いちゃいちゃ大好き提督日常 (ぶちぶち)
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始まりは響から
提督はこんなやつです


 転生者として俺は、艦これの世界に転生していた。

 まず一つ言わせてもらいたい。いや本当、色々と言いたいことはあるのだがね。

「難易度設定ミスってますからあ!!!」

 ガチである。ガチガチである。いや、むしろガチの十乗位はあるかもしれない。

 

 …戦争。戦争であった。二次創作で見たことはあったさ。イチャイチャハーレムと同じ位、そんなシリアスな艦これもあった。

 だけど物語るなら、なんかこう……あるでしょ!! ほんとにさ!!

 と、まあ。苦労を垂れ流してもしょうがない。てんやわんやで数年間頑張って。そう。そうして、ようやく平穏っぽい――夕立に懐かれてえなあ!! 俺もなあ!!

 

 てーとくさん。疲れたっぽい? なでなでするっぽい! とか言われてえなあ!!

 でさ、でさ。あの艶のある金髪を撫でたらさ! えへへ、褒めて褒めて~。とかさ! あの声で言われてえよなあ。

「そんな余裕とかなかったんですけどね!!」

 

 はっはっは! 此処までの提督業は本当に地獄だったぜ!!

 うわああっ、ほんと! まじほんと! こっからだから。こっからいちゃつくから。

 季節は春。二月からの着任で、ようやく人心地ついた今日この頃。

 提督がいちゃつける鎮守府に着任しました。これより、欲望のままにがんばります!

 気合い! 入れて! イキます!!

 

 

 俺の朝は早い。午前三時に起床して、食事などを済ませて身支度を調える。

 寝室と執務室が隣であり。トイレやバスルームなど。上下水道の設備も整っている。やろうと思ったなら、この部屋から一切出ないでいられる。ぶっちゃけ、ここ一月はこの部屋を出ていない。

 

 うむ。仕事が滞るね! やったね! 日常が仕事だね!! くたばれ!!

 い、いいもの。ようやっと後方勤務に就けたのだもの。

「…補給が満足になかった最前線。は、ははは」

 良いんだ。楽しもう。楽しむぞ。二ヶ月かけて、ようやく此処の生活も安定した。楽しむぞ!!

 

 さてさて。今日も仕事に取りかかるのだが、そんなモノはどうでも良い。どうでも良い。あえてもう一度言おう。

 どうでも良い!! 今日から! 俺は!! エロエロでやっていくんだ!! ぐへへ。

 

 あ、でも。無理矢理とかはNOである。てか、提督権限で好き放題とかロマンがないし。うん。へたれじゃないし。紳士なだけだし。

 うん。そこは譲れない。ここは譲れません。提督の名にかけて。いや、俺がかけたいのもっと白濁とした。

 

 はい。真面目にやろう。

 午前六時位になると、秘書艦が執務室へと来てくれる。

 こんこんと小さくノックが二つ。愛らしい少女の音色。

「入ってくれ」

 

 言葉を返したなら。

「司令官、失礼するよ」

 駆逐艦・響が入室してきた。

 滑らかな銀髪。湖面の如く澄んだ両目。

 幼く小柄な体とは裏腹に、落ち着きと知性を感じる静かな表情。

 

 整った面立ちは、将来美人になるだろうと直感させる。

 今も十分愛らしいが、妖精みたいに儚くて。どこか現実味に欠ける。

 幻想的な雪の美少女。響を語るならば、この言葉こそ相応しい。

 

 黒と白を基調としたセーラー服は、水兵にも、学生にも見える。そうして見ると、大人と子供の中間の魅力も感じるわけで。つまりはそういうわけで。響は天使なわけで。

 そんな美少女が目の前にいるんでひゅ~!! ぶほっほっほ!!

 やばい。やばいよコレ。響が接する空間から、世界が浄化されていくもん。

 

 アレ? 響って神だった? ってなるもん。初期艦として、秘書艦として、色んな地獄を越えてきた仲である。

 さっきの妄想みたく。夕立がなでなで甘え合う感じなら。響は、こう、うむ。

 俺は響のパンツが見たい。もう一度言おう。響の! パンツが! 見たい!!

 

 そう。そうだ。駆逐艦はアカンけど。響は違う。苦楽を共にした相棒。つまり身内であり、本来あってはならないのだけど。正直、勃起します。

 響には! 勃起します!! さあ、今日の命題は一つ!!

 俺は今日中に、彼女のパンチラかパンモロを拝むのだ。



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やっぱりこんなやつです

「おはよう。良い朝だね」

 耳に届く透き通った声。静けさは冬の風みたい。ただ心に通る透明感のある声色。好き。いっぱいちゅき。

「ああ」

 

 んんっ! 俺の声から言葉が出にゃいにょ!! もっとこう、素敵な言葉で返したいのに!!

 …と、いかん。落ち着け。先程から感情が爆発しすぎている。冷静に。そう冷静に。

 パンツを見るのだ。

 

「今日もよろしく頼むよ。司令官」

「こちらこそ」

 何時も通りのやり取りを経て、お互いの業務が始まる。

 

 それはどうでも良い。こなしてきた量と密度が違う。十分の一程度の意識でも、滞りなく処理出来る。毎日繰り返している業務だ。面白みなんて欠片もない。

 問題は、どうやってパンツを見るか。それだけだ。

 

『響、パンツを見せてくれ』論外。

『おぱんちゅを拝見出来ませんか』引くわ。

『汝が纏いしセイなる衣を示せ』意味が分からん。

 冷静に考えてみれば、パンツを見るのはとても難しい事なのでは?

 

 当然か。いや待ってほしい。想像してほしい。そう。想像しろ…!

『し、司令官…恥ずかしいよ』

 響は赤面しながら、仄かに震える小さな両手でスカートをたくし上げる。徐々に、徐々に裾が上げられて、中の秘所を隠す下着が。

 良い! 良いね!!

 

 問題は!! 恐らく俺が命令しても、そんな事にはならないという事実。

『……司令。貴方はそういう人だったのか。прощай(プロシシャーイ)

 と軽蔑されるだけだろう。そうして艦隊全てに伝達されて、俺の評価は地に落ちきる。

 

 興奮してきた。じゃなくて。うんうん。

 ただでさえ、容赦ない用兵と練兵で怯えられていたのだ。此処で位、どうにかしたいと思ってはいる。いるんだよ。ほんとほんと。

 今はパンツだ。パンツを拝もう。

 

 さて。状況を冷静に分析しよう。

 執務室の内装。少し広めのワンルーム。木製の机と椅子。秘書艦用に同じ物がワンセット。彼女の小柄な体に合わせて、サイズは若干小さめに作られている。

 電灯や資料用の本棚など。それらの基本的な設備はあっても、他の遊びは存在しない。

 

 謎の掛け軸とか。BARテーブルとかはない。脱衣所もな……はっ!? そ、そうか。脱衣所を設計すれば、ほぼほぼ合法的にパンツが見られる。

 というか、最早裸も見られる。と言っても過言ではない。

 なぜなら脱衣所だから。脱衣、そう衣を脱ぐと書いて脱衣。完璧――なわけがない。

 

 一体どの面下げて、此処に脱衣所を作れば良いのだ。意味が分からん。

「司令官」

「どうした?」

 なにやら彼女が訝しげに俺を見ている。可愛い。

「難しい顔をして考え込んでいるけど、何か問題でもあったのかい?」

 

「いや。今日の仕事は既に完了している。不備なく、不足もない」

 就いたばかりの頃は辛かったが、今は平和である。

 響もそうだろう。大した仕事量はないのだ。今日もこの鎮守府は平和である。

 

 一日の大半は、響との時間に使われている。俺も読書やトレーニングをしてみたり。艦隊の規模は小さくないのだが、如何せん資材管理のお仕事。遠征と演習が主なので、緊張感が薄いのも事実。

 

 響以外の艦娘とも話せてないからな。まあ、仕事漬けで閉じこもっていたのもあるが。引き継ぎとかも終わったし、そろそろ関わりたいもんだ。…怖がられて、もっと言うなら、畏れられているんだよなあ。

 どうしたもんだろう。はははは。いや、良いんだけども。

 勘違い系とかで、実は好かれている可能性は。

 

 なんて考える時点でないだろう。うむうむ。

「そいつは良かった」

 ほっと息を吐く姿。萌える。小さな動作が愛らしい。ぎゅっとしたい。むしろぎゅっとされたい。

 

『甘えん坊だね』

 とか耳元で囁かれて、正気を失って獣になりたい。それで、ダメだよと叱られたい。

「ならどうして、考え込んでいるのかな」

 言えるわけがないだろう。

 

「私には話せない内容?」

 察したのか、少し寂しそうに問いかけてきた。ちょっと心が痛むけどな。仕方ないね。

「難しい問題だ」

 

「…そう。まだ私は、貴方に信頼されていないんだね」

「それは違う!」

 慌てて訂正すれば、落ち込んだ顔から一転し笑いながら言うんだ。

「ふふ。冗談だよ」

 

「からかってくれるな」

 心臓に悪いだろう。

「私と君の仲じゃないか」

 やだかっこいい。仲も嬉しいけど、俺は響のスカートの中が気になるなって。

 

「一日の殆どを共有して、数年も経っているんだ。家族みたいなものだろう?」

 だから俺は、響には興奮するんだけどね!

「…見た目の年齢差を考えれば、兄か父だろうな」

「兄さん、とでも呼ぼうか? 司令官にそういう趣味があるとは思わなかったな」

 

 ジト目で見る響に興奮してきた。めっちゃ可愛い。ぞくぞくと背筋を快楽が通る。

「どういう趣味だ」

「見た目年下の女の子に兄と呼ばせて、悦に浸る趣味さ」

「ふん」

 

 あえて、気を害した様に顔を背けた。にやけそうな表情を見られたくない。

「ははは! 怒らないでくれ。親愛を示しているだけだよ」

「そういえば聞こえは良いがね」

「分かった。悪かった。お詫びをするよ。何が良い? 何でも良いよ」

 

 じゃあパンツ! って言えたら苦労しねえよ!! だってこれ信頼的なアレじゃん。嫌われたくないし。昔からの仲間は響しかもう残ってないし。この鎮守府で俺に好意的なのって、彼女くらいだもの。

 夕立で妄想してたけど、此処の夕立は俺に懐いていないからな! ぽい~!! …ちょっと真面目に。



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こんなやつも時にはシリアスです

「ならば、絶対に轟沈するな」

「へえ?」

 彼女の困った様な笑顔。響らしい。静かで優しい感情の色。

「後方勤務。それも資材管理の遠征ばかりだからと、油断は絶対にしないでくれ」

 転生者の運命は物語を運ぶ。嫌って程、実感させられた理。

 

 こうしてパンツを見る事に、心血を注げる俺でいたいのだけれどな。

「信頼出来る不死鳥として、生き残り続けてくれ」

「…まったく。日常のやり取りで、硝煙と血の臭いを思い出させるなんて」

 呆れて微笑んでいた。でもね。ここでパンツと言えたら、今の俺はないと思うの。

 

 ほんとね! 自分でも嫌になるんだけどね!! …こっからだから。パンツはここからだから。――ここからだ。俺の戦いはここから始まるんだ!!

 ふふふふ。無駄にカッコイイ声で決めてみた。響には言えないけどな!!

 

「悪い」

 無粋なやり取りである。此処でしていい発言じゃない。

 ここに着任してからは、こんな言葉は言わなかったのだけど。

 一大決心を終えたからか。妙に戦場の残り香を感じていた。

 

 などと真面目に考えつつ、どうにかしてパンツを見たいのだけど。見たいのだけど!

 手立てがない。自分の臆病さは自覚している。ふっ。我ながら嫌になるぜ。

 格好つけている場合でもない。いや、パンツを見る場合こそありえないけども。

「ふっ。先にからかったのは私の方さ。――良いだろう」

 

 響が静かに立ち上がって、机を挟んだ対面まで来てくれた。

 仄かに彼女の匂いを感じる。あ、やばい。ちょっとたちそう。落ち着け。

 俺も立ち上がる。真っ直ぐに、響らしい透明感の強い眼に見つめられながら、彼女は堂々と、冷静に響くらしい音色で。

 

「私は貴方の側に居続ける。この名に誓うよ」

 湖のように澄み渡る声。何の気負いもない。当たり前に語られた内容。

 ただその言葉に込められた想いは。ああそうだ。俺だけのモノ。

 いつか、いつか彼女も他の最愛を見つけるかもしれない。

 俺だって、馬鹿な日常を過ごしていく内に、愛する人を見つけるかもしれない。

 

 だけど。それでも。

 俺だけだ。俺だけが、彼女の誓いの声を知っている。

 神聖な宣誓をしてくれたんだ。あ、うん。まだちょっとシリアスが重いというか。言った俺も悪いけど、鋼の臭いがすると言うか。

 もう良いだろう。馬鹿をやらせてくれ。

 

 でも、胸の暖かさは言葉にしたくて。

「ありがとう」

 素直な思いを告げた。彼女が照れたのか。帽子を深くかぶり直して、仄かに赤面しながら言う。

「やれやれ。少し湿っぽくなったかな。何かお腹に入れたら、ゲームでもしようか」

 

「ふむ」

 もう午前十時だ。正午には早いが、朝食の時間を考えれば腹は空いている。

 いつも通りおにぎりにしよう。今日こそ夜は食堂に行くんだ。楽しみを高める為にも、今は質素な感じで我慢する。

 ふっふっふ。間宮食堂のごはんが楽しみだ。エロエロだけじゃない。

 

 俺は世界を楽しみきりたいのだ。どんな味がするんだろうな。

「脳内将棋でいいかい?」

「ああ」

 頭の体操にはちょうど良い。どうにかして、パンチラを拝むんだ。



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罰ゲームです

 それから午前いっぱいを使っても、響のおパンティは見られなかった。スカートの先が遠すぎる。僅か50cmにも及ばぬ布切れが、今の俺には城壁に等しい。

 位置関係は変わらず。俺は提督用の椅子に、彼女は秘書艦用の椅子に座っている。

 

 机に隠されているのと、俺から見て左斜め前にいるので、スカート所か下半身すら見えない。机が邪魔すぎる。提督権限で消し飛ばしたい。そうしたい。

「なあ司令官」

「どうした?」

 

「朝から、もう何局もやっているね」

「飽きたか」

 もう正午に近い。一手二十秒で指しているので、かなりの数をこなしていた。

 

 俺は飽きない。響の声が好きだ。考える姿も美しい。偶に顎をなでる彼女の指を見ていると、堪らなく切ない気持ちになれる。

 あの透明な眼差しには、一体何が映っているのだろう?

 

 脳裏の将棋盤に埋没する響の姿も、どうしようもなく愛おしいんだ。

「違う。そうじゃなくて」

 ちょっと困った風に、だけどなぜかいじわるな笑みで。

「そろそろ、賭けの一つでもしない?」

 

「何を賭ける」

 迷わず問いかけたからか、嬉しそうに響が答える。

「命…はお互いに賭け合ってるから」

 さらりと言える響さん、マジリスペクト。なんだろう。でもパンツを見せてとは、真正面からいけないのだ。

 

 いや、そうなのだけれど。そう考えると他の転生者ってすげえよな。真正面からいけるキャラ性とか、エロスを引き寄せる運命力とか。まじリスペクト。

「古典的だが、命令権なんてどうだろう」

 

「それも互いに、尊重しあっているだろう」

 俺は、響にだけは提督権限を使えない。能力としてではなく。心情の問題だ。

『…この外道!』

 と彼女に言われたなら、あ、うん。きついなあ。辛い。否定出来ないのが尚酷い。

 

「だからさ」

 響が笑う。格好良い微笑み。本当に飽きない。この子との時間は俺の全てだ。

「だから、尊重しないことを望み合おう」

 ふぉ~!! こ、これってアレですよね。誘われてるんですよね!!

 

 い、良いのかい。これはアレかい。どれだ。もうわけが分からん。しんみりとした空気が吹っ飛んだぜ!!

 パンツどころかその先に『…この外道!』

 駄目だ!! 線引きが難しい! どこからどこまでありなんだ。

 

「戦場から離れて、退屈しているのか?」

「違う。断じて違う」

 彼女の瞳が仄かに揺れた。珍しい感情の揺らぎ。きゅんと胸が切なくなった。

 

「日常が楽しいからこそのスパイスだ」

 響含め、第六駆逐隊は揃っている。天龍型の姉妹もいる。天龍幼稚園も出来るのだ!! 

 別に俺の趣味ではない。俺はロリコンじゃない。そっち系列は響限定だ。

 何度も言うが、この鎮守府の目的は資材の管理。および遠征による資材の補給である。

 

 駆逐艦、軽巡洋艦、潜水艦。これら三種類の艦娘が色々揃っている。

 …逆に言えば、お姉様方はいないんだけどね。残念残念。まあ良いさ。良いんだ。

 俺はいつか夕立に懐かれるんだ。ぽい~!! って言われるんだ。

 

「私が勝ったら、そうだな。食事でも奢ってもらおうか」

 あらら。可愛らしい望みだ。少し水臭いぞ。

「それ位なら別に「そうして、食べさせ合おう」



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誘惑です

 世界の全てが停止した。それ程までに、彼女が発した言葉の意味が分からなかった。

 え? あの、響さん? 貴女そういうキャラじゃないような…その、え?

「もちろん、食べさせる時にあーんの言葉は必須だよ」

「……正気か?」

 

 常軌を逸しそうなのは、俺の方かもしれない。

 いや、俺とて一応はまともな…あ、ごめん。ちょっと話を盛ってしまった。

 変態かもしれない。だけど、そこそこ普通の感性はもっている。

 

 響との仲は悪くない。無論、俺が長年培った提督の仮面が、彼女との親愛を生んでいる。分かってはいるさ。完全にさらけ出せば引かれる。嫌だな。

 だけど、素の自分で冗談を返せる程度には、俺も響が好きなんだ。

 

 しっかし驚いた。顔に出してない自分が誇らしい。

「正気だとも」

 響も照れていない。顔も赤くなっていないし、声だって普通だ。

 よく分からない。キャラが掴めていないぞ。不思議ちゃんなのも愛らしい。

 

「実に日常らしい。茶目っ気のある望みだろう」

「ありすぎる」

 提督の威厳的にもキツイ上に、純粋に恥ずかしい。

 これは断らないといけない。かなり興味があるけども、本業を忘れてはならない。

 

「嫌かな」

「嫌ではないさ」

 即答だった。だって寂しそうな顔したもん。無理だろう。そいつは駄目だ。反則技です。

「ふふ。だろう」

 ほっとした微笑み。柔らかな表情。当然だろう? と言いたげなくせして、安堵している反応の全てが愛おしい。

 

 一言で言おう。響さんマジ天使。

「提督の方も、何か考えておいてほしい」

「ああ」

 

 いざ、勝負開始。となったタイミングで、響が椅子を俺の正面に移動させる。

「どうした?」

「これは真剣勝負だからね。対面するものだろう」

 言われてみればそうかもしれない。

 

「そうか」

 対面し戦う位置関係だ。

 真正面から相対しているおかげで、彼女の全身がよく見える状態。

 

 汚れ一つない黒のローファ-。スカートとニーハイがなす絶対領域。

 ぴたりと閉じられたふとももの先には、俺が待ち望んだ黄金郷があるのだろう。

 ゲームで見ていたより幼くなく。すらりとした姿勢から、しなやかな魅力が見られる。発達しているのだ。ふふ、ふふふ。

 

 つまり可愛い。正面に座っているおかげで、彼女の透明な眼差しが俺に向けられている。

 真っ直ぐに凜とした瞳。あまり見続けていると吸い込まれそうだ。

 うひょひょ。っと、とと落ち着けい。

 

 っ!? な、なぜに。

 彼女が膝を抱えて椅子に座り直した。体育座りなわけで。閉じられた脚の先には、お宝があるわけで。

 み、みえ、見え……ない! くそ!! 惑わされているぜ!! やるじゃない。



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ついに得ました

 将棋の盤面が進んでいく。お互いの実力は近く。先程まで、響が加減をしていたのではと思うほど、彼女は徹底的に攻め続ける。

 良いね。脳みそが喜んでいる。戦いは嫌いじゃない。

 

 苛烈な攻めの一手。王将を詰むための動き。不死鳥の在り方とは真逆だが、不思議と彼女らしい手筋だ。

 ところで話は変わるが、責め続けると言葉を変えたなら、最高にエロいよね。いや、だからどうと言うわけでもないけど。

 

 想像してほしい。

『司令。ここが弱いんだ?』

 っていじわるな微笑のまま、ねえ。その、ねえ!! 

 ふう……ん? 目の前の彼女が、瞳を閉じて考え込んでいる。

 

 それは良い。難しい局面だ。思案する姿も美しい。思案する姿に事案が起こりそうだ。そうでなく。余程考え込んでいるのかもしれんが。

 脚の注意が緩んで、開き、ついに、俺が、もとめた世界が。見え。

 

 ま、待て待て。目を逸らすのだ。それはダメだ。ね。もっと状況があるだろう。

 うんうんそうだ。パンツは見たい。でも俺にも誇りが。

 どくん! と己の心臓が音を立てた。嘘をつくなと。本音が湧き出てくる。

 

 …じゃあ、じゃあいつ見るんだよ!! 今じゃなきゃだめなんだ!!

 今朝、今朝方に決意したんじゃないか!! 俺はこれからだって。運命なんかに負けないって。戦い続けるんだって…!!

 

 なのに。なのに俺は目を逸らすのか!? 違うだろう。そうじゃねえだろう!!

 見ろ。見るんだ。見ろ、……見ろおお!!

「ぁ」響には届かなかったであろう吐息。感動は脳を浸して。

 ――それは下着と呼ぶには、あまりにも神々しかった。

 

 美しく。

 純白。

 エロく。

 そしてシンプルだった。

 

 それはまさに聖域だった。

 ドラゴン殺しならぬドウテイ殺し。飾り気なき純白のおパンティ。

 シミ一つない。穢れなき聖布。いや。セイなる布。や、やばい。

 目を逸らさない。焼き付けるんだ。忘れない。再び転生しようと、運命が巡り絶望が訪れようとも。心に刻め。見ろ。見るんだ。

 

 真っ白なパンティ。僅かにくいこんだソレは、彼女のスジをくっきりと示して。

 匂い立つ女の香りはない。清楚な雰囲気。ただただ秘所を隠し。穢れなき乙女の秘密を守る布が、堪らなく俺の心に刻まれていく。

 そ、そうか。そうだな…あれは響のパンツなんだ。

 

 今俺は、大切な相棒の下着を見てるんだ。響の、パンツを。

 愚息が張り詰めていく。血が奪われて、脳に思考が回らん。

 だしたらまずい。出すなよ。絶対に出すなよ。ふう。落ち着け。落ち着くのだあ。

 耐えろ。耐えるんだ。命令権も獲得出来てこその俺であろう。俺を舐めるなよ!

 

 何度窮地を味わったと思う。何度も絶望に苛まれてきた。地獄を見てきたぞ。

 幾千幾万も戦い続けてきた。狂った様に勝利を追求してきたんだ。

 最果てにて。軍神、とさえ民草に謳われた伝説の提督として、ここは譲れない!!  

 

 

「参りました」

 圧倒的大差で敗北した。ソロモンの悪夢である。ソウロウもんの悪夢である。

 で、でもパンツは瞳に刻んだから。響の水平線に勝利を刻んだから。戦略的には大勝利だから。うん。そういうことだ。仕方ない。

 

「司令。約束の報酬をもらおうか」

 俺にパンツを見られたと知らぬ彼女は、にこにこと笑っている。可愛い。

 でも、こんな無邪気に笑う響もパンツを見られてたんだよな。興奮してきた。

「今夜で良いか?」

 あ、この台詞なんかエロい。でも全然エロい事しない。不思議。いや考えろ。

 

 三大欲求の一つを互いに解消し合う。見方を変えればこれもまた、股…おっと、倫理委員会に消されてしまう。仕方ないね。

「時間を空けるよりは、早い方が良いね。うん。そうしよう」

 もう日が落ち始めている。早めの昼食をとってから、一食も食べていない。

 

 将棋の負担がお腹を空かせて、二人で同時に音が鳴った。

 彼女が仄かに照れながら、静かに慣れ親しんだ声で言う。

「ほら行くよ。のんびりとした日常を、共に続けていこうじゃないか」

 響の小さくすべすべとした手に引かれて、俺が執務室から出て行く。

 

 うん。めっちゃ柔らかく小さな手で、最高の手心地なのだけれど。その言葉って、なんか最終回みたいだね!

 そうして、手を引かれながら。日常へと進んでいく。さあ。

 この平穏な日々を楽しもうか!



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むっつり響です
彼女もこんなやつです


 駆逐艦・響として生を受けてから、数年の時が経過した。

 そう言葉にしただけなら、とても軽いんだって。不思議と笑いが零れたのを覚えているよ。

 ――地獄の様な時間だった。司令官との、(はじめ)との出会いから、平和なここに来るまで。

 

 何度も死にかけた。激戦を越えた先に彼は軍神と呼ばれ、私は不死鳥の最果てと呼ばれた。

 大切な仲間達との時間。創が許された部隊は一つ。

 私含めて、六人の精鋭が彼の全てだった。今側にいてあげられるのは私だけ。

 

 戦力の集中を恐れて、他の皆は違う場所で活躍している。

 …寂しい。とは思っている。素直に言えば不安もある。

 強がりな彼の孤独を、私一人で埋められるのかな。激戦がまた起これば。

 

 かつての激戦に、誇らしさはあったかもしれない。

 だけど、正直に言わせてもらえるなら、彼をもう休ませてほしかった。

 私は良いさ。どんな地獄でも行こう。それが役目だから。艦は戦いから逃げられない。でも創は人間だろう。

 

 と、思っているけどね。きっと創は、私達が戦えば逃げられない。

 ああまったく。愛されてるなあ。

 自室。大切な姉妹達との部屋。ここから私の一日は始まる。午前五時。まだ他の姉妹が眠っている時間。

 

「暁姉さん。電、雷」

 愛おしい姉妹の名前を呼ぶ。ただただ胸が温かくなる。

 皆を起こしたら悪い。早く身支度をすませて、今日を始めよう。

 

 寝間着から艦装へと着替えて、武装は出現させずに執務室へと向かう。

 ついたらすぐにノック。返答を待つ。仄かに高鳴る鼓動の音。ああ、いつだって。司令官と会う時は嬉しい。

 それだけ、色んな時間を過ごしてきたからね。

 

「入ってくれ」

 低い声。精一杯威厳を出そうと努めて、威圧感すらある声。くすりと私の笑みが零れた。だって可愛いんだ。阿武姉さんだったら、じゃれつきたくなるのかな。

 龍驤さんだったら、からむね。絶対にからむ。他の三人はどうかな。

 

 私は…胸の想いを隠して、艦娘として向き合う。

「失礼するよ」

 入室した私を、執務机を挟んで椅子に座った彼が見ている。

 

 創の面立ちを一言で言うなら、これしかない。

 修羅。

 きつく寄せられた眉間の皺。くっきりと色濃い目元の隈。眼光鋭く。衣服に隠されて見えないけど、首から下は火傷や銃創などの傷痕が、多く刻まれている。

 

 顔立ちはまだ若く。黒髪黒目の大和男児。語られる戦歴は数知れず。

 歴戦の軍人であり、神と謳われた司令官であり。

 本当は臆病でスケベなだけ。運命に愛されてしまった臆病者なんだって、私はよく知っているんだ。

 

 長年付き合った艦娘と提督は、何となく心が読めるようになる。私たちだけが気付いているみたいだけど、創も意識したなら、きっと心が読めるんだろうね。

 そう。今日の創からは強い決意を感じる。つまり――私のパンツを彼は見たがっている!!



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彼女は考え込みます

 良いだろう。構わない。いや、むしろ歓迎するさ! 大歓迎さ!!

 恋とかそういうのを通り越して、大切な相棒だ。彼が望むなら応えたい。

 外面は怜悧に研ぎ澄まされているくせに、お酒とか疲れが出ると、子犬みたいに愛らしくなる創。ふにゃふにゃと緩む人。

 

 長年の付き合い。過ごしてきた時の密度。皆との思い出がある。大切な時間を共有してきたんだ。

 そんな彼の瞳が、私の下着を見たがっている。

 興奮してきた。

 

 落ち着け。落ち着くんだ。まだ慌てるような時間じゃない。

 ほら、こんなにも良い朝だ。あいさつをしよう。

「おはよう。良い朝だね」

「ああ」

 

 良い! この一言にこめられた想い。そうして、言い終わった後の思い!!

 どうしてもっと明るく返せなかったのか。とか。好き。とか。私も好きだよ!! 口べたなのはお揃いじゃないか!!

 胸にあったかいのが溢れてる。ほんともう。ずるい。

 

 とける。とけるよコレは。しょうがない。しょうがないんだ。

「今日もよろしく頼むよ。司令官」

 永遠によろしくお願いしたい。朝の始まりから、夜の終わりまでよろしくしたい。

 いっしょにお風呂に入りたい。食べさせ合いたい。もちろんね。就寝もね。

 

 駄目かな。駄目だよね。分かってる。私の体がもたない。嬉し恥ずかしで死んでしまう。かつての仲間達にもうしわけない。

 他の五人だったらなあ。もっと上手く接するんだろうね。

 ちょっと自己嫌悪。口べたな我が身が憎い。

 

「こちらこそ」

 ふむ。つまりはケッコンだ。そういう事だろう?

 おっと、待て待て。正気に戻らないといけない。

 今日を始めよう。いつもより甘くて、とても興奮する今日を始めるんだ。

 

 挨拶を終えて、業務が始まる。

 それはどうでも良い。前線の負担に比べれば、笑ってしまうほど楽だ。慣れもある。創が優秀すぎて、私の仕事が少ないのもある。

 おかげで頭を使っていられる。

 

 どうやって、パンツを見せれば良い? 

 はあ、はあ。興奮してきた。やばい。シミは見せたくない。

 でもそれはそれで良い。良いんだ。最高だ。

 

『響、見られて興奮しているのか?』

 良い!! ま、待て。待て待て。暴走している。龍驤さんの胸を思い出せ。――虚無。…本人に聞かれたら殴られそうだ。でもあの人、割と持ちネタにしているよね。

 落ち着いた。さあて、どうすれば良い?

 

『司令官。下着を見てくれ』変態だ。

『つまらないものですが』変態だ。

『我が主足りうる親愛なる同胞よ。我が下衣を見よ』変態だ。

 冷静に考えれば、パンツを見せるのはとても難しいのでは? どうする。



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じっくり考え込みます

 見せることは確定だ。創が嬉しい。私は興奮する。完璧だ。

 しかし、どの様な状況になれば、そんな事が起きると言うのだろうか。

 想像しよう。

 私は、緊張と興奮で仄かに震える手で、スカートをたくし上げる。としよう。

 

『響…?』

 創の視線は私の秘所に釘付けで、まばたきすら忘れて見続けるんだ。最善の提督の仮面を捨てて、素の臆病な彼が姿を現す。赤面し、股間を滾らせながら焼き付ける創。

 良い!! 良いじゃないか!!

 

 問題は、私が本当にそんな行動を起こせば、彼はこう言うだろう。

『君が狂ってしまったのは、俺の責任だ。ごめん。ごめんな』

 そう言い切って、創は静かに泣くかもしれない。

 そんな事を言われたら私は号泣する。間違いない。

 

 ちょっと興奮してきた。落ち着け。と何度思ったことだろう。

 阿武姉さんとかならなあ。

『ねえねえ提督。――それだけで良いの…?』

 甘く優しい声が蠱惑の色を帯びて、とてつもない破壊力をもたらすんだろうね。

 

 私は。ううん。

『…さすがにこれは恥ずかしいな』

 妄想では好き勝手しているけど、ほんとにやると思えば怖い。むう。

 

 まあ良い。状況を整理しよう。

 私と創。執務室にはこの二人だけ。入室してくる者は滅多にいない。

 皆それぞれの思いはあるのだろうけど、引き継ぎ作業に追われていて、関わっている時間がなかった。

 

 それを、今日からよこしまな思いを抱えつつ、解消しようと彼は思っている。と思う。完全な読心でもないからね。

 私のパンツが見たいのは分かるけど、他の心は分からない。

 つまり今日だけが、創に最もパンツを見せやすい日なんだ。

 

 いや、まあ。この外面だけは怖すぎる司令官が、早々に仲良くなれるとは思ってないけど。タイミングとして一番良いのは、やはり今日なのだろう。

 それも踏まえて更に考える。…癒やしがほしくて創を見れば、真剣な表情で考え込んでいた。

 

 彼も本気だ。私のパンツを見たくて、見たくて見たくて堪らなくて、真剣に思考している。

 戦艦四隻と正規空母二隻を、私一人で相手取った時並に集中している。命がけ。まさしく、魂を込めた至高の表情。

 

 とくん。と鼓動が高鳴る感覚。ああ。なんて必死な表情で、私を求めてくれているのだろう。

 恥ずかしい言い方かもしれないけど。艦娘は美人が多い。そうして彼の性癖は、基本的にはまともなんだ。私みたいな駆逐艦には、大して興奮しない性格をしている。

 

 夕立とかには甘えられたくて、畏れられているのを気にしていたり。

 それなのに、私を強く求めてくれている。ああ。愛されてるなあ。

 興奮してきた。

 落ち着け。熱意は感じ取れるけど、他の案件かもしれない。

「司令官」



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真面目な思いです

 はっと気がついたように、彼の意識が外界に戻ってきた。

 思考の早さは相変わらずだけど、こんな色事に使っているのは面白い。

 散った彼女が今の彼を見れば、嬉しそうに微笑むんだろうな。

 

 うん。それを忘れずに、こんなにも日常を楽しんでいくんだ。

「どうした?」

 それを聞きたいのは私の方だよ。心が読めないような繋がりだけだったら、今にも決戦かと覚悟していたね。

 

 いや。ある意味ではお互いにとって決戦かな。

「難しい顔をして考え込んでいるけど、何か問題でもあったのかい?」

「いや。今日の仕事は既に完了している。不備なく、不足もない」

 それはそうだろうさ。何だったら、半年先の計画まで終わっている。

 

 後は結果を書類にまとめて、大本営に提出するだけ。徹底的に、効率的に。ちょっと狂っているよね。能力の高さもあるけど、執念がすごい。

「そいつは良かった」

 それでもさ。彼が死線から解放された証なら、私も嬉しい。本当に嬉しい。

 

 もっと私に甘えてくれても良いのに。雷じゃないけどさ。

『響。もう疲れたよ』

 そういって俯く彼を抱きしめたい。胸で泣かせたい。再起しても良い。落ちきっても良いさ。どちらも愛おしい。

 

 そうすれば、昔の仲間達もここにいられる。戦えなくなった彼を守る為に、我を通していられるんだ。

 そんな逃げを許せない性格なのは知っている。損な性格だよ。

「ならどうして、考え込んでいるのかな」

 

 言えるわけがないよね。だから聞いたんだ。

 予想通り、仄かに赤面している。可愛い。好きだ。

「私には話せない内容?」

 こう言えば、そうやって提督の仮面が緩む。

 

 知っているよ。創をいっぱい知っている。好き。

「難しい問題だ」

「…そう。まだ私は、貴方に信頼されていないんだね」

 

「それは違う!」

 真っ直ぐに見開かれた瞳。射貫くように、真っ直ぐに。惚れ惚れする。

 本当に愛されてるなあ。ふふふ。

「ふふ。冗談だよ」

 

 彼が息を吐いた。緊張が解けた様子も愛らしくて、堪らない気持ちにしてもらえる。

 いっそスカートを脱いで迫ってみようか。ダメだ。彼を傷つけたくないし。その。

 怖いもん。いや。艶本で色々調べたけど。調べたからこそ。怖いよ。うん。困った。

「からかってくれるな」

 

 無理だよ。絶対に無理。愛している人の顔は、色々な方法で見たいだろう? 

 暁をからかうのに似ている。大事な時にはとても頼りになる相手。それも合わさって、普段はからかいたくなるんだ。

「私と君の仲じゃないか」

 

 今は一方通行だけど、心すら読めるほど深い関係。

 とっても落ち着く。いるのが当たり前。いつか訪れる死すら受け入れあって。

 ――大切な人。

 そんな仲も良いのだけど、出来れば私のスカートの中を見せたいなって。



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笑顔が好きです

「一日の殆どを共有して、数年も経っているんだ。家族みたいなものだろう?」

 軍隊は家族と言うのだけど。これは本当なのだと思う。好き嫌いはともかく。だから戦死は辛い。

「…見た目の年齢差を考えれば、兄か父だろうな」

 

 駆逐艦の皆は、司令官に父性を求める者も多いけどね。

 甘え合いたいのさ。父を求めるには、これまで過ごしてきた時間が邪魔をする。

 ちちを求めているのは司令の方だ。などと言えば、解体されそうなので黙っておこう。

「兄さん、とでも呼ぼうか? 司令官にそういう趣味があるとは思わなかったな」

 

 興奮してきた。兄として口うるさいのも良い。お兄ちゃんって呼んだら、どんな顔をするのかな。言いたいけど我慢我慢だ。

 そういうからかいは、もっと人数が多い時にするべき。

 私一人で司令官をいじめるのはもったいない。

 

 今はパンツだ。間違えてはいけない。

「どういう趣味だ」

「見た目年下の女の子に兄と呼ばせて、悦に浸る趣味さ」

「ふん」

 

 拗ねた様に彼が顔を背ける。可愛い。

 にやけそうになってるのも良い。私もにやけそうだ。

「ははは! 怒らないでくれ。親愛を示しているだけだよ」

「そういえば聞こえは良いがね」

 

 おっと。少し声に怒りが含まれているね。――ここだ。

「分かった。悪かった。お詫びをするよ。何が良い? 何でも良いよ」

 滑らかに差し込んだ言葉は希望への導き。来るんだ。ここだよ。きて。……来い!!

「ならば、絶対に轟沈するな」

 

「へえ?」

 真面目な対応だった! そうだね! 貴方はそういう人さ!! 

 これで嬉しいんだから、私も救えないかもしれない。ははは。

「後方勤務。それも資材管理の遠征ばかりだからと、油断は絶対にしないでくれ」

 

 ここの近海なんて、目を瞑っても突破出来る。そもそも私は遠征になんていかない。貴方をサポートしているじゃないか。まったくもう。本当に。ふふふ。

「信頼出来る不死鳥として、生き残り続けてくれ」

 

 私が本気を出した姿。信頼を意味するロシアの艦娘。語られる渾名は最果ての不死鳥。信頼に至りし響として、私は語られている。

 ああもう。パンツ見たいくせに。エッチなくせに。変態。馬鹿。大好き。

「…まったく。日常のやり取りで、硝煙と血の臭いを思い出させるなんて」

 

「悪い」

「ふっ。先にからかったのは私の方さ。――良いだろう」

 立ち上がり、創の前に歩みを進める。彼も立ち上がった。真っ直ぐに見つめ合う。

 スケベで臆病で、どうしようもなく誰かを愛せる普通の人間で。運命が導いただけの貴方へ。

 

 誓おう。

「私は貴方の側に居続ける。この名に誓うよ」

 不死鳥の名は伊達じゃない。我が在り方は貴方と共に。老後も任せて安心。信頼と実績の艦娘さ。ふふん。これで信頼し直しただろう。

 

 外してたら泣く。だばあっと号泣する。そして許さない!

「ありがとう」

 ――あ、と。えっと。

 ず、ずるいよ! なにその笑顔。ダメじゃないか。

 最善の提督を続けてきたんだろう? ああもう。本当にずるい。まったく。

 

 私だけが刻んだ記憶。私だけの宝物。

 いずれ創は、日常の中で誰かと結ばれるかもしれない。私じゃないかもしれない。

 それでも! それでも彼のこの笑顔だけは、私だけが得られたから。うん。良いんだ。

 

「やれやれ。少し湿っぽくなったかな。何かお腹に入れたら、ゲームでもしようか」

「ふむ」

 彼の食事時間を考えると、そろそろ食べたくなるだろう。

 

 もう午前の十時だ。日が大分なじんでいる。

「脳内将棋でいいかい?」

「ああ」

 さあて。どうやってお互いの欲望を叶えたものかな。



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勝利の布石です

 午前の全部を使っても、パンツを見せてあげられなかった。

 ずっと将棋。ひたすら将棋。もう本当に将棋。楽しいけどさ。楽しいんだけど。

 勝負に熱中しすぎて、パンツを見せてあげられていない。ここまで来てしまうと、是が非でも見せたいんだ。

 

 もう創が見たくなくても、私は絶対に見せる。何度くじけようと折れはしない。

 私の二つ名を知っている彼を前にして、屈するは出来ないんだ…!

