if "双王" (おすまし)
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第一話 予想外の依頼

 □■???

 

『【グローリア】の投下は予定通り完了した。さて、王国はどうなるかな』

 

『……あくまで"バックアップ"を封印する気はないんだね、ジャバウォック』

 

『ああ。王国の<超級>は強い。だが同時に、ノーリスクで勝てるほど<SUBM>は甘くない。

 <超級>を生み出す前に相討っても、これならばどうとでもなるだろう』

 

『じゃあ<超級>が生まれてから殺されたなら止めるのかな?』

 

『生み出せる<超級>の数は多ければ多いほどいい。そうだろう、チェシャ』

 

『…………』

 

『安心しろ。<マスター>は強く、多様だ。いずれは誰かに滅ぼされるだろう』

 

『そっか』

 

『我々は見守るのみだ。【グローリア】―――The Glory Select Endless Routineの戦いを』

 

 

 

 

 

 □王都アルテア

 

 大陸の西にある国、アルター王国。

 他の国に比べ豊かで穏やかなこの国が、少々騒がしくなっていた。

 【三極竜 グローリア】。世界最上位の怪物(モンスター)< S U B M >(スペリオル・ユニーク・ボス・モンスター)の襲来である。

 

 特異で脅威、それでいて倒した者の中で最も活躍した者に特典武具(ユニークウェポン)をもたらす<UBM>。

 その中でも最も強く、最高の武具(アイテム)を複数落とすものこそが<SUBM>。

 未だ一例しか観測されていない存在の出現に、人々は当然騒ぎ出した。

 <マスター>(プレイヤー)にとっては糧となる倒すべき存在。

 かつティアン(NPC)にとっては降って湧いた災厄。

 既に出現場所である公爵領を滅ぼし、公爵は死亡。

 王国としてはすぐにでも討伐にかかりたいのだが、あまりに情報が少なすぎる。

 今は敵の能力についての情報が集まるのを待ち、その上で作戦を立案することと決めた。

 

 そうして既に、二日が経過していた。

 【三極竜 グローリア】へ挑む者は多いが、生きて戻る者は絶無。

 挑んだ<マスター>の半数は【グローリア】が纏う結界を越えられずに死亡(デスペナ)

 残りの半分はその身体能力(ステータス)による物理攻撃だけで死亡。

 世界最大の情報屋<DIN>でさえもかの三頭竜の全貌はまるでつかめぬまま時が過ぎている。

 

 それでも、首都に迫る怪物をこれ以上野放しにしてはおけない。

 王国は自国の最上位クランと連携して<SUBM>を討伐することを選択する。

 共に戦う相手として選ばれたのは、王国クランランキング二位の<バビロニア戦闘団>。

 王国屈指の強者たるクランオーナーを始め、実力者(ランカー)揃いの戦闘クラン。

 オーナーの性格の良さも鑑みれば、これ以上ない人選と言えるだろう。

 

 協力の打診が成立したものの、無策で戦って勝てる相手でもない。

 今回の討伐に参加する予定の王国騎士団・魔術師団・聖職者達。そしてバビロニア戦闘団。

 それぞれのトップである【天騎士】【大賢者】【司教】【剣王】の四人が王都に集まり、二日後の決戦に備え策を練る。

 その会合が、まさに今日、開かれることになっていた。

 

 

 

 

 

 バビロニア戦闘団オーナー、【剣王】フォルテスラは実直で真っ直ぐな男だ。

 この世界を訪れ最初に出会ったティアンの女性、エーリカと結婚する。

 初めて所属したアルター王国で決闘ランキングに挑み、今では三位にまで上り詰めた。

 人と出会い、パーティーを組み、クランを作り、クランのランキングは二位にまで到達。

 上が宗教団体にして廃人集団の<月世の会>であることを考えれば、真っ当な学生すら所属しているバビロニア戦闘団が二位というのは、中々驚異的な順位と言えよう。

 

 信頼を受ける実績と、人の信頼に応えようとする性格。

 そして、信頼に応えられるだけの能力。

 その三つが合わさった彼は、今の王国<マスター>の中で最も憧れと信頼を受ける人物だった。

 

「クレーミルを離れるのは不安だが、仕方がないか」

 

 今回の依頼を受け、フォルテスラは会合の開始よりだいぶ早くに王都を訪れていた。

 【グローリア】と王都に挟まれるように存在する都市、<城塞都市 クレーミル>。

 戦闘団のホームタウンであり、彼の妻、エーリカの住む場所。彼の帰るもう一つの家。

 本来であればこの一大事に離れたくはないが、超音速で動ける彼が王都に行くのが一番早い。

 王家相談役でもある【大賢者】にそう言われては反論の余地はない。

 それでも早く訪れ出来るだけ早く終わらせたい、というのが一点。

 もう一つは、王都にあるDINの本拠地で情報を得るためだ。

 ギデオンにはまだ届いていない情報が、本拠地にならあるかもしれない。

 【グローリア】の情報は、現状ほとんど増えていない。

 策を練ろうにも対策を打つにも、もう少し能力がわからなければ話にならない。

 そのためにも、会合の前に新情報を仕入れておきたかったのだが……。

 

「空振り、か」

 

 残念なことに、さほど目新しい情報はなかった。

 いくつか自説を強化する情報や何かに繋がりそうなものもあったが、現時点ではほぼ無意味。

 問答無用の即死結界の穴は明確に見えたが、検証実験をする時間的余裕はない。

 

「いっそフィガロを誘って威力偵察でもしてみたいところだが、厳しいな」

 

 ()()()()、決闘ランキング一位にして彼の好敵手である【超闘士】フィガロ。

 フォルテスラのもっとも信用する男ならば、単身でも威力偵察は可能だろう。

 だが、流石にリスクが高すぎる。

 フィガロ本人の事故死の可能性も勿論のこと。

 フィガロと戦うことでの【グローリア】の()()が、何よりも怖い。

 "本気を出される前に倒す"のが<UBM>討伐のセオリーとすれば、スロースターターのフィガロはそこから最も遠い男だ。

 "本気の相手を更に上回り勝つ"フィガロでは、負けた場合本気を出したままの敵だけが残る。

 そこまではいかずとも、用意の整いきっていない今、フィガロの攻撃に対し全力で反撃された時点で、厳しい戦いを強いられるのは間違いない。

 加え、今現在"本気の【グローリア】"と戦える存在は王国にフィガロのみ。

 出来れば最後の砦として控えてもらうのが一番だろう。

 

 他にもいくつも策を考え、そのほとんどを却下していく。

 手札も情報も何もかもが足りていない。

 それでも、クレーミルを、妻を守るために諦める訳にはいかない。

 その一心で、道を歩きながら討伐方法を考え続けている。

 

 だから、いつのまにやら目の前に居た青年に気付かないのも無理はなかった。

 

「やあ、フォルテスラ。ちょっといいかい?」

 

 目の前にいたのは、彼がよく知る一人の男。

 頭に猫を乗せ、両目をぼさぼさの髪で隠した、怪しげな風体の青年。

 

()()()()()()()か」

 

 

 

 先代決闘王者、【猫神】トム・キャット。

 どこか眠そうな雰囲気と間延びした喋り方から甘くみられることもあるが、実力は折り紙付き。

 <Infinite Dendrogram>の世界に<マスター>が大量発生する以前、六年以上も前から闘技場に君臨していた強者。

 ()()()の存在であり、運営が用意した<マスター>に対する壁の一枚。

 故に、こうしたイベントには関与しないと一部では予想されていた。

 だが彼は今、いつもとは違う真剣なまなざしでフォルテスラを見つめている。

 

「お前が、俺に用とはな」

 

「それも、こんな時期に、かなー?」

 

「ああ。討伐に参加してくれると言うなら心強いが、違うだろう」

 

 トムは<UBM>を討伐することも、ティアンのために戦うこともない。

 クエストをこなすところでさえほぼ目撃されていない。

 そこに"運営側"としての強い自覚と強固な意志があるのはフォルテスラにもよくわかっている。

 トム・キャットは余計な手出しはしない。

 

 しかし一つ、フォルテスラが知らないことがある。

 トム・キャットは手出しはしないが……()は出すということを。

 

「君に、頼みがあるんだ」

 

 そして同時に、彼は<マスター>の意志と自由を尊重する者。

 自分達(管理AI)の思惑よりも、<マスター>が思うように動ける未来を望む者。

 

()()()()()()()()()()()()()。それを、君に依頼したい」

 

 

 

 

 

 

 

「……どういう意味だ?」

 

 トムの突然の依頼に対し、フォルテスラは疑問の声を上げた。

 それも当然。トムの発言には疑問しかない。

 

 運営側の存在が、自分達が放ったモンスターの討伐をプレイヤーに頼む理由。

 第四頭部とは何のことなのか。

 そして、なぜそれを依頼するのが自分なのか。

 

「ちょっと不手際というか、暴走があってねー。

 第四頭部―――尻尾を()()()切り刻んでほしいんだ。

 バランスはそれでだいぶマシになる。アレは野放しには出来ないから」

 

「待て……待て。何故俺に頼む。フィガロ(決闘一位)ではなく、この俺(第三位)に」

 

 それがなによりも成さねばならないことであるなら、自分に頼む理由はない。

 トム(決闘二位)を倒せない自分よりも、倒したフィガロにこそ頼むべきだ。

 いつか倒すとこそ誓っていたが、今は彼の方が強いことはフォルテスラも認めていた。

 

「だからこそ、さ。(グローリア)は格下を見下す傾向がある。

 いまはまだ<超級>に至らず、かつメイデン(強者殺し)の君なら、殺し切れずとも首の一本も落とせるだろう」

 

 グローリアの四本目にして四本角の持つスキルは単純だ。

 命を落としかねない強者との戦闘時自切。

 身を隠した後、本体の消滅と共に一日かけて()()()()()()()()

 《既死改生》の名の通り、既に起きた死を改め生を産むスキル。

 こんなものを残したままでは、誰にも止められず大陸中を蹂躙されてしまう。

 かといって、持久戦と生存能力に特化したトムでは尻尾を破壊することはできない。

 故にフォルテスラに依頼したのだ。

 

「理由を細かく言うつもりはないんだな」

 

「うん、細かいところは話すことはできない。でも、尻尾にはコアがあるのは確かだ。

 尻尾を壊せば高確率で特典武具が手に入る。悪い話じゃないよ」

 

「そうか。断る」

 

「……え?」

 

 まさか即座に断られるとは思わなかったのか、トムの顔が驚きを示す。

 <SUBM>は<UBM>の中で唯一複数人に特典武具が配布される。

 コアという重要部位を破壊すれば、彼にも配られる可能性は高い。

 この世界で最高の武具を得れば、フィガロやトムにも勝てるかもしれない。

 しかもコアはどちらにせよ退治するには破壊が必要な部位。

 完全討伐を目的としているフォルテスラとすれば、断る理由はないと思ったのだが。

 

「確かに俺のスキルでなら、最速で尻尾を微塵にする程度は可能だろう。

 だが、それはそもそも近づければの話だ。即死結界を越えられなければ意味はない」

 

「それは大丈夫。君や君のクランの極一部は結界を越えられるはずだ」

 

「だが500カンストを迎えたものは数少ない。おそらく攻撃スキルの類もあるだろう。

 お前の提案に乗るのなら、もういくつか情報が欲しい」

 

「……例えば?」

 

「遠距離攻撃の有無。出来れば射程の情報も欲しいな。

 三頭と尻尾のコアを破壊すれば完全に倒せるのかも知りたいところだ」

 

「後者はイエス、前者に関しては、ちょっと言えないなー」

 

「有無だけでいい。キロ単位の遠距離攻撃はあるのか、ないのか。

 それを知らなければ、遠巻きに攻撃しているうちに負けてしまうかもしれないな」

 

「答えるかわりに、可能な限り早く尻尾を落としてくれるかい?」

 

「ああ」

 

「即答か。しょうがない、()()()。具体的には言えないけれど」

 

「充分だ」

 

 再びの即答に対し、トムは少し溜息を吐いた。

 流石に大クランのトップは交渉に慣れている。予想外に喋りすぎてしまった。

 あとで協力してくれた管理AIにどやされるかもしれないと憂鬱にもなる。

 

 だが、伝えるべきことは伝えた。

 背後を向き、最後に言葉を残す。

 

「正直、この情報込みでも君達が勝てる可能性は皆無に近いよ。

 それこそ万全のフィガロ(超級)と協力してすら、勝利は厳しい」

 

 その言葉を聞き、フォルテスラは頷いた。

 彼の表情は、先程の交渉から一貫して重く、苦しい。

 情報を得れば得るほどに、【グローリア】の能力を予測し、その強さを察していく。

 百戦錬磨の【剣王】は、かなり正確に能力の高さを読み取っていた。

 王国の総力を集めたとしても、討伐が難しいことは理解している。

 

「知っているさ。だが―――」

 

「それでも。剣折れても立ち上がる君が、此度も勝利することを願っている」

 

 トム・キャットは去っていった。

 振り返ることなく、フォルテスラに情報と声援を残して。

 

「ああ、やってやる。やってやるさ」

 

 トムを見送るフォルテスラの顔に、もう迷いも苦しみもない。

 ただ決意のみが、その顔には浮かんでいた。

 

 

 

 

 

□王都アルテア 王城会議室

 

「では、始めましょうか」

 

 トムとの話を終えたフォルテスラが最後に到着し、会合が始まった。

 トムとの会話は時間自体は短く、到着したのは予定の時刻の数十分前。

 にもかかわらず、その時点で全員が揃っていた。

 王国御意見番の【大賢者】フラグマン、国教指導者の【司教】ベルディン枢機卿の二人がそれほど早く訪れて待っていたという事実からも、今回の会合、そして<SUBM>襲来の優先度と危険度が推し量れるというものだ。

 

「まず初めに、我々の戦力を整理しましょうか」

 

 口火を切ったのはフラグマンだ。

 彼はこの中で最年長かつ最大レベル。

 百年を超える生涯で多くの<UBM>と戦ってきた経験は、それぞれ一流の面々に対しても一歩抜きんでた立場を彼に与えている。

 

「私の徒弟が三十人。全員400レベルを超えた優秀なティアンです。魔法の腕も良い。

 私以外は超級職はいませんが、合体魔法を使えば実質的に超級職が何人か増えたようなもの。

 私は進路変更に備え王都周辺で待つことになるでしょうね」

 

「近衛騎士団は総数ならば三百を超えるが、あれと戦える動かせる者は百に満たない。

 あの即死能力の基準がいまだ不明な以上、近接戦闘は避けたくもある。

 いざとなれば私は出るが、基本的には【大賢者】様同様王都待機となるだろう」

 

「国内で動員可能な聖職者の数は六百人といったところでしょうか。

 天罰術式の発動には十分ですが、ほとんどがまだ200レベルに達していません。

 実践に耐えられる聖職者はごく僅か。予定通り、天罰術式のみの参加が限界でしょう」

 

「俺のクランのメンバーは三百人近いですが、どれだけ参加(ログイン)できるかは未知数です。

 各々向こうでの生活もありますから、予定が合うとは限りません。

 500カンスト以上は十二名のみ。今からレベル上げに徹しても、数日では一人か二人増えるかどうか」

 

 完全に機能しているとは言い難いが、一体のモンスターに対して過剰なほどの暴力。

 神話級でさえも殺せる物量を揃えても、しかし【グローリア】を相手にするには物足りない。

 仮に<SUBM>を物量で殺すなら、大陸国家全てを動員してもまだ足りない。

 必要とされるのは"究極の一"だ。

 

「なるほど、国内の戦力はおおよそ想定通りですね。

 これはやはり皇国の部隊を主力として運用するのがよいでしょう」

 

「【四禁砲弾】ですか」

 

 三頭竜投下時、偶然王国軍と合同演習をしていた皇国第二機甲大隊。

 皇国第一王子の命により、【グローリア】討伐に参加を表明している部隊。

 戦車型マジンギアの火力もさることながら、皇国の最強兵器の運用が可能な理想的援軍だ。

 その最強兵器こそが、交渉により使用を認められた【四禁砲弾】の一種、【超重砲弾】。

 四キロ以上先から放て、()()()()()()()()()()()()()超兵装だ。

 

「アレなら【グローリア】の即死効果範囲、半径一キロの外側から殺害も可能です」

 

「神話級をも一撃で滅ぼすと噂の砲弾ですか」

 

「【大賢者】様は見たことがおありですか?」

 

「ええ、王国に仕える前に少しだけ。噂にたがわぬ威力ですよ」

 

「ならば、やはり我々の合体魔法と天罰術式で動きを止め、彼らに倒してもらいましょう」

 

「王国だけで倒せないのは無念だが、こうした時のための同盟だ」

 

「では、その方針で話を進め―――」

 

「その前に、俺が得た情報を語らせていただきたい。

 厄介な事実と推測があるのです」

 

 ここでフォルテスラが言葉を挟んだ。

 場の全員から怪訝そうな顔で見られるが、話さないわけにはいかない。

 先程の話の結果、他の誰も知らない情報をフォルテスラは所有している。

 そう、前提条件がいくつもひっくり返るような重大情報を。

 

「【グローリア】について、おそらく最もよく知っている情報通の友人から聞いた話です。

 まず一つ目に、奴は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一つ目の情報で、全員の顔色が変わった。

 結界で身を守る存在が、一方的に攻撃を放つ術すら持つという恐怖。

 誰もが百戦錬磨であるからこそ、この情報の重要性が理解できる。

 だが、思考停止の時間は一瞬。

 この中でも最も経験を積んでいるフラグマンが最速で立ち直り、止まった話を再開させた。

 騎士団長と枢機卿もそれに続き、話はどんどん加速していく。

 

「それは……確かに危険ですね。攻撃直前を狙われる可能性が高い。

 回避は合体魔法で妨げる予定ですが、反撃は想定していない。

 確かかの竜の速度は亜音速。【超重砲弾】のエネルギー充填よりも早く撃たれてしまう」

 

「クレーミルの防御結界は超級職の奥義でも防御できる、それでも防げないか?」

 

「超級職以上のスキルを使えるのが神話級、それよりも上が<SUBM>です。

 防ぎきることは難しいかと」

 

「攻撃の詳細は分からないのですか? せめて属性さえ分かればいくつか方策もありますが」

 

「そこまでは……申し訳ない。

 事前の威力偵察も考えましたが、竜の尾を踏み怒りを買えば侵攻の加速は必然」

 

「事前の用意を考えれば不用意な偵察は愚策、ですか。

 可能ならば一度の戦闘で片を付けたいのは同感ですが」

 

「この情報が事実ならただでさえ限定されていた作戦がさらに狭まります。

 せめて即死の判定を越える基準が分かれば」

 

「それとなく鎌をかけてみましたが、即死しない条件は500カンストで間違いないかと。

 こちらはDINの情報で裏付けが終了しています」

 

「なるほど、レベル判定か。

 カンストは騎士団には俺ともう一人しかいない。本格的に団単位での戦闘は不可能だな」

 

「聖職者はジョブの振り直しが不要な分、カンストも多少はいます。

 とはいえそれでも両手の指で足りるでしょうね。打開策にはなり得ないですか」

 

「いえ、値千金です。私と騎士団長が戦う時、安心して結界の内側に入れますからね。

 他に情報はありますか?」

 

「【グローリア】はコア型。頭三つと尻尾を破壊すれば完全に倒せるそうです。

 そして俺なら竜の頭一つは落とせる、と」

 

「コアを破壊すればHPに関係なく倒せるタイプですか。再生能力があるかが肝ですね」

 

「前回の<SUBM>には高い再生能力があったとか。あると想定して動くべきです」

 

「複数のコアが分散して存在する場合、能力がコアごとにあることが多い。

 遠距離攻撃、即死能力で二つ。防御能力も別でしょうか」

 

「いえ、フォルテスラ君に傷つけられるなら威力や属性の問題ではない。

 可能性が高いのは斬撃のみ有効か、即死結界外部の攻撃を無効化か。

 この二つならば後者でしょう。となれば防御能力は結界と纏められている説が有力です。

 しかし仮に内部の攻撃なら通るとすれば、どれだけ高い威力でも無効化する可能性さえありますね」

 

 一人では気付けない点も、複数人なら気付くこともある。

 騎士団長とフラグマンは<UBM>と戦った数ではフォルテスラを遥かに上回る猛者。

 製作者が同じ管理AI(運営)である以上、過去の傾向から予測するのは難しくない。

 【グローリア】の謎に包まれた能力も、徐々に明らかになってきた。

 

「敵を上回るステータスがないと傷付けられないという線はどうでしょうか」

 

「流石にそれは厳しいですね。<SUBM>のステータスは超級職をも上回ります。

 この際対策を打てないものは度外視するべきでは」

 

「そうだな。斬撃のみというのも中々存在しない条件だ。

 とすれば防御能力は即死結界関係。あと二つ能力が隠されているかもしれないのか……」

 

「しかしその場合、同種の能力ということはまずありません。

 加え基本的にはコアを壊せば有する能力が消えます。ふむ、見えてきましたね」

 

「攻撃無効化能力の上限は判明していません。存在しない可能性すらある。

 しかし即死結界関連ならば即死の首と遠距離攻撃の首を破壊すれば、後は遠距離で片付きます。

 そうすれば皇国との契約も果たせますね」

 

「【超重砲弾】で仕留めさせることで特典武具を皇国部隊員に与える契約でしたか。

 <SUBM>は特典武具を複数与えると聞きます。ならば」

 

「良いでしょう。バビロニア戦闘団には苦労を強いることになりますが」

 

「元よりそのつもりです。クレーミルは、我々の手で守ってみせる」

 

 フォルテスラが出した情報は、足りない穴を見事に埋めた。

 現状ではこれ以上の策は無い。そう断言できるレベルにはなっている。

 

「まずバビロニア戦闘団が【グローリア】に接敵、遠距離攻撃と結界内攻撃を両方試す。

 どちらも通らなければ威力判定と断定、足止めをお願いします。

 結界内攻撃が通ればそのまま戦闘続行、結界を張っている首を突き止めなんとしても落としてください。

 遠距離攻撃の首の方は手段によりますが、動きを止め皇国が【超重砲弾】を打ち込む隙を作ってくれれば充分です」

 

