デジモン短編集 (アズマケイ)
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デジモンアドベンチャーENIAC

デジモンワールドが生まれた時、『非進化』と『進化』の2つの概念が争った。やがて『非進化』の概念は火の向こう側に追いやられ、『進化』の概念がデジタルワールドという世界の法則になった。デジタルワールドに住むモンスターたちはもちろん、デジタルワールドそのものも『進化』する道を選んだのである。その過程で、デジタルワールドはホメオスタシスというセキュリティシステムを作りだした。ホメオスタシスは実体がないため、自立型エージェントをつくり、セキュリティシステムの末端の仕事を任せた。ホメオスタシスは光と闇を均衡させる機構である。だからどちらの力も過剰になることを嫌う性質がある。そして『進化』の概念に反する者を嫌う性質がある。たとえそれが世界に『進化』という概念をもたらしてくれた英雄であるとしてもだ。

 

 

彼らは四聖獣と呼ばれている。デジタルワールドの四方の方角を守護し、デジタルワールドの安定を保つ4匹のデジモン達のことだ。

 

 

北方を守護するは水の力を操る玄武、シェンウーモン。東方を守護するは雷の力を操る青龍、チンロンモン。南方を守護するは炎の力を操る朱雀、スーツェーモン。西方を守護するは鋼の力を操る白虎、バイフーモン。

 

 

四聖獣の特徴は4つの目、12個のデジコア、を持っていること。基本的に「四聖獣」はデジタルワールドのバランスを保つ存在であるため、自ら行動を起こす事は少ない。

 

 

かつてデジタルワールドが『非進化』の侵攻にあったとき、世界で初めて冒険した選ばれし子供たちのパートナーデジモンだった。彼らはもともと普通のデジモンだった。しかし、『非進化』の概念に直接接触してしまった影響で究極体という存在になった。『非進化』との争いの中で、世界で初めて生まれた存在である。 究極体は『これ以上、進化の仕様がない』形態だった。進化の果て、行き止まり、これはまさしく『非進化』と同じ存在だ。デジタルワールドも、安定を望む意思機構であるホメオスタシスも、存在を許容できなかった。

 

 

『非進化』の概念の先駆けのような存在であり、あまりにも強大な力を持っていたからだ。彼らが意識しなくても、デジタルワールドはすさまじい影響を受けてしまう。究極体という概念が広がることを避けるためにも、長くデシタルワールド内に留めるのは好ましくないと判断された。そのため四聖獣はデシタルワールドを思い、それぞれが四方の最外部に向かった。同じところにいると、歪みが生じてしまうからだ。

 

 

『非進化』の概念を火の壁の向こう側に封印するための楔となった四聖獣は、いつしか方角を司る存在として崇められるようになる。それは一体でも欠けるとパワーバランスが崩れる状態になってしまったともいえた。そのためか四聖獣はデジタルワールドの最深部に存在して、ほとんどの内部の事象にかかわってこようとしない。

 

 

そのためそれぞれに十二神将(デーヴァ)と呼ばれる使者を従えている。デーヴァとは、十二支の姿をした完全体デジモン達のことであり、四聖獣1体につきそれぞれ3匹のデジモンが仕えている。デーヴァは、四聖獣の代わりに声となり、耳となり、目となってデジタルワールドの方角を司っている。

 

 

「タクミっていったなあ?ここまで知っている俺は何者だって?どいつだか教えてあげやしょう。北方を司るシェンウーモン様一の子分、ヴァジラモンとは俺のことだぜ」

 

「嘘つけ、どっからどう見てもコテモンじゃねーか」

 

「俺の目をしっかりと見とくれよ、タクミの旦那。嘘をついてるように見えやすか。俺はマジなことしかいいやしねえよ。頼む、この通り、お願いしやす。俺を信じてくれ、この通り!」

 

「それが人に物を頼む態度かよ。面とれ、面。防具つけたままお願いする奴があるか。俺の焼きそばパン食いやがって、この野郎。パソコン部にチクんぞ、この野郎」

 

「それだけは勘弁してくだせえ、タクミの旦那!ホメオスタシスには内緒で来てんだよ、ばれたらドエライことになっちまう!」

 

「なにしにきたんだよ、お前」

 

 

はあ、とタクミはため息をついた。

 

コテモン

成長期

爬虫類型

データ種

デジモン界の一流剣士を目指しているハ虫類型デジモン。無口だが見えないところで修行に励んでいる努力家である。けっして防具をはずさないため、その素顔はナゾに包まれている。性格は臆病ですぐに泣いてしまうが、友達思いで正義感は強く、芯の強い一面も時おり見せる。得意技は、電撃をまとった一撃を敵の腕に決める『サンダーコテ』。必殺技は、炎の気を「竹刀」にまとって頭をねらう『ファイヤーメン』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年はタクミにとって大きな転機となった年である。具体的にいえば本宮が憧れの八神さんと同じクラスになれたとわざわざ隣のB組にいるタクミに報告しにきた4月の登校日から。ぐだぐだ友達としゃべっていたら、パソコン部に入らないかとさそわれたのだ。

 

 

「あっはっは、なにいってんだよ、大輔。パソコン部なんてねーだろ、このガッコ」

 

 

つられてみんな笑った。目が点である。サッカーに誘われたことはあったけど、帰宅部だからと断りつづけるほど筋金入りの引きこもり気質なオタクになにいってんだ、こいつと。すると大輔は思いのほか食い下がる。俺だってホントはこんなめんどくさいことしたくないという顔である。とりあえず話だけでも聞いてやるかとタクミは先を促した。

 

 

「実はさー、光子郎先輩がサッカー部やめてパソコン部つくるっていうんだよ」

 

「え、まじで?」

 

「光子郎先輩って?」

 

「あー、ほら、八神さんの兄ちゃんに誘われて入ってきたとかいう先輩だろ?」

 

「そうそう、俺も嫌なんだけどさ、やっぱ太一先輩いないとつまんないんだって。やりたいことやるんだっていってた」

 

「でもうちのガッコ、パソコンに詳しい先生なんているっけ?」

 

「いないよな」

 

「光子郎先輩、天谷先生に聞いたら、まずは部員を5人集めろって言われたんだってさ。そんで活動場所と時間を決めて、顧問の先生を見つけたら届けをだせって言われたんだって」

 

「うっわめんどくせー」

 

「へー、そこまでやんないと新しいクラブってできないんだ」

 

「そんで?なんで本宮が俺をパソコン部に誘うんだよ?」

 

「俺もパソコン部に入らされたんだよ」

 

「あー、運動部は文化部も入れるもんな」

 

「あーあ、勝手に名簿書かれたのか、大輔。大変だなー。部員集めか」

 

「あっはっは、まじかよ、本宮。サッカー部辞めたのに先輩の圧力ちょーこえー」

 

「笑うなよ、タクミ!こっちだって大変なんだから!サッカー部のみんなは嫌だっていうし、困ってんだよ!」

 

「え、マジで部員大輔と先輩以外決まってねえの?」

 

「いや、あと2人。なっかなか見つからないんだよなー」

 

「へー、他には誰いんの?」

 

「光子郎先輩、光ちゃん、あと俺」

 

「つうかそれ、ぜってー八神さん狙いだろ、本宮!むしろ八神さんからお願いされてがんばってる感じの流れじゃねーか」

 

「なんだ、いつもの大輔か」

 

「相変わらず八神さんは大輔の扱いうまいよな」

 

「笑うなー、別にそんなんじゃないって!」

 

「図星だからって怒るなよ、本宮。耳まで真っ赤だぜ」

 

「タクミーっ、だから俺は光子郎先輩に頼まれて!」

 

「はいはいわかった。いとしの八神さんのためにがんばってる本宮に免じて入ってやるよ」

 

「だっから俺はそういうつもりじゃなくて!」

 

「はいはいわかったわかった。言い訳は八神さんに説明してからたっぷり聞いてやるよ」

 

「う」

 

 

その日の放課後、タクミは新入部員として歓迎されることになる。まさか3人も入ってくれるなんてと感動している光子郎。真っ先に反応したのはタクミを連れてきたことを八神さんに褒められてでれでれしていた大輔だ。井上京は姉同士のつきあいがある学区が違う大輔の古馴染み。火田伊織は京経由の付き合いがあるが、さすがに家庭事情を知る大輔はあえて誘わなかったのにいるのだ。伊織曰く京さんが入るなら僕も入りたいですとのことである。何このリア充、爆発しろと殴りたくなったのはご愛嬌。大輔君に頼んで正解でしたと笑った部長に、あー、といいたくなったタクミである。本宮の周りには昔から自然と人が集まるのだ。

 

 

ちなみにタクミは1年後の今もパソコン部である。時々しゃべる縫いぐるみやアイマートの袋が増えても、光子郎元部長が頻繁に顔をだしても、一切疑問に思わない天然ぶりを見せつけた。巻き込まれるのは嫌だとお台場霧事件の日は田舎の親戚の家に避難したタクミには朝飯前の話である。

 

 

 

 

 

そんなタクミがコテモンを大輔たちにつき出せないでいるのは、みんなが雰囲気悪いからだ。今やっかいごとを持ち込むのはよくない。きっとニーサン声の秀才君を仲間に引き入れるかどうかで揉めているのだろう。それに大輔たちがタクミにデジモンを打ち明けるか相談してるのは知っている。気長に待つスタイルを行くタクミにとってはイレギュラーすぎる事態である。テイマーズまで待てなかったのかとボヤいたタクミだか、世界線が違うのかコテモンは疑問符を投げただけだ。

 

 

「つまり、コテモンはシェンウーモンの任務でここにきたけど、敵のせいでこうなったと」

 

「そうでさあ。ああ、渡る世間に鬼はなし、ってのはホントだねい。捨てる神あれば拾う神もありときた。ありがてえありがてえ」

 

 

ランドセルから飛び出したコテモンは、タクミの部屋のベッドに座る。道着をきているせいか正座が様になるデジモンである。

 

 

「そのウィルスってのはどんなんだよ。まさかxウィルスとか言わねえだろうな?」

 

 

デジタルワールドには、いくつものウィルスプログラムが知られている。

 

 

「なんですかい、そりゃあ?」

 

「知らないならいいや。シェンウーモン関連ならテンペストとか?まさかデーモン帰ってきたのかよ。漫画の世界にお帰りください」

 

 

ちなみにテンペストとは狡猾な七大魔王たちの放ったクラックプログラムだ。デジコア中枢まで侵食しているためデジモンによる武力行使で「撃破」し、一時的に活動を停止させない限り解除できない。感染力は四聖獣を犯すほどである。

 

 

「いんや、ちがうね、旦那」

 

「デ・リーパーとかいうなよ?」

 

「恐ろしい名前までしってるたあ驚いた。選ばれし子供たちよりくわしなあ、こりゃ。でも残念、違うんでさあ。シェンウーモン様はウィッシュプログラムっていってました。デジモンの能力を極限にまで高めるかわり、その理性を失わせ破壊神へと変貌させる禁断のプログラムだとか。古代のデジモン達によってとある島に封印されたんですがね、困ったことに北のエリアを中心に巨大化、狂暴化などの異常現象が起きるときた。調べてみたらあら不思議、ウィッシュウィルスに感染したって分かったんでさ。俺もうっかり感染しちまいましてね、気づいたら暴走の反動でデータがあちこちに散っちまいました」

 

「まさかの課金ゲーか。それどこのウィザーモンだよ」

 

「ウィザーモンはフジテレビにいるってききやしたが?」

 

「いや、なんでもねーよ。つまりデータあつめを手伝えと。わかった、なんか面白そうだし、いいぜ」

 

 

タクミは笑った。

 

 

「ありがとうごぜえやす、タクミの旦那!テイマーってのはタクミの旦那みてえなお人をいうんでしょうね!俺は一秒でも早くもとの姿を取り戻さなくちゃなんねえってのに、右も左もわからねえときた。すまねえ、すまねえ」

 

「いいって、それくらい。俺もデジモンほしかったところだしさ。ようするにコテモンのデータをあつめりゃいいんだろ?どんな姿してんだ?」

 

 

コテモンは沈黙した。

 

 

「実はウィッシュウィルスと俺のデータが融合してドエライことになってるかもなんて、あはは」

 

「ディーターミナルで光子郎元部長にチクッていいかな?」

 

「勘弁してくだせえ、タクミの旦那!どうかこの通り!そのプログラムの数々、どうかどうか俺に使わしてくだせえ!」

 

「そんなこったろうと思ったよ!いきなり俺の名前呼んだ時点で嫌な予感はしてたんだ!シェンウーモンはあれか、誠実と知識を司ってるだけはあるってか畜生」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きなポケットがあるランニングウェアに帽子というランナー姿のタクミは、いってきまーす、と玄関を出る。いってらっしゃい、とおばあちゃんに見送られ、ドアをしめた。さてとと石段にリュックをおき、軽い準備運動を始めた。ポケットはふくらんでいて、イヤホンが伸びている。おばあちゃんがいなくなり、ご近所もいないことを確認したコテモンは、リュックから顔だけ出した。

 

 

「なんですかい、そりゃあ?」

 

「これか?ラジオだよ、ラジオ」

 

「ラジオ?音楽を聞くんじゃないんですかい?俺はてっきりウォークマンかなんかかと思いやしたぜ」

 

「それじゃあ、ホントにただのランニングじゃねーか。本命はこっちだよこっち。ほら、なんにも聞こえないだろ?ラジオ持ち歩いても怪しまれない格好なんてあんまないんだよ」

 

「うーん?俺にはいったいぜんたいどうやったらラジオでデジモン探しが出来るのかてんでわかりやせんや。どういうカラクリなんですかい?」

 

 

イヤホンをはずし、小型ラジオをタクミは見せてくれた。ラジオは雑音以外は聞こえない。チューニングしてあるがラジオではないようだ。それをコテモンに近づけるにつれて、ラジオの雑音は大きくなっていく。びっくりしたコテモンにタクミは笑った。

 

 

「3年前なら停電になってるとこ探せば一発でデジモン見つけられたんだけどさ、今じゃ再開発が進んでデジモンがきたくらいで停電起きなくなったんだよ。ついでに電波障害対策もされててな。だから古いラジオじゃないと使えないんだ」

 

「なんで俺から変な音がするんでい」

 

「デジモンは実体化するときに電気を媒介にするもんだから、その関係らしいぜ。俺も詳しくは知らねーけどさ。とりあえずデジヴァイスがデジモン探知する原理はこれってことだ」

 

「タクミの旦那はホントによく知ってるねえ、関心しちまうよ」

 

「褒めても何にも出ないけどな、さあいこうぜ。コテモンがデジタルワールドからお台場のゲートポイント通ってお台場小学校のデジタルゲートくぐるまでなんて範囲が広すぎるからな。まずはこっちの世界から探そう。雑音がでかくなるとこを探しにいこうぜ」

 

「何処にいくんですかい?」

 

「電波が拾いやすいとこといえば、やっぱフジテレビだよな。展望台いこうぜ」

 

 

タクミはラジオにイヤホンをつける。リュックを背負い、ランニングを始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今や東京の観光の定番としてかかせないフジテレビ本社ビルは、建物も特徴的なので観光客にかかさないスポットである。そのフジテレビの7Fから上がっていき、フジテレビ25Fにあるのがここ フジテレビ本社ビル球体展望室 「はちたま」だ。平日のためかそれほど待ち時間はない。あっさり展望台にあがることができた。300円の入場料を払って、見る景色は最高だが、見とれている暇はない。タクミはラジオの周波数をいじりはじめた。

 

 

ラジオのAM電波受信機能を使えば、時々デジモンの電波をキャッチする事がある。電波をキャッチした場合は、時間以内に電波の強い場所に移動すると、受信エリアの方角がわかるのだ。基本的に電波の届かない場所に居る場合は電波はキャッチできない不便さがあるがこれで充分だ。初めからあった雑音とはちがう微弱な周波数を拾い上げたタクミは、あっさりとフジテレビをあとにする。

 

 

目指すは海浜公園である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お台場海浜公園は、大輔たちの住むシーリア台場と目と鼻の先にある、公園だ。静かな入り江を囲んでいる砂浜や磯がある。観光の定番コースとしても、ランニングコースとしても有名なため、タクミはあまり目立たない。夜景に向かう夕暮れがあたりを真っ赤に染め上げていた。とても美しい磯浜に近づくにつれて、タクミのラジオは雑音を大きくしていった。タクミはリュックからコテモンを呼び、ディーターミナルを起動する。

 

 

「いましたぜ、タクミの旦那!」

 

 

畏怖の咆哮が、あたりの大気を震わせる。強烈にギラギラと輝く瞳に、理性の色は見られない。鋼鉄のマスクと3本の鋭利な蹄だけがそれがデジモンだと知らせている。輪郭は大柄な龍だろうか、全身を焼き尽くす烈火が全てを覆っていた。焦土とかす足が地を踏みつける度黒煙があがった。

 

 

「フレアリザモンか。気を引き締めていけよ、コテモン」

 

「おうとも!」

 

 

ディーターミナルに表示されるのは、コテモンからもらったいくつかのアプリだ。ついでにタクミが貸してくれと縋られた自作のアイテムバンクもある。光子郎がデジメンタルを選ばれし子供たちのディーターミナルに共有化したのと同じ原理のアプリだ。今、大画面はデータスキャンのアプリだ。数字がどんどん大きくなるには、時間がいる。そしてデータを集める必要がある。いろんな手段を使って。

 

 

「来るならきやがれってんだ、ウィッシュウィルスめ。俺のデータ返しやがれってんだ!」

 

 

挑発に電撃帯びた竹刀を振りかざし、威圧するコテモンに、敵は動いた。いや、むしろ声がするから反応したといったほうがいいだろう。もはや成長期が無謀にも挑むというこの状況自体に疑問を感じない。例え理性があったとしても、それは思考とはいえないと他ならぬコテモンが知っている。発狂した記憶が健在なのは最悪の気分だが仕方ない。己の凶行を助長する方に働く思考、あまりにも直線的な行動だが、成長期のコテモンは避けられない。そのときである。

 

 

 

コテモンは、フレアリザモンを見上げ、面の向こうで口の端を吊り上げた。アイテムバンクが起動する。

 

 

「受け取れ、コテモン!」

 

 

竹刀が消える。

 

 

「あいよっ!」

 

 

出現したのは宝剣二振りだ。小さな個体には不釣合いに大きいにもかかわらず、軽々と振り回す。二振りの宝剣を地面に叩きつけた瞬間、衝撃波が大地と海と空気を揺らす。全てを吹き飛ばしたのである。

 

 

愕然とフレアリザモンは硬直する。にやりとコテモンは笑った。二本の宝剣が貫通したのである。

 

 

「返してくんねえかい、俺のデータをよ」

 

 

ディーターミナルのデータスキャンが100パーセントになる。タクミはドレインコードを打ち込んだ。フレアリザモンは、データの粉となる。きらきらと反射する光が夕焼けに照らされて眩しい。光の粉がコテモンに降り注ぐ。ディーターミナルに表示されている数字は、少しだけ上昇した。

 

 

「はい、しゅーりょー」

 

 

コテモンの手から愛剣たちが回収される。突然消えてしまった宝剣に、コテモンは涙目である。

 

 

「そんな殺生な!酷いこといわないどくれよ、旦那!俺のだぜ、それ!」

 

「ばかいえ、誰かに見られたらどうすんだよ。こうでもしないと運べないってのに」

 

「ううう、ひでえや、あんまりだあ」

 

 

代わりに出現した子供用竹刀にコテモンは泣いた。どこまでも脳筋である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

畳まれている道着。綺麗に防具が仕舞われた麻袋。布にくるまれた竹刀。そして横にいるのは黄色い目をした小竜である。誰だお前といいそうになるが、タクミがとった行動は、デジカメを探すことだった。荷物だけ置いて居間に引き返すタクミを不思議そうに見送って、コテモンは止めていた動きを再開した。ふたたび引き戸を開けたタクミの手にはデジカメ。パチリとフラッシュが焚かれる。ぎょっとしてタクミをみたコテモンは、こてりと首をかしげる。

 

 

「何やってんですかい、旦那」

 

「いやー、珍しいもんみたから、思わずな。コテモンの正体みたの始めてだわ。いい写真とれたっと。さてさて何やってんだはこっちのセリフだぜ、コテモン。朝の公園のじいちゃんみたいなことして、何やってんだ?」

 

「修行でさあ、修行。千里の道も一歩からってね。タクミの旦那を待ってる間、ぐうたらしてたら体がなまっていけねえや」

 

 

けたけたとコテモンは笑う。

 

 

「修行ねえ。コテモンの癖に剣道しないもんな、お前。どっちかっていうと地味だよな?」

 

 

がくっとコテモンはずっこける。

 

 

「俺の戦いぶりを特等席でご覧になってるっつーのに、なんということをいいやがるんでえ、旦那!俺と旦那の仲じゃねーかい」

 

「いやだってさあ、炎とか雷出せるのに使わねえじゃん、お前」

 

「かーっ、俺はかなしいぜ、タクミの旦那!なんだってこの素晴らしさがわかんないかなあ!敵のわずかな動きを察知した瞬間、疾風迅雷のごとく敵を打ち倒す、それが俺の美学ってもんよ!」

 

 

しまった、とタクミは思った。四聖獣に仕えるディーヴァの中でもっとも剛力であるこのデジモン、自らの流派を語らせたらうるさいのだ。

 

「だいたい成長期より完全体のが何百倍も長いんだ。コテモンの戦い方なんてとっくに忘れちまったよ」

 

コテモンはいう。ヴァジラモンだったころ会得したのは、5つの属性を示す思想に十二種の動物の動作特長を取り入れた型によって構成された拳法だと。多彩な蹴り技や跳躍技がないため、地味で簡単そうに見えるが、見た目の動きとは裏腹に猛烈でかつ迅速なものである。そもそも、実戦では「なるべく短時間に確実に相手を倒す」ことが要求される。だから敵の攻撃を、受けたり、かわしたりして、それから攻撃に転ずるより、皮を切らせて肉を切り、肉を切らせて骨を切る方が確実であるという理念。その戦闘こそが敵のわずかな動きを察知した瞬間、疾風迅雷のごとく敵を打ち倒すこと。これを体現するために手法、歩法、身法の迅速さと強大な勁力を身につけるため、稽古は数少ない技をひたすら反復練習して一撃で敵を倒す破壊力と技の迅速さを養成することに集約される。これがコテモンのいう強さらしい。

 

 

「拳法にしてはでっけえ剣つかうよな」

 

「槍を中心に棍、剣、刀、暗器みたいな武器術も豊富なのよ。俺はパオチェンがいっちゃん相性がよかったんでさあ」

 

「あのでっけえ剣、パオチェンっていうのか」

 

「そうだよ、旦那。それにここだけは覚えててもらいてえんだけど」

 

30分ほど話が脱線するが省略しよう。

 

 

「タクミ、降りて来ーい。じいちゃんたちとおやつにしようか」

 

「はーい」

 

 

20分ほどタクミは席をはずすことになる。

 

 

選ばれし子供たちに会いたくないというコテモンの要望で、タクミたちの主な活動拠点はもっぱらおじいちゃんの家、港区白金にある下町の一軒家である。お父さんもお母さんも働いているタクミは一人っ子だ。低学年のころは学童にいっていたが、高学年だと毎日遊びにいくわけにもいかない。友達の家にいったり、図書館にいったりするが、夜遅くまでは遊べない。小学生が夜遅くまで遊んだら補導である。でもそそっかしくて忘れ物が多いタクミは、鍵っ子はダメだとお父さんたちが自宅の鍵を持たせてくれないため、迎えがくるまではおじいちゃんの家にいるのが恒例なのだ。

  

 

タクミのおじいちゃんは車の修理の仕事をしている。いろんな機械に詳しいから、よく近所の人が修理や斡旋をお願いしてくるためか、ひっきりなしに電話がかかってきたり、お客さんがくる。ボランティアでオモチャの修理屋さんもしてるから、仕事をやめた今の方が忙しいらしい。おばあちゃんはお茶を出したり電話にでたり、その対応に忙しそうだが、楽しそうだ。おじいちゃんは最近パソコンの囲碁の通信対戦にハマってるため、タクミの家がADSLなのにもう光になっているおそるべきお家である。

 

 

タクミは学校が終わるとすぐおじいちゃんの家に直行して、コテモンと合流。マラソン大会の練習にランニングをすると出掛けては、コテモンのデータを回収する毎日を送っていた。タクミが学校にいっている間、ずっとコテモンはおじいちゃんの家に待機である。幸いお客さんの出入りが多いため、お菓子や茶請けが常備されている。少しくらいならタクミが勝手に食べても怒られることはまずない。孫可愛さかわりと放任主義の家だった。もちろんお行儀よくしないとさすがに怒られるけれども。真っ暗になる前に帰り、おじいちゃんの家でご飯を食べて、お風呂に入ったら、ようやくお父さんかお母さんの迎えがくるくらいだから、案外ばれないものである。コテモンはタクミが帰るときお別れして、おじいちゃんの家で一夜を明かすのだ。食糧が確保できるかいなかは大事である。

 

宿題をしてくると階段を駆け上がってきたタクミが、こっそり持ち込んだおやつをコテモンに渡した。

 

「タクミの旦那のおかげでだいぶん調子が戻ってきやした。感謝いたしますぜ、旦那」

 

「もうニ週間かあ、早いよな。昨日は丸一日粘ったけどデジモンの電波ひとつも拾えなかったし、そろそろ打ち止めじゃねーかな」

 

「俺もそうじゃないかと思ってやした。データも50を超えたときた。そろそろ進化しても良さそうなもんですがねい」

 

「だよなあ、できれば成熟期になってから行きたかったけど仕方ねえ。明日からはいよいよ、お台場のゲートポイントいこうぜ」

 

「よしきた。任しときな、旦那。シェンウーモン様直々に権限与えられてんだ。ネットさえできりゃデジタルゲートはあけられるって寸法よ!」

 

「じゃあ、今日は大事をとって休むか?」

 

「いえね、今日は連れてってほしいとこがあるんでさあ」

 

「あー、お台場あちこちいけるのも今日が最後だもんな。せっかくだし、そうするか。どこがいい?好きなとこいってくれよ」

 

「ありがてえ話だねえ、涙がでらあ。じゃあ××霊園お願いできやすかい、旦那。実はシェンウーモン様からの任務ってのはこれなんでさあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デジタルワールドってのはね、タクミの旦那。そりゃあ不思議な世界なんでさあ。なんたってデジタルワールドは人間の心に影響をうけて、歴史ごと変化しちまうんだから」

 

 

「あー、つまりあれだ。誰かがデジモンを妄想したら、そいつが実際にデジタルワールドに生まれちまうんだな?ギルモンを想像したタカトみたくよ」

 

 

「誰ですかい、そりゃあ?」

 

 

「デュークモンの産みの親だよ」

 

 

「はー、そりゃすげえや。まあ、そういうことでい。新しく生まれたんならいざ知らず、昔からいたなんて妄想されたら、矛盾がないように昔からいたように歴史は改変されて、みんなそう思うようにできてんのよ」

 

 

「つまり、あれだ。デュークモンがロイヤルナイツに所属してるって想像したから、昔からロイヤルナイツがあってデュークモンが所属してるって歴史が初めからあるようになっちまうわけだな」

 

 

「そうでい。いやー、理解が早くて助かりやす。旦那」

 

 

「はーあ、ややこしいな。デジタルワールドはひとつじゃないだろ。影響は全部に及んじまうのか?」

 

 

「複数あっからねえ、世界は。影響が及ぶかどうかはホメオスタシスみてえな奴らが決めるんだろうさ。俺らは単に見守るお役目なもんでね、覚えてんのよ。じゃないと何が起きてんのかわかんなくなっちまうからな」

 

 

「なるほどー、ディーヴァってのも大変なんだな。そんで?お前が選ばれし子供にあっちゃいけないってのとどう繋がるんだよ?」

 

 

「そりゃあ、選ばれし子供たちは特大の歴史改変を引き起こしたからでさあ」

 

 

「どーいうことよ?」

 

 

コテモンはいう。

 

 

今は複数あるデジタルワールドも歴史をたどれば一つの世界にたどりつく。その一番最初に作られた世界でのお話だ。世界で一番最初に作られたパソコン、エニアックを自称する存在がホメオスタシスの前身として存在していた。5人の子供がデジタルワールドに召喚され、「非進化」と「進化」の概念の争いに巻きこまれた。5人の子供たちは「進化」の概念に味方して勝利をおさめ、ダイノ古代境に碑文を残し、帰還した。四聖獣が「非進化」の概念を封印する楔となり、世界は安定した。そして世界は複数に分岐していくことになる。

 

 

「このときは紋章なんて概念なかったんでさあ。当たり前だがね」

 

 

「そりゃそうだろ。紋章は1999年に生まれたやつなんだから」

 

 

「それだけじゃねえ。パートナーって概念が生まれたのもそのころよ」

 

 

「あー、そういや四聖獣は元は普通なデジモンだっていってたもんな。俺たちみたいな訳だ」

 

 

「そういうことでい」

 

 

ひとつのデジタマが現実世界の光が丘に召喚される運命的なアクシデントがあり、急速な進化を促す力が発見された。パロットモンの持ち帰ったデータから、子供の精神的特質が急速な進化を促す可能性をもっていることが判明する。やがて時は流れ、その子供と特殊な繋がりをもつデジモンが出現した。そのデジモンは、デジタルワールド内の過剰な闇や光を駆逐する性質があり、子供はパートナーと呼称されるようになる。ホメオスタシスは心の動きを伝える装置としてデジヴァイスを作り、増幅器兼リミッターとして紋章を作った。

 

 

「問題はここからでい。光の紋章ってのはデジタルワールドにもともとあった力なわけだ。急速なってのが特殊なだけで、昔から進化を促す力なんてのはたくさんあったんでさあ。デジメンタルとかね。生命、進化、美しさ、真実、いろんな言葉で呼ばれてやしたが、生命の源の総称であることはかわらねえ。ホメオスタシスがその特質を光と名付けちまった。その力が使える奴らを総じて選ばれし子供って定義しちまった。選ばれし子供が世界を救うために召喚されると定義しちまった。ホメオスタシスの定義はデジタルワールドすべてに反映されちまう。もちろん歴史は改変されて、シェンウーモン様の相方は初代の選ばれし子供になっちまう。どうなったと思いやすか?ヒントはシェンウーモン様の司るのは知識と誠実」

 

 

「まさか選ばれし子供が冒険したことになったのか?シェンウーモンたちは選ばれし子供のパートナー?」

 

 

「そういうことでさあ。歴史は改変され、意識は変化する。当たり前になる。幾度かの危機はそうやって乗り越えられてきたんでさ。パートナーと離れ離れになったパートナーデジモンは弱体化しちまう不都合が生まれちまいましたがね。おかげでシェンウーモン様はかつてより大分力が落ちてやす。ダークマスターズにゃ偉い目にあいやした。急速な進化は選ばれし子供にとっちゃあ切り札たり得るが、パートナーがいない究極体であるシェンウーモン様にゃ足枷にすぎねえ。俺は正直残念でならねえんでさあ」

 

 

でもねえ、とコテモンはいう。

 

 

「シェンウーモン様は嬉しいっつうんでさあ。相方さんがいなけりゃここまでの境地に辿りつけなかった証明になるってんだ、泣けるじゃねえか。二度と会えないってのによ。俺あ、やりきれねえぜ、タクミの旦那。相方さんと会えたのは運命だった、もうひとりの自分っつー特殊な繋がりをもらえたって喜んでる主を見るってのはこたえる。デジモンと人間はどうしたって越えられねえ寿命っつう壁がある。そりゃあパートナーだろうが普通なデジモンだろうが変わらねえはずなんですがねい」

 

 

「コテモンもパートナーになりゃわかるんじゃねーかな?」

 

 

「そういうもんですかねい。俺には到底わかりっこない境地な気がしてならねえや」

 

 

コテモンはため息をついて肩を落とした。

 

 

「ここがxx霊園ですかい。オハカダモンがたくさんいるじゃねえか。なんとも不思議な光景だ。絶滅した種族も別の種族として再構成されちまう俺達の世界にとっちゃ、あり得ねえ光景だ」

 

 

「あはは、これが俺たち人間にとっての死ぬってことなんだぜ、コテモン」

 

 

さあ、いこう、とタクミは静かな霊園をいく。わかりやした、とこは続く。コテモンが教えてくれた相方さんの墓はすぐ見つかった。最近お墓参りをした人がいたのか、綺麗にされた墓前には線香の煙がなびいている。綺麗な花が咲いていた。

 

 

「しっかし、よくわかったなあ、コテモン。シェンウーモンは最深部から動けねえんだろ?」

 

 

「予感はあったそうでさあ。なんとなく、二度と会えないっつー予感が。相方さんは5人の中じゃ1番年上だったそうだぜ、タクミの旦那。だから覚悟はしてたってんだ、頭があがらねえなあ、ほんと。あー、あと、さいわい戸籍が電子化されたおかげで、案外探すのは楽でしたぜ」

 

 

「電子化か、なるほどー。そういうことか」

 

 

タクミは墓前で静かに手を合わせた。

 

 



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デジモンアドベンチャーLeb deinen Traum

それは、選ばれし子供たちが、デジタルワールドをめぐる大冒険を終えた、8月のある日のことだった。ヴァンデモンが起こした、お台場霧事件をはじめとする大事件の数々は、数週間たった今でも東京中に強烈な爪痕を残している。一番被害がひどかったお台場に住んでいる太一もまた、現在進行形で、不自由な生活を強いられていた。太一たちが住んでいるシーリアお台場をはじめとする高層マンションは、ライフラインが壊滅的な被害を受けているのだ。水が出ない。ガスがでない。電気がこない。電話回線が壊れている。しかも建物のあちこちが壊れていて、補修工事が必要である。すべては8人目の選ばれし子供を探して、東京23区にちっていたヴァンデモンの配下が、お台場に一斉に集結したためだ。空を飛べるデジモンたちは、電信柱から電気を補給しながら実体化し続けたから、電線がぶっこわれた。海を泳げるデジモンたちは、ズドモンとの戦闘で海中ケーブルを寸断したせいで、インターネット通信ができなくなった。大型のデジモンたちは地下水道地下トンネルを利用したものの、空腹に耐え切れず地上に無理やり這い出ようとしたせいで、水道やガスを運ぶパイプがぶっ壊された。そしてバケモンたちによって、お台場中の人たちが東京ビックサイトに連れ去られた際に、窓ガラスやドア、非常階段、いろんなところがぶっ壊された。もちろん、家族を守るためにマンションで戦いを余儀なくされたデジモンたちは、正当防衛である。でも、結果として、7人の子供たちの家の被害がひどくなってしまったのは、ご愛嬌。太一をはじめとしたシーリアお台場の住人たちは、毎日炊き出しや保水車の列に並んだり、がれきの後片付けをしたり、改修工事の騒音に耐えたりしながら、少しずつ普通の生活に戻っているのだった。ライフラインが全滅しているシーリアお台場の人たちにとって、臨海公園が憩いの場になっている。自衛隊やボランティアによる炊き出しはもちろん、全国からの支援物資を受け取る窓口が開設されている。子供たちが遊べるスペースはなくなってしまったが、仕方のないことである。そのため、太一はもっぱらお台場小学校で友達と遊んでいるのだった。

 

 

太一が異変に気づいたのは、そんな帰り道のことだった。なんとなく、机にしまう気になれなくて、いつも持ち歩いているデジヴァイスが、突然反応したのである。ぴこぴこぴこぴこ、ぴこぴこぴこぴこ、と激しく振動するデジヴァイス、四角く発光する画面。太一はびっくりして立ち止まった。ただのデジタル時計が数週間ぶりに反応したのだ、無理もない話である。いつもの帰り道、見慣れた光景が広がっている。デジヴァイスが一体何に反応しているのかわからない。太一はデジヴァイスの反応が大きくなるところを探し回った。

 

そして、見つけるのだ。

 

夕暮れに染まる世界に、不自然に染まる黒い影。

 

なにかいる。そう直感した太一は、一目散に駆け出した。

 

 

かしゃん、とフェンスがきしむ音がする。よいしょっと背伸びをして、ペンキで塗られた網目をしっかりと掴んだ太一は、愛用のブーツを手頃な位置に食い込ませて、フェンスをよじのぼる。かしゃん、かしゃん、と太一が登るたびにフェンスがきしむ。見上げるほどの高さもなんのその、立ち入り禁止の看板は見えないふりをして、一番上の丸くなっているフェンスのてっぺんまでたどり着いた。落っこちないように慎重に体重を移動させながら、反対側の方向に体を向けつつ、またがる。あのときみたいに単眼鏡があったら、あの暗闇の正体を突き止めてやるのに。手持ちぶさたな自分に歯がゆさを感じつつ、いてもたってもいられなくなった太一は、迷うことなくフェンスを乗り越えた。なんで連絡してくれなかったんですか、って怒るであろう参謀の存在は、完全に忘却の彼方である。

 

東京タワーが折れたり、フジテレビが倒壊したり、ビッグサイトに大きな穴があいたり、たくさんの痕跡が残っている東京は、こういう立入禁止区域がたくさんできた。太一たちは戦った記憶はないけれど、きっとお台場に集結するために、地下水道から無理やり地面にはいだしたデジモンが暴れた場所なのだろう。大きな穴がたくさんあいている。工事の予定がかかれた看板、作業員の休憩室がある仮説施設、大きな重機、そしてたくさんの柵。見えてきた工事現場の真ん中で、太一は不自然な暗闇の正体を知る。

 

 

「なあ」

 

 

思ったより大きな声がでた。

 

 

「なにやってんだよ」

 

 

ここまできて、太一はようやく、目の前にいる少年が誰か知らないことに気がつくのだ。勢いのまま話しかけてしまったけれど、目の前に広がる異様な光景に、声をかけずにはいられなかったのである。

 

太一の前には、少年がいた。真っ青な手袋、真っ青なバンダナをまいて、その上からゴーグルをつけている少年である。青と黄色のふちどりがされている白いパーカーを着て、いくつもベルトが走る茶色のジーンズを履き、黄色い靴下に、青と黄色の縁取りがされた白いブーツを履いている。太一とおなじくらいの男の子だ。突然話しかけられたにもかかわらず、どうやら少年は太一が来るのがわかっていたようで、驚く素振りすら見せない。視線は背後の暗闇に向く。なにか、ひとこと、ふたこと、会話をしているようだが、太一には聞き取れなかった。無視されたことにむっとした太一が歩み寄りながら、もう一度話しかける。

 

 

「なあ、なにやってんだよ」

 

「なにって、見ての通りだぜ?」

 

 

少年は笑った。

 

 

「み、見ての通りって、本気で言ってるのか?」

 

「本気もなにも、事実だろ。どうやったら、楽しいお遊戯にみえるんだよ。しっかし、よくわかったなあ。一応、これでもバレないようにこっそりやってたつもりだったのに」

 

 

太一は信じられない、といった様子で、少年を見る。

 

 

「後ろのやつは、お前のパートナーかよ」

 

「あーうん、一応な。これがこいつの仕事だからさ。俺はその監督役ってやつ?一応、こいつこっちの世界のこと何も知らないからさ、問題起こされると俺が困るんだよね」

 

