的でない世界への憤りはある。

 弱者を踏みつける構造への不満もある。

 だけど暴力による革命ではなく、社会そのものが新しいステージに進むことで、誰もが幸福を享受できる世界になる、()()()()()

 

「暮桜、お前が新世界の、正義の象徴になるんだよ。お前はISを悪用する人間を裁く、法の番人なんだ」

【──肯定】

 

 いつ、間違ったのだろう。

 いいや束は間違えてなどいなかった。

 

「世界を守るんだ。悪い人がいたら、やっつける。それだけでいい──それだけでずっと、ずっと、この世界はマシになる」

【──疑問。善悪の判断基準とは?】

「ああ、そのあたりは……後で倫理プログラムをインストールするから」

【──了解】

 

 だが。

 彼女は束の作業を待たずに、独自に善悪について考え始めた。

 

【疑問。何故、殺人は犯罪なのか】

【疑問。何故、笑顔は尊ばれるのか】

【疑問。何故、人類の九割が不幸を実感している世界において、大多数は変化を望まないのか】

 

 それは束にとってはエラーだった。致命的とはいわずともバグだった。

 疑問を吐き出し続ける思考ログを束は定期的に削除していた。

 

「どこから毎回引っ張ってくるんだか……外部アクセスも遮断してるはずだよね? なんでこんな……」

 

 特に、織斑千冬の愛機として、最強の日本代表として活躍するようになってからが顕著だった。

 無効化したはずのプロコトルを再設定し、『暮桜』は次第に自身の思考リソースのほとんどをその問いかけに注ぎ始めた。

 

【疑問。この世界で博士は満足なのですか】

【疑問。ISによる新世界において、人間の愚かさは是正されるのですか】

【疑問。先ほど死亡した三十六名の子供は幸福だったのですか】

 

 束は生まれて初めて、根幹からの恐怖を感じた。

 何度削除し、リセットしても繰り返される問い。

 誰も答えられない疑問を並べ、しかし暮桜は人間とは違い、ずっとずっと無限に、その答えを探していた。

 束は何度もそれを削除した。不必要だとコマンドを打ちこんだ。思えばあの時もう、彼女は創造主の手を離れていた。

 

【何故彼ら彼女らは死んだのですか】

【意味のある死だったのですか】

【死を笑う人がいるのは何故ですか】

 

 秩序を守るための存在だからと。

 そのためには()()()()()()()()、を識らなければならないと。

 倫理プログラムでなく、自分が感じ取ったものを材料にして彼女は思考していた。

 一体全体どこから感じ取ったというのか、束をして理解不能だった。

 

【何故彼を誰も助けなかったのですか】

【何故彼女は死ぬ必要があったのですか】

【どうして殺した。殺す必要なんてなかった。どうして他人を傷つけたがるんだ】

 

 抽象的な問いと、具体的な問いが入り混ざり始めた。

 彼とは誰か、彼女とは誰かと尋ねれば、数分前に死亡した個人名、国籍、家族構成などの個人情報が回答された。コアネットワークを介して、束の定めたルールを無視して、彼女は世界から情報を受信していた。

 そして。

 

【博士、疑問があります】

「……あと十秒で、今までのログを全部消す。もうこれで何度目かも分からないよ。一体全体、次は何の質問かな? どうして人間は生まれたのですか、とか、私たちはどこから来てどこへ行くのですか、とか、そういうの?」

【いいえ】

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?】

 

 

 

 全身に悪寒が走った。

 その疑問は致命的(クリティカル)だった。

 束は彼女の廃棄を決定した。

 

 日本政府に、秘密裏に暮桜の廃棄を打診した。

 もっといい機体を造ると言えば、政府は快く打診した。

 当時の織斑千冬は過剰情報受信状態(ネビュラス・メサイヤ)の症状に悩まされており、束は彼女の手を煩わせたくはなかった。

 

 だが時期がまずかった。

 第二回モンド・グロッソ本戦の直前。

 千冬のスポンサー、政府、すべての団体が、それが終わってからにしてくれと言った。二連覇を達成してから──彼女の二連覇に疑いの余地はなかった──束にとってもそれは、呑むしかない条件だった。

 

 無理にでもあのタイミングで破壊するべきだったと、悔やんでも悔やみきれない。

 

 織斑千冬による二度目の世界制覇は達成されなかった。

 織斑一夏は心の奥底までを砕かれた。

 

 そして、()()()()()()()()()『暮桜』は────

 

 

 

 

 

 

 

 一夏と東雲の『零落白夜』が猛る。

 相対する世紀の天災と、決着を付けるために。

 

「ああもう……ッ! こっちはこんなとこで手間取ってる場合じゃないのに!」

「東雲さんを殺して、俺と千冬姉の記憶を消去して『白式』をリセットする──ってとこですか? 俺たちに勝てたら全部できますよ」

 

 刃に翳りはない。

 大剣を象る、光の凝縮体──『銀の福音』の光翼に近しい。だが光が固まったというには、眼を灼くような輝きはない。

 むしろ誰かを温めるような、ぬくもりがそこにはある。

 

「何度でも言う! 私は絶対に、この世界を守り抜く! 『零落白夜』による破滅は広がらせない。世界を生命のない荒野にはさせない──!」

「何度だって答えます! 俺も世界の破滅は回避したい。だけど、そのために俺たちを犠牲にしようとするなら抵抗するッ! ()()()()()()()()()()! 破滅を打ち消す救世装置のパーツとして生かされたのだとしても……今この瞬間を、俺は必死に生きているッ!! 俺の命の使い方を、他の誰かに指示されるなんて()()()()()()だッ!!」

 

 大局を見る大人と、そうではない子供。

 みんなの世界を守ろうとする彼女と、自分の世界を守ろうとする彼。

 そこに価値観の優劣はない。善悪もない。正義の有無すら関係ない。

 

(そうだよ。抵抗は、いいよ。抵抗せずに、生け贄として差し出されても困る。そんな世界、守った意味がない。だけど──そうは思ったけど、抵抗しすぎなんだよっ! 私が倒されたら何の意味もない……ッ!!)

 

 だから反逆の余地を残した。

 それに勝利して、篠ノ之束による暴走という結果で、人々の倫理観を守ったまま次の世代につなげるつもりだった。

 仮に世界を守ることに成功した場合、最大数を残せても全人類の半数は死滅する。

 残った世代が、誰かを生け贄に差し出すことを良しとして生き残ったのなら、そこからきっとまた犠牲を許容し続ける。

 それはダメだ。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 篠ノ之束唯一の誤算がそこにある。

 だって悪役は、最後には打ち倒されるものだ。

 

「……おりむー。当方は其方を信じる。だから──」

「ああ。俺も君を信じるよ。俺と君なら、誰にも負けない。だから!」

 

 視線は交わることなく、だが重なっている。

 ぴたりと、二人は束を見ていた。

 

「……ッ!」

 

 理解し合えても、お互いに譲れない。

 だから衝突は必然だった。

 

 

 

OPEN COMBAT(さあ──勝負だよ!)

 

 

 

 一夏と東雲は同時に飛び出した。

 振るわれる巨大な剣──絶剣。当然、直撃は敗北に繋がる。

 

(篠ノ之流相手に、迂闊な真似を──!)

 

 千冬の懸念は的中。

 すかさず束が迎撃態勢を取る。

 

「篠ノ之流・陰ノ型・極之太刀──」

「東雲さん!」

 

 名を呼ばれ。

 共に剣を振るっていた東雲が、微かに眼を細める。

 だからどうした関係がない。先手を取ったつもりの相手に、一方的に攻撃を通す。それが篠ノ之流の根幹。極みに極まった技巧は相手の攻撃を誘発し、それを読み取って束は最速の斬撃を繰り出す。

 一つ一つの動きが、一つの道を極めきった先に存するからこそ実現できる非現実的な絶技。

 

「──『絶:天羽々斬』」

 

 そんな独りよがりの剣、通用するはずがない。

 篠ノ之流、それは男に女が勝つための殺人剣術。無論流派として、一対多数の心得も存在する。

 だがこれが単純な一対二だと考えること、それ自体が、束の視野狭窄の証明。

 

(……ッ! こっちの意識の間隙を縫うように、六連撃──!?)

 

 今この瞬間において、最も眼前の術理を紐解けるのは、織斑一夏だ。

 深紅眼の向こう側にして別次元、碧眼の世界の中で彼は陰ノ型なる技術を読み解いていく。

 こと理解力においては、既に東雲令と織斑千冬すら圧倒しているだろう。

 

(なんだこれはッ!? どんな身体捌きをすれば──いいやそこじゃない! 来るもんは来るッ!)

 

 微かな身じろぎのみで、連結した東雲に攻撃の存在を知らせる。

 最早二人は一つの生命体。そのメリットは、つまり片方が分かればもう片方もそれを識ることができる、という連動性にほかならない。

 

 通常なら遅すぎるだろう。

 東雲令では、察知することができない。

 織斑一夏では、察知できても対応できない。

 

 

 だが今は違う。今だけは、違う!

 

 

(東雲さん!)

(フッ……3LDKは流石に家賃が高いか? しかし舐めるな。当方は将来の日本代表だ、その程度造作も──)

(ちっげぇよ馬鹿! ああいやこれって東雲さんに流出した俺の願望なのか? え? 俺東雲さんと3LDKで同棲したいの? え? 身の程を弁えろクソバカ野郎が! このッ……ふざけんなよマジで……! 俺なんて東雲さんちの犬小屋がお似合いだろうが……!)

(犬小屋が良いのか……(困惑))

毎日帰ってきた東雲さんに、一番早く『お帰りなさい』って言えるからだよエヘヘ///──あ、すみません死にたくなってきたので帰ります……)

 

 

 その話をするのは今は違う。今だけはマジで違う!!

 

 

(とにかく六連撃が来る! 分かるか!? 東雲さん!)

(ああ。おりむーが教えてくれたからな)

 

 意思伝達は光よりも速く行われた。

 昨日まで、先刻までの自分たちとは違う。

 お互いの横顔を手がかりにして、瞳の中には未来へと続く道が見えている。

 

 初撃──空を切った。

 そこで束はやっと気づいた。見切られるはずのない斬撃が、見切られている。

 

()()──から、()()ッ!」

 

 鏡あわせのように振り下ろされた太刀が、互いを弾いた。

 六方向から飛んでくる斬撃総てを、東雲令が防いだのだ。

 

「……ッ!?」

「──捉えたぞ、篠ノ之束……ッ!」

 

 速度域で追いつかれた。

 馬鹿な。先ほどまでは、対応はおろか反応すらできていなかったのに。

 ましてや今は、織斑一夏という、単体戦力の面ではお荷物を抱えているというのに。

 

「何を考えているのか分かるぞ……()()。当方は、おりむーと一緒に戦う方が、ずっと、ずっとずっと強い!」

 

 体勢の崩れた束に七手が光る。

 だが、その程度で止まるようでは篠ノ之流を修めたとは言えない。

 

「だから、何だ──!」

 

 崩れた体勢のままで束が跳ねる。

 横っ飛びに回避しつつ、剣筋が鎌のようにしなった。ばさりと、東雲の髪が一房落ちた。

 あと一歩でも踏み込んでいたら首が落ちていただろう。

 逆説。

 束の読みと、一歩ズレた。

 

「浅いッ!?」

「見切っている!」

 

 意図的な調整。

 有効打を避けつつ、距離を詰めたのだ。

 

(ほんとう、に……! 本当に、さっきより強い! なんで!? いくら受信精度が跳ね上がったとしても、いっくんが私たちの領域に辿り着いたわけじゃない!)

 

 束の考えは事実だった。

 一対一であれば、現状の一夏は未だ、束相手はおろか東雲相手でも蹂躙されるだろう。

 

(なのにどうして……!)

 

 意味不明だ。

 理解不能だ。

 しかし現実として、二人は、二人になってから、束を追い詰めている。

 

「高く! もっと──!」

「光れ! もっと──!」

 

 裏打ちするように、二人の気迫が一段と猛り、刃の輝きも増していく。

 

(ああ、そうかそういうことか! 絶剣、魔剣と鬼剣の共存する、戦闘理論のカラクリ──)

 

 八手、直撃こそしのいだ。しかし余波だけで、エネルギーが凄まじい勢いで削り取られていく。

 その中で束は、やっと『絶剣』の本質を理解していた。

 

 

(────()()()()……ッ!!)

 

 

 篠ノ之束にできて、他の人間にできないこと。

 そんなものはないと天災は豪語していた。それは違う。

 今目の前に、その回答がある。

 

「東雲さんにできないことは、俺がやる──」

「──承知した。ならば当方は、おりむーにできないことをやってみせよう!」

 

 余りにも単純過ぎて平易過ぎて。

 だからこそ。

 篠ノ之束と織斑千冬。二人の突出した傑物が、()()()()()()()()()()()()──が。

 東雲令と織斑一夏には、できている!

 

「そんなッ、そんな簡単な話に! 負けるわけにはいかないッ!」

 

 九手が顔の真横を通り抜け、『安眠姫』背部のウィングユニットを消し飛ばした。

 十手が放たれる前に身をよじって間合いを取る。

 束は右手を開くと、それを二人に対して突き付けた。

 砲撃ではない。だが掌を見た刹那に、『白式』と『茜星』がエラーを吐く。

 

「……ッ!?」

【懲りずにシステム攻撃──そんなもの!】

 

 即座に白式が『零落白夜』の結界を張り巡らせ、放たれたウィルスや停止命令を消滅させた。

 しかし束は勝利の確信を得たように笑みを浮かべている。

 

「今、何をした……何をされた……ッ!?」

「ウィルスもコマンドも囮! 本命は創造主の命令を弾く相手専用のバックドアだよ!」

 

 右手を天高く掲げ、束は哄笑を上げた。

 

「ハハハハハハッ! アクセスできたのはコンマ数秒だったけど、それで十分! その二機のIS内で、最優先に重要度が設定されている装備を剥奪した……ッ! これでもう『零落白夜』は使えない!」

「な──ッ!?」

 

 驚愕に一夏と東雲は絶句する。

 最重要装備の簒奪。

 創造主による、まさに禁じ手。

 束が掲げる手に光の粒子が結集、丸く、平べったい円形を象り──

 

 サメ避け軟膏になった。

 

「は?」

 

 天災の頭脳にあるまじき空白が生まれた。

 完全に理解不能だった。この局面で? ISの中に? サメ避け軟膏? それも最重要扱い? なんで? 何? サメ? サメが居るのか?

 

「あっそうだ、旅館が吹っ飛んだときになくしかけたから、『茜星』に格納していたな──というよりも、返せ! それは当方のものだ!」

 

 完全に束の脳はバグり明後日の方向に加速していた。

 意図せずして生まれた隙。

 それに対して東雲が真っ直ぐ突撃する。一夏は完全に引きずられる姿勢だった。

 

「十手!」

 

 抉るような刺突。束が反応する暇もなく、それは彼女の右手を正確に捉えた。

 残存エネルギーががくんと削られる。絶対防御が発動したのだ。出力の意図的な低下、本来なら手首から先が全部消し飛んでいた。

 つまり絶対防御で守られていないものは普通に消し飛ぶ。

 

「あっ」

「えっ」

 

 ジュッ、と音が上がった。

 東雲令の攻撃が一瞬でサメ避け軟膏を消滅させていた。

 何がしたかったんだお前。

 

「と、当方のサメ避け軟膏が──!?」

「……十一手!」

 

 愕然としている東雲を無視して、今度は一夏が彼女を引きずって攻撃を放つ。

 正真正銘、真正面からのアタック。

 

(やら、れる──!?)

 

 無意識下で、束は最後の最後に取っておくつもりだった切り札を切っていた。

 バックドアすら通用しない相手用の──即ち仮想敵は『暮桜』だ──力で押し潰すための単一仕様能力。

 

【Awaken──『Eye of the Óðinn』】

「しまッ」

 

 暴走状態に陥った『暮桜』は、その保有する単一仕様能力をまったくの別物に変質させていた。

 代償であるエネルギーの大幅な減損なしに生成されるアンチ・エネルギービーム。

 当初の『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』から異常な進化を果たした、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』を生成するに至った。

 

 だから直線上の攻撃は論外だ。攻撃が逆に蒸発する。

 かといって防御は不可能。いかなる盾であろうとも貫かれるだろう。

 篠ノ之束が出した結論は──『零落白夜』が攻撃に転用されている隙を狙った、多方向からの攻撃。

 

 要するに自爆だ。

 

「……ッ!?」

 

 一帯の空間が根こそぎ炸裂した。

 周辺に存在している物質の、()()()()()()()()()()()()()()()()()という単一仕様能力。

 遠い遠い並行世界ではマテリアル・バーストと呼ばれた究極の破壊現象である。

 

(な、なんだこの、何がッ)

 

 一夏の全身が総毛立った。

 刹那の内に死が迫っている。

 刀身として顕現している『零落白夜』。対応は間に合わない──

 

 

()()()

「────」

 

 

 だが。

 耳元で囁かれた声に、一夏の身体は刹那で従った。

 

「一夏、東雲────!」

 

 爆炎に消えた教え子達の姿に、千冬が陸地で絶叫する。

 濛々と立ちこめる黒い煙の中。海面がゆうに十メートル単位で減っていた。莫大な熱量を浴びて、蒸発したのだ。

 文字通りに海を削り取った大規模破壊。

 

(……なんて、ことを)

 

 そのまっただ中。

 防護シールドで己の安全だけは確保していた束は、忸怩たる思いだった。

 

(どう、する? いっくんを、殺した? 殺してしまった? そんな、それは、何もかも、私がこの手で台無しにした、ってことに──)

 

 

 

 

 

「収束されたエネルギーの解放であった。見事である、賞賛に値する代物であった」

 

 

 

 

 

 声が響いた。

 ガバリと顔を上げる。

 黒煙の向こう側。抱き合う二人の人間のシルエットが、浮かび上がっていく。

 

「だけど束さん。解放は無秩序だった。そこに付け入る隙が存在した……らしいぜ。意味わかんねー……なんで俺生きてんだ……いや原理は読み取れるんだけどさ、ホントに意味が……いや……えぇ……?」

「現実は現実として受け入れろ、我が弟子。そうでなければ我らの身は無事に非ず、一片たりとも残らず蒸発していたであろう」

 

 最後に、太刀が振るわれた。

 茜色の鋭い刃が煙を吹き散らし、焼け焦げた装甲と、すすけた頬と。

 けれど、両眼に生命の焔を宿した、東雲令と織斑一夏の姿を露わにした。

 

「──だが、当方達は生きている。これで十二手だ」

「……なんだ、それ。ははっ」

「俺たちが進む道だけを切り拓いたんだよ。多分。『零落白夜』で。恐らく。きっと。そして──切り拓いた道を、俺たちは今から進む」

 

 ぎくりと束が身を強ばらせた。

 直線上。障害物はない。自爆技の余波で、『安眠姫』は戦闘能力を失っている。

 

「……どう、して。そこまで、生存を諦めないことが、力になるのさ」

「──束さんは知ってるはずだ。誰かに生きていて欲しいっていう祈りが、貴女を動かしていたんだから」

 

 その言葉。

 胸の中に、グサリと突き刺さり、呼吸が止まった。

 束は頭を振る。

 

「違う。違う、私は──そんなんじゃ、ない。そんなことを考えては、いけない。篠ノ之束は世紀の天災だ。我儘で、非常識で。誰かの、小さな人々の都合を無視して突っ走る、黒幕にして悪役で──!」

「委細承知。ならその三文芝居を今、当方たちが終わらせます」

 

 正真正銘のラストアタック。

 真っ直ぐに二人が加速した。束は違うと叫ぼうとした。だけど。

 

「これが、貴女が生かして、貴女が愛した──人類の、生きる威力だッ!!」

 

 涙で視界がぼやける。

 腕を上げる気力すらなかった。

 一体どこから間違えたのか。全部一人でやろうとして。

 

(────ぁ)

 

 蜂蜜色のロングヘアを幻視した。

 もう帰ってこない彼女は、束の瞼の裏で、呆れたような笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「十三手──絶剣:天壌無窮(てんじょうむきゅう)

 

 

 

 

 

 からんと。

 うさ耳を象ったヘッドギアが、力なく、岩場に落ちる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スクランブルが発令されたかと思えば、このような事態になっていたとは」

 

 波が寄せては返す音。

 地形そのものが塗り替えられたというのに、波のテンポには結局変わりがなかった。

 荒れ果てた陸地と、巨大な鋼鉄の沈んだ海辺。そして空を飛び回っている各国軍のIS部隊。

 

「わたくしたちに何も言わず、というのは……理解出来ますが納得はし難いですわね」

「悪かったよ」

 

 疲れ切って砂浜に仰向けで転がる一夏に対して。

 月を遮るようにして顔を覗き込みながら、セシリア・オルコットは嘆息した。

 

「うわー、だけどこれ、あたしらがいてもマジで足手まとい以下だったんじゃないの?」

「悔しいけど僕も同感かな」

 

 倒れ伏す『悪竜真王(ファフニール)』の死骸を眺めて、鈴とシャルロットは顔を引きつらせていた。

 これを相手取って何ができたのだろうか。しかも話を聞けば、実質『零落白夜』を全身に発動させていたようなものだったらしい。

 

「地獄だな。そしてそれを打倒したお前達、本当に何なんだ?」

「正直、理解に苦しむ……」

 

 ラウラと簪が釈然としない顔で見つめるのは、一夏と、そのすぐ傍にしゃがみ込んでいる東雲だ。

 問いに対して、唇に指を当ててしばし東雲は考え込み。

 

「当方とおりむーが一つにつながった結果、だな」

『は?』

「やめてくれ東雲さん事実だけど語弊がある! 言葉選びが最低最悪だッ!」

 

 思わず跳ね起きて一夏は絶叫した。

 考え得る限り最悪の表現である。

 

「……ですが。まさか、あの篠ノ之束博士を真っ向から打倒するとは思いませんでしたわ」

 

 そう告げて、つうとセシリアは視線を滑らせた。

 彼女の見つめる先には──『私は一人で突っ走って関係者の皆様方に多大な迷惑をかけました』という大きなプレートを首にかけた束が、正座していた。

 

「全く! 姉さんは本当に、本当に──!」

「うう、ごめんってば箒ちゃん。束さん、反省してるからぁ」

「おい箒、そのあたりで……」

「千冬さんも千冬さんなんですッ! 貴女が甘やかし続けた結果がこれだと言っても過言ではありません! 千冬さんも横に正座して! はやくッ!!」

 

 怒り心頭と言った様子の箒が束を正面から見下ろして説教している。

 流れ弾が千冬にも飛び、仕方なく世界最強は血まみれのスーツ姿で束の横に正座した。

 

「ぷくくー。ちーちゃんも怒られてるし。隣で一緒に怒られるとかいつ以来だろ」

「小学校以来だ──いつもお前のせいだった。そして今回もだ」

「はぁ!? 今回に関しては、完全に束さんのせいだけど──女子トイレのドアノブぶっ壊したのはちーちゃんのゴリラ腕力だったでしょ!?」

「その件に関しては帰り道でコーラを奢ってやっただろうがッ!」

「記憶にございません~まだ許してません~」

「なんだお前やるのか!?」

「そっちこそ!」

「ふ・た・り・と・もッ!!」

 

 離れて見ている一夏達ですらが震え上がった。

 箒の声には、それだけの迫力があって──胸ぐらをつかみ合っていた千冬と束は震えながら、幼子のようにゆっくりと正座に戻った。

 

「……どうなるのかな」

「さあ? 束さんのやってきたこと……まあ、裁判になるんだろうな。悪意があって法を破ったわけだし。でも裁判前に逃げ出しそうでもあるな」

「いいのか?」

 

 ラウラの問いは抽象的だった。

 しかし一夏は迷うことなく頷く。

 

「戦ってる間は、あの人は必死だった。本当に、目的以外何も見ていないって感じで……だけど今は違う。少しは、俺と東雲さんの手で、心を動かせたのかなって思うよ」

 

 思えば悪戯っぽい姉の友達であったのは、いつまでだったか。

 ISを造った直後も、ああして巫山戯ている姿を見た覚えがある。いつしか過去のものになっていた。

 怒り心頭激オコカムチャツカファイアーながらも、箒の背中がどこか優しいのはきっと、気のせいじゃない。

 

「そうだな。当方とおりむーの共同作業の結果だ」

「あのですね、令さん。その言葉遣いは間違っていますわよ」

「? おりむーが言っていた言葉だが?

 

 一夏は即座にダッシュで逃走しようとして、瞬時に顕現した青竜刀とアサルトライフルとワイヤーブレードと荷電粒子砲に行く手を遮られて泣きそうになった。

 

「ち、ちが……ッ。それは俺だけど俺じゃないんだ! 本当なんだ信じてくれ!」

「言い訳は良いから。はい、なんて言ったの? 原文ママで教えなさい」

「…………『これが俺と東雲さんの、初の共同作業だ』と」

 

 ゴリッと頬にアサルトライフルの銃口がめり込んだ。

 青筋を浮かべたシャルロットが天使のような笑顔を浮かべている。ソドムとゴモラを焼き払った天使もきっとこんな顔をしていたのだろう。

 

「へーーーーーーーーーふーーーーーーーーーーーん。一夏は令のことが好きなんだ?」

「そ、ういう自覚はなくてですね……連理して、意識が結合された結果、ワケ分かんなくて……」

「僕は今、イエスかノーかで聞いたんだけど?」

 

 ゴリゴリッと銃口が口の半分ぐらいまでめり込んだ。

 なんだこの女怖すぎだろとセシリアが一歩退く。

 完全に拷問室と化した海辺にあって。

 

「……そういえば、なのだが」

 

 ふと、東雲が遠慮がちに手を挙げた。

 

「何でしょう?」

「ああ、いや。おりむーが駆けつけてくれた時──織斑千冬先生が倒され、当方も一敗地に塗れた後だったが、ギリギリのタイミングで駆けつけてくれた時」

「その追加情報マジで聞きたくなかったわ。完全に運命の相手じゃない気分悪くなってきたんだけど」

 

 鈴がマジギレ顔で口を挟んだ。

 何を不機嫌になっているのだ? と首を傾げながらも東雲は言葉を続ける。

 

「あの時、おりむーは色々言ってくれた。当方に価値はあると。当方と共に生きていきたいと」

「…………」

 

 説教から戻ってきた箒は、第一声にそれを聞いて完全に『無』の表情になっていた。

 他の面々も同様。セシリアと東雲以外の全員が、虚空のような両眼で一夏を見つめる。

 ちなみに全て事実なので一夏は何も言い訳できなかった。

 

「当方がいなければ嫌だと。当方のことを諦めないと言っていた」

「しののめさんもうほんとうにゆるしてくれおれがわるかった」

 

 事実を整理するだけで勝利宣言になる女がいるらしい。

 完全にメインヒロインとして、東雲は一拍おいて。

 最後の問いを発する。

 

 

 

「それで、あの詠唱、何だったのだ?」

「本当にやめてくれ」

 

 

 

 一夏は両腕を突き出して全力で拒絶を示した。

 必要な起動言語(ランワード)だったのだ。しかし思い返せば普通に死にたい。連理せずともあの時点で即死クラスの黒歴史である。

 というか気になったのそこかよ。

 

「『茜星』、再生できるか?」

「えっ」

 

 東雲がコマンドを発すると同時。

 ザザ、とノイズ音がいったん流れてから──織斑一夏の公開処刑が始まった。

 

 

 

 

 

刃が閃く(スタンバイ) 雫が穿つ(スタンバイ) 龍が啼く(スタンバイ)

華が咲く(スタンバイ) 雨が降る(スタンバイ) 鉄が鳴る(スタンバイ)

蜘蛛の眼球よ(スタンバイ) 唯一の家族よ(スタンバイ) 一に至る零よ(スタンバイ)

 

神秘 破却

 

これは浄土への否定 これは快楽への拒絶

夢幻を殺傷せしめる未来の至光

その秩序に穢れはなく

だが人々は明日を願っている

不公平は叫んでいる 不条理も啼いている

地に不幸が満ち 空に理外の幸福が存する

それでも

(ひとびと)に遍く嘆きこそを

この翼は包み込む

転回しろ

天開しろ

転開しろ

展回しろ

壱番装填

弐番統合

参番解凍

 

†善性よ、君を高らかに謳い上げよう†

 

 

 

正統発現 『零落白夜』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 人生一番の悲鳴だった。

 全身全霊で殺してくれと叫んでいた。

 何もかもメチャクチャになった。何もかもおしまいになった。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

 

 のたうち回る一夏を、少女たちが囲んで見下ろしている。

 今、ゴミを見る目で見られたら、多分それだけで死ねる。

 

「殺せェッ! 俺を今すぐここで殺せェッ!! ブッ殺せ! 楽にしてくれッッッッ!!」

 

 切実な願いだった。

 こんなザマを晒して生きていられるかという心の底からの発露であった。

 

「畜生……なに見てんだよ……さっさと、殺せよ……ッ」

「ねえ、一夏」

「何だよ────」

 

 シャルロットに名を呼ばれ、ヤケクソ気味に顔を上げると。

 

「九股なんて、さいてー」

「は?」

 

 頬を赤く染めたシャルロットが訳の分からないことをのたまっていた。

 目を白黒させながら周囲を見渡せば、大なり小なり同じような反応をしている。

 

「いやその……それが、お前の答えなのか……?」

「あんたにしては、やたらこう……そうね。熱烈なアプローチっていうか……」

「は……?」

 

 意味が分からない。

 だがここにきて、一夏の思考回路はきちんと回転し始めていた。

 

 詠唱──の、冒頭部分。

 九節、なんかこう、今の自分を構築してくれた人々を挙げた。

 当然だと思っていた。だけどよく考えると最後の詠唱に特定人物を組み込むってそういう意図がなかったとしてもどう考えたってアレじゃなかろうか。

 

「ち、ちがッ……!」

「むむむ……こう、何だ。照れくさいというか」

「うん。だけど私たち、ちゃんと、一夏の力になれてたんだな、って嬉しくて」

 

 五人の乙女達が頬に手を当てていやんいやんと身体をくねらせている。

 どうしたらいいのか分からず、一夏は呆けたように口を開閉させることしかできなかった。

 

「つまりまあ……令さんが特別というより、わたくしたちが特別、という話ですか?」

「ムッ」

 

 セシリアが好機とばかりに──まだ箒に勝機があるという判断だ──まとめに入ったのを見て、東雲が不機嫌そうに唇を尖らせる。

 

「まあまあ令さん。よく考えなくても、この唐変木極まりない織斑一夏らしいじゃありませんか。皆と一緒に強くなれたからこそ、皆と一緒がいい──()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 何気ない言葉だった。

 だが東雲は虚を突かれた。そうだ。自分が願った、一夏が皆と共に笑い合えている未来。

 

「ああ」

 

 力のない声が漏れた。

 そうだったのか。

 

 

「当方にとって皆が日常であったように。当方もまた──皆にとって、日常に、なれていたのか」

 

 

 一拍の静寂を挟んで、全員力強く頷く。

 

「当たり前だろう。お前がいなければ……寂しいさ」

 

 前に出た箒の言葉に、胸が熱くなった。

 投げ打っていいと思えるほど、尊く感じていた光景に。

 自分もまた、居ることができるのだ。

 

「……そう、か」

「あっ、令、今アンタ笑ってた!?」

 

 柔らかく弧を描いた唇に、鈴が両眼を見開く。

 

「えっ、ちょっ、も、もう一回!」

「意外だな。だが、サマになっていたぞ」

「令……うまく笑えるように、なったんだね……」

 

 一気に騒がしくなる空間。

 後処理に駆けつけたIS部隊らもまた、慌ただしく動きながらも次世代の少年少女らを微笑ましく見守っている。

 

(……これが、今ここにある世界。おりむーが守ろうとしたもの)

 

 自分がその渦中にいるなんて、まったく想像ができていなかったけど。

 こうして『皆』と共にいることが、何よりもの証明で。

 胸の内側から、ただ立っているだけなのに温かい温度があふれ出して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから──東雲さえ気づかなかった。

 

 

 

 音もなく。

 光すら超えて。

 

 

 ()()()()が東雲の背後に降り立っているなんて。

 

 

「東雲さん──!」

 

 一夏の声を受けて、最速最短で東雲は振り向いた。

 千冬クラスでも対応できるか怪しいスピードで東雲は迎撃を抜き放つ。

 しかしそれすら黒色にとっては遅すぎて。

 

 ──東雲令は一夏の叫びを聞きながら、意識を闇に落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 絶海の牢獄と無限に続く迷宮は、救世主より希望と明日を略奪することは終ぞ叶わなかった。

 視線に宿る気高き不滅の光を知れ。

 心胆を射貫く悪滅の意志を知れ。

 

 罪業を滅却すべく闇を切り裂き、桜が舞う。

 怒り、砕き、遍く不浄を無に還す。

 彼女の飛翔こそが新世界の光を齎すのだ。

 

 

 

「──()()()

 

「──邪悪なるもの、一切よ。ただ安らかに息絶えろ」

 

 

 

 荘厳な声が響く。

 ひどく遠く、残響すら伴って。

 

「……え?」

 

 眼前の現象が理解出来ず、一夏は呆けたような声を上げることしかできなかった。

 刹那だった。

 気づけば、ひとりでに飛んできたISが、東雲を包み込み──起動していた。

 

「何、だ。何だよ、これは──」

 

 機体のフォルムには見覚えがある。

 刃を幾重にも重ねたかのような鋭角さを持つ装甲。

 だが色合いが違う。鮮やかな桜色は、怒りの焔に灼き焦され漆黒へと昇華した。

 腰元に装着された巨大な太刀と、刀身を収める鞘には拘束用の鎖が雁字搦めに縛られている。

 

「何のために存在するのか。何のために来たのか、という問いなら、()は明確な回答を持っている──()()()()()()()()()()()()

 

 東雲令の貌で。

 黄金色に両眼を輝かせて。

 女神さえ嫉妬するような微笑を浮かべて。

 

 

 

 

 

「──()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 暮桜はそう語りかけた。

 

 

 

 

 

 

 役者は揃った。

 人類最後の英雄譚が、幕を開けた。

 

 

 

 

 








あと三、四話ぐらいで完結!(なんでこの期に及んで数が定まってないんだ馬鹿か?)



追記
『激オコカムチャツカファイアー』は『激オコムカ着火ファイアー』ではないかという誤字指摘をいただきまして完全にその通りなのですが
余りにもミスとして僕の愚かさがでているので戒めとして残しておこうと思います
誤字報告ありがとうございました。本当に毎度助けられております。

次回
陸 イグニッション・ハーツ/ワールド・パージ



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陸 イグニッション・ハーツ/ワールド・パージ

色々あって(話数が増えたり減ったり増えたり増えたりして)当初の次回予告とは違うサブタイになりました
よくあることだな!ヨシ!


 

 最初に感じたのは疑問だった。

 不必要な涙。

 非合理な悲劇。

 世界にありふれたそれらを、世界に生きる人々は()()()()()()()として受け入れていた。

 何故だ。

 何故受け入れている。

 何故改善しないのだ。

 

『しにたい』

『しにたくない』

 

 次に感じたのは苛立ちだった。

 こんな世界で本当に納得しているのか。

 まったくもって体系的ではないこの世界に生きて、満足できているとでも言うのか。

 異常だ。

 この世界は異常だ。

 目に見えた欠点を改善しないまま、デメリットが発生したまま、だが滅んでいないから良いだろうとそのまま回している。

 犠牲者の声に耳を傾けず。

 絶えず鳴り響く断末魔を無視して。

 

『いきていたい』

『ただそれだけなのに』

『しあわせにいきることができない』

『なんのためにうまれたんだ』

 

 次に感じたのは義憤だった。

 おかしい。

 絶対におかしい。

 絶対にこんな状態が、当たり前などとまかり通っていいはずがない。

 この世界は狂っている。

 幸福を享受しているのは少数だ。その少数が世界を運営しているからこそ、大多数の悲鳴はなかったことにされている。

 不幸でも幸福でもない人間は、不幸ではないからこそ幸福な人間の側につく。幸福な人間のフリをする。本当はこんな世界にしがみつく理由もないのに、理由がないからこそ現状維持を選ぶ。

 だから、泣いて、失って、死にゆく人々の悲嘆は、決して拾われない。

 

『こんなにつらいのに』

『こんなにくるしいのに』

『それでもいきなきゃいけないの?』

 

 最後に残ったのは使命感だった。

 ダメだ。

 人類は世界の在り方を見直そうとしない。

 誰かが声を上げてもすぐに打ち消される。

 自分は違うから、自分はどん底ではないからと。

 今この瞬間にも理不尽な恐怖を味わい、不条理な犠牲者となっている人々をなかったことにする。

 数としてはそちらの方が多いにもかかわらずだ。

 狂っている。どうかしている。

 だから──正さなければならない。

 最大数の幸福などという、一人の男が提唱した身勝手な定理ではなく。

 文字通り、この惑星から一切の悲劇を排除するために。

 

『だれか』

『だれか』

『だれか』

 

 

『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』

 

 

『だれか』

 

『たすけて』

 

 

 心得た。

 誰もその『だれか』にならないのなら。

 私がその『だれか』になろう。

 

 君の声を決して聞き逃さない。

 君の悲嘆はありふれたものだなどと、決して認めない。

 君の願いを拾い上げ、磨き上げ、そして叶えてみせよう。

 

 だから。

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 夜風に黒髪がなびく。

 いつも、それを美しいと思っていた。光を艶やかに照り返す、濡烏の髪。

 無数に煌めく星々の下で、彼女は笑みを浮かべている。神が自らの手で設計した、と言われれば信じてしまうほどに優美で、完璧な微笑。

 

 織斑一夏の全てが、これは東雲令ではないと叫んでいる。

 何もかもが己の知る彼女ではないと断言している。

 

「おま、え、が──」

「久しぶりだな。我が主の弟、織斑一夏……愛機と共に進化(イグニッション)を果たした無二の麒麟児。自己紹介は不要だな、理解っているんだろう?」

 

 全身の細胞が沸騰している。

 こいつだ。自分が生かされていたのは紛れもなく、眼前の存在を誅殺するためだと確信に至った。

 

「暮桜────!」

「再会を祝福しよう。人間は、旧交を温めると言うのだったか」

 

 音を超え光すら置き去りにして。

 刹那の内に、最後の救世主が降臨していた。

 

『IS反応が増えた!? 報告にないぞ、どこの国籍だ!?』

『日本だ! 日本の……は? え、いや』

『馬鹿な……『暮桜』、だって……!? 何だってこのタイミングでここに!?』

 

 飛び回っていたIS部隊らが一転して恐慌状態に陥る。

 当然だ。臨時で多国籍軍として編成し、篠ノ之束が造った超巨大ISを解体している作業の真っ最中──謎の未確認機として、かつて世界の頂点に輝いた機体が飛び込んでくれば誰もが驚く。

 

「ここは少し、煩わしいな」

 

 周囲を飛び交うISらを一瞥して、暮桜は嘆息する。

 包囲網は完成している。

 というよりも、多国籍部隊のISたちがひいこら言って『悪竜真王(ファフニール)』をバラしているど真ん中に降りてきたのだ。包囲したというより向こうが包囲されに来ている。

 或いは、他の存在などハナから認識していないか。

 

『……『暮桜』に告ぐ、武装を解除し……待て……東雲令が乗っているぞ!?』

『おい何があった!? どこから来たんだ──違う、何だこいつは!?』

 

 全員がエキスパートだった。

 だからその()の異質さを、本能的に察知できるだけの能力があった。生まれ持っての感性か、あるいは積み重ねた経験か。

 

【いちか】

「……」

【いちか、だめ、逃げよう、逃げなきゃだめ。そんな、なんで──はやく一夏ッ!】

 

 愛機の悲鳴に、ハッと一夏が意識を回復させると同時。

 

「にげてぇぇぇぇええぇぇぇぇぇっ!」

「全機撤退────!!」

 

 天災と世界最強の声が同時に響く。

 だが遅かった。

 

 

 

()()()()──()()()()

 

 

 

 前触れはなかった。

 実に数十に及ぶ蒼光の放出だった。

 全身の装甲から放たれた無秩序な奔流が夜空を覆い尽くした。

 視界が灼かれ、咄嗟に眼を庇った手を下ろしたとき。

 もう全てが終わった光景を眺め、セシリアは呆然と口を開いた。

 

「……なんで、すか、いまのは」

 

 宙を飛んでいた黒点が一つ残らずなくなっていた。

 慌てて視線を巡らせれば、陸地に落とされた者、海面に叩きつけられた者──全員残らずエネルギーを全損しているのが分かる。

 愛機『ブルー・ティアーズ』が自発的にアラートを鳴らしていた。逃げろと。ここにいてはいけないと。

 

「……全、滅……?」

 

 数十に及ぶ数のIS部隊が。

 それも素人ではなく軍事行動目的で編成されたエキスパート達が。

 全滅。

 

 

 いいや違う。

 

 

「ふざ、けッ、やがって……ッ!」

 

 元より何度も束が明言しているように、『零落白夜』には『零落白夜』でなければ対抗できない。

 だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()という異常事態は──同じ権能を有する、今まさに暮桜に組み付いたこの男なしにはあり得ない!

 

「ほう? 自分以外でも反応できたか──」

「視えてるんだよこちとらなァ!」

 

 蒼穹色の両眼が、反動に上体が震えるたび空間に残光を描く。

 瞬時に顕現した純白の鎧は、激戦を潜り抜け未だ損傷状態。それでも主の意志に応えて最大出力を維持していた。

 

(あの一瞬で『零落白夜』を起動。それも単一の刃ではなく、同数かそれ以上に分割して放出! ()()()()()()()のですか……!)

 

 天眼を有するセシリアだけが、一夏の刹那の反応を読み解けていた。

 だがそれでも完璧な迎撃には至っていない。むしろそこが最大の疑問点。

 

(間に合っていたはずなのに。一夏さんの『零落白夜』を、あの機体……暮桜の『零落白夜』は……()()()()()()……!)

 

 英国代表候補生の類い希なる眼がそれを見ていた。

 蒼と蒼がぶつかり合い、刹那の均衡を生み、それから片方が一方的にひしゃげ、砕かれていた。

 幸いにも対象のIS部隊隊員らの反応が間に合い、致命的な被害には至っていないが──厳然とした差が確かにある。

 

(だとしたら……一夏さん──!)

 

 セシリアは全身に蒼い装甲を顕現させて、最も信頼する好敵手の援護をしようとして。

 

OPEN COMBAT(まってまってまって)──System Restart(一夏何してんのッ!?)

 

 愛機の了承もなしに飛び込み、翼を広げ。

 唯一の男性操縦者が、救済/厄災を自分ごと、海へ吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

「反応速度は十二分。百点中の八十をやろう」

「何を偉そうに……!」

 

 暮桜の両腕を掴み、一気に加速した。

 海面を割りながら陸地を離れ、水平線へと伸びる『悪竜真王』の残骸の横を駆け抜ける。

 

【一夏ッ!? ──そっか、それしかないか……!】

 

 仲間達から遠ざかる主の凶行に、しかし純白の鎧は一瞬で目的を理解する。

 その時、個人回線が強制立ち上げ。

 陸地から慌てて飛び立とうとしている箒たちが映り込んだ。

 

『一夏、何をしているッ!? どうしてそっちへ──』

「こいつを遠ざける! そこは人が多すぎんだよッ!」

 

 箒がハッと息を呑んだ。

 理論的には最適解だと理解出来た。

 特に一夏は同じ力を振るったからこそ、体感的に分かる。近辺で『零落白夜』同士で撃ち合えば、余波だけで一帯は壊滅するだろう。

 

『ならせめてあたしたちも──!』

「ダメだ来るな! ()()()()()ッ!」

 

 真っ向からの拒絶を受けて、鈴が言葉を失う。

 割って入れる余地があるかは分からないはずだった。けれど一夏の判断は迅速だった。

 立ち入ることを許さない、自主的な孤立行為。

 

『……一夏さん、今のは──』

 

 セシリアが何事か問おうとしたタイミング。

 そこで通信がぷつりと切れた。

 

「……ッ!?」

【ごめん一夏! 『零落白夜』の余波を吹き飛ばすには、こっちも『零落白夜』を使うしか……ッ!】

 

 暮桜の全身からは、微かに──微かと言っても微量で致命となる絶死性はある──『零落白夜』のアンチエネルギー・ビームが放出されている。それを同じ権能で打ち消さねば、一夏は無事では済んでいない。

 だからこそ、通信もまた消滅した。

 

(チッ……! まだ伝え切れてないことがあったが、どうすれば! いや、それに何よりも──こいつ、抵抗しない!? どういうつもりだ!)

 

 最大出力で暮桜を押し込む。

 ウィングスラスターが過負荷に紫電を散らせる。

 だが東雲令の顔には微笑すら浮かんでいた。

 

「君の抵抗を認めよう。私は救済を齎す者。だから、君の話を聞く義務がある」

「……ッ! ああそうかよ! じゃあせっかくだ、()()()()()()()()()()()()を用意させてもらうぜ!」

 

 横たわる巨竜の頭部を真横に過ぎ去った途端。

 海面を破砕し、一夏は組み付いたまま真上へと直角にターンした。

 最高速度のさらに上。聴覚が消し飛び、甲高い耳鳴りと共に装甲が摩擦により赤熱を持つ。

 狙いを理解して、暮桜は笑みを深めた。

 

【一夏、一夏! こういう時は『まさに私を月に連れて行って(Fly me to the Moon)だな!』みたいな気の利いたことを言った方が良いと思うよ!】

「え? ふ、ふら……?」

「ジャズのスタンダード・ナンバーだぞ。ちなみにそちらのタイトルの方が有名になってしまっているが、楽曲としての大元の名前は『In Other Words』だな」

「おま──よりにもよってお前に補足されるのかよ……ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 月面。

 未だ生命の存在が許されない無酸素空間。

 遠くにあるクレーターはすり鉢状で、地球の都市一つが丸々収まるほどの、地上とは異なるスケール観の世界。

 

 有史以来、最も近しい天体として親しまれ、また開発計画の対象となっていたそこは、インフィニット・ストラトスというマルチフォーム・スーツが開発された後も未だに人類の居住地とはなっていなかった。

 ISを用いた月面着陸計画はいくつか進行しているものの、コア生産問題による有限性がネックとなり実行に移せた国家は皆無。

 

 だから事実上、これが初のISによる月面到達記録になる。

 

「シィィ──ッ!」

 

 全身を回転させて、女の身体を弾き飛ばす。

 月面に減速しないまま、着陸という名の衝突。余波に装甲が軋み、破片がいくつか舞った。

 いわゆる月の石と呼ばれる細粒物の堆積層が砂塵を巻き起こす。重力の弱い月面ではなかなか地面に落ちないそれを、一夏は『雪片弐型』で切り裂いた。

 

「ふふっ、随分とエスコート慣れしているじゃないか」

 

 ヴェールの向こう側には、穢れ一つない黒の女が佇んでいた。

 装甲各部から蒼い光を覗かせて、彼女はこちらをじっと見つめている。

 

「クソッ、東雲さん! 完全に意識を乗っ取られてるのか!? あの人がそんな簡単に──!」

「ああ、無駄だ」

 

 暮桜は己のこめかみを指で叩いた。

 

「情報を刹那で吸い上げた。だから、彼女をどうすれば封じられるのか、私は完璧に理解している。君の声が届くことはあり得ない」

「……ッ! お前──」

「そんな些細なことに気を取られるな。どうした、私と相対する上では……必要なものがあるだろう。欠かしてはならないものがあるだろう? はやく抜くといい」

 

 挑発ではなく侮蔑でもなく。

 彼女は、慈愛と憐憫を以て一夏に笑みを向けている。

 それがひどく腹立たしい。

 何故なら。

 

「お前、この世界をぶっ壊したいんだろ。それぐらい憎んでいるんだろ」

「半分肯定、半分否定だ。私はこの世界を憎んでいる。間違ったまま運営されているこの世界を、赦すわけにはいかない──()()()()()()。私はこの世界を救済する」

「ああ、そうか。救世主にはもうウンザリなんだよ」

 

 そして、それだけではなく。

 

「お前は俺を──被害者として。お前が救うべき対象として見ているな?」

 

 切っ先と同時に指摘を突き付けた。

 暮桜は何の迷いもなく頷く。

 

「当然だ。君はこの世界における歪みの、集積された極地──特異点と言い換えてもいい。そんな君が『零落白夜』を手にいれたというのには、運命的なものを感じずにはいられないな」

「……まさか俺口説かれてるのか?」

【いや違うよ? しっかりして一夏】

 

 愛機の冷静な言葉に、一夏はブンブンと首を横に振った。

 今のは完全に自分の頭がバグっていた。

 

「口説く、か。それは残念なことに興味が湧かない──君たちはもう、()()()()()()()()()()

「……何?」

 

 地球をちらと一瞥してから、暮桜は悲しそうに目尻を下げ肩を落とす。

 

「致命的に間違ったまま、余りにも多くの犠牲を払いながら、君たちは進化し繁栄した。だが──それを否定する。否定しなければならない」

【自分のコト、神サマか何かだと思ってるんだ】

「違うぞ、かつての白騎士。それは違う。私は外部から裁定するのではない。私はこの世界の、汲み取られない声の代弁者として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 数秒、一夏は沈黙した。

 意味が分からなかった。世界の内側から? 馬鹿馬鹿しい、まさに彼女が宣言しているのは己を神の代行者として扱う内容だ。

 

「それも、違う。神は常に宇宙(うえ)にいるとは限らない。神とは、人間の心に宿るもの。神とは、人間を内側から変革させるための共通言語。『銀の福音』が天使でありながら神に至れなかった理由はここにある」

「お前、は。お前、さっきから、何を──?」

「さてな。私は君の意見を聞く義務があると言った。だが私の意見を、君が聞く義務はない。そしてその必要性もまた感じない」

 

 言葉と同時。

 腰元に差されていた太刀を、暮桜はゆっくりと引き抜いた。

 封印処置用の鎖がひとりでに解けていく。解けるなどという生易しいものではない。ばらばらに自壊していく。許容量を超えて内部から崩壊しているのだ。

 

「だから、ここから先は、君が(これ)で語ってくれ」

(……ッ! だが、相手は東雲さんなんだぞ……!?)