「はい。任せてください。

 奴を逃し、起こる悲劇を止めるため、我々も全霊を尽くします。

 最悪足止め中の我々ごと撃ってください」

 

「……わかりました。その覚悟を無駄にはしません」

 

 彼の決意に、フラグマンは少し懐かしそうな顔で頷いた。

 後は細かな点を埋めるだけ。

 皆が少なからず気を抜き……しかし、フォルテスラは予想していた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()と。

 故に、"敗北の後"の考慮も忘れない。

 

「全滅した際にも情報を後方に伝えられるような何かが欲しいのですが」

 

「狼煙を何種か用意させよう。事前の符牒の通り打ち上げれば最低限の情報は伝わるはずだ」

 

「それなら教会の倉庫に今年の祭りで使う予定の狼煙があります。

 色もかなり幅がありますし、王都からでも見えるかと」

 

「助かります」

 

 勝てなくとも、何かを残す。

 これは負ければ彼の積み重ねてきた全てを失う戦いだ。

 後のことなど考えず、投げ捨てたって誰も文句を言わないだろう。

 それでも手を打ってしまうのは、彼の気真面目さがそうさせるのか。

 

(やっておかなければいけないことは、あと一つか)

 

 決戦前に最後にすべきことを、既にフォルテスラは決めていた。

 

 

 

 

 

 □決闘都市ギデオン

 

「と、ここまでが俺の知る限りの事実と推測、俺達のとる作戦だ」

 

 王都を離れたフォルテスラは、単身ギデオンに向かった。

 決闘都市に居を構える好敵手、フィガロに会い、全ての情報を伝えるために。

 その理由はフィガロと共に戦うことを望んでのこと、()()()()

 

「それで、僕に会いに来たのは一度は拒んだ参加を望んでかな?」

 

「そうじゃないさ」

 

 既に一度、フィガロからの打診をフォルテスラは断っている。

 

 フィガロは集団戦を苦手としている、否、()()()()()()()()()()()()()()

 守るべき者。連携すべき仲間。攻撃してはならない相手。

 それを意識すれば意識するほど、彼の体から自由な動きは失われ、緊張で技は鈍る。

 一般的な集団戦が苦手な戦士の十倍は苦手と言っても過言ではない。

 

 それでもフォルテスラのクレーミルと妻への愛をフィガロは知っている。

 だからこそ苦手極まりない共同戦線すら受け入れ、フォルテスラのために戦おうとしてくれた。

 そして、だからこそフォルテスラは断った。

 素では王国最強の彼が、弱弱しく戦う姿は見たくない。見せたくない。

 そんな個人的感情に加えて、全力の彼に後を託すために。

 

「お前には、俺達が負けた後の仇討ちを頼みたい」

 

 全力を出せぬ彼と共に戦っても、纏めて負けてしまうかもしれない。

 だが、自分達と戦った三頭竜と、全力の彼ならば。

 自分達の犠牲を越え、凶竜をも一人で倒せると信じている。

 

「負けた後のことなんて、後になってから考えればいいのに」

 

「そう言うな。性分だよ」

 

「負ければクレーミルは破壊される。本当に、いいのかい?」

 

「くどい。俺達は全力で戦う。お前もやるなら全力で戦え、フィガロ」

 

「……わかったよ」

 

 フィガロにも分かっている。

 こうなったフォルテスラは、なんと言おうと頷かないだろう。

 功名心や特典武具欲しさ、理性的な判断ではなく、なにより自分(決闘王者)のために言ってくれているのだ。

 無下にはできない。

 ここまで言われては、二流の自分を見せるわけにはいかない。

 決闘王者として、最強として君臨する。

 それがフィガロの誠意であり意地だ。

 

「余計な心配は不要だ。

 どうせするなら、【グローリア】を倒し超級武具を得た俺に倒される心配でもしておけ」

 

「わかった。君の挑戦を待っているよ」

 

 持ちうる全ての情報を伝え、フォルテスラは去っていった。

 

 後ろ姿が消えてもしばらく視線を動かさなかったフィガロだったが、不意に立ち上がる。

 そして虚空に向かい、こう言い放った。

 

「見ているんだろう、()()

 

 

 

「けっこう高レベルの隠蔽道具使ってたんだけど、君は欺けないか」

 

 文字通りに虚空から、トム・キャットが現れた。

 姿を隠していたことを悪びれもせず、いつも通りにゆるやかな雰囲気を纏っている。

 フィガロも隠れていたことの是非を追求することはなく、和やかに話し始める。

 

「いや、正直に言うと感知はできなかったよ。

 トムがそんなにいいアイテムを持っているとも知らなかった。

 単に、君なら居るだろうと思っただけさ」

 

「あー、また鎌かけられたのかー。

 まあいいや。それで、何の用だい?」

 

「分かっているんだろう?」

 

 あくまで和やかに、しかして目には強い意志を宿して。

 トムの横を通り過ぎ、闘技場に向かいながら言う。

 

「スパーリング、付き合ってもらうよ、トム」

 

「……仕方がない。容赦はしないよ?」

 

 (フォルテスラ)想い(全力)に応えるために。

 "決闘王者"フィガロもまた、己の全力を発揮することを決めた。

 それが活きるのか、無駄になるのか。

 誰も未来を知ることはできない。それでも信じることはできる。

 

 

 

 かくして舞台は整った。

 (いくさ)の前に極竜の力の一部が露呈し、対策も練られている。

 本来ならば消滅するはずの火力の温存も成り、急所の位置すら判明済み。

 それでも未だ秘された技能は数多く、そも全て知られたとて容易に倒せないのが<SUBM>。

 

 戦いの末に残るのは、【三極竜 グローリア】か<城塞都市 クレーミル>か。

 人の力は、天の竜に届くのか。

 運命を乗り越えるために必要なものは、一人一人の心の中に。

 




これにて事前の用意が終了。
結構長々とつまらないことを書き連ねてしまった。こういう時修行の足りなさを思い知ります。
次話から戦闘入ります。


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第二話 極竜に挑め

 いやー結構かかってしまった。失敗失敗
 この作品はアニメ化記念作品です(強弁)


 □■<城塞都市クレーミル>周辺

 

 会合より二日が経過し、全ての準備は整った。

 この日のために、バビロニア戦闘団と皇国第二機甲大隊は情報共有・事前訓練を行い、付け焼刃ながら最低限の連携を習得。

 【グローリア】との戦いに限ってはミスは起こらないと言える領域にまで至っていた。

 また、王国騎士団の協力により、特典武具目当ての外部<マスター>は作戦区域より排除済み。

 今回はゆっくりとHPを削っていくつもりはない。

 数だけの存在は邪魔にしかならない。そう判断した結果だ。

 王国一位クランの<月世の会>には作戦に合う能力を持つ者に協力を要請したが、クラン単位での契約以外を拒絶され、その契約内容で交渉が不成立。

 【大賢者】と【天騎士】は【グローリア】の戦闘前の進路変更に備え王都周辺で待機。

 結局戦闘するのは戦闘団と皇国部隊のみとなった。

 

 

 

 

 

 クレーミルからそれなりに離れた平地に陣取り、襲来に備える戦闘団。

 彼らが構える天幕の一つで、二人の人間が語り合っている。

 片方はオーナーの【剣王】フォルテスラ。

 もう片方はサブオーナー、【超付与術師】のシャルカだ。

 彼らの会話は、不安を口にするシャルカをフォルテスラが勇気づけるようなものだった。

 

「我々だけですか。メンバーの大半が集まってくれたとはいえ、<月世の会>の協力が得られなかったのは痛いですね。

 動きを止めるのに適したシジマさんの力があれば心強かったんですが」

 

「あの女狐はがめついからな、交渉決裂も無理はない。

 国も王都から遠いこのタイミングでは厳しい条件は飲めないだろう。

 事前に練習は重ねてきた。俺達だけでもやってみせるさ」

 

 王国最上位に君臨するクラン同士、関係もないわけではない。

 特に元とはいえ月世の会の戦闘部隊隊長であるシジマのことは、フォルテスラ達も知っている。

 共同戦線を張ることこそほぼなかったが、ことフォルテスラとはとある共通点からそこそこ親しい関係性を築いていた。

 

「シジマさんは()()()()()()()()()()のよしみで協力してもいいと言っていたのですが」

 

「<月世の会>のトップである扶桑月夜に言われては断られてしまうのも無理はないさ」

 

「普段あれだけ『メンバーの意思を尊重する』と言ってる割に、こういうところでは厳しいんですよね」

 

「奴も特典武具は欲しいだろうし、シジマさんはかなりの戦力だ。

 奴らが戦う際、シジマさんがデスペナ中となるのは避けたいだろう」

 

 月世の会にも彼らなりの事情がある。

 多少の縁で無理強いするわけにもいかない。

 欲しい助力ではあったが、なければないで他に方策を練ればいいだけだ。

 そして戦いが決まってからこれまで、彼らは十分に考えてきた。

 

「アタシたちなら大丈夫! 勝って、堂々とあいつらに宣言してやればいいよ!

 王国で本当に一番のクランは<バビロニア戦闘団>だってさ!」

 

 フォルテスラの左手の紋章が輝き、一人の少女が出現した。

 彼女の名前はネイリング。

 フォルテスラの<エンブリオ>、人にして武器(TYPE:メイデンwithエルダーアームズ)の元気っ娘である。

 

「そうだな。俺達が勝って、特典武具を見せつけてやるか」

 

「欲をかかなければ手に入れられたかもしれない、とでも付け加えておきましょう」

 

「それはやめておけ、奴に恨まれるのは面倒だ」

 

 心底嫌そうに、フォルテスラが顔を歪める。

 そんな彼を見て、二人は笑いをこらえきれずふき出した。

 

 明るい、都合の良い未来予想図。

 必ずしも、未来が良いものとは限らないのは承知の上。

 敗北の可能性の高さはこの場にいる誰もが知っている。

 それでも笑い、きっと届くと理想の未来を語る。

 口に出すことで、思いを誓いへと変えるために。

 

 戦闘団のホームタウン、都市クレーミルを守りきる。

 此処で【三極竜 グローリア】を倒し、悲劇を未然に食い止める。

 【薬師】として最後まで街に残り、動けない重病人の治療を続けているフォルテスラの妻、エーリカを殺させない。

 この場にいる三人を含め、バビロニア戦闘団全員の想いは一つだ。

 そのためになら、三日経てば復活する程度の自分達(マスター)の命など惜しくはない。

 

「通信が来ました。【グローリア】の到達まであと二時間です」

 

「よし。そろそろ戦闘用意を始め、天幕をたたむよう通達を出せ。

 万が一到達が早まるようなら放棄しろ。武装の確認が先、天幕は後だ」

 

「了解」

 

 メンバーの報告を受け、フォルテスラが指示を出し、戦闘団は動き始める。

 侵攻を待っていたそれまでから、逆に打って出るために。

 

 

 

 

 

「覚悟は良いな!」

 

 二キロ先、堂々と進み続ける【グローリア】を睨み、フォルテスラは最後の確認を始めた。

 既に先行した偵察班により、レベル500が即死結界の境界なのは確定している。

 死亡(デスペナ)も厭わず足を踏み入れた彼らのお陰で、メンバーは安心して踏み込める。

 問答無用の即死を乗り越えたとしても、竜の攻撃で死ぬ可能性は依然高いが、それでも、今更そんなことを恐れる者はいない。

 

「500に満たない者は回復役・強化役、或いはその護衛として構え、結界外で待機。

 竜の移動により運悪く結界内に踏み込むことが無いよう、注意は欠かすな!」

 

『はい!』

 

「踏み込んだが体力が減った者、消費が激しい者は適宜結界外で待機している者達に接近。

 スキルが届く距離のギリギリで回復、終わったらすぐに奴の攪乱に戻れ!」

 

『了解!』

 

「遠距離部隊は結界外から先制攻撃、効けばそのまま援護を続けろ!

 効かなかった場合は俺達が結界の首を落とすまでしばらく離れて待機。いいな!」

 

『応!』

 

「よし。先制攻撃…………開始!!」

 

 開戦の合図と同時に、【グローリア】に氷刃と矢弾の群れが襲いかかった。

 <エンブリオ>の秘奥、必殺スキルも混じったその集中砲火が、頭部を狙い降り注ぐ。

 <UBM>であろうとHPを残すことは不可能に思える火力を前に、しかし【グローリア】のHPはピクリとも動かない。

 

「HP減少は皆無です! 衝撃も見受けられません!」

 

 観測担当のメンバーの報告を受け、団に動揺が走るも、一瞬で収まった。

 この状況は覚悟していた。故に二の矢も構えてある。

 

「俺が先陣を切る、ついてこい!」

 

 フォルテスラが超音速で走り出し、結界の境界を越えた。

 当然何も起きず、その勢いのまま【グローリア】の足元にまで走り込む。

 そしてそのまま、長剣へと変じたネイリングを構え、攻撃スキルを繰り出した。

 

「《アイシクル・カット》」

 

 冷気と共に敵を切り裂く剣士系統の攻撃スキル。

 威力より切断能力に長けたその一撃を受け、【グローリア】の黄金の鱗が断ち切られた。

 薄く血が流れ、ごくわずかな傷を負う【グローリア】。

 間違いなく、()()()()()()()()

 

「"通った"。釈天!」

 

「わかってるっての、《サンダー・ボルト》!」

 

 釈天と呼ばれた男が呼応し、雷を纏う矢が飛び、別の鱗を刺し貫く。

 【グローリア】の巨体に対してはわずかだが、確かに肉に突き刺さっていた。

 これで"確認"は終了だ。心置きなく、"戦闘"に移れる。

 

「氷・雷、斬撃・刺突、近距離・遠距離。どの属性も通った。

 結界内攻撃で間違いない! 狼煙を上げろ!」

 

 フォルテスラの言葉と共に、緑、紫、赤の煙が打ち上げられる。

 意味は"有効攻撃アリ""結界外攻撃複数属性無効""結界内攻撃複数属性有効"。

 すなわち、"予想通り"ということだ。

 

 散開したメンバーが竜の100m超の巨体を囲み、全身に攻撃を加える。

 竜も巨体を(よじ)って抵抗するが、その速度は亜音速が精々。

 シャルカのバフで音速近くから超音速にまで強化された面々は、一撃も喰らわずに回避する。

 

 【グローリア】のサイズは長い首と尻尾を除いてすら100mを超える。

 そんな竜からすれば2mにも満たない人間は、人にとっての虫に等しい。

 サイズ比で言えば、大きくてオオスズメバチ程度であろうか。

 攻撃を当てるのは難しく、しかし相手はこちらを害する武器を持っている状況。

 反撃を加えられた【グローリア】は、たまらず二つの武器を使おうと動き出す。

 そう、その背の翼と、一番右の頭部からのブレス(吐息)を。

 

「【グローリア】の一本角、発光を始めました!

 同時に口を開き始めています!」

 

「想定内だ。釈天!」

 

「人使いが荒いっての! 喰らえや《天雷の滅塵弓(インドラ)》ぁ!!」

 

 先程と同属性、しかし圧倒的に威力が違う稲妻の一矢が、三頭竜の口内に吸い込まれる。

 他のメンバーのスキルを使った足止めが功を奏し、着弾と同時に爆発。

 たまらず【グローリア】は口を閉じ、飛び立とうとしていた動きを一時止める。

 

「シャルカ!」

 

「行け、ラフム!」

 

 動きを止めた【グローリア】めがけ、【グローリア】の何分の一かというサイズの人型が迫る。

 フォルテスラの釈天への指示と同時、シャルカの紋章より排出されていた泥の巨人。

 竜は尾を振り回して攻撃するも、流動する泥にそんなものは通用しない。

 形を崩しながらも接近するラフムに、たまらず【グローリア】は再び翼を羽ばたかせ、空への回避を試みる。

 だがそこまでは、読んでいた。

 

「ライザー!!」

 

『《悪を蹴散らす嵐の男(ヘルモーズ)》―――《ライザーキック》』

 

 【グローリア】の知覚を越えた超音速の蹴撃が、"一本角"を叩き落す。

 熱血漢なライザーには珍しい、奇襲のために静かに放たれた一撃。

 真上から撃ち下ろされた首と頭部は半ばまで泥に埋もれ、口も綺麗に閉じている。

 千載一遇の好機を逃さず、シャルカとラフムもまた切り札を切る。

 

「《硬軟の大守護者(ラフム)》!」

 

 必殺スキルの使用により、泥の巨人はその体を圧縮・硬化した。

 口枷のように頭部の一部を覆ったラフムにより、"一本角"の顎部は封じ込められる。

 神話級金属以上の硬度となった拘束具は、【グローリア】のSTR(筋力)でも壊れない。

 目や鼻を潰すようにも覆っているため、口からのブレスはどこからも吐き出せない状態だ。

 

 その後もメンバーが中距離でうろつき攻撃を誘うも、他に飛び道具を使う気配はない。

 ひとまずこれにて"遠距離攻撃を封殺する"というオーダーの一つは完遂された。

 必殺スキル三連発で<SUBM>のスキル:首一つを見事に封じ込める快挙。

 第六形態<エンブリオ>の連携は、十二分に強力ということだ。

 

 遠距離攻撃を封じられた【グローリア】は空からの攻撃を諦めた。

 この敵は、今後も飛ぶ瞬間の隙を突いて叩き落しにくるだろう。

 そうなればさらに大きい、命に関わるような隙を作ることにもつながる。

 ブレスによる空からの一方的な攻撃が叶わない以上、隙を押してまで飛ぶ理由はなかった。

 敵を倒すために、今まで以上に前のめりに、自身の四体、否()()で直接倒しにかかる。

 

『予想の一つが当たったか』

 

『竜で遠距離攻撃って言ったらブレスは定番だもんね!』

 

 竜の苛烈な攻撃を凌ぎながら、念話で発せられた安堵の呟きに、ネイリングが言葉を繋ぐ。

 一口に遠距離攻撃と言っても、大きく分けて二種類に分けられる。

 肉体を起点とするものと、肉体と一切関係なく使えるものとだ。

 後者の場合、防ぐ術は数少ない。能力を司る(コア)を破壊するしかなかっただろう。

 しかし前者ならば、その部位を破壊、或いは封じ込めばそれで事足りる。

 手、足、翼、角、そして口。どの部位であっても、封じる策は練っていた。

 

 

 

 敵の攻撃手段を絞った今、対極竜戦は次の段階に移行する。

 それはすなわち、トムとの約束。

 『可能な限り早く尻尾を破壊する』こと。

 これでようやく、フォルテスラは約束を果たすために動ける。

 

「行くぞ、極竜!」

 

 単騎にて、フォルテスラが【グローリア】に向かい突撃する。

 <超級>に至らない準<超級>(格下)の攻撃に、余裕を持って尻尾で迎撃する竜。

 全身のバネをフルで使った鞭の様な一撃をフォルテスラは躱し、しかし剣は尾に激突し、砕け散る。

 武器を失ったフォルテスラは、しかし柄を握ったまま笑う。

 

「ここからだ―――《超克を果たす者(ネイリング)》!」

 

 瞬間、必殺スキルの宣言と共に、刀身が光によって再構成される。

 より鋭く、より強靭に。輝きに満ちた刃へと。

 

「《オーヴァー・エッジ》」

 

 新たなスキルを加え、二mとない刀身をその十倍近くまで延長する。

 尾の付け根辺りを狙い、()()()()()()()()()()()()()

 

 うっすらと血を流させることが限界だった竜の防御力を、明らかに無視した斬撃。

 竜もたまらず叫び声をあげ、驚きを示す。

 これこそが《超克を果たす者(ネイリング)》の効果だ。

 

 刀身の強化はあくまで副次効果。

 その本質は、"敵の凌駕"にある。

 ネイリングを破壊した敵の攻撃力を自身の防御力に、防御力を自身の攻撃力に、

 AGI(速度)を自身のAGIに加算する。

 これにより、フォルテスラの攻撃は敵に防御出来ず、敵の物理攻撃の威力を無効化。

 速度も敵より速いため、逃げ出しても必ず追いつく。

 "凌駕剣"と呼ばれた男の切り札であり、強者殺しの特化技能。

 

 それは此度も有効に作用していたが、それだけで勝てるとは思っていない。

 それに約束もまだ果たされたとは言い難い。

 『微塵に切り刻む』のが本来の条件だったのだから。

 

「ライザー!!」

 

『《ライザァァーーーキィィッック》!!!』

 

 先程叫べなかった鬱憤を晴らすように大声で、ライザーが蹴りを放つ。

 その対象は斬られ宙に浮いていた尻尾。

 蹴り飛ばされた尾は、剣を突き刺したフォルテスラを連れ、竜頭の傍にまで一息で移動した。

 

(射程内の首は"二本角"か、悪くない)

 

 三頭竜の頭のうち、未だ能力が謎に包まれている"二本角"と"三本角"。

 結界を張る能力を持つのは戦闘開始から眼を開いている左の"二本角"か、戦闘開始からピクリとも動かない中央の"三本角"か。

 どちらとも言えないが、直感的に二本目が怪しいとフォルテスラは睨んでいた。

 まだ驚きから立ち直っていない段階の攻撃を、尻尾だけで済ませるつもりは毛頭ない。

 

「ここで、纏めて切り刻む!」

 

 光の刃を更に拡張し、尻尾の上で構える。

 放たれるは超級職、【剣王】の奥義にしてフォルテスラの持つ最強の攻撃スキル。

 音の十倍での連続斬撃により周囲全てを斬断する超剣技。

 

「―――《ソード・アヴァランチ》!!」

 

 強化されたAGIは飛行中の物体を走り回ることさえ可能にする。

 尻尾の上を走りながら足元の肉を先から根本まで乱切りに刻み、その過程で延長した刃が他の首にも深い傷を付ける。

 体力と気力(SP)を激しく消費する連撃は、確かに尻尾(第四頭部)を破壊し、【グローリア】の長い首に深い切り傷を負わせてみせた。

 ただし狙いの"二本角"ではなく、斬撃に文字通り()()()()()()()()()"()()()"()

