京太郎&赤木 クロスオーバー (五代健治)
しおりを挟む

プロローグ ~彼我の差~

京ちゃんのスピンオフはよ


プロローグ

 

 

 

 別に神様みたいな才能がほしいとか、分かりやすく漫画のキャラみたいな最強になりたいとか、そういうんじゃなかった。

 

 ただ、大好きな連中と一緒に居られる程度、一緒にいてお荷物にはならない程度の実力がほしかった。

 

 ボクシングのスパーリングパートナーみたいなものかな。サンドバッグでもいい。丁度いい手ごたえを提供しつつ、彼女たちの戦意高揚や試行錯誤に貢献できる程度の、そんな立ち位置でよかったんだ。

 

 

 でも―――なんと甘かったことか。

 

 俺は殴られるだけのサンドバッグにすらなれなかった。殴るだけ、構うだけ時間の浪費となる存在だ。

 

 壇上には彼女たちだけが残った。俺は壇の下から、彼女たちを眺めながら雑事を務めた。

 

 喉が渇いたなら飲み物を持ってくるし、探してる本があるなら彼女が部活の練習をしてる間に探してきてやるし、タコスが食べたいなら用意してやるし、牌譜をとって彼女たち同士で研究したいなら、1日に半荘10回、100局だろうが、腕がいくら痛くなっても記録してやった。

 

 彼女たちの輝きが壇上で増すにつれて、俺が壇上に上がってお相手をさせて頂く機会も減って行った。

 

 仮にあったとしても、輝きを増した彼女たちに抵抗できるわけもなく、すぐにまた下ろされた。

 

 俺だって、それを良しとしたわけじゃない。

 彼女たちの名を穢さぬよう、必死で腕を磨いた。

 

 

(……………来た!?)

 南3局 1本場

 南家:京太郎配牌

 

 2223666m 7889p 南南  ツモ:南  ドラ:7p

 

 毎日半荘1回打ったとして、月に一度あるかないかの最高の配牌。

 現在の点数は

 東家 咲 37800

 南家 京太郎 14800

 西家(親) 優希 23000

 北家 和 24400

 

 

 インターハイ後の女子メンバーの牌譜で勉強し、自分での独学での修行のかいもあって、京太郎はここまで一度もこの化け物連中に振り込むことなく南3局まで進んできていた。

 

 だが、代わりに上がりの回数はたった1度、猛烈に進みの速かったタンピン手が一回あっただけである。

 

 躱しに躱してじり貧のまま進んできたが、ここに来て機が舞い降りた。

 

 

(8p切ってダブリー! 初っ端から端の数牌を待ちに含んだ3面待ちで、上がれないはずがない!)

 

「よっしゃ、リーチだ!」

「ええっ」

「じょじょ!?」

 

 

 同じ卓の面子からは驚きの声が上がる。

 

 京太郎は自信満々に牌を横向きに出した。

 

「いっぱーつ! いっぱーつ!」

 

 上機嫌になりながら、自分で掛け声を上げる。

 

「おのれ、犬が主人の真似をするとは!」

「はぁ? 南場でダブリーできたっけお前?」

「二人とも、対局中ですよ」

「「はーい………」」

 

 京太郎と優希のなじりあい合戦が始まると、和からの鶴の一声が飛んでくる。

 

「むう………」

 

 優希の第1打は東。

 待ちがわからない以上、客風牌から切るのは当然だろう。

 

「ふむ」

 

 続いて和の第1打。同じく東。

 

「うげ………」

 

 まさか、と思って京太郎が咲の方を見やる。

 すると案の定、咲の第1打も東だった。これでほぼ一発は消えた。

 

(まぁ、一発なんて欲張り過ぎか。大丈夫、この3面待ちならきっといける。って………)

「来たー!」

 

 自分のツモ牌の3mを見ると、京太郎は息高々に歓声を上げた。

 

 手配をバラっと倒し、役を述べる。

 

 

「ダブリー・一発・ツモ! えっと、後は三暗刻がこの場合はついて、ドラ一つ。あ、南がダブル翻牌で、裏は………乗らないか。でも、えっと9翻だから、倍満! 8000・4000だ!」

「ぐえええええ! おのれ何をしてくれるー!?」

「ざまぁー! 親被りざまぁー!」

 

 上機嫌になった京太郎が、優希の噛み付きを軽くいなす。

 

「もう、京ちゃんったら………。はい、点棒」

「にしてもいつ以来ですかね、須賀君が倍満上がるの?」

「多分咲が来てからは初めてじゃないか? ああ、この苦節半年かん……ふぁ…」

 

 点棒を受け取りながら、京太郎があくびをかみ殺す。

 

「京ちゃん?」

「わり、ちょっと寝不足で」

「なら喜べ! 次の一局で、永遠に寝付かせてやるわ!」

「へっ! やれるもんならやってみやがれ!」

 

 これで現在の点は、

 東家 咲 33800

 南家 京太郎 30800

 西家 優希 15000

 北家 (親)和 20400

 

 

 1位の咲を捲るには、ツモで2600以上の手を上がるか、直撃で2000の手。他家から上がるなら3200以上が必要だ。

 正直なところ、京太郎は降りるのはうまくなったが、狙いを定めて誰かから直撃をとれるほどではない。

 それが全国クラスのこの怪物たち相手となればなおさらだ。

 

(直撃は無理だ。点で負けてる他二人は追いつくために無理をしてくるかもだけど、トップの咲がここで俺に振り込むわけがない。ツモ狙いだな)

 

 心の中で、戦略の方針を立てる京太郎。その配牌

 

 1224m 357p 33999s 西 ツモ:中 ドラ:2m

 

(まーた苦労しそうな配牌だな)

 

 むしろさっきの配牌が出来過ぎだったのだ。

 ため息一つ着いて、どんな手を目指すか考える。

 

(とりあえず3翻あればいいわけだから、ドラが2つ来てくれたのはありがたい。つまり一番簡単なのでタンヤオ

ドラ2。123m、もしくは234mの順子になってしまった場合、リーチか平和ツモドラ1。後者の方がやや運頼りだから、ツモにもよるけど無理してでも鳴いていきつつ9sを暗刻落としするか?)

 

 この連中相手に、悠長に手牌がまとまるのを待つ余裕はない。

 かといってリーチしても愚形になりそうだ。ここは無理してでも手を進める。

 

 そして9巡目 京太郎手牌

 

 22m 7p 456s 9s  ポン:333s チー:345p ツモ:8p

 

(9sを切ればとりあえず聴牌。9pを引くとタンヤオが着かないうえにフリテンけど、この後7pか8pをもう一つ引いてシャボ待ちにもできるし、9s切りだな)

 

「おっと」

 

 9sを切る前に、皆の捨て牌を確認する。振り込んでは元も子もない。

 上家の咲は自身も9sを早めに捨ててるから問題ない。

 下家の優希、こちらも京太郎でも見て分かるほどに萬子の染め手だから問題ない。恐らく残りのドラ2枚は優希が持っているのだろう。最下位だからデカい手を狙っているはずだ。

 

 そして対面の和。

 

 和捨て牌

 1m 9m 發 9p 北 南 8s 6s 1s

 

(あらま、あからさまなタンヤオコース)

 

 明らかにいい手が入っているとは思えない。

 多分、安手で連荘に持っていくのが狙いだろう。

 安手なら平和という可能性もあるが、6sを切っているので、9sは安パイだ。

 安心して京太郎は9sを出した。

 

 

「ロン」

「…………………え?」

 

 

 和の声に、京太郎が凍り付く。

 倒されたその役は……………

 

 

「国士無双。48000で私が逆転トップです」

 

「え…………は、え!? ちょ、まっ!」

 

 京太郎だけでなく、他の二人も和の捨て牌を覗き込む。

 

「うっそぉ…………」

「いや、のどちゃんこれはいくら何でも………」

「国士の捨て牌じゃねーだろ…………」

 

 3人そろって、愕然とする。

 9つ中7つが一九字牌。こんな河から、誰が国士を予想できるものか。

 

「ええ、あまりにもうまく行き過ぎました。私自身びっくりしてます」

 

 びっくり、というよりはにっこり笑って、

 

「え、あ…………」

 

「ありがとうございました」

 

 

 無慈悲な結果を京太郎に突き付けた。

 

「は、はは…………」

 

 笑うしかない。

 胸の中を内側から引っ掻き回され、引き裂かれるような痛みを押し殺しながら、終局を迎える。

 

「はっはっはー! ざまーみろ! 犬の分際で出しゃばるから親の役満くらうんだじぇ!」

「ゆーき! 言い過ぎです。というか、部長を相手にしてるわけでもないのに、あんな待ちをあの河から読めとい

う方が無茶です。まぁしいて言うなら北や南が手出しだったところから読めなくはないですけど…………国士はさすがに無いでしょうし」

「は、ははは…………」

「実力で敵わないからって、こそこそ姑息に動き回ってた罰が当たったんだじぇ! ついでにタコスもってこいじぇ!」

「姑息って………」

 

 

 じゃあ、どうしろというのか。

 この怪物たちを相手に、真正面切って下りずにぎりぎりのところを攻め続けて、躱して上がりをとれとでもいうのだろうか。

 そんなこと、出来るはずがない。

 蛮勇を振るって正面から力勝負を挑めば、どんな結末が待つかは火を見るより明らかだ。

 だから京太郎にできるのは、全神経を注いで彼女たちの待ちを躱して、とにかく振り込みを避けることだけだ。

 そして自分に運が傾いた時を逃さず、そこに全力を注ぐ。

 

 そんな戦い方しかできるはずがない。

 

 それを、卑怯だ姑息だなどとなじられたら。

 

 

(もう、何もできねえじゃねえかよ)

 

 

 そのころからだったと思う。俺が彼女たちの近くにいることを、苦痛に思い始めたのは。

 

 別に彼女たちが悪いわけではない。ある意味これが光栄なことなのだということも理解していた。

 

 やがて世界で羽ばたく才能を持ち合わせた彼女たちの成長をこんな間近から見れて、あわよくばその手助けができる。

 

 でも俺にできる手助けなんて、本当に雑事だけだ。誰でもできるような、代わりの利くことだけだ。

 

 なんて贅沢な奴だとも思う。彼女たちの傍にいられるだけで、それは途方もない幸運だ。なのに、俺はそれを苦痛に感じている。なんて嫌な奴だ。堂々とした打ち方もできない、卑怯な上に自分の分を弁えないやつだ。

 

 そんな風に、自己嫌悪すら湧き始める。

 

 けれど、そんなことはおくびに出してもいけない。彼女たちは優しい。だから、俺がこんなふうに勝手に悩んで、それで彼女たちの心を傷つけてはいけない。

 

 そうやって、我慢して、堪えて、受け流して、忘れて、無理に笑って――――

 

 

 気が付けば、みんなといることが、耐えられないほど辛くなっていた。

 




3年前にテンション上げ過ぎて書き始めてしまった内容。

主は清澄嫌いじゃないよ。
好きなキャラはどんどん不遇な目になってもらった後にハッピーエンド向かってもらい主義です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1話 行き詰まり

今読み返してみると、よくこんな設定を思いつけたなコイツと過去の自分が分からなくなる。


 長野県、清澄高校。

 

 今や国民的競技になった麻雀のインターハイ、その団体戦で、初出場ながらに全国ベスト4の記録を残し、その名は一躍有名になった、

 

 大会の終わった12月の今でも、ひっきりなしに取材の依頼が来る。大会終了直後ほどでもないが、週に1回は取材の申し込みが来る。

 

 が、下手に部活の練習時間を削りたくはないので、出来る限り断っている。主に麻雀部唯一の男子部員こと俺、須賀京太郎がその対応をする。

 

 相手も素直に引き下がってはくれないから、断るのには毎回骨が折れる。今日は学校の事務室で、20分も粘ってきた雑誌の編集部からの電話を断らなければならなかった。

 

 事務員さんたちの気の毒そうな視線を受け取りつつ、精も根も尽き果て職員室を後にする。

 肩を回し、首をゴキゴキ鳴らして体をほぐす。

 体中を血が巡るが、体の倦怠感は去ることはなかった。ここ最近寝不足なのだ。

 毎日麻雀部で牌譜を記録し、それを家に帰ってからもいつでも使えるように、PCソフトで整理整頓する作業が残っている。

 

 もちろん俺は一般的な高校生なので、日々の授業で出される課題もやらなければならない。

 ここまでならまだ何とかなるが、その後自分でも無理をしていると分かっているが、自分のための麻雀の練習をようやく開始できるのだ。

 

 部員たちの牌譜を見ているだけで、特にデジタルの天使と呼ばれる和の牌譜は勉強になる。

 あくまで神がかり的な運などは考慮に入れず、理詰めの麻雀を得意とするからだ。突き詰めれば、一般人でも到達可能な領域ではある。

 かといって、見ているだけでは勉強の効果も半減だ。和の打ち方を念頭に置きつつ、深夜のネット麻雀で自分なりの打ち筋といったものを確立しようと頑張る。

 

 

 しかし特に成長した実感を得られないまま、このところ疲れがずっと抜けないのだった。

 

「ふあぁ………」

 

 あくびをかみ殺しながら、部室に向かう。すでに部活は始まっている。急がねばならないのだが、今一気乗りがしない。

 少しでも目に見える成長の片鱗でもあれば気持ちも楽なのだが、それは叶わなかった。

 むしろ頑張って努力するようになってから、以前より成長している実感が薄れた気がする。

 

 そういうことを気にするのは、それだけ麻雀に対して真剣になれたのだという捉え方もできるが、結果が伴わなければ当人の心持ちなど只の自己満足にすぎないはりぼてだ。

 

 だが足は無意識に近いレベルで勝手に部室へ向かってしまう。

 やけに立派な両開きのドアの前で深呼吸。こんな辛気臭い顔で、みんなの集中力を削いではいけない。

 

 

「よしっ………」

 

 勢いよくドアを開けて、半年前までそうしていたように明るい声を出す。

 

「すんませぇーん、遅れましたぁー!」

 

 どこか気の抜けた笑みを浮かべて、悪びれた様子もなく明るく部室に入る。

 

「いやぁー、今日の取材の申し込みはしつこくってぇー。骨が折れましたよー」

 

 笑顔を浮かべて閉じていた目を開く。思っていた通り、みんなは1台しかない麻雀卓を囲んでいた。

 一人余っているのは染谷先輩だ。眼鏡の奥にある目を鋭く光らせて、卓を囲む4人の手牌を眺めて牌譜をとる。

 あの人は牌譜と記憶を結び付けて麻雀を展開していく人だから、自分で牌譜をつけると言い出したのだろう。

 

 みんなの集中力はすさまじく、誰も俺のことを気に留めてもいなかった。

 インターハイが終わっても、麻雀の大会は他にもある。年の初めにあるアマチュア大会に向けて、ここ最近の皆には鬼気迫るものがある。

 学生限定ではないから竹井先輩だって出られる。あの人はプロチームの内定をもらえたから、普通は引退するはずのこの時期でもまだ部活に来ている。

 

 一応俺も男子の部個人で大会には出るのだが、きっと1回戦で負けるのは皆の間では暗黙の了解となっていることだろう。

 

「ん……おお、来たか! 早速タコスたのむじぇ!」

 

 唯一、ドアと向かい合う席に座っていた優希が俺に気付いたようだった。

 

「はいはい、仰せのままに」

「あ、済みません須賀君。私にもコーヒーをお願いできますか?」

「うぃーす」

「あ、京ちゃん私も」

「へいへい甘めでだな?」

 

 「いつもの」の一言で通じそうな優希の注文に加え、和と咲からも飲み物の催促が来る。

 事実いつもやっていることなので、俺は上着を脱いですぐにその作業に取り掛かった。

 備え付けの簡易コンロに火を灯そうとする。しかし、何度かカチカチと音がするだけで、火は中々つかない。

 

「あれ? ガス切れかな?」

 

 ボンベに目をやると、残りガス量の目盛がほぼ0になっていた。

 小道具の入った引き出しの中を見るが、替えのボンベは無いようだった。

 窓の向こうは今にも雪が降りそうなほどに冷えていたが、仕方なく俺は脱いだばかりの上着にもう一度袖を通し、カバンの中からマフラーを取り出して首に巻く。

 

「すいません、ガスボンベが空になっちゃってて。急いで買ってきます」

「ん………」 「うん………」 「さっさとたのむじぇ」

 

 対局に集中している皆から帰ってきたのは、そんな気の乗らない返事だけだった。

 

 胸の中を若干重くしつつ、俺は部室の外に出た。

 

 

 外はかなり寒かった。

 長野の12月ということで、度々降って溶け残っては新しく前より高く積もった雪が敷き詰められていた。

 異様に濃い灰色の空模様からしても、今夜あたりにもう一度降るだろう。

 

 携帯を取り出して時間表示を見る。時刻は午後5時前。一般の部活動は基本6時までだが、好成績を残した麻雀部には特例として8時までの活動が認められていた。

 今日もみんなに付き合って帰れるのは8時を過ぎるだろうから、もしかしたら帰りの時間帯にはもう降り始めているかもしれない。

 そう思うと、胸の中の重しが、さらに心にのしかかってくる気がした。

 

 どうせ自分は打たせてもらえないのに、なんでわざわざ皆に付き合わなきゃならないのか………。そんな考えが頭の中をよぎり、苛んできた。

 

 特に竹井先輩。

 あの人がプロ内定をもらってからは、インハイ前のようにまた俺の打つ時間が減った。

 ほぼ確定しているが厳密には内定をもらえるかもしれない、という立場なので、何か確定へもっていく材料が必要とのことだった。

 わかりやすい、アマ大会などでの好成績を残せば、文句なしだ。

 竹井先輩は今まで個人戦には興味がないと出てこなかったから、団体戦の戦積しか残していないこともあり、それが一番の材料だった。

 

『これでやっとあの親から独立できる! これを逃す手はないわ!』

 

 喜々として内定の内定をもらったと部室に乗り込んできたときは、皆が祝福した。無論俺もだ。

 めでたいとは今でも思う。大事な時期だとは思う。それに没頭してほしいとも思う。

 でも…………

 

 

(俺だって、打ちたいっすよ…………)

 

 気づけば身動きの取れない状態だ。

 何かやりたいことは見えているのに、様々なしがらみが着いて回って、素直にやりたいと口にすることもできない。

 

「いやいやいや…………」

 

 これも勉強だと、自分でも納得できるわけのない答えで不穏な考えを無理やり振り切り、アイスバーンで滑りやすくなった道を気をつけて進む。

 学校の周り、というかこのあたり一帯は坂道のオンパレードだから、本当に冗談ではなく転んだらそのまま坂道を滑って行って、車が来ても避けれずに轢かれるなんてこともあり得る。

 

「うわぁ!」

 

 ズザァ! と、そんなことを考えたそばから足を滑らせる。が、幸いにしてその場で尻餅をついただけだった。

 

「いってぇ!?」

 

 尻に、何かが刺さった。

 痛みの走ったあたりを手で触ると、ポケットの中に、何か固いものが入っていた。

 

 涙目になりながら取り出すと、それはいつも持ち歩いているお守りだった。

 5年前に亡くなったひいじいちゃんが、亡くなる少し前に俺にくれたものだ。

 「清寛寺」と掠れた刺繍の入れられたそのお守りの中には、小さな石が入っている。

 ある面だけは磨かれていてとてもきれいなことから、多分墓石のような人為的に手の加えられたものの一部分だろうとはわかる。

 でも、何で墓石がお守りの中に入っているのか? そう思って、俺はひいじいちゃんに聞いてみた。

 

『そいつはな、博打の神様の加護があるのさ。俺の知り合いに、井川っていうこれがまぁめちゃくちゃ麻雀の強い奴がいてな。そいつの死んだ師匠が、その神様だったのさ。無理言って、その墓石の欠片を分けてもらったんだ。こんなしょぼい俺にでも、少しは麻雀の神様のご加護があるんじゃないかってな』

 

 かっかっかと笑いながら、じいちゃんはこの石の自慢をしていた。

 後に知ったことだが、その井川というのは、現役プロ雀士の井川ひろゆき7段らしい。

 もうあんまり覚えていないが、ひいじいちゃんの葬式に、井川プロも来ていたそうだ。

 親から聞いた話で、井川プロは葬式の時俺に向かって「その石を大事にしてくれよ」と笑っていたらしい。

 今じゃあ国民的アイドルのプロ雀士のお墨付きのお守りということで、俺は当時からずっとこのお守りを肌身離さず持っている。

 

 が、俺のケツはどうやら守ってくれなかったようだ。

 やれやれと息をついて、お守りを前のポケットに入れなおし、俺は坂道を下りて行った。

 

 

 学校から一番近い雑貨店に着くだけでも、雪に足をとられて20分以上かかった。

 今から学校に戻ると、きっと6時ぎりぎりになることだろう。

 

「まいどありー」

 

 店主の声を背に店の外に出ると、なんと目の前にはもう白い結晶がひらひらと舞っていた。

 もう真っ黒になった空から、電灯に照らされて青白く光る雪が降ってくる。

 

「ふえっくし!」

 

 寒さに負けた俺は仕方なくもう一度店の中に戻り、レジの傍の棚に会った温かいコーンスープを手に取る。

 学校までの燃料は、これで足りるだろう。

 火傷をしそうなくらい熱いカンを握り締めた俺は、もう一度レジに並ぶ。

 

 すると俺の前に並んで煙草を買っていた客が、目に入った。

 背はかなり高い。182センチある俺とほぼ同じ目線だし、男性だろう。

 横顔から分かるように、50を過ぎたと思しきしわが顔中に刻まれている。

 髪はくすんだ銀髪といった感じで、きっと元から銀髪なのが老化とともにくすんだ白を帯び始めたのだろう。

 

 身なりは一目でこのあたりの人間じゃないと分かった。赤と黒の斑模様、黄色と黒だったら某球団のチームカラーのような感じのシャツの上に、髪の毛と同じような白いジャケットとズボンをはいていた。

 地元の人間なら、真冬にこんな格好はしない。

 そしてその目。

 

「――――――ッ!」

 

 その人と目が合った瞬間、俺は自分の意識がどこか遠い場所にぶっ飛んだような感覚を覚えた。

 気配、とでもいうのだろうか。その人の気配は、尋常ではなかった。

 

 漫画じゃあるまいし、俺は相手を見ただけで戦慄するとかそういうことは、現実にはないことなんだろうと思っていた。

 ただたまに、ほんの時たま似たようなことはあった。

 初めて部室で本気の咲を見た時のような、龍門渕や白糸台高校の代表選手のような、化け物と言われる人間を見た時に、ほんの少しだけだけど、恐怖に似た感覚を覚えることはあった。

 

 でも、この人は―――。

 

 この人は違う。何もかもが。纏っている空気も、帯びている気配も。

 人ではないと言われても信じてしまいそうな。

 全力の咲や咲のお姉さんでも霞んでしまいそうな、圧倒的すぎる存在感。

 俺はその場に釘付けになったまま、一歩も動けなかった。

 

「おい、にいちゃん……」

 

「え、あ、あ、はいっ!?」

 

 いきなり声をかけられ、背を伸ばして答えてしまう。

 

「ほら、お前の番だぜ」

「あ、す、すいません」

 

 既にその人は会計を終わらせ、懐からライターを出しつつ、買った煙草を手に出て行ってしまった。

 俺は横目でずっとその人のことを追いつつ、会計が済むと店先に駆け足で向かった。

 その人はまだすぐそこにいて、店先でタバコを吸って空を眺めていた。

 俺は何と話しかけたらいいのかわからず、とりあえず不自然でない程度に傍に行き、買ったばかりのコーンスープを口にした。

 

「…………煙って(けぶって)いるなぁ、兄ちゃん」

 

「え?」

 

 向こうから声をかけられてギクリとした。

 その人は煙草をくわえたまま、俺を見据えていた。

 煙っている。空模様のことかと思い、俺は月も見えない空に目をやった。

 

「くくく………空でもなきゃ、煙草でもねぇよ。兄ちゃんが、煙っているのさ」

「え?」

 

 いきなりわけのわからないことを言われて、俺は何と言えばいいのかわからなかった。

 

「見りゃあわかる。俺は兄ちゃんの抱えてる事情なんざ知らねえが…………、兄ちゃんが今煙っちまっていて、色々と見失っていることくらい。自分が何をしたいのか、悩んでいるんじゃないのか?」

「え……………」

 

 心の中を見透かしたようなその発言に、俺は愕然とした。

 なぜ、そんなことが。

 

「なぜ………って、顔だな。本当にみりゃあわかるんだよ。人っていうのは輝きを放つものなんだ。その輝きは、いかに自分の魂が満たされているかで決まる。自分の心が解放されていて、いかに自由で在れるかってことだ。兄ちゃんの心は曇っちまっている。だから兄ちゃんの見た目も煙っちまっているのさ」

「俺の、心…………」

 

「こんなご時世だ。兄ちゃんくらいの年なら、お受験だの将来何がしたいだので悩むころだろうよ。自分が何をしたいのかもわからず、ただ周囲に理由もなく急かされる。だが…………そんな中でも、兄ちゃんの煙り方は異常だった。まるで、自分がどこにいるのかもわからず、しかもどこで何をするべきなのかもわかっていないんじゃないのかってくらいにな」

「どこで……何を………」

 

「自慢じゃないが、俺はそういうことからは一番縁遠い場所で生きてきたと思っている。自分が何をしたいのか、わからなくなったことなんて一度もない。やりたいことが増えたことはあれども、なくなったことはない。世間一般に胸を張れない人生だったが、それでも、俺は俺に胸を張れる。俺はこれだけ自分の望むままに生きたぜっ………てな。兄ちゃん…………お前、今の日々を、自分に胸張って自慢できるか?」

 

 俺は頭を思い切り殴られたようなショックを受けた。

 自分で自分に胸を張れる人生を、送れているかって?

 

 思い出してみる。特にここ数か月のことを。皆がインターハイを終えた後のことを。

 雑事に次ぐ雑事…………ただこの場所に居られるだけで幸運なんだと自分をだまし続けて…………この数か月、辛いとしか感じられなかった。

 実力をつけて、胸を張ってみんなの傍に居たいっていう目標こそあれど、それも叶わず皆は俺を置いてぐんぐん成長している。

 結局辛いことを全部自分の中にため込んだまま、何もできていない。

 

 

「まぁ………こんなのはただの見知らぬオヤジの戯言だ。だから兄ちゃん、こんなどこの馬の骨とも知れねえオヤジのいうことなんざ、忘れてくれて構わねえ………」

「あ…………」

 

 その人はそう言って、学校へ帰る道とは逆方向へ去っていった。

 俺はまだその人と話したかったのだが、雪も強くなりそうだったし、急いできた道を戻ることにした。

 

 

 学校に戻れたのは、6時前どころか、6時半を過ぎていた。

 雪は冗談抜きに強くなってきていて、傘が無いと辛いほどだった。

 下駄箱のあたりで服に着いた雪と水滴を落として、誰もいなくなった真っ暗な旧校舎の中を進んで、部室へと急ぐ。

 

「………………?」

 

 するとおかしなことに気が付いた。

 いつもならこの時間帯でも、麻雀部のドアの隙間からは光が漏れているはずだ。

 しかし、部室前の廊下まで来ても、どこにも光源がない。

 非常口を指し示すぼやけた緑の蛍光灯と、ポケットから取り出した携帯の明かりを頼りに進む。

 

 するとやはり部室のドアの隙間からは光は漏れておらず、それどころかドアが閉じられていた。

 何かおかしいと、みんなの名前を呼びながらドアを叩く。

 

 ドンドンドン

 

「おーい、皆? 咲、優希、部長?」

 

 ドンドンドン と、ドアを叩く音だけが廊下に響く。

 するといきなり、左手の中の携帯が、ブーブー音を立てて震えた。

 

「うおっ!?」

 

 真っ暗闇の中でのことだったので、俺はびくっ、と跳びはねてしまった。

 溜まっていたメールが来たようで、一気に4通も来ていた。

 雑貨店までの道では電波状況が悪く、校舎まで戻ってようやく通じたのだろう。

 差出人は、部長と咲だった。

 

1通目

 from 咲

 sub 京ちゃん大丈夫。?

 本文:今ちょうどはんちゃん1回終わったところだけど、京ちゃんの帰りが遅いのでみんな心配してます。

 これを見たら、返信してね。

 

 記号や変換にまだ不慣れな咲のメールの次は、部長からのメール。

 次は竹井先輩からだった。

 

2通目

 from 部長

 sub 雪降って来たけど

 本文:須賀君大丈夫かな? もしもっと降りそうだと思ったら、今日は買い物はいいから急いで帰ってきていいよ。

 

3通目

 from 部長

 sub ごめん!

 本文:雪が本当に強くなりそうなので、私たちは先に帰ります。

 私たちも傘や防寒具がほとんどないので、冗談にならなくなる前に。須賀君の荷物は部室の前に置いとくから、ごめんね!><

 

 そして4通目

 これは発信時間を見ても、ちょうどいま送られてきたものらしい。

 from 咲

 sub 京ちゃん、返事して

 本文:京ちゃん、先に帰っちゃって本当にごめんね。返信がないから、みんなずっと心配していました。

 私はもう家に着いたけど、京ちゃんはまだ学校だったら行ってね。

 京ちゃん傘持ってなかったよね? そしたら傘2本持って迎えに行くから。

 ほんとうにごめんね。

 

 

「……………」

 俺は無言のまま、咲にメールを送った

 

 

『大丈夫、ここまで来たら傘あってもなくても変わらねーよ。たぶん自力で帰れる。

 店であったかい飲み物買っといて正解だったわ。明日風邪ひいても怒らないでくれよ(笑)』

 

 

 送信……………。送信完了のメッセージが出る。

 足元を見ると、確かに俺のカバンが置かれていた。

 

 俺は扉に背を預け、そのままずるずるとその場に腰を下ろした。

 鞄を抱えて、非常口表示のぼやけた緑色に染まった天井を仰ぐ。

 

「俺…………何やってんだろ」

 

 自然と涙が出てきた。

 拭う気にもなれず、無表情のまま涙がボロボロと溢れて止まらない。

 別に皆に怒っているわけではない。なんだかもう、悲しいというよりは、疲れてしまったのだ。

 

 誰が悪いとかではなく…………単純に、疲れてしまった。

 

 今日のこの後のことを考える。

 

(まずは…………家に帰って風呂に入ろう。温まったら、明日の授業の提出物、2つとも終わらせて…………まだ整理しきれてない牌譜整理して……また麻雀やって………)

「………………やだなぁ」

 

 ぽつりと、涙声でそんなつぶやきが漏れた。

 さっきのおじさんの言っていたことが思い出される。

 

『兄ちゃん…………お前、自分で自分に胸を張れるか?』

「ぜんぜん…………張れねえや」

 

 白く煙る息に交じって、俺の嗚咽が響いた。

 鼻をすすって、ひくつく喉が泣き声を漏らす。そのまま10分くらい、廊下で一人泣いていた。

 幸か不幸かその泣き声は、誰にも聞かれることはなかった。




赤木も死ぬ前に言っていたけどあれですね。
人は破滅に近づいてスリルを味わってから助かりたいのだと。

ハッピーエンドという絶対の保証を自分で用意しておくと、
好みにドストライクな苦境を書きまくることが出来ます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話 強者にとっての弱者

この作品中では、清澄はインハイ団体戦優勝は出来なかった設定です。
まだ順位が確定しないからそうしただけだったんだけど、意外に役に立った。


 次の日の朝

 

「うぐ…………」

 

 朝起きたら、時計の針は8時を回りかけていた。

 大急ぎでパンだけ加えて急いで学校まで走ってきて、ぎりっぎり間に合った。

 

 が、朝起きていきなり走りながらパンを食べたことで、内臓が悲鳴を上げていた。

 昨日も結局、夜中の2時までまだ終わっていない牌譜や学校の課題をやっていた。

 小腹がすいて途中夜食をとったりしたせいで、余計に胃腸のリズムがおかしくなっている気がする。

 

 

「京ちゃん………」

「ん?」

 

 机に突っ伏して、1時間目が始まるまでのわずかな時間でもいいから休息に充てようとしていると、咲から声をかけられた。

 

「ん、おお。おはよ」

「京ちゃん、昨日は本当にごめんね」

「え? ああー………」

 

 昨日吹雪いてる中、俺一人を残して先に帰ったことを言っているのだろう。

 ともかく今は、少しでも休息がほしかったので、さっさと話しを終わらせる。

 

「だいじょーぶだって。それより今はあれだ。遅刻寸前で走ってきたから、休ませてくれ………」

「京ちゃん、ちょっとこっち向いてくれる?」

「んあ?」

 

 机に寝ながら、顔だけ先の方を向ける。

 すると少しドッキリするほどに咲が近くまで俺の顔を覗き込んできた。

 

「な、なに?」

「京ちゃん………ちゃんと寝てる? くま、すごいよ?」

「え? あー………実はちょっと夜更かしした」

 

 いかん、疲れがとうとう顔にも出始めたか。

 

「京ちゃん………最近あんまり麻雀打ってないよね。特に、こないだ和ちゃんに、国士で逆転されてから………。やっぱり、その………」

「その? なんだよ」

 

 咲が沈んだ表情になり、気になって聞いてしまう。

 

「優希ちゃんが、その、姑息だとか卑怯だって言ってたの、気にしてる?」

「……………」

 

 内臓が、ことさらに大きく揺れた気がした。

 ズバリ言い当てられて、すぐさま取り繕うことが出来なかった。

 

「その、京ちゃん! 優希ちゃんも、きっと、京ちゃんとじゃれあうネタがほしかっただけっていうか………その、本気で言ったんじゃないよ!」

「あ、いや、その…………」

 

 それはなんとなくわかる。

 あれは俺を本気で貶めようと思って言ったわけでないと。

 

「京ちゃん。優希ちゃんに、ちゃんと謝らせるから。悪気はなかったとしても、ひどいことを………」

「待て待て待て待て。わざわざそんなことしなくていーよ」

「でも………あの時京ちゃん、凄い我慢してるように見えたし」

「いやま、そりゃそれなりに堪えたけどさ………あいつは覚えてすらいねーだろうし、そんな前のことを謝れって言われても、本人が悪いって思ってないことを謝らせてもそんな謝罪欲しくもねーよ。俺ももう気にしてないし」

「でも」

 

キーンコーンカーンコーン………

 

「あーほら。もう席戻れ。そして何より寝かせてくれ、お願いだから」

「う、うん………」

 

 咲はまだ釈然としない様子で、席に戻っていった。

 とりあえずその後も、この話を切り出されることはなくなった。

 

 

4日後

 

「こぉら、須賀ぁ! おきんか!」

「ふげっ!?」

 

 机に突っ伏していつのまにか寝てしまっていた俺を、国語の先生が文字通りたたき起こす。

 

「うぐ………す、すんません」

 目をこすり、無理やりふらつく頭をまっすぐにとどめる。

 

「お前さぁ、よく提出物忘れた回の授業で堂々と寝れるなぁ?」

「すいません…………」

「昨日何時に寝たんだ?」

「えっと…………3時前くらいです」

「馬鹿、何してたんだ」

「えっと…………本読んだり、ネットとか…………」

「あほかぁ! はよ寝ろ!」

「ほんとすいません…………」

 

 本当にそうだからいいわけが出来なかった。

 昨日は1時過ぎまで牌譜の整理をやった後、1時間ずつ自分の練習のために麻雀の本とネット麻雀をやっていたのだ。

 

「まったく期末前だっちゅうのにお前は………」

「はい、ほんと済みません…………」

 

 俺は心底先生の言う通りだと思いつつ、ぺこぺこ頭を下げることしかできなかった。

 

「京ちゃん…………」

 

 ふと、後ろから先の不安そうな声が聞こえた。

 俺は苦笑いしながら、大丈夫だというように手をひらひら振った。

 

「大体お前部活は入ってないだろ? 放課後に一体何してんだ?」

「いえ、俺麻雀部なんですけど…………」

 

 インターハイベスト4入りの部活が大会が近いということで、麻雀部は学校側が特別に期末テスト前なのに活動を認めてくれていた。

 おかげ期末テストや課題との両立で死にそうな毎日だ。

 

「あ、そうだったのか? インターハイお前も勝ったの?」

「いえ、予選午前の部全敗で足切りされました…………」

 

 周りからの失笑が漏れる。俺自身「はは………」と笑いを漏らしてしまった。

 

「じゃああれだ。お前がそっちに努力しても無駄だから、普通にテスト対策しろ。それにしても宮永は同じ麻雀部だろ? 今のところは宮永は提出物も全部出しているし、お前ももっと見習わんか!」

 

 ガタッ! と、後ろの方で勢い良く椅子を立つ音がした。

 

「京ちゃんはっ、京ちゃんは私たちよりずっと頑張って―――!」

「咲、いいって。授業中」

「でも………!」

 

 咲はまだ何か言いたそうだったが、俺が前を見て姿勢を正すと、やがて座ってくれた。

 先生はさすがにまずいことを言ったかと感じたようだったが、その後何事もなく授業は進んだ。

 

 

 キーンコーンカーンコーン………

 

「はぁ…………」

 

 昼休みになると同時に、俺は麻雀の教本だけ持って、校舎の外に出た。

 相変わらず雪はそこかしこに残っているし、空模様は最悪で、冬にしては下手に気温が高い日だから今にも雪でなく雨が降りそうだ。

 でもだからこそ外には誰もいなくて、一人になりたかった俺にはありがたかった。

 比較的濡れてないベンチに腰掛けて、本を開く。

 

 だがここ数日でさらに強さを増した倦怠感のせいで、まるで内容が頭に入ってこなかった。

 いったん本を閉じて、深呼吸をする。

 

「須賀君」

 

 びくっ として後ろを振り返ると、そこには部長がいた。

 

「あれ、どうしたんですか部長?」

 

 努めて明るい風を装って、俺は返事をした。

 

「それはこっちの台詞よ。こーんな天気の悪い上寒いときに、わざわざ外に出てへこんでる部員を見かけたら、放っておくわけにはいかないわ」

「へこんでる? 俺がですか?」

「そうよ」

 

 そういって部長は人差し指で、俺の瞼の周りをなぞった。

 

「こーんな真っ黒なくま作っちゃって。いつも何時に寝てるの?」

「え…………」

 

 俺は言葉に詰まった。咲に言われた時も自分ではそんな自覚はなかったのだが、そんなに見た目で分かってしまうほど疲労が浮き彫りになっていたのだろうか。

 

「ええっと、それでも昨日は12時過ぎには寝てましたよ? むしろいびきがうるさいって親にたたき起こされました」

 

 わざとおちゃらけて、本当のことを悟られないようにする。

 

「本当? なら、よっぽど日中に疲れているのね…………それ、麻雀の教本?」

「あ、はい」

 

 俺が手に持ってる本を見て、部長が尋ねてきた。

 

「ちょっと見せてよ。どんな本使ってるの?」

「使ってるっていうか、最近ようやくこうやって勉強を始めたばかりなんですけど………」

「いいことじゃないの」

 

 『基礎から始める麻雀の打ち方』というタイトルを確認して、先輩が適当にページを開く。

 

「うわっ、こまっか! どんだけ読み込んでるの?」

 

 本のあちこちにひかれた赤線や書き込みを見て、先輩が驚愕の声を上げる。

 

「読み込むっていうか………とにかく気になったところを片っ端から忘れないように線を引いていったらそうなったっていうか…………」

「須賀君偉いじゃーん! 私もうかうかしてらんないわね。たまにはこういう本買って読んでみようかなぁ。でも悪待ちの本ってなかなかないのよねぇ」

 

 先輩が笑って俺のことを褒めてくれる。

 だが、俺は部長の言葉に引っかかるところがあった。

 

「いや…………部長たちは、もうそんな初心者向けのものは読まなくても大丈夫じゃないっすか?」

「そんなことないよー。私なんてまだまだ弱い弱い。勉強はいくらしたって足りるってことはないのよ」

「…………………嘘つけよ」

「え?」

 

 いけない。頭に浮かんだ言葉がそのまま漏れてしまった。慌てて取り繕う。

 

「またまたぁ、謙遜しちゃって。俺はまだしも、みんなは――――」

「須賀君」

 

 部長が真面目な顔になって、俺の言葉を遮る。

 

「ごめん。私、何か気に障ること言っちゃったかな?」

「え…………いや、気に障るも、そもそも何にも――――」

「須賀君」

 

 もう一度、遮られる。

 

「ごめん、正直に言ってほしいの。部長として情けないけど、私たち、最近須賀君に本当にいろんなことを任せてばっかりじゃない? もし不満とかがあるなら、正直に言っちゃってほしいの」

「いや、だから――――――」

「本当に?」

 

 疑いの目を向けられ、俺は言葉に詰まって息をついた。

 この反応で、そうだと白状をしてしまったようなものだ。

 俺は観念して、今素直に思ったことを口にした。

 

「部長。部長が弱いなんて…………、冗談にしてもたちが悪いっすよ」

「冗談なんかじゃないわよ。私より、強い人なんていくらでもいるわ」

「それはプロとかを含めてですよね? 高校生だけなら、部長たちより強い人なんて全国でもほんの数人だけじゃないですか」

「まぁ…………自画自賛するわけじゃないけど、多分そうかもしれない」

「じゃあ、自分のことを弱いなんて言わないで下さいよ。今更こんな本を見て、勉強しなきゃとか」

 

 俺は先輩の手から本を返してもらって、ぱたぱたと目の前で仰いだ。

 

「それは本当のことだもの。私たちはまだまだ全然勉強不足で――――――」

「嘘つくなよっ!!」

「っ…………!」

 

 先輩の両肩が跳ね上がる。

 俺が怒鳴り声を上げるなんて、予想だにしていなかったのかもしれない。

 

「それだけ強いくせに自分を貶めるようなことを言って、何が面白いんだよ! あんたらみたいな化け物で弱いっていうなら、俺は―――!」

 

 そこまで言って、俺はその後に飛び出しそうになった言葉を必死に堪えた。

 その先を言ったら、取り返しのつかないことになると思ったからだ。

 

「すんません………ちょっと、柄にもなくイライラしちゃいました」

 

 何とか作り上げた笑顔を浮かべて、何でもなかったかのようにふるまう。

 だが部長は、そんな俺の急ごしらえの嘘なんてすぐに看破したのだろう。

 

「す、須賀君、私……」

「あぁーそーだ! すんません、今日はテスト前でどうしても片付けないといけない課題があったんです! 昨日までに整理した牌譜は後で咲に渡しておきますから、今日部活休みます、すみません!」

「ちょっと、須賀君!?」

 

 先輩が引き止めてきたが、俺はそれを無視して校舎に戻った。

 先輩が追いかけてくるより早く、廊下を抜けて階段を上り、人通りのない最上階の一角に出る。

 

「……………あんたたちで弱いっていうなら、俺は――――――」

 

(俺は一体何なんだ。あんたで弱いっていうなら、それより弱い俺は何だっていうんだよ)

 

「ただの雑魚未満………虫けらが良い所じゃねえかよ………」

 

 部長も、咲も和も優希も染谷先輩も、皆俺からすれば雲の上の存在だ。俺が死ぬ寸前まで一生努力しても、今の皆にすら追いつけないだろう。

 そんな人たちと何の因果か俺みたいな凡夫が一緒にいて、才能を見せつけられて、当の本人たちはそれでも自分たちのことをまだ未熟だと評する。

 

 なんて―――みじめだろう。

 

 俺は今、自分の中にわかだまっていた黒い感情の原因を察した。

 多分、みんなが―――強者であるくせに、強者として振舞わないから。

 

 美徳なまでにひたむきで努力家で、それは構わない。

 あの龍門渕のお嬢様、龍門渕透華といっただろうか? 彼女のように、自分が強者であることを自覚し、それらしく振舞ってくれるならどんなに気が楽だったろう。

 

 みんなは自分の未熟さを常に意識して言葉にするのが大事だと考えているのだろうが、その意味を理解していない。

 それは、自分達より弱いすべての人間に対する、最大級の侮辱なのだと。

 

 ずきずきと痛む胸を抑えて、俺はその場で腰を下ろした。

 もうすぐ昼休みも終わりのはずだが、昼食は摂る気になれなかった。

 食欲など、一切しない。

 ただ今は、このどうしようもなくみじめな気持ちを、どこかにやってしまいたかった。

 窓の外では、今にも纏わり付いてきそうな沈んだ天気が、ずっとそこに停滞していた。




負けたらそれは自分が弱いせいだと自罰的になるのは個人競技ならいいけど、団体戦なら考えものですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間その1 地獄の仕事人たち

感想もらえるのは嬉しいんだけど某所でこれ読んでいた人多過ぎィ!