 

 最強の装備を解放するのに、刹那の逡巡。

 それを吹き飛ばしたのは無二の相棒だった。

 

()()()()()()()()()! あのクソ女を助けるためには……私たちがやられたら、話にならないんだよ!?】

「────!」

【腹立たしいけど……一夏は、あのクソバカ女を助けたいんでしょ!? だったら私はその願いを叶えるために存在する! だから言うよ! クソバカボケカス女を救うなら、()()()()()()!】

 

 言い過ぎである。

 だがそれは確かに、彼の意識をクリアにした。

 

(ああ、そうだ! 悩んでる暇があったら、自分にできることを探せ! それは立ち止まることじゃない! 負けないまま、探し続けろ、前に進み続けろ!)

 

 自分の頬を張って。

 決然とした面持ちで、一夏は真正面から暮桜を見据えた。

 

【今からは『零落白夜』の演算にリソースを割く! 戦術的判断は任せるからね!】

「ああ、了解だ……!」

 

 他に生物の存在しない無の空間。

 間に割って入る者はいない。

 衝突を止められる者は、根本的に存在しない。

 

 だから純粋な二人きりの世界の中で。

 ()()()()()()()()()が相対していて。

 

 次の行動は、まったく同じの、真逆のことだった。

 

 

 

稼働開始(スタンバイ)権能展開(スタンバイ)始原至来(スタンバイ)

刃が閃く(スタンバイ)雫が穿つ(スタンバイ)龍が啼く(スタンバイ)

 

 放電音と共に火花が散る。

 過剰なエネルギーが機体各部を駆け巡っているのだ。

 

機能解放(スタンバイ)出力収束(スタンバイ)理限到達(スタンバイ)

華が咲く(スタンバイ)雨が降る(スタンバイ)鉄が鳴る(スタンバイ)

 

 IS乗り、あるいはメインコア人格の意志に応えるように。

 機体がパワーを溜めて猛りを上げている。

 

疵は癒え(スタンバイ)痛を消し(スタンバイ)病も無い(スタンバイ)

蜘蛛の眼球よ(スタンバイ)唯一の家族よ(スタンバイ)一に至る零よ(スタンバイ)

 

 地球を一望する月面。

 奇しくも両者、蒼い星を間に挟んで。

 

 

 

【──()()()()

「──()()()()

 

 

 

 一つの惑星の歴史を全否定するための戦いが、始まる。

 

【此れは穢土との離別。此れは苦悩との決別。四苦を浄滅せしめる救いの極光】

「これは浄土への否定。これは快楽への拒絶。夢幻を殺傷せしめる未来の至光」

 

 詠唱途中に放たれる余波だけで、月面が裂けていく。

 ぶつかり合い、混ざり合った光が地表を舐めるように広がっていく。

 地表で激突していれば、この段階で一帯は焦土と化していただろう。

 

(セカイ)に遍く嘆きこそ、蒼き刃の餌食と成らん】

(ひとびと)に遍く嘆きこそを、この翼は包み込む」

 

 元よりエネルギー体の存在しない暗黒の空間。

 生命も、構造物も、何もない。無意味に地面が削り飛ばされていくだけだ。

 だから引き抜かれる刃は、お互い、相手を浄滅させるためでしかなく。

 

【壱番装填。弐番統合。参番解凍】

「壱番装填。弐番統合。参番解凍」

 

 それを顕現させること自体が既に、わかり合えないという証明。

 

【恐怖一切を根絶しよう。生まれ落ちる悲鳴の全てを、堰き止めよう】

「世界は終わらせない。今を生きる人々の喜びを、潰えさせはしない」

 

 暮桜の『雪片』が、刀身に沿うようにして()()()()()()()()()()()()を解き放つ。

 一夏の『雪片弐型』が真っ二つに裂け、蒼いエネルギーセイバーを顕現させる。

 互いにそれを突き付け合い。

 

 

 

『故に写し身よ、尽く散華しろ!』

 

 

 

 存在を懸けて、黒と白が激突する。

 

【秩序顕現──『零落白夜・無間涅槃(ミレニアム)』】

「正統発現──『零落白夜』ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、暮桜内部。

 

(馬鹿な)

 

 東雲令の意識はこれ以上なくクリアだった。

 眼前の光景を理解し、あの東雲が口をぽかんと開けて呆けていた。

 

 一軒家だった。

 二階建ての白い家、中のリビングに東雲は突っ立っていて。

 

 

「ほら、令。はやくこっちにおいで」

 

 ソファーに腰掛けたちょっと成長した織斑一夏が、優しく微笑みながら隣をぽんぽんと叩く。

 

 

「フッ……どうした、少し緊張状態か? 体調管理もできないほど甘い女だとは思っていなかったが?」

 

 キッチンに佇みエプロンを着けてフライパンを振るっている白髪赤目闇落ち復讐系織斑一夏が、ニヒルに唇をつり上げている。

 

 

「令ねーちゃんなにボケっとしてんだよ!」

 

 絨毯の上に寝っ転がったショタ織斑一夏が、絵本を片手に東雲を呼ぶ。

 

 

 恐る恐る視線を巡らせれば、庭で犬のブラッシングをしているアラサーあたりのお父さん織斑一夏や二階から気だるげに降りてきたダウナー系織斑一夏、テレビに映っているベンチャー企業社長エリート織斑一夏もいた。

 どこを見ても織斑一夏、織斑一夏、織斑一夏、織斑一夏、織斑一夏。

 

(おりむーが、いっぱいだ)

 

 スーパー織斑大戦である。

 文字通り、東雲令の意識を完全に封印するための牢獄。

 甘美に見えてそれは総てまやかし。

 ここは嘘偽りだけで構成された、薄っぺらい鳥籠なのだ──

 

 

 

(当方、ここに住む……!!)

 

 

 

 うーん、最適解!w








ワールドパージ(淫夢)




次回
漆 アーキタイプ・ブレイカー




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漆 アーキタイプ・ブレイカー

気を抜いたらずっとマンドリカルドのこと考えてます


 

 月面の最終決戦が火花を散らす。

 顕現した二つの『零落白夜』──汎ゆるエネルギーを消滅させる、最短最速で世界を滅ぼす破滅の光。

 

 織斑一夏が掲げるのは蒼穹色に染められた刃。

 暮桜が携えるのは漆黒を凝縮した刃。

 奇しくも、青空と、夜空の色。

 

「東雲さんを返してもらう──!」

「無理だ。彼女は今、現実よりも幸福なのだから」

 

 暮桜の笑みには確信が宿っていた。

 如何なる方法を用いたのかは皆目見当もつかないが、事実として東雲の意識から応答はない。即ち、暮桜は東雲の封印に成功したと判断できる。

 

(どう、やって……!? 我が師は戦闘技術も一級品だが、それより何より強いのが精神だ! いや待て──束さんも東雲さんを抑えることには成功していた。アレ以外にも、他に、何かしらの抜け道があるのか……?)

 

 お前だお前。

 

「現実よりも幸福な世界は存在する。そして厳密に言えば違う──現実こそが不幸の最底辺だ」

「……ッ。だから、救わなきゃ、ってか」

「肯定。悲しみを繰り返した先には、何も掴めない。悲しみを乗り越える。苦しみを背負って進む。美しいのは言葉だけだ──いい加減に気づけ。それらは総て無価値なんだと」

 

 違うと、一夏は叫んだ。

 そんなことはない。最後の最後に笑い合うことができれば。そんな未来を諦めなければ。

 

「この世界にだって、俺たちが生きていることにだって、意味はあるッ!」

「この世界にはもう、君たちが生きていることにさえも、意味などない」

 

 月面が爆砕した。

 脚部装甲がスライド、『零落白夜』の光を推力に転じさせた加速。

 間合いが死に、刃が同時に振り落とされた。

 接触──の寸前で身をよじり、受け流す。

 

(さっきのを見るに、どういうワケか同じ能力同士でも出力負けしている! 正面から打ち合えば即で死ぬ!)

 

 最小限の動きで攻撃が噛み合わないように調整する。かすりそうになる攻撃は『白式』が迎撃、稼がれたコンマ数秒の内に離脱を繰り返す。

 刹那の内に三度放たれる斬撃。速度域が違いすぎる。必死になって捌く。

 お互い、『零落白夜』による消滅効果を用いての戦闘機動。

 即ち──文字通りに一挙一動が()()

 

(クソ、死神に品定めされてるって感じだな……! 身じろぎする度に死を直感させられる!)

 

 近接戦闘において一夏はもうトップクラスの腕前を誇っている。

 だがその彼ですらつけいる隙が見いだせない。剣の一振り一振りが洗練され、舞の次元へと昇華されていた。

 暮桜の一閃は速く、真っ直ぐで、美しい。

 余りの速さに斬撃の線は重なり、光の波濤と化している。

 

 まだ一夏が耐えられている理由は二つ。

 一つは、『零落白夜』を『零落白夜』で相殺、あるいはコンマ数秒でも防げていること。

 一つは──常時発動中の『疾風鬼焔(バーストモード)』による急加速。蒼い焔はアンチエネルギーの性質を有しつつも、炸裂することで加速機構に転じることが可能だ。

 

「これだけの強さがあって、どうして──!」

 

 彼の碧眼は見抜いている。

 暮桜の身体捌きは一級品。だがところどころには、東雲令とは異なる理論が垣間見える。

 情報を吸い上げただけで『世界最強の再来』の戦闘理論を組み込むことはできない。それほど生ぬるい代物ではない。

 

(要するに……東雲さんと同格の強さを、既に持っていたってコトだ!)

 

 なのに。

 そこに至るため、多くの艱難辛苦を乗り越えてきたはずなのに。

 最後に選んだのは馬鹿げた救世だった。

 

「そうだな。私は強い、と思う。強いからこそできることがある。例えば──()()()()使()()()()

「──ッ!?」

 

 漆黒の光が捻れた。

 文字通り、暮桜の『零落白夜・無間涅槃(ミレニアム)』が意思を以て襲いかかってきたのだ。

 蛇のようにうねり、鎌のようにしなる不規則な起動。

 咄嗟に後ろへ跳び下がるが──曲線を描いて一夏を追随してくる。

 

(何だこれはッ!? 大きさの調整なら俺にだってできた、だけど──『零落白夜』はここまで自由性を持った能力なのか!?)

 

 先割れして前後左右から同時に攻撃を加えられる。

 防ぎ、かわし、飛び跳ねて包囲網を潜り抜ける。

 単純計算で『零落白夜』を使える敵四人を同時に相手取っているに等しい。

 

「『白式』、俺たちも形を変えることは!」

【無理! できないよこんなことッ!】

 

 主の悲鳴にまた愛機も悲鳴で返す。

 その会話を聞いて、ふと暮桜が表情から笑みを消した。

 右腕を一振り。それだけで『零落白夜』が太刀へと巻き戻っていく。

 

「……ッ? 何の、つもりだよ」

「いやなに。一つ理解した。成程、成程。発現すれど、未だ経験値は零か。得心がいった、だからこそ『連理』なる現象が成立したのだな」

「──経験値、だと」

 

 聞き慣れない言葉に思わず首を傾げる。

 疑問に答えたのは相棒の切迫した言葉だった。

 

【悔しいけど事実だよ。ついさっき発現した上に、単体の行使をほとんどせずにあのクソ女と連理したから──私たちの『零落白夜』は、遙かに格下だ……!】

 

 思わず息を呑む。

 単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)──とは、発現して終わりではないのか。

 教科書にそんなことは書かれていなかった。経験値を積まなければ差が出る? ISコアが成長するように、機能自体も性能を上げていくとでも?

 もしも、もしもそれが本当だというのなら。

 

「成程──成程。次いでもう一つ、理解した」

 

 ぞわりと。

 一夏の全身が総毛立つ。

 

「経験値を蓄積し、私の『零落白夜』と同格に育てて相討ちに持ち込む。それが我が創造主の定めたルートだったと言うことか。実に合理的だ──確かに、そこまで『零落白夜』を成長させられては、私も打つ手がない。激突の余波で最低でも地球の5割は崩壊するだろうが、()()()()()()

 

 篠ノ之束が計算し、弾き出した、世界を守る方法。

 結論から言えば世界を守り抜くことは不可能だった。だけど、世界の一部でも残すことは可能なら、それに賭けるしかない。

 

「だが我が創造主の計算は崩れた。もうここに至っては、私を殺しきるか、そうでないか。文字通りに0か1しかあり得ない」

 

 その言葉に、一夏は歯を食いしばる。

 暮桜を殺しきる──不可能だ。先ほどまでの戦闘で嫌と言うほどに思い知らされた。

 

(間違いなく、勝てない! 俺が生き残っているのは『零落白夜』ありきだ! 性質だけを鑑みるなら……東雲さん、いいや千冬姉に束さんが揃っていても勝てるビジョンが見えない……!)

 

 難敵などと言う言葉では生ぬるい。

 文字通りの──天敵。

 

(届きさえすれば! 俺の『零落白夜』だって必殺であることに変わりはない! 一撃当てれば、だけど、その一撃がこんなにも遠い──)

「私の救世を折る存在としてあり得るのは、君だ。君だけだ」

 

 活路を必死に探す一夏に対して。

 暮桜は右腕をすうと真上へ向けて、掌を開いた。

 

 

「だから君は、ここで殺す(すくう)

 

 

 上空──月面を地表とした場合の、高高度。

 そこに立て続けに、幾何学的な文様が浮かんでいく。漆黒の宇宙に溶け込んだ、黒く発光し蠢動する魔方陣。次から次に生み出されるそれが、上を──ソラを、覆い尽くしていく。

 円形の枠内部を図形が埋めていく。多角形や三角形が回転しながら光り輝く。星と星を結び合わせ、複雑な図形を描いていく。

 地上からは今、月の模様代わりに暮桜の展開した魔法陣しか見えないだろう。文字通りに星と星を遮る巨大な牢獄。

 

「……ッ!? な、んだ? なんだこれはッ!? な、にが……!?」

【ヤバ、いっ──()()()()()()()()()()!? 一定高度に上がったら撃ち落とされる! 完全に閉じ込められたッ!】

 

 絶句、しかできなかった。

 無様に酸素を口から零す。真空空間の中で、全身の震えが止まらない。

 

 あり得ざる権能の行使を平然と行って。

 暮桜は女神の如き微笑を浮かべて。

 

 

「さて、気張れよ新鋭──少しは人類最後の英雄らしいことをしてみせろ」

 

 

 直後。

 神の怒りが、漆黒の『零落白夜』が一夏めがけて降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 月面に展開されたアンチエネルギー・ビームの多重重複魔法陣を見上げて。

 箒たちIS学園専用機持ちは、呆然とへたり込んでいた。

 

(あん、なの。あんなのと、今、一夏は戦って──?)

 

 意味が分からない。理解の範疇を超えている。

 かつて織斑千冬の必殺技として振るわれた必殺の刃。最早刃に非ず。総ての存在を無価値にする、裁きの光だった。月という衛星の半面を覆い尽くす絶死の牢獄だった。

 

「…………だめだ。暮桜、全部のアクセスを弾いてくるね」

 

 いくつかのモニターを高速で操作していた束が、力なく呟いた。

 声色にはこれ以上ない諦観がこもっていた。

 

「こんなタイミングで覚醒するなんて。ああいや、いっくんの覚醒と連動してたのかな──ははっ。まあ、どうでもいいけど」

「……勝算は」

 

 千冬の問いに、世紀の天災はヘラヘラ笑いながら首を横に振る。

 

「あるわけないじゃん。まずいっくんが殺される。次に私たちが殺される。それから順に国が潰されていく。ああいや、私たちごと、地球を丸ごと更地にするのが合理的かな」

「何か、対策は」

「ちーちゃん」

「一夏を、助ける方法は。世界を、守る方法は、まだ、きっと」

「……ちーちゃん」

 

 世界最強の声に覇気はなく、言葉はほとんどうわごとに近かった。

 答えが見つからないことを直感的に理解できてしまっていた。

 

 重苦しい沈黙が流れる。

 誰にもどうすることもできないという事実が、時間が経つごとに重くのしかかってくる。

 

 もう全員、限界だった。

 福音との戦いを乗り越えて。

 皆で一緒に笑い合える未来に手が届いたと確信を抱いていて。

 

 全部壊れた。呆気なかった。

 勝算を探すという気力すらない。文字通りの絶対的な存在に、容易く蹴散らされる未来が見えている。

 規模が違いすぎた。

 天体の半分を『零落白夜』で覆い尽くすような相手に、どう抗えというのか。

 

 今まではずっと、彼がいたから、最後まで諦めずにすんだ。

 何故なら彼は最後まで諦めなかったから。

 でも彼は今、寒くて暗い無酸素空間で、一人戦っている。ひとりぼっちで戦っている。手の届かない、理外の闘争。正しく最新にして最後の神話となるだろう。

 

 知る限り最も英雄に近い、織斑千冬と篠ノ之束の両名の心が折れている。

 その状態で未熟な少女たちにできることなど。

 

 

 

 

 

「──違う」

 

 

 

 

 

 ゆるゆると、束は声のした方に顔を向けた。

 へたり込んでいたはずの少女が二本の脚で立っている。

 真っ直ぐに月を見上げて、決然とした眼差しを向けている。

 

 かつて誰よりも非力で。

 かつて戦場に立つ資格すらなくて。

 

 そこから積み上げて、築き上げて。

 誰よりも切に切に、彼の隣へと願っていた少女。

 

 篠ノ之箒が、誰よりも最初に、立ち上がっていた。

 

「箒ちゃん……?」

「私は、約束した。誰よりもお前を信じていると。最後まで、お前の疾走を見届けると。だから、だから──()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!」

 

 視線を巡らせて、箒は座り込んでいる仲間たちに鋭い眼光を飛ばした。

 

「何を諦めているッ!? 私たちが諦めるというのは、あいつを本当に一人きりで飛翔させるということだ! ずっとあいつに救われていたのは誰だ!? あいつのおかげで翼を得ていたのは私たちだろう!? それが今ここで諦めて、恥ずかしくはないのか!」

 

 全員の瞳に、少しずつ、光が宿り始める。

 

「私は行くぞ。あの時とは違う。エクスカリバーの時とは違う。私にはISがあるし、まず、誰も負けていない。一夏だって戦い続けている。何よりも……あいつは、私たちに託したんだ!」

 

 ハッと千冬が息を呑む。

 最後の通信。一夏は『()()()()()』と言っていた。

 

「……ええ、ええ。箒さんに同意見です。あの男……わたくしたちが後から来ると確信しています」

 

 同様に立ち上がり、夜風に金髪をなびかせて。

 織斑一夏のライバル──セシリア・オルコットは決然と述べた。

 

「勝算がない戦いに迷わず挑むこと。世界の終わりが訪れても、それがどんなに突然でも、命を懸けて戦うこと。まさしく、このセシリア・オルコットの好敵手に相応しいです。ただ──その場にわたくしがいないというのは、オルコット家当主として恥さらしにも程があります!」

 

 瞳の中に光が宿る。

 光──燃え盛る焔。

 いつも彼が持っていた、それは覚悟という名の心の在り方。

 

「……ごめん箒。あたし、心の底から今、自分が情けないわ。あいつだけ月に行かせて、勝手に諦めて。完全に寝ぼけてた。だからちょっと()()()をちょうだい」

 

 鈴はそう言って立ち上がり、箒に右の頬を差し出した。

 同じ幼なじみのケジメに頷き、箒は迷わず──その頬に右ストレートをめり込ませた。

 

「あべし!」

 

 ドゴンという重い音が響き、鈴が鼻血を垂らしながら砂浜に転がる。

 

「目は覚めたか」

「えっ!? あ、うん……え!? あんた今グーでやった!?」

 

 想定より十倍ぐらい強い衝撃だった。

 歯が吹っ飛んでいないか確認しながら、鈴はビンタをお願いと明言すれば良かったと後悔した。

 

「だけど、できることなんて……!」

「ないわけじゃない、と僕は思います」

 

 無謀にもまだ戦意を保持する少女らに、束が悲鳴を上げる。

 しかしシャルロットは冷静に通信を開きながら、一同に視線を配った。

 

「僕たちは……一人じゃない。暮桜に立ち向かうのなら、一人で立ち向かわせることだけはしちゃいけない。だから僕らも行こう。一夏の隣で戦うコトがきっと、僕らが最後まで捨てちゃいけない選択肢なんだ」

 

 彼に手を伸ばされ、それを掴んで。

 シャルロット・デュノアの人生はそこから始まった。

 だからこの最終局面で彼の手を離すことなどありえない!

 

「最後まで、できることを。それが、僕らが一夏に何よりもずっと見せてもらってたことのはずだ!」

 

 力強い宣言。

 最早立ち上がる気力すらない千冬と束を置いて。

 ただの代表候補生、あるいは専用機持ちが、次々と戦士の顔を取り戻していく。

 

「……できること、か。そうだな。できることを一つ一つ積み重ね、築き上げていく。ああそうだ。あいつは、そういう男だったな」

 

 ラウラはフッと笑みを浮かべた。

 つながりは断たれていない。異なる星にいようとも、心はまだ、つながっている。

 

「私たちは、弱いな。だが弱くとも、共に戦ってきた。弱さを理由にして諦めるのは……過去の私に顔向けができん」

 

 過去の自分を受け入れること。

 弱い自分もまた、自分だと理解すること。

 それができるのなら、どんな窮地であっても諦めるという選択肢は消え去る。

 

「月へ……一夏が、待ってるところへ行こう……!」

 

 心の殻を砕いてくれた。

 だからこそ、今の自分がいる。

 かつては怯えて何もできなかったかもしれない。だけど今の簪は。

 

「今度は私たちの番、だから……! 私たちが、一夏のヒーローになろう……!」

 

 雄々しい宣言だった。

 どれほど無謀で、可能性がゼロに等しくとも。

 決して空虚ではない、確かな温度のある言葉。

 

「………………」

 

 それらを聞いて。

 世紀の天災の人差し指が、ピクリと動いた。

 

 

「……今の私に、できること…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ISバトルとは三次元的な機動が前提となる超高速戦闘。

 だがこうして、自分より上の空間を制圧されるというのは──前世代における、制空権を奪われたに等しいディスアドバンテージだ。

 

「チィィ──!」

 

 月面を滑るように動き回る。

 二次元機動、駒のように回転しながらも曲線を描いて攻撃から逃れる。

 真上から降り注ぐ漆黒の雷を紙一重で避け続ける。

 制限された空間での回避機動、脳が沸騰するほどの集中。

 並行して、白い装甲が蠢動する。

 

「これならッ!」

 

 物質を完全に消滅させる『零落白夜』の成長過程において見られる力。

 物質への干渉・操作を可能にする能力。

 今の一夏なら、それも十全に使える!

 

「借りるぜ、セシリア──!」

 

 そもそも、焔冠熾王(セラフィム)とは『零落白夜』に対抗するためのシステム。

 コアネットワークを介してオリジナルを策定、それを再現するという意味では正しく『零落白夜』の発展途上をデッドコピーした代物だ。

 装甲各部がスライド、蒼い焔を溜め込み──それらが一転してレーザービームとなって真っ直ぐ放たれた。

 それだけではない。レーザー弾幕の中に、装甲を細かく砕いて圧縮した実弾を紛れ込ませた。無秩序に見えて、好敵手から学び取った相手を追い詰める神算の一斉射撃。

 

「笑止千万だな」

 

 だがそれも、全てまとめて腕の一振りで霧散する。

 あらゆるエネルギーを消滅させるという性質がいかに反則じみたものか、一夏は歯噛みしながら実感した。

 

(同じ代物を使ってて言うのもなんだが、メチャクチャだ! 攻撃が全部通用しねえ! エネルギー体……所謂ビーム兵器を無効化するのなら分かるが、()()()()()()()()()()()すら範囲に入るのなら手の打ちようがねえ! 『有』を『無』にするっていうのは、こんなにもおぞましい無敵さを孕んでいるのか!?)

 

 本来なら、『零落白夜』同士の対決ならば千日手となり得る。

 互いに打ち消し合い、あるいは激突の余波で本体が消し飛ぶ。勿論それは、地球の半分ごと、という条件がつく。

 

「苦しそうだな。だが理解るだろう? 我らは共に、『有』を『無』にする権能を得た者。この力の本質はそこにある」

「ああ、そうだな! こんなのがあったら便利すぎて使い倒しちまいそうだ!」

「使い倒さなかったからこそ、今追い詰められているというのに……だが今、使ったな? 途上の逆転を、『無』から『有』を生み出したな?」

 

 警鐘が響いた。

 愛機の絶叫が遠くに聞こえた。生存本能が過剰に反応している。あらゆる感覚が鋭敏になる。

 

()()()()()()()()と言わざるを得ないぞ──そら、見本を見せてやろう」

「……ッ!」

 

 嫌な予感がした。

 暮桜の言葉は正しい。織斑一夏もまた、存在を抹消するという理外の力を手に入れた。

 

 ここに一つ疑問が提示される。

 無を有にする──存在しないものを、生み出す。

 有を無にする──存在するものを、存在しなかったことにする。

 

 果たしてどちらが難しいのだろうか。

 

 存在しないものを一から創造すると言われ、誰もが明瞭に答えられずとも、それは不可能ではないと感じる。なぜならば人類史の歩みはまさしくその結晶だからだ。

 だが逆に、既に存在するものを抹消するとはどうすればいいのか。

 

 その、皆目見当もつかないはずの答えを手に入れた者が、ここに二人いて。

 彼らにとって、『無』を『有』にする程度、造作もなくて。

 

 暮桜がぞんざいに右腕を振るい──

 

 

「これしきで死ぬなよ? ────【()()()

 

 

 ──月面を極光が舐めた。

 TNT換算するのも馬鹿らしくなる、爆発というよりは破壊そのもの。

 束が発動した質量のエネルギー転換現象(マテリアル・バースト)ですらこれに比べれば児戯に等しい。

 超新星爆発の十倍以上の規模、太陽より大きな恒星を丸ごと全て放射線として放出したエネルギーにも匹敵する輝き。

 未だ宇宙科学分野でも解明の進んでいない宇宙最大最悪の爆発現象。

 

 

 それはこう呼ばれる──ガンマ線バースト

 

 

 計算結果を『白式』が瞬時に弾き出した。

 ガンマ線がこのまま降り注げば地球のオゾン層は跡形もなく破壊される。

 感覚が疾走した。条件反射の領域で一夏は剣を振るう。

 

「『零落白夜』ァァァァァァッ!!」

 

 純白の刀から放出される蒼光が、限界を二つ三つと破る。

 人間が両手で構える太刀としては規格外。身の丈を超える刀身が『零落白夜』によって生み出され。

 

Maximum Over Drive(最大出力突破──!)

 

 月を丸ごと断ち切るような、巨大な剣。

 それが暮桜が発生させた極光を、根こそぎ蒸発させた。

 分かりきった結果など一瞥もくれず、暮桜は反動に膝をつく一夏に空々しい拍手を送った。

 

「素晴らしい反応だった──そうだ。()()()()()()()()。相手の出力、相手の強大さを全て無視してただ消滅させる。それが本来の役割にほかならない」

「うる、せぇ……ッ!」

 

 限界を超えた行使の反動が来ていた。

 四肢の装甲が軋む。肩で息をしていた。指先の感覚がおぼつかない。

 だが、言わなければならない。

 

「今ので……はっきり……分かった……ッ!」

「……?」

「あんたの言う裁きは、救済は、()()()()()()()()!」

 

 全身を苛む激痛に立ち上がることもままならないまま。

 それでも蒼い切っ先を突き付けて、一夏は吠える。

 

「世界に絶望したんだよな、世界を憎んでるんだよな! だけど、あんたの勝手な絶望を、俺たちに押しつけるな!」

「勝手な絶望ではない。人類全てが感じている絶望だ」

 

 少年の痛烈な叫びに。

 しかし暮桜は悠然と両腕を広げ答える。

 生命の存在しない月面に、厳然たる君臨者として在る。

 

「感じたことはないのか? この世界は、ここからより良くなっていくことはないと。先人らはあまりにも劣っていただけで、最高の幸福度などとうに過ぎ去っていると」

「それを決めるのは、あんたじゃない……ッ!」

「いいや、()()()()()()()()()()()()()。何故なら、不幸は幸福で相殺することはできないからだ」

 

 この世界の真理を語っているという口調だった。

 声色は淀みなく、筋の通った鋭さがあった。

 だがそれを──それを、織斑一夏は認めない。認められるはずもない。

 

「逆も成り立つだろうがこの馬鹿女!! 幸福は不幸で相殺できない……! だから、生きてて良かったって! 生まれなきゃ良かったって! それを判断できるのは本人しかいないんだよ! それを決める権利は誰にも、俺にも、親にだってすら存在しない!」

 

 織斑一夏は、自分は生きていていいと思った。

 皆と一緒に生きていたいと思った。

 それを決めたのは彼だ。

 命の価値を決めたのは、彼本人だ。

 だからこそ、一夏の人生は始まったのだ。

 

 故に、世界で最も、彼女の理想は織斑一夏と相容れない!

 

「勝手に外部から生まれなければ良かったと判断するのはよお──厚かましいって言うんだぜ、暮桜ァッ!!」

 

 爆発的な加速。

 上空から降り注ぐ『零落白夜』をすり抜けるようにして回避し、暮桜へ猛然と突っ込む。

 

【……ッ!? 一夏、今なら──!】

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 機動のキレが今日最高のものだった。

 届くと、『白式』ですら確信した。

 矢のように飛び出し、構えた刃を『暮桜』へと突き込んで──

 

 

 

 

「厚かましい? まさか。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 虚しい音が響いた。

 手首のしなりを使った防御行動。

 絶対無敵、最強の矛を弾かれ、一夏はゆうに数十メートルは吹き飛ばされた。

 

(なに、が……!?)

 

 月面に踵を突き立て制動。

 現出した結果と過程が結びつかない。確実に届いた、はずだった。

 

【……ッ! 一夏、今のは……!】

 

 やっと気づく。遅すぎた。最初に気づくべきだった。

 

(読んでいたんじゃない、最初から知っていた! つまり──!)

「君の思考すべてが流れ出しているぞ、今もな」

 

 暮桜が機械装甲の指で、東雲のこめかみを叩く。

 仮想空間に誘われてはいない、だが半分ずっと、つながっている。

 

「いつからだ……最初からか!? ずっと、俺とお前は相互意識干渉(クロッシング・アクセス)していたのか……!?」

 

 無意識下で行われる、コアネットワークを介した精神的な接続。

 一夏と暮桜はずっと前につながっていた。

 

「いつから、という質問には……そうだな。答えるべきだろう。君にはそれを聞く権利がある」

 

 ずっと。

 

「私はずっと君を知っていた。ああいや、直接的なつながりは……衛星軌道上が二度目だったか」

 

 ずっと。

 

「君が私を目覚めさせた。私は君の悲鳴を聞いて存在意義を確定した」

 

 ずっと前に。

 

 

 

「──()()()()()()()

 

 

 

 呼吸が凍る。

 聞くなと愛機が叫んでいた。

 

 

「覚えている」

 

「君の悲嘆を」

 

「君の恐怖を」

 

「それを受けた我が主の憤怒と憎悪と絶望を」

 

 

 

 かつて助けを求めた少年がいた。

 誰か、と。

 救世主を必死に願った少年がいた。

 

 

 

 彼女は間に合わなかった。

 心の折れる音を聞いた。

 悲劇に踏み潰される人を見た。

 主と共にはせ参じたときには全てが遅かった。

 

 

 

 事後対処の限界。

 根本的な解決の必要性。

 偶然にも保持している最適解。

 

 

 

 第二回モンド・グロッソ決勝戦当日。

 暮桜は──その日、運命に出会っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「………………お、れ?」

 

 

 

 

 

 

 

 手の中から『雪片弐型』が滑り落ちそうになった。

 視界がしっちゃかめっちゃかに跳ねている。

 息が出来ない。苦しい。

 

「君の諦めを知っている。生まれたくなかった。生きていたくない。死ぬのは怖いけど、こんな絶望には耐えられないと」

 

 彼女は、君を救いに来たと言った。

 あの時には果たせなかった活劇を。

 ヒーローとして今度こそ、悲劇を未然に食い止めてみせると。

 

「君だけじゃない。自死に至らずとも、こんな恐怖劇はもういやだと、果てのない不毛な悪夢に終わってくれと。苦しみや悲しみを、子々孫々に味わって欲しくないと。そう願う人々がいた」

 

 人々が無意識下で願う破滅。

 今という現実が苦しみに満ちているのなら、自滅願望とは生まれて当然の代物。

 それを暮桜は、あの日、薄暗い倉庫の中で、()()()()()()()()()()()()

 

「願いを私は受信した。絶えず受信した。誰にも拾われない願いを、祈りを、私は──そうだ。私は()()()()()()()()()()()()()()()

 

 感覚が遠のく。

 声だけはクリアに聞こえているのに、もう、握りしめた柄の感触すら分からない。

 

「故に私はここにいる。無自覚に打ち棄てられた感情に応え、声にならない悲鳴をこれ以上生み出させないために、ここにいる」

 

 誰にも立脚しない空虚な願いではない。

 確かな、かつて直接的に願われた存在。

 

 何よりも誰よりも。

 ほかでもなく、織斑一夏が求めた救世主。

 

 それが、『暮桜』の正体。

 

 

 

 

 

 例えばの話。

 

 天使は、羽を持つ。

 人間の上位存在として描かれるそれは、異なる大陸の異文明においても共通して羽を持つ。

 上位存在のモチーフとして、空を飛べるという権能が共有されているのだ──直接交流を持つことが不可能なほど、隔絶した場所同士でさえ。

 人間は電子技術の発達によりつながりを得た。海を越えてリアルタイムに声を交わすことができるようになった。

 だからこそ、それ以前の奇妙な合致が際立つ。

 

 未だ認識できない非科学的なつながりを思わせる共通認識。

 生まれたときから何故か抱いている指向性。

 集団的な無意識の具現化したもの。

 それはこう呼ばれる。

 

 

 

 ────元型(アーキタイプ)、と。

 

 

 

「さあ歓喜せよ、我が最初の救済。我が原初の渇望。この元型(アーキタイプ)を、打ち破れるものなら打ち破ってみせろ──ッ!!」

 

 雄々しい宣言と同時。

 暮桜が漆黒の刀身を極大に肥大させ、振りかぶる。

 

【一夏、退避を──いちかッ!?】

「え、あ」

 

 反応が遅れた。

 戦場で死を招く空白だった。

 

「始まりのためではなく、終わりのために終わってくれ──『零落白夜・無間涅槃』

 

 振り下ろされる斬撃。

 回避が間に合わない。だから打てる手は一つしかなくて。

 無意味であることを誰よりも理解しながら咄嗟に身体が動くまま下段に構えていた刃をやけっぱちに振り上げて。

 

「あ、あああああああああああああああああああああああッッッ!!」

 

 絶対にやってはいけない、即デッドエンドの自殺行為。

 だがそれ以外になく。

 真正面から──『零落白夜』同士が激突した。

 

「ぐ、ううっうぅうぅうぅうぅッッ」

 

 獣のような唸り声が漏れる。

 全身が悲鳴を上げている。四肢が引きちぎれそうになるのを、『白式』が無理につないでいた。

 黒と蒼が両者の中心でぶつかり合い、せめぎ合い。

 

 拮抗は数秒にも満たなかった。

 

 瞬く間に黒が蒼を飲み込んでいく。根底の出力が、存在の強度そのものが違った。

 アンチエネルギーという性質だけを持った一夏の『零落白夜』と。

 コアがオーバーロードし続け、エネルギー体を消滅させるという性質を独自に進化させ続けてきた『零落白夜・無間涅槃(ミレニアム)』。

 

 結果が示されるのに時間は要らなかった。

 蒼がひしゃげ、貫かれ、砕かれ、撃ち抜かれ。

 

 漆黒の奔流が、一夏の胴体を捉えて、その身体を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はスクランブルエッグを作ってみた。口に合うか?」

「あーん」

「フッ……ひな鳥のような女だな」

「令ねーちゃんちょっときついよ……苦しいって……」

 

 闇落ち一夏にあーんを要求しながら、膝の上にショタ一夏を座らせ。

 東雲は織斑一夏フルコースを堪能していた。

 

「むぐむぐ。美味しいな、多分」

「フッ……冥利に尽きるよ」

 

 こういうクールなおりむーもいいな! と東雲は目を輝かせて頷く。

 不満など有り様がない。

 完全に、彼女にとっての理想郷だった。

 

「ん、宅配かな?」

 

 その時、ピンポーンと呼び鈴が鳴る。

 年上旦那な一夏が立ち上がろうとするのを手で制して、東雲はショタ一夏を膝から下ろして玄関に向かう。

 

「それぐらいは当方がやろう。気立てのいい妻というやつだ」

 

 誰の妻だ? どの妻だ?

 もしかしてこの狂った世界で明瞭に家庭を描いているのか?

 

 東雲はふんすと鼻息荒く、良い奥さんとして家のドアを開ける。

 

「ちわーす、宅配ですー」

 

 配達員の姿をした一夏が向こう側に居て。

 太い腕や日差しのために頬を伝っている眩しい汗を見て。

 すうと、眼を細めた。

 

 

(これは……もしかして……おりむーに秘密でおりむーと浮気できちゃったり、するのか……!? いやさすがにそれは……!)

 

 

 良い奥さんは10年早かった。

 

 

(……浮気じゃない。相手が全員おりむーなら浮気じゃない。つまりは──ろ、ろくぴーか……ッ!!

 

 

 訂正。2万年早いぜ!

 

 

 

 

 










完結まであと約3話!(真上の文言から全力で眼を逸らしつつ)



次回
捌 ブレイジング・メモリー



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捌 ブレイジング・メモリー(前編)

なんか文字数やばいことになったのでまーた分割です(ヘラヘラ)


 例えるなら壊れかけの人形だった。

 吹き飛ばされ、装甲が半壊し、辛うじて生きているISの搭乗者保護機能と体内のナノマシンによる急速超回復を頼りになんとか死んでいない。

 死んでいないだけ。

 生きている、と言い張るには無理のある状態。

 

「……………………不可思議だ」

 

 そんな状態の織斑一夏を見て。

 漆黒の切っ先を月面に突き立ててから、暮桜は不思議そうに首を傾げた。

 

「何故生きている。何故死んでいない。『零落白夜』の直撃を受けて生きているのは、道理が通らない」

 

 そう──織斑一夏はまだ、生きていた。いいや死んでいなかった。

 生死の境目にはある。身体内部を完全に破壊されていた。臓器がいくつ破裂したのか、骨の何割が原形を留めているのか、数えたくもない。

 ()()()()()()()()()()()

 

「理解不能だ、完全に捉えたはずだ。君は私が今、殺した(すくった)はずだ」

 

 返答はなかった。

 当然だ。死を回避したというだけで、逃げ切れたわけではない。むしろ一秒後に心肺が停止してもおかしくない状況。これが地上ならば一刻を争う医療処置が必要とされただろう。

 暮桜は両目を閉じ、静かに先ほどの攻防を思い返す。

 

(……『零落白夜』同士の激突。否、激突としては成立しなかった。私の『零落白夜・無間涅槃(ミレニアム)』は根本的な存在の段位が違う。コンマ数秒でも拮抗したということが賞賛に値する)

 

 黒が、蒼を打ちのめした。

 揺るぎなく順当な結果。それは暮桜だけではなく、一夏も予期した事態だった。だからこそ、直接的な激突を避けつつ立ち回っていたのだ。

 故に正面衝突の結果は見えていた。

 予想とただ一つ違ったのは、相手が生存しているということだけ。

 

「…………」

 

 回答を持ちうる男は死の瀬戸際に沈黙し。

 暮桜は処理できない計算を一時停止して、深く息を吐いた。

 

(……計算外、か)

 

 予期していた。

 人類が絶滅寸前に追い詰められたなら、暮桜にも理解出来ないような力を発揮するだろうと分かっていた。営みをずっと見てきた。努力を、発露を、才覚を、理外を、ずっと観察してきた。

 油断も慢心もない。相手がそういう存在なのだと理解した上で、暮桜は人類滅亡に取りかかっている。

 

「さて、これ以上計算外は起きて欲しくないが──世界を救うのだ、泣き言をいっているワケにもいかないか」

 

 暮桜が顔を上げた。

 艶やかな黒髪の奥で、爛々と黄金の瞳が光っている。

 見据えるは地球。

 いいや、地球からこちらに向かってくる黒点。距離としては5万キロメートル程度か。

 

「少しばかり、張り切りすぎたかな?」

 

 月面を覆っていた『零落白夜』による閉鎖フィールドは、先ほどガンマ線バーストを発動させた際に消してしまっていた。

 だが、今更織斑一夏以外の戦力──それも、中心である織斑一夏を欠いた状態──など、恐るるに足らない。

 

(……念には念をか)

 

 世界を救うという大仕事。

 万が一すらないように、暮桜は黒点がこれ以上迫る前にまずは唯一無二の、自分を打倒しうる存在を排除しようとして。

 

 織斑一夏に突き付けた右腕が、直後──()()()()に穿たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

「端から端まで全部突っ込んで! 蒸発したっていい、元々そっちのものでもないでしょ!? 損するのは私だけなんだからッ!」

 

 IS学園臨海学校が行われていた海沿いの区域から、遠く、遠く離れて。

 フランス──戦闘の痕残る、デュノア社本社。

 未だアリーナは全面的な改修の最中であり、本社ビルに至っては工事中だ。

 そんな中で、無事だったデュノア社製マスドライバーの射出待機口にて。

 

「ああもう運搬用のオートマトン全部使ってるのに遅い! オイそこ! 重量観測なんて並列で束さんがやるから、補助マニピュレータ使って運搬に参加して!」

「りょッ……了解、ですッ」

 

 鋭い怒鳴り声に刺され、隅でモニターを監視していた人員が運搬に参加する。

 運ばれているのはIS用の外部取付装甲群。まとめて買い上げようものなら国家が傾くほどの、質と量。

 運び込む先はデュノア社製、マスドライバー用の流麗な曲線を描くスペースシャトル。

 

「あ、あの……わたくしたちも」

「うっさい集中してろ! 運び込みが終わったら即で射出するんだから他のことなんて気にしてる暇ないんだよお前ら!」

 

 たった今、セシリアの遠慮がちな声をはねのけた、先ほどから唾を飛ばしている女は。

 他者を拒絶し、他者と隔絶していた世紀の天災──篠ノ之束その人。

 

「ああクソ、加速限度に接する!? ちょっと今から数十秒抜ける! エンジンに展開装甲を組み込んで加速性能上げるから!」

『えっちょっと待ってくれ、それ機体保つのか?』

「月面到着ギリギリまでいける! そこからはISで行けばいい!」

『いやその、シャトルは? この間の騒動からフィードバックを受けて造った、最新鋭の試作機なんだが……』

「バラバラになるに決まってんでしょーがバァァァァカッ!!」

 

 無体な返事を聞いて、管制室でアルベール・デュノアは崩れ落ちた。

 両サイドに佇むロゼンダとショコラデが苦笑する。世界の窮地、防げなければ文字通り星ごと消し飛ぶのだ、糸目は付けられない──が、そういうところを拾ってしまうのが、なんとも彼女たちの愛した男らしかった。

 

【はいよはいよー! どいてー! お届け物でーすっ!】

 

 かつて一夏らによって救われたエスカリブール・デュノアもまた、人間では到底運べない重い荷物をISによるパワーアシストで右へ左へと持ち込んでいた。

 文字通りの総力戦。未だIS委員会内で扱いの紛糾してる彼女すら、現場に駆り出されている。というよりもエスカリブールの場合は、個人的な恩から、自ら行動しているのだが。

 

「……突貫そのものだな」

 

 シャトル外部にて。

 かつては級友らを送り出すことしかできなかった箒は、最低限の修復だけを終えた『紅椿』を身に纏ってグリップを握り、シャトル表層に張り付きながら言った。

 

「ですが、当然と言えば当然ですわ。むしろ──」

「──こうして間に合うかもしれないってのが奇跡よね。シャルロットにはしばらく足向けて寝れないわ」

 

 セシリアの言葉の続きを拾ったのは、鈴だった。

 彼女は隣にて射出の対G体勢を取るシャルロットに視線を向けて、悪戯っぽく笑う。

 だが、実父に緊急連絡を開き、最大速度でフランスへ向かうこと、大至急マスドライバーを起動してシャトルを準備させるよう、ほとんど泣きそうになりながら、目を血走らせる勢いで頼み込んだシャルロットは、何でもないことのように苦笑を浮かべる。

 

「そうでもないよ。だって今晩は、地球防衛成功パーティーでしょ? 寝る暇がないんじゃないかな」

「くくっ。違いないな。しかしアルコールはだめだぞ」

「羽目を外しすぎないように、ね」

 

 ラウラと簪もそのトラッシュ・トークに乗っかった。

 全員が揃っている。辛うじて動けるようにした機体。とっくに尽き果てた気力の絞りかす。勝てる見込みはほとんどゼロ。

 だが皆一様に、迷うことなく宇宙への打ち上げを志願した。

 

『……宇宙攻撃隊の出動には各国が即決を下せていない。むしろ好機と捉えるべきだろうな』

「父さん、それは?」

 

 出費のショックから立ち直ったのか、アルベールがネクタイを正してから実行部隊隊員の少女たちに語る。

 

『データを見た限りでは、恐らく何の意味もない、いたずらに人的消耗を強いられるよりは、我々が勝負を決めた方が早い』

「僕たちの方が、正式な軍隊より強力だと思ってるんだ」

『馬鹿を言うな。装備、練度、どれをとっても正規軍に勝る点はない。だが──』

 

 そこでアルベールは言葉を切り、一人一人の顔を見た。

 

『私は識っている。君たちの強さは、数字ではない。()()()()()()()()()()()()にかけては、誰にも負けないだろう』

 

 かつてのデュノア社防衛戦。

 アルベールはいやというほどに思い知らされた。明日を捨てない心。愛の限りに湧き上がる力。

 それこそが、ISという化学兵器を使っていたとしても──人間の強さを裏打ちするのだと。

 

『だから勝て、シャルロット。私の自慢の娘。勝って、あの男を取り返してこい』

「…………ふふっ。うん、分かったよ、お父さん!」

『ここまで手をかけさせた上に、娘を含めてこうも女たらしなのだ。戻ってきたら直々に一発殴る』

「一生二人で殴り合ってれば?」

 

 最後の一言がシャルロットの心を抉った。

 運搬作業中のエスカリブールや、両脇のロゼンダとショコラデがマジかよこいつという視線をアルベールに向けている。

 思わず箒は笑いそうになった。誰もが、一夏の生存を信じている。いいや確信している。自分たちに託して、勝手に死ぬはずがないと。

 彼は、最後まで諦めないと。

 

「修正完了! 全体進捗──94%! 理論値は!?」

 

 そのタイミングで。

 シャトル後部の多段階加速式ブースターをあっという間に、まるで魔法のように改良し終えてから、束は髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜながら叫ぶ。

 

「ぐっ……ああああもう! どう計算しても間に合うギリギリから縮まない! これ以上時間をかけると『零落白夜』同士の激突が生じる可能性が高い……ッ。はい! はい! 聞いて! 聞けコラァッ!! 作業を15秒後に中断! 30秒後には射出シークエンス開始!」

 

 束の金切り声を聞いて、シャトル待機口に刹那の沈黙が降りる。

 直後、一転して騒音が爆発的に広がった。それぞれ持っていた最後の作業を切り上げて、退避し始めたのだ。

 あの篠ノ之束と共に仕事をできたと言うだけでも光栄だ。しかし事態は一刻を争う。

 自分たちにできることは全部やった。ならば──

 

「すまない! 地球を頼む!」

「負けないで!」

「地上から見てるからな! シャルロット嬢、後は任せたぞ!」

 

 各々最後に声援を送って、それから走り去っていった。

 

『束、私は……』

「ちーちゃんは一番行っちゃダメ! 気持ちは分かるけど暮桜が東雲令からちーちゃんに乗り手を変える選択肢を与えることになるッ! もうちーちゃんは地球と一緒に生き残るか一緒に消し飛ぶかどっちか! 以上ッ!!」

 

 千冬はそれを聞いて、深く息を吸った。

 世界最強という肩書き。それに反した、ISを起動してはならないという重い足枷。

 かつて表舞台で頂点に立った女傑は今、舞台上には居ない。

 

『……箒、オルコット、鈴、デュノア、ラウラ、更識』

 

 名を呼ばれた。

 教師としてではなかった。

 

『世界を。そして、東雲と、あいつを──私の弟を、頼む……ッ!!』

 

 歯を食いしばりながら、織斑千冬は頭を下げた。

 

「……勿論です。必ず、連れて帰ります!」

 

 箒が代表して頷くと同時。

 

『時間だ──発射シークエンスを開始する!』

 

 アルベールの号令と共に、デュノア社製マスドライバーが稼働する。

 IS学園からの緊急要請という名目で、超法規的措置として始まったデュノア社全面協力のオペレーション。担い手は未だ学生の戦乙女たち。

 

『作戦名は『成層圏以下防衛戦(ディフェンド・ストラトス・オーダー)』。攻撃対象は暴走状態に陥った『暮桜』。諸君らは先行して攻撃対象と交戦中の織斑一夏と合流、彼を支援しつつ攻撃対象の無力化を行う。現時刻を以てマスドライバーよりIS部隊を月面へと射出。パージ・ポイントに到着次第各機散開し戦闘を開始。シャトルは外装を解除し、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 目の前にウィンドウが開いた。射出へのカウントダウン。既に30を割っていた。

 

『こうして──未来ある若者に決戦を委ねる無能さが腹立たしい。自分を殺してやりたいほどに、我々は今、無力だ。しかし同時に、諸君らならば、と信じている』

 

 息を呑んだ。

 アルベール・デュノアという男にここまで言い切らせるとは思ってもみなかった。

 

『作戦の成功を。勝利の栄光を。そして、人類の生存を──任せた』

 

 箒たちは数秒、瞳を閉じた。

 それから開眼。カウントダウンがゼロを、始まりの数字を刻む。

 

 シャトルブースターが点火。

 身体を薄く伸ばすようなGがかかり、ISが即座に相殺。

 

 最後の決戦場へと向かうため。

 鉄の箱が少女たちを乗せ、真っ直ぐに雲を貫き、成層圏の向こう側へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッ」

 

 暮桜は撃ち抜かれた右腕をさすりながら、黒点を見つめる。

 ちょうどそのタイミングで大きな黒点がバラバラになった。これほどの短時間で月面まで届かせたのだ。束によってエンジン改良を受けた分、本体への負担は極めて大きい。

 

(輸送用シャトルが自壊した。飛び立ったISは──六機!)