 

「なんだと!?」

 

 驚くフォルテスラを、【グローリア】は嘲笑う。

 口からブレスが吐けないのなら、喉を割いて放出すればいい。

 それだけのことだと言わんばかりに、【グローリア】は首に空いた風穴から光のブレスを放出し、辺り一帯を薙ぎ払う。

 

「総員、散開して後退!!」

 

 咄嗟の指示を待つまでもなく、全員瞬時に【グローリア】から離れている。

 だが足場を破壊し空中に浮くフォルテスラは、逃走が間に合わない。

 

 フォルテスラの視界は極光に包まれ、体は光の中に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 ボロボロになったフォルテスラに、声を掛ける女性がいた。

 彼の妻であるエーリカだ。しかし、少しだけ若く見える。

 すぐに返事を返そうとするも、思うように体が動かない。

 しばしの時間待つと、体が勝手に返事を返した。

 

「ああ。君は……」

 

「す、すぐに薬を作ります! 任せてください! わたし、これでも【薬師】の見習いですから!」

 

 その言葉を聞き、思い出す。

 これは彼と彼女の最初の記憶。

 この世界に誕生(ログイン)した彼が、偶然見知らぬ女性が野狼に襲われるのを目にした時のこと。

 とっさに庇ったはいいものの、なんのジョブにもついていない弱い体で戦った結果、撃退は出来たが満身創痍になっていた。

 そんな彼を、一生懸命手持ちの薬で癒そうとしてくれた彼女を見て、彼のゲーム(第二の生)は始まったのだ。

 

 そう、これは走馬灯。

 フォルテスラが死ぬ寸前、脳がなんとか過去の記憶を呼び覚まし、致命を回避する方策を探っているのにほかならない。

 ゲームでなにを、と思うことなかれ。

 世界派にしてメイデンのマスターにとって、この世界での死は、体感としては現実の死とそう変わらない。

 

 記憶は進む。

 ジョブに就き、初めてパーティを組んだとき。

 全員が初心者だったから、リアルでスポーツをやっていたフォルテスラが一番活躍した。

 完全ダイブ型VRゲームなんてそんなものだ。

 頼まれたので仲間の動きも指導して、少しはまともにパーティ戦闘が出来た。

 勝った祝いに、酒場で安酒を皆で飲んで、【宿酔】(ふつかよい)で苦しんで。

 

(懐かしいな、それが今じゃ王国第二位のクランとは)

 

 たった一度、パーティを組んでみるだけのつもりだったのに。

 シャルカ、釈天、ライザー、RA-KAN、冷也。今じゃ皆、大事な仲間だ。

 

 初めて<UBM>に挑んだとき。

 隊商を村まで送る依頼をこなした後、姉が<UBM>に攫われたと言い張る男の子に会った。

 本当に<UBM>がいるとは思わなかったが、捜索してみたら森で偶然遭遇した。

 ライザーがヒーローとしては見捨てられないと言い出して、勝てるわけないと言った冷也を押し切って、難易度:八のクエストに挑んだ。

 結局全員もれなく満身創痍、装備もほとんどが壊れたが、なんとか勝てた。

 

(振り返っても、奇跡としか言いようがない勝利だった)

 

 最後の決め手は、エーリカがくれた薬だったか。

 あれで僅かに体力を回復させてなければ、最後の一撃を放てなかっただろう。

 

 初めてクランでクエストをこなしたとき。

 パーティの6人でも大変だったのに、その四倍以上の数を指揮する必要があった。

 なんとかクエストは成功したものの、それ以降は作戦を事前に練ってから戦うことになった。

 最前線で戦闘しながら指揮なんて簡単にできるもんじゃない。

 パターンを構築してからはだいぶ楽になったが、それでも全力で戦う時は一人の方が楽だ。

 でも、皆で戦うのは楽しかった。

 一人では倒せない敵でも、パーティでなら勝利できる。

 パーティではこなせないクエストも、クランでなら成功した。

 

 いろんな考え方のメンバーがいて、それぞれに役割を分担して。

 別々の個性を持つ者が、一つの場所に集まり、同じ方向を向いて共に戦う。

 だからクランの名前を<バビロニア戦闘団>にしたのだ。

 

(『バビロニアでは多様な民族が、都市ごとに共通性を持っていたそうです。

  我々のクランも多くのメンバーを抱える予定ですし、ちょうどいいんじゃないですか?

  クレーミルという都市に皆が愛着を持って、そのために戦えるようなクランが一番です』

  さて、そう言ったのは誰だったかな)

 

 フォルテスラの感慨を置き去りに、記憶の再生は進み続ける。

 

 初めて……プロポーズをしたとき。

 

「俺は<マスター>だ。定期的にあっちに戻る必要がある。

 <マスター>とティアンでは、おそらく子供もできないだろう。

 いつか急に、こっちに来れなくなるかもしれない」

 

「はい」

 

 生真面目にも自分との関係を持つことの欠点を挙げていくフォルテスラ(自分)

 そうすることしか誠意の示し方が分からなかった。

 でも、そんな不器用な彼からエーリカは目をそらさずに、真摯に耳を傾けてくれていて。

 その姿に勇気をもらって、フォルテスラは告白の続きを伝えられたのだ。

 

「きっと俺が想像しているより、ずっと多くの困難があると思う。

 それでも俺は、君との未来を選びたい。

 君と一緒に多くの思い出を築いていきたい。

 どうかこの願いを聞き届けてくれないだろうか」

 

「バカですね」

 

「むっ」

 

 鼻白むフォルテスラに、笑いかけるエーリカ。

 微笑む彼女の目の端に、うっすらと涙が浮かんでいた。

 

「最初から、そんなの全部わかってます。

 もっと他に、言うべきことがあるんじゃないですか?」

 

「……ああ、そうか」

 

 大事なセリフを忘れていたことに、フォルテスラはようやく気付いた。

 まだ言っていなかった言葉がある。

 情けない自分が嫌になるけど、彼女の前ではせめて格好つけたい。

 胸を張って、顎を引いて。姿勢を正して、口にした。

 

「愛している、エーリカ。俺と結婚してくれ」

 

「……はい、喜んで」 

 

 

 

 そして最後に、決戦に挑む前の記憶が流れ出す。

 ネイリングにも外してもらい、夫婦二人で語り合った時のこと。

 

「人はいつか、必ず別れの時が来るものです。

 それが望んだものであれ、望まぬものであれ」

 

 【薬師】として生きるということ。

 それは、人の死に目に立ち会うということでもある。

 末期にたった一人で死んでいく人。

 一生の悔いを最期に解消して亡くなった人。

 大家族に囲まれて、眠るように息を引き取った人。

 いろんな人の死にざまを見てきた。

 だからこそ、彼女は思う。

 

「わたしは最後の一瞬まで自分らしく生きると決めました。

 そしてわたしは【薬師】です。

 この街から動けない人達のためにも離れるわけにはいきません」

 

 妻は、自分を避難させようとした夫の言葉をはねのけた。

 

「今回の戦いは負けるかもしれない、じゃない。

 負ける可能性が高いから言ってるんだ。

 ……君がここで死ぬより、長生きした方が救える患者の数は多い。

 【薬師】として生きるなら、より人を救える方を選ぶべきじゃないのか」

 

 フォルテスラは妻に生きていて欲しいという願いから言葉を紡ぐ。

 エーリカは自身の覚悟から、そして夫への信頼からその願いを拒絶する。

 二人はどこまでも平行線で、たいてい夫が折れる形で話はまとまる。

 だが今回、フォルテスラはかなり粘っていた。

 トムから【グローリア】の情報を聞き、その強さを類推したからだろうか。

 少なくとも、本来の聞かなかった場合よりは頑張っている。

 

「頼む。俺は君に生きていて欲しいんだ。

 たとえホームタウンが失われても、君がいればまたやりなおせる。

 クランオーナーとして不甲斐ないことを言ってるのはわかっている。それでも俺は……」

 

 フォルテスラからすれば、妻エーリカの存在は全てと言っていい。

 実際には妻が失われても、クランメンバーも、王国第二位の闘士という地位も消えはしない。

 しかしその全てと妻を天秤にかければ、悩んだ末に妻を選ぶだろう。

 それほどまでに、フォルテスラはエーリカを愛していた。

 

「信じられませんか、自分が」

 

「ああ。未来ならともかく、現在の俺にそこまでの力はない。

 <超級>のフィガロどころか準<超級>のトムにも勝てていないんだ。

 その<超級>が束になってかかるべき<SUBM>相手に、信じるなんてできるものか」

 

 正直な内心を吐露するフォルテスラを、エーリカは聖母の如く見つめている。

 そしてよほどフォルテスラが不安に思えたのか。

 彼の不安を消すために、予想外のことを言い出した。

 

「じゃあ、クランを、メンバーを信じてみたらどうですか?」

 

「メンバーを……?」

 

 バビロニア戦闘団に、一対一でフォルテスラ以上の者は存在しない。

 無論普段なら信頼できる強さと連携能力はあるが、それでも<SUBM>相手には心もとない。

 一見思いつきで適当なことを言っているようにも思えるが、自分の妻がそんな人間じゃないことはフォルテスラが一番知っている。

 

「確かに彼らは圧倒的な力を持ちません。連携込みでも月世の会には及ばないかもしれません。

 それでも彼らは、あなたが思うよりずっと()()と思いますよ?」

 

「そう、だろうか」

 

「ええ。だってあなたの仲間なんですから」

 

 【グローリア】ほどの強敵相手に、彼らの強さが通じるのか。

 通じるかもしれないし、通じないかもしれない。

 その確率は十回に一回か、百回に一回か。

 だが、妻がそこまで言うなら信じてみようと彼は思った。

 

「わたしは誰より、あなたのことを信じています。

 あなた自身も、あなたの仲間も。

 あなたが揺らがなければ、きっと奇跡だって起こせますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして視界は元に戻る。

 光のブレスが輝き、放射されている。

 口ではなく喉から発射されているからか、拡散しているブレスは本来のものより少し薄い。

 それでもフォルテスラを蒸発させるにはまばたき二回分の時間があれば十分だ。

 

(揺らぐな、か)

 

 その一瞬で過去を想起したフォルテスラは決意を固める。

 決して揺らがず、勝利を信じて戦うと。

 

 空中で足場を失ったフォルテスラに、死ぬ(デスペナ)前にできる行動は無い。

 決意では奇跡を起こせない。

 奇跡を起こすのに必要なものは覚悟だ。

 そう、たとえば―――"大事なものの喪失を怖れず、より大切なものを守る覚悟"。

 この戦場には丁度、そんな覚悟(強さ)を持つ者が一人いる。

 

『【ヴァルカン・エア】フルブースト―――《ライザァキィィック》!!』

 

 自身の装甲型エンブリオ(ヒーロースーツ)の上に更に強化装備を纏い、マスクド・ライザーは天を翔ける。

 超音速のその先へ。超加速したライザーは光の中へ突入する。

 フォルテスラが蒸発するより一呼吸速く、()()()()()()()()()()()()

 そのまま足に引っ掛けて突き進み、瞬時にブレスを脱出した。

 

『大丈夫ですか、オーナー』

 

 【グローリア】の首を狙うより、位置関係的に近いが故の味方への特攻。

 事前に使っていた《超克を果たす者》により、フォルテスラの防御力が自身の攻撃力を上回っているのを理解しての一撃。

 とはいえそれでも味方に攻撃するのは並大抵の覚悟ではできない。

 仲間への攻撃。自らの死。

 一瞬でも迷っていたら間に合わなかっただろう。

 救助を見事に成功させたのは、まさに覚悟の強さと言うほか無い。

 しかも、本来ならある迷いはもう一つあった。

 

「お前こそ大丈夫か、その装備は壊れれば修復が効かないだろう」

 

『大丈夫です』

 

 人生初のMVP特典素材で出来た鎧。

 それがライザーの【ヴァルカン・エア】だ。

 通常の特典武具と違い、完全に壊れてしまえば戻らないその鎧を着て光の中に突入する。

 誰でも迷いが生じるはずのことだ。

 それでも、仲間を守るため、クレーミルに住む彼の鎧を作ってくれた職人達を守るため。

 "壊れるものだからこそ良い"と誓った自分自身を、ライザーは決して裏切らなかった。

 

「そうだ、シャルカは無事か?

 あいつは後衛、この攻撃を避けられるほどのAGIはないはずだ」

 

 結界内戦闘者唯一の後衛にしてバッファーを失えば、勝率は大きく下がる。

 マスターが死ぬことでラフムが消えれば、【グローリア】の口も解放されるだろう。

 

『ちょっと前から俺のヘルモーズのバイク部分を渡してます。

 必殺スキルのクールタイム中ですし、今はサブオーナーの機動力を確保した方が良いかなと』

 

「そうか、助かった。……あいつバイクの運転できたか?」

 

『ラフムで姿勢制御して、ひたすらアクセルふかしてるようです』

 

 ちょうどその瞬間、【グローリア】から離れてしばしの休憩をとる二人の間に走り込んできた。

 口枷からラフムを少量回収し、タイヤに絡めて摩擦の減少と衝撃の緩和を同時に行っている。

 肉体にも付け、空気抵抗の減少と体の固定もすませていた。

 

「とっさの思いつきにしては出来が良いな」

 

『前から興味があったみたいで』

 

「とーまーれーなーいー!!」

 

『あ、ブレーキの使い方教え忘れました』

 

「まあいいだろう。なんとか最低限の制御は出来ているようだ」

 

 全速力のトップギアで結界内を回っているシャルカ。

 絶叫マシーンにでも乗っているかのようなありさまだが、こころなしか楽しそうにも見える。

 通信アイテムでなるべく離れているよう告げ、放置することにした。

 

「喉からのブレスの詳細は?」

 

『威力は若干落ちますが、十分な熱量はあります。

 神話級金属を投げ込んだところ、数秒かかりましたが完全に溶けました。

 どうも射程が落ちているようなのが救いですね』

 

 今は他の面々が全力で抑え込んでいるが、じき限界が来るだろう。

 抑えきれなくなる前に首を落とす必要がある。

 フォルテスラを警戒している今の【グローリア】の首を落とすのは難題だが、それしかない。

 それは【グローリア】もわかっていた。

 

「おい、誰か止めろ!?」

 

「あいつ、また空に!」

 

 ライザーが全力を使った休息中(クールタイム)に空へ飛んだ。

 他のメンバーの妨害も、ブレスの牽制で弱め、傷を厭わず羽ばたくのを止めない。

 フォルテスラも止めようと走り出すが、目の前をブレスが横切り、動きを妨げる。

 

「くっ」

 

 間に合わない。

 この状況で飛ばれては、最も危惧した"空中からの遠距離攻撃"が実現してしまう。

 射程が落ちた分、矢が当たらないほどの長距離ではないが、それでも近接攻撃は届かない。

 敗北は確定する。

 バビロニア戦闘団に、この瞬間に打てる手はもうない。

 

 だから、この危機を打開するのは彼らではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その数秒前、結界の外部五百m程の地点にて。

 

「まだ戦いは続いているようです。準備はできておられますか」

 

「加速させ過ぎ、とは言えませんね。君の乱暴な運転もたまには役に立つものです」

 

 空中を走る機械に相乗りする二人の男がいた。

 

 戦闘団が上げた狼煙は非常に高くたなびいた。

 王都からでも見えるほどに。

 故にこれは運命ではなく必然だ。

 

「【雷霆】、全速!」

 

「演算と軌道はこちらで補助します。【黄金之雷霆】よ、どうか存分に」

 

『任せよ』

 

 躊躇うことなく、二人と一騎は結界内に突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天に座す三頭竜が嗤い、見守る騎士団が悲嘆の声を上げ、戦闘団が諦めかける。

 フォルテスラは諦めない。

 

「まだだ!」

 

 奇跡を起こしてでも現状を打破する、そんな彼の想いは実らない。

 だってもう、奇跡は起っているのだ。誰にも見えない【グローリア】の背後で。

 

「《セレスティアル・ブレイク》!!!」

 

「――《恒星(フィックスド・スター)》、"二連:開放"」

 

 空に浮かぶ三極竜のさらに上から、黄金の光が飛来した。

 

 天使のように美しい剣閃が竜の翼を切り落とす。

 バランスを崩した竜に、星の如く輝く二発の炎球が直撃する。

 鱗を燃やし肉を焼き、収束した熱量を開放することで熱風を生み、再び竜を地に叩き落とした。

 

「"()()()()()()"だと? おいおいありゃまさか」

 

「じゃあ後ろに乗ってるのはもしかして……!」

 

「王都から駆け付けたってのか。まだ戦闘開始から数分しか経ってないんだぞ!?」

 

 この世界に、黄金で出来た機械の馬といえば一つしか存在しない。

 【黄金之雷霆(ゴルド・サンダー)】。王国の至宝にして現王国騎士団長の愛馬。

 王族を除き、その背に跨ることを許されているのは王国広しといえども僅か二人。

 

「【天騎士】、【大賢者】、来てくれたのか……」

 

 王国最高の魔術師、【大賢者】。

 王国最強の騎士、【天騎士】ラングレイ。

 王国ティアン最強の二人が今、戦場に参入した。

 

「<バビロニア戦闘団>の諸君、ここまでよく戦ってくれた!」

 

「君達の奮闘のお陰で我々は間に合いました」

 

「諸君らは十分戦った。だがあえて聞こう、『まだ戦う力は残っているか』と!」

 

 王国の象徴二人の言葉に、呆気に取られていた戦闘団が呼応する。

 歯を食いしばり、武器を握り締め、天すら揺らすほどの雄叫びを上げる。

 

 その応えに満足した二人はフォルテスラの傍にまで降りてきた。

 最後まで諦めなかった男を見つめ強く頷く。

 

「フォルテスラ君、君の言ったとおりです」

 

「そう、まだだ。我々(王国)はこんなところで終わらない。―――勝つぞ!」

 

「はい!」

 

 新たな役者が加わり、戦場は熱気と激しさを増す。

 人の輝きが強くなればなるほど、三極竜は全力で暴威を振るうだろう。

 勝敗の天秤は未だ怪物に傾いたまま、しかし激しく揺れ動いていた。

 




 これにて集められるだけの戦力がこの戦場に集まりました
 さーてここからが本番ですよー


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第三話 超克を果たす者

 □■戦場:クレーミル及び周辺

 

 <SUBM>は単純に<超級>複数人分のスペックを保有する。

 【グローリア】ならば<超級>四人分と等しいスキルを持っていると言っていい。

 光撃・即死・強化・復活。復活の尻尾(バックアップ)を落としても、その危険度にはいささかの翳りもない。

 

 だが、抗う術はある。

 

 ブレスは口を封じることで脅威度を引き下げた。

 喉からのブレスは結界外には届かず、一瞬入るだけならかろうじて耐えられる。

 即死結界は元々500レベル以上には効果がない。

 HP減少比例強化の存在は知られていないが、コアを直接破壊すれば最小限の強化で済む。

 

 勝ち目はある。

 

 超級職が四人揃った。

 【剣王】【天騎士】【大賢者】【超付与術師】。前衛二人、後衛二人とバランスも良い。

 【剣王】フォルテスラと【超付与術師】シャルカは<エンブリオ>持ち。並の超級職より強い。

 【天騎士】ラングレイはティアン前衛として屈指であり、【大賢者】は先代の"魔法最強"。

 バビロニア戦闘団の500カンストした猛者も十人以上。

 結界外で待機している回復・支援役は百を超える。

 <超級>三人分とはいかないが、二人分くらいの力はあるだろう。

 

 勝機はある。

 

 【グローリア】のステータスは高い。

 最も高いHPは、コアの破壊に徹すれば気にしなくていい数値だが、それを差し引いても十二分。

 STR、ENDは初期値で四万以上五万未満。特化型超級職のそれをも上回る。

 AGIのみは管理AI(運営)からの制限込みで一万に届かないが、制限を外せばSTRやENDと同等にまではね上がる。

 だが逆に考えれば、制限を外すまでは亜音速のままということ。

 巨体とはいえ亜音速なら回避は容易だ。

 

 超克を果たしその力を上乗せしたフォルテスラの前では竜の防御力も機能しない。

 HP減少強化が十全には働いていないからだ。

 数に頼らずHPを減らすことに固執せず、動きを止めることを優先した。

 上乗せされる力は剣破壊時のもの。その後上昇した分は加算されないが、それで十分。

 今はまだフォルテスラの元々の攻撃力と合わせて十分破壊できる防御である。

 

 後は即死と結界外からの防御を司る"二本角"を破壊すればいいだけ。

 絶対の防御を失った三極竜は、四㎞先から皇国部隊が放つ【超重砲弾】を喰らい死ぬ。

 

「ふむ、あの"二本角"が即死の首である可能性が高い、と」

 

「はい。"三本角"が目を閉じたまま使っているとも考えましたが、今奴は目を薄く開いています。

 これまでは能力を発揮していなかったと考えるのが自然かと」

 

「なるほど。《看破》してみましたが、どうもステータスが徐々に上がっているようです。

 こちらが"三本角"の能力と見るべきですね」

 

「条件は時間経過か、HPの低下か。或いは他の何かでしょうか」

 

「さて、それはなんとも。ですが早々に勝負を決めた方が良さそうです」

 

「分かりました。俺が突っ込むので、お二方にはフォローお願いします」

 

「おっと、その前に私が強化しておきましょう。補助魔法も心得ていますから」

 

「ありがとうございます。じゃあ強化を受けてから―――」

 

 しかけましょう、と言いかけ、フォルテスラは言葉を止めた。

 ずっと視界の端にあった【グローリア】の"一本角"と、()()()()()

 圧倒的な殺意と絶対的な悪寒がフォルテスラの全身を包み、身を震わせる。

 ふと、彼は気付く。

 "一本角"の有する三つの目が全てこちらを向き、三人をそれぞれ睨んでいることに。

 【大賢者】と【天騎士】の二人も同種の感覚を覚えたのか、緊張が一段増している。

 

「【大賢者】様、可能な限り早くお願いします」

 

「ええ、私も感じます。()()()()()()

