いちゃいちゃ大好き提督日常 (ぶちぶち)
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始まりは響から 提督はこんなやつです

 転生者として俺は、艦これの世界に転生していた。

 まず一つ言わせてもらいたい。いや本当、色々と言いたいことはあるのだがね。

「難易度設定ミスってますからあ!!!」

 ガチである。ガチガチである。いや、むしろガチの十乗位はあるかもしれない。

 

 …戦争。戦争であった。二次創作で見たことはあったさ。イチャイチャハーレムと同じ位、そんなシリアスな艦これもあった。

 だけど物語るなら、なんかこう……あるでしょ!! ほんとにさ!!

 と、まあ。苦労を垂れ流してもしょうがない。てんやわんやで数年間頑張って。そう。そうして、ようやく平穏っぽい――夕立に懐かれてえなあ!! 俺もなあ!!

 

 てーとくさん。疲れたっぽい? なでなでするっぽい! とか言われてえなあ!!

 でさ、でさ。あの艶のある金髪を撫でたらさ! えへへ、褒めて褒めて~。とかさ! あの声で言われてえよなあ。

「そんな余裕とかなかったんですけどね!!」

 

 はっはっは! 此処までの提督業は本当に地獄だったぜ!!

 うわああっ、ほんと! まじほんと! こっからだから。こっからいちゃつくから。

 季節は春。二月からの着任で、ようやく人心地ついた今日この頃。

 提督がいちゃつける鎮守府に着任しました。これより、欲望のままにがんばります!

 気合い! 入れて! イキます!!

 

 

 俺の朝は早い。午前三時に起床して、食事などを済ませて身支度を調える。

 寝室と執務室が隣であり。トイレやバスルームなど。上下水道の設備も整っている。やろうと思ったなら、この部屋から一切出ないでいられる。ぶっちゃけ、ここ一月はこの部屋を出ていない。

 

 うむ。仕事が滞るね! やったね! 日常が仕事だね!! くたばれ!!

 い、いいもの。ようやっと後方勤務に就けたのだもの。

「…補給が満足になかった最前線。は、ははは」

 良いんだ。楽しもう。楽しむぞ。二ヶ月かけて、ようやく此処の生活も安定した。楽しむぞ!!

 

 さてさて。今日も仕事に取りかかるのだが、そんなモノはどうでも良い。どうでも良い。あえてもう一度言おう。

 どうでも良い!! 今日から! 俺は!! エロエロでやっていくんだ!! ぐへへ。

 

 あ、でも。無理矢理とかはNOである。てか、提督権限で好き放題とかロマンがないし。うん。へたれじゃないし。紳士なだけだし。

 うん。そこは譲れない。ここは譲れません。提督の名にかけて。いや、俺がかけたいのもっと白濁とした。

 

 はい。真面目にやろう。

 午前六時位になると、秘書艦が執務室へと来てくれる。

 こんこんと小さくノックが二つ。愛らしい少女の音色。

「入ってくれ」

 

 言葉を返したなら。

「司令官、失礼するよ」

 駆逐艦・響が入室してきた。

 滑らかな銀髪。湖面の如く澄んだ両目。

 幼く小柄な体とは裏腹に、落ち着きと知性を感じる静かな表情。

 

 整った面立ちは、将来美人になるだろうと直感させる。

 今も十分愛らしいが、妖精みたいに儚くて。どこか現実味に欠ける。

 幻想的な雪の美少女。響を語るならば、この言葉こそ相応しい。

 

 黒と白を基調としたセーラー服は、水兵にも、学生にも見える。そうして見ると、大人と子供の中間の魅力も感じるわけで。つまりはそういうわけで。響は天使なわけで。

 そんな美少女が目の前にいるんでひゅ~!! ぶほっほっほ!!

 やばい。やばいよコレ。響が接する空間から、世界が浄化されていくもん。

 

 アレ? 響って神だった? ってなるもん。初期艦として、秘書艦として、色んな地獄を越えてきた仲である。

 さっきの妄想みたく。夕立がなでなで甘え合う感じなら。響は、こう、うむ。

 俺は響のパンツが見たい。もう一度言おう。響の! パンツが! 見たい!!

 

 そう。そうだ。駆逐艦はアカンけど。響は違う。苦楽を共にした相棒。つまり身内であり、本来あってはならないのだけど。正直、勃起します。

 響には! 勃起します!! さあ、今日の命題は一つ!!

 俺は今日中に、彼女のパンチラかパンモロを拝むのだ。



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やっぱりこんなやつです

「おはよう。良い朝だね」

 耳に届く透き通った声。静けさは冬の風みたい。ただ心に通る透明感のある声色。好き。いっぱいちゅき。

「ああ」

 

 んんっ! 俺の声から言葉が出にゃいにょ!! もっとこう、素敵な言葉で返したいのに!!

 …と、いかん。落ち着け。先程から感情が爆発しすぎている。冷静に。そう冷静に。

 パンツを見るのだ。

 

「今日もよろしく頼むよ。司令官」

「こちらこそ」

 何時も通りのやり取りを経て、お互いの業務が始まる。

 

 それはどうでも良い。こなしてきた量と密度が違う。十分の一程度の意識でも、滞りなく処理出来る。毎日繰り返している業務だ。面白みなんて欠片もない。

 問題は、どうやってパンツを見るか。それだけだ。

 

『響、パンツを見せてくれ』論外。

『おぱんちゅを拝見出来ませんか』引くわ。

『汝が纏いしセイなる衣を示せ』意味が分からん。

 冷静に考えてみれば、パンツを見るのはとても難しい事なのでは?

 

 当然か。いや待ってほしい。想像してほしい。そう。想像しろ…!

『し、司令官…恥ずかしいよ』

 響は赤面しながら、仄かに震える小さな両手でスカートをたくし上げる。徐々に、徐々に裾が上げられて、中の秘所を隠す下着が。

 良い! 良いね!!

 

 問題は!! 恐らく俺が命令しても、そんな事にはならないという事実。

『……司令。貴方はそういう人だったのか。прощай(プロシシャーイ)

 と軽蔑されるだけだろう。そうして艦隊全てに伝達されて、俺の評価は地に落ちきる。

 

 興奮してきた。じゃなくて。うんうん。

 ただでさえ、容赦ない用兵と練兵で怯えられていたのだ。此処で位、どうにかしたいと思ってはいる。いるんだよ。ほんとほんと。

 今はパンツだ。パンツを拝もう。

 

 さて。状況を冷静に分析しよう。

 執務室の内装。少し広めのワンルーム。木製の机と椅子。秘書艦用に同じ物がワンセット。彼女の小柄な体に合わせて、サイズは若干小さめに作られている。

 電灯や資料用の本棚など。それらの基本的な設備はあっても、他の遊びは存在しない。

 

 謎の掛け軸とか。BARテーブルとかはない。脱衣所もな……はっ!? そ、そうか。脱衣所を設計すれば、ほぼほぼ合法的にパンツが見られる。

 というか、最早裸も見られる。と言っても過言ではない。

 なぜなら脱衣所だから。脱衣、そう衣を脱ぐと書いて脱衣。完璧――なわけがない。

 

 一体どの面下げて、此処に脱衣所を作れば良いのだ。意味が分からん。

「司令官」

「どうした?」

 なにやら彼女が訝しげに俺を見ている。可愛い。

「難しい顔をして考え込んでいるけど、何か問題でもあったのかい?」

 

「いや。今日の仕事は既に完了している。不備なく、不足もない」

 就いたばかりの頃は辛かったが、今は平和である。

 響もそうだろう。大した仕事量はないのだ。今日もこの鎮守府は平和である。

 

 一日の大半は、響との時間に使われている。俺も読書やトレーニングをしてみたり。艦隊の規模は小さくないのだが、如何せん資材管理のお仕事。遠征と演習が主なので、緊張感が薄いのも事実。

 

 響以外の艦娘とも話せてないからな。まあ、仕事漬けで閉じこもっていたのもあるが。引き継ぎとかも終わったし、そろそろ関わりたいもんだ。…怖がられて、もっと言うなら、畏れられているんだよなあ。

 どうしたもんだろう。はははは。いや、良いんだけども。

 勘違い系とかで、実は好かれている可能性は。

 

 なんて考える時点でないだろう。うむうむ。

「そいつは良かった」

 ほっと息を吐く姿。萌える。小さな動作が愛らしい。ぎゅっとしたい。むしろぎゅっとされたい。

 

『甘えん坊だね』

 とか耳元で囁かれて、正気を失って獣になりたい。それで、ダメだよと叱られたい。

「ならどうして、考え込んでいるのかな」

 言えるわけがないだろう。

 

「私には話せない内容?」

 察したのか、少し寂しそうに問いかけてきた。ちょっと心が痛むけどな。仕方ないね。

「難しい問題だ」

 

「…そう。まだ私は、貴方に信頼されていないんだね」

「それは違う!」

 慌てて訂正すれば、落ち込んだ顔から一転し笑いながら言うんだ。

「ふふ。冗談だよ」

 

「からかってくれるな」

 心臓に悪いだろう。

「私と君の仲じゃないか」

 やだかっこいい。仲も嬉しいけど、俺は響のスカートの中が気になるなって。

 

「一日の殆どを共有して、数年も経っているんだ。家族みたいなものだろう?」

 だから俺は、響には興奮するんだけどね!

「…見た目の年齢差を考えれば、兄か父だろうな」

「兄さん、とでも呼ぼうか? 司令官にそういう趣味があるとは思わなかったな」

 

 ジト目で見る響に興奮してきた。めっちゃ可愛い。ぞくぞくと背筋を快楽が通る。

「どういう趣味だ」

「見た目年下の女の子に兄と呼ばせて、悦に浸る趣味さ」

「ふん」

 

 あえて、気を害した様に顔を背けた。にやけそうな表情を見られたくない。

「ははは! 怒らないでくれ。親愛を示しているだけだよ」

「そういえば聞こえは良いがね」

「分かった。悪かった。お詫びをするよ。何が良い? 何でも良いよ」

 

 じゃあパンツ! って言えたら苦労しねえよ!! だってこれ信頼的なアレじゃん。嫌われたくないし。昔からの仲間は響しかもう残ってないし。この鎮守府で俺に好意的なのって、彼女くらいだもの。

 夕立で妄想してたけど、此処の夕立は俺に懐いていないからな! ぽい~!! …ちょっと真面目に。



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こんなやつも時にはシリアスです

「ならば、絶対に轟沈するな」

「へえ?」

 彼女の困った様な笑顔。響らしい。静かで優しい感情の色。

「後方勤務。それも資材管理の遠征ばかりだからと、油断は絶対にしないでくれ」

 転生者の運命は物語を運ぶ。嫌って程、実感させられた理。

 

 こうしてパンツを見る事に、心血を注げる俺でいたいのだけれどな。

「信頼出来る不死鳥として、生き残り続けてくれ」

「…まったく。日常のやり取りで、硝煙と血の臭いを思い出させるなんて」

 呆れて微笑んでいた。でもね。ここでパンツと言えたら、今の俺はないと思うの。

 

 ほんとね! 自分でも嫌になるんだけどね!! …こっからだから。パンツはここからだから。――ここからだ。俺の戦いはここから始まるんだ!!

 ふふふふ。無駄にカッコイイ声で決めてみた。響には言えないけどな!!

 

「悪い」

 無粋なやり取りである。此処でしていい発言じゃない。

 ここに着任してからは、こんな言葉は言わなかったのだけど。

 一大決心を終えたからか。妙に戦場の残り香を感じていた。

 

 などと真面目に考えつつ、どうにかしてパンツを見たいのだけど。見たいのだけど!

 手立てがない。自分の臆病さは自覚している。ふっ。我ながら嫌になるぜ。

 格好つけている場合でもない。いや、パンツを見る場合こそありえないけども。

「ふっ。先にからかったのは私の方さ。――良いだろう」

 

 響が静かに立ち上がって、机を挟んだ対面まで来てくれた。

 仄かに彼女の匂いを感じる。あ、やばい。ちょっとたちそう。落ち着け。

 俺も立ち上がる。真っ直ぐに、響らしい透明感の強い眼に見つめられながら、彼女は堂々と、冷静に響くらしい音色で。

 

「私は貴方の側に居続ける。この名に誓うよ」

 湖のように澄み渡る声。何の気負いもない。当たり前に語られた内容。

 ただその言葉に込められた想いは。ああそうだ。俺だけのモノ。

 いつか、いつか彼女も他の最愛を見つけるかもしれない。

 俺だって、馬鹿な日常を過ごしていく内に、愛する人を見つけるかもしれない。

 

 だけど。それでも。

 俺だけだ。俺だけが、彼女の誓いの声を知っている。

 神聖な宣誓をしてくれたんだ。あ、うん。まだちょっとシリアスが重いというか。言った俺も悪いけど、鋼の臭いがすると言うか。

 もう良いだろう。馬鹿をやらせてくれ。

 

 でも、胸の暖かさは言葉にしたくて。

「ありがとう」

 素直な思いを告げた。彼女が照れたのか。帽子を深くかぶり直して、仄かに赤面しながら言う。

「やれやれ。少し湿っぽくなったかな。何かお腹に入れたら、ゲームでもしようか」

 

「ふむ」

 もう午前十時だ。正午には早いが、朝食の時間を考えれば腹は空いている。

 いつも通りおにぎりにしよう。今日こそ夜は食堂に行くんだ。楽しみを高める為にも、今は質素な感じで我慢する。

 ふっふっふ。間宮食堂のごはんが楽しみだ。エロエロだけじゃない。

 

 俺は世界を楽しみきりたいのだ。どんな味がするんだろうな。

「脳内将棋でいいかい?」

「ああ」

 頭の体操にはちょうど良い。どうにかして、パンチラを拝むんだ。



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罰ゲームです

 それから午前いっぱいを使っても、響のおパンティは見られなかった。スカートの先が遠すぎる。僅か50cmにも及ばぬ布切れが、今の俺には城壁に等しい。

 位置関係は変わらず。俺は提督用の椅子に、彼女は秘書艦用の椅子に座っている。

 

 机に隠されているのと、俺から見て左斜め前にいるので、スカート所か下半身すら見えない。机が邪魔すぎる。提督権限で消し飛ばしたい。そうしたい。

「なあ司令官」

「どうした?」

 

「朝から、もう何局もやっているね」

「飽きたか」

 もう正午に近い。一手二十秒で指しているので、かなりの数をこなしていた。

 

 俺は飽きない。響の声が好きだ。考える姿も美しい。偶に顎をなでる彼女の指を見ていると、堪らなく切ない気持ちになれる。

 あの透明な眼差しには、一体何が映っているのだろう?

 

 脳裏の将棋盤に埋没する響の姿も、どうしようもなく愛おしいんだ。

「違う。そうじゃなくて」

 ちょっと困った風に、だけどなぜかいじわるな笑みで。

「そろそろ、賭けの一つでもしない?」

 

「何を賭ける」

 迷わず問いかけたからか、嬉しそうに響が答える。

「命…はお互いに賭け合ってるから」

 さらりと言える響さん、マジリスペクト。なんだろう。でもパンツを見せてとは、真正面からいけないのだ。

 

 いや、そうなのだけれど。そう考えると他の転生者ってすげえよな。真正面からいけるキャラ性とか、エロスを引き寄せる運命力とか。まじリスペクト。

「古典的だが、命令権なんてどうだろう」

 

「それも互いに、尊重しあっているだろう」

 俺は、響にだけは提督権限を使えない。能力としてではなく。心情の問題だ。

『…この外道!』

 と彼女に言われたなら、あ、うん。きついなあ。辛い。否定出来ないのが尚酷い。

 

「だからさ」

 響が笑う。格好良い微笑み。本当に飽きない。この子との時間は俺の全てだ。

「だから、尊重しないことを望み合おう」

 ふぉ~!! こ、これってアレですよね。誘われてるんですよね!!

 

 い、良いのかい。これはアレかい。どれだ。もうわけが分からん。しんみりとした空気が吹っ飛んだぜ!!

 パンツどころかその先に『…この外道!』

 駄目だ!! 線引きが難しい! どこからどこまでありなんだ。

 

「戦場から離れて、退屈しているのか?」

「違う。断じて違う」

 彼女の瞳が仄かに揺れた。珍しい感情の揺らぎ。きゅんと胸が切なくなった。

 

「日常が楽しいからこそのスパイスだ」

 響含め、第六駆逐隊は揃っている。天龍型の姉妹もいる。天龍幼稚園も出来るのだ!! 

 別に俺の趣味ではない。俺はロリコンじゃない。そっち系列は響限定だ。

 何度も言うが、この鎮守府の目的は資材の管理。および遠征による資材の補給である。

 

 駆逐艦、軽巡洋艦、潜水艦。これら三種類の艦娘が色々揃っている。

 …逆に言えば、お姉様方はいないんだけどね。残念残念。まあ良いさ。良いんだ。

 俺はいつか夕立に懐かれるんだ。ぽい~!! って言われるんだ。

 

「私が勝ったら、そうだな。食事でも奢ってもらおうか」

 あらら。可愛らしい望みだ。少し水臭いぞ。

「それ位なら別に「そうして、食べさせ合おう」



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誘惑です

 世界の全てが停止した。それ程までに、彼女が発した言葉の意味が分からなかった。

 え? あの、響さん? 貴女そういうキャラじゃないような…その、え?

「もちろん、食べさせる時にあーんの言葉は必須だよ」

「……正気か?」

 

 常軌を逸しそうなのは、俺の方かもしれない。

 いや、俺とて一応はまともな…あ、ごめん。ちょっと話を盛ってしまった。

 変態かもしれない。だけど、そこそこ普通の感性はもっている。

 

 響との仲は悪くない。無論、俺が長年培った提督の仮面が、彼女との親愛を生んでいる。分かってはいるさ。完全にさらけ出せば引かれる。嫌だな。

 だけど、素の自分で冗談を返せる程度には、俺も響が好きなんだ。

 

 しっかし驚いた。顔に出してない自分が誇らしい。

「正気だとも」

 響も照れていない。顔も赤くなっていないし、声だって普通だ。

 よく分からない。キャラが掴めていないぞ。不思議ちゃんなのも愛らしい。

 

「実に日常らしい。茶目っ気のある望みだろう」

「ありすぎる」

 提督の威厳的にもキツイ上に、純粋に恥ずかしい。

 これは断らないといけない。かなり興味があるけども、本業を忘れてはならない。

 

「嫌かな」

「嫌ではないさ」

 即答だった。だって寂しそうな顔したもん。無理だろう。そいつは駄目だ。反則技です。

「ふふ。だろう」

 ほっとした微笑み。柔らかな表情。当然だろう? と言いたげなくせして、安堵している反応の全てが愛おしい。

 

 一言で言おう。響さんマジ天使。

「提督の方も、何か考えておいてほしい」

「ああ」

 

 いざ、勝負開始。となったタイミングで、響が椅子を俺の正面に移動させる。

「どうした?」

「これは真剣勝負だからね。対面するものだろう」

 言われてみればそうかもしれない。

 

「そうか」

 対面し戦う位置関係だ。

 真正面から相対しているおかげで、彼女の全身がよく見える状態。

 

 汚れ一つない黒のローファ-。スカートとニーハイがなす絶対領域。

 ぴたりと閉じられたふとももの先には、俺が待ち望んだ黄金郷があるのだろう。

 ゲームで見ていたより幼くなく。すらりとした姿勢から、しなやかな魅力が見られる。発達しているのだ。ふふ、ふふふ。

 

 つまり可愛い。正面に座っているおかげで、彼女の透明な眼差しが俺に向けられている。

 真っ直ぐに凜とした瞳。あまり見続けていると吸い込まれそうだ。

 うひょひょ。っと、とと落ち着けい。

 

 っ!? な、なぜに。

 彼女が膝を抱えて椅子に座り直した。体育座りなわけで。閉じられた脚の先には、お宝があるわけで。

 み、みえ、見え……ない! くそ!! 惑わされているぜ!! やるじゃない。



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ついに得ました

 将棋の盤面が進んでいく。お互いの実力は近く。先程まで、響が加減をしていたのではと思うほど、彼女は徹底的に攻め続ける。

 良いね。脳みそが喜んでいる。戦いは嫌いじゃない。

 

 苛烈な攻めの一手。王将を詰むための動き。不死鳥の在り方とは真逆だが、不思議と彼女らしい手筋だ。

 ところで話は変わるが、責め続けると言葉を変えたなら、最高にエロいよね。いや、だからどうと言うわけでもないけど。

 

 想像してほしい。

『司令。ここが弱いんだ?』

 っていじわるな微笑のまま、ねえ。その、ねえ!! 

 ふう……ん? 目の前の彼女が、瞳を閉じて考え込んでいる。

 

 それは良い。難しい局面だ。思案する姿も美しい。思案する姿に事案が起こりそうだ。そうでなく。余程考え込んでいるのかもしれんが。

 脚の注意が緩んで、開き、ついに、俺が、もとめた世界が。見え。

 

 ま、待て待て。目を逸らすのだ。それはダメだ。ね。もっと状況があるだろう。

 うんうんそうだ。パンツは見たい。でも俺にも誇りが。

 どくん! と己の心臓が音を立てた。嘘をつくなと。本音が湧き出てくる。

 

 …じゃあ、じゃあいつ見るんだよ!! 今じゃなきゃだめなんだ!!

 今朝、今朝方に決意したんじゃないか!! 俺はこれからだって。運命なんかに負けないって。戦い続けるんだって…!!

 

 なのに。なのに俺は目を逸らすのか!? 違うだろう。そうじゃねえだろう!!

 見ろ。見るんだ。見ろ、……見ろおお!!

「ぁ」響には届かなかったであろう吐息。感動は脳を浸して。

 ――それは下着と呼ぶには、あまりにも神々しかった。

 

 美しく。

 純白。

 エロく。

 そしてシンプルだった。

 

 それはまさに聖域だった。

 ドラゴン殺しならぬドウテイ殺し。飾り気なき純白のおパンティ。

 シミ一つない。穢れなき聖布。いや。セイなる布。や、やばい。

 目を逸らさない。焼き付けるんだ。忘れない。再び転生しようと、運命が巡り絶望が訪れようとも。心に刻め。見ろ。見るんだ。

 

 真っ白なパンティ。僅かにくいこんだソレは、彼女のスジをくっきりと示して。

 匂い立つ女の香りはない。清楚な雰囲気。ただただ秘所を隠し。穢れなき乙女の秘密を守る布が、堪らなく俺の心に刻まれていく。

 そ、そうか。そうだな…あれは響のパンツなんだ。

 

 今俺は、大切な相棒の下着を見てるんだ。響の、パンツを。

 愚息が張り詰めていく。血が奪われて、脳に思考が回らん。

 だしたらまずい。出すなよ。絶対に出すなよ。ふう。落ち着け。落ち着くのだあ。

 耐えろ。耐えるんだ。命令権も獲得出来てこその俺であろう。俺を舐めるなよ!

 

 何度窮地を味わったと思う。何度も絶望に苛まれてきた。地獄を見てきたぞ。

 幾千幾万も戦い続けてきた。狂った様に勝利を追求してきたんだ。

 最果てにて。軍神、とさえ民草に謳われた伝説の提督として、ここは譲れない!!  

 

 

「参りました」

 圧倒的大差で敗北した。ソロモンの悪夢である。ソウロウもんの悪夢である。

 で、でもパンツは瞳に刻んだから。響の水平線に勝利を刻んだから。戦略的には大勝利だから。うん。そういうことだ。仕方ない。

 

「司令。約束の報酬をもらおうか」

 俺にパンツを見られたと知らぬ彼女は、にこにこと笑っている。可愛い。

 でも、こんな無邪気に笑う響もパンツを見られてたんだよな。興奮してきた。

「今夜で良いか?」

 あ、この台詞なんかエロい。でも全然エロい事しない。不思議。いや考えろ。

 

 三大欲求の一つを互いに解消し合う。見方を変えればこれもまた、股…おっと、倫理委員会に消されてしまう。仕方ないね。

「時間を空けるよりは、早い方が良いね。うん。そうしよう」

 もう日が落ち始めている。早めの昼食をとってから、一食も食べていない。

 

 将棋の負担がお腹を空かせて、二人で同時に音が鳴った。

 彼女が仄かに照れながら、静かに慣れ親しんだ声で言う。

「ほら行くよ。のんびりとした日常を、共に続けていこうじゃないか」

 響の小さくすべすべとした手に引かれて、俺が執務室から出て行く。

 

 うん。めっちゃ柔らかく小さな手で、最高の手心地なのだけれど。その言葉って、なんか最終回みたいだね!

 そうして、手を引かれながら。日常へと進んでいく。さあ。

 この平穏な日々を楽しもうか!



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むっつり響です 彼女もこんなやつです

 駆逐艦・響として生を受けてから、数年の時が経過した。

 そう言葉にしただけなら、とても軽いんだって。不思議と笑いが零れたのを覚えているよ。

 ――地獄の様な時間だった。司令官との、(はじめ)との出会いから、平和なここに来るまで。

 

 何度も死にかけた。激戦を越えた先に彼は軍神と呼ばれ、私は不死鳥の最果てと呼ばれた。

 大切な仲間達との時間。創が許された部隊は一つ。

 私含めて、六人の精鋭が彼の全てだった。今側にいてあげられるのは私だけ。

 

 戦力の集中を恐れて、他の皆は違う場所で活躍している。

 …寂しい。とは思っている。素直に言えば不安もある。

 強がりな彼の孤独を、私一人で埋められるのかな。激戦がまた起これば。

 

 かつての激戦に、誇らしさはあったかもしれない。

 だけど、正直に言わせてもらえるなら、彼をもう休ませてほしかった。

 私は良いさ。どんな地獄でも行こう。それが役目だから。艦は戦いから逃げられない。でも創は人間だろう。

 

 と、思っているけどね。きっと創は、私達が戦えば逃げられない。

 ああまったく。愛されてるなあ。

 自室。大切な姉妹達との部屋。ここから私の一日は始まる。午前五時。まだ他の姉妹が眠っている時間。

 

「暁姉さん。電、雷」

 愛おしい姉妹の名前を呼ぶ。ただただ胸が温かくなる。

 皆を起こしたら悪い。早く身支度をすませて、今日を始めよう。

 

 寝間着から艦装へと着替えて、武装は出現させずに執務室へと向かう。

 ついたらすぐにノック。返答を待つ。仄かに高鳴る鼓動の音。ああ、いつだって。司令官と会う時は嬉しい。

 それだけ、色んな時間を過ごしてきたからね。

 

「入ってくれ」

 低い声。精一杯威厳を出そうと努めて、威圧感すらある声。くすりと私の笑みが零れた。だって可愛いんだ。阿武姉さんだったら、じゃれつきたくなるのかな。

 龍驤さんだったら、からむね。絶対にからむ。他の三人はどうかな。

 

 私は…胸の想いを隠して、艦娘として向き合う。

「失礼するよ」

 入室した私を、執務机を挟んで椅子に座った彼が見ている。

 

 創の面立ちを一言で言うなら、これしかない。

 修羅。

 きつく寄せられた眉間の皺。くっきりと色濃い目元の隈。眼光鋭く。衣服に隠されて見えないけど、首から下は火傷や銃創などの傷痕が、多く刻まれている。

 

 顔立ちはまだ若く。黒髪黒目の大和男児。語られる戦歴は数知れず。

 歴戦の軍人であり、神と謳われた司令官であり。

 本当は臆病でスケベなだけ。運命に愛されてしまった臆病者なんだって、私はよく知っているんだ。

 

 長年付き合った艦娘と提督は、何となく心が読めるようになる。私たちだけが気付いているみたいだけど、創も意識したなら、きっと心が読めるんだろうね。

 そう。今日の創からは強い決意を感じる。つまり――私のパンツを彼は見たがっている!!



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彼女は考え込みます

 良いだろう。構わない。いや、むしろ歓迎するさ! 大歓迎さ!!

 恋とかそういうのを通り越して、大切な相棒だ。彼が望むなら応えたい。

 外面は怜悧に研ぎ澄まされているくせに、お酒とか疲れが出ると、子犬みたいに愛らしくなる創。ふにゃふにゃと緩む人。

 

 長年の付き合い。過ごしてきた時の密度。皆との思い出がある。大切な時間を共有してきたんだ。

 そんな彼の瞳が、私の下着を見たがっている。

 興奮してきた。

 

 落ち着け。落ち着くんだ。まだ慌てるような時間じゃない。

 ほら、こんなにも良い朝だ。あいさつをしよう。

「おはよう。良い朝だね」

「ああ」

 

 良い! この一言にこめられた想い。そうして、言い終わった後の思い!!

 どうしてもっと明るく返せなかったのか。とか。好き。とか。私も好きだよ!! 口べたなのはお揃いじゃないか!!

 胸にあったかいのが溢れてる。ほんともう。ずるい。

 

 とける。とけるよコレは。しょうがない。しょうがないんだ。

「今日もよろしく頼むよ。司令官」

 永遠によろしくお願いしたい。朝の始まりから、夜の終わりまでよろしくしたい。

 いっしょにお風呂に入りたい。食べさせ合いたい。もちろんね。就寝もね。

 

 駄目かな。駄目だよね。分かってる。私の体がもたない。嬉し恥ずかしで死んでしまう。かつての仲間達にもうしわけない。

 他の五人だったらなあ。もっと上手く接するんだろうね。

 ちょっと自己嫌悪。口べたな我が身が憎い。

 

「こちらこそ」

 ふむ。つまりはケッコンだ。そういう事だろう?

 おっと、待て待て。正気に戻らないといけない。

 今日を始めよう。いつもより甘くて、とても興奮する今日を始めるんだ。

 

 挨拶を終えて、業務が始まる。

 それはどうでも良い。前線の負担に比べれば、笑ってしまうほど楽だ。慣れもある。創が優秀すぎて、私の仕事が少ないのもある。

 おかげで頭を使っていられる。

 

 どうやって、パンツを見せれば良い? 

 はあ、はあ。興奮してきた。やばい。シミは見せたくない。

 でもそれはそれで良い。良いんだ。最高だ。

 

『響、見られて興奮しているのか?』

 良い!! ま、待て。待て待て。暴走している。龍驤さんの胸を思い出せ。――虚無。…本人に聞かれたら殴られそうだ。でもあの人、割と持ちネタにしているよね。

 落ち着いた。さあて、どうすれば良い?

 

『司令官。下着を見てくれ』変態だ。

『つまらないものですが』変態だ。

『我が主足りうる親愛なる同胞よ。我が下衣を見よ』変態だ。

 冷静に考えれば、パンツを見せるのはとても難しいのでは? どうする。



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じっくり考え込みます

 見せることは確定だ。創が嬉しい。私は興奮する。完璧だ。

 しかし、どの様な状況になれば、そんな事が起きると言うのだろうか。

 想像しよう。

 私は、緊張と興奮で仄かに震える手で、スカートをたくし上げる。としよう。

 

『響…?』

 創の視線は私の秘所に釘付けで、まばたきすら忘れて見続けるんだ。最善の提督の仮面を捨てて、素の臆病な彼が姿を現す。赤面し、股間を滾らせながら焼き付ける創。

 良い!! 良いじゃないか!!

 

 問題は、私が本当にそんな行動を起こせば、彼はこう言うだろう。

『君が狂ってしまったのは、俺の責任だ。ごめん。ごめんな』

 そう言い切って、創は静かに泣くかもしれない。

 そんな事を言われたら私は号泣する。間違いない。

 

 ちょっと興奮してきた。落ち着け。と何度思ったことだろう。

 阿武姉さんとかならなあ。

『ねえねえ提督。――それだけで良いの…?』

 甘く優しい声が蠱惑の色を帯びて、とてつもない破壊力をもたらすんだろうね。

 

 私は。ううん。

『…さすがにこれは恥ずかしいな』

 妄想では好き勝手しているけど、ほんとにやると思えば怖い。むう。

 

 まあ良い。状況を整理しよう。

 私と創。執務室にはこの二人だけ。入室してくる者は滅多にいない。

 皆それぞれの思いはあるのだろうけど、引き継ぎ作業に追われていて、関わっている時間がなかった。

 

 それを、今日からよこしまな思いを抱えつつ、解消しようと彼は思っている。と思う。完全な読心でもないからね。

 私のパンツが見たいのは分かるけど、他の心は分からない。

 つまり今日だけが、創に最もパンツを見せやすい日なんだ。

 

 いや、まあ。この外面だけは怖すぎる司令官が、早々に仲良くなれるとは思ってないけど。タイミングとして一番良いのは、やはり今日なのだろう。

 それも踏まえて更に考える。…癒やしがほしくて創を見れば、真剣な表情で考え込んでいた。

 

 彼も本気だ。私のパンツを見たくて、見たくて見たくて堪らなくて、真剣に思考している。

 戦艦四隻と正規空母二隻を、私一人で相手取った時並に集中している。命がけ。まさしく、魂を込めた至高の表情。

 

 とくん。と鼓動が高鳴る感覚。ああ。なんて必死な表情で、私を求めてくれているのだろう。

 恥ずかしい言い方かもしれないけど。艦娘は美人が多い。そうして彼の性癖は、基本的にはまともなんだ。私みたいな駆逐艦には、大して興奮しない性格をしている。

 

 夕立とかには甘えられたくて、畏れられているのを気にしていたり。

 それなのに、私を強く求めてくれている。ああ。愛されてるなあ。

 興奮してきた。

 落ち着け。熱意は感じ取れるけど、他の案件かもしれない。

「司令官」



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真面目な思いです

 はっと気がついたように、彼の意識が外界に戻ってきた。

 思考の早さは相変わらずだけど、こんな色事に使っているのは面白い。

 散った彼女が今の彼を見れば、嬉しそうに微笑むんだろうな。

 

 うん。それを忘れずに、こんなにも日常を楽しんでいくんだ。

「どうした?」

 それを聞きたいのは私の方だよ。心が読めないような繋がりだけだったら、今にも決戦かと覚悟していたね。

 

 いや。ある意味ではお互いにとって決戦かな。

「難しい顔をして考え込んでいるけど、何か問題でもあったのかい?」

「いや。今日の仕事は既に完了している。不備なく、不足もない」

 それはそうだろうさ。何だったら、半年先の計画まで終わっている。

 

 後は結果を書類にまとめて、大本営に提出するだけ。徹底的に、効率的に。ちょっと狂っているよね。能力の高さもあるけど、執念がすごい。

「そいつは良かった」

 それでもさ。彼が死線から解放された証なら、私も嬉しい。本当に嬉しい。

 

 もっと私に甘えてくれても良いのに。雷じゃないけどさ。

『響。もう疲れたよ』

 そういって俯く彼を抱きしめたい。胸で泣かせたい。再起しても良い。落ちきっても良いさ。どちらも愛おしい。

 

 そうすれば、昔の仲間達もここにいられる。戦えなくなった彼を守る為に、我を通していられるんだ。

 そんな逃げを許せない性格なのは知っている。損な性格だよ。

「ならどうして、考え込んでいるのかな」

 

 言えるわけがないよね。だから聞いたんだ。

 予想通り、仄かに赤面している。可愛い。好きだ。

「私には話せない内容?」

 こう言えば、そうやって提督の仮面が緩む。

 

 知っているよ。創をいっぱい知っている。好き。

「難しい問題だ」

「…そう。まだ私は、貴方に信頼されていないんだね」

 

「それは違う!」

 真っ直ぐに見開かれた瞳。射貫くように、真っ直ぐに。惚れ惚れする。

 本当に愛されてるなあ。ふふふ。

「ふふ。冗談だよ」

 

 彼が息を吐いた。緊張が解けた様子も愛らしくて、堪らない気持ちにしてもらえる。

 いっそスカートを脱いで迫ってみようか。ダメだ。彼を傷つけたくないし。その。

 怖いもん。いや。艶本で色々調べたけど。調べたからこそ。怖いよ。うん。困った。

「からかってくれるな」

 

 無理だよ。絶対に無理。愛している人の顔は、色々な方法で見たいだろう? 

 暁をからかうのに似ている。大事な時にはとても頼りになる相手。それも合わさって、普段はからかいたくなるんだ。

「私と君の仲じゃないか」

 

 今は一方通行だけど、心すら読めるほど深い関係。

 とっても落ち着く。いるのが当たり前。いつか訪れる死すら受け入れあって。

 ――大切な人。

 そんな仲も良いのだけど、出来れば私のスカートの中を見せたいなって。



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笑顔が好きです

「一日の殆どを共有して、数年も経っているんだ。家族みたいなものだろう?」

 軍隊は家族と言うのだけど。これは本当なのだと思う。好き嫌いはともかく。だから戦死は辛い。

「…見た目の年齢差を考えれば、兄か父だろうな」

 

 駆逐艦の皆は、司令官に父性を求める者も多いけどね。

 甘え合いたいのさ。父を求めるには、これまで過ごしてきた時間が邪魔をする。

 ちちを求めているのは司令の方だ。などと言えば、解体されそうなので黙っておこう。

「兄さん、とでも呼ぼうか? 司令官にそういう趣味があるとは思わなかったな」

 

 興奮してきた。兄として口うるさいのも良い。お兄ちゃんって呼んだら、どんな顔をするのかな。言いたいけど我慢我慢だ。

 そういうからかいは、もっと人数が多い時にするべき。

 私一人で司令官をいじめるのはもったいない。

 

 今はパンツだ。間違えてはいけない。

「どういう趣味だ」

「見た目年下の女の子に兄と呼ばせて、悦に浸る趣味さ」

「ふん」

 

 拗ねた様に彼が顔を背ける。可愛い。

 にやけそうになってるのも良い。私もにやけそうだ。

「ははは! 怒らないでくれ。親愛を示しているだけだよ」

「そういえば聞こえは良いがね」

 

 おっと。少し声に怒りが含まれているね。――ここだ。

「分かった。悪かった。お詫びをするよ。何が良い? 何でも良いよ」

 滑らかに差し込んだ言葉は希望への導き。来るんだ。ここだよ。きて。……来い!!

「ならば、絶対に轟沈するな」

 

「へえ?」

 真面目な対応だった! そうだね! 貴方はそういう人さ!! 

 これで嬉しいんだから、私も救えないかもしれない。ははは。

「後方勤務。それも資材管理の遠征ばかりだからと、油断は絶対にしないでくれ」

 

 ここの近海なんて、目を瞑っても突破出来る。そもそも私は遠征になんていかない。貴方をサポートしているじゃないか。まったくもう。本当に。ふふふ。

「信頼出来る不死鳥として、生き残り続けてくれ」

 

 私が本気を出した姿。信頼を意味するロシアの艦娘。語られる渾名は最果ての不死鳥。信頼に至りし響として、私は語られている。

 ああもう。パンツ見たいくせに。エッチなくせに。変態。馬鹿。大好き。

「…まったく。日常のやり取りで、硝煙と血の臭いを思い出させるなんて」

 

「悪い」

「ふっ。先にからかったのは私の方さ。――良いだろう」

 立ち上がり、創の前に歩みを進める。彼も立ち上がった。真っ直ぐに見つめ合う。

 スケベで臆病で、どうしようもなく誰かを愛せる普通の人間で。運命が導いただけの貴方へ。

 

 誓おう。

「私は貴方の側に居続ける。この名に誓うよ」

 不死鳥の名は伊達じゃない。我が在り方は貴方と共に。老後も任せて安心。信頼と実績の艦娘さ。ふふん。これで信頼し直しただろう。

 

 外してたら泣く。だばあっと号泣する。そして許さない!

「ありがとう」

 ――あ、と。えっと。

 ず、ずるいよ! なにその笑顔。ダメじゃないか。

 最善の提督を続けてきたんだろう? ああもう。本当にずるい。まったく。

 

 私だけが刻んだ記憶。私だけの宝物。

 いずれ創は、日常の中で誰かと結ばれるかもしれない。私じゃないかもしれない。

 それでも! それでも彼のこの笑顔だけは、私だけが得られたから。うん。良いんだ。

 

「やれやれ。少し湿っぽくなったかな。何かお腹に入れたら、ゲームでもしようか」

「ふむ」

 彼の食事時間を考えると、そろそろ食べたくなるだろう。

 

 もう午前の十時だ。日が大分なじんでいる。

「脳内将棋でいいかい?」

「ああ」

 さあて。どうやってお互いの欲望を叶えたものかな。



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勝利の布石です

 午前の全部を使っても、パンツを見せてあげられなかった。

 ずっと将棋。ひたすら将棋。もう本当に将棋。楽しいけどさ。楽しいんだけど。

 勝負に熱中しすぎて、パンツを見せてあげられていない。ここまで来てしまうと、是が非でも見せたいんだ。

 

 もう創が見たくなくても、私は絶対に見せる。何度くじけようと折れはしない。

 私の二つ名を知っている彼を前にして、屈するは出来ないんだ…!

「なあ司令官」

「どうした?」

 

「朝から、もう何局もやっているね」

 それが全て布石なのさ。最初から本気でやれば、彼もテンションを上げてくる。

 あえて、手を抜く勝負を続けた。時折勝利を真面目に目指して、分かりづらくしたんだ。ふと冷静になると、何をやっているのだと思いそうで。

 まあ、うん。平和な証拠だろう。

 

「飽きたか」

「違う。そうじゃなくて」

 創との時間は落ち着く。興奮する。二つの矛盾した感情が楽しいんだ。飽きはこないよ。

 飽きたとしても、それはきっと喜ばしい事なんだろうね。

 

「そろそろ、賭けの一つでもしない?」

「何を賭ける」

 よしきた。ここで創に勝利を譲るのは、愚か者のする行いさ。

 彼は臆病で、女性経験がなくて、なんだかんだ優しくて甘い。

 

 提督権限を利用して、スケベをしようと思っても出来ない。ならば私からだ。

 そう。私から道を開けば良いんだ。

「命…はお互いに賭け合ってるから」

 ちょっと口が滑った。我ながらクサイ言葉だ。全部本音だけど。

 

「古典的だが、命令権なんてどうだろう」

「それも互いに、尊重しあっているだろう」

 自惚れでなければ、司令官は私に命令をしない。皆の前で形だけは整えるけど、強制力はないに等しい。

 

 深く繋がっている証拠。嬉しいような、隷属したいような。

『響。裸になって足を舐めろ』

 足どころか股間のソレを。良い。奴隷として扱われるのも悪くな。落ち着こう。うん。

「だからさ」

 

 表情にあまり出てないけど、創がきょとんとしている。可愛い。

「だから、尊重しないことを望み合おう」

 落ち着け。まだ妄想すらしてないけど、そうしないと危ない。

 

 パンツを見られる時に、シミが出来ていたら最悪だ。

 コントロール。セルフコントロールだ。慣れているだろう。

 本気で怒った阿武姉さんを思い出せ――やばい。泣きそうだ。違う意味でシミが出来ちゃう。

 興奮は止まった。ならば良し。

 

「戦場から離れて、退屈しているのか?」

「違う。断じて違う」

 いい加減真面目な感じを止めてよ!! もう。いくじなし!

「日常が楽しいからこそのスパイスだ」

 

 大切な姉妹達がいる。同年代に近い駆逐艦達。面倒見の良い天龍さんとか、頼りがいのある軽巡洋艦の人達。練度は私が隔絶しているけど、そんなのは全然関係ない。

 暖かな日常が愛おしくて、ようやく、バカな生き方が出来るんだ。

 

 楽しみきらなければ嘘でしょう。

「私が勝ったら、そうだな。食事でも奢ってもらおうか」

「それ位なら別に「そうして、食べさせ合おう」



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布石を打ちきりました

 ふふ。怖いかい? 私も怖い! 絶対に緊張する。手が震える。想像しただけで色々とヤバい。

 だけど楽しみだ。そうした光景を見た皆も、甘えたり甘えて良いんだって。創の事を見直すと思う。

 

 最悪は…まあ、創が食堂に行った時点で、皆が逃げそうだけど。

 うん。仕方ないよ。姉妹達がいれば良かったけど。残念ながら遠征している。

 逆に考えよう。その状況で残ってくれた人がいれば、その人とは仲良くなれるんだ。

 

 そうすれば、スケベな感じもしやすくなるよね。

「もちろん、食べさせる時にあーんの言葉は必須だよ」

 ふふふ。今から手が震えてきたよ。嬉しいんだけど怖いよね。

 緊張する。攻めすぎたかもしれない。

 

「……正気か?」

 ひ、酷い。何が酷いって、この発言が本気10割なのが酷い。

 我ながら似合わない発言だと分かっているよ。でも良いじゃないか。おふざけをしたいんだ。

 

 創の眼が暗いのはいつもだけど、今はソレに加えて不自然に震えていた。可愛い。

「正気だとも」

 もしくは正気と狂気の区別がついていない。なんて。

 変に戦場の香りは思い出したくない。

 

「実に日常らしい。茶目っ気のある望みだろう」

「ありすぎる」

 でもそれ位しないと、他の皆の緊張は壊せないよ。

 度重なる異常な緊張のせいで、彼の外面は異様に威圧感を与えるんだ。

 

 出会ったばかりの頃はまだ良かったけど。あの時は、私の方が鬱屈していた位だからね。今では比べられない程度には、彼の方が暗くなっている。

 自覚はあるだろうけど。救いとは言えない。可哀想だとも思う。

 なのに、君だって仲良くなる方法を思いついていないよね。

 

 そんなに嫌なのかな。ちょっと傷つく。うそ。結構傷つく。

 他の五人なら、もっと上手くやれるって分かるから。本当に傷つく。

 提督の仮面を壊れる可能性を思えば、私との触れあいは嫌になっちゃうのかな。

「嫌かな」

 

 彼の目を見られない。…ぱ、パンツが見たいだけで。性欲を満たしたいだけで、そういうのは要らないのかな。

 それはやだ。とても悲しいよ。

 

「嫌ではないさ」

 ――だったら素直に受けてよ! もう!

 おっと。変に感情的な姿を見せたら、察しが良い彼のことだ。絶対に警戒する。徐々に仕留めよう。

 

 しかし、そうなんだ。私と触れ合うのも嫌じゃないんだ。ふーん。

「ふふ。だろう」

 創が苦笑していた。可愛い。もっと皆の前で笑って欲しい。

 

 そうすれば、皆だって笑い合える。自分で言うのも変だけど、艦娘は基本的に魂が澄んでいるんだ。素直に来てくれれば拒絶しないさ。

 有能な提督として、安全な場所とはいえ命を預かる者として。

 

 創は最善を尽くそうとしているけど、ようやく楽しむんだろう?

 それなら私も。いや大きく言おう。私たちも楽しんでほしいんだ。

 その上であえて断言しよう――私はパンツを見せたい!!

 

 裸は恥ずかしい。パンツレベルの羞恥が良い。絶対興奮する!!

「提督の方も、何か考えておいてほしい」

「ああ」



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悲願成就です

 さあ、真剣勝負を始める…と思っていたのかい?

 否。そうじゃない。私の目的は主に二つ。

 罰ゲームは当然として、この状況からも彼にパンツを見せる事!!

 焦るな。獲物を前に舌なめずりなど、三流のする行いだ。

 

 私は静かに椅子を持ち上げて、彼の正面へと位置を変えた。

「どうした?」

 訝しげな表情をしている。この状態の意味を分かっていない。それでいい。良いぞ。警戒するな。仕留める。この一瞬で仕留めてみせるんだ。

 

「これは真剣勝負だからね。対面するものだろう」

「そうか」

 納得していた。ふふふ。まだだ! この程度では終わらせない。

 終わらせてなるものか。

 

 座り方を直す。膝を抱えて、少しでも開脚すれば見える状態にもってくる。まだ見せない。見せないよ。

 それじゃあロマンがないじゃないか。ダメだよ。完璧にまでもっていく…!!

 

 彼が息を呑んだのを感じた。目線は向けないようにしていても、見たくて堪らない気持ちがビンビンと伝わる。

 私もビンビンだ! などと言えば引かれるだろうから。無言。

 

 それにしても、こうして正面に座ると、創の姿がよく見られる。

 見た目の怖さは慣れている。よく見れば整ってはいる。そうではなくて。

 脳内の将棋盤に集中しながらも、私のパンツが見たくてしかたない表情。

 というか、もう股間付近を凝視している。決して視線を向けてないのに、意識がめちゃくちゃに集中している。

 

 ヤバい。ダメだよ。熱い。

 どうして、どうしてこんな幼い私を愛せるの? 良いの? 本気になりたい。情欲を交わしたい。あ、だめ。だめだ。落ち着け。落ち着いて。

 …色々と怖いし。正直、ここで彼の欲望に応えるのも怖い。

 

 冷静でいたいんだ。静かに在り続ける。それが私だった。

 でも、望んでいる。狂いそうなほど望んでいる。

 心臓の音がうるさい。盤面が進み、こうすると考えていた場面が近づく。

 息が乱れそうだ。まばたきを忘れる。手が震えてきた。全部無視。

 

 瞳を閉じた。暗闇が視界に広がって。肌の感覚がいやと言うほどに敏感で。

 彼の視線を感じる。熱い視線を感じているんだ。ゆっくりと、油断したかのように脚を広げれば。

 っ! 甘い電流が背筋を流れた。

 

 薄らと目を開けて、彼の様子を窺う。

 堪らなく情欲の篭もった眼が、私の秘布を見つめている。

 あの仏頂面が緩んで、だらしなく口も開けている。

 その口をねぶりたい。そうして、私をいじめてほしい。いじめられたい。

 

 ああ。大きく目を見開いて、どうしようもなく興奮して見てるんだろ?

 汗が出てきた。体が火照っている。熱い。熱いよ。彼がほしい。私のにしたい。

 視線だけで犯されているみたい。

 仄かな快楽に酔いながら、甘い時間が流れていく。



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そうして終着です

 火照る体を持て余しながら、彼の心を楽しんでいる自分。

 戦闘とはまた違った高揚。これから歩む日常に、強く期待を覚えてしまう。

 悪くない。と言うのが私だろうに。待ち遠しいと思う自分がいる。

 

 そうやって過ごしていけば、かつての仲間達がここに来る時もあるだろう。

 幾ら平和と言っても、ここまで戦火が訪れる日だってくる。

 演習。遠征。大切なこと。

 それにそれに、こうしてエロスばかりとも限らない。

 

 だから、味わっておこう。覚えておくんだ。彼の心が私を求めてくれて、私も強く彼を求めている。

 熱量を忘れない。誘惑したドキドキも、求められた愛しさも絶対に忘れない。

 …いやしかし。自分でするのとは違った。

 

 いやいや。何を考えているんだ。そろそろ勝負を終わらせないと。

 内に秘めた思考なんて露にも思わせず。ただただ将棋を考えながら。

 名残惜しくも盤面は進んで、将棋の決着がついちゃった。

 

 目の前で創が頭を下げて、私の勝利を告げる。

「参りました」

 当然の様に創の戦術は崩壊して、二つの意味で私は勝利を刻み込んだ。

 

 あ、危なかった。楽しみすぎて私が負ける所だった。

 後で下着を替えないと。暁に見られたら厄介だな。勘違いされそうだ。

 私は彼女と違って、膀胱の方は緩くないんだ。愛おしい姉とは違って、お布団に世界地図は描かない。

 

 ふっふっふ。それでも私の勝利だ。約束通り食べさせ合おう。

 下着は自室に寄らせてもらえば良い。今日。今日だ。皆が食事を終えない内に行こう。

 さてさて。創なら逃げないとは思うけど、釘はさしておこう。

 

「司令。約束の報酬をもらおうか」

「今夜で良いか?」

 えっ!? こ、今夜…あ、ああ。そうか夕食の話か。

 そうだよね。分かってる。分かっているよ。

 

 まだエッチな余韻が残っているみたいだ。頭が馬鹿になっている。

 元からだと言われればそれまでだけど、ここまで酷くない筈だ。

 よし。勝利したんだ。目的は完全に達成した。後は次に繋げるだけ。

 一気に変わるのは難しくても、徐々に変わっていけば良い。

 

 そうやって、平穏を楽しんでいくんだ。ふふふ。楽しみだね。 

「時間を空けるよりは、早い方が良いね。うん。そうしよう」

 ずっと頭を使っていて、お腹も空いてきてると思ったら。

 私たちのお腹がなった。ちょっと以上に恥ずかしいよ。

 

 誤魔化すように彼の傷だらけな手を握って、私から外へ歩み出すんだ。

「ほら行くよ。のんびりとした日常を、共に続けていこうじゃないか」

 創が頷き仄かに笑う。それが嬉しくて、堪らない心が広がっていく。

 彼の手を引きながら、これからの楽しみを抱えて進んでいく。



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川内さんとの 食堂です

 間宮食堂。鳳翔さんと並んで、艦これ界の食文化を形成している艦娘である。

 給糧艦として現れた艦娘と、あらゆる空母の母として、イメージされている鳳翔。

 ちょっと鋼臭すぎるこの世界線でも変わらず。

 一家に一台ならぬ、一鎮守府に一人はと言った具合で、配備されているのだ。

 

 ご多分に漏れず、我が鎮守府にも二人がいてくれている。伊良湖さんもいるのである。忘れてないよ。鳳翔と間宮が二大巨頭すぎるだけだ。

 お姉さんチックな間宮。妹分的でもあり、料理上手な伊良湖。皆大好きおかんな鳳翔。

 

 此処が平和な証拠でもある。

 最前線に送る戦闘糧食も、間宮と伊良湖が作っているのだ。

 逆に言えば、最前線に間宮と伊良湖はいない。鳳翔は、お艦じゃない。修羅だ。

 …まあ、最前線はね。しょうがないね。のんびりする暇とかね。

 

 うん。

 さてはて。響に連れられて、夕食の時間に食堂へお邪魔したのだけど。

 ――耳が痛くなるほどの静寂。楽しげな雰囲気は霧散。

 あ、うん。そうだね。プロテインだね。え、何が? あはは。…落ち着け。

 

 落ち着け。

 分かっていたことだ。俺はその、なんていうか。ちょっと物騒な風貌をしている。

 重ねてきた戦歴もヤバい。何がヤバいって、本当にヤバい。

 そんな感じだ。

 

 食堂に入る前に、響との手つなぎも終わっている。

 一人で先に席へと進む彼女に、何も言わずついていった。

 周囲の圧ときたら。人気者は辛いね。へへ、へへへ。マジ泣きしそうだ。

 

 彼女が座った対面の席へ座れば、周囲に座っていた者達が立ち上がり去って行った。

 そうして、殆どの艦娘がすぐに食事を終えて、それぞれ消えていく。

 あれれ? 俺は提督だよ。艦隊のアイドルのていとくんだよ~!! 

 ――止めておこう。死んでしまう。

 やっぱり任務に行くのかな? 大切だね。そうだね。プロテインだね。

 

 泣きそう。

 それが嫌悪からではないのは、逃げる時の緊張しきった姿を見れば分かる。

 何か粗相をしないようにと、怯えながら動いてくれたんだ。

 気付けば残ったのは川内と響だけ。

 

 他の皆は敬意を表わしているのである。泣きそう。そうじゃないよ。

 そうじゃない。

 敬意を表わすなら、もっと良い方法があるでしょ! 君達の魅力を味わせてくれよ!! 接待しろとは言わないさ。でも、でもさ!! …ふう。落ち着こう。

 

 響から一つ席を離して、彼女の右隣側に川内だけは残ってくれたとも。

 これはチャンスだ。ここを掴まずして、何を成し得ると言うのか。

 仲良くなりたい。転生前に萌えていたキャラ。ここで生きてきて、艦娘に対する信仰すらある。

 断言しよう。あえて、断言しよう!!

 

 俺は変態だ。変態かもしれない。スケベだ。スケベかもしれない。

 しかしな。俺には誇りがある。矜恃がある。

 今まで様々な提督を見てきた。二次創作でも、俺が生きる現実でも。

 その上で、俺が見いだした理は一つ。

 

 ――やっぱり萌えが一番だ!!

 無理矢理はちょっと違う。はあはあもきゅんきゅんも、同じ熱量に他ならない。

 この異様な緊張を見よ。感じろ。違うだろう。

 夜戦夜戦って騒ぐ川内が良いんだよ!

 

 そうして、そうしてだな。

 夜戦を意味深にとらえて、からかって、真っ赤にさせてみたり!!

『そ、そう意味じゃないっての。提督のすけべ!』

 って感じでときめく胸の切なさが欲しい!! 

 覚悟完了。当方に会話の用意…はないけど!! 頑張る!!



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提督はそこが好きらしいです

 どう話しかける? 言うまでもないが、空気はとても重たい。

 息をするのも辛い。此処は戦場なのだろうか。食堂だと思っていた。

 ヤバい。川内さんめっちゃ凜々しく、真っ直ぐな顔になってる。違うよ。そんなのぜったいおかしいよ。

 

 どうにかして、そんな川内の夜戦が聞きたい。夜戦。夜戦じゃあ!! …まあ、それはそれとして。

 腹が減った。今日は何を食べようか。

「響。今日のお品書きを取ってくれ」

 

 無言のままに取ってくれた。軽くお礼を言ってから眺める。

 ふむふむ。和洋中は一通り。季節を考えた良いメニューだ。

 から揚げ定食かな。偶にはがっつり食べたい。

 響にお品書きを返すと、彼女もすぐに今日の夕食を決めたらしい。妖精さんに伝えていた。

 

 妖精さん可愛い。初めて料理を運んだりする姿を見た時は、思わずときめいてしまった。…妖精にも、穴はあるんだよなあ。

 消される。落ち着け。

 まあ、当然だけど。間宮と伊良湖と鳳翔だけで、料理は用意出来ない。

 

 人力として、多くの妖精さんがフォローしている。

 そこは給糧艦なので分かるけど、どうして鳳翔も同じ事が出来るのだろう? 謎だ。

 いやしかし。三人で同じ食卓についているわけだが。

「「「……」」」

 

 誰も喋らない。沈黙が金とは言うけれど、俺はどちらかと言えば銀の方が好きである。

 響も銀髪だからな。関係ないか。そうか。そうだな。

 こうして、改めて川内を見てみれば。本当に凜々しい美人である。

 

 艶のある黒髪。鴉の濡れ羽色と称したくなるほど、美しい髪色。

 同色の瞳には、湖面の如き澄んだ心。血色の良い肌色。子供みたいに滑らかそうで、とても健康的な肌をしている。あの頬とか、引っ張ったら絶対に柔らかい。

 

 今こそ真面目で引き締まった表情をしているけども。

 微笑みを浮かべている時や、いたずらに笑う彼女の姿を、俺は知っている。

 あれは人生を楽しんでいる人間だけがもてる、強く優しい魂の色なのだろう。

 

 転生者として、勘違いしないようにしたいと常々思っているので、この鎮守府にいる艦娘を見るようにしてきた。

 おおよそ想像の通り。川内は夜を好み、俺が事前に知っているキャラと、相違は少なく思える。今更、長々と建造や契約の説明はしないけど。

 

 提督によって性格と性能が変わる。程度の理解で良かろう。

 …うん。これこそ転生者の一番の異常性だ。外界に存在するであろう絶対者、つまりは作者や展開なんかを考えて、一人語りをしてしまう。

 天才と馬鹿は紙一重とは、よく言ったものだ。

 

 美人は三日で飽きるとは言うがね。俺は川内の凜々しい表情には、飽きない。

 こうしてみると、ちゃんと女性らしく整っているのが良い。

 いや、うん。引き締まっているのも良い。尊い…ってなってるけど。

 髪触りてえと素直に俺は思っていた。



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妄想にひたってます

 長々と心で思った通り。川内の魅力は様々ある。

 凜々しい表情。明るい声色。美乳。健康的な肌。すらりとした体。

 妄想がやばい。落ち着け。ちょっとパンツの余韻が残っているぞ。

 さて。

 

 しかし触れるとするならば、俺は彼女の髪こそ至高であると断言しよう。

 それは例えば、男が女にする愛撫の如く。そんな触れ方でも良いけど。

 俺の信条は違う。川内へ失礼かもしれないけれどな。俺はどちらかと言えば、川内には発情出来ない。

 

 響相手には勃起するのだが。――俺はロリコンだった? いや、違う違う。

 川内相手にはなあ。こう。手のかかる娘というか。無邪気さを感じてしまうのだ。

 例えばそう。

『ね~提督! 夜戦しようよ~!』

 

 なんてじゃれついてきた川内にな。こう。押しのける感じで頭を押すわけだ。

 はからずも、じゃれついた犬に似た状態さ。照れた様に彼女が微笑んでるとしよう。

『くすぐったいよ~』

 と、無邪気に彼女が笑うと思う。まずここで俺は達した。めっちゃ発情している。

 

 落ち着け馬鹿野郎。達してない。落ち着け。

 想像だが、彼女の黒髪は絹みたいに滑らかな感触。だろうな。うんうん。艶が違う。

 小柄で女性なんだと実感して、堪らぬ気持ちになれるんだ。く~!!

 撫でたい。めっちゃ撫でたいぞ。いくか? 想像の俺が死んだ。何故だ。

 

 もしくはそうだな。想像しろ。考えろ。妄想するんだ。

 薄暗い自室にて。川内が遊びに来たとしよう。どこか仄かに赤面しながら、震える声で彼女が言うんだ。

『…ね、夜戦しよ?』

 

 ヤバい。ヤバいぞ。それでそれで、流れとして抱擁したとする。

 そのまま、俺が彼女の頭に手を添えたとしよう。

 もうだめだね。その時点で絶頂もんである。尊死してしまう。

 あれ? 可笑しいな。勃起しているぞ。

 

 ふう。やれやれだ。無言の間が気まずすぎて、ついつい妄想の世界に没頭していた。

 というか、緊張感が酷い。なんで響まで無言なのだろう。

 響をちらりと観察してみた。なにやら考え込んでいるようだ。

 何だろう。作戦立案時にも似た、集中を感じる。

 

 敵襲か? いやいや。食堂に敵なんていない。

 強いて言うなら、今俺の命を最も脅かしているのは、俺自身の想像力である。

 誰かに知られたらと思えば。相手にもよるけども、そうだな。興奮する。

 ふふふ。いやしかし、日頃からスケベではあるのだがね。

 

 誰かと夜の関係を持つことは、あるのだろうか? それこそハーレムとか。

『司令官。さすがにこれは恥ずかしいな』

『夜戦なら川内にお任せってね!』

 二人の艶姿。実は臆病な所もある響の、奥手な誘い方。元気いっぱいな川内の誘惑。

 

 心臓が停止してしまう。ヤバいな。俺の心臓が脆すぎる。まあ、そう考えつつも。

 まかり間違ってそんな事態になったなら、やっぱり確実に拒絶するがね。怖いし。ちょっと違うよな。

 

 ドロドロしている。

 俺が欲しいのは健全な萌えなんだよ。燃えは十分得た。

 なんなら全身燃えた事もある。

 

 つまりだね。爛れた感じはノーである。

「おまたせいたしましたー」妖精さんの愛らしい声。

 俺が馬鹿な事を考えている間に、から揚げ定食が運ばれてきた。楽しみだ。



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食事にします

 味噌汁、玄米ごはん、大きめの鶏から揚げ。千切りキャベツとくし切りトマト。

 めっちゃうまそう。普段食べてるおにぎりとかも良いけど、ちょっと次元が違う。

 何て言おう。アレだ。幸せの味である。まだ食べてすらいないけどな。

 デザートはない。甘味は好きだが、イメージと違うから用意されなかった? 残念。

 

 響が選んだのは、海鮮シチューとコッペパンだった。

 デザートにみかんゼリーが用意されている。飲み物は冷えた麦茶だ。

 水差しにはまだまだ残っていて、麦茶のおかわりは自由らしい。

 

 ボルシチではなかった。ハラショー。うむ。意味が分からん。

 そうこうしていると、川内のも運ばれてくる。焼き魚定食だった。

 彼女らしい。和風なイメージと良く合っている。

 

 おろし醤油と焼き魚。多分鰆かな。大きめの切り身が美味そうだ。

 定番の豆腐のみそ汁と白米ごはん。カットされたりんごがデザートである。

 うさぎ形でたいへん可愛らしい。二人だけずるくないか。俺も可愛いデザートがほしかった。

 

「「「いただきます」」」

 思わぬタイミングで声が合わさった。俺も含めて、表面上は誰も気にしてない。

 ちょっと恥ずかしかったというか、川内に何コイツと思われていないかどうか。

 不安である。

 

 いやいや。彼女はそんな事を思わないだろう。落ち着け。今は料理を楽しもう。

 と、言った所で。

「ほら司令官。あ~ん」

 響がシチューを一口分掬い、俺の眼前に与えてきた。――完全に忘れてた!

 

 ちらりと川内の方を見た。…驚愕に彼女が目を見開いている。

 どこかその様子が夜戦バカっぽくて、ちょっとだけ満足していたり。

 いや、この程度じゃ足りない。もっと俺を満足させてみろよ!

 

 現実逃避をしていても、目の前の光景は変わらない。仄かに響の怒りを感じる。急かすような感じ。このまま迷っていたなら、本気で怒りそうだった。

 怖い。戦艦の群れより遙かに怖い。

 良いさ。俺も立派な大和男児だとも。こ、ここで、逃げたりなんかしない!! 

 

 ぜったいに、響のあ~んになんて負けたりしない!

「あーん」食べてみると。

 これ幸せの味~!! や、ヤバい。ちょうヤバい。

 

 語彙力が足りない。誰か助けて。俺を、俺を殺してくれ…えっ? なぜに俺は死にたくなって。ああ。そうか。此処がヴァルハラだったんだ。

 響には勝てなかったよ…だって川内めっちゃ見てるし。やっぱりこの光景は不味かったんだ。俺はやらかしたんだ。

 

 幾星霜の月日を超えて、俺は戦い続けてきた。ようやく掴んだ平穏。

 どうやら俺は、平穏に適応出来なかったようだ。

 次の俺は、きっと越えてくれる。――託した、ぞ。

 などとふざけてみたが、そんなアレはない。生憎だが死んだことは一度しかない。



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だれかの戦略です

「司令官?」

 再び響の促すまなざし。ああ、そうだ。約束は食べさせ合いだ。

 分かっている。分かっているぞ。

 

 だけど響さん。ちょっと躊躇いがなさすぎませんかね。容赦してくれ。

 気心は互いに知っている。一番気易い仲ではある。でも恥ずかしいのだぞ。

 彼女の小さな口に合うよう、小さめのから揚げを箸で持ち上げて。

「あーん」

 

 響へと差し出した。迷いも見せず。照れすら感じない静かな表情で。

「ん」

 彼女が食べた。もにょもにょと愛らしい。なんか良い。

 こうしてみると餌付けみたいで、不思議な楽しさがある。

 

 うん。思っていたよりは恥ずかしくない。逆に落ち着く。嘘だけどな!!

 俺の秘書艦が可愛すぎる件について。と掲示板に投稿しなければ。ラノベ大賞でも良い。ふっふっふ。嫉妬の声が聞こえるようだ。わっはっは。

「提督」

 川内からの声。現実逃避から戻って彼女を見れば。

 

「あ、あ~ん…!」

 一口大にほぐした切り身を、箸で俺に差し出していた。

 顔は真っ赤。表情こそ凜々しくなってるけど、手が若干震えている。可愛い。

 成程。これは夢か。だって展開がわけわからない。何があった。

 

 これが転生者の運命力だとでも言うのか。と、初めて思った時はもっとシリアスだったんだが。響が妙に誇らしげな顔をしている。なぜだ。わけが分からん。

 い、いや。良いんだ。むしろシリアスじゃない方が良い。滅茶苦茶嬉しい。

 

 良いだろう。これが俺の運命だと語るならば、受け入れよう。いざ!

「はむ」さらりととけ込む様な食感。

 魚の旨味。仄かな塩味が魚の甘みを引き立てて、香り良く心を満たしてくれる。

 おろし醤油のかかっていない味。焼き魚本来の風味が良いね。

 

 合わされば、随分とさっぱりしたうまさになりそうだ。

 これぞ和食の定番と言えよう。好き嫌いは少ないのだが、これは好きと断言出来る。

 …まあ、少し脳が狂ってるので、苦痛を感じづらくなっているだけだけど。っと。

 

 なんで微妙に暗くなりたがる。響と二人じゃなくて、川内もいるから? 戦場の意識が僅かに出ている。

 いかんなあ。いかんぞ。まだ毒気が抜けてないわけだな。

 この胸のときめきに任せて、もう少しバカをやりたいのだが。その、なんだ。

 

 物欲しげに待つ川内を前にして、割と現実逃避をしていた。えっとこれはアレだな。待っているな。何をとは無粋すぎる。

 仄かに開けられた口。なんかエロい。落ち着け。欲しいのは俺のおれではなく。

 からあげだ。状況がおかしくて面白い。大安吉日である。意味不明だ。



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愛おしい手触りです

「あーん」

 彼女は響よりも大きく口を開ける。川内らしい愛らしさ。迷わずから揚げを与えた。

 もぎゅもぎゅと、美味しそうに食べてくれている。

 なんだコレは。萌え。としか言いようのない。

 

 良い。良いぞ。エロスだけではない。こういう切なさを俺は求めていた。

 これこそ俺が捨て去った胸キュン。心臓が止まるの意味が正反対だ。

 此処こそヴァルハラである。

 恍惚の感情。なんかもう良い。これで良かったんだ。

 

 ほんわかとした気持ちに包まれて、どうしたものかと思っていたら。

「司令官」

 響が声をかけてきた。どうしたのだろう。彼女を見れば。

 

「む?」

 彼女が身を乗り出して、頭を差し出している。いつの間にか帽子は取っていた。

 それ自体は、食事の時は帽子を取るのを知っている。というかまあ、気が緩んでいる時は、彼女は艦装を緩めたがる。

 

 それは良い。愛らしさがアップだ。最高である。それはそれとして。

 ちょうど俺の手が届く距離。何より気心の知れた仲だ。彼女が望む行為を俺は分かる。

 つまりこれは、頭を撫でろと言っている…!!

 

 何で!? などとは言わない。言えない。彼女は当然の様に佇んでいる。

 異様な緊張感が広がった。響の隣を見れば、川内がごくりと唾を呑んでいた。

 成程。これは俺の幻覚じゃないらしい。現実を認めよう。

 響の目を見る。湖面の如き凪いだ瞳。感情が読めない。表情も落ち着いている。

 

 いや。急かしているのは分かる。ここで変に拒めば失望と共に。

『司令官は私を裏切るのかい?』

 などと言うだろう。少し話は変わるけど、ハイライトのない瞳って綺麗だよね。

 無論、わざと傷つけるつもりはない。ないのだがね。

 

 響みたいなクール系の女の子が、眼の光をなくすと病んだ魅力があるよね。

 まあ、そんなのは最前線で何度も見たが。何だったら訓練生時代に何度も見たが。

 はっはっは! ――現実逃避は終了しよう。そろそろ響が怒る。

 

 分かった。分かったよ相棒。これまで共に戦ってきた仲だ。彼女が俺の死を望むならば、それに応える。彼女に、かつての仲間達に何度も救われた。

 今度は俺の番だろう?

 こうまで考え込んでいるのは、響に失礼だと分かっているんだ。

 

 でも、でもさ。響めっちゃ可愛いんだもん!! 触れるの怖いじゃん!!

 分かってはいる。分かっているんだ相棒。そんな瞳で見つめないでくれ。

『パンツは良くて、こうした触れあいは拒むのかい? すけべ』

 言いたげな顔で見ないで。

 

 ……アレ? 可笑しいな。パンツを見ていた事を、響は気付いている?

 被害妄想である。

 そろそろ限界だ。誤魔化しはきかない。覚悟を決めろ。緊張も楽しんで。

 俺は、お前の頭を撫でる!! そっと手を添えて、優しく頭を撫で始める。

 

「んっ」

 くすぐったそうに彼女が微笑んだ。まずここで俺は達した。

 た、達していない。最近俺の心がすぐに達したがる。緊張の誤魔化しにしても、ちょっと下にいきすぎだ。清くいこう。清霜な感じ。わけが分からない。

 

 …透き通る髪の感触。透明さはそのままに、表面を撫でればすてきな心地。

 少々調子に乗って、手櫛みたく手を動かしてみる。

 い、嫌がってないぞ。嬉しそうに微笑んでいる。響と目が合った。にこりと、今度は静かに笑ってくれた。



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愛おしさ絶頂です

 あ、あれ。なんだろう。なんだろうこの気持ち。

 胸が温かくて、切なくて、嬉しくて。ああ、愛されてるなあ。

 俺、響に愛されている。泣きそうで笑いたい。不思議な気持ちだった。

 

 時間を忘れて撫でていく。愛おしい彼女の髪に触れさせてもらっているのだ。

 優しく。絶対に傷つけないようにと。

 手櫛をしても引っかかりはない。さらさら乙女。よく手入れされている。

 

 確か暁や電が、彼女の髪をとかしたがるのだったか。よく響が話していた。後は阿武隈の影響かな。今はこの鎮守府にいないけど、手入れを怠れば怒りそうだ。

 ふふふ。かつての思い出も、ここでの在り方も。どちらも愛おしい。

 こうして触れ合っていて、匂いも分かる。仄かに甘い少女の香り。

 

 興奮はなく。時間すら忘れそうな。ほっこりする感触だった。

 川内の方を見てみると、なんだか緊張しているみたいだ。

 すまない。よく分からんやり取りを見せつけられて、彼女も混乱しているだろう。

 

 響らしくないぜ。まったく。考えなしに甘えてきたな。

 まったくもう。好きだ。大好きだ。俺の相棒が可愛すぎる件について。

 すっごい満たされている自分がいる。これが幸せなのだろう。

 ふう。良いね。ありがとう。もうわけが分からん。良い人生だったなあ。

 

 作者よ。分かっている。俺にこんな極楽はない。

 ようく知っているぞ。お前の手口は知っているんだ。

 日常は尊い。だが運命は運ばれてくるのだろう?

 俺の物語の題名は、なんかこう。艦これカッコガチなのだろう?

 

 ありがとう。貴方に感謝を。こんなにも愛おしい運命も紡がれたから――本気で殺すぞ。尋常じゃない程、俺は鍛え抜いた。艦娘の原理を明かし続けた。

 良いよ。また地獄が来るのだ。慣れている。…だからこそ、ありがとうと言おう。

 この愛おしさにありがとう。世界にありがとう。さあ夢は醒める時。

 

「提督」

「どうした?」

 もじもじと川内がしている。可愛い。トイレかな?

 言ったら響に殴られそうなので、無言で言葉を待つ。

 

「私も…その」

 そう言って、彼女が頭を差し出してきた。

 ふむ。考えよう。これは何の地獄だ? だ、騙されないぞ。絶対に騙されないからな!!

 ふと、響と目が合った。

 

『川内さんに恥をかかせるの?』

 アイコンタクト。今度のは俺の妄想ではなく。響の言葉だろう。

 そっと、響が俺の手を離した。撫でる時間は終わり。次は川内が。

 ――何故俺の手が川内の髪に届く結末に至ったのだ!?

 

 ば、馬鹿な。仮にも神と謳われた俺が、意識すらせずに完全な勝利へと導かれていた。

 誰の策略だ。神か。他ならぬ創造神。作者の策略か!! 

 嘘だ!! ここまでめっちゃ地獄だった!! 絶対に騙されな…川内と目が合う。

 

 仄かな期待と大きな不安に揺れる瞳。これガチなやつ。ガチ萌えなやつ。

 めっちゃふざけてるけど、もうダメだ!! 状況がわけ分からん。

 慣れ親しんだ響ならともかく、川内がこの流れにも乗ってくるとか。

 俺の許容量を超えているのだが!

 

 でも、待っているよ。待っているんだよ。

 緊張で仄かに震えながら、もう俺もわけが分からないのだが。

 川内が、俺の頭なでなでを待っているんだ!!

 

 俺をなめるなよ作者。幾千幾万の絶望を越えて、いま此処にハートフル鎮守府を創ると誓ったのだ。かなり幸せすぎて、また心折られると思っていたけど。

 貴様如きの運命操作で、折れるわけがないだろうが!! …さあ、いくぞ!! 



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最高でした

 赤面して待つ川内。堪らぬ高揚を感じつつも。

 そっと彼女の髪に手を乗せた。

「ん」川内の吐息が漏れる。俺の心臓も漏れ出そうである。

 ヤバい。響の手触りもすごかったけど。本当にすごい。

 

 そっと触れた手から伝わる感触。上質な絹すら越えた滑らかさ。先程の響の髪質が、受け入れる透明さと例えるならば、川内の髪質は。

 芸術品。髪は女の命とはよく言ったものだな。

 艶手触りはおそろしく滑らかで、ひっかかりは皆無。

 

 我慢出来ず。手櫛のように手を動かす。

 う、うわ。すげえ。背筋にぞくぞくと流れる快楽。

 掌が悦んでいる。ただ撫でているだけなのに、しっとりと馴染む錯覚。

 

 仄かに香る汗の匂い。臭くない。なんだろう。何年間も、戦争で汚れる女の子の匂いを知っている。失礼な話だけど。体臭に幻想は抱いてない。

 それでも、川内の汗の香りは良い。どくどくと心臓の動きが激しくなる。

 

 響が女の子なら、川内は…女。女の匂いがする。このまま抱けたら。待て待て。

 や、やべえ。撫でる手に伝わる快楽が、思考をどろどろに融かしているぞ。

 およそ、髪の中で最上位ではなかろうか。

 綺麗だとは思っていたけど、ここまでのレベルか。すっごい。

 

 いかんいかん。我慢強い方だと思っていたけど、抱きしめてしまいそうだ。

 俺は、川内には発情しない。とは何だったんだろう。死亡フラグだったかもしれない。

 これ以上は危険だ。いやしかし。撫でるのを止める? ――嫌だ。

 ふ、ふふふ。川内が拒絶するようにすれば良いのだ!!

 

 愚問だが、俺からは止めたくないからな!

 手櫛を止めて、そのまま掌で頬を撫でる。しっとりとした肌の手ざわり。

 子供みたいにすべすべ。そうして、彼女の表情豊かさを示すように、とても柔らかな感触だ。

 

 ぴくんと、くすぐったそうな反応。川内の両目が下を向いて、照れを押し殺している。可愛い。すっごく可愛らしい。

 あ、あれ? 止めないの? お、怒れないよな。そうだよな。俺怖いし。 

 仄かに伝わる熱。羞恥の赤色。微妙にだけど緩んだ笑顔。嬉しそうな反応。

 

 ふ~!! これだよコレ!! なでなでとはコレだよ!!

