強キャラ東雲さん (佐遊樹)
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Birth Day 1.東雲さんとの出会い

外見は多分スカサハ


 IS学園一年一組教室。

 見渡す限り女子が敷き詰められたその箱の中心で、織斑一夏は憂鬱なため息を吐いた。

 針のむしろと呼ぶにふさわしい空間。

 自分が最大の異物でありながら、存在することを強要されるプレッシャー。

 人生経験が豊富とは言いがたい思春期の男子にとっては、天国の皮を被った地獄である。

 

(き、キッツイ……)

 

 全方位から突き刺さる視線。

 いや……全方位、というのは語弊があった。

 

 一夏はちらりと、右隣に目を向けた。

 そこには当然少女が座っている。

 綺麗な黒髪を下げた、紅眼の少女。女子としてはかなり高い背丈なのが見てとれた。

 

 彼女だけが、この教室で一夏を見ていない。

 興味がないのか、あるいは意図して徹底的に無視しているのか……その判断はつかなかったが、一夏にとってはありがたい話だった。

 

 HRの自己紹介で東雲令(しののめれい)という名前以外の個人情報を一切明かさず、休み時間に入るなり鞄から文庫本を取り出して読みふけっている少女。

 

 

 

 

 

 織斑一夏でさえもが知る超有名人。

 『世界最強(ブリュンヒルデ)の再来』と謳われる日本代表候補生。

 それが東雲令である。

 

 

 

 

 

 あああああ、とダミ声で呻いて、一夏はベッドに突っ伏した。

 男子用に急遽割り当てられた一人部屋、他に人も居ない以上、誰かに遠慮する必要はない。

 

 思い返すは今日という一日。

 

(なんで初日から、エリートと決闘なんてしなきゃいけないんだよぉ~)

 

 きっかけはクラス代表を決定する、という織斑千冬の言葉だった。

 知名度や注目度が先行し、多くの生徒が一夏を他薦。

 それにユナイテッド・キングダム代表候補生セシリア・オルコットが噛みついた。

 

 最終的には一夏とセシリアの決闘をもって、一年一組のクラス代表を決定することになったのだが。

 

(……東雲さん、カッコよかったな)

 

 寝返りを打ち、部屋の天井を見上げて、一夏はスッと目を細めた。

 圧倒的な知名度を誇り、その実力を保証されながらも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()少女。それを無表情のまま受け入れ、恐らく最初から一切の興味を示していなかった少女。

 

 セシリアが一夏を罵倒し始め、一夏がその喧嘩を買おうとした瞬間だった。

 

『大体、実力ある者こそが代表になるべきです。貴方のような見世物ではなく、東雲さんこそ日本人として代表に立候補するべきではありませんか!?』

『――当方は立場に興味がない』

 

 全身が粟立ったのを覚えている。

 

 たった一言で、教室の空気が、それまでの流れが斬り捨てられた。

 

『クラスの代表も、代表候補生も、国家代表も、平等に無価値である。ISを扱う以上、価値として認められるのは戦いの後に生き残っていたという事実のみ』

『……貴女はいつもそうやって、わたくしたちのことを、まったく歯牙にかけませんわね』

『セシリア・オルコット。戦績は六勝零敗。当方は六度生き残り、其方は六度死んだ。それ以外に価値判断の基準はない』

『……ッ!』

 

 言葉から察するに、東雲はセシリアに六度勝利したことがあるのだろう。

 

『当方はIS乗りである。故にあらゆる他のIS乗りを打倒する。そこに肩書きは介在しない』

 

 東雲はそこで文庫本を閉じて、セシリアを見た。

 一夏には横顔しか見えなかったが、彼女の紅い瞳には、色合いとは裏腹に絶対零度の温度だけがこもっていた。

 

『セシリア・オルコット。其方は、其方が死んだ後に代表候補生という肩書きが遺れば、満足するのか?』

 

 純粋な疑問の声色だった。

 セシリアが言葉を失うのを確認して、それきり東雲は興味を失ったようだった。

 

(あれは、強さに裏打ちされた言葉だ)

 

 一夏には分かる。

 強さを持たない人間には、そんなことは言えない。

 戦って、生き残る自信があるからこそそこに自らの存在意義を据えられる。

 

 そうでありたいと思っていた時期が、あったような気がする。

 けれど今は、一夏は守るための力を欲している。

 

 だから強さのベクトルが違うのだろうと、その時はおぼろげに考えていた。

 

(……ん?)

 

 一夏は不意に、そこで眉根を寄せた。

 

 もし勝ちたいのならば。

 彼女に師事するのが一番ではないだろうか。

 

 ベクトルが違う。目的が違う。

 だが操縦技量だけは嘘をつかない。

 

「……つっても、あのとっつきにくさじゃあなあ」

「失礼する」

 

 ぼやいてベッドから立ち上がった瞬間、部屋のドアを開けて東雲が入ってきた。

 一夏は硬直し、一度窓の外を見た。特に意味はなく、自分を落ち着かせるための行動。

 

(……え? 何?)

「織斑一夏、当方はこちら」

 

 名を呼ばれ、幻覚ではないことがはっきりして、一夏は頬を引きつらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「茶請けとかはないけど、大丈夫か?」

「気遣い痛み入る。緑茶を出していただけるだけでも当方は感謝している」

 

 間近で見れば、ますますその美貌を意識させられる。

 再会した幼馴染である篠ノ之箒とはまた違う。人を寄せ付けない雰囲気は似通っているが、箒のクールな印象とは異なり、東雲令は鋭利な空気を身にまとっていた。

 

「えーと、それで、どうしたんだ?」

 

 東雲を部屋に設置されていた椅子に座らせ、一夏はベッドに腰掛けた。

 部屋の照明が彼女の黒髪を照らす。少し紫色がかかっているだろうか。

 

「当方は日本代表候補生として、首相官邸より極秘指令を受け学園に派遣された」

「へー…………ワリィ、ごめん、もう一回頼む」

「当方は日本代表候補生として、首相官邸より極秘指令を受け学園に派遣された」

 

 レコーダーを再生するかのように、声色に変わりなく東雲は同じ文言を告げた。

 あまりに学校生活とはかけ離れた言葉に、一夏は思考が停止する。

 

「え? その、それを俺に言ってどうするんだ」

「当方に下された命令は、織斑一夏、其方の護衛」

「ご、護衛……ッ!?」

「暗殺、籠絡、妨害、傷害、あらゆる事態が想定され、あらゆる事態に最も対応できる人材として、当方が選択された。後日、織斑千冬からも説明があると思われる」

「…………代表候補生って……トム・クルーズみたいな仕事もやらされるんだな……」

「ジェイソン・ステイサムと言って欲しい」

 

 思わぬ反応が返ってきて、一夏は目を丸くした。

 茶化すと言えば聞こえは悪いが、あまりに突飛な事態を前に、彼なりに落とし込もうとして冗談めいた言葉を選んでしまったが――まさか東雲令が雑談に乗っかってくるとは。

 というかジェイソン・ステイサムを知っているとは。

 

 驚愕が伝わっていたのか、東雲は少し視線を一夏から逸らす。

 

「当方が知っていると変だと思っただろう」

「ああ、いや、変だとは思っていない。でも、東雲さんが知ってるのは、意外だとは思った」

「……承知。話を戻す。当方はIS乗りとして其方を護衛する。だが根本的な解決策として、其方の鍛錬も業務として行う」

 

 自分の身は自分で守れるように、それまでは保護者がつくってことか。一夏は独りごちた。

 それから、拳を軽く握った。

 

 誰かを守るための力が欲しいと願っていたのに。

 一番最初に告げられたのが、()()()()()()()()()()()()、だなんて。

 

 なんたる皮肉かと自嘲の笑みが浮かぶ。

 

「明日の早朝0600に迎えに来る。準備をしておくように」

 

 東雲はそう言って、椅子から立ち上がった。

 

「緑茶、馳走になった。何かしらの形で返す」

「おお」

 

 渦巻く思考の渦中にいた一夏は、顔を上げられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(めちゃくちゃイケメンで緊張した)

 

 東雲は部屋に戻ってから、ルームメイトである篠ノ之箒がシャワーを浴びているのを確認して、ベッドに腰掛けた。

 

(うわー、超緊張する。いやでも彼氏欲しいし、これ逃したら学校で男子と話す機会本当になくなっちゃうし、頑張らないと……でも男子ってどんな話すればいいんだろう……)

「ああ、戻っていたのか、先にシャワーを浴びてしまったぞ」

「問題ない」

 

 バスタオル姿の箒がシャワールームから出てくるのを確認して、東雲は素早く立ち上がった。

 

「何か考え事をしていたようだが、どうしたんだ?」

「当方は千載一遇の好機を得た。だからこそどう立ち回り、好機をどう活かしていくかを考えていた」

 

 替えの下着とバスタオルを抱えて、東雲はシャワールームに入る。

 その背中を見送りながら、箒はごくりと唾を飲んだ。

 

「……千載一遇の、好機、か……学び舎をそう表現するのは、君ぐらいだろうな……」

 

 気付け、お前の幼馴染超狙われてるぞ。

 

 

 



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2.専用機、あるいはお寿司

早くオリ主TUEEEしたい……


 二日目の授業。

 一夏はまるで呪文が書き連ねられているかのような教科書を前にして、頭を抱えていた。

 

 決して彼のオツムが弱いわけではないが……IS学園は高度に専門的な知識を詰め込み、それを実践の中で身体に叩き込むというサイクルを極めて短いスパンで行う。

 それ自体こそが基礎的な知識を前提としていることは言うまでもない。

 

 つまり織斑一夏は、生徒としては論外だった。

 

(わ、わかんねぇ……! 何だこれ、何が書いてるのかちっとも理解できねえぞ……!)

 

 助けを求めるようにして視線を巡らせる。

 教室隅の席に座る箒は、我関せずといった様子で授業に集中していた。

 右隣の東雲は、しばしテキストを熟読していたが、一夏の視線に気づき顔を上げた。

 

「当方に何か?」

「わ、悪い、ちっとも分からん……」

 

 東雲はしばし黙った。

 

「確かに授業は高度な内容を扱う。ただ理解が及ばないというのは不可思議である。テキストの内容を事前にある程度理解できていれば、授業についていくことだけはできるはず」

「……教科書、間違って捨てちゃったんだ」

「…………其方の落ち度」

 

 表情は変わらないが、恐らくあきれかえっているんだろうな、と一夏は感づいた。

 

「早朝に伝達してもらえれば、座学でのサポートに切り替えたというのに」

「す、すまん」

 

 早朝の鍛錬は、基礎的な身体トレーニングであった。

 そこで一夏は東雲との隔絶した差を思い知らされた――というわけでもなく、実に標準的な、身体をほぐし柔軟性を高めることに重点を置いた簡単なトレーニングを二人でこなしていた。

 

 何事も積み重ねが肝要であり、これだけのトレーニングでも毎日続ければ、成果は目に見えて出る、とは東雲の言である。

 

「あの、何か分からないところでも……?」

 

 と、小声とはいえ授業中に会話をしていた東雲と一夏に、授業を行っていた山田先生が声をかける。

 ぎくりと一夏が身体を強ばらせた。

 対照的に、東雲は落ち着き払った声で返す。

 

「簡単な疑問点があり、それを解消していました。授業に支障はありません、続行をお願いします」

「はいっ。分からないところがあれば、いつでも聞いてくださいね~」

 

 全部なんですよ、全部分かんないんですよ。一夏は唇をかみながらそう思った。

 自分は一体何をしているのか。

 ――いいや、自分に何故非があるのか。

 

(望んで飛び込んだ環境じゃない。そこで勝手に常識を押しつけられたって、困る)

 

 半ば意固地になったような考えだった。

 壁に背を預け静観していた織斑千冬が、弟の様子を見て目を細める。

 それよりも早く。

 

「環境のせいにするな」

 

 東雲の言葉は一夏以外に届かないほど、小さく、けれど鋭く、彼の心臓をえぐった。

 

「人間は誰もが、置かれた環境で、自分のできることを成して勝負しなければならない。織斑一夏、今、其方が考えたことは、敗死を招く甘言に過ぎない」

「……ッ」

 

 見透かされていた――

 羞恥から頬が紅く染まり、一夏は黙った。

 

(俺は、何をしているんだ)

 

 歯がみしながら、必死に山田先生の解説を書き留めていく。

 意味は分からなくとも、後で理解の手助けにすればいいと思い至った。そんな簡単なことに気づかないほど、集中できていなかった。

 

 積み重ねが肝要だというのなら。

 何もない自分は、零から積み上げていかなくてはならない。

 

 ただそれだけの事実だった。

 それが一夏にとっては、この上なく荷が重かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑、お前には専用機が用意されることになった」

 

 教室がざわめく。

 授業終了直後の、織斑千冬の言葉。

 それを聞いて一夏は、静かに頷いた。

 

(東雲さんが言ってた通りか。データ取りのためと、あとは……)

 

 

『織斑一夏。当方は『世界で唯一ISを起動できる男子』という肩書きに価値を見いださないが、そうでない者は世界中にいる。あらゆる企業が其方の専用機を製造し、押しつけようとすることが予想された。故に日本政府が先手を打ち、企業ではなく国家という単位から専用機を送る運びになった』

 

 

 誰もが、自分に何かを期待している。

 誰もが、自分に何かを背負わせようとしてくる。

 

「受領は一週間後の予定だ。恐らくクラス代表決定戦には間に合うはずだろう」

「……分かりました」

「……?」

 

 一夏の返事に、千冬は訝しげな表情を向けた。

 事前に説明されていただろうが、それにしても、反応が薄い。喜びも、困惑もない。

 

 何より、自分の弟は、こんなにも諦観が染みついてしまったような声音を出す男だっただろうか。

 

「まあまあ、安心いたしましたわ。専用機でないから、という言い訳でもされたらどうしようかと思っていましたもの」

 

 金髪がふわりとなびく。

 セシリア・オルコットが空気を切り裂き、一夏の前に立ち塞がった。

 

「ああ、そうだな。俺もとっておきの言い訳が使えなくなって、困ってたんだ」

「残念でしたわね。専用機とはIS乗りとして第一の栄誉。それをクリアしてしまった以上、無様な敗北には無二の恥辱が付属いたしますわ」

「あいにく、そこまでIS乗りとしてのプライドがあるわけじゃない……あれ?」

 

 自分の発言に、一夏は自分で首を傾げた。何か、違和感を覚えた。はっきりとは像を結ばないぼんやりとした異物感。

 

「ふん、それならせいぜい、わたくしに踏み潰し甲斐を与えてくださいまし」

「……善処するよ」

 

 毒にも薬にもならない言葉の応酬。

 特に一夏の、覇気のない切り返しを聞いて、セシリアは不満そうな表情を浮かべた。

 

「オルコット、そこまでにしておけ」

「……分かっておりますわ」

 

 千冬の制止を受けて、セシリアはきびすを返す。

 

「……織斑。ずいぶんと乗り気ではないようだな」

「ああ、いや……いえ。俺なりに、やれるだけはやろうと、そうは思ってます」

 

 言葉に嘘偽りはないはずだった。

 けれど一夏は、やはりどうしようもない違和感を拭えず、顔をしかめた。

 

 その様子を、東雲令は静かに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわ、混んでるな」

 

 昼休み、一夏はとりあえず学食に赴いていた。

 生徒でごった返しており、注文口には長蛇の列が並んでいる。

 

 これでは席もないか――と思いきや、そこはさすがIS学園、十分なスペースが確保されており、席の空きはある。

 列に並び、順番が来たので日替わり定食を注文し、一夏はトレーを抱えて周囲を見渡す。

 

 否が応でも、自分に注目が集まっているのが自覚できた。

 嘆息しながら、パンダを見るような視線を意識的に無視する。

 

「……お」

 

 視線を感じなかった一角。

 見ればそこには、テーブルに一人で座る東雲令がいた。

 渡りに船だなと天運を感じつつ、彼は東雲の席へと近づく。

 

「東雲さん。ここ、いいか?」

 

 無言の首肯。それを確認して、一夏は彼女の対面に座った。

 

「いや、ここまで混んでるなんてな。弁当に切り替えた方がいいかもしれないぜ」

「……当方は学食で構わない」

「毎日作るのも難しいだろうしな、って」

 

 そこで一夏は、東雲の昼食を見た。

 彼女はそれを細い指でつかみ取ると、小皿の醤油に少しひたして口に運ぶ。

 

「………………………………東雲さん、なあ、それは」

「ふうわりとシャリがほどけ、ネタが口の中で跳ねる。当方が考えるに、この握りは極めて高い技量の職人が握ったものに勝るとも劣らない出来である」

「いやなんで寿司食ってんのッ!?」

 

 昼間の学食で彼女はヒラメの握りを食べていた。

 トレーというか木製の皿には、伝統的な江戸前の寿司が並んでいる。

 

「当方の好物。効率的な栄養摂取を行いつつ、英気を養うことが可能」

「いや栄養偏るよな、すっげえ栄養偏るよな」

「偏りはサプリメントで補うことが可能。当方は食事を、栄養摂取よりもモチベーションの向上面に置いて重視している」

 

 確かにこのご時世、最悪サプリメントだけでも栄養バランスを取ることは可能である。

 東雲の意見はやや極端だが、食事を娯楽として割り切ることは十二分に考えられた。

 

「分からなくはないけど、なんか違う気がする……!」

 

 自炊に慣れた一夏にとって、寿司なんてものはよほどのことがない限りお目にかかれない代物だ。

 ちらとメニュー表を確認すれば、やはり通常の定食類よりも割高である。

 

「まさか毎日食べるつもりなのか」

「その予定」

「……弁当、作ろうか?」

「握りよりも其方の弁当に価値があるとは思えない」

 

 にべもなく斬り捨てられ、一夏は肩を落とした。

 寿司に負けた。いや負けて当然なのは確かだが、言い知れぬ敗北感を植え付けられたのも事実である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あああああああああああああああああああああああああああああああ)

 

 ガリで口の中をリセットしながら、東雲令は内心で絶叫していた。

 

(お弁当! お弁当ッ!! なんで! なんでそんな不意打ちで言うの! 断っちゃったじゃん! あああああああああああああああああ!)

 

 お弁当イベント。

 東雲令にとってその瞬間、確実に天が味方していた。だというのに条件反射で、東雲はそれを跳ね返してしまった。

 

(サイアク……サイアクだよ……もうやだ……もう一回、もう一回チャンスをちょうだい……)

 

 彼女の懇願は、しかし言葉に出していない以上、織斑一夏に伝わるはずもなかった。

 

 

 



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3.自信とプライドと負けたくない理由

さっぱり進まんしこれもう分からんね


 二日目の授業を終えて、一夏は教室の自席で教科書を睨んでいた。

 はっきり言って理解度はクラスメイトらと比べダントツに低いだろう。

 

 ISとは、最新にして最強の兵器である。その先進性には、高い専門性が付随している。

 基本的な直線飛行の段階で既に、一般人からすれば呪文のような言葉の連続だ。

 まったくの素人である一夏がこれを理解する上でのハードルの高さは並大抵ではない。

 

「……なあ東雲さん」

 

 だからこそ、優れた指導者の教えを請わない理由はない。

 日本代表候補生にして、世界最強たる自らの姉の再来とまで謳われる実力者を臨時の教師として迎え入れることができたのは、一夏にとってはこの上ない僥倖だったのだが。

 

「えっと、その服装は……」

 

 一夏の前方。

 教師役である東雲令は、なんかゆるふわっとしたニットに短いスカートを履いていた。

 伸縮性に優れるニットは彼女の身体のラインをそのまま浮き上がらせている。制服越しでは分からなかったが、思っていたよりも身体には凹凸ができていた。出るところが出ている。さらにはだて眼鏡もかけている。

 艶やかな黒髪は制服の時より柔らかく光り、鋭さ、寄せ付けなさが減じられたように見える。

 教室が一瞬で淫靡な空間になったような気がして、一夏はひっきりなしに足を組んだり頬をかいたりして誤魔化していた。

 

「当方がリサーチした際、『家庭教師のお姉さん』というものはこういう服装をするという結果が出たため、今朝のうちに速達で注文した」

「何を見たんだよ東雲さん……」

「ぴーあいえっくすあいぶい、なるサイトである」

「pixivじゃねーか!」

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 服装については当人のモチベーションの表れなようであるため、なるべく気にしない方針でいくことにした。

 一夏は教科書と自分のノートを見比べながら、疑問点を口にする。

 

「なあ、少し思ったんだけどさ。ISの動かし方……これ、かなり無理矢理、テキストに落とし込んでいないか?」

「事実である」

 

 東雲は深く頷いた。

 

「ISという兵器は、IS乗りの直感に対応できるよう、システムに余白が存在する。自動予測やランダム回避機動とは異なる動きをすることを前提に構成され、それはつまりIS乗りの多様性が認められている証拠である」

「ああいや、そうじゃなくてさ。なんていうか、基本操縦技術の段階から、正直実際に触れてみないと分からないところが多すぎるっていうか……」

「それもまた事実である。ISに関するマニュアルは、整備用のものは非常に役立つものの、I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと当方は感じている」

「これ何なんだよッ!」

 

 一夏は思わず絶叫して、分厚い教科書をバンバン叩いた。

 

「お守りである」

「……お、お守り?」

「ISの操縦を行う際には感覚がモノをいうことが多い。その際に必要なのはメンタルコントロールである。そのマニュアルを読破し、自らの血肉としたという事実が、戦場において自らの精神を安定させる材料となる、当方はそう考えている」

「じゃ、じゃあ、このマニュアルを読まない人とかも、いたりするのか?」

「存在する」

 

 東雲は間髪を容れず、一夏を指さした。

 

「織斑千冬が代表例である」

「――――ッ!」

「彼女を筆頭とした感覚派のIS乗りは世界に数多く存在する。最近では、中国の代表候補生もそのタイプだと聞いている」

「感覚派……マニュアルのテキストを読むことなく、操縦の仕方とかを全部、身体で覚えてる、ってことだよな……なるほど、型稽古をあんまりしないけど実戦でやたら強いタイプか」

 

 一夏は得心したようにうなずき、ノートに書き込みを加えた。

 彼なりにかみ砕き、表現を改め、文字通り自らの血肉とするために知識を詰め込んでいく。

 その過程を確認しつつ、東雲は解説を続けていく。

 

「反対となるのはマニュアルを暗記し、それをベースに自らの操縦技術を構築していく理論派である。其方が決闘を行うセシリア・オルコットは典型的な理論派、故に彼女の型にハマると抜け出せないことが多い」

「型?」

「感覚派はその場その場で自分に最適な行動パターンを構築し、常に変化を止めない。だが理論派は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ああ、なるほどな」

 

 必勝の手。常勝の手段。それらを用意し、如何にそこへ持ち込むかに主眼を置く。

 それを見切ることができれば、自分にも勝機があるかもしれない。

 だが――

 

「……でも、東雲さん。仮にその必勝パターンを見切っても、見切られたところで痛くもかゆくもないようには、構築してるんだろ?」

「……いい気づき。其方の言う通り」

 

 東雲は少し驚いたように目を丸くした。

 彼が、戦いの『た』の字も知らないような少年が、そこに思い至るとは考えていなかったためだ。

 リアクションに対して、一夏は乾いた笑みを浮かべる。

 

「いや、さっき、専用機をもらえるってなった時……改めて、彼女の自信を感じた。自信っていうかプライド、なのかな。勝たなきゃって気負ってるわけじゃない。負けるはずがないって確信してる。俺をナメてるんじゃない。自分の評価が高いからこそ、ああいう風に自然と振る舞えるんだと思う」

「…………」

「その点俺は、自分の評価なんてないから……多分彼女の気に障ってるのは、ここだ。踏み潰し甲斐をくれって言ってた。あれはオルコットさんなりの、発破だったのかもしれない」

「……其方がそう感じたのであれば、そう受け止めればいい」

 

 突き放したような物言いだったが、一夏は気にしなかった。東雲がそういう人間だと分かっていたからだ。

 

「まあ、いい。それじゃあISの解説、続けてくれよ」

「承知」

「あ、ちなみに東雲さんって感覚と理論、どっちなんだ?」

「当方は理論派である。ただ勝ちパターンは一種類しかない

「……その一種類で、代表候補生相手に六連勝してんのか……」

 

 一夏はちょっと引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 篠ノ之箒は、寮の外で、日課である篠ノ之流剣術の型稽古を行っていた。

 左右に一振りずつの竹刀。鍛え上げられた腕力は、それを軽々と振り回す。

 

(まったく。まったくッ! 一夏の奴っ!)

 

 だがその精神は、在るべき姿とはかけ離れていた。

 篠ノ之流剣術の神髄は水面のような静けさ、穏やかさ、そして冷たさに存在する。

 あるがまま、揺らぐことなく、ただ斬り込んできた敵は返しの刀を受けて絶命する。そこに一切の揺らぎは生じない。

 カウンターに特化した流派であるからこそ、箒に求められるのはいついかなる時もブレない精神であった。と、いうのに。

 

(最初に挨拶をするだけしたら、後はまったくの無視か! けしからん! 久方ぶりに! 再会した! 幼馴染だというのにッ!)

 

 竹刀の軌道がブレる。それは腕に無用な力みが入ってしまった証拠。

 剣筋が傾き、速度は殺され、見るも無惨な剣戟を演じてしまう。

 だが箒とて確かな実力者である。自分の太刀筋の乱れを自覚すると、ぴたりと動きを止めた。

 

「……いかんな。今日はもう、休んだ方がいいか」

 

 竹刀をしまい、汗を拭う。

 がくりと肩を落として、彼女は自室への道を歩き始めた。

 

 ――その時、ふと、視界の隅で何かが動いた。

 

(……え?)

 

 目を凝らす。夜のとばりが下りていて、シルエットしか見えないが。

 遊歩道脇の小さな休憩スペースに、人影がいた。

 少女の華奢なシルエットではない。大人の女性のスタイルでもない。

 まごうことなく、青年の姿。

 

「い、いち――」

 

 思わず喜び、名を呼んで近寄ろうとした。

 だが。

 駆けだした足が止まる。

 

「フゥッ、フゥッ、フゥッ」

 

 一夏は荒く息を吐きながら、地面に全身から汗を流しつつ、必死に腕立て伏せをしていた。

 一体どれほどの時間、トレーニングをしていればその姿になるだろうか。

 

「……っ、300」

 

 カウントしていたのか、彼は腕立て伏せをやめると、そのままスクワットに移行した。

 誰にも見られないような、夜闇の隅の中で。

 一人、黙々と。

 

(――――――私は、何をしているのだ)

 

 無性に恥ずかしくなった。

 彼は必死に努力をしているのだ。勝負に向けて、決闘に向けて。

 くだらないことで精神を揺るがされ、鍛錬に集中できていない自分が情けなかった。

 

(……部屋に戻ってから、もう一度。篠ノ之流ではなく……剣道の型から、やり直そう)

 

 箒は拳を握り、彼に気づかれないよう、向かうべき方向へと向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だあっ、きっつい……!」

 

 要求数をこなし、スペースにばたりと倒れ込む一夏を見て、それを()()()()()()()()()()()東雲は無表情のまま頷いた。

 

「ISを動かす上で最低限の筋力は存在する。あとは筋持久力と根本的な体力」

「だよなあ……! よっし、東雲さん、どれくらい走ったらいいかな!」

「もうしばらくの休息を必要とする。その後、グラウンドを十周走り、その後に全力疾走で一周」

「うわキツいやつじゃんかそれっ」

 

 タオルとドリンクを渡され、一夏は頬を引きつらせる。

 

「だけど、必要なんだよな……うん、頑張ってみる」

「訓練機の申請が決闘まで間に合わなかった以上、やれることは限られる。それを突き詰めることが、当方の考える最高効率のプラン」

「分かってるよ、東雲さん」

 

 ドリンクを飲み、身体を伸ばす一夏を見て……東雲は首を傾げた。

 

「今日の昼」

「ん?」

「あまり、決闘には気が乗らないように見えた。けれど、トレーニングにはきちんと打ち込んでいる。何か意識の変革があった?」

「ん……いやまあ、色んな人に、色んなモチベーションがあるんだなあって思って。俺にはまだ何にもないけど。でも、それを負けの理由にはしたくないかなって。それと」

「それと?」

「……言葉にはできないけど、少しずつ、なんかこう、自分なりの戦う理由。それが確かに存在する、ってのだけは、分かってきたから」

「……そう」

 

 興味のなさそうな返答に、一夏は苦笑いを浮かべた。

 彼自身まだ理解していない、その理由。負けたくないというほんの少しだけともった意思の炎。

 

 それが燃え盛る時、きっと、彼は進化する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(にしても、さっき通りがかったとき、しののんも来れば良かったのに……)

 

 グラウンドを真剣に走り込む一夏をぼけーっと見ながら、東雲令は寮を振り返った。

 

(正直いきなり一対一は見込みが甘かった。過信してた。もう無理です。話の……つなぎ方が……分からん……ッ!!)

 

 今でこそ一夏が積極的に話をしてくれるからいいものの、残念ながらこの東雲という女、異性とのコミュニケーションスキルが致命的に壊滅していた。

 

(しののん、助けて……! 男子との話し方を教えて……! そういや幼馴染だったよね? 彼がどういう話好きとか教えてくれないかな……あと好みのタイプとか……)

 

 織斑一夏は指導者が煩悩まみれであることなどつゆ知らず、求道者のように、あるいは哀れなハムスターのように、黙々とグラウンドを走り続けていた。

 

 

 




次の次とかでセシリア戦です
遅すぎィ!


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4.高貴なるもの

一夏がぐちぐち悩んでるのは今回までです


 ――決闘前日。

 

「今日は一日使って休むように」

 

 授業終了後、東雲から告げられた言葉に、一夏は少し不満げな表情になった。

 一組教室から少し離れた廊下。東雲が席を立つのを見て、一夏は今日の訓練についてどうするのか聞くべく、小走りに追いかけてきたのだ。

 

 確かに身体は重い。日々を授業と東雲印の座学と東雲印の訓練によって埋められ、肉体は酷使されていた。

 人生の中で最も苦しく、汗を流し、そして成長を実感できない日々でもあった。

 

 だが、何かを積み重ねているという自覚を得られる時間でもあった。

 

「東雲さん、俺はゼロなんだ。ここから積み重ねてかなきゃいけない、そう求められてる。そう期待されてる」

「当方も理解している。だが、絶え間ない積み重ねにこそ休息は必要。少なくとも今日一日は、明日という日に向けて英気を養うべきである。その論理的妥当性は、織斑一夏も理解していると思う」

「……まあ、そりゃあ」

 

 言い当てられ、一夏はバツが悪くなった。

 休息の重要性は理解している。特に、勝負の直前ともなれば、いたずらに身体に負荷をかけることはできない。

 

「ここ一週間は、やりがいのある日々だったはず。それが途切れることは、苦痛?」

「ん、んんー……あー……そう、かも」

「ならば、トレーニングや勉学とは別で、やりがいのあることをすればいい」

 

 東雲は制服姿で、ずいと一夏に顔を寄せた。

 思わず、半歩引いてしまう。見る者を撃ち抜くような、女神すら嫉妬するほどの美貌。

 普段は鋭利さも相まって遠巻きに見るそれが超至近距離にあっては、一夏のリアクションも仕方ない。

 

 というか近い。少しでも動けば、黒髪が鼻についてしまうかもしれない。

 

「あ、え、はい。え、ええと、何だろうな、例えば」

「…………戦う理由の確認。きっと戦いの中で、確固たる信念があれば、其方の支えになるはず」

 

 苦し紛れの問いに返ってきた答え。

 それは一夏にとって、少なからず衝撃だった。

 

「……戦う、理由」

 

 もしも。

 もしも、自分がそれを問われたとして。

 

(――俺は、なんと答えられるのだろうか)

 

 織斑一夏はきっと、未だ、その答えを持っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(近づいたら避けられた……どう、して……)

 

 織斑一夏が立ち去った後、東雲は廊下の壁に背を預け、ショックに打ち震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦う理由。

 戦わなきゃいけないから、じゃない。

 戦うしかないから、じゃない。

 

 それは理由とは言わない。戦うに至った背景や物語ではない。

 問われるのは理由だ。何を思い、何のために、戦場にその身を置くのか。

 

(……そんなの、あるわけないだろ)

 

 一夏は頭を振った。そうだ。今でもずっと考えている。

 何故俺がこんな目に。どうして頑張らなきゃいけないんだ。

 そうずっと、考えている。

 

(俺の、戦う理由だって?)

 

 ただここに投げ込まれたから。流れが、俺に戦いを強制したから。それ以外に何がある。

 自分は空っぽだ。

 自分はゼロなんだ。

 ここから積み上げて、築き上げて、それでやっとスタートラインに立てる。まだ走り始める準備すらできちゃいない。

 

 ――ならどうして、積み上げなきゃだなんて考えているのだろう。

 

「……ッ」

 

 あの時、最初に感じた無力感と虚無感。

 それを思い出せないほどに夢中で打ち込んできた。疲労が思考力を奪っていたのかもしれない。東雲がここまで計算していたのなら、なおさら、今日という一日の過ごし方が分からなくなる。

 いっそ疲れ切って寝てしまいたかった。

 不必要に考え込み、思考は落ち込んでいく。

 

 戦う理由。

 

 そんなものもなしに、自分は明日、何をするのだろうと。

 織斑一夏は重い足取りで、視線を落としたまま歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは」

 

 何も考えず歩いた末。

 たどり着いたのは、明日の決闘で使われる屋外アリーナだった。

 

(広い……ISの空戦を考えて、いやそれにしても広すぎる。何か、戦闘以外の高速機動も見据えて、か?)

 

 基礎的な知識を得た一夏の洞察は的を射たものだった。

 ISを用いたスピードレース『キャノンボール・ファスト』。このアリーナはその大会もこなせるように設計されている。

 

(明日、ここで、俺は)

 

 誰も居ない客席に腰掛け、アリーナを見渡した。

 幻視する。飛行もおぼつかない自分の機体。そして一般に公開されている映像データで見た、自在に空を切り裂き飛び回る蒼穹の機体。

 

「……ッ」

 

 勝利のイメージが浮かばない。

 それが率直な感想だった。

 

「……どこまでやれる?」

 

 仮にISを動かせたとしても、攻撃しなければ話は始まらない。重火器、あるいは刀剣。それらを用いて相手にダメージを与える。それがISバトルの基本だ。

 防御に専念したところで、バトルに勝利するためにはシールドエネルギーを削らなければならない。エネルギー兵器であっても、攻撃の際にシールドエネルギーを消費することはない。必然、防御のみでバトルに勝利することは不可能だ。

 

『浮かない顔ですわね』

「――――!?」

 

 突然声が降ってきた。

 ガバリと顔を上げる。無人のアリーナに、まさにその瞬間、蒼い流星が迸った。

 ピットから飛び出し、そのまま演舞のように空を舞い武装を展開する機影。

 

「インフィニット・ストラトス――『ブルー・ティアーズ』か!」

『どうやらわたくしのこと、少しは勉強されたようですわね』

 

 他ならぬユナイテッド・キングダム代表候補生。

 アリーナの中央に、彼女――セシリア・オルコットは悠然と着陸する。

 

『決戦場の下見とは殊勝な心がけですわ。準備は万端、といったところですか』

「……そういうオルコットさんも、最終調整か?」

『ええ。ですが決闘を見越してというより、学園に持ち込んでから今まで調整する機会がなかったので……其方の方がメインですわ』

 

 言外に、決闘の勝敗など既に見えていると、彼女は告げていた。

 コケにされている。いや、悪意というより、純粋な挑発だ。

 先日そういった言葉を浴びせられた時には何も感じなかった。どうして自分がという不満が先行していた。

 

 けれど。

 

(……少し、ムカついたな)

 

 自分の反応に、一夏は少なからず驚いていた。

 自信もプライドもない。その土台がないから。勝負の領域に到達できていないから。

 場違いな異物にいくらふっかけたところで、応じるはずもなかった。なのに。

 

『ちょうどいいですわ。そこでわたくしの動きでも見ているといいでしょう。明日の決闘に役立つかもしれませんわよ』

 

 一夏は無言で首肯した。

 セシリアは眉根を寄せ、それから薄く笑った。

 

『あら、あらあら。なんだか少しだけ、マシな顔つきになりましたわね』

「……君は優しいな」

『んにゃっ!? と、突然なんですの! 意味分かってます!? わたくし、挑発しているのですが!』

 

 唐突な褒め言葉に、セシリアの挙動が乱れる。

 頬を赤く染めて彼女は怒鳴るが、一夏は苦笑いを浮かべた。

 

「見えてなかったもの……いいや、見ようとしてなかったものが、少しずつ見えてきた気がする。俺が此処にいる理由なんて、本当はどうでもよくて。()()()()()()()()()()()()……そういうものが、少しだけ」

『……ふふ、少しだけ、踏み潰し甲斐があるかもしれませんわね』

 

 セシリアはそう告げて、一気に加速した。

 縦横無尽に空を駆け回りつつ、腰部から四つのパーツを切り離す。

 

 第三世代機『ブルー・ティアーズ』の最大の特徴であるBT兵器だ。

 

(多方向からの射撃。同時に五人相手取ってるみたいなもんか)

 

 アリーナのプログラムが仮想ターゲットを立ち上げ、瞬時にレーザーがそれらを貫通していく。

 目に入った瞬間にはもう撃ち抜いている。そのスピードに一夏は舌を巻いた。

 彼女の視界には一体何が映っているのだろうか。

 

(今のは無反動旋回か……加速と減速のタイミング、角度が抜群にうまい。無駄なく最短でポジショニングしてて……()()()()()()()()()()()()()()()()。なるほど、理論派って感じだな)

 

 その時。

 仮想ターゲットが意思を持ったように動き始め、さらにはターゲット下部から弾丸を放ち始めた。

 それらは実体を持たない仮のエネルギー弾だが、セシリアはほとんど視認もせずに避けていく。

 

『やる気のない弾など――!』

「……すげぇ」

 

 凄い、と。

 素人としての織斑一夏が、素直に言葉をこぼす。

 

 同時に。

 

 

 

 

(でも、あれ? ()()()()()()()()()()()()?)

 

 

 

 

 ()()()()()()()が、そう、告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調整を終えたセシリアは、整備班との打ち合わせを終えて制服に着替えた。

 それから更衣室を出ると、廊下の壁に背を預けて佇む織斑一夏がいた。

 

「あら、出待ちはお断りなのですが」

「差し入れだよ。いいものを見せてもらったからな」

 

 一夏は片手に持っていたスポーツドリンクを差し出す。

 虚を突かれたような表情を浮かべつつ、セシリアはそれを受け取った。

 

「……ふん、小間使いの立候補を募った覚えはありませんが、へこへこするのが趣味なのですか?」

「正当な交換……って言えるかは微妙だけど。俺なりに、勉強させてもらったから」

「なら明日、楽しみにしていますわ」

 

 セシリアはそう告げて――両眼に一瞬、獰猛な光が宿るのが見えた――歩き去っていこうとする。

 その前に、一夏が口を開いた。

 

「なあ、オルコットさん」

「はい?」

「君の戦う理由、みたいなの。もしよかったら教えてくれないか」

 

 ずっと聞きたかった。

 彼女は東雲ほどでないにしろ、自分より高みにいる存在で、さらに、超えるべき壁だ。――待て。超えるべき壁?

 

(……なんか俺、ちょっとやる気出てきてるな)

 

 モチベーションの向上を感じ、少し笑った。

 一方のセシリアは、問いに数秒考え込んで。

 

「誇りと義務ですわ」

「……誇りと、義務」

「わたくしは……いいえ、言い改めましょう。()()()()()()()()()()()()()()。この世界には『持つ者』と『持たざる者』が存在します」

 

 持つ者と、持たざる者。

 その言葉を一夏は口の中に反芻した。

 

「わたくしたちは義務を背負います。誇りも持ち合わせなければなりません。そこには必然、成すべきことが発生いたしますわ」

「嫌だと思ったことは、ないのか。背負わされることを」

「背負って生まれてきましたもの。わたくしたちはその場で、手にあるカードを切って勝負しなければなりません」

「……ッ!」

 

 一夏は稲妻のような衝撃を感じた。

 

 

『人間は誰もが、置かれた環境で、自分のできることを成して勝負しなければならない』

 

 

 かつて聞いたことのある言葉だった。

 誰もがそうなのだろうか。それを意識して生きてきたからこそ、この学び舎にたどり着いたのだろうか。

 ならば、自分は。

 

「……大体、今この世界で、最も背負わされているのは貴方ですわ。その調子では先が思いやられますわね」

「はは――心配ありがとう」

「し、心配などしておりませんわッ」

 

 機嫌を損ねてしまったのか、そこでセシリアは足早に去って行く。

 その背中。

 高貴なる存在の背を見ながら、一夏は両の拳を強く握った。

 

(今の俺にあるもの)

 

 何があるのだろう。

 

(今の俺が背負っているもの)

 

 どれほどあるのだろう。

 

 

(今、俺が、やりたいこと)

 

 

 それは前者二つと噛み合うのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園入学より一週間。

 クラス代表決定戦の日は――雨だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ちょいちょいちょいちょーーーーーい!!)

 

 セシリアと一夏の会話を廊下の角で盗み聞きしていた東雲令は、内心で頭を抱えていた。

 

(何するのか気になって追いかけてみたらなんで仲良くなってんのッ!? 目を離した瞬間に他の女の子と距離が縮まってないかなァ!?)

 

 クラスではあんなにも険悪な物言いをしていたというのに、二人きりになるとこれである。

 もう何も信じられない。神に見放されたかのような感覚を味わわされている。

 残念ながら東雲は恋愛における必勝パターンは持ち合わせていなかった。

 

(ぐぬぬ、セシリアちゃんがこんなにフットワークが軽い女子だったなんて……ッ! とんでもない強敵だよゥッッッ。どうしよう! 明日、なんかもっとこう、ぐぐいと近づいちゃってもいいかな!? いやでもまた一歩退かれたりしたらショックだな! ああああああああああああああああもうやだあああああああああああ)

 

 彼女はISバトルではセシリアのことを歯牙にもかけていないが、恋愛において、大いなる敵として認識しつつあった。

 

 

 




なんかセシリア強キャラっぽく描写してますけど原作と特に変わってません
一方原作主人公はテコ入れされまくってるので頑張れセッシー!


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5.ゼロからのスタート

セシリア戦突入です(嘘は言っていない)


 クラス代表決定戦、当日。

 屋外アリーナは雨天の中、静かな空気に包まれていた。

 

 一組クラスメイトらは傘を差し、あるいはレインコートを着込んで客席に座っている。

 世界で唯一ISを起動できる男子の、入学試験を除けば初陣。それを聞きつけた他クラス、それはおろか他学年の生徒すら押しかけ。

 悪天候の中だというのに、客席はほとんど埋まっていた。

 

「織斑君、大丈夫でしょうか」

 

 管制室のモニターでそれを眺めながら、副担任である山田先生がぼやく。

 

「これだけの観客の中で、しかも専用機を初めて受け取って、初陣だなんて」

「プレッシャーに押しつぶされるようなら、それまでだったということだ」

 

 腕を組んで佇む織斑千冬の声色は冷たい。

 弟への思いやりなどないような態度に、山田先生は思わず振り返るが――千冬の細い指がひっきりなしに腕を叩いているのを見て、安堵した。どうやら彼女なりに思うとこは多々あるようだ。

 

「それより、織斑の専用機は」

「はいっ、今搬入が完了して、ピットに出てきます」

「オルコットの方は?」

「準備完了だとシグナルが出ています」

「よし」

 

 千冬はマイクに向かおうとして、一度動きを止めた。

 

「……あいつのピットに、彼女がいるとはな」

 

 その言葉遣いに山田先生は、少し驚いた。

 基本的に生徒相手では雑な言葉遣い――それが自分を神聖視させないための意図的なものである、とは知っていたのだが――をしている千冬が。

 明確に生徒を指して、『彼女』と呼んだ。

 

 山田先生はまさに専用機が運び込まれた、セシリアとは反対側のピットを見た。

 ISスーツ姿で落ち着かない様子でうろうろしている織斑一夏と、それを見守る篠ノ之箒。

 そして――東雲令。

 

「あの、織斑先生」

「なんだ」

 

 この決闘に関係のない問い。

 だが気になってしまったものは仕方がない。

 山田先生は意を決して尋ねてみた。

 

「東雲さんって、どれくらい強いんですか?」

「十戦すれば最低でも五回は私が勝つだろうな」

「なるほど………………………………………………え?」

 

 何か今、とんでもない言葉が。

 世界をひっくり返しかねないような言葉が聞こえた、が。

 

「早くアナウンスしてやれ。奴の初舞台だ」

 

 千冬はただ静かに、織斑一夏の姿だけを瞳に映しこんでいた。

 

(さあ、真価が問われる刻だ……気張れよ、一夏)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……落ち着かねえ)

 

 最大限の努力を積んできたという実感はある。

 ただそれがどれほど働きをしてくれるのか。根本的に、どこまでやれるのか。

 

(そして俺は、何を信念に据えて、彼女と戦うのか)

 

 彼女――高貴なる者、セシリア・オルコット。

 圧倒されるような気分でさえあった。自分の考えが及びもしない領域で、彼女は戦っていた。

 そんな少女相手に、自分は何を成せるのだろうか。

 

『織斑君っ、織斑君っ、織斑君っ』

「――ッ」

 

 時が来た。

 ピットの壁が割れるようにして開き、ISを運ぶカタパルトの駆動音が響く。

 姿を現したのは灰色の機械装甲。宇宙を切り裂き、旧兵器一切を一方的に殲滅する超兵器。

 

「これが、俺の……」

 

 

 ――人を殺せる兵器(インフィニット・ストラトス)

 

 

 不思議な感覚だった。

 あれだけ遠く、重く、巨大な存在として、東雲に教えられたというのに。

 目の前に現れたときに、一夏は不思議なほどそれに現実味を感じなかった。

 

「……織斑一夏。呆けている暇はない」

「ッ! あ、ああ」

 

 東雲の言葉に我に返って、一夏は慌てて機体に乗り込んだ。

 

「『初期化(フォーマット)』と『最適化処理(フィッティング)』は完了してないみたいだけど……まさか、本番中にやれって?」

『オルコットには伝えてある。アリーナをしばらく飛行し、慣らし運転もかねて行え』

「了解……!」

 

 それから、機体名を確認する。

 共に空を駆ける相棒。

 

(初陣が雨で悪いな……『白式(びゃくしき)』)

 

 それから前を向いた。

 

「一夏、勝て!」

「……」

 

 箒の激励と、東雲の視線。

 それを受けて、一夏は静かに瞳を閉じる。

 たった一週間の間に詰め込めるだけ詰め込んだ知識や訓練。

 それらを裏切るわけにはいかない。無様な結果は見せられない。

 

「織斑一夏――『白式』、行きます!」

 

 アリーナに飛び込んだ。地面そのものを引き寄せたような感覚だった。

 

「ッ……!」

 

 慌てて急制動。テキストにあった文字列が、正確に言えば単語が脳裏をよぎる。

 

(確か、円錐状のイメージで……!)

 

 加速する向きを調整し、空中にふわりと飛び上がる。

 遅い。それを実感した。スピードが、ではない、機体の反応が遅い。

 当然だ。『白式』はまだ『最適化処理』を行っていない。パイロットに合わせて性能を引き出すために、まずはある程度の動きをしなければならない。

 グラウンドを走るように、アリーナをゆっくりと周回する。観客の視線など気にならなかった。雨に打たれながらも、飛行する感覚を味わう。

 

(……そういえば、武器は)

 

 一夏の思考に連動して、武装一覧のウィンドウが投影された。

 武装――近接戦闘用ブレード。

 

「これだけかッ!?」

 

 驚愕すると同時、それが右手の内に顕現する。

 セシリアは射撃兵器を積み込んだ遠距離戦のエキスパート。

 ただでさえ低い勝率がさらに下がるのを理解して、一夏は思わず天を仰いだ。

 

 分厚い雨雲に覆われ、空なんて見えやしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 管制室で、東雲と箒はじっとモニターを見ていた。

 

「なあ、東雲さん」

「……」

 

 無言で言葉を促され、箒は一旦咳払いを挟んだ。

 

「何で一夏の応援を当然のようにしてるんだ?」

「機密事項」

 

 箒としては当然の疑問だった。

 幼馴染として応援するぐらいは許されるだろうとピットにいけば、そこには真剣な面持ちでISを待つ――心なしかこの一週間で顔つきが精悍になり、身にまとう雰囲気も変わった気がする――幼馴染がいた、のだが。

 その隣には、当たり前みたいな顔をして東雲令がいたのだ。

 

 なんだこの女。

 

「機密事項って……」

「当方もすまないとは思っている。だが、織斑一夏の訓練を手伝っていたのには、相応の理由がある」

「な、なるほど」

 

 東雲がそう言うなら、そうなのだろう、と箒は引き下がる。

 

(一瞬、まさか男女関係のアレコレかと思ってしまったが、東雲に限ってはそんなことはあり得ないな! うむ、失礼な考えだった)

 

 失礼でも何でもない、実に的確な分析である。

 不安が払拭され、いや不安は払拭されたが箒の懸念は的中しているというややこしい事態なのだが、とにかく箒は気分を切り替えた。

 隣に佇む少女。さほど背丈の変わらず、やや近寄りがたい美少女。

 彼女が冠する称号を思い出して、ごく自然に、箒はそれを言った。

 

「かの『世界最強(ブリュンヒルデ)の再来』に鍛えられるとは、一夏も幸運だったな」

「……その二つ名は好きではない」

「え?」

 

 そこで箒は、意図しないうちに、少し東雲から距離を置いていた。

 雰囲気が激変した。鋭利な空気がより研ぎ澄まされ、ただ隣にいるだけで喉を突かれるような圧迫感に襲われたのだ。

 

「当方はいずれ『世界最強』を襲名する。()()()()()()

「――――ッ」

「根本的に、その名はモンド・グロッソ優勝者に与えられる名前。個人を指し示す異名ではない」

「そ、それは、そうなのだが……ッ」

 

 東雲の言葉はもっともだった。

 本来、世界最強――ブリュンヒルデとは特定個人の二つ名ではない。結果的に世界最強となった者を呼ぶ名。ならば襲名制なのは事実である。

 しかしそれを口にするのが、どれほど重い意味を持っていることか。

 

「聞こえているぞ、東雲」

「何か当方が失礼なことを言ったでしょうか」

「生意気な小娘が……目指すべき場所の遠さ、もう一度叩き込んでやろうか」

「それは模擬戦のお誘いでしょうか。でしたら、喜んでお受けいたします」

「いい度胸だ」

 

 声をかけた千冬は、不敵な笑みを浮かべていた。一方の東雲は無表情のまま、しかし瞳に炎を宿している。

 教師と生徒、というよりはライバル同士の会話みたいだな、と箒はぼんやり考えていた。あまりにも現実味がなくて、宙に浮いているような感覚だった。

 何故か山田先生がチラチラと東雲を見ているが、それについては誰も触れなかった。

 

「あ、あーっ! 織斑先生、『初期化』と『最適化処理』が終わったみたいですよ!」

「……よし。オルコットに知らせろ」

 

 山田先生の言葉を皮切りに、試合に向けて事態が進行していく。

 雨脚は、ますます強くなっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……結局ビビって、ぐぐいっと近寄れなかった…………)

 

 東雲令の内心がバレなかったのも、雨音がうるさかったからかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが……!」

 

 飛行の減加速を行い、複雑な機動もやってのけた。

 段々と感覚がアジャストされていくのを実感した、矢先。

 

『フォーマットとフィッティングが完了しました。確認ボタンを押してください』

 

 条件反射でボタンを押した。

 機体が光に包まれ、装甲が新生する。灰色から一切の穢れを廃した純白へ。各装甲はより鋭角に、背部ウィングスラスターは巨大に。

 

「……ッ」

 

 驚愕は機体の一新にとどまらない。

 手に握っていたブレードの真の姿が露わになる。

 

「近接特化ブレード……『雪片弐型』……!?」

 

 まさか、姉の使っていた剣の同型を託されるとは。

 多くの人々が何かを望み、何かを期待し、何かを背負わせてくる。

 けれどここに至って、一夏はそんなことどうでもよくなっていた。

 

「――やっと一次移行(ファースト・シフト)を終えたようですわね」

 

 ピットから飛び出したセシリアが、様子をうかがうようにして真正面に浮かんだ。

 薄暗い曇天の下でも、その美しい青色は色あせることがない。

 

 両者は押し黙って、しばし雨に打たれた。

 雫が装甲に弾かれ、砕け、大気に溶けるようにして消えていく。

 

「……見つけましたか、戦う理由は」

「……見透かされてたか」

「あんな質問、それを探している人しかしませんわ」

 

 一夏は苦笑いを浮かべた。

 セシリアも小さく笑った。

 

「いいや、結局見つけられなかった」

「あら、そう。残念です――」

 

 

 

「――だから俺は、今からそれを作るよ」

 

 

 

 切っ先を突きつけた。

 

「俺は、結局そうなんだ。結局ゼロなんだ。空っぽなんだ。何も持ってない」

 

 言葉はアリーナの音響に拡散され、客席にも響いている。

 ざわめいていた生徒らが口をつぐんだ。それだけの圧が、情念が宿っていた。

 

「何で俺がこんな目にって。どうして俺ばっかり、面倒ごとをしょいこまなくちゃならないんだ、って。俺はそればっかり考えてた」

「それは……ええ。そうでしょうね。貴方は世界の流れの濁流に押し流され、ここにたどり着きましたわ」

「ああ。でも、嘘だったんだ。違うんだ。本当はすごく……羨ましかった。ここにいるみんな、理由があって、信念があってここにいる。その中に放り込まれて、俺はすごく、劣等感を抱いていた。惨めな気持ちだった」

 

 声色は暗く、重い。

 誰もが考えた。何も縁がなかったISという超兵器。その学び舎にある日突然放り込まれ、環境が激変し。

 何かを求められ。

 何かを期待され。

 何かを背負わされ。

 

「――でも、それじゃだめなんだ。人間は……自分にできることを、その時にやらなきゃいけない」

「……貴方」

「まあ、受け売りなんだけどさ。でも俺も、そう思ったよ」

 

 だから、と彼は。

 世界で唯一ISを起動できる男子は続ける。

 

「俺はゼロだ。俺は空っぽだ。()()()()()()()。俺はここから積み上げる。俺はここから築き上げる」

「……ッ」

 

 試合開始のカウントが始まる。

 セシリアは我知らず、歓喜に口端をつり上げた。

 目の前に存在するのは――踏み潰すに値する敵だ。

 

「何もないなら――死に物狂いで、何かを手に入れるしかねえッ!!」

 

 カウントが刻まれ、そして、ゼロになる。

 

「いいでしょう。わたくしが空っぽの貴方に――敗北を与えて差し上げますわッ!」

「俺は自分の力でつかみ取るッ! 敗北なんていらない――勝利をッ!!」

 

 遠くに雷鳴が響く。

 それをゴングのようにして、一夏は爆発的な加速で飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(『人間は……自分にできることを、その時にやらなきゃいけない』かあ、いい言葉だなあ)

 

 教えたのはお前だ。

 

(それにしてもさっきの啖呵は結構かっこよかったかも……あれ、もしかして、思っている以上に優良物件なのでは!? こ、これはまずいよ。めっちゃみんな見てる中であんまかっこいいことしないで……うん、そうだな、無様に負けちゃったらどうかな!)

 

 割と最低なことを考えながら、東雲は目つきだけは真剣にモニター内の決闘を見守る。

 その横顔に頷いて、箒は祈るように両手を組んだ。

 

「ああ、そうだな東雲。私たちはここで祈ろう……一夏の勝利を」

(え、嫌なんだけど)

 

 教官役として最上級に不適切な内心は、ついぞ箒には届かなかった。

 

 

 




原作との変更点
・普通に試合開始前にファーストシフトしました(ここ本当に開始前にしないの理解できない、しろや)
・セシリアが慢心抜きで最初からクライマックスモード

まあこんなもんで釣り合いがとれるんじゃないですかね……


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6.クラス代表決定戦(前編)

前々回でセシリアは大して強化されていないと言ったがあれは嘘だ


 雨は強くなる一方だった。

 屋外アリーナ、今この時だけは、そこは生徒の訓練場ではなく、二人の男女の決戦場と化していた。

 

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

「そりゃちょうどよかったッ、こっちはおろしたての一張羅なんだッ!」

 

 飛び交うレーザーは、雨粒を蒸発させつつ四方から一夏に襲いかかる。

 セシリアは一切の慢心を排除して戦いに臨んでいる。

 

 開始のブザーが鳴ると同時、彼女は四つのビットを切り離しつつ全力で後退した。

 初手、超高速で突撃して一撃を当てる作戦だった一夏は、出鼻をくじかれた形になる。

 そのままセシリアは自分の距離を維持しつつ、BT兵器をフル稼働させて包囲網を形成、なぶり殺しではなく的確に逃げ場を封殺しつつ一夏を追い詰めていた。

 

 同時に四方向から浴びせられる光線を、歯を食いしばり必死に捌く。

 視界に入る二発は大きく右に飛んで避け、回避を予測した二発を腕で受け止めた。

 

「ぐ、ぎぎっ」

 

 衝撃に腕部装甲が吹き飛び、シールドエネルギーが減少。

 ノックバックに機体そのものが振り回され、慌てて姿勢を制御する。

 

 この、セシリア・オルコットが支配する戦場のど真ん中で。

 

「まずは邪魔な装甲から、いただきますわ」

(や、ばい――ッ!)

 

 視認するまでもない、一夏ははっきりと殺気を感じていた。

 今度は真上と真下と真後ろ、すべて視界外。ハイパーセンサーを用いれば見ることができるが、人間の知覚限界では捉えきれない死角。

 

「クソッ!」

 

 一夏は空中だというのに、咄嗟に転がり退こうとした。

 足下に地面はないというのに、素人丸出しの挙動――だがセシリアは直後、驚愕する。

 ローリングに合わせて各部スラスターが最小限に噴射、回避機動をアシスト。

 結果として一夏は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

(なん……ですの、今の機動……!?)

 

 まず教科書には書かれていない。

 更には、教えようとしても教えられるものではない。

 セシリアは強く歯を食いしばり、四つのビットを呼び戻しコンデンサに接続、今度は手に持つ長大なライフルの銃口を向けた。

 

「ああクソ、同時に五人相手取るなんて無理だっつーの!」

「泣き言なんて、らしくもない!」

「泣き言ぐらい言うって! ――まあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ!」

 

 謀られていた――!

 BT兵器を動かすことと自分自身が狙撃手として戦うこと。

 その並列が未だできていないことを、ほんの数分の戦闘で見破られていた。

 

「ですが、それを知ったところでッ!」

 

 セシリア・オルコットの技量は射手としてこそ本領を発揮する。もとよりBT兵器など、適性があるからデータ取りのために渡された眉唾の新兵器でしかない。

 故に。

 

「左肩ッ!」

 

 セシリアは宣言と同時に引き金を引いた。

 銃口を起点として『白式』が射線を予測し、一夏はその紅いラインとして引かれた死線から飛び退き。

 

 飛び退いた先で左肩を撃ち抜かれた。

 

「が、ァッ……!?」

 

 痛みと驚愕がないまぜになり、思考が停止する。

 回避を読まれた――射撃を、置かれた。

 

(意味ねえっ!)

 

 射線予測機能をカット。

 今度は自分の直感に任せ、ひたすら必死に動き回る。

 

「チッ、的確な判断ですわね」

 

 大きく迂回するようなルートを取らされていることを自覚しつつも、着実に、一夏はセシリアとの距離を詰めていく。

 段々と機動が鋭くなっていく。無反動旋回を自然に使いこなし、その眼光はセシリアを食い破らんと猛っている。

 

(戦えるッ! 想定よりずっと、俺は動けるッ!)

 

 拳を強く握った。一夏はイメージをことごとく上回る機動を見せる自分自身に歓喜していた。

 しかし。

 

(でも、まだだ、()()()()()ッ!! もっと! もっと速く! もっと鋭く! もっと、もっともっと強くッッ!!)

 

 同時に現状を理解してもいた。

 試合のテンポは結局、セシリアに握られている。このままではまんじりともせず敗北を待つことに変わりはない。

 だからこそ、今この瞬間に、一夏は強くならなくてはならない。

 光線を弾き、彼女の懐に潜り込み、その刃を突き立てるほどまでに。

 闘志は両眼に宿り、敵対者を鋭く射貫く。

 

(織斑一夏、評価を改めるどころではありませんわッ! 成長している、この、ごく短時間で――!)

 

 その視線に対し、戦慄を表情に出さないよう必死にこらえつつも、セシリアは再びBT兵器を射出した。

 エネルギーの再充填は完了している。

 

「さあ、ダンスはまだ終わっておりませんわよ!」

「同じ曲ばっか、退屈な舞踏会だな……ッ!」

 

 雨を吸った前髪を互いに額に貼り付けながら、それでも笑う。歯をむき出しにして、今この瞬間の闘争に身を投げ出す。

 再び始まったレーザーの雨をくぐり抜けながら、一夏はますます瞳に宿る闘志を燃え上がらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すごい……」

 

 山田先生がこぼした感嘆の言葉。

 それは彼女だけでなく、アリーナの観客席で試合を見守る全生徒を代表した感想だった。

 

「すごいっ! すごいですよ織斑先生! 織斑君、代表候補生相手に一歩も退いてません!」

 

 まだ有効ダメージこそ与えられていないが、それは機体の武装を見れば理解できる。

 セシリアの距離を脱し、自分の武装の領域まで持ち込むことさえできれば、あるいは、あり得る可能性――織斑一夏の勝利は現実味のある結末として、全観客が固唾を呑んで見守っていた。

 

「あ、ああ……」

 

 だが。

 織斑千冬は、むしろ山田先生よりも驚愕を露わに、いっそ分かりやすいほどに狼狽していた。

 

「……織斑先生、どうしたんですか?」

「いや……あのバカが、あそこまで、気負ってしまっていた、とはな」

 

 試合の運びを見て、織斑千冬が抱いたのは――悲哀だった。

 決して油断を見せない。常に相手の様子をうかがい、隙あらば食い破らんとする獰猛さ。

 調子に乗ってポカをする愚弟の姿はそこにはない。

 いっそ清々しいほど、自分の勝利以外の何も求めていないその戦装束姿。

 

(……いや……気負ったのではなく、事実として背負ってしまった、のか)

「それは違います」

 

 否定の言葉は、予想外の方向から飛んできた。

 思わず教師二人は、モニターから視線を外しハッと振り向く。

 箒の隣で静かに試合を見守っていた、東雲令が、珍しくはっきりと口を開いていた。

 

「織斑一夏は背負っていません。むしろ、背負わされたものを投げ捨てて、あそこにいます」

「……開き直った、ということか……!?」

 

 東雲の言葉をいち早く理解したのは箒だった。

 

「織斑一夏は……この学園において自分は空っぽだと、ずっと言っていました。だから厳しい訓練にも夢中で打ち込んでいました。きっと自分に何かが注がれているような心地よさがあったのでしょう」

「ならば、東雲、お前はこの奮起を狙っていたというのか……?」

 

 震え声で発された千冬の問い。

 しかし世界最強の再来は、静かに首を横に振る。

 

「いいえ。当方も予期していませんでした。きっと今、織斑一夏は……充実している。戦いの中で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アレは目の前のセシリア・オルコットだけでなく、自分とも戦っているのです」

「……自分と、戦っている」

 

 箒は言葉を反芻してから、もう一度モニターを見た。

 雨あられと降り注ぐレーザーをかいくぐり、濡れ鼠になりながら、一夏はあがいている。

 

 急激に、心臓が高鳴った。

 

(ああ、いつの間にか、お前……男の子に、なってたんだな)

 

 どこか泰然自若とした様子を見せていた幼馴染はもういなくて。

 今見えているのは、必死に抗い、手を伸ばし、泥にまみれてなお両目から炎を吹き上がらせる男の子で。

 

 

 

(――――参った。私、心の底から、一夏が好きだ)

 

 

 

 それはきっと、二度目の初恋だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!! もうセシリアちゃん早く仕留めて! これ超かっこいいじゃん! やっばかっこよすぎてよだれでそう)

 

 箒の隣には割と最低な恋敵がいた。

 

(いやしかしすごい……こう……男の子だ……すごい……やばい超ドキドキしてるなこれ。いかんな。だって同い年の男の子とかほとんど見たことないしな……小中と女子校だったし……あっやば惚れそう)

 

 幼馴染が実に乙女回路全開の感想を抱く横で、世界最強の再来はどこまでも俗物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 ここに来て一夏の集中力は、完全に限界を超えていた。

 極限の集中が時間を遅滞させる。

 己を狙う光の線がすべて感じ取れる。視認するのではない、全てが把握できる。

 

(次、右腕ッ!)

 

 狙い澄まされた銃撃も、烈火のごとく荒ぶる闘志の前には意味を成さない。

 セシリアの完璧な射撃をすり抜けるようにして回避しつつ、一夏は猛然と突っ込んだ。

 

「もう限界だろ、エネルギー!」

「ぐっ……!」

 

 意識的にカウントしたわけではない。

 だが直感が、今のでビットは弾切れだと告げていた。根拠はなく、しかしそれを信じた。功を奏した。

 彼の横を併走するようにして、ビットがエネルギーの補給を求めて飛ぶ。ごく自然な挙動で彼は刀を振り抜いた。

 

(一つ)

 

 斬撃を受けたビットはきりもみ回転しながら吹き飛び、空中で爆散する。

 

「これだからッ、感覚派は嫌いなんですのッ!」

 

 人間というより動物に近い動き。

 数字を信頼し客観的なデータを元に戦術を構築するセシリアにとって、それは一定ラインを超えなければカモであり、しかし()()()()()()()()()()()()()()()は相手取りたくない敵だった。

 手にしたスターライトMk-Ⅲの銃口を向ける。

 引き金に指を添える。

 トリガー。

 

「顔面直撃ですわ」

「ッ――」

 

 直線加速が仇になった。避けきれない。

 

(だからどうしたああああああああッ!)