というわけで某所で挟み込めなかったネタ。


 生者の存在しない地獄。

 そこでは生前犯した罪を償う名目で、数百年の責め苦を味わう亡者の悲鳴が絶えることは無い。

 それは地獄で最も静かな場所、閻魔大王の役職にある者の執務室でも変わらなかった。

 豪華絢爛な、しかし禍々しい彫刻の彫られた扉の向こうからは何重にも重ねられた悲鳴が聞こえてくる。

 が、勝負の白熱したこの時ばかりは、室内の誰もそんなものは耳に入らない。

 

「クカカ……! 槓!」

「ロン リーチ槍槓ドラ4。裏4でお前のトビだ」

「なぁにぃ!?」

 

 オールバックの白髪を背中まで伸ばした老人が、対面の席に座ったこれまた白髪のツンツン頭の老人に直撃をとられ、怒りに吠えていた。

 

「がああっ!! くそっくそっ! なぜ勝ち越せんのじゃあああ!!」

「わ、鷲巣様! 落ち着いてください!」

 

 鷲巣巌。

 かつて戦後の日本を支配した、実質的な日本の王と呼ばれた男。

 1度瀕死の状態で地獄に半分落ちた時にクーデターを起こし、当時の閻魔大王すら平手打ちで吹き飛ばしたこの男は、天寿を全うして地獄に来た際、再びクーデターを起こして地獄を瞬く間に占領した。

 

 そして神々との交渉の末、100年間当代の閻魔大王としての任期を終えれば人間界にもう一度生まれ変わることが出来るという契約を交わしていた。

 その数十年後に地獄へやって来た、生前彼の付き人をしていた男たちは閻魔大王となった彼と対面して、それこそ残された魂すら吹き飛ばされかねない衝撃を受けたとか。

 

 彼らは揃って彼らの主人に死者の罪の公平な裁量などできるのか心配していたが、思いの外鷲巣は公平なことで神々からの評判は悪くなかった。

 生前の彼は若者の命を奪うなど残虐非道な行いをしていたが、それはそもそも老いて死ぬことへの恐怖で発狂してしまったからであった。

 元来の彼は善人などではないが、決して悪人ではなかったのだ。

 

 そんな鷲巣の裁量により、彼らの部下は今もなお鷲巣の小間使いとして働き、死者の味わう拷問の数々を免除してもらっている。

 ただし主人の気分が悪い時はその限りではないが。

 

 

「だーから言っただろ? 全盛期同士の俺達ならともかく、死ぬ前の姿同士の俺達じゃ勝率は五分五分程度で決着なんかつかねえよ」

 

 憤る鷲巣の体面に座る男は、赤木しげる。

 十数年前にあの世にやって来た彼は天国か地獄か、どちらに向かわせるかで神々の議論を呼んだ。

 数々の違法賭博は誰もが知るところだが、彼が破滅させてきた人間はほとんどがヤクザなどの悪人。

 彼が代打ちで救って来た人間の中には、得た金を元手に商売を興し、戦後の日本の復興に貢献した者もいる。

 さぁ困ったぞというところで、鷲巣からの熱狂的な地獄へ向かわせろという要請があり、結局地獄行きとなったのだった。

 

 今はこうして日々鷲巣の勝負相手をさせられながら、地獄に落ちた中でも転生させてもよさそうな人間を見出す仕事を担っている。

 善人ではなくとも、ある種の才能やカリスマを持った人材を見出す能力に赤木は秀でていた。

 

 

「さて約束だ。ちっとばかし生き返ってくるぜ」

「簡単に言ってくれる……! またあのうるさい神どもから小言が降ってくるわい…………!」

「そんなもん耳を貸さないのがお前だろう」

「無論だ馬鹿者!」

「ははは」

 

 恨みつらみを吐く鷲巣を軽くあしらいながら、金銭などの人間界で必要なものを赤木が用意し始める。

 

「で、今回はどこに向かうんだ」

「こないだと同じさ。長野の清澄ってとこだ」

「あのあたりにそんな面白い場所があるのか? ちんけなヤクザの組と、同じくちんけな賭場があるくらいだったと思うが?」

「そう思ってこないだも歌舞伎町辺りに行こうと思ったんだがな、地獄を出た途端すげぇ力でいきなり引っ張られちまったのさ。理由はわからんが……結構面白そうなものも見つけられた」

「ほう? お前が褒めるほど腕の立つ人材がそんな田舎にいたのか?」

「くくく…………その正反対さ」

「は?」

 

「風前の灯火…………今にも消えちまいそうな、ただの三流さ」

 

 鷲巣には一生その面白さが分からない類の人種さと嘯きながら、煙草を咥えた赤木は閻魔の執務室を出ていった。

 




鷲巣って絶対地獄に行った後もなんかやらかすと思う。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話 立ち止まること

誰か、京ちゃんの学校の成績と通学方法教えてくれ
優希だけ赤点で追試くらってたのは覚えているんだが



 放課後、何か言いたげにしている咲に無理やり牌譜を押し付けて、俺はすぐに帰路に就いた。

 

 別に用事なんて、実はなかった。

 そりゃあ未だに手のついていない大量の期末課題は残っているが、もう正直そちらは最初からあきらめていた。

 俺の成績なんて、ハンドボールで鍛えた体のおかげで体育だけ5。残りは2か3だ。そこらがオール2になったところで、今更大して変わりはしない。

 部活と勉強を両立している(優希除く)皆とは、雲泥の差だ。

 

 

『もっと宮永を見習わんか!』

 

 

 さっき先生に言われたことを頭の中で反芻する。

 

「俺だって…………」

 

 口から言葉にならない音が零れ落ちそうになるが、押しとどめる。

 

 いつもとは異なりまだ日の沈み切っていない、周りには同じ学校の生徒たちがいるにぎやかな帰路なはずなのに、俺の心は一向に晴れなかった。

 二学期が始まってからは、俺はずーっと麻雀部のみんなと一緒にいた。

 そりゃあ同じクラスの男子なら一緒に昼食をとることもあったけど、もう特に最近は昼休みは貯まった課題や牌譜の整理などに追われて誰とも話していなかった。

 そんな俺が周りで広げられている会話の輪に入れるはずもなく、結局余計にみじめな気分のまま歩を進めていく。

 

 

 ぽつ…ぽつ…………

 

「あ」

 

 頬に、空から落ちた水滴が掠ったかと思うと、指数関数的に勢いを増した雨がざーざーと音を立てて振ってきた。

 俺は慌てて肩にかけたカバンを開き、中の折り畳み傘を出そうとする。しかし………

 

「あ、あれ?」

 

 傘が見当たらない。

 そういえば、と学校を出た時のことを思い出す。

 終業になって、カバンから持ってきた牌譜を咲のところに慌てているふりをして持って行った。

 あの時に、机の上に置きっぱなしにしてしまったかもしれない。

 

「嘘だろ………」

 

 降り注ぐ雨を全身で浴びながら、俺は情けない目で空を見上げる。

 

「部活サボった罰か………な」

 

 今更学校に戻って傘を回収するよりは全速で帰宅した方が速い。俺はカバンの中身の紙類が濡れないように両腕で抱えて、道を急いだ。

 

 が、雨は容赦なく勢いを増していった。

 乾燥した冬とは思えない量の豪雨が降り注ぎ、俺はおろか、抱えていたカバンの中までずぶ濡れになった。

 潤った山の空気というのはこういう時裏目になる。

 

「え、へ……へぇっくし!」

 

 体から熱が急速に奪われていく。

 冬場は雪で自転車が使えないことがほとんどだから、通学は徒歩だ。

 学校から歩いて30分と、こんなど田舎にしては恵まれた方な距離なのに、その距離がやけに長く感じられる。

 

 水を吸ったマフラーやコートが重くてたまらない。この分じゃあ、家まであと15分はかかるだろう。

 

 そんな時、後ろから車の音がした。バスだ。

 俺は一瞬迷ったが、こんな時だし仕方ない。普段は使わないし、たった一駅分だが、家への方向は同じだし乗せてもらおうと、駆け足で数百メートル先にあるバス停へ向かった。

 

 だが豪雨のせいで、視界が悪くて仕方ないし、足元もおぼつかない。

 

「え、ちょ、ちょっと………!」

 

 あと20メートルというところで、バスは後ろから走ってくる俺には気付かずに行ってしまった。

 

 この豪雨と暗くなった空のせいで、ミラーに映った俺を捉え損ねたのだろうと理解はできた。

 だがそれでも、俺は失望を隠せなかった。

 誰もいなくなった後の、屋根もない不親切なバス停で、一人呆然と佇む。

 

「なんだよそれ………」

 

 がっくりとうなだれ、バス停の表示の柱にもたれかかる。

 本当ならすぐさま歩き出すなりして、一刻も早く家へと急がねばならなかったのだろう。

 ほどなくして、足が震えて止まないほどに体が冷え込み、胸のあたりが痺れるような感覚に襲われる。

 

 歩く気は起らない。

 申し訳程度にバス停に置かれた、木製のボロボロのベンチに腰掛ける。

 別に次のバスに乗りたいから待つとか、そんな目的があって座っているわけではなかった。

 平日とは言え、こんな田舎だ。多分今から歩いて家に着くのと、次のバスが着くのは同じくらいの時間だろう。

 その間ずっと雨に打たれていたら……もちろん、瞬く間に死ぬだろう。

 

「あぁ……………」

 

 なんだかもう、このまま凍死しても良い気がしてきた。

 涙も出ない。いや、もしかしたら出ているのかもしれないが、自分でも雨粒と区別もつかない状態だ。

 とにかく、何もかもが嫌になってしまっていた。

 疲れすぎて、もう止まっていたい。

 

ザアアアアアアアアアア……………

 

 滝のような雨を浴びて、風呂から出た時よりも身体がずぶ濡れになる。

 身じろぎ一つせず、ただその場で座って、俺は心身ともに停止していた。

 ここ最近感じてなかった、心の平穏を味わう。

 

 もう何もかもを諦めて、ただこうやってもう目的の類を何一つ持たず、自分のことにすら執着せず身も心も止まる。

 苦しかっただけの努力が、どこか遠い場所に去っていく感じがした。

 最近の辛い日々が、いきなり遠い昔の出来事のように感じる。

 眠気を感じた時のまどろみにも近い、どこか揺蕩うような感覚に、俺は安堵を覚えていた。

 

 

「……………?」

 

 尻のあたりに、違和感を感じた。

 ベンチの上に、何か置いてあったのだろうか?

 いや、俺のポケットの中だ。

 ポケットの中を探り、こないだも転んだ時に俺の尻に刺さりかけた墓石の入ったお守りを取り出す。

 

「……………」

 

 特に何も考えず。中の石を取り出す。

 寒さにかじかむ掌の上で数回転がしてみる。

 

「博打の、神様か…………」

 

 どうやら、この石ころにはひいじいちゃんが期待していたようなご利益はなかったらしい。

 

 もう、どうでもいい。

 そんなものはいらないから、もうこのまま、止まって、辛いことから遠い場所に腰かけていたい。

 静かで、平穏で、痛苦がなくて…………何も考えないでいい場所に。

 何もかもどうでもいい。

 もう、辛いことしか待っていない場所に帰るなど、思いつきもしない。

 停止することが、今の俺にとって何よりの幸せだった。




本当に心身が疲れた時って停止するよね

そういう時は課題とかから全て目を背けて3時間くらい寝て、お風呂に入ると良いよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話 主役とそれ以外

清書すると言いつつ、ほぼ内容変わってないんだよね。

にしてもよくここまで清澄を悪者にできたなと思う。
清澄好きな人ごめんなさい。別にうらみがあるわけじゃないんです。


「ねぇ、京ちゃん」

「ん?」

 

 県大会個人戦が終わり、合宿に咲たちが向かう数日前。

 校内にある印刷室のプリンタで、合宿で検討会に使う県団体決勝戦の牌譜を、咲と一緒に大量コピーしていた時だった。

 

「京ちゃんは、怒らないよね」

「はぁ?」

 

 ホチキスを片手に、牌譜が1セット出てくると綴じるいう単調な作業の中、咲がよくわからないことを聞いて来た。

 

「いやいや、俺だって怒ることはあるぞ? 今日だって優希に犬呼ばわりされて「あんだとコラ!」って言い返してたじゃんか?」

「いや、あれはむしろ受け入れたらだめっていうか…………」

「?」

 

 咲が何を言いたいのかよくわからない。

 俺に対しては一切遠慮のないこの少女にしては珍しい。

 

「その………大会前に指導とか、出来なかったこととか………」

「あー………」

 

 おずおずと切り出された台詞で、大体のことを察した。

 

「俺だってそんな子供じゃねーよ。そりゃそれこそわかりやすく特訓だ―! とかあれば嬉しかったけど、皆が頑張れた方がいいだろ?」

「いや、その……団体戦までは、そうだったかもしれないけど。でも団体戦の後、個人戦までの間くらい京ちゃんの特訓とか、皆でしてあげてもよかったんじゃないかなって………」

「終わった後に言われても…………」

「ご、ごめん!」

 

 まぁ、咲の言うことにも一理はあるかもしれない。

 互いに健闘を讃えあう皆を前にして言い出せなかったが、一山超えたんだし、俺のことも少しかまってもらえると嬉しいなー………とか、もちろん考えた。

 

「でもま」

 

 パチン と新しい牌譜を綴じる。

 

「残念ではあっても、怒りゃしねーよ。しかも下手したら、それで俺が皆の足引っ張ったらヤだしな。

まだ1年のお前なんかに構っていたせいで、最後にあと一歩届かなかった、とか思われたらやだし」

「そ、そんなこと考えません!」

「お、今のちょっと和っぽかった。『そんなオカルト在り得ません!』ってやつ」

「もう!」

 

 黄色い声で和の真似をしてみると、咲が埒が明かないというようにそっぽを向いた。

 

「…………悔しいって、思った?」

「うん」

 

 即答。もちろんだ、大会で負けて誰が嬉しいものか。

 

「…………京ちゃん」

「ん?」

 

 あと1セットで終わりの時、咲が袖を掴んできた。

 

「京ちゃんは………偉いね。文句ひとつ言わずに、皆のために頑張れて………かっこいいと、思うよ?」

 

 その時の咲の顔は、うつむいているせいでよく見えなかった。

 多分、ちょっと照れてるんだろうと思った。

 一連の話は全部、咲なりの感謝だったんだろう。雑務を一手に引き受けてくれたことに関しての。

 

「いや、まだまだだ」

「わ、わ………!」

 

 うれしくなった俺は、咲の頭をわしわし撫でまわした。

 

「いつかもーっとカッコよくなってやるよ。雑用全部引き受けながらも影で努力して、大会で勝ち抜いちまうくらいのスーパー部員とかな。

 そんで俺だって魔王宮永咲率いる、最強清澄軍団の一員なんだぞって、お前たちの隣で声高に言えるくらい強くなってやる」

「ま、魔王って…………」

 

 およそ女の子へ贈るものとは思えない俺の言葉に、咲が何とも言えない表情になる。

 

「ま、今は気遣う暇があったら勝ち進んでくれってことだな。こんだけ奉公してるのに、結果IH一回戦負けとかなったら泣くぞ、俺だけ別の意味で」

「が、頑張ります」

「うん、まずは合宿頑張れ」

「うん」

 

 

ザアアアア…………

 

 窓から覗いていた夕暮れが綺麗だった夢の中と正反対に、暗い空から降る土砂降りの雨の音が、俺の意識を呼び戻した。

 少し、意識が飛んでいたらしい。

 今も頭がぼーっとする。

 

「俺も…………隣で………」

 

 靄のかかった意識で、半年前のことを思い出す。

 個人戦で負けた後、咲がこっそり俺を元気づけてくれた時の記憶だ。

 あの時俺は口には出せなかったが、咲の気づかいがすごくうれしかった。

 中学だって、ハンドボールというれっきとした競技をやっていたんだ。

 初心者だからって、負けて悔しくないはずなかった。

 でもおくびに出してみんなの集中を削いじゃいけないと、結局しまい込んでいた。

 咲はそれを見抜いて、こんな俺を格好いいと言ってくれた。

 撫でたり夢を語ったりしてごまかしたけど、あの時俺は、凄くうれしかった。

 

「かっこ……わりぃ……………」

 

 一方、今はこの体たらくだ。

 影で積んできた努力を皆に否定された気持ちになって、麻雀をやめようとしている。

 

「もう…………いいだろ…………?」

 

 こうしてる今も、頭の中にまともな形を成さないが、あいつらの顔や一緒に過ごした日々が浮かぶ。

 でも、今の俺にはそれが、あいつらが俺の頭の中に入ってきてまで俺を引き留めようとしているようで、止めてほしかった。

 

「ほっといてくれよ…………!」

 

 両手で髪を鷲掴みにして、思い浮かぶみんなのことを遮断しようとする。

 でも、消えてくれない。

 

「やめてくれ………やめてくれよ…………!」

 

 憧れが、好意が、いつか俺もその中へ入っていきたいと思っていた光景が消えてくれない。

 

「まだ…………一緒にいろっていうのかよ…………!」

 

 一緒にいても辛いだけだ。

 底知れぬみじめさを常に味わされる。

 格好いいなんて、褒め言葉はいらない。もう素直に、辛いことからは逃げ出させてほしかった。

 

「おいおい、こりゃあまた…………随分と薄れちまったな…………」

 

 低く重く響く声が、雨の向こうから届いた。

 のろのろと頭を上げると、そこには傘を差した、数日前に俺を「煙っている」と評したおじさんが立っていた。

 相変わらずすさまじい存在感だ。雨のカーテンのせいで視界はそれこそ煙っているが、このおじさんだけは、輪郭がはっきりしているような感じがする。

 俺はただぼうっとおじさんの方を見ていた。

 

「次のバスは………ああ、あと20分近くもするのか………」

 

 おじさんは時刻表を見てつぶやく。そして、黙ったままの俺に目を移した。

 

「兄ちゃん………また何か嫌なことがあったのか?」

 

 おじさんはすべてお見通しだと言わんばかりの調子で俺に話しかけてきた。

 

「おじさん………」

「ん?」

「おじさんは…………ずっと後悔しない生き方をしてきたんですよね」

「ああ、そう言ったな」

「悔しいって………、誰か自分より能力のある人がいたとして、その人に嫉妬した事とかって……ありますか?」

「嫉妬か………多分ねぇな。俺は俺だからな。他人とつるむこと自体あんまりなかったし………」

「はは、羨ましいっす…………」

 

 俺はそこで言葉を切って、もう一度うなだれた。

 幸せそうな人だなぁと、ちょっとうらやましくなった。

 そりゃあ周りに誰もいなければ、嫉妬する対象がいないんだから、そもそもすることがないだろう。

 でも俺は違う。周りには、麻雀部のみんながいる。どいつもこいつも化け物じみた才能と能力を持っている。

 他の友人は、麻雀部のみんなに必死についていこうとする間に、どっかにいってしまった。

 

「あぁなんだ。何があったかは知らないが………こんなとこで雨に打たれてちゃあまずい。ついてきな。すぐそこの旅館に、俺は泊まってるんだ」

「え………」

「まぁ、来たくないっていうんなら別に構わないがな………」

「あ…………」

 

 正直、どこかで雨宿りするとかはどうでもよかった。

 ただ、このおじさんは何か、まだもっと話していたいと思わせる、引き寄せる力があった。

 俺は立ち上がって、おじさんについていった。

 

 

 

 バァアアン!!!

 

「ひゃあ!?」

 

 空気が力任せに破かれたかのような雷の轟音に、卓を囲んでいた和が跳び上がる。

 数秒かけて息を吐き出し、動悸を落ち着かせる。

 

「おっきかったですねぇ………」

「うむ、眼福だじぇ」

「え?」

「跳びはねた動きで、のどちゃんのおっぱいすげぇ揺れてたじぇ! 相変わらずおっきいな!」

「ゆ、ゆーき!」

 

 下家の優希の冗談に、和が胸元を押さえて怒る。

 

「まったく………あら? 咲さん、どうかしましたか?」

 

 対面の咲が全く雷にも会話にも反応せず、沈んだ表情をしていたのを見て、和が尋ねる。

 

「え? あ、うん。今日、ちょっと嫌なことがあって」

「何があったんです?」

「えっと………京ちゃんがね、授業中に居眠りしちゃって、先生に怒られてたんだけどね」

「まったくなにやってるじぇ」

 

 左手に持ったタコスをかじりながら、優希が相槌を打つ。

 

「みんなおんなじこと言うんだね………」

「じょ?」

「それで先生がね、京ちゃんに昨日は何時に寝たんだって聞くとね、夜中の3時まで起きていたんだって」

「それじゃあ眠くて当然ですよ………」

 

 和が呆れたように息を漏らす。

 

「3時ですって?」

 

 部活が始まってから卓にも入らず、ずっと窓の外をぼうっと見つめていた久が反応した。

 

「昼休みに須賀君に会って、ぎょっとするほどくまが出来てたから聞いたけど、昨日は12時過ぎにはもう寝てたって言ってたわよ?」

「普通、先生に訊かれたら叱られないように早く寝たって答えるよのぅ?」

 

 咲の持ってきた、京太郎が昨日までにまとめた牌譜を眺めていたまこが、視線を上げずに会話に参加してきた。

 

「じゃあ、やっぱりほんとは3時まで起きてたんだ…………」

「部長?」

「ん、ああいや、なんでもないわ。で、3時って答えたらどうなったの?」

「馬鹿もんって怒られて………先生がお前は帰宅部なんだから、ちゃんと勉強しろって言って、京ちゃんが麻雀部ですって答えると、じゃあ京ちゃんもインターハイでいいとこまで行ったのかって聞いてきて…………」

「あー……」

 

 そこで優希がその先を察して息をついた。

 

「京ちゃんが予選落ちですって言ったら、周りのみんなはそれを笑って…………、先生まで、じゃあお前才能ないんだから、諦めて勉強しろって。私は提出物全部出してるのに、見習え馬鹿もんって…………」

「そりゃあそうだじぇ。咲ちゃんは普通に家帰ってから勉強してるのに、同じ条件で京太郎は何してるんだじぇ全く」

「同じじゃないよ!」

「じぇっ!?」

 

 咲が声を張ると、優希が驚いてタコスを落としそうになる。

 

「優希ちゃん、牌譜を40局、パソコンとか画像とか使って、私はよく知らないけど見やすい形にするのにどれくらいかかると思う?」

「じぇじぇ? うーん……作ったことないし……」

「私は何度か作ったことがありますけど………、ソフトを使って、1局が終局まで行われたとすると………1局あたり10分かかるかどうかでしょうか?」

「じゃあ、染谷先輩。今日、京ちゃんが持ってきてくれた牌譜、何局分ありますか?」

「ん? 30くらいかのう? 一昨日までの残っていた分が8つ、昨日の分が21………ありゃ?」

 

 まこの言葉が途中で途切れる。

 

「優希ちゃん。じゃあ大体30かける10分で、全部まとめるのに何時間かかる?」

「じぇっ? え、えーっと、300だから、3時間!」

「何で1時間が100分なんですか………」

 

 勢いよく答えた優希の答えに、和が頭を抑える。

 

「でも、確かにこの量を1日でやるのは…………」

「そう、京ちゃんはほぼ毎日、家に帰ってからも5時間近くかけて牌譜の整理をしてくれてるんだよ。もっとも全部終局までやるわけじゃないし、優希ちゃんが居ると東場はすぐに終わっちゃうから、全部が全部10分かかるわけじゃないだろうけど」

「帰ってから5時間………気が遠くなるのう」

 

 牌譜から視線を上げたまこが、天井を仰ぐ。

 

「私たちが毎日8時まで部活をやって、京ちゃんが家に帰れるのが大体8時半。ごはんとお風呂を済ませて9時半。そこから短く見積もって3時間かかるとしたって、もう12時半だよ?」

「じゃあ、残りの2時間半は何してるんだじぇ? 3時に寝たんだろ?」

「いつ宿題をやるの?」

「あ…………」

 

 そこまで説明すると、優希も理解したようだった。

 

「仮に宿題を1時間で済ませたとしても、それで1時半。しかも期末前で提出物も大量にあるから、到底そんなんじゃ終わらないよ。もし終わったとしても、その後京ちゃんはいつどこで自分のための麻雀の練習をするの?」

「うわぁ…………」

 

 いったい何時までかかるか想像した優希が、頭を抱える。

 

「私は本を読みこんじゃったりして遅くなっても1時には寝ちゃうけど………、京ちゃん、いったい何時間寝られてるんだろ?」

 

 そんな大変を過ぎて過酷な状況にあって、教師から心無い言葉をもらった京太郎の心情を考えると、咲はどうしても気分が沈みこんだ。

 

「私たち、大会前だからって…………、どうせ京ちゃんは個人戦しか出れないからって、京ちゃんに任せ過ぎだよね…………」

 

 咲のその言葉に、その場にいた全員が胸の中を抉られる思いだった。

 自分と同級生、もしくは1つか2つ下の後輩が、毎日深夜まで起きて自分たちの牌譜を整理してくれていて、部活中でもまこが卓に混ざるときは牌譜を全部やらせ、食事や掃除、買い出しといった雑用もすべてではないが7割以上任せていた。

 

 大会前だから、というなら京太郎だって自分達と条件は同じはずだ。

 だけど京太郎に任せておいて異を唱えなかったのはきっと、きっとこの場にいる誰もが、あえて無視し続けていた、「どうせ京太郎は1回戦負けだろうし、実力もないから人数合わせにしかならない。だったら自分達を優先的に練習させて、雑事は京太郎に任せればいい」という、京太郎を蔑ろにした考えに基づいてのことだ。

 

 無論、心の底からそう思っていたわけではない。京太郎を疎ましく思うものなど、一人もいはしない。

 だが成人もしていない未成熟な少女たちはどうしても、「もう一度、自分たちが優勝のような好成績を残したい」という欲が勝ってしまい、結果京太郎の境遇から都合よく目を逸らしてしまった。

 ここで咲にその問題と対面させられて、5人は自分が今までいかに合理的ではあるかもしれないが、非道なことをし続けてきたのか、自分の心の汚さと直面させられる。

 

「で、でも…………京太郎はそんな不満そうにはしてないじぇ! 確かに任せ過ぎだけど、これからは京太郎も混ぜてやればいいじぇ!」

 

 優希が沈んだ空気を取り払おうとして、余計に明るい声で言う。だが、

 

「不満は………ずっと溜まってたんだと思うわよ」

「え?」

 

 黙り込んでいた久が、壁に背を預けながら言う。

 

「あのさ………たとえ話で悪いけど、そうね………。仮にみんなが何かの科目で、毎週テストをやるとするね。それでみんなは、せいぜい頑張っても60何点かしか取れないの」

「私は80点以下はとったことないですけど………」

「むきーっ! のどちゃんひどいじぇ! 私なんていっつも30かそこらなのにー!」

「はいはい、今はそこが問題じゃないぞ」

 

 どこかずれた発言をする二人を、まこが抑える。

 

「うん。それでね、隣の………ううん、クラスの前後左右の席の人が、全員毎回90点以上をとっているとするの」

「やなかんじだじぇ」

「うん。それでね、その人たちが自分を囲んで毎回これ見よがしにいうのよ。ああ、また90点だった。100点じゃないなんて、自分は頭が悪いなぁ。100点じゃないとか恥ずかしい。90点くらい取れて当たり前だよね、とか」

「うっじぇえええええ!! なんつー腹立つ奴らだじぇ!」 

 

 胸糞の悪い想像に、優希が怒声を上げる。

 

「他のみんなはどう? そういうことされたら?」

「いい気分は、しませんよね………」

「いたたまれないっていうか………」

「正直、そこまでされたらみじめで泣きたくなるじゃろうのぉ」

「やっぱり、そうだよね…………」

 

 全員の解答を聞いて、久が顔を曇らせる。

 

「そうやって自分のことだとわかるくせに………私って、最低ね」

「え?」

「私たちは皆………それと同じことをやって来たのよ。須賀君に」

「それって………?」

「さっき、お昼休みに須賀君に会ったって言ったでしょ? その時にね、須賀君が麻雀の教本を持ってたのよ。お世辞にも上級者向けとは言えない、基本的なことばかりの本だったけど、勉強するなんて偉いじゃん、私もまだまだ弱いんだし見習わなきゃねって言ったの。

 そしたらね、すっごい怖い声で、須賀君が嘘をつくなよって言ってたの」

 

「嘘?」

「うん。私もびっくりしてね、須賀君は慌てて笑ってごまかしたんだけど、私は言いたいことがあるなら言ってって言ったの。そしたら須賀君は、部長でまだまだ弱いとか、冗談でもたちが悪いって言ったのよ。私は自分のことを、そんな絶対的に強いとは言えないし、自分より強い人も知っているから、だから私は自分のことをまだまだだなって思ってるって答えたの。

 そしたら…………」

 

 京太郎に怒鳴られた時の恐怖を思い起こして、久の手足が小さく竦む。

 

「須賀君が、嘘つくなよって、ものすごい形相で怒鳴ってきたの。そんなに強いくせに自分を貶めるようなことを言って、何が面白いんだよ、あんたで弱いなら俺は―――って、そこで言葉切ってたけど、多分、あんたで弱いならそれより弱い俺は何なんだよって、言いたかったんだと思う………」

 

 5人は、京太郎のその言葉に考え入った。

 

「もし―――さ、私たちが、私たちなんかじゃ及びもつかない人たちの雑用を毎日押し付けられて、その状況でさらに、その人たちが自分のことを弱い弱いってこき下ろしてるのを聞いたら、どう思うかな………。私だったら、やっぱり自分がみじめでたまらなくなっちゃうと思うな………」

 

 久は窓の外を向いて、土砂降りで真っ暗になった空間を見つめた。

 

「私………部長失格ね」

「そ、そんなことはないです!」

 

 部長に向かってはいつもの語尾を伴わず、敬語を使って話す優希が声を上げた。

 

「部長以外の人が私たちの部長になるなんて、考えられないです! 全国で会って来たどんな強い人たちよりも、部長以上に最高の部長なんていません!」

「ありがと、優希。でも、須賀君にとってはそうじゃなかったと思う。考えてみれば、本当に麻雀を知らないのにうちの部に来てくれたのは須賀君だけ。なのに私は………、そんな素人の彼を指導することをしなかった。本当なら、先輩としてそんな彼を真っ先に指導しなきゃならなかったのに。自分がこの部に居られるのは実質1年しかないからって、試合に出れる面子のことしか考えていなかった。

 

 しかも……インハイ後も、内定がもらえたからって有頂天になってた。自分がまだ主役で麻雀を続けられるんだって思ったら、それでいっぱいになっちゃって………。それまでずっと後回しにしていた須賀君を鍛えることすら、都合よく忘れてた…………私…………」

 

 

「この4カ月………まだ1年の彼と、引退した私の4か月じゃ比べ物にならないのに…………須賀君に………どうやって謝ればいいんだろう…………」




大会のある部活動に入っていた人はわかると思うけど、
中高生にとって自分が自分がって、レギュラーになりたい気持ちって
すんごい強いんですよね。
実力的に拮抗してるのに別にそこまでと枠を譲ってくれる人は菩薩に見える。

それはそうと赤木じゃなくてキャップでも出て優しく甘えさせてくれないかな。
読んでて内蔵がずたずたに裂かれるような展開ばかり書くと華が無くて悲しい。
京美穂増えてどうぞ。
クロチャーや竜華みたいな京太郎の好みドストライクな子に甘えるのもいいよね。


※ちなみにこの作品は京咲です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話 ただ、「それだけ」で

これ書いた当時も自分で何言ってんだか全くわからなくなるくらい苦労した覚えがあるんだけど、いくら頑張っても正解が見えてこないのでもう上げます。

行動するのが大事で、結果はどうでもいいんですぅー


「すいません、お風呂を貸してくれただけでもありがたいのに、服まで………」

 

 旅館の仲居さんが俺の服を洗濯してくれている間、俺はおじさんの服を借りていた。

 俺やおじさんの体形に合う旅館の浴衣がなかったため、おじさんが気を利かせてくれたのだ。

 

「はは、中々にあってるじゃないか」

「そ、そうっすか?」

 

 真っ黒なシャツというのは着たことが無かったが、こんな俺でも引き締まって見えるのだから不思議だ。

 おじさんのまねをしてシャツの襟をわざと立ててみようとちょっと試してみたが、あまりにも格好つけすぎているのでやめておいた。ちょっと恥ずかしい。

 

「やっと年相応な面になったな」

「え?」

 

 鏡の前で、襟をいじって照れていた俺を見て、煙草をくわえたおじさんが笑う。

 どうやらそれが最後の1本だったようで、箱はくしゃりと握りつぶしてしまった。

 

「さっきよりはずいぶんましな顔になった。年相応のガキの顔だ」

「そ、そうっすか…………」

 

 恥ずかしいやらなんやらで、俺はおじさんの方に正座して向き直る。

 

「え、えっと、俺、須賀京太郎って言います。おじさんは………?」

「俺か? 俺は赤木…………赤木しげるだ」

 

 赤木さん。そう名乗ったおじさんは、部屋の隅に置いてあった座布団を俺によこした。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 お礼を言って、座布団の上に座る。

 畳の濃い香りが漂う部屋に、赤木さんの煙草の臭いが強くなっていく。

 

「ああ、煙草は苦手だったかい。だが悪いな、これが今ある最後の一本だから、吸い切らしてくれ」

「は、はい」

 

 別に煙草はどうでもよかったのだが、赤木さんの気づかいに緊張してしまう。

 

「くくく………取って食おうってわけじゃねぇ、そう固くなるな」

「は、はい………」

 

 そんな俺の戸惑いすら見透かしたかのように、赤木さんは笑って気を利かせてくれる。

 そのまま何度か煙を吐いて、雨音だけが聞こえてくる時間が続いた。

 

「ん………待たせたな」

 

 赤木さんが短くなった煙草を灰皿に押し付け、俺と向き合う。

 

「この雨で散歩にもいけねぇし、せめて煙草だけ買いに行こうとしたらお前さんが居たんでな。まぁ、ジジイの暇つぶしに付き合わされてると思ってくれて結構だ」

「いえ、そんな………! 赤木さんが来てくれなかったら、あのまま濡れて風邪ひいてただろうし………」

 

 スッ

 その時、部屋のふすまが開けられて、仲居さんがやって来た。

 

「お邪魔いたします。お飲み物をお持ちいたしました」

「おう、ご苦労さん」

 

 仲居さんは、湯気の出るような熱いお茶を俺の前に置いて、赤木さんの前にはビールの小瓶とコップを置いた。

 

「ああ、姉ちゃん。この、フグ刺し頼めるか?」

 

 赤木さんがルームサービスのメニューを指さしながら尋ねる。

 

「申し訳ありません、最近は天気が良くなくて、業者も来れなくて御品切れとなっております」

「そうかい(´・ω・`)」

 

 赤木さんはとても残念そうな顔をした後、ビール瓶を開けた。

 

「京太郎、酒はイケる方か?」

「い、いやっ、俺未成年すから!? ばれたら部活の皆にも、迷惑が…………」

 

 赤木さんの冗談めかした問いかけに、俺は跳び上がって答えた。

 そしてその言葉尻が、沈んでいく。

 

「部活の連中が、どうかしたのか?」

「えっと…………」

「構わねぇ。どうせ俺しか聞いていないんだ、遠慮なくぶちまけちまえ」

 

 俺は机の上のお茶を飲まず、うつむいたままポツリポツリと話し出した。

 

「赤木さん。清澄高校って知ってますか?」

「すまん、俺は世間一般のことに疎くてな」

「すぐそこの高校で、そこの麻雀部は滅茶苦茶強いんです。初出場で、インターハイベスト4とかやってのけちゃうくらいに」

「へぇ、そりゃすごそうだ」

 

 かかか、と赤木さんが軽い笑い声を上げる。

 

「男子が俺一人、それと女子五名のたった六人だけの部活なんすけど……。あいつらは、本当に化け物じみた強さなんです」

「お前さんはどうなんだい。それなりに、腕に自信はあるのか?」

「いえ、全然……………」

 

 膝の上に置いた拳を握り締める。

 

「俺は、麻雀初めて1年も経っていないんですけど………全然だめです。多分条件が同じでも、そこらの学校の麻雀部の部員より弱いと思います。いっそ、笑える程に才能がなくて………」

 

 掌に、握り締めた手の爪が食い込む。

 

「努力は、正直めちゃくちゃしてるって言えると思うんです。毎日あいつらの傍にいてその牌譜をとって、強い人たちの打ち方をこの目で見て感じて、家に帰ってからも、毎日2時間以上自分で勉強して、夜遅くまで頑張って…………」

 

 胸の痛みが再びよみがえる。最近の辛いとしか感じられない日々が、頭の中一杯にフラッシュバックする。

 

「なのに、あいつらは、俺なんか置いてどんどんさらに強くなっていくんですよ………。

 人が100メートル走を律儀に頑張ってるときに、タクシー使って真横を追い抜かれていく感じで………。

 でも、別にそれはいいんです。その手伝いは正直、辛いっすけど………、ある意味それも幸運なことだと思えるんです。でも…………」

「でも………何だ?」

「でもあいつらは…………そんだけ急成長していく自分たちを、弱いっていうんです………。

 元から化け物じみてるくせに、最近はさらに強くなって………それでも、まだまだ弱い、まだまだ勉強しなきゃって………。

 それで………そんなあいつらを傍で見ていて、じゃあ、お前たちより弱い俺は何なんだよって………思い始めたんです」

 

 視界が、涙で歪む。

 

「お前たちで弱いっていうなら………じゃあ、俺はただの雑魚じゃないかって。

 そりゃ、もともと俺は雑魚っすよ。あいつらが一流じゃなくて二流なら、俺は三流どころか五流っすよ。

 でも、あいつらだけがさらに強くなっていって、それを傍で見せつけられて、自分たちは弱い弱いって、ずっとこき下ろされて………みじめで………!」

 

 ポタリ、と膝の上で握り締めた拳の上に、涙が落ちた。

 赤木さんは、何も言わずにビールをもう一杯、コップに注いでいた。

 

「……………それが、お前の煙っちまってる原因かい?」

「……………」

 

 俺は黙ったまま頷いた。

 赤木さんは、注いだばかりのビールを一口飲み、コップを置いてしばらく黙った。

 

「おかしいな…………」

「え?」

「俺の中だとな………努力してる時点で、そいつは輝くものなんだよ。

 能力のない人間は能力のないなりに、自分に発揮できる能力全て出し切ればよ。そりゃあそれで幸せといえる。

 だがお前は輝いていない。

 何か叶えたい望みがあって、それに向かって動けるだけで、人は幸せなはずなんだ………京太郎」

「は、はい」

 

「お前ひょっとして、努力を憎んでしかいないんじゃないか?」

 

「え…………」

「お前の場合、とにかく動いてみながら、あがいてみながらも………同時に、自分に足枷をはめちまってるんじゃあないか………? 

 じゃあその足枷とは何か………恐らく、その動こうとする努力自体を憎んじまっていること………努力に何の価値も見出そうともしていない。

 本来命を輝かせるための動き、あがきを………逆に捉えてるんだ」

「逆?」

「お前の話を聞いているとどうも………お前は、努力に結果を求めすぎているように感じる。

 わからなくもない………あれだけ努力したんだ、だから当然、その対価は得て当然だ………と、そんな風に考えたくなるのはわかる。

 けど………それが強すぎるんだ。成功……繁栄………そんなものに目が行き過ぎて、結果の実らない努力を、辛さだけ押し付けてくる努力を、憎んじまってる………!」

 

 俺は、赤木さんの言葉を聞いて、自分に訊いてみた。

 お前は、何のために努力しているんだ?

 

(もちろん―――強くなりたい。

 強くなって、あいつらの隣にいて、恥ずかしくないくらいになりたいって―――)

 

「だって…………」

「ん?」

「だって………そんなの、当たり前じゃないですか! 

 あいつらの傍にいて恥ずかしくないくらい強くなりたいっ、そう思って努力してるのに、実りのないまま、あいつらは俺を置いて行って、もっと強くなって………。

 努力してもしなくても変わんなくて………じゃあ、そんなのただの苦でしかないって考えるのは、当たり前でしょ………?」

「普通は、そうなんだろうよ。だがそれは悪癖だ。よくある、多くの人間が抱えている悪癖だっ………! 

 確実な対価がなけりゃ、自分から何かをしようって気すら起きないのか? 

 だったらナマケモノみたいに、一日中ゴロゴロしてりゃあ幸せか? 違うだろう? 

 お前の求めるものは、お前しか知らないんだからっ………! 

 お前以外に、お前にそれを上げようとしてやれる奴なんていないんだっ………!」

「ぐっ……」

 

 赤木さんの言葉に、俺は言い返せなかった。

 その通りだ。もし俺が俺の望むものを手に入れようとしたら、それは俺にしかできないことなんだ。

 毎日無為に過ごしていて、ある日突然強くなれるなんてあるはずがない。

 

「そりゃあ、誰だって傷つくのは嫌だ。嫌だって感じるのは構わないし、むしろそれが正常だ………が、そこで腐ったまま終わっちゃあいけない」

「え?」

「いいんだよ、いくら傷ついたって………。

 大体、お前の知っているその部活の仲間たちは、何の苦労もなく、ただ才能だけで偉業を成し遂げたもんなのか?」

「いえ………、努力しています」

「だろう? 誰だって、努力には傷つけられるものなんだ………。その傷を、次へ進む一歩の素と出来た者が、偉業を成し遂げられるんだ………。

 歴史上で偉人と呼ばれる連中だってそうだ。

 最初から成功だけ続けて、素直に無難に生き続けてそう呼ばれるようになった奴なんていやしない。

 お前はそんな偉業に、たったの1年足らずで追いすがろうとしている………。

 そりゃあ傷つくさ………。尋常ではないほどに傷ついてしまいもするだろうさ………。

 だから、まだ決めつけるなよ………疑ってやるな………」

「え?」

「自分がこのまま、追いつきたい相手の元にたどり着けないで終わるなんてよ………考えるな。

 今のお前の傷つきは、その心配によって引き起こされるんだ………。

 本来傷つかないでいいところを、さらに余分に、過剰なまでに傷つく深みにはまっちまっている………。

 その心配という靄に囚われ、霞んじまってるんだ………それに………」

 

「それに…………?」

「いいじゃないか…………!

 もし努力が何一つ結果に結びつかなくったって、すべてが失敗に終わったって………!」

「な…………」

 

 俺はその言葉に反応して、食いついた。

 

「何で、そんなのっ、めちゃくちゃだ……!」

 

 身振り手振り加えて、自分の中の感情を吐き出す。

 

「だって失敗したら、何にもならないじゃないですか!

 その、次の一歩につなげるとか、せめてそれにすらならないんじゃ、それこそ本当に努力する意味なんてないっ………!

 ただ辛いだけで終わるなんて、そんなのっ、赤木さんだっていやでしょう………!?」

「くくく………まぁ、確かにそうだ。ないよりは、あった方がいいわな………」

「でしょう!?」

「だが、それは本当に、ないよりはましってだけの話なんだ……」

「え…………?」

 

 赤木さんはコップの中の最後の一口を飲み干し、笑って言った。

 

「ただ……やってみようと、動いてみるだけでいいんだ。

 何かをやってみようと、熱意を持って行動に踏み切ることっ………これが一番大事なことなんだ。

 そりゃあ、成功したい気持ちだってわかる。

 練習したなら、その分の力、実力………そんな見返りを求める気持ちもわかるっ………!