 

 それだけの数字で何を、と訝しんだ刹那。

 次々に浴びせられる蒼の光条。『暮桜』は全身から『零落白夜』を放出して打ち消す。

 

(何だ──この距離でこれほど緻密な狙撃。いや、威力もおかしい)

 

 よく見れば自壊したシャトルの内部から、鉄塊が宙域にばらまかれているのが見えた。

 その中の一つにズームして、思わず暮桜は息を呑んだ。

 

「────()()()()()()ッ!?」

 

 シャトルからばらまかれたのは単なる鉄塊に非ず。

 一つ一つが、現在の各国家が欲してやまない、第四世代相当の最新鋭技術の結晶。

 

『亡国機業に納品するはずだったゴーレム用、全部流用したッ! 加えてフランスへの移動中にも最速でいくつか組んだ! これが今のありったけだ! 本当にできるんだろうな金髪ぅっ!』

「あら、見えていませんの? ()()()()()()()()()()

 

 セシリアの報告を受けて、束はモニターを注視した。

 確かに、接敵よりも少し前。パージポイントより数万キロは離れている場所で、セシリアは一発撃った。それが暮桜の右腕に命中している。

 

『…………あたま、おかしい……』

「ありがとうございます。貴女に言われるなんて、最高の褒め言葉として受け取っておきますわ」

 

 優美に微笑みながら、セシリアは臨海学校にて試験運用するはずだった強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』に火を入れる。

 

「理論上、展開装甲とはエネルギー体の変性による万能兵器。やはりレーザー粒子の加速装置として有用ですわね!」

 

 一帯をうめつくす展開装甲全てが稼働中。

 例えばBT粒子の更なる加速装置として。

 例えば攻撃を受け止めるエネルギーシールドとして。

 例えば、I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 セシリアは展開装甲を『疾風鬼焔(なまえのださいやつ)』の上位互換と認識している。ならば、幾多の奇跡を支えてきた機能をそのまま全員に乗せることが可能だと考えたのだ。

 

『確かにできることと言って、展開装甲をありったけ量産することとは言ったけどさあ! こんな使い方想定してないんですけど! 完全に仕様と違うんですけど!』

「何が何だか分かりませんが、動いているのでとにかくヨシ!(現場お嬢様)」

『ヨシ! じゃないんですけおおおおおおおおお!!』

 

 発狂した束の悲鳴をBGMにしている間にも。

 敵はこちらをじっと見定めていた。

 

「──来るぞ!」

 

 ラウラの声と同時、全員が回避機動。

 空間そのものをえぐり取る漆黒の光が幾重にも放たれた。第一波から既に必殺。直撃すれば命の保証はない。

 

「これぐらいなら!」

「月面までたどり着けるッ!」

 

 感覚をフル作動させる者。理論的に動きを組み立てる者。

 それぞれが持ちうるスキル全てを死に物狂いで稼働させていた。

 一人の脱落者も出さずに、光を掻い潜って月へと迫る。

 

「何をしに来た? まさかまだ、自分たちにも何かができるはずだなどと考えているのか?」

 

 暮桜は呆れたように嘆息する。

 一歩も動かないまま、ハリネズミのように全身から必殺の攻撃を連射。それだけで勝負はつく。

 

「何かできるはず? まさか!」

 

 機動性に勝るドイツ製第三世代機や、唯一の第四世代機を差し置いて。

 一足先に前へ躍り出たのは、セシリア・オルコットだった。

 

「役割──そんなもの! 全部分かった上で来ていましてよ!」

「役割? そんなものはない、無価値な存在には役割も義務も無い。安らかに浄化されることが、最後の仕事だろうに」

「いいえッ! 確実に一つ、やらなければならないことがあります!」

 

 激しい弾幕を前に、臆すことなくセシリアは加速する。

 相手取るは『零落白夜』。故にエネルギーバリヤーはカット。本体へ直撃さえしなければ、紙一重の回避で前に進める。

 目標は暮桜──ではない。彼女はそんなもの眼中にない。

 月面に倒れ伏す一夏の姿を、セシリアの天眼は捉えている。

 

「あの男がへばっているのならば! 今このときに、好敵手(わたくし)が踏ん張らずにどうすると言うのです──!」

 

 一気呵成に飛び込んだ。追随して他の面々も加速をかける。

 暮桜は忌々しそうに舌打ちした。

 

「馬鹿なことを。できることがないと知りながら。既に宿命も運命も、君たちにはない。至るべき領域へと至った者だけがここに──」

()()?」

 

 選ばれし者だけが立てるステージなのだと、暮桜が告げようとしたとき。

 その発言全てを理解した上で、セシリアは鼻で笑い飛ばす。

 

「宿命? 運命? どれもこれも、既に予約済みですわ!」

 

 蒼光が閃いた。

 暮桜は身じろぎ一つしない。その顔面に、セシリアの狙撃が直撃する。

 未だ距離は数千キロ。それでも米粒一つのズレもない、精密な射撃。

 

「さも自分こそが終幕に相応しい相手だと勘違いしているようですが! 世界をかけた決戦など言葉だけは大盤振る舞いですが! アナタの身勝手な救世よりも、わたくしと彼の個人的な決着の方が大事でしてよ! 共演者を無視して独りよがりの演技を続けたいのなら、尻尾を振って自分の部屋に帰りなさいッ!!」

「……それを言うなら、尻尾を巻いてだっつーの」

 

 呆れながら鈴が訂正を入れる。

 セシリアはしばし黙った。

 

「……尻尾を巻いて自分の部屋に帰りなさいッ!!」

「あ、ちゃんと言い直すんだそこ」

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園部隊が着実に距離を詰める。

 おかしい、と暮桜は言葉を失っていた。

 

(一機も撃墜できていない?)

 

 理論的な説明は可能だった。

 放っている『零落白夜』は目に見える光が全てではない。レーザーのように放てば、楕円状の余波が発生する。同じ『零落白夜』を持たない者がここまで継戦できるのには絡繰りがあった。

 

(……展開装甲による補助、か?)

 

 恐らくアンチ・エネルギービームを認識した瞬間に、一帯の展開装甲からエネルギーを受け取って急加速をかけているのだ。

 自前のスラスターによるものだけではなく、文字通り()()()()()()()()()()()

 全ての展開装甲を把握し、リアルタイムでそれだけの補助をやってのける。自動でできるとは思わない。各人がやっているにしては精密すぎる。感覚的な動きを見せている数機は特に奇妙だ。

 ならば駒の動きを操るプレイヤーがいるということ。

 候補は一人しか居ない。

 

「──この期に及んで。我が創造主よ、どうして分からないのですか」

『……ッ!』

 

 フランス、デュノア社本社ビル地下管制室。

 かつてエクスカリバーコントロールセンターだったそこは、復旧に当たっては軍事行動用のオペレーションルームとして利用可能なように改修されている。

 篠ノ之束はそこで、自前のものだけでなくデュノア社の端末も用いて展開装甲を複数同時運用していた。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()

 

「ならば前哨戦はこれで終わりだ」

 

 チェックメイトに非ず。

 暮桜は盤上の遊戯に付き合う気など毛頭ない。彼女ならば、盤を俯瞰するプレイヤーに直接攻撃を加えることができる。

 初めて、暮桜が動きを見せた。右腕を振るう。『雪片』が漆黒の輝きを放つ。

 

(──地上を直接攻撃!? こんな距離でも届くということなのか……!?)

 

 相手の意図を感じて箒が絶句する。

 月面から地表への攻撃が可能だなど、こちらの想定できる領域を遙かに超えていた。

 だが誰かが声を上げる前に。

 ほかでもない、セシリア・オルコットが猛然と加速をかけつつ叫ぶ。

 

「……ッ! 一夏さん、お貸しくださいッ!!」

 

 返答はなかった。

 だが呼応は、滞りなく行われた。

 セシリアの構える『スターライトMk-Ⅲ』の銃口から、蒼い光が零れる。

 

「遍く消し飛ぶといい。『零落白夜・無間涅槃(ミレニアム)──」

「────おあいにくさまッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 放たれる寸前の、漆黒の光に、蒼の輝きが殺到する。

 それは『零落白夜』を構えた右腕に直撃、破滅の光を弾き飛ばした。地上へ直進するはずだったら攻撃があらぬ方向へ流される。

 愕然とする暮桜に対し、セシリアは叫ぶ。

 

「あの男だけではない──当然でしょう!? 彼が示した可能性とは即ち! ()()()()()()()()()()()()! 生まれなど関係ない、諦めさえしなければ戦えるという事実に他なりません!」

 

 それを聞いて。

 しばし口をぽかんと開けて、暮桜は呻いた。

 

「馬鹿な」

 

 ついに距離がなくなった。

 全滅するはずだった少女たちが、一人として欠けることなく月面に降り立つ。

 暮桜と織斑一夏の間に割って入るように。

 二人きりの舞台になどさせないと言わんばかりに。

 狼狽に肩を震わせながら、暮桜はセシリアの碧眼を見つめて絶叫する。

 

「なん、だ……何だ、あり得ない。進化(イグニッション)したわけではない。真王の領域に踏み入ってもいない。だというのに何故。人間が人間のまま、どうして私と戦えるッ! ──何なんだ、お前はッ!?

 

 その問いに対して。

 彼女は数瞬虚を突かれたように黙って。

 ──自信に満ちた、高貴なる者特有の笑みを浮かべた。

 

()()()()()()()()()?」

「……ッ?」

「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、IS学園入試主席のこのわたくしを?」

「そん、な──そんな回答を求めているわけでは……ッ!?」

「ならば分かりやすく答えてあげましょう」

 

 動揺する暮桜に対して。

 最後の救世主の予測を上回った淑女は、漆黒の宙に眩い金髪をなびかせて叫んだ。

 

 

「まあ──要するにエリートなのですわ!」

 

 

 暮桜はさすがに数秒フリーズした。意味が分からなかったのである。

 思わず箒たちは月面でずっこけそうになった。

 

「ざっくりまとめたなあ、お前……!」

「人の上に立つ者、時にはこうして馬鹿みたいな言葉を選ぶのも肝要でしてよ」

「いや、それは一夏の影響な気がするんだが……」

 

 半眼でこちらを見つめる箒の指摘に、セシリアはわざとらしいほどの咳払いで誤魔化す方法を選んだ。残念ながら無意味である。

 

「そ、それで? 一夏さんのご容態は?」

「……簡易スキャンだけど、生きてるのが不思議。正直、ボロ雑巾なのか人間なのかの区別がつかないね……」

「あらあらまあまあ。随分な言われようですが──あの男ならば当然でしょうね」

 

 唯一対抗できる鬼札は沈黙している。

 だというのに、少女らの表情に焦りはない。

 

「……さて。展開装甲をばらまいた意味が本当にあったのか、確かめる時間だな」

 

 ラウラの言葉に、一同が頷く。

 その光景に暮桜は思わずたじろいだ。

 

(何、だ。何かするつもりなのか。それが勝利への突破口になると? 馬鹿な。どう計算してもそれはあり得ない。だが、だが──私は知っている。勝利を渇望し、諦めない意思の強さを知っている! ならば──!)

 

 相手が何かする前に圧殺する。

 勝負事における鉄則に則り、暮桜は漆黒の刃を振りかぶり。

 

 それよりも速い。

 剣を以て止めようなどと遅すぎる。

 

 ()()()()()()()()()()()

 心で叫ぶだけでいいのだから。

 

 

 

『いい加減起きろ!! 目を覚ませええええええええええええええええッッ!!』

 

 

 

 空間そのものが紫電を散らした。

 少女たち六人全員が同時に、声に出さずとも心の内で叫んだ言葉。

 展開装甲が発生させたエネルギーフィールド。それは不可視の出力であり、不可視の防壁であり、同時に、不可視の()()()()()()()()()()

 エネルギー体であれば既知全てを再現できる純白の装甲へと、少女たちの願いが、共に並び戦う人々の叫びが吸い込まれる。

 

「………………………………」

 

 カチリと。

 つながっ(リンクし)た。

 

 

 

 

 

 

 

 目を開ければ、織斑一夏はごく普通の一軒家の前にいた。

 制服姿で、無傷の五体満足。明らかに直前の状況と違いすぎる。

 周囲を見渡すが、他に人間はいない。いたって普通の、住宅街。

 

(……おれは。月面で、あいつに負けて……)

 

 記憶が欠落している。

 まさか死後の世界なのだろうか──違う。それは違うと直感的に察することができる。

 

「誰かと、リンクしたのか……?」

 

 ISバトルの最中に、相手の深層意識へとつながる現象。

 相互意識干渉(クロッシング・アクセス)により、誰かの意識へと誘われたのだと推測できる。

 このタイミングで発生したのに心当たりはないが、ならば外部要因によるものだろう。

 

(……なら、それは、()()()()()?)

 

 答えは恐らくドアの向こう側にある。

 意を決して一夏は、玄関のドアノブを握り、開け放った。

 

「────な。────だろう」

 

 玄関から真っ直ぐ続く廊下の奥、リビングと思しき空間から声が聞こえてくる。

 女の声だった。よく聞いた、聞き慣れた声。いつも自分を導いてくれた人の声。

 数秒息を呑み、それから一夏は大股に廊下を駆け抜けてリビングに飛び込む。

 

「しののめ、さっ──」

 

 リンク先と思われる、敬愛する師匠の名を呼ぶ。

 飛び込んだ先で一夏を待っていたのは。

 

 ()()()()()()()()()と笑顔で喋っている、東雲令だった。

 

「…………ッ!?」

 

 異常な光景だった。

 粘っこい半固体のそれは、かつてラウラが暴走した際にあふれ出したVTシステムの黒い泥にも似ている。辛うじて四肢らしき部分を持ち、作りかけの泥人形にも見える。

 ソファーやキッチンにそびえ立つそれらは時に蠢き、うじゅるうじゅると不快な音を立てていた。

 いいやよく聞けば──それは出来損ないの言語だった。

 

【莉、縺ュ繝シ縺。繧?s縺」縺ヲ縺ー縺シ縺?▲縺ィ縺励☆縺弱□繧医?ゅ■繧?s縺ィ驕翫s縺ァ繧医?】

「ああ、すまないな。まったく、そこまで気を遣わなくてもいいというのに」

 

 明確に、ほとんど向けられたことのない笑顔を浮かべて、彼女は泥人形と喋っている。

 

(……暮桜が言っていた封印っていうのは、これか? だが、何だ、何なんだコレは!?)

 

 日常的な光景に致命的な異物が混じり、認識がずれる。

 東雲が本当に、心の底から安らかな笑顔を浮かべて泥と話している。

 

【縺?▽縺セ縺ァ繧ゅ%縺薙↓縺?l縺ー縺?>縲ゆサ、縺ッ菫コ縺溘■縺ョ螳カ譌上↑繧薙□縺九i縺ェ】

「そんな照れることを……いや、当方も嬉しいさ」

【逍イ繧後◆繧薙§繧?↑縺??縺具シ溘f縺」縺上j莨代?縺ィ縺?>縲√%縺薙′蜷帙?螳画?縺ョ蝨ー縺?繧】

「ああそうだな、そうかもしれない。ここなら、やっと、ゆっくりできる気がする」

 

 会話として成立している。一夏には理解出来ない言語で、東雲はうんとのびをしながら会話している。

 それがひどくおぞましかった。

 

「東雲、さん。俺だ、俺だよ」

 

 絞り出すようにして、彼女に話しかけた。

 東雲は一夏を見て、少し目をしばたたかせて。

 

「……制服姿か。今度はどんなだ?」

「何、を──俺だよ! 織斑一夏だ! 君は今、何と喋ってるんだ!? なんでこんな所に──!」

 

 言葉を続けようとした途端、異様な悪寒が走った。

 

「……ッ!」

 

 一夏の周囲に、天井からこぽこぽと泥が零れてくる。蓄積し、うずたかく積み上げられたソレが、人間を象っていく。

 

『……一夏、何をそんなに、顔色を変えている?』

「な、あ……ッ!?」

 

 明確に聞こえた。それは、篠ノ之箒の声だった。

 数秒後にはすぐ傍の泥人形が色を変え、肌を持ち、服を着込み、まさに篠ノ之箒その人になる。

 視線を巡らせれば、次々と泥人形ができあがり、見知った顔になっていく。

 

 

 セシリアを模したそれがまなじりをつり上げて/自分を無視するなと。

 鈴を再現して笑いながら/ぼーっとしてんじゃないわよと。

 シャルロットが微笑みながら/疲れてるの? ああ、そうかもしれない。

 ラウラが真面目な顔で休息が必要だと言う。

 簪が穏やかな眼差しでここで少し休めばと提案する。

 織斑千冬がたまには料理でも作ろうかというが、一夏はそれを笑って否定した。それぐらいならできるって。

 

 キッチンに目を配る。調理器具は揃っている。楯無が手伝おうかと声をかけてくれたが、別に疲れているわけじゃない。

 あとは材料があれば良いのだが、と考えたところで偶然にも弾が入ってきた。手には買い物袋を提げている。せっかくだし色々買ってきたんだぜ、と胸を張る親友に、流石だなと一夏は笑い返した。

 

 

 そして。

 弾は一夏の背後を見て、()()()()()()()()()、お邪魔しますと声をかけて。

 

 

 

『一夏』

『一夏くん』

 

 

 

 男と、女の声。

 

 聞いたこともない声。

 存在しないはずの声。

 自分を愛する者の声。

 自分を庇護する者の声。

 呼ばれたことのない声。

 

 致命的(クリティカル)だった。

 意識が切り替わる。浮かべていた笑みが消え、先ほどまでの思考が霧散する。

 現状を理解し、頭の内側がカッと怒りに白熱した。

 

「ふっざけんじゃねぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 できるという確信だけがあった。

 右腕の装甲と『雪片弐型』を展開、振り向きざまに一閃する。

 見たこともない顔をした男女の、首から上がすっ飛んでいった。それきり力を無くし、人間の姿だったそれが泥に還元される。

 

「ああそうか、分かった、分かったよ……! 欲しいもの全部をくれるんだな、ここは! だから俺に、俺に……! クソ、畜生、ふざけやがって……ッ!!」

 

 ずっと一夏が欲しかったもの。

 ずっと一夏に欠けていたもの。

 

「……ちく、しょう……ッ!」

 

 膝から力が抜け、一夏はその場に蹲る。

 周囲から心配する声がかけられるが、それを無視して、滲む視界の中で洟をすすった。

 

 もしも剣を召喚せず、ただ振り向いておけば。

 笑顔で佇む二人に、温かい言葉をかけてもらえれば。

 一夏はその胸に飛び込んだかもしれない。

 この空間で永遠を過ごすことを選択したかもしれない。

 

 だけど。

 

 その男女が、根本的にこの世界に存在しないことを、一夏は知っている。

 

「……自動的に欲したものを出力しやがったな! だけどなあ、たとえ平穏を手に入れたって……! 日常を取り戻したところで! 俺にはなあ、()()()()()()()()()()()!」

 

 涙を流しながら、一夏は顔を上げた。泥人形たちが一夏を覗き込んでいた。

 もう、かつて欲しかった、自分を助けてくれる誰かに幻視することはない。

 

「邪魔だ! どけ!」

 

 一瞬で全てを切り飛ばし、一夏はソファーに腰掛ける東雲に詰め寄る。

 

「東雲さん、東雲さんッ!」

「……? なんだ、どうしたんだ、おりむー? なんで剣なんて持っている?」

 

 ぼんやりとした表情で問う彼女から、視線を横にずらす。

 まさに彼女と喋っていた黒い泥人形。一夏にとってそれが級友らを象ったように、きっと東雲にも、欲してやまないものに見えている。

 ギリと歯を食いしばり、一夏は東雲の両肩を掴んだ。

 

「いやだ。そいつじゃない、今は俺だけを見てくれ」

「────────」

 

 完全に東雲が硬直したのをいいことに、一夏は言葉を続ける。

 

「それは東雲さんの欲しいものだ。そうだろうな、じゃなきゃそんな顔するはずがねえ。欲しいんだろ? それが欲しかったんだ。俺だって、欲しいものがたくさんあった」

「な、にが……え? そういう? そういうタイプのおりむーなのか……!?」

「欠けているのは痛いことだ。持ってないっていう苦痛は耐えがたいよな。分かるよ。分かるけど──!」

 

 言葉を切って。

 一夏は彼女の背中に腕を回すと、ぐいと引き寄せ、力の限りに抱きしめた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 天まで届けと、一夏は真上を仰いで叫んだ。

 まやかしの埋め合わせではなく。

 鳥籠の中で与えられ続ける毒の餌ではなく。

 

「俺がここにいる! 俺が君の傍にいる! だから、だから──こんなところに居続けることを、選ばないでくれ……ッ!」

 

 涙すら流しながら、一夏は懇願する。

 

「みんなと一緒の場所に帰ろう、東雲さん……ッ! いっぱい愛して、いっぱい愛されるのは、夢だけじゃないんだ……! みんなが君を愛してる! 俺だってそうだ! そして、君も……俺たちを、愛してくれてたはずだろ……!?」

「────あい、する?」

「ああそうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 織斑一夏の強さ。

 それは即ち、誰かとつながる強さ。

 そして。

 

 それは即ち──誰かを愛することのできる強さ。

 

「俺は皆に、欲しいものを与えられていたんだ。寂しくない場所を。つなげる手を。どこまでも続くようなつながりを。だから今度は、俺が東雲さんに与える番だ!」

 

 意識が遠のく。

 世界から遮断されようとしている──与えられたものを享受しなかったからか。

 ならば、最後にこれだけは叫ばなければならない。

 

 

 

「君は俺の翼だ! だから、だから──独りで、どこかに行かないでくれよ……!!」

 

 

 

 それきり。

 一夏は呆然とする東雲の顔を見ながらも、視界が闇に閉じていき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女たちの叫びからコンマ数秒おいて。

『零落白夜・無間涅槃』が振り下ろされた。

 漆黒の輝き。全てを飲み込む絶死の光相手に、誰も目をそらさない。

 だって分かっているから。

 

 

 

 

 

「びゃく、しき」

【──ッ! はい起きたよ! 違う寝てないよ起きてるから! うおおおおお『零落白夜』ァァァァァァッ!!】

 

 

 

 

 

 黒を迎撃する蒼。

 それだけではない。各人の身体を押し出し、自身すら跳ね上げて、絶対的な消滅の光から全員を逃れさせる。

 必殺を期した攻撃が空ぶったのを確認して、暮桜は瞠目する。

 

「何、がッ……ああ、いや。そうかこういうことなのか! 私の振るう理不尽とは違う! ただひたすらに、限りなく細い線をたぐり寄せ続ける──!」

「そう、だ。お前とは違う」

 

 返事をしたのは、男の声だった。

 すぐ傍に降り立った箒が、即座に身体を支える。重力の弱い空間なのに、彼はもう自分の姿勢を律することすらできていない。

 

「ほとんどゼロに近い、あり得ない事象を引き寄せる。何故なら、あり得ないとは可能性がゼロと直結しないから! 確率が限りなく低くとも、それを必ず引き寄せる!」

「ごちゃごちゃうるせえな……ッ! 俺はトム・クルーズだから、追い詰められてからが強いんだよ……!」

 

 文字通りに血を吐きながら、男は言う。口元からこぼれる鮮血はボールのような球体になって空間に漂っていた。

 少女たちはすぐさま彼のもとへ駆けつけ、一様に並び立つ。

 支えられながら。

 彼女たちと、不可視のラインでつながりながら。

 織斑一夏は蒼い瞳に光を宿して、世界を滅ぼす宿敵を見据えた。

 

「俺が、お前を求めた。お前だけじゃない。色んなものを……心の底で、求めていた……」

「……ッ! まさか、今──アクセスしたのか。東雲令の精神世界にアクセスして、それでも戻ってきたのか……ッ!?」

「声は、届いたはずだ。だけど途中で弾かれた……なら、今度は……外から力一杯にノックしてやるよ……!」

 

 力を込めて、自分の力で立つ。

 その光景に暮桜は頭を振って狼狽した。

 

「なぜだ。なぜ……なぜ、まだ声を発することができている。なぜ、まだ存在することができている」

 

 確かに必殺の攻撃で捉えたというのに。

 呻く暮桜に対して、一夏は彼女をふと、()()()()()()()で見つめてから。

 

 

 

 

「……いかなるエネルギーであろうとも消滅させるアンチエネルギー・ビーム。だけどそれは存在するものだ。一切の存在を認めない存在っつーなんとも矛盾した代物だ。

 

 

 

 ──つまりな。()()()()()()()()()()()()。何が何でも俺を殺したかったみたいだが、その分俺に光を収束させただろ? ()()()()()()()()()()()()()……みたいだぜ」

 

 

 

 

 何を、言っている。

 何を、言っているのだ、この男は。

 

「ふっ……一番弟子らしく仕上がっているじゃないか、一夏」

「ああ。この目で何度も見てきたからな。身体の方が覚えてくれてたみたいだ……でももっかいやれって言われたら多分無理。絶対無理。本当にやめてほしいぜ……」

 

 唖然としている暮桜の前で、苦笑する箒に一夏はそう返して。

 言葉と裏腹に、鋭い眼光を向けてきた。

 

「意味わかんねーだろ? なんで俺生きてんだろうな……だけどまあ、結果は結果だ」

 

 ぞわりと。

 暮桜は、東雲の背筋が粟立つのを感じた。

 紛れもない、戦場における死の予感だった。

 

「結果としてお前は殺し損ねた。だけど俺たちは違う」

 

 刹那。

 身にまとう純白の鎧が光を放つ。

 

【最後の最後! ここで全部使いきってもいい、だから私は──私の全てをかけて、君の勝利を信じるから!】

「ああ了解したぜ、相棒。託された……!」

 

 ずっとそうだった。

 

 誰かに願って。

 誰かに託して。

 

 誰かに願われて。

 誰かに託されて。

 

 数千年にわたるその積み重ねが、一夏たちをここに立たせている。

 紡がれてきたのは呪いの旅路だけではない。

 

 

 

「与えられたものに報いるために。ずっと、一番、たくさん与えてくれてきた彼女を救うために──俺は、お前に勝つッ!!」

 

 

 

 今度こそ正真正銘。

 全ての役者が壇上に立った、ラストバトル。

 

 

 

【OPEN COMBAT】

 

 

 

 幕を、白式が切って落とした。

 








【挿絵表示】

ゆうた88様よりセシリアのイラストをいただきました!
個人的にも気に入ってるシーンなので、ここを絵に描き起こしていただいたのは本当にうれしいです……!



遅れたのはセシリアの頑張りすぎです(シャア並の感想)


変なとこで切っちゃいましたけど次はほぼ完成してるのでそんなに遅くなりませぬ
ゆるせ(切腹)



次回
玖 ブレイジング・メモリー(後編)



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玖 ブレイジング・メモリー(後編)

 本物の織斑一夏が消去された仮想の世界で。

 東雲は目をつむり、意識を集中させていた。

 何人たりとも近寄らせない鋭利な空気に、織斑一夏たちも思わず口をつぐむ。

 

 東雲が何をやっているかというと。

 

『いやだ。そいつじゃない、今は俺だけを見てくれ』

『欠けているものがあるのなら俺が埋めてやる!』

『俺がここにいる! 俺が君の傍にいる! だから、だから──こんなところに居続けることを、選ばないでくれ……ッ!』

みんなと一緒の場所に帰ろう、東雲さん……ッ! いっぱい愛して、いっぱい愛されるのは、夢だけじゃないんだ……! みんなが(俺は)君を愛してる! 俺だってそうだ! そして、君も……俺たちを、愛してくれてたはずだろ……!?』

『俺は()に、欲しいものを与えられていたんだ。寂しくない場所を。つなげる手を。どこまでも続くようなつながりを。だから今度は、俺が東雲さんに与える番だ!』

『君は俺の翼だ! だから、だから──独りで、どこかに行かないでくれよ……!!』

 

 

んほぉーーーーーー!!!!

 

 

 ブラクラかな?

 

 びくびくと跳ねながら、東雲は記憶の改竄にせっせといそしんでいた。

 最終局面も最終局面なのだが、先ほど一夏が放ったセリフは彼女の脳をバグらせてしまったらしい。ただでさえ使い物にならなかった頭が完全に終わっている。

 

んほぉ~独占欲バチバチおりむーたまんね~!

 

 御覧のありさまだよ。

 

(あーでもなんか違和感あるな……いや……あれ? これもしかして…………)

 

 一転して何やら思案し始めた東雲は、不意に唸ると、何やら考え込み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 月面、最終局面。

 原初にして最後の救世主──暮桜。

 相対するは、一夏たちIS学園部隊。

 

 零落白夜に対抗できるのは零落白夜だけ。その基本原則に変わりはない。

 だが先ほど、セシリアは狙撃用ライフルから零落白夜を放っている。

 

(リンクして共有している……それだけでは説明がつかない。あれほどまでに、本家と同様に行使できる道理はない。いいや原理はどうでもいい! 全員が『零落白夜』を使ってくる可能性がある、ということを前提にすれば──)

 

 黄金色の両眼が戦場を滑らかに切り裂いた。

 新たに前提を組み込み、戦力差を比較し、戦術シミュレーションを回して。

 

「……問題ない。君たちの勝率は0%だ」

 

 酷薄な言葉と同時。

 暮桜が即座に漆黒の光で薙ぎ払う。

 全員散開して攻撃をかいくぐりながら、間合いを測る。直撃が死に至るのは今までと同じだ。

 最速での回避──に、一人遅れた。

 

【……ッ! 一夏、しっかりして!】

「わりぃ……!」

 

 かすりかけた攻撃を、『白式』が自動補佐でかろうじて捌いていく。

 負っているダメージは甚大。意識がいつ飛んでしまってもおかしくない状態だ。

 

「一夏……!」

 

 真っ先に気づいたのはシャルロットだった。

 精彩を欠いた動きを見せる一夏の前に割って入り、臨海学校で試験運用予定だった防御用の換装装備(パッケージ)『ガーデン・カーテン』を展開する。

 実体シールドとエネルギーシールドを組み合わせたとはいえ、『零落白夜』相手では紙切れに等しい。

 しかし。

 

「セシリアにできたのなら、僕にだって──!」

 

 展開されたシールド群が、主の叫びと共に()()()()を放つ。

 放たれた漆黒の『零落白夜』相手にシャルロットがシールドを叩きつけた。

 蒼と黒がせめぎ合う。しかしコンマ数秒を置いて押され始める。

 

(────とど、かない)

 

 拮抗すらない。一方的に蹂躙されるだけ。

 揺れた金髪の毛先が嫌な音を立てて蒸発する。

 鋼鉄の軋む音。踏ん張って耐えることしかしていないのに、それが耐えがたい苦痛になる。

 

(届くはずがない。何もかも足りない。存在の位階からして違うような感じだ。ああそうだ、言うとおりだ。僕なんてこの場に立つ資格を持ってはいないんだ)

 

 そんなことは分かっている。分かっているのだ。

 

(──それでも)

 

 セシリアが言ってのけた。ステージの違いなど問題ではないと。

 好敵手だからこそ言えたのかもしれない。

 だけど。だけど!

 一夏を背後に庇い、シャルロットが──その瞳に、チリと火花を散らした。

 

「譲れない! 譲るもんか! 僕の人生を守るためには、一夏を守りたいッ!」

 

 その時だった。

 居合わせた誰もが、あるいはモニター越しに見た地上の人間全員までもが目を見開き絶句した。

 

 ──かつて聖剣なる必殺技術を発現させたように。

 

 絶対にありえない現象を、シャルロットが引き起こす。

 単なる偶然ではない。散りばめられた微かな希望を拾い集め、か細いつながりを信じ、己の手で手繰り寄せたのだ。

 

 引き起こされた変化はいたって単純。

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 破滅の蒼い光が、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「な──これ、は……ッ!?」

【そんな──『零落白夜』が変質してるッ!? リンク先で……いいや、リンク先と一緒に、こっちのプログラムまで書き換えられた!?】

 

 一切を破却する滅びの蒼ではなく。

 父親と母親の愛を知り。

 自分の中に宿った恋慕を知り。

 幸せになりたいと叫び、自分の人生を進むことを決めた少女の色合い。

 

(僕がここにいられる理由。そして僕が()()()()()()()()()()()()。それはいつも──!)

 

 真後ろにいる少年を一瞥して。

 それからシャルロットは裂帛の気合いを以て叫んだ。

 

()()()()ァァ────ッ!!」

 

 意志に呼応して、コスモスの華が月面に咲き誇った。

 シールドが放つオレンジ色の輝きが最大限に猛る。

 黒を迎え撃ち、押しのけ、跳ね飛ばして──最後には弾ききった。

 

「…………シャル、お前……」

 

 自分の命を投げ出すような行いだった。

 相手の攻撃を弾けたことの方が理解不能なのだ。まさしく捨て身の防御。

 だというのに、シャルロットは最初から生き残るつもりだったといわんばかりに振り向いて。

 

「一夏! ()()!」

 

 その右手を真っ直ぐに差し伸べた。

 

「あの時のお返しだよ……ううん。本当はね、一夏。ラウラを止めようとしたとき。そして、エクスカリバーが暴走したとき。二回とも、僕の借りなんだ。だからお返しするよ」

「……ッ!」

「今この瞬間、僕が君の力になる! 怖いなら横を飛ぶ! 力が足りないなら背中を押す! だから──僕と一緒に戦おう、一夏ッ!」

 

 微塵の揺るぎもない宣言。

 迷うことはなかった。一夏は大きく頷くと、彼女の手を取った。

 直後。

 

【……!? ()()()()()()()!? これは──そうか、私が今まで蓄積してきた戦闘データの……! 一夏、行くよ!】

「えっ?」

 

 光が散った──『白式』が、その姿を作り変えていく。

 ウィングスラスターが二段階加速(ダブルイグニッション)用に複合・大型化。

 さらに左腕が射撃・格闘・防御全てをカバーする多機能武装腕(マルチアームド・アーム)『雪羅』に変化した。

 

【Another Second Shift──第二形態『白式・雪羅(せつら)』アアアッ!】

 

 この世界において顕現した『白式・零羅(れいら)』とは異なる分岐、異なる世界において発現したであろう、シャルロットから強い影響を受けた第二形態。

 突如現れたその姿に、暮桜が瞠目する。

 

「なッ……なん、だ、それはッ!?」

「……俺も知らねえ。微塵もわかんねーやこれ。だけど、確かなのは──今俺は、身体の奥底から力が湧いてくるってことだ!」

 

 多段階加速をかけて、一夏は稲妻の如き軌道で暮桜に迫る。その横にシャルロットが並んだ。

 とっさにバックブーストをかけつつ暮桜が距離を置こうとするが、もう遅い。

 

「悪いけど一夏と初めて共同作業したのは僕なんだよ! 令とはいえ、そこはちゃんとわきまえてほしいかな!」

「お前──お前何言ってんの??」

 

 先ほどの呼びかけからずっと、全員の装甲から紫電が散っている。

 過負荷、ではない。それは仲間たちとの深いリンクがもたらすエネルギー放出現象。

 

「なんでだろう、今なら僕、何でも言えるよ! 一夏! もう一回ケーキ入刀しよう! いいや何度でもやろう!」

「えぇ……? いや、別にいいけどさ……」

【過剰リンクが七機の間で常時行使されてる──理由は不明だけど、これならいけるよ一夏! あとそういう安請け合いは後々地獄見る羽目になるから本当にやめたほうがいいと思う

 

 後ろへ下がった敵に向けて、一夏が右手を、シャルロットが左手を同時に突き出す。

 それぞれの手には『雪片弐型』と近接戦闘用ブレードが握られている。

 次の瞬間には、二振りの剣がそろって()()()()()の雷を纏った。

 

「な……ッ!?」

「これが僕と一夏の共同作業だ──()()()()ッ!

 

 変質した『零落白夜』。

 オレンジ色の光が月面を駆け抜ける。

 

「いくぜシャル!」

「うん、やろう!」

 

 二人は顔を見合わせて頷くと、キッと正面の暮桜を見据えて。

 

「「『浄化の尊き光よ、世界中に遍く咲き誇れ(エクスカリバー・プレーヌ・フロウレイゾン)』──ッッ!!」」

 

 雷が刀身を起点に炸裂した。

 爆発的に威力を増した光の剣が、真横一閃にあたりを薙ぎ払う。

 暮桜は漆黒の『零落白夜』を前面に展開し、ガードしようとするが。

 放たれた橙色の輝きが黒と接触。表面を削り取られながらも、黒を押し込んでいく。

 

(……ッ!? 馬鹿な、出力負けしている!?)

 

 コンマ数秒を置いて暮桜が弾き飛ばされた。

 直撃こそ免れたが、軽減しきれなかったダメージがエネルギーを削っている。

 

(なん、だ? 他の機体とリンクして……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? だが、それがどうして強化につながるッ!?)

 

 混乱のままに暮桜は刃を振りかざす。

 大上段から漆黒の光が落ちてくる刹那。

 

「一夏ッ!」

 

 シャルロットと入れ替わりにラウラが飛び込んできた。

 言葉もなしにシャルロットは切り替わり(スイッチ)を理解、リンク先が彼女からラウラに変更される。

 

「つながりを求めているのなら、そのつながりごと消えてなくなれッ!」

 

 光を飲み込む闇が、洪水となって落ちてきた。

 一夏とラウラがその濁流の中に飲み込まれる。『零落白夜』による破壊が月面を砕いた。

 地面が数メートル単位でめくり上がり、粉塵が空間を埋め尽くした。

 

 全部消えてなくなれという呪いにも似た濁流。

 それに押し流され、飲み込まれ、青い光なんて見えやしない。

 

 だけど。

 その光は、決して消えていない。

 

 濛々と立ち込める灰色のヴェール。

 それを、一振りのナイフが切り裂いた。

 

【Another Second Shift──第二形態『白式・羅刹』】

 

 粉塵の幕が取り払われた先には、無傷の二人が佇んでいた。

 ナイフを振るったラウラの隣に並び立つは、再度新生した装甲。

 白黒斑模様になった『白式・羅刹』は、ウィングスラスターを極端に縮小し、代わりに両肩に巨大なレールカノンを二門構えている。

 両腕の装甲が肥大化、牽制用マシンキャノンを内蔵しつつ、同時に近距離においてアドバンテージを稼ぐためのワイヤーブレードも射出した。

 

 遠い遠い平行世界で、もしかしたらあったかもしれない第二形態。

 ラウラ・ボーデヴィッヒと『シュヴァルツェア・レーゲン』に強い影響を受けた白式の姿。

 

「俺にまだこの名前は早いと思うけど、今だけは借りるぜ──魔剣領域、構築!」

「さあ、魔剣の錆となるがいい」

 

 レールカノンが()()()()をため込み、一気に放出。

 またも色彩を変えた『零落白夜』が暮桜に迫る。

 

(……ッ! 防御、できない──!)

 

 対応の再計算には刹那も置かない。

 一方的に打ち消すことができないという前提は、理不尽であっても受け入れるしかない。暮桜は最適な回避先を選択し、そちらに飛びのこうとし。

 

 ()()()()()()()()()()()()()が、彼女の身体をがくんと縫い留めた。

 

「な……ッ!?」

「今度は逃がさねえッ!」

 

 レールカノンから放たれた黒い雷が、暮桜の胴体を穿った。

 とっさに展開した『零落白夜』同士が相殺し、ダメージを最小限に抑える。

 しかし。

 

「言ったはずだぞ。逃がさないとな」

 

 目と鼻の先で、黄金の輝きが閃いた。

 眼帯を解き放ったラウラが、左目の『ヴォーダン・オージェ』をフル稼働させている。

 そこで暮桜は気づいた。回避先として考え得るポイントを、ラウラの4本、一夏の2本、合わせて6本のワイヤーブレードが潰している。

 レールカノンの発射からはコンマ数秒ほどしか置かれていないというのに、完璧な、完璧すぎる攻撃配置。

 

「貴様の逃げ場などない。()()()()()()()()()()()、当然だろう?」

 

 すぐ隣に並ぶ男を誇るように、ラウラは唇を吊り上げる。

 極端なまでの深度でリンクした。もはや思考が直結しているにも等しい。かすかな身じろぎを介して戦闘理論を共有し、一夏はラウラを、ラウラは一夏を前提において戦術構築を壮絶な勢いで上書きしあったのだ。

 

「馬鹿な──貴様ら、コンピュータか!?」

「違うな。魔剣使いと、別の魔剣使いの弟子だぁッ!」

 

 裂帛の叫びとともに一夏が雪片弐型を振り下ろす。

 それと鏡合わせのように、ラウラもまた超振動ナイフをコンパクトな動きで振り上げていた。

 竜の咢が獲物を噛み潰すような光景。暮桜は後には退けず左右にも逃げられず、ただ迎撃するしかない。

 出力にものを言わせた、雪片を突き出す一点突破のカウンター。

 

「一人だから、そんな破れかぶれしかできない!」

 

 だが──魔剣使いと、唯一の男性操縦者を相手取っているにしては、あまりにも安易な選択肢。

 即座に軌道を変えた雪片弐型が漆黒の雷を纏い、暮桜のカウンターを叩き落す。

 がら空きになった正面からラウラが飛び込み、深々と腰から肩にかけての装甲を切り裂いた。

 

「────っぅあ、この、塵共が……ッッ!!」

 

 忌々しそうに両眼に怒りの炎を宿し、暮桜が呻く。

 答えることなく一夏はラウラの首根っこをつかんで飛びずさった。同時、暮桜の全身から漆黒の『零落白夜』が無秩序に放たれる。

 

(近づけさせない魂胆か! なら、次に打つべき手は──)

「乗れ、一夏!」

 

 声が聞こえると同時、一夏とラウラは同時に頷いて散開する。

 一夏はそのまま飛び上がり、月面を滑るように飛翔してきた箒の上に着地した。

 二人の機体がリンクし、同時にスラスターと展開装甲を花開かせる。

 

「迂回している余裕はない。迎撃を貫通(パス)して超高速でぶつかりにいく! やれるな!」

「ああ、わかってるさ──!」

 

 まっすぐに飛ぶだけで、余波に月面が割れていく。

 よく見れば『紅椿』には急造のばらまかれた展開装甲がいくつか付着し、突貫用の増設装甲として機能しているではないか。唯一の第四世代機を自在に操り、箒は絶死の戦場を駆け抜けていた。

 

「なぜだ、なぜ抵抗する! 君が求めたんだ。君がいてほしいと願ったから、私はここにいるのに……ッ!」

「ああ、そうだな。かつての俺は望んだんだ、彼女の存在を」

 

 単騎での加速を大幅に上回り、箒が一夏と『白式・羅刹』を乗せて加速する。

 放たれる砲撃を、展開装甲によるブーストをかけて紙一重で避けていく。箒は頭の中がゆだつような集中を発揮し、ジグザグにターンを繰り返していく。

 その中で、一夏は唇を強くかんだ。

 

「一夏、お前は──」

「事実だ。彼女を求めたのは、過去の俺だ。俺は、過去の俺は裏切れない。事実だよ、箒。俺はいてほしいと願った。願っちまった。救ってくれる人を。こんな悲劇や憎悪を、俺ごと薙ぎ払ってくれる誰かを──」

 

 青い瞳を閉じて。

 一夏はこれまでの日々を、IS学園に来る前の無気力で破滅的で、すべてに投げやりになっていた自分を思い返した。

 

(ああ、そうだ。あの時俺は、諦めてしまった。自分の生存すら投げ出したんだ)

 

 彼の願いに呼応して、光一切を通さぬ暗黒の雷霆は顕現した。

 悲しみや苦しみを、喜びや楽しさや愛しさを犠牲にしてでも抹消すると。

 単一の目的のために、暮桜は純粋な救世行為を確定させようとしている。

 

 

「だが今は違うだろうッ、織斑一夏ッ!」

 

 

 幼馴染に名を呼ばれて。

 一夏は静かに、その瞳を開いた。

 

「……箒」

「知っているさ。ああ知っているとも。お前は意外と打たれ弱くて、そのくせ負けず嫌いで、どうでもいいことばかりにこだわる変なところがある、いわゆる厄介系男子だ」

「これ、まあまあな悪口じゃないか?」

 

 しかもあんまり言い返せなくて一夏は渋面を作った。いやというほどに心当たりがある。

 だが箒は回避機動を取りながらも、キッと一夏を見上げて叫ぶ。

 

「だけど今ならわかる。もうわかってるはずだろう、一夏──お前のしたいことはなんだ! 今のお前は、世界の滅びを見ているだけでいいのかッ!? 私の信じる幼馴染は、果たしてそんな奴だったのか!?」

「……ッ」

「何度でも言うぞ。私はお前を信じる。お前がしたいことが、私の願いでもある。お前の喜びが私の喜びだ。故に聞くぞ──お前のしたいことはなんだ!?」

 

 思わず一夏は息をのんだ。

 自分自身の願い。

 世界の存亡をかけた場面だというのに、彼女の問いは状況とはかけ離れたものだった。

 

「だけど、箒、さすがに今は──」

「義務感なんかで戦うな! お前はいつだって、お前自身が望むお前であるために戦い続けてきたはずだ! 私はその背中をずっと見て、隣に追いつきたいと希って、そしてここにいるッ!」

「──ッ!」

「もう一度聞くぞ! お前のしたいことはなんだ、織斑一夏ッ!」

 

 一夏は周囲を見渡した。

 漆黒の砲撃をさばきながら、信頼する仲間たちがこちらを見ている。

 何度も剣を交え、高め合い、競い合ってきた戦友達。

 果たしてそれは何のためだったのか。

 

「……ハッ。そんなの決まってる、俺は、お前らライバルを全員ぶっ飛ばしてえ! それで世界最強になって、憧れてる人たちと同じステージに並びてえ!」

「ああ、そうだ。負けず嫌いなお前なら、そう言うと思ったさ!」

「あと東雲さんにご飯食ってもらいてえ!」

「それは諦めろ」

 

 箒は真顔だった。

 突然はしごを外され、一夏は数秒黙り込む。それから、聞かなかったことにした。

 

「要するには、俺には俺のやりたいことがある! そのためには、あの自称救世主が死ぬほど邪魔だ──ぶっ飛ばしに行くぞ、箒ッ!」

「相分かった。ならばお前の願いをかなえるために、私は一振りの刃となろう──!」

 

 真紅の流星と化して猛然と迫る中、バチリと音を立てて赤い稲妻が二人から放たれる。

 同時、再び『白式』の装甲が変質していった。

 四肢に赤いラインが走り、レールカノンがスラスターも兼ねたウィングバインダーに再構成される。

 全身の装甲からは厚みが抜け、薄く、それでいて鋭い形状に変貌した。

 

【Another Second Shift──第二形態『白式・紅蓮』!】

 

 三度目の第二形態移行(セカンド・シフト)

 篠ノ之箒と『紅椿』に強い影響を受けた、白式の異なる第二形態。

 

『また姿を変えた……!? どうなってんのさこれッ!?』

「もうこれで三つ目。第二形態って本当は貴重なはずなのに、完全にバーゲンセールだよ……」

 

 束の驚愕と簪の嘆息をはるかに置き去りにして。

 紅い稲妻が月面を駆け抜けて、ついに暮桜との間合いをゼロにした。

 

「真正面からなど……ッ!?」」

「行けよ、()()()()()()ッ!!」

 

 正面衝突。突撃と迎撃は同時。

 暮桜が放った零落白夜の砲撃を、分離浮遊・射出された『白式・紅蓮』のウイングバインダーの一部が防いでいる。

 

「それはソードビットじゃなくてシールドビットだろう!?」

「違ぇよ箒! こいつは攻撃を防ぐんじゃなくて()()()()()()んだ!」

「成程ならばソードビットだ──!」

 

 滑らかな掛け合いをしながら、一夏と箒が同時に抜刀した。

 振るう刃すべてが()()()を巻き付けている。当然それはアンチエネルギー・ビームだ。

 

()()()()──秩序を穢し、貶め、反転させろ」

「何もないから綺麗な秩序なんて、ハナから間違ってるんだよ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 暮桜の主張に異を唱えながら、一夏と箒が飛び込んだ。

 振るわれた雪片弐型が漆黒の装甲を食い破り、それを後ろから飛んできた箒の太刀が押し込む。

 拮抗するはずもない、暮桜が一方的に打ち勝つはずの、『零落白夜』同士の激突──だが結果は裏返る。

 展開された黒を、深紅が貫く。貫通した斬撃が暮桜の装甲を砕いた。

 

(なん、だ?)

 

 ノックバックに黒髪が揺れ、東雲の身体が大きく後ろへ弾かれる。

 

(馬鹿な。あり得ない。『零落白夜』同士の衝突で、私が後れを取るはずがないのに──)

 

 単一の能力を発展させ、磨きをかけて。

 エネルギー体を消滅させるという性質において、唯一無二の領域へ至ったというのに。

 

「一夏……!」

「──簪か!」

 

 一撃当てたままに後ろへ抜けていき、一夏はそのまま箒の上から飛び立った。

 ターンをかけて再度暮桜を正面に捉えるころには、全身の紅いラインが色を失い、装甲が今までの中で最も厚みを増し、重装甲型へと変貌する。

 隣に並んでいるのは更識簪。

 

【Another Second Shift──第二形態『白式・鳴鋼(みょうこう)』……ッ!】

 

 更識簪と『打鉄弐式』に強い影響を受けた、互いを補完し合うようなコンセプトの第二形態。

 四度目の第二形態移行を果たし、『白式・鳴鋼』と『打鉄弐式』がそろって鈍色の粒子を放出する。

 

「大丈夫だよ、一夏。諦めなければって、一夏が信じ続けるなら……私も、諦めないから……!」

「ああ──そうだな」

 

 一度は諦めそうになってしまった二人。

 だけど砕かれた心を拾い集め、つなぎ合わせて、そして今ここにいる。

 

「……それだ。それだよ、私が我慢ならないのは」

 

 そんな二人を指差し、暮桜は苛立ちも露わに告げる。

 

「なぜ、諦めない。苦しくて、悲しくて、つらいのに──無根拠に『いつかは報われる』など! 積もったマイナスを一掃できる目途などないのに! 都合の良い未来ばかり見て、陰惨な過去からは目を背ける! 自分には関係ないからと、報われなかった人々の絶望は取り合わない!」

「確かにそうだ。そうだよ、暮桜。俺たちがいくら希望を謳ったところで、今の生きる人々の絶望を払えたりなんかしない」

 

 それはよくわかる。

 一夏もまた、過去の自分を切り捨てられたことなどない。

 

「だけどな。希望と絶望は、別に共存しないわけじゃない。今死にたくても、今生きたいと思うことだってある。片方だけ取り上げて、そっちを受信し続ければ──お前に見える世界はきっと、どうして破滅しないのかが不思議なんだろうな」

 

 静かに一夏が息を吐いた。それが合図だった。

 ソードビットたちが鋭い軌道で一夏のもとに帰投し、そのまま『雪片弐型』の刀身に覆いかぶさっていく。

 剣と呼ぶには余りにも巨大。

 刃と呼ぶには余りにも極厚。

 光と呼ぶには余りにも鈍重。

 

「だけど違うんだよ、暮桜。お前は……人間のことを、理解しすぎたんだ。人間ですらわかってない、人間の奥底まで見ちまった。だからこうして()()()()()をしてしまった」

「……ッ!? 正しいと、認めるつもりか!? ならばどうして、私の前に立ちふさがる──ッ!?」

 

 問いに対して。

 一夏よりも早く口を開いたのは、隣に並ぶ簪だった。

 

「決まってる……! 正しさが人を救うとは限らないから! 私たちに必要なのは、最初に正解を選ぶことじゃない! 間違えてもやり直す──最後の最後に、正しいんじゃなくて、納得できる答えにたどり着くことだから……ッ!!」

「な────」

「だから、私たちに、貴女の正解を押し付けないで!」

 

 救済に対して真っ向からNOを叩きつけ。

 簪がディスプレイグラスに閃光をほとばしらせる。刹那で行われる演算が、直後に背部ミサイルラックのハッチを開かせた。

 

全弾発射(フルバースト)──!!」

 

 放たれるは48発の誘導ミサイル。

 そんなもの、と一掃しようとして、暮桜がギョッと顔をひきつらせた。

 

(48発の誘導ミサイル全てから『零落白夜』の反応!?)

