憂う大空は世界を変える (アリアリサン)
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憂う大空は世界を変える

「――――哀れなり、禽獣よ」

 

 月光が差し込む森の中。一人の男が地に立ち――――泣いていた。

 大柄な男だ。それは、縦にも横にも大きい。

 深緑のローブに袖を通し、首からは幾何学的な文様をあしらわれた二メートルほどもある巨体の足元にも届くストールを下げており、足には簡素な黒い靴。

 頭にはローブと同じく深緑のシルクハットを被っており、何より目を引くのはその目元。白の包帯によってきつく縛られており、その下にあるであろう両目は一筋たりとも月光を受け入れてはいなかった。

 男の光を閉ざした視線の先。そこは、森の中でもギャップと呼ばれる木々の空白地帯であり、生い茂った梢に邪魔されないため月光のみならず日光などもダイレクトに差し込み、草花が群生する地帯だった。

 

「お前も、人里へと降りて食らわねばこうして私に出会わずに済んだというのに」

「グルルルル…………」

「だが、こうして私とお前は出会った。出会ってしまった。私は狩るもの、お前は狩られる者としてこの場に相対してしまった」

「ガァアアアアアア!!!!」

「…………ああ、分かるとも。お前が私を打倒し、その血肉を食らって自らの糧として還元する可能性も十二分として存在することなど、な。だが――――」

 

 吠えたててくる獣に、男は悲しげに口元を歪める。

 

「――――すまない、禽獣よ。私と相対した時点で、お前の運命(さだめ)は決まっていたのだよ」

 

 言いつつ、彼は大きな両手を打ち合わせた。

 パンッ、と気持ちのいい音が月光降り注ぐ静かな森へと響き渡る。

 

「空域“(ゲキ)”」

 

 呟かれ、同時に打ち合わせられた両掌が、右を上左を下にそれぞれの指が天と地をそれぞれ向くように前へと突き出された。

 獣は何が起きるのかは理解できない。しかし、何か良くない事が起きる事はその鋭敏な本能が感じ取ったらしい。

 四足歩行である獣は、後ろ足に力を込めて数メートルはくだらない巨体をバネの様に縮こまらせて力を溜めて狙いを定める。

 時間にして、一秒かからない。獣は、弾かれる様にして前へと飛び出し、

 

「グギュ!?」

 

 飛び出した勢いのまま、何かにぶつかったように潰れてしまった。

 溜めた力を開放して、全身が伸び切って前足と後ろ足地面を離れて空中を飛ぶような姿勢となった矢先での出来事だ。

 獣の上半身は、下半身に押し込まれる様にして潰れており、辺りには臓物や血液、脳梁や眼球などが飛び散っている。

 

「私を、恨んでくれ禽獣よ。そして出来るならば、次の世では私と敵対しない事を祈る」

 

 安らかに、と男は首から下げた十字架を手に持ち額に掲げて黙祷を捧げる。

 凡そ一分の黙祷を終え、彼はローブの裾を翻して踵を返した。

 

 男の名は、アリア。ギルド幽鬼の支配者(ファントムロード)における最大戦力の一角エレメント4の筆頭を務める魔導士だ。

 

 

    *

 

 

 幽鬼の支配者。フィオーレ王国でもかなりの規模を誇る魔導士ギルドであり、国の各地に支部を有している。

 ただ、その評判は良いとはお世辞にも言えない。

 というのも、規模が大きい故にか隅々にまで監督の目が行き届かず、依頼人に対して脅しなどを行って報酬を吊り上げるなどの不貞を行う輩が多数いるのだ。

 しかもそれは、ギルドマスターであり聖十大魔導の一人であるマスター・ジョゼが黙認している事でもある。

 自己顕示欲の塊のような男であり、性格は狡猾で傲慢。己の栄光を汚す輩には一切の躊躇も何もなく叩き潰して唾を吐きかけ散々な罵詈雑言を浴びせかけるという屑っぷり。

 そんな彼だが、今現在進行形で苛立ちの極致にあった。

 

「…………チッ」

 

 幽鬼の支配者本部にある最上階の幹部会室。ギルドのメンバーも不用意な入室は許されておらず、入れば最後、下手すれば命を取られかねない目に遭う。

 薄暗い部屋だ。そこには円卓が設置されており、6つの席が設けられている。

 

「忌々しい妖精(ハエ)共め」

 

 上座に座る先端の長い尖がり帽子をかぶった貴族の悪魔の様な衣装に身を包んだ男、ジョゼは苛立たし気に何度も何度も左手の人差し指で円卓の天板を叩き続ける。

 現在、円卓の席は5つがすでに埋まっていた。

 

「アリア様が手間取るとは、これは何とも珍しい(レアケース)でしょうな」

 

 緑の髪を逆立て、左目にモノクルを付けた男、ムッシュ・ソルは芝居がかったような大げさな物言いで人体の可動域限界超えた動きを見せて首をかしげる。いや、最早首が横に折れていると言っても過言ではない。

 

「しんしんと………ジュビアの心は雨模様。アリアが負けるとは、思えないけど」

 

 青い衣装に身を包んだ青髪の、首元にテルテル坊主を付けた女性、ジュビアは室内でありながらピンクの傘をさしていた。しんしん、しんしん、煩い。

 

「それほどの魔獣が現れたとしたら、私たちでも対処できないのでは?」

 

 和装に白黒に左右分かれた髪を高い位置で纏めた刀を差した男、兎兎丸は若干の冷や汗をその頬に走らせる。見た目ほどインパクトのあるキャラをしていない。

 

「…………チッ、アリアの野郎なんざほっとけばいいだろうが」

 

 長くボリューミーな黒髪を後ろへと流して、鋲の目立つ黒い服を着た男、ガジルは頬杖をついて眉間に皺を寄せる。見た目からして会議などには出席しなさそうな男だが、ある出来事からこうして顔を出すようになったエピソードが有ったりする。

 以上5名。幽鬼の支配者において特記戦力と数えられる者たちだ。因みに、ソル、ジュビア、兎兎丸がエレメント4に数えられ、それぞれ水、地、炎を司っている。

 実力は折り紙付き。ただ、その中でもアリアは抜きんでており筆頭に数えられていた。

 

「――――戻りましたか」

 

 好き好きに会話らしい会話も行われず適当に一同が過ごす、会議室。

 帽子を目深に被り、俯いていたジョゼは顔を上げた。

 彼が見るのは会議室入り口。ユラリと陽炎の様に空間が歪む。

 

「遅かったですねぇ、アリアさん。何をしていたのか、私に教えていただけますかな?」

「申し訳ありません、マスタージョゼ。貧しい村がありまして、そちらへ施しを行っておりました」

「…………また、偽善事業ですか?報酬を丸々渡すのは、止めろ、と私は言ったはずですが?」

「持つ者は、持たざる者に施す。これは当然の事ではありませんか。ギルドには仲介料などを天引きしているのです、私に支払われる報酬をどう使おうとも私の勝手ではありませんか?」

 

 空間に滲み出すように現れた、深緑の巨漢アリアは苦言を呈してくるジョゼを見据え(目隠し越しにだが)毅然とした態度を崩さない。

 この二人、付き合いは長いのだが顔を合わせるたびにこうして平行線の応酬を行っていた。

 原因は、アリアの性格、もといジョゼに言わせれば悪癖にある。

 幽鬼の支配者はガラの悪い者が多く籍を置いている。素行も悪く、粗野で粗暴、乱暴者など履いて捨てるほどに居るのだ。

 この部屋で言えばガジルを筆頭に、ソルや兎兎丸も素行が良いとは言えない。ジョゼも悪辣だ。

 そんなギルドで、アリアの善性は浮いている。

 S級クエストと呼ばれる高難易度なクエストや10年間、100年間クリアされていない所謂10年クエストや100年クエスト等を遂行するだけの実力を持ちながら、彼は決して誇らない。

 草花を愛で、子供や老人に優しく、ボランティアとして本来ならばS級クエストに該当するような頼みを笑顔で受ける。

 決して、評判が良いとは言えない幽鬼の支配者において『大空のアリア』と呼ばれる彼は悪い噂を一つも流されない潔白な存在であった。

 だからこそ、ジョゼとは折り合いが悪い。

 

「――――良いでしょう。アリアさんも来た事ですし、会議を始めましょうか」

 

 不毛な睨み合いは、ジョゼが視線を外したことで終わった。

 因みに席順は、上座にジョゼ。時計回りで、ソル、ジュビア、アリア、兎兎丸、ガジル、となっている。

 

「今回、エレメント4ならびにガジルさんに集まってもらったのはあるお仕事をお受けしたからですよ」

「仕事だ?んなもん、オレ一人で十分だろうが」

「ええ、ガジルさんの力は知っていますとも。ですが、今回は少し特殊なのですよ」

「特殊?それは私たちの力を持ってしても攻略できない、という事ですか?」

「いえいえ、違いますとも兎兎丸さん。仕事に直接関係はしません。まあ、これを見てくださいな」

 

 ジョゼが指のスナップを鳴らす。すると、円卓の中央に一枚の紙が現れる。円卓を囲む者たちの視線が集中する。

 

「ハートフィリア財閥(コンツェルン)。皆さんも名前ぐらいは聞いたことがあるでしょう?」

「ふむ…………この国を代表する資産家の家ですな。特に鉄道関連に力を入れており、国有数の資産家(VIP)だったかと」

「ソルさんの言う通りですよ。そして、この依頼はこのハートフィリア家の現当主。まあ、財閥の社長ですねぇ…………依頼内容は、家出娘を連れ戻してほしい、というものですよ」

「家出?つまり、ハートフィリア家のご令嬢が供もつけずに出歩いていると?」

 

 まさかの依頼内容に、兎兎丸は声を上げた。

 彼の言葉も無理はない。仮に身分を隠していても、何かの拍子に身バレしてしまった場合取り返しのつかない事態に陥る可能性もあるからだ。

 とはいえ。この会議室ではざわめき等起きようはずもない。

 興味のなさそうなジュビアやガジル、目元を隠して何を考えているか分からないアリアなど、特別騒ぐようなメンツではないからだ。ぶっちゃけ、気分が乗らない。

 その事には、ジョゼも気づいていた。だからこそ、本題(・・)を切り出す。

 

「この依頼を下さったご党首様はいたくお気になされていた。何より――――」

 

 ジョゼがそこで言葉を切る。同時にピリピリとした魔力が会議室内を駆け巡る。

 

「そのお嬢様が籍を置くのが――――妖精の尻尾(フェアリーテイル)なのだ!!!!奴ら妖精(ハエ)共がハートフィリアの財産が使えたならば!それは、私たち幽鬼(ファントム)の障害になりえるという事だ!ただでさえ最近の奴らは目に余る。その上で財力を得るだと?許せるものか!!!!」

「――――ギヒッ、つまり“戦争”って事かよ、マスター」

「いいえ、殲滅です。これを契機に目障りな妖精(ハエ)を一掃します」

 

 妖精の尻尾。幽鬼の支配者と伍すると言われる魔導士ギルドであり、多数の問題児を抱えているがその実力は看板に偽りなしの凄まじいもの。

 特に火竜(サラマンダー)妖精女王(ティターニア)などは国中に知られる二つ名とされている。

 ジョゼは、それが気に入らない。ここ数年で成り上がってきた妖精の尻尾が目障りで仕方がなかった。

 

「――――何か言いたげですね、アリアさん」

「…………」

 

 ジョゼに水を向けられ、円卓の目が沈黙を守っていたアリアへと向けられた。

 彼は、両手を組んで天板の上に置きムッツリと黙り顔を伏せていた。

 

「ええ、分かりますよ。あなたはこの一件に、乗り気ではないのでしょう?」

「分かっておられるのならば、聞かなくても良いではありませんか」

「そうも言っていられないのですよ。貴方は、幽鬼(ファントム)の中でも一番の手練れ。奴らを、マカロフを絶望に叩き込むには、貴方の魔法()はうってつけなのですからねぇ」

「…………依頼を熟すだけならば、私が直接出向きましょう」

「そして、妖精(ハエ)共の肩を持つつもりですか?…………やはり、温い(ぬるい)。温すぎるのですよ、アリアさん。もう少し最強のギルド、幽鬼の支配者の筆頭である自覚を持っていただきたいものですねぇ」

「…………」

 

 厭味ったらしいジョゼの物言いだが、アリアは乗ってこない。

 マスターの方針は、そのままギルドの方針だ。如何にアリアが力を持って、エレメント4筆頭の肩書を与えられていようともギルドの1メンバーには変わりがない。

 アリアが沈黙したのを見届け、ジョゼは円卓を見回す。

 