 

 一夏は――減速せずそのまま突っ込んだ。

 同時、ブレードを渾身の力で振り抜く。

 

 結果。

 放たれたレーザーは、刀身に直撃して霧散した。

 斬り捨てられた銃撃がパッと光に散る。

 

「は?」

 

 理解不能の現実を前にして、一瞬だけ、セシリアの思考が止まった。

 それはビットの静止も意味して。

 

(二つ、三つ)

 

 通り過ぎざまに振るった『雪片弐型』が、流れるような太刀筋でビットを斬り捨てた。

 あと一つ。

 

 一夏の気迫は確かに烈火のごとく燃えさかっていたが、しかし思考は冷徹だった。

 無理してビットを全滅させる必要はない。

 それよりも、ダメージレースで圧倒的に優位に立たれている現状を覆すためには、狙うべきは本体。

 

 セシリアは素早く加速し、現状からの離脱を図る――と見せかけて、迎撃射撃を行いつつ急制動。ただ距離を取るだけでなく、最適なポジショニングも兼ねたエリートにふさわしい模範的戦闘機動だった。

 観客が感嘆の息を漏らすほどに美しく、セシリアは鋭角かつ多角的な軌道で翻弄する動きを見せる。

 が。

 

 常人なら耐えきれないGを涼しい顔で受け流しながら、彼女がターンした瞬間。

 眼前に、織斑一夏が現れた。

 

「――――ぅぁ」

 

 情けない、怯えるような声が漏れてしまったのも仕方ない。

 セシリアの視点では、瞬間移動をしたかのような挙動。散々振り回していたはずの相手が、突如として自分の懐に現れたのだ。

 振り抜かれた刀。咄嗟に右腕で身体を庇う――腕部装甲が八つ裂きにされ、鉄くずと化して落ちていく。

 

「無駄なく最短で、()()()()()()()()()()()()()ッ!! 最適解しか選ばねーんならこんなに分かりやすいカモもないよなぁっ!?」

 

 距離を再び取ろうとするが、一夏は追いすがる。

 そこに余裕も勝利の確信もない。存在するのは、ただ飽くなき餓えだった。

 

「負けて、たまるかァッ……!」

(わた、くしが、負ける……!?)

 

 その気迫に、思わずセシリアの脳裏を敗北の二文字がよぎる。

 

(いいえ、いいえッ! こんなところで負けてたまるものですかッ!)

 

 マイナスの思考を振り払うようにして、セシリアはここにきて()()を切った。

 埋め込まれた、隠されたBT兵器。

 脚部装甲が花開くように展開するのを見て、一夏はぎょっとした。

 

「ブルー・ティアーズは六機あってよッ!!」

「チィィ――――!」

 

 極限の集中下で、一夏は思考を回す。

 至近距離で使ってきた。単なる予備ビットではない。

 ならば近接戦闘用? 違う、それをこのタイミングで切ったところで不利な状況を覆せはしない。

 

(だったら――弾道型(ミサイル)だ! ぶった斬って突っ込む!)

 

 予想は的中。

 放たれたビットは多角的なターンを描きつつ猛進してくる。

 その機動が、一夏のクリアな思考には完璧に読めた。

 

「邪魔を」

 

 腰だめに構えた刀。その刀身から滴る雫――その一滴を三度切り刻まんとする勢いで、抜刀術に見立てて腕を振るった。

 

「するなァァッ!!」

 

 一刀で弾頭を切り裂き、返しの刀でもう一発のミサイルを真っ二つに叩き斬る。

 内蔵された強化爆薬が炸裂し、爆炎が吹き上がる。

 インパクトが装甲を軋ませ、シールドエネルギーを減らす。既に五割を切っていた。

 それでも活路は拓いた。

 

(損傷軽微ッ。このまま――)

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 だが。

 思考を断ち切るようにして。

 高貴さも誇り高き姿もかなぐり捨てて。雨に濡れまばゆさを失った金髪を振り乱し。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッッ!?」

 

 混乱は一瞬。

 彼女が手に握った短刀を視認し――『インターセプター』と銘が自動表示された――血の気が引いた。

 

「お前ッ……!?」

「近づけば勝ちだと思っていまして!? 長刀が振り回せないほどの超至近距離ならば、わたくしの方が有利ですわッ!!」

 

 咄嗟に振るった『雪片弐型』が、セシリアの左肩部装甲を容易に切断した。

 だが止まらない。

 振り抜いた腕の内側、文字通りの懐にセシリアが潜り込む。

 ()()――短刀が脇腹に突き立てられ、シールドエネルギーは大幅に減損。

 そのままセシリアは猛然と加速した。急激なGに、一夏の意識がブラックアウトしそうになる。

 

「なに、をッ」

「敬意を表します、ええそうですわ、貴方は強い――ですからわたくしも、死に物狂いで勝ちを取りに行きますッ!」

 

 行き先を確認して、一夏は両眼をこれ以上なく見開いた。

 重力加速度すら載せて――至る先は雨を吸ってほとんどぬかるみとかしている、アリーナ地面。

 

(このスピードなら、()()()()()()()()()()()()ってことかよ……!?)

「貴方を仕留めるには、ちょうどいいサイズの弾丸ですわね!」

 

 至近距離でセシリアが、嫌になるほど綺麗な笑みを浮かべたのが見えた。

 もつれ合いながら、二機のISがアリーナ地表へ墜落し――轟音と共に、盛大に泥が飛び散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(勝ったな、風呂入ってくる)

 

 東雲令は内心でガッツポーズを決めていた。

 

 

 

 

 




感想で東雲さんのことを『自分を理論派だと思い込んでいる感覚派』だとか言うのはやめなさい



2019/01/19 15:18追記
夜に更新しようという気持ちだけはあったが
普通にドラゴンマガジンと新作のラノベを読みふける時間が欲しいため
明日の夜に延長しました
閉廷!!


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7.クラス代表決定戦(後編)

冷静に考えて書き溜めを投稿すれば何の問題もなかった

ネタバレ:東雲さんはきちんとIS乗り用のマニュアルを暗記している(自己申告)


 

 神経そのものが破裂したかのような激痛が、全身を苛んでいる。

 痛みはクリアに感じるというのに、どうにも思考にもやがかかって、うまく考えがまとまらない。

 織斑一夏はただぼんやりと横たわっていた。

 

(おれ、なんで……)

 

 何かを成し遂げようと死力を尽くしていたのは覚えている。

 けれど何をしようとしていたのか。

 そもそも何をしていたのか。

 それが、よく思い出せない。

 

(……何かを、ずっと、やってて)

 

 何か。

 自分を鍛えて。

 勝つために。勝つ? 何に? 誰に? 何故?

 

 次々と単語が想起されては霧散していく。重要な意味を持つ言葉であったはずなのに、その意味がごっそりと抜け落ちて、どこかに飛んでいってしまう。

 ただ、その繰り返し。

 

(おれは、なんの、ために)

 

 無意識に、手を伸ばそうとした。ぴくりとも動かない。

 

(なにかが、ほしくて。ずっとほしくて。かがやきが、うらやましくて)

 

 自分にないそれが。

 皆が当たり前のように持っている輝きが、貴きそれが。

 妬ましくて、羨ましくて。

 

(なにも――何もない、のに)

 

 どうして喪失感を得るのだろう。

 どうしてこのままではいけないと、思ってしまうのだろう。

 

(何もない、のに、勝ちたいなんて、理由がないのに)

 

 思考が現実とリンクする。勝負。決闘。アリーナ。墜落。

 全身の痛みがよりリアルになる。

 だが構っている場合じゃない。

 

(俺は、そうだ、勝ちたいっていう理由なんてない。勝負に賭けるものだってない、だけど)

 

 だけど――

 

 

 

 遠い場所に背中が見えた。

 隣で見守ってくれていた、されど遙かな高みに君臨する彼女の背中。

 どんなに手を伸ばしても届かないような、そんな、あまりにも遠くに存在する少女の姿。

 

 

 

(ここで、倒れたら。()()()()()()()()()()()()()()()()。多分、俺は、一生たどり着けない……! ずっと永遠に、前に走り出せない! 彼女を追いかけることすらできないッ!)

 

 今は遙か彼方の存在であっても。

 今は足下に及ぶことすらおこがましいとしても。

 

(それでも!!)

 

 一切が廃された思考の奥底から、その声はとどろいた。

 それは――織斑一夏にとって初めての、純粋なエゴの発露だった。

 

 

 

 

 

(俺は――――誰にも負けたくないッッッ!!)

 

 

 

 

 

 ただのプライド。

 安くて薄っぺらな、裏打ちするものが何もないチンケなプライド。

 

 それを必死に守ろうとする者を、なんと呼ぶべきなのか。

 答えは彼の幼馴染が言い当てている。

 

 織斑一夏は、ただの男の子なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああッ!!」

 

 意識がはっきりとしなかったのは、実に数秒だった。

 全身の筋繊維を酷使して、血を吐くようにして立ち上がった。

 一夏は素早く事態を把握する。シールドエネルギーは実に二割を割り込んでいた。

 だが、まだ戦える。

 

「あな、たという人は……ッ!」

 

 真正面、数メートルという距離で。

 セシリア・オルコットが歯を食いしばりながら、泥まみれで立ち上がるのが見えた。

 きっと自分の白い装甲も泥まみれだということは容易に想像できる。

 

 あの時――墜落寸前で、一夏は全力でスラスターを噴かした。

 加速に抵抗するためではない。むしろ助長し、最後の刹那に角度をずらした。

 結果、地面に二人そろって墜落。

 セシリアにも相応のダメージが通っているだろう。

 

「このッ……」

 

 数メートルとはいえ、離れている。

 セシリアは先ほど量子化していたスターライトMk-Ⅲを呼び出す(コール)――

 

「オラァッ!」

 

 ――よりも速く一夏が動いた。

 彼女の手元に光の粒子が集まり、ライフルをかたどって――瞬間に、投擲された『雪片弐型』がそれを貫いた。

 

「な、ァッ……!?」

「超至近距離ならそっちが有利だと!? ナメるなあああああああッ!」

 

 同時、一夏が()()()()()()

 スラスターによる加速も合わせた、飛翔ではなく跳躍。

 咄嗟に浮かび上がろうとしたセシリアに対して、圧倒的な猛スピードで一夏が突っ込む。

 

 金属と金属がぶつかる甲高い音。

 一夏の跳び蹴りが、セシリアの腹部を捉えていた。

 酸素が肺から絞り出される音。同時、腹部装甲が粉砕される音。

 

 ブルー・ティアーズの青が泥に落ち、セシリアは回転しながら十メートル以上吹き飛ばされ、最後にはアリーナの壁に叩きつけられた。

 

「カ、ハッ」

 

 衝撃が、壁に放射状のヒビを刻みつける。

 視線を巡らせた。すぐそばには破壊されたライフルと、それに突き立てられた純白の刀。

 一夏は『雪片弐型』の柄を握り、満身の力で引き抜いた。

 

「ぎ、いあああああッ!」

 

 絶叫と共に、セシリアが力を失い地面に落ちていた最後のビットを操作する。

 レーザーを放つだけのエネルギーはもう残っていない。だがそれは地面を駆けるように疾走し、一夏に迫る。

 

 既に限界だった。

 刀を保持している両腕は震え、今にも得物を取りこぼしそうになる。

 ビットをぶつけられたところで、大したダメージにはならない。なら無視してセシリアを攻撃するべき――

 

(――違う)

 

 視線が重なった。彼女の両眼に宿る戦意が、甘えた楽観を否定した。

 

(ダメージソースとして確保されている……ああ、クソ、そんなの、自爆に決まってるじゃないか!)

 

 意識をセシリアからビットに向ける。既にビットはあと一秒足らずで胸に飛び込んでくるだろう。

 今至近距離でビットを爆発させられたら、高確率で、終わる。

 最後の力を振り絞り、一夏はビットに相対した。

 

(しゅう、ちゅうッ)

 

 降り注ぐ雨の一粒が認識できるような、試合の間ずっと助けられた極限の集中力。

 それをもって彼はセシリアの最後のあがきを迎撃しようとして。

 

 不意に、感覚が切り替わった。

 スイッチが――切れた。

 

(な――――)

 

 痛い。

 全身が焼けているように痛い。思考がぐちゃぐちゃになる。

 張っていた気が思わず緩む。切っ先が落ちる。

 

(なん……でッ。斬れる、はずなのにッ)

 

 イメージと現実が乖離する。

 一夏の眼前には、即座に剣を構え、ビットを斬り捨てる自分自身が幻視されている。

 

(動くはずなのにッ、俺にはできるはずなのにッ)

 

 明確にイメージできる。迫り来るビットを一刀に切り捨てる自分自身。

 でもそれは、イメージに過ぎない。

 想像ではなく、自分自身の進化形として分かった。織斑一夏にはそれが成せると。

 

 でも、それは()()()()()()()()だ。

 

 今の織斑一夏には、できない。

 歯がゆいほどにそれが、理解できた。

 

 見ていた箒が悲鳴を上げた。

 観客の中でも動体視力に優れた者たちがそれに気づけていた。

 

 織斑一夏は、この瞬間に限界を迎えたと。

 

 もとより初陣、多方向からの同時攻撃をひたすら捌き続けていたのだ。

 その動きを維持できるはずもない。どれほどの精神力をつぎ込んでいたのか。

 今まで戦い続けられたことは単なる奇跡である。

 

 がくんと、顎が落ちる。視界が下がり、ビットを直視すらできない。力が入らないのだ。

 まるで雨を吸って固まった粘土のように、身体の感覚が急速に錆び付いていった。

 全能感がかき消されていく。闘志の炎だけは変わらず猛り、しかし、彼の身体は冷たく、固く、数十年老いたように遅く、弱々しい。

 

(――ぁ)

 

 刀を、振れない。握りこむことすらできない。

 セシリアはその姿に、勝利を確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

(まだだ、まだだろう、一夏)

 

 その声が届くはずもない。それでも彼女は必死に願う。

 

(負けたく、ないんだろう。必死にそのために積み上げてきたんだろう。なら、こんなところで、立ち止まるなッ!)

 

 組んだ両手を固く固く胸の前で握りしめ、箒は祈る。

 

(――――負けるなッ! 私の、大好きな(ヒト)!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……織斑一夏の負けは消えた」

「え?」

 

 だから祈りを断ち切るようにして隣から放たれた言葉に、呆気にとられるしかできなかった。

 東雲令はほんの僅かに目を見開いて、されどどこまでも冷徹に、モニターの戦況を注視していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一閃だった。

 けれど、光が迸ったと形容するには優しく。

 また、物体が切り裂かれたと語るには静かで。

 

 ただビットが正中線を綺麗になぞられ、二つに分かたれた。

 

「…………ぇ?」

 

 セシリアは呆けることしかできなかった。

 既に限界を超えているはずだった。けれどもここまで食らいついてきた。

 そうしてついに、文字通りに限界を迎えたと思った。なのに。

 

「……いつか……至る領域が、見えた。俺の限界の片鱗が、見えた」

 

 爆発すらしないまま大地に転がったビットは、バカみたいに綺麗な切断面を晒していた。

 

「もっと強くなれば、こうできるって分かった。()()()、順当に強くなった織斑一夏は、これができるって分かったよ。俺自身のことだから、分かったんだ……」

 

 幽鬼のように佇み、いつの間にか振り抜いていた刀を下ろして。

 一夏は雨に打たれながら天を見上げた。

 

 

「それっていつだよ」

 

 

 限界が見えた。そしてその限界を超える自分の未来図すら見えた。

 だというのに、何故足踏みをしなければならないのか。

 進化は限りなく早く、迅速に行われた。

 

 

 

「――俺は強くなきゃ、意味ねえんだよ……ッ!!」

 

 

 

 声を絞り出して、彼は大地に二本の足を突き立てて、ぐるりとセシリアに顔を向けた。

 両名、既に眼中には相手しか映っていない。

 

 しばしの沈黙。観客たちが呼吸することすら憚るような、触れば斬れてしまうような静謐。

 絶え間ない雨音だけが響き、二人の身体を濡らしていく。

 

「俺は、今から放つのが、最後の一撃だ」

「――ッ」

 

 互いに隙はなかった。

 体力はもう、あと一撃放つ分だけしか残っていない。

 迂闊に飛び込んだ方が死ぬと双方承知していた。

 

 だがカウンターではなく。

 二人は共に、突撃する機会を窺っていた――だからこそ一夏の言葉は自然と発せられた。

 

「もう正直、今にも倒れそうだ。だけど俺は負けるとしても、そんなダサい負け方はしたくない。何よりも負けたくない。だから――」

 

 セシリアは壁から離れると、数歩よろめいた。

 それだけで感覚を正常に取り戻し、最後の武器である『インターセプター』を握り直した。

 

「わたくしも、同じ気持ちです。ええ――決着を付けましょう」

 

 視線が交錯する。

 セシリアは勝利だけを見ていた。

 一夏は敗北を見ていなかった。

 

 雨だけが変わらず降り注いでいた。

 雲の切れ間などなく、何もかもを濡れ鼠にしてしまおうと雨が降っていた。

 だが両者の気迫は、雨粒を蒸発させていると錯覚するほどに、気炎となり立ち上っている。

 

「さあ――勝負だ」

 

 弾き出されるようにして両者が加速。

 距離がゼロになるのに、まばたきほどの時間もない。

 

 雨音に交じり。

 最後の一撃は、切ない音と共に放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………あれ?」

 

 織斑一夏が目を開けば、そこは見知らぬ天井だった。

 

「……??」

 

 事態が理解できず、思わず目を回す。

 一夏は白い清潔なベッドの上に横たわっていた。

 

「……ここは」

「学園の保健室」

 

 びくりと肩が跳ねた。

 慌てて顔を横に向ければ、無表情の東雲令が椅子に座り、一夏の顔を覗き込んでいる。

 

「う、おおお……びっくりしたあ……」

「当方はたった今来た。今までは、篠ノ之箒が其方の寝顔を見ていた」

「……寝顔……?」

 

 思わず首を傾げた時。

 

「しッ、東雲ッ!? 何を言っているのだ!」

 

 大慌ての足音と共に、箒が一夏の視界に飛び込んできた。

 

「ちょっとだけだ! ちょっと寝顔に見とれていただけで……みと、みとれェッ!?」

 

 面白いように勝手に慌てふためく箒に、現状師弟は顔を見合わせる。

 

「箒の奴、どうしたんだ?」

「当方にも分からない」

 

 両者の声色には困惑が多分に含まれていた。

 

「とっ、とにかく、痛む箇所はないのか、一夏」

「え、あ、ああ……うん、全身だな……」

 

 酷使し、ズタボロになった全身には包帯が巻かれている。

 どうやら相当ひどい有様だったらしい。

 鼻がツンとすると思って顔を触れば、頬にも湿布が貼られていた。

 

「セシリア・オルコットも同様に別室で寝込んでいる。それほどの勝負だった」

「ああ、オルコットさんも……って! そうだ勝負!」

 

 思わずガバリと身体を起こして、一夏は顔をしかめる。

 

「い、いてて……」

「こら、無茶をするな」

 

 箒が両肩に優しく手を添えると、一夏をベッドに横たえる。

 思わず、彼は目を白黒させた。彼女からこんなにも優しく接されたのは、初めてではないだろうか。

 

「勝負の結果が気になるとは思うんだが……その……」

 

 箒は言いよどみ、助けを求めるように東雲を見た。

 

「引き分けである」

 

 まったく躊躇なく、さっぱりと言い放った。

 

「……ひき、わけ」

「最後の一撃、当方の観測ではコンマ3秒のズレと共に互いに直撃し、シールドエネルギーは両者ゼロになった。十人が見て十人が驚くほどに見事な相討ちである」

「……コンマ3秒のズレ、まで見えるんだな」

「肯定。当方の観測に狂いがなければ、セシリア・オルコットの方がほんの僅かに早かった。だが、戦場では両者死亡と考えられる。また互いに限界を迎えており、エネルギーが尽きると同時に意識を喪失し、倒れていた」

 

 そっか、と呟いて、一夏は天井を見て目を細めた。

 

「だが、相手は代表候補生だ。大金星だろう。一夏、よくやったな」

 

 箒は純粋に賞賛の言葉を贈った。

 

「織斑千冬も篠ノ之箒に同意していた。『よくやった』と伝えろ、と伝言を頼まれている」

 

 普段の一夏にとっては、それはこれ以上ない賛辞だった。

 けれど。

 

「…………畜生」

 

 彼は不意に軋む腕を上げて、顔を覆った。

 

「……一夏?」

「……畜生、ちくしょう……ちく、しょう……ッ」

 

 それは静かな保健室に嫌と言うほどに響く、一人の男の嗚咽だった。

 思わず東雲は眉根を寄せた。誉められたというのに、何故彼は泣いているのか。

 何も言うことなく、箒は彼の内心を察していた。彼は見ているこちらがつらくなってしまうほどに、痛いほどに、勝負に懸けていたから。

 

「……東雲、出よう」

「?」

「分からないのか。男が、泣いているんだ」

「……出る必要があるというのなら、当方は従う」

 

 箒に促され、東雲は椅子から立ち上がった。その表情に乱れはない。

 ベッドから離れ、保健室のドアに手をかけて。

 

「……織斑一夏」

 

 振り向いて、未だベッドの上で洟をすする一夏を見る。

 

「勝利も敗北も受け入れて前に進む。それが今の其方には必要。当方は――織斑一夏にはそれができると、信じている」

「…………ッ!」

 

 それだけ言って、彼女は保健室を出た。

 箒も後を追い、それからドアを閉める。

 

 残された保健室には、一夏のくぐもった声だけが響き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東雲は、一夏がここまでやると予測できたのか」

 

 廊下に二人の足音が響く中、箒は不意に口火を切った。

 

「今やもう、学園中が大騒ぎだろう。あれだけの衆目の中で、あれだけの啖呵を切って、そしてあれだけの激闘を演じてみせた……明日からきっと、一夏を中心に学園が回る」

「当方も同意する。そして最初の質問には、否であると回答する」

 

 思わず、箒は彼女の横顔を見た。

 

「指導をしていたのに、か?」

「ISを実際に動かす訓練は行えていない。恐らく織斑一夏が感覚派だろうとは予想できていたが、試合の中であそこまでの爆発的進化を遂げるとは、当方にも予想外である」

「そう、か」

 

 その言葉は少し、嬉しかった。

 自分の幼馴染は、『世界最強の再来』の予測すら超えてみせたのだと。

 

「故に幾ばくか残念な結果ではあった」

「ああ。あそこまで追い詰めたのだ。後一押し、だったな」

「否。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 思わず、足が止まった。

 今彼女はなんと言った?

 

「そ、れは」

「正確に言えば、ビットを斬り捨てた際の斬撃をもう一度放てれば、相討ちになることなく一方的にセシリア・オルコットを斬り捨てていた。これは課題として残る」

 

 何を見据えているのか。

 どこまで見透かしているのか。

 

 箒は改めて、隣に立つ少女の存在する次元の違いを感じ取った。

 だが。

 震えそうになる声を張り、身体ごと、箒は東雲に向き直る。

 

「……なら私は、その領域に至るまで、一夏を支えたい。お前の鍛錬を、サポートさせてくれないか」

「当方は構わない」

「即答するのか!?」

 

 箒なりに決断的な発言だったのだが――東雲はいとも簡単に了承した。

 

「今日の戦いぶりを見たからには、訓練の内容も変更を加えていかなければならない。人数が多ければ選択肢が増える、篠ノ之箒の助力はむしろありがたいものである」

「そ、そうか。うむ。ならば一夏が回復したら、一緒に頑張ろう!」

 

 思わず箒は東雲の手を握って、笑顔を浮かべてそう言った。

 何よりも、愛しい相手の力になれることは、心の底から嬉しかった。

 

 だから彼女の笑みは、天使ですら見惚れてしまうような、花開く美しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(めッッッッッッッッちゃええ子やん)

 

 東雲令は普通に訓練を手伝ってくれる人が増えて嬉しかった。

 

(二人きりだと本当に時々テンパっちゃうもんな~……ありがたい、ありがとう、しののん! あ、でも時々二人きりの時間は確保させてね)

 

 エゴむき出しの内心がつないだ手を介して伝わったら箒はどんな顔になるのだろう。ていうか伝わった方がいい可能性が高い。

 

(いやそれにしても最後の最後に気が抜けて惜しかったなー、これからはスタミナを重点的にやっていくか? でも予測回避バリバリやれてたし、まずは守りからかなあ……うーん……動き回らせて汗だくになれば、替えのTシャツを渡したり、しちゃえるのかな……!? ちょ、ちょっとぐらい匂い嗅いでも……バレへんよな……?)

 

 いや――これは、ちょっと、伝えるのがはばかられる程度には酷い。

 

 

 どこまでも残酷な真実には気づくことなく。

 

 篠ノ之箒は思い人との時間が増えるし貴重な友人も得たと歓喜し。

 東雲令は織斑一夏の汗はどんな匂いか考え少しトリップしていた。

 

 

 

 









あのですね
結構夢中でバトル書いてたんですよ
そしたら普通に書き終わっちゃってですね
書き終わってから『零落白夜』使ってないじゃんってなりました

篠ノ之束様には、この場をお借りして謹んでお詫び申し上げます。





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8.好敵手の絆

世界最強の再来以外の異名候補(申し訳程度のオリ主アピール)
忌むべき十三(アンラック・サーティーン)』『魔剣使い(ヴォルスンガ・サガ)』『疾風怒濤の茜嵐』
ここまで考えてよく考えたらISって二つ名システムねーわって思ってやめました

お褒めの言葉をいただきまくってありがたいのですが、決闘で零落白夜忘れてたのはガチミスなんだよなあ……


 一年一組クラス代表決定戦は劇的な結末を迎えた。

 新聞部は特集の号外を発行し、ほとんどの生徒が争うようにしてそれを購入。

 一面の見出しは『織斑一夏、番狂わせの大健闘!』『セシリア・オルコットの新たなる姿』などセンセーショナルな言葉が並べられている。

 

(『激闘の結末は学園の試合でも類を見ない相討ちであった。両者ともに決死の気迫で行われたこの名試合は、年度末に行われるベストバウト投票において高得点が確約されたも同然だろう。ルーキー同士の激突とは思えぬ試合運びに、多くの上級生が震え、下級生も奮起すること間違いなし』……か)

 

 記事を一通り読んで、篠ノ之箒は寮の自室でやれやれと嘆息した。

 予想通り、あの試合はIS学園に大旋風を巻き起こしている。

 僅かな稼働時間故に侮られていた唯一の男子と、実力が約束されているエリートの戦い。

 当初は話題性のみを見られ、しかし結果は見えたものと言われていた。織斑一夏は才能を開花させるかもしれないが、しかし代表候補生相手では結末を引き延ばすことだけが打てる手だと。

 

(くふふ……)

 

 一面に貼られた大写真は、敵めがけ決死の突撃を行う、愛しい幼馴染の姿。

 その男気、負けん気、箒が大好きな彼の至上の一枚を見て、にんまりと笑ってしまう。

 

(本当に、本当によくやったよ、一夏)

 

 あの時。

 保健室で涙を流す彼を見て、少しだけ安堵していた。

 心が折れることなく、前に進める。

 きっと彼は涙を糧にして、再び立ち上がることできる。

 そう感じたから。

 

(だから、一夏。私はお前を支えよう。いつか至るべき最果てを目指す限り、私はずっと、お前の味方であり続けよう)

 

 箒は新聞をテーブルにぽいと投げた。

 記事の文面は非常に好意的ではあるが、学園に少なからず存在する女尊男卑主義者は今回の試合に不満を抱いている。

 一夏がズルをしたのでは、という中傷行為はまだマシな方で、八百長であった、セシリアの機体に細工が施されていた、挙句の果てには弱みを握っていた等々……

 代表候補生という立場があるセシリアに矛先が向かないのが、この悪意を発露させている者たちの気質を表していて、不愉快さに箒は拳を握る。

 

(どんな相手であろうとも、どんなおぞましい悪意であろうとも、私はお前の楯となり、休める安息の場所であろう)

 

 固く握った拳を、ゆっくりと解いて、箒は手のひらを天井に伸ばした。

 

(それが、今私がしたいことだから)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 一年一組は朝のHRを前に、どことなく落ち着かない空気だった。

 空気はやや張り詰めており、雑談に興じる生徒らは話に集中できず、ちらちらと視線を逸らしている。

 

 理由は二つの空席。

 昨日激闘――その言葉すら生ぬるいほどの絶戦――を繰り広げた、織斑一夏とセシリア・オルコットの席。

 

「二人とも、結構怪我してたみたいだしね……」

「織斑君なんて全身に包帯ぐるぐる巻きだったって話だよ?」

「オルコットさんも相当ダメージがあったていうしね」 

 

 自分のクラスの代表を決める戦いとあって、一組生徒は全員がアリーナでの戦いを見ていた。

 その劇的な結末と、両者の吐露した想い。

 教室での言い合いは互いに喧嘩腰であったが、そのスタンスにつながる信念を理解した。理解できてしまった。

 

「……むむむ」

 

 東雲令の席のすぐそばに立つ箒は、教室を見渡して唸った。

 なんというか、何名か、一夏の席に向ける視線が先日と違う。違いすぎる。

 

 あの時一夏が声高に叫んだ宣言。

 箒自身再び惚れ直してしまうほどの代物だったが――冷静に考えればそりゃあ他の生徒にもクリティカルヒットする。

 このご時世に、あそこまで己を貫き、信念を燃やし、そして諦めずにあがき続ける男子を見る機会があるだろうか。いやない。

 耐性のない女子の瞳に熱に浮かされたような色がこもっているのも、納得できる。箒は嫌というほどに、身に迫る実感として理解できる。

 

「いやしかし、どうなんだろうな。理解者としてカウントするなら、心強いかもしれないが」

「……何の話なのか、よく分からない」

 

 訓練メニューを共有し、互いの仕事を確認していた東雲は、箒のぼやきに首を傾げた。

 

「気づかないか? こう、一夏に向けて、結構……みんな変わったというか……」

「変化……当方は今までの状態を余り理解していない。これは当方の不徳である。だが何かしら、好意的に転じたというのであれば、それは歓迎すべきことである」

「それは、そうなんだが……ッ!」

 

 だめだ、この少女は抜群の戦闘力を誇っているが、人の心の機微に疎いらしい。

 逆に一夏のそばに居る異性としても脅威にならないので別にいいのだが(篠ノ之箒は節穴という渾名を頂戴するべきである)……かといって恋愛相談の相手にもなりそうにない。

 

 これから先、共に一夏を見守る相手として、箒は東雲のことを厳格な師匠のように意識していた。

 

「あっ」

 

 不意に誰かが声を上げた。

 クラスの生徒らの視線が教室後方のドアに集中する。

 そこには改造した制服を身にまとい、しかし露出した首に包帯を巻かれたセシリア・オルコットがいた。

 

「おはようございます、皆さん」

「……おはよ、セシリアさん!」

 

 当初はその相手を見下した態度故に、距離をおかれがちだったが――プライドに見合うだけの信念を、闘志を、何よりも実力を証明した。

 もう彼女を遠ざける理由などどこにもない。

 

「心配したんだよセッシー」

「せ、セッシー……? まさかそれはわたくしのことですか!?」

「うん。セシリアで、熱心だから、セッシー」

「なんだか拒絶しづらいちゃんとした理由までありますわね!」

 

 今までになくフレンドリーなクラスメイトに囲まれ、セシリアはわたわたと両手を振った。

 その様子を見て、東雲は表示していた訓練メニューのウィンドウを叩くようにして消す。

 

「織斑一夏の進化に埋もれているが、セシリア・オルコットも大きく進歩した」

「そう、なのか?」

「肯定。当方との試合で、積極的に前へ踏み出すことはなかった。最後にビットの自爆をぶつけに行ったのも、気質の変化、あるいは闘志がより強固なものになったと推測される」

「……そうか。色んな人が、変わったんだな。あの試合で」

 

 箒は感慨深く呟いた。

 その時――さっと人混みをかき分けて、当のセシリア・オルコット本人が、東雲の席の方向へ歩いてきた。

 いや、正確に言えば織斑一夏の席へと。

 

「……彼は?」

「席には着いていない」

「恐らく登校はすると思うのだが……少し心配になってきたな、迎えに行った方がいいかもしれん」

 

 東雲は無表情に、箒は心配そうに眉を下げて告げる。

 セシリアはそれを聞いて、すっと彼の机をなでた。

 

「そうですか。できれば、朝のうちにお話をしておきたかったのですが」

「いやずっとここにいたんだけどな」

 

 全員、弾かれたように、セシリアが入ってきたのとは別の、教室前方のドアを見た。

 そこには壁に背を預け、頬に湿布を貼り、左腕に包帯を巻いた織斑一夏が拗ねたような表情で佇んでいた。

 

「同時にオルコットさんが入ってきて、誰も俺に気づいてねーんだから、驚いちゃうぜ。ああいや、東雲さんは一瞬こっち見て、無視してたな」

「何故席に着かないのか疑問ではあった」

「この空気で入るのは無理だろ」

 

 呆気にとられるクラスメイトらの前を横切って、彼は自分の席に鞄を置いた。

 

「それで……まあ、あれだ。おはよう、みんな」

 

 包帯の巻かれていない右腕を上げて、彼は苦笑いを浮かべる。

 

「――うん、おはよう織斑君っ!」

「もう大丈夫? 痛くないの?」

 

 クラスメイトらが笑顔で彼を迎えた。

 もう大丈夫だぜ、と一夏は笑顔で返す。

 

「おはよーおりむー!」

「お、おりむー……? まさかそれって俺のことか!?」

「うん。織斑で、まっすぐだから、おりむー」

「なんだか拒絶しづらいちゃんとした理由まであるな!」

 

 さっき聞いたようなやりとりを耳にして、箒とセシリアは小さく笑った。

 その様子を見て、一夏は意外そうな表情を浮かべる。

 

「あれ? オルコットさん……だよな?」

「ええ、そうですわよ。セシリア・オルコットです」

 

 敵意を感じない。

 先日まであった壁が取り払われている感覚だった。

 

「……えーと、だな」

「……それで、ですね」

 

 だが会話が、微妙に続かなかった。

 互いに言いたいことはある。語りたいこと、わびたいことがあった。

 けれど切り出し方が分からず、顔を見たり視線を逸らしたりして、なかなか糸口が見つからない。

 

 その様子を、クラスメイトらは半笑いで見ていた。

 

「まったく、互いに不器用だな」

 

 仕方のない子供たちを見るような目で、箒はぼやく。しかし表情には笑みが浮かんでいた。

 スタートを切れない二人の真横で、席に座ったまま東雲はぼうっと廊下を見ている。

 

「織斑一夏」

「え?」

 

 静かな空間の中で、突然東雲が口火を切った。

 

「廊下で待ってる人間たちは、無視するべきだろうか。当方には判断しかねている」

「廊下で待ってる、って…………あぁ、なるほどな」

 

 一夏は東雲の視線の先をたどって、それから少しだけ、表情に緊張を走らせた。

 廊下には何名かの女子たち。リボンの色からして上級生である。

 彼女らは雑談に興じながらも一夏を見ていた。

 

 ファン、ではないのは分かる。

 視線に込められた敵意。悪意。嫌というほどに分かった。

 

「一夏」

「……できれば無視したいけどなあ」

 

 ぼやいたが、一夏は自らドアに向かって歩いていった。

 

(俺は……誰にも負けたくない。目に見えない悪意相手でも、引き下がることだけはしたくない)

 

 その背中をセシリアが、じっと見つめていることには気づかず。

 一夏は廊下にたむろしていた上級生たちの前に佇んだ。

 

「何かご用ですか」

 

 なるべく刺激しないように柔らかい表情と、穏やかな声色を意識した。

 

「ああ、ううん。えーっとさ、噂を聞いてね」

「噂ですか」

「そうそう。なんかIS学園の試合で卑怯なことをした奴がいるって噂」

「へぇ……」

 

 両の拳をぐっと握った。

 腹に力を入れ、感情を制御しようと試みる。

 怒りに身を任せてはいけない。ただ感情に流されるままの子供ではいけない。

 それは、負けなのだ。

 

「だからそういうのがいたら、よくないよねって思って」

「そうですね」

「……なんとかいったらどうなん?」

 

 柳のように受け流していた一夏の態度に、女子生徒の一人が噛みついた。

 

「ボクはズルしてまで負けたくないと思うお子様ですごめんなさい、って」

「……ッ、負けたくなかったのは事実です、でもズルをしようだなんて思ったことはない」

 

 口を突いて、勝手に言葉が出てきた。

 しまった、と顔色を変えたときにはもう、女子生徒らの顔が嬉しそうに歪んでいる。

 

「何? そんなムキになることあるん?」

「違います……俺は……」

 

 制御できなかった。自分の未熟さに歯がみする。

 揺れるな。ブレるな。水面のような心であれ。

 そう意識しているのに、ふつふつと煮立つ怒りの炎は、喉を通り勝手に唇を動かして――

 

 

 

「――口を慎みなさいッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 一喝だった。

 びくりと、上級生たちはおろか一夏の肩さえ跳ねた。

 

「もう見ていられませんわ! 見当違いも甚だしい、見るに堪えない愚かさですわね!」

 

 大股にこちらへ歩いてきたセシリアが、怒りにまなじりを吊り上げながら、一夏の隣に並んだ。

 

「オルコットさん……」

「わたくしと織斑一夏さんの戦いは正統なる決闘です。わたくしはあの戦いに、結末までひっくるめて誇りを抱いています! それを部外者が好き勝手に愚弄するなど、恥を知りなさいッ!」

 

 両足を開き、彼女は胸を張った。

 

「わたくしの誇りにかけて、貴女たちの言葉、到底容認いたしません! 訂正するなら今のうちでしてよ!」

 

 思わぬ援軍に、上級生らがたじろぐ。

 一夏はぽかんと口を開けて、バカみたいに彼女の顔を見ていた。

 

 誰も何も言えず、ある種の膠着状態。

 上級生たちにとって、セシリアの言動は不可解である。何故、どうして、自分たちは貴女の味方なのに――猜疑心が瞳に宿り始める。

 まずいと一夏は思った。このままでは、セシリアの立場まで悪くなってしまう。

 

 なんとかしようと、考えもまとまらないまま口を開こうとした、瞬間。

 

 

 

 

 

「……当方が思うに、其方には退くか退かないかの選択肢が存在する」

 

 

 

 

 

 セシリアとは反対側の隣。

 音もなく東雲令が現れた。

 

「……ッ、東雲令、あんたまで……何で……!?」

「織斑一夏は強さを証明した。存在を証明した。それは当方も確認したところである。故にそれを否定することは()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、時が止まる。

 敵対宣言――『世界最強の再来』に対して。

 そんなつもりはなかった。邪魔な男に適当に制裁を与えようと、ただそれだけだったのに。

 動揺を通り越して、上級生たちは混乱に目をさまよわせる。

 東雲はその暇すら許さなかった。

 

「証明されたものを否定するというのなら、相応のやり方が必要……どうか賢明な選択を選んでいただきたい」

 

 刹那だった。

 一夏もセシリアもぎょっとした。

 

 東雲令の眼前で、()()()()()()()()()()

 武装のみの展開。それが彼女の専用機から呼び出し(コール)された武器であることは誰もが分かった。

 ちょうど『雪片弐型』とほぼ同じ丈の大太刀。飾り気のないシンプルな柄。鍔は誂えられていない。照明に照らされ、深紅の刀身が鮮血のように光っている。

 東雲は両腕を組んで両眼を閉じた。

 

()()()()()

 

 上級生がぶわっと脂汗を浮かべ、後ずさった。

 彼女は武器をただ展開しただけ。手に握ってもいない。腕を組んですらいる。挙句の果てには目を閉じている。

 だというのに、今――何かが合図になった瞬間、その時にはもう刀は彼女の手に収まっていて、刀身は振り抜かれていて、自分の上半身と下半身が分かたれていると、根拠もなしに理解した。

 

「……この辺りでいいでしょう、先輩」

 

 一夏の背後からゆっくりと箒が歩いてくる。

 

「そろそろHRも始まります。教室に戻った方がいいですよ」

「篠ノ之箒。まだアレらは選択していない」

「いや、いいんだ。もう十分……ですがもし選びたいのならば、好きに選んでください。人を呪わば穴二つ。悪意の使い方には用心して、好きな方をどうぞ」

 

 その言葉が、ダメ押しだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すごすごと撤退していく上級生たちを見送って、東雲は初めて、目に見えて分かるぐらい不満を露わにしていた。

 珍しい表情に、思わずクラス一同目を丸くする。

 

「その、東雲さん。そんなに斬りたかったのか……?」

「織斑一夏は当方を人斬り中毒とでも認識しているのか」

「いやそういうわけじゃねえけど、不満そうだなーって」

「アレらは選択しなかった。言葉を取り下げもせず、かといって主張を貫きもせず、ただ帰っていった」

「そりゃまあ、どっち選んでも負けみたいな状態だったしな」

「結果は関係がない。当方は質問した。どちらであれど回答だけはしなければ、道理が通らない」

 

 返答を聞いて箒とセシリアと一夏はあきれかえった。

 要するに、質問したのに回答がなかったから不満なのだ。

 

「なんというか、ズレていますわね……」

「そう言うなオルコット、ある意味では美点だ」

「そうですわね。それと()()()()()()()。わたくしのことはどうかセシリアとお呼びください」

 

 その言葉に、箒は一夏を見た。

 彼はぱちぱちと両目をしばたたいて……それから、柔らかく微笑んだ。

 

「ああ、セシリア。よろしく頼むよ」

「ええ。数々の非礼、お詫びいたします」

「こっちもだ。これからは仲良くやっていこう」

 

 二人はすっと手を伸ばし、固く握手をした。

 固く、固く……互いに握りつぶそうとしているほどに固く。

 

「それはそうと……先ほど、一つだけ嘘をつきました。結末までひっくるめて誇りに思っていると。あれは大嘘です……わたくし、あの結末は到底容認できませんわ」

「そりゃ良かった。俺も同感なんだ」

 

 微笑みを交わしながらも、両者の間には激しい火花が散っている。

 

「これは……友情……なのだろうか……」

「握手している以上、友情だと当方は推測する」

「ああうん、お前は、あれをされても顔色一つ変えないだろうしな」

 

 箒は、隣の東雲はちょっとズレているなと思って、眉間を揉んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(『抜かせるな』って言ったけど鞘ないじゃんあれ)

 

 東雲令はあまりの凡ミスに愕然とした。

 

(は~~~~~~~~最悪。決め台詞ミスるって……もう……サイアク……めっちゃかっこ悪いところを見せてしまった……死にたい……)

 

 セシリアとグギギギガガガバキバキと握手をしている一夏を見てぼんやりとした表情で反省する。

 

(でもまあ、喧嘩友達も見つかったし、良かったね! ていうか握手って……あれ!? 手に触れたこと、ないな!? ど、どうしよう、決闘申し込んだら握手してくれるかな……)

 

 握手券代わりの果たし状というあまりに迷惑なフラッシュアイデアに関して、自分の席に座ってから東雲は真剣に考案をし始めた。

 

 

 




世界最強「廊下に穴が開いてるんだが」
上の再来「知らない」
世界最強「そっか……業者に修理注文しとこ……」


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9.TAKE YOU HIGHER

自分でも分かりにくいなと思ったので話数のカウントを改めました
0話なんていらねえんだよ!

評価の一言欄とか誤字報告とか全部見てます(今のところ誤字報告のうち2件は意図的な表現だったので反映していません。申し訳ありませんが、ご了承ください)
本当にありがたい限りやで

アンチヘイトっぽい言葉が出てきますけどまったくそういうつもりではないです(平身低頭)


 一年一組クラス代表の座を射止めたのは、結局織斑一夏だった。

 あの勝負を通してセシリアが彼を認めた。

 また一夏も、他薦ではなく改めて自薦を行った。

 

 その理由として、彼が新たに知ったクラス代表の仕事がある。

 

(クラス代表対抗戦……要するに、実力者と鎬を削りまくれる絶好の実戦ってことだ。逃すわけにはいかねえ……!)

 

 戦意を滾らせる彼の隣で、箒は嬉しそうに微笑み、セシリアはそうでなくてはと獰猛な笑みを浮かべ、東雲は無表情だった。

 決め手となった自薦にクラス全員が異議なしと唱え、晴れて織斑一夏が、一組代表に任ぜられたのである。

 

「織斑、クラス代表には多くの雑務も存在する。いいんだな?」

「メリットとデメリットを比較して、自分にとってこれ以上ない恵まれた役職だと判断しました。問題ありません」

 

 そう凜々しく告げる弟の姿に、千冬は寂しげに笑った。

 クラスからの信任を得て、つまりはこの教室の中心人物となることが確約されているというのに、彼の瞳には揺るぎない意思が宿っている。それは入学直後の姿からはまるで想像できない――変身した姿だった。

 

「気負いすぎるな、というアドバイスは無用だな。まったく、知らんうちに成長しおって……」

 

 寂しさを感じた。ほんの少しだけ。

 自分の後ろをついてくる弟はもういなくて。

 ただ前を向いて邁進する一人の男が、そこにいたのだから。

 

 だが寂しさを打ち消して有り余る――身内の成長への歓喜も感じていた。

 

「よし、ならば一夏。私と東雲で訓練メニューを考えた。身体が十分回復してから始めよう」

「篠ノ之箒の考案した、武道をベースにした内容の鍛錬は非常に参考になった。今の織斑一夏をさらなる高みへ導くために、よりよいメニューになったと当方は自負している」

 

 問答を終えて正式にクラス代表となった一夏を、幼馴染と師匠が迎える。

 二人の言葉に、一夏はギラついた眼光をもって応えた。

 

「ありがたい。でも、訓練は今日からでいいぞ。十分動けるようになってるからな」

「いや無理だろうそれは」

「さすがに無理でしてよ」

「当方は可能だと思うが……」

 

 頬に湿布を貼り、腕に包帯を巻いた男の言葉である。

 箒と、いつの間にかいたセシリアの二人は首を横に振った。

 

「ん、セシリアも訓練に参加するのか?」

「共にメニューを受けるという訳にはいきませんが、参考になると見込みました。また、一夏さんの武器ではロングレンジを得意とする相手への対策が急務ですわ。仮想敵としてわたくし、相応の価値があると思いましてよ」

 

 彼女の言葉に、一夏と箒は、東雲の様子をうかがった。

 

「ありがたい。当方は歓迎する」

 

 彼女がそう言うならば問題ないだろう。

 そうして四人によって、一組の訓練チームが形成された。時には他の生徒らも織り交ぜ、一年間にわたりIS学園一年一組の名をとどろかせ続けた驚異のチーム。

 

 東雲は感情を露わにせず、しかし決然とした声色で一夏に語る。

 

「当方が、其方をさらなる高みへと導いてみせる」

 

 そして翌日の放課後――()()()()()()が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「が、ハァッ……!?」

 

 衝撃をまともに受け、身体がきりもみ回転し、空中から一気に地上へ叩き落とされた。

 墜落と同時、骨格そのものが軋む音。神経が悲鳴を上げている。数秒、意識が遠のいた。

 

 ISのエネルギーバリヤーはある程度の衝撃なら遮断できるものの、セシリアの狙撃が直撃した際のように、ダメージを殺しきれない場合はある。

 たった今一夏が浴びた攻撃は、的確にエネルギーバリヤーを貫通し、操縦者本人へダメージを与えていた。

 

 口の中に入った砂を吐き捨てると、どうやら口内を切ったらしく血が混じっている。

 それを見て、一夏は呻きながら立ち上がった。

 

 前を見た――アリーナのプログラムが立ち上げた自動攻撃機能付きのターゲットたち。数は二十を超えていたが、精度は残念な意味で比にならない。先の決闘と比べればあまりに生ぬるい。

 それらが放つ銃撃は投影されたダミーの弾丸であり、受けたところでエネルギーの数値が自動的に減るだけ。

 

 だがそのターゲットたちを率いるようにして。

 制服姿でIS用アサルトライフルを構え、首を傾げ不思議そうにしている東雲令が、アリーナの地面に佇んでいる。

 

 アリーナの自動攻撃を避けつつ、東雲の銃撃も防ぐ。

 ただそれだけの訓練。

 一夏はこれで計十六度目の墜落だった。カスタマイズされた大口径アサルトライフルから放たれるは強い衝撃を与えることに重きを置いた徹甲弾。

 

「当方には、今の被弾は理解し難い」

「…………ッ!!」

 

 東雲の深紅の瞳は冷たかった。

 思わず拳を握り、歯を食いしばった。

 直撃を受けた際の機動を反芻し、何故攻撃を当てられたのか分析する。

 

(縦の動きはそこそこできてた……横へ移動した瞬間を狙われた。左へのサイドブーストが甘かった……! 感覚操作である以上、右利きの俺が左側を疎かにするなんて当たり前、当たり前の欠点を俺は放置していたんだ……! クソッ! どんだけヌルけりゃ気が済むんだ、織斑一夏ッ! 気合いを入れ直せッ!)

 

 強く、鋭い眼光を東雲に向けて、一夏は声を絞り出した。

 

「大丈夫……です……! もう一回……お願いします……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんでこれに当たってんの??)

 

 東雲令は内心で首を傾げていた。

 

(当たる理由がよくわかんない……でも本人はなんか反省したっぽいし、別にいい……のか……? にしてもなんでこれに当たってんだ……)

 

 見える。見えすぎる。一夏の視線、というよりは意識の先。

 逸れたら撃つ。隙があれば撃つ。当たると思ったら撃つ。その繰り返しだけで彼は十六度叩き落とされている。

 

(ん~あの時って、予測回避が一時的にできるようになってただけなのかなあ。まあそれなら鍛えれば常にできるようになるってことだし、しばらくはこれ続行かな……ほら! こっちを見なさい! こっちを……ハァハァ……すごく真剣に……見なさい……!!)

 

 一夏は極めて真剣に攻撃を回避しようと空を駆け抜け。

 東雲も極めて真剣な感じで訓練をしていた。

 

 絶対噛み合わない方がいいのに、二人の行動はすごく噛み合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「苛烈だな」

 

 ついに一夏の墜落が四十の大台を目前としたのを見て、箒は嘆息した。

 

「あ、あの……止めなくてもよろしいのですか……?」

「あらかじめ言い含められている。それにまあ、武道をたしなんでいた身としては、あれしきで音を上げていてはならん。()()()()()()()()()()()()

 

 ウォーミングアップとしてセシリアは一夏をBT兵器で包囲し適当に撃ちまくり、今は『打鉄』を身にまとう箒相手に、『インターセプター』を握って近接戦闘の訓練を行っていた。

 横目に一夏の訓練の様子を窺っていたが……セシリアが思わず頬を引きつらせる程度には、それは厳しい鍛錬だった。

 

 そうこうしているうちに、一夏が四十回目の砂煙を上げた。

 

「――今日は終了である」

「……ッ! まだ、まだやれます……ッ!」

「却下する。当方の目を誤魔化せると思わない方がいい。現状の織斑一夏ではこれ以上訓練を続行したところで意味はない。休息を取り訓練内容を反芻する時間が必要である」

「ぐっ……!」

 

 言い返せなかった。身体へのダメージは重なり、いまも足がふらついている。

 東雲はその黒髪に汚れ一つなく、また汗の一滴も見せていない。

 

「アリーナ出入り口で集合。当方たちも向かう」

「わかり、ました」

「……それと……何故、敬語……?」

 

 東雲は首を傾げて一夏の顔を覗き込んだ。

 

「え、いやまあ、先生みたいなもんだし、教えを受けている間はそっちの方が気合いが入るっていうか」

「……其方のモチベーションに関わる問題ならば構わない」

 

 ここで一夏がほんの僅かに東雲の眉が下がっていることに気づいたら事態は変わっていたかもしれないが、既に無様な訓練内容から反省点を洗い出し始めていたので、無理な話であった。

 

 足を引きずるようにしてアリーナから立ち去っていく一夏の背中を見送り、ふとセシリアが口火を切る。

 

「あの、東雲さん。瞬時加速(イグニッション・ブースト)は教えて差し上げませんの? インファイターにとって必須の技能……今の一夏さんなら、身につけるのにさほど時間がかかるとは思えませんが」

 

 瞬時加速――ISの高速機動において屈指の難易度を誇る、しかし代表的なテクニックだ。

 一度放出したエネルギーを再度取り込み、爆発的な推力を得て加速するという原理であるが、タイミングや角度の調整には巧緻極まる技量が求められる。

 

 セシリアの見立てでは、一夏ならばモノにできるだろうと予測できた。

 近接戦闘に主眼を置く彼の戦闘スタイルにおいて必須と言ってもいい技術である、が。

 

「当方の予測では、現段階で瞬時加速を教えた場合、織斑一夏はそれを()()()()()()()()()()()()()

 

 東雲はにべもなく斬り捨てた。

 その言い草に、思わず箒は首を傾げる。

 

「な、なあセシリア。瞬時加速というのは……その、認識するも何も、文字通りの切り札ではないのか?」

「難しいところですわね」

 

 箒の疑問に、セシリアは腕を組んで眉根を寄せる。

 

「使いどころを誤らなければ相手の懐へ飛び込むことも可能ですが……アレはあくまで直線的な加速です。その使いどころを誤らない、という前提が、相手の技量が高ければ高いほど難しくなります」

 

 もちろん段階的に加速する、あるいは専用のスラスターで連打することで多角的に迫るなどの解決策はある、とセシリアは補足した上で。

 

「ですがそれも、今の一夏さんと『白式』では難しいかもしれません。そういう意味では、東雲さんの考えにも一理ありますわね」

「なるほど……ちなみに、タラレバで申し訳ないのだが……参考がてら、先日の決闘でもし一夏が瞬時加速を覚えていた場合、どうなったと思う?」

「恐らくカモでしたわ」

 

 即答――箒は思わず目を白黒させた。

 セシリアは腕を組んだまま、軽く肩をすくめた。

 

「だって直線加速などされたら、わたくし、()()()()()()()()()()()()()()()()

「……あそこまで迫れたのは、一夏の素人加減すらプラスに働いていたから……!」

「それを言い訳にするつもりはありません。彼はあの時、わたくしの包囲陣を打ち破ってみせました。これは揺るがぬ事実です。ですが二度目はありません……彼の癖も段々見えてきました、リベンジマッチが楽しみですわ」

 

 これが、代表候補生。

 篠ノ之箒は改めて戦慄する。

 そして、幼馴染が目指す高みの険しさを、震えるほどに実感した。

 

(……それでも、一夏。私は……)

 

 どこまででも付き合ってみせると、決意を新たにして。

 箒は拳を強く握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして東雲たち三人がアリーナを去り。

 シャワーを浴びて制服に着替え直し、一夏が待って居るであろうアリーナの出入り口にたどり着いたとき。

 

 ――見慣れない水色の髪の少女が、彼にやたらくっついてるのを見た。

 

「は?」

 

 箒は普通にキレそうになった。

 なんだその距離感は。身体がほとんど押しつけられていて、二つの丘がぐにゃりと形を変えているのが分かる。

 壁に追い詰められた格好の一夏は、顔を真っ赤にしてしどろもどろになっていた。なんだその顔は。何を普通にドギマギしている。

 背中に一瞬炎を浮かび上がらせ、しかし箒は慌てて冷静さを取り戻す。

 

「あれは……」

 

 セシリアはその少女を、正確にはリボンの色を見て上級生だと判断した。

 だがその身体つき――並大抵の実力者ではないのが分かる。

 少なくとも、自分より格下はあり得ない。むしろ、格上の立ち振る舞いすら透けて見えた。

 狙撃手としての冷徹な瞳が、相手に対して警鐘を鳴らす。

 

「…………」

 

 そして東雲は――足早に、まっすぐに、一夏と少女へ向かって歩き出した。

 

『え……!?』

 

 思わぬスピードの行動に、思わず箒とセシリアが疑問の声を上げる。

 そこで一夏と少女が、三人に気づいた。

 

「あ、東雲さん、えっと――」

「織斑一夏から離れろ」

 

 絶句。

 普段から物言いはさっぱりしている彼女だったが。

 ここまで直球で、誰かに釘を刺すことなんて、なかった。

 

「あらあら、世界最強の再来ちゃんのご機嫌を損ねちゃったかな~」

 

 だが少女はどこ吹く風と受け流し、手に持った扇子で東雲をぱたぱたと扇ぎ始めた。

 誰がどう見ても――喧嘩を売っている。

 思わず一夏は仲裁に入ろうとし。

 

「妹と違って無意味にひねくれているな。仮面がなければ人前にまともに立てないのか、其方は」

 

 驚愕に驚愕が、重なった。

 ビクっと、名前も知らぬ上級生の頬が引きつるのが見えた。

 先ほどまでの飄々とした態度。一夏が離れてくださいと頼んでも受け流していた、あの雰囲気が歪んでいる。

 つまり――東雲の言葉がクリティカルヒットしたのだ。

 

「……ふふ。そういえば同じ代表候補生のよしみで、簪ちゃんと仲良くしてくれてるんだっけ……」

「自分の芯を持った強い子である。当方は彼女のことを高く評価している」

 

 世間話のように見えて、間近に居る一夏は痛いほどにその重圧を感じていた。

 

(なん、だ、これ……!? なんでいきなりバチバチになってんだ!?)

 

 理解不能の急展開だった。

 目を白黒させることしかできない中で。

 

「それで、織斑一夏に何の用か、()()()()()()()、更識楯無」

『――――ッ!?』

 

 一同口をぽかんと開けた。

 国家、代表。つまりは代表候補生としての試練をくぐり抜け、一国の最強戦力と扱われるまでに至った、豪傑。

 それが、ここにいる少女。

 

「あらやだ。学園(ここ)では生徒会長と呼んで欲しいわ。学園最強の称号として、ついでに愛もこめてくれると嬉しいんだけど」

「当方は肩書きに興味がない」

「そ。でも事実として私は学園最強なの。だからこうして、織斑一夏君の指導役を買って出たのよ」

「な……ッ!?」

 

 箒はそこで愕然とした。

 指導役を買って出る、それも国家代表が。

 これはまたとない幸運であり、天からの恵みにも等しい僥倖だ。

 

「……なるほど。最初の試練ですわね」

 

 だというのにセシリアは低い声で呟き。

 

「…………」

 

 東雲はその鋭い気迫を楯無にぶつけている。

 なんだか修羅場っぽいなと現実逃避しかけていたが、一夏はすんでのところで冷静な思考を取り戻した。

 

(え、えーと。俺はこの更識先輩に、突然指導するって言われて。国家代表だからありがたいけど、今は東雲さんに教えを請うているとこで、まだそのレベルにはないって断って、でもしつこく勧誘されてて)

 

 現状を整理し、彼はふと思い至る。

 

(待て――待て。俺の指導役に、日本の代表候補生と、ロシアの国家代表が名乗りを上げた、だと――!?)

 

 もとより頭の回転自体は速い一夏は、事情を理解した。

 これは――国家間闘争と言って差し支えない場面である。

 

 

(今これ、ロシアと日本が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、のか……!)

 

 

 そう。

 更識楯無は先日の決闘を観戦し、織斑一夏はモノになると確信した。

 唯一ISを起動できる男子とは別の、IS乗りとしての価値。

 本来別個に評価されるべき二つのバリューは、しかし相乗効果をもたらすと容易に予想できる。

 その旨を伝えた結果、ロシア本国から彼と距離を詰めておけと命令を受け、こうして勧誘に来たのである。

 

「さすがに国家代表が教えてあげるなんて、これを逃したらまたとない機会だと思うんだけどな~」

「……ッ」

 

 言葉の説得力は、先ほど東雲が否定した肩書きの価値が証明している。

 そう、またとない天運。己の渇望しているものが向こうから転がり込んできたかのような、裏の事情さえ理解しなければ、一夏を中心に世界が回っているかのような事態だ。

 

 楯無は黙り込んだ一夏を一瞥して、それから東雲にするりと視線を流した。

 

「というわけで、織斑一夏君の指導役のポジションを、私にくれないかな?」

「断る」

 

 東雲が即答すると同時に、楯無はパチンと扇子を閉じた。

 そりゃそうだよね、と呟く。

 折角手に入れた、貴重な男性IS乗りとのパイプを手放すわけがない。

 言葉とは裏腹に、日本代表候補生という肩書きに東雲令は縛られていると、楯無は嘲笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(イチャイチャタイムを譲るわけないでしょバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアカッ!!)

 

 イチャイチャタイムとは。

 

 

 

 

 




次回初オリ主TUEEEなんですけど
結構槍使いって予想されてたらしく
なんだか申し訳ないです
普通に剣使います
普通に


あっそうだ(唐突)
よく考えたら『其方』ってルビ振ってなかったんですけど
皆さん読み方は自由でいいと思います
僕は『そのほう』って想定してるんですけど正直『そちら』とか『そなた』とかもアリなんで
ここは好きな読み方をしていただけると助かります
投げっぱなしで本当に申し訳ないです




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10.学園最強VS世界最強の再来

楯無のポジションについてツッコミが入りまくってお兄さんゆるして!(命乞い)
普通に戦闘後会話シーンでなんとかなるやろと思ってたけど
やっぱそこは最初にフォローするべきでした
お兄さんゆるして!
というわけで次話かその次らへんで説明入れます……

て感じで
僕のガバが多分にあったのであんま楯無さん責めないであげてください
お兄さんとの約束だよ


 織斑一夏を間に挟んで、二人の少女が火花を散らせている。

 もはや事態は渦中の彼自身を置き去りにして進行していた。

 

「えー、絶対私が教えた方が実のある訓練になるんじゃないかしら?」

「断る。指導役は当方である」

 

 自分を取り合って美少女がバトルを繰り広げる、思春期の男子なら一度は夢見たシチュエーション。

 その中心で、一夏は背中をびっしりと冷や汗で埋めていた。

 

(これは、やばい。まさかこんなに唐突なタイミングで、俺の存在価値がトラブルを引き起こすなんて……!)

 

 現状では唯一無二の人材である、ISを起動できる男子。

 これは彼の指導役というポジションをめぐって、日本とロシアが争っている国家間闘争にも等しい事態だった。

 

 見守っている箒とセシリアも割って入るわけにはいかず、少し離れた場所で静観せざるを得なかった。

 譲る気配のない東雲に対して、楯無は薄く笑みを浮かべる。

 

「なら東雲ちゃん、こういうのはどうかしら。戦って勝った方が、一夏君の指導役になる。単純明快でしょう?」

「本気か?」

 

 東雲の切り返しは一夏にとって意外なものだった。

 もはや両者の空気は最悪そのものであり、この場でどちらかが武器を取り出してもおかしくないほど。

 だというのに、楯無の提案に対して、彼女は胡乱げな目を向けた。

 

「……ああ、そうね。私って公式映像ほとんどないし。再来ちゃんも、代表候補生になってから見れたでしょ? ()()()()()()()()()()()()()()、それが私。気を遣ってくれるのは嬉しいけど、とはいえこの場においては無用よ」

 

 楯無の言葉を聞き――最初に得心を得たのはセシリアであった。

 

(なるほど。国家最強戦力としての地位はあるが、むやみに実力を振るうわけではないと。いかにもロシアらしい立ち位置ですわね。君臨すれども闘争せず(The Sovereign reigns, but does not fight)といったところでしょうか)

 

 同時、箒もこの場における駆け引きを理解する。

 

(なる、ほどな。あの生徒会長は……札を一枚切った。私たちにとっては切り札に等しいそれも、()()()()()()()()()()()のか。ならば東雲の困惑も頷ける。だが生徒会長はどうやら本気で一夏を取りに来ているようだぞ、どうするつもりなんだ)

 

 一方で――張本人にして、もはや景品のように扱われていた一夏は、努めて冷静に二人の様子を観察していた。

 状況を掌握するには情報量も覚悟も足りない。だが思考停止こそが敗北だと彼は理解していた。

 既に混乱からは抜けだし、彼もまた自分にとって最大の利益はどこにあるのかを考えている。

 

(恐らくここまでは生徒会長……楯無さんの計算通りだ。国家代表サイドから喧嘩をふっかけて、代表候補生が素直に了承するわけにもいかないんだ。俺はまだピンと来てないけど、東雲さんの反応からして、多分そうなんだ。だからこそ自分からふっかけて、東雲さんが退くのを待っている。なら、俺はどうするべきだ? 俺にとっての最適解は何だ? はっきり言ってどちらの指導がより有用なのか、判断材料が少なすぎる。学園最強っていう肩書きを信頼するなら、楯無さんだが――)

 

 けれど彼の行動を縛るのは、他ならぬ自らが師と定めた少女の言葉。

 

(肩書きに、価値なんてない。全ては戦いの後に生き残っているかどうか。それなら俺としてはぶっちゃけ戦ってもらった方が分かりやすい。でも東雲さんが受諾しそうにないなら――)

「気遣いなどしていない。当方は、純粋に其方の意思が確固たるものかを確認している」

 

 言葉は前兆なしに転がり出てきた。

 楯無の表情が――消えた。

 

「抜けば、斬る。それまでである。それのみである。決着を付けたいというならば当方は満身の力を以て魔剣を振るおう」

「…………へぇ、臆さないのね。言っておくけど、そっちの試合映像とかを見た上で、私は提案しているのよ」

「試合の是非にそれが関わるとは思えない」

「いいわ、今からでどうかしら」

「了承」

 

 一夏を巡る二人の少女は、しかし彼を置き去りにして、並んで更衣室へと歩いて行った。

 

「……ッ、一夏さん」

「あ、ああ……やっと落ち着いた、けど」

 

 二人の背中を見ながら、一夏は心配げな視線を向ける箒と、これからどうするのかと視線で問うセシリアに、真剣な表情で振り向いた。

 

「多分、俺はそんなに、結果には頓着しない。でも」

「試合から学ぶべきモノはある、か」

 

 箒の言葉に頷く。

 そうして三人は、今度はアリーナの客席へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっべこの人の戦闘映像見たことあったっけこれ)

 

 隣を歩く楯無の顔を見て東雲令は必死に記憶の糸をたぐり寄せていた。

 

(なーんか見覚えはあるんだけど、全然思い出せないな……いや完全に頭に血が上って喧嘩売ってしまったな。え、これやばくない? 向こうは見たことあるんだったら普通に条件超不利じゃんやっべ、えぇ……どうしよう……とりあえず最初は様子見から始めるか……初見殺しぶっぱされて終了とかシャレにならないし……覚えてないってことは多分大したことないような気もするけど)

 

 少し気が重くなってきた。相手は国家代表である。

 

(いやでも、指導役じゃなくなったら……話す機会なくなるよ!? だめだめ、それはだめです! もう絶対に勝っちゃうんだからね! ふぁいとー、いっぱつ!)