 

こともなげに言い放つ少年に、太一は言葉を失った。少年の向こう側で、暗闇が蠢く。不機嫌な声が響いた。

 

 

「我をからかうとは感心できぬ。なんのつもりだ、ミコト」

 

「言葉のアヤってやつだよ、ジョークだよ、ジョーク。流せよ、さらっと。相変わらず、アタマかってえなあ」

 

「軽率には同意せぬぞ、いくら我が汝に逆らえぬとはいえ、年上にはもう少し優しく接したまえ。汝は礼儀をわきまえるべきだ」

 

「それが堅苦しいんだよ、おまえさあ」

 

「汝の戯言、聞き飽きた。もう汝の話は終わりだ。我が逆鱗には触れぬ方が身のためだぞ、ミコト」

 

「はいはい、わかったよ。俺が悪かったよ、わるうございましたよーってね、ごめんなさい」

 

「・・・・・・まあよかろう」

 

「めんどくせえやつ」

 

「何か言ったか?」

 

「なんもいってねえよ、しつけえな」

 

 

めんどくさそうにつぶやいた少年は、はあ、とため息をついて太一を見る。

 

 

「まあ、二度と会うこともないだろうけど、俺はミコトっていうんだ、よろしくな」

 

「ミコト?」

 

「そうそう、ミコト。ゲンナイのじいさんには、通じると思うぜ。じゃあな、八神太一くん」

 

「・・・・・・・!?なんで、俺の名前!」

 

「そりゃあ、世界を救った伝説の英雄様じゃないか、誰だって知ってるさ。な、相棒」

 

「うむ、有意義な時間であった。ごきげんよう」

 

「ちょっと待てよ、お前らは一体、何者なんだ!」

 

 

ミコトと名乗った少年は、影を見つめる。そして、不敵に笑った。

 

 

「いずれわかるさ、いずれな。じゃあ、また会おうぜ」

 

 

太一の目の前で、ミコトと謎の影突然姿を消してしまったのだった。

 

 

「なんでだよ、じいさん!なんでミコトってやつのこと、教えてくれないんだよ!」

 

 

光子郎のノートパソコンの前で、太一が叫ぶ。家に帰るはずだった道を変更して、大慌てで光子郎の家に駆け込んだ太一は、事情を説明してゲンナイと連絡を取るよう頼み込んだのである。ゲンナイの隠れ家と表示されているサイトの向こうで、かくかくに動きながらゲンナイは困った顔をしていた。

 

 

「そうですよ、ゲンナイさん。デジモンを跡形もなく消してしまうようなデジモンを連れてる子供がいるなんて、あまりにも危険すぎます。どうして教えてくれないんですか?」

 

そう、太一がみた光景とは、あの工事現場に集められたデジモンたちを、一瞬にして消し去ってしまった謎の影の一撃だったのだ。完全体、成熟期、成長期、さまざまなデジモンたちがいた。それが一瞬で、である。ヴァンデモンを思い起こさせる暴挙である。しかし、それを興奮気味に説明する太一と引換に、ゲンナイの反応は芳しくない。こまったのう、とこぼしていたゲンナイだったが、一向に引き下がる気配を見せない子供達に根負けしたのか、ようやく口を開いた。

 

「ミコトのことは、わしもよく知らん。ただ、選ばれし子供ではない、ということは確かじゃ。デジタルワールドには、わしらの管轄よりも、さらに上位の存在がおることは、お前さんたちも知っておるじゃろう?いうなれば、ホメオスタシスよりもさらに上位の存在がデジタルワールドにはいくつも存在しておるんじゃ。ミコトはいわば、そこに所属しておる子供なんじゃ。情報を開示する権限はわしにはないんじゃよ。わしはホメオスタシスに作られたエージェントに過ぎん、セキュリティシステムの末端にすぎんからのう。ただいえるのは、あのデジモンは、自らの意思でミコトに従っておる、ということ。そして、太一、お前さんが見たあの光景は、まさしく、ミコトたちの仕事にすぎん、ということじゃ」

 

「どういうことだよ」

 

「気づかなかったようじゃが、お前さんが見た黒い影が消し去ったデジモンたちは、いずれもヴァンデモンによって殺されたデジモンではなかったかの?」

 

「ほんとうですか、太一さん」

 

「一瞬だったから、そこまでは分かんねえよ」

 

「ミコトのことで重大な誤解が生じておるようじゃから、弁解しておくがの、太一。ミコトたちは、デジタルワールドのために、仕事をしておるんじゃ。光や闇といった立場には属さず、ただ中立に、デジタルワールドのためだけに働いておる。それだけはわかってくれんかの」

 

 

そうして、ゲンナイは説明をはじめるのだ。選ばれし子供達には必要ない、と判断されたため、意図的に伏せられていた情報について。冒険が終わった今、ゲンナイにひかれていたホメオスタシスからの戒厳令は解かれたばかりである。

 

 

 

 

 

 

デジタルモンスター、通称デジモンは、ネットワーク上に存在する世界、デジタルワールドに生息する生命体である。デジモンは、もともとコンピュータウィルスが人工知能を得て進化した存在だと言われているが、ゲンナイの立場ではその歴史を検索する権限は認められていない。ただ知っているのは、デジモンはデジコアとよばれる核を体内に持っており、その核には姿や性質などの情報、デジゲノムが示されている、ということだけだ。選ばれし子供のパートナーデジモン、という特別な個体を生み出すため、特例で開示された情報なのである。

 

 

 

本来、デジモンは外部から情報を取り込むことで、姿や性質を急激に変化させる生態変化を発生させることで成長し、この成長は進化と呼ばれている。この進化の段階は、レベル、もしくは世代とよばれている。進化には段階があり、卵から生まれた直後の幼年期1、時間経過により自動的に成長した幼年期2、戦う意欲が生まれてくる成長期、力をつけた成熟期、強いデジモンが到達する完全体、さらに大きな力を持つ究極体が存在する。この進化は通常進化と呼ばれ、一度進化したデジモンは退化することはできない。デジモンは進化することで成長するが、進化したあとの姿は最初から決められているわけではない。生活習慣やその個体が持つステータス、性質、置かれている環境、周囲との交流、蓄積してきた様々なデータがその進化先を決定する。つまり、もしアグモンが2体いたとして、片方がグレイモンに進化しても、もう片方がグレイモンに進化するとは限らないということだ。ケンタルモンかもしれないし、ティラノモンかもしれないし、ブイドラモンかもしれない。故に、デジモンの進化は無限大ともいわれており、その軌跡を記しているとされる進化ツリーはデジモンの生態にとって、最も重要な存在である。寿命が訪れる前に死亡しない限り、デジモンは自然と成熟期にまで進化できる。基本的に世代が上のデジモンは、下のデジモン10体分の強さである。しかし、勝負を行う地形やデジモンのコンディション、個体の強さが大きく関わるため、世代だけで勝負が決まるわけではないようだ。

 

 

たとえば、幼年期を除いたほとんどのデジモンに存在する属性、これもデジモンの優劣を判断する重要な要素である。デジモンたちはワクチン種、データ種、ウィルス種の3種類に分けられ、これらの属性には相性が存在するため、デジモンどうしの争いに影響している。たとえば、ウィルス種はデジモンの祖先であるコンピュータウィルスの性質を色濃く受け継いだデジモンに多く見られる属性である。そのため、ウィルス種を撃退するために作られたデジモンが祖先であるワクチン種に弱い。ワクチン種はウィルス種を本能的に攻撃し、データの破壊を防ぐ防衛プログラムをデジコアに持っている属性である。そして、そのワクチン種のデータをとりこむことでウィルス種から身を守ってるデータ種は、ウィルス種に弱いかわりに、ワクチン種に強い。こうして三すくみが構成されているのだ。ただし、ウィルス種でありながら、ワクチン種の特性であるはずのウィルス種を本能的に攻撃したり、コンピュータウィルスのような攻撃を防衛する性質をもっているデジモンも確認されている。そのため、この3つの属性を超えて、特にウィルス種に対して対抗手段を持っているデジモンをウィルスバスターを呼称することがある。ミコトが連れていたデジモンは、その一体なのだとゲンナイは憶測する。

 

 

 

 

デジモンは寿命をまっとうして死を迎えると、自らを構成するデータをデジタマに残して、生まれ変わるとされている。厳密に言うと、死亡したデジモンのデータはダークエリアと呼ばれるエリアに転送され、悪いデータであると認識されれば永遠に投獄されるか、存在そのものを葬られる。良いデータであると認識されれば、デジタルワールドの始まりの街に転送され、デジタマとして生まれ変わることができるのだ。ここまで説明して、ゲンナイは言葉を切った。

 

 

 

「これがデジタルモンスター、お前さんたちがデジモンと呼んでおる生命体の生態じゃ。では、聞くがの。それはあくまでも、デジタルワールドでの話じゃ。もし、お前さんたちの世界で、デジモンが死んだ、とする。さて、デジモンは生まれ変わることはできるのかの?」

 

太一たちは顔を見合わせた。生まれ変われなかったデジモンを、太一たちは誰よりも知っている。

 

 

「ミコトが連れておったデジモンはの、ダークエリアにデジモンを送ることができるデジモンなんじゃ。ホーリーエンジェモンのヘブンズゲートとよく似た能力じゃが、その意味するところはまったく異なる。ここまで話せばわかるじゃろう?ミコトがどうして、お前さんを誤解させるような真似をしたのかはわからんが、ミコトはデジタルワールドにとっては味方である、と言ったほうが正しいのう。あやつはどんな勢力にも組さないかわりに、どこまでも中立じゃ。現実世界に残されたデジモンのデータを回収し、ダークエリアに送る仕事をしておっただけなんじゃろう。わしからすれば、てっきりわしのような存在じゃと思っておったが、口ぶりからさっするに、太一たちと同じ人間のようじゃなあ。謎が深まるばかりだわい、ほっほっほ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デジモンアドベンチャーLeb deinen Traum

電脳世界と現実世界が交差するとき、僕らの物語が進化する!

 

 

2027年8月1日深夜、ミコトはNowloadingのロゴが右端にある巨大なディスプレイに展開されるPVに次第にテンションが上がっていく。デジタルモンスター生誕30周年プロジェクト、第5弾として、本日発売されたばかりのゲームソフトのダウンロードができるようになったばかりなのだ。ゴーグル型のインターフェースを付けることで、擬似世界を体験できる次世代ゲームが、これから始まろうとしている。この次世代ゲーム機は、インターフェースの機械を通して、ゲームを現実だと誤解させることで、擬似的にリアルな感覚を楽しめることで有名になった。一般に普及してから、小学生が買えるくらい低価格になった。ミコトは小学生ではないが、デジモンアドベンチャーが小学生たちが主人公なことを考えると、主人公は小学生にしようと思っていた。傍らにおいてあるiPhoneには、ネットで一番大きい掲示板の専用スレッドがゲーム板で乱立していた。日参しているスレッドを開いたミコトは、ものすごい勢いで消費されていくスレッドに、何度も更新ボタンを連打する。製品版はゲームを予約したお店が開店しないと、入手することができない。だから、ダウンロード版を選んだミコトたちが、世界で一番早く、このゲームをプレイすることができる、というわけだ。iPhoneごしの掲示板は、祭り状態になっている。だから、ダウンロードが開始された瞬間、一気にネットがつながっているゲーム機の通信速度が重くなったのだった。ダウンロード画面を眺めながら、ミコトは、暇つぶしに、これからプレイするゲームの仕様を確認し始めたスレッドの住人たちの会話を読んでいた。

 

 

・シナリオ

分岐がなくて、誰が遊んでも同じルートを通って、イベントもエンディングも同じなのが、日本のRPGでお約束になってる1本道シナリオだ。フリーシナリオは、ルートが分岐する上に、イベントも全然違うし、結末も違ったりする。

 

・キャラクターメイキング

容姿、性別、年齢を問わない、多種多様なキャラクターメイキングができる。属する勢力によってシナリオが変わる。

 

・グラフィック

体験版をプレイした有志が検証した結果、細部にまでこだわりがみてとれる。映画やゲームでしか出てこなかったものまで再現している模様。CMネタや誤植で生まれた架空のデジモンがネタとして仕込まれていることがある。スタッフ遊びすぎ。アニメをモデリングにしたキャラクターだが、CPUに高度AIが搭載されているため、リアルを追求したグラフィックでも浮いている印象はうけない。ただし、NPCはリアルな思考をするため、ゲームをするからといってハメを外すとシナリオに影響がでる。

 

 

第一弾として、デジモンアドベンチャーが発売されたわけだが、これから数年おきに、テイママーズやフロンティアなどが実装されていくことが発表されている。住人たちは、どんなキャラクターを作るのかについて盛り上がっていた。ようやくゲーム画面が表示される。ニューゲーム、コンティニュー、設定、アルバム、オンライン、のコマンドが表示される。ミコトは、ニューゲームを選択した。

 

 

[キャラクターメイキングを開始します]

 

 

性別は、迷うことなく、男を選択する。女でもよかったが、特権である服装や髪型の変更は、デジモンアドベンチャーのシナリオだと意味をなさないことが判明していたからだ。たった3日の大冒険、しかもサマーキャンプからデジタルワールドを冒険する半年間は、おなじ衣装である。無理もない。年齢は小学生一択。出身地も東京一択。そして、外見を決める。RPGなら、初期ステータスやスキルを決められるが、デジモンが戦うアニメ世界では、登場人物たちは(無駄にハイスペックで小学生には思えないが、設定上は)普通の子供だからないようだ。ここでミコトの手が止まる。シナリオを選択するうえで重要な要素が出てきたのだ。属する勢力はどれですか。平たく言えば、どの立場でゲームを楽しみますか、というやつだ。選ばれし子供たちの立場になって、パートナーデジモンと一緒に冒険する王道展開もよし。ゲンナイさんと一緒に選ばれし子供を導くセキュリティ側でもよし。敵側の勢力になって、選ばれし子供と戦うもよし。ほかにもデジモンアドベンチャーでは出てきていないが、デジモンワールドに存在する公式の勢力の名前もある。これはプレイヤーの選択によって、シナリオがどんどん変化していくことを予感させた。どうしようか、と考えた挙句、ひとつに絞りきれなかったミコトは、おまかせ、のコマンドを入力した。ゲームを初めてのお楽しみってやつだ。ここで延々考えているわけにはいかなかったからだ。

 

 

さて、いよいよメインのキャラメイキングである。その気になれば一日潰せそうなクオリティだ。ミコトは、膨大なパーツからマネキンをプレイヤーキャラに仕立てていった。

 

 

 

そして、2時間が経過した。満足できるキャラが出来上がったミコトは、早速iPhoneを手にとった。みんな考えることは同じなのか、渾身の出来を公開するプレイヤーがたくさんいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前らすげーなあ、クオリティ高え!製品版のオレは、もうどんなキャラ作るか決めてんだ

 

>>XX

なに?

 

>>ヒント

夏戦争

 

デジモン世界に恋愛機械はあかんwwwwwwwww

 

節子、それヒントちゃう、答えや

 

映画違いだそれー!

 

オナジカントクダモン

 

カントクノリメイクエイガダモン

 

選ばれし子供達オワタww

 

まさかのデジモンプレイwww

 

まだ冒険も始まってないのに、敵がいきなり究極体とかどんな無理ゲーw

 

進化中に攻撃するやつにどうやって勝てっていうんですか、やだー

 

つーか同じカントクならまだよくね?

それをいうなら、オメガモンも、もともとエヴァのパク・・・・・

おっと、誰かきたようだ

 

おいやめろ

 

おいやめろ

 

それが404の最期の言葉だった

 

これがのちの404foundである

 

おまえらwwwwwなんでそっちなんだよwwwwwちげーよ!俺には婚約者のフリをしてくれって、言ってくれるような美人の先輩なんて、いないけどな!(T_T)

 

(´;ω;`)

 

゚(゚´Д`゚)゚

 

(´;ω;`)

 

全俺が泣いた

 

みてくれ、これをどう思う[画像付き]

 

どう見ても太一です

 

どう見ても漫画版太一です、本当にありがとうございました

 

ちょwwwかぶったwwwオレもvテイマー01の主人公だぜ![画像付き]

 

>>XXX,XXX

結婚オメww

 

おまえらwww

 

デーモン逃げてー!今すぐ逃げてー!ダブルアルフォースブイドラモンとか死ねるwww

 

まさかの太一ちがいwww

 

アグモンからブイドラモンにバグ進化はできますか?

 

調整中

 

遊戯王じゃねーんだからやめろwww問い合せたら、できます(キリっ)って言われたから、オレは決めたんだ!

 

なんだってー(AA略

 

うそだろ、まじかよ、今回の30周年気合入りすぎだろ、俺たちの知ってるXXXXじゃないっ!?

 

しっかし、1000体以上もいるデジモンの進化ツリーを再現とか、スタッフ過労死すぎわろたwww

 

もうやめて!スタッフのライフはぜろよっ!?

 

お願い、死なないでスタッフ!あんたが今ここで倒れたら、テイマやフロ、セイバーズ、クロウォ発売の約束はどうなっちゃうの!?ライフはまだ残ってる!ここを耐えれば、デスマーチに勝てるんだから!次回、xxxxスタッフ、死す!デュエルスタンバイ!

 

Wwwwwww

 

Wwwwwwwwwwwww

 

やwwwめwwwwwろwwwwww

 

くっそ、こんなのでwwwwww

しっかし、そこまで再現してるとなると、リデジやワンダースワンもありか?

 

秋山遼はまずくね?一応テイマーズに出てるし

 

追加シナリオで秋山遼ありそうだよなー、楽しみだ

 

デジアドとテイマーをかける少年か

 

ポスターでははぶられてるけどな!

 

やめたげてよー

 

ここで、ようやくアップロードできた画像をミコトは貼り付けた。

 

それなら僕はデジワー2![画像付き]

 

懐かしいなあ、おいw

 

まさかのデジワー2だと・・・・・・マイナーすぎワロタwwww

 

これまた古、いやマイナーなとこから乙

 

意外と再現度高くてワロタ

 

このスレ、仕事人多すぎぃ!どうしてこんなにクオリティが高いメイキングができるんだよ!

 

なんでデジワーじゃないんですかねえ

 

そんなのかぶるからに決まってんだろwwwたった数時間で何人の初代デジワー主人公が生まれたとおもってんだよwwwww

 

育成ゲームからターン制のバトルゲーに進化するんですね、わかります

 

レベルを上げると、自動的に進化するんですね、わかります

 

それってどこのRPG?

 

でも、あの主人公ってゴーグルつけてたよな、こうして見ると案外いけるな、乙

 

つーかメイキングで一日終わりそう、ワロタ

 

 

ネタになりそうな画面が現れたら、また画像をアップしよう、と決めたミコトは、早速ゲームをプレイし始める。先行者はすでに攻略wikiを充実させているだろう。チュートリアルくらいは、終わらせようと思ったのだ。ゴーグルを装着させてください、という画面が表示される。ミコトは、ゴーグルを付けた。そして、ゲームを開始するアナウンスが流れる。意識が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めたら、知らない天井である。驚いて体を起こしたミコトは、あたりを見渡した。真っ白な部屋だった。さらさら、と間仕切りのカーテンがなびいている。清潔な香りがする。ミコトはベッドで寝ていたようで、真っ白なシーツと枕、そして毛布がある。どうやら病院のようだ。どのシナリオからはじまるんだろうとワクワクしていると、しゃ、とカーテンがひらく。

 

 

「大丈夫かい?」

 

 

そこには、エンジェモンがたっていた。どうやらここはデジタルワールドのようである。しかし、よく見ると、エンジェモンのように青い布ではなく、赤い布をもっているし、杖の形が違う。どうやらエンジェモンの色違いのようだ。正しくは色違いではない、ワクチン種、データ種、ウィルス種、と属性が違うから、別のデジモンだ、が公式見解なので、別個体なはずのデジモンがそこにいた。たしかピッドモンだったはずだ。エンジェモンと同じ聖なる力を持っている下級の天使型デジモン。大きな二枚の羽を持ち、右手には月の形をしたホーリーロッドを持ち、炎を操ることができるはずだ。天使は羽の数で階級がちがうので、エンジェモンより格下かもしれないデジモンである。心配そうに見下ろしてくる赤い布地をまとった天使に、おう、とミコトは頷いた。どうせならエンジェウーモンみたいな、女性型デジモンならよかったのに、と思いつつ、安心したように笑ったピッドモンを見上げる。たしか、リデジだとエンジェモンが病院の主だったはずだ。そこからの抜擢だろうか。

 

 

「よし、目つきもしっかりしてきたな。もう大丈夫そうだ。名前をいってごらん?」

 

「ミコトだ」

 

 

よしよし、とピッドモンはうなずいた。そして、ちょっと待ててくれ、と言い残し、そばに離れた。どうやらピッドモンはミコトを知っているようだ。どうやらデジタルワールドを支えるゲンナイさんみたいな、セキュリティシステムが作ったキャラクター、という設定のようだ。どこからか、訪問者があったらしい。ミコトは聞き耳をたてた。

 

 

「こ、これは、ユピテルモン様ではございませんか!?ご尊顔を拝見し、光栄です!わ、ワタクシごとき末席の者に、い、いかがな御用でございましょう?」

 

 

思わずミコトは吹き出した。えええええっ!?なにいってんだ、こいつ、え、まじで?まじか!?とカーテンを見るが、風になびいている白いカーテンがあるだけだ。みたい、ものすごく向こう側がみたい。いったい何が起こってるんだ、とミコトはうずうずしていた。

 

ユピテルモンは、デジタルワールドにおいて、オリンポス12神と称される勢力の中心をなすデジモンだ。公式設定やビジュアルは公開されているが、あまり知られていないデジモンである。メディア展開では、中立を建前とする謎の組織、という触れ込みだからか、究極体の神人型デジモン、という扱いづらい設定だからか、一度もお目にかかったことがない人も多い。あたりまえだ。ユピテルモンの元ネタはギリシャ神話の主神ゼウス、その人である。

 

 

「裁きの日は近づいている。全ての者は、我が前に立たされ、量刑を問われるであろう。そうなる前に、汝は信心を深くし、世俗の汚れと別れなければならぬ。我は、汝に難事を与えよ、という聖告を賜った。心に我への信心があるのなら、汝が大切だと思う宝をひとつ、我にに差し出さねばならぬ」

 

「は、はい、もちろんでございます!こちらをお持ちくださいませ!」

 

 

なんという、ダイナミックかつあげ。ピッドモンが何を差し出したのかはしらないが、傍から見てるとカツアゲにしか聞こえない。ミコトは、突っ込みどころ満載な状況に、一体どこの勢力になったのか、気になって仕方なかった。すると、その足あとはこっちに向かってくる。え、ちょ、え、と困惑しているミコトを尻目に、カーテンは無情にもひらかれた。うおっ、まぶしっ。まるで真っ白なマントのように折り重なるたくさんの翼をまとった、デジモンがそこにいる。見上げるほどの巨体である。頭のてっぺんから足のつま先まで、目がくらむような黄金色に輝く鎧に包まれたデジモンがそこに立っていた。聖なる雷を繰り出す武具がクロスされて背負われている。

 

このゲームは、プレイヤーの対応でNPCの好感度が上下するシステムを採用している。初対面であるユピテルモンに、とりあえず、ミコトは挨拶をすることにした。

 

 

「はじめまして、オレはミコト、です。よろしくおねがいします」

 

「挨拶とは、殊勝な礼節を心得ておるな。ふむ、こちらこそ。我こそは、オリンポス12神が一角、ユピテルモン。我を前にして、物怖じせぬか。いい目をしておる、気にいったぞ」

 

「はあ、ありがとうございます。あの、やっぱりここってデジタルワールド、なんですか?」

 

「ほう、お主はどうやら我らを知る世界から召喚されたようだな。いかにも、ここはデジタルワールドである。いかなる侵略も許さず、いかなる勢力にも組みさず、中立を守る我らが勢力の管理下にあるエリアだ。ミコト、お主は、デジタルワールドを救うために召喚されたのだろう」

 

 

300年前にもたらされた予言の書に記されていた、英雄の証だ、と差し出されたのは、デジヴァイス。どうやら、ミコトは、選ばれし子供、という設定のようだ。それにしてはパートナーが見当たらない。デジヴァイスを受け取ったミコトは、属する勢力はオリンポス十二神になったのか、どんなシナリオだよ、と頭を抱える。ユピテルモンは笑った。NPCだとわかっている相手に、物怖じするも糞もないと思うのだが、相手が究極体であることも考えて、咄嗟に敬語に切り替えた判断は正解だったようだ。満足げにユピテルモンはミコトをみて、頷いている。もしこれがギャルゲー、乙女ゲームの類だったら、画面の横にある好感度メーターが上昇しているだろう。ユピテルモンは、歓迎するぞ、と頷いた。

 

 

「立てるか、ミコト。お主に会いたい、と騒がしいやつがおるのだ。案内しよう」

 

「あ、はい、わかりました」

 

 

どうやら、パートナーデジモンとの対面らしい。ミコトは、ユピテルモンに連れられて、病院をあとにした。オリンポス十二神が支配する広大な大地を一望できる居城に案内されたミコトは、その地下に案内された。地下室から長く長く続く回廊を下っていくと、オリンポスしかはいれないエリアが広がっている。ひしめき合う闇の眷属たちは、ユピテルモンがミコトは客人である、無礼は許さんと宣言してから、物音立てないほど静かになった。大地を守護するというそのデジモンは、ダークエリアにも領土を持つデジモンなのだという。これからランダムに選ばれたパートナーと出会うのだ。オリンポス十二神、というかなりの低確率でしか出現しないと思われる隠し勢力を運良く引き当てた。勢力によってあてがわれるパートナーも変わるこのゲーム、きっとパートナーはチートじみているに違いない、とワクワクする。そしてミコトは、その想像をはるかに超越する存在と邂逅することになる。ダークエリアの第一下層から、どれくらい進んだだろうか。ユピテルモンによってはるか下層まで連れてこられたミコトは真っ黒な海に広がる孤島にて、あまりにも場違いな絢爛豪華な宮殿に到着した。

 

誰もいない玉座に鎮座する影がある。ユピテルモンを見た影は、立ち上がった。

 

 

「おお、我が心の友よ!よくぞ来てくれた!」

 

「ああ、我が兄弟よ、息災なようで何よりだ。これは心ばかりの品だ、受け取ってくれ」

 

「得も言われぬ至高の品ではないか!感動したぞ!」

 

 

ピッドモンからカツアゲした宝石が、手渡される理不尽をミコトは目撃した。なにこれひどい。ユピテルモンたちのところにやってきた影は、その姿を現した。ユピテルモンが光なら、このデジモンは闇だ。そんな印象を受ける。仲がいいのは、元ネタでは、血を分けた兄弟だからだろうか。上質で縫い目一つない、高級な布地で編まれた真っ赤なマントを翻しながら、そのデジモンはミコトのところにやってきた。頭からつま先まで真っ黒な装備に身を包み、禍々しいオーラを放つ得物を携えているそのデジモンも、究極体である。オリンポス12神には数えられないが、それに匹敵する実力を持つと称される。冥界に落ちるにふさわしい罪人や悪人を求めて世界を放浪し、獲物を見つければ一面を黒い闇に包み込む、と言われている。え、もしかして、こいつが?ミコトが絶句しているのを知ってか知らずか、ミコトを見下ろしていた漆黒の神は恭しく礼をした。つられて挨拶したミコトに、彼は笑う。

 

 

「お待ちしておりましたぞ、我が主よ!我が名は、プルートモン!あなたの到来を待ちわびておりました!名を教えていただけませぬか!」

 

「オレはミコトだけど、え、ホントですか、ユピテルモン様」

 

「いかにも、プルートモンは、ミコトのパートナーである。予言した時期から、相当ずれ込んだのだ、察してほしい。時にして5000年、こやつはひたすらに待ち続けておったのだ」

 

 

え、それって先代の選ばれし子供じゃね、と思ったミコトは、とんでもないチートデジモンが特典として与えられたことに絶句するのである。どうやらミコトは、先代選ばれし子供になるはずだったが、選ばれることなく別のタイミングでデジタルワールドに召喚されたという設定のようだ。太一たちの世界ではなく、ミコトの世界から召喚された、という設定のようだから、次元が違うから時間の流れが違うという裏設定でもあるのかもしれない。太一たちの世界から召喚された、という設定だと、ミコトの小学生設定と合わなくなってしまうからだ。わかった、とミコトはうなずいた。感極まった様子でプルートモンはミコトを抱きしめる。先代の選ばれし子供のパートナーだという四聖獣も、もし先代の子供がアニメに出てきてたらこんな感じだったのかなあ、とぼんやりミコトは思ったのだった。すると、わが友よ、と不満そうにプルートモンがユピテルモンを見つめた。

 

 

「我が主に様付けを強要するとは、いかがなものか」

 

「なにをいう。ミコトは、我が威厳を持って、信心を表すべく敬意を表しているに過ぎぬ。強要させようとしているのは、お主ではないか?」

 

「しかし」

 

「真面目実直なのは関心だが、お主には威厳が足りぬ。ミコトのように、我を前にしてもなお、威風堂々としているべきだぞ」

 

「しかしだな、我が友よ。それとこれとは話が違うではないか」

 

 

究極体どうしとは思えない会話に、思わずミコトは笑ってしまう。プルートモンは、あわてて取り繕おうとするが、それはミコトの笑いを誘ってしまうだけだった。ごほんとわざとらしく咳をしたプルートモンは、仕切りなおし、とばかりに佇まいを正す。

 

 

「我が英知、汝とともにあらん。これより、汝の守護を担おう、よろしく頼む」

 

 

そして、隠しシナリオ、[中立の覇道]は始まった。あとでわかったことだが、このシナリオは選ばれし子供たちが現実世界に帰っていた3日間、プレイ時間にして4321日分の空白期間を埋めるオリジナルシナリオである。本来なら、選ばれし子供として現実世界に帰還するか、デジタルワールドに残るか、という選択肢で後者を選んだ場合、オリンポス12神の誰かを引き連れて登場する謎の少年の好感度を上げ、特殊イベントをいくつかクリアすると、2週目から発生する隠しシナリオだった。いわば謎の少年の設定が明かされるシナリオなのだ。オリンポス12神と交流をしながら、暗黒勢力から召喚される敵をなぎ倒し、ダークマスターズに奪われてしまった、先代の子供たちの置き土産である冒険の書を奪還するのが主なシナリオだった。奪還された冒険の書は、ゲンナイさんに打ち込まれた暗黒の種を駆除することができる。空白の4320日で死んでしまうデジモンたちを救出したり、レオモンたちに進化フラグと生存ルートを開拓できたりする。選ばれし子供達と直接あうことはできないが、クリア後の平和になったデジタルワールドで四聖獣と会うことができる、補完的な意味合いの強いシナリオだった。クリア後、それを書き込んだミコトは、初回で隠しシナリオをクリアしてしまった超幸運なプレイヤーといわれることになる。数ヶ月もすれば、ランダム選択で隠しシナリオを選ぶ確率がとんでもない低確率だったことが明らかになり、なおさら驚愕されることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いずれわかるさ、いずれな、って思わせぶりな台詞、言いまくって立ち去ってみた

どう言う意味だって、なんかさっきからプルートモンがうるさい

 

当たり前杉ワロタ

 

なんでそのキャラをチョイスした!答えろ、○○○!

 

どっからどう見ても裏切り者フラグwwww

 

wwwwwwwwwwwwwwww

 

お前というやつはwwww

 

どう見ても新たな敵です、本当にありがとうございましたwwwwww

 

親友になって、誘拐されて、助けに来た仲間の前で、驚愕の真実が明かされるんですね、わかります

 

ラスボスフラグ立ちすぎワロタwwwww

 

それなんてラスボス詐欺wwww

 

だってそうだろ、こっちは選ばれし子供達とニアミスしかしてないんだよ

初めてあったんだよ、テンション上がるだろ、普通!

しゃべりたいけど、とっさに思いつかなかったんだよ!

お前らにはわかるだろ、この気持ち!

 

わかる、わかるよ、わかるけど、な・ん・で・そ・の・キ・ャ・ラ・に・し・た・し

 

洒落になんねえからやめろください

 

プルートモン、ただでさえチートじゃねーか!

 

絶対やめろよ、絶対ラスボスルートえらぶなよ!いいな、絶対だぞ!

 

やめて!02ラスボスの立場がなくなっちゃう!

 

1はオリンポス十二神だけじゃなくて、ダークエリア勢力とも親交深すぎだもんなあ、

本気出したら世界が滅ぶwwwwww

 

やめろください

 

そんなこというと、リリスモンとウェヌスモン様の新画像、アップすんのやめるぞ?

 

ごめんなさい

 

ごめんなさい

 

許してください

 

どうか、どうかご慈悲をっ!!

 

まじ、すいませんっしたああああっ!!

 

おまえらwwww正直すぎwwwwえ、あ、ご、ごめんなさい、これだけが毎日の楽しみなんです、マジでごめんなさい、調子乗ってました、許してくださいorz

 

Ok,許す

まあ、伏線まいたつもりなんだよね

 

あー、あれか

気づけばもう12月だもんな、忘れてた

 

オレは選ばれし子供シナリオだぜ、楽しみだなあ!

 

僕はゲンナイさんちで頑張るよ!

 

これから太一が無駄にはぶられるシナリオが始まるのかww

 

仕方ないね、太一は無印の主人公だもんね

 

最大戦力だもんね、普通なら真っ先におとしにいきますわー

 

アグモンたちと出会う前に時間を戻されて、亜空間に幽閉、

時間の狭間に閉じ込められて行方不明、石化、不幸すぎワロタwwwワロタ・・・・・

 

どゆこと?

 

ヒント:12月31日

 

ヒント:秋山遼

 

ヒント:ワンダースワン

 

おk、わからん

ちょっとググってくる

 

ちょっと1でも危ないかもわからんね、ミレニアモン強いしなあ

 

ちょっと待て

 

>>1

どした?

 

>>1

なんかあったか?

 

>>1

あっ(察し)

 

>>1

・・・・・・・・おう

 

>>1

ここまで1に辛辣なシナリオもないな、乙wwwwww

 

さっぱりわからん

クロウォ生まれのオレに教えろください

 

ミレニアモンでググれ

 

今すぐググれ

 

ラスボスの能力も調べずにシナリオクリア目指すとか無謀すぎわろたwww

 

ヒント:12月31日、夏の冒険がなかったことになる

    敵が復活するし、子供たちはパートナーと会う前に亜空間に幽閉

    秋山遼がパートナーたちと冒険して、ラスボスを倒すのが元ネタ

 

でも>>1は選ばれし子供たちと知り合いにすらなってないよな

 

むしろ敵対フラグ立てた件についてwwwww

 

秋山遼は太一の親友になるキャラだろ、どうすんだよ!