「では、妖精潰し(ハエたたき)を始めましょうか。手始めは、ガジルさん。貴方にお任せします」

「ギヒッ、了解。妖精の尻尾(ようせいのけつ)を叩いてきてやるよ」

「頼みましたよ。ああ、それと。彼女だけは、なるべく(・・・・)傷をつけない様に」

「分かってるさ、マスター」

「他の方々にも、随時指示を飛ばします。私を失望させることの無い様、くれぐれも頼みましたよ?」

 

 

    *

 

 

 妖精の尻尾襲撃。それは、ガジルの手によって滞りなく行われた。

 手始めに、酒場を兼ねているギルドを彼の魔法である鉄の滅竜魔法で潰した。更に、彼はギルドのメンバー三人を殺さない程度に痛めつけて見せしめにするという蛮行も行っていた。

 

「…………」

 

 元より荒くれ者の多いギルドメンバーだ。この襲撃に彼らは沸いていた。

 そんな彼らを、アリアは太い梁の上に立って静かに見下ろしている。

 キツく閉められた一文字の口と、目元を覆う包帯によって彼の表情から内心を読み取ることなど不可能だ。ただ、纏う空気は沈んでいた。

 昔は、それこそ彼が加入した頃は、ここまで腐ってはいなかった。マスターであるジョゼも向上心に溢れているがそれだけ。他者と比べて足を引っ張ってまで引きずり落そうとするほどではなかった。

 だが、今はどうだろうか。依頼人にまで手を上げるギルドメンバー。ギルドの名を笠に横行する悪行の数々。評議員に訴えられていない事が奇跡であった。

 

「――――来ましたか」

 

 アリアが小さく呟く、と同時にギルドの扉が吹き飛んだ。

 桜色の髪をした炎を纏った拳を振るう少年を筆頭に、続々となだれ込んでくる妖精の尻尾の魔導士たち。

 実力にバラつきがあるが、中々に粒揃い。兵隊同士の戦いは五分だと言えた。

 

「…………はぁ、気は進まないのですがね」

 

 ユラリとアリアの体が空間に溶けるようにして消える。

 彼の仕事は、ここにはない。そもそも、今回の一件のみでジョゼは済ませるつもりが無いのだ。

 何の為に煽ったのか。何の為にここまで誘い込んだのか。その全て、それこそ妖精の尻尾マスターであるマカロフが乗り込んで来る事まで想定内だ。

 彼もまた聖十大魔導の一人。即ち、ジョゼと同格だ。正面戦闘をしてしまえば、たちまちここら辺一帯が焦土と化してしまう。

 何より、ジョゼがそんな面倒を買い込む筈もない。

 

「――――隙ありです、マスターマカロフ」

(こやつ…………気配が無い!?)

 

 ジョゼはここにはいない(・・・・・・・)。いるのは思念体であり、実体などない立体映像でしかない。

 それに気づいた時にはもう遅い。ジョゼが作ったマカロフの隙を衝いて、先程空間に消えていたアリアが背後へと現れる。

 

「空域“滅”…………申し訳ありません」

「ぐぅあああああああああ!?」

 

 半透明の空間に飲み込まれ、マカロフは壁を突き破って飛ばされる。

 これはアリアの魔法だ。だが、ただ飛ばすだけの生易しい代物ではない。

 小柄なマカロフの体は、壁を突き破って勢いを失い一階へ。つまり、現在進行形で兵隊同士の衝突が起きている場所。

 その中央に彼は落ちた。

 

「う………ああ……………ワ、ワシの魔力が…………!」

 

 俯せに這いつくばる彼の体には、幽鬼の支配者突入時にあった魔力によるすごみが欠片もなくなってしまっていた。

 予想外、元より妖精の尻尾陣営は思ってもみない事態に完全に止まってしまった。

 戦力は半減、何より士気がガタ落ちする。

 

「撤退だ…………!」

 

 決断を下したのは、緋色の髪を持つ妖精女王(ティターニア)のエルザ・スカーレット。

 血気盛んな一部ギルドメンバーからは、不満の声が上がったがこのまま突撃すれば神風になることは目に見えている。

 引いていく敵に、猛ったのは幽鬼の支配者のメンバーだ。

 

「逃がすかァ!!妖精の尻尾!!」

 

 追撃に駆け出す面々。これに対して、妖精の尻尾達は何とか応戦しようとするが、けが人が多い事には変わりがなく、更に魔力を失い只の老人となったマカロフを守らねばならない。つまり、絶体絶命のピンチだ。

 追撃の最初の一人が到達し、

 

「空域“(ヘキジ)”」

 

 見えない壁に阻まれて、その追撃は不発に終わった。

 

「「「「…………は?」」」」

 

 これまた予想外の事態に、両陣営から気の抜けた声が出る。

 妖精の尻尾の面々は何が起きたのか分からない。しかし、幽鬼の支配者の面々からすれば見覚えのある魔法であり、同時に馴染み深い魔法でもあった。

 

「アリア、テメェ何のつもりだ?」

「…………」

 

 太い梁の上に現れていたアリアに、ガジルが詰め寄る。

 

「何で妖精(ハエ)共を助ける様な真似をしやがる」

「…………勝負は決しました。マスターマカロフを不意打ちとはいえ、戦闘不能にしたのです。死体蹴りをする必要など皆無ではありませんか?」

「温い事言ってんじゃねぇぞテメェ!!こいつは戦争だ!どっちかが潰れるまで続けんだよ!!!」

彼ら(妖精の尻尾)を殲滅することにどれほどの意義があるというのです。不必要な犠牲は、双方求める事ではないでしょう?」

 

 アリアはそこで一呼吸置く。

 

「聞いていたでしょう、妖精の尻尾。この場よりの離脱は、私の名を持って保障致します。お行きなさい」

 

 それは敗者にとっては、苦い言葉。だが、アリアは態とこの言い方にした。

 この先、この抗争は更なる激化の一途を辿ることは誰の目にも明らかだ。故に、彼はこの場から妖精の尻尾を逃がす事を選択した。戦うことになれば、彼らにも準備が要るだろうと考えて。

 甘い。余りにも甘すぎるアリアだが、これが彼だ。何より最初から、彼はこの戦いには乗り気ではない。しかし、ギルドメンバーとして最低限の仕事、即ちマカロフの無力化のみを行うことを条件に彼はジョゼに自由にする許可をもらっていた。仮に責められても、ギルドマスターのお墨付きが有れば不満もおさまるだろう。

 そうして、第一次抗争は終結した。だが、第二ラウンドは間近に迫ってた。

 

 

   *

 

 

 六足歩行型ギルド、幽鬼の支配者。それは、名前の通り彼らの本部が六足の足を持って大地を行く決戦兵器だ。

 搭載された魔導集束砲ジュピターは、名前の通り最強クラスの破壊力を誇っておりその破壊力は伊達ではない。

 

「流石は、妖精女王。ジュピターをたった一人で受け止めるとは、見事」

 

 自室で今まさに、ジュピターによる砲撃を受け止めたエルザの雄姿を確認した(目隠しのまま)アリアは読んでいた聖書を閉じる。

 戦争の引き金を引いたのは、幽鬼の支配者(こちら)だ。ならば、相応の働きをせねばならない。

 相手の動きは、予想しやすい。エルザが倒れた今、二発目のジュピターを止められるほどの魔導士は妖精の尻尾にはいない。

 故に彼らは、発射前に潰そうとするはずだ。

 アリアの予想は、当たっている。当たっているが、彼は動かない。

 申しつけられた仕事ではない事も影響しているが、何よりジュピター守護は兎兎丸の担当だ。彼は敵を侮る悪癖があるが、実力は確か。相手によっては完封できる。

 無論同僚の勝利を望んではいる。しかしアリアは同時に、妖精の尻尾の誰かが勝つことも望んでいた。

 矛盾しているが、彼は自分でその気持ちを肯定する。実に人間らしくて良いじゃないかと。

 彼の出番は、もう間もなくだ。

 

 

   *

 

 

 ジュピターが、破壊された。それはイコールとして兎兎丸が負けたことに他ならない。

 

「…………むっ、まさかアレをするつもりですか。マスタージョゼは、本気で妖精の尻尾を――――なに?」

 

 幽鬼の支配者のギルドは、移動するだけではない。可変式だ。

 その為に各部屋には、水平維持機能が施されており少なくともアリアの居る部屋は傾くことはない。強いて挙げるならば可変の衝撃で、飲んでいた紅茶が波打って少しこぼれた位。

 だが、彼の関心はそこにはない。

 

煉獄砕破(アビスブレイク)?この規模では、マグノリアの街も只では…………!」

 

 座っていた椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がったアリアは、空間に溶けて消える。

 彼が向かった先は、ギルドマスターであるジョゼが居る司令室。

 

「マスタージョゼ!!」

「おや、アリアさん。血相変えてどうしました?」

 

 果たして、ジョゼはそこに居た。

 

「どういうおつもりですか。この規模の煉獄砕破など使ってしまえば、マグノリアの街はその半分が軽く消し飛ぶのですよ!?」

「…………それが?」

「は?」

「アリアさん、貴方は何か勘違いしているのでは?」

「勘違い?」

「私はね、マグノリアの街がどうなろうが――――どうでもいいのですよ」

「っ!」

「ただ、目障りな妖精(ハエ)を叩き潰せればそれでいい。巣を潰すのは、害虫駆除の基本でしょう?」

 

 ジョゼは肩を竦めながら事も無げに語る。その何でもないかのような態度が言葉の重みを裏付ける。

 

「……………………人々の営みを、壊してもいい、と?」

「必要な犠牲という奴ですよ。ま、甘い貴方には理解できない世界かもしれませんがね。これは、戦争なのですよ。いや、マカロフの倒れた今、殲滅戦の間違いでしたね」

 

 これは失敬、とジョゼは冷たく嗤う。

 司令室で動向を見守っていた、他のギルドメンバーもニヤニヤと笑みを浮かべている。

 だが、それは――――アリアには受け入れられる事ではなかった。

 

「ふざけないでいただきたい!!!!」

 

 ゴウッ、と部屋を揺らす魔力の風がアリアを中心に吹き荒れる。同時に、彼の体がほんの一瞬だけ薄く輝くとガラスの砕ける音と供に光が霧散した。

 これに目を見開いたのは、ジョゼだ。

 

「…………何のつもりですか、アリアさん」

「…………」

「何のつもりか聞いているのですよ、アリアさん!なぜ、魔力リンクを切ったのですか!!」

 

 ジョゼの全身から悍ましい魔力が室内に溢れかえる。直視してしまえば、それだけで吐き気を覚える様な膨大で邪悪な魔力だ。

 

「――――これ以上」

 

 しかし、相対したアリアに怖気づくような様子は見られない。

 左足を後ろに引いて半身となり、左掌を上へと向けて腰だめに、右手を手刀にして前に構える。

 

「貴方の横行は見過ごせない。ギルド同士の抗争に、市井を巻き込むなど言語道断です」

「で、どうする、アリア。オレと戦うつもりか?」

「それもまた、下の者の務めなれば」

 

 ギルド最高戦力の離反。もとい、反旗。ジョゼの丁寧な口調が崩れた。

 

「なら、増長する下の人間を教育しなおすのは上の務めだよなぁ?」

 

 持ち上げられた彼右手に、数多の怨霊の様な魔力が絡みつく。

 

「徹底的に叩き潰してやる。そして、芯にまでオレの恐怖を刷り込み、奴隷にしてやるよ、アリアァアアアアアアアアアア!!!!」

「空域――――」

 

 幽鬼の支配者の頂上決戦は、こうして始まった。

 

 

   *

 

 

 聖十大魔導の戦いは、天変地異を巻き起こすと言われている。

 

「デッドウェイブ!!!!」

「空域“閉”」

 

 迫りくる怨霊の突撃行進を透明な壁が阻む。

 

「空域“発”」

 

 アリアの手が突き出され、見えない攻撃がジョゼへと襲い掛かる。

 この魔法は、四方八方から衝撃が射出されて対象を滅多打ちにする魔法だ。破壊力は、ギルドを構成する石壁や鉄板の壁を砕く程度。

 

「お遊びならば、付き合うつもりはないぞ、アリア」

 

 が、ジョゼは聖十大魔導に選ばれた男。左腕を一振りすれば、衝撃は全て迎撃されてしまっていた。

 

「デッドフレア!!!!」

 