 だけどよ、それってそんなに必要なことか? 

 お前は必死で努力したんだ。欲しいものがあって、そのために動いた。しかもその欲しいものが、他人のためと来た。上等すぎるぜ」

「……それ、じゃあ…………」

「ん?」

 

「それじゃあ………駄目なんです。

 努力したとか……そんなこと…………免罪符にはなりゃしない…………。弱いままってことに……変わりは無くて……あいつらに、恥をかかせてしまうのは…………」

「おいおい、そりゃ気を遣い過ぎってもんだ。そこまで気にしてやる必要があるのかよ?」

 

 困ったような笑みを浮かべる赤木さんに、俺は頭を横に振る。

 

「赤木さんには、わからないですよ…………。誰ともつるもうとしなかったって、自分で言うくらいの赤木さんには…………誰かの負担になりたくない気持ちが、わからない……!」

 

 失礼極まりないことを口にする。

 だが、俺の中には絶対に譲れない意地が、いや、恐怖があった。

 

「自分のせいで…………自分の大事な人たちが、周りから悪く言われることの辛さが……わからない。皆はきっと、そんなことは気にしないって、言ってくれるだろうけど…………それじゃあ、だめなんです」

 

 新人戦が近づくにつれて大きくなっていった、ある『恐れ』。

 新人戦で、みんなはきっとまたいい成績を残せるだろう。インターハイベスト4の部の名に恥じぬ、立派な成績を。

 その時、俺が夏のインハイ予選みたいに惨敗していたら?

 みんなのこれまでの努力に、これ以上泥を塗ってしまったら?

 そんな場面を少しでも思い浮かべるだけで、震えが止まらない。

 

「自分の憧れが、自分のせいで後ろ指を指されていて…………それを、みんなの言葉に甘えて見ぬ振りなんて…………俺には、出来ない…………!」

 

 他人のために努力した。それは立派かもしれないけれど、それで自分が皆の足を引っ張っている事実が無くなるわけじゃない。

 だったら自分が強くなるしかない。そこには努力に伴う結果が、何としても必要なのだ。

 

「…………京太郎。

 俺ぁ、お前を見くびってた。そこいらの人間じゃあ…………ましてや俺なんか到底無理さ。

 そこまで他人のためにどデカい熱を持って、そんなボロボロになるまで進めた人間なんて、見たことがねぇ。立派も立派…………頭が下がる思いだ」

 

 赤木さんは俺を珍しい動物か何かを見るような笑みを浮かべた後、後頭部を押さえて本当に頭を下げた。

 

「だがよ、京太郎…………」

 

 

「お前、誰の味方なんだ?」

 

 

「え?」

「大事な連中の汚点になりたくないのもわかった。そのために努力してるのもわかった。

 だがずっと聞いてた中でよ…………お前の味方を、自分から潰しちまってるのはなぜだ?」

「俺の、味方…………?」

「お前を肯定してくれる人間が、お前も含めていないんだよ。むしろお前の大事な連中は、気にしなくていいとか言ってくれるような奴らなんだろう?

 大事なそいつらの言葉すら無視してまで、お前が率先してお前自身を汚点呼ばわりしているのはなぜだ?

 なぜわざわざ、自分から熱を失くし、心が折れるような状況に追い込もうとする?

 

 そんなことしなくても、一緒にいればいいじゃないか………お前が居たい相手と一緒に。そうしたいのなら………! 

 実力がなくたって………、どこの馬の骨とも知れない赤の他人から、指をさされて笑われようと………。望んだ結果でなくとも、お前は努力をしたんだ。

 いいか? 完璧な成功なんて、追っかけなくったっていいんだ。

 無駄になってもいい…………一番最初に、自分の望むものを決めて、それを追いかけようと尽力したなら…………それだけでいいんだよ。事の成否なんて、考えるな。

 ましてや、叶わなかったからといって自分を責める必要なんか、どこにもねぇ」

「ぐっ……でも……それじゃあ結局……!」

 

「いいか? 成功を目指すなと、最初から諦めろと言うんじゃない。

 その成否に思い煩い過ぎて、前へと進む熱を失ってしまうこと………命を輝かせる機会を端から完全に失うこと、これが一番まずい」

 

 瓶の中にわずかに残った、一、二口分のビールをコップにつぎ、俺に渡してくる。

 

「いいじゃないか…………! 三流どころか、五流だって………! そうやって熱くいられれば、それだけで十分じゃあないか………! 

 怖がらなくっていいんだ……ただまっすぐ、自分の欲しいものがあるなら、それに向かうだけで………。

 ただ傷つくだけで終わることはあるかもしれないさ……だけどよ、今のお前みたいに、自分で自分を責め続けて、必要以上に傷を負う必要なんてありゃしねぇ…………!」

「ッ…………!」

 

 俺は赤木さんの手からコップをひったくり、そのわずかな量のビールを飲み干した。

 

「げほっ、けほっ! ぐっ………うっ………」

「お前はお前で、自分を朧にしちまってる………。

 もういい加減、自分を褒めてやれよ…………そんだけ無茶な目標立てて、よく折れずに努力を続けられているなって………!

 ここまで傷つく程、それだけ頑張ったんだなって…………!」

「うっ…………!」

 

 自分の膝に突っ伏すような姿で、涙をボロボロ流す。

 正直、赤木さんの言い分全てを正しいと思うことはできない。

 でも、そうやって努力しているだけで、その価値を認めてくれる人がいるというのは、この上なく心が救われた。

 今まで自分がどれだけ自分を傷つけ続けて来たのか、鏡を見せられた気持ちだった。

 

「羨ましいもんさ。そうやって、自分以外の誰かのために頑張れるってのは………。

 俺は………こんなジジイになるまで、友達って存在のありがたさに、最後の最後まで気付けなかった………だから、お前があったかく思えるさ」

 

 

「いい生き方してるじゃねぇかよ、京太郎」

 

 

「うっ………うああ……あ……うあああああああ…………!」

 

 

 そのままずっと、俺は本当に久々の感謝の涙を流し続けていた。

 




清書段階で後付けで加えたセリフもあるからなんだけど、京ちゃんの行動が一貫していない気がしてならない。
あと単純に福本作品に似せようとすると「…」多すぎて読みづらい。

割と早い段階で解決に向かったけど、もっとつらい時期が長く続く展開を望んでた人はごめん。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話 『清澄高校麻雀部』、再出発

土日に研究室にUSB忘れて更新できなかったよ。




 どれだけ泣き続けていただろうか。

 目を腫れ上がっているのが、自分で分かる。

 赤木さんはその間、ただ静かに待っていてくれた。

 

「すんません………勝手に一人で泣いてて………」

「構わねぇよ。言ったはずだぜ、ただのジジイの暇つぶしだって」

 

「失礼いたします」

 

すっ

 

 ふすまが開いて、仲居さんが再びやって来た。

 両腕に、俺の制服とコートが抱えられている。

 

「本当はクリーニングにお出しするのが一番いいのですが、流石に叶いませんで………。ボイラー室で、急いで乾かしました。それと、こちらはポケットに入っていたものです」

「あ、ありがとうございます」

 

 クリーニングじゃなかろうが何だろうが、俺にとっては服を乾かしてくれるだけでありがたかった。

 若干生乾きだが、この雨の中なら傘を差しても幾らかは濡れてしまうことは避けようがないので、気にならなかった。

 

「えっと、すいません。お客じゃないのにここまでしてもらった上に図々しいんですけど………、出来れば傘を貸してもらえないでしょうか?」

「いえ、構いませんよ。清澄の生徒さんですよね? また今度返していただければ結構です」

「すいません。ありがとうございます」

 

 丁寧に一々頭を下げてくる仲居さんにつられて、俺も頭を下げてしまう。

 お辞儀合戦を繰り広げる俺たちを、赤木さんは面白そうに見ていた。

 仲居さんが去ると、俺は部屋の奥の方でもう一度着替えて、自分の本来の服に戻った。

 赤木さんの服も格好よかったので少し名残惜しかったが、まさかこのまま着て帰るわけにもいかない。

 

「それ………」

「え?」

「いや、そのお守り見せてくれねぇか?」

「あ、はい」

 

 机の上に乗せられたまだ生乾きのハンカチ、生徒手帳、お守りを見て、赤木さんが『清寛寺』と刺繍の入ったお守りを指さしていた。

 

「そのお寺の名前、知ってるんですか?」

「ああ。昔そりゃあ世話になってな………これは、石か?」

「ええ。ひいじいちゃんにもらったんですけど、何でも博打の神様って呼ばれた人の墓石の欠片なんだそうです。ご利益はあんまりないみたいですけど………」

「ああ………だからか………」

「?」

「いや、何でもない。ほれ」

 

 赤木さんは少しうれしそうな微笑みを浮かべると、俺にお守りを返してくれた。

 

「赤木さん、ありがとうございました。少なくとも、さっきまでよりは気が楽になりました」

「そうかい」

 

 俺は部屋に貼ってあったバスの時刻表を見て(赤木さんは時刻表が部屋の中にあったことに気づかなかったらしい)、学校行きのバスがあと5分ぐらいで来ることを確認した。

 これに乗れば、6時過ぎには学校に着くだろう。

 

「これから部室に行って、みんなといろいろ話そうと思います」

「そうか…………よし」

「?」

 

 そういって赤木さんは、のっそりと立ち上がった。

 

「俺もつれて行ってくれ。麻雀を見たい気分でな」

「え!? あ、いや、それは…………」

 

 俺は困惑した。部外者が学校に入れるものなのか?

 いや、取材か何かだと言えば入るだけならできるかもしれない。でも、赤木さんが部室に現れたらみんなは何というだろう?

 

「無理なら構わんが…………」

「い、いえ。やるだけはやってみます」

 

 

「案外すんなり通れたもんだな」

「すんなりっていうか………」

 

 20分後、俺と赤木さんはバスを使ったおかげで大して濡れることなく、学校に戻ってこれた。

 とりあえず最初に思い付いた無難な嘘として、適当な麻雀雑誌の取材の方だと事務員さんには言ってみた。

 事務員さんは赤木さんを見た途端にビビってしまい、無言でコクコク頷いて入校証を渡してくれた。

 今俺の隣にいるのは、『近代麻雀』の赤木さんということになっている。

 放課後でほとんど人がいないから誰とも会うことはなかったが、よく知っているこの校舎を赤木さんと歩くのはすごく奇妙な感覚だった。

 

「そういやぁ、高校っていう場所に来るのは初めてだな」

「え?」

「俺は中学も中退して、博打の腕一本だけで生きてきたからよ。一番やったのは麻雀だな。で、お勉強とはついぞ縁がなかった」

「へ、へぇ…………」

 

 ひょっとすると、俺はかなり危ない人を招いてしまっているのではなかろうか?

 どうやって会話したらいいものか悩んでいると、あっというまに部室前までついてしまった。

 咲たちに、何と言えばいいのだろう。

 何事もなかったかのように入って、皆に混ざるのは叶わないだろう。

 とにかく、思っていたことをすべてぶちまけてしまおう。

 覚悟を決めて、俺は部室のドアをノックした。

 

 

 

「………部長」

「……………………」

「部長!」

 

 和の呼びかけにはっとして、久が顔を上げる。

 

「あ、ああ、ごめんなさい。えっと…………」 

 

 部室の中は、お通夜のような空気に沈みこんでいた。

 久は度々うわの空になり、打牌にも思い切りの良さがなく、縮こまっていた。

 

「それ、ロンです。3900」

「あちゃあ…………」

 

 そのくせ、振り込む頻度もなかなかに高かった。

 いつもの久なら待ちを躱した上、逆に悪牌待ちで安い手でも絡めとっていたはずだ。

 

「久、せめて対局中だけは京太郎のことは忘れい」

「ごめんまこ。頭ではわかっているんだけどね………」

 

 少しでもぼうっとしてしまうと、昼間の京太郎の今にも泣きそうな顔を思い出す。

 

『あんたらみたいな化け物で弱いっていうなら、俺は―――!』

「っ―――!」

 

 手足の筋肉が引きつるような感覚を覚える。

 否が応でも、自分は今まで京太郎のことを軽視していたのだという事実を突きつけられる。

 

コンコン

 

「?」

「誰でしょう? こんな微妙な時間に」

 

 時計の針は6時を過ぎていた。

 

「あの………すいません」

「京ちゃん!」

「須賀君!」

 

 そろりと少しだけ開けられたドアの隙間から申し訳なさそうに顔をのぞかせたのは、京太郎だった。泣いた跡と疲労から来るくまで、目の周りは大変なことになっている。

 

「えっと、今、俺が入っても大丈夫でしょうか………?」

「いいに決まってるよ、ほら!」

 

 咲が京太郎の腕を引っ張って、部室に引き込む。

 

「えっと、その、部長………お昼のことなんですけど………」

 

 久のことを見づらそうにしながら、京太郎が言う。

 

「うん。出来れば私も、そのことを話したかった」

 

 久も卓から立ち上がり、京太郎に面と向かった。

 

「その、部長。まずはその………失礼なことを、部長に八つ当たりするようなことを言って済みませんでした」

 

 京太郎が腰を直角に曲げて、頭を下げる。

 

「頭を上げて頂戴。部長として、あなたのことを蔑ろにしていた私の非よ。

 それと、お昼に言ったことの他にも私たちに不満があるなら、いい機会だから言っちゃって。皆がいる前で」

「はい………」

 

 久に促されて、京太郎はゆっくりと、二学期に入ってからずっと感じていたことを吐き出した。

 

「俺………インターハイが終わってからこっち、ずっと辛かったです………。

 皆は全国で指折りの選手になったのに、俺は弱いのが情けなくて………、それで強くなりたいって思ったんです」

「うん」

「麻雀の教本買ったり、ネト麻で実践したり、みんなの牌譜を見て勉強したり、頑張ったんです。でも、ほとんど強くなれなくって………」

「うん」

 

 鼻にツンとした痛みが走り、一息入れて京太郎が先を続ける。

 

「そうして結局また停滞してる間に大会が近くなって………、また雑用が増えてきて、もう11月に入ってからずっと夜遅くまで寝られなくって………、だんだん辛さが増してきて………」

「うん」

 

 久は相槌を打つだけで、途中で話の腰を折らない。

 

「でも、やっぱりみんなの傍に胸を張って居たいから………、そんな全国クラスの実力なんていいから、せめて人並みに…………皆と同じ麻雀部の一員として、皆が俺のせいで馬鹿にされないくらいに打てるようになりたくって、それで頑張り続けて………」

 

 声が震える。

 鼻に奔る痛みが鋭くなり、視界が涙で歪む。

 

「でも、全然だめで………。皆と打たせてもらう機会も減っていって、一局も打たない日も出てきて。

 せめて…………派手な打ち方はできないけど、せめて振り込まないようにして、配牌とか運が傾いた時に全力を注ごうって、俺にできる全力で打って、点数だけは皆に食らいつけるようになってきたら、姑息だって言われて…………。

 馬鹿にされたけど、これは俺が弱いからだって、もっと頑張ろうとしたけど、それでもみんなは俺より速くさらにどんどん強くなって、全然追いつけなくて………!」

「うん……」

「情けなくて………!

 弱い自分がめちゃくちゃダサくって…………そんな状態で、みんなが、自分のことをまだまだ弱、いとか、そうやって、言うのを、聞いて、いたら…………!」

 

 ずずっ と音を立てて、鼻をすすり、あふれる涙を、まだ湿気たままのコートの袖で拭う。

 

「みじめで………。じゃあ皆に全然敵わない俺は、一体何なんだよって思って…………、皆がそういうつもりじゃないのは、わかってた、けれど、ずっと、馬鹿にされ続けてるように感じて…………! 死ぬほど悔しくて………うっ、く………!」

 

 コートの袖を目許に押し付けて、泣いている顔は見られないようにする。

 すると、見えはしないが、自分以外の誰かがすすり泣く声が耳に入った。

 

「ご、ごめんなさ、い。京ちゃ………」

 

 ごしりとひときわ強く目許を拭った後、声の主を見やる。

 京太郎を部室に引っ張った後、隣で立っていた咲が、涙をボロボロこぼして泣いていた。

 

「ごめんなざい………! ぎょうぢゃん、ごめんなざぁい………!」

 

 両手の甲で涙を拭うが、止めどなく涙は落ちてくる。

 京太郎より、咲の方が大泣きしていていた。

 

「わ、わだしだぢ、ずっど、きょ、京ちゃんに、頼りっぱなしで、ぜ、全然お礼も言って無ぐって、任せっきりで、ひどいこと、ばっがりしで…………!」

「咲…………」

「きょ、京ちゃん、ずっと遅くまで起きてて、寝れなくて、先生にも叱られてたのに、皆京ちゃんのこと、馬鹿にしてたのに、でも、怒らないでたのに………!

 ずっど、わだしたちの、為に。がんばっでくれでだのに……!」

 

 部内で唯一、京太郎の疲労や心労に気付きかけていた咲は、それを指摘できないままここまで京太郎を思い詰めさせてしまったことを後悔していた。

 

「ごめんなざい………! 部長から、京ちゃんが怒ってたって聞いて、あ、謝らなきゃって………!」

「咲………、いいから、泣かないでくれ………!」

 

 30センチも背の低い幼なじみが大泣きしてるのを見て、京太郎もつられてさらに涙があふれてくる。

 

「京ぢゃあああああん…………ごめんなざぁいいぃ………う、うあああああああぁん………!」

 

 京太郎が咲の両肩を掴むと、咲は京太郎の手に縋りついて泣き声を上げた。

 

 

「ひっ、ひくっ………」

「須賀君…………」

 

 そのまま5分近く経ち、咲の泣き声がすすり泣きに変わって落ち着いてくると、久が声をかけた。

 

「はい…………」

 

 同じく京太郎の告白の途中から、無言のまま涙を流し始めていた久は、目許を拭った後、真っ赤な目で京太郎と向かい合った。

 

「本当に、本当にごめんなさい……。私、自分のことで頭がいっぱいで、ううん。

 本当は須賀君のことも気づいていたのに、都合よく忘れようとしてた。

 須賀君は…………どうせ須賀君はそこまで大した成績を残せないって、勝手に高をくくって、じゃあ須賀君に身の回りのことをしてもらって、自分たちが打てばいいって考えになってた………」

「いえ………多分その通りでしょうし、俺もそうやって、打てる機会が減ってるのは、だからだって自分に言い聞かせてました」

「元々は、部員数も規定に達するか危ないくらいだったのに、そんな部に初心者なのに入ってくれた須賀君を蔑ろにして………。

 咲を連れてきて、私を団体戦に出れるようにしてくれたのも須賀君だったのに………。本当なら、須賀君にはその恩返しに、一生懸命指導をしてあげなくちゃいけなかった。

 でも私はインターハイが終わった後ですら、それをしようとしなかった。プロ推薦をもらえて、天狗になって、自分がもう一度活躍することしか頭になかった………」

「それを言うなら、わしも同じじゃけぇ」

 

 それまで沈黙していたまこが、久を擁護するように間に入った。

 

「3年は最後の大会に集中するのが仕事。

 本来なら先輩でありかつまだ1年時間のあるわしが、京太郎を育ててやらなけりゃならんかった。じゃが………わしも、目先の勝利に目が行き過ぎておった。

 おんしがきっと気を遣って言ってくれた、見ているだけで勉強になるっちゅう言葉で、都合よく自分の怠慢を忘れておった」

 

 涙に濡れた眼鏡を拭い、かけなおす。

 

「あ、アタシも………」

 

 おずおずと、卓に座ったままの優希が声を上げた。

 

「京太郎を犬扱いして、いっつもじゃれあうのが楽しかったから、京太郎もそうだと勝手に決めつけて………。いつもタコスを作ってもらった時も、偉そうにしかお礼を言ってなかったじぇ………。あと、人の打ち方にケチつけて、馬鹿にしてすまなかったじぇ………」

 

 いつもの快活さはどこへ行ったのか、今にも泣き出しそうな子供の表情を浮かべて、京太郎に謝罪の言葉を述べる。

 

「私も、須賀君に謝らないといけません。ずっと日ごろから、私たちが練習を増やせばその分代わりに雑務をこなしてくれていたのに、お礼も一言くらいしか言わないで、それが当然であるかのように振舞っていました。

 須賀君が練習相手にならないのなら、放っておくのではなく、鍛えてあげなきゃいけなかったのに…………」

「みんな…………」

 

 各々から述べられる謝罪の言葉に、京太郎は何と言えばいいのかわからなかった。

 別に謝ってほしかったわけでは、ましてや、こうやって泣かせたかったわけではない。

 そうだ、ここで終わってはいけない。

 

「でも、もういいんです」

「え?」

 

 それまで京太郎に抱かれる形になっていた咲が、京太郎のことを見上げてきた。

 

「京ちゃん、まさか、麻雀部、やめ………!」

「あぁ、泣くな泣くな」

 

 また目に涙を浮かべた咲を見て、京太郎が慌てる。

 

「俺も、それで辛くって…………。正直、今日の帰り道で、もう麻雀も何もかもどうでもいいって思ってました。

 こんなつらいだけの努力なんてバカバカしい。一緒にいてみじめでしかないのなら、あんな連中の雑用なんて捨てて、毎日さっさと寝たいって。麻雀そのものをやめようとすら思ってました」

 

「でも」

 

 京太郎はそこで一度唾を飲み込み

 

「でも、ある人のおかげで、考えが変わったんです。

 辛いだけの、無駄でしかない結果に終わったっていい。止まっちゃダメなんだって。

 辛くても、叶えたい目標があるならそれに向かって、成功とか失敗とか、結果なんて気にしないで動けって。そうやって努力しているだけで、俺は偉いんだって、自分を褒めていいんだって言ってくれる人がいたんです。

 だから………俺、辞めません。皆と一緒に居たいです。こんな話をした後で、待遇良くしろって要求したようで申し訳ないけど…………俺、この部にいていいですか?」

「いいも何も………」

「むしろわしらがお願いしなきゃならん」

「お前以外に私のタコスを任せられる奴なんていないじぇ」

「ゆーき………でも、お願いします」

「京ちゃん」

 

 まだ涙目のままの咲が、京太郎の袖をつかむ。

 

「京ちゃんが私を、この部活に誘ってくれたんだよ? 京ちゃんが一緒じゃなきゃ、私やだよ?」

「咲………」

「京ちゃんが一緒にいてくれないなら、私も辞める」

「な………」

「須賀君」

「は、はい」

 

 久に声をかけられ、緊張する。

 

「私は………本当にダメな部長よ。きっと全国探しても、こんなひどい部長は見つからない。そんな女が部長の部活でも、あなたはまだ居たいの?」

「まるで、辞めた方がいいっていうみたいですね」

「うん。正直、私はもう、あなたに部長って呼ばれる資格はないと思う。それでも、もしあなたがまだこの部に居たいって言ってくれるのなら…………私は最善を尽くすと約束するわ」

「むしろ、俺がお願いする方です。部長に当たり散らしたりして……。俺をもう一度、この部活においてくれませんか? 部長」

「本当にいいのね?」

「はい」

 

「わかったわ………須賀君」

「はい」

「こんな部長で悪いけど…………これからも、宜しくお願いします」

 

 久は京太郎が先ほどしたように、腰を直角に曲げて頭を下げた。

 




ギクシャクさせたいわけじゃないんだけど、なんかやけにすんなり仲直りした感が否めない。
まぁあんまり不遇な時期伸ばしてもかわいそうだけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話 スタートダッシュ(カタパルト付き)へご案内

トウハイ、キライ。
カンガエルノ、メンドイ。
シロートナノ、バレル。
(牌画像変換を使うのが初めてなので、投稿直後に変だったりしても突っ込まないでね。
 すぐ直すから)


 部室の中に漂う空気が、緩んでいくのを感じた。

 入った直後、咲が泣いていた間なんてもう沈み切ってそこに居合わせるだけで辛かったのに、今はそれが去ったことを皆が感じている。

 

「えっと、部長。それでですね…………」

「何かしら?」

「その、ちょっと申し訳ないんですけれども…………」

「あ、ごめん気が利かないで。いいわ、卓に入っちゃって。さっきまでみんな全然集中できてなかったし、仕切り直し―――」

「い、いえ、ありがたいけどそうじゃないんです」

 

 俺はどうしたらいいかわからず、ドアの方をちらちらと見やる。

 

「そ、その………さっき、俺が言ってた、努力してるだけで偉いんだって言ってくれた人なんですけども」

「うん?」

「その…………その人が、麻雀好きなんだそうで、俺の話聞いたら練習を見学したいって、今外で待っていて………。連れてきてもいいでしょうか?」

「へ?」

 

 部長が面食らったようだった。

 一山超えたと思ったら、予想だにしないお願いをされたのだから当然だろう。

 

「…………うん、構わないわ。むしろ、お会いしてお礼を言わないとね」

「あ、じゃあ………、えっと、赤木さーん…………」

 

 廊下の方に、言葉尻が消えそうな声で呼びかける。

 ギイィ、と少しドアが音を立てた瞬間。

 

バァアアン!

 

 

「ひゃああ!?」

 

 赤木さんが顔をのぞかせた瞬間、雷鳴が鳴り響いた。

 全員その場で小さく跳び上がる。

 それは、雷に驚いたからだけではないようだった。

 

「失礼…………もう入ってもいいのか?」

 

 俺に負けない背丈、いや、その身に纏う威圧感やその他もろもろで俺より大きく見える、齢50を過ぎた老人が入ってきたことに、皆は完全に度肝を抜かれたようだった。

 恐らく、俺が初めてこの人と会った時に感じたような、その凄まじい存在感に中てられているのだろう。

 

「えっと、この人が、俺にアドバイスしてくれた、赤木さんです…………」

 

 ぽかんと口を開けたまま、部長たちは呆然としていた。

 そりゃハギヨシさんみたいな格好いい紳士なお方が登場するとは思っていなかっただろうが、筋モ……一般のお方でなさそうな人が来るとは思ってもみなかっただろう。

 白馬に乗ったヤクザがお姫様を迎えに来たようなミスマッチだ。

 

「……………はっ」

 

 一番先に我に返ったのは部長だった。

 慌てて表情を引き締め、赤木さんに向かい合う。

 

「は、初めまして赤木さん。清澄高校麻雀部主将の、竹井久と申します。このたびは―――」

「ああ、片っ苦しいのは嫌いなんだ。構わねぇよ別に。ただ俺がお前らの麻雀を後ろから眺めるのを許してくれりゃそれでいい。タバコも吸わせてくれればいうことなしなんだがな」

 

 ククク………と、喉の奥で笑う赤木さんに、部長はどう接したらいいかわからないようだった。

 

「え、えっと、校内は全面禁煙なので、ご見学は構わないのですが煙草はちょっと………」

「ま、そらそうだわな(´・ω・`)」

 

 赤木さんはすこししょんぼりした表情を浮かべた。

 

「えっと、それじゃあ須賀君を卓に加えて………1年組で打ってみる?」

「わかりました。あ、じゃあ赤木さんにお茶とか………」

「阿呆、そのくらいわしたちでやるわ。お前はしばらく働かんでええ」

「は、はい………」

 

 雑用根性丸出しで俺がお客にお茶を出そうとすると、染谷先輩に叱られてしまった。

 席を入れ替えて、先輩たちは赤木さんの分の椅子を用意する。

 赤木さんは用意された椅子を動かして、俺の後ろに移動した。

 

「ま、難しいかもしれねぇが、いつもどおりに打ってくれや」

「はぁ………」

 

 正直後ろで妖怪に見られている気分なので、ものすごく落ち着かない。

 でも準備はすぐに済み、東一局が始まろうとしていた。

 

 

 東一局 0本場 ドラ {4}

 東家 優希

 南家 咲

 西家 京太郎

 北家 和

 

「おっしゃ、ダブリーいくじぇ!」

 

 東一局目、もはやそれが当たり前であるかのように、優希がいきなり親のダブリーを仕掛けてきた。

 切ったのは{南}、安牌なんてわかるはずもない。

 咲はとりあえず、不要な字牌から切った。 打 {北}

 

「はぁ………」

 

 京太郎 手牌

 {一一3445779③⑦發發}ツモ {⑨}

 

 ドラが対子なのはありがたいが、中膨れの形だ。

 七対子が速そうだが、そのせいで牌の種類はそこまで多くない。

 果たしてこれでしのぎ切れるか。

 とりあえず{發}対子は捨てたくないので端っこから落としていくしかない。 打{⑨} とすると、一応は通ってくれた。

 

 次は和の第1打。 {發}だったので、鳴くべきか少し迷う。

 

 (今は何が安牌かわからないしな。もう一枚發はあるんだし我慢我慢)

 

 とりあえず、次に發が出たら鳴くことにしてここは見送る。

 一応トイトイも視野に入れておいて損はないだろう。そんな時間があるかはさておき。

 

 そして、優希の第二ツモ。

 

「おっ! カンだじぇ!」

 

 引いて来た牌と、手の内の3牌を倒す。

 カン材は{8}。 そして新ドラは………{8}。

 

「おっしゃあ! ドラ4追加だじぇ!」

「うえぇ!?」

 

 これでダブリードラ4で最低でも親跳ね確定だ。役と裏が乗れば倍満・3倍満もない話ではない。

 嶺上牌を捨てたので、そのまま和了りはしなかったものの、他3人への重圧はすさまじい。

 

「うぐぐ……」

 

 咲はもう一度{北}を落として、俺の番がやって来た。

 ツモは{9}。手牌に加えれば早々に七対子イーシャンテンだ。

 

({8}がもう全部ないんだし、{789}の順子が出来ることはもうない。待ちの変わるカンはできないし、{8}の周りは順子のない比較的安全エリアと。

この手牌なら役牌のみで早めに和了れるかもしれないけど、もう優希が6翻まで確定してるしここはツモ切りだな。対子落としで時間を稼ぐ)

 

 ドラ2とはいえ、張ったとしても単騎待ちしかできない七対子や、鳴いて手の短くなる役牌のみで親跳ねリーチに向かってもしょうがない。

 そう考えて、打{9}。

 

「ローーン!」

「はぁ!?」

 

 倒された優希の手牌は、三暗刻対々で{一}と{9}のシャボ待ち。

 

「ダブリー・三暗刻・対々・ドラ4! 裏は………乗らないけど、親倍満! 24000だじぇ!」

「のおおおおおおおお!?」

 

 千点棒のみを残し、俺の点棒がすべて優希に持っていかれる。

 

「{8}の周りは比較的安全だと思ったんだけどな………」

 

 やはり{9}が重なったことを喜び、まっすぐ七対子を狙うべきだったか。

 そうしていれば、優希の上がり牌をすべて握りつぶしたまま安全に手を進められた。

 

「はっはっはー! どうだ恐れ入った……か……あ………」

「ゆ、優希ちゃん………」

「ゆーき………」

 

 優希がいつものように天狗になるが、さっきの出来事を思い出して口を閉じる。

 咲と和の非難めいた視線が、優希に向けられた。

 

「じぇじぇじぇ………す、すまん京太郎………」

「いや……大丈夫だ」

 

 ここでまた落ち込んだら、何のためにここに戻ってきたのかわからない。 

 気を取り直して、次の局へと気持ちを切り替える。

 

 

 その後1本場は咲が四巡目に加槓で嶺上開花し、500・900でいきなり終わらせた。

 東二局は和が優希から直撃をとり、すぐに終わる。

 そして俺が親の東3局。

 

 ドラ{1}

 親 京太郎 500

 南家 和  26500

 西家 優希 46100

 北家 咲  26900

 

 リーチもできない状態で、表示されたドラは{1}。

 端っこの牌で、手の内で使うのも難しい。

 そして配牌は………

 

 京太郎配牌  {1158二二三②④⑧中中白} ツモ:{六}

 

 何とドラが対子で、翻牌の対子も二つある。

 それらを鳴ければ、それだけで親満確定だ。

 とにかくこの局は飛ばされる事態を遠ざければいくらか安手になってもいい。{白}から切ることも考えたが、他の誰に{白}のみで積もられても親被りでトンでしまうことを考え、初手は打{⑧}。

 

 

 不要牌を処理し、7巡目。

 

 京太郎手牌

 {11156二三④④白}  {横中中中中} 新ドラ{5}

 

(いける!)

 

 鳴いた中に加カンして、新ドラを一つ乗せる。

 これで翻牌1つとドラ4だ。 あと1翻で跳満まで狙える。

 そして引いたツモは、{五}。 

 

(どうする? 手牌にくっつく牌じゃないし、跳満まで狙ったり鳴かれないようにするなら{白}は残すべきだ。

でももう7巡。東場の優希なら今にも和了っておかしくない。手に来るのを待ってたらやられるだけだ。萬子が伸びてくれることを期待して、ここは勝負!)

 

 迷ったのちに、{白}を捨てる。幸いにも、ポンの声は上がらない。

 

 しかし次巡、ツモは{白}。

 

(うぐっ………。捨てなきゃ跳満だった……)

 

 小さく呻きつつも、仕方なくツモ切り。

 さらに次巡、またしてもツモは{白}。ツモ切るしかない。

 

(なんじゃそら………!)

 

 これで{白}が3連続河に並んだ。

 

「ふっふっふ。ドラを増やした上に東場でその遅れは致命的なミス! いっくじぇ、リーチ!」 

 

 優希が、{1}を切ってリーチをかける。

 そこで俺はとっさに動いた。

 

「カン!」

「へ?」

 

 ドラの{1}4枚で、大明槓をする。新ドラは{9}で乗らない。

 だが嶺上ツモは{四}。いいところを引けた。そして打{五}。

 もしかしたら{1中白}で三槓子を出来たかもしれないが、咲じゃあるまいと一言で片づけて終わる。

 

(本当ならこんな他人にドラを乗せかねないカンしないべきなんだろうけど、俺の残りは500点。和了られりゃそれで終わりなんだから、いくらドラ増やそうが関係ない!)

 

京太郎手牌

 {56二三四④④}  {横中中中中 1横111} ドラ:{15⑨}

 

 ともかくこれで、役牌ドラ5で{47}待ち聴牌だ。

 そして俺の次、和の番。ここで俺の目論見が外れれば結局優希がツモってすべては水泡だろう。

 東場限定とはいえ、リーチかけたら絶対ツモることが前提とかどういう麻雀だ全く。

 和は河を見て少し迷った後、打{①}

 

「ポンッ」

 

 咲がその牌を鳴き、優希の番が飛ばされる。

 優希にしては遅い、9巡目でのリーチだ。多分馬鹿みたいに大きな手が入っているんだろう。

 それに俺を飛ばしてしまうことへの抵抗感もあるのか、和と咲は俺を優希のツモで飛ばすという選択肢を捨ててくれた。

 カンを得意とする咲は、チーよりはポンをする可能性が高い。和はまだ河に出ていないかつ、咲の持っていそうな牌を出してくれたのだ。

 心の片隅で彼女たちの良心を利用したような作戦に罪悪感を覚えつつ、俺はツモ山に手を伸ばした。

 

「げ………」

 

 引いて来たのは、{5}。ドラだ。

 

(どうしたもんかね…………)

 

 {6}を捨てて、{5}と{④}のシャボ待ちにすることもできる。そうすれば翻牌ドラ6となり、{5}で上がれば倍満に手が届く。

 が、河を見るとそれらはもうそれぞれ1枚ずつしか待ちがないし、その時捨てる{6}だってドラ近くかつ、優希に対して無スジだ。怖すぎる。

 さらに言えばドラ{5}なんてど真ん中かつドラの牌を、リーチをかけている優希はともかく他二人が捨ててくれるはずはない。

 かといって、{47}で待ちがまだ6枚ある両面待ちを保つ場合でも、今引いたドラそのものかつ無スジを捨てるのも怖い。

 

(いや…………ここでビビっちゃだめだ)

 

 きっと、和のような完全な確率重視の打ち方からすれば、馬鹿馬鹿しいことこの上ないだろう。

 でも、俺はさっき決めた。

 

(どっちで振り込んだって、負けるんだ。どっちだって振り込む可能性が高いなら、より点の高い方へ行くべきだ。それに…………)

 

 赤木さんの言葉を思い出す。

 

『いいじゃないか…………! 三流どころか、五流だって………! そうやって熱くいられれば、それだけで十分じゃあないか………! 

 怖がらなくっていいんだ……ただまっすぐ、自分の欲しいものがあるなら、それに向かうだけで………』

 

(前に進む気持ちを無くしたら、そこで終わりなんだ!)

 

 打{6}。その危険牌切りに、部員全員がぎょっとしたり、息を呑んだ。

 しかしただ一人、赤木だけは、僅かに目を細めただけだった。

 

(へぇ…………)

 

 赤木の見立てでは、{56}ともにリーチをかけている優希には通った。

 しかし、下家の和に{5}は完全にアウトだったろう。

 点数に欲を出し、待ちの少ない方に向かった暴牌のようなうち回しが、京太郎を救った。

 その勢いが、僅かに場を京太郎に有利に作用させたのか、次の優希の番。

 

(うへぇ……嫌なもの掴んじゃったじぇ………)

 

 引いたのは{5}。

 

 優希手牌

 {223344⑥⑦⑦⑧⑧北北}

 

 {⑥}を引けばリーチツモ平和二盃口で跳満、{⑨}でもリーチツモ一盃口平和ドラ1で満貫。

 ドラが3枚もめくれているので、十分に裏ドラも期待できる手。

 しかしリーチをかけている以上、和了り牌以外は切るしかない。

 渋々ドラの{5}を切る。

 

 

「「ロン!」」

「じぇ! やっぱりぃ~~………あれ?」

 

 同時に上がった和の声に、俺は呆然とした。ダブロンなんてリアルだと始めてだったからだ。

 

「あ、あれ? これってダブロンありですっけ?」

「いえ………大会と同じだから、頭ハネありよ」

 

 後ろで見ていた部長も、驚いた様子で答える。

 

「えっと、反時計回りに優先順位が着くから………俺?」

「ええ、須賀君のえっと………翻牌ドラ7で、親倍満ね」

「ほ、ほんとですか…………よっしゃぁ!」

 

 両手で思いっきりガッツポーズを作る。

 頭ハネなんて初めてだったから戸惑ったが、ともかく優希から24000点をそのまま取り返した。

 これで点数は

 

親 京太郎 24500

 南家 和  26500

 西家 優希 22100

 北家 咲  26900

 

 となった。その時

 

「悪い……皆、手牌を見せてくれるか………?」

 

 それまで無言だった赤木さんが俺の背後に立って、卓を上から覗き込んだ。

 

「え、あ、はい……」

 

 咲たちが訝しみながらも、素直に手牌を倒す。

 二人とも安手だが速く、咲はイーシャンテン(相変わらず嶺上のみしかなさそうな役無し)、和は平和でドラ筋の{58}待ちだった。

 

「ふむ……………」

 

 赤木さんは全員の牌と河の捨て牌、その後まだとられていない山牌を全部めくり、少しの間唸っていた。

 

「すまん、手間とらせたな。続けてくれ………」

「は、はぁ………」

 

 何だか釈然としないまま、俺たちはその後も局を続けていった。

 

 

 20分後

 半荘が終わった。

 最終的な点数はこの通り。

 

 京太郎  26900

 和    31000

 優希   13400

 咲    28700

 

「だぁあ~~~! 東場であんまり稼げなかったのが痛いじぇ!」

「稼いでいても、ここまで点とられたら1位は無理だろ」

「畜生! 東場のアタシに食らいついてきやがって! 犬め!」

「誰が犬だ! このタコ!」

「タコじゃない! タコスだ!」

「ゆーき……」

「二人とも………」

 

 30分ほど前のあのシリアスな空気はどこへ行ったのか、俺たちはいつものようになじりあっていた。

 

「……………」

 

 そしてその様子を終始無言で見つめている赤木さん。

 俺が倍満を上がった後、毎回局が終わるごとに、皆の手牌と山を見ていたのだが、一体何だったのだろうか?