「なあ司令官」

「どうした?」

 

「朝から、もう何局もやっているね」

 それが全て布石なのさ。最初から本気でやれば、彼もテンションを上げてくる。

 あえて、手を抜く勝負を続けた。時折勝利を真面目に目指して、分かりづらくしたんだ。ふと冷静になると、何をやっているのだと思いそうで。

 まあ、うん。平和な証拠だろう。

 

「飽きたか」

「違う。そうじゃなくて」

 創との時間は落ち着く。興奮する。二つの矛盾した感情が楽しいんだ。飽きはこないよ。

 飽きたとしても、それはきっと喜ばしい事なんだろうね。

 

「そろそろ、賭けの一つでもしない?」

「何を賭ける」

 よしきた。ここで創に勝利を譲るのは、愚か者のする行いさ。

 彼は臆病で、女性経験がなくて、なんだかんだ優しくて甘い。

 

 提督権限を利用して、スケベをしようと思っても出来ない。ならば私からだ。

 そう。私から道を開けば良いんだ。

「命…はお互いに賭け合ってるから」

 ちょっと口が滑った。我ながらクサイ言葉だ。全部本音だけど。

 

「古典的だが、命令権なんてどうだろう」

「それも互いに、尊重しあっているだろう」

 自惚れでなければ、司令官は私に命令をしない。皆の前で形だけは整えるけど、強制力はないに等しい。

 

 深く繋がっている証拠。嬉しいような、隷属したいような。

『響。裸になって足を舐めろ』

 足どころか股間のソレを。良い。奴隷として扱われるのも悪くな。落ち着こう。うん。

「だからさ」

 

 表情にあまり出てないけど、創がきょとんとしている。可愛い。

「だから、尊重しないことを望み合おう」

 落ち着け。まだ妄想すらしてないけど、そうしないと危ない。

 

 パンツを見られる時に、シミが出来ていたら最悪だ。

 コントロール。セルフコントロールだ。慣れているだろう。

 本気で怒った阿武姉さんを思い出せ――やばい。泣きそうだ。違う意味でシミが出来ちゃう。

 興奮は止まった。ならば良し。

 

「戦場から離れて、退屈しているのか?」

「違う。断じて違う」

 いい加減真面目な感じを止めてよ!! もう。いくじなし!

「日常が楽しいからこそのスパイスだ」

 

 大切な姉妹達がいる。同年代に近い駆逐艦達。面倒見の良い天龍さんとか、頼りがいのある軽巡洋艦の人達。練度は私が隔絶しているけど、そんなのは全然関係ない。

 暖かな日常が愛おしくて、ようやく、バカな生き方が出来るんだ。

 

 楽しみきらなければ嘘でしょう。

「私が勝ったら、そうだな。食事でも奢ってもらおうか」

「それ位なら別に「そうして、食べさせ合おう」



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布石を打ちきりました

 ふふ。怖いかい? 私も怖い! 絶対に緊張する。手が震える。想像しただけで色々とヤバい。

 だけど楽しみだ。そうした光景を見た皆も、甘えたり甘えて良いんだって。創の事を見直すと思う。

 

 最悪は…まあ、創が食堂に行った時点で、皆が逃げそうだけど。

 うん。仕方ないよ。姉妹達がいれば良かったけど。残念ながら遠征している。

 逆に考えよう。その状況で残ってくれた人がいれば、その人とは仲良くなれるんだ。

 

 そうすれば、スケベな感じもしやすくなるよね。

「もちろん、食べさせる時にあーんの言葉は必須だよ」

 ふふふ。今から手が震えてきたよ。嬉しいんだけど怖いよね。

 緊張する。攻めすぎたかもしれない。

 

「……正気か?」

 ひ、酷い。何が酷いって、この発言が本気10割なのが酷い。

 我ながら似合わない発言だと分かっているよ。でも良いじゃないか。おふざけをしたいんだ。

 

 創の眼が暗いのはいつもだけど、今はソレに加えて不自然に震えていた。可愛い。

「正気だとも」

 もしくは正気と狂気の区別がついていない。なんて。

 変に戦場の香りは思い出したくない。

 

「実に日常らしい。茶目っ気のある望みだろう」

「ありすぎる」

 でもそれ位しないと、他の皆の緊張は壊せないよ。

 度重なる異常な緊張のせいで、彼の外面は異様に威圧感を与えるんだ。

 

 出会ったばかりの頃はまだ良かったけど。あの時は、私の方が鬱屈していた位だからね。今では比べられない程度には、彼の方が暗くなっている。

 自覚はあるだろうけど。救いとは言えない。可哀想だとも思う。

 なのに、君だって仲良くなる方法を思いついていないよね。

 

 そんなに嫌なのかな。ちょっと傷つく。うそ。結構傷つく。

 他の五人なら、もっと上手くやれるって分かるから。本当に傷つく。

 提督の仮面を壊れる可能性を思えば、私との触れあいは嫌になっちゃうのかな。

「嫌かな」

 

 彼の目を見られない。…ぱ、パンツが見たいだけで。性欲を満たしたいだけで、そういうのは要らないのかな。

 それはやだ。とても悲しいよ。

 

「嫌ではないさ」

 ――だったら素直に受けてよ! もう!

 おっと。変に感情的な姿を見せたら、察しが良い彼のことだ。絶対に警戒する。徐々に仕留めよう。

 

 しかし、そうなんだ。私と触れ合うのも嫌じゃないんだ。ふーん。

「ふふ。だろう」

 創が苦笑していた。可愛い。もっと皆の前で笑って欲しい。

 

 そうすれば、皆だって笑い合える。自分で言うのも変だけど、艦娘は基本的に魂が澄んでいるんだ。素直に来てくれれば拒絶しないさ。

 有能な提督として、安全な場所とはいえ命を預かる者として。

 

 創は最善を尽くそうとしているけど、ようやく楽しむんだろう?

 それなら私も。いや大きく言おう。私たちも楽しんでほしいんだ。

 その上であえて断言しよう――私はパンツを見せたい!!

 

 裸は恥ずかしい。パンツレベルの羞恥が良い。絶対興奮する!!

「提督の方も、何か考えておいてほしい」

「ああ」



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悲願成就です

 さあ、真剣勝負を始める…と思っていたのかい?

 否。そうじゃない。私の目的は主に二つ。

 罰ゲームは当然として、この状況からも彼にパンツを見せる事!!

 焦るな。獲物を前に舌なめずりなど、三流のする行いだ。

 

 私は静かに椅子を持ち上げて、彼の正面へと位置を変えた。

「どうした?」

 訝しげな表情をしている。この状態の意味を分かっていない。それでいい。良いぞ。警戒するな。仕留める。この一瞬で仕留めてみせるんだ。

 

「これは真剣勝負だからね。対面するものだろう」

「そうか」

 納得していた。ふふふ。まだだ! この程度では終わらせない。

 終わらせてなるものか。

 

 座り方を直す。膝を抱えて、少しでも開脚すれば見える状態にもってくる。まだ見せない。見せないよ。

 それじゃあロマンがないじゃないか。ダメだよ。完璧にまでもっていく…!!

 

 彼が息を呑んだのを感じた。目線は向けないようにしていても、見たくて堪らない気持ちがビンビンと伝わる。

 私もビンビンだ! などと言えば引かれるだろうから。無言。

 

 それにしても、こうして正面に座ると、創の姿がよく見られる。

 見た目の怖さは慣れている。よく見れば整ってはいる。そうではなくて。

 脳内の将棋盤に集中しながらも、私のパンツが見たくてしかたない表情。

 というか、もう股間付近を凝視している。決して視線を向けてないのに、意識がめちゃくちゃに集中している。

 

 ヤバい。ダメだよ。熱い。

 どうして、どうしてこんな幼い私を愛せるの? 良いの? 本気になりたい。情欲を交わしたい。あ、だめ。だめだ。落ち着け。落ち着いて。

 …色々と怖いし。正直、ここで彼の欲望に応えるのも怖い。

 

 冷静でいたいんだ。静かに在り続ける。それが私だった。

 でも、望んでいる。狂いそうなほど望んでいる。

 心臓の音がうるさい。盤面が進み、こうすると考えていた場面が近づく。

 息が乱れそうだ。まばたきを忘れる。手が震えてきた。全部無視。

 

 瞳を閉じた。暗闇が視界に広がって。肌の感覚がいやと言うほどに敏感で。

 彼の視線を感じる。熱い視線を感じているんだ。ゆっくりと、油断したかのように脚を広げれば。

 っ! 甘い電流が背筋を流れた。

 

 薄らと目を開けて、彼の様子を窺う。

 堪らなく情欲の篭もった眼が、私の秘布を見つめている。

 あの仏頂面が緩んで、だらしなく口も開けている。

 その口をねぶりたい。そうして、私をいじめてほしい。いじめられたい。

 

 ああ。大きく目を見開いて、どうしようもなく興奮して見てるんだろ?

 汗が出てきた。体が火照っている。熱い。熱いよ。彼がほしい。私のにしたい。

 視線だけで犯されているみたい。

 仄かな快楽に酔いながら、甘い時間が流れていく。



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そうして終着です

 火照る体を持て余しながら、彼の心を楽しんでいる自分。

 戦闘とはまた違った高揚。これから歩む日常に、強く期待を覚えてしまう。

 悪くない。と言うのが私だろうに。待ち遠しいと思う自分がいる。

 

 そうやって過ごしていけば、かつての仲間達がここに来る時もあるだろう。

 幾ら平和と言っても、ここまで戦火が訪れる日だってくる。

 演習。遠征。大切なこと。

 それにそれに、こうしてエロスばかりとも限らない。

 

 だから、味わっておこう。覚えておくんだ。彼の心が私を求めてくれて、私も強く彼を求めている。

 熱量を忘れない。誘惑したドキドキも、求められた愛しさも絶対に忘れない。

 …いやしかし。自分でするのとは違った。

 

 いやいや。何を考えているんだ。そろそろ勝負を終わらせないと。

 内に秘めた思考なんて露にも思わせず。ただただ将棋を考えながら。

 名残惜しくも盤面は進んで、将棋の決着がついちゃった。

 

 目の前で創が頭を下げて、私の勝利を告げる。

「参りました」

 当然の様に創の戦術は崩壊して、二つの意味で私は勝利を刻み込んだ。

 

 あ、危なかった。楽しみすぎて私が負ける所だった。

 後で下着を替えないと。暁に見られたら厄介だな。勘違いされそうだ。

 私は彼女と違って、膀胱の方は緩くないんだ。愛おしい姉とは違って、お布団に世界地図は描かない。

 

 ふっふっふ。それでも私の勝利だ。約束通り食べさせ合おう。

 下着は自室に寄らせてもらえば良い。今日。今日だ。皆が食事を終えない内に行こう。

 さてさて。創なら逃げないとは思うけど、釘はさしておこう。

 

「司令。約束の報酬をもらおうか」

「今夜で良いか?」

 えっ!? こ、今夜…あ、ああ。そうか夕食の話か。

 そうだよね。分かってる。分かっているよ。

 

 まだエッチな余韻が残っているみたいだ。頭が馬鹿になっている。

 元からだと言われればそれまでだけど、ここまで酷くない筈だ。

 よし。勝利したんだ。目的は完全に達成した。後は次に繋げるだけ。

 一気に変わるのは難しくても、徐々に変わっていけば良い。

 

 そうやって、平穏を楽しんでいくんだ。ふふふ。楽しみだね。 

「時間を空けるよりは、早い方が良いね。うん。そうしよう」

 ずっと頭を使っていて、お腹も空いてきてると思ったら。

 私たちのお腹がなった。ちょっと以上に恥ずかしいよ。

 

 誤魔化すように彼の傷だらけな手を握って、私から外へ歩み出すんだ。

「ほら行くよ。のんびりとした日常を、共に続けていこうじゃないか」

 創が頷き仄かに笑う。それが嬉しくて、堪らない心が広がっていく。

 彼の手を引きながら、これからの楽しみを抱えて進んでいく。



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川内さんとの
食堂です


 間宮食堂。鳳翔さんと並んで、艦これ界の食文化を形成している艦娘である。

 給糧艦として現れた艦娘と、あらゆる空母の母として、イメージされている鳳翔。

 ちょっと鋼臭すぎるこの世界線でも変わらず。

 一家に一台ならぬ、一鎮守府に一人はと言った具合で、配備されているのだ。

 

 ご多分に漏れず、我が鎮守府にも二人がいてくれている。伊良湖さんもいるのである。忘れてないよ。鳳翔と間宮が二大巨頭すぎるだけだ。

 お姉さんチックな間宮。妹分的でもあり、料理上手な伊良湖。皆大好きおかんな鳳翔。

 

 此処が平和な証拠でもある。

 最前線に送る戦闘糧食も、間宮と伊良湖が作っているのだ。

 逆に言えば、最前線に間宮と伊良湖はいない。鳳翔は、お艦じゃない。修羅だ。

 …まあ、最前線はね。しょうがないね。のんびりする暇とかね。

 

 うん。

 さてはて。響に連れられて、夕食の時間に食堂へお邪魔したのだけど。

 ――耳が痛くなるほどの静寂。楽しげな雰囲気は霧散。

 あ、うん。そうだね。プロテインだね。え、何が? あはは。…落ち着け。

 

 落ち着け。

 分かっていたことだ。俺はその、なんていうか。ちょっと物騒な風貌をしている。

 重ねてきた戦歴もヤバい。何がヤバいって、本当にヤバい。

 そんな感じだ。

 

 食堂に入る前に、響との手つなぎも終わっている。

 一人で先に席へと進む彼女に、何も言わずついていった。

 周囲の圧ときたら。人気者は辛いね。へへ、へへへ。マジ泣きしそうだ。

 

 彼女が座った対面の席へ座れば、周囲に座っていた者達が立ち上がり去って行った。

 そうして、殆どの艦娘がすぐに食事を終えて、それぞれ消えていく。

 あれれ? 俺は提督だよ。艦隊のアイドルのていとくんだよ~!! 

 ――止めておこう。死んでしまう。

 やっぱり任務に行くのかな? 大切だね。そうだね。プロテインだね。

 

 泣きそう。

 それが嫌悪からではないのは、逃げる時の緊張しきった姿を見れば分かる。

 何か粗相をしないようにと、怯えながら動いてくれたんだ。

 気付けば残ったのは川内と響だけ。

 

 他の皆は敬意を表わしているのである。泣きそう。そうじゃないよ。

 そうじゃない。

 敬意を表わすなら、もっと良い方法があるでしょ! 君達の魅力を味わせてくれよ!! 接待しろとは言わないさ。でも、でもさ!! …ふう。落ち着こう。

 

 響から一つ席を離して、彼女の右隣側に川内だけは残ってくれたとも。

 これはチャンスだ。ここを掴まずして、何を成し得ると言うのか。

 仲良くなりたい。転生前に萌えていたキャラ。ここで生きてきて、艦娘に対する信仰すらある。

 断言しよう。あえて、断言しよう!!

 

 俺は変態だ。変態かもしれない。スケベだ。スケベかもしれない。

 しかしな。俺には誇りがある。矜恃がある。

 今まで様々な提督を見てきた。二次創作でも、俺が生きる現実でも。

 その上で、俺が見いだした理は一つ。

 

 ――やっぱり萌えが一番だ!!

 無理矢理はちょっと違う。はあはあもきゅんきゅんも、同じ熱量に他ならない。

 この異様な緊張を見よ。感じろ。違うだろう。

 夜戦夜戦って騒ぐ川内が良いんだよ!

 

 そうして、そうしてだな。

 夜戦を意味深にとらえて、からかって、真っ赤にさせてみたり!!

『そ、そう意味じゃないっての。提督のすけべ!』

 って感じでときめく胸の切なさが欲しい!! 

 覚悟完了。当方に会話の用意…はないけど!! 頑張る!!



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提督はそこが好きらしいです

 どう話しかける? 言うまでもないが、空気はとても重たい。

 息をするのも辛い。此処は戦場なのだろうか。食堂だと思っていた。

 ヤバい。川内さんめっちゃ凜々しく、真っ直ぐな顔になってる。違うよ。そんなのぜったいおかしいよ。

 

 どうにかして、そんな川内の夜戦が聞きたい。夜戦。夜戦じゃあ!! …まあ、それはそれとして。

 腹が減った。今日は何を食べようか。

「響。今日のお品書きを取ってくれ」

 

 無言のままに取ってくれた。軽くお礼を言ってから眺める。

 ふむふむ。和洋中は一通り。季節を考えた良いメニューだ。

 から揚げ定食かな。偶にはがっつり食べたい。

 響にお品書きを返すと、彼女もすぐに今日の夕食を決めたらしい。妖精さんに伝えていた。

 

 妖精さん可愛い。初めて料理を運んだりする姿を見た時は、思わずときめいてしまった。…妖精にも、穴はあるんだよなあ。

 消される。落ち着け。

 まあ、当然だけど。間宮と伊良湖と鳳翔だけで、料理は用意出来ない。

 

 人力として、多くの妖精さんがフォローしている。

 そこは給糧艦なので分かるけど、どうして鳳翔も同じ事が出来るのだろう? 謎だ。

 いやしかし。三人で同じ食卓についているわけだが。

「「「……」」」

 

 誰も喋らない。沈黙が金とは言うけれど、俺はどちらかと言えば銀の方が好きである。

 響も銀髪だからな。関係ないか。そうか。そうだな。

 こうして、改めて川内を見てみれば。本当に凜々しい美人である。

 

 艶のある黒髪。鴉の濡れ羽色と称したくなるほど、美しい髪色。

 同色の瞳には、湖面の如き澄んだ心。血色の良い肌色。子供みたいに滑らかそうで、とても健康的な肌をしている。あの頬とか、引っ張ったら絶対に柔らかい。

 

 今こそ真面目で引き締まった表情をしているけども。

 微笑みを浮かべている時や、いたずらに笑う彼女の姿を、俺は知っている。

 あれは人生を楽しんでいる人間だけがもてる、強く優しい魂の色なのだろう。

 

 転生者として、勘違いしないようにしたいと常々思っているので、この鎮守府にいる艦娘を見るようにしてきた。

 おおよそ想像の通り。川内は夜を好み、俺が事前に知っているキャラと、相違は少なく思える。今更、長々と建造や契約の説明はしないけど。

 

 提督によって性格と性能が変わる。程度の理解で良かろう。

 …うん。これこそ転生者の一番の異常性だ。外界に存在するであろう絶対者、つまりは作者や展開なんかを考えて、一人語りをしてしまう。

 天才と馬鹿は紙一重とは、よく言ったものだ。

 

 美人は三日で飽きるとは言うがね。俺は川内の凜々しい表情には、飽きない。

 こうしてみると、ちゃんと女性らしく整っているのが良い。

 いや、うん。引き締まっているのも良い。尊い…ってなってるけど。

 髪触りてえと素直に俺は思っていた。



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妄想にひたってます

 長々と心で思った通り。川内の魅力は様々ある。

 凜々しい表情。明るい声色。美乳。健康的な肌。すらりとした体。

 妄想がやばい。落ち着け。ちょっとパンツの余韻が残っているぞ。

 さて。

 

 しかし触れるとするならば、俺は彼女の髪こそ至高であると断言しよう。

 それは例えば、男が女にする愛撫の如く。そんな触れ方でも良いけど。

 俺の信条は違う。川内へ失礼かもしれないけれどな。俺はどちらかと言えば、川内には発情出来ない。

 

 響相手には勃起するのだが。――俺はロリコンだった? いや、違う違う。

 川内相手にはなあ。こう。手のかかる娘というか。無邪気さを感じてしまうのだ。

 例えばそう。

『ね~提督! 夜戦しようよ~!』

 

 なんてじゃれついてきた川内にな。こう。押しのける感じで頭を押すわけだ。

 はからずも、じゃれついた犬に似た状態さ。照れた様に彼女が微笑んでるとしよう。

『くすぐったいよ~』

 と、無邪気に彼女が笑うと思う。まずここで俺は達した。めっちゃ発情している。

 

 落ち着け馬鹿野郎。達してない。落ち着け。

 想像だが、彼女の黒髪は絹みたいに滑らかな感触。だろうな。うんうん。艶が違う。

 小柄で女性なんだと実感して、堪らぬ気持ちになれるんだ。く~!!

 撫でたい。めっちゃ撫でたいぞ。いくか? 想像の俺が死んだ。何故だ。

 

 もしくはそうだな。想像しろ。考えろ。妄想するんだ。

 薄暗い自室にて。川内が遊びに来たとしよう。どこか仄かに赤面しながら、震える声で彼女が言うんだ。

『…ね、夜戦しよ?』

 

 ヤバい。ヤバいぞ。それでそれで、流れとして抱擁したとする。

 そのまま、俺が彼女の頭に手を添えたとしよう。

 もうだめだね。その時点で絶頂もんである。尊死してしまう。

 あれ? 可笑しいな。勃起しているぞ。

 

 ふう。やれやれだ。無言の間が気まずすぎて、ついつい妄想の世界に没頭していた。

 というか、緊張感が酷い。なんで響まで無言なのだろう。

 響をちらりと観察してみた。なにやら考え込んでいるようだ。

 何だろう。作戦立案時にも似た、集中を感じる。

 

 敵襲か? いやいや。食堂に敵なんていない。

 強いて言うなら、今俺の命を最も脅かしているのは、俺自身の想像力である。

 誰かに知られたらと思えば。相手にもよるけども、そうだな。興奮する。

 ふふふ。いやしかし、日頃からスケベではあるのだがね。

 

 誰かと夜の関係を持つことは、あるのだろうか? それこそハーレムとか。

『司令官。さすがにこれは恥ずかしいな』

『夜戦なら川内にお任せってね!』

 二人の艶姿。実は臆病な所もある響の、奥手な誘い方。元気いっぱいな川内の誘惑。

 

 心臓が停止してしまう。ヤバいな。俺の心臓が脆すぎる。まあ、そう考えつつも。

 まかり間違ってそんな事態になったなら、やっぱり確実に拒絶するがね。怖いし。ちょっと違うよな。

 

 ドロドロしている。

 俺が欲しいのは健全な萌えなんだよ。燃えは十分得た。

 なんなら全身燃えた事もある。

 

 つまりだね。爛れた感じはノーである。

「おまたせいたしましたー」妖精さんの愛らしい声。

 俺が馬鹿な事を考えている間に、から揚げ定食が運ばれてきた。楽しみだ。



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食事にします

 味噌汁、玄米ごはん、大きめの鶏から揚げ。千切りキャベツとくし切りトマト。

 めっちゃうまそう。普段食べてるおにぎりとかも良いけど、ちょっと次元が違う。

 何て言おう。アレだ。幸せの味である。まだ食べてすらいないけどな。

 デザートはない。甘味は好きだが、イメージと違うから用意されなかった? 残念。

 

 響が選んだのは、海鮮シチューとコッペパンだった。

 デザートにみかんゼリーが用意されている。飲み物は冷えた麦茶だ。

 水差しにはまだまだ残っていて、麦茶のおかわりは自由らしい。

 

 ボルシチではなかった。ハラショー。うむ。意味が分からん。

 そうこうしていると、川内のも運ばれてくる。焼き魚定食だった。

 彼女らしい。和風なイメージと良く合っている。

 

 おろし醤油と焼き魚。多分鰆かな。大きめの切り身が美味そうだ。

 定番の豆腐のみそ汁と白米ごはん。カットされたりんごがデザートである。

 うさぎ形でたいへん可愛らしい。二人だけずるくないか。俺も可愛いデザートがほしかった。

 

「「「いただきます」」」

 思わぬタイミングで声が合わさった。俺も含めて、表面上は誰も気にしてない。

 ちょっと恥ずかしかったというか、川内に何コイツと思われていないかどうか。

 不安である。

 

 いやいや。彼女はそんな事を思わないだろう。落ち着け。今は料理を楽しもう。

 と、言った所で。

「ほら司令官。あ~ん」

 響がシチューを一口分掬い、俺の眼前に与えてきた。――完全に忘れてた!

 

 ちらりと川内の方を見た。…驚愕に彼女が目を見開いている。

 どこかその様子が夜戦バカっぽくて、ちょっとだけ満足していたり。

 いや、この程度じゃ足りない。もっと俺を満足させてみろよ!

 

 現実逃避をしていても、目の前の光景は変わらない。仄かに響の怒りを感じる。急かすような感じ。このまま迷っていたなら、本気で怒りそうだった。

 怖い。戦艦の群れより遙かに怖い。

 良いさ。俺も立派な大和男児だとも。こ、ここで、逃げたりなんかしない!! 

 

 ぜったいに、響のあ~んになんて負けたりしない!

「あーん」食べてみると。

 これ幸せの味~!! や、ヤバい。ちょうヤバい。

 

 語彙力が足りない。誰か助けて。俺を、俺を殺してくれ…えっ? なぜに俺は死にたくなって。ああ。そうか。此処がヴァルハラだったんだ。

 響には勝てなかったよ…だって川内めっちゃ見てるし。やっぱりこの光景は不味かったんだ。俺はやらかしたんだ。

 

 幾星霜の月日を超えて、俺は戦い続けてきた。ようやく掴んだ平穏。

 どうやら俺は、平穏に適応出来なかったようだ。

 次の俺は、きっと越えてくれる。――託した、ぞ。

 などとふざけてみたが、そんなアレはない。生憎だが死んだことは一度しかない。



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だれかの戦略です

「司令官?」

 再び響の促すまなざし。ああ、そうだ。約束は食べさせ合いだ。

 分かっている。分かっているぞ。

 

 だけど響さん。ちょっと躊躇いがなさすぎませんかね。容赦してくれ。

 気心は互いに知っている。一番気易い仲ではある。でも恥ずかしいのだぞ。

 彼女の小さな口に合うよう、小さめのから揚げを箸で持ち上げて。

「あーん」

 

 響へと差し出した。迷いも見せず。照れすら感じない静かな表情で。

「ん」

 彼女が食べた。もにょもにょと愛らしい。なんか良い。

 こうしてみると餌付けみたいで、不思議な楽しさがある。

 

 うん。思っていたよりは恥ずかしくない。逆に落ち着く。嘘だけどな!!

 俺の秘書艦が可愛すぎる件について。と掲示板に投稿しなければ。ラノベ大賞でも良い。ふっふっふ。嫉妬の声が聞こえるようだ。わっはっは。

「提督」

 川内からの声。現実逃避から戻って彼女を見れば。

 

「あ、あ~ん…!」

 一口大にほぐした切り身を、箸で俺に差し出していた。

 顔は真っ赤。表情こそ凜々しくなってるけど、手が若干震えている。可愛い。

 成程。これは夢か。だって展開がわけわからない。何があった。

 

 これが転生者の運命力だとでも言うのか。と、初めて思った時はもっとシリアスだったんだが。響が妙に誇らしげな顔をしている。なぜだ。わけが分からん。

 い、いや。良いんだ。むしろシリアスじゃない方が良い。滅茶苦茶嬉しい。

 

 良いだろう。これが俺の運命だと語るならば、受け入れよう。いざ!

「はむ」さらりととけ込む様な食感。

 魚の旨味。仄かな塩味が魚の甘みを引き立てて、香り良く心を満たしてくれる。

 おろし醤油のかかっていない味。焼き魚本来の風味が良いね。

 

 合わされば、随分とさっぱりしたうまさになりそうだ。

 これぞ和食の定番と言えよう。好き嫌いは少ないのだが、これは好きと断言出来る。

 …まあ、少し脳が狂ってるので、苦痛を感じづらくなっているだけだけど。っと。

 

 なんで微妙に暗くなりたがる。響と二人じゃなくて、川内もいるから? 戦場の意識が僅かに出ている。

 いかんなあ。いかんぞ。まだ毒気が抜けてないわけだな。

 この胸のときめきに任せて、もう少しバカをやりたいのだが。その、なんだ。

 

 物欲しげに待つ川内を前にして、割と現実逃避をしていた。えっとこれはアレだな。待っているな。何をとは無粋すぎる。

 仄かに開けられた口。なんかエロい。落ち着け。欲しいのは俺のおれではなく。

 からあげだ。状況がおかしくて面白い。大安吉日である。意味不明だ。



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愛おしい手触りです

「あーん」

 彼女は響よりも大きく口を開ける。川内らしい愛らしさ。迷わずから揚げを与えた。

 もぎゅもぎゅと、美味しそうに食べてくれている。

 なんだコレは。萌え。としか言いようのない。

 

 良い。良いぞ。エロスだけではない。こういう切なさを俺は求めていた。

 これこそ俺が捨て去った胸キュン。心臓が止まるの意味が正反対だ。

 此処こそヴァルハラである。

 恍惚の感情。なんかもう良い。これで良かったんだ。

 

 ほんわかとした気持ちに包まれて、どうしたものかと思っていたら。

「司令官」

 響が声をかけてきた。どうしたのだろう。彼女を見れば。

 

「む?」

 彼女が身を乗り出して、頭を差し出している。いつの間にか帽子は取っていた。

 それ自体は、食事の時は帽子を取るのを知っている。というかまあ、気が緩んでいる時は、彼女は艦装を緩めたがる。

 

 それは良い。愛らしさがアップだ。最高である。それはそれとして。

 ちょうど俺の手が届く距離。何より気心の知れた仲だ。彼女が望む行為を俺は分かる。

 つまりこれは、頭を撫でろと言っている…!!

 

 何で!? などとは言わない。言えない。彼女は当然の様に佇んでいる。

 異様な緊張感が広がった。響の隣を見れば、川内がごくりと唾を呑んでいた。

 成程。これは俺の幻覚じゃないらしい。現実を認めよう。

 響の目を見る。湖面の如き凪いだ瞳。感情が読めない。表情も落ち着いている。

 

 いや。急かしているのは分かる。ここで変に拒めば失望と共に。

『司令官は私を裏切るのかい?』

 などと言うだろう。少し話は変わるけど、ハイライトのない瞳って綺麗だよね。

 無論、わざと傷つけるつもりはない。ないのだがね。

 

 響みたいなクール系の女の子が、眼の光をなくすと病んだ魅力があるよね。

 まあ、そんなのは最前線で何度も見たが。何だったら訓練生時代に何度も見たが。

 はっはっは! ――現実逃避は終了しよう。そろそろ響が怒る。

 

 分かった。分かったよ相棒。これまで共に戦ってきた仲だ。彼女が俺の死を望むならば、それに応える。彼女に、かつての仲間達に何度も救われた。

 今度は俺の番だろう?

 こうまで考え込んでいるのは、響に失礼だと分かっているんだ。

 

 でも、でもさ。響めっちゃ可愛いんだもん!! 触れるの怖いじゃん!!

 分かってはいる。分かっているんだ相棒。そんな瞳で見つめないでくれ。

『パンツは良くて、こうした触れあいは拒むのかい? すけべ』

 言いたげな顔で見ないで。

 

 ……アレ? 可笑しいな。パンツを見ていた事を、響は気付いている?

 被害妄想である。

 そろそろ限界だ。誤魔化しはきかない。覚悟を決めろ。緊張も楽しんで。

 俺は、お前の頭を撫でる!! そっと手を添えて、優しく頭を撫で始める。

 

「んっ」

 くすぐったそうに彼女が微笑んだ。まずここで俺は達した。

 た、達していない。最近俺の心がすぐに達したがる。緊張の誤魔化しにしても、ちょっと下にいきすぎだ。清くいこう。清霜な感じ。わけが分からない。

 

 …透き通る髪の感触。透明さはそのままに、表面を撫でればすてきな心地。

 少々調子に乗って、手櫛みたく手を動かしてみる。

 い、嫌がってないぞ。嬉しそうに微笑んでいる。響と目が合った。にこりと、今度は静かに笑ってくれた。



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愛おしさ絶頂です

 あ、あれ。なんだろう。なんだろうこの気持ち。

 胸が温かくて、切なくて、嬉しくて。ああ、愛されてるなあ。

 俺、響に愛されている。泣きそうで笑いたい。不思議な気持ちだった。

 

 時間を忘れて撫でていく。愛おしい彼女の髪に触れさせてもらっているのだ。

 優しく。絶対に傷つけないようにと。

 手櫛をしても引っかかりはない。さらさら乙女。よく手入れされている。

 

 確か暁や電が、彼女の髪をとかしたがるのだったか。よく響が話していた。後は阿武隈の影響かな。今はこの鎮守府にいないけど、手入れを怠れば怒りそうだ。

 ふふふ。かつての思い出も、ここでの在り方も。どちらも愛おしい。

 こうして触れ合っていて、匂いも分かる。仄かに甘い少女の香り。

 

 興奮はなく。時間すら忘れそうな。ほっこりする感触だった。

 川内の方を見てみると、なんだか緊張しているみたいだ。

 すまない。よく分からんやり取りを見せつけられて、彼女も混乱しているだろう。

 

 響らしくないぜ。まったく。考えなしに甘えてきたな。

 まったくもう。好きだ。大好きだ。俺の相棒が可愛すぎる件について。

 すっごい満たされている自分がいる。これが幸せなのだろう。

 ふう。良いね。ありがとう。もうわけが分からん。良い人生だったなあ。

 

 作者よ。分かっている。俺にこんな極楽はない。

 ようく知っているぞ。お前の手口は知っているんだ。

 日常は尊い。だが運命は運ばれてくるのだろう?

 俺の物語の題名は、なんかこう。艦これカッコガチなのだろう?

 

 ありがとう。貴方に感謝を。こんなにも愛おしい運命も紡がれたから――本気で殺すぞ。尋常じゃない程、俺は鍛え抜いた。艦娘の原理を明かし続けた。

 良いよ。また地獄が来るのだ。慣れている。…だからこそ、ありがとうと言おう。

 この愛おしさにありがとう。世界にありがとう。さあ夢は醒める時。

 

「提督」

「どうした?」

 もじもじと川内がしている。可愛い。トイレかな?

 言ったら響に殴られそうなので、無言で言葉を待つ。

 

「私も…その」

 そう言って、彼女が頭を差し出してきた。

 ふむ。考えよう。これは何の地獄だ? だ、騙されないぞ。絶対に騙されないからな!!

 ふと、響と目が合った。

 

『川内さんに恥をかかせるの?』

 アイコンタクト。今度のは俺の妄想ではなく。響の言葉だろう。

 そっと、響が俺の手を離した。撫でる時間は終わり。次は川内が。

 ――何故俺の手が川内の髪に届く結末に至ったのだ!?

 

 ば、馬鹿な。仮にも神と謳われた俺が、意識すらせずに完全な勝利へと導かれていた。

 誰の策略だ。神か。他ならぬ創造神。作者の策略か!! 

 嘘だ!! ここまでめっちゃ地獄だった!! 絶対に騙されな…川内と目が合う。

 

 仄かな期待と大きな不安に揺れる瞳。これガチなやつ。ガチ萌えなやつ。

 めっちゃふざけてるけど、もうダメだ!! 状況がわけ分からん。

 慣れ親しんだ響ならともかく、川内がこの流れにも乗ってくるとか。

 俺の許容量を超えているのだが!

 

 でも、待っているよ。待っているんだよ。

 緊張で仄かに震えながら、もう俺もわけが分からないのだが。

 川内が、俺の頭なでなでを待っているんだ!!

 

 俺をなめるなよ作者。幾千幾万の絶望を越えて、いま此処にハートフル鎮守府を創ると誓ったのだ。かなり幸せすぎて、また心折られると思っていたけど。

 貴様如きの運命操作で、折れるわけがないだろうが!! …さあ、いくぞ!! 



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最高でした

 赤面して待つ川内。堪らぬ高揚を感じつつも。

 そっと彼女の髪に手を乗せた。

「ん」川内の吐息が漏れる。俺の心臓も漏れ出そうである。

 ヤバい。響の手触りもすごかったけど。本当にすごい。

 

 そっと触れた手から伝わる感触。上質な絹すら越えた滑らかさ。先程の響の髪質が、受け入れる透明さと例えるならば、川内の髪質は。

 芸術品。髪は女の命とはよく言ったものだな。

 艶手触りはおそろしく滑らかで、ひっかかりは皆無。

 

 我慢出来ず。手櫛のように手を動かす。

 う、うわ。すげえ。背筋にぞくぞくと流れる快楽。

 掌が悦んでいる。ただ撫でているだけなのに、しっとりと馴染む錯覚。

 

 仄かに香る汗の匂い。臭くない。なんだろう。何年間も、戦争で汚れる女の子の匂いを知っている。失礼な話だけど。体臭に幻想は抱いてない。

 それでも、川内の汗の香りは良い。どくどくと心臓の動きが激しくなる。

 

 響が女の子なら、川内は…女。女の匂いがする。このまま抱けたら。待て待て。

 や、やべえ。撫でる手に伝わる快楽が、思考をどろどろに融かしているぞ。

 およそ、髪の中で最上位ではなかろうか。

 綺麗だとは思っていたけど、ここまでのレベルか。すっごい。

 

 いかんいかん。我慢強い方だと思っていたけど、抱きしめてしまいそうだ。

 俺は、川内には発情しない。とは何だったんだろう。死亡フラグだったかもしれない。

 これ以上は危険だ。いやしかし。撫でるのを止める? ――嫌だ。

 ふ、ふふふ。川内が拒絶するようにすれば良いのだ!!

 

 愚問だが、俺からは止めたくないからな!

 手櫛を止めて、そのまま掌で頬を撫でる。しっとりとした肌の手ざわり。

 子供みたいにすべすべ。そうして、彼女の表情豊かさを示すように、とても柔らかな感触だ。

 

 ぴくんと、くすぐったそうな反応。川内の両目が下を向いて、照れを押し殺している。可愛い。すっごく可愛らしい。

 あ、あれ? 止めないの? お、怒れないよな。そうだよな。俺怖いし。 

 仄かに伝わる熱。羞恥の赤色。微妙にだけど緩んだ笑顔。嬉しそうな反応。

 

 ふ~!! これだよコレ!! なでなでとはコレだよ!!

 調子に乗ってすりすりしていると――唇に指先が触れた。

 ぷるんとした柔らかさ。肌よりも柔らかく。乙女の大切な所。

 彼女が涙目で、俺を見上げている。睨むと言うには熱があって、潤んだ二つの瞳は、俺に羞恥と……情欲を伝えていないだろうか。

 

 いつ止めれば良いの!? これが川内の力か。

 響がじ~っと見ている。はっと、我に返った。

『良いの? その先は大切な事だよ』

 響の眼が語っている。怒りはない。ただただ問いかけている。

 

 これは不味い。なんだろう。一時の性欲に駆られて、傷つけるのは嫌だ。

 そうじゃないのだ。萌えは求めても、これ以上のアレは駄目だ。

 川内、という艦娘への接し方ではない。愛を伝え合える者同士として、真摯に接する所だろう。などと考えつつ、最高の感触でした。ありがとう川内。

 

 掌を頭に戻す。不思議なもので、性を意識しないで撫でていると。

 萌えであり安堵であり安らぎであった。

 父性。とはこれなのだろう。成程。そういう付き合い方もあるのか。

 これもまた萌えの一種である。我此処に開眼せり。これぞ父性愛である。

 

 ふう。川内の髪質すげええ。ヤバいね。ヤバい。ついでに言えば状況もヤバい。

 響は安堵したように笑っても、じっと見ているし。川内はあわあわとなっている。

 空気が止まっている。どうすれば良い。誰か教えてくれ。



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ちょっとシリアスです

「て、提督っ、もう大丈夫ですよ!」

 川内の慌てた声で、ようやく場の空気が壊れた。

 響が呆れたように微笑んでいる。どこか見守るような笑みで、かなり照れくさい。

「そうか」

 

 俺のポーカーフェイスすげえ!! ま、まじで? 俺ってこの場面でも表情を取り繕っていられるの!?

 逆に言えば、この状況ですら表情が変わらない。冷血ですわ。

 

 めちゃくちゃ名残惜しかったが、川内の頭から手を離した。自惚れでなければ、彼女も少し残念そうだったような。さ、さて。どうしよう。どうすればいい。

 考えろ。凡人の俺が、激戦を皆と越えられたのは、考え抜いてきたからだ。

 転生者特有の異常な思考性能。常識に囚われるな。世界の理を知れ…!

 

 ――思いつかない! え、なんだって? みたいにとぼける事しかできない!!