 紫色の地獄の業火がアリアの眼前を染め上げる。このままでは、骨の髄まで焼き尽くされて無様な敗北を喫することになるだろう。

 

「空域――――」

 

 左足を引いた半身の姿勢、アリアは強く右足を踏み込んだ。

 前に出していた右肩を引き込み、その反動で上半身を回転、左の掌底を眼前の炎へと突き出す。

 

「――――“衝”!」

 

 捻りながら突き出された掌底は、周囲の風を巻き込み力強く空間を打つ。

 そこから放たれたのは、透明の螺旋砲弾。周囲の空間を抉り抜きながら放たれたソレは、真っ直ぐに地獄の業火との衝突を果たす。

 衝撃、そして爆発。

 

「ぐっ…………!」

 

 巻き起こった粉塵を突き破って吹き飛ぶアリアの巨体。両手を眼前で交差させて耐えようとしたようだが、予想外の破壊力に彼は背中から壁に激突、粉砕してその向こう側へと消えた。

 

「チッ、面倒な。さっさと諦めれば良いものを」

 

 服についた砂埃などを手で払い、ジョゼはアリアの消えた穴を睨み、そちらへと徒歩で向かう。

 

「――――はぁ、やはり…………お強い」

 

 壁の向こう側。広い空間に大の字で倒れていたアリアは、立ち上がると被っていたシルクハットをとって帽子で全身の汚れを叩き落としていく。因みに、彼の頭はツルツルだ。帽子を愛用するために蒸れるのを嫌い、彼自身で剃ってしまった故の事。

 今一度、帽子をかぶり直し前を見たところで、ジョゼも穴より顔を出す。

 

「なぜ、目を開けないのですか?まさか、自分の力をセーブしたまま私に勝てるとでも?」

「…………」

「黙して語らず――――――――あまり調子に乗るなよ?」

 

 ジョゼの両腕に、怨霊が絡みつく。

 

「アリアァアアアアアアアアアア!!!!」

 

 突き出される両腕により、放たれる怨霊の奔流。ガリガリと鉄板仕込みの床を砕き割り、アリアへと迫る。

 

「空域“閉”!」

 

 アリアの選択は、正面からの防御。両手を前へと突き出し、壁を支えるように左足を引いて全身で前に押す。

 彼の眼前の数メートル。そこで、怨霊の奔流は先程の様に見えない壁にぶつかったように押し止められ、流れを止められた川の様に渦を巻いた。

 壁の大きさは、五メートル四方の正方形。アリアの側から見れば、大迫力の水槽を見ているような気分になることだろう。

 押し止められた魔力は淀み、やがて臨界を迎えて爆発する。

 

「ふぅ……………………!?」

「遅い!デッドスパイク!!!!」

 

 一つ息をついた一瞬の隙、アリアの脇腹にジョゼの蹴りがめり込んだ。同時に、怨霊が出現し魔力による爆発を巻き起こす。

 

「カッ……ハァ……………………!」

 

 胃液を吐き、アリアの巨体が横にくの字で折れ曲がり、そして吹き飛ぶ。

 ジョゼは本来ならば、肉弾戦よりも膨大な魔力による圧倒的な戦闘を好む。だが、近接が出来ないというわけではない。

 弾丸のように飛んだアリアは、再び壁を突き破ってその向こう側へと消える。

 更なる追撃を与えるために、ジョゼは左手をアリアを吹き飛ばした方向へと手を向け、

 

「何だと!?」

 

 突如襲った振動によりそれは中断される。

 

「まさか、エレメント4が全滅したというのか!?」

 

 魔導巨人ファントムMkⅡは魔導式の絡繰り巨人だ。その動力並びに維持には、エレメント4との魔力リンクによって維持されており、煉獄砕破も彼らとリンクすることで発動される。

 だが、今。巨人は崩れ落ちていく。

 自主的にリンクを絶ったアリアは、論外として残りの三人も敗北したという事だ。ジョゼの顔に幾筋もの青筋が浮かび上がる。

 

「おのれ…………妖精(ハエ)共が…………!」

 

 瞳の色が反転し、ジョゼはこの部屋の入口へと目を向ける。

 そこに居たのは、侵入者である妖精の尻尾の魔導士たち。

 グレイ、エルフマン、ミラジェーン、エルザの四人だ。

 

「マスター・ジョゼ!」

「こいつが、幽鬼(ファントム)のマスター?」

「なんて、邪悪な魔力なの…………」

「ぬぅうう…………漢にあるまじき寒気が…………!」

 

 四人は、それぞれが少なくないダメージを負っている。とてもではないが、ギルドマスタークラスの敵を相手できるだけの余裕などある筈もなかった。

 

「今はこちらも立て込んでおりましてね、せっかくのご足労でしたが一瞬で終わらせていただきましょう」

 

 ジョゼは気圧される彼らの事など知らんと言わんばかりに、左手を掲げた。

 

「デッドライトニング」

 

 文字通り紫電が迸る。四筋の雷撃は、真っ直ぐにそれぞれの獲物へと向かい、

 

「空域“閉”!」

 

 透明な壁に阻まれた。

 

「貴方の相手は、私でしょう?」

「~~~~っ!どこまでオレの邪魔をするつもりだ、アリア!!!!」

「無論、貴方の性根をへし折るまで」

 

 四人を守るように、緑の巨漢は大地に立つ。

 シルクハットをかぶり直して、構え直すアリア。

 

「妖精の尻尾の魔導士よ。ここは引いていただきたい」

 

 顔を向けずに、アリアはそう切り出した。

 

「…………何故だ、大空のアリア。なぜお前がマスター・ジョゼと敵対している?」

 

 エルザが問うたのは、他三人も疑問に思っていた事だ。

 彼の背中からは、大魔導士としての凄みを感じられる。それこそ、ジョゼと並んで向かってこられたならば間違いなく全滅していたと理解できる背中だ。

 でありながら、彼は自分たちを守るようにしてジョゼと、己のギルドマスターと相対している。

 

「愚問を、妖精女王。上の者の蛮行を諫めるのも、下の者の務めであるというだけの事。貴殿らとの友好的な関係を結ぶ気はない」

 

 それだけ言うと、アリアは前へと飛び出した。

 彼は、近接戦が出来ないわけではない。その巨体に鈍重そうにも見えるが、その実力士と同じ原理であり、巨体の大半は脂肪ではなく強靭な筋肉に包まれている。

 その拳は巨岩を砕き、手刀は鉄板を歪ませる。

 

「空域“発”」

 

 ジョゼを中心として不可視の乱打が襲い掛かる。

 更にその最中にアリア本人の追撃だ。

 

「ほぉ、重い」

 

 乱打を打ち払い、ジョゼは正面からアリアの拳を受け止める。体格差はあるのだが、その分を消してしまうのが魔力によるバフだ。

 未だに目を開けずに己の魔力をセーブしたままのアリアでは、逆立ちしたってジョゼの全開に打ち勝てる道理はない。

 徐々に徐々に、拮抗は崩れてアリアが押されていく。

 

「アイスメイク“槍騎兵(ランス)!」

「ビーストアーム“黒牛”!ぬぅううううん!!!!」

 

 五本の鋭い氷の槍と、投擲される瓦礫。

 どちらも真っ直ぐにジョゼへと襲い掛かり、炸裂した。

 

「小癪な――――」

黒羽(くれは)の鎧、換装!」

 

 アリアを弾き飛ばし、真上に逃れたジョゼ。そこに、黒く羽を背負った鎧へと姿を変えたエルザが斬りかかる。

 

「調子に乗るなよ、ガキ共がァアアアアアアアアアア!!!!」

 

 だが、斬撃は高密度の魔力の壁によって阻まれて通らない。それどころか、身をそらしたジョゼは、空中でエルザの足を掴んで壁へと投げつけた。

 彼女の体は、ジュピターを止めたことでボロボロだ。その状態で弾丸のように鉄の壁に叩きつけられればどうなるか。

 グレイや、エルフマンが走るも間に合わない。

 

「「エルザーーーー!!!」」

 

 手が伸ばされるが届かない。今まさに、妖精の女王は壁に――――

 

「空域“転”」

 

 壁とエルザの背、その隙間に深緑が割り込む。

 次の瞬間には、巻き起こった粉塵にその姿は消えてしまう。

 

「――――礼を言う、アリア」

「いえ、お気になさらず。それよりも、気を抜かぬように妖精女王。マスター・ジョゼはまだまだ余力を残していますので」

「それは、お前もじゃないのか?」

「…………訳あって、使うわけにはいかないのです」

 

 粉塵が晴れて現れる二人(・・)

 全身がボロボロ。首から下げたストールも、裾が解れてボロボロになっており衣服も同じくなアリア。そして、鎧のいたるところに亀裂が走り、片翼をもがれたエルザ。

 敵対しているギルドのトップクラスの使い手が並び立つという異常事態。

 

「強敵を相手に、余裕だな」

「…………さあ、どうでしょうね」

 

 それだけ交わして二人は同時に前へと飛び出す。

 大口を開ける巨悪の中へと飛び込む覚悟を決めながら。

 

 

   *

 

 

「――――――――勝てると、本当に思っていたのですか?ねぇ、アリアさん」

「…………」

 

 胸ぐらを掴まれ吊り上げられるアリア。彼の目は未だに閉じられたままだ

 

「ぐっ…………」

 

 その近くでは、魔力によって構成された巨大な腕に掴まれたエルザ。グレイやエルフマン、ミラは壁際で気絶していた。

 激闘に次ぐ、激闘。一時は、二人が押しているようにも見えた。しかし、聖十大魔導は甘くはない。僅かな勝機も彼にとってみれば、サービスの様なモノ。容易く終わらせられる。

 

「終わりです、アリアさん。そして、妖精(ハエ)共」

「――――やらせんよ、馬鹿垂れが」

 

 地鳴りを起こすほどの魔力。今まさにアリアの首から上が消し飛びそうであった状況から一転、ジョゼの体が大きく吹き飛ばされ、同時に二人の体が解放される。

 

「おやおや、これはどういう事でしょうかね」

 

 弾かれて後ろに下がったジョゼは、芝居がかった口調で首をかしげる。その額には青筋が幾重にも浮かんでおり、鋭い目が仰向けに倒れたアリアへと向けられていた。

 

「貴方の魔力、そこのアリアさんがゼロにしたはずでは?」

「ああ。確かに、そうじゃった」

「なぜ、生きているのです?」

「こやつのお陰じゃよ。ワシの魔力を空にして殺すことも出来たであろうに、手心を加えて尚且つワシの周りに魔力が留まるように細工しておったわ」

「そう、ですか…………」

 

 現れたマカロフの回答に、ジョゼは顔を伏せ――――次の瞬間膨大な魔力の奔流を発揮した。

 

「あれほど、目を掛けていたというのに恩を仇で返しやがって…………!この、裏切りもんがぁ!!!」

 

 ジョゼの右手がアリアへと向けられる。

 

「デッドウェイブ!!!」

 

 走る怨霊。一秒もかからずぶつかる、というところで間にマカロフが割り込んだ。

 

「はぁああああ!!!」

 

 守護の結界。これにより、デッドウェイブは止められ、聖属性の魔力によって怨霊は浄化されていく。

 

自分(テメー)のガキを自分の手で殺すつもりか?ええ、ジョゼよ」

「ガキ?ハッ!ならば、ここまで親の手に噛みついてくるガキなど野犬も同然、必要ない!!!オレがどう処理しようが、オレの勝手だろうが!!!」

「…………哀れじゃのう、ジョゼ」

「なに…………?」

「お前のところのガキは、お前を止めたかっただけの様じゃぞ?出来るだけ傷つけず、出来る事ならば言葉で止めたいと望んでおったんじゃないのか?」

「そこの、ゴミ(アリア)の事か?フンッ、虫唾の走る甘さだ。そんな弱者は、オレの手駒には要らねぇんだよ!」

「そうか…………」

 

 魔力を立ち上らせるジョゼに対して、マカロフの心は凪いでいた。

 彼が見つめる先に居るのは、倒れたアリア。

 

(子は親を選べねぇ。それでも、お主は止めようとしていたんじゃな)

 

 マカロフは見ていた。彼が不意打ちを掛けた際に謝罪の言葉をこぼし、下唇を噛んで悔やむ表情であったところを。

 マスターであるジョゼの命令を無視できなかったことを。

 そして、朦朧とする意識の中で自分の大切な家族(ギルド)を守ってくれたことを。

 余りにも、甘いことだ。敵に情けをかける、甘い男だ。

 だが、その在り方を彼は称賛する。

 