 

「京太郎………」

「は、はい」

 

 そんなことを思っていたら、不意に声をかけられた。

 無表情がいきなりしゃべりだすものだから、びっくりする。

 

「お前、明日から俺のところに来い」

「へ?」

「鍛えればものになる。俺が付き添ってやるから、適当な雀荘に行って打て。この連中と打つよりそのほうがためになる」

「え、いや………」

 

 いきなりそんなことを言われて、戸惑うことしかできない。

 

「すいません、赤木さん」

 

 すると部長が、赤木さんの前に立った。

 

「赤木さんが、須賀君のことを激励してくれたことは、いくら感謝してもしたりません。しかし、それとこれとは話が別です。部外者である赤木さんに、須賀君をよそで練習させると言われて、はいそうですかということは出来ません」

「………こいつを強くしたくないのか?」

「それは………今更私に言う資格はありませんが、それでも私は彼の先輩です。私は、自分で彼を強くしなきゃいけない義務があります」

「そりゃあ無理だな」

「…………私たちでは、力不足だと?」

 

 部長の眉根が吊り上がる。さっきも「この連中と打つよりためになる」なんて言われて、頭に来たのだろう。

 

「それ以前の問題だ………ものを考えていなさすぎる。見えてるところしか、見ようとしない。表の事柄だけ見てりゃ満足のガキ共に、死に物狂いで強くなることを決心した奴の相手が出来るはずもない」

「何ですって………!」

「…………!」

 

 部長だけでなく、他のみんなからも敵意のようなものがにじみ出る。

 特に和は、初めて咲に会った頃と似たような顔をしている。

 

「じゃあ、こうしよう………」

 

 赤木さんはおもむろに立ち上がり、全自動卓で、牌をかきまぜた。

 やがて配牌が終わり、積まれた山が出てくる。

 

「俺が今から、この4つの山から牌を表にせず14個取り、役満を作ろう。それが出来たら、京太郎は俺が育てる。出来なければ、お前たちを馬鹿にした詫びに、何でもしてやろう。どうだ、受けるか?」

「は………?」

 

 みんな呆気にとられた。

 いきなり何を言い出すかと思えば、めちゃくちゃな内容のギャンブルをふっかけてきた。

 

「そ、そんな、めちゃくちゃな。話が別………」

「受けるか、受けないのか?」

「っ…………!」

 

 赤木さんの放つ、凄みのようなものに、皆が気圧される。

 しばし無言になったのち、和が口を開いた。

 

「…………条件があります」

「和?」

「何だ?」

 

 和は震えながら、毅然とした態度をとろうと胸を張る。

 

「赤木さんは、勝てるという確信があってこの勝負を持ち出してきたように思えます。つまり、何かからくりがあるのではないかと。ですから、役満の種類はこちらで決めさせていただきます。さらに、作るのは一つではなく、二つ別々に作ってもらいます」

「いいだろう。構わない」

「っ…………! ではまず、国士無双を」

 

 全く動じない赤木さんに、和は息を呑んだ。

 きっと胸の中では、「そんなオカルト在り得ません」と思っていることだろう。

 

「じゃあ、はじめるぜ………!」

 

 赤木さんは一度大きく口元をゆがめて笑みを浮かべると、牌を見つめた。

 

「……………」

 

 だが、一向に始める気配がない。

 しびれを切らした和が、赤木さんをせかす。

 

「何をやっているんですか。時間をかけることで、どの牌が何かわかるとでも?」

「ああ」

「えっ………」

 

 赤木さんは、低い声とともに頷いた。

 

「そうでもなきゃ………53年も、とても生き抜けなかった………」

 

 言い終わると同時に、赤木さんが4つの山の各所から、牌を伏せたまま集め出した。

 まずは最初の14枚。

 開かれたその役は…………

 

「うそじゃろ…………」

「まじか………」

「信じられない………」

 

{①①⑨一九19東南西北白發中}

 

 {①}が対子の国士無双が、綺麗に出来ていた。

 しかも信じられないのは、字牌は字牌で、数牌は数牌でちゃんと分けられていたことだ。

 俺は声も出せずに口を開けたまま見入っていた。

 

「そんな!」

 

 和が椅子を飛ばして立ち上がり、集められた牌の裏側を調べる。

 何か目印になるようなものがないか探しているのだろう。

 だがこの牌は、2週間前に使いだした新品だ。しかも俺が部活のたびに欠かさず洗っている。

 目立った汚れも傷もない。

 

「さぁ、次の役は何だ…………?」

「くっ………だ、大四喜・字一色・四暗刻単騎を」

「おいおい、役満どころか5倍か」

「い、インターハイではダブル以上は皆普通の役満としかみなされないんです!」

 

 和が苦し紛れの理屈を持ち出してくる。

 さすがにそこは一般のルールに合わせるべきだろうよ。

 

「まぁ構わないがな………」

 

 赤木さんは再び山牌に視線を戻し、しばし止まった。

 30秒くらいした頃に動き出し、同じように牌を集め出した。

 

(国士無双で字牌を一つずつ使ってるから、大四喜だけでも風牌4種を残された12枚すべて集めないといけない。さすがにこれは………)

 

 が、そんな俺の心配は無用だと言うように赤木さんはサクサクと牌を選び、単騎待ちとなる14枚目を除いた13枚を開いた。

 

「…………わしゃ夢でも見とるんかのう」

「ありえねーじぇ………」

「う、うそでしょ………」

「そんなオカルト在り得ません………」

 

 現れたのは、{東東東南南南西西西北北北中} の13枚だった。

 並び方も、この通りだ。

 

「そんで最後は…こいつだな」

 

 伏せられていた14枚目を表向きにする。

 まさか、という一縷の望みにすがるような気持ちすら無視し、現れたのは{中}。

 

「…………俺の勝ちだな。約束通り、京太郎は俺が育てる。なぁに、2週間もしねぇよ。10日ってところだ。…………そのくらいが限界だろうしな」

 

 最後の部分は良く聞こえなかったが、間違いなく、勝負は赤木さんの勝ちだった。




『アカギ ~闇を征した天才~』の連載はまだですかねぇ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話 確認不足ダメ、ゼッタイ

今回はちょっと短いよ。

オトモダチ、コワクナイ。



「ろ、ロン! 5200点です!」

「うはぁ、やっぱり通らなかったかぁ………ほれ、点棒」

 

 3日後、俺は赤木さんと約束通り、放課後に雀荘に来ていた。

 最初はまさか裏麻雀と呼ばれるような、札束を積みあう世界に連れていかれないよなとビビっていたが、そんなことは無かった。

 1000円で入店できてお金も賭けることのない、至って平和で普通な雰囲気の中、仕事帰りのおじさん方と打つのを繰り返していた。

 どのテーブルに入るかは赤木さんが毎回選び、俺の実力にあった場を用意してくれている。

 

「ありがとうございました」

 

 案外勝てるものなんだな、と自分への意外さを感じながら、俺は背伸びして、後ろで見ていた赤木さんと向き合う。

 

「どうでしたか?」

「まぁ、ようやく見知らぬ相手と戦うたびにビビる癖が抜けてきたってとこだな。

 どんな相手にも安定して自分の麻雀が打てるようになってきた」

「俺の打ち方、ですか?」

「何だ、無自覚だったのか?」

 

 赤木さんは煙草をふかしながら、呆れた顔で俺を見た。

 

「お前、俺が初めてお前の対局を見た時からそうだがな、後ろに下がることをほとんどしない。

 常に前へ前へ。どんな苦しい待ちだろうと、手が入りさえすれば親のさらなる大物手に対して逃げることを選ばない。もちろん、それに見合うだけの放銃もしているがな」

「要は無謀だってことですか?」

「まぁそれも否定できないな。だがむしろ、弱気に流れた時の方が放銃している印象だ。それに型にはまった奴ほど、そうやってリスクに見合わない勝負を挑んでくる奴のことは恐ろしく感じる。

 前へ進みつつも、最小限の回避だけで相手の手を躱して突っ込み続けられるようになったら………お前、この上なく相手にしたくない打ち手になれるぜ」

「お、おお………!」

 

 かっこいい。

 少年心に素直にそう思った。何か少年漫画の主人公的な感じがする。

 

「よし、また卓が開いたぜ。打ってこい」

「はい!」

 

 初めて勝ちが続いたことで、俺の調子は上がりに上がっていた。

 麻雀を初めて、こんなことは初めてだった。

 

(やっぱり気持ちが調子に現れるパターンか。なのに心の中に突っかかるものを残したまま打ってちゃ、勝てないのも道理だ。ま、ガキらしいっちゃガキらしいな)

 

 赤木さんが後ろで見守っていてくれると、なんだか心が昂ると同時に、安心感がある。

 体が軽いし、こんな気持ちで麻雀するのは初めてだ!

 意気揚々と、俺は赤木さんの指したテーブルに座っていた人たちの元へ向かった。

 この人が付いてくれているだけで、並大抵のことはもう怖くない。

 

「ん? おい京太郎、そっちじゃない、隣の卓―――――

「すいません! ここ入ってもいいですか?」

 

「ん? ずいぶん若いがいいぜ、打つ(ぶつ)か?」

「打ちますか?」

 

 と思っていた時期が俺にもありました。

 

 前髪の撥ねた髪型をして黒いシャツを着た格好いいお兄さんと、パーマのかかった髪型で黒ニットシャツを着たミステリアスなお兄さんが座るように勧めて来た。

 その二人と視線が合った瞬間、アナコンダのいる檻に間違えて入ったカエルになった気持ちだった。さっきまでの軽さはどこかへ行き、重苦しい何かに憑かれたようだ。

 もちろんすぐさま井の中へ帰ろうとする。深海の底の底は俺にはまだ早い。もっと浅瀬で楽しく泳ごう。

 幸い席にはまだ2人しかいない。このお兄さんたちにはまた別のメンバーを待ってもらおう。

 

「え、あ、すいません間違え……」

 

 一歩後ろへ下がった瞬間

 

「あンた………背中が煤けてるぜ」

(ヒィイ!?)

 

 ガシっと後ろから肩を掴まれ、退路を断たれる。前門の蛇、後門の大火だ。

 鋭い眼光のお兄さんが、そのまま俺の肩を放さず席に着かせた。

 そのとたん、ぐにゃあ…… と空間が歪むような感覚を覚える。

 まるで全力全開時の咲を3人同時に相手にした気分だった。

 

(わーwww。俺死んだなーwww)

 

 かえって笑いがこみ上げてくる。ごめんよ咲、みんな。

 俺、修行に行ったまま行方不明になるかもしれないよ。

 

「よ、よろしくお願いしまーす…………」

 

 

 帰り道

「ハッハッハ………! また気持ちよく飛ばされたもんだな」

「うう………なんすかあの人(?)たち」

 俺たちは時間も早い冬の夕暮れ道を通って帰っていた。

 

 ちなみにあの人たちとの戦った内容を簡潔に述べると。

 

半荘1回目

 親が俺で、第1打は{北}。

 それを目つきが怖いお兄さんがポンして、さらに次の巡にお兄さんは{西}と{南}を暗槓。

 運よく3巡目で張れた俺は打{白}でリーチ。

 あれ、いけるんじゃね? と思った瞬間

「ロン。字一色」

 飛びました。

 

半荘2回目

 もう一度俺が起家で打{⑨}。

「ロン。大四喜」

 黒シャツのお兄さんに飛ばされました。

 

半荘3回目

 また俺が起家でなんとダブリー出来た。

 今度はさすがに人和でいきなり飛ばされはしなかった。

「御無礼。地和・国士十三面待ちです」

 代わりにツモで飛ばされました。

 

 ここまでくると意識を飛ばさなかった自分を褒めたい。

 店にいた他のギャラリーは、皆無言で何とも言えない表情で俺のことを遠巻きに見つめていた。

 なぜか店の主人がサービスでジュースを出してくれて、肩を何度か優しく叩かれた。

 ちなみに赤木さんは後ろで途中からずっと腹を抱えて爆笑していた。畜生め。

 

「ま、あれは規格外の化け物どもだから気にしなくてもいい。他の対局は楽しかっただろう?」

「そりゃ、まあ楽しかったです。なんて言うか、牌が俺のことを応援してくれてるような感じまでして………」

「それが、流れが来てるってことさ。お前に最も教えなきゃならないのは、流れとのうまい付き合い方だ」

「流れですか?」

 

 これはまた、和が聞いたら憤慨しそうな内容だ。

 

「ああ。賭けには何事も、流れが存在する。その流れが良いからって調子に乗っていると、ふっ……と流れが途絶えた時に、派手にスッ転んじまう。

 逆に、流れが来ているのに手堅く打ち過ぎて、倍満役満と行けるのに満貫程度で収めちまうのもだめだ。

 お前は流れに乗るのは、実はかなりうまい。ただ、今自分に本当に流れが来ているのか、来ていないか、いつ途切れるかを敏感に察知できるようにならなきゃだめだ。

 技術自体は人並みにもうできている。後は、勝負にいくら身を投じれるかってところさ」

「はぁ………」

 

 流れというものを和みたいに真っ向から否定しはしないが、かといってオカルト全開で信じているわけでもない俺は、曖昧な返事をしてしまう。

 すると赤木さんは、ややうんざりしたような感じで語り始めた。

 

「世の中にはなぁ、とんでもない化け物がいるんだぞ?

 その気になれば配牌で字牌の対子が5つあったり、配牌で国士張って地和確定だったり、和了るつもりでカンしたら絶対にドラ乗ってリーチドラ12とかして来たり…………まぁ、全部同一人物だけどよ」

「えぇ………」

 漫画じゃあるまい、と言いたかったが、麻雀に関してこの人が言うのだし本当のことだろう。

 というかこないだ部室で見せたあなたの離れ業の方が恐ろしいんですがそれは。

 

「まぁ、そんな流れに乗るのがあほみたいに上手い化け物と相対したら、小手先の技術も必要なんだがな、ブラフとか。それは後々本当の勝負の場に立つようになったら覚えればいい」

「そ、そうですか………」

 

 この人の話は聞いてみたい感じもするし、やっぱり怖いからいいですと同時に言いたくもなる。

 でも総じて俺はこの人のことが好きだった。

 そうやって話すうちに、バス停に着く。赤木さんはここでお別れだ。

 

「じゃあ赤木さん。明日も学校終わったら旅館の方に行きますから」

「おう、じゃあな」

 

 小さく手を振って、笑って別れる。

 何だか、新しいおじいちゃんが出来たような感じだ。

 

「さて、一応課題とかもやりますか」

 帰路を明るい気持ちで歩きながら、俺と赤木さんの日々は充実していた。




哭きの竜と哲也は読んだことないから苦労する。

京ちゃんのお友達としてまた出てもらう予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間その2 二人だけの仲直り

お久しぶりです。
就活が上手くいかな過ぎて現実逃避代わりに最近また執筆を再開しました。

この2カ月で死にたい欲がムクムク湧いてきましたが、
好きなことして生きます。
でもニートはヤダ。


 その日の夜11時半。

「うっ、ひくっ、ぐすっ…………」

 

 俺はリビングのソファに、カピーを膝の上に乗っけたまま腰かけて泣いていた。

 

「うぐ………ぐすっ」

 

 カピーしか他にいない静かなリビングで、俺は人目を気にすることなくボロボロと涙を流した。

 だが悲しみの涙ではない、むしろ流せてうれしい涙だ。 

 ピーンポーン………

 

「ん?」

 

 膝に乗っけていたカピーを下ろして、玄関に向かった。

 今日は父さんも母さんもいないはずだが、誰だろうか?

 急いで顔を拭って、玄関を開ける。

 

「はーい」

「こんばんは、京ちゃん」

「咲?」

「あれ、京ちゃん顔どうしたの!?」

 

 涙の痕を見つけた咲が、驚きの声を上げる。

 

「ん、ああ。さっきまでどうぶつフレンズ1最終話見てたから。再放送で」

「は…………?」

「いやー、何度見ても名作だわ。最初から最後まで無駄なシーンが一つたりとも無い。地球が宇宙に対して誇る作品だぜ」

「あほらし…………」

 

 咲がやれやれとため息をつく。

 

「ああん!? お前どうフレ1期舐めんなよ!? あれを見て感動しないやつは人間じゃないね! 溶鉱炉に沈んでしまえ!」

「いや確かにすっごいいい作品だけどさ……。ところで、ちょっと今上がってもいい?」

「んー? いいけど、何だってまたこんな時間に」

「いいじゃん、京ちゃんなんだし」

「何だよそれ………」

 

 気温はマイナスだし、こんな寒いときに女の子をつっけどんに返すのも悪いので、とりあえず家に上げることにした。

 

「お邪魔しまーす」

「されまーす。今日は俺とカピーしかいないぞ」

「あれ、そうなんだ?」

「だから日付が変わる前に帰れよ。帰りは送るから」

「やっぱそういうところ気にするんだ?」

「誰かさんたちがいろいろと押し付けるせいで、いろいろ気づかいが出来るようになりましてねぇ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

 部活関連の冗談を持ち出すと、咲が全速力で謝ってくる。

 あれだけボロボロ泣いてたんだ、今だって気にしてはいるのだろう。

 

「カピーちゃんこんばんわー♪」

「キュー♪」

 

 もう何度も会って咲のことを覚えているカピーが鳴く。

 咲はカピーを撫でようとするが、ふと手を止めた。そのまま俺の方を振り向くと。

 

「えい。ジュー」

「冷てっ!?」

 

 口で効果音を出しながら、両手で俺の頬を挟んできた。

 手袋をしてなかった咲の手は冷え切っていて、背筋がぞくぞくする冷たさだった。

 

「うん、温まった。お待たせカピーちゃん」

「キュー♪」

「何しやがる………」

「え? だって冷たい手で触ったらカピーちゃんがかわいそうじゃん?」

「俺の頬はどうでもいいんかよ」

 

 冷え切った頬を自分の手でさすりながら、咲に文句を言う。

 とりあえず飲み物を用意しに、台所に向かう。

 

「お腹壊しそうな冷水と火傷しそうな熱湯どっちがいい?」

「お茶でー」

「へいへい」

 

 嫌がらせではないが冗談を言うと、完全にスルーされた。

 やかんを火にかけ、その前で腕を組んで突っ立つ。

 後ろではカピーにデレデレの咲が一方的に会話を楽しんでいる。

 

「もういいか」

 

 かすかにやかんの口が笛のような音を出すと、そこで火を止めた。

 飲める温度まで冷ますのに、わざわざ沸騰させることはない。

 多分80度くらいのお湯をお茶葉の入れた急須に注ぎ、湯呑を二つ用意する。

 

「ほれ、少し冷めるの待てよ」

「ありがと、京ちゃん」

「ん、どういたしまして」

 

 咲がにっこり笑ってお礼を言ってくる。

 ふーふーお茶に息を吹きかけて、一口飲む。

 何だか小動物のようで、見ていて和んだ。

 

「…………口にすれば、当たり前のことなのにね」

「ん?」

 

 何かお茶の味が変だったかと思い、俺も急いで一口すする。

 特におかしなところはない。

 

「そうじゃないよ。ありがとうって、京ちゃんに言うの、久しぶりだったから」

「ああ…………」

 

 なんとなく、咲の言いたいことが分かった。

 部活でこうやって皆に飲み物を出したりしても、最近は「どうも」とか「おう」とかしか言ってもらえなかった。

 面と向かってありがとうと言われたのは、結構久しぶりだった。

 

「ごめんね…………」

「いいよ別に。もう気にしてないし」

「京ちゃん」

「どうした?」

 

 咲が真下を向いてうつむくので、横から覗き込む。

 

「京ちゃんは………何で、怒らないの?」

「え?」

 

 咲が涙声になる。

 横から覗く顔はよく見えないが、おそらく泣いている。

 

「私たち………ずっと京ちゃんにひどいことしてた。

 なのに、何で京ちゃんは私たちを許しちゃうの?」

「え、いや………怒ったぞ、一応? こないだ仲直りした日の昼に、部長に怒鳴ってたし………」

「そうじゃない!」

 

 咲が急に顔を上げて叫ぶ。

 その顔は、涙に濡れてぐしょぐしょになっていた。

 

「私たち、どんなに謝っても足りない、ひどいことばっかりしてた………!

 なのに何で京ちゃんは、私たちのこと許しちゃうの?

 立ち直ってくれたのはうれしいけど、何でそこまでして、麻雀部に居ようとするの?

 もっと怒って当然なのに、一緒に居たくないくらい嫌われて当然………なのに………!」

 

 ぼろぼろと俺の目も憚らず、咲はしゃくり上げて顔を真っ赤にして泣く。

 

「……………さきー」

 

 俺は湯呑を持って温まった手で、咲の頬を撫でてやった。

 

「まぁ何でって言われたら………俺が皆のこと、大好きだからなんだろうなー」

「え………」

 

 咲はキョトンとした表情になっている。

 

「そもそも俺が麻雀強くなろうと頑張ってたのも、皆の隣にいたいからだしな。

 なんつーかさ………俺ってさ、しばらく一緒にいるとさ、その人のことが大好きでたまらなくなっちまうんだよな。

 優希はまぁ犬犬呼ばれるのはともかくとして、気の置けない奴だし。

 和は見て分かるほどに超スーパー美少女で、まじめにがんばればそれだけ褒めてくれるし。

 染谷先輩は、俺のこと結構気にかけてくれるいい先輩だし。

 部長は……普段から悪ふざけがちょっと………ちょっと?、過ぎるけど根はいい人なのは凄く感じるし………うん、根は………ね、根はな?」

 

 最後はちょっと変な強調の仕方になってしまったが、とりあえずさておく。一応事実だしね。うん。

 

「そんなみんなが麻雀やってるときは、鬼のように豹変するんだ。いい意味でだぞ?

 とにかく、皆方向性は違うけど、どんな相手にも負けず勝っていくそんなみんなを見ていると、凄く格好良く見えるんだ。

 もう心の底から、混じりっ気のない憧れとかが湧いてきて………、こんなみんなと、ずっと一緒に居たいって思うんだ」

「あ………う………」

 

 咲の顔の赤さが、さらに増す。

 自分でも結構恥ずかしい言い方をしているのはわかるが、今更だ。

 

「まぁ、ひたむきさが過ぎて一緒に居ると辛いのもまた事実だったけど………、やっぱ俺も、皆と同じくらい格好よくなりたいって気持ちもあったからさ。男だし? だからさ………」

 

 ポケットからハンカチを取り出し、ぐしゃぐしゃになった咲の顔を拭ってやる。

 

「俺はお前のこと、嫌いになったりはしないよ、咲。

 こないだまで一緒に居て辛くはあったけど、嫌いにはなるはずがない。

 しかもお前だけは、ずっと俺のこと心配してくれてただろ? ありがとうな」

「京………ちゃ………う、ふ、ふあぁあああああ………」

「わわっ! なんでここで泣くんだよ!?」

 

 咲が声を上げて泣き始めて、ぎょっとする。

 あれ? 結構いい話してたと思うんだけど。イイハナシダナーってなると思うんだけど。

 イイハナシカナー? だったの?

 

「何なのさぁ……京ちゃん………。かっこよすぎるよぉ………」

「へ?」

「優しすぎて、かっこよすぎだよぉ………」

「そ、そう、か?」

 

 怒らないことを優しいと言われるのはわかるが、かっこいいというのはピンと来なかった。

 とりあえず褒められているようなので口出ししないが。

 

「いやまぁ、ちょっとくらい仕返しはしたいなーとか思ったことは無いわけでもないけど……」

「ずずっ………どんなの?」

 

「えーっと、まずどうぶつフレンズ1期を全部見せるだろ?」

「うん」

「そして全話見終わった後に、1期をもう1周させる」

「いいことじゃん」

 

「そして2週目が終わったら、どうフレ2を一気に3周見させる。それが済んだら1期を1周だけ見せてやり、またどうフレ2を3周させる。そして1期を1周だけ見させてやる。この無限ループにぶち込む」

「京ちゃんの鬼畜! 悪魔、細○!」

 

 咲が血相を変えてさっきまでより激しく叫び、その声にカピーがビビって逃げる。

 こんな夜遅くの家に二人っきりの高校生の男女が居て、しかも男が女を泣かせているとなると、字面にするとかなり危ないものがある。

 

「と、とりあえず泣き止んでくれ、な?」

「うん………○谷は言い過ぎだったね……」

 

 ああ、アレと同列に扱われる悪魔たちがかわいそうだ。

 

「え、えーっと、俺がいない部活っていうのは、どうなってるのかけっこう興味あるけど」

「ぐす………えっと、毎日優希ちゃんはタコスが足りない足りないって言ってる」

 

 上手く咲が反応してくれて、俺のハンカチで目許を拭いながら答えてくれた。

 

「タコスの材料は部室にあるだろ?」

「京ちゃんのタコスじゃないと、舌が満足しないんだって」

「あれま」

 

 少しうれしい知らせだった。

 最近は用意したことを「よくやった犬!」とか言われこそすれ、味に関しては何も言われなかったからだ。

 

「先輩達と和ちゃんは、牌譜の多さにひーひー言ってたなぁ。テスト前にやるものじゃないって」

「おーおー、どんなに大変か身を以って知ってくれ。咲は?」

「…………一応、部室のパソコンで一度ソフトの使い方教えてもらったんだけど」

「あ、うんわかった」

 

 咲の表情ですべて理解した俺は、そこで聞くのをやめた。

 優希も事務作業の戦力にはならないだろうし、和と先輩達の苦労が偲ばれる。

 

「買い物とかは、私が放課後にすることになって………今もその帰り」

「ああ、なるほど。でも遅くないか?」

 

 時計を見る。もうすぐ日付が変わりそうだ。

 

「京ちゃんが、何時に帰るかわからなかったから…………」

「え?」

「あ、えっと、久しぶりに、話したかったっていうか………」

「久しぶりって、学校で毎日会ってるだろ。しかもまだ3日しか経ってないし」

「それでも、一緒に麻雀打ちたいんだもん…………」

 

 咲が拗ねて口を尖らせてうつむく。子供か。

 

「…………なら、打つか?」

「え?」

「今からはもう遅いけど、明日赤木さんに、roof-topで打っていいか聞いてみるよ。

 雀荘って程でもないけど、一応いろんな人と打てる場所だし」

「本当!?」

「ああ、出来たら明日皆で打とうぜ」

「うん! 誘ってみるね!」

「うん。ほれ、急いでお茶飲んじまいな。もう遅いし帰り送ってやるから」

「ありがと、京ちゃん」

 

 その日はそのまま咲を家まで送り、自宅でカピーと一緒に寝た。

 帰り道で咲がやけに手をつなぎたがっていたけれど、断る理由もないから言う通りにした。

 




本当はここもガラッと以前とは替えたかったんだけどね。
け○フレ1期流しながら試験勉強とかする京ちゃん達とかに。

でも少し気がめいっててそこまでやれなかったので、けもフレネタだけぶっこんで投稿。
そのうち京ちゃんスレにけもフレを見る清澄メンバーssは投稿するかも。荒れる? 知るか。俺の心を傷つけた2は許さん。
榊さん頑張って。

(けもフレネタが分からなかったらこれを見よう!
 ゆっくりが語る、けもフレ2炎上の歴史 前編
 https://www.nicovideo.jp/watch/sm34965186)
※体調を崩しても一切責任は取らんぞ。俺は心の中がブラックホールになった。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話 みんなの仲直り

タイトルがそろそろネタ切れになってきた


「えっと………ここです」

「へぇ、麻雀打つにはずいぶんとこじゃれた感じじゃないか」

 

 翌日の放課後、俺は赤木さんと一緒にroof-topに来ていた。

 赤レンガに洋風窓の、いかにも明るい雰囲気のお店。

 よくある煙草の煙がすぱすぱ蔓延している雀荘とは大違いだ。

 何より雀荘には「本日メイドデー」とか書いてある看板は置いてない。

 

「よぉきたのぉ」

「お邪魔します、染谷先輩」

 

 俺と赤木さんは背が高いから、店内からも見えたのだろう。

 メイド衣装に身を包んだ染谷先輩が、店の入り口から顔を覗かせた。

 前に一度、インターハイが終わってroof-topで打ち上げを行った時にも先輩のメイド衣装は見たが、中々に可愛らしい。

 麻雀部の中では一番(良心的な意味で)大人びた先輩で、今もその雰囲気は抜けきっていない。

 ただ、さらに大人び過ぎた落ち着いた色合いの衣装がかえって、背伸びをしている子供らしさも出して可愛らしく見えた。

 

「おう、赤木さんも一緒かい。お二人様麻雀卓へごあんな~い」

「いや、俺は構わない。京太郎を鍛えんのが目的だしな」

「そうかの? ならまぁええが、うちは全席禁煙じゃけんの。タバコはこっちへポイじゃ」

 

 先輩が店の入り口のすぐ隣に置いてある灰皿スタンドを指さす。

 

「そうかい……(´・ω・`)」

 

 赤木さんはしょんぼりしてから煙草を捨て、一緒に店の中へ入った。

 

 

「おかえりなさいませ、ご主人様」

「ご、ごしゅじんさま…………」

 

 

 出迎えたのは、やけに堂に入った動作でお辞儀をしたピンクのメイド服の和と、消え入りそうな声でお辞儀をする水色のメイド服の咲だった。

 

「ん、う、うん?」

 

 俺は予想だにしなかった展開に対して、正しく処理を下すことが出来なかった。

 

「ほら咲さん。そんなにたどたどしいから、須賀君も困っていますよ」

「だ、だって、京ちゃんにこの服で………その………」

 

 和に諫められた咲は、やけに短いスカートの裾の部分(いわゆる絶対領域)を抑えて、もじもじと顔を伏せて俺から身体の正中線を逸らす。

 羞恥心に身を焦がされていることは、傍から見ても明らかだった。

 

「えっと、ただいま咲?」

「お、おかえりなさい京ちゃん…………」

 

 これがあの大魔王宮永照の妹、魔王宮永咲の普段の性格だと言っても、大多数の人間は信じないだろう。

 メイド服のコスプレして恥ずかしさに悶える魔王。

 噴き出すのを堪える方が難しい。

 

「今日は京太郎をもてなしてやろうっちゅうことでな。臨時メイドデーじゃ」

「はぁ」

「ご主人様、お飲み物はいかがなさいますか?」

「お、おう………じゃあコーヒーで」

 

 自然体でメイドさんをやっている和に、意外さを隠しきれない。

 当の本人は結構面白おかしく楽しそうにメイドさんをやっている。

 まぁ、私服が「アレ」なことを考えると、珍しい衣装が好きなのかもしれない。

 NAGANOスタイル恐るべしだ。

 

「そちらの方は…………」

 

 いきなり声のトーンが落ちる。 

 俺の後ろで黙っている赤木さんを見た途端、和の機嫌が悪くなったのが分かった。

 

「酒類はないのか?」

「当店ではアルコールの類は提供しておりません」

「じゃあ俺も京太郎と同じもんでいい」

「はい。ではお席にどうぞ」

 

 ツンツンしたメイドさんというのもよくありそうなものだが、実際に見てしまうとなんだかしゅんとした。

 俺は赤木さんも和も好きなので、あんまりつっけどんにされると残念なのだが。

 

「じゃあ京ちゃ、こほん。ご、ごしゅじんさま。麻雀卓へどうぞ」

「呼び方くらい好きにしろよ」

「うん…そうするね」

 

 ご主人様、の発音が上手くいかない咲は、俺からの助け舟に心底胸をなでおろしたようだった。

 

「あれ? そういえば優希は?」

「優希ちゃんは、厨房で皆のタコス用意してるよ。部長は、新生徒儀会長の選挙の会議で遅れるって」

「ああ、2月で引継ぎだもんな」

 

 顔の見えない二人のことを尋ねて、麻雀卓につく。

 学校にあるのと同じタイプの雀卓だ。

 

「いそいそ………ごそごそ…………」

「お待たせしまし…………須賀君、何やってるんです?」

「いや、ちゃんと整備されてるか気になって……どうした?」

 

 台の下の方や洗牌をする部分を何気なく見ていたら、咲と和からものすごい気の毒そうな視線をもらった。

 

「須賀君………今須賀君はお客さんです。そういうのは気にしなくていいんです」

「いやでも毎回部活で様子見てるとなんか気になっちゃって。

 この数日通った雀荘で打った時も、始める前に調べたりして、2件ほど調子悪い台直したらお礼言われたんだけど…………」

「京ちゃん………ごめんね、私たちのせいだね。全部京ちゃんに押し付けてた私たちのせいだね………」

「おい、何でそんなに沈んでるんだ二人とも」

「京太郎………」

 

 雀卓の様子が見える近くの席に座った赤木さんまで、何と言ったらいいか困っているような顔をしていた。

 おい、雀卓の具合がどうか気にするのがそんなに悪いのか。泣くぞ。

 

「おーう京たろ………じゃなくていぬ、じゃなくてご主人様、タコスの到着ですじぇ!」

「おい待てなんで犬って言い直した」

 

 厨房の方から、タコスを積んだ大皿を優希が運んできた。

 よし決めた今日こいつだけには絶対に負けん。むしろ飛ばしたる。

 とりあえず放課後で小腹は空いているので、タコスはもらうが。

 

「さて、今日は京太郎が主賓じゃからの。打ちたい面子はおんしが決めてええぞ」

 

 全員がタコスを口にし始めたところで、染谷先輩が頼んでいたコーヒーを持ってきてくれた。

 

「いただきます。

 そうですね、前は一年組で打ちましたし、染谷先輩も入ってもらえますか?」

「おう、構わんぞ。まぁ店が混み過ぎてたら無理じゃが」

「お願いします。そんじゃタコス食い終わったら始めるか。食いながらとかは汚いし」

「ですね」

 

 

 3,4分ほど、皆でタコスをかじりながらこの数日間の近況を報告しあう。

 

「そういえば優希、お前タコス自分で作ったのは気に入ってないんだって?」

「気に入ってないって程じゃないけど………なんだか味気なく感じるんだじぇ」

「あー、そりゃまぁあれだ。俺の場合ハギヨシさんに教えてもらったからなぁ。

 俺も料理する方じゃないから確かなことは言えないけど、多分あの人そこらの下手な料理人よりよっぽど料理上手いぜ。

 教わった時にとったメモ今度持ってきてやるよ、レシピの」

「なぬ! よし今すぐとって来い!」

「人の話を聞け」

 

「和、牌譜とるのとか量が多くて困ってるんだって?」

「ええ、学校の古いPCじゃ対応しているソフトがあんまりいいのがなくて………結局家に帰ってやった方が速いですね」

「家に自分のパソコンあるの、俺と和だけだっけ?」

「わしも持っとるっちゃあ持っとるんじゃがのぉ。一応店の備品じゃし、私事に使っていいかびみょうじゃけん」

「ああそっか。店のパソコン、部活のために使っていいかはたしかに」

「結果おんしに家に帰ってからもぜーんぶ押し付けちもうたわけじゃ。

 まったくいくら頭を下げても下げ足りんわい」

「はは………」

 

 

「よし、じゃあ始めるか」

「ちょ、ちょっと待って」

「ん?」

 

 最後の一口を飲み込んだところで配牌を始めると、咲が肩を掴んだ。

 

「京ちゃん、私には何も質問ないのかな?」

「え、いや昨日けっこう話ししたじゃん」

「そ、そうだけど………」

「昨日?」

 

 和が俺の言葉に反応する。

 

「昨日はお昼も咲さんは私と話してて、放課後はずっと部活のはずでしたけど………。

 須賀君も授業が終わり次第、すぐに飛び出して行ってしまいましたし、いつ話したんです?」

「ああ、昨日咲が夜中にうちに来てさ」

「「「家に?」」」

「うん?」

 

 それを聞いた他のみんなが、声を揃えて食いつく。

 何か変なことを言ったかと、コーヒーを飲みながら考える。

 

「夜中って、何時ごろだじぇ?」

「えーっと、俺がどうフレ再放送見終わってボロボロ泣いてた頃だから、もう11時半すぎてたと思うけど」

「ちょ、京ちゃ………」

 

「夜中の?」

「日付が変わる頃に?」

「一人で?」

 

「須賀君「京太郎「犬「の家に?」」」

 

 三人の声がぴったり揃う。優希は許さん。

 

「あ……そ、その、買い出しの帰りに近くを寄ったから、ちょこーっと話そうかなーって……あはは………」

「咲さん」

「は、はい」

 

 なぜか和相手に敬語になる咲。

 

「それ、言い訳にしては苦しいです」

「あぅ………」

 

 ただでさえ小さいのに、さらに縮こまる咲。何なんだ一体。

 

「ま………京太郎、頑張れってことじゃ」

「? はい」

「こいつぜってーわかってねーじぇ」

「ですね」

「?」

 

 一気に場が俺を非難するような空気に変わる。

 え、何かしたか俺?

 

「ま、ええわ。始めるとしようかの。そんじゃ、白引いた奴が一回休みな。あ、そういや赤木さんは打たんでいいんじゃの?」

「ああ、俺はいい。京太郎の打牌を見てるだけでな。ゆっくりくつろいでるさ」

「そうかの」

 

 染谷先輩が雀卓の上に牌を4枚伏せて掻き混ぜて、それを俺を除く女子四人が1枚ずつ取った。

 

「わっ! 私白だよぉ………」

 

 白を引いてしまった咲が、涙目になってしょげる。

 

「まぁ何回戦か打つからええじゃろ。咲が最初休みな」

「うう………せっかく一緒に打てると思ったのに………」

 

 そこまで楽しみだったのかと心の中で意外に思いながら、俺は改めて伏せられた4枚の風牌を手にする。

 

 1回戦開始だ。




こないだ人生で初めてタコライス食べたけどおいしかった。
だけどもう少し辛くない方がいいな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話 資質の覚醒(勝てるとは言っていない)

もう二度と!
牌画像変換は!
使いたくない!
どうせどっか変換上手くいってないから、後で直します。
脳内変換よろしく。


 roof-topで皆とのリターンマッチ1回戦。

 その最初の配牌。

 

東一局  ドラ{八}

親 まこ

南家 和

西家 優希

北家 京太郎

 

京太郎 配牌

 {一二二八九④⑥569白白北}  ツモ:{1}

 

 白が対子になっている以外、特に何もない平凡な手配だ。

 {④⑥} か {56} のどっちかが端の数牌ならばチャンタに向かえたかもしれないが、この様子じゃ無理かと諦める。

 役牌ドラ1でいいから早くまとまってくれないかなぁと祈りつつ、{1}をツモ切る。

 

 

 7巡目

「リーチだじぇ!」

 優希からリーチ棒が場に出される。

 7巡目リーチを意外に遅かったなと感じるあたり、俺の感覚はマヒしているのかもしれない。

 

 京太郎手牌

 {一二三四八八九}    

 チー:{567} ポン:{白白白} 

 

 優希と同席する以上、勝つには早上がりしかないと見切りをつけて、{白}ポンより先に{567}のチーをするという、下手すれば役無しになる暴挙に出たが、かえってそれが功を奏した。

 運よく後から白を鳴くことが出来て、イーシャンテン。

(萬子なら何引いても大体聴牌だ。せめて安パイ引けますように………!)

 

 ツモ:{七} <やぁ

 

(よりによってそこですかーーーー!!)

 

 これで{一-四}のどちらかを切れば、一応{八}待ち聴牌だが………。

(中膨のドラ単騎待ちとかどう考えても出るわけねーし………あぁ~……心がぴょんぴょん……じゃなくて、あぁもう、どうすんのこれ………)

 とりあえず優希の捨て牌を見てから考えることにする。

 

 優希捨て牌

 {③一7(京太郎チー)⑨③七横2}

 

({③七} は、確か{③}は速攻でツモぎってたから、つまり{③}捨てた時にはもうイーシャンテンだったわけね。

 まぁどっちにしろ俺の手には萬子しか残ってないから、そこらへんは考えなくていいんだけど………。

 {二-五-八}の筋が一枚も出てないし、もし切れれば{一-四}待ちにできるけど、{八}は絶対切れない。

 リーチに対して初手ドラ切りとか在り得んわ。

 んで、安パイが{一か九}かぁ………)

 

 仕方なく、{一}を素直に捨てて一応{八}待ち聴牌に受ける。

 {九}を落としてもいいが、{七八八}の形で残すと最悪この後フリテンになりかねない。

 

 俺の後の二人も、{⑨、2}と二人とも端っこの不要になりそうな安パイから切っていく。

 そして優希の一発目のツモ。

 

 ツモって来た{五}をそのまま捨てる。

(ドラ通ったんかい!)

 単騎待ちとかの可能性もあるから確かなことは言えないが、少なくとも一番ありそうなドラ筋の{五-八}は通る確率が高かったわけだ。

 こんなことなら勝負に行けばよかった。

 そして次の俺のツモ。

 

 京太郎手牌

{二三四七八八九}   ツモ:{一}

 チー:{567} ポン:{白白白} 

 

(勝負に行ってれば普通に上がってたよちくしょー!)

 心の中で散々な悲鳴を上げる。

 フリテンの{一-四}待ちに戻すわけにもいかない。

 もしかしたら{五-八}待ちの線が消えたことで、他二人が浮いた{八}の処理をしようと切ってくれる可能性もあるので、そのまま{八}待ちのままツモ切る。

 

「チー」

 染谷先輩からの発声。

 俺は切った{一}を先輩の方へ渡す。

 そして先輩は打{五}。

({一二三のチーをして五}切り?)

 優希のリーチを流したいなら、喰いタンなど早い手が一番だ。

 鳴くにしても、タンヤオの消える一九字牌を鳴くのはおかしい。

(まぁ、染谷先輩のことだし、多分染め手だろ。完全に染め手じゃないにしろ、一通みたいな手の内の大部分が同じ色に染まるような手かな)

 そしてその次、和は打{南}。

「ポン」

 客風牌をポンする染谷先輩。そして打{中}。

 これはもう混一色かチャンタのどっちかで確定とみていいだろう。これが役牌ならまだ何か別の色が混じってる可能性が無きにしも非ずだったが。

 

 和も次はツモって来た{北}を切り、再び優希のツモ。

 ここでも優希はツモれず、苦い表情でツモ切る。

 

 再び俺のツモは、{⑥}

 (優希は{③}と{⑨}を切ってるし、準安パイではある。まさかまたこないだみたいに三暗刻対々和とかじゃないだろうし。

 染谷先輩は萬子の混一色かチャンタ。しかも{⑨}を切っている。これは通るだろ)

 安心して打{⑥}。

「ふふっ、それロンじゃ」

「へ?」

 染谷先輩の手が倒される。

 

 まこ手牌

 {四五六中中中⑥} 

 {ポン:南南南 チー:一二三}

「親の役牌のみ、2000点じゃ」

「ろ、{⑥}単騎ぃ!?」

 

 顎があんぐり開くのが自分で分かった。

 染谷先輩の表情からして、これは意図的な待ちだったとわかる。

 にしても、何だこの待ちは。

 

「今日は来れなかった久から京太郎によろしくと頼まれたからのぉ。今日のわしは染め手の多面張&悪待ち使いとしてやらせてもらうぞ」

「ええー………」

 

 躱しきれる気がしない。

 染谷先輩も相当器用な方だから、部長ほど意地は悪くないが盲点になりそうな待ちをしてきそうだ。

 出鼻をくじかれつつ、俺は渋々点棒を先輩に渡した。

 

 

 東一局1本場  ドラ{四}

親 まこ

南家 和

西家 優希

北家 京太郎

 

京太郎 配牌

 {一五①⑥⑧455778南北 ツモ:西}

 

(索子が伸びてくれればいいんだけどな………)

 これが大物手になってくれるとしたら、索子の染め手あたりだろう。

 だが字牌と言えど客風牌ばかり持っていても仕方ないので、ツモ切る。

 

14巡目

(うーん、これは・・・)

 東場なのに、優希から上がりの声は上がらず、おとなしい。

「うぎぎ………じぇえぇ………」

 というより、さっきから憎々しげに自分の捨て牌を見て唸っている。

 

 優希捨て牌

 {一九八⑤⑥9}

{ ④中(まこポン)①南發4}

 {⑥3}  

 {暗槓:裏四四裏 チー:一二三 ポン:八八八} {(新ドラ:2)}

 

 どうみても途中から萬子の清一色に向かっているのが見え見えなのだが、フリテンではなかろうか。

 {一-四、五-八、六-九}の筋は最初の3巡でもうフリテン確定だし、仮にツモ上がりに期待していてももう{八と四}は種切れだ。

 これがいわゆるバカチンというやつか。

 

 ドラ4の暗槓の時はみんなしてぎょっとしたものだが、フリテンとなれば怖くはない。

 そんな時俺の手牌は

 

 京太郎手牌

 {①①13344557788}

 

 順調に索子が伸びてくれて、七対子聴牌。

 {①}の対子が邪魔で、索子の清一色七対子に向かってもいいかもしれないが、もうツモが3~4巡程度しかないので、そんなことをしている場合ではない。

 というか{1}が種切れなのでこの後何かと待ちを換えないといけない。

 

「ん、カンじゃ」

 

 そんな中、染谷先輩が引いて来た中を加槓する。

「んー、引けんか。んで、ドラは………」

 新ドラ:{①}

(やった!)

 邪魔でしかなかった{①}に、ドラが乗ってくれた。

 これで張れば、七対子ドラ2でリーチをかければ満貫だ。

「ドラも乗らんのかい、まったく」

 まこがぼやきながら、嶺上牌の南をツモ切る。

 優希は相変わらずフリテンのツモ切り地獄。

 俺は出来る限りポーカーフェイスを保ちつつ、ツモ山へ手を伸ばした。

 

 ツモ:{6}

 

 (オッケー、こうなりゃ全ツッパだ!)

「リーチ!」

 生牌を引けてきたことに歓喜し、リーチ宣言と共に打{1}。これで{6}待ち。

 出上りは期待しないが、残り3回のツモで引けることを祈る。

 

 そして親の染谷先輩。

「んー………まぁ、ここは冒険してもいいところじゃろ」

 打{6}。

 

「ロンです!」

「なぁあ!?」

 バラっと手牌を倒し、手役を述べる。

「リーチ一発七対子ドラ2! 裏は………乗んないか。でもえっと合計で6翻で」

「え? 違いませんか?」

「え?」

 役の合計を確認してるところで、和が遮ってきた。

 もしかして何か間違っていたか? 

 ひょっとして俺までフリテンだったっけかと急いで河を確認する。

「あ、いえ。フリテンじゃなくて………あ、やっぱり。これ七対子じゃないですね、二盃口です」

「へ? 二盃口って………」

 たしか一盃口が二つ同時に鳴かないでできている役のことだったよなと思い出して、手牌をよく見る。

 

 {①①33445567788} 上がり:{6}

 

「あ」

 本当だ。見た目が七対子だから自分でもわかっていなかった。

「だからえっと、リーチ一発平和二盃口ドラ2………倍満ですね」

「うぐっ!? やってくれるのぉ………でもま、これは捨てられんわ」

 染谷先輩が手牌を倒して、どんな手を張っていたのか見してくれる。

 

{⑨⑨⑨999白白白一} 加カン:{中横中中中}

「ふぁっ!?」

 混老頭 トイトイ 三暗刻 役牌二つの親倍満手。

 これは勝負に行くのもわかる。

「本当は七対子で申告したらその点しかもらえんのじゃぞー?」

「す、すいません………」

 染谷先輩が苦笑いしながら16300点を支払う。

 図らずもいきなりトップになってしまった。

 

「ぐぞー……最初の3巡さえなければふつーに清一色ドラ4上がってたじぇ……」

「いや、その捨て牌でも{四}で暗槓せずに頑張って多面張にすればよかったんじゃ………」

「孤立したドラが4つ来たら槓するだろー! その後くっつく形で{二三}辺りが来るしー!」

 

 正論を言ったはずなのに噛み付かれる。ひどいけどいつものことだ。

 いったいこいつが「犬の分際で!」の一言で、無条件に俺の意見を突っぱねなくなるのはいつの日か。

 

「それじゃあ、私の親ですね」

「おっし! リード守り切るぞー!」

 

 

 およそ30分後、俺はいかにそれが難しいものか身を以って味わっていた。

「ほいっと、それロンじゃ。12000点」

「うぐう………」

 

 最初に倍満を上がれたのは良かったが、その後がまずかった。

 みんなの待ちを躱すだけならまだ何とかなるのだが、どうしてもツモ上がりの速さの勝負となると、皆に軍配があがる。

 しかも点数がおかしい。

 2回だけ和の3900直取りと2600オールがあっただけで、後は皆普通に満貫跳満を上がってくる。

 それだけでも容赦なく削られていくのに、今日の染谷先輩は意地悪だった。

 一時は点棒が2600点まで追い詰められていたものの、そこからこの上がりで3万点以上まで戻してきた。

 宣言通り、染め手の多面張で待ち受けることもあれば、役牌の安手で親を流してくる。

 そして俺から上がるたびに眼鏡をキラーンとさせるのがやけに腹が立つ。

 しかもロンは全部俺から上がるし!