 

 本人なりに気合いを入れて、東雲は女子更衣室の中に踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来た」

 

 一夏は知らずのうちに両の拳を握り、目を見開いた。

 ピットから飛び出す二つの影。

 

「……機体名『ミステリアス・レイディ』。ロシア製の第三世代機か」

「あの基礎フレーム構造には見覚えがありますわ。恐らく第三世代IS『モスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)』のカスタム機ですわね」

 

 箒とセシリアの言葉を受けて、一夏は水色の機体に視線を向ける。

 

「装甲が……薄くないか……?」

「守りを捨てた超攻撃的な機体なのか、あるいは装甲に寄らない特殊な防御手段があるのか。いや……あの装甲、まさか結晶装甲か? かなり特殊な材質だ。ならば、何か奇異な防御方法を有している可能性が高いぞ」

「ええ、わたくしも同意見です。恐らく何か隠し球があるのでしょうね。自律行動ができるかは分かりませんが、左右にビットが浮遊しています。また黒いリボン状のフレーム、アレも見るからに特殊兵装ですわ」

 

 勉学を重ねているとはいえ、未だ知識量においては二人に及ぶはずもない。

 箒とセシリアは有する知識を元にした洞察を口にした。間違いなく、『ミステリアス・レイディ』は未だ見たことのない、極めて特殊なISであると。

 

 聞こえた内容をしっかり脳に刻みつけつつ、一夏は、楯無と相対する機体に目を向けた。

 対照的に頭部以外をきっちり覆う、茜色の装甲。

 鋭角的なデザインながら、コンパクトにまとめられた全高。

 

「……機体名『茜星(あかねぼし)』」

 

 その名を発しただけで、三人を得体の知れない緊張感が襲った。

 

「日本代表候補生ランク1にして『世界最強の再来』、東雲令の専用機――か。あの機体のベースは……『打鉄(うちがね)』、で合ってるか?」

「分かりにくいだろうが、『打鉄』と自衛隊正式採用枠を争って敗れた『明星』という機体がベースだ。しかし一夏、彼女の試合映像は見たことはないのか?」

「いや……恥ずかしながらないんだ。前はISの試合なんて千冬姉のぐらいしか見てなかったし、訓練を始めてからも、東雲さんから上手い人の機動を見るより自分の理想を突き詰めていった方がいいって言われててな」

「合理的ですわね。ですが今の貴方が見ても、悪い影響を受けることはないでしょう」

「それって、誉めてくれたのか?」

「さあ?」

 

 セシリアは肩をすくめた。

 

「まあ、とにかく、思ってたよりは普通の機体……な感じだけど。あのバックパックは何なんだ?」

 

 一夏が指さしたのは、『茜星』の背中に浮かんでいる巨大な非固定浮遊部位(アンロックユニット)

 薄く、しかし表面積は大きな、それは十人が見て十人が断言する、ただ紅いだけの直方体だった。

 

「銃火器には見えない。だからといって刃があるわけでもなく、挙句の果てにはスラスターも見当たらないぜ。まさかシールドじゃないよな?」

「……多分、実際に見た方が早いですわ」

 

 セシリアは東雲令の戦装束姿に、少し前のめりになりながら言い放った。

 

「すまない一夏、私も同意見だ。言葉で説明するよりも断然、見た方がいい」

「そう、か。うん、二人がそう言うなら、この目で確かめるよ」

 

 その時。

 

『観戦しに来たのか』

 

 不意に声が響いた――東雲令だ。

 

「あ、ああ。悪かったか?」

『否。だが……参考にはしないでほしい』

 

 ISを用いて、一夏は遠視モニターを出した。

 拡大すれば、茜色の装甲を身にまとった東雲の顔が映る。

 

「そこは気をつける。あと……俺にとってはこの戦い、すっげえ重要な戦いだと思うんだけど……個人的な感情としては、やっぱり東雲さんに勝って欲しい」

『ほう? 国家代表を相手に、我が弟子は無理難題をおっしゃる』

 

 珍しく砕けた、冗談であることを明白にした言葉だった。

 

「無理難題とか言ってるが」

「微妙ですわね。映像と実戦が異なることはままあります。特に東雲さんはひどいもので……わたくしが初めて戦った時は映像と別物過ぎて、一周回って笑えましたわ」

『当然である。当方は敵を撃滅する上で必要な戦力をもって当たる。故に見え方は異なるだろう』

 

 箒とセシリアの会話にそう補足して、東雲は正面の敵に向き直った。

 

(…………ん? それって戦う相手によって色々変えるってことだよな? 勝ちパターン一種類じゃなかったっけ東雲さん)

 

 思わず、一夏は首を傾げていた。

 なんか言ってること違う気がする。

 

「ちなみにセシリア、具体的にはどこがどう変わるんだ」

 

 箒の問いは興味本位だった。

 だから――セシリアの顔が少し青ざめたのに、思わず驚いた。

 

「……どうしたんだ、何か、悪い思い出が?」

「最悪――ええ。文字通りに最悪の思い出ですわ。ですがまあ、いいでしょう。問いに答えます」

 

 自然、一夏もセシリアの言葉に耳を傾けている中。

 彼女は東雲令という少女の戦いをこうまとめた。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……カウント?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと~? 私を無視しないでほしいんだけど~?」

 

 通信を終えて、東雲が顔を向けたとき、楯無はぶーたれた表情だった。

 

「謝罪する。だが当方は既に戦闘準備を終えている」

「あら、そう」

 

 口調や表情こそふざけていても、楯無の視線は鋭い。

 まず確認するは相手の装備。映像で確認した通り、彼女は最初に武器を持っていない。

 また剣気もなく――準備を終えたという割には、攻め気のない様子だった。

 

(ふーん、まずは様子見か。ならこっちは……)

 

 試合開始のカウントが刻まれる。

 三秒前の段階で、楯無は各部のウォーターサーバを起動。

 全身を水のヴェールが覆い、さらには手にしたガトリングガン内蔵型ランスが水の穂先をまとい真の姿を現す。

 

『――――ッ! あれが、楯無さんのISの機能か……!』

「そ。水を扱い、流麗に戦う。学園最強の技量、売り込んであげるわ」

 

 観客席で驚嘆する一夏にそう告げて、楯無はカウントが零になると同時に飛び込んだ。

 水のマントが広がり、ランスを勢いよく突き出す。

 しかし東雲は一切の反撃を行うことなく、鋭い突きをいなし、かわし、眉一つ動かさないまま攻撃を捌き続ける。

 

「思ったよりすばしっこいわね……!」

 

 人間の反応速度には限界がある。見てから身体を動かしていては間に合わないことも多い。

 だが東雲は明らかに、全ての攻撃を見切っていた。

 急所は確実に避けつつ、時には腕の装甲で逸らし、時には穂先を蹴り上げて攻撃を届かせない。

 

(ディフェンスが固いわね、ちまちま削っても倒せそうにない――なら!)

 

 スピードに目を見張るものを感じた楯無は、素早く巨大な槍で、横合いになぎ払った。

 ランスを覆う水流のドリルが膨れ上がり広範囲を一掃する。しかし――東雲は大きく前傾姿勢を取り、そのなぎ払いの下に潜り込んだ。

 

「ッ!?」

 

 攻撃を予期し飛び下がる――同時に()()()()()()()()――楯無は仕切り直しといわんばかりに距離をおいた。

 だが。

 

「……ねえ、今の、懐に入ろうとしたくせに、攻撃の意思を感じなかったんだけど」

「肯定する」

 

 明らかにインファイトの気配を見せておきながら、東雲は徒手空拳のまま。

 潜り込んだ瞬間に武器を出されたところで回避自体は恐らく間に合っていた。だが、攻撃するつもりがないのに敵に近づくとはどういうことか。

 その答えはすぐに弾き出される。

 

「つまり()()()()()ってわけなんでしょうけど――残念。ちょっと上級生としては優しくないけど、初見殺しになっちゃうかな」

「?」

「ここ屋外なのに……湿度、高いでしょ」

 

 言葉と同時――観客席で一夏は咄嗟に、『逃げろ』と叫んでいた――楯無が指を鳴らす。

 轟音。それと共に巨大な火柱が上がった。

 東雲の機影が炎の中にかき消える。思わず観客席の三人は立ち上がった。

 

『東雲さんッ!?』

「ただの水じゃないわ。ナノマシンによって構成されたこの水流は、ISから伝達されたエネルギーによって……」

 

 BOMB! と彼女はおどけてみせる。

 

「『清き熱情(クリア・パッション)』――以前は限定空間でしか使えなかったけど、最近のアップデートでナノマシンの挙動操作精度が跳ね上がったのよね」

『飛び込んだ際に、あらかじめナノマシンを散布していたってことですか……!』

「そそ! まあ一夏君に教える上では、きちんと近接戦闘を教えてあげるから安心なさい」

 

 そう告げる楯無は勝利を確信していて。

 火力としてはISのエネルギーを削りきるのには十二分で。

 

 

 

 

 

「どこを見ている」

 

 

 

 

 

 全身を悪寒が走った。

 まるで突然足場が割れ、冷や水の中に突き落とされたような感覚。

 

 ガバリと顔を向けた。

 爆発、『清き熱情』による破壊攻撃はアリーナの大地を砕き、甚大な被害をもたらしている。

 特殊合金ですら跡形もなく粉砕されるであろう威力の証明だ。

 ――しかし。

 

 それが全て幻であるかのように、無傷の東雲が、凄惨な破壊跡の中心に佇んでいた。

 

「……なん、で」

「爆発とは即ち炎熱、衝撃を伴うものである。だが()()()()()()()()()()()()()。操作精度が上がったと言っていたが……その分、当方に威力を集中させたな? 逆にいなしやすくなっていたぞ」

 

 何を、言っている。

 何を、言っているのだ、この少女は。

 理解不能の理論をぶつけられ、楯無は思わず槍の穂先を向けた。

 ガトリングガンによる牽制目的だった。

 

 しかし――次の瞬間。

 楯無は戦慄の余り、一切の身動きを止めてしまう。

 

 立ち上がったまま、一夏はこれ以上なく目を見開いていた。

 いや、隣の箒……篠ノ之流という一つの武道を修めた少女の方が、その驚愕は計り知れなかった。

 

 東雲は無手のまま、脱力した。

 ぶら下がる両腕。

 

 無意味な力みはかき消えた。

 不必要な気炎も消失した。

 

 そこには究極の自然体だけが在った。

 

(あ、これ、やばっ)

 

 

「底は知れた」

 

 

 変化は劇的だった。

 全身の装甲がスライドし、隙間から過剰エネルギーの粒子を放出した。

 紅く、紅く……まるで全身を巡る動脈のあちこちから鮮血を噴き上げるように。

 

 

「これより迎撃戦術を中断し、撃滅戦術を開始する」

 

 

 背部の非固定浮遊部位(アンロックユニット)が蠢動し、花開く。

 直方体だったそれが円状に展開され、一夏は目を剥いた。

 それらは計十三個にも及ぶ、刀を収めるバインダー。今の今まで集積し、四角いバックパックに擬態していたのだ。

 

 東雲の背後で、太刀を格納する十三のバインダーが円状に配置される。

 簡素な柄をパイロットに向け、横から見れば筒を描くように。

 

 

 

「――()()()()

 

 

 

 だが円状のそれらは楯無から見れば、リボルバー拳銃の回転式弾倉(シリンダー)のように見えた。

 その比喩になぞらえるなら。

 

 

 他ならぬ東雲令自身こそが、楯無に向けられた銃口。

 

 

 

 

 

 

 

「当方は――五手で勝利する」

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナに鬼神が降臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(よーし我が弟子応援してくれたしやっちゃうぞー! そのうち愛弟子とか呼んじゃったり……いやいや待って! 愛弟子ってもうそれ告白じゃない!? だ、だめだよまだ明確に好きかどうか分かんないし! そりゃかっこいいと思うし顔も好きだし、真剣に訓練に付き合ってくれるのも好きだし、諦めないとことかは好きだけど……! あれ!? 好きな所しかないな!?)

 

 試合に集中しろ。

 

 

 

 




口調も外見もちゃんと戦術に反映されている
これだけははっきりと真実を伝えたかった


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11.魔剣/Birth Day

「――――」

 

 全てが衝撃だった。

 まるで頭を殴りつけられたような感覚。

 自分が今まで培ってきた常識全てがひっくり返され。

 現実と虚構が反転し、夢幻が実体を持ち目の前に下りてきてしまった――そんな、感覚。

 

「何なのだこれは……」

 

 箒はうめくようにして呟いた。

 破壊の中心に佇む無傷の少女。

 衝撃をいなした? 何だそれは。

 映像として見た試合とは比べものにならない驚愕。

 

「ええ……恐らく現段階で、わたくしたちの知る人々の中でもトップクラスの、頂に君臨するIS乗り。それが彼女です」

 

 セシリアは自分にも言い聞かせるように、ゆっくりと言った。

 何度見たところで、埒外の行いを理解できるはずもない。

 驚愕は色あせず、戦慄も衰えない。

 ただ非現実的な現実は、受け入れること以外の選択肢を与えてくれない。

 

「……………………」

 

 そして、織斑一夏は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東雲令は滑らかにスタートを切った。

 ごく自然に一歩踏み込み、しかしそれは停止状態から加速したとは思えない、()()()()()()()()

 

(――やられる。刹那でも気を抜けば、私が狩られる!)

 

 培ってきた勘が全力で警鐘を鳴らしている。

 殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。

 斬り殺される。刺し殺される。首を刎ねられる。全身を八つ裂きにされる。あらゆる急所を突かれ嬲り殺される。

 もはや生きている心地がしなかった。

 ただ眼前に迫り来る剣鬼の閃きを受け入れることしかできないと。

 厳然たる現実としての敗北を受け入れることが唯一の選択肢だと。

 無数の修練と戦場を乗り越えてきた、信頼に足る直感が告げていた。

 

 ここは、まぎれもなく、処刑場なのだと。

 

(――――冗談じゃないッ!!)

 

 東雲の視線は鋭利かつ冷徹に楯無を見据えていた。一切の揺らぎのない、武人として完璧な姿。

 だが楯無は歯を食いしばり、水のヴェールには似つかわしくない気炎を立ち上らせた。

 

(武器は太刀のみ! 仕込み武装の類はなし! つまり接近戦に持ち込ませなければッ!)

 

 バックブーストと同時に、アクアランスを構える。

 仕込まれた四連装ガトリングガンが火を噴き、弾丸をばらまいた。

 

 

「一手」

 

 

 ――はずだった。

 

 響かない銃声。

 視界の隅で、構えた大型ランスが、その柄の半ばで断ち切られているのが見えた。

 スローモーションの世界の中で、水流が弾け、槍の柄だけが手元に残り、他が落下していく。

 楯無の攻防の中核を成す最大の得物。間合いを確保し、水流の起点ともなる相棒。

 それを初手で狙うのは、当然だった。

 

 東雲は背後のバインダーから、一振りの刀を右手で抜き放ち、すでに振り抜いていた。

 いや、それは抉り込むような突きであった。的確に持ち手を狙い澄ました、理論上最高の初動。

 神速の踏み込み。そこに至ってはもはや拍の概念は存在しない。無拍子も零拍子も片腹痛い。

 ただ圧倒的な、リズムなどという不要なものから解き放たれた、『(れい)』だけが存在する。

 

(いつ、の間にッ)

 

 反動か、振り抜かれた刀身に一筋のヒビが入る。東雲は迷わずそれを投げ捨てる。

 だが楯無とて歴戦の猛者。

 即座に柄を放り捨てて、水のヴェールを最大出力で展開し、繭のようにつなぎ合わせ絶対の楯と成した。

 

(この距離はダメ! 一方的に殺されるッ!!)

 

 防御を固めつつ最大速度で後退しようとし――

 

 

「二手」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 アクアナノマシンによって構成された城壁がバターのように切り裂かれ、刃は正確に楯無を肩から腰にかけて刻む。『絶対防御』が発動するには至らなかったが、シールドエネルギーが減損した。

 東雲の左手には二本目の太刀が握られていた。バインダーを鞘と見立てた抜刀術である。

 攻撃が終わると同時、太刀が嫌な音を立て、東雲は同様にそれを捨て新たな剣へ手を伸ばした。

 

(――まも、れない)

 

 下がろうとした体勢のまま。

 よろける楯無と、踏み込みから次の踏み込みへとつなげる東雲。

 

(――守りに入ることさえ、できない)

 

 距離を取ろうとしたら、取ろうとした瞬間を穿たれる。

 守りに入ろうとしたら、その守りごと斬り捨てられる。

 

(――なら、攻撃するしかないッ!!)

 

 ここに来て楯無は防御を完全に捨てた。

 量子化していた蛇腹剣『ラスティー・ネイル』を呼び出し(コール)

 熟達したIS乗りにとって武器の召喚などコンマ数秒で行える。

 

(アクアナノマシン散布、ヴェールを防御ではなく相手の妨害に! 刀を振るう腕を固めて、踏み込んでくる足を止めるッ!)

 

 彼女の瞬発的な意思を正確にトレースし、水流は触手のようにうごめいて東雲に迫る。

 眉一つ動かすことなく、東雲は左手で抜いた三本目の太刀をゴルフスウィングのように振るった。無造作に見えるなぎ払いが、正確に水流を砕き、弾き飛ばす。

 

(やっぱこれぐらいじゃ無理よね、でも刀一本使わせたッ!)

 

 アクアナノマシンとは、即ち水である。

 水とは流れるものであり、決まった形を持たない流動体である。

 東雲が振るった三本目の刀――その刀身に付着した僅かな水流。

 

(砕けなさいッ!!)

 

 それが『ミステリアス・レイディ』からのエネルギー伝達を受けて爆発。

 刀身が根元から粉砕され、金属片が空間にキラキラとばらまかれる。その一粒一粒が見定められるほどの、極限の集中。

 

(次を引き抜くまで何秒? 下手したら高速切替(ラピッド・スイッチ)より早いわよね。でもどんなに早くても、この瞬間に無手なのは事実!)

 

 今、東雲は無武装。

 しかし刹那のうちに次がバインダーから抜刀されるだろう。

 その、刹那にも満たない時間。

 楯無が作りだした空白。

 

 

(『疑似解放(インスタント)・ミストルテインの槍』――ッ!!)

 

 

 呼び出した蛇腹剣は囮。

 本命は今まさに突き出した右の拳――装甲表面を覆っていた水流全てを注ぎ込んだ捨て身の一撃。

 

(次の刀を引き抜くまでの刹那は稼いだ! 私のシールドエネルギーが削りきられる前に、収束を完了させる! この僅かな隙にそれができなかったら、ひっくり返せない!)

 

 三角錐状に凝縮されたそれは、平時の切り札とは違い、ナノマシンの量も収束率も足りていない。

 だが。

 

(この威力を唯一無防備な頭部に直撃させれば間違いなく『絶対防御』が発動する! そこに賭けるしかない!)

 

 前傾姿勢で突っ込んでくる東雲にそれを避ける方法は存在しない。

 荒れ狂うナノマシンを必死に制御し、一気に解き放つべく狙いを定める。

 

(多分私も巻き込まれる、相当な痛手になる――だからって、リスクなしに勝てる相手じゃない! 私はいつだってリスクを取って、それでも勝ち残ってきた!)

 

 その場所に至るまで。

 無数の勝利を積み上げ、無数の人々を突き落としてきた。

 踏破した道こそが楯無に敗北を許さない。脱落者たちの怨嗟の声が、絶対の勝利を要請する。

 

(私は、負けるわけにはいかない――!)

 

 即興で創り上げ、今まで試行したこともない、簡略型の必殺技。

 莫大な威力が今、唸りを上げて。

 

 

 

「三手」

 

 

 

 東雲令は見え透いた必殺技を無視して突撃した。

 当たれば負ける? 当たる前に相手を仕留めればいい。

 無駄一切を排除した合理的思考が導き出す結論。

 

 抜刀と同時、光すら置き去りにするような速度で突き込まれた四本目の切っ先が楯無の喉を射貫いた。バリヤー発動と同時に『絶対防御』が起動。

 

「四手」

 

 続けざまに、何も握っていない左の拳を固く握り、思い切り楯無の鼻面に叩きこむ。

 数メートル後退し、衝撃にのけぞりながら、しかし楯無は収束計算をやめない。

 

(収束――完了ッ! ギリギリッ!!)

 

 右手に保持する太刀は、僅か一振りで耐久性の限界を迎え、刀身がぐらついている。

 東雲は頓着せずそれを捨て、背部バインダーから今度は二本同時に太刀を引き抜いた。

 

(……はは。本当に危なかった、削りきられるかと思った……)

「――――」

 

 既に『疑似解放・ミストルテインの槍』は目を灼くようなまばゆい輝きを放っている。

 秘められた威力がいかほどか、素人でも即座に分かる。

 視線が交錯した。

 既に東雲は次の突撃の準備をしている。

 だが思考伝達速度に及ぶはずもない。

 

「ばーん」

 

 楯無は破滅の光を解放した。

 

 

 

 

 

 

「五手」

 

 

 

 

 

 

 観客席にすら及ばんとする、荒れ狂う衝撃波と爆炎。

 ISという超兵器をもってしても無事で済むか保証できない、その破壊の渦の中に。

 

 東雲は迷うことなく両手の五本目と六本目の刀を握り突進した。

 右腕と左腕を同時に振り上げる。東雲の頭上で、二振りの太刀同士が引かれ合い、僅かなアタッチメント同士が噛み合った。

 顕現するは()()()()()()()()

 

 破壊そのものである極限の嵐に向かって。

 東雲はそれを振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 保護シールドを貫通する光量と轟音と衝撃に、箒とセシリアが目を庇う中で。

 無我夢中で立ち上がって、一夏はその光景を見ていた。

 死んでも見逃すわけにはいかないとばかりに、両目から血を噴き出すような形相でそれを見ていた。

 

 

 織斑一夏はそれを忘れない。

 織斑一夏はそれを決して忘れない。

 

 光だった。

 一閃だった。

 力強き奔流だった。

 茜色の流星だった。

 

 

 

 

 それを見た瞬間にこそ――()()()()()()()()()()()は生まれたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――魔剣:幽世審判(かくりよしんぱん)

 

 

 静謐を破る小さな納刀音。

 楯無はそれを聞いてから、自分がアリーナに横たわっていることに気づいた。

 大地は巨人が踏み荒らしたかのように砕かれている。

 

 だというのに、自分に背中を向けて佇む少女の茜色の装甲は、大きな破損なく健在だった。

 

「…………どう、して」

「当方が進む道のみを斬った」

 

 あっけらかんと彼女は告げる。

 それから、振り向いて、楯無の顔を見た。

 

「収束されたエネルギーの解放であった。見事である、賞賛に値する代物であった。だが解放は無秩序であり、そこに付け入る隙が存在した。そうでなければこの身は無事に非ず、戦場ならば一片たりとも残らず蒸発していたであろう。評価を改め――先ほどまでの無礼を詫びさせていただきたく思います、更識楯無生徒会長」

「……呼び方、長過ぎ。たっちゃんでいいわよ……」

「では、たっちゃん生徒会長」

「嘘、ほんとに呼ぶの?」

 

 身体の感覚がクリアによみがえる。

 明確に、斬られたという覚えがあった。あの光の中で、飛び込んできた東雲は一刀に自分を斬り捨てていた。

 いっそ清々しいほどの敗北。いや、楯無は現実に、清々しさを感じていた。

 

 決して許されなかった敗北。

 決して手放してはならなかった勝利。

 

 立場の軛から解き放たれ、楯無は思わず笑い出しそうだった。

 

「……あーあ。完全に私、見誤ってたのね」

「肯定します。そしてそれは当方も同じです。当方は其方を見くびっていた。戦場に立つ者として、不甲斐なく思います」

「ちょっと、勝ったのにそんなしおらしくならないでよ」

 

 ゆっくりと立ち上がると同時、身体を覆っていた装甲が溶けるようにして消えていく。

 具現維持限界(リミット・ダウン)――徹底的に打ちのめされたのだと、分かった。

 

「……一夏君の指導役は任せるわ」

「はい」

「あと、私に勝っちゃったってことは、生徒会長になれるってことなんだけど」

「当方は肩書きに興味はありません」

「言うと思ったわ」

 

 刃を交える前よりも、少し彼女のことが分かった気がした。

 彼女は、東雲令は止まらないのだ。

 常に進み続け、障害を斬り捨て、邁進する。

 ぶつけられた剣にこそ、彼女の気質そのものが宿っていた。

 

「……ごめんなさいね、さいら――東雲ちゃん。私、あなたに失礼なことしたわ」

「当方も同じです。ですからどうか、水に流していただければと思います」

 

 東雲が手を差し出した。

 楯無は少し目を見開いて……薄く笑い、その手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――すげぇ」

 

 言葉は少ない。

 ただ、今は、胸の中にうごめく感情を、無意味に消費したくなかった。

 

 まるで映画だった。まるで御伽噺だった。まるで――英雄譚だった。

 到底現実とは思えなかった。

 けれど彼女たちはそこに存在する。自分がこれから歩く道の、ずっとずっと先に、存在する。

 

 一夏は自分の全身が震えているのが分かった。

 武者震いなのか、恐怖なのかも分からなかった。

 

 もしあそこにいるのが自分であったら。

 何ができただろうか。

 何を残せただろうか。

 

 東雲が武器を展開してからなんて、結果を目で追うだけがやっとで、どれほどの駆け引きがあったのか想像もつかない。

 結果を見れば東雲の勝利であっても、そこに至るまでの過程に、ほんの僅かな時間に凝縮された攻防が、その輪郭だけで存在感を示している。

 

 五手。

 宣言通りだった、勝利までの行程。

 

 そこから弾き出される事実。

 更識楯無は――()()()()()()

 

(俺は、多分……一手で詰む)

 

 見切ることも、予測することも、さらに直感に任せて回避することさえ許されないだろう。

 確信があった。

 

 一挙一動が全て、自分よりも遙かな高みにある、それしか理解できない。

 どれほど遠いのかすら分からない。

 

 けれど。

 

(なんでだろう、俺)

 

 けれども。

 

(あの場所にいる自分を、想像してる)

 

 いつの間にか左右に立っていた箒とセシリアが、何事か感想を述べている。一切耳に入らない。

 

(無理だって分かるのに。絶対届くはずないのに。あの場所で戦えるような自分を、想像してる)

 

 拳を握った。

 

(無理だって諦めたくない。世界が違うからだなんて言い訳に逃げたくない。負けたくない。誰よりも強い自分で在りたい。誰が相手でも――負けたく、ない)

 

 爪が食い込み、血がにじむほどに握りこんだ。

 

(俺は――必ず)

 

 一夏の瞳には燃えさかる焔が宿っていた。

 

 

 

 

 

(俺は…………俺も――あそこに――!)

 

 

 

 

 

 こうして。

 

 何も持たず、自分の空白を埋めるようにして、がむしゃらに手を伸ばし続けていた少年は。

 

 蝋の翼を溶かしてしまうような光を浴びて――新生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(五手で決まらなかったらどうしようかと思った)

 

 東雲令は内心冷や汗ダラダラだった。

 

(いやたっちゃん、最後の自爆攻撃はさすがにねーですよ。思わず二本攻撃しちゃったじゃん)

 

 制服姿に着替えて、楯無と二人で廊下を歩く。

 前方、箒とセシリアが待ち構えていた。

 

 その奥。

 

 織斑一夏が東雲を見ている。

 

 ゆっくりと廊下を進むにつれて、彼の表情がはっきりと見える。

 今までも、彼は必要な時にこそ決然とした顔を見せていた。けれど今の彼は、今まで見てきた中で、最も揺るがぬ意思を見せていた。

 何事かと、思わず声をかけてしまう。

 

「……織斑一夏、どうかしたか」

「いや……なんかこう、生まれ変わったような気分っていうか」

 

 要領を得ない言葉だった。

 

「何か、気になることでもあるのか」

「違う。違うんだ。大丈夫だよ東雲さん」

 

 そう言ってから、一拍の沈黙が挟まれた。

 息を吸って、彼は彼女の、紅い瞳を見つめた。

 

「俺、明日からもっと頑張るから。もっと、もっと頑張る」

「理解している。其方は人一倍の修練に耐え、成果を出すことが可能である」

「……強くなる。それで……俺は……」

「?」

「――東雲さんに負けないよう、君の隣に至れるぐらいまで頑張るから」

 

 微笑も浮かべず、声色に淀みはなく。

 彼ははっきりと言い切ってみせた。

 

 その言葉に、箒とセシリアはぽかんを口を開けた。

 数秒絶句した後、あらあら言うじゃない~と楯無がちょっかいをかけにいく。

 

 その空間の中で。

 

 

 

 

 

 

 

(えっ今の告白では????????????????)

 

 

 

 

 

 

 

 東雲令だけが――ハーブをキメていた。

 

 

 

 

 







ド リ ー ム ソ ー ド



次回で第一部完結です
事後処理というか楯無さんがふっかけてきた背景の解説とか立場とか東雲さんの立場とかについて触れていきますのでお待ちください(鋼鉄化×3)

えっこれ第一巻の半分ぐらいしか進んでないのか
あほくさ


追記
高速切替(ラピッド・スイッチ)でした申し訳ありません
緊急召喚ってなんだよ突然俺の頭にしかない単語を垂れ流すな


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EX.姉弟

 織斑一夏の指導役として改めて東雲令が認められ。

 彼が決然と、目指すべき頂の高さを踏まえた上で、それでもと宣言した後。

 

 

 

「――少し、考えさせて欲しい」

 

 

 

 東雲令は無表情のままそんなことを言って、そそくさとどこかへ行ってしまった。

 

「……考えさせてって、何をだ?」

「恐らくは、具体的にどうやってあの領域……自分と同じ高みにお前を至らせるか、だろうな」

 

 彼女の背中を見ながら、箒はそう言った。

 きっとその過程で、自分にもできること、やるべきことがあるだろう。

 道の険しさを知った後だからこそ、箒は身の引き締まる思いだった。

 

「極めて困難な道です。ええ。わたくし……先ほどは驚愕のあまり言葉を失ってしまいましたが、貴方が本気であることだけは理解できます」

「ああ、本気だよ。俺は……やっぱり、誰にも負けたくない」

「ふふ……男の子、ですわね。ですが再三申し上げます、極めて困難であり、また目的を達成できる可能性も低い道です。それでも?」

「――進みたいと、思った。だから俺は進むよ……大体、やること自体は変わらないんだ。俺は俺にできることを、一つ一つ積み上げる。それしかできないからな」

 

 回答は満足のいくものだった。セシリアはフッとクールに笑みを浮かべる。

 改めてゴールを意識し、そこに至るまでの道程を確認して、三人の間でそこはかとなく引き締まった空気が出来上がる。

 

「あらあらまあまあ。さながら、一夏君応援団って感じね」

「やめてくださいよ、そんな。俺だけじゃない……箒も、セシリアも、それぞれにやりたいことがある。そのためにこそ、協力してるんですから」

「ふーん、じゃあチームってことね」

 

 楯無の言葉に、一夏は確かにそうだなと納得感を抱いた。

 チーム。四人で協力し合いながら、目的のために邁進する。

 

「いいですね、チームって響き。俺、好きですよ、そういうの」

「思ってたより体育会系なのかしら、君。気に入ったのなら好きに使いなさいな」

「チーム『アベンジャーズ』とかどうですかね」

「怒られるわよ君」

 

 結構いい名前だと思ったんだけどな、と一夏は頭をかきながらぼやいた。

 

「じゃ、私はここらで退散するわ。余計なちょっかいをかけちゃった、ごめんなさいね」

 

 立ち去り際、彼女はそう告げた。

 

「いえ。おかげで俺は、色んなものが見えてきました。正直言うと、楯無さんには感謝してます」

「……感謝、ね。ふふ」

 

 最後に笑みを見せて――我知らず、何故か一夏は背筋がサッと冷たくなったような気がした――楯無は軽い足取りで去って行く。

 それを見送って、一夏は大きく息を吐いた。

 ドッと疲れたのもまた、事実だった。自分が動いているわけでもないのに、あの一戦を見ていただけで、訓練と同じぐらいの疲労を感じていた。

 

「最後の最後にとんでもない事態になりましたが、これがあの『モトサヤ』というものですか」

「それ間違ってるぞ。これから先絶対に使うんじゃないぞ」

 

 箒は半眼でセシリアを見た。

 

「とにかく、収穫が多かったのは事実だ。だからまあいいんじゃねえかな」

 

 思い返す、彼女の剣戟。

 眼前で振るわれたら、きっとなすすべなく八つ裂きにされるであろう閃き。

 

「……セシリアは、戦ったことがあるんだったな」

 

 考え込み始めた一夏の思考を悟って、箒はそれとなくセシリアに話しかけた。

 

「お前の時は、どうだったんだ」

「そうですわね……二手、あるいは三手でしたわ。基本的にビットは無視されましたわね」

「え? 無視しようと思って無視できるのかあれって」

「はい。無視しようと思ったら無視できるらしいですわよ」

 

 もはやセシリアの声色には呆れさえ含まれていた。

 

「死に物狂いで、彼女が突破できないようなパターンを構築しようと思っておりますが……六戦全てで結局、読み切ったとか底は知れたとか言った直後にわたくしに直進してくるのですから、最悪ですわよ本当に」

「だ、だが、一夏もお前に突撃しようとして、しかし距離をキープされていたではないか」

「あのですね箒さん。IS乗りとして、はっきり言って東雲令と比較されるというのは絶対にされたくないことでしてよ。というか普通は一夏さんのように止まるのです。攻撃が来るのが分かっているように包囲網を一直線ですり抜ける方がおかしいのです! というか直線加速なのに当たらないってどういうことですかアレ!」

 

 段々と――彼女は屈辱的な敗北を思い出してヒートアップしているようだった。

 頬に朱が差し、ああもう! と地団駄を踏んでいる。

 

「なるほどな。東雲は相手の戦いを把握してから、必勝パターンをそこから組み上げるということか」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 思わず一夏は声を上げた。

 さすがに聞き流せない、何か、自分の知っている情報と致命的に食い違う話が出てきている。

 

「俺、理論派のIS乗りは勝ちパターンを持ってるって話を聞いたんだけど……セシリアは分かるぜ、いくつも用意してる感じだ。で、東雲さんはどうなんだよ」

「どう、と言われましても」

 

 セシリアは眉を下げ、困ったような表情になる。

 

「あの人のパターンというのは要するに……『相手の動きを見切って、勝利への最短行動を定めて、実行する』ですわよ」

 

 しばしの沈黙が流れた。重苦しい空気だった。

 箒は冷や汗を垂らし、セシリアは唇をとがらせ、一夏は半眼で天井を睨みつけた。

 

「…………なあセシリア」

「…………分かっています。わたくしも、これをパターンと呼ぶのには著しい抵抗がありますわ」

 

 想起されるは彼女の教え。

 

『感覚派はその場その場で自分に最適な行動パターンを構築し、常に変化を止めない』

『当方は理論派である。ただ勝ちパターンは一種類しかない』

 

 そして彼女の唯一の勝ちパターン(?)。

 並べれば結論は容易に出た。

 

 

「いや感覚派じゃねえか」

 

 

 一夏は愕然とした。

 初めての、師の裏切りであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ぐへへへへへへへ告白された告白された告白された告白されたァ! あの真剣な顔で隣に至りたいとかもうこれは完全に告白頂きましたわ! うわーやっばいな初めてじゃんというか異性とここまで長く定期的に顔合わせてる時点で生まれて初めてなのにトントン拍子で告白まで到達するとか完全に天が味方している、今世界の中心だという実感を強く得てるわドゥフフェフェフェフェ)

 

 東雲令は怪文書製造機と化しながらふらふら歩いていた。

 

(いやだが――まあ待て。はっきり言って経験がなさすぎてどうしたらいいのか分からん。付き合って何するのかとか全然だし。それで退屈な思いをさせても悪い……むむむ、考えどころだな)

 

 表情こそ動いていないが、彼女はうんうんと苦悩している。

 

(しょうがねえ、恋バナしに行くか)

 

 こういう時は、気軽に話せる相手に相談するのが一番である。

 そう結論を出した東雲は、さくっと方向転換して歩き出した。

 

 

 

 

 

「こんばんは織斑先生」

 

 迷うことなく到達したのは職員室であった。

 この女、世界最強のことを恋バナ相手だと認識しているらしい。

 

「ああ、どうかしたのか」

 

 職員室のデスクで何やらウィンドウをいくつか開いていた千冬は、それを素早く消して、席に座ったまま東雲に手招きする。

 他に教員の姿はない。夜のとばりが下りてから時間も経っており、どうやら一人で残業をしているようだ。

 隣に立てば、千冬の全身からどんよりとしたオーラが出ているのが分かった。

 これはかなり疲労している。

 

「お疲れのようですね」

「いや、慣れたものさ。大して疲労を感じてはいない」

「……当方の目がおかしくなったのでなければ、はっきりと目の下にクマがありますが」

「気のせいだ。光の加減だろう」

「それならいいのですが」

「ああ。今となってはデスクワークの方がよくなじむよ。ところでアーマードコアⅧの発売日はいつだったか

「先生疲れていますよね?」

 

 千冬はフロム・ソフトウェアを過剰に信頼していた。

 

「まあいい。雑務も終わった。ちょうど……第三アリーナで二機のISが暴れ回り、気化爆弾にも等しい火力で地面を吹っ飛ばした痕跡を消すよう指示したところだ」

「お手数をおかけいたしました」

 

 ぺこりと東雲は頭を下げる。

 

「こればかりはお前を責めても仕方あるまいよ。それに私が残っていたのは別件……転入生の事務手続きだ」

「なるほど」

「中国の代表候補生だ。お前は……いや、戦ったことはなかったな」

「『甲龍』を受領した子なら、噂だけはかねがね」

「かなりのじゃじゃ馬というか暴れ馬だ。手乗りドラゴンなどと呼ばれていたらしいぞ」

 

 なるほど、と東雲は頷いた。

 クラスは違うがいずれ指導する機会があるかもしれんな、と千冬は補足する。

 

 それから数秒の沈黙。

 

()()()()()()()

「はい」

 

 言葉は少なくとも意見は共通していた。

 ロシア国家代表――更識楯無からの挑戦。

 

 一夏たちが知るよしもない。楯無のもう一つの姿を、千冬は念頭においていた。

 

「以前から忠告はしているが……そのスタイルを崩すつもりはないんだな」

「無論です」

 

 基本装備として十三振りの太刀を用意し、それを使い潰していく一対一特化の戦闘スタイル。

 もちろん東雲の技量があれば、並大抵の相手ならば一刀一殺をこなし1:13という非現実的なキルレシオを叩き出すことは可能である。

 だが。

 

「……実力としては申し分ないと私は思っているが……やはり反発する者は多いか」

「いえ、当方は未だ鍛錬の必要な、未熟な身です」

「はははは、お前それ代表には言うなよ」

 

 東雲令は現在の日本代表に模擬戦で八割の勝率を叩き出している。

 だが高校生という身分もあって、協議の結果、卒業までは代表候補生として扱われることになった。

 

 そう――協議の結果。

 

 国家代表とは、国家の最強戦力である。

 それは即ち、有事の際には軍と協力して戦闘を行う可能性を指している。

 

「根が軍人であればあるほどに、お前の戦闘スタイルは理解しがたいだろう。汎用性がないと思うだろう。だからこそこうして妨害される」

「そうですね。ですが、織斑一夏を引き合いに出してくるとは思いませんでした」

 

 ロシア国家代表として織斑一夏とのパイプを構築しつつ。

 さらにもう一つの裏の顔として、()()()()()()()()()。あわよくば勝利し()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「楯無のやつも板挟みになって苦労しているな」

 

 千冬はぼやいた。

 国家を運営する上では、光の当たらない暗がりが存在する。

 端的に言えば東雲令は、そういった暗がりからすれば邪魔なのだ。

 

 二人の人間が『日本』という国名を口にした時に。

 果たして――()()()()()()()()()()

 

「当方も何か力になれることがあれば、協力したいと思っております」

「なんだ。あいつのこと、気に入ったのか」

「ええ」

 

 それはともかく、と東雲は会話を切り出す。

 

「当方が今回ここに来たのは……織斑一夏のことです」

「ほう」

 

 千冬は机に置いていたコーヒーカップを手に取った。

 東雲はしばし逡巡するかのような沈黙を挟んだ。

 何か、これを千冬相手に言うのに、すさまじい葛藤があるかのような空気。

 

「アレは『当方の隣に至りたい』と語りました」

 

 言葉を聞いて、千冬は目を見開いた。

 

「…………そう、か、そんなことを」

「当方は、悪い気はしませんでした。ですが戸惑いも感じています」

「ああ……そうだろうな。お前相手にそんなことを言う奴はめったにいない」

「なんと、応えるべきか。なにをすれば、いいのか。当方には分からないのです」

 

 そう語る姿は。

 戦場でISを身に纏い絶技を振るう姿とはかけ離れた、迷子の子供のようで。

 

「お前が答えを出すしかあるまいよ」

 

 だが千冬は一刀に斬り捨てた。

 

「時間がかかってもいいんだ。お前自身が答えを出してやることを、一夏も求めているはずだろう」

「……当方が」

「ああ。奴は単純で馬鹿で単細胞だが、いい男だ。待ってくれるさ……そうだろう?」

 

 顎に指を当てて考え込み、東雲ははっきりと頷いた。

 

「分かりました」

 

 少し迷いの晴れたような表情で、東雲は一礼する。

 それから職員室の出口に向かって歩き出して。

 

「一つ、疑問が」

「言ってみろ」

「織斑先生が織斑一夏に稽古を付けることはないのですか」

「あいつには悪いが、私もそう暇じゃない。優先順位というものがあるからな……それにお前ならば……任せてもいい。そう、思ったんだ」

「了解しました。期待には応えてみせます」

 

 それきり会話はなくなった。

 ドアの閉まる音が響いた。

 千冬は職員室に一人になった。

 

「……ふん。暇じゃない、か」

 

 転校生の事務処理。

 終わっていた。

 東雲が来た段階で、既に残っている理由などなかった。

 

 残っていた理由は一つ。

 消していたウィンドウを再度立ち上げる。アリーナの映像。

 他ならぬ、東雲令と更識楯無の戦い。

 

 深紅の閃きが空間を断ち、水のヴェールを斬り捨てる。

 相も変わらずでたらめなことをしているな、と千冬は自分のことを棚に上げて思った。

 

「若造め」

 

 からかうような言葉。本人がいれば――顔には出ないものの――ムッとしていただろう。

 しかしその言葉に込められた意思は、他ならぬ彼女の顔を見れば分かる。

 

「……若造め」

 

 揶揄など一ミリもない。

 表情に一片たりとも感情はない。

 培った感覚をフルに使って、千冬は試合映像を分析している。

 主題はただ一つ。

 

(――私なら、どうした?)

 

 対東雲令。

 直近の模擬戦。

 忘れるはずもない。

 

(あの時、私は――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()カウンターで勝利した)

 

 めまぐるしい防戦だった。

 超高速の連撃を打ち払い、叩き落とし、かわし、いなし、食らい、耐え、防ぎ、吹き飛ばし、回避し、反撃し、攻め込み、交錯し――勝利した。

 

(この私が、勝利に直進するのではなく、敗北を予期して慌てて攻め込み、なんとか削りきった)

 

 千冬はカップをソーサーにおいた。固い音が静かな職員室に響いた。

 

 

(――冗談じゃない

 

 

 最初、東雲はひよっこだった。

 筋はいいと思った。期待できると思った。成長が楽しみな人材だった。

 

 楽しみ、どころではなかった。今や自分に迫る剣を以て、確実に世界最強の座を狙っている。

 

(すまないな、一夏。あいつの隣に、それほどの強さに至りたいという気持ちはくんでやりたいが、私はお前を鍛えてやることができん)

 

 両眼に宿る、燃えさかる焔。

 それを見れば、きっと誰もが理解する。

 織斑千冬は織斑一夏の姉であり、織斑一夏は織斑千冬の弟なのだと。

 

(暇がない。余裕がない。私は、私のことだけで、手がいっぱいで、高揚してしまっていて――楽しくて楽しくて楽しくて仕方がないんだ)

 

 映像に食い入るように見入る。

 そこに指導者の顔はない。

 今のこの瞬間、彼女は一人の戦士であった。

 

(そう簡単にこの名を譲り渡すと思うなよ、東雲)

 

 獰猛な笑みを浮かべて、千冬は拳を握る。

 

(私はお前に――負けたくないのだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さすが織斑先生、的確なラブラブアドバイスだったわ)

 

 ラブラブアドバイスって何だよ。

 

(そうだよね。即座に結論を出す必要もないもんね。しばらく考えさせてもらお、それで……デートとか重ねて……ちゃんとお互いのことを知っていって……それから、それから……! キャ~~~~~~~~~~!!)

 

 もしも内心がそのまま現実に投影されていたら、東雲は両手に頬を当ててヤンヤンと頭を振っているだろう。

 とんだマヌケな絵面である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして力を求める少年は、力しかない少女と出会い。

 遙かなる高みを目指す、茨の道に一歩踏み入った。

 

 その出会いは偶然か、それとも――

 

 

(もうこれは完全に運命です! フンス! もう幸せバージンロードまっしぐらしか見えない! 東雲令……幸せになります!)

 

 

 ――運命ではなさそうだ。

 

 

 

 

 

 







第一部完ッッッ!!
ストックやばいんで多分少し休み入れます
ゆるして

第二部『Grievous Setback』開始時追加予定タグ
生意気妹鈴 宿敵オータム


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Grievous Setback 12.手乗りドラゴンの憂鬱

初転校です


「あーもうマジ憂ッ鬱!」

「憂鬱な人はそんなテンションでものを言わないと思いますが」

 

 IS学園へと向かう、チャーターされたIS運搬用ジェット機の機内で。

 凰鈴音はやけっぱちの叫び声を上げていた。

 隣の席で随伴する楊麗々(ヤン・レイレイ)候補生管理官は、切れ長の目に困惑の色を浮かべている。

 

「だってあの東雲令がいるんでしょ!? 嫌よアレとやるの! ホンットに無理だから!」

「戦う機会があれば必ず戦っていただきたいです。データを取る上での優先順位は最上位に入ります。彼女との戦闘行為それ自体が値千金です」

「分かってるわよぉ~……で、代償としてあたしにボコられろって?」

「結果は、実際に戦わねば分からないはずですが」

 

 楊の言葉は真理を突いていた。

 しかし鈴は、分かってねえなこいつと嘆息する。

 

「あのねえ……()()()()()()()()()()

「……そう、ですか」

 

 鈴はそれきり、再び頭を抱えてうめき始める。

 ファーストクラスの機内には、巨大なソファーが中央に置かれ、観葉植物やスクリーンが設置されていた。

 スクリーンに表示されている映画の観客である二人は、しかし映像には目もくれていない。

 

 隣に座る鈴――ISを動かしてから一年未満という僅かな期間のみで代表候補生に上り詰めてみせた、中国史上屈指の才女の言葉に、楊は眉根を寄せる。

 分からなかった。楊は長いこと代表候補生のサポートを行っているが、鈴はその中でも最高の資質を持っていると確信していた。鈴は感覚派のIS乗りとして類い希な伸びしろを秘めている。

 その彼女が、一度も刃を交えていないのに敗北を予期していた。諦めや予想ではない、()()()()()()()()

 

(……まあ、彼女には、私には見えないものが見えているのでしょうが)

 

 感覚派のIS乗りによくある話であった。

 サポートする人間、あるいは指導する人間には見えないものを前提として語る。

 悪い癖と揶揄されることもあれど、それは確かな強みであった。

 

 そして――鈴の確信は、実は彼女が言語化できずとも説明可能である。

 

 セシリアのような理論派ならば、格上の感覚派相手でもパターンを成立させることさえできれば、ハメ殺すことが可能だ。

 そもそも必勝のパターンを組む理由としては、最低限の勝率を確保するためというものが強い。

 相性やコンディションに左右されず、多少無理をしてでも自分の定理を押しつけてそのまま勝ちまでつなげてしまう。それを可能にするためのパターンである(もっともこの場合、パターンを突破された場合には絶望的な戦いへと突入してしまうのだが)。

 

 しかし感覚派の場合――自分より優れた感覚を持つ者には一気に勝率が下がってしまう。

 

 自分の感覚が告げるのだ。

 読まれている。上回られている。格が違う。次元が違う。何もかも手を尽くしたところで逆転はあり得ない。

 ()()()()()()()と。

 

 東雲令の試合映像を見た瞬間に鈴は察知していた。

 無理だ。どうあがいても死ぬ。鈴なりの予測としては三手まではしのげる。だがそれもアテにはならない。恐らく東雲は直感の上をいき、しのげるはずの三手や二手で仕留めてくるだろう。

 感覚による予測、を超えられてしまうという、感覚。

 

(でも悪いことばかりってワケじゃないわね。クラス代表に一夏がなったらしいし……どんなもんかしらね。あいつとやるのは多少楽しみだし、あいつと久々に会えるのは少し……まあ少し、楽しみね、うん)

 

 少しだけ、と、自分に言い聞かせるように鈴は繰り返して一人頷く。

 もう片方の幼馴染と違って、彼女はまだツンデレ時期を脱せていなかった。

 

(あいつに教えてあげる機会だってあるでしょうし、まあその辺でね。ちょっと話すことがあるかもしれないわね。うん。そん時は思いっきりビシバシやってあげればいいし、うん。例えば放課後に二人きりで必死に訓練したりとかね)

 

 彼女はIS乗りとしては間違いなく天才である。

 一年足らずという期間で代表候補生の座を射止めたのは恵まれた資質とたゆまぬ努力の証拠である。

 

 そんな鈴だからこそ、素人である一夏に自分が師匠として接する未来を容易に想像できたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 残念ながら絵に描いた餅である。

 

 

 

 

 

 

 

「シィィ――!」

 

 鋭いかけ声と共に、セシリアは手に握った刃を振るった。

 短刀『インターセプター』の閃きは原子すら断つほどに鋭い。

 狙撃手としての技量を売りにしているセシリアだが、代表候補生という立場に居座る以上、接近戦を疎かにするはずもない。

 自分にとっての相対的な弱点である近接戦闘をそのままにしておく怠惰さも、またない。

 

「甘い」

 

 だが此度は、相手が悪かった。

 日本製第二世代量産型IS『打鉄(うちがね)』を身に纏った黒髪の少女。

 篠ノ之箒は両手に持った二刀のうち、左の太刀を無造作に閃かせる。

 同時、セシリアの左腕が跳ね上げられた。

 

(……ッ!? 目にもとまらぬ速さで繰り出される、峰打ち……!?)

 

 速さとは鋭さである。スピードが増すことは通常、威力の増大だけでなく、ものを突き破る切断の働きも高める。

 ならば、()()()()()()とは果たして成立しうるのか。

 そこに、篠ノ之箒の剣士としての技量がある種の極地に至っている、という証拠があった。

 

「踏み込みが足りん!」

 

 同様に挙動が乱れたセシリアの肩に、箒の右手の太刀が正確に突き込まれた。

 苦悶の声を上げて、思わず『インターセプター』を取り落としてしまう。

 それを見て箒は両の太刀の切っ先を下げて、量子化して格納した。

 

「申し訳ありません、もう一度お願いしたいのですが」

「いや、そろそろ『打鉄』の返却時間だ。……どちらかといえば私の方が実りある訓練になってしまったかもしれんな」

 

 箒はセシリアの近接戦闘の訓練相手として、彼女自身のISの操縦技術を着実に上達させていた。

 爆発的な成長、と言うほどではないにしろ、堅実な伸びを見せている箒には、内心でセシリアも期待していた。いずれは自分たちと同じステージに立つかもしれない、と感じる程度には。

 

「ええ。確実に上手くなっております。時間を見て、次は高速機動の練習もしてみましょうか」

「その時はお前が先生か……ご鞭撻の程よろしくお願いします」

「お任せを」

 

 箒の口調にはからかいの色があったが、セシリアもそれは同じだった。

 軽口を叩きながら、肩を小突き合う少女。

 汗を流し、共に高め合う姿は青春の一幕にふさわしいものだった。

 

 

「――うおおおおおおおッ!?」

 

 

 その真横に織斑一夏が墜落しなければ。

 ちゅどおん! なんて間抜けな音と共にまあまあな質量の金属と肉体が落下するものだから、砂煙が噴き上がった。

 風に前髪がなぶられるのもそのままに、箒とセシリアは落下地点を見て、それから顔を見合わせた。

 

「……墜ちたな」

「……墜ちましたわね」

 

 悲しいことに本日通算五十六度目の墜落である。

 下手人、というかまさに彼の翼をもぎ取って空から叩き落とした張本人である東雲令は、いつも通りの制服姿だ。

 手に持つIS専用アサルトライフルは、しかし生身の人間と比較すれば大砲のようなスケールであった。

 

 地面に半ばめり込んでいる一夏を見て、東雲はこてんと首を傾げる。

 

「墜ちた?」

「見りゃあ分かるでしょうがッ!」

 

 ガバリと顔だけ上げて、一夏は絶叫した。

 

(ああクソ全然避けられねえ! 旋回はうまくいったのに加減速のタイミングがヤバすぎる! ていうか俺の感覚としてはここだろってタイミングでも、()()()()()()()()()()()()()()()()! 撃たれるまで分からねえ!)

 

 自分の機動を反復すれば、つたない点があぶり出される。

 というよりは、自覚できない失策を必ず東雲が突いている、と言った方がいいだろう。

 

「……なるほど。痛みで覚えさせているわけですか」

「うむ。一夏はかなりクセの強い感覚派のようでな、訓練メニューを見直しているうちに、よりヤツの感覚に最適化されたやり方として、攻撃で指摘するというのを思いついた」

「あっ、これ、考えたの箒さんですか? うわぁ……」

「な、なんだその反応は! 効率的だろう! 何より一夏の気性に合っている!」

「それはそうなのですが、純粋に引きます」

「純粋に引きます!?」

 

 一夏の負けず嫌いという性格を考えるならば。

 言葉で指摘するよりも、実際に打ち負かしてしまう方が彼は身に迫ったものとして敗因を考え抜き、弱点を克服しようとする。

 幼馴染である箒は、彼の心理を完璧に読み切った方針を構築することに成功していた。

 

 だが彼女には、彼を想う心はあったが人の心がなかった。

 

「もう一回、お願いします……ッ!」

「了承」

 

 砂と泥まみれの白い翼が、力を振り絞るようにして火を吐く。

 ふわりと浮き上がった一夏に対して、東雲はアリーナの仮想ターゲットたちと共に銃口を向けた。

 

「そろそろ近接戦闘の訓練もやらせたいのだが、東雲はまだ早いと言い、一夏も東雲が言うのならと我慢している。しばらくは回避練習に専念だろう」

「方針自体には賛成ですわ。まずは守り、第一に守り。初心者の鉄則でしてよ」

 

 ですが、とセシリアは内心で言葉を続けつつ、必死に銃弾を避け、縦横無尽に空を跳ね回る一夏を見た。

 その鋭利な視線は、狙撃手のものだった。

 

(あの時――あの決闘で見せたのは間違いなく超攻撃的なスタイル。それこそ、東雲さんのように自分の攻勢に全てを賭ける短期決戦型)

 

 白い機影は左右に揺さぶりをかけて狙いを絞らせない。

 結果としての墜落は変わらずとも、そこに至る過程には進歩が現れている。

 

(もしも。もしも……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そこにはIS乗りとしての極地が待っているだろう。

 想像して、セシリアは自分の背筋に震えが走るのを感じた。

 

(ああ…………一夏さん、是非、是非是非強くなってください)

 

 淑女としての振る舞いを忘れない、高貴さこそが彼女のスタンス。

 けれど。

 

 

(極地に立ち、言葉通りに東雲令の隣にまで至った時――その貴方を撃ち落とすのが楽しみで仕方がありませんわ)

 

 

 武者震いを隠そうともしない姿もまた、セシリア・オルコットのスタイルの一つであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんか進歩してなくな~い?)

 

 人の心があるとは思っていなかったがこいつには指導者としての心すらなかった。

 

(はいそこ! いただき! 終了閉廷! うーん決闘の時の機動をデフォにさせるにはどうしたらいいんだろ、常に生命の危機がある状況に置いて意識を向上させるとかかな? でもあんまり危ない目に遭わせたくもないしな~)

 

 銃弾が放たれ、ほんの僅かに甘えた機動をした一夏が悲鳴を上げて墜落する。

 それを確認して東雲は銃口を下げ、無表情のまま彼が再び立ち上がるのを待つ。

 何度撃ち落としても、一夏の方から訓練の終了を言い出すことはない。だから東雲がやる気の限りこれは続く。

 東雲にとっては脳内フィーバータイムが無制限なので、彼女は超ハッピーセットテンションだった。

 

(まあこうしてボロボロになることで食事も美味しくなる。美味しく食事をしている姿が見れる。とっても幸せプラン! 今日は何食べよっかな……そ、そろそろあーんとかしてもいいかな……!? 付き合ってないけど! 付き合ってないけど! でももう内定してるみたいなものだし!? でへへへ……)

 

 内定辞退いいすか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何が第二部だよ第一巻じゃねえか


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13.クラス代表就任パーティー

頭スカスカ=ハーブちゃん
すしざんまい師匠
しののめん
自称理論派の感覚派

もう蔑称だろこれ


「クラス対抗戦(リーグマッチ)が近いので対策を考えようと思う」

 

 一夏は静かにそう切り出した。

 声色には真剣さがにじみ、彼が勝負にかける熱意を表わしている。

 

「訓練をしたから超強くなりました対抗戦は楽勝です、なんていうのは絵空事だ。俺はやっぱり他クラスの代表と比べても格が落ちる。だからこそ、強敵相手に細い勝ち筋を実現させるためには、戦術が必要だ。それを話し合っていきたい」

「それは……そうだとは思うのだが……」

「あのですね一夏さん。多分この会は、そういう気持ちを一度リセットすることも兼ねたものでしてよ」

 

 セシリアは今いる場所、食堂を見渡した。

 一組の生徒らが好きに散らばって和気藹々としている。

 特に目に付くのは、『織斑一夏クラス代表就任パーティー』と書かれたクソデカ横断幕くんである。

 今日は一年一組が事前に申請して、夕食時の少し後から食堂を貸し切ってお祝いの席を用意していたのだ。

 だというのに、本日の主役というタスキを肩にかけた一夏は大真面目に戦闘のことしか話す気がなかった。

 

「ほら、織斑君ご飯取りに行こうよ!」

「え、あ、まだセシリアに射撃戦の疑問聞いてないんだが……」

 

 クラスメイトに手を引かれていく一夏を見送り、箒は嘆息する。

 どうにも彼女の幼馴染は、集中しすぎて他のものが見えなくなってしまうきらいがあった。

 

「美点でもありますが……適切なリフレッシュ方法も考えてあげた方が良さそうですわね」

「ああ。部屋でもトレーニングばかりしているようだからな。ちょうどいい、セシリアはどうしているんだ?」

「個人的に気に入っているのはバスタイムでしょうか。バラの花びらを敷き詰めるといい香りがしますし、湯の肌当たりも柔らかくなりますわよ」

「お前薔薇風呂に入ってる一夏ってどう思う?」

「……申し訳ありませんでした」

 

 セシリアは頭を下げ、真摯に謝罪した。

 想像しただけでダメージを受けるような光景であった。

 

「ちょっとこれ夢に出てくるかも知れないぞ本当に。どうしてくれるんだ」

「なんというか、自分でも信じられないほど脊髄で喋ってしまいましたわね……」

 

 後悔先に立たずとはよく言ったもので、セシリアはきちんと言葉を発する前にその妥当性を精査しようと決心した。

 かぶりを振って謎のサービスショット――ライトノベルの見開きカラーイラストのようだった――を脳から追い出して、箒は周囲を見渡す。

 

「そういえば、東雲はどこだ?」

「言われてみれば姿が見当たりませんわね……」

 

 きょろきょろと冷徹な雰囲気の美少女を探すが、食堂には居ないようだ。

 そうこうしている間に、肉に野菜にと山盛りになった皿を抱えて、一夏が席に戻ってくる。

 

「ったく、みんな俺をまるで人間火力発電所だと勘違いしてるんじゃないか」

 

 どうやらクラスメイトらに食事をどんどん盛られたらしい。

 それは期待の表れであり、ある種の激励でもある。そのことは分かっているのか、一夏は言葉とは裏腹に表情をほころばせている。

 

「どうせなら二人も食べてくれよ。絶対うまいぜ。この煮物なんて醤油加減が絶妙なのが香りだけで分かる」

「あらあら、一夏さんも料理をたしなまれるのですね。今度是非、お互いの腕を競ってみましょうか」

「場外試合か。いいぜ、受けて立つ。俺は絶対に負けねえ」

 

 織斑一夏はことの重大さに気づかないまま勝負を承知した。

 

「で、東雲さんがいないってみんな言ってたんだけど、知らないか?」

「私たちも探していたんだが、どうにもいないようだな」

 

 そっか、と一夏は寂しそうな表情になった。

 仮にも自分を祝う会である。いやむしろ、こういった場にいないのもらしいといえばらしいが、やはり一抹の寂しさはあった。

 

「あっ」

 

 だがその時、セシリアは一夏の背後を見て声を上げた。

 振り向く。

 

 

 東雲令が颯爽とこちらに歩いてきていた。

 寿司が並んだ寿司下駄を左右に一つずつ持ち、さらに同様に寿司を抱えた食堂のシェフを何名も引き連れて。

 

 

「なんで? なんで? なんで?」

 

 一夏の思考回路は一発でバグった。

 

「当方もここに座っていいだろうか」

 

 三人が使っているテーブルの前に立ち、東雲は普段通りの冷たい表情で問う。

 

「あ、ああ。いいんだが」

「何ですのこれ、あれですか? ダイミョー行列というものですか?」

 

 箒とセシリアもさすがに困惑を隠せていない。

 ずらっと並ぶシェフは十人を超えているだろうか。

 その全員が、手に持っていた寿司をテーブルに並べていく。

 

「就任パーティーである、と通達されていた。当方の認識では、これは慰労会であり、また祝いの席である。ならば寿司を食べないわけにはいくまい。よって当方の伝手で、当方の知る限り最高の寿司を用意した」

 

 一夏は並んだ江戸前の握りを見た。どれも新鮮なネタを使っているのだろう、艶やかな光沢を放っている。

 一夏はそれから箒とセシリアを見た。二人は完全な無表情で、次々と追加されている寿司を見つめていた。

 一夏は最後に東雲を見た。よく――よく見ると。いつもと変わらない表情ではあるのだが、そこはかとなく胸を張っている気がする。この女、誇らしげにしているのだ。

 

「どれほど食べても困らない数を用意した。これは当方からの、立場を掴み取り、また修練に耐えている織斑一夏への労いである。遠慮せず食べて欲しい」

「東雲さん」

 

 できるだけ――本来それは威嚇行動からの派生と言われているが――相手を刺激しないために、柔らかな笑みを顔に貼り付ける。だがさすがに引きつっているのが自分でも分かる。この状況で自然に笑えとか無理に決まっている。

 一夏は錆びた作り笑いを浮かべて、東雲の背後を指さす。

 

「食堂のバイキングがあるんだけど」

「…………」

 

 東雲は振り返って、和洋中と勢揃いの料理たちを見た。

 

「…………………………………………………………」

 

 東雲は顔の向きを戻した。

 

 食堂は静まりかえっている。誰も、一言も発さない。

 空気は完全に凍り、死んでいた。和気藹々としていた空間はもうどこにもない。誰がどう見てもお通夜だった。

 

 しばし無言を貫いた後、東雲はすっとISを起動して、深紅の太刀を一振り引き抜く。

 そしてその柄を一夏に押しつけた。

 

()れ」

 

 一夏は視線で周囲に助けを求めた。

 

「わたくし存じ上げております! クールジャパンの『くっ! 殺せ!』ですわよね今の!」

「セシリア、お前はもう喋るな」

 

 幼馴染とライバルはだめだ。使い物になっていない。

 

「いや、まあ、大丈夫だよ東雲さん。うん、気持ちは嬉しいし。だから死ななくても大丈夫だって」

「殺せ」

「完全に覚悟決まっちゃってんな! そういう覚悟完了しなくていいからァ! ほら、食べるって寿司食べるから!」

 

 やけっぱちの勢いであった。

 一夏はトロの握りを手に取って口に放り込んだ。

 わさびがツンと鼻に抜けて涙が浮かぶ。

 ちょうど泣きたかったから、彼にとってはちょうど良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにあれ」

 

 転校手続きを済ませて早速一夏に会いに行こうとした鈴は、食堂の空気が完全に終わっているのを確認してそっとその場を離れていた。

 

「東雲令が中心にいたわよね……何か空気読めないことしたのかしら。まさか一夏を怒ったとか? マジで何者なのよ、あの祝いの場をどん底にできるって」

 

 さすがにあそこに突っ込む度胸はない。

 明日の朝に教室に行けばいいと考え直して、鈴はよし! と気合いを入れる。

 

「首を洗って待ってなさいよ一夏……! どうせのほほんと腑抜けてるだろうし、ビシバシいくんだから!」

 

 夜空に向かって拳を突き上げてから、鈴は明日が楽しみだと笑みを浮かべて寮に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お祝い会はつつがなく終了した。

 まあ途中で一度完膚なきまでに空気は破壊されたが、よく考えなくてもバイキングに寿司が増えただけなので、みんな笑顔で食べていたのだ。

 

 東雲は無表情のままどんよりオーラを振りまく空気汚染機と化していたが、隣の一夏が必死にフォローした甲斐あって後半は普段通りに戻っていた。

 ちなみに寿司は東雲が一番食べた。というか用意されたうち半分ぐらい一人で食べていた。

 そんだけ食べて何故その体型なんだと箒やセシリアから詰問されていたが、東雲は知らぬ存ぜぬで押し通している。きっと妄想でエネルギーを消費しているのだろう。とんだ無駄遣いだ。魚が可哀想である。

 

「みんな、今日はありがとな!」

 

 お皿を返却口に返しながら、一夏は笑顔でみんなに礼を言った。

 出だしはいまいち祝賀会に集中できていなかったが、寿司の件があってからはきちんと彼も楽しめていた。ある意味ではいいブレイクになったのかもしれない。

 

「ううん、織斑君こそ頑張ってね!」

「デザートフリーパス券よろしくね~」

「応援してるから! すごく……すごく、応援してるからっ!」

 

 激励の言葉。

 一部に込められた、熱意とは異なった、青い熱。それらを感じ取り、箒はむっとし、セシリアは肩をすくめる。

 

「モテる男は大変ですわね」

「……そうだな」

「そして、モテる男を好きになってしまった人も、大変ですわね」

「……何故こちらを見るのだ」

 

 箒は半眼でセシリアを見たが、ご令嬢はどこ吹く風と受け流す。

 一方で、二人の横にいた東雲は立ったまま寿司下駄を持ち、握りを口に放り込んでいた。

 

「むぐむぐ……祝いの席、というものに出席する経験はあまりなかったのだが……もぐ……いい切替になると感じた。はぐ……心機を一転させ、今後の修練に打ち込む理由となるだろう。肩の力を抜く時は肩の力を抜く、此れなるは戦士の心得である。もぐもぐ」

「東雲さん、いいこと言ってくれてるけど、マジで話に集中できねえ。肩の力を抜きすぎて形状崩壊してるぞ。千冬姉かよ」

 

 自分で言って一夏は後悔した。

 すごく――すごく、納得のできる言葉を言ってしまった。これ千冬姉だわ。

 だがまあ、師匠として尊敬できることに変わりはない。新たな一面を知ったところでとりあえずマイナス印象ではなかった。

 

 最後の寿司が彼女の胃に収まったのを確認して、一夏は東雲の口元についた醤油をティッシュで拭き取った。

 東雲は持論の展開と寿司の旨味に集中していて、口を拭われたことに気づいていない。

 セシリアは隣の箒が少し羨ましそうにそれを見ているのに気づいたが、彼女の度量は平原のように大きく海溝のように深かったのでそれを見なかったことにした。

 

「片付けもできれば手伝いたいんだが……」

「いや、気にしなくていいそうだぞ。食堂の方々も、楽しく食事をしてくれたのなら何よりだと言っていた」

 

 そう言われては、親切の押し売りをするつもりもない。

 一夏は食堂の方々にお礼を言ってから、食堂を後にした。

 

「にしても結構食ったな。腹ごなしに散歩でもしないか?」

「私は付き合おう。だが散歩と言いつつランニングするんじゃないぞ」

「わたくしもご一緒いたしますわ」

「当方は失礼する」

 

 食堂の建物を出て、ぬるい風が肌をなでる並木道に出る。

 三人と一人の進行方向はそこで分かたれた。

 

「じゃあ。また明日な」

「……また明日」

 

 織斑一夏は、その時、自分の眼球が飛び出たのではないかと思うぐらいに、目を見開いた。

 東雲は――小さく、胸の前でばいばいと手を振っていた。

 呆気にとられたのは数秒。一夏はすぐさま、同じように――いや、近距離なのに手をブンブンと頭の上で振った。

 

「ああ、また明日!」

 

 大げさだな、と箒たちは呆れながらも、しっかり東雲に手を振っていた。 

 東雲はそれを見て頷き、背を向けて歩いて行く。

 

「だって、また明日って――いいじゃんか。今此処に一緒に居ることの証明、って感じで」

 

 一夏は画像データを開いてそう言った。

 今日の祝い会のラスト、クラス全員で撮った写真である。

 

「そういえば千冬さんの言葉を守っているんだったな」

「織斑先生の?」

 

 首を傾げるセシリアに、一夏は人差し指をピンと立てて語りかける。

 

「『過去に側に誰がいたのか、ちゃんと覚えておけ』ってさ。だから定期的に、写真を撮って思い出を残してるんだ」

「なる、ほど……いい教えですわね」

 

 三人で並んで歩きながら、一夏は今まで撮った写真を思い返す。

 誰かと一緒にいた証。そのつながりが自分を構成している。その積み上げたものは自分の中に生きている。

 だからこそ、過去の自分に見せられるような自分でありたいと、思う。

 だからこそ、未来の自分に見せられるような自分でありたいと、思う。

 

「……一夏さん」

 

 物思いにふけっていた彼の意識が、突然引き戻された。

 名を呼ばれた、だけではない。セシリアの声色は固かった。

 視線の先をたどる。遊歩道の向こう側から、誰かが歩いてきている。

 

 女性。スーツ。見知らぬ顔。

 

(教員、じゃ、ない?)