「妖精の尻尾における、古よりのしきたりにより貴様にこれより三つ数える間猶予を与える」

「はぁ?」

「ひざまづけ」

 

 巨人の魔法により巨大化したマカロフ。彼の両手の間に膨大な光が集まり塊となる。

 

「一つ」

「何を言い出すかと思えば――――舐めるのも大概にしてもらえるか!?」

「二つ」

「私たち幽鬼の支配者は、国一番のギルドだ。そのトップである私にひざまずけだと?ふざけるな!」

「三つ」

「ひざまずくのは貴様たちの方だ、妖精の尻尾!」

「そこまで」

 

 パンッ、と両手が打ち合わせられ光が押しつぶされた。

 

妖精の法律(フェアリーロウ)発動」

 

 鐘の音が鳴り響く。

 

 

   *

 

 

「…………光?」

「目が覚めたか、アリア」

「妖精女王?」

「戦争は終わりじゃ、お主はどうする」

「マスター・マカロフ…………」

 

 身を起こしたアリア。彼は、閉じた目のまま周囲を見回して、ある一点でその視線を止めた。

 

「マスター・ジョゼ…………敗れたのですね」

「エレメント4もお前を除いて全滅。鉄の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるガジルも倒れた。アリア、お前はどうするんだ?」

「…………」

 

 エルザの問い。アリアは、彼女から視線を外して五人から距離をとった。

 

「空域“(ユル)”」

 

 両手を打ち合わせれば、五人が半透明の空間に包まれた。

 薄い翡翠色に染まったその空間。その中に入れられた彼らの傷は、みるみる治っていくではないか。

 時間にして、数秒。小さな擦り傷などは除いて、重症な部分は大体治ってしまっていた。

 どういう意図があっての事かは、分からない。だが、エルザたちはアリアの雰囲気が若干ながら変わっていることに気が付いた。

 

「我が名は、アリア。エレメント4筆頭『大空のアリア』」

 

 名乗りながら、彼は目元の包帯を外す。

 開かれた黒い瞳には、膨大な魔力が炎のように揺らめいている。

 

「さあ、どなたからでも何人でも、掛かって来ていただいて結構」

「…………どういうつもりだ、アリア。もう戦いは――――」

「終わっては、いません。言ったでしょう、妖精女王。私はあなた方との友好的な関係は結ばない、と。敵対したマスター・ジョゼが倒された今、共通の敵は居ません。そして、私は幽鬼の支配者幹部。戦わない理由はないのでは?」

「…………っ!」

「戦えないというならば、戦う理由を与えましょう」

 

 纏う空気の変わったアリアの周囲を、大気が渦巻く。

 

「死の空域“零”発動。この空域は、命を食らう。止めるには、私を打倒するほかありませんよ」

 

 帽子を目深に被った上に、若干俯いた彼の表情は伺えない。

 ただ、魔法は本当らしく若干のだるさを彼らに与え始めていた。

 

「エルザ」

「!マスター!とにかく退避を――――」

「奴の相手をしてやれ」

「え?」

 

 マカロフの指示に、エルザが固まる。それは他の三人も同様だ。

 

「大空のアリア。あやつの覚悟を汲んでやってくれんか」

 

 前を向いたまま、マカロフは言葉を紡ぐ。

 エルザならば勝てる、という根拠が彼にはあった。同時に、この戦いで自分が叩き伏せるのは無粋である、という事も理解していた。

 しっかりと自分を見ているマカロフに、アリアはほんの少しだけ笑みを作る。

 そう、これは茶番だ。自己満足でしかなく、最後に得られるものも何もない。そんな茶番劇。だが、これが無ければ終わらない事も、また事実。

 

「…………分かりました」

 

 エルザが一歩前に出る。その手に現れるのは、二振りの魔剣。

 

「行きますよ、妖精女王」

「ああ、行くぞ。アリア!!!」

 

 緋色と深緑がぶつかる。

 

 

   *

 

 

 勝負は、一瞬の間に決した。

 

「天輪・繚乱の剣(ブルーメンブラット)!!!」

「ぐっ…………!見事…………」

 

 空域を切り裂き進んだエルザが天輪(てんりん)の鎧による複数の剣の連続攻撃にあっさりとアリアは散ったからだ。

 しかし、エルザは見ていた。接敵のその瞬間、アリアは目を閉じていた。そして満足そうな笑みを浮かべていたのだ。

 そう、これは茶番劇。アリアという男が落とし前をつける為だけの一戦だった。

 

「気は済んだかの、アリアよ」

「……………………ええ、感謝しますマスター・マカロフ」

「お主はこれからどうするつもりじゃ?」

 

 他の者たちを先に送り、マカロフはアリアに問う。

 

「さて、どうしたモノでしょうか………………少なくともA級戦犯として評議員に捕まることにはなるでしょうね」

 

 今回の一件は、幽鬼の支配者に圧倒的なまでに非があることは明白だ。そして負けたとなれば、解散は免れない。

 

「のう、アリアよ。お主が良ければ、妖精の尻尾に来る気はないかの?」

「………………敵対ギルドの人間を勧誘ですか。剛毅ですね、マスター・マカロフ」

「ワシは本気じゃぞ?未来ある若者に道を示すのも、老人の仕事じゃ」

「そう、ですか……………………でしたら――――――――」

 

 風が吹き抜け、二人の会話を聞いたのはこの場にいる二人のみ。他には誰も、知る由もない。

 

 

  *

 

 

 緑深い森の中、一匹の腹をすかせた獣は今まさに目の前に獲物を見定めて、姿勢を低くしていた。

 狙うは群青色をした(・・・・・・)髪を持つ少女と、白い二足歩行の猫。

 二人?はどうやらこの森に生える薬草の採取に来たらしい。そして未だに狙われている事には気づいていなかった。

 狂獣は解き放たれ、今まさに鮮血を、

 

「――――ふんっ」

 

 まき散らすことなく、地面に沈んだ。

 突然の事態に腰を抜かす少女。彼女の前、つまり獣の前に立つのは深緑の巨漢。

 

「大丈夫ですか、お嬢さん」

「あ、え、は、はい!」

「それは良かった」

 

 少女を助け起こし、巨漢は背負った背嚢をもう一度背負い直す。

 

「私は、アリアと申します。今は旅をしているのですか、この近くに村などはありますか?」

 

 男の名は、アリア。大空のアリアと呼ばれていた、甘い甘い男であった。



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罪過の大空は偽善と自己満足に生きる

思ったよりも好評でしたので

あと、魔法に関して少し自分解釈が入ります

クオリティはお察しです


 深い深い森の中、木漏れ日が射し込み、草木は太陽の光と大地の水分、養分を吸収して上に横にはたまた下へと伸びていく。

 

「………」

 

 そんな深い森の中に、より強く光の射し込む場所があった。

 本来ここには、大きな一本の木が立っていたのだが数年前の嵐の夜にへし折れ、今では倒れた木に苔が生えて小動物や昆虫の棲みかとなり、同時に森の中に光を射し込ませるギャップの形成に一役買っていた。

 そのギャップの中心に一人の男が座禅を組んで座り込んでいる。

 暫く前に抗争事件を起こして、結果解散と相成ったギルド幽鬼の支配者(ファントムロード)の幹部を務め、その実力は他ギルドのマスターにも認められた空域魔法の使い手、通称『大空のアリア』その人である。

 彼は、ギルド時代と同様の衣装に身を包み、その視界は包帯によって完全に塞がれていた。

 アリアは己の魔力の総量を知らない。少なくとも、戦闘中に己の魔力が尽きてピンチに陥ったことなど一度もない。

 ただ、厄介なことにその膨大な魔力は彼の意思に関係無く垂れ流してしまう。そうなると、周囲への被害も少なからず出てしまっていた。

 故に彼は、目をつぶる。

 視界を絶つという意味もあるが、何より真っ暗な中に一人で居るような気持ちになることが重要。

 魔力は、謂わば体の内側を流れる血と変わらない。が、その存在を内側に潜れば確りと感じ取ることが出来る。

 そして、目を閉じたアリアは、例を挙げるならば魔力という湧水の上に鉄板を敷いて座り込み、鉄板と地面の隙間から漏れ出る水のみを使って生活しているようなものだ。

 

「――――ふぅー…………」

 

 大きく吐き出された息が、森に流れる。同時に、彼を中心として大きな半透明の空間が広がっていく。

 彼の魔法、空域。これはある目的のために設定、もしくは想定された空間を指す“空域”という言葉を魔法に落とし込んだモノだ。

 例えば奥義と言える“(ゼロ)”。これは、相手の命、生命力などを削る空間で対象を包み、死に至らしめる。

 他にも、前に直進する“衝”。掌底による威力と螺旋回転しながら直進するという特性の空間を前に飛ばしている。

 そして今広げているのは、いつぞやの抗争の折に敵を治した“癒”の空域。

 自己満足で。何より自然を己の手で歪めることにも繋がりかねないが、アリアはこうして森に籠って魔法による植物の保全と再生、並びに獣たちの命のよりどころとなっていた。

 偽善で何より独りよがりの自己満足。だが、そんな事はアリア自身も百も承知。承知した上で(・・・・・・)彼はこうして生きていた。

 そもそも、贖罪は周りに言われてそれを熟す事では成し遂げられない。自分で考え、行動する、それこそが贖罪であると考えて、アリアは行動している。もっとも、悪いのは所属していたギルドであって、彼自身に非があったか否かは、周囲も首をかしげるところ。

 というのも、アリアがこうして外を歩き、贖罪を行えるのも敵対した妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターであるマカロフやエルザが弁護したからだ。何より評議員も、ギルドを止めなかった事を咎めても、それ以外には非の打ちどころのない人物に彼らも権力の鉄槌を振るえなかったのだ。

 

「…………む?」

 

 固く閉じられた両目では、周りの光景など本来ならば分からない。

 だが、今の空域を広げたアリアならばその中にいる存在は手に取るようにわかる。無論、膨大な情報量であるため体にも少なくない負荷が掛かっているのだが、彼はすでに慣れていた。

 そんな彼が顔を上げる。どうやら何かが近づいてきているらしい。

 

「えっと、こっちかなシャルル」

「知らないわよ!アンタの鼻で分からないの?」

「あうう………森の中って色んな匂いがしてて一つは追いにくいんだもん…………それに、アリアさんはあんまり匂いがしないんだよ?」

「空気みたいな男だものね」

「ちょ、ちょっとシャルル!それは言い過ぎだよ…………」

「バカねぇ。アリアがこんな事で怒ると思ってるの?そしたら、ウェンディなんて軽く百回は怒られてるわよ」

「そ、そんな事ないよ!」

「そう?彼のストールに今朝方新しい染みが出来たみたいだけど?」

「そ、それは…………その…………」

 

 目を閉じているアリアの聴覚は常人を遥かに超える。更に先程まで瞑想していた為に、その感覚は野生動物にも劣らない程度には鋭敏化していた。

 とはいえ、それ以前に猫と少女(・・・・)の組み合わせを空域に収めた時点である程度の目星はついていたのだが。

 アリアは、座禅を解いて立ち上がった。尻に敷く形となったローブの背面を手で(はた)き、そのついでに首から下げたストールを確認する。

 抗争の折に被害を負った為に、これは二代目なのだがその端の方に茶色い染みがいくつもしみ込んでいた。持ち上げて嗅いでみれば、ほのかにコーヒーの香りが鼻腔を擽った。

 犯人は、おっちょこちょいな少女だ。頑張り屋だが自信が持てず、引っ込み思案。少なくとも、近くに他人が居た場合は固まってしまい、アリアが側にいれば彼の後ろに隠れてしまうほどだ。

 もう一人、というかもう一匹は口が悪く何でもズバズバと言うような性格のため周りから顰蹙を買いやすいが、その根幹は不器用な優しさを持つ白い猫。

 どちらも、今現在アリアが世話になっているギルドの人間だ。といっても、彼自身は所属している訳ではないのだが。

 本来ならば、部外者がギルドに深く関与することは勧められない。むしろ、相手側にも嫌がられる場合が多い。

 これは、幽鬼の支配者等もそうだったが情報の漏洩を防ぐため。例とするなら、魔導収束砲であるジュピターや魔導巨人形態など。知られていないからこそ相手の反応が遅れ、尚且つ有効打を与える事が出来る。

 だが、二人の所属するギルドは違った。

 それはまるで――――

 

「――――私の考える事ではありませんね」

 