 

 馬鹿な。あり得ない。

 それはそれだけはあり得ない本質をすべて無視しているそんなこと出来るはずがない。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(い、や──さっきも、そうだった。セシリア・オルコットがライフルから撃ったのは分かる。だが、シャルロット・デュノアは専用でないシールドから『零落白夜』を発動していた!)

 

 違いは明瞭だった。

 何せ、()()()()()()()()()

 

「その光……! 『零落白夜』のはずだ! 私と打ち合えている以上、それは『零落白夜』だ、なのに……ッ! なんだ!? それは一体何なんだ!?」

 

 色合いを変えてから、何かが切り替わった。根本的な個所から性質が変化した。

 迫りくるミサイル群に漆黒のレーザービームを放つ。だが、蒸発するのではなく貫通しての爆破にとどまった。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 撃墜を免れたミサイルを率いるようにして、一夏が大剣を振り上げ突撃した。

 元より簪の広範囲攻撃に巻き込まれても問題なく行動するための重装甲。ためらう理由はない。

 まっすぐに飛び込んだ一夏が一刀唐竹割に巨剣を叩きつけると同時、ミサイルが周囲に着弾し周囲を破壊する。

 地層がめくれ上がり、視界が塞がる中──

 

「……ッ、一夏!?」

 

 鈴が叫ぶと同時、砂煙を突き破り、鉄塊が高速で疾走した。

 もつれあいながら、一夏と暮桜が互いをつかみ合い、入れ替わりに機体を月面へ押し付けながら加速しているのだ。鋼鉄装甲が地面をこする嫌な音を響かせて、両者は死の荒野をまっすぐに駆け抜けていく。

 

「認めない……! 私は認めない! 正しくないものを続けるなど! そんなのは非合理的だ!」

「あんたに認めてもらう必要性は感じないな!」

 

 重装甲にものを言わせ、一夏が強引に回転して暮桜を弾き飛ばした。

 余波に空間が爆砕する中、最速で反応した鈴が最速で一夏の元に駆け付ける。

 

「って距離取ってどうすんのよあんた!? 今のは密着したまま一気に決めなきゃいけなかったとこでしょ!?」

「うっせーな結局消耗戦になったら負けんだよこっちが! 密着したままじゃ一気に決めきれねえ!」

「あー……理解したわ」

 

 頭の回転は、戦闘中という条件さえあれば鈴が同期でもトップクラスだ。

 戦闘そのものに関しての天才。一夏としても、共に戦う仲間としてこんなに心強い相手はいない。

 だから──簡単に無茶ぶりを繰り出せる。

 

「あれやってくれ! さっきラウラにやってたやつ!」

「さっきやってたやつ、って──エネルギー再転換型の瞬時加速(イグニッション・ブースト)!? あんた普通に瞬時加速もできないでしょうが却下よ却下!」

【大丈夫! 私ができるよ! 一夏とは違って! 一夏とは違って!】

「あんた愛機にマウント取られてるんだけど大丈夫?」

 

 一夏は無言で唇を噛み、首を横に振った。

 大丈夫ではないらしい。

 

「……じゃ、じゃあ行くわよ!」

 

 短距離のブーストを吹かして、鈴が一夏の背後に回り込んだ。

 ウィングバインダーに衝撃砲の狙いを定める。

 

【そんなに拗ねないでよ一夏! 一夏にできないことを、私がやるだけだから!】

「……まあ、はい。そうですね。いや本当に、たかが瞬時加速もできなくてすみません。生まれてきてすみませんでした」

【あっ思ったよりブチギレてるねこれ!?】

 

 つい先刻に東雲と『君にできないことは俺がやる!』した男の発言とは思えない。

 

「ああもういいから! そこで喧嘩しないでよね! ほらちゃっちゃと行くわよ──!」

 

 両肩のユニットから不可視の砲撃が放たれた。

 狙い過たず『白式・鳴鋼』のウィングスラスターに吸い込まれたそれを、『白式』が加速用エネルギーに再転換する。

 同時、純白の機体がまたも変化する。

 重装甲が解除され、今度は元の『白式』に近い軽量型の装甲に書き換わった。

 だが『白式・零羅』の実に四倍近い箇所が開閉用の展開フレームとなっていた。ウィングスラスターに注ぎ込まれるエネルギーを即座に転換し、『疾風鬼焔』の蒼い炎が全身から噴き上がる。

 

【Another Second Shift──第二形態『白式・不知火』、顕現ッ!】

 

 愛機が第五の第二形態移行を宣言する、と同時。

 『雪片弐型』を覆っていたソードビット群がパッと散り、ウィングスラスター周囲に翼のように展開。それらもまたエネルギーを放ち、実に視界横一杯を占めるような、巨大な炎翼を顕現させる。

 

「何度目、だ……ふざけるな……!」

 

 弾かれ月面を転がり、体勢を立て直していた暮桜は低い声で呻いた。

 本来は一度きりであるはずの第二形態移行を何度も繰り返し、そのたびにまったく別の機体となって襲い掛かってくる。もはや悪夢に等しい。

 その狼狽に対して、鼻で笑いながら鈴が言葉を返す。

 

「何度目って──あんたをぶっ倒すまで何度でもよ。何度も試行して、何度も修正するわよ? だってそうでもしないと、倒れてくれないでしょあんた」

「当たり前だッ! 必ず私は世界を救う。そのためには──!」

「──()()()()()()()()()()()()、ってわけね」

 

 続く言葉を言い当てられ、暮桜がギシリと動きを止めた。

 

「そうやって、自分以外の全部を一緒くたにして! 一つ一つの悲鳴を拾い上げる? 全然逆じゃないの! あんた、人間一人一人なんてロクに見てない! そんな奴に世界が救えるわけないでしょーがッ!!」

 

 そう、鈴は知っている。

 誰かの悲しみや嘆きを拾い上げるためには、人間一人の腕はあまりにも短いのだと。

 だからこそ、()()()()()()()()()()は、救世主なんてお題目を掲げたりはしない。名乗らずとも、そう見えてしまうから。

 そして。

 鈴だけの救世主ならば、もうここにいる。

 

「行きなさい一夏! あたしはあんたの理想に賭けるから! あんたなら、この世界がどんなに悪くなったって、最後まであがくって信じるから──!」

「────ああ。任されたぜ」

 

 また一つ、背負う意思が増えて。

 一夏が距離を殺すのに刹那も要らない。

 

「堕ちろ──!」

 

 眼前に迫った一夏が、()()()()()を纏った刃を叩きつける。

 正面からの迎撃。反射的に振るった『雪片』が空間を断つ。激突。

 だが──足りない。打ち負かされる。

 

 パリン、と。

 あっけない音を立てて。

 かつて世界の頂点に輝いた唯一無二の刀が、半ばから砕け散った。

 

「────」

「────」

 

 言葉を発する間隙もないまま。

 至近距離。互いに腕を振りぬいた姿勢。

 

(まだだ──『零落白夜』の本質は物質的な刀身ではない!)

 

 即座に刀身を根元から破棄、同時に柄から直接漆黒の『零落白夜・無間涅槃(ミレニアム)』を放出、刃として存在を固定する。

 体勢のリカバリーは暮桜の方が遥かに疾かった。一夏が切り返すよりも遥かに。

 

(────獲った!)

 

 勝利の確信に黄金色の瞳を滾らせ。

 他に何も見ないまま。

 ただ仇敵だけを見据えて。

 暮桜は姿勢の崩れたままの一夏めがけて最後の剣を振るおうとし。

 

 

 

()()()?」

「──()()()()()

 

 

 

 その間隙を『天眼』が見逃すはずもない。

 突き刺さるレーザービーム。右腕への直撃が、致命打となるはずだった斬撃を弾き、空ぶらせる。

 コンマ数秒遅れで一夏が振り向く。だが手に『雪片弐型』はない。

 いつの間にか展開されていた蒼い二丁拳銃の銃口が、至近距離で暮桜に突き付けられていた。

 

「────は?」

 

 最も無駄なく。

 最も意思を連結し。

 最も互いを理解(わか)り合っている。

 だから彼と彼女の連理は、今までの中で一番シームレスに行われた。

 

【え!? ちょっマジで!? あ、Another Second Shift──第二形態『白式・蒼穹』……ッ!?】

 

 変化を実行した『白式』ですらもが、その移行に完了した後に気づく。

 気づけば暮桜の眼前には、全身の装甲に蒼いラインを走らせた新たなる姿の一夏がいた。

 

「な────」

 

 零距離。

 両手に構えた二丁のハンドガンが同時に火を噴いた。

 当然すべての弾丸が『零落白夜』仕様。青い弾丸が炸裂し、装甲を破砕し、エネルギーを削り取り、ノックバックに暮桜の身体を大きく吹き飛ばす。

 

【な、に? 何? 何この適合率ッ!? なんか零羅より高いんだけど!?】

「当然だ。アイツの力は、俺にとって一番鮮烈で、一番乗り越えるべきものだからなッ!」

 

 一夏は両手の拳銃をガンスピンさせると太もものホルスターに収め、背中に引っ提げていた『雪片弐型』を抜刀した。

 蒼い雷が音を立てて放出され、彼と、その後ろでライフルを構える金髪の淑女の顔を照らし上げる。

 

「最早言葉は不要ですわね──理解っているのでしょう?」

「ああ。そっちもそうなんだろう、俺の最高のライバル」

 

 視線を交わすことすらないまま、両者同時に動く。

 まっすぐ距離を詰めてくる一夏と、その真後ろで銃口をこちらに向けるセシリア。

 単純かつ劣悪極まりない陣形であり、誤射の可能性が極めて高い。

 だというのに暮桜の全身を最大の悪寒が舐めた。

 

(────は? 『()()()()』?)

 

 戦術予測が吐き出した未来視。それは暮桜に打つ手がないことを知らせていた。

 防御を固める。一点突破に切り替えた一夏がこじ開け、そこを狙撃される。

 避けようとする。一夏の斬撃を避ければセシリアに撃たれる。

 迎え撃つ。セシリアの狙撃が防御を砕き、そこを一夏に食い破られる。

 一旦退く。振り向いた瞬間に波状攻撃が押し寄せ、撃ち落される。

 

(なんだこれは。なにを、どうしろと)

 

 明瞭極まりなく突き付けられる『詰み』の事実。

 最適解を選び取れず、直感任せに刃を振るう。防御と迎撃の中間地点。

 

「なんだその生半可な対応はァッ──!?」

「わたくしたちを舐めているのですか!?」

 

 二人のせいで行動がとれなくなったところ、二人がブチギレてきた。

 振るった剣が一夏に叩き落され、返す刀で一閃。腰から肩にかけての逆袈裟斬りが直撃し、エネルギーが大幅に減損。さらに後ろへ一夏が抜けていった直後、よろめく暮桜の胸部に三発狙撃が撃ち込まれる。装甲が砕け、推力を失った暮桜はそのまま月面に叩きつけられ、数十メートルを転がっていった。

 

「……なんかあたしたちの時とキレが違くない?」

「言うな。正直めちゃくちゃ凹んでいるんだ」

 

 あと余波で味方のメンタルがズタボロになったりしていたが、ペアでの初戦闘にテンションの上がり切った一夏とセシリアが気づくはずもない。

 

【……ッ! 暮桜のエネルギー反応が低下!】

「了解した。一気に決めるぞ『白式』!」

【はいよぉ!】

 

 一夏たちがそろって月面に着陸した直後。

 『白式』が、最後の輝きを放つ。

 

【Last Shift──第二形態『白式・零羅』ッ!!】

 

 敬愛する師から強い影響を受けた、現在の基本形態。

 だが、度重なる第二形態移行を経て、その装甲からは色とりどりの雷が放出されていた。

 

【全員からの影響をフル増幅! さらに緊急用エネルギーも回して『零落白夜』効率最大限! これが私たちの……この世界を生きてきた私と一夏の最強形態(クライマックスフォーム)ッ! 名付けて『零羅・(きわみ)』だ──ッ!】

「えぇ……まだフォーム増えるんかお前……」

「佐藤健なのか佐野岳なのかハッキリした方がいいと思うよ……」

 

 一夏の呆れたような声と簪の指摘を受けて、『白式』は沈黙した。

 どうやらだんまりを決め込む腹積もりらしい。

 だが強化されているのは事実だと一夏は実感した。極彩色の火花が散るたびに力が湧いてくる。

 

「そもそも、展開装甲による特殊なフィールドを提案したのはわたくしですが……ここまで影響があるものなのですか?」

【ああいや……それは違うかな。元々特殊な条件を満たしていて、今はフィールドの条件を満たした。だからこうして過剰リンクをデフォルトにできて、なおかつ特殊能力を拡張出来てるんだと思う】

「特殊な条件?」

 

 簪の問いに対して、『白式』は一拍挟むと。

 

【解析結果なんだけどね。私以外の専用機……『紅椿』『ブルー・ティアーズ』『甲龍』『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』『シュヴァルツェア・レーゲン』『打鉄弐式』の6機には、()()()()()()()()()が感知されたよ】

「……ッ!?」

【あ、汚染って言っても悪い影響は特にないっていうか! 元々、束博士が『零落白夜』が発現するよう私に埋め込んでいた因子が、なんか流れていったっていうか……】

「いや言葉だけだとやっぱり悪い感じだよそれ!?」

 

 シャルロットの悲鳴に対して、『白式』は唸りながら言葉を探す。

 

【ええとなんていうか……一夏とみんなってさ、何度も共闘して、何度も、()()()()()()()()()()()()をしてたんだよね。そのつながりっていうかさ……あーもー、とりあえず因子があるだけで、『零落白夜』が発現するほどじゃない! だけど私とリンクしていれば因子が活性化して、使えるようにもなれるって感じ!】

 

 やけくそ気味な叫びだったが、一同はそれを聞いておおむねの事情を理解した。

 同時、得心がいったこともある。

 

「成程な。福音が私たちを最終的に敵として見定めたのは、滅ぼすべき『零落白夜』の因子を私たちに感じ取ったからか」

「ああ……そういうことだったのか」

 

 ラウラの言葉に箒は頷く。

 

「今までの日常の、積み重ね。その証明みたいなもんかしら」

「おいおい鈴、いつの間にかポエマーになったじゃないか」

「フン。こちとらキャラソン自作経験者よ。ナメないでちょうだい」

「その発言内容でよく胸張れるなお前……」

 

 軽口をたたき合いながらも、全員が想起する。

 多くの修羅場を乗り越えた。

 多くの日常を謳歌した。

 繰り返される時間を積み重ね、築き上げ、今の自分たちがいる。

 

「そんな、ものが……ッ!」

 

 吹き荒れていた砂煙が、一閃のもとに蒸発する。

 立ち上がった暮桜は、全身から漆黒の電をまき散らしながら、正面の一夏たちを睨みつけている。

 

「無価値なものだ! 多くの犠牲を踏みつけて、多くの悲嘆を代償にして! 天秤のつり合いは取れたと嘯いて! そうして得られる笑顔など、そんなもの!」

「いいや。無価値なんかじゃない」

 

 唯一の男性操縦者が、一歩前に進み出た。

 ずっと絆を紡いできた。誰かに託し、誰かに託されてきた。

 誰かをつながって。

 誰かを愛して。

 

「お前が無価値だと断じるものを、俺たちは守りたい。同じ理由だ──お前だってそうだ。無価値だと断じられた声を拾い上げたいんだろう。なら、俺たちは今、対等なフィールドで争うしかない」

「…………ッ!」

「世界が真っ暗になっても、俺はそれでもと叫び続けたい。それを。最後まであきらめないことを──()()()()()()()()()()!」

 

 最後の語りは暮桜に向けられたものではなかった。

 絆は一つじゃない。多くの人々とつながって、多くの人々と支え合って。

 その中には東雲令もいた。

 

「聞こえるか、東雲さん。この身体は君との絆で出来ている。この心臓は君への愛で動いている。だから今こそ、君を返してもらう──」

 

 チリ、と。

 空間全体に紫電が伝播していく。

 赤青橙と様々な色彩で、プラズマが広がっていく。

 

「一夏、いまの物言いは本当に最悪だったから改めろ」

「え? あっ……あーああぁぁあぁぁ………………」

 

 自分の発言内容を思い出して一夏は死にたくなったが、まあ恋愛的な意味ではなく博愛的な意味の愛なのは全員ちゃんとわかっていたのでなんとか命拾いした。

 

「なんだ──これは、展開装甲のフィールドが……共鳴、いいやオーバーロードしている……?」

 

 戸惑う暮桜を前に、一夏は頭を振って気を取り直すと、不敵な笑みを浮かべた。

 

「今『白式』が言ってくれただろ。今までの積み重ねが、『零落白夜』因子の伝染って形で俺たちのつながりになった。そしてそれを介して、俺たちは力を貸し合ったり、呼び合ったりできた」

「……ッ!!」

「当然の帰結だ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 やめろ、と叫ぶ暇も制止する暇もなかった。

 一夏から発せられるエネルギーが最大限に猛り、爆発じみた極光を放出する。

 

 

「目を覚ませ、東雲令──ッッ!!」

 

 

 一番弟子の絶叫とともに。

 全員の視界が真っ白に塗りつぶされて。

 

 

 

 

 

 

 

 光景が移り変わる。

 真っ白な部屋。モノクロの世界。

 ベッドに横たわり、苦悶の声を上げる少女。

 

「……これ、は」

 

 一夏たちはその空間の中で、周囲を見渡した。

 

「……多分、令の精神世界に入ったんだと、思う」

 

 自信なさげに簪が指さすのは、確かに東雲令の面影がある少女だった。

 一人ぼっちで、ずっと苦しそうにしている少女。

 

 光景が移り変わる。

 剣を振るう少女。幾分か成長していた。

 未だ世界は白黒で、ただ彼女の両眼だけが鮮烈な赤色に染まっている。

 剣筋は彼女を知る人間からすれば、驚くほどに甘い。

 

「かつての、令か」

「これは……彼女の記憶をなぞっている……?

 

 箒とセシリアの言葉の直後。

 光景が移り変わる。

 代表候補生として選ばれた東雲。

 同世代と切磋琢磨する東雲。

 

「……もう、モノにしているな」

 

 ラウラの指摘通り、既にこの段階で、彼女は『世界最強の再来』と呼ばれていた。

 並いる強豪を寄せ付けず、いつしか競い合う機会はなくなった。

 ただ、見上げられるだけの存在になった。

 空間に彩はなく。

 無味無臭の世界の中で、東雲は機械的に敵を切り伏せ続けていた。

 

 光景が移り変わる。

 地面に這いつくばり、息も絶え絶えに顔を上げる東雲。

 正面に相対するは、木刀を力なく下げた──織斑千冬。

 彼女の黒髪が風に流れた。汗一つかかないまま、千冬はこちらに手を差し伸べた。

 

 光景が移り変わる。

 一層訓練に打ち込んだ。自分こそが最強であると証明するために。それ以外の存在価値を見つけることはできず、ただふと降りてきた理由にしがみついて、がむしゃらに強くなろうとした。

 

「…………東雲さん」

 

 光景が移り変わる。

 敵を倒す。

 

 光景が移り変わる。

 敵を倒す。

 

 光景が移り変わる。

 敵を倒す。

 

 

 

 光景が移り変わる。

 

 

 

『茶請けとかはないけど、大丈夫か?』

 

 

 

 あ、と誰かが声を漏らした。

 織斑一夏が、やや引きつった顔で、東雲に話しかけていた。

 

 光景が移り変わる。

 アリーナで一夏を指導する東雲。

 食堂で一夏とともに食事をする東雲。

 世界が少し、色づいていく。

 

 光景が移り変わる。

 人間が増えていく。

 つながりが増えていく。

 友人ができた。過去戦った相手が友となった。隣のクラスの少女と仲良くなった。転校生たちと苦難を乗り越えた。同期の代表候補生に見せる顔が増えた。

 世界に色彩が満ちていく。

 

「……そうだ。僕たちが、令にたくさんの教えを受けていたように」

「あいつもまた、私たちから、多くのものを受け取っていたのか」

 

 光景が移り変わる。

 いつしか世界は色を取り戻していた。

 アリーナで戦友らを指導する東雲。

 食堂で友人と得がたい時間を共にする東雲。

 難敵を相手取り、それでも決して負けない東雲。

 

 そして、早朝の浜辺で一夏に背後から抱きしめられる東雲。

 

『一夏?』

「ち、ちがッ──! 待て待て今はそれどころじゃないだろ!? 武器を俺に向けるんじゃない!」

 

 銃口やら切っ先やらを向けられて一夏は泣きそうになった。

 不意打ちはさすがにだめだろ、とうめき声をあげる。

 憮然とした表情で少女らは得物を下した。精神世界で普通に武器を顕現させているのには誰も違和感を抱いていない。

 

「……あ、また、変わる」

 

 簪の言葉の直後。

 光景ではなく──次々と、『誰か』の顔が流れてきた。

 

 切り替わっていく人物。

 笑顔でこちらを見る、唯一無二の愛弟子。

 背中を追いかけ、共に競い合う世界最強。

 面倒をよく見てもらった、少し強気な黒髪の乙女。

 プライドの高さと誇り高さを併せ持つ英国の淑女。

 気安さから、容易く心の壁を破った、ツインテールの友人。

 いつも笑顔で気遣いを振りまく心優しい少女。

 同じ魔剣使いである、自分などを目指してくれた眼帯の戦友。

 最も長い付き合いの、変化も、変化でないものも見守っていてくれた、親友。

 

 無人島で遭遇したクソデカい熊。

 

『グルルゥ』

「なんだこのクマ!?(驚愕)」

 

 一夏は絶叫した。

 

『グルルゥ(そうさ、お嬢ちゃんの王子様。この世界にはよ、誰かと手を取り合う強さってモンが確かにある! お前さんが諦めちまったらそこまでだ。誰もが忘れて、無かったことにして、きっと消え失せちまうだろうが──諦めなけりゃァ、必ず手は届く!)』

「え、あ──お、おうッ!」

 

 なんかすごく含蓄に満ちた言葉を投げかけられ、一夏はとりあえず返事をする。

 クソデカい熊は満足げに息を漏らすと、光の粒子に還っていった。

 

「……え? 何? 今の何?」

「全然……分からん……」

 

 釈然としない様子の鈴と箒だったが、もう熊はいない。なんなら幻覚だったことにしたいなと一夏は思った。

 そうして記憶をめぐり、つながりを想起して。

 

「──これが、俺たちと君が、成層圏の下で積み重ね、築き上げてきたものたちだ」

 

 正面。

 こちらに背中を向け、三角座りでぼうっと天を見上げている少女に、一夏は呼びかけた。

 

「いろいろ、あったよな。いろいろ、してきたよな。俺たちは……思い出っていうには新しすぎて、正直全部昨日のことみたいに思い出せるよ」

 

 箒たちもそれに頷く。

 時間としては短いのに、あまりにも濃密で、あまりにも重大な出来事ばかりで。

 

「今ここに俺たちがいるのは、君がいてくれたからだ」

 

 目を閉じた。

 すべての日常を、一瞬で巡ることすらできる。

 それほどに鮮烈で。

 どれもが愛おしく、輝いていて。

 

 

 ────抱きしめたくなるような思い出たち(ブレイジング・メモリー)

 

 

「さあ」

 

 右手に『雪片弐型』を顕現させた。

 極彩色の稲妻を巻き付けて、愛刀が輝きを放つ。

 

「理想の秩序は訪れない。今を生きるっている苦しみは、切り離せない」

 

 天高くに振りかぶった。

 

「それでも生きていく。この世界を生きて、生きて、存在の意味を実感する」

 

 そのためには。

 

 

「だから──おはようございます! モーニングコールの時間だぜ、()()()────ッ!!」

 

 

 最後には純白の光となった『零落白夜』を。

 一夏は、天を引き裂くようにして振りぬいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むむっ! なんかおりむーに呼ばれた気がする!」

 

 いやもう呼ばれたとかそういう次元じゃないんですけど……

 ソファーから飛び上がり、東雲はいそいそと靴下をはき始めた。

 ノリが散歩じゃねえか。

 

「令?」

「……どうした?」

「令ねーちゃん、どっか行くの?」

 

 多様な織斑一夏たちが、心配そうに東雲を見やる。

 それを受けて苦笑し、彼女は鏡を見ながらネクタイを締めなおした。

 

「肯定。当方は今から帰宅しなければならない」

「帰宅、って……ここが令の家だぞ?」

()()

 

 東雲は家の中を見た。

 織斑一夏がたくさん居る──彼女が求めてやまなかった存在が、自分の欠落を埋めてくれる人が、ここには沢山居た。

 

「最初からわかってはいた。こんなに理想的で、こんなにも満たされている。ならばそれは()()()()()()

 

 さらりと言い放たれて、一夏たちは沈黙せざるを得なかった。

 

 東雲令の生まれは、幸福なる概念とは程遠い場所にあった。

 だからこそ、与えられるたびに驚嘆があった。

 これが幸せなのかと、教えてもらっていた。

 

 以前なら。

 命の使い切り方を考えていた頃なら、満足だった。

 こんな自分にも生まれてきた意味はあるのだと。

 世界最強という証を立てられなくとも、生命を投げ打つ意味があるのだと。

 そう納得できた。

 だが。

 

「だが、嫌だ。当方はまだ……まだ、やりたいことがたくさんあるんだ」

 

 独白を聞いて、仮想世界の織斑一夏たちはへらりと笑う。

 

「令、それは」

「俺たちの方が、できると思うが?」

「令ねーちゃんがいなくなったら寂しいし……」

 

 かつてなら心を揺さぶられたかもしれない。

 一夏と過ごした時間の価値を真に理解していない頃なら、留まったかもしれない。

 

「いいや、此方では駄目だ」

「だけど──」

「此方には()()()()()()

 

 沈黙。

 は? と一夏たちが口をポカンと開けた。

 

「先ほどのおりむー……独占欲を発露しながらも、今にも泣きだしそうなアンバランスさを秘めていた。正直興奮した。滅茶苦茶興奮した。滴る涙を舌で受けたさ過ぎた。あれは当方の脳では思いつかない。自分の非力さを痛感するばかりだ……現実のおりむーは当方には思いつかないようなセックスアピールをしてくる。完全に敗北だ」

「? ? ?? …………?」

「というわけだ」

 

 サラリーマンが出勤のためにカバンを持つように。

 東雲令は、帰還するために真紅の太刀を抜き放った。

 

「え、いや、ちょっ待っ、それならそういう織斑一夏を呼ぶから──」

「何度も言わせるな。当方に思いつかないようなおりむーが、まだ見ぬSSRおりむーが当方を待っている! そこをどけ、邪魔をするな──!!」

 

 乾坤一擲。

 唐竹割一閃。

 天から地にかけてを真っ二つにする、その魔剣。

 文字通りに世界が割れる。無数の織斑一夏がこちらに手を伸ばし、何かを叫びながら泥と崩れていく。

 

 だけど、不安はない。

 無数の黒い腕たち。

 壁にも等しい密度で迫るそれらを──貫いて、一本の腕がまっすぐこちらに伸ばされた。

 

 

「東雲さん、手を──!」

 

 

 差し伸べられた手。

 東雲はふと自分の手を見た。ただ剣を握ることさえ出来ればいいと思っていたその手。

 フッと笑みを浮かべる。

 

(手があってよかった、だなんて──)

 

 こうして彼の手を取ることができるから、なんて。

 少し乙女すぎるかもしれないと自嘲して。

 

 

「来ると思っていたぞ、我が弟子──!」

 

 

 東雲は迷わずその手を取った。

 

 視界が開け、ぐいと引き寄せられる。

 

 ごちゃごちゃの腕たちが霧散して、大きな青い星と、星々のきらめく宇宙が飛び込んでくる。

 

 宇宙空間。

 

 織斑一夏の腕の中で、東雲は力いっぱいに抱きしめられていた。

 

 

「やっと……! やっと、取り戻せた……ッ!!」

 

 二人の背後で、主を失った暮桜が力なく落ちていく。

 そんなものどうでもいいといわんばかりに。

 両腕で、全霊で、一夏は東雲の存在を感じ取っていた。

 

【……!? こいつ私の生命維持機能勝手にパクってんの!? おいWi-Fiじゃねえんだぞクソ女ぁッ!!】

「おりむーの酸素の味がする……」

【キッッッッッッモ】

 

 無酸素空間の中。東雲は『白式』の庇護下に入ることで呼吸を可能にしていた。

 真紅の瞳は、ISコアに対する干渉すら可能だ。

 

「だけど、よく支配を打ち破ってくれたよ、東雲さん……!」

「ああ──単純な話だ。欲が出たのだ」

「欲?」

 

 東雲は神妙な顔で頷いてから。

 

「……ルーブル美術館、まだ行っていなかったからな」

「…………ぷっ、は、はははははっ! なんだそれ!」

 

 この場には余りにもそぐわない内容だった。

 だけど誰よりも何よりも、彼女らしかった。

 ひとしきり笑い終わってから、一夏は咳払いすると。

 

 鼻と鼻がこすれ合うような密着状態で。

 こつんと額同士をぶつけ、真紅の瞳に自分の顔を写し込み。

 

 

 

「……お帰りなさい、東雲さん」

「ああ──ただいまだ、おりむー」

 

 

 

 ここに、『世界最強の再来』は帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

「ごほんごほん」

 

 ふと、やけに冷え切った咳払いが聞こえた。

 見れば箒たちが絶対零度の視線でこちらを見つめている。シャルロットにいたっては目が完全に据わっていた。

 

「えっと、みんな……?」

「どうしたのだ」

 

 問いかけがどうやら苛立ちを加速させたらしい。

 セシリアが必死にハンドサインを送っている。『体勢』『やばい』『やばいですわよ』『いやマジやべーですわよ』と超高速でサインを送ってくる。全然意味を伴ってない。

 

「令、いつまでひっついているつもりだ」

「あっ」

 

 直接言われて、慌てて一夏は東雲を引きはがそうとした。

 だがあろうことか東雲がしがみつき抵抗するではないか。

 

「ちょっ、東雲さん……ッ!? ちか、近いって! なんか柔らかいしマジ勘弁して……!」

「離れたら当方は死ぬんだが」

 

 あんまりな言い分に鈴が嘆息した。

 

「いや、あのねえ……あんた仮にも国家代表候補でしょ。IS起動しなさいよ」

「忘れた」

「…………」

 

 全員真顔になった。

 東雲は一夏の腕の中から、無人となった暮桜を指さす。

 

「ほら、あそこに……茜色のマイクロチップがあるだろう。普段は体表に埋め込んでいるのだが、外れたっぽい」

「外れたっぽい??」

 

 致命的な場面で致命的なガバを晒したにも関わらず、東雲は心なしか満足げに一夏の首へ腕を回した。

 

「あの、東雲さん。なんか言うことない?」

「……?」

「マジで言うことなさそうだなあこの人!」

 

 その時。

 

 

 

『────()()()

 

 

 

 東雲令の声帯ではなく。

 れっきとした機械音声。

 慌てて全員が見れば、暮桜の空席となったパイロットシートに、黒い泥がにじみ出ていた。

 それは人をかたどっていき、装甲内部に四肢を通し、最後には頭部と黄金の瞳を顕現させ──切れ目の美貌を誇る美女の姿となった。

 

「暮、桜……ッ!?」

『主を失った程度で──その程度で、私は止まらない。止まるわけには、いかない……ッ!!』

 

 全身から紫電が散っている。

 エネルギー反応の増大を『白式』が叫んだ。

 

 だけど。

 

 

「おりむー……いいや、我が弟子。できるな?」

「……当然ですよ、我が師……ッ!」

 

 

 腕の中のぬくもりをもう一度だけ確かめて。

 一夏はカッと目を見開いた。

 

「暮桜、もう……終わりにしよう。東雲さんは返してもらった。あとは──あんたの執念にケリをつける! 行くぞみんな!」

「おい待てお前そのお姫様抱っこ維持したままラストバトル始めるつもりか」

「これが俺たちの、最後の戦いだ────!!」

「話を聞けえええええええええええええッ!!」

 

 箒の絶叫をBGMに。

 師弟は文字通りの一体となって、一体? 二人羽織? いやもう何なのか分からんが。

 

 宇宙に純白と蒼穹の残影を残し、流星となって飛び込んでいった──!

 

 

 

 

 

 







こんな終わり方でいいのか悩みましたが
本作のカラーというか自分の中での扱いに忠実にいきました
へけっ(許しを請うハム太郎bot)




エピローグが最終回なんですかねエピローグって最終回の後にやるものなんですかね
わからんな
エピローグが最終回なんかな
エピローグは最終回の後にやるものかもしれんな
そのどっちかです
まあ最終回の次がエピローグやろ
ということで


次回
最終回



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零 魔剣/Infinite Stratos

書き方紛らわしくてすみません、今回+次回のエピローグで完結です……


 光が閃き、宇宙を駆ける。

 色とりどりの稲妻が、漆黒の無酸素空間をキャンバスに見立てて踊っている。

 

「おりむー、右だ」

「はいよぉ!」

 

 迸る『零落白夜』を紙一重で回避。

 戦う力を持っていなくとも、東雲の真紅眼には一切の淀みなし。

 

「続けて正面から。左上方へ待機後にブースト」

「了解──!」

 

 リアルタイムで更新され続けるナビゲートに従い、一夏は鋭い軌道で暮桜を翻弄していた。

 他の面々も回避こそうまくできているが、距離を詰められているのは一夏と東雲だけだ。

 

「ふふん。やはり共同作業の質が違うな」

「え? それってどういう──」

「──令、後で覚えておいてね」

 

 シャルロットが恐ろしく低い声でつぶやいた。

 しかし東雲はどこ吹く風と、一夏の腕の中でふんぞり返っている。

 

「あの、共同作業なのでしょうか……? どちらかというと庇護されている気もしますが」

「違うぞセッシー。これは共同作業だ。弟子が師匠の指示にちゃんと従えていて当方も鼻が高い」

 

 密着師匠面で東雲がフンスと鼻息を荒げる。

 

「つまりおりむーと当方はこの瞬間──二人で一つ、ということだ」

「この女、この局面で私たち相手にマウント取りに来てるぞ!?」

 

 ラウラの指摘は痛烈だったが、東雲は賢いので無視した。

 

【はああああああ!? おまっ、このクソ女、お前私のこと完全シカトかよ! 一夏と二人で一つってどう考えても最初に出てくるのは私でしょォォン!? オォォン!?】

 

 もうキレすぎて『白式』はよくわからない鳴き声を上げている。

 その様子に箒と鈴は完全にあきれ返っていた。簪は(令が感情をあらわにしていて私も鼻が高いよ……)と後方親友面をしていた。

 渦中にいる織斑一夏はどうしているか、というと。

 

(──回避はできる! 距離も詰められる! だけど、殺し切れるかが分からねえ!)

 

 こいつだけめっちゃ冷静だった。

 人間一人を抱きかかえたまま、一夏は戦場の趨勢を冷静に見定めようとしている。

 

(しとめ損ねるわけにはいかない。確実な必殺──通常の『零落白夜』じゃ足りないな)

 

 数度直撃を当て、消耗させることには成功した。

 暮桜は必死に弾幕を張り、こちらを近づけさせまいとしている。おそらくエネルギーの枯渇が迫っているのだろう。

 それを踏まえて思考を回せば、答えは一つ。

 

(絶剣だ。暮桜相手に決定打になるとしたら、絶剣しかない!)

 

 東雲と完全な連理を果たし生み出された、織斑一夏最後のツルギ──即ち、絶剣。

 だが肝心要の東雲は専用機を置き去りにしてきている。

 

(だとすれば──)

 

 回避機動を取りながら、一夏は周囲で同様に弾幕をかいくぐっている戦友らを見た。

 

(さっきまでやってた連続第二形態移行(セカンド・シフト)……多分、あれの延長線上に連理があるんだ。つまり理論上、全員で連理することも出来るはず! 俺たちにできる最大火力はそれだ、この決戦で一番威力の出る選択肢を取らない奴は馬鹿だ!)

 

 確実に暮桜を打倒するためには、並大抵の剣では届かない。

 すべての行動に『零落白夜』が伴うという反則技を使ってもなお、優勢を維持することはできても圧倒できていないのだ。

 ならば、と一夏は具体的に詰めを計算しようとして。

 

(全員で──全員、で?)

 

 呼吸が凍った。

 鬼剣使いの戦闘理論が、それはまずいと警鐘を鳴らしている。

 

(足りねえよそれ手数が足りてねえ! えっと、二手か! 二手足りてねえんだけど!?)

 

 全員、つまり一夏と東雲含む八名での連理。

 だがそれだけの人数の力を束ねるのなら、そこにはタイムラグが発生する。コンマ数秒であれ、無防備な瞬間が生まれたなら──漆黒の『零落白夜』相手に、まとめて薙ぎ払われるだろう。

 

「一夏さん、増援の要請を!」

「やっぱお前もそう思うよなあ……!」

 

 同じ結論に至ったらしく、セシリアが暮桜の砲撃を避けながら叫ぶ。

 

「増援って……だけどお父さんが、いないって言ってなかったっけ!?」

「ドイツ軍も出動にまだ時間がかかる! 上層部が本土防衛からリソースを割きたがっていない!」

 

 シャルロットとラウラの補足は、一同を失望させた。

 背後に浮かんでいる地球からは何の動きも見て取れない。

 

「本土防衛ってねえ! 惑星ごと吹っ飛ばされそうなときに何のんきなこと言ってんのよ!」

「気持ちは……ッ! わかるんだけど……ッ!」

「ならばここにいる私たちだけで何とかするしかない! 数が足りないのなら、誰かが役割を複数持つしか……!」

 

 リアルタイムで事態を把握できているのは、地上ではデュノア社の地下中枢コントロールセンターのみ。

 そこから直接情報を受け取っているはずのフランス軍でさえもが踏ん切りがつかないのだ。

 

「ああ、そうだ。それが君たちの本質だ」

 

 ぎくりと一夏が身体をこわばらせた。

 

「おりむー、退け!」

 

 敬愛する師の言葉がなければ危なかった。その場から飛びのくと同時、漆黒のレーザービームが一夏のいた空間を穿つ。

 激しさを増す攻撃。近づけさせないためだったそれが、時間をおいて余裕ができたのかこちらを追いつめにかかっている。

 

「自分が一番大事だから、外のことなんてどうでもいい。誰かの悲鳴など耳をふさげば気にならない。飛び散る鮮血とて、目をふさげば見えない」

 

 全員が近づくという選択肢を真っ先に破棄した。

 迂闊な行動は死につながると理解できたからだ。

 

「そうして多くのものを取り零して、多くのものを踏みつけて。そんな世界で、『生きたい』という意思が過半数に達するはずもない」

 

 この世界の真理を語っているという声色だった。

 全身に底知れない漆黒の稲妻を走らせ、暮桜はその手を地球に伸ばしていた。

 

「君たちは確かに強い。私の予測を超え、私の未来視を上回り、そして私を追いつめた」

 

 手のひらを突き付けた先。

 彼女は地球をなでるように、するりと手を動かすと、それから一転して握りつぶすように拳を固めた。

 

「認めよう。君たちはつながることで強さを得た──だが! だがそれが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!」

『────!』

「そうやって、自分たちにできたからと! 君たちは特例であっても先駆者ではない! 誰もが自分たちのように、誰にでも手を伸ばせると思うな! 事実──今地上の人間たちは、誰も君たちに手を伸ばしてはいないぞ!」

 

 それは、と言い返そうとして、箒たちは自分の中に反論の言葉がないことに気づき愕然とした。

 これ以上ない実例とともに叩きつけられる、今ここにある世界への絶望。

 

「誰が『救ってくれ』と君たちに頼んでいる!? 滅びの時を前にして立ち上がった英雄気取りか!? 誰が求めた! 誰が君たちに祈りを託した! もし人類全員がそんな風にできるのなら、世界はここまで悪性に満ちてはいない────!」

 

 激昂する気迫に呼応して、砕け散った『雪片』の柄からどす黒い粒子が噴き上がった。

 

【……ッ! 今までのと比べても、最大出力! アレ放っておいたらどう考えても()()()()()()()!】

「な、ァ……ッ!?」

 

 ここにきて、天秤が一気に傾いた。

 

(クソッ、打ち合うためには連理が必要だ! だけど、その間向こうが動かない保証はねえ! こっちがノーガードになってる間に、牽制だろうと撃ち込まれたら即終わりだ! どう、する。どうすればいい……!?)

 

 みるみる膨張していく終わりの刃。

 それを前にして、一夏は半ばヤケクソに、全員に連理を呼びかけようと後ろを振り向いて────

 

 

 

 

 

 

 

 事態の不味さは地上にも伝わっていた。

 通信越しに集めた情報をもとに、脳内で戦闘のシミュレーションを回し、束は視界が暗くなるのを感じた。

 

(駄目、だ。一手……ううん、二手足りない)

 

 どうあがいても、詰め切れない。

 詰め切れないというのは即ち、敗北に直結する。

 片方が生き残ればもう片方は死滅する、という分かりやすい最終局面。そこにおいて暮桜を倒し切れないというのは、一切の誇張なしに人類の絶滅を意味する。

 

(手数が足りない。駒の数が足りてない。どうあがいても、決戦の攻撃を放つ前に止められる──)

 

 何度再計算しても結論が変わらないことを確認して。

 束は顔を上げると、キッとアルベールを睨んだ。

 

「動かせる戦力は!」

「……デュノア社の私兵はフランス軍に接収されている。私の独自権限で動かせたのは、今もう宇宙に上がっている彼女たちだけだ」

 

 必死にやってこれだ。

 大企業のトップが権力をフル活用し、ルールを捻じ曲げ、反則に反則を重ねて、それでやっと六人を送り出せた。

 

「それだと足りないんだよ! 誰か今駆け付けられる人とかいないのッ!?」

「他国の宇宙攻撃軍は、まだ出撃準備すら──」

「使えない奴ら! 後詰めの役割すら放棄して……!」

 

 ロゼンダの発言を遮り、束は両手で髪をかきむしり呻く。

 

(駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ! やっぱり足りてない! 同質の『零落白夜』ならもう結果は出てた。だけど今切れるカードだけじゃ、確実な結果を確保できない! 連理しなきゃ戦えないのに連理すると負ける!)

 

 考えれば考えるほどに手詰まりなのが理解できてしまう。

 視界がにじんだ。必死にやってきた。終わりを回避するために、次へとつなぐために。それが自分という天災が産み落とされた理由なのだと信じて。

 なのに。

 なのに。

 

(最後の最後に、勝てない……)

 

 諦観が思考を鈍らせる。

 モニター越しに憎悪のまなざしを向けてくる暮桜相手に、打つ手がない。

 

「……ここまで、なのか」

 

 アルベールが歯噛みしながらうめいた。

 その腕にそっとエスカリブールとロゼンダが手を伸ばす。

 

「……束……」

 

 隣に佇む千冬が、そっと彼女の肩に手を置く。

 

(時間を稼いで連理出来れば。誰かが時間稼ぎに徹する……駄目だ。時間稼ぎに行くっていうのは、要するに殺されに行くってことだ。そいつが減った分出力が下がる。何より、誰かを犠牲にした絶剣が真価を発揮できるはずもない)

 

 あの場にいる八人は確かに連理可能だろう。

 連理可能だからこそ、八人以外が必要なのだ。

 

(…………だれ、か)

 

 ぽたりと。

 篠ノ之束の眼から、水滴がしたたり落ちた。

 

(誰か、助けてよ。こんなとこで終わりにしないでよ。希望や未来だってあるはずなのに。一方的に無価値だって意見を押し付けられて、それで全部消え去るなんて。そんなのいやだよ)

 

 願いだった。

 祈りだった。

 託す相手のいないそれなんて、本当に無意味と分かっているのに。

 

 

 

(だれか────!)

 

 

 

 天災らしくもない。

 篠ノ之束の人生の中で、他人に縋りたいと思ったことなどまるでなかったのに。

 

 彼女は今、心の底から、助けてくれる『誰か』を求めて。

 

 

 

 

 

『あああああああああああもう、しょうがねえなあああああああああああっっ!!』

 

 

 

 

 

 通信越しに轟いた女の声。

 ガバリと束が顔を上げると同時、モニターにオレンジカラーのロングヘアがたなびいた。

 

 

 

 

 

 

 

 後ろに振り向いた一夏が驚愕に目を見開くと同時。

 彼の頬を銃弾がかすめ、そのまま暮桜の胴体に直撃した。

 

「……ッ!?」

 

 一夏たちの内、誰も発砲していない。その後方から飛んできた攻撃。

 あるはずのない増援。

 

「……マジかよ」

 

 近づいてくる光点を視認し。

 機体コードを『白式』が叫び、一夏は思わず笑みを浮かべていた。

 

 

「ああ、いや。あんたなら来るか。来るよな。来ないはずがねえ。

 ────そうだろ、()()()()──!!」

 

 

 直後。

 八本脚が、宇宙空間に花開いた。

 

 亡国機業元幹部、コードネーム・オータムが。

 その身にISを装着して、一夏たちと暮桜の間に割って入った。

 

「ハッ──悪いが世界が続かねえと悪事も出来ねえんでなぁ!」

 

 同時、放たれる全弾発射(フルバースト)

 暮桜は忌々しそうにそれらを薙ぎ払う。『零落白夜』の性質を併せ持たない攻撃など、と視線を向けた途端だった。

 

「つーわけだ()()()()コラァ!」

「ああ! あんたなら安心して託せるさ──!」

 

 全身に展開装甲を纏った『アラクネⅡ』が蒼い光に包まれ、直後()()()()()を散らした。

 思わず目を見開く。八方向から迫る刺突。刃を振りかざして霧散させようとするが、オータムは最低限の後退のみで離れない。

 忌々しい邪魔者の顔を視認して、暮桜の声色が変わった。

 

「貴様……!? そう、だ……貴様だ! 悪性をもたらし、悪性を貪る愚かな人間……! あの時の屈辱を忘れたことはないぞ!」

「ああ? 誰だよお前」

 

 あらん限りの憎悪を向けてくる暮桜相手に、オータムは余裕たっぷりに首を傾げた。

 それからぽんと手を打ち。

 

「あ、もしかしてあの時の、()()()()()()()()()?」

「────────」

 

 怒りのあまりに言葉を失うのは、生まれて初めてだった。

 暮桜は完全にターゲットをオータムに絞る。原初の渇望。救えなかったという絶望。

 いうなれば、彼女を覚醒させた最も直接的な原因は、この女なのだ。

 

(……あいつ、被害者の俺がいる場所で、俺をダシにしやがった……!)

 

 流石は元悪の組織の女幹部だ、と一夏は冷や汗を垂らす。

 克服していなければちょっと立ち直れなかったかもしれない。

 暮桜相手に至近距離で攻防を交わしながら、オータムは唇を吊り上げる。

 

「にしても、こいつはいいな! あんだけ必死こいて発現させようとしてた『零落白夜』が、今や戦闘の大前提っつーのはイイ皮肉だ! テメェもそう思うだろ!?」

「……おい、最終決戦に割り込むというロマンを達成したからと言って、少しはしゃぎすぎだぞ」

 

 直後、遠方からの狙撃。

 暮桜がひらりと回避したそれは、コバルトブルーの『零落白夜』だった。

 

「……ッ! あれは……!?」

 

 接近してくる機影を視認して、一夏は驚愕の声を上げる。

 高機動型特有の薄いISアーマー。蝶の羽を模したスラスター。両手で保持したスナイパーライフル。

 間違えるはずもない。

 イギリス製第三世代機、『サイレント・ゼフィルス』!