 

 更なる強化を受け、フォルテスラとラングレイの力は超級職でも最上位のものにまで上がった。

 準備は万全、しかし不安はまったく拭えない。

 首の能力も全てが判明し、御膳立ては整ったはず。そう信じるも、悪寒は消えない。

 

「……行きます」

 

 不安が心に重く溜まろうと、倒すためには行動あるのみ。

 フォルテスラが踏み込み、戦闘団メンバーが竜の動きを止める。

 【大賢者】の魔法は的確に、妨害・攻撃・補助と作用する。

 極竜が攻撃を無視して【大賢者】を狙うも、【天騎士】の巧みな馬術の前に触れることすら許されない。

 

 魔法への対処を諦めた魔竜はひたすらにフォルテスラを狙う。

 最も警戒すべきであり、命に届く攻撃を放てる存在。

 【大賢者】も全力の一撃ならば届くかもしれないが、その場合詠唱が必要となる。

 剣を振るうだけで良いフォルテスラの方が今の危険度は高い。

 

 妨害すら無視して振るわれるブレスに対し、フォルテスラは回避に専念する。

 ネイリングで防御力を上げたとはいえ、物理攻撃でない極光を防ぎ切る力はない。

 一瞬だけ耐えても、一度踏み込んだフォルテスラを範囲から逃すほど大魔竜は甘くない。

 文字通り光速のブレスを避け続けるも、攻撃に使う余裕は失われていく。

 必殺スキルの効果が消えるのが早いか、フォルテスラが回避できずに当たるのが早いか。

 少なくとも、どちらも【グローリア】のHPが尽きるよりは早い。

 【グローリア】が勝利を確信した瞬間、"一本角"の上に乗る存在を感じた。

 

「!?」

 

 結界で全方位を把握できても、その全てに意識を割くことはできない。

 フォルテスラと【大賢者】に集中したため生まれた意識の死角。

 静かに佇み両手を合わせる人影は己の必殺スキルを切った。

 

「《千手羅漢激震拳(センジュカンノンボサツ)》」

 

 文字通り、千の拳が"二本角"に降り注ぐ。

 大破壊力の超連撃が頭部を穿ち、コアを破壊し、結界が消える。

 あとは全力で動きを止め、皇国部隊に託すのみ。

 

 

 

 そんな未来を、誰もが一瞬幻視した。

 

 

 

「なん……だと……?」

 

 【グローリア】の纏った光が、人影の二本の足と千の拳を蒸発させた。

 残った肉体も溶けて消え、光の粒となる前にこの世から消滅する。

 輝く三極竜は()()()で動き、驚きの表情で見つめる戦闘団の面々をその五体で壊滅せしめた。

 

「なんだ、アレは!?」

 

 最も強化されているが故に辛うじて生き延びたフォルテスラは、光を纏った巨竜を見上げる。

 

 驚くのも壊滅するのも無理はない。

 これこそが運営にすら隠された三極竜の秘奥が一つ。

 "一本角"が編み出した絶対の切り札。

 ブレスを鱗に纏い、神話級金属さえ融解させる熱量で物理攻撃を遮断、光で物理以外の攻撃も超弱体化させる無敵の剣。

 《極竜光牙剣(ファング・オブ・グローリア)》である。

 

 だが、これは本当に最後の切り札。

 制限されたAGIの解放と併せ、三本の首全てを破壊される可能性を悟らなければ使わない技だ。

 【超重砲弾】を知らない【グローリア】がその可能性を悟るはずもない。

 

 或いは、レベルで判定する即死能力を持つ"二本角"ならば。

 【大賢者】の1500を越える圧倒的なレベルも察知できる。

 とはいえそれを含めても、最悪の危機というには程遠い。

 

 だから、極竜にその決断をさせたのはもっと根本的な理由。

 尻尾(第四頭部)、すなわち復活能力(バックアップ)を壊されたからだ。

 

 

 

 何を隠そう、戦闘団とティアン二人(挑戦者達)が考えているほど【グローリア】に心理的余裕はなかった。

 

 復活は【グローリア】の生命線だ。

 どんなに戦っても、バックアップがあれば完全回復して復活できる。

 ゲームでボス戦の前にセーブをしておけば安心できるようなもの。

 では、逆にセーブが出来なくなれば。

 多少の傷すら避けたくなり、敗北がこれまで以上に恐ろしくなるもの。

 それは<SUBM>をして逃れられない恐怖となる。

 

 あとのことを考えれば伏せておきたい切り札。

 ここで切った以上、今後の戦いは【グローリア】にとって厳しいことになるだろう。

 しかしこと今回の戦いに関しては別。

 特化超級職以上の超音速と絶対防御により、既に超級職の三人以外は殲滅した。

 結界外に逃げたことで【超付与術師】は仕留めそこない、口の封印は外せていないが、そんなことは問題にもならない。

 

 

 

 されど、希望はまだ消えてはいない。

 

『フォルテスラ君、聞こえますか』

 

「【大賢者】、無事だったのか」

 

 突然脳内に声が響く。

 驚き思わずこれまで使っていた敬語を外し問いかけたフォルテスラ。

 【大賢者】も構うことなく念話を続ける。

 

『ええ、なんとか《電磁縮地(レイル・ジャンプ)》でかわし切れました。

 今は結界外の空に逃れ存在を隠蔽しています』

 

 天を仰ぐも、その姿はまったく見えない。

 竜も同じように上空を警戒しているのが見て取れた。

 

『手短に行きましょう。私はこの状況を打開する術を持っています』

 

「……それは本当か!?」

 

『ええ。私の《イマジナリー・メテオ》なら光の上から攻撃を加えることも可能です』

 

 《イマジナリー・メテオ》。

 【大賢者】の奥義と知られるオリジナル魔法スキル。

 三百m超の隕石を生み出し、地上に叩きつける極大魔法。

 かつ、生物のみに影響を与え、ダメージを与える存在を選択できる都合の良さもある。

 間違いなく世界屈指の攻撃スキルだ。

 

 《極竜光牙剣》に対してこれ以上ないほどの相性を持つ攻撃手段。

 仮に高熱に溶かされても、一瞬でそれほどの質量を蒸発させるのは不可能。

 そもそも生物にしか影響を及ぼさないため熱には干渉されず直撃する。

 天敵である光も、上から叩き潰せるほどの威力と質量。

 

『ですが、難点が一つ』

 

「先制と逃走ですね」

 

『話が早くて助かります』

 

 魔法を使うには術式を編む時間がかかる。

 スキルとして登録した魔法でも、大魔法には《詠唱》時間が必要なもの。

 《イマジナリー・メテオ》ほどの魔法となれば【大賢者】でも一定の手間と時間を要する。

 《詠唱》中に存在の隠蔽を続けるのは難しく、隠蔽をとけば狙われるのは間違いない。

 

 そして彼らにとって最悪なのが、場所を知られ、その上で無視された場合。

 超音速を越えた【グローリア】は一秒で一㎞を踏破し、五秒もあればクレーミルまで辿り着く。

 街を破壊するのには十秒とかからず、《詠唱》終了前に射程外に逃げられてしまう。

 "敵からの逃亡"は管理AIによって禁じられているが、"王都に向かう"命令がある以上、距離を離し逃げたようにも見える【大賢者】を追う必要はない。

 それを防ぐためには、"一定以下の狙えなくもない距離"で攻撃を誘い、かつ誰かが足止めをするしかない。

 

『【グローリア】を倒すには最低でも()()()()()は必要でしょう。

 連発にすれば遥かに時間は縮まりますが、強化がこれ以上進むのは危険だ。

 極限まで時間を短縮しますが、並行して構築するため欲しい時間は、"三分"です』

 

「三分、ですか。わかりました」

 

 三分。

 この超音速域において、あまりにも長い時間。

 三分もあればマッハ一でも六十㎞は移動でき、極竜の速度はその四倍以上。

 クレーミルを数十回破壊してなおあまりある。

 それでも、勝つためには最低限必要な条件。

 やるしかない。

 

『最悪我々だけでもなんとか凌いでみせる。可能な限り長い足止め、そう思ってくれれば充分だ』

 

 厳しい条件にフォルテスラが打ちのめされないよう、【天騎士】がフォローを入れる。

 速度差を考えれば現実的ではない提案であったが、その優しさは伝わった。

 気合を入れ直し、勝負に挑む意を決する。

 

 

 

「うぬぼれるなよ、邪悪な竜」

 

 【大賢者】が隠蔽をとき、《詠唱》を開始する。

 低空に留まっている【黄金之雷霆】を目掛け進む三極竜の前に、フォルテスラは立ちはだかる。

 

「俺の最後の力が枯れるまで、たとえこの剣が折れようと」

 

 全長二百mの巨竜と、身長二mとない人。

 盾となる存在はなく、光鎧を喰らえばひとたまりもない。

 蟻が象に挑むかのような無謀。

 握った決意以外に彼が竜に勝っているものはなく、しかしその目は未だ輝きを保っている。

 

「俺の大切な人達を、俺の世界を守るため」

 

 彼の後ろにあるのは、勝利のための希望(【大賢者】)生きるための希望(クレーミル)

 どちらも大切なものであり、彼にとっての"世界"に必要なもの。

 故に彼は、荷が重くても、可能性が極小でも、絶対に下がらない。

 

「ここからは一歩も通さない。勝負だ【三極竜 グローリア】(<SUBM>)!」

 

 たった一人のクレーミル絶対防衛線。

 限界に挑む、絶望的な戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今頃彼らは戦っている頃かねぇ」

 

 クレーミルにある病院。

 フォルテスラの妻エーリカが勤めるそこでは話し声が響いていた。

 もはやこの街に住民はほとんどいない。<SUBM>の襲来とともに避難したのだから。

 今残っているのは動けない人々。

 病気の都合や本人の主義で街をどうしても離れられない人々のみだ。

 

「大丈夫かな、<SUBM>ってすっごく強いんでしょ?」

 

 呼吸器の疾患により、結界を張っている病院の外に出られない少年が心配そうに呟いた。

 

「きっと大丈夫よ。<バビロニア戦闘団>はすっごく強いんだから」

 

 エーリカは少年に笑いかけ、努めて不安を取り除こうとする。

 今病院にいるのはエーリカを含めて数人程度。

 最低限の人数を残し、【医師】や【薬師】も避難していた。

 エーリカのように強く残ることを主張した者もいたが、院長が最低限以上は残さないと命じ避難させた。

 その院長は今病院で最も重体の患者達の面倒を見ている。

 

「今からでも、エーリカちゃんは逃げた方が良いんじゃないかい」

 

「わしらのことは気にせんでもええ、元々病院のみなさんがいなければとっくに死んでた命じゃ」

 

「大丈夫ですよ、きっとフォルテスラさんたちなら大丈夫」

 

 病院でも一際熱心に患者に寄り添ってきたエーリカは皆から好かれている。

 先輩が残るなら、と残ろうとした後輩もいた。

 俺が代わる、といった先輩もいた。

 その全てを振り切って、エーリカは最後まで残っている。

 

 それは、何も職務への意志だけが理由ではない。

 フォルテスラ達への信頼、患者への愛情、そして胸に灯る希望だ。

 そう、希望。<SUBM>相手でも、彼女は希望を確かに持っている。

 戦力を理解していないのはあるだろう。

 凶竜の隠している技も、今の戦況も彼女は知らない。

 だが、知っていたとしても、きっと彼女の希望は消えない。

 

「昔、フォルテスラさんたちが<UBM>に挑んだときのことです」

 

 それはフォルテスラ達が初めて伝説級の<UBM>に挑んだときのこと。

 まだ超級職ではなかった彼らは圧倒的に格上の相手と闘い、なんとか勝利を勝ち取った。

 

 その戦いの前、エーリカはフォルテスラに言った。

 逃げた方が良い、なんとかやり過ごした方が良いと。

 結局その制止を振り切って戦闘に行ってしまったが、エーリカは不安の中にいた。

 そんなとき、変な着ぐるみの変な語尾の人に遭遇した。

 たまたま街を訪れたという彼は、挙動不審な彼女を見て、親身に話を聞いてくれた。

 その時に言われた言葉が、今も心に残っている。

 

『どうして敗北の可能性が高いのに挑むのか、か。そいつはちょっと方向が違うな。

 勝つ可能性が低くとも挑むのか、と考えた方がわかりやすいクマー』

 

 どちらも同じではないのか、とエーリカが聞くと、彼は優しく教えてくれた。

 

『負けて何かを失うかも、じゃない。勝って何かを得るために戦うんだ。

 勝った先に得るものが大きければ大きいほど、危険を冒してでも挑む価値がある』

 

 なるほど、と彼女は思った。

 きっとこの人もフォルテスラさんと同様、勝利の先にあるもののために戦う人なのだろうと。

 でも、それを理解したからと言って彼女の不安が消えるわけではない。

 唸っている彼女を見て、彼は一つの質問を投げかけた。

 

『そいつ、諦めが悪いか?』

 

 絶対諦めない人です、と答えると、にこやかに笑って言った。

 

『なら大丈夫だろ』

 

 適当過ぎやしないかと思ったが、彼の口振りは真剣だ。

 大真面目に、そんなことを言っている。

 

『可能性はいつだって、人の意思と共にある。

 極僅かな、ゼロが幾つも並んだ小数点の彼方であろうと、必ずある。

 未来を掴むことそのものを諦めなければ、可能性が消えることはない。

 そいつが諦めず、未来を望んで選択する限り、たとえ小数点の彼方でも可能性は消えない』

 

「思考を止めず、勝利のために足掻き続ければ、きっと勝機は掴み取れる」

 

 そんなことを言われたのだと、彼女は語って話を終えた。

 

「だから私も、あの人が勝つ理由の一つになりたいんです」

 

 彼女の存在が最後まで諦めない理由になればと。

 街の存在が敗北の理由になる可能性もないわけじゃない。

 街を庇うため無理をして、本来なら勝利できるところを逃すこともありうる。

 それでも、敗北の可能性を減らすのではなく、勝利の可能性を増やすために。

 

「最後まで"勝つ"ことを諦めなければ、きっとあの人は大丈夫」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【グローリア】とフォルテスラの戦いは、意外にもまともに成立していた。

 

 それをもたらしたのはやはり《超克を果たす者》だ。

 三極竜の防御力を上回る攻撃力で、フォルテスラは執拗に急所を狙う。

 刀身を延長し、頭部コアを狙われれば、極竜とて回避するほかない。

 剣が光で構成されているため、熱に強いことも功を奏した。

 強化を重ねたAGIは竜にさえ追随可能。

 先手をひたすら取ることで、なんとか勝負は成り立っている。

 

 だが、それも長くは続かない。

 竜のAGIがフォルテスラのそれを上回っていることもまた事実。

 そして、竜の攻撃を防ぐことができないのも、事実だった。

 

「チッ」

 

 竜の四肢による攻撃が身を掠め、触れた皮膚を融かしていく。

 《炎熱耐性》などを付与する装備を身に着けても、生中な耐性は役に立たない。

 戦闘が始まってすぐにそれを身をもって思い知り、既に装備は回復系や補正を優先している。

 竜の纏う光が熱を内部へ完璧に留め、周囲へ熱を伝えないものだから多少はマシだが、焼かれた部位から伝わる熱は確かに彼を傷付けていく。

 剣で受けるにも、剣の耐久性自体はそこまで高くない以上、折れる可能性を否定できない。

 

 手近に来た"三本角"を狙って剣を振るい、回避されても切り返して"一本角"を狙い、それもかわされ繰り出される反撃の両腕を身を投げ出して避けてみせる。

 体の下に入った敵を殺そうとした足踏み(スタンピング)を転がりながらかわし、再び身の下から出たところをブレスで狙われる。

 身の自由がきかない状態でも剣を伸ばすことで高跳びのようにかわしてその勢いで反撃。

 懸命な一撃を、竜は長い首を曲げるだけで容易に無効化し、身を(よじ)らせ傷からの光線を放つ。

 人数が少なかったが故に傷口も少なく、新たに使っている傷口からのブレスの本数は少ない。

 それでも何本かが空中のフォルテスラを通る軌道で迫りくる。

 

「舐めるな!」

 

 《瞬間装着》を発動し、装備したのは《空中跳躍》用の靴。

 落下の軌道を変え地上に降り立ち、休むことなくまた走り出した。

 

 竜が迎撃に使える手段は四通り。

 両腕での攻撃。体の下に入った瞬間のみ使える足での踏み潰し。

 全身からのブレスと、"一本角"の喉元からのブレス。

 首は切られることを恐れて使えず、最大の威力を誇る尻尾は既に切り落とされている。

 手段がここまで限定されているからこそフォルテスラは戦えている。

 

 また、体格差による死角の多さで竜は効率的な攻撃が出来ていない。

 特に背後に回れば切られた尻尾の傷からのブレス以外は使えない。

 ここで小休止を挟み、空を踏み空中から首を狙いに行くのが基本パターン。

 斬撃に斬撃を重ね、《ソード・アヴァランチ》でさえ移動と時間稼ぎのために連発している。

 その尽くを回避されながらも、あらゆる方法で首を狙いに行く。

 まるで倒すための全力だが、実際には時間を稼ぐためのものでしかない。

 もはや全力の殺意を込めなければ時間稼ぎにもならないのだ。

 

 戦闘再開から、ここまでで一分半。

 半分を折り返し、フォルテスラのSP、MPも底が見えてきた。

 僅かな隙を作って薬を飲み回復、戦闘を続けてはいるが、このペースでは後半持つかどうか。

 

(だが出し惜しむ余裕も先を考える余裕もない)

 

 全力で限界以上の動きをし、その上で勝負は互角から動かない。

 限界を越えた分の無茶と疲労は積み重なり、それを無視するのにまた無理をする。

 限界ギリギリを超過した頑張り、それでもピンチは連続して訪れる。

 

 残り一分を切った時、フォルテスラの全身に傷がない場所は無かった。

 

「―――ッ! まだだ!」

 

 全身が火傷に覆われ、動きが僅かに遅くなっている。

 左手は指が溶け落ち、ブレスに巻き込まれ両足の先端は欠けている。

 目の前で熱された空気を吸ったことで肺は(ただ)れた。

 それでも右手一本で剣を握り、フォルテスラは諦めず戦い続ける。

 

 回復薬を飲み、体が癒える前から大地を蹴る。

 首のみを狙う余裕も消えた。敵の足を斬り肉を断ち、動きの邪魔をしなければ戦えない。

 それにより竜の強化が進んでいくが、この一瞬を凌ぐのが先だ。

 右と見せかけて左に飛び、誘った竜の左腕の内側をくぐり、喉元への牽制を振るって体を起こさせ胴体をくぐる。

 半ばまで入って後ろに飛んで右腕をかわし、空を跳んで首に迫り致命の一撃を放った。

 

「こ、れ、でぇ!」

 

 殺す気で放たれた斬撃を、竜はブレスを当てることで空気を熱し起こした強風を当てて曲げる。

 長大化されている剣は僅かな軌道変化で大きく逸れ、首を逃した。

 フォルテスラの大技を、【グローリア】の小技が防ぐ。

 体躯に反した攻防は、ここまで幾度となく繰り返されてきた光景である。

 

 そして<SUBM>の反撃が始まる。

 全力の斬撃をかわされ無防備なフォルテスラを喉からのブレスが襲う。

 角度を変えるだけで放てる光線は全力の回避を要求し、次の攻撃を躱す余裕を奪う。

 

 下に跳んだフォルテスラを待っていたのは両腕の二連撃。

 左腕を融け切るより速く押し付けることで一本目をやり過ごす。

 感覚を研ぎ澄ませるため痛覚はオフにしていない。

 纏っているのが痛みを感じる前に融けるほどの高熱なのは不幸中の幸いだった。

 

 腕を犠牲に体勢を整え、正面から二本目を迎え撃つ。

 折れる危険を承知で、細心の注意を払って剣で上に受け流し、立ち位置を調整し竜の腕を盾としブレスを受ける。

 腕を傘のようにして迫るフォルテスラを察知し、腕を下に振るう【グローリア】だが一拍遅い。

 タイミングを合わせ腕の下から跳躍、脇をすり抜け背後に回って大地に降りる。

 尾の痕から放たれる極太のブレスは地に伏せれば当たらない。

 ここまでが攻防のワンセットだ。

 

(左腕が肘まで溶け落ち、それを犠牲に稼げた時間は数秒か)

 

 値千金の時間とはいえ気の遠くなる話だ。

 残りの時間を稼ぐまでにいくつの部位が焼け落ちるか。

 痛みと欠損は動きを悪くするが、痛み止めを飲んで我慢する。

 痛覚以外は可能な限り残る特殊な一品。便利な代物だが、これで在庫は尽きた。

 

(よし、これでいい。エーリカ作の薬は相変わらずよく効く)

 

『団長、あと二回も受け流したらたぶんアタシ折れると思う』

 

『……そうか、わかった。十分だ』

 

 ネイリングからの念話による申告を受け、これからの戦術を修正する。

 一度の攻防を終えれば【グローリア】もフォルテスラも一瞬の小休止に入る。

 数秒とないこの時間に考えを纏め、再びの攻防に挑んでいく。

 二度、三度と繰り返すうち、フォルテスラの精神の糸も肉体も擦り減り削れる。

 逆に【グローリア】は致命傷を受けなければ延々と強化される。

 地味に大きなこの差をなんとか気合で埋めるも、そんなものが長く続くはずもない。

 残り時間が三十五秒を切った時点で、フォルテスラは追いつめられていた。

 

「がっ、まだ、まだだ……!」

 

 左腕は肩から消え、脇も大きく削れている。

 足も火傷と傷が酷いが、《超克を果たす者》で上がったAGIはどんな状況でも機能はする。

 竜の攻撃が高熱を纏っているため、傷口が焼け出血こそないが、削れた分の血は消耗している。

 痛み止めも激しい傷に効果を使い切り、痛みがぶり返してきた。

 おそらく次が正真正銘最後の攻防になる。

 飲めるだけの薬、かけられるだけの薬を摂取し、見下ろす極竜に挑みかかった。

 

 【グローリア】からすれば、もはや勝負は決まっている。

 付けられた傷により"三本角"の《起死回生》、肉体強化はだいぶ進んだ。

 "三本角"が破壊されないように気を配っていれば敗北はあり得ない。

 目の前の存在を殺し、空の【大賢者】を戦場から排除し、クレーミルを破壊する。

 【大賢者】の《詠唱》終了前に全てを遂行できるだろう。

 準<超級>の身で尻尾を破壊し、ここまで足掻いた者に回復薬の服用を許す程度の余裕はある。

 全力で殺してやる。その思いを込め、最後の攻防は始まった。

 

 

 

 上昇したAGIと巨体を活かし、【グローリア】は突撃する。

 ENDが高まった結果フォルテスラでも一振りで切り裂くのは難しい肉体で叩き潰しにかかった。

 AGI型超級職でも躱せない速度と耐久型超級職でも耐えられない威力を両立する重撃。

 

「《ソード・アヴァランチ》!」

 

 フォルテスラは腕の振りに合わせ体を動かすことで超超音速連撃を移動に使う。

 巨体の左側に回り込み《オーヴァー・エッジ》で斬撃拡張。

 三極竜の"二本角"頭部を狙って斬撃が飛来する。

 

 対する【グローリア】はこの攻撃にはもう慣れている。

 "一本角"の喉ブレスを、斬撃を放つ本人を狙い照射した。

 長い首を少し曲げるだけで光速のブレスが飛来し、フォルテスラを襲う。

 斬撃が届くよりもブレスが届く方が早い。

 やむなくフォルテスラは奥義を中断し横に大きく跳躍。

 足を掠らせながらも最大の攻撃を避けきった。

 

 【グローリア】の猛攻が続く。

 次手は全身からのブレスの乱打だ。

 位置もタイミングも見慣れた光撃を、フォルテスラは難なく躱す。

 傷口は小さく、ブレスも細い。人が一人通る程度の隙間は無限にある。

 速度で上を行かれようとも最適化された動きは竜の攻撃を上回る。

 より巧みに、より正確に。少し前の自分を越えるのは得意分野だ。

 傷付いた肉体で、今までで一番のパフォーマンスを発揮する。

 まるで、燃え尽きる寸前の蝋燭のように、死に際のフォルテスラは輝いていた。

 

 空中を跳躍し、狙うのは"首の根本"。

 高い頭まで行き、頭蓋骨を破壊し、内部のコアを潰すのは今のフォルテスラには難しい。

 だが、長い首を根本から切り分ければ。

 最低でも動きは取れなくなり、【大賢者】を狙うことも不可能になる。

 フォルテスラの体が持てば、落ちてきた頭部の破壊も可能かもしれない。

 

 ここまでひたすら頭部だけを狙っていたからこそ利く変化球。

 【グローリア】を認め、その強さを信じてこの一瞬のために全てを布石と変えた。

 ただ強いだけの存在が、この技を看破できるはずはない。

 

(三本纏めて―――待て、何だ?)