 そしてこの状況では、難聴スキルはくその役にも立たない。どうする。

「…提督はさ」

 川内からの言葉。神妙な表情での言葉だ。ここで難聴スキルを使えば。

 

 最低である。無意味かつ普通に最低である。

「うん?」

 これは難聴ではない。純粋に言葉を促しただけだ。

「やりたい事をしてます?」

 

 川内の敬語がこそばゆい。そういう感じも好きだけど。ちょっと窮屈そうで心苦しい。

 それにしても、やりたい事ねえ。滅茶苦茶しているけども。

「質問の意図が分からん」

 おそらくだが、彼女の問いかけはそういう意味ではない。

  

 むしろ、この状況で皮肉気な問いかけをしていたら、そいつはもう俺の心を読んでいる。普通は拒絶するだろう。かつての仲間達ならば、まあアレだ。

 阿武隈は想像できない。龍驤は想像通りだろう。そうして響は、響はどうだろうな。なぜだか分からないが、愉快な事になるような気も。

 

 おっと。川内の質問から意識が逸れていた。

 昔を思い出させる問いかけだったのも、影響しているのかもしれない。

「その、この鎮守府に着任してからずっと働き続けて、食堂に来たのも初めてですよね」

 栄養補給はおにぎりとかで。心がガリガリと削れる労働だった。

 

 報われている。川内の反応とか、響のパンツとか。俺は幸せ者だ。

 ふっふっふ。まだまだとは思っているけど、今日は十分。満たされているぜ。

「後方に回されて、軍神と謳われたのに戦場から離されて」

 …まあ、大切な仲間とも殆ど別れて。同期の頼りになる者達は、最前線で頑張っている。

 

 罪悪感がないとは言い切れないし。裏方も最前線並に重要だからと、頑張ってはいるのだがね。ただもう疲れた。諦めにも似た感情が、ないとは言えないさ。

 そんな幸せを許したくなる位には、かつての戦いと仲間達が許してくれている。

「飼い殺し、じゃないですか」



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真面目な話しです

「もちろん資材は大切です。なかったら戦えないし、提督が後ろに控えていてくれるから、前線が安心しているのも分かります」

 失敗出来る余裕は、思っているよりも遙かに心を緩ませる。

 死線の緊張は尋常じゃなく。僅かにでも緩まるならば、その方が良いに決まっている。

 

 無論だが、最前線も手は抜いていなかろう。

 俺がいるから死んでも良い。とはなっていない。ただそう。…或いは神に祈るように。少しだけ重さをあずけて、自分の力を発揮しているのだ。

 ソレを、皆の信頼を軽いと思ったことはないけど。いい加減慣れてきた。

 

 ただ俺の考えを知っているわけもない。夜戦大好きな彼女からすれば、自由に生きる彼女からすれば、軍神の在り方は、どうにも窮屈に見えるのだろう。

 ようく俺の心を知ったら、キレるかもしれないな。もしくは大爆笑。

 

 一度、大きく息を吐き出して。川内として真っ直ぐに。

「私はさ。好きな事をしてる。大好きな夜の海にいるだけで、私の魂は満たされてる」

 此処の近海はとても平和だ。夜戦も早々ない。ただ純粋に彼女は夜が好きなのだ。

 俺も夜は嫌いじゃない。静けさは好きだ。激しさに良い思い出はない。

 

 騒がしいのも好きだがね。宴会とか。酒を飲むと記憶が飛ぶので、ここ最近は呑めていないなあ。皆と心が通じ合ったら、飲み会も良い。ふふふ。服も心も緩むのが酒だ。

 楽しみだなあ。今時点では夢物語ですらないがね!!

 

「…まあ、こんな自由が許されてるのは、最前線で通用しない艦種だからってのもあるけど」

 軽巡洋艦と駆逐艦の脆さ。練度を上げなければ、最前線で運用するのは難しく。

 練度を上げるためには、戦わなければならない矛盾。

 

 ソレは、優しく強い者達の多い世界で、そうして大破撤退の安全なんてない世界で、中々に残酷な理だった。もうちょっと優しい世界で在れ。と何度も思ったが。

 ブラック鎮守府がないだけ、随分とマシなのかも。俺も毒されているか。

 

 俺が軍学校に入学した時よりは、随分と方針は見直されてはいる。

 昔は、戦艦と正規空母の轟沈を防ぐ盾として、運用されていた時もあった。

 人の盾。決して、兵器の効率運用などではなく。それを命じた提督達もまた、優しすぎて心を病んでいく。

 

 地獄だ。くそったれ。今の平穏に最上級の感謝を。

 だからこそ遠征などの資材管理で、今皆は輝いているんだ。素晴らしい。愛おしい。

 適材適所なだけである。役割分担なのだ。

 

 前線で通用しない。そう考えるのは仕方ないけど、落ち込まれたら俺も悲しい。

 練度を極限まで上げ続ければ、一時的に逆転する事も可能だけどね。同じ事を戦艦がしたら、という話。

「とにかく。提督は何がしたいの?」



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それでもこんなやつでした

 響のぱんつをもう一度見たい。むしろかぶりたい。ぜったい臭いけど。いやどうだろう。

 臭くても――興奮はする! おっと。落ち着け。落ち着くんだ。ふう。

 響つながりで言うなら、暁のレディ加減を見たい。電のなのですを耳元で聞きたい。雷の膝枕は欠かせない。

 

 第六駆とのやり取り。響がとても怖いので、無理にするつもりもないのだけど。

 どうかな。割と彼女は姉妹が大好きだ。逆に紹介したかったり。分からない。

 天龍型姉妹と触れ合う事もあろう。

 あえて、今ここで妄想はしない。でもめっちゃ楽しみだ。わくわくしている。

 

 川内の髪にまたふれたい。今度は、すんごい勢いでくんかくんかしたい。

 すっごい良い匂いがするだろう。照れた彼女を見てみたい。良い。良いぞ。

 川内つながりで語るなら、神通のうなじをかぎたい、ぺろぺろしたい。那珂ちゃんのコンサートでオタ芸を披露したい。はいはいっ! と踊るんだ。

 

 川内型3姉妹。神通はこう。冷たい眼で見られたいような、凜々しく責める彼女が良いような。でも逆に、そう。甘えてくる神通が見たい気も。

 ここにいる神通の個性を知りたい。うん。愛でたい。

 

 那珂ちゃんはうんうん。話してみたい。アイドルだからなあ。おさわりは駄目だと思います。えっ!? おさわりが駄目……。

 失望しました。那珂ちゃんのファン辞めます。

 みたいにふざけられる位、あの愛らしい子も知りたい。

 

 もう熱量がすんごいんだ。これまでず~っと頑張ってきて、ようやく平穏を得られたんだ。俺がどれだけ萌え萌えしたいと思っていやがる。

 分かるか。分からないだろう。

 俺はな、萌えたいんだよ! 美少女共め!! マジ最高!!

 

 などと本音だけをぶちまけたら、色々と終わる。

 ここで得られる二人の侮蔑の視線は、堪らなく甘美な経験になるのは認めよう。いやしかし。それでも俺が綺麗に取り繕うなら。

 

「――皆のらしい所を見たいんだ」

 響の透明さが好きだ。暁の頑張りが好きだ。電の優しさが好きだ。雷の抱擁力が堪らない。第六駆の話が好きだ。取り残された彼女に祝福を、今度こそ穏やかな終わりを。

 

 川内の楽しげな心が好きだ。神通の佇まいが好きだ。那珂ちゃんの明るさに救われている。川内型3姉妹の話が好きだ。夜を愛する彼女に祝福を、平穏な海を愛してくれ。

 他の艦娘だってそうだ。好きだから、ここまで来たわけで。

 

 何より俺自身が楽しみきりたくて、ようやく得た世界なのだ!!

 わっはっは! 童貞の熱量を舐めるなよ。萌えには全身全霊であ~る。

 言っておくが、俺ほど好き勝手にやっている奴もそうはいないぞ。



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彼女らしさです

「川内さんは勘違いしているかもしれないけど、司令官は楽しくて此処にいるんだよ」

 さすが響。俺の心をきちんと理解してくれている。

 楽しく楽しくて仕方がない。ずっと大好きだった皆と、こうして触れ合えるのだぞ。

 全オタク共の夢と言っても良い。これを思えば、ここまでの苦難なんぞ楽勝だ。

 

「そうだとも。俺は君達の在り方を好ましく思っている。だから、もし良ければだが」

 色々とぼかしてはいるけど、始まりの一歩として本音で語ろうか。

 一度だけ深呼吸をした。怖い。どきどきと胸がうるさい。

「君達の日常に、俺も混ぜてはくれまいか」

 

 言葉を聞いて、川内が静かに目を瞑る。怒りはない。拒絶も感じられない。

 ただただ俺の心を受け止めてくれている。夜の海みたいな、静かな優しさを感じられる。いつも楽しそうな彼女の在り方。それでいて、長女としてどこか強い在り方。

 ネームシップ。一番艦として素晴らしい。

 

 川内が、穏やかに眼を開く。自然と楽しそうな笑顔を浮かべて、バカみたいに明るい声で言うんだ。

「…そっか。うん――じゃあ夜戦だね!」

「ほう」

 

 夜戦いただきました!! 夜戦っ! 夜戦っ!!

 この楽しそうな顔ときたら。眼もきらきらさせやがってこのこの。

 そうじゃなくてはな。ふっふっふ。夜は良いよねえ。夜はさ! 

 ふう。良いぜ。川内が望むなら、何度でも徹夜をしてやる!

 

「今日私は夜あいてるから、飲み物とか用意して部屋に行ってもいい?」

 台詞はエロい! だけど全然エロくない。ふふふ。なんか良い。こういうの良い。

 修学旅行の感じみたいな。こう。青春のアレがある。

 

 良い。そんな歳でもないからこそ、良い。

「ありがたい」

 でも言葉が出てこない。凝り固まった疲労と同じ。中々治らないね。

「那珂と神通には悪いかもだけど、夜通し語り合おうよ!」

 

「川内さん。そこに私の席はあるかな」

 少しもうしわけなさそうに響が言った。いやいや、どんないじめだよ。

 逆に響の方が、姉妹との付き合いでこないかと思っていた。

 俺からすればだけど、彼女がいないと不安で仕方ないんだぞ。

 

 川内だって嬉しそうに笑っている。ああ。本当に彼女らしい。無邪気な笑顔。

 この笑顔が見られただけでも、今日の夕食は最高だった。

「ふっふっふ。もちろんだよ。いっぱい話を聞かせてね」

「任せて」

 

 楽しそうに笑う二人。仲良しな姉妹みたい。

 俺も楽しみだ。色々とあって疲れていたけど、疲れが吹っ飛ぶほど期待している。

 ふふふ。早く夜が来ないかな。夜戦。夜戦だ!



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川内さん視点です
川内さんです


 夕暮れ時。大好きな夜の訪れを感じる。

 食堂で皆が楽しそうに食事をしてる。和気藹々。平和な証拠だね。

 静かな夜は好きだけど、騒がしい平穏も悪くない。そんな中。

 とても、珍しい人が現れたんだ。

 

 創提督。着任から二ヶ月程度。でも私たちは、彼の話をよく知っていた。

 曰く、軍神。人の領域を越えた存在にして、最善の軍隊を構築する者。

 実際ここに着任してから、ものすごい早さで体制を整えて、資材の供給を安定させてる。すごい人だけど。他の皆の反応。

 

 食堂に現れた響と提督を見て、私以外の艦娘が逃げようとしてるのを見た。

 散り散りに皆が去ってく。任務もあるだろうけど、絶対にそれだけじゃない。

 提督の反応はない。響は…ちょっと怒ってるね。分かりづらいけど、内に秘める心は人一倍義理人情に燃える子。皆を理解しつつも、この状況に怒ってる。

 

 川内型の長女として、逃げてられない。

 なんて言うほど真面目には生きてないけどさ。

 勘違いされてもおかしくない反応。ちょっと酷いんじゃない? と言えない程度には、提督の姿は怖いけど。

 

 一言で言うなら死神。もう少し付け加えるなら、周囲に威圧を与えてる。

 私は神通の影響で練度も高いし、圧力には慣れてるけど。駆逐艦の子たちとかは、近寄れないよね。そりゃあ、戦闘なら艦娘が勝つけど。

 そもそも戦闘を想定する時点で、提督の怖さが良く分かるよ。

 

 もちろん、皆は提督が嫌いなわけじゃない。むしろその逆。

 成した功績に尊敬を。ここでの働きに感謝をしてる。

 しかも見た目の怖さと合わさって、強烈に畏怖している。

 私もまあ、提督を深く尊敬しているけど。

 

 う~ん。

 怖いんだよね。それも半端じゃなく。

 目つきは鋭く淀んだ黒色。どす黒い目元の隈。厳しい表情。揺れぬ心。

 最低限の身なりは整っているし、顔は悪くないんだけど。

 

 いやむしろ悪くないからこそ、くっきりと浮かぶ凶相が恐怖を与えてる。

 でも私は、静かな夜の海みたいに揺れない眼差しは、嫌いじゃないかな。

 柄でもないけど、提督が側にいると心が引き締まって、真面目になれるんだ。

 

 そんなに会わないし、話した事もないに等しいけどね。

 ううん。そういう意味でも、提督って付き合いづらいよなあ。

 二人は周囲の反応を気にもせず。らしいとは思うけど、どうなんだろうね。表情に出ないだけで、響みたく何か思ってるのかな?

 

 響は一つ空けての隣の席に。そんな彼女の対面の席に提督が座る。

 夕食。たしか提督がここを利用するのは、初めてのはず。

 私も席を立った方が良かったかな。でも何も言われてない。今更逃げるのも変だ。



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わりと気まずいです

「「「……」」」

 すごい気まずい。本当に気まずい。空気に質量を感じたのは、夜戦で初めて窮地に追い込まれた時以来ね。

 夜戦と違うのは、窮地を楽しむ余裕はこの食卓にないこと。

 

 何で誰も一言も発しないんだろ。響も話すの好きだよね。口数少ないけど、嬉しそうに話す可愛い子なのに。

 えっと。私も口を開いたらダメなの?

 

 いや提督に話しかけられても困るけど。いやどうだろ? 本当に困るかな。

『川内。いつもありがとう』

 いやいやいや! そういうのはないでしょ。うん。でも悪い気はしないよね。

『やはり夜戦は、川内がいないと始まらないな』

 

 当然よ。そんなに褒めなくっても大丈夫! なあんて。想像も出来ないな。

 悪い人じゃない。少なくとも軍隊としてみれば、かなり優れた人。

 仕事ぶりは語るまでもないし、ここに来る前の話だけでも、相当に並外れた提督だ。

 

 でもねえ。なんだろう。那珂ほどじゃなくても良いんだけど。もうちょっとこう。笑顔とか。

『艦隊のアイドルのていとくんだよ~!!』

 ぶほっ!! あ、危ない。ここで吹き出したら危なかった。

 

 想像でも無表情なせいですごい破壊力だ。こんな事を考えてるって知られたら、どんな反応をされるか。

 うん。落ち着こう。状況に混乱しすぎてる。とって食われもしない。

 

 せっかく今夜は非番なんだ。ごはんを食べたら、ゆっくりと夜空を眺めよう。 

 夜は良いよねえ、夜はさ。世界ととけ込んでいるみたいで。ああ。夜は良いねえ。…提督はどうなんだろう。

 私たちは、提督の事を一切知らない。

 

 それこそ、響とはいっしょに天体観測をしたり。わりと付き合いがあるんだけど。

 ちらりと提督を見れば、なにやら考え込んでいる様子。

 なんだろう。すごく真剣な表情だ。私が夜戦に挑むみたいな、熱く真面目に集中してる。外面は静かで、内面の熱さが分かるなんて。響みたいだ。

 

 大規模作戦? いや、この鎮守府ではないでしょ。

 むしろここまで攻め込まれたら、それだけで相当な危機だからね。

 戦艦も正規空母もいない。軽空母は鳳翔さんだけ。今更だけど、敵空母が侵攻してきたら、相当に危ない場所。龍驤さんがすぐ来られる手はずなんだっけ。

 

 やっぱり大規模作戦はないよなあ。分からないや。

 うーん。でも命がけだと思う。相当な想いを感じるような。

 ――ほんの一瞬だけど、提督が私を見た。とくん、と自分の鼓動が仄かに高鳴った。

 

 真っ直ぐ切り込む視線だ。雲間から差し込んだ月光みたく。静かで透明な心。

 多分、提督は私が気付いたのを分かってない。

 それほど本当に短い時間。…気になる。



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驚愕です

 あ~もう! 胸がもやもやしてきた。大体、私は夜戦さえ出来ればそれで良いんだ。

 思い悩んだりとか、ほんとは甘い位優しいのに鬼になる神通。

 皆の笑顔が大好きで、道化みたくなっても変わらない那珂。

 

 二人の大切な姉妹と違って、私の在り方はただただ真っ直ぐ。

 夜戦。夜が私の生きがい。変わり者だとか色々言われたり、艦種が影響して後方送りになったりしたけど。

 

 私は何も変わらない。でも提督は、提督は違うんだ。

 軍神。神、とまで謳われたこの人は何を求めているんだろ。

 きっと適正は戦いにあるんだと思う。それだけ話は聞いているけど。ううん。

「またせた~」妖精さんが軽い感じで料理を運んで来てくれた。

 

 よ、良かった。これ以上はちょっと体が保たない。圧力も酷いし。

 あんまり考え込むのは好きじゃないんだ。

 さあて。今日もおいしいごはんを食べて、元気に夜戦といきましょう。

 

「「「いただきます」」」

 同時に声が出た。なんか少しこれも気まずい。提督になんだコイツって思われてないかな。あ、響がちょっと嬉しそう。ほんわかした。よしよし。

 早く食べて夜を楽しもう。…ほんのちょっとだけだけど、もったいないとは思う。

 

 けどねえ。敬意はあっても、私たちからは近寄れない。うん。これも素直な――!?

「ほら司令官。あ~ん」

 時が、時が止まるというのはこういう事を言うんだと思う。

 え、いやいやいや。えっ? ひ、響さん?

 

 なにがどうすればこうなって、え、いや。

 落ち着こう。落ち着くんだ。夜。そう今は夜に近づく時間。私の調子も徐々に上がってる。頭の歯車はよく回る。絶好調に近い。

 認めよう。数年間の艦娘生活の那珂で、那珂は今関係ない。すっこんでて。

 

 中で、最上位に位置する修羅場と言える。良いよ。認める。認めるよ。

 今私は! 間違いなく驚愕している!!

 心の震えを体には絶対に出さず。せめて表情だけでも取り繕え。

 冷静に状況を分析するんだ。今からここは夜戦だ。

 

 つまり生きるか死ぬかの極地に他ならない。

 さあて。やりましょう。

 響が、提督にあーんをしている。銀色のスプーンにシチューを一口すくって、差し出している。彼女に照れはない。当たり前。そう言い切る表情。

 

 所謂食べさせてあげる形。なるほど。状況は理解した。次は提督の様子。

 っ!? ここに至っても無表情。へえそうなんだ。さすがは軍神といった所かな?

 どうやら、私が想像していたより提督は強い。状況に揺れていない。

 ふふっ。ふ、ふふ。あばばば。もうわけが分かんない。



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乗っちゃいます

 響に嫌悪感はない。自然な様子。絶対にないとは思ってるけど、提督権限ではない。

 となると、そうか。提督は両腕を骨折してるんだ。謎は全て解けた。

 さすがは提督だ。両腕を粉砕骨折していても、表情にすら出してない。なるほどね。

 神通の尊敬ぶりに少し引いてたけど、これなら納得だ。うんうん。

 

「あーん」

 提督が食べた。あーんを受け入れた。静かに食べてる。おいしそうだ。

 な、なんだろう。この胸の変な切なさはなんだろう。

 

 嫌悪感ではない。それは分かる。まさか夜戦? いやいやよく分からない。相当混乱してる。顔が熱い。変な気分だ。どうしよう。

 悪い気分じゃない。そう。シュールすぎる。笑いそうだけど笑えない。

 わ、私も食事を進めて。

 

「あーん」今度は提督が響にしかけた。

 えっ? 夢? 夢だよね。何がどうすればこうなるの。現実が受け入れられないよ。

 提督の腕は骨折してなかったの?

 …両腕が折れてても、提督ならいける。いやいや。ないない。 

 

 いや、それはそうだよね。からあげ定食を頼んでた。

 看護でしているなら、からあげ定食はいらない。あのからあげおいしそう。ふふふ。我ながら現実逃避を始めたがってる。駄目だ。

 

 応じた提督の勇気もすごいけど、彼女も躊躇わず。

「ん」

 響が食べた。おいしそうに頬を緩ませている。可愛い。響は可愛いねえ。響はさ。

 

 そんな彼女と目が合った。じ~っと、強い意志を込めた瞳で見てる。

 何だろう? すごい熱意を感じる。使命に燃える戦士みたいな顔。

 口パク。なんて言って。

『川内さんも』

 

 え、ええっ!? なんで。なんでよ。それは可笑しいと思うんだけど。

 いやだって、提督と響は仲良しでしょうよ。でも私は接点とかない。だけど。

 響の強い眼差し。縋るようにも見える。頼み込んでいる姿。

『おねがい』

 

 私だけが頼りだと、言外に示してる。確かに他の子達は逃げた。

 なんだかんだ提督を尊敬してる神通も、今日は哨戒任務で忙しい。私しかいない。

 よし。よく分からないけど、分かった。もうだめだ。考えるのに疲れた。理屈はよく分からない。

 

 だから流れに乗ろう。覚悟を決めた。夜戦だ。夜戦と言ったのは自分。ならいこう。

「提督」

 声が震えなかった自分を褒めてあげたい。よく分からないこの流れが終わったら、ゆっくりしよう。そうしよう。

 

 慌てちゃ駄目だ。提督は落ち着いた眼で見てる。

 私も心を乱さない。よく見れば可愛い顔…はしてないけど。

 

 きっと提督は、威圧したくてしてるわけじゃない。

 本当によく観察したら、瞳の奥の光は柔らかいじゃない。

「あ、あ~ん…!」

 彼に食べさせるように、箸でほぐし身を差し出した。手が震える。今度は声も震えちゃった。真っ赤な顔が熱い。のどが乾くよ。



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もやもやです

 一瞬だけど、提督の表情が歪んだ。かなり驚いたんだと思う。

 変な流れに乗っちゃった。今更訂正は出来ない。我ながららしくない。へらへらと笑うのが自分らしさ。

 

 そう思ってたのに。悪い気分じゃないんだ。

 ああなんだ。やっぱりもったいないと思ってたんだ。

 こんな機会は二度とない。そうだ。提督の反応で、これからの付き合いを考えれば良い。それだけでしょ。

 

「はむ」提督が食べてくれた。

 ど、どうだろう。作ったのは私じゃないけど、変だったりしないかな。

 ……もきゅもきゅと食べてる。穏やかな雰囲気。

 

 表情は変わらないけど、美味しそうにしてる気がする。

 なんだろうこの気持ち。緊張とか状況のおかしさを抜かせば、ちょっと面白い。

 じゃあ次は響と同じこと。今度は私が。ああ。本当にどうかしてる。

 でもやっぱり面白いなあ。

 

 口を開けて提督のを待つ。あ、口内を見られるかな。だ、大丈夫だよね。

「あーん」

 特に躊躇いもなく。提督がからあげをくれた。

 さくっとした衣の食感。肉汁があふれて口内を幸せで満たし、ジューシーな鳥肉がとってもおいしい。

 

 いつもより、胸が温まるのは気のせいじゃない。なんでだろ。

 大して話もしてないのに、なんで私は、こんな変な流れで提督と触れ合って、嬉しくなってるんだ。恩はある。それこそ返せない位、私たちは彼に恩がある。

 

 この人が、部屋に篭もりきりで仕事を片付けてくれたのは知ってる。

 最前線への引き継ぎ。この鎮守府の効率化。どちらも失敗は許されない。

 二つの仕事を迅速に、前線への補給が今度こそ乱れないようにと、一切の妥協はなく。

 

 感謝はしてる。疲れで私たちに甘えてくれたら、逆に嬉しい位だけど。

『川内。俺の眠りを守ってくれるか?』

 う、ううん。想像してみたけど、絶対に言わないでしょ。

 弱さを見られる気がしない。鋼の様な意志力こそ、提督の強みだ。

 

 軍神。人間でただ一人、深海棲艦を相手に、艦娘が到着するまで持ちこたえた人。相手は駆逐艦一隻で、尚且つ小破していたとは言っても、絶望的な状況だった筈。

 彼の姿を見れば嘘ではない事はよく分かる。

 人間の目をしてない。きっと。自分の弱さは許せなかったんだ。

 

 でも、なんでだろ。提督は多分本当に強い人で、神とまで語られる人なのに。

 そうじゃない。そうなってしまってるだけだ。って、響の目が言ってる。

 だってそうだ。とても優しい瞳で、彼女は提督を見てるんだ。

 だとしたら、提督にも責任があるよ。甘えたら駄目なの?

 

「司令官」

「む?」

 そうそう。いま響がしているように、頭を撫でてなんて甘えられたら…って、ええ!?



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なでなでです

 待て待て待って! いや、どうしたのさ! これ以上の混乱はないと思ってたのに、易々と越えてきた!

「んっ」

 響が幸せそうに手を受け入れてる。本当に優しい手つきで、提督は撫でてる。

 

 髪をあじわうような。なんかちょっとえっちな。

 響も仄かに赤面してる。嬉しそう。恍惚。と言うべきかな。

 愛おしさを互いに感じていて、心から信頼し合ってる。 

 

 それは良い。いや、良くはないけど。動揺が半端ないけど。

 なんでいきなり、いちゃつき始めてるんだ。食べさせ合いもだけど、提督じゃなかったら、ただのバカップルにしか見えない。

 えっ? この流れも私はやるの?

 

 ちょ、ちょっとそれは…響と目が合う。彼女の透明な眼が言ってる。

『川内さんも』

 そっか。そうだね。うん。なぜだか分からないけど。

 

 いやもうほんっとうに! 分からないけど!

 でも提督は私たちに近づこうとしてる。そうじゃなかったら食堂には来ない。

 分かった。覚悟は出来た。…まあ、提督には失礼な考え方だけどさ。

 

 いこう。

「提督」

 声は震えなかった。響も満足そうに微笑んでる。どんな立ち位置にいるんだろ。良いけど。

 

「どうした?」

 提督の声。落ち着いてる。この人は何を考えてるのかな。まったく。今日は眠れないかもしれない。

 それはいつものことか。私が夜に寝るなんてない。ならいつも通りだ。

 

「私も…その」

 ぴくりと、彼の眉が揺れた。あれ~間違えた? ひょっとしなくても間違えた!?

 だ、だめだ。逃げる? いやそれも無理。無理よ。軍神と不死鳥を相手に逃走なんて出来ない!!

 

 なら立ち向かうしか――そっと、私の頭を撫でる手。

「ん」

 思わず声がもれるほど、とっても優しい手のひら。

 ごつごつと武骨な手なのに。いや、だからかな。私を大切に撫でてくれてる。

 

 わ~!! もう限界!! どうして、どうして!! って、大きく叫ぶ心があるのに。

 止めてと言えない位、提督の手は優しさに満ちていた。汗とか大丈夫かな。いや。気にしないよね。

 

 落ち着く。うん。成程ねえ。響がうながした理由は分かったけど。どのタイミングで止めよう? そうこうしてる内に、手つきが変わる。

 柔らかく髪を梳かすよう。手櫛をしてくれる。気持ち良い。

 彼の掌から、熱い感情が伝わる。くすぐったくて心地良い。

 

 分からない。どうして、こうまで愛されてるのか分からない。

 性欲? それだけで、大切に触れられるのかな。

 男の人の衝動は分からないし、経験はない。そういうモノなのかも。

 でも、何でだろう。提督が今にも泣き出しそうな。そんな悲哀も感じるんだ。



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色々です

 そ、それにしても…いつ終わるんだろう?

 響の時はもっと短かったのに、ずっと撫でてる。

 掌は心地良いし、提督が良いんなら構わないけどさ。でも、どうしよう。私から止める? 失礼だ。そもそも私からお願いしたんだ。

 

 そりゃあ、響の懇願もあったけど。本当に嫌だったなら、拒絶出来たよね。

 う~ん…うん!?

 提督の手が頭から下がって、ほっぺを撫で始めた。

 あ、あれ? おかしい。響の時は手櫛だけだったよね。なんでほっぺも?

 

 髪と違って、提督の体温や掌の感触がダイレクトに伝わる。

 傷だらけの皮膚。がさついてるからこそ、変に刺激が強くて心地良い。提督の体温。掌は温かくない。冷え性? 分からないけど、気持ちいい温度。

 すりすりと手が撫でてく。ぷにぷにと指がつつく。

 

 う、あ、う~! 恥ずかしい。めっちゃ優しいんだけど!

 だからこそ、とても恥ずかしい。これ止めたら駄目なのかな?

 提督を見てられず、響をちらりと見れば。

 にこりと笑って、私にサムズアップしていた。あ、うん。ご満足してるみたい。

 

 ソレを提督に気付かれないようにしてる。

 彼女の立ち位置が分からない。いや、撫でられるの嫌じゃないけど。

 嫌じゃない。嬉しい。あはは。私も変になってるかな。

 でも艦娘として素直な気持ちで、提督と触れ合うのは良い。

 

 女として、なあんてのはない。多分。

 これが正しい気持ちかは分からない。でもさ、掌から伝わるように、頑張ってるんだ。少しでも癒やされてくれたら、私も嬉しいな。

 うんうん。こうして撫でられると、落ち着きが出てきた。

 

 慣れてきたかな。ふふふ。逆に私の方が癒やされてるかも――指がくちびるに触れる。

 っ!? そ、そこは違うでしょ。けど、けど。触れてる。触れられてる。

 今度こそ提督を見上げた。自分でも涙目になってるのが分かる。

 それは艦娘への触り方じゃないでしょ。駄目だ。嫌だ。

 心臓がうるさい。目を逸らした女としての心を、すぐに見つめさせられた。

 

 提督と目が合う。熱い。熱い心が視線から伝わる。

 ちょっと怖い。目つきの悪さで余計に怖かった。

 ――彼の手が震えてる。

 もう本当に分からない。疑問の感情が頂点に達した。

 

 怯えてる? なにかを考えてるみたい。まさか止め時が分からないとか?

 だとしたら少し可愛い。誰かに触れるのが慣れないのかな。

 それとも、慣れとか考えられない位うれしいと思っているのか。

 これも分からない。だけど、提督が勇気を出してるのは分かる。

 

 緊張。異性だ。提督として触れるにしても、男として触れるにしても。

 私たちと近づく程、違いが分かって怖くなる。

 仲良くなっても拒絶されるかもしれない。誰かに触れるのは怖い。

 

 そうして、軍神として。彼は人々に思われてる。その重圧は。 

 と、とりあえず止めよう。提督の手も頭に戻ったし。

 …ん。やっぱり落ち着く。悪い気分じゃない。私も勇気をだそう。 



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考えすぎです

「て、提督っ、もう大丈夫ですよ!」

 心は全然大丈夫じゃないけどさ。響の視線も感じる。止め時かな。

「そうか」

 平然と手を離して、落ち着いた姿で佇んでる。まったく動揺してない。

 

 なんかずるい。

 嬉しいと思ってたのは私だけ? 提督は、望まれたから動いただけ? 

 知りたい。ほら、思ったじゃない。勇気を出すんだ。提督と響みたいに。 

「…提督はさ」

 

「うん?」

 どこか優しい返答。気のせいじゃなければ、僅かに微笑んでくれてる。

「やりたい事をしてます?」

 

 ああ。聞いてしまった。でもしょうがないでしょ。なんだろう。運命の輪が動き出した、なんて言えば大げさか。流れが変わった。とも違う。

 ただそう。こうしたいと思ったから。

「質問の意図が分からん」

 

 幸いにも怒りはない。拒絶もされてないと思う。むしろ穏やかな声だった。

 慣れない敬語だけど、丁寧に聞こう。

「その、この鎮守府に着任してからずっと働き続けて、食堂に来たのも初めてですよね」

 

 簡単に食べれるおにぎりなんかを、好んで食べてたみたいだけど。

 激務。最前線と比べれば、と提督なら言うのかな。

 一度だけ、夜戦帰りに執務室を覗いた事がある。出発する時も起きてたのに、帰ってきた時も灯がついてて。邪魔しないようにそっと覗いたら。

 

 もくもくと仕事を片付ける姿。ぶれず。ただただ業務を片付ける顔。

 恐ろしい速度で書類を処理してる。迷いはなく。とてつもない練度を感じた。

 私たちとは違う。楽しみがない。笑顔がないんだ。

「後方に回されて、軍神と謳われたのに戦場から離されて」

 

 どんな気持ちだったかは知らない。でも、提督の適正が神に至れるほど高く。彼が戦場で指揮を執るだけで、そこにいる者達の士気が最高潮に達するのは事実。

 実際、この鎮守府の資材回収も跳ね上がっている。

 結果として前線も安定して、今彼が戻ったら尚良いと思う。

 

 戦局を左右する程の存在。だからこそ、死なれては困るのは分かるけど。

「飼い殺し、じゃないですか」

 安全な後方での勤務。夜戦すら滅多にない。

 

 夜空は綺麗だけどね。夜海は美しいけど。灼ける様な高揚がないのも事実。平和は尊い。前線で、犠牲になり続ける人達を意識しなければ。

 …うーん。これも私らしくないかな。妙に心が荒んでる。

 

 私たちも義務はある。それに此処は、駆逐艦たちを鍛える用途もある。

 変に前線へ気を遣って、平和の尊さを侮辱したくない。

 それで日常を楽しまないのは、最低な行為だと思う。でも提督はどう思うんだろう。



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つまりは夜戦です

「もちろん資材は大切です。なかったら戦えないし、提督が後ろに控えていてくれるから、前線が安心しているのも分かります」

 だめだ。これ以上、取り繕いはしたくない。

 怒られもしない。不思議な確信があった。

 

 ふと、響の方を見た。愛おしそうに提督へ微笑んでいる。見守っている。

「私はさ。好きな事をしてる。大好きな夜の海にいるだけで、私の魂は満たされてる」

 凪いだ夜の海を知ってる? 星空の輝き。月の満ち欠け。冷えた空気は心を静めて。世界と同化するように魂がとける。

 

 堪らない。なにかが始まりそうなワクワク感。

「…まあ、こんな自由が許されてるのは、最前線で通用しない艦種だからってのもあるけど」

 前線で最重要視されるのは、圧倒的な耐久と常軌を逸した殲滅力。即ち戦艦と空母の二大戦力。

 

 潜水艦も相手取れるよう、新開発された艦装だってある。

 それでも対潜能力はかなり劣るけど。私たちの脆さを考えて、だ。

 適材適所だけどね。比較的安全な所に、私たちは配属されるんだ。

 

「とにかく。提督は何がしたいの?」

 私の問いかけに考え込んで、うなり声すら聞こえそう。

 提督の様子を優しい眼で響が見守ってる。少なくとも彼女は、やりたい様にやってるんだろうね。

 

 私もそう。提督は?

「――皆のらしい所を見たいんだ」

 困ったような彼の微笑み。どこか取り繕ってもいるけど、本音を聞かせてくれてる。

 唐突に始めたから驚いたけど、なんてことはない。

 

 私たちと触れ合おうとしてくれてるんだ。

「川内さんは勘違いしているかもしれないけど、司令官は楽しくて此処にいるんだよ」

「そうだとも。俺は君達の在り方を好ましく思っている。だから、もし良ければだが」

 どこか自嘲する笑みを浮かべても、言葉だけは迷いなく。

 

「君達の日常に、俺も混ぜてはくれまいか」

「…そっか。うん――じゃあ夜戦だね!」

 私の全て。話し合おう。知り合おう。楽しみ合おう。ふふっ。良いね。今日の夜は最高になる。

 

 私が言うんだ。絶対だよ。

「ほう」

「今日私は夜あいてるから、飲み物とか用意して部屋に行ってもいい?」

 ジュースが良いかな。お酒で乾杯するのはまだ早い。

 

 うんうん。考えただけで楽しみだ。さっそく準備して、提督の部屋に向かおう。

「ありがたい」

「那珂と神通には悪いかもだけど、夜通し語り合おうよ!」

 

 那珂はともかく、神通は羨みそうだ。今度紹介してあげないとね。

「川内さん。そこに私の席はあるかな」

 遠慮がちな響の声。変な所で気を遣うんだから。大体、響がいないと絶対に間がもたないでしょ。

 

「ふっふっふ。もちろんだよ。いっぱい話を聞かせてね」

「任せて」

 ふふんと声が聞こえそうなやる気。ああ。やっぱり響も可愛いやつ。

 ちらりと提督を見たら微笑んでる。うん。私も楽しみだ。



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白露さんと
一月経ちました


 朝。清々しい朝の訪れ。相変わらず執務室に俺一人。

 響は珍しく、今日は姉妹とお出かけらしい。大きな仕事も終わったから、姉妹と遊ぶとかなんとか。俺も混ざりたいけど、邪魔もしたくない。

 数日は俺一人か。仕事は楽勝だがね。かなり寂しい。

 

 川内はまだ寝ているかな。夕方頃遊びに来るかもしれない。

 楽しみだなあ。今日は何の話をしよう。どうしよう。

 いやしかし。今夜からは夜間哨戒の任務についている。彼女も暇はない。遊びに来ないか。うむ。やはり一人だ。かなり寂しい。

 

 さてはて。川内や響と仲良く健全に、そう健全に夜戦をしてから一ヶ月が経った。

 その間、特に何もなかった!!

 …いやね。俺もね。努力はしたんすよ。めっちゃしたんすよ。

 会話力も鍛えられた。川内としゃべって、俺も随分と柔らかくなった。

 

 ほら。執務室も整えたんだ。

 ソファを二つ。長机を挟んで対面の形だ。憩いの場はこれでOK。お昼寝も出来る。良いね。無防備な姿とか良いね。パンチラとかもありえそう。生足も素晴らしい。

 実際、川内がごろごろとする姿ときたら。ふひひ。

 

 スカート越しとはいえ、小ぶりな形の良い尻。

 ぱたぱたと無邪気に動かしていた脚。ねえ。ねえ!

 そうして響さんですよ。これがまたね。うんうん。

 ちんまくソファに座る姿。体育座りだったり。ぷらぷら脚をしていたり。

 

 きゃわいんだ。めっちゃ可愛い。何度抱きしめたくなったことか。

 もうやばい。パンツは見られなかったけども。きゅんきゅんきていた。

 きゅんきゅんきていた!!

 ふう。落ち着け。

 

 本棚には適当に小説とか。これで知的な者達も来れる。

 マンガだってあるぞ。駆逐艦にはこれが良いと思ったのだ。

 隣接している自室には、クッキーとか紅茶とか。嗜好品の数々を用意した。

 

 しかもクッキーとかのお菓子に至っては、俺の手製である。

 …料理や菓子作りは、前の鎮守府で徹底的に鍛え上がったからな。貧乏暮らしのちょっと贅沢みたいな。

 さてはて。まずは状況を考える。

 

 天龍型、白露型、暁型、川内型。必要に応じた駆逐艦と軽巡洋艦。可愛いよね。

 イムヤ、ゴーヤ、イク。恒常的に入手できる潜水艦。やっぱ可愛いよね。

 間宮、伊良湖、鳳翔。出撃には関係しない裏方の三人。めっちゃ色気あるよね。

 

 魅力的な者達ばかりだ。戦艦はいないけども。エロスは少ないけどな。

 だがあえて言おう! 皆可愛らしいのだ!!

 これらが我が鎮守府の全てである。――その上で断言しよう!!

 俺は! 響と川内しか話せていない!!



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あいさつです

 俺もがんばったんだ。

 たとえばそう。三日前に廊下ですれ違った夕立相手に。

『おはよう』

『お、お、おは、おはようございますでした!!』

 

 と言って彼女は逃げ去った。俺は泣いた。

 何かしただろうか。ただ俺は彼女の愛らしい声で。

『良い朝っぽい! 提督さん、おはようございます!』

 みたいなのが欲しかっただけなんだ。ひどい。

 

 そうそう。白露型つながりで、二日前は時雨に挨拶をしたんだ。

『良い朝だな』

『え、は、はい。良い朝ですね…』

 今にも消えそうな儚げな声で、彼女は答えてくれた。

 

 逆に申し訳なくて、俺は滑らかに逃走した。俺は泣いた。

 そうだ。今度こそ白露型と仲良くなろうと思って、昨日は村雨に言った。

『おはよう』

『はい! おはようございます!!』

 

 お前は誰だ。違うだろう。いや、良いんだけど。真面目で結構だけど。

『うふふ。今日も良い朝ですね。こんな日は外でごはんもいいですね』

 みたいな感じで、お姉さんな雰囲気で微笑むもんだろ!!

 …分かっている。分かっているんだ。勝手な押しつけはしない。ただね。そう。

 

 俺がいない時は、素の彼女はもっと緩いと知っている。川内から聞いたからな。

 仏の顔も三度まで。ちょっと意味合いが変わるけども。

 個人的主観として、白露型で一番幼なじみ系正統派な彼女。一番艦・白露にも言った。

 

『おはよう』

『へぇあ!? あ、その、おはよ! って、そうじゃなくて。その、ご、ごめんなさ~い!!』

 さっきの白露との会話が一番続いたね!! いっちば~ん!! ははははは!!

 

 俺は泣いた。

 他の白露型? ――俺は泣いた。基本的に上手くいっていない。

 山風に対しては、反応が怖すぎてお互いに無言だった。ただただ目が合った。

 俺は泣いた。むしろ彼女も泣きそうだった気がする。

 

 というか、まともに挨拶出来たのがさっきの四人だけ。

 他の皆は見るからに怯えていた。緊張して固くなっていたり。ドジを恐れて、俺に近寄って欲しくなかったり。

 恐怖だけではなかろうよ。でも絶対に、恐怖もあるんだろうなあ。

 

「はあ」

 溜息が零れた。先行きが長すぎる。困った。

 近くに響がいないのもある。自覚はあるが俺は彼女に依存している。

 一人でも、心のままに生きるんだ。うんうん。

 

 さあて。このままでは何も変わらない。

 どんな窮地も破れるはずだ。破れなかったら死ぬだけとか言わない。

 努力をしよう。せめても力を尽くそう。――良い匂いのする女の子に触れたいから!