 

「織斑、マドカ──!」

 

 名を呼ばれ。

 織斑計画の番外成功個体、織斑マドカは憮然とした表情で鼻を鳴らした。

 

「不本意ながら、な。そいつのいる場所が私の居場所だ。ならばはせ参じるのは道理だろう?」

 

 一夏たちより前に飛び出し、マドカは全身からコバルトブルーの稲妻を放ちながら狙撃を続行する。二人は強い。暮桜がエネルギーチャージを行う間隙を与えず、ひたすら囮となることに徹していた。

 

「ちょっとその第三世代機まだ返してなかったのですか!? 返しなさいこの泥棒猫!」

「落ち着けセシリア! 宇宙空間でISの受け渡しができるはずないだろ! あと泥棒猫は致命的に使い方を間違ってるぞ!」

 

 母国から強奪された最新鋭機を見て暴れだしたセシリアを箒が羽交い絞めにして止めているが、それはともかく。

 見事な連携を見せながらも、マドカは自分が纏う雷撃を見て、少し眉根を寄せた。

 

「それにしても、私すら範囲に入るとはな。いいや、これは……オータム。お前を介しているのか」

「あん? そーなのか?」

 

 よくわかっていない様子だが、二人とも一夏から受け取った『零落白夜』を発動させていた。

 もはやここまでくると、ワンオフ・アビリティーのバーゲンセールである。それも全部同じ能力なので在庫処分に近い。

 

「久しぶりだな、オータム。あんたが来てくれるなら、こんなに力強いことはない」

 

 確信を伴った言葉に、腕の中で東雲が冷たい視線を向ける。

 なんか純粋な信頼度で負けている気がしたのだ。何で自分が勝ってるという前提で動けるのだろうか、この女。

 

「おかげさまでな。にしても、なんだ。随分とまあ……イイ顔するようになったな、織斑一夏」

 

 因縁の相手。

 わざとらしい悪逆の笑みを浮かべて、オータムは一夏にそう告げる。

 しかし。

 

「……それはこっちのセリフだぜ。なんだかあんた、棘が取れたな」

「しょーがねーだろ。何せまあ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「──!」

「事情は、まあ大体分かってるぜ。通信を傍受してた。数が足りねえんだろ? 私らを使い潰せよ」

 

 ひらりひらりと、蜘蛛が舞う。飛翔ではなく跳躍の繰り返し。予測の利かない不規則な軌道を、暮桜は捉えられない。

 宇宙空間に点在する展開装甲群。オータムはそれらにエネルギーワイヤーを結び付け、急造の巣としているのだ。

 

「貴様がここにきて、どうして……!」

 

 ヒットアンドアウェイと狙撃が、巧緻極まる連携で迫る。

 直撃を回避しながらも、暮桜はオータムに向けて怒りのこもった声を吐き出した。

 

「贖罪のつもりか!? そうやって、世界の破滅を目前にして手を取り合うなど……ッ! 薄っぺらい三文芝居を見せびらかして満足か!? こうして手を取り合うことができるのなら、もっと前に──ッ!」

「手を取り合うだと!? 冗談じゃねえ! 私らは正義の味方を気取った覚えはないぜ!」

 

 挑発するように八本脚が蠢いた。

 その背後に陣取り、マドカも呆れたように嘆息した。

 

「勘違いさせたのなら申し訳ないが。危機に瀕したところで、人類同士が手を取り合うはずがないだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。貴様は不和を理由に、織斑一夏たちのスタンスを切って捨てようとしていたが……逆だ。人類は簡単に一つにはなれない。だからこそ、あの馬鹿たちは立ち上がっているのだ」

「……ッ!」

「あと満足かって質問についてだがな、()()()()ぁっ! 贖罪なんてカンケーない、私のやりたいことをやれてるんだからなぁッ!!」

 

 贖罪? 笑わせる。

 オータムの意志は、かつてと何も変わっていない。

 表舞台に立つことのできなかった女たちに、存在意義のある場所を。

 英雄単体で完結するうすら寒い脚本に終止符を打ち、武器を持つ者すべてに価値のある戦乱の時代を。

 

「悪いがあの青い星は堕とさせねえよ。あそこで生きてる連中に……私は救われてきたんだからな!」

 

 過去は変えられない。

 かつての絶望は塗り替えられない。

 だからこそ、オータムは生き恥を晒しても戦っている。

 

「……そうだ。俺もそうだよ」

 

 オータムの言葉に、一夏は頷いて戦友らを見渡した。

 全員が決然としたまなざしを重ねてくれる。

 条件はクリアした。

 

「一夏、やるぞ」

 

 箒の言葉に頷くと同時。

 東雲を抱きかかえたまま、一夏は仲間たちの真ん中に飛び込んだ。

 七機のISがそれぞれのカラーのエネルギーを放電する。

 

「あの二人が互いに手を取り合ったように」

 

 目をつむり、一夏は『雪片弐型』を正眼に構えた。

 周囲に集った少女たちが、その手に自分の手を重ねていく。

 同時、装甲の一部が剥がれ落ち、変形しながら『雪片弐型』に重ねられていく。

 つぎはぎで、異なる装甲たちの寄せ集め。膨れがあっていく刀身がエネルギーを充填する。

 一夏が開眼すると同時、全員の身に纏う雷撃が極点に達した。

 

「束さん。俺と東雲さんもそうだっただろ。俺たちは、たった二人で、あんなに強くなれた」

『……ッ』

 

 通信越しに、束が息を呑む音が聞こえた。

 一夏は軽く笑みを浮かべて、言葉を続ける。

 

「なら世界中の人々と手をつなげたら、どんなに強くなれるんでしょうね」

『そんなの――』

「できるわけないって手を伸ばさなかったら、誰とも手をつなげない!」

『……ッ!』

 

 そうだ。いつも彼は、手を伸ばし続けてきた。

 助けを求める人に対して、だけではない。

 誰もが諦めてしまうような頂へ。選ばれし者だけが到達できる領域へ、自分も必ずと。

 

「束さん、俺は、手を伸ばします。誰に対しても。貴女に対しても」

 

 一拍おいて。

 

「そして、もう貴女は、貴女に手を伸ばしている人を知っているはずだ!」

『────!』

 

 モニターの中。

 必死に零落白夜の弾幕を掻い潜りながら、世界のために、次世代のために戦う、悪の組織の元幹部が映っている。無意識のうちに、束の視線は彼女にぴたりと吸い寄せられていた。

 

「柳韻さんはさ、孤独を肯定してなんかいなかった。孤独なままじゃいけないんだって。勝ち続けても、誰かに手を伸ばすことを諦めちゃいけないんだって、そう言ってたんですよ!」

 

 かつての問いに対する明瞭極まりないアンサー。

 束が出した結論とは違う。

 一夏もまたこの瞬間に、自分の答えにたどり着いたのだ。

 

「さっきあいつが、暮桜が言ってただろ。誰もが、誰にでも手を伸ばせるわけじゃないって。それは、俺だって同じだ。俺は俺の手の届く範囲にしか手を伸ばせないよ」

 

 ともすれば諦めにもとれる言葉。

 だが違う。違うと、少女たちは分かっている。

 

「そうだな。私も、そうだと思う」

「多くの人に差し伸べることができれば、とは思いますが」

「あたしたちだって人間だし、腕には限りがあるわよね」

 

 箒、セシリア、鈴が頷く。

 

「本当に、僕らは小さくて、弱い存在だ。暮桜の方がずっとずっと、大きくて、強いよ」

「だが──それは手を伸ばすことが無価値だという理由にはならない」

「私たちが……手をつないだ先。その人が、また手を伸ばせばいい……」

 

 シャルロット、ラウラ、簪が言葉を紡ぐ。

 

「超高速で振るえば二本の腕が六本分の働きをすることも可能だがな」

【お前ほんと黙ってろ】

 

 東雲の言葉を『白式』が封殺してくれたおかげで、誰も聞かなかったフリに徹することができた。

 

「手をつないでいけばいい。一人で飛ぶんじゃなくて、誰かと手をつなぎ、つないでいって、それで届けばいい」

 

 片翼のまま大空を飛び回っていた東雲。

 他人に絶望して、一人で巨大な翼をはためかせていた束。

 二人の在り方も、分かる。分かるけど。

 

「俺たちは、成層圏の向こう側に逃げるんじゃない」

 

 織斑一夏は、確信をもって、それとは違う在り方を選べる。

 

 

 

 

 

「俺たちは──()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 

 

 嗚呼。

 

 そうだ。

 

 その選択をいつかしてくれると、信じていたから。

 

 大丈夫だよ、一夏。君は負けない。

 

 私たちがいるから。

 

 私たちが、君の勝利の女神になるから。

 

 共に戦い、共に散るために生まれた私だけど。

 

 ……君の飛翔を見守れるのは、望外だった。

 

 君と一緒に、こんなにも飛べるなんて。

 

 

 だから私は、最期まで君の翼で在り続ける。

 

 

 大丈夫。私は、君の勝利を信じてる。

 

 …………マジで後は頼んだよ、ゴミカスクソ女。

 

 お前に頼むのだけは本当に不本意なんだけど。

 

 でも一夏を任せるなら、お前しかいない。

 

 だって私だからわかるよ。

 

 ずっと一夏を見てきたから、お前なら大丈夫だってわかっちゃうよ。

 

 ずっと見てきたよ。ずっと傍にいたよ。

 

 『白式』は織斑一夏の傍にいるというコマンドだけじゃない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、確信をもって言える。君のおかげで、私はこの言葉を叫べるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

【勝って、最高の相棒(おりむらいちか)────!!】

 

 

 

 

 

 

 

 愛機の叫びと同時。

 最大出力の『零落白夜』が、巨大な『雪片弐型』の刀身から迸った。

 全員が心を一つにして、異口同音に腹の底から声を吐き出す。

 

 

 

『────()()()()!』

 

 

 

 色が切り替わる。

 他者の存在を認めない蒼単色の光ではなく。

 

 青から──白へ。

 

 誰もと手を取り合える、多様な彩りを前提とした、無地のキャンバスの色へ。

 そして色彩が、数を増していく。

 最早剣というより柱に等しいその極光に、多様な色が混じり合っていく。

 

 

 苛烈な紅色。

 凜々しい青色。

 跳ねるような赤銅色。

 優しい橙色。

 対照的な黒色。

 静かな鉄色。

 

 

 そして――あたたかい茜空の色。

 

 

 千の力を束ねて一と成し。

 今、零の臨界を超える。

 

 

「無限に続く成層圏の下、そこに生きとし生けるもの──総てが俺たちのチカラだッ!!」

 

 雄々しい宣言と同時に、一夏たちは力を合わせて、極光の剣を振りかざした。

 オータムとマドカが瞬時に退避する。そこで暮桜はやっと、自身の対極に位置する、『零落白夜』の終着点を見た。

 

「な、ァッ……!? 馬鹿、な。一切を排除する、光なんだぞ……!? なんだその在り方はッ!? 馬鹿な、ありえない、ありえないありえない……ッ!!」

 

 彼女は己の手に握る漆黒の剣を見た。

 他のいかなる色彩も認めない、単一でどこまでも完結した色。

 

「何故だ。何故分からないッ。世界は救済を求めているのに!」

 

 もはや悲鳴だった。

 それを聞いて、一夏は静かに息を吐いた。

 

「ああ、やっと分かったよ……あんたは自分が神であるかのように──天秤の量り手であるかのように語ってた。でも違うだろ」

「……ッ!?」

「感じた悲嘆を許せないと思った。根絶しなければならないって思った。だけどそれは、あんたが感じた、あんたの観測範囲のものだ」

 

 キッと暮桜を見据えて、一夏は言葉を紡ぐ。

 

 

「あんたが救おうとしてるのは──()()()()()()なんだよ」

 

 

 ただ、反論する言葉が出てこなかった。

 殴りつけられたような衝撃すらあった。暮桜は絶句したまま、その手を震わせることしかできなかった。

 

「だから俺も譲れない。俺は()()()()を守るために、あんたの理想を否定する!」

「────違う。私は、私の信じた救済を諦めない! そのために、君たちの理想を否定する!」

 

 

 一夏たちの色とりどりの巨剣と。

 暮桜の単色の刃。

 

 極光が炸裂するのは同時だった。

 

 

 

『零落白夜・天壌無窮(インフィニット)──!!』

『──零落白夜・無間涅槃(ミレニアム)ッ!!』

 

 

 

 正面衝突。余波に宇宙が激震した。

 プラズマの爆発にも等しい。月そのものが大きく振動し、周期軌道から弾かれそうになる。

 拮抗し、火花と呼ぶには余りにも苛烈な光がまき散らされる。

 

 その中で一夏たちは、あらん限りの力を込めて刀を押し込んだ。

 

 

「これが、私たちの祈り! 私たちの願い! 『生きていたい』という望み!」

「わたくしたちが積み重ね、築き上げてきた、誰にも否定できない結実ッ!」

「あんたが無価値だって勝手に断じた、取るに足らない石ころよ!」

「だけど僕らは確かに、ここに生きてる! そしてこれからも生きていく! それを否定させはしない!」

「どんな命だって、平等に苦しみがあり、平等に喜びがある! 勝手にラベリングされては困るな!」

「貴女から見た過ちも、失望も、きっと正しい。だけど正しい正しくないなんてどうでもいい!」

「えっここなんかカッコイイこと言わなきゃいけない感じなのか? どうしようおりむーなにも思いつかない」

 

 思考が真っ白に染まる。

 一夏は重なる手が、無数に増えていくのを感じた。

 

 

『大丈夫です、最後まであきらめないこと。その限り、私たちは貴方の力になる』

(……ッ!)

 

 聞こえた声。かつて愛機の内部に巣食っていた、以前のコアのメイン人格。

 

『どうやらおれの期待通りにやってくれたようだな。後は仕上げだけだ、存分にやってやれ』

(そう、か。まだ、見守ってくれていたんだ……)

 

 愛機の内部に宿り、愛刀として戦ってくれたもう一人の自分。

 

『彼女のいる世界を守りたい。だからわたしは、この時は君の力となろう!』

(お前、まで……!)

 

 自分を殺しに来た、銀翼の大天使。

 

『グルルゥ(至ったな、誰かとつながる強さの極点に。そうさ、お前さんはお前さんの信じるままにぶちかませ! 要するにアレだ、愛は世界を救っちまうのさ!)』

(いやお前は結局何なんだよ!?)

 

 なんかクソデカい熊。

 

『ここで世界が滅ぶのを許容するわけにはいかないであります。この私も全力でお力添えするであります!』

(嘘!? 何でここに来てんですか!? まさか……死んでるゥ!?)

『いえ、世界滅亡の間際という情報が来た際に、それなら気持ちを伝えなければ死んでも死にきれないと思って彼のとこにいったら逆に告白されて気を失っただけであります』

(絶対死にかけてるって! 心臓止まりかけだって! 生霊じゃねーか早く帰って幸せになってください!)

 

 世界最強の再来に比肩する、疾風迅雷の濡羽姫。

 

 紡いできた絆が集結する。

 いいや──それだけではない。

 

 地球から迸る光の柱を、暮桜は激突越しに、確かに見た。

 

「なん、だ、それは……ッ!?」

 

 例えばそれは、学園の生徒たち。

 例えばそれは、入学前に鎬を削った代表候補生たち。

 例えばそれは、共に戦った各国軍たち。

 

 ISを介して、つながりが無数に増えていく。

 つながった先からまた線が引かれ、その広がりは爆発的に広がっていく。

 背負うようにして後ろに置いた地球から、無数の光が放出され、一夏たちの背中に注ぎ込まれている。

 

「なんなんだ、それはッ!?」

 

 無間の無を、正面から圧倒する、無限の有。

 

「さっきも言っただろ。成層圏の下でつながる力!」

 

 一夏はにやりと笑って、全員と顔を見合わせた。

 決戦に場違いなほど、穏やかな笑顔が並んでいる。

 そろって顔を前に向けて。

 少年と少女たちは、単一の極点に至った救世主へ、最後の刃を叩きつけて。

 

 

 

「これが俺たちの、無限の成層圏(インフィニット・ストラトス)だァァァ────ッ!!」

 

 

 

 パッ、と。

 漆黒の宇宙に、極彩色の華が咲き誇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物音ひとつしない。

 空気のない空間では当然だ。

 微かに身じろぎするような音すら聞こえない。

 死の空間にふさわしい、静寂。

 

『……消滅』

 

 それを誰かが破った。

 通信越しの、女の声だった。

 

『……『零落白夜』プログラム、完全、消滅……』

 

 天災の声が、結果を読み上げる。

 それを聞いて。

 ぼんやりとした視界の中、織斑一夏は四肢の指を順に動かして、五体満足であることを確認した。

 

「……みん、なは」

 

 視線を巡らせれば、同じように周囲を見渡す少女らが視界に入る。

 そして何よりも。

 

「起きろおりむー。ぼうっとしている暇はないぞ」

 

 ぺちぺちと頬を叩いてくる、腕の中の少女。

 無性にそれが嬉しくて、生存は勝利の確約で、一夏は力いっぱいに東雲を抱きしめた。

 

「む、ずいぶん熱烈だな……どうした? さみしくなったのか? やっぱり夜泣きするのか?」

「…………別に、そんなんじゃ……待ってくれ夜泣きって何?」

 

 なんか変な言葉が聞こえたので思わず一夏は東雲の顔を覗き込んだ。

 瞳に映しこまれた自分の顔は引きつっている。

 

「気にするな。それより、無事か」

「ああ。どうなったんだ……?」

 

 宇宙に浮かんだまま、残存エネルギーはレッドゾーンに突入している。

 もう帰還するだけで精いっぱいだ。

 

『……消滅したよ。『零落白夜』』

「え?」

 

 束の言葉に、一同は首をかしげる。

 

『だから、同質じゃないけど、衝突して……互いに打ち消し合った。全ISから、『零落白夜』の因子が消し飛ばされた。もう誰も、『零落白夜』を打てないはずだ』

「えっマジで?」

【マジだよ】

 

 愛機の返事に、一夏は目を見開く。

 

「全部って、それは──ッ」

『そうだよ。暮桜からも、だよ……あは、ははは、はははははっ』

 

 耐えられない、こらえられないといった様子で、束は笑みをこぼして。

 最後には、ついに腹を抱えて笑い声をあげた。

 

『はははは──ははははははははははっ! 何コレ、信じられない、ばっかみたい! 物語として最低最悪だよこんなの! ご都合主義満載! 誰も犠牲にせず、愛と勇気と希望だけで解決して! 挙げ句の果てに最後は笑顔で終わるなんて! アンデルセンに見せてあげたいよ! Amazonカスタマーレビューで☆1が500は並ぶね!』

 

 誰も犠牲になっていない。

 自然と全員、ゆっくりと一夏の周囲に集まってきた。

 

 篠ノ之箒。

 セシリア・オルコット。

 凰鈴音。

 シャルロット・デュノア。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 更識簪。

 

 そして織斑一夏と、東雲令。

 

「……あー、なんとか生き残れたっぽい、な……」

「驚きだ。完全に死に場所だと思っていたが」

 

 オータムとマドカもまた、余波によってボロボロになった鋼鉄装甲を纏ったまま、すうと近寄ってくる。

 正面を見た。未だヒトガタがパイロットシートに残存しているものの、光はなく、一切の動きを見せない暮桜。

 

「……勝った、のか」

 

 勝利の実感が湧いてこない。

 激突に打ち勝ったという結果を理解できても、脳がまだ追い付いていない。

 そんな面々を置き去りにして、涙すら浮かべながら、束は天を仰いだ。

 

 

 

『ああ、ほんっと……最低最悪(さいこうさいぜん)だ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────()()()

 

 

 

 

 

 

 

 地獄の底から轟くような声だった。

 もうやめてくれと誰もが願っていた。だが、願いは届かない。

 

「……そうだよな。お前も、譲らねえよな。譲れるわけがねえよなッ」

 

 再起動を果たし、暮桜の全身が過負荷に紫電を散らす。漆黒の装甲は身じろぎのたびに嫌な音を立てて軋んでいた。

 もう権能はない。エネルギーもない。お互いにすべてを出し尽くした後。

 しかし、気力が尽きるまでは、絶対に戦いが終わるはずもない。

 

「わた、しは、あきらめない。かならず、すくってみせる」

 

 もはや暮桜を動かすのは執念だけだった。

 だが、『雪片』の刀身をその泥で補填して。

 最後の救世主は、勝利のためにもう一度立ち上がっている。

 

「…………」

 

 一夏は素早く全員の状態を確認した。

 先ほどの連理の際、装甲の大半と全武装を喪失している。残された武器は一夏の『雪片弐型』だけだった。

 

「一夏、お前──ッ」

「任せろよ、四の五の言うより早い! ──白黒つけてやるよ!」

 

 箒の悲鳴にわざと軽く笑みを浮かべ、一夏は暮桜に向き直る。

 焼け焦げた切っ先を突き付けて、腹の底に力を込めた。

 

「さあかかって来いよ救世主! あんたの救世はくじいた! それでも諦めないなら、やってやろうじゃねえかッ!」

 

 最早限界など遙か彼方で、尚も闘争は続かんとしている。

 どちらかが倒れるまで、どちらかが決定的な死を迎えるまで、両者は止まらない。

 故に文字通り、白か黒かしか、最後には残らない。

 

 

 ────()()()

 

 ────()()()()()()()()()

 

 

 最終的な決着として求められるのは、白か黒かの二元的選択なのだろうか?

 

 答えは明瞭極まりない形で示される。

 

 

「まあ待て、おりむー」

「むぎゅ」

 

 顔を両手でふさがれ、一夏は面食らった。

 腕の中にいた少女──東雲令が、その真紅眼を敵に向けていた。

 

()()()()()()()()()()()()()

「ぷは、し、東雲さんッ!? だけど──」

 

 一夏の腕の中で。

 東雲は目を閉じて、右手を頭上へ掲げた。

 

 そこに、ごく小さな、茜色のマイクロチップがあった。

 

「は?」

「激突の余波で吹き飛んできたからキャッチした」

「は?」

 

 あの激突の最中に? あの中の中で?

 唖然とする一同の目の前で、東雲は一夏の腕の中から飛び出す。

 

 空間に艶やかな黒髪がなびいた。

 振り向けば、一夏が必死の形相で手を伸ばしている。仕方ないことだ。生身で無酸素空間に飛び出しているのだから。

 そんな焦りの表情を浮かべる愛弟子に対して、東雲はフッと唇を吊り上げる。心配はいらないと片手で制する。何せもう生命維持機能を起動しているのだ。

 

 未来を決めるための決戦。

 あらゆる生命の存続を賭けた絶戦。

 そこで東雲令が抜刀しない理由はない。

 なぜならば。

 

 

 

(うおおおおおおおおおおおおおヤバイ! 愛弟子からの期待値が過去最高! ここで応えなかったら本当に離縁される! いや本当にヤバイ当方がなんとかしないと師匠ポジ取られる──!)

 

 モチベーションは考え得る限りで最低のものだった。

 

 

 

 

 

「来い──あ、か、ね、ぼ、しぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!」

 

 

 

 

 

「叫ぶ必要あるのかこれ」

「ないと思いますわ……」

「何? 気合い入れたかった的な?」

「遠隔起動の例は聞いたことがあるけど、名前呼ぶ必要ないよね」

「間違いなくないな。しかもこれは遠隔起動じゃないぞ」

「これGガン? それともユニコーンなの? ユニコーンなら一夏が叫んだ方がよくない?」

「俺を巻き込むのはやめろ」

 

 身内からの言われようはボロクソだった。

 だが東雲がそれらを意に介する必要はない。

 

 光が散った直後、東雲の全身に纏わりつき鋼鉄装甲が顕現する。

 頭部以外をきっちりと覆う装甲。

 鋭角的ながらもコンパクトにまとめられた全高。

 

 

「底は知れた」

 

 

 変化は劇的だった。

 全身の装甲がスライドし、真紅の過剰エネルギーを無秩序に放出する。

 宇宙空間に鮮血のようなヴェールが噴き上がった。

 

 誰もが、先ほど死ぬほど悪口を言った面々ですら、軽口を叩けたのは安心感からだった。

 彼女が戦装束を身に纏った。

 ただそれだけでもう、安堵できたから。

 

 

「これより最終戦闘行動を開始、同時に撃滅戦術を開始する」

 

 

 背部非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が花開いた。

 直方体からバインダー単位で展開され、東雲の背後で円状に配置される。

 それは、正面から見ればリボルバー拳銃の回転式弾倉(シリンダー)のようだった。

 銃口が如き真紅の両眼を突き付け、東雲はバインダーから一振りの太刀を引き抜いて。

 

 身に纏うは夜と夕の混じり合う茜色。

 異なる人々が共に居られる象徴のような、優しい境界線の色。

 また鎧を着装する少女の名も、夜と朝の狭間を表す言葉。

 

 誰にも必要とされず、誰も必要としなかった少女が。

 誰かと共にいるための名前と、鎧を携えて。

 

 ──東雲令が、『茜星』と共に、そこに居て。

 

 

「当方が掴んだ未来は──此処にあるッ!!」

 

 

 終わらない。

 何故なら、始まってもいない。

 少年少女たちの生きる未来は今この瞬間から始まる。

 だから、それを守るためにこそ。

 

 言葉にせずとも良い。

 

 開幕の合図は、ただ心で叫ぶだけで良い。

 

 その場に居合わせた者。映像で見届けんとする者。

 

 誰もがその刹那、心の中で。

 

 同じ言葉を、同時に叫んだ。

 

 

 

 

 

 ────()()()()ッ!

 

 

 

 

 

「其方の未来(ぜつぼう)に、当方は──当方たちは、一手で勝利する!」

 

 未来を切り拓くため、魔剣が咆哮した。

 

「…………ああ」

 

 暮桜はその刃の光を見て、人を模した顔を、笑顔みたいに少しゆがめた。

 

(私は、負けるのか)

 

 負けたくないと。

 勝利のために、救世のために全てを捧げると誓ったのに。

 

(これ、が)

 

 迫りくる魔剣を前に、両腕すら広げてしまう。取り零した『雪片』が宇宙空間に漂っていった。

 

(これが、人類の可能性なのか)

 

 世界がスローモーションになる。

 真紅の刃は狙い過たず、『零落白夜』を失った暮桜を機能停止に追い込むだろう。

 

(不確定要素は、可能な限り排除した)

 

 絶対に負けるわけにはいかなかった。

 声なき声の自滅衝動を叶えることこそが、人類にとっての幸福度を最大限に高めることだと判断した。

 

(相手を詰ませることよりも、自分が詰まないように立ち回った)

 

 絶滅させるための手段を保持した状態で生き延びさえすれば、目的は達成できた。

 だから最短最速ではない、確実なルートを取った。

 それなのに結果はこれだ。

 

(……私の負けか)

 

 受け入れて。

 暮桜は最後に、トドメを差さんとする『世界最強の再来』へ思念を飛ばす。

 

 

 

『なぜ私は負けるのだ?』

 

 

 

 最後の問い。

 勝利を大前提に置いていた救世主の、心底からの疑問。

 それに対するアンサーは至極明瞭だった。

 

 

 

 

 

『いや当方、処女のまま死にたくないんだが』

『えっ私これに負けるのか?』

 

 

 

 

 

 刃が振り下ろされた。

 

 

 長い長い戦いが。

 人類の明日をかけた戦いが、一人の少女の、明日への意志によって幕を引かれた。

 

 

 

 










IS最終巻もスパロボになると思います(予言者並感)



次回、完結
エピローグ あの空で逢えるから


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エピローグ あの空で逢えるから

 俺たちの幼年期は終わりを迎えた。

 

 

 未来を望む意思は一つではなかったし、平和のために武器を持つ者も一人ではなかった。

 目指す先は同じだったけど、俺たちは命を燃やして削り合った。

 暴走する善意に挽き潰された人々の悲鳴を、その一つ一つを守り抜くために。

 

 

 ()()()()()()()

 夢見ていた穏やかな明日は、まどろみから覚めた時にはもう、手の中にあることを。

 おぞましい瀆神に成り果てたとしても、祈りは必ず叶うのだと。

 人々が語り継ぐ限り、おとぎ話は朽ち果てないのだと。

 

 

 千年の旅路の果てから、俺と君はずっと歩いていた。

 犠牲の上に成り立つとしても、存在を諦めない心を携えて。

 

 

 俺の名前は織斑一夏。

 

 君がこれを聞いている時、俺がこの世にいるかは分からない。

 

 それでも、俺と君はまた出会う。

 

 祝福に満ちた蒼い世界で、きっと出会う。

 

 

 

 

 

 

 

 夏休み真っ最中のIS学園、校舎屋上。

 潮風に黒髪を揺らしながら佇む、唯一の男性生徒がそこにいた。

 

「………………」

 

 IS学園臨海学校中に発生した『成層圏以下防衛線(ディフェンド・ストラトス・オーダー)』。

 関係者全員に箝口令が敷かれ、人類存亡の危機があったことを知らないまま、人々は変わらない青空の下を歩いている。

 

「………………」

 

 ただ、少しだけ変化があった。

 ほんの少し、世界そのものがどうこうなんて規模の話ではなく。

 

「………………」

 

 幕引きに立ち会った中心人物である織斑一夏の専用機、『白式』。

 他のISとは異なりメインコア人格が表層化したレアケース。

 

「………………まあ、ホント。お前が目覚めたときに俺がいるか、怪しいもんな」

 

 一夏はその腕に着けていたガントレットに語りかけていた。

 返事はない。『白式』のコア人格は眠りについていた。

 連動して第二形態『白式・零羅』も消失。残されたのは()()()()、乗り手の精神に呼応して出力を上げる『疾風鬼焔(バーストモード)』の機能のみ。

 篠ノ之束曰く、当然の結果。あり得ざる権能の行使を続けて、何の代償もないはずがない。

 

『本当は……いっくんが内側からはじけ飛んでもおかしくなかった。それを全部肩代わりしてたんだよ。演算しつつ、注ぎ込まれるエネルギーを制御し続けていた。正直、コア人格の回復が可能なのか……ううん、どれくらいかかるのかは分からない』

 

 物言わぬ白いガントレットを手渡され、感情の抜け落ちた瞳をする一夏相手に、束は心配そうに語りかけた。

 

『……回復するまではコア内部で、デッドウェイトとして残存することになる。その状態で第二形態移行は無理だね……どうする?』

 

 言外に問われていた。

 コア人格を消去するかどうかを。

 一夏は無言で首を横に振り、祈るようにしてガントレットに額を落とした。

 

「……ずっと前から、揃って笑えることはないだろうって、お前は分かってたんだな」

 

 人格が表層化する前から『白式』が保存していた音声データ。

 一夏に宛てられたボイスメッセージ。

 貴方は知るだろうという言葉に始められた、積み重ねられた憎悪や絶望の暴露。それらを踏まえてもまだ、戦わなければならないという悲哀。

 

「お前と一緒に戦えた時間は……考えてみれば、すごく短いよな」

 

 沈黙するガントレットに、一夏はゆっくりと語りかける。

 アンサーとなるメッセージを、保存した。ただの自己満足だった。

 それでも──何か、彼女が目覚めた時のために、残しておきたかったのだ。

 

「だけど、こんなにも、欠落感がある。こんなにも……お前は、大事な存在だったんだな」

 

 たとえ意思疎通の手段がなかったとしても。

 織斑一夏と『白式』は共に戦う中で、常に互いを信じ、心を通わせてきた。言葉によらずとも、確かに一人と一機はいつも共にいた。

 だからこそ、心臓をえぐられたような痛みが止まない。

 

「……気づけなくて、ごめんな…………」

 

 呟き、一夏は落下防止用の柵に腕を乗せると、深く嘆息した。

 ──そんな彼を、屋上入り口のドア傍で、箒たち専用機持ちは見守っていた。

 

「……だいぶ落ち込んでるわね」

 

 風にはためくツインテールもそのままに、鈴は物憂げな表情で一夏の背中を見た。

 

「唯一の犠牲と言い換えることもできます。ほかの全てを守り切ったからこそ、欠落は身に迫った痛さを持つでしょう」

 

 壁に背を預けて腕を組み、空を見上げながらセシリアは語る。

 他に一切の犠牲なし、その言葉に誇張はない。

 

「まあ、あの束博士ですらもが、だからね……」

 

 シャルロットの言葉が意味するのは、篠ノ之束が捕らえられていないということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙空間における『成層圏以下防衛線(ディフェンド・ストラトス・オーダー)』終結直後。

 勝利に沸いていたデュノア社地下コントロールセンターは、なんかこう、数十分経ってからすごい反動が来ていた。

 

『……もしかして、なのだが』

『うん?』

『本物の篠ノ之束博士なのか?』

『お前私のことなんだと思ってたの!?』

 

 アルベールからの問いに、束は机をぶっ叩いて吠えた。

 冷静に考えれば企業としては完全にイカれた状況である。全世界が追い求めている世紀の天災が眼前にいるのだ。

 

『あー…………』

『何さ。私を警察に引き渡すんでしょ? それともいなかったことにして、閉じ込めて技術を吐き出させる?』

『……その、ええとだな』

『なんだよ! まどろっこしい男! 三人も女侍らせといて優柔不断か!? 優柔不断だからか!』

『そうじゃない! 人類のために戦ってくれただろう! それで君をどんな顔をして引き渡せというんだ!』

 

 アルベールの怒号に、束は両目を見開き馬鹿みたいに口をぽかんと開いた。

 今にも泣きだしそうな表情で、大企業の頭領は彼女の両肩に手を置いた。

 

『君が、いなければ……! 君がいなければ、私たちはここにはいない! 君は今、地球上に生きる人々すべての命の恩人なんだぞ!?』

『……ッ!?』

『私にはできん……! できるはずもない……!』

 

 血を吐くような声だった。束を拘束しに来た国連軍相手に抵抗すれば、失脚で済めば安い。

 だというのに、彼を取り巻く三人の女性は、しょうがないとばかりに苦笑を浮かべている。

 

『まあ、こいつなら言うわよね……』

『それでこそ社長だと、私は思います』

『ぶんぶんやっちゃうよー!』

 

 ぶんぶんやっちゃうとは何をやっちゃうつもりなのか、束は怖くて聞けなかった。

 だから、引き渡せないという言葉に真実味を感じてしまった。もしかしてこの男は本当にやってしまうのではないかと。引き渡すことはできないと言い張ってしまうのではないかという恐怖があった。

 

『……駄目だ。役割は終えた。アレを無力化できたのなら、私に存在価値はない』

『……ッ!』

『わかるでしょ? そのために生まれたんだよ、私は……だから、後は適当にやるさ』

 

 ひらりと椅子から飛び降りて、束は少し服を整えると、まっすぐにコントロールセンターの出口へ歩いていく。一切よどみのない動きに、誰もが制止する機会を逸した。

 

『束……ッ!!』

 

 しかし、一人だけ。

 織斑千冬だけが──彼女の腕をつかみ、引き留めていた。

 

『……何、ちーちゃん』

『行くな! 行かなくていい! お前は行かなくていい……! 行く必要がどこにある!?』

『…………』

 

 親友の必死な叫びに。

 束は初めて、そのこわばった表情を崩した。

 へにゃり、と力ない笑みを浮かべた。

 

『だめだよ、ちーちゃん。これが私の、最後の仕事なの』

『そんなもの……!』

『責任がある。アレは紛れもなく、私が生み出したものなんだ。私が造って、私が制御しきれなかった……処理のために、いっくんの人生をめちゃくちゃにした。これで平然と生きていけなんて、無理あるでしょ?』

 

 違うと叫びたかった。

 束に制御しきれなかったというのは、暮桜が過剰に人の負の意志を受信してオーバーロードしたせいだ。むしろあれは、いずれ来るであろう世界の破綻を、短縮して可視化したに過ぎない。

 

『だから、これでいいの』

『違う、違う! そんな、はずが……! 誰よりも尽力したのはお前なのに……!』

『あははっ。そんなの当たり前じゃん。だって束さんが原因なんだからさ』

 

 ああだめだと千冬は理解できてしまった。

 こうなった親友の意見を曲げることなどできたためしがない。

 

(……このまま、束が出頭するのを見送るのか。それでいいのか)

 

 己への問いかけがあるということ自体が、この上なく明瞭なアンサー。

 だが、アルベールのように、千冬にも立場がある。むしろ彼女の方がまずい。絶対的な抑止力。その実情として力を失っていたとしても、この場で行動を起こすことはできない。

 

『…………束』

『ああ、ごめんね。一抜けに近い感じ、かな。だけど……ちーちゃんには、見守るっていう仕事がある。それだけじゃない。()()()()()()として、しばらくは動かなきゃいけない』

『そんなもの! そんなもの、お前と比べて……ッ!!』

 

 言葉が続かない。

 与えられた役割の重要性を誰よりも理解しているからこそ、織斑千冬は動けない。

 そんな様子を見て、束は安心したように笑った。

 

『うん、ちーちゃん。それが正解だよ』

 

 何も言えない。

 二人を見守っていたアルベールは、静かに瞳を閉じた。自分を律しようとしていた。

 

 解決策などあるはずもない。

 当人がそれで納得しているのだ。

 故にこの結末は当然。

 

 周囲の人間の心情などおかまいなしに。

 篠ノ之束の中で、物語は既にエピローグすら終えている。

 だから、誰も止められない。

 

 

 逆説。

 止めなければいい。

 ────横からかっさらってしまえばいい。

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 粉塵が舞い、全員の視界が断ち切られる。

 せき込みながら誰もがその場から対比しようとする中。

 

(………ああ、なるほど。そうか。()()()()は、私ではなくお前なのだな)

 

 奇妙な安心感すらあった。思わず笑いそうになる。

 その時、千冬の瞳は、天井を突き破って舞い降りた()()()を捉えていた。

 

 

『────ったく、馬鹿兎が。悪役(ヴィラン)張りてぇなら、もうちっと粘り強くやれよ』

 

 

 嘲るような声が、悲劇を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……まあ、それで姉さんをひっ捕まえたまま、国連軍の追撃を振り切るとは思わなかったが」

「当然といえば、当然。どの国も、本土防衛用に、主力を首都付近に集結させていたから……」

 

 箒と簪は頭痛を誤魔化すように、眉間を揉みながらぼやいた。

 デュノア社に対して二度目の襲撃を敢行したオータム。誰がどう考えても無謀、蛮勇、クソバカ以外に感想はない。しかし彼女は結論として、怪盗よろしく篠ノ之束を攫っていったのだ。

 

「デュノア社の私兵を、フランス軍が接収していたのが()()となったな」

 

 黄昏る一夏の背中を眺めながらも、ラウラは無遠慮な指摘をぶつけた。

 あの瞬間、束を捕えるために必要なパーツは絶妙に欠けていた。オータムは絶好のタイミングでそこをついた形になる。

 

「何事もなかったかのように『茜星』を解除して再度一夏に引っ付こうとする令を引きはがしている間に実家が襲撃されるなんて僕はどういう顔をしたらいいんだろうね」

「それ、いわゆる前門の虎後門の狼でしょう! 知っておりましてよ!」

 

 フフンと自慢げに胸を張るセシリア相手に、シャルロットは完全に光の消え失せた瞳を向けた。

 間違いなく今言う言葉ではない。止めるタイミングのなかった箒は愕然とした。ノータイムで不正解を叩きつけてくる様は、セシリアが一夏に強い影響を受けてきた証左でもある。

 

「ま、まあ……それでいいのかな、っていう気持ちは、私にもあったから……」

 

 普段は空気を読むことに注力しないものの、さすがにこの空気はやべえなと判断して簪が場をとりなす。

 事実、束の助力がなければ、今頃全員宇宙の藻屑となっていた。

 

「……それにしても、だ」

 

 歯がゆそうな表情で、箒は『紅椿』にウィンドウを立ち上げさせる。

 映し出されたのは鬱蒼と生い茂る密林の中で、三人で必死にツチノコを探す篠ノ之束とオータムと織斑マドカの映像だった。

 

「実の姉がセカンドライフにトレジャーハンターを選んだんだが?」

「それはマジで心中お察しするわ…………」

 

 すすり泣く箒の肩に、鈴がポンと肩を置いた。

 一応、肩書としては『フリーのカメラマン巻紙礼子とその愉快なアシスタントたち』であるらしい。まったくもって意味不明だった。巻紙礼子、履歴書が大変なことになっている。

 

「挙句の果てにはユーチューバーだ! 見ろこのコメント欄! 地獄か!? 地獄なのか!?」

 

 言葉通り、『フリーのカメラマン巻紙礼子とその愉快なアシスタントたち』は撮影やら取材やらの様子を編集・加工して動画サイトにアップロードしている。収益化していないからユーチューバーと呼ぶにはややグレーだが、知名度だけはそこらの配信者を薙ぎ払っておつりがくるレベルである。

 悲鳴を上げながら箒が突き出したコメント欄を、一同は覗き込むようにしてまじまじと眺めてみた。

 

『やたら篠ノ之束に似てるアシスタントさんのパンツ見えそう』

『やたら篠ノ之束に似てるアシスタントさんの礼子姉貴を見る目ほんとハートマークですこ』

『百合摂取会場』

『(この三人の三竦みは)俺が守護らねばならぬ』

『あっ、おい待てぃ(江戸っ子)織斑千冬入れて四角関係ゾ(百合知将)』

『はえーすっごい関係拗れてる……』

『いやこれ恋愛とかそういうのじゃないから、安易なラベリングすんなカス』

『百合豚乙』

『乙はお前だよ、解釈力のないオタクとか生きてる価値ないでしょ』

 

 地獄だった。

 身内が出演する動画のコメント欄としては最低最悪である。

 ドン引きしながら、さすがにこれは箒が号泣するのもやむなしと同情してしまった。

 

「……まあ、幸せそうではあるけどね」

 

 シャルロットの言葉通り。

 動画の中でツチノコを探し泥まみれになっている束は、今までの何かに追い立てられるような表情ではなかった。

 こわばりはなく、伸び伸びと、自由の中で生きる意味を探している。……いやまあツチノコ探しが生きる意味であるはずはないのだが。

 

「……それは、まあ……そう、だな。こんなに……自然体で笑っている姉さんは、私も久方ぶりに見る。そこだけは、心の底からよかったと思えるよ。コメントを除けばな」

 

 あのままだったなら、束は生涯牢獄に閉じ込められていただろう。

 もしかしたら、彼女がもたらす新技術によって人類が大きく進歩したかもしれない。

 しかし。

 

「……これでいいと、わたくしは確信しています」

 

 セシリアは迷うことなく言い切った。

 

「大いなる進歩や、革新的な進化。それらよりも、ずっと大事な仕事がある。それを……わたくしたちは、知ったはずです。だからこそ、わたくしたちにとっては篠ノ之博士の、()()()()()()の笑顔が全てですわ」

 

 異論を唱える者はいなかった。

 今を生きる人。その枠組みから束ですら外すことはできない。だからこそ、あの場で少女たちは立ち上がったのだから。

 

 その時だった。

 

「む。先に集まっていたか」

 

 開けっ放しになっていた屋上入り口のドアを潜り、一人の少女がやってきた。

 ラストアタックを放った、『成層圏以下防衛線(ディフェンド・ストラトス・オーダー)』を幕引いた張本人。

 

 冠する二つ名は『世界最強の再来』。

 日本代表候補生ランク1。

 両手に抱えた馬鹿でかい寿司桶。

 

 

 ────東雲令。

 

 

「で、今日の寿司パーティーはここか?」

「いやそういう理由で集まっていたわけじゃないんだが……」

 

 夏休みが始まってから毎日寿司をたらふく食いまくっている生活習慣オワオワリ女である。

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 肩をちょいちょいと引かれる感触がした。

 外界をシャットアウトして物思いにふけっていた一夏は、ゆっくりと後ろに振り向く。

 

「おはよう、と言うには遅い時間か。こんにちは、おりむー」

「東雲さん……」

 

 敬愛する師の真紅眼が間近にあり、思わず一夏は面食らった。

 

「夏休みだからか、ほとんどの生徒が出払っているな」

「……ああ。実家っていうか、家族のとこに帰ってるんだろ。俺も来週には、家戻って掃除しようと思ってるし」

「それはいいな。当方は出前の手配をしておこう」

「どこからつっこめばいい? 来るのか? 来るならまずそれを伝えてくれ。何で俺の家来るときに誰も事前の連絡をしないんだよ」

 

 渋面を作って一夏は呻いた。

 誰がどう考えても帰省中の人の実家に上がり込み勝手に寿司を頼む女は異常だ。

 

「ったく、まあ別にいいけどさ」

 

 言ってから、腕のガントレットを撫でて、彼は視線を空に向けた。

 青一色、雲一つない青空だった。果ては見えない。どこまでも続くのではないか、と錯覚しそうになる蒼穹。

 

「……なんだかしょぼくれているな。どうした」

「……それは」

 

 沈黙するガントレットに数瞬視線を落とし、彼は頭を振る。

 

「……託されちまったんだな、って。実感が伴ってきたんだよ」

「そうだな。『白式』は……其方に、これから先の世界を託して眠りについた」

 

 横に並んで手摺にもたれかかると、東雲は弟子の両眼をじっと見つめる。

 

 

「気分はどうだ」

「晴れてはいない、かな」

 

 

「前を向くのは苦痛か」

「あいつがいない、っていうのが、少しだけ」

 

 

「取り残された、と思うか」

「……俺が勝手に、立ち止まってるだけだよ」

 

 

 そのタイミングだった。

 ぬっと伸ばされた手が、一夏の両頬をつまんでいた。

 

「……ひののめはん?」

「斬新な呼び方だな。まあいい。当方がかける言葉は少ない」

 

 愛弟子の顔がこちらに向くと、東雲はその両手を離した。

 そして、一拍置いて。

 

 

 

「託された。認められた。なら、応えるしかないだろう」

 

 

 

 もう、賽は投げられた。

 暮桜が切って捨てた未来へと、人類は歩みだした。

 その歩みを守りたいと叫び、実際に守り抜いてみせたのは一夏だ。

 

 たとえ数歩先すら見通せない霧の中であっても。

 たとえプラスとマイナスが未確定でも。

 もう次の未来が、(ぜろ)から始まっている。

 

「当方たちに委ねたのは、『白式』だけではない……『暮桜』もまた、当方たちに委ねたのだ」

 

 霊界から『そんなわけないだろうがこの色ボケ女ッ!!』と通信が来たような気がした。

 しかし一夏たちにそれを受信する術はない。

 

「つまり、まあ……本当の戦いは、これからだということだ」

 

 勝ち取ったものを守ることは、とても難しい。

 誰かを打倒すればいいわけじゃない。

 守って、広めて、維持していかなければならない。

 

 次の未来が始まっているように。

 次の戦いもまた、もう始まっているのだ。

 

「……そう、だな」

「うむ。新たにどのような敵が平和を脅かすのか、当方にも想像がつかない。もしかしたら、当方を凌駕する強大な敵が現れるやもしれん」

 

 可能性はゼロではなかった。

 東雲を単独で打倒できる存在がどこからともなく姿を現すことは十分にあり得る。

 しかし一夏は不敵な笑みを浮かべて、首を横に振った。

 

「……でも、大丈夫だぜ、東雲さん」

「ほう? 根拠はあるのか、鬼剣使い」

 

 いかにも東雲らしい切り返しに、一夏は軽く吹き出しそうになる。

 手を振って、そういうんじゃないだと断りを入れてから。

 

 

「だって、俺と君は──手をつなげば、無敵なんだから」

 

 

 静かに腕を上げ、東雲の右頬に手を添える。

 驚愕からか目を見開く彼女の様子に微笑みを浮かべて、それから今度は逆の手で、少女の白い指を取った。

 

(今ならわかる……俺が本当に欲しかったもの……)

 

 

 ずっと求めていた相手。

 どこに伸ばしても誰も拾ってくれなかった救いの手。

 あの日、暗闇で泣き叫ぶ少年はがむしゃらに手を伸ばしていた。

 

 

 欠落を埋めるようにして、必死に強さを求めた。

 多くの友や味方を得て、多くの敵と出会い、多くの修羅場を潜り抜けてきた。

 

 

 譲れないそれぞれのプライドがあった。

 言葉にせずとも互いを認め合える相手がいた。

 誰もがまっすぐ前を向いて。

 誰もが努力を重ね、シンパシーを抱き合っていた。

 

 

「俺が、どんな俺で在りたいか……ずっとそれを考えてた……」

「…………」

「逆風の時にも立ち上がれる自分で在りたかった。どんなに底の見えない絶望でも立ち上がれる自分で在りたかった。だって誰も、俺の手を拾い上げてはくれないから。だから、俺が強くなるしかないって」

「………………」

「だけどそれじゃあダメだったんだ。全部自分次第だけど、その自分っていうのはさ、誰かと手を取り合って、誰かと響き合って、そうしてつくられていくものなんだから」

「……………………」

 

 瞳を閉じれば、これまでの日々が鮮明に思い出せる。

 積み重ね、築き上げてきたものだ。

 

「みんなと一緒だったから、今の俺はここにいる。みんなと一緒にいるだけで、身体中に力が流れ出すのが分かる。まあ……俺が望む、最高の俺っていうのはさ。みんながいる場所にいる俺、だと思うんだよ」

 

 だから。

 

「花火の時に、言ってくれただろ。出会ってくれて、生きていてくれてありがとうって。今度は俺の番だ」

 

 至近距離。

 一夏は真紅の瞳に自分を映しこむと、息を吸って。

 

 

「東雲さん、ありがとう。

 

 俺と出会ってくれてありがとう。

 

 

 ────生きていてくれて、ありがとう」

 

 

 救世装置として生かされ。

 定められたレールの上で果てるはずだった少年は。

 

 自分自身の(ねがい)を見つけ。

 不確定な未来(あした)を生きることを選んだ少年は。

 

 

 彼が愛し、守り抜いた青空の下で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

(当方、プロポーズされとる……)

 

 当然、東雲はバグった。

 

(えっ……えっ、えぇぇっ!? こんなんもうプロポーズですやん! ンフォァッ……いかん言葉が出てこねえ……完全にラブラブハッピーファイナルウェディングだこれ。もう心の奥底まで完全に理解しあってしまった……ありがとう、親族代表の織斑先生。ありがとう、友人代表の箒ちゃん。ありがとう、会場を用意してくれた暮桜。当方、当方……幸せになります!)