 

 直感だった。

 彼女はまっすぐ歩いてきて、それから三人に軽く一礼した。

 

「初めまして、織斑一夏さん。私、巻紙礼子と申します。今、お時間よろしいでしょうか」

「あ……は、はい」

 

 箒とセシリアにも会釈して、彼女は名刺入れから一枚の名刺を取り出し、差し出す。

 IS装備開発企業『みつるぎ』――その渉外担当だと名刺には書かれていた。

 

(聞いたことのない企業――)

(学園に入り込めるパイプ――)

 

 その文字列を読み。

 箒とセシリアの思考回路が爆発的に加速した。

 

(――売り込み。それも一夏単独に絞って。話題性か? 入学前から企業の売り込みはあったそうだが、学園に来てまで直接とは相当の気合いだ。だが信頼できる企業か? そもそも何を売り込むつもりだ?)

(政府が立ち入れない経済活動であることを考えれば、そこを突いて、とっかかりに、という思考に至るのは当然ですわね。大企業の売り込みは織斑先生が袖にしたと聞いておりますが、それでも売り込んできていて、ただのスポンサーになるというのはまずありませんわ……武装以外も……例えばそう……()()()()()()()()()()()()()、等も考えられますわね)

 

 箒よりもセシリアの方が、やはり立場上交渉事に慣れている分、一歩踏み込んだ思考を展開していた。

 デュノア社等の既にシェアを握っている企業は無論、一部武装に注力する小規模な研究施設すらこぞって一夏に面会を申し入れ、全てが千冬に突っぱねられている。そういった権謀術数の世界に弟を巻き込みたくないという意思だった。

 

 二人が考え込んだその数秒。

 その間に。

 いっそ無防備なまでに、一夏は名刺を受け取っていた。

 

「あ、どうもありがとうございます。織斑一夏です」

「本日は時間も遅いですし、挨拶に留めさせていただきますね。是非後日、時間を取ってお話できればと思います。その際には弊社のカタログもお見せいたしますので」

「そうですね、楽しみにしておきます。その時はよろしくお願いします」

 

 絶句する箒とセシリアを放置して、話はとんとん拍子に、当たり障りなく進んだ。

 巻紙は深く一礼すると、きびすを返して立ち去っていく。

 

「お……おいッ、一夏!?」

「貴方何を考えてるのですか!?」

 

 二人は器用にも巻紙に聞こえないよう小声で一夏を怒鳴る。

 

「別に、普通だろ。どういう武器があるのか気になるし。もしかしたら『白式』が使えそうなのもあるかもしれない」

「そうじゃなくてですねッ、ああもう! 危険性について考えたりは――」

「――()()()()()()

 

 セシリアはハッとした。

 彼は愛想のいい笑みを浮かべていたが、しかしその瞳はヘビのようにギラついている。

 

「こういうの、全部千冬姉がやってたからな。今まで俺は何も知らないままだった。でも、それじゃだめだ。ちゃんと自分の力で対処できるようにならないと……そうじゃないと、もう、だめだろう」

 

 それに、武器を探したいっていうのも事実だしな、と付け加えて。

 織斑一夏は、内心で姉に謝罪した。

 

(ごめん千冬姉。でも俺はやっぱり――ただ守られてるだけの存在じゃなくて、俺の望む俺でありたいから)

 

 拳を握った。強く強く握った。

 目指す頂は遠く、一歩一歩進むことしかできない。

 それでも立ち止まるわけには行かない。

 

 そんな彼の横顔を、箒はじっと、熱に浮かされたような瞳で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(お寿司おいしかった。おなかいっぱい。寝よ)

 

 東雲令は部屋に帰り、シャワーを浴び、歯を磨いて、そしてベッドに入って0.94秒で就寝した。

 

 

 

 

 

 








す し ざ ん ま い





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14.庇護対象

一刻も早くバトルパートに入りたいという欲求しかない


 凰鈴音にとって、織斑一夏は不思議な男だった。

 最初の出会い。

 小学校に転校し、まだ日本語を上手く話せなかった鈴は、からかいの対象となった。

 からかい――無自覚な悪意。()()()()()()()()()()()

 嘲笑、侮蔑、罵倒、自分を取り巻く全てが自分を否定するという、地獄。悪夢であればどれほど良かっただろうか。

 すり切れるだけの日々。すがるものもなく、ただ延々と自分が摩耗していくのを自覚するだけの日々。

 織斑一夏がそれを断ち切った。

 

『何ダサいことしてんだよ、お前らッ!』

 

 かっこよく啖呵を切って――からかっていた男子たちと大乱闘。

 小学生同士の喧嘩なんてたかがしれている。途中で先生がストップに入り、後ほど男子生徒たちは両親に連れられて家まで謝りに来た。これでよし、と先生は言った。

 何もいいわけがなかった――悪意をぶつけられてきた事実は消えない。教室で常に鈴は怯えていた。いつ、また、始まるのかと。この静けさは嵐の前触れに過ぎないのだと、そう確信せざるを得ないほどに追い詰められていた。

 

 だが、一夏は鈴に話しかけ、遊びに誘い、彼女が独りぼっちにならないよう手を尽くしてくれた。

 そうやっていつの間にか彼が隣にいることは当たり前になっていて。

 明るく笑う、なんていう当たり前の行為が、やっと、当たり前に戻ってきて。

 本来の快活さを発揮し、誰とでも打ち解けられるようになって。

 

 やる時はやるけれど、普段は抜けている彼をしばいたりしながら。

 中学生になってからは弾などの友人も新たに交えて、日々を過ごしていた。

 

 ずっとそれが続くと、思っていた。

 

 仮に途絶えたとしても、元に戻れると――思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」

「なんだろう俺、そのセリフ三千回ぐらい聞いたことある気がする

 

 朝イチでクラス対抗戦(リーグマッチ)の話を振られた一夏は苦々しい表情でぼやいた。

 よく分からないが自分ではない自分がそれを聞いたことがあるというか己の同位体が耳から謎の液体が垂れるほどに聞いたというか世界線をカウントするほうが馬鹿らしくなるというか。

 怪電波を受信して勝手にテンションが下がっている一夏に、雑談に興じていた女子たちは揃って首を傾げた。

 

 とはいえ、対抗戦へのモチベーションは高い。

 得られる情報は得ておくに越したことはない、と判断した。

 自分の頬を張り気分を切り替えて、一夏は口を開く。

 

「俺ともう一人が専用機持ち……でも他のクラス代表だって、代表候補生レベルのはずだ。量産機相手でも油断はできない、むしろ俺の方が格下だよ」

「正しい認識ですわね。わたくしも同意見です。残念ながら機体性能の違いが戦力の決定的な差ではないということですわ」

「四組代表の情報は既に集めているぞ。四組の専用機は、日本製のフラグシップモデルである『打鉄』――その後継機としてデザインされた『打鉄弐式』、だが……未完成らしい」

「てことは専用機持ちは俺だけか。ますます無様は晒せないな」

 

 セシリアの言葉と箒のデータ。それを聞いて、一夏は拳を握る。

 条件が有利であることは、決して勝敗を確実なものにはしてくれない。

 最後にモノを言う、勝利への意思――今の織斑一夏にはそれが備わっている。

 

 話を振っていた女子がその様子を見て、やっぱかっこいいなあ……と小声で呟いた。

 箒が彼女を見てむむ……と唸っていた、その時。

 

「あら、よく分かってんじゃない一夏! それと専用機持ちは一組と四組だけって――その情報、古いよ」

 

 なんか三千回ぐらい聞いたことのあるセリフが響いた。

 懐かしい声。思わず勢いよく振り向いた。

 ツインテールの少女が一組教室のドアに、片足を立ててもたれかかっている。

 不敵な表情と唇の隙間から覗く八重歯。突然の乱入者に、一同は目を白黒させることしかできない。

 

「り……鈴かッ!?」

 

 だが一夏だけは、瞬時に彼女の名を記憶から弾き出し、叫んでいた。

 その反応に満足げな笑みを浮かべ、彼女はドアから背中を離して教室の中に踏み込んでくる。

 

「久しぶりね一夏。本日付でIS学園の二組に通うことになったわ。中国代表候補生、凰鈴音(ファン・リンイン)。今日は宣戦布告に来たってわけ」

「せ、宣戦布告って……」

「言ったでしょ、情報は常にアップデートされるものなのよ。二組の代表、専用機持ちになったの。そう簡単に優勝はできないから」

「まさか、それって」

「そう! このあたしよ!」

 

 芝居がかった言い草だが、それは場の空気をあっさり制圧してしまうほどには機能していた。

 箒もセシリアも、まず驚愕が先行していまいち思考を回せない。

 

「……知り合い?」

 

 そんな中で。

 一組の人混みの、実は中央で自席に座り文庫本を読みふけっていた少女。

 世界最強の再来、専用機持ち、日本代表候補生。

 東雲令が顔を上げた。

 

「あ、ああ。幼馴染っつーか。箒は小四の終わりで転校しちゃって、鈴は小五の頭に転校してきたんだ。あ、鈴が転校してくるのってこれで二回目なんだな」

「なるほど」

 

 どうやら知り合いかどうかを確認するだけだったらしく、東雲はそれきり興味を失ったように、視線を活字に落とした。

 

「スカしてるわね~、東雲令。アンタじゃなくて一夏がクラス代表って聞いたときはたまげたわよ。まあラッキーだったわ。一夏、軽く揉んであげるわよ」

「……そうか」

 

 露骨な挑発。

 クラスメイトらも、さすがにムッとせざるを得ない。

 だがそれを成せるだけの実力を、肩書きが証明している。

 

 そんな中で。

 

「――それは、楽しみだ」

 

 渦中の人である一夏自身は、口端をゆがめていた。

 彼は強敵を歓迎する。いかなる敵が相手でもやることは変わらない。積み上げたものをぶつけて、築き上げたものの真価を問う。やることは変わらない、それ以外にない、彼にはそれしかない。

 いつだって自分は挑戦者であり、自分の全てを投げ出すようにして価値を証明するしかない。

 だったら、戦う相手は、越えるべき壁は、高い方がいいに決まっていた。

 

「…………一夏、アンタ、そんなキャラだっけ?」

「キャラじゃねえよ。俺は心の底から、お前との戦いが今もう楽しみで仕方がない」

 

 鈴の声色には困惑が色濃く込められていた。

 それを気にもとめず。

 

 かつて。

 確かに幼馴染であったはずの。

 よく見知ったはずの。

 恋い焦がれていたはずの。

 

 だけどまるで別人のような少年が、瞳の中で炎を燃やしている。

 

「俺はどんな戦いであれ死力を尽くす。お前の全てを喰らい尽くして糧にして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ、アンタねえ、ISを動かして一月たってないトーシロだからって、言っていいことと悪いことが――」

「だから軽く揉んでやるなんて考えてんのなら、今すぐその考えを捨てろ」

 

 既に空気を掌握しているのは鈴ではなかった。

 彼は気炎を立ち上らせ、まっすぐに自分を見ている。彼はかつての優しい色の瞳ではなく、燃えさかる両眼を銃口のように向けてくる。

 鈴は知らずのうちに一歩退いていた。

 

 

「俺は――お前を倒すぞ」

 

 

「…………ッ!! やれるもんならやってみなさいっての、バーカ!」

 

 そう言い残して。

 まるで逃げるようにして、鈴は一組教室を大股で出て行った。

 クラスが数秒静かになって、それからぽつぽつと話し声が再び咲き始めた。一夏に向けられる熱い視線は、先ほどよりも増えていた。

 

「……一夏さん、折角の幼馴染との再会だというのに、もう少し語るべきことはありませんでしたの?」

 

 セシリアは嘆息して、すっかりバトルバカになっている彼を小突く。

 

「あー……そうだな。ちょっと、張り切りすぎた。後で謝んねえとな」

 

 頭をかいて、一夏は自分の言動を反省した。

 いくらなんでもこれはない。向こうの宣戦布告とてほぼ顔見せだった。そこにいきなり闘志全開で返したら、普通におかしいと思われる。

 何か好物――中華料理には飽き飽きと語っていたから、和食でも――作ってやろうか、と詫び方を模索する。

 

「おさななじみ」

 

 その時、突然箒が間抜けな鳴き声を上げた。

 何事かと彼女の顔を見て一夏はギョッとする。箒は能面のように無表情であった。

 

「おさななじみ」

「え、あ、うん。まあそうだな、お前がファースト幼馴染だとしたら、あいつはセカンド幼馴染だ」

「一夏さん他に言い方ありませんでした? もう喋らないでください」

 

 セシリアはぶっ壊れた箒の肩に優しく手を置く。

 幼馴染だからという大義名分で隣のポジションを維持していた箒にとって、これは青天の霹靂であった。

 衝撃に脳の機能が一部停止しても仕方があるまい。

 

「――凰鈴音が転校したのはいつだ?」

 

 何かやばいこと言ったかな、と首を傾げている一夏に、背後から東雲が問う。

 いつの間にか文庫本を鞄にしまって、彼女は椅子の上で身体ごと一夏に向いている。

 

「えーっと、中二の終わり、かな」

「では、凰鈴音は日本にいた際、ISの操縦を学んでいたか?」

「いや全然。俺と一緒に普通に学校に通ってたぜ」

「……なるほど。つまりISの訓練校に通っていた期間は、最長でも一年になる」

 

 一同、ハッとした。

 肩書きと経歴が釣り合わない。あくまで単純計算ではあるが、一年の訓練期間で専用機持ちの代表候補生になれるのならば、上級生は全員そうなっている。

 それはおかしいのだ。明らかに何かの誤作動が生じている。

 原因を推測しようにも答えは明白だった。

 

()()()()()()()()()()、と当方は推測する。織斑一夏、戦いは間違いなく熾烈なものになる」

「天、才」

 

 あの東雲令が、断言した――

 それは少なからずの衝撃を教室に振りまいた。

 

「専用機持ち、ともおっしゃっていましたわ。そこに至るまでのレースは、まず代表候補生の枠を勝ち取ること、さらに代表候補生になってから専用機を与えられるほどの評価を受けること……一年足らずというのは驚異的ですわね」

「そう、なのか。セシリアはどれくらいかかったんだ」

「わたくしは三年かかりました――なので二年キャリアが長い分、わたくしの方が上ですわね」

「……お前、結構負けず嫌いだよな……」

 

 いきなり子供みたいな理屈を言い出したセシリアはさておき、一夏は東雲に視線を返す。

 彼女はいつも通りの無表情だった。

 思わず他のクラスメイトらは、固唾を呑んで師弟の会話に耳を傾ける。

 

「勝率は低い」

「ああ、想定通りだ」

「手も足も出ず敗北することもあり得る」

「ああ、知ってるさ」

「――足を引きずり血を吐き、それでも勝利へ手を伸ばすことを諦めない覚悟は?」

「――できてるよ」

 

 一夏はニィと笑ってみせる。

 東雲は眉一つ動かさず、しかしはっきりと頷いた。

 

「当方も凰鈴音の専用機に関するデータを集める。本日放課後より、凰鈴音を仮想敵とした訓練をメニューに組み込む……篠ノ之箒、助力をお願いしたく思う」

「おさななじみ」

「今の箒さんは大変な時期なので少し放っておいてあげてくださいな」

「委細承知。ならばセシリア・オルコット」

「承知しましたわ。中国が奇々怪々な特殊兵器を代表候補生の専用機に積み込むとも思えません、ある程度傾向を絞って、いくつかパターンを組んでおきましょう」

 

 流れるように打ち合わせは進む。

 その様子を見ている他の生徒も理解する、この四人はいいチームなのだと。一人エラーを吐いて動かなくなっているがまあそれはご愛敬だ。

 

「――勝つぞ、織斑一夏」

「ああ……!」

 

 一年一組。

 クラス対抗戦に向けて現状、最も高いモチベーションと優れた環境が整備されたこのクラス。

 唯一の男性IS乗りが波乱を巻き起こすことを、誰しもが肌で感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何よ、あれ)

 

 二組の教室で授業を受けながら、鈴はほぞをかんでいた。

 板書を取っているフリをしているが、ペンは一切動いていない。

 

(あんなの知らない。あんなの知らない。あんなの、あたしが知ってる一夏じゃない)

 

 自分を肯定してくれた。唯一無二の光だった。

 自分が守ってやらなくてはならない、どこか抜けた少年だった。

 放っておいたらふらふらと迷子になっていそうな、自分や弾が手を引いてあげることが必要な庇護対象だった。

 

 唐変木でお人好しで巻き込まれ体質で天然たらしで。

 だから学園に入学することになった経緯で彼がどんなリアクションをしたのかも分かるし、相当不本意だったろうと分かる。

 クラス代表にもいつの間にかなっていて。

 そういう風に、自分だけが置き去りにされた状況で周りがどんどん進み、しかし何故か結果的に事態の中心に居座っている。

 

 鈴にとって一夏とはそういう、危なっかしい少年だったのに。

 

(分かんない。あいつ、何があったの? どうしてなの? あたしが知らないところで何があったの?)

 

 彼は自分の両足で立って、決然と宣戦布告を受け、さらに宣戦布告し返してきた。

 やる時はやる男だった。でも、違う。こうじゃない。あんな風ではなかった。

 

 戸惑いは困惑に変わり、困惑は苛立ちへと変換される。

 知らない。彼を知らない。ずっと隣に居てくれて、ずっと隣に居たのに、彼は自分の知らない間に自分の知らない彼になっていた。

 それが根拠なく鈴を苛立たせる。感覚が訴えている。そこに自分の知らない存在の影響があることを感じ取っている。

 

(――あたし、ただもう一度、アンタと馬鹿みたいに笑い合いたいだけなのに)

 

 そうして苛立ちは怒りへと膨張する。

 筋違いであることを理解しているのに、感情が言うことを聞かない。

 それは、()()()()()()()()()()()

 バキリと、握っていたペンの折れる音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 




(怪文書パートのノルマを達成できなかった自分は)未熟です…



次回
15.東雲式必殺技講座



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15.東雲式必殺技講座

『茜星』
日本製第二世代機
開発企業は四宮重工
自衛隊に配備される国産ISの枠を『打鉄』と争い破れた
四宮の量産機『明星』のフルカスタム仕様であり
ベース機体の特徴であった機動性・攻撃力の高さをさらに伸ばす改造が施されている

『打鉄』の正式採用には
自衛隊という組織の目的から防衛用という意味合いを強くくみ取られた経緯があり
その防御に偏った構成は現場では不満が多い
『打鉄』の後継機として開発が進んでいた『打鉄弐式』には逆に『茜星』並びに『明星』のデータが流用されており
四宮重工の設計思想の先進性の証拠とも言われている



みたいな記事がストライプスに載ってるけど操縦者がおかしいだけだぞ起きろ


(えーめっちゃすごいなー天才じゃんりんりん! これはIS乗り界隈が盛り上がっていくね! 安心だよ!)

 

 授業中、東雲令はついに先輩面まで始めていた。

 

(それにおりむーもセッシーも絶対いい影響を受けるだろうしこれは仲良くなった方がいいな! あーでもしののんはキャラ被りがショックだったみたいだし、後でフォローしてあげたほうがいいのかな?)

 

 考え自体は真っ当なのだが、何故か東雲は自分のことをグループの潤滑剤だと認識しているらしい。

 どう考えても爆発物である。

 

(それにそれにそれにッ!! しののんも知らないおりむーの空白期間がついに明かされる……! コンプリートに大きく前進する! 中学生の時とか絶対かわいかったでしょデュヘヘ、あっいけね今より幼いおりむー想像したらよだれ出てきた)

 

 コンプリートってあのさあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凰鈴音の戦闘映像は、そのほとんどが量産型ISによる戦闘だった。

 彼女のIS活動記録(アイエスアウト・ログ)もさほど公開されておらず、代表候補生にしては戦い方が伏せられている。

 特殊兵器はない。むしろ一度試合を見れば素人でもその武装内容を把握できてしまうような、手札を明かさない内容ばかり。

 それを見て一夏は顎に指を当ててうなった。

 

「近距離型……俺と同じか」

「そのようですわね」

 

 放課後、アリーナにてISスーツ姿で集まり、箒とセシリア、そして制服姿の東雲も一緒の画面を覗き込んでいる。

 極めて距離が近い上に薄着なので箒は恥ずかしがっていたが、一夏は画面以外にまるで目を向けていなかった。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)のタイミングが抜群に上手ですわね。これは接近を許してしまいます」

「しかし一夏も近距離特化型だ、接近をされること自体はいいのでは?」

「いや、むちゃくちゃ厳しいな」

 

 一夏は低い声で断言した。

 

「相手のテンポで試合を握られるのは相当きつい。俺はやっぱ剣を振るってる時、相手に振るわされてるって感じるとプレッシャーだし、動きも鈍くなる」

「む……そうか」

「ああそうか、箒の篠ノ之流剣術はそのへん、徹底的に受けの剣術だからな。あんまりピンと来ないかもしれないけど、やっぱ相手がガンガン攻めてくるのって普通嫌なんだよ」

「なるほど」

 

 解説を入れつつ、一夏は試合の動画を停止し、数十秒巻き戻す。

 

「で、気になったんだけど、こいつ……ここ、()()()()()()()()()よな?」

 

 映像では鈴が巨大な青竜刀をぶん投げ、それが相手に直撃してダウンさせている。

 しかし視線は相手ではなく、わずかに横に逸れていた。

 

「あー……恐らく感覚派ですわね、彼女」

「……ッ、そこまで俺と同じなのかよ」

「ええ。この瞬間――正確に言えば()()()()()()()()()()()()()()()、相手の動く先を予想していますわ。わたくしでしたら、もう一方向しか移動先がないよう誘導し終わっていますもの」

 

 鈴は移動先を見て、そこに至る過程に向けて攻撃した。

 投擲を置くという絶技を瞬間的な判断のみでやってのける――なるほど、確かに才女だ。

 

「恐らく近距離戦では分が悪い、ということにならないか、これは」

「なる」

 

 箒の疑問に東雲は即答した。

 思わず一夏は目を見開く。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。『白式』は刀一本しか装備がなくて、他の武器を格納することすらできないんだぜ。その状態で近距離戦は分が悪いってなったら――」

「相性が不利なら諦めるのか?」

 

 問いに、一夏は言葉を詰まらせる。

 自分の右手を見て、それを何度か握って開いて……息を吐いた。

 

「――俺がバカだったよ」

「それでいい」

 

 意思の再確認は迅速に行われた。

 しかしそれで問題が解決したわけでもない。

 セシリアは眉根を寄せたまま、映像を繰り返し分析する。

 

「ええ、ええ……近距離戦では分が悪い、それは事実ですわね。単純な剣の腕というより、有利な立ち回り方、相手は返しづらいが自分は攻撃を打ち込みやすいポジションに、ごく自然に入っています」

「私もそれは思ったんだ。なんというか、過程はよく分からないのだが……計算して稽古通りに動いているわけではないのに、結果としては稽古で教えられたことがやれているというか。これが感覚派の動き方なのか?」

 

 まるでフィルムの途中をそっくりすげ替えたような。

 乱雑で理解不能の動きをしているのに、結果としては理想的な軌道になる。なった、と上書きされているんじゃないかとさえ思う。

 

「箒さん、貴方が十二分に戦闘機動を行えると仮定して、どう立ち回りますか?」

「…………いつも通りにやるしかないな。至近距離で相手を追いかけると、多分、まったく予期しないタイミングで信じられないぐらい理想的な攻撃を打ち込まれる。そんな予感がする。だから此方からは動かず、相手の予備動作を十分確認できる間合いで、迎撃する」

「一夏さんにその動きはできるでしょうか」

「厳しいな」

 

 箒は腕を組んでうなった。

 

「技量云々ではなく、そういう心構えが必要な立ち回りだ。私は流派が流派だから、むしろそれを前提とした鍛練を積んでいる。一夏にそれをいきなり要求するのは無理だ。付け目を見ても突っ込まない、というのは難しいぞ」

「……ではどうしますか?」

 

 セシリアは黙り込んでいる東雲を見た。

 彼女は興味を失ったかのように鈴の映像から視線を逸らし、じっと一夏の顔を見ている。

 一見無感情にも見える視線には、真剣な意思が込められている。思わず背筋を伸ばした。

 彼は既にそれが理解できる程度には、東雲の性格を分かっていた。

 だがこの時ばかりは、東雲の返事を即時理解するのは無理だった。

 

「――必殺技が必要」

「は?」

 

 耳がおかしくなったのかな、と一夏は何度か頭を振った。

 それから箒とセシリアを見た。彼女たちも困惑を露わにしている。

 

「相手に振り回されることを前提とする。間合いもリズムも相手に取られている。必然、逆転は一発で決めなければならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ!?」

 

 三人は絶句した。

 東雲は本気だ――本気で一発逆転のルートを案として出している。

 ド素人の男ですら言葉を失う提案だ。

 当然、箒とセシリアはくってかかる。

 

「も、もしもそんな技を身につけられるとしてだ。しかしそれをどうやって当てる? そもそも必ず削りきれる技など存在するのか?」

「ISバトルに逆転ホームランは存在しません。唯一の例外は織斑先生の『零落白夜』ですが、特例中の特例。しかも武器は刀一本ですわよ、どうするつもりですか」

「勝負を決めるのにエネルギーを削りきる必要はない――相手の心を断ち切ればいい

 

 心。

 想像だにしない、ふんわりとした言葉だった。思わず困惑の息が漏れる。

 

「……何か勘違いしているようだが。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え、あ、そうなのか」

 

 一夏はセシリアの言葉から姉の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を想像していた。

 どうやら違うらしい。ならば、それは何なのか。

 

「相手の心を砕く。戦意を挫く。有利な試合運びとは心理的なアドバンテージでもある。そこに付け入る。相手の心理的な優勢を砕き、満足なパフォーマンスを行えないようにしてしまう」

「…………それは、つまり?」

「最大級の見せ札を直撃させるということ」

 

 伏せ札でも、隠し札でも、鬼札でもない。

 

「――露骨な見せ札こそが、勝機につながる」

 

 そう、東雲令は断言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ていうかちょっと待った。魔剣って武器の名前じゃないのか」

 

 箒は思わずストップをかけた。

 

「……? 武装名のことを問うているのならば、武装名は『魔剣:幽世審判』ではないが」

「は?」

 

 指をつうと宙に走らせ、東雲はウィンドウを立ち上げる。

 映されているのは『茜星』の背後に浮遊している、直方体に擬態するバインダー群。

 三人はそれを覗き込んだ。

 

「十三振りの太刀とそれを収納するバインダーから構成される、浮遊可動式多武装戦術兵器『澄祓(すみはら)』……」

「――あの、えっと、魔剣って何なのですか?」

「同じ日本の代表候補生にそう名付けられた。彼女は『必殺技は名前を叫んだ方が強くなる』と言っていた」

「んなワケねーだろッ!!」

 

 一応、そういう文化もある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とはいえ訓練内容が劇的に変化するわけでもない。

 いつも通りに一夏は鬼の形相で空を駆け抜け、東雲が持つ銃口から逃れようとしている。

 東雲曰く――逆転の一手を打つまで耐えなければならない以上、むしろ回避にはより気を遣わなくてはならない。回避だけでなく間合いの測り方も組み込んだ訓練メニュー。

 これはセシリアの発案であった。彼女が母国で行っていた機動狙撃訓練の内容を採り入れた代物である。

 

(ぎ、ぃががあがああああがああがああがあがッッ)

 

 一夏の役割は攻撃を避けつつ目標との距離を維持すること。

 相手が動けば追随し――即ち東雲が横や後ろに走っていけばそれに合わせて移動しなければならない――そうして一定の距離を維持しつつ、攻撃も避ける。

 やることの数が爆発的に増えたわけではない。

 二倍になっただけだ。

 ()()()()()()()()()

 

(いし、きを向ける方向が、増える、だけで、こんなにも違うのかッ!?)

 

 単純に殺気を察知すればいいというものではない。

 常に思考を回転させ、敵との距離を測り続ける。突撃も後退もなく、ひたすらに維持。それでいて攻撃は回避する。

 

(単純に()()()()()()()()()()()()()が分からねえッ! 今までは回避って目的に無理矢理照準を合わせていたが、こうなると目的がとっちらかっちまって、次にするべきことの選択肢を直感で選ぶこともできねえ!)

 

 自分が無事であれば済む、だけではない。

 相手との距離を維持することも要求される。距離を確認し、規定距離と照らし合わせ、詰めるか離すかを考える。

 それはある意味、直感の働く余地のない世界だった。

 

(0.5メートル下がりすぎだ! これ押し込まれてるのと同じだろバカ! 最適ルートは曲線を描くことなんだが、何よりも俺の旋回技術がゴミ過ぎるッ!! 理想の軌道を一ミリたりとも再現できてねえ……ッ!)

 

 セシリアとの決闘を経験して、一夏は既にアリーナの地図――全長、幅、全高――を把握していた。

 それを航空写真のように脳内に投影して、自分が今どこにいるのかを確認する。同時に東雲が今どこに居るのかも把握する。

 

(頭が割れそうだ……ッ! つってもこれ、別に他のIS乗りだってどうせやってんだろ……!?)

 

 目に映るものがすべてではない。

 銃口だけを見ていたら死ぬ。東雲だけを見ていても死ぬ。

 もっと、包括的に――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それを一夏は、嫌と言うほどに、身を以て味わっていた。

 

「――ッ!?」

 

 東雲が銃口を下げた。同時、一夏は自分が規定ラインを越えてしまっていたことに気づく。

 慌てて加減速を中断する。

 今はアリーナの機能を用いて、東雲を中心に置いた円が紅い仮想ラインとして表示されていた。

 

「す、すみませんッ!」

「――気をつけて」

「はい……ッ!」

 

 気合いを入れ直して、再び一夏は『白式』のスラスターを作動させる。

 訓練の甲斐――撃ち落とされる頻度は減っていないものの、ISの挙動そのものが自分にフィットしてきていることは分かる。反応に追いついてくれる。意識外の攻撃を知らせてくれる。逆に自分が気づいている攻撃にはアラートを鳴らさないでいてくれる。

 

 それでも足りないものは足りないのだ。

 

(自分でも、どういうタイミングで甘えた機動をやっちまうのか、あるいは無意識に退がってしまうのかは分かってきたッ! そういう自覚がある! なのに()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!)

 

 課題ばかりが山積する。

 一つ一つを精査する暇もない。

 容赦なく降り注ぐ己の未熟さ。次の弱点に打ちのめされ、その次の脆弱性を指摘され、そのまた次の、次の、次の次の次の次の次の次の――

 

「――ッ!」

 

 歯を食いしばって耐えなければならない。

 分かっていたことだから。そこから積み上げていくと誓ったから。

 一歩ずつ進んでいけばいい。

 

 サイドブースト。もう左右でブレはない。弾丸の間隙に滑り込み、被弾ゼロで突破。大回りの軌道で狙いを集中させず、既にかすめる弾丸相手に怯えることもない。

 自分の空間位置座標を必死に意識しながら、眼前の攻撃も捌く。無理矢理に回転させられる脳が白熱する。その感覚、没入感が少し気持ちいい。

 

 東雲がこちらに向ける銃口を確認しつつ、距離も掴みつつ。

 ――チリ、と、うなじがヒリついた。

 

(――後ろッ!?)

 

 飛翔というより跳躍に近い軌道で一夏は、その場から()()()。全身のサブスラスターと四肢による姿勢制御のたまものだった。

 直後、彼のいた空間をエネルギービームがえぐり取る。

 

「あら、よく避けましたわね」

「セシリア……!」

 

 愛機を展開したセシリアが、周囲にBT兵器を漂わせながら、長大なライフルを一夏に向けていた。

 

「ここから300秒間はセシリアも参加して、間合いの維持は解除する。それを終えたら休憩を挟み、必殺技の訓練だぞ」

「――了解ッ!」

 

 タイマー画面を表示させている箒の言葉に、力強く首肯した。

 フルに感覚を作動させて、四方八方からの攻撃を避けていく。

 

 

 その様子をじっと眺めている少女がいることには。

 一夏はついぞ気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偵察か」

 

 アリーナ廊下のベンチにぼけっと座っていた鈴は、ビクリと肩を跳ねさせた。

 慌てて振り向けば、ISスーツ姿のままの箒が、まっすぐ歩いてきている。

 

「ち、ちがっ……偵察なんて、ホントに考えてなかったわよ! ただ、あいつを探してて……」

「そうか」

 

 顔には見覚えがあった。今日、一組教室で一夏と話していた女子だ。

 訓練にも付き合っているぐらいだから、きっと仲が良いのだろう。

 

「隣、いいか」

「え、あ、うん」

 

 彼女はすとんとベンチに腰掛けて、箒と鈴の視線は平行になった。

 

「……幼馴染、らしいな」

「……まあ、小五からだけどね」

「私は、小学四年生までのあいつを知っている。お前とはちょうど入れ違いだったようだ」

「えっ嘘」

 

 思わず隣に座る少女の顔を見た。

 

「だから……どんな風に成長したのかが楽しみだった。きっと、お前も、そうなんじゃないか」

「それ、は……そうね。少しは楽しみだったかも」

 

 でも、と鈴は言葉をかみ殺す。

 成長して欲しいと、自分はあまり思っていなかったのかも知れない。

 ただあの時を繰り返したいと、あの楽しい思い出を永遠に味わっていたいと、そう停滞を願っていたのかもしれない。

 一体それの何が悪いというのだろうか。

 

「成長、なんてものじゃないな。今にも置いていかれそうだ」

「――ッ」

 

 箒は自分の拳に視線を落とした。

 サポート役としてそばにいる。だが彼女は専用機を持たず、量産型の貸し出しを待つ身だ。訓練を考えることはできても、常に参加することはできない。

 

「今も、東雲やセシリアによって揉まれているところだ。そうやって、強くなっていく。ゼロからスタートして、必死に、諦めることなく、ただ前を向いて進んでいく」

 

 だからどうしたというのだ。

 前を向いて進んでいくって――()()()()()()()()()()()()()()

 自分を置いて、どこに行ってしまうというのか。

 

「だから、私は、置き去りにされないように、私も進んでいきたい。どうやってとか、分からないが。それでも……」

 

 違うと思った。

 彼女と自分は、根本的な考え方が違う。

 

 篠ノ之箒は変化を前提としていた。

 彼の変化を楽しみにしていて、だから、きっと、受け入れることができた。

 

 ――なら、自分は。

 

「もう、いい」

 

 小さな呟きはかすれていて、箒の耳にまでは届かなかった。

 

 もういい。

 聞きたくない。

 おかしい。なんで、なんで受け入れられるんだ。

 ――違う。

 

 なんで自分は、受け入れられないんだろう。

 

 鈴は無言で立ち上がった。

 もう自分の感情が自分で分からなかった。

 

「…………アンタ、すごいね」

「え……そ、そうか?」

「うん。あいつの成長を認めて、それを応援してて……うん」

 

 小さな身体がくるりと横を向いて、立ち去っていく。

 鈴は振り向かなかった。

 背中は何よりも拒絶の意思を示している。

 

 

「すっごく――()()()()()()()

 

 

 箒は、最後に言い捨てられた言葉の真意が分からず首を傾げることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




バトルに関してだけは頭いいんだということは真実を伝えたい



次回
16.クラス対抗戦(前編)


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16.クラス対抗戦(前編)

今回一部クッソ見にくいルビ振ってます
ゆるして


 必殺技の訓練を開始して一週間程度経過した。

 クラス対抗戦は明後日である。

 東雲の言いつけによって前日は休養となる。

 つまり――今日が、最後の一日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――目標めがけて突撃し、刀を振るう。

 ただそれだけなのに、どうしてこんなにも遠いのだろう。

 ただそれだけなのに、どうしてこんなにも難しいのだろう。

 

 身体がしたたかに打ち付けられる。何度目かも分からない。

 回避訓練ではない、必殺技の開発。

 何もない、一点特化の特技もなければ高度な基礎操縦技術があるわけでもない一夏にとって、それはまさに鬼門だった。

 

 見せ札――相手の戦意を砕いてしまえるような代物。

 それ以外はノーヒントだ。五里霧中を手探りで進んでいく。

 

 剣を握る。他に武器なんてない。

 制服姿で、太刀一振りのみを顕現させた東雲令を見据える。

 

 彼我の距離は十メートルと少し。

 この『白式』の瞬間的な加速なら一秒かからない。

 息を吸って、剣を構えて。

 空間そのものが縮退されたかのような――猛烈な加速。

 突撃と攻撃を同時に行う。それを何度も繰り返す。

 

「もっとだ。相手の心根を粉砕する重さを込めろ」

 

 地面に転がされた。過程が記憶から抜け落ちる。それでいいと言われた。

 

「もっとだ。相手の武装を的確に破壊する鋭さを乗せろ」

 

 地面に叩きつけられた。回避は考えなくていい、この時だけは当てることだけ考えればいいと言われた。

 

「足りない。足りないぞ織斑一夏。もっとなのだ。相手の全てに対して否定をぶつけるような、そんな一撃に仕上げて見せろ」

 

 決して具体的とは言えない言葉の羅列。

 事実、それを横で見ていたセシリアは本当にこれで何かの役に立つのかと最初疑っていたが。

 

「――もう一回……ッ!」

 

 歯を食いしばり、両腕で身体を起こす一夏の顔。

 それを見れば、彼が何かを得ているというのが分かった。

 

(それに、表情だけではありません。実際問題、動きも斬撃も鋭く……力強くなってきています)

 

 はっきりいって何がどう作用してこうなっているのかは一ミリも分からない。

 王道の理論派であるセシリアにとっては、東雲のアドバイスは何の役にも立たない。

 しかしそれを糧にして血肉として身体に流し込んでいる男が、いる。

 

「……感覚派とは複雑怪奇ですわね」

 

 隣の箒に、思わずそうぼやいた。

 

「まあ、剣術を学ぶ上では感覚も重視されるのでなんとも言えないのだが」

 

 困った表情でセシリアの一番の友人はそう返す。

 

「一夏なりに学んでいるのだから、私はこれでいいと思う。問題があるとすれば」

「……間に合いませんわね」

 

 直線の突撃以外のパターンも試しているが、目に見えた成果はない。

 

「立ち回り自体は改善したと思う。相手のテンポに乗らないように調整することもできなくはない。だが」

「試合をひっくり返す肝心の攻撃が未完成、ですか」

 

 何度も転がされ、砂をかぶる一夏を見ながら。

 箒は顎に指を当てて考え込んだ。

 

「……それに。間合いの測り方を意識するようになってから、戦闘スタイルが微妙に変わった気がする」

「と、いいますと?」

「あいつ……直感を意図的に抑え込んでいるというか。なんというか、動き方が理屈っぽくなってきたというか」

「――冗談でしょう?」

 

 彼が感覚派なのは、セシリアが身を以て証明している。

 土壇場での爆発力。

 型にはまらない切り返し。

 優勢に物事を運ぶのではなく、一つ一つのシーンを処理していき、結果的に勝利へと結びつく。

 どれをとっても感覚派の特徴だ。

 

「ベースが感覚派、というか、感覚的に動いている要素があるのも間違いない。だが……いや、気のせい、だろうな」

「……一応、もっと詳しくお聞きしたいのですが」

「あ、ああ」

 

 箒は人差し指をピンと立てた。

 

「所感だが、感覚派は()()()()()()()()()()()()

「分かります。究極的に、勝負というのは、相手が倒れていて自分が立っていたらそれでいい――そう思っているタイプですわね」

「だが理論派は、相手と自分以外にも目を向け、()()()()()()()()()()()()()()……やや気取った言い回しになってしまったな」

「いえ、おっしゃるとおりですわ」

 

 セシリアは一夏が顔面から地面に突っ込まされるのを眺めながら頷いた。

 隣の友人の言い回しは実に的を射ていた。自分の意識をしっかり読み取られている、という警戒心にもなった。

 

「ならばこそ……今の一夏は……空間そのものを相手に、悪戦苦闘してるというか」

「それ、は」

 

 言葉としては分からなくはない。

 だが――感覚派と理論派の行動、どちらもやってのけることなど、できるはずがない。

 

 再び突撃した一夏が、迎撃の剣をもろに食らい、もんどりうって地面に倒れ込む。

 その様子を見ながら、箒はぎゅっと拳を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――クラス対抗戦当日。

 箒とセシリアと東雲は、三人並んで観客席に座っていた。

 気持ちとしてはピットで応援したかったのだが、集中を乱したくないという気持ちもあり。

 何より、試合の開始から終了まで全てをしっかりと見届けたかった。

 

「中近距離における戦闘機動は、最低限のラインまでは引き上げられました。ですが」

「必殺技は未完成、か」

 

 箒とセシリアは苦い声を漏らす。

 結局、必殺技は完成しなかった。

 更には対抗戦の第一戦、対戦相手は――鈴だ。

 最大の仮想敵として想定していた相手との衝突。訓練を見守っていた人間としては、陰惨な気分になってしまうのも仕方ない。

 

「当方たちが理想とする水準には届かなかった、それは確か。だが試合の中で、未完成の技が大きな働きをすることは十分にあり得る」

「……東雲」

 

 思わぬ励ましの言葉だった。

 見れば東雲は、毅然とした表情でアリーナを見据えている。

 

「可能性は常にゼロではない。可能性とは常に踏み越えていくもの。織斑一夏に――勝機はある」

「……ッ! うむ、うむ! そうだな!」

「……ええ。わたくしたちはもう、後は信じるだけですわね」

 

 三人の言葉に追随するようにして、周囲に座っていた一組生徒らもそうだよと同意する。

 

「頑張れー織斑くーん!」

「負けるなーっ! フリーパァァァスッ!」

「負けないでっ……! がんばって――っ!!」

 

 わっと一組のクラスメイトたちが声を上げた。

 届くかどうかは分からないが……それが彼の背中を押せたらいいと、箒は願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(詰んだわこれ…………)

 

 東雲令は必殺技が完成しなかったので内心普通に頭を抱えていた。

 

(いや未完成の必殺技が活躍するのだってあり得ないと言い切れるわけじゃないから曖昧に誤魔化しちゃったけど、まずありえねーでしょ。皆も応援でカバーしなくていいから……これは指導者として完全にケジメ案件です……)

 

 どうやら完璧な必殺技を対抗戦前には伝授するつもりだったらしい。

 だがそんなにうまくいくわけがないというか、見込みが甘すぎるというか、ハイレベルな要求をしすぎているというか。

 

(ぐぬぬぬぬぬぬ…………なんか系統が違うっていうのは感じてはいたんだけど、どーにもおりむーとは()()()()()()()()()()()っぽいんだよなあ……教え方をもう一度根っこからしののんと相談するべきでは……?)

 

 一番彼を見守っていた師匠が、目の前の試合を、一番投げていた。

 

 お前精神状態おかしいよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来い、『白式』」

 

 低い声で呟くと同時、パッと散った粒子が身体を覆うように集まり、純白の装甲が顕現する。

 何度も地面に叩きつけられた相棒。既に感覚のラグはほとんどなく、なじみ深く、愛着すら感じ始めている。

 

(……勝てるのか、俺は)

 

 ピットからせり出すカタパルトレールに両足を設置する。

 だが気分は重い。

 

 結局一夏は、東雲の要求した課題をクリアできなかった。

 まさに始まろうとしている戦いにおける最大の武器を、完成させることができなかった。

 

(いや、後ろ向きになるんじゃない。いつだって、その時にやれること全部をぶつけることしかできないんだ)

 

 師の言葉を深く刻み込み、息を吐く。

 敵は格上にして未知数。自分が有利になることはあり得ない。

 どのみち苦しい戦いになる。ならばもう誤差として割り切るしかない。

 

(今の俺にできること、全部をぶつけるだけ。それだけだ)

 

 キッと前を見据えた。

 背部ウィングスラスターがゆっくりと熱をため込んでいく。

 

『織斑君、発進準備よろしいでしょうか』

「はい」

 

 山田先生の言葉に力強く返す。

 迷いを振り切ることはできない。苦悩を忘れることはできない。

 でもそれは今じゃない――今この瞬間だけは、成すべきことを成す、それだけに注力する。

 

『織斑……やれるか?』

「やれることを、全力で……!」

『いい返事だ』

 

 千冬は満足げに頷いた。

 システムオールグリーン。山田先生は管制室のコンソールに指を走らせた。

 発進進路上に設置されたランプが緑色に切り替わる。

 

『発進準備完了。経路クリアー。タイミングを織斑君に譲渡します』

「了解。織斑一夏――『白式』、行きますッ!」

 

 思考と連動して、即座にカタパルトが疾走。Gに歯を食いしばって耐えながら、開けたアリーナの大空に飛び出す。

 スラスターを作動させて姿勢制御。

 会場は歓声に包まれている。その中でゆっくりと拳を握り、心を落ち着かせる。

 既に発進していた鈴が、眼前に、静かに佇んでいた。

 

 目視すると同時に愛機がウィンドウを立ち上げ、敵の概要を並べる。

 思わず一夏は内心で絶叫した。

 

(第三世代機『甲龍(シェンロン)』――第三世代機だと!?)

 

 出鼻を挫くような誤算。

 第三世代機とは、実用性を高めることに主眼を置いた第二世代機とは異なり、イメージ・インターフェイスを用いた特殊兵装の運用を目的としている。

 

(ってことは、特殊兵器あるんじゃねえか!)

「…………」

 

 何も語らないまま、鈴はその赤銅色の装甲をつうとなでた。

 緊張に、一夏は喉を鳴らす。

 

「ねえ」

「……なんだよ」

「聞いたんだけどさ。アンタ、本気で、IS乗りとして頑張りたいんだって?」

「ああ。そうだよ」

 

 即答――鈴は笑った。

 今にも壊れてしまいそうな、似合わない破滅的な笑顔だった。

 

「ならいいわ。()()()()()()()

「……ッ!」

 

 奇しくも、それは一夏がまさに告げようとしていた言葉だった。

 代表候補生の本気をこの短期間で二度も味わえる。それが僥倖であることを理解して、一夏は頷いた。

 しかし。

 

「アンタはここで潰す。完膚なきまでに叩き潰す。追い詰めて踏みにじって砕いてあげる」

「……鈴?」

 

 言葉は、続いている。

 

「もう飛べないように翼を切り裂いて、もう叫べないように喉を突き破って。二度とそんな妄言を吐けないよう欠片も残さず()()()()()()()()

「何、言って」

「否定する。全否定する。何もかもぶっ壊さないとこっちの気が済まない(もとにもどらない)

 

 言葉は、映し出している。

 

イライラすんのよ素人のクセに(あたしをおいてかないで)

 

 煮えたぎるマグマのような言葉に、幼くて小さくて震えている心が投影されている。

 

分相応って言葉の意味を教えてあげるわ(あたしのしらないとおくにいかないで)

 

 ――鈴は表情を怒りに染めているのに、涙はこぼしていないのに、けれど泣いていた。

 

「だからぶっ潰す。あんたの夢物語はここで仕舞いにする」

 

 観客たちの声援は空々しく響いていた。

 今、一夏の耳には彼女の言葉しか届いていない。

 

「おま、え……」

「構えなさい」

 

 量子化され格納されていた、巨大な青竜刀――双天牙月(そうてんがげつ)が二振り顕現し、それぞれ左右の手に収まる。

 歓声はついに最高潮を迎えようとしていて。

 けれど対峙する二人の空間はこれ以上ない静謐に満たされていて。

 

 

 

【OPEN COMBAT】

 

 

 

 ――そう『白式』が叫ぶと同時、呆然としていた一夏は、不可視の衝撃に殴り倒された。

 

「――ッ!?」

 

 逡巡、困惑、全てが吹き飛んだ。

 被弾を知らせるアラートが直接脳内に響く。

 攻撃を食らった。接近をしてない。刃が振るわれたわけではない。

 つまり、これは射撃兵器のはずだ。 

 

(何も、持ってなかっただろ……ッ!?)

 

 意味が分からない――が、思考停止は敗北に直結する。

 きりもみ回転しながら墜落する身体を急制動させ、とにかく現在位置から退避。

 武器を出す暇もない。ジグザグに駆け抜けるようなランダム回避機動をしつつ距離を取る。

 

(何度見ても刀しか手には持ってねえッ! 取り付け式の砲撃装備もねえッ! 何より真正面から衝撃を食らったのに銃弾が見えなかったッ!!)

 

 彼我の距離は射撃戦に向いた、つまり当初のプランで維持するべきベストな距離感であった。

 相手の突撃をいなしつつタイミングを見計るという戦術。

 その根幹が、たった今、崩れる。

 

「知ってるでしょ? 『絶対防御』は完璧じゃない。ISバトルの最中にアンタを痛めつけることは可能なの」

 

 連続して地面が揺れる。見えない爆撃を受けているように、一夏の軌道に沿ってアリーナの大地が砕けていく。

 明らかに彼を狙った砲撃。だが武器はない。破壊された大地に銃弾も残っていない。

 思わず一夏は絶叫しそうになった。

 

()()()()()()()()()()だとッ!? 何なんだよこれはァッ!)

 

 チャージ音が響く。恐らく攻撃の予兆。

 頭を振って意識を集中させる。同時、瞬間的な思考の閃き。

 

(落ち着けッ。ダメージが発生している以上、目に見えないだけで砲弾は存在する! 俺の目に映るものがすべてじゃない! 見えないものを無理に見ようとするな、ただ導き出せばいい!)

 

 一夏は地面スレスレを疾走しながら、咄嗟に右へサイドブーストをかける。

 急旋回の余波が土煙を巻き上げた。それは薄いヴェールのようにして白い機体を覆う。

 

(射撃あるいは砲撃、それは確かだ! 理論的には弾丸があって然るべきなんだッ! これなら、弾丸の形状・サイズ・速度は可視化できるはずだろッ!)

 

 その場で打った、敵のカラクリを暴くための布石。

 果たして。

 

「ブッ潰れなさい」

 

 空間を砕くような重い音と共に強い衝撃。

 愛機のバリヤーを貫通し、しかし『絶対防御』が作動するまでには至らず、体内が軋むような痛みを押しつけられる。

 

 その時。

 一夏は見た。

 一夏は確かに見た。

 

 鈴の機体に変化はなく射出音もなく――だが、まるで弾丸があるように、土砂のヴェールを()()()()()()()()

 ごろごろと地面を転がり、しかし最後に右腕で地面を押して跳ね起きる。

 瞬間――『雪片弐型』を展開して、切っ先を上空の鈴に突きつけた。

 

「――これで決まりだ! お前のそれは砲身も砲弾もない砲撃なんかじゃない! 不可視の弾丸を撃ち出す装備があるだけだ!」

「……ッ! それが分かったからって何を偉そうにしてんのよッ!」

「弾速が分かった! 弾丸のサイズも分かった! 打つ手がない、わけじゃないってことなんだよ!」

「そうやって! 自分はIS乗りとしての才能があるとでも言いたいわけ!? アンタはぁっ!」

 

 もうそれは悲鳴に近かった。

 鈴は特殊兵装――両肩に設置された衝撃砲『龍咆』を稼働させる。

 

 戦闘に没入していく一夏の思考に僅かなノイズが走る。

 彼女は今泣いている。泣いているんだ。

 

(だけど――戦いの中で、慰めの言葉でもかければいいのか? 泣いている理由も分からないのに?)

 

 打ち出される不可視の弾丸から逃げつつ、一夏は戦況の打破と、鈴の心理――そのどちらにも思考を回し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(射撃できるの? 終わったわこれ)

 

 東雲令は内心で嘆息した。

 

(もう本当に厳しいなあ~……あっ、でも、負けたら……だ、抱きしめて慰めてあげられたり、するんじゃないかな……!? シャァァァァァッ!)

 

 自分がそのポジションにいるという根拠を出せ根拠を。

 

(とりあえず戦闘終わったらまず会いに行って、いや待てシャワー! しゃわー! 浴びる時間ないなこれ! やっぱ香水の一つや二つ持っておくべきだったのか! クソが! かんちゃんから整備後に使うオイルの匂い消しのやつ今から借りるべきか!?)

 

 弟子の勝利を願う、師匠として在るべき姿は微塵も見られず。

 そこにいたのは卑しい俗物だった。

 

 

 

 

 




OPEN COMBAT「初出勤です」



次回
17.クラス対抗戦(後編)


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17.クラス対抗戦(後編)

怪文書「新人入ってきたんで有休取ります」


 アリーナの観客は沸いていた。

 唯一の男性IS操縦者と中国代表候補生の激突。

 片や話題性で注目を集める中で壮大な啖呵を切り、戦いの中で可能性を示してみせた期待の新星。

 片や確かな実力を約束され、またIS学園への転入という難関をくぐり抜けてきたスーパールーキー。

 

 その戦いが鈴の『龍咆』という隠し札から始まり。

 鮮やかに一夏が正体を看破する、という、プロレスの試合にも近い劇的な展開。

 盛り上がるなという方が無理だった。

 

「……すごい」

 

 誰もが惜しみない感嘆を抱いた。

 誰もが思わず立ち上がり、目に焼き付けようと思った。

 

 

 

 

 

 ――両者の感情だけが、そこでは置き去りにされていた。

 

 

 

 

 

 上を取られている。

 地面を這うようにして駆け抜け、機をうかがう。

 不可視の砲弾が次々と地面を穿ち、舞い散る破片や砂煙の中を白い機影が縫うようにして飛ぶ。

 

(連射性! 一発当たりの威力! とにかく隙がねえ! 嫌になる装備だな本当にッ!)

 

 アリーナ中央の上空に鎮座する赤銅の機体を見据えて、一夏は苦々しい表情を浮かべた。

 今は横の移動に集中して、レース中のF1マシンのようにフィールドを回りつつ攻撃を避けている。

 大きく身体を右に傾かせて機体ごと右方へ旋回、一気に身体を反転させ、仰向けに天を見上げた。

 

(射撃精度はセシリアの方が断然上だ! でも連射性の高さに封じ込められちまう! ()()()()()()()()()ッ!)

 

 やはり分析通り――鈴は自分が一方的に有利なポジショニングを譲らない。

 論理的な帰結ではなく、感覚的に選んでいるのだろう。

 ここなら、なぶり殺せると。

 だが。

 

「なんで、なんで、なんで、なんでェッ!」

 

 鈴は泣きそうな顔で必死に衝撃砲を撃ち続ける。

 当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。

 弾丸は身体を掠めることもなく地面に着弾し続ける。白い翼が稼働する度に、四肢で疾走する獣のように『白式』は鋭角にターンして攻撃を回避する。

 当たらない。当たらない。当たらない。当たらない。

 

「避けんなァッ!」

 

 不可視の砲弾をどうやって。素人のくせに。

 挙動そのものは決して鋭くない。回避先だって読み切れないわけではない。

 なのに、当たらない。必中を期したはずの砲撃が空を穿ち、既に『白式』はズレたポイントにいる。

 

「なんでなのよぉっ! アンタがなんで避けられるのよこれをっ!」

「撃つタイミング、つまりそれって俺に攻撃が当たるタイミングだろ! こちとら()()()()()()()()()()()()()()()()()――ッ!」

 

 分かる。自分がいつ撃たれるのか分かる。

 自分の弱点なんだから――挙句の果てには実際に攻撃で指摘されて理解した弱点なんだから――分からないはずがない。

 弾丸が見えずとも、直撃のタイミング、弾速、弾丸のサイズが分かっていれば、そこから弾丸の動きを逆算することは可能だ。

 

 だからこそ。

 素人とは思えない戦闘機動を見せつけられているような気がして。

 もうあの時の自分とは違うと一夏が言っているような気がして。

 

「――そうやって自分の資質を自慢してるわけ!? 俺はやっていけるって! この新しい分野で突き進んでいくんだって、雄々しく宣言してる主人公にでもなったつもりッ!?」

「ち――ちげぇよ馬鹿! 誰もそんなこと言ってねえぞ!?」

「うるっさあああああああああい!!」

 

 鈴が動いた。太陽を背に、上空から墜落するようにして距離を詰める。

 両手の青竜刀が振りかぶられた。

 次の一手を模索して、思考回路が壮絶な急回転を開始する。

 

(突っ込まれた――退いて距離を――いや――だめだ、だめだ、なんかダメだ理論的には絶対逃げた方がいいのに()()()()()()()()()()()()()()()()()!)

 

 結論は、事前の相談とは真逆の斬り合い。

 逃げてはいけないと判断した。攻撃を避けた方が合理的なのに、攻撃云々ではなく、今の鈴から逃げてはいけないと思った。

 

 地上で刃と刃が激突し、甲高い轟音と共に火花が散る。

 一夏は即座に『雪片弐型』を引き戻した。鈴のもう一方の青竜刀が既に襲いかかっている。横薙ぎのそれに刃をかち当て、逸らすようにして受け流す。

 

「お前何が言いたいんだよ! 俺は俺にできることを全部やるだけだ! それになんでお前が文句言ってんだよッ!?」

「自分で、分かってるわけないでしょォッ!」

 

 かんしゃくを起こした子供のように、彼女の言葉は会話を成立させない。

 メチャクチャに振り回される二振りの『双天牙月』。質量は破壊力に直結する。一撃を受けるあるいは回避するだけで、空間が軋み、砂煙が上がり、余波が身体を打ちのめす。一閃一閃が死を予感させる。

 

「だったら俺だって好き放題言わせてもらうぞ! お前あんな風に喧嘩売っときながら、何ヤケになってんだよ! もっと堂々としてろよッ!」

「堂々となんて、できるわけない! こんな……! こんな……ッ!」

 

 刃の軌跡はデタラメで、少しでも剣術をかじっていれば素人かと見間違うほど。

 にもかかわらず、的確に一夏の体勢を崩し、防御を押し込んでくる。

 

「アンタだけ、どんどん進んでいく! ちっとも後ろを振り向かない! 巻き込まれて仕方なくなんかじゃなく、自分の意思で進んでいく――()()()()()()()()()()()()()()!」

「…………ッ!?」

 

 思わず、挙動がブレた。

 鈴の観察眼はそこを見逃さず、思考をすっ飛ばして身体は動く。

 自分が振るう刃の間隙に、蹴りを差し込む。

 放たれた前蹴りがしたたかに一夏の顎を打ち抜き、『白式』がぐらりと傾いた。

 

 観客席の箒たちが悲鳴を上げた。

 鈴は素早くコマのように回転――満身の力で『双天牙月』を振り抜いた。

 クリティカルヒット、ではない。混濁した意識の中でも、咄嗟に一夏は防御姿勢を取った。かろうじて構えた右腕に刃がめり込み、白い装甲を粉砕し、インパクトが身体を紙くずみたいに吹き飛ばした。

 

「がッ――――」

 

 制動する暇も無く地面に叩きつけられ二三度バウンドして、それからうつぶせにベシャリと倒れる。

 荒い呼吸で鈴は左の青竜刀の投擲機能を立ち上げた。

 既に分かっている。立ち上がった瞬間、まだ一夏は動けない。素人は最初に状況を目で確認しようとする。そのタイミングで着弾すれば、回避は間に合わない。

 

「そうやって何もかも置き去りにして、ムカツク(さみしい)のよ――ッ!!」

 

 『双天牙月』は投擲武器として莫大な攻撃性能を有する。

 これは戦況を決める一手になると、思考ではなく感覚が告げている。

 振りかぶって、左腕に力を伝導させ、身体全体を使って、打ち出した。

 

 身体を起き上がらせた一夏はまず鈴を見ようとした。状況を確認しようとした。

 そこで眼前に迫る刃を直視した。

 

「――――ッ!!」

 

 爆音にも近い激突音。

 それは投げつけられた青竜刀が、『白式』の装甲を粉砕した音――ではない。

 

「…………は、あ……ッ?」

 

 鈴は思わず限界まで目を見開いていた。

 叩きつけられた右肘と、かち上げられた右膝。

 それらがまるで顎のごとく、青竜刀の刀身を噛み止めていたのだ。

 

「っぶね……!」

 

 ガシャン、と青竜刀が地面に捨てられる。

 片手に握ろうかとも思ったがやめた。使い慣れていない武器をぶっつけで試すほど剛毅ではない。恐らくない方がよく動ける。

 

(何、よ、今の。やろうと思ってできることじゃない。身体が勝手に動いたってヤツ? どう考えたって異常じゃない、そんなの、そんなの――)

 

 続く言葉を理解して。

 鈴は、愕然とした。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 へし折りたい事実がその質量を増していくのを感じた。

 他ならぬ自分がその証明者となっている、それを自覚して。

 

「――――――ッッッッゥゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 絶叫と共に残った青竜刀を振りかぶって突撃した。

 一夏はギョッとした。

 

(なん、だ、この隙だらけの攻撃、迎撃を誘ってるのか!?)