 調子に乗ってすりすりしていると――唇に指先が触れた。

 ぷるんとした柔らかさ。肌よりも柔らかく。乙女の大切な所。

 彼女が涙目で、俺を見上げている。睨むと言うには熱があって、潤んだ二つの瞳は、俺に羞恥と……情欲を伝えていないだろうか。

 

 いつ止めれば良いの!? これが川内の力か。

 響がじ~っと見ている。はっと、我に返った。

『良いの? その先は大切な事だよ』

 響の眼が語っている。怒りはない。ただただ問いかけている。

 

 これは不味い。なんだろう。一時の性欲に駆られて、傷つけるのは嫌だ。

 そうじゃないのだ。萌えは求めても、これ以上のアレは駄目だ。

 川内、という艦娘への接し方ではない。愛を伝え合える者同士として、真摯に接する所だろう。などと考えつつ、最高の感触でした。ありがとう川内。

 

 掌を頭に戻す。不思議なもので、性を意識しないで撫でていると。

 萌えであり安堵であり安らぎであった。

 父性。とはこれなのだろう。成程。そういう付き合い方もあるのか。

 これもまた萌えの一種である。我此処に開眼せり。これぞ父性愛である。

 

 ふう。川内の髪質すげええ。ヤバいね。ヤバい。ついでに言えば状況もヤバい。

 響は安堵したように笑っても、じっと見ているし。川内はあわあわとなっている。

 空気が止まっている。どうすれば良い。誰か教えてくれ。



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ちょっとシリアスです

「て、提督っ、もう大丈夫ですよ!」

 川内の慌てた声で、ようやく場の空気が壊れた。

 響が呆れたように微笑んでいる。どこか見守るような笑みで、かなり照れくさい。

「そうか」

 

 俺のポーカーフェイスすげえ!! ま、まじで? 俺ってこの場面でも表情を取り繕っていられるの!?

 逆に言えば、この状況ですら表情が変わらない。冷血ですわ。

 

 めちゃくちゃ名残惜しかったが、川内の頭から手を離した。自惚れでなければ、彼女も少し残念そうだったような。さ、さて。どうしよう。どうすればいい。

 考えろ。凡人の俺が、激戦を皆と越えられたのは、考え抜いてきたからだ。

 転生者特有の異常な思考性能。常識に囚われるな。世界の理を知れ…!

 

 ――思いつかない! え、なんだって? みたいにとぼける事しかできない!!

 そしてこの状況では、難聴スキルはくその役にも立たない。どうする。

「…提督はさ」

 川内からの言葉。神妙な表情での言葉だ。ここで難聴スキルを使えば。

 

 最低である。無意味かつ普通に最低である。

「うん?」

 これは難聴ではない。純粋に言葉を促しただけだ。

「やりたい事をしてます?」

 

 川内の敬語がこそばゆい。そういう感じも好きだけど。ちょっと窮屈そうで心苦しい。

 それにしても、やりたい事ねえ。滅茶苦茶しているけども。

「質問の意図が分からん」

 おそらくだが、彼女の問いかけはそういう意味ではない。

  

 むしろ、この状況で皮肉気な問いかけをしていたら、そいつはもう俺の心を読んでいる。普通は拒絶するだろう。かつての仲間達ならば、まあアレだ。

 阿武隈は想像できない。龍驤は想像通りだろう。そうして響は、響はどうだろうな。なぜだか分からないが、愉快な事になるような気も。

 

 おっと。川内の質問から意識が逸れていた。

 昔を思い出させる問いかけだったのも、影響しているのかもしれない。

「その、この鎮守府に着任してからずっと働き続けて、食堂に来たのも初めてですよね」

 栄養補給はおにぎりとかで。心がガリガリと削れる労働だった。

 

 報われている。川内の反応とか、響のパンツとか。俺は幸せ者だ。

 ふっふっふ。まだまだとは思っているけど、今日は十分。満たされているぜ。

「後方に回されて、軍神と謳われたのに戦場から離されて」

 …まあ、大切な仲間とも殆ど別れて。同期の頼りになる者達は、最前線で頑張っている。

 

 罪悪感がないとは言い切れないし。裏方も最前線並に重要だからと、頑張ってはいるのだがね。ただもう疲れた。諦めにも似た感情が、ないとは言えないさ。

 そんな幸せを許したくなる位には、かつての戦いと仲間達が許してくれている。

「飼い殺し、じゃないですか」



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真面目な話しです

「もちろん資材は大切です。なかったら戦えないし、提督が後ろに控えていてくれるから、前線が安心しているのも分かります」

 失敗出来る余裕は、思っているよりも遙かに心を緩ませる。

 死線の緊張は尋常じゃなく。僅かにでも緩まるならば、その方が良いに決まっている。

 

 無論だが、最前線も手は抜いていなかろう。

 俺がいるから死んでも良い。とはなっていない。ただそう。…或いは神に祈るように。少しだけ重さをあずけて、自分の力を発揮しているのだ。

 ソレを、皆の信頼を軽いと思ったことはないけど。いい加減慣れてきた。

 

 ただ俺の考えを知っているわけもない。夜戦大好きな彼女からすれば、自由に生きる彼女からすれば、軍神の在り方は、どうにも窮屈に見えるのだろう。

 ようく俺の心を知ったら、キレるかもしれないな。もしくは大爆笑。

 

 一度、大きく息を吐き出して。川内として真っ直ぐに。

「私はさ。好きな事をしてる。大好きな夜の海にいるだけで、私の魂は満たされてる」

 此処の近海はとても平和だ。夜戦も早々ない。ただ純粋に彼女は夜が好きなのだ。

 俺も夜は嫌いじゃない。静けさは好きだ。激しさに良い思い出はない。

 

 騒がしいのも好きだがね。宴会とか。酒を飲むと記憶が飛ぶので、ここ最近は呑めていないなあ。皆と心が通じ合ったら、飲み会も良い。ふふふ。服も心も緩むのが酒だ。

 楽しみだなあ。今時点では夢物語ですらないがね!!

 

「…まあ、こんな自由が許されてるのは、最前線で通用しない艦種だからってのもあるけど」

 軽巡洋艦と駆逐艦の脆さ。練度を上げなければ、最前線で運用するのは難しく。

 練度を上げるためには、戦わなければならない矛盾。

 

 ソレは、優しく強い者達の多い世界で、そうして大破撤退の安全なんてない世界で、中々に残酷な理だった。もうちょっと優しい世界で在れ。と何度も思ったが。

 ブラック鎮守府がないだけ、随分とマシなのかも。俺も毒されているか。

 

 俺が軍学校に入学した時よりは、随分と方針は見直されてはいる。

 昔は、戦艦と正規空母の轟沈を防ぐ盾として、運用されていた時もあった。

 人の盾。決して、兵器の効率運用などではなく。それを命じた提督達もまた、優しすぎて心を病んでいく。

 

 地獄だ。くそったれ。今の平穏に最上級の感謝を。

 だからこそ遠征などの資材管理で、今皆は輝いているんだ。素晴らしい。愛おしい。

 適材適所なだけである。役割分担なのだ。

 

 前線で通用しない。そう考えるのは仕方ないけど、落ち込まれたら俺も悲しい。

 練度を極限まで上げ続ければ、一時的に逆転する事も可能だけどね。同じ事を戦艦がしたら、という話。

「とにかく。提督は何がしたいの?」



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それでもこんなやつでした

 響のぱんつをもう一度見たい。むしろかぶりたい。ぜったい臭いけど。いやどうだろう。

 臭くても――興奮はする! おっと。落ち着け。落ち着くんだ。ふう。

 響つながりで言うなら、暁のレディ加減を見たい。電のなのですを耳元で聞きたい。雷の膝枕は欠かせない。

 

 第六駆とのやり取り。響がとても怖いので、無理にするつもりもないのだけど。

 どうかな。割と彼女は姉妹が大好きだ。逆に紹介したかったり。分からない。

 天龍型姉妹と触れ合う事もあろう。

 あえて、今ここで妄想はしない。でもめっちゃ楽しみだ。わくわくしている。

 

 川内の髪にまたふれたい。今度は、すんごい勢いでくんかくんかしたい。

 すっごい良い匂いがするだろう。照れた彼女を見てみたい。良い。良いぞ。

 川内つながりで語るなら、神通のうなじをかぎたい、ぺろぺろしたい。那珂ちゃんのコンサートでオタ芸を披露したい。はいはいっ! と踊るんだ。

 

 川内型3姉妹。神通はこう。冷たい眼で見られたいような、凜々しく責める彼女が良いような。でも逆に、そう。甘えてくる神通が見たい気も。

 ここにいる神通の個性を知りたい。うん。愛でたい。

 

 那珂ちゃんはうんうん。話してみたい。アイドルだからなあ。おさわりは駄目だと思います。えっ!? おさわりが駄目……。

 失望しました。那珂ちゃんのファン辞めます。

 みたいにふざけられる位、あの愛らしい子も知りたい。

 

 もう熱量がすんごいんだ。これまでず~っと頑張ってきて、ようやく平穏を得られたんだ。俺がどれだけ萌え萌えしたいと思っていやがる。

 分かるか。分からないだろう。

 俺はな、萌えたいんだよ! 美少女共め!! マジ最高!!

 

 などと本音だけをぶちまけたら、色々と終わる。

 ここで得られる二人の侮蔑の視線は、堪らなく甘美な経験になるのは認めよう。いやしかし。それでも俺が綺麗に取り繕うなら。

 

「――皆のらしい所を見たいんだ」

 響の透明さが好きだ。暁の頑張りが好きだ。電の優しさが好きだ。雷の抱擁力が堪らない。第六駆の話が好きだ。取り残された彼女に祝福を、今度こそ穏やかな終わりを。

 

 川内の楽しげな心が好きだ。神通の佇まいが好きだ。那珂ちゃんの明るさに救われている。川内型3姉妹の話が好きだ。夜を愛する彼女に祝福を、平穏な海を愛してくれ。

 他の艦娘だってそうだ。好きだから、ここまで来たわけで。

 

 何より俺自身が楽しみきりたくて、ようやく得た世界なのだ!!

 わっはっは! 童貞の熱量を舐めるなよ。萌えには全身全霊であ~る。

 言っておくが、俺ほど好き勝手にやっている奴もそうはいないぞ。



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彼女らしさです

「川内さんは勘違いしているかもしれないけど、司令官は楽しくて此処にいるんだよ」

 さすが響。俺の心をきちんと理解してくれている。

 楽しく楽しくて仕方がない。ずっと大好きだった皆と、こうして触れ合えるのだぞ。

 全オタク共の夢と言っても良い。これを思えば、ここまでの苦難なんぞ楽勝だ。

 

「そうだとも。俺は君達の在り方を好ましく思っている。だから、もし良ければだが」

 色々とぼかしてはいるけど、始まりの一歩として本音で語ろうか。

 一度だけ深呼吸をした。怖い。どきどきと胸がうるさい。

「君達の日常に、俺も混ぜてはくれまいか」

 

 言葉を聞いて、川内が静かに目を瞑る。怒りはない。拒絶も感じられない。

 ただただ俺の心を受け止めてくれている。夜の海みたいな、静かな優しさを感じられる。いつも楽しそうな彼女の在り方。それでいて、長女としてどこか強い在り方。

 ネームシップ。一番艦として素晴らしい。

 

 川内が、穏やかに眼を開く。自然と楽しそうな笑顔を浮かべて、バカみたいに明るい声で言うんだ。

「…そっか。うん――じゃあ夜戦だね!」

「ほう」

 

 夜戦いただきました!! 夜戦っ! 夜戦っ!!

 この楽しそうな顔ときたら。眼もきらきらさせやがってこのこの。

 そうじゃなくてはな。ふっふっふ。夜は良いよねえ。夜はさ! 

 ふう。良いぜ。川内が望むなら、何度でも徹夜をしてやる!

 

「今日私は夜あいてるから、飲み物とか用意して部屋に行ってもいい?」

 台詞はエロい! だけど全然エロくない。ふふふ。なんか良い。こういうの良い。

 修学旅行の感じみたいな。こう。青春のアレがある。

 

 良い。そんな歳でもないからこそ、良い。

「ありがたい」

 でも言葉が出てこない。凝り固まった疲労と同じ。中々治らないね。

「那珂と神通には悪いかもだけど、夜通し語り合おうよ!」

 

「川内さん。そこに私の席はあるかな」

 少しもうしわけなさそうに響が言った。いやいや、どんないじめだよ。

 逆に響の方が、姉妹との付き合いでこないかと思っていた。

 俺からすればだけど、彼女がいないと不安で仕方ないんだぞ。

 

 川内だって嬉しそうに笑っている。ああ。本当に彼女らしい。無邪気な笑顔。

 この笑顔が見られただけでも、今日の夕食は最高だった。

「ふっふっふ。もちろんだよ。いっぱい話を聞かせてね」

「任せて」

 

 楽しそうに笑う二人。仲良しな姉妹みたい。

 俺も楽しみだ。色々とあって疲れていたけど、疲れが吹っ飛ぶほど期待している。

 ふふふ。早く夜が来ないかな。夜戦。夜戦だ!



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川内さん視点です 川内さんです

 夕暮れ時。大好きな夜の訪れを感じる。

 食堂で皆が楽しそうに食事をしてる。和気藹々。平和な証拠だね。

 静かな夜は好きだけど、騒がしい平穏も悪くない。そんな中。

 とても、珍しい人が現れたんだ。

 

 創提督。着任から二ヶ月程度。でも私たちは、彼の話をよく知っていた。

 曰く、軍神。人の領域を越えた存在にして、最善の軍隊を構築する者。

 実際ここに着任してから、ものすごい早さで体制を整えて、資材の供給を安定させてる。すごい人だけど。他の皆の反応。

 

 食堂に現れた響と提督を見て、私以外の艦娘が逃げようとしてるのを見た。

 散り散りに皆が去ってく。任務もあるだろうけど、絶対にそれだけじゃない。

 提督の反応はない。響は…ちょっと怒ってるね。分かりづらいけど、内に秘める心は人一倍義理人情に燃える子。皆を理解しつつも、この状況に怒ってる。

 

 川内型の長女として、逃げてられない。

 なんて言うほど真面目には生きてないけどさ。

 勘違いされてもおかしくない反応。ちょっと酷いんじゃない? と言えない程度には、提督の姿は怖いけど。

 

 一言で言うなら死神。もう少し付け加えるなら、周囲に威圧を与えてる。

 私は神通の影響で練度も高いし、圧力には慣れてるけど。駆逐艦の子たちとかは、近寄れないよね。そりゃあ、戦闘なら艦娘が勝つけど。

 そもそも戦闘を想定する時点で、提督の怖さが良く分かるよ。

 

 もちろん、皆は提督が嫌いなわけじゃない。むしろその逆。

 成した功績に尊敬を。ここでの働きに感謝をしてる。

 しかも見た目の怖さと合わさって、強烈に畏怖している。

 私もまあ、提督を深く尊敬しているけど。

 

 う~ん。

 怖いんだよね。それも半端じゃなく。

 目つきは鋭く淀んだ黒色。どす黒い目元の隈。厳しい表情。揺れぬ心。

 最低限の身なりは整っているし、顔は悪くないんだけど。

 

 いやむしろ悪くないからこそ、くっきりと浮かぶ凶相が恐怖を与えてる。

 でも私は、静かな夜の海みたいに揺れない眼差しは、嫌いじゃないかな。

 柄でもないけど、提督が側にいると心が引き締まって、真面目になれるんだ。

 

 そんなに会わないし、話した事もないに等しいけどね。

 ううん。そういう意味でも、提督って付き合いづらいよなあ。

 二人は周囲の反応を気にもせず。らしいとは思うけど、どうなんだろうね。表情に出ないだけで、響みたく何か思ってるのかな?

 

 響は一つ空けての隣の席に。そんな彼女の対面の席に提督が座る。

 夕食。たしか提督がここを利用するのは、初めてのはず。

 私も席を立った方が良かったかな。でも何も言われてない。今更逃げるのも変だ。



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わりと気まずいです

「「「……」」」

 すごい気まずい。本当に気まずい。空気に質量を感じたのは、夜戦で初めて窮地に追い込まれた時以来ね。

 夜戦と違うのは、窮地を楽しむ余裕はこの食卓にないこと。

 

 何で誰も一言も発しないんだろ。響も話すの好きだよね。口数少ないけど、嬉しそうに話す可愛い子なのに。

 えっと。私も口を開いたらダメなの?

 

 いや提督に話しかけられても困るけど。いやどうだろ? 本当に困るかな。

『川内。いつもありがとう』

 いやいやいや! そういうのはないでしょ。うん。でも悪い気はしないよね。

『やはり夜戦は、川内がいないと始まらないな』

 

 当然よ。そんなに褒めなくっても大丈夫! なあんて。想像も出来ないな。

 悪い人じゃない。少なくとも軍隊としてみれば、かなり優れた人。

 仕事ぶりは語るまでもないし、ここに来る前の話だけでも、相当に並外れた提督だ。

 

 でもねえ。なんだろう。那珂ほどじゃなくても良いんだけど。もうちょっとこう。笑顔とか。

『艦隊のアイドルのていとくんだよ~!!』

 ぶほっ!! あ、危ない。ここで吹き出したら危なかった。

 

 想像でも無表情なせいですごい破壊力だ。こんな事を考えてるって知られたら、どんな反応をされるか。

 うん。落ち着こう。状況に混乱しすぎてる。とって食われもしない。

 

 せっかく今夜は非番なんだ。ごはんを食べたら、ゆっくりと夜空を眺めよう。 

 夜は良いよねえ、夜はさ。世界ととけ込んでいるみたいで。ああ。夜は良いねえ。…提督はどうなんだろう。

 私たちは、提督の事を一切知らない。

 

 それこそ、響とはいっしょに天体観測をしたり。わりと付き合いがあるんだけど。

 ちらりと提督を見れば、なにやら考え込んでいる様子。

 なんだろう。すごく真剣な表情だ。私が夜戦に挑むみたいな、熱く真面目に集中してる。外面は静かで、内面の熱さが分かるなんて。響みたいだ。

 

 大規模作戦? いや、この鎮守府ではないでしょ。

 むしろここまで攻め込まれたら、それだけで相当な危機だからね。

 戦艦も正規空母もいない。軽空母は鳳翔さんだけ。今更だけで、敵空母が侵攻してきたら、相当に危ない場所。龍驤さんがすぐ来られる手はずなんだっけ。

 

 やっぱり大規模作戦はないよなあ。分からないや。

 うーん。でも命がけだと思う。相当な想いを感じるような。

 ――ほんの一瞬だけど、提督が私を見た。とくん、と自分の鼓動が仄かに高鳴った。

 

 真っ直ぐ切り込む視線だ。雲間から差し込んだ月光みたく。静かで透明な心。

 多分、提督は私が気付いたのを分かってない。

 それほど本当に短い時間。…気になる。



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驚愕です

 あ~もう! 胸がもやもやしてきた。大体、私は夜戦さえ出来ればそれで良いんだ。

 思い悩んだりとか、ほんとは甘い位優しいのに鬼になる神通。

 皆の笑顔が大好きで、道化みたくなっても変わらない那珂。

 

 二人の大切な姉妹と違って、私の在り方はただただ真っ直ぐ。

 夜戦。夜が私の生きがい。変わり者だとか色々言われたり、艦種が影響して後方送りになったりしたけど。

 

 私は何も変わらない。でも提督は、提督は違うんだ。

 軍神。神、とまで謳われたこの人は何を求めているんだろ。

 きっと適正は戦いにあるんだと思う。それだけ話は聞いているけど。ううん。

「またせた~」妖精さんが軽い感じで料理を運んで来てくれた。

 

 よ、良かった。これ以上はちょっと体が保たない。圧力も酷いし。

 あんまり考え込むのは好きじゃないんだ。

 さあて。今日もおいしいごはんを食べて、元気に夜戦といきましょう。

 

「「「いただきます」」」

 同時に声が出た。なんか少しこれも気まずい。提督になんだコイツって思われてないかな。あ、響がちょっと嬉しそう。ほんわかした。よしよし。

 早く食べて夜を楽しもう。…ほんのちょっとだけだけど、もったいないとは思う。

 

 けどねえ。敬意はあっても、私たちからは近寄れない。うん。これも素直な――!?

「ほら司令官。あ~ん」

 時が、時が止まるというのはこういう事を言うんだと思う。

 え、いやいやいや。えっ? ひ、響さん?

 

 なにがどうすればこうなって、え、いや。

 落ち着こう。落ち着くんだ。夜。そう今は夜に近づく時間。私の調子も徐々に上がってる。頭の歯車はよく回る。絶好調に近い。

 認めよう。数年間の艦娘生活の那珂で、那珂は今関係ない。すっこんでて。

 

 中で、最上位に位置する修羅場と言える。良いよ。認める。認めるよ。

 今私は! 間違いなく驚愕している!!

 心の震えを体には絶対に出さず。せめて表情だけでも取り繕え。

 冷静に状況を分析するんだ。今からここは夜戦だ。

 

 つまり生きるか死ぬかの極地に他ならない。

 さあて。やりましょう。

 響が、提督にあーんをしている。銀色のスプーンにシチューを一口すくって、差し出している。彼女に照れはない。当たり前。そう言い切る表情。

 

 所謂食べさせてあげる形。なるほど。状況は理解した。次は提督の様子。

 っ!? ここに至っても無表情。へえそうなんだ。さすがは軍神といった所かな?

 どうやら、私が想像していたより提督は強い。状況に揺れていない。

 ふふっ。ふ、ふふ。あばばば。もうわけが分かんない。



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乗っちゃいます

 響に嫌悪感はない。自然な様子。絶対にないとは思ってるけど、提督権限ではない。

 となると、そうか。提督は両腕を骨折してるんだ。謎は全て解けた。

 さすがは提督だ。両腕を粉砕骨折していても、表情にすら出してない。なるほどね。

 神通の尊敬ぶりに少し引いてたけど、これなら納得だ。うんうん。

 

「あーん」

 提督が食べた。あーんを受け入れた。静かに食べてる。おいしそうだ。

 な、なんだろう。この胸の変な切なさはなんだろう。

 

 嫌悪感ではない。それは分かる。まさか夜戦? いやいやよく分からない。相当混乱してる。顔が熱い。変な気分だ。どうしよう。

 悪い気分じゃない。そう。シュールすぎる。笑いそうだけど笑えない。

 わ、私も食事を進めて。

 

「あーん」今度は提督が響にしかけた。

 えっ? 夢? 夢だよね。何がどうすればこうなるの。現実が受け入れられないよ。

 提督の腕は骨折してなかったの?

 …両腕が折れてても、提督ならいける。いやいや。ないない。 

 

 いや、それはそうだよね。からあげ定食を頼んでた。

 看護でしているなら、からあげ定食はいらない。あのからあげおいしそう。ふふふ。我ながら現実逃避を始めたがってる。駄目だ。

 

 応じた提督の勇気もすごいけど、彼女も躊躇わず。

「ん」

 響が食べた。おいしそうに頬を緩ませている。可愛い。響は可愛いねえ。響はさ。

 

 そんな彼女と目が合った。じ~っと、強い意志を込めた瞳で見てる。

 何だろう? すごい熱意を感じる。使命に燃える戦士みたいな顔。

 口パク。なんて言って。

『川内さんも』

 

 え、ええっ!? なんで。なんでよ。それは可笑しいと思うんだけど。

 いやだって、提督と響は仲良しでしょうよ。でも私は接点とかない。だけど。

 響の強い眼差し。縋るようにも見える。頼み込んでいる姿。

『おねがい』

 

 私だけが頼りだと、言外に示してる。確かに他の子達は逃げた。

 なんだかんだ提督を尊敬してる神通も、今日は哨戒任務で忙しい。私しかいない。

 よし。よく分からないけど、分かった。もうだめだ。考えるのに疲れた。理屈はよく分からない。

 

 だから流れに乗ろう。覚悟を決めた。夜戦だ。夜戦と言ったのは自分。ならいこう。

「提督」

 声が震えなかった自分を褒めてあげたい。よく分からないこの流れが終わったら、ゆっくりしよう。そうしよう。

 

 慌てちゃ駄目だ。提督は落ち着いた眼で見てる。

 私も心を乱さない。よく見れば可愛い顔…はしてないけど。

 

 きっと提督は、威圧したくてしてるわけじゃない。

 本当によく観察したら、瞳の奥の光は柔らかいじゃない。

「あ、あ~ん…!」

 彼に食べさせるように、箸でほぐし身を差し出した。手が震える。今度は声も震えちゃった。真っ赤な顔が熱い。のどが乾くよ。



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もやもやです

 一瞬だけど、提督の表情が歪んだ。かなり驚いたんだと思う。

 変な流れに乗っちゃった。今更訂正は出来ない。我ながららしくない。へらへらと笑うのが自分らしさ。

 

 そう思ってたのに。悪い気分じゃないんだ。

 ああなんだ。やっぱりもったいないと思ってたんだ。

 こんな機会は二度とない。そうだ。提督の反応で、これからの付き合いを考えれば良い。それだけでしょ。

 

「はむ」提督が食べてくれた。

 ど、どうだろう。作ったのは私じゃないけど、変だったりしないかな。

 ……もきゅもきゅと食べてる。穏やかな雰囲気。

 

 表情は変わらないけど、美味しそうにしてる気がする。

 なんだろうこの気持ち。緊張とか状況のおかしさを抜かせば、ちょっと面白い。

 じゃあ次は響と同じこと。今度は私が。ああ。本当にどうかしてる。

 でもやっぱり面白いなあ。

 

 口を開けて提督のを待つ。あ、口内を見られるかな。だ、大丈夫だよね。

「あーん」

 特に躊躇いもなく。提督がからあげをくれた。

 さくっとした衣の食感。肉汁があふれて口内を幸せで満たし、ジューシーな鳥肉がとってもおいしい。

 

 いつもより、胸が温まるのは気のせいじゃない。なんでだろ。

 大して話もしてないのに、なんで私は、こんな変な流れで提督と触れ合って、嬉しくなってるんだ。恩はある。それこそ返せない位、私たちは彼に恩がある。

 

 この人が、部屋に篭もりきりで仕事を片付けてくれたのは知ってる。

 最前線への引き継ぎ。この鎮守府の効率化。どちらも失敗は許されない。

 二つの仕事を迅速に、前線への補給が今度こそ乱れないようにと、一切の妥協はなく。

 

 感謝はしてる。疲れで私たちに甘えてくれたら、逆に嬉しい位だけど。

『川内。俺の眠りを守ってくれるか?』

 う、ううん。想像してみたけど、絶対に言わないでしょ。

 弱さを見られる気がしない。鋼の様な意志力こそ、提督の強みだ。

 

 軍神。人間でただ一人、深海棲艦を相手に、艦娘が到着するまで持ちこたえた人。相手は駆逐艦一隻で、尚且つ小破していたとは言っても、絶望的な状況だった筈。

 彼の姿を見れば嘘ではない事はよく分かる。

 人間の目をしてない。きっと。自分の弱さは許せなかったんだ。

 

 でも、なんでだろ。提督は多分本当に強い人で、神とまで語られる人なのに。

 そうじゃない。そうなってしまってるだけだ。って、響の目が言ってる。

 だってそうだ。とても優しい瞳で、彼女は提督を見てるんだ。

 だとしたら、提督にも責任があるよ。甘えたら駄目なの?

 

「司令官」

「む?」

 そうそう。いま響がしているように、頭を撫でてなんて甘えられたら…って、ええ!?



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なでなでです

 待て待て待って! いや、どうしたのさ! これ以上の混乱はないと思ってたのに、易々と越えてきた!

「んっ」

 響が幸せそうに手を受け入れてる。本当に優しい手つきで、提督は撫でてる。

 

 髪をあじわうような。なんかちょっとえっちな。

 響も仄かに赤面してる。嬉しそう。恍惚。と言うべきかな。

 愛おしさを互いに感じていて、心から信頼し合ってる。 

 

 それは良い。いや、良くはないけど。動揺が半端ないけど。

 なんでいきなり、いちゃつき始めてるんだ。食べさせ合いもだけど、提督じゃなかったら、ただのバカップルにしか見えない。

 えっ? この流れも私はやるの?

 

 ちょ、ちょっとそれは…響と目が合う。彼女の透明な眼が言ってる。

『川内さんも』

 そっか。そうだね。うん。なぜだか分からないけど。

 

 いやもうほんっとうに! 分からないけど!

 でも提督は私たちに近づこうとしてる。そうじゃなかったら食堂には来ない。

 分かった。覚悟は出来た。…まあ、提督には失礼な考え方だけどさ。

 

 いこう。

「提督」

 声は震えなかった。響も満足そうに微笑んでる。どんな立ち位置にいるんだろ。良いけど。

 

「どうした?」

 提督の声。落ち着いてる。この人は何を考えてるのかな。まったく。今日は眠れないかもしれない。

 それはいつものことか。私が夜に寝るなんてない。ならいつも通りだ。

 

「私も…その」

 ぴくりと、彼の眉が揺れた。あれ~間違えた? ひょっとしなくても間違えた!?

 だ、だめだ。逃げる? いやそれも無理。無理よ。軍神と不死鳥を相手に逃走なんて出来ない!!

 

 なら立ち向かうしか――そっと、私の頭を撫でる手。

「ん」

 思わず声がもれるほど、とっても優しい手のひら。

 ごつごつと武骨な手なのに。いや、だからかな。私を大切に撫でてくれてる。

 

 わ~!! もう限界!! どうして、どうして!! って、大きく叫ぶ心があるのに。

 止めてと言えない位、提督の手は優しさに満ちていた。汗とか大丈夫かな。いや。気にしないよね。

 

 落ち着く。うん。成程ねえ。響がうながした理由は分かったけど。どのタイミングで止めよう? そうこうしてる内に、手つきが変わる。

 柔らかく髪を梳かすよう。手櫛をしてくれる。気持ち良い。

 彼の掌から、熱い感情が伝わる。くすぐったくて心地良い。

 

 分からない。どうして、こうまで愛されてるのか分からない。

 性欲? それだけで、大切に触れられるのかな。

 男の人の衝動は分からないし、経験はない。そういうモノなのかも。

 でも、何でだろう。提督が今にも泣き出しそうな。そんな悲哀も感じるんだ。



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色々です

 そ、それにしても…いつ終わるんだろう?

 響の時はもっと短かったのに、ずっと撫でてる。

 掌は心地良いし、提督が良いんなら構わないけどさ。でも、どうしよう。私から止める? 失礼だ。そもそも私からお願いしたんだ。

 

 そりゃあ、響の懇願もあったけど。本当に嫌だったなら、拒絶出来たよね。

 う~ん…うん!?

 提督の手が頭から下がって、ほっぺを撫で始めた。

 あ、あれ? おかしい。響の時は手櫛だけだったよね。なんでほっぺも?

 

 髪と違って、提督の体温や掌の感触がダイレクトに伝わる。

 傷だらけの皮膚。がさついてるからこそ、変に刺激が強くて心地良い。提督の体温。掌は温かくない。冷え性? 分からないけど、気持ちいい温度。

 すりすりと手が撫でてく。ぷにぷにと指がつつく。

 

 う、あ、う~! 恥ずかしい。めっちゃ優しいんだけど!

 だからこそ、とても恥ずかしい。これ止めたら駄目なのかな?

 提督を見てられず、響をちらりと見れば。

 にこりと笑って、私にサムズアップしていた。あ、うん。ご満足してるみたい。

 

 ソレを提督に気付かれないようにしてる。

 彼女の立ち位置が分からない。いや、撫でられるの嫌じゃないけど。

 嫌じゃない。嬉しい。あはは。私も変になってるかな。

 でも艦娘として素直な気持ちで、提督と触れ合うのは良い。

 

 女として、なあんてのはない。多分。

 これが正しい気持ちかは分からない。でもさ、掌から伝わるように、頑張ってるんだ。少しでも癒やされてくれたら、私も嬉しいな。

 うんうん。こうして撫でられると、落ち着きが出てきた。

 

 慣れてきたかな。ふふふ。逆に私の方が癒やされてるかも――指がくちびるに触れる。

 っ!? そ、そこは違うでしょ。けど、けど。触れてる。触れられてる。

 今度こそ提督を見上げた。自分でも涙目になってるのが分かる。

 それは艦娘への触り方じゃないでしょ。駄目だ。嫌だ。

 心臓がうるさい。目を逸らした女としての心を、すぐに見つめさせられた。

 

 提督と目が合う。熱い。熱い心が視線から伝わる。

 ちょっと怖い。目つきの悪さで余計に怖かった。

 ――彼の手が震えてる。

 もう本当に分からない。疑問の感情が頂点に達した。

 

 怯えてる? なにかを考えてるみたい。まさか止め時が分からないとか?

 だとしたら少し可愛い。誰かに触れるのが慣れないのかな。

 それとも、慣れとか考えられない位うれしいと思っているのか。

 これも分からない。だけど、提督が勇気を出してるのは分かる。

 

 緊張。異性だ。提督として触れるにしても、男として触れるにしても。

 私たちと近づく程、違いが分かって怖くなる。

 仲良くなっても拒絶されるかもしれない。誰かに触れるのは怖い。

 

 そうして、軍神として。彼は人々に思われてる。その重圧は。 

 と、とりあえず止めよう。提督の手も頭に戻ったし。

 …ん。やっぱり落ち着く。悪い気分じゃない。私も勇気をだそう。 



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考えすぎです

「て、提督っ、もう大丈夫ですよ!」

 心は全然大丈夫じゃないけどさ。響の視線も感じる。止め時かな。

「そうか」

 平然と手を離して、落ち着いた姿で佇んでる。まったく動揺してない。

 

 なんかずるい。

 嬉しいと思ってたのは私だけ? 提督は、望まれたから動いただけ? 

 知りたい。ほら、思ったじゃない。勇気を出すんだ。提督と響みたいに。 

「…提督はさ」

 

「うん?」

 どこか優しい返答。気のせいじゃなければ、僅かに微笑んでくれてる。

「やりたい事をしてます?」

 

 ああ。聞いてしまった。でもしょうがないでしょ。なんだろう。運命の輪が動き出した、なんて言えば大げさか。流れが変わった。とも違う。

 ただそう。こうしたいと思ったから。

「質問の意図が分からん」

 

 幸いにも怒りはない。拒絶もされてないと思う。むしろ穏やかな声だった。

 慣れない敬語だけど、丁寧に聞こう。

「その、この鎮守府に着任してからずっと働き続けて、食堂に来たのも初めてですよね」

 

 簡単に食べれるおにぎりなんかを、好んで食べてたみたいだけど。

 激務。最前線と比べれば、と提督なら言うのかな。

 一度だけ、夜戦帰りに執務室を覗いた事がある。出発する時も起きてたのに、帰ってきた時も灯がついてて。邪魔しないようにそっと覗いたら。

 

 もくもくと仕事を片付ける姿。ぶれず。ただただ業務を片付ける顔。

 恐ろしい速度で書類を処理してる。迷いはなく。とてつもない練度を感じた。

 私たちとは違う。楽しみがない。笑顔がないんだ。

「後方に回されて、軍神と謳われたのに戦場から離されて」

 

 どんな気持ちだったかは知らない。でも、提督の適正が神に至れるほど高く。彼が戦場で指揮を執るだけで、そこにいる者達の士気が最高潮に達するのは事実。

 実際、この鎮守府の資材回収も跳ね上がっている。

 結果として前線も安定して、今彼が戻ったら尚良いと思う。

 

 戦局を左右する程の存在。だからこそ、死なれては困るのは分かるけど。

「飼い殺し、じゃないですか」

 安全な後方での勤務。夜戦すら滅多にない。

 

 夜空は綺麗だけどね。夜海は美しいけど。灼ける様な高揚がないのも事実。平和は尊い。前線で、犠牲になり続ける人達を意識しなければ。

 …うーん。これも私らしくないかな。妙に心が荒んでる。

 

 私たちも義務はある。それに此処は、駆逐艦たちを鍛える用途もある。

 変に前線へ気を遣って、平和の尊さを侮辱したくない。

 それで日常を楽しまないのは、最低な行為だと思う。でも提督はどう思うんだろう。



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つまりは夜戦です

「もちろん資材は大切です。なかったら戦えないし、提督が後ろに控えていてくれるから、前線が安心しているのも分かります」

 だめだ。これ以上、取り繕いはしたくない。

 怒られもしない。不思議な確信があった。

 

 ふと、響の方を見た。愛おしそうに提督へ微笑んでいる。見守っている。

「私はさ。好きな事をしてる。大好きな夜の海にいるだけで、私の魂は満たされてる」

 凪いだ夜の海を知ってる? 星空の輝き。月の満ち欠け。冷えた空気は心を静めて。世界と同化するように魂がとける。

 

 堪らない。なにかが始まりそうなワクワク感。

「…まあ、こんな自由が許されてるのは、最前線で通用しない艦種だからってのもあるけど」

 前線で最重要視されるのは、圧倒的な耐久と常軌を逸した殲滅力。即ち戦艦と空母の二大戦力。

 

 潜水艦も相手取れるよう、新開発された艦装だってある。

 それでも対潜能力はかなり劣るけど。私たちの脆さを考えて、だ。

 適材適所だけどね。比較的安全な所に、私たちは配属されるんだ。

 

「とにかく。提督は何がしたいの?」

 私の問いかけに考え込んで、うなり声すら聞こえそう。

 提督の様子を優しい眼で響が見守ってる。少なくとも彼女は、やりたい様にやってるんだろうね。

 

 私もそう。提督は?

「――皆のらしい所を見たいんだ」

 困ったような彼の微笑み。どこか取り繕ってもいるけど、本音を聞かせてくれてる。

 唐突に始めたから驚いたけど、なんてことはない。

 

 私たちと触れ合おうとしてくれてるんだ。

「川内さんは勘違いしているかもしれないけど、司令官は楽しくて此処にいるんだよ」

「そうだとも。俺は君達の在り方を好ましく思っている。だから、もし良ければだが」

 どこか自嘲する笑みを浮かべても、言葉だけは迷いなく。

 

「君達の日常に、俺も混ぜてはくれまいか」

「…そっか。うん――じゃあ夜戦だね!」

 私の全て。話し合おう。知り合おう。楽しみ合おう。ふふっ。良いね。今日の夜は最高になる。

 

 私が言うんだ。絶対だよ。

「ほう」

「今日私は夜あいてるから、飲み物とか用意して部屋に行ってもいい?」

 ジュースが良いかな。お酒で乾杯するのはまだ早い。

 

 うんうん。考えただけで楽しみだ。さっそく準備して、提督の部屋に向かおう。

「ありがたい」

「那珂と神通には悪いかもだけど、夜通し語り合おうよ!」

 

 那珂はともかく、神通は羨みそうだ。今度紹介してあげないとね。

「川内さん。そこに私の席はあるかな」

 遠慮がちな響の声。変な所で気を遣うんだから。大体、響がいないと絶対に間がもたないでしょ。

 

「ふっふっふ。もちろんだよ。いっぱい話を聞かせてね」

「任せて」

 ふふんと声が聞こえそうなやる気。ああ。やっぱり響も可愛いやつ。

 ちらりと提督を見たら微笑んでる。うん。私も楽しみだ。



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白露さんと 一月経ちました

 朝。清々しい朝の訪れ。相変わらず執務室に俺一人。

 響は珍しく、今日は姉妹とお出かけらしい。大きな仕事も終わったから、姉妹と遊ぶとかなんとか。俺も混ざりたいけど、邪魔もしたくない。

 数日は俺一人か。仕事は楽勝だがね。かなり寂しい。

 

 川内はまだ寝ているかな。夕方頃遊びに来るかもしれない。

 楽しみだなあ。今日は何の話をしよう。どうしよう。

 いやしかし。今夜からは夜間哨戒の任務についている。彼女も暇はない。遊びに来ないか。うむ。やはり一人だ。かなり寂しい。

 

 さてはて。川内や響と仲良く健全に夜戦してから、一ヶ月が経った。

 その間、特に何もなかった!!

 …いやね。俺もね。努力はしたんすよ。めっちゃしたんすよ。

 会話力も鍛えられた。川内としゃべって、俺も随分と柔らかくなった。

 

 ほら。執務室も整えたんだ。

 ソファを二つ。長机を挟んで対面の形だ。憩いの場はこれでOK。お昼寝も出来る。良いね。無防備な姿とか良いね。パンチラとかもありえそう。生足も素晴らしい。

 実際、川内がごろごろとする姿ときたら。ふひひ。

 

 スカート越しとはいえ、小ぶりな形の良い尻。

 ぱたぱたと無邪気に動かしていた脚。ねえ。ねえ!

 そうして響さんですよ。これがまたね。うんうん。

 ちんまくソファに座る姿。体育座りだったり。ぷらぷら脚をしていたり。

 

 きゃわいんだ。めっちゃ可愛い。何度抱きしめたくなったことか。

 もうやばい。パンツは見られなかったけども。きゅんきゅんきていた。

 きゅんきゅんきていた!!

 ふう。落ち着け。

 

 本棚には適当に小説とか。これで知的な者達も来れる。

 マンガだってあるぞ。駆逐艦にはこれが良いと思ったのだ。

 隣接している自室には、クッキーとか紅茶とか。嗜好品の数々を用意した。

 

 しかもクッキーとかのお菓子に至っては、俺の手製である。

 …料理や菓子作りは、前の鎮守府で徹底的に鍛え上がったからな。貧乏暮らしのちょっと贅沢みたいな。

 さてはて。まずは状況を考える。

 

 天龍型、白露型、暁型、川内型。必要に応じた駆逐艦と軽巡洋艦。可愛いよね。

 イムヤ、ゴーヤ、はち、しおい、イク。恒常的に入手できる潜水艦。やっぱ可愛いよね。

 間宮、伊良湖、鳳翔。出撃には関係しない裏方の三人。めっちゃ色気あるよね。

 

 魅力的な者達ばかりだ。戦艦はいないけども。エロスは少ないけどな。

 だがあえて言おう! 皆可愛らしいのだ!!

 これらが我が鎮守府の全てである。――その上で断言しよう!!

 俺は! 響と川内しか話せていない!!



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あいさつです

 俺もがんばったんだ。

 たとえばそう。三日前に廊下ですれ違った夕立相手に。

『おはよう』

『お、お、おは、おはようございますでした!!』

 

 と言って彼女は逃げ去った。俺は泣いた。

 何かしただろうか。ただ俺は彼女の愛らしい声で。

『良い朝っぽい! 提督さん、おはようございます!』

 みたいなのが欲しかっただけなんだ。ひどい。

 

 そうそう。白露型つながりで、二日前は時雨に挨拶をしたんだ。

『良い朝だな』

『え、は、はい。良い朝ですね…』

 今にも消えそうな儚げな声で、彼女は答えてくれた。

 

 逆に申し訳なくて、俺は滑らかに逃走した。俺は泣いた。

 そうだ。今度こそ白露型と仲良くなろうと思って、昨日は村雨に言った。

『おはよう』

『はい! おはようございます!!』

 

 お前は誰だ。違うだろう。いや、良いんだけど。真面目で結構だけど。

『うふふ。今日も良い朝ですね。こんな日は外でごはんもいいですね』

 みたいな感じで、お姉さんな雰囲気で微笑むもんだろ!!

 …分かっている。分かっているんだ。勝手な押しつけはしない。ただね。そう。

 

 俺がいない時は、素の彼女はもっと緩いと知っている。川内から聞いたからな。

 仏の顔も三度まで。ちょっと意味合いが変わるけども。

 個人的主観として、白露型で一番幼なじみ系正統派な彼女。一番艦・白露にも言った。

 

『おはよう』

『へぇあ!? あ、その、おはよ! って、そうじゃなくて。その、ご、ごめんなさ~い!!』

 さっきの白露との会話が一番続いたね!! いっちば~ん!! ははははは!!

 

 俺は泣いた。

 他の白露型? ――俺は泣いた。基本的に上手くいっていない。

 山風に対しては、反応が怖すぎてお互いに無言だった。ただただ目が合った。

 俺は泣いた。むしろ彼女も泣きそうだった気がする。

 

 というか、まともに挨拶出来たのがさっきの四人だけ。

 他の皆は見るからに怯えていた。緊張して固くなっていたり。ドジを恐れて、俺に近寄って欲しくなかったり。

 恐怖だけではなかろうよ。でも絶対に、恐怖もあるんだろうなあ。

 

「はあ」

 溜息が零れた。先行きが長すぎる。困った。

 近くに響がいないのもある。自覚はあるが俺は彼女に依存している。

 一人でも、心のままに生きるんだ。うんうん。

 

 さあて。このままでは何も変わらない。

 どんな窮地も破れるはずだ。破れなかったら死ぬだけとか言わない。

 努力をしよう。せめても力を尽くそう。――良い匂いのする女の子に触れたいから!

 そう。なんていうかさ。いやね。仕方ないとは思っている。俺が悪い。認めよう。



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びっくりです

 あれから川内とは上手くいったんだよ。うん。比較的だけども。

『提督。夜戦に行ってくるからね!』

 なあんてニコニコ笑いながら、楽しそうに彼女らしさを見せてくれている。

 

 随分と仲良くなった。彼女の明るい笑顔は、俺まで笑顔にしてくれそうだ。

 からかいたい気持ちはある。夜戦ってそういう意味じゃないし! と怒られたい。

 が! これ以上拒絶する艦娘が増えたら、俺の心が折れる!!

 

 ただでさえ、友好的に接してくれる子が少ないんだ。

『…気持ち悪い』

 なんて彼女から言われてみろ。ちょっと良いな。

 侮蔑するような冷たい眼。見下ろすように静かな声での発言。

 

 訂正しよう。

 かなり良いな! なにが良いって、普段おちゃらけている彼女の目つきですよ。

 まるで敵を見るような侮蔑の視線。そう言いつつも、頬を若干紅に染めて。羞恥と嫌悪が混じった声色で、俺の事を軽蔑したわけだ。

 

 そこから。

『提督って。こういうのが趣味なんだ。変態』

 などと言われてみろ! ほんまヤバいで!! 思わず龍驤が乗り移るほど。

 ふう。

 

 ただまあ、普通に嫌われたくないし。一時の快楽を求めて、彼女を傷つけるのも避けたい。つまりは妄想である。妄想は自由だ。

 心を読める能力者とか、艦これ世界にはいなかろう。ラノベとか燃えゲーでもあるまいに。

 

 それに、そろそろだったか。

 川内から那珂ちゃんや神通とか。もう少しすれば紹介してくれそう。ありがたい。

 響はいつも通り。俺の側にいてくれたり、鎮守府の業務をしてくれたり。好き。

 いつも通りと言わせてくれる彼女に感謝を、これまでの時間に愛情を。

 

 いやしかし。最近、何でかは分からないのだがな。

 どうにも、響の世話になりっぱなしだと思っている。分からない。お互いに支え合っている自覚はあるし、依存している所もある。

 

 そうなのだが、なんだろう。滅茶苦茶裏で支えてもらっているような。変な感覚だ。

 むう。それも合って、思い切って長期の休日を与えたのだけど。

 不安だ。なぜだか分からないけど、不安だ。そんなに依存していたか?

 

 今更、彼女と仲を深める意識もなく。響が姉妹と上手くやれていれば良い。とさえ思っている。

 そうして、彼女つながりで第六駆との仲を、むしろ中を。

『司令官なんて大っ嫌いだ!!』

 

「ごぼっ、げほっ、げほっ」

 ……血? 想像だけで俺は吐血したのか。然もありなん。仕方ないね。

 などと血糊を使ってふざけている場合では。がちゃりと扉が開く。

 

 見れば白露の姿。下を見ながら入ってきて、仄かに震える声が言葉を紡ぐ。

「提督。その、さっきはごめんなさ」

 彼女が顔を上げた。真っ直ぐに俺を見て。あ、ヤバい。

 

 驚愕に眼を見開いた姿。口も開けて驚きを示している。徐々に、徐々に彼女が事実を認識して。

「――提督!?」

 慌てふためく白露の姿。やべえ。誰も入ってこないと思っていた。どうしよう。



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すんごい破壊力です

 改めて。入室し驚愕している彼女の姿を見る。

 白露型駆逐艦の一番艦・白露。栗色の髪。短めな髪とヘアバンドは、彼女の活発な印象を強めている。意思強く自身に満ちた眼だ。くりっとした瞳。

 

 にこりとした笑顔よりは、にひひと元気な笑みが似合う。明るく眩しい美少女。

 なのに顔立ちは美しい。これもギャップ萌え。

 そうして、駆逐艦にしてはかなりスタイルが良い!

 

 ナイスおっぱい。良いねえ。巨乳は良いものだよ。響は、まあうん。駆逐艦だから。

 はっはっは! 活発な感じとギャップ萌え。素晴らしい。

 陽光に煌めく露のよう。明るさと愛らしさが合わさった、素敵な子だ。

 

 そんな彼女が、動揺と恐怖に染まって目を見開いている。

 髪色と同色の綺麗な茶瞳は、緊張で仄かに震えていた。うむ。どうしよう。

 言葉は……俺、声も怖いからな。挨拶しただけで逃げられたからな。

 とりあえず大丈夫だと動いて見せて。

  

「う、うそ。そんな、だめ。動いちゃ駄目!!」

 慌てた様子の彼女が、すごい早さで距離を詰めてきた。

 そうして、立ったままの俺の前で一旦止まる。近い。

「あ、ど、どうしよ。動かしちゃ駄目で。休ませなきゃ」

 

 躊躇。それはそうだろう。吐血した人間への対応なんて、訓練でも早々あるまい。

 深海共に襲われたら、大抵即死するからな。普通の人間は撃たれれば死ぬ。俺のように、撃たれる瞬間を認識出来る化物は、人間と言っちゃ不味い。

 鋼の臭いを感じろ。果てしなく自業自得だがな。彼女の心を傷つけたのは俺だ。

 

 さあて。戦場の臭いを思い出して、心も落ち着いてきたぞ。まずは彼女を落ち着かせねば。言葉を出そうとすれば。

「提督。ごめんね」

 ぽつりと告げられた声。決死の覚悟すら感じられる。深く決意された声色。

 

「む?」

 彼女に抱き上げられて、ソファに座らされた。今更驚きもしないが、さすがは艦娘だな。八十キロはある体を軽々と持ち上げた。

「机、ちょっと邪魔…!」

 

 白露が長机を移動させる。そうして、座らせられた俺の前に、彼女が屈み込んできた。様子を窺う状態だ。俺の容態を見ているのか? いや、健康体だけど。

 良い匂いがする。仄かに汗の匂いと、彼女自身の甘い香り。

 川内のソレとは違う。何だろう。活発な少女の匂い。少し汗が強い気がする。

 

 うむ。我ながら変態だ。いやしかし。人類とは皆変態ではなかろうか。俺だけじゃない――そうか。俺は一人じゃなかったんだ。

 いかんいかん。突然の彼女の動きに動揺して、思考が飛んできている。

 ぽけ~っと状況を見守っていたら。

 

「提督。苦しいかもだけど!」

「むぐっ!?」

 白露に抱きしめられた。な、何で!?

 す、すっげえ柔らかい。あれこれおっぱい? 彼女の鼓動音。おっぱいだこれ~!!

 

 これがあの伝説にして終焉を告げる概念にして男の子の夢。

 たわわんと揺らぐ概念存在。幻想ですらありうる、巨乳美少女の胸抱きしめか…!!

 おほっ。おほほ!! 我が相棒にはない大きなソレ。す、すげえ。これが伝説の。

『殺すよ』

 

 脳内響がキレた。ちょっと落ち着いた。どうしてこうなった。

 待て待て。もっと落ち着け。でも柔らかい。わけが分からない。これが俺の運命力か? けれど暖かい。どうしてこうなった。彼女の匂い。もう一度言おうか。

 どうしてこうなった!!

 

 衝動のままに、獣となるも良し。か? …ふざけるな。俺を舐めるなよ!!

 歴戦錬磨の古強者にして、神として語られし英雄だ。

 状況はわけが分からない。しかし、これが彼女の優しさで成された事は分かる! それも俺がバカをしていたからだ!!

 

 この状況に呑み込まれるなおっぱい柔らけえ!! 絶対これノーブラだって!! クーパーのリスクはどこへ消えた。これが一番艦。これが白露型。

 なんというエロスの暴力か。もう死んで地獄に逝っちまいそうだ。

 まだだ。まだだ! 俺は強い子だ! (相棒)に涙を流させるつもりか。



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男の子の夢です

『司令官。私の胸を触っても良いよ』

 ごぶっ! 本当に吐血しそうだ。興奮しすぎてヤバい。裏目に出たか!?

 ちっぱいの良さを知りたいわけじゃねえ!! いや知りたいけども。手取り足取り知りたいけども。

 

 そうじゃない。涙目響の誘い文句を想像するな。そうじゃなくて。

『…ごめん。私が幼いから』

 違うんだよ。そうじゃないんだ。落ち着いた。でも泣きそう。

 今だ!! 龍驤の胸を思い出せ!! ――虚無。

 

 本人に聞かれたら殴り殺されそうだな。でもアイツ、かなり前の宴会芸で凄いネタをぶっ放したから、怒る資格はないと思うぞ。

 どこから持ってきたのか。かばんからまな板を取り出して。

『師匠。ご無沙汰しております!!』

 

 俺含め他六名の腹筋を崩壊させた。やり遂げた英雄の顔をしていた。

 勢いだけで笑いを取る奴だからな。いじらないと逆に怒る。

 良いぞ。落ち着いてきた。めっちゃ良い匂いするけど!! 鼓動音に命を感じて!! ヤバいけど!! 

 

 愚息チェック。オッケー。あまりの急展開に、俺の撃鉄は起きてないぜ。

 さあ。戦争だ。戦争を始めよう。我が運命が紡ぎし試練よ。

 白露の魅力は断じて巨乳だけじゃない! 俺を舐めるな。

 彼女の美しさを俺は知っている筈だろう。ならば、話を聞け!!

 

「大丈夫。大丈夫だからね。あたしが側にいるから」

 ずっと、ずっと抱きしめてくれるのか? いかん。さすがに暴発してしまう。

 なにこの柔らかさ。衣服越しなのに伝わる幸せの暴力。すげえよ。これが女性の力か。すげえ。

 

 ま、まだだ。俺はまだ持ってかれていない。でもそろそろ真理の扉を開きそうだ。

 母を求めた兄弟からは肉体を、国を求めた男からは視力を、子供を求めた女からは子宮を。なら、今の俺が真理の扉を開いたらもってかれるのは……。

 股間がひゅんとなる。想像すらしたくない。

 

「深呼吸して」

 いやこの状況で呼吸したら素敵な香りが素晴らしすぎて。

「大丈夫。大丈夫だから」

 それは、白露自身に言い聞かせているようだった。

 

 彼女の体が震えている。恐怖を押し殺して、必死に状況を認識している。俺のためだ。死にかけていると思って、少しでも不安にさせたくなくて。

 ――何をやってるんだ俺の馬鹿野郎。ちょっとでも考えれば分かるじゃねえか。

 

 抱きしめられる程の好意があるか? そんなわけがない。

 挨拶をしたら逃げる位に、彼女たちは怖がっているんだぞ。

 なのに、俺を心配してくれているんだ。応えろ。

 

 不埒に楽しむなら、もっと清々しいエロスであれ。

 よく考えるまでもねえだろう。彼女は、傷ついているじゃないか。

 じゃあ駄目だ。いかんいかん。まだ最前線のノリが抜けきってない。

 

 血を吐いたら驚くだろうよ。響みたいに。

『司令官。男の子の日かい?』

 とはならないのが普通だ。よし。頭がまとまった。



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残念でした

 彼女の背中を、優しく何度か叩く。それで俺の容態に気付いた様子だ。

「ご、ごめん。苦しかったね」

 優しい声だった。慌てていても、心配の念が強いのだ。

 軽く抱擁が解かれた。抱きかかえる形から、両肩に手を添えて見つめている。

 

 凜とした意志の強い瞳。自信だけはぶれているけど。白露らしい強い眼差し。

 彼女の目が俺を見ている。じ~っと心配している。

 すっごく胸キュンする状態だけど。だからこそ、真摯に応えよう。

「落ち着け」

 

 意識して低い声で紡いだ。穏やかに告げたから、恐怖も薄れていると良いな。

 …よし。怯えていない。心配しているのは変わらないけど、落ち着いてくれた。

 ちょっと残念とか思っていないぞ。本当だぞ。

「提督…?」

 

 俺の一言で彼女の動きが止まった。

「大丈夫だ。ほら白露も座って」

 意識しないように抱き上げて、対面の席へと座らせた。

 結果として抱擁が解かれる。めっちゃ名残惜しかったけども。落ち着いたなら何よりだ。

 

「吸って、吐いて。肺と腹部を意識して息をするんだ」

「は、はい」

 深呼吸をして、ちゃんと落ち着きを取り戻した様子だ。

 素晴らしい。度重なる演習の成果でもある。何よりだ。うむうむ。

 

 さて。色々と乱れているからな。彼女が落ち着く時間の為にも、片付けるとしよう。

「ふっ!」

 長机を元の位置に戻した。乱れた部屋を戻していく。ぼけ~っと彼女が呆けている。可愛い。どうしよう。これから告げる言葉で、絶対に怒る気がする。

 

「これは血糊だ。慌てる必要はない」

「成程――なんで!?」

 思っていた通り。立ち上がって普通に怒っていた。しかも涙目になっている。

 色々と衝撃的すぎて、限界が来ている様子だ。そうだろうな。うんうん。

 

 などと冷静に考えているのを知られたら、完全にキレそうだ。

 ふっ。ここは強面を生かして鎮圧するとしよう。俺は怒る子と泣く子に弱いのだぞ。

 そもそも、俺はガチな空気が苦手なのである。仕方ないね。

「理由が必要か?」

 

「い、いえ。その、申し訳ございません」

 うむ。やってしまった。完全に消沈している。俺は最低だ。

 所で話は変わるのだけど。

 いつも元気な幼なじみが、落ち込んでる姿って胸キュンだよね。

 

 何が良いって、そこから派生する展開が良いよね。

 異性を意識する展開も良いし。ケンカ仲間と思っていたけど、実はもっと大切な関係だったと思ったりするのだ。

 そこから始まる、愉快痛快青春ラブコメディー!

 

 うん。現実逃避終了。

 かなり怒られそうだが、ちゃんと話しておこう。

「その、ちょっとしたおふざけだ」



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ガチ切れです

「――バカなの!?」

 叫ばれた。かなりの熱量である。顔が真っ赤になっている。涙目が酷くなって、泣きそうになっている。やべえ。どうしよう。ひ、響…!

 そうだ。彼女は今いないんだ。未来に帰ったんだ。俺一人で頑張らないと駄目なんだ!

 

 落ち着け。色は似ているけど。どっちも青系統だけど。

 今は怒っている彼女に向き合おう。自業自得だ。応じろ。

「い、いや」

「いやじゃない!」

 

 仰るとおりです。悪ふざけがすぎました。暇すぎて遊んでいました。ごめんなさい。

 しかし、遠征が主だからさ。指揮を執る機会が皆無に近いんだ。偶発的な戦闘は、彼女たちの自主戦闘で補えている。俺の出番は少ない。

 

 待ち望んだ平穏を楽しもうと動けば、あいさつしても逃げられるし。

 あれ。おかしいな。現実を認識したら、涙が出てきそうだぞ。

「なんでそんな事をするの!」

 ぷるぷると震えながら怒っている。心配から怒ってくれている。

 

 嬉しいな。なんだろう。怒りからなんだろうけど、素の感情でぶつかってくれている。

 違う意味で泣きそう。良いね。久しぶりに純粋な心配を受けた気がする。

 俺も響もなあ。大抵の無茶には慣れていて、対応が自然すぎる。

 

 メンヘラみたいだ。いかんいかん。素直に謝ろう。

「す、すまない」

「あっ、その」

 彼女も我に返ってしまった。違う。そうじゃない。良い。素直な心を見せてくれ。

 

「…調子に乗ってしまい、申し訳ございません」

 白露が深く頭を下げた。彼女らしくない静かな謝り方。

 ぎゅっと拳を握り閉めて、耐えている。俺が悪いのに姉妹に迷惑をかけたくなくて。

 彼女が頭を上げた。心配の涙目は意味を変えて、静かに燃える炎の様に。

 

「どうか処罰はあたしだけで、他の人達にはどうかご容赦を」

 それが成されなければ、決死の覚悟で抗うのだろう。

 強い意思。熱く燃える彼女の心。うん。俺が悪かった。悪かったけど。

 落差あ!! さっきのおっぱい抱擁があって、心が折れそうだ。

 

「いやいやいや」

 思わず素が出る程、かなり悲しくなる発言だったぞ。…彼女の体が震えている。隠しきれない怯えの反応だ。このまま俺が黙っていたら、ガチ泣きしたのでは。

 

 本当に心が折れそうだ。マジで泣きたい。

「提督…?」

 怪訝な様子で見つめている。もう何だろう。色々とあって疲れた。

 いつもはもっと軽い感じなのに。いつもってか、ここまでは軽かったのに。

 

 何が違うのかは分からない。ならば! 俺らしく真っ直ぐに熱く語ろうか!!

「白露は俺を心配してくれたのだろう」

 すごい嬉しかった。エロスは完全に抜きにしよう。

 俺が本当に嫌われていたなら、彼女に優しさがなければ。

 

 俺が吐血しようと、放っておかれていたのだ。

「実際、悪ふざけがすぎたのも事実」

 今後現実に吐血したら、反応が心配だがな。響はガチを見抜けるし。白露が見抜けないでガチだったら、彼女は絶望する。

 

 死ねない。元より早々死ぬつもりもないけど、健康に気を遣っていこうか。

 真っ直ぐに思いを伝えろ。熱く語れ。嘘をつくな。誤魔化すな。照れても良い。

 それでも、俺は仲良くなると決めたんだ。本音で語ろう。

「そこで謝罪をしてくれるな。心配してくれたのは、素直に嬉しかったぞ」



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策略です

「あ、えっと」

 呆気にとられて呆けていた。可愛い。気が抜けて緩んだ姿も愛らしい。

 もう一度。落ち着いて。いい加減怖い俺も緩ませろ。穏やかな声を意識しろ。

「敬語も止めてくれ。本来、艦娘と提督に差はない」

 

「ですけど」

「絶対権限はある。立場上は上でもある。だが、命がけで戦っているのは君達だ」

 死のリスクが大きすぎるから、解体とか絶対命令の抑止力なんてあってもな。

 陵辱も可能だけども。誇りがあれば、艦娘達は従わない。

 

 指揮を執る特殊性とか、命令系統の確立もある。後はまあ、ゲームとは違うんだけど。提督の指揮の仕方が特殊というか。うん。語るのも面倒だ。

 振るう機会もないからな。それで良い。

 

 きょとんとしている彼女へ、何とか微笑みながら告げる。

「振る舞いの自由を許す程度には、度量があるつもりだが?」

「…その割には、顔怖いくせに」

 ぽつりとした呟き。心に突き刺さった。

 

 顔の怖さは関係ないだろ!! とか言ったら怯えそうだから言えないけど!!

 しょうがないじゃん。めっちゃ歯を食いしばったり。不眠症だったり。色々てんやわんやしてたんだよ。隈もヤバいからな。クマ~って言われたいくま。

 

 じ~っと警戒するように見ている。俺の反応が分かっていない。

 まだ心の距離があるな。敬意とかぶっ壊れているみたいだけど、もう少し。

 ちょっと驚かせよう。

 

「ぐはっ!」

 余っていた血糊を吐いてみた。大慌てで彼女が駆け寄ってくる。ふふ。俺は最低だ。

「て、提督!?」

 心配しているけど、先程より落ち着いている。半信半疑だ。可愛い。

 

「血糊だ」

「む~! 反省してないでしょ!」可愛い。

 そうそう。こういうので良いんだよ。

 さっきの白露の台詞とか、陵辱系の発言だったぞ。

 

 嫌いじゃないけども、そういうのは創作だけで良いのだ。ガチで聞くには重すぎる。

「とにかくだな」「ごまかしてる」

 ジト目可愛い。ふっふっふ。きゅんきゅん来るぜ~!

「とにかく。俺は君達の自然な姿が見たい」

 

 川内にも言ったけど、俺は彼女たちのらしさ見たい。

 白露型で語ろう。

 一番艦の彼女は語るまでもなし。幼なじみ的魅力が良い! 村雨の色っぽさ、愛らしさ。夕立の甘えっぷり。時雨の儚さ。

 

 他姉妹も語れ? …バカが! 挨拶すら出来ないのに、妄想なんて出来るかよぉお。

 うわああん。皆好きなのに、怖がられたり緊張されたり。あんまりだ。

「つまらない話を持ち出すが、艦娘もその方が力を発揮出来るのだろう?」

 人もそうだけど、大切なのは心だ。心が戦士を強くする。

 

 精神論である。これが割とバカに出来ないのだから、困るよな。

「まあ、うん」

「なら何よりだ。変に畏まる必要はないと、白露の方からも姉妹達に伝えてくれ」

 そうして話をさせて! ほんとね。心が折れちゃうから。



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砕けた仲です

 神妙な面持ちで彼女は言う。

「難しいと思うよ」

「だろうな」

 真理ここに至るかと言った具合。挨拶しただけで逃げられる。

 

 冷静に考えれば、何ほど俺が怖いのだ。

 いや怖いけども。自覚はある。纏うオーラがヤバいからな。ドヤ顔ものである。わけが分からん。

「ん~、私はまあ。もう色々と認識が壊れて、ぶっ飛んじゃったけど」

 

 これも失礼な言い草だ。でも滅茶苦茶嬉しい。まともに会話出来る子が増えるのは、とっても嬉しい。

 しかも白露は一番艦だからな。いっちば~ん! だから。うむ。自分でも意味不明だ。

 

 いやしかし、先程の挨拶で一番通じたのは彼女だ。こうなるのも必然だったのだ。

「他の皆はね。やっぱり怖がってる」

 改めて言葉にされると心が折れそうだ。もう少し加減してくれないか。駄目か。そうだろう。

 

 で、彼女の顔も真剣なのである。冗談だったりは絶対にしない。心苦しそうではあるけど、本音なのだ。うむうむ。

 …まだだ。まだ折れないぞ。オリハルコンで出来ているから、大丈夫だ。泣きそう。

「手を打つ必要があるか」

 

 俺も応じて真剣な表情で言ってみた。彼女がぴくりと眉を動かしてから。

「酷いことは」

 真面目口調でそんな事を言われると、俺の心が折れるので勘弁してください。

 

 お、怒ったぞ。ちょっと威圧してやるからな。へへ~ん。認識が壊れたと言っても、まだまだ怖かろうよ!

「すると思うのか」

「ご、ごめん」

 

 涙目。ぷるぷると震えている。わ~はっはっは! はあ。やっぱり怖いんだ。吹っ飛んでないじゃん。吹っ飛んでないじゃん! いや、分かってたけど。知っていたから、俺は歴戦の人間ですし。読みは鋭い方ですし。

 

 拗ねてないぞ。決して拗ねてない。もっといじめようとか思ってない。

「いや許さない」

「えっと、その」

 本当に泣き出しそうだった。もうちょっと見たいけども、ガチ泣きは嫌だ。からかいの範囲が素敵だよな。

 

「許して欲しければ、俺ともっと話をしてくれ。皆の日常が知りたい」

 これは本音である。敵を知り己を知ればなんとやら。己の弱さは十二分に知っている。相手の事を知ったなら、良い感じにいければ良いなあと、漠然と思っている。

 多分いかない。また俺は涙に濡れるだろう。

 

「…顔怖いから、冗談に聞こえないんだけど」

 くちびるを尖らせて拗ねていた。ちゅーしたい。

 ぷるぷるで柔らかそうなくちびるだ。

 

 いやむしろ、そのくちびるを人差し指でつんつんしたい。キスとは違って、もっとこうからかう感じで。

『え、えっち!』 

 と彼女に怒られたいんだ。ガチで言ったら、泣かれそうなので止めておく。

 

「泣くぞ。良いのか、泣きわめくぞ」

「意味が分からなくて怖いから!」

 怒られてしまった。呆れながらも、白露らしい明るい笑顔で言ってくれるんだ。

「もう。しょうがないな。あたしがいっちばん詳しくお話をしてあげる」

 どちらかと言えば、詳しくよりいやらしく。はい。黙ってます。



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素直な欲望がちょろっと出ました

 白露が愛おしそうな顔で、姉妹達の話をしていく。

 内容も興味深い話だったけど、そうやって語る彼女の表情こそ、何よりも眼福であった。

「成程。夕立はもっと元気な子なのか」

 泣いて逃げたけどな。泣いて! 逃げたけどな! 裏を返せば、逃げられる程活発な証拠である。俺は泣いた。

 

「そうそう。提督の前だとかしこまってるけど、本当は無邪気な甘えん坊なの」

 知っている。からこそ、今の姿が悲しいのである。

 もっと来いよ! 駆逐艦で一番甘えさせてえんだよ!! 艦これで一番お世話になった駆逐艦だからな!! …一応言っておくが、いやらしい意味では決してない。

 

 この世界でもカウントするなら、駆逐艦でお世話になったのは響である。

 これは! いやらしい意味でもな!! 一人プレイだが!

「だから、出来れば甘えさせてあげてほしいな」

「ふむ」

 

 出来れば所か、滅茶苦茶甘えさせたいんだって。 

 白露に言っても仕方ないけど、本当に甘えさせたいんだって。ほめてほめて、と来る彼女が見たいんだって!!

「時雨はね。いっちばん優しい子」

 

 彼女が一番を譲る程だ。相当に優しい在り方なのだろう。

 …白露型で最後まで生き残った艦娘。忘れない、と語る彼女の在り方は、この世界でも変わらずかね。ううむ。嬉しいような悲しいような。

 二次創作であるような、ぶっとんだ性格であれ。とは言わないけども。

 

 ちょっとずつでも明るくなってくれたら、俺も頑張る甲斐がある。

「皆を守るんだってがんばってる」

 誇らしげな顔だ。自慢の妹達。優劣とは言い方が悪いが、時雨は最も自慢出来る妹なのかもな。そんな時雨は、白露に甘えられているのか?

 

 分からない。まだ踏み込むどころか、逃げられる様な関係だ。

 いや、時雨の場合は逃げたのは俺だった。だって儚いんだもん。怖い。

「村雨は日常を愛してる」

「ふむ」

 

「にこにこ笑って、皆と楽しんでるの」

 そういった彼女の方がにこにことしている。可愛い。明るい笑顔だ。

 きっと村雨も、そんな白露がいてくれるから、穏やかに笑えるのさ。

 良いねえ。胸がほんわかとした。唐突に彼女を抱きしめたい。

 

 泣かれそうだからしないけども、めっちゃ抱きしめたい。もう一回、おっぱいハグしてほしいぜ。本当にされたらどうしよう。怖くなってきたぜ。

 うんまあ嬉しいけどね。反応に困るよね。

「春雨は丁寧な子」

 

 えっ? 全員を語りきるのか。これだけの熱量で、全ての妹を愛しているのか。

 …俺なんぞよりも愛が深く。いっちばん白露型を愛しているのは、目の前の彼女だ。これも良い。明るく愛しげな声を聴いていると、俺まで嬉しくなるぞ。

 強い、優しい心が伝わる。本当に愛おしい子だ。

 

「そっと寄り添う静かな雨みたいで、愛らしい子」

 見守る白露だってそうだろう。寄り添うと言うには力強いけどさ。愛らしい子だ。

「えっとね。もっと、もっと皆は良い子で」

 まだまだ続く白露型の話。俺も聞きたいのだが、春雨とかは挨拶すら出来ていない。

 

「ああ。聞いている。聞いているのだがな」

 俺としては、目の前の彼女と触れ合いたいのだ。心を伝え合いたい。

 やらしい意味だけじゃないぞ。俺は変態だけども、真面目な時だってある。

 

「なあに? そうだ。お腹空いちゃった? ごはんにしましょうか。よっし。いっちばん早くあたしがとってきたげる!!」

 ぴゅ~っと彼女が走っていった。可愛い。それは良いのだけど。

 

 本当に姉妹が大好きなんだな。放っておいたら夜まで続きそうだ。

 そうやって語る白露も可愛いけども。俺は、彼女自身の話が聞きたい。

 せっかくこうしているんだ。衝撃的な事もあったばかり。

 

 いっちば~ん! と嬉しそうに笑う姿。元気いっぱいなのに、愛情深い長女の在り方。

 主観的で創、恐縮です! みたいな感じだが、俺は明るく笑う姿が見たい。

 さて。それはそれとして――膝枕されてえ!



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白露への望みです

 いきなりどうした。気が狂ったか。と心を読まれていれば、言われそうな気もする。

 しかし、これが俺の本音だ。誰が止められよう。誰も止められないさ。

 想像しろ。

 

『ふふっ、あたしに甘えたくなったの? 良いよ。いっちばん優しく、甘えさせたげる』

 ふ~!! 絶対に柔らかいって、抱擁力に包まれて気付いたが、白露って思っていたより包んでくれる奴だ。

 

 我ながら言っている意味が分からないぞ。まあなんだ。

 おっぱい抱擁の破壊力はヤバかったが、アレは唐突すぎた。

 いや本当にやばかったが。鍛え抜いた心を貫いて、魂を融解させていた。

 

 それでも、あそこに至るまで真面目な流れであり。かなり負い目もあった。感触を楽しみきっていない。かな~りもったいない。本当に残念だ。

 自業自得である。ううむ。でもまあ、彼女の優しさからだからな。

 俺に懐いてとか、親愛の情で抱きしめられたら、絶対に我慢出来なかった。

 

 ばぶみを求めて、俺は獣と化していただろう。

 精々、めっちゃ柔らけえ! 位の感動しかなかった。

 死ぬには良い日だ…となった程度だ。まだまだ。俺はまだ進める。

 ふう。でも良い香りだったな。マジで良い香りだった。暖かかった。

 

 落ち着け。

 何より、乳房はねえ。直接的すぎるというか。なんと言おうか。

 ガチでいったら、おふざけではすまない。触れあいではなく。ガチすぎる。

 

 膝枕はさ。あるじゃん。幼なじみ的展開。王道中の王道。青春の香り。でも改二の白露のフェロモンがあると、コペルニクス的転回。がちがちのどスケベである。すっごいスケベだよね。

 

 それは置いておいて。実際、改二の姿じゃないし。

 しかしどうする。

 川内の時は、不可思議な運命すら感じる程の流れがあった。気がつけば撫でてた。

 

 なんか言葉にすると俺ってド変態だな。撫でてたって。やばい奴だ。元からか。

 まあ良い。

「たっだいま~! へへ、いっちばん早くとってきたよ!」

 息を切らしながら、彼女が昼食をとってきてくれた。

 

 おにぎりとたくあんの漬け物。お茶は自室で淹れれば良いから、十分すぎるごちそうである。白露が作ったにしては早い。

 間宮食堂で注文したと見て、間違いないだろう。

 美味しいけど、ちょっと残念な気持ちもあったり。欲張りになったか。

 

 まあ良い。なんにせよお礼を言いたい。

「ありがとう」

「どういたしまして!」

 この笑顔ときめくわ~!

 

 ただのどういてしましてで、どこまでときめかせるつもりだ。

 これが青春の波動か。ふふふ。満足。正直満足しているぜ。

 しかし、それでも望むんだ。心が叫んでいる。

 膝枕されてえ、とな。



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いっしょにごはんです

「「いただきます」」

 一つのソファーに並び座って、二人そろっての昼食。ちらりと白露を見れば、にこりと笑って首をかしげた。

 何でもないと目を逸らせば、気にしないでごはんを食べはじめる。

 

「ん~! やっぱりごはんがおいしいと幸せだねえ」

 おにぎりを頬張って、幸せそうに顔を緩めている。表情豊かで萌える。

「そうだな」

 

「ほ、ほんとにそう思ってる?」

 表情筋が死んでいるので、彼女には伝わっていないらしい。

 鏡が近くにないので分からないが、相変わらずの仏頂面なのだろう。

 この鉄面皮も直そうとは思っているけど、中々ほぐれない。どうしたものかね。

 

「もちろんだ」

 かなりの腕前の持ち主が、このおにぎりを作ったのだろう。

 噛んだらほろりと口内で解ける柔らかさ。適度な塩味。梅干しがすっぱ美味い。

 家庭料理の領域は超えず。安心させる口どけと暖かさだ。

 

 おにぎりとして、一つの境地に至っているのではなかろうか。

 胸が熱くなっている。感動しているのだがね。顔は一切動かない!!

「一切表情が変わってないんだけど。このこの」

 つんつんとほっぺをつつかれる。細い指だ。

 

 俺の武骨な掌とは、比べられないほど小さな手。きゅんきゅんとハートに響く。しゃぶりたい。

 おっと落ち着け。変態性が滲み出ていた。落ち着くのだ

「こ、こら。止めないか」

 

「えへへ。提督がにっこり笑ったら止めるよ」

 意識して笑ってみた。頬の筋肉がぶちぶちと言ったが、無視した笑み。どうだろう。

「ごめん…」

 目を逸らされてしまった。冗談とかではなく。ガチトーンで謝られた。

 

「謝るな。泣きたくなるだろう」

 そうだよね。怖いよね。知ってた。

「でさ。提督はいきなりどしたの?」

「うん?」

 

 えっ? なになに。笑顔の話? そんな凶悪な顔で圧力をかけて、どんな意図があったのか。等と言い責めて、俺の心を折りたいのかな。

 被害妄想である。

「ほとんど執務室から出てこなかったし。あいさつもしてなかったよね?」

 

「そうだな」

 思い立ったが吉日。でもないのだが、執務室の改装が済んだからな。

 積極的に関わろうとして、あえなく撃墜されたのである。

 違法行為もしていないのに、なんという悲劇であろう。何度も枕を涙で濡らした。

 

「夕立から聞いたけど、朝にあいさつしたんでしょ」

 どんな風に言っていたのだろう。気になって仕方ないけど、聞くのが怖いからね。しょうがないね。

「言うな。泣きたくなるだろう」

 

「な、なんで?」

 彼女の反応を見るに、夕立は詳細を言ってないらしい。

「…泣いて逃げられた」

「ぶふっ」

 

 こいつ吹き出しやがったぞ。この野郎め。女か。この女め。

 でも可愛いから許しちゃう――待てよ。ここから膝枕に持っていけないか?