 

南3局 ドラ{⑧}

親 優希 21000

南家 京太郎 12700

西家 まこ 32800

北家 和 33500

 

 優希が親の南3局。

 とにかくここで点を稼いで、トップ二人を最低でも満貫ツモで射程圏内に入れるところまではいきたい。

 つまり2万点より上に行きたい。

 そんな時俺の配牌

 

 {112356688②八八 ツモ:6}

 

(うおっ!?)

 14牌の内、10牌が索子で、しかもつながりも悪くない。

 これはもうまっすぐに索子の染め手に向かうことにして、打{②}

(頼むぜ………!)

 ここで粘れなければ、ほぼ負けが確定する。

 他3人の怪物が、5,6巡でツモ上がるなんてことが起きないように、必死に祈る。

 

 そんな俺の祈りが通じたか、11巡目。

(す、すごいことになったな…………)

 

京太郎手牌

 {1112345666888}

 

(え、えっと………多分、{1-4-7}と、{2-5}と、{3-6}も………だよな? 7面待ち?)

 比較的わかりやすい清一色多面張になってよかった。

 待ちが分からなくてチョンボとかいやすぎる。

 

 しかし、これならいけるはずだ。

 ここで上がれることを期待して、ツモ山に手を伸ばす。

 ツモは{8}。

 上がることは出来ないが………

({8}なら………うん、暗槓で7面待ちのままもう一度ツモが出来る。他のみんなは………)

 

 ここで他のみんなの様子を確かめる。

 まずトップの和。

 こちらは南4局で楽に逃げ切る余裕がほしいのか、筒子の染め手気配だ。

 4位の染谷先輩とは微差だし、欲を言えばここでもう一度満貫でも上がっておきたいのだろう。

 

 上家の優希。

 妙な捨て牌をしている。七対子か、三色あたりだろうか?

 しかし七対子なら、単騎待ちによさそうな一九字牌を多めに捨てているし、多分タンピン三色の方ではなかろうか?

 となると端に近い{8}はまだ比較的安全牌ではある。

 678の数字を見てみると、わざわざ{六}と{七}が連続で捨てられているので、もっと下の方の三色だろうと当たりをつける。

 

 そして、今回俺から執拗に直撃をとっている染谷先輩。

まこ捨て牌

 {④⑥東白八3⑨①99} 

 

(こりゃどう見ても萬子の染め手だろ………)

 初手{④}というあたりで、もうまともな手ではないのが分かる。

 また変な待ちということも考えられなくはないが、ラスト2局のこの状況で安い悪待ちをするだろうか?

 

 とにかく、3人ともに対して、今引いて来た{8}は安パイだ。

(いや………でも、待ちを減らさずにもう一度7面待ちのツモに挑戦できるなら、やるべきじゃないのか?)

 もし和了れれば、清一色嶺上ツモで倍満。リターンもこれ以上なく十分だ。

「よし………槓!」

 {8}四枚をさらす。

 暗槓なので先に新ドラ表示牌がめくられる。

 表示牌は{6}。新ドラは{7}だ。

(頼む………!)

 上がれる可能性だって、かなり高いこの嶺上ツモ。

 汗ばむ手で持ってきたその牌は………

 

 

 {二} < やぁ

 

 

(絶対切れねえええええええええ!!!!!!)

 よりによってここで萬子引いてくるかと無言で叫びつつ、どうしたらいいか考える。

 

京太郎手牌

 {1112345666} ツモ:{二} 

 カン:{裏88裏} 

 

(ここで{二}をツモ切れば7面待ちのまま………。でも、萬子は染谷先輩に絶対捨てられない。せめて{五}が捨てられていたら、{二-五-八}の筋がほぼ消えて別だけど。

 とにかく、聴牌を維持するなら…………)

 

 涙を呑んで、俺は打{2}で{二}単騎に受ける。

 三暗刻確定と言えば聞こえはいいけど、上がっても60符2翻の3900どまりだ。

 どうしてこうなった。

 咲だったらここから{1}と{6}で槓して三槓子とかやってのけるんだろうけど………。

 あ、{6}が新ドラ表示牌だし咲でも無理か。

 

「ん、リーチじゃ!」

 次の番、染谷先輩が打{五}でリーチをかけた。

 ({二-五}通ったんかい!)

 何だか東1局でも似たようなことがあったなと思いつつ、心の中だけで叫ぶ。

 

 和は安パイの打{⑨}。

 優希も引いて来た牌とにらめっこをした後、染め手に対して危険牌の中切り。

 だがこれは通った。優希もかなり手が進んできているとみていいだろう。

 

 そして俺の番。

 7面とは言わずとも、せめて2面待ちには戻れるように索子を渇望する。

 ツモ:{7}

(やった………!)

 

 これで{二}を切れば、改めて俺の待ちは{5,7,8}待ち。

 {8}は暗槓で種切れだけど、{57}はまだ3枚ずつ待ちがある。

 清一色ドラ1の跳満。{7}で上がるかツモれば倍満の逆転への手だ。

 喜んで{二}を切ろうとした瞬間。

 

 ゾワヮ!

(ひぃっ――――!?)

 得体のしれない気持ち悪さが、{二}を持った手に奔った。

 とっさに{二}を手の中にしまい込んで、真っ白になった頭を働かせる。

 息を落ち着けて、染谷先輩の河をよく見る。

 

(あの捨て牌………染め手じゃないとしたら?)

 染谷先輩の捨て牌は、確かに萬子の染め手に見えるが、それだけではない。

 一九字牌が、あまりに多すぎる。

 つまり初めの初手{④}などは、チャンタに向かったためではなかろうか?

 

(それでもし………もしだぞ? 思った以上に萬子の端っこの数牌が集まったから、後から萬子だけのチャンタに向かったとしたら?)

 リーチ直前の5巡。

 {3⑨①99}の捨て牌が、実は途中まではそれらを用いたチャンタに向かうための牌だったとしたら?

 河を改めて眺めてみる。

 …………{一と九}が、一枚も見当たらない。

 

(和は筒子の染め手だから、{一}を手牌に持ってるなんてあるはずがない。

 優希も{①}と{2}を捨てていてあの捨て牌だから………多分、345あたりの三色?)

 

 どっちにしろ、二人の手の中に、{一}があるわけがない。

 

(仮に{一か九}が全部染谷先輩のところに行ってるとすると………123、789あたりの萬子は超危険牌だ………!

 いや、俺の捨て牌も含めて{八}はもう場に3枚出ているから、123の方が危険だ。

 それに今日染谷先輩は悪待ちをするって堂々と言っていた。

 だからこの{五-八}捨てが、特に{二}を誘うためのものだとすると…………だめだ、絶対に捨てられない!)

 

 {二}を手牌に戻し、脳みそをさらに回転させる。

({二}は絶対に捨てられない! じゃあどうする?)

 多分3人ともに通りはするだろうが、今引いて来た新ドラの{7}を捨てて、{二}単騎?

 そんな馬鹿なと、すぐに否定の声が響く。

 この手はどう考えても{二}切りだ!

 でも、いくらそうしようとしても{二}が手から離れてくれない。

 

(京ちゃん……?)

 

 後ろでずっと見ていた咲は訝しんだ。

 勝てる勝算もある{8}暗槓で危険牌を持ってきてしまい、それを万全を期して抱え込んだまではいい。

 決して振らないよう、安手になるのも我慢して立派に立ち回った。

 だが、{五-八}が通るのだし、もうここは100%安全とはいいがたいが、{二}切りでいいはずだ。

 

(え…………!?)

 

 次の瞬間、咲は目を疑った。

「…………リーチ!」

 

 京太郎。ツモ切りリーチ、打{7}。

(きょ、京ちゃん何してるの!?)

 ここはリーチをかけるにしても、{二}切りの{5-7}待ちだろう。

 なのに、ドラをツモ切ってまで{二}の単騎待ちリーチ。

 

(ツモ切りリーチ…………?)

 それを見ていたまこもまた、同じように訝しんだ。

 索子の染め手で、{8}が暗槓で種切れだから、その周辺で待ちの無さそうな{7}を切ってリーチというのはわかる。

 ただ、ツモ切りリーチというのがどうにも解せない。

 

(つまり1巡前には張っとったんじゃろ?

 ならばなぜリーチをする?)

 

 追っかけリーチ、というのは点差がある状態でやるのは、ほとんどやけくその思考放棄にも似た行為だ。

 まこは自分の手を見下ろす

 

まこ手牌

{一一一二二三三九九九北北北}

 

 {一二三四}待ちの、出上りは高めリーチ・面前混一色・三暗刻・対々で倍満、ツモれば四暗刻の怪物手。

 途中までは{①}や{9}の対子も使ってチャンタを狙っていたのだが、予想外に萬子の端牌が重なった。

 言い換えれば、萬子の染め手さえ警戒していれば絶対に振り込むことはない。

 図らずも都合よく{二}を誘いやすい捨て牌になってしまったが………それにしたって、万が一を考えて金輪際萬子を出さなければ済む話だ。

 よって、捨て牌を選ぶ権利を失うリーチはここではしてはならない行為だ。

 

(惜しいのぉ、京太郎。焦る気持ちはわかるが、そりゃさすがに無謀が過ぎるわ)

 

 倍満を一度上がった収入がなければ既にここまで来る前にトンでいたとはいえ、安い悪待ちとたった一度の3900を除けばすべて満貫以上の点しか出ていないこの魔卓で、よくここまで戦えるようになったと褒めるつもりでいたが、この分ではねぎらいの言葉はまた今度かなと思い、まこがツモる。

 

 引いて来たのは{④}。

 和に厳しい牌だ。

 

「チー」

 

 幸いロンではなかったが鳴かれ、すでに3枚見えている{東}を切った。

 まぁ京太郎の一発も消せたし、トントンと思うことにする。

 そして、ことが起きたのは優希の番。

 

(よし………何とかなったじぇ)

 優希手牌

 

 {二三四③④④⑤⑤345⑦⑦ ツモ:五}

 

 京太郎の読み通り、345の三色狙いの手。

 先ほどまではタンヤオ・平和のみで逆転は難しそうだったが、この{五}引きで{3-6}待ち聴牌。

 {③}を引いてこれれば、タンピン三色一盃口の満貫手だ。

 リーチをかければ跳満の手。

 我ながら南場に入ってよくこの手を作れたと感心する。

 

「よっしゃ! リーチだじぇ!」

 打{二}。

「すまんのぉ、優希」

「じぇ?」

 

 まこが勿体ぶりながら、その手を倒す。

 

「それ、通らんわ。

 リーチ・三暗刻・対々・面前混一色で倍満じゃ。

 裏は………乗らんから、16000点じゃな」

「じぇえええええええええええええええええ!!!?

 なんだじぇその待ちぃいいいいい!?」

 

 100%安全だと思った{二}で振り込み、年頃の女子にあるまじき悲鳴を優希が上げる。

 だがそれを聞いて、俺は息を大きく吐いて安心した。

 

「安心しろよ、優希」

「はぁ? 何がだじぇ!」

「きょ、京ちゃん………? それ、狙ってやったの………?」

「ああ、正直うまくいくとは思わなかったけど………」

 

 後ろの先に見守られながら、手牌を倒す。

 

「頭ハネだ」

 

京太郎手牌

{111345666二}  ロン:{二}

カン:{裏88裏}

 

「リーチ・三暗刻。

 裏は乗らないけど、60符3翻で7700だ」

 

 リーチをしたのは槓も一つ入っているので、上がれたときに裏ドラが乗って満貫以上の手になってほしかったからだが、7700ならまぁ満貫みたいなものだ。

 

「りゃ、{二}単騎!?」

「え、だって、{7}を切ってるのに………!」

 

 皆が俺のリーチ宣言牌と、待ちの{二}を見て驚愕の声を上げる。

 染谷先輩の悪待ちにも驚きの声は上がっていたけれど、これが今日一番の驚愕だったらしい。

 

「驚いた………。京太郎。

 おんし、それ狙って待っていたんか?」

「ええ。絶対うまくいくわけないって、俺自身やけくそ気味にそう思っていたんですけど………。

 でも、それでもこの{二}は絶対に切ったらダメだって思ったんです」

「理由は?」

「先輩の捨て牌です」

 

 すっかり真剣な顔になった染谷先輩が、俺の方をまっすぐ見て聞いて来た。

 俺は上がった後の高揚感とか、うまくいったときの達成感とかを抑えて呼吸を整えつつ、自分が先輩のラスト5巡の捨て牌から考えた推理を説明した。

 

「和と優希が{一九}辺りを持っているわけはないし………。

 じゃあ全部それを染谷先輩が持っているとしたら、{二}は絶対切れないって思ったんです。

 それに、今日の先輩は意地悪な待ちばっかりしてきますから、{五-八}が通るのもかえってわざとらしい気がして」

「いやそれは本当に偶然じゃったんじゃが…………」

 

 まこは言葉を切って真剣に考え込んだ。

 京太郎の推理は正しい。

 だがそれだけではこの打牌は片づけることが出来ない。

 

「なぁおんしら………、もし京太郎の立場だったとして、{二}単騎なんてできたか?」

「無理ですよ………{五-八}が通る以上、安全とは言い切れませんが、上がれた時の点の期待値や上がりやすさから考えても、ここは清一色に走ります」

「そうだじぇ。ふつーここは迷わず清一色多面張だじぇ」

 

 一緒に卓を囲んでいた二人は、首を横に振った。

 

「咲はどうじゃ?

 おんしはよく対子系の手に進むが」

「もしかして………{1}と{6}で槓が出来ればやったかもしれません。

 でも、今回{6}は切れていたし…………やるとしても、清一色に向かってから{1}槓で嶺上開花を決めるまでだと思います」

「そうか…………」

 

 まこは戦慄した。

 自分は答えていないが、こんなもの迷わず{二}切りの清一色に受けるに決まっている。

 京太郎にも無論その発想はあっただろうが…………、それでもそのわかりやすい誘惑を跳ねのけ、満貫には一歩及ばなかったが7700を手にした。

 仮に{二}を切っていたら、倍満に振り込んでトビ終了となっていた。

 だが………それどころか、10人が居たら9人は振り込んで終わりだった状況をかいくぐり、頭ハネでまこの独走すら許さずほぼ満貫を手にし、ラス親の南4局での逆転も可能な位置にたどり着いた。

 

(こいつ…………本当に京太郎か!?)

 

 最近、それこそ和に国士を振り込んでしまうことはあったが、あの頃からだんだんうまくなってきていることは感じていた。

 だがこれは、あまりにも異様だ。

 こんな打牌、常人にできるものでは、否、下手に麻雀のセオリーを修めた上級者では思いつくことすらできないだろう。

 

「京太郎おんし………こわくはなかったんか?」

「え?」

「そう読み切ったまではええが………それが本当にあっていると、自信があったんか?

 もしかしたら、全部自分の間違いかもしれないって、思わなかったんか………?」

 

 染谷先輩の、どこか呆然としたような問いかけに、俺はなんだか少し、くすぐったいような気持ちになった。

 

「もちろん思いましたよ。さっきも言ったけど、ほぼやけくそでしたし。

 でも………何て言ったらいいのか…………その…………」

 

 自分でもうまく言い表せなくて、何というべきか戸惑ってしまう。

 数秒かけて言いたいことを頭の中でまとめて、順番に話す。

 

「もし………{二}切りに行ったら、負けるっていう確信はあったんです。

 {二}も通りそうな牌で、普通は切ってもいい牌だったし、切ろうって最初は考えたんです。

 でも、よくわかんないんすけど………理性は{二}を切れっていうのに、体と直感がどうしても{二}を切らせてくれなかったんです。

 今まで頭で考えてこの牌は通らないなってわかることはあったんですけど、こんな風に体そのものが切らせてくれないのは初めてで………。

 それで、ああやっぱりこの{二}は切れないなって思ったんです。切ったら絶対振り込むって。

 じゃあ何を切るかっていうと、{1}あたりで回しても後手に回るだけだって思ったから………。

 今の自分のこの読みと直感と一緒に、行きつくところまで心中してやろうって、前に突っ込んでリーチをかけたって感じなんです」

 

 その言葉にまこは息を呑みこみ、自分の次のツモだった牌を確認する。

 そこにあったのは{三}。自分の最高の高目上がり牌だ。

 まこは今度こそ言葉を失った。

 自分の読みと共に心中する。

 口にするのはたやすいし、そういう考えがあるのはわかるが、実践するのは至難の業だ。

 

 全国の決勝にまで行ったまこにはそれが分かる。

 

 麻雀に必要なものは何か? という質問があったとする。

 多分一番多く挙がる答えは、「運」だろう。

 確かに毎回天和でも上がれれば、それで確実に勝てる。

 

 だがそれはあまりにも非現実的だ。

 神でもない人間は、配られた配牌と持ってくる牌で戦うしかない。

 

 全国を経たまこは、おそらく麻雀に必要なものは3つあるのだと考えた。

 

 まず3番目に大事なのが「運」。

 これは何も先ほど言ったような非現実的なほどの運ではなく、人並みの、絶対に毎回5シャンテンから始めるとか言ったようなことが起きない、どんな相手とも同じ土俵で戦える程度の平運があればいいということだ。

 

 2番目が「読み」。

 これも当然必要だ。

 基本的な筋読みは当たり前として、風越の福路美穂子のような相手の手牌をすべて読み切りかねないほどの決定的な読み。

 これがあれば、麻雀で負けることは劇的に減るだろう。

 

 そして1番、最も大切なもの。

 それが「自分の読みを信じる勇気」。

 

 いくら超人的な読みを持っていても、その100%当たる読みを自分で信じられなければ意味がない。

 弱気に流れ、確率という分かりやすい万人が信じる指標があれば、ついついそちらへ逃げてしまいたくなることが、麻雀には多々ある。

 本当は正しいのに、自分でも荒唐無稽に見えてしまって………結果、自分の読みを信じずに楽へと逃げてしまう。

 それで結果勝利を逃すようなことがあれば、もうそれは悔やんでも悔やみきれない。

 そんな事態を避けるために、自分で「これだ!」と読んだなら、その自分の読みを信じぬく心の強さが、麻雀には必要なのだ。

 

 それを、京太郎は持ち始めている。

 本人に自覚はないかもしれない。

 負けが常だった京太郎にとって、今回は単に運が良かっただけと思うかもしれない。

 勇気を出したら、運よく当たったあてずっぽうのように本人は感じているかもしれない。

 だが、違う。

 今京太郎は、この卓を囲んでいる面子の中で、麻雀に一番大事な資質を、最も強く持っている人間だ。

 

 じんわり、とまこの胸の中に温かいものが流れる。

 京太郎が才能の片鱗を、自分たちに見せつけてくれたことが、とてもうれしい。

 ずっとひどい目に遭っていた、辛い目に遭わせてしまった後輩が、自分を打ちのめしてくれたことが嬉しい。

 そりゃあ京太郎以外の3人は全然本気ではない。

 が、それでももう京太郎は自分たちのサンドバッグでも何でもない。

 牙を以って、隙あらば自分たちを打ち倒さんとする一人の雀士だ。

 

「ほれ、優希。

 点棒くれよ。16000点よかましだろ?」

「う、う~ん。何か釈然としないじぇ」

 

 命拾いしたのには違いないが、それでも7700もかなり痛い出費だ。

 これが3900程度ならと呟きながら、優希が点棒を取り出すが………。

 

「あー……すまん、ふたりとも」

「はい?」

 

 点棒をもらう直前、染谷先輩が申し訳なさそうに頭を掻いた。

 

「最初に言っておかなかったのが悪いんじゃが………うち、雀荘じゃからその………大会ルールと違って、ダブロンありなんじゃ」

「へ?」

「つまり………」

 

 染谷先輩が一瞬視線を飛ばして、点数を計算する。

 

「16000と7700……うちの雀荘では8000じゃな。

 じゃから24000点の直取りで………優希がトビ終了じゃ。京太郎、おんしは3位でおしまい」 

 

 俺と優希の悲鳴が、店に響き渡った。

 それを後ろで見ていた赤木さんは、馬鹿笑いしながら腹を抱えてうずくまっていた。




お久しぶりです。
就活終わったよ。
内定出たとは言ってないがな!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話 あの人たちは今

今回の話以降、福本先生作品のキャラが出てくることが多くなります。
例えば今回の「すこやんVS赤木」はどっちが強いか論争など、それぞれの作品のファンの方々にはもの申したいような内容が見受けられるかもしれません。

ですがこれはあくまで、私の独断と偏見に基づくものであることは念頭に置いて頂けると幸いです。
ぶっちゃけ最近の優希とか見てると東場に限り全盛期の鷲巣様並の豪運なんですよね。
箱下の有無によってはアカギでもどうやっても勝てなそうだったりと思えます。

ただ筆者は「命のかかった状態でも自分の力を100%発揮しきる」才能は赤木が一番だと思ってます。
鷲巣麻雀6回戦南3局、面白いですよ。

他にもひろが主人公のスピンオフ「HERO」面白いよ。
読んでね。



「あー……すっげー疲れた………」

 

 半荘1回目が終わった時点で、俺の脳みそはすでに限界を迎えていた。

 張りつめていた緊張が一気に解け、それまで気づかずにいた疲労がどっと押し寄せてきた。

 

「京ちゃんお疲れ~」

 

 後ろから咲が肩もみしてくれる。

 小さくても、麻雀ダコがある手なのが背中で感じてもわかる。 

 俺の手も皮はガチガチだが、これはハンドボールをやっていたからであって、麻雀ダコだけなら咲よりまだまだ柔らかいだろう。

 

「ありがと。なんというか気の抜けるラストではあったけど………」

 

 格好良く決めたと思ったら、いつの間にか試合が終わっていた。

 何だか釈然としない。

 

「仮に8000で収まってたら、トップ二人とはリー棒拾えたから1万点差くらいで、満貫ツモでトップだったのか………」

「何だったら、やっぱり頭ハネありにして続けるかの?」

「いえ、いいですよ。こういう痛い目も見ておいた方がいいと思って諦めます」

 

 レートやハウスルールを確認しなかったのは完全に俺のミスだ。

 いい経験だったと割り切ることにする。

 

「ちょっと次の半荘の前に休みたいな」

「構わんぞ。ちょっと待ちぃ、なんぞつまみになりそうなもの持ってきちゃる」

「ありがとうございます」

 

 染谷先輩が、灰になってる優希を引きずって厨房に戻る。

 タコスの一つでも食わせれば元に戻るだろう。

 

 ズズズ………

 

 局の始まる前に淹れられたコーヒーは、すっかり冷めきっていた。

 

「ん」

 

 後ろを向くと、赤木さんが座席に座って、雑誌に目を落としていた。

 赤木さんには珍しく、ずいぶんと優しい笑みを浮かべている。

 はやりんのグラビア記事でもあったのだろうかと思って、反対側から雑誌を覗き込んでみる。

 

『グランドマスター・小鍛冶健夜プロ(28)に熱愛発覚!?

 お相手は10歳年上の井川ひろゆき七段(38)!』

 

「おお………!」

 

 アラサーと弄られることで有名な国内最強選手の熱愛報道。

 インターハイでその弄られっぷりを聴いた俺としては、かなり驚くものがあった。

 赤木さんの後ろに回って、記事に目を落とす。

 

『国内無敗の麻雀プロ、小鍛冶健夜プロと、男子リーグ今季最優秀防御率を持つ『神眼』として名高い井川ひろゆきプロの交際が発覚した。

 お二人は今年夏に行われたインターハイで解説者を務め、大会後の催しで出会った時から交友が始まり、先日正式なお付き合いがスタートしたとのこと。

 来年には入籍も視野に入れているとのコメントもいただいた。

 

 ―――お付き合いに至った経緯は?

 井川プロ『初めてお会いした時は、健夜さんがどんな怪物なんだろうとわくわくしていたんですが、実際会うと「あれっ?」ってなりました。

 非常に声も線も細い可愛らしい方で――――』

 

(隣で顔を伏せて恥ずかしがる小鍛冶プロ)

 

 井川プロ『でもその場の勢いで、一半荘お願いしますと言ったらあっさりOK してもらえて………散々な目に遭いましたね(笑)。

 オーラス時点で、もう役満直撃しか逆転できないっていうところまで追い込まれて………。

 リーチ・タンヤオ・三暗刻の裏ドラ7のっけて三倍満直撃は出来たんですけど、結局やられてしまいました。

 ただ健夜さんは、男性から三倍満を直撃されるなんて初めてのことらしくって、その時点で一目惚れ状態になってくれたそうです』

 

(恥ずかしさのあまり逃げ出す小鍛冶プロと、それを捕まえる福与アナ)

 

 井川プロ『その後もちょくちょく会っては打っていたんですけど、健夜さん私生活がけっこうだらしなくて………(笑)。

 面倒を見ていたら、いつの間にかって感じですね』

 

 ―――井川プロはプロ4年目にして7段に到達し、今シーズンは防御率首位ですが、今後のご自分の目標などは?

井川プロ『”常に熱い三流でいること”ですね。僕は健夜さんみたいな天才ではないので。

 昔お世話になった人から、三流だからって腐るな、常に前に進んで”熱さ”だけは失うなと言われたので、その言葉通り遮二無二努力してきた結果が今の自分だと思っています。

 正直その人健夜さんより強いので、まずは健夜さん相手に勝ち越せるようになりたいと思います。

 ほぼ毎日麻雀打って勝率2割届かないんですけど(笑)』

 

(ん?)

 

 ここまで読んで、俺は少し引っかかった。

 井川プロの、”熱い三流”という言葉に対してだ。

 

「赤木さん、ひょっとして井川プロと知り合いだったりします?」

「ん? ああ、あいつがガキの頃、少しかわいがってやったな。 プロになっていたとは知らなかったが、元気そうで何よりだ」

「ええ………」

 

 じゃあ、このインタビューの『昔お世話になった、小鍛冶プロより強い人』というのは赤木さんのことか。

 毎日小鍛冶プロと打ってる人に、小鍛冶プロより強いって言わしめるとかこの人どんな化け物だ。

 

「須賀君、どうかしましたか?」

「いや、それがさ………」

 

 和と咲もこっちに来たので、掻い摘んで説明したら、二人とも目を見開いた。

「ええ! そんなオカルト在り得ません!」

「うん、でも多分本当のこと――――

「小鍛冶プロが結婚しそうなの!?」

「あれ、そっち?」

 

 女子二人にはそっちの方がショックだったのだろうか。

 

「冗談はさておき、井川プロですか………うーん」

「あ、冗談か」

 

 和が考え込むように唸る。

 

「俺が小学生の頃、ひいじーちゃんの葬式に井川プロも来てたらしいんだけど……実際どういう人なんだ?

 30歳越えてからプロ入りして、しかも3年ちょいで七段になったっていう逸話なら聞いたことあるけど」

 

 俺が本格的に麻雀を始めたのは今年の春からなので、全然特に男子プロのことは知らないのだ。

 どうせなら見事なおもちをお持ちのはやりんとかを見ていたい。

 

「私も詳しくは知らないんですが………、一言で言えば、対応力が異常、でしょうか?」

「例えば?」

「その………鶴賀の大将さん、加治木ゆみさんをさらに強くした感じと言えばいいんでしょうか?

 長野団体戦決勝で、加治木さんは咲さんの嶺上開花を偶然とは片づけずに、槍槓を狙いに行きましたよね?

 井川プロもあんな感じで、どんな些細なことでも偶然と片づけず、すべてを何らかの原因があると仮定し、それを見抜く『神眼』を持っていると………どこかの雑誌で読んだ覚えがあります」

「つまり、オカルト麻雀肯定派の人ってこと?」

「そんなオカルト在り得ません」

 

 咲の言った「オカルト麻雀」のワードに反応し、和がツンとした態度をとる。

 おお、ツンツンメイドさんだ………。

 

「まぁ、要は非常に考えの幅が広い人ってことなんだろ?

 それがオカルトかはさておき……」

「そうですね。ただ、そうでなくても本人のインタビューで、「相手の動作や視線を見ていれば、手牌ぐらいわかります」と言っていて、しかも本当にその通りの打牌をしているから防御率もトップなんだそうです。

 たしか、井川プロの振り込んだのは半分以上が単騎待ちだったという話も聞いたことがあるような………」

「おおぅ………!」

 

 確かにそれは紛れもない『神眼』だ。

 風越の大将が脳裏に浮かぶ。

 あの母性溢れるオッドアイの綺麗なお姉さんも立派なおもち――――じゃなくて、洞察力を持っていることで有名だが、それをさらに発展させたようなものだろうか。

 (加治木ゆみ + 福路美穂子)×2 = 井川プロ といったところか。

 ×2かどうかはわからないけど。

 プロっていうからには、×10ぐらいだったりするのかもしれない。

 

 

「赤木さんはそんなすごい人の師匠だったのか………」

 

 俺は今、実はとんでもない人に師事しているのではないかと、空恐ろしくなった。

 

「よせやい。俺はあいつに何か技術を教えたことはないぜ? ただあいつのやる気を引き起こしてやっただけだ」

「小鍛冶プロより強いって書いてあるんですけど………」

「さぁな。やってみたことないからわからねぇよ」

 

 赤木さん本人は、どうでもよさそうにしている。

 煙草に手を伸ばして、取り出そうとした瞬間に(´・ω・`) ←こんな顔になって手をひっこめただけだ。

 

「須賀君、流石にそれはないかと思います。

 イカサマを使って私たちをけむに巻くような人ですよ」

「ええ?」

「こないだの牌を伏せたままの役満づくり………あんなことが意図的に出来るわけがありません。何か仕掛けがあるはずです。

 局が終わるごとに、山を確認していたりしましたよね?

 あの時に何か種を仕込んだはずです」

「ん? ああ、あれか………。あれはまぁ別のことを確認していただけなんだが………。京太郎」

「は、はい」

「そこの自動卓、山積みな」

「はぁ………」

 

 俺は言われた通り、終局の時のままになっていた牌を片付け、自動卓で掻き混ぜた。

 洗牌が終わると、赤木さんはよっこらせと言いながら立ち上がり、適当に見える動作で牌を選び始めた。

 

「ほらよ、俺が初めて和了った手牌だ」

 

 赤木さんは14枚目の表も見ないまま、俺の方へ指で弾いて渡した。

 こないだと同じように、13枚伏せられた牌を急いで表にして確認する。

 

 {白白白中中中發發發⑧⑧⑧西}

 

「……………」

 

 四暗刻大三元西単騎待ち。

 これが初めて和了った役っておかしいだろという言葉を飲み込み、恐る恐る渡された手の中の14枚目を見ると………

 

 {西} <やぁ

 

「そんなオカルト在り得ません………」

 

 和がその場にズーンという効果音でも付きそうなくらい落ちこんでへたり込む。

 

「お待たせー! 追加のタコスだじぇ………のどちゃんどうかしたのか?」

「こないだと同じことやったんだけどさ………」

「ああ………」

 

 お盆にタコスを盛ってきた優希と、コーヒーのお代わりを持ってきた染谷先輩に、卓の上を指さしながら言うと、二人とも理解したようだった。

 

「のどちゃん全然動かないじぇ」

 

 ゆっさゆっさと優希が肩をゆすっても、和は反応しない。

 ただその豊満なおもちがゆっさゆっさと振り子のように揺れるだけだ素晴らしいありがとうございます。

 

「まぁいいじぇ、とりあえずいただきまーす!」

 

 反対に完全復活した優希の号令で、俺たちは休憩に入るのだった。

 




咲ファンとHEROファンの方々ごめんなさい。
勝手にひろとすこやんくっつけちゃいました。

それと今回からコメントをアカウント持ってない人(非ログインユーザー?)でも書けるようにしました。
感想くれると私の生きる糧になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話 カエルの孫たちもカエル

私が新しい話を投稿すると、いつも最初の24時間くらいはお気に入り数が減り続けるんですけど、あれ何なんですかね。
さて、今回から半オリキャラ増えるので嫌いな人は気をつけてね。


 

 

「いやぁ、それにしても京太郎。おんしホンマに強くなったのぅ」

「え、そうですか?」

 

 一緒にタコスをかじりながら、染谷先輩が褒めてくれた。

 

「最後の一局もそうじゃが、それまでもなんとか耐えとったじゃろ。ツモられて削られまくっとったが、振り込みはやっすい変則待ちと、わしの多面張に振り込んだだけじゃし」

「いやその振り込んだのが跳満だったんで全然よくないんすけど………」

「まぁそりゃそうじゃが、よく南2局までは持ちこたえたというべきじゃろ。久ほどうまくはないが、大抵の奴なら東場のうちに変則待ちに調子を崩されて、もっと早く大物手に振り込み始めていたはずじゃ。正直わしの方が焦れたぞ」

「はぁ………」

 

 みんなの高打点ツモにゴリゴリ削られて、内心で止めてくれと泣き叫び続けていたので実感はない。

 あれだね、炙られ続ける焼き鳥の気分だ。

 

「うんうん。後ろで見ていて、そんなに大きな間違いはしてなかったよ。

 和ちゃんほど効率よく打ててはいなかったけど、好みの問題とかで片づけられる程度だったし」

「いやでも最後の{二}単騎は絶対大間違いだろ………。あんなの只の運……」

「京太郎」

 

 赤木さんが雑誌から顔を上げ、俺の方をまっすぐ見据えた。

 特別鋭いというわけではなかったんだけど、その視線を真正面から受けて、俺はひやりとしたものを感じた。

 

「その大間違いってのは、誰が決めた?」

「え? そりゃ………よくある、麻雀のセオリーとかと比べて………」

「定石通り打てば必ず勝てるほど、博打ってのは簡単なものか?」

「いや、そりゃあ違いますけど………」

 

 定石というのは大事だ。

 だが、それさえ守っていれば勝てるわけではない。

 そんなことを言ったら、和は今頃インハイ個人戦一位の実績を持っていないとおかしい。

 

「そう。そりゃ普段はよくある確率だのなんだのに従っていても、悪かないさ。

 だがそれだけでは、絶対に限度がある。

 定石や基本だけでは勝てない境界線に立った時………その時頼りになるものはもう、自分独自の考えではじき出した答えしかねぇ。

 そんな土壇場に来てまで、他人の提唱した考え方に縋りつくやつに勝機はない。

 普段従っている、「もっともらしい考え方」とどれだけ異なろうが、自分で導いた答えに従えないやつはずっと二流どまりさ。

 そしてお前は運よくか、そうなるべくしてなったのかは知らんが………自分自身の考えを信じ抜いた結果、勝利を手にした。

 その自分を勝利に導いたもの………言うなれば、博感や博才というもんは、絶対に疑うな。

 如何に鋭い感覚、才能があったところで、自分がそれを信じてやれなくちゃ宝の持ち腐れなんだからよ」

「……………はい」

 

 俺は表情を引き締めて、その言葉を噛み締めた。

 定石ではない、理屈ではない理外の強さ。

 そんなものが俺にあるのかどうかは分からないが、無いと最初から全否定してはあるものもなくなってしまう。

 

「うぅーむ、よくわからんじぇ」

 

 既に3つ目のタコスに手を伸ばそうとしていた優希が頭をひねる。

 食い過ぎると縦より横に伸びるぞ。

 

「あのな………つまり、多分だけど『自分らしい麻雀』を大事にしろってことじゃないのか?

 普段から理論をガン無視のめちゃくちゃをやれっていうんじゃなく、いざっていうときは自分だけで考えたオリジナリティを持てっていうか」

「それなら大丈夫だな! 東場で稼ぎまくっておけば、そんなピンチは無縁だじぇ!」

「さっき南場に入って倍満と満貫に振り込んで飛んだの誰だよ」

「しらんじぇ!」

 

 こいつぜってー大成しないな。

 南場に入ってからの弱点が完全に克服されれば、本当に無敵だろうに。

 

 

 

(…………っははははは!)

 

(ん?)

 

 店の外からだが、騒がしい笑い声が聞こえてきた。

 俺達と同じくらいの年齢の男子が数名、窓から見えた。

 着崩した制服などから見て、お世辞にも品行方正とは言えない風体をしている。

 

(お!? 何々!? 『本日メイドデー』だってよ!)

(え、アレじゃね!? すっげー巨乳のねーちゃんいんぞ!?)

(おっしゃ突撃―!)

 

 え、こっち来るの? と思った時には、入口のドアに付けられたベルが、外れかねない勢いでやかましくリンリン鳴り響いていた。

 

「こんちわー! 巨乳メイドさんのミルクティー3つお願いしまーす!」

「ぎゃっはははは! 実物でも可能でーっす!」

 

 顎が四角い馬面といった感じの、学ランを着崩した馬鹿な高校生が3名入ってきた。

 明らかに下心満載の視線を和に向けており、和が身を縮こまらせるのが分かった。

 

「あいつら………」

「知ってるんですか?」

 

 小声で呻いた染谷先輩と、小声で会話する。

 

(あの真ん中のたらこ唇の四角顎………このあたりの店でブラックリストに入っとる奴じゃ。

 確か東京の川田組とかいう暴力団傘下の組の、組長の馬鹿孫じゃ。

 確か竜崎とか言ったかの………)

 

 暴力団組長、要するにヤクザの孫というだけでなんとなく理解できた。

 後ろ盾が怖くて、注意できる人間がいないといったところか。

 

「あれ………?」

 

 その竜崎とやらの隣にいる馬面に、少し見覚えがあった気がした。

 

(その隣の馬面が、矢木っちゅう正真正銘の馬鹿じゃ。

 今年の長野の男子インターハイ個人戦代表じゃが、インハイ本番でイカサマをして失格になったど阿呆じゃ。

 確か京太郎、おんしも確か予選で当たっておらんかったか?)

 

 そうだ、思い出した。

 インハイの個人戦予選で打った、とびっきりマナーの悪かった奴だ。

 チョンボすれすれの挑発行為も繰り返して来たが、何か言っても大負けしている奴の遠吠えになると思って言いだせなかった。

 

 その後長野代表のイカサマが発覚したと聞いていたが、あいつなら納得だ。

 

(残りが確か黒崎いうたかな? 

 帝愛グループっちゅうでっかい金融会社の重役が親戚にいて、ずいぶん羽振りがいいそうじゃ。高校生の分際での)

 

 なるほど、最後のデカっ鼻は他の二人と同じように学ランを着崩しているが、妙に目立つ金ぴかの腕時計なんかを身に着けている。

 やけに黒い鞄も、高い本革製なのだろう。

 

(一番ヒョロそうに見えるのはあいつじゃがの、一番やばいうわさがあるのはあいつじゃ……。金貸しまがいのことをして、払えなくなった奴の指を切り落としたらしい……)

(ま、マジっすか………?)

(ああ、あくまでも噂じゃけどの……。和、おんしは厨房に入っとれ)

(は、はい)

 

 少しおびえた様子の和は小さくなって厨房に入って、姿が見えなくなった。

 代わりに染谷先輩が3人の方へ向かう。

 

「あーお客さん方、いらっしゃいの前に一言言わせてもらうぞい。

 一応ここ、ただの喫茶店じゃからおさわりは禁止じゃし、周りのお客に迷惑は………

 

「はぁ? 何このわかめっぽいの? チェンジでー」

「ワカメで眼鏡とかマニアック過ぎんだろー。マジ萎えるわー」

「おーい、おっぱいちゃーん! 君が注文取りに来てよー!」

 

(の野郎………!)

 

 注意しようとした矢先に、これ以上なく無礼な返事がよこされた。

 染谷先輩が身体を少し震わせたが、一つ呼吸を置いて落ち着く。

 俺は怒りで頭が沸騰しそうになったが、染谷先輩が堪えているところを見て、なんとか我慢する。

 お店の中でもめ事を起こしても、先輩の迷惑になるだけだ。

 

「…………ミルクティー3つじゃったな?

 今日はサービスしておいてやるから、飲んだらさっさと………」

「だーからワカメはいらねっつの。ほら、しっし」

 

 ブチッ

 

(赤木さん)

(ん? 手を貸せってか?)

 

 興味無さそうにしていた赤木さんに耳打ちする。

 

(ええ、ちょっとトイレに入っててもらえます?)

(…………なるほど)

 

 俺がテーブルの下でこっそり、備え付けの調味料の中から塩と胡椒を大量に手の中に握り込むのを見て、赤木さんがいやーな笑みを浮かべる。

 赤木さんがトイレに入っていくのを見て、俺は席を立った。

 

「おい、お前ら」

「あん?」

 

 身長180センチ以上の男が出てきたことに、馬鹿三人組が少し警戒を強める。

 

「心のこもってない謝罪なんかもらっても胸糞悪いだけだからな。

 見逃してやるから、今すぐに店から出ていけ」

「はぁ? つーかお前………あっはっはっは! おま、あん時の糞雑魚かよ!」

 

 矢木が、俺の顔を見て思い出したのか、いきなり笑い声をあげる。

 

「あん? 知り合いか?」

「あー、インハイ予選で最初に当たってよ。俺含めて他家に向かって満貫跳満倍満の順番にきれーに振り込んでくれたんだよこいつ」

「ぶっは、だっせぇ!」

 

 馬鹿どもが俺を指さして腹を抑えるが、そんなことはどうでもいい。

 俺は仕事をしやすいように、矢木を挑発する。

 

「そういや俺もアンタのこと見覚えあるな。インハイ本番でヘッタクソなイカサマがばれて、無期限出場停止になったクズだったか」

「あ?」

 

 矢木の表情が怒りを帯びたものに変わる。

 

「舐めてんじゃねーぞザコ? なんだったら、今すぐここでもう一度ぶちのめして―――」

 

 矢木が唾を散らしながら吠える。

 だがちょうどやりやすい。自分より背の高い相手の顔を正面から見据えては、手元への注意が反れる。

 俺は手に握り込んでいた大量の塩と胡椒を、矢木の目許に思い切りぶっかけた。

 

「でゃっ!?」

 

 奇妙な悲鳴を上げて、矢木が目を抑えてうずくまる。

 

「お、おい矢木!?」

 

 慌てた竜崎が矢木の隣にしゃがみ込む。少し余っていたので、こいつにも一丁。

 

「うぎゃぁっ!?」

 

 堪らず竜崎も同じように悲鳴を上げる。

 

「み、水! 水ぅ!」

「こ、こっちだ! トイレに………!」

 

 残った黒崎が二人の尋常ではない痛がり方を見て、俺を放っておいて二人をトイレへと引っ張る。

 しかしすでに対策済みだ。

 ガチャガチャガチャガチャ!

 いくらドアノブを回し、押しても引いてもトイレは矢木たちを通さない。

 

「おーう、入ってるぜー」

「おい! 今すぐ出ろ! おい、ぶっ殺すぞ!」

ドンドンドン!