 

 エネルギー残量では向こうが圧倒的のはずだ。

 それなのに、重心はぐちゃぐちゃで太刀筋も見るに堪えない、まるでやぶれかぶれの吶喊。

 

(ダメだ思考を読み取れないッ! とにかく迎撃!)

 

 大振りの一閃は、僅かにのけぞるだけで空を切った。

 そのまま逆袈裟に反撃を放ち、クリティカルヒット。赤銅の装甲が刻まれ、アリーナにばらまかれる。

 

(――通ったッ!?)

 

 攻撃を通した一夏の方が驚愕してしまうほどに、それはお粗末な攻防だった。

 

「何、なんだよ鈴……! 俺は、お前を置いていったりなんかしない!」

「うるさいうるさいうるさいっ! 分かるわけない! アンタに、アンタにだけは分かるわけがないッ!」

 

 鈴が攻撃を振るう度に、一夏は反撃の機会を見いだす。

 相手の剣戟に沿うようにして剣を振るえば、攻撃を逸らしつつこちらの反撃が当たる。

 無理に突っ込んでこようとしたタイミングですれ違いざまに胴を打てばあっけなく当たる。

 カウンターが次々と直撃し、シールドエネルギーが爆発的に削り取られていく。

 

「だってあの日々に価値なんてなかったんだって! 捨てても未練なんてないってッ! そう思ってるも同然じゃない! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――!」

「何、勝手なことを……!」

 

 エネルギー残量を計算。恐らく既にほぼ同量。

 感情の熱量は、今、一夏が爆発的に増している。だから言葉は勝手に吐き出されていった。

 

「置き去りになんてするわけないだろ! 俺は今まで積み上げてきたものがあるからこそ俺なんだ! だから、俺はそこから積み上げていくッ! 今までの自分からさらに飛躍するために! 昔を蔑ろになんかするかよ!」

「そんなの、聞いても……ッ!」

「大体昔を蔑ろにしてるのはお前も大概だろうが!」

「は、ハァッ……!?」

 

 鈴が急制動し、こちらに顔を向けた。

 

「あの思い出の中の俺たちは、いつも今の俺たちを見てんだよ! 恥ずかしいことをしてないかって!」

「ンな綺麗事で――思い出を消化しようとするなァァァァッ!!」

 

 一気に鈴が飛び上がった。再び上を取られる。

 陽光が遮られ、チャージ音が響く。

 

「眩しい過去の思い出も! 約束した未来の栄光も! 全てを背負って進まなきゃいけねえんだろうが!!」

「全部背負えるわけない! どうせ何かを捨てるに決まってる!」

「捨てねえ! 忘れねえ! お前こそ忘れてんじゃねえぞ!」

「何をよッ!?」

 

 衝撃砲が放たれる、と予期した。

 でも。

 この瞬間だけはただまっすぐに突っ込むことしかできない――それ以外にするつもりもない。

 一夏は大地を蹴り上げ、まっすぐに、太陽との直線上に位置する鈴に向かって突撃しながら。

 腹の底から叫んだ。

 

 

「だって――まだ約束通り酢豚食わせてもらってねぇぞお前この野郎ッ!!」

 

 

「――――――――」

 

 試合が始まってから一秒たりとも攻撃を止めなかった鈴が。

 その時、初めて、動きを、止めた。

 

 直撃。真っ向からぶつけに行った唐竹割りだった。

 鈴の視界の隅で、シールドエネルギー残量を示すゲージが、がくんと減った。

 

「そんなに俺がお前を置いていくように見えるのかよ、だったらなァァッ――」

 

 斬りつけ、振り抜いた『雪片弐型』――それを投げ捨てて、一夏は鈴に組み付く。

 背部ウィングスラスターが爆発じみた炎を噴き上げ、猛然と加速。

 視界がマーブル状のまぜこぜになった。

 視界の中ではもう、お互いの顔しか像を結んでいない。

 

 左手で青竜刀を持つ腕を押さえつけ。

 右手で、鈴の左手を優しく握りしめ。

 

 今にも泣いてしまいそうなのに泣いていない少女の貌に。

 一夏は過去(いつか)みたいに優しく微笑んだ。

 

 

「――ほら。これなら、置いていこうとしても置いていけないだろ」

 

 

 そのまま、二人は白い流星となって、アリーナ外壁に激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビーッ、と。

 勝敗を告げるブザーが鳴る。

 

「か――」

「か――」

 

 箒とセシリアは立ち上がって、それから顔を見合わせた。

 モニターに表示されている両者のエネルギー残量を二度見して、もう一度確認して、やっと事実を呑み込んだ。

 

『勝ったァァ――――――ッ!!』

 

 感極まり、二人はひしと抱き合った。間に座っていた東雲は頭部を彼女たちの豊かな胸部装甲に挟まれ、完全に見えなくなっている。

 他のクラスメイトたちも立ち上がり、ワーキャーと叫んだ。

 

「ほ、ほ、本当に勝ってしまったぞ!」

「だだだ大金星ですわよこれ!」

「ひょうほあんにもはみみゅにゅ」

 

 何か聞こえた。

 バッと二人は離れる。心なしか恨めしげな目で、東雲が見上げてきていた。

 

「……賞賛に値する。当方たちの予測を裏切った。当方は当方の認識を反省している。本当に――()()()()()

「そ、そうだな」

 

 バツが悪くなり、それしか返せなかった。

 謝るべきなのだろうか、しかしまあ、東雲はすぐに意識を切り替えたように、というかガバリと今までにない勢いで空を見上げたし気にしてないのでは――

 

 ――待て。

 

「……あの、東雲さん?」

 

 名を呼ばれても彼女はこちらを見ることはなかった。

 ただまっすぐに、視線を上空へと向けていた。

 釣られて箒も、セシリアも、すぐそばにいた生徒たちも空を見上げた。

 何もなかった。

 

 

「何か、来る」

 

 

 瞬間、来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと思い出の中に生きていた。

 手に入れたものは全部砕け散って。身の回りの人々はまるで自分のことを忘れてしまったかのように生きていて。

 証が、欲しかった。

 何でも良かった。勉学でもスポーツでも良かった。

 そんな中で、ISと出会った。

 

「……ぅ、あ」

 

 チカチカと視界が明滅している。

 鈴は頭を振って、それから、愛機が絶え間なくメッセージを垂れ流していることを認識した。エネルギー残量、ゼロ。装甲具現維持限界(リミット・ダウン)スレスレ。戦闘続行不可能。

 

 ああ、と。

 ()()()と、落ちた。

 

(まけ、たんだ)

「――俺の、勝ちだ」

 

 視線を巡らせた。ぐちゃぐちゃに破壊されたアリーナの壁。そのすぐそばに転がる自分と、肩で息をしながら今まさに立ち上がった少年。

 

「……ご、め」

「謝るな。俺の方が謝るべきだ。ごめんな、鈴、寂しがり屋だって分かってたのに」

 

 一夏はその左腕の装甲のみを粒子に還して、素手で彼女の髪をかき混ぜた。

 

「ごめんな、鈴。俺は確かに……前ばっか向いてるように見えたかもしれない。でも全然大丈夫だから。俺、ちゃんと覚えてる。お前との日々も、俺たちの日々も」

「……いち、か」

「――あの、『毎日酢豚作ってくれる』って約束も、さ」

 

 柔らかい微笑みを浮かべられては、何も言えない。

 そうだ。

 その笑顔が見たくて会いに来たのだ。

 

(なんだ――こうすれば良かったんだ)

 

 まだ二人の手はつながれている。

 置いていかれたくないと思った。

 だったら、一歩踏み出して、手を伸ばす。

 

 それだけで彼が、差しのばした手をしっかり握り返してくれるなんて、当たり前だった。

 

 

「――えへへ」

 

 

 手のひらを介して伝わる熱が心地よくて。

 それは腕から胸へ、胸から頭へと広がっていき。

 涙となって、両眼から滴る。

 やっと、泣けた。

 

「あ、ちょっ、え、大丈夫か、どっか痛いのか?」

「違うわよ、ばーか」

 

 限界を迎えていた『甲龍』の装甲がぼろぼろと剥がれ落ちていく。

 後で怒られるだろうか、今は気にしない。

 

「ほんと……一夏のばーか」

 

 抱えていたものを下ろすような、身に纏っていた防護壁を解除するような。

 その感覚が心地よくて。

 

 

 

 ""――――――――――――""

 

 

 

 それはガラスが割れるようなチープな音と、獣の咆哮が混ざり合ったような、極めて不快な音だった。何度も何度も、拳銃を連射するようにして響き続ける。

 二人同時にそちらを見た。

 アリーナを覆う遮断シールド、そこに何かが組み付いている。落下してきてシールドに弾かれたそいつは、体勢を立て直して、シールドの上に立ち――何度も何度も、拳を叩きつけている。

 

「え……?」

 

 全長は人間よりも大きい。それでいて装甲は隙間無く埋められた全身装甲(フル・スキン)

 愛機がアラートを鳴らしてウィンドウを立ち上げる。

 未確認機体――未確認、IS。

 

 バリン、と。

 

 総計27回に及ぶ殴打が、遮断フィールドを砕いた。

 エネルギーの塊を拳で粉砕する、という理解不能の事態。

 足を突き立てていた床がなくなれば、どうなるのか。

 

 着地というよりは墜落に近い。

 機影がまっすぐアリーナの中央に、()()()()()()()()()()()

 激突、しかし地面が粉砕され土砂が巻き上がるだけでそいつは微動だにしない。

 

 黒に近い灰色だった。

 ひょろりと細い足は自重に耐えきれるのか心配になるほど頼りない。

 対照的に、両腕は丸太を三本束ねたほどに太く、長大だった。

 頭部とおぼしき箇所に赤い複眼がうごめき、カチカチカチと音を立てている。

 様子を窺って。

 状況を把握して。

 行動を選定している。

 

(や、ば――――!)

 

 両腕が起き上がり、二つの手のひらがこちらに向けられる。

 戸惑いよりも危機察知能力が先行した。

 鈴の腕をひっつかんで反転加速離脱離脱離脱遅い間に合わない――!

 

 

 

【OPEN COMBAT】

 

 

 

 ただ愛機がそう告げた。

 同時、世界を焼き尽くす()()()が視界を消し飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




OPEN COMBAT「えっ残業ですか?」




次回
18.唯一の男性操縦者VS未確認機(前編)


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18.唯一の男性操縦者VS未確認機(前編)

意味不明すぎたのであらすじ変えました


 砲撃はアリーナの大地、その高さを丸ごと減らしてしまった。

 着弾地点である壁の間際には巨大なクレーターが出来上がっている。

 管制室にいた山田先生が咄嗟の反応で遮断シールドを再展開していなければ、間違いなく生徒にも被害が出ていた。

 

「よくやった山田先生。織斑、凰の様子は」

『無事ですッ!』

 

 黒い煙が立ちこめる、その中から、二機のISが飛び出した。

 互いにズタボロの様子だが、直撃は避けることができた。

 というよりも、砲撃はまるで直撃を避けるようにして放たれた、と一夏は感じた。

 これで終わってもらっては困る、とでも言うかのように。

 

「あ――何、これ」

「どうした」

「は、ハッキングされてます……」

 

 千冬は目を剥いた。

 管制室のモニターにすさまじい勢いで数字と記号が並ぶ。外部からのアクセスにより緊急システムが立ち上がっているのだ。

 その文字列に顔ごと目を近づけさせ、千冬はうめいた。

 

「すまん、意味がさっぱり分からないんだが」

「シールドが最大強度で固定されてゲートも閉じられているんですッ! 安全だけど安全じゃない――観客席の生徒が脱出できないんですよ!」

「なるほどな、カウンタークラッキング班を呼べ。私は緊急時対応当番の教師にISを起動させて来るように連絡する」

 

 シールドが最大強度というのは、外部に敵がいるのならば安全だが、内部に敵がいるのならば一転して牢獄と化す。

 高出力エネルギーを常に垂れ流すという非常に効率の悪い方法ではあるが、その硬さは織斑千冬とて『零落白夜』なしに破ることは難しい――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――と判断するほどだ。

 素手、というより拳でそれを粉砕した未確認機の脅威度はこれにより跳ね上がる。決して放置はできない。

 ゆえに、現状ではハッキングへの対抗措置を取らなければアリーナ内部には手出しできない状態。

 千冬はアリーナの様子を流すモニターを見た。

 

「凰、ピットへ退避しろ。織斑は――」

『うおおおおおおおおおおおおッッ!!』

 

 指示を出す暇も無く。

 徒手空拳で未確認機へと突撃する弟の姿が、そこには映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏は決して感情に飲まれてはいなかった。

 

「俺を見ろおおおぉおおおぉおおぉおおっ!!」

 

 アリーナの遮断シールドを、特殊な兵器を使用した様子なしに、一度破ってみせた。

 つまりそれは、何度でも破壊することが可能ということ。

 千冬と山田先生の会話は聞こえていた。生徒は逃げられない。

 

(ならこいつに食らいついて止めるしかねえッ! 絶対防御がある分、俺の方が安全だ!)

 

 突撃を察知した黒い巨体がふわりと浮かぶ。

 それに合わせ、地面を蹴って跳躍――回転した勢いも乗せて、跳び蹴りを叩き込んだ。

 未確認機は両腕をクロスさせてそれを受け止める。火花が散り、鋭い装甲が腕を噛み千切ろうと猛り狂う。

 

『――一夏ッ!? 何をしているッ!?』

「他の人が来るまで俺がしのぎます! 無理して勝つつもりはない――負けなければいいッ!」

 

 未確認機の紅い複眼がかちかちかちと音を立てる。

 測られている。

 膂力を。機動力を。戦力を。

 

 "――――――――"

「何言ってんのか分からねえ!」

 

 甲高い機械音。何か話しているのか、しかし人間相手では意味を成さない。

 力比べの状況から、未確認機が徐々に押し始めた。『白式』の満身の力をいとも簡単に押し返している。

 同時、黒い両肩が発光。

 

「チィィ――!」

 

 感覚がその危険を察知し、理論が身体を動かす。

 速やかにバックブーストで距離を取ると同時、肩に埋め込まれた小さな砲口が何重にも射出音を響かせる。

 放たれたのは拳よりも小さなエネルギー弾の雨。

 身体を前に向けたまま、左右へ蛇のように軌道をしならせ、一夏はその雨をすり抜けていく。

 

「一夏ァッ!」

 

 名を呼ばれた。

 振り向く必要は無い。思考は連結している。

 

 ガタゴトガッタン! と派手な音を立てて。

 巨大な青竜刀一振りが、地面に落とされた。

 

使用許諾(アンロック)した! 負けんなっ!」

「サンキューっ!」

 

 鈴はそれだけ言って、歯がみしながらも後退しピットへ退避する。

 ドアがロックされ避難できない生徒らが怯えながら、未確認機と、それと相対する唯一の男性IS操縦者の戦いを見た。

 

 一夏は青竜刀を拾い上げ、紅い複眼を見た。

 

「お前の相手は俺だ……!」

 "――――――――"

 

 答えるように何事かの音声が響く。

 迷うことなく突撃。巨大な刃を振るう感覚は習っていない。だからこそ、刃ではなく棍棒として叩きつける。

 

(切り裂く技量が無いなら、叩き潰すしかない……ッ!)

 

 持ち上げることにすら全身を使うような重量、それを回転速度に乗せて放つ。

 未確認機は片腕でそれをあっさりといなす。いや、受け止められないからこそ受け流した。

 だが。

 

「シャオラァァァァ――――ッ!」

 

 一夏はコマのようにもう一回転、さらに一回転と何度も同じ方向から、愚直に攻撃をぶつけ続ける。

 回転速度が爆発的に上昇し、それは質量攻撃の渦となって未確認機に突っ込んだ。

 

 "――――――――"

 

 巻き込まれてはたまらないとばかりに未確認機が大きく後退、迎撃にエネルギー弾を放つ。

 しかしそれらは片っ端から、『双天牙月』が生み出す壁に叩き通された。

 攻防一体そのものと呼ぶべき嵐。

 

 追い込まれた未確認機が。

 ()()と、嵐の一端に接触し。

 

 "――――――――"

 

 例えるならば鐘をついたような、低くてくぐもった轟音。

 僅かな接触に込められた衝撃が巨体を吹き飛ばし、アリーナの地面に叩きつける。

 

「――ァァァァァァっ目が回ったあぁっ!?」

 

 一夏は回転を抑えきれず、慌てて地面に突っ込み無理矢理刃を大地に突き刺して自分の動きを止めた。

 ギギギと耳をつんざく音と共に地面が粉砕され、代わりに『白式』が回転をやっと止める。

 

「っぶね、マジで死ぬかと思った……!」

『ほんと、馬鹿みたいなしまらなさね……』

 

 通信を開いた鈴が呆れ声で、しかし無事を確認して心底安堵した表情でぼやく。

 顔を上げれば、いくつもウィンドウが立ち上がっていた。機体が過負荷に悲鳴を上げていたのだ。

 

『一夏さん、敵が行動不能かどうか確かめられますか?』

「あ、ああ」

 

 セシリアの指示に、慌てて未確認機を見た。

 頭を振って平衡感覚を確かめて、倒れ伏す未確認機に近づく。

 うつ伏せのまま、それはバチバチと火花を立てるだけで何も言わない。

 

「……え、これって」

 

 ハイパーセンサーの望遠機能を使って敵を拡大し。

 思わず目を見開いた。

 破壊した装甲の向こう側……そこにはケーブルや精密部品が詰め込まれている。

 

「無人機――」

 

 呆然とする一夏の目の前で。

 

 それ――ゴーレムがむくりと起き上がる。

 中に人間が入っているとは思えない、機械的な動作。順に力を込めて起き上がるのではなく、そうプログラミングされているからこその瞬時の起き上がりだった。

 

『一夏、まだだッ!』

「……ッ!」

 

 慌てて青竜刀を構え直す。

 ゴーレムの複眼がさらに輝きを強め。

 

 "―suhag――a;hrg――da"

「え?」

 

 機械音、に、何かの発音が混ざる。混ざるのではない、再現し始める。

 情報を得ていた。莫大な情報がこのアリーナには、無秩序に転がっていた。それを精査し、反芻し、学習した。

 一夏の戦い方。武器。機動力。戦力。――彼の、叫び。

 

 "――――――どこだ"

「何、を」

 

 情報とは組み合わせることで意味以上のものになる。

 発音、声量、意味合い、全てを組み合わせ、この瞬間にもゴーレムは一つの言語を習得している。

 ぞわりと一夏の背筋を悪寒が舐める。

 他の生徒の代わりにと思っていた。自分が引きつけて、囮役にならなければと。

 だが違った。この無人機は、最初から、自分しか見ていなかった。

 

 

 "――零落白夜は――どこだ"

 

 

 地獄の底から轟くような声と共に。

 両腕の各部装甲がスライド。過剰エネルギーの放出か、鮮血のように紅い稲妻が放出される。

 否――否、放出された稲妻は秩序だって収束し、黒い全身装甲を順次覆っていく。

 

『――収束エネルギービームの完全な固定ですって!? ありえない、ありえない……ッ! ()()()()()()()()()()()()()()()ッ!』

 

 セシリアの絶叫を合図のようにして、シークエンスが完了。

 黒い素体の手先から肘にかけて、並びに肩部に、深紅のエネルギー固体が鋭角に装着された。

 

 

 

 "――()()()()"

 

 

 

 もうボロボロだった。

 死力を尽くして、自分の全てを使ってしまっていた。

 

 今、()()()を求められている、とでもいうのか。

 

(ハ――ははっ)

 

 知識がなくても分かる。これは、やばい。

 思考回路が叫んでいる世代差とか武装の未知数さとかではなく、実際に対面する身体が感じている。

 

(……今、こいつ相手に俺ができること)

 

 時間を稼ぐ。当初は攻撃をぶつけ続け意識を引こうとしていたが、明確に自分を狙っている以上それも必要ない。

 常に回避あるいは防御を繰り返し、とにかく耐える。耐えて耐えて耐える。

 それが最も選ぶべき選択ではないか。

 

 しかし論理も感覚も、それはダメだと告げていた。

 

(――殺される。俺の守りじゃ、こいつの攻撃に耐えきれない)

 

 前に進むしかできない。

 身に迫る実感としてその結論が出ていた。

 

『一夏』

「……鈴、これさ」

『ええ、同意見よ……一夏、戦って。多分それが最適解だから』

「だよなァッ……!」

 

 青竜刀の柄を握り直した。

 

「よし! じゃあ――東雲さん! 聞こえるか!」

 

 通信を開いた。相手は東雲の専用機『茜星』。

 この場における最大戦力にして、間違いなく一夏が最も信頼する相手。

 

「そっちから見てて、どうすればいい!? もうこうなるとなりふり構ってられねえ! 俺の選ぶべき行動を――」

 

 

『三手で決めろ』

 

 

 言葉を、失った。

 

「………………ぇ?」

『あと三手である。武装は自由。超短期決戦以外に、選択肢がない』

「なに、いって」

『胸部並びに頭部はエネルギービーム装甲を配置していない。間違いなくエネルギー固定化機能を取り付けられない、重要機関が詰まっている。無人機相手ならば物理的に破壊して稼働停止させるべきである』

「――ッ! だ、だからって三手は」

『あれほどのエネルギーを惜しげも無く常時使用している。恐らく既存のISとは異なる継戦性能を有しているのだろう。つまり今が最も有利であり、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 理論的に東雲は敵の特性を紐解き、最適解を選択する。

 ふと視線を向ければ、彼女は遮断シールドの目前に立ち、全身を乗り出すようにしていて一夏を見ていた。

 

『シールド……否、アリーナそのものをハッキングされ、無力化されるとは、当方の不覚である。これは後で死に物狂いで詫びる』

「そんな、東雲さんが、謝ることじゃ」

『だが――今は、勝て、織斑一夏……! 目の前の敵は其方を見据えている。故に当方にできることは、最善を提示すること! 当方の声に合わせて攻撃を振るえ!』

「……ッ」

 

 憧れ、目指した師が、声を荒げながら自分を心配してくれている。

 それだけではない。これから、力を添えてくれる。

 

『何より――そんな安い敵に負けるな、()()()()……ッ!』

 

 ダメ押しの言葉だった。

 東雲の懇願が、一夏を奮起させた。

 

「…………シャァッ!」

 

 頭を振って、躊躇いと怯えを振り切る。

 引き下がれない。引き下がるはずもない。

 

()()()にここまで言わせたんだ、馬鹿弟子でも張り切るしかねーだろこんなの……!)

 

 敵は未知数。いつも通りだ。

 自分はボロボロ。いつだってそうだった。

 なら、やることは変わらない。

 

「悪いがここで沈んでもらうぞ。今俺は、死んでも負けたくない。だから――」

 

 精一杯の強がりを笑顔として貼り付けて。

 手に握った青竜刀を突きつけて。

 

 

 

「――あんたは三手で詰む……!」

 

 

 

 唯一無二の男性IS乗りは、そう宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいどーすんだよクライアントさん。あのガキ、多分これ勝つぞ」

『いやなんで『零落白夜』が発現しないの!? アンチエネルギービームが最適解なんて子供でも分かるでしょうがっ!!!!!! あれぇほんとなんでっ!? おかしいおかしいぶっちゃけありえな~いっ!!』

「おい」

『アクセス拒否ィ!?!? コア回路も確認できないって何!? もーホントいっくん信じらんない!! 絶対使わせてやるんだからね! というわけで『ゴーレムⅠ(ヨートゥン)灼焔形態(ムスペルヘイム)』全力全開ッ!!!!!!!』

「聞いちゃねえしよぉ……これマジでどうすりゃいいんだよ、ずっとこいつに付き合わなきゃいけねえのか……!? ああああもうスコールのやつ厄介事押しつけやがって……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 




最高出力の遮断シールドは
さすがにエネルギー全部消滅させるような攻撃じゃないと
破れない感じで考えてます



次回
19.唯一の男性操縦者VS未確認機(後編)





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19.唯一の男性操縦者VS未確認機(後編)

一巻が終わらねえ(自業自得)


 一陣の風が吹く。

 アリーナの砂が煙となって巻き起こり、流れ去っていく。

 ひゅう、ひゅう、と、虚ろに風の音が響いている。

 

 決戦場と化したアリーナに佇む二つの影。

 対照的な、白と黒。

 

『一夏……! 絶対に負けんじゃないわよっ! それで、それでッ……! あたしの酢豚、吐くまで食いなさいよッ!』

「……バトル終わって俺がゲーゲー吐いてなかったらな」

 

 愛しい幼馴染の言葉にそう返して、一夏は改めてアリーナ全域を思考の中に組み込む。

 敵は中央に立っている。

 彼我の距離は次の加速動作で剣域に踏み込む、言うなれば()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(つまり――)

『――次に打つ一手で、戦闘の半分は決する』

 

 東雲の言葉に、額から汗を垂らしながら、無言で頷いた。

 青竜刀の切っ先を地面に下ろし、身体の後ろに回す。剣道の構えは捨てた。得物が違いすぎる。

 引きずるようにして運び、振り上げをそのままぶつける。

 

 一夏の構えを見て、静かにゴーレムが体勢を変えた。

 先ほどまでのただ突っ立っているだけの不気味な姿勢から、腰を落とし、両腕を前に突き出し、それはあまりにも露骨な対衝撃姿勢。

 ゴーレムの足下に転がっている『雪片弐型』がむなしく光っていた。

 

「……どう見る?」

『フェイントの可能性は限りなくゼロに近い。当方の見立てでは、アレはそもそも真っ向勝負を行うために来た、と考えられる』

「一応、理由も」

『動きが織斑一夏しか見ていない。それも織斑一夏を殺すためでなく――』

「――よりよく俺を戦わせるため。完全同意だ」

 

 それが何故なのか、という疑問は一旦捨て置く。

 今この瞬間に成すべきことは、害意ある敵を真っ二つにすることだ。

 

『接近して得物をぶつけろ。エネルギービーム装甲とはいえ衝撃は貫通する。全力でソレをぶつけたならば、相当のダメージが通るはずである』

「『一手』で体勢を崩して『二手』で攻撃が完全に通る状況を確保して」

『最後で決めろ』

 

 流れは組み終えた。

 彼自身もこれで問題ないと確信している。勝敗ではなく、自分の全てを叩き込むには、これが最短だと分かる。

 

 両眼から炎を噴き出し、一夏は眼前の敵を見据えた。

 そうして。

 

 

 

「一手ェェェェッ!!」

 

 

 

 爆発的な加速が両者の距離を殺した。

 獣のような叫びを迸らせて、一夏が真っ向から突撃する。

 鈴から渡された『双天牙月』が、大地を割りながらそれに追随。

 

(これは、鈴から受け取った分ッ!)

 

 加速によって生じる運動エネルギーすべてを載せて。

 巨大な刃を思いっきり振り上げた。

 

 "――――質量攻撃では不足なり"

 

 ゴーレムはそう言葉を発し、両腕をそろえて衝撃に備える。

 展開されているエネルギービーム装甲が赤い輝きを強める。

 

「不足なわけねえだろッ! こいつには鈴の気持ちが詰まってんだよォッ!!」

 

 激突。

 接触した片端から青龍刀の刃が融解する――前に。

 世界そのものが軋んだ、そう形容するほかない、衝撃。

 ゴーレムが大きく後ろに吹き飛ばされ、ノックバックにぐらりと傾いた。

 刃を振り上げ切った一夏は既に次の動作へ移っている。

 

『今だ!』

「二手ェェッッ!!」

 

 赤い複眼がカチカチカチと状況を把握して、両腕を素早く上に持ち上げた。

 だが遅い。すでに()()()()()()が重力落下速度すら載せて、()()()()()()青龍刀を叩きつける。

 

 "――なぜ――"

 

 ゴーレムの両腕は、無傷のまま、しかし衝撃をモロに受けてがくんと打ち下げられた。

 

『最後だ』

 

 全力で攻撃を振るった。

 ぶつけ、衝撃を通すためだけに無茶な使い方をした。

 見ればわかる。すでに『双天牙月』の耐久度は限界を迎えている。おそらく全力攻撃に耐えきれるかどうか。最後の切り札としてはかなり危うい。

 もしもこのまま使えば、最後の一撃の前に使い潰されるかもしれない。

 

 そう、もしも青龍刀を使い続けるのなら。

 

 

「さあ、勝負だ――!」

 

 

 ここにきてゴーレムがぎしりと動きを止めた。

 最大の脅威はその分厚い刀身であり、いかに次の斬撃をしのぐかと高速思考を行っていたというのに。

 

 織斑一夏は振りぬいた勢いのまま、青龍刀を地面に投げ捨てている。

 

(これは東雲さんから願われた分ッ!)

 

 直後彼の()()が閃く。先ほどまで何も握っていなかったはずの。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が最高速で振るわれる――!

 

 

「――――三手ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏……!」

「一夏さん……!」

 

 生徒たちが、見守ることしかできていなかった彼女たちが、一斉に息をのむ。

 

 その中で。

 東雲令は焦燥と懇願の狭間で、しかし冷徹な思考回路を回していた。

 経過を観察し、実情を把握し、未来を演算する。

 卓越した観察能力とそれを元に行うマシーンのように緻密な攻撃。

 

 彼女自身すら言語化し得ない()()()()()とは即ち、彼女特有の感覚をベースに組まれた理論である。

 言うなれば理論的な感覚派、と呼称するべきか。

 

 そんな東雲だけが、東雲だからこそ、切り離して考えられた。

 観客は皆、一夏の勝利を心の底から願っていた。箒は手を胸の前で組み、セシリアも両手を固く握りしめて。

 その中で――最も冷静に、心情と状況を切り離して考えられた。

 故に唯一、解答を弾き出せる。

 

「……四手、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーはいはいなるほど。まあ四手目で終わるわな」

 

 奇しくもそれは、戦況を別の場所から見ていた観察者と同じ結論だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(終わらせる! この一閃で決める!)

 

 愛刀を回収して最後の一手に用いる。

 不意打ちに近い。

 すでに両腕は耐衝撃体勢のため大きく広げられている。

 

(見えている! 腕の間隙に合わせて逆袈裟っ! それで本体に攻撃が届く!)

 

 冷徹な思考が告げている。これで決まりだ。

 白熱する感覚が叫んでいる。これで決めろ。

 

 極限の集中が、世界そのものを停滞させる。

 身体の後ろに隠していた白い刃が、スローモーションで敵へ迫るのが見える。

 アリーナ全域を把握した。邪魔はない。互いの距離も、体勢も、すべてが計算通り。

 この一撃は、確実に届く。届かせるために攻撃を組み上げた。

 届かせなければ、ならない。

 

(届け、届け、届けェェェェェェェェッ!!)

 

 純白の剣が両腕の間を通り抜け、まっすぐ本体へ突き進む。

 一夏は勝利を確信した。

 鋭い刃が黒い装甲に接触し、

 

 

 

 "――なぜ――届くと思った"

 

 

 

 ()()()と。

 音が響いた。

 

 ゴーレムの身体が九十度に折れ曲がっていた。

 人間ならば――そう、人間ならば、間違いなく絶命している無理な姿勢。

 

(――――――ぁ)

 

 本体があったはずの空間を、虚空を、刃が滑っていく。

 振り抜いた状態では、一夏は敵の懐で無防備。

 どんなに早く切り返しても間違いなく、エネルギーを纏った拳のほうが早い。

 

 相手が有人機ならば決まっていた。間違いなく決まっていた。

 でも、そうはならなかった。

 

(――くそ)

 

 ゴーレムはその折れ曲がった体勢のままで、すでに拳を振りかぶっている。

 大ぶりのテレフォンパンチそのものだ。でも、当たる。一秒足らずで自分の身体がごみくずみたいに吹き飛ばされる未来が見えている。

 

(なに、やってんだ、俺)

 

 出し切った。もう力の一片たりとも残ってない。自分の全てを振り絞って、使い切って、出し尽くした。

 だが届かなかった。

 もう、何も残ってない。

 

(畜生、俺、なんて、無様な……)

 

 紅い光が視界を埋め尽くす。

 エネルギー残量からして、これで決まる。

 必勝の一手をかわされ、逆襲の一撃で、自分は敗北する。

 

 それをはっきりと認識して。

 

 

 

 

 

(――なにを、諦めてやがる)

 

 

 

 

 

 腕に力が流れ込む。

 爆発的に熱量を増した意思が、四肢の隅まで瞬時に満たす。

 停滞した世界の中で、ひどく、全身が熱い。

 

(ふざけるな。何を託された。何を願われた。何を求めた。俺が一番諦めちゃならねえだろうがッ――!)

 

 感覚には覚えがあった。

 セシリアとの決闘。

 最後のビットを切り捨てた際に放った、一閃。

 

 けれど。

 あの時とは違う。

 それは、自分の意思で放つ攻撃。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()が、その牙を光らせた。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 切り返し。刃が空間だけでなく、流れゆく時すらも断つ。

 一夏の鼻面に殺到していた拳に、ありえない速度で引き戻され、想定外の威力を込められた刀身が真っ向から激突。

 均衡は刹那にも満たなかった。

 丸太のような巨腕が、濡れ紙を引き裂くようにして、『雪片弐型』に()()()と両断された。

 

「がぁぁあぁああぁああぁぁぁぁぁぁッッッ」

 

 もはや意味をなさない血の滲む唸り声。

 一夏は決死の形相でさらに、奥へ奥へと剣を押し込む。

 腕を切り裂き、肩部すら突き破り、そして。

 

 すぱっ。

 

 綺麗に胸と頭を分断(わか)たれて、無人機の両腕ががくんと下がった。

 複眼をカチカチカチカチカチカチと明滅させながら、頭部がアリーナに転がる。

 刀を振り抜いた姿勢のまま、一夏は動きを止める。

 

 先ほどまでの破砕音や加速音が嘘のような。

 静謐。

 

「――――――――――――っは」

 

 しばし、呼吸という行為を忘れていた。

 

「っっは、はあ、はあ、ごぼ」

 

 身体が酸素を求めて必死にあえぐ。それを一夏はどこか他人事のように感じた。

 力が抜けて、地面に崩れ落ちそうになる。すんでのところで膝を立て、刀身を地面に突き立てて体重を預けた。

 

 "――予測不可能――致命的損害――機能停止まで玖秒――"

 

 ゴーレムが、その切り落とされた頭部が何かしゃべっている。

 もう顔を上げる気力もない。

 

 "――なんと無様な――申し訳――ありません――"

 

 それきり、赤い複眼が緩やかに光を失い。

 完全に沈黙した。

 

「っはは、はあ、ふう、ふぃぃ……」

 

 空気を身体に循環させて、呼吸を落ち着ける。

 限界を超えていた体力がついに尽きて、全感覚が遠のいていた。

 狭い暗室に閉じ込められたように息苦しく、身体が動かず。

 その中で。

 

『――――か』

 

 呼ばれている。

 誰かが自分の名前を呼んでいる。

 

『――か、――ちか』

 

 ぼんやりとしている視界。かぶりを振った。

 ゆっくりと、自分自身を引き上げるようにして、感覚を絞る。

 

『――織斑一夏ッ!』

「あぁ……」

 

 観客席を見た。

 いつになく必死の形相の東雲令が目に入った。

 一夏はぎしぎしと軋む首をなんとか動かして、少し頭を下げた。

 

「……ごめ、ん、東雲さん……三手で、できなかった……」

『――いや、いいや。及第点であるとも。よく、よくやった、まなゴホン。()()()()……!』

 

 即答だった。

 それが嬉しくて、一夏は笑った。

 

 実感がわいてきた。

 

「…………俺の……勝ちだ……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(良かった……勝てて、本当に良かった)

 

 沸き立つ観客席の中で、張り詰めていた身体をほぐしつつも。

 東雲令は一瞬で無表情を取り戻し、先ほど一夏が放った『四手目』について思いを巡らせていた。

 

 斬り裂くというよりは叩きつけるような。

 温度を持たぬはずの刃が発熱しているような幻覚さえ見せるほどの。

 一閃ではなく、一撃。

 

(しかしそうか、なるほど、()()()()()()()()

 

 自分とは違うタイプ。無駄をそぎ落とすことで疾く振るうのではなく、意思を燃料として爆発的な威力を叩き出す。

 それが織斑一夏が垣間見せた可能性。

 

(修正後の方向性のヒントが手に入った。面白い、鍛え甲斐がある)

 

 キリッとした表情で東雲は彼を見つめる。

 

(あわよくば『静』の東雲令、『動』の織斑一夏とかで双璧扱いされたい。かんちゃんが言ってた『疾風』『烈火』も悪くない。全然イケてるな。そんな感じで世界規模で有名なコンビになりたい。めっちゃ週刊誌に載りて~……世界最強の双騎士……双騎士と書いてカップルと読むのはアリ? アリ! ストライプスからオファーきたら夫婦仲を保つための秘訣に定期的な決闘って答えておこうグフフ)

 

 キリッとした表情で……東雲は、エッセイを書く勉強をしようと、思った。

 要らんわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーおー派手にぶっ壊されたなありゃ」

 

 終わったはずだった。

 死闘を見守っていた黒髪の女性は、首を鳴らして、やるじゃねえかとぼやく。

 

「じゃあクライアントさん。これでお開きだな」

 

 答えは返ってこない。

 コアにアクセスできない――なれども、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は分かる。

 そしてその通信も、傍受できる。

 

 すなわち。

 

『――――あいつか』

 

 声は明らかに東雲令を指していた。

 ゾクリ、と。

 常人ならば総毛立つほどの、敵意の凝縮された声色。

 

『最悪、最悪だ。こっちの世界に来る気もないくせに半歩だけ突っ込んでる半端物が、なんでいっくんの側なんかにいるんだよ。あいつじゃなかったら即座にいなかったことにしてやれるのに、なんで、なんでなんでなんでなんでッ!!』

(……へえ、天災もキレたりすることあるんだな)

 

 黒髪の女性はその悪意を意にも介さず、嘲笑う。

 みじめな兎がいたもんだと。

 

『ねえ、お前』

「あんだよ。お前じゃなくてオータムだって言ってんだろ」

 

 言っても聞かないだろうなとは思っていた。

 だが続く言葉には目を見開いた。

 

『足りないからデータ取ってきて。全武装全装甲許可するから、早く』

「はあ?」

『もう直接転移させる。一対一ね』

「いや……すまん、そこまですることあるか?」

『必要なの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ほーん。いやお前の思想的なあれこれじゃなくてだな、私がそこまでやる理由がねーんだわ」

『契約違反は報告するよ』

 

 ああ? と黒髪の女性は首をひねった。

 契約では、現場にて織斑一夏並びに『白式』の動向を観察し、報告することが仕事になっていたはずだ。

 だがそこではたと気づく。正確には思い出す。

 

「……ああクソ! 思い出したぜ! 確かに計画書には『現場判断により追加の命令を行うことがあり得る』って書いてやがったな!」

『なんとしてでも『零落白夜』を引きずり出して。スタート段階で躓いてるなんて最悪だから』

「あー……しゃーねえ。はいはい、分かりましたっと――」

 

 黒髪の女性が鋼鉄の鎧を身にまとうと同時、姿がその場からかき消えた。

 もうそこには誰もいない。

 だからそれは、聞き手のいない独り言。

 

 

 

()()()()()()()()()()()のくせに、邪魔をするなよ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激闘を制して。

 やっと終わった、と織斑一夏は膝立ちの状態で安堵していて。

 

 音も光もなかった。

 

 愛機のアラートすらなかった。

 最初に気づいたのは、幾度も自分の危機を救ってくれた直感。

 脱力していた四肢が瞬時に強ばり、慌てて顔を上げる。

 

 

 

「よお」

 

 

 

 そこに、いた。

 一夏から目測十五メートル。アリーナの大地に両足をしっかりと付けて。

 いつの間にか、『二機目』がいた。

 

 紺色の装甲はラファール・タイプか、しかし極端に減らされ、最小限しか残っていない。

 頭部のみバイザー型のヘルメットによって隠されているが、首元の隙間から伸びっぱなしの黒髪が下げられていた。

 

「な、ァ……ッ!? いつ、のまに、ていうかどこから……ッ!?」

「だよなあ。まあ私も不本意っつーか、詐欺にあった気分っつーか。でもまあ、あれだ。()()()()()()()()()にお前が突っ込んじまったんだ、だからお前が悪いよ」

 

 今度こそ、明確な有人機。

 右手には銃口が四角い、特殊な形状のロングライフルが握られている。

 左手には手甲部に小型のジェネレーター。それが発振し、再びエネルギービームを固形化、ビームシールドと呼ぶべき携行楯を編み込む。

 バイザーに紅いラインが光り、不協和音のように不快な音を鳴らした。

 

 危機は、ここぞという時には容赦してくれない。

 膝をつく一夏の目の前で、その新たなる未確認機の操縦者が気だるげに首を鳴らす。

 

「謝ってやれねえのは心苦しいが、こっちも仕事だ。っつーことで――せいぜい気張れや」

 

 愛機がけたたましいアラートを鳴らす。それはほとんど悲鳴だった。

 

 

 

【OPEN COMBAT】

 

 

 

 戦いを終え、次の戦いを終えて。

 次の次の戦いが、始まる。

 

 

 

 

 

 

 




OPEN COMBAT「あの、終電が。あ、いや、なんでもないです」





次回
20.■■■■■■■VS追加未確認機


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20.■■■■■■■VS追加未確認機

束さんとか零落白夜とからへんは結構オリジナル要素を突っ込んでいますので
長い目で見ていただけると助かります
というか最初に使い忘れた俺が悪いよ俺が


「なん、で」

 

 追加未確認機が明確に敵意を示した直後。

 箒はもう泣きそうだった。

 なぜ、なのだ。

 なぜこうも、試練が次々に降りかかるのだ。

 どうして彼が――彼ばかり。

 

 現実が憎い。

 この首謀者が憎い。

 

 けれどそれらよりも何よりも。

 今この瞬間、何もできない自分が歯がゆい――

 

「……ッ! 一刻も早く避難すべきです! ()()()()()()()()()()! ドアの向こう側の方も!」

 

 一方でセシリアは、アリーナの戦闘が始まるよりも先に、状況の不味さに気づいた。

 遮断シールドを無視して突如現れた追加の未確認機。

 つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 右腕部装甲と『スターライトMk-Ⅲ』を瞬時に呼び出し(コール)

 銃口を閉ざされたドアに向ける。

 周囲の生徒がぎょっとして射線からどいた。

 

「ちょ、ちょっとセッシ―!? さすがにそれは……!」

「責任は全てわたくしが負います! 謝罪も弁償も全部やります! さあ顔を伏せてくださいっ!」

 

 IS学園という高度専門施設に通う生徒、それらは全員エリートである。

 だからセシリアの声に瞬発的に反応できた。

 生徒らが顔を伏せると同時に、熱量を抑え衝撃をぶつけるよう調整されたレーザーが迸り、沈黙を貫いていたドアを一発で粉砕した。

 それを確認して、群がっていた生徒らは慌てて外に避難していく。

 

「セッシー、ごめん……!」

「謝ることではありません。わたくしには責務があります。それは緊急事態にこそ問われるものです。人の上に立つ者は、危機の際には身を挺してでも先頭に立つ者を指します! さあ、早く行ってください!」

 

 申し訳なさそうに謝罪するクラスメイトらにそう声をかけて、それからセシリアは最大戦力である少女を見た。

 

「東雲さん、わたくしたちもピットへ向かいましょう! ピットを経由すればアリーナに……!」

「…………」

 

 答えはない。

 呼びかけがまるで耳に入っていないかのように。

 東雲は席から立ち上がり、じっと未確認機を見つめている。

 

「東雲さんッ!」

「……ピットには向かう、が。セシリア・オルコットは出撃しないほうがいい」

「な――」

 

 言外に、足手まといだと伝えられているのだ。

 傷つけられたプライドの叫びをぐっとこらえて、セシリアは低い声を絞り出す。

 

「……それほどの、敵だと……?」

「五手――では、足りない。機動次第では六、あるいは七手必要」

「――!」

 

 その数字を聞いて、セシリアは顔色を変えた。

 具体的な指標が、敵の脅威度を浮き彫りにする。確かに今の自分では、できることは少ないだろう。

 

「なる、ほど。分かりました……ですがピットへは向かいます。わたくしの力が、必要になることもあるかもしれませんわ」

「承知した。篠ノ之箒は早く避難を」

「……ッ」

 

 ごく自然にそう告げられて。

 何もできることのない人間は、巻き添えにならないように逃げることしかできないのだと改めて突き付けられて。

 

 箒は返事をすることもできず、ただうつむいて、出口に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(えっあれ何者!? あんな強い人いたの!? やべえ! 国家代表クラスじゃん! どうなってんの!?)

 

 ピットへとひた走りながら、東雲令は混乱の極致にあった。

 

(勝てる!? 勝てますかねこれ!? というかおりむーが危ない! いや絶対防御があるからまあ安心感がなくはないけど、相当痛い目に遭っちゃうだろうな~……むむ! 慰めチャンスは潰えていなかった……!?)

 

 彼女は基本的にポジティブ思考だった。

 

(ヨシ!(現場猫) なるべく早く頑張って叩き潰して、おりむーを、えっとなんだっけ。颯爽登場! 銀河美少女! だっけ? あれで助けよう! ごめんねおりむー、君の恋の炎は今日、いっそう強く燃え上がる……!)

「東雲さん! 勝てますか!?」

「必ず勝つ」

 

 迷いのない返答。

 セシリアは内心、頼もしい……! と東雲を称賛した。

 これは頼もしいじゃなくていやらしいんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ負けイベント開始な」

 

 光が放たれた。それを回避できたのはほとんど僥倖だった。

 地面を四肢で弾いて、野生動物のように跳ぶ。即座に制動して左右へ軸をずらしながらバックブースト。

 とにかく距離を取るように防衛本能が叫んでいる。

 

「あ、つってもこれちゃんと条件満たせば演出入って勝てるんだけどさ」

 

 ロングライフルから、リズムを刻むようにレーザーが放たれる。

 アリーナの大地を疾走し、右へ左へと大きく横移動を繰り返し、それを必死に回避――した移動先に、蹴りが()()()()()()

 

(誘導された!? ――理論派かッ!)

 

 腹部に強い衝撃、十メートル近く吹き飛ばされ、全身が軋んだ。

 何度も地面に叩きつけられ、ウィングスラスターはすでに白い輝きを失っている。

 

「がッ――」

「その条件ってのが簡単なはずなのに、今のお前は満たしてないんだよな。お前っつーか、その()()()?」

 

 息を絶え絶えに、必死に身体を起す。

 敵は距離をすぐに詰めることなく、まるで遊んでいるように、その場に浮遊していた。

 ナメられている。少なくとも、最短で殺しに来る意思は感じられない。

 

「だからここで出し尽くせ。綺麗なオネーサンが搾り取ってやるよ」

「何、言って……!」

 

 発砲。ロングライフルから放たれたエネルギーの弾丸。

 とっさにかがんでそれを回避する。

 

「ほら、()()()()()()()()()()()()()()を揃えてやったぜ、『白式』。使いどころだろ?」

 

 瞬間移動のように、敵が眼前にいた。

 下げた頭を、膝でかちあげられる。

 意識が明滅した。

 

「エネルギー兵器に絞ったこいつは『ラファール・アブセンス・カスタムⅣ』って名前なんだがよ、存在しねえはず(アブセンス)なのにⅣって冠してるのやばいよな。ネーミングセンスがねえよ」

 

 たたらを踏んだ瞬間に、ライフルの銃身で、思い切り頭部を殴られた。

 横に薙ぎ払われ、数メートル転がって、砂煙を上げて倒れこむ。

 

「あ、ぐ、あ……!」

 

 必死に顔を上げた瞬間に、眼前に銃口が突き付けられた。

 アリーナの中央付近。

 周囲の地面には、驚くほどに銃痕が少なかった。無駄撃ちがほとんどないのだ。乱射しているように見えてそれは全て誘導のため。結果的に発砲数は抑えられている。

 

「で、まあ、あれだ。多分だけどお前がこれは死ぬやばいって思ってくれたら、ISの方もさすがに音を上げて出すもん出してくれるんじゃねえかなってのがクライアントのお達しだ。力が欲しいか? って聞かれたらちゃんと首縦に振れよ」

 

 バイザー越しでも、敵の表情が嘲笑うように歪むのが分かった。

 直後。

 

 キィィィィィと。

 耳障りな音が響いた。

 発生源は外でもない、一夏が身にまとうIS。

 

(ッ!? 『白式』が喋ってる!?)

 

 それは不完全な言語だった。

 あらゆる意味で制限された機能は、ゴーレムのように言語を学習することはできない。

 だから――()()は必死に何かを叫んでいて、でも意味を成していなかった。

 

「よっぽど嫌なんだな……まあ詳しい事情は私は知らんが。随分と主思いのISじゃねえか」

「好き勝手、なに言ってやがる……!」

 

 気力を振り絞り、刀を振るって銃を弾く。

 とっくの昔に体力は尽きている。既に四肢の感覚がうすぼんやりとしたものになっていた。

 だが――ここが戦場である以上、言い訳はできない。一夏は頭を振って意識を集中させる。

 考えるべきは敵の技量。

 

(とにかくこいつ、上手い!)

 

 挙動の一つ一つが無駄なく、次につながる最適解。

 問題は()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 砕けた態度やふざけた口調とは裏腹に、巧緻極まる戦術の組み立てを行っていることが一夏でも分かった。

 

(俺の技術じゃ、迂闊に動いてもこいつの思惑通りに誘導される! ――迎撃しかない!)

 

 一夏が弾き出した結論は防衛戦。

 元より時間稼ぎという軸は変わっていない。この突発的な敵襲、一生徒である自分が勝利しなければならない道理はない。

 

 立ち上がり、コンパクトに両腕を固定する。軋む身体をPICを応用させ無理矢理に動かし、文字通りの鞭を打つ。

 剣を振るうのではなく、敵の攻撃を即座に弾くための守りの構え。

 

「……根性あるな。評価をもひとつ上げるぜ、お前伸びるよ」

 

 女は口元を引き締めると、即座に一歩踏み込んだ。

 左手のビームシールドが形を変え、拳に覆いかぶさりナックルガードとなる。

 

「歯ァ食いしばれ」

 

 振るわれた拳。朦朧とする意識に活を入れ、それを目視する。

 身体の動きは驚くほどに滑らかだった。

 間に『雪片弐型』を挟み、衝撃を受け止めることなくいなす。

 

「へえ?」

 

 追撃のハイキック。これは腕でガード。

 衝撃にふらつきそうになる。奥歯をかみしめて耐えた。

 

(まだ、たたかえ、る……ッ!)

 

 身体は動く。敵は攻撃をやめていない。

 ならば、戦うしかない。

 

 女は素早く一回転し、ロングライフルを突き出した。銃口が定められる前に、蹴り飛ばす。

 今度はビームシールドが刃をかたどって横から襲い来る。剣で腕を叩き逸らす。

 意識がそちらに向いた瞬間に、顎を蹴り上げられた。反射的に踏みとどまろうとするのをこらえ、あえて勢いのまま後ろへ下がる。

 その時、首の後ろがチリとひりついた。

 

(――後ろ!)

 

 かつて訓練中に、セシリアに背後から撃たれた時と同じ感覚。

 直感が告げている。既に相手は背後に回り込んでいると。

 

「――ルァァァッ!」

 

 その感覚的な奔流に任せて。

 いるはずの敵相手に、一夏は振り向きざまに刀身をぶつけた。

 

 

 

「ああ、うん。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 がいん、と、どこか空々しい、硬質な音。

 不意を衝くカウンターであったはずの純白の刃が、エネルギービームを固定化した盾に受け止められていた。

 

(読んでいた、ことを読まれていた――!?)

()()()()()()()()()()()()。分かるか『白式』、このままだとてめぇのせいで主が死ぬぞ」

 

 距離を取ろうとするがもう遅い。

 ごつんと、ロングライフルの銃口が腹部に当たった。

 

 閃光。衝撃。

 ごろごろと地面に転がった。もう何度目になるのか。

 

「ぐ、ふ」

 

 息をこぼして、それから慌てて顔を上げた。

 眼前に銃口。

 動けない。

 

「いい加減私も帰りたいんだよ。発泡酒がキンキンに冷えてんだ。録り溜めしてるドラマもある。積みプラも山みてえになってやがる。だからさっさと……………………あ? 何?」

 

 不意に女の意識がそれた。

 顔をあらぬ方向へと向け、明らかに、話しかける相手が切り替わった。

 

「何? 遅い? いや私に言われても困るわ。しょーがねえな、絶対防御のジャマーでも使うか? ……え? 『アラクネ』? なんで?」

 

 虚空と会話している。いや、誰かと通信している。

 一夏は身体を起こそうとしたが、腕に力を入れた瞬間、銃口がこつんと額に当てられた。

 

「なんか意味あんのかそれで。……え? 心的ダメージ? PTSD? ああなるほどな。あー……あんま私好みじゃねえけど、まあオーダーならそうするわ」

 

 女がこちらを向いた。

 

 

 

 同時、()()()()()()()()

 

 

 

「――――――――え?」

 

 この難局をいかに切り抜けるか。隙はないか。残された手札は何か。

 目まぐるしく、高速で頭脳を回転させていた一夏。

 

 その思考が完全に停止して。

 呆けたような声だけが、ポカンと開いた口からこぼれた。

 

 顕現するは黒と黄の二色に禍々しく彩られた()()()

 複数の特殊装甲を組み合わせたそれは意思があるように、静かに、そして獰猛に蠢動する。

 同時に黒髪の女性の手足にも装甲が顕現。

 

 I()S()()()()()()()()

 

 最後にバイザー型ヘルメットをあっさりと投げ捨てて。

 恐ろしいほど美しい素顔が露わになった。

 

「ふぃー、あっつ苦しいなこれ。つーわけでほら、オータム様の顔見せだ」

 

 彼女は軽く頭を振った。艶やかな黒髪が舞い、同時、まるで塗りつぶされるようにして髪の色が橙へ変化する。

 それを馬鹿みたいに呆けながら、一夏は見ていた。

 

 記憶がスパークした。

 

 

 

 

 

「――――久しぶりだな、織斑一夏。あの時もこんな感じだっけか?」

 

 

 

 

 

 ひゅうひゅうと。

 自分のものとは思えない、か細く、必死な呼吸音が聞こえる。

 

「覚えてるだろ?」

 

 記憶の羅列。

 

「廃工場でさ」

 

 混濁する意識。

 

「何度もブン殴って」

 

 現在の痛みと過去の痛みが混ざる。

 

「蹴り倒して踏みつけて」

 

 ガチガチと、歯が鳴っている。

 

「泣いてるお前に銃口を突き付けた」

 

 後ずさった。

 ひい、と、情けない声を上げて、しりもちをついて、ずるずると後ろに下がる。

 

「リアクションも同じかよ、笑えるな」

 

 ばしゅん、と存在しない銃弾が頬をかすめた。

 でももう、記憶の中でそうされたのか、今、そうされたのか、わからない。

 

「やっと分かったか? 第2回モンド・グロッソ決勝戦当日に誘拐事件に遭った織斑一夏クン」

 

 忌むべき記憶が悪意とともに、現実として立ち上がる。

 

 

 

 

「被害者と加害者――感動の再会だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!」

 

 ほとばしったのは絶叫だった。

 絶望と痛みと苦しみとがないまぜになった、絶叫だった。

 

「ひっ、あああ、あああああっ! 来るな、来るな、来るな……!」

 

 目をふさぎたくなるような、心が折れてしまった人間の顔。

 耳をふさぎたくなるような、心が砕けてしまった人間の叫び。

 

 だが鎧は主の危機を打破するために最適な行動を選択する。

 ――そこで取るべき選択の中に()()()()()()()()()()()()はない。

 いや、もしも存在するならば真っ先にそれを選択しただろう。

 

 それが『零落白夜』でなければ。

 

 必死に模索する。主を守るために。主の危機を救うために。

 一夏は絶叫しながら後ろへ必死に下がろうとしている。

 敵はそれを見て嘲笑っている。

 打破しなければ。打破しなければ。何か、何か、何か。

 

「ほら分かるだろ、『白式』。さっさと出してくれよ、じゃねーと私も帰れねえ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「おいおい他になにか探してんのか。それこそもってのほかだって分かってんだろ。しょうがねえよ。このガキはよく育つと思うぜ? でも今は駄目だな。こんなにビビり散らしてる状態で、一撃必殺以外になにかあるとは思えねえよ。いいかよく聞け、状況が危機的になればなるほど一撃必殺攻撃の価値は高くなる。『白式』、お前ここからどうやって逆転するのか計算できてんのか?」

 

 何か。何か。何か。何か。

 

 なんでもいい。自分に打破できないのだとしても。

 その美しさに触れた。その勇ましさに触れた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性を見せられた。

 彼は自分が守らなければ。自分は彼の力にならなければ。彼の剣にして盾、そう在らなければ。

 

 何か、何か、何か、何か。

 

 何もない。

 何もできない。

 結論がはじき出されても、認められない。認められなくても、事実は厳然として存在する。

 何かあるはずだという希望が、何もないという絶望に上書きされていく。

 

 何か、何か、何か、何か。

 

 もうない。何もない。出し尽くした。使い切った。

 荒い呼吸で、一夏は必死に剣を突き付けようとして、震える右手から呆気なく『雪片弐型』が、姉の誇りを継ぐ象徴の白い剣が零れ落ちた。

 地面に得物が転がっている、という事実を認識できず、一夏は何も持たない右手を突き出して、それから気づいた。

 

「あ、ああ、くそ、なんで、なんで動かないんだよ、なんでっ」

 

 折れそうになる、いや既に砕け散ってしまっている心を必死に立て直そうと、一夏は震える身体を無理矢理動かそうとする。

 転がる『雪片弐型』を拾い上げようとしてまた取りこぼす。手が震えていて使い物にならない。

 

「たた、かわなきゃ、たたかわなきゃいけないのに、何でッ」

「ああ……織斑一夏、お前は立派だよ。うん。正直こんなやり方しなきゃいけねえのが残念なぐらいだ。心がしっかりと戦士のそれになってやがる――でも、戦士になる前の傷が癒えたわけじゃねえ。だろ?」

 

 もう十分戦った。

 もう頑張った。

 

「だから――今回ばかりは運が悪かったと思って、おさがりの力にたまには頼ってみろよ」

 

 白い鎧は、それを拒絶する。

 一度使ってしまえば際限がない。()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()。そうして何度も使い、そして。

 ()()()()()()()()()()()()

 

「……強情だねえ。ならしょうがねえ。適度に痛めつける。死をちゃんと意識して、使わねーと死ぬって状況を理解して、それから光の聖剣を手に入れてくれや、織斑一夏クン」

 

 八本の装甲脚が不規則に蠢いた。先端には銃口がある。

 それを認識して。

 銃口全てが自分に向くのを確認して。

 

 恥も外聞もなく、一夏はぎゅっと目をつむった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑一夏はヒーローが嫌いだった。

 

 ずっと、そんな完全無欠で泣きも笑いもしない存在、理解不能だった。

 

 そんな奴はいやしない。

 

 いるのなら、()()()()()()()()()()()()()()

 

 でも――来なかった。

 

 いないんだ。

 

 誰もを救う無敵のヒーローなんていない。

 

 

 だから今回も、誰かが都合よく助けに来てくれたりなんかしない。

 

 

 そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔剣――――完了ッッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名乗りも慰めも全てが思考から吹き飛んだ。

 ピットに到着するまでに、開きっぱなしになっていた『白式』との通信から垂れ流されていた情報。

 

 それはあっさりと、東雲令の沸点を飛び越えた。

 

 横殴りの衝撃を受けて、『アラクネ』がガラクタみたいに吹き飛ばされる。

 茜色の装甲を顕現させた少女はその場で完璧に制動し、一夏の眼前に降り立った。

 彼女が手に握っていた真紅の太刀は、あまりの反動に、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………ぅ、あ」

 

 言葉にならないうめき声をあげることしか、できない。

 感情がぐちゃぐちゃになって、頭の中が真っ白で。

 一夏はただその背中を見つめていた。

 

 彼に背中を向けたまま、東雲は宣言する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「もう大丈夫だ」

 

 

 

 同時、背部浮遊ユニット『澄祓』が起動。

 十三に及ぶバインダーが――内一つはすでに空であった――展開され、彼女の背後に、引き金の瞬間を今かと待つ弾丸のように並んだ。

 

「ここは処刑場である。ここは死刑場である。当方は其方の生存を許さない。当方は其方を残虐に殺戮することを念頭に置き、行動する」

 

 素早く立ち上がったオータムが、全武装を展開している東雲を見て頬を引くつかせた。

 

 

 

「当方は――七手で勝利する」

 

 

 

 無敵のヒーローは、そう静かに告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 





20.無敵のヒーローVS追加未確認機




次回
21.秘剣/Grievous Setback




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21.秘剣/Grievous Setback

・威力貫通型パイルバンカー
 米軍IS技術部が開発していた特殊兵器。開発コードネームは『マストダイ』。
 その名の通り、本兵器はあえて出力を抑えつつ高精度の自動調整を行うことで、絶対防御を発動させることなく()()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()、速やかに殺傷することを目的としていた。
 人道的な観点から完成は見送られ、幻の兵器としてIS愛好家の間では語り草となっている。
 ……が、『単純に威力調整が既存のプログラムでは不可能であった』との意見もあり、真偽は定かではない。

 ――インフィニット・ストライプスXXXX年9月号記事より抜粋


・「いやマジで無理だったんだよ。ていうかできるわけねえわな。エネルギーバリヤーを貫通しつつ絶対防御は発動しないような威力を、その場合場合に合わせて自動調整するって、機械の限界みたいなのを百歩ぐらい超えてるって話だ。つーか開発してた頃の基地に何度か行ったことがあれば分かるぜ、そこらに頭オーバーヒートした技術者がぶっ倒れてたからな。……あん? 私ならだと? ……ハッハッハッ! 殴った方が早いだろそれ」

 ――上記記事に関して、親しい友人との食事会において、現アメリカ代表イーリス・コーリングの発言


 ある者は語った。

 ――剣とは道である。鍛錬を通じて自らの心と向き合い、至る先は水面のように静かな精神。それを持ち合わせてこそ達人となる。

 

 ある者は語った。

 ――剣とは道具である。より効率の良い殺人技術を習得し、心動かずとも身体は相手を的確に殺害する。それができてこそ達人となる。

 

 

 

 ある少女はこう考える。

 ――どっちでもいいの(ケース・バイ・ケース)では?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一手」

 

 東雲の初手は神速だった。

 攻撃は放つと同時に終了している。踏み込み、斬撃、直撃、全ては一つの拍のなかに押し込まれている。

 

 そもそも相手の反応は組み込まない。

 七手、というのは、()()()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 反撃全てを無視することを東雲は念頭に置いていた。でなければ、()()()()。一刻も早く一夏の安全を確保しなければならないのだから。

 

「――――ッテ」

 

 顔面直撃。

 わずかにオータムの身体が傾ぎ、髪が揺れる。

 

「二手三手四手五手」

 

 連撃は音を置き去りにしていた。

 途切れなく、抜刀の間隙を視認することもできず、それは()()()()と呼ぶべき代物だった。

 

 火花とともに『アラクネ』の装甲が弾け飛び、『茜星』の太刀も砕け散る。蓄積されるダメージと比例するようにして、東雲の剣の残骸が地面に積み上げられていく。鋼鉄が破壊される音は、世界が啼いているようにも聞こえた。

 頭部から始まり正中線を軸にした人体の弱点を突き、抉り、反撃しようとする装備を粉砕する。

 これがISを用いない試合であれば、人体は的確に破壊され行動不能になっていただろう。

 

「ッつ、お前、ちょっと――」

「六手」

 

 駄目押しとばかりにオータムの顎を太刀が打ち抜いた。

 八本脚こそ無傷だが、超攻撃力の斬撃に滅多打ちにされ、『アラクネ』のシールドエネルギーは既に底を尽きかけている。

 身体を覆う装甲は残らずほとんど砕かれ、相手の抵抗一切を許さぬままにすべての攻撃が通された。

 東雲の思考は理解している。敵は間違いなくISのリミッターを解除し、軍事行動用のエネルギー量を保持した上で来ている。それでも、結果は変わらない。

 

 

「七手」

 

 

 それはカウントダウンが告げた絶死の時間。

 東雲が宣告した、オータムが力尽きる決まり手。

 

 鋭く練り上げられた最後の一撃は、正確にオータムの脳天に吸い込まれた。

 

 直撃――唐竹割一閃。右手の太刀を振り下ろす際、左腕は胸の前に固定して動かさなかった。左肱切断(さひせつだん)と呼ばれる示現流の秘事から、東雲が自分なりにエッセンスを抽出して落とし込んだ、斬撃の威力を高めるための工夫。

 左腕を固定することで背中を伝い右腕へ力が伝導され、刀身に載せられたパワーが跳ね上がる。

 

「――――っつあ」

 

 がくんとオータムの上半身が落ちる。

 エネルギーが底を尽いた。見ていた一夏もそれは分かった。

 最後の斬撃に使用した太刀が、半ばから呆気なく砕け散る。

 

 

 

 

 

 

「――――なアんちゃってぇ」

 

 

 

 

 

 

 エネルギーが底を付いたはずの八本脚が花開くようにして稼働した。

 

「……ッ!」

 

 東雲はわずかな身じろぎのみで、滑らせるようにして鋭い刺突を回避し、受け流し、最後に膝で蹴り上げた。

 そのままサマーソルトのように後ろへ回転しつつ、爪先でオータムの顔を蹴り飛ばす。オータムは微かに首をかしげてそれを回避した。

 体勢を整え、呆然と尻もちをついている一夏の前方に着地、同時に二本の太刀を抜刀し構えた。

 

「おいおい、さっきからヒデェな。私、自分の顔好きだから、狙うのはボディにしてほしいんだが」

「……そのエネルギー量……どういう、ことだ……?」

 

 明らかに、相手のエネルギーを削り切った。

 想定よりも多くの量をため込んでいたのではない。先の七手目で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のを確認したのだ。

 

 にもかかわらず、オータムは軽く首を鳴らして、平然と立っている。

 

装甲維持限界(リミット・ダウン)とまではいかなくとも、戦闘不能にまでは削ったはずだ」

()()()()。今の私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でも受けなきゃ死なないゾンビだぜ? ていうかお前みたいなバケモンの介入想定してる状態で手を打たないわけねーだろ」

 

 その言葉で――東雲は事態を察する。

 

「なるほど。外部からのエネルギー送信を受けているのか」

「ハイパーセンサーのリミットを解除すりゃ見えると思うぜ。今もまだ、私は無限にエネルギー供給を受けてる」

 

 そんな技術は聞いたことがないが、目の前の敵が倒れていないのに筋が通ってしまう。

 オータムはけだるそうな表情で、右腕を持ち上げて、天を指さした。

 その間にもエネルギーは回復し、あろうことか粉砕した装甲すら修復――否、まったく同じ装甲が転送され、損傷がなかったことにされていく。

 

「私はただの無敵モードだと思ってたんだが……なるほど、こいつは()()()()()()。お前が相手だと、特段に相性がいいな」

 

 その言葉は――様子をうかがっていたセシリアと鈴をハッとさせた。

 東雲令の恐るべき実力は、超短期決戦を実現する攻撃力。

 代償として彼女の武器は一撃ごとに破損する。

 

 初撃に一本。

 今の攻撃で七本。

 残りは――五本のみ。

 

「どうする? 使い切るまで遊んでやってもいいぜ? その後に仕事を再開する。それだけだ」

 

 オータムはつまらなさそうな表情だった。

 

「はっきり言って、無傷のお前相手だと私に勝ち目はねえ。純粋なISバトルじゃ次元が違うからな。でもこの状況においては、()()()()()()()()()()。何せ()()()()()()()()()からな。だからこれは戦いとして成立しないんだわ。なんつーか、ロマンもクソもねえ、売れない小説の主人公みたいな感じするだろ?」

 

 理論上。

 今この瞬間、『アラクネ』を無力化する方法は――ない。

 エネルギーそのものを片端から消滅させるような攻撃がなければ。

 代表候補生たちの判断と行動は素早かった。

 

『東雲さん足止めを! 一夏さんを回収します!』

 

 オータムは面倒くさそうに顔を上げた。

 ピットからせり出すカタパルトレール、そこにセシリアが『スターライトMk-Ⅲ』を構え、背後にビット四つを浮遊させ、全ての銃口を『アラクネ』に向けていた。

 

「一夏ぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 同時、最低限のエネルギーを補給した鈴が飛び出す。

 突っ込んでいく『甲龍』をフォローするようにして、セシリアの放つ銃撃が『アラクネ』の足元に撃ち込まれる。

 

 セシリアと鈴。会話を交わしたことは少なく、顔もうろ覚えであったが。

 この瞬間彼女たちの目的は合致し、そして互いの次の動きを自然と理解していた。

 ――しかし。

 

「いや通すわけねえだろ」

 

 八本脚がチャージ音を放つ。

 直後、爪先に該当する先端から、極限まで収束されたエネルギービームが放出。もはやそれは射撃というよりは長大に過ぎるレーザーブレードと表現するべき光景だった。

 それらが、無造作に振るわれる。

 

『鈴さんっ――』

「やばッ――」

 

 緊急回避機動はエリートの名にふさわしい代物だった。

 スラスターを駆使して転がるようにして離脱する鈴と、巧みな姿勢制御で攻撃の間をすり抜けるセシリア。

 本人たちは回避に成功したものの。

 『甲龍』の肩部衝撃砲に赤いラインが刻まれ、ずり落ちる。浮遊していた四基のビットが溶断され、爆発も許されず地面に落ちる。

 近づくことさえ、できない。鈴は大きく距離を取りながら歯噛みする。セシリアも再ポジショニングをしながら、諦めそうになる思考を必死に回転させる。

 

 その中で。

 

 一夏はそれを、震えながら眺めていた。

 ただ、ずっと、震える以外にできなかった。

 

(な、に、してんだ、おれ)

 

 刀を握る手が言うことを聞かない。

 今すぐ戦線に加わるべきだ。

 なのに。

 なのに。

 

「だから黙って見ててくれや。将来有望な()の相手をしてやるのはやぶさかじゃねえんだが、仕事が絡むんなら話は別だ」

 

 そう告げて、オータムはゆっくりと。

 レーザーブレードの嵐をまったくの無傷でしのいだ東雲を見た。

 

「お前も、例外じゃねえ。個人的には……もっとちゃんとした状態でやってみたかったぜ。でも今は駄目だ。そこをどけ」

 

 八本の装甲脚はそのすべてを東雲に向けた。

 鈴とセシリアは頬に冷や汗を垂らしてそれを観察する。感覚が、経験が告げている。動けば即座にやられる。

 これ以上ない窮地にあって。

 

「――拒否する」

「あん?」

 

 東雲令は左の太刀をオータムに突き付けて、毅然として言い放った。

 

「死んでも退かない。当方は絶対に譲らない」

「……本当に殺すことになるぞ、お前を」

「今、当方の背中には、織斑一夏がいる。故に当方は勝利する」

 

 断言。

 その声色に一切の虚偽が含まれていないことを察して、オータムは眉根を寄せた。

 

「解せねえな。私の見立てじゃ、お前は意外と理論立てて戦うタイプのはずだ。なら分かるはずだろうが」

「窮地を受け入れることは合理的か? 諦観に降伏することは理性的か? 否――否である!」

 

 雄々しく叫ぶ主に応えるように、茜色の鎧が稼働する。

 全身の装甲がスライド、内部に蓄積されていた過剰エネルギーを放出。赤い光の粒子があたりにまき散らされた。

 その一端が一夏の眼前を浮遊する。

 光越しに見る彼女の背中は、ひどく大きくて。

 

「血反吐を吐いてでも立ち上がり続け、当方は必ず勝利する。そう誓った。そう約束した。故に、織斑一夏を守るために当方は()()()()()()()()

 

 言葉が実行されるなんて、分かり切っていて。

 

「魔剣では足りない。ならばこの瞬間、当方は魔剣使いではなく、()()()()()そのものと成る」

「……何?」

「其方と織斑一夏の戦闘、全てを見た。其方の機動、攻撃、総ては相手を傷つけるための、生命を脅かすための殺人技術であった。当方はそれを初めて見た。故にその一点においては感謝しよう」

 

 東雲令は想起した。

 初めて織斑千冬と立ち合い、打ちのめされた日。

 その日から死に物狂いで彼女の試合データを見た。何度も、自分の脳が擦り切れるのではないかと思うほどに見返した。

 

 過程でどうしても『零落白夜』の攻略法が立ちふさがった。

 訓練の中で使われることはなかったが――千冬がそれを今使えない、という事情を東雲は知らない――それを使われたと仮定した時に、勝利のヴィジョンが浮かばない。

 いかに追い詰めても一撃でひっくり返されては、どうしようもない。その一太刀に触れてはいけない。だが千冬は、絶対にそれを当てる。というより――()()()()()()()()()()

 

 そこで、考えた。

 必要なのは『零落白夜』の無力化ではなく。

 それに準ずるものを身に付けることではないかと。

 極まった技巧は『零落白夜』を疑似再現することが可能だと。

 東雲令はそう信じて鍛錬を積んできた。

 

 発想の根幹はただ一つ。

 

「――此れなるは唾棄すべき悪の殺人刀」

 

 競技としてではなく、ISが危機を感じる、つまりI()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()()になれば、()()()()()()()()()()()()

 

 そして見た。

 初めて見ることができた。

 そこらの軍人では相手にならないほどに極まり、磨き上げられた――

 

 

 ――相手を殺すための技術を。

 

 

 欠けていたピースがカチリとはまった。

 故にこの瞬間、完成する。

 故にこの瞬間、東雲令はまた一つ、強くなる。

 

 

 

 

「これより撃滅戦術を中断し、粛清戦術を解放、開始する」

 

 

 

 

 総毛立った。

 場数を踏み練り上げられたオータムの直感が、これでもかと警鐘を鳴らしている。

 身に纏う空気が変わった。より圧縮され、収束された。

 先ほどまでの攻撃的な、それでいて自然体の、技巧的な境地に達した人間のそれではなく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 純然たる殺意。

 

 

 

 

 

「――()()()()

 

 

 

 

 

 通常ならば展開されるバインダー群が、糸が切れたようにしてすべて落下(パージ)

 残るは、手に持つ二振りの太刀のみ。

 

 東雲の視線がオータムを貫いた。

 そこで、気づく。

 

(こいつ、私を殺そうとしてるんじゃねえ――()()()()()()()()()()()()()()……ッ!?)