 

貴重なキャラとの邂逅を無駄にするから・・・・・

 

がんばれー(棒)

 

しかも1週目のリプレイがシナリオの本筋だから、

>>1は中立の覇道プレイせざるを得ないんだろ、それなんて苦行wwwww

 

\(^^)/

 

 

 

 

 

ミコトが次にスレッドにやってこれたのは、3月だったという。 

 

 

 

 

 

 

 



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デジモンアドベンチャーLeb deinen Traum 2

ファイル島のすべてが次々に空へ舞い上がる。太一は呆然とそれをみていることしかできなかった。目の前で起こっていることを選ばれし子供たちは、誰ひとりとして理解することができなかったのだ。逃げようにも逃げる先がない。ファイル島だけではなく、すべてのエリアで発生している大災害。かつて子供たちはこの大災害が起こってから12年後の世界を冒険したことがあるだけで、何が起こったのかは生き残ったデジモンたちの言葉でしか知らなかった。だから、当事者であるデジモンたちは絶句する。その言葉を聞いて、子供たちは思い知るのだ。まさか、目の前で、再現されるなんて誰が思うだろう。再構築されて平和になったはずの世界が、再び崩壊していく様を彼らは見ていることしかできなかった。遥か彼方では巻き上げられたすべてが渦を巻き、次第に肥大化していく。ある法則に従って4つの物質に分けられて、無数の手のように絡み合う。円錐状の禍々しい物体が作り上げられていく。

 

 

太一の立っていたあたりがぐらぐらと揺れだした。ぼこぼこと土の塊が引っこ抜かれ、空に吸い上げられていく。お兄ちゃん、と今にも泣きそうな顔をした光が抱きついてきたので、太一は必死でその手をとった。慌てて子供たちは大きな木にしがみつこうとしたが、その木々も地面から根こそぎ引き抜かれた。ものすごい勢いですべてが上昇し始める。悲鳴があがる。振り落とされないように、木の根っこにしがみついた子供たちは、あまりの衝撃に目を開けられない。どんどん高度をましていく大木の風圧に耐えるのに必死で、なにもできない。周囲は振り落とされた名前も知らないデジモンたちの悲鳴がこだました。何も聞こえなくて、よかったのだ。がれきに押しつぶされたり、データの分解にまきこまれたり、一歩間違えれば自分がそうなっていたとわかってしまうから。

 

 

ようやく太一が目を開けると、ファイル島は崩壊の一途をたどっていた。無数の穴が生まれ、その向こうには真っ黒な空間が広がっている。海ではない。海すら空に吸い上げられてしまい、今、眼下に広がるのは闇だけである。東西南北に出現した巨大な螺旋の柱に再構築されていく世界を見渡して、ようやく太一たちはデジタルワールドがダークマスターズによって支配されたころと全く同じ光景が広がっていることに気づくのだ。どうやら太一がいた木は、かつてピエモンがいたエリアに編入されたらしい。傍らには死んでも離すまいと抱きしめていた光がいる。ほっとした太一だったが、みんながいないと気づいて血の気が引いた。みんなの名前を呼んでみるが、返事はない。まじかよ、と太一はつぶやいた。

 

 

なにもない平原に太一と光はいた。太陽が沈んで、雲のない西の空に夕焼けの名残の赤がぼんやりと残る空が広がっている。すぐの黄昏時。何があるのかはぼんやりと確認できる。太一たちは仲間を探すために歩き始めた。

 

 

「デジタルワールドに一体何が起こってんだよ」

 

 

くそ、とデジヴァイスを握り締める手は白む。お互いを探知できるサーチ機能を便りに、ひたすら太一たちは前を進んだ。違和感はあったのだ、この世界に一歩足を踏み入れた瞬間から。現実世界は1999年12月31日、大晦日である。21世紀を目前に控えたカウントダウンが聞こえてきそうな時間帯に、彼らはデジタルワールドにやってきた。もちろん服装は冬服である、はずだった。なぜかデジタルワールドにやってきた太一たちは、8月1日に来ていた服装ともちものに変わっていたのだ。嫌な予感がした。だからアグモンたちが待っているはずの龍の目の湖を目指して、先を急いでいたというのに。

 

 

そもそも太一たちがデジタルワールドにやってきたのは、光子郎のパソコンに届いた一通のメールがきっかけだった。差出人はゲンナイさん。ケンタルモンやもんざえモンといったかつての仲間たちの姿も確認できた。その内容は、平和になったはずのデジタルワールドに、ふたたび黒い歯車が発生したという信じられないもの。デビモンの姿は確認できないが、その被害はどんどん大きくなっている。もしかしたら、暗黒の勢力がふたたび攻めてきたのかもしれない。助けを求めるメールだった。いてもたってもいられなくなった太一の呼びかけで、大晦日の夜、彼らはデジタルワールドに足を踏み入れたのだ。その矢先、太一たちはこの大厄災に巻き込まれてしまったのである。

 

 

「お兄ちゃん、あれ!」

 

 

「あっ」

 

 

 

言い合いの声が聞こえた光が指さす先には、奇跡的に生き延びたらしいデジモンたちがいる。種族も属性も世代もばらばらだ。突然わけのわからない世界に投げ出されたらしく、みんなボロボロだった。これからどうするのか相談していたら、喧嘩になったらしい。仲裁しようと近づいた太一の足を止めたのは、突然黒い煙が発生したからだ。あぶない、逃げろて叫んだけど遅かった。あっという間にデジモンたちは飲み込まれてしまう。いそいで駆け寄ろうとした太一を制したのは、いつか聞いた少年の声だった。

 

 

「やめとけ、みるな」

 

 

はじかれるように顔を上げた太一と光の視線の先には、少年がいた。音もなく巨木から着地した彼は、なんでだよ、と言おうとする太一を制するように腕を前にやった。光は前を遮られてしまう。まるで生きているようにデジモンたちを飲み込んでしまった黒い煙。無防備なデジモンたちの目の色が変わるのが見えた。太一はゾッとした。黒い歯車やケーブルに操られているデジモンたちがしていた目だ。太一たちが呆然とみている目の前で、彼らの言い合いは殺し合い寸前まで発展してしまう。みんなケタケタ笑っている。血の臭いに興奮している。地獄絵図だ。

 

 

「プルートモン、頼むぜ」

 

「我を従えるべき者よ。たしかにその望みを叶えてやろう。その慈悲に感謝するがいい、非常時に争うなど愚か者が」

 

「まあそういうなって。こんな状況で混乱しねえほうがこえーっての」

 

「それもまたよかろう。我もまた汝と共にある」

 

 

少年の影から出現した真っ黒な騎士が笑った。黒い外殻に覆われた犬の頭が右肩と左肩に乗っている。まるで生きているように歯ぎしりがする。はたからみれば三つの頭を持つ怪物である。少年の合図と共に、プルートモンと呼ばれたデジモンの両肩の犬たちが咆哮する。すると、突然そのデジモンの頭上に巨大な扉が出現した。似たようなデザインの扉を太一たちは見たことがある。ピエモンに追い詰められた光は尚更印象深いものがある。エンジェモンがホーリーエンジェモンに進化した時、ピエモンを異次元に幽閉してくれた必殺技で出現するのと同じようなデザインの扉だからだ。ヘブンズゲートと似ているのに、どこか禍々しい印象を受けるのはその扉の向こうから漏れるのが黒だからだろう。ゆっくりと扉が開かれる。溢れ出してきた影がデジモンたちをもろとも飲み込んで、ばたんと扉を締めてしまった。あの向こう側は間違いなく天国ではない、地獄である。

 

 

「なにしてんだよ、お前!」

 

「お前じゃないって、ミコトだよ、ミコト。半年前に名乗ったろ?もう忘れちまったのかよ、太一君?」

 

「それは・・・・・・でも、なんでとめなかったんだよ!」

 

「だってこれが一番てっとり早いんだよ。広げた両手で守れるものなんて限られてくるだろ、それなら、さっさとご退場願ったほうが早いじゃないか」

 

「でも、あの扉の向こうって安全な感じ、しなかったよ。もっと怖い感じがした」

 

「そりゃあの世だもの、当たり前だろ」

 

「えええっ!?」

 

「死んじゃったデジモンを生き返らせる仕事してるんじゃないのかよ、お前!ゲンナイさんの言ってた話と違うじゃないか」

 

「あのデジモンたち、死んじゃったの?」

 

「あの煙に飲まれた時点でどうしようもねえよ。それともあれか?殺し合いして、最後の勝者が笑いながら死ぬところみたいのかよ。今のデジタルワールドは転生システムが死んじまってんだ。こうでもしないとみんなアポカリモンの餌になっちまう」

 

「進化の否定。それが暗黒の勢力の目的なのだ、選ばれし子供よ。はじまりの街が手中に落ちた時点で、この世界にはもはや転生システムは存在せぬわ。死んだら最後、生き返るには世界の再構築をまたねばならぬ。我ができることは餌になる者たちをダークエリアに送ることのみよ」

 

「つーか、今回はずいぶんとお早いご到着だな、太一君。具体的に言うと12年ほど?大事な相棒はどこにいんだい?」

 

 

アグモンとテイルモンとはぐれてしまったことを知ったミコトは、しばし言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

「難易度上昇ってそっちの意味かあーっ!遼と会えるまでパートナーなしとかお助けNPCが意味をなしてねえじゃねーかーっ!」

 

 

 

 

 

ミコトの心の声が太一たちに届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デジモンアドベンチャーから30周年を迎えた今、デジモンの世界観は後付けのオンパレードである。

 

 

デジタルワールドには、統治しているホストコンピュータの名前を世界の名前に用いる習わしがある。ロイヤルナイツがセキュリティ・システムの最高位を務めている世界の名前は、彼らが守護すべき主の名前をとって、デジタルワールド・イグドラシルとよばれている。基本的にセキュリティ・システムの名前が世界の名前に用いられることはないのだが、ホストコンピュータがデジモンに守護を託すことなく、直接セキュリティ・システムを作り上げ、管理している世界がある。その場合は、セキュリティ・システム=ホストコンピュータのため、そのまま世界の名前に用いられることもある。ちなみにそれがデジモンアドベンチャーの舞台となるデジタルワールド・ホメオスタシスである。そして、ミコトが所属していることになっているオリンポス十二神が守護神を務めている世界の名前は、デジタルワールド・イリアス。統治するホストコンピュータが異なる世界は、基本的に互換性がないためよほどのことがない限り、自由に行き来することはできないとされている。しかし、ホストコンピュータの意思や世界を危機に陥れるウィルスの存在がある場合は、その限りではない。

 

 

 

デジタルワールド・イリアスがほかのデジタルワールドと異なるところは、ダークエリアと他のエリアが海をはさんで同じ空間に存在していることだろう。本来ならダークエリアはあの世であるため、他のエリアとは隔離され、死んだデジモンしかいけないシステムになっていることが多いのだが、イリアスは違うのだ。その役割を担っているのが海のエリアを統括しているネプチューンモンであり、許可なく現世と冥府のエリアを行き来することはできない。オリンポス十二神は、統括するエリアに居城を構えており、その総本山は世界で一番高い山の頂上にある。その入口は雲の大きなゲートでできている。厳重な警戒態勢のゲートをくぐると宮殿があり、ユピテルモンとユノモン夫妻と彼らに仕えるデジモンたちの住居がある。彼らはそこで生活をしていて、法廷や会議を開いたりする。ちなみにこのオリンポス宮殿を建築したのはウルヌカスモンのところで雇われているサイクロモン達だ。優秀な建築士らしい、デジモンも見かけによらないものだ。大きな広間では晩餐が行われたり、音楽の鑑賞会が行われていたりするが、ミコトは今までゲートから正式な通路を通って、宮殿で一番高いところにあるユピテルモンの城まできたことがないため、どこに何があるのか、どれくらい広大な場所なのか未だに把握しきれていない。なにせユピテルモンが直々にミコトを呼びつけるときは、その宮殿の玉座の間に直接召喚するからである。冥府を守護するプルートモンと一緒に行動することが多いミコトは、基本的にダークエリアが活動拠点となるため、仕方ないのだ。海でつながっているとはいえ、真面目に移動するなら何ヶ月かかるかわかったもんじゃない。

 

 

 

デジモンアドベンチャー編から、はや半年。待ちに待った秋山遼編第一弾が公開された。単体でもプレイできるが、前作があるとそのまま引き継ぎがあると告知されていたので、いうまでもなくミコトはオリンポスルートでプレイしている。時間軸的には、半年後の1999年12月31日大晦日、前作から半年後という設定のようだ。ミコトはユピテルモンからふたたび召喚された体でここにいる。

 

 

デジタルワールド・ホメオスタシスの要請で、派遣された現実世界での活動を報告したミコトに、ユピテルモンは興味深そうに何度もうなずいていた。壊滅状態に陥ったデジモンの転生システムの再構築が主な仕事だった。現実世界で死んだデジモンのデータを回収して転生させる活動もした。プルートモンから譲渡された転生システムは、ホメオスタシスによって再構築される世界に導入されることだろう。ユピテルモンは大儀であったと笑う。

 

 

「うむ、汝はまた一回り逞しくなったように見受けられる。なんとめでたいことか!汝の勇猛邁進ぶりには刮目させられるな。その調子で励むのだぞ」

 

「はい、わかりました。ありがとうございます」

 

「そうだ。汝はこのような物に興味はあるか?」

 

「なんですか?」

 

「これは我の宝だ。しかし、汝に与えるのならば、惜しくは思わぬ。我からの感謝の証だ、大切にするが良い。この宝は汝のようなものにこそ相応しいからな」

 

 

何もない空間から出現したのは、禍々しいデザインをしたオブジェだった。白い円の土台から白くてねじれた樹木が生えていて、その血管のような細い枝が絡みついているのは青い球体。白い樹木が青い球体を支えているようなデザインだった。

 

 

「我が慈悲を授けよう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

ミコトはそのオブジェを受け取った。

 

 

「それは新しい挨拶の形であるのか?ユピテルモンよ」

 

 

面白くなさそうにつぶやいたのは、傍らで二人のやり取りを見守っていたプルートモンである。

 

 

「我らがそのような物のために呼びかけに応じたと思うのか?汝の戯言聞き飽きた。このようなやり取りばかりなら、汝との話はもう終わりだ。このような願いの切り出し方は、これきりにしてもらいたいものだ」

 

「ふむ、仕方のないやつよな、お前は。よほど不愉快とみえる。これくらい我慢するのが道理であろうになあ、ミコト?」

 

「我は貴公の行動が目に余るだけだ。そのような行動はあまり好かぬのだがな。いってやれ、ミコト」

 

「ユピテルモン様もプルートモンでからかうのやめてくださいよ。あとで苦労するの俺なんだから。プルートモンもいちいち反応するなよ、それが面白くてちょっかいかけてんだからさ、この人」

 

「はっはっは、よくわかっておるではないか、さすがはミコト。我が見込んだだけのことはある」

 

「・・・・・・・我は用済みなどとは言うまいな?」

 

「なんでそうなるんだよ」

 

「はたして、汝は、未だ我が守護を受けるに値するだろうか。その物欲に打ち勝ち、我が前に己の価値を今一度示されよ」

 

「だから、いちいち拗ねるなよ、プルートモン。お前究極体になってから、どれくらい経つんだよ、おい」

 

「おお悩ましい。我はこれほどまでに悩んでいるというに。我としたことがため息など。今こそ、我々は出逢った意味を知るべきだ」

 

「ユピテルモン様のせいですからね」

 

「さて、それはどうだ」

 

「アンタの奥さんにそのどうしようもない浮気性バラしてやろうか。ヒステリックに刺されちまえ、このリア充が」

 

「おっと、それだけは勘弁してもらおうか」

 

 

ユピテルモンがようやくプルートモンを諌めてくれた。しっかし、ユピテルモンからの報酬が暗黒のデジメンタルとか・・・・・と期待していただけに落胆が大きいミコトである。しょぼすぎやしませんかね、ぶっちゃけ。禍々しいオーラを放つオブジェを大切に抱えながら、ミコトは思った。ゲームによっては、すべての属性に対して耐性がつくメリットはあったものの、アーマー体に進化できるアイテムではなかった暗黒のデジメンタルである。カードでの効果も進化条件を無視して次の世代に進化できる、みたいな効果だったはずだ。それなんて暗黒進化?しかも使いきりの消耗品である。これは光子郎にならって、さっさとデータバンクにぶち込んで繰り返し使用できるようにしたほうがいいかもしれない。このゲームだとどんな効果があるかは知らないけどさ。おそらくプルートモンがダークエリアの主だからよりふさわしいものをと贈呈されたものなのだろうが、どうせなら、なんたらデジゾイドとか、どっかのデジタルワールドに行けるURLとかのほうがよかったのに。多分レアアイテム、もしくは換金アイテム、最悪トロフィー的ななにかだろう。勝手にあたりをつけているミコトが、まじまじとオブジェを見ているのを確認したプルートモンは、よほど敬愛するミコトがもらった贈り物が気に入らないのか、取り上げてしまった。

 

 

「さっさと本題に入ってはもらえないだろうか、ユピテルモン。デジメンタルが必要ということは、【非進化の概念】の侵食が始まっているということだろう?」

 

「いかにも。久方ぶりに我が汝らを呼んだのは、そのためよ。我が悩みを解決してはくれぬか、ミコトよ」

 

「なにかあったんですか?」

 

 

 

うむ、と頷いたユピテルモンは、ようやく追加シナリオの導入を語り始めてくれた。

 

 

デジタルワールド・ホメオスタシスの要請である。すべての時間が巻き戻り現象を引き起こしており、再構築されつつあった世界は旧世界に戻ってしまった。しかも、かつて蹂躙したすべての勢力が同時に存在するという絶望的な状況になっており、選ばれし子供たちの力だけでは到底、侵略を阻止することができない。その打破のきっかけになった予言の書も、ダークマスターズの手中にあるところまで再現されてしまっては、完全に詰みである。ようするにゲンナイさんがヴァンデモンを倒すのに使った予言の書がダークマスターズに奪われたので、奪還してくださいという依頼である。ついでに今回はマジで無理ゲーなので、選ばれし子供に力を貸してあげてください、とのこと。ミコトの1999年の冒険のメインの焼き増しだ。ついでに難易度が上昇してるらしい。まじでかーと予想していたとは言え、かつての日々を思うと引きつりが止まらない。プルートモンの仕事はダークエリアの管轄である。ダークエリアにデジモンを送ることもミコトの仕事のため、暗黒勢力に食われる運命のデジモンを根こそぎ横取りして、アポカリモンを弱体化させるのが本来の目的なのだ。武者震いと勘違いしたらしいプルートモンは機嫌を取り戻した。

 

 

「我々はこの先あらゆる事象に勝たねばならんぬだろう。それは物理的であるやもしれぬし、精神的なものでもあるやもしれぬ。いかなる状況にも打ち勝つため、今一度力を貸してくれ。その経験は我らの大いなる糧となるだろう。主よ、我の新たなる力、見せてしんぜよう」

 

 

たかだかと掲げられるオブジェ。え、暗黒のデジメンタルってそういうアイテムなの?ミコトは思ったのだった。

 



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デジモンアドベンチャーLeb deinen Traum 選ばれし子供ルート

真っ暗な世界に立っていると、数メートル先の床に突然丸い円が生まれる。真っ白に発光し始めたそれは、逆さまにした懐中電灯のように、三角柱の光を目の前までのばしていく。目の前にホログラムが現れた。映りの悪いテレビのような、時々砂嵐が入るホログラムである。うっすらと色付いた。そこにいたのは光だ。彼女はぺこりとお辞儀をした。チュートリアルだからか、吹き出しでメッセージウィンドウが表示されている。

 

 

【『デジモンアドベンチャー~leb deinen traum~』をお買い上げいただきありがとうございました。本編を始める前に、いくつか説明をさせていただきます。あなたはデジモンアドベンチャーをご存知ですか?】

 

 

首を縦に振ると、ありがとうございます、と光は笑う。動作確認もかねての質問だったようだ。デジモンアドベンチャーについての説明をするのか尋ねられ、首を振ると、かしこまりました、と光は頷いた。このゲームではコントローラーがないため、プレイヤーの動作や台詞がそのままゲームに反映されてしまう。基本的にリアルタイムでゲームが進行し、1つのミッションごとに自動的にセーブされる。下のメッセージウィンドウを確認するか、メニュー画面にある会話ログを確認すると、スムーズにゲームができる。セーブやマップ、主人公のデータ、デジモン図鑑の確認などはすべてメニュー画面でできるので、デジヴァイスをチェックすること。なにか質問はありますか、と聞かれたので、大丈夫っすよ、と首を振った。どうせwikipediaに載ってる様な情報を説明するだけだろうし、さっさとゲームを始めたいミコトにとっては時間が惜しい。

 

 

【それではキャラクターメイキングを開始します】

 

 

光の隣に、もうひとつホログラムが出現する。ズボンをはいたマネキンと、スカートをはいたマネキンが出現した。

 

 

「あなたは男性ですか、女性ですか」

 

 

男性のマネキンをタッチすると、スカートをはいたマネキンが消えて、ズボンをはいたマネキンが前に出てきた。

 

 

【出身地はどこですか】

 

 

男性のマネキンのさらに隣には、日本地図が出現した。きたきた、無駄に凝り性なスタッフが作り上げた最初の大きな分岐点。ベータ版をプレイした有志のまとめによると、首都圏かそれ以外かで序盤の導入が違うらしい。しかも、登場人物にゆかりのある地域を選択すると、そのキャラとの間に特殊なイベントが用意されているっていうんだから、恐れ入る。まあ、初回プレイだし、無難に自分のリアル出身地を選択する。当時の自分が選ばれし子供になったらって気分を味わいたいなら、絶対に選べってみんな言ってたし。太一たちのクラスメイトっていう序盤導入もひかれるものがあるが、あいにくミコトは首都圏には程遠い田舎暮らしであり、東京の地理が全く分からないのだ。感情移入できない。田舎の小学生がどうやって巻き込まれるのか、お楽しみはこれからだ。

 

 

【年齢はいくつですか】

 

 

小学生、中学生、高校生、大学生、社会人、と言葉が並ぶ。

 

 

【この選択肢で立場や能力が決定します。小学生ならばデジモンの初期能力は最低値となりますが、成長率が高く、特殊能力を多く取得することが可能です。逆に、社会人に近付くほどデジモンの初期能力は高く設定できますが、成長率や特殊能力の習得に制限がかかります。また、選択した職業によっては、あらかじめ特殊能力が追加されており、ストーリーに影響をおよぼします。ただし、選ばれし子供とパートナー、以外のデジモンとのかかわり方を選択することもできます】

 

 

小学生以外は周回プレイ推奨のようだ。初回プレイのため、小学生を選択する。

 

 

【小学生を選択されたあなたは、9人目の選ばれし子供として、デジタルワールドを冒険することになります。よろしいですか】

 

 

もちろん、そのつもりだしな、とYESボタンを押すと、今度は1年生から6年生までの選択肢が出現した。

 

 

【選ばれし子供たちと同級生だと、友人であるという特典が付きます。初期の信頼度が高めに設定されます。あなたがピンチになると助っ人として登場したり、同じグループとして行動しやすくなります。その分、他の子供たちよりも信頼度があがりにくいので、注意してください。他の学年を選択しても、なんらかの特典が発生します。重要なキャラクターと親交を深めたり、デジタルワールドの謎に迫るイベントに関われるかもしれません】

 

 

やっぱ初見プレイだし、無難に太一たちと同じ小学校5年生にしよっかなあ、とミコトは5の字を押した。他の学年も気になるけど、周回推奨の気配がびんびんする。序盤から詰むのはごめんだぜ。

 

 

【それでは、あなたにふさわしいパートナーを選びますので、いくつか質問にお答えください】

 

 

3体のデジモンから選択しないのは、デジモンアドベンチャーのパートナーデジモン=精神的な意味でのもうひとりの自分という特殊設定があるからだろう。スタンドやペルソナといわれるそれだ。周回するときは攻略wikiをみながら好きなデジモンを選べばいいし、せっかくだから今回は素直に出てきたデジモンをパートナーにしよう。

 

 

【第一問:あなたは缶けりをしています。味方はみんな捕まり、全力で走れば缶を蹴飛ばせる場所にあなたは隠れています。そして、鬼の一人がこちらに近付いてきました。あなたはどうしますか】

 

 

1.全速力で缶を蹴りに行く。

 

2.その場から離れて様子をうかがう。

 

3.見つからないように息をころす。

 

 

【第二問:あなたは隠れ鬼をしています。捕まっている友達を助けるために、鬼の陣地に入ったとき、友達をイジメるクラスメイトも捕まっていました。みんな助けることも可能ですが、あなたも捕まってしまいます。あなたはどうしますか】

 

 

1.友達だけ助ける。

 

2.友達もクラスメイトも助ける。

 

3.友達にどうするか聞いてから決める。

 

 

【第三問:あなたは習い事が終わり、両親の迎えを待っています。しかし、1時間たっても迎えがきません。みたいテレビがありますが、時間的には余裕があります。歩いて帰れる距離ですが、両親は待っていろといいます。あなたはどうしますか】

 

 

1.両親の言うとおり、迎えを待つ。

 

2.テレビに間に合うギリギリまで待つ。

 

3.すぐ家に帰る。

 

 

【第四問:あなたは卒業に必要な検定試験に行く途中で、受験票を用水路に落として困っている友達と会いました。手伝えば友人の受験票は救出できますが、その場合は遅刻になり受験できるかわかりません。近所の人が応援に来てくれるには時間がかかります。どうしますか】

 

 

1.友人の手伝いをする。

 

2.近所の人に任せて試験に向かう。

 

3.試験会場に電話し、近所の人を待つ。

 

 

【第五問:あなたの友達がクラスメイトにカンニングされたかもしれないと相談してきました。カンニングを先生に伝えればいいことですが、あなたもあなたの友達もそのクラスメイトがカンニングするような子だとは思えません。あなたならどうしますか】

 

 

1.見間違いかもしれないので、様子見にとどめる。

 

2.すぐに先生に伝える。

 

3.カンニングされないように、対策を練ってみる。

 

 

 

 

 

【ありがとうございました】

 

 

ぺこりとお辞儀をした光のすぐ隣に、ぺたぺたというかわいらしい足音が聞こえてくる。ひょこ、とホログラムの隅から先が黒い黄色いクチバシがのぞく。いったん引っ込んで、今度はくちばしからこっちをのぞく真ん丸な赤い目まで見えた。そーっと覗いているつもりなのか、ホログラムの隅に赤い爪と紫色の退化した羽をかけている。先が白い紫色の細長い耳が垂れている。紫色のペンギンだ。

 

 

すぐ横にはデータが表示される。

 

ペンモン

 

レベル:成長期

 

タイプ:鳥型

 

属性:ワクチン

 

南極基地のコンピュータから発見された、ペンギンに似た鳥型デジモン。氷に覆われた地域に生息するため、暑さに弱いのが欠点だが、人懐こい性格で後ろについてはひょこひょこ歩く。また翼は退化しているため飛べず、歩く速度も遅いが、腹這いになって氷の上を滑ると時速60㎞以上のスピードが出せる。また水中でも器用に泳ぐことができる。

 

 

【あなたのパートナーはペンモンです】

 

 

「・・・・・・」

 

「えーっと」

 

「・・・・・・ん?」

 

「なんかいえよ!」

 

「なにを話せというのだ」

 

「いやいやいや、なんかしゃべろうぜ、ペンモン。めっちゃ期待に満ちたまなざし向けといて、そんな無口キャラされてもこっちの反応に困る。っつーかなにをって、なんかあんだろ、挨拶とか自己紹介とかさ」

 

「お前がミコトであり、私のパートナーだ。それ以外に必要なものなどないだろう」

 

「あるわ、ありまくるわ!なんかあんだろ、もっとこうさあ!」

 

「ふむ・・・・・・少し会いたかったぞ」

 

「あーもう、素直じゃねーな、お前!ここはこう、ばんざーい、って喜んどくもんだろ!」

 

「なん・・・だと・・・!?や、やめろ、そ、そういうのは慣れてない・・・」

 

 

ばんざーい、と両手をとって遊んでいるミコトに戸惑うペンモンに、光が笑っている。っなせ、と手を振り払ったペンモンは、ごほん、と咳払いをして距離を取った。

 

 

「・・・・・・やれやれ、手のかかるテイマーだな。ここからはホメオスタシスではなく、私が説明するとしよう。心して聞くがいい。さっそくだが私の初期能力はこれだ」

 

 

HP:56

 

MP:32

 

AT:7

 

MG:5

 

POW:5

 

SPD:6

 

LUC:5

 

 

「攻撃力と素早さ高めか」

 

「そう、私はアタック型に分類されている」

 

「まあ序盤は苦労しなさそうでよかったぜ、ビンタだもんな、お前の技。これで魔力型だったら、地味にきついし」

 

「おっと、やるじゃないか。私の初期技を把握しているとは」

 

「まあ、そりゃね。デジワーから出てるし、わりと古参だよな、お前」

 

「そこまではしらんが、力を貸すに値する人間だとはわかった。今後とも、よろしく・・・・・・な」

 

「おう、よろしくな」

 

「さて、次はお前のアバターだ」

 

 

ミコトの目の前に、小学5年生のサイズになったマネキンがやってきた。

 

 

「どうやらすでに準備してあるようだな、どれにするか選べ」

 

 

ペンモンの言葉と同時に、NOWLOADINGの文字が並ぶ。しばらくして、ミコトが予約特典としてすでに所持していた、なりきりのコスプレ衣装が開示される。もしくは連動しているSNSで利用しているアバターとして、すでに取得しているアイテムが表示される。ちょっとした着せ替え状態だ。

 

 

赤い帽子にゴーグル、黒いシャツ、赤いジャケット、赤のラインが入ったパンツを着ている男の子である。

 

 

「せっかくだから、オレはこの赤い服を選ぶぜ!」

 

「・・・・・・・」

 

「(ちらっ)」

 

「・・・・・構うとつけあがるからな、無視だ無視」

 

「やだこの子冷たい」

 

「っるせえな」

 

「ひでえ」

 

「・・・・・・」

 

「正直すまんかった」

 

 

ごほん、と咳払いをして、ペンモンはミコトを見上げた。

 

 

「じゃあな、ミコト。お前と会える日を待っている。アディオス」

 

 

 

 

 

オープニングもなく、ミコトの視界は暗転した。

 

 

「ミコト、起きなさい」

 

 

ゆさゆさと肩をゆすられて目が覚めた。ふあと大きな欠伸をして、大きく伸びをすると骨のなる音がした。

 

 

「よく寝てたわね」

 

「まあ2時間もあればなあ」

 

 

若い女の人と男の人がいる。どうやらミコトの両親の設定のようだ。思っていたよりも低い視界に戸惑いながら、ミコトは辺りを見渡した。ここは車の中のようだ。後部座席で寝ていたらしい。まなこをこすりながら前を見ると、カーナビモードを解除する男性の操作により、カーナビの画面は1995年3月4日と表示されている。ってことは、今は7歳か。こんなもんかな、と手をグーパーしながら考えた。

 

 

光が丘テロ事件が起きたとされる日だ。

 

 

どうやら時系列順にイベントが進んでいるようだ。さっそくメニューを開きたくてポケットを探ると、白いポケベルがベルトに引っかかっていた。メニュー画面を開くと、世界が一瞬固まる。そして周りがさっきまでいた暗闇の空間にかわり、隔離された空間になった。さまざまなコマンドの中、メニュー画面を開いて、ミコトは目を走らせる。

 

 

【エピソード1:じてんしゃとしょうねん】

 

【クリア条件:おばさんのマンションにいこう】

 

 

セーブをしながら、ミコトはメニューモードをきった。

 

 

自動車の外には、見上げるほど大きな高層マンション群が並んでいる。でっけー、とつぶやいたミコトに、そうだろ、と頭をなでながらお父さんは笑った。おばさんの部屋は13××ってお母さんが教えてくれる。ご丁寧に太一の家のお隣である。これは太一たちと知り合うフラグがびんびんだ。ミコトは期待に胸を膨らませて、駐車場を抜ける。お父さんたちに連れられて、歩道橋を渡り、いくつかの歩道と階段をぬけ、いくつものマンション群に囲まれた憩いの場となっている公園に通りかかった。

 

 

「よーし、いいぞ、太一。その調子だ」

 

 

若い男性の声がする。思わず足を止めると、あら、とお母さんが笑った。補助輪をとったばかりの不安定な自転車にしがみつきながら、必死で自転車をこいでいる男の子がいる。放さないで、放さないで、と必死で男性の支えがなくなることを怖がっている。ちらちら後ろをみて、絶対に話さないでよお父さん、と今にも泣きそうな顔で男の子は叫んでいる。ぶかぶかなゴーグルが首にかかっている。わかった、わかった、と苦笑いしながら男性は頷いている。隙あらば手を放す気満々だ。男の子が前を見た瞬間、男性は容赦なく手を放した。

 

 

「ミコトもあんな感じだったわね」

 

「転んでは大泣きしてたよな」

 

 

どうやらミコトは既に自転車に乗れるようだ。からかうような口調に、いらっとするのはなんでだろう。うるさいなあ、と怒った顔をしていると、すねないの、とお父さんとお母さんはわらった。

 

 

がしゃん、という音がした。からからから、と自転車のタイヤが空回りする。

 

 

「うう、う」

 

 

せいだいに頭を打ち付けたようで、真っ赤な顔をした太一が目を潤ませている。あわてて男性が駆け寄ってくる。うわーん、と泣きはじめてしまった太一に、ちょっとびっくりした。なんかアニメとキャラ違うな。まあ、4年も前だし、こんなもんかな。でもこの時には既に目玉焼きを造るほど手先が器用なわけで、スペックはあるはずなんだよな、随分と泣き虫だなあ、この太一。男性が男の子なんだから頑張ろうと慰めていると、ぐずぐずしていた太一がごしごし目をこすって、こくんとうなずいた。ずっとこっちを見てることに気付いたらしい太一が、あ、という顔をした。

 

 

「なんだよぉ、笑うなぁ!」

 

「えっ、笑ってねーよ」

 

 

まさかの反応に思わず否定するが、太一は叫ぶ。

 

 

「うそだ、笑ってた!僕みて笑ってた!」

 

「だから笑ってねえってば」

 

「だったらなんでさっきから僕のことみてたんだよ!」

 

「・・・・・・笑ってないっていってるだろ、気のせいだって」

 

 

まさか見てることを気付かれてるとは思わず、ミコトの反応が遅れる。ほらやっぱりという顔をして太一は言う。

 

 

「嘘つきは泥棒の始まりなんだぞ!」

 

「だーかーらー、笑ってないって言ってるだろ!お前のことなんかしらねーよ」

 

「なんだよ、知らないのは僕だってそうだ!」

 

「お前のことは知らないけど、オレはお前より偉いもんね。だってオレもう自転車乗れるし?」

 

「なんだよ、ボクだってこれくらいぃ!」

 

 

こら、ミコト、とお母さんが叱る声がする。やめないか、とたしなめるお父さんの声がする。だってせっかくの主人公との邂逅だし、印象の残るようなことしとかないと、多少はね。そんな打算じみたことを考えながら、まだボクの太一が面白くてにやけがとまらない。すみません、うちの子が、とお父さんたちが声がして、謝りなさい、とぐぐぐ、と頭を押し付けられる。やーだ、と駄々をこねる子供のような態度をしながら、太一を見れば、お父さんにたしなめられて、だって、と今にも泣きそうな顔をして説明している。あっかんべーと舌を出すと、顔を真っ赤にした太一がこっちに向かってきた。こら、と頭を叩かれるのはほとんど同時だった。本気でぶたれてたんこぶができる。

 

 

「ほらミコト、ごめんなさいは」

 

「ごめんなさい」

 

 

ぐぐぐ、と頭を押し付けられて、ミコトはお辞儀した。

 

 

「すいません、うちの子が」

 

「いえ、こっちもすぐ大げさにとらえてしまって、すいません」

 

 

ほら、太一、と促されて、なっとくいかない、という顔をしたまま太一はむくれている。むすっとした顔の太一に、ミコトはなんだよあやまったのに、と大人げないことを考えながら意地悪な笑みを浮かべた。

 

 

「くやしかったら自転車乗ってみろよ、太一君」

 

「なんだよー、おまえー!」

 

「おまえじゃねーよ、ミコトだ、ミコト。覚えとけ!悔しかったら、オレがいる3日以内に自転車乗ってみろーだ」

 

 

まあ、今日の夜にそれどころじゃなくなるんですが、多少はね。ミコトは両親の叱責を無視してマンションのエレベータに駆け込む。これで謝罪するために八神家を訪問するフラグがたつだろう。光ヶ丘テロ事件になる前に、一度は光に会っておきたいところだ。どうせ今日の出来事ごと、光が丘テロ事件の影響で記憶がすっとぶので、太一が覚えていることは無いだろう。今回の出来事が冒険の時にどう影響するのか楽しみだ。

 

 

 

 

 

ミコトはおばさんの家に駆けこんだ。

 

 

 

 

【エピソード1:じてんしゃとしょうねんをクリアしました】

 

【エピソード2:らいげきのよるにを開始します】

 

【クリア条件:光が丘テロ事件を目撃しよう】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イベントを1つ終えて、早速、ステータスを表示してみる。

 

ミコト

性別:男

所属:小学校1年生

特記事項:落ち着きがないです

 

「……うるせえやい」

 

小学生時代お馴染みだった言葉をここで目にするとは思わなかったミコトである。まさか両親の制止を振り切っておばさんの家に駆けこんだからだろうか。それとも、太一にちゃんと謝らないで、茶化すようなことばっかり言ったせいだろうか、それとも意地悪なことばかり言ったせいだろうか。最初見た時にはなにも表示されていなかったはずの特記事項は、プレイヤーの行動によってころころと内容が変わることに定評がある。なにが条件かは分からないがまとめwikiにこんな言葉は無かったはずだから、結構種類が増えているかもしれない。ちなみにバリエーションとしては、リアル5歳児です、アニキです、地球にやさしいです、もったいないです、なんかがあったはずだ。体験版をプレイした有志達は一体何をしたのか、つっこみどころ満載だったのが記憶に新しい。思ったより普通の特記事項を残念に思いつつ、交友関係のページに飛ぶ。

 

キャラクターのアイコンが表示されている。選択すると、簡単なプロフィールがのっていて、ミコトへの信頼度に応じた言葉が掲載されている。もちろん、ここもプレイヤーの行動や会話でころころ変わることに定評がある。

 

お父さん:優しくて頼れるあなたのお父さん。

     ××から東京まで運転するほど車が好きらしい。

特記事項:あの頃はよかった

 

「何があったし」

 

お母さん:しっかりもので明るいあなたのお母さん。春休みなので

     あなたはお母さんのお姉さんのお家に泊まりにきた。

特記事項:休戦協定の締結

 

「あー、これは謝りに行くフラグだな、間違いない」

 

八神進:冷静沈着でリーダーシップがある太一のお父さん。

    お台場の高級マンション最上階に住める普通のサラリーマン。

特記事項:休戦協定の締結

 

「つっこんじゃだめだろ、そこは」

 

八神太一:お爺ちゃんのゴーグルがトレードマークの男の子。ちょっと泣き虫。

特記事項:誇りをかけた戦い

 

「無駄にVテイマーのネタ仕込んでやがる。っつーか誇り(笑)だろ、あれ」

 

デジモンカードの名前を当てはめる試みは面白いとは思うが、ちょっと無理やり感がにじみ出ているのは気のせいか。こっちの方が突っ込みどころ満載になっているので、こっちを重点的に確認することにしよう、と思いつつセーブを終える。

 

次のミッションは【らいげきのよるに】

クリア条件は【光が丘テロ事件を目撃しよう】

 

だが断る。全力で横道それるよ!暗転していた世界は、再び光を取り戻した。

 

「もしもし、八神さんですか?私です、桐谷です。あら?ちょっと電話が聞き取りづらいわね、ええ、麗子です、こんばんは」

 

おかしいわねえ、とつぶやきながら、おばさんは首をかしげている。隣にはお母さんがいる。

 

「あ、聞こえるわね、よかった。突然お電話してごめんなさいね、裕子さん。うちの甥っ子が太一君にご迷惑おかけしちゃったみたいで、ごめんなさい」

 

おばさんがミコトを見る。いたずらっ子な笑みを浮かべて、おばさんは声を弾ませた。

 

「そうなの、ええ、春休みだから遊びに来てるのよ、そうそう、ええ、そうなの。ふふ、そうなのよ。ちょっと早い反抗期みたいでね、うちの妹も手を焼いてるみたいで、あはは。そう言ってもらえるとうれしいわ」

 

ぎょっとしたミコトが何言ってんだ、この人、といった顔でおばさんを見上げると、おばさんはけらけらと笑っている。太一のお母さんの反応に、はらはらしていたらしいお父さんはほっと胸をなでおろすが、からかい調子のおばさんには苦笑いである。ちょっと、おねえちゃん、とお母さんは小声で抗議するが、おばさんは分かった分かったとうなずいた。

 

「ちょっと、妹が代ってほしいみたいだから、代わるわね」

 

お父さんとお母さんに電話を渡したおばさんは、ソファで聞き耳を立てていたミコトのところにやってきた。

 

「ちょっとー、ミコト君が悪い子になったせいで、うちのテレビこわれちゃったじゃなーい。どうしてくれるのかなあ?」

 

こつんと頭を叩かれる。

 

「オレのせいじゃねーよ、おばさん」

 

「だあれがおばさんだ、だれが。私はまだおばさんって呼ばれる年じゃないわよ、もう。美咲の結婚が早かっただけじゃない。麗子さんってよぼうか」

 

「れーこおばさん」

 

「相変わらず生意気なのはこの口か!」

 

「いひゃいいひゃい」

 

ぐにーと漫画のように良く伸びる頬を勢いよくつねられて、涙目になったミコトは棒読みの謝罪をした。

 

「まだ7つなのに口だけは達者なんだから困ったもんだね、君は」

 

はあ、とためいきをついたおばさんは、治ったかしらって言いながらリモコンを押す。相変わらず砂嵐のテレビである。せっかく東京が誇るチャンネル数を見せつけてやろうと思ったのに、と残念そうに唇をゆがませた。テレビだけではない。ラジオも、冷蔵庫も、お風呂のモニタも、オーディオも、パソコンも、ようするに電気をつかう家電がぜんぶおかしくなっているのだ、おばさんのいえ。これではお泊りというわけにもいかない。さっきから、モールス信号のように一定のリズムで点滅する電子機器を前に、大人たちはちょっと困り切っている。

 

今からホテル取れるかなあ、とぼやきながら、電波の入りが悪いPHS片手におばさんはベランダに出ていった。デジヴァイスは夕方から夜になろうとしている。えーっと、たしか、とミコトは映画を思い出す。昨日の夜、八神進さんの書斎のパソコンから出てきたデジタマ。次の日、八神裕子さんが仕事に行ったあと、時間の経過によってボタモンが誕生したはず。いつだろう?ミコトはベランダに出た。

 

「なーなー、麗子さん」

 

「うん?」

 

「ここにくるとき、シャボン玉―がーって言ってる人がいたんだけど、なんかお祭りやってたの?」

 

「あっはっは、残念でした。お隣の太一君と光ちゃんがしゃぼんだま遊びして遊んでたのよ。子供部屋からたくさん飛んでたからねえ」

 

「光ちゃん?あいつ、妹いるの?」

 

「そーよ、八神光ちゃんっていってねえ、4歳だったかな。太一君はお父さんとお母さんがお仕事いってる間、光ちゃんの面倒みてるのよ、えらんでしょ。ミコトと違ってちゃーんと朝ごはんだって作れるんだから」