 思考を自ら打ち切って、アリアは歩み始める。

 視界を絶ったからこそ、見えるものがある。思考が広がっていく。

 大抵の場合、それは悪い事ではない。だが、良い事ばかりを呼び込んでくれるわけではない。暗い思考に心が蝕まれそうになる。一度浮かんだ暗い想像は簡単には消えてくれない。

 

「出来る事ならば、彼女らに幸せな人生が訪れてくれると良いのですがね…………」

 

 ぼそりと呟かれた独り言には、答える者などいない。ただ、彼は内心で一つ誓いを立てている。

 もしも、心優しい彼女たちに悪の手が伸びるならば、その時は――――己の手を下そう、と。

 これも償いだ。その旅は、終わる兆しを見せない。

 

 

   *

 

 

 ギルド化猫の宿(ケット・シェルター)。集落丸々一つがギルドであり、メンバーは二人を除いて全員が集落の人間である。

 

「なぶら」

 

 集落中央に設けられた大通り。その終点にあるのがギルドマスターであり同時に村長でもある、ローバウルが坐する猫の頭部を模したギルドの建物だ。

 特徴的なのは、その恰好。連想するのは、インディオの人々だろうか。羽の様な装飾が目立ち、体のどこかに入れ墨が刻まれている。

 

「なぶら…………アリア殿。今回はお呼びして申し訳ない」

 

 大きな藁の椅子に胡坐をかいて座るローバウル。そして、彼の前には深緑の巨漢であるアリアが椅子に腰かけて対面していた。余談だが、彼の座る椅子は通常の物よりも頑丈な木の椅子。最初にここを訪れた際に、藁の椅子は乗った直後に中身がぶちまけられてしまった故の措置だ。

 二人の間には、一脚のテーブルと天板にはガラスのコップが二つと酒瓶が一本。

 ローバウルは、アリアに軽く頭を下げて酒瓶の中身をそれぞれのコップに注いでいく。

 

「なぶら」

 

 そして、酒瓶をラッパ飲みし始めた。注いだ意味とは、いったい。

 

「…………マスター・ローバウル。一気飲みは、お体に障りますよ」

「なぶら」

 

 アリアの指摘も、今一意味の分からない言葉で流してしまうローバウル。眉毛、髭、もみあげが一体化した彼は、見る限り頑固おやじのような印象を受ける。

 

「お主に、引き受けてもらいたい仕事があってな」

「マスター・ローバウル、せめて飲んでから喋っていただきたいのですが」

「なぶら」

 

 口から滝のように飲んだ筈の酒が流れ落ちる様を見ながら(目は包帯に包まれたままだが)、既に何度目か数える事すら止めた指摘が行われるが糠に釘、といった様子に反応は芳しくない。

 ぶっちゃけ言うだけ無駄であり、ギルメンも様式美の様に指摘するのみ。完全にやめさせようとする者は居なくなっていた。今は、アリア位であり、彼も部外者という自覚があるためにそこまで強くは言えない。少なくとも、ジョゼと行っていたような容赦の無い削り合いの様な会話は無理だろう。

 

「実はな、近々大規模な討伐隊を結成する事になっておる」

「…………それを、私に話してもいいのですか?私は部外者で――――」

化猫の宿(ワシら)からは、ウェンディを出す事になった」

「っ、あの子に戦闘は…………」

「分かっておる。そこで君じゃ、アリア殿」

「…………」

 

 アリアは沈黙した。面倒とか、そんなことではない。

 何故なら、ローバウルは討伐隊(・・・)と言った。それはつまり、他のギルドとの連携を組むというわけで。

 

「………私に参加する資格は、無いと思われますが?」

「その辺のやりようは、ある。察しの良い君ならば分かっておるのではないか?」

「……一時的に、化猫の宿に加入すれば、良いのでしょう?」

「その通りじゃ。アリア殿は、どうにも過去に拘りすぎてはいないか?」

「それは……仕方がない事なのです。ギルドの暴走に気付きながら、私は手を打たなかった……!」

 

 卑怯者だ!と続け、アリアは珍しくも酒を煽った。

 彼は酒をあまり飲まない。苦手というのもあるが、酒に逃げることを嫌うがゆえにだ。グラスを置いて、アリアはローバウルへと目を向ける。

 

「マスター・ローバウル。今回の一件は、討伐隊を組むと言われた。ならば、ギルド同士の連合という事で相違ありませんな?」

「その通りじゃ」

「そのギルドを聞いても?」

「聞けば戻れんぞ?」

「私は罪人です。ギルドによっては要らぬ蟠りを生むことになる。仮に私が外部協力者として参加することになってしまい空気を悪くしてしまえば仕事にも差し支えるでしょう?」

「確かにの…………ならば、他言無用じゃ。その辺は君に一任しよう」

「身に余る信頼です」

 

 深々と頭を下げたアリアを見やり、ローバウルは思考する。

 彼との出会いは、少し前。といっても一月以上は経っているか。そのころまで遡る。最初にアリアを連れてきたのはウェンディだった。

 彼女が薬草の採取に訪れた森の中で、獣に襲われた際に彼が助け近くの宿を問われた結果、この化猫の宿へと連れてきた次第だ。

 そして、最初から最後まで貫徹して腰が低い。

 今だってそうだ。本人の境遇からすれば断るのが吉、というよりも当然なのだがウェンディの話が出ると乗り気ではないが仕事内容を気にしてくる。

 お人よしなのだ。甘く、お人好しという悪人に付け入れられそうな性格をしている。

 損だろう。何せ自分で不利を買い込んでいるのだから。それでも、彼はこの生き方を改める気は毛頭ない。

 

「今回の討伐隊に参加するのは、ワシら化猫の宿、青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)、そして妖精の尻尾(フェアリーテイル)じゃ。討伐対象は闇ギルドの最大勢力、バラム同盟の一角、六魔将軍(オラシオンセイス)

「お受けいたします」

 

 ローバウルの説明が終わると同時に、アリアは承諾の意を伝えた。

 突然の変わり様に、さしものローバウルも眉を顰めるしかない。いったい、この深緑の巨漢の内側でどんな心変わりがあったというのか。

 

「私は、妖精の尻尾に借りがあるのですよ。それこそ、一生持っても返し切れるか分からない借りです」

 

 マスターの変化を読み取ったのか、アリアはほんの少しだけ頬を緩めてニヒルに笑った。

 

 

   *

 

 

 ガタゴトと揺れて馬車は行く。

 

「っ…………」

「…………あー、ウェンディ?」

「は、はひ!な、ななな何ですか!?」

「そう固くならずとも良いのですよ?もう少し、肩の力を抜いてください」

「そ、そそそそそうでふね!!」

 

 人二人ぶんの座席を占拠するアリアと、彼の対面でガチガチに緊張しているウェンディと彼女の揃えられた膝の上に座りやれやれといった様子のシャルル。馬車、というか一つの空間に居合わせるには、少しいやかなり歪な組み合わせではなかろうか。見る人が見れば、事案を疑われても致し方無い。

 それを払拭してしまうのが魔導師という職業だ。彼らの見た目は特徴的な者が多い。性格含めて。

 

「シャルル、どうにかなりませんか?このままでは、仕事にも差し支えるのですが」

「無茶言わないでちょうだい。ウェンディの気弱な所は筋金入りよ」

「うぅ………ご、ごめんねシャルル。ごめんなさい、アリアさん」

「いえ、謝ってほしいわけでは……………どうしたものか」

 

 小さくなってしまったウェンディに、アリアはため息を付くしかない。

 彼の周りは、我の強い人間が多く、彼女のように大人しく引っ込み思案な少女というのは珍しすぎた。そのせいで、どうすれば良いのか今一頭が付いてこない。考えも纏まらず、どうしようもない。

 そもそも彼の所属していたギルドには子供がいない。仕事も、狩ることが前提の討伐依頼ばかり。

 本人はそこまで好きではなかったが、名指しで来る依頼を断るわけにもいかず、半ば心を殺して仕事に挑んできた。

 だが、今ならば思い少なくとも、子守よりは向いていた、と。それほどまでに、アリアはウェンディという存在を持て余している。

 

「…………っ」

 

 目元を覆い腕を組んで黙ってしまったアリアを、ウェンディは盗み見る。

 彼女にも悪気はない。彼が、見た目ほど恐ろしい人間ではなく、心優しい人間であることも知っている。

 ただ、その魔力系統の近さから魔導士としての格がどうしても際立ち萎縮してしまう。

 まあ、今回に関してはギルドの代表として会合場所へと向かっているのもその強ばりに一役買っているのだが。

 

「あの、アリアさん」

「何でしょうか」

「何で今回、私が選ばれたのか、知っていますか?」

「いいえ、マスター・ローバウルは何もおっしゃってはおりませんでした」

「そう、ですか……………………」

「ですが今回、貴女が選ばれたことにはきっと意味があるのでしょう。マスター・ローバウルは悪戯に誰かを危険に晒す様な悪人では、ありますまい。何よりウェンディ、貴女は天空の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だ。補助だけでなくしっかりと戦えるだけの、下地はある筈です」

「で、でも…………」

「無理にとは言いません。その為に、私が今回はついてきたのですから。しかし、覚えていてくださいウェンディ。貴女にも、確かに戦う力が宿っていると。私自身、二人ほど滅竜魔導士を知っていますが、どちらも攻撃的であり、その力は中々のものでした」

「私にも、そんな力が?」

「確かに、貴女は幼い。しかし、ポテンシャルが劣っている事などは無いでしょう。何より、彼らにはない補助魔法のバックアップなどがあるのです。戦い方次第では、私も負けてしまうかもしれませんね」

「そ、それは無いですよ!!わ、私なんかがアリアさんに勝つだなんて……そんな……」

 

 ありえない、とウェンディは顔を伏せてしまう。彼女とアリアの魔法は、属性が近い。どちらも、空気、もっと言うなら風に類する魔法を扱う。

 アリアは戦い方次第でなら勝てるだろうと言っているが、ウェンディからすればそれは天と地がひっくり返って空へと落ちる位あり得ない事だろうと思っている。

 彼の戦闘を、彼女は何度か見たことがあった。

 圧倒的な魔力量から放つ不可視の砲弾。向けられた対象は等しく粉砕されていった。

 まさしく怪物。とてもではないが、戦う戦わない以前に敵対したいと思えない戦いぶりはウェンディのトラウマトップスリーに入っている。

 そんなこんなで、馬車の外には趣味の悪い屋敷が見えてきた。

 

「…………そろそろですね」

 

 アリアは、ぼそりと呟く。今回、彼はウェンディに語っていない理由でここに来てもいた。

 本来ならば贖罪の旅よりも前に行くべきだった。しかし、それを許さないのが政治というものだ。その判断は、のちの対外的な関係も含めて優先される。

 だからこそ、今回だ。目当ての相手は居ないかもしれないが、それを差し引いても今回の動向はそれだけの価値がアリアの中であったのだから。

 

 

   *

 

 

 六魔将軍討伐の為に設けられた連合軍。彼らの集合場所は青い天馬のマスターである、ボブの所有している別荘の一つだ。

 既に、三つのギルド、青い天馬、蛇姫の鱗、そして妖精の尻尾の代表者、もとい代表チームは集合済み。残すは化猫の宿だけ。

 

「きゃあっ!?」

 

 一触即発であった空気を、蛇姫の鱗所属であり聖十大魔導の一人に名を連ねる、ジュラが止めたところでかわいらしい声が別荘内に響いた。

 

「あぅうう…………いたた…………」

「何やってるのよ、ウェンディ。何もないところですっ転ぶなんて」

「で、でも、シャルル。私たちが一番遅かったみたいだし、急がないと…………」

「だからって、転んでちゃ意味ないでしょ。それから、アンタも止めなさいよ!」

「…………」

 

 別荘入り口に全員の目が集中する。

 そこに居たのは光を背にして立つ三人の人影。一つは猫影?か。そして、そのうち一人は妖精の尻尾にとって因縁深い相手でもあった。

 

「――――久しいな、アリア。まさか、お前とここで再会するとは思ってもみなかったぞ」

 

 口火を切ったのは、エルザ。その表情には、負の色合いも見えずどちらかと言うと好意的なものであると言えるだろう。

 

「今回の件、お前も手を貸してくれるのか?」

「…………ええ、微力ながらお力添えさせていただきますよ妖精女王(ティターニア)

「これから共に轡を並べて戦うんだ。エルザで構わない」

「では、エルザ殿、と」

 

 過去に敵対したとは思えないほど、二人の間に流れる空気は穏やかだった。

 思うところが無いわけではない。しかし、エルザは目の前の男が義に厚く、実力も申し分ない事を知っている。特に戦力としては十分すぎるほどの援軍だろう。

 他には、一度助けられ共闘もしているグレイもこの戦力増強には好意的に見えた。

 

