すべては彼女のせい (ちゃりんこ877)
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すれ違い
こちらはにじさんじさん、当時のにじさんじseedsさんによる声劇『憂う少女のアルカディア』の非公式二次創作となります。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。
原作の登場人物はほぼ全員出ますが、登場人物及び世界観の設定に大幅な追加、改変がされております。そちらも合わせてご了承ください。
『憂う少女のアルカディア』のネタバレを含んでおります。
過激な描写が予定されていますがVliverさんたちは「生きて」いますので、誹謗、中傷等には極力配慮していきたいと思います。しかし私自身のライバーさんたちへの解釈が入っているのでご注意ください。
この作品は過激な描写を含みます。苦手な方はご注意ください。
「お前ら、本当に霞を守ってくれるんだろうな!」
静かな教会の礼拝堂。
厳かで静謐な空間に鈴木勝の荒げた声が響き渡る。
状況は非常に緊迫していた。
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その日、勝はいつものように卯月コウと出雲霞、同い年の二人と一緒に学校の帰り道を歩いていたのだが。
「見ぃつけたぁー!」
いきなり二人組の男女に声をかけられたのだ。
二人は共に見た目は二十代でスーツを着込んでいる。
男性の方はスーツ姿が良く似合っていて、あのような状況でなければどこかの企業で働いている普通のサラリーマンに見えただろう。
だが女性の方はスーツこそ着ているが、全身にまとっている雰囲気はとても一般的な会社で働いているような人物には見えなかった。
なによりその身に染みついているかのような狂気を感じさせたし、何より……。
ウィィィィィイイイイイイイイイイイィィィィィンッッッッッ!!!!!
女性がその手に持っていたのはスーツにはとても似合わない得物、チェーンソーだった。
本来なら木を切り倒すのに使われる道具だが、どう見たって本来の使い方をするためのものではない。
「君が予知能力を持った少女ってヤツ?うちのボスがさ、霞ちゃんのことすぅっごく欲しがっててぇ?だがらさ……大人しくついてきて欲しいんだけど」
「アズマ。少し喋りすぎだ」
堅気の人間ではないことは誰の目にも明らかだった。
それに予知能力を持った少女……。
それは間違いなく霞のことだ。
信じられないような話だが、出雲霞には予知能力がある。
その力は間違いなく本物で、勝もコウもその力には何度も驚かされた。
だがそれゆえに霞は学校で気味悪がられることが多かった。
根拠のない謂れや理不尽ないじめを受けることもあった。
それを勝とコウは良しとしなかったのだ。
なにより三人は昔から一緒の友達で、友達が不条理にさらされるなんて許せなかった。
勝はそんな霞を守りたかったし、コウも気持ちは同じはずだ。
だから……。
「二人とも……、逃げて……!」
霞がそんなことを言ったからといって、見過ごす二人ではなかった。
「馬鹿ヤロウ!」
「みんなで逃げるんだよッ!」
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そうして勝たち三人はぎりぎりで近くの警察署に駆け込み、その警察官の紹介で今この教会にやってきていた……というわけだ。
どうやらこの教会でお金さえあれば要人警護をしてくれる人たちがいるらしいのだが。
まず出迎えたのは教会のシスター・クレア、そしてシスターが案内してくれたのは勝たちと同じくらいの年の性別不詳の緑髪チャイナ服と真っ赤な髪をした革ジャンの女性だった。
チャイナ服の名前は緑仙、革ジャンの方はドーラという名前らしい。
この緑仙とドーラが霞の警護を担当するというのだが、勝は正直不安だった。
見た感じこのあたりのマフィアらしいあの二人組、とくにチェーンソーを持っていた女性の方は戦闘力も高そうだが、なにより普通の生活では絶対に経験することはない狂気のようなものを感じたのだ。
勝は自分の趣味で楽しいからという理由で人を殺してしまうみたいな、そんなマンガの中にしか出てこないようなサイコパスを初めて見た気がした。
おまけにその手にしていたチェーンソーだ。
あのチェーンソーは絶対に人を殺すために使っているとしか思えない。
実際にあの高速回転する刃が人に対して用いられる場面を勝は想像もしたくない。
それだというのに……。
「友達だってサー。笑える」
「緑は友達いないからなー」
「ドレイクうるさいよ」
「おっ、図星じゃ図星」
さっきからこの二人はこんな調子で軽口をたたいてばっかりだった。
どうやら緑仙は中か服の見た目通り拳法の使い手で、ドーラの正体はファイアードレイクらしい。
緑仙はかなり華奢だしドーラはファイアードレイクと名前は凄いが今は人間体だ。
あのチェーンソー相手にどこまでやれるのか。
それにマフィアはあの二人だけではないはずだ。
戦闘要員の総数は相当な数になるだろう。
なのにこの二人はなぜこんなにも余裕なんだ。
「ふふっ、二人とも相変わらずですね」
そんな二人を見ていたシスターもシスターだ。
シスターは清廉な雰囲気をまとっていて、らしいというか、これほどシスターが似合っている人もいないのではと思う。
だから余計に緑仙やドーラといった汚れ仕事も請け負う二人と自然に一緒にいるのが違和感だ。
「お前らのこと、信用してもいいのか?」
コウが少しイラついたようにそう言ったのも、勝と同じくあのマフィアと本当に戦えるのか疑問を感じたからだろう。
「当たり前だろ。お金はそこの御曹司から十分すぎるほど貰ったし、安心していいよ。僕たちはどんな相手でも負けないから」
緑仙が涼しい顔をしてそう言ってのける。
「相手はどうやらこの街の地元のマフィアらしいしのぉ。噂には聞いておったが相当腕はたつようじゃし。ワクワクするのぉ」
ドーラの方もむしろ楽しみで仕方ないといった風な様子だ。
霞がそんな二人に質問をする。
「あの……、もしかして相手は結構有名なんですか」
「ああ、そうじゃよ。マフィアOTN組。裏の世界に片足突っ込んでおれば嫌でも噂に聞くことになるくらいには有名じゃな。ま、有名といっても当然裏の世界じゃし、悪名じゃがな」
「チェーンソー持ってたってことは『サイコパスのアズマ』かな。OTN組の中でも特に有名なやつだね。あと有名なのはボスの『食人鬼のゆず』とか。他にもいろいろいるみたいだね。良く知らないけど」
「……そうなのか。とんでもないやつらに霞は目を付けられちゃったんだな」
「だからさ。安心していいって言ったじゃん。どんなやつが来ても僕たちの敵じゃない」
勝の弱気な発言に緑仙が反論する。
勝たちを信用させるため、ではなく信用されていないのが気に食わないといったかんじだ。
「ま、いざとなったらクレアが助けてくれるからのー」
「カミへのお祈りとやら、で?」
「こーら、緑ぃー?」
「……この人たちのノリがわからない」
やっぱり不安だった。
「大丈夫だよ。ドーラちゃんも緑仙も、すっごく強いんだよ」
シスターが元気づけようと声をかけてくれる。
「でも、死ぬときは死ぬし。その時はお前らも一緒な」
「緑仙!……大丈夫。二人がいればきっとあなたたちのことを守ってくれます」
「クレアさん、ありがとう。でも私……」
シスターにお礼を言った霞が急に頭を押さえた。
「うっ。頭が……痛い……」
「霞!?」
「おい、大丈夫か!?」
苦しそうに頭を抱える霞に勝とコウが駆け寄った。
二人が慌ててる中、シスターが霞の肩を支える。
シスターは霞が落ち着くまで、怪我をした子供をなだめるように声をかけ続けた。
「霞ちゃん。大丈夫、大丈夫……。私たちがあなたたちの未来を変えてみせる。だからそんなに怯えないで」
「……うん。クレアさん」
どうやらシスターの呼びかけによって霞はいくらか落ち着いたようだった。
「……おい、出雲が心を許したぞ」
「うん」
コウが勝にそっと耳打ちし、勝がうなずく。
霞は未来視の能力のせいで周りから忌み嫌われることも多いため、本人の方から人を避ける場合がほとんどなのでこれは本当に珍しいことだった。
霞からも信用される人望はさすがシスターといったところだろうか。
「あのシスターはいい人みたいだ」
勝のつぶやきに緑仙が鼻を鳴らす。
「で、僕たちは悪者か……。ま、いいけど。それじゃあ、君たちを護衛するための部屋に案内しなきゃね。じゃないとこっちとしても守りづらい。クレア、談話室を使ってもいい?」
「そうだね。さっそくですが、こちらについて来て下さい」
シスターに連れられて出雲霞、卯月コウ、鈴木勝は教会の奥の方の部屋に向かって行った。
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「それで、のこのこ戻って来たってわけね」
「なぁんか話が違うんじゃなーい?」
街の一角に店を構える『チャイカバー』。
お昼過ぎの今は営業時間外だが、店の中では店主のオカマがカウンター席に座った三人と会話をしていた。
「すまん……!警察に駆け込まれてしまってな。これ以上面倒な事にはしたくなくてな」
「あ~!ごめんね~!ゆずぅ~!」
その内の二人は霞を狙った二人組。
パソコンを使って情報収集をしている社築とバーには余りにも不釣り合いなチェーンソーを脇に置いている名伽尾アズマ。
社は本当に申し訳ないようにしているが、アズマは反省しているのかしていないのか分からない様子で隣の少女に泣きついている。
「いいよー、アズマちゃん!……おい、社!お前は何のためにここにいるのぉ?あたしちゃんの願いをかなえるためでしょう?つまんねえ仕事ばっかして脳が腐ったか?」
四人の中では最も幼いながらも尊大な態度をとっているのは八朔ゆず。
でかい態度をとっていても誰も不審に思わないのは彼女がこの街の地元マフィアを束ねるボスで、三人の上司だからである。
そして白くて若い女性の肉を好む食人嗜好を持った食人鬼でもある。
ゆずは社に対して不機嫌であるという態度をまったく隠そうともせず、カウンターを叩いて声を荒げた。
「あたしちゃんの食料にもならない能無しがここにいる資格なんてないんだけど?」
「っ!……すまない」
社は返す言葉も見つからず謝ることしかできないようであった。
ゆずはため息をつく。
「はぁ……。最近はきな臭い匂いしかしないから、未来視の能力を味方につければ楽できるなーって思ってたのにぃ」
「それについても詳しい情報を集めているところだ。もう少し待って欲しい」
「あー?きな臭いって何のことだっけ?」
「アズマ、あんたこの前の話聞いてなかったの?」
アズマが頭に疑問符を浮かべているのを見てチャイカは呆れ顔になった。
そこで社は情報をもう一度整理するため、……本音はご機嫌斜めなゆずの気をそらしたいという思いで状況の説明を始めた。
「今、状況は非常にややこしいことになっている。規模は不明だが関西で幅を利かせているヤクザ組の一部が東に向かって進行中との情報が入った。それとほぼ同時刻、今度は東側のマフィアも西に向かって来ているらしい。二つの情報が確かなら、その二大勢力はちょうどこの街で衝突する計算になる」
「えー!それってこの街メチャクチャになるってこと!?そんなの許せないんだけど!」
「その通り。ここは俺たちのシマだ。好き勝手させるわけにはいかない。ただこのままだと俺たちは二つの勢力を同時に相手にしなければならない。いくら俺たちでもかなり厳しい戦いになるだろうし、もし切り抜けられたとしてもうちの組の損害はとんでもないことになってしまう。そのために未来視の能力は喉から手が出るほど欲しいものだ」
「そっか。その子に未来を見てもらえば私たちがどうやってピンチを抜けれるかがわかるもんね!」
「ま、別に未来視なんてなくてもあたしちゃん好みの女の子だから、どうしても欲しかったんだよねー。どっかのシャチクさんが逃しちゃったけどぉ」
「と、とにかく!今私たちが優先すべきことは未来視を手に入れることだ」
社が冷や汗をダラダラと流しながら強引に話を続けた。
「そして最優先はあの少女だが、それとは別に俺たちにとって有益な存在がいる。アズマ、あの未来視の少女と一緒にいた金髪の少年を覚えているか?」
「覚えてない」
「おぼっ!?」
即答だった。
社は思わずずっこけそうになったのを抑え、努めて冷静に見えるようにすることで精一杯になる。
「いた。いたんだよ金髪の少年が。いかにも金持ってそうな奴だ!……まあいい。とにかく今言った金髪の少年。『卯月コウ』が俺たちの第二目標になった。チャイカ、説明を頼む」
「わかったわ」
話を振られたチャイカが説明を引き継ぐ。
「実はついさっき、警察から電話があったのよ」
「警察?なんで?」
アズマは訳が分からないという表情になった。
このマフィアに警察が連絡を入れるのは珍しい。
マフィアなので他所といざこざがあったり、ゆずが腹をすかしてちょっと散らかしてしまったりした時にお世話になりそうになることはあるが普段は目立った行動はしていない。
むしろチャイカが空き缶やタバコのポイ捨てをゴミ拾いをしたりして地域に貢献しているため、一部の地元住民からは慕われていたりする(もちろんそれらは、チャイカの本当の仕事をまったく知らない人たちだが)ので、現行犯でない限りは警察も手を出してこないはずだ。
「電話なんて今までしてきたことなかったじゃない」
チャイカはバーを経営しているため、店の電話番号なんてすぐに調べられるだろう。
だから電話がかかってくること自体は驚くことではないが、今までそのようなことはなかった。
「ワタシも最初は怪しいと思ったんだけどね。でも話を聞いてみるとこれがなかなか美味い話だったのよ。簡単に言えばお金儲けの話ね」
お金、という単語にアズマが目を輝かせる。
「おぉ!アズマお金大好きー!」
「卯月コウはあの卯月財閥の御曹司らしくてね。誘拐すれば身代金たっぷりってわけ。警察側としては卯月財閥が建設予定しているウヅコウランドの立地問題でいろいろあるみたいね」
「難しい話はどーでもいーよ!要するにさらう人数が一人から二人になっただけでしょ?」
「ま、そーゆーこと」
「とはいえ、まだ楽観できる状況ではない。現状は何も解決していないわけだし、なるべく迅速にことを進める必要がある」
楽観視しているアズマに社が注意を促すと、今まで興味がなさそうにしていたゆずが退屈そうに話をまとめ始める。
「何にせよ、あたしちゃんの思い通りにならないなんてことは有り得ないから。とっとと捕まえる算段をつけろよ、社」
「もちろんだ」
上手くゆずの気を逸らせて機嫌を損なわさずにすんだことに社は内心ほっとしつつ、たった今思いついたばかりの作戦をこの場の全員に話すことにした。
「皆、聞いてくれ。たった今情報が入って未来視の少女が匿われている大体の場所がわかった。それで作戦についてなんだが……」
「さすが社、いつも仕事が速いわね」
「うっし。お前ら円陣組むぞぉー!」
ゆずの号令にチャイカを始めこの場の全員がニヤッと笑う。
「アレをやるのね?」
チャイカがカウンターから出てきて四人は慣れたように綺麗な円陣を組む。
「よーっし。せーの……」
「お金の為なら四人そろってぇ!」
「なかよ し なか よ しィ !!!」
「 な か よし なか よし !!!」
「 な か よし なか よ しぃ !!!」