 

「そうそう、ミコトの方が偉いことなんか、なんにもないんだぞ?」

 

「えー、それくらいおれだってできるよ!」

 

「まーた始まった、ミコトのできるもん」

 

なにそのひとりでできるもん的なノリは。やたら舞ちゃんが世襲してた懐かしの公共放送を思い出して、ミコトはつっこんだ。ちょっと手のかかる子供の態度をとりすぎたせいかもしれない。ミコトのキャラがどんどん固定化されていく。お父さんとお母さんはお菓子折りは何がいいかおばさんに相談している。だって、大体の1週目プレイは八方美人な優等生キャラになってしまうのが世の常で、2週目になってからはっちゃけるのがパターンと化していたミコトである。ちょっと面白いことがしてみたかったのだ。あんまりやりすぎると良くないとは聞いてたけど、太一のイベントで光と会うにはあの時ケンカ売らないとフラグが立たないってまとめwikiにあったから悪いのだ。お父さんたちのいうことをよく聞く子供でいると、ベランダで光が丘テロ事件を目撃するルートになってしまう。

 

「太一君にごめんなさいしに行くわよ、ミコト」

 

「はーい」

 

待ってました、おつかいイベント!元気よく返事をすると、お菓子を買ってもらえるわけじゃないからね、とおばさんからしっぺを頂戴した。

 

 

1時間後とテロップが出て、シーンが暗転する。気付いたら八神家の前だ。ぴんぽんとお母さんがチャイムを鳴らすと、はあい、という空の声がする。ああそう言えば裕子さんの中の人って空だっけ、とどうでもいいことを思い出しながらミコトはモニタに話しかけるお母さんを見ていた。こんなハイテクな物ミコトのリアル小学校時代には無かった代物である。すげー。おのぼりさんまるだしな男の子にモニタの向こうの裕子さんは笑っている。チェーンロックを外す音がして、ドアが開いた。カレーの匂いがする。すげー、こんなとこまで再現されてんだ、このゲーム。お腹へった。今晩の八神家はカレーのようだ。ケーキを買ってくる裕子さんの仕事はこっちのイベントにスライドされたらしい。地味に調合性をとってるところに、劇場版をリスペクトし過ぎなスタッフの気配を感じながら、ミコトは玄関の靴を数えた。あきらかに男物がない。なんだよ、太一のやつまだ帰ってきてないのか。考えていたからかい調子が無駄に終わり、残念に思いながらお母さんに促されて前に出る。つまらないものですが、と差し出されたケーキ。きっと八神家の食卓に並ぶ。光ヶ丘最後の晩餐になるとはまだ誰も知らない。

 

「ごめんなさいね、ミコト君。せっかく謝りに来てくれたのに。太一、まだ帰ってきてないのよ」

 

裕子さんは笑っている。ホントなら光も太一もファーストキスをコロモンに奪われるという大事件が起こっているころなのだが、どうやらこっちでは光だけになる模様。え、なんで?って返すと、それがねってこれまた嬉しそうに笑う。

 

「あんなに嫌がってた自転車の練習、乗れるまで頑張るんだって張り切っちゃってね。もうご飯なのに、あとでですって。お父さんも付き合うって言ってるし、まだあの公園にいるのよ。ありがとね」

 

「いえいえ、そんなことお構いなく。そんなこと言われると、またうちの子調子にのっちゃうんで困ってるんですよ」

 

「でも助かりました。もうすぐ自転車の授業があるっていうのに、別に乗れなくてもいいって、別に困らないって屁理屈ばっかりいってたので困ってたんですよ。それが3日なんて待ってられない、はやく乗れるようになって、僕も偉くなるんだっていいはって聞かないんですよ。太一がここまで苦手なことに一生懸命になるの初めてじゃないかしら」

 

「あら、そうなんですか」

 

「よかったらまた仲良くしてくれる?」

 

あ、はい、とうなずいたミコトによかったって裕子さんは笑った。やがて原因不明の家電誤作動事件についての世間話が始まる。なんか光が丘を中心に電波障害が起こってるとかいうフラグを夕方のニュース番組が一斉に報道し始めてるらしい。うん、これが違法電波テロ事件とか爆弾テロ事件とか勘違いされるフラグその1なんだ。ちゃくちゃくと進むフラグを背後に感じながら、ミコトはその時を待った。

 

ちりん、と鈴の音がした。にゃーん、という鳴き声と、待ってミーコっていう声がする。ぱたぱたぱたと裸足でかけてくる音がする。

 

「猫飼ってるの?」

 

「ええ、そうよ。ミーコっていうんだけど……?」

 

「ミーコ、そっちだめ。お外。お外だめ。いっちゃだめ!」

 

「光?」

 

リビングの隙間から飛び出してきた三毛猫がミコトたち目掛けて駆けてくる。おおあわてでおいかけてくるのは、まだ4歳の光だ。あまりに髪の毛が短くて、声が高くなかったら男の子と間違われてしまいそうな感じがする。着ている服も赤い服に黄色のズボンというクレヨン五歳児スタイルだし。でも、それどころじゃないのか、光は裸足も構わず外に行こうとして裕子さんに止められる。その隙を狙ってミーコは勢いよく玄関を飛び出した。

 

「あ、こら、ミーコ!」

 

ミコトはドアを閉めようとしたが、ミーコはお母さんとお父さんの足元を潜り抜けて外に出て行ってしまった。

 

「ミーコ!」

 

鈴の音を残して、ミーコは脱走してしまった。うるうるしていた瞳がいっきにぼやけてしまう。ぐずぐず泣きそうになっている光はミーコを追いかけると言ってきかない。ばたばたあばれる4歳の女の子をなだめながら、裕子さんはPHSを探っている。ミコトは即決だった。

 

「おれ、ミーコ捜してくる!」

 

ミコトの言葉に、ううう、と涙をためている光が顔を上げた。

 

「みーこ、おそと……だめなのに」

 

「なあ、ミーコってお外でたことあるのか?」

 

こくん、と光は首を振った。裕子さんがいうには家猫だけど、外に興味津々で何度か脱走経験があるそうだ。そのたびに数日探し回るはめになり、ケガをして帰ってくることもあって光は心配しているという。

 

「どっか行きそうなとこは?」

 

ん、と指差す先は、どこだこれ。空をさしている光にぽかんとしていると、んーっといいながら光はまっすぐ空を指さしている。あっちの方角って言いたいんだろうか、えーっと確かあっちは公園?こくこくと光はうなずいた。お父さんと電話しようとしている裕子さんがなんにもしてくれないと思ったんだろうか、それとも時間が惜しいのか、唯一構ってくれたミコトのところにかけよった光が服の裾を掴む。はだしだからせめて靴を履きなさいと裕子さんがあわててサンダルを履かせようとするが、それもやーっと蹴飛ばしてしまう。ぐいぐい袖をひっぱられ、ミコトは光をおんぶすることにした。ぱっと表情が明るくなった光をおんぶする。

 

「おれ、ここらへんしらねーし。ミーコがいそうなとこ、教えてくれよ。どこだ?」

 

「あっち!」

 

光が指差す方向を頼りに、ミコトは公園に向かうことにした。お父さんたちの制止は丸無視だ。ここでいい子ちゃんしてると好感度あがるイベントのフラグが折れてしまう。身体は小学校1年生だがゲームである。小学生の体力まで再現されているわけもなく、普通に光をおんぶしたまま公園までたどり着いたミコトは、その指示をたよりにミーコを捜す。途中で太一と進さんと合流し、サンダルを持ってきたお父さんとお母さんも加わり、無事にミーコを捜しあてたころには、すっかり夜になっていた。アメリカ兵に連れ去られる宇宙人のごとく捕獲されたミーコはゲージの中に幽閉される。

 

「ごめんなさいね、ミコト君。光を公園までおんぶしてくれたみたいで」

 

途中で疲れてしまった光は進さんの背中でうとうとである。サンダルを履かされてから、自由に走り回ったせいでつかれたのもあるのだろう。今の時間は8時過ぎだ。4歳の子には夜更かしだろう。太一は夕方から始めた自転車の特訓の途中でミーコ捜しに駆り出されたから、光をおんぶする気力はない。13階まで自力で帰るのが精いっぱいだった。ミコトがけろっとしているものだから、ミコトのお父さんやお母さんに運んでもらうのは嫌だったらしい。八神家の玄関を開けた瞬間、座り込んでしまった。

 

うーうん、と首を振るミコトとは雲泥の差である。校舎内に天然のスキー場完備のド田舎小学生の体力を舐めてはいけない。片道10kmの通学路を自転車禁止という過酷な環境下で集団登下校させられる環境なのだ、小学校1年生でも体力だけはつくのである。もちろん、これはゲームだから田舎補正があるのかは不明だが、リアルタイム小学生を満喫中のミコトは、体力がある理由をこう補完した。

 

「美咲さんも明彦さんも、ほんとうにありがとうございました」

 

「いえいえ、気にしないでください。うちのバカ犬にくらべたら、楽でしたから」

 

「うちのバカ犬も首輪引っこ抜いてよく脱走するから慣れてますよ、あはは」

 

「なにからなにまで、本当にありがとうございます。桐谷さんによろしくお伝えください」

 

「はい、それでは失礼しますね」

 

「ミコト、帰るぞ」

 

「麗子さんも待ってるし、帰ろうか」

 

「うん。じゃーな、太一」

 

「………(こくこく)」

 

「どんだけ疲れてんだよ、へろへろじゃん」

 

「ぼくだって、がんばったもん、」

 

「うん、知ってる」

 

「え?」

 

「おにーちゃんなんだろ、太一。光の」

 

「うん」

 

「光のお兄ちゃん、太一だけじゃん。がんばれ」

 

まばたきした太一は、こくりとうなずいた。これから光のことを守ってやれよとフラグを立てようとしたところで、空気を読まない腹減り虫が盛大にラッパを鳴らす。一瞬空気が凍りつく。ミコトはさすがに恥ずかしくなって、一気に顔が真っ赤になった。さすがに12時から夜の9時までご飯ナシは小学校1年生の男の子にはきつかったらしい。あまりに音が大きくて光が目を覚ましてしまう。お母さんもお父さんも裕子さんも進さんも、もちろん太一も。吹き出したのはだれかわからない。笑いの渦がミコトを包んだ。ミコトは涙目である。八神家の玄関先ではカレーの匂いが漂っているのだ。不可抗力である。

 

「母さん、ミコトとカレー食べていい?」

 

「っふふふ、いいわよ、美咲さんがいいっていうならね」

 

「 ミコトのお母さん、いい?」

 

「っあははっ、もちろん、いいわよ、裕子さんのご迷惑じゃなかったら」

 

「ごはん?ミコトにーちゃ、いっしょ?」

 

光の言葉に、太一がそれだと食いついた。

 

「ミコトのお母さん、ミコト、一緒に、そーだ、うちに泊まってもいい!?」

 

お隣さんである。両親のOKが出たら、あとは早かったのだった。よっしゃきた、おとまりイベント発生!とガッツポーズしたミコトである。劇場版のイベントをずっと出待ちさせられているコロモンの信頼度ダウンと引き換えに得たイベントである。これから起こる光が丘イベントとのちのちに響くコロモンとの因縁による冒険の難易度上昇さえ考えなければ、スタートダッシュは良好といえた。

 

 

ミコト

性別:男

所属:小学校1年生

特記事項:アニキです

交友関係:八神太一『昨日のオレだと思うなよ!』

     八神光『なんだかとってもせつないの』

     コロモン『ナミダの協定破棄』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミコトに見せたいやつがいるんだ」

 

「ミコトおにいちゃんも、みる?」

 

ふたりに連れられてやってきた子供部屋。ミコトがみたのは、ようやく帰ってきた太一と光をみるやいなや、おかえりーっと飛びついてきたピンク色の生命体だった。あ、コロモンって結構でかいんだ、と思いながらあわててドアを閉めたミコトを、だーれ?ってコロモンは不思議そうな顔をして見上げている。

 

「太一、こいつなに?」

 

「昨日、父さんのパソコンから出てきたんだ」

 

「えっ、パソコンから?」

 

「そう」

 

こくり、とうなずく光の手の中で、ぐうう、というコロモンのお腹が鳴る。そりゃそうだ、今日の夕方から何も食べてないんだから。

 

「すっげー、こいつ、さわってもいい?」

 

「お腹すいたぁ」

 

ぐだっと伸びているピンク色のスライムが光からミコトに移動する。すんすんと鼻を鳴らしたコロモンは、なんだかおいしそうな匂いがする、と目をキラキラ輝かせた。

 

「なあ、太一。こいつって何くうの?」

 

「なんでもたべるよ、こいつ。ぼくのお菓子も、ミーコのご飯も、ぜーんぶ」

 

「へー、お菓子くうんだ。じゃあ、くうか?いっぱいもってきたんだ、お菓子」

 

ミコトがリュックをおろすと、いよいよコロモンの目がきらきらと輝いた。食べるー、とピンク色の耳で元気に返事をしたコロモンに、いくつかお菓子を渡した。開け方が分からなくて涙目になっていて、光がひとつひとつ教えている。

 

「それにしても、ひっでーな」

 

「あー……そっか、ぼくも光もミーコ捜してたから……」

 

「片づける?」

 

「うん」

 

お世話されていなかったコロモンのせいで、子供部屋はうんちだらけになっている。ゲームなら病気になって死んでいるところだが、現実世界ではそこまでデジモンの生態が反映されるわけじゃないらしい。太一とミコトは30分ほどかかって部屋を片付けた。ばくばくミコトのお菓子を食べ終えたコロモンは、思い出したように光の腕の中で拗ねていた。ミコトが触りたいといってもやーだといって光の腕から出てこない。ミコトがうんちを処分する。ついさっき、ケーキとごはんをたべたから、おいしそうな匂いはミコトたちからする。光は困ったように太一とミコトを見上げる。

 

「コロモンも食べたいって、ケーキ」

 

「コロモン?光、そいつに名前つけたのか?」

 

「コロモンは僕の名前だよ」

 

「ごめんね、ミーコのこと。お兄ちゃんもお外で自転車の練習してたから」

 

「やだ、ぜったいゆるさないんだから。とっても寂しかったし、怖かったんだよ。ひどいや、ふたりとも。僕はふたりしかいないのに」

 

「光、そいつ」

 

「わたしは、光。光。お兄ちゃんは、太一。太一。それと、ミコトお兄ちゃん」

 

「太一と光、ミコトおにいちゃんってだれ?」

 

「ん」

 

「おれ、ミコト。よろしくな」

 

「ミコトおにいちゃんじゃないの?」

 

「ミコトでいいよ」

 

「じゃあ、太一と光とミコト」

 

「そう」

 

「そいつ、言葉が」

 

名前あったんだ、って驚いている太一の隣で、ミコトは餌付けを試みるが、ミーコの大捜索にみんな駆り出されてしまったせいで、ずっと放置されたのは傷心ものだったらしい。ひどいんだひどいんだとコロモンはボールのようにふくらんいる。あーんと口を開けてお菓子は食べるが、ごめんと謝ってもなかなか許してくれない。それとこれとは話がべつらしい。結局ミコトのお菓子はなくなってしまった。大きくげっぷをしたコロモンは、ようやく許してくれた。仲直りの印だよって勢いよく光の腕から飛んで行ったピンクの塊が光の顔面に抱きつく。今度は太一の顔につく。ミコトはお菓子の片づけをしてたからされなかった。がさごそしてたミコトがあったあったとリュックから取り出したものにコロモンが反応する。

 

「それなに?」

 

「これ?カメラ」

 

手元のインスタントカメラ。これ、記念に取ろうと思って。デジモンは電子機器だと壊れるけど、インスタントカメラだと大丈夫だと思うし。ミコトは、笑ってーといいながらカメラをのぞく。コロモンは目をぱちくりしながらにこーっとわらった。ぱしゃっとフラッシュを焚いたら、びっくりしすぎてひっくり返る。なに、なに、いまのなに!?と大パニックになってしまい、二段ベットの下に逃げ込んでしまった。いよいよコロモンが怖がって出てこなくなってしまう。光があわててコロモンにカメラについて説明しに向かう。あとでその写真ほしい、といってきた太一に、ミコトはうなずいた。そしてニヤニヤ笑う。

 

「ファーストキスコロモンだな、太一」

 

「な、ち、ちがうよ!なし、今の無し!」

 

コロモンが光に抱かれて帰ってくる。

 

「ともだちのしるし、なしなの?」

 

「ともだちのしるしなのに、太一、いや?」

 

「あ、いや、そうじゃなくってミコトっ!」

 

けらけら笑うミコトにコロモンはむうっとボールのように膨らんだ。またうんこをした。片づけをしていると、ドアの向こうから裕子さんがそろそろ寝なさいと笑いながら声をかけてくる。はーい、とみんなで返事をして、誰が誰のベッドで寝るかじゃんけんで決めた。じゃあいってくる、という男の人の声がする。あ、今日、お父さん夜から仕事なんだ、と太一は言った。裕子さんも一緒にドアを出ていくみたいで、ミコトの分食材が減ったので買い出しにいってくるわね、と声をかけられた。またはーいと返事をして子供部屋に引っ込む。

 

「じゃあ、何して遊ぶ?」

 

「トランプ!」

 

「えー、光強いから、僕やだ」

 

「とらんぷってなーに?」

 

「トラップっていうのはね」

 

「えーっ、ほんとにトランプやるの?しっかたないなあ、じゃあ、トランプとってくる」

 

太一はリビングに向かった。おもちゃをまとめて放り込んである箱の中にあるそうだ。ミコトは光と一緒にコロモンにトランプ遊びのルールについて教えていた。なんか不思議そうな顔をして太一が帰ってくる。どうした?ときいても何でもないと首を振られ、ミコトは首をかしげた。ババ抜き、七並べ、真剣衰弱、いろんなトランプで遊んでいたら、裕子さんが帰ってきた。あわてて電気を消して、みんなでトランプを片づけて、そのままみんなでベットに眠った。数時間リアルにうとうとしていたミコトは、隣の太一に起こされる。なんだよーと欠伸をすると、太一は必死な様子でミコトを引っ張った。

 

「またへんなのが!?」

 

「へんなの?」

 

あまりに太一の声が大きいから、光が目を覚ます。

 

「へんなのって?」

 

「コロモンみたいなやつが父さんのパソコンの中から出てきた!ちょっと来てくれよ!」

 

太一に引っ張られる形でミコトは隣の書斎に足を踏み入れる。コロモンを抱いたままの光も遅れてやってきた。

 

「へんなのとはなんだ。わたしはむかえだ」

 

声がペンモンで思わず吹くミコト。そこにいたのは、どうみてもかわいいヒヨコのデジモンだ。えっという顔をする太一と光を尻目に、コロモンはミコトがおむかえの友達だと知ってショックな顔をしている。

 

「なんでおまえがいるんだよ」

 

「わたしがおむかえだからだ」

 

「おまえかよ!」

 

「おむかえ?」

 

「おむかえだ。かえるぞ、コロモン。ここはわたしたちのいるべきせかいではない」

 

「やだ!ぼくはここにいる!」

 

「やめておけ。わたしたちがであうのはまだはやい、はやすぎる」

 

「なんで?」

 

「わたしたちはまだであってはいけない」

 

「いやだっ!」

 

コロモンは叫んだ。

 

「わがままをいうな。こればかりはどうにもならん。そもそも、おまえがここにいることじたいがじこじゃないか」

 

「やーだーっ!」

 

コロモンが叫ぶ。泣きわめく。もっと一緒に居るんだ、と叫ぶ。太一も光もさすがにいきなりのお別れはいやだとチッチモンにいうが、堅物はガンと譲らない。さすがにこの展開は予測してなくて、1日くらい待ってもいいだろ、とミコトは提案してみる。チッチモンとミコトが仲いいと知った太一たちは交渉をお願いしてくる。チッチモンはパートナーが自分とは違う意見を尊重することは許されないとなおさらかたくなになる。ああもうなんだ、これ!?ミコトは混乱した。これが好感度をまんべんなく上げた弊害ってやつ!?ミコトはなんとか取り持とうとするが、真っ向から対立するみんなをまとめ切れるほど、まだミコトは力がなかった。先にキレたのはチッチモンだった。はやくかえるぞ、とチッチモンからペンモンに進化して、コロモンを取り上げてしまう。やだーと叫んだコロモンの体が光った。パートナーとなるべき人間との邂逅と突然の離別宣言、デジモンは感情の高ぶりでデジコアが消費され進化がうながされる。どごーんと爆発する書斎。ミコトの目の前で、大きな大きなアグモンは、太一たちを連れて行ってしまった。

 

「あーもー、なんでこうなるんだよ!」

 

うまくいけば光が丘テロ事件そのものが無かったことになり、別のイベントが始まるかもしれない、と期待していただけに、失敗した悔しさはひとしおだった。

 

「っつーかなんでお前なんだよ!パロットモンはどうした!」

 

「なんの話だ。お迎えは私だといっているだろう!いくぞ、ミコト」

 

「いくってどうやって?ここ最上階なんですけど?」

 

「そのデジバイスはなんのためにある。私を進化させるためだろう。いくぞ、乗れ!」

 

デジヴァイスが起動する。ペンモンは鮮やかな光に包まれた。

 

 

ディアトリモン

成熟期

古代鳥型

ワクチン種

強力な脚力を持つ生きた化石と呼ばれる古代鳥型デジモン。翼は飛ぶのに十分な面積を持たないが、そのかわりに強靭な筋力を持った脚を備えており、時速200kmを超える速度で疾走することが可能である。また、非常に凶暴な性格であり、動くものはすべて敵とみなし襲い掛かる習性がある。また、全身を覆う羽毛は金属を含有しており、よほどの攻撃でなければディアトリモンにダメージを与えることは困難であろう。必殺技は怒涛の体当たりメガダッシュインパクト、広範囲にダメージを及ぼす巨大な咆哮デストラクションロアー。

 

「コカトリモンみたいなもんか」

 

「不快だ、訂正させてもらう。私の方が原種だ」

 

「あーそうかい!」

 

ミコトはディアトリモンにのり、八神家のベランダから豪快に飛び降りた。

 

あとをたどるのは簡単だった。大きくえぐられた道路。焼け焦げた自販機。踏みつぶされた公衆電話。大きな足跡が残されている自動車。横転事故で大惨事になっている夜のシャッター街。おそらく太一たちをひきそうになったから、かっとなって攻撃されたトラック。みつけた、とミコトが叫ぶ。おうちにかえろう、と泣く光と、どうしちゃったんだよって困っている太一。おそらく進化したことで成長期まであった自我が塗り潰され、野生のアグモンになってしまったから、会話が不能になったんだろう。

 

「太一、光!」

 

大きな声で呼ぶと、アグモンが攻撃してきた。どうやら二人と引き離されることは本能のどこかで覚えているようだ。だめ!という光の声が響く。思わずミコトは目を閉じた。ディアトリモンは高く跳躍して回避する。そして立体歩道を駆け抜け、上から攻撃を仕掛けた。アグモンの攻撃はディアトリモンの頑丈な羽毛にかき消される。光と太一、ミコトは向かい合う形で最前線で目撃してしまった。なんだこれ、どうすれば。ミコトは頭を抱えた。アグモンは完全にミコトを敵認定している。やめてって光や太一がいうほど、アグモンは混乱する。わるいことしようとしたのはあいつら。なんでかばう?太一たち説明するが、アグモンは知識が足りない、いうことをきかない、ひとりぼっちの時間が長すぎてなにもかもが足りない。疑心暗鬼の赤に瞳が切り替わり、どこかにいこうと二人を乗せたまま、光が丘から出ようと大通りを走り始めた。さすがにこれはまずい。ミコトは叫んだ。

 

「どうにかなんないのかよ、ディアトリモン!」

 

「……っ」

 

「もとはといえばお前が聞く耳持たないから悪いんだろ!?」

 

「なぜ私ではなく太一たちを優先させるのだ、ミコト。私よりあいつらの方が大事ということか!?」

 

「だーかーら、そういう問題じゃないだろっ!お前、ほんとに俺のパートナーかよ!頭硬すぎるっての!大事なのは当たり前だろ。でも、いつだって味方でいるのは違うって!俺が知ってるパートナーは、相方が間違ってたら止めるし、怒るし、説得する!それがパートナーだろ、違うのかよ!」

 

ディアトリモンと間違えて飛行機を攻撃しようとしたアグモンの火炎弾が弧を描く。届かず近くの建物に被弾する光景を目撃したミコトは思わず叫んだ。。ディアトリモンが攻撃する。その衝撃で光が投げ出されてしまい、太一があわてて光をだけ止める。近くの茂みにダイブした太一たちは、アグモンを見上げた。怒りが更なる進化を覚醒させる。アグモンはみるみるうちに姿が変わり進化する。そこにいたのはグレイモン。ただしあらゆる最悪の条件が生んだ作用により、はるかに強い個体である。怒りの進化のため攻撃力特化。先程よりも凄まじい威力の火炎砲弾が飛んでくる。世代的に互角、しかも相手は怒りの感情で攻撃に補正がかかっている。ディアトリモンの翼に焼け焦げたあとが残った。

 

「ディアトリモン!?大丈夫か?」

 

「ぬう不覚を取った。まさかここまで進化するとは」

 

「なにいってんだよ、お前!」

 

「仕方あるまい、ミコト、お前の力をしばし借りるぞ。日の出が近い。それまでに決着を付けなくては!」

 

ディアトリモンの言葉に呼応するように、ディヴァイスが激しくひかりとねつを発し始めた。感情値と友情値が突破するのが見えた。浮かび上がるのは、ミコトの精神をホログラムにかけた時浮かび上がる不思議な文様。やがて紋章と呼ばれることになるそれは、解析されるディアトリモンを通じて実用化される。その解析個体がその紋章の重要性を知っていれば、たとえ不完全でも、運用は可能ということだ。ディアトリモンが光に包まれる。ミコトは、光に塗り潰された。

 

 

 

チィリンモン

完全体

聖獣型

ワクチン種

デジタルワールド創生の頃に誕生したと古代デジモンであると言われており、完全体にして究極体と互角の強さを誇ると伝承されている聖獣型デジモン。強大な力を持つデジモンではあるが、争いを極端に嫌い、殺生は決して行わないと伝えられている。デジタルワールドに生きるすべてのものを慈しむ慈悲深い性格をしているが、それ故に無益な殺生を行なう存在に対しては、手加減なしの制裁を加えることもあるという。必殺技は上空から一気に急降下し、脳天の角で相手を貫く疾風天翔の剣と素早い動きで分身を繰り出し、相手をかく乱する迅速の心得。またチィリンモンがオーラを放ち、ひとたび翼をはばたくとき、敵をも聖なる道に導く改心のはどうが放たれる。

 

すべてが光に満たされた時、すべては終わっていた。

 

 

 

1999年8月1日8:30

ぴんぽんとチャイムが鳴り、太一はリュックを背負って外に出た。

 

「あ」

 

そこには知らない少年がいる。キャンプの参加者だろうけど、知らない奴だ。

 

「え?なんだよ」

 

「えーっと、ひさしぶり?」

 

「え、どこかであったっけ?」

 

「これにうつってるの、おまえだろ?」

 

差し出される幼いころの写真。今、冒険がはじまる。



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タケルの双子の妹に転生

「よぉ、ヤマト」

 

「はあーい、石田くん。おはよう」

 

「おう、おはよう、みんな」

 

 

ヤマトを見つけるなり、親密そうに話しかけてくるクラスメイトたちに、ヤマトは笑って答えている。ヤマトのそばにいるノースリーブのTシャツと同じ色をした、緑色の帽子と長袖シャツをきている小さな男の子が立っている。ヤマトに声をかける者はいても、男の子に声をかける者は誰もいないし、男の子もまた自分から誰かに手を振ることはない。ただ黙って、にこにこしながら、ヤマトにべったりくっついている。あたりまえだ。この男の子は、このバスに乗っている誰とも面識がなかったのだ、ヤマトともうひとりの女の子を除いて男の子の名前は高石タケル、4年前、両親が離婚した関係で離れ離れで暮らしている、ヤマトの弟である。世田谷区の三軒茶屋に住んでいる河内小学校2年生の男の子は、シーリアお台場にすむ子供達向けに主催された子供会のイベントに、特別参加することになったのだ。タケルはお兄ちゃんさえいればいいや、って思っているので、全然心配していない。でも、ヤマトはタケルがほかのみんなとうまくやっていけるか、気が気ではなかった。連れてこない方が良かったかな、とさえ思う過保護ぶりである。でも、そういうわけにはいかなかった。タケルがこのサマーキャンプに参加することになったのは、もうひとりの大切な妹たっての希望だったからだ。

 

 

ほんとならヤマトはタケルを参加させる気はなかった。毎年参加してるサマーキャンプに、タケルを参加させるのは実は今年が初めてなのだ。これが去年ならまだわかる。双子の妹弟が小学校に上がったのは去年だからだ。でも妹は普通にスルーした。でも、当たり前のように、タケルはいつこっちにくるかと聞いてきた。その心境の変化がいまいちヤマトにはわからなかった。まあ、昔から突拍子もない行動に出るのはよくあることだったので、今更気にはしないけど。

 

 

母方のフランス人の祖父から隔世遺伝した、眩しいほどの金髪がゆれている。日本人離れした顔立ち、そして目鼻立ちと色をしている、まだあどけない女の子がぴょんぴょん飛び跳ねている。くつをぬいで、バスのふかふかな椅子に立ち上がり、おーい、こっちだよーって手を振る元気な女の子を見つけたタケルが、ぱっと表情を輝かせる。やっぱり知っている顔があると違うのだろう。

 

 

「おっはよー、タケ兄ちゃん!」

 

「ミコトちゃん!」

 

「ヤマ兄ちゃん、こっちだよ、こっち!ここの椅子、2つもあいてるよー!」

 

「ああ、わかった。今行く」

 

 

はやく、はやくって笑うミコトと呼ばれた女の子は、ヤマトの大切な妹であり、高石タケルの双子の妹である。

 

 

 

 

7月の第1週、夏休みが始まる前のことだ。離婚調停の際、父親と母親のあいだで取り交わされた約束で、年に数回と決められているお泊まりの日で、タケルはヤマトとミコトの家に泊まりに来た。その時、タケルは7月と8月が一緒に表示されているカレンダーの赤い丸がいつもより多いことに気がついた。いつもなら8月3日のタケルとミコトの誕生日だけに丸が付けられ、ハッピーバースデー!!!って書かれているはずだ。それなのに、8月1日、2日、3日、に丸がされていて、8月3日は二重丸になっていた。

 

 

「これなーに?ミコトちゃん」

 

「えっとねー、子供会でねー、キャンプするんだよ」

 

「えっ、ほんと!?」

 

「うん、ほんとー。お兄ちゃんとー、お友達とー、一緒にいくんだよ」

 

「どんなことするの!?」

 

「テントはったりー、お料理つくったりー、いっぱい遊んだりするんだよ」

 

「いいなあ、いいなあ、僕も行きたい!ねえねえ、お父さん!僕もキャンプ行きたい!ねえ、だめ?」

 

 

あー、ってちょっと困った顔であさっての方向をみた父親を目撃したのは、ヤマトだけに違いない。別れた妻に連絡して、許可をとり、引率をする子供会役員の人たちに話をしなければならない面倒が増えたからだ。でも、あっさりその表情は崩れた。思いのほか嬉しそうだった。だから、今日の朝、ヤマトは母親のところまでタケルを迎えに行き、ミコトはずっとバスの中で場所取りをして待っていたのである。ヤマトの手を離れて、一目散にミコトのところにやってきたタケルは、ミコトが場所取りしてくれていた窓側のせきにすわる。ミコトの右となりの席を陣取って、お兄ちゃん早く早くって手招きしている。ヤマトは優しげな笑みを浮かべて、ミコトのとなりの補助席に座った。内緒話をするみたいに、ミコトが小声でいう。

 

 

「ヤマ兄ちゃん、お母さん、なんて?なんかいってた?」

 

「え?ああ、『遠慮しないでいつでも遊びに来ていいのよ』っていってたぞ」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

 

聞いてきたわりに、タケルとおんなじ小学校2年生であるはずの女の子は、びっくりするくらい、お母さんに興味がなさそうだ。今にはじまったことではない。ヤマトとおんなじスタンスだから、これが本心じゃないこともわかっている。タケルは、パパ、ママ、っていうのに、ミコトがお父さん、お母さん、っていうのは、きっとヤマトを見習っているからなのだろう。ぎこちない誘いに、つれない返事。どこかはかなげな母親の笑顔、はなからヤマトとミコトが遊びに来てくれるとは思っていない、という考えが透けて見えた。遊びに行くのは父親を裏切ることだ、と生真面目に考えているヤマトをミコトはよく見ているのだ。それが申し訳なくもあり、嬉しくもあった。

 

 

「ああ、あと、『あんまりお兄ちゃんとミコトに迷惑かけないのよ』って言ってたな」

 

 

あは、ってミコトは笑った。母親の発言に他意はない。

 

 

「それ、ほんとにいったの?お母さん。へんなのー」

 

「ほんとだよ。かけたっていいじゃないか、俺たち、家族なんだから」

 

「だよねえ」

 

 

ぼそってつぶやいたヤマトに、ミコトは笑った。

 

 

父親と母親が離婚したとき、ヤマトは小学校1年生、タケルとミコトは4歳だった。離婚調停の取り決めでは、ヤマトの親権は父親、双子の親権は母親になった。しかし、毎晩のように繰り返される両親の喧嘩がトラウマになり、平和主義で争いごとを避けるいい子に育ったタケルと違い、ミコトは自分の意見を通すためなら全力でぶつかる女の子に育った。喧嘩の理由はいつだって教えてくれない。でも、毎日のように母親と喧嘩を繰り返し、こっそりくすねたお年玉を握りしめて、父親の家に転がり込む家出少女に、母親はすっかり手を焼いていた。結局、ミコトと母親の仲の悪さは致命的になり、お台場小学校に入学する、という名目でミコトはヤマトの家に住んでいるのだ。今はすっかりなりを潜めているが、一緒の小学校に行けなくなった、しかもお兄ちゃんと一緒の小学校にいってる、という双子の妹の裏切り。それを知らされたタケルの大泣きをきっかけにした大喧嘩でも、ミコトはその理由を教えてくれなかった。秘密主義な女の子に、むー、とタケルはご機嫌斜めである。

 

 

「お兄ちゃんとミコトちゃん、なに話してるの?仲間はずれにしないでよ」

 

「ああ、わるい、わるい。お母さんがなんて言ってたのか、教えてたんだよ。ほら、ミコト、こなかっただろ?」

 

「あ、そっか。ミコトちゃんも来ればよかったのにー。ママ、残念そうだったよ?」

 

「そっかなあ?」

 

「そうだよー。ママ、いつも言ってるよ?ミコトちゃんがいなくて寂しいって。元気かなーって。心配だって」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

「今度、僕たち、誕生日でしょ?ママがね、どこかに遊びに行こうっていってたよ。だからね、ミコトちゃんもおいでよ」

 

「うーん、どうしよっかなあ。かんがえちゅー。サマーキャンプが終わったら考えるー」

 

 

つれない返事の割に、まんざらでもなさそうなミコトをみて、素直じゃないな、とヤマトは思う。ヤマ兄ちゃんに言われたくないよー、と言われそうなのでいわないが、素直じゃないのはお互い様だ。一番似ちゃいけないところが似てしまったツンデレな女の子。いまいちミコトの気持ちがわからないタケルは、うん、いいよ、って言ってもらえなかったことがショックなようだ。絶対、絶対きてよ、僕ミコトちゃんとママがずっと喧嘩してるのやだよおって今にも泣きそうな顔をした。ミコトはちょっと困った顔をして頬をかく。泣かないでよー、タケ兄ちゃん、ってミコトはあたまをなでる。

 

 

「喧嘩してないよー」

 

「うそだー、じゃあなんでミコトちゃんお兄ちゃんのところにいるの?」

 

「そういう約束なのー。お母さんと、私の約束」

 

「やくそく?」

 

「うん、そう、約束」

 

「なんの約束なの?」

 

「えっとねー、お母さんがしてる内緒を教えてくれたら、おうちにかえるーって約束」

 

 

初耳である。どう言う意味だ、って顔をするヤマトに、お母さんとの約束だからないしょー、ってミコトは笑う。タケルは心当たりがあるらしく、驚いた顔をしている。しってるのか、タケル、ってヤマトが聞くと、タケルはこくんとうなずいて教えてくれた。

 

 

「ママね、ずっと前からお仕事じゃないのに、パソコン使ってるんだよ、お兄ちゃん。ときどき、どこかにお出かけしても教えてくれないときもあるよ」

 

「そうなのか」

 

「うん」

 

 

ヤマトたちの母親は、フランス人の父親と日本人の母親をもつ作家である。フランス文学の翻訳とノンフィクションをすることもあるが、主な仕事は科学と物理の雑誌で記事を書くこと。フリーのライターである。ときどき、アナウンサーに解説や意見を求められる立場として、メディアに登場することもある。そんな母親の内緒にしてること。もしかして、好きな男の人ができたとか?ドキドキしながら聞いてくるタケルに、ちがうよおってミコトは首を振りながら笑った。どうやらミコトは、母親の秘密を知っているらしい。その秘密を教えてくれたら、おうちにかえるよ、ってミコトは続けた。

 

 

「わたしね、見ちゃったんだ。なにしてるの?って聞いたら、すっごく怒られちゃった。おかしいよね。あの日から、パソコン使っちゃダメって言われたの」

 

 

ミコトは真顔で言った。タケルとヤマトは顔を見合わせた。ミコトは小学校2年生の女の子だが、パソコンがすっごく得意な女の子だとヤマトはしっている。タイピングの宿題が出ていたからやっていたら、私もやりたーいっていってきた。なんとなく貸したら、あっという間にできてしまったのだ。ブラインドタッチをやってのける女の子は初めて見たヤマトである。ミコト曰く、面白そうだからやってたら、お母さんが上手だからやりなさい、っていろんなパソコンのソフトを貸してくれたので、やったことがあるという。そのほとんどがスキルアップを目指す社員向けのパソコンソフトだとはヤマトはしらない。でも、その日から一切パソコンをすることを禁じられてしまったというのだ。コンピュータウィルスに感染させたわけでもない、壊しちゃったわけでもない、お母さんの仕事を邪魔しちゃったわけでもない。それなのに、一方的に触るなって怒られたというのだ。ちょっとおかしい、そんな気がした。

 

 

「なにをみたのか、教えてくれないか?」

 

「だめー、お母さんとの約束だもん。お兄ちゃん達にお話しする時が来たら、パソコンしてもいいよって約束なの」

 

 

ヤマトはそうかというしかなかった。

 

 

「それっていつなの?それまでミコトちゃんは帰ってこないの?」

 

「うーん、たぶん、すぐくるよ?」

 

「え?いつ?」

 

「サマーキャンプから帰ったら!」

 

 