「わ、笑うな。怒るぞ」

 ちょっと威圧をした。反応は。

 

「ああ、落ち込んじゃった。ごめんね?」

 にこりと笑って流されている。俺の威圧を、単純に落ち込んだと思ったらしい。

 …嬉しいけど複雑な気分。どうやって枕に持っていけば良いのだろう。

「ほらほら。いっぱいお話しようよ。姉妹のことはあたしがいっちばん知ってるから」



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不覚にも泣きそうです

「俺は白露の事も知りたいんだが」

 どんな時に笑うんだ? 何か良い事はあったかな。今君は幸せかい。

 愛しい姉妹達といられて、幸福な日常を過ごしているのだろう。

 教えてくれ。君達の笑顔が、艦娘の笑顔が好きだ。君達の輝きを見せてくれよ。

 

「あたし?」

「白露を知りたい。教えてはくれないか」

「うん。う~ん」

 考え込んでいた。真面目に考えるのは良いのだが、もっと軽い話だ。

 

 …歴史の話をされてもな。俺は萌えたいだけである。燃えは十分味わった。

「好きな食べ物は何だ?」

「おいしいの!」

 満面の笑みでの回答。迷い一つなく。眩しい声で明るい言葉。

 

「ふふっ」

 可愛すぎるだろう。思わず笑ってしまった。表情は変わってないかもだが、もっと情緒を示せるなら、大爆笑していたぞ。

 

「あ、提督笑った! なによもう。そんなにおかしいの?」

 大真面目な顔で言った彼女のほっぺに、米粒がついている。

「ははは!」

 最高だ。本当に愛おしい子。とって食べるなんてベタは出来ないけど。

 

 良い。胸が萌えている。愛らしいぜ。可愛らしい。

「すっごい笑ってる!」

「くふ、ふふっ。ほっぺ」

「なによ…あ、ついてる!」

 

 気付いた彼女の顔が真っ赤になって、俯いてしまった。

 めちゃくちゃ可愛い。なにこの子抱きしめたいんだけども。落ち着け。

「い、いや。堂々とした言い草が堪らなくてな。そうか。白露は美味しい物が好きなのか」

 

「むう」

 涙目で睨んでいた。俺の目つきと違って、彼女の澄んだ瞳では怖くない。

 というか、萌え殺す気か? 完全犯罪だぞ。本当にもう。可愛い子だ。

「怒るな怒るな。そうだな。よし。とっておきを君にあげよう」

 

 エロスな気分でもなし。日常を過ごしたくなった。膝枕はまた今度…とは言い切らないけど。全然諦めはついてないけどな。

 自室からクッキー缶を取ってきた。長机の上に置く。ふたを開けてみれば。

「これは…お菓子だ!」

 

 嬉しそうな大きい笑顔。それだけで作った甲斐もあろうよ。

 にこにこと笑う彼女を目に焼き付けてから、紅茶を淹れてみた。手間暇はかけていなが、茶葉は良い物だ。それなりの味にはなっている。

 

「ありがと」

 照れながらのお礼。怒ったり笑ったり、感情豊かでかわいいやつ。

「せめてもの謝意だ」

 大仰に頭を下げてみた。白露がふふんと胸を張りながら。

 

「えへへ。なら許したげる」

 暖かい声で言ってくれた。…不覚にも泣きそうだ。怯えられないって、こんなにも楽しいんだな。会話のやり取りって、心が温かくなるのだな。

 泣きそう。別の意味で泣きそうだぞ。

 

「どこのお店の?」

 おっと。落ち着け。俺が本当に泣いたら、この時間も台無しじゃないか

「俺が作った代物でな。店では買えないという意味では、最高級と言っても良い」

「ふんふん」

 

 興味深そうに見つめながら、迷わず一枚食べてくれた。どうだろう。

「すっごいおいしいね! 提督って、意外な趣味があるんだ」

 ふふん。ドヤあ! かなり努力したからな。大抵のお菓子と料理は任せてくれよ。

 

「暇つぶしの手慰みだよ。言ってはいけない事かもしれないが、俺の指揮は此処には要らない」

 作戦立案能力と、大本営に対する影響力。後は事務能力。

 此処は俺でなければならないが、俺の全てを燃やす事もできない。

 

 川内が言った言葉だけど、飼い殺しとはよく言ったものだ。

 ようやく待ち望んだ平穏も、やっぱり上手く付き合えていないからな。

「…ううん。それならさ。秘書艦は誰でも良いんだよね?」



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次への布石です

「そう言い換えることも出来るかもな。それがどうした?」

「じゃあさ。この二週間くらいは、白露型の皆でやったらどうかな」

 仄かに照れた様な、緊張しながらの言葉。俺は耳を疑っていた。

 

「ほう」

 えっ? マジっすか。正直、ちょっとでも良いイメージが伝われば。程度の話だったけど。白露から便宜を図ってくれるのか。俺を殺す気かな。

 疑心暗鬼になっているかもしれない。どうせ怖がられると思っている。

 

「一日ず~っといたら、大分馴染むよね。あたしも慣れてきたし」

 にこっと笑ってみた。

「それはなしで」

 真顔の返答である。泣きそう。

 

 そんな怖いかなあ。怖いなあ。怖いだろうな。知ってた。

「じゃあ今更だけど、今日はあたしね! よろしく~」

 楽しそうに笑いながら、白露が手を差し出した。掌にキスをしたくなったけど、我慢して握手に代えた。

 

 まだ、まだ慌てるような時間じゃない。

「よろしくお願いする」

「でさ。秘書艦って何をすれば良いの?」

 何ってナニだよなあ。などと言えば、色々と悲惨な最期を迎えると思われる。

 

 それも良かろう。ドン引きした白露の表情は、俺の命を捧げても良い。

 絶対に気持ちいいって。ぞくぞくとする。賭けても良い。

「基本的には提督の補佐だ。必要と思ったことをすれば良い」

 エロスはない。残念ながらない。響のパンツも偶然である。

 

 俺が強く願って、たまたまそういう状況になっただけ。

 ……よくよく考えてみれば、そんな事ってあるか?

 いや。どうだ。川内の時もそうだった。うんうん。そういう事もある。

「書類整理やお茶淹れ。後は会話の相手など」

 

 しかし、事務仕事の殆どは俺が終わらせてある。やる事はない。強いて言うなら、任務のアレコレだけど。これは遠征が終わってからでないと、手がつけられない。

 一日の大半は暇である。ダラダラと仕事を引き延ばすのも、もったいないからな。

 

 そもそもの話なのだがね。ぶっちゃけ俺一人どころか。俺三分の一位でも仕事は出来るのだ。事務能力も鍛え抜いたけど、仕事量は少ない。

 軍神としての影響力も買われて、後方勤務をしているのである。

 

 その点に関してだけ言えば、正直どっちでも良いんだよなあ。いちゃらぶをするためならば、どんな激務でも構わないぞ。

 矢でも鉄砲でもどんとこいだ。

「仕事は少ないからな。どうにも」

 

「ふむふむ。白露型で一番上手にこなしたげる。一番艦だからね!」

 俺の話を聞いていたのか。どうして燃えているのだろう。まったく。彼女らしい反応だ。――良し。俺も頑張ろう。膝枕をしてもらうんだ!

 両者共にやる気は十分。ふっふっふ。やったるぜ!! 



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秘書艦の感想です

 集中を高めてから二時間程度。今日の業務はとっくに終了している。

 気合い十分に膝枕を目指していたが。無理だった!

 くそ! 俺はなんて無力なんだ…前二つが上手くいっていたから、過信していた。

 なんかこう、上手いこと膝枕が出来るんだろうなと思っていた。

 

 そうだ。乙女との触れあいは希少である。分かっている。分かっていた筈だろう。

 響のパンツを見られたから? 川内の頭をなでなでしたから?

 だから俺は、運命に愛されているとでも? ――バカが!

 幾重にも地獄を味わってきた。戦ってきて知ったことだろう。

 

 勇気のある一歩を踏み出さなければ、希望なんて得られないのだ。

 それはそれとして。秘書艦を頑張ろうと奮起している白露は、最高でしたがね。

 お茶を濃く淹れすぎたりとか、書類を書き間違えたりとか。やる気は十分。でも慣れていなくて、頑張る姿に萌えていたぞ。

 

 結局、いつもよりペースは落ちていたけど。楽しさは倍増である。

 響との仕事も好きだが、お互いに優秀だからすぐに終わる。味わっている暇がない。

「…仕事がない~!」

 涙目で嘆いていた。思っていたよりも遙かに早く、今日の業務が終了したのだ。

 

 ついでに言えば、響と二人で仕事をしていたのならば。

 そうだな。昼までには殆ど終了する。後は各々時間を使っていた。

 二人でゲームをしたり、川内が遊びに来たこともあったな。今日は彼女の気配を感じない。やはり来ない様子だ。

 

 響は姉妹と仲良くしているのだろう。長期休みを与えた甲斐もあろう。

 かなり寂しいし、何故だか分からないが滅茶苦茶心細い。それでも、響が楽しんでくれる方が嬉しかったりする。そんな感じだ。

 …いやでも、何でこんなに心細いのだろうか。

 

 第六感が激戦を予感している? 馬鹿な。ありえないとまでは言わないが、これだけ体制を整えたのだ。理不尽レベルの運命だろうと、何の対抗も出来ないとは思わない。

 ううむ。

「ねえねえ提督。普段はなにしてるの? 怒らないから教えて」

 

 その台詞を言っている時点で怒っているから、俺が何を言おうと怒らないだろうね。

 大体、聞いておきながら答えが分かっている様子だ。開き直って堂々と言う。

「基本的に遊んでいるな」

「私たちが~遠征とかで~頑張ってるのに?」

 

「ああ」

「……」

 無言のままジト目で見られている。照れるぜ。ジト目の白露も可愛いなあ。

「ずっと篭もりっぱなしだったのは、全部さぼってたの!?」

 

「いやいや。ここまで暇になったのは最近の話だ。今までは業務に追われていた」

 全力で処理していたのだぞ。人聞きの悪いことは言わないでもらいたい。

 その疲労解消もかねて、響に休暇を与えたのだ。俺も疲れは酷いけど、皆と触れ合いたいし。俺の代役は同期を呼ばないといけない。

 

 その上で言うのならば、俺の同期は俺以外代えの利かない奴らだ。

 羨ましいような、そうでもないような。案外物語視点は俺じゃないのかもな。

 精々が、意味深に呟く役柄である。或いは先達者として、世界の主役を導くとか。

「ようやく落ち着きを取り戻して、皆に関わろうと思っているんだ」

 

 いちゃつきてえのである。そうして挨拶から始めて、見事に砕け散ったのが俺だ。

 砕け散ったのが、俺だ。

「そもそも優秀すぎて、仕事が足りなくなってるのかな」

「ああ」



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的確な戦術です

 自分で言っていて照れるが、能力だけは鍛え込んだ男。

 それが何の為と言ったら、こういった場を設ける為である。仲良くなりたい。はあはあ。

 何で興奮しているのだ。落ち着け。最近落ち着きが足りない。しょうがないね。

「う~ん」

 

 白露が秘書艦の椅子に座って、考え込んでいる姿。良いね。良いよ。

 何が良いって、知的な感じが完全に似合ってないのが良い。

 そうしてギャップを押さえつつも、真剣に考える熱意が尊いのだ。萌える。

 …ここだ。布石を打て。勝利への道筋を想像しろ。

 

 今、考える彼女の心には隙が出来ている。上手くつくのだ。

 案外世話焼きな気質を考えろ。的確に言葉を打ちこめ。

 常に最強の自分を想像しろ。弱気は窮地を呼び、恐れは敗北を生む。

 考えろ。考えろ。考えろ!!

 

「疲労も抜けていない。すまないが、仮眠を摂りたいのだが」

「あ、うん。あたしはどうしよっか」

 困った笑みで俺を見ている。いじわるしたくなる顔だ。ふっふっふ。

 

 ここで直接膝枕を求めるのは愚策である。俺も恥ずかしいし、ちょっと無理。

 …響。俺に力を貸してくれ。勇気を出させてくれ。

 賭けに出るぞ。白露の性格を考えろ。一番艦として、責任感ある長女であるのだ。

 

 そうしてもっと考えろ。姉妹艦が、他の日に担当するのは決まっている。ならこうだ。

「好きに過ごしても良いぞ。他の姉妹艦も休日だろう。遊びに出ても良い」

「今日、あたしは秘書艦なんですけど」

 ふてくされたように、口をとがらせていた。ちゅーしたい。

 

 エロい気持ちとかはない。なんて言えないけども。ちゅーはギリセーフ。欧米なら挨拶だからね。しょうがないね。でも響にキスをしたらヤバい気持ちになると思う。

 白露は…あ、うん。冷静に考えればちゅーは無理だ。はあはあ。

 落ち着くんだ。

 

 そうだ。白露は仕事を投げだそうとはしないだろう。

 彼女の性格は知っている。ここで逃走は許せない心なのだ。

 だからといって、このままでは膝枕には繋がるまいよ。このままでは、な。

 

「ふむ…とはいえどうにもな。すまないが横にならせて貰う」

 訝しがる彼女を気にせず、ソファーで横になった。

 …そういえば、先程は白露が座っていたんだ。思わず匂いを意識するけど、特段香りは感じない。うむ。変態かもしれない。

 

「自室で寝ないの?」

 心配した声。来た。来たぞ読み通りに来たぞ。彼女の優しさならそう来るだろう。

 あえて、寝づらそうに身じろぎしつつ。静かに言葉を返す。

「誰かが尋ねてくる可能性も、零ではない。気配が来れば起きられるからな」

 

「ふうん」

 何度か寝返りを無理に打って、更に寝づらいアピールをする。

 ぶっちゃけ、前線で散々な寝方をしているし。睡眠に関しては、割と融通の利く性格になっている。眠れるだけマシである。

 

 それに加えて、慢性的な不眠症でもあるからな。わっはっは。笑ってしまう。

「でも、ソファーだと首が痛くない?」

 ふふふ。こうまで予想通りだと、自分の思考能力が怖くなってくるぜ。

 来い。誘い込まれてくるんだ。もう少しで罠にかかる…!

 

「仕方あるまい。普段使いの枕では、ソファーに上手く置けないんだ」

 これは本当である。大きいサイズの枕が好きなせいで、ソファーに置けない。

「…にひひ、膝枕でもする?」

 来た!!



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完全なる結実です

 よし。まずここで退け。俺の凶相で踏み込んだら、確実に彼女は引いてしまう。

 押さば引け、引かば押せ。これぞかけひきの妙。歴戦の強者だけが得られる、言語化できない超常の感性!!

「乙女がみだりに触れあいを許すべきじゃない」

 

「やらしいんだあ」

 ありがとうございます! ありがとうございます!

 もうね。赤面しながらのね。や、ら、し、い。この四文字がね。

 ええその通りですとも。俺はスケベだよ!

 

 なるだけ傷つけないようにと、性的なのは避けようと思っているけど、まだ親愛の情的な言い訳が可能な範囲で、触れようと思っているけど。

 俺はどスケベだよ!! 何度響のパンツにお世話して貰った事か。千に至る程だ。

「そんなんじゃないよ。してもらった事ないの?」

 

 このね。分かる? 分かれ。むしろ分かれ。してもらった…ああ、良いねえ。

 ふう。落ち着け。まだだ。まだ喜びに浸るのは早すぎる。

「生憎だが経験はない」

 俺は童貞だ。仕方ないだろう。転生してから此処まで、空気感がヤバかったのだ。

 

 真面目な話、響とそういう空気になった経験がある。――全て共依存になりそうだったがね。彼女の魂の輝きと引き替えにして、快楽なんぞいるものか。

 でも今更、深くいちゃつくのも変だなあ。とも思っているし。ううむ。

「よっし。それならあたしが一番だね」

 

 白露が対面のソファーに座った。俺は紳士なのでパンツを覗かない。紳士なので。

 見え、見え、見えない…などと思っていない。俺は紳士なので。

 白露の魅力はパンツじゃない。男としての性欲あれど、深い情欲はない。駄目だ。

 俺は彼女のなじみ空気が好きなのだ。愛おしい明るい魂。良い。

 

「おいで」

 にこりと優しい笑みを浮かべて、白露が俺を待っていた。

 うひょひょ。落ち着け。まてまて。策略通りであろうとも。

 警戒せよ。集中せよ。罠ではないか――罠でも良いか。

 

 完全なる決着である。白露の心理を読み切って、俺はヴァルハラへと至らん。

「良いのか?」

「そんなに躊躇うほど嫌なら、止めるけど」

 つーんと冷たい反応だった。ここでへたれるな。受け入れるのだ。

 

 天国は目の前にあるのだ。受け入れろ。臆病からの脱却を図れ!

「嫌じゃない」

「むう。生意気」

 仄かに怒った眼で見られている。可愛い。

 

 言葉が悪かったな。でも感動の侭に告げたら、おそらく泣くのではなかろうか。

「とても、とても嬉しいよ。ありがとう」

「よろしい!」

 朗らかに笑う彼女の姿が、眩しいほど愛らしく。期待感を隠しつつ動いた。



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泣き出しそうな許しです

 昼を食べ終えて、黄昏に近づく夢うつつの時。

 どうして午後一時位って、こんなにも眠たくなるのだろうな。

 夕焼けが近づく匂いがする。今日は良い天気だった。暖かな陽気。ぽかぽかと体を温めて、執務室の空気を柔らかくしている。

 

 そんな場所で、俺は白露に膝枕をしてもらっている。

 俺は彼女のしなやかな両脚に後頭部を乗せて、ソファーで横になっていた。

 暖かい。ちょっとくすぐったそうに彼女が微笑む。

 髪の毛がくすぐったいのか? スカート越しだが、色々と伝わっているのだろうか。

 

 自分でも驚く位に、この状況に興奮していない。

 優しく緩やかな雰囲気は、いつもの明るさと合わさって。不思議な程の抱擁力を感じる。受け入れられている。重みを、疲れを、許されている。

 

 とても切ない気持ちと、だらしなくも緩む心が胸に同居していた。

「思っていたより固いな」

 あえて憎まれ口を叩いた。イジワルに彼女が笑う。そうして。

「…そういう生意気を言う口は、これかな~!」

 

 くちびるをつままれてしまった。細い指が力良くつまんでいる。

「ぐみゅむ」

 変な声が漏れた。

「ふふふ」

 

 楽しそうに笑う彼女の声が聞こえた。ああ。穏やかだ。とても穏やかな微睡みの時。

 …普段、まともに眠られていない自覚はある。悪夢なんてしょっちゅうだ。

 ああ、ほんとう、このまま死んでしまえたら良いのに。

 ははは。いかんなあ。いかん。とても眠い、意識が、どうにも。

 

 ……白露、むねでかいなあ。ぎゅっとしてもらった。心配してくれた。やわらかかった。きれいだ。きれいだよ。とろとろと意識がとけている。

 じ~っと彼女の胸を見ている。大きくて、とても柔らかいのを知っている。

 

 ああくそ気持ち悪い思考をするな。ガチすぎる。いい加減気付かれ。彼女がのぞき込んできた。

「――やらしい眼で見た?」

「み、見てないぞ」

 

 慌てて顔を横に向けた。白露の体とは真逆に視界がある。

 危ねえ!! 理性が融けてた。久しぶりに疲れを感じたからか。ないない。いかんぞこれは。

「あやしいなあ。このこの」

 つんつんとほっぺをつつかれる。良かった。幸い、彼女を傷つけずにすんだ。

 

 俺は怖い奴だ。触れあいを求めても、自分の異常性と影響力を忘れるな。

 艦娘に惚れ込んだ男のプライドである。でもおっぱいすげえ。やっぱりおっぱいはすげえよ。理性が融けていた。ふう。まったくもうである。

「ふっふっふ。のんびりしてね。あたし達も頑張るからさ」

 

 白露の掌が俺の頭を撫でる。子供みたいで恥ずかしいのに、どうしても拒絶は出来ない。激しい衝動はなく。ただただ泣き出しそうな照れと、それ以上の嬉しさがあった。

 暖かい。やはり彼女はお姉さんなのだな。

「そりゃあ、響が一番に強いけど。あたしもいっちばん頑張って、支えるから」

 

 強さだけでなく。こうして支えてくれる人がいる。

 提督として情けなくもあるが、彼女は姉の様に支えてくれている。

 艦船から考えれば、遙かに年上ではある。顕現の在り方によって、精神性は随分と変わる。

 

 こうして抱擁力ある彼女でいてくれた事に、最大限の感謝を。

 精一杯努力を重ねてきた俺で、最大級に応えたい。応えるんだ。

「だから、提督もあたし達姉妹に話しかけてね」

 

「…ありがとう」

 怖がられないように気をつけよう。押しつけないように触れ合おう。

 彼女たちを知りたい。仲良くなりたい。愛しい。艦娘達との日常を求めて。

 

「いえいえ。ほうら、おやすみなさい。夕食前になったら起こしたげる」

「おやすみ」

 見守られる安堵感に包まれながら、久方ぶりに穏やかな眠りへ就いていった。



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白露さん視点です 内心です

 すっごく怖い人。あたしや姉妹たちが提督に抱いてるイメージ。

 白露型の一番艦として、いっちばん早くに話しかける! と思ってたけど。着任してからすぐ、仕事づけで部屋にこもってた。

 

 とっても忙しい人なんだろう。でも、皆だって提督と関わりたくて。

 仲良くなりたい。提督を知りたい。

 皆が思ってる反面、どうしても向き合う時間がなかった。

 

 もちろん、提督には何の責任もない話。

 あたし達みたいな駆逐艦たちに、ここまで役割をくれた人。

 演習で強くなって、遠征で皆の為に働かせてくれた。

 とっても感謝してるよ。だからこそ、あたしは提督を知りたいんだけど。

 

 彼と仲が良い艦娘もいる。…二人だけだけど。響と川内さん。

 提督以外の、響や川内さんとはよく話してるんだ。

 彼女たちが言うには、外面ほど怖い人じゃないらしいけど。うーん。

 …正直、むずかしいよね。ううん。それじゃあ駄目だよ。

 

 皆の為にかは分からないけど、提督は皆の助けになってる。

 そんな彼を怖がるばかりなのって、最低だと思うから。

「よし」

 執務室に行ってみよう。ちょうど響が長期休暇に入ってる。助けがいるかも。

 

 そう思って、廊下を進んでいくと。――提督が前から歩いてきてた。

 猛禽類の如き瞳。くっきりと浮かんだ目元の隈。感情の浮かばない顔立ち。不衛生な点は一切なく。それが逆に隙のなさを感じさせて、機能美を保つ機械みたいだ。

 黒髪黒目が凶相を強めてる。纏う雰囲気が凄まじい。ただ在るだけで放つ威圧。

 

 あたし達の提督。日比生(ひびお) 創提督。

 通称は軍神。名前に劣らない格を感じる見た目だ。正直、とっても怖い。

 でも、ここ数日はあいさつとかしてるらしい。

『提督さんが、せっかく、せっかく声をかけてくれたのに~!』

 

 などと、涙目で落ち込む夕立を覚えてる。時雨も言ってた。

『声をかけてくれたのに、僕は気の利いた言葉も返せなかったんだ』

 しょんぼりとした二人を慰めてから、あたしは考えた。

 

 あたしから声をかければ良いんじゃない?

 …とは思ったけど。なにごとも一番が好きだからか、あたしの声は大きいらしい。

 妹たちは慕ってくれてるけど、提督は、その。うざいとか思ってないかな。

 分からないんだよね。その上で見た目も怖くて。ど、どうしよう。

 

「おはよう」

 ぼそりと告げられた声。強い警戒心を思わせる言葉に、思わず。

「へぇあ!?」

 変な声が出ちゃった。だめだめ。失礼すぎる。

 

「あ、その、おはよ!」

 友達じゃないんだから。もっと敬意とか。

「って、そうじゃなくて。その、ご、ごめんなさい!!」

 妹達と同じように、耐えきれなくなって逃げちゃった。



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驚天動地です

 やっちゃった。いくら何でもあんな反応はない。提督も呆気にとられてた。

 最低だ。逃げるって、どれだけ怖がっているんだ。夕立の落ち込みようもよく分かる。自分が情けなくてしょうがない。

 ああもう。どうしよう――迷う方が失礼だ。

 

 謝りに行こう。そうだ。せっかくの機会。お話しよう。

 あたしの大切な姉妹の話や、他の大切な仲間達の話。

 伝えたい事がいっぱいあるんだ。

 

 よしっ! いつまでも迷って立ち止まるのは、あたしらしくない。

 いっちばん早く謝って、いっちばん早く仲良くなるんだ!

 緊張深く。震えてる自覚はあるけど、執務室まで来た。

 そうして扉を開ける。あ、ノックとか。もう開けちゃって。それも謝ろう

 

 思わず下を向いて入室しちゃった。顔も見られないけど、言葉と想いだけでも。

「提督。その、さっきはごめんなさ……」

 反応がない。見上げて彼の姿を見れば。

 

「提督!?」

 口から血を流して、静かに佇む提督がそこにはいた。 

 吐血。内臓損傷? 深海側の襲撃はなくて。持病。歴戦の疲労。後方勤務の理由の一つを聞いた覚えが。激務の疲労。あ、その。だめだ。

 

 落ち着いて。落ち着いてよ。今慌てたらだめ。響はいない。あたしが動かなきゃ。

「う、うそ。そんな、だめ」

 吐血したショックなのか、無言のまま動き出そうとしてる。

「動いちゃ駄目!!」

 

 思わず叫んでしまった。提督が驚いている。でも止まってくれた。

「あ、ど、どうしよ。動かしちゃ駄目で。休ませなきゃ」

 迷っていたら…死ぬかもしれない。嫌だ!!

「提督。ごめんね」

 

 体が勝手に動いたみたいに、彼の体を抱き上げた。

 どうしよう。運ぶのは不味いよね。吐血するほどの損傷だ。持病かもしれない。ここから動かさない方が良い…!

 

 ソファーに座らせる。優しく、そっと壊れないように。

「む?」

 どこかぼんやりとした姿。イメージとは違う弱った状態。

 軍神とさえ言われた提督も、こんなになる状況なんだ。慌てて動こうとして、だめ。どうにかして止めなきゃ。どうしよう。どうすれば。

 

 なんにも出てこない。やだ。だめだ。

 あ、そうだ。時雨と夕立はぎゅっとしたら落ち着いた。提督も。

 彼が嫌がるかもだけど、そんな状況じゃない。

 

「提督。苦しいかもだけど!」

 ぼーっとした様子の彼を、思いっきり抱きしめる。

「むぐっ!?」

 

 苦しそうにしていた。ごめん。でも心を静めて欲しいんだ。あたしが守るから安心してよ。

 お願いだから死なないで。落ち着いて。ようやく話しかけようと思ったの。

 お話をしましょう。その為にも元気になってよ…!



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段々と分かってきます

 抱きしめた提督の体が、震えている。まるで何かに怯えてるみたい。

 みたい、じゃなくて。当然じゃないの。いきなり血を吐いた本人が、一番怯えてるに決まっている。ぎゅっと力を強めた。

 …体は温かい。体温に異常はない。病気の類いじゃない? 分からない。

 

 容態は安定してる。今すぐに動かす必要はなさそう。

 だとしたら、ストレスからの吐血? 胃を痛めていたのかな。

 食事も不摂生なイメージもあるし、健康とは程遠い生き方だと思う。

 

 とりあえず落ち着かせなきゃ。

 だからお願い。この一瞬だけで良いの。あたしの体、震えないで。安心させる力を出させてね。

「大丈夫。大丈夫だからね。あたしが側にいるから」

 

 響ほどは強くないけど、あたしだって艦娘よ。提督を守れるんだよ。

 落ち着いて。大丈夫。守るよ。守れるんだ。そう言い張れなければ、一番艦の資格なんてない。

 

 白露型の皆、あたしに勇気を分けてね。姉妹達の姿を覚えてるからさ、あたしは堂々と一番だって誇れるんだ。さあ、落ち着いて動くんだ。

「深呼吸して」

 むずがるように提督が動いた。肺が駄目になってる? 嘘。

 

 でも、さっきから何も話してない。ずっと口を開かない。息が出来てない?

「大丈夫。大丈夫だから」

 すぐ動かなきゃ。あ、あれ? 体が震えて動かない。どうして。駄目、お願い。

 

 提督があたしの背中を優しく叩く。力は加減してるけど、死にそうな感じじゃない。よ、良かった。体は大丈夫みたい。

「ご、ごめん。苦しかったね」

 抱擁を解いた。でも油断は出来ない。真っ直ぐに彼を見る。

 

 出血のショックはないみたい。眼の力は強く。相変わらず覇気に溢れてる。

「落ち着け」

 低く静かな声。怯えはしないけど、長たり得る強い力がこもってた。

 良かった。大丈夫そうだ。

 

「提督…?」

 体調を気遣う言葉は出なかった。色々と衝撃的で、体がついてけない。

「大丈夫だ。ほら白露も座って」

 

 わっ!? て、提督にだっこされてる。すごい力。何も力んでないのに、あっさりと持ち上げられちゃった。って、何で?

 そのままソファーに座らせてもらう。全然ダメージを感じない動き。元気だ。良い事だけど。腑に落ちないよ。

 

「吸って、吐いて。肺と腹部を意識して息をするんだ」

「は、はい」

 動揺してる自覚はある。というか、提督はなんでこんなに落ち着いてるの。

 

「ふっ!」

 提督が部屋を整えてく。すごい身体能力だ。とっても健康体。

 でも吐血…いや、良い事なのに。もうわけが分からないよ。

 大丈夫、なんだよね? そうなんだよね?



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爆発です

 じっと見つめる私に気付いて、提督が口元の血を拭う。

 そうして、無表情のまま言葉を出してきた。

「これは血糊だ。慌てる必要はない」

「成程――なんで!?」

 

 わけがわからない!! 血糊を用意してある理由も分からないし、一人で吐血の真似をしていたのも意味不明!!

 そんなの、誰だって勘違いするでしょう。わけが分からなくて。

 

「理由が必要か?」

 ――呼吸すら忘れる威圧。演習と遠征で鍛えていた心を、容易くへし折る凄まじい圧力だ。ごくりと、体が緊張に耐えかねて唾を呑んだ。

 

 吐き出しそう。体が震える。あんなの人間の眼じゃない。…のに、どうして逃げたくなんないのかな? 分からないけど。

 何か深い考えがあったのかもしれない。あたしに聞かれたくないんだ。

 

「い、いえ。その、申し訳ございません」

 頭を下げた。顔を上げると、なぜか提督の方が申し訳なさそう。

 うん。体調が悪くなかったのなら良かった。早く退室して、もう関わらないようにしよう。

 

 逃げたくない心はあるけど、変に関わらない方が良い。だってそうでしょ。

 提督が嫌がっているんだ。あたしから踏み込むのは、駄目だ。

 そうして動こうと思ったら、ぽつりと。

「その、ちょっとしたおふざけだ」

 

「――バカなの!?」

 反射的に叫んでいた。だって許せない。別にあたしは良いよ。勝手に勘違いして、勝手に心配して。それはあたしが悪いのかもしれない。

 

 でもさ。他の人が見ればどう思うの?

 提督はがんばってる人なんだ。皆尊敬してる。信頼してる。頼りにしてる! 

 仲良くなりたいって、みんな思って…ああ、バカだ。あたしは心に嘘をついた。

 あたしは良いよと許したがって、嘘をついた。あたしも思いっきり怒ってる!!

 

 時雨みたいに優しい性格じゃない。夕立みたいに柔らかな心じゃない。

 一番に拘るように。そんな自分だからこそ。怒ってるのを誤魔化せない。

「い、いや」

 

「いやじゃない!」

 そんなのってないでしょう。貴方を大切に思う人達がいるって、少しでも知ってたなら、命を粗末に扱う悪ふざけはしないでしょう!!

 

「なんでそんな事をするの!」

 答えて、答えなさい。くっだらない理由だったら、絶対に許さないから。

「す、すまない」

 真っ直ぐに頭を深く下げて、提督は謝罪した。

 

 …何の悪意もなかったんだ。おふざけですらなくて。ああ、そうか。そうだった。

 あたし達は、この人に信頼を見せてなかった。親愛を見せることもなかった。

 いつか、いずれはなんて思ってても。自分たちからは触れ合おうとしなかったんだ。

 

 だったら彼に文句は言えない。最低なお門違い。資格はない話だった。

「あっ、その」

 言葉が出てこない。何を言っても嘘に聞こえる気がした。

 今更、尊敬してるって言っても嘘くさい。

 

 貴方を知りたかったと、尊敬していたから心配して、八つ当たりだ。駄目だ。

 人の心を考えない押しつけなんて、いっちばん最低な行為だった。 

「…調子に乗ってしまい、申し訳ございません」

 結局出たのは、取り繕った謝罪の言葉だけだった。



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話し合いです

 それでもあたしは一番艦だから、時雨達のお姉ちゃんだから。

 強く意思を込める。あたしはどうなっても良い。解体でも良い。辱めを受けても、仕方ないと思ってる。

 

「どうか処罰はあたしだけで、他の人達にはどうかご容赦を」

 そんな人じゃないって、なんとなく分かってるけど。でも、あたしの振る舞いは最低だった。

 

 軍隊として、何のおとがめもなし。とはいかない。提督だって、必要なら私心を殺して振る舞えると思う。規律を保つためには強い力が必要だ。

「いやいやいや」

 

 初めて、こんなにも慌てる提督の姿を見た。無表情は変わらなくて、でも、たしかに声が震えてる。何だろう。素の表情を見れてる気がする。

 どこか子供みたいな、素直な柔らかい心を感じた。

「提督…?」

 

 あたしの震えは止まってなくて、でも、処罰の雰囲気はもうなかった。

 今にも泣き出しそうな提督の目が、夕立に似ていたからかな。

 

 なんだか、追い詰めちゃった。どうしよう。

「白露は俺を心配してくれたのだろう」

 提督の言葉は続く。とっても優しい声色で、暖かな言葉が続いてく。

 普段の雰囲気も抑えられて、精一杯、彼があたしを諭してくれてるんだ。

 

「実際、悪ふざけがすぎたのも事実」

 …まあ、うん。失礼な言い草だったとは思ってるけど、そこに関しては謝らないよ。

 たとえばだけど、入ったのがあたしじゃなくて夕立だったら。

 

『きゅ~』

 気絶してトラウマになってた。もっと提督は自分を大事にしてほしい。

 ここは地獄なんかじゃない。日常とよべる所に、貴方はいるんだ。

 

「そこで謝罪をしてくれるな。心配してくれたのは、素直に嬉しかったぞ」

 彼がぎこちなく微笑む。とても優しい笑み。それなのに今にも泣き出しそう。

 複雑な思いを感じる表情だった。なんだろう。どう笑えば良いのか分からない。人になりたいナニカ。…でも、内心が透けた微笑。

 

 う~ん。血糊の件もそうだけど、妙に子供っぽい。

 そんなわけない、よね? 素直な所もあるし、幼稚なような。ううん。

「あ、えっと」

 言葉が出てこない。ちょっと色々とありすぎだって。心が全然落ち着いてない。

 

「敬語も止めてくれ。本来、艦娘と提督に差はない」

 そんな事を言い出したらさ、命がけなのも同じだよね。

 ストレス、指揮で繋がってる時のダメージ。痛み。苦しみ。命を背負う辛さは、あたし達が守ってあげられない所。

 

 激戦区でひたすら戦い続けて、傷つき続けてきた。響と提督。二人が、この日常に癒やされて欲しいと思うのは、ワガママなのかな。

「ですけど」

 敬意を示させて欲しい。だなんて、今更な話だったかも。



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おそるおそるです

「絶対権限はある。立場上は上でもある。だが、命がけで戦っているのは君達だ」

 だから、命がけなのは同じだって。言い返せない。大真面目な表情で、提督は真っ直ぐに言っているんだ。

 艦娘の中には、そういう考えの者達もいるらしい。

 

 実際、あたしも契約している主の人間性で、思う所はあったかもしれない。

 だけども、伝説を聞いてる。ここでの働きを知ってる。

 ああもう! ままならない事が多すぎる。あたしは。もう。面倒くさくなってきた。

 

「振る舞いの自由を許す程度には、度量があるつもりだが?」

 そうやって言っても……良いよ。だったらそうするから。ちょ、ちょっとだけ。いやかなりその、敬意はあるけどさ。

 

「…その割には、顔怖いくせに」

 ぼそりと冗談交じりにからかってみた。

「ぐはっ!」

 再び彼が吐血した。

 

「て、提督!?」

 冗談だろうけどさ! 全然洒落になってないんだけど!

 もう。服も汚しちゃって、おふざけに全力すぎるでしょ。なんなのさ。まったくもう。

 

「血糊だ」

 しかもドヤ顔してるし。嬉しそうにしてるし。子供っぽいと思ってみれば、本当にそんな所がある! なんだかなあ。いたずらがばれた夕立みたい。

 可愛い所があるんだ。それならもっと怒ってみよう。

 

「む~! 反省してないでしょ!」

 しゅんとしつつも、怒ってもらえて嬉しそうな反応。

 に、似てる。夕立にそっくりだ。

 ふふふ。面白くなってきた。人を傷つけたくなくて、でも触れ合いたくて。

 

 そんな雰囲気が、本当に愛おしい妹とそっくり。

「とにかくだな」「ごまかしてる」

 こほんと一つ咳払いをして、格好つけた顔で言うんだ。

 

「とにかく。俺は君達の自然な姿が見たい」

 似合わない。と、失礼な感想だと思うのに。もう失礼という感情が消えてきた。

 仲良くなりたい。思っていたから挨拶して、皆の反応にしょんぼりとして。

 

 じゃあダメだ。あたしはそんなのやだ。いっちばん頑張った彼が、報われないなんて間違ってる!

「つまらない話を持ち出すが、艦娘もその方が力を発揮出来るのだろう?」

 そんな理由がないと、あたし達とお話すら出来ないの?

 

 …う~ん。あたし達は提督を畏れてるけど、提督も、あたし達を畏れてない?

 大丈夫だって伝えたい。怖くないよって教えたい。

「まあ、うん」

 ここで強く言うのも変だ。今日一日向き合って、ゆっくりとお話しよう。

 

「なら何よりだ。変に畏まる必要はないと、白露の方からも姉妹達に伝えてくれ」

 うん。あたしから動けば、きっと妹達も受け止めてくれる。でもなあ。

「難しいと思うよ」



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見抜かれちゃってます

 あんまりなあたしの言葉に。

「だろうな」

 まったく表情を変えないまま、提督が返答した。…雰囲気が落ち込んでる。

 

 こうしてよく見ると、感情豊かな人だと分かった。表情に出ないのは、それだけ抑制してきた証拠だ。

 裏を返せば。最前線での経験は、心豊かではしゃげる人が、歯を食いしばって耐えるほどの地獄だった証拠。

 

 ううん。変に気遣うのも可笑しい。

 あたしは素直な心で接しよう。うん。それが一番良い。

「ん~、私はまあ。もう色々と認識が壊れて、ぶっ飛んじゃったけど」

 これも本音だから。なのにまったく。ぱあっと明るい雰囲気で持ち直されると、結構照れくさいんだけど。…嬉しい。かな。

 

 なんだかなあ。もっと笑えば良いのにさ。変に格好つけちゃって。それが怖いし。

「他の皆はね。やっぱり怖がってる」

 あっ。沈んだ。雰囲気が暗くなってる。これだ。

 

 この暗い雰囲気とか、常時発してる威圧とか。皆を遠ざけてる原因の一つ。激務もそうだったけど、今はどうなってるんだろ?

「手を打つ必要があるか」

 …しかもこれ。絶対、変に入れ込んで泣かせるよ。洒落になってないもん。

 

 顔も怖いし考えもちょっと危ない。う~ん。素直さは良いのに、発想がなあ。

「酷いことは」

 釘を刺してみれば。

「すると思うのか」

 

「ご、ごめん」

 本人気付いていないけど、かなり落ち込んで威圧してきた。逆に怖い。

 表情に出てないのに、涙目にしちゃったみたい。もうしわけなくて困る。

 

「いや許さない」

 拗ねてた。なんか可愛い。時雨も怒るとこうなるんだよね。

 つ~んと拗ねて、それでも相手の様子を窺って。あたしも変になってるのかな?

 妙に子供っぽく見えて、提督が大きな弟分に感じる。ふふふ。

 

「えっと、その」

 困った風にしてみれば。

「許して欲しければ、俺ともっと話をしてくれ。皆の日常が知りたい」

 声に感情を乗せてないのに、慌ててるのが雰囲気に出てる。

 

 泣かせたくない。やりすぎた。そんな動揺が見えてた。可愛い。

「…顔怖いから、冗談に聞こえないんだけど」

 これは本当。さすがに慣れてきたけど、その振る舞いは危ない。

 

 他の子達だったら泣いてた。自覚はあるみたいだけど、まだ甘い。

「泣くぞ。良いのか、泣きわめくぞ」

「意味が分からなくて怖いから!」

 もう泣き出しそうじゃない。ああ、まったく。可愛い子だ。

 

 艦船としての年齢も考えれば、提督は遙かに年下で。

 それに気質を見たら、妙に子供っぽい。ふふふ。白露型の長女だからね。

「もう。しょうがないな。あたしがいっちばん詳しくお話をしてあげる」



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大事な妹たちです

 そうして、大切な姉妹達の話を彼にしていく。

 皆とっても頑張り屋さん。可愛い可愛い大切な妹達だ。

 そりゃあ、あたしは一番だけどね。一番だけど…可愛さで言ったら、彼女たちがいっちばんだ。仕方ないでしょ。可愛いんだもん。

 

 感心したように話を聞いてくれてる。うんうんとうなずいて、皆の姿を思い浮かべてるみたい。これだけ柔らかな雰囲気で聞けるのに、どうして挨拶はあんなに怖くなるの。

 アンバランス。よく分からない。

「成程。夕立はもっと元気な子なのか」

 

「そうそう。提督の前だとかしこまってるけど、本当は無邪気な甘えん坊なの」

 褒めて欲しくて頑張る子。甘えさせてと言われても構わない。大歓迎。

 そんな彼女が愛おしい。なんでもしてあげたくなっちゃう。

 

 頭を撫でると、ほんっとうに嬉しそうに笑うんだ。

 あの笑顔にやられるんだ。大抵のいたずらは許せちゃう。

 それで叱ってみれば。

 

 しょんぼりと反省も出来て、誰かを傷つけない優しい子。

「だから、出来れば甘えさせてあげてほしいな」

「ふむ」

 今の提督だと厳しそうだから、もっと妹達が懐いてからかな。

 

「時雨はね。いっちばん優しい子」

 あたしよりも皆を守ろうと、必死になってる頑張り屋さん。見習う所もいっぱいある。儚げで切ない大切な妹。

「皆を守るんだってがんばってる」

 

 だから提督も、彼女を守ってあげて欲しい。ほめてあげてほしい。

 軍神の強さに縋る気もないけど、時雨の頑張りは認めてあげてほしい。

「村雨は日常を愛してる」

「ふむ」

 

「にこにこ笑って、皆と楽しんでるの」

 皆が穏やかに笑う姿を、心から愛してる柔らかな子。

 日常を一番大事に出来るのは、彼女だと思う。

 提督と気心が合うのは村雨じゃないかな? 日常大好きみたいだもん。

 

「春雨は丁寧な子」

 誰に対しても丁寧に接して、周りに気遣う大人しい妹。

 しかも甘えてくる時も淡く。可愛くて、思わずぎゅっとしちゃう。

「そっと寄り添う静かな雨みたいで、愛らしい子」

 

 まだまだいっぱい語りたい。時間がいくつあっても足りはしない。

「えっとね。もっと、もっと皆は良い子で」

 大切な妹達。もっと知ってほしい。貴方が守ってくれる世界は、こんなにも輝いているんだって語らせてよ。

 

 もう二度と、吐血だとかさせないから。したくなくなる位。

 そうなる位に、世界を愛してほしいんだ。ねえ提督。あたし達もいるよ。

 大丈夫。響も含めて、二人の日常が壊れないようにがんばるから。ね?

「ああ。聞いている。聞いているのだがな」



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教え上手なあの人です

 困った様に微笑んでる。ふふ、そうやって笑えるんだ。

 ぎこちなくても、ちゃんと笑えるんだよ。良いね。うん。

「なあに?」

 って、聞くまでもなかった。もうすっかりお昼前だ。

 

 あたしは艦娘だから融通がきくけど、提督は人間なんだ。ずっとお話をしてたら、お腹が空くに決まってる。

「そうだ。お腹空いちゃった? ごはんにしましょうか。よっし。いっちばん早くあたしがとってきたげる!!」

 せっかくだから何か作ってあげたい。そうしよう。そうしよう。

 

 

 返事も待たずに食堂まで走ってく。床を壊さないように気をつけながら、全速力で走ってく。食堂について調理場に行くと。

「あら? 大急ぎでどうしたのかしら」

 

 優しい笑顔で鳳翔さんが迎えてくれた。暖かい日向みたいな人。今日も優しく皆を見守ってる。そうして、響を除けば練度が一番高い人。歴戦の古強者。

 今は前線から退いて、皆の心を食で支えてる。

 

 それが、死んでいった者達への、鳳翔の中で生き残れた自分の義務だと。

「手早く提督にごはんを持っていきたいんだけど」

「ふふふ。出来れば白露ちゃんの手作りで?」

 からかうような優しい微笑み。

 

「…うん」

 何でもお見通しなんだ。鳳翔さんには勝てないなあ。

 うん。競争心が強い自覚はあるけど、鳳翔さんとは戦いたくない。そんな次元にいる人じゃないんだ。すっごく頼りがいがあって。

 

「それならおにぎりにしましょうか」

 にこりと笑った。ふふふ。暖かい。

「妖精さんたち。力を貸してくださいな」

 間宮さんとか伊良湖さんと同じ。妖精さんにお願いしてる。

 

 不思議な気もするけど、妙に説得力があるんだ。やっぱりすごい。

「提督さんが待っているものね。少しだけ、お手伝いしても良いかしら?」

「お願いします!」

 すぐに準備を整えてくれて、作り方まで教えてくれた。

 

「そう。優しい手で」

 力を込めず想いを込めて。おいしくなあれと心を握る。

 優しく。食べやすいように握るんだ。

「出来た…」

 

 鳳翔さんの教え方はとっても上手で、手慣れてた。胸がぽかぽかする優しい声と、教わってるだけで強く実感する練度。二つが合わさって、あたしを上手に育ててくれる。

 見守られてる。うう。長女として、ちょっと情けないけど。

 

「ありがとう鳳翔さん」

 たまらなく嬉しいんだ。ふふふ。いつか提督も、この人とも関わってくれるのかな。

 あたしよりずっと大きい人。抱擁されて、癒やされてほしい。

「良いのよ。走って転ばないように気をつけて。それじゃあね」

 

「はあい!」

 できたてのごはんを落とさないようにしながら、走って戻ってく。

 提督、喜んでくれるかな? 楽しみ!



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ほっぺは柔らかいです

 走り抜けて執務室まで辿り着いた。すごい早さだと自画自賛。

 提督、お腹空かせて泣いてないかな? ふふふ。さすがにないよね。

「たっだいま~! へへ、いっちばん早くとってきたよ!」

 おにぎりとたくあん。単純だけどおいしい組み合わせ。

 

「ありがとう」

 提督も嬉しそうに微笑んでくれた。雰囲気だけだけど、とても柔らかい。

「どういたしまして!」

 後は舌に合うかどうか。さすがにおにぎりを失敗はしないけど、ちょっと不安だ。

 

「「いただきます」」

 ソファーに隣同士で座りながら、あたし達のお昼ごはんが始まった。

 なんでか分からないけど、提督がちらりとあたしを見た。

 

 どうしたの? と表情で問いかけても、何もなかったように目を逸らす。どうしたんだろ。まあ良いや。ごはんにしよう。あたしもお腹が空いちゃったよ。

 鳳翔さんが握ってくれた方を、思いっきりかぶりつく。

「ん~! やっぱりごはんがおいしいと幸せだねえ」

 

 ほわほわと胸が温かくなって、元気が全身から溢れ出てくるんだ。

 さっすが鳳翔さんだね! うんうん。すっごくおいしいよ。…あたしが握ったのはどうだろう? 提督をちらりと見れば。

 

「そうだな」

 黙々と食べていた。一口ずつ少なめに、きれいな食べ方だ。大きな口を開けて食べたのが、今更になって恥ずかしくなってきた。お、落ち着いて。

 

「ほ、ほんとにそう思ってる?」

 雰囲気は柔らかくなってるし、どことなく感動して見える。おいしく思ってくれてるのは、ほんとだと思うんだけど。

 なにせ表情に出ない。観察しないと感情が読めないんだ。

 

「もちろんだ」

 言葉も平坦。威圧感こそ薄れてるけど、感情が乗ってないよ。

 注意深くじっと見つめてみた。な、なんだろう。予想以上に感激してるような。

 

 仄かに頬が赤い。表情も緩んでる。うきうきと体が揺れている様子。

 今までの鉄面皮を考えると、とっても喜んでくれたみたい。それは嬉しいけど。

「一切表情が変わってないんだけど。このこの」

 

 嬉しいけども、もっと表情に出してほしいな。提督の笑顔が見たい。

 提督のほっぺをつついてみる。

 かなり柔らかい。弛緩しきった証拠。嬉しさが頬を緩めてるのに、笑顔にはならないんだ。不思議なほっぺ。…さわり心地が良いな。この、このこの。

 

 だめだ。止め時が見えないや。なんでこんなに柔らかいんだろう。夕立のほっぺみたい。

「こ、こら。止めないか」

 照れた様に言ってるけど、やっぱり表情は変わらない。

 くすぐったりしたらどうなるんだろう。さすがにソレはまずいよね。



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壮絶な笑みです

「えへへ。提督がにっこり笑ったら止めるよ」

 とっても良い感触。良い。夕立に伝えれば、少しは緊張がほぐれるかな。楽しみだ。

 そうしてつついてると――それは笑みという名の暴力であった。

 

 壮絶な形相。ガチガチに固まった筋肉を、無理やりに動かした表情だ。ぶち、ぶちぶちっ! と筋繊維の壊れる音がする。

 そうして生まれた顔つき。

 

 なんて、なんて悲しい笑顔なんだろう。悪鬼が牙を向けるような、それでも目元は一切感情を示さず。凄まじい。慣れてきたあたしでも、思わず艦装を意識する。

 どれほどの地獄を潜れば、こんな顔を浮かべられるの?

 

「ごめん…」

 泣きそうになった。抱きしめたい。

 素直で幼い心を感じたせいで、どうにもこの表情が強がりにしか見えない。

 なにか抗えない力に対して、凡庸な人が必死に抗った果てにしか見えないんだ。

 

「謝るな。泣きたくなるだろう」

 提督の泣きたいは冗談だった。あたしの心は……冗談に出来る空気だ。

 落ち着こう。勝手な感傷で提督を傷つけたくないよ。これから変わってけば良いんだ。

 

 とりあえず、絶対に笑顔は止めないと。皆のトラウマになっちゃう。

 話を変えよう。そうしよう。

「でさ。提督はいきなりどしたの?」

「うん?」

 

 作り笑いの不自然さが消えて、無表情の柔らかな笑みを感じる。

 良い。提督の表情は変わらなくても、雰囲気が良いんだ。十分すぎるね。

「ほとんど執務室から出てこなかったし。あいさつもしてなかったよね?」

「そうだな」

 

 なんだか誤魔化したがってる感じ。あたしは結果を知ってるけど、提督の口から聞きたい。そうじゃないと、あたしから動くのも不自然だ。

 そうして、結果を語る時の雰囲気も知りたい。

 提督があたし達を知りたいのと同じ位。あたし達も提督を知りたいんだ。

 

「夕立から聞いたけど、朝にあいさつしたんでしょ」

 あの後の夕立の落ち込みようときたら。

 抱きしめたら持ち直したけども。すっごくしょんぼりしてた。

 

 特徴的な髪の跳ねも、叱られた犬みたくしなってた。かなり気にしてる証拠だ。ここで提督の言葉を聞いてあげて、夕立を慰めたい。

 絶対に怒ってないよって、彼女に伝えないと。

 

「言うな。泣きたくなるだろう」

 本当に泣き出しそうだ。ちょっと躊躇うけど、それ以上に愛らしいね。

 こうして反応に一喜一憂するほど、夕立とかも仲良くしたがって。邪な気持ちも感じないし、うんうん。良い事だ。

 

「な、なんで?」

「…泣いて逃げられた」

「ぶふっ」

 いけない。あんまりにも落ち込む姿が可愛くて、吹き出しちゃった。



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笑顔です

「わ、笑うな。怒るぞ」

 意識的に提督が威圧感を強める。謎の異能。そうやって圧を高められるなら、弱めるのも工夫すれば良いのに。そうしたら駆逐艦の他の子達だって、もっと近づきやすいんだよ。

 

 いつの間にここまで慣れたんだろ。全然怖くないや。

 涙目で怒ってる子供みたい。かなり失礼な感想だけどさ。可愛く思っちゃう。

 抱きしめたら…怒るよね。恥ずかしさも若干ある。提督を子供扱いするには、お互いの体が大きいし、その。ねえ。男女だもの。精々体の大きい弟。

 

 きっとそんな扱いも、提督からしたら困るのかな。どうだろ。

「ああ、落ち込んじゃった。ごめんね?」

 謝ったら雰囲気が和らいだ。素直だなあ。拗ねた夕立にも似てる。

 

 夕立の幼さと、時雨の感じも合わさってる。他の妹とは似てないけど。ふふふ。それが提督らしさ。可愛いなあ。

「ほらほら。いっぱいお話しようよ。姉妹のことはあたしがいっちばん知ってるから」

 ニコニコと笑ってじ~っと見てたら。

 

「俺は白露の事も知りたいんだが」

 ぽつりと言葉が返ってきた。

「あたし?」

 白露型駆逐艦・一番艦の白露として。なんて無粋すぎるよね。

 

 あたしが過ごしてきた日常を聞きたい。真っ直ぐな眼差しは、戦争の臭いなんて求めてないよ。暖かい日々を知りたがってる。

 日比生。日々を生きる。名字の通りな気性。でも軍神としても語られてる。ううん。

 

 いや。あたしが考え込んでも仕方ない。どう語ろうかな。

「白露を知りたい。教えてはくれないか」

「うん。う~ん」

 期待されると困っちゃう。あたしは妹達と違って、愛らしさに欠けるというか。

 

 春雨みたく女の子してないし、夕立みたく無邪気でもない。時雨の儚さはなくて、村雨みたいな美もないや。海風は家庭的で、逆に山風は甘えん坊の愛らしさ。

 江風は元気いっぱいで、五月雨はがんばり屋さん。涼風は勢いが強いわんぱくな子。

 でもあたしがいっちばんだけどね! ふっふっふ。ふう。ど、どうしよう。

 

 思ってみれば、語る事がないや。いきなり一番とか変だよ。ううむ。

「好きな食べ物は何だ?」

「おいしいの!」

 良かった。素直な答えを返せた。これで提督も優しい微笑みで。

 

「ふふっ」

 ――そんなに愛しそうに笑うんだ。わあ、すごい。あたしにじゃない。艦娘に対する、絶対的な信仰すら感じる。

 定年後に報われた人? 変なイメージだけど。とても報われた笑みだった。

 

 もう一回見たい。どうすれば良いかな。そうだ。

「あ、提督笑った! なによもう。そんなにおかしいの?」

 怒ったふりをすれば。

 

「ははは!」

 薄ら涙すら浮かべて笑ってくれた。堪らない笑顔。良い笑顔してるじゃんか。

 ああ、もう。可愛いなあ。弟がいたなら、こんな感じだったのかな。ふふ。



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幸せのスイートです

 笑う提督を見てると、こっちまで楽しい気持ちにさせてくれた。

 …でも、ちょっと笑いすぎ。まったくもう。

「すっごい笑ってる!」

 怒ってみせれば。

 

「くふ、ふふっ。ほっぺ」

 提督があたしの頬をゆびさした。それにつられて触れてみれば。

「なによ…あ、ついてる!」

 ご飯粒がほっぺたについてた。そんな間抜けな顔のまま、元気いっぱいに答えてたんだ。

 

 うわあ、恥ずかしい! 気付いてたなら早めに教えてよ! いじわる。

 提督の顔を見てられなかった。俯いてると。

「い、いや。堂々とした言い草が堪らなくてな。そうか。白露は美味しい物が好きなのか」

 

 うんうんと感慨深そうに頷く気配。完全に調子に乗ってる。

 生意気。やっぱりいじわる。からかってるんだ。怒ったよ!

「むう」

 じ~っと睨んた。たじろぐ顔。ふふふ。困ってる。可愛いな。

 

 お、おっとおっと。やりすぎて他の子を泣かせない為にも、ちゃんと怒っておかなきゃ。うんうん。う~ん。…あたしの方こそ、調子に乗りすぎかな?

 いや! 変に遠慮する方が失礼だね。

「怒るな怒るな。そうだな。よし。とっておきを君にあげよう」

 

 悪戯がばれた子供が、誤魔化す感じで動いてる。わちゃわちゃと慌てた感じ。

 提督が隣の部屋から何かを取ってきた。これは缶? 綺麗な缶だ。宝物が入ってるみたいだね。

 提督がふたを開ければ――美しいクッキーが姿を見せてくれた。

 

「これは…お菓子だ!」

 思わず歓声が出ちゃった。とっても形良くおいしそうな焼き菓子。

 風味豊かなチョコクッキー。素敵な香りにバタークッキー。宝石を乗せたみたいなジャムクッキー。マーブルな模様は美しく。星形丸形ハート形。

 

 多種多様な型で抜かれてて、作った人の遊び心が伝わるね。

 全部完成度が高い。神々しさすら感じちゃう。最高のお菓子!

 とっておきの言葉通り。すっごい感動を与えてくれたよ。

「ありがと」

 

 照れもまじってぼやけたけど、素直な気持ちでお礼を伝えた。

 微笑みとすら呼べない程仄かに、提督が笑ってくれて。紅茶まで淹れてくれた。

 良い香り。茶葉が良いのかな? わくわくする豊かな匂い。

「せめてもの謝意だ」

 

 そう言って、お皿にクッキーを盛り付けてくれた。

 ふっふっふ。どれから食べようかな。

「えへへ。なら許したげる」

 

 しかもこんなに食べて良いんだ! 提督といっしょにお茶会だ。ふふふ。良い気持ち。

 いずれは妹たちも呼ぶんだ。そうして、他の仲間達ともごはんを食べよう。

 楽しみだ。でもでも、今はこの宝物をしっかりと味わおう。えへへ。これも楽しみ。



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あま~い一枚です

「どこのお店の?」

 問いかけたくなる位に、すっごい完成度だ。これはぜったいにおいしい。

「俺が作った代物でな。店では買えないという意味では、最高級と言っても良い」

「ふんふん」

 

 あっさりと言ってるけど、プロ超えの腕前だよ。いやまだ食べてないけど。見た目的には、お店で見たどれよりも綺麗。

 しかも腕を上げたのは、きっと最前線での話だよね。生まれついてからこの腕前、とも思えないし。継続的に鍛えたんだろう。

 

 それとも軍学校の時? どちらにせよ、微笑ましくも末恐ろしい事実。

 戦場の臭いがきつい状況で、ここまで至れる時点ですごいよね。

 まずは…バタークッキーからいだたこうかな。

 一枚とって、不安そうに見守る彼の前で食べる。

 

 ――サクっとした食感。甘み。するりととけ込む味わい。頬が緩んでく。ぎゅ~っと幸せをつめこんだ! 素敵なお菓子だった。 

「すっごいおいしいね! 提督って、意外な趣味があるんだ」

 商品って感じがしない。温もりを感じる。手間暇を惜しまず、利益なんて欠片も考えてない。ただおいしく。ただ食べた人の幸せを願ってる。

 

 作り手の、提督の想いが伝わる。あったかい。良い。

「暇つぶしの手慰みだよ」

 そんな次元じゃないよね。どこか自虐的だなあ。もう。

 でも本当においしい。どうしよう。止まらないよ。太っちゃう? それでも良いかも。

 

 サクうま。しっとりうま。甘酸っぱいうま。たまらない。

「言ってはいけない事かもしれないが、俺の指揮は此処には要らない」

 真面目な言葉だった。後悔は感じないけど、あっさりと紡がれたにしては、仄かに重みを感じる。

 

 日常を楽しみたい。楽しんでほしい。妹達とも仲良くしてほしい。

 全て解決する方法はある。きっと、この提督なら大丈夫だからさ。

「…ううん。それならさ。秘書艦は誰でも良いんだよね?」

 響はどう思うだろう? 怒るかな。長期休暇だから、どうなんだろう。

 

 その程度では揺らがない信頼関係。これが正しいと思う。

「そう言い換えることも出来るかもな。それがどうした?」

「じゃあさ。この二週間くらいは、白露型の皆でやったらどうかな」

 言葉を聞いて、少し驚いた様子だった。可愛い反応。予想してなかったみたい。

 

 ふふふ。真面目な話、ここまで接した提督の感じなら、他の皆と仲良くなれるでしょ。だったら早いほうが良い。いっちばん良い。

「ほう」

 

 息の抜けた反応。まだ驚きから戻ってきてない。可愛いなあ本当にもう。

「一日ず~っといたら、大分馴染むよね。あたしも慣れてきたし」

 うんうん。提督の威圧にさえ慣れたらさ、仲良くなるのは早いよ。楽しみ!



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秘書艦も大変です

 ――それは笑みと言うには、あまりにも凶悪だった。壮絶な笑み。悪鬼羅刹が牙を剥いた表情。場の空気が冷え込む。戦場の臭いを感じる。体が震えた。

 油断すれば、武装を目の前の悪鬼に向けてしまいそう……また考えたあたしが言うのも変だけど。

 ダメだって! 作り笑いの提督は怖すぎるんだって!!

 

「それはなしで」

 落ち込んでも駄目。ぜったいに泣かせる笑顔だもん。

 …そういえば響も笑顔が苦手だったな。そんな所も似通ってるコンビ。なんだかんだと、一番相性が良いのは彼女なんだろうけどさ。

 

 でも、他の皆だって知りたがってる。だから今日を頑張ろう!!

「じゃあ今更だけど、今日はあたしね! よろしく~」

 握手を求めて手を差し出したら、一瞬躊躇って応じてくれた。

 

 ゴツゴツな掌。武骨な手。絶え間ない修練と、戦場の臭いを感じる手の熱。皮膚も分厚い。酷い火傷を負った経験もあって、肌が独特の感触をしてる。

 大きいね。頑張ってきた人のだ。うんうん。あたしも頑張ろう!

「よろしくお願いする」

 

 ふっふっふ。いっちばんよろしくする! 姉妹艦で一番になるからね。

 クッキーもおいしかったし、紅茶も良い香りだった。元気いっぱい。がんばるよ。

「でさ。秘書艦って何をすれば良いの?」

 

 今更だけど仕事が分からないや。いっつも響がやってくれてたから、全然経験がない。これはまずいね。

 いっぱい仕事があるイメージ。クールな感じ。ふふふ。メガネをかけようかな。

 大淀さんが一番イメージに近いんだけど。この鎮守府にはいないから。

 

「基本的には提督の補佐だ。必要と思ったことをすれば良い」

 提督の補佐。後ろに控えて見守る? それとも肩もみとか。凝ってそうだよね。

 ううん。よく分からない。書類も溜まってないよ。お茶も今飲んだばっかり。昼食は用意したけど、クッキーには劣るような。

 

 秘書艦の仕事が出来てない! どうしよっか。変に働こうとして、提督に迷惑をかけたくないよ。

「書類整理やお茶淹れ。後は会話の相手など」

 うんうん。イメージから逸れてなくて、ありがたいんだけど。

 

 前二つは済んでるよね。お茶は早すぎる。会話の相手はいまやってる。

 提督も気付いているのか、言ってから困った様に。

「仕事は少ないからな。どうにも」

 これだけのんびりしてたから、正直予想はついてたけども。

 

 まあ良いや。出来ることはまだあるでしょ。一生懸命頑張ろう。

「ふむふむ。白露型で一番上手にこなしたげる。一番艦だからね!」

 気合いを入れていくよ。



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優しい怒りです

 二時間位わちゃわちゃと仕事をしてたけど、全然働けてなかった!!

 結局淹れたお茶はおいしく出来なかった。出来た書類も書き間違えて、やる気だけで空回り。なのに提督が嬉しそうにしてくれて、楽しくなってまたまた空回り。

 

 嬉しそうな彼だけが成果。あんまり働けてない。

「…仕事がない~!」

 涙目になってきた。提督が有能すぎる。ガンガン書類が消えていく。

 

 今日の仕事はもう終わりらしい。まだ夕方にすらなってない。昼過ぎ程度。すっかり暇になってた。できる事はなくて、時間だけをもてあましてる。

 怪しいぞ。多忙で関われないとか言っといて、時間があるじゃない。

 

「ねえねえ提督。普段はなにしてるの? 怒らないから教えて」

 笑顔を意識して聞いてみたけど、眼に見えて提督が怯えてる。

 怒ってないよ~! ほんとだよ~! 

「基本的に遊んでいるな」

 

 開き直った返答。ふふんと拗ねた子供みたい。可愛い。もっといじめよう。

「私たちが~遠征とかで~頑張ってるのに?」

 ニコニコと問いかけてみたら、彼はぴくぴくと頬を引きつられせながらも。

 

「ああ」

 無表情で答えてきた。

「……」

 無言でじ~っと見つめてみる。眼に見えて動揺してる。ふふふ。

 

 ここで笑顔になったらもったいない。がまんがまん。もうちょっと提督側の緊張を壊したい。もっともっと仲良くなろう。気を遣わないで良いんだよ。

「ずっと篭もりっぱなしだったのは、全部さぼってたの!?」

 

 怒ったふり。提督は口笛吹きそうな雰囲気だ。本当に開き直ってきた様子。可愛いなあ。よし良い子だ。柔らかく。受け入れ合おうよ。

「いやいや。ここまで暇になったのは最近の話だ。今までは業務に追われていた」

 

 篭もりきってたから分かってるよ。怒ったのはフリだけど。ここまで暇になってたのは予想外だった。それならもっと…あ、そうか。

 それで挨拶から始めたんだ。仲良くなろうと動いてくれたのは分かってたけど、触れあい方も優しい感じ。胸が仄かに温かい。ふふふ。サポートするよ!

 

「ようやく落ち着きを取り戻して、皆に関わろうと思っているんだ」

「そもそも優秀すぎて、仕事が足りなくなってるのかな」

 贔屓とかなしに提督は優秀だ。軽く引いちゃうレベル。戦神と言われる提督も、前線にはいるみたいだけど。事務能力含めて総合的に見たらさ。

 

 絶対に、日比生提督がいっちばん。誇らしい。

「ああ」

「う~ん」

 

 無愛想な返答。自然体が武骨だよね。慣れてきたから分かるけど、始まったばかりは戸惑うかも。どうしよう。あんまり考えすぎても駄目かな?

 あたしの大切な姉妹達も、暖かくて優しい子達だ。

 ちゃんと知り合っていける。変に気を揉むのも失礼ね。



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提案です

 考え込んでるあたしへ、申し訳なさそうに提督が言う。

「疲労も抜けていない。すまないが、仮眠を摂りたいのだが」

 言われてみれば、目元の隈が酷かった。自然に感じてるけど、普通は寝不足を疑うよね。目つきの悪さも寝不足が原因? でも、時間は今までだってあったはず。

 

 …考えられるのは、極度のストレスによる不眠症とか。

 この鎮守府が平和な分、今までの疲労が出ちゃったのかな。

「あ、うん。あたしはどうしよっか」

 寝かしつける? なあんて、提督からは絶対に言ってこないよね。

 

 やらしい意味じゃなくて、人の温もりって安心出来るんだ。夕立とお昼寝したりとか、たま~に山風と寝てみたり。リラックス効果は感じてる。

 あたしはどうだろ。提督が安心出来るかは分からないけど。いっしょにいたい。

「好きに過ごしても良いぞ。他の姉妹艦も休日だろう。遊びに出ても良い」

 

 真面目な言葉。気づかいは嬉しいよ。でもさ。

「今日、あたしは秘書艦なんですけど」

 響の代わりには絶対になれないし、なるつもりもない。失礼だからね。

 

 だからこそ、あたしらしく秘書艦を努めたいんだ。並び立つ相棒にはなれなくても、見守る者としてここにいたい。

 拒絶されるなら退くけど。葛藤を感じる気もする。表情に出てないから、あたしの勝手な思い込みかも。それでも、少しでも楽になってほしい。

 

「ふむ…とはいえどうにもな。すまないが横にならせて貰う」

 表情に出てないし、自覚はなさそうだけど。

 とても、疲れた雰囲気を感じる。慢性的な寝不足が過ぎて、疲れすら認識してないの? 当たり前に疲れきってる。

 

 ううん。どうしよっかな。考えてもしょうがないけど。

「自室で寝ないの?」

 せめても暖かいベッドで寝た方が良いよ。そ、添い寝とか。いやいや。ない。ちょっと恥ずかしすぎるって。せめて膝枕。

 

 でもなあ。いきなり言うのって可笑しいよね。

「誰かが尋ねてくる可能性も、零ではない。気配が来れば起きられるからな」

「ふうん」

 

 逆に考えるなら、少しの物音で目覚めちゃう位に神経が過敏なんだ。

 江風とか、豪快にいびきをかきながら寝てたり。安心しきった寝姿なの。提督は真逆。怯え竦むような感じで。

 

 よし。決めた。提督の眠りを助けよう。自然な感じに言うんだ。

「でも、ソファーだと首が痛くない?」

「仕方あるまい。普段使いの枕では、ソファーに上手く置けないんだ」

 

 流れるような言葉の展開。ふっふっふ。さすが一番艦。

 これなら、いっちばん上手く提案出来るね!

「…にひひ、膝枕でもする?」



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ちいさな許し、大きな心です

「乙女がみだりに触れあいを許すべきじゃない」

 どこか照れながらの言葉。あたしも自覚があるけど、お互いに顔が赤くなってる。

 変な空気が広がってた。妙に照れる生暖かい感じ。

 

「やらしいんだあ」

 大体、本気でそう思ってるならさ。嬉しそうな雰囲気を出したら駄目だよ。

 気恥ずかしいけど、提督も喜んでくれてるんだ。やったね。

「そんなんじゃないよ。してもらった事ないの?」

 

「生憎だが経験はない」

 彼女さんとかは…想像出来ない。響は? も、もっとすごい事をしてそう。

 って、だめだめ。提督が変な事を言うから悪いんだ。純粋に甘えてほしいのに、そんな考えは不純だよね。まったくもう。

 

 落ち着こう。ん。嫌がってないみたいだけだ。

「よっし。それならあたしが一番だね」

 ふっふっふ。誇らしい。大分気を許してくれてるんだ。良いね。

 このまま気を緩めて、疲れも取れたら最高だよね。ようし。

 

「おいで」

 ぽんぽんとふとももを手で叩いて、提督を待つ。不思議と緊張は感じない。

 幼子みたいだから? 弟みたい? う~ん。もちろんそんな心もあるけどさ。

 

 疲れきってる。頑張った人が、休みたがってる。だから守りたい。艦娘としての感情が強いかな。ふふふ。なにに言い訳をしてるんだろ。

『白露姉さん、少し甘えさせてくれないか?』

 良い響き! …いやいや。落ち着かなきゃ。変に暴走したら迷惑。

 

 でも、やっぱり良い響きだ。ふふふ。もっと甘えてほしいな。ゆくゆくは響も甘えてきて、白露型皆とも仲良くなっていって。鎮守府がもっと!

 …発想が飛躍しすぎた。今はただ、提督に癒やされてほしい。

「良いのか?」

 

 ちょっとしつこい位、やりたがらない。何だろう。宝くじで一等が当たった人みたい。

 嬉しすぎて現実を直視出来ないって、やる本人のあたしが言うと、すっごく恥ずかしい言葉だけどさ。

 

「そんなに躊躇うほど嫌なら、止めるけど」

「嫌じゃない」

 迷いない断言。無駄に顔が格好良くなってる。真剣な様子。

「むう。生意気」

 

 あえてからかってみたらさ。

「とても、とても嬉しいよ。ありがとう」

 慌てて訂正してきた。ふっふっふ。愛らしいね。よしよし。

「よろしい!」

 迷い、困った顔で笑いつつも。ゆっくりと、本当にゆっくりと彼が近づいてくる。

 

 緊張はない。異性として向き合うというより、甘え下手な子供を甘やかす感じ。

 ニコニコ楽しい気持ちと、しょうがないなあと思う心。

 良いのかなと躊躇う彼。良いんだよと許したいだけ。

 

 幸せな日常の熱を、胸一杯に感じてる。だから提督。おいで。あたしが守るからさ。甘えて良いんだよ。ここは日常を許された場所だよ。

 心はきっと伝わってなくても、ようやく、彼はあたしのふとももに頭を乗せた。



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優しい眠りへと

 物音一つ聞こえない執務室。もうお昼が終わって、徐々に夜が近づいてる。

 暖かな日の光。妹達は楽しい休日を過ごせてるかな? あたしは…最高の一日だった。

 そうして、その最高はきっと何度も覆される。どんどん日常を楽しんでく。

 

 のんびりと流れる時の中で、あたしは提督に膝枕をしている。ほら。この事実だけで、これから訪れる日常へ、いっぱい期待出来るでしょ。

 

 提督の頭の重さが、両脚に伝わってる。仄かに髪の毛がくすぐったい。硬めの髪の毛。髪質にこだわってないらしい。イメージ通りかな。

 提督があたしを見上げてる。思わず微笑んで彼を見つめてた。

 

 なんだろう。あたしも癒やされてる。あったかい。体温が伝わる。今日が休日で良かった。演習明けとかに甘えられてたら、汗の匂いを気にしてたよ。

 ぼんやりと過ごしてる中で、彼がぽつりと。

「思っていたより固いな」

 

 うそ。照れを隠すための言葉だ。分かる位に提督を知ってきたんだ。嬉しいな。

 それはそれとして。生意気なのでおしおきします。

「…そういう生意気を言う口は、これかな~!」

 くちびるをぎゅっとつまむ。

 

「ぐみゅむ」

 照れながらも嬉しそうにしてくれた。可愛い。

「ふふふ」

 楽しいな。本当にゆっくりと時間が進んでく。日常だねえ。平和だ。

 

 ぼけ~っとしてる。あたしも眠たくなってきた。良いかな寝ちゃおうか。いっしょに寝れば楽しさ二倍。癒やされて…ん~?

 提督の顔を見ると。

 

 とろんとした瞳。ぼんやりと潤んだ目は、今にも閉じてしまいそう。奥底の更に一番底に沈んでた疲れが、どろっどろに融け出てる。

 そんな彼が、あたしのおっぱいをじっと見てる。

 

 ……驚いた。自分でもびっくりする位、何も感じてない。

 恥ずかしいだとか、この変態! だとか。女の子に失礼だよ。とか。

 怒りもなく羞恥もない。なんだろう。しょうがないなあ。って気分だった。

「――やらしい眼で見た?」

 

「み、見てないぞ」

 顔が真っ赤。慌てて横に顔を向けた。ああ。目が見られないな。表情も見えづらい。黙ってれば良かった。でも可愛くてしかたない。

 

「あやしいなあ。このこの」

 つんつんとほっぺをつつく。指先に、熱い羞恥の熱が伝わってるよ。

 …性欲を満たすだけなら、提督としての命令権で出来るんだ。男としての欲求があるのは、当然だと思う。でもさ、それでも愛がなければなんて。

 

 どこか素直な貴方は、そう言ってくれるのかな。

「ふっふっふ。のんびりしてね。あたし達も頑張るからさ」

 わしゃわしゃと彼の頭を撫でる。愛おしい我らが提督の、どこか子供みたいに強がる彼の、がんばりを認めたくて。

 

「そりゃあ、響が一番に強いけど。あたしもいっちばん頑張って、支えるから」

 守り合う相棒の役目は、あたしの在り方じゃあ足りないよ。

 せめて甘えてほしい。甘えても良いんだって、いっちばん強く伝えたいの。

 

「だから、提督もあたし達姉妹に話しかけてね」

「…ありがとう」

 震えた声。強く、感情が乗った声色は熱かった。うんうん。良い気持ち。

 

「いえいえ。ほうら、おやすみなさい。夕食前になったら起こしたげる」

「おやすみ」

 とけ込む様な儚い言葉を紡いで、提督が眠りについてくれた。



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誓いの心です

  穏やかに寝息をたてて、あたしのふとももで提督が寝てる。頭を脚にあずけて、無防備な形。鼻をつまんだりとか、いたずらしたくなるような。

「う、ん…」

 

 小さく寝返りをうって、横を向いてたのが上を向く。顔が見える。

 無邪気に緩んだ表情。穏やかに眠る顔。どろどろの疲れを癒やしてる。

 邪魔したくない。そっと、起こさないように額に手を乗せた。

 

 そのまま、壊れ物を触るよりもっと気をつけて、額を撫でてみる。

 くすぐったそうに微笑む。寝顔がもっと柔らかく。

「ふふふ。可愛い」

 言葉にすると、胸の奥が堪らない気持ちになった。

 

 よく眠ってる姿。重みを預けきった顔。良いね。良いよ。うんうん。

 いっちばん愛らしい。ふふふ。夕立もこの場で眠ってたら、ちょっと危なかったね。もう添い寝が恥ずかしいとか超えて、二人を抱きかかえて寝てたよ。

 

 ふう。…ん?

「ぅ、あ、ぁ」

 提督がうなされてる。さっきまで穏やかに寝てたのに、夢見が悪いのかな?

 ど、どうしよう。起こす…いや、疲労を考えればしたくない。

 

 頭を撫でてみるけど。

「ぁ、あ、ったかい…お、れ、おれは」

 まだうなされてる。どろどろの疲れが流れて、深く眠りについてるんだ。

 

 悪夢。間違いなく疲れの原因が、おっきなストレスが眠りを壊してる。深く眠ってるから起きれもしなくて、延々とむしばまれてる。苦悶の表情。辛そうな顔。

 ――熱い雫が流れてた。彼の涙。

 

「ご、めん。ごめん、なさい…」

 うわごとの様に寝言を呟きながら、ただただ謝り続けてる。…守る。守るよ。

 えっと、その。意識するな。吐血したときといっしょ。今度は本当に錯乱してるんだから。

 

 彼の頭を抱き込むように、やわらかく抱きしめる。

 ぎゅっと、その、胸を押しつけてる。意識すると恥ずかしい。…熱い。涙がしみこんできた。じゃあだめだ。変に意識するな。落ち着いて。

 

 大丈夫だよ。暖かい? 重みを預けて、疲れを許して、癒やしを認めて。

 あたしが守るから、響と提督が得た日常を守り切るからさ。

「大丈夫だよ。よしよし。今まで頑張ったね」

 

「…ぁ、ぅ」

 また穏やかに寝息を立て始めた。そっと抱擁を止めて顔を見れば。

 緩やかな微笑み。ちょっとスケベな気もするけど、優しい笑顔。ああ、良かった。

 …強くなろう。この守りたい心を貫き通せる位、もっと強くなるんだ。

 

 今はただ重みを受け止めて、日常を許すだけのあたし。

 だからこそ。

「もっともっと、日常を楽しんでね」

 言葉を誰にも届かず。誓いを心に秘めて。穏やかな休日を過ごしてく。



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時雨さんとの 元気いっぱいです

 白露との楽しいやり取りから二日が経過した。

 彼女のお姉ちゃん力をたっぷりと知り、無邪気な幼なじみぶりを感じつつ。

 最後には膝枕。膝枕~!! いやっほう!! 寝ちまって匂いとかは楽しんでないけど、最高に癒やされたぜ!!