 

 

 

 

 

「其方は――今日此処で死滅する」

 

 

 

 

 

 オータムは自分の直感を信じた。

 どんな反則技を使っていても、意味がない。

 

「これやべえ! 死ぬ死ぬ死ぬ! 転送準備ぃ!」

 

 叫びながら距離を取ろうとして。

 それよりも早く踏み込んだ東雲が間合いをゼロにした。

 

「死ね」

 

 酷薄な言葉と同時、東雲が左の刃を光らせた。 

 放たれるは神速の突き。

 それが正確にオータムの胸部装甲を粉砕し、左胸に到達。

 

 切っ先が接触の反動で逆に砕ける。だが衝撃は伝わる。

 そう――絶対防御によって防がれるほどではない、身体をバラバラにするほどではない衝撃が。

 

「ッッッッッ」

 

 呼吸が止まった。

 凝縮し、指向性を持ったインパクトが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 東雲は先端の潰れた太刀を、まったく同じ姿勢のまま再度突き出す。切っ先から順に、突き込まれると同時に刀身が砕け、オータムの身体の内部に衝撃だけを与え続ける。

 極みに極まり、ある種の到達点に至った人間でなければ放てない、その猛毒と呼ぶべき攻撃。

 

(   あ いしき  やべ  これ       し      )

 

 一度二度三度四度とその絶死の剣が突き込まれるたびに拍動が止まり、刀身がカッターナイフの刃を折るようにしてすり減っていく。

 そうして――ついに刀身全てが砕け散った。

 

 思考回路が明滅する中で、オータムは理解する。

 次を食らえば、最後なのだと。

 それは事実として心臓を内側から破砕し、彼女を絶命せしめる痛恨の一撃なのだと。

 

 競技バトルにおいてその全力を振るうことはあり得ないであろう――

 ――故に、秘められるべき剣。

 

 東雲は左の剣、柄しか残っていないそれをぽいと捨てて。

 相手の生命を簒奪する行為である、という気負いも何もなしに。

 

 右手に握った太刀を、矢を引き絞るようにして構えた。

 

 

 

 

 

「――秘剣:現世滅相(うつしよめっそう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あああああああああああああああこれはだめさすがにだめ()()()()()()()()!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 物質転送装置対象追尾完了――刃がオータムの胸に接触しインパクトを伝導する実に0.000034秒前。

 

 戦闘はそこで終了した。

 オータムの姿が、まるで最初からいなかったようにかき消えたのだ。

 

 太刀が虚空を斬り、東雲が身動きを止める。

 素早く周囲に視線を巡らせたが、機影は見当たらない。

 

「……ッ! 敵反応は!?」

「観測できません……完全に、消滅しています……」

 

 戦場を外から見守っていた、()()()()()()()()()()()()()()鈴とセシリアは、苦々しい表情を浮かべた。

 逃げられたのだ。

 

(――わたくしは、何も)

(何も! 一夏があんな目に遭ってたのに、なんッにもできなかった……ッ!)

 

 何もできないまま――何かに貢献することも、寄与することもさせてもらえないまま。

 別次元の戦いを見せつけられ。

 それぞれの大切に思っている人、好敵手と定めた相手。

 その男を渦中に置いた戦いに、何も関われなかった。

 ()()()()()()()()()()()と一蹴されること、それしかできなかった。

 二人はついさっきまで敵が、到底手も足も出なかった敵がいた場所を見て黙りこくった。

 

「………………秘剣…………」

 

 その敵と立ち合い、最後の一撃を放とうとしていた少女は。

 トドメにするつもりだった剣が空を切って、悲しそうに呟いていた。

 だが頭を振って気を取り直して、彼女は太刀をその場に突き立てる。

 

 

 

 それから。

 守り切った、守り抜いてみせた、織斑一夏に振り向いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(最後に空ぶったのはマジで本当にどうしようもないオチになっちゃったけど――よく考えたら今の、あまりにも完璧な颯爽登場だったのでは? え? これもしかしてなんだけど再度惚れさせちゃうぐらい、っていう当初の目的、この上なく達成したのでは!?!? やばいやばいやばい自分が恐ろしい! おりむー、これもう目がハートマークになってるに決まってんじゃん……!? うわ、興奮してきたな。ありがとう蜘蛛のお姉さん! 次会った時にはちゃんと感謝してから殺すね!!)

 

 

 結果的には――思考の一パーセントも表情には出ず。

 東雲は不敵な笑みを浮かべ、一夏の顔を見ていた。

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言っただろう。もう、大丈夫だと」

「――――――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いないと思っていたものが現れて。

 できるはずがないと思っていたことをしてみせて。

 

 そして自分を救った。

 そして自分を守った。

 

 思い知らされた。

 

(遠い……)

 

 ゴールだと思っていた。勝手に勘違いしていた。彼女は頂点に君臨しながらも、自分を導いてくれていて。

 自分を、待ってくれているのだと。

 

(何なんだよ、これ)

 

 彼女は今、目の前で進化した。

 知っていた。知っているつもりだった。

 あまりにもヌルい認識だった。何も理解していなかった。自分と彼女は、文字通りに、次元が違う。

 それでいてまだ先へと進み続けている。

 

(なのに、俺)

 

 何もできなかった。使い物にならなかった。

 決意も宣言も全てが空しく崩れ去った。

 ただ本当に無価値な男が、無様を晒していた。

 

(俺はさっき、安心してたんだ……東雲さんが来てくれたことに)

 

 その事実が自分自身を打ちのめす。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()

 抗えず、戦えず、ただ織斑一夏は守られるだけの木偶の棒だった。

 

(少しは前に進めているような気がしていた。何か手に入るんじゃないかって。あの時何もできなかった、ゼロで、空っぽだった俺から、何か成長したんじゃないかって)

 

 

 ()()()と、何かが、自分の中心に据えていたはずのものが、軋む音。

 

 

(けど、ちがった。あの時から。何もできず、ただ助けを求めることしかできなかったあの時から、本当は、俺は)

 

 

 ()()()と、何かが、とても大切だと思っていたはずのものが、軋む音。

 

 

(なにも、かわってなかった)

 

 

 

 ()()()と。

 

 

 何かに、ヒビの入る音。

 

 

 

 

 

 

 






Grievous
重大な、許しがたい、非常に重い、耐えがたい、ひどい、嘆かわしい、悲しむべき、悲惨な、悲痛な、悲しそうな


Setback
挫折




次回
EX.On Your Mark



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EX.On Your Mark

FGOに紫式部が実装される

パープル式部がバズる

ハーブか何かやっておられる?がバズる

オリ主がハーブキメてるSSを書いてる俺が煽られた

ほんまキレそう


『ごめんなさい』

 

『私、馬鹿だ』

 

『貴方を守るために貴方を危険に晒して』

 

『本当にごめんなさい』

 

『でも、どうか、諦めないで』

 

『残酷で、すごく無責任な言葉だけれど』

 

『私は信じてるから』

 

『貴方が立ち上がること。貴方がもう一度、私と共に空を駆けてくれること』

 

『だって私は、貴方の決して諦めない心を見て目覚めたのだから』

 

『今はまだ伝えられないけど、言葉も扱えないぐらい未成熟な私だけど』

 

『それでも私は、どんな時も、貴方の盾にして剣で在り続けるから――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事態は収束した。

 アリーナでの突発戦闘には箝口令が敷かれた。

 無人機という存在しえない敵。

 突如アリーナの遮断シールドを無視して現れたアンノウン。

 そして、絶対防御を貫通する東雲令の()()

 

「……ッ!」

 

 ISスーツを脱ぎ捨て、珍しくその場に放り捨てて。

 セシリアはシャワールームの中で、歯を食いしばり、全身全霊で涙をこらえていた。

 

 何も。

 何も、できなかった。

 立ち入ることすらできなかった。

 

 それ以上に。

 

(あの時――彼は、一夏さんは、最後まで剣を拾おうとしていた)

 

 トラウマ。心的外傷後ストレス障害。

 その最中に放り込まれたとき、人間がどうなるのか、セシリアはよく知っている。

 両親を列車事故で亡くし、鉄に押しつぶされた無残な肉塊を見たことのあるセシリアはよく分かっている。

 

 数年は生肉を見ただけで吐き気がした。今でこそだいぶ落ち着いているが、列車事故の救命任務などを命じられた場合には、おそらく何もできない可能性が高い。

 

(だけど、彼は……戦う意思を、見せた……)

 

 セシリアは理解している。

 あの瞬間、彼は自分のライバルとして、半歩先を行ったのだと。

 

「……織斑、一夏」

 

 シャワールームの壁に、がつんと額をぶつけた。

 両手を固く握り、同様に壁に叩きつける。

 

「――絶対に、絶対に……わたくしは、貴方には負けません……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、東雲。あの秘剣ってやつ、中国拳法から発想を得てたわよね」

「肯定。気なるものを感じ取ることはできなかったが、非常に興味深い武術であった」

「いや実質使ってるみたいなもんだったけど……」

 

 手早くシャワーを済ませた東雲と鈴は、制服姿でアリーナの廊下を並んで歩いていた。

 元より人見知りをしない気質の鈴と、クールな印象はあれど誰に対しても邪険に扱ったりはしない東雲は、驚くほどスムーズに会話を弾ませている。

 

「何をどう考えたらさ、ああいうの、思いついて実行するわけ?」

「……それは当方に教えを乞うている、という認識でいいのだろうか」

「不愉快ながらそうよ。使えそうなら絶対覚えたいし」

 

 今回の襲撃が一過性のものではない、と鈴は考えていた。

 つまり今後もこうした事件が発生する可能性が高い。

 故に。

 

「もう、何もできずに見てるだけとか死んでもごめんだし」

 

 低い声色だった。

 握りしめた拳は、今にも爪が肌を突き破ってしまいそうなほど、強く、強く、音を立てている。

 

「一夏があんな目に遭ってさ。あたし何もできなかった。アンタがいなかったら、本当に……どうにもならなかった。だからありがとう」

 

 ふと歩を止めて、彼女は隣の東雲に頭を下げる。

 それを見て東雲は少し目を丸くした。

 

「……其方、もしかして」

「何よ」

「織斑一夏のことが好きなのか?」

「ブフォッ」

 

 殺人術を編み出して即座に実行した女から恋バナを振られて、鈴は噴き出した。

 想定できるわけのないアクロバティック雑談に思考が停止する。

 

「そうなのか? もしそうなら当方に考えがある」

「ちちち違うし! 確かにいい奴だけど、誰があんなとーへんぼく好きになるもんですか!」

 

 鈴はツンデレ期間を脱却できていなかった。故に助かった。

 

「とにかく! あれのやり方とか、そこに至った経緯とか教えなさいつってんの!」

「……経緯、か。当方の想定では、あれは織斑千冬に対する切り札、()()()()()()()()

「…………アンタ、千冬さんを殺す気なの……?」

「不可能である。衝撃を収束させることには成功したが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。殺そうとしても殺せない、というのが、質問に対する回答である」

「ハーブか何かやってんの?」

 

 鈴の東雲を見る目は、もう檻の中のライオンを見るそれだった。

 なんとなくマイナス方面に受け止められていることを察したのか、東雲は咳ばらいを一つ挟む。

 

「現状、アレを試合で行使するつもりは毛頭ない。また誰かに教えるつもりもない。秘められたるべき剣であり、ある種の秘奥である」

「……それは、そうね」

「ただ、こういった事態が再び発生し、相手が有人機であれば、当方は迷うことなく再び悪の殺人刀と成るだろう」

「……ッ」

 

 鈴は考える。その時、自分は何をしているのだろうか。

 自分にできることは、何なんだろうか。

 

「――当方は織斑千冬に呼び出されている。大丈夫だとは思うが、織斑一夏には、よくやったと声をかけておいてほしい」

「ああ、うん。じゃああたしは男子更衣室行ってくるけど……」

 

 東雲は颯爽と廊下を曲がり、管制室への道を歩き始めている

 その背中を見ながら、鈴は少しだけ動きを止めていた。

 

(……一夏、か)

 

 頭を振って、鈴も彼を迎えるべく、東雲とは反対方向の廊下を進み始めた。

 すれ違う生徒の姿はない。全員避難場所に押し込められ、今ちょうど順番に、外に出ている頃合いだろう。

 

(あいつ、大丈夫かな)

 

 思い返すはアリーナから各々帰っていくとき。

 

 東雲令は無表情だった。

 セシリア・オルコットは歯を食いしばっていた。

 自分は、泣きそうなのを必死にこらえていた。

 

 けれど。

 織斑一夏は何も語らず、俯いたままで。

 疲労からだとその時は思ったけれど。

 

(あの時、前髪の隙間から見えた目――なんか、あれは)

 

 あの忌まわしき誘拐事件の直後のころの。

 何もかも投げやりで、全部を捨てても構わないように無気力だったころの。

 光を失った瞳に似ていた。

 

 そして鈴はいくつか角を曲がり、男子更衣室に着いて。

 中に入って。

 

 呆然と立ち尽くしている箒と、彼女の眼前で蹲って嗚咽を漏らしている一夏を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――もう大丈夫だ』

 

 光が差したのを覚えている。

 深く深く閉ざされた闇の中に、手を差し伸べられたのを覚えている。

 

 それは織斑一夏の、原初の記憶。

 

『もう大丈夫』『助かったんだ』『怖かったろう』『安心しろ』『すぐ病院へ』『棄権』『二連覇を逃す』『重傷』『発見が遅れ』『何もしなくていい』『ただ生きてくれていただけで』『何もできない』『無力』『仕方ない』『死ね』『汚名』『お前の姉ちゃんを恨め』『胸糞悪い仕事』『無力なガキ』『殺してやる』『もう大丈夫』『誰か』『助けて』『誰か』『誰か』『誰か』『誰か』

 

 その手に救われた自分。

 その手にすがるしかなかった自分。

 その手をただ待ち続けることしかできなかった自分。

 

 果たして。

 

 救われるような価値が本当にあったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――何やってんの、水持ってきて!」

 

 光景を見た瞬間に鈴は飛び出していた。

 素早く一夏のそばに駆け寄り、背中をなでながら、箒に指示を飛ばす。

 

「え、あ、ちが、なんで」

「説明は後でするから! ほら一夏、深呼吸して、落ち着いて。落ち着いて」

 

 鈴はそのまま折り曲げられた身体の隙間に腕を差し込んだ。

 ぐい、と一夏の上体を起こして、彼の頭を抱きかかえる。

 

「落ち着いて。落ち着いてね。もう大丈夫だから。もう大丈夫よ。一夏、もう大丈夫」

 

 箒はフリーズしていた。

 最初に駆け付けたかった。避難場所からすぐに出られて、まっすぐ男子更衣室へと駆け込んだ。そこに帰ってくるであろう、事態が収拾した以上帰ってくるはずの、一夏を迎えるために。

 彼は彼女を無視して洗面台に向かい、突っ伏して嘔吐して、それからずるずると床に跪いて呻き、泣き、声にならない声を上げ始めた。

 初めて見るその姿に、箒の思考は完全に止まっていた。

 

 もう一人の幼馴染の叱咤を受けて、手に持っていたボトルがどこへ転がったのかと、慌てて探す。

 その間にも鈴は落ちていたタオルを拾い上げて、一夏の頭にかぶせる。

 

 荒い呼吸音。何か、言葉を絞り出そうとしていることだけが分かる。

 

「大丈夫。一夏、今は休んでいいのよ」

「……………………ぅぁ」

 

 優しい声色で、鈴は彼の耳元でささやいた。

 返ってきたうめき声を聞いて、鈴は少し悲しげに、眉を下げた。

 落ちていたボトルを拾った箒は、その光景を見て、少し躊躇する。

 

(――わた、し)

「ごめんね。これ、あたしは知ってたけど……うん、知らないよね。少し休ませてあげるべき時なの」

 

 鈴は箒を一瞥して、そう告げた。

 どこまでも、セカンド幼馴染の声は柔らかかった。

 

「ね、一夏。大丈夫だからね」

「……り、ん」

「うん。あたし、ちゃんと傍にいたげるから。ね?」

「……お、れ。俺……ッ! なんで……! なんで……ッ!」

 

 言葉が続かずとも。

 涙を流し吐瀉物の張り付いた唇を動かして言おうとすることは、もう、箒にも鈴にも分かってしまっている。

 

 

 

『なんで――こんなに弱いんだ』

 

 

 

 それが痛いほどに伝わって。

 箒は愕然として。

 鈴は悲しげな表情になった。

 

「うん……そう、ね。うん……うん。でも、今は、まだ考えなくていいのよ。今は、休みましょう。傷が癒えてから……もう一度その時に、また、歩き出せばいいのよ」

 

 箒には出せないような声で。

 箒が知らなかった領域で彼女は一夏を受け止めていて。

 

 

 それが、ひどくうらやましかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い空間。

 浮かんでいる無数のモニターの光だけが、部屋を照らしている。

 室内の重力を調整しつつも常に高速で移動し続けるそのラボは、中にいる人間ですら居場所を把握できない天災仕様の隠れ家である。

 その隠れ家に物質転送装置で回収されて。

 

「今回ばかりはほんッッッとに死ぬかと思ったぜ。おいこれ追加報酬もらってもいいレベルだろ」

 

 ジャケットを脱ぎ捨てワイシャツ姿になり、オータムは束の秘密ラボの隅っこに置かれた馬鹿でかいソファーに座り込んだ。

 腕を伸ばしてすぐそばの冷蔵庫を開く。雑多に詰め込まれた中身から、分捕るようにしてアルミ缶を引っ張り出した。

 

「てゆーかさあ、あの絶対防御貫通攻撃はないわな。人間業じゃねーっての」

 

 ぷしゅ、と発泡酒のプルタブを引き開けて、オータムはそのまま中身を口に流し込む。

 名前の通り、のどを越していく感触がたまらない。

 オータムは安酒が好きだった。

 

「っぷはぁ……で、今回の成果はどんなもんだよ、ええ?」

 

 つい先ほど、致死の刃をもろに受けて死にかけていた人間とは思えない気楽さ。

 だがそれはオータムの経験の蓄積から来る、死線を潜り抜けた後の解放感の発露だった。

 こうして適度にガス抜きしなければ、()()()()()()()()()()()()。そのことを歴戦の元傭兵であるオータムはよく知っていた。

 

「…………おい、いち段落付いたし、あんたも飲んだらどうだよ、ええ?」

 

 ソファーの眼前に置かれた薄いテーブルに缶を置いて、オータムはそう声をかける。

 部屋の中央、三百六十度全天周囲ウィンドウ全てに目を走らせていた束は、キッと鋭い眼光を飛ばした。

 

「見てわかんないの? 集中してんの、黙ってて」

「あー……なら、追加報酬だけでも頼むわ」

「金ならいくらでも出すよ」

「馬鹿ちげえよ。私に酌してくれ」

 

 は? と束は口をポカンと開けた。

 今この女はなんと言ったのか。ひどく場違いというかまかり間違っても世紀の天災にかける言葉ではなかったというか。

 

「ほら、報酬を払ってくれねーとストすっぞ。私は美人に目がねえんだよ」

「な、ァッ……!?」

 

 束は突然の口説き文句に動揺して、空ぶった手でいくつかモニターを消してしまった。

 

「あ、あああああああ!! 何してくれてんのさカス! ビッチ!」

「馬鹿言うな。私は美人としか付き合わねえんだよ。目が高いと言ってくれ」

 

 テーブルに放置されていたグラスを手に取って、オータムはにんまりを唇を吊り上げる。

 その表情は淫靡でありながら、同時にいたずらっ子のような無邪気さも孕んでいた。

 蜂蜜色をより黄に寄せたような色合いのロングヘアをかき上げて、彼女は空いているソファーを粗雑に叩く。

 

「こちとら手前の生命張ってきたんだぜ。なんてことはねえだろ。それともあれか? あんたのおもちゃが、私ぐらいの働きできるってか?」

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

 事実――束が作り上げる無人機『ユグドラシルシリーズ』には限界がある。柔軟性はない。即応性もない。シンプルに基本的な性能を極限まで底上げしたからこそ大抵の状況に対応できているというだけで、それ以外の状況に陥ってしまえば対応は難しい。

 その点をカバーするためにこそ、外部委託(アウトソーシング)という手を打った。

 故に束はオータムの存在を極力軽く扱いつつも、致命的な無視だけはできない。

 

「……ってゆーか、マジで仕事中なんですけどこっち……!」

「なんだよ。私が殺されかけたデータをYouTubeにアップロードしてんのか?」

「ちっがうし! お前が『白式』と接触した際に吸い上げたデータ! 確認できた挙動! 発してた不完全言語! こいつらから今の『白式』の状態を類推してんの!!」

「……へぇ」

 

 軽く聞き流したような声を上げつつも、オータムは内心で束の評価を一段階上げていた。

 想定外の連続に見舞われ、急遽手持ちの戦力を投入したものの、更なる想定外に襲われて涙目で敗走した――わけではなかった。

 その場で集められる情報すべてを回収し、きちんと次につなげるための手を今考えている。

 

(天災の人格破綻っぷりは嫌というほど思い知らされたが、なるほど、こいつ天才にできることは一通りできるのか)

 

 よくよく見れば、全天球ウィンドウに映し出されているのは樹形図(デンドログラム)だった。恐らく『白式』の進化過程を全部洗いだして、一つ一つ精査しているのだろう。

 束の両手両足は残像すら伴うほどに素早く動いていた。その全てを追うことは到底できないが、画面の動きや束の表情から、オータムは多少読み取ることができた。

 

「……なあ、あんまうまくいってないんだろ?」

「――――あああああああああああああああもう!! 絞れないんですけどおぉっ! どうなってんのこれ!」

 

 予想はドンピシャ。

 束はモニターを全部両腕でぶち上げて、ずかずかとソファーに近づいた。

 表情には泣きが入っている。まったくもって凄味がない。

 

「どけ! それは束さんのソファーだ!」

「あーころされかけたからうごけないなー」

「んあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 こいつ叫んでばっかだな、とオータムは思った。

 束はガバァとソファーに頭から突っ込んだ。

 微動だにしないオータムだったが、彼女の太もものすぐ横で束のウサミミがだらんと力なく垂れている。どうやら本人のテンションと比例するようにシステムが組まれているらしい。

 

「………………………………………………」

「あー、まあ、計画の進行速度はおいしくねえが、逆に考えな。()()()()()()から逆算しても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃねえのか」

「………………………………………………」

「着実に()()()()()()()()()()()()()には近づいてるはずなんだよ。な? だから気を取り直していこうぜ? な?」

「………………………………………………」

 

 束は何も答えない。

 いやよく見れば小刻みに震えている。

 それを確認して、そっとオータムは発泡酒の缶を手に取り、一口飲んだ。

 途端だった。

 

 

「びえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」

 

 

 束がすごい勢いで泣き始めた。

 

「……うるせぇ」

 

 顔をしかめつつ、オータムは缶を軽く振った。

 

「ほら、嫌なことは酒で忘れちまいな」

「ぐすっ、ひっぐ……嘘だ、酔っぱらった束さんを強引に食べるつもりだ……」

「馬鹿言うな。抵抗できない兎をいじめる趣味はねえよ。大体私は相手を口説くときは誠意をもって真正面から行く。これはただの慰労会みたいなもんさ」

「……ひっぐ……束さん、お酒苦手……」

「あー……しょーがねーな、ノンアルのカクテルならいけんだろ」

 

 腕を伸ばし、再度冷蔵庫を開ける。

 中には炭酸水やフルーツジュースがいくらか積まれていた。

 

「んじゃあ、十二時(せかいのおわり)を避けたいお姫さまってことで……シンデレラなんてどうよ?」

「……甘い?」

「時間感覚がとろけちまうぐらいに」

「……じゃあ、飲む」

 

 決まりだな、と軽く笑って、オータムはソファーに座ったまま、手早くオレンジジュースとレモンジュースとパイナップルジュースを混ぜる。レモンの比率を抑えて、酸味を軽くする。

 グラスの中で三色の液体が溶け合い、鮮やかな橙色に変化した。

 

「ほれ、うまいぜ」

「……ありがと」

 

 起き上がった束に、グラスを手渡した。

 よほど憔悴しているな、とオータムは思った。素直に礼が返ってくるなんて予想だにしていなかったからだ。

 

「どうすっかな。じゃあ――世界の存続に」

 

 オータムがアルミ缶を束に突き出す。

 グラスの中身を一度見て、そっと束はアルミ缶にかつんとグラスをぶつけた。

 

「乾杯」

「……かんぱい」

 

 オータムがぐいと一気に発泡酒を飲み下すのを見て、束はそっとカクテルを口に含んだ。

 その様子を見ながら、百戦錬磨の美女はニィと笑う。

 

「そのカクテル、私の髪の色にそっくりだろ」

「ブホォッ」

 

 天災が噴き出したカクテルは、きれいな放物線を描いていた。

 

 

 

 

 

 

 




2/6追記
よく考えたら第二部完してませんでした(千冬パート書き忘れてた)
これマジ? ほんとゆるして
あと一話だけ追加して、それで第二部完結です……




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EX2.もう一人の魔剣使い

第二部完のつもりが
書いてないエピソードが多すぎてびっくりしました
何を思って第二部完とか言ってたんだろう


 ――そこは世界の果てのような場所だった。

 猥雑な室内の空間はしっとりという言葉の対極にあり、カウンターにこぼれっぱなしの液体や得体のしれない香りを充満させる濃い煙のせいで、肌の表面がねばつくようだった。中年の大柄なバーテンダーはそれを咎めようともせず、ガムを噛みながら黙々とグラスを磨いている。

 仕事をして酒を飲む。疲労をアルコールでごまかしてハイになる。その繰り返しで日常をやり過ごす。ある日仕事をクビになる。すると金がなくなる。アルコールは欲しい。ハイになりたい。金を求める。暗闇に入り込む。穴に落ちる。

 全員、そんなものだ。

 口々に金の調達法を練る。どれも現実的じゃない。国境を越えてスイスの銀行を吹っ飛ばそうと誰かが言う。下品な笑いが巻き起こる。だが翌日には、右からやってきたドラッグや武器を左に流すだけの日々に戻る。おれたちはプロフェッショナルだと息巻く。右からも左からも、彼ら彼女らはただの中継地点としか認識されていない。運ばれたドラッグは同様の破落戸が使い切る。武器はチンピラが脅しに使う。それだけの結果しか生み出せないと、心のどこかではわかっている。この閉塞感をぶち破るようなことがあるなら、期待してもいい。だが誓って――それこそ神に誓って――そんな非日常は起こりっこない。全員、いわゆる一般的な日常から弾かれて、けれど非日常にどっぷりつかることもできない半端者だった。

 半壊している壁をバーの下品な照明が点滅しながら照らし上げる。女がシャツを脱いでブラジャーを露出し、男が口笛を吹く。一人カウンター裏にいるバーテンダーは呆れたように嘆息した。暇つぶしのストリップごっこ。お決まりだった。

 

 

「あまり感心しないな」

 

 

 全員弾かれたように顔を上げた。

 バーテンダーですら気づかなかった。カウンター席に、ドイツ軍服を着た女が一人座っていた。

 女――いや、少女だった。かなり小柄だ。150センチを割り込んでいるだろう。

 彼女は左目に眼帯を付け、まばゆい銀髪を腰のあたりまで下げていた。

 

「君にその色のブラジャーは似合っていない……もう少しパステルカラーに寄せるといい。肌が映えるぞ」

「なんだおまえ」

 

 一人の男が立ち上がった。それからすっ転んだ。

 ほかの人間はそれを笑ってから、立ち上がろうとして、ぴしりと動きを止めた。

 気づかないうちに、バー全体に鋼糸鉄線が張り巡らされていた。

 

「三日前にトカレフ2丁とコカイン50gを運んだだろう。随分しょっぱい仕事だが……それと一緒に小包を一つ運んだはずだ。それは君たちが触っていいものじゃなかった。本来はこんな場末の運び屋に来るようなものでもなかった」

 

 誰もしゃべらない。バーテンダーはグラスをそっと水場に置いた。

 

「君たちにそれが回ってきたのは、君たちではなく()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

 そう言って、少女はカウンター越しにバーテンダーを見た。

 彼の両眼は既に普段の物静かさとはかけ離れた炎を噴き上げていた。

 

「『黒兎』か」

「私はしばらくドイツを離れる。だが貴様を野放しにしていては、心残りを残すことになる。渡りに船というやつだ――迂闊だったな」

「その言葉、そのまま返そう」

 

 カウンターがひっくり返された。

 少女は天井すれすれまで一気に跳躍し、宙返りを組み込みながら、バーの壁際に両足と膝で着地する。

 バーテンダーはカウンターを、正確に言えばカウンターに擬態していた特殊機械兵装腕を両腕に着装。硬質で重い機械音が響き、照明を揺らした。

 

「――タイプ966。まだ愛用していたとは、軍人としての誇りを捨てたわけではなかったのか?」

「軍部への忠誠はあの日、階級章と一緒に捨てたさ。だがこいつは違う。敵の血を吸ってきた相棒だからな」

「文字通りの半身だな。別れは済ませたか?」

 

 空気が両断される音。

 少女が懐から取り出したナイフが超高振動を開始し、空間を震わせた。

 バーテンダーはちらりと彼女の階級章を見た。

 

少佐(メイジャー)。飛行機はキャンセルした方がいいぜ」

「確かに寝坊してはいかんな。早く済ませることにしよう」

 

 集っていた若者たちは指一つ動かすことを許されず、その激突を固唾をのんで見守ることしかできない。

 特殊機械兵装腕がうなりを上げる。

 分子切断ナイフが猛り狂う。

 

 

 

「さあ――魔剣の錆となるがいい」

 

 

 

 少女が酷薄に告げると同時。

 両者は同時に突撃し、真正面から激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園地下機密施設。

 特殊なシステムレベルで管理されているそこは、学園すべてのデータが集積される、いわば()()()()()()()()()としての役割を持つ。

 その広大な空間でいくつものモニターに囲まれながら、織斑千冬はうめいた。

 

「束、なのか……」

 

 破壊された無人機の残骸と、東雲が撃退した有人機。

 照らし合わせ、何度考えても、千冬にとってはそれを成し遂げられる人物は一人しか心当たりがない。

 

(だが、何のために。いや、そもそも今あいつはどこで何をしているんだ)

 

 目的が分からない。一夏をあそこまで追いつめて、何がしたいというのか。

 身内を傷つけられた怒りはある。だがそこに、親友の存在が水を差す。

 

(……殺そうとしているわけではない。だが痛めつけてはいた。何かを待つように。そして)

 

 モニターの一つ、それは『白式』から共有された、一夏視点での戦闘映像。

 最初に乱入してきた無人機――便宜上ゴーレムと呼称することにした――が、一度ダウンした後に再び立ち上がり、音声を発している。

 

 

 "――零落白夜は――どこだ"

 

 

 千冬はちらりと視線を逸らした。

 地下施設の片隅に置かれた、まるで家具のような自然さで佇む鋼鉄の鎧。

 かつて世界最強の栄光をつかみ取った第二世代IS『暮桜』。

 

(……『零落白夜』はあそこにある。封印状態だ。ならばゴーレムの狙いはここだった? いや、あれは『零落白夜』を求めながらも、一夏しか狙っていなかった)

 

 つまり。

 

「――考察。織斑一夏のISは、元より『零落白夜』が発現する()()()()()のではないでしょうか」

 

 音もなく、空間に人影が増える。

 千冬は緩慢な動作で振り向いた。

 

「……東雲。ここは立ち入り禁止だと何度言えば分かる」

「失礼。ですが当方は織斑一夏の護衛を命じられ、それに包括される調査であれば最大限のアクセスレベルを行使することを認められております」

「……政府め」

 

 元より千冬にとっては、東雲令が一夏の護衛として派遣されるのは寝耳に水だった。

 派遣というより押し付けに近い。

 日本代表の座をどうするか、本人のいない間に決めてしまいたいという意思と、その争いに本人を巻き込みたくないという意思が奇跡的にかみ合ったのだ。

 

「僭越ながら具申いたします」

「なんだ」

「当方は篠ノ之束との対話を提案いたします」

 

 それは理にかなった提案だった。

 オータムとの戦闘ではてめぇ当方のおりむーに何してくれてんだクソがちょっとおっぱい大きいからって調子こいてんじゃねえぞ殺す殺す殺す絶対にぶっ殺す! と殺意を優先してしまったが、どんな理由から、何を目的とした行為だったのかをまだ知らない。

 

「敵を知り、己を知れば百戦殆うからずといいます。対話の結果が敵対であれ和解であれ、相手を知ることは少なからずの利点を持つと当方は愚考しております」

「……無理だ。私も今、あいつとは連絡が取れん。元より向こうから連絡が来るのを待つばかりだったからな……」

「では何の説明もなかったと?」

「そうだ」

「それは――()()()()()()()()のでしょうか」

 

 わからん、と千冬は虚空をにらみつける。

 

「結局私は……やつのことを、理解できたためしはなかったのかもしれんな」

「当然でしょう」

「手厳しいな」

 

 思わず恨み言のようにうめいた千冬に対して。

 迷うことなく、東雲は断言する。

 

「人間同士の相互完全理解など不可能である、と当方は考えます。故に当方たちは、限られた理解の中で相手を慮り、情を交わし、そうして歴史を積み上げていくのです」

「……お前」

「ですから、その。決して、理解不能という言葉は、何らかの責につながるわけではないのです」

 

 その言葉を聞いて、千冬は呆気にとられた。

 まさか。

 まさかこの女――この語調と表情で、今、こちらを慰めているのか――!?

 

「ふ……ふは、はははは! なんだお前、急にどうした?」

「……当方の観察が誤っていなければ。織斑千冬先生は、平時よりも憔悴しているように見えましたので」

 

 図星だった。

 千冬はフンと鼻を鳴らして、視線をモニターに戻す。

 

「ああ、そうだよ。立場に縛られ、本領を満足に発揮できず、結果として私は()()()()()()()()()()()。何も理解できず、何の相談もされずだ。無力感と虚無感で今にも死にたいほどだ」

 

 世界最強に至った彼女とは思えないほど、ストレートな弱音だった。

 それを聞いて東雲は顎に指をあてる。

 

「……織斑一夏は任せてください」

「ほう。私から束に連絡はとれんと言ったはずだが」

「はい。だからこそ、待ってあげるのが、最良かと当方は考えます」

 

 千冬はモニターを滑らせていた指を止めた。

 待つ。どれほど気の長い話になるのだろうか。

 だが確かに、親友なのならば、それぐらいはやってのけなければならないだろう。

 

「……やれやれだ。いいだろう。待ってやるさ、あのバカを。だがな、東雲」

「同意。結果が敵対なのならば当方は迷わず篠ノ之束を殲滅します――其方ができないのなら」

「ふざけるな。あいつを殺すとしたら、それを実行するのはこの世界でたった一人、この私だけだ」

「了解しました」

 

 東雲はそれを聞いて、頭を下げた。

 するりと後ろに下がり、彼女の姿は闇の中に溶けていく。

 

(……いらん気を遣わせてしまったな)

 

 千冬は再度、無人機のデータ吸い上げと有人機の解析に戻る。

 その眼光は、先ほどよりずっと生気にあふれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おりむーを、支えなきゃ)

 

 馬鹿やめろ。

 

(今、支える人が必要だと思う。しののんとかりんりんとか、あるいはせっしーも心配してるはず。でも多分、一番、彼にとって今、必要なのは……あの時のあれに、答えてあげること、そう思う)

 

 寮の廊下を一人進み、彼女は目的地の前で止まった。

 1025室。織斑一夏の自室である。

 

(ええっと、なんか部屋に来るのは久しぶりだなあ)

 

 東雲はぴしりと背筋を伸ばした状態で、一夏の部屋のドアをノックした。

 しばらく待てば、憔悴しきった様子の部屋の主がドアを開け、その姿勢のままぎくりと硬直する。

 

「……織斑一夏」

 

 じっとりと手汗が出ているのが分かって、東雲は両手でスカートのすそをぎゅっと握った。

 声が震えそうになる。目をそらしそうになる。必死に気張った。

 

「あ、ああ東雲さん…………どうか、したのか」

「いや、大事ないかと、見舞いに」

 

 緊張から言葉がうまく出てこない。

 だから観察がおろそかになり、一夏の顔色が、ほかならぬ東雲を見た瞬間に少し変わったのを見落とした。

 

「ああ……うん。大丈夫。おかげで、大怪我とかはしてない」

「そう、か」

「…………」

「…………」

「……えっと?」

 

 無言に耐えきれなくなった一夏の困惑に、東雲は改めて背筋を伸ばし。

 覚悟を決めた。

 

「その、以前、其方が言ったことだが。当方の、隣に至りたい、と」

「――――ッ」

「今日、ああいうことがあって。当方も答えを出さなければならないと思った。まだ気持ちに整理はついていない。具体的にどうしていくのかも分かっていない。だがこのまま放っておいていいとは、思わなかった。おそらくそういう意味では、当方は、其方に絆されているのだろう」

「――――――――」

「だから」

 

 決然とした態度で、東雲は彼の瞳を見た。

 

「肯定する。了承する。当方の、隣に。其方が至ることは……当方にとっても、好ましい。そう感じている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ごめん、あの話、少し、考え直させてくれ」

(!?!?!?!??!?!?!?!?!??!?!?!?!?!?!??!!?!?!?!?!?!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺も、いろいろあって。整理がつかないんだ。俺は……あの言葉をないがしろにしようとは思わない。でもやっぱり、今、すごく……自信がない。俺なんかが君の隣に、って。そう悩んでる」

 

 声色は重かった。一夏は視線を床に落として、ぼそぼそと、覇気なく話している。

 東雲は雷鳴に打たれたように目を見開き、ぴくりとも動けない。

 

「でも、ちゃんと考えて、結論は出す。だから……ごめん。今は答えられない」

「縺ゅ>縺�∴縺� �撰シ托シ抵シ���スゑス� �ク�ケ�コ�ア�イ�ウ�エ�オ �ァ�ィ�ゥ�ェ繧ゥ譁�ュ怜喧縺代ヱ繧ソ繝シ繝ウ讖溯�繝サ遐皮ゥカ�樞€包シ搾シ�ソ��。繹ア竭�竇。」

「じゃあ、悪いな。見舞いに来てくれたのに、こんなこと、話しちゃって……おやすみ」

 

 何か言う前に。

 ばたんと扉が閉められて。

 それはまるで、心を閉ざす音のようにも聞こえて。

 

 

 

 

 

 

 

(――――告白されたと思ったらフラれたんですけどぉ!?!?!?!?)

 

 これは本当に東雲は悪くない。多分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして力を求める少年は、力しかない少女の輝きに目を焼かれ。

 自分が何を目指しているのか。自分は今何をしているのか。深い霧の中に閉ざされた。

 

 次に彼が顔を上げたときに、誰が彼を待っていて、彼はどうするのか。

 そのカギを握るのは――

 

 

(……フラれた……おりむーに……フラれた……フラれた……フラれた……フラれた……)

 

 

 ――ひょっとしたら東雲令なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 




(今度こそ)第二部完ッッッ!!!
何はともあれようやく第一巻を抜けられたので良かったです
あっ文字化けっぽいのは意図的なやつです

第三部 Re; Start(仮)
巻紙礼子さんと大人のデートしたり簪とオーズの最強フォームは何なのかレスバしたりラウラとクロスカウンターしたりするお話の予定です
シャルは登場するけどメインとして扱うのはまだ先になりそうです(申し訳程度の原作再構成要素)



当然のようにストックが死んだので充電期間を置きます、ご容赦ください






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Re; Start 22.雨のち晴れのち少女たち

色々詰め込んだら長くなりました


 IS学園は生憎の雨模様。

 何かの汚れを丸ごと洗い落とすために、神様がバケツをひっくり返したような、それは雨というよりは垂直の洪水だった。

 生徒たちは寮の自室や談話室で、丸ごと滲んだ窓の外の光景を眺めている。

 

 何があって何が動いているのかも分からない。

 その中で。

 

「…………あー」

 

 IS装備開発企業『みつるぎ』からの出向命令を受けた巻紙礼子、()()()()()は、寮のロビーに置かれたベンチに座り、雨をぼうっと眺めていた。

 先ほどまで日本の代表候補生、更識簪と極微細な箇所の部品の商談をしていたところである。

 倉持技研が中々リソースを割けない中、打開策として『みつるぎ』との合同開発の話が転がり込んできたのはつい先日だ。

 都合よく学園に出向していた巻紙は、当然のようにその窓口として、簪とコミュニケーションをとる必要があった。

 

 渉外用の隙一つないダークスーツと、清潔感のある白いブラウス。誰が見てもキャリアウーマンであった。

 彼女は艶やかな黒髪を指に巻きつけつつ、物憂げに雨を眺める。性別かかわらず、すれ違う人々はその美貌に立ち止まってしまう。

 そんな中。

 

(つかれた。まじなにもしたくねー。こないだ死にかけたのに次はごっこじゃなくて本当にOLをやれと来たもんだ。やっぱりダミー会社でよかっただろ! こんなに本格的に潜入しなくてよかったんだよ! クソァ!)

 

 彼女は疲労困憊だった。

 日々商談をこなしつつ、不意に命令が下れば戦場で暴れ、ウサギ印のラボに帰る日なら安酒を飲みつつクライアントをおちょくり、学園から借り受けている自室に帰る日なら爆睡するかなんとか時間を作ってドラマを一気見したりプラモデルを組んだりする。

 その生活が始まって数か月。

 満足度こそ高いが、疲労度もまた高かった。

 

「…………雨、やまねえなあ……」

 

 ややその疲れが深いのか、彼女は今、巻紙礼子は到底出さないような声を出している。オーから始まってタを挟んでムで終わるような名前の女みたいな声だった。

 普段のおしとやかで清楚な美女の外面を維持しつつこれをやってのけているのだから、面の厚さたるや相当なものである。

 

 寮の受付で傘を借りることは容易いのだが、根本的に雨の中を進みたくない。

 テンションが上がらない、モチベーションもない、つまるところ動く気力がないのだ。

 

(今日はこっちでいいんだっけか。じゃあなんかドラマ……駄目だ駄目だ、あの更識ってガキが指定した部品をリストアップして朝までに本社に送らなきゃいけねえんだ)

 

 やるべきことを脳内に羅列し、それぞれの優先順位と実行までの過程を計算する。

 おそらく深夜二時ごろまではかかるだろう。それを理解して、巻紙はどんよりとした目になった。

 

「……なおのこと早く戻んねえとだな」

 

 根を張ったように動かない両足を無理矢理動かして、ベンチから立ち上がる。ロビーの受付に顔を出すと、傘ですか? と聞かれた。

 頷けばすぐに大きなビニール傘が差しだされた。

 会釈して受け取り、寮を出て傘を開く。雨がビニールとぶつかって弾けていくのが見える。

 

「…………は?」

 

 目的の建物までは一直線。そこに一歩進んで。

 巻紙の目の前に。

 ふらふらの織斑一夏が現れた。

 

「ちょいちょいちょーい!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて、思わず巻紙は一夏に駆け寄った。

 

「お前何してッ……ゲフンゲフン、貴方何してるんですか!?」

「……ぁ、巻紙、さんか」

 

 よく見れば彼は動きやすいジャージ姿で、身体は雨に打たれているにもかかわらず高い体温だった。恐らく今まで、雨の中で何か運動をしていたのだ。

 

「もし、かして、これランニングしてたんですか!?」

 

 雨から防ぐために傘を彼の上にかざして、腕を引いて寮へUターン。

 ぐいぐいと引っ張る都合上彼女の身体は傘の外に出てしまい、スーツや髪が濡れていく。

 

「ああもう無茶苦茶して! この間散々――ああなんか言いたくない! 言う資格がなかった!」

 

 一人で叫びながら、巻紙はひいこらと一夏を軒の下まで運んだ。

 彼はぼんやりとした瞳で、しばし巻紙を見つめて……それからハッと意識を取り戻した。

 

「う、うわ!? 巻紙さんすみません!」

「いえ……その、あまり無茶をするものではありませんよ……?」

 

 接触は久方ぶりだった。

 どうしても業務上の都合でほかの生徒と話す機会の方が多く、なかなか時間を取れずにいた。

 一般生徒から彼の評判はよく聞いていた。向上心が強い。まじめである。何より、男らしい。結構な割内の生徒が、好意的だった。

 

 けれど。

 先の未確認機襲撃事件以降は、特に同じクラスの生徒から彼を心配する声を聞いた。

 思いつめたような表情。

 日課であった箒やセシリア、東雲とのトレーニングから一時的に離脱して、一人でひたすら肉体を苛めている。ISを起動させているのを最近見ない。

 

(……クソ、マジ、私がどうこうする資格なんてねえだろ)

 

 自己嫌悪とまではいかない。彼女は自分のやったことに責任感を抱きつつも割り切る、プロフェッショナルとしての精神をきちんと獲得していた。

 

「……すみません。身体動かしてる方が、今は楽で」

 

 一夏は寮の玄関口の段差に腰かけて、上体を起こした。

 その横顔を見て、巻紙は眉を下げる。今は楽、というのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自分ですらさすがに心配するというのに、彼を取り巻く少女たちは今どんな心持なのだろうか。

 

「ご迷惑をおかけしました。大丈夫ですから」

「…………あー……ああ~~~~…………あああああああああああもおおおおおおお!」

 

 突然だった。

 巻紙が唸り声をあげ、呻き、ついには髪をかきむしりながら叫んだのだ。

 一夏はギョッとして彼女を見た。湿気もあいまって一瞬でぼさぼさの髪になった巻紙が、キッと、普段の雰囲気を激変させている。

 

「いいですか、織斑君」

「は、はい」

 

 ずいと顔を寄せられ、一夏は思わず目をそらしそうになった。角度的にその豊満な胸のサイズが強調されているし何より近いしいい香りがする。雨の中でもふんわりと鼻腔をくすぐってきていて思春期の男子としてさすがに平常心を保てない。

 

「君は今、極めて特殊な環境にいますね」

「え、あ……まあ、そうですね」

「一度考えを改めてください。君を取り囲んでいるのは、長年多くのIS操縦者を見てきた私からしても異常な才覚を持つ、黄金世代とでも言うべきエリートたちです」

 

 断言だった。

 長年IS操縦者を見てきた、というのには肩書が説得力を持たせていた以上に、何より()()()()()()()()()()()()

 

「特に東雲令。数十年に一度などという評価では生ぬるいでしょう」

「でも、千冬姉……織斑千冬から数年後ですよ」

「君、確率の偏りって知らないんですか?」

 

 あきれ返ったように、普段の清楚さとはかけ離れた表情で言い放たれてはさすがにばつが悪い。

 話の腰を折ってしまってすみません、と一夏は軽く頭を下げる。

 

「ですからどうか理解してください。君はまだ、方向性すら定まっていない、()()なんです」

「……ゼロ」

「はい。ですからどうか……見失って立ち止まることはあっても、這ってでもそちらに進もう、だなんて考え方はやめてください」

「それは」

「そうやって()()()()()()()()()()

 

 言葉に込められた強い感情が、一夏の唇を縫い付けた。

 巻紙はしばらくの間一夏の瞳を覗き込み……嘆息して、身体を起こす。

 

「ほら、冷えないうちにシャワーを浴びて、寝てください。温かいものを飲んでからがベストです」

「……ありがとう、ございます」

 

 言われた内容を反芻していて、一夏の返事はどこか投げやりだった。

 ゆっくりと、一歩一歩確かめるように歩いていく彼の背中を見送って、巻紙礼子は――オータムは目を閉じた。

 

(後はあのガキ次第だな。もっかい立ち上がって噛みついてくるならそれでいい。牙が折れちまったんなら、バイバイだ)

 

 責任を持てるはずもない。

 肩入れする理由もない。

 だからさっきの言葉も話半分で、それは巻紙礼子を名乗る女の、どちらかといえば脳ではなく脊髄から出てきたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肉体に負荷をかけ続けて、意識をそちらに向ける。

 頭が余計なことを考えないよう、常に()()()()()()()()

 

 とりあえずの方策として一夏が打ち出したのはこれだ。

 

 無論、東雲達にはその旨を説明して、頭を下げた。

 各々悲しそうな顔をさせてしまったが、それまでの環境が一夏にとって負担になるなら、とうなずいてくれた。

 東雲は無表情のまま、静かにうなずいた。

 

『当方は、織斑一夏の負担にはなりたくない』

 

 いつも通りの筋の通った声だったのに、何故か彼女は今にも消え入りそうだった。

 

「……クソ」

 

 部屋に戻ってシャワーを浴び、ポットに粉末のココアと沸かしたお湯を雑に突っ込んだ。

 水とココアの成分が混ざり切っていないまま、一気に流し込む。口の中が焼けるように熱い。今はその感覚がちょうどよかった。

 

「……俺は」

 

 テーブルに両手をついて、壁に掛けられた鏡を睨む。

 映りこむ男の両目の下は()()で縁どられ、唇は荒れていた。

 

「……俺は、本当は……どうなりたかったんだ……?」

 

 言葉は空しく溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の天候は嫌になるほど真っ青な空だった。

 一夏は早朝に目を覚ますと――深夜まで寝付けず、寝入ったというよりは気絶した、に近い――着替えて身支度を整え、走り込みのために外へ出た。

 すれ違う生徒らからあいさつされ、軽く返す。たいていは他クラスの生徒だ。一組クラスメイトは、最近、声をかけるというよりは無理はしないでねと心配してくれる。

 その気持ちを重荷に感じるようになったのは、やはりあの戦闘以来か。

 

 久々にトラウマを発症したからといって、それが原因でずっと精神的に不調が続いているわけではない。

 理由はシンプルだ。

 

(――俺はどうすれば、あのオータム相手に、戦えるようになる?)

 

 はっきり言ってしまえば、その思考回路は視野狭窄に近い。

 だが、絶対に敗北してはならない戦場において、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が自分にあるのなら、まずそれを最優先する。その思考回路はある意味では合理的だった。

 

 寮を出て、ランニングシューズの爪先で地面を叩き、軽くストレッチをする。

 ISを動かさなくなって一週間ほど。

 心のどこかで、あの感覚を、鎧をまとい戦場に身を置く感覚を恐れている自分がいる。それを一夏は自覚していた。

 

「……っし」

 

 自分の頬を張って、一歩踏み出し。

 

 

 

「ああああああああごめんそこどいてえええええええええええええ」

 

 

 

 ものすごい勢いで横殴りの衝撃を食らった。

 

「グワーッ!」

 

 漫画みたいな声を上げて一夏は吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がる。

 ――が、咄嗟の反応は間に合った。最低限の受け身で衝撃を分散させつつ、何よりも()()()()()()()()()()()()()()()ことには成功している。

 

「あーやっばい! デュノア君見失った! どこ!?」

「いた! あそこで……あそこで……」

「織斑君ともつれ合ってるうううううううううう!?」

 

 衝撃の後にやってきたのは、これまた衝撃――じみた絶叫の群れだった。

 後頭部をさすりながら顔を上げると、曲がり角から猛ダッシュしてきた女子たちがこちらを指さして叫んでいる。顔に見覚えはない、それにリボンの色、つまり学年すらバラバラだ。

 車が二両半並ぶはずの遊歩道をふさいで、しかし尚あふれ続けているほどの大人数。

 そんな少女たちは一様に目を限界までカッ開いて、一夏たちを見ていた。

 

「そん……な……王子様を織斑君に取られたァァァァァァァ!」

「織斑君手を出すのが早すぎるでしょ!? もう一組全員妊娠してたりするの!?」

「えっ織斑君がデュノア君を妊娠させたの?」

「黒髪ワイルド×金髪王子isGOOOOOOOOOOOOOOOOOD!!!! どっちがどっちどっちがどっちなの!?」

「えっ織斑君がデュノア君を妊娠したの?」

 

 手の付けようがない大騒ぎとなって、静かな朝が粉々に粉砕される。

 これ寮の生徒から苦情来るだろと一夏が顔を引きつかせたとき。

 

「い、いてて……」

 

 むくり、と。

 一夏が受け止めた金髪の()()が、やっと身体を起した。

 超至近距離で、両者の視線がばっちりと結ばれる。

 

「って――うわぁっ!? お、お、お」

「お?」

「織斑一夏!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて、彼は飛びずさった。

 そう、彼。

 見ることになるとは思っていなかった、自分以外のIS学園男子用制服を身に纏った、中性的な顔立ちの少年。

 まぶしい金髪を一つに束ねて下げ、彼はぱちぱちと目をしばたいて。

 それから後ろで硬直している女子たちにばっと振り向いた。

 

「あわわ! ご、ごめんね織斑君! また後で!」

「あーっ! デュノア君が逃げた!」

「逃がすな! 追え!」

 

 ズドドド、と轟音を上げながら、少女たちは颯爽と逃げ出した貴公子を追いかけていく。

 巻き上がった砂煙を思いっきり吸い込んで、一夏はむせた。なんか涙も出てきた。なんで人助けしてこんな目に遭ってるんだろうと世の無常さを呪った。

 一団が通り過ぎ、目をこすりながら立ち上がろうとして。

 

「……って、あれ?」

 

 気づけば胸元に、身に覚えのない白いハンカチが置かれている。というより、落としたらたまたまそこに一夏の身体があった、みたいな感じだ。

 恐らくさっきの少年の落とし物だろう。

 ふと見れば、ハンカチの縁には、金色の糸で名前が縫われていた。

 

 "Charlotte"

 

「なんて読むんだコレ」

 

 一夏は語学に疎かった。

 首をひねり、まあ何かしらのタイミングで届ければいいか、とジャージのポケットに入れておく。

 

 なんというかすごくアンラッキーな出だしになってしまったが、そのせいで憂鬱な思考が吹き飛んでいる。

 苦笑しながら痛む個所はないかを確認して、うんと伸びをして空を見上げる。

 さっきまでは抜けるような青が嫌だったが、今はそうでもなかった。

 青空には雲一つない。

 正確にいえば黒点が一つあるが、気にするほどの大きさじゃない。

 どうせ隕石か何かだろう。

 

「……は?」

 

 思わず間抜けな声を上げてしまった。

 黒点――何らかの物質が、明らかに学園を、というか寮の前に広がる芝生広場をめがけて落下している。

 目を凝らして確認すれば、点には手足がくっついていた。

 

 大の字で、風を全身で受け止めるようにして、制服姿の少女が一人墜落している。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

 それを認識した瞬間に一夏は全力疾走を開始した。

 いや何してんのあの子は何が起きてんだよこの日は親方空から! みたいなぐちゃぐちゃの考えのまま突っ走って、途中でISの存在を思い出す。

 無断展開は禁止されているが。

 

「ええいしょうがねえ、『白式』!」

 

 人命救助が優先と判断し、手首に取り付けられた白いガントレットを走りながら掴む。

 発光と同時、白い鎧が展開――

 

 ――され、ない。

 

(……ッ!?)