 

 振りかぶった瞬間に、()()()()

 

 

 

 首の付け根、既にブレスの噴射口と化していた真新しい傷口が見える。

 この瞬間まで閉じていた口が開きかけ、光が僅かに漏れている。

 

 それを視認したフォルテスラの反応は早かった。

 全力で空を踏み、速度(AGI)筋力(STR)を尽くして離脱する。

 放たれたブレスが鼻先をかすめた。

 

(何故気付かれた、こんな小細工を、何故!?)

 

 理由は一つ。

 【三極竜 グローリア】の、【剣王】フォルテスラへの警戒。

 なによりも先に尻尾を落とし、<SUBM>を前に単独で時間を稼いでみせた。

 何度となく命に迫ったその男の強さを、極竜でさえも認めざるを得なかった。

 格下を見下し、適当に対応する【グローリア】でさえも。

 

 行動を予測し、"この敵であれば何を狙うか"から対策を練る。

 根本への攻撃を読み、フォルテスラが背後に回って見えていない時に傷を()()()()()()

 その上で、傷が発射口へと転じてもしばらくは閉じ、不意打つことすら選択した。

 或いは【グローリア】にここまで手を尽くさせたのはフォルテスラが唯一無二かもしれない。

 その称賛すべき事実は、しかし今この時はマイナスにしか働かない。

 

 ブレスを避けたフォルテスラを、【グローリア】の腕が薙ぎ払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おれは、どうなった……?)

 

 一時の【気絶】から脱し、フォルテスラは目を覚ました。

 目の前は真っ暗で、全身の感覚もない。

 思考はぼんやりとしていたが、少しずつ正常に動き始めた。

 

(そうだ、【グローリア】の攻撃を喰らったんだ。

 直撃は【ブローチ】で耐えたが大地に叩きつけられ、意識を失った)

 

 致死ダメージを無効化する【ブローチ】が機能し、腕の薙ぎ払いでは死ななかった。

 しかしそのまま吹き飛ばされ、地に落ちた時のダメージで【気絶】したのだろう。

 思考は高いAGIの恩恵で加速されているため、直撃から何秒経ったのかはわからない。

 だが防御力はかなり上がっている。気絶時間はそう長くないはずだ。

 そこまでは理解できたが、やはり体の感覚は戻らない。

 【気絶】時に意識が送られる空間とは勝手が違う。現実に戻っているのは間違いない。

 何故だ、と考えて、フォルテスラはすぐに気が付いた。

 

(もう、力が尽きたのか)

 

 視界が暗いのも当然だった。

 体の感覚も、瞼を上げる力も残っていないのだ。

 最後の力は、とっくの昔に枯れはてていた。

 

(駄目だったか。だが希望は託せた)

 

 残った時間は三十秒もないだろう。

 【黄金之雷霆】と【天騎士】ならば【大賢者】を守りきれるかもしれない。

 ……守り切れない可能性は高かったが、信じるしかない。

 フォルテスラはもう戦えないのだ。

 

(俺にはもう、信じることしかできない。

 【グローリア】は俺にトドメを刺すかどうか。力尽きたと判断して殺さない可能性もある。

 どちらにせよ、この戦闘中の復帰は無理か)

 

 よしんば奇跡的に立ち上がれたとしても、もう抗う手段はないだろう。

 極竜はフォルテスラに脅威を感じている。

 この状況で立ち上がれば、これまで以上に警戒する。

 必要とあらば自傷してでも百%勝てる域にまでステータスを上げるだろう。

 それならまだ、【天騎士】達だけで挑んだ方が勝機があるかもしれない。

 

(俺の戦いは終わった。剣を置いて、眠るとしよう)

 

 剣を手放し、力を抜き、勝負を諦めても試合を諦めずに終わる。

 そうしようとしたところで。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……? 何故手を離さない。もう何もできないんだぞ?

 いや待て、()()()()()()()()()()()()()

 

 今のフォルテスラに全身の感覚は無いのだ。

 右手に込めている力はおろか、剣を握っていることさえ気付くはずもない。

 

 それは心が剣を握ることをやめなかったことを意味している。

 彼にとって"この状況でも剣を手放さない自分"は考えるまでもなく当たり前のことだった。

 だから意識がなくとも、感覚が消えても、手と心は剣を手放していなかったのだ。

 

(俺はまだ足掻くつもりなのか)

 

 最後の力が枯れ、全力を尽くし、希望を託せたとしても。

 その手で剣を握り戦うことを決して辞めない。

 

(俺は"勝ちたい"のか)

 

 己を自覚したフォルテスラの脳裏に、戦いの前に交わした言葉が想起される。

 

 

 

『それでも。剣折れても立ち上がる君が、此度も勝利することを願っている』

 

 【グローリア】の性能を完全に理解し、それでも勝利を願ってくれた先達。

 

『わかった。君の挑戦を待っているよ』

 

 フォルテスラの意地に付き合い、信じて待つことを選択してくれた好敵手(ライバル)

 

『アタシたちなら大丈夫! 勝って、堂々とあいつらに宣言してやればいいよ!

 王国で本当に一番のクランは<バビロニア戦闘団>だってさ!』

 

 脅威を実感しながらも勝利を謳い、励ましてくれた半身(エンブリオ)

 

『大丈夫ですか、オーナー』

 

 破壊(ロスト)の危険を冒してでも、身を挺し庇ってくれた仲間。

 

『わたしは誰より、あなたのことを信じています』

 

 そして、最愛の妻。

 

『あなたが揺らがなければ、きっと奇跡だって起こせますよ』

 

 

 

 勝ちたい。

 負けたくないのではなく、失いたくないのではなく、勝ちたい。

 自分を信じてくれた者達に胸を張れるように。

 愛する者達の笑顔があふれる未来。そんな願いを自らの手で叶えるために。

 

 こんなところで、終われるものか。

 

 消えたはずの気力が胸から溢れてくる。

 全身に力がみなぎり、剣を握る手の感覚も戻る。

 ボロボロの体を剣を杖にして立ち上がると、目の前にはまだ竜がいた。

 

 彼が思っていたより時間は経っていなかったのだろう。

 信じられないように彼を見る極竜を見上げ、宣言する。

 己の存在を、意地を、自己規定を。

 

「例え剣折れ力尽きても、諦めず超えてみせる」

 

「それが俺だ」

 

 彼こそが、王国決闘ランキング三位、クランランキング二位。

 <バビロニア戦闘団>オーナーにして"決闘王者"フィガロの好敵手。

 

「"凌駕剣"フォルテスラだ!」

 

 

 

 

 

 <エンブリオ>は<マスター>の想いより生まれ、願いを叶えるために存在するもの。

 故に今こそ、フォルテスラの意志に【ネイリング】は応える。

 

 

 

同調者(マスター)生命危機感知】

【同調者生存意思感知】

【<エンブリオ>TYPE:メイデン【超克嬢子 ネイリング】の蓄積経験値――グリーン】

【■■■実行可能】

【■■■起動準備中】

【停止する場合はあと20秒以内に停止操作を行ってください】

【停止しますか? Y/N】

【Yが選択されました】

【■■■による緊急進化プロセス実行の意思を認めます】

【現状蓄積経験より採りうる二四一パターンより現状最適解を算出】

【対象<エンブリオ>:【超克嬢子 ネイリング】に対して■■■による緊急進化を実行します】

 

 

 

 瞬間、掌中のネイリングが粒子と解け、フォルテスラを優しく包み込む。

 周囲を渦巻き揺蕩うその光に圧され、【グローリア】(<SUBM>)が一歩下がった。

 

 

 

「来い―――ネイリング!!!」

 

【■■■――完了しました】

【――Form() 【The Gleam Keen LongSword】】

 

 光が収束し、フォルテスラの手に再び剣として顕現する。

 長剣を握り締め、フォルテスラは不敵に笑ってみせた。

 

 "()()()()"。

 揺るがぬ思い。勝利への渇望。望んだ自分である覚悟。

 希望を信じ限界を超える強い意志が、必然の奇跡を引き寄せる。

 心の中の未来を叶えるため、フォルテスラは進化(真価)を、超克を果たした。

 

 

「『俺達の世界は終わらない、終わらせない!』」

 

 叫ぶ彼らに、グローリアもまた雄叫びで返す。

 

 互いの夢の全てを賭けて。

 最後の戦い(Final War)が今、始まった。

 



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第四話 超越者

 □■戦場

 

 フォルテスラの超級進化。

 リソースを爆発的に増加させたフォルテスラに対し、【グローリア】の対応は速かった。

 喉元からのブレスを吐き、最速の一撃で葬りにかかる。

 

「―――フッ!」

 

 三極竜最強の一撃に、フォルテスラの動きはよどみない。

 肉体の欠損など微塵も感じさせず、完璧に動いてみせる。

 大地を踏みしめ跳躍一番、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 高熱を持つブレスを、いやそもそも光を踏んで走れるわけがない。

 すなわちこれが超級進化によって追加されたスキルの効果。

 どんな地形も踏破し、固体液体気体問わずにその上を無傷で走れる能力。

 何物をも越えて征く意思の具現。

 

「《オーヴァー・ランナー》」

 

 フォルテスラは止まらない。

 瞬く間に光の道を走りきり、そのまま首に着地、右手に持った剣を振るう。

 ネイリングの外見にさほどの変化はない。

 ほんの少し、刃が広く長くなっただけ。

 しかし込められたリソースが格段に上がっていることを、【グローリア】は感知している。

 

 故に、三極竜の対処は迅速だった。

 最小の動作で肉体を傷付け、《起死回生》の効果を強化、その上で全力で体を振る。

 規格外のSTRで振るわれた首に、同様にステータスが上昇しているはずのフォルテスラは留まれない。

 あくまで《オーヴァー・ランナー》の無敵範囲は足限定だ。

 手で掴めなくては体勢を維持できるはずもない。

 あえなく落ち、そこをブレスで狙われる。

 竜のAGIもまた上がっている。避けられない攻撃のはずだった。

 

『《超克を果たす者(ネイリング)》効果正常だよ!』

 

「なら、試してみるか」

 

 空を蹴り、フォルテスラは【グローリア】より速く動く。

 強化されたはずの三極竜を容易く超え、肉体を何度も傷つける。

 同じく上がった防御力を無視し、その斬撃は鱗を断ち骨を割った。

 

 【グローリア】が唸り、全ての能力を駆使してフォルテスラを狙う。

 両腕での連撃、全身のブレス、巨体での体当たり、喉からの光線。

 その全てが、新たにアクティブスキルを使うまでもなく避けられ、流され、あしらわれた。

 

 極竜は驚き訝しむ。

 だがすぐに、進化により強化の度合いが上がったのだと理解する。

 それは事実だ。

 敵より劣るステータスに補正を加える《オーヴァー・チェイサー》のスキルレベルは、第六形態時の6から10に上がった。

 100%の上乗せで、一部のステータスは素の二倍以上に上昇。

 【ネイリング】が剣として持つ装備補正も向上している。

 

 ならば、対処は簡単だ。

 HPが減り続ける現状に対し、既に《起死回生》は発動済み。

 【グローリア】に傷を付ければ付けるほど、そのステータスは上昇していく。

 これまでの戦いで把握した《超克を果たす者》の仕様は"剣を折った時点の敵手の能力の代入"。

 このまま行けば、【グローリア】が最終的には上回る。

 共に相手の攻撃は回避は出来ても防御不能。AGIを上回った方が勝つのが道理。

 すなわち【グローリア】の勝利が決まる。

 

 故に消極的な戦いを続け、コアへの致命傷を避ければこの敵を倒せると。

 先程までの戦いから、【グローリア】はそう看破していた。

 

 だが何故だろう、両者のAGIの差は一向に縮まらない。

 【グローリア】のステータスは順調に上昇している。

 それでも何故か追いつけない。

 

 当然だ。

 今の《超克を果たす者》は、先刻までとは格が違う。

 書き換えられたその効果は、効果時間中、自身を破壊した者の攻撃力を自身の防御力に、防御力を攻撃力に、速度をAGIに加算。

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()もの。

 《起死回生》でいくら【グローリア】が強化しようと、その分フォルテスラも強化される。

 もはや【グローリア】ではフォルテスラには届かない。

 

 《オーヴァー・エッジ》の使用により長さを増した剣が、続けて【グローリア】を切りつける。

 《超克を果たす者》の効果でフォルテスラの攻撃力も速度も【グローリア】を超えた。

 三極竜の攻撃は回避され、フォルテスラの攻撃は回避を許さない。

 この瞬間、フォルテスラは【グローリア】を完全に凌駕していた。

 彼の通り名、"凌駕剣"の名に相応しく。

 

 

 

 それはまさに、"神話の戦い"だった。

 

 巨大な敵に、ちっぽけな人が挑む。

 竜の広範囲高威力な攻撃を人はかわし、手に持つ剣で傷つける。

 巨竜は次第に全身に傷を負い、男は動きのキレを増していく。

 攻撃を一撃でも喰らえば男の命はない。だが、男が負ける姿は想像できない。

 それは必ず勝つことを定められた英雄の如く。

 運命を勝ち取った男と、選別のために造られた竜。

 勝敗は決まりきっていた。

 

 

 

 竜は考える。どうすべきかと。

 "一本角"の光線は強い。だがこの相手には当たらない。

 自傷によりかわせないほど照射口を増やすにしても、隙を突かれコアを破壊されるのが目に見えている。

 最強の鎧たる《極竜光牙剣》も防御としては役に立たない。

 "二本角"の《絶死結界》は現段階では意味がない。しかも最も狙われているのがこの首だ。

 このままでは"二本角"の秘奥を使う前に破壊されるのは目に見えていた。

 "三本角"の《起死回生》も、今のこの男相手では敵に塩を送るようなもの。

 技巧に優れた"四本角"が生きていれば、まだやりようもあっただろうが……最初に殺されているのだからどうしようもない。

 

 完全なメタ。

 フォルテスラはこの【グローリア】に対し極めて高い相性を持っている。

 もはや勝ち目は万分の一もない。

 だが【グローリア】には、諦めるわけにはいかない目的があった。

 

 かつてモンスターとして未熟で、今のような力は持っていなかったころ。

 奇形として生まれた彼は、【天竜王】とその追手に追われ、殺されそうになっていた。

 【天竜王】達は彼を守った両親を殺し、彼もまた殺そうとした。

 

 死の寸前、管理AIを名乗るジャバウォックに助けられ、彼は生き延びることが出来た。

 だが、その恨みは決して消えてはいない。

 両親を殺し、自身を追放した【天竜王 ドラグヘイブン】を滅ぼす。

 そのために管理AIと契約し、改造を耐え、数多のモンスターを殺してきた。

 自身より格上の<イレギュラー>と闘い、死力を尽くして勝利し<SUBM>にまでなった。

 あとは王都に到達し、破壊すればいい。それだけで解放される。

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――!!!

 

 

 

 その瞬間、【グローリア】は諦めた。

 三本の首が揃って生きることを―――諦めた。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 一本角のコアが切り裂かれ、一瞬でステータスが跳ね上がる。

 フォルテスラが予想外の強化に驚き戸惑った隙に、全力で突撃を仕掛ける。

 狙い通りにフォルテスラを吹き飛ばし、そのまま―――()()()()()()()()()()()

 

 脳裏からフォルテスラの存在を消し、『敵は吹き飛ばした』として『敵と戦う』指令を回避。

 フォルテスラに殺される前に、王都へ到達し、命令を解除して【天竜王】を倒す。

 活路はその一点にしかない。

 

 

 

 バックアップ(四本角)の喪失、完全なメタの存在が【グローリア】を追い詰めた。

 窮地は焦りを生み、焦躁は失態を生む。

 そう、フォルテスラ一人に集中し、彼から離れた時点で……敗北は確定していた。

 

 

「《イマジナリー・メテオ》―――()()

 

『エネルギー充填、一二〇%! 【超重砲弾】……発射!!』

 

 

 フォルテスラから一キロ半も離れた時点で、二つの遠距離究極攻撃が飛来する。

 

 一つは結界上空に待機していた【大賢者】から。

 フォルテスラの奮闘で余裕が出来た時間を使って四発同時発射の用意をしていた巨大隕石。

 【グローリア】の速度を踏まえ放たれた四撃は、前後左右から竜を囲い迫る。

 

 一つは結界ギリギリで、500カンストを遂げた者のみで砲台を用意していた皇国の部隊から。

 距離の調節、発射後即撤収の用意を終え決死の覚悟で放たれた砲弾。

 着弾した場所を超重力で圧縮消滅させる幕引きの絶撃。

 

 一撃ですら神話級を完全消滅させる攻撃が、重ねて五つ。

 狙い(あやま)たず着弾し、【グローリア】の姿は……消失した。

 消滅したことは……疑いようがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □■アルター王国・<ノヴェスト峡谷>

 

 王都の北西、クレーミルと王都の直線状に挟まれるように存在する峡谷。

 それがこの土地、<ノヴェスト峡谷>だ。

 幅も長さもキロ単位、深さでさえも数百mはある巨大な谷が無数に存在するため、人はこの谷を通るのを避けてきた。

 それにより周辺地域より強力なモンスターが巣食い、なおのこと近寄られなくなった。

 

 そんな深く大規模な谷の中。

 二本の首が、寄り添うように落ちていた。

 そう、それは【三極竜 グローリア】の"二本角"と"三本角"。

 人々が寄ってたかって倒そうとした存在が、巨大な谷の底にひっそりと隠れている。

 

 何故、王国の超級魔法と皇国の超級兵器に滅ぼされたはずの首が、戦場から遠く離れたこの場所に存在するのか。

 その理由は、竜が攻撃を受ける寸前に巻き戻る。

 極竜を隕石が囲み、超重力で空間ごと圧縮消滅させられる、直前。

 【グローリア】は己に残る首を二つ纏めてもぎ取り、王都に向けて投げつけた。

 

 首の一つを破壊され、神話級から強化されたSTRとAGIによる投擲。

 もがれた首は比較的短くなり、その速度は音の十倍近い。

 結果として誰の目にも止まることなく、こんなところにまで飛んできた。

 

 戦場は遠く、距離は十kmを優に越えている。

 ここまで探しに来るのも、見つけるのも容易ではない。

 しかも念には念を入れ、逃亡直前には《絶死結界》を一時消し、今も展開範囲を半径数mに狭めて使用している。

 近寄るモンスターこそ死ぬが、周囲一帯にはそこまで大きな影響を与えていない。

 即死の効果範囲から【グローリア】の位置を割り出すのは不可能だ。

 射程が十km以上の探知能力など、この世界でも数えるほどしか存在しない。

 探知系の超級職でも一日では見つけられないだろう。

 

 そして一日もあれば、【グローリア】の調子は十全に戻る。

 破壊された"一本角"は戻らないが、それを差し引いてもあまりある性能。

 首以外が根こそぎ破壊された結果、"三本角"と"二本角"の能力はかなり強化されている。

 失ったHPこそそのままだが、既に首からは手足が生え、動けるようにはなった。

 半日はここで休んで完全に肉体を取り戻し、もう半日で移動しつつ王都に向かうことにした。

 