 

 …いやほんと。わけが分からんレベルで調子が良い。

 妙に快適な脳みそ。内臓も快調である。筋肉の調子も良い。

 今まで死んでいたのでは、と思うほど疲れが取れている。

 しかもあれだ。起こすときの白露の声ときたら。

 

『提督。起きてよ。早くしないと晩ご飯に遅刻するよ~』

 まずここで一度達した。

 いやいや達してない。落ち着け。落ち着くのだ。…朝だちしなくて良かったね。

 なんだろう。――嫌な、嫌な夢を見ていたんだが。何時も通りに見ていたんだが。

 

 何かとても暖かで、尊いモノに包まれていた記憶がある。許された覚えがある。

「…少しだけ、不眠症も治ってきたのもソレか?」

 白露に聞いたけど。

『ん~? ずっと穏やかに寝てたけど。…あ、すけべな夢見てたんでしょ』

 

 そうしてここで二度達した。

 ちょっと危なかったね。冗談抜きで危なかった。なにあの笑顔。ヤバいやん。

 ばぶ~! ってなる所だった。軽蔑する響をイメージしなかったら、ちょっと止まれなかった。

 

 さて。

 今の俺ならば、烈海王にだって勝てる!! なんて調子に乗ってると、悲惨な目に遭いそうなので自重しておこう。

 つまりは、白露からの提案を速攻で実行、行動どうようチェケラあ!!

 

 などとラップってないと、元気すぎて精神の限界が来そうなので、リズムに乗ってみた。なんちゃって未満ラップであった。

 提案を実行した日。翌日適応は無理だったので、一日あけてのである。

 白露型秘書艦大作戦。栄えある初日の艦娘は――夕立である!!

 

 平穏を楽しんで生きていくと決めてから、ず~っと意識していた相手。俺も暇な時間を見つけては、ぽいぽいと口ずさんでいたのだ。

 今ではすっかりとぽいぽい状態。夕立さんってば、可愛いっぽい? ってなもんだ。ふう。

「ふふ。楽しみだ」

 

 全部嘘だ!!

 なぜ嘘をついたのかって? 白露に言われた事が悲しかったからさ。

『提督はまだまだ怖いから、初日から夕立は止めてね』

 

 他の姉妹から徐々に慣らしていって、外堀を埋めるイメージである。俺は毒物かな? 

 しかも、そう告げた時の白露の表情だ。

 申し訳なさそうにしつつも、真面目な声で言っていた。俺は泣いた。

 

 別に良いんだ。それだけ彼女が真剣に考えてくれた証拠。

 俺という人間を伝えれば良い。実にシンプルである。

 そんなこんなで初日は。



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策略なしです

「提督。お邪魔するよ」

 白露型駆逐艦2番艦・時雨であった。

「今日はよろしくお願いする」

「此方こそ。迷惑をかけないようにがんばるね」

 

 三つ編みおさげの黒髪美少女。ぴょんと二つはねている黒髪は、どこか犬の耳みたいで愛らしさもあり。まずこの時点で最高だ。

 優しく儚げな水色の瞳。仄かな微笑み。美しく柔らかな顔立ち。今にも消えそうな弱々しさ。それでいて芯を感じる佇まいが良い。麗しい。

 

 降り始め、掴まえる間もない雨の如く。するやかに通り抜ける儚さが、手の届かない美しさを感じさせる。

 ――はああ。良い。尊い。何がって? これ言葉に出来ないタイプの心。

 

 きゅんきゅんとはちょっと違うんだよ。切なさ。もどかしさ。どこかネガティブなのに、美しいと思う心。

 感動。もっと大げさに言えば、吐息が零れる程の情動。

 時雨の在り方は美しい。愛らしさだけでは決してない。

 

 白露の様になじみ易さはない。長女力もない。

 触れても良いのか。共に在れないのでは、と思う悲哀の心こそ、彼女の魅力であるのだろう。それでいてさみしがり屋な面もある…らしい。白露情報だ。

 最高かよ。最高だよ。

 

 白露のようにボインでもない。うむ。でも響よりは。うむ。殺されたくない…!

『司令官は私の事が嫌いなんだ…!』 

 ガチ泣きとか、ガチへこみはもっと嫌なので。あんまりこういうのは駄目かもなあ。

 

 本人に言わなければ伝わらない筈なのに、どうして俺は心まで考慮しているのやら。でも、まかり間違っても勘違いされては困る。

 龍驤みたくな。もっと気楽に振る舞いたい。

 

 おふざけはともかく、好きは好きだ。勘違いして欲しくない。

 さあてさて。どうしようこうしよう。そうしよう。何がやねん。みたいな。

 特に今回は何も考えていない。時雨にどうこうしてほしい。なんて欲求は…もちろんあるけどな!

 

 時雨の魅力は色々ある。もちろん、他の艦娘も魅力的だ。

 その上であえて断言しよう。俺は時雨に――めっちゃ甘えてほしい!

 ああ気持ち悪いさ! 俺は変態さ!! でもなあ。好きなんだよ。大好きなんだ。

 

 で、色々と考えた。策略を張り巡らそうとした。しかし――何の成果も得られませんでした!! しょうがないね。開き直って無策であった。

 

 基本コンセプトは川内と変わらない。頭を撫でる。それは正しい。

 ただコレは、時雨が望まないと意味がない。

 褒められるというのはそうだろう。認められる。結果として、頭を撫でられる。俺も嬉しい。完璧だ。想像出来ない点を抜かせばだがね!



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狡猾な賄賂です

 川内の時は運命の悪戯でなで回したが。…悪戯で撫で回したって表現がヤバい。でも撫で回したね。しょうがねいね。

 運命の導きの侭に動いたが、今度は導きようがなかろう。

 

 白露は策略に嵌めた。…いや、これも響きが悪い。いやいや。響は何も悪くない。

 響なあ。元気でやっていると良いんだがね。姉妹仲良いのは知ってるけど、どうだろうな。ぐへへ。俺も混ざりにいきたいぜ。

 などと悪ふざけな考えは止めとくとして、どうしようか。

 

「提督、僕は何をすれば良いのかな」

 透き通る声。耳を通過して脳に響く透明な声色。静かな言葉はしみ渡る。堪らない。

 いかんいかん。トリップしていた。調子が良すぎて心が暴走している。落ち着け。

「仕事は既に終わらせてある。君の話を聞かせてくれ。大切な姉妹達の話でも良い」

 

「お話?」

 怪訝な表情だ。それはそうだろう。仕事をしにきて、いきなりおしゃべりとなったのだ。

 ふっふっふ。白露から皆の話は聞いたが、時雨からも聞きたい。素直な欲望である。

 俺は白露とのやり取りで気付いたのだ。もう少し緩くいくべきである。

 

「そうだ。これまで何も関わってこなかったろう。だから、君達を知りたい」

「そうなんだ。うん。それなら微力だけど、お話させてもらおうかな」

 彼女がソファーに座る。そのまま話を聞いても良いけど。せっかくだ。

「まあ待て。今お茶と茶菓子を用意しよう」

 

「良いの?」

「俺が食べてほしいんだ」

 白露の喜んだ姿は嬉しかった。時雨も味わってくれれば、尚嬉しい。

 それにな。美少女の食べる姿は眼福である。実に幸せな光景だ。

 

「そっか。ありがとう」

 嬉しそうに微笑む彼女の心を受けながら、用意したお菓子を取りに行く。

 今度はねりきりを用意した。意外と作ってみれば簡単である。

 

 花びらをもした和菓子。白あんを形良く整えて、適当に色をつけるだけ。本職の和菓子職人ではない。これで十分だ。

「ふふ、可愛らしいね」

 桜の花を模した物を見て、愛おしそうに笑っている。

 

 そんな風に笑う時雨の方が可愛らしい。とか言ったら、確実に引かれるので止めた。

「だろう。中々気に入っている」

 今回は緑茶にした。抹茶は苦手である。手早く用意を済ませれば、嬉しそうに時雨が笑っている。

 

 ふふふ。お菓子は万人に通じる力だ。他の白露型の皆にも試そう。一番艦に似て、おいしいのが好物なのだろう。ふふふ。

「手作りなんだって?」

「ああ。白露は好んで食べてくれたが、時雨はどうだろうな?」

 

「さっそくいただこうかな。…んっ。美味しいよ」

 幸せそうに頬を緩ませてくれた。儚げな雰囲気から一転、無邪気な幼子みたい。

 良いね。胸がほっこりとする。作った甲斐があろうよ。

「ならば良かった」

 

「これだけ素敵なお菓子をいただいたんだ。がんばって話すからね」

 仄かに気合いの入った表情。空回りしそうで心配だ。

「気負わなくて良い。君の自然体を知りたい」

「そう? それならいつも通り」



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困っちゃいます

 甘い一時を楽しんでから、時雨の言葉が始まる。と、思ったが。

 言葉が出てこない。様子を窺うと戸惑いながら。

「ど、どんな話をすれば良いのかな?」

 やはり気合いが入りすぎて、滑り出しが難しそうだ。

 

 うむうむ。赤くなってはにかむ姿は、素直に愛らしいのだがね。さあて。

 白露の言葉もある。素直な心で会話を楽しもう。

「最近で何か良い事はあったか?」

「そうだなあ」

 

 考え込んでいる。緑茶の湯気がゆらゆらと。のんびり空気が心地良い。 

 今日も良い天気だ。陽光が心地良いね。

「皆が元気に笑ってくれてる」

 そっと零れた言葉。とけ込む響きは愛おしさを乗せていた。

 

 噛みしめるように聞き入る。その一言が、どれだけ彼女にとって救いとなっているか。考えるまでもない。

「良い事だな」

 維持出来る俺で在りたい。その為に努力はしよう。

 

「うん…とってもね。こんなので良いの?」

 困っていた。愛らしい。ぺろぺろ…なぜ俺はぺろぺろした!?

 落ち着け。調子が良すぎて変態になってるぞ。

 

 それは元からか。まあ良い。

「君の語り口から皆の日常を味わう。そうして、翌日から来てくれる姿と向き合える」

 ギャップに殺されそうだが、今は考えない。しょうがないのだ。うむうむ。

 最悪、白露にお願いしようそうしよう。敬愛なる長女力でどうにかしてほしい。

 

 …ふむ? 自分でも思っていたより、彼女に甘えているぞ。

 膝枕の破壊力がすごかったからな。しょうがないか?

「自慢ではないがな。俺は平穏が大好きだ。故に聞かせてほしい」

 甘ったれた人間と自覚しているがね、俺はただのどスケベだよ。

 

 臆病者が意地を張り続けて、軍神とまで語れている。ああなんたる滑稽か。笑っちまうぜ。…それに付き添ってくれた仲間がいるから、誇りとなっているのだ。

 戦場の臭いも俺の一面。だけど今は、目の前の日常を誇らせてくれ。

 

「何だかイメージと違ったな」

 頬をかきながら苦笑していた。ちょっといじめたくなる表情だ

 ぐふふ。涙目時雨たんぺろぺろ! ほっほっほ。よしよし。意識的に顔を固めて。

「恐ろしい悪鬼を思い浮かべていたのか?」

 

「その、えっと。あの」

 目を逸らしてしどろもどろ。二の句をつげずにいる。可愛い。

 もっといじめたくなったけど、白露から色々と釘を刺されている。自重しよう。

「ふふふ。からかっただけだ。怒ってないよ。安心してくれ」

 

「…もう」

 くちびるを尖らせて拗ねている。ちょう可愛い。ぺろぺろ。

 ふっ。今のぺろぺろは自覚ありだ!! 俺を舐めるなよ。むしろ舐めろ。

 

「さて。改めて聞かせてくれ。君の宝物を語ってくれ」

「ん」

 よしよし緊張が解れているぞ。狙い通りだ。多分。



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最愛の宝物達です

 胸に秘めた大切な想いを、彼女はゆっくりと語り始める。

「白露はね。スキンシップが大好きな人なんだ」

 よく知っている。本当にお世話してもらった。彼女のおかげで活力が戻った。

 

 調子が良すぎて、罪悪感すら覚える位だ。

 そう思いたくなくなる程の、なにかとても大きな許しを貰った気がする。

「ぎゅ~って抱きしめてくれて、とても眩しい笑顔で生きてる」

 良いなあ! でもでも、俺だって抱きしめてもらったし!!

 

 ――はっ!? お、落ち着け。何を張り合っているんだ。落ち着けよ。

「この間なんてアイスを奢ってくれて、僕が食べるのを見守ってくれてた」

 お、俺も食事を取ってきてもらったから。羨ましくない。

 それに俺に至っては、お菓子も食べてくれたからな。笑ってくれたんだぞ。

 

 だから張り合うな。落ち着くんだ。

「気恥ずかしかったんだけど、嬉しいのが強くてさ」

 分かる。すっごい分かる…。

「大好きな、大好きなお姉ちゃん」

 

 ねえ。本当にねえ。良いお姉ちゃんだよ。ばぶばぶ力も蓄えてる。良い母親になれるだろうさ。うんうん。良いだろう。認めよう。

 時雨の方が愛されているさ! どうせ俺は怖い提督だとも。

 

「村雨はいっしょにいるのが好きな子」

 楽しそうに時雨が笑っている。…俺は何を嫉妬していたんだ。バカじゃないか。

 目の前の彼女の愛情を感じている。愛おしい姉妹仲。嫉妬する理由はなかろうよ。

 

「この前遠征をしたんだ。そうしたら、ニコニコと笑って話してくれた」

 会話好きな姿が目に浮かぶ。それを彼女は、愛おしそうに聞いているのだ。

「時雨姉さんといっしょなら、怖い海でもいい感じね。なあんて。言ってくれた」

 なにそれ可愛い。やばいやばい。ちょっと萌えすぎちゃうんですけども。

 

「思わず抱きしめちゃって、驚かれたな。愛らしい大切な妹」

 静かに微笑む彼女を抱きしめたい。ぎゅっとしたい。

 しょうがないね。俺でも抱きしめちゃうね。幸せにするって宣言するレベル。

 

 軍神だからね。可愛い子に良い所見せたくてなったのもある。いや、別に自分から神だと宣言したわけじゃないが。幾らなんでも自称は痛すぎるだろう。

「夕立は無邪気な甘えん坊さん。でも人一倍頑張り屋」

 イメージがつくんだけどな。何だったら俺も常にぽいぽい言っているのだがな。

 

 俺からすれば、涙目逃走の彼女である。甘えてもらった事もなし。

「いっしょに食事をとってたらさ。急に僕のから揚げを食べちゃって」

 俺も食べさせてあげたい。むしろ時雨に食べてもらいたい。

 だって、夕立は泣くからな。白露からも止められている。……泣きそう。

 

「いたずらな笑みで笑ってるんだ」

 見たい~!! すっごい見たい!! 絶対に見るからな!!

 ふう、ふう~落ち着くのだ。がんばるぞ。うんうん。

「それがあんまりにも可愛くて、怒ったふりをしたら」

 

 怒った時雨も見たい。拗ねた様に目を背けたり、冷たい感じなのだろう。

『…提督には失望したよ』

 良いね!

「しょんぼりとして、ごめんなさい~って」

 

 あ、その夕立は知っている。知りすぎている位に知っている。知りたくなかった。

「可愛くて、ついつい許しちゃう。でもね。勘違いしないでほしいんだけど、人を傷つける甘え方は絶対にしないんだよ」

 

 慌ててフォローしていた。僅かでも、妹が悪く見られるのは嫌なのだろう。

「僕が落ち込んでる時、そっと寄り添ってくれたり」

 なにそれ尊い。俺も寄り添いたい。…駄目だ。想像上で泣かれた。夕立相手も時雨相手も、恐怖に覚えた姿を想像してしまう。泣きそう。

 

「甘え上手な愛おしい子」

 うむ。白露の時に知ったのだが、このまま放っておくと延々と続くぞ。

 それは良い。皆を語る姿は愛おしい。それはそれとして、時雨を聞きたい。…などと、白露相手にした時と同じく。振る舞えれば良いのだがな。



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ガチです

 白露が、感情のままに楽しそうな語り口だったのに対して。

 時雨は静かに、大切な宝物をそっと示すような声だった。響き良く。耳を心地良くしてくれる優しい音色。目を瞑れば眠れそう。…とまで言えば、話を聞いていなかったみたいで駄目だが。

 

 それでいて、白露よりも細部を覚えている。

 決して忘れない。大切な日常の尊さを、彼女が抱える想いが声色だけでも伝わる。

「でね。この間江風がね」

 ニコニコと楽しそうに笑い始める。皆の笑顔がある所に、彼女の笑顔があるんだ。

 

 自分を語らない。皆の方が好き。これは白露とそっくりだがね。

 ああ、本当に。切ない女の子だ。…頭撫でたいし、ぎゅっとしたいのだが。駄目だ。

 熱く煮え滾る想い。くんかくんか。ぺろぺろな気持ち。しかし。

 

 俺の欲望はどこへ消えた。いやもう尊すぎて。触るのとか無理。ほんと無理。尊い。

 だって笑顔が素敵なんだもん! もう駄目。写真に撮って額縁に飾りたい。

 それで恥ずかしがる彼女を、白露といっしょに眺めたい。そんな白露型の姉妹を、末永く守っていきたい。響がいるからな。大丈夫だな。

 

 良し。決めた。今回は触れあいなしの方向でいこう。

 川内とか白露は、触れ合う魅力が強かった。…響は性欲まで強く抱いた。

 彼女にも触れたくないと言えば嘘になる。提督として、でも。一人の人間としてでも、こんな愛らしい子を、愛でたくないとは言えないさ。

 

 だけど、彼女の大切を守れる俺で在りたいのだ。格好つけろ。つけすぎて、取れなくなった提督の在り方。日常という名の、宝物を抱える時雨を目にしたんだ。

 焼き付けろ。世界に何度も宣言しただろう。俺は、ちっぽけだけど。

 今日この時ばかりは、人間としての俺は捨てよう。

 

 ――遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。我が背負いし称号は、畏れ多くも神へと至り。軍を司りし頂として、全ての災厄を凌駕する。

 俺を舐めるなよ。俺に不可能なんてない。守り切るが提督の役目だろう。

 命がけで戦う少女達すら守れぬ無能。そんな俺は認められない。

 

 さあて。今は時雨に向き合おう。真っ直ぐに俺として向き合おう。

「時雨。君が皆を大好きなのは分かった」

「う、うん。あらためて言われると照れるよ」

 

 何を恥じる事がある。誇れよ。俺は君の献身を愛している。報いたい。

 間宮のアイス券も良いな。本とかどうだろう。…冷静に考えると、若い子に入れ込む金持ちみたいでげんなりだがね。

 でも、彼女たちの日常に笑顔があってほしい。

「そんな時雨は、何を望む?」



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調子に乗っています

「望み…今十分に叶っているからなあ。う~ん」

 嬉しい言葉だ。ふふふ。だが! 今の俺は久しぶりに乗っている!!

 白露のおかげで調子も絶好調だ。指揮を執っても目眩位で済みそう。やっちゃうか? 久しぶりにやっちゃうか!?

 

 落ち着こう。時雨も困惑している。俺の熱意が伝わっているのだ。

「安心しろ。この平穏は軍神の名に賭けて、必ずや保って見せよう。誰も死なせない」

 女神の貯蓄も凄まじいからな。はっはっは! どんなトラブルが来ようとも、俺と響が本気で戦えば、頼りがいのある同期が来るまでは大丈夫。

 

 運命がどんなに難色を示そうと、押し通す力量程度はあるんだぞ。

 にやりと意識して笑って、彼女に堂々と宣言する。

「前線にも頼りになる仲間がいる。戦神と謳われた同期もいてくれる」

 軍神だと格好つけたが、戦闘指揮は普通である。というか、戦神と呼ばれたバカが凄まじいのだ。

 

 それは良い。今は関係ない。甘えたがらない時雨の説得が大切。

「だから、ありふれた望みで構わない」

「ありふれた…」

 呟きに熱が篭もっている。願いはあるらしい。良かった。これでなかったら俺は道化だ。

 

「変に遠慮をしてくれるなよ? 給与関係でも良いぞ」

 お小遣いを渡すとなれば、いよいよお金持ちの道楽じみてきたな。

 互いにそんな意図はないとは言え、なんとも笑える話だ。

 

「お金は求めすぎても仕方ないさ。大切だけどね。僕はそんなのより暖かいモノが欲しい」

 時雨らしい。素朴な日常を尊ぶ言葉であった。ちゃんと金を軽んじていないのも、個人的には好ましいね。

 

「ふっ。無粋だったか。ならば何を望む?」

 問いかけに俯いて、何度か俺の方を窺った。可愛い。ぺろぺろ…はなしだ!

 今の俺は紳士である。というか、時雨の儚い雰囲気に戦場を思い出している。

 調子が絶好調なのと合わさって、いつになく真剣な気分だった。

 

「だ、っ、その。…笑わない?」

「理由がない。望みの是非は人それぞれだ。時雨が心より望むのならば、俺は応えよう」

 大体、願いの尊さなんて言い出したらだぞ。俺は最低だ。でもしょうがないね。

 

 女の子って柔らかいんだよ! 良い匂いするんだよ! しょうがない。

「それは、その。どうして?」

 困惑している。俺が真剣と伝わっているからこそ、真面目に驚いているのか。

 ならば語ろうか。悪くない気分だ。偶にはこんなシリアスも良いだろうよ。

 

「…俺はね。艦娘に救われているんだ」

 絶対に伝わらないのだろうな。

「でも提督の指揮があるから、僕達は力を発揮出来るんだよ」

 それも正しい。この世界の艦娘からすれば、持ちつ持たれつなのだろう。



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時雨の望みです

 違う。そうじゃないんだ。俺はね。ああ。彼女の雰囲気で緩んでいるのかな。

 俺は艦これが本当に好きだった。もう二度とゲームとして出来ないけど、本当に好きだった。高難易度の海域に対し、クソゲーと言いながら、必死に越えるのが楽しかった。

 

 ウィキ頼りで装備を揃えたり。羅針盤に祈ったりした。

 それで目当てのルートを進まなくて、調べたら編成を間違えていたり。そうして得た勝利に、どばどばと脳汁を垂れ流していたんだ。

 

 艦娘は愛らしかった。嫁艦こそいなかったけど、俺は艦娘達に惚れていった。

 地道なレベル上げ。資材の確保。改造。改二とかのグラフィック変化。

 延々とクリックして、むふふと笑ったり。

 

 どちらかと言えば、俺は物語に惚れ込んでいたのだと思う。

 歴史オタではなかったさ。熱意はなかったけども。小説とか漫画を読んで。

 愛らしいキャラ達が、愛おしい世界で生きていたのを知っている。

 

 だからこの世界で、何度でも立ち上がれた。何度でもがんばれた。

 知っていたんだ。俺は、読んだことがあるんだ。色んな提督を知っている。

 俺はスケベで、えっちなのが好きで。そんな奴を抱擁できる世界だと、勝手でも思っていたから。なにせ二次創作が比較的に自由だからな。本当に広がりが大きかった。

 

 一度、目を瞑る。こうして得られた世界に感謝を。目を開いた。

「そう言ってくれるのはありがたいが、俺の本音だ」

 艦これの時雨を、目の前の彼女に投影はしない。冒涜である。

 でも、勝手な恩返しと分かっていても。どうしても、だ。

 

「俺自身欲望もある。君達は美しいからな。触れ合いたい気持ちもあるんだ」

 我ながら気持ち悪い言動だとは思うけどね。しょうがないだろう。

 画面の中から嫁が出た。とまでは言わないが、似たようなレベルの話。

 

 触れ合えるんだ。パターン化されてない会話を、出来る喜び。

 完全に俺と同じ気持ちになれるとしたら、そいつは転生者に他ならない。でも、ここまでの戦いでは出会えなかった。理解者こそいたが、俺は世界の異物なんだ。

 

「そう…なんだ。それなら、笑わないでくれるかな」

 仄かに赤面しながらの言葉。ふっふっふ。俺を萌えさせるとはやるじゃないか。

 良いぞ。何でも叶えてみせる。時雨も頑張ってきたからな! …白露の話を聞く限り、抑圧された心も多かろう。

 

「俺は軍神だぞ。何より望み云々で言えば、俺の方が余程下劣と思うがね」

 女の子にすけべしたい。手とかつなぎない。ちゅーしたい。ぺろぺろ。

 響に至っては、パンツすら凝視したのである。眼福だった。思わず眼をえぐり取って、最後の光景をパンツで終わらせたくなった。

 

 でもでも、もう一度と望む心があったから。今俺の視力が保たれているのは、響のパンツのおかげと言っても過言じゃない。

「そんなことないよ! 誰かと触れ合いたいなんて、とっても尊い願いじゃないか!」

 

 はっと気付いたように止まって、真っ赤な顔で彼女は言う。

「あ、その、ごめん。おっきな声出して、うるさかったよね」

 可愛い~! 良いんだよ。もう堪らないね。全力で望みを叶えようじゃないか!

 

「そうやって言ってくれる君の望みを、俺がどうして笑えようか」

 元々笑うつもりもないし。愛らしい子の願いは叶えたくなる男。

 彼女が真っ直ぐに頷く。心は決まった様子。良いぞ。さあて。

 

「時雨。何が欲しいんだ?」

「――だっこ…」

 ぽつりと呟かれた言葉。震えていて顔がもっと赤くなった。…うむ。シリアス終了した!!



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だっこの時間です

 こつこつと時計の音が聞こえる。もうすぐ昼になるのだろうか。

 春が訪れ深まる季節。陽光は暖かく。過ごしやすい季節だ。日の光が差し込む執務室は、静かに緩やかな時が流れていく。

 そんな中で、俺は時雨を抱き座っていた。

 

 まさかの対面し抱きしめ合う形。彼女のこぶりな胸が、俺の分厚い胸板にくっつく形。

 互いの鼓動が伝わっている。彼女の匂い。不思議と仄かに甘い香り。白露みたく、なんというか活動的な匂いでなく。涼やかな香りを感じた。

 

 抱き合う体は暖かい。これはイメージと違って、時雨は体温が高いのだろう。いつもクールだと思っていたせいか、妙に気恥ずかしい。

 変に興奮しないのは、照れながらも無邪気に甘える時雨のおかげだ。でもこれって、完全に入って。

 

 などと考えない。間違っても愚息を反応させるな。素直に甘えさせろ。

 俺は軍神だ。どや! うむ。わけが分からない。

「重くない?」

 

 耳元で彼女の声が聞こえる。儚い声でささやかれると、とてもくすぐったく心地良かった。一発だけなら誤射かもしれない。落ち着け。落ち着くんだ。

 いきなり甘えてきた理由は分からない。しかし、これが誘惑でないのは考えるまでもない。

 

「軽い位だ。ちゃんと食べているのか」

 下手したら響並に軽い。細身で、なんだろう。疲れを意地でつなぎ止めている体。

 …白露型で一番気を張っているのは、彼女なのだろうな。白露も認めるだろう。

「うん。お腹いっぱい食べてる」

 

 仄かに照れての言葉。ふふふ。可愛らしいぞ。

「なら良い」

 のんびりと時間が進んでいく。お互いに何も話さない。

 

 言葉を交わさなくても、ただ触れ合っているだけで心が伝わる。少し大げさな表現だが、あながち間違ってもいなかろう。

「提督」

 ぽつりとした呟き。とくんとくん、と彼女の鼓動が早まる。緊張が分かった。

 

 だからこそ何でもないように。落ち着いた声を意識して。

「ん?」

「頭、その」

 続く言葉がなくても分かった。それに続く言葉を待っていたら、恐縮して求めないだろう。…なでなでである。うむうむ。

 

「ああ。よしよし」

 彼女の艶やかな黒髪を撫で始まる。まずは頭のてっぺんを優しく。徐々に髪を梳く形で静かに撫でていく。手触りが良い。つやつやとした撫で心地だ。

 

「えへへ」

 嬉しそうな声が耳元で聞こえた。表情は見えないけど、きっと微笑んでくれているのではないか。嬉しいね。なんだか毒気を抜かれる反応。

 

 川内の頭を撫でた時とは違う。妙な感覚。完全に父性を刺激されている。

 甘えられているなあ。可愛いやつめ。うりうり。もっと甘えて良いんだぞ。

「…いきなりでびっくりしたよね」



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佐世保の時雨です

 申し訳なさそうな声。ぎゅっとする力が強まった。

 応えるように俺も力を込める。大丈夫だよ、と。白露にしてもらったように、彼女の甘えを許す。…偉そうに語れるほどの人徳はない。怖い人間と自覚している。

 

 だからこそ、意識的に在り続けるんだ。

「そうでもないさ」

 今はまだ彼女の言葉を借りて。時雨の親愛なる姉の名前を借りるんだ。

「白露から君達の事は聞いている。甘えたがりな子達だとな」

 

「ううっ。恥ずかしいな」

 きゅっと更に力が強まった。恥ずかしさを誤魔化すために、少し身をよじらせている。可愛い。胸の切なさが堪らないぞ。

 案外、白露も俺をそんな風に思ってくれていたのかな?

 

 だから何だというわけじゃなく。湧いた胸の思いのまま、わしゃわしゃと頭を撫でてみる。

「か、髪型崩れちゃう」

 なんて困りつつも、嬉しそうに身を寄せてくれた。

 

 ふふふ。ちょっといじめたくなる言葉である。いっちゃうか! 調子良いからな!!

「嫌か?」

「…いじわる」

 震えた声。羞恥の乗った言葉。さらに抱擁が強まって、すり寄ってくる時雨。

 

 ちょう可愛い! や、ヤバいぞ。俺は父親だった? すごいほっこりしている。

 ああもう。愛らしい奴だな。思ってみれば、こうして甘えられるなんて初めてだ。響は弱さを見せたがらないし、他の仲間達は俺より遙かに大人だった。

 

 こうやって甘えてもらえる程度には、俺も大人になったのだろう。根がスケベなのは仕方ないね。

「照れる必要はない。提督として、人として逃げるつもりもないさ」

 それこそ白露に甘えさせてもらって、力が戻ってきているんだ。

 

 守ると誓った。軍神。格好つけた称号に報いる力量は、あると思いたい。

「ただまあ。理由は気になる」

 これも素直な本音である。言ってしまえば何だが、こういうのは夕立の感じと思っていた。押しつけるつもりはない。甘えたければ、甘えてほしいぞ。俺も嬉しい。

 

 しかし無理はするなと。変に仲良くなるために、無理をして甘えられるのは辛い。

 生憎だが俺はコミュ力に欠けている。表情も乏しい。感情だけだ。しかも伝えられていない。好かれる理由が分からんよ。

 

 一拍。いや二拍以上か。間が生まれた。

 深い躊躇。さらけ出すのに躊躇っている。不安だ。鼓動音が揺れている。体も仄かに震えている。まさか寒くはあるまい。こうして抱き合っていると、熱く感じる位だ。

 そうだろう。熱は届き合っているだろう。安心してくれよ。

 

 ぎゅっと、俺からの力を強めた。一瞬苦しそうにして、それでも、優しく受け入れてくれた。頼ってくれて良いんだ。

『ありがとう』

 言葉はなくとも、彼女の感謝を聞いた気がした。そうして。

 

「――弱った姿を見せると、皆は不安になるから」

 全員を守りたいと願う。仲間思いの優しい子。抱え込む責任感の強い子。

 歴戦錬磨の戦士に至る経験はなくとも、艦船の戦歴は輝かしく。

 

 佐世保の時雨。呉の雪風と並んだ武勲艦として、何より生き残り忘れられない者として、彼女が抱える重みは如何程だろうか。

 考えるまでもない。

 

 こうして、大して話をしていない俺にだからこそ、甘えられる矛盾が生まれている。…それを支えられる大人として、提督として在るけどな。

 そんな寂しい事があるかよ。なあんて。言わないけども。



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強すぎる心です

 けれども、俺から強く言っても仕方あるまい。

 これは彼女の心の問題だ。何も知らない俺にだからこそ、分からないけど、戦歴は凄まじい俺にだからこそ、言ってくれているんだ。

 

 訳知り顔で語るなんて言語道断。艦これの押しつけに等しい。

 だから、言うべきでないと思ったから、無言で頭を撫で始める。

 優しく撫でる。壊れないように甘えを許すと伝え続ける。

 

 時雨から、もう一度抱きしめる力が強くなった。ぎゅっと、重みを渡すように強くなった。嬉しいね。泣きたくなってきた。

「僕は嫌なんだ」

 

 強い言葉。彼女の意思を感じる。儚い雰囲気と強靱な骨子。相反する二つの在り方こそ、時雨の魅力であり脆さなのだろうさ。

 俺は好きだがね。これも素直な想いだから伝えよう。

 

「でも、白露は甘えてもらいたがっているぞ」

 俺も存分に甘やかしてもらった。頭が上がらないレベルである。

 凄まじい長女力。もうヤバいね。融けている。心が溶かされる力があったね。

 

「僕は十分甘えているさ」

 嘘だ。抱きしめ合う体から伝わっている。力を強めて、もっと白露に甘えたいくせに。そうやって、一人でも大丈夫と意地を張るのか。

 愛らしくも切ない。

 

「でもね、共に戦う仲間でもある」

「負傷を庇われたら困るか?」

「甘えから、守るべき存在と思われたら嫌だ」

 庇われたりとか嫌だろう。実際にそんな事はなっていない。でも想像出来る。

 

 愛おしい妹を庇って、轟沈する彼女を夢想する。――嫌だ。認められない。

 俺は、転生者は運命を引き寄せる。覆す力があるかなんて分からない。ああ、くそ。少し時雨の雰囲気に引きずられている。思考がガチになってきている。

 暖かい。彼女の甘えも俺を本気にしてくるんだ。悪くはない。

 

「村雨の時みたく。我慢出来なくなるのはあるけど」

「ふふふ。今みたいに、ぎゅっとしたのだろう?」

「暖かかったなあ」

 彼女の愛情が強いのは、こうして抱き合っているとよく分かる。

 

 俺にすら、甘えるときはこんなに愛らしいんだ。親愛なる家族達ならば、もっともっと願う心が強まって、堪らぬ姿になる筈だ。

 見たい。でも思われてないからこそ、こうして甘えてくれている。

 

 本当に泣きたくなる矛盾だ。かなり胸が痛い。でも嬉しい。困ったな。

「我慢しなくて良いと言っても、時雨は嫌なんだな」

「……うん」

 不安に揺れる心。大切だからこそ弱みを見せられない。

 

 周りにいる仲間達が、姉妹達が甘えてほしいと思っていても、運命を信じ切れず。

 そんな自分に嫌気が差して、段々と心が軋んでいく。悪循環だ。

 どっかのどいつの思考と似ている。毎朝、鏡で顔を合わす愚か者と似ている。

 なんて格好つけたけど。俺の事だ!!



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親づらしてみました

「分かる。分かるぞ」

 共感しすぎて思考がガチになるレベル。こうして抱き合っているのに、俺の愚息が反応しない程だ。艦これを押しつけないと思っているからこそ、今の時雨を強く理解してしまう。

 

 本当にな。素直に甘えられたら、自分の弱さを許せたらどれだけ楽だろう。

 怖いんだ。奪われる気がするんだ。守りたい。守り抜きたいんだ。

「提督も?」

「ああ。意地を張って、格好つけたくなる気持ちは分かる」

 

 それだけで俺は生きてきた。それに縋るからこそ、俺はここまでやってこれた。

 良い悪いじゃないんだ。そうしたいかも分からない。ただ心が叫んでいた。

 結果的に、今の俺は報われている。望んだ世界に到達出来た。

 

「素直に甘えれば良いんだ。きっと受け入れてもらえる」

 分かっているんだ。アイツらは、俺が真正面から甘えたらならば、きっと受け入れてくれた。事実こんな平和な場所に俺はいる。運命に見逃されている。

「思っても、強くなりたい心が邪魔をするんだ」

 

 守れる自分でありたい。庇われたくない。意地を張りたい。

 戦う力がほしい。強くなりたい。強く、ありたい。

「だって失いたくないから」

 

「…見通されてるね」

 困ったような言葉だった。思わず笑みが零れる。

 俺は一体何様なのだろうと、何度思ったかな。恥知らず。だけどここまでやってきた。なら意地を張るしかないのだ。

 

 意地を張ることが出来るんだ。

「大丈夫だ。大丈夫。甘えたくなったら、甘えれば良い。俺が相手でも良い」

 その為に鍛えた感はかなりあるね。艦娘に慕われたいから、能力を上げ続けた所がある。ぺろぺろしたいから鍛えたのだ。

 

 まあ、ちょっとこの空気はガチすぎるけども。

 俺はもっと軽いノリでいちゃつきたい。キャバクラとか言ってみたい。なんか違う。

「遠慮する必要はない。好きなだけ頼ってくれ」

 守るよ。うん。かつての仲間達は、響だけでも残ってくれた。

 

 戦艦が十数体来ても、どうにか援軍までは耐えられる。生き残る力だけならば、俺と響が一番優れているんだ。

 死にたくない。沈んでほしくない。それだけである。

「どうして甘えさせてくれるの?」

 

「俺は提督だからな。皆のお父さんみたいなモノだ」

 ちょっと内心がスケベすぎるけどな。しょうがないね。

 …真面目な話。こうして弱っている相手に、変に欲情はしない。

 

 君達の世界に救われたから、君達も俺に救われてくれ。

 ああまったく。時雨相手だと空気がガチすぎる。どうしたものかね。

「時雨が恐れている事態には、ならない様に努めよう」



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異名の数々です

 一度抱擁を緩めて、彼女の顔を見た。

 ――今にも泣き出しそうな表情。深い哀切が紡ぐ嬉しさと、戸惑いが入り混じった独特な顔。甘えに対する恐れと、それでもと望む強い心が見える。

 あえてだが、白露に止められた笑みを見せた。

 

「ぁ、っと。その」

 叫びこそしなかったが、とても驚いた顔になった。

 色んな感情が交じった表情は、時雨の魅力をよく分からせる。複雑な在り方であり。根は素直な可愛らしい子。甘えたがりの子が異名を、佐世保の時雨を背負っている。

 

 驚いた彼女の心の緩みに、そうして今までのやり取りにこの言葉を。

「なにせ悪鬼だからな。そうだろう?」

 軍神、戦争を一つ終わらせた者、不死鳥提督などなど。つけた奴をぶん殴りたくなり、なんなら引きこもってうなりたくなる異名の数々。

 

 新しくつけられた悪鬼の名前は、彼女達の笑顔を守れるならそれで良しだ。

「う、それは、その」

 違う意味で泣きそうな彼女。うるうるとした瞳は可愛らしく、わしゃわしゃと頭を撫でてみた。ぎゅ~っと襟を掴まれた。何か言いたげな顔だ。

 

 無言のまま微笑んで、彼女の言葉を許した。

「ずるいよ。いじわる」 

「ははは!」

 俺を萌え殺すつもりか!! 本当に堪らない。良い気分だ。

 

 もっと強くなれる。指揮だって執れる。…まあ、何もないのが一番だ。

 間違っても、ノリで窮地とか紡いでくれるなよ。理不尽なのが運命だろうけど、もう良いだろう。世界で踊り狂ってきたじゃないか。

 

 なあんて、祈っても無意味。ただ淡々と努力を重ねるしかないんだ。

「ねえ、提督。地獄にならない?」

 深海棲艦の巣が出来ないか。誰もが轟沈しないのか。

 

 分からない。ただただ冷たい論理を語るのならば、そう言うしかない。

 この世界に来て、絶望したばかりの俺だったら、苦渋に塗れても。だが。

「――そうならないように俺は在る」

 

 でも空気がガチすぎるって! ついつい乗っちゃったけど、もっとこう。軽いノリで良いんだって。

『提督。僕に興味があるの?』

 

 と切ないボイスで応えてくれ。興味津々だよ!! へ、げへへ。

 …いやあ。こうも触れ合うと、そっち方面にいけないというか。イケないというか。罪悪感でたたないといいましょうか。しょうがないね。

 

 もうしめくくって一言で言うとすれば。

「だから、素直に甘えてくれたら嬉しい」

 真っ直ぐに時雨を見つめる。応え、彼女の澄んだ瞳が定まった。

 

 揺れ動く心は脆かろう。今此処に在る時雨の眼差しに曇りなく。甘えられ、強く在り続ける者の魂が見える。…良いねえ。ぞくぞくする。

 生きているって、こういう事だよなあ。気がついた内に成長しやがって。

 

 かなり羨ましいぜ。血反吐を吐かないと、俺みたいなのは強くなれないし。

 羨ましいし、なんか照れてきたので。

「それだけだ。以上。質問は?」



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安堵のまどろみです

「白露って、お姉ちゃんって僕が好き?」

 こいつめ。自分でも分かっているくせに。なんか自慢げな表情をしているぞ。

 ふんすとドヤ顔な感じ。こいつめ。可愛すぎるぞ。

 

「すごい幸せそうに妹達を語っていたぞ」

 笑顔がとっても緩まった。言葉は続く。幸せの確認作業は続いていく。

「ぎゅってしたら、僕だけじゃなくてお姉ちゃんも嬉しい?」

 幸せいっぱい胸いっぱい。時雨に甘えられた白露の姿。

 

『いっちばんなあたしにお任せ! 可愛い妹よ! お姉ちゃんが頑張るから~!!』 

 などと大きな声で張り切って、すんごく頑張るのが目に浮かぶ。

 そうして張り切る彼女の背中を見つつ、他の妹達も頑張り続けるんだ。

 

 良い。守るよ。誓う。

「程度によるとは思うがな。少なくとも時雨を慰める為に、嫌な想いを我慢はしていないと断言しよう」

 もっと笑顔が緩まった。このままとけてスライムになるのでは?

 

 まったくもう。愛おしい子だ。俺も頭を撫でてみる。もっともっと嬉しそうに笑う。

 ああ、なんだろう。俺が撫でても喜んでくれるんだ。がちな空気じゃなくても、喜んでくれるのか……思えば普通な流れで撫でたのは、初めての経験かもしれない。

 

 川内はなあ。妹分と言い切るには、お姉ちゃん力がある気もする。何の評価だ。

「甘えたら迷惑じゃない? 仲良くし過ぎて、気が緩みすぎて、皆が戦場で沈まない?」

 仄かに哀切を乗せて、分かっているのに最後の確認。

 

 ならば堂々と胸を張って、頼れる相棒の姿を思い浮かべて。

「――俺と響が守る。安心しろ。俺達を疑うか?」

『不死鳥の名は伊達じゃない。私に任せて』

 そう言い切って微笑む彼女の姿は、思い浮かべる必要すら無い。

 

 俺の魂に刻まれた最愛の相棒の姿だ。例え彼女が轟沈しても、俺は彼女の最高を証明し続けるんだ。いつか終わりが訪れるその日まで。

 ……すっげえ不吉な想像だけどな!! 絶対死なせねえし!!

 

「ううん。――それなら、それなら安心だ」

「ああ」

 時雨が目を瞑って、再び体を預けてきた。脱力しきった姿。体温ぽかぽか。良い匂いもする。年頃の娘よのう。うむ。変態エンジンもスイッチが入ってきたぜ!!

 

 落ち着け。

「ちょっと眠っても良い?」

 とか言いつつ。もう寝ちゃいそうな声である。とんとんと背中を叩いてみる。

 ようやく甘えを覚えて、これからどんどんと強くなる彼女を甘やかす。

 

「仕事は終わっている。甘えても良いと言ったが」

 あえてぶっきらぼうに言ってみた。素直に時雨が羨ましかったり。なんだろうね。

 俺って甘えっ子属性なのだろうか。自分で言って吐きそうだった。

 

「ん。ありがと」

「おやすみなさい」「おやすみ」

 すぐに寝息が聞こえてきた。安心しきって身を任せてくれている。

 ああまったく。今日も緩やかに進んでいきそうだ。



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眠りにいたずらです

 などと格好つけたが! 悪戯したくなったのでします!!

 しょうがないね。時雨が可愛すぎるからね。…絶対泣かない系統にしよう。 

 白露も怖い。何より彼女がガチ泣きをしたら、俺の心が折れるに決まっている。

 

 ついでに、時雨の想いを聞いた響がいたなら。

『…冗談で許される区別もつかないのか? 発情した猿が。君はもう相棒じゃない』

 あああああ!! お、落ち着け。想像で傷つくな。落ち着く為に考えたのに、想像の響に殺される所だった。

 

 あいつ、表面は冷静な感じなくせして、滅茶苦茶仲間思いだからな。他の艦娘達も仲間好きが多いけど、かなり情の厚い子なのである。

 さて。

 それを踏まえて、どんな悪戯をし・よ・う・か・な?

 

 ぐふふ。父性とは何だったのか。くそ変態野郎である。でもしょうがない。

 無防備に体を預ける彼女が、可愛すぎるのが仕方ない!!

 そっと、起こさないように時雨を横にした。ソファーに寝かしつける形。

「すう、すう」

 

 仰向けのまま。彼女は穏やかに寝息を立てている。気のせいでなければ、抱擁を解いたから若干寂しそうだ。萌える。

 まずは…って。寒そうだな。今日も良い天気だけど。まだ夏には早すぎる。

 

 寝室に向かう。新品のかけ布団を取り出した。薄手の生地なので、寝苦しくもないと思う。

 これも起こさないように気をつけて、彼女にかぶせた。

「ぅ、っ、しら、つゆ…? ありがと…」

 

 朧にお礼を言って、深く眠り込んでいった。

 むにゃむにゃと緩んだ表情。嬉しそうに見える。良かった良かった。

 それにしても柔らかそうなほっぺだ。つついてみる。

「おおっ」

 

 思わず声が漏れた。とっても柔らかい。肌がすべすべだ。

 子供の肌だなあ。うんうん。今度は両頬をつまんでみた。

「うみゅ…? ゆうだち?」

 めっちゃ柔らかい。引っ張ればどこまでものびそう。起きたら不味いので。

 

「寝てて良いぞ」

 穏やかに言ってみた。

「提督…なら、だいじょぶだ…」

 仄かによだれを垂らしながら、ぐっすりすやすやと眠っていった。ちょう可愛い。

 

 もうちょっと。

 眉毛を撫でてみる。細い眉はくすぐったく。どこか微笑ましい手触り。

 そのまま額に手を置いた。すべすべ。女の子だなあ。

 しっかし本気で起きないな。このままエスカレートすると。ううん。

 

 …うん。罪悪感が酷い。想像しただけで胸が痛む。

 なんかこう。俺って変態だなあ。みたいな感じ。ちょっとないわあ。

 これを背徳に楽しめれば一流なのだろうが、俺は二流で良い。

 

 普通に頭を撫でる。むしろ、これも贅沢であった。

「ふふ」

 夢見が良いのか。時雨が楽しそうに微笑んでいた。よしよし。

 愛らしくも守りたい存在を、強く感じる事が出来たんだ。今日も良い一日だった。



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時雨さんです 真面目です

 提督から初めて挨拶してもらった時に、思っていたよりは怖くない人なのかな。って。僕は思っていた。それから白露の話を聞いて、段々とイメージが変わっていったんだ。

『提督はね。全然表情に出ない人で、普通に怖い顔をしてるし。笑顔は凶暴だけど』

 

 あんまりな言い草だと思う。僕は提督の真剣な表情は嫌いじゃないよ。

『でも、雰囲気をさぐれば愉快な子だからね!』

 それも失礼だって。子供扱いなんて駄目じゃないか。白露は面倒見が良い人だけどさ。相手は提督なんだからと言っても。

 

『大丈夫! 一番艦として保証する!!』

 とても素敵な笑顔で言われちゃったんだ。…お姉ちゃんの大好きな笑顔。

 色々と考え込んで緊張も解れてたのに。なのに、執務室の扉を前にすると緊張してる。

 

 白露型の皆と仲良く。言葉にすれば可愛いけどね。どうだろう。

 初日は僕。白露型の2番艦だから? 分からない。一度深呼吸をして。

「提督。お邪魔するよ」

 入室して提督の顔を見れば。

 

 初めて見た時より顔色は良く。目元の隈は薄くなってる。目つきの悪さも改善されて、どこか柔らかな感情を示してる。

 何だろう。大人。そう。大人の表情だ。優しい人の顔立ちだ。

 

 初対面の提督が厳格な感じだったなら、今の提督の雰囲気は、柔和で親切なお兄さん。

 ああ、駄目だ。白露のせい、或いはおかげ。妙に愉快なとらえ方になってるよ。

 怒られたくない。続く妹達に迷惑はかけられない。僕ががんばるんだ。

「今日はよろしくお願いする」

 

 声も軽い。明るさが滲んでる。人間味のある声色だった。

 想像と違ったな。っと。挨拶を返さないとね。

「此方こそ。迷惑をかけないようにがんばるね」

 僕の言葉を聞いて、提督が小さく頷いてくれた。さあて、言葉通りがんばろうか。

 

「提督、僕は何をすれば良いのかな」

 白露が言うには仕事はなく。ただ仲良く遊びたいだけで、ちょっとスケベだと言ってたけど、幾ら何でもないでしょ。提督に失礼だよ。彼女の明るさは好きだけどね。

 親交を深めるって話。浮ついた気持ちは捨てるべきさ。

 

 でも優しい雰囲気だ。こんな風な人と接するのは初めてで。仄かに心が浮ついてるのは、自覚してる。だめだ。がんばろう。

「仕事は既に終わらせてある。君の話を聞かせてくれ。大切な姉妹達の話でも良い」

 彼女の言葉通りだった。う~ん。まだ提督の雰囲気が掴めてないや。

 

 仕事一筋で責任感の強い人。軍神の噂は僕もよく知ってる。でも、目の前で微笑む彼の姿からは、苛烈さなんて一切感じられない。…そっちの方が僕は好き。

「お話?」



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ほろりと無邪気さが出ました

「そうだ。これまで何も関わってこなかったろう。だから、君達を知りたい」

 真面目な顔で真っ直ぐな言葉。胸をくすぐる言葉だった。

 素直に嬉しい。大切な家族を語って、それで提督の役に立てる。とっても嬉しいよ。

「そうなんだ。うん。それなら微力だけど、お話させてもらおうかな」

 

 ふふふ。この間の夕立は可愛かったな。春雨がごはんを作ってくれたり。村雨とお散歩して、日向ぼっこも良かった。それにそれに。ああでも怒られちゃうかな。

 挨拶の反応で落ち込んだ僕を、白露が慰めてくれた事。とっても大切な思い出。

 提督からすれば失礼な話だよね。まともに反応出来なかった僕が悪いんだ。

 

 ソファーに座った。提督を見上げると座ってくれてない。どうしたのかな?

「まあ待て。今お茶と茶菓子を用意しよう」

 どこかうきうきとした感じで、提督が言ってくれた。なんで彼が嬉しそうなんだろう?

 

 白露が絶賛してたから、実は楽しみにしてたり。でも申し訳ないな。どうしよう。

「良いの?」

 言葉を聞いて嬉しそうにはにかみながら。

 

「俺が食べてほしいんだ」

 暖かい。とても優しい声だった。うん。甘えさせてもらおうかな。

「そっか。ありがとう」

 お礼の言葉を伝えたら、もっと嬉しそうに微笑んでくれた。…胸が温かい。

 

 そうして、かなり手際よくお茶会の準備が整う。

 緑茶とねりきり。可愛らしい桜花びらみたい。食べて良いのかな? 美味しそうで、食べるのがもったいない。

 夕立が見たらとても喜びそうだ。甘い物と可愛いのが大好きな子。

 

『すっごい良いお菓子っぽい! た、食べて良いの!?』

 ふる尻尾が見えそうな位。かなりの大はしゃぎが目に浮かぶ。微笑ましいよ。

 でも、僕はそこまで素直に喜べない。嬉しい。とても暖かな熱が胸にあるけど、言葉にも表情にも出ない。鏡はないけど分かるんだ。

 

 提督はがっかりしたかな。けど、だけど素直な心だけでも。

「ふふ。可愛らしいね」

 愛おしいって想いが伝わってほしい。せめてものお礼を伝えたい。

 ちらりと彼を見れば。

 

「だろう。中々気に入っている」

 自信ありげな表情で喜んでくれた。良かった…! えへへ。

 白露は表情が怖いって言ってたけど。全然じゃないか。表情豊かな人で良かった。

 仲良くお話し出来そうだ。えっと。気軽に話しかけてみよう。

 

「手作りなんだって?」

「ああ。白露は好んで食べてくれたが、時雨はどうだろうな?」

 とっても食べてほしそうにうずうずしてる。

 早く食べないと悪いね。ふふふ。甘いお菓子。楽しみ。

 

「さっそくいただこうかな」

 じ~っと不安そうに提督が見てる。なんだか恥ずかしいけど。

 お菓子楊枝で小さく切り分けて、そっと一口食べてみる。

 

 すっごい! 市販のより美味しい!! 提督ってお菓子屋さんだったんだ。

 幸せってこれだよね。はあ。良い味わいだった。口の中でするりとしみ込む甘味。何が違うんだろう? 味に変化が出るお菓子じゃないよね。

 ううん。なんだろう。う~ん。――提督が味の感想をそわそわと待ってる。



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言葉は心の触れあいです

「んっ。美味しいよ」

 ああ我ながらつまらない言葉。がっかりしてないかな?

「ならば良かった」

 ほっと一息ついて、心底から嬉しそうに笑ってくれた。

 

 優しいんだ。ただこのやり取りだけで優しさが伝わる。

 白露が言っていたように、とても面白い人なのかな? あ、甘えても。いや。駄目だ。

 良い人だからこそ、僕が守る為に動くんだ。

 

 佐世保の時雨は呉の雪風と並び。武勲艦でなければならない。でも駆逐艦は弱くて。こんな後方にいるんだ。

 緩み過ぎちゃ駄目だ。甘えるな。そんなの駄目だよ。

 

「これだけ素敵なお菓子をいただいたんだ。がんばって話すからね」

 よし! 気合いを入れて期待に応えよう。皆を良く思ってほしいし、大切な姉妹の話をしたい。そうすれば自然と、他の皆も提督と接しやすくなる。

 

 戦略的にも正しいよ。だから、熱が入ってもしょうがないんだ。

「気負わなくて良い。君の自然体を知りたい」

 穏やかな声が落ち着く。なんでか分からないけど、見守られてる気分になる。

 とても優しい瞳。もしかして緩んだ顔でお菓子を食べてたかな? 恥ずかしい。

 

 ううん。落ち着こう。平静を装って言葉を出す。

「そう? それならいつも通り」

 大切な姉妹達の話をしよう。胸に秘めた想いを、言葉に紡いで語るんだ。

 

 ……言葉が出てこない! 改めて語ると気恥ずかしくて、全然口を開けないよ。

「ど、どんな話をすれば良いのかな?」

 恥ずかしい。もう本当に恥ずかしい。穴があったら入りたい。

 ううっ。提督が微笑んでる。また見守られてる。でも。

 

 悪い気分でもなかった。

「最近で何か良い事はあったか?」

「そうだなあ」

 助け船がお父さんみたいで、父も知らない僕が言うのも変だけど、提督は良いお父さんになれる気がした。ふふふ。

 

『時雨も良い子だな』

 って、頭を撫でられたら――はっ!? だ、だめだめ。今はお話ししないと。

 それにしても良い事かあ。う~ん。うん。毎日良い事だらけで。

 

「皆が元気に笑ってくれてる」

 白露の眩しい笑顔。夕立の無邪気な表情。村雨や春雨の微笑み。江風と涼風の豪快な笑い声。海風の静かな微笑。山風のとろんとして寝笑顔の可愛さ。

 

 全部全部僕の宝物。このちっぽけな命を賭しても、ちっとも後悔はないさ。

 こんな小さな命で守れるなら、幾らでも捧げて構わない。

「良い事だな」

 

 ああ。そう言ってくれると思ってた。

 軍神と語られていて表情も怖かったから、もっと武闘派なのかと思ってた。平穏が好きなんだ。日常を愛してくれてるんだ。

 

 白露は触れあいが好きだとも言ってた。僕も触れ合うのは嫌いじゃなくて。その。

 こうして語り合うのも良い。うん。心が触れ合ってる気がするんだ。 

「うん…とってもね」



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いじわるは優しさ? です

「こんなので良いの?」

 喜んでくれてるのはなんとなく分かる。うんうん。と噛みしめるように聞いてくれた。白露の助言もあって、表情だけじゃない心が見える。

 

 でも、何だか拍子抜けだった。大切な事だけど。やっぱりまだ、軍神のイメージが取れてないのかな? 演習や遠征の話を想定してたのもあるね。

 素直に言えば、とっても嬉しい。こうして話すのは姉妹に出来ないし、他の仲間達に語るのも、白露型の自慢になりそう。

 

 気にしすぎだとは思うけどさ。でも逆に暁が暁型自慢を始めたら、すっごく楽しい時間になりそうだよね。案外、白露が語れば良い感じなのかも。

 いい感じ。ふふ。村雨みたいだったな。ちょっといい感じ~! 

 

 あ、う。だめだ。これはお蔵入り。恥ずかしすぎて出来ないや。村雨がいうと可愛いからずるい。いやいや。ずるくはないけど。僕には似合わない。

「君の語り口から皆の日常を味わう」

 

 続く言葉はやけに重たくて。

「そうして、翌日から来てくれる姿と向き合える」

 切実な響きが乗っていた。本当に必死な感じ。これを聞くと、今更ながら挨拶の時の反応が悔やまれるよ。もう少し愛想良く出来たら良かった。

 

 さすがは白露だよね。こうして、こんなに柔らかくしたんだ。

「自慢ではないがな。俺は平穏が大好きだ。故に聞かせてほしい」

 締めくくりの言葉は仄かに笑っていて、思わずぽつりと。

「何だかイメージと違ったな」

 

「恐ろしい悪鬼を思い浮かべていたのか?」

 お、怒らせちゃった! 真剣な顔でじ~っと見てる。どうしよう。どうしよう。

 せっかく優しくしてくれたのに、優しい感じだったのに。

 

「その、えっと。あの」

 言葉が出てこない。ああ駄目だ。提督を傷つけちゃった。

 謝りたい。でも僕なんかが謝ったら余計に駄目かな? 白露ならもっと優しく。暖かい感じなのに、僕はじめじめとしていて。

 

「ふふふ。からかっただけだ。怒ってないよ。安心してくれ」

「…もう」

 良かったあ。でもいじわるだ!! あ、あんまりそういう風にしたら、もう知らないからね。って、強く言えない。ううん。拗ねようかな。

 

 あれ? 気がつけば、緊張が解れてた。甘えが出てきてるのに、意地を張る気持ちが薄れて。まさか提督の狙い?

 …いや。ないない。すっごくいじわるな微笑みしてる。

 

 でもリラックス出来た。これなら、ちゃんと皆のお話が出来そうだ。

「さて。改めて聞かせてくれ。君の宝物を語ってくれ」

「ん」

 今度こそ。胸に秘めた大切な思い出を、優しいこの人に語ろうか。



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強い躊躇いです

 皆との大切な思い出を、胸一杯につめこんだ想いを込めて語り続ける。

 白露との出来事には、なぜか仄かな嫉妬を感じたり。夕立とのは泣きそうになったり。他の皆の事は興味深そうに聞いてたけど、それが何だか面白くて。

 

 想いは段々と高まってく。見守られてる。愛されて……ああそうだ。

 どこか見覚えがある眼差しだと思ったら、白露にそっくりなんだ。あれだけ元気な人なのに、僕の話に耳を傾けてくれて。

 

『あなた達の幸せが、あたしのいっちばん幸せなのよ!』

 って。一番艦として拘ってるのに、僕とか他の妹達にすぐ譲って。

 そうして、一番大変な事は率先してやってくれる。そんな彼女や皆の輝きを知ってくれて、認めてくれてるんだ。

 

 楽しかった。ただ微笑みながら聞いてくれてる。真剣に聞いてくれているんだ。

 どれだけ嬉しかったかを、提督は分からないと思う。

 この綺麗な人達との、とっても素敵な経験を語りたかったんだ。誇りたかった。

 ああ。終わっちゃう。まだまだ語る事はあるのに、終わってしまう。

 

 一度会話が止まって、お茶に手をつける。ぬるくなったのが心地良い。

「時雨。君が皆を大好きなのは分かった」

 そう言い切った提督の表情こそ、皆の話を深く愛してる。

 

 なんだろう。とても真剣な雰囲気を感じる。今まで柔らかで、優しい人って感じだったのに。今は違った雰囲気。

 闘志。鋼の如き強靱な心が、二つの眼から見て取れる。怖い…けどとても頼れる眼。

「う、うん。あらためて言われると照れるよ」

 

「そんな時雨は、何を望む?」

 願えば全てが叶うのだと、強く確信させる何かが込められてた。

 正直に言えば怖くて、それなのに心が疼く。本心を伝えたい。これまでの提督の様子を見て、僕は。

 

「望み…今十分に叶っているからなあ。う~ん」

 これも本音。最愛の家族達がいて、頼りになる仲間がいる。

 守れる自分でありたいと願い、積み重ねて生きてるけど。僕の願いは叶ってる。

 他ならない提督のおかげで、この鎮守府は必要性を高められた。

 

 皆が生活していられるのは彼のおかげ、と言っても過言じゃない。

「安心しろ。この平穏は軍神の名に賭けて、必ずや保って見せよう。誰も死なせない」

 見透かしたような言葉。まるで本心がそこにはないと、告げるような声。

 

「前線にも頼りになる仲間がいる。戦神と謳われた同期もいてくれる」

 気づかいも忘れず。僕が甘えても言いようにと、言葉を尽くしてくれてるんだ。

「だから、ありふれた望みで構わない」

 

「ありふれた…」

 この望みは、果たしてありふれているのかな?

 強く激しく望んで、離したくないからこそ自戒する想いは、本当に望んでも良いの?



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さぐりつつです

「変に遠慮をしてくれるなよ? 給与関係でも良いぞ」

「お金は求めすぎても仕方ないさ。大切だけどね」

 温かいごはんを食べられて、雨風をしのげる家がある。

 

 時にはお菓子も味わえる。皆が笑顔でいてくれる。維持するのにお金は必要で、働く意味はあるんだけど。求める心が多すぎると、バランスが崩れちゃう。

 生き方は人それぞれ。強く願うモノも人それぞれ。

 

「僕はそんなのより暖かいモノが欲しい」

 きっと、僕の欲望の方が欲深いんだ。心の暖かみを求め続けるなんて、それも佐世保の時雨が、求めるなんて。

 

 欲深い。けれど今の提督に本音は隠せない。隠したくない。

「ふっ。無粋だったか。ならば何を望む?」

 堂々とした姿。真っ直ぐに見つめるまなざしは、強い意思と不断の心を感じる。

 最前線で戦い続けてた時も、こんな強い在り方だったんだろうね。

 

 何だろう。初めて戦歴を聞いたときは、ただただ畏怖していたのに。

 今は、微笑む提督の姿を知っているから。仄かに寂しい。でも嘘はつかない。

 僕の望み。暖かいモノ。人との触れあい。心を伝え合いたい。ここまで話を聞いてもらった。もう一歩踏み込みたい。多分提督も思ってくれてる。

 

 お父さんとかはいわないけど。ソレはあんまりにも変だけど。…甘えたい。

 うん。僕は甘えたい。この重みを知ってほしい。ぎゅってされたい。頭撫でて。

「だ、っ、その。…笑わない?」

 きゅ~っと胸が痛んだ。提督は、あくまで提督だから。

 

 別に僕の身内じゃない。艦船としての因果もないし、艦娘としての型番だってない。

 知り合ったばかりとも言える。こうして話を聞いてもらって、色々と分かり合えたと思うけど。

 僕の望みは突然だと思う。少なくとも提督はそう思うよね。

 

 …でも、彼には失礼だけど。軍神の異名を知って、働きぶりを知ったんだ。

 強い人だと思う。強く在れる人だと思う。彼ならきっと、僕を庇って死んだりなんかしなくて。必要な判断が出来て。

 文字通り、軍隊におけるトップとして。残酷にもなれると思うから。

 

「理由がない。望みの是非は人それぞれだ。時雨が心より望むのならば、俺は応えよう」

 この言葉もそう。深い優しさを抱きつつ、どこか有無を言わせない力がある。

 

 真っ直ぐなんだ。…白露に似てる所もあるね。ちょっと強引な所もそう。

「それは、その。どうして?」

 僕はずっと考えてて、艦娘として提督の存在に頼る側面もある。

 

 だけど提督は、日比生提督は違う。色んな艦娘がいる。僕じゃない時雨もいるんだ。

 こうして、全身全霊で応えてたら身が保たないよ。

「…俺はね。艦娘に救われているんだ」



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ちっちゃな望みです

 ――一瞬だけ見えた感情。それは今にも泣き出しそうな笑顔だった。

 瞳に刻まれた優しさと、深い後悔と絶望だ。戦場でよく見たことがある。

 艦娘以前の話。魂に刻み込まれた船の話。将校でもなんでもない。ただの、誰かを守りたいだけの優しい人間が、兵士として覚悟を決めた時の瞳。

 

 強い。そんな目をした人は本当に強い。

 やりきると覚悟している者だけが、あんな眼を浮かべられる。

「でも提督の指揮があるから、僕達は力を発揮出来るんだよ」

 

 僕達を纏う不透明な力。旗艦から流れる力があるから、戦場で戦える。

 練度を上げていけば別だけど。それでも、提督の指揮があった方が強いんだ。

「そう言ってくれるのはありがたいが、俺の本音だ」

 伝わってないのかな? それとも、それだけじゃないのかな。

 

 響なら気持ちが分かったと思う。以心伝心。あんまり話した事はないけど、とても心優しい仲間思いな子。一度だけ演習を見た時もすごかった。

「俺自身欲望もある」

 

 続く言葉は躊躇してから、とても気恥ずかしそうに。

「君達は美しいからな。触れ合いたい気持ちもあるんだ」

 美しい? 提督はそう思うのかな。民間の人は恐れてるのにね。不思議な人。

 でもそうだよね。簡単に自分を殺せる相手を、愛せはしないんだ。

 

 だけど美しいとか言える。触れ合いたいと言える。僕より余程勇気がある。

「そう…なんだ。それなら、笑わないでくれるかな」

 伝えたい。甘えたい。徐々に胸が高鳴って、緊張が堪らないけど。

 

「俺は軍神だぞ。何より望み云々で言えば、俺の方が余程下劣と思うがね」

「そんなことないよ! 誰かと触れ合いたいなんて、とっても尊い願いじゃないか!」

 ぽかんと提督が呆けてた。

 

「あ、その、ごめん。おっきな声出して、うるさかったよね」

 最低だった。う~ん。どうしようもない。緊張で変になって、感情が爆発しちゃったよ。怒ってないかな? 傷つけてないかな。

 …怖がらせてないかな。

 

「そうやって言ってくれる君の望みを、俺がどうして笑えようか」

 優しい笑み。何度も見せてくれた優しい笑顔。

 暖かな心が伝わる。ああそうだ。受け止めてもらえる。もらいたいと願ってる。

 

「時雨。何が欲しいんだ?」

 怖いよ。緊張する。情けないと思われないかな。

 そんな事ない。そう思いたい。今日訊いてもらった姿を覚えてるから。

 

 こうして、何度もといかけてくれる優しさを知ったから。

「――だっこ…」

 顔が真っ赤になる。心臓がうるさい。脚もふるえてきたけど。

 不思議と、言葉はするりと出てきてくれた。



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だっこしてなでなでです

 まず提督がソファーに座って、僕が抱きつき座る形でだっこしてもらった。

 熱い胸板。がっしりとした体が受け止めてくれる。ぎゅっと包まれた。

 暖かい。提督の体はぽかぽかしてる。たしかな温もりが心地良い。

 

 落ち着く匂い。煙草とかの男をイメージする香りじゃなくて、仄かに甘い匂い。香水かな。嫌いじゃない。良い香りがする。

 心臓の音がうるさくて、外の様子も分からない。頬が熱い。でも思ってたより落ち着く体勢だ。

 

「重くない?」

 あんまり体重は重くないと思うけど、そもそも人間自体が重たいもの。

 いや、まあ。正確に言えば僕達は人間じゃないけどね。子供は出来るらしいけど、人の限界を軽く超えてる。

 

「軽い位だ」

 提督って力持ちさんなのかな。体つきも良いし、肉体が発達してる。

 骨格も丈夫だね。噂には聞いているけど、本当に深海棲艦を素手で倒したの?

 いや、聞けないよ。本当だったら衝撃的すぎる。確認が出来ないね。

 

「ちゃんと食べているのか」

「うん。お腹いっぱい食べてる」

 間宮食堂のごはんはとっても美味しい。偶に作る白露のごはんも美味しい。

 

 食べ過ぎちゃって太る位。…と言えたら良いけど。どうなんだろう。

 老化、或いは体躯の成長は聞いた事がない。それだけの年月生きられた艦娘が、一体もいないのもある。

 

 肉体的には解明されてない事実が、山ほどあるんだ。どうだろうね。

「なら良い」

 …今は優しい言葉を聞けたから、気にしないようにしよう。

 変に曇ってたら失礼だ。顔は見えないだろうけど、雰囲気で分かられちゃいそう。

 

 それに、その、もっと。もっと望む心がある。

「提督」

「ん?」

 耳元で聞こえる彼の声で、どうにも次の言葉が上手く紡げない。

 

 でも、ここで止まってても仕方ない。もう限界以上に甘えて、しかも受け入れてもらったんだ。素直になろう。

「頭、その」

 

「ああ。よしよし」

 暖かくて大きな掌が、僕の頭を柔らかく撫でてくれる。

 堪らない心の熱が、胸一杯に広がって。とけちゃいそう。ふわふわと頭がゆらいで、もっと甘えたくなってきたんだ。

 

「えへへ」

 思わず笑顔が零れた。油断すると寝ちゃいそう。妙に撫でるのが上手い。

 全然想像出来ないけど、普段は響とか撫でてるのかな?

『司令官。頭を撫でてくれ』

 

 ふふ。想像したら愛らしい。響と、彼女を撫でる提督の姿はしっくりくる。

 …僕が甘えてて良いのかな? 響がここに座るべきじゃないかな。

 いやいや。それを僕から言うのは変だ。こうして甘えて、幸せをもらってる。もっと素直に。もっともっと。心のままに。



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甘えっきりです

「…いきなりでびっくりしたよね」

 思わず、縋りつくように抱きしめを強くしちゃった。

 大きな体。甘えきってるのに、揺らぎもしない在り方。その、自分で言うのも何だけど。若い女の子が抱きついてても、欲望を見せたりもしない。

 

 あったかく。大きく。ああそうか。

 今僕は、大人に甘えてるんだ。父とか兄がいれば、こんな感じなのかな。

 ぎゅって、提督から優しく力が強まった。

 

 許されてる。言葉に出来ないけど。初めてで分からないけど。尊い何かを許してもらってる。…暖かいなあ。

「そうでもないさ」

 受け入れてもらえる言葉。聞きたくて、僕は言ったのかもしれない。

 

 どくん、どくんと力強い鼓動が胸に伝わる。提督も生きてるんだ。僕の鼓動も届いてるんだ。心が伝わってるのかな。本当に嬉しくて、この感謝も届いてほしい。

「白露から君達の事は聞いている。甘えたがりな子達だとな」

 

「ううっ。恥ずかしいな」

 白露らしい言葉だと思う。皆が大好きで、皆も大好きなお姉ちゃん。

 僕だって大好き。でも甘えすぎたら駄目なんだ。僕達は艦娘で、共に戦場で戦う仲間だからこそ。変に甘えて、判断が鈍ったら嫌だ。

 

 見捨てないといけない状況がある。提督ならきっと。

 …そうやって、僕は押しつけて。

 ――わしゃわしゃと、乱暴な手つきで頭を撫で回される。

 

「か、髪型崩れちゃう」

 きゅ~って、胸に切なさと喜びが混じり合ってく。

 落ち込みそうになった心が、大きな掌に緩ませてもらって。力が出る。

「嫌か?」

 

「…いじわる」

 間違っても顔が見られたくなくて、頬をすりつけるように抱きついた。

 すごく恥ずかしい事の筈なのに、今はもう受けいられてて。本当に。

 

 こうして向き合うと、おっきくて愉快な大人だった。白露の話じゃないけど、言ってる事は間違ってなかったよ。

 でも、すけべな気配は感じないな。僕が、白露ほど可愛くないからかもしれないけど。

 

 からかうのが好きでいじわるな暖かい大人。甘えても良いと許してくれる人。

「照れる必要はない。提督として、人として逃げるつもりもないさ」

 強い言葉だ。責任から逃げない事で、押し潰されるかもしれないのにね。

 いや。きっと何度も潰されそうになって、それでも、と足掻いた人の言葉。

 

 何度考えても、軍神の経歴と提督の在り方が重ならない。敬意が足りない考えだけど、やっぱり感じられない。

 逆に言えば、最前線はこの人が人を辞めるほど、激烈なのだろう。

 

 ……僕は甘えて良いのかな。縋っていて良いのかな。ああ。まただ。また躊躇いが心を蝕んでく。

「ただまあ。理由は気になる」



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佐世保の時雨の心です

 正直に言って、僕の考え方は提督を侮辱してる。

 言うなれば仲間を、提督を信頼してない。責任感が強いと言えば聞こえは良いけど、周りを頼る事もまた強さだ。

 それでも、受け入れてもらえると分かって言うのだから。

 

 ここまでのやり取りに、本当に救われていたんだなあ。伝わってほしい。

 言葉にすると軽くなるほどの感謝を貴方に。だからこそ心を聴いてほしい。

「――弱った姿を見せると、皆は不安になるから」

 佐世保の時雨は雪風と対を成す。伝説の幸運艦として、名に恥じない活躍をしなければならない。

 

 白露は気にしないし、他の白露型の皆だって気にしない。仲間達もそう。

 結局は僕が嫌だと思うだけ。

 時雨の名を冠した駆逐艦の僕が、甘えてしまうのを許せないだけなんだ。

 

 …それでもこうして提督に甘えてるのは、僕が甘えても揺らがないからさ。

 内面はどうであれ、非情な判断を下せる人。一度聞いたことがある。

 軍神と謳われた提督でさえ、肉の盾の作戦を実行したのだと。

 

 その時に喪ったのは一隻だけ。そこから先に轟沈は許さず。

 深海棲艦の巣を一つ潰して、平和な領域を広げたのだけど。

 裏を返すならば、どんな心でも彼は非情を歩めるんだ。

 

 最低の理屈で甘えてる。自覚はあるのが尚悪い。それでも。

「僕は嫌なんだ」

 もう二度と仲間の轟沈なんて見たくない。

 守りたい。だけど、そんな大切な仲間だからこそ触れあいたくて。 

 

 彼女たちの日常を見てると、混ざりたくて気持ちがざわつくんだ。

「でも、白露は甘えてもらいたがっているぞ」

 分かってる。分かってるんだ。頑張り屋さんと認めてくれてても、彼女は妹達を守りたがってる。

 

 僕には可愛げがない。なんて自虐したら、彼女も提督も怒るんだろうね。

 嬉しいんだから情けない。ああ。本当に。

「僕は十分甘えているさ」

 

 提督の体だから鼓動が伝わる。嘘を見抜かれてる。分かってしまう。

 自分から言っておいてだけど、こんなに触れ合ってると心が分かっちゃう。誤魔化せもしないね。

 

「でもね、共に戦う仲間でもある」

「負傷を庇われたら困るか?」

 やっぱり分かるんだ。嬉しいな。ありがたいな。

 

 …怒らないかな? 俺は代用品なのかって、言うわけないよね。

 そうしないって信じたからこそ、こんなに甘えてるんだ。

「甘えから、守るべき存在と思われたら嫌だ」

 

 そうなるかは分からない。ならないと言い切れない時点で、過度ななれ合いは避けないとならない。

 絶対の生還を求めてるんだ。捧げないと割に合わない。

 臆病なんだ。ただただ臆病すぎて、お姉ちゃんの好意からも逃げてる。



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決意は同じです

「村雨の時みたく。我慢出来なくなるのはあるけど」

 夕立の笑顔や山風の珍しい甘え姿。春雨の献身に江風の元気さ。

 妹達皆が愛らしい。…僕と違って、素直に誰かへ甘えられる優しさ。心の強さ。

 

 そうして、皆を受け止められる白露の強さ。僕は姉妹に恵まれてる。

「ふふふ。今みたいに、ぎゅっとしたのだろう?」

 そう言ってから、提督から強く抱きしめてきた。暖かい。力強くて安心する。

 ここまで深く、強く抱きしめ合ってるのは提督だけだよ。

 

 なんだかソレを伝えるのは恥ずかしいな。不思議な感じ。

 こんなに触れ合ってるのに、まだ照れてるんだ。ああ。本当に不思議。

「暖かかったなあ」

 

 村雨の嬉しそうな顔。甘えてぎゅっと抱きしめ返してくれて。

 愛おしい妹。ふふ。本当に可愛い家族だ。

「我慢しなくて良いと言っても、時雨は嫌なんだな」

 

「……うん」

 そう言われても、僕の恐怖は変わらない。なら何を求めて聞いたんだろう?