 

 反応がない――つまりこれもう走ってさっきみたいに受け止めるしかない。泣きそうだ。

 畜生なんで俺がこんな目に! と絶叫しながら、一夏は両足をフル回転させた。

 そして全力疾走の甲斐あって、少女の墜落寸前に、なんとか間に合う。

 受け止める体勢に入れるほどの余裕はない。故に選択したのはスライディング。

 

「――ッシャァァバッチコーイ!」

 

 威勢良く叫んだ一夏が右足からエントリーすると同時に。

 ()()()()()()()()()()

 

「えっ」

 

 するーっと一夏は少女と地面の隙間を通り抜け、そのまま、どかーんと芝生広場に植えられた巨木に激突した。

 

「グワーッ!」

 

 漫画みたいな声を上げて、一夏は右足を押さえてその場にゴロゴロと転がる。

 一夏は泣いた。もう今日は厄日だと思った。

 

「……おい」

「あああああもおおおおおやだあああああああ! 今日は駄目だ! 閉店! 帰るわ俺!」

「……おい、お前」

 

 一人で泣き叫んでいると、不意に影が差した。

 動きを止めて顔を上に向けると、一人の少女がこちらを覗き込んでいる。

 先ほど一夏が受け止める前に静止した――思えばあれはISを起動させ、PICで自分を受け止めたのだろう――銀髪の少女だった。

 左目が眼帯に覆われ、右の真紅の瞳がこちらを無遠慮に見つめている。

 

「私を助けようとしたのか、織斑一夏」

「そりゃ、まあ……落ちてきてたら助けようとするだろ」

「そうか。ならば感謝する」

 

 彼女はぺこりと頭を下げた。

 慌てて一夏はジャージについた草を払いながら立ち上がった。

 

「い、いや。気にしてないって……ていうか、あれ? 俺の名前」

「知らないはずないだろう、世界唯一の男性IS乗り」

 

 そういえば有名人になってるんだっけ、と学園島での暮らしに慣れきっていた一夏は手を打つ。

 

「ああ。織斑一夏だ。ええっと……」

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。そして私は……()()()()()()()()()

「へ?」

 

 突然――ではなかった。ただ一夏が気づいていなかった。痛みやら混乱やらでから回っていた思考回路が、ここにきてやっと元通りになり、即座に感知する。

 その赤い瞳に込められた、決して好意的とは言えない感情に。

 

「私を助けようとしたその意気やよし。だが……それでも私は、どうしても貴様を好きになれん」

「えーっと……」

「……困惑は仕方ない。これは……私のわがままなのだ。自分でも抑えきれない感情なんだ。だから貴様を傷つけることがないよう、貴様も傷つくことがないよう、私と貴様は距離を置いて過ごすべきだろう。以上だ」

 

 言うだけ言って、彼女はすたすたと歩き去っていく。

 

「……なんなんだよ、今日は……」

 

 一夏は天を仰いで、嘆息した。

 ぶつかられるわ転がるわ女の子が落ちてくるわ転がるわ……転がってばかりだった。

 

 まあ、トラブルはあったが、別にいい。自分の日常がこれで劇的に変化していくわけでもない。

 そう思いなおして、改めて一夏は走り出すべく、一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は転校生を紹介します! しかも二名です!」

(どっちも知ってるゥゥゥゥ――――!?)

 

 日常が劇的に変化する予感に、一夏は思わず頬をぴくぴくとひくつかせた。

 

 

 

 

 

 

(あ、おりむー、今日なんか少し元気になってる……?)

 

 隣の東雲はその様子を見て、安堵していた。

 

(良かった、最近ずっとふさぎ込みがちだったもんね。なかなか話しかけられなかったけど……そろそろ、また話せるようになるかな……? その、よく考えたら、まずはお友達からっていう方が自然だし!)

 

 内心で拳をぐっと握り、東雲はここからの逆襲を画策する。

 

(その点では転校生っていうのはいい気分転換になるかな! 最近はせっしーとりんりんをギタギタにしながらしののんに基本機動教えてばっかだったし! なんとかここからおりむー復帰までこぎつけたいな! で、転校生って……あの眼帯すっげぇこっち見て驚いてるけど誰だっけ……あと隣は……男装趣味? もしかしておりむーとのペアルック狙いか……!? テメェッ!)

 

 急にキレんな。

 

 

 

 

 

 




第二部が虐殺エンドになってしまったので
明るく進めていきたいと思います

あと更新ペースも一章分書き溜めて順次放出ではなく
素直に書きながら投稿する感じに切り替えていきます
毎日更新とはならなくなりますのでご容赦ください

次回
23.エンカウントが止まらない


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23.エンカウントが止まらない

着実に一話あたりの文章が増え始めていて頭を抱えている

そういえば推薦いただきました、ありがとうございます
羅武コメってなんだよ


「シャルル・デュノアです。フランスで代表候補生をやっていましたが、こちらに僕と同じ境遇の男子がいるということで転入する運びになりました。皆さんよろしくお願いします」

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。ドイツで代表候補生をやっている。諸般の事情により入学が遅れてしまったが、よろしく頼む」

 

 教壇に並ぶ二人の転校生を見て、一組クラスメイトは数秒黙り込んだ。

 対照的な金と銀である。穏やかで気弱そうな美少年と、苛烈ながら堂々とした態度の美少女。

 しかもどちらとも代表候補生だという。挙句の果てに片方は男子だ。

 普通、思考がフリーズしないわけがない。

 

 とはいえ。

 一夏を取り巻くお祭り騒ぎに慣れてしまった面々からすれば、もうはしゃげればなんでもいいのであって。

 

「やったー! 二人目の男子も一組が獲ったどー!」

「獲った……獲った……? まあとにかく、私たちの勝利ね!」

「おい眼帯ロリもいるぜ! こいつは楽しめそうだぐへへ……!」

 

 蛮族っぽいのも含め全員立ち上がり、口笛を吹いて、やんやの喝さいを送り始めた。

 教壇に佇む山田先生はそのお祭り騒ぎにあばばばばとテンパり、教室隅に佇む千冬は頭が痛そうに眉間を揉む。

 

「えっ……何、これ……?」

「あー……うちのクラスメイトは、みんな仕上がってるんだよ」

 

 思わず金髪の男子は、目の前の席に座る一夏に助けを求めた。

 一夏は机に頬杖をついたままクラスの熱狂を聞き流しつつ、眼前に佇む二人の転校生を見上げる。

 

(――シャルル・デュノア。二人目のISを起動できる男子、ねえ)

 

 そんな存在がいるなんて、今という今までまったく聞かされていなかったが……

 ふと一夏は隣の東雲の視線がシャルルに突き刺さっていることに気づいた。彼女はシャルルをガン見して、何度かまばたきして、それから千冬に顔をさっと向けた。

 実は一夏には見えていないが、セシリアも同様に穴が開くほどシャルルを見つめて、それから千冬に()()()()()()()()()()と目で問うている。

 二人の代表候補生からの視線を受けて、千冬は黙って首を横に振った。

 

(まあ、いるんならいるってことで、別にいいんだ。問題はこっちだろ)

 

 そんな様子には気づく由もなく、一夏はすっと視線を横にずらした。

 シャルルの隣に立っている、小柄な少女。眼帯に覆われていない赤い瞳はこれでもかと見開かれ、間違いなく、東雲令を見ていた。表情は驚愕に染まっている。

 

(代表候補生、ドイツ――ドイツ、か)

 

 一夏は誘拐事件に遭った際、ドイツ軍の捜索もあって発見された。

 そういう意味では、ドイツ軍と縁があるのならば、ラウラは彼にとって恩のある組織の一員かもしれないが。

 今朝、距離を取ろうと言われたばかり。なのに実は同じクラスでした、なんて、よほどラウラは神に見放されているのだろう。あるいは見放されたのは一夏の方かもしれない。

 

「えーっと! 皆さん静かにしてくださいッ! あの……あの~!」

「まったく……」

 

 パンパン、と千冬が出席簿を手でたたいた。

 

「ほら、静かにしろ」

 

 それきり、教室は水を打ったように静まり返った。

 ラウラが何故か大仰に頷き、さすが教官だと言っているが、どう考えてもこれは千冬でなければ対応できない生徒を集めたIS学園の陰謀だろう。一夏は大まじめにそう思った。

 

「じゃ、じゃあとにかくそうですね。もう授業も始まりますし、織斑君! デュノア君を更衣室まで案内してもらえますか? あっ自己紹介もしつつ!」

「あー、はい」

 

 頭をかきながら立ち上がる。今日は一時間目から二組と合同でIS実機を用いた訓練だった。

 

「一応、まあ、自己紹介は必要か?」

「う、うん。今朝はごめんね……僕、シャルル・デュノア。シャルルって呼んでね」

「分かった。俺は織斑一夏。一夏でいいぜ」

 

 視線を交わせば、今朝の騒動で慌てふためいた少年とは思えないほど芯の通った瞳だった。

 なるほど頼もしさを感じる。貴公子という呼び名が付けられてもおかしくない。

 中性的な顔立ちと思ったが、物腰と佇まいには力強さや高貴さすらあった。

 

(――いや、セシリアとは違う。血筋とか名家とかっていうよりは、これは……純粋に上流階級……か?)

「じゃあ更衣室に行こうか、一夏」

「お、おお」

 

 シャルルにせかされて、思考に埋没していた一夏は顔を上げた。

 それから二人はドアから出ようとして。

 廊下を人影が埋め尽くしていることに気づいた。どう考えても外に出れる状態じゃない。恐らくは二人目の男子、シャルル目当てでやってきたのだろう。

 

「……相川さん」

「なーに?」

 

 入口傍の席に座る少女、出席番号一番の相川清香に、一夏はぎこちなく顔を向ける。

 

「いつから、こんなにいた?」

「えーっと、『自己紹介は必要か?』のあたりかなあ」

「めちゃくちゃ序盤じゃねーか! それならそうと言ってくれよ!」

 

 てへぺろ★と相川は舌を出して自分を小突く。

 ハメやがったなこいつと歯噛みするが現実は変わらない。見れば一組女子たちはこちらをちらちら見ている。

 

「え、ついに織斑君、覗き……?」

「やっとISバトル以外にも興味を持ったんだ……!」

「見たいのなら部屋に来てくれたらいくらでも……」

「当方はそれが織斑一夏の望みならば許容する」

 

 ひどい言われよう――というより、バトル以外に趣味のないかわいそうな人間に対する言いようである。

 というか師匠がまじめ腐った顔でやばいことを言っていた気がする。もしかして彼女、押しに弱いのかもしれない。

 

「だああああああああああ! シャルル! 突破するぞ! 俺が切り込むからお前は六時方向注意(チェックシックス)!」

「え、りょ、了解!」

 

 覚悟を決めた。

 一夏は両眼から炎を噴き上げると、ドアを勢いよく開けて教室外に躍り出た――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成し遂げたぜ……」

 

 一夏は燃え尽きていた。

 教室から第二アリーナ男子更衣室までは全力疾走でいくつもの角を曲がり、階段を上がったり下りたりして五分弱。

 その間ずっと一夏は、最短経路をふさがれるたびに次に良い経路を選択し、その時点での最短パターンを再計算し続けていた。

 彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ずっと走り続けていたのだ。訓練のたまものである。

 

「あはは……ありがとね」

 

 ここは第二アリーナの地面。

 模擬戦闘を全員で座り込んで見学しつつ、一夏は隣のシャルルとたわいもない雑談に興じている。

 

「にしてもあの『ラファール・リヴァイヴ』を製造してるメーカーの御曹司だったなんてな」

「まあ、あんまり気にしなくていいよ」

 

 見上げた先には、空中で演武のように舞う二機のIS。

 イギリス製第三世代機『ブルー・ティアーズ』と、フランス製第二世代機『ラファール・リヴァイヴ』だ。

 操縦者はそれぞれセシリアと山田先生。普段のぬぼーっとした具合からは考えられないほど、一組副担任は苛烈な攻めで着実にイギリス代表候補生を追い詰めている。

 

「あーやられたやられた」

「おう鈴、ナイスファイト」

 

 その時、ISスーツ姿の鈴が、疲れた表情で歩いてきた。

 やや足取りがおぼつかないのを見て、シャルルとは反対側の隣に座っていた箒が慌てて立ち上がる。

 

「おい大丈夫か鈴、ほら」

「さんきゅね、箒」

 

 一夏が抜けてしまった訓練を共にこなすうちに、箒、セシリア、鈴の間にはどうやら一定の友情が生まれていたらしい。

 駆け寄った箒は鈴の右腕を背中に回して、彼女に肩を貸した。

 

「推察。アレは……()()()()()()()()()()()()だったのだろう」

「そうだね」

 

 一夏の背後に佇む東雲の言葉に、シャルルは即答した。

 当然、シャルル以外はお前が言うなという視線をぶつけた。しかし本人はどこ吹く風である。

 

 東雲の言葉通り、山田先生の戦闘技術は、印象を覆して余り有るものだった。

 高速機動、射撃精度、何よりも戦闘用思考回路の回転、どれをとっても一級品だ。

 鈴の砲撃にかすりもせず、相手の甘えた機動を見た瞬間には撃ち抜いている。

 どう考えても――現在の代表候補生とは格が違う。

 

「ったく、ほんとどーなってんだかあの先生、って感じだけど……それよかは」

「ああ、セシリアだな」

 

 セカンド幼馴染の言葉に、一夏は空を駆ける蒼穹の機体を見上げた。

 疾い――自分が戦った時よりも、各段に、()()()()()()()

 無駄のない動きはさらに洗練され、もはやそれは単なる移動ではなく舞の次元に昇華されつつある。縦軸と横軸を組み合わせた際の軌道は複雑怪奇でありながらも流麗、見惚れるような美しさすらあった。

 

「僕も二人に同意だね」

「ああ。私もだ。山田先生にここまで持ちこたえているセシリアの技量こそ、今は感嘆すべきものだろう」

 

 事実生徒らの視線はほとんど、顔中に汗を浮かべながら、()()()()()()()()()()()()()()()()()セシリアに注がれている。

 山田先生の射撃を回避しきれない場合には盾として防ぎ。

 ビットの射撃に意識がそれた瞬間には、それを矛として突撃する。

 

「鈴が落ちそうになった時、躊躇なくセシリアにブン投げた時は何事かと思ったぜ」

「東雲相手の訓練で、セシリアも結構近接武器使うようになってたからね。でしょ、センセ」

「いや私が教えたのは短刀の扱いなんだが……」

 

 馬鹿でかい青龍刀を必死に振り回す臨時の弟子を見て、篠ノ之流を修めた少女は複雑そうにつぶやいた。

 表情が『知らん……何あれ……怖……』と語っている。

 

 そうこうしているうちにも、ついに山田先生の射撃が『双天牙月』の持ち手を捉え、吹き飛ばす。

 地面に落下していく友の武器を眺めてから、セシリアは首を横に振った。

 降参(リザイン)である。

 

「終わったね」

「終わったな」

 

 全員ゆるゆると立ち上がった。

 ――だが一夏だけは見逃さなかった。セシリアがこちらを一瞥し、その蒼眼に炎を燃え盛らせていたことを。

 

(……なるほど。こんだけ粘ったのは……俺に見せたかったのか)

 

 彼女の瞳が告げている。()()()()()()()()()()()()()

 ――ライバルが、自分に発破をかけているのだ。

 

「……ッ」

 

 拳を握った。

 何かを背負わせるわけでもない。何かを押し付けるわけでもない。

 

 ライバルはただ上空で、じっと自分を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業を終えて自室に戻り、翌日の座学の予習のために教科書を開き。

 ふと休憩がてら、教科書巻末の用語集をめくっていた。

 意外と知らない単語や知っている単語が入り交じっていて、眺めているだけでも楽しく、また勉強しているような気分になれる。

 

 そうして文字の羅列を眺めていると、ちょんと肩を突かれた。

 顔を真横に向けると、片手に茶碗を握ったシャルルがいる。

 1025号室のルームメイト。同性同士ということで、二人は仲良く同じ部屋に押し込められることになったのだ。

 

「ねえ一夏、この日本茶って、畳の上で飲むものじゃないの? 僕、ここで飲んでて大丈夫なのかな……」

「お前が言ってるのは抹茶だぜシャルル。実はあれ、武士じゃないと飲んじゃいけないんだ。平民出の俺は武士に抹茶をたてる義務があってさ」

「……ごくり」

「……不味いと、斬られるんだ」

 

 やっぱり! とシャルルは悲鳴を上げた。当然嘘っぱちなのだが、一夏は神妙な顔で言い切って、挙句の果てには誤解を解くことなく教科書に視線を戻した。

 並ぶ単語はISの特殊機動名称から始まり、IS乗りとしてはいまいち縁のない整備用プログラムであったり、あるいはIS乗りの精神状態を示す単語であったり。

 その中で。

 

 不意に目が留まった。

 

 

 ――『IS恐怖症(フォビア)』。

 

 

「IS……恐怖症……?」

「え? ISを用いた戦闘に強い忌避感を抱いた結果、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()……だったっけ」

「――――――」

「平たく言えば軍人のPTSDのIS乗り版、みたいな感じなのかな。ISって脳からの信号伝達が肝なわけだから、まあ、精神的な不安定さは操作精度に直結するわけだし」

 

 シャルルの言葉が耳を滑っていく。

 一夏は食い入るようにして、その文字列を見つめた。

 

 思い出す。

 今朝の二度目のエンカウント。

 自分は、ラウラ・ボーデヴィッヒを受け止めようとして。

 

 ISを起動しようとした。のに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 がこん、と自動販売機が無造作に缶コーヒーを生み落とした。

 学生寮の談話室に赴き、わざわざ飲み物を仕入れる生徒は少ない。生徒が住まう二階から階段を下った一階、それも食堂や大浴場のある方向とは反対側にある談話室は、どちらかといえば物静かな生徒が好んで使う施設だった。

 

「……ふう」

 

 就寝時間直前というのもあってか、談話室には人気がなかった。

 一夏は息を吐いて、コの字型に配置されたソファーの一席に座る。

 

「……恐怖心……俺の心に……恐怖心……」

 

 自分の手を見た。オータムのことを考えると、手はわずかに震え、拍動が早まる。

 恋かよ、とあまりに適当な冗談を独り言ちて、それからプルタブに指をかけた。

 カシュと軽い音とともに空いた飲み口から、コーヒーを口に流し込む。

 

「……ん?」

 

 ふと顔を上げた。自分以外に誰もいないと思っていたが……正面のソファーに、何やら布の塊が置かれている。

 さらにじっと見つめていれば、もぞもぞと動き始めた。

 思わず腰が浮く。何だこれは。

 

 その時ちょうど、ドアがノックされた――というより、何か手に抱えたものをドアにぶつけたような音が何度か響いた。

 一夏は布の怪物を見て、それから恐る恐るドアに近づく。

 

『ごめん、なさい、荷物が多くて、ドアが開けられない』

「あ、ああ」

 

 ソファーの未確認生命体を放置していていいのかとも思ったが、まずは人助けが優先だ。

 一夏はドアをそっと開けた。

 しかし向こう側にいたのは、これまた本の怪物だった。

 

「っとぉ!?」

 

 前門後門謎の化け物にふさがれた!? と一瞬慌てたが、よく見れば違う。

 部屋に入ってきたのはれっきとした人間だった。タワーのように積まれた分厚い本を、小さな手がぷるぷる震えながら支えている。

 顔どころか身体が見えなくなっているが、スカートがかろうじて見えた。女子生徒が山のような本を抱えて、ここまで歩いてきたらしい。

 

 さらに開けっ放しのドアから、もう一人、これまた山積みの本を抱えた少女が颯爽と入ってきた。

 彼女は一夏の隣をさっさと通り過ぎて、一人目とは違い速やかに本を談話室のテーブルに置く。それは艶やかな黒髪を下した真紅の瞳の少女。東雲令である。

 

「……あ、東雲さん」

 

 今日はいろいろありすぎて逆にネガティブ思考ができず、一夏はしれっと名前を呼んだ。

 東雲は驚いたのか数秒硬直して、それから彼の顔を見た。

 

「……ッ。名を呼ばれるのは、久しぶりに感じる」

「ごめんって」

 

 少しすねたような口調だった。

 

「ねえ、令、もしかしてそこにいるのって」

「……肯定。だが、更識簪、安心してほしい。当方が仲を取り持とう。親しい者同士がいがみ合うのは、歓迎できない」

 

 まだ一夏からは顔が見えていない少女は、どうやら東雲と仲が良いらしい。

 下の名前で呼ばれているのを聞いて、一夏は少し驚いていた。

 

「……ありがとね、令」

「気にすることはない。当方にとって、どちらも大切な存在である」

「ありがと。じゃあとりあえず本を――――あっ」

 

 その時。

 彼女は一夏の向こう側にあるテーブルに近づこうとして。

 ぽてっと躓いた。

 

 あ。

 

 積み上げられた本が、ふわりと浮く。そこでやっと、一夏は浮かんだ本と本の隙間越しに、少女の水色の髪と、気弱そうな瞳を見た。事態の理解が追い付かず、彼女は目を白黒させている。

 それから一夏は視線を上げた。雨のように本が降ってきていた。

 文字通りの雪崩として迫りくる分厚い本たちを、一夏は引きつった笑みで見ていた。

 

(――――やっぱ今日ダメだわ)

 

 どんがらがっしゃーん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おっぶぇ!)

 

 人類最高峰の瞬発力と身体能力を誇る東雲令が動かないはずもなく。

 落下した辞書のように分厚い本たちを、カンフー映画もかくやと言わんばかりの体さばきで次々と、というか全部受け止める。

 肩に着地させるわ腕に載せるわ足先に引っ掛けつつ太ももにも載せるわで、一人で十冊以上の書籍を、見事一つも床に落とさなかった。

 

(た、助かった! 弁償とかになったらかんちゃんがやばいし! ていうか、おりむーいたんだ。ふへへ……カッコいいとこみせちゃったナ……なんていうんだっけ、そう、見たか! 当方の超ファインプレー! 好感度下げちゃった原因が分からなくてもここからまた稼ぎなおせばいいんだよぉ! ありがとうかんちゃん! こんな好機をくれるなんて、友情万歳!)

 

 そんなエゴむき出しの感情のまま、ぐりんと顔を向けた東雲の目に。

 躓いて転ぶ水色の髪の少女――を、咄嗟の反応で受け止め、二人仲良く床に転がった、織斑一夏の姿が飛び込んできた。

 

 身体はこれ以上なく密着しており、さすがの一夏も頬を赤く染め、少女もまた耳を真っ赤にしている。

 東雲がこれほどまで密着したことがあっただろうか――ていうかよく考えたら肌と肌が触れ合ったことなくない?

 つまりゼロに何をかけてもゼロなので、彼女は理論的にこれ以上なく敗北した。

 

 

 

(さよならかんちゃん 絶交だよ)

 

 

 

 友情は潰えた。

 

 

 

 







次回
24.やけっぱち寿司パーティー


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24.やけっぱち寿司パーティー

 状況は混迷を極めていた。

 学生寮1025号室――本来は一夏とシャルルがいるべき部屋で。

 

「…………」

「…………」

 

 なんかすごい不機嫌な女子とそのツレが、一夏のベッドに腰かけている。

 それを見てアメジストの瞳を細めながら曖昧に微笑むシャルルは、自分のベッドに座り。

 学習机の上でとぽとぽとお茶を淹れている一夏は、顔中にびっしりと汗を浮かべていた。

 

(なんだ……!? 東雲さんのお連れさんは何で怒ってるんだ……!? 分からん、さっぱり分からん……!)

 

 最近は影が薄くなりがちだったものの、彼は本来度を越えた唐変木である。

 苦手意識と羞恥が混ざっている少女の感情など分かるわけもない。

 

「ど、どうぞ……」

 

 湯呑を二つ、少女たちに差し出す。さすがに叩き落されたりはせず、両者きちんと受け取ってくれた。

 

「……どうも。結構なお手前で」

 

 水色の髪の少女は、冷たい言葉でお世辞を言う。

 その雰囲気ばかりはまるで身に覚えがなく、むしろ彼女を助けた一夏としては理不尽この上ない。

 

(シャ、シャルル……!)

 

 助けを求めて視線を送ったルームメイトは、顎に指をあててうーんと考え込んだ。

 シャルル視点では、彼女は間違いなく一夏に対して何かしらの感情を向けていて、それが不機嫌さという形で表出しているのだ。

 

「……あの、えっと、名前を聞いてもいいか?」

「あっ」

 

 とりあえず一夏は、水色の髪の少女に声をかける。

 彼女はちょっとぽかんと口を開けて、頬を赤く染めた。そういえば名乗りすらせずに、部屋にまで上がりこんでしまったのだ。

 

 談話室で助けられた際、彼女は何かを一夏に言おうとして、だが言えないという状態だった。

 見るに見かねた一夏はとりあえず本を一緒に運び、それでもまだ何か言いたげな様子を見て、女子の部屋よりはと自分の部屋に招いたのだ。

 

 ちなみに布の塊は簪がキレ気味に放置していこうと提案したので放置した。

 おそらく待っている間に寝落ちした結果がこれなのだろう。顔も知らないであろう少女に一夏は合掌した。

 

「……更識、簪」

「更識――ああ、楯無さんのね」

「……ッ」

 

 何気ない言葉だった。

 だがシャルルは、それを聞いた簪が少し身をこわばらせたのを見逃さなかった。

 

(――コンプレックス持ち。多分根が明るい方じゃない。なのにここまで一夏に対してつっけんどんってなると……そのお姉さんに対するコンプレックスに近いレベルで、一夏と何か因縁があるのかな?)

 

 多くの人間観察をこなし、それができなければならなかった立場のシャルルは、僅かな挙動から心理を読み取っていく。

 東雲がちらりと簪を見て、何かしらを話そうと口を開いた。

 瞬間。

 

()()()()()

 

 一夏の唇から漏れた言葉に――眼鏡型ディスプレイの奥で、簪の目が見開かれた。

 

「目標が高ければ高いほどきつい。うん。本当……しんどい」

「…………でもあなたは、専用機までもらって……前に、進んでる」

「欲しくてもらったわけじゃない」

「――――ッ!」

 

 その言葉で簪の目つきが変わった。

 

「貴方は……!」

「だけど――前には、進まなきゃいけない」

「ッ!」

 

 激情に駆られて飛び出した言葉が、それを聞いて止まる。

 一夏の瞳は虚空を見つめていた。

 いや正確に言えばきっと、それは、ここにはない()()を見ている。

 

「どんな壁があっても、それを理由に諦めたくない。立ち止まることがあっても、後ろを振り向くことがあっても。俺は最後には、前に進みたい」

 

 すっと視線を落として、彼は震える自分の拳を見つめる。

 何を見ているのかまでは、三人は読み取れない。けれど何かに耐えているのだけは分かる。

 

「だから――今は、こいつがあって、助かったと思ってるよ。まあ最近はちょっと困ってるつーか……絶賛立ち止まってるとこで、申し訳ないんだけどさ」

 

 腕につけた白いガントレットをぽんぽんと叩いて、一夏はぎこちなく笑った。

 それを聞いて簪は――どこか、毒気を抜かれたようにぽかんとしている。

 何か想定外のことが起きたような。

 それも想定外に()()()()だったような。

 

(――専用機。コンプレックス。それと……制服にいくつも端末を入れてるね。でも整備課じゃない。間違いなく専用機持ち。日本人。これは――彼女の専用機に何らかの問題が発生している。それも恐らく一夏が原因で……?)

 

 場の流れは確かに変わった。人間の感情のレールが切り替わった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、シャルルは思考を回した。

 

(うん。結構今ので、冷淡な感じがほぐれてる。この場をより良い方向に導くためには、一夏と更識さんの関係を良好にするためのあと一押しをすることがベストかな。そのために必要なキーパーソンまでそろってる。これならちゃんと()()()()()()()()()

 

 シャルルの思考回路はただ一つの目的のために、常人よりも純化されている。

 目的を単一化し、ただそれのみに突き進む、それのみに価値を認める。

 シャルル・デュノアは曇りなき眼でそれを信じていた。

 

 故に彼は気づかない。

 

「ねえ、東雲さん。せっかくだからさ、二人が仲良くなれるように、明日にご飯とかどうかな」

「………………………………………………………………」

 

 その女は簪よりはるかにキレているということに――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして後日。

 

「これでいいか(半ギレ)」

 

 そこでは東雲は再び食堂を貸し切って、今度こそ寿司百パーセントのバイキングを開催していた!

 

「すごい! っていうか、想像以上すぎて逆にびっくりっていうか……!」

「喜んでくれたのならばよかった(半ギレ)」

 

 シャルルは隣のクールビューティがめちゃくちゃキレていることに一向に気づかなかった。

 

「これは……一体……なんなのだ……?」

 

 トロの握りをこれでもかとトレーに並べつつも、箒は困惑の声を上げる。

 食堂は貸し切りで、名目上は『学年別個人トーナメントに向けて学年の親交を深める会』なのだが、これは東雲が完全なやけっぱちで千冬に突き付けたモノだ。

 元がそれなのだから形骸化するのも早い。とりあえず暇な一年生がわんさかと集まって、好き放題に騒ぐ空間となっている。

 

「やー、『世界最強の再来』っていうしあの感じだし、とっつきにくいかと思ったらさー」

「結構いい人みたいだよね! こういうパーティーを開催してくれるなんて!」

 

 仕方ないことだが一般生徒から東雲への好感度はうなぎ上りだった。

 今までは人を寄せ付けないような鋭利な空気を身に纏っていた少女が、こういった開けた場を主催したのだ。

 一年一組から始まり、八組までの生徒らが食堂に出たり入ったりである。

 最も騒いでいるのは言うまでもなく一組生徒だ。

 

「みんな楽しんでくれているようで何よりである(半ギレ)」

 

 そんな中で、東雲は明確にキレていた。顔にも声にも出ていないが、めちゃくちゃキレている。

 まず大親友が自分を裏切って一夏と身体接触した時点で完全に怒り狂ってはいたのだが、あろうことか二人がそこから仲良くなるための手助けをすることになったのだ。

 

 

(そりゃね。仲を取り持とうとは思ってたよ。かんちゃんは絶対おりむーが嫌いだから、いがみ合うことがないように、お互いが傷つかないようにしようって思ってたよ。出会い頭にハグしてたんだよ。誰があそこまでくっつけって言ったんだよ。当方ですらしたことがないのに。当方ですらしたことがないのに!)

 

 

 あれが不可抗力であることは東雲とて理解しているが、やはりそれで感情を制御できるほど成熟した人格ではない。

 表に出ていないという意味では感情を制御できていると言えなくもないのだが……

 

 

(当方に!!!!! しろよ!!!!! そういうのはさあ!!!!! ていうかフッた女の目の前で別の女とイチャコラするなよ!!!!!!!!)

 

 

 フッてもいないしイチャコラもしていない。

 ついでにお前にしたらカウンターで首が飛びかねない。

 

 東雲は食堂のカウンター席に腰かけ、副主催者であるシャルルと共に会場を眺めていた。

 今回の一件で一般生徒の間では東雲とシャルルの関係を勘繰るような噂も流れているのだが、東雲はまず気づいていないしシャルルもそういうのじゃないときっぱり否定している。

 

 元より学年全体を巻き込んだのは、一組に属する生徒と四組に属する生徒を自然に引き合わせるというそれだけのため。

 二人きりでは片方が気後れする。だからこそこうして、逆にどんちゃん騒ぎにすることで目立たないようにした。

 

 シャルルは話しかけてくる女子の話を笑顔で聞きつつ、分割思考の一つを食堂隅の会話に割いた。

 一つのテーブル。喧騒とは切り離されたような空間。

 

 織斑一夏と更識簪が、そこに座って対面している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………そっか。そういうことが、あったんだな」

「……うん」

 

 倉持技研が『白式』を担当していることは一夏も知っていた。

 だがそれゆえに、簪の専用機が人員を奪われ完成から遠のいていたとは知りもしなかった。

 

「最近は、『みつるぎ』っていう会社がサポートに加わってくれて……巻紙さんっていう人がすごく、丁寧に補佐してくれてるけど……」

「うん、そっか」

 

 二人に挟まれたテーブルには、東雲が勧めた特上の握りが並んでいる。

 会話を優先するあまり放置されていたそれらに、あえて一夏はそのタイミングで手を伸ばした。

 

()()()()()()

「!」

「『白式』のために働いてくれてる人たちのおかげで、俺は戦える。俺が、『あの人たちは本当は君のために働くべきだった』だなんて勝手に言うことは……俺を支えてくれている人たちへの、冒涜だ」

「……ッ」

 

 一夏はヒラメの握りを口に放り込んで、咀嚼し、飲み込む。

 それから真剣なまなざしで、簪を見た。

 

「だから君には、俺個人を嫌う権利がある」

「……嫌いになんて……なれないよ」

「どうして?」

「……織斑くんは……前に……進んでるから……」

 

 一夏の眉が跳ねた。

 しっかりと、言葉にはしてないのに。

 言葉の後ろに――『私なんかとは違って』と聞こえた。

 

「それは違う。俺は……今まさに、立ち止まってるところだよ」

「え?」

「今、すっげえつらくて、すっげえしんどいんだ。だから……這ってでも進むなんて考えは、やめた方がいいのかもなとは思ってる。目指すべき方向を見据えながら、今は少し、立ち止まってもいいのかなって」

 

 彼の瞳に揺れている哀切を、簪は確かに読み取った。

 食堂はいまだ喧騒に包まれている。誰もこちらを見ていない。

 

「……多分、大丈夫」

 

 え、と。

 間抜けな声が、一夏の口から転がり出た。

 簪はテーブルの上に身を乗り出して、一夏の頭をそっと撫でていた。

 

「こんなこと、言うの……ヘンだけど。私は、()()()()()()()()()()。だから……きっと、大丈夫」

 

 なんとか笑顔に寄せようとして、彼女は唇をぎこちなく吊り上げる。

 まったく笑顔になっていないけれど、自分に気を遣ってくれているのは分かる。だから一夏は笑い飛ばそうとした。似合ってないぞと。

 

「大丈夫……織斑くんはきっといつか、立ち上がれる」

 

 だけど。

 

「私、少し、勇気もらっちゃった……織斑くんもそうなんだ……あなたも、立ち止まるしか、できないことがある。だったら私も、いつか、織斑くんみたいに進みだそうと、思えるんじゃないかって…………だから……あなたも、きっとそうなんだよ」

 

 間近で見る真紅の瞳にはこれ以上ない慈愛の色が浮かんでいて。

 

「だから今は休んでもいいんだよ……目指すべき場所の高さに挫けたって、仕方ないんだから……だって織斑くんは、今までもう、十分に頑張ってるんだから」

 

 その言葉はこれ以上なく心にしみて。

 

「…………おう」

「……泣いてるの?」

「ば、馬鹿言うな。わさびがききすぎだったんだ」

 

 子供みたいな言い訳に、ふふっと簪は笑みを浮かべた。

 それが無性に気恥ずかしいのに、一夏は、それ以上に安らぎを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーなるほどね。確かに、ああいうのも必要かもねえ」

 

 東雲のすぐそばに来た鈴は、一夏と簪を眺めながらそう言った。

 

「……ああいう風に優しく寄り添ってやれるのは、私には……できないな」

「何をおっしゃいますか。彼を今まで一番親身に支えてきたのは貴女でしょうに。そこは自信をもってシャキッとしなさい」

 

 自嘲の笑みを浮かべる箒に対し、セシリアは親友の背中をばしんと叩く。

 

「うん。あれはすごく……思っていたよりも、いい着地かな」

 

 ()()()()()()()()()()と、シャルルは満足感を得た。

 

 

 そして。

 

 

 東雲令は。

 

 

 それを見ていた。

 

 

 

 

 気になる男子と同世代一番の大親友がなんかすげえ勢いでフラグを立ててるのを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東雲は激怒した。必ず、かの天然たらし唐変木の男を締め上げねばならぬと決意した。東雲には恋愛がわからぬ。東雲は、彼氏いない歴=年齢の女である。刀を振るい、他の代表候補生や日本代表と遊んで暮して来た。けれども気になる男子の動向に対しては、人一倍に敏感であった。

 

 

 

(覚えてろよ……ッッッ!!!)

 

 寿司を放り込みすぎてリスみたいになった頬をさらに膨らませて、東雲は捨て台詞を吐いた。

 何をだよ。

 

 

 

 

 






着実に覚醒ポイントを貯めていく原作主人公の鑑


次回
25.無価値(ゼロ)


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25.無価値(ゼロ)

バレンタイン特別回です


「だめだなー」

「だめだねー」

 

 整備室の片隅で、一夏は天を仰ぎ、簪はがっくりとうなだれていた。

 

 あの後――自身が『IS恐怖症』を発症している可能性があると、一夏は誰にも打ち明けられなかった。

 元より精神的な問題が原因ならば、自分でどうにかしなくてはならない。

 故にどちらかといえば、問題は機体の改修の方。

 

 課題である『白式』の改修と『打鉄弐式』の完成に取り組むことにした。

 

「……当方はそろそろ別件でここを離れる」

「ああ、悪いな」

「……お疲れ、令」

 

 二人して機体を前に、担当整備者と電話をしたり学園が用意できるパーツとにらめっこしたりしながら数時間。

 既に日は暮れていた。

 六月の末から繰り上げられ、中旬に開催される運びとなった学年別トーナメント。生徒全員強制参加となるそのイベントに向けて、一夏は戦いの中で切れる札を増やしたい。簪は機体を完成させたい。

 そこで東雲も特訓を中断し、各々の行動時間を増やす方針に舵を切った。

 

 セシリアは一人、黙々と腕を磨いている。

 箒はIS戦闘機動を想定しつつ、生身で剣を振るっている。

 鈴は――なんか『双天牙月』の消耗速度が想定の三倍早いって怒られて涙目になっていた。たいてい壊したり使い潰したりしているのは彼女でない人間なのだから、理不尽極まりない。

 

 見守ってくれていた、時折差し入れを出したり休憩を提案してくれたりした東雲がいなくなり、整備室に残るのは喧騒とは切り離された一夏と簪のみ。

 

(やっぱ武器を積むのは諦めた方がいいな。何より俺の射撃の腕が足りないと思うし)

 

 借りてきたIS用アサルトライフルを床に転がして、一夏は黙考する。

 

(となるとスラスターの出力やらなにやら……今の『白式』はなんでかわかんねーけど容量が()()()()()()()()()()()()。柔軟性がないというか、本来は何かの一点に特化してるんだとは思うが、それが発現してないというか)

 

 では何が食いつぶしているのか。

 では何に特化しているのか。

 嫌でも、一夏はゴーレムの言葉を想起する。

 

(…………いやいやいやそれは……()()()()()()()()()()。『白式』に発現するわけがない)

 

 頭を振って、もう一度愛機のパラメータに目を通す。

 機動力に重きを置いて、今までよりもスラスターの最大出力を増した。稼働効率にはもっと実働時間を積んでいくことが必要と隣の少女に言われている。

 だからもう、手を加えられるところはほとんどない。汎用性のなさは、逆に調整領域の狭さにもつながる。

 一夏はうんとのびをして、隣の少女に顔を向けた。

 

「あー……気分転換してくる、というか今日はもう帰るよ。夜には雨が降るらしいし。()はどうする?」

「…………」

 

 ここ数日の放課後はずっと一緒に作業をしている相手の名を、一夏は気安く呼んだ。

 男子から下の名前で呼ばれることに多少簪がぐにゃぐにゃしたり東雲が激激おこおこカムチャツカスーパーノヴァになったりしているがこの男は一向に気づいていない。

 唐変木だから、というよりは、そこにリソースを割けていない。

 

 迫るトーナメント。

 うんともすんとも言わない機体。

 整備用に顕現させることはできる。ラインが途切れていてもそこには確かに在る。

 

 だけど。

 戦うための鎧としては、召喚に応じてくれない――いいや、きっと一夏が召喚できていない。

 

「――なあ、聞いてるか?」

「…………」

 

 簪はじっと空間に投影された複数のウィンドウに指を走らせて――ない。というかそのうち一つのウィンドウに注視している。

 何事かと覗き込めば、そこでは変身ヒーローと怪人が壮絶なバトルを演じていた。

 

「休憩中でしたか……」

「違う。休憩なんて甘えた意見は看過できない……! 私は……真剣に見ている……ッ!」

「あ、うん。そうだな」

 

 確か『アイアンガイ』という名前の番組だったか。ヒーロー然とした見た目のヒーローが、マスターXなる敵と死闘を繰り広げている。

 彼女の特撮好きはつい先日知ったしその熱量も理解した。

 一夏とて興味がないわけではないのだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()彼にとっては、時期を過ぎてしまったコンテンツだった。

 

(ヒーローか……都合よく間に合ったりするもんなのかねえ)

 

 暴れまわる怪人。

 何もできない市民。

 そんな時に、颯爽と現れて、怪人を倒すヒーロー。

 

(いや……うん。間に合うからこそ、ヒーローなのか)

 

 あの時も、あの時も。

 見上げることしか、できなかった。

 ヒーローの背中。

 

 一夏は内心独り言ちて、錆びた笑みを浮かべてから、白式を待機形態に戻して整備室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寮への帰り道。

 風がぬるい。もう春が過ぎ去ろうとしている。いや風には湿気も含まれていた。雨の予兆を感じる。

 一夏はぼけっと月を見上げながら、ゆっくり歩いていた。

 

「……あ」

 

 ふと気配を感じて、顔を向けた。

 遊歩道を歩く一夏から見て、右斜め前。

 街路樹を挟んだちょっとした芝生のスペース。そこに、織斑千冬とラウラ・ボーデヴィッヒがいた。

 

「では、しばらくはここの教師でいるのですね」

「そうなるな。不服か?」

「まさか。それが教官の望みなのなら、問題ありません」

 

 思わずしゃがみこんで、隠れた。

 教官――ドイツ。

 同時、口調や態度、日常的な動きにも散見される()()()()()が想起された。

 

(千冬姉がドイツに出向した時、何してるのかは知らなかったが……軍の教導官をやってたのか……!)

 

 事実と事実のつながりを認識し、一夏の脳内で新たな事実への道が構築されていく。

 ――ならば、やはりラウラ・ボーデヴィッヒは軍人だ。

 代表候補生として、軍人として。

 IS乗りとして間違いなく格上。

 

「いささか残念ではあります」

「そう、か。随分と――ため込むことを覚えたな」

「大人になった、と言っていただければ」

「違う」

 

 そうこうしているうちにも会話は続いていた。

 が、今この瞬間に、千冬が流れを切った。

 

「残念だよ。いい影響になると思って、東雲と会わせたが……それは大人になったとは言わん。まだ十五だろう、お前。まだ泣き叫ぶ方がましだ」

「…………それは」

「ラウラ、少し肩の力を抜け。お前の転入を推薦したのは、それが一番の目的だ。大成するよお前は。だから、今のうちに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 言葉は曖昧だったが、一夏さえ驚くほどに、温かさを含んでいた。

 思わず顔を出して二人の様子を見た。

 想像とは裏腹に――ラウラは、苦虫を噛み潰したような表情だった。

 

「それでは、いけないのです。私は強くなりたい。強くならなければならない……! ()()()()()()()()()()()()()……!」

「……そうか」

 

 一夏は頭を殴られたような衝撃を受けた。

 這ってでも。前に進みたい。進まなければ。

 

(それは……)

「――呼び止めてしまい申し訳ありません、教官。私はこれで失礼します」

 

 足音が過ぎ去っていく。

 夜風が草木を揺らす音だけがしばらく響いた。

 それでも一夏はしばらく歩けなかった。

 

「おい」

 

 千冬の声。

 最初から気づかれていた。

 

「ウサギが逃げてるぞ。追いかけるなら今のうちだな」

 

 盗み聞きを責めることもせず、ただ姉はそう言った。

 

「――ッ!」

 

 即座に一夏はガバリと身体を起こし、ラウラが立ち去った方向へと走っていく。

 千冬は彼の背中を見て、それから空を見上げた。月が雲に隠されようとしている。

 

「……一雨来るな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか、雨が降っていた。

 それはあっという間に勢いを増していった。先日の豪雨に匹敵するような量の雨が、雷すら引き連れて降り注いでいる。

 少し走っただけでインナーまで雨がしみこみ、一夏は濡れ鼠と化した。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

 そんな中で、一夏は雨音にかき消されないよう、腹の底から彼女の名前を叫んだ。

 滲む視界の中で、銀髪が翻る。

 雨を吸っていないかのような、ふわりとした動き――いいや、実際に彼女は傘を差していないのに、濡れてはいない。

 

「……PICを使え」

「……え?」

「傘代わりになる」

 

 ラウラは上を指さした。

 確かに彼女の頭上で、雨粒は弾かれ、彼女を避けるようにして地面に落ちている。

 

「それで何の用だ。貴様と、私は、距離を置くべきだと、言ったはずだが」

「……ため込んでるって、言ってただろ」

「…………聞いていたのか」

 

 ばつが悪そうな顔をして、彼女は一夏から視線を逸らす。

 

「君は……俺のことが苦手だって言った。でも聞きたい。君はどうしてそこまで、前に進もうとする?」

「追い付けないからだ。あるべき自分であれないからだ」

「誰に」

「決まっているだろう。世界の頂点だ」

 

 明確な言葉だった。

 世界の頂点――それを聞いて連想されるのはただ一人。織斑千冬。

 

「休んでいる暇などない。一分一秒、刹那すらも惜しい。私は立ち止まれない。許されない。そんなことをしていたら、()()、何もできない無力な自分に成り下がってしまう……! 私は()()()()()()()()()()()()……ッッ!!」

「――――!」

 

 ドクン、ドクンと、心臓が鳴っている。

 知っていた。

 その慟哭を、自分自身に向けられた憎悪を。

 織斑一夏は知っていた。

 

 雨に打たれながら、視線が交錯する。

 

 ラウラは明らかに、震えていた。

 そうであれと、自分へ必死に言い聞かせているようだった。

 

 揺れが正確に読み取れた。

 現実の自分と理想の自分の乖離。ああそうだ、それこそまさに今、織斑一夏が直面している懊悩に他ならない。

 

「……君は。いや……君も、苦しんでいるのか」

 

 一夏は思わずそう呟いた。

 だがそれはラウラにとって、致命的な地雷。外れかけていた蓋が一気に開き、激情が間欠泉のように噴き上がる。

 

「貴様と……! 一緒に、するな……ッ!」

 

 片方だけの赤い瞳に、昏い衝動が灯る。

 

「私は、東雲令を見た。彼女は私よりも遙かに、教官に迫っている。負けたくない。教官の隣に立つのは、私でありたい。だから常に前へ前へと進んでいる! だが貴様は進めてはいないだろう……ッ!?」

 

 冷静であれ。不動であれ。東雲令を見て、そう思った。そうであればきっと、自分もいつかその領域に、織斑千冬に比類するような高みへと至れると。

 その信念を、感情の牙があっさりと破る。

 

「貴様は、恥ずかしくはないのか。理想の自分とはまるで別物な、現状の自分が!」

「……ッ!」

「その程度でなぜ立ち止まる……! その程度で恥ずかしくないのか! 呼吸しているだけで苦しいだろう!? 生きているだけで本当は耐えがたい苦痛を感じるんだろう!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 全部、わかる。言葉が余すところなく心の柔らかい場所に突き刺さる。

 だがそれはラウラとて同じだ。声は血を吐くようだった。

 

「貴様は――織斑一夏は、かつての無力な私だ……! 守られるばかりの存在で! 自分の不甲斐なさを噛みしめているくせに前進できないままで! 見ていてイライラする……!」

 

 ラウラは歯をむき出しにして、声を張り上げる。

 あらん限りの敵意をぶつける。

 

 敵意。

 相手を敵と感ずる気持。敵対する心。

 相手を害する意思。相手を否定する意思。

 

 ――あるいはそれは、興味関心の反転。

 

「故に私は貴様を認めない! ()()()()()()()()()()認めるわけにはいかない……!」

 

 完全にヒートアップしているラウラは、今にも相手に殴り掛からんとしている。

 憤懣は気炎となって立ち上り、一夏を否定するために雄たけびを上げる。

 

 許せない。許せない。

 眼前の存在は自分のコンプレックスを煮詰めたような存在だ。視界に入るだけで自分が損なわれたような気にすらなる、看過できない存在だ。

 

「だからッ!」

 

 ラウラは一気に距離を詰めると、一夏の胸ぐらを掴みあげた。

 

「前に進むんだ! 過去の自分を否定して前に進むしかない! 私たちにはそれしか許されない! そうであれと、貴様の心も叫んでいるはずだ!」

「……ッ、おれ、は」

「何だ! 進めない理由でも――」

 

 ハッとラウラが息をのむ。

 

「……IS恐怖症、か?」

「――!?」

 

 言い当てられた。誰にも言っていない秘密。

 一夏の背筋が驚愕に凍る。

 

「そうか……そこまで、かつての私と同じか……!」

 

 論理の飛躍に見えた推測は当てずっぽうではなく、確固たる予感に基づくもの。それは他ならない、ラウラ自身の経験則だった。

 

「ならばせいぜい足掻くといい。私はお前がそうしている間にも進む。進み続ける……! 自分の価値を証明する為に……!」

 

 圧倒されていた。

 決意も覚悟も、すべてにおいて上回られている。

 ただ盲目的ともいえるほどの信念を見せつけられ、一夏はこれ以上ない無力感に襲われた。

 

「……IS恐怖症とは、心の持ちようだ。それを克服できないのならば、貴様には価値などない」

 

 ラウラは乱暴に、彼の身体を横に投げ捨てる。

 水たまりと化している遊歩道に、ばしゃりと一夏の全身が崩れ落ちる。抵抗する気力もなかった。

 

「ISを動かすことすらできない貴様は――無価値(ゼロ)だ」

「……ッ!」

 

 一夏が反論に詰まる。

 それを見てラウラはつまらなさそうに視線をそらした。

 

「貴様が否定したくないのなら、私が否定する。私は、今の貴様の全てを否定する」

「おれ、は」

「だから……いいや。そこで()()()()()

 

 言葉を聞くことすらせずに。

 ラウラは見切りをつけたかのように、背を向けて歩き出した。

 

 

 

 静けさと、孤独と、無力感と、虚無感だけが残った。

 

 

 

 一夏は座り込んだまま、うなだれた、両腕で頭を抱えた。

 心が痛い。胸から血が流れているような感覚。

 

 休んでもいいと肯定された。

 前に進み続けろと否定された。

 

 板挟み。心が引き裂かれたように悲鳴を上げている。

 もう無理だと、一度休もうと叫ぶ自分がいる。

 まだ進めと、ひたすら進み続けろと叫ぶ自分がいる。

 

 だけど結局、恐怖心は拭えていない。

 道を塞がれているのに、何かしなくてはという意思だけが空回り、精神を傷つけていく。

 

「……おれ、は」

 

 ざあざあと、雨が降っている。

 何もかもを流してしまうように。

 何もかもをゼロにしてしまうように。

 

 

「おれは」

 

 

 それは恵みの雨とは言い難いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に、傘が雨を遮った。

 彼をのぞき込むようにして、通りすがりの東雲令が、手に持った傘を一夏の頭上にかざしていた。

 

「――風邪を、引くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おりむーって雨に濡れるのが趣味だったの……?)

 

 違う。

 違う。ここはそうではなく、もっと親身に慰めるべき場面だ。

 

(とりあえず風邪引かないように、部屋に連れて行くか……あっそうだこないだの打ち合わせでデュノアちゃんと連絡先交換したし、タオルと温かい飲み物用意してくれるように頼んでおこう。やだ、当方ったらできる子!)

 

 違う。お前の部屋でいいんだ。

 雨を浴びながら打ちひしがれる男に傘を差し出すなんて、本来東雲の人生の中でもぶっちぎりのムーディかつメロドラマなシチュエーションなのだ。

 それを逃すな。理解しろ。気づけ。今、ラブコメの神様が完全に東雲の味方をしているのだ。

 

 しかし。

 

(ヨシ!(現場猫) 連絡もばっちりした! 部屋に戻ってぽかぽかになり、気遣いの神であるこの当方へ好感度を捧げるがいい! ぐへへへへへ……!)

 

 

 

 

 東雲令を主役に据えたメロドラマは、第一話放送前に終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――つまり『VTシステム』と『アンプリファイア』の相乗効果を狙うというのが今回のプランになります』

 

「さいよー」

「おい博士……私は反対だぜ。リスクが大きすぎる。この新顔がどこまで動けるのかも知らねえしよ」

「まーいいんじゃなーい? 大体亡国(そっち)から来た人なんだよー?」

「私とは部隊が違う」

 

『『モノクローム・アバター』筆頭オータム様のご噂はかねがね』

 

「そりゃどーも。でも私はあんたの噂なんて知らない。スコールは何を考えてやがんだ」

「いーよいーよ、そのプランでやっちゃってー」

「お前、計画書一瞥もしてねえだろ……!?」

()()()()()。それで分からないことがあるとでも?」

「ああクソそういやこいつ天才だったな……!」

 

『では実行に移ります。それでは通信を終わります』

 

「あいよ…………おい。これさ」

「最終的には失敗するんじゃなーい? でも結構いい線はいくと思うんだよねー」

「さいですか。で?」

「後片付け、よろしくー」

「あああああああああああああああああ絶対そうだと思ったわ!」

「あ、プランもだし、今この部屋もね」

「お前が食ったポテチぐらいお前が捨てろ! つーかこたつから出ろ! 掃除もできやしねえ!」

「うっさいなー。片付けしないなら部屋から出てってよ」

「あ、それは無理だわ。このラボ、作業台がここにしかねえ」

「お前……束さんの世界を変える発明が行われる作業台でプラモ組むつもりなの……!?」

「こっちがいくつ積んでると思ってんだ」

「知らないよ! 出てけ!」

「イヤ」

「あああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 




東雲令、痛恨のメロドラマ失敗――!

一夏がぐちぐち悩んでるのは今回までです(二回目)




次回
26.ヒーローの条件


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26.ヒーローの条件

「失礼。連絡通りに連れてきた」

「うわわっ!?」

 

 ドアを開けた直後、シャルルが飛び上がって驚愕するのもやむなし。

 部屋に戻った一夏は濡れていない箇所のない状態だった。

 猫なら間違いなく毛が張り付いてシュッとしている。犬ならブンブンと首を振って水滴をまき散らしている。

 

「シャルル・デュノア。タオルは」

「その言い方だと僕の名前がシャルル・デュノア・タオルみたいになっちゃうね……今持ってくるよ」

 

 さすがにベッドを濡らすわけにもいかず、シャルルがタオルを持ってきてくれるのを入口にぼけっと突っ立って待つ。

 PICの応用と傘を組み合わせることで東雲は雨の一粒も受けていないが、一夏は見つけた段階で濡れ鼠だった。寮の廊下をびしゃびしゃにしてしまったが、他の生徒の濡れた足跡もあったのでセーフだろう。

 

 白くてふわふわのタオルを、シャルルが一夏の頭にかける。

 まんじりともしない彼の様子に、シャルルは困ったように微笑みながら、タオルで髪をわしゃわしゃと拭いた。

 

「……織斑一夏」

 

 東雲はここまで腕を引いてきた一夏の顔を、下からのぞき込んだ。

 彼の瞳には何も映っていない。

 

「とりあえず、シャワーを浴びた方がいいんじゃないかな」

「同意。身体を温めることが必要であると当方は考える」

 

 二人に促され、何かを言おうとして、だが声は発せないまま。

 口をつぐみ、ゆるゆると一夏はシャワールームに入っていく。緩慢とした動作だった。

 

「……何があったの?」

「当方も詳細は把握していない」

 

 東雲は一夏の脱衣音に耳を澄ませながら、生真面目に答える。

 

「恐らく何か、精神的な負担になるようなことがあったのだろうと推測できる。だが支えるためにどうすればいいのか、当方や篠ノ之箒たちにもわからない」

「なるほどね。なら、僕が何か力になれるかも。二人だけの男子だし」

 

 誰かの力になる。

 それはシャルル・デュノアを形成する唯一の意思であり、()()()()()()()()()()()()()()()()、彼のレゾンデートルであった。

 

 だが。

 その言葉に、東雲は首をかしげ。

 

 

 

「? シャルル・デュノアは男子ではないだろう?」

 

 

 

 時が、停止した。

 人当たりのいい微笑みのまま、シャルルは硬直する。

 

「其方が織斑一夏へ()()()()()のは分かっている。殺意も悪意もない。何かしらの目的があって近づいてきた、しかしその目的が織斑一夏を害することはないだろう。故に深くは問わない。だが――」

 

 ぴたりと。

 シャルルの喉に、紅が突きつけられた。

 呼び出し(コール)された一振りの太刀。皮一枚を斬るかどうか。

 ドッと冷や汗が噴き出す。

 

「――忘れるな。当方は、見ているぞ

「…………ッ」

 

 まるで夢であったかのように、太刀はかき消える。

 視線の交錯は刹那のみ。

 深紅の瞳に射すくめられ動けないのを一瞥し、黒髪を翻し、東雲はシャルルに背を向けた。

 

(――――くび、おちて、ないよね)

 

 シャルルは慌てて自分の首筋を恐る恐る触った。

 斬られた、という実感すらあったのに、傷一つついていない。

 すべてが幻だったような――そうであればどれほどよかったことか。

 

(最初から、ばれてた? 泳がされている? 目的まで把握された? いやそこまでじゃないはず)

 

 背中を見た。恐らく不意打ちで襲いかかれば、今度こそ現実に自分の首が落とされると理解した。

 シャルルはガチガチと歯を鳴らしながら、自分の身体を抱きしめる。

 

(大丈夫、大丈夫……いったん報告して。それからまた、練り直せばいい。まだ取り返しはつく。大丈夫、大丈夫なはずだ……)

 

 振り向くことなく部屋から出て、東雲はドアを閉める。

 そこでやっと、シャルルは膝から床に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャワーを浴びたところで、諦観まで洗い流されるわけじゃない。

 一夏はゆるゆると、濡れそぼった黒髪のまま、部屋着に着替えて部屋に戻った。

 分からない。自分がどうするべきなのか。

 分からない。果たしてどうするべきなのか。

 

「一夏? 大丈夫?」

 

 湯気を上げるマグカップを、シャルルが差し出している。彼がいることを、声をかけられてから思い出すような有様だった。

 

「あ、ああ……ありがと」

「ううん、気にしないで」

 

 恩を売りつつも、慎重に、距離を再計算するような振る舞い。

 それに気づかないまま、一夏は受け取ったホットココアを一口飲んだ。

 

 身体全体に染み渡るような温度。

 深く、息を吐く。

 

「…………」

「…………」

 

 静けさは緊張感を含まない、心地のよいものだった。

 ゆっくりと、張り詰めていた精神が解きほぐれるような気すらした。

 シャルルが最新型の精神安定剤を少量ココアに混ぜていたという事実に、一夏は気づかない。

 

 だから不自然な述懐を、自然に切り出した。

 

「どうしたら、ヒーローになれる?」

「――――!」

 

 それが根源。

 それこそが織斑一夏の翼であり、同時に、枷。

 

 織斑千冬のような。

 東雲令のような。

 常人ならば両者に憧れるのは必然であり当然。

 

 だが。

 織斑一夏は違ったのだと、ここでやっとシャルルは気づいた。

 

 織斑千冬()()()()

 東雲令()()()()

 

 逆説。

 ――彼が本当に見据えていたものは、()()()()()()()()()()()()()

 

「ヒーローは……間に合う存在だ。でも俺は、最初から間に合うことなんてないって諦めてた。間に合うわけがないって。それじゃあ、俺は。俺が本当に助けたかったものに、手を差し伸べることなんてできない」

「多分、違うよ」

 

 シャルルは静かに口を開いた。

 思考回路はこの上ない速度で回転し、一夏の意思を、彼の存在に根ざす意識を読み解く。

 導かれる回答を、ゆっくりと言葉にして吐き出す。

 

「間に合うか、間に合わないかなんて些細な問題なんじゃないかな」

「だけど、間に合わなかったら意味がないだろ」

「ううん。間に合わなくても意味はある。そこに来たっていうだけで救われるものがある。だから、きっと……誰かに求められたら、もうそれはヒーローなんじゃないかな」

「…………」

 

 シャルルの声色は、普段よりも低かった。

 

「だったら俺も、お前も……なれるのか、ヒーローってやつに」

「一夏はきっと。僕はちょっと難しいかな」

 

 誰かに必要とされるなんて、と、シャルルは最後の言葉を口の中に転がすに止める。

 それから気を取り直すようにして、一夏の目を見た。

 

「きっと一夏は……求められたら、戦える。誰かのために。何かのためにって、立ち向かえる。僕はそう感じるよ」

「だから、それは、ヒーローだって?」

「もう、最後まで言わせてよ」

 

 ふくれっ面になるシャルルを見て、一夏は肩の力を抜いた。

 何か、今まで感じていなかった疲労感が押し寄せて。

 麻痺していた感覚が復旧して。

 

 もっとシンプルな理屈の方が、性に合っているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐怖心を拭うというのは難しいもので、やはり思い出すだけでも手足は震える。

 刻まれた感情は簡単には色あせない。

 だからこそ、恐怖や絶望、憧憬や熱意が併存し、心を分裂させる。

 

 なら、片方が消滅すればいいのだろうかと、一夏は思った。

 

「俺の頭じゃ、どうにもうまく整理はできないと思った」

「そうか」

 

 授業を終え、放課後の剣道場。

 木刀を振り上げて、振り下ろす。その繰り返しをする箒を眺めながら、一夏は幼馴染にそう告げた。

 

「あの日……何もできなかった日に、いやって言うほど分かった。俺は何もできなかった。それを否定したくて、過去の俺を否定したくて。だってそれが最短経路だと思ったから」

「今は違うと?」

「……正直、分からない。こうしてここに来たのも。俺が誰かに甘えたいってことなんだろうな、と思うよ」

 

 軟弱者だよな、と一夏は自嘲の笑みを浮かべる。

 箒は木刀を静止させ、それから木刀を腰元に帯刀する。

 

「言わないさ」

「……昔なら言われたと思うが」

「いいや。私は確かに、優しく寄り添ってやることは、できない。だがお前の努力を見てきたつもりだ。故に――私にできることは、多分、お前を見ていること、なんだと思う」

 

 見ていること。

 それが箒が出した結論だった。

 そして言葉通りに、彼女は一夏の目をまっすぐ見据えた。

 

「手を引くことも、背中を押すこともできない。だけど私は、信じている。私の幼馴染は――立ち上がると」

「……!」

 

 心臓が高鳴り、思わず拳を堅く握る。

 何か温かいものが身体に流し込まれたような、感覚。

 

「…………俺は、立ち上がれるかな」

「きっと、立ち上がれる。何度諦めても、最後に意志が残っていれば、必ず」

「……そっか」

 

 箒の言葉に嘘偽りはなく。

 一夏は、それがひたすらに嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナの使用許可を取って、セシリアと鈴はこれから模擬戦に臨もうとしていた。

 互いに見据えているのは『学年別トーナメント』の優勝。

 できれば相手に手札を見せたくはないが、逆に相手のことも知っておかなくてはならない。

 

 セシリアは鈴用のパターン構築のため。

 鈴はセシリアの挙動を身体に覚え込ませるため。

 

「……それで、見学ですか? 今度はスポーツドリンクでは足りませんわよ」 

「手厳しいな」

 

 ピットで『ブルー・ティアーズ』を身にまとい、複数のウィンドウに指を走らせているセシリアの言葉は鋭かった。

 一夏とて物見遊山で来たわけではない。何か刺激になるものがあればと、藁にも縋る思いがあった。

 

「ここ数日は見ていられない有様でしたが、ようやく立ち直ってきたところでしょうか」

「少しだけ。でも、まだ、やっぱり足りないって感じる」

「当然ですわね。起動して一ヶ月程度のルーキーがどれほど思い詰めたところで、たかがしれています」

 

 幾度の試練を乗り越え、地位をつかみ取った才女。

 だからセシリアは、顔見知りの中で最も容赦ない言葉選びをぶつけてくる。

 

「無様な敗北もいいでしょう。陰惨な挫折もいいでしょう。このセシリア・オルコット、それを一通り経験してきたつもりです」

「だろうな」

「ですから、ここから貴方がどうするのかは貴方次第です」

 

 分かっていた。

 心の中に巣くっている恐怖心、それを払いのけられるのは、どこまでいっても自分だけなのだ。

 

「最後にモノをいうのは――()()でしてよ」

 

 セシリアはその青い手甲に覆われたマニピュレータを差し伸べて、一夏の胸をたたく。

 彼女の手が戻っていった後、我知らず、彼は自分の左胸に拳を当てていた。

 

「……そっか」

「ええ。ですからどうか見失わないでください。どれほど闇に閉ざされていても、貴方自身が見いだした炎の明かりは、決してかき消えてなどいないのですから」

 

 では調整飛行に行って参ります、とセシリアはウィンドウをはたくようにして消す。

 

「鈴さん」

「ごっめーんこっちはあと少しかかるー」

「分かりました。あまりレディを待たせないようにしてくださいな」

「レディ? こないだアンタ、ビットを棍棒代わりにして東雲に殴りかかってたわよね。ゴリラ戦闘する女ってレディなの?」

「あれは自分でも反省しております! わたくし別にバナナで懐柔されたりしませんわ!」

 

 ムキーッと歯をむいて鈴を威嚇して、それから一夏がぽかんとした表情をしていることに気づき、セシリアは慌てて真面目な表情を取り繕う。

 

「な、何か?」

「ゴリラって感じじゃねえけどバナナ懐柔は効きそうだなって……あっごめん笑顔で銃口向けないで!」

 

 どちらかといえば猿やチンパンジーの威嚇行為に近いなと一夏は思った。

 一通り一夏をどつき回してから、セシリアはスラスターを噴かしてアリーナへと飛び立っていく。

 

「…………」

「一夏ごめん、そこのスパナ取ってー」

「あ、ああ」

 

 残された少女の声に、慌てて一夏は動き出す。

 鈴は直立する『甲龍』の前にしゃがみ込んで、あれこれとウィンドウを立ち上げては消している。そういう姿を見ると、彼女もまた代表候補生というエリートだったな、と再確認してしまう。一夏一人では目的のウィンドウにたどり着くまでの時間が長いのだ。

 

(いつかは自分一人で最低限の調整はできるようになりてえなあ)

 

 そんなことを考えながら。

 床に無造作に置かれていたスパナを拾い上げて、幼馴染である少女に手渡して。

 

「はいよ」

「ん」

 

 

 ぐいと。

 スパナではなく腕をつかまれ、引っ張られ、鼻と鼻がこすり合うような距離に顔を引き寄せられ。

 

 

 

「……あたしは、アンタが何もかも捨てて逃げ出したいー、ってなるんなら、ついて行くから」

 

 

 

 そう、言われた。

 

「…………え?」

「アンタは、あたしを見捨てなかった。救ってくれた。だから……もしそうなったら、それはあたしがアンタを救う番ってことじゃん?」

 

 スパナがからんころんと床に落ちる。

 鈴はそれだけ言って素早く身を引くと、そのまま軽い挙動で『甲龍』の人間一人分の空洞(パイロットシート)に身体を滑り込ませた。

 