 【グローリア】はフォルテスラを怖れている。

 準<超級>の時点であれだけ粘り、<超級>となった今は最悪の天敵となったのだ。

 苦手意識も危険意識も尋常ではない。

 必殺スキルの効果期間が分からず、その能力の全てがつまびらかになっていない以上、未だ見せていない能力にすらメタを持っているかもしれない。

 極竜は、そのごくわずかな可能性を本気で考慮していた。

 彼との戦いはなるべく避けたい。

 十全な体を取り戻して、ひそかに王都に辿り着き、彼が出てくる前に早々に立ち去る。

 《絶死結界》があれば一瞬で都市の壊滅も可能。勝算はかなり高い。

 

 フォルテスラが極竜に与えた"恐れ"は、強い自負を持つ"三本角"にさえ安全策を取らせるほどのものだった。

 このままでは、クレーミルは救われても、王都は破壊を免れないだろう。

 王国に眠る災厄も、目を覚ましてしまうかもしれない。

 

 

 

 十キロ越えの射程を持つ探知力。

 HPの大半を失い、十万以上にまで上がったステータスに対処する力。

 非戦闘の最高峰と戦闘の最高峰。

 加えてその長い距離を走りきり、逃がさないための速度。

 そんな尋常外が都合よく今ここに揃わない限り、王都の破壊を止める方法はない。

 その全てを揃える都合の良い存在はこの王国には……()()()()

 

 

 

 竜をめがけ、角錐型の突起物が降って来る。

 音速の数倍を超える速度のそれは、もう一端が見えないほどに長い()に繋がれていた。

 

 結界外からの攻撃は"二本角"には効かないが、分かたれたままである今の"三本角"にはその効果は作用しない。

 上がったステータスで対処するも、不意を打たれ受け切れず相当の(ダメージ)を喰らってしまう。

 回避しても曲がって追って来る鎖を破壊しようとするが、その前に鎖は引いていった。

 

 脅威を感じ、全方位を警戒する二体の【グローリア】。

 今の存在はなんだったのか。野良の<UBM>が自分を狩りに来たのか。

 或いは……<マスター>が速くも察知し殺しに来たのか。

 

 結界内の存在を感知することに長けた"二本角"とは違い、"三本角"に気配察知能力は無い。

 だが、その高まったステータスが目の前の存在を見逃すなどありえない。

 そう、ありえるはずもない。

 "己の目の前に立つ男が現れた瞬間を見逃す"ようなことが、あっていいはずもないのだ。

 

「君が【グローリア】か、はじめまして。

 しかし本当に強そうだ。フォルテスラもこれに勝つとは流石だね」

 

 目の前に立つ男。

 レベルは【剣王】よりは多いが、【大賢者】ほどではない。

 装備のリソース量も中々だが、<SUBM>たる【グローリア】には劣る。

 

 隠蔽系能力の使い手か、と竜は推測する。

 竜を欺くほどの隠蔽能力、なるほどたいしたものだ。

 だが、こうして竜の前に姿を現した時点でその全ては無に帰す。

 

 悠然と佇む男の胸の【ブローチ】が割れる音がした。

 "二本角"が《絶死結界》の展開範囲を広げたのだ。

 否、ただの《絶死結界》ではない。"二本角"のHPが超減少した結果、その秘奥は既に明かされている。

 その名は《真・絶死結界》。

 HPの低下とともに《絶死結界》の判定レベルが上がっていく最凶のスキル。

 既に合計レベル1000以上さえ殺せるようになっている即死の法則が男を襲った。

 

 【グローリア】は嗤う。

 【ブローチ】で一瞬耐えようと、その一瞬が過ぎ去れば絶対に死亡する。

 たとえ超音速で動こうと、咄嗟に一つ動作をするのが精々だろう。

 必殺スキルどころかアクティブスキルの一つも発揮できぬまま、死ぬ。

 

 嗤う"三本角"の後ろで爆発音がした。

 振り返ってみると、目の前に居たはずの男がそこにいる。

 そして、そこに居たはずの"二本角"の姿は見えない。

 "二本角"の居た場所には巨大なひび割れが残っている。

 『男が"三本角"の目にも止まらぬ速度で動き、一撃で"二本角"を破壊した』ことに、"三本角"は数秒かかってようやく気付いた。

 

「危ない危ない、即死の判定も上がっていたのかな?

 【ブローチ】を装備していて良かったよ」

 

 恐ろしいと、"三本角"は素直にそう思った。

 両親を殺した【天竜王】よりも。

 これまで見た中でもっともレベルが高かった【大賢者】よりも。

 自身を追い詰め、完全に凌駕された【剣王】よりも。

 投下してから戦った全ての敵を逆の天秤に載せても余るほどに、目の前の男は恐ろしい。

 

 同時に、悟る。

 これは今の自分、最強の自分よりも、圧倒的に強いと。

 攻勢と守勢のスキルを無くしただ身体能力だけが残った己を、真正面から叩き潰せる相手であると。

 HPのほとんどをなくし、自分以外の首を失い、極限まで強化された己でさえ戦いにならないほどの実力差。

 こんな相手は、今までの生涯で一度しか見たことがない。

 

 彼を助けた管理AI。ジャバウォックと名乗った存在。

 正体を<無限(インフィニット)エンブリオ>とするそれと同格かと疑うほどの絶対性。

 だが、それも当然のこと。

 男、【超闘士】フィガロの通り名の一つは、"無限連鎖"。

 同じ"無限"と呼ばれる者なのだから。

 

『GUAHAHA……!』

 

 その体験に、【グローリア】は笑うしかない。

 初めて闘争前に心底恐怖を覚えながら、空笑う。

 こんなに()()()()ことは初めてだ、と。

 

 対するフィガロは静かに微笑んでいる。

 その瞳は【グローリア】を見ているようで見ていない。

 遂に<超級>に達したフォルテスラを、限界を超え極竜に勝利したフォルテスラの姿を幻視し、笑う。

 約束の時の到来を間近に感じ取り、喜びに顔がほころんでいる。

 

 対照的に笑う両雄が向かい合う。

 

 【三極竜 グローリア】、単独首最大戦闘形態(マックス・バトルモード)

 【超闘士】フィガロ、三時間強化状態(フルブースト・ファイトモード)

 

 世界屈指のステータスを持つ怪物(モンスター)と、世界最高のステータスを持つ化物(ニンゲン)

 彼らは笑い合い、動き出し……勝負は一瞬で決した。

 

 

 

 

 

【<SUBM>【三極竜 グローリア】が討伐されました】

【MVPを選出します】

【【フォルテスラ】、【フィガロ】がMVPに選出されました】

【【フィガロ】に【極死竜眼剣 グローリアΩ】を贈与します】

 

「これで、本当に終わりだね」

 

 戦闘を終え【超闘士】フィガロは一息ついた。

 極竜との一戦自体は極短時間で終わったが、それまで三時間以上も戦っていたのだ。

 流石に体に疲労が残っている。

 

「おつかれー」

 

「トム、お疲れ様。今回は助かったよ」

 

「まあねー。正直今回は色々言われそうでこわいよー」

 

「あはは」

 

 笑って誤魔化す。

 運営側の存在であるトムに、討伐への間接的な協力とも言えるスパー相手を頼むのはフィガロとしても少し微妙に思ったが、全力で挑む以上手は抜けない。

 彼がいなければビシュマルなどの他のランカーに頼むつもりだったが、やはり相手としてはトムが最も適している。

 フォルテスラを焚きつけたのだ。少しは協力してくれたっていいだろう。

 

 今回の経緯は、簡単に言えばこうだ。

 

 フォルテスラに『やるなら全力で戦え』と言われたフィガロ。

 というわけで、()()()()()()全力で戦うことにした。

 

 フィガロの持つスキル、《生命の舞踏(ダンス・オブ・アニマ)》の効果は"戦闘時間比例装備強化"。

 "全力"というからにはこのスキルを最大限活かすのは決定事項。

 そのためにまず闘技場に行き、そこで売っている修行用の能力制限具を購入。

 三時間も強化した装備を付けてはトムでも戦いにならなくなる。

 それを防ぐため、制限具を同時に装備することで能力制限も強化して戦闘を続行するためだ。

 

 その後戦闘開始予想時刻から逆算して三時間ほど前から()()()()()()を開始。

 <バビロニア戦闘団>が戦端を開いたあとも、フォルテスラの戦いの様子をトムの分身の一人に実況してもらいつつ戦闘を続けた。

 

 フォルテスラが勝利した時にはスパーを止めたが、直後装備したままの【紅蓮鎖獄の看守(クリムゾンデッドキーパー)】の《自動索敵》が王都側を指し示した。

 【グローリア】の生存を悟り、《射程延長》によってキロ単位で伸ばしながら自動で敵を追わせ、自身は装備を整え単身突撃。

 今に至る、というわけである。

 

「しかし、十全に準備した君がそこまで強いとは……想像以上だったね」

 

「僕も、あそこまで強くなれるとは予想外だったよ。

 スペックの上昇が高すぎて、かえって制御が難しかったぐらいさ」

 

 【グローリア】と接敵した時、即座に倒さず目の前でつっ立っていたのもそれが原因。

 全身に(みなぎ)る力を把握してから動こうとしたが、《真・絶死結界》により【ブローチ】を壊されたので打って出るしかなかった。

 一歩間違えればそのまま岩盤に激突してもおかしくなかったが、そこは直感と反射に定評のあるフィガロ。

 ギリギリで抑え込みなんとか倒したという訳だ。

 

 フィガロとしても、ここまで準備し挑んだことは未だかつてなかった。

 今のフィガロには、そこまで強化しなければ倒せない相手も、そこまで強化されたフィガロに付き合って戦える存在もいない。

 トムとのスパーリングにしても、多数の制限具を強化し続けなければ成立しなかっただろう。

 そこまで気を遣った上でも、何度か加減に失敗して分身を全滅させかけている。

 体を延々と増やせるトムでもなければ、どこかのタイミングで中断されていたかもしれない。

 

 或いは全裸で戦えば強化は一切反映されないが、それはそれで別の意味で相手がいない。

 実際、闘技場への道すがらそれを思いついたフィガロをトムが全力で止めていた。

 

 ともあれ、成すべきことは成し遂げた。

 

「フォルテスラの挑戦、楽しみだな」 

 

 そう笑い、トムと共にギデオンへの帰路についたのであった。

 

 

 

 □戦場跡

 

【<SUBM>【三極竜 グローリア】が討伐されました】

【MVPを選出します】

【【フォルテスラ】、【フィガロ】がMVPに選出されました】

【【フォルテスラ】に【讐譚帰還 グローリアΦ】を贈与します】

 

「あいつめ」

 

『借りができちゃったね!』

 

「すぐに返すさ」

 

 討伐アナウンスを聞き、フォルテスラとネイリングは驚き、すぐに納得した。

 フィガロとフォルテスラとの仲は長い。どうして彼が討伐したのかも、どうやって討伐したのかも、だいたいのことは理解できる。

 

 普通なら『俺を信頼していなかったのか』と思ったかもしれない。

 だがフィガロは少なくとも、フォルテスラ達が生きている時には挑まなかった。

 <バビロニア戦闘団>が壊滅しても、フォルテスラが力尽き倒れても、その姿を現さなかった。

 それを信頼と言わずしてなんと言おうか。

 自分の意地につきあった上で最善の手を考え行動してくれた。

 そのことに対し、フォルテスラが持つのは感謝の念以外無い。

 

 討伐アナウンスが来たことを連絡すると、戦場の皆が集まってきた。

 

「そうか、討伐されたのか。何よりだ」

 

「ひとまず討伐お疲れ様です。<超級>への進化を生で見られるとは思いませんでしたよ」

 

 共に戦った【天騎士】と【大賢者】。

 

「クレーミル、守りきりましたね」

 

「団長! 特典武具獲得、おめでとうございます!」

 

 結界外に退避していたシャルカと、結界外で支援を続けていた戦闘団の面々。

 

「すさまじい戦いでした。貴方がたがいなければ我々は民を守れなかった。ご協力、感謝します」

 

 事前準備と戦域封鎖を実行していた王国騎士団員。

 

 【超重砲弾】を撃った皇国軍第二機甲大隊もやって来る。

 幸いながら離脱が間に合い、死人は出なかったようだ。

 

「王都までお送りしましょう。

 本来は特典武具を手に入れて我々がやるはずだったパレードの代役、お願いしますよ?」

 

 目的の超級武具を手に入れられなかったにもかかわらず、その顔は喜び一色。

 無理はない。あれほどの怪獣を前にすれば、打算など保てるはずもなし。

 化物が無事倒された事への喜び、今はそれ以外は何も考えられない様子だ。

 

 フォルテスラはその申し出を受けようとして……一つ、どうしてもやりたいことを思いついた。

 

「その前に、クレーミルに寄らせてください。見たい顔があるんです」

 

 特典武具を土産にして、愛する妻のもとに帰る。

 なによりも先に、今は彼女の顔が見たかった。

 

 

 

 

 

 アルター王国騎士団員、総数二百十四名。

 <マスター>除くアルター王国参加超級職、二人。

 ドライフ第二機甲大隊、総数三百六十名。

 <マスター>、総数二百五十八名。

 

 クレーミル絶対防衛線―――勝利。

 <城塞都市 クレーミル>―――健在。

 ティアンの死亡者―――ゼロ。

 特典武具獲得者―――二人。

 

 それが、クレーミルでの戦いの結果であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 フォルテスラは、"すべきこと"をした。

 故にこの後の戦いは蛇足にして本懐。

 "やりたかったことをする"決闘である。

 

 さあ今こそ行こう。

 闘技場が、観客が、何よりも親友(ライバル)が君を待っている。

 




 VSグローリア戦、決着
 あとはEXマッチにエピローグで終わりです

 一秒で一%加算とすると、三時間で10800%、初期値の二倍も加えて11000%
 装備を五つに絞れば五倍で550倍
 一つにつき3000程度の上昇があれば165万とか中々狂気ですよね【コル・レオニス】


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EX:MATCH 剣王VS闘技場の王

本日二話目の投稿となります
まだの方は前話からお読みください


 □決闘都市ギデオン・中央闘技場

 

 アルター王国南部に位置する決闘都市、ギデオン。

 この都市には、西方三国で最大規模の闘技場施設が存在する。

 ここ中央闘技場は、それらの施設で最大の闘技場だ。

 

 今日ここで起こるのは、<()()()()>。

 

 つい先日トムを下し、新たに決闘ランキング二位となった【剣王】フォルテスラ。

 決闘ランキング一位、"決闘王者"として君臨する【超闘士】フィガロ。

 

 二人が全力で戦う、ランク戦。

 

 公式試合初の<超級>同士の試合に、闘技場は満員御礼。

 他国から人員輸送系<マスター>に大金を払って駆けつけた者もいるという。

 因縁の二人の勝負がどう転ぶか、開始前から賭けも大盛り上がり。

 胴元のギデオン伯爵のもとには相当な儲けが入るともっぱらの噂だ。

 

『さあ、試合開始十分を切ったァ!』

 

『そろそろ賭けが締め切られます、会場の皆様方は折角の機会、逃すことなく存分に儲けください』

 

『負ける可能性もありますがね!』

 

 会場にはアナウンスが響き渡る。

 <マスター>のアドバイスにより設置された実況と解説役だ。

 観客全般にそれなりに好評を博しており、今回は特典武具を無数に保有するフィガロ、超級武具を得たフォルテスラがいるため、特別に優秀な鑑定能力持ちの解説役を雇ったほど。

 

『オッズはフィガロが1.7倍、フォルテスラが1.6倍とフォルテスラ有利ながら接戦となっております!

 最強のチャンピオンがまさかのオッズ負け、これは如何に!?』

 

『フォルテスラ有利と見られる理由はいくつかあります。

 まず<超級>に進化したばかりでデータがないことがありますね』

 

『しかしフィガロもまた<エンブリオ>の情報は無いのでは!?』

 

『ええ。しかし長年闘ってきたフォルテスラが一切知らないというのは考えにくい。

 そして何より、彼には超級武具があります』

 

 フォルテスラが【グローリア】を倒して得た超級武具。

 他のMVP特典獲得者については『すぐにわかる』と言い明かさなかったそれ。

 トムとの一戦でのみ使用されたそれは、個人戦闘型の大敵たる分身増殖を破るほどの力を持っている。

 

『なるほど、超級武具の分ややフォルテスラが有利と言う訳ですかァ!

 とはいえフィガロも<エンブリオ>を隠したまま闘技場の天辺へ至った猛者。激戦になるのは間違いないでしょう!!』

 

 彼らの話には二つほどの瑕疵がある。

 フィガロは<エンブリオ>を隠し使ってこなかったのではなく、使った上で誰も気づかなかったのだということ。

 体内収納される心臓置換型、そして装備強化能力が【超闘士】の能力と誤解されていることがあり、極一部にしか知られていない事実。

 

 そしてここまで読んできた読者ならば知っている、今は二人しか知らない事実。

 もう一つの超級武具を、誰が持っているのか。

 

 観客の誤解を置き去りに、試合開始時間は刻一刻と近付いていく。

 そして遂に、その時が来た。

 

『会場の皆様ァ! 長らくお待たせいたしましたァ、これより本日のメインイベンツを開始致しまァッすゥ!!』

 

 開始の宣言を聞き、立っていた者が慌てて席に着く。

 会場が静まり返り、両選手の入場を待つ。

 

 

 

『東ィ! 挑戦者、決闘ランキング二位ィ!

 <SUBM>を倒し、【猫神(ザ・リンクス)】トムを破り、破竹の快進撃を続ける新鋭の<超級>にして古参の闘士ィ!

 折れても止まらぬその剣は、今日こそ最強に届くのかァ!!

 "凌駕剣"【剣王(キング・オブ・ソード)】フォルテスラァァァッッ!!』

 

 スポットライトが門を照らし、音楽が流れ出す。

 誰より何より、愛する者を守る。そんな強い希望と愛の歌が。

 濛々とスモークが焚かれる中、フォルテスラが現れた。

 

 その姿にはこれといった変化はない。

 しかし纏う空気は、これまで以上に研ぎ澄まされていた。

 歓声を上げようとしていた観客が一斉に黙るほどに。

 引き締まった顔に瞳は強く、対面の門を睨みつける。

 特典武具を手に入れ、この舞台へと上がった。

 今こそ約束を果たす時だと、フィガロの登場を待つ。

 

 

『西ィ! 防衛者、決闘ランキング一位ィ!

 誰よりも早く闘技場に君臨していた【猫神】を倒し、決闘王者(チャンピオン)の座についた男ォ!

 孤高にして最強、絶対の闘士が、今日も勝利を魅せてくれるのかァ!!

 "無限連鎖"【超闘士(オーヴァー・グラディエーター)】フィガロォォォォッッッ!!』

 

 どれほど傷ついても、己の力を信じて闘う。

 強い闘志を感じさせる曲とともに、フィガロが闘技場に姿を現した。

 登場とともに、大歓声がフィガロを迎える。

 

 こちらは普段と同様に、柔和な雰囲気を纏っていた。

 だが、普段は優し気な微笑みを作る口は……狂気を感じさせるほどの笑みをたたえている。

 彼がどれだけ、この日を待ちわびたことか。

 或いは挑戦者であるフォルテスラよりも、彼はこの時を待ち、備えてきた。

 全ては、この場に立った己の好敵手(ライバル)に勝つために。

 

 

 

 両者が向かい合い、準備は整った。

 結界が起動し、二人を包み込む。

 

『それではァ! メインイベント―――試合開始ィィッッ!!』

 

 開始の合図を受け……両者、動かなかった。

 観客が戸惑う中、フォルテスラがネイリングをしまい、新たな剣を出す。

 

『おおっとこれはァ……どういうことでしょう!?

 フォルテスラが出したのは、この勝負には不似合いな性能の武器です!』

 

 出された剣は形こそネイリングとそっくりだが、性能は十分の一もないものだった。

 ちょうど、第二形態の<エンブリオ>と同じくらいだろうか。

 謎の行動に実況も解説も混乱を隠しきれない。

 

『スロースターター、時間とともに技の冴えを増すフィガロを相手にして、フォルテスラがするのは速攻以外ないと思われていましたが……』

 

『まさか、決闘王者相手に"これで十分だ"とでも言うつもりなのでしょうかァ!』

 

『フォルテスラはそんな挑発を行う性格でもないはず。超級進化で得た能力が関係しているのでしょうか』

 

 実況、解説、そのどちらもが的を外している。

 フォルテスラの意図に一人気付いたのか、フィガロも小さくふき出し武器を変えた。

 

『あれは、店売りの【ブレイズアックス】と【スティールソード】!?