 とても、とても最低な行いなのかな。やっぱりそうだよ。

 

 提督なら甘えさせてくれる。重みを預けたい。軍神の異名と優しい心。利用して、こうして甘えきってる。

 そんな風に思っても、受け入れてほしいと願ってる。

 

 僕は弱くなったの? 船の時からは当然として、艦娘として脆くなったのかな。

 分からない。分からないけど、思っていたよりも罪悪感はなくて。

 本当に笑ってしまう。素直に心が緩んでる。家族には見せられない弱さ。

 

「分かる。分かるぞ」

「提督も?」

「ああ。意地を張って、格好つけたくなる気持ちは分かる」

 

 皆から評価されて、実際に結果も残してる人だ。

 僕と違う。名前だけ受け継いで、意地を張っていても大した力もなく。駆逐艦としての性能しか発揮出来ない。戦場で活躍できない艦娘。

 

「素直に甘えれば良いんだ。きっと受け入れてもらえる」

 どこか遠くに語りかける声。僕にじゃない。提督自身の心の声。

 弱さが滲み出てる。白露も見たのかな? 人間としての言葉が聞こえる。

「思っても、強くなりたい心が邪魔をするんだ」

 

 それは彼の全てに聞こえた。それだけで進んだ人の声は、痛々しくも重くしなやかだった。強い。強さを求めて続けて、ここまで至ったんだ。

 やっぱり僕とは違う。僕はまだまだ弱い。

 

 こうして、弱さをさらけ出す事も躊躇いながら。提督ほど潔く。自身の弱さは語れなかった。

 でも、その意地をはる理由はきっと。

 

『「だって失いたくないから」』

 内心と言葉が重なった。そうなんだ。本当にソレしかなくて。

 願いが心を躊躇わせて、強くなりたくて…前を許せない。

「…見通されてるね」



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甘やかせ上手の提督です

「大丈夫だ。大丈夫」

 耳元でとても優しい声。落ち着かせるような頭の撫で心地。ただそれだけ。

 でもそれだけがほしかった。蕩ける位甘やかされて、どろどろな心がどうしようもなく。ただ許してもらいたかった。

 

 勝手に頬が緩んでく。なのに泣き出しそうで。

「甘えたくなったら、甘えれば良い。俺が相手でも良い」

 許されてる。本当に僕は甘ったれで、そんな僕を許してくれる。

 

 白露とは違う。彼女は近すぎる身内で、甘えきるには心が許せなくて。

 だからこそ、彼の言葉は心をとかしてくれた。枷を外してくれた。

「遠慮する必要はない。好きなだけ頼ってくれ」

 

 力強い抱擁は愛情を感じる。深い感情。断じて欲求なんかじゃない。

 僕を許してくれてる。佐世保の時雨じゃない。ここに在る時雨の弱さを、提督の抱擁が許してくれてる。

 

「どうして甘えさせてくれるの?」

 最低な言葉だ。確信がほしくて求めてる。

 なのに受け入れてもらえるんだって。もうすっかりと甘えてるんだ。

 

「俺は提督だからな。皆のお父さんみたいなモノだ」

 頼りがいのあるお父さん。軍神がお父さんなら、僕達は大丈夫だね。

 胸が痛む。悲しみが叫んでる。折れるなと、心が叫んでる。

 

 急に抱擁が緩んだ。お互いの顔が見える。驚いて提督の顔を見れば。

「時雨が恐れている事態には、ならない様に努めよう」

 ――格好良い笑顔。見惚れる程堂々とした在り方は、確かに軍神と呼ばれる威光があった。

 

 戦い続けてきた人間の顔。大人が子供に見せる笑顔。格好良いなあ。

 こうなれるかな? …こうなりたいな。強くなりたい。強くありたい。

「ぁ、っと。その」

 言葉が上手く出てこなかった。素敵な笑顔だと思う。戦う人間の格好良い笑み。

 

 甘えの罪悪感とか、簡単に消し飛んだ。頼っても良いんだと思う。

「なにせ悪鬼だからな。そうだろう?」

 一転としてにやりと意地悪な笑み。人間らしい。彼らしい笑顔だと思う。 

 

 素直な表情は真っ直ぐで、どこか無邪気にも見えた。

「う、それは、その」

 違う意味で言葉が出てこない。上手く返せなくて黙ってると、強めに頭を撫でてもらえた。暖かい。髪型が崩れるけど、とっても落ち着く掌だ。

 

 抗議として襟を掴んでみた。愛おしそうに微笑まれた。

 むう。暖かくて格好良い。表情豊かで面白くて、安心出来る優しい顔立ち。

 目元が優しくなってるから、とっても似合ってる。

「ずるいよ。いじわる」 

 

「ははは!」

 たまらなく楽しそうな笑い声。提督の弱さも強さも見せてくれて、僕の心も暖めてくれた。



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甘い問いかけです

 楽しくて幸せな時間。こうして近くで触れ合って、提督の気持ちがよく伝わる。

 心底から嬉しそうな声。愛おしいと伝える体の熱。全部、全部で僕を受けれてくれてる。

 それでも、僕は問いかける。最低だと自覚しつつも、いや。

 

 だからこそさ。白露ではありえない。最悪の想像を問うんだ。

「ねえ、提督。地獄にならない?」

 一度だけ。本当に一度だけ、激戦区を経験した事がある。

 

 時雨として生まれて、武勲艦から期待された。そうして戦場に向かって、戦ったのだけれど。

 アレは地獄だった。艦娘をすり減らしながら、戦い続けていったんだ。

 

 戦艦だから平気なわけじゃない。空母だから無事なわけでもない。

 それでも、僕達駆逐艦は役に立てなかった。

 駆逐艦の運用は危険すぎる。結論として、そうならざるを得なかったのさ。

 

 回避と夜戦に特化した艦種だ。裏を返せば死にやすい艦種。肉体へのダメージ。そうして、大抵は幼い駆逐艦の喪失は、優しい人達の心を削ってく。

 そうした果てに、戦艦を守る為に盾になった者達がいて。

 

 提督にかかる負担が大きすぎて、練度の低い駆逐艦は危険すぎた。

 僕が生まれた頃には、大分艦種への理解が深まってたけど。

 平和な海域が生まれて、遠征が確立するまでは、本当に悲しい事ばかりだったらしい。

 

 …この海域の近くに巣が出来た時。僕達が戦えば誰かはきっと死ぬ。

 嫌だから、必死に強くなりたいと願っていたのに。こうして甘えさせてもらって。

「――そうならないように俺は在る」

 

 この言葉を求めた僕は、本当に欲深いのだろうね。

 強くありたい。何度でも心に願うよ。強くなる。強く在り続けてくんだ。

 でも今だけは、こうして強くなった提督に甘えたい。自惚れでなければ、提督だって望んでくれてる。僕の自然な姿はこうだもん。

 

 想像してたのと違う? 分からないけど。喜んでくれてる。ふふふ。恥ずかしい。

「だから、素直に甘えてくれたら嬉しい」

 言い切って笑ってくれる貴方に、この重みを背負ってほしい。

 

 ふふふ。重たい。重たいな。もう少し笑い合おう。聞きたい事があるんだ。

「それだけだ。以上。質問は?」

 照れた様な言葉。柔らかな雰囲気は、ここまでの重たい空気を壊してくれた。

 

 恥ずかしいけど、こうなったら完全に甘えきるんだ。

「白露って、お姉ちゃんって僕が好き?」

 うわあ! すっごく恥ずかしい質問だ!!

 

 ……答え、分かってるし。なのに提督の口から言わせたがってる。

 でも聞きたい。とっても聞きたい。白露は僕をどう思ってるの?

「すごい幸せそうに妹達を語っていたぞ」



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答えは単純です

「ぎゅってしたら、僕だけじゃなくてお姉ちゃんも嬉しい?」

 これも恥ずかしい質問。あまりに提督の返答が嬉しすぎて、心の枷が壊れてる。

 顔が赤く染まってるのが分かる。それでも、白露の愛情を肯定してもらって、嬉しい気持ちが心を満たしてく。

 

 堪らない。幸せ。こうして抱きついて話してると、一体感が強くて良い。

「程度によるとは思うがな」

 僕の問いかけに苦笑してる。何を今更、とまでは言わないけど。

 

 提督の優しい微笑みにまた照れて、顔を俯かせた。ちらりと見上げれば、愛おしそうに笑ってる。

 何度繰り返しても飽きないやり取り。受け入れてほしい。

 

 やっぱり僕は欲張りだ。お姉ちゃんもいるのに、お兄ちゃんもいてほしいと思ってる。

「少なくとも時雨を慰める為に、嫌な想いを我慢はしていないと断言しよう」

 いっつも元気いっぱいで楽しそうな白露。僕を抱きしめて、照れながら。

 

『あったかい! よしよし。可愛い妹だ!!』

 なんて言ってから、わしゃわしゃと頭を撫でてくれるんだ。

 小さな力で抱きしめ返したら、驚きながらも受け入れてくれたり。大切な姉さん。

 

「甘えたら迷惑じゃない?」

 逆に妹達に甘えられて、僕が迷惑と思うのか。なんて言われたら。

 そんなわけがない!! とっても幸せな気分になるんだ!! ……すっごく矛盾してるけど、これが僕の本音だった。

 

 で、でも僕は皆ほど可愛くないもん。

 というか、皆の破壊力が凄い。皆もうほんと可愛すぎる。

「仲良くし過ぎて、気が緩みすぎて、皆が戦場で沈まない?」

 

 絶対に嫌だ。想像しただけで泣きそうになる。

 何度も繰り返した言葉の問いかけを、嫌な顔もしないで言ってくれる。

 

「――俺と響が守る。安心しろ。俺達を疑うか?」

 輝く双眸の力強さ。威風堂々とした在り方は不動。弛まぬ努力の結晶が見える。

 軍神の指揮能力。駆逐艦の常識を覆した伝説の不死鳥。

 

 全鎮守府に伝達され、士気向上の元となった二人の功績。それを成し遂げつつも、人の優しさを忘れなかった彼の強さ。

『いっちば~ん!』

 

 白露の笑顔を思い出した。僕達の大切な長女は、提督みたいに格好良い笑みを見せる人だった。だというのに、僕が弱さを引きずって、これ以上変に意地をはるのは可笑しい。

 

 目を瞑って、彼に体を預けきった。身を寄せきってるのに緊張はなく。

 ただただ落ち着いて、するりと言葉が紡がれる。

 

「ううん。――それなら、それなら安心だ」

「ああ」

 武骨な返答は提督らしく。奇妙な微笑ましさを感じながら、心にしみ入った。



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父性です。異性はだめです

 安心しきったら、どろっと疲れが出てきた。

 ここまで気を張ってたのが緩んで、心がふわふわしてる。とっても眠い。

「ちょっと眠っても良い?」

 

「仕事は終わっている。甘えても良いと言ったが」

 ぶっきらぼうな言葉なのに、背中を優しく叩いてくれてる。

 リズムが良い。暖かな刺激が眠気を誘って、とろとろと意識を融かしてくれる。

 

 提督に包まれてる。とても心地が良い。

「ん。ありがと」

 静かに目を瞑る。もう闇は怖くない。暖かく全てを受けいれてもらってるんだ。

 

 このまま寝てしまおう。時間をくれた提督へ眠りの挨拶を。

「おやすみなさい」「おやすみ」

 意識が緩やかにとけて、眠りに落ちていった。

 

 

 ……意識が波打ってる。たゆたう感覚。海の上で寝転がった時と似てる。ふわふわしてて。重みを預けてるんだ。

 軽い。疲れが全部出てるみたい。

 ぼ~っと波打つ感覚を楽しんでると。

 

 毛布に包まれていく。誰だろう? 白露かな。いつもありがとう。

 言葉が出たか分からないけど。何故かすごく眠たい。

 薄らと目を開けたら、提督がじ~っと僕を見てた。

 

 ――何で!? い、いや。そうだった。僕はソファで寝たんだ。

 気を利かせて寝かせてくれたのだろう。自室のベッドに運ばなかったのは、まあ当然だよね。響とかに見られたら、とっても悪い事になるだろうし。

 いや。どうだろう。僕的にはそんなつもりはない。

 

 でも彼女は傷つくのかな。分からないや。

 というか、起きるに起きられない。なんでじっと見てるんだろう。

「おおっ」提督の声。

 っ!? ほ、ほっぺをつつかれてる。なんで!?

 

 いやいや。意味が分からないよ。ちょっと楽しいけど、どうしてつつくの?

 起こそうとしてるのかな。それなら普通にゆさぶったり。方法は色々とあるよね。

 お次は両頬をひっぱってきた。痛くないように加減してるけど、困る。

 どう反応すれば良いんだろう。適当に夕立を示して、起きてないアピールをしたけども。

 

「寝てて良いぞ」

 あ、うん。寝ててほしいんだ。なるほど。意味が分からないね。

 でも遊んでるみたいで楽しい。ふふふ。安心だね。…まだまだ眠いし。このまま寝ちゃおうかな。

 

 いや。もしかして。

 彼はスケベな気持ちになってる!? し、白露が言ってた。

 提督は少しえっちな所があるって。ここまでのやり取りでないと思うけど。

 

 む、胸とか触られたり。そんなのやだ! 恩はあるけど、提督のそういうのは受け止められないよ。

 響に悪いし、素直な気持ちとして異性の感情はない。多分。

 それは好きな人とする事だよ。駄目だよ。絶対に駄目。

 

 掌が頭を撫でる。愛おしそうに撫でてる。

 ……すごく恥ずかしい。馬鹿な勘違いをしてた。良かった。

 提督も、僕を妹みたく愛してくれてるんだ。ふふふ。本当に良かった。

 もう少しだけ寝ていようかな。きっと、優しく起こしてくれるから。



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村雨さんとのです ちょっといいとこ見てみたいです

 まさかの時雨の甘えから翌日。あれから夕食もいっしょに食べて。

 さすがに食べさせ合いはなかった。執務室で普通に終わったが。幸せの時間だった。

「むふふ。むふふふ」

 

 幸せ絶頂である。一、二と続いて良い流れだ。このまま皆と仲良くなって、ゆくゆくはパーティーなんぞとしゃれこみたい。ああそうだ。川内型の皆ともあるだろう。

 その時ばかりは、俺の一発芸シリーズを見てもらおう。声真似から始まり、那珂ちゃんへのオタ芸。くっ、龍驤がいないのは悔やまれるぜ。

 

『遠慮せんでええからな! 最高の笑いを生み出そうや!!』

 アイツとのコンビ芸は最高なのに。クッキングコントからの、勢いだけで笑わせる龍神コンビと語られてたのに。

 まあ良い。いない奴を考えてもしょうがない。

 

 響と俺の死神コンビで上手くやろう。コサックダンスの真髄を知らしめてやろう。

「ふっふっふ。楽しみだ」

 うきうき気分は醒めないけれど。今日は違う白露型の子が来てくれる。

 ふっふっふ。ここまで良い感じに接してくれている。良い感じ。あっそれ、提督の~ちょっといいとこ見てみたい!!

 

 だからこそ本日は。

「提督、お邪魔します! …じゃなくて、お邪魔するね。ふふ。何だか慣れないけど」

 白露型駆逐艦・3番艦。村雨が秘書艦になってくれるのだ!!

 

 薄茶色の髪をツインテールにして、仄かに紅が混じる茶色の瞳。今でこそ緊張で固くなってるが、ノリ良い雰囲気と合わさった柔らかな表情。

 うむ。村雨ちゃんキタ~!! いやっほう! 

 

 良いねえ。最高だねえ。時雨の儚さとは違う。白露の姉力とも違う。

 村雨の~ちょっといいとこ見てみたい!! それイッキイッキ!!

 などとやれば、後で白露に大激怒を喰らいかねないので自重。

「既に白露から聞いているだろうが、君達の緊張を解くのが本日の目的だ」

 

「う、うん」

 この時点でめっちゃ緊張してる。まあ良いけども。気にしてないよ。うん。

「気にする必要は無い。自然体であれば良い」

 

うむうむ。さて。これまで白露と時雨の魅力は語ったが、村雨の魅力を語らせて貰おうか。

 それは――からかい上手の世話焼きさん!!

 

 こう良い感じにからかいつつも、本気じゃない遊ばれ感も良く。それでいて、体調とかを気遣ってくれる感じ。

 偉そうに語ってるが、実際に見たわけではない。ゲームでの経験と、白露と時雨から聞いた話だ。

 

 と言っても、あの二人は姉だからな。

 …それこそゲームでは、妹的な雰囲気もなかったような? まあ、色々と違う世界。そんな事を言い出したら、俺が軍神とか言われている時点で狂っている。

 今更の話だろう。この世界を生きているんだ。



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懐柔作戦です

「それでその、私はどうすれば良いの?」

 村雨からの問いかけ。様子をうかがう様な上目遣いは、睨みとも違う感情の揺れが伝わる。これはアレだ。うむうむ。

 滅茶苦茶緊張している。薄ら恐怖すら見える。ぶっちゃけ涙目になってる。

 

 泣きたいのは俺の方だよ。泣いても良いっすか。自分、涙いいっすか。

 うん。時雨の落ち着きや白露の感じで忘れていた。あの二人はなんだかんだと言っても、大した実力の持ち主だ。白露のお姉さん力。時雨の許容性。

 完全に勘違いしていた。目の前で怯える村雨を見ろ。

 

『ぬ、脱いだら許してくれる…?』

 とか言いそうなレベルで怯えてるじゃないか。可愛いけど。ぞくぞくするけど。

 ぐひひ。一枚ずつ…ふう。落ち着こう。

 

 これは駄目だ。白露のガチ切れを想像してしまう。

『ねえ提督。――あたしの大切な妹に何をした』

 やべえ!! い、いや。そこまで怒らないだろうけど。怖い。

 

 時雨なんかは。

『提督には失望したよ』

 言い切られて見下ろされるだろう。興奮してきた。…落ち着け。興奮してない。誤射だ。

 

 それはそれとして。俺って、普通にしてても怖いんだった。

 顔立ちこそ若干マシになったが、雰囲気は怖いまま。村雨の性格は完全には分からないけど、日常の穏やかな感じが好きらしい。

 

 俺の雰囲気と真逆。笑えてきたね。嘘だけども。

 ううむ。どうしたものだろう。

 いやあ、最近、というか初めの二人は慣れてくれていたからな。

 ついつい忘れがちだが、俺は怖いのである。ふっふっふ。仕方ない。

 

 もうその反応にも慣れた。我に秘策有り、だ。

「とりあえずかけてくれ」卑猥な意味はない。本当だ。

「えっと。そうする?」

 怯えながらも俺の言葉を聞いてくれて、ソファーに座る。良い子である。

 

「うむ。仕事は終わらせてあるからな」

 どや!! 鍛え抜いた事務力を見るんだ。これぞ提督力である。

「ゆ、優秀なんだ」

 一々びくびくされると、さすがに傷つくのだけど。いや良いさ。秘策あるからな。

 

「お茶にしよう」

「あっ、私が淹れるよ」

「ここは俺に任せておくれ。お菓子の準備もあるんだ」

 そう! この軍神に不備はない。甘い物で心を緩ませるのだ!!

 

 今日の手作りお菓子はチョコケーキ。チョコのスポンジケーキを、これまたチョコクリームでコーティングした単純なお菓子だ。

 艶のある黒色のケーキは、豊かな風味を予感させる。

 

 飲み物はコーヒーを用意した。苦み少なく。香りを楽しむ豆である。

 しっとりとした出来上がりに自信はあるぞ。

「わあ、すっごく良い感じ!」

 緊張もどこかへいったのか。心底から嬉しそうに喜んでくれた。

 

「ならば良かった」

 いつもなら、ここから姉妹艦の話を聞くのだが。他二人から十分に情報は収集している。どうしたものかな。楽しみだぜ。



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気まずい会話です

 純粋に村雨と楽しもう。むしろ村雨を楽しみたい。なんかエロいな。落ち着こう。

 対面に座って、コーヒーを一口飲んだ。上手い。俺が手をつけたのを確認して、彼女も食べ始める。

「甘~い!」

 

 嬉しそうな声。目を瞑って、味わいながら食べている。可愛らしい反応だ。

 作った甲斐がある。良い。ニコニコと楽しそうに食べる様子を見ると、自然と笑みが零れた。

「ふふふ」

 声まで出てしまった。村雨がじっと見ている。警戒したネコみたいだ。

 

 猫耳村雨もありありだ。ちょう見たい。今の俺が提案したら…確実に拒絶されるな。

 最悪は怯えながらの了承だ。俺がネコミミ変態野郎と呼ばれてしまう。興奮はするが、ガチ切れされたら嫌な子達が増えすぎた。

 

 嫌われた状態での罵倒は良いけど、好かれてる相手から嫌われるのはなあ。ちょっと困る。どちらにせよ興奮はするからやばいね。変態であった。

「提督って、笑えるんだね」

 すごい発言だな、おい。俺だって心はあるんだぞ。

 

 等と凄んで見たとしよう。確実に泣かれる。想定通りになってしまう。

 ここはお茶目に対応しようか。

「こんな顔も出来るぞ」

 変顔をしてみれば。

 

「ぶふっ! ご、ごほごほっ!」

 吹き出してむせ込んでいた。勝った。何の勝負だろうか。はっはっは!

「げほっ、あ、ぅう。ごほ」

 完全に気管がやられていた。申し訳なさそうな顔をして、涙目になっている。

 

 やりすぎた。せっかくケーキを楽しんでいたのに、悪いことをしてしまった。

「だ、大丈夫か?」

 彼女の背中を優しくさする。セクハラと怒りもせず。静かに受け入れてくれた。

「ごめん、なさ」

 

 今にも泣き出しそうな謝罪だった。本当にやりすぎてしまったか。

 落ち着くまで背中をさすって、自然な流れで言葉を紡ぐ。

「気にする必要はない。ほら、コーヒーを飲むんだ」

 彼女のはミルクも混ぜている。仄かに甘めの良い豆だけど、なんとなく苦いのは苦手そうだったからだ。

 

 啜りもなく。音もなく綺麗に一口飲んだ。

「…良い香りね」

 ほっと一息ついて、穏やかに緊張を緩めてくれた。

 全然狙い通りなどではないが、彼女の緊張はマシになったらしい。良かった。

 

「淹れるの得意なの?」

 いれる……いれる。うん。卑猥な意味は一切ない。どうした俺の思考。

 いれてからも得意だぞ。と見栄を張る必要は無い。そういう意味じゃない。落ち着け。

 

 ちょっと暴走しているぞ。うんうん。気まずい空気から逃げたくて、下ネタに走り始めているぜ。駄目だ。仲良くなりたいし、落ち着いて対応しよう。

「お菓子と飲み物はセットに考えているんだ。自然と両方の腕が上がったのさ」

「なるほど」



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お誘いです

「「……」」

 滅茶苦茶気まずいぞ。まったくもって会話の種が見つからない。

 何だこの感じ。俺ってコミュ障だったか? 提督として頑張ってきたんだ。この程度の苦境なんぞ物の数ではない。頑張るぞ。

 

「最近どうだ」

 ようやく絞り出した言葉。なんだかお父さんみたいな発言である。俺の立ち位置が分からない。時雨との触れあいが影響して、どうにも気分が変だった。

 俺の言葉を受けて数秒。沈黙の時間が広がって。

 

「い、良い感じ」

 村雨が何とか絞り出した言葉は、妙に気まずい響きであった。ここに響がいてくれたら。

『……』

 駄目だ。彼女が流暢に喋る姿は想像出来ない。そこが良い所だけどね。

 

「そうか…」

 会話終了!! 以上閉廷解散!! ど、どうしよう。どうしようもないぞ。

 お菓子大作戦もむせて失敗した感じがある。考えろ。どうすれば。

『提督の! ちょっといいとこ見てみたい!!』

 

 などとからんでもらえるのだ!! 早く仲良くなりたい。ノリ良く生きたいのだ。

 滅茶苦茶酒が弱いので、一気飲みは勘弁してほしいけども。ノリを振られたら応えようとも。今後、白露型と飲み会があるかは、彼女とのやり取りにかかっている。

 それはそれとして、良い所は幾らでも見せたいのだがね。ううむ。

 

 ケーキを食べ終えて、する事がなくなった。気まずい空気もピークである。

 どちらとも相手を窺う感じ。隙を探りあっている。俺は好きを探り合いたいのだ。

「その、提督?」

 もじもじと俺を見ながらも、彼女から言葉を出してくれた。

 

 ここで慌ててはならない。下手に攻め込んで逃げられたら、今日を無駄にしてしまう。

「どうした」

 静かに問いかければ、何度も躊躇ってから答えてくれる。

「お散歩したい、けど。ね。どう?」

 

 えっ? お○んぽしたいって? 消される消される。落ち着け変態。落ち着くのだ。

 でも、さとちって似ているよな。深い意味はないぞ。うん。そんなものはない。

 そうだな。赤面しながらの涙目で、先程の言葉はあった。つまりはこうだ。

 

『お○んぽしたい…』

 ふう。深い意味はない。ないからな。うん。

 いやしかし。どう答えたものだろう。

 

 ちらりと彼女を見れば、不安そうに返答を待っていた。下ネタに走っている場合じゃない。誠実に向き合おう。思っていたより激しい展開はなさそうだ。

 時雨と違う。急激に爆弾をぶちこまれる事もなかろう。

 それにまあ想像してみたら、わりと楽しそうである。

 

「付き合おう」

「…うん!」

 邪な俺の考えが浄化されるほど、嬉しそうな笑みを見せてくれたのだった。



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ゆったり散歩です

 執務室から出て、無言のままに外へ出た。会話はないけど目的は同じ。

 せっかく散歩に誘ってくれたんだ。俺なりに楽しみたいね。

 無邪気で嬉しそうな彼女に連れられて、俺もゆっくりと歩き始めたんだ。

 のんびりと、二人で野外を散歩している。

 

 村雨につれられて適当に歩いていると、並木道へと進んでいく。

 森林を綺麗に伐採して、整った地面の道が先へと続く。自然と人の手が合わさった美。手入れの人がいるのだろうか? 美しい道が続いている。

 

「きゃっ! か、風が強いですね」

 風が流れて、彼女のツインテールがなびく。さらりと流れる艶髪は愛らしく。くすぐったそうに微笑む村雨は、素直に微笑ましい。

 

「風は嫌いじゃないな」

「ふふふ。涼しくて心地良いね」

 静かに微笑む姿。敬語が取れてないのは、無粋な指摘だろうか。からかいたい。

 

 それにしても良い風だ。緑の香りが落ち着く。こうして歩いていると健康になれそうだ。大分調子は戻ったけども、こうしていると更に良い。

 今更ながらだが、この鎮守府は自然が多い。

 人里外れた森林道。桜は散ってしまったけど、そろそろ夏が訪れそう。

 

 とても良い空気だ。清々しい青空である。太陽が眩しい。寝不足が解消されてるおかげで、まったく目に沁みない。健康になっていた。

 良い天気だねえ。過ごしやすい一日で何よりだなあ。

 

「ふふ~ふーん♪」

 村雨が楽しそうな鼻歌。ここで俺がいきなり歌い出したら、彼女はどんな反応をしてくれるのだろう。

 またむせそうだな。ははは。美声を披露する機会はまた今度だ。

 

「楽しいか?」

 俺の問いかけに恐怖は見せず。気分良さそうに言葉を紡ぐ。

「私、こういうのが好きなんです」

 だろうな。俺への緊張を忘れるほど、自然で過ごすのが好きらしい。

 

 俺への恐怖が基準とか、自分で言っていて泣きそうである。

 まあアレだ。俺も自然が大好きだ。パソコンゲームも好きだけど、実は運動も大好きだったり。必要に駆られてもあるがね。軍隊行動の基本だ。

 

 村雨は…軍とかじゃなくて、暖かい日常が好きなのだろう。

 活発なイメージは白露の。どちらかと言えば時雨寄りだ。日常に笑う姿が似合っている。可愛い。とか言ったらさ、また怯えられそうなので黙っておく。

 

「誰もが忘れるような、通り過ぎる想いが好きです」

 強く心に刻まれて、気がつけばなくなる想い雨。まさしく村雨の在り方。

 うむ。格好つけて語ってみたが、俺のノリじゃないな。似合わんよ。

 ちょっとからかいたくなった。勝手に真剣な気分になって、酷い男と思うけど。

 

「敬語」

 意地悪く指摘してみれば。

「あっ! その、ごめんね」

 慌てて訂正してきた。可愛い。もっといじめたい。

 

 でも泣き出されそうだな。夕立並に泣きそうだ。嫌だ。

「ふふ。それが自然体なら構わないさ」

 村雨の敬語は嫌味な感じもなく。自然だから心地良い。

 皮肉が感じられないのだ。純粋に気遣っている。嫌いではないぞ。



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手つなぎドキドキです

 少しは緊張が解れてくれたのか、優しい表情で彼女はささやく。

「…白露姉さんから聞いたけど、提督は仲良くなりたいのよね?」

「ああ」

 ド直球で言うと変態だな。意味合いはエロスを含んでないけど、仲良くって。

 

『提督は村雨と仲良くしたいの…?』

 これを耳元で囁かれたら、俺は落ちる。仕方ないね。でもコレ系の囁きで一番ヤバいのは、阿武隈の声だと思う。あいつのボイスには神が宿ってるからね。

 

 さて。適当に頭をとろけさせつつも、どうしようか。

「深い意味はないのだがな。君達が俺を恐れていると聞いた」

「う、うん。ごめんなさい」

 

「謝る必要はない。これまで交流を避けてきたのは、俺の方だ」

 もっと言うならば、まともな雰囲気じゃないのも自業自得。

 俺の同期も俺並にアレな環境で戦ってたけど、もっと付き合い易い奴らだった。元気にしていると良いがね。っと、話が逸れてた。

 

「だからこそ、俺から触れ合いたいと思ったのさ」

「ふふふ。ありがと」

 嬉しそうな微笑みにこそ、俺はありがとうと言いたい。

 

 それにしても白露のナイスアシストであった。

 初めからここまでお世話になりすぎてて、彼女に頭が上がらないぜ。その内にお礼を考えておかないと。…ううむ。水臭いとも怒りそうだがね。

 

 今は村雨と真剣に向き合おう。そうしよう。

「じゃあさ。手、つながない?」

 仄かに照れながらの言葉。最高かよ。最高だよ。だがしかし。俺を舐めてもらっては困る。昨日なんて滅茶苦茶抱き合ったのだぞ。今更手つなぎで乱れるかよ!

 

「む? 分かった」

 そうして、躊躇いつつも彼女と手をつなげば。

「わっ大きい手…」

 

 すげえ!! めっちゃすべすべしてる。赤ちゃんの肌? きめ細かい彼女の肌質は、ただ握ってるだけで心地良い。ちっちゃな掌。壊れそうなほどに小さい。

「村雨の掌は小さいな。細くて、女の子の手だ」

 

 素直に変態な感想が出てきた。怒っていないか? 恐る恐る彼女の様子を見た。

「あ、ありがと」

 真っ赤な顔で俯いてしまった。微かに声が震えていたけど、恐れとかは感じなくて。

 

 照れている。手をつなぎ立ち止まる俺達。並木道に優しい風が流れた。

 その涼しさを強く感じる程度には、顔が熱くなっているらしい。恥ずかしい。

「「……」」

 やっぱり言葉が出てこない!! えっ? なにこれ。ちょう満たされるんですけど。

 

 何だよこれ。青春じゃねえか。俺が戦場に置いてきたトキメキを、今胸に取り戻しているぜ。ふっふっふ。先程までとは違う意味で涙が出そうだ。

「歩こうよ、ね?」

「うむ」



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てつなぎ散歩です

 先程よりも意識して、歩行のペースを合わせる。それが誰かと隣歩く意識付けになって、つないだ手の熱を強く感じた。暖かい。ぽかぽかと胸も温まる。

 良いね。手をつないで歩くなんて、響以来の経験である。

 

 アイツの手よりは、村雨の方が大きいな。駆逐艦でも響は小柄な方だ。白露型より小さい。ふふふ。こうして握っていると、何だか仲良しになった気分。

 まだ若干緊張が伝わるけども、悪くない雰囲気ではなかろうか。

 

「早足じゃないか? 辛ければ教えてほしい」

「ううん。気遣ってくれてありがと」

 愛らしい微笑み。から照れた様に俯きながら。

 

「提督の方こそ、手汗とか、その。大丈夫?」

「大丈夫だ」

 美少女の手汗とかご褒美だから。むしろヌレヌレの方が良いからな。

 

 ムレムレも良いと思います。ムラムラします。ここは譲れません。

 口に出したら引かれるから、絶対に言わない。しょうがないね。

「今日は良い天気ね」

 

 眩しそうに青空を見上げてる。それでも歩きが乱れない辺り、なんだかんだと艦娘だなあ。肉体性能が段違いだ。

「心地良く過ごしやすい日だ。嫌いじゃない」

 春と秋が好きだ。夏は露出が増えて興奮するけど、暑すぎてダレるのだ。

 

 冬は寒いし、こたつは定番アイテムだけども。やはり春と秋が良いね。変態は過ごしやすい季節が好きなのである。ふふふ。意味が分からん。

「ふふ。緑も良い感じ。妖精さんが手入れしてるんだって」

 

「日々生活を支えてくれている。頭が上がらんよ」

 料理もそうだけど、清掃からなにまで。日頃の生活は妖精さんのおかげだ。

 最前線でも随分とお世話になった。…まあ、手が足りない所もかなり多かったので。ここ程の快適さはなかったけども。言わぬが花であろう。

 

「綺麗に整えられた森林は、心の安定をくれる」

「ほんとだ。かなり良い感じ」

 静かに微笑む彼女の姿。よしよし。随分と恐怖が薄れているぞ。手をつないでおいてなんだが、距離を感じていたからな。良い傾向。良い感じだ。

 

「どこへ進んでいるんだ?」

「ん~? 大好きな場所!」

 ニコニコと笑って教えてくれなかった。なんだこいつ。めちゃくちゃ可愛いぞ。

 

 いやしかし。こうして手をつなぎながら歩いていると、何でもない森の道も幸せである。

 相手と物理的に繋がっているから、自然と気づかいが出来たり。悪くない。とても良い気分だった。

 

 良い匂いもする。仄かに香水の匂い。村雨はおしゃれだ。彼女の香りらしいと言えば、可笑しい気もした。ははは。俺は何を知っているのやら。

 これから知っていくのだ。うむうむ。



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武骨な昼食です

 そんなこんなで歩き続ければ、開けた場所にたどりついた。

 綺麗に整えられた草原。美しい草原だ。中央に一本だけ樹が生えている。木陰が涼やかで、過ごしやすい憩いの場としてあるのだろう。

 

 はっと目を奪われる。自然の美がここにはあった。

 癒やされる~! はああ。心癒やされるぜ。白露の膝枕に匹敵するね。魂が浄化冴えるレベル。

 

「綺麗だな」

「ふふふ。私の一番好きな場所」

 にこりと村雨が笑った。俺の様子を見て、嬉しそうにしてくれたんだ。

 なんだこれ。可愛すぎるだろ。ああやばいやばい。もう本当萌えキュンです。

 

 仄かに潤んだ瞳が良い。優しい微笑みも良い。妹属性と思っていたが、村雨もお姉ちゃんな感じであった。ふふふ。また一つ、彼女の良さを知った。

「少し休もうよ」

「ああ」

 

 心地良い日差しを浴びながら、適当に腰を下ろす。隣合って座っていると、妙に仲良くなった気分だ。

 実際、彼女の表情も強張ってない。ようやく恐怖がなくなったらしい。

 

「良い天気。お弁当持ってくれば良かったね」

「ただのんびりするのも悪くない」

「ん。そうだね」

 風が頬を撫でる。彼女のツインテールがなびいた。香りが届く。村雨の匂い。

 

 それだけじゃない。

 緑の香り。露を感じる静かな雰囲気。空を見上がれば、太陽が見守ってくれていた。

 暖かい。今日は日向ぼっこびより。もうすぐに夏が来る。暑い夏。

 

 プールとかも良い。海も最高だ。最前線に悪い気もするけど。この時代、海遊びほどの贅沢も早々ない。スイカ割りも楽しそう。ビーチバレーなんて最高だ。

 花火も見てみたい。線香花火。打ち上げはさすがに難しいか。

 

 のんびりと夏を満喫すれば、次は秋。そうして冬。明けての春が訪れる。

 四季豊かで色彩豊かな国。深海棲艦共を殲滅し尽くせば、この平和な日常がどこでも過ごせるのだろうな。

 

 目処もなく。そもそも、今の俺に出来るのは後方勤務位。

 いちゃこら楽しませてもらっている。ありがたい限りだった。

「昼餉と言えば、だが。軍用食ならあるがどうする?」

 

 懐から乾パン入りの缶を出した。いちごとブルーベリーのジャム付きだ。

 実は飲み物も懐に隠してあったり。水という武骨なチョイスだがね。備えあれば憂いなし。うむ。我ながら戦場を警戒しすぎかもしれない。

 

 艦娘が愛用する戦闘糧食とは雰囲気が違うが、これもまあ軍隊の食事だ。

 あまりこういう雰囲気には合わないけども。

「ふふふ。のんびり原っぱで食べると、不思議と美味しそう。良い感じね」

 

 ニコニコと笑いながら言ってくれた。この程度の用意で喜んでくれるなら、もっと頑張りたくなるぜ。次はクッキーとジュースでも入れておこう。

「お気に召したなら良かった」

 

 さて。手を合わせて。

「「いただきます」」

 お互いにジャムをつけて一口食べてみるが。

 

「…美味しそうだったけど、えっと」

「正直に言えば不味いな」

 口の中がぱさつく。水がなければ辛かったな。用意しておいて良かった。

 

「ちょっと残念な感じ」

「うむ」

 もそもそと二人で食べ進める。珍妙な光景であった。



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彼なりの許しです

 いやしかし。口のぱさつきとか、残念な味とかを抜きにすれば。

 楽しい食事だ。目の前で座る村雨を見れば、困ったような微笑みを見せてくれた。好き。やばいね。萌え力が高まりまくり。

 

 うむ。こうして微妙な経験を共有することで、何だか仲良くなった気がする。良いね。

 こぷこぷと水を飲み干して、再びのんびりと時間が流れる。

 

 あ、飛行機雲。これ以上は消されそうなので歌わないが。あれは名曲だと思う。

 ふふふ。寝ちまいそう。くっだらねえ事を考えている。なんて、言葉を汚くしてみた。ははは。ああ、いいねえ。

 

 笑っちまう位に平和だ。良いこと。維持出来るように頑張らないとなあ。

「…提督はさ」

 ぽつりと零れた言葉。続く想いを躊躇っている。

 

「うん?」

 意識的に優しい声で促した。安心したように、しかしどこか寂しそうな顔で言うんだ。

「退屈じゃない?」

 

「難しい質問だな」

 そんなにも泣き出しそうな瞳で聞くなよ。

 思ってみれば、ここまで村雨らしい感じが少ないぞ。ちょっといいとこなあんて。

 

 …戦争、だったからなあ。和やかムードとはいかなかった。

 じゃあしかたない。しかたないんだ。――なんてつまらないよな?

 俺は村雨に色っぽくからかわれたい! 飲み会を共にしたい!! 

 

 ふっふっふ。舐めるなよ。むしろ舐めまくれ。ぺろぺろされたい。

 どこか自責の念を感じる表情で、彼女は静かに俺を見つめている。

 真っ直ぐに見つめ返した。堂々と見つめる。

 

 だってそうだろう。何が悪いんだよ。平和を楽しんで何が悪い。

「退屈が良いんだ。退屈で良いんだ」

 劇的は要らない。激的な絶望なんざ求めてないんだ。

 

「かけがえがないから、前線が苦しんでいるから楽しむ事が悪い?」

 愛らしい君達と楽しい日々を過ごしたい。例えば村雨で言うなら、そうだな。

「違う。楽しめ。君達は兵器じゃない。英雄になる必要なんてないんだ」

 

 ノリノリで宴会をしたいし、今だって十二分に楽しんでいる。肉体的接触だけが楽しみじゃない。こうして過ごしているだけで、きゅんきゅん来ているんだ。

「今日の朝食は美味かった。明日は何だろう? ああ。なんて平穏な日々」

 

 愛おしい熱量。この尊さを俺は誰よりも知っている。二つの世界を知っている俺は、数多に分岐した艦これを知るから、彼女の自責なんて認めたくない。

 もっと笑っておくれ。宴会芸でも見せてみようか。

 

「退屈だ。そうだ。皆と遊ぼうじゃないか、なんて」

 何でも良いんだ。かくれんぼでも良い。時にはケンカしたって良い。

「そう思える位、平穏が当たり前にあってほしい。そんな日常を味わっていたい」

 

「望んでも、良いの?」

 彼女の顔が上がった。まさか俺から、軍神とか言われちゃってる俺から、こんな言葉が出るとは思ってなかったのかね。

 救われた。と感じてくれれば最上だけど。生憎だが俺はそこまで優秀じゃない。

 

 ただただ本音を言葉にするだけだ。

「俺がそうしてほしいんだ」

「…えへへ。そっか」

 

「こうして穏やかに過ごせる日々が、どれ程貴重な事か」

 実際、平和な日々は特殊である。深海棲艦は普通に生息している。その内にここらの海域に巣が出来るかもしれない。からこそ。

「だからこそ、楽しいと思える自分を許してほしいね」



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花咲く感謝です

 それでも尚罪悪感が消えないと言うのならば。殺し合いこそが使命であり、平和な世界にいると違和感があるのならば。

 仕方ない。だったら詭弁を使わせてもらう。

 

「平和を味わうからこそ、失いたくないと力を振り絞れるんだ」

 大切なモノの価値さえ知らないで、勝利に全てを捧げられるかよ。

 …ぶっちゃけ、俺がここまで戦ってこれたのも、元を正せば日常ラブだったからさ。

 

 ほしいものがあったんだ。今ここで願い叶っている。なら踊らなければ嘘だろう。

「心。心だよ。心さえあれば人はどこまでも強くなれる」

「――ありがとう」

 見惚れる程優しい微笑み。目を瞑り、深く噛みしめている姿。

 

 ああ。美しい。こうして見られただけで、ここまでの苦労が報われる。

 これで良いんだ。これが良いんだ。萌え萌えである。ふふふ。いやあ良かった良かった。村雨が日常を愛せて良かった。

 さあてどうしようかな。何だか眠いし寝てしまおうか。それも自由だ。

 

 いやしかし。折角の機会。エロエロじゃなくても、交流したいが。

「ねえ、提督」

「どうした?」

 俺の邪な想いを露も知らず。静かな微笑みで彼女は言う。

 

「本当にありがとね」

「気にするな。大した事も言えてないさ」

 あんまり口も上手くないからな。当たり前にしたい事を、素直な本音を語っただけ。

 

 もう少し口達者だったら、今ごろ村雨はぬれぬれだったろう。口べたな俺が憎い。

 まあでも、こうやって笑ってくれている。十二分だ。求めすぎも良くないぜ。

「私、駆逐艦として呼び出されたけどね。平和にいて良いなんて提督に言われたのは、初めてだったから」

 

 微笑みながら語られた言葉は、この世界では当然のことだ。

 貴重な戦力を遊ばせる理由はない。肉の楯にしてでも、活用しなければならない。

 外道に提督の適性はなく。ブラック鎮守府すらないのに、そうせざるをえない世界。

 

「…すまない」

 俺が、世界の在り方を決めたのかもしれない。俺というキャラが存在するから、こんな二次創作なのかもしれない。

 他の世界を知っているから、二次創作の広がりを知っているから。

 

 ふふふ。時雨に続き村雨の雰囲気も、どうにも色々と思い出させてくれる。 

 戦場の思い出に引きずられて、甘えベタだった時雨。

 日常の大切さに引きずられて、不安を抱ている村雨。そっくりじゃないか。

 

「なんで謝るの? 仲間を守れる力があって、優しい提督を守れる私でいられる」

 にこりと力強い笑みを見せて、とっても優しい声で言葉が続く。

「私、幸せだよ。勝手な感情で謝ってほしくないな」

 

「ふふ。ありがとう」

「どういたしまして!」

 花開く満面の笑顔で、彼女は俺へ応えてくれた。



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打ち解けあってます

 何をするでもなく。ただ二人で時間を過ごしていく。

 草原の香りが心地良い。このままずっといたら、融けてしまいそうな位緩んでいる。

 良い場所だ。彼女が大切に思っているのも、よく分かる。

 

「そういえばだけど。他二人はさ、どうやって過ごしてたのかな?」

 ふむ。当然だが、二人から詳しく話もしないか。

 今更恐れられているとは思わないけど、日常エピソードを紹介して、更に打ち解け合おうじゃないか。

 

「白露には膝枕をしてもらって」

「ひ、膝枕」

 顔が真っ赤に染まった。萌える。ふふふ。ぐふふ。ふう。落ち着いた。

 

「時雨は…言っても良いんだろうか」

 あえてじらしてみると。

「言っちゃ駄目な事をしたの!? し、時雨ちゃんを傷つけたら許さないから!」

 

 更に顔を赤く染めて、彼女が愛らしく怒ってきた。本当に可愛い。ふふ。

 からかい甲斐のある奴だ。リアクションが大きい。そんな所は白露にそっくりだ。下ネタへの包容力がないので、ある意味彼女よりからかうのが面白い。

 

 これが白露相手だったらなあ。適当にあしらわれそう。

「大好きな時雨姉さんなんだな」

「う、うん」

 はにかんだ笑み。姉妹仲睦まじくて何よりである。

 

「二人きりだと姉さんって甘えてる。迷惑とか言ってなかった?」

「可愛くて仕方がないと言っていたぞ。抱きしめられたのだろう」

 むしろ彼女の方が、自分を迷惑と思っていないかなんて。

 

 うむ。そっくり姉妹。意外と見た目は違うのだけど、中身が似ている。

 白露型共通の在り方なんだろうか? 分からないが嫌いではない。というか好き。いっぱいちゅき。

 

「えへへ。まあね」

 嬉しそうに笑ってまあ。時雨にも見せてやりたい。ああでも、そんな場面だと俺が蚊帳の外になってしまう。放置プレイは嫌いじゃないが、もっと仲良くなってからにしたい。

 

 いかん。どうしても下ネタに走ってしまう。何故だろう。響がいないからかな。

 心の欲を持て余している。なんとも気恥ずかしい。

「ちょっと気恥ずかしかったけど、とっても嬉しかったよ」

 

 思わぬ所で似たような心境になっていた。特に嬉しくもない偶然であった。

「で、提督」

 一転。とっても真剣な表情で俺を見つめている。仄かに責めるような眼差しは、素直に愛おしい。初対面時の緊張はどこへやら。

 

 こうやって可愛い反応をしてくれる位、気を許してくれている。

 もっとからかいたいけど、泣かれても困る。真面目に応えようか。

「時雨には言うなよ」

 

「もちろん!」

 とっても嬉しそうな笑い顔。愛らしく微笑ましい。

 時雨お姉ちゃんの甘え姿なんて、刺激的かもしれないが。さて。



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勢いがあります

 時雨の想い。どれだけ日常を重んじているか、君達を愛しているのかを伝えた。

 あの甘えぶりまで語りきる。最初は感動して泣きかけていたけど、赤面して俯いてしまった。

 なんだか妙な雰囲気の状態である。萌えるね。

 

「…そっか。時雨姉さんは守りたがりだからなあ」

 ぽつりと言葉が零れた。空気が照れくさいので、ちょっとからかってみよう。

「余計なお節介かね?」

 我ながらアレな皮肉だ。いやらしい言葉である。

 

「いやいや! もうっ、意地悪な言い方」

 ぷりぷりと怒っている。これに萌えているんだから、本当に我ながら業が深いぜ。

 でもしょうがないね。怒っている姿も可愛いから。うんうん。嫌われない程度にしよう。

 個人的には、ガチの軽蔑も嫌いじゃない。――いや、好きだ。

 

『…もう知らないんだから』

 ああダメダメ。相手が悲しんでいる系の怒りは駄目だ。

 もっと冷たい感じでって、妄想に浸っている場合じゃない。

 じ~っと彼女が見つめている。可愛い。言葉を返そう。

 

「ふっ。すまない」

 格好つけて謝罪してみた。

「むう。なにそのドヤ顔は」

 

 狙い通り、まだ仄かに怒っている。

 このやり取りが面白い。ちゃんと怒ってくれるのが嬉しい。マゾヒズムとかじゃなくて。純粋に、彼女との距離が近づいたのが良い。

 

 マゾヒズムとかじゃなくて。本当だよ。俺は嘘はつかない。これが何度目の嘘だったかな。ゴミ山に出荷されそうな言葉だ。

 ふふふ。からかい過ぎただろうか? 

「ちょっと良くない感じ。直さないと怒るんだから」

 

 良かった。愛らしくも微笑んでいる。柔らかいやり取りで終わった。

 相手を傷つけたくはないんだ。いや別に傷つきたいわけでもない。

 なんだろう。色んな表情を見たくて意地悪とか、小学生なのだろうかね。似たようなレベルか。そうだな。

 

 股間は大人だがね!! ……俺は何を考えているのだろう。

「善処しよう」

 春の陽気が悪い。眠たいし、変態力が活性化されている。気がする。

 春に失礼か。別に俺は冬でも変態だ。冬でも響のパンツを被りたい。暖を取りたい。

 

 さて。のんびりと二人で時間を過ごしていれば、沈黙の時間が訪れる。

 気まずくはない。話題を探さなければならない緊張は、もう感じていない。

 良い雰囲気だ。ふふ。白露の言う通り、ここまでは順調にいっているぜ。

「…提督は」

 

 静かに紡がれた言葉。平穏なのを壊さない優しい声。

「うん?」

 俺の返答も妙に柔らかくなった。わりと眠かったり。どうしたのだろう。

 

「村雨とはどうしたいの?」

 なにそのやらしい言葉。ああ、だめだめえっちすぎます。

「お、おう」

 間抜けな言葉が零れた。どうしたものだろうかね?



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勢いあまってです

「やっぱり、その。あれよね。順を追うごとに過激だから、その」

 真っ赤な顔で俯きながら、震える声で紡がれた言葉。確実に潤んでいる瞳。とくとくと加速する彼女の鼓動さえ、聞こえそうな百点満点な照れ姿。

 

 おいおいおいおい。俺は夢で見ているのか? 確実に夢精しちまうぜ。

「ちゅーとか…?」

 顔を上げた村雨の表情。頬が赤く。上目遣いの破壊力。

 俺を殺す気か? 良いのか? まじでちゅーするぞ。ファーストキスするぞ。

 

 って。いいわけがあるか。何を言っているんだ。唐突すぎてびっくりだ。

 まったくもう。からかいのレベルじゃないぞ。マジだったらいかんぞ。

「こら」

 額にデコピン。割と本気の力でしてみた。

 

「いたっ!」

 結構な手応え。ガチで装甲を発動していれば別だけど。こうしていれば脆いもんだ。

 …俺の指がじんじん痛む。訂正。かなり頑丈な額であった。

「乙女の柔肌に何するの!」

 

 泣き出しそうな表情での怒り。ごっつぁんです。うほほ。

 おっと。落ち着け。これがまかり間違って白露の耳に届けば、怒られてしまう。

『……信じてたのに。あたしの妹を…』

 ガチ泣き&怒りはやばいって! 俺のメンタルがやられてしまう。

 

 だからこそ、真面目に言葉を返そうか。

「乙女が簡単に色事を許すんじゃない」

 俺が言っても説得力がないけど、これが本音であった。

 ちゃんとケッコンする相手とするべきだ。

 

 もっと知り合ってから、きちんとした覚悟をもってするべきこと。

 ぶっちゃけよう。正直に言おう。ここでキスなんてしてみろ。

 止まれないわ。絶対に止まれない。俺は獣と化すだろう。草原に獣、慟哭す。新たな物語が始まってしまう。

 

 それは冗談にせよ…冗談だろうか? 俺は、俺の中の獣を抑えられるだろうか。

 ふふふ。もしもの時は響のパンツを想像すれば良い。どういうことだろう。うん。

「でもでも、経験は大事だと思うの」

 この世界観の艦娘が言うと、かなり重たい言葉なんですが。

 

 いや。分かるけども。でも男ってのはねえ、勝手でねえ。

 童貞は捨てたがるくせに、処女を求めるというか。難しいよね。 

「興味があろうと、ちゃんと心身共に向き合える相手と添い遂げなさい」

 なんて残酷な言葉だろうか。言っておいてだが、反吐が出そうだ。涙と共に。

 

「…そんなの待ってたら、いつか死ぬもん」

 ああ。こうなるだろうさ。そう言うだろうさ。俺が言わせた言葉だ。

 でも責任くらいは取れるよ。取ってみせる。

「時雨にも言ったけど、そうならない為に俺はいるんだ」

 

 だから普通にいちゃつかせて!! 膝枕とかね。最高だったよね。

 時雨の抱きつきも良かった。もう満足だった。でも戦争の雰囲気も強くて。

 真っ当ないちゃつきで良いじゃないか。まったく。

「逃げても良い。逃げた先にいる俺と響が、絶対に勝たせてみせる」

 

「…ありがと」

 嬉しそうに笑ってくれた。よしよし。妙な雰囲気は消せたぞ。

「どういたしまして」



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からかっちゃいます

「それはそれとして、そこまで言ってくれた村雨にはどうしてもらおうか」

 両手をわきわきと卑猥に動かして、彼女の羞恥を煽りまくる。めっちゃ煽る。

 ねえどんな気持ち!? どんな気持ち!? ちゅーとか言って俺を挑発して、羞恥にかられる今はどんな気持ち!?

 

 最高にうざい煽りを脳内に留めつつ、彼女の反応を見た。

「す、スケベなのは駄目なんだから!」

 顔が真っ赤。声が震えている。涙目だ。ぷるぷると体も震えている。

 ごちそうさまです!! もうその反応がスケベなんだよなあ。

 

「くくく」

 思わず笑みが零れてしまった。照れやらなにやら怒りに変換されて、拗ねた様にくちびるを尖らせている。ちゅーしたい。ふふふ。相手が乗れば逃げるのに、俺も我儘な野郎であった。でもしょうがないね。可愛いから。

 

「もうっ! やっぱり悪い感じ。提督の変態!」

 そっぽを向いて怒っている。少し怒らせすぎたかもしれない。

 ちょっと無言で待ってみれば。

「「……」」

 

 村雨も無言のまま。そうしつつ、ちらちらと俺の様子を窺っている。

 謝罪を待っているんだ。そうしないと許せないから。心情とかじゃなくて。やりとりとして楽しみ合いながら、じゃれ合っている。

 ああ。良いね。出会い頭の緊張はもう感じない。打ち解けてきた。

 

 もっと粘ってみよう。無言で彼女を眺めている。

 徐々に村雨の額が汗をかいていく。暑くはない。無言の威圧に耐えきれていない。

「…う、ううっ。あ、謝るなら今の内だよ」

 震える声で譲歩してくれた。ちょう可愛い。本当に可愛い子だ。

 

「この機を逃せばどうなる?」

 意地悪に問いかける俺はゲス野郎である。思っていたように、彼女は涙目を深めて言葉を続ける。

「嫌いになっちゃうから。私、もう提督を嫌いになっちゃうからね」

 

「それは困った。この通りだ。許しておくれ」

 手を合わせて謝罪した。満足したように微笑んでくれた。むふ~とでも言いたげな顔。くくく。またからかいたくなるだろう。

 ああ愛おしい。村雨はからかわれ上手でもあるのか。萌える。

 

「本当に反省してる?」

 今度は彼女がいじわるに笑う。俺をいじめようと心をうきうき。

 ここで俺がガチで泣いたら、かなり良い姿が見られる気もする。愉悦な気がする。

 でも傷つけたくはないんだよなあ。加減が難しいぜ。

 

「すまなかった。申し訳ない。金輪際、君に舐めた事は言わない。敬意を払おう」

 額に土触れる位深く頭を下げた。ほぼほぼ土下座であった。

「それも駄目! また意地悪を言ってるでしょ!!」

 大慌ての反応。からかい甲斐のある子だ。楽しいね。

 

「ふふふ」

「う~!」

 ああだめ。これ以上からかうと本気で泣きかねない。

 

 さすがにソレは駄目だろう。泣き顔も可愛らしいだろうけど、からかい過ぎて泣かすとか。人としてどうだ。俺は変態だが、超えてはならない一線を知っているぞ。

「この通りだ。からかいすぎたよ。ごめんな」

 

 真っ直ぐに彼女の潤んだ目を見つめて、真剣に謝った。

「…良いよ。許すから、変に気遣ったりしたら嫌いになるからね」

 機嫌を直し笑ってくれた。やり取りが心地良い。堪らなく愛おしい。

「了解した」



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村雨への欲です

「結局、提督はどうしてほしいの?」

 そうだなあ。今更、エロい気分にもなりづらいと言うか。

 例えばそう。乳枕をしてもらったとしよう。…罪悪感が来るよね。

 いや、下ネタに走ると決まったわけでもなし。素直な本音で彼女に望むこと。

 

 ――歌声。どうだろう。時雨から聞いた話だけど、彼女は歌が好きらしい。暖かい日常を楽しく歌うのが好きらしい。

 ちょうど良い天気だ。正直、俺の疲労も完全には抜けていない。昼寝といきたい。

 

「子守歌を聴かせておくれ。こんなにも天気が良いから、ゆっくり眠りたいんだ」

 驚いた様子もなく。というか、時雨から聞いたと察したのだろう。

 いたずらに微笑みながら、いじわるな声で問いかける。

「膝枕もつける? 提督は甘えん坊だもんね」

 

「したいのか?」

 堂々と問い返した。真っ直ぐに見つめて、彼女の逃げを許さない。

「…しないもん!」

 真っ赤な顔で耐えきれず。愛らしい反応をまた一つ。

 

 本当にからかい甲斐がある。良いリアクションを返してくれる子だ。

「くくく」

「また笑った! お願いしてるのそっちなのに、もう」

 

「すまんすまん」

 どうして村雨は、こんなにからかいたくなるんだろう?

 白露には甘えさせてもらって、時雨には甘えてもらった。純粋に考えるなら、村雨は時雨より甘えさせるのが、自然な流れだと思うぞ。

 

 楽しいから良い。そうだ。そうだろう。

「…正直、プロ並とかじゃ全然ないけど」

「俺が聞きたいんだ。君の声で聞きたいんだ」

 ごろりと横になって、ぐ~っと体を伸ばした。

 

 疲れがどろどろと出てくる。白露のおかげで、随分と軽くなった体。それでも芯に残った疲れは重く。まだまだ残っている。

 きっと、村雨の歌を聴いて眠れたなら楽になれる。

 

「草原に寝転がって日向ぼっこをするのも、悪くはない。そこに村雨の歌声があるなら尚更だ」

「そんなので良いの?」

 不思議そうな声。可愛いぞ。ふふ。君が愛する日常の尊さ。俺が愛する萌えの尊さ。

 

 似ているのだろうけども、さすがに正直な心を聞かせられない。

 熱意をぶつけて照れる彼女は眼福だろうが、白露から怒られそうな気もする。

 だからこそ、正直な想いを嘘にはしない。ただただ淡く伝える。

 

「そんなのが良いんだ。君の愛した日常を俺にも楽しませてくれ」

「ふふふ。なら村雨のちょっと良い歌声聞かせてあげる!」

 寝転がって顔は見えないけど、きっと村雨らしい得意げな微笑みなのだろうな。

 

「よろしくお願いする」

 目蓋を瞑り意識を世界に融かす。眠りに落ちる恐怖は薄れて、ただただ彼女の歌声を待ちわびていった。



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歌よ響け、置き去りにした想いへと。です

 ――歌が、歌が聞こえる。村雨の声が聞こえるんだ。

 耳にしみ入り心へと届く素敵な音。感情を上下に揺らして紡ぐ。

 とても優しい泣きたくなるような歌声。波打つ音。寄せては引いて、心が追いかけると音に包まれる。脳みそが包まれている。音色に包まれている。

 

 目蓋の裏に移る景色。海を進む村雨達の姿。

 時雨の儚くも強い在り方。白露の元気いっぱいな様子。今の俺が感受できたのは、仲良い二人だけだったけど。 

 

 彼女の愛する日常。相反する戦場の光景がとけ込んで、切なさを歌に紡いでいる。

 全身が仄かに震えているみたいだ。涙腺が緩む気配を感じる。

 泣き出すなんて情けない。そんな雑念すら流されていく。

 

 息を吐く。全身から力が抜けていく。

 息を吸う。この歌声を取り込むように。

 多幸感が意識に満ち溢れていく。魂が零れちまいそうだ。

 

 美しい声。俺の為に紡がれた歌。日常を愛する彼女の、切なく想う海へと捧ぐ鎮魂歌。揺り籠寝歌にしろとまでは言わないが、眠りにつくの意味が変わりそう。

 ああ。なんて切なくて、泣き出したくなる歌なのだろうか。

 正直に言わせてもらえば、軽いノリで彼女に求めていた。

 

 お遊びだったと言い換えても構わない。

 だが。

 この胸を満たす感情の熱さ。熱量の重みを感じてくれ。

 

 泣いている。もう駄目だった。涙が堪えられなかったんだ。駆逐艦としての在り方。戦場で戦い続けるが運命の、艦娘の在り方。

 いずれ訪れる別れを、命の終わりを慰める歌。

 

「…提督。泣いてるの? ふふ。それならこんな曲を聴いてほしいな」

 一転して。お祭り騒ぎみたいに明るい歌が始まった。

 陽気にリズム良く踊り出す。浴衣に花火に楽しい日々よ。踊れ踊れと笑いが聞こえて、ああ愛おしく胸に響く。

 

 最高の曲。きっと俺は此方の方が好きだ。それでも、今は彼女の切ない思いに融かされていたい。

「村雨。欲張りですまないが、先程の曲をお願いしたい」

 

「でも…」

 彼女の指が俺の涙を拭ってくれた。細く柔らかな指先。乙女の手のひら。

「少し涙を流したい気分なんだ」

 

「ふふっ。物好きだね。良いよ。村雨が、もっと良い歌聴かせてあげる」

 囁くように融け込む歌が始まった。運命の哀愁を想わせる。どこか、抗いさえ虚しくなる天上への祈りに似た……ああ。辛い事もあったなあ。苦しい想いもあったなあ。

 

 でも、平和にいられるんだなあ。は、ははは。やっぱり泣いてら。恥ずかしいぜ。

 意識が闇夜へ落ちていく。こんなにも哀切を想う歌声なのに。

 不思議と、眠りは安堵に包まれていた。



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村雨さんです 接触は恐る恐るです

 穏やかな青空。朝の涼しさを頬に感じてる。とっても良い朝。今日みたいな日は、夕立なんかと一緒にお昼寝したら、かなり良い感じなのだけど。

 今日は私が――違う。

 

 駆逐艦・村雨が秘書艦を担当する日。村雨の名に恥じない頑張りを、と考えてたけど。

 白露姉さんが言うには、いつもの私で良いらしくて。

 よく分からない。ふふふ。でも悪い気はしなかった。

 

 

 朝の準備を終えて、執務室に入室した。

「提督、お邪魔します!」

 あ、そうじゃなかった。

 

「…じゃなくて、お邪魔するね。ふふ。何だか慣れないけど」

 静かに提督の様子を見ると、満足そうに微笑んでた。

 良かった。けど、本当に表情が柔らかくなったんだ。二人から色々と聞かされてたけど、こうして見ると変化がよく分かる。

 

 ん。私は今の方が好きだ。柔らかくて、接しやすい。

「既に白露から聞いているだろうが」

 大げさな話し方で、姉さん達から色々と聞いてるんだ。

 

 えっちな人。愉快な人。優しい人。本当に色んな事を聞いてる。

 時雨姉さんはあんまり語ってくれなかったけど、提督は話を聴いてくれる人だって。 

「君達の緊張を解くのが本日の目的だ」

 

「う、うん」

 提督本人から言われると、尚の事気になっちゃう。

 まだまだ怖い雰囲気を感じる。戦場の臭い。真剣な表情はただそれだけで怖くて、どうにも近寄りがたい人。

 

 この人を見ていると、どうしても戦場を思い出しちゃう。

 勝手な言い草だけどね。う~ん。どんな風に接すれば良いのかな。

『はいは~い! 今日のお話相手は村雨にお任せね!』

 

 だめ。いつもの気分で言えばそうなるけど、緊張で言葉が出てきてくれない。

「気にする必要は無い。自然体であれば良い」

 言ってくれた言葉は嬉しい。結局だけど、これは私自身の問題だ。

 

 提督に迷惑をかけたくないな。落ち着いてがんばれば、きっと大丈夫よ。ちょっとずつでも良い感じにやろう。

「それでその、私はどうすれば良いの?」

 

「とりあえずかけてくれ」

「えっと。そうする?」

 言われた通りソファーに座った。

 

 あっ。良い座り心地。かなり上質なソファーね。ふふふ。寝転がってお昼寝したら良い感じね。

 さすがに駄目かしら。さすがに提督とお昼寝は想像出来ないな。

 

「うむ。仕事は終わらせてあるからな」

 なんだかドヤ顔をしてるような。いや、ないよね。子供じゃないんだ。

「ゆ、優秀なんだ」

 

 適当に言葉を返すと、更にドヤ顔をきめた気がする。

 …想像してたよりは愉快な人? まだ分からないけど、少しだけ気が楽になった。

「お茶にしよう」



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おちゃめなアクシデントです

「あっ、私が淹れるよ」

 さっそく出来そうな事が出来た。ここで頑張れば、提督も接しやすく思ってくれる?

 分からないけど、せっかくこうして会えたんだもの。もう少し普通にお話したい。

 仲良くなれるかな。不安だけど、だからこそ私も動くんだ。

 

「ここは俺に任せておくれ。お菓子の準備もあるんだ」

 うきうきとした足取りで、提督が自室へと入ってく。

 そのまま手際よく進めていって、お茶会の準備が終わった。

 

「わあ、すっごく良い感じ!」

 光沢が綺麗なチョコケーキ。香り豊かなコーヒーまで。私の分はミルクも混ざって、小さな配慮がとっても嬉しい。

 

 これが二人から聞いた手作りお菓子ね。女子として、ちょっとだけ誇りが傷つくけど。

 でも、確かにすごい出来。美しい作りで出来てる。ふふふ。私の為に作ってくれたのかな? だったら嬉しいな。ふふ。

 

「ならば良かった」

 提督の優しい微笑みに見守られて、一口食べてみると。

「甘~い!」

 しっとりと口で溶ける甘み。優しい生地がチョコと合わさってる。 

 

 素材も良いんだろうけど、上手に作られてるからこそ。うんうん。おいしい。

 大げさな言い方だと思ってたけど、時雨姉さんの言った通り。提督ってお菓子上手な人なんだ。

 

「ふふふ」

 笑い声が聞こえて見てみると、嬉しそうに彼が笑ってた。

 いたずらが成功した夕立みたいな笑み。したり顔での喜びよう。妙に愛らしい。思っていたイメージと違う。柔らかい雰囲気だった。

 

 …やっぱり。白露姉さんと関わってから、提督の雰囲気って変わったよね。

「提督って、笑えるんだね」

 言ってから気付いたけど、なんて失礼な言葉だろう。

 

 慌てて訂正する前に、提督から言葉が返ってくる。

「こんな顔も出来るぞ」

「ぶふっ! ご、ごほごほっ!」

 

 き、気管に入った…! なにあの変顔は!?

 表情ってあんな風に動くの? ていうか提督があんな顔して良いの?

 喉が灼ける様に痛い。せっかくの美味しいケーキだったのに。

 

「げほっ、あ、ぅう。ごほ」

 涙も出てきた。もうわけが分からなくて、ちょっと泣きそう。

 でも、思い出すとまた笑いそうになる。それだけ破壊力がすごかった。

 

「だ、大丈夫か?」

 提督の優しい手のひらが、柔らかく背中をなでてくれる。

 不思議と落ち着く。撫で方が良いのかもしれない。白露に似てる? 雰囲気は似ても似つかないのに、なんとなく。

 

 ……怒ったかな。悲しくなってないかな。せっかく作ってくれたんだ。

「ごめん、なさ」

 ようやく絞り出した謝罪の言葉は、大粒の涙と共に出そうだった。



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ぎこちなさの裏側です

「気にする必要はない。ほら、コーヒーを飲むんだ」

 暖かい気づかいに促されて、飲み物に口をつける。

「…良い香りね」

 鼻から抜ける優しい香り。ただ苦いイメージがあったけど、仄かに甘みを感じる。

 

 複雑なおいしさ。大人の飲み物なんて、飲みづらいから言われてると思ってたけど。この重なる味わいを言葉にするなら、確かに年齢が必要なのかも。

 ごくごく飲む感じでもなく。ほっと落ち着く暖かさ。

 

 ふふ。とってもおいしい。私、提督のコーヒーが一番好きかもしれない。

 緑茶にも良さはあるし、今までは紅茶派だったのに。不思議な程おいしかった。

「淹れるの得意なの?」

 

 この腕前はただ者じゃない。何で提督をやってるのかが、分からないレベル。

 町の喫茶店にいそう。それもすんごく人気店で、皆から慕われるほど。

 顔は怖いけど。そこは職人的なので。やっぱり怖いけど。

 

「お菓子と飲み物はセットに考えているんだ。自然と両方の腕が上がったのさ」

「なるほど」

 簡単に言い切ってるけど、いっぱい努力したんだろうね。

 手際も良かった。やっぱり少しだけ、女の子としてのプライドが傷つく。

 

 ふふふ。私も頑張らないと。秘書艦に指名してくれたんだ。

 よし。何か会話を。

「「……」」

 こ、言葉が出てこない。重苦しい雰囲気だけが重なって、全然和やかな気分にならなかった。

 

 散歩とか誘いたいし、食事の予定とかも聞きたい。

 二人と色々触れ合ったみたいで、私とどうなりたいのかも聞きたい。

 逆に、私はどうなりたいんだろう? この短いやり取りでも、提督の優しさは伝わってる。でも、それでも軍神の異名は強すぎて。

 

 何よりこの戦時中に、こんな平和に浸ってるのは。

 …ああ。駄目だ。私は皆程に強くない。強くないの。

「最近どうだ」

 

 ぼそりと紡がれた言葉。精一杯苦心して出されたのは、提督の表情を見れば分かった。

 応えたい。答えなきゃ。えっと。えっと。

 皆の笑顔。妹や姉達との日常。山風は泣きがちだけど、慰められる優しい環境。

 

 そのまま伝えたら、軟弱だと思われない? 二人の話は聞いたよ。二人共信頼してた。――それすら擬態で、罰する気持ちがないと何で言えるの?

 ああ最低だ。そんな風に疑う自分が嫌になる。

 

 そんなんじゃないって、ただ触れ合いたいだけだって。何となく分かってるのに。

 戦争の怖さに逃げてるんだ。平和を知る自分が怖くなってる。

 深海棲艦の怖さを知ってる。仲間が沈む絶望の声を聞いた記憶がある。

 結局の所駆逐艦は。だめ。落ち着いて。今はただ言葉を返そう。

 

「い、良い感じ」

 上手く紡げなかった。そういうしかなかった。

「そうか…」



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頑張って誘いました

 寂しそうな顔。しょんぼりとした雰囲気が、落ち込んだ夕立にそっくり。

 胸に切なさが宿った。彼女の落ち込んだ姿は、ほぼ双子に近い私でも甘えさせたくなる。それに似た、しかも提督の姿。妙に胸が痛むの。

 

 分かってる。分かってるんだ。二人から色々と聞いてるんだ。

『提督はさみしがり屋だから、村雨とはいっちばん気が合うよ!』

 白露姉さんは私との相性を教えてくれて。

『村雨。怯えなくても大丈夫だよ。だけど、不安を我慢出来なくなったら相談してね』

 

 そっと寄り添う形で、時雨姉さんは私の弱さを許してくれた。

 二人の姉さん達が、誰かを見誤る事はない。二人共とっても強くて、弱さを見せない人達なんだ。私みたく臆病じゃなくて、優しい人達だから。

 

 それに甘いお菓子だって用意してくれた。美味しいコーヒーも飲ませてくれた。

 話し合って柔らかな感じで、場を和ませようとしてくれたのに。むせた時だって、優しく背中を撫でてくれたじゃないか。

 

 私の為に考えてくれたんだ。私の為に動いてくれたんだ。

 怯えてるのは勝手な心。駆逐艦としての在り方に縛られて、軍神としての異名を押しつけて。威圧感に怯えながら、拒絶してるのは私じゃないか。

 

『提督の、ちょっといいとこ見てみたい!』

 さすがに、こうやって言えはしないけど。

 提督から行動してくれたのに、怯えて俯き続けるなんてやだ。

 

 もっと仲良くなりたい。私を知ってほしい。駆逐艦・村雨としてじゃない。

 ここにいる私として、貴方と知り合いたいんだ。

「その、提督?」

 気まずい空気の中、どうにか出した言葉。声が仄かに震えてた。

 

 ドキドキする。少しだけ不安が残ってるのに、楽しい思いだって確かにあるんだ。

 ケーキ甘かった。ふふふ。我ながら食い意地が張ってる。

「どうした」

 

 優しい微笑みで言葉の続きを待ってる。急かす感じもない。静かに待ってくれてる。

 ちゃんと見たら、怖くないじゃない。

 柔らかな表情と温かな雰囲気。日向みたいにほんわかとした人。

 

 何度も、何度も心は躊躇ってるけど。それでも触れたい。話し合いたい。

 私が愛する日常の一部。隣合って歩きながら、何の意味もなく過ごしたい。 

 不安だけど。だからこそ、私から勇気を出したいんだ。

「お散歩したい」

 

 言えた! 言えたよ! 怒られないかな? 拒絶されないかな。

 まだまだ怖い気持ちもあって、ゆらゆらと揺れてる。

「けど。ね。どう?」

 それでも、出した言葉は引っ込めなかった。どうかな?

 

「付き合おう」

「…うん!」

 静かな返答が何より嬉しくて、これからの時間に期待が膨らんだ。



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のんびりお散歩日和です

 提督と二人。いつものお気に入りの散歩コースを進む。

 整えられた並木道。美しい森林をきれいな土道が通って、このまま進むと草原にたどりつく。

 

 妖精さん達ががんばってくれた場所。少しでも、ここで過ごす皆の為にと。

 自然を強く感じるこの場所が好き。提督も気に入ってくれたかな?

「きゃっ! か、風が強いですね」

 

 強く吹いた風に髪が流れた。…スカートの中とか見えてないかな。ううん。見えそうだったら、提督から目を逸らしてるよね。エッチな人じゃない。

 それにしても、とっても良い風だった。ちょっと良い気分。

 

 こんな自然の空気も好ましい。緑の香りが良いの。

「風は嫌いじゃないな」

 目を細めて静かに微笑んでた。私と同じで、提督も自然が好きなのかな。

 

 良かった。これなら草原での時間も楽しめそう。ゆっくりしたい。それが私らしさ。私が好きな時間の過ごし方。

「ふふふ。涼しくて心地良いね」

 のんびり穏やかに流れる時間は、胸をくすぐる良さがあるの。

 

 

 そうして、二人きりで並木道を進んでく。

 緑が風に流れる音。青空の澄んだ雰囲気。仄かに差し込むお日様が心地良い。

 良い天気。お洗濯が捗るような。干したばかりのお布団はとっても良い。お昼寝も悪くないね。のんびり時間が素晴らしい。

 

 過ごしやすい一日だ。こんな日は散歩に限る。急な思いつきだったけど、我ながらいい感じの提案だった。

「ふふ~ふーん♪」

 楽しい気分をそのままに、鼻歌に乗せてみた。

 

 …ちょっと恥ずかしい。バカだと思われてないかな。

「楽しいか?」

 愛おしそうに笑ってくれた。嬉しいな。ふふふ。ちょっとずつ、本当にちょっとずつ近づいてるんだ。とっても良い気持ち。

 

 くるくると回りたい気分。もっと知ってほしい気持ち。

「私、こういうのが好きなんです」

 何でもない今日が好き。何でもなくないって、強く実感してるから好き。

 

 いや。深い意味じゃなくても、戦争なんか関係なくても。

 こうして過ごす時間の尊さ。確率とかの、難しい話は大げさだけど。

 絶対に取り戻せないんだ。今という時間はいつだってかけがえがなく。

 

「誰もが忘れるような、通り過ぎる想いが好きです」

 暖かい晴天。通り雨も美しく。…雨。雨の名前なんて素敵じゃない?

 きっと、美しい想いを込めて紡がれた名前。私の誇り。そう在りたいと、駆逐艦・村雨で在りたいと願ってる。

 

 ふふふ。なのに日常を愛してる。臆病者だけどね。

 でも、今は不思議と悪くない気分。隣で微笑んでくれてる人のおかげかな。

 あれだけ怖かったのに、徐々にでも良くなってる。ふふふ。良い気持ち。



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気になる感じです

「敬語」

 優しくて淡い指摘。微笑みながらの言葉は静かで、心地良い。

 きっと全然怒ってなくて。それでも体は恐怖を覚えて。勝手に涙目になる。

「あっ! その、ごめんね」

 

 慌てて訂正してみれば、愛おしそうに笑いながら言葉が返ってくる。

「ふふ。それが自然体なら構わないさ」

 すっかりと打ち解けてきてる。彼の表情が何となく分かるの。

 

 でもやっぱり、白露姉さんが言ったようなスケベさはないよね?

『提督も男の子だからね! あんまり近づきすぎると、お互いに困っちゃうから』

 深い実感が乗ってたけど、いやむしろその実感の方が気になったけど。

 今の所は、胸とかお尻にいやらしい視線も感じないし。

 

 どうなんだろ。個人的にはそういうのも興味がある……って、何を考えてるんだか。

 確かに、まあアレよね。提督しか身近な異性はいないけど。提督からしても、身近な異性は私たちだけね。

 それでも普通の人だと、怪力とかに恐怖が先立つらしい。

 

 う~ん。そんな考え方は提督に失礼かな。止めとこう。

「…白露姉さんから聞いたけど、提督は仲良くなりたいのよね?」

「ああ」

 言葉通りに受け取ると、なんだか面白い響き。

 

 仲良くなりたい。ふふふ。まさか恋愛じゃないよね。というか、多分響と提督はそんな仲だと思う。浮気なんてありえない。

 乙女としては、二人の関係も強く気になったり。我ながら、恐怖が薄れたら馴れ馴れしすぎる。それがなくても上下関係。調子に乗り過ぎたら駄目。

 

 なのに楽しいんだからずるい。何でこの人は、村雨に笑いかけてくれるんだろう。

 …戦ってない駆逐艦なんて。こんな言葉も、ただ平和から逃げたいだけのような気がして。段々とこうして提督と過ごす時間が、楽しくなってる自分がいる。

 

 ふふふ。いい感じ。ちょっとじゃなくていっぱい。いっぱい良い感じ!