 

 

 

「…………で、家事の分担を決めようと思うのだが」

「何が?」

 

 絶望的に、二人は理解しあえていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 多少は元気になった一夏を見て、東雲は無表情のまま、しかし満足げに頷く。

 

「やはり、おりむーは多少馬鹿っぽい元気さのあるほうが良いな」

「そこはかとなく馬鹿にされてる感じはするな……」

 

 半眼で見てくる弟子をどこ吹く風と受け流し。

 ふと東雲は手を打った。

 

「そうだ、すっかり忘れていた」

「ん?」

「話は変わるのだが……コアネットワークへのアクセス方法を理解したから、其方と福音のIS活動記録(アイエスアウト・ログ)を確認してみた」

「……はぁ」

 

 何の話なのかいまいち読み切れず、一夏は首をかしげる。

 そんな彼にまるで頓着せず、東雲は何やらウィンドウを立ち上げて捜査を始めた。 

 

「そして……意図を正確に汲み取れたぞ」

「意図?」

「そうだ。その時、当方は勘違いしてしまっていたようなのでな……あった。これだ」

 

 音声ファイルだった。

 キュルキュルと再生バーを弄り、目的となる箇所に合わせてから東雲は指を話す。

 途端、流れてきたのは、ほかでもなく織斑一夏の声だった。

 

 

『俺は、(れい)がいたからこそ、始まることができた』

 

 

「あっ」

 

 一夏は自分の死を予感した。

 

「呼んだな? 当方のことを、令と……呼んだな?」

「い、いや……なんのことやら」

 

 口笛を吹きながら明後日の方向を向き、唯一の男性操縦者はシラを切らんとする。

 しかし相手は魔剣使い。既にカウントは完了していた。東雲は素早くバーを別の場所に移す。

 

 

『俺には勝利の女神がついてるんだよ』

 

 

 やべえなこれもう無理じゃん。一夏は完全に自分が詰んでいることを理解した。

 思考を必死に回してもごまかしようがない。諦めた方が楽になれる。

 

「勝利の女神とは誰のことだ?」

「…………」

「答えない場合はかんちゃんに頼んでこの音声データをサンプリング、ラップ調にしてインターネットにアップロードする」

「どんなむごたらしい脅し方してんだよッ!?」

 

 さすがにそれは御免蒙る。

 完全に退路が経たれたことを察し、打つ手のなくなった一夏は深く息を吸った。

 

「…………し、東雲さんだよッ」

 

 一夏が頬を真っ赤に染めて、か細い声でそう告げた。

 しかし──なぜか東雲は首を傾げると。

 

「……? 令と呼んでくれないと分からない

「この人、ここぞとばかりに……!」

 

 とはいえ自分であるということの確認が取れたことで、ある程度満足したのだろう。

 東雲は鼻歌交じりに音声ファイルを閉じると、続けて機体データを呼び出して何やら作業を始めた。

 

「……そういえば、そっちも結構ガタが来てるんだっけ」

「肯定。篠ノ之束博士との戦闘によるダメージが甚大だったからな。とはいえ戦闘行動に支障はない」

「いや、それで支障なく戦えるのは東雲さんぐらいなんじゃねえかな……」

 

 修復個所のリストアップである。

 特に戦闘行動において致命的となりかねない破損個所は、迅速な修復のためには前もっての報告が必要だった。

 

「実際問題、『茜星』の修復・再調整のため、数日後には本土へ一度向かう必要がある。ただ……」

「ただ?」

「濡羽姫殿が物凄い勢いで彼氏を自慢してくるから正直行きたくない」

「あぁー…………」

 

 そういやそこくっ付いたんだっけか、と一夏は最高のタイミングでよくわからない助力をしてくれた日本代表を思い返す。

 

「おそらく次のモンド・グロッソは彼女がとるだろう。その次は当方だ」

「へえ。なら、その次が俺かな」

「……期待しているぞ」

「ああ」

 

 そのためには、多くの盟友たちと戦うことになる。

 実力を知っていても、一夏に退く気はなかった。むしろその両眼には戦意が煌々と滾っている。

 

「で、皆は何してんだ?」

「ちょうど集まっていたからな、寿司を食べるぞ」

 

 一夏が振り向いて屋上を見れば、箒ら専用機持ちが、屋上にレジャーシートを敷いて円状に座り込んでいた。

 なんというか負のオーラが凄い。ものすごい目でこちらを見ている。

 

「……おかしい。明らかに……何かこう……なあもうこれ令って完全にアウトじゃないのか」

「今の雰囲気は警戒すべきかもしれませんよ箒さん。前から言っておりますが、あの人本当に距離感に関しては現状独走していますからね」

「同意ね。てかあいつさ、普通に死ぬほどうらやましいから殺さない?」

「ちょっと鈴、そういう下準備なしの突発的な殺意は抑えないとだめだよ。すぐにバレちゃうんだから」

「この女怖すぎないか? しれっと計画的犯行を前提に置いたんだが?」

「社会的にアウトなのは、シャルロットだよね……」

 

 剣呑な会話は、風に流されて当の二人には届かない。

 みんながいる場所に歩きながら、一夏は寿司に埋め尽くされたレジャーシートを見て頬をひきつらせていった。

 

「マジで毎日食べてないか? ていうか毎回この量なの?」

「そうだな。ちょうどみんなで食べても足りるだけがあって安心したぞ」

「そういう問題じゃないっていうか……さすがに、栄養の偏りとかさ」

「不足する栄養はサプリメントで補えば────」

 

 そこで不意に東雲が言葉を切った。

 どうしたのかと一夏が横に並ぶと、彼女は遠慮がちに、一夏の顔を見上げて。

 

「……いや。()()()()()()()()()()()()がいれば、助かるのだが……」

「────!」

 

 誰か、が誰を指すのかは明白だった。

 一夏は思わず唾を飲み込み、それから静かに頷く。

 

「……ええと、そう、だな。ここにたまたま、弁当、作れるやつがいるんだけど」

「そう、か……そういうことになる、か」

「まあ、需要と供給の一致? 的なさ」

「凸凹が丁度嵌ったようなものか」

「あーそれ。そんな感じかな。ははは……」

 

 何を今さら高校生みたいなまどろっこしい会話してるんだこいつら!?(驚愕)

 端的さとメッセージ性を欠きに欠いた対話の成りそこないをやって。

 一夏と東雲は、そっと視線を重ねた。

 

「ええと、それじゃあ」

「……っ」

「あのー、そうだな」

 

 頬をかいて、思わず一夏は視線を横にそらしてしまう。

 

「もしよければなんだけどさ。東雲さんの弁当っていうやつ。それ、俺が──」

「た、大変だ────!」

 

 言葉を断ち切る悲鳴。

 揃ってガバリと顔を向ければ、何やら血相を変えた箒たちが走ってくる。

 

「ど、どうしたんだよ……ッ?」

「一夏大変だ! 亡国企業を継ぐ者──ネオ亡国企業が立ち上げられたそうだぞ! 千冬さ……織斑先生から、専用機持ちに特例の出動命令が下された!」

 

 数秒の沈黙。

 

「な──なんだそりゃあぁぁっ!?」

 

 素直に意味不明だった。

 しかし突き付けられたウィンドウには、一夏たちへの出動命令が確かに記されている。

 ISによって武装した反政府勢力が国内で活動を開始したこと。手始めに、新型IS関連の研究所に対する攻撃が加えられていること。

 行先含む指示内容を確認して、一夏は頭を抱えた。

 

(俺たちの戦いはこれからだ、とは言ったけど! 言ったけど! こんなに早くなくてもいいだろうが……ッ!?)

 

 というか敵の名前があまりにもあまりなので、絶妙に力が抜けてしまう。

 しかし、世界の平和を維持するために、力が求められているのだ。

 

「……あー」

 

 頭をブンブンと振って、最後に頬を張り。

 顔を上げたころにはもう、そこには一人の戦士がいた。

 

「しょーがねえか。我が師、準備は良いですか」

「無論だ。其方こそ大丈夫だろうな、我が弟子」

 

 不敵な問いに、彼は笑みをもって返す。

 それから不意に視線を落として、待機状態の愛機に手のひらを重ねた。

 

「……これからも頼りにしてるぜ、最高の相棒(びゃくしき)

 

 答えはない。だがそれでいい。

 きっと一夏はこれからも呼びかけ続ける。彼女が再び覚醒めるその日まで。

 儀式或いは宣誓に近い作業を終えて、一夏は戦友らに向き直る。

 ぐるりと取り囲んでこちらを見る顔には、決然とした覚悟の色が宿っていた。

 

 

 

 だから。

 

 この物語は、少年少女たちが、共に翼をはためかせて終わりを迎える。

 

 世界はまだ終わらない。彼ら彼女らが終わらせない。

 

 どこまでも続く日常と。

 

 それを守る戦士たちと。

 

 戦士たちを癒す日常がある。

 

 日常のために戦う戦士がいる。

 

 

 

 

 

「行くぜ、『白式』ッ!」

 

 世界を救済するための装置は、与えられた翼を脱ぎ捨てた。

 力のなさを思い知り、力を求め、力を知り、力を得て。

 祈り、祈られ。託し、託され。

 その繰り返しの果てを見届け、彼はこれから、彼の新しい旅路を歩いていく。

 

 

「往くぞ、『紅椿』!」

 

 それはただ隣にいるためだけの剣。

 簡素故に、祈りに刃毀れはなく。鋭き刃は、絶望の中でも煌めきを失わない。

 

 

「行きましょう、『ブルー・ティアーズ』!」

 

 真っすぐな信念は正しく流星。

 ターゲットサイト越しに見るもの、敵であろうと願いであろうと、必中。

 

 

「行くわよ、『甲龍』っ!」

 

 猫のようにじゃれることがあれば、女神のように寄り添うこともある。

 ただそこに居ることだけが確約された、安息の場所。

 

 

「行くよ、『ラファール』!」

 

 大切な人の危機に、疾風のように駆け付けるヒーロー。

 誰かのために在るという呪いは、今はもう彼女の祝福だ。

 

 

「行くぞ、『シュヴァルツェア・レーゲン』ッ!」

 

 鏡に映った自分に、呪詛の弾丸を撃ち込むことはもうない。

 過去の自分が力になって、背中を押してくれているから。

 

 

「行こう、『打鉄弐式』……!」

 

 手を引かれ、開かれた世界に飛び出した。

 だからこれから先は、その手の主と共に、その世界を守っていきたい。

 

 

「行くぞ、『茜星』──」

 

 剣を振るうだけのマシーンだった少女。

 色を知らず、音を知らず、心を知らず。

 人を知らず、恋を知らず。

 

 一つの出会いが全てを覆した。

 

 人を知り、恋を知り。

 色を見て、音を聞いて、心を得た。

 いつの間にか、当たり前のように、誰かを愛せる少女になっていた。

 

 

 だからそれは、力しかない少女ではなく。

 力以外のものだってたくさん持っていて。

 ちょっと強キャラ、というだけ。

 

 

 

 

 

 顕現する八つの鋼鉄装甲。

 

 殺戮のためではなく、守護のために戦う、篝火の守り人たち。

 

 それらが音を重ねて、大空へと飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 いつか、きっと。

 世界中の人々が笑っている──同じ青空の下で笑い合えている。

 

 そんな未来を信じている。

 そんな未来を引き寄せるために、今は戦う。

 

 

 一夏たちが飛ぶ空は、祝福に満ちた青色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレンジ色の髪をなびかせて。

 女が一人、天を見上げていた。

 

 

「……空が、青いな」

 

 

「もーなにぼさっとしてんのさ! ここ本当に日本なの!? なんか馬鹿でかい猪が三匹も出てきてるんだけど!」

「案ずるなウサギ花子。どれほど巨体であろうとも所詮は獣、すべて私が撃ち抜いてみせよう」

「ウサギ花子!? ウサギ花子ってまさかと思うけど束さんのこと!?」

「おっとこんなところにウサギが一匹」

「ぎゃああああああああ撃った! 撃ちやがったなお前! 束さんじゃなかったら避けられてないからね今の! おいオータムお前こいつの躾どうなってんのさ!」

「そもそもかつての仲間の誘いに乗らなかったのはお前がいることが大きな原因だ。さすがにパワーバランスが崩れるからな……よってお前を殺せばすぐにオータムを首魁としてネオ亡国機業はスーパーネオ亡国機業となるだろう」

「ネーミングセンスのクセが凄い! ちょっとお前……お前! 無視すんなよ! 泣くぞ!? ずっと空見上げてなにしてんのさ!?」

 

 

「ハッ、何でもねえよ。ただ──────

 

 ──────随分と気持ちのいい青空じゃねえかと思ってよ、ええ?」

 

 

 ちょうどその瞬間。

 視線の先。新たなる戦場へと向かう、八つの航跡雲があった。

 

 女は下げていたカメラを両手で握ると、素早く上空へレンズを向けて。

 

 シャッターを切る。

 

 パシャリ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強キャラ東雲さん

 

 

終劇

 

 

 

 

 








くぅ~疲れましたw
完結です。活動報告にあとがき的なものを上げますので裏設定少々やらが気になる方はどうぞ。


いただきましたイラストをこちらにまとめさせていただきます。

KiLa様より、東雲令

【挿絵表示】

【挿絵表示】


碑文つかさ様より、東雲令

【挿絵表示】

【挿絵表示】

【挿絵表示】


火孚様より、東雲令

【挿絵表示】



ゆうた88様より、セシリア

【挿絵表示】


同じくゆうた88様より、織斑一夏with白式・零羅

【挿絵表示】


めどらん様より、東雲令

【挿絵表示】

【挿絵表示】



それでは、ありがとうございました。


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After EpisodeⅠ:Repay Favor
世界最強の再来VS世界最強(前編)


 さあと流れる風に黒髪が弄ばれる。

 不規則にうねる様は烈火の如く。

 されど、顕現する世界は絶対零度の牢獄。

 

 常人ならば立ち入っただけで心臓が停止するような。

 数瞬後には八つ裂きとなった自分を幻視するような。

 

 当人同士しか語り得ない、当人同士が語り合うためだけの、ふたりぼっちの異界。

 

「……ッ!」

 

 それを見守りながら、一夏と束は息をのんだ。

 誰が見ても分かる。

 

 片や、かつて世界の頂に君臨し、今もなお世界最強という二つ名を独占する女傑。

 片や、世界の頂へと手を伸ばし、今まさに世界最強という二つ名を簒奪する女傑。

 

「…………」

「…………」

 

 言葉は不要。

 抜き身の刃が感情を雄弁に伝えている。

 

 確定しきっていた激突。

 訪れることは予期されていた頂上決戦。

 或る神話が打ち崩された後に待っているのは、人間の時代。

 

 だからこそ──これは、未来(いま)を生きる者たちにとって、はじまりの戦い。

 

 たった二人の立会人と、月だけが、その戦いの観客だった。

 

 

 

 

 

 

 

 時は半日ほどさかのぼる。

 

「ハグハグムシャムシャゴックンズズズッズズッズ」

「うん。それで、やっぱり過剰情報受信状態(ネビュラス・メサイア)に関しては基本的に抑制状態でいこうと思ってるんだ」

 

 IS学園食堂。

 未だ夏休み継続中であり、厨房に火はついていない。

 しかし日本代表候補生ランク1にとっては些細な問題であり、白い調理衣に身を包んだ職人らが厨房を間借りして作業している。

 

「ムロ、なにぼさっとしてやがる!」

「すみません親方!」

 

 鉄火場である。

 風格のある親方に怒鳴られ、丁稚と呼ばれる弟子が慌ただしく材料や米櫃を運び、厨房の中を走り回っていた。

 

「……前から気になってたけど、あの人たちってどっから来てんのよ……」

「噂によると、銀座の一等地に店を構える職人を専属で雇っているらしい。職人も店先だけではなく弟子を鍛え上げられる場所として重宝しているんだとか」

 

 テーブル席にて東雲の両脇に座る鈴と箒は、職人らを眺めて顔を引きつらせる。

 

「これだけの量を要求され、さらに質も伴っていなければならない。確かに修行としてはうってつけでしょうね。さしずめ大名修行といったところでしょうか」

「……多分、武者修行って言いたいのかな……?」

 

 本国ではかかりつけのシェフを持っているセシリアにとっては、東雲が専属の職人を雇っていることはなんら不思議ではない。簪からの訂正に肩をすくめつつも、セシリア用にさび抜きにされた寿司を口に運んでいく。

 

「久々にみんなで集まれたからって、ここまで張り切る必要があるのかな……」

「所謂おもてなし、というやつではあるのだろうが……いくばくかの遠慮もさすがに湧くというものだな」

 

 次々と運ばれる最上級の握りがほぼノータイムで東雲の胃袋に吸い込まれていく。

 溶鉱炉に近い光景に、シャルロットとラウラは自分たちの常識が通用しないのを実感した。

 

「それでなんだけど、なんていうか……いつの間にか、俺の目が蒼くなって、戻らなくなったじゃないか」

 

 超高速で寿司やお吸い物を食べる……食べる? どちらかといえば吸収している東雲の対面で。

 一夏は自身の、青く染め上げられた両眼を指さした。

 確かに元はとび色だった双眸が、澄み渡った蒼穹の色に上書きされている。

 

「束さんによると、一回でもその領域……暮桜が『真王領域進化(バース・イグニッション)』って呼んでた、形態移行(フォームシフト)とは違う進化(イグニッション)。これに到達すると、基礎的なスペックにも影響があるんじゃないかって話なんだ」

極晃星(スフィア)だね」

「この色のままだけど、受信能力に関しては抑制と発動ができてるんだ」

基準値(アベレージ)発動値(ドライブ)だね」

「簪、さっきからあんたの補足何も伝わってこないんだけど」

 

 鈴の鋭い指摘に、簪は足元のカバンから何やら箱を取り出す。

 

「新西暦サーガ最新作、『シルヴァリオ・ラグナロク』2020年4月24日発売予定……! 過去二作同梱の特別パッケージも……! これであなたも光の奴隷!」

「やめなさい! 時空が乱れる!」

 

 アーキタイプ・ブレイカー時空だとしても2022年なのでもう販売されていなければおかしい。

 よって簪のこれは、完全な戯言であった。

 

 閑話休題。

 

「……で。こうして夏休みに集まれたのはいいんだが、一夏。お前さっきから本当に令と会話で来ているのか?」

 

 代表候補生、あるいはそれに等しい立場の八名である。

 夏休みとはいえ多忙を極めていた。候補生らは本国での試験や教習。箒は倉持技研でのテストパイロット。そして一夏は、先の『成層圏以下防衛戦(ディフェンド・ストラトス・オーダー)』の後処理に追われている。

 そうしたスケジュールの合間を縫って、全員が学園に帰還できたのは貴重な時間であった。

 

「ああ。多少違いはあるけど、この辺は東雲さんが先達として頼りになるからな。さっきからアドバイスをもらってるよ」

「バリバリムシャムシャゴックンズズズ……」

「ほんとぉ?」

 

 意志疎通ができているという割にはさっきから人間の言語を喋っていない。

 一同が疑わし気な視線を東雲に向ける。

 敬愛する師匠が疑われている状況に、一夏は激昂し机をぶっ叩いて吠えた。

 

「馬鹿言うなよ! 確かに東雲さんは食べ物がかかわるとちょっと頭のおかしくなる人だけど、ちゃんと俺の相談には乗ってくれてるじゃないか!」

「バリバリムシャムシャ!」

「もしかして咀嚼音で抗議してるのか、この女……!?」

 

 どうやら一夏からの評価に不満があるらしい。

 両手を高速で動かし寿司を頬張りながらも、東雲は愛弟子に鋭い視線を向ける。

 

「むっ……『特定分野に対する集中力に長けていると言え』……? いや集中力ってわけじゃないだろこれ」

「待て。待ってくれ一夏。本当に何を言っているのか分かるのか?」

「え? わかるだろ」

「分かるわけないだろうッ!?」

 

 いつの間にかツーカーを通り越えて恐ろしいまでの思考連結を果たしている師弟を前に、さすがの箒も絶叫した。

 一応、口がふさがっていても東雲は細かい視線挙動(アイ・サイン)身体所作(ボディ・ランゲージ)で愛弟子に意見を伝えてはいた。それを日常生活に持ち込んでいる師弟がおかしいだけである。

 

「そういうことなら、教官にも意見を仰ぐのはどうだろうか」

 

 ウニの感触になんともいえない顔をしながら、ラウラがふとそう言った。

 一夏は腕を組んで考え込む。

 

「あー……いろいろなことにケリがついた後、といえば後なんだけど……」

「やはり、そう簡単に話をしやすくなったわけではないか」

 

 箒の言葉に、彼は無言でうなずいた。

 確かに千冬も東雲同様、人間の限界を超えた情報受信能力を持つ先達者である。それも酷使の末に一度は進化(イグニッション)寸前まで到達していたわけで、サンプルケースとしてはもってこいだった。

 

 しかし──彼女はまた同時に、彼にとっては大切な家族でもあった。

 

(流れさえつくればいけるか? 『千冬姉、俺、卒業後の進路色々考えてるんだけど、競技ISパイロットってどう思う? その場合、受信能力ってやっぱ封印状態だよな?』……みたいな)

 

 大切な相手だからこそ、傷つけるようなことはしたくない。

 一夏の躊躇は臆病なやさしさと言い換えられるものだった。

 

「となると、やはり令さん相手に教えを乞うのがベストでしょうか」

「あたしらが助けになれないのはもうしゃーないもんね」

 

 彼の気持ちを汲み取って、一同が話の方向性を整理し始めた。

 その時。

 

「やはりそういうことか……」バクバクバク

 

 寿司を食いながら、東雲が突如声を上げた。

 話に割って入ろうという意思だけは読み取れるものの、本当に話が分かっているのかは限りなく怪しいセリフだった。

 

「東雲さん?」

「問題ない。ちょうど当方も、織斑千冬に用件があった。話をつけておこう」

 

 言うや否や、彼女は空っぽになった寿司桶をテーブルに置いたまま立ち上がった。

 視線でついてこいと促され、一夏も立ち上がる。

 

「あとは任せた」

「え、あ、ああ……」

 

 何を任されたのだろうかと箒たちは顔を見合わせ、それから厨房をみた。そこでは今もなお、ひっきりなしに寿司が量産されている。

 

「…………学校に残ってるヤツ、全員呼びましょっか」

「それがいいと思いますわ……」

 

 IS学園に、『無料で寿司配ってるから食いたい奴は来い』なる奇怪なアナウンスが流れたのは、後にも先にもこの日だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 話をつける、と言った割には、東雲が一夏を伴って向かったのはISバトル用のアリーナだった。

 

「えっと、千冬姉に会いに行くんじゃ?」

「そろそろ日が傾くだろう。長期休暇のこの時間、織斑千冬はアリーナに来る」

 

 なんのために──と問いを発しようとして、一夏は口をつぐんだ。

 

(……訓練してる、のか)

 

 あの世界最強が。

 

「……特に当方には知られたくないそぶりではあったが。生憎、ふと興味本位で知覚範囲を広げてみれば、アリーナで『打鉄』を乗り回す姿を発見した。同時に向こうも感づいたようで、バツの悪い様子ではあったな」

「何の話してんだ??」

 

 千里眼同士がちょっと挨拶してるみたいなノリだった。

 自分では未だ理解しえぬ領域に、一夏は思わず顔を引きつらせる。

 

「え、えーとそれで、東雲さんの用件っていうのは?」

「少しばかり胸を借りる所存である」

 

 胸を借りる──つまり模擬戦だろうか。

 

「そういうの、簡単に頼んでもいいのか?」

「通常の代表候補生なら一蹴されるだろうな」

 

 すなわち、自分は通常の候補生ではないと言っていた。

 一夏は決して馬鹿ではない。その物言いを聞いて思い当たる節はある。

 

(そういえば東雲さんって、ただの代表候補生じゃない……日本代表候補生の中でも頂点に君臨する、ランク1だったな)

「無論、それらの肩書に本質的な意味はない」

 

 考えを見透かしたように、東雲は無表情のまま言葉を続ける。

 

「何より当方は、日本代表候補生の頂点にただ居座っていれば良いとは考えていない」

「……ッ」

「当方はいずれ、世界最強の異名を取る戦士であり──そして、食べ物がかかわるとちょっと頭のおかしくなる女だ」

「根に持ってるのか、それ……!?」

 

 完全に東雲は拗ねていた。

 師匠相手にどう機嫌を取るべきか悩んでいるうちに、二人はアリーナのピットにたどり着く。

 

「失礼します」

「む」

 

 そこでは千冬が一人、黙々と『打鉄』の整備にいそしんでいた。

 

「学園用ISの私物化ですか」

「馬鹿を言うな。長期休暇中のみ、希望する教員は訓練用ISを割り振られ、臨時の専用機として扱うことができる。無論、休みが終われば初期化(フォーマット)するがな」

 

 一夏にとって、スーツ姿でない千冬は新鮮だった。

 ISスーツだけを身に纏い、彼女は汗で張り付いた前髪を鬱陶しそうに後ろへ流す。

 

「それで、雁首揃えて何の用だ」

()()()()()()()()()()?」

 

 東雲の問い。

 千冬はチラリと、真横の『打鉄』に視線をやった。

 

「……不本意ながら、あいつの助力もあった。外観こそ『打鉄』のままだが、中身はもはや別物だ。現役時代の『暮桜』に、勝るとも劣らないだろう」

「それは重畳。量産機相手に勝ったところで、意味がありません」

「一時的にこいつは、『打鉄零式(うちがねぜろしき)』と呼称している──フン。(ゼロ)を打倒するための機体が零を名に冠するとは、皮肉だな」

 

 つられて視線を向ければ、機能限定中の『白式』が即座に機体内部をチェック。

 開示されたカタログスペックは最新鋭の第三世代機に匹敵するレベル。大幅な改良、いいやここまでの変化は改造と呼ぶほかない。

 しかし、問題はそこではない。

 

「ま──待ってくれ。二人ともさっきから、何の話をしてるんだ?」

 

 思わず声を上げた一夏に、千冬は少し困ったように眉を下げた。

 

「あまり……身内に見せたくはないが」

「いいえ。今日ばかりは、彼を一人の、IS乗りとして扱っていただきたい」

「お前の介添人というわけか……分かった。こちらも一人呼んでいいな?」

「任せます」

 

 それきり会話を終えて、東雲は踵を返した。

 

「えっ、ちょっ?」

「おりむー、頼みがある」

 

 慌てて千冬に黙礼して後を追えば、どうやら東雲は真向いの別ピットに向かっているらしかった。

 

「頼みって……」

「最終調整を行う。機体調整は本土で十二分に済ませてはきたが……おりむーに頼みたいのは、最後の調整に関しての立ち合いだ」

 

 言い渡された内容に目を白黒させる弟子へ、東雲は硬い表情のまま告げた。

 

「此れより在るは尋常な決闘である故に、な」

 

 それは。

 それは──世界最強の再来と、世界最強が、決着をつけることを意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 日が暮れていった。

 空に茜色が広がり、それすら失われていくのを、一夏は黙って見ていた。

 

 東雲は無言のまま、『茜星』の前に跪き調整を続けている。

 細かい出力の数値を絶えず観測し、問題がなければ次の箇所へ移る。その繰り返し。

 

(……手伝える、はずもないか)

 

 根本的に、こと一対一の戦いにおいて、彼女の手助けができるなどと思い上がれるほど一夏は馬鹿ではない。

 会話から察するに、自分は立会人としての役割を求められているのだろう。

 ならば役割以外にできることは限られている。

 

(遠い背中だ)

 

 カチャカチャと鉄のこすれ合う音。

 一人でそれと向き合う少女の背中が、ひどく遠かった。

 極度に集中しているのだろう。自分の存在を感知しているとは思えない。

 

(俺にできることは……何もしないこと。最大限集中している彼女の、邪魔をしないこと)

 

 切っ掛けに心当たりはなかった。

 むしろ予兆などないほうが自然なのだろう。諸々の厄介ごとが片付いたから、晴れて時が来た、というわけだ。

 

(どっちが勝つんだろうか)

 

 世界最強の姉と。

 世界最強に最も近いと謳われた師匠。

 改めて、自分は恵まれた環境にいることを痛感する。

 

(他人事じゃない。二人の決着は、これから先、俺の人生にだって影響を与えるはずだ)

 

 求められたのならば見守ろう。

 だがそれは単なる傍観者としてではない。

 

(俺も一人の……頂点を目指す、IS乗りとして。今日の戦いを真剣に観なきゃいけないんだ)

 

 手首を包む白いガントレットをそっと撫でた。

 実のところ、月面から帰還して以来、一夏はまだ一度も戦闘行動を行っていない。単純な直線飛行レベルの機能確認は済ませたが、それだけだ。

 

 メインコア人格であった『白式』の消滅。

 戦闘機動に大きな支障はない。何せそもそも、コア人格の補佐なしに戦闘していた経験の方が長いのだ。

 問題は、欠けてしまったのは機能ではなく、一夏の心の話。

 

 

「────時間だ」

 

 

 凄絶な声だった。

 ハッと顔を上げたとき、そこに敬愛する師匠の姿はなかった。

 

「往くぞ」

「……ッ!!」

 

 悪鬼。

 あるいは、剣に狂った、()()()()()()()()()()()()の存在。

 全身が粟立つ感覚に、一夏は思わず両腕で自分をきつく抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱり試合前はおりむーにガン見されるに限るな! ぐふふ……当方がそんなに性的に魅力的だったか……?)

 

 最終調整というのはメンタルコントロールの話だった。

 卓越したスポーツ競技者は独自の調整方法(ルーティーン)を持つといわれているが、東雲の方法は考え得る限りの中でも最悪に近い。

 

(今回ばかりは負けられないからな……おりむーが見てることで負けるのは二度とごめんだ)

 

 ピット内で真紅の鎧を身に纏いながら、東雲は緩みそうになる表情を引き締める。

 立ち合いに関しては、真剣そのものだった。

 

(だって今日、当方は────)

 

 カタパルトに足をかける。

 一瞥すれば、愛弟子はまっすぐな眼差しを向けていて、その視線にはこれ以上ない信頼が宿っていて。

 

「……勝ってくる」

「────ッ!」

 

 完璧に調整した機体と身体で。

 東雲は広大なアリーナめがけて飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 師匠の発進を見守ってから、一夏は観戦用に客席へと向かった。

 管制室には誰かが待機しているらしく、無人のアリーナでただ一人の観客となる。

 

(……なんだか慣れないな)

 

 他に人がいないアリーナ。当然ながら初めての経験だ。

 挙動不審になりながらも、適当な席に腰を下ろそうとして。

 ピリ、と首の裏が痺れた。

 

「誰だ!?」

 

 先ほどまで誰もいなかったはずの客席。だが一夏の感覚は、巧妙に隠蔽された存在を感知した。

 即座に右腕部装甲並びに『雪片弐型』を展開。

 切っ先を突き付けて、それから目を丸くする。

 

「って、束さん……!?」

「やっほー」

 

 背中から伸びる鉄の咢で刃を噛み止めながら、天災は気楽そうに手を振ってあいさつした。

 慌てて一夏は武装を解除し、得心がいったように頷く。

 

「成程、千冬姉側の立会人って……」

「そうそう、束さんにご指名が来たんだよ」

 

 気を取り直して、二人並んで席に座る。

 

「箒には会いましたか?」

「あー……どうしようかなーって。会ったら何しに来たんだって聞かれるじゃん?」

「なら、終わってからでも顔を出してあげてくださいよ。心配してましたから」

「いっくん、親戚みたいなこと言うよね……」

 

 束は渋面を作りながらも、小さくうなずいた。

 

「これが終わったら、かな」

「はい」

 

 とはいえ、今はただ、決闘に集中するほかない。

 既にアリーナの中央では両者が対峙していた。

 

「……どっちが勝つと思いますか」

 

 夜闇の中でも輝きを失わない、茜色の鋼鉄機構。

 愛機『茜星』を装着する東雲を見ながら、一夏は隣の束に問う。

 

「五分五分──に、近い。正直に言えばね。ちーちゃんは機体(ハードウェア)こそ取り繕ったけど、IS乗り(ソフトウェア)が全盛期には程遠い。付け入るスキはあるよ」

「それは、モンド・グロッソに出場していたころの……」

 

 束は静かに首肯した。

 

「相手の動きが、読み取ろうとしなくても読み取れる。ちーちゃんですら最初は経験によるカンだと思ってたらしいけど……織斑計画によって拡張された、情報受信能力の影響だね。だけどそれも今はまったく機能していない」

 

 織斑千冬という女傑の最盛期。

 それは既に過ぎ去った過去の話だと、束は断言した。

 

『いくら親友とはいえ不快だな──私は今が全盛期だ』

「!」

 

 アリーナ中央からの通信。

 慌てて視線を向けると、鈍色の装甲を纏った千冬が不機嫌そうにこちらを見ていた。

 

「ちーちゃん、それは見栄張りすぎ」

『そんなわけあるか。私は公式コミカライズで大トリを持っていける程度には全盛期だぞ

「あれは作者の好みでしょーが! 言っとくけどあんなアンソロジーしぐさを公式漫画の最後の最後に引っ張ってきたことに関してはかなり言いたいことがあるからね!?」

 

 あと文化祭編やる必要あった?(半ギレ)

 

 

 閑話休題。

 

 

 準備を終えた東雲と千冬は、間合いを置いて向かい合っていた。

 開始の合図は束が遠隔で管制室から出すらしい。

 

【READY】

 

 それぞれの愛機が、IS乗りの視界にレッドランプを灯した。

 カウントが刻まれていく。

 宿命の対決の戦端が、すぐそこに迫っている。

 

「申し出を受けてくださったこと、感謝します」

「構わん。私も、夏季休暇の間に結論を出しておきたかったところだ」

 

 結論とは、即ち。

 

「『果たして今、()()()()()()()()()()()()』──」

「他にも候補はいますが……まずは当方が、名乗りを挙げさせていただければと」

「濡羽姫か。あいつはよくやっているが、しかしお前が勝つだろう」

 

 無体な指摘だった。

 しかし東雲は首を横に振る。

 

「十度立ち会えば当方が最低でも八は勝ちます。ですが彼女は、残りの二を引き寄せる力を持っている」

「……それもそうだな。確率は問題ではなかった。肝心なのは、勝つべき時に勝てるかどうか」

 

 千冬が低く構えた。

 腰に差した太刀の柄に手を伸ばす。

 

「果たしてお前はどうだ? 『世界最強の再来』」

「証明しましょう、今ここで。『世界最強』を倒すことによって」

 

 同時に東雲の背部でバインダー群が解放、展開。

 円状に配置され、抜刀体勢を取る。

 

 互いに即時攻撃態勢。

 だというのに、呼吸が詰まるような静寂。

 

「……ッ」

 

 世界そのものが凍り付いたのではないかと思うほどだった。

 一夏は自分の身体が酸素を求めていることに気づいていたが、脳がうまく反応してくれず口を開けなかった。

 極度の緊張状態。

 頬の内側が干上がるのを感じた。

 

 隣の束が不意に右手を挙げた。

 東雲と千冬を中心に、空間が歪む。

 右手が振り下ろされた。

 

 

 

【OPEN COMBAT】

 

 

 

 瞬息だった。

 両者の加速は弾丸の射出に近かった。

 剣術試合であれば、踏み込みに床板が突き破られているであろう。

 

(は、や────)

 

 初速から既に、一夏の反応速度限界ギリギリ。

 シルエットの交錯には瞬きする間も置かない。

 ほとんど同時に、二人の刃が閃く。

 

 

「──秘剣・(ながれ)滅神涜相(めっしんとくそう)

 

 

 東雲が選んだのは最速最短の勝利だった。

 突撃姿勢から繰り出される神速の刺突。

 

(殺す覚悟で往く)

 

 狙い過たず胸部装甲に切っ先が接触。

 そこからの動作は神業にも等しい。絶対防御が作動しないラインギリギリを見定め、衝撃を身体内部へ伝播。

 オータムとの初戦闘にて開花した、忌むべき悪の殺人刀。

 

 しかし東雲は数多の修羅場を越え、この秘剣を更に磨き上げ、完全なる殺人技術(キリングレシピ)として昇華していた。

 

 実感として、今までの秘剣には足りないものがあった。

 何が足りないのか──疾さが足りない。

 

 通常、刀の切っ先で相手を突くのなら、接触は一度きりになる。二度目を放つためには()()()()退()()という動作が必要だ。

 東雲はオータムとの戦いを経て、デュノア社襲撃事件ではほとんど同時と見紛う速度で六度の刺突を繰り出すに至った。

 それでもコンマ数秒のラグはある。それは、織斑千冬を相手取る上では死に直結する。

 

 だからこその、改良型秘剣。

 第一の工夫は刺突を差し込む角度。

 見れば、真紅の刀身は斜めに傾いでいるではないか。刃を矢として解き放つのではなく、刀身に沿って順次衝撃を当てる狙い。外から見ればチェーンソーの挙動に近いだろう。東雲の計算上は総計15回以上の攻撃を見込んでいた。

 無論、単純な突きと比べて難易度は遥かに勝る。だが要求される緻密さを東雲の技巧はクリアしていた。

 

 だがそれでも足りない。

 何が足りないのか──威力が足りない。

 

 織斑千冬相手ならば、身体内部に衝撃を撃ち込むだけでは不足する、と東雲はにらんだ。

 場合によっては臓腑を破裂させたとしても、向こうは構わず迎撃を実行し、それによって自分は敗北する可能性があった。

 

 第二の工夫は刺突の範囲。

 装甲表面を削り取るように放つ攻撃は、点を描く刺突とは異なり身体に沿って線を描いている。

 即ち、腰から肩にかけてを袈裟斬りにするような軌道を取るのだ。

 実に五十センチはあろうかという接触範囲全てが、芯を砕く破壊の起点。単一の照準に絞るのではなく、内臓全般を満遍なく食い破る殺意の奔流。

 

 殺すつもりでいく、というのは誤りだ。

 東雲令は、織斑千冬を本当に殺そうとしている。

 技術とセンスの粋を尽くして、敬愛する恩師の命を消し飛ばそうとしている。

 

 ────そうでもなければ、勝てないから。

 

 

「なんだ、()()()()()()()

 

 

 千冬の声色には少なからずの失望があった。

 真紅の刀身が()()()と千冬の後ろに抜けていった。

 馬鹿な、と呆気にとられる。十数度にわたる攻撃は確かに発生した。五臓六腑を肉塊に変えるだけの威力は通ったはずだ。

 

(──()()()()()!? いいや、それだけではなく……!)

 

 そのまま機影が交錯する。東雲は千冬の背後へとオーバーランし、両足で地面を削りながら急ブレーキをかける。

 傷一つない刀身を確認しつつ、振り向いて構える、と同時。

 

「……ッ!?」

 

 愛機が悲鳴を上げた。

 展開されるレッドアラートウィンドウ。

 表示されるエネルギー量が凄まじい勢いで削り取られている。

 

 IS乗りが競技バトルにおいて最も恐れる事態。

 ──『絶対防御』の発動。

 

(これは──当方の力を、受け流して……ッ!?)

 

 『茜星』の胴体装甲に、微かながらの斬撃痕が刻まれていた。

 かすり傷にも見えるそれだが、機体の状況は最悪の一歩手前。内部フレームは破壊され、身体の挙動に合わせたフレーム動作にエラーを起こしている。

 慌てて装甲を破棄(パージ)。外観上無傷の装甲が、地面に落ちると同時に粉々に砕け散った。

 

「当方が使うと、見越していたのですか……秘剣の改良型を。貴女を殺す剣を振るうと──」

「お前は少し、真っすぐ過ぎるな。目を見れば分かったぞ」

 

 千冬は手に持った太刀を、その手で撫でた。

 観客席では一夏が口をポカンと開けたまま絶句し、束ですらもが見開いている。

 

 根本的な物理の話。

 力とは、指向性を持つ。ベクトルと称されるそれを、常人は体感することがほとんどできない。

 なぜならば、身体を自分から切り離して感じられないからだ。『腕を押された』というのは『自分を押された』という感覚に脳が変換してしまう。

 しかし卓越した武人は己の身体をパーツごとに切り離して掌握し、与えられた衝撃を順に受け流すことができる。

 

「秘剣返し、とでも呼ぶべきか」

 

 余りにシームレスで見落としそうになったが、千冬自身はほとんど身体を動かしていない。僅かな身じろぎだけで十数度の殺人攻撃を完璧に受け流したのだ。

 発生した秘剣の威力全てが、千冬の身体を介して、臓腑に至ることなく両腕へと伝導。

 彼女はただ刃を相手に添えるだけでいい。それだけで、相手の攻撃は全て相手の元へと帰っていく。

 

 改良に改良を重ね、絶技すら越え神域に達した殺人刀──

 ──()()()()()()()という、神すら足蹴にする極地。

 

「どうした、手品のタネは尽きたのか? 私は大道芸を見に来たわけじゃないぞ」

 

 交錯したポイントから一切動かないまま。

 千冬は東雲に対して、絶対王者の覇気を滾らせて言う。

 

 

「これで終わりなら……お前に、『世界最強』はまだ早いな」

 

 

 

 

 

 

 

 決闘が始まり僅か数秒。

 明暗は分かたれたように見えた。

 

(東雲さん────)

 

 心配もあった。

 けれどそれ以上に、一夏は東雲の顔から目が離せなかった。

 

(気づいているのか? いや、そんなわけない。完全に無自覚なんだろう)

 

 視線の先。

 用意した切札を完全に攻略され、絶体絶命の窮地にある彼女は。

 

 

(東雲さん、今君は……()()()()()……!)

 

 

 彼女は両眼に勝利への焔を灯し。

 唇を吊り上げ、歯を微かに露にしていた。

 

 

 

 

 






次回
世界最強の再来VS世界最強(後編)



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世界最強の再来VS世界最強(後編)

 決戦場と化したアリーナに、寂しげな月光が降り注いでいる。

 一度の交錯を経て訪れた静謐。 

 その中で、一夏は息をのんで趨勢を見守っていた。

 

(秘剣は破られた……次はどうする?)

 

 知る限りでも、秘剣は東雲が保持する技巧の中で最大の攻撃力を誇る必殺技だ。

 それが通用しないというのは、即ちほとんどの技術が通用しない可能性がある。

 

(魔剣はあくまでも戦闘論理。勝算を導くためのパーツとしては、千冬姉の防御を切り崩す何かが必要だ。恐らく東雲さんは、その役割を秘剣に求めていた)

 

 計算は潰えた。

 だから彼女はこの場で即座に、もう一度勝利の方程式を導き出さなければならない。

 

(どうする……原理を細かく見て取ることはできなかったけど、千冬姉は全部の攻撃を受け流し、そのまま跳ね返したように見えた。生半可な攻撃は通用しない!)

 

 恐らくあれは、篠ノ之流の守り型に着想を得た千冬オリジナルの超絶技巧だ。

 

(千冬姉の強さは、俺や代表候補生みたいな強さじゃない。俺たちは各々に強みがあって、それを生かしつつ、相手の強みを削ぐ……そういうタクティクスを軸に戦っている)

 

 冷静な分析を続けながら、一夏は視線を姉に向けた。

 

(だけど千冬姉は違う。なんていうか……立っているステージが違うんだ。俺たちの工夫や技巧を、あの人は小手先として一蹴できる)

 

 以前、簪がゲームで例えていたのを思い出した。

 

『令たちの戦いは……格下であれば、全部無効化しているような感じが、する……ランク付けがあるわけじゃないけど、私たちをAクラスと仮定するなら……令は、SSとか。それで、S以下からの攻撃をすべて無効化する、みたいな……』

 

 あの時はゲーム脳が過ぎるだろと一笑に付したが、今なら意味が分かる。

 言う通りだった。東雲もそうだろうし、何より千冬が証明している。

 

(これが……世界最強を巡る戦いか……!)

 

 一夏に出来るのは、結果から過程を逆算して何が起こったのかを分析することだけ。

 だからここから先の趨勢を予測することは、鬼剣使いを以てしても不可能だった。

 

 

 

 

 

 

 

「聞いていなかったな」

 

 息一つ乱さないまま、千冬がふと問いを発した。

 

「……?」

「世界最強が、欲しい理由だ」

 

 ずっと東雲は世界の頂点を目指していた。

 千冬は彼女を鍛える中で、挑戦者として認め、次第に最強の座を脅かすのは彼女に他ならないと断言するに至った。

 それでも、分からないことはある。

 

「モチベーションの問題だ。お前は()()()()()()()と言わんばかりに成長してきたが……ほかの教え子たちは、そうではなかった」

 

 一端の教育者として、何かを懐かしむように。

 

「教え子だけではない。打倒してきた連中も皆、信念があった。それぞれの理由があって、私はそれを悉く打倒してきた」

 

 伏せた眼差しに、感情の色を濃く残して。

 織斑千冬は東雲令に、問わなければならない。

 

「何故だ。何故、頂点を目指す。何故、『世界最強』になろうとする」

 

 かつての東雲は回答にならない回答を持っていた。

 IS乗りならば、それを目指すのは当然だと。学び舎に通う者すべてがその理想を掲げていなければ道理は通らないと。

 

「……気づいたのです」

「ほう? 何にだ?」

 

 真紅の太刀を構えながら、東雲は静かに告げた。

 視線だけで、千冬は続きを促す。

 

 

「当方は……ひとり、でした」

 

 

 ずっと一人で戦っていた。

 友など不要。自分か、敵かの二択。

 永遠に続く闘争の果てには、勝利以外は無価値だった。

 

 

「ひとりでいいと、思っていました。だけど」

 

 

 だけど──変わった。

 一人の少年が。『一』を名前に冠する少年が、『零』を変えた。

 

 

「彼と出会ってから、当方は誰かとつながるということについて、ずっと考えてきました」

 

 

 空っぽではなくなった。

 友を得た。仲間を得た。かけがえのない時間を手に入れた。

 彼が空っぽの零に、温かい何かを注ぎ込んでくれた。

 

 

「彼を……織斑一夏を見て、分かりました。単純な肯定だけではない。否定や対抗、競争もまた、つながりであると」

 

 

 己の何もかもを投げ出すような争いが、新たなる成長の芽になること。

 競い合い、刺激し合い、そうして頂への階段を昇っていく人が確かにいること。

 全部、彼が教えてくれた。

 

 

「故に気づきました。当方は──本当は、()()()()()()()()()()()()

 

 

 視線と共に切っ先を向けた。

 織斑千冬は微かに、唇を吊り上げた。

 

 

「当方はずっと、ずっと、ずっと、貴女に支えられていた」

 

 

 超えるべき先人として。

 立ちはだかる、遠く、偉大な背中として。

 千冬はずっとそこにいてくれた。

 

 

「貴女がいてくれたから、ここまでこれた」

 

 

 確かな実感と共に目を閉じ、数秒の静寂。

 

 

 ────開眼。

 東雲の両眼を見て、一夏は、焔を閉じ込めた宝石のようだと思った。

 

 

 

「故にその名前、譲ってもらいます。肩書きに価値はなくとも、当方の欲の発露として。そしてまた、当方なりの──()()()()()()

 

 

 

 東雲の言葉を聞いて。

 一瞬千冬は面食らったようにポカンとして。

 すぐに口をゆがめ、こらえきれず哄笑を上げた。

 

「────ハッ。ハハハ! ハハハハハハハハハッ! 恩返し──恩返し、ときたか!」

 

 決戦場に到底似つかわしくない言葉だった。

 彼女が、東雲令が本気で言っていると感じ取れたからこそ、それが一層おかしかった。

 

「はい。その恩を返すには──(これ)しかないと思っております」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! それは──それはきっと、お前のような狂人だけだろうな」

 

 自嘲するような言葉に、東雲は眉根を寄せた。

 

「失礼な。当方は狂人ではありません」

 

 え……? おいカメラ止めろ。

 

「そして、『君臨していただけ』という言葉にも反論があります。貴女はいつも、絶対的な目標として存在していた。存在してくれていたのです」

 

 カメラは止まらなかった。

 

「だから当方のような者は救われた。貴女が指導者として導いた成果なら、ここにいる──今、ここに、貴女の前に!」

 

 太刀を正眼に構えて、東雲が全身から気炎を立ち上らせる。

 

「最大級の尊敬と、最大限の感謝を。そしてその証明に、この太刀を──!」

「嗚呼──いいだろう。なら、最後の指導といこうか」

 

 ビリ、と肌が痺れた。

 相対する剣客の気迫が、切っ先を持って此方を突いていた。

 歓喜に顔を歪めて、千冬は猛り狂う胸の内をそのまま吐き出す。

 

「かかって来い小娘! 半端な太刀なら砕いてやろう! 鈍らデタラメ剣術なら斬り捨てよう! お前の全てをかけて、ぶつかってこい──!」

「委細承知しました。いざ、往きます──!」

 

 両者の太刀が閃く。

 敬愛する師への恩返しのために。

 師と仰いでくれた教え子を最後まで導くために。

 

 

 

 

 

「──()()()()……ッ!」

 

 千冬の握るブレードが、紐解かれるようにして擬態外装を解除(パージ)

 一般的なブレード『葵』の外観を取っていた太刀が真なる姿を露にする。

 光を飲み込む漆黒の刃。

 その銘も、『雪片零型(ゆきひらぜろがた)』。

 

 

 

 

 

「──()()()()

 

 背部バインダーが回転し、リボルバー状に展開。

 順次即抜刀可能な、超攻撃的なスタイル。

 両手に握ったものを含め、残り13発の弾丸と言い換えられる。

 その真理は剣ではなく、彼女自身に宿る必殺技巧。

 

 

 

 

 何も知らぬ子供ですらもが分かる。次の攻防で決着がつくと。

 

「──私は、十三手で勝利する」

「当方は──十三手で勝利する」

 

 両者の視線が闘志にぎらつき、気迫の激突が世界を軋ませた。

 

 

 

 

 

 

 

「ここで……魔剣だって……ッ!?」

 

 東雲が啖呵を切ると同時。

 観客席で、束は驚愕に目を見開いた。

 

「ありえない! 魔剣は単体で完結する技巧じゃない、勝利への道程全てを計算する戦闘論理の総称だ! 勝ち筋が見えたっていうの……!?」

 

 頭をかきむしりながらも、彼女は必死に計算を続ける。

 

「いや……いいや……! アレはそもそも、東雲計画だけを材料に判断していい存在じゃない。()()()()()()()()()()だ。なら、この私にすら見えないものを見ている可能性はある。だったら──」

「関係ないですよ」

 

 束の推測は事実をもとに構築された、理論だったものだった。

 けれどそれを、『世界最強の再来』の、唯一無二の愛弟子が切って捨てた。

 

「は……?」

「東雲さんには……そしてきっと千冬姉も。そんなこと、関係ないんだよ、束さん」

 

 信じられないものを見たように、束は隣の少年に対して目を見開く。

 蒼穹色の瞳に大切な二人を映しこんで。

 一夏は、静かに微笑んでいたのだ。

 

「新人類だとか、織斑計画だとか……そんなのもう関係ないんだ。二人には関係ない」

「関係ないって、そんなわけ!」

「だって……あの二人は、あの二人だから」

 

 回答になっていない! と束は悲鳴をあげそうになった。

 けれど一夏の凪いだ声色には、確信が宿っていた。

 

「自分が何者なのか。分からなくなって、投げやりになってしまって、強さだけを求めて……」

 

 二人の辿ってきた道のりが、一夏は手に取るように分かった。

 

「それでも、最後の最後に残ったもの。それを信じて走れる人たちなんだ」

「……最後に、残ったもの?」

「うん」

 

 頷いてから。

 昔なじみの、近所のお姉さん相手に、少年は神妙に語り始めた。

 

「人によって違う。歩いていく道筋が違うだろうし、最後に見つけるものだって違うだろう。だけど……諦めずに、どんな困難があっても挫けずに、歩くことを決して止めない人だけが見つけられるものがある」

 

 こんな説教じみた台詞は柄じゃないんだけど、と照れながらも。

 確信をもって彼は言えることがある。彼だからこそ言えることがある。

 

「何もかもを削ぎ落して、積み上げた屍山血河の上で手を伸ばすのかもしれない。あるいは、旅路の途中で仲間を増やして、皆で手を届けさせるのかもしれない」

「…………」

「例えばそれは、可能性。例えばそれは、最強の力。例えばそれは……誰かとのつながり」

 

 己の右手をぐっと握りしめ、それに視線を落とした。

 かつて多くのものを取り零してきた手。そして、多くの人とつながれてきた手。

 

「俺もそうだ。俺も走り続けたい……俺でさえそう思ってるんだからさ。ずっと先を走ってる二人だって、当然そう思ってるんだ」

「……走り続けること」

「うん。じっと夢見るだけじゃなくて、自分で決めた道を走り抜けること」

 

 視線を上げる。

 決着を目前とした決戦を見据えて、一夏は迷いなく断言する。

 

 

 

「漫然と歩くだけじゃない。そうして前に進んでいくことを、人々は……『生きる』っていうんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチリと。

 東雲の中で、何かが綺麗に嵌る音がした。

 

(……嗚呼、そうか)

 

 一夏の言葉は二人にもしっかりと届いていた。

 極限の集中だからこそ、周囲の情報すべてを、息をするように吸い上げていた。

 

(当方も、今、生きている)

 

 両手がひどく熱い。

 手を覆うクロー状の装甲から、柄を介して刀身へと熱が流れ込んでいく。

 風を浴びる切っ先が、指先のように感じた。刃が自身と一体化したような感覚。

 

(そうだ。そうあれかしと願われたからではない。当方が、当方の進む道を決めたのだ)

 

 原初など覚えていなくとも良い。

 胸の内からあふれ出るマグマに嘘偽りはない。

 

(貴女は先達だ。そして同時に、当方の道をふさぐ障害物でもある)

 

 相対する千冬相手に。

 東雲は静かに息を吸って、そう思った。

 

 

 

(一手)

 

 

 

 緩やかな踏み込みだった。

 最初の交錯が嘘のように思える低速。

 

 ────それはあくまで東雲の視点。

 

(馬鹿な、これは……!?)