「 なかよ し な かよ しーーーーーーーー!!!」
「あはっ!バラバラやん!」
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また場所は戻り教会
談話室へ案内した後、部屋へシスターだけを残して緑仙とドーラは教会の外へ出ていた。
二人はとりあえず教会周辺の見回りをしていたのだが、さっそく何人か斥候と思われる人たちを発見し始末したばかりだった。
「もうここまで嗅ぎつけられているとは恐れ入ったのぉ。さすがこの街を牛耳るマフィアというわけか。地の利では向こうにあるかもしれないの」
「いや、それよりも何ですぐに殺しちゃうの?尋問すれば有益な情報を得られるかもしれないのに」
「あー、すまんすまん。人間はあまりにも脆いから手加減が難しいんじゃよ」
「しょうがないなあ……」
緑仙はドーラにジト目を向けたがドーラ本人はカラカラと笑っているだけだった。
しかしドーラの言う通り、すでにこの教会へ人が配置されていたことについては緑仙にとっても予想よりだいぶ早いくて少しだけ驚いている。
「油断はできないね……」
「心配はいらんじゃろう。実際に殺り合うことになったらワシらは負けはせん」
「ハ、それはもちろん。……でも、素早く仕留めたからまだ感づかれてはいないと思うけど、敵も馬鹿じゃない。連絡が途絶えれば何かあったと感づかれるはずだ」
「それもまた好都合というもの。敵が向こうからやってくるんじゃからな。奇襲を受けるよりは迎え撃つ方がやりやすい。今度は殺さずに生け捕ることもできるしの」
「それもそうか」
二人がこれからの動きについて相談していた時。
「ま、待ってください……!」
教会の方からひっ迫した声があがった。
「今の声は……」
「クレアだ。様子を見てみよう」
何があったのかと二人が急いで教会の中に戻ると。
「待って!外は危険です!」
「それはあいつも同じだ!」
「そうだよ!俺たちが行かなくちゃいけないんだ!」
扉の前でコウと勝の二人がクレアの制止を振り払おうとしていた。
「クレア、これはいったいどういうこと?」
「そうじゃそうじゃ。何かあったのか?」
「緑仙!ドーラちゃん!大変なんです!」
クレアが二人の姿を見ると、余裕を失った様子で駆け寄った。
「霞ちゃんがどこかに行ってしまったんです!行方不明なんです!!」
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出会いと始まり
こちらはにじさんじさん、当時のにじさんじseedsさんによる声劇『憂う少女のアルカディア』の非公式二次創作となります。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。
原作の登場人物はほぼ全員出ますが、登場人物及び世界観の設定に大幅な追加、改変がされております。そちらも合わせてご了承ください。
『憂う少女のアルカディア』のネタバレを含んでおります。
過激な描写が予定されていますがVliverさんたちは「生きて」いますので、誹謗、中傷等には極力配慮していきたいと思います。しかし私自身のライバーさんたちへの解釈が入っているのでご注意ください。
この作品は過激な描写を含みます。苦手な方はご注意ください。
「よーし、こんなものですかねぇ。はっはっはっは!」
少しだけ時間は戻り、警察署ではチャイカのバーへ電話をかけ終わった海夜叉神、轟京子、安土桃の三人が一息ついていた。
京子は手錠を手元で弄りながらご機嫌な様子で二人に語り掛ける。
「出雲霞と卯月コウ、二人の誘拐を依頼するだけでマフィア組と暗殺組、さらに卯月財閥が三つ巴の争いになって共倒れを狙うだなんて一石二鳥どころか、一石三鳥じゃん?」
「今まで関わりのなかったお三方ですが、それはそれぞれのパワーバランスが針の上に乗るような絶妙なバランスの上に成り立っていたものです。何かの弾みでそれぞれが関りを持つことがあれば状況はややこしいことになっていたかもしれません」
桃は一回給湯室に入ると三人分のお茶を用意して戻ってくる。
お茶請けのお菓子もばっちりだ。
ちなみに休憩時間というわけではないので三人そろってくつろいでいるのは警官としてあるまじき行為なのだが、咎める者がいないので皆仲良くまったりタイムを満喫し始めた。
「思ったんだけど海夜叉さん?全面戦争になったらこの街メチャクチャになっちゃうんじゃない?そうなったら、地域住民の避難勧告とか人命救助とかで私たちてんてこ舞いになちゃうかもって、ちょっと心配なんだけど」
「大丈夫ですよ桃さん。もし全面戦争になんてなったら誰がどう見たって私たち三人だけじゃどうにもならない状況になります。いっそ投げ出して、というかはっきり言ってしまえばサボってしまっても「想定以上の事態に上手く対処できなかった」とごめんなさいしておけば問題ありませんし責任を問われることもありません」
「わー、ただの悪党だー。たくさん人が死ぬかもなのに何とも思ってないー」
桃がそんな棒読みなセリフでジト目を向けると海夜叉は心外そうな顔を作る。
それが本心なのかそれとも嘘なのか、長い付き合いの二人でもその笑顔が本心ではない作り物の表情に見えてしまうのであった。
表情を作る、なんて表現をしたのは京子と桃が二人とも海夜叉の顔に何か裏を感じたためである。
「そんなことありませんよ。目の前で誰か死んでしまいそうになった人がいたらちゃんと助けますよ。特に鈴木勝君が危ない目に会いそうなら、すぐに保護しますからね」
「海夜叉さま、それが本音なんじゃ……」
「はっはっはっは!」
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ドーラと緑仙の二人はシスター・クレアから出雲霞が消えてしまったという話を聞き、すぐにその時の詳しい情報が欲しかったため卯月コウ、鈴木勝も交えて談話室に移動して話を聞くことにした。
部屋の真ん中に置かれた長方形の大きな机にコウと勝の二人と、対面にシスターを挟んで緑仙とドーラがそれぞれ座った。
コウと勝はいきなりの事態に混乱しきっている様子で、シスターも二人を落ち着かせようと冷静さを装っているが長い付き合いの緑仙とドーラにはその動揺は隠し通せていない。
緑仙はきっとここまで疲弊しているのは、シスターのことだから行方の分からない霞のことを心配しているのだろうと考えていた。
緑仙にはそんなシスターを元気づける言葉がとっさに思いつかない。
それより事態の解決に取り組んだ方が緑仙の得意分野だし早く安心させた方がクレアの為になる。
「取りあえず、何があったのかを順番に説明してくれ」
「はい緑仙。皆さんをこの部屋に案内してしばらくした後に、霞ちゃんが私にトイレに行きたいと言ったんです。なので私は教会のトイレに案内して……」
「トイレの中までは付いて行った?」
「いえ、中までは……。私はトイレの入り口前で霞ちゃんが出るのを待っていました。でもあまりにも遅かったので心配になって声を掛けたら返事がなくて。急いで扉を開けたんですけど、そうしたら霞ちゃんの姿がどこにもいなかったんです……!」
「本当にごめんなさい……」とうなだれたシスターの肩を緑仙が支える。
「シスターさんがその後俺たちの所に来て、こっちに霞が来ていないか聞いてきたんだ」
コウがシスターの代わりに説明を続けた。
「トイレの前にクレアさんがいたからすれ違ったなんてことはないはずだけど一応って。俺たちの方に出雲は来ていなかったし、その後俺たちは慌てて教会の中を探し回った。でも、どこにも出雲はいなかった。それであいつらに連れ去られたんじゃないかと思った俺と勝は外に探しに行こうと思ったんだけどクレアさんに止められちまって」
「そこで僕たちと合流したっていうわけか」
「……なあ、こんなことしてないで早く探しに行こうぜ」
「素人は黙ってろ。この状況で、ただの金持ちに何ができる」
「探すなら人出が多い方が良いだろ!」
「素人が何人増えたとこで役立たずが増えるだけだ」
「まあまあ、緑。ここで口げんかしても何にも始まらんじゃろ。それより早く現場を見た方が良いのではないか?」
「そうだね。早く取り掛かろう」
「お、おい!待てよ!」
コウは無視して緑仙は霞が入ったというトイレに向かった。
コウと勝も慌てて後を追いかけてくる。
「じゃあワシは一回クレアを連れていく。そっちはたのんだぞ」
「ああ、了解」
ドーラはシスターの肩を抱きながら一旦部屋に連れていくことにしたようだ。
緑仙も、シスターは一回落ち着いた方が良いと思ったのでドーラに任せることにした。
「よし。じゃあさっさと終わらせよう」
トイレに着いた緑仙はさっそく現場検証を始めることにした。
この教会にはいくつかトイレが設置されていて、いわゆる来客用と教会で勤めている人用の物とで分かれている。
霞が案内されていたのは教会に祈りを捧げに来た人たちが使う来客用のトイレで、公共施設に設置されているような公衆トイレと同じつくりになっていた。
公共のトイレと同じなので男性用と女性用と二つある。
さきほど霞が入ったのはもちろん女性用だ。
緑仙はさっさと入っていったが、コウと勝は女性用トイレに入るのに抵抗があるらしい。
「ここまでついてきたのに入らないの?」
「う、うるさい」
「だってそっちは女子トイレだし……」
「はいはい」
現場検証だし中には誰もいないのだからそんなことで恥ずかしがるなんてまだまだ初心だな、と緑仙は鼻で笑いつつトイレの扉を開けた。
中は緑仙がいつも見ている通りのトイレと同じだった。
一見異常があるようには見えなかった。
それが違和感だった。
ここのトイレはあまりにも同じだったのだ。
そしてトイレの窓から外を眺めて緑仙はこのトイレで何が起こったのかを確信した。
「おーい、何かわかったか?」
扉の向こうでコウが話しかけてくる。
緑仙はトイレから出て、二人を面白そうな顔で眺めた。
「とっても興味深いよ。もう一度君たちからは色々聞いておいた方がいいかも」
「ど、どういうこと?」
「出雲霞っていうやつについて、さ」
コウと勝が同時に首を傾げる。
「まず、出雲霞はマフィアに連れ去られた訳じゃない」
二人の反応は速かった。
「なっ!?何言ってんだ!?」
「じゃあ、霞はどうしていなくなっちゃったんだよ!?」
「そりゃ、自分でどっかに行っちまったのさ」
「……」
「……」
「「はぁ?」」
二人は訳が分からないといった顔をした。
だがそれは緑仙も同じだった。
緑仙にとっても訳が分からない。
「マフィアに連れ去られたわけじゃないのか?」
「いいや、違う。このトイレには荒らされた形跡がない。トイレでで暴れたら外にいるクレアが気がつくはずだし、そもそもこの教会周辺にいたマフィアは僕とドーラが始末した。断言していい。この辺りで生きている人間は僕たちとお前らだけだ」
緑仙は自信を持ってそう言えた。
生きていない人もいるのはドーラが沢山殺してしまったからだが、殺すにしろ殺さないにしろ見逃した敵はいない。
「そして極めつけはトイレの窓の外。窓から一番近い地面は深く窪んでいた。これは窓から飛び降りた足跡だ。そして教会の外側へ向かって続いている1人分だけの足跡。どっちの足跡も同一人物、そして足跡の大きさは間違いなく少女の足の大きさだ。つまり」
いったん言葉を区切り、緑仙ははっきりと断言する。
「あの子は間違いなく自分の意志でこの教会を飛び出していったんだ」
「な……」
「ふざけんなよ!そんなわけあるかよ!」
勝は完全に絶句し、コウは激昂する。
「出雲が……出雲がそんなことする必要があるのかよ!」
「さあね。そこまでは知らないよ。でも自分一人でここから抜け出したのは間違いないから……」
「くそっ!」
コウは緑仙の説明に納得できなかったようで、一人で教会の外へ駆け出していった。
「あ、待てよコウ!」
勝が呼び止めたが、コウは止まらない。
そのまま飛び出していってしまったようだ。
「コウのやつ、行っちまった……」
「なんじゃなんじゃ、穏やかではないのぉ」
「あ、ドーラ」
後からやってきたドーラはちょうどコウとすれ違いになったらしい。
緑仙はこのトイレに来てから今までのことを順番に説明した。
説明をすべて聞き終わったドーラは参ったといった顔で頭をかく。
「なるほどー?大人しい顔してとんだじゃじゃ馬娘じゃったんだなぁ、あの霞という子は」
「僕も少し予想外だった」
緑仙も肩をすくめてみせる。
偵察のため潜伏していたマフィアを一人も逃がさなかった二人が出雲霞には見事に出し抜かれてしまった。
未来視の実力の一端を見せつけられ、緑仙は内心驚愕する。
一方の勝は心配そうな顔で二人に尋ねた。
「あのさ、まだ信じられないけど霞は逃げちゃったんだろ?この場合、依頼の方はどうなっちゃうんだ?」
護衛対象である霞は逃亡、依頼人であるコウもたった今飛び出していったためどうやら勝は今回の護衛は取り消しになってしまうのかもしれないと心配になったようだ。
「確かにめんどくさい状況だけど金はすでにたくさん貰ったからね」
「まあ護衛対象が逃げ出してしまうなんていうくらいのトラブルじゃったら、サービスで捜し出してやってもいいほどの金じゃったからのぉ。ま、あまりにも手間取るようじゃったら追加料金も貰うがのー。本気で逃げられたら未来予知の能力はちと手こずりそうじゃ」
「そうだね。現に今も出し抜かれてしまったわけだし」
緑仙が今考えている最大の焦点でもある。
出雲霞は間違いなく未来視を使ってこの教会から脱出した。
自分の意志で。
そしてそれは自分の意志で未来視を使い、それを完璧に使いこなしたことに他ならない。
どの程度かは不明だが、霞は未来視を自分のコントロール下においている。
会ったばかりの時も突然頭を抱えていたし、この類の能力は突発的でやや暴走気味になってしまうものだというイメージだったが、その認識は改める必要があるらしい。
(そもそも何で逃げ出す必要があったんだ)
街中をふらふら歩くよりはこの教会はずっと安全なはずだ。
わざわざ危険な所へ勝手に向かうだなんて正気ではない。
それに、霞が逃げ出したおかげで緑仙の彼女に対する警戒度はマックスにまで高まった。
(もし彼女と戦って僕は勝てるか……?見た感じは普通の高校生だから普通は負けない。だけどもし、あの未来視を使って戦うより前に僕にとって都合の悪い未来を呼び寄せることが出来るのだとしたら)
緑仙とドーラを出し抜いた未来視の実力は暗殺者二人と張り合えるのかもしれない。
出雲霞は緑仙にとって脅威となりえる。
であるなら目的が分からない以上緑仙は霞が敵なのか味方なのかの判断がつかなかった。
今はまだ護衛対象だが、これ以上妨害してくるようなら……。
「どうやら、思ったよりもややこしいことになりそうだね」
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「海夜叉様―?私たちも何か行動しなくて良いんですかー?」
「大丈夫ですよ京子さん。すでに手は打ちましたから、今は特に何をしなくても皆さんが勝手に動き出してくれますよ。そう、本当にたくさんの人が、ね。だから今のうちにのんびりしておいてタイミングを見計らって美味しいとこを持っていけば良いんです」
「そっか。海夜叉様って悪い人だねー」
「そんなことありませんよ。はっはっはっは!」
「あ、海夜叉さんにきょーこ先輩。誰か来たみたいだよ?」
「すみませーん!落とし物拾ったんですけど!」