「深い意味はないのだがな。君達が俺を恐れていると聞いた」

「う、うん。ごめんなさい」

 否定出来ない。実際、大分慣れた今でも仄かに怖いんだ。

 

 鋭い目つき。固い表情。身のこなしも隙がない。気配もそう。普通の人とは違う感じ。

 見えてる世界が違うのかな? 周りの把握能力が凄い。きっとだけど、私の足音すらしっかりと認識してる。特に索敵と認識能力が凄い。

 

 こうして、歩調を合わせて歩いてるからこそ、彼の感覚が少し理解できる。

 私の戦闘経験は薄いけどね。仮にも艦娘の私が、底知れないと思う程度には隙がない。

 

「謝る必要はない。これまで交流を避けてきたのは、俺の方だ」

 もっと正確に言うなら、仕事が多すぎたり。

 それでもお構いなしな子たちだっていたけど。初対面の時は怖すぎた。白露姉さんとのやり取りから、随分と雰囲気が柔らかくなってる。

 

 何があったのかな? 聞いてみたい。

「だからこそ、俺から触れ合いたいと思ったのさ」

「ふふふ。ありがと」



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わちゃわちゃ気持ちの手つなぎです

 触れあい。触れあいね。う~ん。唐突な思いつきだけど、のんびり二人で散歩してるんだからもっとこう、触れ合っても良いかもしれない。

 いやらしい意味じゃなくて。純粋な話。うん。うんうん。…誰に言い訳してるんだろう。

 

 腕を組む? いやいや。照れるし恥ずかしいよ。いっその事ハグしてみるとか。

 そ、そんなの駄目。抱きつくとか絶対に出来ない。初対面と比べれば、とっても気持ちは落ち着いてるけどね。どうしても無理。恥ずかしすぎる。

 もっと軽く。単純に距離をつめて歩くとか。照れない程度のが良い感じ。

 

 手をつなぐ? ……うん。良い感じ!

 だけど、これを言うのも恥ずかしいな。せっかくの機会。分かってるけど。

 緊張する。言葉がのどに張り付いたみたい。それと同じくらい――楽しみにしてる。

 

「じゃあさ。手、つながない?」

 い、言っちゃった。唐突すぎなかったかな。引かれてないかな。

 高鳴る心臓の音を自覚しながら、そっと提督の様子を窺うと。

 

「む? 分かった」

 何の動揺も感じない声色。いつもと変わらない自然な佇まいで、手を差し出してきた。妙に似合ってて不思議な感じ。

 ずるい。ドキドキしたり、緊張してるのは私だけなんだ。

 

 当然だけどね。分かってても、乙女としては複雑な気分。いや変に興奮されたりとか、そういうのは普通に怖い。でも、何かもっとあっても良いじゃない。

 とりあえず今は、気にしないでおく。こうして触れ合えるようになれたのも、純粋に嬉しい。それこそ今までだったら、挨拶すらまともに出来なかったんだ。大分前進。

 

 もっと良い感じになりたい。躊躇いながらも、そっと手をつなぐ。

「わっ大きい手…」

 武骨な手のひら。分厚い皮膚と鍛えられた感じ。

 

 少しだけ肌が変なのは火傷の痕かな。傷痕だらけの手だ。

 歴戦の軍人の手。だけど握り心地はとっても優しい。壊れ物を扱うみたいに、そっと握ってくれてる。

 

 ふふふ。レディの扱い! 暁ちゃんじゃないけど、一人前のレディーとして扱われてる。なんだか胸が温かい。優しい気づかいね。

 提督は紳士なのかもしれない。気恥ずかしいけど、乙女としては嬉しいね。

 

「村雨の掌は小さいな。細くて、女の子の手だ」

 真剣な言葉。本音だけで語られてる。聞きようによっては、ちょっとスケベにも感じるけど。あんまりにも真っ直ぐだから、拒絶とかできなくて。

 

 素直な嬉しさが言葉になる。

「あ、ありがと」

 

「「……」」

 お互いに黙ってしまう。自分の顔が赤いのは分かってる。ちらりと彼を見れば、仄かに赤面してる気がした。

 



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落ち着いてきました

 照れちゃってる。立ち止まってもいられない。

「歩こうよ、ね?」

「うむ」

 おずおずと出した言葉に従って、二人で再び歩き始めた

 

 

 提督と手を繋ぎながら歩いてく。さっきより、もっとゆっくりとしたペースで歩く。

 風が穏やかに頬を撫でる。涼しい反面、繋いだ手の熱と顔の火照りがよく分かる。

 歩くペースも深い気づかいを感じて、嬉しくてしかたない。

 

「早足じゃないか?」

 それでもこうして気遣ってくれた。紳士的でとっても良い感じ。

 妙に慣れた気づかい。やっぱり、普段は響とかと仲良くしてるんだろうね。

 

 …そう考えると、この状況って響は嫌なのかな。むう。難しい問題だ。

 まあ、今の私が二人を気遣ってもしょうがないや。私は私らしく接しよう。

「辛ければ教えてほしい」

 

 優しい言葉。暖かい声色。こうしてると、エスコートされてるみたい。

 実際は私が目的地に歩いてるんだけど、気分的にはお嬢様な感じ。ふふ。

「ううん。気遣ってくれてありがと」

 

 暖かな気づかいがうれしい。…だからこそ、乙女として気になる所もあったり。

「提督の方こそ、手汗とか、その。大丈夫?」

 彼の手のひらは冷たい。汗も全く感じない。多分だけど、火傷で汗腺が壊れてるんだと思う。

 

 逆に私の手の温度が伝わってる。私から、体温が伝わってる。

 汗とか大丈夫? 気持ち悪くないかな。…私は、提督のひんやりとした手は好き。大きくて、心地良い手ね。

 

「大丈夫だ」

 言い切って、嬉しそうに微笑んでくれた。

 なんだか表情が柔らかい。提督も手を繋げて嬉しいのかな? もしかしてこの感じが、白露姉さんがすけべって思った部分?

 

 なんだか可愛らしいような、私も似た所があるような。

 何にせよ、手繋ぎが嬉しいのは私もいっしょ。同じ気持ちで良い感じ! 

「今日は良い天気ね」

 

 こんな世間話を切り出せるなんて、ちょっと感動してる。

 応じて、特に深い感情を見せずに彼は語る。

「心地良く過ごしやすい日だ。嫌いじゃない」

 自然が好きなのは本当みたい。夕立風に言うなら。

 

『提督さん、自然が大好きっぽい!』

 ふふ。何となくだけど、この感じの提督って夕立に似てる。

 どこか無邪気で、誰かの笑顔が好きな感じ。でもでも、なんだろう。頼りがいもあって、不思議ね。

 

「ふふ。緑も良い感じ。妖精さんが手入れしてるんだって」

「日々生活を支えてくれている。頭が上がらんよ」

 食堂の手伝いとか、普段の生活で妖精さんの力は欠かせない。

 

あれだけ愛らしい小人達が、パワフルに動く姿。微笑ましくて愛おしい。

「綺麗に整えられた森林は、心の安定をくれる」

「ほんとだ。かなり良い感じ」



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手繋ぎのんびりつきました

「どこへ進んでいるんだ?」

 当然の質問。それが出ない程度には、私も緊張…あれ?

 提督からも言葉がなかったのは、お互いに緊張してた、とか。

 

 いやいや。何で提督が緊張するの。そんなわけない。でも少しだけ、気分が良くなった。

「ん~? 大好きな場所!」

 素直に言葉を返して、手を引きながら進んでく。きっと提督も気に入ってくれる。楽しみな感じ! 

 

 

 そうやって、二人で歩幅を合わせながら歩いて行くと。

 目的に辿り着いた。――美しく切り開かれた草原の光景。

 

 私の大好きな景色だ。風に小さく揺れる草原の美しさ。一本だけ、とっても綺麗に整えられた樹の佇まい。木陰は過ごしやすさと安らぎを、柔らかな草地は座り心地が良いの。

 

 ここでお昼寝をしたり、夕立とかと追いかけっこを楽しんだり。

 日常の象徴。私たちはここで日常を過ごしてきたんだ。

 貴方に見てほしい。徐々に近づいた感情が、提督の心を求めてる。

 

「綺麗だな」

 率直な言葉。素朴な響き。提督らしい言葉だと思った。

 そう。そうね。とっても綺麗な景色だと思うよ。

 

 日の光が暖かい開けた場所。森林の道を進んで辿り着いたから、余計に開放感を感じられる。妖精さんが考えたの? 素敵で心が躍る場所だと思う。

 元気な妹達と来たら、思わず遊びたくなっちゃう。偶にだけど、川内さんとも遊んだり。神通さんも付き合ってくれた。

 

 皆、この場所で日常を過ごしたんだ。本当に稀だったけど、響だって遊んだ事がある。

 だからかな。提督にここを教えたくなった。気に入ってくれて良かった。

 

「ふふふ。私の一番好きな場所」

 私が愛する日常の一部。もっと好きな場所がいっぱいあるけど、一番好きなのはここだよ。初日だから、ほぼ初対面に近かったから。

 

 私を見せるならここだって、頭の中では思ってたんだ。

「少し休もうよ」

「ああ」

 二人で草原に座り込む。シートでも持ってくれば良かったかな。

 

 …でも、不思議と汚れとか虫なんかはないんだよね。妖精さんのおかげ? 良い感じに過ごしやすくて、憩いの場としてかなり良い感じ。

「良い天気。お弁当持ってくれば良かったね」

 

 ぽかぽか陽気はお昼寝も良いけど、その前にお腹が空いちゃった。

 お腹が鳴ったら恥ずかしい。海の上なら全然空かないのに、ちょっと不思議な感じ。陸で過ごしてると、人間な感じが強くなってる。

 

 ふふ。…一応、区別的には人間じゃないんだけどね。可笑しな話。

「ただのんびりするのも悪くない」

「ん。そうだね」

 こうやって緩い時間を二人で過ごすのは、とっても貴重だった。



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味はなくとも胸は温かいです

 それはそれとして、お腹が空くから困っちゃう。

 のんびり陽気で気が緩む。風が気持ちよくて眠くなる。

 ふふふ。やっぱり今日も良い感じ。この場所は素敵だね。でもお腹空いたなあ。

 

 小さくお腹の音が鳴った。恥ずかしい。ちらりと提督を見れば、音は聞こえてなかったらしい。ちょっとだけ安心。乙女的に聞かれるのは駄目だよ。

 ただ、視線には気付いたみたいで。静かに口を開く。

 

「昼餉と言えば、だが。軍用食ならあるがどうする?」

 手品みたいに懐から出された物。見慣れた物資。乾パンが入った缶と、頑丈に作られた水筒。きっと中身は水。コーヒーとかの洒落た雰囲気はない。

 聞こえてなかったよね? 何の反応もなかったし。ただの気づかいだったのかな。

 

 顔が真っ赤になりそうだけど。なんとか我慢しよう。気付かれなかったら、とっても恥ずかしい感じ。触らぬ神に祟りなし。優しい軍神だからこそ駄目。

 内容は少しだけ残念だけど、せっかく出してくれ物。それに。

 

「ふふふ。のんびり原っぱで食べると、不思議と美味しそう。良い感じね」

 こうしてお腹が空いてる時に、それに和やかな時に見るとね。武骨なイメージのある軍用食も、ちょっとだけ馴染みやすく感じられる。

 

 海の上だと、妖精さん特性の艦装しか食べられない。いっつもおにぎり。嫌いじゃないけど、陸だと食べる気は出てこないよね。

 

 それにジャムもついてるから、きっとおいしい筈。うん。

「お気に召したなら良かった」

 

 微笑みながらも、少しだけ得意げな顔だった。顔は固いのに表情豊かな人。微笑ましい感じ。

 二人で声を合わせて、ごはんの時間を告げる言葉。

 

「「いただきます」」

 缶を開けて、乾パンを取り出した。何度か食べたこともある。

 特に戸惑いもせずジャムを塗って一口。

 

「…美味しそうだったけど、えっと」

 とっても口の中がぱさつく。味も酷い。小麦をブロック形にして、徹底的に固めた感じ。要約すると美味しくない!

 

 カロリーを取れれば良いって、そんな目的しか感じられない。提督がごちそうしてくれたケーキとは、似ても似つかない残念な味だった。

 でも、そのまま伝えたら傷ついちゃうかな。そっと様子を窺う。

 

「正直に言えば不味いな」

 苦々しげな顔で呟いてた。良かった…いや良くはないけど。

 

 提督の味覚もそこまで変じゃないらしい。ふふふ。お互いに嬉しくないのに、共有してると思うと嬉しい。変なの。

「ちょっと残念な感じ」

 

「うむ」

 二人で微妙な顔をしながら、食べてく。味はおいしくないのに、胸はあったまる。不思議な時間が進んでく。

 



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夢の語りです

 こうして、日常の中で軍隊の雰囲気を感じてると。

 目の前の人の異名を強く思い出す。軍神。ここまで来たら、さすがに提督の気質は分かってる。優しい人だ。涙が出そうな程にね。

 

 だからこそ、そんな彼だからこそ。こんなにも平和な日々を過ごすのは、寂しかったり辛くはないのかな。

「…提督はさ」

「うん?」

 

 とても、とても残酷な問いかけだと思う。

 私は何で聞くんだろう。何を許してほしいんだろう。分かってる。意味がないのは、分かってるんだ。

 

「退屈じゃない?」

 最低の言葉。駆逐艦が言って良い事じゃない。

 私は、尊いからこそ怖くなる。楽しいからこそ悲しいんだ。

 

 失いたくない。戦いたくないよ。この平穏が壊れる位ならなんて。

「難しい質問だな」

 困った様に彼が笑った。とても優しい笑みは、どこか泣き出しそうだ。

 

 …やっぱり、とても優しい人なんだと思う。この人がちゃんと笑ったら、どれだけ緩んだ顔なんだろう。暖かい笑顔なんだろう。

 彼の言葉は続く。天に呟くみたいな響きで。

 

「退屈が良いんだ。退屈で良いんだ」

 のんびりと歌うような言葉。静かな声色は凪いでいて、穏やかに心を許してくれてる。

 

 暖かい。ただ当たり前を教えてくれてる。

「かけがえがないから、前線が苦しんでいるから楽しむ事が悪い?」

 ただただ提督が笑みを見せる。格好良い笑顔。人間として、大人として見せる強い表情。

 

「違う。楽しめ。君達は兵器じゃない。英雄になる必要なんてないんだ」

 兵器じゃない。だけど、結果として私たちは戦う必要があるんだ。

 それでも尚、そうではないと。そんな状況が可笑しいのだと。胸を張って、平和を楽しむ私たちで良いのだ。

 

 むしろ、楽しむ私たちを知ってすらいる。確信めいた目の光が、真っ直ぐに私を見つめてる。駆逐艦・村雨じゃない。

 いっしょにごはんを食べて、こうして共に過ごす私を見つめてる。

 

「今日の朝食は美味かった。明日は何だろう? ああ。なんて平穏な日々」

 皆が楽しそうに過ごす時間。そんな幸せが当たり前にあって。

 …恋、とか。いずれは人々と深く接していくんだ。駆逐艦としてじゃない。人の一員として過ごして生きてく。

 

 ああなんて残酷な夢物語。信じたいと、そうなりたいと思えるからもっと酷い。

「退屈だ。そうだ。皆と遊ぼうじゃないか、なんて」

 からかいの笑みを浮かべて、心底から嬉しそうに語ってる。

 

 ありふれた日々と言えるのは、贅沢だと知っているからこそ。だから。

「そう思える位、平穏が当たり前にあってほしい。そんな日常を味わっていたい」

 噛みしめる様な言葉。暖かな日常の中にあって、戦場を象徴する響きだった。



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許しへの感謝です

「望んでも、良いの?」

 兵器として在り続けた私たちに、日常を歩んでほしいって。

 笑いながら、提督は言ってくれたんだ。言葉は続く。どこまでも優しい声で。

 

「俺がそうしてほしいんだ」

 どこまでも率直で、堂々と胸を張った姿。

 なぜだか世界への宣言にも聞こえて、不思議な感情が声に乗ってた。

「…えへへ。そっか」

 

 笑みが零れた。これまでのやり取りで分かってたけど、とっても暖かい感じの人。

 ここにいて良いんだ。こうして、誰かと笑い合うのを当然だと思っても良いんだ。

 暖かな日常を愛してる。ありふれた想いを捨てたくない。平和を楽しんでる。

 

 それに許しが加わって、胸がきゅ~っと切ない感じ。堪らなく嬉しい。

「だからこそ、楽しいと思える自分を許してほしいね」

 困った様に彼が微笑んだ。なんとなくだけど、言う資格がないとでも言いたげな。

 

 …私も大概だけど、提督だって妙に変な感じね。子供みたいに楽しそうなのと、大人の判断が合わさってる。ぎちぎちに固めた仮面を被ってるみたい。

 誰だって、表面を取り繕うのは当たり前だけど。私も辛い時だって、皆に心配かけたくない。元気を装うけどね。

 

 それでも違和感が酷い。窮屈そうに、それでいて面白そうに生きてる感じ。う~ん?

「平和を味わうからこそ、失いたくないと力を振り絞れるんだ」

 ほら。この言葉も、無理に戦場を否定しなくて良いって。私の逃げ道を作ってくれてるんだ。なのに、どこか彼自身は責めてる雰囲気。

 

 こうして許されて、いっしょにいて楽しいからこそ……ちょっともやもや。嫌な感じ。

 私の感謝が伝わってるのかな。白露姉さんだって、それこそ時雨姉さんだって。

 とっても楽しそうに、愛おしそうに貴方を語ってたんだよ。

 

 こうして話し合いながら知り合って、私だって嬉しい気持ちでいっぱい。

 ああ。だけど、本当に穏やか微笑みで言うから、口をはさめもしないじゃない。

「心。心だよ。心さえあれば人はどこまでも強くなれる」

 

 人、艦娘を人と言ってくれるんだ。いや絶対にだけど、提督にとっては本当に人間で。

 艦娘を、愛らしい少女だなんて言ってくれる。紳士に気遣ったり。白露姉さんの話だと、その、えっと…スケベだったり。

 

 提督の内心は全部分からないけど、絶対に罪悪感だけじゃない。絶対に提督だって喜んでくれてるから、もやもやも気にしないでいこう。

 

 胸に生まれた感謝の心と、これからへの期待も込めて。

「――ありがとう」

 とびっきりの笑顔で、感謝の言葉を伝えた。



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良い感じです

 しんみりと空気が流れてく。このまま黙って過ごすのも、とっても良い感じだけど。

 もっと、もっと感謝を伝えたい。この人の笑顔が見たいんだ。

「ねえ、提督」

「どうした?」

 

 何の気もなく。ただ自然体で佇んでる。きっとだけど、提督にとっては当然の言葉だったのかな。それは嬉しいんだけど、もっと特別に思ってほしかったり。

 欲張りになってる。でも悪い気分じゃない。不思議な感じ。

「本当にありがとね」

 

 結局、私は感謝の言葉を繰り返しただけだった。

 伝わってるかな。不安で、期待してる。矛盾した感情が心地良い。

「気にするな。大した事も言えてないさ」

 アレで大した事ないって、提督はどうすれば感動するの?

 

 ……なんとなくだけど。私たち艦娘が彼の為に何かすれば、きっと感動してくれる。なのに、自分の発言は軽んじてるよね。むう。ちょっと嫌な感じ。

 もっと、もっと伝えるんだからね。貴方のおかげで良い感じよ!

 

「私、駆逐艦として呼び出されたけどね」

 人間として、呼びされたわけじゃない。村雨を求められてた。

「平和にいて良いなんて提督に言われたのは、初めてだったから」

 戦いが当たり前だと思ってた。事実は変わらなくても、提督みたいに微笑んでくれる人がいるのは、救われた気分になれた。

 

 もうそれだけで良かったのに、貴方はそれが当たり前なのだと。ふふふ。

 これから、とっても素敵な日々を過ごせるんだ。皆といっしょに、提督ともいっしょに過ごせるんだ。

「…すまない」

 

 俯いて悲しそうに謝った。そんなのヤダ。優しい笑みが見たいんだ。

「なんで謝るの?」

 顔を上げて。泣き出しそうな顔なんてしないでよ。

 笑い合いましょ。楽しい日々を過ごして良いんだって、貴方が言ってくれたんだよ。

 

 なら、もっと良い感じに。提督の、ちょっといいとこ見せてほしい!

「仲間を守れる力があって、優しい提督を守れる私でいられる」

 戦う力がある事実を、幸せだと思えたのは初めてだ。

 周りに戦える人が多すぎて、こんな単純な事実すら忘れちゃってた。

 

 そうだ。私は守れるんだ。強くなりたい。強くありたい。そうすれば、日常に過ごすのを怯えずに済む。楽しい心で生きていける!

 全部、全部が良い感じ。さいっこうに良い感じ!

 

「私、幸せだよ。勝手な感情で謝ってほしくないな」

 提督も含めて皆がいてくれるから、この日常を続けてられるんだ。

 

「ふふ。ありがとう」

 とびっきりの微笑みで応えてくれた。

「どういたしまして!」

 思わず私も笑っちゃう位。とっても良い感じだった。



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甘い思い出語りです

「そういえばだけど。他二人はさ、どうやって過ごしてたのかな?」

 こうして接してると、気になってきたり。

 別段、嫉妬という程じゃないと思うけどね。どうだろ。気になる時点で嫉妬かな。

 

 独占欲とはちょっと違う。胸が切なくなる感じ。

「白露には膝枕をしてもらって」

「ひ、膝枕」

 

 すごい。さっすが一番艦だ。私では手の届かない領域に話が飛んでる。

 で、でもでも。うん。提督が望んだなら。いやどうだろ。

 とっても恥ずかしいしドキドキして、落ち着かなくてしょうがない。

 

 逆にしてもらうとか――きゃ~! もうだめ。それはだめなやつ。

「時雨は…言っても良いんだろうか」

「言っちゃ駄目な事をしたの!?」

 キスとか!? く、くち、くちびるの接触……あわ、あわわ!

 

 柔らかいのかな。暖かいのかな。愛おしいのかな!! でも、アレだよ。

 響ちゃんとの二股とか絶対にダメだから!!

「し、時雨ちゃんを傷つけたら許さないから!」

 いつも皆を守ってくれる姉さん。優しくて、とても儚げで愛おしい人。

 

 愛し合ってるなら良いけど、男の人のは違うのもあるって。もうわからないけど。

 そういうの、だめだと思う! 愛し合ってないとだめだと思う!

「大好きな時雨姉さんなんだな」

 

 とっても優しい微笑み。少しだけ落ち着けた。

「う、うん」

 みんな大好きだけど、私が一番お世話になってるのは、時雨姉さん。

 いっしょに食事したり、お昼寝もしてくれた。それこそ膝枕とかもしてくれたんだ。

 

 姉さんが甘えられたとかはうれしいけど。いや、変にもてあそんだりもないだろうけどさ!

 胸がもやもやする。大好きな二人に何かあったら。……あはは。

 

 そっか。もう私も提督に大好きって思ってるんだ。これだけ大切に言葉で語られて、接してもらって。うん。

 

 ふふふ。この人が幸せになってほしいなあ。不思議だけど、いい感じ。

「二人きりだと姉さんって甘えてる。迷惑とか言ってなかった?」

 きっと言わないだろうけど、疲れてるとか。

 

 時雨姉さんが皆に甘える姿を、思ってみれば見たことなかった。たま~にだけど。白露姉さんに甘えてたり。

 そういう時はいつだって雰囲気が重くて。う~ん。

 

「可愛くて仕方がないと言っていたぞ。抱きしめられたのだろう」

 暖かくて優しい思い出。時雨姉さんは、私たち姉妹の中で一番情が深い人。

 一度だけだけど、ぎゅ~って抱きしめてもらった。

 

 …あの時、震えてたのを覚えてる。忘れない。

「えへへ。まあね」

 それでも嬉しかったのは事実で、思わず笑みがこぼれちゃった。



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暖かな覚悟です

「ちょっと気恥ずかしかったけど、とっても嬉しかったよ」

 あんまり抱きしめたりとかないけど。柔らかな微笑みが似合う人。

 ふふふ。良い思い出。私も姉さんの支えになれてるなら、とっても良い感じ!

 山風とかも、もっと甘えてくれたら良いのに。難しい。

 

「で、提督」

 だからこそ、提督が何をしたのか知りたい。

 傷つけたとは思ってないよ。実際、幸せそうに時雨姉さんは語ってたもの。

 …ううん。それこそ、楽しそうだったから気になってる。

 

 私も提督を楽しませてる? 一方的に許してもらって、ここまで何も返せてないよ。

 お弁当とか作れれば良かったな。ふふ。嫉妬もあるのかも。

 胸がどきどきして、わくわくしてる。楽しみで不安だったりする。

 

 やっぱり、日常のお話が好き。こうして不安を楽しめるのが好きなんだ。

「時雨には言うなよ」

「もちろん!」

 

 それから、提督の話を聞いてく。とっても愛おしそうな微笑みと、慈しむ声で思い出が語られてく。姉さんもだけど、何より提督が嬉しかったんだ。

 甘えん坊になった姿。大切な人達を守りたくて、必死になって頑張ってる姉のお話。

 時雨姉さんらしい。芯が強くて、儚げに微笑む姿が焼付いてる。

 

 忘れないって良いながら、誰よりも先に消えてしまいそうな。淡く消えてしまいそうな人。

 どうして頼ってくれないの、とは簡単には言えない。 

 

 佐世保の時雨が背負う想い。背負ってしまう想い。少なくとも、日常を愛する私が口を出していい所じゃない。

 きっとだけど、そうして日常を愛する私や他の皆がいたから、時雨姉さんも頑張りたくなって。難しいね。平和だったら良かったのにね。

 

 だけど、とっても胸が温かい。困った。でも良かった。

 提督に甘えられたんだ。これからは、皆といっしょにもっと暖かくって。

「…そっか。時雨姉さんは守りたがりだからなあ」

 強くなりたい。世界最強だとか望まないから。私が愛して、私を愛してくれる人を守れる位。この日常が愛おしくて堪らない。

 

 ん。時雨姉さんだって、日常を愛してくれてるんだ。

 皆ゆれながらも、必死に生きてるんだ。強くありたいよ。

「余計なお節介かね?」

 

「いやいや! もうっ、意地悪な言い方」

 空気を変えようとしてくれたのは嬉しいけど、言い方を考えてよね。

 お節介なわけないでしょ。大切な姉さんの覚悟が、暖かくて力が出てくる。

 心。そうだね。心から力が出てくるんだ。暖かくて心地良い。

 

「ふっ。すまない」

 とってもいじわるな笑顔。どことなく自慢げで愛らしい。

 なんだか子供っぽい。意外な一面を見ちゃった。ふふふ。良い感じ。

「むう。なにそのドヤ顔は」

 



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デコピンの痛みです

「ちょっと良くない感じ。直さないと怒るんだから」

 嫌いじゃないけど。山風とかは、そういうのは駄目な子なんだ。

 …もっと私も甘やかされたい。いやいや。何を考えてるの。本音だけど。う~ん。

 

 複雑な感じ。流れてる風みたいに、柔らかくいられたら良いのにな。

「善処しよう」

 からかいの雰囲気は消さないまま、とっても優しい声で言葉が返ってきた。

 

 ずるい。私も提督をからかいたいよ。ふふふ。本当に、初対面から考えたらすごい進歩ね。このまま良い感じに今日が進むと嬉しい。

 それなら、そうね。もっと触れ合わないとなあんて。

 

 結局、私が触れ合いたいだけ。もっと知り合いたい。心を近づけたい。貴方を知りたくて、私を知ってほしい。

「…提督は」

 

 どきどきと心臓がうるさい。白露姉さんは膝枕。時雨姉さんは抱きしめ合って。

 段々と密着度が上ってるんだ。私は、私は…えへへ。緊張もするけど楽しみだったり。

 どうなるかな。私からはその、言えないし。提督に聞いてみる。

 

「村雨とはどうしたいの?」

「お、おう」

 若干固くなった提督の表情。雰囲気も強張ってる。

 

 何だろう。軽く引かれてる気がする。やっぱり変な質問だったかな。そんなつもりはなかったのかな。

 少なくとも、提督からは要望がなさそう。思ってみれば、姉さん二人も自分から言ってた。

 

 私から? いや、いやいやいや。緊張がすごい。言葉が出てこなさそうだ。

 でも、今更退けない。頬の熱さとか胸の高鳴りとか。もう限界が来そうだけど。

 勇気を出して、一歩踏み込むんだ。

 

「やっぱり、その。あれよね。順を追うごとに過激だから、その」

 抱き合う以上の事って言ったら。うん。私はえっちじゃないよ。そういうのじゃなくて。でも、そうなっちゃうよね。

 

 それに親愛の示し方でもあるもん。すけべとかじゃなくて。

 提督のくちびるを見た。そっと、自分のくちびるに触れる。触れ合ったらとても心地良い。きっとそうだ。もっと心も伝わって、とっても良い感じになれる。

 

 後は勇気を出して伝えるだけ。

「ちゅーとか…?」

 おずおずと提督の様子を見る。さすがに照れてくれるよね。

 

「こら」

 間髪入れずに、提督のデコピンが炸裂した。

「いたっ!」

 

 じんじんと額が痛む。ちょっと泣きそう。普通の人の威力じゃない。

 さすがに砲撃ほどじゃないけど。一応艦娘の私に、響くデコピンって人間業なのかな?

 

 しかも無表情!! 何の緊張もなく。淡々と叱られちゃった!

「乙女の柔肌に何するの!」

 ひりひりする。痕が残っちゃいそう。意地悪にしては痛かったよ!



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一欠片の灯火です

「乙女が簡単に色事を許すんじゃない」

 よくよく見れば、提督の顔も赤くなってる。照れてるのって私だけじゃないんだ。

 提督だって、慣れなくても楽しんでくれてるの? ふっふっふ。良い感じ。

 

 もっと踏み込んでみよう。そうして心を触れ合わせたい。

「でもでも、経験は大事だと思うの」

 そういうのを知らないまま死にたくない。いつか、なんて思ってたら、知らないまま死んじゃうよ。そんなの嫌だ。怖い所もいっぱいあるけどね。

 

 こうして提督と知り合って、信頼出来る人だとは思ってる。

 軽薄な行動なのは否定出来ないけど。お互いに、触れ合えるなら良い事でしょう。

「興味があろうと、ちゃんと心身共に向き合える相手と添い遂げなさい」

 

 そう言われちゃったら返す言葉もないけどね。実際、提督の趣味とか知らないし。

 お菓子作りの腕はすごいけど、だからって彼を知りきってるわけじゃない。

 日比生 創。提督って言葉を剥がしたら、彼の名前はこうなってる。

 

 は、創。なんて呼べるわけない。こうして心で呼ぶのも躊躇う位。口に出そうとしたら、舌が緊張しすぎて困っちゃう。

「…そんなの待ってたら、いつか死ぬもん」

 

 残酷な言葉だとは思うけど、これが大体の艦娘の本音だと思う。

 事実、提督と関係を持ってる人は多いらしい。この鎮守府でこそ話は聞かないけど、激戦区ではそういう専門の人もいるとか。

 

 でも、本当は愛し合っての方が素晴らしい。

 だってそうでしょう。命を繋いで先を望めるなら、誰だってそっちの方が良いに決まってる。生きていくを出来るというのならば、日常を歩みたいに決まってる。

 

 赤ちゃんとかさ。人生を背負い合って生きていきたい。

 その相手に提督が……う~ん。想像出来ないや。だから、提督だって嫌と言うんだろうね。ちょっと反省。

 

「時雨にも言ったけど、そうならない為に俺はいるんだ」

 軍神としての在り方。見惚れる程格好良い笑みを見せて、威風堂々と宣言している姿。

 

 強い。びりびりと肌に刺さる圧力を感じる。切磋琢磨された指揮能力が、物理的に力を発揮してるんだ。

「逃げても良い。逃げた先にいる俺と響が、絶対に勝たせてみせる」

 

 ふふ。やっぱり提督の相棒は響なんだ。張り合うつもりはないよ。お似合いだとも思ってる。でもちょっとだけだけど。ほんのちょっとだけど。

 悔しいって、思ってる私がいる。自分でも驚く心。

 

 胸に闘志が灯る時なんて、死ぬまでないと思ってたのにね。

「…ありがと」

 素直に零れた感謝を受けて、また優しい笑顔で言葉が返ってくる。

「どういたしまして」



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じゃれ合い触れあい笑い合いです

「それはそれとして」

 空気を変えるように笑いながら、彼が言葉を続けてく。

「そこまで言ってくれた村雨にはどうしてもらおうか」

 ほんっとうにやらしい笑顔で、わきわきと手を動かしてる。

 

 これが白露姉さんの言ってたやつだ。絶対にそう。すっごくえっちな目をしてる。

 でもでも、本当にはしないと思う。何だろう。…ちょっとどきどき。

「す、スケベなのは駄目なんだから!」

 自分の顔が真っ赤なのは自覚できた。心臓の勢いも増してる。

 

 緊張してるんだ。お、押し倒されたり? いやいや。そんなのって。

『村雨、俺の物になれ』

 そ、そんなのって!! あわわ。ちょっと、ちょっと許容範囲外な感じ!!

 

 嫌とかじゃないよ。分からないよ。どうしよう。ないだろうけどさ!

「くくく」

 とっても意地悪で、楽しそうに笑ってる。こんな私の姿が見たかったって、見れて嬉しいって全身で教えてくれてる。

 

 ……むう。ちょっとだけ嬉しいし、こうして触れ合えるのは幸せだけど。

 意地悪すぎる。怒った。怒ったもん。もう知らないからね。

「もうっ! やっぱり悪い感じ。提督の変態!」

 じ~っと見つめて、提督からの言葉を待ってみる。

 

 謝らないとだめだよ。私、ほんの少しだけ傷ついたり。真面目な話だからね。

「「……」」

 じっと見つめ合ってる。彼からの言葉はない。

 堪らない緊張感が広がってる。提督が楽しそうに微笑んでるからこそ、妙に言葉がつまちゃってる。謝る気配とかない。

 

 私に嫌われても良いの? とか、恥ずかしすぎて言えないよね。

 どうしよう。提督の我慢強さは知ってる。しかも、提督はこの状況も楽しんでる。絶対に自分からは破らない。

「…う、ううっ。あ、謝るなら今の内だよ」

 

 軽く泣きそうになりながらも、更に言葉をぶつけてみた。

「この機を逃せばどうなる?」

 悪戯な微笑。余裕のある姿。こうしていられると、相手の方が大人なんだってよく分かる。きゅ~って胸が切ないのに、楽しんでる自分もいる。

 

 精一杯の勇気を振り絞って、受け止めてもらいたくて。

 思いを言葉にするんだ。じゃれ合うように言葉を出す。

「嫌いになっちゃうから。私、もう提督を嫌いになっちゃうからね」

 

 なれるのかな? 我ながらすっかり好きになってる感じ。

 これで駄目だったら、本当に落ち込んじゃうよ。嫌いにまでならなくても、あんまり良い感じじゃないよ。

 

「それは困った。この通りだ。許しておくれ」

 どこまでも余裕がある姿だけど、真っ直ぐに小さく頭を下げてくれた。

 手のひらを合わせた謝る姿は、なんとなく柔らかい。ん。満足な感じだね。



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認識の相違です

「本当に反省してる?」

 意識的にジト目を作って、今度は私が提督をからかってみる。焦らしてみる。

 ふっふっふ。楽しい。ありえないと思うけど、提督が涙目になったら可愛いね。

 

『ごめんな。何でも言うことを聞くから、許しておくれ』

 そんな展開になったら、頭を撫でてもらおう。そうしよう。

 微笑みながら謝る提督も見てみたい。涙目な感じも新鮮だね。いっつも強くて頼れる感じだから、ふにゃっと緩くなるのも良い。

 

 ふふふ。今度こそ簡単には折れないよ! …でも傷つけたくはなくて、難しい。

「すまなかった。申し訳ない」

 深々と頭を下げてきた。土下座しそうな勢いだった。

 

 あ、あれ? 雰囲気が重たいよ。真剣すぎる。これだと軽くないし、和やかな感じじゃなくて。ちょっと苦しい感じ。

 どうしよう。私から何か言うのは変だよね? 

 

「金輪際、君に舐めた事は言わない。敬意を払おう」

 真剣な無表情。雰囲気が堅苦しくて、村雨への敬意が乗ってた。

 私に対してじゃなくて、艦娘への言葉づかい。暖かくない。厳かな軍人の言葉。

 

 こうして話し合うのもなくなるの…? ――やだ!!

「それも駄目! また意地悪を言ってるでしょ!!」

 こう言ってから、提督の顔を見れば分かる。楽しそうに笑ってるもん。

 彼からすればただからかってるだけでも、私からすれば重たい問題。

 

 …提督ってさ。どこか自分を軽く見てるよね。私にとって、それに姉さん達にとっても軽くはないのに。断言出来るよ。

 なのに、なのにさ。だめ。だめだよ。ちょっとだけ心が痛んでる。

「ふふふ」

 

 普通に笑ってる。怒りとかも混ざってきた。もう心がぐちゃぐちゃ。

「う~!」

 泣きそう。涙目になってきた。からかい返そうとしただけなのに、全然上手くいかなかった。むう。それで提督の心も見えたり。

 

 真っ直ぐ柔らかな微笑みは、どこか自傷的だって。時雨姉さんみたいな感じ。今にも消えそうな儚いイメージ。

 私の考えすぎなのかな? いやな感じだったかもしれない。う~ん。

「この通りだ。からかいすぎたよ。ごめんな」

 

 今度は真面目に謝ってくれた。優しい。暖かい。

 いやいや。そもそも提督からだよね。変に感謝するのもおかしい感じ。

 堂々と胸を張って、彼の目を見ながら言葉を返す。

 

「…良いよ。許すから」

 だからと言って甘い顔はしない。ここで甘くするとまた繰り返しちゃう。

「変に気遣ったりしたら嫌いになるからね」

 

 しっかりと釘を刺してみる。どうかな?

「了解した」

 大真面目に頷いてくれた。うんうん。良い感じに収まった。



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謙遜からの大頑張りです

「結局、提督はどうしてほしいの?」

 なんだかちょっとだけ偉そうな言葉。提督がからかってくるから、不安な感じ。

 むう。信じてないわけじゃないけどね。ふわふわしてる。

 

「子守歌を聴かせておくれ」

 意外な提案は、眩しそうに空を見上げながら続く。

「こんなにも天気が良いから、ゆっくり眠りたいんだ」

 よくよく見てみると、疲れきってるように見えた。

 

 そうだよね。これまで激務だったんだ。そもそもここに来る前だって、かなりの激務だったはず。後遺症とかないのが不思議な位。

 いや、私達には見せてないだけで、響とかは知ってるのかな。

 

 う~ん。嫉妬…とまではならなくても。うん。もっと信頼されたい。

『いっちば~ん!』

 なあんて笑いもしないけどね。ふふふ。頼りがいのある姉の姿が思い浮かぶ。

 

 よっし。それならもうちょっと勇気を出して、からかうように彼へ問いかける。

「膝枕もつける? 提督は甘えん坊だもんね」

 意識的にからかう笑みを見せてみれば。

「したいのか?」

 

 堂々と真っ直ぐに見つめ返された。格好良い顔立ち。

「…しないもん!」

 ずるいよね。そうやって微笑んでると、こっちまで嬉しくなっちゃう。

 

 怒りがないとは言わないけどね! あんまりからかってると、こっちからも容赦しないんだから。覚えてるから。

「くくく」

 でも、楽しそうに笑ってる姿は好き。ふふ。

 

「また笑った! お願いしてるのそっちなのに、もう」

「すまんすまん」

 尚も楽しそうに笑ってる。うん。良かった。こうやってふざけあってるのは、良い感じかな。

 

「…正直、プロ並とかじゃ全然ないけど」

 素直な話。趣味のレベルは超えてない。提督と違って、私は極めたりとかはしてない。遠征や訓練、演習とかで忙しかったからね。

 

 そう考えるとさ。アレだけのお菓子を作れる提督は、すごいよね。日常を大切にしつつも、ちゃんと仕事も疎かにしてない。

 からかってる時の微笑みと見てると忘れちゃう。ふふ。それもすごさかな。

 

「俺が聞きたいんだ。君の声で聞きたいんだ」

 どこか敬意すら乗った言葉。今度はからかいとかじゃなくて、真っ直ぐに私を見て言葉を伝えてくる。

 暖かい。今までのやり取りとは、少し種類の違う熱が灯ってる。

 

 認められてる。求められてる。真っ直ぐに誤魔化しなんてない。

 提督が横になった。結局、膝枕はなかった。ふふ。少し残念な感じ。

「草原に寝転がって日向ぼっこをするのも、悪くはない。そこに村雨の歌声があるなら尚更だ」

 

 とっても眠そうな顔を見下ろす。気が緩んでいる証拠だ。嬉しい。

「そんなので良いの?」

「そんなのが良いんだ。君の愛した日常を俺にも楽しませてくれ」

 

 自然な言葉。よし。いっぱいやる気が出てきた感じ!!

「ふふふ。なら村雨のちょっと良い歌声聞かせてあげる!」

「よろしくお願いする」



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想いを紡ぐ、愛おしき貴方へと。です

 息を吸う。お腹の底から、手足の先まで酸素が澄み渡るイメージ。

 一度だけ瞳を閉じた。脳裏が静かに揺れてく。心が緩んでいく。

 細く、鋭く、集中という名の力を伸ばす感覚だ。

 

 息を吐いた。息を止めてた分だけ体が温まって、脳から雑念が消えてった。

 体の準備は出来てる。心の用意も済んだ。さあ歌おう。

 こうして、優しく愛おしい時間をくれたこの人へ。私の全てを乗せて紡ぎ上げよう。

 

 歌を、歌を歌う。

 優しいこの人へ告げる。戦場の悲しさを響かせる歌。

 夜の海。静かに凪いでいる。全てを許す声よ届け。私たち艦娘が、いつか訪れる終わりを歌声に変えて魅せる。

 

 私が愛する日常の暖かさを、戦場が告げる果てもない哀切を。

 織り交ぜて、貴方の心に届いてほしいって。ゆらゆらと揺れる音色は柔らかく。お腹から全身に伝達する震動。息。いき。生きるを伝える。

 

 こうして向き合ってくれたから、どこまでも真っ直ぐに想いを伝える。

 ふふ。村雨の、ちょっといいとこ聞いてよね。穏やかに提督を見つめると。

 寝転がった彼から涙が出てる。それは軍神の涙と言うには弱々しくて、必死になって戦ってきた人の。

 

 でも駄目だ。そんな許し方を彼は望まない。なんて偉そうな言葉で。

 それを紡げる今の状況は、とっても良い感じ!

「…提督。泣いてるの? ふふ。それならこんな曲を聴いてほしいな」

 

 お祭り騒ぎの楽しい歌に変えた。陽気に明るく。私たちの姉妹で言えば、夕立が一番似合いそうな歌。ああ、そんな事を言っちゃうと、想像の白露姉さんが騒ぎ始めた。

 皆のやり取りを時雨姉さんが見守ってる。

 

 楽しい楽しい日常を強調して、ふふ、っと静かに微笑んでくれた。

 嬉しい。芝居かかったように声を意識しながら、私自身も楽しんで歌ってく。

「村雨。欲張りですまないが、先程の曲をお願いしたい」

「でも…」

 

 提督の泣く姿を見てると、とっても胸がざわついて。落ち着かない感じ。

 本当はぎゅってしたい。強く抱きしめたいけど、きっと許してくれないよね。

 なんとなくだけど。今の提督はからかう感じとかなくて、しなやかな在り方が見える。

 

「少し涙を流したい気分なんだ」

 真っ直ぐな言葉。忘れたくないって、戦場も己の一部だって。

 声に出てないのに、熱く伝わってきた。ん。そうだよね。

 

 艦娘としての在り方。戦う者としての在り方も、私たちの一部なんだ。知ってるよ。知ってるから、もっと強くなれる。

「ふふっ。物好きだね。良いよ。村雨が、もっと良い歌聴かせてあげる」

 心を込めて想いを紡ぎ。とても優しい微笑みで眠る彼と、一日を過ごしていった。



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春雨さんとの 働き者の彼女です

 村雨の美声に融かされてから、翌日。なんだかんだとここまで結構な日数が経過して、もう三人とも仲良くなっている。

 白露型の残り人数を考えれば、まだまだと言えよう。でも、良い感じだろう。

 

 さて。今日も今日とて白露型。……ちょっとだけ響が懐かしかったり。

『司令官。作戦命令を』

 あの落ち着いた声。揺れない佇まい。透き通る湖の様な瞳。

 

 せっかく来てくれる者達に失礼だけどさ。やっぱり響の安定感はすごいぜ。うんうん。ああ駄目だ。彼女に頼りっきりの自覚もあった。

 それも含めて、響に休暇を与えたんだ。

 

 ふふふ。それはそれとして楽しんではいる。ここまで良くしたもらった。

 特に白露と村雨のおかげで、肉体的な疲れは完全に消えてる。時雨の甘えっぷりで、心の充実も素晴らしかった。

 

 白露効果もあるのか、皆優しく受け入れてくれていた。嬉しいね。この調子で最期までいきたい。おっと。字を間違えた。最後までだ。

 そうして、四人目の白露型は。

 

 そう。4。この数字が表わすのは恋い焦がれた彼女の事。白露型で四番艦と言えば…!!

「春雨。入室いたします!」

 そう。白露型駆逐艦・五番艦の春雨である!! ははは! ……はあ。 

 

 嬉しいけどさ!! 春雨に失礼なのも分かってるし、彼女の良さは口から出まくるぞ。

 小柄で愛らしい姿。特徴的なピンク色の髪は、自然に似合っていて可愛い。

 

 サイドテールが少女の魅力を引き立てて、紅の瞳はくりくりと愛らしい。何よりも小動物的なのが魅力的だ。

 同じく落ち着いた白露型。そう。時雨の雰囲気を儚さと例えるなら、春雨の雰囲気は献身と言おう。

 

 どちらも落ち着いているけど、春雨は此方に尽くす感じが強い。

 小さな体でせいいっぱい働いて、尽くす形の頑張り屋。時雨の穏やかさと、夕立の忠犬のブレンド。

 

 ――などと言ってみたが、別に何も接してないからな!

『司令官、気持ち悪い目で見ないでください。口も開かないでほしいです。息が臭いので』

 徹底的に冷たい瞳で、こんな感じに言われちゃうかもしれない。興奮してきた。

 

 凄まじい妄想である。こういう愛らしい子に言われると、破壊力が強いな。妄想のダメージが酷かった。

「司令官…?」

 落ち着かない様子で俺を見ていた。揺れる眼差しも愛らしく。

 

 いやしかし。他の皆と比べれば、順当な滑り出して言えるのではなかろうか。

 一気に甘えてくれた時雨。出会い頭に危なかった白露。滅茶苦茶怯えていた村雨。

 三人と比べると、穏やかすぎる程の滑り出しである。さてはて。どうなる?

「何でもないんだ。とりあえずお茶にしようか」



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溢れ出るパトスです

「その、あの」

 言いづらそうにしながらも、俺の誘いに乗ってこない。

 ふふ。なるほど。詰んだな! とまあ、冗談は置いておくとして。

 

 しゃがみ込み、背の低い彼女と目線を合わせながら、ゆっくりとした言葉で問う。

「どうした? 焦る必要はない。落ち着いて話してくれ」

 最近、随分と柔らかくなった表情で微笑んだ。

 

 狙い通りにほっとしてくれた様子。白露とかに感謝。これまでだったら、まずここで泣き出していただろう。ふふ。俺の成長が怖いぜ。

「…お菓子、作ってきたんですけど」

 

 もじもじとした言葉は素直に愛らしい。入ってくる時に気にしてなかったけど、よく見なくても手荷物持参である。お弁当袋みたいな。愛らしい兎を模した袋。

 水筒だってある。紅茶か? 楽しみだ。

 

 ふ、ふふふ。――まじでか!!

 手料理って!! これは乙女ポイント高いですよしかし。

 ふう。興奮しすぎて意識が飛んでいた。いやまずいね。絶対に美味いだろう。そういう意味じゃねえ。手作りのお菓子とか堪んないね!!

 

 なにこの美少女ゲーム的展開。良いのか? 俺が惚れちまうぞ。本当に良いのか?

「よ、余計ですよね! ごめんなさい」

 いやいや何を言っているんだ!! ここで待てとかどんなレベルのプレイだよ。

『待ても出来ないんですか? 盛りのついたわんちゃんですねえ』

 

 興奮してきた。なんだろう。俺は春雨をそういう人にしたいのか。いじめられたいのか。

 いや、いじめられたいよ!! 見下した眼で、それも白い靴下を履いた足を!! 舐めさせられたい!!

 

『ご褒美ですよ。こういうのが良いんでしょう? …変態』

 ありがとうございます! ありがとうございます!!

 落ち着け。パトスが漲りすぎている。体の調子が良くなりすぎて、どうにも心が昂ぶっているぜ。ふっふっふ。絶好調が過ぎるね。やれやれだ。

 

 変態性は元からだけど、今日はやけに滾っていた。やったるで!

「ありがたくいただきたい」

「えっと、その」

 春雨、恐縮です! とか言い出しかねない恐縮姿である。

 

 どうしたものだろう。ちょっといじめたくなったり。涙目春雨も見たいぞ。

 溢れ出るパトス!! パトスの意味とか知らないけどな!! 

 さて。改めて。

 

 彼女の前へ大げさに跪いて。まるで騎士が姫君へ示すように、慌てる彼女の片手を取る。掌へのくちづけはしない。ていうか出来ない。

 そうして真っ直ぐに紅色の瞳を見上げながら、囁く声で言葉を紡ぐ。

「もし良ければ、君のお菓子をいただく名誉を俺に与えてはくれまいか」

 

「そんな、大げさですよ!」

 大慌てだ。仄かに涙目だった。ごっつぁんです。

「嬉しかったんだ。お茶も用意してくれて、本当に気が利く良い子だな」

「…えへへ」



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感動の瞬間です

 改めて、机を挟んで対面する形で座る。

 長テーブルには春雨お手製のお菓子。クッキーである。

 生地はオーソドックスにプレーン。仄かに感じるバターの香り。良いね。匂いが良いってのは最高だ。焦げたのも嫌いじゃないが、上手に出来ているのは素直に嬉しい。

 

「愛らしく作られているじゃないか」

 全部、うさぎ型に作られてて愛らしい。見た目にも可愛いのだけど、これが彼女の手作りなのが更に良い。

「うさぎが好きなのか?」

 

「子供っぽいでしょうか」

 どこか照れた様に、恥ずかしそうにはにかんだ笑み。まず此処で一度達した。嘘だ。

 精神的にはね。しょうがないね。元気が有り余っているからね。

「趣味は人それぞれだよ。ただ、そうだな」

 

 色々と状況を考えるに、俺はそろそろ死ぬかもしれない。ちょっと幸せすぎますね。白露型から、幸福を受け取りすぎているぜ。

「春雨の手作りで、しかもこれだけ可愛らしいと。飾っておきたくなる」

 

「…それは恥ずかしいので。食べてほしいです」

 困りつつも嬉しそうな微笑み。可愛いぜ。

「ふふふ。了承した」

 思ってみれば、手作りお菓子なんて人生で初めてかもしれない。

 

 自作の? そんなモノの何が嬉しい。相手が喜んでくれるならともかく、自分で喰う為だけに作るかよ。

 そもそも俺が菓子作りをしていたのは、皆が喜んでくれるからだ。まあ、那智にはウケが悪かったけど。アイツにはつまみが主だったか。

 

 阿武隈とかは作りたそうにもしてたけど、日々に疲れていたからな。

 ここに着任してからは、食事とかは響が用意してくれたけど。

 さすがにお菓子とかもないし。そもそも彼女は、お菓子作りの経験とかはなかった。

 

 女子力溢れる手製菓子。飲み物は紅茶で香り良く。不安そうに、それでいて期待した眼差しで見る春雨の姿も、この場のアクセントとして最高である。

 ますます、クッキーへの期待が高まるぜ。

「では、いただきます」

 

「は、はい! 召し上がれ、です」

 さくりと一口で一枚食べてみる。――美味い!!

 何かこう……さくさくしている。食感が良いね。そんな感じだ。

 己の糞雑魚グルメコメントに嘆きつつも、美味しいクッキーに大満足である。

 

 自分で言うのも可笑しな話だが、純粋な菓子作りならば俺の方が上手い。

 もう少し言葉を尽くすならば、大多数の人の好みを満たすだけなら、俺の方が優れている。

 いやしかし。このクッキーのうま味はそうじゃない。

 

 乙女の手作り。市販品とかならすぐに分かるさ。

 そうだ。プロレベルじゃないからこそ、ご家庭で作る感じの、それでいて乙女力で上手く出来てるからこそ。

 

 俺の胸に宿る感動を、喜びを紡ぎ上げてくれるんだ。

 ああ。良いね。良いぞ。これが美少女の手作りか!!

 万の言葉を尽くしても足りない。どう伝えれば、控えめな春雨が喜んでくれるのだろう。難しい。素直な感想を伝えよう。

「ありがとう。これで何も怖くない」「何の話ですか!?」



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切実な願いです

「ふふっ」

「よく分かりませんが、楽しそうで何よりです。はい」

 仄かに困惑しつつも笑ってくれた。可愛い。ぎゅっとしたい。

 

 小動物的愛らしさがある。娘的可愛さというか。だからこそ、いじめられると燃えるというか。逆にいじめてみたくもなったり。酷い意味じゃなくて。

 こう。ね。目の前でね。下品な音を立てて、麻婆春雨を啜り食べたい。

 

 ちょうやらしい眼で食べたい。

『…変態』

 って蔑まれたい!! それが涙目など尚良し!!

 ふう。いかんね。元気すぎるぜ。体調が戻った反動でハイになっている。

 

「素敵なプレゼントを頂いたお返しがしたい」

 手作りの菓子で返しても良いが、せっかくだ。初めて食べさせてもらった記念に、できる限りを尽くしたい。お、俺の初めてを奪った責任、取ってもらうんだから!

 

 うむ。気持ち悪い。

「何か望みはあるか?」

「あの、えっと」

 彼女らしく戸惑っている。強く望む心は薄かろうよ。

 

 そんな春雨だからこそ、俺もまた愛でたいと思うのだがね。愛でるって言葉エロいな。ふふ。よしよし。ちょっと格好つけて。

 真っ直ぐに彼女の瞳を見ながら、仄かに気取った声で言う。

「大丈夫だ。俺を不義理な男にさせないでくれ。格好つけてさせておくれ」

 俺の言葉を受けて、春雨もまた真剣な表情になり。

 

「――健康に生きてください」

 とっても愛おしい望みを口にしてくれた。

「ふむ?」

 

 胸がきゅんきゅんとしている。こうまで真っ直ぐに心配してもらえると、めちゃくちゃ嬉しいぜ。尊敬とか畏怖とかはあったけど、このレベルの献身なんてなかったからな。萌えはあったけど。

 

 娘的を超えて、愛らしい孫と接している気分だ。俺は何目線なのだろうか。

「姉さん達から話を聞いて、表情を見て」

 春雨の言葉は続く。控えめだけど譲る心はなく。底に秘められた想いが伝わる。

 

「皆、司令官を慕っています。私も、その」

 照れる姿も微笑ましい。許されるならば、抱きしめて頭を撫で回したい。

 テーブルが邪魔だ。いやいや。なくても出来ないけどさ。出来れば、隣に座った彼女から聞きたかった。

 

 それだと正面からじゃなくて、もったいなく。ままならんね。

「ありがとう。春雨は優しい子だ。司令官として誇りに思うよ」

「えへへ」

 

 嬉しそうに笑ってくれた。尊い。おっと、落ち着け。

「だがしかし。それは俺が気をつけねばならん事」

 案ずる心は素直に嬉しいし、なんなら元気百倍になったけども。

 

 それはそれとして、俺が春雨に贈りたいのだ。孫にプレゼントしたくなる爺の心が、今この瞬間魂で理解出来るね。うざがられようと、何か残したくなる。

 不思議な少女である。いや訂正。不思議な美少女である。

「春雨自身の望みはないか?」



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お仕事体験です

「…正直に言えば、難しいです」

 春雨らしい言葉だね。ふふ。逆に村雨だったら。

『ふふ。それなら、提督のいいとこ見せてちょうだい!』

 なあんて元気にはしゃいだかな。これもまた春雨の良さだ。

 

 静かにしっとりと寄り添う優しさ。愛らしさ。好ましい。

「そうさな。欲しい物でも良い。うさぎの人形とか、何でも良いぞ」

「えっと。その、あの…」

 本格的に困り始めた。仄かに泣きそうな気配も感じる。

 

 ううむ。プレゼントをしたいからと、彼女を傷つけては本末転倒だ。

 涙目は萌えるけど、泣き出されるのはさすがに心苦しい。

「いや。そうだな。春雨から望むのは難しかろう」

 

「ごめんなさい」

 しょんぼりと落ち込んでいる。それはいやだ。

「気にする事はない。俺が勝手にしたいだけなのさ」

 さあ、頭を回そうじゃないか。人一倍献身的で、真面目な彼女だからこそ。

 

 よく考えて、その日々の報いも込めて何かを贈りたい。

 真面目、献身……そうだな。こう言えば春雨も喜ぶだろうか?

「そうだ。今日一日、提督業務をやってみるか?」

 

「て、提督業務ですか?」

 さすがに困惑していた。いや、お礼に仕事を押しつけるとか、最低すぎるだろう。

 そうではない。提督として、位置づけるからこそよ。俺が奉仕しやすくなる。

 よし決めたぞ――今日の俺は春雨を徹底的に甘やかす!!

 

 ふにゃふにゃにとろける位、俺は春雨に尽くしてみせるぞ!

 むっふっふ。百八の絶技を持つと噂された男。それがこの俺である。按摩などの肉体的癒やしを極めて、お菓子作りとかの技術も持っている。

 

 さあて頑張るぞ~! まずは彼女をしっかりと誘わねば。

「うむ。仕事は少ないし、補助もしっかりとする」

 めっちゃ補助する。とってもご奉仕しよう。足を舐めろと言われれば、喜んで舐める。椅子になれと命じられれば、四つん這いになろうじゃないか!

 

 ふう。落ち着け。そういうのじゃなくてだな。春雨にお礼がしたいだけだ。

「春雨が慣れてくれればそうだな。俺が休みやすくなる」かもしれないね。

 休むつもりも早々ないけどな! だって提督じゃないと、提督してないと艦娘と触れ合えないし。休日とか何をして良いのか分からん。

 

 それに責任が重すぎる。命令一つで皆が死ぬのだ。背負わせて堪るかよ。

 まあ、補助的業務の一環として。

 提督の仕事の流れを知っていれば、俺が体調不良の時の繋ぎとかは出来るだろう。

 

 指揮こそ特殊な感じだが、事務仕事は本当に誰でも出来る。

「や、やってみます!」「よろしく頼む」

 元気いっぱいな返事を受けて、春雨の提督業が始まった。



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初めての事務仕事です

 提督用の椅子に座って、本日の業務が開始されるのだが。

「何をすればよろしいでしょうか?」

「大まかな仕事はすませてある。前日提出された報告書を打ち込んでくれ」

 今更だけど、パソコンとかはあるんだよな。不思議なもんだ。

 

 それこそ時代設定だって、色々と幅がある艦これ世界。便利だから良いけどね。

「はい!」

 元気いっぱい。これは仕事に期待が出来そうだ。

 …それでも大した仕事はない。例に漏れず、今日も俺が事前に仕事を片付けてある。

 

 だから、ゆっくりと教えながら進めるとしようか。

「この鎮守府の目的は分かるか?」

「はい。資材の回収ですよね」

 

「よく勉強している。偉いじゃないか」

「えへへ」

 照れる春雨可愛い。目の前で麻婆春雨を啜り食べて、涙目にしたい。

 落ち着け。さて。

 

 改めて、この鎮守府の任務は資材管理だ。大本営へ資材を供給し、最前線を支え続ける役目。時には最前線へ直接補給する役目もあるが、今の戦力では難しかろう。

 それこそ、響が単独で突っ込むか。最前線側から取りに来てもらうしかない。

 

「任務の消化と、その報告も仕事ですよね」

「うむ」

 所謂デイリーミッションとかも、他の鎮守府とは感じが変わってくる。

 

 例えば、そうだな。

 燃料を200納品しなさい。だとか。その報酬で大発を得られたり。大雑把な話し方だがね。大体そんな感じだ。

 もちろん。艦これ世界と違う艦装。或いは違う運用をしている艦装もある。

 

 ドラム缶改二だったり。まあ、この鎮守府の目的があるから、俺が見られるのは資材系統の艦装しかないけど。

 やはり、新しい物を見られるのは良い気分だ。

 

 反面、それらのデータがないのも困っている。厳密な数字管理こそ、艦これの醍醐味の一つなのかもしれないが、乱数とでも言えば良かろうか。安定しない。

 感覚と経験から出来た勘での運用が、主になっているのだ。

 

 ぶっちゃけて言うならば、遠征での数字すらも安定しない。

「おお、昨日の成果は良いですね」

「皆の頑張りのおかげだよ」

 

 こういったように、上方に変化していれば何よりだがね。当然だけど、下方へ落ち込む事だってある。それがモチベーションが落ちる理由にもなろう。

 戦えない。正確に言えば、戦うリスクが多い駆逐艦達。せめて資材管理をと思って、成果が出なければな。辛かろうよ。

 

 しかしまあ、ここまで安定させるのも苦労した。

 なんなら遠征の設定すらない。これまでに確認されたスポットへ、艦隊を組んで行ってもらう。敵が出る可能性もある。普通に失敗する事だってある。

 

 かといって常時指揮も、な。ちょっと特殊と言うか。面倒であった。

「えっと。この字は…暁ちゃんですね。はい」

 それはそれとして、一生懸命事務仕事をする春雨は可愛い。しょうがないね。



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小休止です

 それから数時間。いちゃつく雰囲気もなく。当然なのだが、真面目に仕事を体験してもらった。

 やる事は大きく変わらない。こうして経験したからこそ、彼女も分かってくれたと思う。時間的にそろそろ休ませたい。

 

 指揮を除外したならば、提督は誰でも出来る仕事なのだ。責任が重すぎるだけでな!

 …命を背負う誰でも出来る仕事。故にこそ人柄が重視される。もちろん、指揮能力やら妖精さんへの適性やら。色々とあるのだが。

 

 あるのだが、心優しい人が選ばれやすい。

 このクソッタレな状況で、尚且つクソッタレな在り方だよな。ははは。

 艦娘にとっても残酷だよな。この世界の人達は優しすぎる。

 

 さてはて。小休憩は良いのだが、どうしたものだろうか。

 今日は徹底的に甘やかすと決めたからな! 覚悟してもらおうか。

 そんな風に考えていると、お腹の音が鳴る。

 

「ぁ、う。ご、ごめんなさい」

 顔を真っ赤にして俯く春雨萌え!! やろう、飛び道具を出してきやがった…!

「よく頑張っているから気にするな」

 空腹は心身が結構な証拠。元気があって何よりさ。

 ふっふっふ。とりあえず昼餉にしようかね。

 

 

 普段通りの提督業の感じで、特に手間暇もかけず。間宮食堂からごはんをもらってきた。驚いた姿の間宮には悪いことをしたが、まあ良かろうよ。

 さすがに握り飯二つとかにはしなかったけども。長テーブルに食事を並べて、春雨と隣り合う昼食の時間である。ふふふ。距離が近くて良い香り。緊張してきたぜ。

 

 メニューは簡単な和定食。鮭の切り身焼き、みそ汁、ごはん、たくあん。これで良い。これが良い。

「「いただきます」」

 

 隣合ってのお昼ごはん、いつもよりずっと美味しい雰囲気。ははは。最近だと、一人で食事を摂る方が珍しかったか。我ながら大した贅沢である。

「あ、美味しいですね。はい」

 

 満足そうに微笑む横顔。あんまり見つめていると、照れてしまうかね。

 その姿も見てみたいけど、俺も食事を進めよう。一口、鮭の切り身に手をつけた。

 ほくほく塩味おいしいお魚。良いね。こういう簡単な調理にこそ、作り手の力量が現れるってもんだ。

 

「さすがは間宮達だ」

「ふふ。こう見えても、私も料理は得意ですよ」

 対抗意識でもないだろうけど、発言が可愛らしすぎる。なんだ。これはあれか。俺から望んだら見せてくれるのか? 麻婆春雨を作ってくれるのか?

 

 …特段、別に麻婆が好きなわけじゃないのだけど。彼女の名前が原因である。うむ。

「お菓子作りだけではないのか。頑張り屋さんだ」

「えへへ」

 

 融かされる~! 良いねえ。何かこう…良いねえ。俺の思いを分かれ!

 いやしかし。もっと先を求めるのが人の本音。もっと言えば俺の本音だ。

 昼休み。ちょうど良いタイミング。そろそろ攻めるぜ!



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怒濤の展開です

「実はだな」

 唐突に切り出す話の流れ。これにより相手の思考の隙をつける。

「はい?」

 ほら。狙ったとおりだ。根が真面目な彼女は、俺の発言に虚を突かれた。

 

 ここだ。もう少し言葉を巧みに使ったなら、甘えベタな春雨を甘やかせられる。

 その結果どうなろうと構わん! サドな彼女が目覚めたなら仕方ない。俺が責任を取るさ。

「秘書艦は提督の業務を支えなければならない」

 

「は、はい。そうですね」

 これは単なる事実。今は春雨が提督の位置にいるので、必然的に俺が秘書艦の役割を果たしている。仕事の補助。つまりは生活の補助。

 支え合い提督業を紡ぐ存在。それが秘書艦である。

「故にこそ。提督は秘書艦に甘えなければならないとも言える」

 

「どういう意味でしょう?」

 きょとんと小首をかしげている。愛らしい。頭を撫で回したいぜ。

 焦るな。それも捨てがたいが、今は昼食の時間だ。今だけ出来る事を優先するが必然…!

 

「つまりだな――あーん」

 一切の躊躇なく。彼女へ鮭の切り身を一口。箸でつかんで差し出した。

 我ながら発想の意味が分からない。つまりこれは、かの有名なあーんの儀式。バカップルか介護か。究極の二択でしか生まれない筈の状況。

 

 怒濤の展開だ。幾ら艦娘と言えど、動揺は隠せない。

「えっ、えっ!?」

 綺麗な紅色の瞳が、大きく見開かれたあーんを見つめていた。

 

 ふっふっふ。冷静になったら恥ずかしくなってきたぜ。それでも今更退けはしない。ここは譲れません! 

 舐めるなよ。俺は軍神と呼ばれた提督なのだぞ。最適な一手はいつだって、我が魂と共に!!

 

「嫌だったか…?」

 俯き。とっても寂しそうな声で言葉を紡ぐ。というか割と本音。

 だってアレだよな。白露とかならともかく。俺が唐突にやっても、違和感しかないし。調子に乗りすぎていた。

 

 鬱だ。死のう。ちょっと踏み込みすぎたみたいだ。ふふふ。最近上手くいきすぎていて、距離の詰め方を間違えてしまった。

 ただ違うんだ。俺の欲望だけじゃなくて。いっつも頑張っている彼女を、甘えさせたいと思っただけなんだ。やましくない。本当。

 

 春雨の口内が見たいとか、食べさせるって実質せ………だとか。そんなじゃない。

 等と思考の渦へ落ちていると、彼女が食べてくれる。

「ん」

 ほんわかとする感じ。川内の時も思ったが、誰かに食べてもらうって面白い。

 

 こう。胸が温かくなるのだ。少なくとも信頼を感じるし、普通に嬉しいぜ。

「…不思議と、食べさせてもらうと一層美味しいです」

 柔らかな微笑みを浮かべてくれた。俺も嬉しいね。

 

「うむ」

 ふう。良かった良かった。主に白露を参考にしたのだが、悪くない空気じゃないか。

 それだけ春雨が優しく。或いは俺の雰囲気も柔らかくなったのだろう。良きかな。

「ではその。司令官は逆に、秘書艦にご褒美を上げるべき。ですよね?」

 

「うむ?」

 妙に彼女が照れている。これはアレだな。

 俺の予想通り。今度は春雨から、お返しのあーんが与えられる。

「あ、あーん」愛らしい声。さて。



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紳士です

 仲良く食べさせ合い。楽しい昼の時間が終わって、食休みである。

 真面目な春雨は恐縮していたが、緊急時でもないのに、そこまで根を詰めても仕方ない。のんびりとお茶を飲みながら、二人隣に座り合って過ごしていく。

 

 何でもない時間なのだが、こちらをちらちらと見ている彼女。ただそれだけで妙に愛おしく。

 そうして、悪戯心を刺激してくれている。いや、やりすぎないけどね。

 

「俺の顔に何かついているか?」

 じーっと彼女の瞳を見つめる。紅色の両目。こうして見ているとルビーより煌めく。宝石を超えた、生物としての輝きが眩しい。

 

 美しい眼だと思う。俺の死んだ黒目とは大違いだ。

「い、いえ。その、はい」

 恐縮し俯いてしまった。愛らしい。若干頬が赤いのは気のせいではあるまい。

 出来る事ならば、わしゃわしゃ~っと頭を撫で回したいのだがね。今日は春雨を甘やかすと決めた。彼女の望みを叶えてあげたい。

 

「ふふ。今は春雨が提督なのだから、俺に気を遣いすぎる必要はない」

 頭で分かっていても、難しいだろうとは思う。

 しかし、それではもったいないじゃないか。楽しみ合おう。俺は全力で楽しんでいるぞ。

 

「望みがあるならば命令すると良い」

「えっと、その」

 顔を上げてくれたけど、仄かに涙が浮かんでいる。

 

 潤んだ瞳も美しい。熱の篭もった眼は、やはり宝石とは違う。

 暖かく。そうして心が乗っている。見ていて飽きない色合いだった。

「先程の食事もそうだ。提督は秘書艦に甘える。その代わりに仕事が出来る」

 などともっともらしく理由付けしたが、ぶっちゃけ俺の趣味だけどね!

 

 …まあ、実際響としたのだから、嘘ではなかろうよ。うん。

「そういうものですか」

「そういうものさ」

 

 そういうことになった。しょうがないね。

「では、その」

 だけど躊躇う春雨。うむうむ。彼女らしい。別に、無理に望めと言うつもりもない。

 

「何でも良いぞ。肩もみから買い出しまで」

 本当にそれだけだ。

『じゃあ視界の邪魔なので出ていってください』

 とは言われないと思うけど、言われたならば従おう。

 

 うむ。我ながら妄想が酷すぎる。持て余しているらしいぜ。ふふふ。

「今日一日全てを使って、貴女を支える紳士になりましょう」

 格好つけた言葉を紡いでみれば、彼女がぽつりと一言。

 

「…一日だけですか?」

 はい? 可愛すぎかよ。えっ。まじか。可愛すぎだよ。

「ふふふ。望むのならばいつまでも」

 

「じょ、冗談です! …はい」

 震え声。照れた顔が真っ赤だ。らしくない。とでも言いたそうな顔色。

「そうかね」

 あ、やばい。胸キュンポイントが凄まじい。危うく心臓が止まる所だったぜ。



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初期奉仕です

「それなら、その」

 遠慮がちにもじもじと、春雨らしい躊躇を見せながらも。

 どこか嬉しそうに微笑んで、彼女は愛らしい望みを聞かせてくれる。

 

「改めてお茶を淹れてきてほしいです」

 得意分野で何よりだ。ふふふ。こうして要望されると、全力で応えたくなる。

「承りました。紅茶と緑茶、どちらにいたしましょう」

 

「紅茶が嬉しいです。それと…」

 今度の言葉は躊躇わず。凜とした意志と、仄かに拗ねた雰囲気も乗せながら。

 俺の目を真っ直ぐに見つめて、強い要望が言葉になる。

 

「敬語はいやです」

 譲れないと眼が語っている。ふむ。真面目なのだろう。

 でも、それを言い出したら俺も敬語はな。砕けた春雨も見てみたい。

 

『つーか、まじ空気読めてないんですけど』

 これはギャル雨だ。いや、俺の中のギャルイメージがよく分からない。

 まあ良いや。紳士な感じも嫌いじゃないが、彼女の望み通りに動くとしよう。

「ん。それじゃあ淹れてくるよ」

 

 

 手早く用意を澄ませて、オーダーされた紅茶を用意した。

 そうして、ソファーに座る彼女の横へ控える。気分は執事である。

 お茶菓子は必要ない。彼女お手製のを食べたばかり。甘味気分は十分満たされていた。

 

「どうぞ」「ありがとうございます」

 嬉しそうに笑ってくれた。淹れ甲斐があるぜ。

 ……そう考えると、常に無表情だった俺と接していた響は、秘書艦として楽しんでくれていたのかな。倦怠期の夫婦でもないけど。

 

 パンツ位しか、大きな刺激もなかった。いや位ではないのだが。大きいけどさ。

 それでも、響からすれば与り知らぬ出来事だ。ううむ。

「わあ! とっても良い香りですね!」

 

 はしゃいでいる姿。…うん。今悩んでも仕方ない。精一杯春雨に尽くそう。

 彼女が喜ぶ様子は素直に可愛い。萌え萌えキュンであった。

「喜んでもらえたなら何より」

「何か淹れ方にコツでもあるんですか?」

 

「基本をしっかりと守ること。後は慣れだ」

 最低限の基本さえ守っていれば、後は経験がモノを言う。

 美味しくしたい。相手に満足してもらいたい。ちゃんと考えていれば、自ずとついてくるもんさ。

 

 春雨の献身的な在り方なら、俺より遙かに美味い紅茶を淹れられる。

「ふむう。職人技ですね」

 感心したように紅茶を味わってくれている。良いね。淹れ甲斐があるぜ。

「司令官も飲みませんか?」

 

 にこにこと楽しそうに笑っている。ふふふ。胸キュンだね。

 いやしかし。少し心苦しいが、喉は乾いていない。というよりか、自分の為にもう一つ用意するのが面倒だったり。

 

 お茶会が前提ならばともかく。今は春雨の接待みたいなモノ。

「俺は大丈夫だ」

「あ、そうですか」

 しゅんとなってしまった。何故だろう。そんなに俺と飲みたかったのか。

 

『春雨とのお茶が飲めねえのか~?』

 などと絡みたかったのか。だったら嬉しいけども。違うだろう。

 う~ん。先程との状況の差。なんだかんだと献身的な春雨。佇む俺の様子に、どことなく落ち着かなさそう。

 

 成程。そうなると。

「…しかし、立ちっぱなしも疲れた。隣に座っても良いか」

「もちろんです!」

 満面の笑顔で答えてくれた。予想通り。俺が立っているのは嫌だったか。

 

 再び横に座る。スペースの問題もあるから、少しだけ距離を離して。

「もう少し近くに座りましょうよ」

 お、おう。良いのか? 好きになっちゃうぞ。

 

 分かっている。俺の体が大きいから、窮屈じゃないかと思ってくれたのだ。惚れたりしないよ。勘違いしないんだから!

 何を言っているのやら。

 

「そうだな」

 静かに距離を詰めて、再び座り直した。肩同士が触れ合いそうな距離。

 春雨の匂い。少女らしい甘い匂い。仄かに甘み強く。彼女らしい良い香りだ。

 

 うむ。我ながら変態チックな感想であった。

「えへへ。良い距離感ですね」

 可愛い。おっと、口から漏れ出る所だったぜ。お口にチャックしておかねば。

 逆に彼女から気を遣わせてしまった。悪い気分じゃないけど、さて。

 

「次は、えっと」

 迷いつつも、段々と遠慮がなくなってきたのか。照れながら言う。

「か、肩を揉んで。なんて。あの、その。…はい」

「遠慮する必要はない。喜んで揉ませてもらうよ」



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肩もみです

「それなら改めて」

 座ったばかりでアレだけども。立ち上がって、彼女の後ろへ回ろうとすれば。

「いえ、えっと。座っててください」

 止められてしまった。

 

 春雨がもじもじと何かを躊躇っている。触れられるのが嫌だったのだろうか。

 或いはトイレか? 言葉にはしないけども。おもらしは……止めておこう。俺の性格を疑われかねない。春雨スープ――おっと。深い意味はないんだ。本当だ。

「む?」

 

 ぼけ~っと様子を見守っていれば、彼女が俺の太ももに座ってきた。

「よいしょっと。…重くないですか?」

「軽い位だよ。気にする必要があるとは思えない」

 ……ふむ。そういう事か。成程。なるほ、ど。――えっ? えっ!?

 

 弾力のあり、小ぶりで柔らかな尻の感触。スカート越しに伝わる春雨の体温。甘い匂い。華奢な背中がとても近くに見える。桃色の髪に手が届きそうだ。

 何より此方を振り返る春雨の瞳。紅色の潤んだ瞳。や、やばい。やばいぞこれは。

 

 どうした? 何があった!? 俺は悪魔にでも魂を捧げていたか。何をどうすれば、このような奇跡的状況に至れるというのだ。

「えへへ。ありがとうございます」

 

 嬉しそうな彼女の声が、とても近くで聞こえる。控えめで可愛らしい声色。こうして近くで聞こえると、胸をくすぐる切ない声音。

 ちょう萌えるんですけど~!! だめ、だめだめ。これは嬉しすぎる。幸せすぎて心臓が止まりかねない。

 

「うん」

 頑張れ俺。ちょう頑張れ。抱きしめたら駄目だ。あ~滅茶苦茶抱きしめてえ。抱きしめて頭を撫で回してえ。欲を言うならば。ああ。ああ!! 