 そう。なんていうかさ。いやね。仕方ないとは思っている。俺が悪い。認めよう。



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びっくりです

 あれから川内とは上手くいったんだよ。うん。比較的だけども。

『提督。夜戦に行ってくるからね!』

 なあんてニコニコ笑いながら、楽しそうに彼女らしさを見せてくれている。

 

 随分と仲良くなった。彼女の明るい笑顔は、俺まで笑顔にしてくれそうだ。

 からかいたい気持ちはある。夜戦ってそういう意味じゃないし! と怒られたい。

 が! これ以上拒絶する艦娘が増えたら、俺の心が折れる!!

 

 ただでさえ、友好的に接してくれる子が少ないんだ。

『…気持ち悪い』

 なんて彼女から言われてみろ。ちょっと良いな。

 侮蔑するような冷たい眼。見下ろすように静かな声での発言。

 

 訂正しよう。

 かなり良いな! なにが良いって、普段おちゃらけている彼女の目つきですよ。

 まるで敵を見るような侮蔑の視線。そう言いつつも、頬を若干紅に染めて。羞恥と嫌悪が混じった声色で、俺の事を軽蔑したわけだ。

 

 そこから。

『提督って。こういうのが趣味なんだ。変態』

 などと言われてみろ! ほんまヤバいで!! 思わず龍驤が乗り移るほど。

 ふう。

 

 ただまあ、普通に嫌われたくないし。一時の快楽を求めて、彼女を傷つけるのも避けたい。つまりは妄想である。妄想は自由だ。

 心を読める能力者とか、艦これ世界にはいなかろう。ラノベとか燃えゲーでもあるまいに。

 

 それに、そろそろだったか。

 川内から那珂ちゃんや神通とか。もう少しすれば紹介してくれそう。ありがたい。

 響はいつも通り。俺の側にいてくれたり、鎮守府の業務をしてくれたり。好き。

 いつも通りと言わせてくれる彼女に感謝を、これまでの時間に愛情を。

 

 いやしかし。最近、何でかは分からないのだがな。

 どうにも、響の世話になりっぱなしだと思っている。分からない。お互いに支え合っている自覚はあるし、依存している所もある。

 

 そうなのだが、なんだろう。滅茶苦茶裏で支えてもらっているような。変な感覚だ。

 むう。それも合って、思い切って長期の休日を与えたのだけど。

 不安だ。なぜだか分からないけど、不安だ。そんなに依存していたか?

 

 今更、彼女と仲を深める意識もなく。響が姉妹と上手くやれていれば良い。とさえ思っている。

 そうして、彼女つながりで第六駆との仲を、むしろ中を。

『司令官なんて大っ嫌いだ!!』

 

「ごぼっ、げほっ、げほっ」

 ……血? 想像だけで俺は吐血したのか。然もありなん。仕方ないね。

 などと血糊を使ってふざけている場合では。がちゃりと扉が開く。

 

 見れば白露の姿。下を見ながら入ってきて、仄かに震える声が言葉を紡ぐ。

「提督。その、さっきはごめんなさ」

 彼女が顔を上げた。真っ直ぐに俺を見て。あ、ヤバい。

 

 驚愕に眼を見開いた姿。口も開けて驚きを示している。徐々に、徐々に彼女が事実を認識して。

「――提督!?」

 慌てふためく白露の姿。やべえ。誰も入ってこないと思っていた。どうしよう。



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すんごい破壊力です

 改めて。入室し驚愕している彼女の姿を見る。

 白露型駆逐艦の一番艦・白露。栗色の髪。短めな髪とヘアバンドは、彼女の活発な印象を強めている。意思強く自身に満ちた眼だ。くりっとした瞳。

 

 にこりとした笑顔よりは、にひひと元気な笑みが似合う。明るく眩しい美少女。

 なのに顔立ちは美しい。これもギャップ萌え。

 そうして、駆逐艦にしてはかなりスタイルが良い!

 

 ナイスおっぱい。良いねえ。巨乳は良いものだよ。響は、まあうん。駆逐艦だから。

 はっはっは! 活発な感じとギャップ萌え。素晴らしい。

 陽光に煌めく露のよう。明るさと愛らしさが合わさった、素敵な子だ。

 

 そんな彼女が、動揺と恐怖に染まって目を見開いている。

 髪色と同色の綺麗な茶瞳は、緊張で仄かに震えていた。うむ。どうしよう。

 言葉は……俺、声も怖いからな。挨拶しただけで逃げられたからな。

 とりあえず大丈夫だと動いて見せて。

  

「う、うそ。そんな、だめ。動いちゃ駄目!!」

 慌てた様子の彼女が、すごい早さで距離を詰めてきた。

 そうして、立ったままの俺の前で一旦止まる。近い。

「あ、ど、どうしよ。動かしちゃ駄目で。休ませなきゃ」

 

 躊躇。それはそうだろう。吐血した人間への対応なんて、訓練でも早々あるまい。

 深海共に襲われたら、大抵即死するからな。普通の人間は撃たれれば死ぬ。俺のように、撃たれる瞬間を認識出来る化物は、人間と言っちゃ不味い。

 鋼の臭いを感じろ。果てしなく自業自得だがな。彼女の心を傷つけたのは俺だ。

 

 さあて。戦場の臭いを思い出して、心も落ち着いてきたぞ。まずは彼女を落ち着かせねば。言葉を出そうとすれば。

「提督。ごめんね」

 ぽつりと告げられた声。決死の覚悟すら感じられる。深く決意された声色。

 

「む?」

 彼女に抱き上げられて、ソファに座らされた。今更驚きもしないが、さすがは艦娘だな。八十キロはある体を軽々と持ち上げた。

「机、ちょっと邪魔…!」

 

 白露が長机を移動させる。そうして、座らせられた俺の前に、彼女が屈み込んできた。様子を窺う状態だ。俺の容態を見ているのか? いや、健康体だけど。

 良い匂いがする。仄かに汗の匂いと、彼女自身の甘い香り。

 川内のソレとは違う。何だろう。活発な少女の匂い。少し汗が強い気がする。

 

 うむ。我ながら変態だ。いやしかし。人類とは皆変態ではなかろうか。俺だけじゃない――そうか。俺は一人じゃなかったんだ。

 いかんいかん。突然の彼女の動きに動揺して、思考が飛んできている。

 ぽけ~っと状況を見守っていたら。

 

「提督。苦しいかもだけど!」

「むぐっ!?」

 白露に抱きしめられた。な、何で!?

 す、すっげえ柔らかい。あれこれおっぱい? 彼女の鼓動音。おっぱいだこれ~!!

 

 これがあの伝説にして終焉を告げる概念にして男の子の夢。

 たわわんと揺らぐ概念存在。幻想ですらありうる、巨乳美少女の胸抱きしめか…!!

 おほっ。おほほ!! 我が相棒にはない大きなソレ。す、すげえ。これが伝説の。

『殺すよ』

 

 脳内響がキレた。ちょっと落ち着いた。どうしてこうなった。

 待て待て。もっと落ち着け。でも柔らかい。わけが分からない。これが俺の運命力か? けれど暖かい。どうしてこうなった。彼女の匂い。もう一度言おうか。

 どうしてこうなった!!

 

 衝動のままに、獣となるも良し。か? …ふざけるな。俺を舐めるなよ!!

 歴戦錬磨の古強者にして、神として語られし英雄だ。

 状況はわけが分からない。しかし、これが彼女の優しさで成された事は分かる! それも俺がバカをしていたからだ!!

 

 この状況に呑み込まれるなおっぱい柔らけえ!! 絶対これノーブラだって!! クーパーのリスクはどこへ消えた。これが一番艦。これが白露型。

 なんというエロスの暴力か。もう死んで地獄に逝っちまいそうだ。

 まだだ。まだだ! 俺は強い子だ! (相棒)に涙を流させるつもりか。



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男の子の夢です

『司令官。私の胸を触っても良いよ』

 ごぶっ! 本当に吐血しそうだ。興奮しすぎてヤバい。裏目に出たか!?

 ちっぱいの良さを知りたいわけじゃねえ!! いや知りたいけども。手取り足取り知りたいけども。

 

 そうじゃない。涙目響の誘い文句を想像するな。そうじゃなくて。

『…ごめん。私が幼いから』

 違うんだよ。そうじゃないんだ。落ち着いた。でも泣きそう。

 今だ!! 龍驤の胸を思い出せ!! ――虚無。

 

 本人に聞かれたら殴り殺されそうだな。でもアイツ、かなり前の宴会芸で凄いネタをぶっ放したから、怒る資格はないと思うぞ。

 どこから持ってきたのか。かばんからまな板を取り出して。

『師匠。ご無沙汰しております!!』

 

 俺含め他六名の腹筋を崩壊させた。やり遂げた英雄の顔をしていた。

 勢いだけで笑いを取る奴だからな。いじらないと逆に怒る。

 良いぞ。落ち着いてきた。めっちゃ良い匂いするけど!! 鼓動音に命を感じて!! ヤバいけど!! 

 

 愚息チェック。オッケー。あまりの急展開に、俺の撃鉄は起きてないぜ。

 さあ。戦争だ。戦争を始めよう。我が運命が紡ぎし試練よ。

 白露の魅力は断じて巨乳だけじゃない! 俺を舐めるな。

 彼女の美しさを俺は知っている筈だろう。ならば、話を聞け!!

 

「大丈夫。大丈夫だからね。あたしが側にいるから」

 ずっと、ずっと抱きしめてくれるのか? いかん。さすがに暴発してしまう。

 なにこの柔らかさ。衣服越しなのに伝わる幸せの暴力。すげえよ。これが女性の力か。すげえ。

 

 ま、まだだ。俺はまだ持ってかれていない。でもそろそろ真理の扉を開きそうだ。

 母を求めた兄弟からは肉体を、国を求めた男からは視力を、子供を求めた女からは子宮を。なら、今の俺が真理の扉を開いたらもってかれるのは……。

 股間がひゅんとなる。想像すらしたくない。

 

「深呼吸して」

 いやこの状況で呼吸したら素敵な香りが素晴らしすぎて。

「大丈夫。大丈夫だから」

 それは、白露自身に言い聞かせているようだった。

 

 彼女の体が震えている。恐怖を押し殺して、必死に状況を認識している。俺のためだ。死にかけていると思って、少しでも不安にさせたくなくて。

 ――何をやってるんだ俺の馬鹿野郎。ちょっとでも考えれば分かるじゃねえか。

 

 抱きしめられる程の好意があるか? そんなわけがない。

 挨拶をしたら逃げる位に、彼女たちは怖がっているんだぞ。

 なのに、俺を心配してくれているんだ。応えろ。

 

 不埒に楽しむなら、もっと清々しいエロスであれ。

 よく考えるまでもねえだろう。彼女は、傷ついているじゃないか。

 じゃあ駄目だ。いかんいかん。まだ最前線のノリが抜けきってない。

 

 血を吐いたら驚くだろうよ。響みたいに。

『司令官。男の子の日かい?』

 とはならないのが普通だ。よし。頭がまとまった。



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残念でした

 彼女の背中を、優しく何度か叩く。それで俺の容態に気付いた様子だ。

「ご、ごめん。苦しかったね」

 優しい声だった。慌てていても、心配の念が強いのだ。

 軽く抱擁が解かれた。抱きかかえる形から、両肩に手を添えて見つめている。

 

 凜とした意志の強い瞳。自信だけはぶれているけど。白露らしい強い眼差し。

 彼女の目が俺を見ている。じ~っと心配している。

 すっごく胸キュンする状態だけど。だからこそ、真摯に応えよう。

「落ち着け」

 

 意識して低い声で紡いだ。穏やかに告げたから、恐怖も薄れていると良いな。

 …よし。怯えていない。心配しているのは変わらないけど、落ち着いてくれた。

 ちょっと残念とか思っていないぞ。本当だぞ。

「提督…?」

 

 俺の一言で彼女の動きが止まった。

「大丈夫だ。ほら白露も座って」

 意識しないように抱き上げて、対面の席へと座らせた。

 結果として抱擁が解かれる。めっちゃ名残惜しかったけども。落ち着いたなら何よりだ。

 

「吸って、吐いて。肺と腹部を意識して息をするんだ」

「は、はい」

 深呼吸をして、ちゃんと落ち着きを取り戻した様子だ。

 素晴らしい。度重なる演習の成果でもある。何よりだ。うむうむ。

 

 さて。色々と乱れているからな。彼女が落ち着く時間の為にも、片付けるとしよう。

「ふっ!」

 長机を元の位置に戻した。乱れた部屋を戻していく。ぼけ~っと彼女が呆けている。可愛い。どうしよう。これから告げる言葉で、絶対に怒る気がする。

 

「これは血糊だ。慌てる必要はない」

「成程――なんで!?」

 思っていた通り。立ち上がって普通に怒っていた。しかも涙目になっている。

 色々と衝撃的すぎて、限界が来ている様子だ。そうだろうな。うんうん。

 

 などと冷静に考えているのを知られたら、完全にキレそうだ。

 ふっ。ここは強面を生かして鎮圧するとしよう。俺は怒る子と泣く子に弱いのだぞ。

 そもそも、俺はガチな空気が苦手なのである。仕方ないね。

「理由が必要か?」

 

「い、いえ。その、申し訳ございません」

 うむ。やってしまった。完全に消沈している。俺は最低だ。

 所で話は変わるのだけど。

 いつも元気な幼なじみが、落ち込んでる姿って胸キュンだよね。

 

 何が良いって、そこから派生する展開が良いよね。

 異性を意識する展開も良いし。ケンカ仲間と思っていたけど、実はもっと大切な関係だったと思ったりするのだ。

 そこから始まる、愉快痛快青春ラブコメディー!

 

 うん。現実逃避終了。

 かなり怒られそうだが、ちゃんと話しておこう。

「その、ちょっとしたおふざけだ」



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ガチ切れです

「――バカなの!?」

 叫ばれた。かなりの熱量である。顔が真っ赤になっている。涙目が酷くなって、泣きそうになっている。やべえ。どうしよう。ひ、響…!

 そうだ。彼女は今いないんだ。未来に帰ったんだ。俺一人で頑張らないと駄目なんだ!

 

 落ち着け。色は似ているけど。どっちも青系統だけど。

 今は怒っている彼女に向き合おう。自業自得だ。応じろ。

「い、いや」

「いやじゃない!」

 

 仰るとおりです。悪ふざけがすぎました。暇すぎて遊んでいました。ごめんなさい。

 しかし、遠征が主だからさ。指揮を執る機会が皆無に近いんだ。偶発的な戦闘は、彼女たちの自主戦闘で補えている。俺の出番は少ない。

 

 待ち望んだ平穏を楽しもうと動けば、あいさつしても逃げられるし。

 あれ。おかしいな。現実を認識したら、涙が出てきそうだぞ。

「なんでそんな事をするの!」

 ぷるぷると震えながら怒っている。心配から怒ってくれている。

 

 嬉しいな。なんだろう。怒りからなんだろうけど、素の感情でぶつかってくれている。

 違う意味で泣きそう。良いね。久しぶりに純粋な心配を受けた気がする。

 俺も響もなあ。大抵の無茶には慣れていて、対応が自然すぎる。

 

 メンヘラみたいだ。いかんいかん。素直に謝ろう。

「す、すまない」

「あっ、その」

 彼女も我に返ってしまった。違う。そうじゃない。良い。素直な心を見せてくれ。

 

「…調子に乗ってしまい、申し訳ございません」

 白露が深く頭を下げた。彼女らしくない静かな謝り方。

 ぎゅっと拳を握り閉めて、耐えている。俺が悪いのに姉妹に迷惑をかけたくなくて。

 彼女が頭を上げた。心配の涙目は意味を変えて、静かに燃える炎の様に。

 

「どうか処罰はあたしだけで、他の人達にはどうかご容赦を」

 それが成されなければ、決死の覚悟で抗うのだろう。

 強い意思。熱く燃える彼女の心。うん。俺が悪かった。悪かったけど。

 落差あ!! さっきのおっぱい抱擁があって、心が折れそうだ。

 

「いやいやいや」

 思わず素が出る程、かなり悲しくなる発言だったぞ。…彼女の体が震えている。隠しきれない怯えの反応だ。このまま俺が黙っていたら、ガチ泣きしたのでは。

 

 本当に心が折れそうだ。マジで泣きたい。

「提督…?」

 怪訝な様子で見つめている。もう何だろう。色々とあって疲れた。

 いつもはもっと軽い感じなのに。いつもってか、ここまでは軽かったのに。

 

 何が違うのかは分からない。ならば! 俺らしく真っ直ぐに熱く語ろうか!!

「白露は俺を心配してくれたのだろう」

 すごい嬉しかった。エロスは完全に抜きにしよう。

 俺が本当に嫌われていたなら、彼女に優しさがなければ。

 

 俺が吐血しようと、放っておかれていたのだ。

「実際、悪ふざけがすぎたのも事実」

 今後現実に吐血したら、反応が心配だがな。響はガチを見抜けるし。白露が見抜けないでガチだったら、彼女は絶望する。

 

 死ねない。元より早々死ぬつもりもないけど、健康に気を遣っていこうか。

 真っ直ぐに思いを伝えろ。熱く語れ。嘘をつくな。誤魔化すな。照れても良い。

 それでも、俺は仲良くなると決めたんだ。本音で語ろう。

「そこで謝罪をしてくれるな。心配してくれたのは、素直に嬉しかったぞ」



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策略です

「あ、えっと」

 呆気にとられて呆けていた。可愛い。気が抜けて緩んだ姿も愛らしい。

 もう一度。落ち着いて。いい加減怖い俺も緩ませろ。穏やかな声を意識しろ。

「敬語も止めてくれ。本来、艦娘と提督に差はない」

 

「ですけど」

「絶対権限はある。立場上は上でもある。だが、命がけで戦っているのは君達だ」

 死のリスクが大きすぎるから、解体とか絶対命令の抑止力なんてあってもな。

 陵辱も可能だけども。誇りがあれば、艦娘達は従わない。

 

 指揮を執る特殊性とか、命令系統の確立もある。後はまあ、ゲームとは違うんだけど。提督の指揮の仕方が特殊というか。うん。語るのも面倒だ。

 振るう機会もないからな。それで良い。

 

 きょとんとしている彼女へ、何とか微笑みながら告げる。

「振る舞いの自由を許す程度には、度量があるつもりだが?」

「…その割には、顔怖いくせに」

 ぽつりとした呟き。心に突き刺さった。

 

 顔の怖さは関係ないだろ!! とか言ったら怯えそうだから言えないけど!!

 しょうがないじゃん。めっちゃ歯を食いしばったり。不眠症だったり。色々てんやわんやしてたんだよ。隈もヤバいからな。クマ~って言われたいくま。

 

 じ~っと警戒するように見ている。俺の反応が分かっていない。

 まだ心の距離があるな。敬意とかぶっ壊れているみたいだけど、もう少し。

 ちょっと驚かせよう。

 

「ぐはっ!」

 余っていた血糊を吐いてみた。大慌てで彼女が駆け寄ってくる。ふふ。俺は最低だ。

「て、提督!?」

 心配しているけど、先程より落ち着いている。半信半疑だ。可愛い。

 

「血糊だ」

「む~! 反省してないでしょ!」可愛い。

 そうそう。こういうので良いんだよ。

 さっきの白露の台詞とか、陵辱系の発言だったぞ。

 

 嫌いじゃないけども、そういうのは創作だけで良いのだ。ガチで聞くには重すぎる。

「とにかくだな」「ごまかしてる」

 ジト目可愛い。ふっふっふ。きゅんきゅん来るぜ~!

「とにかく。俺は君達の自然な姿が見たい」

 

 川内にも言ったけど、俺は彼女たちのらしさ見たい。

 白露型で語ろう。

 一番艦の彼女は語るまでもなし。幼なじみ的魅力が良い! 村雨の色っぽさ、愛らしさ。夕立の甘えっぷり。時雨の儚さ。

 

 他姉妹も語れ? …バカが! 挨拶すら出来ないのに、妄想なんて出来るかよぉお。

 うわああん。皆好きなのに、怖がられたり緊張されたり。あんまりだ。

「つまらない話を持ち出すが、艦娘もその方が力を発揮出来るのだろう?」

 人もそうだけど、大切なのは心だ。心が戦士を強くする。

 

 精神論である。これが割とバカに出来ないのだから、困るよな。

「まあ、うん」

「なら何よりだ。変に畏まる必要はないと、白露の方からも姉妹達に伝えてくれ」

 そうして話をさせて! ほんとね。心が折れちゃうから。



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砕けた仲です

 神妙な面持ちで彼女は言う。

「難しいと思うよ」

「だろうな」

 真理ここに至るかと言った具合。挨拶しただけで逃げられる。

 

 冷静に考えれば、何ほど俺が怖いのだ。

 いや怖いけども。自覚はある。纏うオーラがヤバいからな。ドヤ顔ものである。わけが分からん。

「ん~、私はまあ。もう色々と認識が壊れて、ぶっ飛んじゃったけど」

 

 これも失礼な言い草だ。でも滅茶苦茶嬉しい。まともに会話出来る子が増えるのは、とっても嬉しい。

 しかも白露は一番艦だからな。いっちば~ん! だから。うむ。自分でも意味不明だ。

 

 いやしかし、先程の挨拶で一番通じたのは彼女だ。こうなるのも必然だったのだ。

「他の皆はね。やっぱり怖がってる」

 改めて言葉にされると心が折れそうだ。もう少し加減してくれないか。駄目か。そうだろう。

 

 で、彼女の顔も真剣なのである。冗談だったりは絶対にしない。心苦しそうではあるけど、本音なのだ。うむうむ。

 …まだだ。まだ折れないぞ。オリハルコンで出来ているから、大丈夫だ。泣きそう。

「手を打つ必要があるか」

 

 俺も応じて真剣な表情で言ってみた。彼女がぴくりと眉を動かしてから。

「酷いことは」

 真面目口調でそんな事を言われると、俺の心が折れるので勘弁してください。

 

 お、怒ったぞ。ちょっと威圧してやるからな。へへ~ん。認識が壊れたと言っても、まだまだ怖かろうよ!

「すると思うのか」

「ご、ごめん」

 

 涙目。ぷるぷると震えている。わ~はっはっは! はあ。やっぱり怖いんだ。吹っ飛んでないじゃん。吹っ飛んでないじゃん! いや、分かってたけど。知っていたから、俺は歴戦の人間ですし。読みは鋭い方ですし。

 

 拗ねてないぞ。決して拗ねてない。もっといじめようとか思ってない。

「いや許さない」

「えっと、その」

 本当に泣き出しそうだった。もうちょっと見たいけども、ガチ泣きは嫌だ。からかいの範囲が素敵だよな。

 

「許して欲しければ、俺ともっと話をしてくれ。皆の日常が知りたい」

 これは本音である。敵を知り己を知ればなんとやら。己の弱さは十二分に知っている。相手の事を知ったなら、良い感じにいければ良いなあと、漠然と思っている。

 多分いかない。また俺は涙に濡れるだろう。

 

「…顔怖いから、冗談に聞こえないんだけど」

 くちびるを尖らせて拗ねていた。ちゅーしたい。

 ぷるぷるで柔らかそうなくちびるだ。

 

 いやむしろ、そのくちびるを人差し指でつんつんしたい。キスとは違って、もっとこうからかう感じで。

『え、えっち!』 

 と彼女に怒られたいんだ。ガチで言ったら、泣かれそうなので止めておく。

 

「泣くぞ。良いのか、泣きわめくぞ」

「意味が分からなくて怖いから!」

 怒られてしまった。呆れながらも、白露らしい明るい笑顔で言ってくれるんだ。

「もう。しょうがないな。あたしがいっちばん詳しくお話をしてあげる」

 どちらかと言えば、詳しくよりいやらしく。はい。黙ってます。



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素直な欲望がちょろっと出ました

 白露が愛おしそうな顔で、姉妹達の話をしていく。

 内容も興味深い話だったけど、そうやって語る彼女の表情こそ、何よりも眼福であった。

「成程。夕立はもっと元気な子なのか」

 泣いて逃げたけどな。泣いて! 逃げたけどな! 裏を返せば、逃げられる程活発な証拠である。俺は泣いた。

 

「そうそう。提督の前だとかしこまってるけど、本当は無邪気な甘えん坊なの」

 知っている。からこそ、今の姿が悲しいのである。

 もっと来いよ! 駆逐艦で一番甘えさせてえんだよ!! 艦これで一番お世話になった駆逐艦だからな!! …一応言っておくが、いやらしい意味では決してない。

 

 この世界でもカウントするなら、駆逐艦でお世話になったのは響である。

 これは! いやらしい意味でもな!! 一人プレイだが!

「だから、出来れば甘えさせてあげてほしいな」

「ふむ」

 

 出来れば所か、滅茶苦茶甘えさせたいんだって。 

 白露に言っても仕方ないけど、本当に甘えさせたいんだって。ほめてほめて、と来る彼女が見たいんだって!!

「時雨はね。いっちばん優しい子」

 

 彼女が一番を譲る程だ。相当に優しい在り方なのだろう。

 …白露型で最後まで生き残った艦娘。忘れない、と語る彼女の在り方は、この世界でも変わらずかね。ううむ。嬉しいような悲しいような。

 二次創作であるような、ぶっとんだ性格であれ。とは言わないけども。

 

 ちょっとずつでも明るくなってくれたら、俺も頑張る甲斐がある。

「皆を守るんだってがんばってる」

 誇らしげな顔だ。自慢の妹達。優劣とは言い方が悪いが、時雨は最も自慢出来る妹なのかもな。そんな時雨は、白露に甘えられているのか?

 

 分からない。まだ踏み込むどころか、逃げられる様な関係だ。

 いや、時雨の場合は逃げたのは俺だった。だって儚いんだもん。怖い。

「村雨は日常を愛してる」

「ふむ」

 

「にこにこ笑って、皆と楽しんでるの」

 そういった彼女の方がにこにことしている。可愛い。明るい笑顔だ。

 きっと村雨も、そんな白露がいてくれるから、穏やかに笑えるのさ。

 良いねえ。胸がほんわかとした。唐突に彼女を抱きしめたい。

 

 泣かれそうだからしないけども、めっちゃ抱きしめたい。もう一回、おっぱいハグしてほしいぜ。本当にされたらどうしよう。怖くなってきたぜ。

 うんまあ嬉しいけどね。反応に困るよね。

「春雨は丁寧な子」

 

 えっ? 全員を語りきるのか。これだけの熱量で、全ての妹を愛しているのか。

 …俺なんぞよりも愛が深く。いっちばん白露型を愛しているのは、目の前の彼女だ。これも良い。明るく愛しげな声を聴いていると、俺まで嬉しくなるぞ。

 強い、優しい心が伝わる。本当に愛おしい子だ。

 

「そっと寄り添う静かな雨みたいで、愛らしい子」

 見守る白露だってそうだろう。寄り添うと言うには力強いけどさ。愛らしい子だ。

「えっとね。もっと、もっと皆は良い子で」

 まだまだ続く白露型の話。俺も聞きたいのだが、春雨とかは挨拶すら出来ていない。

 

「ああ。聞いている。聞いているのだがな」

 俺としては、目の前の彼女と触れ合いたいのだ。心を伝え合いたい。

 やらしい意味だけじゃないぞ。俺は変態だけども、真面目な時だってある。

 

「なあに? そうだ。お腹空いちゃった? ごはんにしましょうか。よっし。いっちばん早くあたしがとってきたげる!!」

 ぴゅ~っと彼女が走っていった。可愛い。それは良いのだけど。

 

 本当に姉妹が大好きなんだな。放っておいたら夜まで続きそうだ。

 そうやって語る白露も可愛いけども。俺は、彼女自身の話が聞きたい。

 せっかくこうしているんだ。衝撃的な事もあったばかり。

 

 いっちば~ん! と嬉しそうに笑う姿。元気いっぱいなのに、愛情深い長女の在り方。

 主観的で創、恐縮です! みたいな感じだが、俺は明るく笑う姿が見たい。

 さて。それはそれとして――膝枕されてえ!



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白露への望みです

 いきなりどうした。気が狂ったか。と心を読まれていれば、言われそうな気もする。

 しかし、これが俺の本音だ。誰が止められよう。誰も止められないさ。

 想像しろ。

 

『ふふっ、あたしに甘えたくなったの? 良いよ。いっちばん優しく、甘えさせたげる』

 ふ~!! 絶対に柔らかいって、抱擁力に包まれて気付いたが、白露って思っていたより包んでくれる奴だ。

 

 我ながら言っている意味が分からないぞ。まあなんだ。

 おっぱい抱擁の破壊力はヤバかったが、アレは唐突すぎた。

 いや本当にやばかったが。鍛え抜いた心を貫いて、魂を融解させていた。

 

 それでも、あそこに至るまで真面目な流れであり。かなり負い目もあった。感触を楽しみきっていない。かな~りもったいない。本当に残念だ。

 自業自得である。ううむ。でもまあ、彼女の優しさからだからな。

 俺に懐いてとか、親愛の情で抱きしめられたら、絶対に我慢出来なかった。

 

 ばぶみを求めて、俺は獣と化していただろう。

 精々、めっちゃ柔らけえ! 位の感動しかなかった。

 死ぬには良い日だ…となった程度だ。まだまだ。俺はまだ進める。

 ふう。でも良い香りだったな。マジで良い香りだった。暖かかった。

 

 落ち着け。

 何より、乳房はねえ。直接的すぎるというか。なんと言おうか。

 ガチでいったら、おふざけではすまない。触れあいではなく。ガチすぎる。

 

 膝枕はさ。あるじゃん。幼なじみ的展開。王道中の王道。青春の香り。でも改二の白露のフェロモンがあると、コペルニクス的転回。がちがちのどスケベである。すっごいスケベだよね。

 

 それは置いておいて。実際、改二の姿じゃないし。

 しかしどうする。

 川内の時は、不可思議な運命すら感じる程の流れがあった。気がつけば撫でてた。

 

 なんか言葉にすると俺ってド変態だな。撫でてたって。やばい奴だ。元からか。

 まあ良い。

「たっだいま~! へへ、いっちばん早くとってきたよ!」

 息を切らしながら、彼女が昼食をとってきてくれた。

 

 おにぎりとたくあんの漬け物。お茶は自室で淹れれば良いから、十分すぎるごちそうである。白露が作ったにしては早い。

 間宮食堂で注文したと見て、間違いないだろう。

 美味しいけど、ちょっと残念な気持ちもあったり。欲張りになったか。

 

 まあ良い。なんにせよお礼を言いたい。

「ありがとう」

「どういたしまして!」

 この笑顔ときめくわ~!

 

 ただのどういたしましてで、どこまでときめかせるつもりだ。

 これが青春の波動か。ふふふ。満足。正直満足しているぜ。

 しかし、それでも望むんだ。心が叫んでいる。

 膝枕されてえ、とな。



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いっしょにごはんです

「「いただきます」」

 一つのソファーに並び座って、二人そろっての昼食。ちらりと白露を見れば、にこりと笑って首をかしげた。

 何でもないと目を逸らせば、気にしないでごはんを食べはじめる。

 

「ん~! やっぱりごはんがおいしいと幸せだねえ」

 おにぎりを頬張って、幸せそうに顔を緩めている。表情豊かで萌える。

「そうだな」

 

「ほ、ほんとにそう思ってる?」

 表情筋が死んでいるので、彼女には伝わっていないらしい。

 鏡が近くにないので分からないが、相変わらずの仏頂面なのだろう。

 この鉄面皮も直そうとは思っているけど、中々ほぐれない。どうしたものかね。

 

「もちろんだ」

 かなりの腕前の持ち主が、このおにぎりを作ったのだろう。

 噛んだらほろりと口内で解ける柔らかさ。適度な塩味。梅干しがすっぱ美味い。

 家庭料理の領域は超えず。安心させる口どけと暖かさだ。

 

 おにぎりとして、一つの境地に至っているのではなかろうか。

 胸が熱くなっている。感動しているのだがね。顔は一切動かない!!

「一切表情が変わってないんだけど。このこの」

 つんつんとほっぺをつつかれる。細い指だ。

 

 俺の武骨な掌とは、比べられないほど小さな手。きゅんきゅんとハートに響く。しゃぶりたい。

 おっと落ち着け。変態性が滲み出ていた。落ち着くのだ

「こ、こら。止めないか」

 

「えへへ。提督がにっこり笑ったら止めるよ」

 意識して笑ってみた。頬の筋肉がぶちぶちと言ったが、無視した笑み。どうだろう。

「ごめん…」

 目を逸らされてしまった。冗談とかではなく。ガチトーンで謝られた。

 

「謝るな。泣きたくなるだろう」

 そうだよね。怖いよね。知ってた。

「でさ。提督はいきなりどしたの?」

「うん?」

 

 えっ? なになに。笑顔の話? そんな凶悪な顔で圧力をかけて、どんな意図があったのか。等と言い責めて、俺の心を折りたいのかな。

 被害妄想である。

「ほとんど執務室から出てこなかったし。あいさつもしてなかったよね?」

 

「そうだな」

 思い立ったが吉日。でもないのだが、執務室の改装が済んだからな。

 積極的に関わろうとして、あえなく撃墜されたのである。

 違法行為もしていないのに、なんという悲劇であろう。何度も枕を涙で濡らした。

 

「夕立から聞いたけど、朝にあいさつしたんでしょ」

 どんな風に言っていたのだろう。気になって仕方ないけど、聞くのが怖いからね。しょうがないね。

「言うな。泣きたくなるだろう」

 

「な、なんで?」

 彼女の反応を見るに、夕立は詳細を言ってないらしい。

「…泣いて逃げられた」

「ぶふっ」

 

 こいつ吹き出しやがったぞ。この野郎め。女か。この女め。

 でも可愛いから許しちゃう――待てよ。ここから膝枕に持っていけないか?

「わ、笑うな。怒るぞ」

 ちょっと威圧をした。反応は。

 

「ああ、落ち込んじゃった。ごめんね?」

 にこりと笑って流されている。俺の威圧を、単純に落ち込んだと思ったらしい。

 …嬉しいけど複雑な気分。どうやって枕に持っていけば良いのだろう。

「ほらほら。いっぱいお話しようよ。姉妹のことはあたしがいっちばん知ってるから」



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不覚にも泣きそうです

「俺は白露の事も知りたいんだが」

 どんな時に笑うんだ? 何か良い事はあったかな。今君は幸せかい。

 愛しい姉妹達といられて、幸福な日常を過ごしているのだろう。

 教えてくれ。君達の笑顔が、艦娘の笑顔が好きだ。君達の輝きを見せてくれよ。

 

「あたし?」

「白露を知りたい。教えてはくれないか」

「うん。う~ん」

 考え込んでいた。真面目に考えるのは良いのだが、もっと軽い話だ。

 

 …歴史の話をされてもな。俺は萌えたいだけである。燃えは十分味わった。

「好きな食べ物は何だ?」

「おいしいの!」

 満面の笑みでの回答。迷い一つなく。眩しい声で明るい言葉。

 

「ふふっ」

 可愛すぎるだろう。思わず笑ってしまった。表情は変わってないかもだが、もっと情緒を示せるなら、大爆笑していたぞ。

 

「あ、提督笑った! なによもう。そんなにおかしいの?」

 大真面目な顔で言った彼女のほっぺに、米粒がついている。

「ははは!」

 最高だ。本当に愛おしい子。とって食べるなんてベタは出来ないけど。

 

 良い。胸が萌えている。愛らしいぜ。可愛らしい。

「すっごい笑ってる!」

「くふ、ふふっ。ほっぺ」

「なによ…あ、ついてる!」

 

 気付いた彼女の顔が真っ赤になって、俯いてしまった。

 めちゃくちゃ可愛い。なにこの子抱きしめたいんだけども。落ち着け。

「い、いや。堂々とした言い草が堪らなくてな。そうか。白露は美味しい物が好きなのか」

 

「むう」

 涙目で睨んでいた。俺の目つきと違って、彼女の澄んだ瞳では怖くない。

 というか、萌え殺す気か? 完全犯罪だぞ。本当にもう。可愛い子だ。

「怒るな怒るな。そうだな。よし。とっておきを君にあげよう」

 

 エロスな気分でもなし。日常を過ごしたくなった。膝枕はまた今度…とは言い切らないけど。全然諦めはついてないけどな。

 自室からクッキー缶を取ってきた。長机の上に置く。ふたを開けてみれば。

「これは…お菓子だ!」

 

 嬉しそうな大きい笑顔。それだけで作った甲斐もあろうよ。

 にこにこと笑う彼女を目に焼き付けてから、紅茶を淹れてみた。手間暇はかけていなが、茶葉は良い物だ。それなりの味にはなっている。

 

「ありがと」

 照れながらのお礼。怒ったり笑ったり、感情豊かでかわいいやつ。

「せめてもの謝意だ」

 大仰に頭を下げてみた。白露がふふんと胸を張りながら。

 

「えへへ。なら許したげる」

 暖かい声で言ってくれた。…不覚にも泣きそうだ。怯えられないって、こんなにも楽しいんだな。会話のやり取りって、心が温かくなるのだな。

 泣きそう。別の意味で泣きそうだぞ。

 

「どこのお店の?」

 おっと。落ち着け。俺が本当に泣いたら、この時間も台無しじゃないか

「俺が作った代物でな。店では買えないという意味では、最高級と言っても良い」

「ふんふん」

 

 興味深そうに見つめながら、迷わず一枚食べてくれた。どうだろう。

「すっごいおいしいね! 提督って、意外な趣味があるんだ」

 ふふん。ドヤあ! かなり努力したからな。大抵のお菓子と料理は任せてくれよ。

 

「暇つぶしの手慰みだよ。言ってはいけない事かもしれないが、俺の指揮は此処には要らない」

 作戦立案能力と、大本営に対する影響力。後は事務能力。

 此処は俺でなければならないが、俺の全てを燃やす事もできない。

 

 川内が言った言葉だけど、飼い殺しとはよく言ったものだ。

 ようやく待ち望んだ平穏も、やっぱり上手く付き合えていないからな。

「…ううん。それならさ。秘書艦は誰でも良いんだよね?」



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次への布石です

「そう言い換えることも出来るかもな。それがどうした?」

「じゃあさ。この二週間くらいは、白露型の皆でやったらどうかな」

 仄かに照れた様な、緊張しながらの言葉。俺は耳を疑っていた。

 

「ほう」

 えっ? マジっすか。正直、ちょっとでも良いイメージが伝われば。程度の話だったけど。白露から便宜を図ってくれるのか。俺を殺す気かな。

 疑心暗鬼になっているかもしれない。どうせ怖がられると思っている。

 

「一日ず~っといたら、大分馴染むよね。あたしも慣れてきたし」

 にこっと笑ってみた。

「それはなしで」

 真顔の返答である。泣きそう。

 

 そんな怖いかなあ。怖いなあ。怖いだろうな。知ってた。

「じゃあ今更だけど、今日はあたしね! よろしく~」

 楽しそうに笑いながら、白露が手を差し出した。掌にキスをしたくなったけど、我慢して握手に代えた。

 

 まだ、まだ慌てるような時間じゃない。

「よろしくお願いする」

「でさ。秘書艦って何をすれば良いの?」

 何ってナニだよなあ。などと言えば、色々と悲惨な最期を迎えると思われる。

 

 それも良かろう。ドン引きした白露の表情は、俺の命を捧げても良い。

 絶対に気持ちいいって。ぞくぞくとする。賭けても良い。

「基本的には提督の補佐だ。必要と思ったことをすれば良い」

 エロスはない。残念ながらない。響のパンツも偶然である。

 

 俺が強く願って、たまたまそういう状況になっただけ。

 ……よくよく考えてみれば、そんな事ってあるか?

 いや。どうだ。川内の時もそうだった。うんうん。そういう事もある。

「書類整理やお茶淹れ。後は会話の相手など」

 

 しかし、事務仕事の殆どは俺が終わらせてある。やる事はない。強いて言うなら、任務のアレコレだけど。これは遠征が終わってからでないと、手がつけられない。

 一日の大半は暇である。ダラダラと仕事を引き延ばすのも、もったいないからな。

 

 そもそもの話なのだがね。ぶっちゃけ俺一人どころか。俺三分の一位でも仕事は出来るのだ。事務能力も鍛え抜いたけど、仕事量は少ない。

 軍神としての影響力も買われて、後方勤務をしているのである。

 

 その点に関してだけ言えば、正直どっちでも良いんだよなあ。いちゃらぶをするためならば、どんな激務でも構わないぞ。

 矢でも鉄砲でもどんとこいだ。

「仕事は少ないからな。どうにも」

 

「ふむふむ。白露型で一番上手にこなしたげる。一番艦だからね!」

 俺の話を聞いていたのか。どうして燃えているのだろう。まったく。彼女らしい反応だ。――良し。俺も頑張ろう。膝枕をしてもらうんだ!

 両者共にやる気は十分。ふっふっふ。やったるぜ!! 



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秘書艦の感想です

 集中を高めてから二時間程度。今日の業務はとっくに終了している。

 気合い十分に膝枕を目指していたが。無理だった!