「はいはーい。……って、十円玉?」
「さっきそこで拾ったんです!」
「へー、ちゃんと交番まで届けてくれたんだ。偉いねぇ。じゃあその十円はあなたが貰っても大丈夫だよ」
「ホンマですか!ありがとうございます!」
「あー!もう、だからそんくらいの金なら勝手に貰っても良いって言ったじゃん!」
「いいやんか!ちゃんと交番に届けるのが大事なの!」
「あらあら?そっちの男の子は彼氏クンかなー?」
「違いますって!俺たちはただの姉弟ですから!早く行こうよ姉さん!」
「あ、待ってよ―!?」
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「それじゃあ、お前を家に帰したら僕とドーラは出雲霞の捜索を始めるから」
「なあ、俺も霞を探すのを……」
「何度も言っただろ?素人がいても邪魔なだけだ」
日も暮れそうなのでひとまず緑仙とドーラは勝を家に帰すことにした。
教会で匿うことも検討したが本人の家族が心配するだろうと考えた結果、遠くから見張りをたてて家に帰すことにしたのだ。
勝はどうしても二人に付いて行きたい様子で先ほどのやり取りをもう何回も繰り返していた。
だが緑仙は自分の意見を変える気はない。
勝は一度家に帰すべきだ。
「まー、探すのに手こずったらその時は手を貸してもらうこともあるかもしれんのー?」
「本当か!?」
「ちょっとドーラ?」
「はいはい、分かっとるよ。そんなことは万が一も起きん。それにワシらが手こずるとなるとそれは相当やばい時じゃから、その時は霞の命が保証できんからの?」
「……そうか」
勝はかなり気落ちしたようだ。
緑仙から見た限り、勝は本当に出雲霞のことが心配なように見える。
友達とやら、だからなのだろうか。
だからといってそんなに本気になって落ち込むことができるものなのだろうか。
緑仙は自分には理解できない価値観に違和感を覚えるが、すぐに自分には関係ないことだと思考を中断した。
「……ん?」
道の反対側から一人の少女が歩いてくる姿が見えた。
だが霞ではない。
同じ女の子ではあるが、その女の子は綺麗な金髪だった。
それに青い目をしていた。
外国人、にしては顔立ちは少し日本人っぽいからハーフか何かだろうか。
頭に付けた大きなリボンがとても似合っていてまるでおとぎ話の世界からやってきたようだ、と考えたところで緑仙は内心笑ってしまう。
まさか自分が現実のものをおとぎ話のようだと形容してしまうとは。
だが緑仙が思わずそう思ってしまうくらいに目の前の少女は現実離れした美少女だった。
緑仙はそう考えながら、相手にはバレないように目の前の少女を観察していた。
一応、霞が変装した時の場合を考慮しての観察だったが、鍛えた緑仙の観察眼はその金髪碧眼が間違いなく本物だということを証明した。
出雲霞ではないのなら何も興味はない。
と緑仙がそのまま少女とすれ違おうとした時。
なんと金髪の少女の方から緑仙たちへ駆け寄ってきた。
「はーい!ぐっどいぶにんっ!おにーさん、おねーさんたちに聞きたいことがあるのだけれど良いかしら?」
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バーと農家と路地裏
こちらはにじさんじさん、当時のにじさんじseedsさんによる声劇『憂う少女のアルカディア』の非公式二次創作となります。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。
原作の登場人物はほぼ全員出ますが、登場人物及び世界観の設定に大幅な追加、改変がされております。そちらも合わせてご了承ください。
『憂う少女のアルカディア』のネタバレを含んでおります。
過激な描写が予定されていますがVliverさんたちは「生きて」いますので、誹謗、中傷等には極力配慮していきたいと思います。しかし私自身のライバーさんたちへの解釈が入っているのでご注意ください。
この作品は過激な描写を含みます。苦手な方はご注意ください。
チャイカが経営しているバーではチャイカが店を開く準備をしている横で、社がパソコンを開いて情報収集をしていた。
ゆずは腹が減ったといってどこかへ出かけ、アズマは面白そうだからとゆずと一緒に出ている。
チャイカがグラスを拭く片手間に社に話しかけた。
「あんた、今日はもう休みじゃなかったの?」
「これも残業だよ。さっきいきなり舞い込んできた仕事だ」
「……割と本気で言うのだけれど、その会社とっとと辞めた方が良いんじゃない……?」
「まあ、いつもこんなかんじだ。チャイカの方こそ、そんなペースで開店には間に合うのか?」
社の見た限り店内の掃除は済ませてあるようだが、酒類の補充やだべもの関連の下準備をしている様子が見られなかった。
もうすぐ開店時間だというのにとても間に合うペースとは思えない。
「いいのよ。いつも忙しくはならない程度に繁盛してないし。それに最近できたライバル店の方にお客の何割か持ってかれちゃってるのよ」
「ああ。となりの通りに出来た店か」
「そう。特にこの店の熱心ではない若い子とかね」
チャイカが軽くため息をつく。
「今ちょうどきりが良いとこだし、愚痴なら付き合うぞ?」
「……ま、愚痴って程でもないんだけどね」
そう前置きした後、チャイカはカウンター裏に置いてあった椅子に腰かける。
「どうも聞いた話によると、新しいバーの店主が渋いおじさんらしくてね?そのおじさんの声がこれまた渋いイケおじボイスらしいのよ。それで女性客を取られてしまっているわけ」
「ふむ。しかしこの店の大方は男性客なんだろう?」
「そこなのよ。あの店の店員じゃなくてね。常連の女性客がいるらしいんだけどそれがかなりの美女らしくてね。まるで『女神』みたいだとか何だとか」
「男性客も取られてしまっているわけか」
「まあ別に?こっちの常連さんは相変わらずお店来てくれるし?むしろ暇になって裏家業に専念できるから良いんですけどねぇ?」
「つまり悔しいんだな?」
「……そうとも言えるわね。ごめんなさい。結局愚痴になってしまったわ」
申し訳なさそうにしたチャイカを見て、社がフッと笑った。
「珍しいものを見れたから問題はないさ。……それよりチャイカ、うちの連中がやられた」
社の言葉にチャイカの顔が険しいものに変わる。
「どこでやられたの?」
「おそらく教会方面に向かった組員だ。まさかとは思ったがあそこにも人を配置した成果はあったようだ」
「そこに出雲霞と卯月コウが?」
「連絡係の報告によれば偵察組は全員死亡してしまったらしいからな。情報はまったくない。だが他の場所に向かった偵察隊からはめぼしい情報はなかった。的は十中八九教会だ」
「なら、さっそくボスとアズマに連絡して教会に向かわないとね」
「死んでしまった奴らの仇も討たないとな」
「ええ。たっっっぷり、お礼しないとね」
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一方そのころ、とある農家の家は屋根が吹っ飛んだ。
「あぁ!?俺の家がー!?」
この家の主、舞元啓介はたった今起こったことに頭を抱えて叫んだ。
夕飯の食材を買いに車を飛ばして一番近くのスーパーへ買い物をしてきた帰りだったのだが、家の屋根が見えてもうすぐ自宅に着くぞといったところで家の屋根が爆発したのだ。
それはもう物凄い爆音と衝撃がやってきて、火山の大噴火の様に屋根が砕けて上方向に吹っ飛んでいった。
粉々になった屋根の破片はもう空の彼方。
家の柱とか壁とかよく無事だったものだ。
屋根が吹っ飛んだ衝撃で一緒に崩れ去ってもおかしくなかった。
「家が……。俺の家が……」
ちょっとの距離のお出かけでも我が家に帰るというのはホッとするものだ。
すくなくとも舞元にとって自分の家とはそういう場所であったし、そういう場所にしようとそれなりの努力をしてきた。
好きなスポーツ観戦のために少し高いテレビを買ったり、快適にゲームをするためにさまざまな機材を買ってきた。
そんな!
大切な!
自宅が!
「爆☆砕!?」
ああぁぁぁ!
何ということだろう!
自分の目の前で家の屋根が大きな爆音とともに大爆発したのだ!
何でこんなことになってしまったのか。
「いや。何でこうなったかは分かり切っている……」
急いで自宅に戻り、吹き飛んだ屋根の真下に位置する部屋に駆け上がる。
「おぉい!椎名唯華ァ!」
「あ、舞元さん!」
舞元は諸悪の根源である人物、椎名唯華に詰め寄った。
椎名唯華は霊媒師の高校生……らしい。
最初はいきなり家を訪ねてきたのだがあまりにも怪しすぎて最初は門前で突っぱねた。
そしたら次の日から家に居ついていた。
何で?
「謝らないよ!」
「……まだ何も言っていない」
ちなみに今まで屋根を壊された回数今回で3回、壁に穴をあけた回数7回、テレビの画面に傷をつけた回数4回、電子レンジが爆発した回数椎名がレンチンした回数の1/2回、勝手にお菓子を食べた回数108の二乗、その他やらかしn回……ets.
やって来るたびに何かを巻き起こす災害のような少女なのだが、なぜか長い付き合いになっている。
椎名の家に連絡するべきなのだろうが電話番号を知らない。
なら警察に連絡をつけるのが普通なのかもしれないが、舞元はなぜだかこれまで警察に連絡してこなかった。
というのも椎名の距離間のとり方が絶妙に上手い。
居ついていると言っても居候というわけではなく、きちんと夕方には自分の家に帰っている。
いつの間にかやって来るだけなのだ。
舞元にとって本当に迷惑がかかるようなことはしてこない。
女子高生が男の家に出入りしているなんて、近所で噂がたったら舞元にとってリスクにしかならないがどういう訳かそんな噂がたつこともない。
どうやら誰にも見られずに舞元の家へ上がり込んでいるらしい。
霊媒師というより妖怪みたいな不思議な少女だった。
「……とりあえずりりむちゃんはどこなんだ?一緒にいるんだろ?」
「あー、良く分かりましたね……」
「家が壊れるのは大抵りりむちゃんと一緒にいるときだろ」
魔界ノりりむ。
たまに椎名と一緒にやってくる悪魔の少女……、歳は8歳らしいので少女というより幼女だろうか。
最初逢った時はいきなり悪魔だと名乗り、霊媒師よりも信憑性の無い話だと思ったのだが何度も魔法のような力を実演させられるうちに嫌でも理解した。
そう、本当に嫌な実演だった。
具体には今まで屋根を壊された回数今回で3回、壁に穴をあけた回数7回、テレビの画面に傷をつけた回数4回、電子レンジが爆発した回数椎名がレンチンした回数の1/2回、勝手にお菓子を食べた回数108の二乗、その他やらかしn回……ets.
つまり舞元家の何かが壊れる時はこの二人がセットになった時なのだ。
「りぃりぃならほら、吹っ飛んだ家の縁に引っかかってます……」
「うきゅ~」
「うわっ!?大丈夫か……?」
舞元が見上げると部屋の壁の上、本来は天井のすみがあるはずの壁の上に胴体を引っ掛けるようにしてりりむは伸びていた。
白い髪に白い肌、目は赤く少しだけ光っていて普段はいかにも悪魔らしい妖しさと神秘さが合わさっているのだが、今の彼女は屋根を吹き飛ばした時に降りかかったのであろう木片や木屑が服や髪の毛についていて何だか悲惨な姿だった。
「とりあえず、こっちに降りて来れるかー?」
「うーん……こんくらい何ともないし……」
りりむは頭を上げるとよろよろとしながらもゆっくり浮き上がり、目線の高さが舞元と同じになる所まで降りてきた。
……まあ、悪魔的には空を飛ぶなんて普通のことらしいのだが。
それより最近は空中に浮くなんて非日常的なことにも徐々に慣れてしまっている自分が恐ろしい。
「最初はいちいち驚いていたんだけどなあ……。驚くにも疲れてしまった」
「ん?何か言った?」
「いや、何でもない。……それより早く屋根を元に戻してくれ」
「わかったー」
舞元に頼まれたりりむは空に向かって指さすと「えいっ」と掛け声をかけた。
それだけで空の彼方に吹っ飛んだはずの屋根が降ってきた。
「うわっ」
ドシンッ、と大きな音を立てて屋根が家の上に乗っかった。
へし折れていた柱の部分も気がつくと元通りに修復されている。
ただ屋根を上に乗っけるのではなくて壊れた部分も元通りにくっついているところがやっぱり魔法か何かの類なんだなあと感心する。
屋根が落っこちてきた衝撃で少しホコリが舞ってしまったのには少し顔をしかめてしまったが。
「よし。これで家も元通りになったことだし、もう日は暮れてきたし、二人は早く家に帰った方が良い」
「えー、何でですか!?来たばっかりなのに!」
「もう夕飯の時間だろ?今日買ってきた食材じゃ俺の一人分のメシしか作れねえよ。それに家の屋根が吹っ飛んだ衝撃で正直疲れた……」
「直ったじゃないですか。屋根」
「直ると分かっていても俺の心理的に悪いの!家の物が壊れたり吹っ飛んだりするのは何度やられても慣れねえんだよ!?」
一度やられる身にもなって欲しい。
そして反省してほしい。
「そうだよ。しぃしぃは迷惑しかかけてないんだから!屋根直したのも私だし!」
「えー、何でぇ?」
「とにかく帰るよー!」
ぐちぐち言いながらも椎名はりりむに引きずられて行った。
「気を付けて帰れよー」
舞元は一応玄関までは見送りに行く。
「舞元さん、じゃーねぇー!」
「舞元さんー!また明日来ますからー!」
「明日!?早いな……」
「物壊されても大丈夫なように心の準備しておいて下さーい!」
「出来るかー!」
そんなやり取りをしながら椎名とりりむの二人が見えなくなるまで見送ると、舞元は夕食の準備を始めるべく台所へと向かった。
「ふぅ」
ちょっとだけ疲れてしまって思わずため息が出てしまった。
まあぶっちゃけてしまえば椎名とりりむの相手はおじさんには手に余るし疲れてしまうこともある。
だが騒がしくも煩わしさはなく、どちらかというと一緒にいて楽しいと感じることの方が多い。
何だかんだでこの関係が続いてしまっている理由の一つだと思う。
今のところ唯一にして最大の問題はこの関係が周りにバレてしまうかどうかということなのだが。
「俺、捕まったりしねえよな?やましいことは何もないけど最近はこういうことに厳しいだろうし……」
またため息が出てしまいそうになったその時、玄関のチャイムが鳴った。
時間的にはもう夕方も過ぎ、空はすっかり暗くなったタイミングだった。
「ん?誰だこんな時間に?」
こんな時間に農家へやって来るような人は普通はいない。
椎名が何か忘れものでもしたのだろうかと思いながら舞元は玄関の扉を開けた。
「はーい。いったい誰でしょうか……あれ?」
扉を開けても目の前にはいつもの玄関先の景色が広がっているだけで、誰もいなかった。
「おかしいな……」
「すみません。下です下」
「下?」
舞元よりだいぶ低い位置から声が聞こえたと思って下を見てみるとなんとそこにいたのは一匹の柴犬だった。
「すみません。こんな夜更けに。実は私、少し困っていまして……」
「犬が……、しゃべった……」
「あ、そうなんですよ。しゃべるんです私。驚かせてしまうかもしれないですが。……あれ?でもあなたはそうでもないですね?普通の人はもっと飛び上がるくらいビックリしちゃうんですけど」
「いや、まあ……霊媒師や悪魔に比べたら犬がしゃべるのは大したことじゃないかな、と」
「?」
どうやら思っていたより自分の人生は奇想天外らしい。
しかし舞元はこれから夕食にしようとしていたが、この柴犬はちゃんと食べたのだろうか?