その言葉の意味を悟るのは、4年ぶりに光が丘にやってくるまでお預けである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボクたちは待っていた、長い時を。パートナーとめぐり会う、ただそれだけのために。かつては地表を覆っていた氷河も今はすっかり溶け、裸の大地にぽつりぽつりと樹木の芽が吹き出て、だんだん生い茂っていくのを、遠い過去の記憶として覚えている。ずーっと幼年期で過ごしてきたボクたちは、誰から教わらなくても、知っていた。パートナーが空から降ってくることを。名前だけ知っているパートナーを待ちわびて、確信めいた予感だけを頼りに、来る日も来る日も、天を仰いだ。ある日、「タケル」を待っているトコモンが上空にオーロラを見つけた。

 

 

「みんなー、見てー!」

 

 

ボクたちは全員で空を見上げた。運命の時がやってきたことを悟ったから、ぐっと固唾をのんで見守った。感極まって涙しているのは、ボクだけじゃなかった。空が一面かがやいて、遠い悲鳴が流れ星のように流れていく。ボクはうれしくなって、待ち焦がれたパートナーの名前を連呼しながら、その場ではねた。パートナーが落ちてくるところを目算して、一目散に向かった。

 

 

どーんと鈍い音がして、その子は地面に投げ出された。

 

 

「あいたっ」

 

 

思わず頭を押さえて体を起こした。言葉がついて出る。でもあんまり痛くないらしく、あり?って不思議そうに空を見上げる。うそぉ、わたし生きてるの?ってびっくりして、目をぱちぱちさせながら、首をかしげた。成層圏から落下してきたのに、なんてムズカシイ言葉を使う子だなあって思った。

 

 

「ここどこー、おーい、ヤマにいちゃーん!タケにいちゃーん!どこー!」

 

 

きょろきょろしながら、立ち上がったその子は、服についた葉っぱや埃をはらった。おーいって言葉はトロピカルジャングルにとけていく。泣いたり、驚いたりしないで、あっけらかんとしている子だ。度胸が据わっている子だなって思う。怖がられたらどうしよう、なんて様子をうかがっていたけど、いらぬ心配だったかもしれない。ボクは茂みから顔を出す。

 

 

「うーん、どうしよー。タケ兄ちゃんはたぶん遊んでるしー、やっぱヤマ兄ちゃんかな。よーし、はやいとこヤマ兄ちゃん探そう、そうしよう」

 

 

その子は、うん、ってうなずいた。そして、こっちを振り返る。

 

 

「だからねー、教えてくれないかな?お迎えにきてくれた、デジモンさん」

 

 

ボクは、うれしくなった。ボクがこの子をしっているように、この子はボクのことを知っている!この出会いが運命だって、初めから、ぜんぶ、知っている!だからボクは勢いよく飛び出した。

 

 

「ねえねえ、おねえちゃん、だれなの?」

 

「私はミコトだよー」

 

「そうなんだ。ボク、トコモン。今後ともヨロシクね」

 

「うん、よろしくー。ねえねえ、トコモン、タケ兄ちゃんはどこにいるの?」

 

「えーっ、なんでボクに聞くの?知らないよー」

 

「えええっ!?なんで知らないの!?トコモンはタケ兄ちゃんのパートナーでしょ?私より先にタケ兄ちゃん探さないとダメじゃない!」

 

「えええっ、ちょっとまって、まって、なんでさあ!なんでボクがミコトじゃなくてタケルを捜さないといけないのさあ!それはトコモンの仕事だよ!」

 

「え、あ、あれ?キミ、タケ兄ちゃんのトコモンじゃないの?」

 

「ちっがーうっ!キミ、なんなのさ!ずーっとずっと待ってたボクをブジョクしてるの?失礼しちゃうなあ、もう!ボクはおねえちゃんのパートナーだよ!」

 

「え、うそ。だってトコモンはタケ兄ちゃんのデジモンでしょ?」

 

「そうだけど、おねえちゃんのパートナーもトコモンなの!トコモンのボクなの!おねえちゃんとタケルは双子でしょ!だからボクたちも双子なの!なんでデジモンやタケルのパートナーがトコモンだって知ってるのに、このボクのことを知らないのさあ!信じられない!」

 

「え、いや、だって、ねえ、えー・・・・・・」

 

「なにその微妙な反応!キミ、なんなのさ、むっきっきー!」

 

「(ここは普通カプリモン一択でしょ!?なんでトコモンなのよ、タケ兄ちゃんとかぶってるし!双子ってなによ、双子って!それはテリアモンたちの特権でしょ!むかしっからパートナーを子供の好みに合わせないセンスはどうかと思ってたけど、こんな昔からなのね、ホメオスタシス!)」

 

「なんでそんながっかりした顔で見るのさー、怒るよ?謝るなら今のうちだからね!」

 

 

むうう、と白いおもちのように膨らんだボクを抱き上げて、ミコトはごめんねって謝ってくれたけど、棒読みなのが気に入らない。ふにふに触りながら、抱きしめてきた。

 

 

「だって私にパートナーがいるとは思わなかったんだもん。だいたいデジタルワールドに来るのだって想定外だったのに」

 

「リュックにデジヴァイスぶら下げてよく言うよ」

 

「え、あ、ホントだ!?いつの間に!」

 

「うっげー、ホントに今気付いたの?ボク、おねえちゃんに届くように、思いっきりデジヴァイス投げたのに。ちゃんと受け取ってくれなかったってことだよね?ダメダメじゃん。ほんとにボクのパートナーなの?しっかりしてよ、おねえちゃん」

 

 

すねてしまったボクはご機嫌斜めだ。むっきっきー、と怒ったボクは、ぷいとそっぽ向いた。機嫌なおしてよー、といいながらミコトはふにふにしてくる。よっぽどボクのほっぺたが気に入ったみたいで、なれなれしいやつだなあ、怒るぞ!ってぐあーっと牙をむいてもやめようとしない。ボクの大きな口にかまれないように、絶妙な腕回しでボクを腕の中にすっぽり納めてしまった。マシュマロとかクッションみたいって笑いながら、ミコトはボクのささやかな反抗をうけながしてしまった。ちえ、面白くないの。なんか世話焼きに慣れているデジモンみたいだ。エレキモンみたいな感じがする。ボク、アイツ嫌い。ボクだけを見てくれないから。いやなことまで思い出してしまったボクは、ますます不機嫌になる。ボクがパートナーなのが微妙だ、って言葉を撤回してくれないあたり、ますます気に入らない。ボクのなにが不満なんだよう。いくら聞いてもミコトは教えてくれない。ミコトはトロピカルジャングルをビックリするほどの正確さで進みながら、それには一切答えずに、会話を振ってくる。

 

 

「トコモンって、キミ以外にもたくさんいるの?」

 

「いるけどさー、こたえてよ、ミコト。なんでそんな顔したの?」

 

「怒んない?」

 

「言ってくれるのがさきー」

 

「じゃーいうね、怒るのなしだよ。私ね、ごつくておっきい機械が好きなの」

 

「うわあああん、ミコトのばかあーっ!このウワキモノーっ!このボクのこと忘れたなんていわせないぞー!ミコトがマシーン型デジモンが好きだって、サイボーグ型デジモンが好きだって、ミコトのパートナーはボクだけだい!」

 

 

きゃんきゃんわめくボクに、だからいったのにー、とミコトはぼやいた。ぐすん、と泣きわめいてすっきりしたボクは、話を再開した。

 

 

「だいたいさ、ボクたちみたいに、ひとつのデジタマから2匹のデジモンが生まれるのはとっても珍しいんだ。ホントはひとつのデジモンだったのに、ふたつになっちゃったんだ。タケルとミコトもそうでしょ?だからボクはミコトのパートナーであるべきなんだよ」

 

「そっかあ、だからトコモンは「わたし」じゃなくて「ボク」なんだね」

 

「うん、そうだよー。そういえば、ミコトって「わたし」だよね。どうしてミコトは「わたし」なの?」

 

「ホントは「ボク」になるはずだったんだけどねー、気が付いたら「わたし」になっちゃったの」

 

「ふうん、そうなんだ。ミコトが「わたし」なら、ボクも「わたし」にした方がいい?」

 

「ううん、いいよ。だってトコモンいったじゃない。「ボク」は「ボク」だって。ずっと前からトコモンは「ボク」なんでしょ?私は「ボク」になれなかったからね、トコモンくらいは「ボク」でいてよ」

 

「ミコトがいうならそうするー」

 

「うん、そうして」

 

 

ふにふにしながら、ミコトは笑った。またそうやって話題を絶妙なタイミングでずらす。じと眼のボクに、なんのことやら、とミコトは目を逸らした。

 

 

「ねえ、ツノモンがどこにいるかしらない?」

 

「うん、知ってるー。でもいかない」

 

「え、なんで」

 

「ミコトの一番がボクじゃないから、いかない」

 

「そんなこと言わずにつれてってよ、トコモン」

 

「やだー」

 

「そんな子供みたいなこといわないでよ」

 

「子供だってバカにされたら怒るもんさ、ぷい」

 

「あーもー、だってしょうがないじゃない。そんなに悔しかったら、機械型デジモンに進化してみなさいよ」

 

「無理だよ!」

 

「なんでわかるの?」

 

「なんとなく!」

 

 

ボクたちは延々言い合いを続けていた。

 

 

「ミコト!」

 

「ヤマ兄ちゃん!」

 

 

林の中に進んでいく途中で、ミコトはヤマトとばったり再会した。ぽーいっとボクを放り出して、ミコトは一目散にヤマトのところに走っていってしまった。なんだい、なんだい、このあつかい!ボクパートナーなのに!と怒っていると、ツノモンが大丈夫?って寄ってきた。ボクはツノモンに泣きついた。ヤマトがミコトの顔に涙の痕跡を捜す前に、がばっとその腕の中に飛び込んでぎうと抱きついてしまう。お、おい、と思わず驚いたヤマトだったが、何にも言わないまま腕を回してくる妹を察したのか、そのまま頭を撫でた。あれは絶対メンドクサイやつに絡まれたところを助けてくれてありがとう的なニュアンスが込められていると思うとイライラする。なんだよ、ボクは当然のことお願いしているだけじゃないか。失礼なのはミコトだろ!ボクはツノモンを見る。

 

 

「ヤマトが僕のこと嫌いじゃなくてよかったあ」

 

「ミコトはボクのこと嫌いじゃないもん。一番じゃないだけだもん。イジワルなんだ。ボクをイジメるやつ、許せないよね。とっちめてよ、ツノモン」

 

「えっ、やだよ」

 

「なんだよー、パグモンたちに苛められてたの助けてあげたのにさ」

 

「それはそれだよ、関係ないだろ。でもさ、ミコト、見つかってよかった。ヤマト、ずっと探してたんだよ」

 

「ミコトもヤマト探してたよ」

 

「さびしかったんだね」

 

「どうだろ」

 

「え?」

 

 

ボクと話しているときは、全然そんなそぶり見せてなかったんだけどなあ、と思ったけど、いわないことにした。よしよしされているミコトは、まるで小さな女の子だった。にあわないなーって思いながら眺めていた。ごしごし何度も目をこすったせいで、乾いた瞳は赤みを帯びる。まるで泣いた跡みたいだった。ミコトの様子を見て、タケルが心配になったらしいヤマトは、ミコトの手をつないだままタケルを捜すことにしたらしい。そんなに時間、かからないと思うけどな。

 

 

「あ、お兄ちゃん!それにミコトちゃんも!」

 

 

ほら。

 

 

タケルはうれしそうにヤマトとミコトのところに走ってきた。ボクはタケルの顔に涙の痕跡は見つけられなかった。ミコトの言うとおり、抱っこしているトコモンと遊んでいたのだ。タケルはヤマトとミコトの視線がトコモンにあることに気がついて、トコモンを二人の前に突き出した。そういう意味の視線じゃないと思うんだけどなあ。

 

 

「あ、紹介するね。トコモン」

 

「こんにちはー、ヤマトー、ミコトー」

 

「トコモンねー、僕たちを待ってたんだってー。ずーっとずーっと。ね?」

 

「うん!」

 

 

ミコトはヤマトの手をつないだまま、様子を窺っている。ヤマトは複雑そうな表情を浮かべている。きっとタケルの環境適応能力に驚いているのだろう。ミコトたちのすんでいる現実世界には存在しないデジモンっていう生き物を何の抵抗もなく受け入れているのだから。ミコトもそうだけど、ヤマトの前では見せてない賢さがある。それにミコトは【初めからデジモンを知っている】から受け入れているだけだ。タケルはホントに幼い子供なのだなってボクは思った。まるでボクと双子のトコモンみたいな関係だ。4000年も幼年期やっているのに、失われることのない幼すぎる無邪気さ、純真無垢な精神は毒されないままここにいる。うらやましい、って気持ちはボクもミコトもおなじなのだ。ボクがみんなから仲間はずれにされないように、トコモンのまねっこしていたように、ミコトもタケルのまねっこをしている。ヤマトがおにいちゃんをがんばれるように、ミコトちゃんをやっている。ヤマトもそれを気付いているようで、心配そうに見上げてくる瞳に、優しげな笑みを浮かべて握る手に力を込めていた。

 

 

「あ、ミコトちゃん、お兄ちゃんと手を繋いでる!いいなー、僕も僕も!」

 

 

タケルはミコトの手を取った。

 

 

「トコモンの仲間が他にもいるんだって!」

 

「ほんとか、タケル」

 

「うん!コロモンと、タネモンと、プカモンと、ピョコモンと、ツノモンと、えーっとトコモ、あれ?」

 

「ツノモンは僕だよ」

 

「トコモンはボクだよ、タケル。ボクはミコトのトコモンね」

 

「あ、そうなの?よろしくね。僕、高石タケル!」

 

 

お行儀よく、ちょこんとお辞儀をしたタケルは、ミコトの手を引いた。

 

 

「ミコトちゃんのパートナーもトコモンなんだね!僕たち、双子だからかな?ここまでおそろいなんだね!」

 

「そうだねー、わたしもびっくりだよ。トコモンね、私たちと一緒で、ひとつのタマゴから生まれてきたんだってー」

 

「そうなの!?トコモンたちも双子なんだ。すごいや!じゃあ、みんなのところにいこうよ!」

 

 

ミコトはボクを抱き上げた。

 

 

 

 

 

ぶうううううん、というけたたましい音がした。轟音と突風が、地面の落ち葉を吹きあげながら近づいてくる。生い茂る樹木が邪魔で良く見えないが、確実に近付いてくる。それを察知したボクは、危険を察知して、本能的にぶわっと体中の産毛が逆立った。どうしたの?と聞いてくるミコトに、ボクは言った。

 

 

「クワガーモンだ!みんな、ふせて!」

 

 

ヤマトがタケルたちを庇ったから、ボクも茂みにダイブした。

 

 

次の瞬間、たくさんの木々が丸太になって転がり、たくさんの葉っぱが散らばった。いっきに視界が開ける。間一髪で隠れられた茂みから様子をうかがうと、どぎつい真っ赤な体をした、とてつもなく大きなクワガタのデジモンが飛び去って行った。耳をつんざく轟音と突風は通り過ぎていく。びっくりしたあ、ってボクを抱っこして起き上ったミコトは、ありがとヤマ兄ちゃん、って言いながらあたりを見る。ヤマトは危険が通り過ぎたことを確認して、息を吐く。なにあれ、怪獣?!って目を白黒させているタケルに、トコモンが説明した。ツノモンが補足する。

 

 

「ちがうよ、タケル。あれはね、クワガーモン。とっても怖いやつなんだよ」

 

「ここらへんは、クワガーモンの住処なんだ。はやくここから出た方がいいよ」

 

「まあ、待てよ。オレたちだけでここを出る訳にもいかないだろ。はやく太一たちと合流しないと」

 

 

どうしようか、とヤマトが考え始めた時、女の子の絹を裂くような悲鳴が聞こえた。オーロラのお姉ちゃん!とミコトが反応する。ここにくる直前にみえたオーロラをみてはしゃいでいた女の子がいたことを覚えていたらしい。そういえば、とタケルとヤマトは思い出し、急いでボクたちはそちらに向かった。海の方角から聞こえてくる悲鳴を頼りに、ボクたちは進んだ。その先にはゴーグルつけた男の子、ヘルメットみたいな帽子をかぶった女の子が走っていくのが見えた。それをパソコンを付けたリュック背負っている男の子がいて、眼鏡の男の子が追いかけていく。どうやらみんな自然と集まったみたいだ。

 

 

悲鳴を上げている女の子は、さっきのクワガーモンに追いかけられていた。真っ赤なハサミが樹木をなぎ倒していく。そして、がきんがきんとかみ合わせを確かめるように上下する。次に大きくハサミが開いた時、ヘルメットの女の子がオーロラの子を横から掻っ攫った。危機一髪だった。すこしでも遅れていたら頭と胴体がお別れしていたことだろう。ハンマーとハンマーをぶつけたような音が響く。目標を見失ったクワガーモンはふたたび飛び去って行った。女の子二人は泥だらけだ。泣き出した子を庇った子が優しくなでて落ち着かせている。ほっとした様子でみんな集まっていくが、後方からみんなを追いかけていたボクたちは見えていた。さっきのクワガーモンが大きく旋回していたのを。

 

 

「また来るぞ!」

 

 

ヤマトの叫びに、みんなぎょっとして振り返る。さっきの攻撃で樹木はなぎ倒され、遮るものが何もない。隠れるところがないのだ。どうすればいいのか、先に集まっている子たちはパニックになっている。やられてたまるか、という表情。そのためにはどうしたらいいか分からない悔しさ。武器がないと指摘するしぐさ。おびえている女の子。ミコトとタケルがいるヤマトは、抵抗なんて却下である。消極策一択だ。

 

 

「逃げよう!」

 

 

ヤマトの提案に、ゴーグルの少年が頷いて、駆け出した。クワガーモンとの追いかけっこが始まった。地に伏せたり、茂みに隠れたりして、辛うじて難を逃れても、すぐ見つかって襲われた。とうとうボクたちは追い詰められ、崖にまで追い詰められてしまった。

 

 

みんなが隠れた岩がハサミに粉砕される。

 

 

「降りられないの?」

 

 

誰かがいうが、トロピカルジャングルの下は、さらに深い森がひろがるマングローブ域が広がっている。その中を蛇行して流れる大河が望めるくらいには、絶望的な高さが広がっていた。

 

 

どおん、という音がひびいて、とうとう岩がなくなってしまった。

 

 

おいつめられたボクたちは、示し合せたかのように、元来た道を引き返す。

 

 

「どこいくの?」

 

「どこにもいかないよ。ミコトは、ボクが守る!」

 

 

整列したボクたちはクワガーモンを睨みつけた。襲ってくるなら受けて立つ。それは、本能だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はできれば目を背けたかった。しかし、心配でそれはできない。デジモンはひとつの世代ごとに、10体分の格差が存在すると言われている。成長期は幼年期の10体分、成熟期は成長期の10体分、なら成熟期は幼年期の何体分の強さになるのか。知っている分、いかに絶望的な戦いを挑んでいるのか、分かってしまう。かなうはずのない戦いに身を投じているデジモン達が無駄な努力をしていると客観的に分かってしまうのがつらかった。でもそれを覆してしまうから、選ばれし子供のパートナーであるデジモンは特別なのだ。それをあいまみえる機会に恵まれているのは、何とも不思議な感覚だった。

 

 

コロモン達は粘着質のあるシャボン玉のような泡を吐いた。強力な酸でできているそれは、成熟期に襲われた幼年期が目くらましに使う、必殺技だ。不意を突かれたクワガーモンはバランスを失い、そのハサミが地面にぐさりと突き刺さる。すかさず幼年期たちはたたみかけた。ここが普通のデジモンと違うところなのだと実感する。あの泡は逃げるための時間を稼ぐための攻撃であり、攻撃力なんて皆無なのだ。すぐに立ち直ったクワガーモンが、その巨大な手足と鋼のように硬い羽、尖ったハサミで弾き飛ばしてしまう。大きな大木に激しく叩きつけられた彼らは、うめき声をあげる暇もなく、すぐにクワガーモンにとびかかっていく。この闘争心を支えているのは、パートナーを守る、ただそれだけ。

 

 

私は、デジヴァイスを握り締めた。選ばれし子供というのなら、私がすべきことはただ一つだけだ。

 

 

「やめろ、よせ!」

 

「どうして?どうして、僕たちのために、そこまで!」

 

 

ちらり、とデジヴァイスをみる。私の感情の高ぶりに反応して、赤いパロメータがぐんぐん伸びているのがみえた。選ばれし子供たちのデジヴァイスは、パートナーとの親密度、パートナーと選ばれし子供の感情の高ぶりを数値化したものが設定されている。それが満たされた時のみ、進化が行われる仕組みになっているのだ。それなら、今ここですべきなのは、そんな言葉じゃない。トコモンが待っている言葉はそれじゃない。私は息を吸い込んだ。

 

 

パートナーのデジモン達は4000年近くのあいだ、選ばれし子供たちを待っていた。こんなことがしたい、あんなことがしたい、いろんなことを夢見てきた。その夢をかなえるためにも、戦わなければならない、と感じている。そして、戦わなければ、勝たなければ、なにひとつ叶わないまま死ぬことになる。自分の非力さはトコモンが一番知っているはずだ。なにせ4000年も幼年期で生きてきたのだから。圧倒的なパワーの差に、体力や攻撃力が、みなぎる気力に追いつかないでいる。なら、そのパワーを進化の力に変えてやればいい。それが選ばれし子供の仕事なのだから。トコモンが力が欲しい、と願ったら、そう願ったのなら、叶えてやるべきだ。強くなりたいなら、すべて私が叶えてあげる。だから、応えて見せて。私のパートナーだっていうのなら。

 

 

「トコモン、がんばってー!あんなやつにまけちゃだめーっ!!」

 

 

私のありったけの声が響き渡る。驚いたようにみんな振り返ったけど、感じるものはあったようで、みんなパートナーを応援し始めた。私の掌のデジヴァイスのバロメータが振り切れる音がした。空から光が降り注いだ。トコモン達があっという間に光の濁流にのまれて、きえてしまう。その輪郭が大きくなり、姿形が変わってしまった。

 

 

4000年たって、ようやく成長期に進化できたデジモン達は、一気にクワガーモンに襲い掛かる。頭に赤い花を乗せたデジモンの手が伸びて蔦となり、クワガーモンを拘束する。その瞬間、怒涛の攻撃が始まった。クリーム色をした爬虫類のデジモンが、火の球を吐いた。二本足で立つ狼に似たデジモンが、火の息を吐いた。ピンク色の鳥のデジモンが、不思議な色の炎の螺旋で応戦する。赤いテントウムシが、白い雷を振り下ろす。大きな耳を持つハムスターのようなデジモンが、空気砲を打ち込んだ。

 

 

面食らったクワガーモンは、バランスを崩し、崖に真っ逆さまに下って行った。

 

 

やったあ!とみんな、パートナーと抱き合って喜んでいる。ほっとして息を撫で下ろした私は、進化したであろうパートナーを探すが、見当たらない。がさがさがさ、という音がひびいて、みんなぎょっとして振り返った。

 

 

「ナイトメア・シンドローム!」

 

 

それは禍々しい悪夢の塊だった。無数の目がこちらをのぞいている。見てはいけない何かがあった。放出された黒煙がクワガーモンに襲い掛かる。クワガーモンの悲鳴が聞こえた。なにが起こっているのか、察した私は言及を避けた。

 

 

「だーかーらああ、ここはクワガーモンのコロニーだっていってるでしょ!はやく逃げようよ、おねえちゃんたち!」

 

 

金の装飾の施された銀色の兜から、くりくりとした大きな青い瞳がこちらを見ている。身体の上の部分は茶色だが、カエデのようなミミは先端が青色で、お腹のあたりも青い毛に覆われている哺乳類型のデジモンだ。左の前足にはホーリーリング。そして、後ろの両足はなく、煙のようにもくもくとしたもので覆われていて、宙に浮いていた。

 

 

その子に促される形で、私たちはクワガーモンが硬直しているすきに、何とか逃げ出したのだった。そのうち、トロピカルジャングルからマングローブ域に降りられる道が見つかり、私たちは大河をマーチングフィッシーズで下ることになったのだった。

 

 

「みてみて、どうこれ、すごいでしょ。ボク、強くなったでしょ。みなおした?」

 

「まあねー」

 

「なにその返事ー。もっとほめてよ、ミコト!はっ、まさかボクわかんないの!?」

 

「わかってるよ、バクモンだよね」

 

「うん、そうだよー。さっすがお姉ちゃんだね、おおあたりぃ」

 

 

ふよふよと浮かんでいるバクモンが、愛嬌ある笑みを浮かべている。

 

 

夢を食べると言われている、中国の伝説上の生き物、バクの姿をしたデジモンだ。脳波を検知する医学用コンピュータから誕生したデジモンといわれていて、人間のレム睡眠の状態のデータを栄養にしていると聞いたことがある。私の時代では、悪夢や悪質なコンピュータウィルスを消去する力を持っていることが論文で発表されて、話題になっていたはずだ。そのおかげでその取り込んだ悪夢やウィルスを正常なものに変換させる能力を持っていて、哺乳類型のデジモンから聖獣型に分類訳が変わったのはよく覚えている。ただの哺乳類のデジモンとされていたころは、なぜ神聖な力を示すホーリーリングを持っているか分かっていなかった。このデジモンの必殺技は、デジタマモンと同じだが、その関係性はまだ研究途中だったはずだ。

 

 

なんで私がここまで詳しいのかといえば、前の職場環境が原因だ。デスマーチの住人だったせい。せめて貴重な睡眠時間くらいは有意義に過ごしたい、とこのデジモンがやっている流行りのセラピーに厄介になったことがあるからだ。そういうのが好きな同僚が薦めてくれて、一緒に行ってからはまってしまった。バクモンは人間やデジモンの悪夢が大好物だから、夢見が悪い時にいくと、バクモンはご馳走が食べられるし、私は二度と悪夢はみないしで一石二鳥だったのだ。まさかこの子がパートナーとは思わなかった私は、よしよしとなでていた。バクモンは怒らせちゃいけない。ナイトメア・シンドロームは、その食べてきた悪夢を何十倍も濃縮して、再生成して白昼夢にする最悪の精神攻撃なのだ。注意しないと。

 

 

「ボクたち双子なのに、別のデジモンに進化しちゃったね」

 

「そうだねー、へんなの。てっきり成長期も同じだと思ってたのにね」

 

「ねー」

 

 

タケルの頭の上のパタモンが言う。

 

 

「不思議だねー、何が違ったのかなあ?」

 

「タケ兄ちゃんが男の子で、私が女の子だからじゃないかな?」

 

「そうかなあ?」

 

「そうだよ、たぶん」

 

 

きっと、真相はホメオスタシスのみぞ知る、ってやつだろう。そもそもデジモンに性別はない。パートナーたちが「ボク」とか「わたし」とか「おれ」とかいうのは、選ばれし子供たちを真似しているだけ、もしくは単なる個性でしかない。でも、私にとっては、バクモンが「ボク」なのは結構重要なことだった。

 

 

本来、ひとりの男の子が生まれるはずだった。それが一卵性の双子の男の子が生まれることになった。そして、遺伝子の巡り合わせで、一卵性にも関わらず、異性の双子が生まれるという奇跡が起こった。世界的に見ても、指折りしかいない事例だ。本来生まれるはずのない性別の子供は短命だったり、どこか普通の子供とは違うところがあったりする。さいわい私は人目を引くようなものはなく、元気で健康とはいいがたいが、それなりに育ってきている。確率でいえば、天文学的な数字といえるだろう。

 

 

だから、成長期にもかかわらず、特殊な能力と神聖なホーリーリングを持つデジモンがパートナーになったのかもしれない、と思う。でもどうして「ボク」なんだろう。ホメオスタシスが私を解析したのは、光が丘テロ事件の時のはず。私はもう4歳だ。女の子なのは分かっていたはずだろうに、へんなの。それだけが疑問だった。ただ本来「ボク」になるはずだった私が、運命の巡り合わせで女の子にうまれたわけだから、バクモンはある意味あったかもしれない私なわけだ。だから、私は「ボク」でいてほしいと思ったのも事実だったりする。まあ、これからよろしくねってやつだろう。ちょっと腹黒なのはいったい誰に似たのやら。

 

 

私はデジヴァイスを握り締めた。幼年期から成長期は無事進化できたのは、なによりだ。最悪、幼年期から進化すらできないかもしれない、って覚悟していたから。早合点でホントよかった。選ばれし子供はこうあるべきだ、っていう理想を知っている私は、どうしてもカタチから入ってしまう。理屈と計算で演出してしまう癖がある。私に与えられた個性が不明な今、ありのままの行動を起こすと暗黒進化させそうで怖いのだ。これならオートマチックに進化できる、ファクトリアルタウンの進化システム使わせてもらおうかな、なんて考えていた。

 

 

「タケルもミコトも疲れただろ、オレたちが見張りしてるから、ちょっと休め。な?」

 

 

思考を巡らしている私を、うとうとしていると勘違いしたヤマ兄ちゃんが言う。はあい、とうなずいた私は、そのままバクモンと寝てしまった。バクモンの主食がデジモンと人間の夢だなんて、この時の私はすっかり忘れていたのである。

 

それが冒険のはじまりだった。

 

 



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くらげさんとわたし

お母さんに連れてきてもらった、水族館。ゆらゆら、と漂うクラゲの展示が一番印象に残っている。クラゲをイメージして、演奏されているゆったりとしたサウンドが懐かしい。クラゲの体内をイメージさせるドーム型の空間に、大小様々な水槽、たくさんの小窓から覗ける水槽。色鮮やかなライトに照らされて、美しく浮遊するクラゲは、きらきらと輝いていた。光を使った美しい幻想的な水槽。トンネル型の水槽は、まるでクラゲが下から上に舞い上がっているのを楽しむことができた。円柱の水槽に設置されている鏡が、クラゲと光の演出をまるで万華鏡のように刻一刻と変化する幻想的な空間を演出している。きれいねえ、って微笑みながら問いかけてくるお母さんに、ミコトは、うん、ってはにかみながら笑った。暖かなぬくもりがつながれた手から伝わってくる。サラリーマン風の男性が、クラゲの水槽の前にあるソファに座り込み、じいっと見ている前を通り過ぎる。家族連れや恋人たち、学生たちの人ごみに流されないように、しっかりと手をつなぐお母さんとみる風景は、ミコトにとって、世界で一番美しいもの、だった。

 

 

2003年3月某日、大きな手術を受けるために、地方から東京の有名な大学病院に入院することになったのは、その翌日のことだ。小児病棟の一人部屋にあてがわれたミコトは、生まれて初めて見る東京の夜景に感激した。でも窓から代わり映えのしない風景を見つめるしかない、小さな女の子にとって、それは退屈な世界でもあった。ホワイトボードに貼り付けられている、手術日程。毎日、いつもの時間になるとやってくる主治医の先生。いろんな薬を投与したり、採血したりする看護婦さん。大事な手術にのぞむ一人娘を元気づけるために、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるお母さん、お仕事が終わると必ず電話してくれるお父さん。とうとう、ガンバレ、のメッセージとともにやってきた手術の日。全身麻酔をかけるから、ミコトが目を覚ますのは、きっと全てが終わったあとだって先生が言ってたはずだ。今日の午後には、看護師さんから名前を呼ばれる。だからメールを返すのは、すっかり元気になってから、ってミコトはいつものように、お母さんが貸してくれたノートパソコンで、お友達にメールをうっていた。

 

 

ユーガットメイル、と外国人のお兄さんが教えてくれる。お友達からのメールが帰ってきた、ってさっそくメールフォームを開いたミコトは、見たことのないアドレスにアクセスをやめた。ウィルスがはいっているから、あけちゃダメ、ってお母さんに言われていたからだ。テレビが砂嵐になり始めた。ちかちか、と電気が変なタイミングで点滅する。そして、ミコトにつながっている細長いくだの先の機械が不自然な挙動をし始めた。ミコトがカーソルを当てたまま、いつまでたってもクリックしないことにイラついたのか、1通、また1通、と少しずつメールの量が増えていく。あっという間にダイレクトメールやお友達からのメールが下に下に流されてしまう。右はじのスクロールバーが小さくなっていく。さすがに怖くなったミコトは、ジュースを買ってきてくれたお母さんに相談する。

 

 

お母さんは、さっと血の気がひいたように、真っ青になった。大慌てでメールフォームをとじて、ネットワークを切断する。そして、迷うことなくノートパソコンをシャットダウンのボタンを押す。でも、カーソルが突然砂嵐になってしまって、動かない。なんども砂時計がひっくり返り、フリーズしたように、動かなくなってしまう。何度もシャットダウン、強制終了のボタンを繰り返していたお母さんだったが、すべて無駄だと悟った途端、ノートパソコンを片手に立ち上がる。そして、大慌てでPHSで電話を始めた。慌ただしく電話アプリを終わらせたお母さんは、ため息一つ、ミコトのところにかけよった。

 

 

「どうしたの?お母さん」

 

「ミコト、いい子だから、お母さんのお話、聞いてくれる?」

 

「なあに?」

 

「今日は、お母さんがいいって言うまで、絶対に窓やドアをあけちゃダメよ?」

 

「どうして?」

 

 

それはね、ってお母さんがテレビを付けた。公共放送のチャンネルをつける。東京の空をたくさんの灰色のクラゲが飛んでいた。ミコトは、手術ができなくなったと知らせる電話だったと教えてもらった。

 

 

「デジモンっていうのよ」

 

「デジモン?」

 

「ミコトにとって、とっても危ない生き物なの。いい、ミコト。絶対に、デジモンに近づいたら、ダメだからね」

 

 

優しく頭を撫でてくれるお母さんが、とっても悲しい顔をして、お願いしてくるから、ミコトは、こくん、とうなずいた。ミコトが生まれた日、練馬区にあった光が丘病院は大停電にあって、大爆発があって、大火事があって、とっても大変だったのよってお母さんは教えてくれた。光が丘テロ事件は、ミコトにとって、まさに九死に一生の奇跡の生還だったのだ。大停電の病院、機械はすべて故障し、頼りになるのは黙々と作業を続けるお医者さんと看護師さんたちだけ。犯人が捕まらなかった時点で、光が丘に住んでいたお母さんとお父さんは、東京を去る決意をした。生まれつき体がとっても弱くて、何度も大きな手術をしないといけない、とお医者さんから言われていたミコトを守るために、お父さんの実家である地方に引っ越したのだ。1999年のお台場霧事件、2000年春の事件、結局捕まらない犯人、そして明らかになり始めたデジモンという存在。ますます東京は遠ざかったが、ミコトのためにメスをとってくれる名医がこの大学病院にしかいなかった。この手術が無事に終わって、退院することができたら、すぐに故郷に帰ろう、とお母さんと約束したミコトは聞いてみた。

 

 

「どうして危ないの、お母さん。こんなに可愛いのに」

 

 

お母さんが連れて行ってくれた水族館のクラゲを思い出したミコトに、お母さんは小さく首を振った。

 

 

「小さくても、大きくても、デジモンはミコトにとって、あぶないのよ」

 

 

そして、ゆっくりとお母さんはミコトの胸に手を当てた。

 

 

「デジモンはね、とっても強い電磁波を出してるのよ、ミコト。携帯電話やパソコンとは比べ物にならないくらい、とっても強い電磁波をだしてるの。病院の大事な機械が壊れちゃうくらいのね。それがどんなに危ないことか、ミコトにはわかるわよね?」

 

 

お母さんの手がミコトの体にはしる、古傷を撫ぜる。もう一度この体にメスを入れないといけない現実をもどかしそうに見つめていたお母さんは、怖くなったのか抱きついてきたミコトをしっかりとだきしめた。お母さんがどうして血の気が失せたのか、真っ青になったのか、必死でデジモンとミコトを遠ざけようとしていたのか、すべてわかったからである。

 

 

「もうすぐここからデジモンが出てくるわ。ここにいれば安全だからね、ミコト。お母さん、ノートパソコン持って外に出るから、ミコトはここから出ちゃダメよ、いいわね」

 

 

こくん、と頷いた可愛い娘に、いい子ねって笑ったお母さんは、ノートパソコン片手にミコトの部屋をあとにした。スリッパに履き替えたミコトは、大急ぎで内側から鍵をかける。そして、春の暖かな日差しを感じていた窓をとじる。そして鍵をかけた。窓ガラスにかかっている鍵から、さらに厳重な錠をおろした。ふわふわ、とたくさんのデジモンが空を舞っているのが見える。ミコトは、いつのまにか怪奇現象が収まったテレビを見ながら、はやくデジモンがいなくなってくれないかな、と待っていた。そして、ミコトは、第三台場で行われた死闘をテレビごしに、見守ることになる。

 

 

数時間後、事件は無事に解決した。

 

 

「おかえりなさい」

 

「ただいま、ミコト」

 

 

無事でよかったわ、って微笑んだお母さんは、ノートパソコンを抱えて帰ってきた。

 

 

「クラゲさんは?」

 

「大丈夫よ、ミコト。ほら」

 

 

パソコン画面に表示されているのは、ゴミ箱だけが表示されているホームページだ。クラゲの総数が表示され、そのとなりには次から次へとゴミ箱の中に放り込まれていくクラゲたち。そして、加速する現在の数。ここにアクセスしてください、というシンプルなメールに、このホームページのアドレスが乗っているようだ。アドレスの送信元は、見たことがない名前である。

 

 

「お父さんが東京のテレビ局で働いてたころ、仲良くしてたお友達ですって。お父さんがから話は聞いてます、って教えてくれたのよ。2000年のときは、ここに送信しましたよって」

 

 

そうなんだ、ってミコトは瞬き数回、つぶやいた。

 

 

「ここを開いた途端、パソコンが光ったの。病院に侵入しようとしてたあのデジモンたちが、一瞬でいなくなっちゃったのよ。不思議よね。きっと、あの光がネットに送り返してくれたのよ。なにはともあれ、ミコトが無事で良かったわ」

 

 

ほら、お友達が心配してるわよ、ってメールフォルダを指差すお母さん。ミコトは、あわてて下書きのまま中断していたメールを再開する。送信ボタンをおして、あとはユーガットメイルの声を待つばかりになった。ちょっと先生とお話してくるからね、って部屋をあとにしたお母さんを見届けて、ミコトは、ふとキーボードを打つ手が止まる。

 

 

薄い窓ひとつごしに、たくさんのクラゲさんがいたのに、どうしてミコトは、あぶない目にあわなかったんだろう、って。あんなに小さいデジモンでも、あんなにたくさんいたら、さすがにミコトの鼓動は異常をきたしていたかもしれないのに。そして思い出すのだ。テレビの向こう側で、たくさんのクラゲさん、そしてクラゲさんたちが合体して出来上がったデジモンと戦っていた子供達。彼らがいうには、クラゲさんは戦う力は全くなくて、ミコトでも捕まえられるくらい弱い代わりに、たくさん増えたり、あっという間に大きくなる力がある。ネット上のデータを食べることで大きくなったり、たくさん増えたりを繰り返す。相手からの攻撃、というデータを受け取ることで、ダメージを与えてもそれによってデータ量が増えて、大きくなってしまうスピードが早くなり、一撃で仕留めないとそれだけ危ないデジモンになっていく。しかも、遊びかんかくでネットや現実世界を大混乱に陥れるような恐ろしいデジモンらしい。でも、今回は初めからたくさんのクラゲさんになってあらわれた。その正体はクラゲさんたちが合体して出来上がった、とっても怖いデジモンの姿。クラゲさんはネットの世界から現実世界にやってくるための奥の手。だからクラゲさんは、デジモンじゃない。本物のクラゲさんをたくさんコピーとペーストを繰り返して作った偽物たち。もし、あのたくさんのクラゲさんたちが本物だったら、時間が経つにつれてすべてのクラゲさんたちが大きくなって、どんどん危険なデジモンになっていく。しかもさらに数を増やしていくはずだ。でも、クラゲさんたちは、いつまでたってもクラゲさんたちのままだった。つまりはそういうことだ。クラゲさん同士が集まると、あのとっても怖いデジモンになってしまうけど、クラゲさん1匹だけだったら、そうはならない。クラゲさんから作られた偽物のクラゲさんは、きっとデジモンじゃなかった。

 

 

それなら

 

もしかして

 

ねえ?