 くそ! 俺はなんて無力なんだ…前二つが上手くいっていたから、過信していた。

 なんかこう、上手いこと膝枕が出来るんだろうなと思っていた。

 

 そうだ。乙女との触れあいは希少である。分かっている。分かっていた筈だろう。

 響のパンツを見られたから? 川内の頭をなでなでしたから?

 だから俺は、運命に愛されているとでも? ――バカが!

 幾重にも地獄を味わってきた。戦ってきて知ったことだろう。

 

 勇気のある一歩を踏み出さなければ、希望なんて得られないのだ。

 それはそれとして。秘書艦を頑張ろうと奮起している白露は、最高でしたがね。

 お茶を濃く淹れすぎたりとか、書類を書き間違えたりとか。やる気は十分。でも慣れていなくて、頑張る姿に萌えていたぞ。

 

 結局、いつもよりペースは落ちていたけど。楽しさは倍増である。

 響との仕事も好きだが、お互いに優秀だからすぐに終わる。味わっている暇がない。

「…仕事がない~!」

 涙目で嘆いていた。思っていたよりも遙かに早く、今日の業務が終了したのだ。

 

 ついでに言えば、響と二人で仕事をしていたのならば。

 そうだな。昼までには殆ど終了する。後は各々時間を使っていた。

 二人でゲームをしたり、川内が遊びに来たこともあったな。今日は彼女の気配を感じない。やはり来ない様子だ。

 

 響は姉妹と仲良くしているのだろう。長期休みを与えた甲斐もあろう。

 かなり寂しいし、何故だか分からないが滅茶苦茶心細い。それでも、響が楽しんでくれる方が嬉しかったりする。そんな感じだ。

 …いやでも、何でこんなに心細いのだろうか。

 

 第六感が激戦を予感している? 馬鹿な。ありえないとまでは言わないが、これだけ体制を整えたのだ。理不尽レベルの運命だろうと、何の対抗も出来ないとは思わない。

 ううむ。

「ねえねえ提督。普段はなにしてるの? 怒らないから教えて」

 

 その台詞を言っている時点で怒っているから、俺が何を言おうと怒らないだろうね。

 大体、聞いておきながら答えが分かっている様子だ。開き直って堂々と言う。

「基本的に遊んでいるな」

「私たちが~遠征とかで~頑張ってるのに?」

 

「ああ」

「……」

 無言のままジト目で見られている。照れるぜ。ジト目の白露も可愛いなあ。

「ずっと篭もりっぱなしだったのは、全部さぼってたの!?」

 

「いやいや。ここまで暇になったのは最近の話だ。今までは業務に追われていた」

 全力で処理していたのだぞ。人聞きの悪いことは言わないでもらいたい。

 その疲労解消もかねて、響に休暇を与えたのだ。俺も疲れは酷いけど、皆と触れ合いたいし。俺の代役は同期を呼ばないといけない。

 

 その上で言うのならば、俺の同期は俺以外代えの利かない奴らだ。

 羨ましいような、そうでもないような。案外物語視点は俺じゃないのかもな。

 精々が、意味深に呟く役柄である。或いは先達者として、世界の主役を導くとか。

「ようやく落ち着きを取り戻して、皆に関わろうと思っているんだ」

 

 いちゃつきてえのである。そうして挨拶から始めて、見事に砕け散ったのが俺だ。

 砕け散ったのが、俺だ。

「そもそも優秀すぎて、仕事が足りなくなってるのかな」

「ああ」



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的確な戦術です

 自分で言っていて照れるが、能力だけは鍛え込んだ男。

 それが何の為と言ったら、こういった場を設ける為である。仲良くなりたい。はあはあ。

 何で興奮しているのだ。落ち着け。最近落ち着きが足りない。しょうがないね。

「う~ん」

 

 白露が秘書艦の椅子に座って、考え込んでいる姿。良いね。良いよ。

 何が良いって、知的な感じが完全に似合ってないのが良い。

 そうしてギャップを押さえつつも、真剣に考える熱意が尊いのだ。萌える。

 …ここだ。布石を打て。勝利への道筋を想像しろ。

 

 今、考える彼女の心には隙が出来ている。上手くつくのだ。

 案外世話焼きな気質を考えろ。的確に言葉を打ちこめ。

 常に最強の自分を想像しろ。弱気は窮地を呼び、恐れは敗北を生む。

 考えろ。考えろ。考えろ!!

 

「疲労も抜けていない。すまないが、仮眠を摂りたいのだが」

「あ、うん。あたしはどうしよっか」

 困った笑みで俺を見ている。いじわるしたくなる顔だ。ふっふっふ。

 

 ここで直接膝枕を求めるのは愚策である。俺も恥ずかしいし、ちょっと無理。

 …響。俺に力を貸してくれ。勇気を出させてくれ。

 賭けに出るぞ。白露の性格を考えろ。一番艦として、責任感ある長女であるのだ。

 

 そうしてもっと考えろ。姉妹艦が、他の日に担当するのは決まっている。ならこうだ。

「好きに過ごしても良いぞ。他の姉妹艦も休日だろう。遊びに出ても良い」

「今日、あたしは秘書艦なんですけど」

 ふてくされたように、口をとがらせていた。ちゅーしたい。

 

 エロい気持ちとかはない。なんて言えないけども。ちゅーはギリセーフ。欧米なら挨拶だからね。しょうがないね。でも響にキスをしたらヤバい気持ちになると思う。

 白露は…あ、うん。冷静に考えればちゅーは無理だ。はあはあ。

 落ち着くんだ。

 

 そうだ。白露は仕事を投げだそうとはしないだろう。

 彼女の性格は知っている。ここで逃走は許せない心なのだ。

 だからといって、このままでは膝枕には繋がるまいよ。このままでは、な。

 

「ふむ…とはいえどうにもな。すまないが横にならせて貰う」

 訝しがる彼女を気にせず、ソファーで横になった。

 …そういえば、先程は白露が座っていたんだ。思わず匂いを意識するけど、特段香りは感じない。うむ。変態かもしれない。

 

「自室で寝ないの?」

 心配した声。来た。来たぞ読み通りに来たぞ。彼女の優しさならそう来るだろう。

 あえて、寝づらそうに身じろぎしつつ。静かに言葉を返す。

「誰かが尋ねてくる可能性も、零ではない。気配が来れば起きられるからな」

 

「ふうん」

 何度か寝返りを無理に打って、更に寝づらいアピールをする。

 ぶっちゃけ、前線で散々な寝方をしているし。睡眠に関しては、割と融通の利く性格になっている。眠れるだけマシである。

 

 それに加えて、慢性的な不眠症でもあるからな。わっはっは。笑ってしまう。

「でも、ソファーだと首が痛くない?」

 ふふふ。こうまで予想通りだと、自分の思考能力が怖くなってくるぜ。

 来い。誘い込まれてくるんだ。もう少しで罠にかかる…!

 

「仕方あるまい。普段使いの枕では、ソファーに上手く置けないんだ」

 これは本当である。大きいサイズの枕が好きなせいで、ソファーに置けない。

「…にひひ、膝枕でもする?」

 来た!!



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完全なる結実です

 よし。まずここで退け。俺の凶相で踏み込んだら、確実に彼女は引いてしまう。

 押さば引け、引かば押せ。これぞかけひきの妙。歴戦の強者だけが得られる、言語化できない超常の感性!!

「乙女がみだりに触れあいを許すべきじゃない」

 

「やらしいんだあ」

 ありがとうございます! ありがとうございます!

 もうね。赤面しながらのね。や、ら、し、い。この四文字がね。

 ええその通りですとも。俺はスケベだよ!

 

 なるだけ傷つけないようにと、性的なのは避けようと思っているけど、まだ親愛の情的な言い訳が可能な範囲で、触れようと思っているけど。

 俺はどスケベだよ!! 何度響のパンツにお世話して貰った事か。千に至る程だ。

「そんなんじゃないよ。してもらった事ないの?」

 

 このね。分かる? 分かれ。むしろ分かれ。してもらった…ああ、良いねえ。

 ふう。落ち着け。まだだ。まだ喜びに浸るのは早すぎる。

「生憎だが経験はない」

 俺は童貞だ。仕方ないだろう。転生してから此処まで、空気感がヤバかったのだ。

 

 真面目な話、響とそういう空気になった経験がある。――全て共依存になりそうだったがね。彼女の魂の輝きと引き替えにして、快楽なんぞいるものか。

 でも今更、深くいちゃつくのも変だなあ。とも思っているし。ううむ。

「よっし。それならあたしが一番だね」

 

 白露が対面のソファーに座った。俺は紳士なのでパンツを覗かない。紳士なので。

 見え、見え、見えない…などと思っていない。俺は紳士なので。

 白露の魅力はパンツじゃない。男としての性欲あれど、深い情欲はない。駄目だ。

 俺は彼女のなじみ空気が好きなのだ。愛おしい明るい魂。良い。

 

「おいで」

 にこりと優しい笑みを浮かべて、白露が俺を待っていた。

 うひょひょ。落ち着け。まてまて。策略通りであろうとも。

 警戒せよ。集中せよ。罠ではないか――罠でも良いか。

 

 完全なる決着である。白露の心理を読み切って、俺はヴァルハラへと至らん。

「良いのか?」

「そんなに躊躇うほど嫌なら、止めるけど」

 つーんと冷たい反応だった。ここでへたれるな。受け入れるのだ。

 

 天国は目の前にあるのだ。受け入れろ。臆病からの脱却を図れ!

「嫌じゃない」

「むう。生意気」

 仄かに怒った眼で見られている。可愛い。

 

 言葉が悪かったな。でも感動の侭に告げたら、おそらく泣くのではなかろうか。

「とても、とても嬉しいよ。ありがとう」

「よろしい!」

 朗らかに笑う彼女の姿が、眩しいほど愛らしく。期待感を隠しつつ動いた。



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泣き出しそうな許しです

 昼を食べ終えて、黄昏に近づく夢うつつの時。

 どうして午後一時位って、こんなにも眠たくなるのだろうな。

 夕焼けが近づく匂いがする。今日は良い天気だった。暖かな陽気。ぽかぽかと体を温めて、執務室の空気を柔らかくしている。

 

 そんな場所で、俺は白露に膝枕をしてもらっている。

 俺は彼女のしなやかな両脚に後頭部を乗せて、ソファーで横になっていた。

 暖かい。ちょっとくすぐったそうに彼女が微笑む。

 髪の毛がくすぐったいのか? スカート越しだが、色々と伝わっているのだろうか。

 

 自分でも驚く位に、この状況に興奮していない。

 優しく緩やかな雰囲気は、いつもの明るさと合わさって。不思議な程の抱擁力を感じる。受け入れられている。重みを、疲れを、許されている。

 

 とても切ない気持ちと、だらしなくも緩む心が胸に同居していた。

「思っていたより固いな」

 あえて憎まれ口を叩いた。イジワルに彼女が笑う。そうして。

「…そういう生意気を言う口は、これかな~!」

 

 くちびるをつままれてしまった。細い指が力強くつまんでいる。

「ぐみゅむ」

 変な声が漏れた。

「ふふふ」

 

 楽しそうに笑う彼女の声が聞こえた。ああ。穏やかだ。とても穏やかな微睡みの時。

 …普段、まともに眠られていない自覚はある。悪夢なんてしょっちゅうだ。

 ああ、ほんとう、このまま死んでしまえたら良いのに。

 ははは。いかんなあ。いかん。とても眠い、意識が、どうにも。

 

 ……白露、むねでかいなあ。ぎゅっとしてもらった。心配してくれた。やわらかかった。きれいだ。きれいだよ。とろとろと意識がとけている。

 じ~っと彼女の胸を見ている。大きくて、とても柔らかいのを知っている。

 

 ああくそ気持ち悪い思考をするな。ガチすぎる。いい加減気付かれ。彼女がのぞき込んできた。

「――やらしい眼で見た?」

「み、見てないぞ」

 

 慌てて顔を横に向けた。白露の体とは真逆に視界がある。

 危ねえ!! 理性が融けてた。久しぶりに疲れを感じたからか。ないない。いかんぞこれは。

「あやしいなあ。このこの」

 つんつんとほっぺをつつかれる。良かった。幸い、彼女を傷つけずにすんだ。

 

 俺は怖い奴だ。触れあいを求めても、自分の異常性と影響力を忘れるな。

 艦娘に惚れ込んだ男のプライドである。でもおっぱいすげえ。やっぱりおっぱいはすげえよ。理性が融けていた。ふう。まったくもうである。

「ふっふっふ。のんびりしてね。あたし達も頑張るからさ」

 

 白露の掌が俺の頭を撫でる。子供みたいで恥ずかしいのに、どうしても拒絶は出来ない。激しい衝動はなく。ただただ泣き出しそうな照れと、それ以上の嬉しさがあった。

 暖かい。やはり彼女はお姉さんなのだな。

「そりゃあ、響が一番に強いけど。あたしもいっちばん頑張って、支えるから」

 

 強さだけでなく。こうして支えてくれる人がいる。

 提督として情けなくもあるが、彼女は姉の様に支えてくれている。

 艦船から考えれば、遙かに年上ではある。顕現の在り方によって、精神性は随分と変わる。

 

 こうして抱擁力ある彼女でいてくれた事に、最大限の感謝を。

 精一杯努力を重ねてきた俺で、最大級に応えたい。応えるんだ。

「だから、提督もあたし達姉妹に話しかけてね」

 

「…ありがとう」

 怖がられないように気をつけよう。押しつけないように触れ合おう。

 彼女たちを知りたい。仲良くなりたい。愛しい。艦娘達との日常を求めて。

 

「いえいえ。ほうら、おやすみなさい。夕食前になったら起こしたげる」

「おやすみ」

 見守られる安堵感に包まれながら、久方ぶりに穏やかな眠りへ就いていった。



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白露さん視点です
内心です


 すっごく怖い人。あたしや姉妹たちが提督に抱いてるイメージ。

 白露型の一番艦として、いっちばん早くに話しかける! と思ってたけど。着任してからすぐ、仕事づけで部屋にこもってた。

 

 とっても忙しい人なんだろう。でも、皆だって提督と関わりたくて。

 仲良くなりたい。提督を知りたい。

 皆が思ってる反面、どうしても向き合う時間がなかった。

 

 もちろん、提督には何の責任もない話。

 あたし達みたいな駆逐艦たちに、ここまで役割をくれた人。

 演習で強くなって、遠征で皆の為に働かせてくれた。

 とっても感謝してるよ。だからこそ、あたしは提督を知りたいんだけど。

 

 彼と仲が良い艦娘もいる。…二人だけだけど。響と川内さん。

 提督以外の、響や川内さんとはよく話してるんだ。

 彼女たちが言うには、外面ほど怖い人じゃないらしいけど。うーん。

 …正直、むずかしいよね。ううん。それじゃあ駄目だよ。

 

 皆の為にかは分からないけど、提督は皆の助けになってる。

 そんな彼を怖がるばかりなのって、最低だと思うから。

「よし」

 執務室に行ってみよう。ちょうど響が長期休暇に入ってる。助けがいるかも。

 

 そう思って、廊下を進んでいくと。――提督が前から歩いてきてた。

 猛禽類の如き瞳。くっきりと浮かんだ目元の隈。感情の浮かばない顔立ち。不衛生な点は一切なく。それが逆に隙のなさを感じさせて、機能美を保つ機械みたいだ。

 黒髪黒目が凶相を強めてる。纏う雰囲気が凄まじい。ただ在るだけで放つ威圧。

 

 あたし達の提督。日比生(ひびお) 創提督。

 通称は軍神。名前に劣らない格を感じる見た目だ。正直、とっても怖い。

 でも、ここ数日はあいさつとかしてるらしい。

『提督さんが、せっかく、せっかく声をかけてくれたのに~!』

 

 などと、涙目で落ち込む夕立を覚えてる。時雨も言ってた。

『声をかけてくれたのに、僕は気の利いた言葉も返せなかったんだ』

 しょんぼりとした二人を慰めてから、あたしは考えた。

 

 あたしから声をかければ良いんじゃない?

 …とは思ったけど。なにごとも一番が好きだからか、あたしの声は大きいらしい。

 妹たちは慕ってくれてるけど、提督は、その。うざいとか思ってないかな。

 分からないんだよね。その上で見た目も怖くて。ど、どうしよう。

 

「おはよう」

 ぼそりと告げられた声。強い警戒心を思わせる言葉に、思わず。

「へぇあ!?」

 変な声が出ちゃった。だめだめ。失礼すぎる。

 

「あ、その、おはよ!」

 友達じゃないんだから。もっと敬意とか。

「って、そうじゃなくて。その、ご、ごめんなさい!!」

 妹達と同じように、耐えきれなくなって逃げちゃった。



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驚天動地です

 やっちゃった。いくら何でもあんな反応はない。提督も呆気にとられてた。

 最低だ。逃げるって、どれだけ怖がっているんだ。夕立の落ち込みようもよく分かる。自分が情けなくてしょうがない。

 ああもう。どうしよう――迷う方が失礼だ。

 

 謝りに行こう。そうだ。せっかくの機会。お話しよう。

 あたしの大切な姉妹の話や、他の大切な仲間達の話。

 伝えたい事がいっぱいあるんだ。

 

 よしっ! いつまでも迷って立ち止まるのは、あたしらしくない。

 いっちばん早く謝って、いっちばん早く仲良くなるんだ!

 緊張深く。震えてる自覚はあるけど、執務室まで来た。

 そうして扉を開ける。あ、ノックとか。もう開けちゃって。それも謝ろう

 

 思わず下を向いて入室しちゃった。顔も見られないけど、言葉と想いだけでも。

「提督。その、さっきはごめんなさ……」

 反応がない。見上げて彼の姿を見れば。

 

「提督!?」

 口から血を流して、静かに佇む提督がそこにはいた。 

 吐血。内臓損傷? 深海側の襲撃はなくて。持病。歴戦の疲労。後方勤務の理由の一つを聞いた覚えが。激務の疲労。あ、その。だめだ。

 

 落ち着いて。落ち着いてよ。今慌てたらだめ。響はいない。あたしが動かなきゃ。

「う、うそ。そんな、だめ」

 吐血したショックなのか、無言のまま動き出そうとしてる。

「動いちゃ駄目!!」

 

 思わず叫んでしまった。提督が驚いている。でも止まってくれた。

「あ、ど、どうしよ。動かしちゃ駄目で。休ませなきゃ」

 迷っていたら…死ぬかもしれない。嫌だ!!

「提督。ごめんね」

 

 体が勝手に動いたみたいに、彼の体を抱き上げた。

 どうしよう。運ぶのは不味いよね。吐血するほどの損傷だ。持病かもしれない。ここから動かさない方が良い…!

 

 ソファーに座らせる。優しく、そっと壊れないように。

「む?」

 どこかぼんやりとした姿。イメージとは違う弱った状態。

 軍神とさえ言われた提督も、こんなになる状況なんだ。慌てて動こうとして、だめ。どうにかして止めなきゃ。どうしよう。どうすれば。

 

 なんにも出てこない。やだ。だめだ。

 あ、そうだ。時雨と夕立はぎゅっとしたら落ち着いた。提督も。

 彼が嫌がるかもだけど、そんな状況じゃない。

 

「提督。苦しいかもだけど!」

 ぼーっとした様子の彼を、思いっきり抱きしめる。

「むぐっ!?」

 

 苦しそうにしていた。ごめん。でも心を静めて欲しいんだ。あたしが守るから安心してよ。

 お願いだから死なないで。落ち着いて。ようやく話しかけようと思ったの。

 お話をしましょう。その為にも元気になってよ…!



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段々と分かってきます

 抱きしめた提督の体が、震えている。まるで何かに怯えてるみたい。

 みたい、じゃなくて。当然じゃないの。いきなり血を吐いた本人が、一番怯えてるに決まっている。ぎゅっと力を強めた。

 …体は温かい。体温に異常はない。病気の類いじゃない? 分からない。

 

 容態は安定してる。今すぐに動かす必要はなさそう。

 だとしたら、ストレスからの吐血? 胃を痛めていたのかな。

 食事も不摂生なイメージもあるし、健康とは程遠い生き方だと思う。

 

 とりあえず落ち着かせなきゃ。

 だからお願い。この一瞬だけで良いの。あたしの体、震えないで。安心させる力を出させてね。

「大丈夫。大丈夫だからね。あたしが側にいるから」

 

 響ほどは強くないけど、あたしだって艦娘よ。提督を守れるんだよ。

 落ち着いて。大丈夫。守るよ。守れるんだ。そう言い張れなければ、一番艦の資格なんてない。

 

 白露型の皆、あたしに勇気を分けてね。姉妹達の姿を覚えてるからさ、あたしは堂々と一番だって誇れるんだ。さあ、落ち着いて動くんだ。

「深呼吸して」

 むずがるように提督が動いた。肺が駄目になってる? 嘘。

 

 でも、さっきから何も話してない。ずっと口を開かない。息が出来てない?

「大丈夫。大丈夫だから」

 すぐ動かなきゃ。あ、あれ? 体が震えて動かない。どうして。駄目、お願い。

 

 提督があたしの背中を優しく叩く。力は加減してるけど、死にそうな感じじゃない。よ、良かった。体は大丈夫みたい。

「ご、ごめん。苦しかったね」

 抱擁を解いた。でも油断は出来ない。真っ直ぐに彼を見る。

 

 出血のショックはないみたい。眼の力は強く。相変わらず覇気に溢れてる。

「落ち着け」

 低く静かな声。怯えはしないけど、長たり得る強い力がこもってた。

 良かった。大丈夫そうだ。

 

「提督…?」

 体調を気遣う言葉は出なかった。色々と衝撃的で、体がついてけない。

「大丈夫だ。ほら白露も座って」

 

 わっ!? て、提督にだっこされてる。すごい力。何も力んでないのに、あっさりと持ち上げられちゃった。って、何で?

 そのままソファーに座らせてもらう。全然ダメージを感じない動き。元気だ。良い事だけど。腑に落ちないよ。

 

「吸って、吐いて。肺と腹部を意識して息をするんだ」

「は、はい」

 動揺してる自覚はある。というか、提督はなんでこんなに落ち着いてるの。

 

「ふっ!」

 提督が部屋を整えてく。すごい身体能力だ。とっても健康体。

 でも吐血…いや、良い事なのに。もうわけが分からないよ。

 大丈夫、なんだよね? そうなんだよね?



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爆発です

 じっと見つめる私に気付いて、提督が口元の血を拭う。

 そうして、無表情のまま言葉を出してきた。

「これは血糊だ。慌てる必要はない」

「成程――なんで!?」

 

 わけがわからない!! 血糊を用意してある理由も分からないし、一人で吐血の真似をしていたのも意味不明!!

 そんなの、誰だって勘違いするでしょう。わけが分からなくて。

 

「理由が必要か?」

 ――呼吸すら忘れる威圧。演習と遠征で鍛えていた心を、容易くへし折る凄まじい圧力だ。ごくりと、体が緊張に耐えかねて唾を呑んだ。

 

 吐き出しそう。体が震える。あんなの人間の眼じゃない。…のに、どうして逃げたくなんないのかな? 分からないけど。

 何か深い考えがあったのかもしれない。あたしに聞かれたくないんだ。

 

「い、いえ。その、申し訳ございません」

 頭を下げた。顔を上げると、なぜか提督の方が申し訳なさそう。

 うん。体調が悪くなかったのなら良かった。早く退室して、もう関わらないようにしよう。

 

 逃げたくない心はあるけど、変に関わらない方が良い。だってそうでしょ。

 提督が嫌がっているんだ。あたしから踏み込むのは、駄目だ。

 そうして動こうと思ったら、ぽつりと。

「その、ちょっとしたおふざけだ」

 

「――バカなの!?」

 反射的に叫んでいた。だって許せない。別にあたしは良いよ。勝手に勘違いして、勝手に心配して。それはあたしが悪いのかもしれない。

 

 でもさ。他の人が見ればどう思うの?

 提督はがんばってる人なんだ。皆尊敬してる。信頼してる。頼りにしてる! 

 仲良くなりたいって、みんな思って…ああ、バカだ。あたしは心に嘘をついた。

 あたしは良いよと許したがって、嘘をついた。あたしも思いっきり怒ってる!!

 

 時雨みたいに優しい性格じゃない。夕立みたいに柔らかな心じゃない。

 一番に拘るように。そんな自分だからこそ。怒ってるのを誤魔化せない。

「い、いや」

 

「いやじゃない!」

 そんなのってないでしょう。貴方を大切に思う人達がいるって、少しでも知ってたなら、命を粗末に扱う悪ふざけはしないでしょう!!

 

「なんでそんな事をするの!」

 答えて、答えなさい。くっだらない理由だったら、絶対に許さないから。

「す、すまない」

 真っ直ぐに頭を深く下げて、提督は謝罪した。

 

 …何の悪意もなかったんだ。おふざけですらなくて。ああ、そうか。そうだった。

 あたし達は、この人に信頼を見せてなかった。親愛を見せることもなかった。

 いつか、いずれはなんて思ってても。自分たちからは触れ合おうとしなかったんだ。

 

 だったら彼に文句は言えない。最低なお門違い。資格はない話だった。

「あっ、その」

 言葉が出てこない。何を言っても嘘に聞こえる気がした。

 今更、尊敬してるって言っても嘘くさい。

 

 貴方を知りたかったと、尊敬していたから心配して、八つ当たりだ。駄目だ。

 人の心を考えない押しつけなんて、いっちばん最低な行為だった。 

「…調子に乗ってしまい、申し訳ございません」

 結局出たのは、取り繕った謝罪の言葉だけだった。



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話し合いです

 それでもあたしは一番艦だから、時雨達のお姉ちゃんだから。

 強く意思を込める。あたしはどうなっても良い。解体でも良い。辱めを受けても、仕方ないと思ってる。

 

「どうか処罰はあたしだけで、他の人達にはどうかご容赦を」

 そんな人じゃないって、なんとなく分かってるけど。でも、あたしの振る舞いは最低だった。

 

 軍隊として、何のおとがめもなし。とはいかない。提督だって、必要なら私心を殺して振る舞えると思う。規律を保つためには強い力が必要だ。

「いやいやいや」

 

 初めて、こんなにも慌てる提督の姿を見た。無表情は変わらなくて、でも、たしかに声が震えてる。何だろう。素の表情を見れてる気がする。

 どこか子供みたいな、素直な柔らかい心を感じた。

「提督…?」

 

 あたしの震えは止まってなくて、でも、処罰の雰囲気はもうなかった。

 今にも泣き出しそうな提督の目が、夕立に似ていたからかな。

 

 なんだか、追い詰めちゃった。どうしよう。

「白露は俺を心配してくれたのだろう」

 提督の言葉は続く。とっても優しい声色で、暖かな言葉が続いてく。

 普段の雰囲気も抑えられて、精一杯、彼があたしを諭してくれてるんだ。

 

「実際、悪ふざけがすぎたのも事実」

 …まあ、うん。失礼な言い草だったとは思ってるけど、そこに関しては謝らないよ。

 たとえばだけど、入ったのがあたしじゃなくて夕立だったら。

 

『きゅ~』

 気絶してトラウマになってた。もっと提督は自分を大事にしてほしい。

 ここは地獄なんかじゃない。日常とよべる所に、貴方はいるんだ。

 

「そこで謝罪をしてくれるな。心配してくれたのは、素直に嬉しかったぞ」

 彼がぎこちなく微笑む。とても優しい笑み。それなのに今にも泣き出しそう。

 複雑な思いを感じる表情だった。なんだろう。どう笑えば良いのか分からない。人になりたいナニカ。…でも、内心が透けた微笑。

 

 う~ん。血糊の件もそうだけど、妙に子供っぽい。

 そんなわけない、よね? 素直な所もあるし、幼稚なような。ううん。

「あ、えっと」

 言葉が出てこない。ちょっと色々とありすぎだって。心が全然落ち着いてない。

 

「敬語も止めてくれ。本来、艦娘と提督に差はない」

 そんな事を言い出したらさ、命がけなのも同じだよね。

 ストレス、指揮で繋がってる時のダメージ。痛み。苦しみ。命を背負う辛さは、あたし達が守ってあげられない所。

 

 激戦区でひたすら戦い続けて、傷つき続けてきた。響と提督。二人が、この日常に癒やされて欲しいと思うのは、ワガママなのかな。

「ですけど」

 敬意を示させて欲しい。だなんて、今更な話だったかも。



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おそるおそるです

「絶対権限はある。立場上は上でもある。だが、命がけで戦っているのは君達だ」

 だから、命がけなのは同じだって。言い返せない。大真面目な表情で、提督は真っ直ぐに言っているんだ。

 艦娘の中には、そういう考えの者達もいるらしい。

 

 実際、あたしも契約している主の人間性で、思う所はあったかもしれない。

 だけども、伝説を聞いてる。ここでの働きを知ってる。

 ああもう! ままならない事が多すぎる。あたしは。もう。面倒くさくなってきた。

 

「振る舞いの自由を許す程度には、度量があるつもりだが?」

 そうやって言っても……良いよ。だったらそうするから。ちょ、ちょっとだけ。いやかなりその、敬意はあるけどさ。

 

「…その割には、顔怖いくせに」

 ぼそりと冗談交じりにからかってみた。

「ぐはっ!」

 再び彼が吐血した。

 

「て、提督!?」

 冗談だろうけどさ! 全然洒落になってないんだけど!

 もう。服も汚しちゃって、おふざけに全力すぎるでしょ。なんなのさ。まったくもう。

 

「血糊だ」

 しかもドヤ顔してるし。嬉しそうにしてるし。子供っぽいと思ってみれば、本当にそんな所がある! なんだかなあ。いたずらがばれた夕立みたい。

 可愛い所があるんだ。それならもっと怒ってみよう。

 

「む~! 反省してないでしょ!」

 しゅんとしつつも、怒ってもらえて嬉しそうな反応。

 に、似てる。夕立にそっくりだ。

 ふふふ。面白くなってきた。人を傷つけたくなくて、でも触れ合いたくて。

 

 そんな雰囲気が、本当に愛おしい妹とそっくり。

「とにかくだな」「ごまかしてる」

 こほんと一つ咳払いをして、格好つけた顔で言うんだ。

 

「とにかく。俺は君達の自然な姿が見たい」

 似合わない。と、失礼な感想だと思うのに。もう失礼という感情が消えてきた。

 仲良くなりたい。思っていたから挨拶して、皆の反応にしょんぼりとして。

 

 じゃあダメだ。あたしはそんなのやだ。いっちばん頑張った彼が、報われないなんて間違ってる!

「つまらない話を持ち出すが、艦娘もその方が力を発揮出来るのだろう?」

 そんな理由がないと、あたし達とお話すら出来ないの?

 

 …う~ん。あたし達は提督を畏れてるけど、提督も、あたし達を畏れてない?

 大丈夫だって伝えたい。怖くないよって教えたい。

「まあ、うん」

 ここで強く言うのも変だ。今日一日向き合って、ゆっくりとお話しよう。

 

「なら何よりだ。変に畏まる必要はないと、白露の方からも姉妹達に伝えてくれ」

 うん。あたしから動けば、きっと妹達も受け止めてくれる。でもなあ。

「難しいと思うよ」



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見抜かれちゃってます

 あんまりなあたしの言葉に。

「だろうな」

 まったく表情を変えないまま、提督が返答した。…雰囲気が落ち込んでる。

 

 こうしてよく見ると、感情豊かな人だと分かった。表情に出ないのは、それだけ抑制してきた証拠だ。

 裏を返せば。最前線での経験は、心豊かではしゃげる人が、歯を食いしばって耐えるほどの地獄だった証拠。

 

 ううん。変に気遣うのも可笑しい。

 あたしは素直な心で接しよう。うん。それが一番良い。

「ん~、私はまあ。もう色々と認識が壊れて、ぶっ飛んじゃったけど」

 これも本音だから。なのにまったく。ぱあっと明るい雰囲気で持ち直されると、結構照れくさいんだけど。…嬉しい。かな。

 

 なんだかなあ。もっと笑えば良いのにさ。変に格好つけちゃって。それが怖いし。

「他の皆はね。やっぱり怖がってる」

 あっ。沈んだ。雰囲気が暗くなってる。これだ。

 

 この暗い雰囲気とか、常時発してる威圧とか。皆を遠ざけてる原因の一つ。激務もそうだったけど、今はどうなってるんだろ?

「手を打つ必要があるか」

 …しかもこれ。絶対、変に入れ込んで泣かせるよ。洒落になってないもん。

 

 顔も怖いし考えもちょっと危ない。う~ん。素直さは良いのに、発想がなあ。

「酷いことは」

 釘を刺してみれば。

「すると思うのか」

 

「ご、ごめん」

 本人気付いていないけど、かなり落ち込んで威圧してきた。逆に怖い。

 表情に出てないのに、涙目にしちゃったみたい。もうしわけなくて困る。

 

「いや許さない」

 拗ねてた。なんか可愛い。時雨も怒るとこうなるんだよね。

 つ~んと拗ねて、それでも相手の様子を窺って。あたしも変になってるのかな?

 妙に子供っぽく見えて、提督が大きな弟分に感じる。ふふふ。

 

「えっと、その」

 困った風にしてみれば。

「許して欲しければ、俺ともっと話をしてくれ。皆の日常が知りたい」

 声に感情を乗せてないのに、慌ててるのが雰囲気に出てる。

 

 泣かせたくない。やりすぎた。そんな動揺が見えてた。可愛い。

「…顔怖いから、冗談に聞こえないんだけど」

 これは本当。さすがに慣れてきたけど、その振る舞いは危ない。

 

 他の子達だったら泣いてた。自覚はあるみたいだけど、まだ甘い。

「泣くぞ。良いのか、泣きわめくぞ」

「意味が分からなくて怖いから!」

 もう泣き出しそうじゃない。ああ、まったく。可愛い子だ。

 

 艦船としての年齢も考えれば、提督は遙かに年下で。

 それに気質を見たら、妙に子供っぽい。ふふふ。白露型の長女だからね。

「もう。しょうがないな。あたしがいっちばん詳しくお話をしてあげる」



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大事な妹たちです

 そうして、大切な姉妹達の話を彼にしていく。

 皆とっても頑張り屋さん。可愛い可愛い大切な妹達だ。

 そりゃあ、あたしは一番だけどね。一番だけど…可愛さで言ったら、彼女たちがいっちばんだ。仕方ないでしょ。可愛いんだもん。

 

 感心したように話を聞いてくれてる。うんうんとうなずいて、皆の姿を思い浮かべてるみたい。これだけ柔らかな雰囲気で聞けるのに、どうして挨拶はあんなに怖くなるの。

 アンバランス。よく分からない。

「成程。夕立はもっと元気な子なのか」

 

「そうそう。提督の前だとかしこまってるけど、本当は無邪気な甘えん坊なの」

 褒めて欲しくて頑張る子。甘えさせてと言われても構わない。大歓迎。

 そんな彼女が愛おしい。なんでもしてあげたくなっちゃう。

 

 頭を撫でると、ほんっとうに嬉しそうに笑うんだ。

 あの笑顔にやられるんだ。大抵のいたずらは許せちゃう。

 それで叱ってみれば。

 

 しょんぼりと反省も出来て、誰かを傷つけない優しい子。

「だから、出来れば甘えさせてあげてほしいな」

「ふむ」

 今の提督だと厳しそうだから、もっと妹達が懐いてからかな。

 

「時雨はね。いっちばん優しい子」

 あたしよりも皆を守ろうと、必死になってる頑張り屋さん。見習う所もいっぱいある。儚げで切ない大切な妹。

「皆を守るんだってがんばってる」

 

 だから提督も、彼女を守ってあげて欲しい。ほめてあげてほしい。

 軍神の強さに縋る気もないけど、時雨の頑張りは認めてあげてほしい。

「村雨は日常を愛してる」

「ふむ」

 

「にこにこ笑って、皆と楽しんでるの」

 皆が穏やかに笑う姿を、心から愛してる柔らかな子。

 日常を一番大事に出来るのは、彼女だと思う。

 提督と気心が合うのは村雨じゃないかな? 日常大好きみたいだもん。

 

「春雨は丁寧な子」

 誰に対しても丁寧に接して、周りに気遣う大人しい妹。

 しかも甘えてくる時も淡く。可愛くて、思わずぎゅっとしちゃう。

「そっと寄り添う静かな雨みたいで、愛らしい子」

 

 まだまだいっぱい語りたい。時間がいくつあっても足りはしない。

「えっとね。もっと、もっと皆は良い子で」

 大切な妹達。もっと知ってほしい。貴方が守ってくれる世界は、こんなにも輝いているんだって語らせてよ。

 

 もう二度と、吐血だとかさせないから。したくなくなる位。

 そうなる位に、世界を愛してほしいんだ。ねえ提督。あたし達もいるよ。

 大丈夫。響も含めて、二人の日常が壊れないようにがんばるから。ね?

「ああ。聞いている。聞いているのだがな」



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教え上手なあの人です

 困った様に微笑んでる。ふふ、そうやって笑えるんだ。

 ぎこちなくても、ちゃんと笑えるんだよ。良いね。うん。

「なあに?」

 って、聞くまでもなかった。もうすっかりお昼前だ。

 

 あたしは艦娘だから融通がきくけど、提督は人間なんだ。ずっとお話をしてたら、お腹が空くに決まってる。

「そうだ。お腹空いちゃった? ごはんにしましょうか。よっし。いっちばん早くあたしがとってきたげる!!」

 せっかくだから何か作ってあげたい。そうしよう。そうしよう。

 

 

 返事も待たずに食堂まで走ってく。床を壊さないように気をつけながら、全速力で走ってく。食堂について調理場に行くと。

「あら? 大急ぎでどうしたのかしら」

 

 優しい笑顔で鳳翔さんが迎えてくれた。暖かい日向みたいな人。今日も優しく皆を見守ってる。そうして、響を除けば練度が一番高い人。歴戦の古強者。

 今は前線から退いて、皆の心を食で支えてる。

 

 それが、死んでいった者達への、鳳翔の中で生き残れた自分の義務だと。

「手早く提督にごはんを持っていきたいんだけど」

「ふふふ。出来れば白露ちゃんの手作りで?」

 からかうような優しい微笑み。

 

「…うん」

 何でもお見通しなんだ。鳳翔さんには勝てないなあ。

 うん。競争心が強い自覚はあるけど、鳳翔さんとは戦いたくない。そんな次元にいる人じゃないんだ。すっごく頼りがいがあって。

 

「それならおにぎりにしましょうか」

 にこりと笑った。ふふふ。暖かい。

「妖精さんたち。力を貸してくださいな」

 間宮さんとか伊良湖さんと同じ。妖精さんにお願いしてる。

 

 不思議な気もするけど、妙に説得力があるんだ。やっぱりすごい。

「提督さんが待っているものね。少しだけ、お手伝いしても良いかしら?」

「お願いします!」

 すぐに準備を整えてくれて、作り方まで教えてくれた。

 

「そう。優しい手で」

 力を込めず想いを込めて。おいしくなあれと心を握る。

 優しく。食べやすいように握るんだ。

「出来た…」

 

 鳳翔さんの教え方はとっても上手で、手慣れてた。胸がぽかぽかする優しい声と、教わってるだけで強く実感する練度。二つが合わさって、あたしを上手に育ててくれる。

 見守られてる。うう。長女として、ちょっと情けないけど。

 

「ありがとう鳳翔さん」

 たまらなく嬉しいんだ。ふふふ。いつか提督も、この人とも関わってくれるのかな。

 あたしよりずっと大きい人。抱擁されて、癒やされてほしい。

「良いのよ。走って転ばないように気をつけて。それじゃあね」

 

「はあい!」

 できたてのごはんを落とさないようにしながら、走って戻ってく。

 提督、喜んでくれるかな? 楽しみ!