(結局俺以外の夕食を作らなきゃいけないのかな……。食材ないし、猫まんまでも作るか。猫まんまって犬が食うか知らないけど)
信じられないことを目の当たりにしている割にはどうでもいいことを考えている舞元だった。
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「その話をどこまで信頼すればいいんだ?」
3人組の男のうち、一人の男がそう質問する。
3人組はどこかの組織の人間なのかスーツ姿で並び立っていた。
場所は薄暗い路地裏。
日もすっかり暮れ、大通りの街灯がわずかに差し込むだけの中、相手の顔すらよく見えない状況で一人の女性が3人組の男と話している。
女性の年齢は良く分からない。
少なくとも3人組の男たちは女性の年齢が判別できなかった。
少女のようでもあるしやたら大人びているような気もする。
「すべて。……すべてを信じて。私が話していることすべてがこれから起こることなんだから」
傍目から見たら3人組の男たちが女性を脅しているように見えなくもない。
だが、今この場は交渉の場だ。
3人組と女性は対等の立場だった。
「だが、にわかには信じがたい」
さっきとは違う男がそう言った。
「貴方の話には信憑性がない。確実性がないことに我々は動くことが出来ない。幹部より下の地位である我々がこの場に来ている点でもそれを理解してほしい」
「それはそうでしょうね。……何せ私はまだ力のほんのひと欠片しか見せていないのだし」
「……そうだな。あれで氷山の一角とは驚くばかりだが」
少女は薄く笑う。
妙に似合っているその笑い方は口元が三日月のような形になっていて、女性の冷たさと鋭さが笑顔を通して伝わってきそうだった。
「それにあの力は思う存分見てみたいでしょう?名前は……『もち』と言ったかしら?」
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道すがら
やっぱりタイトルが場所の名前になってしまった。
このままでは次のタイトルは『道すがら2』になってしまう……。
こちらはにじさんじさん、当時のにじさんじseedsさんによる声劇『憂う少女のアルカディア』の非公式二次創作となります。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。
原作の登場人物はほぼ全員出ますが、登場人物及び世界観の設定に大幅な追加、改変がされております。そちらも合わせてご了承ください。
『憂う少女のアルカディア』のネタバレを含んでおります。
過激な描写が予定されていますがVliverさんたちは「生きて」いますので、誹謗、中傷等には極力配慮していきたいと思います。しかし私自身のライバーさんたちへの解釈が入っているのでご注意ください。
この作品は過激な描写を含みます。苦手な方はご注意ください。
時間は少しだけ戻り、鈴木勝が緑仙とドーラに連れられて自宅に連れられている時。
「私の名前は物部有栖よ!あなたたちは?」
勝たちが出会った金髪の少女。
有栖と名乗った少女はいきなり話しかけられてビックリしている勝たちに構わず名前を訪ねてきた。
「えっと俺は勝。鈴木勝だ」
「ワシはファイアードレイクのドーラじゃ」
「……」
「緑仙じゃ」
「おい」
名乗るのを面倒くさそうにしていた緑仙の代わりにドーラが有栖に緑仙の名前を教える。
「別に名前くらいいいじゃろ?緑からは絶対言わないだろうからの」
「面倒ごとを増やしたくないだけ。今僕たちは出雲霞を探すので忙しいだろ」
「まあ!皆さんも誰かを探しているのね!」
有栖が緑仙の言葉を聞いて目を輝かせる。
緑仙は思わず「しまった」という表情をした。
「実は私も探し物をしているの。もしよかったら私もおにいさんと、おねえさんのお探しものを手伝うから一緒について行っていいかしら?」
「いや。僕らは……」
「いいね!一緒に探せば探し物も見つかりやすいだろうし!」
「お前っ、何言って……」
緑仙は有栖の誘いを断ろうとしたが突然横から勝が割って入ってきて有栖の意見に賛成する。
一刻も早く霞を探し出したいと思ったのはコウだけじゃない。
勝だって一人走り出して街中を探し回りたい気持ちなのだ。
だが仮に霞を捜し出せたとしてもマフィアから守り通せる自信が勝にはない。
ならやっぱり暗殺者の二人を頼るしかなかった。
そのためどんな理由でもいいから二人に付いて行く口実が欲しかった。
「ええ、そうね!ぜひご一緒させてもらいたいわ!」
お願いを聞いてくれた勝に有栖は目を輝かせる。
勝にとって有栖の頼みはまさに渡りに船だった。
これなら有栖と一緒に探し物を手伝うという名目で暗殺者2人と行動を共にできる。
「お前……、僕たちの言うことが聞けないのか」
「い、いいじゃんか別に!それにこの子だって放っておけないよ」
緑仙は少し目を細め冷めた声色で問い詰めたが、勝はその威圧感に少し押されながらも自分の意見は曲げなかった。
「仕方ないのう。ま、少しだけなら付き合ってあげてもよいか」
「ドーラ。君まで……」
「別に良いではないか。勝も緑仙に睨まれてちゃんと反抗するとはなかなか覚悟が決まっていると見える。このような状態では、いつコウどののように一人で駆け出してしまうか分からんし、こっちの目の届かぬところで駆け回られるよりはワシらの近くで探させた方がまだ安心できるというもの。有栖どのにしたって幼い女の子を一人にさせておくわけにはいかんじゃろう?日も暮れそうじゃし、もう少しだけ付き合ってあげても良いのではないか?」
「だからそれは、何人も素人が増えたところで……!」
「おいおい、何を感情的になっておる緑よ。いつもの皮肉屋はどうした?それとも……あの未来視の少女に恐れでもなしたか?」
「……!」
自分でも思いもしなかったことを指摘されて緑仙は目を見開く。
緑仙は自分の表情を確認するように手で顔を抑えた。
動揺した様子の緑仙にドーラはクツクツと笑いをかみしめる。
「緑の気持ちも分かるぞー。あの未来視は底が見えんから恐ろしい。ワシも内心ちょっとびびっておる。だがな、それで冷静な判断が出来なくなるようなことはいかんぞ?」
顔に手を当ていて表情が硬くなっている事に気づいた緑仙は体の緊張を解くため、長い息を吐いた。
「あー、分かったよ。確かに感情的になっていたかもしれない。……でも判断能力が鈍ったつもりはないし、間違った判断をしたとも思っていない。この子の提案を受けるのは僕らにとって何の得にもならない」
「緑は意地っ張りじゃなあ。今回は一本取られたと思って有栖どのついていってもよかろう?」
凄くイヤな顔をした緑仙だったが、これ以上引き下がっているのはみっともないと考え、2度目のため息をついた。
「……わかった」
とうとう折れた緑仙を見て勝が嬉しそうな顔をし、それを見た緑仙がまたまたため息をつく。
一方ドーラは面白いものが見れたと腹を抱えて一笑いした後に、有栖の方へ向かうと大きなリボンのついた鮮やかな金髪を撫でた。
「では有栖どの、共に向かうとするか。……しかし小学生がこんな時間まで出歩いて家の者は心配せんのか?」
「あ、ドーラさんそれは冗談でもきついわよ。有栖はJKじゃい!」
「む?そうであったか。それはすまん。人間の年齢は見分けるのが難しいのー」
「大丈夫よ!ふふっ。分かってもらえたのなら良いわ」
そうして緑仙たちは有栖と行動を共にすることになったのだった。
緑仙たちの方は行くアテがなかったので基本的には有栖について行くことにする。
有栖が向かったのは街の大通りに面している所で、そこに並んでいる店のショーウィンドウを眺めて回っていた。
太陽は建ち並ぶ建物の陰に隠れ、街は夜の準備のために照明を灯し始める。
店の看板が光り始める瞬間という普段めったに見ない光景の中で勝は少し幻想的な雰囲気に包まれているようだった。
そんな街の中を歌を口ずさみながら歩いている金髪碧眼の少女というのもさらに幻想的だった。
まるで童話の中に入ってしまったかのようだ。
「ハンプティダンプティ、塀の上♪ハンプティダンプティ、まっ逆さ♪キングとナイトは大騒ぎ♪ハンプティダンプティ、ぺっしゃんこ♪」
「さっきから歌ってるそれって何なの……です?」
ここに来るまでずっと繰り返し歌っていた有栖の歌が気になって勝は彼女に歌について聞いてみる。
皆より先頭を歩いていた有栖がこちらに振り返り、頭のリボンを大きく揺らす。
「とっても素敵なお歌でしょ?」
「うん。まあ……そうだね」
有栖は満面の笑みでそう返したがそれは勝の質問には答えていない答えだった。
はぐらかされた、という訳でもなさそうだったが。
曖昧な答えに勝もどう反応したらいいか困ってしまう。
「有栖はね、友達のプレゼントを探しているのだけれどなかなか見つからないのよ。勝くんたちも探してくれると嬉しいわ」
「うん。わかった……ました」
ちなみにさっきから微妙に歯切れ悪い語尾は、実は自分より年上だった有栖にどう接したらいいのか分からなくなってしまっているからである。
有栖は気にしなくて良いと言ってくれているが、勝はそのあたりのけじめはしっかりするべきだと思ったのでちゃんと敬語を使うようにしている。
ようにしている、というだけで実際はできていないのだが慣れるようになるまで気をつけようと思ったのだ。
「良いって言ってるんだし、諦めたら?正直見苦しいんだけど」
緑仙が呆れた様子で勝に言う。
「うっさい!……あ、そういえば有栖さんが探しているプレゼントって具体的にを探しているん……ですか?」
強引に話題を変えた勝だったが、その話にドーラも緑仙ものってくれた。
「おー、それを聞くのを忘れておったのぉ」
「確かに」
勝が質問するとドーラと緑仙も興味深そうに有栖に聞いてきた。
有栖は少し考えるそぶりを見せる。
「うーん、そうねえ……。友達のために何か買いたいのだけれど、買いたいものが決まっていないのよ。だからこうやってお店を回りながら決めたいのだけど。……なかなか良いのが見つからないのよね」
「決まっていないんだ。プレゼントなら俺も相談に乗ろうか?」
「それは助かるわ!えっと、いつもお世話になっているお友達にお礼の気持ちで渡したいのだけれどどんな物が良いかしら?」
「友達へのプレゼントなんだ。……何が良いかな?どう思う二人とも?」
「こっちに振るのかよ。まあ良いけど。……ドーラは何かある?」
「緑もこっちに振るんかい!?まあ良いが。んー……、ワシの場合そういう時は食べ物を送ることが多いかのぉ。何か記念日という訳でもないし、後に残らないくらいがちょうど良いと思う」
「まあ!じゃあ有栖お菓子が良いわ!」
ドーラの意見に有栖が目を輝かせる。
「みんなお菓子は大好きだもの。みんな喜んでくれるわ!ありがとうドーラさん!」
「ん。参考になったのならワシも嬉しいぞ」
「それじゃあさっそく美味しそうなお菓子を探しに行きましょう。お金はそんなに持っていないから今日は買えないけれど、美味しそうなものが売っているお店を探したいわ」
「うむ。それじゃあ探しに行くかの」
そうして一行はまた店を探し回る。
今度はお菓子を売っているお店を中心に、ケーキ屋やパン屋の菓子パン、ドーナツ屋などを巡っていった。
美味しそうなお菓子を見つけるたびに有栖は目を輝かせ、肩に掛けていたポシェットからメモ帳を取り出して何かを書き込んでいる。
他の三人はそれを見て微笑ましい表情になっていた。
「そう言えばおにーさんとおねーさんたちは誰を探しているの?」
またしばらくしてから、今度は有栖が訪ねてきた。
「ワシらか?ワシらはこの勝の友達の出雲霞という少女を探しておる。ワシと緑の二人はそのお手伝いじゃ」
「まあ!行方が分からないの?」
「うん、まあ……」
勝は口ごもった。
「行方が分からないって言うか逃げ出したんだけどね」
「こらっ、緑」
「……」
緑仙がポロッと口にした言葉にドーラは叱咤したが、勝は俯いてしまう。
(本当に霞は自分の意志で逃げ出したのか……。だったらどうしてそんなことを)
答えの出ない考えが勝の頭の中でぐるぐると回り始める。
どんどん良くない方へ考えてしまう。
「あら、喧嘩でもしたのかしら?」
「さあ……、俺には分からない……」
有栖の質問にも答えられない。
教会を出てからずっとため込んでいた思いが言葉になって漏れ出てしまう。
「分からない……、俺には分からないよ。霞が何を考えているのか分からない。小学校からずっと一緒で、親友だと思っていたのに、俺は霞のこと何もわかっていなかったのかもな……。コウもどこかに行っちゃったし」
「まあ!それなら話は簡単よ!」
「……え?」
悩む勝に対して簡単だと有栖は言った。
何でもないように言った。
「あなたがその子にあったら何があったのか、ちゃんと話し合えば良いんだわ」
「……そんなんで良いのかなあ」
「話でなら簡単よ。でも実際やろうとするのは物凄く大変だわ。それでもちゃんと話し合わないとお互いの気持ちは理解できないものよ」
「そうなのかな」
「大丈夫よ!あなたその子のこと大切に思っているの伝わってくるわ。言葉にして伝えればその人にもちゃんと伝わるはずよ」
「うん……、ありがとう」
勝は少しだけ心が軽くなった気がして微笑んだ。
「もう少しだけがんばりましょう!もしかしたら見つけられるかもしれないわ」
「そうだね。がんばろう」
有栖に励まされて勝が元気を取り戻した時だった。
「水を差すようで悪いんですが。今日のところはもう遅いでしょうし、お帰りになった方が良いかと思いますよ」
「えっ、誰?」
いきなり後ろから知らない男性の声が聞こえて勝は振り返った。
他の3人も同様に振り返ったが、有栖以外の3人はぎょっとした。
そこにいたのはピエロだった。
「えっ、誰!?」
勝はさっきと全く同じセリフを言った。
ただしさっきよりも驚き成分が多く含まれているが。
ピエロによくありそうな赤い鼻は付いていなかったが、白色に塗った肌に髪は虹色のくしゃくしゃパーマで目の周りは黒の線と睫毛で物凄く強調されている。
横に細長くひかれて常に笑っているように見える青い口紅に赤色の涙も描かれているので、間違いなくこれはピエロだろう。
服も白い背広にピンクのシャツ、ネクタイとハンカチの柄は……睫毛か?