 

あのクラゲさん、もらってもいいんじゃないかなあ

 

 

ミコトは、そっとカーソルを伸ばす。クラゲさんたちが添付されたメールを、一度に何百通も送られてきたせいで、ひとつひとつを消すのが大変だったお母さんは、見落としていた。ぽち、とクリックすると、HELLO!という言葉が踊る。添付されていたファイルが開く。真っ赤な目をした灰色のクラゲさんがふよふよと浮いていた。かわいい!こんにちは、て返すと、真っ赤な目がこちらをむいた。じいっと画面越しにミコトを覗き込む。

 

 

「私はミコト、よろしくね。ねえ、クラゲさん。あなたのお名前、なんていうの?」

 

「KURAMON,level Baby1,Type unknown,Attribute unknown,Min Weight 5g」

 

「クラモン・・・・・・それはあなたの種族でしょ?テレビの子達が言ってたもん。それはお名前じゃないわ。お名前、教えて?」

 

「I am a digital monster.As yet I have no name.I have no idea where I was born」

 

「お名前ないの?」

 

「yes」

 

「じゃあ、付けてあげる。テレビの子達は、ディアボロモンっていってたよね、あなたを作ったデジモンのこと。悪魔っていう意味なんだよね。お兄ちゃんがやってたゲームに出てきたから、知ってる。じゃあ、あなたの名前は・・・・・・」

 

 

ミコトは気づかなかった。このクラゲさんがコピーされた存在なら、どうしてテレビが砂嵐混じりの画面になってしまったのか。蛍光灯が不自然なかたちで点滅したのか、そして、ミコトの生命線である機械の鼓動を乱すような現象が立て続けにおきたのか。それは、砂嵐をおこさせるような存在が、ミコトの病室にいたからにほかならない。何も知らないまま、彼女は悪魔の子供と交流を始めてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミコトがこの手術をうけるのは、3回目だった。だから、採血やレントゲン診断、エコー・心電図検査などの調査を含めた事前検査は慣れたもので、もう泣かない。今回は本体の交換だけで済んだため、チューブにつながれたままとはいえ、数時間で病院に戻って来れた。手術中に呼吸を止めていたため、取り付けていた酸素マスク、尿のくだなども、夜になれば外れてしまい、点滴ひとつのチューブがミコトの隣にあるだけだ。傷跡が痛むものの、麻酔が抜けて目を覚ましたミコトは、お見舞いに来てくれたお兄ちゃんとじゃれる位には元気があった。新しく入れ替えた本体の寿命は、8年ほどだ。1週間も経過すれば、だんだん傷口の痛みも引いてきたので、順調に回復したミコトは、無事に退院することができたのである。小学校に無事復帰したミコトだったが、誰にも内緒のお友達との交流はは、ゆっくりと、しかし確実にミコトの体を蝕んでいった。

 

 

手術後1ヶ月が経った、ある深夜のことだった。お母さんは、突然響き渡ったアラームに目を覚ます。ミコトの人工的な鼓動の異常を検知するアラームが鳴ったのだ。いつものようにすぐ正常な範囲に戻るのかと思いきや、いつまでたっても鳴り止まない。心拍数はどんどん低下していく。チカチカする真っ赤な数字は見たことがない数字になり、またモニターが故障したのか、と思ってミコトをみたお母さんは、ぐっすり寝ている娘にほっとする。それなのに、数値は上がったり下がったりを繰り返す。センサーの不具合じゃない。手で脈を図ってみると、モニターの数値と一致する鼓動が伝わってくる。お医者さんから受けていた説明と一致しない事態に直面したお母さんは、真っ赤なモニターを前に、いつも利用している病院に電話をかけた。慌ただしいお母さんの様子に、寝ぼけ眼のお父さんが目を覚まし、ミコトの様子を見てくれる。苦しそうじゃないなら安心してください、でも、今日の朝にでも病院に電話してください、というアドバイスをもらった時には、1時間を過ぎていた。お母さんがもどってくると、モニターは正常な数字を刻んでいる。ほっと一息ついたお母さんは、お父さんとともに眠りについた。お兄ちゃんとお父さんを見送ったお母さんは、病院に電話をかける。外来予約をとるからきてくれ、とのお知らせだった。

 

 

学校をお休みして、病院に出かけたミコトとお母さんは、ペースメーカーを作っているおじさんと主治医の先生のところにやってきた。ペースメーカーの上に携帯電話のような器具を載せて、記録されている情報を読み取ったり、設定を微調整したりする。結局、原因は不明のまま、外来に来ることになった。原因不明の強い不整脈。心配そうに見つめているお母さんのとなりで、ミコトは立ち寄ったスーパーで買ってもらえるお菓子に目を輝かせていた。

 

 

お兄ちゃんはまだ学校から帰ってきていない。お父さんもまだお仕事。ちょっとはやい帰宅である。鍵を開けたミコトは、いつものところに鍵を引っ掛ける。靴を履き替えて、靴下姿のままおうちに入る。夕食の準備をするためにキッチンに向かったお母さんから、宿題をしちゃいなさい、と言われて、はーいっ、っていうお返事とともに子供部屋に消えた。

 

 

 

お兄ちゃんの机に置いてある、ノートパソコンを起動させる。いつもの起動音。いつものウェルカムメッセージ。画面が表示されて、カーソルが動くまで、砂時計がくるくる回る。まだかな、まだかな、ってミコトは待ちわびた。最近、パソコンが重い、とお母さんに相談するお兄ちゃんをミコトは知らない。お母さんに内緒でパソコンのゲームでも入れてるんじゃないの?ってからかわれていたことも知らない。お父さんがノートパソコンの容量を異常なほど喰っている原因不明のプログラムがあることを突き止めたが、ウィルスバスターは機能せず、いくら探し回ってもそのプログラムにたどり着けないことに困り果てていたことなんて、知らないのだ。ネット通信を開始して、突然、お休みしたミコトを心配するお友達に向けてメールを返信した。ミコトは、いつものように、ミコトしかしらない、おともだちの隠れ家にアクセスするのだ。

 

 

「ただいま、メギド」

 

 

「Hey,How was school today?」

 

 

「ううん、今日はね、学校行かなかったんだよ。久しぶりに××先生のとこに行ってきたの」

 

 

「Are you OK?What is wrong with you?Out of condithion or something? Ican go overthere if you need help.」

 

 

「えへへ、ありがと、メギド。なんか、ここの調子が悪いみたい。今度も行ってくるよ」

 

 

ここがね、って胸を抑えるミコトに、メギドと呼ばれたデジモンは、心配そうな顔をした。ミコトがテレビで見た、こわいデジモンにメギドは進化しなかった。どうしてって聞いたら、デジモンはみんなおんなじ進化をするわけじゃないって教えてくれた。ミコトはほっとした。とっても足が長い、宇宙人みたいなクラゲさんじゃなくて、ちっちゃくて黒い恐竜さんに進化したからだ。ミコトがテレビで見た、世界中に嫌われているとっても怖いデジモンにならなかったということは、メギドはミコトと一緒にいてくれる。危ないから、って眩しい光に包まれてどこかに行ってしまうことなんて、ないんだって、そう思ったからだ。ずっと一緒にいようねって約束したミコトとの約束を、もちろんだ、と異国の言葉でメギドは綴る。そのうち、ちっちゃくて黒い恐竜さんは、黒い恐竜さんになった。そして、ミコトと同じように体に機械を埋め込んだ、でもずっとずっとかっこいいロボットみたいな黒い恐竜さんになった。今、目の前にいるメギドは、さらに進化した、かっこいい青の騎士様になった。最初の手術のとき、生まれて初めてうける手術に怖くて怖くて毎日泣いていたミコトに、お母さんがかってきてくれた、お姫様を守る騎士様によく似ていた。

 

青いマントがノートパソコンの向こうで揺れている。漆黒の鎧を身につけているメギドは、いつも槍と盾を携えて、ミコトの来訪を待ちわびていた。その姿は、テレビ越しにみた、とっても怖いデジモンをやっつけてくれたオメガモンとよく似ていた。だから、ミコトは信じていた。メギドはきっと、ミコトを怖いことから守ってくれると。メギドも信じていた。デジタルワールドに送り返され、あるべきエリアに帰ることができなかった自分を、たったひとりで匿ってくれている少女を守るのは自分だと。何があっても、彼女を守るのが、自分の役目だと。そう、本気で信じていた。今思えば、もうすべては始まっていたのかもしれない。

 

 

「大丈夫だよ、だって全然苦しくないもん」

 

 

にっこりとわらった少女の笑顔は、この日を境に失われていくことになった。

 

 

 

それは、本来、あってはならない症状だった。なぜなら、生まれた瞬間にその症状が死に直結する、という運命を持って生まれてきたミコトは、それを防ぐために体に鼓動を助ける人工的な機械を埋め込んだのだから。数ヶ月に一度の検査、8年に一度の交換手術、想定する最善の方向で成長していたはずの女の子は、原因不明の機械の不調によって、次第に元気を失っていった。投与する薬を強化しても、埋め込む機械を交換しても、その機械の不調が治らない。示し合わせたように異常をきたすミコトの鼓動。あまりの頻度に正常な学校生活を送れなくなったミコトは、地方の大きな大学病院の中にある学校に通うことになってしまった。本来なら、次第に回復するはずだった。でも、どんどんミコトの鼓動を支える機械の故障は、間隔がなくなっていく。めまい、ふらつきが失神に変わる。もうそのころには、ミコトは、子供用の病室からでることもままならなくなってしまっていた。お休みの時にしかお見舞いにこれない、お友達、学校の先生、お父さん、お兄ちゃん。ずっとミコトのそばにいてくれたお母さんは、しばらく休みなさい、っていわれて、おばあちゃんと交代でおうちに帰ってしまった。ミコトは、おばあちゃんとお母さんが心配だった。時々、一人ぼっちで泣いているお母さんに気づくことが増えてきた。だから、ミコトはいうのだ。ひとりでできるもん、だいじょうぶ、って。みんなには言わないけれど、ミコトには、内緒のお友達がいるから、大丈夫だって。

 

 

 

お母さんに怒られるから。たったそれだけのために、メギドのことを隠し続けてきたミコトは、知らなかった。

 

 

 

ミコトは、生まれたときから、手帳を持っている。これは外国にお出かけした時にいつも持っていないといけない、パスポートみたいなものだ。34ページもあるしおりと一緒に、いつも首から下げているネームプレートの中に入っている。ミコトが元気な女の子じゃない、ってことをお知らせする看板みたいだから、ミコトはあんまり好きじゃなかった。でも、ミコトが近づいちゃいけないものがたくさんある。

 

図書館みたいな公共施設、レンタルビデオ店などのお店の入口に設置されている、万引きした商品をもっているとブザーがなるゲート。空港の金属探知機。交通機関に設置されている、ワイヤレスのカードシステム。キーを差し込まなくても持っているだけで、自動でドアが開く自動車。磁石。自動車やオートバイのエンジン、農業用の機械、発電機。アマチュア無線機。MRIや医療用電気治療器、低周波・高周波の治療器、電気風呂、といった病院に設置されている医療設備。

 

 

IHの調理器や炊飯器、ホットカーペット、電動歯ブラシ、電気カミソリ、体脂肪を測れる体重計、スピーカー、もしくはスピーカーがついている音が出るタイプのおもちゃ。

 

 

小学生になったミコトは、気をつけることができるけど、小学生になる前まではお母さんとお父さん、そしてお兄ちゃんがミコトを守ってくれていた。でも、まだミコトは子供だから、大人が持っているバッグの高さにミコトの鼓動があったり、万引きする人にバレないようにカモフラージュされたゲートがあったりするから、気づかないうちに命の危機にさらされている。気がついた家族が大慌てで駆けつけてくれるけど、その度にミコトは周りの人達が不思議そうな目をする。だから、みんなにわかってもらうため、っていうのはわかってる。だから、首から下げているのだ。

 

 

最近は技術が進歩して、ミコトが距離に気をつければ大丈夫なものが増えてきた。時代はどんどん進んでいるから、周りはどんどん変わっていくのだ。いつも遊んでいるノート型パソコンや携帯電話は、もう何度目になるかわからない手術を受けたばかりで、リハビリに励んでいるミコトにとって、とっても大事な遊び道具だった。

 

 

その遊び道具を通してこっそりあっているお友達は、まさに、上記にあげたミコトが近づいてはいけないもの、に含まれるほど危ないものだなんて、ミコトは夢にも思わなかった。時代が進歩するにつれて、鼓動を補助する機械を埋め込んでいる人でも利用できるものは増え続けている。距離を置けば大丈夫なものはたくさんある。だから、お友達も大丈夫だってミコトは思っていた。パソコン越しにあうだけなら大丈夫だって思っていた。かつてみたお台場の出来事もテレビ越し、パソコン越しなら大丈夫だったから。だから、気づかなかったのだ。日本中から嫌われているデジモンを、たった一人、受け入れてくれた女の子が、みんなに内緒で匿ってくれていることをメギドがどう思っているのか。大事なお友達だよって、臆面もなくいえるほど、優しい女の子の笑顔を見て、会話することしかできないもどかしさに、メギドが耐えられるわけがなかったことを。どうしてミコトの鼓動を支える機械の不調が、必ず深夜におこるのか、最後までミコトは気づくことができなかった。そして、忘れていたのだ。デジモンは自由にパソコンを出入りできるという事実に。

 

 

 

そして、誰もいなくなった病室で、こっそりメギドと会話していたミコトは、かちゃり、と空いたドアに目を向ける。そこには、絶句するお母さんがたっていた。

 

 

 

「どういうことなの、ミコト」

 

「おかあ、さ、ん」

 

「どうしてデジモンを・・・・・・どうして、お母さんにウソ付くようなことしたの!あなたね、自分が今、どんなことをしているのかわからないの!」

 

「だって、だって、わたし」

 

「お母さん、言ったでしょう?大きくても、小さくても、あなたにとって、デジモンはとっても危険なものだって!絶対に近づいちゃダメだって、約束したでしょう!どういうことなの!」

 

「違うもん!メギドはッ・・・・・・わたしの友達だもん!」

 

 

ぱしん、と乾いた音が響き渡った。いい加減にしなさい!と顔を真っ赤にして、お母さんは怒鳴り声を上げた。生まれて初めてお母さんに手を挙げられたミコトは、すっかり赤くなってしまった頬を右手で恐る恐る触れる。ひりひり、じんじん、と痛み始めた頬、そしてほんのりと熱を帯び始めた目尻。ぶわっと涙がこみ上げてくる。信じられない、とお母さんを見たミコトは、右手から振りろされた手が左に降りているのを確認して、お母さんに殴られたと自覚する。なんで、なんで、どうしてって顔をしていると、お母さんは、生まれて初めて、ミコトを真剣に怒っている。ぽろぽろと涙を流し始めたミコトに、お母さんはヒステリックにまくし立て始めた。

 

 

「友達・・・・・・友達ですって!?ミコト、あなた、一体何を言ってるの!どうしてわからないの!あなたとデジモンは、絶対に友達にはなれないのよ!それなのに、名前まで付けてっ・・・・・・・!今すぐ、今すぐ、そのパソコンを渡しなさい!」

 

「いやーっ、だめえっ!」

 

「放しなさい、ミコト!」

 

「メギドをつれていかないでっ!メギドは、わたしの、わたしの、大事な友達なのーっ!なんでわかってくれないの、お母さんの馬鹿ああっ!」

 

「何度も言わせないでちょうだい!あなたとデジモンは、絶対に友達にはなれないのよ!デジモンはあなたに近づいちゃいけないし、あなたもデジモンに近づいちゃいけないの!お願いだからお母さんの言うことを聞いて!その手を、放しなさいっ!」

 

 

小学生の女の子は、大人の女の人にはどうがんばっても勝てない。本気でデジモンとミコトを引き離そうとしているお母さんは、尋常じゃないくらいの力で、ミコトが愛用しているノートパソコンを取り上げる。すがりついてくるミコトを振り払い、必死でノートパソコンを守ろうとしているミコトの手のひらに力を込める。親指、人差し指、中指、と指先をひとつひとつ広げていき、無理やり引き剥がしたお母さんは、大きく距離をとった。そして、支えを失ってベッドから転がり落ちたミコトが、涙をいっぱいに貯めて、やめてやめて、と首を振っているのを見下ろした。

 

 

「なんで意地悪するの、お母さんっ!」

 

「意地悪じゃないわ、何度もいわせないで、お願いだから!お母さんはね、ミコトのためにいってるの!」

 

 

ぴしゃり、とはねのけたお母さんは、今にも泣きそうな顔でいった。その視線の先には、メギドと呼ばれているデジモンがいる。

 

 

「お願いよ、あなた、ミコトの友達っていうのなら、お願いだからミコトのパソコンから出て行ってちょうだい。今すぐ、ここのパソコンのサーバから出てってちょうだい、お願いよ。まだミコトは小学生なの、まだたったの8歳なのよ?お願い、お願いだから、まだミコトを連れて行かないで。神様のところに連れて行かないで。まだ私たちのところにいさせて頂戴」

 

「Whatis that supposed to mean!?」

 

「あなた、ミコトのそばにいることがどれだけ危険か、わからないのにそばにいたの?わかったわ、教えてあげる。だから、話を聞いたら、出て行って頂戴、お願いよ」

 

 

そして、お母さんは話し始めるのだ。ミコトは生まれつき体が弱く、ペースメーカーを埋めていること。1995年に起きた光が丘テロ事件の時、ミコトは練馬区の大学病院で誕生したミコトは、デジモンたちの戦闘によって九死に一生をえたこと。そこでお母さんたちは、野生のデジモンたちが発する電磁波がミコトのペースメーカーに甚大な影響を及ぼすことを学んだこと。そして、テイマーと呼ばれる子供とそばにいるデジモンは、まだその電磁波が控えめだが、どのみちミコトは近づいてはいけないレベルに過ぎないということ。メギドは究極体、という最も危険なレベルの電磁波を発する世代であり、パソコンを介しても影響が出るレベルになってしまっていること。お父さんの知り合いの子供がテイマーだったから得られた情報だと。もしメギドがミコトのそばにい続けるのなら、お母さんはそのテイマーに連絡を取らなければならない。デジタルワールドに連絡を取らなければならない。それはデジタルワールドへの強制送還を意味する。その先に待っているのは、沈黙を守ったお母さんにメギドもミコトも理解する。さすがにそこまではしたくない。だからでていってくれ、そう言っているのだ。ミコトとメギドはであってはいけない存在だった、と断言するお母さんに、メギドは静かに異国語を綴る。その意味を理解したお母さんは顔色を変えた。

 

 

「ダメに決まっているでしょう!なんて恐ろしいことを!何を言っているのか、わかっているの!?この子は、普通の女の子なのよ!?ふざけるのもいい加減にして頂戴!」

 

 

ノートパソコンはお母さんに取り上げられていて、メギドがなんといっているのか、ミコトはわからない。ただ、このままお母さんがノートパソコンを持って行ってしまったら、二度とメギドと会えなくなる。それだけは嫌だった。お友達とも会えない、先生たちとも会えない、家族とも時々しか会えない寂しさを紛らわせてくれた大好きな友達を取り上げられてしまったら、ミコトは自分でもどうなってしまうかわからなかったのだ。お母さんの足につかまりながら、ゆっくりと立ち上がったミコトは、それに気づいて、ベッドに押し戻そうとするお母さんの体にしがみつく。ふるふると首を振る娘に、お母さんは必死だった。今まで見たことがない速度で異国語が綴られていく。いつもニュアンスでメギドのいってることを理解していたミコトが読み取れたのは、0と1、そしてデジタルワールド、という単語だけだった。

 

 

「それはっ・・・・・・・でも、そんなのその場しのぎにしかならないわ!この子はまだ8歳なのよ!そんなことできるわけないでしょう!」

 

 

お母さんは揺れていた。このうえなく、揺れていた。ちら、とミコトを見下ろして、思いつめた表情でミコトを抱きしめる。メギドの異国言葉は止まらない。ウィンドウいっぱいに張り巡らされる英文は、あっという間にいっぱいになり、まっさらな画面にたくさんの英文が綴られていく。ここまでくるとなんて書いてあるのか、ミコトはさっぱりわからなかった。お母さんのぬくもりに包まれながら、ミコトはウィンドウを見ていた。

 

 

「メギド?」

 

 

ミコト、とメギドが呼んでいる。いっちゃだめ、とお母さんが引き止める。でも、ミコトは手を伸ばす。ぐにゃりとパソコン画面がゆがみ、その向こう側から真っ黒な手袋がミコトを包み込んだ瞬間、今まで見たことがない光があたりを包み込んだ。そして、ミコトが入院している大学病院は、大停電に襲われたのである。気がついたとき、ひとりの少女がいなくなり、病院は大騒ぎになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すべてがぼんやりとした世界で、ミコト、という言葉がゆらいで、にじんで、広がっていった。静かな水面に水滴がひとつ落ちて、波紋が広がるように、心の中に満ちていくのは、あたたかさだった。そして、ミコトはゆるやかに目を覚ます。ミコトはしらないベッドに眠っていた。アイロンがあてられ、ぴしっとしたシーツにくるまれた、ふかふかであたたかなおふとん、まくら、そして毛布。体が沈んでしまうほど柔らかいおふとんだ。あたりを見渡したミコトは、真っ白なカーテンが降りていることに困惑する。上を見上げてみると、ベッドの四隅から柱がたっていて、クロスする天井ができている。そこからすべての方向にカーテンが降ろされていた。フリルがついている可愛らしいデザインのお姫様が眠っていそうなベッドである。どうやらカーテンの向こう側では、窓があいているようで、さらさらとカーテンがゆれている。外からのあかりや照明が和らいで、ゆるやかな風がやってくる。包まれている安心感に、ゆったりと熟睡できそうな空間だ。だから、あんな夢をみたのかなあ、と思いながら、ミコトは体を起こす。

 

 

いつものように、すぐそばにあるはずの機械をさぐる。ミコトは生まれた時から、お腹からコードが伸びていて、機械がくっついているから、外れないようにするためだ。心臓の鼓動を助けてくれる機械は体の中に埋め込まれている、はずだった。あれ、とミコトは視線をおとす。いつもなら痛くなるから触っちゃダメ、と言われているところを触ってみるけど、お腹からラインを辿っていってもすとん、と足元まで手が落ちてきてしまう。手術のあと、ちょっと凹凸がある、ミミズみたいに膨れている線がない。まるで、生まれてから一度も手術を受けたことがない、普通の女の子のようなおなか。ミコトは驚いた。点滴をいっぱい打ったあとがない。薬をたくさん入れるためにつくった注射のあとがない。ミコトが思ったのは、どうしよう!とだった。あれがないと、ミコトは死んじゃうってしっているからだ。どこにいったんだろう、とあわててあたりを見わたすが、ベッドの上にはなにもない。8年間、ずっと一緒だった機械がどこかに行ってしまうと、違和感がぬぐえない。はやくみつけなきゃ、ってミコトは思った。ここがどこか、より、ペースメーカーを探すことのほうが大事だった。ミコトは、病院でずっと愛用していた、お母さんがかってくれたパジャマのままだ。つまり、病院とすっごく離れてるわけじゃない。ベッドから降りようとしたミコトは、手を止めた。カーテンを開く手があったからだ。

 

 

「目が覚めたか、ミコト」

 

「・・・・・・だあれ?どうして、わたしをしってるの?」

 

 

いとおしそうに、ミコトとよぶ音は、夢の中で聞いたものと同じだった。やさしげに目を細めて、微笑みをたたえているのは。ぱちぱち、と瞬きをしたミコトは、生まれて初めてきいた、大切なお友達のこえを確かめる。

 

 

「ねえ、あなた、もしかして、メギドなの?」

 

「ああ、そうだ。やっと会えたな、ミコト。私は嬉しい」

 

「ほんとに、メギドなの?」

 

「ああ」

 

 

ミコトは、ぱっと花咲くように笑った。今まで、パソコンを通してしか会うことができなかった、誰にもひみつのお友達が目の前にいる。ミコトはメギドとあうのは、これが初めてだ。メールでしか会話することができなかったお友達とようやく巡り合えたミコトは嬉しくてたまらない。メギドって大きいんだね、って見上げるような巨体のデジタルモンスターに、無邪気にミコトは笑う。

 

 

パソコン越しにしか見たことがないメギドは、とても勇ましい漆黒の騎士様だった。ミコトの様子を伺うために、はばが広くて、漆黒の柄に青い宝石が埋め込まれ、鞘は真っ黒な打紐で巻き上げられている魔の槍は傍らに置いてある。黒い牡牛、金色の羽、黄銅の爪、イノシシのような牙を持つ恐ろしい怪物が、魔除けとして彫られた魔の盾もそのそばにある。重々しい重装備の音を奏でながら、真っ青なマントから差し出された黒い手袋がミコトをなでた。照れたように微笑むミコトだったが、あ、と声を上げる。名残惜しそうに髪をすくのをやめたメギドに、ベッドから起き上がり、ちょこんと座っている体制になったミコトはいった。

 

 

「ねえ、ねえ、メギド。どうしよう、ここにあった機械、どっかいっちゃったの。これがないと、わたし、わたし」

 

「ああ、そのことなら心配いらない」

 

「え?どういうこと?教えて、メギド」

 

「ああ、いいだろう。さあ、おいで」

 

 

メギドがミコトを抱き上げる。きゃあ、と声を上げたミコトはメギドにしがみついた。生まれて初めてお姫様抱っこされていることに気がついて、なんだか恥ずかしくなって、ほほが熱を帯び始めた。ほてる顔が赤く染まっていく。メギド、どこいくの?はずかしいよう、と消え入りそうな声でミコトがつぶやくが、メギドはそしらぬふりをした。

 

 

「ようこそ、デジタルワールドへ」

 

 

開け放たれた窓。ふわりふわり、と風にカーテンがなびく。その先でミコトが見たのは、月明かりが穏やかな夜だった。手が届きそうな満天の星ぼしがミコトたちをみおろしている。わあ、きれい、とミコトは声を弾ませた。ここまで綺麗な星空は、ミコトもみたことがなかったのだ。その月明かりの下に広がるのは、大自然。草木の香りが漂ってきそうなほど、人知れず佇んでいる館にミコトとメギドはいるようだ。ミコトは首をかしげる。

 

 

「デジタルワールド、って、テレビの人たちがいってた、あのデジタルワールド?」

 

「ああ、そうだ。私たち、デジタルモンスターが住む異世界、それがデジタルワールドだ」

 

「メギドが連れてきてくれたの?」

 

「ああ。ここにくれば、ミコトと離れずに済むからな」

 

「ほんと?ここにいたら、お母さん、メギドとお友達なこと、ゆるしてくれる?」

 

「ああ、もちろんだ。ミコトがデジタルワールドにいれば、あの機械は必要ないからな。ミコトと離れる理由もない」

 

 

疑問符がたくさん飛んでいくミコトに、メギドは笑った。

 

 

「デジタルワールドは、[なりたいじぶん]になれる世界だ。ミコトは普通の女の子みたいに生きてみたい、思いっきり運動してみたい、っていつも言っていただろう?ここにいる限り、ミコトはそれを叶えることができる。だから、あの機械は取り除かせてもらった。この世界では、必要ないからな」

 

「・・・・・・ほんと?」

 

「ああ、ほんとうだ。私が嘘をついたことがあったか?」

 

「ううん、ない。メギドは、いつもわたしのこと、考えてくれてるもん。ありがと、メギド。だいすき」

 

 

えへへ、とミコトは笑った。

 

 

「じゃあ、じゃあ、ここにくれば、お母さんに怒られないで、メギドと一緒に遊べるんだね!」

 

「そうだ」

 

「あ、でも、もう夜だよ?はやく帰らなくっちゃ、お母さんが・・・・・」

 

「ああ、それなら心配いらない」

 

「どういうこと?」

 

「これをみるといい」

 

 

メギドがなにもない空間を指差すと、突然空間が歪んでパソコンの画面が現れた。ホログラムである。ミコトがこっそりメギドとお話するために、あそんでいたパソコンの画面とおなじディスプレイデザインである。デジタルワールドは、パソコンの中にある世界だから、入口であるあのパソコンにも自由にアクセスできるんだ、とメギドは教えてくれた。今日の日付と時間が示されているディスプレイデザインは、とても不思議だった。なにせ、ミコトがお母さんに怒られた時間から、まだ1分しかたっていないのである。

 

 

「デジタルワールドの一日は、あちらの世界の一分だ」

 

「じゃあ、こっちでたっくさん遊んでも、大丈夫ってこと?」

 

「私がミコトの母親にメールをしておこう。大丈夫、事情を説明すればわかってくれる」

 

「ありがと、メギド!わたしね、わたしね、いっぱいやりたいことがあるの!やってもいい?」

 

「ああ、もちろんだ。いくらでも叶えてやろう」

 

「やったあ!」

 

「だが、それは明日になってからだ。今日はもう遅い」

 

「はあい」

 

 

ぱちん、とテレビを消すみたいに、ホログラムを消したメギドは、ミコトをふたたび天蓋つきのベッドに送った。

 

 

「今は、眠ったほうがいい。もう遅いからな」

 

「うん、わかった。ねえ、メギド。お休みするまで、て、握っててくれる?」

 

「もちろんだ」

 

 

安心したように、少女は眠りにつく。メギドは意味深に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今頃、ミコトの母親は、半狂乱になって、父親のかつての同僚だった男性にメールを送っているだろう。その男性の要請をうけた選ばれし子供とデジモンたちは、セキュリティシステムのエージェントたちとともに、デジタルワールドを探し回るに違いない。せいぜい探すがいい、絶対にミコトは見つからない、とメギドは確信していた。なにせ、メギドたちは、彼らの知っているデジタルワールドにいるわけではないのだから。メギドをはじめとした、一部のデジモンたちしかしらない、もうひとつのデジタルワールド。そこにミコトたちはいるのだ。

 

 

その証拠に、このデジタルワールドそっくりの世界の1日は、現実世界の1分である。失われたはずのかつてのデジタルワールド。人間と交わることがなかった、イフの歴史を歩んでいるもうひとつのデジタルワールド。選ばれし子供とパートナーがめぐり合うことができなかった、デジタルワールド。ここにメギドたちはいる。メギドがこの世界を知っているのは、この世界がメギドたちの生まれ故郷だからだ。

 

 

1999年8月31日の大晦日、時間を操る邪悪なデジモンにより、デジタルワールドはダークマスターズの復活、デビモン、エテモン、ヴァンデモンの復活、という悪夢に襲われる。選ばれし子供とパートナーはそれぞれ亜空間に幽閉され、唯一逃げ出したアグモンは、太一とチャットで知り合い、デジモンのことを信じてくれていたある少年にすべてを託す。太一のデジヴァイスとアグモンとともに、パートナーを持たない少年は邪悪なデジモンを倒し、英雄になった。

 

しかし、倒されたはずの邪神は生きていた。

 

2000年3月4日、メギドの生みの親は新種のデジモンとして誕生し、オメガモンに倒された。その数時間後、この世界は誕生している。デジタルワールドをコピーし、ミラーサイトとして誕生したこの世界で、メギドの生みの親は、邪神によって復活をとげた。異常を察知したエージェントの召喚により、太一とヤマトは召集に応じる。しかし、それが邪神の罠だった。デジタルワールドの危機と聞いて駆けつけても、平和そのもののオリジナルワールドが広がっている。絶句する太一たち。エージェントのナビゲートに従い、復活したエリアに足を踏み入れた途端、2つあるデジタルワールドの裂け目に閉じ込められてしまう。そして、邪神とメギドの生みの親は、世界を蹂躙し始めた。ここでも、起死回生にエージェントが召喚した、かつて世界を救ったパートナーを持たない少年、そして太一と間違えて召喚されてしまった男の子が英雄となる。

 

この世界を冒険したのは、その2人だけなのだ。しかも、1人は何度も復活する邪神との戦いの果てに行方不明、1人は邪神に埋め込まれた暗黒の種のせいでこの冒険の記憶を喪失している。太一たちと後者の少年は2000年の時点で会ったことはない。この世界の存在をしるのは、エージェントのみ。今のところ、エージェントは彼らにこの事実を話すつもりはないようだから、どうやってこの世界にたどり着くのか見ものだ。

 

バックアップ、という名目で存在を許された、ミラーサイト・ワールド。もはやオリジナルワールドより、5000年もの時代が流れている異世界。生まれ育ったメギドに地の利があるのは当たり前だった。

 

 

ぐっすり、とねむるミコトの傍らで、メギドは母親にメールを打ち込む。

 

 

今、ミコトは、ペースメーカーを付けなくても平気な体で生きている、と送ると、悲鳴のような文言が届いた。ミコトの体に何をした、と聞かれたから、ペースメーカーのデータを削除した、と返した。デジタルワールドはネットの中にある世界だ。今のミコトは、データだ。データに病気は存在しない。だからこそ、データから心臓病の項目を削除したり、好き勝手に弄ることが可能なのだ。本来ならセキュリティシステムがパーソナルデータを弄ることを禁じているが、この世界にセキュリティシステムは存在しない。だから、現実世界からこの世界にやってきたら、自己防衛する必要がある。でも、ミコトには必要ない。現実世界に帰還させるきなど、メギドにはなかったからだ。なんてことを、とミコトの母親が憤りをにじませたメールを返す。

 

 

当たり前だ。

 

 

デジタルワールドにいるから、ミコトは安全なのだ。現実世界に帰ったら、デジタルワールドでの無理がそのまま返ってくることになる。無理な運動、禁止されていること、思いっきりやればやるほど、寿命が縮んでいく。ただでさえ、デジモンが近づいただけで誤作動を起こすペースメーカーもちの女の子が、24時間ずっと究極体のデジモンと一緒にいればどうなるかなんて、火を見るより明らかだ。デジタルワールドでは必要ないから、と削除したペースメーカーのデータ、そして心臓病のデータ、衰弱していた彼女の体のきおく。彼女にとってはつらいものでしかないが、それでも、たしかに、現実世界を生きている証だった。それをひとつ残らず削除され、都合がいいデータを上書き保存されてしまった女の子がそこにいる。

 

 

それでも、返して、と母親は言う。ならば迎えに来ればいい。できるものなら。現実世界に帰った瞬間、燃え尽きる命をだく覚悟があるなら、来ればいい。死神になってでも連れて帰りたいなら、私はそれを拒まない。淡々とメギドはメールを返す。そのメールを逆探知する動きがあるようだが、メギドは関知しなかった。この世界の存在が明らかになる、ということは、邪神と相打ちになって死んだ(と思われる)少年と記憶喪失の少年の冒険が明かされるということだ。世界を3度救った英雄なき今、これ以上ない好機を邪神がほうっておくわけがないのだ。かつて、八神太一と同姓同名の少年によって、葬られたはずの七大魔王が復活してた時点で、これから待ち構える悲劇などに興味はない。

 

 

メギドは、ただミコトと一緒にいたいだけだ。ずっと一緒にいようね、と約束したのはミコトだ。きっと喜んでくれるに違いない。

 



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仮想電霊(イグドラシル憑依)

デジタルワールドには神様がいる。アタシが一番よく知ってる神様、イグドラシルは、かなり過激な思想の持ち主だった。イグドラシルに意志があるのか。デジタルワールドを観測してるサーバの管理者である外部の研究者たちが冷徹なのか。詳細は不明だがろくな出来事がない。

 

 

たとえば、デジモンが自分の容量を超えたためデジタルワールドが崩壊する危機に陥り、その対処法としてプロジェクト・アークを発動。研究対象のデジモンを新しいデジタルワールドに移し、旧デジタルワールドに残したデジモンをXプログラムで虐殺。抗体を持ったデジモンが生まれ、旧デジタルワールドは無秩序に陥ったことがある。

 

 

ある時は七大魔王の一角の思想に同調して力を貸す暴挙に出たことがある。その結果、七大魔王に乗っ取られ、次世代のデジモンを生み出すことになった。

 

 

またある時はデジモンと人間との関わりがうまく行かず、憂う余りに人間世界を根絶しようとしたこともある。

 

 

デジモンを補食する未知の生命体に頭を悩ませた時なんか、勘違いで人間世界を滅ぼそうとしたことがある。情報不足と度重なる誤解を招く出来事から人間が原因だという誤った判断を下したのが原因だ。これに関しては同情の余地ありだけど、さすがにやりすぎ。

 

 

そこでアタシは考えた。さっさと引退しよう。世界の管理者なんて荷が重すぎる。神様がいなくても回る世界を作ろう。アタシは知識と情報をフル活用してデジタルワールドの根幹となるシステムを作り上げた。適材適所という言葉がある。ふさわしいデジモンを据えるのがアタシの最初の仕事だった。ひとつのシステムを作り上げようと思うと、10も100も仕事が増える。それをこなすためにさらなるシステムを作り上げる、という途方もない仕事漬けの毎日の果てに、ようやくアタシは成し遂げたのだ。ようやくアタシの手を離れ、世界は歩きだそうとしている。

 

 

 

ある日、アタシは、ロイヤルナイツを召集した。

 

 

 

『ナビゲーションシステム、独立型支援ユニット【セイバ】を起動します』

 

 

さすがに、いきなり画面から人間の女の子が登場したら、意味不明だ。なので、イグドラシルが用意したAIの体でアタシはここにいる。まあ、アタシが本体なんだけどね!