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ほっぺは柔らかいです

 走り抜けて執務室まで辿り着いた。すごい早さだと自画自賛。

 提督、お腹空かせて泣いてないかな? ふふふ。さすがにないよね。

「たっだいま~! へへ、いっちばん早くとってきたよ!」

 おにぎりとたくあん。単純だけどおいしい組み合わせ。

 

「ありがとう」

 提督も嬉しそうに微笑んでくれた。雰囲気だけだけど、とても柔らかい。

「どういたしまして!」

 後は舌に合うかどうか。さすがにおにぎりを失敗はしないけど、ちょっと不安だ。

 

「「いただきます」」

 ソファーに隣同士で座りながら、あたし達のお昼ごはんが始まった。

 なんでか分からないけど、提督がちらりとあたしを見た。

 

 どうしたの? と表情で問いかけても、何もなかったように目を逸らす。どうしたんだろ。まあ良いや。ごはんにしよう。あたしもお腹が空いちゃったよ。

 鳳翔さんが握ってくれた方を、思いっきりかぶりつく。

「ん~! やっぱりごはんがおいしいと幸せだねえ」

 

 ほわほわと胸が温かくなって、元気が全身から溢れ出てくるんだ。

 さっすが鳳翔さんだね! うんうん。すっごくおいしいよ。…あたしが握ったのはどうだろう? 提督をちらりと見れば。

 

「そうだな」

 黙々と食べていた。一口ずつ少なめに、きれいな食べ方だ。大きな口を開けて食べたのが、今更になって恥ずかしくなってきた。お、落ち着いて。

 

「ほ、ほんとにそう思ってる?」

 雰囲気は柔らかくなってるし、どことなく感動して見える。おいしく思ってくれてるのは、ほんとだと思うんだけど。

 なにせ表情に出ない。観察しないと感情が読めないんだ。

 

「もちろんだ」

 言葉も平坦。威圧感こそ薄れてるけど、感情が乗ってないよ。

 注意深くじっと見つめてみた。な、なんだろう。予想以上に感激してるような。

 

 仄かに頬が赤い。表情も緩んでる。うきうきと体が揺れている様子。

 今までの鉄面皮を考えると、とっても喜んでくれたみたい。それは嬉しいけど。

「一切表情が変わってないんだけど。このこの」

 

 嬉しいけども、もっと表情に出してほしいな。提督の笑顔が見たい。

 提督のほっぺをつついてみる。

 かなり柔らかい。弛緩しきった証拠。嬉しさが頬を緩めてるのに、笑顔にはならないんだ。不思議なほっぺ。…さわり心地が良いな。この、このこの。

 

 だめだ。止め時が見えないや。なんでこんなに柔らかいんだろう。夕立のほっぺみたい。

「こ、こら。止めないか」

 照れた様に言ってるけど、やっぱり表情は変わらない。

 くすぐったりしたらどうなるんだろう。さすがにソレはまずいよね。



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壮絶な笑みです

「えへへ。提督がにっこり笑ったら止めるよ」

 とっても良い感触。良い。夕立に伝えれば、少しは緊張がほぐれるかな。楽しみだ。

 そうしてつついてると――それは笑みという名の暴力であった。

 

 壮絶な形相。ガチガチに固まった筋肉を、無理やりに動かした表情だ。ぶち、ぶちぶちっ! と筋繊維の壊れる音がする。

 そうして生まれた顔つき。

 

 なんて、なんて悲しい笑顔なんだろう。悪鬼が牙を向けるような、それでも目元は一切感情を示さず。凄まじい。慣れてきたあたしでも、思わず艦装を意識する。

 どれほどの地獄を潜れば、こんな顔を浮かべられるの?

 

「ごめん…」

 泣きそうになった。抱きしめたい。

 素直で幼い心を感じたせいで、どうにもこの表情が強がりにしか見えない。

 なにか抗えない力に対して、凡庸な人が必死に抗った果てにしか見えないんだ。

 

「謝るな。泣きたくなるだろう」

 提督の泣きたいは冗談だった。あたしの心は……冗談に出来る空気だ。

 落ち着こう。勝手な感傷で提督を傷つけたくないよ。これから変わってけば良いんだ。

 

 とりあえず、絶対に笑顔は止めないと。皆のトラウマになっちゃう。

 話を変えよう。そうしよう。

「でさ。提督はいきなりどしたの?」

「うん?」

 

 作り笑いの不自然さが消えて、無表情の柔らかな笑みを感じる。

 良い。提督の表情は変わらなくても、雰囲気が良いんだ。十分すぎるね。

「ほとんど執務室から出てこなかったし。あいさつもしてなかったよね?」

「そうだな」

 

 なんだか誤魔化したがってる感じ。あたしは結果を知ってるけど、提督の口から聞きたい。そうじゃないと、あたしから動くのも不自然だ。

 そうして、結果を語る時の雰囲気も知りたい。

 提督があたし達を知りたいのと同じ位。あたし達も提督を知りたいんだ。

 

「夕立から聞いたけど、朝にあいさつしたんでしょ」

 あの後の夕立の落ち込みようときたら。

 抱きしめたら持ち直したけども。すっごくしょんぼりしてた。

 

 特徴的な髪の跳ねも、叱られた犬みたくしなってた。かなり気にしてる証拠だ。ここで提督の言葉を聞いてあげて、夕立を慰めたい。

 絶対に怒ってないよって、彼女に伝えないと。

 

「言うな。泣きたくなるだろう」

 本当に泣き出しそうだ。ちょっと躊躇うけど、それ以上に愛らしいね。

 こうして反応に一喜一憂するほど、夕立とかも仲良くしたがって。邪な気持ちも感じないし、うんうん。良い事だ。

 

「な、なんで?」

「…泣いて逃げられた」

「ぶふっ」

 いけない。あんまりにも落ち込む姿が可愛くて、吹き出しちゃった。



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笑顔です

「わ、笑うな。怒るぞ」

 意識的に提督が威圧感を強める。謎の異能。そうやって圧を高められるなら、弱めるのも工夫すれば良いのに。そうしたら駆逐艦の他の子達だって、もっと近づきやすいんだよ。

 

 いつの間にここまで慣れたんだろ。全然怖くないや。

 涙目で怒ってる子供みたい。かなり失礼な感想だけどさ。可愛く思っちゃう。

 抱きしめたら…怒るよね。恥ずかしさも若干ある。提督を子供扱いするには、お互いの体が大きいし、その。ねえ。男女だもの。精々体の大きい弟。

 

 きっとそんな扱いも、提督からしたら困るのかな。どうだろ。

「ああ、落ち込んじゃった。ごめんね?」

 謝ったら雰囲気が和らいだ。素直だなあ。拗ねた夕立にも似てる。

 

 夕立の幼さと、時雨の感じも合わさってる。他の妹とは似てないけど。ふふふ。それが提督らしさ。可愛いなあ。

「ほらほら。いっぱいお話しようよ。姉妹のことはあたしがいっちばん知ってるから」

 ニコニコと笑ってじ~っと見てたら。

 

「俺は白露の事も知りたいんだが」

 ぽつりと言葉が返ってきた。

「あたし?」

 白露型駆逐艦・一番艦の白露として。なんて無粋すぎるよね。

 

 あたしが過ごしてきた日常を聞きたい。真っ直ぐな眼差しは、戦争の臭いなんて求めてないよ。暖かい日々を知りたがってる。

 日比生。日々を生きる。名字の通りな気性。でも軍神としても語られてる。ううん。

 

 いや。あたしが考え込んでも仕方ない。どう語ろうかな。

「白露を知りたい。教えてはくれないか」

「うん。う~ん」

 期待されると困っちゃう。あたしは妹達と違って、愛らしさに欠けるというか。

 

 春雨みたく女の子してないし、夕立みたく無邪気でもない。時雨の儚さはなくて、村雨みたいな美もないや。海風は家庭的で、逆に山風は甘えん坊の愛らしさ。

 江風は元気いっぱいで、五月雨はがんばり屋さん。涼風は勢いが強いわんぱくな子。

 でもあたしがいっちばんだけどね! ふっふっふ。ふう。ど、どうしよう。

 

 思ってみれば、語る事がないや。いきなり一番とか変だよ。ううむ。

「好きな食べ物は何だ?」

「おいしいの!」

 良かった。素直な答えを返せた。これで提督も優しい微笑みで。

 

「ふふっ」

 ――そんなに愛しそうに笑うんだ。わあ、すごい。あたしにじゃない。艦娘に対する、絶対的な信仰すら感じる。

 定年後に報われた人? 変なイメージだけど。とても報われた笑みだった。

 

 もう一回見たい。どうすれば良いかな。そうだ。

「あ、提督笑った! なによもう。そんなにおかしいの?」

 怒ったふりをすれば。

 

「ははは!」

 薄ら涙すら浮かべて笑ってくれた。堪らない笑顔。良い笑顔してるじゃんか。

 ああ、もう。可愛いなあ。弟がいたなら、こんな感じだったのかな。ふふ。



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幸せのスイートです

 笑う提督を見てると、こっちまで楽しい気持ちにさせてくれた。

 …でも、ちょっと笑いすぎ。まったくもう。

「すっごい笑ってる!」

 怒ってみせれば。

 

「くふ、ふふっ。ほっぺ」

 提督があたしの頬をゆびさした。それにつられて触れてみれば。

「なによ…あ、ついてる!」

 ご飯粒がほっぺたについてた。そんな間抜けな顔のまま、元気いっぱいに答えてたんだ。

 

 うわあ、恥ずかしい! 気付いてたなら早めに教えてよ! いじわる。

 提督の顔を見てられなかった。俯いてると。

「い、いや。堂々とした言い草が堪らなくてな。そうか。白露は美味しい物が好きなのか」

 

 うんうんと感慨深そうに頷く気配。完全に調子に乗ってる。

 生意気。やっぱりいじわる。からかってるんだ。怒ったよ!

「むう」

 じ~っと睨んた。たじろぐ顔。ふふふ。困ってる。可愛いな。

 

 お、おっとおっと。やりすぎて他の子を泣かせない為にも、ちゃんと怒っておかなきゃ。うんうん。う~ん。…あたしの方こそ、調子に乗りすぎかな?

 いや! 変に遠慮する方が失礼だね。

「怒るな怒るな。そうだな。よし。とっておきを君にあげよう」

 

 悪戯がばれた子供が、誤魔化す感じで動いてる。わちゃわちゃと慌てた感じ。

 提督が隣の部屋から何かを取ってきた。これは缶? 綺麗な缶だ。宝物が入ってるみたいだね。

 提督がふたを開ければ――美しいクッキーが姿を見せてくれた。

 

「これは…お菓子だ!」

 思わず歓声が出ちゃった。とっても形良くおいしそうな焼き菓子。

 風味豊かなチョコクッキー。素敵な香りにバタークッキー。宝石を乗せたみたいなジャムクッキー。マーブルな模様は美しく。星形丸形ハート形。

 

 多種多様な型で抜かれてて、作った人の遊び心が伝わるね。

 全部完成度が高い。神々しさすら感じちゃう。最高のお菓子!

 とっておきの言葉通り。すっごい感動を与えてくれたよ。

「ありがと」

 

 照れもまじってぼやけたけど、素直な気持ちでお礼を伝えた。

 微笑みとすら呼べない程仄かに、提督が笑ってくれて。紅茶まで淹れてくれた。

 良い香り。茶葉が良いのかな? わくわくする豊かな匂い。

「せめてもの謝意だ」

 

 そう言って、お皿にクッキーを盛り付けてくれた。

 ふっふっふ。どれから食べようかな。

「えへへ。なら許したげる」

 

 しかもこんなに食べて良いんだ! 提督といっしょにお茶会だ。ふふふ。良い気持ち。

 いずれは妹たちも呼ぶんだ。そうして、他の仲間達ともごはんを食べよう。

 楽しみだ。でもでも、今はこの宝物をしっかりと味わおう。えへへ。これも楽しみ。



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あま~い一枚です

「どこのお店の?」

 問いかけたくなる位に、すっごい完成度だ。これはぜったいにおいしい。

「俺が作った代物でな。店では買えないという意味では、最高級と言っても良い」

「ふんふん」

 

 あっさりと言ってるけど、プロ超えの腕前だよ。いやまだ食べてないけど。見た目的には、お店で見たどれよりも綺麗。

 しかも腕を上げたのは、きっと最前線での話だよね。生まれついてからこの腕前、とも思えないし。継続的に鍛えたんだろう。

 

 それとも軍学校の時? どちらにせよ、微笑ましくも末恐ろしい事実。

 戦場の臭いがきつい状況で、ここまで至れる時点ですごいよね。

 まずは…バタークッキーからいだたこうかな。

 一枚とって、不安そうに見守る彼の前で食べる。

 

 ――サクっとした食感。甘み。するりととけ込む味わい。頬が緩んでく。ぎゅ~っと幸せをつめこんだ! 素敵なお菓子だった。 

「すっごいおいしいね! 提督って、意外な趣味があるんだ」

 商品って感じがしない。温もりを感じる。手間暇を惜しまず、利益なんて欠片も考えてない。ただおいしく。ただ食べた人の幸せを願ってる。

 

 作り手の、提督の想いが伝わる。あったかい。良い。

「暇つぶしの手慰みだよ」

 そんな次元じゃないよね。どこか自虐的だなあ。もう。

 でも本当においしい。どうしよう。止まらないよ。太っちゃう? それでも良いかも。

 

 サクうま。しっとりうま。甘酸っぱいうま。たまらない。

「言ってはいけない事かもしれないが、俺の指揮は此処には要らない」

 真面目な言葉だった。後悔は感じないけど、あっさりと紡がれたにしては、仄かに重みを感じる。

 

 日常を楽しみたい。楽しんでほしい。妹達とも仲良くしてほしい。

 全て解決する方法はある。きっと、この提督なら大丈夫だからさ。

「…ううん。それならさ。秘書艦は誰でも良いんだよね?」

 響はどう思うだろう? 怒るかな。長期休暇だから、どうなんだろう。

 

 その程度では揺らがない信頼関係。これが正しいと思う。

「そう言い換えることも出来るかもな。それがどうした?」

「じゃあさ。この二週間くらいは、白露型の皆でやったらどうかな」

 言葉を聞いて、少し驚いた様子だった。可愛い反応。予想してなかったみたい。

 

 ふふふ。真面目な話、ここまで接した提督の感じなら、他の皆と仲良くなれるでしょ。だったら早いほうが良い。いっちばん良い。

「ほう」

 

 息の抜けた反応。まだ驚きから戻ってきてない。可愛いなあ本当にもう。

「一日ず~っといたら、大分馴染むよね。あたしも慣れてきたし」

 うんうん。提督の威圧にさえ慣れたらさ、仲良くなるのは早いよ。楽しみ!



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秘書艦も大変です

 ――それは笑みと言うには、あまりにも凶悪だった。壮絶な笑み。悪鬼羅刹が牙を剥いた表情。場の空気が冷え込む。戦場の臭いを感じる。体が震えた。

 油断すれば、武装を目の前の悪鬼に向けてしまいそう……また考えたあたしが言うのも変だけど。

 ダメだって! 作り笑いの提督は怖すぎるんだって!!

 

「それはなしで」

 落ち込んでも駄目。ぜったいに泣かせる笑顔だもん。

 …そういえば響も笑顔が苦手だったな。そんな所も似通ってるコンビ。なんだかんだと、一番相性が良いのは彼女なんだろうけどさ。

 

 でも、他の皆だって知りたがってる。だから今日を頑張ろう!!

「じゃあ今更だけど、今日はあたしね! よろしく~」

 握手を求めて手を差し出したら、一瞬躊躇って応じてくれた。

 

 ゴツゴツな掌。武骨な手。絶え間ない修練と、戦場の臭いを感じる手の熱。皮膚も分厚い。酷い火傷を負った経験もあって、肌が独特の感触をしてる。

 大きいね。頑張ってきた人のだ。うんうん。あたしも頑張ろう!

「よろしくお願いする」

 

 ふっふっふ。いっちばんよろしくする! 姉妹艦で一番になるからね。

 クッキーもおいしかったし、紅茶も良い香りだった。元気いっぱい。がんばるよ。

「でさ。秘書艦って何をすれば良いの?」

 

 今更だけど仕事が分からないや。いっつも響がやってくれてたから、全然経験がない。これはまずいね。

 いっぱい仕事があるイメージ。クールな感じ。ふふふ。メガネをかけようかな。

 大淀さんが一番イメージに近いんだけど。この鎮守府にはいないから。

 

「基本的には提督の補佐だ。必要と思ったことをすれば良い」

 提督の補佐。後ろに控えて見守る? それとも肩もみとか。凝ってそうだよね。

 ううん。よく分からない。書類も溜まってないよ。お茶も今飲んだばっかり。昼食は用意したけど、クッキーには劣るような。

 

 秘書艦の仕事が出来てない! どうしよっか。変に働こうとして、提督に迷惑をかけたくないよ。

「書類整理やお茶淹れ。後は会話の相手など」

 うんうん。イメージから逸れてなくて、ありがたいんだけど。

 

 前二つは済んでるよね。お茶は早すぎる。会話の相手はいまやってる。

 提督も気付いているのか、言ってから困った様に。

「仕事は少ないからな。どうにも」

 これだけのんびりしてたから、正直予想はついてたけども。

 

 まあ良いや。出来ることはまだあるでしょ。一生懸命頑張ろう。

「ふむふむ。白露型で一番上手にこなしたげる。一番艦だからね!」

 気合いを入れていくよ。



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優しい怒りです

 二時間位わちゃわちゃと仕事をしてたけど、全然働けてなかった!!

 結局淹れたお茶はおいしく出来なかった。出来た書類も書き間違えて、やる気だけで空回り。なのに提督が嬉しそうにしてくれて、楽しくなってまたまた空回り。

 

 嬉しそうな彼だけが成果。あんまり働けてない。

「…仕事がない~!」

 涙目になってきた。提督が有能すぎる。ガンガン書類が消えていく。

 

 今日の仕事はもう終わりらしい。まだ夕方にすらなってない。昼過ぎ程度。すっかり暇になってた。できる事はなくて、時間だけをもてあましてる。

 怪しいぞ。多忙で関われないとか言っといて、時間があるじゃない。

 

「ねえねえ提督。普段はなにしてるの? 怒らないから教えて」

 笑顔を意識して聞いてみたけど、眼に見えて提督が怯えてる。

 怒ってないよ~! ほんとだよ~! 

「基本的に遊んでいるな」

 

 開き直った返答。ふふんと拗ねた子供みたい。可愛い。もっといじめよう。

「私たちが~遠征とかで~頑張ってるのに?」

 ニコニコと問いかけてみたら、彼はぴくぴくと頬を引きつられせながらも。

 

「ああ」

 無表情で答えてきた。

「……」

 無言でじ~っと見つめてみる。眼に見えて動揺してる。ふふふ。

 

 ここで笑顔になったらもったいない。がまんがまん。もうちょっと提督側の緊張を壊したい。もっともっと仲良くなろう。気を遣わないで良いんだよ。

「ずっと篭もりっぱなしだったのは、全部さぼってたの!?」

 

 怒ったふり。提督は口笛吹きそうな雰囲気だ。本当に開き直ってきた様子。可愛いなあ。よし良い子だ。柔らかく。受け入れ合おうよ。

「いやいや。ここまで暇になったのは最近の話だ。今までは業務に追われていた」

 

 篭もりきってたから分かってるよ。怒ったのはフリだけど。ここまで暇になってたのは予想外だった。それならもっと…あ、そうか。

 それで挨拶から始めたんだ。仲良くなろうと動いてくれたのは分かってたけど、触れあい方も優しい感じ。胸が仄かに温かい。ふふふ。サポートするよ!

 

「ようやく落ち着きを取り戻して、皆に関わろうと思っているんだ」

「そもそも優秀すぎて、仕事が足りなくなってるのかな」

 贔屓とかなしに提督は優秀だ。軽く引いちゃうレベル。戦神と言われる提督も、前線にはいるみたいだけど。事務能力含めて総合的に見たらさ。

 

 絶対に、日比生提督がいっちばん。誇らしい。

「ああ」

「う~ん」

 

 無愛想な返答。自然体が武骨だよね。慣れてきたから分かるけど、始まったばかりは戸惑うかも。どうしよう。あんまり考えすぎても駄目かな?

 あたしの大切な姉妹達も、暖かくて優しい子達だ。

 ちゃんと知り合っていける。変に気を揉むのも失礼ね。



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提案です

 考え込んでるあたしへ、申し訳なさそうに提督が言う。

「疲労も抜けていない。すまないが、仮眠を摂りたいのだが」

 言われてみれば、目元の隈が酷かった。自然に感じてるけど、普通は寝不足を疑うよね。目つきの悪さも寝不足が原因? でも、時間は今までだってあったはず。

 

 …考えられるのは、極度のストレスによる不眠症とか。

 この鎮守府が平和な分、今までの疲労が出ちゃったのかな。

「あ、うん。あたしはどうしよっか」

 寝かしつける? なあんて、提督からは絶対に言ってこないよね。

 

 やらしい意味じゃなくて、人の温もりって安心出来るんだ。夕立とお昼寝したりとか、たま~に山風と寝てみたり。リラックス効果は感じてる。

 あたしはどうだろ。提督が安心出来るかは分からないけど。いっしょにいたい。

「好きに過ごしても良いぞ。他の姉妹艦も休日だろう。遊びに出ても良い」

 

 真面目な言葉。気づかいは嬉しいよ。でもさ。

「今日、あたしは秘書艦なんですけど」

 響の代わりには絶対になれないし、なるつもりもない。失礼だからね。

 

 だからこそ、あたしらしく秘書艦を努めたいんだ。並び立つ相棒にはなれなくても、見守る者としてここにいたい。

 拒絶されるなら退くけど。葛藤を感じる気もする。表情に出てないから、あたしの勝手な思い込みかも。それでも、少しでも楽になってほしい。

 

「ふむ…とはいえどうにもな。すまないが横にならせて貰う」

 表情に出てないし、自覚はなさそうだけど。

 とても、疲れた雰囲気を感じる。慢性的な寝不足が過ぎて、疲れすら認識してないの? 当たり前に疲れきってる。

 

 ううん。どうしよっかな。考えてもしょうがないけど。

「自室で寝ないの?」

 せめても暖かいベッドで寝た方が良いよ。そ、添い寝とか。いやいや。ない。ちょっと恥ずかしすぎるって。せめて膝枕。

 

 でもなあ。いきなり言うのって可笑しいよね。

「誰かが尋ねてくる可能性も、零ではない。気配が来れば起きられるからな」

「ふうん」

 

 逆に考えるなら、少しの物音で目覚めちゃう位に神経が過敏なんだ。

 江風とか、豪快にいびきをかきながら寝てたり。安心しきった寝姿なの。提督は真逆。怯え竦むような感じで。

 

 よし。決めた。提督の眠りを助けよう。自然な感じに言うんだ。

「でも、ソファーだと首が痛くない?」

「仕方あるまい。普段使いの枕では、ソファーに上手く置けないんだ」

 

 流れるような言葉の展開。ふっふっふ。さすが一番艦。

 これなら、いっちばん上手く提案出来るね!

「…にひひ、膝枕でもする?」



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ちいさな許し、大きな心です

「乙女がみだりに触れあいを許すべきじゃない」

 どこか照れながらの言葉。あたしも自覚があるけど、お互いに顔が赤くなってる。

 変な空気が広がってた。妙に照れる生暖かい感じ。

 

「やらしいんだあ」

 大体、本気でそう思ってるならさ。嬉しそうな雰囲気を出したら駄目だよ。

 気恥ずかしいけど、提督も喜んでくれてるんだ。やったね。

「そんなんじゃないよ。してもらった事ないの?」

 

「生憎だが経験はない」

 彼女さんとかは…想像出来ない。響は? も、もっとすごい事をしてそう。

 って、だめだめ。提督が変な事を言うから悪いんだ。純粋に甘えてほしいのに、そんな考えは不純だよね。まったくもう。

 

 落ち着こう。ん。嫌がってないみたいだけだ。

「よっし。それならあたしが一番だね」

 ふっふっふ。誇らしい。大分気を許してくれてるんだ。良いね。

 このまま気を緩めて、疲れも取れたら最高だよね。ようし。

 

「おいで」

 ぽんぽんとふとももを手で叩いて、提督を待つ。不思議と緊張は感じない。

 幼子みたいだから? 弟みたい? う~ん。もちろんそんな心もあるけどさ。

 

 疲れきってる。頑張った人が、休みたがってる。だから守りたい。艦娘としての感情が強いかな。ふふふ。なにに言い訳をしてるんだろ。

『白露姉さん、少し甘えさせてくれないか?』

 良い響き! …いやいや。落ち着かなきゃ。変に暴走したら迷惑。

 

 でも、やっぱり良い響きだ。ふふふ。もっと甘えてほしいな。ゆくゆくは響も甘えてきて、白露型皆とも仲良くなっていって。鎮守府がもっと!

 …発想が飛躍しすぎた。今はただ、提督に癒やされてほしい。

「良いのか?」

 

 ちょっとしつこい位、やりたがらない。何だろう。宝くじで一等が当たった人みたい。

 嬉しすぎて現実を直視出来ないって、やる本人のあたしが言うと、すっごく恥ずかしい言葉だけどさ。

 

「そんなに躊躇うほど嫌なら、止めるけど」

「嫌じゃない」

 迷いない断言。無駄に顔が格好良くなってる。真剣な様子。

「むう。生意気」

 

 あえてからかってみたらさ。

「とても、とても嬉しいよ。ありがとう」

 慌てて訂正してきた。ふっふっふ。愛らしいね。よしよし。

「よろしい!」

 迷い、困った顔で笑いつつも。ゆっくりと、本当にゆっくりと彼が近づいてくる。

 

 緊張はない。異性として向き合うというより、甘え下手な子供を甘やかす感じ。

 ニコニコ楽しい気持ちと、しょうがないなあと思う心。

 良いのかなと躊躇う彼。良いんだよと許したいだけ。

 

 幸せな日常の熱を、胸一杯に感じてる。だから提督。おいで。あたしが守るからさ。甘えて良いんだよ。ここは日常を許された場所だよ。

 心はきっと伝わってなくても、ようやく、彼はあたしのふとももに頭を乗せた。



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優しい眠りへと

 物音一つ聞こえない執務室。もうお昼が終わって、徐々に夜が近づいてる。

 暖かな日の光。妹達は楽しい休日を過ごせてるかな? あたしは…最高の一日だった。

 そうして、その最高はきっと何度も覆される。どんどん日常を楽しんでく。

 

 のんびりと流れる時の中で、あたしは提督に膝枕をしている。ほら。この事実だけで、これから訪れる日常へ、いっぱい期待出来るでしょ。

 

 提督の頭の重さが、両脚に伝わってる。仄かに髪の毛がくすぐったい。硬めの髪の毛。髪質にこだわってないらしい。イメージ通りかな。

 提督があたしを見上げてる。思わず微笑んで彼を見つめてた。

 

 なんだろう。あたしも癒やされてる。あったかい。体温が伝わる。今日が休日で良かった。演習明けとかに甘えられてたら、汗の匂いを気にしてたよ。

 ぼんやりと過ごしてる中で、彼がぽつりと。

「思っていたより固いな」

 

 うそ。照れを隠すための言葉だ。分かる位に提督を知ってきたんだ。嬉しいな。

 それはそれとして。生意気なのでおしおきします。

「…そういう生意気を言う口は、これかな~!」

 くちびるをぎゅっとつまむ。

 

「ぐみゅむ」

 照れながらも嬉しそうにしてくれた。可愛い。

「ふふふ」

 楽しいな。本当にゆっくりと時間が進んでく。日常だねえ。平和だ。

 

 ぼけ~っとしてる。あたしも眠たくなってきた。良いかな寝ちゃおうか。いっしょに寝れば楽しさ二倍。癒やされて…ん~?

 提督の顔を見ると。

 

 とろんとした瞳。ぼんやりと潤んだ目は、今にも閉じてしまいそう。奥底の更に一番底に沈んでた疲れが、どろっどろに融け出てる。

 そんな彼が、あたしのおっぱいをじっと見てる。

 

 ……驚いた。自分でもびっくりする位、何も感じてない。

 恥ずかしいだとか、この変態! だとか。女の子に失礼だよ。とか。

 怒りもなく羞恥もない。なんだろう。しょうがないなあ。って気分だった。

「――やらしい眼で見た?」

 

「み、見てないぞ」

 顔が真っ赤。慌てて横に顔を向けた。ああ。目が見られないな。表情も見えづらい。黙ってれば良かった。でも可愛くてしかたない。

 

「あやしいなあ。このこの」

 つんつんとほっぺをつつく。指先に、熱い羞恥の熱が伝わってるよ。

 …性欲を満たすだけなら、提督としての命令権で出来るんだ。男としての欲求があるのは、当然だと思う。でもさ、それでも愛がなければなんて。

 

 どこか素直な貴方は、そう言ってくれるのかな。

「ふっふっふ。のんびりしてね。あたし達も頑張るからさ」

 わしゃわしゃと彼の頭を撫でる。愛おしい我らが提督の、どこか子供みたいに強がる彼の、がんばりを認めたくて。

 

「そりゃあ、響が一番に強いけど。あたしもいっちばん頑張って、支えるから」

 守り合う相棒の役目は、あたしの在り方じゃあ足りないよ。

 せめて甘えてほしい。甘えても良いんだって、いっちばん強く伝えたいの。

 

「だから、提督もあたし達姉妹に話しかけてね」

「…ありがとう」

 震えた声。強く、感情が乗った声色は熱かった。うんうん。良い気持ち。

 

「いえいえ。ほうら、おやすみなさい。夕食前になったら起こしたげる」

「おやすみ」

 とけ込む様な儚い言葉を紡いで、提督が眠りについてくれた。



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誓いの心です

  穏やかに寝息をたてて、あたしのふとももで提督が寝てる。頭を脚にあずけて、無防備な形。鼻をつまんだりとか、いたずらしたくなるような。

「う、ん…」

 

 小さく寝返りをうって、横を向いてたのが上を向く。顔が見える。

 無邪気に緩んだ表情。穏やかに眠る顔。どろどろの疲れを癒やしてる。

 邪魔したくない。そっと、起こさないように額に手を乗せた。

 

 そのまま、壊れ物を触るよりもっと気をつけて、額を撫でてみる。

 くすぐったそうに微笑む。寝顔がもっと柔らかく。

「ふふふ。可愛い」

 言葉にすると、胸の奥が堪らない気持ちになった。

 

 よく眠ってる姿。重みを預けきった顔。良いね。良いよ。うんうん。

 いっちばん愛らしい。ふふふ。夕立もこの場で眠ってたら、ちょっと危なかったね。もう添い寝が恥ずかしいとか超えて、二人を抱きかかえて寝てたよ。

 

 ふう。…ん?

「ぅ、あ、ぁ」

 提督がうなされてる。さっきまで穏やかに寝てたのに、夢見が悪いのかな?

 ど、どうしよう。起こす…いや、疲労を考えればしたくない。

 

 頭を撫でてみるけど。

「ぁ、あ、ったかい…お、れ、おれは」

 まだうなされてる。どろどろの疲れが流れて、深く眠りについてるんだ。

 

 悪夢。間違いなく疲れの原因が、おっきなストレスが眠りを壊してる。深く眠ってるから起きれもしなくて、延々とむしばまれてる。苦悶の表情。辛そうな顔。

 ――熱い雫が流れてた。彼の涙。

 

「ご、めん。ごめん、なさい…」

 うわごとの様に寝言を呟きながら、ただただ謝り続けてる。…守る。守るよ。

 えっと、その。意識するな。吐血したときといっしょ。今度は本当に錯乱してるんだから。

 

 彼の頭を抱き込むように、やわらかく抱きしめる。

 ぎゅっと、その、胸を押しつけてる。意識すると恥ずかしい。…熱い。涙がしみこんできた。じゃあだめだ。変に意識するな。落ち着いて。

 

 大丈夫だよ。暖かい? 重みを預けて、疲れを許して、癒やしを認めて。

 あたしが守るから、響と提督が得た日常を守り切るからさ。

「大丈夫だよ。よしよし。今まで頑張ったね」

 

「…ぁ、ぅ」

 また穏やかに寝息を立て始めた。そっと抱擁を止めて顔を見れば。

 緩やかな微笑み。ちょっとスケベな気もするけど、優しい笑顔。ああ、良かった。

 …強くなろう。この守りたい心を貫き通せる位、もっと強くなるんだ。

 

 今はただ重みを受け止めて、日常を許すだけのあたし。

 だからこそ。

「もっともっと、日常を楽しんでね」

 言葉を誰にも届かず。誓いを心に秘めて。穏やかな休日を過ごしてく。



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時雨さんとの
元気いっぱいです


 白露との楽しいやり取りから二日が経過した。

 彼女のお姉ちゃん力をたっぷりと知り、無邪気な幼なじみぶりを感じつつ。

 最後には膝枕。膝枕~!! いやっほう!! 寝ちまって匂いとかは楽しんでないけど、最高に癒やされたぜ!!

 

 …いやほんと。わけが分からんレベルで調子が良い。

 妙に快適な脳みそ。内臓も快調である。筋肉の調子も良い。

 今まで死んでいたのでは、と思うほど疲れが取れている。

 しかもあれだ。起こすときの白露の声ときたら。

 

『提督。起きてよ。早くしないと晩ご飯に遅刻するよ~』

 まずここで一度達した。

 いやいや達してない。落ち着け。落ち着くのだ。…朝だちしなくて良かったね。

 なんだろう。――嫌な、嫌な夢を見ていたんだが。何時も通りに見ていたんだが。

 

 何かとても暖かで、尊いモノに包まれていた記憶がある。許された覚えがある。

「…少しだけ、不眠症も治ってきたのもソレか?」

 白露に聞いたけど。

『ん~? ずっと穏やかに寝てたけど。…あ、すけべな夢見てたんでしょ』

 

 そうしてここで二度達した。

 ちょっと危なかったね。冗談抜きで危なかった。なにあの笑顔。ヤバいやん。

 ばぶ~! ってなる所だった。軽蔑する響をイメージしなかったら、ちょっと止まれなかった。

 

 さて。

 今の俺ならば、烈海王にだって勝てる!! なんて調子に乗ってると、悲惨な目に遭いそうなので自重しておこう。

 つまりは、白露からの提案を速攻で実行、行動どうようチェケラあ!!

 

 などとラップってないと、元気すぎて精神の限界が来そうなので、リズムに乗ってみた。なんちゃって未満ラップであった。

 提案を実行した日。翌日適応は無理だったので、一日あけてのである。

 白露型秘書艦大作戦。栄えある初日の艦娘は――夕立である!!

 

 平穏を楽しんで生きていくと決めてから、ず~っと意識していた相手。俺も暇な時間を見つけては、ぽいぽいと口ずさんでいたのだ。

 今ではすっかりとぽいぽい状態。夕立さんってば、可愛いっぽい? ってなもんだ。ふう。

「ふふ。楽しみだ」

 

 全部嘘だ!!

 なぜ嘘をついたのかって? 白露に言われた事が悲しかったからさ。

『提督はまだまだ怖いから、初日から夕立は止めてね』

 

 他の姉妹から徐々に慣らしていって、外堀を埋めるイメージである。俺は毒物かな? 

 しかも、そう告げた時の白露の表情だ。

 申し訳なさそうにしつつも、真面目な声で言っていた。俺は泣いた。

 

 別に良いんだ。それだけ彼女が真剣に考えてくれた証拠。

 俺という人間を伝えれば良い。実にシンプルである。

 そんなこんなで初日は。



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策略なしです

「提督。お邪魔するよ」

 白露型駆逐艦2番艦・時雨であった。

「今日はよろしくお願いする」

「此方こそ。迷惑をかけないようにがんばるね」

 

 三つ編みおさげの黒髪美少女。ぴょんと二つはねている黒髪は、どこか犬の耳みたいで愛らしさもあり。まずこの時点で最高だ。

 優しく儚げな水色の瞳。仄かな微笑み。美しく柔らかな顔立ち。今にも消えそうな弱々しさ。それでいて芯を感じる佇まいが良い。麗しい。

 

 降り始め、掴まえる間もない雨の如く。するやかに通り抜ける儚さが、手の届かない美しさを感じさせる。

 ――はああ。良い。尊い。何がって? これ言葉に出来ないタイプの心。

 

 きゅんきゅんとはちょっと違うんだよ。切なさ。もどかしさ。どこかネガティブなのに、美しいと思う心。

 感動。もっと大げさに言えば、吐息が零れる程の情動。

 時雨の在り方は美しい。愛らしさだけでは決してない。

 

 白露の様になじみ易さはない。長女力もない。

 触れても良いのか。共に在れないのでは、と思う悲哀の心こそ、彼女の魅力であるのだろう。それでいてさみしがり屋な面もある…らしい。白露情報だ。

 最高かよ。最高だよ。

 

 白露のようにボインでもない。うむ。でも響よりは。うむ。殺されたくない…!

『司令官は私の事が嫌いなんだ…!』 

 ガチ泣きとか、ガチへこみはもっと嫌なので。あんまりこういうのは駄目かもなあ。

 

 本人に言わなければ伝わらない筈なのに、どうして俺は心まで考慮しているのやら。でも、まかり間違っても勘違いされては困る。

 龍驤みたくな。もっと気楽に振る舞いたい。

 

 おふざけはともかく、好きは好きだ。勘違いして欲しくない。

 さあてさて。どうしようこうしよう。そうしよう。何がやねん。みたいな。

 特に今回は何も考えていない。時雨にどうこうしてほしい。なんて欲求は…もちろんあるけどな!

 

 時雨の魅力は色々ある。もちろん、他の艦娘も魅力的だ。

 その上であえて断言しよう。俺は時雨に――めっちゃ甘えてほしい!

 ああ気持ち悪いさ! 俺は変態さ!! でもなあ。好きなんだよ。大好きなんだ。

 

 で、色々と考えた。策略を張り巡らそうとした。しかし――何の成果も得られませんでした!! しょうがないね。開き直って無策であった。

 

 基本コンセプトは川内と変わらない。頭を撫でる。それは正しい。

 ただコレは、時雨が望まないと意味がない。

 褒められるというのはそうだろう。認められる。結果として、頭を撫でられる。俺も嬉しい。完璧だ。想像出来ない点を抜かせばだがね!



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狡猾な賄賂です

 川内の時は運命の悪戯でなで回したが。…悪戯で撫で回したって表現がヤバい。でも撫で回したね。しょうがねいね。

 運命の導きの侭に動いたが、今度は導きようがなかろう。

 

 白露は策略に嵌めた。…いや、これも響きが悪い。いやいや。響は何も悪くない。

 響なあ。元気でやっていると良いんだがね。姉妹仲良いのは知ってるけど、どうだろうな。ぐへへ。俺も混ざりにいきたいぜ。

 などと悪ふざけな考えは止めとくとして、どうしようか。

 

「提督、僕は何をすれば良いのかな」

 透き通る声。耳を通過して脳に響く透明な声色。静かな言葉はしみ渡る。堪らない。

 いかんいかん。トリップしていた。調子が良すぎて心が暴走している。落ち着け。

「仕事は既に終わらせてある。君の話を聞かせてくれ。大切な姉妹達の話でも良い」

 

「お話?」

 怪訝な表情だ。それはそうだろう。仕事をしにきて、いきなりおしゃべりとなったのだ。

 ふっふっふ。白露から皆の話は聞いたが、時雨からも聞きたい。素直な欲望である。

 俺は白露とのやり取りで気付いたのだ。もう少し緩くいくべきである。

 

「そうだ。これまで何も関わってこなかったろう。だから、君達を知りたい」

「そうなんだ。うん。それなら微力だけど、お話させてもらおうかな」

 彼女がソファーに座る。そのまま話を聞いても良いけど。せっかくだ。

「まあ待て。今お茶と茶菓子を用意しよう」

 

「良いの?」

「俺が食べてほしいんだ」

 白露の喜んだ姿は嬉しかった。時雨も味わってくれれば、尚嬉しい。

 それにな。美少女の食べる姿は眼福である。実に幸せな光景だ。

 

「そっか。ありがとう」

 嬉しそうに微笑む彼女の心を受けながら、用意したお菓子を取りに行く。

 今度はねりきりを用意した。意外と作ってみれば簡単である。

 

 花びらをもした和菓子。白あんを形良く整えて、適当に色をつけるだけ。本職の和菓子職人ではない。これで十分だ。

「ふふ、可愛らしいね」

 桜の花を模した物を見て、愛おしそうに笑っている。

 

 そんな風に笑う時雨の方が可愛らしい。とか言ったら、確実に引かれるので止めた。

「だろう。中々気に入っている」

 今回は緑茶にした。抹茶は苦手である。手早く用意を済ませれば、嬉しそうに時雨が笑っている。

 

 ふふふ。お菓子は万人に通じる力だ。他の白露型の皆にも試そう。一番艦に似て、おいしいのが好物なのだろう。ふふふ。

「手作りなんだって?」

「ああ。白露は好んで食べてくれたが、時雨はどうだろうな?」

 

「さっそくいただこうかな。…んっ。美味しいよ」

 幸せそうに頬を緩ませてくれた。儚げな雰囲気から一転、無邪気な幼子みたい。

 良いね。胸がほっこりとする。作った甲斐があろうよ。

「ならば良かった」

 

「これだけ素敵なお菓子をいただいたんだ。がんばって話すからね」

 仄かに気合いの入った表情。空回りしそうで心配だ。

「気負わなくて良い。君の自然体を知りたい」

「そう? それならいつも通り」



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困っちゃいます

 甘い一時を楽しんでから、時雨の言葉が始まる。と、思ったが。

 言葉が出てこない。様子を窺うと戸惑いながら。

「ど、どんな話をすれば良いのかな?」

 やはり気合いが入りすぎて、滑り出しが難しそうだ。

 

 うむうむ。赤くなってはにかむ姿は、素直に愛らしいのだがね。さあて。

 白露の言葉もある。素直な心で会話を楽しもう。

「最近で何か良い事はあったか?」

「そうだなあ」

 

 考え込んでいる。緑茶の湯気がゆらゆらと。のんびり空気が心地良い。 

 今日も良い天気だ。陽光が心地良いね。

「皆が元気に笑ってくれてる」

 そっと零れた言葉。とけ込む響きは愛おしさを乗せていた。

 

 噛みしめるように聞き入る。その一言が、どれだけ彼女にとって救いとなっているか。考えるまでもない。

「良い事だな」

 維持出来る俺で在りたい。その為に努力はしよう。

 

「うん…とってもね。こんなので良いの?」

 困っていた。愛らしい。ぺろぺろ…なぜ俺はぺろぺろした!?