「元幽鬼の支配者(ファントムロード)最強の呼び声も高かった、大空のアリア殿か。ワシは――――」

「聞き及んでいますよ、聖十大魔導『岩鉄のジュラ』殿。こうして、お会いできるのは、私としても光栄の限りですよ」

「謙遜なさるな。ワシよりも先に聖十の称号を関するのは、お主だと思っておったのだがな」

「買い被りでしょう。私は、ギルドの暴走も止められないちっぽけな男です」

 

 ジュラとアリア。大柄な二人が向き合うと、中々どうして迫力がある。魔導士としてもこの場なら、エルザを抜いてトップクラスの二人だろう。

 自然とぶつかり合った覇気が、石造りの別荘を揺らして、小さくない亀裂を刻んでいた。

 

「――――止しましょうか、ジュラ殿。このまま睨み合っても意味はありますまい」

「それも、そうだなアリア殿」

 

 緊張が一瞬の内に解かれて、知らず知らずのうちに止まっていた各々の呼吸が再開される。

 荒い呼吸音が室内に幾つも流れる中、アリアはただ一人に目を向けていた。

 この室内でも、鮮やかな金髪を持つ少女だ。無言でそちらへと歩を進める。

 

「――――ルーシィ・ハートフィリア殿」

「!?は、ははははい!!」

 

 話しかけられたルーシィは、まさか自分の元へと彼が来るとは思ってもみなかった。声をひっくり返らせて慌てて返事をしたのがその証拠だ。

 突然のこの状況、当然ながら周りからは怪訝な目を向けられることになる。現に、血の気の多い桜頭のナツなどは、エルザに抑えられなければ今にもアリアに掴み掛りそうな様子。

 そんな外野の事など知らんと言わんばかりに、アリアは己の帽子を右手でとると胸の前に持って行った。そして、深々と頭を下げるではないか。

 

「期間を開けて何をいまさらとおもわれるかもしれませんが、ただ一言あなたに言いたいことがあったのです――――まことに、貴女には申し訳ない事をした」

「あ…………え?」

「申し訳ない」

 

 予想外の出来事に、ルーシィは上手く言葉を紡げない。

 だがこれで、アリアの目的の一つを果たしたことになる。そもそも、彼がこの作戦に参加した理由がルーシィへの謝罪であったのだから。無論、彼女が出てこない可能性も十分にあった。その時には、この討伐隊などに参加する可能性の高いエルザに場を整えてもらうつもりであったが。

 

「えっと、あの、アリア……さん?」

「何でしょうか」

「その…………」

「許さぬ、ということは分かります」

「ち、違います!!私は別に、もう気にしてないんですよ!」

「しかし…………」

「それに、アリアさんはマグノリアの街を守るためにファントムのマスターと戦ってくれたってエルザが…………ですから気にしてません!」

「…………慈悲深いお言葉、感謝します」

 

 一番の懸念事項を消化して、アリアは帽子をかぶり直した。これで、後顧の憂いなく力を振るえるというもの。

 彼は再度。ルーシィ、並びに妖精の尻尾の面々へと頭を下げてウェンディの元へと戻っていった。ついでにこの一件のお陰か、他のギルドからの警戒の視線も薄れ、一種のわだかまりが解消される。

 

 その後行われた情報のすり合わせ、並びに作戦会議。

 主目標は、六魔将軍の拠点発見、並びに彼らの究極魔法ニルヴァーナ奪取の阻止。

 前者は、青の天馬所有の魔導爆撃艇クリスティーナによって行われる手筈となっており、六魔将軍との単騎激突は避けるように各自ジュラによって言い含められていた。如何に精鋭が集められたと言っても、相手は単騎でギルドを落とす化物揃い。たった六人で闇ギルド最大派閥の一角を担っているのだから警戒するのは当然であった。

 だが、若さというのは抑えが効かない。

 最初にナツが飛び出し、次いで妖精の尻尾の面々。その後もどんどん駆けていってしまう。

 

「若いですね」

「確かに……だが、あれこそ力の源というものではないか?」

「そう、ですね。…………では、私は先に行かせてもらいましょう」

 

 アリアが空間に融けて消える。彼が向かうのは、近くの樹海。そこに、ニルヴァーナが存在するという情報を得たためだ。

 

 

   *

 

 

 六魔将軍。その魔力は強大だ。それこそ、並大抵の魔導士ではタイマンを張ることも難しいほどに強い。

 

「ゴミどもめ、まとめて消え去るがよい」

 

 連合の面々は、六魔将軍の強襲を受けていた。魔導爆撃艇であるクリスティーナも墜とされ、最大戦力であるジュラを欠き、尚且つ手の内を知られてしまい、その逆で相手の手の内を知らない連合になすすべなどない。

 今も、六魔筆頭である入れ墨の男、ブレインが杖を片手に掲げて地面が揺れるほどの魔力を練りだしていた。

 そして、慈悲もなく一撃を、

 

「――――ウェンディ?」

「え?」

 

 魔法を中断し、ブレインは岩陰に隠れていたウェンディを凝視し――――にやりと口元をゆがめた。

 

「これは、いい拾い物だ。まさか、天空の巫女にお目に掛かれるとはな」

「ブレイン、知り合いか?」

 

 巨大な毒蛇を従えたコブラが問う。余談だが、色黒の入れ墨を大量に入れた男が、少女を見て口元を歪めるなど事案にしか見えない。

 

「天空魔法…………いや、治癒魔法に特化した魔導士の事だ。くくっ、これならば我らが目的を早める事も可能だ。――――来い」

 

 ブレインの杖から、暗色の煙が伸びる。それは真っ直ぐにウェンディへと向かい、

 

「させませんよ」

 

 その前に立った、深緑の巨漢によって阻まれる。

 

「貴様…………!」

 

 空間より滲み出すように現れた増援に、ブレインの蟀谷に青筋が浮かんだ。手に持った杖を握りつぶさんとするほどに手には力が込められている。

 彼は常に冷静な様子で振舞っているが、その本質はどちらかと言うと自制の利かない不良に近い。

 即ち利己的で、自己中心的な思考の持ち主。己の思い通りにならない事態というのは、我慢ならない。

 

「六魔将軍、お相手いたしましょう」

 

 ブレインの殺気も柳に風、アリアは目隠しをとることなく構えをとった。

 

「俺たち全員を相手にするつもりか?」

「ナメやがって…………!」

 

 六魔将軍内でも血の気の多いコブラと、サングラスにレーシングスーツ姿の男レーサーが殺意を込めて、アリアを睨みつける。

 

「さっさと始末してやるよ…………!」

 

 仕掛けたのはレーサー。彼は、目でとらえることも難しい速度で、アリアの背後へと回り込んでくる。

 速さは、威力に直結する。そして、彼の速度は目で追えるような代物ではない。――――本来なら、

 

「死――――なにっ!?」

 

 レーサーは見た。確かに背後をとって死角からの攻撃をしようとした。だが、拳を振り抜く前に彼の目の前にすっぽりと顔面を掴めそうな巨大な手が迫っていたのだ。

 

「くっ…………!」

 

 間一髪、体をそらしてキャッチを免れたレーサー。しかし、彼の体は空中にある。

 体を仰け反らせれば、自然と視線は上に行くわけで目が前にある人間という生物はその視界の八割が空の青に染められてしまうというもの。

 何より、空中では大して動けやしない。

 

「ごっ!?」

 

 腹に掛かった重みに、レーサーは口から息を吐きだして地面に叩きつけられていた。

 何が起きたのか。何のことはない、アリアが掴もうとした手を握って拳を作り、拳槌を彼の無防備な胸元に叩きつけただけの事だ。

 だが、その破壊力は大型ハンマーにも迫るものがあった。

 レーサーの体が地面にぶつかり、一瞬跳ねる。

 

「フンッ」

 

 容赦はしない。アリアは、彼のみぞおちを踏み潰す勢いで踏みつけた。

 巻き起こる粉塵は、空高くまで舞い上がり足を振り下ろされた地面はクレーターとなって陥没する。

 

「成る程、素早い」

 

 地表よりも階段三段分ほど低くなったクレーターの真ん中でアリアは呟く。振り下ろした右足に肉を踏み潰した感触はなかった。

 振り返れば、一団に戻って膝をついたレーサーの姿があるではないか。

 

「ゲホッ!…………何なんだ、お前…………!」

「私は、アリア。ただのアリアですよ、六魔将軍」

 

 言いながら、アリアは左足を踏み込んで構え直した。構えて、仕掛けずだ。

 一人で多数を相手にする場合、気をつけねばならないのが囲まれるという事態だ。そのまま袋叩きにあってしまえば最早逆転の目など無い。ついでに、倒れてもいけない。これもまた、袋叩きにあう原因となるから。

 

「それにしても、随分と歯ごたえが無いですね」

「…………なに?」

「たった六人で最強の一角を名乗るのです、余程強いのか、と私は思っていたわけですよ」

 

 彼らしくない挑発。手招きする余裕すらあった。

 これにプライドを刺激されるのが六魔将軍の面々。一様に、厳しい目(一人寝ているが)をアリアへと向けていた。

 

「余程死にたいようだな。良いだろう、うぬの望み通りに殺してやる!!」

 

 ブレインが杖を掲げた。

 

常闇回旋曲(ダークロンド)!!」

 

 杖の先端がアリアへと向けられ、怨念の奔流が襲い掛かってくる。

 

「空域“(ヘキジ)”」

 

 それを遮るのは、不可視の壁。この空域は、何物にも閉ざされた空間を作り出し壁とするものだ。理論上は、どんな攻撃も防ぐことができる。何故なら、攻撃という概念が通過できる空間が存在しないから。

 ぶつかる、怨霊の奔流と不可視の壁。これは、ブレインとアリア、それぞれの目の前で起きている。即ち、サイドがガラ空きだ。

 

「キュベリオス!」

 

 コブラが左斜め後ろから、毒蛇をけしかけてくる。その毒の牙は、対象を徐々に蝕み死に至らしめるという恐ろしい代物だ。

 牙がアリアの首筋に急接近し――――――――牙は空を切った。

 

「何だと!?」

 

 コブラは、相手の心の声が聞こえるほどに耳が良い。だが、今のアリアは何かを考える前にその場から離脱していたのだ。牙が空を切ったのは、彼が空間へと溶けてしまった為。

 

「空域“衝”」

 

 アリアが次に現れたのは、コブラの背後。掌底を捩じりながら突き出す。が、その攻撃は、紙一重で躱されてしまう。

 

「お前、生意気だゾ」

「お金の前にはすべて無力、デスネ!!」

 

 コブラと入れ違いで仕掛けてくるのは、白い羽のような衣装を纏うエンジェル、そして全身がまるで土人形の様に角張ったホットアイの二人。

 前者は、星霊魔法と呼ばれる、使役した星霊を扱う魔導士。後者は、土系の魔法だ。

 

「空域“発”」

 

 迫りくる星霊と土の波。だが、アリアは甘くない。

 自分を中心として空域を展開し、その中にホットアイとエンジェルの両名が入ってしまっていた。

 

「なぁっ!?」

「くぅうう!?」

 

 四方八方から襲い掛かる不可視の砲弾。文字通り、滅多打ちだ。

 二人を退け、アリアは六魔将軍へと目を向ける。

 

「終わりですか?」

「…………これほどの男が、正規ギルドに残っていたとはな」

 

 ブレインと未だに眠っているミッドナイトの二人以外には、少なからずのダメージがある。躱したコブラも、ダメージが無さそうに思われるが、心の声が聞こえない相手に攻めあぐねて二の足を踏んでしまっている。

 

「…………チッ、ここは引くぞ」

 

 彼の判断は、早かった。というのも、そのコードネーム通り、血の気も多いが頭の回転も悪くないのがブレインなのだ。彼は、アリアが時間稼ぎに動いている事を察した。その為に自分へと視線を集中させて、その上で迎撃に重きを置いて必要以上に攻めてこない。

 つまり、完全に相手の術中に嵌められていた。このままでは、無力化した後続二人が合流し、沈めた者達も復活しかねない。

 血走った目を、深緑の巨漢へと向けようとも既に元の木阿弥。彼と相対した瞬間撤退すべきだった。

 

「この借りは、必ず返すぞ、アリア……!」

 

 捨てぜりふを吐いて、ブレインが消える。同時に、残りの六魔将軍の面々も消えた。

 

「―――――――ふぅ」

 