「だから、先の心配はあんましなくていーってこと。二人で中退したら、そうねえ。まずは中国でISレース大会があるから、そこの選手になってー」

「ちょ、ちょっと待てって。お前、それは無理だろ」

「無理なわけないでしょ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あっけなく言い放たれて、思わず一夏は目を見開いた。

 立ち上がるウィンドウを一瞥のみで確認して、鈴は愛機を起動させる。

 

「だから――うん。いつも通りね。アンタはアンタの思うままに生きなさいよ。あたしだってそーする。多分、東雲とか、千冬さんもそーしてる。そんぐらいがちょうどいいの」

 

 赤銅の両足がカタパルトレールに設置された。

 

「じゃ、ちょっくら勝ってくるから。あ、晩ご飯どーする?」

「…………」

「ま、とりあえずバトル終わったら連絡しとくわね」

 

 どこまでも気安く、重さなど感じさせず。

 されど彼女の言葉はこれ以上なく、一夏の思考回路に衝撃を与えて。

 

 ISが空気を切り裂きアリーナに飛翔したというのに。

 射出の反動に前髪をなぶられながらも、一夏はずっと、何も口を開けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休んでもいいと言われた。

 

 休む暇などないと言われた。

 

 

 

 ヒーローになれると言われた。

 

 信じていると言われた。

 

 自分次第だと言われた。

 

 あるがままでいいと言われた。

 

 

 

 他人の信念が、感情が、自分の中で響き合っている。

 それは一種のエネルギーであるとすら思えるほど、熱く、指先までを満たしている。

 

 アリーナ外の遊歩道のベンチ。

 そこに腰掛けて、一夏は自分の手を見た。

 

『――――久しぶりだな、織斑一夏。あの時もこんな感じだっけか?』 

 

 その顔を思い出すだけで呼吸が乱れる。

 その言葉の残響が、頭蓋骨を揺さぶる。

 

 開いた手を、そのまま顔に押しつけた。

 自分の中で沸騰するエネルギーと、恐怖心が、せめぎ合っている。

 互いを押し潰そうとしている。きっとその勝敗が、自分のこれからを左右するのだろう。

 そう、他人事のように思った。

 

「……」

 

 何も言ってくれない『白式(あいぼう)』を見た。

 汚れを知らない純白のガントレットは、ただ何かを待っているんじゃないかとも思った。

 それこそ、一夏の言葉を。

 

「…………」

 

 アリーナから轟音や爆音が響き始めた。

 恐らく試合が始まった。

 専用機と専用機の練習試合、多くの生徒が見学に向かっているのだろう。

 制服姿の女子たちが、早足にアリーナへと吸い込まれていく。

 

 

 その流れを断ち切るように。

 

 

 一人の少女がまっすぐ、一夏に向かっていた。

 

 

 それに気づいて彼は顔を向けた。

 視線の先。

 ――東雲令が、歩いてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――めっちゃ眠いし昨晩のお礼としておりむーの膝枕でねよう)

 

 そういう空気じゃねえから今。

 

 

 

 

 








(そいつはもう当方のものだから手を出さないよう)当方は見ているぞ
スパイを恋敵と誤認する護衛がいるらしい

メインヒロインは最後にパートが回ってくるってはっきりわかんだね


次回
27.もう一度、ここから――



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27.もう一度、ここから――

2019/02/16 00:34 新フォント追加
2019/02/16 18:00 上記フォント使用
多分これが一番早いと思います
ほんとかよ(フォントだけに)


 きっかけは些細なことだった。

 セシリアと鈴は模擬戦のさなか、ピットで整備中のラウラとシャルルにも声をかけ、変則タッグマッチをしないかと持ちかけた。

 どうせ見られているのなら、トーナメントにおいて難敵であると想定される相手は全員引きずり出したい。

 

 さすがに観客席にいた箒や簪、上級生たちも苦笑したが、フランス代表候補生とドイツ代表候補生はこれを快諾。

 

 

 ――そして鈴&セシリア、シャルル&ラウラの組み合わせで模擬戦が始まろうとして。

 

 

 あ、と。

 箒が間抜けな声を上げた。

 上級生の中でも観察眼に長けた、ギリシャ代表候補生フォルテ・サファイアも三つ編みの髪を振り乱して驚愕した。

 

 ラウラの愛機『シュヴァルツェア・レーゲン』が紫電を散らした。

 外見的な異変はそれのみ。だが知る者は知っている。

 

「――『アンプリファイア』っ!?」

 

 ISの戦闘機動は脳からの意思伝達によって行われる。そこにはIS乗りの感情も多大な影響を及ぼす。

 故に、()()()()()()を突き詰めていく過程でそれが開発されるのは必然だった。

 

 搭乗者の精神にはたらきかけ、好戦的な意識に組み替え、視界に入るものすべてをなぎ払う残忍な人格を形成する。

 精神への影響が当人次第で振れ幅が発生するのと、敵味方区別なく攻撃を加えるケースが多発したため開発は中止され条約でも禁止されたそのプログラム。

 

 ラウラの深紅の瞳が一瞬見開かれて、しかし直後には、昏い炎を宿した。

 

 直後。

 暴力そのものを煮詰めたかのような、()()()が降る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風が吹いていた。

 夕陽がゆっくりと、水平線に押し潰されていく。

 一夏はその光を、最後の力を振り絞っているようだと感じた。

 

「おりむら、いちか」

 

 か細い、今にも消え入りそうな声だった。

 名を呼ばれていて、だけど、返事をうまくできない。

 

 夕陽に染まる東雲令は、見たことがないほどに弱々しい姿を見せている。

 

「……隣、座るか?」

 

 なんとか、言葉を絞り出した。

 東雲はこくんと頷いて、ベンチに腰掛ける。

 両者の距離は拳二つ分ほど。

 

 近くて、遠い。

 

 一夏も、東雲も、そう思った。

 

「……」

「……」

 

 隣に座る少女が数秒に一度ぐらいの割合で、こちらの様子をうかがっている。

 訓練を抜けた、つまり挫折した男が一人で黄昏れていたら、当然気を遣うかと一夏は黙考した。

 だからといって、なぜかどこかへ立ち去る気も起きない。

 

「…………」

「…………」

 

 言葉を交わすべきだと、思った。

 きっと痛みすら伴うと、思った。

 まだそんな資格すらないとも、思った。

 

 

 だけど。

 変わるというのは、痛いということだ。

 

 

「……おれは」

 

 伝えようと、思った。

 言葉にして伝えようと、思った。

 

「俺は……君みたいに、なれないかもな」

 

 最初に諦観を吐き出した。

 他ならぬ張本人相手にそれを言って、一気に、荷を下ろしたような気持ちになった。

 

「そう思って。そこから、色々考えたんだ。君みたいになれない。君のようでありたいのに。それなら俺は、どうしたら追いつけるんだろうって――」

 

 言葉を切った。

 少し、息を吸った。

 

「とにかく、悔しかった。小さなことで揺れる弱い自分が、情けなくて、みっともなくて……悔しいと思った」

「…………」

「やっと分かったよ。初めて、知った。思い知らされた。()()()()()()()()()()。今、いろんな人に励まされたり慰められたりして……少しずつ、前を、向けているような気がしてきた」

 

 それでも、今もなお、手は震えている。

 

「だから本当は、って。俺は本当はどうしたかったんだろうって。そう、考えて――」

「これは、恨み言に近いのかもしれない」

 

 え? と。

 言葉を遮られた一夏はあっけにとられた。

 東雲は隣に座って、まっすぐ顔を前に向けている。彼女は潰れていく夕陽を見据えて、静かに息を吐いて。

 それから。

 

 すうと、身体がこちらに倒れこむ。

 

「!?!?!?!?!?」

 

 咄嗟の反応で、一夏は膝に落ちそうになった東雲の頭を受け止めて、どうしたらいいのか分からず、とりあえず肩に乗せた。

 何が起きているのかさっぱり分からない上に髪からいい香りがするし温かい。

 完全にテンパった彼にダイレクトに体温が伝わって、混乱の極地にいるのに一夏は安らぎすら感じていた。

 

 見事に場のイニシアティブを握ってから、東雲は唇をかすかに動かす。

 

「過去の其方は、当方の隣に至りたいと言った。それはきっとこうして……時には、どちらかが支えたりすることもある未来のことである、と当方は認識している」

「あ、ああ」

 

 逡巡しているかのような息づかいが聞こえた。

 

 

 

「過去の自分を、裏切るな」

 

 

 

 言葉は暖かい風に吹かれて飛んでいってしまいそうだった。

 一夏は思わず彼女の顔を注視した。

 

「当方の期待など、いくら裏切っても構わない。だが……過去の自分だけは裏切るな」

 

 過去の自分。

 ラウラが必死に否定しようとして。

 一夏が苦しめられている、かつての幻影。

 

 だけど。

 

 ここに至ってようやく一夏は思い出す。

 

「過去の其方は、怯えていただけじゃない……前に進もうとしていたはずだ。その意志を、裏切らないであげてほしい」

 

 輝かしい未来に向かって。

 負けたくないと雄々しく叫んで。

 そうしていた織斑一夏も、また織斑一夏であって。

 

「過去の自分自身は、最も無視できない呪縛だ」

「――――」

「だからこそ……踏み潰しては、いけない。乗り越えても、いけない。背負っていかなくてはならないのだ」

 

 時間は平等に過ぎ去っていく。

 楽しい思い出を風化させ、悲しい思い出を沈めてくれる。

 だからといって、それらの価値が変わるわけではない。

 

「ここで逃げ出せば、其方は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ」

「それはきっと、今以上につらくて、苦しいことだ」

 

 東雲は顔の向きを変えて、間近で一夏の目を見た。

 互いの瞳に、互いの顔が映り込んでいる。

 

「だから、過去の自分だけは……裏切らないであげてくれ」

「……過去の、おれ」

 

 そこでハッと目を開いて、彼女は現在の体勢を確認して。

 恐る恐る、ゆっくりといった具合に身体を起こした。

 

「……すまない、眠気がひどくて、つい」

「…………はは」

 

 そんな子供みたいな言い訳をしなくても、と一夏は笑った。

 励ましてくれていた。温かさを伝えてくれた。

 

 一夏は少し、息を吐いた。

 過去の自分は、今の自分を見てどう思うだろうか。

 今の自分は、過去の自分の言葉を嘘にしたいだろうか。

 

(それは、いやだな)

 

 笑ってしまいそうになるほど、答えは呆気なく出た。

 過去の自分が、怖いと泣き叫んでいる。

 過去の自分が、負けたくないと涙を流している。

 

 なら。

 それらを背負う今の自分こそ、一番頑張らなければならない。

 

「……もう一度、また、君と一緒に頑張ってもいいかな……過去(いつか)の俺を、慰められるように。未来(いつか)の俺に、胸を張れるように」

「……それが、其方の意志なら」

 

 風が吹いている。

 夕陽は、優しく二人を照らしている。

 一夏はゆっくりと拳を握りこんだ。待機形態の『白式』が日に照り返し、何かを祝福するように輝いていた。

 

 ――そんな、時。

 

 

 

『一夏ッ! 今、戦える!?』

 

 

 

 突然声が割り込んだ。

 プライベート・チャネルを介して、鈴が叫んでいる。

 

「鈴?」

『ボーデヴィッヒだっけ!? あいつのISに何か取り付けられてて……ああもう! アンタと戦わせろつって暴れてんの! 上級生の人、今専用機なくて! あたしとセシリアとデュノアで止めてるけど、このままだと()()()()()()!』

「……!」

 

 言葉は少なく、説明も不足している。

 だが――直感した。

 きっと彼女を止められるのは、自分だと。

 

「……『白式』。俺は彼女を、止めなきゃいけない。だから……止めに、行くぞ」

 

 応えるようにして、ガントレットが熱を持つ。

 

「東雲さん――見ていてくれ。君だけには、君だからこそ、見ていてほしいから」

「……分かった」

 

 ベンチから立ち上がり、二人はすぐさまアリーナの中へと走って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっべ眠すぎて未練タラタラなの暴露しちゃってんじゃんあばばばばばばばば)

 

 隣でやたら精悍な顔つきで走っている一夏を見て、東雲は完全に絶望していた。

 

過去の自分(あのときのこくはく)を裏切るなってさすがにこれ重い女過ぎませんかねえ!? いやでも一回告白してやっぱ撤回って普通なしだし……というか! 肩に頭! ふひ! すげえいい香りしてやばかったし感触瞬間記憶できたしこれであと数日は戦えるぜ……! ん? それで疲れたらまた肩に頭乗せても許されるんじゃない? ンンンン!! 拙僧は永久機関を発見してしまいましたぞ……興奮してきたな……じゃなくて! フッた相手にそういう優しいことするからこうして未練が出てくるんだよ! 分かってんのかおりむー!)

 

 何も分かってないのは東雲の方だが、彼女は先ほどの幸せな時間を思い出して若干トリップしている。

 

(それにしても、意外とやってみるもんだな! これもしかして、ベッドに潜り込んでも拒絶されないのでは!? うん、当方護衛だし。ッシャァァァァァ!! 添い寝いただきました……!)

 

 頼むから、稼いだ師匠ポイントを魔剣完了しないでほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 息を切らして走る。

 ピットへ向かうアリーナの廊下を、女子生徒たちの隙間をかいくぐり、ほとんど暴走特急の勢いで駆け抜ける。

 ごめんなさいと内心で謝るが、叫んでいる余裕はない。

 

 呼吸が荒い。だけど今、自分の中の熱を、むやみに吐き出したくない。

 だって、やっと掴んだのだから。

 

(当たり前のことだったんだ。俺は、東雲令(かのじょ)にはなれない。そんなの最初から分かってた!)

 

 馬鹿だから、それを忘れていた。

 馬鹿だから、みんなのおかげで、もう一度気づけた。

 

(だって!)

 

 階段を駆け上がる。

 ISスーツに着替える時間すら惜しい。

 

(箒が信じてくれて! セシリアが認めてくれて! 鈴が一緒にいてくれて!)

 

 脳裏に浮かぶ、少女たちの顔。

 

(簪が休ませてくれて! シャルルが背中を押してくれて!)

 

 脳裏を駆け巡る、友人たちの顔。

 

 

 

(――そして何より、東雲さんが導いてくれたのは!)

 

 全身が覚えている、今隣を走る少女の顔、息づかい、温度。

 

 

 

(それは――織斑一夏(おれ)なんだッ!)

 

 

 

 やっと思い出した。

 やっと、思い出せた。

 

(何をうぬぼれていたんだ。分かっていたことだ。俺は、俺にできることを、一つ一つ積み上げていくしかないって!)

 

 それはいつかの、クラス代表決定戦の時と同じ――開き直りに近い、それでいて自暴自棄の対極。

 ピットに躍り出る。アリーナを砲撃やレーザーが交錯している。

 

「鈴ッ!」

『えっ? あ、ちょ――』

 

 躊躇なく、怯えなく。

 一夏はまっすぐ生身のままカタパルトの上を走って。

 

 アリーナに飛び込んだ――!

 

『あああああ嘘でしょ何やってんの!?』

 

 急カーブをかけて、鈴が、宙に躍り出た一夏の身体を受け止めた。

 ちょうどお姫様抱っこの姿勢。

 赤銅の装甲は右肩部を大きく破損している。『シュヴァルツェア・レーゲン』にやられたのだろう。

 

「マジ! 信じらんない! ISは!?」

「悪い、あいつの近くまで運んでくれ」

「ぐっ……後でちゃんと説明しなさいよ!」

 

 戦場を素早く見渡した。

 セシリアのビットとシャルルの銃火器が封じ込めるように包囲網を組んでいる。

 その中で、踊るように跳ねている"黒"。

 

「この……ッ!」

「連射に対応されています! 散弾に切り替えてください!」

 

 代表候補生二人がかりで止めようとして、止められない。

 様子がおかしいのは分かる。言葉が先ほどから通じていない。

 

「貴様らではない! 織斑一夏はどこだと聞いている!」

「そんなに会いたいなら……ッ! まず、ISを解除したらどう!?」

「織斑一夏は――どこだァッ!」

 

 AIC――アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。エネルギー波によって空間に影響を与え、物体の運動を停止させるというイメージ・インターフェース兵装。

 それを一切使うことなく、ひたすらに弾丸を回避しつつ、ラウラは猛っている。

 

(条約禁止装備『アンプリファイア』……! 精神に影響を及ぼすから駄目っていうのは!)

(なるほど、()()()()()()()()()()()()()()もあってですか……!)

 

 実際に相手取っているシャルルとセシリアはそれを理解した。

 書面で確認した際、二人してタイマンでの勝機は薄いと判断せざるを得なかった停止結界(AIC)だが、それには多大な集中力を要する。

 平時ならばともかく、今、精神の均衡を外部から崩された状況では、到底使えないだろう。

 

 だと、いうのに。

 

 ラウラは一見隙間のない射線を芸術的にくぐり抜けつつ、反撃を絶やさない。ワイヤーブレードが隙あらばシャルルを絡め取ろうとし、レールカノンが火を噴きセシリアを遠ざける。

 間違いなくこれは――ラウラ・ボーデヴィッヒというIS乗りの地力が反映されている。

 

 絶戦。

 文字通りの一進一退の、最中。

 それは不意に起こった。

 眉間を正確に狙ったセシリアの狙撃を、ラウラはわずかに首を振るだけで避ける。

 そのとき。

 

 

 かちりと。

 

 音すら響くような圧を伴って。

 

 織斑一夏とラウラ・ボーデヴィッヒの視線がかち合った。

 

 

「――――織斑一夏ァァァァァァァッ!!」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……ッ!!」

 

 彼を見て、ラウラが、動きを止めた。

 荒く息を吐きながら、シャルルとセシリアが生身の一夏を見てぎょっとする。

 

「――悪い、どいててくれ」

 

 鈴がゆっくりと着陸し、一夏は素早く二本の足を地面につけた。

 アリーナに吹く風が、彼の制服の裾をはためかせ、前髪を揺らす。

 ラウラの深紅の瞳は、ただまっすぐに彼を見ていた。

 

「……一応会話できなくもないけど、ほとんど意味をなしていないわよ。説得は厳しいと思うんだけど」

「説得なんか、しねえよ」

 

 制止する暇もなかった。

 まるで散歩に繰り出すような、軽い一歩で。

 鈴の隣から、織斑一夏が、ラウラに歩み寄る。

 

「――なにやってんの一夏!?」

「――正気ですかッ!?」

 

 慌ててレーザーライフルとアサルトライフルがラウラに向けられたが、すでに跳弾が一夏に当たりかねない距離。発砲できない。

 

「……何の、用だ……いや……違う……何を、しに来たッ!」

「ああ。やっぱ俺をずっと呼んでたんだな。俺と戦うために。俺を全否定するために」

 

 頭を押さえ、苦悶の声を漏らしながら、ラウラが問う。

 待っていた。待っていたのだ、織斑一夏を。

 会話が通じていることに、鈴たちは驚愕する。今までとは違う。

 

「なあ、ボーデヴィッヒ。お前言ったよなあ。俺は無価値(ゼロ)だって」

「――ISを動かすことすらできない、力なき者は……価値などあるはずがない……ッ! そうでないというのなら――」

 

 御託はもう聞きたくなかった。

 一夏はアリーナの大地に足を思い切り叩きつけ、腕を振るって叫んだ。

 

「全然ちっげーよ馬ぁぁぁぁぁぁぁ鹿っ!」

「……ッ!?」

「俺は確かにゼロだ! 空っぽだ! でもなぁ!」

 

 何度も問うた。自分には何もないのかと。

 答えは変わらなかった。自分には何もない。

 

 ――だからこそ。

 

 

 

「俺のゼロは――ここから始めるって意味のゼロだッッ!!

 

 

 

 裂帛の叫びに。

 ラウラは一瞬、瞳を見開いて――それから唇をつり上げ、喜色すら浮かべた。

 両腕をだらりと下げ、長い銀髪越しに深紅の殺意が収束される。

 

「だから俺は積み上げる! 築き上げる! 今何も持ってないなら、何にも成れていないのなら! ()()()()()()()()! 何度でも走り出すッ!」

「そう。そうだ、織斑一夏。それでいい……()()()()()()()()()()ッ! そうでなくては意味がないッ!!」

 

 ガントレットが限界まで発熱する。肌が溶けているのではないかと思うほどに強く、熱く、眩しい。

 それを受け入れて、一夏は右腕を振りかざす。

 

「さあ叫ぶがいい! 名乗るがいい! 愚かしくも鮮烈に、私に刻み込んでみせろッ!」

「――俺は!」

 

 正面に見据えるは黒い機体。

 敵。こちらを全否定するために猛り狂う鋼鉄の兎。

 それを相手取って、一夏は微塵も臆さずに喉を震わせる。

 

「織斑千冬の弟で! 篠ノ之箒の幼馴染で! セシリア・オルコットのライバルで! 凰鈴音のこれまた幼馴染で! シャルル・デュノアのルームメイトで! 更識簪の友達で! 一年一組代表で……ッ!」

 

 雄々しく叫ぶその姿に、ラウラは不敵に唇をつり上げた。

 だが。

 

「そしてオータムにぐっちゃぐちゃに負けた敗北者で! 覚悟未完了の愚か者で!」

「な――!?」

 

 ラウラの表情が一転して驚愕に彩られる。

 ()()。それは違うはずだ。

 弱かった過去の自分を、()()()()()()()()()()()()()()()だというのに。

 

 それ、すらをも、肯定する叫び――!

 

 織斑一夏は止まらない。

 右腕に装着したガントレットが、その光を変質させる。

 

 昏い過去を殲滅するのではなく。

 何もかもを一緒くたに抱きしめるような、そんな優しい光。

 

 

 それは例えるならば。

 

 昼の日差しと夜の帳が混ざり合った。

 

 

 

 

 

 ――茜空。

 

 

 

 

 

 理解不能の宣言に凍り付くラウラの眼前で。

 制服がISスーツに書き換えられ、純白の鎧が顕現し、唯一の男性IS乗りの身体に着装されていく。

 鎧だけではない。師に叩き込まれた戦闘技術も、彼の全身を駆け巡る。

 一夏は数秒、ピットに振り返った。風に揺れる艶やかな黒髪を押さえながら、東雲令は彼を刮目してくれていた。

 ニィと笑みを見せてから、改めて戦場に視線を戻す。

 

「そして、東雲令の馬鹿弟子――」

 

 最後に召喚されるは、無二の武装である『雪片弐型』。

 それを右手に握り、切っ先を突きつけて。

 

 俺はここにいると。

 腹の底から、叫ぶ。

 

 

 

「――――織斑一夏だぁぁぁッ!!」

 

 

 

 ここに、唯一の男性操縦者は再誕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







誤字報告とか一言評価とかいつも励みになっております
ありがとうございますやで

次回
28.唯一の男性操縦者VSドイツ代表候補生(前編)



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28.唯一の男性操縦者VSドイツ代表候補生(前編)

小指クソやばい打撲やらかして
タイピング速度が百分の一ぐらいになってしまいました
エンターキーを押すたびに激痛が走るとか
制裁デュエルよりきついんですけど

というわけで待たせたのに文字数が少なくて
本当に申し訳ない(神映画)


「おい、訓練機借りればいけるんじゃねえか?」

 

 織斑一夏の咆哮を聞いた直後。

 客席で様子をうかがっていた学園三年生にしてアメリカ代表候補生ダリル・ケイシーはすぐさま思考を切り替えた。

 触発されたという事実に、我知らず苦笑してしまう。

 あれほどの決意を見せつけられては――昂ぶってしまうのも仕方ない。

 

「さすがに見て見ぬふりはできねえだろ。倉庫行って、もうそこから飛行して突っ込んでくればいい。そうすりゃ間に合うはず――」

()()()()

 

 自分としては珍しいほどに甘ちゃんの言葉だった、はずなのに。

 恋人にして相棒でもある相手、二年生ギリシャ代表候補生フォルテ・サファイアの声。

 

(……ッ)

 

 思わず、ダリルは彼女の声色に身動きを止めた。

 いつも気だるそうにしている様子は微塵も残っていない。

 身を乗り出すようにして、フォルテは相対する白と黒をじっと見つめていた。

 

「これは……あの男の戦いッス」

「……そうかよ」

 

 自分よりも、よっぽど相棒の方が深く心を揺さぶられている。

 それが少し、羨ましくもあり――同時に、めったに見られないフォルテの凜々しい表情に、少し身体が疼き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「認めない――私は、それを認めないッ!!」

 

 ラウラは鬼気迫る表情で、そう叫んだ。

 認めない。ありえない。そんなことはあってはならないと。

 彼女の指先の動き一つですらもが、一夏の言葉を否定しようとしていた。

 

 だって、そんなものを、彼女は知らないのだから。

 進化とは()()()()()だ。かつての自分を否定し、上書きし、塗り潰すことで新生するより強い自分。

 羽化とは蛹を脱ぎ捨てること。ならばそこに過去の肯定など不必要。

 

「敗北し挫折し絶望していた自分など、虫けら以下の塵芥に過ぎないだろうがッ! そんなものに縋ってどうするというんだ、織斑一夏ッ!!」

「縋るんじゃねえッ! 背負って進むんだよ! だってそれも織斑一夏(おれ)なんだから!」

 

 白い鎧が主の叫びに呼応して蠢動する。

 姿形こそ変わっていないが、意志を持っているかのように熱を持ち、一夏の気迫に連動して猛り狂っている。

 

「ああそうか、やっと、やっと分かった……! そっちが俺のことが苦手なのと、同じだ。俺は――俺は、あんたが苦手だ……!」

 

 意見は一致した。

 苦悩もまた、一致している。

 現実の自分と理想の自分の乖離。ああそうだ、それこそまさに今、織斑一夏が直面している懊悩に他ならない。

 ()()()()()()()()。そうやって悩んでいる彼女を見て見ぬふりをするなんて、それはまさに自分自身の問題を棚上げしてしまうことに他ならない――!

 

「俺からも言わせてもらうぜ。あんたは――ラウラ・ボーデヴィッヒは、かつての俺だ……!」

 

 決定的な台詞だった。

 強く、強く、ラウラは拳を握る。視線に殺意が装填される。

 

「言ったな……貴様が、()()()()()()()()()()()()……っ!」

「ああ言ったさ。言ったとも! 自分の無力さを呪い、闇雲に力を求めて! どうしようもない現実に憤り続ける! 休むことも、他の何かに目を向けることもしない! その果てに虚無と絶望しかないって分かってるくせに! 見ててイライラするんだよ……!」

「それはこちらも同じだっ!」

 

 ラウラは空間そのものを吹き飛ばすような勢いで、右腕を振りかざし、一夏を指さした。

 

「私は……! 私は……っ! 貴様を見ていると思い出す! 無力だった頃の自分をっ! だから私は貴様を認めない! 認めてたまるものか……!」

「俺もあんたが嫌いだ……! だけど、それを受け止めて、俺は前に進む……ッ!」

 

 互いの姿が互いを映し出す。

 

 誰かの背中に光を見て。

 誰かの背中を追いかけて。

 

 だけど自分を変えられなくて。

 必死に走って。

 必死に足掻いて。

 

 それなのに背中は遠ざかる一方で。

 

 感覚が、リンクする(つながる)

 

(この男は絶対に全否定しなければならない……!)

(こいつには、こいつにだけは絶対負けられない……!)

 

 だって――目の前の相手は、己の意地にかけて、抗うべき相手なのだから。

 織斑一夏はかつて挫折しそうになったラウラ・ボーデヴィッヒで。

 ラウラ・ボーデヴィッヒはかつて闇雲にただ走っていた織斑一夏で。

 

 故の、歪みに歪んだ()()()()

 

 それが攻撃という形に昇華されるのに、お互い、何の躊躇もなかった。

 

 

 

【OPEN COMBAT】

 

 

 

 愛機がそう雄々しく叫ぶと同時、一夏は『雪片弐型』を構え猛然と突撃する。

 彼我の距離はISバトルにおける一足一刀の間合い。故に接敵までは刹那。

 

「一発ぶん殴らせろォォォッ!」

「私の前から消えろォォォッ!」

 

 迎撃の姿勢を取っていたラウラとして、その気迫は負けていない。

 激突する純白の刃とプラズマ手刀。両者は互いを食い破らんと火花を散らし、それを挟んで一夏とラウラの視線が交錯する。

 

(見ただけでこんなにも心が荒れ狂う……ッ!)

(あの時も、今も! 俺の感情をかき乱す……!)

 

 歯を食いしばり、一夏は思い切り刀を押し込んだ。相手の攻撃ごと切り捨てる狙い。

 だがラウラは巧みな重心操作でそれを受け流す。かみ合った刃から散る火花が一層激しくなる。

 

「力任せの攻撃など――!」

 

 力みには()()が必要である。

 ラウラの観察眼は正確にそれを読み取った。

 より強く押し込もうと一夏が力を込める、その刹那。

 コンマ数秒間の弛緩を見極め、一気に白い刀身を弾く。

 

「……ッ!?」

「砕け散れッ!」

 

 体勢の崩れた相手を見逃すはずもない。

 ワイヤーブレードが先端部をドリルのように回転させながら一夏に殺到する。

 

「それがどうしたああああああああッ!」

 

 計4つのワイヤーブレードのうち、攻撃に回されたのは2つ。

 瞬時の反応で振るわれた『雪片弐型』は1つを叩き落とし、返す刀でもう1つを弾く。

 できれば先端部を切断したかったが、回転によって斬撃は深く通らなかった。ブレード部の表面に切り傷が刻まれただけだ。

 

(反応が早い! パターン構築ではなくその場での処理能力の高さ――やはり、感覚派!)

 

 激情に呑まれそうな中でも、ラウラは必死に戦闘用の思考回路を回す。

 敵の行動パターンを暴き、読み解き、そこから必勝パターンを選択する。

 ラウラ・ボーデヴィッヒの強みである、徹底的な理論的戦術。

 

(他愛ない、この程度ならハメ殺せる!)

 

 高速思考――だが、それは『アンプリファイア』の影響下で、かろうじて残された理性の抵抗。

 事実として、ラウラは今もう、セシリアや鈴、シャルルを思考の外に弾きだしていた。

 

 四対一ではなく、一対一の動きを見せて。

 それを冷徹な狙撃手が見逃すはずもない。

 

「……ッ!」

 

 意識がそれた。身体がそれを感知すると同時、本能的にスターライトMK-Ⅲの銃口を向ける。

 だが。

 

「そうだそれでいい俺だけを見ろぉっ!」

 

 喉をからすような勢いの、叫び。

 再度突撃する白い機影が――トリガーにかけた指から、力を失わせる。

 

「オルコットさん、これは……!」

「……ええ」

 

 シャルルも同様、鈴に至っては完全に静観の構えを見せている。

 これは――織斑一夏の戦いなのだ。

 

「全部を俺にぶつけてこいッ! そうじゃなきゃ意味がねえ! 俺はあんたを超えていく! そしてあんたにも分かってもらう――否定するべき自分なんて、本当はいないって!」

「黙れ黙れ黙れェェェェッ!!」

 

 突撃のタイミングに合わせて、完璧な迎撃が襲いかかった。

 直線加速のルートをはじき出し、レールカノンの砲塔が動く。

 

「過去の否定は――いつか現実の自分の否定になる! ()()()()()()()()()()()()()()!?」

「……ッ!?」

 

 それは突飛な予測ではなく、一夏自身の経験に基づいた言葉だった。

 刹那のみ動きが静止し、直後、レールカノンの砲口に、投擲された『雪片弐型』が突き刺さる。

 小規模な破砕音を響かせながら、砲塔から火花が散り、沈黙した。

 

「しまっ――」

「自分を否定して! 自分じゃない何かになろうとしてッ! その結果には何も残らないんだ!」

 

 距離を詰めた一夏が『雪片弐型』の柄を掴み、レールカノンを引き裂くようにして振り抜く。

 デッドウェイトと化した砲塔をラウラはパージし、バックブースト。

 空けられる距離。剣域から抜け出そうとする敵。

 

「逃がすものかよぉッ!」

 

 スラスターに火を入れる。

 白いウィングスラスターが爆発じみた炎を吹き上げ、それに追いすがった、が――

 

「――そう来るだろうと思ったさ!」

 

 ()()()()()()()()()

 振るわれるプラズマ手刀。連続する斬撃は雨のように降り注ぐ。

 それだけではない。4つのワイヤーブレードもこの瞬間、狙いを一夏だけに絞っていた。

 正面から左右上下から死角から――"白"を粉砕するために構築された理論的な猛攻。

 

「一夏……ッ!?」

 

 理論的に導ける。この構築に、瞬時に反応できることはない。

 対応が間に合わないと判断して、シャルルが叫びを漏らした瞬間。

 

「チィィ――!」

 

 一夏は愛刀を回転させて攻撃を巻き込み、逸らし、弾き。

 同時に上体を半身にして避け、捌き、受け流す。

 そのまま横に回転しつつ攻撃を切り払い、駒のように回転しながら後退。傷一つ負わず、緻密に計算された連撃の嵐から抜け出して見せた。

 

「――今のを、無傷、で……!?」

 

 セシリアは愕然とした声を漏らした。

 

(端から見ていて――あのタイミング、あの位置取りで、あの攻撃を捌くことなんて不可能のはず! ですが一夏さんは無傷! 感覚的に予期していたとでも……!?)

(今、の、どうやって避けた……!? 一夏の動きが読めない! 少なくとも楽に勝てる感覚派とは全然違う!)

 

 思わず言葉を失うセシリア。動揺は同じものを、同じ理論派として見ていたシャルルも共通していた。

 しかし。

 

(――――今の、何?)

 

 一夏と同じ感覚派であり、代表候補生としては屈指であるはずの鈴でさえ、両眼を見開いて驚愕していた。

 

(感覚派を潰すための攻撃、だった。瞬発的な反応だけじゃ、()()()()()()()()()()。そういう風に攻撃が配置されてた――の、に。どうなってんの!?)

 

 全員が表情を凍り付かせる。

 今の攻防は、明らかに何かがおかしかった。

 

 そして。

 渦中にいるラウラこそが、それを正確に感じていた。

 

()()! こいつ――()()()()()()()()()()ッ!?)

 

 ここに来て。

 ラウラ・ボーデヴィッヒは間違いなく――眼前の打倒すべき敵に、戦慄を抱いていた。

 

(間違いなく読み切っていた! 私が待ち構えていることを計算し、波状攻撃を読み取り、読み解き、回避ルートを一瞬で構築し、それを自分の身体に伝達していた! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 何なんだこの男は!?)

 

 他愛ない、という評価を改めざるを得ない。

 

「きさ、まは――」

「どうしたよ……気を抜いてたら、この刃はあんたに届くぞ、ラウラ・ボーデヴィッヒ……ッ!」

 

 一夏の両眼は常に焔を噴き上げている。

 ありえないとラウラは頭を振った。自分が負けることなどありえない。過去の自分を肯定するような弱者に、負けるはずがない。負けるわけにはいかない。

 プログラムが稼働し、思考回路を純化させる。敵を粉砕しろ。一方的な暴力で相手を殺戮しろ。

 ラウラの深紅の瞳に、再度絶対零度の殺意が注ぎ込まれた。

 

「私は――貴様などに、負けない……殺す、殺す、殺す殺す殺すッ!」

「そうだ、それでいい……俺はあんたを倒す……!」

 

 両者の視線が交錯し。

 再度、爆音のような加速音が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あーさっき反撃まで組み込めなかったのは減点だなー)

 

 せり出したピットの上から戦場を俯瞰する東雲は、そんな無体なことを考えていた。

 どう考えてもルーキーとしては破格の、代表候補生ですら驚嘆する反応だったのだが、師匠としては不服らしい。

 

(そこはこう……今あったじゃん間隙が。一発……いや、二発はおりむーでも打ち込めたはずでしょー?)

 

 打ち込めねえよ。

 

(まあ進歩を感じるのは確かだから、いいことだね。あとでいっぱい褒めてあげよう! おりむーが成長していて当方も鼻が高いよ。なでなでしてあげるとかでいいかな……いや……待てよ……これ、なでなでを返してもらえるかもしれないのでは!? ウヒョッグヘヘヘヘ、テンション上がってきた……!)

 

 後方師匠面の東雲令は弟子を褒めるという行為に対価を求めていた。

 

「……令」

 

 足音が響いた。

 更識簪が、自分にも何かできないかとピットに来たのだ。

 しかし簪は、一夏を見守る真摯な表情を見て小さく頷く。彼女もまた、東雲の隣で見守ることを選択した。

 できればそいつの頭をぶん殴ってほしいところである。

 

 

 

 

 

 

 

 






OPEN COMBAT「ご無沙汰しております(悶絶調教師)」



次回
29.唯一の男性操縦者VSドイツ代表候補生(後編)



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29.唯一の男性操縦者VSドイツ代表候補生(後編)

要素が多すぎて信じられないぐらい長くなった


「おい博士見えるか、今こんな感じだ」

『……相乗効果って言ってたけど、これ多分、互いに阻害してないかな……』

「見た瞬間にそこまで考察できるのかよ」

『うん。だって、うまくかみ合ってるなら『アンプリファイア』によって戦意を強制拡大(アップリフト)された時点で『VTシステム』は起動(ブート)されてるはずだもん。なんか食い合わせが悪いのかなあ……』

「確かに、開発国も違うわけだしな。じゃあどうする? 私が突っ込んでこようか?」

『オータムは今回お留守番。多分戦闘中に何かのきっかけがあれば、すぐ始まると思うし』

「…………」

『実際うまくいった際の理論値はかなりイケてると思うんだよねー。なら少し待った方がいいし……って、聞いてる?』

「今、あんた、私の名前呼んだよな」

『…………』

「…………へへ」

『なしでーす! 今のなしでーす! ノーカン……ッ! ノーカン……ッ!』

「おっ、そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(付け目はある! 細い勝ち筋だけど、絶対に勝てない相手じゃない!)

 

 一夏は正眼に剣を構え、深く息を吸った。

 

(攻撃が分かる――どういうタイミングで俺が攻撃を食らうのか、相手にとってのベストな攻撃の組み立てが読み取れる……! 感謝します、我が師!)

 

 はっきりと自覚した。

 戦意を新たに再び戦場に舞い戻ったこの瞬間、今までの修練が収束している。

 蓄積され続けた密度の濃い訓練が、身体を動かしてくれている。

 

 正確に言えば織斑一夏はもとより本番に強いタイプである。

 絶対に発揮しなければならない場面で、ここぞとばかりに普段の成果を叩きつける。

 血肉となって巡る師の教えに感謝し、彼は笑みを浮かべた。

 

 しかし。

 

「貴様だけはぁぁぁぁぁっ!」

 

 ラウラが乱雑に右腕を振り払う。

 それだけでアリーナ全体を粉砕するような衝撃波が生まれ、思わず一夏は面食らった。

 

「何――だと――!?」

 

 銀髪の少女を起点として、四方八方へと強烈なソニックブームがばらかまかれる。

 一夏は砂煙と地面の亀裂から指向性を読み取り、左右へ揺れるようにして回避機動を取った。

 セシリアたちも同様にその場から飛び退き、衝撃波を掻い潜る。

 

「カタログスペックにはない攻撃じゃない、何よこれ!」

「これほどの広範囲攻撃――基本装備でしたら条約違反でしてよ!?」

 

 鈴とセシリアの悲鳴。

 代表候補生だからこそ、広範囲攻撃の脅威は知っている。範囲を広げるというのにはそれだけの出力が必要だ。そして範囲が広くなっても、元の出力が下がるわけではない。

 つまり――広範囲殲滅兵装とは、それだけの火力を保持しているという証明である。

 

「――僕の後ろにッ!!」

 

 シャルルの絶叫を聞いて、スラスターを駆使して一夏は真後ろへの移動から横へとスライドする。

 衝撃波の津波から身をよじって逃れ、実体シールドを展開したシャルルの背後に白い鎧が滑り込んだ。

 

「……ッ! シャルル、これは!?」

「分かんない! でも僕が見た『シュヴァルツェア・レーゲン』の装備には絶対なかった!」

「だったら何だってんだよ!?」

「大型のジェネレーターもない! 衝撃の収束機構はおろか拡散機構だって見当たらない! ()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 展開された大型シールドが軋みを上げる。

 機動力と攻撃力に重きを置くカスタマイズを施された『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』にとって本来優先度の低い装備だが、それを積んできたことにシャルルにはこれ以上ない僥倖を感じた。

 

「この……ッ!」

 

 元より上空を取っていたセシリアはいち早く高度を上げると、ビットを切り離し多方向からラウラにレーザーを浴びせる。このような攻撃をされては、一夏の心情に肩入れしている場合ではない。

 だが。

 照射されたレーザーが、ラウラの眼前で奇妙に歪み、拉ぎ、『シュヴァルツェア・レーゲン』を避けるように歪曲してアリーナに突き刺さった。

 

「な――!?」

「こっちも駄目! どーなってんのよ!」

 

 ほぼセシリアと同時に反撃を始めていた鈴も悲鳴を上げた。

 不可視の砲弾がラウラに迫り、しかし着弾寸前でするりと行き先を変えてアリーナの外壁にぶつかったのだ。

 

「――――ッ、半径二十メートルにわたって何らかの力場が発生しています! 恐らくは、慣性停止結界(AIC)の応用かと……!」

 

 全体を俯瞰しつつ、セシリアはハイパーセンサーをフル稼働させ、微細な()()()()()()を素早く看破した。

 間違いなく条約違反装備。だが、『アンプリファイア』が何か、機体の能力すら拡張してみせたのだとしたら。

 

(……いえ、ありえませんわ。『アンプリファイア』単体でこのような現象を起こせるはずがありません。元より装備を隠していたと考えるのが当然。あるいは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――としか!)

 

 秒単位でばらまかれる広範囲殲滅攻撃を掻い潜りながら、セシリアは必死に思考を回す。

 鈴もまた中距離を維持しながら、吹き荒れる砂煙の中を直感任せで飛び回っていた。

 

 その中で。

 

「あいつを止める! シャルル、数秒――二秒でいい! あいつの意識を逸らしてくれないか!」

「……ッ! 何言ってるの!?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()! だから、力を貸してくれ!」

 

 一夏はそう叫んだ。

 できる。フランス代表候補生シャルル・デュノアにとって、その程度造作もない。

 だが。

 

「……どうして」

「え?」

 

 うつむいて、歯を食いしばり。

 金髪に隠されて両眼は見えないまま、シャルルはうめいた。

 

「どうして、こんな状態で戦おうと思えるのさ、君は……あんなの、僕らで戦うべき相手じゃない。先生たちの到着を待つのがいいに決まってるじゃないか……」

「違う! 違うんだよシャルル。俺はあいつから絶対に逃げない。逃げちゃ駄目なんだ、だって逃げたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 衝撃波をまともに受けて、ついにシャルルと一夏は実体シールドごと吹き飛ばされた。

 ごろごろと転がるが、一夏は咄嗟に――()()()()()()()――シャルルの華奢な身体を抱き留めることに成功していた。

 

「一夏さん! デュノアさん!」

「こんのおおっ!」

 

 二人をカバーするべく、セシリアと鈴が反撃に転じる。だが届かない。砲撃はねじ曲げられ、近づこうにも荒れ狂う力場に放り投げられる。

 大地は巨人が踏み荒らしたように砕け散り、観客席からひっきりなしに悲鳴が上がっている。

 その中で。

 

「ぐっ……! まだ、だ……!」

 

 一夏は素早く立ち上がり、痛みに顔をしかめて。

 それでもシャルルをかばうようにして、前に出た。

 視線を切っ先のようにラウラへ向け、今にも突撃せんと腰を低く落として構える。

 

「……いち、か……」

「シャルル――お前にだって在るだろ、譲れないもの。俺の譲れないものは今此処にあるんだ……!」

 

 背中越しに投げかけられる、決然とした言葉。

 それがますます、シャルルの瞳に蔭を落とした。

 

「…………ないよ、そんなの……ないよ」

 

 消え入るような声。

 まき散らされる衝撃波が嘘のような――冷たく、ほの暗い声色だった。

 一夏はラウラから、顔をシャルルに向ける。瞳にもう、迷いはなかった。

 だから。

 

「ないならお前が見つけるしかねえ。でも、それがつらくて苦しいなら――」

 

 言葉を切って、一夏はバッと自分の左手を差し出した。

 白い装甲。『白式』の鎧とクローに覆われた、大きく鋭利で、けれど確かに手をつなぐために伸ばされたそれ。

 シャルルは息を呑んだ。

 

「今この瞬間は、俺の手を取るだけでいいッ!」

「――――!」

「お前の力を借りたい! そしていつか、お前に俺が力を貸せる時が来たら存分に貸す! 釣り合いがとれるかは分からねーけど、俺にできること全部する!」

 

 強引に手を伸ばし、一夏はシャルルの手を掴んだ。

 

「お前言ったよな! 俺はヒーローになれるって!」

 

 至近距離で顔をぐいと寄せる。鼻と鼻がこすれ合うような距離。

 戦場の破砕音に負けないよう、一夏は腹の底から叫んだ。

 

「付け加えさせろッ! 俺は! ()()()()()()()()()()()()()()()!」

「…………ッ!!」

「だから力を貸してくれシャルル! 今俺に必要なのは――俺が求めているヒーローはお前なんだ!」

 

 その、眼。

 生まれて初めて見た、自分を必要としているまっすぐな瞳。

 自分が映り込んでいる、彼の双眸に。

 

 

 

 きっと――シャル■■■・デュノアは、初めて胸を高鳴らせたのだ。

 

 

 

「……一夏の、ばーか」

「悪いけど、それ言われ慣れてる。死んでも治らねえんじゃねえかな」

「ふふっ、なにそれ」

 

 戦場において場違いな、甘い睦言のような距離と声色の会話。

 それを経て、一夏と結ばれた手から一気に力を入れて、シャルル・デュノアが立ち上がる。

 

「分かった。あの子の意識、一瞬だけなら逸らせると思う」

「頼む。――鈴! セシリア!」

 

 名を呼ぶと同時、二人は攻撃を瞬時に中断し、一夏とシャルルのすぐ近くまで距離を詰めた。

 滞空するセシリアと、転がるようにして跳び込んできて、一夏のすぐそばについた鈴。

 意図せず、いやそれは自然な帰結としての、フォーマンセルチーム。攻撃と防御を同時に行う上で、ベストな人数。

 

「多分この中で一番馬力があるのは『白式』だ。刀一本に振ってるけど、こういうときは強い」

「ええそうね。で? デュノアの力を借りるんならあたしたちの力はいらないんじゃなーい?」

「……鈴さん、いくらなんでも、大人げなさすぎですわ……」

 

 露骨に拗ねている鈴を見て、セシリアは額に手を当てて嘆息した。

 

「はは、なんだかいいチームだね。でも時間がないよ」

「分かってる。鈴、俺を押し込め。シャルルは手はず通り。セシリアはシャルルに手を貸してくれ」

「分かりましたわ」

「あとでなんか奢りなさいよ!」

 

 言葉は少なく曖昧だったが、三人は一夏の意志を瞬時にくみ取った。

 

「シャルル。この借りはいつか返すぜ」

「……それはこっちの台詞だよ」

「え?」

「何でもない! ――ッと!」

 

 会話はそこで途切れた。

 四人がそれぞれの方向へと加速した瞬間に、ラウラが両腕を振るった。アリーナの地面が見えない隕石が墜落したように砕け散り、衝撃がメチャクチャにばらまかれる。

 その間隙をすり抜けて、四人が構える。

 

「言っとくけどかなりの無茶になるわ。多分『白式』は……」

「半分スクラップになるだろうな。でもこれしかない――頼らせてもらうぞ、相棒!」

 

 鈴の注意を受け、それでも一夏は止まらない。

 応えるように、白い鎧が熱をため込んだ。

 

「織斑、一夏ァァァ――――!!」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ! 俺はやっぱりあんたには同意できない……!」

 

 ラウラの視線が一夏に突き刺さる。

 互いの背後で空間が歪む。突撃の前兆。力場の根源であるラウラが動けば、それだけで小規模な災害と化すだろう。

 

「何もかも切り捨てて! 過去の自分すら切り捨てたら、届かない場所があるんだ! それを今から見せてやる、だから……歯ァ食いしばれェェ――!」

「黙れ黙れ黙れ黙れェェェェェェッ!!」

 

 もはや対話は不可能。

 一手早く、ラウラは加速の予備動作として、その空間に身を沈ませて。

 

「――――ごめんね」

 

 優しい声色と、優しい表情で。

 されど絶対零度の両眼で。

 シャルルは丁寧にトリガーを引き絞った。

 

 ハイパーセンサーを最大感度に引き上げ、同時に身動きを止めて観察した。見えない力場。ベクトルがねじ曲がり、物体を跳ね飛ばすその局所的タイフーン。

 だが根本的に考えれば、AICとは空間に特殊なエネルギー波をぶつけて静止現象を引き起こす装備だ。

 その脅威である不可視性と絶対性は、この無秩序な破壊にはない。

 

 セシリアはわざとビットから馬鹿正直にレーザーを降らせた。

 当然、すべてがねじ曲げられる。拡散する光がぱっと散り、無意味に地面を穿つ。

 

 だからこそ。

 

 逆算できる。レーザーの軌道から、彼女の身動きから。

 今どこにエネルギー波があって。

 今どこにエネルギー波がないのか――!

 

()()()()()()()()()()

 

 精密狙撃モードのアサルトライフルから、大口径の弾丸が放たれた。

 縦横無尽に張り巡らされた重力力場の嵐の中。

 わずかな間隙を、まるで糸を通すようにして弾丸が通過していき。

 

 こおん、と。

 

 ラウラの眉間に着弾し、甲高い音が響いた。

 

「…………ッ!?」

「――今だぁぁぁぁっ!」

 

 同時に『白式』が最大出力でスラスターに点火、真後ろの『甲龍』は迷うことなく瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 白い機体が押し出されるようにして、爆発的に加速した。

 

 たった数秒の隙。

 実に二十メートルにわたって展開されていた力場が、緩んだ。

 その刹那に、馬力によるゴリ押しで、二機一組となった一夏と鈴が重力の嵐を強引に突っ切る――!

 

「貴様ァッ……!」

「まだですわ!」

 

 左右からセシリアがビットによる射撃を撃ち込み、集中させない。

 先ほどとは比にならないほど弱くなった力場。それでも機体を粉砕せんと、衝撃が一夏に襲いかかる。

 あと――わずかに、一歩。

 刀を振るえば届く距離で、ぎしりと、『白式』が軋んだ。

 

「一夏、止められたッ!」

「そこで押し潰されて死ねぇっ!!」

 

 鈴の悲鳴、ラウラの咆哮。一夏は歯を食いしばって、更なる加速を敢行する。

 装甲が砕かれ、ISスーツが衝撃に千切れ飛ぶ。構わない。

 絶対防御が発動し、シールドエネルギーが大幅に減損する。構わない。

 

(押し込むしか、ねぇ……ッ!)

 

 ここで退いてはいけない。絶対に退けない。

 だというのに。

 力場の出力は増大する一方で、じりじりと刀身が押し返され始める。

 思わず悪態をつきそうになった。何かが足りない。あと一手が、足りない。

 銃撃音が聞こえる。レーザーも弾丸も全て、荒れ狂う重力の嵐に弾かれていた。

 背中を押す鈴もスラスターを全開にしている。それでも力負けしていた。

 

(ちく、しょう……ッ)

 

 明確に見えている。このまま突っ走っても断崖絶壁に放り出される結末しかない。

 押し負ける。それを誰もが予感した。

 瞬間。

 

 ()()を、感じた。

 

 一夏は――絶戦の最中だというのに。

 ガバリと振り向いた。真後ろ、ずっとずっと後方。

 力場になぶられる鈴のツインテール越しに。

 

 ピットのカタパルトに佇み。

 静かな風に黒髪をなびかせて。

 まっすぐに己を見つめる――尊敬すべき師が、自分を誰よりも肯定してくれる一人の少女がいた。

 

 音が消えた。

 ただ静かに、彼と彼女の視線が結ばれ、それ以外の一切が意識から消し飛んだ。

 

「――――しの、のめ、さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(待って!!!!!!!! おりむーの露出度が過去最高!!!!!!!! キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! …………いやそうじゃねえよ! やめろ馬鹿全員目を潰せ! 当方ッ! だけにッ! 見せろッ! そういうのはッ!!

 

 お前もう死ねよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――――――――ッ!!)

 

 見て、くれている。

 自分の勝利を信じて、刮目してくれている。

 視線に淀みはなく、ただ一心に自分の勝利を願ってくれている。

 そう、言葉はなくとも理解できた。

 

 かちりと。

 自分の中で何かが嵌まる音が聞こえた。

 

 ラウラに顔を戻す。苦痛に顔を歪め、身体の自由を失っている少女の。

 朱と金の瞳を、見た。

 その両目に一夏は自分が超克すべき陰を感じた。過去の呪縛。増大された悪意と絶望。

 

(ああそうだ。彼女のおかげでここまで戦えた。彼女のおかげで立ち上がれた。彼女と出会えたからこそ、今の俺がある!)

 

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、あってはならない――!

 

 裂帛の気迫が四肢に満ち、両眼から炎となり噴き上がる。

 軋む心臓に鞭を打ち、今この瞬間に全てを吐き出せ。

 悲鳴を上げる身体を動かし、今のこの瞬間に敵を打ち破れ。

 

「――――負けるかァァァァッッ!!」

 

 一方的に押し返されていたはずの力場に。

 純白の、『雪片弐型』の刃が食い込んでいく。主の願いに呼応するかのように『白式』が過負荷を無視してさらに出力を跳ね上げていく。

 

「一夏さん――!」

「一夏!」

「い、ち、かァッ……!」

 

 援護するセシリアとシャルル、そして背を押してくれる鈴に、名を呼ばれ。

 ついに一夏の炎が最大限に猛る。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 力場を食い破り、刀身が漆黒の鎧へ殺到する。

 あれほど堅牢だった不可視の要塞が一気呵成に打ち破られ。

 

 

 刃が、ラウラを、とらえ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相互意識干渉(クロッシング・アクセス)

 

 ISコアは互いに情報交換をするためネットワークを形成している。

 その影響から、操縦者同士の波長が合う、()()()()()()()()()、両者間の潜在意識下で会話や意思の疎通を図ることが可能となるケースがある。

 多くの謎を持つISが、自己進化の過程で生み出した機能の一つと言われている――それを一夏は、教科書の片隅に書かれているものとして覚えていた。

 

「…………これは」

 

 確かに刃が届いた。ラウラの首から腰にかけて一気に切り捨てるような、そんな渾身の斬撃を叩き込んだ。

 いや正確に言えば……首筋に『雪片弐型』の刃が接触した瞬間に、意識がスパークして、気づけばこの空間に放り込まれていた。

 

 ()

 一切のシミを許さない、一片の穢れも許さない、圧倒的な、白。

 そこに一夏は制服姿で佇んでいた。

 

「……クロッシング・アクセス、だよな」

「ああ、そうだ」

 

 声は背後から聞こえた。

 振り向けば、これまた真っ白なワンピースに身を包んだラウラが、どこから超然とした表情でこちらを見ていた。

 

「……あんた」

「ラウラ・ボーデヴィッヒは……あの時、敗北を受け入れていた。心のどこかでずっと、ラウラ・ボーデヴィッヒはお前に同意してほしかったのだ。過去の否定こそが正解なのだと。だってそうでなければ、今までの積み重ねは何だったのか、と思うだろう」

「……ッ! それは違う、違うよ」

 

 他人事のような言葉。それが深層心理なのだとしたら。

 一夏は首を横に振ってから、大股に彼女に歩み寄って、その両肩を掴んだ。

 

「過去の自分は決して死んだりしない。それは勝手に殺したことにして、胸の奥底に閉じ込めてしまうだけなんだ。だから……今までの積み重ねが君を裏切ったりなんて、しない」

「…………()()()()()、織斑一夏」

 

 彼女は優しく――そう、驚くほど優しく微笑み。

 そっと、雪原のように白く、触れば折れてしまいそうな細い指で。

 ()()()()()()()()()()()

 

「…………ッ?」

 

 思わず目を白黒させた。

 ラウラに頬をなでられた瞬間に、何か異物が入り込んできたような、自分の中を丸々覗き込まれたような感覚がした。

 一体なんだったのかと首をかしげていた、時。

 

 遠くから、声。

 

 振り向いた。

 一切の存在を許さない白、が、途切れている。白い世界の遙か彼方に、真っ黒な、廃棄場のように荒れ果てた空間がある。

 そこに。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「――それは私じゃないッ!」

 

 

 

 彼女は必死の形相で、そう叫んだ。

 え、と。

 一夏は呆気にとられ、ぽかんと口を開けた。

 彼の眼前で、対話していたはずの、ラウラ・ボーデヴィッヒであるはずの存在が、唇を歪ませる。

 

 やっと気づいた。

 ここは無遠慮な白で塗り固められた偽りの空間。

 

 ラウラの精神へアクセスしたのではない。

 そう――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ!!」

 

 バッと腕を振り払って、一夏はラウラの顔をした何かから距離を取った。

 それは先ほどまで触れ合っていた指をしげしげと眺め、赤い舌を出して指の腹をぺろりと舐め。

 

「――()()()()

 

 白いワンピースが、焼け焦げるかのように、黒ずんでいく。

 銀髪が橙色に塗り潰され、背丈が伸長され、ぞっとするような美貌の女に姿が変化する。

 言葉を発することなく、彼女は艶やかな髪をかき上げて、悪意に表情を彩らせる。

 

「…………オー、タム」

 

 その名を、一夏が呼ぶと同時。

 ()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Damage Level(損害状況)――D.

 

 Mind Condition(精神状態)――Error(やめろ).Error(やめろ).Error(やめろ).Error(やめろ).Error(やめろ).Error(やめろ).Error(やめろ).Error(やめろ).――Uplift(強制拡大).

 

 Certification(認証)――Breakthrough(強制突破).

 

 

 

 《ValkyrieTraceSystem》―――― boot(起動).

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名を呼ばれ、ガバリと顔を上げた。

 すぐそばに来ていた鈴が、一夏を無理矢理に引っ張って動かそうとしている。

 どうして、と考えるまでもなかった。

 眼前のラウラが、いや、『シュヴァルツェア・レーゲン』が音を立てている。

 鋼鉄の鎧が上げるには不自然な、悲鳴に近い有機的な音。

 

 あれはやばい、と耳元で鈴が叫んでいる。

 早く下がって、とシャルルが叫んでいる。

 何をしている、とセシリアが叫んでいる。

 

 荒い呼吸音。それが自分の発するものだと一夏は遅れて気づいた。両足が震えている。無意識のうちに、一歩引き下がった。

 その反応を見て三人は、そして一夏を知る者たちも理解した。

 ――今、何が誕生しようとしているのかを。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 ラウラの絶叫に呼応するかのように。

 漆黒の鎧が、()()()()()。固体が融解して半固体に変貌し、蠢きながら別の何かをかたどっていく。黒い泥はドイツ製の鋭角な装甲から、それを一度無かったことにして、全く別の装甲を再現していく。

 新鋭兵器の試験運用にふさわしい堅強なものから、実戦を意識した防御性と機動性を両立させたものへ。

 各種装備は形を失い、泥のまま透明な膜で覆われたようにして、うねりながらもかろうじて輪郭を形成する。

 

 それは形態移行(フォームシフト)に非ず。

 それは悪夢の再現。

 それは禁じられたプログラム同士の相乗効果が弾き出す、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あのISを……再現……してる……!?」

 

 鈴の言葉が全てを物語っていた。

 ドイツ製『シュヴァルツェア・レーゲン』が姿を変えて、アメリカ製『アラクネ』へと変身する。

 

 誰もが理解する。

 これは、残酷なまでに、冷酷なまでに。

 織斑一夏を完封するための最適解。

 

 

 

【OPEN COMBAT】

 

 

 

 愛機のアラートが、どこか遠く、まるで残響のように聞こえた。

 それが合図だった。黒い泥が収束し、節足動物を模した装備を再現する。

 

 危機はずっと、息を潜めて待っている。一斉に襲いかかる時を見定めている。

 そんな空想が現実味を帯びてしまうような、最悪に最悪を上塗りしてさらに最悪で煮詰めたような、そんな展開。

 

 忌むべき()()()が。

 悪夢の象徴のように、決意と信念をあざ笑うように。

 

 織斑一夏の前に、顕現する。

 

 

 

 

 

 

 




OPEN COMBAT「正直わかってました」




次回
30.■■■■■■■VS影蜘蛛




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30.■■■■■■■VS影蜘蛛

ファース党なので初投稿です


「……どう、してよ」

 

 最初に声を上げたのは鈴だった。

 

「なんで、なんでよ、なんでなのよっ! こんなことしてっ! そこまでして一夏を追い詰めて何がしたいっていうのよぉっ!!」

 

 悲鳴と共に、両肩の衝撃砲を撃ち込む。

 影から這い出て、そのまま表皮に黒を貼り付けたようなその機体――『アラクネ・シャドウ』は、野生動物のように跳ね飛んでそれを回避した。

 

「来んな! 来んなぁっ! 一夏の前から消えなさいよこんのぉっ!!」

「ちょっ……落ち着いて! 下がってッ!」

 

 マシンガンのように衝撃砲を乱射する鈴を、シャルルが肩を掴んで後ろに引きずる。

 これほどの出力での連射は、衝撃砲『龍咆』の設計上は想定されていない。

 故に鈴が砲撃を放つたび、機体全体が悲鳴を上げていた。

 

「デュノアさんそのままでいいです! 一夏さんの方を回収してくださいッ!」

「……ッ!?」

 

 そこでやっとシャルルは、鈴のすぐそばに立つ一夏の顔を見た。

 青ざめ、生者の気配を感じさせない顔色。呼吸は乱れ、視線が定まっていない。

 

(――PTSDッ!? まさか、最初に言われてたISを起動できないって……IS恐怖症のことだったの!?)

 

 断片的な情報を組み合わせることで、シャルルの思考は瞬時に加速する。

 と、同時、現状のまずさにも気づいた。

 

(もう四人で動けない! 三人で対応できるならいいんだけど――)

 

 セシリアが鈴の援護に、半ば銃口が焼き付いているビットで再三にわたり集中砲火を浴びせる。

 だが『アラクネ・シャドウ』は中にラウラが入っているとは思えない、野性的かつ大道芸のような軌道で跳びはねて砲火を掻い潜る。

 

(考えれば考えるほど状況が最悪だ! あの動き、パイロットが長くは保たない! 短期決戦で――だけど、一夏は動けなくて……!)

 

 限界まで思考を回すが、やはり、今動ける三人で最善の結果にたどり着ける未来が見えない。

 せめて一夏が動ければ。

 

「はぁっ、はぁっ、ぅ、ぁ」

 

 先ほどまでの奮闘が嘘のように、シャルルの隣に立つ一夏は、今まさに膝から崩れ落ちた。

 呻き声と共につばを呑み、必死に自分を落ち着けようとしている。だが見ているだけでも痛々しいそれは、間違っても戦場にいてはならない姿だった。

 

「……ッ」

 

 どうしようもない。どうにもできない。

 シャルルは自分にできることをリストアップし、まず一夏を退避させ、それからセシリアと鈴の援護に向かうことを選択しようとした。回り道な上に、三人がかりであれを止められるかも怪しい。だがこれしかない。

 そうだ、こうするしかない。

 シャルル・デュノアだけでなく、鈴も、セシリアも、そう考えていた。

 

 

 

 

 

 その限界をあっさりと飛び越えてしまうからこその――『世界最強の再来』!

 

 

 

 

 

「――――鈴さんどいてッ!!」

 

 最初にセシリア、次にシャルルが気づいた。

 インファイトを挑み、しかし不規則な動きを捉えきれていなかった鈴は射手の言葉に瞬時に反応して飛び退く。

 

 そこに間髪容れず突撃するは()()()()()

 超高速機動は影すら置き去りにして、機体そのものが弾丸であるかのように疾走する。

 

「――打ち堕とすッ!!」

 

 東雲が裂帛の叫びと共に、バインダーから引き抜いた太刀を『アラクネ・シャドウ』の回避先に置く。

 精確に頭部に切っ先を突き込まれ、空中で影蜘蛛はもんどりうって転がり、そのまま地面に墜落した。

 

(テメェッ! 性懲りもなくおりむーの前に現れやがって! つーかなんでおっぱいまで再現してんだよ当てつけかコラァ!!)

 

 一本目の太刀を放り投げて、流れるように二本目を背部バインダーから引き抜く。

 憤懣を刀身に注ぎ込み、東雲は追撃しようとして。

 ぎしりと、動きを止めた。

 

「…………?」

 

 立ち上がる『アラクネ・シャドウ』が、その動きを少し変えた。

 動物的なものから、よりIS乗りの感覚的なものへ。

 

「――こいつ! ()()()()()()()()()()!」

 

 追いすがる東雲の加速タイミング、角度、身体捌き。

 それを見て影蜘蛛は、着実に。

 角速度的に、動きの精度を上げていく。

 

(これって……『VTシステム』!? なら、まさか『アンプリファイア』の効果で、模倣・再現の能力を底上げされてるのか……!)

 

 シャルルが結論づけている間にも、爆発的な成長は続く。

 影蜘蛛に内蔵された『VTシステム』の本質は、対象のコピー。

 故に相対する東雲から技術を盗み、模倣し続け、加速度的に動きが洗練されていくのは自明の理。

 

「東雲さん――!」

 

 セシリアの叫びは真に迫ったものだった。

 何せこの敵は、今急激に成長している。ほかならぬ東雲の戦闘を学習している。

 しかし。

 

()()()()()

 

 深紅の太刀が空間を断ち、『アラクネ・シャドウ』を吹き飛ばした。

 ごろごろと転がるその姿を見て、彼女は鼻を