 落ち着け。調子が良すぎて変態になってるぞ。

 

 それは元からか。まあ良い。

「君の語り口から皆の日常を味わう。そうして、翌日から来てくれる姿と向き合える」

 ギャップに殺されそうだが、今は考えない。しょうがないのだ。うむうむ。

 最悪、白露にお願いしようそうしよう。敬愛なる長女力でどうにかしてほしい。

 

 …ふむ? 自分でも思っていたより、彼女に甘えているぞ。

 膝枕の破壊力がすごかったからな。しょうがないか?

「自慢ではないがな。俺は平穏が大好きだ。故に聞かせてほしい」

 甘ったれた人間と自覚しているがね、俺はただのどスケベだよ。

 

 臆病者が意地を張り続けて、軍神とまで語れている。ああなんたる滑稽か。笑っちまうぜ。…それに付き添ってくれた仲間がいるから、誇りとなっているのだ。

 戦場の臭いも俺の一面。だけど今は、目の前の日常を誇らせてくれ。

 

「何だかイメージと違ったな」

 頬をかきながら苦笑していた。ちょっといじめたくなる表情だ

 ぐふふ。涙目時雨たんぺろぺろ! ほっほっほ。よしよし。意識的に顔を固めて。

「恐ろしい悪鬼を思い浮かべていたのか?」

 

「その、えっと。あの」

 目を逸らしてしどろもどろ。二の句をつげずにいる。可愛い。

 もっといじめたくなったけど、白露から色々と釘を刺されている。自重しよう。

「ふふふ。からかっただけだ。怒ってないよ。安心してくれ」

 

「…もう」

 くちびるを尖らせて拗ねている。ちょう可愛い。ぺろぺろ。

 ふっ。今のぺろぺろは自覚ありだ!! 俺を舐めるなよ。むしろ舐めろ。

 

「さて。改めて聞かせてくれ。君の宝物を語ってくれ」

「ん」

 よしよし緊張が解れているぞ。狙い通りだ。多分。



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最愛の宝物達です

 胸に秘めた大切な想いを、彼女はゆっくりと語り始める。

「白露はね。スキンシップが大好きな人なんだ」

 よく知っている。本当にお世話してもらった。彼女のおかげで活力が戻った。

 

 調子が良すぎて、罪悪感すら覚える位だ。

 そう思いたくなくなる程の、なにかとても大きな許しを貰った気がする。

「ぎゅ~って抱きしめてくれて、とても眩しい笑顔で生きてる」

 良いなあ! でもでも、俺だって抱きしめてもらったし!!

 

 ――はっ!? お、落ち着け。何を張り合っているんだ。落ち着けよ。

「この間なんてアイスを奢ってくれて、僕が食べるのを見守ってくれてた」

 お、俺も食事を取ってきてもらったから。羨ましくない。

 それに俺に至っては、お菓子も食べてくれたからな。笑ってくれたんだぞ。

 

 だから張り合うな。落ち着くんだ。

「気恥ずかしかったんだけど、嬉しいのが強くてさ」

 分かる。すっごい分かる…。

「大好きな、大好きなお姉ちゃん」

 

 ねえ。本当にねえ。良いお姉ちゃんだよ。ばぶばぶ力も蓄えてる。良い母親になれるだろうさ。うんうん。良いだろう。認めよう。

 時雨の方が愛されているさ! どうせ俺は怖い提督だとも。

 

「村雨はいっしょにいるのが好きな子」

 楽しそうに時雨が笑っている。…俺は何を嫉妬していたんだ。バカじゃないか。

 目の前の彼女の愛情を感じている。愛おしい姉妹仲。嫉妬する理由はなかろうよ。

 

「この前遠征をしたんだ。そうしたら、ニコニコと笑って話してくれた」

 会話好きな姿が目に浮かぶ。それを彼女は、愛おしそうに聞いているのだ。

「時雨姉さんといっしょなら、怖い海でもいい感じね。なあんて。言ってくれた」

 なにそれ可愛い。やばいやばい。ちょっと萌えすぎちゃうんですけども。

 

「思わず抱きしめちゃって、驚かれたな。愛らしい大切な妹」

 静かに微笑む彼女を抱きしめたい。ぎゅっとしたい。

 しょうがないね。俺でも抱きしめちゃうね。幸せにするって宣言するレベル。

 

 軍神だからね。可愛い子に良い所見せたくてなったのもある。いや、別に自分から神だと宣言したわけじゃないが。幾らなんでも自称は痛すぎるだろう。

「夕立は無邪気な甘えん坊さん。でも人一倍頑張り屋」

 イメージがつくんだけどな。何だったら俺も常にぽいぽい言っているのだがな。

 

 俺からすれば、涙目逃走の彼女である。甘えてもらった事もなし。

「いっしょに食事をとってたらさ。急に僕のから揚げを食べちゃって」

 俺も食べさせてあげたい。むしろ時雨に食べてもらいたい。

 だって、夕立は泣くからな。白露からも止められている。……泣きそう。

 

「いたずらな笑みで笑ってるんだ」

 見たい~!! すっごい見たい!! 絶対に見るからな!!

 ふう、ふう~落ち着くのだ。がんばるぞ。うんうん。

「それがあんまりにも可愛くて、怒ったふりをしたら」

 

 怒った時雨も見たい。拗ねた様に目を背けたり、冷たい感じなのだろう。

『…提督には失望したよ』

 良いね!

「しょんぼりとして、ごめんなさい~って」

 

 あ、その夕立は知っている。知りすぎている位に知っている。知りたくなかった。

「可愛くて、ついつい許しちゃう。でもね。勘違いしないでほしいんだけど、人を傷つける甘え方は絶対にしないんだよ」

 

 慌ててフォローしていた。僅かでも、妹が悪く見られるのは嫌なのだろう。

「僕が落ち込んでる時、そっと寄り添ってくれたり」

 なにそれ尊い。俺も寄り添いたい。…駄目だ。想像上で泣かれた。夕立相手も時雨相手も、恐怖に覚えた姿を想像してしまう。泣きそう。

 

「甘え上手な愛おしい子」

 うむ。白露の時に知ったのだが、このまま放っておくと延々と続くぞ。

 それは良い。皆を語る姿は愛おしい。それはそれとして、時雨を聞きたい。…などと、白露相手にした時と同じく。振る舞えれば良いのだがな。



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ガチです

 白露が、感情のままに楽しそうな語り口だったのに対して。

 時雨は静かに、大切な宝物をそっと示すような声だった。響き良く。耳を心地良くしてくれる優しい音色。目を瞑れば眠れそう。…とまで言えば、話を聞いていなかったみたいで駄目だが。

 

 それでいて、白露よりも細部を覚えている。

 決して忘れない。大切な日常の尊さを、彼女が抱える想いが声色だけでも伝わる。

「でね。この間江風がね」

 ニコニコと楽しそうに笑い始める。皆の笑顔がある所に、彼女の笑顔があるんだ。

 

 自分を語らない。皆の方が好き。これは白露とそっくりだがね。

 ああ、本当に。切ない女の子だ。…頭撫でたいし、ぎゅっとしたいのだが。駄目だ。

 熱く煮え滾る想い。くんかくんか。ぺろぺろな気持ち。しかし。

 

 俺の欲望はどこへ消えた。いやもう尊すぎて。触るのとか無理。ほんと無理。尊い。

 だって笑顔が素敵なんだもん! もう駄目。写真に撮って額縁に飾りたい。

 それで恥ずかしがる彼女を、白露といっしょに眺めたい。そんな白露型の姉妹を、末永く守っていきたい。響がいるからな。大丈夫だな。

 

 良し。決めた。今回は触れあいなしの方向でいこう。

 川内とか白露は、触れ合う魅力が強かった。…響は性欲まで強く抱いた。

 彼女にも触れたくないと言えば嘘になる。提督として、でも。一人の人間としてでも、こんな愛らしい子を、愛でたくないとは言えないさ。

 

 だけど、彼女の大切を守れる俺で在りたいのだ。格好つけろ。つけすぎて、取れなくなった提督の在り方。日常という名の、宝物を抱える時雨を目にしたんだ。

 焼き付けろ。世界に何度も宣言しただろう。俺は、ちっぽけだけど。

 今日この時ばかりは、人間としての俺は捨てよう。

 

 ――遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。我が背負いし称号は、畏れ多くも神へと至り。軍を司りし頂として、全ての災厄を凌駕する。

 俺を舐めるなよ。俺に不可能なんてない。守り切るが提督の役目だろう。

 命がけで戦う少女達すら守れぬ無能。そんな俺は認められない。

 

 さあて。今は時雨に向き合おう。真っ直ぐに俺として向き合おう。

「時雨。君が皆を大好きなのは分かった」

「う、うん。あらためて言われると照れるよ」

 

 何を恥じる事がある。誇れよ。俺は君の献身を愛している。報いたい。

 間宮のアイス券も良いな。本とかどうだろう。…冷静に考えると、若い子に入れ込む金持ちみたいでげんなりだがね。

 でも、彼女たちの日常に笑顔があってほしい。

「そんな時雨は、何を望む?」



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調子に乗っています

「望み…今十分に叶っているからなあ。う~ん」

 嬉しい言葉だ。ふふふ。だが! 今の俺は久しぶりに乗っている!!

 白露のおかげで調子も絶好調だ。指揮を執っても目眩位で済みそう。やっちゃうか? 久しぶりにやっちゃうか!?

 

 落ち着こう。時雨も困惑している。俺の熱意が伝わっているのだ。

「安心しろ。この平穏は軍神の名に賭けて、必ずや保って見せよう。誰も死なせない」

 女神の貯蓄も凄まじいからな。はっはっは! どんなトラブルが来ようとも、俺と響が本気で戦えば、頼りがいのある同期が来るまでは大丈夫。

 

 運命がどんなに難色を示そうと、押し通す力量程度はあるんだぞ。

 にやりと意識して笑って、彼女に堂々と宣言する。

「前線にも頼りになる仲間がいる。戦神と謳われた同期もいてくれる」

 軍神だと格好つけたが、戦闘指揮は普通である。というか、戦神と呼ばれたバカが凄まじいのだ。

 

 それは良い。今は関係ない。甘えたがらない時雨の説得が大切。

「だから、ありふれた望みで構わない」

「ありふれた…」

 呟きに熱が篭もっている。願いはあるらしい。良かった。これでなかったら俺は道化だ。

 

「変に遠慮をしてくれるなよ? 給与関係でも良いぞ」

 お小遣いを渡すとなれば、いよいよお金持ちの道楽じみてきたな。

 互いにそんな意図はないとは言え、なんとも笑える話だ。

 

「お金は求めすぎても仕方ないさ。大切だけどね。僕はそんなのより暖かいモノが欲しい」

 時雨らしい。素朴な日常を尊ぶ言葉であった。ちゃんと金を軽んじていないのも、個人的には好ましいね。

 

「ふっ。無粋だったか。ならば何を望む?」

 問いかけに俯いて、何度か俺の方を窺った。可愛い。ぺろぺろ…はなしだ!

 今の俺は紳士である。というか、時雨の儚い雰囲気に戦場を思い出している。

 調子が絶好調なのと合わさって、いつになく真剣な気分だった。

 

「だ、っ、その。…笑わない?」

「理由がない。望みの是非は人それぞれだ。時雨が心より望むのならば、俺は応えよう」

 大体、願いの尊さなんて言い出したらだぞ。俺は最低だ。でもしょうがないね。

 

 女の子って柔らかいんだよ! 良い匂いするんだよ! しょうがない。

「それは、その。どうして?」

 困惑している。俺が真剣と伝わっているからこそ、真面目に驚いているのか。

 ならば語ろうか。悪くない気分だ。偶にはこんなシリアスも良いだろうよ。

 

「…俺はね。艦娘に救われているんだ」

 絶対に伝わらないのだろうな。

「でも提督の指揮があるから、僕達は力を発揮出来るんだよ」

 それも正しい。この世界の艦娘からすれば、持ちつ持たれつなのだろう。



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時雨の望みです

 違う。そうじゃないんだ。俺はね。ああ。彼女の雰囲気で緩んでいるのかな。

 俺は艦これが本当に好きだった。もう二度とゲームとして出来ないけど、本当に好きだった。高難易度の海域に対し、クソゲーと言いながら、必死に越えるのが楽しかった。

 

 ウィキ頼りで装備を揃えたり。羅針盤に祈ったりした。

 それで目当てのルートを進まなくて、調べたら編成を間違えていたり。そうして得た勝利に、どばどばと脳汁を垂れ流していたんだ。

 

 艦娘は愛らしかった。嫁艦こそいなかったけど、俺は艦娘達に惚れていった。

 地道なレベル上げ。資材の確保。改造。改二とかのグラフィック変化。

 延々とクリックして、むふふと笑ったり。

 

 どちらかと言えば、俺は物語に惚れ込んでいたのだと思う。

 歴史オタではなかったさ。熱意はなかったけども。小説とか漫画を読んで。

 愛らしいキャラ達が、愛おしい世界で生きていたのを知っている。

 

 だからこの世界で、何度でも立ち上がれた。何度でもがんばれた。

 知っていたんだ。俺は、読んだことがあるんだ。色んな提督を知っている。

 俺はスケベで、えっちなのが好きで。そんな奴を抱擁できる世界だと、勝手でも思っていたから。なにせ二次創作が比較的に自由だからな。本当に広がりが大きかった。

 

 一度、目を瞑る。こうして得られた世界に感謝を。目を開いた。

「そう言ってくれるのはありがたいが、俺の本音だ」

 艦これの時雨を、目の前の彼女に投影はしない。冒涜である。

 でも、勝手な恩返しと分かっていても。どうしても、だ。

 

「俺自身欲望もある。君達は美しいからな。触れ合いたい気持ちもあるんだ」

 我ながら気持ち悪い言動だとは思うけどね。しょうがないだろう。

 画面の中から嫁が出た。とまでは言わないが、似たようなレベルの話。

 

 触れ合えるんだ。パターン化されてない会話を、出来る喜び。

 完全に俺と同じ気持ちになれるとしたら、そいつは転生者に他ならない。でも、ここまでの戦いでは出会えなかった。理解者こそいたが、俺は世界の異物なんだ。

 

「そう…なんだ。それなら、笑わないでくれるかな」

 仄かに赤面しながらの言葉。ふっふっふ。俺を萌えさせるとはやるじゃないか。

 良いぞ。何でも叶えてみせる。時雨も頑張ってきたからな! …白露の話を聞く限り、抑圧された心も多かろう。

 

「俺は軍神だぞ。何より望み云々で言えば、俺の方が余程下劣と思うがね」

 女の子にすけべしたい。手とかつなぎない。ちゅーしたい。ぺろぺろ。

 響に至っては、パンツすら凝視したのである。眼福だった。思わず眼をえぐり取って、最後の光景をパンツで終わらせたくなった。

 

 でもでも、もう一度と望む心があったから。今俺の視力が保たれているのは、響のパンツのおかげと言っても過言じゃない。

「そんなことないよ! 誰かと触れ合いたいなんて、とっても尊い願いじゃないか!」

 

 はっと気付いたように止まって、真っ赤な顔で彼女は言う。

「あ、その、ごめん。おっきな声出して、うるさかったよね」

 可愛い~! 良いんだよ。もう堪らないね。全力で望みを叶えようじゃないか!

 

「そうやって言ってくれる君の望みを、俺がどうして笑えようか」

 元々笑うつもりもないし。愛らしい子の願いは叶えたくなる男。

 彼女が真っ直ぐに頷く。心は決まった様子。良いぞ。さあて。

 

「時雨。何が欲しいんだ?」

「――だっこ…」

 ぽつりと呟かれた言葉。震えていて顔がもっと赤くなった。…うむ。シリアス終了した!!



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だっこの時間です

 こつこつと時計の音が聞こえる。もうすぐ昼になるのだろうか。

 春が訪れ深まる季節。陽光は暖かく。過ごしやすい季節だ。日の光が差し込む執務室は、静かに緩やかな時が流れていく。

 そんな中で、俺は時雨を抱き座っていた。

 

 まさかの対面し抱きしめ合う形。彼女のこぶりな胸が、俺の分厚い胸板にくっつく形。

 互いの鼓動が伝わっている。彼女の匂い。不思議と仄かに甘い香り。白露みたく、なんというか活動的な匂いでなく。涼やかな香りを感じた。

 

 抱き合う体は暖かい。これはイメージと違って、時雨は体温が高いのだろう。いつもクールだと思っていたせいか、妙に気恥ずかしい。

 変に興奮しないのは、照れながらも無邪気に甘える時雨のおかげだ。でもこれって、完全に入って。

 

 などと考えない。間違っても愚息を反応させるな。素直に甘えさせろ。

 俺は軍神だ。どや! うむ。わけが分からない。

「重くない?」

 

 耳元で彼女の声が聞こえる。儚い声でささやかれると、とてもくすぐったく心地良かった。一発だけなら誤射かもしれない。落ち着け。落ち着くんだ。

 いきなり甘えてきた理由は分からない。しかし、これが誘惑でないのは考えるまでもない。

 

「軽い位だ。ちゃんと食べているのか」

 下手したら響並に軽い。細身で、なんだろう。疲れを意地でつなぎ止めている体。

 …白露型で一番気を張っているのは、彼女なのだろうな。白露も認めるだろう。

「うん。お腹いっぱい食べてる」

 

 仄かに照れての言葉。ふふふ。可愛らしいぞ。

「なら良い」

 のんびりと時間が進んでいく。お互いに何も話さない。

 

 言葉を交わさなくても、ただ触れ合っているだけで心が伝わる。少し大げさな表現だが、あながち間違ってもいなかろう。

「提督」

 ぽつりとした呟き。とくんとくん、と彼女の鼓動が早まる。緊張が分かった。

 

 だからこそ何でもないように。落ち着いた声を意識して。

「ん?」

「頭、その」

 続く言葉がなくても分かった。それに続く言葉を待っていたら、恐縮して求めないだろう。…なでなでである。うむうむ。

 

「ああ。よしよし」

 彼女の艶やかな黒髪を撫で始まる。まずは頭のてっぺんを優しく。徐々に髪を梳く形で静かに撫でていく。手触りが良い。つやつやとした撫で心地だ。

 

「えへへ」

 嬉しそうな声が耳元で聞こえた。表情は見えないけど、きっと微笑んでくれているのではないか。嬉しいね。なんだか毒気を抜かれる反応。

 

 川内の頭を撫でた時とは違う。妙な感覚。完全に父性を刺激されている。

 甘えられているなあ。可愛いやつめ。うりうり。もっと甘えて良いんだぞ。

「…いきなりでびっくりしたよね」



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佐世保の時雨です

 申し訳なさそうな声。ぎゅっとする力が強まった。

 応えるように俺も力を込める。大丈夫だよ、と。白露にしてもらったように、彼女の甘えを許す。…偉そうに語れるほどの人徳はない。怖い人間と自覚している。

 

 だからこそ、意識的に在り続けるんだ。

「そうでもないさ」

 今はまだ彼女の言葉を借りて。時雨の親愛なる姉の名前を借りるんだ。

「白露から君達の事は聞いている。甘えたがりな子達だとな」

 

「ううっ。恥ずかしいな」

 きゅっと更に力が強まった。恥ずかしさを誤魔化すために、少し身をよじらせている。可愛い。胸の切なさが堪らないぞ。

 案外、白露も俺をそんな風に思ってくれていたのかな?

 

 だから何だというわけじゃなく。湧いた胸の思いのまま、わしゃわしゃと頭を撫でてみる。

「か、髪型崩れちゃう」

 なんて困りつつも、嬉しそうに身を寄せてくれた。

 

 ふふふ。ちょっといじめたくなる言葉である。いっちゃうか! 調子良いからな!!

「嫌か?」

「…いじわる」

 震えた声。羞恥の乗った言葉。さらに抱擁が強まって、すり寄ってくる時雨。

 

 ちょう可愛い! や、ヤバいぞ。俺は父親だった? すごいほっこりしている。

 ああもう。愛らしい奴だな。思ってみれば、こうして甘えられるなんて初めてだ。響は弱さを見せたがらないし、他の仲間達は俺より遙かに大人だった。

 

 こうやって甘えてもらえる程度には、俺も大人になったのだろう。根がスケベなのは仕方ないね。

「照れる必要はない。提督として、人として逃げるつもりもないさ」

 それこそ白露に甘えさせてもらって、力が戻ってきているんだ。

 

 守ると誓った。軍神。格好つけた称号に報いる力量は、あると思いたい。

「ただまあ。理由は気になる」

 これも素直な本音である。言ってしまえば何だが、こういうのは夕立の感じと思っていた。押しつけるつもりはない。甘えたければ、甘えてほしいぞ。俺も嬉しい。

 

 しかし無理はするなと。変に仲良くなるために、無理をして甘えられるのは辛い。

 生憎だが俺はコミュ力に欠けている。表情も乏しい。感情だけだ。しかも伝えられていない。好かれる理由が分からんよ。

 

 一拍。いや二拍以上か。間が生まれた。

 深い躊躇。さらけ出すのに躊躇っている。不安だ。鼓動音が揺れている。体も仄かに震えている。まさか寒くはあるまい。こうして抱き合っていると、熱く感じる位だ。

 そうだろう。熱は届き合っているだろう。安心してくれよ。

 

 ぎゅっと、俺からの力を強めた。一瞬苦しそうにして、それでも、優しく受け入れてくれた。頼ってくれて良いんだ。

『ありがとう』

 言葉はなくとも、彼女の感謝を聞いた気がした。そうして。

 

「――弱った姿を見せると、皆は不安になるから」

 全員を守りたいと願う。仲間思いの優しい子。抱え込む責任感の強い子。

 歴戦錬磨の戦士に至る経験はなくとも、艦船の戦歴は輝かしく。

 

 佐世保の時雨。呉の雪風と並んだ武勲艦として、何より生き残り忘れられない者として、彼女が抱える重みは如何程だろうか。

 考えるまでもない。

 

 こうして、大して話をしていない俺にだからこそ、甘えられる矛盾が生まれている。…それを支えられる大人として、提督として在るけどな。

 そんな寂しい事があるかよ。なあんて。言わないけども。



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強すぎる心です

 けれども、俺から強く言っても仕方あるまい。

 これは彼女の心の問題だ。何も知らない俺にだからこそ、分からないけど、戦歴は凄まじい俺にだからこそ、言ってくれているんだ。

 

 訳知り顔で語るなんて言語道断。艦これの押しつけに等しい。

 だから、言うべきでないと思ったから、無言で頭を撫で始める。

 優しく撫でる。壊れないように甘えを許すと伝え続ける。

 

 時雨から、もう一度抱きしめる力が強くなった。ぎゅっと、重みを渡すように強くなった。嬉しいね。泣きたくなってきた。

「僕は嫌なんだ」

 

 強い言葉。彼女の意思を感じる。儚い雰囲気と強靱な骨子。相反する二つの在り方こそ、時雨の魅力であり脆さなのだろうさ。

 俺は好きだがね。これも素直な想いだから伝えよう。

 

「でも、白露は甘えてもらいたがっているぞ」

 俺も存分に甘やかしてもらった。頭が上がらないレベルである。

 凄まじい長女力。もうヤバいね。融けている。心が溶かされる力があったね。

 

「僕は十分甘えているさ」

 嘘だ。抱きしめ合う体から伝わっている。力を強めて、もっと白露に甘えたいくせに。そうやって、一人でも大丈夫と意地を張るのか。

 愛らしくも切ない。

 

「でもね、共に戦う仲間でもある」

「負傷を庇われたら困るか?」

「甘えから、守るべき存在と思われたら嫌だ」

 庇われたりとか嫌だろう。実際にそんな事はなっていない。でも想像出来る。

 

 愛おしい妹を庇って、轟沈する彼女を夢想する。――嫌だ。認められない。

 俺は、転生者は運命を引き寄せる。覆す力があるかなんて分からない。ああ、くそ。少し時雨の雰囲気に引きずられている。思考がガチになってきている。

 暖かい。彼女の甘えも俺を本気にしてくるんだ。悪くはない。

 

「村雨の時みたく。我慢出来なくなるのはあるけど」

「ふふふ。今みたいに、ぎゅっとしたのだろう?」

「暖かかったなあ」

 彼女の愛情が強いのは、こうして抱き合っているとよく分かる。

 

 俺にすら、甘えるときはこんなに愛らしいんだ。親愛なる家族達ならば、もっともっと願う心が強まって、堪らぬ姿になる筈だ。

 見たい。でも思われてないからこそ、こうして甘えてくれている。

 

 本当に泣きたくなる矛盾だ。かなり胸が痛い。でも嬉しい。困ったな。

「我慢しなくて良いと言っても、時雨は嫌なんだな」

「……うん」

 不安に揺れる心。大切だからこそ弱みを見せられない。

 

 周りにいる仲間達が、姉妹達が甘えてほしいと思っていても、運命を信じ切れず。

 そんな自分に嫌気が差して、段々と心が軋んでいく。悪循環だ。

 どっかのどいつの思考と似ている。毎朝、鏡で顔を合わす愚か者と似ている。

 なんて格好つけたけど。俺の事だ!!



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親づらしてみました

「分かる。分かるぞ」

 共感しすぎて思考がガチになるレベル。こうして抱き合っているのに、俺の愚息が反応しない程だ。艦これを押しつけないと思っているからこそ、今の時雨を強く理解してしまう。

 

 本当にな。素直に甘えられたら、自分の弱さを許せたらどれだけ楽だろう。

 怖いんだ。奪われる気がするんだ。守りたい。守り抜きたいんだ。

「提督も?」

「ああ。意地を張って、格好つけたくなる気持ちは分かる」

 

 それだけで俺は生きてきた。それに縋るからこそ、俺はここまでやってこれた。

 良い悪いじゃないんだ。そうしたいかも分からない。ただ心が叫んでいた。

 結果的に、今の俺は報われている。望んだ世界に到達出来た。

 

「素直に甘えれば良いんだ。きっと受け入れてもらえる」

 分かっているんだ。アイツらは、俺が真正面から甘えたらならば、きっと受け入れてくれた。事実こんな平和な場所に俺はいる。運命に見逃されている。

「思っても、強くなりたい心が邪魔をするんだ」

 

 守れる自分でありたい。庇われたくない。意地を張りたい。

 戦う力がほしい。強くなりたい。強く、ありたい。

「だって失いたくないから」

 

「…見通されてるね」

 困ったような言葉だった。思わず笑みが零れる。

 俺は一体何様なのだろうと、何度思ったかな。恥知らず。だけどここまでやってきた。なら意地を張るしかないのだ。

 

 意地を張ることが出来るんだ。

「大丈夫だ。大丈夫。甘えたくなったら、甘えれば良い。俺が相手でも良い」

 その為に鍛えた感はかなりあるね。艦娘に慕われたいから、能力を上げ続けた所がある。ぺろぺろしたいから鍛えたのだ。

 

 まあ、ちょっとこの空気はガチすぎるけども。

 俺はもっと軽いノリでいちゃつきたい。キャバクラとか言ってみたい。なんか違う。

「遠慮する必要はない。好きなだけ頼ってくれ」

 守るよ。うん。かつての仲間達は、響だけでも残ってくれた。

 

 戦艦が十数体来ても、どうにか援軍までは耐えられる。生き残る力だけならば、俺と響が一番優れているんだ。

 死にたくない。沈んでほしくない。それだけである。

「どうして甘えさせてくれるの?」

 

「俺は提督だからな。皆のお父さんみたいなモノだ」

 ちょっと内心がスケベすぎるけどな。しょうがないね。

 …真面目な話。こうして弱っている相手に、変に欲情はしない。

 

 君達の世界に救われたから、君達も俺に救われてくれ。

 ああまったく。時雨相手だと空気がガチすぎる。どうしたものかね。

「時雨が恐れている事態には、ならない様に努めよう」



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異名の数々です

 一度抱擁を緩めて、彼女の顔を見た。

 ――今にも泣き出しそうな表情。深い哀切が紡ぐ嬉しさと、戸惑いが入り混じった独特な顔。甘えに対する恐れと、それでもと望む強い心が見える。

 あえてだが、白露に止められた笑みを見せた。

 

「ぁ、っと。その」

 叫びこそしなかったが、とても驚いた顔になった。

 色んな感情が交じった表情は、時雨の魅力をよく分からせる。複雑な在り方であり。根は素直な可愛らしい子。甘えたがりの子が異名を、佐世保の時雨を背負っている。

 

 驚いた彼女の心の緩みに、そうして今までのやり取りにこの言葉を。

「なにせ悪鬼だからな。そうだろう?」

 軍神、戦争を一つ終わらせた者、不死鳥提督などなど。つけた奴をぶん殴りたくなり、なんなら引きこもってうなりたくなる異名の数々。

 

 新しくつけられた悪鬼の名前は、彼女達の笑顔を守れるならそれで良しだ。

「う、それは、その」

 違う意味で泣きそうな彼女。うるうるとした瞳は可愛らしく、わしゃわしゃと頭を撫でてみた。ぎゅ~っと襟を掴まれた。何か言いたげな顔だ。

 

 無言のまま微笑んで、彼女の言葉を許した。

「ずるいよ。いじわる」 

「ははは!」

 俺を萌え殺すつもりか!! 本当に堪らない。良い気分だ。

 

 もっと強くなれる。指揮だって執れる。…まあ、何もないのが一番だ。

 間違っても、ノリで窮地とか紡いでくれるなよ。理不尽なのが運命だろうけど、もう良いだろう。世界で踊り狂ってきたじゃないか。

 

 なあんて、祈っても無意味。ただ淡々と努力を重ねるしかないんだ。

「ねえ、提督。地獄にならない?」

 深海棲艦の巣が出来ないか。誰もが轟沈しないのか。

 

 分からない。ただただ冷たい論理を語るのならば、そう言うしかない。

 この世界に来て、絶望したばかりの俺だったら、苦渋に塗れても。だが。

「――そうならないように俺は在る」

 

 でも空気がガチすぎるって! ついつい乗っちゃったけど、もっとこう。軽いノリで良いんだって。

『提督。僕に興味があるの?』

 

 と切ないボイスで応えてくれ。興味津々だよ!! へ、げへへ。

 …いやあ。こうも触れ合うと、そっち方面にいけないというか。イケないというか。罪悪感でたたないといいましょうか。しょうがないね。

 

 もうしめくくって一言で言うとすれば。

「だから、素直に甘えてくれたら嬉しい」

 真っ直ぐに時雨を見つめる。応え、彼女の澄んだ瞳が定まった。

 

 揺れ動く心は脆かろう。今此処に在る時雨の眼差しに曇りなく。甘えられ、強く在り続ける者の魂が見える。…良いねえ。ぞくぞくする。

 生きているって、こういう事だよなあ。気がついた内に成長しやがって。

 

 かなり羨ましいぜ。血反吐を吐かないと、俺みたいなのは強くなれないし。

 羨ましいし、なんか照れてきたので。

「それだけだ。以上。質問は?」



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安堵のまどろみです

「白露って、お姉ちゃんって僕が好き?」

 こいつめ。自分でも分かっているくせに。なんか自慢げな表情をしているぞ。

 ふんすとドヤ顔な感じ。こいつめ。可愛すぎるぞ。

 

「すごい幸せそうに妹達を語っていたぞ」

 笑顔がとっても緩まった。言葉は続く。幸せの確認作業は続いていく。

「ぎゅってしたら、僕だけじゃなくてお姉ちゃんも嬉しい?」

 幸せいっぱい胸いっぱい。時雨に甘えられた白露の姿。

 

『いっちばんなあたしにお任せ! 可愛い妹よ! お姉ちゃんが頑張るから~!!』 

 などと大きな声で張り切って、すんごく頑張るのが目に浮かぶ。

 そうして張り切る彼女の背中を見つつ、他の妹達も頑張り続けるんだ。

 

 良い。守るよ。誓う。

「程度によるとは思うがな。少なくとも時雨を慰める為に、嫌な想いを我慢はしていないと断言しよう」

 もっと笑顔が緩まった。このままとけてスライムになるのでは?

 

 まったくもう。愛おしい子だ。俺も頭を撫でてみる。もっともっと嬉しそうに笑う。

 ああ、なんだろう。俺が撫でても喜んでくれるんだ。がちな空気じゃなくても、喜んでくれるのか……思えば普通な流れで撫でたのは、初めての経験かもしれない。

 

 川内はなあ。妹分と言い切るには、お姉ちゃん力がある気もする。何の評価だ。

「甘えたら迷惑じゃない? 仲良くし過ぎて、気が緩みすぎて、皆が戦場で沈まない?」

 仄かに哀切を乗せて、分かっているのに最後の確認。

 

 ならば堂々と胸を張って、頼れる相棒の姿を思い浮かべて。

「――俺と響が守る。安心しろ。俺達を疑うか?」

『不死鳥の名は伊達じゃない。私に任せて』

 そう言い切って微笑む彼女の姿は、思い浮かべる必要すら無い。

 

 俺の魂に刻まれた最愛の相棒の姿だ。例え彼女が轟沈しても、俺は彼女の最高を証明し続けるんだ。いつか終わりが訪れるその日まで。

 ……すっげえ不吉な想像だけどな!! 絶対死なせねえし!!

 

「ううん。――それなら、それなら安心だ」

「ああ」

 時雨が目を瞑って、再び体を預けてきた。脱力しきった姿。体温ぽかぽか。良い匂いもする。年頃の娘よのう。うむ。変態エンジンもスイッチが入ってきたぜ!!

 

 落ち着け。

「ちょっと眠っても良い?」

 とか言いつつ。もう寝ちゃいそうな声である。とんとんと背中を叩いてみる。

 ようやく甘えを覚えて、これからどんどんと強くなる彼女を甘やかす。

 

「仕事は終わっている。甘えても良いと言ったが」

 あえてぶっきらぼうに言ってみた。素直に時雨が羨ましかったり。なんだろうね。

 俺って甘えっ子属性なのだろうか。自分で言って吐きそうだった。

 

「ん。ありがと」

「おやすみなさい」「おやすみ」

 すぐに寝息が聞こえてきた。安心しきって身を任せてくれている。

 ああまったく。今日も緩やかに進んでいきそうだ。



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眠りにいたずらです

 などと格好つけたが! 悪戯したくなったのでします!!

 しょうがないね。時雨が可愛すぎるからね。…絶対泣かない系統にしよう。 

 白露も怖い。何より彼女がガチ泣きをしたら、俺の心が折れるに決まっている。

 

 ついでに、時雨の想いを聞いた響がいたなら。

『…冗談で許される区別もつかないのか? 発情した猿が。君はもう相棒じゃない』

 あああああ!! お、落ち着け。想像で傷つくな。落ち着く為に考えたのに、想像の響に殺される所だった。

 

 あいつ、表面は冷静な感じなくせして、滅茶苦茶仲間思いだからな。他の艦娘達も仲間好きが多いけど、かなり情の厚い子なのである。

 さて。

 それを踏まえて、どんな悪戯をし・よ・う・か・な?

 

 ぐふふ。父性とは何だったのか。くそ変態野郎である。でもしょうがない。

 無防備に体を預ける彼女が、可愛すぎるのが仕方ない!!

 そっと、起こさないように時雨を横にした。ソファーに寝かしつける形。

「すう、すう」

 

 仰向けのまま。彼女は穏やかに寝息を立てている。気のせいでなければ、抱擁を解いたから若干寂しそうだ。萌える。

 まずは…って。寒そうだな。今日も良い天気だけど。まだ夏には早すぎる。

 

 寝室に向かう。新品のかけ布団を取り出した。薄手の生地なので、寝苦しくもないと思う。

 これも起こさないように気をつけて、彼女にかぶせた。

「ぅ、っ、しら、つゆ…? ありがと…」

 

 朧にお礼を言って、深く眠り込んでいった。

 むにゃむにゃと緩んだ表情。嬉しそうに見える。良かった良かった。

 それにしても柔らかそうなほっぺだ。つついてみる。

「おおっ」

 

 思わず声が漏れた。とっても柔らかい。肌がすべすべだ。

 子供の肌だなあ。うんうん。今度は両頬をつまんでみた。

「うみゅ…? ゆうだち?」

 めっちゃ柔らかい。引っ張ればどこまでものびそう。起きたら不味いので。

 

「寝てて良いぞ」

 穏やかに言ってみた。

「提督…なら、だいじょぶだ…」

 仄かによだれを垂らしながら、ぐっすりすやすやと眠っていった。ちょう可愛い。

 

 もうちょっと。

 眉毛を撫でてみる。細い眉はくすぐったく。どこか微笑ましい手触り。

 そのまま額に手を置いた。すべすべ。女の子だなあ。

 しっかし本気で起きないな。このままエスカレートすると。ううん。

 

 …うん。罪悪感が酷い。想像しただけで胸が痛む。

 なんかこう。俺って変態だなあ。みたいな感じ。ちょっとないわあ。

 これを背徳に楽しめれば一流なのだろうが、俺は二流で良い。

 

 普通に頭を撫でる。むしろ、これも贅沢であった。

「ふふ」

 夢見が良いのか。時雨が楽しそうに微笑んでいた。よしよし。

 愛らしくも守りたい存在を、強く感じる事が出来たんだ。今日も良い一日だった。



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時雨さんです
真面目です


 提督から初めて挨拶してもらった時に、思っていたよりは怖くない人なのかな。って。僕は思っていた。それから白露の話を聞いて、段々とイメージが変わっていったんだ。

『提督はね。全然表情に出ない人で、普通に怖い顔をしてるし。笑顔は凶暴だけど』

 

 あんまりな言い草だと思う。僕は提督の真剣な表情は嫌いじゃないよ。

『でも、雰囲気をさぐれば愉快な子だからね!』

 それも失礼だって。子供扱いなんて駄目じゃないか。白露は面倒見が良い人だけどさ。相手は提督なんだからと言っても。

 

『大丈夫! 一番艦として保証する!!』

 とても素敵な笑顔で言われちゃったんだ。…お姉ちゃんの大好きな笑顔。

 色々と考え込んで緊張も解れてたのに。なのに、執務室の扉を前にすると緊張してる。

 

 白露型の皆と仲良く。言葉にすれば可愛いけどね。どうだろう。

 初日は僕。白露型の2番艦だから? 分からない。一度深呼吸をして。

「提督。お邪魔するよ」

 入室して提督の顔を見れば。

 

 初めて見た時より顔色は良く。目元の隈は薄くなってる。目つきの悪さも改善されて、どこか柔らかな感情を示してる。

 何だろう。大人。そう。大人の表情だ。優しい人の顔立ちだ。

 

 初対面の提督が厳格な感じだったなら、今の提督の雰囲気は、柔和で親切なお兄さん。

 ああ、駄目だ。白露のせい、或いはおかげ。妙に愉快なとらえ方になってるよ。

 怒られたくない。続く妹達に迷惑はかけられない。僕ががんばるんだ。

「今日はよろしくお願いする」

 

 声も軽い。明るさが滲んでる。人間味のある声色だった。

 想像と違ったな。っと。挨拶を返さないとね。

「此方こそ。迷惑をかけないようにがんばるね」

 僕の言葉を聞いて、提督が小さく頷いてくれた。さあて、言葉通りがんばろうか。

 

「提督、僕は何をすれば良いのかな」

 白露が言うには仕事はなく。ただ仲良く遊びたいだけで、ちょっとスケベだと言ってたけど、幾ら何でもないでしょ。提督に失礼だよ。彼女の明るさは好きだけどね。

 親交を深めるって話。浮ついた気持ちは捨てるべきさ。

 

 でも優しい雰囲気だ。こんな風な人と接するのは初めてで。仄かに心が浮ついてるのは、自覚してる。だめだ。がんばろう。

「仕事は既に終わらせてある。君の話を聞かせてくれ。大切な姉妹達の話でも良い」

 彼女の言葉通りだった。う~ん。まだ提督の雰囲気が掴めてないや。

 

 仕事一筋で責任感の強い人。軍神の噂は僕もよく知ってる。でも、目の前で微笑む彼の姿からは、苛烈さなんて一切感じられない。…そっちの方が僕は好き。

「お話?」



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ほろりと無邪気さが出ました

「そうだ。これまで何も関わってこなかったろう。だから、君達を知りたい」

 真面目な顔で真っ直ぐな言葉。胸をくすぐる言葉だった。

 素直に嬉しい。大切な家族を語って、それで提督の役に立てる。とっても嬉しいよ。

「そうなんだ。うん。それなら微力だけど、お話させてもらおうかな」

 

 ふふふ。この間の夕立は可愛かったな。春雨がごはんを作ってくれたり。村雨とお散歩して、日向ぼっこも良かった。それにそれに。ああでも怒られちゃうかな。

 挨拶の反応で落ち込んだ僕を、白露が慰めてくれた事。とっても大切な思い出。

 提督からすれば失礼な話だよね。まともに反応出来なかった僕が悪いんだ。

 

 ソファーに座った。提督を見上げると座ってくれてない。どうしたのかな?