 完全に気配が消えたところで、アリアは一つ息を吐いた。

 彼にしてもこれは一種の賭けだった。容易く退けた様にも見えたが、その実周りに倒れている連合の面々に戦いの余波が及ばぬように細心の注意を払っていたのだ。

 漸く警戒を解けども、油断はできない。相手は、アリアと同じく移動が可能。それも、大人数を一瞬で移動できる。更に呼び動作に音がない。

 それはそのまま森の中に紛れて奇襲が可能であるということ。レベルの高い魔導士達だ。彼らの奇襲は、そのまま全滅に繋がりかねない。

 

「――――無事か、アリア殿」

「ジュラ殿……その傷は?」

「不覚をとった。そっちはどうだ?」

「皆、大事ありません。ただ、エルザ殿が毒を負われたようで………」

「毒………」

「傷の治癒までは、私で可能です。が、毒などに関しては抗体を得るか………特化した魔導士でなければ」

「あ、あの!」

 

 意見を交わす巨漢二人に割り込むのは、このメンバーのなかでも三番目に小柄な少女。

 

「毒は、私が!多分、治せます!」

「ほう、ウェンディ殿は治癒魔法を?」

「は、はい!それに、皆さんを助ける魔法が……使えます………」

 

 尻切れ蜻蛉にウェンディは、小さくなってしまう。

 俯き、肩を震わせて両手をいじらしく動かすその様子は、何か後ろめたいことが有るらしい。

 

「けど、その………私、怖くて……動けなくて………」

 

 涙ぐみ、そう言うウェンディ。だが、そんな彼女を二人が責めることなどある筈もない。

 

「ウェンディ。謝るべきは、貴女ではなく私、いいえ、我々なのですよ」

「さよう。ワシ等、敵に不意を突かれて重傷だ。一夜殿の痛み止めの香り(パルファム)がなければここまでこれなかった」

「メェ~ン。私達は力を合わせて戦う同士、遠慮はご無用ということさ!」

 

 話に入ってきたのは、白いボロボロのスーツ姿の顔のでかい男、一夜。ふざけた見た目だが、実力は高い。

 

「とにもかくにも、ウェンディ。エルザ殿の治療をお願いしましょう。私は、皆の怪我。特に酷いものの治療を行います」

 

 アリアはそう切り出し、両手を打ち合わせた。

 

「空域“癒”」

 

 半透明の翡翠空間が広がり、周囲一帯を包み込む。

 この空間のお陰か、大抵の大きな怪我は治すことが出来るというすぐれもの。

 

「おお………!これは何とも」

「凄まじい魔力の香り(パルファム)!流石は、元ファントムにおいて最強と謳われた大空のアリアといった所かな」

「ふっ………大それた二つ名ですが、私は単なる臆病者に過ぎません。それよりも、お二人の怪我の具合はどうでしょうか?」

「問題ない。これならば、十分に動けるだろう」

「私も問題ないさ!」

「では、この後のすり合わせといきましょうか」

 

 

   *

 

 

 大規模戦闘において重視されるのは、やはり数だ。数の暴力という言葉もあるように、大人数を相手に短期で挑むのは、無謀というもの。

 

「空域“絶”」

 

 本来ならば。

 打ち合わされた両掌が、嫌に樹海の中に木霊していく。同時に、深緑の巨漢の前に、視界を埋めつくほどの、不可視の弾幕が形成されていた。

 矛盾だ。しかし、これは視点の問題。つまり、現在アリアに楯突いた闇ギルドの人間たちからすれば何が起きているのか分からない。しかし、魔法を行使しているアリア当人からすればアホ面引っ提げて砲弾の前に立っている的に等しい。

 

「「「うぎゃぁああああああああ!?」」」

「私たちは先を急ぐのです。怪我したくなければ、引きなさい」

 

 目を閉じたまま、樹海という足場の悪い地形をすいすい進むアリア。

 彼を含めて、連合は組んだ意味があるのか少し微妙だがそれぞれがそれぞれで行動を起こしていた。

 宜しくはない。しかし、現在の六魔将軍のヘイトはアリアに向いている為、余程の事が無ければ連合と正面からかち合っても見逃される可能性がある。

 そもそも、魔導士の戦いは相性に左右される。そして、上位の魔導士になればなるほど遠中近の三つを卒無く熟せる様になる。無論、得意な距離感こそ魔法の威力は増すのだが。

 何を言いたいかといえば、近接型が相手ならば遠距離、若しくは中距離型が相手をした方が傷は少なく済みやすいという事。これが逆だと一方的に嬲られかねない。

 

「やべぇおっさんだな、おい」

「というか、ついてきちゃったけどあたし達ってお荷物?」

 

 アリアの後ろからついてくるのは、グレイとルーシィの二人だ。因みにエルザは解毒からのダメージ回復中であり、ナツは気になる匂いがあったらしく一人走って行ってしまった。

 

「グレイ殿、ルーシィ殿、お二人には魔力を温存しておいてほしいのですよ」

「あ?それならどっちかって言うと、おっさんの方じゃねぇのか?言っちゃなんだが、オレ達より強いじゃねぇか」

「それは、あたしも思った。その辺どうなんですか、アリアさん」

「ふむ…………確かに、魔力や経験的に私はお二人に優っているかもしれません。しかし、強者との戦いはそれだけで終わってはいけないのですよ」

「どういうことだ?」

 

 アリアの突然始まった訓示に、グレイは首をかしげる。

 

自分よりも強い者に勝つ(・・・・・・・・・・・)というのは、言葉よりも圧倒的に難しいのですよ」

「そりゃ、当たり前だろ」

「そう、当たり前です。ですから、経験する価値があるのですよ。強者との戦いに人数は関係ありません。己よりも強い相手は、謂わば壁。そんな相手を倒したという事は、それは即ちその壁を越えたという事。魔法は、心で扱うものです。強い信念は、時に大敵を退け、打倒する。ですので、露払いは私がするのです。強敵に力の限り、あなた方がぶつかっていけるように」

 

 余計なお世話かもしれませんね、とアリアは少し後ろを振り返って笑みを浮かべる。

 この笑みを、二人は知っていた。

 それは、自分たちのギルドのマスターであるマカロフが自分たちへと向けてくるものと同質であったから。

 

「――――そういえば、おっさんって見えてるのか?」

 

 会話が途切れて、十分。グレイがそんな話題を切り出してきた。

 

「見えていませんよ」

「その割には、すいすい進んでいくのね…………」

「だよな、割と足場も悪いし、俺たちも気を付けないと木の根に足とられかねないぞ」

 

 その点どうなのか、とアリアの背に二対の視線が向けられる。とはいえ、別段隠している事でもない。

 

「お二人は、反響定位というものを知っていますか?」

「反響…………」

「定位?」

「所謂、エコーロケーションと呼ばれるものですよ。主に蝙蝠や、クジラ、イルカなどが用いるもので超音波などの自分が発した音が、物体に当たって反射してきた分を聞いて周囲の状況を把握する、というものです。私の目隠しは、その応用ですよ」

「…………つまり、めっちゃ耳が良いって事か?」

「厳密には、私の魔法の応用です。感知されない程度薄い空域を私を中心に張り、魔力によるソナーを行っているのです」

「じゃあ、俺たちも見えてるって事だよな」

「色や、顔の細部までは流石に分かりませんよ。その代わり、ある意味では私の背中には目がある事と同義かもしれません」

 

 アリアは、ここでは明かさなかったがやろうと思えば目を閉じたまま周囲を見る空域を生み出すことも出来た。

 だが、それをしてしまっては意味がない。見えない状況、というのが枷なのだ。であれば、見える状態になってしまえば枷は正しく機能しないことになる。

 

「じゃあおっさん、何で魔力を封じてるんだ?」

「単純に、魔力の放出は=として私達(魔導士)の喧嘩の合図に他ならないからですよ。探知系の魔導士じゃなくとも強すぎる魔力は感じられるでしょう?ギルドマスタークラスを想像すれば分かるでしょうか?」

「!てことは、アリアさんってもしかしてマスターと同じ位………?」

「そこまでありませんよ。ただ、周りを不快にするので抑えているだけです」

 

 ジョゼやマカロフがそうであるように、強大な魔導士は周囲へと少なからずの影響を与える。

 アリアは、そこまではない。ただ、彼の魔法は風属性。特に空気に対する影響が大きく、目を開けたままだと周りに濃密な空気の塊に包み込むような感じになってしまう。

 不快。何より、息苦しさを覚える空間は彼を中心として十五メートルの円形。制御してこれなのだから、アリアの苦労が伺える。

 

「む………」

 

 唐突にアリアの足が止まった。彼の感覚の空域と鋭敏化した聴覚が前方十数メートル先の存在を捉えたからだ。

 樹海のあちこちで戦闘が起こり、喧騒は確かにある。しかし前から来る何かは、別種の騒音をたてていた。

 

「お二人とも、構えてください」

 

 アリアに促され、後ろ二人も構えをとった。二人の耳にもこの樹海の中には似合わない、騒音を捉えていたからだ。

 

「!魔導二輪か!!」

 

 グレイが叫ぶ。三人の元に突っ込んできたのは複数の魔導二輪。これは、魔導士専用の乗り物であり、燃料に搭乗者の魔力を消費する。

 その先頭。周りとは違うカスタマイズが施された一台に、レーサーの姿があった。

 

「六魔将軍…………」

「お前は、早く潰すことに決まった。俺たち六魔将軍を舐めるなよ、大空のアリア…………」

「アイスメイク“槍騎兵(ランス)”!!」

 

 突っ込んでくるレーサーを迎撃しようと、アリアが左腕を引いた直後、彼の背後より、六本の氷の槍が射出されていた。

 

「おっさん!ここは任せろ!」

 

 叫びながら、グレイはいち早く魔導二輪の一台を捕まえてSEプラグを装着し走り抜けるレーサーを追いかけていく。

 

「…………元気なものですね。私は魔導二輪に乗れませんし」

「えぇ!?と、止めなくていいの!?」

「グレイ殿は十分に妖精の尻尾を引っ張っていける魔導士です。それよりも、レーサーは彼が引き受けてくれましたし。先を急ぎましょう」

 

 

   *

 

 

 激闘に次ぐ、激闘。六つの柱は、遂に残すところは三本となった。

 コブラ、エンジェル、レーサーが倒れ残るのはブレイン、ミッドナイト、そしてニルヴァーナの影響で善悪反転したホットアイの三人。

 だがここで、ホットアイ‼️ミッドナイトに挑み、敗北。

 残る二人には、それぞれジュラとエルザ、そして記憶を失ったジェラールが相対している。

 

「―――――む?」

 

 ズズンッ、と腹の底に響く振動と衝撃、そして音。

 ニルヴァーナは都市がそのまま巨大な移動要塞となった魔法だ。

 善悪をひっくり返すのが第一段階。対象の光と闇を反転させる超魔法。

 そんな町の中心に、巨大な塔が建っている。どうやら、その真下付近が爆発の原因らしく、空には薄く白煙が立ち上っていた。

 アリアとしても、ニルヴァーナを止めるのが先決だ。しかし、情報が無い。であるならばとれる選択肢などあって無い様なモノだろう。

 ゆらりと彼の巨体が消え、次に現れるのは爆発があったであろう地下室。

 

「あー?また、ゴミが来やがったのか?」

「!貴方は…………」

 

 そこに広がっていたのは、凄惨な光景。

 銀発の緑の軍服に身を包んだ男が、今まさにナツら妖精の尻尾のメンツに手を下そうとしていたのだから。

 

「知ってるぞ、てめぇ。どっかの正規ギルドで頭張ってたやつだな」

「何者ですか、貴方は。ブレイン、ではなさそうですが」

「オレは、ゼロ。六魔将軍のマスターだ」

 

 言いながら、ゼロは胸ぐらを掴んでいたナツを放り出し、アリアへと向き直った。

 

「なかなか、壊し甲斐のありそうな奴じゃねえか。なあ、おい」

「…………」

 

 黙して語らず。ただ、油断なくアリアは構える。何せ、今目の前にいるのは明らかにジョゼクラス。即ち聖十大魔導にも並びかねないほどの膨大で気持ちが悪くなりそうな、邪悪な魔力を放っているのだから。

 

「ぶっ壊してやるよ!!!!」

 

 ゼロから放たれるのは、ブレインも扱っていた怨霊の様な魔力。

 だが、それは見た目が似ているだけで内包している魔力量が桁違い。それは当然、破壊力に直結しておりニルヴァーナを構成している石材を紙屑の様に穿って突き進んでいた。

 