「Hi ジョー児!」
「じ、ジョージ……?」
じょーじって誰?と勝が目をぱちくりさせた。
「おっと失礼。これはついつい言ってしまうのですよ。口癖というかお決まりの挨拶というか私を象徴するセリフというか……。それより有栖ちゃん、探しましたよ。さすがにもう遅い時間なのでお迎えにあがりました」
「あら、もうちょっと粘ろうと思ったのに見つかってしまったわ」
有栖が悪戯の見つかったような表情でピエロに駆け寄る。
「家の方だって心配しますからねえ。そりゃ私だって頑張って探しますよ」
「……もう少しだけ時間をもらえないかしら。この人たちのご友人の行方が分からなくて探すのを手伝っているの」
「さすがに遅すぎます。さっきも言いましたがご両親が心配しますから今日のところは帰りましょう」
「うーん……何とかならないかしら」
「あー、話の腰を折るようで悪いんじゃが……」
帰る、帰らないとお互い譲らない口論を交わしていた二人にドーラが割って入った。
「ワシはドーラという。さっき有栖どのが言った通り、有栖どのにはワシらの探し人を探すのを手伝ってもらっていたのじゃが、おぬしは有栖どのとどういう関係なんじゃろか?ワシらと有栖どのも先ほど知り合ったばかりじゃが、その……。おぬしはちと見た目がな……」
どうもこのピエロは有栖の知り合いで有栖を連れ帰ろうとしているようだが、あまりに怪しすぎて「はい、どうぞ」と有栖を任せることはできなかった。
「ああ、これは挨拶が申し遅れました」
ドーラに質問されてピエロは慌てたように有栖以外の3人に向き直る。
そして一歩足を引くと仰々しい態度でお辞儀をした。
「私の名前はジョー・
「は、はあ……」
ドーラは間の抜けた返事しか返せなかった。
勝と緑仙も若干呆れて何も言えない状態だった。
「私と有栖ちゃんは家がご近所なんですよ。昔から有栖ちゃんのご両親からは大変お世話になっていましてね。そのご縁でよく有栖ちゃんが小さい頃からよく遊んでいたんですよ」
「そ、そうであったか。まあ有栖どのの反応を見てもよく見知った仲のようじゃし、預けても良いか……?」
まだ少しだけ疑ってはいるものの、ドーラは力一に有栖を任せることにした。
「ご安心ください。見ての通り、私は怪しい者ではありません」
「「「それについては同意しかねる」」」
「あらら……」
力一の言葉に勝、緑仙、ドーラのツッコミが重なる。
「でも、探している人は良いの……?」
「心配してくれてありがとう有栖どの。じゃがそこの力一が言う通り、もう時間も遅い。ワシらもそろそろ引き上げるとしよう」
有栖がドーラに心配そうな顔をしたが、ドーラはにっこり大丈夫だと笑った。
引き上げると言ったドーラに対し、勝は少しだけ何か言いたげだったが有栖と有栖を心配している力一を見て、ぐっと堪える。
「心配するでない。ワシらは探し物をするのには他の人よりちょっぴり得意でな。明日また探し始めるとしよう。じゃが有栖どのが手伝ってくれて、すーっごく助かった!」
「……本当?」
「ホントじゃ本当。探している人が見つかったら有栖どのにもちゃんと教えるから、その時はまた会おう」
「わかったわ!探している人が見つかるように私も祈っているから!」
「それでは失礼しますね。有栖ちゃんを無理やり連れだすような形になってしまいましたが、私もあなたたちのご友人が見つかることを心より願っておりますので」
そうして勝たちは力一に連れられて行く有栖を見送った。
傍目から見ると完全に不審者が女の子を騙して連れて行っている様にしか見えなかったが。
「あ、そうそう」
少し遠ざかったところで力一が思い出したように振り向く。
「探している女の子もですが、
「剣?」
「ええ、剣があれば倒せる敵もいます。ブージャムであれば話は別ですが、今回はそういう訳でもないようですので。それではまた。どこかで出会えることがあれば」
「……?」
力一は何か意味ありげに言っていたが残された3人は言われた意味がさっぱり理解できなかった。
「ハンプティダンプティ、塀の上♪ハンプティダンプティ、まっ逆さ♪キングとナイトは大慌て♪ハンプティダンプティ、ぺっしゃんこ♪」
さっきも聞いたへんてこな歌を今度は力一と有栖の二人で歌っていた。
「なあ、今言ったこと理解できた?」
「いや……」
「全く」
勝が一応聞いてみたが緑仙もドーラも話が全く理解できておらず、二人とも首を横に振った。
3人そろって首を傾げていると有栖と力一が去って行った方向とはまた反対側から声をかけられた。
「今の方がおっしゃっていたことが知りたいんですか?」
「わっ!こ、今度は誰!?」
勝がまた知らない男性から声をかけられて、慌てて振り向く。
「ああ、すみません。驚かせるつもりはなかったんですが。私は情報屋をやっております神田笑一と言います。何かお役に立てることがあるかもしれませんよ?」
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神田笑一
こちらはにじさんじさん、当時のにじさんじseedsさんによる声劇『憂う少女のアルカディア』の非公式二次創作となります。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。
原作の登場人物はほぼ全員出ますが、登場人物及び世界観の設定に大幅な追加、改変がされております。そちらも合わせてご了承ください。
『憂う少女のアルカディア』のネタバレを含んでおります。
過激な描写が予定されていますがVliverさんたちは「生きて」いますので、誹謗、中傷等には極力配慮していきたいと思います。しかし私自身のライバーさんたちへの解釈が入っているのでご注意ください。
この作品は過激な描写を含みます。苦手な方はご注意ください。
「何かお役に立てることがあると思いますよ」
神田笑一と名乗った青年は勝たちにそう話しかけた。
神田の見た目はどこにでもいそうな学生だ。
唯一糸目であるのが特徴だろうか。
だが見た目が普通の一般人に見えても、いきなり声をかけられて手伝おうだなんてあまりにも怪しすぎた。
何よりさっきの力一とは違い、誰もこの青年のことを知らない。
緑仙は胡散臭そうな目を向ける。
「情報屋?神田なんて名前聞いたことないけどな?」
「ああ、このあたりに来たのは最近なので仕方がないですね。これでもちょっとは名が知られているんですよ。緑仙さん」
「……へえ。僕の名前も把握済みか」
緑仙の声色が一段下がる。
殺気がこもった目は視線が向けられていない勝でさえ少し悪寒を感じるものだったが、神田は全く気にならない様子で、むしろニッコリと笑顔を浮かべていた。
「もちろん。私は情報屋ですから。ファイアードレイクのドーラさんに、そちらは鈴木勝くんですね。ええ、もちろん把握していますとも」
「お、俺のことまで知ってんのか……」
自分が知らない人に自分の名前を知られているというよく分からない不安と嫌悪感で勝は思わず嫌な顔をする。
「もちろんですよ。情報を取り扱うことを生業としているのですから。仕事を行おうとしている街の情報、特に商売相手の情報は揃えておくものです」
神田は勝を安心させようと笑いかけた。
その笑顔自体はさわやかな笑顔だったのだが、神田の素性を考えると素直に気を許すことのできない笑顔だった。
怪しんでいて返答を返さなかった勝の代わりに緑仙が神田に質問をする。
「それで?僕たちのことを商売相手だと言ったか?」
「ええ。その通りです」
「何を売るってんだ?」
「それはもちろん情報ですよ。私は情報屋ですからね」
「残念だが、お前に払う金は一円もない」
取り合おうとしない緑仙だったが、神田は緑仙の言葉に首を振った。
「お金は一円もいりませんよ。何度も言いますが私は情報屋。私が売るのが情報なら、あなた方から買うのも情報です。きっとお役に立てると思いますよ。なんていったって私が売ろうと思っているのは出雲霞さんの情報ですから」
「えっ!?」
「何じゃと……?」
勝が驚きの声を上げ、ドーラも信じられないような顔をする。
逆に緑仙は面白そうに言った。
「へえ。僕たちの目的も把握済みか。しかも僕たちが探しに探し回って尻尾もつかめない出雲霞の情報だって?」
「あー、その前にさっきのピエロさんが言っていたことについて解説しましょうか。本当は情報を教えるのには対価が必要なんですが、調べればわかることですし?初回サービスということで特別にお教えいたしましょう」
試すような態度の緑仙に神田はのらりくらりとマイペースに会話を進めていく。
「ブージャムというのは『不思議の国のアリス』で有名なルイス・キャロルの作品に出てくる怪物の名前です。そのお話の登場人物はブージャムに返り討ちにあってしまうのですが、あのピエロさんはブージャムでは『ない』とおっしゃっていたんですよね?ならジャバウォックでしょう」
「ジャバウォック?」
「こちらも怪物の名前です。ジャバウォックは凶悪ですが剣があれば倒せると言われています。ヴォーパルの剣と呼ばれる特別な剣です。ピエロさんが言っていた剣とはヴォーパルの剣のことでしょう」
神田が解説してくれるものの、勝たちは全く理解できていない様子で全員首を傾げている。
うーん、と唸りながらドーラが質問した。
「よく分からんなあ。そんなファンタジーの用語解説されてもイマイチというかピンと来んのじゃが。要するに何が言いたいんじゃ?」
「剣になるものを準備しろ、という比喩じゃないですか?何か大変なことが起きるからそれ相応の備えをしておけという警告だと思いますよ」
「何じゃ?大変なことって?」
「さあ?」
ドーラの質問に答えていた神田がここに来てとぼけた。
「……おい、ふざけておるのか?何が起こるのか分からんかった準備も何もないじゃろう」
詰め寄るドーラに神田がまあまあ、と相手を制するように両手を前に出す。
「いや無理言わないでくださいよ。私は既に起こったことに対して情報を提供することはできますが、これから起こることの予想なんてできません。占い師じゃあるまいし」
「……むう」
どことなく納得していない表情であったが、ドーラは渋々引き下がる。
ドーラが離れたことで神田はふう、とため息をついた。
「じゃあこれで初回サービスは終了ですね。じゃあさっそく本題に入るとしましょうか。出雲霞さんについての情報」
「っ!そうだよ!霞はどこにいるんだ!?」
食い気味になって今度は勝に詰め寄る。
「その前にそちらの情報を教えて欲しいんですよ」
「情報?俺らに渡せる情報なんて何が……?」
「いえ、勝さんではなくそちらのお二人にお伺いしたいんですよね」
「ワシら……?」
ドーラが首を傾げる。
「ええ、あなた方の教会にペットがいるでしょう?あのペットはいつごろ飼い始めたのか、それが聞きたいんです」
「ペット……?ペットならクレアが捨て犬やら捨て猫やら沢山拾ってきてしまうからどのペットなのか分からんなあ……」
「いや、私が知りたいのは一体だけですよ。とびきり大きくて力の強いペットがいるじゃないですか」
「!まさか……『もち』か……?」
「お前……なんでもちを知っているんだ?」
勝だけがピンと来ていなかったが『もち』の名前が出た瞬間、緑仙もドーラも少し腰を落として身構えた。
さすがの神田も戦闘態勢に入ろうとしている二人を見て慌てて後ずさる。
「ちょっ!お二人ともそんなに怖い顔をしないで!別にどうこうするつもりはありません。私は情報屋で戦闘員ではないんですからお二人相手ではいくらやり合っても……、いやそもそもこちらがやろうとする前にやられてしまいます!だから落ち着いて!」
「それはお前の返答次第じゃな」
ドーラは神田の言葉に答えてはいるが、いつでも神田を襲ってもおかしくない状態だ。
神田が少し冷や汗をかき始めながら弁明する。
「ええっと、こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないですが、実は私は依頼されてあなたたちに接触したんです」
「頼まれたじゃと?誰に?」
「残念ですが依頼人についてはお話しすることはできません。仕事の契約上そこについてはご了承ください。ただ、その依頼人はあなたたちに味方したいのだとか。私個人の見解ですが、味方なら心強い方だと思いますよ。なので私を仲介役として皆さんと私の依頼人で協力関係を結んでおいた方が良いかと思います」
「んー……。どうする緑仙?」
ドーラが緑仙の方を向いてたずねた。
意見を求められた緑仙も少し考えるそぶりを見せる。
「……。こいつは、こいつ自身が言う通りただの情報屋だ。あくまでビジネスライクな関係ならいいんじゃないか?むしろ出雲霞の情報を持っているってんなら、それは今の僕たちにとってなにより重要で必要なものだ。……癪に障るけどな」
「あくまでビジネスだというのは私も賛成ですよ。というより、元からそのつもりで来ていますから」
神田がそう言うとドーラはまたもう少し考えてから、質問を重ねる。
「……。もちについてはいつから教会に来たのか、それだけ知りたいんじゃな?」
「ええ。私が知りたいのはそれだけです」
「……わかった。教えよう。……4年前じゃ」
勝は神田が4年前、という単語を聞いた瞬間の顔が心なしか嬉しそうな表情になった様な気がしたが特に言及することはなかった。
だがよく見るとさっきより細い目が若干見開いている。
やはり多少は興奮しているみたいだった。
「なるほど、なるほど……。4年前ですか。ありがとうございます。対価としては十分です。それでは出雲霞さんについての情報を教えますね」
「本当か!?」
やっと手がかりが得られたことで嬉しくなった勝を見て、神田も笑いかける。
「ええ。と言っても私の情報は出雲霞さんが最後に目撃された場所です。そこからまた行方が分からなくなってしまったらしいですが。ただ時間にしてまだ30分も経っていないようなのでそこまで遠くには逃げていないと思いますよ」
「じゃあさっそくそこに行こう!」
「いや、ダメじゃ」
神田の情報を聞いて舞い上がっていた勝に水を差したのはドーラだった。
ダメだしされて、当然のように勝は食ってかかる。
「なんでだよ!?せっかく情報をもらえたんだ!早くその場所に向かわなきゃ!」
「ダメじゃ。最初に言ったと思うが、そもそも勝を連れて捜し歩こうとは思っておらんかったからな。ここからは別行動じゃ」
「でも、……っ!」
なおも食ってかかる勝をドーラが睨みつける。
先ほど緑仙に睨まれたよりも鋭い眼光と重い重圧に勝は口ごもってしまう。
「……」
背中から一気に汗が噴き出るのを感じる。
勝はその時ファイアードレイクというものを身を持って理解した。
ヘビに睨まれたカエルという言葉があるように絶対的な強者、種としての上位者がファイアードレイクであり、捕食者に睨まれてしまえば人間なんて簡単に身がすくんでしまうのだ。
最初はたった二人で大丈夫なのだろうかと思っていた勝だが、今は少なくともドーラの方は人間が百人かかっていったところでどうにもならないだろうと自信を持って言える。
「勝よ。はやる気持ちは分からんでもないが、もう日も暮れた。子供は家に帰る時間じゃ。ここはワシと緑仙に任せておけ」
「……わかった」
素直に勝がうなずくとドーラはさっきまで溢れんばかり漏れ出ていた殺気が嘘のように引っ込んで、にっこりと優しい笑顔になった。
「うん。それで良い。霞を探すのはワシらの役目じゃ。勝は大船に乗ったつもりで待っていれば良い。あのマフィアたちもうろついているだろうから、ワシが勝もしっかり守ってやるからの」
「俺も……力があればな……」
「力なんて望んで手に入れるものではないぞ。大抵、余計なしがらみがどんどん絡みついてくるだけじゃ。もう一度言うが、そういうのはワシらの役目じゃ。勝が無理をすることは無い。勝がやるべきことは霞が帰って来た時にちゃんと「おかえり」と言ってあげることじゃ」
小さく呟いた勝の言葉をドーラは否定する。
言葉自体は叱っているようで厳しいものだが、先ほどからその表情は優しいものだ。
「……わかった」
「うむ!任せておれ」
彼女は本来、人に干渉する必要はない。
それでもドーラが人間社会に関わっているのは、それが彼女本人の意思だから、人間の上位種として人を捕食対象ではなく庇護の対象で見ているから。
だから勝の様に必死にあがいている人を見ていると、その意思を守ってあげたいと思ってしまう。
願いをかなえるのに人間はあまりにも脆い。
ならばその願いを代わりに引き受けるまで。
ドーラが暗殺者という屈折した関わり方でありながらも人間と関わろうとした切っ掛けは何となくの思いつきだったが、今でははっきりと自分の考えを述べることができる。
お節介焼きのシスターや、親友のために一生懸命になっている勝の助けになってやりたい。
そんな人間たちが大好きだから。
ドーラと勝のやり取りを見ていた神田は「では」とお辞儀をした。
「情報はこの紙に書いてある住所です。ドーラさんに渡しておきましょう。それでは私はこのくらいで失礼します。私の情報が役に立つことを祈っていますよ」
「おう、お前のことは全く信用できんが情報提供は感謝する」
「お礼なんて必要ありませんよ。それが仕事ですから」
そういって神田はどこかへ去って行った。
ドーラは今度は緑仙の方を向く。
「では緑は勝を家まで送ってくれ。そのまま勝の家の警護と周辺の警戒を頼む。ワシは神田の情報から霞を捜索する」
「わかった。ドーラは油断して返り討ちにならないようにね」
「緑ぃ?ワシがそんな簡単にやられるわけないじゃろう?」
とドーラは緑仙と軽口を叩き合いながら別れる。
勝は当然緑仙の方に付いて行った。
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神田は勝たちと別れた後、携帯電話を取り出し誰かへ電話をかけはじめた。
数回のコールで相手と連絡が繋がる。
「はい。こちら神田です。……ええ、ご依頼通り情報は確かに伝えましたよ」
「……」
「え?ああ、確かにもちさんについての情報を貰いましたけど……。やだなあ、これは私の興味本位で聞いただけですよ。っていうか、どこかで見ていたんですか?怖いなあ」
「……」
「そうですね。それについては私も人のこと言えませんでした。……ですから本当にただの興味本位です。他意はありません」
「……」
「はい。それでは後ほど報酬を頂きに参りますのでよろしくお願いします」
最後に2、3の定例な挨拶の言葉を述べた後、神田は電話を切った。
スマホの電源ボタンを押す前に画面を見て時間を確認する。
少し時間が押していることに気づいたが、特に急ごうという様子もなく待ち合わせ場所へ向かった。
そこは待ち合わせている場所は勝たちと別れた場所からそこまで離れてはいない、何でもない街角だった。
「すみません。お待たせしてしまいました。桜さん」
そこで待っていたのは桜凛月という少女だった。
凛月は桜の妖精だ。
いろいろと訳があって人間社会に溶け込もうとしている彼女は、取りあえずの働き口として神田の情報屋の手伝いをしている。
取りあえず働こうとした先が情報屋というのは何だか不自然すぎるが、そこはまあ……、いろいろあったのだ。
もう一度言うが桜の妖精である。
らしいのだが桜色の髪を除けば見た目は完全に人間の少女だ。
かなりの美少女で人目は惹くが、髪は染めていると誤魔化していしまえば人に簡単に溶け込んでしまえた。
神田も女性なら手に入れやすい情報を集めるのに凛月は重要だと最近感じ始めて情報収集の一部を凛月に任せている。
まだそれほど長い付き合いではないが仕事においてはパートナーと言ってもいい関係になっていた。
「あ、神田さーん!待ちくたびれましたよー」
待たせてしまったしどこか店の中に入った方が良いのかもしれないが、待ち合わせはこれ一件ではない。
これから待ち合わせた人と一緒に今度は別の人物と合流するため、どこかでゆっくりと腰を落ち着かせるわけにはいかなかったのだ。
「予想以上に有意義な時間だったので長居してしまいました」
「ワタシだけならいいですけど、もう一人待たせちゃっているんでしょう?だったら急ぎましょう!」
もう一人待ち人がいることはすでに凛月には伝えていた。
神田も「そうですね」と頷くともう一人との待ち合わせ場所に向かおうとする。
その時だった。
「あ。どもども~。こんちわ……もうこんばんは、かな?」
不意に神田を呼び止めた者がいた。
その人は神田の知らない人、ではなく。
しかし初対面の相手。
神田は情報だけならその人物を知っている。
「さっき、変な奴らと一緒にいたよね?たまたま会話が聞こえちゃったんだけどさ。「出雲霞」の居場所がどうこうとか言ってたよね?あたしもその人のこと探してるんだぁ」
スーツを着た二十代の女性。
その手にあるのはチェーンソー。
「……ウソぉ」
ウィィィィィイイイイイイイイイイイィィィィィンッッッッッ!!!!!