 

 

『おはようございます、ロイヤルナイツのみなさん。本日はお忙しいところ、お集まりいただきありがとうございます』

 

「セイバ、緊急召集とのことだが何かあったのか?」

 

「デジタルワールドに異変は観測されていない。にも関わらず我々を呼び出すということは、どういうことだ?」

 

「まさか異次元のデジタルワールド関連でなにか問題でも?」

 

 

円卓には全員揃っている。ロイヤルナイツ全員を呼び出すのは本当に限られている。きわめて異例だ。みんな、緊張感を持ってこちらを向いている。

 

 

『デジタルワールドに危機が訪れるのは事実です』

 

 

ロイヤルナイツに動揺が広がる。

 

 

『イグドラシルのキャパシティが限界を迎えつつあります。近い未来に、この世界は崩壊します。デジモンたちの誕生速度が想定を大きく上回っており、早急に対処しなければならなくなりました』

 

「我々を呼んだのはそのためか?」

 

『はい、そうです、オメガモン。人間世界と密接な関わりがあるデジタルワールドが一時的にでもアクセス不能になれば、お互いにとって好ましくない自体が想定されます。外部機関との連携、そして入念な合議の結果、デジタルワールドは5年の想定でイグドラシルから新たなサーバに移転することとなりました』

 

「新たなサーバ?イグドラシル以外に、新たなサーバを構築するというのか?」

 

『はい、そうです』

 

「そんな大事なことさえ人間世界と調整する時代とは...難儀なことだ」

 

「随分と急な話じゃねーか......嬢ちゃん。ちと早すぎるぜ」

 

『申し訳ありません、ガンクゥモン。現在の計画では3つのサーバにこの世界を分割し、それぞれ独立したシステムとして世界を再構成する方向で最終調整を行っています。3年後をめどにイグドラシルと新たな3つの世界を同時進行で連携させ、デジモンたちには緩やかな移住をしてもらいます』

 

「その世界はどんなものか聞かせてもらってもいいだろうか」

 

『もちろんです、デュークモン。新たな世界は、過去、現在、未来の時間軸で構成されており、過去世界をウルドターミナル、現在世界をベルサンディターミナル、未来世界をスクルドターミナルと呼びます。各世界は特定の条件かでのみ行き来が可能です。それぞれが独立したサーバで運営されることになるため、ロイヤルナイツのみなさまには3つの世界のサーバをそれぞれセキュリティシステムとして守護していただくことになります。現在決定しているのはここまでです。それぞれの勢力に調査を行い、決定していく予定です』

 

「セイバ、僕たちは3、4名でチームを組み、サーバを守護することになるのですか?それとも現在のように独立した空間から派遣される?」

 

『今回、私があなた方を召集したのは、あなた方の希望を聞くためです。デジタルワールドの再構築と大移転は、デジタルワールド史上、初めてとなる試みです。世界は大きくなりすぎました。イグドラシルの手を離れ、自ら歩き出す時が来ました。あらゆる方向性から検討を試みるため、ご協力をお願いいたします』

 

ロイヤルナイツの反応は様々だ。物静かに聞いている者もいれば、新たな世界に楽観的な展望を語る者も悲観的な展望を語る者もいる。人間世界との関わりが濃厚になることを危惧する意見もあれば、新たなる関係の構築に前向きな者もいる。これをきっかけにしてロイヤルナイツのあり方を模索する者もいれば、現状維持をのぞむ者もいる。

 

『答えを早急に求めている訳ではありません。ただ、デジタルワールドの移住計画は3年をめどに開始する予定ですので、それに向けた定期的な意見交換を行いたいと思います。具体的な施策は順次情報を開示いたしますので、しばしお待ちいただければと思います』

 

 

アタシの言葉に、緊急召集の意味を理解したらしい彼らは、緊張感をゆるませた。

 

 

「セイバ、少しよろしいですか?」

 

『なんでしょうか、マグナモン?』

 

「僕たちが新たに守護するサーバの中に、イグドラシルが入っていません。セイバ、あなたやイグドラシルはどうなるのですか?」

 

『新たな世界が軌道に乗り始めるまでは、バックアップします。しかし、順次、システムを移転させますので、いずれはデータバンクとなります。人間世界へのシステムセキュリティの委託を進める予定です』

 

「なっ!?」

 

 

ロイヤルナイツにどよめきが走る。そりゃそうか。今までロイヤルナイツの守護してきたサーバが人間に管理されると言うんだから。でも、アタシから言わせれば定年退職して、臨時や非正規職員として再雇用してもらうような感覚である。デジタルワールドのブラックボックスはすべて新しい世界に移転させ、人間世界でも管理可能なレベルのシステムしか残さない予定だから、人間に好き勝手させるつもりはみじんもない。そこは安心してほしい、と告げるのだが、動揺は収まる気配がない。

 

 

なんでまたそこまで驚いてるのよ、マグナモン。

 

 

モニタの前までやってきたマグナモンの赤い目が向けられる。怒っていた。

 

 

「それだけはいけない、セイバ。イグドラシルは僕たちが守るべきものだ、人間に任せるべきではない」

 

「俺もマグナモンと同意見だ、セイバ。イグドラシルに進言してくれないか、早まるなと。人間世界は我々の世界の中枢を任せるほどまだ成熟していないように見える。まだ時期尚早ではないか?」

 

「段階的っていってもさ、さすがに10年で完全委託はちょっと早すぎるんじゃない?」

 

「せめてオレたちの誰かが責任者として残るべきだろう。データバンクになるとしても、イグドラシルは我々にとって無くてはならないものだ。それを人間に任せきりというのは穏やかじゃない」

 

 

噴出する異論にちょっと面食らう。え、なんでここまでダメだしされてんの。いっつも会議が紛糾するくせに、こういうときだけ満場一致ってどういうことよ。アタシは無表情の画面を挿入する。AIのふりしてるから、ここで表情を出すわけにはいかない。まじでか。

 

 

「セイバ、イグドラシルはデジタルワールドを完全に手放したい。そう考えているのですか?もう僕たちはいらないと?」

 

 

すがるように見つめられると、罪悪感が沸いてくる。なんでそんな目をされるのか本気でわかんないんだけど。え、なんで?

 

 

『いきるとは、選び続けることです。新しいものが生まれ、古いものが淘汰されゆくこのネットワークで生まれた自我を持つ電脳世界は、あるべき姿も変わっていきます。私は、そしてイグドラシルは、その変化に耐えられないと判断しました。このままではデジモンたちが運命を共にすることになる。それだけは避けなければなりません、ただそれだけです』

 

「それは......。ですが、セイバ。だからといってあなたやイグドラシルがただのデータバンクに成り下がる必要はないのではありませんか?僕はもっとよく考えるべきだと思います」

 

「そーだよ、セイバ。イグドラシル、ちょっと疲れてない?」

 

「イグドラシルはサーバの譲渡が終われば、己は人間に管理されてもかまわない。無価値同然になると判断してるのでは?AFブイドラモン。融通の利かない彼らしいではありませんか」

 

「えーっ、それほんと?ロードナイトモン、イグドラシルってそこまで行っちゃってるの!?」

 

「ああ・・・・・ありそうではあるな」

 

「でしょう?私も困りますね、セイバ。彼がいないとまとまるものもまとまらない」

 

「なんか新しいこと始めるのかと思ったら、完全に手を引くとかふざけてんのか。オレたちをなんだと思ってんだ、あいつは」

 

アタシは二の句が告げない。マグナモンは笑った。そして振り返る。

 

「とりあえず、今日の議題は決まりましたね。どうやらイグドラシルは僕たちの考えている以上に、自分の価値をわかっていないようだ。どうやってわからせるか、考えた方がよさそうです」

 

「神と呼ばれる地位にありながら、ここまで謙虚だと我々に対する侮辱だ。ついでに新たなセキュリティシステムの構築について、口を出した方がいいかもしれん。このままだと奴は勝手に物事を進めかねない」

 

「今まではそれで一向に構わなかったんだけどねえ」

 

「まあ、デジタルワールドのことを第一に考えて思考してきたシステムだ。自分のことについて、無頓着なのは致し方ない。だが限度というものがあると思い知らせねばな」

 

「スレイプモン、怖いよ」

 

「気持ちは分かりますよ。さすがにここまで無頓着だとは思いませんでした。実体がないと言うのは困り者ですね。もしあれば今ここで思い知らせてやるのですが」

 

 

ロードナイトモンがちらとアタシをみる。

 

 

「セイバ、あなた、確かイグドラシルに感覚を共有することは可能でしたね」

 

『お断りします』

 

「おや、残念。ですが、なにをされるのかわかってるのなら、そっくりそのままイグドラシルに伝えてもらえませんか。少なくても私はそれだけ憤りを感じているとね」

 

『検討させていただきます』

 

 

正直、いますぐここから逃げ出したいんだけど、意見交換会は始まったばかりだ。議事録を作成してイグドラシルに提出するのが私の役目だという建前でここにいる。アタシが逃げ出したらえらいことになるのは目に見えていた。

 

 

 

 

アタシがイグドラシルの本体だとばれたら殺されるんじゃないだろうか。

 

 



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大輔に憑依

小学校に向かう通学路にて、勢いよく走ってきた幼なじみの豪快なおっはよーが飛んでくる。珍しく朝練がない寝坊すれすれの登校時間、あくびをかみ殺しながら歩いていた少年はランドセルごしの衝撃にふっとびそうになる。なにすんだよ、と恨めしげに見上げてくる少年に、メガネをかけ直しながら彼女は笑った。

 

 

「ねー、大輔。今日来てよ、パソコン部」

 

「えー、なんでだよ。活動日じゃねーだろ」

 

「あーもう、やっぱ忘れてる。パソコン部は存続の危機だっていってるでしょー!いいだしっぺなんだから新入生入れる手伝いしてよね!」

 

「うっげ、まじかよ。やっとサッカーレギュラーになれっかもしれないってときに」

 

「ならせめて昼休みー」

 

「わかったよ」

 

「やりい!新垣先生説得する方法考えとくから、大輔は後輩君とか見繕ってね!」

 

「はあ!?まさかの丸投げかよ!?」

 

「部長は忙しいのよ、副部長?」

 

「期待はすんなよ」

 

「最悪名簿に名前書いてもらうだけでもいいから、ね?ね?お願いね!」

 

 

はあ、と海より広く谷より深いため息をつきながら、がしがし頭を掻いた大輔と呼ばれた少年はめんどくさそうにうなずいたのだった。大仕事が終わったとばかりに幼なじみは鼻歌交じりで隣を歩いている。とうとう、今日がきてしまった。どうしよう、という不安ばかりが浮かんでは消えている大輔は浮かない顔を隠すことができない。なにを勘違いしたのか、幼なじみは責任を感じてしまっていると思ったようで弁解にはいる。

 

「あ、でもでも、伊織は入ってくれること確定してるから、あと2人でいいからね?」

 

「2人もかよ、多くね?」

 

「仕方ないでしょー、部長たちお台場中学校いっちゃったからこっちくる暇ないって断られちゃったんだから」

 

「だよな」

 

「弱小部はつらいわくっそう」

 

おどけた様子で笑う幼なじみにつられて大輔は笑った。

 

どこで間違ってしまったのだろうか。

 

光が丘テロ事件は仕方ないのだ。大輔は初代選ばれし子供ではないし、お台場霧事件が発生する前に引っ越すなり転校するなりして巻き込まれれば問題ない、とテレビ越しにニュースを見ているだけだった。お台場集合団地に引っ越すと聞いたとき、いよいよきたのかと覚悟したはずなのに。

 

3年前のサマーキャンプの時は参加できたし、太一たちの冒険を見届けたし、キャンプから帰ったあとバケモンたちに襲われてひどい目にあったはずだ。そのときのことはぼんやりとしか思い出せないが、ホメオスタシスによる記憶操作があっただろうから、ネットで拾ったニュースで脳内保管したにすぎないけども。

 

問題はお台場霧事件のあと、大輔の家族は引っ越してしまったことだろう。京が通う小学校に転校した大輔は、ここの小学校に通い始めて3年目になる。京の家族は新しくできたマンションに入ったテナントでコンビニを始めたが、今更転校はイヤだとごねた子供たちの要望、通えなくもない距離であるという理由から転校しないままだ。

 

大輔は太一と知り合う機会に恵まれないまま、今に至る。もちろん先輩の応援にいった大会で、太一や空、光、光子郎を目撃することはあったし、それなりに会話もした。それでもほかの小学校という壁は大きい。こんなことなら1年生の時から入っておけばよかった。ドラマCDで太一のことを何となく覚えていて、それからサッカー部に入った感じだったから、それに倣ったのが裏目に出た。

 

小学校2年生のとき転校したせいで、サッカー部でみんなと知り合いだったという事実を作ることができなかった。京が2000年の夏休みのささやかなネット上の大バトルを目撃したはずなのに、いまいち覚えていない、みたいなフラグはちょくちょく見えるのになにひとつつながらないままここまできてしまった。どうしよう、が先に来る。

 

「そんな心配しなくても大輔が声かけたらきてくれるでしょ、一人や二人」

 

「幽霊部員ならなー、まあなんとか」

 

「それで十分よ、十分。あとはいいわけを考えるだけね、よーしファイトだ私!」

 

この小学校にはパソコン部がなかった。でも、大輔も京も伊織もいるのだ。せめてパソコンが自由に使える時間を確保しないと、もしもの時ほんとうに詰んでしまう。入りたい部活もクラブもないとコンビニの手伝いをしていた京に、パソコンサークルを持ちかけた大輔である。もちろん部長直々のお願いには答えるつもりでいた。それと引き替えにサッカー部の後かたづけ当番はいろいろと変わってあげないといけない。

 

サッカー部だってないがしろにはできないのだ、レギュラーにならないと天才少年として頭角を現し始めている一乗寺賢と知り合う機会が永遠に失われてしまう。2年前の小学生のひき逃げ事故の記事は覚えているのだ。もうなにも起こらないことは絶対にない。父親が海の向こうで死んだと泣きじゃくりながら京と大輔に打ち明けてくれた伊織を飛行機に送り出したあの夜から、大輔の中で関わらないという選択肢は消え失せているのである。

 

できるだろうか、たった3人で。誰もデジモンのことを知らないのに。うちに秘めた不安をあざ笑うように、校門をくぐり抜けた大輔にサッカーボールが転がってくる。おーい、と当然のように誘ってくる友達という日常が迫り来る。大輔はなにも考えたくなくてグラウンドに向かって走り出した。約束忘れないでよねー!って叫ぶ幼なじみの言葉には、おざなりな返事だけ返しておいた。

 

 

「ありがとね、大輔。ほんと今日はたすかったわー、こういうとこきっちりしてるからほんと助かる」

 

「じゃあポテチな、ピザポテト」

 

「うっぐ、抜け目ないわね。わかったわよ」

 

「すいません、大輔さん。僕も誰か連れてきたらよかったでしょうか」

 

「あー?いいっていいって。だって伊織、クラブ初めてだろ」

 

「でも・・・・・・」

 

「っつーか、よく伊織のじーちゃん許してくれたよなー。めっちゃこえーじゃん」

 

「京さんと大輔さんがいるっていったら許してくれました」

 

「なんだそりゃ」

 

「ま、当然よね。私たちの仲だもん」

 

「は?」

 

きょとんとしている大輔に京と伊織は顔を見合わせて笑った。

 

「なんだよ、お前ら。無視すんな!」

 

「拗ねないでよ、大輔」

 

「そうですよ、ほめてるんです」

 

「ぜんぜんうれしくねえ」

 

「そーいうとこが大輔よね」

 

「どーいうとこだよ」

 

「なーいしょ」

 

「はあ?」

 

疑問符がたくさん飛んでいる大輔に京はひとしきり笑ったあと、やっとできあがった書類を職員室にいる顧問の先生に持って行くと出て行った。サークル存続に必要な人ぎりぎり5名分、そして5名集めてきたら今年もやってあげるといってくれた技術の先生である。期限ぎりぎりの達成だった。あぶないあぶない。大輔は京が帰ってくるまでネットでもして遊ぼうといいながらネットをつなぐ。

 

 

「いいんですか?」

 

「いーんだよ、いっつも遊んでるだけだし。たまにタイピングとかしてそれっぽいことするけど」

 

「タイピングですか?」

 

「そーそ、伊織もやるか?」

 

「はい!」

 

ローマ字表を引っ張り出し、大輔は伊織がローラー運んでくるのを待ちながらパソコンのファイルを開く。突然、知らないフォルダが開かれた。そして鮮やかな光がディスプレイを照らす。完全なる不意打ちだった。光の直撃を食らった大輔はたまらず目を覆う。大輔、伊織、そして扉の向こうに消えていく。堅い感触が膝に落ちた。

 

「なな、なんですかこれ!?」

 

「うっあ、まぶしかった、目がしばしばする」

 

「大丈夫ですか?」

 

「大丈夫じゃねー、なんだこれ?」

 

思いっきり目をつむっても光の残像が消えてくれない。心配そうに伊織がやってくる。どだだだだっと足音がして、豪快に扉を開いた部長が帰ってきた。

 

「なにこれ、パソコン室からとんできたんだけどー!って、大輔、あんた大丈夫!?」

 

「やっべえ、目が死んでる!」

 

「保健室いく?」

 

「や、そこまでやばくはねーけど、あーやっと収まってきた」

 

「よかった・・・・・・ところで京さんにもきたんですか?」

 

「そうそう、そうなの。なにこれ?」

 

「そんなのしらねーよ、いきなりパソコンからぶっ飛んできたんだ」

 

「パソコンから?」

 

大輔の指さす先には、知らない画面がディスプレイに表示されている。京はおそるおそる近寄ってみる。どうやらカーソルが仕事をしないようでまったく動かないという。かちかちやっている京の隣にやってきた伊織と大輔は機械をぽちぽちしてみるがデジタル時計と意味不明な英単語が表示されるだけでただのおもちゃでしかない。

 

説明書もなしで渡されても意味不明である。あーもうなにこれ!と京はいらいらしながら声を上げる。ハッキングされていることはわかるのに、その発信元がデジタルワールドとかいう意味不明なサーバらしい。

 

所在地がデジタルワールド、サーバの名前もデジタルワールド、なるほど意味がわからん状態である。大輔はそれとなく後ろを向き、謎のデジタル時計をかざす。大輔のデジタル時計に反応した画面が切り替わる。突然の変化に驚く京の後ろで大輔はどーした?とのぞき込んだ。

 

DIGITAL GATE OPEN

 

その表示と共に3人は光の濁流に呑まれて消えた。

 

「いってえええ!お前らはやくどけよ、つぶれるーっ!!」

 

大輔の悲鳴が森に木霊する。大輔の声に我に返ったらしい京と伊織はあわてて退いてくれた。近くには壊れかけのパソコンが転がっている。どこをどう見てもここからきたのだ。体の節々が痛む。大げさに痛がりながら立ち上がった大輔はあたりを見渡す。ここどこ、とさすがの京は不安でたまらないようで、心なし大輔との距離が違い。伊織もあまり離れたくないようであたりを見渡しながら大輔たちから離れようとしない。

 

とうとうきてしまった。先導者のいないまま、デジモンカイザーのいる世界に。大輔は二人の不安をかき消すように、自分を鼓舞する。

 

「どこだここ?!」

 

「そんなの私が聞きたいわよ!」

 

「どこなんでしょう、見たことないです」

 

「えーっと、パソコンに吸い込まれてー、あ、あれか!?」

 

はじかれたように京と伊織がパソコンをみる。デジタルゲートは開きっぱなしであり、見慣れた教室がうつっている。大輔が何の躊躇もなく手を伸ばしてみるとぐにゃりとゆがんでしまった。

 

「えっ、えっ」

 

「なんだこれおもしれえ!」

 

一気に頭をつっこんだ大輔に常識人二人のつっこみが飛ぶ。デジタルゲートは律儀に大輔をふたたび吸い込んでくれた。もどれる、ということが判明すればもう二人の反応は安堵に変わる。

 

「どこなんだろー、ここ。パソコンの中?」

 

「東京じゃないですよね」

 

「もしかしてゲームの中か?そんで、これで入れるとか!」

 

脳天気なほど明るい大輔にだいぶんほぐされた緊張感である。京たちは謎の世界をちょっと探検することに賛成してくれたのだった。

 

大輔たちが迷い込んだのはファイル島だった。先代の選ばれし子供たちのパートナーが守護デジモンをしているはずだ。ダークタワーがたっていたら進化できずに退化しているはずである。はやいところ、おもちゃのまち、ファクトリアルタウン、はじまりのまち、ミハラシ山のどれかにいって助けてもらうべきだ。選ばれし子供を知っているほかの守護デジモンたちなら、このデジタル時計を見せればわかってくれるはずだ。

 

森を抜けるため、ひたすら大きな道を歩いた。やっと開けた道に出たとき、そこに巨大な黒い塔がみえた。これはまずい。非常にまずい。はじまりの街はエレキモンしかいない!大輔は焦る内心をひた隠しながら、頭上にいくつもそびえる巨大な黒い塔を指さす。空を突き刺す黒い針にいやな感じを覚えるのはみんな同じようで、あれについて聞いてみよう、とようやくみえたはじまりの街の看板をくぐった。

 

「誰だ、お前たちは」

 

そこに現れたのは、エレキモンではなかった。レオモンでもない。ライオンみたいなデジモンだった。

 

「え、な、なに、ライオン?!」

 

「しゃ、しゃべってる・・・・・・僕たちの言葉がわかるんですか?」

 

「お前たちは・・・まさか、カイザーの仲間か?」

 

「は?」

 

きょとんとしている大輔たちに獣型のデジモンは、警戒は解かないもののいやな気配はないと不思議がっている。

 

「なあ、ここってどこなんだよ?俺たち、これにつれてこられたんだけど」

 

デジタル時計を差し出した大輔に、獣型デジモンの目の色が変わった。

 

「それはっ・・・・・・!やはり、貴様等、カイザーの仲間か!」

 

「だからカイザーってなんだよ?」

 

「お前たちとにたような奴だ。平和だったこの世界に現れて、突然世界征服を始めた。あの塔が建てられると俺たちは進化することができなくなる。なすすべがないまま、俺たちはカイザーの手下のデジモンにすみかを奪われたり、無理矢理働かされたりしているのだ。選ばれし子供は世界を救う英雄だと聞いていたが話が違うぞ、どういうことだ!」

 

「だーかーら!俺たちにいわれても知らねえよ!気づいたら俺たちはここにいたんだよ!」

 

「気づいたら?やはり、別の世界からきたのか、カイザーと同じ世界から!」

 

「どうする、大輔。なんか歓迎されてないみたいだけど」

 

「僕たち、ここにいちゃいけないみたいだし、帰りませんか」

 

「えー、せっかくきたのにもう帰るのかよ、つまんねえ。でもしかたねーか」

 

これ以上長居するとライオンのようなデジモンに攻撃されてしまいそうだった。はあ、とため息をついた大輔たちは始まりの街をあとにした。どうやら選ばれし子供を知らないデジモンとあたってしまったようだ。運がない。大輔たちは森に引き返した。

 

「そういえば、さっきからこのデジタル時計、ぴこぴこなってるけどなんだろう?」

 

「え?」

 

「ほら、ここ」

 

「あ、ほんとだ」

 

「なんか気になるしいってみるか?」

 

「さんせー!」

 

 

 

京たちは迷わずの森を抜け、先に進んだ。

 

そこにあったのは洞窟である。おそるおそる進んでいくと、なにやらミミズのはいつくばったような文字が並んでおり、それにふれるとまるで波紋のように光が広がった。結構な広さである。デジタル時計は光っている。

 

それを頼りに進もうと洞窟に向けると、まるで歓迎するかのようにすべての文字列が発光し、まるで蛍光のようにあたりをてらす。一様に明るくなった。すごい、すごい!とまるでSFのような世界に京がうれしそうに笑う。もっと先に行ってみよう、と好奇心が先を急がせる。さっさと帰りたい、という気持ちは2対1に押し切られ、伊織はあと少しだけですよ、としぶしぶうなずいてついてきてくれた。

 

ダイノ古代境、とデジ文字でかかれていることを確認する。大輔は冷や汗が伝うのがわかる。ここらへんだろう、と予想はついていた。問題はデジメンタルが出現する条件が先代の選ばれし子供たちの紋章と対応している場合、大輔たちは完全なる詰みとなることだ。頼むからいてくれ、と願いながら、どんどん先を進んでいく。そこにはぽっかりとあいた空間が広がっていた。

 

「ここ、は」

 

ぽっかりと広がる空間があった。その先にはちょっとした山があり、その頂に炎を模したデザインの石が鎮座している。どきどきしながら大輔はよじ登る。無理しないでよ、とスカートできてしまった京はそこで待っている。伊織はついてくるのに疲れてきたのか京のとなりでぜいぜいいいながらすわりこんでいた。近づくにつれてどきどきが止まらなくなる。そこには、大輔が待ちわびてやまなかった炎のデジメンタルがあった。

 

「勇気の紋章がねえ・・・・・・」

 

どこをみても、炎のデザインしか見あたらない。太一たちと知り合わなかったから、デジメンタルの出現条件は違うのかもしれない。これが持ち上がらなかったらどうしよう、という不安をかき消したくて、大輔はそれに手をかける。まるでサッカーボールのような重さだった。

 

意外と大きな石だった。それは大輔の手の中でどんどん小さくなり、まるでデータチップのようなものになってしまう。突然の変貌に困惑していると、からっぽになった石があったところから、なにかが飛び出してきた。

 

「いやったああーーー!やっとでられたー!」

 

それは大輔が待ちわびていた声だった。ぴょんぴょん飛び跳ねる姿はげんきいっぱいの竜の子供である。目があったとき、きっと大輔は笑っていたのだ。それをみた青い竜の子供は、その赤い目をへにゃりとして、それはもう全力で喜んだ。歓迎されていることがわかったらしい。

 

「デジメンタル持ち上げてくれてありがとな!ずーっとまってたんだよ、オレ!」

 

両手をがしっとつかみ、上機嫌な青い竜の子供は、おわあああっと振り回される大輔をいいことにダンスに巻き込む。

 

「オレ、ブイモン!デジメンタル持ち上げてくれたってことは、オレのパートナーなんだろ?な、な、名前は!?」

 

「お、おれか?」

 

「うん!」

 

「お、俺は大輔、本宮大輔」

 

「大輔、大輔、うんわかった、大輔な。覚えた!オレ、ブイモン!よろしくな!」

 

「お、おう、よろしく?」

 

「えへへー、オレのパートナーどんなやつなんだろーなーってずっと考えてたんだよ。まさかこんなに時間かかるとは思わなかったけど、大輔にあえたらどうでもよくなったからまあいいや!」

 

「さっきからなにいってんだよ、えーっと」

 

「だからブイモンだっていってるだろー!大輔はオレのパートナーで、このデジタルワールドを救うためにきた選ばれし子供なんだ!」

 

「え、あ、ちょ、一気にいうなよ、えええっ!?」

 

大輔の大声に京と伊織が駆けつけた。二人をみたブイモンが目を輝かせる。

 

「さっすがは大輔!もう仲間つれてきてくれたんだな!」

 

「え、ちょ、さっきからなんの話してんだよ、ブイモン?!さっぱり話についていけねえんだけど!?」

 

お前は誰だとか、そういったものを吹っ飛ばして、ブイモンという存在を肯定し、名前で呼んでくれるだけでなくパートナーであることにつっこみもしない大輔の反応はブイモンにとってとんでもなくうれしいものだったらしい。大輔からすれば、すでにいろんなことを知っているブイモンが予想外すぎてついていけていないだけなのだが。

 

ブイモンってこんなにいろんなこと教えてくれる奴だっけ。光子郎さんがいないから、ゲンナイさんたちが手を回してくれたんだろうか?いろんなことがわからない世界である。大輔がブイモンとすっかりうちとけて漫才じみたやりとりをしているのをみて、どうやら二人は警戒するのもバカらしくなったらしい。

 

選ばれし子供とか、デジメンタルとか、いろんなことを質問する。驚くべきことに、なにひとつ言葉に詰まることもないまま説明してしまったブイモンである。もう大輔は開いた口がふさがらない。こんなやつがもうひとりの自分とかどういうことだ。オーバーハイスペックすぎないか、なんだこれ。すごいな、としかいえない大輔に、ブイモンはほめてもらえたとスキップで喜んでいる。

 

「ってことは、この近くに私や伊織のパートナーもいるってこと?」

 

「うん、いるよ。ただ、ここよりちょっと遠いんだ」

 

「もしかして、このぴこぴこ表示してるところですか?」

 

「そうそう!二人がいかないとオレが案内したくても洞窟がでてこないんだ。だからさ、今から迎えにいこうぜ、大輔!」

 

疑問ではなく確定事項のようだ。あたりまえのように手を握り、ブイモンは先を促す。

 

「あ、そーだ、大輔」

 

「今度はなんだよ」

 

「そのデジメンタル。それに差してみて」

 

「これか?」

 

「うん」

 

いわれるがまま差してみると、どうやらSDカードだったらしい。デジメンタルがダウンロードされ、デジタル時計に表示された。

 

「あ、私のとこにも出てる」

 

「僕にもでました」

 

「なんだこれ?」

 

「オレたちが戦うとき必要なんだ。これは炎の力が使えるデジメンタル。オレを進化させるとき使ってね」

 

「進化ってなんだよ」

 

「やってみればわかるって。大丈夫、大丈夫」

 

「なんだそりゃ」

 

「オレと大輔がいるんだ。それに京や伊織だっている。もう負ける気がしないね。へへっ、もう好き勝手なんかさせやしない。がんばろーぜ、大輔!みんなでデジタルワールドを救うんだ!」

 



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光子郎の両親の実子

交通事故がよく発生する場所というものは存在する。交通量が多い道はもちろん、三本以上の道が複雑に絡まる交差点や郊外のカーブした農道なら、ドライバーは意識して運転するものだ。

 

しかし、一見すると普通の交差点だったり、見晴らしのいい一本道なのに交通事故が多発する場所がある。特に交通事故の起こりやすい理由が全くないなら、まさにオカルト現象である。だが、理由もなく事故が多発する場所は存在しない。実はそれなりに起こりやすい理由があるものだ。

 

 

 

交差点はいうまでもない。そもそも交通事故が起こりやすい場所だ。ちょっとした不注意や強引な運転が原因で事故を招きやすい場所である。見通しの悪い道路も事故が起こりやすい場所としては定番だろう。

 

曲がりくねった山道、海岸沿いの歪な道。一見すると見通しがよくても、路地からいきなり子供が飛び出してくるような生活道路もある。あるいは高速道路などの交通の大動脈に続く県道、国道といった速度が出やすい道をあげられる。ドライバーの未熟さ、うっかりミス、路面の状態といった条件の重なりで引き起こされる場合もある。

 

 

 

そんな一般的な交通事故が起こるとは思えない場所でも、やはり交通事故は起きる。その場合は、道路自体に原因があるものだ。交通量のわりに異様に交通事故が多い交差点や一本道。たとえば、道路全体が微妙にカーブしていて、ちゃんと曲がったつもりでも曲がり切れていなかったり、曲がりすぎたりする。

 

道路に気付かない勾配があり、知らぬ間にスピードが出てしまう場合もある。そうした事故多発ポイントは地元の人間ならば、ひやりとした経験や口コミ情報、噂で分かるから事前に気を付けて運転するだろう。しかし、知らない土地を走る場合は、隠れた事故多発ポイントを知らないわけだから、事故を起こしやすくなるのだ。

 

 

 

今月に入ってから交通事故が多すぎる。なんとなくそう思って調べてみたら、案の定、警察が注意報を発令したというニュースが目に留まった。すぐ下にあった交通事故の解説をスクロールしていた光子郎はため息をつく。光子郎が交通事故のニュースを見るたびに暗い気分になるのは、きっと実の両親の死因が交通事故だからである。

 

今の両親の遠戚だったという大学教授の数学者夫妻が交通事故で死んだ。光子郎がまだ赤ちゃんの頃の話だ。光子郎位の子供を亡くしたばかりの泉夫妻は、親戚の勧めで天涯孤独になった光子郎を引き取って15年になる。

 

新聞で調べればすぐに出てきた。名のある大学教授が一人息子を残して夫妻が事故死なんてショッキングなニュースである。著名な論文を出筆する。コメンテーターとして活躍する。有名な専門書を出版する。精力的に活動していた大学教授の突然の訃報なのだ、当然と言えた。光子郎が仄暗い気分になるのは、交通事故警報が出されるきっかけになった交差点が、実の両親の命を奪ったいわば魔のT字路だからだろう。

 

 

 

ついさっきみた解説のかぎりだと、典型的な隠れ交通事故頻発区域だった。一見すると見晴らしがいい交差点だが、実はカーブを描いている直線とT字路。整備された年代が古すぎて傾斜がある。

 

しかも生活道路と農道を兼ねていた道を潰して国道に格上げしたものだから、バイパスに繋がる関係で飛ばす車が結構ある。実の両親の命を奪った交通事故の詳細を今の両親から聞いたことはないが、調べればデータベースからいくらでも調べられる。

 

今の時代、著名な人間なんてウィキペディアを検索すれば一発だ。自損なのか、人身なのか、それくらいはわかる。自損事故だからこそ、行きどころのない気持ちもあることは、光子郎よりも今の両親の方が知っているはずだ。亡くなった実の両親は、今の両親と旧知の中だったらしいから。

 

 

 

今日が実の両親の命日だということも光子郎にしんみりとさせるには、十分だった。墓参りは今度の休みに家族みんなで行く予定だ。生徒手帳に囲ってある丸はひとつではない。今日も丸がついている。

 

この日は誰とも遊ばないし、デジタルワールドの手伝いもしないと光子郎と親しい人たちはみんなしっている。下校時刻のチャイムが鳴る。別れを告げるクラスメイトたちに紛れて校舎を後にした光子郎は、いつもと違う通学路を歩く。お台場小学校にいく道とも、自宅に帰る道とも違う、正反対の道だ。

 

光子郎が目指す場所を知ったのは、今から5年前。光子郎の実の両親が亡くなった魔のT字路、ニュース速報が正しければ昨日、人身事故があった場所。ここに犠牲者が出るたびに光子郎はこっそり足を運んでいる。

 

 

 

この辺りにはめずらしい、とおりゃんせのメロディー。生活道路と隣接するため交通量が多い。押しボタンが設置されているため、頻繁に信号機が切り替わる忙しない場所だ。さすがにもう事故車両は片づけられ、すべて警察による清掃もおわったばかりのようだ。

 

もう面影はない。一昨日起こった人身事故の詳細と、情報提供を求める看板が目に入る。その近くには近所の人が善意で設置している献花台。よく人身事故が起こる場所だからか、近隣住民は手慣れたものだ。処分するのは近所の人である。冥福を祈るのに必ずなにか供えないといけないわけではない。手を合わせ、名前も知らない人に冥福を祈った光子郎は、息を吐いた。

 

 

 

夕焼けに染まる街に、影が伸びる。それを追いかけていくと、小さな女の子がいた。路肩に咲いている小さな花を集めたのだろう、ビンの中にはちいさな花束ができている。それを隅の方においた女の子は、手を合わせてじいっとしている。よく見れば肩が震えている。

 

光子郎はさすがに気になって声を掛けようとした。顔を上げた少女は、知らない人に声を掛けられたら逃げろとでも教わっているのだろうか。ぐしぐしと顔をぬぐって、少女は踵を返して走っていった。

 

 

「あら、こんにちは」

 

「こんにちは」

 

 

後ろから声をかけてきたのは、献花台を設置している隣のおばさんだった。献花台に雑多に置かれている食べ物がカラスに食われないよう、世話をしているのをよく見る。置かれたまま放置されたそれらはすべてゴミとなる。

 

愚痴を時々聞くこともある。それから光子郎は何も用意しなくなった。初めはお友達が亡くなったのか、と聞かれた。いえ、と光子郎は両親のことを話した。そしたらおばさんはよく覚えていたようで、当時のことを世間話程度だったが教えてくれたのだ。

 

ここにきていることは今の御両親は知ってるの、とあんまりいい顔はされない。仲が悪いのか、と心配もされた。光子郎はとんでもないと首を振る。内緒にしてください、とお願いしてからもう5年だ。大きくなったわねえ、とおばさんは笑っている。

 

 

「ニュースで見たんです」

 

「そうなの。ここのところ、なんだか多くて嫌になるわ」

 

「そうなんですか?」

 

「まあ、どっかに出掛ける人が多いっていうのもあるし、遊びにくる人が多いってのもあるとは思うのよ。でもねえ、なんだか多い気がして」

 

「そんなに?」

 

「もともと多いでしょ、ここ。それでもね、あぶないなーと思うことはあっても、人身なんてしょっちゅう起こるものでもないのよ。でも、ここのところ、ねえ」

 

はあ、とおばさんは憂い顔だ。

 

「いつからですか?」

 

「そうねえ、3月?」

 

「3月」

 

「あのクラゲがたくさんいた事件あったでしょ?」

 

「ああ、ありましたね」

 

「あの時からよ」

 

 

ぎくりと肩を震わせた光子郎だったが、おばさんはテレビはみるがパソコンはあまりしない人のようだ。光子郎たちの正体はゲンナイさんたちを通じてメディアに関してはシャットアウトすることは可能だ。しかし、個人が撮影したものまで介入するにはデジタルカメラもケータイも普及しすぎている。光子郎たちの噂はゆるやかに広がりを見せているが、おばさんたちに届くにはまだまだ時間がかかりそうだった。

 

 

「可哀想にねえ、今回はひき逃げだったのよ」

 

「ひき逃げ?」

 

「雨、降ってたでしょ?」

 

「ああ、はい」

 

 

土砂降りの雨だった。春先の安定しない空模様を象徴するような、これから本格的に暖かくなる兆しの雨だった。一日中ずっとふりっぱなしで、退屈だと太一たちがごねていたのを思い出す。

 

 

「最近、交通事故が多いから、ご近所で集団下校してるのよ。このあたりの小学校はね。あの日も見守り隊のみんなで子供たちを送っている途中だったのよ。そしたら、ろくにブレーキもしないで走ってきた車があってね」

 

指差す先には40代の女性がはねられた人身事故だと書いてある。

 

「今日、亡くなったそうなのよ。可哀想にねえ、お子さん、まだ小さいのに」

 

 

光子郎の脳裏には、先ほどの小さな女の子がよぎった。もしかしたら、あの子は。胸が痛くなる。

 

 

「そうなんですか。犯人、はやくみつかるといいですね」

 

「ホントにね」

 

 

遠くでチャイムが鳴る。

 

 

「暗くならないうちに、お兄さんも帰りなさいな。気を付けてね」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 

こうして光子郎は家路についた。

 

 

 

 

この日から、奇妙なメールが届くようになる。

 

 

 

 

最初はよくあるダイレクトメールかと思った光子郎である。書き出しはチェーンメールによく似ていた。光子郎が行ったあの交差点の人身事故についての目撃情報を募るものである。近所のおばさんだとか、お子さんの友達だとか、差出人は様々だが犯人が許せないから、些細な情報があればメルアドか電話番号を教えてくれというもの。

 

あとはこれを5人以上に送らないと交通事故に遭うという不謹慎すぎる内容だ。さすがに不快になった光子郎はすぐに削除したが、毎日1通は届くようになる。へんなサイトを見た覚えはない。太一たちから流されてきた覚えもない。フリーの捨てアドから送られてきて、ブロックしても無駄だった。

 

そのうち登録してある番号やメアド以外は受け付けないようにしたら、今度は太一たちから光子郎からか、と例のチェーンメールの連絡が来るようになった。さすがに笑えない。どこから情報を得ているのか分からないが、個人情報が漏れている。ここまでくると光子郎は番号を変えた。それでも光子郎のところにはメールがやってくる。さすがにおかしい、と思った光子郎は、テントモンに声をかけた。

 

 

 

 

 

 

あの交差点にやってきた。

 

 

 

 

 

 

「ここが例の事故現場やね、光子郎はん」

 

「そうだよ」

 

「……やっぱりおかしいでっせ」

 

「テントモンもそう思う?」

 

 