 

「あー? 最近耳が遠くてなー? なんだって? 気にせずごゆっくりどうぞ?」

「ざけんな! 開けろ! おい!」

 

 

 赤木さんがどんな顔で笑っているか、容易に想像できる。

 頼んだのは俺だが、楽しんでくれて何よりだ。

 

「ひぃ、ひぃい………!」

「目が、目がぁ~~~~!!!」

 

「あー、店の前に川があるからそこで洗えば?」

 

「くっそ………!」

「な、なんでもいい! 早く、早くぅ!」

 

 俺が厨房の前に仁王立ちして、「こっちも使わせない」という意思を表すと黒崎は観念したのか、俺の言った通り店を出て、すぐ前の川へとほうぼうの体で二人を引っ張っていった。

 ま、護岸工事しっかりしてるから、川に降りるためにはもう何百メートルか歩かなきゃいけないんだけど。

 橋から飛び降りれば別だけどな。登る時大変だろうけど。

 

「きょ、京太郎…………」

「済みません、染谷先輩。勝手なことをして………」

 

 呆然としてる染谷先輩に、頭を下げる。

 冷静になってみると、ヤクザ関連の客にこれはまずかったか。

 

「いや、助かったぞい。というか、おんしこういうことに慣れてたんじゃな。いいガタイじゃから喧嘩は強いかもくらいに思っておったが」

「その、前に一度体格差を考えずに本気で喧嘩したら相手が大変なことになりまして……」

 

 中学三年の時点ですでに180センチを越していた俺は、体格というものが殴り合いにどう影響するのか全く分かっていなかった。

 それ以来、ストレートな喧嘩はしないようにしている。

 

「今日は念のため、もう店仕舞いしとくわ。帰り道が怖いし、和たちを送って行ってもらえるか?」

「ですね。わかりました」

 

 お礼参りという言葉が脳裏をちらつく。

 そう考えると、今日は陽の高いうちに帰路に着いた方がいいだろう。

 特に和は、悪い意味で異性のターゲットになりかねない。

 そうしてその日は、出来る限り手早く解散となった。




アカギシリーズからキャタピラ王子こと矢木さん、竜崎さん。
カイジシリーズから黒崎さんの親戚が登場です。
黒崎さんトネガワ見る限りはかなり大物っぽいけどね。

まぁ高校生で悪ぶってるキャラってこんなものかなとかなり小物風に書きました。
本家の矢木さんたちが好きな人はごめんなさい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話 守りたいもの

期間が空きすぎて本当にごめんなさい。
修論とか就活とかの合間に、このあまりにも原作たちから乖離した
ストーリーどうにかできないか四苦八苦したんですけど駄目でした。

色んな人から突っ込まれそうなここからの展開。
好きな人は好きかもしれないから見て行ってね。


「くっ……!」 打{3}

「カン――――」

「し、しまっ――――」

「カン、カン、カン! ツモ、緑一色・四槓子!」

{  8 8}  {横3333  裏22裏 裏44裏}

「ぐああああああああああああ!!!」

 

({⑤,⑦,⑨}は全部切ってる! こいつなら………!)

「リーチ!」 打{⑧}

「御無礼、黒一色・四暗刻単騎です」

{⑧} {⑧②②②④④④東東東南南南}

「うあああああああああああ!!!?」

 

 

「だ、ダブルリーチ!」 打{中}

「ロン、人和・紅一点!」

{中} {中中22244466888}

「うぎゃああああああああああ!!?」

 

40分後

 

「つ、ツモ………役牌のみ、で……す……」

 

「煤けるどころか、全身黒焦げ………だが戦い抜いたか………」

「ふふ。今度また打ちましょう、失礼」

「いい闘志だったぜ。実力がついたら、また来な」

 

「は、はひ………」

 

 俺と半荘を打ってくれたお兄さんたち3人が店から出ていく。

 俺はというと、返事をする気力があることに感謝するほどだった。それだけぼっこぼこにされた。

 

「おう、終わったか」

「あ、あかぎ、しゃ…………」

「なに死にそうな顔してんだ」

 

 井川プロ特集の雑誌を読んでいた赤木さんは、卓に突っ伏した俺の頭をグシャグシャと撫でた。

 やめて、ホントに脳みそ焼ききれそうなの今。

 

「な、何点取られてたんすかね………」

「知らん。マイナス20万越した辺りで数えるのが面倒になった」

 

 お兄さんたちの点棒箱には、真っ黒な箱下用点棒が山盛りになっている。

 途中から店にあるのを全部持ってきても足りなかったので、赤木さんに後ろで数えてもらっていたのだ。

 

「だーから無茶だって言ったろ? 俺でも死ぬほど苦労するぞあの卓………」

「や、やっぱりやめときゃよかった…………」

 

 赤木さんとの修行のラスト2日。俺はこの間のお兄さんたちに、無謀にも箱下アリのルールで挑み、今こうして死にかけている。

 あがれたのは最後の役牌のみだったが、途中で投げ出さなかった自分を今だけは褒めてあげたい。

 

 にしても何なのあの人たち。途中から見せつけてくるかのようにローカル役バンバン出してくるし。別にローカル役はいいんだけど、普通の役満とも可能な限り重複させてくるし。

 

「にしても意外だな。お前は相当気持ちの浮き沈みが激しい奴だと思っていたが、まさかあの連中に真っ向から挑むほどやる気に満ちるとは」

「じ、自分でも無謀だとは思いますけど…………でも、やってみたかったんです」

 

 昨日、roof-topから皆を家まで送ってから帰路に着いた時、矢木のことを思い出していた。

 あんな奴に負けたくない。きっと俺は県予選の時、イカサマを使っていない矢木にすら負けていた。

 それだけあの時の俺は弱く、同じ卓を囲んでいた連中は強かった。

 いつまでもあの場所に留まっていたくない。いつだったか咲に言ったように、俺だって清澄高校の選手だと胸を張れるようになりたい。

 

 かといって、いささか無謀が過ぎたとは思うが、これでどんな相手にも物怖じしない度胸はつけられたと思いたい。

 

「少し休んだら、普通の相手ともやっておけ。感覚が狂ったままじゃ悪影響だ」

「はーい…………」

 

 最高球速が100キロくらいなのに、メジャーの試合で9回まで投げさせられた野球少年の気分になりながら、俺はゆっくりと休んだ。

 なぜか周囲にはギャラリーが出来ており、半荘打ち切った俺に拍手してくれて、店のつまみやドリンクを奢ってくれるおじさん達がいた。世界って優しいね。

 

 

「ふぅ………ん?」

 

 店のほとんどの客が俺の周りに集まってる中、一番奥の、それこそ雀卓を無理矢理置いたようなスペースに見覚えのある顔があった。

 

(矢木に竜崎、黒崎…………?)

 

 俺とあいつらのどちらが先に店にいたのかは定かではない。俺はお兄さんたちの猛攻をしのぐので精いっぱいだったし、途中であいつらが近くを通っていても気づかなかっただろう。

 

 それはさておき、その卓の空気は妙だった。

 同じ卓を囲んでいる4人目、眼鏡をかけた大学生くらいのお兄さんが、ここから見て分かるくらいに狼狽しているのだ。

 手も心なしか震えているし、異様に汗をかいている。

 

 黒崎が指を4本立てて、そのお兄さんの前でひらひらと手を振る。

 するとお兄さんは、目に見えて全身を震わせた。

 

『一番ヒョロそうに見えるのはあいつじゃがの、一番やばいうわさがあるのはあいつじゃ……。ガキのくせに金貸しまがいのことをして、払えなくなった奴の指を切り落としたらしい……』

 

(おいおい、まさか………)

 

 黒崎と指というキーワードで、染谷先輩の言葉を思い出す。

 嫌な予感がした俺は、急いでその卓の様子を見に行った。

 

「おっ! きたきたリーチ!」

「ううっ………!」

 

 下家の矢木がリーチをかけ、お兄さんがうめく。

 

学生さん手牌

 {②一一一三三四四五七西西西}  ツモ:{七}

 

矢木 捨て牌

 {四④北南6赤⑤9南一六横⑧}

 

 聴牌。

(でも、この捨て方は………)

 

 どれが手出しかツモ切りかわからない以上、憶測になるが俺は{②}は切りたくないと感じた。

 しかし赤5pが捨てられていることにとらわれ過ぎたお兄さんは、{②}に手をかけてしまう。

({一と西}あたりを切って逃げつつ七対子…………て、おい!)

「リーチ!」

「ロン!」

 

 矢木が笑みを浮かべて手牌を倒す。

「リーチ・一発・七対子・赤1。んで、裏2.跳満だな」

「ううっ…………」

 

 やはり七対子だった。

(最初の2順で、タンヤオの線は消える。それ以前に、{北}と{南}を捨てるのと{四④}を捨てる順番が普通は逆だ。

 チャンタから純チャンに切り替えるためっていう可能性もあるけど、それも最後から3巡目の{一}切りでなくなる。

{四}を切っておいて、その後{一}を切るっていうのはチャンタに進む時に {一一二三四} の並びから、{一二三}の順子にする時くらいのものだ。でも、お兄さんの手牌に{一}の暗刻があるからそれもない。

 それに中盤でやけにスジを増やしそうな牌を捨てまくってる。多分、456の数字を多めに捨てておいて、最後にスジで出してきた牌を捕まえる気だったんだ)

 

 少し冷静になればわかりそうな露骨な捨て牌。

 だが焦っているお兄さんにはそれすら気づけない。典型的な悪循環の流れ。

 

「あっはっは、早めに指とお別れしておいた方がいいんじゃないかー?」

「ぃ………あ………」

 

 お兄さんが右手を抑えてがたがたと震え出す。

 指を切り落とすという噂は本当だったのだ。

 

(マジかよっ…………)

 

 その様子を見ても、俺は半ば信じられなかった。

 なぜ、自他問わず人の指を切り落とすなんて言う発想が生まれてくるのか。

 なぜ、それをそんな嬉しそうに、楽しみに出来るのか。 

 

「おい、待てよ……!」

「あ?」

 

 気付いた時には、俺は矢木の目の前に躍り出ていた。

 今更怖気づきそうになってしまうが、やっぱり何でもないなどとは言えない。

 

「指を切るって、お前ら本気でそんなこと…………」

「あ? てめぇにゃ関係ねーだろ。つーかてめぇよぉ………」

 

 俺の顔を見て、矢木たちが怒りの表情を浮かべ立ち上がる。

 当たり前だ。つい昨日、目つぶしをかましてやった相手なのだから。

 

 ふと矢木の視線が、さっきまで俺のついていた卓に向けられる。

 

「ぶっは! なんじゃありゃ? 箱下どんだけ取られてんだよ?」

「さぁな。…………最低でも20万だってよ」

「にじゅーまっ、ぎゃはははははは!」

 

 俺の言った数字に、矢木たちが腹を抱えて大笑いする。

 オメーらだって同じ条件なら間違いなく同じくらいの数字になるっつの。

 

「あー………腹痛ぇー……。つかあれだろ? 昨日帰った後に気付いたが、てめぇ清澄の麻雀部か? 一緒に居た連中がそうだったはずだけどよ」

「それがどうした?」

「あのチビどもみてーに、てめぇはサマ使えねぇわけか?」

「え?」

 

 サマ? 一瞬何の事だかわからなかった。

 

「サマって………イカサマって意味か?」

「たりめーだろ」

「咲たちがイカサマって、どういう意味だよ?」

 

 そりゃあ前に和に訊いた話で、入部したばかりの咲は小手返しでツモ牌をごまかしたりしていたらしい。

 でも、イカサマなんてしたことはないはずだ。少なくとも、きちんと麻雀をやると決めた頃からは。

 

「おいおい、お前それ本気で言ってんのか? 公式戦何見てたんだ?

 あんな連発して、嶺上ツモるわけねーだろ!」

「!」

「嶺上の出る確率知ってるか? 1%ねーんだぞ? んなもん連発できるとしたら、サマ以外ありえねーだろ!」

「っ……!」

「それにもう一匹のクソチビも怪しいもんだ。東場だけ異様に毎回配牌が良すぎる。

 南場で失速すんのも、ひょっとしたら東場でのサマをごまかすためなんじゃねぇのか? 帳尻合わせによ」

「黙れ!」

 

 気が付いた時には、俺は矢木の胸ぐらを掴んで持ち上げていた。

 矢木は自分より背の高い相手に憤怒の形相で迫られて一瞬怯えるが、すぐにとって付けたような嘲りの表情を浮かべる。

 

「それ以上あいつらを侮辱してみろ…………!

 そこの人の指を切り落とす前に、俺がお前らを一生麻雀の出来ない体にしてやる!」

「おいおい、図星だからってんな怒んなよ。サマ野郎」

「てめぇ………!」

 

 安い挑発だと分かっているのに、どうしてもそれを無視できない。

 

「実際当たらずとも遠からずだろ?

 他の部員のレベルをみりゃ分かるってもんだ。ここまで雑魚って言葉がぴったりな奴も珍しいぜお前?

 サマしか能のねぇ卑怯者どもはすっこんでろよ!」

「っ!」

 

 バキッ!

「がっ!?」

 

 矢木を殴ろうとして腕を上げたのと同時に、何かで思い切り頭を殴りつけられ、隣の雀卓に突っ込む。

 牌を床中にまき散らしながら痛む頭を押さえて立ち上がると、竜崎が椅子を両手で振り抜いた体勢でいた。

 周りの客が慌てて俺たちの側から逃げ出す。

 

「痛ぅ………!」

 側頭部から、ぬめ付いた血液が流れる。頭を切ったらしい。

 

「はっ、言葉につまれば逆切れか? いいぜ、やってやろうじゃねぇか」

 

 叩きつけられた鼻頭を抑えながら、矢木が臨戦態勢をとる。

 他の二人も同じだ。

 

「オラァ!」

 

 突っ込んできた矢木の拳を腕で受け止める。

 伸ばされた腕を掴んでねじあげようとする間もなく、すぐに竜崎がまた椅子を思い切り振ってくる。

 

「うわっ………!」

 

 慌てて腕で頭部を守るが、何度も執拗にガードの上から椅子を叩きつけられる。

 極めつけに、脇から黒崎の蹴りがわき腹にめり込む。

 

 もう一度派手に吹き飛び、雀卓がもう一台倒れる。

 

「げほっ………」

 

 椅子を振り抜くのもそうだが、こいつらは一切容赦がない。

 俺だって、誰かを殴りつける時はおっかなびっくりなんだ。だけどこいつらは、他人を傷つけることに一切の躊躇がない。

 

「いくら泣き喚いても終わんねーぜ?

 『ごめんなさい、僕たちはイカサマをして勝ってきました』って、部員のお前が週刊誌辺りに言うなら考えてやっけどな」

「…………!」

「そっちの伝手はいくらでもあんでな。きっといい記事になるぜぇ?

 現役の部員が、自分たちの功績を全部イカサマによるものだったって告発したらよぉ?」

「そんなことっ…………!」

 

 もしそんなことになったら、冗談では済まない。

 赤の他人が周りで囃し立てるのならともかく、身内が自分たちはイカサマをしたと宣言したら、どんな取り返しのつかないことになるかわからない。

 公式戦の映像があれば、咲たちがイカサマをしていないのは明白だ。でも、間違いなくひと悶着は起こる。

 少なくとも、咲たちが今まで通りに麻雀を打つことは難しくなる。

 麻雀部が出場を辞退する羽目になったり、部長はプロへの内定を取り消されるかもしれない。

 

 現にインハイ本選でイカサマのバレた矢木は、無期限の公式戦出場資格剝奪処分を受けている。

 

「おらっ!」

「ぉげっ!?」

 

 もしそんなことになったらという恐ろしい未来について気を取られ過ぎ、矢木の蹴りを防げない。

 わき腹に爪先がもう一度めり込んだ痛みに悶絶する。

 

「~~~~~~っ!」

「ほらほら、どうしたぁ!? なんか言ってみろよ、イカサマ野郎!」

「だ、れが、イカサマだ………! てめぇが、その最たるもんだろうが………」

 

 矢木は舌打ちを一つすると、もう一度拳を振り上げた。

 

 がしっ

 

「え?」

 

 その拳が、横から伸びて来た腕につかまれる。そしてそのまま

 

 バキッ!

 

「ぐほっ!?」

「矢木ぃ!?」

 

 矢木の腕をつかんだ赤木さんが、その拳を矢木の顔面に叩き込む。

 矢木が俺に負けず劣らず、卓を散らして派手に吹っ飛んだ。

 

「ほれ、京太郎。立てるか?」

「は、はい…………」

 

「て、てめぇ! 俺が誰だかわかってんのか!?」

「知るか、そんなもん」

 

 左手に持っていた煙草をふかしながら、赤木さんが心底どうでもよさそうに答える。

 

「だったら教えてやる! 俺ん家は爺さんの代からこの竜崎の親父が組長を務めるヤクザの代打ちでな、要するに俺に手を出せば、稼ぎ手を潰されたヤクザのおっさん達が痛い目に遭わせるってこった!

 おっと、そこで警察呼ぼうとしてる奴! 下手な真似はすんなよ? でなきゃグラサン付けたおっさんが毎月みかじめ料をせびりに来ることになるぜ!」

「ひっ………」

 

 電話に手が伸びていた店員さんを、目ざとく矢木が見つけて脅す。

 しかし一方で、赤木さんは口元を歪めるだけだ。

 

「ヤクザが俺を痛い目にねぇ…………」

 

 やっぱりこの人筋モンだよ。カタギじゃないよ。

 ほら、あんまりビビんな過ぎて矢木たちも戸惑ってるもん。

 

「……まあいい。この店は後回しだ。先に昨日てめぇらのいた店からだな」

「なっ!?」

 

 roof-topをヤクザを使って潰す。この男はそう言っているのだ。

 

「まてっ! 染谷先輩は、あの店の人は関係ないだろ!?」

「は、知るかそんなもん。イカサマ使うような奴の店は、潰れて当然だよなぁ!?」

「っ………!」

「いいぜ別に? 代わりにお前がイカサマを認めて、マスコミにそう言うなら止めてやるよ。んなことになれば、どっちにしろ店は潰れるかもしれねぇけどな」

 

「……………ふざけるな」

「あ?」

「ふざけるな! 自分の弱さ、力の無さを! 実力のある人達を自分達のところまで引きずり落とすことでしか目を逸らせないクズが! あいつらを、誰よりも麻雀が好きで、まっすぐに頑張ってきた人達を馬鹿にするんじゃねぇよ!」

 

 店中を震わせる俺の叫びに、矢木たちが一瞬面食らう。

 だがこいつらは、他人を傷つけることを厭わないクズたちはこんなことでは変わらないだろう。

 だから、俺も覚悟を決める。

 

「おい、人を雑魚だのイカサマだの謗るなら、当然お前らは強いんだろうな?」

「ああ?」

「今から俺と半荘5回の勝負をしろ。お前たち3人と、俺1人だ。そして………」

 

 俺は震える手を、胸の前まで持ち上げる。

 

「俺が1位になれなかったら、その回数につき2本、俺の指を切り落としていい」

「なっ……」

「あいつらがイカサマをやっていたなんて嘘は、口が裂けても言わない。あいつらの麻雀打ちとしての未来は、誰にも傷つけさせない。

 だから………代わりに、俺の麻雀打ちとしての未来を賭ける。仮に負けても、あいつらの将来を守れるなら1人辺りに指2本くらい、安いもんだ」

 

 みんなは俺とは違う。皆才能に溢れ、輝かしい未来を持っている。

 大事な皆の未来を守るためなら、命だって賭けていい。

 

「もし俺が5回連続で勝ったら、二度と俺たちの前に現れるな! 咲たちを侮辱したことも、染谷先輩の店で好き勝手したことも、全部土下座して謝ってもらう!

 それとも怖いか? 麻雀初めてまだ10カ月も満たない奴に、春にはボコボコにしたやつに、3対1の勝負で5連続負けるのが? インハイ本番でイカサマがばれた以上に恥ずかしいエピソード作るのが、そんなに怖いか!?」

「んだと………!」

 

 俺の挑発を受けて、矢木がいきり立つ。

 

「はっ………言ったな! もう取り消せねーぜ!? ………おい黒崎」

「何だ?」

 

 矢木が黒崎に何かを耳打ちすると、黒崎は笑みを浮かべて二言三言返した。

 それを受けて、矢木は俺に向き直った。

 

「いいぜ………その勝負、受けてやる」

「…………! わかった。じゃあ、ここで今すぐ………」

「いや、場所は変える。ここじゃ色々と都合が悪いんでな。おい、竜崎。足を呼べ」

「ああ」

 

 竜崎がスマホを取り出し、車を寄こすように命令口調で話す。きっと、ヤクザの下っ端でも読んだのだろう。

 

「10分以内には車が来る。それで、俺たちの指定する雀荘で売ってもらう。心配すんな、別にうちの組の事務所に連れ込もうってわけじゃない。少し離れちゃいるが、一般の雀荘だ。ここより俺たちの顔が利くがな」

「……わかった。それでいい」

 

 俺は打っていた席に戻り、荷物をまとめ始めた。

 頭を切ったことを心配して、店員さん達が慌てて救急箱を持ってきてくれる。

 俺は雀卓を倒したりしてしまったことに頭を下げて、手当てを受けた。

 

「京太郎」

「赤木さん…………すみません、勝手なことして……」

「何で俺に謝んだよ? お前が今謝らなきゃいけねえ相手なんざ、どこにもいねぇだろ。

 にしても参ったな。命を懸けた勝負までは、流石に教えるつもりもなかったんだが……」

 

 赤木さんが頭を掻き、どうしたものかとため息をつく。

 

「………京太郎。まっすぐに行け」

「え?」

「まっすぐ、ひたすらにまっすぐ無謀と勇敢、暴打と攻撃的の分水嶺を攻め続けろ。

 あの手の打ち手は、そう大した事はない。所詮、人を騙し嵌めることしか考えてねぇ。そんな痩せた考えに基づいた麻雀、勢いに乗った相手を止めるのは容易くねぇ」

「まっすぐ………」

「ああ。一度強い心で勢いに乗りさえすれば、お前に分がある。迷うな」

「わかりました………」

 

「おい、車が来たぜ」

 

 竜崎が顎で指した店の外には、黒塗りの車が止まっていた。

 

「赤木さん。俺一人でいいです」

「………いいのか?」

「ええ、赤木さんを巻き込むわけにはいきません。………下手すると、ヤクザ相手じゃ何があってもおかしくない」

「それはお前にも言えるだろう」

「かもしれないけど………大丈夫ですって。見ての通り、ガタイはいいですし、思い切り暴れれば逃げるくらいできますよ!」

 

 俺はポージングの恰好をとって、明るく振舞う。

 嘘だ。実は滅茶苦茶怖い。そもそも相手が本当に麻雀の勝負を受けたのかも定かではないのだ。

 

「じゃあ………行ってきます」

 

 赤木さんと別れ、先に矢木たちの乗っていた車に乗り込む。

 幸いなことに、乗った瞬間袋叩きにされるということはなかった。車はそのまま発進し、俺の知らぬ場所へと赴く。

 

「さて………どうしたもんかね」

 

 

 

 車が止まったのは、 雀荘を出て15分程度の場所のビルの前だった。

 建物の表面はところどころひび割れていて、非常階段と思しき外付けの階段の一ヶ所に、さび付いた雀荘の看板があった。

 

「4階だ。ついてこい」

 

 矢木が車から降りて伸びをすると、俺の方を見ずにそう言って来た。

 俺は無言でその後をついていく。

 

 車を運転していたヤクザはそのまま車の中に残り、階段を上るのは俺達4人だけだ。

 

 ギイィ………と、顔をしかめてしまうような耳障りな音を立てて、雀荘の扉が開かれる。

 そこは暗いオレンジの蛍光灯に照らされた、昭和の戦後の映画に出そうな雀荘だった。

 客はいないが、日本酒の便が並んだカウンター席には、頭の禿げかけた店主が競馬新聞を広げていた。

 

「おい親父、邪魔するぜ」

「あん……まだ店は開いていな…? りゅ、竜崎の坊ちゃん!? こ、こりゃどうも……!」

 

 竜崎が声をかけると、店主は仰天して姿勢を正した。

 

「前に黒崎宛に来た荷物、今持ってこれるか?」

「は、はい! 持ってきます!」

 

  店主が店の奥に入り、ドタドタとせわしなく荷物をひっくり返す音が聞こえる。

  このあたりから、俺は嫌な予感が強くなるのが分かった。どうせ、ロクなものは来ない。

 

 1分とせずに、息を切らした店主が段ボール箱を抱えて来た。

 カウンター席に取り出されたその中身を見て、俺は眉をひそめた。

 

(裁断機………? …………!)

 

 ぐら、と視界が揺れる。

 最初それを見た時は、職員室とかにある大量の紙束を切るための裁断機かと思った。

 しかし、その刃が行き着く先にあったものを見て驚愕する。

 

 手形と、指を通す穴。そしてその穴を出たすぐのところに、丁度刃が降りるようになっている。

 直感的に理解した。これは、指を切り落とすための裁断機だ。

 

「うちの伯父さんの伝手でなぁ。帝愛グループじゃ、これで借金を踏み倒す奴の指を切り落とすらしいぜ?

 前にグループ会長に1億賭けて挑んで負けた奴の指4本切り落としたって話だ」

 デカい鼻をひくひくと興奮気味に動かしながら、黒崎が何回か試しにガシャガシャと裁断機の刃を下ろす。

 

(ああ………)

 現実感の無さゆえに一周回って、他人事のように感じられたのはかえって幸いだった。

 俺はこれから、半荘1回負けるごとにあれで指を2本切り落とされるのだ。

 

「丁度良かったぜぇ~。これ、1度使ってみたかったんだよぉ~~」

「なら、残念なまま終わらせてやるよ」

「は?」

 

「お前らなんかに、俺は負けない」

 

 胸を張って言い切る。虚勢だってかまわない。でも、勢いを少しでも殺したら一瞬で負ける。

 その確信があった。

 

「お~言うなぁ? そんじゃもう後戻りできねぇぜ。座りな」

 

 矢木がへらへらと笑いながら、爪先で雀卓の一つをつつく。

 俺は言われた通り席に着いた。

 対局開始だ。




最近麻雀から離れていたけどまたアプリでちょこちょこ遊び始めました。
素っ頓狂な捨て牌読みとかすると思うけど、全部我流だから許して。何でもはしません。

(牌画像どこかミスしてると思うけどそのうち直します。
 それとどなたか牌画像を上下逆さまに描写する方法知っている方いたら教えてください。90度しか回転できないんよ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話 奮戦

修論も無事に終わり、4月から新社会人になることになりました。
卒業式も卒業旅行もコロナで潰れましたけどね。

一次創作の小説ばっかり書いていてこっちがおざなりでしたすいません。

※多分どこかしら牌画像の扱い間違えている部分有りますけど、
 見つけ次第直すので放っておいてください。


東1局 0本場 ドラ{四}

 

親 矢木 25000

南家 竜崎 25000

西家 京太郎 25000

北家 黒崎 25000

 

京太郎 配牌

 

 {二二三四467⑤赤⑤⑥⑧北發} 

 

(悪くない。タンピンドラ2で満貫まで素直に行けそうだ。字牌が頭になったらリーチするかは相談だな)

 

 とりあえず不運の大波が押し寄せていないことに安堵しつつ、第1ツモ。

 ツモ:{東}

 

(……………)

 数秒考え、そのままツモ切りする。

 幸い鳴かれはしなかったものの、第一打からの役牌切り。和がいたら叱られそうだ。

 だがこれは、まともな麻雀じゃない。1対3の、元より不利な戦いだ。

 

 鳴かれた不味いから、せめてだれか出すまで待っていよう。重なるのを待とう。なんて遅延行為は命取り。

 多少のリスクは目を瞑り、とにかく全力で前へ進み続けるしかない。”もしかしたら”の淡い希望には目もくれない。

 

 矢木たちは俺の無警戒な打牌を見て薄ら笑いを浮かべる。

 ああいいさ。今のうちに笑っておけ。その間に俺は前へ進む。

 

 2巡目ツモ:{北}

 

(ほらな?)

 オーソドックスに北から切っていたら、裏目を引いていた。

 そんなの結果論です、なんて頭の中の和が突っ込みを入れてくるが、今はそれがありがたい。

 和だけじゃない。心の中のみんなが、指を賭けたこの狂った麻雀でいつも通りに打てる一助となってくれる。

 麻雀部をやめようと思っていた時は、必死に引き留めてきて鬱陶しかった俺の中のみんなが、今はとても頼もしい。

 

 流れは確実に、今俺の味方だ。 打 {發}。

 

「ポン!」

 上家の竜崎が喜々として2枚の牌を倒す。

 役牌が鳴けたのがそんなにうれしいか。その代り、俺のツモ番を増やしているとも気づかずに。

 

 3巡目ツモ:{5}

 

 手牌に入れて、打{⑧}。これで俺の手牌は

 {二二三四4567⑤赤⑤⑥北北}  の2シャンテン。

 

 他の奴らはまだまだ一九字牌の整理。

 

(大丈夫だ。行ける!)

 

 自分の好調を悟られないよう平静を装いながら、俺はツモ山に手を伸ばした。

 

 

「よしよし来たわ。リーチ!」

「あ、それカンです。あ、もう一個カン。あ、嶺上自模りました。8000点」

「やめてよそれ!?」

 

 親跳ねを張った久が悲痛な叫びをあげる。

 咲がいるだけで、生牌を下手には切れなくなる。

 2シャンテン辺りが実質聴牌に変貌するのだから溜まったものではない。

 

「じゃあ私の親ですね。カン。カン! あ、自模りました! 6000オール!」

 

「部長。これなんて言うゲームでしたっけ?」

「奇遇ね和。私も聞きたかったところよ」

「もう天和でいいんじゃないかのぅ」

 

 点棒を払う3人が、げっそりとした表情を浮かべる。

 子3人に1度もツモが回ってこないで親が上がるかつ天和ではない。普通に天和するより確率が低いのではなかろうか。

 

「そもそも嶺上開花出来る確率って何パーセントだっけ?」

「えっと、確か前に統計データを見たと思うんですけど………」

「ちょっと調べてくるじぇ」

 

 卓に入っていない優希が、部室のパソコンで『嶺上開花 確率』と検索する。

 

「2.8%だじぇ」

 

「普通に二局連続で出るだけで、0.09%ないんだけど」

「ぐ、偶然ですよきっと」

「9局やって4局が嶺上開花なんじゃがのう………」

「0.028の4乗の確率ね……」

 

「………ん? あはは! これすごいじぇ!」

「?」

「嶺上開花の他の検索候補見てたら、咲ちゃんの名前が出てきたじぇ!」

「ええ?」

 

 卓を囲んでいる4人が立ち上がり、画面の前に集まる。

 そこには確かに、咲のインターハイでの和了シーンを中心としたネット掲示板などの書き込みが映っていた。

 

「はぁー、とうとう代名詞染みて来たわね」

「『王の牌を制すもの』、『牌に愛された子』、『狂い咲く才媛』………もはや遊ばれてますね」

「のどちゃんも『デジタルの天使』とか呼ばれてるじぇ」

「何よこの私の『悪待ち女、略して悪女』って書き込み!?」

「『キンクリ』ってなんじゃこりゃ?」

 

 対局中であることも忘れ、わいのわいのとはしゃぐ女子達。

 夏以降インタビューはそれなりに受けてきたが、記事以外のこうしたネット上の非公式のものは初めて見た。

 

「他になにか………じぇ?」

 

 別のページに跳んだ優希の手が止まる。

 そこには咲の写真と共に、中傷の内容が書かれていた。

 

『宮永咲、イカサマをしているのは明らか?』

『不正工作疑惑上がる』

『嶺上開花、計算してみた』

 

 

 咲の嶺上開花の頻度が確率的にありえないことを根拠に、咲がイカサマをしているのだという主張が掲示板一杯に書き込まれていた。

 凄いものになると、データを全部集めて『イカサマであることに有意性が確認された』とする書き込みまであった。

 

「………………」

「さ、咲さん?」

「き、気にすることはないじぇ! こんなのは所詮、ザコ共の遠吠えだじぇ! あはは………」

 

 黙り込んでしまった咲を慰めようと、残りの4人が慌てる。

 

「さ、もう休憩はおしまい! 南3局から再開………」

 

 コンコン

 

「あら? はーい、どうぞ」

 

 久がノックされた部室のドアを向き、入るように返事をする。

 

「失礼………」

「あら? 赤木さん?」

 

 部室にやって来た赤木の姿を見て、久が首をかしげる。

 来るのは別に構わないのだが、京太郎が一緒のはずが見当たらない。

 

「赤木さん? 京ちゃんと一緒じゃなかったんですか?」

「ああ、そのことでな」

 

 赤木は胸ポケットから煙草を取り出し加えながら答えた。

 

「赤木さん。校内は禁煙じゃぞ」

「そうだったな………(´・ω・`)」

 

 ライターを取り出したところでストップをかけられ、残念そうな表情を浮かべる。

 

「昨日、お前さんの実家の雀荘で会ったチンピラどもがいただろう?」

「うん? 矢木たちのことかの?」

「ああ、あいつらと取っ組み合いの喧嘩を派手に始めやがってな」

「ええ!?」

「雀荘の中で、向こうは椅子まで持ち上げて京太郎の頭をガンガン殴ってたな」

「きょ、京ちゃんは!? 京ちゃん、怪我はしてないよね!?」

 

 赤木の目の前まで詰め寄って、涙目で見上げながら咲が問い詰める。

 

「いや、だから頭を椅子で殴られたんだって。結構血も出てたな。そのまま倒れたところを蹴られて………」

 

 ふら………と咲の身体が力を失い後ろへ傾いた。

 

「さ、咲さん!」

 

 慌てて和が支え、ゆっくりと息をつかせた。

 

「何でもあのチンピラどもが、お前さんたちのことをイカサマだと何だの馬鹿にしたらしくってな。しかもヤクザを使ってお前さんちの雀荘をぶっ壊すだのなんだの………まったく最近のガキは物騒だなぁ」

 

 赤木が自分の少年期を知っている人間がいたら、口をそろえてお前が言うなと言われそうなセリフをさらりと口にする。

 

「そ、それで須賀君はどうしたんですか!?」

「まぁ京太郎が殴ったらそれこそ暴力沙汰だからよ、必死に押しとどめてたな。

 向こうは部員である京太郎に、お前さんたちはイカサマですって言わせたかったらしいが死んでも断るつってな。代わりに自分の麻雀打ちとしての将来を賭けやがった。場所を変えて、奴らと半荘5回の勝負だとよ」

 

 笑みを隠そうともせず、赤木は狂ったギャンブルの内容を喜々として語る。

 

「え?」

「半荘1回1位になれないごとに、指2本切り落とせとよ。お前さんたちの麻雀打ちとしての将来の為に、一人辺り指2本差し出しやがった」

「え…………?」

 

 半荘で1位になれなかったら、指を切り落とす。

 そんな狂気の沙汰に京太郎が及んだと聞いて、部員全員が血の気を失う。

 

「す、須賀君は、須賀君はどこですか!?」

「すぐに、警察に………!」

「おいおい、あいつはお前らの為に指10本全部賭けてるんだぜ? 野暮なことはしてやるな」

「それが問題なんじゃないですか! もし、もし本当に指を切られるようなことになったら! あの人たち、本当にそうしたって噂があるんですよ!?」

「だがな、もし警察沙汰になってみろ。あいつが一方的に殴られても我慢して、ついでに指を賭けてまで守ろうとしたお前さんたちの立場が危ういことになるぜ?」

「っ…………」

 

 確かにそれはそうだ。

 仮にこちらが完全な被害者であっても、警察沙汰になれば部にも少なからず被害が及ぶ。

 京太郎の負わされた怪我の程度はわからないが、それでも暴力事件に関与したとなれば、体面を気にする学校の指示で出場停止処分になっても何ら不思議はない。

 久のもらったプロ内定も、白紙に戻るだろう。

 

「…………いいわ、構わない」

「え」

「そこまでしてくれる後輩を見捨てるような真似をしたら、それはもう人間じゃあないわ。

 あれだけ酷いことをした私たちを、そうまでして庇ってくれてるんだもの。助けない理由がないわ」

「自分達の業績も、全部パァにしてもか?」

 

 部屋に飾ってあるインハイの入賞記念の賞状を、赤木が顎で指す。

「ええ………私は構わないわ。皆、私は今すぐに警察に行くけど、もし面倒ごとは避けたい人がいたら………」

「何言ってるんですか! とにかく今は、早く須賀君を保護してもらわないと!」

「赤木さん、京太郎が場所を移したというんはいつ頃の話じゃ?」

「大体2時間しないくらいだな。雀荘で一休みしてからからここまで歩いてきたもんでよ」

「2時間………移動に30分かかったとしても、もう半荘3回目に入り始めていてもおかしくない時間じゃ」

「その……ゆ、指の件が半荘1回ごとか、終わった時に最後まとめてかわからないですけど、あと半荘3回分……2時間かからないくらいですか」

「赤木さん、京太郎の行き先に心当たりは?」

「あるっちゃあるが………電話貸してくれるか?」

「え? あ、えっと………はい」

 

 久が数秒迷ったが、今は火急の事態なのでおとなしく赤木に渡した。

 

「その手の情報に詳しい知り合いに訊いてみよう。

 竜崎の孫ってことは、親は川田組………確か石川さんが、まだ相談役としていたっけな………」

 

 何やら呟きながら、廊下に出てどこぞへと電話を掛ける。

 そしてそのまま数分すると、部室に戻ってきた。

 

「竜崎の組は、東京の川田組ってとこの傘下だ。その川田組に知り合いがいるんで、今調べてもらっている。折り返しですぐに電話が来るはずだ」

「は、はい…………」

 

 久が1件増えた発信履歴の番号を眺めながら、曖昧にうなずく。

 他人に携帯を貸したら、ヤクザの組の電話番号が履歴に追加されて返されたのだ。中々経験できることではない。

 

「念のため確認しておくが、本当にいいんだな? この件のせいで、お前たちはもう大会に出れねぇかもしれんぞ。特に部長さん、あんたはプロの話もおじゃんかもな」

「ええ、構わないわ。今後の須賀君の大会参加が難しくなってしまうのは、とても申し訳ないけど………でも、彼は私たちの仲間です。彼が自分の麻雀打ちとしての将来を賭けたというなら、私たちだって、このくらい当然よ」

「くくく…………揃いも揃って、羨ましくなるほどのお人よしだな………」

 

 赤木が笑みを浮かべる。

 そもそも赤木がここに来たのは、久たちを試すためだ。

 京太郎が見せた覚悟に、久たちがどのような行動をとるか。本当に、久たちが京太郎があそこまでする価値のある人間なのかを。

 

 もしここで怖気づいたり、自分たちの経歴に傷かつかないようにするのを第一とした立ち回りをしようとしたら、赤木は久たちに京太郎の行き先を探す手助けはしなかった。

 本当に心の底から強くなろうとする京太郎に久たちはふさわしくないと判断し、かつての自分ほどまでではないものの、破滅を賭けた勝負を常とする無頼に育て上げようと思っていた。

 

(友……か)

 

 しかし、ここまで見事に覚悟を示されては文句のつけようもない。

 誰かのために必死になれるその性格を、赤木は好ましさ半分、羨ましさ半分といった具合で眺めていた。

 

 

 

 タンッ………カチャ………タンッ…………

 

 牌をツモる音と打牌する音が、交互に延々と続く。

 卓を囲む4人と、店の主の5人のみの空間で、口を開く者はいない。

 異様な雰囲気が、暗く陰鬱な店内に漂っていた。

 

(なんだよ………!)

 

 タンッ………

 

 嫌な汗が背から首筋周りに浮かぶ。

 いつからか誰も口を開かなくなったこの勝負。誰もこんな展開は想像していなかった。

 

(なんなんだよ、これは…………!?)

 

手牌

 {333②③④⑦⑦⑦一二三中}  ツモ:{⑧}  ドラ:{④}

 

(くっ…………!)

 

 役無しの中単騎から、同じく役は無いものの3面張となる{⑧}引き。

 ともかく、相手の捨て牌を見る。

 

{

 南 7 ② ① 北 9 

 3 赤5 發 ③ 白 横二

 東}

 

 あからさまな萬子の染め手。

 リーチ前の{發}と{白}は、混一色から清一色に移ったためだろう。

 {中}は場に1枚出ているのみだが、清一色相手なら字牌の危険性は下がっている。 

 

 そのはずが、やけに指に吸い付いて離れない。

 

(くそっ、何をビビってるんだ、俺は!?)

 

「リーチ!」 打 {中}

 

 

(ああ…………)

 

 

 河に放たれた横向きの中を見て、張りつめていた糸が緩まる。

 体中に血が流れていることに、今更ながら気づいたような感覚だ。

 

「ロン」

 

 京太郎は、静かに手牌を倒した。

 

 {二二三三七七八八發發白白中 ロン:中}

 

「リーチ・メンホン・七対子 跳満、12000点」

「がっ………!?」

 

 矢木は瞠目した。

 京太郎の捨て牌の{發、白、二}。

 これらを手牌に納めておけば、同じ{中}で上がってもそれだけで混一色・小三元・三暗刻の倍満。

 上手くいけば大三元まで在り得た。

 だが京太郎はそれを蹴り、あえて跳満まで手を落とした。

 

「点棒を」

「ちっ………!」

 

(なんなんだ、こいつ!?

 前に会った時は完全など素人だった! それは覚えてる。

 だが………逃げるのが上手いだけじゃねえ、どっからかわからねえが、盤面を支配して、結果点棒を制しているのはコイツだ…………!

 なんなんだよ………これは!?)

 

 矢木は苛立ちと焦燥を隠しきれず、歯を食いしばって京太郎を睨み付ける。

 1,2回戦は別に気にしてはいなかった。

 矢木たちも本気ではなかったし、なぶり殺しにしようと愉しむ目論見の方が強かったからだ。

 だが、妙だと感じ始めたのは3回戦から。

 そろそろ本気を出そうとした時からだった。

 

 思うように和了れず、京太郎に常に1歩先を行かれる。

 その打ち筋は時に原村和のように精錬されており、時に今のように竹井久のような常軌を逸した馬鹿げた悪待ちにも変わる。

 基本的に3対1の振りを覆すために超速攻でくるが、その隙を突こうと短くなった手に対して多面待ちで待ち構えれば、盤面を注視したかと思えば和了りを放棄してまで振り込んでこない。

 

 この場を制しているのが誰かは、一目瞭然だった。

 

 

 

 手元へ乱暴に投げられた点棒を、自分の点棒箱にしまいながら京太郎は、今自分が恐ろしいほどの絶好調にいることを自覚していた。

 

 恐怖は今もつかず離れず、隙あらば押し寄せようとしている。

 だがそれを押し返しているのは、今の自分の状態。

 体中が心地よい熱を帯びて、熱い血流が体中をドクドクとめぐっている。

 そしてそれとは対照的に頭はどこまでも冷え、集中力は止まることを知らない。

 

『いいか京太郎。麻雀ってのは当たり前だが、人間同士がやるもんだ。そいつが人間な以上、どうしてもそこに感情が入ってくる。

 牌だけじゃない、人を見ろ。そいつの表情が大きく変わった時、どこを見ていたか、どこにその嫌な牌を入れたか、それを見るだけで随分と違う』

 

(本当に……赤木さんの言う通りだ…………)

 

 京太郎が、矢木が{中}を自模ったのだと知ったのは7から8巡目にかけて。

 京太郎の捨て牌から京太郎の手が萬子の混一色だと読んでいた矢木は、ある牌を引いて猛烈に顔をしかめ、それを手牌の端に入れた。

 迷わず端に入れたことで、それを字牌だろうとあたりをつけた京太郎は、河に出ている字牌の枚数から、それが{中か北}だと見破った。

 しかし北は早々に京太郎が捨てているので、捨てるのに気にする必要はない。ならばあの牌は{中}ということになる。

 

 相手にロン牌を掴ませることは、裏を返せば握りつぶされることでもある。

 そこで京太郎は、なんとかしてこの{中}単騎になりそうな手に振り込ませるため、暗刻になっていた{發、白}を落とすことで混一色から清一色への移行を装った。

 

 相手に振り込ませるために、翻数を下げる。

 作戦を実行に移す際、京太郎の脳裏には久のことが浮かんだ。

 いざ実行に移す際にはやや躊躇われたこの作戦も、当然の如く悪待ちを決める彼女のことを思い出すだけで、京太郎の心からは一切の迷いが消えた。

 

 この場にいるのは京太郎一人。

 だが心の中には、みんながいて支えてくれる。

 この絶好調の流れを、来ている手をどう生かせばいいかは、ずっと憧れていた皆が嫌というほど見せてくれていた。

 

4回戦 南4局   {ドラ:3}

 

西家 矢木 7000

北家 竜崎 20800

東家 黒崎 34000

南家 京太郎 39200

 

 4回戦も大詰め。

 黒崎に3900を自模られるか、5800以上を和了られない限り京太郎の勝ち。

 5800は親としては決して難しい数字ではない。

 

 軽くて速い手が望ましい時、京太郎の手牌。

 

{一二二6667⑧⑧⑨南北發 ツモ:⑨ }

 

 索子の繋がりが上手く繋がってくれればいいのだが、下手をすると辺張の処理に困り対子手になりかねない。

 七対子2シャンテンでもあるが、早上がりしたいオーラスでそんなことをしている暇はない。

 

(頼むぜ、ここを逃げきれればあとは5回戦でおしまいなんだ………!)