神田のつぶやきも獣の唸り声のようなエンジン音がかき消してしまう。
マフィア『サイコパスのアズマ』こと名伽尾アズマがそこに立っていた。
「うわわっ!ど、どうしましょう神田さん!?」
いきなりの事態に混乱しきった凛月がそう聞いてくる。
どうするか?
どうするかだと?
そんなものは決まっている。
「逃げますっ!」
「ま、待ってくださいー!?」
アズマとまともに戦うなんて狂気の沙汰じゃない。
全速力で逃げ始めた神田と慌てて追いかける凛月。
そんな二人を見てアズマは可愛い獲物を見るような目でニタリと笑う。
「いきなり追いかけっこ始めちゃうの?……まあ良いけど。だってあたし……追いかけっこ超好きだし!超得意だからっ!」
ウィィィィィイイイイイイイイイイイィィィィィンッッッッッ!!!!!
「アハハッ!アハハハハハハッ!!!」
けたましいエンジン音と狂気的な甲高い笑い声が神田たちの背中を追いかける。
「神田さん、神田さん!何だかチェーンソーと笑い声のオーケストラみたいですねっ!」
「歩く殺人オーケストラですか!こんな状況じゃなければ大いに笑っていましたよ!」
軽口を叩き合ってはいるが二人とも必死だ。
必死になって軽口を言い合わないと恐怖に身がすくみそうなのだ。
「どうしましょう!?二手に分かれますか!?」
「いや、このまま次の合流地点まで走ります!」
「ええっ!?でもそれじゃあ次に待ち合わせている人も巻き添えになってしまいますよ!?」
必死に走っているというのもあるが普通の声では後ろのエンジン音にかき消されてしまうため互いに大声を出しながら走り続ける。
「ああ!そういえば桜さんは誰と待ち合わせているか知りませんでしたね!……大丈夫です!そこまで行けば助かります!」
「アハハハハハハハっ!」
相変わらず聞こえてくるアズマの笑い声に二人とも悲鳴を出したくなるのを堪える。
「桜さん!あなた妖精なんでしょう!?何かこの場を潜り抜けられるような魔法とか持ってないんですか!?」
「わ、私にできるのなんて桜を満開に咲かせる魔法と、人を笑顔にする魔法しかありませーん!」
嘆く凛月。
だが、その言葉を聞いた神田は何かを思いついたのか嬉しそうな表情になった。
「それですよ!人を笑顔にする魔法!その魔法を使ってあの殺人演奏家の心を浄化してあげて下さい!」
しかし神田の提案に凛月は顔を曇らせる。
「実は、最初は私もそう思ってもう試してみたんですけどー!」
そう言って凛月が後ろを振り返ったので神田も釣られて後ろを見ると……
「アハハハハハハハっ!」
「既に満面の笑みなんですよねえ!」
「なるほどっ!納得してしまいました!」
二人は路地裏へ方向転換する。
狭い道でアズマを巻こうとしているのではなく、この路地裏の奥が待ち合わせ場所なのだ。
いよいよ目的地が近づき、そこに待ち合わせていた人物が見えたことに神田は心の底から感謝する。
「早速ですがっ!お願いします!月見さん!!!」
凛月が神田の叫んだ方を見ると、そこに見えたのは大きなウサ耳のゴスロリ少女だった。
「え?……女の子?」
白い髪とウサ耳に黒のゴスロリ服が良く似合っていたが、凛月はそれよりも彼女が背中に担いだ大きな布にくるまれた物が気になっていた。
担いでいるものは彼女の身長よりも高く、コントラバスみたいな大きな楽器でも入っているのかと思ってしまう。
「んぇっ?神田さん?」
月見と呼ばれた少女は神田の方を見ると、そこで繰り広げられている追いかけっこを見てキョトンとしていた。
「何でもいいからとにかくあのチェーンソーを止めて下さい!」
「あ、はーい」
そんな呑気な返事をして神田と入違ったウサ耳少女はアズマの前に立つ。
「ちょっ!ええっ!?か、神田さん!あの子が危ないですよ!?」
「大丈夫、大丈夫。あの人が私たちと待ち合わせていた月見しずくさんです。彼女がいればもう安心ですよ」
神田は「ふぅ、助かった」とその場で地面に腰を落とした。
凛月も膝を手で押さえ肩で息をするも、振り返るとアズマがしずくにチェーンソーを振り下ろそうとする瞬間が見えて思わず叫んだ。
「あ!危ないです!」
ウィィィィィイイイイイイイイイイイィィィィィンッッッッッ!!!!!
「アハハッ!追いかけっこはもう終わり?」
「えーと……。怪我しちゃったらごめんなさいだぴょん。……ふんっ」
「え?」
凛月が思わず気の抜けた声を出したのも無理はない。
ウサ耳少女は背中に担いでいたものを地面に突き立てるように置くと、思い切り布をはぎ取った。
布の間から出てきた柄を片手で掴むとそれをアズマが振り下ろしてきたチェーンソーに合わせて打ち付けた。
金属と金属がぶつかり合う独特な高音が響きわたる。
「何それ何それ!面っ白ぉい!超でっかい斧だぁ!」
アズマの言う通り、しずくが手にしていたのは巨大な斧だった。
その大きさと重量感はとても特徴的だ。
布でくるまれていた時もそうだったが、長さがしずくの身長を越えている。
刃は左右両側につけられ、その間から伸びている柄も何かの金属でできていて手で握る部分だけ皮が巻き付かれていた。
鋭さよりも厚さと重量を重視した刃は相手を斬るためではなく、叩き潰すことを念頭に置いたつくりになっている。
ジャリジャリジャリジャリッ!
金属がこすり合う不快な音を鳴らして、斧とチェーンソーのつばぜり合いは拮抗していた。
「わっ。この人結構強い……!」
「えー、そんなことないよぉ。ウサ耳ちゃんこそすっごいパワーだねえ!」
そう言いながら続けざまにチェーンソーを振り下ろすアズマ。
しずくはチェーンソーの刃を斧の刃の部分で受け止めた後、柄でチェーンソーの刃を横から叩く。
正確にチェーンソーの設計が弱い所をついたことで、アズマのチェーンソーは簡単に壊れてしまった。
「うおっと」
アズマが少し驚いた表情になる。
そのまま呆然と壊れたチェーンソーを見つめていた。
しばらく俯いていたのでチェーンソーが壊されたことに激怒したか、とも思われたが勢いよく顔を上げるとその表情は笑顔だ。
「本当にすごいよ!ウサ耳ちゃん可愛いし、おまけに強いなんて最高!」
心底楽しいといった様子で興奮するアズマ。
「こんなに楽しめそうならもう少し取っておいても良いかもね?ウサ耳ちゃん、うちのボス好みだろうし。チェーンソーも壊れちゃったし。……名前はなんていうの?」
「あ、月見しずく……」
「しずくちゃんかぁ。またどこかで会えるといいな。じゃあまたね!」
意外にもアズマはあっさりと引き下がる。
まるで友達と別れる小学生のように大きく手を振りながらどこかへ行ってしまった。
神田は九死に一生を得たことに安堵し、座り込んだまま大きくため息をつく。
「好きなだけ暴れて、気が済むと帰ってしまうとは……。本当台風みたいな人ですね。それにしても月見さん、助けて下さってありがとうございました」
「いえいえ。それにしても珍しいですね。神田さんが誰かから追われるなんて。いつも恨みは買わないように細心の注意を払っているじゃないですか」
珍しいものを見たようにしずくが笑ったのに対し、天を仰いで大きくため息をついた。
「だから台風にあたってしまったんですよ。予想できず、理不尽に見舞われる。まさに天災です」
「あ、神田さん。えーっと……」
しずくが凛月の方を見て首を傾げた。
そういえば凛月の方は神田から説明を受けていたが相手はそうではないのだった。
「私は桜凛月といいます!神田さんのところで見習いやってます!」
「ど、どうも!私は月見しずくです。最近は別行動をとっていたんですが、今回また神田さんの護衛を担当することになりました」
「これで全員揃いましたね」
神田が二人を順に見渡すとよし、と頷いた。
「取りあえず今夜の宿を探しましょう。明日もまた忙しくなりそうですから」
まだ、騒動は始まったばかりだ。
「明日が楽しみですねえ」
これから起こることに思いを馳せ、神田は一人呟いた。
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御曹司、王子、ハッカー
こちらはにじさんじさん、当時のにじさんじseedsさんによる声劇『憂う少女のアルカディア』の非公式二次創作となります。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。
原作の登場人物はほぼ全員出ますが、登場人物及び世界観の設定に大幅な追加、改変がされております。そちらも合わせてご了承ください。
『憂う少女のアルカディア』のネタバレを含んでおります。
過激な描写が予定されていますがVliverさんたちは「生きて」いますので、誹謗、中傷等には極力配慮していきたいと思います。しかし私自身のライバーさんたちへの解釈が入っているのでご注意ください。
この作品は過激な描写を含みます。苦手な方はご注意ください。
俺は金持ちだ。
俺には金しかない。
そう言ってくる奴は沢山いる。
高価な靴、沢山のゲーム機、毎日高級なお弁当を教室で食べ、自宅から学校まで直接迎えの車がやってくる。
元々家が大金持ちなうえに破天荒で、今度は俺のために遊園地まで作ってくれることになっている。
同じクラスメイトから疎まれることは日常茶飯事。
小学生の低学年の頃は俺が何かやったわけでもなく気に食わないと言われたことが悔しくて、自分の部屋で一人っきり泣いていたこともあった。
俺が何でだよ、と言っても誰も納得してくれない。
それは生まれながら俺についていた付加属性だった。
生まれついた時からずっと一緒に歩んできたレッテルなのだ。
皆どうしたって俺を見る時には「金持ち」というフィルターがかかってしまう。
これは子供も大人も例外がなかった。
卯月財閥の御曹司という立場上、社交的な場は一通り経験している。
大人にもなるとさすがに分別がついていて、子供の様に嫌な顔を向けたりあからさまな悪口を言ってきたりすることはないが心の中は子供とそう大して変わらない。
羨むか、妬むか。
それらがごちゃ混ぜになった妙な空気が俺の目にはいつも透けて見えている。
要するに、子供も大人も関係なく俺と出会った人間は、半数が俺を嫌って避けたりコソコソ陰口を言っている奴ら。
もう半数が俺にすり寄ってきて媚を売ってくる奴ら。
だが、中にはそうじゃない人もいた。
俺の「金持ち」というフィルターを取っ払って見ることのできる奴。
いわゆる善人という奴だ。
小学校の担任にそういう人がいた。
爽やかな雰囲気の、現代の熱血教師と呼んでいい人だった。
正直気持ち悪かった。
その先生が、ではない。
先生は良い人だった。
授業に熱意があふれていて、面倒見もよく、生徒からも先生からも保護者からも信頼された人だった。
だが、その先生と話していると俺の気分が悪かった。
俺は金持ちだ。
それは俺が生まれた時から貼られたレッテルだ。
だがレッテルそのものが嫌いなわけではない。
嫌いなのはそれを疎む者たちであって、俺はむしろ自身が金持ちであることを自慢に思っている。
そのお金は俺の親や、そのまた親、さらに上の先祖が努力を重ねて必死に築き上げてきた財産だ。
そして今度は俺が継承し、世の中を変えるために使っていく。
誇りに思わなくてどうする。
俺は金遣いは荒いが、ちゃんと買った分より多くの収益が来るようになっている。
だから俺は、この年齢ではむしろ少なくない経済を回しているとでさえ思っている。
俺は既に「金持ちの」俺ではなく、「金持ちの俺」なのだ。
俺が金持ちであることをまったく考えないで接してくる人は、逆に俺の誇りを貶されているようで気分が悪い。
そもそも俺は人付き合いが得意な方ではない。
あんな心が澄み渡っている連中と一緒にいて平気でいられるか!