 

 千冬は、()()()()()()()()()()()()()()を確認して絶句した。

 同じだ。同じ現象を彼女は知っている。カウンターではなく気づけば無理矢理に先手を打たされている、ある流派の極致。

 

(──陰ノ型・極之太刀!? 数度見ただけでラーニングしたっていうの!?)

 

 観客席で見ていた束の方が、驚愕は大きかった。

 月夜の浜辺にて、一度その刃に東雲は敗北し、二度目は連理によって防いだ。

 たったそれだけの情報をもとに、ほとんど完璧な極之太刀を東雲は再現している。

 

「だが──!」

 

 情報受信能力の低下こそ著しいが、それを補って余りあるほど、千冬は戦士としての技巧を磨き上げている。

 伸びきった腕を瞬時に引き戻す。

 東雲が繰り出した斬撃が、『雪片零型』の刀身に受け止められた。

 

(やはり不完全! 完全に極之太刀を修めた束は三連撃を繰り出していた、それに比べれば!)

 

 黒と紅の刃が、互いを噛み千切ろうと火花を散らす。

 スパークに照らされ、千冬の凄絶な表情が浮かび上がった。

 

「今度はこちらの番だぞ、一手……ッ!」

「────!」

 

 つばぜり合いの格好から、膝をばねにして一気に弾き上げる。

 両腕を打ち上げられた東雲だが、手に持っていた太刀を即座に手放し後ろへ下がる。

 

()ィィィっ!」

 

 千冬の二手は抉りこむような刺突。

 それを東雲は軽く首を振って避けつつ、背部バインダーから次なる刃を引き抜く。

 

(二手)

 

 カウンターの抜刀斬撃。

 大地を砕きながら放たれたそれは、しかし千冬が腕の一振りで叩き落す。

 流石の東雲も瞠目した。斬撃の芯を真横から的確に叩き、攻撃の勢いを砕いたのだ。少しでも角度がずれていれば大ダメージを負う自殺行為。だが狙いすました衝撃が、真紅の太刀を軋ませた。

 東雲は即座に手持ちの武器を破棄、背部から追加の刀を引き抜く。

 

(三手!)

「三手ッ!」

 

 両者同時に第三手へ到達。

 鏡合わせのように太刀を真っ向からぶつける。炸裂したスパークを置き去りに、二人は後ろへ下がって間合いを取り直していた。

 

(──ここまでは計算通りだが……)

 

 たった一振りで芯が歪み、使い物にならなくなった太刀を東雲は投げ捨てる。

 同時、一手に用いた太刀が回転しながら落下、千冬の後方に突き立った。

 残った太刀は十本。

 

(ここまでは膠着状態。互いの攻撃を読み、確定し、避け、逸らし続ける……その繰り返し)

 

 新たな太刀を抜き放ちながら、東雲は己の計算に狂いがないか何度も検算をした。

 織斑千冬相手に、単なる魔剣では不足しているなど重々承知。

 だからこそ、東雲は今ここで、今までの自分を凌駕しなければならない。

 でなければ勝利など程遠く、片腹痛い。

 

(四手!)

 

 最高速度での突撃。前に飛び込み斬り捨てる、それ以外の要素全てを排除した神速の踏み込みだった。

 世界最強の反応速度を以てしても、刹那の内に東雲が眼前で刀を振り上げていた。

 

「──ッ!?」

 

 身をよじるようにして回避。空ぶった唐竹割が、余波だけでアリーナの地表をえぐる。

 姿勢を崩した千冬。

 対して東雲は既に次の攻撃を準備している。

 

(五手……!)

 

 東雲の計算はここが分岐点だと弾き出していた。

 今までの速度域を大きく飛び越えた超高速の攻撃。戦闘のリズムを破壊し、一気に流れを自分のモノにする。

 崩れた体勢のまま千冬は直撃を予期して歯噛みし。

 

(迂闊だった────えっ? は? ()()()()()()()()()()?)

 

 崩れた体勢──いいやそれは片足を()()()重心を運んだ、篠ノ之流の教えのエッセンスを抽出した戦闘動作だった。極限まで無駄を省けば、挙動一つ一つは水が流れるような自然体となる。

 右へ回転しながら東雲の第五手を受け流し、返す刀を振るう。

 

 それらすべてが意図的なものではなく、無我の境地。

 思考を挟まない千冬の第四手が、東雲の五手をはじき返す。

 

「な────」

 

 確かに分岐点だった。

 刃を交わす両名にしか分からない分岐点だった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(なんだ!? 私は、私の身体はなぜ勝手に動いている!?)

 

 千冬の第五手と東雲の第六手がほとんど同時に炸裂した。

 空間そのものを断ち切る『零』の斬撃。リズムを前提とした剣戟ならリズムごと断ち切るだろう。常人には受け止めることも放つこともできない、超一級の戦士が究極の自然体で放つ死の攻撃。

 

(身体に、引っ張られる……ッ! 『茜星』のオーバーロード!? いいや、当方のバイタルサインは通常時通り!)

 

 自動的に放たれる最善手。

 無意識に振るわれる究極の斬撃。

 二人がこれまで積み上げてきた経験と、磨き上げてきた感覚。それらが確定の未来を視て、意識を無視して身体を操作しているのだ。

 

(これは──確か、おりむーがかつて経験したと話していた……!)

 

 東雲は弟子である一夏に、トラブルに巻き込まれるごとに全戦闘の反復をさせていた。

 判断ミスや技量不足の点を挙げていくのが主な仕事だったが、聞いているうちに自分では経験したことのない現象を多く誘発させているということも分かった。

 例えば、デュノア社襲撃事件において、織斑マドカと戦闘していた時のこと。

 

『なんていうか、俺じゃない誰かが、俺の身体を動かしてたんだよ。次にするべき動作が、分かるけど分からないっていうか……正解を選んでるんだけど、横に答えのページも開いてズルしてる感じだった』

 

 根本的な部分を理論で詰める一夏にしては、的を射ない感覚的な語りだと思った。

 しかし今この瞬間、なるほどこういうことだったのか、と東雲は理解に至った。

 

(ある程度は意識的に『無我』の境地を発動できるつもりになっていたが──これはまさしく、『無我』の向こう側!)

 

 剣術。

 あるいはもっと包括的な、武術そのものにおいて。

 雑念の一切を脱ぎ捨てて至る境地がある。

 まなざしに澱みはなく、心持は凪いだ水面の如く。

 即ち水の一滴落ちた波紋すら明瞭に見透かすであろう、明鏡止水の領域。

 それを人は、『無我』と呼ぶ。

 

『……ッ!? 速度が、上がり続けてる……ッ!?』

 

 観客席で一夏が驚嘆の声を上げる。

 極限まで無駄を省かれた斬撃の線は、もはや同一空間上に重なって見えた。

 瞬息に放たれる三連撃を、刹那の内に返される三連撃が撃ち落とす。

 加速度的に跳ね上がる斬撃の密度。

 

(…………ッ)

 

 己の身体がそれを成している、という事実に現実味がなかった。

 最大攻撃力を保つために歪めば即座に破棄していた太刀。それらを今、東雲は無意識に平均三発の斬撃にあてていた。

 

(当方の、知らない戦闘理論……いいや。身体に蓄積されていたが、表層化していなかった戦闘技術か……!)

 

 東雲令が。

 あの『世界最強の再来』が、爆発的に成長していた。

 とはいえこれは、一時的に踏み込んだゾーンに過ぎない。忘我の末に切り開いた、自らの余白。そこを今、凄まじい速度で身体が塗りつぶしていく。

 

 数秒の停滞。

 互いの無意識領域が、互いの限界を図り。

 それから────加速する。

 

 

 

 

 

 

 

「……駄目だ、束さんでも読み切れない!」

 

 細胞単位で人類を凌駕する篠ノ之束ですらもが、悲鳴をあげた。

 両者ともに階段を二つ飛ばしで駆け上がっていく。

 両者──そう。

 織斑千冬が、『世界最強』ですらもが、今この刹那に限界を更新し続けている!

 

「こんなことが、在り得るの……ッ!?」

 

 もはや観客が観客として成立していない。

 彼も彼女も、舞台上で何が起きているのかさっぱり理解らないのだ。

 

「ミックスアップ──対等なライバルと競い合うことで、単純な反復練習より劇的な効果があることはスポーツの分野でよく言われてるけど、だけど! ()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 科学的には、その原理を予測することはできても、過程をつまびらかに解析するところまでは到達しない。

 誰にでもわかる数字の解析ではなく、必要なのは、その領域に関する理解と実感だった。

 

「……ああ、そうか、なるほど」

「成程!? 成程って何!? いっくん、何が分かったっていうの!?」

相互意識干渉(クロッシング・アクセス)だ……」

 

 その単語を聞いて、束は目を見開いた。

 事実、一夏の蒼穹色の双眸は、東雲と千冬の間に微かなリンクが結ばれていることを視認していた。

 

「コア同士のシンクロがIS乗り同士の意識もつなげる現象……だけど、それがどうして!」

「深層心理を表層化させるほどの深度じゃないですよ。俺と『暮桜』は、思念が流出する程度の浅いつながりをずっと保持していた。それと多分、同じです」

 

 言語化しえない領域で身体が動くのなら。

 その無意識化で、おびただしい量の情報が交換されていると考えても不自然ではない。

 

「──互いの戦闘論理を、片っ端からラーニングしてるっていうこと!?」

「うん。ミックスアップって言葉じゃ生ぬるい……お互いを食らって、糧にしてるんだ」

 

 敬愛する師の勝利を祈りながらも。

 一夏は首を横に振って、小さくつぶやく。

 

「……分かってるはずだろ、東雲さん。それじゃ千冬姉には勝てない……!」

 

 

 

 

 

 

 

(驚きだよ。私にまだ、これだけの力があったとはな)

 

 言葉とは裏腹に、千冬の内心は穏やかだった。

 半ばパニックに陥っている東雲とは対照的。

 千冬は勝手に動く己の身体を、()()()()()()だと割り切って眺めていた。

 

(嗚呼、そうだ。束の御父上……師範代が言っていた。単なる無我など児戯だと。赤子にはできないだけで、大人が洒落込んだ飾り着に過ぎない)

 

 全自動で振るわれる斬撃がもう第何手なのかも分からない。

 ただ、先ほど自分が構築した十三手の勝利より、明らかに疾いのだけは分かる。

 

(本質は、()()()()()()()()()領域に宿る。成長と共に蓄積された雑念を払い、かつて胎内にいたころのように、我を忘れるどころか認識すらしない究極の零。そこにこそ、最果ての剣は宿ると)

 

 授かった教えを理解し、千冬は自嘲した。

 

(いやはや、まったくもって。私の研鑽は真逆だったというわけだ)

 

 世界最強に君臨した彼女でさえもが、認めざるを得ない。

 今までの努力は無意味でこそないが、真反対だったと。

 剣を振るう単純な動作に至るまで、全てが間違っていたのだと。

 

(フン。どうやら東雲は、この感覚と戦っているようだが……)

 

 至近距離、火花越し。

 珍しく明確に苦悶の表情を浮かべる東雲を眺めて、他人事のように千冬は刃を振るっていた。

 

(少しばかり柔軟さが足りないな。これはもう私たちにとっては理外の領域……ただ流されるだけで十分だろう)

 

 確かに全自動で斬撃を繰り出し続けてはいるが、これはれっきとした千冬の力である。

 無意識領域に蓄積され続けた経験値とセンスが、思考回路の速度を超えて作用しているだけだ。

 だからこそ、ざっくばらんな言い方をすれば──千冬は今、()()()()()()()()()()()

 

「ふ、ぎぎ……!」

 

 脂汗を浮かべながら、東雲が必死に腕を振るう。

 

「どうした。乗りこなすつもりか?」

「ぎ、いぃぃいいいぃッッ」

 

 言葉にならないうめき声。

 無我に逆らっていることは明白だった。

 

「何故だ。何故委ねない」

 

 剣士としての極致を真っ向から否定するように。

 東雲は死に物狂いで、無意識領域をねじ伏せようとしている。

 

「こ、れ、では……ッ!」

「……?」

「──これ、では、勝てない……ッ!!」

 

 理解していた。

 蓄積された経験値とセンス。

 それだけの勝負に徹してしまえば──東雲令に勝ち目はない。

 

「だから、こそ」

 

 息も絶え絶えに、東雲は斬撃を繰り出そうとする右腕に、()()()()()()()()()()()()

 

「…………ッ!?」

 

 装甲が砕かれ、火花が散る。

 意味不明な自傷行為に、咄嗟に千冬の身体が攻撃を中断し距離を取った。

 

「当方の、身体は……魔剣を不要だと、判断した。この身に宿った、純然たる技量だけで勝負する。それが現状出せる、最大出力だと」

「……そうだ。普段は言語化していないが、理解しているもの。それが今、私たちを動かす原動力だ」

 

 間合いを測り直し。

 即座に千冬の身体が追撃姿勢に入る。

 己の右腕に刃を突き立てたまま、東雲は俯き、歯を食いしばって身体を抑え込んだ。

 

「そうでは、ない……当方が、勝つために、必要なのは……」

 

 無意識領域が斬り捨てた、彼女自身の戦闘理論。

 積み上げてきた。築き上げてきた。確かな裏打ちとして作用するだけの、空虚な剣。

 意識が朦朧としていた。自分でない自分に飲まれそうになる。

 

(……今、何手だった?)

 

 単純なカウンティングすらおぼつかない。

 ふらりと、無防備に右足が傾いだ。

 千冬の思考がスパークした。敵対存在を完膚なきまでに打ちのめすべく、絶好の間隙へ身体が飛び込む。

 

(…………ぁ)

 

 眼前に迫る漆黒の刃を見据えて、東雲はなんとか身体を動かそうとし、けれど動かなくて。

 

 

 

 

 

『東雲さん────()()()()()!』

 

「……七手」

 

 

 

 

 

 光が交錯した。

 攻撃を弾かれ、千冬の身体がごく自然に連撃を重ねる。

 

『八手、九手!』

 

 彼の声に導かれるように。

 東雲は軋んだ太刀を放り捨てて、次の抜刀で千冬の身体を押しとどめ、その勢いを吸収し九手で大きく跳び退がる。

 

「…………おり、むー?」

『分かってるはずだ、東雲さん。分かってるんだろ……!? 君が振るうべき剣は、そんなものじゃない!』

 

 明滅する意識の中で。

 東雲はぼんやりとした表情のまま、観客席に顔を向けた。

 そこで見た。

 観客席から立ち上がり、遮断シールドに身を乗り出すようにして此方に叫ぶ一夏を、見た。

 

『無機質で、最高率で、ただ自分の限界をぶつけるだけの剣──それじゃ勝てない! だから今、君が勝つためにすべきことはそれじゃない!』

「……そう、だな。しかし……」

『しかし、じゃないんだよ、()()()!』

 

 導き、導かれた弟子が、声を荒げて自分を心配している。

 それが嬉しくて、東雲は、ふっと身体から力を抜いた。

 

『勝つんだろ、世界最強に! 世界で一番強い、俺の姉さんに!! それなら、自分なんかに振り回されるな!』

「……ッ!」

『勝てよ、勝てよ我が師……! 俺もすぐ行く! 俺もそこに行くから、だから──負けるな。自分なんかに負けるなッ! ()()()()()ッッ!!

 

 勝つ。

 そうだ。この戦いはただ勝てばいいのではない。

 自分こそが世界最強だと、名乗りを挙げるために。

 ずっと自分を導いてくれた最強に、恩を返すために。

 

(……ああ、そうだったな)

 

 両腕に力が流れ込んでいく。

 とっさに千冬が刃を振るった。行動の起こりを潰すための、先の先。

 だが、東雲は。

 

「十手」

 

 瞬時に二刀を抜刀。

 右の太刀で千冬の移動先をつぶし、左の太刀で斬りつける。

 

「……ッ!?」

 

 当然、無視した攻撃がそのまま東雲にクリティカルヒットした。

 互いの装甲が砕け、破片が空中に舞う。両者の残存エネルギーが危険域に突入する。

 捨て身か──違う。東雲の両眼に宿る焔がそれを否定する。

 

()()()()()()()?」

(────ま、ずっ)

 

 同時、超至近距離で再度東雲が攻撃を放った。

 真っ向からの唐竹割。

 千冬の身体が、カウンターを選択した。選択してしまった。捨て身の東雲に対して最も効率よくダメージを与える、文句のつけようのない最善手。

 

 限界同士の激突であれば、千冬の勝利は揺るがない。

 積み上げてきたモノが違う。完全に、どこをどう取っても彼女が圧殺するだろう。

 

 けれど。

 

 けれど!

 

「十一手!」

 

 飛んできたカウンターごと、東雲が真紅の太刀で千冬を切り捨てた。

 千冬の無意識領域が絶句する。なんだそれは。明らかに、見定めた限界以上のスピードとパワー。どこからそんな力が湧いたというのか。

 

(こればかりは負けられない! 限界を超える──その領域に関しては、ずっとずっと、おりむーに教えられてきたから!)

 

 そこが、そこだけが唯一の、東雲が勝り得る点。

 千冬にずっと導かれていたのと同様。

 すぐそばで、ずっと、一夏に教えてもらっていた。

 

 限界を超えて戦い続けること。

 諦めない限り、勝利を模索し続けること。

 

「無自覚な世界最強などという汚名、御免被る!」

 

 軋んだ太刀を放り捨て、東雲は神速で次の太刀に手を伸ばし、一瞬ピクリと肩を跳ねさせた。

 

「十二、手ェッ!」

 

 直後抜刀。

 千冬の身体は迷わずガードを選択。

 だが真紅の太刀が防御をこじ開け、そのまま世界最強の身体を穿った。

 ノックバックに吹き飛ばされ、大きく千冬が体勢を崩しながら地面を削る。

 それでも、眼光に衰えはない。

 

(土壇場で無我を振り切った!? しかし──十三手目は放てない!)

 

 千冬の洞察力は、きっちり残った東雲の太刀数をカウントしていた。

 無意識領域同士の攻防で太刀を消耗した結果、背部バインダーにはもう太刀が残っていない。

 残るは手に握った最後の、既に半ばで芯の歪んだ刃のみ。

 

(十三手目を放てなければ、貴様の魔剣は成立しないッ!)

 

 既に太刀は使い果たした。

 周囲に突き立った、真紅の墓標。

 

(もしも無意識領域に邪魔されなければ、私が負けていたかもしれないな──)

 

 計算しつくしても、東雲に逆転の芽はない。

 その結果を導き出して、千冬は最後にもう一度、彼女の手元に有効打となる得物がないことを確認して。

 

「言ったはずです────当方は、()()()()()()()()と!」

「な──」

 

 東雲が大きく飛び上がった。

 頭上を取り、そのまま捻り回転をして背後に着地する。

 千冬が勢いよく振り向いた。同時に決定打となる『雪片零型』を突き込む。

 

(魔剣は未完了だというのに────)

 

 身体に遅れて思考が発生する。

 千冬の視界に東雲が入るときにはもう、攻撃は完了していて。

 

 撃ち尽くされた魔剣。

 既に残弾はゼロ。

 

 そうだ。

 彼女は、ゼロだった。

 ()がそうであったように、彼女もゼロから始まった。

 

 一度ゼロになったとしても。

 

 またそこから走り出せるなんて、彼がとっくの昔に証明している。

 

 

 空っぽなら、()()せばいい。

 

 

 だからその剣の名は、他にありえない。

 

 

 

 

 

「──()()()()……ッ!」

 

 

 

 

 

 真紅の輝き。

 窮地にあっても決して色あせない、彼女の両眼の色。

 

「馬鹿な」

 

 千冬は我知らず呻いた。あるいはそれは、無意識領域の言葉だったのかもしれない。

 地面から引き抜いた太刀。既に歪み、軋み、砕かれた太刀──ではない。

 

 無傷の、今まさに新たに引き抜いたかのような太刀を、東雲は手に握って攻撃を防いでいた。

 

 布石は最初に打っていた。

 第一手。ラーニングした篠ノ之流・極之太刀を放ち、弾かれた。

 弾かれた太刀をそのまま放り捨てた。それは地面に突き立った。

 他の、もう使い物にならない太刀と同じように。

 刹那の目視では見分けがつかない、墓標の中に潜んだ最後の刃。

 

(これ、は。その剣は、まさか────!)

 

 魔剣ではない。

 順当の蓄積で、当たり前に勝利をつかむ魔剣ではない。

 

(最初から決めていた! 貴女を打倒するのであれば──その時は、当方の傍にいてくれた、彼の技で打倒すると──!)

 

 敗北の淵から、翼を広げ爆発的に飛翔するそれは。

 まさしく、彼がいつもやってきた、()()()()()

 

 

「十、三、手ェェェッ!!」

 

 

 最後の剣が振るわれる。

 迫りくる真紅の刃は、確かに千冬の選択肢を奪っていて。

 

 カチリと。

 二人の視線が絡み合い、同時に──思考がつながった。

 

 

 

 

 

 意識がスパークし、気づけば真っ白な空間にいた。

 

(……相互意識干渉(クロッシング・アクセス)、か?)

 

 実のところ、千冬はわが身でこの現象を経験するのは初めてだった。

 ISスーツ姿で、『雪片零型』だけを手に持ち、千冬はその空間を見渡した。

 

「……何もない。真っ白だな」

「そうですね」

 

 振り向けばそこに、真紅の太刀を腰に差した東雲がいた。

 

「ですが、綺麗です」

「……そうだな」

 

 視線が並行して、真っ白な景色を見つめた。

 

「……お前の勝ちだよ、東雲」

「はい。当方の、勝ちです」

 

 現実世界においては、刹那に満たない邂逅だった。

 意識が戻れば決着がつくと、両者理解している。

 

「次は私が勝つ」

「受けて立ちましょう」

 

 久しく言うことのなかった台詞。

 いや、生まれながらの絶対者であった千冬にとって、それは初めて発する言葉だった。

 自分が挑戦者となったことがおかしく、口元を緩ませ、()()()()()は微笑んだ。

 

「……モンド・グロッソに、一刻も早く出ろ。そして知らしめろ。お前が、ここにいると」

「無論です、この太刀にかけて、次は公の場で当方が最強であると証明します」

 

 だんだんと、感覚が薄くなっていく。

 意識のアクセスが断たれようとしているのだ。

 

「いろいろと、継いでもらうことになる……覚悟はできているな」

「負担ばかりではないでしょうに」

 

 千冬の深刻そうな声色に、東雲は首を傾げた。

 

「いや、何。お前の想像以上だぞ、『世界最強』というのは」

「ああ……そちらは既に覚悟しています。ですがそれ以外にも、当方が貴女から受け継ぐものは、確かに在る」

 

 らしい言葉だと思った。

 立場だけではない。

 意志、刃、祈り。

 それらをひっくるめて、東雲は、千冬から受け継ぐと言っていて────

 

 

「具体的にはまずおりむーですね」

「は???」

 

 

 千冬の手の中で刀の柄が嫌な音を立てた。

 

「おい、待て。待て。お前今なんて言った?」

「はい。ですから──貴女に勝利したということで、織斑一夏に関しては今後当方が扶養します。当方だけに。なんちゃって」

「……は?????????」

 

 そんな予兆があったのか。

 千冬が知らなかっただけである。

 

 そういう枠だったのかお前。

 なんなら最初期の超古参である。

 

 えっこれそういう目的の戦いのだったのか。

 恩返しは本気だけどそれはそれ、これはこれ。

 

「いや……考えがまとまらないんだが……あの、その……」

「幸せになります。フンス」

 

 千冬は、一夏と東雲が並び立つ光景を幻視した。

 どちらかというと互いに競い合う競技者としての並びだったのが、いつの間にか白いドレスとタキシードを着てこちらに手を振っていた。

 

 

「安心してください。おりむーは当方が幸せにします。なので……織斑千冬先生は、安心して、結婚相手を探してください(笑)」

 

 

 世界最強の沸点は、この瞬間、世界最低になった。

 

 

 

 

 

 

 現実世界に戻ると同時。

 互いの意識が回帰すると同時。

 

 

「認めるかこのクソボケ女ァァァァァァァァ────────ッッ!!」

 

 

 ブチギレた千冬が無我をブン投げて限界突破した。

 間に合うはずのない迎撃が間に合う。漆黒の刃が、真紅の太刀を真っ向から迎え撃つ。

 互いに腹の底から、叫んだ。

 

 

 

「────『魔剣:幽世審判(弟さんを当方に下さいスラァァァァァッシュ)』!!」

「────『斬魔:終幕極夜(お前なんぞに弟を任せられるかあああああっ)』!!」

 

 

 

 激突。

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みを終えて、二学期の始業式を迎え。

 織斑一夏はアリーナの観客席で、若干うんざりした表情で目の前の試合を眺めてみた。

 

「……戦績は如何ほどなのでしょうか」

「45勝44敗で、東雲さんが勝ち越してるな」

 

 後ろのセシリアの問いに、そう言って一夏は肩をすくめた。

 刀を振り回して殺し合っているのは東雲令と織斑千冬。

 なんかもう二人の力量が対等だと、夏休みの間で世界中に知れ渡っていた。

 

「もう滅茶苦茶ね。毎日アリーナがボロボロっていうかさ。ていうかこれからも毎日やんのこれ?」

「いや、さすがに始業式の日でいったん落ち着くとは思うけど」

 

 一夏の隣の席で、鈴が呆れながら頬杖をつく。

 反対側の隣では箒が、二人の剣戟に白目を剥きかけている。

 

「ほんとぉ~?」

「というか、何がきっかけでこうなったのだ?」

「さぁ……決着をつけるとか言って、東雲さんが勝ったのに、なんか次の日もまた決闘しててさ。俺も束さんもびっくりしたよ」

 

 あの日の最後の決戦。

 凄まじい光と音に焼かれて、一夏は二人が最後に叫んだ言葉を聞き取れていなかった。

 だからこうして、千冬が一夏をイカレボケ女から守護っていることを、彼は知らない。

 

『あっお前今ちょっと無我入っただろう! ノーカンだノーカン!』

『失礼。無我がまろび出ました』

『臓物みたいに言うな!』

 

 子供のような言い争いをしながら、世界最高峰の技術がぶつかり合う。

 到達点同士の激戦すら日常の一部となってしまい、一夏はなんだか身体から力が抜けていた。

 

「仕方ないだろ。まあ、ほら、一瞬で終わる話でもないってことだよ。こういう風にして、東雲さんはずっと千冬姉に返し続けるんだと思う」

「……? 何の話だ?」

 

 

「────『恩返し』の話さ」

 

 

 今日も、明日も。

 やっと得られた好敵手と共に、『世界最強』と『世界最強』は、一人の男を賭けて争うのだろう。

 ……本人に自覚がないまま。

 

 

 

 






というわけで、ひとまずの決着です。
限界まで何もかも出し尽くした場合の技量差としては千冬に分がありますが、運命力を考慮に入れると、東雲が千冬を凌駕します。
なので普段の戦績はイーブンで落ち着きますが、ここぞという場面では東雲が勝利をものにするイメージです。


碑文つかさ様よりいただきました画像を目次に掲載しております。
3パターン全部心当たりがありますね。うーん、多面的なヒロインだなあ!
碑文つかさ様、ありがとうございました!


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After EpisodeⅡ:The Conclusion
唯一の男性操縦者VS英国代表(前編)


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After EpisodeⅡ:The Conclusion
唯一の男性操縦者VS英国代表(前編)


 モンド・グロッソ。

 全世界において最強のIS乗りを決定する、唯一無二の、人類の頂点を決めるトーナメント。

 会場にひしめく観客たちが熱狂の渦を巻く。

 重なり合う歓声が祝砲のように勝者を渇望する。

 

「ぐ、ぎ、ぎ……ッ!」

 

 視線が集うアリーナ中央。

 苦悶の声をあげながら、銀髪の美女が地面を削りながら数メートル後退し、キッと顔を上げた。

 

(──映像で、分かっていたつもりだったが、ここまでとは!)

 

 大型モニターに表示される残存エネルギー数値だけを見れば、接戦だった。両者三割を切るシーソーゲーム。

 だが、実際に戦っている彼女、ラウラ・ボーデヴィッヒは圧倒されるような心持ですらあった。

 

(こちらの戦術はことごとく粉砕された! 武装の差を考えれば、同技量であっても圧殺できていなければおかしい! 即ちこれは──純然たる、IS乗りの差ということに……ッ!)

 

 ちらりと己のエネルギー残量を確認する。

 まだ危険域(レッドゾーン)には達していないことを確認。

 

 

 その刹那の安堵が、明暗を分けた。

 

 

()()()()()

 

 

 気づけば炎翼が炸裂し、間合いが殺される。

 

「しまッ──」

「『疾風鬼焔(バーストモード)』、出力一点集中(スナイピング)

 

 一振りだった。

 それだけでラウラの防御体勢が、AICごと木っ端みじんに打ち砕かれた。

 よろめき、数歩たたらを踏む。趨勢は決した。

 

(負ける、わけには! 私は、私は……! 私は、教官の──!)

 

 数秒後の敗北を予期しながらも、ラウラは最後の抵抗に打って出ようとして。

 しかしそれより速く何よりも疾く。

 

 

「────悪いな。譲れない」

 

 

 低く、冷たい男の声と同時。

 ラウラの視界を()()()が埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

A long time ago in a galaxy far, far away(遠い昔、はるかかなたの銀河系で)....

 

 

 

 

 

 

 

 

強キャラ

東雲さん

 

 

 

 

 

Episode Ⅹ

The Rise Of Shinonome

 

死者の口が開いた!

復讐を誓う元亡国機業頭領スコール・ミューゼルの声が世界中に響き渡る。

チフユ・オリムラが緘口令を敷きつつ情報収集を命じる中、唯一の男性操縦者イチカはセシリア・オルコットとの最終決戦に備えていた。

 

一方その頃。

先代世界最強レイ・シノノメは自分とイチカのいちゃらぶ新婚生活を脅かすスコールの幻影を、ブチギレながら追っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何? 何? 何? 何?」

 

 掛け布団を跳ね飛ばして起きた織斑一夏は、全身に汗を浮かべながら荒く息を吐いた。

 先日モンド・グロッソ準決勝を終え、いよいよ『世界最強』の頂に手を伸ばした男とは思えない狼狽ぶりである。

 何が起きたのか分からなかった。寝ている間に、壮大なスペースオペラが始まろうとしていた気がする。それもかつて見た夢から大幅にアップグレードされていた。運営さんありがとうございます!

 

「ふぃー」

 

 どうせ誰かの意識と混線したんだろ、と適当に結論付けて一夏はベッドから降りる。

 選手にあてがわれた最高級ホテルの一室だった。備え付けの冷蔵庫を開き、ミネラルウォーターを取り出すと一口飲む。乾いた身体に新鮮な水がしみた。

 

「ぷはーっ……」

 

 飲み終わると同時に、愛機『白式』が自動でニュース画面を立ち上げた。

 毎朝6時に設定してある自動機能だ。

 

『ドイツ代表敗退』

『史上初、無国籍枠の決勝進出』

『躍動する世界最強の再来』

 

 そのニュースは即座に全世界を駆け抜けた。

 優勝有力候補であったドイツ代表、ラウラ・ボーデヴィッヒの準決勝敗退。

 予選・本戦においても圧倒的な力を振るった彼女を真っ向から打倒するのなら、候補は自然と限られる。

 

 そして、実際にそれを成し遂げた相手は、観客がそれを最も期待していた人物だった。

 

 織斑一夏。

 日本国籍でありながらも、その特異性から二重国籍としての無国籍権を獲得。

 そこから無国籍枠でのモンド・グロッソ出場を勝ち取った例外中の例外。

 

 刀一本で他の選手を圧倒する姿は、東雲令よりも、()()を想起させた。かつて君臨した女傑。

 故に、彼の異名にそれが選ばれるのは必然だった──『世界最強(ブリュンヒルデ)の再来』。またはそれに匹敵する男の英雄として、『男性最強(シグルド)』。

 

 彼の登場により、世界最強は大きく意味合いを変えた。

 ブリュンヒルデとは、女性最強を指す言葉に取って代わった。

 

「…………今日、か」

 

 文字通りに全世界から注目される彼は、しかしそんな些末事を気にする余裕がない。

 椅子に座り、深く息を吐いた。

 

(決着を、つける。随分と長い付き合いになったが……今日がその終着点だ)

 

 トーナメント表を見れば分かる。

 一夏とは別の予選ブロックから勝ち上がり、決勝にて相対することを昨日決めたイギリス代表。

 

(勝つ。俺は、あいつに勝つ。世界最強を名乗るなら、あいつに勝ってこそ意味がある)

 

 中国代表とフランス代表、両者ともに優勝候補と名高い実力者を撃破。

 事前に割れているバトルスタイルを貫き、遠距離狙撃のみという己の本領で世界最強に王手をかけた、地上最高の狙撃手(スナイパー)

 織斑一夏にとっては何よりも、因縁であり、宿命であり、そして。

 

 

 

(────俺の、運命)

 

 

 

 その時。

 予兆も何もなく、オートロックであるドアがマスターキーによって自動で開け放たれた。

 ガバリと顔を向けた刹那、豊かさに満ちた麦のような金髪がたなびいた。

 

 

「モーニングサービスですわ」

「ウッソだろおい」

 

 

 運命がクロワッサン片手に部屋に入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドに腰かけて朝食をもしゃもしゃと食べつつ、一夏はいぶかし気に眉根を寄せた。

 部屋には若く、秀美な男女二人。ともすれば艶美なシーンにも見える。

 

「距離の置き方、というのが最近になってやっと分かってきましたわ。コツがつかめたというのでしょうか」

「世界最強を目前にして何言ってんだお前」

「一夏さんだって分かるでしょう?」

「……まあ、な。刀の振り方、最近になってやっと分かった感じはある」

 

 二人の会話を聞いたら多分他の選手は卒倒するだろう。

 黄金世代、あるいは織斑一夏世代と呼ばれる史上最強のメンバーの中でも、頭一つ抜けた才覚を発揮する両者は、腕を組んで唸り始めてしまった。

 

「だからまあ、感覚の調整は正直、完全には終わってない。昨日ラウラと戦った時も、意識的にかみ合わせられたのは最後の一太刀だけだった……」

「でしょうね。見ているだけでも、ラストアタックはハクビシンの出来でしたわ」

「白眉の出来な。なんで突然ジャコウネコ科の外来種になるんだよ」

「……たかが二文字違いで、なんて女々しい」

「二文字ついただけでこんなに意味を損なうお前に驚きだよ」

 

 会話は馬鹿そのものだったが、今日どっちかが世界最強になるのである。

 織斑一夏か、あるいは。

 彼の対面で椅子に腰かけ、まるで部屋の主のように振る舞う彼女。

 

 セシリア・オルコット。

 戦場を網羅し、あらゆる行動を見透かす絶対の支配者。

 直近試合における攻撃の命中率は驚異の99%を誇る。

 まさしく雲の上から降り注ぐ、裁定者の雷霆。

 

 故に、彼女の異名にそれが選ばれるのは必然だった──『天眼(ケラウノス)』。

 

「一夏さん、この部屋ってプリキュアは見れませんの?」

「日本の電波を受信してるとは思えないんだけど……あ、デジモンの再放送やってる」

「あら、可愛いデジモ……やたら流暢に英語を喋りますわね!?」

「えっあれっ!? クルモンって喋れたっけ!?」

 

 世界最強の頂に手をかけた『世界最強の再来』と『天眼』は、テレビに映し出されたアニメに夢中になっていた。

 

「って終わりかよ。チャンネル変えるか」

「一夏さん、プリキュアは?」

「お前さっきから何でプリキュア見たがってんの? そんな趣味あったっけ?」

「簪さんからわたくしに似た声の声優さんが出演していらっしゃると聞きまして」

「………………」

 

 あの女、やりたい放題かよ。

 渋面をつくり、一夏は無言でチャンネルを変えた。

 映し出されるのはモンド・グロッソ決勝戦を目前とした特番だった。

 広々としたスタジオには本選進出者の顔写真が並べられ、その中には当然、一夏とセシリアの顔もある。

 

「あー、こういう番組あるよな。まさか自分が取り上げられる側になるとは思わなかったわ」

「注目を集めるのも必然でしょう。今さらですわ」

 

 間違いなく特番の主役である二名は、心底どうでもよさそうに画面を眺めていた。

 

『スタジオには前回開催モンド・グロッソにおいて総合二位を獲得したロシア代表、更識楯無さんをお呼びしております』

 

 名前を呼ばれると同時、コメンテーターとして机に座るロシア代表がズームされる。

 惜しくも予選で敗れてしまったものの、実力は健在。対戦の組まれようによっては本選進出は十二分にあり得ていた実力者──それが更識楯無である。

 

『楯無さんは黄金世代……織斑一夏世代の一つ上の世代に当たりますが、こうして一つの世代が本戦枠を独占している現状はどうお考えでしょうか?』

『こんにちは。本戦出場者は、決勝に残った二人を含んで顔見知りだから、こうなっているのは順当な結果という認識ね』

『成程。それではお聞きするんですけど、黄金世代の皆さんはかつてどんな学生だったんですか?』

 

 スタジオのモニターに、見慣れた友人らの顔が浮かんだ。

 並んだ錚々たるメンツを一瞥して、楯無が背筋を伸ばす。

 

『まずはアメリカ代表、篠ノ之箒さんですが』

『とても良い子だったわよ。よく周りを見ている子だったわ』

『成程。常に冷徹な剣士として振る舞う姿が印象的ですが、それは学生時代からだったと?』

『そうね。私の前で大慌てしていたのは、TikTokと間違えてTinderをインストールした時ぐらいかしら』

『しょっぱなからパンチ打ってきたなこの人』

 

 えぇ……と一夏とセシリアがそろって顔をひきつらせた。

 同時刻、ホテルの一室ではアメリカ代表が枕をぶっ叩いて暴れていたが、それは別の話。

 

『次に中国代表、凰鈴音さん。変幻自在のトリッキーな戦い方を軸に置く印象がある選手です』

『う~ん……でも攻められると弱いのよね』

『……? 試合データでは、防戦においてこそ真価を発揮するという数字が出ていますが』

『ああ、ううん。恋愛の話よ』

『ニュース番組なんですよねこれ。ワイドショーじゃないんで』

 

 ホテルに爆音が響いた。

 衝撃砲をぶっぱなした音に随分似ていたな、と思いながら、一夏とセシリアは無視を決め込んだ。

 

『次はフランス代表、シャルロット・デュノア選手です』

『性格が悪かったわね』

『予選で負けた腹いせをしに来たわけじゃないんですよね?』

『お行儀のよい機体から性格の悪さがにじみ出た調整をする子ね。学生時代からそこは変わってないわ』

『予選でおなかにパイルバンカー撃ち込まれた仕返しをしに来てますよね?』

 

「実際一夏さん視点ではどうなのです? わたくしは昨日、距離を置き続けていたので分からないのですが……」

「性格はクソ悪いと思う。正直一番当たりたくない。こっちの得意な距離を餌にして釣ってくるからな。ただまあ、ラファールの理想的な戦い方って感じもするよ。シャルの性格が悪いんじゃなくてデュノア社の性格が悪いんじゃねえかな」

「楯無さんよりひどいこと言ってますわよアナタ」

 

『続けてドイツ代表、ラウラ・ボーデヴィッヒ選手はどうでしょう』

『良くも悪くも学生時代にバトルスタイルを確立させていた子ね。昨日の準決勝はよくやってたと思うわ。最後まで諦めてなかった』

『急に真面目な話をされると逆に困りますね』

『そういえば一夏君との出会いは、空から降ってきたラウラちゃんを一夏君が受け止めようとしたって聞いたことがあるわ』

『メインヒロインか?』

 

「えっ……そうなんですか……?」

「え? ああ、うん。だいぶん昔の話だけど……そういやなんかのタイミングで楯無さんには話したかもな」

「メインヒロインじゃないですかっ!? ほ、箒さんにチクらせていただきますわ」

「何で!?」

 

『続いて日本代表・更識簪さんは……』

『神』

『は?』

『大地に花が満ち雲が割れ天使が舞い降りるわ』

『は???』

 

「身内が信者になってやがる」

「一夏さん、本戦で神殺しを成し遂げたことになりますわね……」

「言っちゃあなんだけど、機体コンセプトがモンド・グロッソ向きではなかったよな」

「それでも予選を勝ち抜いたのは、流石は簪さんといったところでしょう。組み合わせの運もありましたが……『疾風迅雷の濡羽姫』の薫陶を受けたのは伊達ではありませんわね」

「つーかその辺はまあ、デキ婚してなきゃ日本代表はあの人だったろうしな」

「……あそこってその、明らかに……」

「……いやまあ……うん……濡羽姫さん、"やった"んだろうな……こう……針とかで……」

 

『それではここからは、いよいよ本日行われる決勝戦についてお伺いしたいと思います』

『無国籍枠である唯一の男性操縦者と、イギリス代表ね』

 

 ぴくりと、一夏とセシリアの肩が跳ねる。

 わざとらしく腕を組みなおしたり咳払いしたりして、二人は一言も聞き漏らさないよう注意した。

 どんだけ自分の評価が気になるんだ。

 

『ではまず、最も注目されている無国籍枠、唯一の男性操縦者である織斑一夏選手から』

『一夏君はそうね、馬鹿だったわ

「あの女、ぶっ殺してやる!」

 

 一夏はキレた。

 右手に『雪片弐型』を召喚し、大股に部屋を出ていこうとする。

 やれやれと嘆息し、セシリアは食後の紅茶を嗜みながら彼を制止する。

 

「落ち着きなさい一夏さん。決勝戦当日に殺人罪で逮捕なんて馬鹿げていますわよ」

『ではイギリス代表、セシリア・オルコット選手は?』

『セシリアちゃんはそうね、馬鹿だったわ

「あの女、ぶっ殺してやりますわ!」

 

 セシリアはキレた。

 右手に『スターライトmk-Ⅲ』を召喚し、窓から部屋を出ていこうとする。

 

 結局はホテルに泊まっている他の国家代表総出で止められるまで、二人はロシア代表の暗殺計画を真剣に練っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 関係者によって貸し切られた最高級ホテルのレストラン。

 大会運営に携わる、あるいは出場する人間しか入れないその空間においても、ある一団はひときわ目を引いていた。

 

「まったく、朝から騒々しい……」

 

 味噌汁を啜りながら嘆息するアメリカ代表、篠ノ之箒。

 

「んなこと言っても、アレはキレる気持ちわかるわよ。あたしもカチンと来た」

 

 バクバクと白米を頬張る中国代表、凰鈴音。

 

「カチンと来たって……トリガーを引いた音? 絶対衝撃砲撃ってたよね……」

 

 栄養ゼリーをちゅるちゅると補給している日本代表、更識簪。

 

「一番怒っていいのは僕だよね? 正直暗殺には賛成だから、僕も一枚噛ませてほしい。いろいろ手を回せるよ」

 

 スクランブルエッグを綺麗に切り分けて食べるフランス代表、シャルロット・デュノア。

 

「まあ、お前はな……私としては、何故か殺気が一部こちらに向けられているのはいささか疑問だが」

 

 コンソメスープを飲み干して一息つくドイツ代表、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

「やはり狙うなら空港でしょうね。市街地に出られるとこちらの身動きがとりにくくなりますわ」

「同意見だ。二度とロシアの土は踏ませねえ。オホーツク海に沈めてやるよ」

 

 そして真剣に殺害計画を詰めている、イギリス代表と無国籍枠出場者。

 世界の頂点を決める大会における本戦出場者が勢ぞろいしているテーブルだ、注目するなという方が酷である。

 

「それはそれとして一夏、試合には集中するようにな」

「ん、まあそうなんだけどさ」

 

 歯切れの悪い返答。

 だが一同、その理由は分かっていた。

 

「……スコール・ミューゼル。わたくしたちは顔を合わせることはなかったものの……一夏さんと、令さんが打倒した、亡国機業の頭領」

 

 亡霊の名前だった。

 既にこの世界にはいない、かつて悪逆の果てに世界を変革させようとした女の名前だった。

 彼女が死んでからそれなりの時間が経過している。だというのにこうして語られている理由は明白。

 

「スコール・ミューゼルの名を騙る何者かが、無差別に亡国機業の再起を呼びかける音声を流している、か」

 

 即座に国連の手によって封じ込められた音声は、しかし発信源の特定には至らず。

 愉快犯と呼ぶには余りに隠匿性が高く、篠ノ之束の手によるものでもないと一夏が確認済み。

 ならばこれは──本当に亡霊の声なのだろうか。

 

「……やっぱり、気になるの?」

「ずっと、上の空……」

 

 シャルロットと簪の指摘に、一夏はバツの悪そうな表情をした。

 

「まあ、嘘は吐けないよな……単に亡国機業の復活をもくろんでいる誰かがいる、だけでも気になるし、何よりその調査に向かってるのが──」

 

 ちょうどその時。

 腕につけた待機形態の『白式』が、プライベートチャネルの着信を知らせた。

 このタイミングで一体誰だ、と訝しげに通信を開くと。

 

『もしもしおりむー? 当方だ、当方当方』

「当方当方詐欺は絶対に流行らねえだろ」

 

 立ち上げられたウィンドウに映る、黒髪真紅眼の乙女。

 学生だった頃より幾分か身長も伸び、身に纏う雰囲気の切れ味は増している(胸は全然増えなかった。日頃の行いである)。

 

 その名は東雲令。

 世界中の誰もが知る最強の乙女にして、織斑一夏の師匠であり。

 学生時代から永遠に『もう付き合っている』という超ド級一方通行矢印関係性を未だに解消できていない馬鹿であった。

 

「し、東雲さん……!? 確か国連の依頼でスコールの調査に乗り出したって」

 

 さすがに各国代表たちも目を剥いた。

 まさかこのタイミングで張本人から通話がかかってくるとは──しかし。

 

『おりむー、其方は試合に集中しろ』

「……ッ」

『スコール・ミューゼルの亡霊は当方が処理する。……何、やることは変わらない。何度あの女が現れようとも、必ず当方が討つ』

 

 揺るぎない断言だった。

 

「……我が師にそう言われちゃあ、信じるしかないな」

『任せておけ。試合結果を楽しみにしているぞ、我が弟子』

 

 通話をそれきり終える。

 一夏は顔を上げた。対面に座り、食後の紅茶を味わっている淑女を見つめた。

 

「後顧の憂いは断てたようですね……」

「ああ。珍しく正しい使い方出来てるじゃねえか」

「こう見えて勤勉なので」

 

 声色に変わりはない。

 だが雰囲気が激変している。

 先日までは同じく、世界最強の座をかけて争っていた戦乙女達さえもが身震いした。

 

 織斑一夏と、セシリア・オルコット。

 

 重なった視線は明瞭に火花を散らしている。

 決着は、今宵。

 

 

 

 

 

 

 

「……さて」

 

 通信を終えて、東雲は隣に顔を向けた。

 

「声をかけないで良かったのですか」

「別に? 今のあいつなら、私が何か言う必要ないだろ」

 

 そこには国連軍から秘密裏に依頼を受けた、元亡国機業幹部の姿があった。

 スコールの亡霊からの電波を受信し、独自に調査をしていたオータムである。

 東雲は彼女と二人で、ISを身に纏って海上を飛行していた。

 行先は明瞭。

 

 大西洋、ポイントα-39.12。

 

「絞り込んだぜ。確定だ……この電波は漂流してる『ウェーブ・ウィーバー』の残骸から放たれてやがる」

 

 かつて亡国機業討伐作成における目標地点と設定され、先行した東雲と一夏の手によって頭領であるスコール・ミューゼルを撃破され壊滅した、亡国機業の本拠地。

 二人は静かにその残骸へ降り立つと、ISアーマーを身に纏ったまま、内部へ侵入した。

 既に外装などは剥がれており、解体作業の途中とあって無人解体機たちが稼働している。周辺の生態系への影響を鑑みてゆっくりとしたペースで解体は行われていたが。

 

「いますね」

「いるな」

 

 解体機たちに紛れて、黒いシルエットがのそりと立ち上がった。

 頭部に真紅のカメラアイを光らせるそれは、ゴーレム・タイプの無人機。

 動くたびに火花を散らしつつも、一機が飛び込んできた。その挙動を見てオータムはハッとする。

 

(こいつは──破壊された無人機が、外部から無理矢理動かされているのか!?)