 

 汗ばむ手で{南}を切る。

 

「ポン!」

(ちっ!)

 

 早速親の黒崎が{南}を鳴く。

 役牌を重ねるのに期待していては時間がかかるので早々に切ったのだが、相手がすでに役牌対子であった場合裏目になる。

 相手にも役牌を重ねられる前に……ということで、全員共通で役牌になる{南}から切ったのだが、まずいことによりにもよって親に鳴かれてしまった。

 

「チー」

(くっ………)

 

「ポン!」

(早っ………!)

 

 その後も黒崎は追加で2鳴き。

 早くも7巡目で聴牌気配を見せる。

 捨て牌からして多分索子か、萬子の上あたり。

 俺は索子は真ん中以上なら手牌に入るので構わないが、萬子の上だと手を回さ無いといけない。

 

 歯噛みした、その時だった。

 

 京太郎手牌

{二三四6667④⑧⑧⑧⑨⑨}

 

 黒崎 打{⑧}

 

({⑧}…………?)

 

 自分でも最初はなぜかわからなかった。

 その牌を見た瞬間、今この状況がすべて解決されたような感覚に包まれた。

 続いてやってくる理性がそれを否定するが、俺は絶好調の今の自分の直感を切り捨てる気にはならなかった。

 文句を叫ぶ理性を無理やり従わせて総動員し、この{⑧}で局面を打開する方法を考える。

 だが、思い浮かばない。

 鳴ける牌ではあるけど、鳴いたところで役無しになるだけだし、聴牌にもならない。

 同じ鳴けるなら{58}あたりをチーして、{⑨}の対子落としでタンヤオへ向かうくらいしか………。

 {⑧}じゃポンしても、ましてやカンして――――――

 

(あ―――――)

 

 カン。その一言だけで、すべてが繋がった。

 脳裏に浮かぶのは、チビでポンコツな、誰よりもかっこいい俺の憧れの雀士。

 

「――――ポン」

 

 俺は迷わず、{⑧}を2枚倒した。

 そして、打{④}。

 

京太郎手牌

{二三四6667⑧⑨⑨  ポン:横⑧⑧⑧}

 

 役無しのイーシャンテン。だが、俺には上がりまでの道がはっきり見える。

 

 次巡、矢木も竜崎も差し込むことは出来ず、黒崎もツモ切り。

 見えている範囲ではまだ{南}ドラ1の2900点なので、差し込みでは逆転に届かないのだろう。

 俺からの直撃か、出来るなら自模りたい目論見が分かる。

 

 そして無事迎えられた俺の番。

 ツモは{⑨}。

 

「カン」

 

 {⑨}を手牌に入れ、手牌の{⑧}を加カンする。

 これで俺は{5-8,7}待ちの3面張。

 

京太郎手牌

{二三四6667⑨⑨⑨  加カン:⑧横⑧⑧⑧}

 

「矢木、嶺上牌はお前がとってくれ。イカサマだとか、あとで言われたくないからな」

「ああ? ………ちっ」

 

 矢木が舌打ちしながら、嶺上牌の背をつまんで俺の目の前に伏せたまま置く。

 

(たのむぜ………!)

 

 汗の滲む手で持ってきたのは……………{③}。

 

「くそっ………!」

 

 3面張は良い待ちとは言え、絶対的に信頼できるものというわけでもない。

 事実俺は先日、7面張のツモで2回連続和了り牌を引けなかったのだから。

 幸い安牌ではあるので、そのままツモ切る。

 

「へっ………」

 

 清澄の一員である俺がカンをしたことで、一瞬矢木たちは強張った顔を見せてはいたものの、すぐにその焦りは消え去った。

 さらに新ドラをめくると、表示牌は{東}。黒崎が最初鳴いた{南}にもろ乗りしてしまった。

 ツモにこだわらずとも、差し込みで逆転可能。

 

(やばっ………!)

 

 いやな汗が一気に噴き出す。

 これで差し込まれたら、俺には一切の対抗手段がない。その時点で終了だ。

 

「へへへ………藪蛇だったな?」

「っ………」

 

 露骨に安堵の息を漏らしながら、竜崎がツモる。

 しかし、すぐその表情が苦いものに変わる。

 

「ち…………」

(? ひょっとして………手牌に無いのか? 黒崎の和了り牌)

 

 軽く舌打ちした竜崎の顔を見て、僅かな安堵が俺の中にも芽生える。

 だが竜崎が矢木の方を見やると、矢木は笑みを浮かべて頷いた。竜崎の手にはないだろうが、おそらく奴の手には差し込める牌があるのだろう。

 竜崎が再び自分の手牌に目を落とし、俺の河と見比べる。

 

「んー………」

 

 竜崎の手牌は、リーチなしで俺から5200以上を奪えるようにするためか筒子の染め手気配だ。

 

(頼む………!)

 

 竜崎が持っていそうで、俺が最後の悪あがきを行える牌は、1つしかない。

 それを出してくれなかった瞬間、俺の指が最低2本切り落とされることになる。

 

「ん………」

 

 ややあって、竜崎が切ったのは{⑨}。

 俺の{⑧}カンを見て、壁が出来た{⑨}を切ったのだろう。

 

「ッ………カン!」

 

 吠えるように声を上げ、手牌の{⑨}を3枚倒す。

 

「はぁっ…………はぁ……!」

 

 {⑨}が出てくれたことで、張りつめていた息を思い切り吐き出す。

 暖房は幾分か効いているとは言え、12月に掻く量とは思えない大量の汗が、滝のように額や背を流れる。

 しかし、本当の綱渡りはここからだ。

 

京太郎手牌

{二三四6667  

カン:⑧横⑧⑧⑧ ⑨⑨⑨横⑨}

 

 再び3面張の嶺上ツモ。

 ここで和了り牌を引けなければ、次巡が来る前に矢木が竜崎に差し込み、俺の指がまずは2本飛ばされる。

 

(頼む………咲……!)

 

 今にも折れそうになる心を、咲の姿を思い浮かべることで辛うじて奮い立たせる。

 矢木が同じようにして目の前に置いた牌に、ガタガタと震えて止まない腕を伸ばす。

 持ってきたその牌は…………

 

「へへっ…………」

「おい、どうしたよ?」

「早くしろよ。こっちゃもう少しで和了れそ――――」

 

「カン」

 

京太郎手牌

{二三四7}  

 カン: {裏66裏 ⑧横⑧⑧⑧ ⑨⑨⑨横⑨}

 

 

「なっ!?」

「ああぁ!?」

「んだと!?」

 

 持ってきた牌は{6}。

 命はつないだものの、3面張どころか{7}単騎。しかも場に2枚見えている地獄待ちとなった。

 でも、

 

 

(…………不思議なもんだな)

 

 さっきまでの腕の震えが、ピタリとやんだ。

 状況は相変わらず厳しいのに。

 三槓子が付いたから、もしかしたらここでツモれなくても、うまくいけば出和了り出来る、とか。

 そんな数少ない新たに生まれたメリットすら、どこかに吹っ飛んでしまった。

 今はただ、早く嶺上牌に手を伸ばしたい。

 

(そっか………咲、お前はいつも)

 

 心なしか顔色の悪くなった矢木が、3枚目の嶺上牌を俺の目の前に置く。

 

(こんな気持ちで、麻雀を打ってたんだな………!)

 

{二三四7}  ツモ:{7}

 カン: {裏66裏 ⑧横⑧⑧⑧ ⑨⑨⑨横⑨}

 

「ツモ! 嶺上開花・三槓子! 責任払いで8000点!」

 

 

 4回戦、終了。

 




もっと私に無限に近い時間と発想力と麻雀力があれば、
清澄の面々の特徴を持ったうち回しを京ちゃんにさせたかったのですが、
分かりやすい奴だけ採用しました。

物騒なご時世ですが、皆様も体調にはお気をつけください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話 苦境

明日から社会人になります。

1カ月間名古屋で研修。

さぁさぁコロナにかからずに済むかな~?

とりあえず小説のデータや趣味のカードとかは死んだら友人たちに
送られるよう段取りを組みました。


「はぁ、はぁ…………」

 

 肩を大きく上下させながら息を整える。

 緊張の大波が過ぎ去り、動悸も次第に収まるが、それでも中々普段通りには戻ってくれない。

 手足の先の毛細血管までが、じんじんするようなしびれが取れないし、視界も酸欠の後のようにくらくらする。

 

「悪いけど、トイレ行かせてもらうぞ」

 

 矢木たちの返事を待たずに俺は席を立ち、おぼつかない足取りで店の奥のトイレに向かった。

 用を足す気にはなれず、手洗い場の蛇口をひねり冷水を手に組むと、それを顔面にぶちまけた。

 

「ふー………」

 

 これで5回戦中4回戦は凌いだ。

 オーラスは生きた心地がしなかったが、それでも何とかなった。

 矢木たちは3回戦辺りから焦りだしたのか、各自が好きにやっていたそれまでと異なり1対3の形で押しつぶしに来ている。

 次も生き残れる保証はどこにもない。

 

「かと言って、逃げ出すことも出来ねぇしな………!」

 

 ここまで来たら、開き直るしかない。怖がるだけ、時間の無駄だ。

 大丈夫、今の俺は絶好調だ。

 

「よし…………」

 

 顔をハンカチで拭い、いざ卓に戻ろうとした時。

 

「うぐっ…………!」

 

 度重なる緊張がたたったのか、腹部に猛烈な痛みが押し寄せた。

 

「いててて………!」

 

 慌てて個室に入る。

 どうやら最終戦開始は少し遅れそうだ。

 

 

「おい、矢木。どうなってんだよ………!?」

「わからねぇ、俺にも何が何だか………!」

 

 京太郎がトイレに行っている間、矢木たちは額を突き合わせて緊急会議を行っていた。

 完全にカモだと思っていた雑魚が、4回戦連続で自分達からトップをかっさらって行ったのだ。

 半年前の京太郎を知っている分、矢木の混乱は大きかった。

 

「ともかく、こうなったらなりふり構っていられねぇ………!

 お前ら、『通し』使うぞ……! 容赦は一切要らねぇ!」

「わ、わかった」

 

 殺気立つ矢木に気圧されながら、竜崎と黒崎が頷く。

 

「それと………おい、オヤジ!」

「へ、へい!」

 

 カウンターで新聞を広げていた店主が、いきなり矛先を向けられて跳び上がる。

 

「例のカメラ、使えるよな?」

「へ、へい。もちろんです」

「よし、次の半荘、通し役頼むぜ」

「は、はい!」

 

 指示を受けた店主は、慌ててカウンターの下の機械類を弄りだす。

 

「よし、これで…………」

 

 がちゃり

 

 丁度その時、京太郎がトイレから戻ってきて、そのまま卓に座る。

 

「待たせたな、こっちはもういいぜ」

「ちっ………」

 

 矢木は舌打ちを一つ打つと、何も言わずに卓に着いた。

 

 

 

「確認すんぞ。

 この5回戦がラストだ。もしここで俺が1位を取ったら、お前らには全員土下座してうちの麻雀部の皆に謝ってもらう。

 今後一切俺たちに関わらないし、染谷先輩の店に他人を使って嫌がらせをするのもナシだ。

 代わりに俺が1位じゃなかったら………指を2本切り落としてくれて構わない」

 

「まぁ………いいだろう」

(…………?)

 

 矢木がやけに素直なのが気になったが、その前に自動卓から牌がせり出てきたので、そのまま配牌に移る。

 

5回戦 東1局  ドラ:{⑤}

東家 竜崎

南家 矢木

西家 黒崎

北家 京太郎

 

配牌

 

{一赤五六六3499②⑧⑨北北} 

{ツモ:四}

 

(悪くない。

 {⑧⑨}の辺張さえどうにかなれば、{北}を鳴いて手っ取り早く役牌ドラ1で上がれる)

 

 大物にはならないが、手早く上がれそうな配牌にまずはほっと一息つく。

 場風牌や三元牌ならともかく、{北}なら5,6順もすればだれか鳴かせてくれるはずだ。

 落ち着いた気持ちで、打{一}。

 

11巡目

 

 京太郎手牌

{四赤五六六399} {チー:横⑦⑧⑨ ポン:北横北北 

ツモ:六}

 

 (おっし聴牌!)

 

 打{3}として聴牌。

 思ったより時間がかかったが、これで{三-六}と{9}の変則3面張。

 

 そして俺の下家、竜崎のツモ。

 竜崎はその牌と俺の手牌を数回交互に見て顔をしかめると、ツモった牌の代わりに{8}を切り出した。

 恐らく萬子でも引いたのだろう。俺の捨て牌には{一と八}が1枚ずつあるだけで、{二~七}は出しにくい。

 だがそのうちツモれるはずだと自分に言い聞かせ、機会を待つ。

 

 14巡目

 ツモ:{⑧}

 (くそっ、中々ツモれない………!)

 

 待ちの{六}は4枚中3枚、{9}は4枚中2枚を自分で使ってしまっているので、残り枚数はそう多くないというのはわかるのだが、どうしても気持ちは焦ってしまう。

 

 

 そしてそうこうしているうちに、誰も上がれず流局となってしまう。

「聴牌」

「ノーテン」

「ノーテン」

「聴牌」

 

 聴牌していたのは俺と竜崎。

 互いに隣の席から1500点ずつもらうが、親は変わらず竜崎のままだ。

 

(また早い手が来てくれるといい…………え?)

 

 親の竜崎が上がれなくてほっとしながら竜崎の手牌を見た途端、目を疑った。

 

 竜崎 手牌

{三三六九九③③7799東東}

 

 七対子{六}単騎。

 3種ある俺の和了り牌をすべて手牌で使い切られていた。

 

 それだけではない。

 竜崎の捨て牌には、引いた時には生牌であった一九字牌がいくつかあった。

 七対子で待っているなら、生牌の客風牌などうってつけの待ちだ。

 それを見送って、あえての{六}待ち。

 

(偶然、か…………?)

 

 やけに拭い難い疑問を残したまま、次の局が始まった。

 

 

 

 70分後―――――

 

(なんなんだ…………?)

 

 東4局 0本場

東家 京太郎 22100

南家 竜崎  13600

西家 矢木  33200

北家 黒崎 25000

 

 あれから竜崎が2回、矢木が3回、黒崎が2回連荘を重ね、1時間以上かけてようやく俺の親が回ってきた。

 めったに起こり得ないスローペース。

 しかしそれでも9局を70分で済んだのは、局一つ一つはかなりのハイペースだったからだ。

 毎回思ったように鳴かせてくれる。むしろこれまでの4回戦より更に脇が甘くなった印象すらある。

 

 だが、たどり着けるのは聴牌まで。

 鳴いているから具体的にはどの時点で俺が張ったのかはわからないはずなのに、俺の聴牌と同時にどいつもこいつもロン牌を出さなくなる。

 そしてそうこうしているうちに親が和了り、たまに俺がツモることによってのみ親が変わるといったことの繰り返しになっていた。

 途中何度か振り込みそうになったが、幸い直撃は一度だけ2300を奪われただけで、大物には振り込んでいない。

 だが、何とも形容しがたい気持ち悪さに付きまとわれたまま、俺の親が来る。

 

(これで俺も連荘できるってんならまだいいんだけどなぁ…………)

 

 安手でも3回連荘出来れば親だし30000点より上には余裕で行けるだろう。

 南場に向けて、ここで余裕を持っておきたい。

 

 京太郎配牌

 

{一一三五七八八九④⑧9西西南}  ドラ:{8}

 

(うげぇっ………!)

 

 表情筋が歪むのを必死で押さえながら、心の中で呻き声を上げる。

 萬子の混一色が可能だろうが、いかんせん手が重い。これでは12巡以上は余裕でかかりそうだ。

 しかも字牌が役牌じゃない。苦労して上がっても、30符2翻で3900どまりもあり得る。

 

(また槓出来ればいいんだけどなぁ………)

 

 これはもう素直に混一色に向かうしかないと割り切り、打{④}から始める。

 直後下家、竜崎の第1打は{西}。

 

「ポン」

 

 1打目をポンされたことでやや面食らったようだったが、いずれバレるのだ。

 そして俺の2打目は{五}。

 

 混一色に向かうなら{五}切りは1つ手は遅れるが、{西}を鳴きつつ{④五}と立て続けに打つことで、周りから見たらチャンタの可能性も同時に残す。

 役に立たない字牌を切りにくくさせることで、他の3人にも手を遅らせてもらう。

 

 そんななけなしの抵抗を交えつつ、迎えた13巡目。

 

 京太郎手牌

{一一二三九九南}  ポン:{西西横西}・{八横八八} 

ツモ:{三}

 

(カン{二}で聴牌………もう混一色狙いなのはばれてるだろうけど、{五}切っておいて良かったよ)

 

 筋引っ掛けで、少しでもロン牌の出やすい状況を作り出せたことに少しの希望を覚えつつ、打{南}。

 

「ポン」

 

 対面の矢木が、俺の捨てた{南}をポンする。

 捨て牌や表情から察するに、これで聴牌したのだろう。

 客風牌をポンした事と捨て牌からして、役は恐らく索子の染め手だ。

 

 下家の黒崎はツモった牌を眺めた後、そのままツモ切り。牌は{三}だった。

 

(おいおい、ホントにどうしたんだこいつら?

 4連敗したらフツーはもう少し慎重にならないか?)

 

 萬子の染め手の俺に対し、無スジの危険牌をツモぎった黒崎に呆れつつ、俺は自分のツモ牌を見る。

 

京太郎手牌

{一一二三三九九} ポン:{西西横西}・{八横八八}

ツモ:{2}

 

(げ…………)

 

 矢木に対して切れない{2}。

 竜崎の捨て牌に1枚あるだけだし、これは捨てられない。

 

 何で俺だけこんな連荘できねーんだよと心の中で毒づきながら、打{九}として躱す。

 この先も振り込まないことは出来るだろうが、和了ることはもう絶望的だ。

 南場4局だけで逆転しなければならないことを考えると、嫌な汗がまた噴き出て来た。

 

 次の矢木のツモ。

 矢木はその牌を見ると、視線を俺の手牌に向けて来た。

 

(? 萬子でも引いて来たのか?

 でも今のこいつらの緩み具合だと、そのままツモ切るんだろうなぁ………)

 

 俺のように手牌に抱えて、和了りを放棄してくれないかなと思ったが、先程の黒崎のことを考えると、ここは俺に厳しそうでも迷わず切ってきそうだ。

 しかし矢木は一度視線を俺から逸らすと、その牌を手に入れた。

 そして代わりに切ったのは{4}。

 

(あれ? 危険牌切らないんだな?)

 

 予想に反して矢木は手を回したらしい。

 しかし安心するのもつかの間。続く黒崎のツモ。

 

「へへ…………」

(?)

 

 矢木と黒崎が顔を見合わせたかと思うと、黒崎はやけにもったいぶった動きで手牌にその牌を加え

 

「リーチ!」

 

 {六}を出しつつ、リーチ宣言をした。

 

(まずい、2鳴きしてるし、萬子が待ちだと躱しきれないぞ………!)

 

 短くなったこの手牌で躱すのは難しい。

 安パイを引けるように祈りながらの俺のツモ。

 

京太郎手牌

{一一二三三九2}  ポン:{西西横西}・{八横八八} ツモ:{2}

 

 何ともう一度{2}を持ってきた。

 これはひょっとして、運が良ければ対々和に向かえるのでは?

 

(少なくとも今黒崎は{六}切りリーチだし、{九}を打つのは間違ってない。

 その後ポンでもツモでも{一、三}を持ってきて、{二}が切れたら………)

 

 思いもよらぬところから出てきた上がりへの道に胸を躍らせ、打{九}。

 

 が、

 

「ロン!」

「え?」

 

 矢木が声高に言い、手牌を倒した。

 

矢木手牌

{111555888九} ポン:{南横南南} 

ロン:{九}

 

「三暗刻・対々。満貫だ」

「えっ………!?」

 

 ガタッ と、俺は思わず立ち上がってしまった。

 想像以上に揃っていた刻子の数もそうだが、何よりその不自然な待ちに。

 

({九}単騎!? ありえない!

 だって直前の俺の捨て牌は{九}だったんだ。俺に萬子を打ちたくなくて手牌に残したものじゃない。

 しかもさっきの矢木の捨て牌は{4}だったろ………!?)

 

 もし{4}を手にとどめておけば、矢木の手牌はこうなる。

 

矢木手牌(1巡前)

{1114555888} ポン:{南横南南} 

 

 {3-4-6}待ちの、高め跳満。

 例えば{二}や{七}などの俺に通らない萬子を引いてしまったのだとしたら{4}切りは正しいが、引いたと思われるのは、俺が直前に捨てた安パイの{九}。

 わざわざこんな待ちにする理由は、どこにもない。

 

(俺の{九}対子落としを見切っていた?

 いや、だったら待ちの広い、かつ点も高い索子待ちのままでもよかったはずだ。

 だって俺は手を回したせいで、最高でもまだ1シャンテンで振込みを恐れる必要なんてなかったんだから!)

 

 震える手で点棒を渡しながら、手牌を見透かされたような待ちに、頭の中が疑問で埋め尽くされる。

 これで南場突入時点の点棒状況はこうなる。

 

 南1局 0本場

北家 京太郎 14100

東家 竜崎  13600

南家 矢木  41200

西家 黒崎 25000

 

(残り4局で………26000点以上………)

 

 泣きたい。逃げ出したい。今すぐみっともなく謝ってでも助かりたい。

 べっとりと張り付いてくる敗北の二文字が、俺から気力を根こそぎ奪っていく。

 

(本当に………そうやって逃げられたら、どんなに楽かね………!)

 

 それでも、これ以上思考を弱気に持って行かれてはならない。

 俺は涙目のまま、ぐちゃぐちゃに歪んだ笑みを浮かべた。

 

(とにかく考えろ! 自棄になったらそれこそ負け確定だ!)

 

 この5回戦の不自然な局の運び、不自然な打牌、不自然な待ち。違和感を感じたすべての局面を思い出す。

 

(まずこの5回戦が、最もこれまでと違うのは、奴らの打牌…………。

 俺が鳴けて有利になる牌だろうと、リーチに対し無スジだろうと構いなく切ってくる。そのくせ、俺が聴牌した途端に危険牌は出さなくなる。

 筋引っ掛けだろうと、七対子単騎だろうと絶対に振らない。

 正直、こいつらにそんな芸当が自力でできるとは思わない。だったらここまでの4回戦でそうすればよかったんだから。

 

 つまり………俺の手牌が、完全に読まれている、いや………見られてる?)

 

 東1局で、竜崎が俺の変則3面張の待ちをすべて七対子で抱えていたことといい、今の矢木の和了りといい出来過ぎている。

 つまり、何らかの仕掛けで、俺の手牌がそっくりそのまま覗かれている。これが一番しっくりくる回答だった。

 

(なら、どこから?)

 

 赤木さんのアドバイス通り、俺は可能な限り相手の表情も見るようにしていた。

 矢木たちは俺の手牌を覗き見るような動きは見せていなかった。当たり前だが、直接は覗き込んでいない。

 

 次にありそうなのは、隠しカメラや鏡。

 このうち鏡は、俺が休憩のたびに席を立っていたことから、俺の背後から手牌を覗けるような角度には掛けられていないことは確認済みだ。

 

 となれば、隠しカメラの可能性がぐんと上がる。

 俺は雀卓の縁に目を向けた。

 

(俺からも死角になっていて、小型の広角レンズとか使えば手牌の大部分を覗くことも不可能じゃない。

 まぁそこまでするかの一言で終わりそうな気もするけど………)

 

 とりあえずカメラを使っているとして、ではどうやってその映像を見ているのか?

 矢木たちにカメラの映像を受信する機器を覗き見ているような動きはなかった。

 

(となれば…………)

 

 考えをまとめている途中で配牌が終わる。

 理牌を終え、自分の手を記憶した瞬間手牌を伏せ

 

グワッ!

 

「!」

 

 思い切り振り返り、カウンターにいる店主の目線がどこへ向けられていたか瞬時に見る。

 店主は最初うつむいていたが、何かいぶかしげな表情でこちらを見ると、振り返っていた俺と目が合った途端に慌てて目を逸らした。

 

(やっぱり…………!)

 

 対局中俺からは絶対に見えない場所にいて、矢木たちからは見える場所。

 俺の真後ろにいる店主が、俺の待ちを矢木たちに伝えていたのだろう。

 

(気付けて良かった………。でもこれで、この後は自分の牌を記憶したら基本伏せ牌で打って、記憶が怪しくなったり、待ちが複雑になったら素早く牌を起こして見れば――――)

 

「おいおい、伏せ牌はこの店じゃ禁止だぜ」

「え?」

 

 身体を真正面に直した俺を待っていたのは、矢木の笑みだった。

 顎で指された方の壁には、こう書かれた紙が貼られていた。

 

『当店でのルール

・携帯はマナーモードに

・牌の強打禁止

・伏せ牌は禁止

・先ヅモ禁止

・ダブロンあり

・責任払いあり』

 

「う…………」

 

 この店で対局する以上、店のルールには従わなければならない。

 仕方なく俺は手牌を起こすと同時に、自分の方へ思い切り牌を寄せた。

 もしカメラで覗き込んでいるのなら、どアップにした上で、横からも覗けないようにした。

 

 が、これも…………

 

「おいおい、伏せ牌しようとしたり、そんなに懐に牌を寄せたり何のつもりだ?

 負けそうだからってイカサマに手を出す気か?」

 

 嘲笑混じりの警告で、やむなく牌を通常の位置まで戻す。

 これは俺達がイカサマなど一切していないことを証明するための戦いだ。

 その席で、言いがかりであってもイカサマを使ったと言及されることがあっては意味がない。

 

 なけなしの抵抗として、手牌の両端から3牌ずつ、親指を思い切り水平に伸ばして隠した。

 これも手牌に直接触れると又何か言われそうだったから、少し離さざるを得ない。覗く角度によってはこれでも見えてしまうかもしれないし、右手は自模らなければならないので、隠せるのは実質左端3牌だけだ。

 

 必死の抵抗をしながら迎えた南1局。

 

 しかし

 

「リーチ!」

 

 矢木、6巡目リーチ。

 

(くっそ! 勢いが違い過ぎるぞ!?)

 

京太郎手牌

{一一三四五五五七九九44南 ツモ:南 ドラ:8}

 

 都合よくツモは場に1枚出て通りそうで、シャンテン数も上がるしいざとなれば安パイにもなりそうな{南}。

 3万点近い差がある以上、このまま混一色に進みたいが…………

 

(俺の手は覗かれてる………となれば、やがて溢れそうな{4}に狙いを定めることも可能………)

 

 6巡目リーチで狙いまで定める余裕があるかと言われれば微妙だが、今はもう点棒的にもリーチに振り込めば逆転がさらに危うくなる。

 

 矢木 捨て牌

{南 二 9 7 白 横2}

 

 求められるのは、攻めと守備を両立させるような、綱渡りの闘牌。

 逆転しなければならないのだから、ベタ下りは出来ない。

 

(混一色は諦めるしかない。となれば…………!)

 

 京太郎 打{五}

 

「…………どうだ?」

「ちっ、通しだ」

 

 {二}が出ているだけの、気休め程度の片スジ。

 {4}は危ないと思った直感に従い混一色は諦め、七対子に向かう。

 

 その時、矢木の手牌。

 

{六七八③③赤⑤⑤⑥⑥⑦⑦23}

 

 まさに{1-4}待ちの、高めメンタンピン一盃口赤1の5翻。

 今1発で振り込んでいれば跳満に手が届き、対子か一盃口部分に裏が乗った場合、倍満でトビ終了となっていた。

 

 

 しかし2順後。

 

「ツモ! 2000・4000だ!」

 

(くそっ………)

 

 1シャンテンまでは進んだものの、京太郎の手は間に合わず、矢木が満貫をツモ和了る。

 {1}ツモにより跳満にはならずに済んだものの、これで矢木との点差は約37000点となった。

 

南2局 0本場

西家 京太郎 12100

北家 竜崎  9600

東家 矢木  49200

南家 黒崎 23000

 

 (37000………こっから3連続満貫を自模っても僅かに届かない………)

 

 可能性は0ではない―――――、かと言って、1%もあるとも言えない。

 

 最終5回戦

 

 南場 苦境。




珍しく短めの間隔で投稿。
5回戦終了まではさっさと書きたいです。
その後は真っ白なので考えないとね。
 

私事なんですが、10歳の頃、とても仲のいい中国人の同級生の子がいたんです。
彼は5年生の時に国に帰ってしまったんですが、電話とかで交流は一応あったんです。
ついさっき、数年ぶりに電話をかけて、コロナウイルスとか大丈夫か尋ねたんです。
そしたらね、無事元気だったうえに、今度日本の大学に留学に来るからまた会えるって言うんですよ。

とっても嬉しいこと、ありました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話 前進、そして終戦

社会人になってから半年がたちました。
途中で何度かコロナ感染疑惑が浮上したものの、結果として感染することなく元気です。

社会人て本当に時間ないのですね。
もう色々覚えるだけで大変な日々で、学生時代は無限の時間があったのだなと感じます。

そんな日々と、たまにこの話を思い出しては某所に投稿していた時にやりたかったけど「それやったら京ちゃん反則負けじゃね?」という疑惑がぬぐい切れずにお蔵入りになった展開をやるべきか悩む折々。

結局この後の構想とも相談して、この展開にしました。
少しは読みごたえがある内容になってくれていればいいな。


最終5回戦

南2局 0本場

西家 京太郎 12100

北家 竜崎  9600

東家 矢木  49200

南家 黒崎 23000

 

 (理想は矢木からの直撃………でも、手牌が覗かれている以上、それは難しい)

 

 待ちになっている部分を左手で隠せばいいのだが、隠せるのはせいぜい3つが限度。

 染め手の多面張なら待ちを絞り切らせないことも可能だが、そうしたら今度は染めている色の牌を捨てなければいい話だ。

 用意できるのは単純な両面待ち、もしくは単騎待ちとなるだろう。

 直撃を狙いやすいのは単騎待ちだが、今度は自分でのツモ和了りがしにくくなるというデメリットもある。

 安牌を抱えられればどうしようもないし、いざとなれば矢木以外の二人が率先して危険牌を捨てればいいのだ。

 矢木以外からの直撃では点差はなかなか埋まらず、下手にリーチをして大物手になると、残り1万点無い竜崎から出和了りした場合は飛ばしてしまいかねない。

 

 他に可能性があるとすれば、手牌に大量に暗刻を用意し、2シャンテン程度のところから矢木の捨て牌を連槓して、一気に嶺上開花の責任払いでツモを直撃に変えることも考えられるが………。

 

(いや………4回戦のオーラスは、本当に運が良かっただけだ。咲じゃあるまいし、何度もあんなこと俺にできやしない)

 

 不利と知りつつ、単騎待ちで矢木からの直撃を試みるしかなく、俺は矢木が親のこの局の手牌を開けた。

 

 京太郎 配牌 ドラ{7}

 {一一九⑧⑨111569西西}

 

(牌が端に集まった、チャンタもしくは混老頭まで狙えそうな手。

 だけど待ちは簡単に読まれてしまう手でもあるよな……。

 仮に一九字牌が3つくらい鳴けて、残り手牌4枚の時に一九字牌の暗刻と、何か単騎待ちの牌が用意できて和了れた場合は………20+12+8+2で50符。対々和 と西のみで和了っても、5200は確定か………)

 

 混老頭が絡んだ場合待ちは読まれてしまうが、符跳ねによる高得点が狙えそうなので、少しだが安心する。

  

「ポン」

 

 自分の第一ツモが来る前に、上家の黒崎が切った{一}を鳴く。

 そのまま打{5}。これまでのように、チャンタか染め手か絞り切れないような捨て牌に見せる努力もしながら、局は進んでいった。

 

 

13巡目

「ポン!」

 

 3つ目のポンをして、俺の手牌はこの形になった。

 

 {⑨111 ポン:横一一一 九横九九   明槓:西横西西西 (新ドラも7)}

 

 混老頭・対々和・西の満貫。

 {1}の暗刻はカメラで覗かれてしまっているだろうが、待ちになっている{⑨}だけは指で隠しているので、何の単騎待ちかまではわからないはずだ。

 鳴いた牌だけ見れば混一色にも見えるので、萬子は切りにくくなっている。萬子を避けて{⑨}を出してしまうこともあるだろうし、よしんば混老頭を警戒して{⑨}を押さえられたとしても、何か別の牌に待ちを変えて60符3翻の7700を取りに行けばいい。

 8000も7700も正直あまり変わらない。

 

 そんな時、対面の矢木のツモ。

 

(ん…………?)

 

 矢木はツモった牌を手牌の1番右端に入れ、右端から4番目を切り出した。

 そしてその牌は{⑧}だった。

 

(………理牌がされているとなると、あの右端の3枚は{⑨}か字牌ってことか?)

 河を見渡してみると、字牌は多めに捨てられており、俺の西が全て見えていることも考えると、矢木の手牌には最高でも字牌は対子でしかないことになる。

 

(つまり最低でも{⑨}が矢木の手に最低1枚。下手すると3枚握られていることになる………。

 暗刻だと流石に切ってくれなさそうだし、こりゃ待ち変えないといけないか?)

 

 次の俺のツモ。

 まだ生きている字牌辺りを引けることを期待しながら山から牌を持ってくる。

 

 が、引いて来た牌は中張牌だった。

 

(さすがにこれは出てこないだろ………)

 

 待ちとしても出和了りは期待できない牌だったので、そのまま切ろうとしたが………

 

(いや、まてよ?)

 

 ツモった牌を見つめ、頭を回転させる。

 

(今矢木たちは、俺の手牌を覗いてその待ちを確認しようとしている。

 そしてその待ちを伝える役は後ろの店主…………なら………)

 

 ある考えを思いつき、ツモ切ろうとしたその牌を手牌に入れ、{⑨}を切り出した。

 そしてその際牌を隠す指をずらし、ツモってきた牌の下4分の1くらいを、わざと見えるようにした。

 

 俺はそのまま何食わぬ顔で対局を続けるが、矢木はその後自分のツモの時視線を少しずらした後、隠しきれていない様子の笑みを浮かべた。

 恐らく店主からのメッセージで、俺の待ちが分かったのだろう。

 

 ツモって来た俺に対する危険牌である發をツモ切り、番を回した。

 その流れを俺は努めて無表情のまま見ていたが、心の中では試みが上手くいったかどうか気が気でなかった。

 

(それに、俺が自分でツモって来ちゃったらどうしようもないんだけどなぁ。2回も同じ手が通用するとは思えないし、この局を逃したらもう後がないし……。

 だから来るな来るな………! てっ―――)

 

 次の自分のツモ番、出来れば自分でツモらず仕掛けた罠に矢木がかかってくれないかなと期待していた時、自分のツモる牌に違和感を感じた。

 

(あれ? この牌、ひょっとして………?)

 

「おい、さっさとツモれよ」

「あ、ああ」

 

 数秒間手を止めて牌をまじまじと見つめてしまったが、竜崎にせかされてそのままツモる。

 持ってきた牌は、{赤5}だった。

 

(やっぱり………)

 

 自分の感じた違和感が正しかったことと、{赤5}が完全とは言えないが3人ともに通りそうなのを見てそのままツモ切る。

 

(さて、あとは罠が上手くいくかだな………)

 

 ポーカーフェイスもここまでくると疲れる。

 もう負けてもいいから早くこの辛い時間が終わってほしいなどという考えまで浮かんでくるが、直後にダメだろと自分で言い返す。こんな脳内のやり取りも何度目だろう。

 

 

 そしてその頃、矢木の手牌。

 

 {三四五六七22779⑨⑨⑨} ツモ:{8}

 

 {⑨}暗刻のせいで役無しなことと、ダブドラとなった{7}対子の処理に困り少し手が遅れたが、これで{7}を切れば{二}-{五}-{八}待ちの聴牌。

 そして{五}が残り9600点の竜崎の手の中に在るので、差し込ませればリーチ一発ドラ2で親満12000点でトビ終了。

 矢木のトップ終了が確定する。

 

 ダブドラの{7}を切ってのリーチは中々勇気が必要だが、京太郎の手牌を覗いた店主からのサインでは京太郎の待ちは{中}。

 恐らく混老頭・対々和・西の満貫を狙ったのだろうが、西の明槓は完全なミス。

 おかげで一番楽な、味方を飛ばしてトビ終了の手が使える。

 これまでは京太郎が尋常ではない粘りを見せて来たせいで、味方を飛ばしても2位までしか確定しないシーンが多かったが、これだけの点差があれば別だ。

 

「リーチ!」

 

 矢木は意気揚々とリーチをかけ

 

「ロン」

 

 そして振り込んだ。

 

「…………は?」

「西・対々和・ドラ4。跳満、12000点」

 

 京太郎の手牌はこう。

 

 {7111} {ポン:一一横一 横九九九 明槓:横西西西西  ロン:7}

 

 確かに点数は言う通りなのだが、その{7}は何だ。

 お前は{中}待ちの混老頭じゃなかったのか。

 

 矢木は混乱しきった状態で、倒されたその手牌を見る。

 {1}の暗刻と、京太郎から見れば『逆さに置かれている』{7}を。

 

({7}………{中}……逆さ………)

 

 その時、矢木に電流走る。

 

「あ、あああっ!? て、てめぇっ………!!!」

「ん? 何の話だ?」

 

(やられた…………!)

 

 京太郎はこれまで、理牌は牌の上下まで綺麗に揃えて打っていたが、それを逆手に取られた。

 京太郎は自分の手牌が覗かれていると知ったうえで、単騎待ちの{7}を覗いている店主へ見せたのだ。

 ただし、「逆さに置いた{7}」の、「下4分の1」を。

 

 {7}の絵柄の赤い突起。

 {7}を逆さに置いた上であの赤い縦棒の部分だけを見せれば、解像度の悪い、手の影で薄暗くしか見えないカメラには、{中}の赤い縦線と見間違えてもおかしくない。

 しかもこれまでずっと綺麗に牌を揃えていたせいで、後ろから見ている人間には牌の元々の柄しか頭には浮かんでこない。

 

 後ろから覗かれていることを逆手に取り、単純だが巧妙に{7}を{中}と勘違いさせたのだ。

 さらに言えば、これまでこの最終戦で矢木たちは当たり牌でさえなければ、それが危険牌だろうとガンガン切っていた。

 ゆえに今回、ダブドラとなった{7}も何の警戒心もなく切ってしまった。

 

(コイツっ………!!)

 

 点棒を投げつけ、息も荒く肩を上下させながら矢木は舌打ちをすると、どっかと椅子に深く腰掛けた。

 

(落ち着け……! これ以降は単騎待ちだろうと何だろうと、とにかく振り込まなきゃ勝ちだ。

 奴が親のオーラスは、通しでガンガン俺達だけで鳴きまくるとして、この南3局!

 ここさえ越せば俺の勝ちなんだ!)

 

 店主にも鋭い視線を投げ、これ以上ミスをしないよう釘を刺しておき、黒崎が親の南3局が始まった。

 

 南3局 0本場

南家 京太郎 24100

西家 竜崎  9600

北家 矢木  37200

東家 黒崎 23000

 

(さて、ここで5200以上は和了っておきたいぞ…………)

 

 京太郎 手牌 

 {三三五五六③⑥⑦289南南  ドラ:南}

 

 ドラのダブ南を揃えられれば点数的には十分だが、揃わなかった場合他の役も見当たらないので、面前でリーチまで持って行くには苦労しそうな配牌だ。

 

 第一ツモは{②}。

 塔子オーバーになりそうで嫌だなと感じながら、打{2}とした。

 

 しかしその直後、

 

「ダブリー!」

 

(んなっ!?)

 

 下家の竜崎が、いきなり牌を曲げた。

 

(このタイミングでそれかよ!?)

 

 ラス親に向けて少しでも稼いで後の展開を楽にしておきたいこの場面で、他家からのダブリー。

 心の中で悪態をつきながら、振り込まないように警戒心を強める。

 

 が、ダブリーなんてそうそう簡単に躱せるものではない。

 6巡もして安牌の種類が増えれば別だが、それまでが一番つらいのだ。

 

 その問題がやって来たのは4巡目。

 京太郎の手から、安牌がなくなった。

 

 京太郎 手牌 

 {三三五五五六七②③⑥⑦南南  ツモ:④}

 

(普通に考えれば、雀頭候補になりそうな{三か南}の処理に入る頃………

 何時ツモられるかわからないし、これだけ早く進んでくれた手だ。

 出来ればそのどっちかを切りたいけど………)

 

 {五}の壁を利用する場合{三か六七}切りという手がある。しかしこの場合、{五}が俺の手牌に3枚あるといっても後者を切るのは依然危険なままだ。

 {七}は竜崎の手の中に{五六}の両面待ちが出来にくいことから、比較的安全だ。

 しかし{六}は竜崎の手牌で{七八}の両面待ちが出来ていた場合、振り込むことになってしまう。

 一方で{三}を雀頭落としする場合、{四五}の待ちが竜崎の手牌に出来にくいことは保証されている。

 

 同じ雀頭落としなら{南}を落とす選択肢もあるが、ドラ且つ役牌だ。捨てるのはリスキーすぎる。

 しかもこれはただの推測だが、ダブリーというからには、待ちまで選んでいる余裕がなかったんじゃないかと思う。

 ペンチャンやカンチャン、字牌なんかの単騎待ちだって十分に考えられる。

 ダブリーと言えば聞こえばいいが、配牌がもう少し牌が入れ替われば三色が出来たりする場合など、ダブリーが最善ではないことも往々にしてある。

 だがそれでもダブリーをするということは、手牌の入れ替わりを待たずともその手のまま和了るメリットが十分にある配牌だったということだ。

 ダブリーのドラ字牌単騎待ちは、最低でも満貫の手。ダブリーをする価値は十分にある分類だろう。

 

(確かに{三}も絶対に安全ってわけじゃない。でも、直撃された時のダメージを考えたら……)

 

 ここは十分に安全そう且つ、最悪和了られても傷が浅くて済みそうな{三}を切ることに決める。

 だが、

 

「ロン!」

 

 これが、麻雀の魔性とでもいうのか。

 どんなに頭を働かせ、安全を保障できそうなもっともらしい理由を用意できたとしても、それは100%ではないのだ。

 

 竜崎 和了り形

 {四赤五八八234567赤⑤⑤⑤}

 

 ダブリーの上赤ドラを2枚手の内で使っている、麻雀の神の悪ふざけか何かかと言いたくなってしまう馬鹿馬鹿しい手。

 俺の怯えつつも、滅ぶ覚悟を内包した決断が行き着いた先。

 仮に振ることになっても傷が浅い方を望んだ甘さは、最悪の形でしっぺ返しを食らうことになった。

 

「ダブリー・タンヤオ・赤2・裏1! 跳満!」

「ぐうっ………!」

 

 更に裏が乗り6翻に届いてしまった。

 南2局で矢木から奪った点を、そっくりそのまま奪い返された形だ。

 

(25100点差………!)