俺と今まで出会った奴は約五割が妬む者、もう五割が羨む者、そして数パーセントの善人。
そして。
そのどれにも当てはまらないのが、鈴木勝と出雲霞だった。
わざとでも、わざとでなくても俺が金持ちであるが故の話を持ち出すと、二人とも呆れた顔をして俺を見る。
二人とも俺を金持ちというフィルターを取っ払って見ることはできていない。
だがそれだけ。
それだけだった。
それだけしか反応しないということが、どれほど俺にとっては衝撃的なことか。
嫌味を言う訳でもなく、俺を避けるわけでもなく、ただ一緒にいるだけ。
初めて俺が卯月財閥の御曹司だと知った時も「へえ、そうなんだ」と言っただけ。
御曹司あるあるを語る、いわゆる金持ちジョークだって二人だけはいちいち冗談として受け取ってくれるのが正直嬉しい。
あの二人は俺が金持ちであることを、ただの個性として受け入れてくれていた。
故に。
俺はこの二人との関係だけは絶対壊したくないと決めていた。
御曹司であるせいで少なからずトラブルを抱え込みやすい俺は、二人がそれに巻き込まれないよう慎重に行動した。
汚い奴らは誘拐なんて平気でやる。
誘拐されるのが俺ならまだいい。
だが世の中には俺の友人という理由だけで襲う連中もいる。
正直な話そんなことをされても卯月財閥の人は何も動じない。
二人は完全に部外者なのだ。
トカゲのしっぽですらない。
それでもそれを理解しない連中は多い。
仮に勝や出雲が危険な目に会ってしまったら俺は二人に顔向けできないだろう。
だから、二人には内緒でそれぞれSPを配置してもらっている。
特に出雲には厳重に。
未来視の能力は露呈してしまえばあまりにも多くの魔の手を引き寄せてしまう。
下手すりゃ研究施設のモルモットになってしまうかもしれない。
俺は金持ちだ。
俺には金しかないかもしれない。
だが、金ならある。
要は使い道だ。
金で買えないものもあるが、金で買えるものは沢山ある。
俺は二人を守るために金を使う。
ずっと前、自分自身にそう誓った。
そのためには手段は択ばない。
なりふり構っていられない。
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「なー、ハルタ。ハルタ宛に手紙が来てるぞ」
書斎で公務をこなしていた春崎エアル王子は扉がノックされたので返事を返したのだが、家臣ではない者の声が聞こえてきて少し驚いた。
とは言っても知らない人という訳ではないので驚いたのは一瞬だけ、そのあとすぐに別の疑問が沸き上がってきて王子はすぐに返事を返す。
「入ってきていいよ」
「ほーい」
少し重い扉が開かれると王子の友人である成瀬鳴が爽やかな笑顔で入ってくる。
これは聞こえてきた声で分かっていた。
疑問に思ったのは別のことだ。
「どうして鳴が手紙を持ってきてるの?そういうのはうちの人がやるはずなんだけど。客人に手紙を運ばせるなんて……」
「いや、遊びに来たら頼まれちゃったんだよ。ハルタ全然休んでないんだろ?みんな心配しちゃってさ。俺が来たら仕事を一旦止めるんじゃないかって」
「……そういえば休憩時間からとっくに過ぎていたね」
「それにほら、手紙の差出人も俺らのよく知っているやつらだぜ」
王子は鳴から手紙を受け取り、差出人を見るとそこに書かれていた懐かしい名前に思わず笑みがこぼれた。
「ああ、そういえば久しぶりだなあ」
「だろ?」
「じゃあ丁度きりも良いし、手紙を読みながら休憩しようかな」
そう王子が言った瞬間に扉の外から給仕係……つまりメイドさんの声が届く。
「王子、ただ今お茶とお菓子をお持ちいたしました」
「あ、お願いしまーす」
王子ではなく鳴が返事を返す。
おいおい、と王子が何か言う前に扉が開かれメイドさんがワゴンにティーセットとお菓子を乗せて運んできた。
このタイミングの良さ、絶対に扉の前で待機していたに違いない。
鳴に手紙を持たせるのもお茶をするのを断れない空気を作るためか。
(別にそんな遠回しなことしなくても、言われればちゃんと休憩するのに)
王子がジト目を向けているのを気づかないフリをして、メイドさんは部屋の中央に置かれた机にお菓子を並べ、紅茶を注いでいく。
そして机の横、対になっているソファへ二人を手招きした。
「どうぞこちらへ。お二人ともお座りになってゆっくりお寛ぎ下さい」
「ありがとうございまーす」
やはり、王子ではなく鳴が返事を返してソファに座る。
鳴は鳴でこの状況を面白がっているらしかった。
王子はため息をつくと作業中の書類を机の脇に置く。
そして手紙を持って鳴とは反対側にあるソファに座った。
その間、給仕が紅茶を入れ終わり「では何かあったらお申し付けください」と部屋から下がっていった。
「何か、ハルタにしてはお菓子が少なくない?いつもホールケーキ食ってるイメージあるんだけど」
出されたお菓子はクッキーだった。
王子が超甘党であることを知っている鳴は自分と同じ量しかない王子のお菓子を見てふと思いついた疑問を口にする。
「どんなイメージだよ。さすがに公務の合間に食べたりはしないって」
「……その話だと、仕事の時間じゃなければ食っている様に聞こえるんだけど。って何で今目をそらした?」
「いや……実は昨日の夕食後のデザートでさ」
「食べたの!?」
呆れた、と鳴はソファに深く座りなおす。
「別に良いでしょ。好きなんだから、甘いもの」
「いやあ、そこを非難するつもりはないけどさ?」
「じゃあ良いじゃん」
からかうように顔を覗き込んできた鳴に王子は口を尖らせる。
何となく照れ臭くなった王子は手紙をさっさと読むことにした。
その間、鳴は特に茶化すことなく王子が読み終わるのをただ待っていた。
黙って手紙に集中させてくれる鳴の人の好さに感謝しつつ王子は手紙を読み進める。
「どうだった?なんて書いてあった?」
一通り手紙を読み終えた王子が手紙を机に置くと鳴が質問した。
「うん。向こうの近況について色々。今日中には返事を書かなきゃ。鳴のところにも来てるでしょ?」
「まだ今回の分は来てないよ。今夜か明日あたりにポスト確認する」
「そっか。……紅茶入れなおそうか?」
自分のカップの中が少なくなり、鳴のカップも中身がなくなっていることに気がついて王子はそう提案した。
鳴の返事を聞き終わる前に少し急いで机に置かれたティーポットを持つ。
「おっ、サンキュー」
鳴がお礼を言った瞬間、王子の予想通り部屋の扉が少し開き中から先ほどのメイドさんが顔をのぞかせた。
「あっ。……失礼いたしました」
そうして謝ったかと思うとすぐに扉を閉めて引っ込んでしまう。
状況が読み込めず鳴が目をぱちくりさせて王子に質問する。
「今の……何?」
「ああ。あの子、僕のお茶を入れたり他にも色々身の回りの世話を焼こうとするんだよね。僕が一人でできるからいいって言ってるのに聞こうとしないから……。仕事を取らないでください!って言われちゃうんだよね。自分自身の身の回りのことはできるし、いちいち大変だろうから焼かなくていい世話は焼かなくていいとおもうんだけど」
「もしかして、ずっと扉の前で待機してる……?」
「待機って言うか……。もうへばり付いているんじゃないかな?扉に」
「うわぁ。……見た目は可愛いし凄く仕事できそうに見えるのに」
鳴が呆れた声を出した。
「あの子は最近来た子なんだけど、実際に仕事は凄く丁寧だし有能なのは間違いないんだけどね」
「ははっ。家来の人たちからも好かれてるんだね。さすが王子」
「んん?そういう話になっちゃうの?」
まさか自分が褒められる流れになるとは、と困惑した王子を見て鳴が可笑しそうに笑う。
「皆ハルタの助けになりたいんだよ。だってさ、毎回ここに来る度に皆ハルタのこと褒めてるんだぜ?聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいにさ」
「もう……。何言ってるんだか……」
王子は赤面しているのを誤魔化すために話題を変えることにした。
「そういえばさっき、卯月財閥の御曹司から連絡があってさ」
「卯月財閥!凄いところから声かかったな!割と近所だけどさ」
「うん。なんでも緊急の要請みたいなんだけど……」
「待った」
嫌な予感がして鳴は王子の話を遮る。
「それ、俺みたいな部外者が聞いていい話なの?」
「いや。ダメだよ?」
「ええ……」
ドン引きした様子になる鳴。
鳴は友人ではあるが王子の仕事に関しては完全に部外者だ。
これから話すことはちゃんと理由があるので話すのだが、わざと相手がしり込みするような話し方をした。
王子としては散々からかってきたお返しをしようという思惑があったので、今はそれが成功して十分満足している。
なのできちんと状況を説明することにした。
「本来はこっちで色々協議してから話すものだけど。でも緊急だし鳴にも行っといた方が良いと思ったから」
「んん?どういうこと?」
「卯月財閥の御曹司はまだ中学生なんだけど、一緒に通っている友達が行方不明みたいなんだよ。それを探すためにこっちでも協力してくれって。うちお抱えの部隊を出すかどうかみたいな話はこれからだけど、人探しなら鳴にも協力してくれないかなと思ってさ。積極的に探すじゃないにしろ、それっぽい子を見つけてくれたら報告してもらえると助かるんだよね」
それを聞いて鳴はうーん、何か悩むように腕を組んだ。
「わざわざ友達探すのにハルタのところにまで声かけたんだ?フツーに警察とかに頼んだ方が良いと思うんだけどなあ」
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某所
「はーい。私もコウくんに頼まれて霞さん探してるの神ですよ。まあ面倒なので勝くんの周りしか注意を払っていません。つまりサボってます。はっはっは!」
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「僕もそう思ったんだけど、あの御曹司から頼まれごとなんて今回が初めてだし何か事情があるのかも。かなり慌ててたみたいだし」
「ふーん……。あっ」
そこで鳴は何を思いついたのか王子の方へ身を乗り出した。
「俺も一緒に行くから、ハルタも探しに行こうぜ!」
「はあっ!?」
「休暇だよ休暇。名目は現地の捜索隊隊長ってことでさ。ハルタも一緒に行こうよ!」
「それはとても良い考えだと思います!」
扉が勢いよく開け放たれたかと思うと先ほどのお姉さんが部屋に乗り込んできた。
「うわっ!出た!?」
鳴ももちろん予想していなかったようで、オバケでも見たかのような反応を見せた。
王子ももちろん目を見開いて驚き、言葉すら出ない状態だ。
そんな二人にはお構いなしにお姉さんは話を続ける。
「最近の王子はろくにお休みも取れず、外に出る機会もほとんどないじゃないですか。この際仕事は我々に任せて、鳴さまと一緒にお出かけになってはいかがでしょう?私、雨森小夜もご同行させて頂きます!」
「えぇ……?」
そうして王子と鳴、そして小夜も事件の渦に巻き込まれることが決定した。
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「それじゃあ皆いきますよ?手をハートにしてー。アキニウム光線!光線…こうせん…コウセン……」
鈴谷アキはネットアイドルである。
今日もアキくんはネットを通じてファンであるアキネコの皆にアキニウム光線を振りまいている。
アキニウム光線とはアキニウムが120%込められているアキくんの必殺技だ。
アキニウムはアキくん由来の成分でアキネコが摂取することで強力な癒しの力を得ることができる。
過剰摂取は禁物な代物ではあるが、今日も世界の平和のためアキくんは皆にアキニウム光線を届けているのである。
つまりアキくんかわいい。
「皆さんお疲れ様でした。まったねー」
今日の配信を無事終えてアキくんはパソコンの電源を落とす。
アキくんが配信を終えたのを見て、ひとりの人物がアキくんの部屋にあがってきた。
「お疲れ様アキくん」
「あ、ハジメお兄ちゃん。うん、今ちょうど配信終わったところだよ」
渋谷ハジメはアキくんの隣に住んでいるご近所さんで、機械全般に強いためアキくんの配信の手伝い、主に機材関連のサポートをしている。
「今日もアキくんは人気者だねぇ」
「うん。皆が応援してくれるおかげだよ。応援してくれるからボクも頑張ろうって思えるんだ」
そう言ってアキくんは嬉しそうにはにかむ。
かわいい。
「もう夕ご飯の準備しておいたんだけどハジメお兄ちゃんも一緒に食べる?」
「え?俺の分?」
と、ハジメは意外な顔をした。
「今日はカレーを作ったんだ。多めに作ったからハジメお兄ちゃんの分もあるよ」
「そっかぁ。……ごめん。せっかくで悪いんだけど」
ハジメはスマホを取り出してそこに映し出された画面をアキくんに見せる。
そこにはとある口座の明細が記載されていた。
アキくんはそこに振り込まれていた額を見て「あっ」と声を上げる。
「これ。2434円の振り込み!これって秘密の依頼、合言葉みたいなものだよね」
「そうだよ。さっき来たんだ。限られた人にしか知られることのない、俺に宛てたメッセージ。送ってきたのは……卯月コウ?卯月財閥か」
どこから振り込まれたのかを見たハジメはじっとどこかを見つめ、物思いにふけった顔になる。
「……ハジメお兄ちゃん?」
「いや、何でもない」
心配するアキくんに気づいてハジメは何でもない風に首を振った。
「とにかく、これから御曹司にコンタクトをとってみるよ。秘密の合言葉を知っているってことはハッカーとしての渋谷ハジメに対しての依頼のはずだから。だからせっかくのお誘いだけど夕食はパスにするね」
「ハッカー……。まだ、その仕事続けてたんだね……」
暗い表情になったアキくんにハジメが慌てて弁明する。
「いやいや!もう昔みたいにやんちゃはしていないから!安心して。ちゃんと選んで仕事してるから危険はないよ」
「そっか……。何か手伝えることがあったら言ってね」
「うん。その時は頼りにしてるよ」
取りあえず安心してくれたようでハジメもほっとため息をつく。
そのままハジメは挨拶を残してアキくんの部屋を出ていった。
アキくんと別れたハジメはすぐに自分の部屋に戻りコウからの依頼内容を確認する。
「やっぱりな……」
ハジメも直接事件に関わっていくことを決意した瞬間だった。
そのままキーボードを走らせ、探査プログラムを使って何かを調べ始めた。
しばらくして遂に、ハジメは目的のものを見つけ出す。
「あった!こいつだ。……神田笑一」
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夜の騒動(前篇)
こちらはにじさんじさん、当時のにじさんじseedsさんによる声劇『憂う少女のアルカディア』の非公式二次創作となります。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。
原作の登場人物はほぼ全員出ますが、登場人物及び世界観の設定に大幅な追加、改変がされております。そちらも合わせてご了承ください。
『憂う少女のアルカディア』のネタバレを含んでおります。
誹謗、中傷等には極力配慮していきたいと思いますが、私自身のライバーさんたちへの解釈が入っているのでご注意ください。
勝は自宅のベッドの上で仰向けになっていた。
家に帰るまで緑仙がつきっきり。
到着した後も「じゃあ、お前のことはちゃんと監視しているから。変な気は起こすなよ」とくぎを刺されてしまっているため部屋でじっとしていることしかできない。
部屋の窓から外をのぞくとチャイナ服の緑髪の姿がよく見えた。
勝に監視していると分からせるために、わざと姿を見せているのだ。
おかげで自分の家から出るに出られず、軟禁されているような気分だった。
勉強や掃除をして気を紛らわせようとしたけれど気が散って集中できない。
なので特にやることもなく、今はこうしてふて寝しているわけだ。
天井を見つめながら右手を前に突き出して拳をぐっと握り、ぱっと開くというのを繰り返す。
だがその手に何か掴めるという訳でもなく。
ただ空気を掴んでいるだけの行為に虚しさを感じて、力を抜いた右腕はベッドの上に落ちていった。
「はぁ……。どうすればいいんだろうな……」
今日一日で本当にいろんなことが起きた。
マフィアに襲われ、暗殺集団に出会い、霞が行方不明になってしまった。
そして不思議な少女とピエロに出会い、情報屋から情報を貰って……。
「コウは今どうしてるんだろ?」
コウとは教会で分かれてから一度もあってないし連絡も繋がらない。
スマホでさっきから呼びかけているのだが応答しない。
飛び出していってしまったが霞を探しに行ったのだろうか。
だとして、探す当てはあるのだろうか。
そういえばコウは何故飛び出していってしまったのか。
「ええっと確か……、緑仙に言われたんだよな……」
霞は自分の意志で飛び出していったと緑仙は説明した。
実際にそうなのかどうかは勝には分からない。
勝には現場検証の知識なんてないし、ましてや未来視なんて持っていない。
そんな勝だったが緑仙の説明は一応筋が通ったものだと感じている。
感じているとして理解できるものではなかったが。
「霞……どうしちゃったんだよ……」
霞がどうして飛び出してしまったのか。
今どこにいるのか。
それさえ分かれば万事解決だというのに。
答えに全く心当たりがない。
そもそも霞はこの状況を分かって作り出したのだろうか。
霞は未来視を持っている。
未来をあらかじめ知っている。
一人で飛び出してしまえば、俺も勝も心配してしまうのは未来視を持っていなくとも分かり切っていることだろうに。
「いや。それとも……分かってやったのか……?」
だが、それこそ何のために?
「うーん……」
ダメだ。
思考がまとまらない。
「俺、こんなところで何をやっているんだろ。……ん?」
枕元に置いていたスマホから軽快な音が鳴って、答えの出ないぐるぐるとした思考が現実に引き戻される。
何かメッセージを受信したらしい。
送信元の名前を見て勝はがばっと起き上がった。
「っ!コウ!?」
いきなり連絡が繋がったことに驚きながらもメッセージの内容を確認する。
「『今どこ?』だって……?それはこっちのセリフだよ……」
取りあえず自宅にいることを伝えて、コウ自身がどこにいるのかというのも聞いた。
そこには勝の家から一番近い公園の名前が記されていた。
そして急いで来て欲しいとも書かれていた。
「来て欲しいって言われても、こっちには見張りが……。あれ?緑仙がいない……?」
勝が再び窓をのぞくと先ほどまでずっと見張っていたはずの緑仙の姿が見えなかった。
どこに行ってしまったのだろう?