 ……ふう。落ち着くんだ。大丈夫。いけるさ。

 

「それじゃあ肩を揉むぞ」「お願いします」

 改めて、彼女の肩を揉み始める。

 痛くならない様に気づかい。ツボに親指が当たり、そうして他の指で肩の筋肉をほぐすイメージ。

 

 ぐいぐいと力は込めない。点へと的確に力を込めて、流れで肩をさするだけ。

「あ、そこ、です。う~、あったかい。気持ち良い、です」

「うむ」

 春雨は俺の耐久テストをしているのか? 愚息よ。反応するな。

 

『司令官の方が凝ってそうですね。…変態』

 やべえ!! 落ち着くのだ。尻の感触を気にするんじゃない。そういうのじゃない。マッサージに集中しろ。

「司令官は、ほんとにがんばりやですねえ」

 

 とろけきった声での言葉。だからこそ、彼女の本音が聞こえるような。

「そうか?」

 嬉しいのだけど、頑張り屋とは言い難い。いやまあ、かつての仲間達の日々は財産であり。それらが成し遂げた功績位は、誇れる自分でいたいのだがね。

 

 故にこそ、賞賛を素直に受け止めきれないのかもな。

 …それはそれとして、色々と異名をつけた奴には話があるのだけど。なあ。

「私たち姉妹と、ちゃんと話してくれてます。嬉しいです。はい」

 

「俺も楽しいからな。だから、こうやって接しているんだ」

 現在進行形で楽しんでいる。楽しみすぎて逝っちまいそうだ。二重の意味で。

「良かったです」

「ん」



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真面目に肩もみです

「しかし、頑張り屋と言えば春雨もそうだろう」

 年齢と反して固まった体。任務とかの疲れもあるだろうけど、周囲を気遣って心が張っている証拠だ。ガチガチに固まっているからこそ、肩もみでとける位気持ち良いのである。

 

 頑張っているのだけど。ちょっとだけ心配だったり。余計なお世話だろうか。

「こんなに肩が凝る位頑張って、日々過ごしているのだろう」

 まあ良い。今はただ甘えてもらいたい。癒やされてほしい。……それにしても本当に良い香りだな! 真面目な雰囲気が長く保てないのだが。

 

「…そう、ですかね」

 不安そうな声。自信のない感じ。頑張りの裏返しは、自分への不信感なのだろうか。

 少なくとも、こうして落ち込んだ様子の彼女から、自愛は感じられない。もう少し生きやすく振る舞えないのだろうか。

 

 ああ。前線にいた頃の俺と似ている。そういう意味では、春雨も提督の素質があるのかもしれない。

「私は皆みたいな、強い意思がないので」

 違う。そうではないだろう。

 

 周りを気遣う優しい心こそ春雨らしさ。そうして振る舞える意思こそ、君の良い所であり。強さなのだと俺は信じている。

 のだが、今ここで言葉にしても伝わるまい。

 そも、駆逐艦への不遇もとい、適性にも原因がある。根の深い話だ。

 

「できる限りを、自分に許された狭い範囲を過ごしてるだけです」

 小さな体が更に縮こまって、消えてしまいそうであった。 

 許されるならば抱きしめ、ぎゅ~っと彼女の存在を許したいがね。

 

 生憎だけど、俺にそこまでの包容力はなかった。残念。ただ、ただただ。素直な心情を語れる程度には、今の俺は柔らかく。

 きっと、白露などに甘えさせてもらったから。少しだけ格好つけられるんだ。

 

「それが偉いんだ。誰だってそうだよ。許された範囲を過ごしている」

 ゆっくりと、嫌がられないように優しく頭を撫でる。

 ここにいていいのだと。春雨は頑張っているのだ。と。掌から伝わってくれ。

「だけれども、俺は春雨の頑張りが好きなのさ」

 

 俺の言葉だけで信じられないなら、それでも良い。重ねよう。

「君の姉達から色々と話は聞いている。春雨の活躍を知っているよ」

 知った風な口をきいて申し訳ない。それでもな。春雨へ僅かにでも慰めが届くなら、良いのだと俺は信じている。信じていたい。

 

「だから、甘えてくれたまえ。姉達だからこそ、遠慮する時もあるだろう」

 身近な人には強がりたいもんさ。彼女は特にそうだろう。献身的すぎるんだ。

「…良いんですか?」

「俺がそうしてほしいんだ」



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褒め殺しです

「…じゃあ、ぎゅってして」

「うむ」

 彼女の小さな体を抱きしめる。壊れないように、そっと力を込めるんだ。

 

 柔らかな感触が不思議と気にならない。春雨の弱さを、脆さを見せてもらったからだろうか。壊れてほしくない。ここにいて良いんだと伝えたい。

「ほめて。いっぱい頑張ったから、今日の為に頑張ったから」

 

 抱きしめている彼女の体が熱い。精一杯の勇気を振り絞って、俺へ望みを語ってくれた証拠。応えなければならない。何よりも俺が応えたいんだ。

「クッキー、美味しかったぞ」

 

 ぽつり、ぽつりと今日の思い出を語っていく。

 勝手な考えだけど、俺が思っていた感情を全て届ける。

「気遣ってくれたのも嬉しかった。本当に優しい子だ」

 

 健康祈願とかね。本当に萌えたよね。死ぬ予定もないけど、生きる活力が得られたぜ。

「提督の仕事も頑張ってくれたな」

 

 真剣な表情で書類仕事をする姿。春雨らしく。真面目に思い悩む姿、提督としても、俺個人としても好ましい。素晴らしい事なのだと思っている。

「皆を思って、仕事に取り組んでくれていたのを俺は見ていたぞ」

 

 本当にな。慣れてきた俺では出来ない仕事。最適化と言えば聞こえは良いけど、少しばかり冷たい人間になっている。自覚はあるがね。

 …出来事だけだと。この三つ位だ。もっと褒めたい。彼女の勇気に応えたい。

 

 オッケイ。恥ずかしいけども、滅茶苦茶恥ずかしいけど。本気で語ろう。

「小さくて可愛い」

「えっ!?」

 

 びくん! と、思わぬ動きで彼女が震えた。照れている。本当に想像してなかったらしい。ちょっと悪戯心。

 抱きしめる力を少しだけ強めて、逃げられない様に耳元で。

 

 ふっふっふ。――羞恥の心に落ちる道連れだ!!

「手入れの行き届いた桃色の髪が、撫で心地が良い」

 さらさらしていて気持ち良い。よく手入れされているぜ。良い匂いもする。

「ぁ、ぅ、その…が、頑張って手入れしてるから」

 

「ん。撫でて良いか?」

「…どうぞ」

 頭を撫でてみる。うん。やっぱり心地良い。良い髪質だ。

「くりっとした瞳が綺麗だな。ずっと眺めていても飽きないぞ」

 

 感情を伝える紅色の双眸は、宝石よりも煌めいている。

 欲情とかのエロエロは抜きにして、純粋に美しいと感じていた。

「司令官の目も綺麗だよ?」

 

「ありがとう」

 頭を撫でる手をそっと下へ移動し、目隠しするように手を移した。

 困惑する気持ちと、身を預けてくれている感じ。気を許してくれている。

 

 優しく目蓋を撫でてみた。眉毛、睫毛の感触も良い。な、なんだろう。ただ褒めているつもりなのに、妙に色っぽくないか? 気のせいか?

 ぺろぺろはしていない。セーフではなかろうか。

 

「声が良い。愛らしく、切なくなる甘い声色だ」

 褒めるのを続ける。俺の本音を続ける。

「い、いっぱいあるんだね!」

 限界が近そうだった。まだまだ。勝負の後は骨も残さない…!

 

「まだまだいっぱいあるぞ。そうだな」

「え、えっと! もう大丈夫! …はい」

 止められてしまった。残念。

「そうか」



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融かされた献身の先です

「司令官は褒める達人ね」

 振り返って、彼女は真っ直ぐに俺を見つめている。

 春雨らしくない。大人しい感じとは少し違う。

 

 妙に大人な、諦観と自虐の混じった空気。ああ嫌だ。悲しまないでくれよ。君達の幸せが俺は好きなんだ。

「春雨が尊いからさ」

 

「…口が上手なんだから、もう」

 やはり大人な対応。いつだって献身的で、控えめだった春雨の感じじゃない。

 微笑みが泣き出しそうな顔に見えた。穏やかな心。佇まいが変わっている。

「ね。私ってほんとに役立ってる?」

 

 どこか意地悪な眼で、妖しく潤んだ紅の瞳で。

 叫ぶような感情が込められた言葉を、甘く小さな声で紡ぎ上げていく。

「補給の大切さは知ってるよ。魂にしみ込んでる」

 

 護衛、輸送任務の記憶。艦船だった頃の名残であろう。艦種差や個人差はあるのだが、大体の艦娘は船の記憶を忘れない。

 だからこそ、弱い己を許せない。真面目で優しいからこそ、脆い己が許せない。

「でもね。今は、敵を殺せる者が必要」

 

 正しい。何度も、飽きるほど実感させられた通りだ。

 この世界で駆逐艦は脆い。弱い、ではない。故にこそ罪悪感が生まれて、献身的な彼女は、俺の本気の熱意を受けて、本音を見せてくれている。

 春雨という丁寧な仮面を剥がして、彼女個人の淀みさえ感じさせてくれている。

 

「どこまでいっても、私は改にすらなれない弱い者」

 現段階において、春雨の改は観測されていない。というよりか、駆逐艦全体がそんな感じだ。練度を上げるのは空母など。

 

 加賀の改二は実装されていたり。俺の知る艦これにはなかったのだがね。…まさしく圧巻の殲滅力を、加賀改二は見せてくれたさ。

 そんな状況も合わさって、春雨の大人しい性格はちょっと悪い方向にいっている。

 

 自虐と自嘲の二重螺旋。穏やかな微笑みと言うには、纏う雰囲気が昏い。

 褒めて欲しい、か。成程。そうして求めた言葉さえも、素直に受け入れられないのが現状か。ここまで褒められるとも思っていなかったのかね。

 

 さて。どう語ったものだろう。…俺程度が何を語るのだろう。

『いっちばーんなあたしが、貴方を提督と認めてるんだよ!』

『提督。甘えさせてくれてありがとう』

『提督のちょっといい言葉、聞きたいな~』

 

 ふふ。これまでお世話になった三人を思い出す。そうだな。俺は俺だ。

『司令官。此処で退くのはらしくないな』

 かつての仲間の一人。響だって。ああそうさ。少し戦場を思い出しすぎた。変な自虐はするべきじゃない。春雨に引っ張られたか?

 

 素直に言えば良いんだ。それだけでいい。格好つけるのも、それで格好良くっぽいのも俺らしくない。

 さてはて。俺が言いたい事は。



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かっこうつけてみました

「ならば俺が、俺達が強くしようじゃないか」

 運命的な台詞なんぞ言えない。ただただ、俺に許された狭い範囲で話を語るなら。

 こう語るしかない。どれだけ絶望的な状況でも、苦境に立たされようとも。

 強くなるしかねえんだよ。…おっと。些か乱暴な心が出てきた。落ち着こう。

 

「今弱いのだろう。戦場に呼ばれないのだろう」

 駆逐艦の性能からして、戦いに運用するのは危なっかしい。

 かといって、遠征などの後方勤務だけでは、彼女たちの心は安定しない。

 

 戦果が欲しいわけじゃない。自分達だけ安全な所にいるのが、認められないだけなのだ。ほぼ全ての者達が考える事。

 皆、個々人での悩みだけれど。艦娘全体の悩みとも言える。

 寄り添いは個人ごとに。解決は全体をイメージして。難しいね。

 

「だから、己が存在を認められないと言うのならば」

 俺は何度でも語り続けよう。君達の輝きを、艦娘の可能性を信じている。

 そういう意味では、夕立との関係はむず痒い。夕立改二は壮絶な攻撃特化型。主観こそあれども、駆逐艦最強に至るのは、彼女だと俺は考えているのだがね。

 

 響は不死身。不死鳥の名の通り。絶対に死なない。

 敵をぶち殺す夕立改二と、絶対に負けない響。両者の在り方は違う。

 とか言っておいてなんだけど、別に夕立の改二は確認されてないからな。うん。

 

「強くなれば良い。鍛えれば良い」

 本当にそうとしか言えない。生憎だが、俺に誰かを説得する力はない。

 偽りなく本音を話すしか出来ない。地道に鍛え上げることしか知らない。

 

 本当は俺だって欲しかったさ。圧倒的なチート、運命力、愛される力。全部ないよ。ないんだ。そういう艦これ世界なんだ。しょうがねえや。

「駆逐艦が強くなれるの?」

 

「響を見ろ。鍛え続ければ、戦い続ければ確実に強くなれる」

 劇的な進化なんてない。改に至れるかも分からない。それでも。

「一歩ずつ前に進もう。そうすれば、必ず先へ行けるから」

「…でも時間は待ってくれないよ。運命はいつだって残酷なんだから」

 

 成程。その通りだ。よく実感しているとも。ならばと。

 堂々と胸を張り、真っ直ぐに見つめる彼女へ。俺もまた力強い意思を込めて、これまでの経験すら込めて、圧倒するように言葉を紡ぐのだ。

 

「――その時は俺が全力で抗うさ」

 あえて傲慢に語ろう。俺だからこそ、運命を潰してみせる。

 深海棲艦共の巣が出来た? ならば響と潰してやる。イベント海域なんぞものともしない。此処まで戦い続けてきたんだ。

 

 いや、というかさ。まだ戦うのか? もう良いだろう。いちゃらぶで良いだろう。

 重すぎる世界観でなによりだ。ふぁっく。

「頼りにしてくれたまえよ」

 

「…頼りになりすぎますね」

 にこりと微笑んで、いつもの彼女を見せてくれた。

 これもまた劇的な解決なんて出来ず。ただ、ただただ彼女は歩み続けるだけ。俺はそっと寄り添っただけ。世知辛いね。

 

「これでも修羅場は潜ったつもりでね。抗う心は誰にも負けん」

 妥協はなしだ。なあんて、不思議な模様のマスクをつけそうな台詞だが。

 …妥協し続けてきた。最善を追い求めての妥協ってのは、心に傷をつけるもんだなあ。

 

「むう。私の悩みは、司令官への不信が原因だったのでしょうか」

 まあ俺に絶対的な信頼を寄せていたら、特に気にせず生きていたのかもしれないがね。

 春雨は彼女なりに生きているのだ。俺の盲目的な信者でもあるまい。

 

 当然の悩みであり、当たり前の流れでもある。しょうがないね。

「さてね。俺の語りで少しでも不安が晴れたなら、何よりだが」

「ふふ。ありがとうございます。はい」



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変化は小さく、されど着実にです

 彼女が俺から降りて、立ち上がり見つめてくる。

「ありがとうございます。司令官のおかげで、ちょっとだけ自分が好きになれました」

 改めてのお礼の言葉。姿勢良く。ぺこりと頭を下げてくれた。

 そのまま頭を上げれば、凜々しい表情の春雨がいる。

 

 小柄で愛らしい姿は美しきかな。柔和な微笑みが似合っている。

 歪みなく。淀みなき紅の双眼。美しい。凜としたその姿は、先程までの淀んだ雰囲気は感じられず。落ち込んだ様子は残っていない。

 

 静かに寄り添う春雨の、優しくも心強い佇まいを感じられた。

「こちらこそ。春雨の手助けが出来たならば良かった」

「はい!」

 うん。大した事も言えなかったが、少しは調子が戻ったらしい。

 やはり美少女には笑顔が似合う。春雨はとびっきり似合っているぜ。ふふふ。

 

 我ながら気障な台詞。絶対、口に出せない言葉だった。

「お礼と言っては変ですが、今日の夕食は私が作っても良いでしょうか?」

 窺う様な言葉。彼女らしい魅力的なお誘いだった。

 ふっ。俺の超人的料理技術は、まだまだ封印しておく事になりそうだな…! 

 

 などと、適当に思考を巡らせつつも。真面目に言葉を返す。

「ありがたくいただこう。期待しているぞ」

「お任せください」

 

 良いね。俺は春雨の丁寧さが好きだ。献立は何だろうな。楽しみである。

「ふふ。提督体験中なのに、やっぱり変ですかね」

「俺が作る時もある。気にすることはない。ただただ楽しみだよ」

 

「そ、そこまで期待されると不安だったり。がんばります」

 恐縮する春雨可愛い! これで料理が麻婆だったらね。しょうがないね。

「うむ」

「でも、でもでも。春雨に期待しててくださいね。――約束ですよ」

 

 困った様に笑う彼女。色々と意味が込められているのは、俺でも分かるさ。

 だからこそ堂々と、目を逸らさないで応える。

「約束するよ」

 駆逐艦・春雨。艦これ世界での在り方は、艦装の感じからして戦闘向けでなく。

 

 まあ、護衛や輸送が強調されているけど。たしか武勲も相当に優れていた筈。

 ならば、今彼女が憂いている問題も解決出来よう。練度が上がれば改二に至れるかもしれない。

 それこそ、加賀改二の前例だって在る。俺が知らない改二もあったんだ。

 

 春雨改二。どんな姿になるのやら。まだ改すら至っていないのに、話が早すぎただろうか。別に良かろう。心を咎める者なんていないさ。

「では、残りの仕事も頑張っていきましょう」「ああ」

 さあ、今日を終わらせよう。着実に一歩ずつ。強くなっていくんだ。



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春雨さんです 献身と丁寧の仮面です

 白露姉さんが、白露型の秘書艦作戦を提案してから三日目。姉さんの分も含めたなら、四日目が正しいのかな。

『今日の秘書艦は四日目っぽい!』

 ふふ。四番目と考えたら、夕立姉さんの方が良いんだろうけど。

 

 今日は私の日。駆逐艦・春雨の日が訪れてる。

 昨日の内から用意したお菓子と、水筒に淹れた紅茶を持って。私は執務室へと訪れてた。ドキドキとうるさい心臓を気にしつつ、がんばって大っきな声で入室する。

 

「春雨。入室いたします!」

 扉を開けて、部屋へと入った。

 出迎えるように司令官が佇んでいる。初めて見た時とは、似ても似つかない柔らかな雰囲気。静かで優しい黒目。どことなく力がある黒髪。

 

 一番印象が変わったのは、今も柔らかに浮かべる微笑。

 前見た時は、今にも死にそうな人だったのに。今では活力も感じてる。

 大っきな体は大樹みたいで、力強くも優しい佇まいだった。

 

 私個人としては、こういう雰囲気の人は好きだ。司令官としていてくれるのは、素直に嬉しい。

 だからこそ、無言で私を見てるのが気になった。なにかしちゃったかな?

 

「司令官…?」

 恐る恐る窺ってみれば、はっとしたように司令官が動き始めた。

 怒ってはいなかったみたい。良かった。自覚がない事で怒られたら、余計に傷ついちゃう。はい。

 

「何でもないんだ。とりあえずお茶にしようか」

 そう優しく言って、随分と慣れた様子で動こうとするけど。

 はい。実はもう用意してます。どう提案しようかな。

「その、あの」

 

 喜んでくれるのかな? 緊張と不安が言葉を続けさせてくれない。

 …臆病者ね。それこそ白露姉さんとかなら、元気いっぱいに言うだろう。

 私は、丁寧と言えば聞こえは良いけど。嫌われるのが嫌で、必要以上に固いだけ。

 

 ああもう。不安が出てきて、出せそうにありません。はい。諦めようかな。

「どうした?」

 司令官が、大っきな体をしゃがみ込ませて。私の瞳を見つめてくれる。

 

 幼子を安心させるみたい。ゆっくりとした言葉。落ち着いた声色は、浮かぶ不安を解消させる力があって。

 彼の大人な心を感じられた。暖かい。はい。姉さん達の言ってた通り。優しくて暖かな人みたいです。

 

「焦る必要はない。落ち着いて話してくれ」

 小さく笑み見せる姿は、私の緊張を解しきるには十分だった。

 一回だけ深呼吸して、用意してきた物を差し出しながら。

 

「…お菓子、作ってきたんですけど」

 クッキーと紅茶。話に聞いてたお茶会の品としては、貧相かもしれないけど。

 頑張って作って来ました。ほんとに頑張りました。どうかな。駄目かな。



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びくびくしてます

 仄かに出来た無言の間。司令官を見れば、どことなく呆けたようにしてる。

 虚を突かれた。と言えば大げさだけど。彼の予想してなかった行動なのは、何を言われずとも分かります。とっても気まずいです。はい。

 

 間違えちゃったかな。考えようによっては、司令官のお菓子を食べたくないからみたい。皆の話を聞いてるって、司令官も知ってる筈だよね。

 違う。違うけど……そう思わせてしまったなら私が悪いです。

 

 胸の傷むのを無視する。せっかく用意したけどなんて傲慢だ。悪いことをしたら謝らないと。このクッキーは後で適当に食べちゃおう。

「よ、余計ですよね!」

 司令官の目が見れない。恥ずかしくて、申し訳なくて消えちゃいそうだ。

 

 変に調子に乗ってしまいました。はい。もっと自重しなければ。

「ごめんなさい」

 慌てて頭を下げようとすれば、彼から言葉が返ってきた。

「ありがたくいただきたい」

 

 とっても嬉しそうな笑顔。思わず見惚れる程愛らしい笑み。なんとなくだけど、ちょっとだけ大人っぽい夕立姉さんみたいな笑み。

 無邪気の中に優しい雰囲気を。愛らしいのに強い笑顔。

「えっと、その」

 

 上手に言葉が返せない。今更だけど緊張してきました。

 これが美味しくなかったら、司令官は悲しむんだ。ちゃんと味見はしたけど、

『っぽい~』

 

 脳内の夕立姉さんもしょんぼりしてる。な、なんで夕立姉さんを想像しちゃうんだろう。現実逃避でしょうか。

 ここまで何も考えず。せっかくだからって作ってきちゃった。

 どうしよう。今更訂正も出来ない。失礼すぎるよね。

 

 迷う私に優しい微笑みを見せて――騎士がお姫様に跪くような。跪いて胸に手をつき、恭しい声で言葉が紡がれる。

「もし良ければ」

 

 にこりと優しい笑み。どことなくからかいの雰囲気も乗せつつ。私の瞳を真っ直ぐに見つめながら、司令官が真摯に言葉を紡いでくれる。

「君のお菓子をいただく名誉を俺に与えてはくれまいか」

 あ、あわわ! 似合いすぎです! きりっとした顔でそういうのは駄目です。はい。

 

 でも良い。こういうの好きです。はい。

「そんな、大げさですよ!」

 慌てて言葉を返してみれば、悪戯が成功したような顔で言うんだ。

「嬉しかったんだ。お茶も用意してくれて、本当に気が利く良い子だな」

 

 やっぱり夕立姉さんに似てる。こういう時の笑みがそっくり。

『春雨ってば可愛いっぽい!』

「…えへへ」

 色んな想いが重なって、不思議と胸が温かくなりました。はい。

 張り切って用意しましょう。司令官に喜んでもらいたいです。



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感想待ちの緊張です

 紅茶とクッキー。お皿にクッキーを盛り付けて、改めてお茶会の用意を済ませました。

「愛らしく作られているじゃないか」

 柔らかなニコニコ笑顔で、楽しそうにクッキーを見てます。

 

 ふふふ。形は満足してもらえたかな。はい。後はお味さえ気に入ってもらえたら、上出来と言える結果ですね。

「うさぎが好きなのか?」

 どことなく微笑ましいものを見るような、優しい目で聞いてきました。

 

 …胸がくすぐったい。ちょっとだけ切なくて、嬉しいような。自分の顔が仄かに赤くなるのを、羞恥と共に実感します。

 あんまりにも優しい声で、見守る人の顔で言われたからです。

「子供っぽいでしょうか」

 

 我ながら、どこか幼い趣味だとは思ってるけど。あの愛くるしいフォルムが好きです。はい。目の赤さもなんとなく共感だったり。

 思わず微笑んで言葉を返すと、大真面目な顔で返答してくれます。

「趣味は人それぞれだよ。ただ、そうだな」

 

 じ~っと、愛おしそうにクッキーを見ています。

 噛みしめる様に、心に焼き付ける強い眼差しです。

 司令官の深い感謝と喜びが伝わって、私も嬉しくなってきた。素直な喜びを受け取ると、贈った方も嬉しいんですね。一つ勉強でしょうか。

 

「春雨の手作りで、しかもこれだけ可愛らしいと。飾っておきたくなる」

 素敵な笑顔で、とっても愛らしい事を言ってくれました。

 だけど、食べてほしい。なんでしょう。ちょっとだけその、食べてほしいというのは。

 

 やっぱり何でもないです。努めて冷静さを意識して、言葉を返します。

「…それは恥ずかしいので。食べてほしいです」

「ふふふ」

 楽しそうに笑ってから、真摯な声で。

 

「了承した」

 言ってくれました。緊張が大分解けています。早く食べてほしくて、期待の方が上回った感じ。村雨姉さんじゃないけど。良い感じ。

「では、いただきます」

 

「は、はい! 召し上がれ、です」

 一口。司令官が嬉しそうに食べてくれます。

 さくさくと心地良い音が響きます。表情を見れば、苦みなどに顔をしかめる様子もなく。顔だけを考えるなら、失敗ではなかったと思います。

 

 ちゃんと、塩と砂糖は気にしてました。五月雨みたいなドジはありません。

 …時が引き延ばされているような錯覚。それでも、言葉が返ってくるまで緊張は解けきれなくて。ただ待っていると。

 ゆっくりと味わって、満足げに何度か頷いてから。

 

「ありがとう。これで何も怖くない」

 どこか消えそうな微笑みでお礼を言ってくれました。

「何の話ですか!?」

 思わず反応してしまうほど、妙に儚げな言葉でした。



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ささやかな望みです

「ふふっ」

 楽しそうにクッキーを食べてる姿。子供みたいに無邪気な、喜びを示す笑顔。

 どことなく。白露姉さんの言ってた事が分かる気がする。幼さを宿してる。素直な心が見える反応。

 

 胸をくすぐる。心地良い感じです。はい。…不敬かもしれませんが、無邪気に笑う司令官の頭を、優しく撫でてみたい。

 妹はいても、弟はいない。艦娘の在り方から考えれば仕方ないけど。

 ああ。そうだ。そういう意味では、お兄さんとしても。なんて。不敬すぎますね。

 

「よく分かりませんが、楽しそうで何よりです。はい」

 ニコニコ笑顔の司令官とお茶会を楽しんでると、唐突に。

「素敵なプレゼントを頂いたお返しがしたい」

 真っ直ぐ目を見ながら、暖かい声で言葉が続く。

 

「何か望みはあるか?」

「あの、えっと」

 ちょっと唐突すぎました。望み。望み…う~ん。

 姉妹艦がいなかったら、建造を望んでいたかもしれないけど。ありがたいことに、大切な姉妹達は全員揃ってる。川内さん達もいるし。

 

 何を望んでいるんだろう。いえ、私なんかが何を望んで良いのだろう。

「大丈夫だ」

 不安に落ちそうな私の心を、優しい言葉で解してくれました。

 

 いくら司令官でも、さすがに内心までは読んでないだろうけどね。でも、司令官の大丈夫はとっても暖かい。

 少しだけだけど。欲張りたがる私を許せそうです。

「俺を不義理な男にさせないでくれ。格好つけてさせておくれ」

 

 妙にきりっとした顔で、なんとも格好良い事を言ってくれた。

 最近、目元などが柔らかくなってるから。これまた妙に似合っていて。

 ふふふ。何でしょうね。ちょっと面白かったり。失礼かもですけど。

 

 ああ、そうだ。それならば。

「――健康に生きてください」

 柔らかな貴方のままでいてほしい。不敬かもしれません。軍神としては、認められないかもしれない。

 

 でも、それでもね。私は優しい微笑みが好きです。うさぎ型のクッキーを、楽しそうに食べてる貴方が好ましい。

「ふむ?」

 首をかしげる姿も微笑ましい。初めて見た時とは、本当に変わってます。

 

 やっぱり今の方が良い。接しやすいです。はい。

「姉さん達から話を聞いて、表情を見て」

 特に白露姉さんが一番。なんというか、わかり合ってると言いますか。

 

『いっちば~ん!』

 脳内の姉さんが暴走してます。はい。いっつも元気で大好きな感じです。

「皆、司令官を慕っています。私も、その」

 今日出会って、こうして受け入れてもらって。

 

 健やかに過ごしてほしいと願ってる。…私程度だけど。願ってるよ。

「ありがとう。春雨は優しい子だ。司令官として誇りに思うよ」

「えへへ」



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望みなくです。

 とても嬉しそうに微笑んでくれた。それを見る私も嬉しくなる。

 良かった。素直な心だったけど、失望されないで済んだ。…ああ。こうやって裏を考えてる時点で、私は悪い子なのでしょうけど。

 でも、本当に喜んでくれて良かった。

 

「だがしかし。それは俺が気をつけねばならん事」

 こほんと一つ咳払い。改めて、司令官が聞いてくれる。

「春雨自身の望みはないか?」

 

 私の望み。平和? どうだろう。求めても手に入らないなんて。思っている時点で、とっても寂しい願いですね。はい。

 愛情。姉妹達から受け取っている。友情。仲間達と共に紡いでいる。

 

 恋愛? それは、口に出すのも失礼すぎます。司令官と子を成したいかと言われれば、恐れや緊張で考えられもしません。

『春雨。好きだ』

 

 悲しいですけど。とても空虚な妄想でした。お互いの事を知らないのに、そんな言葉は虚しすぎます。なにかの代用品みたく、司令官を使うのは駄目です。

 考えても何もない。望みすらないのだから、やはり私は。はい。

 

「…正直に言えば、難しいです」

 ようやく出せた言葉は、折角の言葉を拒絶するようなものだった。

 幻滅されただろうか。いや、優しいから。きっとないのだろうけど。

 私は、私自身に幻滅し続けてる。

 

「そうさな。欲しい物でも良い」

 困った様に司令官が笑っている。ああ。気を遣わせてしまっている。

 申し訳ないなあ。適当に望みを出せたなら、それだけで場が収まるのに。本当に何もないんだ。ああ。恥ずかしいなあ。

 

「うさぎの人形とか、何でも良いぞ」

 クッキーの形だとか。考えてくれた優しい言葉に。

「えっと。その、あの…」

 

 望めない心が邪魔をしてる。頷けば良いだけなのに、色々と考えて立ち止まってしまう。

 いらないとは思ってない。絶対、もらえたら愛用する。愛らしい人形と一緒に寝てみたい。でも、でもでも。

 

 嫌になる。望んでしまうのが怖いんだ。

「いや。そうだな。春雨から望むのは難しかろう」

 迷い続ける私に理解を示し、とっても柔らかな声で許してくれた。

 仄かにすら落胆の感情が見えません。どことなく嬉しそうにも見えます。

 

「ごめんなさい」

 正直に言えばありがたかったです。これが村雨姉さんだったら、もっと上手にお話出来たんだろうな。やっぱり申し訳ない。

 

 献身的だとか、丁寧なんて言えば良い風に聞こえるけど。我欲がなさすぎるのも。

「そうだ。今日一日、提督業務をやってみるか?」

 唐突な提案。意図が分からない。ただオウム返しをしてしまう。

「て、提督業務ですか?」



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ゆらゆら心の提督業です

「うむ。仕事は少ないし、補助もしっかりとする」

 大真面目な顔での言葉。裏とかもなく。純粋に、今日を過ごすための言葉です。

 畏れ多いけど、興味深い提案。素直な気持ちを語るなら、司令官の仕事に興味はある。

 

 …出来る事が増えていけば、少しは価値が増えるんじゃないかなって。

 ああ自己嫌悪。司令官の好意さえ、善意さえ利用しようとするのだろうか。

 どうしよう。またどこか暗い思いが生まれてくる。どうしようもない。はい。

 

「春雨が慣れてくれればそうだな。俺が休みやすくなる」

 司令官の言葉は、渡りに船でした。

 昂ぶる期待と不安を胸に抱いて、おっきな声で返事をします。

「や、やってみます!」「よろしく頼む」

 

 

 改めて。司令官用の椅子に座って、執務が開始されます。

「何をすればよろしいでしょうか?」

 ドキドキと胸が高鳴る。椅子の質が秘書艦用と変わらなくて。何となくだけど、司令官の性格が出ています。…もしかすると、秘書艦の方が良い物かもしれない。

 

 特に意識もしないで。こうなってるんだから、司令官はそういう人なのだろう。ここまで話し合って、なんとなくは掴んでる。

「大まかな仕事はすませてある。前日提出された報告書を打ち込んでくれ」

 

「はい!」

 目の前のパソコンに、データを打ち込んでいきます。

 資材の変動。練度などの上昇。資材含めて、現在どれほどの戦力があるのか。

 それらの情報を打ち込み続けます。司令官の言葉通り。大した情報はありません。

 

 裏を返せば、ここまで安定するほど頑張った証拠。尊い結果を受け止めながら、静かに仕事を進めていきます。

 穏やかに流れる空気の中で、司令官から声がかけられます。

「この鎮守府の目的は分かるか?」

 

「はい。資材の回収ですよね」

 比較的平和な海域で、安定した資材の供給を目標としてる。

 それと平行して、戦力として駆逐艦を運用するべく。日夜訓練に勤しんでる。

 

 軍神と謳われる程の指揮能力。そうして、駆逐艦で唯一改二に至れた響。二人の特性を考えて、ここは駆逐艦の底上げも目的としてるんだ。

 今のところ、大きな成果は得られてない。誰も改二へ至れず。はい。

「よく勉強している。偉いじゃないか」

 

 だけど司令官は、焦りもなく無邪気に笑ってくれる。

「えへへ」

 だから私も笑い返します。褒められて嬉しい。我ながら単純な思考。

 

 調子に乗って言葉を続ける。

「任務の消化と、その報告も仕事ですよね」

「うむ」

 満足げに頷いてくれたのを見て、私も満たされながら仕事を続けてく。



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滲み出る欲です

「おお、昨日の成果は良いですね」

 二日前と比べれば、かなり増大してる。ドラム缶改二の影響? 新しい装備はやはり良いです。それとも皆の練度が上がってるからでしょうか。

 なんにせよ。成果が増えるのは良い事ですね。はい。

 

「皆の頑張りのおかげだよ」

 満足げに微笑む司令官も、どことなく上機嫌です。やはり、資材が増えるのは嬉しいです。ふふふ。私も頑張りたい。いえいえ。今は書類仕事を頑張りましょう。

 

 せっかく任せてもらったのだから、精一杯に応えたい。

 そうして、書類を処理し続けてくと。特徴的な字の物が出てきた。

 と言うより、率直に言えば汚い字。なのに丁寧な頑張りが見えて、レディとして振る舞おうとする彼女の姿が思い出せる。彼女もまた皆の為に。

 

 そんな頑張りを伝えたくて、小さく呟く。

「えっと。この字は…暁ちゃんですね。はい」

 司令官が微笑ましそうにしてる。良かった。ちゃんと伝わったみたい。

 

 

 そのままず~っと、仕事を続けていった。真剣に過ごしてたからこそ、どことなく司令官とも分かりあってきて。空気が緩んでく。暖かい。

 お昼前。自覚するより早く。私のお腹が勝手に鳴ってしまった。

「ぁ、う。ご、ごめんなさい」

 

 顔が熱い。恥ずかしくて消えてしまいそうだ。

 海の上にいる時はお腹なんて減らないのに、どうして、陸の上にいると減ってくるのかな。その、女の子特有のも。一月以上陸にいると出てくるし。

 

 …兵器と人間の在り方を混ぜ込んだ。歪な存在。それが艦娘です。

「よく頑張っているから気にするな」

 優しい司令官の微笑みが、なぜか少しだけ胸を痛めた。

 

 その後、お昼ごはんを持ってきてもらい。二人きりの昼食が始まりました。

「「いただきます」」

 声を合わせての食事。若い人には珍しく。真剣な表情で始まりの言葉を言っていました。文字通り、戦争経験が豊富な司令官らしいです。

 

 焼き魚の切り身を一口食べます。ほくほくな塩味が美味しいです。

 せっかく二人で食べているので、司令官に感想を伝えてみよう。

「あ、美味しいですね。はい」

 

「さすがは間宮達だ」

 それはそうなんだけど。ちょっとだけ対抗意識…なあんて。

 私らしくはありません。それでも、今は司令官の立場にいるのですから。少し位なら、らしくない宣言をしても良いのではないでしょか。

 

「ふふ。こう見えても、私も料理は得意ですよ」

「お菓子作りだけではないのか。頑張り屋さんだ」

「えへへ」

 狙い通りに褒められて、嬉しくも照れる感じでした。



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甘くとろけはじめてます

 ほんわか、ゆるゆると流れる空気。適当にお話したり、段々とお互いを許容しあうと言うか、本当に徐々に自然さが生まれてく時間です。

 そうして、のんびり暖かな食事を進めてると。

「実はだな」

 

 

 唐突に司令官が言葉を出してきた。

「はい?」

 さしこむような発言に、思わず呆けて問い返せば。

「秘書艦は提督の業務を支えなければならない」 

 

 神妙かつ真剣な眼差しでの言葉。どことなく重みも感じます。

 どうしたのかな? 何か大切なお話があったのかな。

 私も応えて、真面目な雰囲気で言葉を返します。

「は、はい。そうですね」

 

 改めて言葉にするまでもなく。当然だと思う。

 だからこそ今の状況が面白くて、どこか違和感もあるけど。悪い気分ではありません。ふふ。司令官デビューです。

「故にこそ。提督は秘書艦に甘えなければならないとも言える」

 

 言葉を変えるなら、今の私は司令官に甘えないといけない?

 だっこしてもらったり、ぎゅ~ってしてもらったり。――褒めてもらえたり。

 い、いやいや。それは曲解しすぎなような。ただの、私の欲望でしょう。

 

「どういう意味でしょう?」

 落ち着いて問い返すと。

「つまりだな――あーん」

 司令官が思わぬ行動を、所謂恋人同士がするみたいに。

 

 私に食べさせようとしてる。ああ、いや。はい。えっ?

「えっ、えっ!?」

 ようやく心が状況を教えてくれました。気付きました。

 

 今私は、司令官と変な感じになってます!

「嫌だったか…?」

 しょんぼりと落ち込んで、目が虚ろになってる。心底から落ち込んでて、これが演技じゃないのは一目で分かりました。

 

 う、ううっ。恥ずかしい。照れます。どうしてこんな事に。色んな想いはあるけど。

「ん」

 食べてさせてもらいました。…ああ。暖かい。同じ料理を食べているのに、何も素材は変わってないのに。

 

 とっても嬉しそうに笑う司令官を見てると、より一層美味しくなってる。

「…不思議と、食べさせてもらうと一層美味しいです」

「うむ」

 

 満足げに落ち着いてる姿。ニコニコと笑う顔は、無邪気な子供みたい。

 兄みたく、そうして弟のような矛盾した人。いやいや。司令官です。それは、分かってるのだけど。

 

 ちょっとだけ、ほんの少しだけ勇気を出して踏み込んでみよう。

「ではその。司令官は逆に、秘書艦にご褒美をあげるべき。ですよね?」

 我ながら大胆な発言でした。でも、今更止まれないし。

 

 何より自分自身が、初めて止まりたくないと思ってる。

「うむ?」

「あ、あーん」

 今度は自分から、司令官へと動き始めました。



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自己嫌悪の檻です

「あむっ」

 司令官が食べてくれます。なぜだか自然な反応。他に食べた事があるの?

 不思議。その姿は微笑ましくて、やっぱり弟みたいです。

「もっと食べます?」

「いただこう」

 

 食べさせ合う時間。緩んだ彼の顔は、生来の優しさと温かさが滲んでいる。

「美味い」

「ふふ。誰かの手で食べると、本当に味が変わりますね」

 

「…きっと春雨のおかげなのだろう」

 誇らしげで嬉しそうな言葉。ふふ。可愛いと思ってしまう。

「ですかね。ありがとうございます」

 

「こちらこそだな」

 本当に弟みたい。頭を撫でればどんな顔をするのかな。

『春雨姉さん』聞いてみたい。うんと甘やかしたい。

 

 不敬。だとかがどうでも良く。こうして触れ合ってると本当の家族みたいで。

 男の子の、いや男の人と言うべきなのでしょうけど。男の子の家族は初めてだ。

 ああそうだ。今は私が司令官なんだっけ。だから、もっと触れ合って良いんだったよね。はい。ふふ。さすがに頭は撫でないけど。

 

 この時間は、許されてるんだっけ。

 食べさせ合い。食べさせ愛なあんて。馬鹿みたいな思考が生まれてる。

 恋愛? 家族愛? それとも、性愛なんて。あはは。馬鹿みたいだ。本当に馬鹿みたい。

 

 私なんかが、こんなにも強い人に認められるわけない。

『本日を以て駆逐艦春雨は解体する』

 何度も夢に見た言葉。悪夢。無能な私は解体されて、ほんの僅かな資源しか残らない。燃え滓よりも意味がない。何も残せずただ消えるだけ。

 

 嫌だ。やだ。嫌だ! ここにいるよ。駆逐艦・春雨じゃなくて。ただの私が、艦娘の春雨がここにいるのに。

 どうして弱いの? どうして最前線で戦えないの? 大切な姉妹達がいるのに、こんなにも脆くて。改にすら至れず。改二なんて夢の又夢。

 

 時雨姉さんと違って、私には確固たる先が見えてない……ずるい。ははは。ああ。最低な気分。

 色んな喜びがあったからかな? こうして、軍神とまで謳われた人と、のんびりとした日常を送ってるからかな?

 

 今日は、どろどろと黒い気持ちが出てくる。嫌だなあ。良い子でいたいのに。

 必要とされたい。褒められたい。認めてもらいたい。ここにいるんだって叫びたい。

 駆逐艦・春雨。武勲こそあっても、艦娘としての在り方は補給の面が強く。

 

 これが白露姉さんなら。

『いっちば~ん!』

 笑いながら皆を守れる人だ。私とは違う。丁寧と言えば聞こえは良いけど。ただ臆病に竦んでるだけです。

 

 もちろん、大きな能力差はないんだろうけど。結局、駆逐艦止まりには変わらない。

 でも仕方がない。分かってる。分かってるんだけど。

 この日常が愛おしすぎて、仄かに狂い始めてる私に気付いてた。



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本音が見え始めて、です

 ゆるく流れる昼食後の時間。お腹いっぱいの暖かさと、仄かな眠気で微睡むような。

 とても穏やかな時間です。隣同士で座ってるので、なんとはなしに司令官の顔を見てしまいます。

 こころなしいつもより柔らかく。ちょっとだけ眠そうです。はい。

 

 可愛い。こうして落ち着いてると、本当に優しい顔立ちをしてます。

「俺の顔に何かついているか?」

 ニコニコと優しい笑顔。真っ直ぐに私の目を見つめてきます。

 

 曇りない黒目。奥底には陰りが見えるけど、初めて会った時より明るい眼差し。本当に司令官は明るくなりました。

「い、いえ。その、はい」

 

 上手に言葉を返せない。先程のやり取りもあって、妙に照れてしまいます。

 …司令官は唐突すぎるんです。なんて、責めるような気分になるのも。

「ふふ。今は春雨が提督なのだから、俺に気を遣いすぎる必要はない」

 そうです。私が司令官を担当してるから。はい。

 

 やり始めた頃よりは慣れましたが、まだ仄かに緊張が残ってます。

「望みがあるならば命令すると良い」

「えっと、その」

 目の前にいる人へ望んでも良い。そんな状況が初めてで、恐縮するばかり。

 

 大好きな姉妹達にもそうですけど、私は遠慮する事で生きてました。姉達は、たまに寂しそうでしたが。基本的にはそうしてます。

 でも、今は違う。甘えてこそだと彼は語る。どうしよう。

 

「先程の食事もそうだ。提督は秘書艦に甘える。その代わりに仕事が出来る」

「そういうものですか」

「そういうものさ」

 アレは違うような。若干、司令官の好みが入ってた気もします。

 

 悪い気分でもないけど、恋人っぽい。夕立姉さんならきっと。

『二人は仲良しっぽい!』

 と笑いながら騒ぎ始めるでしょう。愛らしい姉さん。

 

 ふふふ。今だけは姉さんの真似をして、素直に甘えられる自分でありたい。

「では、その」

 がんばって言葉を返そうとする私へ。本当に優しい笑顔で司令官が言います。

「何でも良いぞ。肩もみから買い出しまで」

 続く言葉は妙に気取ってて、なのに似合う格好良い表情で。

 

「今日一日全てを使って、貴女を支える紳士になりましょう」

「…一日だけですか?」

 今日が終わったら、また認められない日々が来るの? 司令官には褒められないの?

 

 ――ぽつりと零れた言葉は、とっても恥ずかしい心を伴ってました。

「ふふふ。望むのならばいつまでも」

 き、消えてしまいたい。慌てて訂正します。

 

「じょ、冗談です! …はい」

「そうかね」

 見透かすような静かな黒目は、私の奥底すら見ているようでした。



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紅色のお茶です

 気恥ずかしさが言葉を滑らかに。お願いの躊躇いをちょっとだけ消してくれて。

「それなら、その」

 心から滑るように、小さな声で言葉が零れます。

「改めてお茶を淹れてきてほしいです」

 

 私の言葉を聞いて、司令官が恭しく礼を返します。

 まるで執事みたいで、心くすぐるのと同じ位。寂しい気持ちになってしまう。

 違う。そういうのじゃなくて、ふざけ合うみたいに。触れ合いたいだけ。

 

「承りました。紅茶と緑茶、どちらにいたしましょう」

 言葉もそうです。とっても距離を感じます。触れられるほど近いのに、仲良くなれたと思ってるのに。

 

 そういう接し方は、心寂しくて冷たく感じてしまいます。

「紅茶が嬉しいです。それと…」

 ここは譲れない。譲りたくない所。だから、堂々と目を見つめて言います。

「敬語はいやです」

 

 強い言葉なのは分かってるけど、司令官は微笑んで言ってくれます。

「ん。それじゃあ淹れてくるよ」

 柔らかな微笑を見せてから、するりと自然な動きで司令官が出ていきました。

 

 そうして、紅茶を淹れてくれて、戻ってきてくれます。

「どうぞ」「ありがとうございます」

 美しい紅のお茶。紅茶の名前通り。とても綺麗な色合いです。

 

 私の瞳みたい。なんて言うのは、少し自惚れが過ぎるでしょうか。姉妹の皆は、私の目を綺麗だと言ってくれたけど。この紅茶の方がきっと美しい。

 ふわりを香る湯気。花開く素晴らしい香気。澄んだ色合いは素直に心地良い。

 

「わあ! とっても良い香りですね!」

 匂いだけで味が分かる。鮮烈で、それでいて柔らかく響く香り。

 どうすればこんなに良い香りが出せるんだろう? 茶葉の質に変わりはないと思う。淹れ方だって、私なりに学んでる。

 

 でも、司令官が淹れた物の方が遙かに優れてる。う~ん。すごい。

「喜んでもらえたなら何より」

「何か淹れ方にコツでもあるんですか?」

 

 個人的にとっても気になります。私が出来るようになったら、姉妹達や皆にも振る舞える。ふふふ。

「基本をしっかりと守ること。後は慣れだ」

 

「ふむう。職人技ですね」

 積み重ねられた技術の結晶。尊い宝物ですね。…そう出来る生活の中でも、軍神とまで言われるほど強くなって。

 

 才能が違う。運命が違う。そう言い切ってしまえば楽で。今まで私なら、暗い思いは抱えつつも。丁寧さの仮面で隠せたのでしょうけど。

 こうして無邪気に笑う貴方を見てると、どうして、弟とか子供とかのにも見えて。

 

 ぎゅ~っと。胸が締め付けられる想いを感じるのでしょう?

 想いにうながされて、言葉が続きます。

「司令官も飲みませんか?」



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知らぬ内の勘違いです

「俺は大丈夫だ」

 優しい微笑みを浮かべたまま、自然な流れで断られた。

 とっても自然で、繋ぐ言葉が思いつきません。

「あ、そうですか」

 

 今の司令官の感じは分かります。でも、もっと近くにいてほしい。

 もっとお話ししたい。願ってしまうのは、私の我儘だよね。せっかく司令官がこうしているのに、どうして、今日の私はこんなに我儘なのでしょう。

 姉さん達の話が羨ましかったから? もっと、もっと望んでしまうの?

 

 これはいけません。いけないことです。そうでしょう。そうに決まって。

「…しかし、立ちっぱなしも疲れた。隣に座っても良いか」

「もちろんです!」

 

 こ、心が読めるのでしょうか。いえ逆に読んでくれたのならば、司令官からの気づかいです。嬉しい。えへへ。

 こんなに甘やかされて良いの? 不安と期待が膨れ上がって、どんどん胸が高鳴ります。暖かい。もっと。もっと、望む心が止まらない。

 

 司令官が隣に座ってくれる。でも、お互い端っこに座ってるから。ぽっかりと真ん中が空いてます。私から行っても良いけどね。今は、司令官から動いてほしいな。

「もう少し近くに座りましょうよ」

 大胆に言葉を出してみると。

 

「そうだな」

 特に動揺や躊躇もなく。司令官が距離を詰めてくれました。

 肩同士が触れ合うほどの近い位置。じんわりと彼の体温が伝わるみたい。

 息が聞こえます。耳を澄ませば、心臓の音すら聞こえる気がして。生きてる。そうだ。お互いに生きてる。

 

 ただ距離を近づけただけなのに。喜びが一気に増していて。

 我ながら単純だなって。笑いそうになる。

「えへへ。良い距離感ですね」

 思わず言葉が零れちゃいました。ちょっと恥ずかしい言葉です。変な発言です。

 

 恐る恐る司令官を見ると、仄かに照れた風な微笑み。ふふ。珍しい表情。なんとなく可愛らしくて、いじわるしたくなる。そんな顔。

「次は、えっと」

 もっと、なんて望んだのだから。精一杯の勇気を振り絞りましょう。

 

 この時間を与えてくれた彼と、この時間で得た想いを教えてくれた姉さん達。皆の心に、私なんかが望んでるのだから。

 緊張でぎこちなくなるのは分かってて、不安で、怖くて。でも。

 

「か、肩を揉んで。なんて。あの、その。…はい」

 恥ずかしすぎる甘えの言葉を出しました。我ながら、何様なのでしょう。

 司令官の方がお疲れです。何より、艦娘に触れるのなんて嫌でしょう。誰が好き好んで、己をあっさりと殺せる者に触れたがりますか。

 

 怖いはずです。軍神とさえ言われていても、司令官は人間なのですから。

 …でも、姉さん達は触れ合ってもらった。だから私も。

「遠慮する必要はない。喜んで揉ませてもらうよ」

 返答は期待を遙かに超えて、とても柔らかな響きが乗っていました。



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神業です

「それなら改めて」

 司令官が立ち上がろうとします。…距離が離れちゃう。貴方を近くで感じたい。

 なんて。どこか呆けた言葉ですね。それでもと望む心を、今度も無視はしたくないから。

 

「いえ、えっと。座っててください」

「む?」

 のんびりと座って待つ彼へ。精一杯の心を振り絞って、座る。

「よいしょっと」

 

 座った瞬間、ほんの僅かな間だけ硬直したけれど。すぐに受け入れてくれた。

 暖かい。がっしりとした体が、私の重みを受け入れてくれる。

 すぐ後ろで息が聞こえる。体温を強く感じてる。ふふふ。幼子が父に甘えるような。不思議で、妙な光景かもしれないけどね。

 

 とっても落ち着く姿勢。今日話したばかりなのに、もうすっかりと懐いてる。変だけど、悪い気分じゃない。

「…重くないですか?」

「軽い位だよ。気にする必要があるとは思えない」

 

 強がりには聞こえなくて、一応は乙女として嬉しかったり。

 ふふ。やっぱり今日は変な私です。いつもだったら、こんなに大胆な事はできないのにね。今日だけ。今日だけだから。

 

 誰に言い訳をしているんでしょうか。自分の心にですかね。

「えへへ。ありがとうございます」

「それじゃあ肩を揉むぞ」「お願いします」

 改まって、肩もみの時間が始まってくれます。

 

 司令官の両手が肩に添えられて、力が加わってきます――ふわあ。と、とける…! じんわりと熱がひろがって、あ、あ~、これ、これやばいです!

 何ですか! なんで司令官はこんなに癒やし上手なんですか! 錬磨された技術が、凝り固まった体をほぐしてく。

 

「あ、そこ、です。う~、あったかい。気持ち良い、です」

 脳みその奥底がとろとろになりそう。ふわ~っと安らぎが広がって、と~っても気持ち良いです。ああ…寝ちゃいたい。委ねて眠ってしまいたい。

「うむ」

 

 これだけの絶技を披露して尚、全然威張る感じもなく。

 ただただ自然体。当たり前に覚えたのでしょう。

「司令官は、ほんとにがんばりやですねえ」

「そうか?」

 

 きっとだけどね。司令官個人の技量を褒めても、素直に受け取ってくれません。

 軍神としての功績だとかは、受け取ってもらえるのでしょうけど。今、私が伝えたいのはそんなんじゃなくて。

 

「私たち姉妹と、ちゃんと話してくれてます。嬉しいです。はい」

「俺も楽しいからな。だから、こうやって接しているんだ」

 優しい言葉。体勢で見えませんが、絶対に微笑んでくれているだろうな。

 

 暖かい。肩もみだけじゃなくて、言葉でも暖めてもらいました。

「良かったです」

「ん」



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仮面は取れて、滲み出る弱さです

「しかし、頑張り屋と言えば春雨もそうだろう」

 優しくも力強く。司令官は肩を揉んでくれる。固まった緊張がほぐれて、全身の血液が喜んでます。とっても良い気持ちです。

 

 このまま時間が止まってしまえばなんて。ふふふ。そんなレベルの安らぎでした。

「こんなに肩が凝る位頑張って、日々過ごしているのだろう」

 強い肯定と仄かな心配が乗せられた言葉。彼らしい、とても優しさに満ちた声でした。胸が温かくなるのと同じ位、心が静かに痛み始めます。

 

「…そう、ですかね」

 私は、司令官に認めてもらえる程の頑張りが出来てるのかな。

 まさか強く否定もしないけどね。けど、自分ではよく分からないよ。

「私は皆みたいな、強い意思がないので」

 

 それこそ響ちゃんとかなら、強く凜々しい姿で佇んでる。

 私みたいにおろおろとはしてない。丁寧さと優しさを見せつつも、静かに揺れない強い人。きっと彼女は、戦うために必要な心を持ってる。

 

 私とは違う。違うんです。貴方に褒められるような艦娘じゃないの。

「できる限りを、自分に許された狭い範囲を過ごしてるだけです」

 とっても小さくて狭い範囲で、日々を過ごしているだけ。

 英雄と語られる司令官とも、不死身と謳われた響ちゃんとも違う。

 

「それが偉いんだ。誰だってそうだよ。許された範囲を過ごしている」

 どうして、そこまで褒めてくれるんだろう? 私が弱いからかな。褒められないと、認められないと駄目だって。思われてるのかもしれない。

 

 ああ。弱さが滲んできてる。そんなわけないのにね。しみ込んだ劣等感と、生来の臆病さが合わさってる。…兎は臆病者。逃げ惑うだけの。

 なんて。私は兎じゃないけれど。そんなに可愛くないもの。

 

「だけれども、俺は春雨の頑張りが好きなのさ」

 好き。好き。淡い言葉。信じるには、私の弱さが許してくれません。

 司令官も分かってるから、語りは力強く止まらない。

「君の姉達から色々と話は聞いている。春雨の活躍を知っているよ」

 

 姉さん達はそうでしょう。いっぱい褒めてくれます。妹だからです。

 可愛い妹達も、自惚れでなければ慕ってくれてます。嬉しくて、私も可愛がってます。でもね、それが司令官に認められる理由になるの?

 

 私は弱い。弱いんだ。

「だから、甘えてくれたまえ。姉達だからこそ、遠慮する時もあるだろう」

「…良いんですか?」

 

 弱さを見せて良いのだろうか。この奥底に眠る劣等感を、認めてほしい心を、貴方に見せても良いのかな。

「俺がそうしてほしいんだ」



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褒め殺しの極地です

 とても恥ずかしく。今までの私だったら、絶対に言えない言葉。

 おねだりする。恥ずかしくてたまらないけど、弱さを貴方に見せます。受け止めて…なんて言えないけどね。

「…じゃあ、ぎゅってして」

 

「うむ」

 応えてくれて、優しく包み込むように抱きしめてもらえる。

 司令官の体温を感じる。息づかいがはっきりと聞こえる。背中に、力強く鼓動が伝わってる。ああ嘘みたい。頭が熱い。ぼ~っとしてきた。

 

 こんなに力一杯褒められるなんて夢みたいで。段々と止まれなくなって。

「ほめて。いっぱい頑張ったから、今日の為に頑張ったから」

 頑張ったよ。いっつも頑張ってるの。認めて、褒めて。褒めてよ。

 いつだって怖いんだよ。戦うのは、生きてくのは怖いんだ。

 

 どうして私は、艦娘なんだろう。船の記憶はある。あるけど、確かにここで生きてるのにね。

「クッキー、美味しかったぞ」

 耳元から伝わる甘い言葉。くすぐったくて、でも逃げたくない愛しい言葉。

 

「気遣ってくれたのも嬉しかった。本当に優しい子だ」

 見てくれてる。私を認めてくれてる。嬉しい。嬉しくて、たまらなくて。

 胸が熱い。私の小さな体いっぱいに、嬉しいが広がってるみたいだ。

「提督の仕事も頑張ってくれたな」

 

 それは司令官が頑張ってる姿を知ってたから。私も、って頑張れたんだ。

「皆を思って、仕事に取り組んでくれていたのを俺は見ていたぞ」

 静寂に広がる褒め言葉。心に響く色を帯びて。ん。うん。ありがとう。

 

 そう返そうと思ったら。

「小さくて可愛い」

「えっ!?」

 全然予想してなかった言葉。可愛いって。わ、私艦娘なんだけど。

 

 あ、ああ。そうだよね。うん。大っきなクマさんも強いけど、よく見れば愛らしい気もするし。そういう感じかな。はい。

 抱擁が強くなった。逃げられない。…逃げるつもりもないけどね。

 

「手入れの行き届いた桃色の髪が、撫で心地が良い」

「ぁ、ぅ、その…が、頑張って手入れしてるから」

 なんか違う! 嬉しいけどね! ぐらぐらと頭が沸騰してるみたい。

 

「ん。撫でて良いか?」

「…どうぞ」

 司令官の掌が私の頭を撫でる。し、心臓が壊れそう――だけど、不思議と落ちつく。

 ふふふ。とっても優しい手のひら。暖かいなあ。

 

「くりっとした瞳が綺麗だな。ずっと眺めていても飽きないぞ」

「司令官の目も綺麗だよ?」

 夜の海みたいに落ち着いた眼差しは、宝石みたいで綺麗。

 

 姉さん達と接してから、一段と目の輝きが強くなってる。格好良いと思います。はい。

「ありがとう」

 さらりと受け流して。

 

「声が良い。愛らしく、切なくなる甘い声色だ」

 またまた褒め言葉が続いてく。これが虚飾だったら分かるけど、全部本気で真っ直ぐな言葉。

「い、いっぱいあるんだね!」

 

「まだまだいっぱいあるぞ。そうだな」

「え、えっと! もう大丈夫! …はい」

 これ以上聞いてると、羞恥で燃え尽きちゃいそうです。

「そうか」



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零れ落ちた本音です

 ゆだった頭。ぐらぐらに揺れる意識。心が蕩けていく。ああ、私は何を言おうとしてるのだろう。でも良いでしょう。もう良いでしょう。こんなに甘えきって、貴方は私を許してくれたから。

 だからこそ、私から本音を零しましょう。そうしたい。そうしたいの。

 

 振り返る。貴方の目をしっかりと見つめて、このドロドロな心を徐々に言葉へと。

「司令官は褒める達人ね」

「春雨が尊いからさ」

 何の迷いもない言葉。柔らかな微笑を乗せての、とっても優しい心。

 

 暖かい。嬉しくて笑いそうだけど、今は聞かせてほしいことがある。

「…口が上手なんだから、もう」

 嬉しくて悲しい心。本音を全て聞かせたら、貴方に全部問いかけたら。

 

 この時間が消えてしまうのかな。ああ。それはやだ。いやだけど、この時間に意味を持たせたい。

 笑う。精一杯の思いを込めて、小さな背にいっぱいの想いを込めて。

「ね。私ってほんとに役立ってる?」

 

 弱い艦娘。遠征に使うしかない艦種。駆逐艦の名前に劣って、戦場から駆逐された艦娘。

 正反対の意味になっちゃった。笑えない。笑えないよ。

 

 …もちろん戦えはするよ。雷撃戦では戦艦にだって負けないし、空母と違って、素の状態なら潜水艦とも戦える。川内さんじゃないけど、夜戦なら私たちに利が生まれる。

 それでも、脆いんだ。一撃貰えば動けなくなって、あっさり轟沈する程に脆く。

 指揮する司令官への負担が重すぎて、駆逐艦の運用は難しいと結論づけられた。

 

 駆逐艦でなければならない理由なんて、どこにもないんだ。

 …それこそ、かつての貴方みたいに。首席故の実験的な試みとして、響ちゃんと運命を共にする。とかでもなければね。

 

 私たちの活躍の場は少なく。意味は殆どないのかもしれない。

「補給の大切さは知ってるよ。魂にしみ込んでる」

 燃料消費とかを考えて、私たちは遠征にもっとも適性のある艦種。

 裏を返せば、出力が弱すぎるんだ。

 

「でもね。今は、敵を殺せる者が必要」

 そう。状況が許してくれない。自分を許してあげられない。

 目の前の貴方を見る。どこか困った様な、泣き出しそうにも見える。

 

 深く。静かに佇む黒色の瞳。夜の海みたく底が見えなくて、全てを受け入れる優しさが見えた。だからこそ、言葉は止まってくれない。

 止まらないで、終りまで続くんだ。

 

「どこまでいっても、私は改にすらなれない弱い者」

 空母や戦艦とは違う。貴方の戦いに役立てない。

 ねえ、聞かせて。神とまで謳われた貴方は、私に何を伝えてくれるの?



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力強い返答です

 とっても残酷な問いかけ。艦娘が、戦う者がしていい問いではない。

 失望されただろうか。それでも私は目をそらさず。貴方の瞳をまっすぐに見る。

 黒い目に強い光が宿るような。彼もまたまっすぐに私を見て。ただ淡々と。

 

「ならば俺が、俺達が強くしようじゃないか」

 強くなれるって、駆逐艦たちが強くなれるって信じてくれるの?

 …響とは違うんだ。そう言いたい。言ってもいいかな。今更、止まれないし止まりたくない。

 

「今弱いのだろう。戦場に呼ばれないのだろう」

 その通り。脆くて死にやすい私たちは、優しい人たちが戦いを認めてくれない。

 死にたいとは言わないよ。生きていたい。それでも、他ならぬ仲間に危険を押し付てまで、平穏にいたいとは思えない。

 

「だから、己が存在を認められないと言うのならば」

 言葉は続く。どこまでも自然な声色と、どこか諦観をにじませた顔で。

「強くなれば良い。鍛えれば良い」

 

 結びは単純な真理だった。うん。その通りだよね。一瞬で解決なんてできなくて、だから、私も尋ね続けるんだ。

「駆逐艦が強くなれるの?」

 

「響を見ろ。鍛え続ければ、戦い続ければ確実に強くなれる」

 不死鳥の名にふさわしい歴戦の猛者。凄まじい密度の戦闘経験は、彼女の死を許さない。弾が勝手に逸れていくほどの能力と、危険に対する嗅覚が優れてる。

 

 一度だけ演習を見たことがあるけど、隔絶した差を感じてた。

 そうして、彼女とは違う。と言いたい私の心すら抱擁するような、とてもやさしい笑顔で言葉は続く。

 

「一歩ずつ前に進もう。そうすれば、必ず先へ行けるから」

「…でも時間は待ってくれないよ。運命はいつだって残酷なんだから」

 ああ。これもまた残酷な言葉だ。嫌われてもおかしくはない。私自身が、自分を嫌いになりそうな位。

 

 なのに貴方は、どこまでも強く曇りない眼で言う。

「――その時は俺が全力で抗うさ」

 軍神の風格。思わず奮い立ってしまう程の雰囲気。

 一軍の長として、神にまで至ったと言われてる人なのだ。凄まじい。

 

「頼りにしてくれたまえよ」

「…頼りになりすぎますね」

 本当に。ここまでの優しい時間が、似合わないのではと思う強さ。

 

 それが悲しいと思えるようになったから、きっと、今日の一日はとても大切な時間だったのだろう。

「これでも修羅場は潜ったつもりでね。抗う心は誰にも負けん」

 

「むう。私の悩みは、司令官への不信が原因だったのでしょうか」

 そんなつもりはなかったのですが、結果としてそんな感じです。

「さてね。俺の語りで少しでも不安が晴れたなら、何よりだが」

「ふふ。ありがとうございます。はい」



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約束をここに、です

 とっても名残惜しくて、降りたくなくて、ずっと包まれていたくて。

 許されるならもっと座ってたいけど。

 …司令官のお膝から降りました。はい。

 ふふ、強くなるには自分の足で立たなくちゃね。

 

「ありがとうございます」

 もう一度お礼をつげて。続く言葉は仄かな躊躇いが残ってるけど。

 残ってる私も含めて、貴方にこの想いを伝えたい。

「司令官のおかげで、ちょっとだけ自分が好きになれました」

 

 弱い自分。揺れる考え方。丁寧な在り方もずっとは出来なくて、心が零れちゃった今日。

 でも、強くなれる。なりたいと思えたんだ。こんなにも甘えさせてもらえて、認めてもらえた。だから頑張れる。私は春雨を続けていられる。

 

「こちらこそ。春雨の手助けが出来たならば良かった」

 とても嬉しそうな司令官の言葉を受けて、私もげんきいっぱいに返事をします。

「はい!」

 

 ニコニコとお互いに笑って、のんびり過ごす時間も好きです。けど、時間は止まらないので、今日を進めていきましょう。

「お礼と言っては変ですが、今日の夕食は私が作っても良いでしょうか?」

 

「ありがたくいただこう。期待しているぞ」

「お任せください」

 私特製の、麻婆春雨をごちそうしましょう。ふふふ。びっくりしてもらえるかな。

「ふふ。提督体験中なのに、やっぱり変ですかね」

 

 司令官が作るのは良いのかな? でも作りたいな。

「俺が作る時もある。気にすることはない。ただただ楽しみだよ」

 きっと司令官手製のお食事も、とっても美味しいのだろう。

 

 お菓子作りであそこまで上手かったからね。はい。今日は私の頑張りです。

「そ、そこまで期待されると不安だったり。がんばります」

「うむ」

 ここでいつもなら会話が終わって、次の話題になってた。

 

 だからこそ今はさ。胸を張って堂々と、とくとく高鳴る鼓動を認めながら。

「でも、でもでも。春雨に期待しててくださいね」

 ずっとね。応えて魅せるから。強くなるから。貴方の笑顔が見たくて、私からとびっきりの笑顔を浮かべて。

 

 真っ直ぐに、司令官の真似をして本当に真っ直ぐに。言葉を紡ぎます。

「――約束ですよ」

「約束するよ」

 ああ。絶対に司令官の約束なら、破られる事はないのでしょうね。はい。

 

 強くなろう。弱い私を認めて、こんな私を愛してくれる皆に応えたい。期待してくれた貴方に応えたいから、もっと頑張ります。

「では、残りの仕事も頑張っていきましょう」「ああ」

 手始めに今日はお料理を頑張ろう。司令官のほっぺが落ちる位のを作るんだから。



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夕立さんとの 満を持しての登場でした

 春雨との誓いを超えて、翌日。今日も今日とて白露型との暖かな時間。

 さあ、今度は五日目。五と言えば、名前にも入っている通り。ドジっ子の極みにして、尽す系の可愛い彼女。そうさ。

 白露型駆逐艦・六番艦の彼女。五月雨が。

 

「夕立、入室します!」

 ――腰まで伸ばした黄色の髪。不安に揺れて涙がにじむ緑色の瞳。宝石みたいだ。すらりとした手足。緊張に竦んでも、どこかお嬢様みたいな柔らかな雰囲気。

 元気いっぱいの少女と知らなければ、深窓の美少女なんて言葉が似合いそうだ。

 

 しかし、色々と知る俺があえて他の動物に例えるなら、不安げに揺れるゴールデンレトリバー。それは俺が、彼女に艦これの夕立を投影しているからなのだろうか。

 ああ。ああ。…えっ!? ゆ、夕立だ。夕立だ!!

 夕立だ~!! い、いやね。皆が嫌だったわけじゃ絶対にない。ないんだけど。

 

 彼女は、夕立は別格過ぎる。俺が最もお世話になった駆逐艦娘で。響とかに悪いけど、この世界でも、いずれ最強の駆逐艦に至るとすれば彼女なのだと。

 確信しているんだ。それはまあ、前世の記憶も込みの話だが。こうまで戦い続けた一個人としても、彼女の内に眠る本能は期待している。

 

 というか、そんな実利を完全に無視しても。

『提督さん。ほめてほめて!』

 やばいやろ!! やっばいやろ!! あ~わしゃわしゃと頭を撫で回してえな。ゲロ吐くほど嫌いな戦闘指揮も、彼女の笑顔が見られるなら良いもんだぜ。

 

 ふふ。これが響とかなら。

『戦闘を終了した。帰還するよ。司令官、お疲れさま』いっぱいちゅき。

 ふう。彼女の事を思い出して落ち着いた。…響が恋しい心もあるらしい。

 

 いやしかし。ど、どうした。何があった。色々と問いかけたくなるのだけど。

 滅茶苦茶緊張している彼女を見て、俺から変に問いかけてしまうのは不味い。何度も失敗して学習した。俺も成長しているんだ。

 おっけい。クールになれ。落ち着け。自然な流れで行こう。

 

「今日はよろしく頼む」

「よ、よろしくお願いしますっぽ……」「ぽ?」

「ぽ、ぽ、ぽ」

 

 八尺さまかな? ああでも、夕立と白ワンピースってやばいな。破壊力がありすぎる。お日様が輝くひまわり畑とか。最高だ。いつか見てみたい。

 でもまあ、今の俺と夕立がそんな状況になるのは創造がつかないぜ。天地創造だぜ。わけが分からん。…俺としてはなあ。

 

『お願いするっぽい!』

 って、元気いっぱいに言ってほしいわけだがね。仕方ないね。

「ポメラニアンは可愛いですね!!」

 

 ぐるぐると模様が見えそうな程の混乱を乗せて、唐突な叫びが部屋に響いた。

「そうだな」

 夕立の顔が真っ赤に染まる。夕空模様の羞恥な感じ。萌えと不安が、俺の心にも混ざってきた。



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大粒の涙、戦場への決心です

「お、お仕事頑張ります!」「よろしく頼む」

 そうして、夕立のお仕事が始まっていく。

 ぎこちなく。体が緊張で固まりきった彼女が、恐る恐る仕事をしていく。

 

 滅茶苦茶失敗しながらな! 緑茶を淹れようとすれば、湯飲みを落としてしまい。書類仕事は字が悲しいレベル。パソコン使いも出来ず。

 幸いな事にケガこそなかったが、心はどんどんと軋んでいた。

 

 失敗を重ねるほど、彼女の体は硬くなっていく。怯え竦み。仕事はどんどん間違えて。

 もちろん、俺から怒りはしない。これ以上追い詰めたら可哀想で、何も言えない。そうして、俺が代わりにやってしまえば、彼女の自尊心は粉々に砕け散ってしまうだろう。

 

 どうしようもなく八方塞がりだ。これで打ち解けていれば別だが。未だ、彼女は俺へ恐怖を抱いている。

 秘書艦としての仕事としては、少し、その。言葉にするのも憚れる結果であった。

 

 まあ、俺は萌えているのだがね。きゅんきゅんきている。やばいね。

 涙目萌え、ぎこちなくも一生懸命萌え、ちらりと見えたパンツ萌え。うむうむ。

 そんな、馬鹿な考えが消し飛ぶような光景。――夕立が泣いている。

「ごめんなさい…! ごめんなさい!!」

 

 大粒の涙を流して、崩れ落ちたかのような座り方で。大声を上げながら、必死に泣いている。

「や、やく、たたずで…! 戦えなくてごめんなさい!!」

 

 成程。夕立の自己嫌悪は春雨よりも尚酷く。だって、彼女は戦闘に特化している。

 逆に言えば、戦えない己への自己否定は最も酷い子だ。

 無邪気だからこそ、どこまでも徹底的に己を許せない。

「夕立…」

 

 手を差し出し、頭を撫でようとすれば。

「ひっ!」

 当然の様に怯えられた。ははは。そうだな。幾ら姉達から話を聞いていても。

 

 いや、話を聞いて。親愛なる姉妹達が懐いているからこそ、自分だけが嫌われたらなんて。怖かっただろう。そうだろうさ。

 涙を流し、傷つき落ち込む彼女へ。俺が、ここまで戦い抜いた俺だからこそ。

 

 語れる言葉がある。示せる道がある。軍神として振る舞えるんだ。

 手が、これから提案する事へ震え始めた。恐怖と緊張。ゲロ吐きそうな位怖くて、嫌で、もう二度とやりたくなかったけど。イベントでもないのに。慰めるだけでも。

 

 勇気を出そう。他の者達に癒やされて、いちゃついて。とても幸せだったろう。

 俺なりに、彼女たちに返したい。夕立にもそうだ。無邪気に笑ってほしい。シリアスはいちゃつきへのスパイスなんてね。

 

 ようし。ジョークが脳みそに出る程度は、俺も何とかなりそうだ。

「大丈夫。大丈夫だ。…俺と共に戦おう。出撃準備を」

 俺は、再び戦闘指揮を執る覚悟を決めていた。



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絶望の残滓、希望へと繋ぐ。です

 改めて、戦闘指揮を語ろう。いちゃらぶの気配が消えすぎである。仕方ないね。

 様々な世界の広がり方を見せる艦これ。指揮だって、様々な考え方が存在していた。

 全て艦娘の意思に任せる。オーソドックスなやり方。船の操作の如く。提督が完全に操るやり方。珍しいので言えば何だろう。提督自身が艦娘に変身するとか?

 

 提督と艦娘の繋がりとして、最も分かりやすいからこそ。最も差異が出やすい所かもしれない。

 そうして、俺がいる世界の指揮とは――最悪な形での複合型。

 艦娘と意識を結合する方法。魂の一部、意識の欠片が夕立と接続する感覚。

 

 言葉にすると分かりづらい。最も近いのは、夕立を操作するコントローラーを握る感じ。これも若干違うのだがね。透明な力を操って…ううむ。説明しづらい。

 艦娘は俺で、俺は艦娘なのだけど。俺は俺で、艦娘は艦娘みたいな。意味不明だ。

 だがまあ、相手を殺す感覚を得る。戦いの恐怖を感じる。

 

 艦娘の心を感じて、反する動きをすれば邪魔になり。彼女たちが負傷すれば、ダイレクトにストレスが与えられる。

 ああまったく。大した設定だなクソッタレ。まあ、彼女たちの痛みを少しでも感じられるのだから、悪いことばかりでもないのだけど。

 

 何故、出撃する人数が限られているのか。どうして、狙った敵に必中しないのか。何で旗艦がやられると、撤退してしまうのか。

 この問題共の理由に、多少なりとも結論が出せる考えなのは認めよう。

 

 出撃可能人数は、純粋に提督の限界値だ。人間の脳みその限界とも言える。個々人を精密に操るわけではないのだが、出撃者全員を、意識しているのは変わらない。

 そうだな。コントローラーなんて例えも、かなり間違っている。ふんわりとした理解でしか語れない。感覚が全ての世界。

 

 次に語るとすれば。そうだな。

 あまりにも杜撰な狙いは、提督と艦娘の息が合っていない証拠。砲撃戦という精度が絶対の世界で、この指揮の在り方は酷すぎるのだ。

 

 旗艦負傷での撤退は、力が旗艦から流れているから。一応だけど。旗艦が負傷していなければ、契約を移せる。というと言葉が重たくて、わけが分からないか。

 コントローラーが壊れてなければ、操作は自由みたいな。そんな感じ。

 

 まあ、そんなのはどうでも良くて。理由なんざ適当に作れるのだけど。

 この指揮の在り方で最も残酷だと思うのは――提督の力量が、ダイレクトに結果へ繋がっている点だろう。

 

 そりゃあ、死に物狂いで鍛えるよね。でも沈むんだよね。どんなに頑張っても、沈む時は沈むんだ。徹底的にやった俺でさえ、一人沈ませてしまった。

『司令官さんなら、いつかきっと静かな海を取り戻せるから』

 

 絶望を前にしても尚、気弱で泣き虫だった彼女が。あの娘達逃げ切れたかな、なんて心配しながら。俺に遺した言葉を覚えている。

『生きて、どんなに泣きたくても、笑いながら生きて! 幸せになって!』 

 肉の盾作戦も、果てしなく残酷な考え方だったんだろうね。は、ははは。

 

 笑えねえ。笑えねえよ。いちゃらぶ日常が消えちまう。残酷な在り方さ。

 嫌だ。まったくもってつまらない。だから、俺は強くなったんだ。仲間達と共にね。

 それはそれとして、夕立との初出撃であった。気ばっていこう。



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会話のリズムに乗ります

 海に立つ感覚。憎たらしいほど、泣き出したくなる程。果てなき水平線が広がっている。

 夕立の視界が映ると同時に、俺もまた自分の視界があるのだ。それで酔わない。慣れているのもあるが、やはり説明は難しく。

 

 俺は彼女で彼女は俺だけど。俺は俺で彼女は彼女なのさ。

 それにしても美しい。やはり海は美しくて、此処より先が戦場なのだと。忘れてしまう輝きがある。帰ってきたんだ。帰って、これたんだ。

 

 吐血はない。幻覚や幻聴もなく。戦える。戦えるんだ。

 夕立と接続している感覚。いつもの俺ならば、ふざけたジョークを紡ぐのだけど。

『た、戦い。戦い…!』

 

 脳裏に響く夕立の声。こうした声も久方ぶりだ。本当に久しぶりの戦い。

 失敗のイメージが彼女に緊張を生んで、伝わってくる。影響して、謎の震えと吐き気で俺もヤバいのだけど。

 

 彼女が、ガッチガチに緊張しきっているのが、繋がりから感じられるんだ。さてはて。

 俺が完全に操作しきって、近海にいる敵駆逐艦を仕留めても良い。良いのだが、それでは夕立の自信は取り戻せなかろう。

 

 かつての仲間達曰く、操作される感覚はよく伝わるらしい。

 何より、俺一人で戦うなんて傲慢を背負う気はない。

 繋がる艦娘がいるから、俺は戦場に関与していられるんだ。忘れない。

 

「良い天気だなあ」

『ぽ、っぽい!?』

 いきなり俺の声が届いて、驚き跳ねたのが分かった。可愛い。海に潜って、夕立のスカートを覗きたい。

 

 おっと、欲望が漏れてしまった。仕方ないね。

『そ、そう思うっぽい!』

 さっきまでなかった特徴的な口癖が出ている。どうやら、それだけ余裕はないらしい。可愛い。ちょう可愛いっぽい~!!