 

 大差が開いたままの、最終5回戦のオーラス。

 点は次のようになっている。

 

  南4局 0本場

東家 京太郎 12100

南家 竜崎  21600

西家 矢木  37200

北家 黒崎 23000

 

 親満の12000点を矢木に直撃させるか、跳満をツモっても逆転は出来ず、かと言って倍満の手を矢木以外の二人から和了ってしまうと、2位のままトビ終了となってしまう。

 跳満以上の手を矢木から直撃するか、ここは点数調整の為の安手で連荘に臨むかの2択。

 

(泣いても笑ってもこれが最後………かはわからないけど、まずは配牌次第だよな)

 

 手が震えて仕方ない。

 縋るような心持ちで、配牌を開ける。

 

 京太郎配牌 (理牌前)

 {②③西4766六④一③3②7}

 

 見た限りでは、対子が多い。

 牌は中に寄っているので、タンピンでも1度和了って点数調整かなと思いつつ、理牌を始めた時だった。

 

(いや………もしかして………)

 

 手の中にある、とある牌を見つめながら、数秒間全力で頭脳を回転させる。

 思い浮かべるのは、つい先日あったある1局。

 

(もしそれが可能だとしたら………用意できるのは4パターン。

 でも最終的に2つまで絞らなきゃいけない。

 それに、矢木がその1枚を待っているかなんて………)

 

 俺は理牌中の他の3人の手を見た。

 そして、矢木の手の中に「それ」を見つけ、思わず目を見開いてしまう。

 

(い、いや、落ち着け………!

 第一あれが「それ」という保証はない。他に2枚、同じ条件を満たす牌はあるはずだし………!)

 

 落ち着いて他の二人の手牌も見ると、竜崎と黒崎の手にも「それ」はあった。

 これではどれが俺の求めている牌か絞り切れない。

 

 だが、これは希望かもしれない。

 このオーラスで神様が俺に送ってくれた、保護色に覆われた細い勝ち筋。

 

 いつでもその糸を手繰れるように念頭に置きながら、理牌を済ませる。

 

 京太郎 手牌 

 {②②77③③66六西④43一} ドラ:{5}

 

 左端に対子を集め、最初から七対子を狙っていく。

 まずはドラ表示牌で、他の牌に比べ重なる可能性の低い{4}から切り出す。

 

「ポン」

 

 1打目から、竜崎が俺の切った牌を鳴く。

 その後、打{②}

 

(ッ…………!)

 その時、どこから何の牌が出て来たか見逃さない。

 理牌がきちんとされていれば、竜崎の手にある「それ」はハズレだと分かった。

 

 となれば、残りはあと2枚。

 

 2枚あるうち、どれが「それ」か見切り、それにふさわしい形に手牌を整えられれば俺の勝ちだ。

 

 2順目 

 京太郎 手牌 

 {②②77③③66六西④3一 ドラ:5 ツモ:五}

 

(この{五}は……使えるかもしれない)

 

 持ってきた{五}を手牌に入れ、打{一}。

 

 七対子なら待ちに使えそうな一九字牌を残しておくべきだが、今の俺にはそれより大事なことがある。

 

 

 6巡目

 

「ポン」

 

 竜崎が黒崎からポンをして、俺の番が飛ばされる。

 これで竜崎が鳴いた牌は{4と四}。

 三色同刻なんて珍しい役まで見えてきた。

 

 その時の俺の手牌はこれ。

  京太郎 手牌 

{②②77③③66五西④④3}

 

 七対子1シャンテン。

 {④}は対子で押さえているので、少なくとも竜崎の三色同刻は握りつぶしている。

 

「ポン」

 

 今度は竜崎の切った{三}を黒崎がポンして打{⑤}。

 俺以外の誰かが和了れば勝ちという状況だ。喰いタンで早和了りしたいのだろう。

 

(早和了りは早和了りでも、役牌じゃなくて喰いタンで助かったよ………)

 

 多くの牌を対子で抱え、さらに俺の手牌に無い牌がポンされて、どんどん筋が消えていく。

 振り込みの危険が減るとともに、相手の待ちも大体絞り込みやすくなる。

 

 後は俺の求めている牌が、矢木と黒崎のどちらの手の内にあるかを暴くだけだ。

 

 10巡目

  京太郎 手牌 

{②②77③③66五西④④3} のまま変わらず。

 

(やばいやばい、そろそろ聴牌はしないとまずいぞ………!)

 

 局も後半に入った。

 七対子のイーシャンテンからの進まなさはいつものことだが、張らないとそもそも連荘すらできなくなる。

 

 そんな時、持ってきた牌は{8}。

 

(……………ここだ!)

 

 イーシャンテンは相変わらずだが、俺はこの機を逃さずに{五}を切り出した。

 

「ポン!」

 

 黒崎が二度目のポンを倒し、{赤五}混じりの{五}を2枚倒す。

 そして打{⑦}。

 

(これで2枚ハズレ………!)

 

 求める牌が矢木の手の中に在ることが、この時点で明らかになった。

 後は、その牌に狙いを定めるだけ。

 

(こいっ…………!)

 

 急に心臓が、やかましいほどに胸の内側を叩きだす。

 いつ千切れてしまうかも分からない、細い命綱を伝う闘牌。

 

 半荘5回戦の、最後の山場。

 勝ってみんなの名誉を守れるか、負けて無惨に指を切り落とされるか。

 

(頼むっ……! 来てくれっ……!)

 

 体中のありとあらゆる部位から熱と汗を発し、今からツモる牌に意識を集中させると同時に、手牌左端の3牌をカメラから隠す左手の指をずらす。

 

 時間はかけられない。

 すべての牌を筒抜けにした上で時間をかけすぎれば、俺の仕掛けた最後の罠が見破られかねない。

 

 ここで聴牌できなければ、罠を見破られるだけでなく、おそらくは3,4巡以内に他の誰かが和了ってしまうだろう。

 

 だから、聴牌できなかったときのリスクを承知で、手牌をわざと覗かせる。

 

(来い!)

 

 

京太郎 手牌 

 {②②77③③66西8④④3} ツモ:{西}

 

(聴牌………だけどこれは………!)

 

 {西}が重なり、{3か8}を切れば聴牌。

 

 しかしその両方とも、タンヤオの気配を見せている黒崎に通っていない。

 

(黒崎はタンヤオ………多分、もう両面待ちの上に張っている……。

 竜崎は、多分三色同刻狙い。さっき俺が{北}を切った時に反応してたし、多分手牌に客風牌の対子がある。他の役牌は河に見えている枚数から、全部が最大でも対子までしか誰も手の内で持てないはずだ。

 だから対々和の可能性もあるけど、多分まだ1か2シャンテン………{④}は俺が握りつぶしてるし、竜崎は大丈夫だ。

 

 そして矢木…………)

 

 脇の二人について考えた後、正面の矢木に目を向ける。

 

 矢木捨て牌

{南 9 2 2 發 中 }

{ ⑦ 3 八 西 ①}

 

 3巡目は手出しの{2}、4巡目はツモ切りで{2}………顔をしかめていたから、よく覚えている。

 直近2順の手出しの{西}と{①}が気になったが……恐らくまだ張っていない。

 配牌とツモがひどすぎて、途中から降りつつ七対子に向かうということはよくあるが、おそらくはそれの累計だろう。

 この時点で25100点差。

 親に振り込みかねない鳴きまくっての速攻は、ほかの二人に任せて矢木は降り気味に回しているのだろう。

 

(つまりこの時点で警戒するべきは黒崎一人のみ………だけど、これは………)

 

 改めて河と鳴いて晒された牌を見る。

 黒崎は恐らくタンヤオの両面待ち。となると牌の色ごとに2-5、3-6、4-7、5-8の4つの筋が存在する。

 

(萬子は竜崎の{四}ポンと黒崎の{三と五}ポンで、萬子はほぼ全滅。

 筒子も黒崎の捨て牌の{⑤と⑦}で残る筋は{③-⑥}のみ。

 索子は竜崎の{4}ポンしか見えていない。この{4}は実質壁だから、{45}の両面塔子は作りにくいけど……)

 

 京太郎の脳裏に浮かぶのは、全局の振り込み。

 手牌の中の{五}の壁を過信しすぎ、理に頼り過ぎた結果、偶然の結晶ともいえるダブリーに振り込んだ。

 それが、もしこの局も起きたら?

 

 現状、黒崎に振り込む可能性があるのは、{③-⑥}、{2-5-8}、{3-6}の3つの筋。

 このうち最も可能性が低いのは{3-6}。が、それも100%ではない。

 {3}が通りそうに見えて、実は{8}の方が安牌だったということも、未来で起こりえる。

 

(いや………迷うな)

 

 どんなに頼りなく見える糸でも、それのみに縋り信じてこの局を打ってきた。

 最後の最後で、その自分の判断を裏切ることは愚の骨頂。

 

(どうせ聴牌をとるなら、振り込む危険のある{3か8}を切らなきゃいけない。

 対子を作り替える時間なんて、残されちゃいない………なら)

 

 {西}を手牌に入れ、手元から1000点棒を取り出す。

 

(死ぬかもしれない時こそ…………!)

 

「リーチ!!」

 

(格好良く、進め!)

 

 京太郎 打{3}でリーチ。

 

 その牌に、ロンの声は和了らない。

 

(通った………!)

 

 {②②77③③66西西8④④}

 

 これで七対子{8}単騎。

 

 

(ちっ………)

 

 この時矢木は、京太郎のリーチに顔をしかめた。

 しかしすぐさま横の竜崎から声が和了る。

 

「チー」

 

 竜崎が{1と2}を倒し、一発消しのチーをする。そして打{赤⑤}。

 

 竜崎手牌({④待ち聴牌})

 {④④北北 ポン:横444 四横四四 チー:横312}

 

 矢木は店主に視線を飛ばし、京太郎の待ちを確認する。

 その問いかけに数秒して、店主は{8}単騎と返答した。

 

 京太郎がリーチをする時、ほんのわずかな間だが牌を隠していた左手がどき、そこに対子が出来ていることを確認した。

 今見えているのと合わせて、対子が6つ。これは七対子で決まりだと考え、1枚だけ手牌に見えている{8}を待ちとして答えた。

 

 そしてその待ちを聞き、矢木は口元に笑みを浮かべた。

 

 矢木 手牌

 {11赤5②⑦⑦六六八九南白發}

 

 七対子3シャンテンの、ボロボロの手牌。

 配牌もツモも悪いが、差し込み役に徹しながらベタ降りするのだと考えればこれも悪くない。

 それにもうこの局は終わりを迎える。

 下家の黒崎はすでに{5-8}待ちで聴牌している。

 

 黒崎 手牌

 {六七八67⑧⑧  ポン:三横三三 赤五五横五} 

 

 矢木のツモった牌は{8}。

 これでも黒崎に差し込むことは出来るが、同時に京太郎にも振り込んでしまう。

 ただの親のリーチ・七対子の4800点ならそれでもいいが、万が一裏ドラが乗るとダブロン込みで逆転されるので、{8}は手牌に加える。

 握りつぶすつもりでいた{赤5}を手にし、河へと放った。

 

「ロン!」

 

 黒崎が牌を倒す。

 

「タンヤオ・赤2。 3900」

 

 終わった。

 予想外に時間のかかったこの5回戦勝負も、ようやく終わった。

 

 矢木は大きく息を吐きだし、自然と込み上げてきた笑い声を漏らそうとした時。

 

「ロン」

 

 京太郎が、手牌を倒した。

 

「七対子………だと、思ってたんだろ?」

 

京太郎 手牌

{②②77③③66西西8④④}

 

 京太郎を除くその場の誰もが、理解できなかった。

 どう見ても、京太郎の手は七対子{8}待ちだ。

 

 ローカル役か何かか?

 そんなものは認めないの一言で済ませる。そう思って口を開いた矢木は、理牌を始めた京太郎を見て固まった。

 

京太郎 手牌(理牌後)

 

{②②③③④④66778西西 ロン:赤5}

 

「リーチ・平和・一盃口・赤1・ドラ1。満貫。12000点」

 

「あ、頭ハ―――」

「それに………」

 

 京太郎は矢木の言葉に被せるようにして、同じく牌を倒した黒崎の方も向き、

 

「この店、ダブロンありだから、そっちの3900も同時にとられるな」

 

 『ダブロンあり』

 それは先ほど矢木たちが京太郎に従えと促した、れっきとしたこの店のルールだ。

 念を押された矢木は、頭ハネを今から主張することは出来ない。

 

 矢木は開きかけた口を閉じざるを得ない。

 

「あ、そうだ」

 

 京太郎は思い出したように裏ドラへ手を伸ばし、

 

「裏2………わざわざダブロン狙わなくても勝てたのかよ………」

 

 自嘲気味に溜め息を一つ漏らした。

 

 

 

(これで………終わった、んだよな……?)

 

 5回戦を終え、真っ先に京太郎が感じたのは真っ白な思考停止の感覚だった。

 

 

 勝てた喜び、未だ過ぎ去らぬ恐怖混じりの興奮、極度の疲労感。

 そう言ったものがすべて混ざって、丁度±0になってしまったようだった。

 

 天井を仰ぐように背もたれにかかりながら、次に思い浮かべたのは先日のroof-topでの対局内容だった。

 東1局の1本場、まこにたいして七対子を直撃させたかと思えば、実は気づかぬうちに二盃口だったあの局だ。

 このオーラス、配牌時の{②と③、6と7}の対子を見た時に一盃口もいけそうだと思った瞬間、あの局のことが思い出された。

 

 後ろから覗いている店主にこの手を七対子だと思い込ませ、実は両面待ちで裏をかくことが出来るのではないかと考えた。

 あの配牌からして、最終的に待ちになりそうなのは{①-④}か{5-8}のどちらかだった。

 しかしそのだまし討ちを成功させ矢木から直撃を奪うには、矢木の手にそれらの牌がなければならない。

 京太郎はまだ面前の相手の手牌を読み切れるような実力はない。しかし今回に限り、京太郎は矢木が3分の1の確率で{赤5}を持っていることを知っていた。

 

 5回戦南2局、{7}単騎で聴牌した時の次のツモ。自分で{7}を持ってくるなとツモ牌を凝視しながら念じていた京太郎は、牌に違和感を感じた。

 具体的には牌の背の色が、他の牌に比べて少し濃かったのだ。そしてその牌は、{赤5}だった。

 

 

『あれ? 部長、この牌別のセットの奴が混じってません?』

『え、どれ?』

『ほらこれ、少し色濃くありません?』

『あー、赤ドラはそういうことあるのよ。他の牌と違って、赤ドラは使わないルールの時があるから、使用頻度に差が出るでしょ? そのせいでたまに赤ドラだけ色が濃いままになるのよ』

『へー、マーキングとかルール違反にならないんですかそういうの?』

『まぁ意見が分かれるところでしょうけど、その牌を使えと提供して来た側の責任じゃないかしらね』

 

 

 以前部室で久と交わした会話を思い出し、ひょっとしてと思いよく牌を注視してみると、各色から1枚ずつ入れられている赤ドラは、どれも色が微妙に濃かった。

 店内がオレンジの照明の上に、牌の背も黄色だから、よく見ないと見落としてしまうくらいの僅かな差だ。

 

 オーラス開始時、色の濃い牌は京太郎以外の3人の手牌に1枚ずつあり、どれが{赤5}かは判断がつかなかった。

 しかし、竜崎の手にあるのは{赤⑤}だと、1巡目の{4}ポンの後に切った{②}を出した位置から判断し、黒崎には{五}をポンさせた時に赤入りだったことから、矢木の持つ赤ドラが{5}であることを特定した。

 

 だが仮に{赤5}で振り込んでもらっても、リーチ・平和・一盃口・赤1・ドラ1の満貫止まり。裏ドラ抜きでは、逆転にどうしても1100点ほど届かなかった。

 しかし局が進み黒崎、竜崎がポンを計4回してくれたことと捨て牌から、だんだんと黒崎の待ちの筋まで特定が可能になったあたりから、ダブロンを狙い始めた。

 七対子の待ちに使えそうな一九字牌を捨て、やがて黒崎の待ちの候補になりそうな{8}を手牌に入れたのはその為だ。

 

 聴牌時に通っていない{3か8}を打たなければならなかったのは、処理の順番が甘かったという他ないが、結果として足りない1100点は、黒崎が補ってくれる形になった。

 もっとも、そこまでせずとも本当は矢木に振り込んでもらうか高めをツモるかすれば、裏が乗って自力で逆転できたのだが、それはたらればだろう。

 

(本当に………皆には感謝だよなぁ………)

 

 この手を思いつけた最も大きな要因は、実際に似たような状況を体験していたからだろう。

 そういう意味では、清澄の仲間と一緒に卓を囲んだことが活きた形となった。

 

 5回戦 終了時の点数

 京太郎 30100

 竜崎  21600

 矢木  15300

 黒崎 26900

 

 5回戦 終了。




麻雀初心者にしては、少しは面白いものが描けたのではないかと思います。
特に{7}単騎の部分は、中々面白い発想だったのではないかと。

※※以下プログラミング詳しい人向け※※
あのアイデアはお気に入りだったので、javaScriptまで勉強して上下逆さまの牌画像を実装出来ないものか試しましたが、やはり無理だったので断念しました。
ページ編集で一時的に画像回転を実装できても、ソースファイルが手元にないのでその変更を永続化できないんですよね。
ページ検証から使っているCSSファイルには行けるのですが、いくら自分の書いた小説のページとはいえ勝手にアクセスして書き換えることもできないし、書き換えることも出来ないのであきらめました。
もしそこらへん詳しい人いたら教えて下さい。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※

ちなみに赤{5}打ち取りの部分は、最初は「この店に来る前に矢木たちに殴られた時の傷の血が、京ちゃんの指について、血の汚れが目印になって矢木の手牌にあるのが分かる」という展開を考えていましたが、「それマーキングでイカサマやん」という疑惑を振り切れず、仕方なくアカギ外伝漫画のHEROのネタを使わせてもらいました。

さて、ついに5回戦連続1位を取れた京ちゃん。
しかし矢木が黙ってその結果を受け入れてくれるものでしょうか。
もう少しこの先の話もあるので、また長く間が空くと思いますがお付き合いいただければ幸いです。


以下余談
こっちの更新が遅くなった理由の一つに、一次創作の小説を書いていたからというのがあります。
先日こことは別の某小説投稿サイトに投稿してみました。
こちらの話をずっと待っていただいた方には、「いやそんなんいいから京ちゃんの話よませろや」と思われるでしょうが、こっちも読んでいただけたら幸いです。
正直一次創作って誰も見に来てくれないし、感想くれないしでこっちよりはるかに心折れそうです。
ペンネームはここと同じで投稿しているので、私の名前で検索してくれたら出るはずです。
めっちゃ重い上に初心者丸出しの小説ですが、読んでくださるとうれしいです。

それと正直このまま40年間社畜なんて冗談じゃないので、今後は積極的に創作活動に取り組むつもりです。
もちろん執筆力向上につながるので、こっちのサイトでも短編集とも合わせて着実に書き進める所存です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話 博打の出た目

京ちゃんイェイ~

最近また書き進めていて、誕生日だからちょっと無理して今日中に投稿したよ。
正直誕生日にこんな目に遭わせてごめん、京ちゃん。


「はぁ………はぁ……」

 

 5回戦が終了すると同時に、猛烈な眩暈と頭痛が京太郎が襲った。

 今の今まで呼吸を忘れていたかのように、肺が空気を要求し始める。

 汗が体中を滴っており、二枚下に着こんでいるのに上着まで汗でびっしょりだった。

 

(も、もう二度とごめんだ………)

 

 ギャンブルに脳を焼かれる、なんて表現が博打の世界ではあるらしいが、とんでもない。

 今回は、自分の命より大事な皆の名誉のためだから雀士としての人生を張ったのだ。

 もうこんな修羅場、二度とごめんである。

 緊張のあまり、全身の内臓が変になったかのようだ。精神的どころか、物理的に禿げる。

 

(でもこれで……)

 

 これで、勝負前の取り決め通り矢木たちは、咲たちの誹謗中傷を行わない。

 咲たちに土下座して謝り、二度と関わらない。

 もちろん、矢木たちの性格を鑑みれば、心からの謝罪など得られないだろう。

 だが、咲たちの未来を守れるだけでも、京太郎にしてみれば万々歳だ。

 

「お前たち……わかってるよな」

「…………」

 

 息が整ってきた京太郎は、矢木たちに向けて口を開く。

 

「俺の五連勝だ。お前たちは、咲たちに頭を下げて謝ってもらう。俺達に、二度と関わらないでもら――――」

「はぁ? 何の話だ?」

 

 京太郎を遮った矢木の言葉に、京太郎が言葉を失う。

 

「な……ふ、ふざけんな! 人がどうしてここまで命張ったと思っていやがる!?」

「ふざけんなはこっちの台詞だぜ。さっさと支払いを済ませろよ」

「は? 支払い?」

 

 口許に薄笑いを浮かべた矢木に、京太郎は訳が分からないと表情を歪める。

 

「テメーのチョンボで流局だ。満貫払いだから、さっさと4000オール払えよ」

「は―――――?」

 

 矢木の台詞に、京太郎は本当に言葉を失う。

 

「おいおい、見りゃ明らかじゃねぇか? 素人はそんなこともわからねぇのか?」

 

 矢木は、京太郎の目下に倒れたままの手牌を顎で指し。

 

「その手、どう見ても七対子じゃねぇか。誤ロンで、お前のチョンボだ」

「は?」

 

 京太郎は慌てて倒した手牌を確認する。

 

 {②②③③④④66778西西}

 

 どこからどう見ても、{5-8}の両面待ちだ。

 

「馬鹿言え、どう見ても二盃口の{5-8}待ち―――」

「七対子だつってんだろこのド素人!!!!」

「ッ」

 

 バン!! と、矢木が椅子を蹴飛ばして立ち上がる。

 その鬼気迫る表情に、矢木より背丈のある京太郎も気圧される。

 

「言いがかり付けて、チョンボも支払わねぇとなりゃ完全なルール違反だな!

 この勝負は俺らの勝ちってことだ!」

「ふ、ふざけ―――」

 

 ガンッ! と、真横から硬いもので思い切り殴りつけられる。

 吹き飛んだ京太郎が転がって仰向けになると、竜崎がここに来る前の雀荘でもそうしたように、椅子を持ち上げて振り抜いた姿勢でいた。

 

「痛っ………!」

 

 さっきも殴られた傷口を、さらにその上から殴りぬかれた激痛に、京太郎の意識が遠のく。

 

ドゴッ!

 

「おげっ……!」

 

 すかさず腹部に蹴りを入れられ、痛みに呻き、せき込む。

 

「さぁーて、約束は守ってもらうぜ」

「!!」

 

 ゴトリ、 と近くに置かれた重々しい音で、京太郎は何のことか察する。

 腹ばいになったまま逃げようとするが、すぐに背を踏みつけられ、左右から右腕を掴まれる。

 

「馬鹿っ、よせ!?」

 

 必至に身をよじるが、三人がかりで押さえつけられては、いくら京太郎の体格がよかろうと抑え込まれてしまう。

 

「くっそ、暴れんな!」

「馬鹿、2本じゃなくてもう全部やっちまえ!」

 

 バチン と、右手首から先と、親指を除く指四本が固定され、身動きが取れなくなる。

 

「やめ―――――――」

 

 

 

 

(京ちゃん……京ちゃんお願い、無事でいて……!)

 

 タクシーで移動している間、咲は背を丸め、ずっと両手を握り合わせていた。

 ガタガタと震えが生じ、ずっと和が隣で背をさすっても収まる気配はない。

 

(私のせいだ……私が、自分勝手で変な打ち方ばかりしたから……!)

 

 先程目にした、ネット上での自分への中傷記事を思い出す。

 

(もっと……和ちゃんみたいに、普通で、立派な打ち方をしていたら……)

 

 嶺上開花は、咲のアイデンティティーでもある。

 そのおかげでインターハイを戦い抜けたのは確かだ。

 麻雀を嫌い、恐れ、離れていた咲にとって、再び麻雀を楽しいと思わせてくれたのが、姉から教わった嶺上開花だった。

 だが今は、その楽しくてたまらない打ち筋が、咲に大きな後悔として押し寄せていた。

 

 半荘で一位になれない度に、指を二本切り落とす。

 何度言葉にしてみても、意味が分からない。

 なぜ、京太郎はそんな滅茶苦茶な条件で勝負に臨んだのか。

 いや、わかっている。咲たちの為だ。

 

 咲達を侮辱され、どうにも我慢が出来なかった京太郎は、矢木達を勝負の席に着かせるためにそんなバカげた条件を持ち出したのだ。

 いくら侮辱を止めろとただ言葉で要求したところで、矢木のような輩は喜んで声を大きくするだけだ。

 なら、条件を呑ませるには、矢木達がつい勝負の席に着きたくなるような条件を出すしかない。

 指を切り落とさせる。狂った人種を釣るには、狂った餌が必要なのだ。

 

 京太郎は餌を用意した。そして勝負は開始した。してしまった。

 既に京太郎が矢木たちと去ってから、3時間が経過している。

 麻雀に慣れた者同士の半荘5回戦なら、もう終了しても何らおかしくはない。

 つまり、すでに3,4回は京太郎の指が切り落とされる機会があったということだ。

 

「…………!」

 

 そのことを考える度に、ゾワリ と、形容しがたい気持ち悪さが体中に広がる。

 指を切り落とされたところで、人は死にはしない。

 だがごく普通の一般人で、やや臆病な性格の咲にとっては、それが京太郎が死んでしまうようなイメージと結びついてしまう。

 悪いイメージ以外が、浮かんでこない。

 

 ただひたすら、体を縮こまらせて震え、京太郎の無事を懇願するしかない。

 

「着いたぞい」

 

 まこの一言に、うつむいていた顔を上げる。

 まこが支払いを済ませるのも待たず、咲は我先にと外に出る。

 

 前を先導していたタクシーからも、赤木と久が降車する。

 

「ここの4階だ」

 

 赤木が見上げたのは、表面がひび割れた、いかにもオンボロなビルだった。

 外につけられた非常階段の踊り場の一つに、さび付いて色あせた雀荘の看板がある。

 

「京ちゃん……!」

 

 咲が駆け出し、それを残りのメンバーが追う。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

 カンカン と、金属製の非常階段を鳴らし、息を切らして駆け上がる。

 4階に着くころには、もう肩で息をしていた。

 

「咲、落ち着いて!」

「だって、急がないと京ちゃんが――――

 

 

うあぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!

 

 

「っ―――――――――!!」

 

 その時、まさに目の前まで迫っていた扉の奥から、悲鳴が聞こえた。

 男の悲鳴。よく知っている、京太郎の声。

 それに気づいた咲たちは絶句し、次の瞬間雀荘の中になだれ込む。

 勢いよく入った咲達へ、雀荘の中にいた数名の人間達の視線が集まる。

 薄暗く、赤みを帯びた照明のせいでよく見えないが、その中に京太郎程背の高い人影は見えない。

 

「おーっと、1分くらい遅かったなぁ?」

 

 矢木が憔悴する咲達を見て、ニマニマと笑みを浮かべた。

 

「きょ、京ちゃんは……」

 

「っ……! うづ、あっ………い〝、ああぁあ………!」

 

 その時、痙攣混じりの嗚咽が耳に入る。

 床にうずくまり、震えている輪郭が目に入る。

 

「…………!」

 

 咲達は声も出せずに、その人影の側に駆け寄った。

 京太郎が、左手を抑えるようにしてうずくまっていた。

 

「京ちゃ……!」

「す、須賀くん……!」

 

 おびただしい量の血が京太郎の手元から零れ落ちていた。

 京太郎の表情は涙と苦痛でぐちゃぐちゃに歪んでいた。

 

 その様子を見て、何が起こってしまったのかを察する。

 

「くっぅ、はっ、はっ………い〝………はぁっ、はぁっ……!」

 

 京太郎は歯を食いしばり、必死に痛みを堪えている。

 咲達のことに気付いているかも定かではない。

 

「京ちゃん! しっかりして京ちゃん!?」

「さ、咲さん、ら、乱暴にしては……」

 

 咲が京太郎の方を掴み呼びかけ、恐怖で体が強張った和が、それを見て弱弱しく止める。

 

「ちょ、ちょっとアンタ、何なんだ!?」

 

 その時、カウンターから店主の面食らった声がした。

 そちらを振り返ると、赤木がカウンターの中に入り、日本酒のビンを手にするところった。

 

「おう、金は後で払うからちょっともらうぜ」

 

 赤木は店主の方は見ずに一升瓶を鷲掴みにすると、京太郎の方へ大股で移動する。

 

「京太郎、痛いだろうが一旦抑えている方の手どけろ。消毒する」

「っ…………!」

 

 京太郎は痛みに呻きながら、左手を抑えていた右手をどける。

 露わになった傷を見て、清澄の部員全員が目をそらし、口元を抑える。

 

 指が四本、親指を除いて途中で切断されていた。

 赤黒い断面が見え、それだけで咲は血の気が引いて倒れそうになった。

 

「おい、お前ら。誰か駄目になってもいいハンカチもってねぇか? 多分かなり痛ぇから、歯を食いしばるように噛ませておいた方がいい」

「は、はい…………」

 

 それを聞いて、咲がおずおずとポケットからハンカチを取り出し、アカギに差し出す。

 

「京太郎、かなり沁みるから、これ噛んどけ」

 

 赤木は京太郎の口にハンカチを押し込むと、今度は自分が手にした一升瓶をラッパ飲みし、口に含んでから京太郎の傷口に吹きかけた。

 

「ぐっ……むぅううううううううううううううううう………!!!!!!!」

 

 ハンカチ越しに、京太郎が痛みに大きく呻く。

 赤木は痛みで傷口を抑えてしまいそうになる京太郎の腕を掴み、押さえつけながら、切り落とされた指を探す。

 

「んで指は……あ、そこか」

 

 赤木は裁断機の上に置かれたままの、京太郎の指を見つける。

 それを見て、優希が吐きそうになりその場にうずくまる。

 

「お前ら。3%だか4%だか忘れたが、そのくらいの濃さの塩水作って、指漬けておけ。救急車が来るまでは冷蔵庫に入れとけ」

「は、はい。ひっ……!」

 

 和が震える手で京太郎の指に手を伸ばすが、ほんの少し指先で触れただけで、恐ろしくて手を引っ込めてしまった。

 

「あー……わかった。俺がやっとくから、お前は京太郎見てろ」

 

 和の様子に溜め息を付くと、赤木が何の物怖じもなく指を拾い上げ、カウンターに持って行く。

 店主が何か言いたげにしていたが、赤木が「うりうり」と手にした京太郎の指を突き出すと、小さく悲鳴を上げて店の奥に引っ込んでしまった。

 

「す、須賀くん。床に寝て、て、手を心臓より、高い位置に置いてください……ゆ、優希は、保冷剤か氷を、タオルで包んで持ってきてください……。あ、頭からも血が……」

 

 和は震える声で、保健体育の授業で習った知識で、それがあっているのかも自信が持ていないまま、とにかくどうにかしようと指示を出す。

 

「わ、わかったじぇ……」

 

 優希は吐きそうなのを堪え、赤木の側を通って冷蔵庫を開ける。

 

「ひ、久、救急車じゃ……」

「え、ええ………!」

 

 まこが裏返った声で久を促し、久が震える手で携帯を落としそうになりながら119番にかけようとする。

 

「だ、駄目です………部長……」

「え?」

 

 しかし通話ボタンを押す直前、京太郎から待ったの声がかかる。

 

「救急車呼んだら……、っ、多分、通報もされて、警察沙汰になって、部長の内定に、影響……」

 

 顔は青ざめ、体中を震わせながら、京太郎は久の方を見て、本気で救急車を呼ばないように呼び掛ける。

 

「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ!? その怪我、すぐに病院行かないと、絶対に治んないわよ!?」

 

「いやぁ、いんじゃねぇのそれで?」

「!」

 

 それまで咲達の慌てふためく様子を面白そうに眺めていた矢木が、持て囃すような口調で京太郎に賛同の意を表す。

 

「どぉーせそんな雑魚の指が何本か無くったってよ、プロ雀士様にとっては痛くもかゆくもねーだろ? いいのか~? 全力で隠さないと、普段から取材断りまくってるマスコミが、これ幸いにと群がってくるぜ?」

「アンタ………!」

 

 久が怒りのあまり、矢木に殴りかかろうとするが、それをまこが後ろから必死で止める。

 

「まこ! 止めないで! コイツ、コイツっ………!」

「馬鹿! 口車に乗って、お前本人が暴力沙汰を起こしてどうするんじゃ! それにお前が男3人相手に敵うわけないじゃろうが!?」

 

 まこを振り払おうとする久も、久を必死で止めるまこも、二人とも涙を流しながら叫ぶ。

 

「おいおい、何怒ってんだよ? 負けたら指切り落とせって言って来たのはそこの雑魚だぜ? しかもいざ負けたらこんなのはノーカンだとか喚いて暴れるしよぉ」

 

 その言葉に、咲達の視線が雀卓の上に向けられる。

 卓の上は直前の局が終わった時のままになっている。状況からして、誰かがダブロンで振り込んだ場面ということを、咲達は一瞬で看破する。

 裏ドラも乗っているようだし、これはトビ終了になってもおかしくない一撃だったはずだ。

 

「ち、違う……」

「京ちゃん?」

 

 そのとき、京太郎が弱弱しく声を出す。

 

「お、俺が、二盃口聴牌して、和了ったら……それは七対子だからチョンボだって、言いがかり、つけられて……無理やり…………」

「「「「「っ…………!」」」」」

 

 その言葉に、咲達が激昂する。

 

「このクソ野郎っ!! 自分が負けておいて、よくもそれを京太郎に…………!」

 

 久が顔を真っ赤にし、激怒して叫ぶ。

 

「おいおいひでぇ言いがかりだな。ダブロン振り込んだのはそこの雑魚で、俺は見事に打ち取った方だぜ? なぁぁ?」

「ああ」

「そうそう」

 

 矢木の呼びかけに、竜崎と黒崎が大仰にうなずく。

 そのわざとらしい演技に、咲達の怒りは増々高ぶる。

 

「卑怯者…………!」

 

 咲が涙をボロボロ零しながら、矢木を睨め付ける。

 

「はぁ? おいおいサマ野郎に卑怯者呼ばわりされるたぁ心外だなぁ」

 

 矢木はそんな咲の怒りや悔しさなど気にも留めず、咲を指さして嘲る。

 

「そこでめそめそ泣いてる京ちゃんに言ってやったらどうだ?

 ごめ~ん京ちゃ~ん、私が嶺上でイカサマしてないのまだ信じてたんだ~おバカだね~~?

 それで意地張って指切られちゃったの? さっさとネタばらしすればよかった~~」

「「ぶっははははははは!!」」

 

 矢木が黄色い声で嘲ると、隣の竜崎と黒崎が腹を抱えて笑う。

 

「誰が、イカサマなんか……!」

「いやいやいやいや、通用しませんからぁーそれ? 嶺上あれだけバンバン連発して、イカサマしてないことの方があり得ませんからぁー?」

「っ…………」

 

 咲は押し黙る。

 ネット上に散見されたように、自分の嶺上開花に疑いを持つ人たちは、多くいるのだ。

 いくら自分がやっていないと言っても、当の本人の言葉など、不正を認める発言以外はないものとして扱われる。

 結局世の中では、声が大きい方の主張が真実として扱われるのだ。

 

「あぁどうしよ~。私がイカサマばっかりしてたせいで、だいちゅきな京ちゃんのお手て切られちゃったよぉ~~。でも別に戦力にもなんないからいっかぁ~~~」

「ぎゃはははははは!」

「ひぃっ、はっは! は、腹いてぇ……!」

 

「…………!」

 

 咲は悔しさと羞恥でおかしくなりそうだった。

 違うと否定したい。ズルなんかしていないと叫びたい。でも、通じない。

 京太郎に謝れと怒鳴りたい。同じくらい痛い目に遭わせてやりたい。

 

 でも、咲には何もできない。

 矢木達を黙らせることも、謝らせることも、痛い目に遭わせることも。

 

「ひっ、ぅ…………!」

 

 悔しい。悔しい。悔しい。

 こんな最低の奴らに、自分が必死で頑張ってきた闘牌が、イカサマ呼ばわりされて悔しい。

 京太郎が傷つけられて、悔しい。

 京太郎までもがイカサマ呼ばわりされて、悔しい。

 

「ふざ、けんな…………!」

 

 その時、仰向けになっていた京太郎が、痛みに揺れながらも体を起こす。

 

「取り消せよ、咲を馬鹿にした事…………!」

「あ?」

 

 未だに血が止まらない左手を抑えながら、息も切れ切れに、矢木達を射殺さんばかりに睨み付ける。

 

「取り消せ!!!

 咲はお前らみたいなクズが口にしていい奴じゃねぇんだよ!

 散々イカサマしておいて、3対1で俺みたいなド素人に負けて!

 負けたら幼稚園児でもしないような駄々こねて喚くしかできないクズが!!」

 

「んだと…………!」

 

 矢木たちの頭に血が上り、京太郎の方へ歩みだすが

 

「お前らが下らない暴力で悦に入っている間に、咲達がどれだけ努力したと思ってやがる!!

 イカサマなんて入り込む余地のない、愚直に全力を尽くすしかない勝負の世界で! 一歩間違えれば自分がチームの皆を負けさせちまう恐怖を抱えながら、どれだけ苦しい中を戦い続けたと思ってやがる!!!!」

 

 思わず耳を塞いでしまうような号砲に、足が止まってしまう。

 

「それでも麻雀と向き合い続けて、自分の力で戦い抜いた皆を、お前らみたいなクズが口にするな!! ましてや、咲を…………誰よりも格好良い、俺の一番の憧れの雀士を、馬鹿にするんじゃねぇ!!!!!!!!」

 

 京太郎の砲声が、その場の全員の耳を震わす。

 それを聞いた清澄の全員が、先程までとは違う、胸の奥底から湧き出る感謝の気持ちに涙する。

 

「須賀……くん……」

「京た……ろ……」

 

 ずっと一緒にいた、一度も表舞台に出ることはなかった仲間が、誰よりも自分達の営為を讃えてくれた。

 自分達の軌跡に、憧れてくれていた。

 

「京……ちゃ…………」

 

 咲に至っては、震えて声も出ない。

 涙は相変わらず滂沱として止まらない。だが、流れる意味が全く変わっていた。

 

「…………で? それが?」

 

 だが、そんな感謝の気持ちに満ちた静寂を、粗暴な声が害する。

 

「別に、オメーが憧れるかとか関係ねーっての。何様のつもりだよ」

 

 先程までに比べると声にやや勢いが感じられないが、それでも罵詈雑言は尽きることはない。

 そうだ。自分達にはヤクザという盾が背後にあるのだ。

 同年代の子供が強がろうと、自分達が臆さなければならない理由などどこにもない。

 

「何様…………か」

 

 カラン と、コップを置いた音を伴い、低い声が響き渡る。

 

「あ? やんのかジジイ。今日明日が命日になるぜ?」

 

 切断された京太郎の指の処理を終え、キッチンから出てきた赤木は、悠々とした態度のまま、懐から取り出した煙草に火をつける。

 

「威を借るキツネ……か。まったく、てめぇのジジイの方がなんぼかマシだったぜ?」

「あ? …………じいちゃんの知り合いか?」

「まぁな。向こうは忘れたくて仕方ねーだろうが」

 

 赤木がカラカラと笑うと、矢木達は素性が知れない赤木に対して警戒心を高める。

 

「…………お前ら、こんな風に、負けた方の破滅を賭けた勝負ってのは、初めてか?」

「あ?」

「どうなんだ?」

 

 有無を言わさぬ赤木の態度に、矢木達が目許を歪ませながら答える。

 

「まぁ……さすがにこいつを使ったのは、今日が初めてだがよ」

「は。そんなこったろうと思った」

 

 赤木の見下すような発言に、矢木達が一気に不機嫌になる。

 

「んだと、ジジイ…………指切ってほしいんなら、今すぐやってやってもいいんだぜ!?」

「ああ、それがいいな」

「は?」

 

 間髪入れずに返って来た赤木の答えに、矢木達が間の抜けた声を返すが、赤木はそれを気にもしない。

 もぞもぞと、自分のポケットをいくつかまさぐっている。

 

「だがまぁ、こんなジジイの指切ったところでお前らも楽しくねぇだろ? だからほれ」

 

 バサッ と、ポケットから取り出したものをテーブルの上に置く。

 それは、札束だった。

 

「マジかよっ…………!?」

 

 黒崎がすぐに飛びつき、透かしを確認する。

 

「おいマジかよ本物じゃねぇか………!」

「ほれ、もういっちょ」

 

 赤木はもういくつか札束を取り出し、百万円の束が、合計で4つテーブルの上に重ねられた。

 その光景に、咲達はおろか、大怪我を負っている京太郎ですら唖然としてしまった。

 

「俺とお前ら三人で、半荘一回の勝負をしようぜ。俺が1位になれなかったときは、好きに持って行きな。サマも好きなだけして構わねぇぜ。まぁ現場抑えたらその瞬間チョンボだがよ」

「マジかよ……!」

 

 矢木達は顔を見合わせ、隠しきれない笑みを浮かべる。

 

「で、お前らが負けたら…………指、一人4本ずつ切り落とすぜ」

 

 赤木は、それまでと全く変わらない口調でそう言った。

 指の裁断機を手にして、キコキコと鳴らして具合を確かめる。

 

「んだと…………」

「結構いいレートだと思うぜ? 高校生のお前たち3人の指1本ずつに、100万円支払ってやるって言ってるんだ」

「………ちょ、ちょっと待て」

 

 矢木たちは顔を突き合わせ、小声で話し始める。

 

(おいどうするんだよ?)

(受けるに決まってんだろ! 3対1で勝てば400万だぞ!?)

(しかし流石に指はよ…!)

(バカ! 負けたら金だけ奪って逃げりゃいーんだよ! 律儀に約束守ってやる必要なんざねぇ!)

(そ、それもそうだな)

 

「よし……! その勝負、受けよう!」

「そう来なくっちゃな」

 

 赤木は笑みを浮かべて、雀卓に座る。

 

「あ、赤木さん…………!」

「気にすんな。こいつらがちょっと目に余っただけさ」

「え?」

「いいかガキども…………教えてやる」

 

 そこで、初めて赤木の口調が変わった。

 平然としていた先程までと異なり、重い、重い口調だ。

 赤木と一番付き合いが長い京太郎でも、赤木のこんな声は聞いたことがなかった。

 

「仮にこの国、いや、この世界中の全ての国々を支配するどころか、神の如くあの世まで手にしちまうような、そんな怪物………権力者であろうと、捻じ曲げられねぇんだ」

 

 怒っている。

 赤木の声に込められたその怒気に、声を向けられていない京太郎たちですら慄いた。

 

「そんな奴でも、いずれは死ぬことと…………博打の出た目は……!」

 

 雀卓の上で倒されたままの、京太郎の手牌を前にして、赤木が怒る。

 

「おい、そこのガキ。お前、さっき言っていたよな? 何様だってよ」

「あ? あ、ああ…………」

「ま…………自分から名乗ったことはねぇんだがよ。周りからそう呼ばれちゃ、勝負の意味も分からず、図に乗ったガキどもを見て何もしねぇわけにはいかねぇわな」

 

 

 

「博打の神サマとしてな」 

 




この物語の中で、この話の京ちゃんの心からの叫びをさせたかったというのが結構大きな目標になっていたので、辿り着けて満足。

本当は赤木の闘牌まで入れたかったんだけど、完成がずっと先になってしまうだろうからここでもう投稿してしまう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。