「とにかく、これは抜け出せるチャンスだよな」
勝はこっそり家を抜け出すことにした。
上着を羽織り、財布とスマホだけ持ってコウに指定された公園まで急いで駆けていく。
指定された公園は大して大きな公園ではない。
公園が見えてくるとベンチに座ったコウの姿もすぐに見つけることができた。
疲れているのか、肘を股の上に置いて顔が俯いているが、あの鮮やかな金髪は間違いなくコウだった。
「おーい!コウ!大丈夫か!?」
「ああ……。勝か……」
「っ!」
俯いている顔を上げたコウを見て勝は絶句した。
「コウ……どうしたんだ?」
コウの状態は疲れている、なんてもんじゃなかった。
疲弊し切ったコウの表情はとても老け込んでいて別人のような顔になっていた。
冷えた汗で汚れた顔は土色になっていて、目がくぼんでいるのにギラギラと光っている。
今にも倒れそうだが気力だけで何とか持ちこたえているようだ。
だがその気力は執念に近い何かを感じさせて勝はゾッとする。
「……走ってた」
「え?」
「出雲を探してた」
「今まで……ずっと?」
そういえばコウが着ている服は昼間と同じものだったのだが、その時よりかなり汚れが目立っているし所どころ擦り切れていた。
こんな時間までずっと探し回っていたというのか。
今の時間はもう夜の9時に近い。
「いや、あれから家に一回帰ってから家の護衛の人たちを連れ出したんだ。それから連絡先を知っている中から信用できる人を選んでそこにも応援を頼んだ」
「そうなんだ」
どうやらコウはコウなりに色々手を尽していたようだ。
「勝は?何かわかったか?」
「あ、俺の方は……」
勝はベンチの隣に座ると今までのことをコウに話した。
緑仙とドーラと一緒に街を探し回ったこと。
有栖と力一、そして神田と出会ったこと。
そしてドーラが神田から霞の情報を持ったということ。
そこまで聞いたコウは、がばっと俯いていた顔を上げる。
「本当か!情報があったのか!」
「うん。……でも情報を貰ったのはドーラだけなんだ。俺は何も聞かされずに家に帰された……」
勝は申し訳なく言った。
だがコウはそれを聞くとボロボロの状態なのに力強く立ち上がり勝の肩を掴む。
「いや、凄く助かったよ」
「……え?」
「たぶんその話だと出雲が目撃されたのってそう遠くはないんだよな?」
「……そう、かもしれない。もしかしたら電車とかを使って遠くへ行ったかもしれないけどドーラが向かったのは駅とは反対方向だったし」
その時の状況を思い出しながら勝が言うとコウは納得した様子でうなずいた。
「ああ。出雲が電車を使ったっていう線はないぜ。駅の方はもうとっくにマフィアの監視の手が回っているんだ。うちの連中が見つけた。出雲が捕まったっていうなら話は別だけどそういうわけじゃないだろうし出雲はまだこの街のどこかにいるはずだ」
「そうなのか……」
「だから出雲は俺が必ず見つけ出す。勝は待っていてくれ」
そういうとコウは公園の外へ歩きだろうとしていた。
それを見た勝は慌ててコウを止めようとする。
「ちょ、ちょっと待てよコウ!どこへ行くんだ?」
「多分出雲は勝たちがいたところの近くにいるんだろ?だったらそこを重点的に探すさ」
「もう倒れそうな状態じゃないか!」
「倒れる……?あー、確かにこのままだと倒れるかも」
汚れた自分の姿を見て乾いた笑みを浮かべる親友に勝は駆け寄った。
だがコウの手に突き放されてしまう。
「……コウ?」
「別にぶっ倒れたっていい。今は出雲を探さないと。アイツ本気でかくれんぼしたら絶対見つけらんないからな」
「……コウ」
「俺がぶっ倒れたらさ。その時は勝が出雲を探してやってくれよ。それまでは俺が必死こいて情報集めるから。だからそれまで勝はゆっくり休んでいてくれ」
「……なんか格好つけてない?」
「そりゃあ、格好つけてるからな」
コウは精一杯の笑顔を見せる。
疲れて力のない笑みだったが、その姿が今の勝には眩しい。
やらなければならないと思っても霞を探す手立てを勝は持っていなかったしアイデアも浮かばなかった。
「……凄いな。俺は何もできなかった」
「そんなことないだろ。勝のおかげで俺も情報貰えたんだし無駄ではないって」
「俺にはそう思うことできないけど……」
「そうなんだって。じゃ、とにかく今は休んどけよ。俺はもう行くから」
今度はコウを止めることができなかった。
●
コウと別れた後、勝は一人夜道を歩いていた。
そういえば昼間から何も食べていないということを思い出したのである。
ずっと気を張っていたので食欲がなかったが、何かは食べておかないといけない気がしたのだ。
「こんな時間に食べ物を買おうとするなら、まあコンビニだよな」
というわけで今勝がいる位置から一番近いコンビニを目指して歩いていく。
軽くおにぎりでも買っていこうと思った矢先だった。
勝は疲れて注意力が散漫になっている状態だったのでコンビニの方しか見ていなかった。
そのため曲がり角で人が歩いてきたことに気づくことができなかった。
「いてっ!」
「あっ。すみません!よく見えてな……く、て……」
ぶつかってしまったことをとっさに謝った勝はぶつかった相手を見て凍りつく。
「うん……?」
勝がぶつかってしまったのはスーツ姿のいかにもガラの悪い男性。
「あ」
間違いなくマフィアの一員だ。
なんとなく……、とてもなんとなく舞元という名前が似合いそうな男だった。
「何だこのガキ?うーん、どっかで見たことあるような……?」
「あ、えっと……」
「おい、どうした?」
突然のことに思考が止まってしまって硬直していると、舞元っぽい男の後ろからラスボスとして出てきそうなくらい渋い声をした別の男がやってくる。
「二人とも、そんなところで立ち止まって何かあったのか?」
さらにもう一人。
前の二人に比べるとひょろ長い印象を受ける、もやしが好きそうな優しい声の男もやって来た。
この男だけ声が優しすぎて一瞬マフィアではないかと思ってしまうが、ちゃんとスーツを着ているし舞元っぽい人たちと知り合いという時点でマフィアの構成員だというのが分かる。
「いや。なんか見たことのある顔だなーって思ってさ」
「このボウズか?」
「っておい!こいつはリストにいたやつだ!出雲霞と御曹司の友人だよ!」
自分の正体を知られたところで勝ははっと我に返った。
よく分からないが、この状況はヤバい。
そう思ったら行動するのは速かった。
「あっ!こら!」
「逃げた!」
「待て!」
待てと言われて待つ馬鹿がどこにいる!
と言っている余裕はなかった。
脇目も振らず全力で駆け抜ける。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
自宅とは反対方向に走ってしまったことに走り出してから
だが長くは続かなかった。
さっきも言ったが昼間から何も食べていないのだ。
すぐに体力が尽きてしまった勝は走っている途中でつまづいて転んでしまった。
「こ、このガキがっ!俺らを走らせやがって……」
「はぁ、はぁ。ま、まあ逃げられなかったんだから良しとしようじゃない」
舞元っぽい人が勝を睨みつけた。
渋い声の人がそれをたしなめているところへ優しい声の人もやって来た。
少し息切れしているようだったが深呼吸して息を整えると倒れこんだ勝に駆け寄って声をかける。
「ふぅ。やっと追いついた。キミ、怖がらなくても良いからね。ただちょっと誘拐されて御曹司を引きずり出すためのエサに使うだけだから」
それのどこに怖がらない要素があるのだろうか。
どうやら優しいのは声だけでこの人も立派なマフィアということか。
だが走り通して息切れしきっている勝にはそんな文句を言える状態ではなく、大きく肩で息をするのが精いっぱいだった。
だが心だけは折れていないという意思表示に目だけは思いっきり睨んでやる。
「へえ。ガキのくせにいっちょ前に睨みつけてくれるじゃねえか?だが、睨んだところでどうにもならねえ。大人しく付いて来てもらおうか」
「ぐっ!」
三人組が勝に近づこうと近づく。
だが手を出すことはできなかった。
「なっ!お前たちは……!」
舞元っぽい人は歩みを止めて勝よりも後ろの方を見て驚愕していた。
誰がいるのかと勝が後ろの方を振り向くと……。
「いやー、困りますねえ。勝くんを誘拐しようだなんて。海のように広い心の私でもそんなことをされてしまっては堪忍袋の緒が切れてしまうというものです」
「海夜叉……!」
そこに立っていたのは昼間に勝たちが駆け込んだ先の警察官の一人だった。
「ちょりーっす。私たちもいるよー」
「救いの天使登場ってねー」
二人の婦警も一緒のようだった。
マフィア三人組はそれぞれ疑心に満ちた顔をしている。
「おいおいどういうことだ?お前ら警察は俺らに不干渉の約束をしていたはずだが?」
「それはそれ、これはこれ。……あなたたちがやり過ぎたのがいけないのですよ。まさか勝くんに手を出そうだなんて、思わず怒り狂ってしまいそうになるじゃないですか。なんで貴方たちみたいな雑魚に私が怒りを覚えないといけないんですか」
「何だと……」
「と、いうわけで京子さんと桃さんはこの人たちのお相手をよろしくお願いしますね」
そう言って海夜叉は京子と桃の肩を叩いた。
「はいはーい。……って海夜叉さんは!?戦わないの!?」
返事をした後すぐにツッコミを入れた京子が驚いて海夜叉の方を振り向く。
海夜叉は悲しそうに首を振りながら嘆いた。
「こんなやつらに本気を出したくありません。それに私には勝くんを無事に家まで送り届けるという大事な使命がありますから」
「それズルくない……?」
「まあまあ京子ちゃん」
呆れる京子に桃が何かを取り出しながらたしなめた。
「京子ちゃん身体能力高いからあんなやつらでも余裕だと思うよ。私も銃でサポートするから。ちゃんと周りが騒ぎにならないようにサプレッサーも用意しておいたから」
「え?サプレッサー?」
サプレッサーとは銃口の先端に取り付けることのできるパーツの名前で、銃撃の音を大幅に軽減することができる。
完全に音を消すのは難しいがそれでも付けると付けないとでは雲泥の差だ。
サプレッサーの構造を簡単に説明すると銃口から漏れ出る火薬の音を押さえつけることで銃の発射音を抑えることができるのだ。
だが。
「桃が持ってるのってサプレッサーつけても音鳴るよ?」
「え……?」
日本の警察で正式に採用されている拳銃はリボルバー式の拳銃が多い。
桃が所持している『M38 エアウェイト』もリボルバー拳銃だ。
そしてリボルバーにサプレッサーを取り付けても音は鳴る。
サプレッサーは銃口から漏れ出る音しか消せないので、銃口から銃撃音のほとんどがでている構造になっていないとその効果を発揮することはできない。
そしてリボルバーはそのような構造になっていない。
銃口以外からも火薬の炸裂音が出てしまう個所が多すぎるのだ。
「そもそも、その銃サプレッサー取り付けるつくりになってないし。最初っから装備できないよ」
「えー」
「そしてこんな街中で銃を発砲するのは後の処理が大変になって私の仕事が増えてしまうので、止めておいてくださいね。桃さん」
二人に言われて口を尖らせる桃。
だが諦めて取り出しかけた銃をしまうと、何を思ったのか勝の方へ駆け寄って手を伸ばす。
いきなり手を差し出されて勝が困惑していると桃がじれったそうに言った。
「ほら。君、立てる?立てるんだったら一緒にこんな危ない所早く逃げ出しちゃおうよ!」
「え?……えぇ。はい……」
勝が手を伸ばすと桃が引き上げてくれた。
すると桃はそのまま勝の手を取ってこの場から逃げようとする。
それを見て慌てたのは海夜叉だ。
「ちょ!ちょっと桃さん!?勝くんとどこへ行こうとしてるんです!?」
「だって銃が使えないんじゃ桃はお役に立てませんから―?ここは戦闘力のあるお二人に任せますねー」
「ちょっと!待ってくださいよ!?京子さんも止めてやってください!」
「んー?」
海夜叉は京子に助けを求めたが京子はすぐに返事を返さなかった。
そして腕組みをしながらしばらく考えた後、何か納得したように頷く。
「なんか海夜叉さんにあの子を預けると、ロクなことにならないような気がする。手出しそうだだし。それだったら桃に頼んだ方がだいぶマシじゃない?」
「そんな!酷いですよ!」
そうこうしているうちに勝と桃は姿が見えなくなってしまっていた。
普段にこやかな海夜叉も頭をかきむしって悔しがる。
「……あー、もうまったく!」
「おい。そろそろこっちの話に戻っていいか?」
海夜叉がイラついているところへ舞元っぽい人も苛立った様子で問いかける。
状況に置いてけぼりにされていたことに向こうも腹が立っていたようだ。
「あのガキを逃がすわけにはいかねえんだよ。ここは力ずくで通らせてもらう、ぜっ!」
舞元っぽい人が海夜叉に殴りかかる。
それに対して海夜叉は一歩も動こうとはしなかった。
海夜叉が動かなければ舞元っぽい人に思いっきり殴られてしまっただろう。
だが海夜叉に舞元っぽい人の手は届かない。
「何!?」
舞元っぽい人が驚愕する。
舞元っぽい人の拳は止められていた。
轟京子によって。
腕を振り切る前、まだ拳に勢いが全く乗っていない状態の手に警棒の先端を当てることで動きを封殺していた。
慌てて拳を戻そうとするが、京子の警棒は舞元っぽい人の拳に吸い付くようにくっついていて離れることができない。
「くっ!この!」
「あんたみたいな力任せに暴れることしか頭にない人なんて私には余裕なんだから。痛い目見たくなかったら尻尾巻いて逃げた方が身のためだよ」
かなりの体格差だが京子は舞元っぽい人を完全に翻弄していた。
マフィア相手に有意な状態に立っている。
あくまで一対一の状況ならば。
「婦警さん。俺たち二人のことを忘れちゃいないだろうね?」
「こっちだって警察相手には必死にならないといけないから。卑怯なんて言わないよな」
渋い声と優しそうな声の二人が京子に詰め寄った。
「そんなの、言われなくたって最初から承知してるよ」
マフィアが警察を相手にするのだ。
堂々と戦うなんてはなから頭にはない。
よく理解している京子もそこで「卑怯だ」とは言わなかった。
京子だって一人が相手なら絶対に勝てるが、二人同時に相手にする時だと迷わず逃げる。
三人がかりでは絶対に逃げる。
だが京子は逃げる必要は微塵も感じていなかった。
京子だって一人ではないからだ。
京子の後ろに立っている神様は人間が何人同時にかかってこようがどうということはない。
おまけに今はとってもイラついている。
「マフィアさんたち。私は早く勝くんを追いかけないといけないんです。さっさと立ち去って下さい」
「おいおい。そりゃないぜ。俺たちだってあいつを追っているんだ。立ち去ってもらうのはあんたの方だよ」
「これ以上私をイライラさせるのは止めて下さい、渋すぎる声のあなた。いやー、このお話が文字で良かった。もし声がついていたら私がやられる流れですからね。そうじゃなくともキャラを完全に持っていかれましたよ」
「……何の話だ?」
「何でもありませんよ。ただのメタ発言です」
海夜叉は冗談めかしてにっこりと笑う。
だが目は全く笑っていなかった。
京子も舞元っぽい人の相手をしているため海夜叉の顔は見れない状態だったが、ビリビリとした空気を感じていた。
「それにしても!桃さん勝くんと手をつないでいて……。いいなあ!」
「うわー。ふざけている様に見えるけど、分かる。久々の本気モードだ」
背中に冷や汗が流れるのを感じると同時にマフィアの人たちを憐みの目で見つめた。
「ご愁傷様。私も、せめて生きて帰れることを願っているね」
「ど、どういうことだよ」
舞元っぽい人もヤバい空気を感じ取ったらしい。
慌てて京子に聞いてくるがもう遅い。
神様に目をつけられた時点でおしまいなのだ。
「まあ、じっくり教えることとしましょうか。風に吹かれて舞い飛ぶ塵の気分ってやつをね。……せいぜい楽しめよ。ザコが」
その日の夜、一人の鬼が現れた。
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