 

「お日様があったかい。そう思わないか」

『…お昼寝日和っぽい』

「だなあ。ふ、わあ」

 

 意図的に欠伸を出した。俺が緊張しては意味がない。リラックスして、彼女にも伝えるイメージだ。過度な緊張は硬直を呼ぶ。

 平常心を取り戻せ。思考を止めるな。臆病すぎても、勇敢すぎても死んでしまう。

 

『提督さん。おねむっぽい?』

「ん~、そうだな。お日様を浴びると眠くなるだろう」

『夕立とお揃いっぽ…お揃いですね』

 ようやく口調が戻ってきた。寂しいが良い傾向である。

 

「ふふ。落ち着いたようで何よりだが、敬語は要らんよ」

『ぽ、ぽい~』

 困った様に漏れた声は、堪らぬ愛らしさを帯びていて。

「ふふふ」

 

 思わず笑みが零れた。戦場で油断しすぎだけど、気配も感じられない。そも、鎮守府から目と鼻の先程度なのだ。進行していない。

 もし何かあっても、仲間が直ぐに駆けつけられる地点。ここで無用な緊張を解す。

「水平線を見つめてごらん」

 

『とっても、とっても広くて…良い景色』

 太陽が昇り落ちていく場所。果てが見えない海の先。素直に美しい。

「ん。下を見てみると良い」

『綺麗な海色っぽい!』

 

 ここ一帯の巣は潰してある。海の色も正常なのだ。青空を映すような色は、生命の透明な輝きを感じられる。ぷかぷかと浮かんでいたくなる。

「新鮮なお魚も泳いでいるんだ」

 

『お魚?』

 こてんと小首を傾げる姿が見えるような。段々と夕立もリラックスしていた。

 もう少し会話を続けよう。ふふ。戦場で穏やかに話すなんて、俺も初めての経験だ。

 

「夕立はどんな魚料理が好きだ?」

『おいしいの!』

 迷わぬ返答。眩しい笑顔を感じている。白露を思い出すね。

 

 まあ、夕立の方がもっと無邪気で、弾けるような言葉だった。大人なギャップ萌えも良いけど、無邪気萌えもありだと思います。

 そういう事だ。

 

「ふふ」

 我慢しきれず笑みが零れた。

『ぽい?』

 当然、困惑したように声が返ってくる。可愛いぜ。

 

「いやなに。白露もな。同じような答えだったんだ」

『お揃いっぽい』

「だな。俺も美味しいのが好きだよ」

『提督も夕立達とお揃いっぽい!』



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戦への昂ぶりです

「帰ったら美味しい焼き魚でも食べよう」

『楽しみっぽい!』

 ニコニコ笑顔が見えるようだ。こうして指揮を執った甲斐もあろう。やはり、繋がっていると違うぜ。…繋がっているって何かエロいよね!

 

 落ち着くのだ。ふふ。俺も大分余裕が戻ってきた。よしよし。

「ようし。近海の哨戒任務を始めようか」

『よろしくお願いします!』

 

 そうして、のんびりと決められた海路を進んでいく。

 戦闘がないと良い景色なのだがね。彼女に搭載された電探が、本人より早く俺へと情報を伝達する。即ち敵の発見。このまま進み続ければ、開戦は避けられない。

 

「前方に敵発見、数は二。艦種は駆逐艦か」

 彼女へすぐに情報を伝える。身が強張る感覚。これが初陣ではない。遠征や演習で戦ってはいる。だが、今回は初出撃。俺と繋がっての戦いだ。

 

 緊張は分かる。そも、単騎で出撃する事なんてなく。自らが負傷すれば、提督へとストレスを与える状況。

 そうして、駆逐艦の脆さが彼女の緊張を深めている。自分が沈めば、どうなるかを知っているんだ。優しい子。さてはて。

 

「夕立。水平線をごらん」

『ぽい?』

「敵に目を向けると固まってしまう。それよりもだ」

 のんびり心地は維持しつつ、俺の方は集中力を高めていく。

 

「楽しい事を考えよう」

 意識が埋没していく。艦娘を操作するコントローラーを、纏う透明な力に、己が意識が融け込んでいく。

 細部まで広がる意思の力。夕立の中心から末端まで、邪魔なく補助する力への融解。

 

 俺が消えていく心を意識しながらも、会話は止めない。

「間宮のアイスでも構わない。伊良湖のモナカも美味いよな」

『甘くて幸せっぽい!』

「羊羹も捨てがたい。いや、どら焼きなんてどうだ?」

 

 次々と伝えていく言葉。夕立の緊張が解けていく実感があった。

『よ、よだれが出てきちゃう~』

 楽しそうな声。見えないのだけれど、幸せそうな表情をしているんだろうな。

 

 そんな愛らしい子を、戦場にぶち込むのが俺の仕事だ。ははは。うん…せめて俺の全力を尽そう。

「ふふふ。楽しいよな。面白いよな…だから、怖いんだ」

 

 失いたくない。生が楽しいからこそ、死を何よりも恐れている。

 自分が傷つけば仲間も悲しむ。今の状況ならば、俺へとダメージが伝わる。

 優しく無邪気な彼女が、どれ程恐れているかなんて。考えるまでもなく。

 

「良いかい夕立。怖いから笑うんだ」

 ガッチガチに固まった体を、強制的に緩ませる行動。

 恐えよ。俺の指揮一つで皆が死ぬ。もっと頑張っていたらとか。恐え。恐えよ。

「ぶるっちまう程の恐怖があって、そいつは裏に喜びがあるから生まれる恐怖で」

 

 楽しい日々があるんだ。俺は世界の広がりを知っている。平和な艦これを知っている。

「今君は、それと戦う場所に立っている」

 

 たった一人で戦場にいる。他の仲間達は今回いない。彼女の自信と、戦闘への強張りを解くための戦いだ。

「笑ってみると更に気付くよ」

 緩んだ心に浮かぶ想いは一つ。

 

「――死にたくない。生きたい。もっと楽しい明日が待っているんだ」

『ん。…怖い。怖いの』

 ぽつりと零れた言葉。戦いへの恐怖? まさか。それだけじゃない。

 

 戦えない現状への恐怖。もっと強くなりたい。日常を愛するから。

「此処で終わって堪るか。俺は、俺は願い続けた日常を生きていたい…!」

『此処で終わりたくないに決まってる! 夕立だって、戦えるんだって叫びたい!!』

 

 お互いの言葉が呼応する。彼女と魂が共鳴する。意図的に、ああ随分と俺も成長したもんだ。そうして、その成長を発揮させてくれる夕立がいてくれる。

 熱い。夕立から熱意が伝わってる――駆逐艦だからって、戦場を諦めたくない!!

 

「腹の底から熱が出てきて、恐怖が四肢に伝わって」

『お腹が熱いっぽい…!』

「ひひ。そうして脳髄が、どこまでも冴え渡るように」

 

 段々とギアが上がってきた。いいぞ。戦いの予感が魂を起こしてくれる。

「さあ笑おう。笑って、挑もうじゃないか」

「はは」『ふふ、あは』

 

「『はっはっは!!』」

 俺達の笑いがぴたりと止まって。既に敵影は眼前に捉えている。故に問おう。

「共に戦ってくれるか?」『任せて!』

 元気いっぱいな彼女の返事を受け止めて、いよいよ戦闘が開始された。



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初戦は楽勝です

 さて。改めて対峙する敵の姿を目に収めた。

『敵発見しました!』「…やはり駆逐か」

 魚雷を模した様なフォルムの、漆黒の駆逐艦。人型ではなく。まだ未発達とも見える異様な肉体だ。

 

 禍々しい歯が生えそろった口を開き、怪しく光る両目は丸く。ライトのようにぼんやりと光を発している。纏う瘴気もまだ弱くて。

 それでも、易々と人を殺せる化外の存在。口から砲弾と魚雷を放つ化物だ。

 

 深海棲艦の内で最弱の敵――駆逐イ級が二体現れた。

 良かった。勘は鈍っていないらしいぜ。予想通りの敵艦隊だった。

 これで戦艦とかが出てきてたら、全速力で逃げざるを得なかったからな。

 ありえないとは言えねえ。実際、響だけでもっと絶望的な状況も経験している。

 

「いけるな」『いつでも!!』

 さあて、始めるとしましょうか。

 敵艦隊見ゆってか! ははは!! 語る文字もなければ何もなく。無慈悲で無秩序な戦場に、ようやく戻ってきたぜ。

 

 駆逐イ級が二体とも、夕立へ砲撃を開始した。…甘え。その程度で俺達を沈めるつもりか? 舐めるな。

 敵の射線が見える。砲撃するタイミングが分かる。それ即ち、絶対に命中しない事実。

 

『安全な所が見える! こっちに避ければ良いっぽい!!』

 砲弾が嘘のように外れていく。当然だ。幾度となく戦い続けた俺の魂は、敵艦の心さえ読んでいる。

 殺気が漏れてんだよ、ど三流共が。調子に乗ってんじゃ……おっと。

 

 どうにも夕立の魂に引っ張られていた。響への指揮とは真逆の感覚だ。

 響が完全なる精密機械の動きなら、彼女は獣の如く。爆発的な熱量でぶれ動く。

 規則性のない暴れ馬。縦横無尽に敵へ突進する。良いね。見ていて面白い。

 

 練度差で今は響が出力勝ちしているが、これから成長していけば、もっと面白い事になりそうだ。

 あえて、操作で型に嵌めない。彼女の動きをフォローするように、世界への認知を広げるイメージだ。

 

 夕立に世界を見せろ。経験を補助し続けろ。理想の結果を導き出せ。型に嵌めるな。

 自然な動きを理想に当て嵌めろ。それが夕立をもっと輝かせる。

『今度はこっちの番かしら?』

 

 にやりと笑う彼女が見えた。良いぞ。恐怖が闘志を燃やしている。素晴らしい。

『そっちは行き止まり! 逃げ場はないっぽい!』

 敵の動線が見える。移動するタイミングが分かる。それ即ち、絶対に命中させる事実。敵に向かって砲撃するんじゃない。その一歩先へ。砲弾を置いておく!

 

『当たって!!』

 祈りを込めた砲撃は笑っちまう程呆気なく。一体に命中。轟沈。撃破完了。

『やった!』

「よくやった!」

 

『提督さんのおかげっぽい!』

「訓練の成果さ」

 そう。今回の俺はサポートしているだけ。補助しかしていない。

 

 普段から練習していたのだろう。理想の動きへ素早く適合して、無駄のない戦闘を展開している。

 演習と遠征の積み重ねが、夕立を成長させていたんだ。

「残りは一体だ。油断や慢心もなく。殲滅するぞ!」『ぽい!』



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浮かれ気持ちに冷や水です

 残る一体も魚雷で仕留めて、初めての指揮は完勝に終わった。

『大勝利っぽい!!』

 喜び跳ねる彼女を感じる。夕立の視界なので表情は見えないが、満面の笑みを浮かべているのは分かりやすく。

 

 勝利の実感が彼女の自信を取り戻し、とても良い結果を生んでいた。

 良いね。やっぱり笑顔が似合うぜ。ふふふ。飛び跳ねてる彼女の足下に寝転がって、夕立のパンツが見たい!! ――嘘だがね!!

 

 生憎だが、俺は夕立のパンツは見たくない。いや、見たくないと言えば嘘になるけど。

 こうして指揮を執って気付いた。夕立は無邪気な子、愛らしい艦娘。

 ふふ。見守る意思が強くなってるぜ。俺がパンツを見たい駆逐艦は、響ただ一人!

 

『司令官』

 冷たい瞳で俺を見つめる彼女の声が、聞こえた気がした。久しぶりに指揮を執っているから、響との感覚も思い出している。なんかエロいね。

 

「お疲れさまだ。負傷はないか?」

『掠りもしなかったぽい』

 元気いっぱい。疲れも感じられない。まだまだ無駄は多いのだが、一度も被弾しなかった。素晴らしい成果だ。頭を撫でたい。

 

 海にいるから仕方ない。もっと情熱的に褒めたい。ふっふっふ。

 もう少し俺側からの力を強めれば、装甲を操作したりとかが出来るんだけどな。後は夕立の枷をもっと外して、単純に速度を上げたりも出来る。

 

 ただ、夕立に負担がかかるし、俺側から変に求めてもいけない。

「ならば良し。良くやった」

 この言葉で締めくくる通りだ。今日は良い感じ。彼女の成長と強さを知れた。

 

『にひひ。このまま巡回も終わらせて、花丸仕事っぽい』

「ん。気をつけてな」

『はあい』

 

 のんびり調子で走行が再開される。始まったばかりとは違って、落ち着きと安定が増していた。良い傾向であった。

 それにしてもだが。本当に楽勝だったな。

 

 思っていたよりも遙かに、夕立の練度が上がっている。地道にコツコツ重ねているのは知っていたが、こうも違うものか。

 これならば深海共の巣が出来ても、十全に立ち回れるだろう。

 

 戦力が大分充実している。駆逐艦本来の強み。燃費の良さと回復の早さから、練度の向上が良いペースで進んでいるのだ。

 真面目な子達なのも良い。この調子で――敵艦隊を感知。これは。ああ。そうだな。

 

 一つ良い事が起きれば、揺り返しの如く困難が訪れる。嫌になるほど付き合い続けた。転生者としての、運命としか言いようのない展開。

 物語の喜びなんぞを求めて、作者(クソッタレ)が与える地獄。

 

「敵艦六体を感知、艦種は軽巡二、駆逐四」

『えっ…?』

 絶望的な数の差が、勝利に浮かれる俺達へ与えられた。



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窮地への我儘、覚悟の示し。です

二分割も考えましたが、ひとつにまとめました。
そんな感じです。


 兵数の差。ああ。艦隊の差と言い換えようか。戦力差は明白で、六対一の絶望的な状況だった。まだ開戦していない。始まってないんだ。

 今から逃げる? どこに? 無論、負傷を負いながらの逃走は可能だ。応援を呼ぶ事もできる。絶望に呑み込まれる。なんて言うには軽すぎる状況。

 

 どう対処しても良い。想定していなかった敵の数だが、想定外なんて想定している。

 何が起こっても可笑しくない。揺れぬ心と準備は入念にだな。それすら押し潰されるからこそ、世界ってのは残酷なわけだがな。

 

 だが、どくんと夕立の心臓が鳴った。もう一度言おうか。逃げる? どこに?

 鎮守府だって? は、ははは。大切な家族がいる所へ逃げるのか。何の為の艦娘だ。なあんて。俺は考えない。必要のない無理は論外だ。

 そも、リスクのある戦いなんて、するべきじゃない。

 

 そうだ。必要のない無理は――夕立の魂が熱く勝ちたがっている。

 価値を叫ぶために勝利を求めている。良いねえ。良い。魂の叫びってのは堪らない。

 作者の意図を狙う等と、くっだらねえ論理を展開しても。やる事は変わらない。

 

 戦って勝つ。それだけだ。それだけから逃げられない。

『…ごめん。提督さん』「勝ちてえ、よな?」

 繋がりから痛い程に伝わってくるんだ。こっちが燃えちまいそう。火傷しそうな熱い想いが、窮地に挑みたがる炎を燃やしている。

 

 必要のない無理はしないさ。だがどう考えても、必要のある無理なんだ。

 今まで不遇だった艦娘。他の姉妹達と違い、頭も良くはなく。提督代行は不可能。秘書艦も出来はしない。

 艦娘の価値として、戦いと勝利だけが全てだったと。言い換えても良い。

 

 どれだけ家族達が否定しようと、俺が否定しようとも。これまで辛かったんだ。

 ここでの勝利には価値がある。途方もないほどの輝かしい勝ちを、求めているのだ。

『ふふ。つーかーの仲っぽい!』

 とても嬉しそうな言葉だった。花咲く笑顔を浮かべているのだろう。

 

 見たいねえ。なら、勝利して帰ってきて貰うしかない。簡単な話だな、ははは。

「そりゃあそうだ。せっかく得られた勝利の輝き、潰されたら堪んねえっての」

 喜んでいた彼女の動きを覚えている。飛び跳ねるほどの喜びを、俺に想いを伝えてくれたんだ。ここで逃げたら台無しになる。

 

 戦艦や空母、二大戦力が相手にいたら諦めていた。戒めていたさ。

 だが、違う。相手取るは高々軽巡と駆逐程度だ。

 数に差はあるけれど、勝てない程じゃない。しかし、逃げたって構わないのだがな。

 

 戦いたいって望む彼女の我儘を、押し通さないほど俺は未熟じゃないぞ。

『魂が叫んでるの。強くなれる、勝ちたいって。先に進みたいって!!』

 初めて、俺へ素直にぶつけた魂の叫びだった。思わず笑みが零れた。獣の如き、牙を剥く覚悟を決める笑みが零れちまった。

 

 ああそう叫ぶなよ。いちゃらぶなんだってクソ。ほんともう止められない。

『我儘なのは分かってる。もし私が沈んだら、貴方に負担がかかるのも分かるの』

 轟沈のフィードバックは凄まじい。提督の自殺の主な原因だ。笑えねえ。

『それでも! …それでも私は艦娘だから。戦う為に生まれてきたから!』

 

 俺は艦娘に惚れ込んじまってる。分かる、分かるよ。勝ちてえ。逃げたくねえよな。

『戦えるのに、まだやれるのに!!』

 そうだ。絶望と呼ぶには甘過ぎる。まだ弾薬も燃料も十二分だ。勇気ある逃走と誤魔化すには、己の魂が許さない。ようやく戦えたんだ。

 

『ただ危ないからって、逃げるのなんてもうやだよ!!』

 おっけい。第二ステージといこうじゃないか。偶には中二臭い戦争のノリも良いもんだろう? 酔いしれて、軍神さまと気高い艦娘のダンスを。

 無粋な増援共に味わって貰おうじゃないか。

 

「なあ、夕立」

『っ!』

 撤退の言葉を予感し怯える彼女へ。最高に脳汁出まくってる俺が。

「馬鹿共に教えてやろうぜ」

 

 言葉で俺の想いが伝わったのか。夕立の身がぶるりと震えた。魂が震えていく。

「お前達がケンカを売ったのが、どれ程の相手なのかをよ」

 声が一音届く度に。彼女の鼓動が速度を上げて。脳髄に闘志が満ちていく。恐怖は消えず。負けるのはいつだって怖い。沈めば嘆くは己にあらず。

 

 ただ、ただただ。尚も戦場しかないと想い、鍛え続けた彼女が至る境地。

 俺が意図的に指揮を強めて、枷を一気に外していく。高まり続ける想いが力を紡いで、これまで重ねてきた練度が、進化を、改造を肯定し。

『…にひひ♪ それなら』「ああ」

 

 見えない。彼女の視界で海を見ている。見えないのに確信する。

 紅く。双眸が紅に染まった。犬歯が僅かに鋭く発達して、飢え狂う戦士の姿。

 首に白のマフラーを、不敵な表情は仄かに大人びた。笑みは恐怖を奥底に秘めて。勝ちたいと、素直に思っている凜々しい表情。

 

 ああ。本当に惜しいなあ。響の時もだけど、こういう場面を俺が直接目にすることはないんだ。それでも心が姿を確信させるのはさ。艦これが好きだから。

 そう。艦これで世話になり続けた、駆逐艦随一の高火力を発揮する姿を。

 

 夕立改二の姿を、脳裏に思い浮かべていた。

「『ソロモンの悪夢』」

 静かな響きは戦場へ広がって。意識変換と覚悟が力を発し。共に合わせて想いを紡ぐ。

「見せてやろうぜ!!」『見せてあげる!!』



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鮮烈な破壊力と、確かな技術です

 先程とは桁違いの速力で、敵艦隊へ接近。標的を発見した。そのまま殲滅し蹂躙出来れば良いがね。

 そこまで世界は優しくないし、易しい状況でもない。

 

『提督!』

 透き通る凜々しい強き声。分かっているんだな。良いぜ。

 六対一の地獄。二対一より三倍厳しいかと問われれば――その程度で収まらないと答えよう。

 

「楽しもうか!!」『ぽい!!』

 密度激しい砲弾の嵐。隙間なく。凄まじいレベルの砲撃が、夕立へ襲いかかる。

 魂の共鳴が理外の読みを構築して、全弾の着弾点を読み切っている。

 

 砲弾の動きがラインで繋がっているイメージ。発射前に、既に回避が終了している。

 舞い踊る天女の如き。躍動と無駄なき動きの芸術。頬を掠める砲弾に動じず。紙一重に近き回避を実行していく。

 

 堪らない緊張感で脳みそがぶっ飛びそうだ。心臓がうるせえ。ギリギリの綱渡りで避け続けている。

『見える……けど!!』

 

 どう考えても全ての回避は不可能だ。夕立改二の性能は、回避に特化していない。

 笑っちまう程の殲滅特化型。荒れ狂う暴走機関車の様に。出力の波があり。安定しない強みがある。

 

「安心しろ。俺が支えてみせる!!」

 ならば、その隙を埋めるのが俺の仕事だろう。――集中しろ。

 纏う装甲の力を認識。ゲーム内にて、駆逐艦が被弾しても小破で済んだのを参考にした技術。

 

『力が動くっぽい!?』

 命中する部位に力を集中して、駆逐の装甲で尚も壊されぬ防御術。

 読みを間違えれば、悲惨な結果に終わる技。気が遠くなる程の訓練を終えて、俺が掴んだ技術の欠片。駆使するは不断の覚悟によって。

 

『きゃっ!』

 それでも衝撃はあるが、今度は夕立の強みを活かす時だ。

『でも、まだ戦えるっぽい!!』

 当たる瞬間、覚悟を決めて。衝撃をくらいながらも攻撃へ転じる凶暴性。

 

 俺は無論理解しているが、彼女も本能が悟らせているのだろう。

 六対一と、五対一は全然違う。子供でも分かる算数の話。

『今度はこっちの番!!』

 攻撃に転じた彼女。砲撃に迷いなく。一切の躊躇も見せず発射。

 

 軽巡洋艦の一体に命中。鈍く、腹に響く衝撃音が響いて。うめき声すら許さず轟沈。

 まさしく駆逐のレベルを超えた砲撃で、あっさりと一体仕留めた。

『まだ手番は終わってないっぽい!』

 

 続く魚雷は言葉通りに、雷の如き速度で泳ぐ魚の如く。凄まじい爆音が炸裂して、軽巡をもう一体仕留めた。

「二体撃破。良くやった」

『頑張ったっぽい!』

 

 これで軽巡を全て仕留めきった。なんて、なんて凄まじい火力だろう。

 溢れ出る力を感じる。これぞまさしく改二の力。敵戦艦すら容易にぶち抜く。理不尽な破壊力を、夕立改二は宿している。

 

 その代わりに脆い。意識を集中して受けなければ、敵駆逐の一撃で大破してしまう脆さ。

 提督泣かせの駆逐艦だ。まったく、これだから艦娘は大好きなのだ。

 俺も頑張れば応えてくれる。これ程のやりがいは早々ない。

 

「さあ、俺を信じてくれ。俺も君を信じている!」

『任せて。素敵なパーティーにしましょ!』

 残るは駆逐艦が四体だけ。その程度で、今の俺達を止められると思うなよ!



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勝利の代償です

 理不尽な程の火力で応じ。尚も被弾し続けて、中破まで追い込まれて。

 頬に煤汚れ。衣服はボロボロ。艦装に傷が見られる状態まで至ったのに。

 彼女の笑みは消えず。不敵に獣の如く。牙見せながら笑う。そして、ラスト一体を殴り殺し。

 

 此処に戦闘が終了した。瞬時に意識を切り替えて索敵…良し。増援の気配は感じられない。

 平和な海域に現れたのは気になるが、一先ず危機は去ったと言っても良かろう。油断は欠片もしないが、帰還しても良い頃合いである。

 

 それでも、無粋な戦況分析を伝える前に。――全身で喜びに打ち震える夕立の姿。

 深い歓喜の心が胸底から滲み出て、噛みしめる様に目を瞑っている。熱く燃える戦場の熱とは真逆。じんわりと全身を伝わる。

 

 ここにいても良いんだって。生きているんだって。

 実感と安堵が存在を許す様子。この喜びだけは、繋がっている俺でも完全には分からない。

 

 彼女だけが得られた戦果。正直妬けるね。ふふふ。羨ましいぜ。

 まあでも、そんな夕立を見られる喜びを得られるのだって。俺だけの戦果。誰にも譲れねえさ。

 

 緊張からの解放で、軽く息を吐く。どろっとした淀みが、奥底から出てきたけれど。言葉には絶対乗せず。

「…夕立、お疲れさまだ」

『提督さんもお疲れさまっぽい』

 

 穏やかで落ち着いた喜びの返答。良いね。後は帰還するだけだ。帰るまでが戦場、無事に帰ってきてほしい。

「うむ。速やかに帰還してくれ。君の笑顔が早く見たい」

『全速力で帰りま~す!!』

 

 びゅんと急加速して、彼女が帰還し始めた。繋がりを抑えて意識を逸らし。連絡も待機状態にして、意識を完全に執務室へと戻した。

「さてはて」

 

 ――瞬間、強烈な吐き気と凄まじい目眩が俺を襲った。

「げぼおっ、お、ぼふっ、あ、ぁ、ぅ」

 我慢すら許さず嘔吐。前もって覚悟していたから、用意していたゴミ箱へ吐き出し切る。

 

「久しぶり過ぎて鈍っちまってたか。はっ。これで軍神とはな」

 ああくそ情けねえ。不安と恐怖で手の震えが止まらない。戦闘から解放されて、心のダメージが出てきた。

 

 本当に笑っちまうぜ。高々、一度の全力戦闘でコレか。無理出来る体なのは知っているが、イベント海域とか唐突に生えてきたら、疲労とストレスで死んじまうかもな。

 …戦闘指揮が原因なのではない。指揮に対し、トラウマになっている俺が悪い。

 

 でも、戦えた。久しぶりに戦えたんだ。良かった。また一つ、運命に対する力を取り戻せた。

「ふう」

 何はともあれ勝利を迎えて、これから帰ってくる彼女の笑顔を楽しみに。少しだけ瞳を閉じた。



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萌え萌え反動です

 夕立の帰還から十数分。修復と補給を済ませてから、駆け足で来る彼女の気配を感じつつ。

「たっだいま~!!」

 扉が勢い良く開いて、夕立が執務室へと戻ってきた。

「おかえり夕立「提督さん!」

 

 そのまま勢いが止まらず。佇み待っていた俺へと抱きついてくる。

「えへへ。思いっきり甘えてるっぽい!」

 うむ。これは……ノーブラだな!! ほにょんと柔らかい!! しかし、しかしなぜだ。

 

 何故俺は興奮していない。なんだろう。いや確かに素晴らしい感触。許されるならば、頬ずりしたいとさえ思ってしまう。とても、とっても良い感じなのだが。

 夕立の抱擁だと思うとなんだろう。邪な気持ちがマジで出てこない。

「ねっ、提督さん。その、褒めて」

 

 父性がめじゃめるの~! …どうしたどうした。俺の心は壊れたのか。違うだろう。

 でもマジ可愛いよね!! ふふふ。めっちゃ萌える。ああ。良い。良いぞお。

 始めがアレだったから余計に嬉しい。ふっふっふ。堪らんぞ。

「よしよし」

 

 彼女の金髪を撫で回すと、しっとり心地で気持ち良い。

「暖かい。優しい手。もっと、もっとほめて」

 嬉しそうに目を細めるのを見れば、こちらまで自然と笑顔が浮かんだ。

「出会った頃より甘えん坊だな」

 

 ぎこちなさが消えて素晴らしい。これぞ夕立。というか、イメージしてたのより強い甘えっぷり。

 やばいぜ。俺が融けちまうぜ。メルトアウトしてしまうぜ。わけが分からん。

 

「駄目っぽい?」

 それでも少しは残っている緊張の心。不安げに潤み始めた瞳を見て、一際強くわしゃわしゃと頭を撫でてから。

「嬉しいよ」

 

 素直な気持ちを伝えてみた。

「ほんと?」

 ぱあっと花開く笑みが嬉しい。もうほんと、可愛すぎませんかね。やばいやばい。達する達する!

 

 とか言いつつも、全然興奮してこない。正直勃起しない。…俺も大人になったのだなあ。

「ほんとにほんとだ。ぽいじゃなく、確実にそうだとも」

「甘えて良いんだ。そっか。うん。とっても嬉しいな」

 

 彼女の口癖を真似た俺と違い。今度は断言するように言った夕立。

 静かに微笑むその姿も、どこか彼女らしくて。好ましい表情だ。

「提督さん、もっと甘えて良い?」

 

「遠慮する必要はないぞ。今日のMVPは夕立だ。報酬があるべきだろう」

「ふふ。ん~」

 俺の胸に顔を埋めて、マーキングするみたいにすりすりしている。ぎゅっと抱きしめてみれば、応えるように彼女も抱き返してくる。

 

 とても甘えられている。ソレが心地良くて、出会った頃の距離感が消えたのを実感した。

 ああ~癒やされる。癒やされていくぜ。仄かに残っていた吐き気もなくなり。すっかりと、夕立に治してもらった。ふふふ。

 

 こういうのが良いんだ。物騒な空気なんてほしくないってのに。

 まあ良いや。今は、甘えてくれた夕立と語り合おうか。



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おいしいごはんで舌鼓です。

 のんびりと甘えられてから、約束通り焼き魚定食を用意した。

「このお魚、とっても美味しいっぽ~い!!」

 夕立改二の凶暴な雰囲気も消えて、すっかり元の夕立姿。

 何の為かは知らんが、此方の艦これ世界の改とかの在り方は特殊だ。

 

 常時ではなく。必要に応じて出力を変えるイメージ。ぶっちゃけ超サイヤ人である。

 同じ鎮守府に同艦が存在出来ないから? よく分かってない。

「ふっふ~、すっごい美味しいっぽい」

 今度はみそ汁を飲んだり。おにぎり、みそ汁、焼き魚。定番だぜ。

 

 彼女が、全身全霊で喜びを伝えてくれた。めっちゃ元気な彼女の声は、作りがいをこれでもかと与えてくれる。

 良いねえ。たんとお食べなんて微笑みたくなるぜ。

 

「おにぎりも絶妙っぽい! 提督さんって料理が上手っぽい」

「夕立は作らないのか?」

 自分で言っておいてなんだが、彼女に料理は似合わない。

 

 美味しそうに食べてる姿がばっちりだ。いや、勝手なイメージだけどさ。

「経験がないっぽい。白露とかは上手っぽい」

「料理でも一番だと言いたがりそうだな」

 

 人差し指を立てながら、高らかに宣言する白露が思い浮かぶ。ふふ。皆大好きな長女である。

「ふふっ。白露らしいっぽい。下の子達の笑顔が好きな、頑張り屋さんね」

「夕立はそうじゃないのか?」

 

「皆は好き。けど、夕立はそういうのが苦手っぽい」

 率先して張り合う姿は見えない。戦いの時こそ獰猛だが、普段はただ明るい子らしい。

 そうして、本当の意味での出撃も今までなかったから。どうにも。さてはて。

 

「ただ自然体で皆を愛しているのだな」

「難しいのは分からないっぽい」

「うむ」

 彼女らしい言葉で何よりだった。

 

「ごちそうさまでした~」「お粗末様でした」

 食べ終えて、のんびりと二人で茶を飲み始める。ソファーに隣在って座り。時間を共にしている。

 

 暖かい。良い気持ちになっていた。

 お茶菓子も用意してみたり。ぽりぽりと美味そうに金平糖を食べる姿は、やはり彼女らしく。出会ったばかりの時より、遙かに愛しい気持ちになっていた。

 

「提督さん、色々と聞きたいことがあるの」

「ふむ?」

 ちょっと真面目な雰囲気だった。何かあったのだろうか?

「えっとね。ぐわ~っとして、わ~ってなったんだけど」

 

 ああ。成程。俺の指揮が気になるらしい。

 それはそうだろうな。自惚れでなければ、世界で唯一人使えるのが俺だ。戦神とか呼ばれてる勝の馬鹿は、数十人同時出撃とか、もっと頭の可笑しいレベルの力があるのだけど。

 

 まあ、小技は俺の方が得意だったり。

「伝えたい気持ちは分かるのだが、とても抽象的な言葉だな」

「えへへ」

 誤魔化すような笑み。ごっつぁんです!!

 

「然程面白い話ではない…出来なければ死ぬから、出来るようになっただけさ」

 しかも死ぬのが俺じゃないときている。ふぁっきゅー。むしろ、ふぁっくみーであった。

 

 ま、そんだけ鍛え抜いても、どれだけ訓練しても。死ぬ時は死ぬんだけどね! くそ。

「とってもすごいっぽい。どうして、普段から出撃しないの?」

「攻略すべき海域もないからな。かといって、普段から俺が指揮を執っていると」

 

 今回は嘔吐程度で済んだが、一番ヤバかった時は半身麻痺とかだったからな。

 もう少し言うのならば、何て言おう。そう。客観的に意識が飛ぶというか。視界は確かに俺なのに、天井から俺を見下ろしている感覚。全身が凄まじく鈍って、動きたいと思えない感覚。

 

 不謹慎な例えかもしれないけど。鬱病、の最終形態みたいな。自殺する気力すらねえ。って感じ。

 それも乗り越えちゃったから、俺は主人公だね! くたばれ!!

 

「柔軟な対応力のない艦娘が出来上がるかもしれない」

 適当に言葉を濁しておいた。これも嘘ではない。

「まあ、枷を外し育てる力こそ本質なのだと。思ってはいるのだがね」



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決意と喜びです

 無論、客観的事実を言わせてもらうとするなら、俺の指揮は優れていよう。

 というより、こんだけ経験値を重ねれば誰だってそうなる。仲間達との思い出だってある。鍛え抜いてきた。努力出来るも才能と呼ぶなら、俺だって天才だと吼えたくなる位。

 

 自負はあるさ。だからこそ。

「素直な気持ちを言わせてもらえば、俺の指揮がない戦闘こそ価値があるのだと思う」

 代用品のない兵隊なんざ二流。誰もが一定の水準を超えれば、特化型なんていらない。

 

 英雄なんて要らない。俺もまた、軍神とかって呼ばれる化物だけど。

 一応は天性の才能がない中で鍛え抜いたからこそ、強く実感している。

「提督がいなくても戦える。ソレが理想像だ」

 個人への負担が重すぎるわけだ。ぶっちゃけ、とても歪な状態であろうよ。

 

 この世界の人達は優しすぎる。それだけでも世界の悪意を感じる程、黒く染まりきってない灰色の世界だ。ああ嫌だね。

「その為にも練度を高めていく。訓練と休息、二つの要素で戦士になるのさ」

 本当は日常だけを過ごしたい。そんな世界も知っているよ。

 

 そんな俺が、戦争に諦めちまっている。平和を諦めちまっている。

 なんて罪深い転生者。と、己を責めるには。この世界であった者達が好きすぎて。

 生きてと願われたんだ。ふふ。いや…どうにも。どうして夕立と接していると、こうもシリアスになるのだろう。

 

 力を求めて、価値を求めている姿が、かつての俺と重なったのかな? 分からんね。

「…駆逐艦は脆いっぽい」

 純粋な事実。それがネック。逆に言えばだが、それさえ乗り越えちまえば良い。

 

 そうなれたなら、駆逐艦は最強に等しい艦種とも言える。高燃費、回復の早さ、魚雷の破壊力。俺が知る今最も強い駆逐艦・不死鳥の最果てと語れる彼女の。

 改二に至った、信頼すべき姿は美しい。見惚れる程、泣きたくなるほどにね。

 

 なあんて。調子に乗りたいもんだがね。反則級の戦艦共も知っている身からすれば、なんとも言えない。

 最前線で価値を磨き抜いているのが、戦艦と空母である。張り合おうとするのはいけない。

 

「だが、夕立が今日手にした勝利と同じく。価値ある一勝を得られる」

 もう二度と、俯いて悲しむ者達を見たくないんだ。その為に無理が必要なら、俺はどこまでだって強く在れる。君達と共に。

 

「そうでなければ、駆逐艦の魂が腐ってしまう。俺は覆すためにいるんだ」

「頑張るよ」

 強い決意と楽しげな微笑みが同居して、とても良い表情を浮かべている。

 

 良いねえ。死なないの極限に近いのが響なら、勝利するの極限を目指すのが夕立。

 どちらの在り方も俺は好きだ。支えられる自分でいたいもんだ。

「無理をしない範囲でな」「ぽい!」



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尋常じゃない甘えっぷりです

「だから、今日一日は提督さんに甘えるっぽい!」

 一転、滅茶苦茶明るい声で宣言されてしまった。完全に緊張が解けている。良い傾向であった。

 

 俺もまた戦場の空気を捨てて、全身全霊で応えようじゃないか!

「ならば俺も司令官として、夕立を甘やかそうではないか!」

「ふっふっふ。夕立の甘えっぷりはすごいっぽい。降参するなら今の内よ」

 

 彼女が立ち上がる。俺も応え立ち上がった。

 じりじりと近づいてくる。あやしげな笑みを浮かべて、とっても愛らしい。

 むしろ俺が甘えたい。唐突に俺が抱きついたらどうなるのだろう。受け入れられそう。白露とは違う意味で、彼女も抱擁力がある。

 

「俺とて軍神と謳われし男。降参の二文字は、我が魂に在らず!!」

 嘘だ。降参もとい、逃げて良くなるならいくらでも逃げる。逃げまくっても、最後に勝てればそれで良い。

「よっし。こい夕立。ソロモンのなんかこう、良い夢見せてくれ!」

 

「ふふ、それならソロモンの、えっと。良い感じの夢、見せてあげる!」

 ここに戦闘が開始されて、まずは夕立から抱きついてくる。

「えいっ」

「初手はハグか!?」

 

 暖かく柔らかな体に抱きつかれて、素直に嬉しく気持ちが良い。

 あえて反撃はしない。夕立にされるがままだ。ふっふっふ。次はどうだろう。

「そして、すりすり~」

「くっ…! 夕立の額でこすられているぜ!!」

 

 ちょう可愛いんですけど!! や、やばい。これはやばすぎる。

 こんなに幸せで良いのだろうか。何だろう。唐突に地獄へぶち込まれないかな。怖くなってきた。

「更に」

 

「押し倒されただと!?」

 ソファに押し倒されて、馬乗りされてしまった。この構図は不味いですよ奥さん。

 ふぉっふぉっふぉ。しかし今の俺は不思議な悟りモード。エロい気分にはならないぜ! でも、正直この構図を白露とかに見られたら、かなり怖い感じ!

 

「そうして~もっとすりすり!」

「頬ずりもきたか! こいつは豪快だ!!」

 産毛すら感じない柔らかな頬が、幸せなすり心地を与えてくれた。

 

 とろとろに脳みそが融けそう。めちゃくちゃ幸せすぎて、もう、もうね!!

「えへへ、撫でて撫でて」

「よしよし。くぅ~、おねだりまでされちまったぜ!!」

 わしゃわしゃと撫で回してみる。頬ずり状態なので見えないが、とても嬉しそうな声が耳元で聞こえる。

 

「ふふ。提督さんって、とっても優しくてノリが良いっぽい」

「俺も大分変わったからな、はっはっは!」

 皆との付き合いが良かった。ここに来たばかりでこんな感じだったら、テンションの差が大きくて死んでいたぜ。

 

「白露のおかげ?」

「切欠はそうだった」

 彼女の抱擁力には随分助けられた。心もだけど、あの後不眠症が改善されて。

 体調もすこぶる良い。かつてと比べれば、雲泥の差である。

 

「時雨に甘えられて、村雨の願いを知って」

 想いを背負いながら。

「春雨の想いも知りながら、夕立に応えたくなった」

 願いを叶えられる自分で在りたいと思った。

 

「五月雨も良い子だから、期待するっぽい」

「うむ。後は改白露型の子達だが」

 愛らしい四人がいてくれるんだけどな。ちょっと暇がなくなってきた。

 

「今回は関わらないっぽい?」

「白露の影響力が及ばないからな。まだ怖い所もある」

 特に山風とは、ちょっとこう。相性が悪いかもしれない。

 

 滅茶苦茶好きだけどね。俺もパパになりてえな。

 無論それだけじゃない。考えないといけない事があるんだ。

「後はそう。気になる事もある」



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わくわく予定の言葉です

「敵の増援っぽい」

 安全の確立された海域で、不可思議な艦隊と遭遇している。

「うむ」

 問題が出てきた以上、探らないわけにもいかない。

 

 とはいえ、水雷戦隊だけで関わるのは怖いし。どうしたものだろうか。勝の奴に連絡を取るべきかね。

 …それもなあ。アイツの方が遙かに負担も大きいだろう。困ったもんだ。そろそろ、覚悟を決めるべきだろうか。

 

「難しい顔をしてるっぽい」

「そうでもないさ。ただ臆病なだけだ」

 考え込んでも仕方ない。でもさ、絶対にアレだよね。俺の物語に題名をつけるなら、艦これカッコガチだよね。

 

 いちゃいちゃ大好き提督日常とか駄目? 駄目だよね。知ってる。うん。

 ま、まあ良いや。今はいちゃつけてるもの。こうして夕立とじゃれ合えている。それだけで十二分。

 

 俺の運命が過激すぎるのは、この艦これ世界がちょっと過激すぎるのは、ようく知っているぜ。

 抗う力程度はある。その可能性は、艦娘が宿しているんだ。信じている。ソレしか出来ない俺の、精一杯の頑張りであった。

 

「努力あるのみ。結局、そこに行き着くのが結論だ」

「ふふふ。良い言葉っぽい」

 嬉しそうに微笑む彼女と違って、俺はあまりこの言葉を好きではない。

 

「だな」

 虚しいほどに正しい言葉だから、負けた時は結局ソレしか残ってなくて。

 でも、死んだ者達の努力が劣っていたとは言いたくない。感情の限界、などと格好つけてみたり。

 

 俺の表情を見て、とても優しい微笑で夕立は語る。

「…今日勝てたからね」

「うん?」

 

「夕立は提督を信じてる。提督も夕立を信じてくれたから」

 真っ直ぐな瞳で夕立が見つめてくる。薄らと紅色が見えて、夕立改二の雰囲気を示しながら、とても強く凜々しい瞳。

 

 目を離せない。戦う者として生まれた夕立の、強く優しい言葉があるんだ。

「もっと、もっと強くなれるよ」

 優しく心強い宣言だった。俺と共に強くなってくれると、君も言ってくれるのか。

 

 だから艦娘が好きなんだ。艦これが好きなんだ。俺もどこまでだって頑張れる。

「ん。ありがとな」

「ふふふ。ハンモックを張ってでも戦うっぽい!」

 馬乗り状態から、ぎゅ~っと抱きついてきた。

 

 そうして、楽しそうに俺の頭をわしゃわしゃとし始める。撫でると言うには手つきが乱暴で、彼女らしいじゃれつき方だ。

 応えて俺は夕立の髪を優しく梳きながら、楽しい思いを言葉に変えるんだ。

 

「ならば、そのハンモックを最高級品にしようじゃないか!」

 素直に帆を買い換えろという話である。冗談のやり取りであった。

「夏になったらキャンプも良いっぽい。皆でお祭り騒ぎにするっぽい」

 夏祭りも良いねえ。浴衣に花火のロマンは素敵だ。もちろんノーパンな!

 

「他鎮守府との交流も良いかもな」

 最前線は相変わらずだが、ここからの支援物資で、大分安定してきたとは聞いている。

 もう数ヶ月もすれば、もっと状況は良くなるだろう。

 

 なにせ俺より遙かに強い提督がいるのだ。

「交流戦もやってみたいっぽい」

 抱きつきを止めて上体を起こし、格好良い笑みを見せて言ってくれる。

「駆逐艦と軽巡洋艦の力を、見せつけたいっぽい」

 

 胸を張って仲間だと言いたいから、強くなった己を示したいんだ。

「ようし。楽しみだな」「楽しみっぽい!」

 じゃれ合い笑いながらも決意は新たに。今日が進んでいった。



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夕立さんです 考え込みです

 何にも考えないで、ただ戦って生きていられたらと。思う私がいる。

 それはあまりにも傲慢な願い。提督さんに負担をかける艦娘、それも駆逐艦が。口にするのもおこがましい願い。

「ん。朝っぽい」

 

 朝日が差し込む自室。時雨と白露は眠ってるっぽい。村雨はお散歩かな。

 平穏な日常にいると、泣きたくなるような違和感を覚えた。口から出る言葉とは裏腹に。私は、ちょっとだけ考え込む性格だった。

「…ただの妄想っぽい」

 

 ぽつりと口癖が零れた。まだ眠気が残っているのかしら。ぼんやりと微睡む心とは裏腹に、今日を迎える緊張がある。ぐっと体を伸ばした。ベッドの軋む音。

 提督さんとの一日。秘書艦を、私が努める一日。

 

「嫌われるっぽい」

 言葉にすると不安でどうしようもなくて。皆みたいに、戦い以外でも頼れる私じゃないから。言葉も揺れて曖昧で。っぽいと付け足さないと、不安になる私だけど。

 今日一日だけ。一日だけは、がんばって過ごしたい。

 

 皆を起こさないようにベッドから出て、手早く朝の支度を終える。

「ん。がんばりましょう」

 そうして、執務室へと向かってく。

 

 

 執務室の扉を前にして、うるさい程に心臓が鳴っていた。

 緊張してる。わざわざ考えるまでもなく。とっても緊張している。

 …他の皆から、提督さんのお話はいっぱい聞いた。優しい人だと思う。でも、夕立は艦娘なんだ。戦うことでしか貢献出来ない。いや、戦いこそがと言い換えたい。

 

 でも今は戦えない。駆逐艦は脆いから、戦えない。なら私はどうしてここにいるのかしら。ふふふ。頭が重たい。楽しいだけで良いのに。

 私らしくない。けど、どうしても考えちゃう。ず~っともやもやしてる。

 

「夕立、入室します!」

 せめて元気良くと執務室に入れば、提督さんが迎えてくれた。

「今日はよろしく頼む」

 

 短く整えられた黒髪。同色の瞳。力強く凜々しい眼光。顔立ちも整っている。厳しく固まっていた表情は柔らかく。とても優しい微笑みが見えた。

 初めて会った時より随分と暖かく。人間味のある雰囲気だった。

 

「よ、よろしくお願いしますっぽ……」「ぽ?」

 思わず零れかけた口癖。だめ。恥ずかしい。ど、どうしよう。

「ぽ、ぽ、ぽ」

 

 言葉が出てこない。小首を傾げて提督さんも待ってた。えっと。えっと。

「ポメラニアンは可愛いですね!!」

 空気が冷ややかになっていく感覚。提督さんも困った様に笑って。

 

「そうだな」

 静かに言葉を返してくれた。

 自分の顔が真っ赤に染まってくのを実感しながら、今日の一日が始まってく。



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決意の裏腹です

「お、お仕事頑張ります!」

 何はともあれ初めての秘書艦業務。全然、自信は出てこないけど。せいいっぱいの頑張りを見せたい。…全然、自身を出せなくたって。ぎゅっと胸の奥が痛んだ。こんな私で良いのかな。

 

 不安が頭を埋めようとして、段々と痛みも酷くなってる。

「よろしく頼む」

 真っ直ぐ優しい声で言ってくれる人が、見守っていてくれるから。

 怖くたって、緊張してたって。なんとか頑張れるんだって言いたいのに。

 

 

 お茶をいれようとすれば。

「あっ」

 手を滑らせて湯飲みを割ってしまった。よく使い込まれた高そうな湯飲み。思い出とか、お金に代えられない大切な物。それを私が割ってしまったんだ。

 

 視界が狭くなってく。割れた湯飲みの破片が、視界の全部になってく。失敗した。…やっぱり私は。

「大丈夫か!?」

 

「は、はひ、あの、その」

 身が竦むほど、真剣に心配してくれている。艦娘がこの程度で傷つくはずないのに、提督さんは真面目に心配してるんだ。

 ぎゅっと胸が痛んだ。最初の痛みと、他にもなにかが乗った痛みだった。

 

 美味く言葉が出てこない。違うよ。私、この程度の破片じゃ傷つかないから。提督さんの痛みを、ぶつけてほしいよ。私、艦娘だから。

 そう言いたいのに言えない。当然っぽい。…本当に? 自分でもくすぶる心があるんだ。

 

「ん。大丈夫だよ。後は俺が片付けておこう」

 泣きたくなる位に優しい微笑みで、それでも、とても愛おしそうに破片を集めてく。

 やっぱり思い出があったんだ。最前線の思い出? 絶対に大切だった物。なのにどうして、私を心配するの。

 

 次。そうだ。次があるんだ。頑張ろう。頑張るから。夕立を信じ……思うことすらおこがましいっぽい。

「これは、えっと」

 

 書類仕事。ぱそこん? を使って打ち込んでいくっぽい。よく分かんない。いっつも書類は手書きで作ってる。でも頑張りたい。頑張る。

「報告書に書かれた数字を、この項目に入力していくんだ」

「こ、こうですか?」

 

 おっかなびっくり。キーボードを人差し指で押してくっぽい。キーボード。うん。覚えた。

「ふふ。こちらの項目だ」

 

 でも、間違えてた。やっぱり駄目で、夕立は使えなくて。

「ごめんなさい…! ごめんなさい!!」

 何度も色んな仕事を失敗して、そのたびに提督さんが片付けてくれたんだ。

 

 

 ぎゅって、心が締め付けられる。視界が潤んで全然見えないや。夕立は出来ない。

 頭よくない。あんまり考えるの得意じゃない。戦い、戦うのは出来たのに。

 出来るけど脆いから、欠陥品の使えない兵隊だから。みんなと違って、夕立には他に何もないから。

 

「や、やく、たたずで…! 戦えなくてごめんなさい!!」

 ただ泣きじゃくるばかりで、なんて情けない姿。惨めっぽい。ソロモンに残した名前とは裏腹に、ちっぽけでどうしようもない夕立だけが残ってる。

 

 こんななら、艦娘として生まれてこない方が良かったのかな。

「夕立…」

 提督さんがそれでも頭を撫でようとしてくれた。――やだ。

「ひっ!」

 

 怖い。怖いよ。なんにもない夕立に、それでも良いってなるのが一番怖いっぽい。…戦いたい。ああだめ。

 それでも、提督さんは提督さんだから。真っ直ぐに。

「大丈夫。大丈夫だ。…俺と共に戦おう。出撃準備を」



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不安と緊張の螺旋構造です

 提督さんの指示を受けて、私は海に立ってる。

 艦装の力。海を滑る感覚。特殊なローラースケートを履いた気分。

 海に立って艦娘としてある時は、不思議と感覚が変わってる。

 こうして海面に立つと、強く実感するっぽい。――私達は人間じゃない。

 

 やっぱり艦娘は戦う者っぽい。私だけかもしれないけど、こうして海に立ってると血が沸き立つ。はやくはやくって、心の底が動いてるっぽい。

 

 だけど、今日は大きく違ってて。…提督さんとの繋がりを感じてる。

 緊張で視界が狭まってるのは自覚してた。心臓がうるさい。熱い。頭が熱くなってる。自分の息もうるさい。何もしてないのに、息が切れ始めてた。

 

 怖い。怖いよ。

 自分の被弾は怖くない。痛みだって怖くはない。

 戦えるならソレで良いっぽい。負傷なんてどうでも良いの。心配してくれる皆には悪いけど、私はいつ沈んだって構わない。

 

 多くの敵を沈めて落ちるなら、いつ落ちたって構わない。

 でも、私の負担は提督さんにもかかっちゃう。

 魂がつながってるっぽい。痛みが伝わるのは分かる。緊張も伝わってるっぽい。

 

 私が轟沈すれば、とんでもない負担になるの。皆からあれだけ愛されて、信頼されて。重要な鎮守府を任せられるほどの提督さんが、私のせいで傷ついてしまう。

 駆逐艦は酷く脆い。敵の砲撃を受ければ、簡単に大破してしまう。魚雷の破壊力と、消費の少なさこそ利点だけど。欠点が大きすぎるっぽい。

 

 大破した駆逐艦を庇って、戦艦や空母も負傷してしまう。そうして積み重なれば、戦艦だって危ないっぽい。資源だって無限じゃない。いつか底をつく。

 だから、駆逐艦は運用されない。平和な海域に配備されてしまう。今までは平和な海域はなかったけど、ようやく得られたここで活躍してる。

 

 もちろん、この鎮守府で練度を上げれば話は変わるっぽい。

 …その為に、提督さんに酷く負担をかけてしまう。今もそう。私が泣いてしまったから、提督さんに無理をさせてるんだ。

 

 いっそのこと、怒られた方が良かったっぽい。

 嫌いだって。もう要らないって言われた方が…そんなの嘘。嘘っぽい。

 だってそうでしょう。白露達の笑顔を見て、そうだ。なにより、あの時雨の笑顔を見て、思ったっぽい。

 

 ほめてほしい。認めてほしい。信じてほしい。

 夕立だってすごいっぽい。皆だけじゃないよ。夕立だってここにいるんだよって。

 言いたかったけど、駄目だった。海でも駄目なのかな。魂、夕立っていう艦娘の全部が、ぎゅ~って狭まってるっぽい。



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和やかっぽいです

「た、戦い。戦い…!」

 意識を埋没させてくっぽい。緊張なんてどうでもいい。提督さんに負担はかけられないの。戦う。戦うんだ。

 

『良い天気だなあ』

 ぽつりと聞こえてきた声。えっと、えと。あ、そうだ。提督さんの…。

「ぽ、っぽい!?」

 忘れてた!! 提督さんと繋がってるんだ。

 

 魂に響くような声。見守る暖かな心が伝わってる。なにか返さなきゃ。

「そ、そう思うっぽい!」

『お日様があったかい。そう思わないか』

 

 のんびりした声が戦場を忘れさせる。ゆるゆるとしてるっぽい。

「…お昼寝日和っぽい」

 自然と言葉が出てくれた。あんまりにも提督さんが柔らかくて、視界も広がってく。

『だなあ。ふ、わあ』

 またまた自然な欠伸。暖かい。のんびりした心地っぽい。

 

「提督さん。おねむっぽい?」

『ん~、そうだな。お日様を浴びると眠くなるだろう』

 お日様気持ち良いっぽい。あったかくて、のびる感じ。ふふふ。お昼寝はすてきね。

 

「夕立とお揃いっぽ…お揃いですね」

 言葉の変化にも今気付く位、緊張してたみたい。

 今更取り繕うのは嘘っぽい。とっても恥ずかしいわ。

 

『ふふ。落ち着いたようで何よりだが、敬語は要らんよ』

「ぽ、ぽい~」

 困っちゃう。でも、変に気にするのも失礼っぽい。

『ふふふ』

 

 嬉しそうな笑い声。皆から聞いた通りの提督さん。ん。頑張りたくなってきたっぽい。

『水平線を見つめてごらん』

 

 ――どこまでも広がってる海景色。果てが見えないのがとっても綺麗で、手を伸ばすけどぜったい届かない。

 どこまでも行けそう。平和な海域は、飛び跳ねたくなるほど澄み渡ってる。

 

「とっても、とっても広くて…良い景色」

『ん。下を見てみると良い』

 ゴミや汚れのない綺麗な海色。深海棲艦が現れて、消えた後は不思議な位透き通ってる。浄化って、皆は言ってたっぽい。

 

「綺麗な海色っぽい!」

『新鮮なお魚も泳いでいるんだ』

「お魚?」

 

 そういえば、お魚さんが泳いでるのを見たことがないな。皆で釣りも楽しいっぽい。

『夕立はどんな魚料理が好きだ?』

「おいしいの!」

 

 焼いたり煮たり揚げてみたり。いっぱい美味しいのがすてきね。

『ふふ』

 愛しそうな笑い声。どうしたのかな?

「ぽい?」

 

『いやなに。白露もな。同じような答えだったんだ』

「お揃いっぽい」

 白露は皆の為にがんばってるっぽい。駆逐艦だとか気にしないで、周りを気にしないで戦える人。夕立とは違う。

 

 夕立は戦いしかない。…こそばゆい言葉だけど、尊敬してるっぽい。

『だな。俺も美味しいのが好きだよ』

「提督も夕立達とお揃いっぽい!」



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決意の裏側です

『帰ったら美味しい焼き魚でも食べよう』

 にこにこと笑う提督さんが見えるみたい。愛おしそうに、夕立を認めてくれてる。

「楽しみっぽい!」

 だからね。敬語の仮面を被らなくても、何も考えなくても言葉が出てくれたっぽい。

 

『ようし。近海の哨戒任務を始めようか』

「よろしくお願いします!」

 そして、提督さんの指示通りに海を進んでく。風が涼しくて気持ちいい。海の、どこかまとわりつく様な風。駆逐艦としても、私としても嫌いじゃないっぽい。

 

 そうやってのんびりと進んでれば。…当たり前のように言葉が届くんだ。

『前方に敵発見、数は二。艦種は駆逐艦か』

 どくん! と心臓が高鳴ったのを感じた。緊張? 恐怖? どちらともっぽい。

『夕立。水平線をごらん』

 

 提督さんの声は変わらない。どこまでも落ち着いていて、暖かだった。

「ぽい?」

 まだ敵の姿は目視できないっぽい。電探には情報が伝わってるけど、それは提督さんが教えてくれたわ。何かしら?

 

『楽しい事を考えよう』

 本当に優しい声で、戦場に似合わない楽しい声色が聞こえた。

 怒りはない。ふふふ。提督さんはのんびり屋さんね。きっと、ガチガチに固まる私より良いっぽい。

 

『間宮のアイスでも構わない。伊良湖のモナカも美味いよな』

「甘くて幸せっぽい!」

 疲れが飛んでく素敵な味。どっちも大好きで、誰かに食べさせてもらったら幸せ。

『羊羹も捨てがたい。いや、どら焼きなんてどうだ?』

 

「よ、よだれが出てきちゃう~」

 お腹が空いてきそう。っと、緩みすぎたらだめかしら。

 それなのに、提督さんの語り口は暖かくて。心が緩んでるの。

『ふふふ。楽しいよな。面白いよな…だから、怖いんだ』

 

 声が重たくなる。それは、私にだけ伝える言葉じゃなくて。

 繋がってるから分かる。多分、提督さんは気付いてないだろうけど。

 ――自分の恐怖すら忘れちゃうほどの、深い絶望と恐怖が提督さんを包んでる。

『良いかい夕立。怖いから笑うんだ』

 

 なのに、声には一欠片も乗ってない。私を、夕立の戦いを支える為だけに。

 提督さんが笑ってる。見えないのに見えた気がした。…今にも泣き出しそうな、必死な獣みたいな笑みが見えた気がした。

『ぶるっちまう程の恐怖があって、そいつは裏に喜びがあるから生まれる恐怖で』

 

 提督さんは戦いが好きじゃないっぽい。なのに、こうして戦いに適した提督さんになってる。泣き出しそうでも、泣かない提督さんになってるんだ。

『今君は、それと戦う場所に立っている』

 戦ってるのは貴方でしょう。命を背負わせられて、自分自身ではリベンジ出来ない。

 

 ただただ重みを、背負わされているのでしょう。

『笑ってみると更に気付くよ』

 拳を、自分の拳を握った。何だろう。恐怖とか緊張とかどうでも良くて。

 

 胸の内から熱いなにかが出てきてる。必死になって戦って、ここでも戦う覚悟を決めた人がいる。いるんだ。こうして繋がってるんだ。

 っぽい。っぽいぽい! もっとやれるっぽい。夕立は! もっとやれるっぽい!!

『――死にたくない。生きたい。もっと楽しい明日が待っているんだ』

 

「ん。…怖い。怖いの」

 そう思ってる貴方が伝わってくる。夕立は。もっと。もっと。

『此処で終わって堪るか。俺は、俺は願い続けた日常を生きていたい…!』

「此処で終わりたくないに決まってる! 夕立だって、戦えるんだって叫びたい!!」

 

 燃え滾る想いが叫びになったっぽい。だってそうでしょう。

 提督さんが必死になってるの。艦娘の私が、諦めるなんておかしいっぽい!!

『腹の底から熱が出てきて、恐怖が四肢に伝わって』

「お腹が熱いっぽい…!」

 

『ひひ。そうして脳髄が、どこまでも冴え渡るように』

 かちりと脳内の歯車が合わさったみたい。見えない力が私を包む。

 提督さんの真っ直ぐな信頼が伝わって、望んだ心も力に変える。

『さあ笑おう。笑って、挑もうじゃないか』

 

『はは』「ふふ、あは」

 声が合わさってく。魂が混ざってるっぽい。堪らない。ああ。今夕立が此処に在る。

『「はっはっは!!」』

『共に戦ってくれるか?』「任せて!」



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錬磨された意識です

 昂ぶりもそのままに。迷いなく敵艦隊へと進み続けた。

 そして、敵艦隊を発見。さあ、この昂ぶりを受け止めてもらいましょう。

「敵発見しました!」

 駆逐艦が二隻。イ級、最も弱い相手。二体いたとしても、絶対に負けない。

 

 提督さんの力を感じているの。負けられないっぽい。いや。

 勝ちたい!! 勝つんだ。勝って胸を張ってみせるんだ!!

『…やはり駆逐か』

 どこか安心した様な言葉だった。…戦艦でも相手取れるなんて、言えないっぽい。

 

 でも、とっても言いたいっぽい。がんばろう。

『いけるな』

 迷いのない声は問いかけですらなく。淡々と確信を与えてくれたから、暖かい気持ちが溢れてくるっぽい。

 

「いつでも!!」

 威勢良く言ったのは良いけど、相手に先制を取られちゃった。

 駆逐イ級の砲撃。いつもなら何とか避ける状況。でも今は――時が止まってる。

 

 未来が見える。どこに着弾するか確信してる。頭の奥底が疼いてる。提督さんの思考と融け合ってるっぽい。…気持ち、良い。

 お風呂に入ってるっぽい。リラックスして、とけてて。あったかくて。

 なのに、魂の奥底が冷えてる。戦い。ああそうだ。今、夕立は戦場にいるんだ。

 

「安全な所が見える! こっちに避ければ良いっぽい!!」

 落ちる地点が分かった砲撃を、わざわざ当たる必要はないっぽい。

 でも、提督さんの理想通りに動けないっぽい。出力が安定しないの。

 

 ふふふ。だからこそ、なんて傲慢かしら。短時間で提督さんを分かったつもりなんて。おかしいっぽい。

 でもね。確信してる。――そっちの方が面白い!!

 

「今度はこっちの番かしら?」

 攻撃に意識が切り替わった瞬間。敵艦隊の心まで読めるっぽい。

 どの方向に、どれ位の速度で動くか分かってれば。止まってる的に撃つのと同じ。

 

 それで外すほど柔な訓練はしてない。

「そっちは行き止まり! 逃げ場はないっぽい!」

 想いを込めて、熱く。一撃で壊しきる力を込めるよう。

 

「当たって!!」

 言葉と共に放たれた砲弾は、吸い込まれる形でイ級へと命中した。

 そうして轟沈。衝撃の響く鈍い音がお腹にまで届いて、呆気なく一体を倒した。

「やった!」

 

『よくやった!』

 私以上に提督さんが喜んでくれてる。ふふ。だったら、もっと頑張れるっぽい。

「提督さんのおかげっぽい!」

 

 あんな感覚は初めてだった。どう過ごせば、あそこまで集中出来るのかな。

 とっても気持ち良い勝利。なんだろう。ぞくぞくして、どこまでも到達できる気持ち。魂のその先を感じてるような。うう~分からないっぽい。

『訓練の成果さ』

 

 静かな言葉。つながりから、とっても喜びを感じるからこそ。なんだか可愛いっぽい。うきうきを隠す子供みたいね。ふふ。

 よ~し。がんばるぞ。絶対に勝って帰りましょう。

『残りは一体だ。油断や慢心もなく。殲滅するぞ!』「ぽい!」

 



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戦いへの在り方です

 魚雷を発射して、残りの一体も倒せたっぽい。

 澄み渡る空の色と海の匂い。敵の圧力も感じなくて、清々しい空気を感じる。

 一度だけ、勝利の余韻を味わうように深呼吸。その勢いのまま。

「大勝利っぽい!!』

 

 思わず跳びはねる位の勝利っぽい。提督さんの指揮で、完全に勝利した。

 ふふふ。良い気持ち。きらきらした心が広がってるっぽい。…駆逐艦だからって、もやもやしてたのが、この戦いで楽になったっぽい。

 

 早く帰って提督さんに姿を見せたい。提督さんの姿を見たい。褒めてくれるかな? 頭とか撫でてほしいっぽい。

 いっしょにごはんも食べたいっぽい。食べさせ合ったり。とにかく触れ合いたい。

 

『お疲れさまだ。負傷はないか?』

「掠りもしなかったぽい」

 着弾する所が分かってて、当たってあげるほど優しくないっぽい。

 これで相手の数がもっと多かったら困ったけど、二体位ならなんとかなったっぽい。

 

『ならば良し。良くやった』

 もっと褒めてほしいっぽい。う~ん。ふふ、そうだ。

 帰還したら抱きついてみようかな。提督さん、怒らないかな? 触れあいは嫌いっぽい? でも、他の皆は甘えられたっぽい。

 

 だから夕立だって、もっと甘えてみたいっぽい。すりすりしたいっぽい。

「にひひ。このまま巡回も終わらせて、花丸仕事っぽい」

 よし。頑張って甘えさせてもらいましょう。頭なでなでと、ぎゅ~って抱きしめてもらうっぽい。そしたら私も、ぎゅ~って抱きしめ返すっぽい!

 

『ん。気をつけてな』

「はあい』

 提督さんの優しい声を聞いて、もう一回進み始めてく。

 

 のんびりと海を滑る感覚。風を切る音が楽しいっぽい。艦娘だけが得られる特権っぽい。でもでも、提督さんを背負って、この喜びを共有したい。

「見るだけなんて、もったいないっぽい」

 

 どんな感じかは知らないけど、艦娘と提督さんは感覚を共有してるっぽい。

 海に在る時は、不思議な力が発揮される。今、私が見てる景色も見てるっぽい。

 良い景色。提督さんといっしょに見てると思うと、もっと嬉しい。

 

 そういう楽しい時に限って、やなことも訪れるっぽい。

『敵艦六体を感知、艦種は軽巡二、駆逐四』

「えっ…?」

 先程の戦闘とは桁違いの敵数。二が六になったなんて単純な事じゃない。

 

 普通なら、蹂躙されるだけっぽい。手も足も出ない戦いっぽい。

 でも夕立は、響と提督さんの伝説を知ってる。

 戦艦と空母で構成された敵艦隊を、2人のコンビだけで殲滅した話。

 嫉妬だとか、羨望だとか単純な話じゃないっぽい。

 

 響は響で、それなりに話した事もあるし。提督さんとお似合いっぽい。

 でもそれは、女の子としての話で。今の私は艦娘なの。

 魂の根幹が私も出来るって、叫びたがってる。伝えたい。聴いてほしい。



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進化、真価の発揮です

「…ごめん。提督さん」

『勝ちてえ、よな?』

 全て伝える前に、感情だけが熱く届いてくれたっぽい。

 勝ちたい。そう。そうね。夕立は勝ちたいの。逃げたくない。逃げたくないの。

 

「ふふ。つーかーの仲っぽい!」

 とっても嬉しい。繋がってる実感が出るっぽい。ああ。やっぱり勝ちたい。

『そりゃあそうだ。せっかく得られた勝利の輝き、潰されたら堪んねえっての』

「魂が叫んでるの。強くなれる、勝ちたいって。先に進みたいって!!」

 

 ようやく掴んだ勝利。ここで逃げたら同じ事。逃げたくない。

 いつか逃げる時は来る。最後に勝てばそれでいい。また来れば良い。

 間違いじゃないっぽい。でも! 逃げちゃ駄目な時もあるっぽい。

「我儘なのは分かってる。もし私が沈んだら、貴方に負担がかかるのも分かるの」

 

 …言葉にしないけど、繋がってるから本当に分かるっぽい。

 提督さんは戦いを恐れている。一方的な殲滅だけを求めてる。その為に、戦力を充実させてるの。本当は戦い何てしたくない。

 本当に強い人。だから、お願いします。そんな貴方と戦う名誉をください。

 

「それでも! …それでも私は艦娘だから。戦う為に生まれてきたから!」

 怖がらないで、夕立を信じて。いつか示した決戦のように、確信すら超えた無限の可能性を示すよ。

「戦えるのに、まだやれるのに!!」

 

 手足は動く。疲れも残ってない。燃料も弾薬もあるんだ。逃げたくない。

「ただ危ないからって、逃げるのなんてもうやだよ!!」

 全部伝えきった。通信は沈黙している。提督さんの心の動きが伝わってる。

 

 それでもまだ提督さんは怯えてる。表面には出してないけど、心底から怯えてる。

 そう、だよね。私を信頼するのは難しいっぽい。まだ組んで初日。まだまだ響には及ばないっぽい。わかってる。

『なあ、夕立』

 

「っ!」

 ああでも聞きたくないなあ。戦えって言ってほしい。どこまでもいけるよ。

『馬鹿共に教えてやろうぜ』

 あ、うそ。本当に? えへ、えへへ。良いんだ。怖いくせに。勇気を出してくれるんだ。

 

『お前達がケンカを売ったのが、どれ程の相手なのかをよ』

 提督さんの啖呵に心が躍った。魂の震えを感じる。熱い。心臓がうるさい。

 自分の怯えに気付いてないんでしょう? 戦い続けたせいなのかな。提督さん、とっても心が萎縮してるっぽい。

 

 経験と練度で何とかしてるだけで、提督さんの心は軋んでる。

 なのに、言ってくれるんだ。提督さんが言ってくれたんだ。

 戦えって、私と共に戦ってくれるって。――全部。っぽい。全部を見せる。私の性能全部で、もっと底からかきあつめて。

 

 応えて私の全て。夕立の全て。可能性を見せて。魅せるんだ。

 信頼してくれた貴方に報いたい。魂の果てを肯定するように変化。艦装が変わっていく。魂の総量が急激に増えていく。

 脳内が澄み渡ってる。海の流れ全てが見えるよう。出力が増大。

 

 視界が紅に染まった。首にはマフラーが巻かれている。びりびりと、脳の奥底の本能が疼いてる。気持ち良い。提督さんと繋がってて、とっても気持ち良い。

 提督さんの経験を喰らっているっぽい。魂と、軍神とまで謳われた…弱さすら許してもらえなかった人の、熱い技術の結晶が融け合ってる。

 

「…にひひ♪ それなら」

『ああ』

 今なら言えるよ。自信をもって言える。胸を張って堂々と。貴方と声を合わせて。

『「ソロモンの悪夢」』

「見せてあげる!!」『見せてやろうぜ!!』



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狂気に似た確信です

「提督!」

 溢れ出る熱気が血液を巡ってる。戦いたい。蹴散らしたい。

 全員逃がさないから。もうしらないっぽい。全部、全部解放するっぽい。頭が熱い。視界が真っ赤になってる。匂い。感じる。戦場の香りが心地良い。

 

 死と隣り合わせのスリルが脳髄を満たす。本能が、戦果を求めて荒れ狂ってる。

 戦いたい。ああそうだ。夕立はどうしようもない程、艦娘なんだって。

『楽しもうか!!』「ぽい!!」

 それでも指揮を執ってくれる提督さんがいるから、誇らしく進めるっぽい。

 

 格段に常勝した出力で敵艦隊と接近。それでも、相手の練度も高いっぽい。

 すぐに砲撃が開始された。先手はあっち。 

「見える……けど!!」

 避けられない。出力は上がってるのに、避けられるラインが見えない。

 

 受けるしかないの? …駄目。今の夕立の装甲は脆い。砲塔に強烈な力は感じるけど、その分、装甲が脆くなってるっぽい。――なら道連れにしてあげる。

 どくんどくんって心臓がうるさい。熱い。殺せって、壊せって魂が叫んでる。

 自分の安全なんて必要ない。燃え尽きたって構わないっぽい。ただ全員、あは、あはは!!

 

 さあ、当ててみせてよ。全員壊してあげる。

『安心しろ』

 提督さんの力強い声。怖くて仕方ないのに、経験と技量で超えると誓った人の声。

 …落ち着こう。身を委ねて、貴方を信じてるからね。夕立の力もみせたいんだ。

 

『俺が支えてみせる!!』

「力が動くっぽい!?」

 身に纏う装甲が、命中する部位に集中してる。こんな事ができるの? 

「きゃっ!」

 

 衝撃は響いたけど、全然痛くない。これなら夕立は止まらない。

「でも、まだ戦えるっぽい!!」

 相手の反撃は許さない。一方的に撃ってきたでしょう。それなら。

「今度はこっちの番!!」

 

 滑らかに砲撃。大きな反動が伝わるほどの砲弾は、あっさりと敵軽巡を一体沈めた。

 敵の動揺が伝わってる。迷いを感じるの。ふふ。止まってて良いの? 私はまだ動けるっぽい。

「まだ手番は終わってないっぽい!」

 

 匂い。心の奥底で狙いを定めての魚雷発射。照準を合わせる必要すらない。研ぎ澄まされた本能と、纏う提督さんの経験が結果を確定させる。

 回避を許さない雷撃が、もう一体を沈めた。残りは四体。

 

『二体撃破。良くやった』

 本当に嬉しそうな声。安心も仄かに感じられた。まだまだ、もっと出来るって言いたいけど。

「頑張ったっぽい!」

 

 褒めてほしくて言っちゃった。ふふ。褒めて褒めて。嬉しい。ぎゅっとしてほしいっぽい。

『さあ、俺を信じてくれ。俺も君を信じている!』

「任せて。素敵なパーティーにしましょ!」



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彼女は一人知っています

仕事が忙しいので頻度が落ちるかもしれません。ぼちぼちです


 何度も、何度も戦っていく。被弾の痛み。痛い、痛いのに楽しい。

 ボロボロになってく。その数だけ敵を倒していくっぽい。それが嬉しい。ああ。駄目。終わっちゃう。勝利を求めてたのに、終わってしまうのがもったないっぽい。

「あっ…」

 

 弾薬、なくなちゃった。敵と見つめ合う。笑ってるの? ふふ。壊してあげる。

 ――まだ拳が残ってるっぽい!

 思いっきり殴り壊す。たまらない力を感じてるの。ああこれで。

「提督さんとの完全勝利っぽい」

 

 海に残るのは私だけ。提督さんとの繋がりが、ここでの安らぎを教えてくれる。

 静かな海は勝利の証っぽい。落ち着く。

 勝った、勝てたんだ。夕立ね。頑張ったよ。皆と頑張って努力したの。でもね駆逐艦だったから、戦いを許してもらえなくて。

 

 ずっと意味を見失ってた。私は艦娘。海で戦うために生まれた存在っぽい。

 ん。とりもどせた。勝利の意味を思い出せたから。

「ここにいられるっぽい」

『…夕立、お疲れさまだ』

 

 心底から疲れた声っぽい。つながりから、提督さんの強い疲労を感じてる。

 でも、とっても嬉しそうなの。安心してるっぽい。嬉しい。ぎゅ~ってしたい。頭なでてほしいっぽい。

「提督さんもお疲れ様っぽい」

 

 戦いに対するトラウマを感じるっぽい。なんだろう。夕立の艦装が変化してから、提督さんとのつながりが強まってるの。

 がちがちに震えてる心を感じる。今にも泣き出しそうな顔が見えるっぽい。

 

 気持ち悪さ、目眩、頭痛も感じてるっぽい。なのに、夕立に見せてない。…ちょっと悔しいっぽい。響になら見せたのかな? 甘えたっぽい?

 私は甘えさせてもらえるだけ。甘えては、くれないのかな。なんて。

 

 言えないっぽい。だって。

 甘えるの大好きっぽい! 提督さんに早く会いたい!! でも、でもでも。夕立だって甘えてほしいっぽい。

 

『うむ。速やかに帰還してくれ。君の笑顔が早く見たい』

「全速力で帰りま~す!!」

 変化した艦装の力で一気に帰る。途中で、提督さんからの繋がりが薄くなるのを感じる。

 

 どうしたのかな? 夕立の方から探ってみるっぽい。艦装が変化したおかげで探れるっぽい。ふふ。ちょっと嬉しい。

 …急激な吐き気。嘔吐、何度も咳き込む提督さんの声が聞こえた。

 

 やっぱり辛かったんだ。隠してたけど、必死になってくれたんだ。

 応えたい。ううん。応えるっぽい。強くなれた、強くしてもらったの。価値を思い出させてくれた、大切な人だから。

 いっぱい甘えて甘えられて、提督さんの疲れも癒やされてほしいっぽい!



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甘え上手な彼女の悩み

 帰還して補給を済ませたら、迷わずに提督さんが待ってる所へ全力疾走するっぽい。

 扉を壊さないように気をつけつつも、勢い良く入って。

「たっだいま~!!」

 

 提督さんの待つ執務室へ帰ってきたっぽい。とっても優しい微笑みで佇んでる。…顔色が悪いっぽい。夕立に気付かれたら、提督さんは悲しむの。

「おかえり夕立「提督さん!」

 

 顔が見えない様に抱きつく。ぎゅ~! 暖かい。提督さんの良い匂い。ちょっとだけ、その、酸っぱい匂いも残ってるけど。でも嬉しい。暖かくて嬉しいっぽい!

「えへへ。思いっきり甘えてるっぽい!」

 

 ぎゅって力を込めるの。夕立の胸と提督さんのお腹がくっついてるっぽい。幸せっぽい。触れあいは大切ね。ふふ。暖かい。優しく受け入れてもらってるの。

 もっともっと。提督さんが痛みに気付かない位、いっぱい甘えたいっぽい。

「ねっ、提督さん。その、褒めて」

 

 ちょっとだけ照れる。甘え過ぎっぽい? でもでも、素直な気持ちなの。

「よしよし」

 提督さんが頭を撫でてくれる。柔らかく髪を梳いてくれる。無条件で許されるような、ここにいて良いって伝えてくれてるの。嬉しい。暖かい。

 

「暖かい。優しい手。もっと、もっとほめて」

「出会った頃より甘えん坊だな」

 くすぐったそうに笑ってる。困らせたっぽい? それはヤダ。提督さんに笑ってほしいの。

「駄目っぽい?」

「嬉しいよ」

 

 わしゃわしゃと頭を撫でてくれる。優しい声と微笑みで見つめてくれる。お父さんっぽい。なんだか胸が痛くなる。夕立は艦娘、兵器だから。

 それでも人として愛してくれる提督さんがいるから、艦娘としても頑張れるっぽい。

「ほんと?」

 

「ほんとにほんとだ。ぽいじゃなく、確実にそうだとも」

 戦えるから甘えられて、甘えられるから頑張れる。提督さんとの出撃は、本当に楽しかったっぽい。皆いっしょだったら、もっと素敵だったっぽい。

 

 それは日常も同じ。時雨や皆といっしょに遊びたい。

「甘えて良いんだ。そっか。うん。とっても嬉しいな」

 甘え下手な姉妹もいるから、夕立が一番甘えてるっぽい。皆も許してくれるなら、幸せね。

「提督さん、もっと甘えて良い?」

 

「遠慮する必要はないぞ。今日のMVPは夕立だ。報酬があるべきだろう」

「ふふ。ん~」

 提督さんの胸に顔を埋める。すりすり~。ふふ、幸せ。暖かいなあ。心臓の音が聞こえる。提督さんの生きている音が聞こえるの。

 

 守りたいんだ。戦うのが好きだけど、危ないのが好きだけど。

 そんな夕立だから守れるんだって、証明したいんだ。貴方の心に甘えさせて。そうしたら、もっと強くなって応えられる。とりあえず今日はもっと触れ合うっぽい!



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