光子郎はパソコンを起動する。デジモンを探知するアプリを起動する。交差点を中心に半径50メートル以内に、とても大きなデジモンの反応があった。ダークタワーによって現実世界に侵攻してきたデジモンたち以来の巨大な反応だ。

 

成長期、ちがう。完全体、いや。下手をしたら究極体かもしれない。光子郎の脳裏に、ディアボロモンがこちらの世界にやってくるために大量にあらわれた、クラモン達が過る。あのクラゲが現れてから、交通事故が多発するようになったという交差点。たしかに交通事故は起こりやすいかもしれない。でも、もし。電波障害によって、車や信号機に異常があったことによってひき起こされたのだとしたら。

 

 

 

 

 

嫌な予感は、あたってしまった。

 

 

 

 

 

光子郎はD-ターミナルで大輔たちに招集をかける。何度も事故を起こしているのだ。これが意図的にしろ、意図的でないにしろ、たちが悪すぎる。どうして気付かなかったのだろう。いら立ちをこらえながら、光子郎は大輔たちと合流する。回収し損ねたクラゲの捜索が始まった

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、カオスデュークモン」

 

「どうした、ミコト」

 

「やっと気付いてくれたね、【光子郎】くん」

 

「ああ、そうだな。遅いくらいだ」

 

「今までずっとミコトが鬼だったんだから、今度は【光子郎】くんたちの番だよね」

 

「ああ、そうだ。お前の言うとおりだ」

 

 

 

えへへ、とミコトと呼ばれたいつかの少女はうれしそうにわらう。はやく追いかけてきてくれないかな、つまんないよ。

 

 

 

 

 

「ここです」

 

 

光子郎たちはデジタルゲートを潜り抜けた。

 

 

「やっときてくれた」

 

 

ミコトは笑う。光子郎は驚いたようで、固まっている。彼女の横にはクラモンから急速に進化を遂げたと思われる凶悪なウィルス種のデジモンが佇んでいる。

 

 

「君はあの時の」

 

「【光子郎】くん、待ってたよ」

 

「どうして僕の名前を?」

 

「やだなあ、忘れちゃったの?ミコトだよ。泉ミコト。君のお姉ちゃんになるはずだった、女の子の名前、忘れちゃうなんてひどいなあ」

 

「そんな、まさか、どうして。ミコトさんは、たしか」

 

「うん、そうだよ。でもね、そんなことどうでもいいじゃない。ねえ、【光子郎】くん、遊ぼうよ。ミコトね、ずっと君と遊びたかったんだ」

 

 

光子郎は激しく動揺する。大輔たちはよくわからないのか、光子郎を見ている。光子郎はかすれ声で言葉を紡ぐ。

 

 

泉ミコト。本来なら、泉夫妻の一人娘として育つはずだった、光子郎と年の近い女の子の名前である。光子郎の両親が交通事故に遭う数か月前に、生まれ持った病との闘病生活を終えて、静かに天国に旅立った。

 

そう光子郎は聞かされている。生きていればお姉ちゃん、もしくは妹になるはずだった女の子。幼い姿の面影はそのままに、泉夫妻とよく似ている。雰囲気が似ている。すくなくても、光子郎よりはずっと娘である。生きていれば、なんとなく思いを巡らせるくらいにはもう一人の家族だ。

 

 

「うそだ、」

 

 

光子郎は静かに言い放つ。

 

 

「ミコトさんはもういないんだ。君はミコトさんじゃない。ミコトさんの姿をして、ミコトさんの名前を名乗るなんて、死者を冒とくしている。僕は君を許さない。君が誰であろうとも」

 

「ふうん」

 

 

ミコトと名乗った少女はあんまり興味がなさそうだ。

 

 

「しってた」

 

「え?」

 

「お父さんもお母さんも、そう言ってミコトを拒絶したもの。なによ、せっかく会えたのに。うれしかったのはミコトだけなんてひどいじゃない。ずるいよ、【光子郎】くん。ミコトのお父さん、お母さん、取って、そんなに楽しい?」

 

 

歪に笑った少女に、付き従う暗黒騎士は選ばれし子供たちを一瞥した。

 

 

「今まで、ミコトはお前たちをずっと探していた。今度は、お前たちがミコトを捜す番だ。せいぜい探し回れ。こちらはいつでも待っている」

 

 

左腕にある邪悪な力が宿る真っ黒な盾がかざされる。

 

 

「ジュデッカプリズン」

 

 

暗黒の波動が辺りに吹き荒れる。ゲートポイントが一気に朽ち果てていくのが見えた。選ばれし子供たちの危機を感知したデジヴァイスから、結界が展開される。それ以外の地帯は一気に錆びついた世界と化した。しかも結界の外側がどんどん腐食していき、ぼろぼろと崩れ落ちていくのが見える。このままだとまずい。子供たちは一時退却を余儀なくされた。

 

 

朽ち果てたゲートポイント。穴があいた空間を縫うように逃走した究極体の姿を彼らは追いかけることが出来なかった。デジヴァイスが腐りおち、機能が使えなくなってしまったのである。大輔たちはゲンナイさんたちに修理をお願いするまで、身動きが取れなくなってしまったのだった。

 

 

「ねえ、カオスデュークモン」

 

 

ミコトを抱えながら滑空するカオスデュークモンに、ミコトは縋り付いた。

 

 

「カオスデュークモンは、ミコトのこと、いらないって言わないよね」

 

「もちろんだ」

 

 

言葉少なに肯定した暗黒騎士に、ありがと、とミコトと呼ばれた少女は笑った。

 

 

彼女の記憶は、あのクラゲの日から始まっている。クラゲが成長するために選んだデータは、泉夫妻のミコトという少女の記録だった。電子媒体を食べつくし、それによって再構築された亡き娘。それと引き換えにバックアップしていなかった想い出の写真をすべて吸い尽くされてしまった。

 

その衝撃により、泉夫妻は、言葉を失う。思い描いていた亡き娘そっくりのデジタルモンスターが目の前に現れて、お父さん、お母さんと呼んでいる。デジモンのことをしらなければ、ディアボロモンのことを知らなければ。泉夫妻は手を取っただろう。きっと娘として迎え入れたに違いない。

 

でも、できなかった。光子郎に知らせることもできなかった。愛された記憶は構築されているのに、二人は驚き戸惑うばかりで抱きしめてくれない。ミコトは拒絶されたと判断した。クラゲたちが乱舞していたから、タチの悪い悪戯だという、冗談であってくれというつぶやきを聞いてしまった。

 

過去の写真をばら撒いたりする悪行が太一の両親から伝わっていたタイミングが悪すぎた。ミコトという記憶はあるのに、お父さんとお母さんから拒絶された。少女の絶望は、クラゲを引き寄せる。増殖し、分裂し、合体を繰り返し、物凄いスピードで究極体にまで上り詰めた。光子郎たちが気付かなかったのは、悪い悪夢だと泉夫妻が口を閉ざしたこともあり、データから選ばれし子供を学んだカオスデュークモン達が潜伏を選んだからでもある。

 

 

ミコトという姿をしたデジモンは、すべてを食らい尽くすべく、深淵で光子郎たちを待ちわびている。



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エル博士の禁則事項(AFブイドラモンと博士)

デジタルワールドは、インターネットを宇宙とするなら惑星のような世界である。様々な島や大陸が存在し、ネットの海に覆われている球体の世界である。管理するホストコンピュータの数だけデジタルワールドは存在している。しかし、互換性がないため、それぞれのデジタルワールドは完全に独立しており、互いに影響しあうことはまずない。

 

 

イグドラシルというホストコンピュータが管理するデジタルワールドには、ロイヤルナイツという勢力が最上位のセキュリティ・システムを任されていた。このデジタルワールドにもファイル島やフォルダ大陸とった島や大陸が存在しており、ネット上で公開されている広域の地図でも確認することができる。しかし、この世界地図にも存在しない大陸があるという噂が、テイマーたちのあいだでまことしやかに囁かれていた。今は絶滅してしまったデジモンが生息しているとか、平行世界のデジタルワールドに繋がるゲートがあるとか、ホストコンピュータにアクセスできるとか、様々な噂が流れ、いつしか都市伝説になった。

 

 

その噂に興味を惹かれたハッカーたちがデジタルワールドに不正アクセスを試みては弾かれた。悪質なコンピュータウィルスをデジタルワールド中にばら撒いて、デジタルハザードを実行。ロイヤルナイツが真っ先に守護しようとするエリアを見て、特定しようとする者まで現れた。さすがにそこまでのテロ行為を行おうとするテイマーたちは、二度とデジタルワールドにアクセスできなくなり、現実世界の堀の向こうに消えた。

 

 

ネット上で都市伝説のような扱われ方をしている幻の島。ネット上でそんな書き込みを見るたびに、思わず笑ってしまうのは、その大陸に住んでいる者の特権だろうか。

 

 

 

216 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

噂のディレクトリ大陸に住んでいるけど質問ある?

 

 

 

テイマーたちが集う掲示板のとあるスレッドに、このような書き込みがされた。これがまとめwikiにも載っている「ディレクトリ大陸のデバッカー」の最初の書き込みである。

 

 

 

217 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

なんだそれ?WWW大陸じゃなくてか?

 

218 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

反応すんな

まーた、おれのかんがえたまぼろしのたいりくか

どいつもこいつも考えることは同じかよ

 

219 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

まあこうも情報でてこないと信ぴょう性ないのもわかるけどな

 

220 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

セキュリティ・システム側はなんにも反応しないしてくれないしなあ

突撃したやつらはBAN喰らうのは自業自得としてもさ

ちょっとくらい教えてくれてもいいのになー

 

221 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

おい、話がそれてるぞ

ディレクトリ大陸だよ、ディレクトリ大陸

知ってる奴いねーの?

 

222 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

俺はしらん

 

223 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

オレはあるかも

 

っつーかデジタルワールドなんて、たいていネット用語が地名についてるからさー

それっぽいサイトとか場所なんて腐る程あるんじゃね?

 

224 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

ディレクトリか、フォルダ大陸よりでけーことになるな

そんな大陸あったっけ?

 

225 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

それただのウェブ島じゃないですか、やだー

だれがパンゲアの話しろっていったよ

ムー大陸の話だろ、いいかげんにしろ

 

226 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

ムーが出てきてる時点で、都市伝説認めてるじゃねーか、ワロス

 

227 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

やっぱ知らないよねー、よし、今回は特別にお姉さんが教えてあげましょう!

すくなくてもディレクトリ大陸はフォルダ大陸みたいに黄金伝説があるわけでも、

未発見デジモンがいる魅惑の土地でもない!これだけは確か!

ディレクトリ大陸ってさ、ぶっちゃけデバッカーたちが住んでる大陸なのよ

デジ研の人たちしか入れないから幻なんじゃない?

 

 

 

守秘義務なにそれ美味しいの、とばかりにガンガン書き込まれる機密情報と思しき言葉の羅列。あまりにも堂々としすぎていて、釣りにしても面白そうだから、とスレ住人たちは詳細をもとめる。気をよくしたらしい216は、デジタルワールドのディレクトリ大陸に住んでいるデバッカーである、と自己紹介して、長文をがんがん載せ始めた。このあたりからスレ住人に提案されて、専用スレを立てた。デジタルワールドがメンテナンス中という理由で、締め出しをくらっていたテイマーたちの目に留まることになったそのスレッドは、あっという間に祭り状態になり、スレ数をのばしていった。

 

 

 

デバッカーとは、コンピュータプログラムのバグや欠陥を発見したり、修正したりして、動作を正常にするための作業を行う人のことをいう。デバックは面倒で退屈な作業であるため、基本的にはアルバイトを雇うことが多いのだが、デジタルワールドの規模になるとそうもいかない。デバックのスキルだけではなく、この世界に流通しているツールに精通している必要がある。デジタルワールドを構成するプログラミング言語やツールがあまりにも複数あり、複雑なため、難易度が跳ね上がるのだ。

 

 

しかもデバック作業は、プログラムの実行やデータ変更による観測、時間を巻き戻すこともあるため、その一つ一つが世界の成り立ちに直結しているデジタルワールドにとって、それを代行する人間がいるとすれば、それは信頼ができる者でなければならない。デジタルワールドのいうバグとは、世界を脅かす脅威であることも多いため、それを発見するデバッカーの仕事は極めて重要なのだ。

 

 

たとえば、2体のデジモンを1体に融合することで知られるジョグレスの失敗で誕生した、特異なデジモンが知られている。それは総称してカオスモンと呼ばれている。1体の体に2つのデジコア保有している、あまりにも不安定で寿命が短い生命体。反発する2つのデジコアを無理やり融合させている状態のため、暴発したら甚大な被害をもたらす。だから早急な駆除が求められる。そもそもカオスモンはデジタルワールドでは絶対に発生しない生命体であり、誕生するとしたらそれは人災しかない。

 

 

デバッカーに求められるのは、バグを認識することなのだ。そして、発生源をデジタルワールドから分離させ、ディレクトリ大陸が存在するデバック空間に転送する。そして原因を特定し、修正方法を決定する。そしてテストをする。その繰り返しである。

 

 

経験を積んだテイマーは、どこでバグが発生しやすいかよく知っている。それはプログラムの構造などから、可能性を見出し、判断できるからだ。そのため、疑うのが仕事であるとも言えた。注意深く、デジタルワールドを構成するプログラムが正しいか検証し、確かめる必要がある。そのため、デジタルワールドの表舞台から隔離されたデバック空間で、研究者は暮らしている、らしい。

 

 

28 名前: 216[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

毎日、あんたたちがデジモンたちときゃっきゃウフフしてるの、ぐぎぎぎしながら、

ひたすらモニタを見渡すだけのお仕事です

むしろヤバくなったら、真っ先に出てかなきゃいけないのが辛いところです!

いやはやデジタルワールドは地獄だね!

 

29 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

いやいやいや、ちょっとまてよ

いくらなんでも危なすぎるだろ、それ

 

30 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

もしかして、最近メタルエンパイアあたりで力付け始めてるテイマーたちが言ってたのって、おまえらなの?

 

31 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

なにそれ

 

32 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

あそこのテイマーたちやばいよ、マジデジモンもテイマーも見境ねえもん

片っ端からデジモン集めてさ、いろいろやりたい放題なんだよ

まだあそこらへんだけどさ、そのうちほかのエリアに飛び火しそうで怖いんだけど

 

33 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

俺が見たのは、たんなるテイマーキラーっぽかったけどなあ

マジでそんなヤベーやつらなのか?オレのガルルモンであっという間だったんだけど

戦利品もしょべーし、全然強くなかったんだが

 

34 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

したっぱは大したことねーけど、上の連中はマジでやばいみてーだぞ

魔人とか堕天使とかいっぱいいるみたい

 

35 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

リリスモンがいると聞いて

 

36 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

ブラックセラフィモンもありだと思うの

 

37 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

腐ってるおねーさんは座っててください

バカ、そこはレディデビモンだろ

 

38 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

一応言っとくけど、男しかいねーぞ

 

39 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

それはそれでありじゃね?

 

40 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

え?なにか問題でもあんの?

 

41 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

ソレナンテ・エ・ロゲ?

 

42 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

お前らwwwww

 

43 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

だめだこいつら、はやくなんとかしないと・・・

 

44 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

おまわりさんこいつです

っつーかさ、ホント、ロイヤルナイツはこいつらを捕まえるべきだと思うんだよ

そしたらもっと世界はキレイになるのに

 

45 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

おいやめろや

俺はまだつかまりたくねーぞ

 

46 名前: 216[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

どこに潜んでたの、あんたたちww

でもそんな暇人なあんたたちに、ここだけの話をしてあげる!

デジタルワールドの四聖獣ってしってるわよね?デジタルワールドの安定を司る4体のこと

シェンウーモンとチンロンモン、スーツェーモン、バイフーモン

もちろん中国の古代の考え方を取り入れたデジモンたちなんだけど

実はスーツェーモンとシェンウーモンの守護してる方角、逆wwww

 

 

 

このコメントが書き込まれた瞬間、デジタルワールドを守護しているデジモンたちを紹介しているページがアクセス不能になる事態に陥った。

 

 

 

88 名前: 名無しのテイマー[sage]投稿日:20XX/XX/XX(日)XX:XX:XX

やっとみつけた(♯゜Д゜)

 

 

このコメントのあと、216のコメントは突如途絶えたため、デジタルワールド関係者に怒られたのではないかという噂が実しやかに流された。ちなみに、一週間にも及ぶメンテナンスのあと、スーツェーモンとシェンウーモンの守護する方位は、本来収めるべき方角にちゃっかり修正されていたのはいうまでもない。

 

 

 

 

 

「ああもう、やあっと見つけたっ!エル博士、アンタって人はもう!エージェントのAI乗っ取るなって何度言ったらわかるのさ!毎回毎回連れて帰る羽目になる僕の身にもなってくれよ!」

 

「アルフォースブイドラモン、あなた、レディーの扱い方がなってないわよ。いくら面倒だからって、俵運びはどうかと思うわ」

 

「誰がレディだって?」

 

「私以外にいるとでも?失礼しちゃうわ」

 

「その言葉そっくりそのまま返してあげるよ、エル博士。確かに今のアンタはレディだけど、そのアバターはエージェントのだから返してあげるんだ」

 

「えー、結構きにいってるんだけどね、これ」

 

「ダメに決まってるでしょ!いいかげんにしてよ!」

 

 

 

クロンデジゾイドの中でも最軽量で知られるレアメタル、ブルーデジゾイドで作られた聖なる鎧に身を包んでいる聖騎士は、疲労の色を隠しきれないでいる。はああ、と大きくため息をつきながら、肩の上でもがいている女性アバターのテイマーを抱えたまま、歩き始めた。空を裂き、大地を割る剣は両腕のV字が刻まれたアンクレットにしまわれており、わざわざ両手でテイマーを拘束している。

 

 

こうでもしないと、ちょっとした隙をみて、エル博士と呼ばれたテイマーは、行方をくらましてしまうのだ。今回は発見に大分時間をくってしまった。原因は、間違いなく彼女お手製の「かくれが」である。アルフォースブイドラモンが空を飛ばないのは、この建物の外は湖のそこだからである。

 

 

結界が張り巡らされているため、水に侵食されることもなく、完全に切り離された始まりの街ひとつ分のエリアが、湖のそこに広がっていた。家があり、広場があり、小さな街がある。デジタルゲートが常時展開している関係で、空気の廻りが滞ることもない。無駄に快適な空間である。外に出れば、水族館のような空間が広がっている。

 

 

湖の下に沈んでいる隠れ家なんて誰が思いつくだろう。彼女いわく、ホメオスタシスがサーバをやっているデジタルワールドでやってたらしい。いったいどこからそんな情報を仕入れてくるのか。このデジタルワールドから離れることは絶対にないアルフォースブイドラモンからすれば想像もできない話である。

 

 

ぶーぶーいいながら彼女は未だにアルフォースブイドラモンの連行から逃れようとあがいているが、勝手知ったるなんとやら、家を出て広場を通り過ぎ、デジタルゲートにアクセスしてロイヤルナイツが管轄しているゲートにつなげる。しばらくして、見慣れた聖域がひろがった。

 

 

 

 

ずんずん歩いていくアルフォースブイドラモンは、エルを担いだまま、ロイヤルナイツの居城に向かう。警備を固めているナイトモンたちが一瞬固まるが、エルだと分かるとアルフォースブイドラモンに敬礼とともに労いの一礼をして門を開ける。

 

 

ほかのロイヤルナイツの面々は、エルが引き起こした何度目になるかわからないトラブルの収拾に追われてそれどころではないので、誰ともすれ違わなかった。

 

 

バラの庭園を通り過ぎ、何十段もある階段を上り、真っ赤な絨毯のひかれた大理石の廊下を歩き、彫刻が立ち並ぶシャンデリアの門をくぐり抜け、ようやく彼はロイヤルナイツの面々と会議をする時に使用する大広間にやってきた。

 

すぐとなりには、妙齢の女性が椅子に座っている。しかし、ぐっすり寝ているようで、椅子の背もたれに体を投げかけたまま、微動だにしない。毛布がかけられていた。

 

ここでようやくエルはアルフォースブイドラモンから解放される。もちろん地面に着地するなり、一目散に逃げようとする彼女の腕を掴むのは忘れない。彼がひとりで彼女とここに来たのは、彼女の周りには誰であろうといてはいけないからである。しぶしぶ真っ赤な椅子に座ったエルは、つかない足をゆらしている。

 

 

「イグドラシルに四聖獣の方位が間違ってること教えたの、エル博士でしょ?おかげで今デジタルワールドは大変なことになってるんだよ。なんてことしてくれたのさ!」

 

「なーにいってるの。間違ってたのはそっちのほうじゃない。私は聞かれたことを答えただけよ?四神なんて超メジャーな中国の神話じゃないの。それを間違えてる方がどうかしてるのよ。東は青龍、南は朱雀、西は白虎、北は玄武。ちゃんとあるべきところにあるべきデジモンが守護してくれないと厄災から守ってくれるわけないじゃない」

 

「あのねえ。たしかにそうかもしれないよ?でもさ、今すぐにやらないと大災害が訪れるなんて言われたら、デジタルハザードを警戒するにきまってるじゃないか!その結果がごらんおありさまだよ!テイマーたちが一斉に方位のことつっこみだしたせいで、イグドラシルはいよいよ本気にしちゃって、大騒動になってるんだよ、ああもう」

 

 

 

アルフォースブイドラモンが頭を抱えるのも無理はない。エルの提言を重く受け止めたイグドラシルの緊急指令により、突然司る方位を入れ替わることになったスーツェーモンとシェンウーモン。まず混乱したのは四聖獣とディーヴァたちである。

 

 

超究極体が2体同時に、ろくに前準備も許されないまま、ぶっつけ本番同然の状態でデジタルワールドの最深部で引越しを敢行したらどうなるか。もちろん大災害がおこった。大陸が消えた。島が消えた。ついでに海も消えた。空間ごとなくなった。デジタルワールドの一部が消滅し、時間軸がずれてしまった。そのデジタルハザードを方位の誤りによるものだと判断したイグドラシルは、ロイヤルナイツに指令を下したというわけだ。

 

 

事態の収拾はもちろん、デジタルワールドの復興にもそうとう時間がかかるだろう。何も知らないテイマーたちからすれば、四聖獣の方位の誤りをテイマーたちに突っ込まれたデジタルワールド側が、あわてて直そうとしてデータを削除してしまったことによるトラブルと笑い話になるに違いない。勘弁してくれという話である。

 

 

「そもそもイグドラシルの相談役である高等AIを乗っ取ったアンタが悪いんじゃないか!」

 

「ふっふっふ、ものは言い様だよね、アルフォースブイドラモン。そもそも警備がザルすぎんのよ、ここのセキュリティ・システムは。ちょっと内側からハッキングしたらガバガバじゃないの。もうちょっと強化しとけっていっといて」

 

「そういう問題じゃないよね?前々から言ってるじゃないか、僕たちの許可なくデジモンとかNPCに憑依しないでって!」

 

「だって暇なんだもの、ここ。さっさと私を自由にしてくれたらやめてあげるわ。私を現実世界に返して頂戴」」

 

「それだけはできないよ、残念だけど。だってアンタは危険すぎる」

 

「うん、知ってる。でもそれが何?なにか問題あるの?」

 

「ああもう、僕がアンタを見捨てられないの知ってて、そんなこというのやめてよ」

 

「ほっといてくれていいのに。惚れた弱みってのは人間もデジモンも変わらないみたいねー」

 

「エルのバカ」

 

「ごめーんね」

 

「その姿で謝られいても違和感しか感じないから、やめてよ。ちゃんとした言葉は、ちゃんとした姿ですべきだよ、エル」

 

「わかったわよ、はーいはいっと」

 

 

アルフォースブイドラモンは、がくんと崩れ落ちる女性のアバターを捕まえる。そして、椅子に座らせた。中身がなくなったアバターはただの着ぐるみだ。AIが目を覚ますまで、仲間のエージェントに引き取ってもらうため、そのアバターをすぐに転送する。これがあるとまたエルがこのアバターを乗っ取ってしまい、いつまでたっても元の姿に帰還しない。なにもなくなった大広間にて、ぐったりしていた妙齢の女性が目を覚ます。白衣にはシワができてしまった。うーん、と大きく伸びをしたエルは、久しぶりの自分の体を確認してから椅子に座った。毛布が落ちる。それを拾い上げたエルは、笑った。

 

 

「ごめんなさいね、アルフォースブイドラモン」

 

「うん、ごめんですんだら、僕たちいらないよね」

 

「ですよねー」

 

 

ロイヤルナイツが帰ってきたら、なにが待ち受けているのやら。逃げる方法を必死で思考しているらしいエルに、とりあえずアルフォースブイドラモンは、逃げ出さないように、という名目の元捕まえておくことにしたのだった。目的地はアルフォースブイドラモンにあてがわれている部屋である。

 

エルは、現在、ロイヤルナイツのアルフォースブイドラモンの助手として、セキュリティ・システムに所属しているデジモンである。もともとはデジモン研究の功績をかわれて、デジタルワールド側が招致した新進気鋭の研究者だった。デジモンの進化にかんする研究に割り当てられ、さまざまな成果を上げたのだが、ある事件に巻き込まれてしまったのだ。

 

 

それはあるクラッカーが放った悪質なプログラムが新種のデジモンとして誕生したことから始まる。そのデジモンに実態はなく、人間やデジモンの影に取り付くデジモンであり、取り付いた人間やデジモンの絶望を栄養分として喰らい続け、摂取した量で凶悪なデジモンに進化するというものだった。標的になった研究所で働いていた同僚やデジモンがそのデジモンに感染してしまう。エルも例外ではなかった。

 

 

そしてそのデジモンは進化するときに宿主のデータすら取り込んで進化してしまう。アルフォースブイドラモンですら思い出したくない悲劇の場所で、かろうじて生き残ったエルもまたデジモンに変異してしまった。不幸にもデジモンの進化に権威のある研究者だったことで、2体のデータが融合するときどうやって自我が決定するのかしっていた。その結果、デジモンでありながら人間のころの根源的記憶を維持できた。そのデジモンの性質が扱えるマッドサイエンティストが誕生してしまったというわけである。

 

 

エルは、触れたデジモンやテイマー、NPCに乗り移ることができるようになった。そのデジモンの性質を考えれば、乗り移らなくても触れた対象にコピーを感染させることができるはずなのだが、エルは元に戻るために研究すること以外に興味を示さなかった。人間時代のデジタルワールドへの功績と、その特異な性質を研究したい、という彼女の意向により、デジタルワールド側は彼女を保護することにした。管理下においたほうが安全だと考えたのだ。どちらにとっても。

 

監督役にアルフォースブイドラモンが手を挙げたのは、おそらくガレキに埋まっていた彼女を救出したからだろう。

 

そのせいか、もともと自分に無頓着だったエルは、ますます生きることと死ぬことに頓着しなくなってしまった。刹那的な生き方をする彼女のもっぱらの行動原理は「おもしろそう」である。その結果、ロイヤルナイツにおいて、彼女のやってはいけないことリストは毎日のように更新され続けている。

 

 

「とりあえず、お仕置きだね」

 

「えーっと、それはなんでしょうか、アルフォースブイドラモンさん。ごめんなさい、かんべんしてください、しんでしまいます」

 

 

アルフォースブイドラモンがこれから何をしようとしているのか、察した彼女は悲鳴を上げた。

 

 

 



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光の妹

「ただいま-!」

 

 

元気な女の子の声が八神家に響き渡る。勢いよくドアを開けた女の子は、自分の体より大きいランドセルを抱えて、入ってくる。靴を脱ぎ、スリッパに履き替え、やってきた。

 

 

「おかえりなさい、あかり。おやつあるから、手を洗ってきてね」

 

「はあーい!」

 

 

今日のおやつはなーにっかなー、と歌いながら脱衣場に向かった少女は、すみっこに片付けられている台を持ってくるとその上に乗っかる。そして、学校で習ったばかりの手洗いの方法をするため、腕まくりをするのである。タオルで手を拭いていると、ただいま、という声が聞こえる。あかりはあわてて脱衣所から出た。

 

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、おかえりなさい!はやいね!」

 

 

にこにこしながら出迎えてくれた妹に、太一と光はただいまと笑顔で返した。

 

 

「ただいま、あかり」

 

「ただいまー!」

 

「わ、テイルモンさんだけじゃなくて、アグモンさんも一緒なの!?おかえりなさい!」

 

「ぼくも会いたかったよ、あかりー!」

 

「わーい!」

 

 

いつもはデジタルワールドのファイル島にあるエリアの守護デジモンもやっているアグモンである。テイルモンはいつも光と一緒に帰ってきていたが、アグモンが一緒に帰ってきたのは冬の頃だったから、本当に久しぶりである。軽く1年くらいたつだろうか。当時幼稚園児だったあかりとの初対面はアグモンにとっても大事件だった。テイルモンにいわせればこっちの世界にくることができるようになった四月の頃から大事件である。

 

 

八神あかりは小学1年生の女の子である。太一とは7歳差、光とは4歳差の女の子だ。お台場霧事件のときはまだ1歳だった。光が風邪をひき、太一がキャンプとくれば、まだ1歳のあかりと光の面倒をお母さんは一度に見られない。実家に帰ろうと考えたら光がいやがって聞かない。結果、お父さんが看病、太一は一人でキャンプにいくことになり、お台場霧事件の時にはさいわい巻き込まれずにすんだ。1年後の冬休み、夏休みはいずれもデジタルワールド、もしくはネット上での出来事だ。アグモンたちがあかりと会う機会はなかった。あかりは太一や光から、デジモンのこと、デジタルワールドのこと、いろんなことを聞かされて育った。実際にデジモンと会うことになったのは、2002年からなのだ。テイルモンはびっくりである。玄関から入ってきたら、きらきらした顔の女の子がかけてくるのだ。テイルモンさんってよばれたし。かつての光によく似た女の子だから、もしかして妹かと聞いたらうれしそうにうなずいたのだ。ああだから3年ぶりに会った光はやけにお姉さんじみているのかと悟ったテイルモンである。太一も光もデジモンのことが大好きになってくれた妹がかわいくて仕方ないらしい。年の離れた妹なのだ、あたりまえだろう。だから、選ばれし子供のこと、戦いの日々についてはなにも教えていなかったのだった。

 

 

アグモンたちと手をつなぎながらやってきたあかりは、さっそくおやつをあげることにしたらしい。光と違って不思議な力があるわけでもなく、太一たちのように選ばれし子供になるような事件に巻き込まれたこともない、普通の女の子として育ってきたあかりである。今日も遊びに来たとしか思っていないのだった。

 

 

八神家は太一の部屋、光の部屋、そして両親の部屋にわかれている。あかりはまだ1年生だから両親と一緒に寝ているのだ。おやすみなさーい、とお母さんと一緒に部屋に入っていったあかりを見届けて、太一は光を部屋に呼んだ。これから、ジュンさんや百恵さんといった新しい選ばれし子供が現れた理由と、新たな敵について調べるためである。

 

 

お母さんが寝静まったころ、あかりはトイレに行きたくて目を覚ました。何度ゆすっても起きてくれない。むくれたあかりはしぶしぶ起きた。そしたら、パソコンが光っている。

 

 

「だいじょうぶ?」

 

 

飛び込んできた赤い生き物をあかりはそっと抱きかかえる。ぐったりとしている小さな命を抱えて、あかりは一生懸命看病した。

 

 

「なんでおれをたすけた」

 

「え、だめ?」

 

「おれはおわれてるんだぞ」

 

「わるいひとに?」

 

「おまえのあにきやあねきから」

 

「えっ、デジモンさん、わるいひとなの?」

 

「・・・おれをあいつらにひきわたすのか?」

 

「どうしておわれてるの?」

 

「しらん」

 

「え」

 

「きづいたらおわれてた」

 

「なんにもわるいことしてないのに、追われてるの?それってへんだよ、デジモンさんかわいそう」

 

「・・・・・・」

 

「わかった、わたし、デジモンさんのこと、かくしてあげる」

 

「いいのか?ばれたらおまえもただじゃすまないぞ?」

 

「え、そうなの?」

 

「わかってないのにいったのか、おまえ」

 

「だってデジモンさん、怪我してるもん。痛そう。元気になるまで一緒にいてあげる」

 

 

にこにこ笑ったあかりから脱出する気力もないギギモンは、勝手にしろとばかりに目を閉じた。

 

 

「おれの名前はデジモンさんじゃねえ、ギギモンだ。おぼえとけ」

 

「ギギモンさんだね、わかった!」

 

 

給食からこっそり持って帰ってくるお菓子、光が学校から時々持って帰ってくる京のコンビニの商品、そういったものを重ねながら、ギギモンは少しずつ元気になっていった。

 

 

「ギギモンさん?」

 

「今のおれはギギモンじゃねえ、ギルモンだ」

 

「ギルモンさん」

 

「あかり」

 

「なーに?」

 

「頼みがある」

 

「?」

 

「おまえのあねきが持ってる機械があるだろ、あれ、もってきてくれ」

 

「えっ」

 

「ずっと考えてた。どうして追われなきゃいけないのか。どうして嫌われなきゃいけないのか。当たり前だと思ってたんだ。でもあかりが優しくしてくれた。だから疑問に思った。おれはどうしてこんなことになったのか、知りたい」

 

「いくの?」

 

「ああ」

 

「・・・・・・わたしも、いく」

 

「なんだと?ほんきか?」

 

「だって、ギルモンさん、ひとりぼっちはさみしいよ?」

 

「・・・・・・勝手にしろ」

 

「うん」

 

 

お姉ちゃんごめんなさい、と謝りながら、眠っている光の枕元からこっそり機械をもっていく。あかりはギルモンとともにデジタルゲートを開いたのだった。

 

 

デジタルワールドは、あかりが太一や光から聞いていた世界ではなかった、空は灰色の雲に覆われ、たくさんのデジモンたちが争いを繰り広げている。傷つき、倒れるデジモンたちがたくさんいるのに、気にかける者は誰もいない。

 

 

「ここ、ほんとにデジタルワールドなのかな?お姉ちゃんたちがいってた世界じゃない」

 

「おれの知ってる世界はこうだった」

 

「そうなの?」

 

「ああ。ここにいたら見つかる。こい、案内する」

 

「うん」

 

 

あかりはギルモンにつれられて、かつて住処にしていたというエリアにつながる転送地点へ移動した。

 

 

「けっ、主のいない間に好き勝手しやがって」

 

 

そこは荒らされ放題の洞窟だった。やけに生活感がある一角があるが、すべて物取りにでもあったかのようにひっくり返されている。

 

 

「ここがギルモンさんのおうち?」

 

「ちがう。おれをかくまってた物好きのアジトだった場所だ。今はどっかいっちまってるみたいだな。ここを拠点にするぞ」

 

「うん」

 

 

そして、少しずつ調べていくうちに、デジタルワールドがおかしいことにあかりたちは気がついた。

 

デジタルワールドがおかしくなり始めたのは、半年前らしい。この世界の四つの方位を司るデジモンたちが、それぞれの領土をめぐって争いをはじめたのがきっかけだという。それぞれの領土にすんでいるデジモンたちはそのデジモンに付き従うことで世界は戦争状態になったというのだ。おかしい、おかしすぎる。さすがにあかりだって気づく。これはいくらなんでも太一たちが教えてくれたデジタルワールドとかけ離れているではないか。

 

太一たちは教えてくれたはずだ。アグモンはファイル島のエリアのひとつを守護していて、とっても大変だけど偉い仕事をしていると。やることは四つの方角を司るとっても偉いデジモンがいて、そのデジモンのいうことを聞いて、みんなが仲良くやれるようにすることだって。太一たちもいろんなことをしてるんだって。そのとっても偉いデジモンが戦えっていっているというのだ。みんなが仲良くしないといけないって、太一たちにいっているはずのデジモンたちが。

 

 

ここにいたるまでで、ギルモンとあかりはファイル島、サーバ大陸、フォルダ諸島、といろんな地域をめぐり、突き止めることができた。その旅路でギルモンはグラウモンに、メガログラウモンに、進化していった。テイルモンやアグモンみたいに、疲れるとちっちゃくなったり、もとにもどったりしないんだねってあかりは不思議そうにいう。そのたびに彼は鼻を鳴らして笑うのだ。おれはほかの奴らとは違うんだと。

 

 

「思い出した」

 

「どうしたの?」

 

 

ずいぶんと遠くまで来た、という話をしていたとき、メガログラウモンはぽつりとつぶやいた。不思議そうに首をかしげるあかりに、彼はしばらくの沈黙の後口を開いた。

 

 

「おれは止めようとして、それで」

 

「メガロさん?」

 

 

ブラックがつく種族にばかり進化してきた彼は、どんどん長くなる名前にむずがゆくなり、いつしか愛称でよばせるようになっていた。

 

 

「あかり、あのとき、おれを助けてくれたこと感謝する」

 

「え?どうしたの、突然」

 

「おれはようやく思い出すことができた。おれがこの世界にきたのは、そう、この世界を救うためだ」

 

 

テンペスト、というウィルスの仕業だと彼はいう。四聖獣すら狂わせるほど強烈な感染力を持つ強力なウィルスだと。

 

 

「どうしてメガロがそれをしってるの?」

 

「それは、おれが、」

 

 

彼は立ち上がる。

 

 

「あかりは隠れていろ」

 

「え?」

 

「敵襲だ」

 

 

それは1年前、あかりがはじめて見た怖いデジモンだった。どうして、が先走る。あのとき、お兄ちゃんたちが倒したはずなのに!

 

 

「やっとみつけた」

 

「え?」

 

「半年前、おれの前に現れ、おれから奪い去っていったその力返させてもらう!」

 

 

あかりは怒りを見た。

 

メガログラウモンがひれ伏したデジモンをつかみあげると、0と1の粒子に砕き、そして体に取り込んでいく。鮮やかな光があたりを包み込んだ。そこにいたのは、漆黒の騎士だった。青いマントを翻し、彼はあかりのところに向かう。

 

 

「テンペストは七大魔王が放った悪質なウィルスプログラムだ。おれはそれを止めるために派遣された。だが、それを察知され、二つに裂かれた。ようやく本来の姿を取り戻せた。感謝するぞ、あかり。さあ、選ばれし子供たちのところに向かうぞ、さすがにゲンナイたちエージェントが四聖獣たちの違和感に気づいているはずだ」

 

 

カオスデュークモンはあかりを乗せ、ゲンナイの隠れ家に向かった。ずっと行方不明だったあかりをみた光は無事でよかったとあかりを抱きしめて泣き出してしまう。なにやってんだ、ばかやろう!と太一の怒った声を聞いて、あかりはごめんなさいといいながら泣いた。そして疲れて寝てしまったあかりを見送り、彼らはカオスデュークモンから新たなる脅威についてようやく正確な情報を入手することができたのだった。

 

そして翌日。

 

 

「いくの?」

 

「ああ」

 

「どうして?」

 

「そういう運命だったからだ」

 

「そっか、ならまた会えるよね」

 

「なぜそう思う?」

 

 

あかりは笑った。

 

 

「だってわたしが会いたいから」

 

「いってろ」

 

 

薄く笑ったカオスデュークモンは青いマントを翻し、姿を消した。あかりの元に彼が帰ってきたのは、ちょうど2年後、小学校4年生になったときのころである

 

 



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