 フィガロが挑発に乗ったということかァ!!』

 

『いや待てよ……【ブレイズアックス】って、まさか』

 

 解説が何かに気付く前に、二人が激突を開始した。

 高いSTRで振るわれ、二人の武器は一撃で破壊される。

 だがすぐさまフォルテスラはアイテムボックスを破壊することで、フィガロは《瞬間装備》を連発することで、新たな武器を取り出し、叩きつけ、何度も破壊する。

 

『何か気付かれたようですが、これは一体どういうことで?』

 

 実況が解説に聞くと、解説はいつの間にやら笑っていた。

 少し遅れて質問を受けたことに気付き、返事をする。

 

『いや、失礼。なるほどなるほど、楽しんでますねぇ』

 

『あの』

 

『フィガロがアルター王国に現れた時、メインウェポンがなんだったかご存知で?』

 

『いやー、流石に覚えてないですねぇ』

 

『【ブレイズアックス】と【スティールソード】。レジェンダリアで手に入れた武具です。

 当然その後、同時期に決闘に参加したフォルテスラと最初に戦った時もそうだった』

 

 フォルテスラが第二形態で、フィガロは第三形態でそれらの装備を使っていた。

 

『フィガロが三番目に出した武器は、確か初めて100位以内に入って戦った時のものです』

 

『言われてみれば、五番目と七番目の武器には見覚えがあるゥ……』

 

 長く決闘を見て来た彼らはうっすらとだが覚えていた。

 かつて特典武具を無数に得るまでフィガロが使っていた装備と、当時のネイリングを再現した武器。

 それらを使い、破壊し、徐々に強い武器へとシフトしていく。

 戦うことで、二人の築いた歴史を辿り、"自分はここまで強くなった"と示すように。

 ぶつかり合う二人の口元には、常に笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 いつしか二人の装備は、最新のものに移り変わっていた。

 何度となく打ち合い、しかし壊れない。

 戦いも激化する。

 武器をぶつけ合う遊びのような振る舞いから、手足や急所を狙う遊びのない剣筋に。

 フォルテスラの口元に浮かんでいた笑みは消え、戦闘開始前の真剣な顔に戻る。

 フィガロの笑みは消えず、しかし感情を読めない薄笑いへと変わる。

 

 決闘が楽しくないわけがない。

 だがそれ以上に、目の前の相手を上回りたい、勝ちたいという真剣な思いの方が強い。

 全力で、全身全霊で、強敵(ライバル)を打ち負かそうとする二人。

 

『おぉーっとここにきて、フィガロの技と戦術が冴え渡るゥ!』

 

 フィガロはオールラウンダー、魔法以外は何でも使う【超闘士】。

 それに対しフォルテスラは剣一本の【剣王】。

 遠中近と武器を換装し間合いを突き放すフィガロ。

 剣で斬りつけ、槍で突き、弓で射り、徐々に距離を離していく。

 その全てが特典武具。特殊なスキルが乗っている強力な攻撃。

 一流の前衛でもたちまち倒れる怒涛の連撃だ。

 

 だが、フォルテスラも負けてはいない。

 斬撃を剣で流し、突きを払い、矢を叩き落す。

 剣一筋で戦ってきたからこその技の冴え。

 全てが一流のフィガロに対しても、剣にかけては勝っている。

 

「《オーヴァー・エッジ》!」

 

 そしてフォルテスラにはこれがある。

 フォルテスラの伸ばした剣が、距離を取って弓を構えていたフィガロを襲う。

 進化に伴い、伸ばせる距離も、伸びる速度も超上昇した。

 フィガロの射撃にも劣らぬ速度で、斬撃拡張は機能する。

 弓の弦を切り裂き、頬に一筋の傷を付けた。

 

「っ、ははっ」

 

 傷がついたというのに、フィガロは一瞬楽しそうに笑う。

 フォルテスラは今の自分と戦い、互角にやりあえる存在なのだと。

 それが確かに証明されたことが、なによりも嬉しくて。

 

「フォルテスラ!!」

 

「フィガロォ!!」

 

 互角の戦いは、長期戦の様相を呈し始めた。

 

 

 

『凄まじい戦い、両者一歩も譲らないィ!』

 

『いい戦いです。しかしこうなると、フォルテスラは若干不利ですね』

 

『フィガロは時間とともに強くなる、この状況が続くのもいつまでのことかァ!!』

 

 戦いが長引けば長引くほど、フィガロの力は増す。

 解説の通り、徐々にフィガロが押し始める。

 だが、フィガロは安易には攻め込まない。

 

『フィガロが気を付けて戦っている! これは珍しいぞォ!』

 

『必殺スキルか、或いはトムを倒した必殺コンボを警戒しているのでしょう』

 

 【ネイリング】の必殺スキル、《超克を果たす者》。

 剣が折れることを条件とするスキルに対し、下手に攻撃力を上げた一撃を叩き込むのは下策。

 攻めるには十分に装備補正を上昇させてからでなくては危険だ。

 ステータスが上回られるのは、複数の特典武具等で無数のスキルを持つフィガロにとっても厄介なのは間違いない。

 防御させない速度の一撃で勝負を決める必要がある。

 

 加え、今のフォルテスラには切り札がもう一つ。

 超級武具が残っている。

 トムとの試合で使われたが、対等な条件で戦いたかったフィガロはその試合を見ていない。

 故に効果は分からないが、強力なスキルであるのは確か。

 

 一気呵成に攻め込まず、様子を見ていたフィガロだったが……十分な強化値が溜まったと判断したのか、全力で動き出す。

 

「ッ!」

 

 【超闘士】の《瞬間装備》にはタイムラグもクールタイムもない。

 持っていた剣が槍に、槍が斧に、斧が短剣に、次々リーチを変え、フォルテスラを襲う。

 フォルテスラもまた剣の長さを変え回避を強いることで対処するが、徐々に押し込まれる。

 既にフィガロの装備は速度(AGI)優先に変更済み。フィガロの攻撃の方が速い。

 技量の差で武器自体は抑え込めても、斧の纏う風、槍の放つ振動波のようなスキル攻撃までは封殺できなくなってきた。

 攻撃が肉を傷付け、血が花のように空を舞い散る。

 明確に、フォルテスラが押されている。

 

 フィガロの目にはフォルテスラへの信頼がある。

 『こんなところでは終わらないだろう?』と問いかけるような瞳に、フォルテスラは何も返さない。

 ただ、押されるままに全力で戦い、一方的に攻撃を受け続ける。

 その果てに、()()()()()()()()()()()()()()

 

 代わりにフィガロの腹にも大きな刺し傷が出来たが、等価とはとても言えない。

 身代わりの武具を使うわけでもなく、確かに光の塵と変わる。

 そんな姿を見て、フィガロの目は失望に彩られて……いなかった。

 最初から最後まで、その目には信頼と期待のみがある。

 

 そして会場も、終わったと思っているものはごくわずか。

 ここからの逆転劇を、闘技場の観客達は既に一度見ているのだから。

 

『これは、()()()!!』

 

『前二位【猫神】トムを破った必殺コンボッ……!!』

 

 フォルテスラは光の塵と化し……最後まで残った胸のアクセサリーが光った。

 光は舞う光塵を収束させ、()()()()()()()()()()

 元通り、いや元とは違い傷が完治した状況で帰還する。

 

「お前を相手に油断を誘うのは無理があったか」

 

 或いは、フィガロと言えども実際に死ねば僅かでも失望し、油断するかとも思ったが。

 フォルテスラの想像よりも遥かに、フィガロはフォルテスラを信じていた。

 その事実に大きな喜びを感じながら、復活直後に【剣王】の奥義を発動する。

 

「《オーヴァー・エッジ》―――《ソード・アヴァランチ》」

 

 超超音速の斬撃がフィガロを襲う。

 音の十倍近い斬撃に対し、フィガロは纏うロングコートの装備スキルを発動させた。

 球状のバリアに身を包み、攻撃の無効化を選択する。

 その威力と速度で腕に反動を残し、連発不可能な奥義に対して最適な行動。

 そう、相手が蘇生前までのフォルテスラならば、正しかった。

 

 フィガロは装備スキルで短時間ながら完全防御を成し遂げ、怒涛の連撃を防ぎ切った。

 絶対の壁に剣を叩きつけたことで剣が折れ、フォルテスラの《超克を果たす者》が発動してしまうが、問題は無い。

 反動で腕が動かせない相手に、フィガロの逆襲が始まる。

 その前に。

 フィガロの目に、()()()()()()()()()()()()()()、二発目を放とうとするフォルテスラの姿が映った。

 

 再びの連撃が、フィガロを襲う。

 クールタイムが長い完全防御は、今どころかこの試合中に二度と使えない。

 このままなら、フィガロが防御ごと切り捨てられ終わりだ。

 

 

 

 さて、その前に、何故連撃が成立したのかを語ろう。

 結論から言えば、討伐後新たに得たジョブ【殿兵】と、フォルテスラが手に入れた超級武具【讐譚帰還 グローリアΦ】の効果だ。

 

 【讐譚帰還 グローリアΦ】の効果(スキル)は二つ。

 一つ目は、"四本角(尻尾)"の《既死改生》から生まれた効果。

 『HPが1%以下となった時体を(リソース)に戻し、一瞬のちHPを一%にまで回復させ、記録した状態で蘇らせる』能力。

 これに組み合わせたのが【殿兵(リア・ソルジャー)】の《ラスト・スタンド》。

 致命傷でもHPが1残り、5秒間の生存を確約するスキルだ。

 この二つのスキルによってフォルテスラはどんな攻撃を受けても生存し、肉体を傷のない状態に戻してから戦闘に復帰できる。

 強敵相手に《超克を果たす者》を使った時に記録を更新すれば、いつでも当時のスペックで復活可能。

 まさしく、既に終わった逆襲譚を帰還させるスキルと呼べるだろう。

 

 そして二つ目は、"三本角"の《起死回生》から生まれた能力。

 その効果は『減少したHPが一定量を上回った時、最終ステータスを倍化させる』もの。

 こちらは一つ目ほど使い勝手が良くはなく、HP総量の半分を失ってやっと二倍。

 だが、九十九%を失っていれば。

 その効果は、超級武具に相応しい倍率にまで上昇する。

 

 一万程度のステータスで十倍の速度を発揮すれば、当然負荷は相当なもの。

 だが、例えば五万のステータスで二倍の速度を発揮するのなら。

 その負荷は五分の一以下。当然連発も可能という訳だ。

 

 トムを倒した時も、このコンボで葬り去った。

 《超克を果たす者》でトムの能力を加算し、しかし八体相手に倒し切れず致命傷を受ける。

 その瞬間に復活し、数倍化した能力で放つ射程を拡張した《ソード・アヴァランチ》の連撃が会場を埋め尽くし、見事復活前に殺し切った。

 

 二つの効果が合わさることで、復讐者が帰還し、逆襲譚が帰還する。

 単体でも超級武具として悪くないスキルが、複合すればどうなるか。

 その結果がトムの敗北であり、フィガロが今直面している危機だ。

 今、決闘王者は絶対の窮地に追いやられていた。

 

 

 

 

 

 フィガロが<エンブリオ>の秘奥、必殺スキルを得たのは、決闘王者となってから。

 <超級エンブリオ>に進化したことで得るというままある経緯だ。

 決闘と相性のいいそのスキルを、しかしフィガロは秘することに決めた。

 どんな強大な敵相手でも、決闘では使わないと。

 最高の好敵手(フォルテスラ)との決闘のためにとっておこうと。

 いつか必ず訪れる、トムを倒したフォルテスラが、自分に挑みに来るときのために。

 

 フィガロは待った。

 ずっと、何があろうと信じて待っていた。

 待ちに待って……【グローリア】の事件を超えて、ついに二人が直接戦う日が来た。

 

 

 

 ゆえに……今。

 この瞬間にこそ。

 この決闘にこそ。

 

 ――フィガロは己の力を解禁する。

 

 

 

「《燃え上がれ、我が魂(コル・レオニス)》―――《アクセラレイション》!!」

 

 指に嵌っていた指輪が砕け、そのAGIを強化するスキルがさらに強化され発動する。

 

 《燃え上がれ、我が魂》の効果は至極単純。

 武器の完全破壊・完全消滅を代償として、アクティブスキルの効果を極限まで高める。

 必殺スキルの効果時間中(三十秒間)は何度でもこの効果は発動でき、連続使用も可。

 しかし効果時間中、HPの上限が削れ、炎の如く燃え滾る血が体内からフィガロを焼く。

 まさに諸刃の剣。しかしフォルテスラの刃にも対抗し得る剣だ。

 

 AGIを上げたところで、フォルテスラには何の意味もない、こともない。

 確かに上昇値の加算は働いているが、今の彼はアクティブスキルの使用中。

 所有者のAGI以上の速度をもたらす剣撃は、逆に言えばAGIが上がっても速度は変わらないということでもある。

 この一瞬に限り速度で上回ったフィガロは、雪崩の如き斬撃を辛うじて回避する。

 

 だが、それも長くは続かない。

 フォルテスラの《超克を果たす者》が加算する値は、攻撃力・防御力・AGI。

 攻撃力や防御力は【グローリアΦ】の効果では倍加されないが、A()G()I()()()()()()()

 スキル終了後のフォルテスラは、フィガロが出した超超音速以上の速度を更に数倍化して使えるようになってしまう。

 その差は歴然。いくらアクティブスキルを使おうと、当たらないのでは意味がない。

 フィガロは依然、追い詰められたままだ。

 

 だからフィガロは、重ねて切り札を切る。

 《ソード・アヴァランチ》の終わり際、《瞬間装備》で新たな武器を取り出した。

 取り出しただけで発せられた、圧倒的な存在感が、会場の目を引き付ける。

 

『鑑定できない!? まさかあれがフィガロの<超級エンブリオ>なのかァ!!』

 

『いえ、違う。あれは……()()()()です!!!』

 

 会場がざわめいた。

 超級武具を持つということは、フィガロが<SUBM>討伐者の片割れだということ。

 それは二つの意味を持つ。

 

 一つ目は、フォルテスラの言葉の真意。

 『すぐにわかる』という言葉は、自身がトムを倒し、フィガロに挑み、その武器を使わせるところまで追いつめるという"宣言"だった。

 一歩間違えれば道化になっていたかもしれない宣言を、堂々と人々の前で言ってのけた胆力と、それを確かに成し遂げた実行力。

 ゆえに会場はフォルテスラを称賛する思いで溢れた。

 

 二つ目は、()()()()()()

 フォルテスラが有利と見られたことの多くは、"フォルテスラの超級武具"にある。

 超級職。<超級エンブリオ>。一年以上の決闘経験。

 どれも両者が共に持っているものであり、そこに明確な差はない。

 その上で、フォルテスラには超級武具がある。

 その分の優位が彼の勝利を信じさせ、実際にフィガロを追い詰めてみせた。

 しかし、フィガロも同じ超級武具を持っているのならば。

 勝敗は完全に未知の領域へと突入する。

 

 フィガロが持つ超級武具の銘は【極死竜眼剣 グローリアΩ】。

 形状はブロードソード。外見は単眼が刀身に埋まっている以外は普通の剣。

 "一本角"と"二本角"の能力より生まれた力を備えた武具であり、特殊性とサポート能力に特化した【グローリアΦ】に対し、基本的には非常に高い攻撃力を持つただの武器だ。

 フィガロ以外が握れば、と但し書きが付くのだが。

 

 

 

「決着を付けよう、フォルテスラ。次の一撃で最後にする」

 

「……いいだろう」

 

 フォルテスラには、持久戦を選ぶ方法もあった。

 時間によりフィガロのスキルの威力は上がるが、必殺スキルを使い続ける限りHPもまた減り続ける。

 AGIで大幅に上回る彼なら勝率は高い。

 それでも、親友との、好敵手との頂上決戦をそんな方法で終わらせるのは憚られる。

 そんな思いが、彼に回避ではなく迎撃を選択させた。

 

 或いは、決着を決めたのはそのフォルテスラの誇りと友情の示し方だったのかもしれない。

 

「《燃え上がれ、我が魂(コル・レオニス)》―――《極竜光牙斬(ファング・オブ・グローリア)終極(オーヴァードライブ)》」

 

「……」

 

 フィガロは己の全てで挑む。

 右手に握るは、己の最強を更に強化した、三極竜のブレス以上の熱がこもった光剣。

 フォルテスラは総身の力をただ発揮する。

 両手に握るは、既に最大限に強化されているが故に、ただただ強い光剣。

 二人は同時に構え、同時に動き出す。

 感慨、期待、友情。全てを投げ捨て、勝利だけを望んで。

 

「フォォルテスラァァァッ!!!」

 

「来い、フィガロォォッ!!!」

 

 小細工なしの全力勝負。

 

 フィガロの渾身が、フォルテスラを襲う。

 空に飛び上がり、上空から剣に纏わせた光熱を振り下ろす。

 

 フォルテスラもまたフィガロの待つ空に突貫し、同時に斬撃を切り上げる。

 地から伸びた一刀が天を切らんと突き進む。

 

 ことここにきて、速いのは当然ながらフォルテスラだ。

 《超克を果たす者》が発動している限り、速度で負けるなどありえない。

 光熱は文字通り光速だが、フィガロが剣を振り下ろさない限りは天より落ちない。

 攻撃範囲と威力を引き上げようと、最後に物を言うのはやはり速度。

 

 決着寸前で、思考速度が過剰に加速し、全てがゆっくりと流れる。

 フォルテスラの光剣がフィガロの首の皮膚を切り、しかしフィガロの剣はまだ中途。

 仮に身代わり系の特典武具があろうとも、切り返して再び斬る方が速い。

 剣の勝負において、完全にフォルテスラはフィガロを上回った。

 フォルテスラは勝利を確信する。

 

 だが、フィガロの首に刃が食い込み、半分ほど斬った、その時。

 フォルテスラは、強烈な()()()()を感じ取る。

 フィガロの顔を見ると、死ぬ寸前の彼が口を動かし続けているのが見えた。

 

 その言葉が示すのは、不屈でも、称賛でも、感謝でもなく、()()

 

「《絶死結界(真・絶死結界)》」

 

 

 

 

 

『……決着ッ!! 勝者はなんと、【超闘士】フィガロだァァッ!!!』

 

 勝者を告げるその実況に、観客の反応は鈍い。

 なにしろ二人が速すぎるため過程が認識できず、唯一示された結果が意味不明だったのだから仕方ない。

 

 決着により結界が解け両者が試合開始時の状態に戻る直前、残っていたのは二つ。

 首に大きく切り込みを入れられ、腕をまだ振り下ろしていないフィガロ。

 そして光の塵となったフォルテスラの姿。

 明らかにフォルテスラが勝つ寸前の光景であり、同時に敗北し死亡した光景だ。

 

『これはいったい、どういうことだったのでしょうか!? 解説さん?』

 

 実況が解説を振り向くと、またも解説は質問を聞いていなかったようだった。

 しかし顔にあるのは、最初と同じ笑いではなく、唖然。

 『そんなのありかよ』という驚愕と、『そこまでやるか』という困惑だ。

 解説は呆然としながら、半ば無意識に、解説の仕事を果たそうとする。

 或いは、口にすることで誰かに聞いてほしかったのか。

 

『フィガロの使った《燃え上がれ、我が魂(コル・レオニス)》は、まず間違いなくフィガロの<エンブリオ>のスキルでしょう。形のないルールか、或いは他の何かかもしれませんが』

 

『装備スキルを見通すあなたが言うならほぼ間違いないでしょうね』

 

 超級武具のスキルさえも見通す鑑定能力を持つからこそ雇われたのが今回の解説役。

 肉体に持つ武具のスキルにない以上、ジョブスキルか<エンブリオ>のスキル。

 解説はその知識から、それがジョブスキルの命名法則ではないと見抜いた。

 

『効果は指輪の崩壊を見るに、武器の破壊と共に効果を超上昇させるタイプ。

 問題は、それで何を強化したのかということです』

 

『強化……それは最後の攻防前の発言からして、光を放つスキルなのでは』

 

『そう、我々はそう思いました。おそらくフォルテスラもそう思ったことでしょう。

 "アクティブスキルの発音をすることでスキルを使ったと誤認させる"小細工だとは思わずに。

 ……そして【グローリア】には、500レベル未満を即死させる能力がありました』

 

『ちょ、ちょっと待ってください!? それじゃあまさかッ』

 

 《絶死結界》。

 500レベル未満の人を、絶対に即死させる能力。

 HPの低下とともにレベル上限を上昇させる《真・絶死結界》というスキルもあったが、フィガロの超級武具にはスキルとして組み込まれてはいない。

 その上超級武具のスキルは例外なく劣化する。レベル上限も、100レベルとないだろう。

 フィガロ以外が持っていれば、そうたいしたスキルではない。

 持ち主がフィガロ以外ならば初心者以外には効かないただの武器。

 だが、"装備品の能力を強化する"フィガロが持てば?

 破壊を代償に、極限にまで高めれば?

 

『光剣を強化したと見せかけ、即死スキルを強化する。

 即死の効力が既に上限であれば、強化されるのは効果レベル範囲以外無い。

 おそらくは合計レベル四桁台でさえ余裕で殺せる程に強化し、葬ったのでしょう』

 

『…………嘘でしょう!?!?』

 

 闘技場でなら、決闘なら、終了すれば消滅した装備も代償にした武器も復活する。

 だとしても、超級武具を使い捨てる覚悟。

 あのフィガロ(脳筋)が、そんな小細工をした事実。

 どちらも驚嘆に値するものだが、最も恐ろしいのは結果。

 それはたとえ超級職であろうと、フィガロがその気になれば一息に殺せることを意味する。

 【ブローチ】が禁止されている決闘でならなおさらのこと。

 各国の決闘一位にすら通るだろう。

 決闘は、決闘王者が意地とその真の実力を示して終わったと言える。

 

『しかしフィガロが切り札を使うしかないほど追い詰められていたのも確か。

 <超級>となった【剣王】はそれほどまでに強かった。

 今回は【超闘士】が一枚上手でしたが、次はどう転ぶか私にもわかりません』

 

『【剣王】フォルテスラは今や王国二位! いつでもフィガロに挑める立場!

 これからも二人が決闘大国であるアルター王国を盛り上げてくれることは間違いないッ!!

 次の<超級激突>に、そしてそれ以外の試合にも、どうぞご期待くださいッ!!!』

 

 二人の総括に、観客は万雷の拍手で応える。

 最後の攻防が予想外に終わるアクシデントこそあったものの、解説でその困惑も(ほど)けた。

 今度こそ、惜しみない拍手が、闘士二人の決闘と、実況解説の二人の説明に送られた。

 

 

 

 今回の決闘の感想。次はどうなるか。他に期待できる闘士は誰か。

 観客たちが興奮冷めやらぬ様子で語り合う中、静かに佇む者が一人。

 渾身の決闘に敗北した、フォルテスラだ。

 

(負けちゃったね、団長。……団長?)