「空域“閉”」

 

 迎え撃つのは、アリアの魔法でもトップクラスの防御性能を誇っている不可視の障壁。

 壁に押し止められて、魔力が飽和し大爆発が地下室を大きく揺らした。

 

「――――むんっ!」

「チッ…………近接なら当たるとでも思ったか?」

 

 肉を打つ音が響き、衝撃によって巻き起こっていた粉塵が大きく吹き飛ばされる。その中心、そこでは左拳を振り切ったアリアと、その拳を受け止めたゼロの姿が。

 

常闇回旋曲(ダークロンド)

 

 拳を受け止めた右手とは逆の腕、左手がアリアへと突き出されて放たれる魔力の波動。

 

「空域“発”」

 

 怨霊のような魔力を正面から迎撃する螺旋の空間。

 両者の間で衝撃が炸裂。常人よりも発達した体格の二人であっても一瞬の踏ん張りも利かずに吹き飛ばされていた。

 

「――――強い」

 

 分厚い石壁を突き破って、アリアは地上へと飛び出しており、そこから近くの建物へと降り立っていた。

 ダメージは大きくない。すぐにでも戦線復帰可能だ。その場から飛び立とうと身を屈め、

 

「む」

 

 飛び退いた。数瞬遅れて、アリアが立っていた建物が粉砕、螺旋を描いた魔法が貫き天へと昇る。

 

「気い抜いてる暇、ねぇぞ!!!」

 

 未だに粉塵が立ち込める部屋を飛び出して来るゼロ。彼の右手には魔力による光が灯っており、そこから螺旋状の細長い鞭のようなモノが伸びていた。

 

常闇奇想曲(ダークカプリチオ)!!」

「空域“ヘ―――っ!」

 

 自身へと直進してくる光線。

 防ごうとしたアリアだったが、何を感じ取ったのかその場から飛び跳ねて躱す。

 

「良い勘をしている。だが――――」

「追尾……!」

 

 空中に浮かんだアリアの背後へと躱した光線が舞い戻り、ギリギリで間に合ったガードに突き刺さり道路の一角に叩き付けられた。

 

「ブレインが扱うものと同一とは思わない事だ」

 

 貫通性能を持った魔法である、常闇奇想曲は本来ならば直進しかしない。少なくとも、ブレインはそれしかしなかった。

 しかし、ゼロは違う。鞭のように振り回し、手の動きに合わせて、その先端が獲物へと食らい付く。

 

「てめえ如きが敵うわけねぇだろうが!!!」

 

 巻き起こった粉塵の向こうへと消えたアリア。ソコにゼロの追撃が数十発降り注ぐ。

 それは最早空爆の領域。対象を、粉々に粉砕し、破壊し尽くす。

 

「ダーク――――」

「空域“絶”」

 

 更なる追撃の為に飛び上がったゼロ。そこを狙う様にして、粉塵を突き破って襲い掛かってくる不可視の弾幕たち。

 

「ぐっ…………小手先が…………!」

 

 腕を交差して弾幕どうにか防ぐゼロ。だが、その体は空中にある。ガードしたところで勢いが殺せる訳もなく、彼の体は大きく後方へと吹き飛ばされていた。

 

「空域――――」

 

 声が響く。

 

「――――“転”」

「てめぇ…………!」

 

 瞬間、拳を振りかぶったアリアがゼロの真上に現れる。

 一切の躊躇もなく天からの鉄槌は、悪魔へと振り落とされた。それこそ、殴られた相手は彗星のように真っ直ぐに廃墟の街並みに叩きつけられ、尚且つ道路を粉砕して更に、下の階層にまで叩き落されるというおまけつき。

 

「――――やはり、制御が難しい」

 

 やれやれと首を振りながらぽっかり空いた穴の側に降り立ったアリア。その巨体は所々煤けており、更に彼の目隠しが外れていた。

 湧き上がる魔力は、まるで彼を中心とした空間の気圧が周りとは違うという錯覚を覚えさせるほどに重苦しい。物理的な重さを持っていた。

 

「クハハハハハハハハッ!!!!良いじゃねぇか!何だてめぇ、そんなの隠してやがったのか‼」

 

 粉塵を突き破って現れたゼロは、そのまま力任せに殴り掛かってくる。

 

「長くは使いたくないのですがね。手早く終わらせましょうか」

「やってみろぉおおおおお!!!!」

 

 そこから始まるのは、ゼロ距離での殴り合い。魔導士の戦いとは到底思えないような、近距離戦が展開されていく。

 馬力に関しては、五分と五分。体格差も魔力によるバフによって殆ど差はない。

 殴られれば、殴り返し。蹴られれば、蹴り返す。掴もうとすれば、互いに両手を抑えて頭突きの応酬。

 既に戦いの余波によって、古い町並みはただでさえ風化によって損耗していたところを一息に粉砕されていく。

 

 そうこうしているうちに、連合のメンバーの頭に念話が走った。

 相手は、青い天馬所属のヒビキ。彼の魔法、古文書(アーカイブ)は情報を圧縮して他者に譲渡したりできる。これを応用としてナビゲートなども行えるサポート型の魔導士だ。

 彼が言うには、ニルヴァーナの破壊目途が立ったらしい。

 というのも、六本足のニルヴァーナ。その根元に動力源である六つの魔水晶(ラクリマ)が存在しており、それを同時に壊すことが破壊方法。

 

「――――皆さん、任せますよ。ゼロは私が押さえますから」

「言ってくれるなてめぇ!!!!」

 

 アリアのこの言葉が決まりとなった。魔水晶へ破壊できるだけの魔導士たちが向かい、最も障害として強力なゼロを彼が抑え込む。

 だが、状況的にはこれがベストだ。ジュラはダウン。エルザも少なくないダメージを負っており、他の面々も小さくない手傷を負っている。

 そんな中で、アリアはただ一人魔力を抑えたままで進んできており、消耗は恐らく一番軽かった。

 

「貴方は、ここで落とします」

「ぶっ壊してやるよ!!!!」

 

 

   *

 

 

 制限時間は、二十分。僅かそれだけの時間で、アリアはゼロを再起不能にせねばならない。

 なぜかと問われれば、ニルヴァーナの破壊はそのイコールとしてこの巨大建造物の崩壊を意味しており、その崩壊に乗じて闇ギルドのマスターを逃がしてしまうなどの可能性もあり得るからだ。

 

「クハハハハッ!!!!いいぞ!良いぞ!てめぇみたいな壊し甲斐のある男は初めてだ」

 

 呵呵大笑、ゼロの笑い声が廃墟の街に響く。

 

「…………」

 

 相対するアリア。既にストールも吹き飛び、お気に入りの帽子はつばの一部が虫食いの様に消えていた。

 残り時間は五分を切っている。決めるならば、最早時間は無かった。

 

「貴様には、オレの最上の魔法をくれてやる。死出のはなむけだ」

 

 ゼロは右手を上に、左手を下に空手で言うところの天地上下の構えをとった。その両手には高密度の魔力が纏わされており、尾を引くように空間にこびりつくように残留している。

 

「ジェネシス・ゼロ‼開け、鬼哭の門!無の住人よ、オレの前に立つ命知らずに無を刻み込め!!!!」

 

 ゼロの背後のみならず、両手で描いた渦を中心として、絶叫するような影がおびただしい量出現してくる。

 その全てが、今まさに目の前に立っているアリアを己らと同じ存在に引きずりこまんとする文字通りの魔の手だ。

 

「――――空域“封”」

 

 対するアリアは、両手を合わせて腰を据えた。

 命を食らう“零”とは違う魔法にして、アリアの用いる魔法の中でもその扱いは極めて異質。

 

「なん…………だと…………」

 

 その光景に、ゼロは固まるしかない。だが、彼でなくとも固まるのは当たり前というものだ。

 というのも、アリアの目の前。今まさに彼に食らいつかんとしていた亡者の群れは、まるでその場に縫い付けられたかのように動きを止めてしまったのだから。

 その硬直は、最初の部分を足掛けに一気に魔法を伝って拡がっていく。まるで、砂漠に水をこぼしたかのような浸透力だ。

 そして、それはゼロの手にも届く。

 

「ば、かな…………!オレの魔力、を…………!」

「封じさせていただきました」

 

 事も無げに語るアリアだが、その息はかなり荒れている。現に彼の両目の中に猛っていた魔力の奔流は、今ではとろ火の様に勢いがない。

 

「私の総魔力、その八割を用いて行う封印です。私が解除せねば、貴方は魔導士として永久に魔力を練ることはできません」

「て、めぇええええ…………!」

「では、さようなら」

 

 魔力の喪失によって倒れこんでいたゼロに、アリアの鉄拳が突き刺さった。

 その一撃で完全に沈黙したことを確認し、アリアはその場に崩れ落ちるように蹲る。この魔法、消耗が激しすぎた。

 だが、威力は抜群だ。

 ならば最初から使えと言われそうだが、発動条件が面倒であり尚且つ当てにくい。

 まず、相手の魔力がどういうものか理解しているかどうか。これが足りないと封印も大した意味をなさない。

 次に、その場から動かない事。動けば魔法の発動は止まり、消耗した分は消耗したまま暫く回復しない。

 更に、封印は直接触れるか相手の魔力経由でしか行えない。

 そして封印に成功しようとしなかろうと消耗は一緒。失敗してしまえば間違いなく致命的な隙を晒すことになっただろう。

 だが、威力はこの通り。リスクの分だけリターンがある。惜しむらくは、選べる相手が一人という点か。

 

「あちらも、終わりましたか」

 

 胡座をかいたアリアは、崩れる塔を眺めて一つ息をついた。

 長い夜は、終わった。朝日が山の隙間から顔を出し、世界に柔らかな光が満ちる。

 

「では、こちらも」

 

 パンッ、と一つ柏手が響き渡る。

 それは朝焼けの空に、どこまでもどこまでも、広がり続けた。

 

 

   *

 

 

 六魔将軍の討伐。そしてニルヴァーナの破壊。

 連合は見事にやり遂げた。

 今回の立役者は、やはり各ギルドの代表者達だろう。彼らはギルドの誇りだ。

 

「……………」

 

 ここは崖の上。足元には、ギルド化猫の宿を望む崖の上だ。

 ソコに、深緑の巨漢の姿はあった。

 崖の縁に胡座をかいて座り、目元はいつもの通り包帯でキツく縛っている。衣服もボロボロのモノが多く、怪我の手当ても殆どされてはいなかった。

 下のギルドでは、今まさに連合とそして化猫の宿のメンバーの対談の構図が出来ている。そのテンションはかなりの差があったが。

 

「…………偉大なる魔導士に、乾杯」

 

 それは、いつかの酒。瓶に半分ほど残った中身を、一息に飲み干した。

 熱い酒精が、吐息となって空へと漏れて、風に流され消えていく。

 化猫の宿は、本来はギルドとして成立していない。そもそも、実際の面子はウェンディとシャルルのみであり、残りは全てローバウルの作り出した思念体でしかない。

 それも全ては、彼らニルビット族が生み出してしまったニルヴァーナを見張るため。最初はローバウル一人であった。

 だが、二人がこの廃村へとやって来て、ギルドとして機能するように彼らは、現れた。

 それももう、終わり。過去の残響は、心残りが消え去ってその役目を終えてしまったのだから。

 光となって消え行く集落。そして響く少女の慟哭。

 

「―――――さて」

 

 彼女には、もう仲間がいる。であるならば、自分のような罪人が居ていい場所ではない。

 アリアは、立ち上がり帽子を深く被り直して踵を返した。

 

「待ってください!!」

 

 が、その足は少女の声に止められる。

 

「アリアさん!私、妖精の尻尾に入ることになったんです!シャルルも、一緒に」

「そうですか」

「あの、その…………」

「人の良い彼らです。貴女もきっと、受け入れてもらえる」

「そ、それだったらアリアさんも―――」

「私は、いけませんよ。私は、一生懸けても彼らに償えない大罪を犯したのですから」

 

 十字架。背負い続けると決めたモノだ。

 

「では、ウェンディ。そして、シャルル。君達の行く末に幸あらんことを」

 

 一度帽子をとって、後ろ手に手を振りアリアは再び帽子を被り直す。

 と、同時に消えた。

 

 吹き抜ける風だけが、そこにはあった。










強引でしたね、はい
ルートとしては、ここでアリアが妖精の尻尾に入る道もあったのです
ついでに、そこからエドラスや天狼島、更に七年後編と続けられた、んですが………
書くのは楽しかったです。気が乗れば天狼島の前辺りから、書くかも


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