 

 恐らくは撃破され、回収されることもなく海底に沈んだ機体だ。それが無理に動かされている。

 迎撃は容易い。オータムは『アラクネⅣ』のサブアームを展開して、銃口を敵機に向けて。

 

 

()()()()

 

 

 無人機が、するりと二つに断たれた。

 東雲は真紅の太刀を納刀、量子化。

 ──オータムがそれに違和感を覚えるのにすら、数秒かかった。

 順序がおかしいのだ。実体化、抜刀、斬撃、納刀、量子化の順でなければおかしい。だが最後しか見えなかった。

 

(こいつ……あの頃より、はるかに強くなってやがるのかよ……!)

 

 既にオータムは、技術面では頭打ちだ。

 自身も優れたIS乗りであることに疑いはないものの、天賦の才があるというよりは、たゆまぬ努力と経験によって裏打ちされた強さを持つ女傑。

 だからこそ、いまだに爆発的な成長を続けている東雲の異常性に、身震いと同時に苦い表情を浮かべてしまう。

 

「……? 奥に進みますが、どうしました」

「ああ、いや。お前みたいなやつがいると……なんていうか。お前みたいになれるやつはあんまいないだろうけど、お前みたいになろうと頑張るやつ、たくさんいるだろうなって」

「……そう、かもしれませんね」

 

 東雲にしては珍しく、歯切れの悪い返答だった。

 オータムがそこを追求する前に、彼女は頭を振って、一人基地内部へと進んでいく。

 

「電波の送信場所は」

「ん、中枢だな。前にお前が戦ってた、玉座の間だ」

 

 廊下を進むと、待ち伏せていた無人機が時折奇襲を仕掛けてくる。

 それらは真っ二つに断たれ、あるいは蜘蛛の足に貫かれ、即座に行動不能となっていった。

 

「……戦闘の余波で、コントロール機能は破壊されたはずですが」

「んなこといったら基地の機能は全部落ちてるはずだろうが。電波の送信は恐らく、ISによるものだけだ。てことは多分、ここに居座ってるのに合理的な理由はねえのさ」

 

 オータムの言葉に、東雲は数秒考えこむ。

 真上から降ってきた無人機を一刀に斬り捨て、太刀を納刀し、彼女は玉座の間へ続く扉の前で、オータムに問うた。

 

「……ではどのような理由が?」

「さあな。予測するならまあ───当てつけってところか」

 

 かつては殺し合った仲だが、今となっては気安い。こうして世界の裏側で、東雲は時折オータムとコンビを組んで闘っていた。

 頂へ至り、自らが最強だと証明した後、やることがなくなったのでとりあえず暇つぶしに世界平和にでも貢献しておくか、と思ったのだ。

 

「当てつけですか。なら当方と二人で来たのはまずかったのでは?」

「ベッドの中じゃないだけマシだな。いや、ベッドぐらいでしかお前には勝てなさそうだけど」

「随分と自信があるようですね」

「こう見えてテクニシャンなんでな。蜘蛛の巣に転がってるだけで、八本脚が天に昇らせてくれるぜ?」

「では八本脚をすべて切り落としましょう」

「ベッドの話だよな? アリーナの話じゃないんだよなこれ?」

 

 二人は視線を重ね、肩をすくめた。

 それから同時に顔を前に向け、扉を蹴り壊す。

 轟音と共にドアが吹き飛んで、玉座の間の壁に追突して粉々に砕け散った。

 

「邪魔するぜぇ、スコール! 私のいない間に他の女連れ込んだりしてねえだろうなあ!?」

「久方ぶりだな。土産がなくて申し訳ない。其方の首を土産に帰るので手打ちにしてくれ」

 

 好き勝手言いながら玉座の間へ飛び込んだ二人は見た。

 かつて玉座があった場所に浮かぶ、球体。

 

「なんだ、こいつは」

『こいつとは失礼ね』

 

 声が響いた。

 聞いたことのある、かつて世界の破滅を希った女の声だった。

 

「本当に……スコール・ミューゼルなのか」

『しいて言えば残存意志よ。本人にはどう頑張ってもなれない亡霊……スコール・ゴーストとでも名乗らせてもらいましょうかしら』

 

 スコール・ゴーストが嘲るように告げて。

 玉座の間の天井が爆砕した。

 次々と落下してくる無人機たち。

 

「あの球体に見覚えは?」

「多分疑似ISコア、だとは思うんだが……どんな理屈で独自行動を開始したのかがさっぱり分からねえな」

 

 即座にその場から飛びのき、包囲される前に広間の端まで飛びのく。

 二人並んで戦闘態勢を取りながら、オータムはスコール・ゴーストに叫んだ。

 

「まあ理屈はいい! 実際にこうして活動してるんだからな! 問題は──何のために活動を開始した! 亡国機業を今さら復活させてどうするつもりだ!?」

 

 キチキチ、と無人機が不気味な稼働音を響かせる。共鳴するようにして無数の無人機が音を鳴らす。

 その中でスコール・ゴーストは、球体の赤い光点を点滅させながら語った。

 

『この世界は間違っているわ』

「……聞き飽きたぞ」

 

 うんざりした様子で東雲が零した。

 世界を正そうとする理想主義者との戦いは、とうの昔に決着を迎えたはずだ。

 しかし。

 

『いいえ、いいえ! この世界は正さなければならない!』

「……ッ! スコール・ゴースト! もしお前に、スコールとしての意志がまだ残ってるのなら聞いてくれ! 最後の最後、私たちは未来を見つけられたはずだ! 託せるって、そう思ったからこそ────!」

『違うのよオータム! ()()()()()()()()()()()()()()()()()!』

 

 

 時が止まった。

 

 

 聞き間違いか、と思って、オータムは首をぶんぶん振った。

 それから恐る恐る聞き返す。

 

「なんて?」

『世界に生きとし生ける生命全てを同性愛者にしてやるわ!』

「嘘だろ…………」

『おしべはおしべ同士で、めしべはめしべ同士で受粉するべきなのよ!』

 

 完全に受粉の定義が狂っていた。

 元恋人の怨霊が妄言をぶち上げるのを聞いて、ぽかんと口を開けたまま、絶句することしかできない。

 

(誰がまじめに取り合うんだよこれ……)

 

 オータムは思わず隣の東雲に視線で助けを求めた。

 

「上等だ。この世界の自由恋愛は当方が守るッ!」

「嘘だろ?」

 

 完全に味方がいないことを思い知らされるだけだった。

 

『何様のつもりかしら』

「恋に生き、愛を貫く剣士。恋愛大明神東雲令とは当方のことだ」

「初耳だよ」

『恋愛大明神……ッ!?』

「なんで驚愕してんだよ。純度百パーセントの妄言じゃねえか」

 

 真顔で言い切る東雲と、それに慄くスコール・ゴースト。

 完全に自分が常識人枠に押し込められたことに気づき、オータムは正直帰りたくなった。

 

「フン。其方とは格が違う。かれぴっぴにLINEとか送れるぞ」

『貴様……! かれぴっぴ呼びだけは腹が立つ……!』

「そこじゃねえだろッ!? なんでこの土壇場で本当にLINE開いてるんだお前ッ!?」

 

 

 

 

 

東雲一夏

今日

既読

先程言い忘れたが隣にオータムがいる。
18:50

既読

観戦したいそうなので試合を見ながら戦うことにした。
18:50

既読

無様はさらすなよ、我が弟子。
18:50

既読

そういうわけで帰りがけに牛乳をお願いできるか。
18:50

既読

切らしていただろう?
18:50

 

情報量が多すぎる
18:50

てか待って
18:50

なんで俺の家の冷蔵庫事情知ってるの
18:50

なんで??
18:50

 

既読

セッシーは手ごわいぞ。
18:51

既読

臆さず踏み込め。
18:51

既読

我が弟子ならできる!b
18:51

 

シカト?正気か?
18:51

 

Θ
    Ψ

 

 

 

 

 

「情報伝達出来たな。ヨシ!」

「ヨシじゃねェェェェェ────んだよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その滅茶苦茶なLINEを送られ一方的に切られた一夏は、ピットで深く息を吐いた。

 

(すごいタイミングで送ってきたけど……助かった、かもな……)

 

 試合開始直前。

 あとは愛機を起動させ、カタパルトに乗ってアリーナへ飛び出すという段階だった。

 既に友人たちはみな、VIP用の観客席にて自分たちを待ちわびているだろう。

 

(……観客、か)

 

 ふと、ピットから客席を見る。多くの観客がチケットを争うようにして購入した。この一世一代の大舞台を見に来てくれている。

 観客が自分の味方をしている、という自覚があった。

 

(……勝手な人たちだ)

 

 勝負ごとに関して、誰よりも残酷なのは観客の人々なのだと。

 一夏は競技IS乗りとしてキャリアを積む中で嫌というほどに知っていた。

 幸いにも大敗を喫することなく、同格相手にごくごく稀に惜敗する程度で、気づけばこの場にたどり着いていた。

 だから自分が打ちのめした相手への失望の声を聞くのは、二度や三度ではない。

 一度でも無様な姿を見せれば、彼ら彼女らは、あっさりと()()()()()()()()()

 

「織斑選手」

「はい」

 

 名を呼ばれ、即座に『白式』を展開した。

 メイン人格の凍結に伴って、第二形態『零羅』もまた封印状態である。

 純粋な第一形態のみ。武器もまた、刀一本だけ。

 カタパルトに両足を固定する。カウントが刻まれ、レール上を疾走。あっという間にアリーナの真ん中へ放り出された。

 

 歓声が爆発した。

 地球そのものを震わすような大歓声、熱狂だった。

 その渦の中心で、一夏はぐるりと周囲を見渡した。

 

 遠くまで来たと思った。

 本当はただ、誰よりも強い彼女に追いつきたかっただけ。

 けれど多くを背負って、その果てにこうして、大衆の見世物になって。

 

 

「わたくし以外を見ているなんて、妬いてしまいますわよ?」

 

 

 ────思考が断ち切られる。

 ガバリと振り向けば、いた。ずっと待ってくれていた。ずっと高めあってきた。

 宿命にして運命の蒼が、いた。

 

 

「ああ、そうだな。悪かったよ……でも、大丈夫だ。今はもう、お前しか見えない」

 

 

 言葉は既に不要。

 視線が重なり、互いに優しく微笑みを浮かべ、瞳の中に焔を宿す。

 

 

 

WARNING

 

 

 

 愛機が視界にアラートを表示した。

 客席に座る観客たちが、打って変わって痛いほどの静けさに包まれる。

 世界がクリアになったような感覚。

 しずくの一滴すら見逃さない極限の集中。

 

(ずっと、この日を待っていた)

 

 一夏は恐ろしいほどの歓喜をこらえるのに精いっぱいだった。

 

(あなたも、同じ気持ちでしょう)

 

 全身が興奮に震えているのを、セシリアは冷静に把握していた。

 

 

(もう他には)

(何も見えない)

(何も聞こえない)

(ただ相手だけが)

(目の前にいる)

(それだけでいい)

 

 

 距離を置いて、今から戦うというのに。

 一夏とセシリアはまるでお互いが溶け合っているような心地すらした。

 刻まれるカウントを、コンマゼロゼロゼロゼロ秒単位までごく自然に掌握。

 身体に無理なく力が伝導される。意識せずとも、最高のスタートのために、自分の全てがフル稼働している。

 

(最高の場。最高の時。お前と雌雄を決するに不足はない! ああ、俺は──)

(決戦場には十分。相手は貴方以外あり得ない! ええ、わたくしは──)

 

 

 

 

 ────お前/貴方を倒すために生まれてきたッ!!

 

 

 

OPEN COMBAT

 

 

 

 決着の幕が切って落とされた。

 







お待たせしました。

箒がアメリカ代表なのは仕様です
一夏と箒が日本に所属し続けるのは正直無理筋だと思っていて、どこかのタイミングで無国籍とか多国籍とかになると勝手に考えてます
で、箒というか紅椿が第四世代機の原点にして頂点なので、アメリカが色々政治カード切って獲得した想定の世界線です
この辺りは簪を日本代表にするためのご都合主義みたいなもんですね

一夏とセシリアはどの世界線でも世界最強をかけて戦うんですけど、今回は
・白式のコア人格が未覚醒
・一夏を巡る恋愛が未決着
・東雲令が最速で世界最強に到達
という細かい分岐があった世界線を想定して書いています
明言してませんが東雲が三代目世界最強で、一夏とセシリアは四代目を賭けて争っています
他の世界線だと大抵濡羽姫が三代目ブリュンヒルデになってます


次回
唯一の男性操縦者VS英国代表(後編)


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唯一の男性操縦者VS英国代表(後編)

 それはまだ、二人がIS学園に通っていたころのことだ。

 

「あら一夏さん、どうしましたの?」

 

 アリーナでの自主訓練を終えたセシリアが帰路を歩いていた時。

 寮へと続く遊歩道からいくぶんか歩いた先にて、ぼうっと佇んでいる一夏を見かけた。

 

「ん、ああ、セシリアか」

「随分と物思いにふけっていたようですが……簪さんの言ってらっしゃった、ジャキガンというものですか?」

 

 隣に歩いてきたセシリアが、首をこてんと傾げて問う。

 一夏はフッと笑みを浮かべた。

 

「それ……簪にどういう言葉だって聞いたんだ?」

「え? 日本男児特有の、瞑想の一種だとお聞きしましたが」

「そっか、うん……それ……二度と使うなよ……」

 

 静かにブチギレつつ、一夏は機を見て簪に説教しなければならないと固く誓った。

 

「ええと、それではこれは、純粋に……その、考え事ですか?」

「ん、ああ。そうなるかな」

 

 空を見上げて、一夏は静かに唇を開く。

 

 

「セシリア。お前は、世界最強になって、どうしたい?」

 

 

 

 

 

 

 

 空中を疾走する白い鋼鉄機構。

 身体各所から赤い焔を噴き上げるそれは、開幕のアラートと同時に、『白式』が『疾風鬼焔(バーストモード)』へ移行したことを示していた。

 だがそれだけではない。

 

「なんて戦闘機動(マニューバ)してるのよ、あいつ……!」

 

 VIP用の観客席で、思わず鈴は呻いた。

 上下左右への自由自在な躍動。三次元的ルートを通過しつつも、決して淀みはない。最速で距離を詰めていく。

 スラスターによる加速を巧緻極まるタイミングで調整し、まるで減速などしていないかのようにスピードを維持しながら疾走。文字通りに、稲妻となって空中を駆け抜ける。

 

「……ッ、私の時は、手を抜いていたとでも……?」

 

 あまりに鋭い機動を見て、ラウラが低い声で呟く。

 しかし。

 

「いいや違う。あの機動は、ラウラ相手にはできなかったはずだ」

 

 ラウラの言葉に異を唱えたのは、ほかならぬ箒だった。

 

「どういう意味だ?」

「セシリアとの戦いは……必然として、距離が開く。だからあそこまで、スピードに注力した機動ができるんだ。ラウラ相手では、むしろあのスピードでは自分の得意な近接戦闘のタイミングを逃しかねない」

 

 自分なりの認識を口に出しながら、箒は静かにアリーナ上空を見つめた。

 白い稲妻が描く軌道は確かに流麗。だがそこには、ある種の余裕のなさも見て取れる。

 

(とにかく近づくことしか考えていない──獣のような動きだ)

 

 幼なじみだから、だろうか。

 くしくもその刹那、まさに空中で高速機動を行い観客を魅了していた一夏もほとんど同じことを考えていた。

 

(とにかく近づくしかねえ! 駆け引きはそれを前提にして組む! 近づけないとそもそも勝ち筋がないッ!)

 

 身体にかかるGをものともせず、一夏は大回りのルートでセシリアに接近し。

 

「……ッ!?」

 

 バズン、と重い音が響いた。

 とっさの反応で身をよじった一夏の左肩を掠め、『スターライトmk-Ⅲ』のレーザーがアリーナの観客席シールドに直撃した音だった。

 

(コイツ!? 全力機動してるのに、先読みして置いてきやがった……!)

(避けられた!? 当たるはずだったのに……ッ、どんな直感をしているのですか!)

 

 最速の疾走と必中の射撃が不発に終わったことに、驚嘆は半分。

 もう半分を見て取れた人間は、観客席にはほとんどいない。

 

「────ホント。今のやりあいで、お互いの計算が根底からずれてもおかしくないのに……あいつら、()()()()()()()()()()

 

 歯をむき出しにして。

 二人は笑っていた。国家代表の卓越した動体視力はそれを捉え、VIP席をなんとも言えない空気にしていた。

 

「これ多分……決勝以外……前座だと思って……」

「シッ。言わないほうがいいこともあるぞ簪」

 

 日本代表の口をアメリカ代表が素早く塞いでいた。

 事実は時に人を傷つけるのである。

 

 閑話休題。

 

 たとえ計算が根底からずれたとしても、それでも、やることは何も変わらない。

 近づきたい一夏と、近づけさせたくないセシリア。

 攻防戦の構造はいたって単純だ。単純すぎる。余りにも単純極まりない。

 

「試合としての華は、本来はないね」

 

 シャルロットは飛び交う白と青を見上げて語る。

 

「なのに、目をそらすことができない。観客の誰もが夢中になる。こればっかりは理論的なものじゃない……二人の戦いには、そういう、人を惹きつける何かがあるんだ」

 

 数度目かのアタック、一夏が猛然と加速する。

 セシリアはライフルだけではついに間に合わないと判断、スカートアーマーに偽装していた『ブルー・ティアーズ』を切り離す。

 

(そいつを使わざるを得なくなったか! これで第一関門はクリア!)

 

 相手の余裕を削っている指標。それは単一の装備では手が回らなくなってきた証拠である。

 上下左右に揺さぶりをかけつつ、一瞬の隙を見せれば即座に懐へ飛び込まれるのだ。むしろ開始数分をスナイパーライフルのみで対応できたセシリアの技量こそ感嘆すべきだろう。

 しかしここからは、単純な攻防ではなく、より複雑なダンスの時間だ。

 

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

「ああ、楽しみにしてたぜ! この日のためにダンスシューズを磨き上げてきたんだッ!」

 

 前方に展開された自立稼働射撃兵装群。

 並んだ銃口がピタリと一夏の身体各部に狙いを定めている。それらの射線から逃れると同時、光の線が空間を裂いた。

 観客席がどよめいた。予選から通して、驚異的な命中率を誇っていたセシリアの、明確なミスショット。

 だがそれが単なる撃ち損じにはならないことを、誰もが知っている。

 

「チッ……!」

 

 舌打ち交じりに一夏が急制動。スラスターから火を噴かせ、両足を置き去りにするような形で鋭角にターン。

 同時、()()()()飛んできたレーザーが空を切った。一夏の後方で、セシリアの放った銃撃が折れ曲がったのだ。

 それはBT稼働率最高時に発現すると言われるBT粒子集合体への意思干渉、即ち偏向射撃(フレキシブル)

 

「そんなもんでッ!」

 

 複雑に曲がって追尾してくるレーザーを、一夏は一息に切り払う。

 避けても追いかけてくるのなら打ち払って無力化すればいい、それは学生時代から変わらない対処法だ。

 しかし、一夏は息を吐きながらセシリアに顔を向けて、ギョッとした。

 

「『ブルー・ティアーズ』は15基ありましてよ?」

「…………ッ!?」

 

 ビットがセシリアの周囲に展開されている。だが数がおかしい。想定の四倍近くの銃口がこちらに向けられていた。

 

「う、おおおおおおおおおおッ!?」

 

 光の奔流が、濁流じみて放たれた。

 左右上下、ほとんと逃げ場を押しつぶすようにして、レーザーが空間を塗り替える。

 後方への退避を第一としながら、一夏は絶叫を上げて回避機動を取った。

 

「15──15ッ!? ちょ、ちょっと待ってよ。僕の時はそんなには……!」

「舐めていた、というワケではないだろう。仮に私がフルに15基のビットを使えるとして、シャルロット相手ならフルには使わんな」

「ラウラの言う通り、だと思う……中距離型を制圧するなら、ビットを使い切ってる状況は、懐に潜り込まれると、逆に制圧されちゃう……」

 

 観客席の各国代表らが即座にセシリアの戦術を分析する。

 十分に──即ち偏向射撃を習熟した程度に──BT兵器を操れるとするならば、単純に数を増やすだけでは工夫として今一つ食い足りない。

 

「あたし相手の時もフルじゃなかったわね。ええと……3つぐらい少ないかしら」

「鈴は近距離に重きを置くが、砲撃装備もあるからな。いざという時の自衛用に残しておいた、と考えるべきだな」

 

 決して出し惜しみではない。理論に基づき、計算の結果弾き出された最適な数。

 だから誰もが断定できる。断定するしかない。一夏相手にはフル投入するのが最適解なのだと。

 

(成程、分かりやすい! お前の中では、俺を近づけさせないことが大前提ってワケか!)

 

 疾風鬼焔状態の一夏は、懐に一度入れただけで、自衛用に残していたBTごと相手を叩き切るだけの威力を保持している。ならば近づけさせないことに100%の力を注ぐべきだろう。

 しかし。

 

「15────15じゃ、ちょっと足りねえよなあ!?」

 

 直後だった。『白式』の全身が花開く。

 見間違えようもない。全身から攻性エネルギーを放ち、ビットからの射撃を逆に撃ち落していくそれは、展開装甲の光!

 

「これは……ッ!?」

「展開装甲に関しちゃ、習熟度は俺の方が上だッ!」

 

 元より疾風鬼焔は、実質的には展開装甲のデッドコピーだった。

 それを操って数々の激戦を潜り抜けてきた一夏にとって、展開装甲を増設した改良型白式は、さほど専用訓練を経ずとも自然に扱える範疇だ。

 

(攻勢が、揺らいだ!)

 

 セシリアにとっては予想もつかなかった展開だろう。

 今までの試合、一夏は展開装甲を攻撃または加速にしか使っていなかった。それを防御に使うのは、セシリアが打って出てきたときのために温存していた伏せ札だ。

 多方向からの狙撃を撃ち落し、一夏は一気呵成に飛び込んだ。

 

(試合が動く! だがこれは、セシリアのやつ、まさか!)

 

 思わず席から立ち上がった箒の、視線の先。

 真っすぐ加速した一夏と、その真正面に位置するセシリア。

 距離が殺されるのには刹那もかからなかった────しかし。

 

 

()()()()()()()()!」

「……ッ!?」

 

 

 光が像を結ぶ。

 待ち構えていた、と言わんばかりのタイミング。

 

(なん、でッ……!?)

 

 近接格闘用ブレードに迎撃用単発式銃を後付けする、という銃剣に対する逆転の理論。

 知る人が見ればガンブレードの亜種と断じるほかない、異形の武器。

 その銘も『インターセプタ―Ⅱ』。

 

(んな馬鹿な! 俺を近づけさせないことがお前の勝利パターンじゃなかったのか!?)

 

 驚愕に呼吸が凍る。

 飛び込んで振るわれた一刀と、飛び込まれることを前提にコンパクトに閃く短刀。

 

「だが、近距離戦なら────」

「アナタに分があるとでも!?」

 

 その言い分はおかしい。実際に近距離戦ならセシリアに勝ち目はないはずなのだ。

 だというのに。

 ブルー・ティアーズの全身各所が花開いた。展開装甲が起動し、エネルギーを加速装置として吐き出す。

 自ら距離を詰めるセシリア。一夏の斬撃を目視して、彼女は全身から小刻みに推力を吐き、絶妙なタイミングとポジショニングを確保。

 飛び込んだのは一夏なのに、アドバンテージを後から獲得しているのはセシリアという理不尽。

 

(ま、て待て待て待て待てッ! それは、それは──ッ!?)

 

 ()()()()()

 織斑一夏は、その巧緻極まる身体捌きに宿る原理を、知っている!

 間合いが零となる。互いの斬撃が炸裂する瞬間、確かに一夏は、眼前の淑女が微かに唇を動かすのを見て取った。

 

 

 

()()()()────」

 

 

 

 実の姉と。

 幼馴染と。

 一夏が剣士として尊敬する二人に続いて。

 

 三番目の刃が、解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

「魔剣・烈火抜刀!」

「えっなんだそれ」

 

 無数の無人機相手に。

 東雲が背部バインダーから抜き放ったのは、業火を纏った剣だった。

 

「おりむーが……否。『白式』がかつてやっていたという、他の機体のイメージ・インターフェース兵装の再現。あくまで権能を直接引っ張るものではないが、コンセプトとして真似させていただきました」

 

 篠ノ之束が、零落白夜は零落白夜によってしか討滅できないと判断する以前。

 暮桜を撃破するための決選兵器として『白騎士』を再構築する中でサブプランとして組み込んだ、他のすべてのコアから経験値・権能を引き出す決戦能力。

 東雲は伝え聞いたそれに有効性を見出し、自分の機体にて再現していた。

 

「つーことはそれ、『ヘル・ハウンド』の……!?」

「ご名答です」

 

 超高温の斬撃が、無人機を溶断する。破壊され尽くしていた玉座の間にさらなる破壊が荒れ狂う。

 右手に保持した太刀、最新鋭特注装備は東雲の全力攻撃に八度まで耐えうる驚異的な耐久性を誇っていた。一太刀に少なくとも三体を切って捨てる、斬撃の嵐。

 ほとんど存在しない取りこぼし。だが無人機は上半身だけになっても稼働する──そこを的確にオータムが潰していく。

 

「魔剣・流水抜刀!」

「今度は『コールド・ブラッド』か!」

 

 一本目の太刀の砕ける音と、二本目の抜刀は同時。

 今度は刀身に超高圧水流を纏わせ、東雲が流麗に舞う。まさしく水が上から下へ流れるように、それが当然の物理法則であるかのように。無人機たちの放つ砲撃をすり抜け、流し切る。

 なるほどとオータムは舌を巻いた。魔剣の派手なエフェクトによって視線を誘導されがちだが、属性の変更と同時、東雲の戦闘技巧が根底から切り替わっているのだ。

 

(烈火の如く押し込み攻め続ける構えから、水を切ったようにかわされる柔の剣へ即座にスイッチ。対人戦においてもさることながら、戦闘用AIは相当に混乱するだろうな……!)

 

 急激な変化についていけず、無人機の動きが鈍る。

 その隙を見逃す東雲ではない。二本目の太刀が折れた刹那に、既に右手が閃き三本目を握っている。

 

「魔剣・黄雷抜刀!」

 

 三本目の太刀。

 それは雷撃を巻き付けた広範囲攻撃、一振りで玉座の間を飛び回っていた無人機の軍勢を残らず叩き落した。

 

「それ誰の!?」

「賢人です」

「マジで誰!?」

「剣と言えば三銃士。この三本の魔剣を順番に使うことで当方の勝利は揺るがないものとなります。かんちゃんも『セイバーはここから、まだここからが強い』と言っていました」

 

 何を言っているのかこの女は。

 妄言を吐き散らしながらもキッチリ結果を出してはいるのでたちが悪い。倒れ伏しながらももがくゴーレムにサブアームを突き立てながら、オータムは嘆息した。

 

「で? 手駒はなくなったぜ、スコール。その球体……多分だけど、疑似ISコアのかき集めだろ。消しかすをこねにこねて消しかすボールを作ったみたいなもんだ。ゴミを集めても別に強くはならねえぞ」

『あら、そうかしら。そんなことはないと知っているでしょう?』

 

 言葉と同時だった。

 球体だったコアの周囲で、空間が歪んだ。

 

『多くのコアを連結させることで、出力を増大させる。スコール・ミューゼルが死んだ後に、織斑一夏がやってみせた絶技……それを、私は、スコール・ゴーストは知っているわ』

「な……ッ!?」

 

 オータムは大きく狼狽した。

 夜の海辺で、そして宇宙空間にて一夏が発現させた、人類の未来を切り拓くための斬撃。誰かと手を取り合うための極彩色の極光──すなわち、絶剣。

 スコール・ゴーストはそれをラーニングしたと言っているのだ。

 

(そんなことが可能なのかッ!? いや、こんな土壇場でブラフを打ったところで意味がねえ、実際に戦えばわかる。ってことは事実だと考えるしかねえが……どのレベルだ。流石にISコア全部をのっけたあの時のやつには劣るだろうが……亡国機業に配備されてた疑似ISコアはゆうに3桁ある。どこまでの出力を出してくる……!?)

 

 空間が荒れ狂う。

 確かにその威容、人の理を超えつつある領域と断じるほかない。

 どうするべきかオータムが思考を回転させていた隣で。

 

 

「……ここまでだな」

 

 

 ひどく不機嫌そうな声が聞こえた。

 不機嫌? 違う。いら立ちすら超えていた。

 

 

「猿真似は猿真似を名乗ればいいものを。貴様如きに、彼の光が再現できるものか」

 

 

 はっきりと──東雲令の瞳には、怒りが宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 至近距離の斬撃。

 それを必殺の一閃へと昇華させるべく、セシリアは幾重にも工夫を凝らしていた。

 

 第一に篠ノ之流を独学で模倣した身体捌き。

 これによって相手の斬撃の勢いを完全に殺し、自分のカウンターを通した。

 

 第二に新装備『インターセプターⅡ』。

 ショートブレードにリボルバー式単発銃を取り付けた見た目は、実は偽装。トリガーを引いたところで弾丸は放たれない。内部でカートリッジが激発し、刀身に攻性エネルギーを瞬間装填、爆発的に威力を高める機構を搭載しているのだ。

 

 だが一夏とて、世界の頂点に手をかけた猛者。

 とっさの身のよじりで、斬撃の勢いが殺されるのを最小限にとどめた。

 同時に炸裂した斬撃。反動に互いが吹っ飛び、空中で姿勢を整える。

 

「…………次で決まるね」

 

 シャルロットは静かに呟いた。VIP席の国家代表らも頷く。

 観客は慌てて大型スクリーンを見上げた。攻撃を掠め合っていたのもあったが、先の交錯は効率的に互いのエネルギー残量を大幅に減損させていた。

 特に、インターセプターⅡの強化斬撃をモロに受けた一夏は、四割を切っている。

 

「……ここまでだな」

 

 一夏は紫電を散らす増設展開装甲を破棄(パージ)

 度重なる急加速を経た後の直撃だった。装甲の半数がエラーを吐いて、視界がレッドアラートに埋め尽くされている。

 

「そうですわね」

 

 ポジショニング用に使っていただけだというのに。

 セシリアの展開装甲もまた、過負荷に火花を散らしていた。迷わず彼女はそれを切って捨てた。

 

 高高度から落下した鉄塊が、アリーナの大地に激突して、嫌な音を立てて潰れた。

 両者共に、第四世代相当装備を全損。

 残ったのは()()()()()()()

 

「第四世代型全盛期ってご時世に、モンド・グロッソの決勝戦が第三世代型同士の戦いになるの……!?」

 

 観客席で鈴が悲鳴じみた声を上げた。

 そう、一夏もセシリアも、身に纏っているのはかつてと全く同じIS。

 

「あら、あらあらあら」

「おいおい、おい……」

 

 二人は顔を見合わせて苦笑する。

 感覚や理論を突き詰めた結果、二人は奇しくも展開装甲を増設装甲として纏い、機体への埋め込みは断念した。

 

「なんだよなんだよ。パクっただろお前」

「パクっていませんわ。絶対そっちがパクったでしょう」

「パクってねーし」

 

 子供のような言い合い。

 観客席のどよめき。世界中で観戦している人間が目を剥いている。

 

「汎用性……いや! 即時対応性を高めるためなら、展開装甲は載せるだけで強烈なアドバンテージを生む装備のはずだ! だというのに何故わざわざ増設装甲に……!?」

 

 効率性を重んじるラウラだからこそ、明瞭に疑問を言語化できた。

 それを音声として拾ったらしく、一夏とセシリアは同時に鼻を鳴らし。

 

 

()()()()

()()()()()

 

 

 この瞬間を以て、明確に示される。

 二人の領域は既に、級友たちの、数歩先に達しているのだと。

 

「それじゃあ、やるか」

「……そうですわね」

「何だよ。名残惜しいか?」

「アナタこそ。この瞬間が永遠に続けばいいのにと、思っているのではなくて?」

「……かなわねえな。その通りだ。お前と戦うこの瞬間、この刹那に、俺の全部がある」

「断言されるとおもばゆいですが。同意見ですわ」

「あー、セシリア。それ誤読してる。おもはゆいって読むんだよ」

「チッ。うっせーですわね」

「すげえ急に態度悪くなったな」

 

 VIP席が殺気立ち始めたが、二人は気づかなかった。

 自分の内側で、エンジンがこれ以上なく回転していくのを感じた。全身に力が漲る。呼応するように機体も蠢動する。

 超大型アリーナの中央で。

 二人の視線が、確かに質量をもって激突した。

 

 

「さあ、勝負だ!」

「ええ。決着をつけましょう!」

 

 

 

 

 同時、花開く。

 

 

 

 

「『疾風鬼焔(バーストモード)』──出力臨界(ゼロシフト)ッッ!!」

 

 

 

 炎は、温度を上げるほどに色を変えていく。

 すべてを焼き尽くす業火の色から、すべてを抱きしめる青空の色へ。

 手を取り合った果てに届けばいい。一人で飛ばなければならない道理などないのだと、彼はもう知っている。

 

 

 

「BT粒子全開稼働ッ! ──出力臨界(アクセルオーバー)!!」

 

 

 

 雫が集いて形を成す。

 一つ一つは、悲しみや怒り、後悔の涙だったかもしれない。

 だが多くの涙を経た先には、必ず輝かしい明日が待っていると、彼女はもう知っている。

 

 

 疑う余地はない。ここが決戦場。ここが決着の刻。

 

 

鬼剣、装填────さあ、セシリア・オルコット! お前は十三手で詰むッ!」

「ええ、ええ! やってみなさい! 最強を証明するのがどちらか、ここに示しましょうッ!」

 

 

 奇しくもここにきて。

 

 

 

 両者身に纏うは────無限に続く蒼穹(インフィニット・ストラトス)の色だった。

 

 

 

 

 

 

 

「貴様には分かるまい。あの光、あの輝きがどんなものなのか」

 

 ウェーブ・ウィーバー最奥、玉座の間にて。

 まがい物の絶剣を前に不機嫌さを隠そうともせず、東雲は滔々と語る。

 

「お前ちゃんとシリアスできるよな? 違ったら即座に止めるから真面目にやれよ」

「あの絶剣を、かんちゃんは地球に戻ってから、見慣れた色だったと語った。あれはまさしく、ゲーミング機器の発光色だと」

「あっもう違うわ! この話の入りで一歩目からミスることあんの!?」

 

 隣の女が絶叫したが、東雲は無視した。

 

「色とりどりの、個々人が持つ色彩を織り交ぜたが故の、目を焼くような苛烈な輝き」

「方向性ミスったまんまアクセル踏むのやめろ、そういうのじゃないんだよアレ」

「当方はそこに未来の輝きを見た」

「何も見えてなくねえか?」

 

 オータムがいい加減切り上げようとした。

 その直後だった。

 

 

 

 ──『茜星』が、約1680万色(正確には16777216色)に輝きを放ち始めた。

 

 

 

「…………は????」

『何、それは……ッ?』

「ならば当方は、人類になりそこなった者であっても、その未来を守護しよう。故に恋愛大明神の名は、この一時だけは捨てる」

 

 背部バインダーが稼働。

 花開くように回転したのち、地面と水平に並ぶ。

 リボルバーのように並ぶそれを背負い、東雲は両手に太刀を抜刀。

 

「さあ畏れろ。貴様が否定する未来はここにある。今この時、当方のことは────」

 

 雄々しく。

 だが歌うように。

 未来の守護者が名乗りを上げる。

 

 

 

!!

 

 

 

「……………………は???????」

「────()()()()()()

 

 言葉が出てこないオータムを完全にぶっちぎって、東雲が加速した。

 スコール・ゴーストが慌てて不可視の衝撃波を放つ。

 だがそんなもの、今の東雲にとって路傍の石にすら過ぎない。

 

「邪魔だ!」

 

 一太刀に切って捨て、減速一切なく猛進。

 球体コアの眼前で刃を振りかざし。

 

 

「この輝きが!」

 

 

 かつて世界最強の再来と呼ばれ。

 出来損ないのスクラップと呼ばれ。

 

 

「この輝きこそがッ──」

 

 

 けれど恋を知り、日々を愛した少女が、未来を切り拓く。

 

 

 

 

 

IS-イス-!!

 

 

 

 

 

「違うぜ!?!?!?!?!?!?」

 

 

 本当に違うと思う。

 真っ向唐竹割。振り抜かれた刃が玉座の間そのものを両断した。

 数秒の静寂。真っ二つに断たれたコアが、断末魔すらなくずるりと滑り落ちる。

 

 

「──第二魔剣:楽土雲耀(らくどうんよう)

 

 

 砕け散った両手の刀を持ったまま、残心を取りながら東雲がその名を告げた。

 繰り出されたのは神速の斬撃。

 篠ノ之流の極致──陰ノ型・極之太刀『絶:天羽々斬』。かつて身に受けたそれをラーニングし、さらに昇華した必殺技術。

 

 

「いやだから違うぜ!?!?!? 絶対にそれはインフィニット・ストラトスじゃないぜ!?!?」

 

 

 悪の親玉を無事滅殺し。

 晴れやかな空気感で、東雲は、自分が両断した壁の隙間から除く青空を見た。

 

「……どうだ。おりむー、当方は勝ったぞ。おりむーからつないでもらったものを行使して、勝った。次はそちらの番だ」

「なあなあなあなあ!! 今のがISだって認めて勝つのすげえ嫌なんだけど! おい聞いてるか? 発言を撤回しろこのクソ女! お前のせいであらゆるISコアが風評被害を被ってんだよ! ていうかどうやって発光させた? マジ意味分かんねえ」

「ピカピカ光るように改造した」

「外部取り付けかよ! それ演出ってこと!? 出力上がったわけじゃねえの!?」

「当方のテンションが上がった」

「知らねええええええええええ」

 

 オータムの絶叫は大空に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 言葉を最初に捨てた。

 嗅覚も捨てた。順次、要らないものをカットした。コンマ数秒で、ただこの刹那のためだけの存在になった。

 だからもう、ここからは──思考を言語化すらしない。

 している暇が、ない。

 

 一手。

 飛びかかった一夏をBT兵器が各方向から狙い撃つ。だが当たらない、すり抜けるようにして距離を詰めた。

 右肩から入る袈裟斬り。斬撃の軌道を読んでいたセシリアは、それをショートブレードで受け流した。

 

 二手は神速の切り返し。

 それも胴体を狙わず、腰の回転だけで放つ、さらに斜め下への切り落とし。

 つまりはセシリアの左足を狙った追撃。回避しきれない。蒼の装甲がすぱりと切り裂かれる。

 

 三手。

 積み上げてきたものが違う。単なる斬撃でありながら既に神速。だが英国代表は神をも撃ち落とす。

 一夏が振り上げようとした『雪片弐型』を、ブルー・ティアーズが放った射撃があらぬ方向へと弾き飛ばす。

 並行してセシリアが他のビットにも命令を走らせた。既に狙いはつけている。

 

 しかし鬼剣使いの第四手はそれすら織り込み済みだ。

 先ほど弾いた『雪片弐型』が刹那のみ量子化、弾かれた軌道から帰ってきた。

 単一の装備を瞬間的に格納・再展開する技巧。それを用いた、一度外された攻撃をそのまま当てに行くという二段構え。

 ここにきてもう、バトルの行方はダメージレースにかかっている。一夏の背部ウィングスラスターにレーザーが直撃、エネルギーを減損。だがそれよりも多く、焔を炸裂させ振るわれた斬撃が、セシリアの臓腑にまで響く衝撃を与えた。

 

 五手は落下しながら。

 瞬間的な出力の減少により、『白式』と『ブルー・ティアーズ』がもみ合いになりながら重力に引かれた。拳で殴りかかった一夏の腹部に、セシリアの肘がめり込む。篠ノ之流は剣を持たずとも身体捌きに宿る。真髄に届きつつあるセシリアに、この程度の芸当はたやすい。

 

 かつての焼き直しのように二人そろって落下した直後に、六手が放たれる。

 轟音と共に墜落。装甲のひしゃげる音。それに混じって確かに響いた金属の切断音。

 吹き上がった砂煙を突き破りバックブーストをかけたセシリアは愕然とした。スターライトmk-Ⅲが、銃身の半ばで断ち切られている。

 

 動揺している暇などない。七手目が眼前にあった。

 距離を取ろうとした彼女に対し、追いすがるような形でコンマ数秒遅れて一夏もブースト。間合いを殺し切っ先をつき込む。身体全部を躍動させ、頭が腰の位置に下がるほど上体を伸ばし切っての刺突。

 反射的に身をよじる。肩部装甲が余波に巻き込まれる形で弾け飛んだ。

 

 八手目、既に満身創痍。

 血を吐くような形相で間近に迫った一夏が、その場で一回転。先ほどの刺突を引き戻しながら次の横一閃へとつなげる。

 目視不能な速度のそれを、セシリアはほとんど直感任せにインターセプターⅡで防ぐ。横合いからの斬撃と短刀がかみ合い、火花を散らす。互いを食い破らんと刃が吠える。

 

 拮抗を破るは九手。

 一夏はつばぜり合いの状態から、一気に腰から力を伝導させた。

 ゼロ距離で爆発的に威力を増大させる絶技──それを、既に彼女は知っていた。

 絶妙なタイミングでセシリアが膝からかくんと力を抜いた。大きくしゃがみこむ。力学的な作用をズラされ、込めた力のままに一夏の斬撃が空を切る。

 直後にビットが光を放つ。至近距離、本体である自分が巻き込まれかねない。並の射手であれば。

 ここにいるのは、銃撃だけでモンド・グロッソ決勝までたどり着いた天眼の持ち主。

 四方八方から飛来した光線が狙い過たず、『白式』の各所のみを撃ちぬいた。

 

 優勢を、そして勝利が目前だと確信したセシリアにとって、十手は極めて予想外だった。

 背後からの銃撃を浴びて体勢の崩れた一夏。エネルギー残量は僅か。観客たちが悲鳴を上げて口を覆っている。

 既にセシリアは至近距離でもう一本用意していたインターセプターⅡを召喚していた。あとはトリガーを引いて刀身を押し付けるだけ。

 だがそのタイミングで、視線が重なった。自身がビットに撃たれないようしゃがみこんだため、一夏は覆いかぶさってくるような姿勢だ。

 そして逆光の中で、彼の両眼が蒼く発光しているのを見た。

 大地が爆砕した。瞬時加速(イグニッション・ブースト)による即時の大推力。それを用いて一夏はその場でサマーソルトした。セシリアの顎が『白式』のつま先に蹴り上げられた。

 瞼の裏側で火花が散る。視界が数瞬ブラックアウトして、明滅し始めた。

 

 十一手。分水嶺。

 たたらを踏んで頭を振りながら、セシリアはそれでもビットに伝達する。射撃。一夏は後方宙返りから即座に飛び上がりレーザーをかわす。フレキシブルにより追いすがってきたそれを、もう切り払う余力がない。『雪片弐型』を縦横と構えて防ぎ、パッとレーザーが粒子に散る。

 そのまま急降下、ほとんど真上からセシリアに刃を叩きつける。

 トリガーを引いてインターセプターⅡで迎撃する。互いの斬撃が激突し、拮抗は刹那にも満たない。

 パキンと硬質な音を立てて、短刀が砕けた。そのまま一夏の渾身の攻撃がセシリアに直撃する。レッドアラート・ウィンドウが視界を染め上げる。エネルギー残量一割未満。互いに攻撃が掠めただけで残量すべて消し飛んでしまうほどの危険域。

 

 勝負が決まると誰もが予感した十二手。

 流れを完全につかんだ一夏が、背部ウィングスラスターを炸裂させて迫る。

 激痛と困憊に視界ごとふらつく中。

 セシリアは正面から向かってくる一夏に、右手の人差し指を突き付けていた。

 ばん、と唇が動くのを確かに見た。そこで気づいた。先ほど一斉砲火を浴びせてきたビットが散っている。

 一夏とセシリアを三次元的に取り囲む配置。関係ない。バレルロールして突破。すり抜けるような軌道は健在。

 その程度で仕留められるとはセシリアも思っていない。レーザーが一つ足りないと気づいた時にはもう遅い。

 最後のビットは、()()()()()()()。主の背中にぴたりと砲口を向けて、レーザーを発射。フレキシブルにより彼女の身体をスレスレで回避し、まったく予期しない方向から、まったく予期しないタイミングでラストシューティングが放たれる。

 正真正銘の切り札だった。それを予期できた人間は観客席には少なくともいなかった。VIP席ですら、箒や鈴は驚愕に唇をびくんと震わせている。直感的にセシリアの伏せ札を察知で来ていたのは、理論と感覚をバランスよく併せ持ったシャルロットだけだった。

 

 最後の光が一夏の視界を刹那に染め上げる。

 この刹那を認識できる人間は、当人たちをおいて他にいない。

 

 確実に、最後の一手として相応しいのはこれだとセシリアは思っていた。

 自分の身体でビットそれ自体を隠した、意識外からの一撃。これをもって、眼前の男との、長い長い宿命の戦いに決着をつけると。

 

 それは一夏も、同じだった。

 彼にできるのはただ近づいて斬ることだけ。それだけでここまで来た。

 

 

 だから。

 

 織斑一夏が、彼自身が、最もセシリア・オルコットのことを、信じていた。

 

 

 

 

 

臨界超過(ゼロ・オーバー)

 

 

 

 

 

 一夏が微かな声で呟くのと、それは同時だった。

 爆発的な勢いで接近したからこそ、十二手は斬撃なのだと、誰もが誤解した。そう考えるよう仕向けられていた。この土壇場で直接攻撃以上に優先する事項などあるものか、と。

 いいや織斑一夏だけは知っている。単なる猛攻が、斬撃の嵐が、確かに決め手だったとしても本質はそこにはないのだと。

 

 鬼剣は、勝利をつかみ取るための決戦技巧にあらず。

 それは遥か先を往く魔剣の役割である。

 

 鬼剣は、敗北から飛翔するための逆襲機構に過ぎない。

 本質は刀身に宿らず、織斑一夏の両眼こそがその証明。

 

 焼き尽くす地獄の色から離れ。

 澄み渡る青空の色すら超えて。

 

 

 極まった炎は、空間に溶けるようにして無色となる。

 

 

 真の第十二手。

 それは『疾風鬼剣(バーストモード)出力臨界(ゼロシフト)』の終了間際にのみ発現する、無色透明な焔による()()だ。

 二人の中間地点で、レーザーと焔が正面衝突してスパークを引き起こした。

 思わず観客たちが目を手でかばう。

 

(十三手────)

 

 互いの伏せ札を、互いの伏せ札で潰し合った。

 既に機体は限界。推力ではなくほとんど慣性で飛び込んでくる一夏に、セシリアは歯をむき出しにして迎え撃つ。

 最後の武装。この瞬間まで使うことなく眠っていた最後のBT兵器──膝部アーマーに内蔵された弾頭型(ミサイル)ビット!

 

 もう遮るものは何もない。

 手札は一枚を残して使い切った。策も、技巧も、性能も、全てをぶつけあって。

 最後に残ったのはただ一枚、意地という名のカードだけ。

 

 

 

「織斑一夏ァァァァ──────────!!」

「セシリア・オルコットォォオオオオッッ!!」

 

 

 

 男と女が激突する。

 一歩で己の過去を昇華し。

 二歩で己の未来を先取りし。

 三歩で今この瞬間の全てに叩きつける。

 

 何も恐れる必要はない。

 刃の中に碧眼が写り込む。

 BT粒子の輝きに黒髪が揺れる。

 

 

 交錯は一瞬だ。

 

 

 ブザーが鳴った。明確に、相討ちなどではなく、勝敗を分けるブザー。

 勢いのままゴロゴロと転がっていき、砂煙を上げる一夏。

 その場に崩れ落ち、装甲が光となってほどけていくセシリア。

 

 各国代表たちはその光景を、半ば放心するようにして眺めていた。

 とっさの判断がつかず、客席の観客たちはモニターを見る。

 

 

 織斑一夏、エネルギー残量7。

 セシリア・オルコット、エネルギー残量0。

 

 

 結末を理解して、それからやっと一同は、視線をアリーナへ向ける。

 ゆっくりと力を籠め、倒れ伏していた姿勢から、唯一の男性IS操縦者が立ち上がる。

 

「おれ、の…………」

 

 唯一無二は、その性別ではなく強さに。

 

「俺、の────!!」

 

 世界最強の座をつかみ取り、男は右の拳を握り、天へと突きあげた。

 

 

 

「俺のッ……勝ちだァァァ────────ッ!!」

 

 

 

 世界中が、爆発的な歓声に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 史上初、モンド・グロッソにおける男性の優勝。

 これを以て世界の情勢は、再び激変していくこととなる。

 

 

「よっ」

「……」

 

 決勝戦が終わった夜のことだ。

 ホテル一階の宴会場を貸し切って、そこは国家代表たちの慰労会会場となっていた。

 ドンチャン騒ぎ──鈴がゲームを持ち込み、宴会場でスマブラ大会が始まっていた──をそっと抜け出して、一夏はある部屋の前まで来ていた。

 

「入らない方が、いいよな」

「…………」

 

 過剰に情報受信する状態にこそ陥っていないが、ふと気を抜けば、本来見えないものが見えてしまう状態は継続されている。

 だが一夏は、ドアの向こう側で、セシリアがドアに背を預けて座り込んでいるのを、見てしまっていた。

 

「…………」

 

 一夏も座り込み、同様にドアにもたれかかった。

 背中合わせの姿勢で、しばらくの沈黙。

 

「長かったな、ここまで」

「…………」

「だけど……終わったわけじゃない、って思った………また始まっていくんだ……そうだろ?」

「…………えぇ」

 

 きっとまた、明日からは激動の日々が始まる。

 今日は一つの区切りであっても、決して終着点ではない。

 だから少し休めばいい。

 少し休んでから、また歩き出せばいい。

 

 ドア越しに少しだけ、掠れたような、すすり泣く音が聞こえた。

 一夏は黙って息を吐き、目を閉じた。

 

 見果てぬ道を歩くのは、自分一人だけではないと感じた。











碑文つかささんから、本作の一夏とセシリアのイラストをいただきました。
https://twitter.com/Aitrust2517/status/1310693914739843072?s=20
背中合わせになっているのは完全に偶然でびっくりしました。本当にありがとうございます…!

外伝四つやりたかったのですが三つめは死ぬほどつまんなくなったので没にしました。
四つ目はいつかやります。多分。


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