 

 ネイリングのかなしげな声が、フォルテスラの脳に響く。

 声を聞きながらも、フォルテスラはうつむいたまま。

 下を向いて、顔は影で見えない。

 

 そんな彼に、トムの制止を振り切って、フィガロが声をかけに来た。

 

「フォルテスラ、いい試合だったね」

 

「ちょ、ちょっとフィガロ。今は止めた方が」

 

 そんなフィガロに、フォルテスラは"笑顔"で言葉を返す。

 

「あのスキル、射程はそう長くはないんだろう?」

 

「バレちゃったか。うん、闘技場を覆うには足りないぐらいさ」

 

「そうか。なあ、フィガロ」

 

「なんだい?」

 

()()()()()()

 

「……いつだって、受けてたつよ。でも、勝つのは僕だ」

 

「ははっ」

 

「ふふっ」

 

 和やかな空気が流れる。

 同時に、決闘に己を懸けている者特有の緊迫感が溢れるが、それもまた日常。

 楽しそうな二人に、トムは少しひいた。

 

 何を隠そう、フォルテスラは悲しんでも悔しんでもいなかった。

 互角の戦いを繰り広げ、決着が僅差だったのがわかっているからだろうか。

 そう、僅差だ。

 もし余裕があったのなら、首に剣が刺さるまで待つ必要はない。

 AGIに数倍の差があったから、真っ向勝負のように見せてなお、発動までに時間がかかった。

 慣れないフェイントを使わせた上で、あと一歩まで追いつめていたのだ。

 

 だから、言える。

 種が割れた以上、次は勝つ、次は勝てると。

 

(或いはこれも、あの戦いを経たからこそか)

 

 絶対に勝てないはずの相手に、一度は凌駕しあと一歩まで追いつめた。

 逃げられ最後の止めを譲ったとはいえ、尻尾を巻いて逃走させたのだ。

 三極竜と凌駕剣の戦いとしては、勝利には違いない。

 あの絶望的な戦いに比べれば、この決闘のなんと勝率のあることか。

 

(だから気にするなネイ、次は必ず勝つさ)

 

(団長……うん、次こそ勝とう!!)

 

 二人の決意は、いずれ確かに実を結ぶ。

 近い未来、先代と当代として、"決闘王者"の座を奪い合う日が来る。

 勝ったり負けたりを繰り返し、『アルター王国に二人の王者あり』と謳われるようになる。

 そんな、素晴らしい、両者が心から望む未来が訪れる。

 

 だが、それはまだ未来の話。

 今はまだ、フォルテスラは挑戦者でしかなく。

 雲一つなく広がる無限の空が、そんな彼を照らしていた。

 




 次回、エピローグ
 作品を完結させるのは初めてなので、少し感慨深いものがあります

 ついでに武具等の軽い設定を置いておきます
 読まなくてもまったく困らないので、気になる方だけどうぞ



・【ネイリング】
 超級進化によりリソースが増えたが、スキルの新造や強化、装備補正の強化など多方面に使用されたためそこまで劇的な効果上昇は無い
 一番効率・効果率が上昇したのは《オーヴァー・エッジ》で、頑張れば一kmクラスの斬撃も可能になった
 作中で描写されている以外の変動は剣の硬度の防御力との同期や《超克を果たす者》による光刃の再構成速度の上昇など
・【讐譚帰還 グローリアΦ】
 装備スキル特化型。超級武具二つ分の能力がある
 本編でだいたい語った通りの性能
 "四本角"由来の能力は普通の<超級>が持つと単に無傷の状態に戻れるだけのエミリーの下位互換スキルだが、フォルテスラのような条件付き強化能力持ちが持つと超便利
 いつでも一番強かった時に戻れるのだからそりゃ強い
 実はフィガロが持った時が最悪で、常に戦闘開始直後に使い更新し続けることで、本来は戦闘終了時にリセットされる強化を延々と加算可能
 そこまでせず、いつでも120倍にできるという使い方でも普通に世界最強を狙える
 今回は討伐貢献率最上位のフォルテスラを優先してアジャストしたため、フィガロの方にはこの能力は行かなかった
 ちなみに、本文中では語感を重視し"蘇生"や"復活"と呼んでいるが、実際には『【殿兵】にてHPが僅かに残り、そこからスキルで肉体をリソースに一度変え、直後に記録しておいた全盛期の状態にして再構成している』ので死んでおらず、闘技場の結界でも敗北・死亡判定とはなっていない・【極死竜眼剣 グローリアΩ】
 およそ原作の【グローリアα】と【グローリアβ】を合わせた性能
 能力もほぼ同じだが、《絶死結界》の範囲は100m前後まで低下
 その分モンスターにも多少は効くようになっている
 地道な時間比例強化でレベル上限を上げる場合、元が100レベル上限でも1000レベル以上を狙うには800秒、13分以上は最低限必要になるのでコスパが悪い

 ちなエピローグも本日投稿します


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エピローグ if(もしもの)"双王"

本日三話目の投稿となっております
まだVSグローリアが終わってないという方は前々話
まだ約束の決闘を見ていないという方は前話からお読みください


 □王都アルテア・<月世の会>本拠地

 

 王国の<超級>が一人、【女教皇】扶桑月夜。

 容姿端麗。能力優秀。才色兼備の才媛。

 王国クランランキング一位<月世の会>のオーナーにして、教祖。

 そんなたいした肩書を持つ女性は今、ふてくされていた。

 

「超級武具逃してー、変な噂立ってー、もうふんだりけったりやわー」

 

 諸事情によりクレーミル防衛に協力しなかった彼女が、失ったものは大きい。

 得られるはずだった超級武具を失い、他の<超級>……フィガロとフォルテスラに持っていかれた。

 そのせいで、中々面倒なことになっている。

 そもそもの元凶は、クレーミル防衛戦前に流れたある一つの噂だった。

 

「"<月世の会>が無茶な交換条件を突き付けたせいで破談"なんて噂、誰が流したんやろねー」

 

「王国側が後の交渉を上手くいかせるために流した、と考えるのが自然でしょう」

 

「おーのーれー」

 

 彼女とて、クレーミルに滅んで欲しくはない人間の一人だ。

 彼女はあくまで、ティアンの死を良しとしない上で、自分の願いを叶えるタイプ。

 要求が通る上限を見極めギリギリを通すのが得意な彼女が、意図せぬ破談を呼ぶわけがない。

 交渉の不成立は、あくまで現実(リアル)の都合でトップである彼女が参加できなかったが故。

 それは気にする必要もないほど全く根も葉もない噂だったのである。あくまで、最初は。

 

「そりゃ討伐には参加するつもりだったわけやし? メンバーには参加決めるまで動いちゃだめやでーぐらいは言うたけど」

 

静島(シジマ)氏には、悪いことをしてしまいましたね」

 

 そう、そのすれ違いが一点。

 独自に参加を頼んだフォルテスラと、独自に参加を決めていたシジマ。

 しかし結果として、シジマは"扶桑月夜の命で"参加を反故にすることとなった。

 彼女たちがその約束について知っていれば、許可もしたかもしれないが……。

 現実で忙しかった扶桑月夜と、彼女のサポートに忙しかった執事の月影。

 普段<月世の会>の本拠地に住まず独自に家庭を持っているシジマの内々の約束までは知る由もない。

 そうして生まれたのが"扶桑月夜が手をまわして参加を取りやめさせた"事実。

 否定できない事実が、噂の説得力を増してしまった。

 

「それでなくても、我々は無理に交渉で優位を保とうとすることが多かったですからね」

 

「えー、公平な契約やん。うちらも幸せ、向こうも願いが叶って幸せで」

 

 とは言いつつも、後に禍根を残しそうな契約を押し切ってきた過去は多い。

 信者を増やした所以(ゆえん)さえ、"治してほしければ信者になれ"というスタイルなのだから当然だ。

 所属しているメンバーでさえ、八割以上が噂を聞いた段階で『ああ、そうなんだ』と信じてしまう程度には、"ひどい交換条件で交渉決裂"という噂は真実味を持っていた。

 

 しかし、その段階では問題なかったのである。

 いつものよくある悪評の一つ。大手宗教団体だ、そういう噂もそれなりにある。

 だが、クラン二位の<バビロニア戦闘団>が超級武具を得たことで、沈静化しかけていた噂はさらに枝葉を付けて広がっていた。

 

 『<月世の会>がまた欲張って、しかも失敗したらしいぜ!』

 『いつも無理難題ゴリ押してくるから罰が当たったんだよ』

 『<バビロニア戦闘団>は無償で協力して超級武具を得た、<月世の会>は余計に何かを得ようとして両方失った』

 『まるで正直じいさんと意地悪ばあさんだな』

 『かぐや姫ならぬ強欲(ババア)ってか!!』

 『あっ、無理難題を出すのはそっちのパロディだったんですか』

 『日頃の行いは大事って話クマー』

 『オーナーも<超級>になったし、真のクラン一位は実質<バビロニア戦闘団>だろ』

 

 <月世の会>は一部でそこそこヘイトを買っていた。

 それが今回、些細な失敗により爆発した形である。

 悪評。不評。罵倒。軽蔑。

 単なる悪口もあるが、扶桑月夜にとってはある意味そちらの方がダメージは大きい。

 日頃の行いが悪かったのが主要因のため、同情の余地はないのだが。

 

「取引を止めたいと言い出す商店が少々出てきていますね。様々な手で引き止めてはいますが」

 

「ぐぬぬぬぬ」

 

 まっとうに治療してきた人々や信者達、長い付き合いの店などは、彼女達の良さを理解している。

 金だけの人ではないことも、利益最優先のクランではないことも、よく知っている。

 だが、金や利益を容赦なく得る一面も真実のため、否定まではできなかった。

 

 扶桑月夜は八つ当たりの相手を探すが、残念なことに当たれる相手がいない。

 特典武具を得たフォルテスラには、理由はどうあれ協力できなかった負い目がある。

 フィガロも特典武具を得ていたことがわかったが、失うものがない脳筋相手は危険すぎる。

 帰ってきて早々噂を広めているらしい【破壊王】を狙うにも、相性がひたすら悪い。

 王国の国教に嫌がらせをしようかとも思ったが、一切数が減っていない以上、分が悪いのはこちらの方であり、これ以上悪評が立てば社会的地位が破滅する。

 

「しばらくはおとなしく社会貢献でもしておきましょう」

 

「ぐーぬーぬー!」

 

 発狂し、畳の上を転がり続ける扶桑月夜。

 クレーミルが無事のまま戦いが終わったことに一抹の安堵を覚えながらも、この扱いは気に入らないと暴れ続ける。

 そんな姿を横目に見て、月影は微笑みながら、茶を入れ始めた。

 

 天下泰平、世はこともなし。

 王国も、国教も……しばらくは安心して過ごせそうだった。

 

 

 

 

 

 □■<天蓋山>

 

 アルター王国北部、<境界山脈>の中央に構える<天蓋山>。

 天竜の頂点が住まう山に、今は二匹の竜と二人の人形(ヒトガタ)がいた。

 

 【三極竜 グローリア】の両親を殺し、ある意味事件の引き金を引いた【天竜王】。

 投下直後の【グローリア】に殺され、【天竜王】が蘇らせた元【雷竜王】アルクァル。

 【天竜王】の長子であり、今は《人化》している【輝竜王】。

 そして最後に、人の姿をしているスライムの<マスター>、【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルだ。

 

『すまぬな、呼んでおいて要件が終わっているのだから』

 

「いえ、そういうこともあるでしょう」

 

 【天竜王】は、自身の第三子、アルクァルの最期の望みを叶えるため、旧知の【犯罪王】に【グローリア】の討伐を依頼しようと招待した。

 準備こそしているが、<バビロニア戦闘団>達では倒せないだろうと見込んでの依頼。

 しかし最終的に、彼らは討伐を成し遂げてしまった。

 結果的に、出した招待は無駄に終わったというわけである。

 

 ゼクスとしては、無理に討伐に参加する気はなかった。

 超級武具が手に入るのは魅力的だが、敗北し死亡すれば行きつく先は"監獄"。

 死亡のリスクを犯してまで、<SUBM>と戦う気も特にない。

 国と罪が残る結末は決して悪いものではない。

 侵入が重罪な山に登ったことで罪も加算されているのだから、時間を無駄にしたわけでもないのだ。

 

『私にとっては、これ以上被害が出されずに終わったのは次善です。

 次はこのようなことがないよう、自分を鍛え上げなければ』

 

「しかし新たな<超級>とはな。王国も随分戦力が増えてきたものだ」

 

 竜達は思い思いに感想を述べる。

 国家所属の四人の<超級>に、うち二人は超級武具を手に入れた。

 残り二人もそれぞれ強力な切り札と特殊性を持っている。

 "物理最強"を抱える皇国との関係も良好、仮に悪くなったとしてもそう困らない。

 しばらくは安定していることだろう。

 

 和やかな時が流れる中、ゼクスには一つ気になることがあった。

 

(シュウは今頃どうしているでしょうか)

 

 カルディナまで遠征に行ってたばかりに、【グローリア】事件に一切関与できなかった<超級>。

 睡眠時間と非ログイン時間を最小限にした結果、勝利を知らずに最後まで全力で帰還し、事件が終わっていたのを聞いた途端街中で泥のように眠りこけたらしい着ぐるみ。

 彼の対極、悲劇を許さぬ【破壊王】は、悲劇が片付いた今どうしているのかと。

 

 

 

 

 

 □決闘都市ギデオン・第三闘技場

 

「助かるよシュウ。相手になってくれて」

 

「あまり弱い敵だと練習にならなくてな」

 

『今回は役に立てなかったからな。これぐらいは任せろワン』

 

 【破壊王】シュウ・スターリング、【剣王】フォルテスラ、【超闘士】フィガロ。

 今、彼らは模擬戦の真っ最中だった。

 

 何の模擬戦かといえば、【超闘士】フィガロの集団戦の練習だ。

 

「やっぱり難しいな……」

 

「大丈夫、まずは俺が合わせるから、自分の動きをすることを優先しろ」

 

『協力プレイは一に自分が動き、二で他人を動かし、三で他人に合わせる。

 一つ一つ、しっかり学んでけばいいワン!』

 

 他人との連携が苦手な理由はいくつかに分類できる。

 自分が悪い動きをすることへの緊張。他人に悪い影響を与えないかの緊張。

 他人の動きがわからないことの恐怖。他人の動きにどう合わせればいいかわからない混乱。

 その全てを一度に克服しようとしても不可能だ。

 

 幸いフォルテスラは連携戦闘を年単位でやってきたクランのオーナー。

 そしてシュウは現実で格闘技など色々なことをやっていた天才。

 どちらも初心者に教えるのには慣れている。

 

「自分の戦闘に集中しろ! 俺を信じて思うように動け!」

 

 フォルテスラとフィガロは長年決闘してきた好敵手。

 互いの動きはこれ以上ないほどわかっている。

 "自分以外を考えずに動くフィガロ"の思考と戦術に合わせることは、フォルテスラになら可能だった。

 

 少しずつ、少しずつフィガロの動きがマシになる。

 連携能力は据え置きのままだが、今はそれでいい。

 "集団戦で自分のことだけ考えて戦う"ことができれば、それなりの戦力にはなる。

 フィガロほどの、主力として運用可能な戦士ならなおのことだ。

 

 そして"援護された経験"を積むことが、"援護する能力"を上げる最善の方法である。

 『どうすればいいかわからない』が『こういう時フォルテスラはこうしてくれた。だからこうしよう』となる。

 経験は加算ではなく累乗。一に満たない間の上昇は微々たるものだが、超えればあとは楽なものだ。

 

 

 

 一時間も練習を続けた後。

 フィガロが単独で戦い、フォルテスラがその援護をするパターンは形になってきた。

 三人が円になって座り、休息をとる。

 

『しっかしフィガ公が俺に協力プレーの相手役を頼むとは。意外だったワン』

 

「シュウは着ぐるみ一杯持ってるから対多数可能なものもあるかなって」

 

「俺も意外といえば意外だったな。もう連携は完全に諦めているとばかり思っていた」

 

「僕もそう思ってたんだけどね」

 

 仲間や知り合いの存在により動きが鈍ってしまう性質。

 現実では生まれつき心臓が弱く、人と連携して動くことがなかったことに由来するこれの克服を、一度はフィガロも諦めていた。

 それなら一人で戦えばいい、肩を並べなくとも共闘は出来る。

 実際、それで結果も出してきた。

 

「今回、フォルテスラに協力を断られて思ったんだ。

 いつも全力で戦えないのも、そのせいで戦うべき場所に立てないのも……嫌だなって」

 

 今回は最終的にはどうにかなった。だが、次回は?

 次も同じことができるとは限らない。

 街中に突然敵が現れたり、敵が人質をとってきたりすれば、今まで通り、まともに戦えず、敗北を喫することも、役立てないこともあるだろう。

 <超級>となったフォルテスラと並び立つ者として、二位のフォルテスラの上に君臨する王者として、そんな自分を見せるわけにはいかなかった。

 

 そんなフィガロの思いに、二人は自然と笑みを浮かべ、立ち上がる。

 

『よっし、じゃあしばらく狩りの時間以外は付き合ってやるクマ!』

 

「俺も手伝おう。クランで動かねばならない用事以外の時間はな」

 

「えっ、いいのかい? 二人とも他にもやることいっぱいあるし、忙しいんじゃ」

 

「『友達のためだ、気にするな』」

 

 フィガロの最初の友達と、一番の親友。

 友達が困っている時には助け合うのは彼らにとって当然のこと。

 フィガロは二人の優しさに感謝し、さっそく連携の続きを始めた。

 もう何ヶ月かみっちり練習すれば、ある程度は戦えるようになるだろう。

 

 だが、そんな打算を差し引いても。

 友達と一緒に戦えるフィガロは、それだけで十分に楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 □王都アルテア・とある新聞社

 

「先輩、こっち来てくださいよ!」

 

「お、ちょっと待ってろ」

 

 ある新聞社で、二人の人間が作業していた。

 明日売る予定の新聞の製作に、最後の文字調整。

 やるべきことは山のようにある。

 

 ひとまず呼ばれた男はきりの良いところまで進め、呼んだ女性のもとに行った。

 

「あーこれは……見出しか?」

 

「はい、運良く取れたフィガロとフォルテスラのインタビュー記事なんですが、いい感じのが思いつかなくて」

 

 闘技場で一位二位を争う<超級>二人へのインタビュー。

 ダメもとでの依頼だったが、運よく通り、インタビュー自体はもう済ませた。

 決まらないのは、二人の呼び名だ。

 

「"双頭""双剣""双牙"、なるほど二人をまとめて呼ぶ名前か」

 

「<グランバロア七大エンブリオ>みたいな感じで、せっかく【グローリア】を討伐した<超級>が二人いるんだから何かくくりたいじゃないですか」

 

「ふーむ」

 

 "双頭"は三頭竜とかけたのだろうが、残念なことにこの時点ではフォルテスラがなんの頂点にも立っていない。

 "双剣"に関しては【グローリアΩ】と【ネイリング】で悪くないが、世間的にはフィガロのエンブリオはまだ微妙に正体不明。

 これで斧とかだったら目も当てられず、剣だったとしてもそれはそれで『一人で"双剣"じゃん』とか言われてしまう。

 "双牙"に関してはもう何にもかかっていない。

 

 うんうんと唸り考える二人だったが、正直長々と案を考える時間的余裕はない。

 適当にそれっぽいのを、と考える中、男が一つ思いついた。

 思いついたものを紙に書き、女性に見せる。

 

「これでどうだ?」

 

「えっ、でもフィガロは……ああ、そういう。でもフォルテスラが勝ったらどうするんです?」

 

「それはそれで先代と当代でいいだろう」

 

「確かに」

 

 名前は決まった。他の作業もしなければ。

 テキパキ動き、残りの作業も終わらせ、次の日が訪れる。

 

 その日の新聞は、飛ぶように売れた。

 記事の題名は、こうだ。

 

『"双王"特別インタビュー!

 フォルテスラとフィガロに聞いた、その強さの秘訣とは!?』

 

 王国の双璧。

 剣王と闘技場の王。

 或いは当代決闘王者と、先代決闘王者。

 この新聞を機に、"双王"の名は国を越え、世界に広く(とどろ)くこととなった。

 

 

 

 

 

 この先は誰も知らない未来。数多の困難があり、危機があり、選択がある。

 強敵が、悲嘆が、苦痛が、アルター王国に待っていることだろう。

 

 だが、希望が絶えることはない。

 どんな試練も越えていける

 

 この国には―――"(ふた)つの王"がいるのだから。

 

 

  Episode End

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □■???

 

『<超級>の増加は一人か』

 

『十分だろう。誰も進化しない可能性もあった』

 

『ポジティブに考えるのが一番なの~』

 

『最低限の目的は果たせた。今回の件は不問にしておこう、チェシャ』

 

『それは助かるなー』

 

『しかし、やはり王国の<マスター>は逸材が多いな。

 特に九号(マッドハッター)が目を掛けているフィガロには、あと一歩で台無しにされるところだった』

 

『そぉぅでしょぉう。彼は中々有力でぇす』

 

『パンプティのお気に入りの【破壊王】を抜いて始めたのに、結局はクレーミルも落とせずに終わった。たいした連中だ』

 

『チェシャの仕込みがなければもっと楽しいことになったんじゃない?』

 

『さて、それはどうかなー』

 

『どちらにせよ、【グローリア】ほどの<SUBM>でさえこれだ。今後の投下は更に念を入れないといけないな』

 

『流石に今回以上の難易度を繰り返すのはバランスを崩すのでは?』

 

『そうなったら、私も止める側に回るかもしれないわね』

 

『そう結論を急ぐな。難易度だけでなく、工夫を重視すればいいだろう。

 分裂・禁則・分断・統率。いくらでも手はあるさ』

 

『…………』

 

『王国への介入ももう少し気を遣わねばならなくなるだろう』

 

『率先して王国のために動く<超級>の増加。面倒だが、誘導も容易だ』

 

『早速今後のイベントも色々考えないとなの~』

 

 

『なにはともあれ、今は祝福しておこう、新たな<超級>の誕生を。

 未来に待つ、我々の望みのための小さな一歩を』

 

 

 To be continued……?

 




 続きません(断言)

 これにてこの話は終わりとなります
 "双王"の物語はこの後もVS皇国編、VSカルディナ編などと続いていくかもしれませんが、書く予定はないですね

 元々は自作オリキャラ交えてのグローリアRTAの予定が、どうせならオリキャラ抜きでifでやった方が読者も喜ぶかなと思っての着想でした
 それなりに評価も貰えましたし、読んだ方に喜んでもらえたなら幸いです
 非ログインの方もそうでない方も、なにか感想がありましたら感想欄と評価コメントに書いていただけると作者はめっちゃ嬉しいですので是非


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