「まあ待て。今お茶と茶菓子を用意しよう」

 どこかうきうきとした感じで、提督が言ってくれた。なんで彼が嬉しそうなんだろう?

 

 白露が絶賛してたから、実は楽しみにしてたり。でも申し訳ないな。どうしよう。

「良いの?」

 言葉を聞いて嬉しそうにはにかみながら。

 

「俺が食べてほしいんだ」

 暖かい。とても優しい声だった。うん。甘えさせてもらおうかな。

「そっか。ありがとう」

 お礼の言葉を伝えたら、もっと嬉しそうに微笑んでくれた。…胸が温かい。

 

 そうして、かなり手際よくお茶会の準備が整う。

 緑茶とねりきり。可愛らしい桜花びらみたい。食べて良いのかな? 美味しそうで、食べるのがもったいない。

 夕立が見たらとても喜びそうだ。甘い物と可愛いのが大好きな子。

 

『すっごい良いお菓子っぽい! た、食べて良いの!?』

 ふる尻尾が見えそうな位。かなりの大はしゃぎが目に浮かぶ。微笑ましいよ。

 でも、僕はそこまで素直に喜べない。嬉しい。とても暖かな熱が胸にあるけど、言葉にも表情にも出ない。鏡はないけど分かるんだ。

 

 提督はがっかりしたかな。けど、だけど素直な心だけでも。

「ふふ。可愛らしいね」

 愛おしいって想いが伝わってほしい。せめてものお礼を伝えたい。

 ちらりと彼を見れば。

 

「だろう。中々気に入っている」

 自信ありげな表情で喜んでくれた。良かった…! えへへ。

 白露は表情が怖いって言ってたけど。全然じゃないか。表情豊かな人で良かった。

 仲良くお話し出来そうだ。えっと。気軽に話しかけてみよう。

 

「手作りなんだって?」

「ああ。白露は好んで食べてくれたが、時雨はどうだろうな?」

 とっても食べてほしそうにうずうずしてる。

 早く食べないと悪いね。ふふふ。甘いお菓子。楽しみ。

 

「さっそくいただこうかな」

 じ~っと不安そうに提督が見てる。なんだか恥ずかしいけど。

 お菓子楊枝で小さく切り分けて、そっと一口食べてみる。

 

 すっごい! 市販のより美味しい!! 提督ってお菓子屋さんだったんだ。

 幸せってこれだよね。はあ。良い味わいだった。口の中でするりとしみ込む甘味。何が違うんだろう? 味に変化が出るお菓子じゃないよね。

 ううん。なんだろう。う~ん。――提督が味の感想をそわそわと待ってる。



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言葉は心の触れあいです

「んっ。美味しいよ」

 ああ我ながらつまらない言葉。がっかりしてないかな?

「ならば良かった」

 ほっと一息ついて、心底から嬉しそうに笑ってくれた。

 

 優しいんだ。ただこのやり取りだけで優しさが伝わる。

 白露が言っていたように、とても面白い人なのかな? あ、甘えても。いや。駄目だ。

 良い人だからこそ、僕が守る為に動くんだ。

 

 佐世保の時雨は呉の雪風と並び。武勲艦でなければならない。でも駆逐艦は弱くて。こんな後方にいるんだ。

 緩み過ぎちゃ駄目だ。甘えるな。そんなの駄目だよ。

 

「これだけ素敵なお菓子をいただいたんだ。がんばって話すからね」

 よし! 気合いを入れて期待に応えよう。皆を良く思ってほしいし、大切な姉妹の話をしたい。そうすれば自然と、他の皆も提督と接しやすくなる。

 

 戦略的にも正しいよ。だから、熱が入ってもしょうがないんだ。

「気負わなくて良い。君の自然体を知りたい」

 穏やかな声が落ち着く。なんでか分からないけど、見守られてる気分になる。

 とても優しい瞳。もしかして緩んだ顔でお菓子を食べてたかな? 恥ずかしい。

 

 ううん。落ち着こう。平静を装って言葉を出す。

「そう? それならいつも通り」

 大切な姉妹達の話をしよう。胸に秘めた想いを、言葉に紡いで語るんだ。

 

 ……言葉が出てこない! 改めて語ると気恥ずかしくて、全然口を開けないよ。

「ど、どんな話をすれば良いのかな?」

 恥ずかしい。もう本当に恥ずかしい。穴があったら入りたい。

 ううっ。提督が微笑んでる。また見守られてる。でも。

 

 悪い気分でもなかった。

「最近で何か良い事はあったか?」

「そうだなあ」

 助け船がお父さんみたいで、父も知らない僕が言うのも変だけど、提督は良いお父さんになれる気がした。ふふふ。

 

『時雨も良い子だな』

 って、頭を撫でられたら――はっ!? だ、だめだめ。今はお話ししないと。

 それにしても良い事かあ。う~ん。うん。毎日良い事だらけで。

 

「皆が元気に笑ってくれてる」

 白露の眩しい笑顔。夕立の無邪気な表情。村雨や春雨の微笑み。江風と涼風の豪快な笑い声。海風の静かな微笑。山風のとろんとして寝笑顔の可愛さ。

 

 全部全部僕の宝物。このちっぽけな命を賭しても、ちっとも後悔はないさ。

 こんな小さな命で守れるなら、幾らでも捧げて構わない。

「良い事だな」

 

 ああ。そう言ってくれると思ってた。

 軍神と語られていて表情も怖かったから、もっと武闘派なのかと思ってた。平穏が好きなんだ。日常を愛してくれてるんだ。

 

 白露は触れあいが好きだとも言ってた。僕も触れ合うのは嫌いじゃなくて。その。

 こうして語り合うのも良い。うん。心が触れ合ってる気がするんだ。 

「うん…とってもね」



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いじわるは優しさ? です

「こんなので良いの?」

 喜んでくれてるのはなんとなく分かる。うんうん。と噛みしめるように聞いてくれた。白露の助言もあって、表情だけじゃない心が見える。

 

 でも、何だか拍子抜けだった。大切な事だけど。やっぱりまだ、軍神のイメージが取れてないのかな? 演習や遠征の話を想定してたのもあるね。

 素直に言えば、とっても嬉しい。こうして話すのは姉妹に出来ないし、他の仲間達に語るのも、白露型の自慢になりそう。

 

 気にしすぎだとは思うけどさ。でも逆に暁が暁型自慢を始めたら、すっごく楽しい時間になりそうだよね。案外、白露が語れば良い感じなのかも。

 いい感じ。ふふ。村雨みたいだったな。ちょっといい感じ~! 

 

 あ、う。だめだ。これはお蔵入り。恥ずかしすぎて出来ないや。村雨がいうと可愛いからずるい。いやいや。ずるくはないけど。僕には似合わない。

「君の語り口から皆の日常を味わう」

 

 続く言葉はやけに重たくて。

「そうして、翌日から来てくれる姿と向き合える」

 切実な響きが乗っていた。本当に必死な感じ。これを聞くと、今更ながら挨拶の時の反応が悔やまれるよ。もう少し愛想良く出来たら良かった。

 

 さすがは白露だよね。こうして、こんなに柔らかくしたんだ。

「自慢ではないがな。俺は平穏が大好きだ。故に聞かせてほしい」

 締めくくりの言葉は仄かに笑っていて、思わずぽつりと。

「何だかイメージと違ったな」

 

「恐ろしい悪鬼を思い浮かべていたのか?」

 お、怒らせちゃった! 真剣な顔でじ~っと見てる。どうしよう。どうしよう。

 せっかく優しくしてくれたのに、優しい感じだったのに。

 

「その、えっと。あの」

 言葉が出てこない。ああ駄目だ。提督を傷つけちゃった。

 謝りたい。でも僕なんかが謝ったら余計に駄目かな? 白露ならもっと優しく。暖かい感じなのに、僕はじめじめとしていて。

 

「ふふふ。からかっただけだ。怒ってないよ。安心してくれ」

「…もう」

 良かったあ。でもいじわるだ!! あ、あんまりそういう風にしたら、もう知らないからね。って、強く言えない。ううん。拗ねようかな。

 

 あれ? 気がつけば、緊張が解れてた。甘えが出てきてるのに、意地を張る気持ちが薄れて。まさか提督の狙い?

 …いや。ないない。すっごくいじわるな微笑みしてる。

 

 でもリラックス出来た。これなら、ちゃんと皆のお話が出来そうだ。

「さて。改めて聞かせてくれ。君の宝物を語ってくれ」

「ん」

 今度こそ。胸に秘めた大切な思い出を、優しいこの人に語ろうか。



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強い躊躇いです

 皆との大切な思い出を、胸一杯につめこんだ想いを込めて語り続ける。

 白露との出来事には、なぜか仄かな嫉妬を感じたり。夕立とのは泣きそうになったり。他の皆の事は興味深そうに聞いてたけど、それが何だか面白くて。

 

 想いは段々と高まってく。見守られてる。愛されて……ああそうだ。

 どこか見覚えがある眼差しだと思ったら、白露にそっくりなんだ。あれだけ元気な人なのに、僕の話に耳を傾けてくれて。

 

『あなた達の幸せが、あたしのいっちばん幸せなのよ!』

 って。一番艦として拘ってるのに、僕とか他の妹達にすぐ譲って。

 そうして、一番大変な事は率先してやってくれる。そんな彼女や皆の輝きを知ってくれて、認めてくれてるんだ。

 

 楽しかった。ただ微笑みながら聞いてくれてる。真剣に聞いてくれているんだ。

 どれだけ嬉しかったかを、提督は分からないと思う。

 この綺麗な人達との、とっても素敵な経験を語りたかったんだ。誇りたかった。

 ああ。終わっちゃう。まだまだ語る事はあるのに、終わってしまう。

 

 一度会話が止まって、お茶に手をつける。ぬるくなったのが心地良い。

「時雨。君が皆を大好きなのは分かった」

 そう言い切った提督の表情こそ、皆の話を深く愛してる。

 

 なんだろう。とても真剣な雰囲気を感じる。今まで柔らかで、優しい人って感じだったのに。今は違った雰囲気。

 闘志。鋼の如き強靱な心が、二つの眼から見て取れる。怖い…けどとても頼れる眼。

「う、うん。あらためて言われると照れるよ」

 

「そんな時雨は、何を望む?」

 願えば全てが叶うのだと、強く確信させる何かが込められてた。

 正直に言えば怖くて、それなのに心が疼く。本心を伝えたい。これまでの提督の様子を見て、僕は。

 

「望み…今十分に叶っているからなあ。う~ん」

 これも本音。最愛の家族達がいて、頼りになる仲間がいる。

 守れる自分でありたいと願い、積み重ねて生きてるけど。僕の願いは叶ってる。

 他ならない提督のおかげで、この鎮守府は必要性を高められた。

 

 皆が生活していられるのは彼のおかげ、と言っても過言じゃない。

「安心しろ。この平穏は軍神の名に賭けて、必ずや保って見せよう。誰も死なせない」

 見透かしたような言葉。まるで本心がそこにはないと、告げるような声。

 

「前線にも頼りになる仲間がいる。戦神と謳われた同期もいてくれる」

 気づかいも忘れず。僕が甘えても言いようにと、言葉を尽くしてくれてるんだ。

「だから、ありふれた望みで構わない」

 

「ありふれた…」

 この望みは、果たしてありふれているのかな?

 強く激しく望んで、離したくないからこそ自戒する想いは、本当に望んでも良いの?



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さぐりつつです

「変に遠慮をしてくれるなよ? 給与関係でも良いぞ」

「お金は求めすぎても仕方ないさ。大切だけどね」

 温かいごはんを食べられて、雨風をしのげる家がある。

 

 時にはお菓子も味わえる。皆が笑顔でいてくれる。維持するのにお金は必要で、働く意味はあるんだけど。求める心が多すぎると、バランスが崩れちゃう。

 生き方は人それぞれ。強く願うモノも人それぞれ。

 

「僕はそんなのより暖かいモノが欲しい」

 きっと、僕の欲望の方が欲深いんだ。心の暖かみを求め続けるなんて、それも佐世保の時雨が、求めるなんて。

 

 欲深い。けれど今の提督に本音は隠せない。隠したくない。

「ふっ。無粋だったか。ならば何を望む?」

 堂々とした姿。真っ直ぐに見つめるまなざしは、強い意思と不断の心を感じる。

 最前線で戦い続けてた時も、こんな強い在り方だったんだろうね。

 

 何だろう。初めて戦歴を聞いたときは、ただただ畏怖していたのに。

 今は、微笑む提督の姿を知っているから。仄かに寂しい。でも嘘はつかない。

 僕の望み。暖かいモノ。人との触れあい。心を伝え合いたい。ここまで話を聞いてもらった。もう一歩踏み込みたい。多分提督も思ってくれてる。

 

 お父さんとかはいわないけど。ソレはあんまりにも変だけど。…甘えたい。

 うん。僕は甘えたい。この重みを知ってほしい。ぎゅってされたい。頭撫でて。

「だ、っ、その。…笑わない?」

 きゅ~っと胸が痛んだ。提督は、あくまで提督だから。

 

 別に僕の身内じゃない。艦船としての因果もないし、艦娘としての型番だってない。

 知り合ったばかりとも言える。こうして話を聞いてもらって、色々と分かり合えたと思うけど。

 僕の望みは突然だと思う。少なくとも提督はそう思うよね。

 

 …でも、彼には失礼だけど。軍神の異名を知って、働きぶりを知ったんだ。

 強い人だと思う。強く在れる人だと思う。彼ならきっと、僕を庇って死んだりなんかしなくて。必要な判断が出来て。

 文字通り、軍隊におけるトップとして。残酷にもなれると思うから。

 

「理由がない。望みの是非は人それぞれだ。時雨が心より望むのならば、俺は応えよう」

 この言葉もそう。深い優しさを抱きつつ、どこか有無を言わせない力がある。

 

 真っ直ぐなんだ。…白露に似てる所もあるね。ちょっと強引な所もそう。

「それは、その。どうして?」

 僕はずっと考えてて、艦娘として提督の存在に頼る側面もある。

 

 だけど提督は、日比生提督は違う。色んな艦娘がいる。僕じゃない時雨もいるんだ。

 こうして、全身全霊で応えてたら身が保たないよ。

「…俺はね。艦娘に救われているんだ」



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ちっちゃな望みです

 ――一瞬だけ見えた感情。それは今にも泣き出しそうな笑顔だった。

 瞳に刻まれた優しさと、深い後悔と絶望だ。戦場でよく見たことがある。

 艦娘以前の話。魂に刻み込まれた船の話。将校でもなんでもない。ただの、誰かを守りたいだけの優しい人間が、兵士として覚悟を決めた時の瞳。

 

 強い。そんな目をした人は本当に強い。

 やりきると覚悟している者だけが、あんな眼を浮かべられる。

「でも提督の指揮があるから、僕達は力を発揮出来るんだよ」

 

 僕達を纏う不透明な力。旗艦から流れる力があるから、戦場で戦える。

 練度を上げていけば別だけど。それでも、提督の指揮があった方が強いんだ。

「そう言ってくれるのはありがたいが、俺の本音だ」

 伝わってないのかな? それとも、それだけじゃないのかな。

 

 響なら気持ちが分かったと思う。以心伝心。あんまり話した事はないけど、とても心優しい仲間思いな子。一度だけ演習を見た時もすごかった。

「俺自身欲望もある」

 

 続く言葉は躊躇してから、とても気恥ずかしそうに。

「君達は美しいからな。触れ合いたい気持ちもあるんだ」

 美しい? 提督はそう思うのかな。民間の人は恐れてるのにね。不思議な人。

 でもそうだよね。簡単に自分を殺せる相手を、愛せはしないんだ。

 

 だけど美しいとか言える。触れ合いたいと言える。僕より余程勇気がある。

「そう…なんだ。それなら、笑わないでくれるかな」

 伝えたい。甘えたい。徐々に胸が高鳴って、緊張が堪らないけど。

 

「俺は軍神だぞ。何より望み云々で言えば、俺の方が余程下劣と思うがね」

「そんなことないよ! 誰かと触れ合いたいなんて、とっても尊い願いじゃないか!」

 ぽかんと提督が呆けてた。

 

「あ、その、ごめん。おっきな声出して、うるさかったよね」

 最低だった。う~ん。どうしようもない。緊張で変になって、感情が爆発しちゃったよ。怒ってないかな? 傷つけてないかな。

 …怖がらせてないかな。

 

「そうやって言ってくれる君の望みを、俺がどうして笑えようか」

 優しい笑み。何度も見せてくれた優しい笑顔。

 暖かな心が伝わる。ああそうだ。受け止めてもらえる。もらいたいと願ってる。

 

「時雨。何が欲しいんだ?」

 怖いよ。緊張する。情けないと思われないかな。

 そんな事ない。そう思いたい。今日訊いてもらった姿を覚えてるから。

 

 こうして、何度もといかけてくれる優しさを知ったから。

「――だっこ…」

 顔が真っ赤になる。心臓がうるさい。脚もふるえてきたけど。

 不思議と、言葉はするりと出てきてくれた。



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だっこしてなでなでです

 まず提督がソファーに座って、僕が抱きつき座る形でだっこしてもらった。

 熱い胸板。がっしりとした体が受け止めてくれる。ぎゅっと包まれた。

 暖かい。提督の体はぽかぽかしてる。たしかな温もりが心地良い。

 

 落ち着く匂い。煙草とかの男をイメージする香りじゃなくて、仄かに甘い匂い。香水かな。嫌いじゃない。良い香りがする。

 心臓の音がうるさくて、外の様子も分からない。頬が熱い。でも思ってたより落ち着く体勢だ。

 

「重くない?」

 あんまり体重は重くないと思うけど、そもそも人間自体が重たいもの。

 いや、まあ。正確に言えば僕達は人間じゃないけどね。子供は出来るらしいけど、人の限界を軽く超えてる。

 

「軽い位だ」

 提督って力持ちさんなのかな。体つきも良いし、肉体が発達してる。

 骨格も丈夫だね。噂には聞いているけど、本当に深海棲艦を素手で倒したの?

 いや、聞けないよ。本当だったら衝撃的すぎる。確認が出来ないね。

 

「ちゃんと食べているのか」

「うん。お腹いっぱい食べてる」

 間宮食堂のごはんはとっても美味しい。偶に作る白露のごはんも美味しい。

 

 食べ過ぎちゃって太る位。…と言えたら良いけど。どうなんだろう。

 老化、或いは体躯の成長は聞いた事がない。それだけの年月生きられた艦娘が、一体もいないのもある。

 

 肉体的には解明されてない事実が、山ほどあるんだ。どうだろうね。

「なら良い」

 …今は優しい言葉を聞けたから、気にしないようにしよう。

 変に曇ってたら失礼だ。顔は見えないだろうけど、雰囲気で分かられちゃいそう。

 

 それに、その、もっと。もっと望む心がある。

「提督」

「ん?」

 耳元で聞こえる彼の声で、どうにも次の言葉が上手く紡げない。

 

 でも、ここで止まってても仕方ない。もう限界以上に甘えて、しかも受け入れてもらったんだ。素直になろう。

「頭、その」

 

「ああ。よしよし」

 暖かくて大きな掌が、僕の頭を柔らかく撫でてくれる。

 堪らない心の熱が、胸一杯に広がって。とけちゃいそう。ふわふわと頭がゆらいで、もっと甘えたくなってきたんだ。

 

「えへへ」

 思わず笑顔が零れた。油断すると寝ちゃいそう。妙に撫でるのが上手い。

 全然想像出来ないけど、普段は響とか撫でてるのかな?

『司令官。頭を撫でてくれ』

 

 ふふ。想像したら愛らしい。響と、彼女を撫でる提督の姿はしっくりくる。

 …僕が甘えてて良いのかな? 響がここに座るべきじゃないかな。

 いやいや。それを僕から言うのは変だ。こうして甘えて、幸せをもらってる。もっと素直に。もっともっと。心のままに。



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甘えっきりです

「…いきなりでびっくりしたよね」

 思わず、縋りつくように抱きしめを強くしちゃった。

 大きな体。甘えきってるのに、揺らぎもしない在り方。その、自分で言うのも何だけど。若い女の子が抱きついてても、欲望を見せたりもしない。

 

 あったかく。大きく。ああそうか。

 今僕は、大人に甘えてるんだ。父とか兄がいれば、こんな感じなのかな。

 ぎゅって、提督から優しく力が強まった。

 

 許されてる。言葉に出来ないけど。初めてで分からないけど。尊い何かを許してもらってる。…暖かいなあ。

「そうでもないさ」

 受け入れてもらえる言葉。聞きたくて、僕は言ったのかもしれない。

 

 どくん、どくんと力強い鼓動が胸に伝わる。提督も生きてるんだ。僕の鼓動も届いてるんだ。心が伝わってるのかな。本当に嬉しくて、この感謝も届いてほしい。

「白露から君達の事は聞いている。甘えたがりな子達だとな」

 

「ううっ。恥ずかしいな」

 白露らしい言葉だと思う。皆が大好きで、皆も大好きなお姉ちゃん。

 僕だって大好き。でも甘えすぎたら駄目なんだ。僕達は艦娘で、共に戦場で戦う仲間だからこそ。変に甘えて、判断が鈍ったら嫌だ。

 

 見捨てないといけない状況がある。提督ならきっと。

 …そうやって、僕は押しつけて。

 ――わしゃわしゃと、乱暴な手つきで頭を撫で回される。

 

「か、髪型崩れちゃう」

 きゅ~って、胸に切なさと喜びが混じり合ってく。

 落ち込みそうになった心が、大きな掌に緩ませてもらって。力が出る。

「嫌か?」

 

「…いじわる」

 間違っても顔が見られたくなくて、頬をすりつけるように抱きついた。

 すごく恥ずかしい事の筈なのに、今はもう受けいられてて。本当に。

 

 こうして向き合うと、おっきくて愉快な大人だった。白露の話じゃないけど、言ってる事は間違ってなかったよ。

 でも、すけべな気配は感じないな。僕が、白露ほど可愛くないからかもしれないけど。

 

 からかうのが好きでいじわるな暖かい大人。甘えても良いと許してくれる人。

「照れる必要はない。提督として、人として逃げるつもりもないさ」

 強い言葉だ。責任から逃げない事で、押し潰されるかもしれないのにね。

 いや。きっと何度も潰されそうになって、それでも、と足掻いた人の言葉。

 

 何度考えても、軍神の経歴と提督の在り方が重ならない。敬意が足りない考えだけど、やっぱり感じられない。

 逆に言えば、最前線はこの人が人を辞めるほど、激烈なのだろう。

 

 ……僕は甘えて良いのかな。縋っていて良いのかな。ああ。まただ。また躊躇いが心を蝕んでく。

「ただまあ。理由は気になる」



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佐世保の時雨の心です

 正直に言って、僕の考え方は提督を侮辱してる。

 言うなれば仲間を、提督を信頼してない。責任感が強いと言えば聞こえは良いけど、周りを頼る事もまた強さだ。

 それでも、受け入れてもらえると分かって言うのだから。

 

 ここまでのやり取りに、本当に救われていたんだなあ。伝わってほしい。

 言葉にすると軽くなるほどの感謝を貴方に。だからこそ心を聴いてほしい。

「――弱った姿を見せると、皆は不安になるから」

 佐世保の時雨は雪風と対を成す。伝説の幸運艦として、名に恥じない活躍をしなければならない。

 

 白露は気にしないし、他の白露型の皆だって気にしない。仲間達もそう。

 結局は僕が嫌だと思うだけ。

 時雨の名を冠した駆逐艦の僕が、甘えてしまうのを許せないだけなんだ。

 

 …それでもこうして提督に甘えてるのは、僕が甘えても揺らがないからさ。

 内面はどうであれ、非情な判断を下せる人。一度聞いたことがある。

 軍神と謳われた提督でさえ、肉の盾の作戦を実行したのだと。

 

 その時に喪ったのは一隻だけ。そこから先に轟沈は許さず。

 深海棲艦の巣を一つ潰して、平和な領域を広げたのだけど。

 裏を返すならば、どんな心でも彼は非情を歩めるんだ。

 

 最低の理屈で甘えてる。自覚はあるのが尚悪い。それでも。

「僕は嫌なんだ」

 もう二度と仲間の轟沈なんて見たくない。

 守りたい。だけど、そんな大切な仲間だからこそ触れあいたくて。 

 

 彼女たちの日常を見てると、混ざりたくて気持ちがざわつくんだ。

「でも、白露は甘えてもらいたがっているぞ」

 分かってる。分かってるんだ。頑張り屋さんと認めてくれてても、彼女は妹達を守りたがってる。

 

 僕には可愛げがない。なんて自虐したら、彼女も提督も怒るんだろうね。

 嬉しいんだから情けない。ああ。本当に。

「僕は十分甘えているさ」

 

 提督の体だから鼓動が伝わる。嘘を見抜かれてる。分かってしまう。

 自分から言っておいてだけど、こんなに触れ合ってると心が分かっちゃう。誤魔化せもしないね。

 

「でもね、共に戦う仲間でもある」

「負傷を庇われたら困るか?」

 やっぱり分かるんだ。嬉しいな。ありがたいな。

 

 …怒らないかな? 俺は代用品なのかって、言うわけないよね。

 そうしないって信じたからこそ、こんなに甘えてるんだ。

「甘えから、守るべき存在と思われたら嫌だ」

 

 そうなるかは分からない。ならないと言い切れない時点で、過度ななれ合いは避けないとならない。

 絶対の生還を求めてるんだ。捧げないと割に合わない。

 臆病なんだ。ただただ臆病すぎて、お姉ちゃんの好意からも逃げてる。



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決意は同じです

「村雨の時みたく。我慢出来なくなるのはあるけど」

 夕立の笑顔や山風の珍しい甘え姿。春雨の献身に江風の元気さ。

 妹達皆が愛らしい。…僕と違って、素直に誰かへ甘えられる優しさ。心の強さ。

 

 そうして、皆を受け止められる白露の強さ。僕は姉妹に恵まれてる。

「ふふふ。今みたいに、ぎゅっとしたのだろう?」

 そう言ってから、提督から強く抱きしめてきた。暖かい。力強くて安心する。

 ここまで深く、強く抱きしめ合ってるのは提督だけだよ。

 

 なんだかソレを伝えるのは恥ずかしいな。不思議な感じ。

 こんなに触れ合ってるのに、まだ照れてるんだ。ああ。本当に不思議。

「暖かかったなあ」

 

 村雨の嬉しそうな顔。甘えてぎゅっと抱きしめ返してくれて。

 愛おしい妹。ふふ。本当に可愛い家族だ。

「我慢しなくて良いと言っても、時雨は嫌なんだな」

 

「……うん」

 そう言われても、僕の恐怖は変わらない。なら何を求めて聞いたんだろう?

 とても、とても最低な行いなのかな。やっぱりそうだよ。

 

 提督なら甘えさせてくれる。重みを預けたい。軍神の異名と優しい心。利用して、こうして甘えきってる。

 そんな風に思っても、受け入れてほしいと願ってる。

 

 僕は弱くなったの? 船の時からは当然として、艦娘として脆くなったのかな。

 分からない。分からないけど、思っていたよりも罪悪感はなくて。

 本当に笑ってしまう。素直に心が緩んでる。家族には見せられない弱さ。

 

「分かる。分かるぞ」

「提督も?」

「ああ。意地を張って、格好つけたくなる気持ちは分かる」

 

 皆から評価されて、実際に結果も残してる人だ。

 僕と違う。名前だけ受け継いで、意地を張っていても大した力もなく。駆逐艦としての性能しか発揮出来ない。戦場で活躍できない艦娘。

 

「素直に甘えれば良いんだ。きっと受け入れてもらえる」

 どこか遠くに語りかける声。僕にじゃない。提督自身の心の声。

 弱さが滲み出てる。白露も見たのかな? 人間としての言葉が聞こえる。

「思っても、強くなりたい心が邪魔をするんだ」

 

 それは彼の全てに聞こえた。それだけで進んだ人の声は、痛々しくも重くしなやかだった。強い。強さを求めて続けて、ここまで至ったんだ。

 やっぱり僕とは違う。僕はまだまだ弱い。

 

 こうして、弱さをさらけ出す事も躊躇いながら。提督ほど潔く。自身の弱さは語れなかった。

 でも、その意地をはる理由はきっと。

 

『「だって失いたくないから」』

 内心と言葉が重なった。そうなんだ。本当にソレしかなくて。

 願いが心を躊躇わせて、強くなりたくて…前を許せない。

「…見通されてるね」



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甘やかせ上手の提督です

「大丈夫だ。大丈夫」

 耳元でとても優しい声。落ち着かせるような頭の撫で心地。ただそれだけ。

 でもそれだけがほしかった。蕩ける位甘やかされて、どろどろな心がどうしようもなく。ただ許してもらいたかった。

 

 勝手に頬が緩んでく。なのに泣き出しそうで。

「甘えたくなったら、甘えれば良い。俺が相手でも良い」

 許されてる。本当に僕は甘ったれで、そんな僕を許してくれる。

 

 白露とは違う。彼女は近すぎる身内で、甘えきるには心が許せなくて。

 だからこそ、彼の言葉は心をとかしてくれた。枷を外してくれた。

「遠慮する必要はない。好きなだけ頼ってくれ」

 

 力強い抱擁は愛情を感じる。深い感情。断じて欲求なんかじゃない。

 僕を許してくれてる。佐世保の時雨じゃない。ここに在る時雨の弱さを、提督の抱擁が許してくれてる。

 

「どうして甘えさせてくれるの?」

 最低な言葉だ。確信がほしくて求めてる。

 なのに受け入れてもらえるんだって。もうすっかりと甘えてるんだ。

 

「俺は提督だからな。皆のお父さんみたいなモノだ」

 頼りがいのあるお父さん。軍神がお父さんなら、僕達は大丈夫だね。

 胸が痛む。悲しみが叫んでる。折れるなと、心が叫んでる。

 

 急に抱擁が緩んだ。お互いの顔が見える。驚いて提督の顔を見れば。

「時雨が恐れている事態には、ならない様に努めよう」

 ――格好良い笑顔。見惚れる程堂々とした在り方は、確かに軍神と呼ばれる威光があった。

 

 戦い続けてきた人間の顔。大人が子供に見せる笑顔。格好良いなあ。

 こうなれるかな? …こうなりたいな。強くなりたい。強くありたい。

「ぁ、っと。その」

 言葉が上手く出てこなかった。素敵な笑顔だと思う。戦う人間の格好良い笑み。

 

 甘えの罪悪感とか、簡単に消し飛んだ。頼っても良いんだと思う。

「なにせ悪鬼だからな。そうだろう?」

 一転としてにやりと意地悪な笑み。人間らしい。彼らしい笑顔だと思う。 

 

 素直な表情は真っ直ぐで、どこか無邪気にも見えた。

「う、それは、その」

 違う意味で言葉が出てこない。上手く返せなくて黙ってると、強めに頭を撫でてもらえた。暖かい。髪型が崩れるけど、とっても落ち着く掌だ。

 

 抗議として襟を掴んでみた。愛おしそうに微笑まれた。

 むう。暖かくて格好良い。表情豊かで面白くて、安心出来る優しい顔立ち。

 目元が優しくなってるから、とっても似合ってる。

「ずるいよ。いじわる」 

 

「ははは!」

 たまらなく楽しそうな笑い声。提督の弱さも強さも見せてくれて、僕の心も暖めてくれた。



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甘い問いかけです

 楽しくて幸せな時間。こうして近くで触れ合って、提督の気持ちがよく伝わる。

 心底から嬉しそうな声。愛おしいと伝える体の熱。全部、全部で僕を受けれてくれてる。

 それでも、僕は問いかける。最低だと自覚しつつも、いや。

 

 だからこそさ。白露ではありえない。最悪の想像を問うんだ。

「ねえ、提督。地獄にならない?」

 一度だけ。本当に一度だけ、激戦区を経験した事がある。

 

 時雨として生まれて、武勲艦から期待された。そうして戦場に向かって、戦ったのだけれど。

 アレは地獄だった。艦娘をすり減らしながら、戦い続けていったんだ。

 

 戦艦だから平気なわけじゃない。空母だから無事なわけでもない。

 それでも、僕達駆逐艦は役に立てなかった。

 駆逐艦の運用は危険すぎる。結論として、そうならざるを得なかったのさ。

 

 回避と夜戦に特化した艦種だ。裏を返せば死にやすい艦種。肉体へのダメージ。そうして、大抵は幼い駆逐艦の喪失は、優しい人達の心を削ってく。

 そうした果てに、戦艦を守る為に盾になった者達がいて。

 

 提督にかかる負担が大きすぎて、練度の低い駆逐艦は危険すぎた。

 僕が生まれた頃には、大分艦種への理解が深まってたけど。

 平和な海域が生まれて、遠征が確立するまでは、本当に悲しい事ばかりだったらしい。

 

 …この海域の近くに巣が出来た時。僕達が戦えば誰かはきっと死ぬ。

 嫌だから、必死に強くなりたいと願っていたのに。こうして甘えさせてもらって。

「――そうならないように俺は在る」

 

 この言葉を求めた僕は、本当に欲深いのだろうね。

 強くありたい。何度でも心に願うよ。強くなる。強く在り続けてくんだ。

 でも今だけは、こうして強くなった提督に甘えたい。自惚れでなければ、提督だって望んでくれてる。僕の自然な姿はこうだもん。

 

 想像してたのと違う? 分からないけど。喜んでくれてる。ふふふ。恥ずかしい。

「だから、素直に甘えてくれたら嬉しい」

 言い切って笑ってくれる貴方に、この重みを背負ってほしい。

 

 ふふふ。重たい。重たいな。もう少し笑い合おう。聞きたい事があるんだ。

「それだけだ。以上。質問は?」

 照れた様な言葉。柔らかな雰囲気は、ここまでの重たい空気を壊してくれた。

 

 恥ずかしいけど、こうなったら完全に甘えきるんだ。

「白露って、お姉ちゃんって僕が好き?」

 うわあ! すっごく恥ずかしい質問だ!!

 

 ……答え、分かってるし。なのに提督の口から言わせたがってる。

 でも聞きたい。とっても聞きたい。白露は僕をどう思ってるの?

「すごい幸せそうに妹達を語っていたぞ」



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答えは単純です

「ぎゅってしたら、僕だけじゃなくてお姉ちゃんも嬉しい?」

 これも恥ずかしい質問。あまりに提督の返答が嬉しすぎて、心の枷が壊れてる。

 顔が赤く染まってるのが分かる。それでも、白露の愛情を肯定してもらって、嬉しい気持ちが心を満たしてく。

 

 堪らない。幸せ。こうして抱きついて話してると、一体感が強くて良い。

「程度によるとは思うがな」

 僕の問いかけに苦笑してる。何を今更、とまでは言わないけど。

 

 提督の優しい微笑みにまた照れて、顔を俯かせた。ちらりと見上げれば、愛おしそうに笑ってる。

 何度繰り返しても飽きないやり取り。受け入れてほしい。

 

 やっぱり僕は欲張りだ。お姉ちゃんもいるのに、お兄ちゃんもいてほしいと思ってる。

「少なくとも時雨を慰める為に、嫌な想いを我慢はしていないと断言しよう」

 いっつも元気いっぱいで楽しそうな白露。僕を抱きしめて、照れながら。

 

『あったかい! よしよし。可愛い妹だ!!』

 なんて言ってから、わしゃわしゃと頭を撫でてくれるんだ。

 小さな力で抱きしめ返したら、驚きながらも受け入れてくれたり。大切な姉さん。

 

「甘えたら迷惑じゃない?」

 逆に妹達に甘えられて、僕が迷惑と思うのか。なんて言われたら。

 そんなわけがない!! とっても幸せな気分になるんだ!! ……すっごく矛盾してるけど、これが僕の本音だった。

 

 で、でも僕は皆ほど可愛くないもん。

 というか、皆の破壊力が凄い。皆もうほんと可愛すぎる。

「仲良くし過ぎて、気が緩みすぎて、皆が戦場で沈まない?」

 

 絶対に嫌だ。想像しただけで泣きそうになる。

 何度も繰り返した言葉の問いかけを、嫌な顔もしないで言ってくれる。

 

「――俺と響が守る。安心しろ。俺達を疑うか?」

 輝く双眸の力強さ。威風堂々とした在り方は不動。弛まぬ努力の結晶が見える。

 軍神の指揮能力。駆逐艦の常識を覆した伝説の不死鳥。

 

 全鎮守府に伝達され、士気向上の元となった二人の功績。それを成し遂げつつも、人の優しさを忘れなかった彼の強さ。

『いっちば~ん!』

 

 白露の笑顔を思い出した。僕達の大切な長女は、提督みたいに格好良い笑みを見せる人だった。だというのに、僕が弱さを引きずって、これ以上変に意地をはるのは可笑しい。

 

 目を瞑って、彼に体を預けきった。身を寄せきってるのに緊張はなく。

 ただただ落ち着いて、するりと言葉が紡がれる。

 

「ううん。――それなら、それなら安心だ」

「ああ」

 武骨な返答は提督らしく。奇妙な微笑ましさを感じながら、心にしみ入った。



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父性です。異性はだめです

 安心しきったら、どろっと疲れが出てきた。

 ここまで気を張ってたのが緩んで、心がふわふわしてる。とっても眠い。

「ちょっと眠っても良い?」

 

「仕事は終わっている。甘えても良いと言ったが」

 ぶっきらぼうな言葉なのに、背中を優しく叩いてくれてる。

 リズムが良い。暖かな刺激が眠気を誘って、とろとろと意識を融かしてくれる。

 

 提督に包まれてる。とても心地が良い。

「ん。ありがと」

 静かに目を瞑る。もう闇は怖くない。暖かく全てを受けいれてもらってるんだ。

 

 このまま寝てしまおう。時間をくれた提督へ眠りの挨拶を。

「おやすみなさい」「おやすみ」

 意識が緩やかにとけて、眠りに落ちていった。

 

 

 ……意識が波打ってる。たゆたう感覚。海の上で寝転がった時と似てる。ふわふわしてて。重みを預けてるんだ。

 軽い。疲れが全部出てるみたい。

 ぼ~っと波打つ感覚を楽しんでると。

 

 毛布に包まれていく。誰だろう? 白露かな。いつもありがとう。

 言葉が出たか分からないけど。何故かすごく眠たい。

 薄らと目を開けたら、提督がじ~っと僕を見てた。

 

 ――何で!? い、いや。そうだった。僕はソファで寝たんだ。

 気を利かせて寝かせてくれたのだろう。自室のベッドに運ばなかったのは、まあ当然だよね。響とかに見られたら、とっても悪い事になるだろうし。

 いや。どうだろう。僕的にはそんなつもりはない。

 

 でも彼女は傷つくのかな。分からないや。

 というか、起きるに起きられない。なんでじっと見てるんだろう。

「おおっ」提督の声。

 っ!? ほ、ほっぺをつつかれてる。なんで!?

 

 いやいや。意味が分からないよ。ちょっと楽しいけど、どうしてつつくの?

 起こそうとしてるのかな。それなら普通にゆさぶったり。方法は色々とあるよね。

 お次は両頬をひっぱってきた。痛くないように加減してるけど、困る。

 どう反応すれば良いんだろう。適当に夕立を示して、起きてないアピールをしたけども。

 

「寝てて良いぞ」

 あ、うん。寝ててほしいんだ。なるほど。意味が分からないね。

 でも遊んでるみたいで楽しい。ふふふ。安心だね。…まだまだ眠いし。このまま寝ちゃおうかな。

 

 いや。もしかして。

 彼はスケベな気持ちになってる!? し、白露が言ってた。

 提督は少しえっちな所があるって。ここまでのやり取りでないと思うけど。

 

 む、胸とか触られたり。そんなのやだ! 恩はあるけど、提督のそういうのは受け止められないよ。

 響に悪いし、素直な気持ちとして異性の感情はない。多分。

 それは好きな人とする事だよ。駄目だよ。絶対に駄目。

 

 掌が頭を撫でる。愛おしそうに撫でてる。

 ……すごく恥ずかしい。馬鹿な勘違いをしてた。良かった。

 提督も、僕を妹みたく愛してくれてるんだ。ふふふ。本当に良かった。

 もう少しだけ寝ていようかな。きっと、優しく起こしてくれるから。



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村雨さんとのです
ちょっといいとこ見てみたいです


 まさかの時雨の甘えから翌日。あれから夕食もいっしょに食べて。

 さすがに食べさせ合いはなかった。執務室で普通に終わったが。幸せの時間だった。

「むふふ。むふふふ」

 

 幸せ絶頂である。一、二と続いて良い流れだ。このまま皆と仲良くなって、ゆくゆくはパーティーなんぞとしゃれこみたい。ああそうだ。川内型の皆ともあるだろう。

 その時ばかりは、俺の一発芸シリーズを見てもらおう。声真似から始まり、那珂ちゃんへのオタ芸。くっ、龍驤がいないのは悔やまれるぜ。

 

『遠慮せんでええからな! 最高の笑いを生み出そうや!!』

 アイツとのコンビ芸は最高なのに。クッキングコントからの、勢いだけで笑わせる龍神コンビと語られてたのに。

 まあ良い。いない奴を考えてもしょうがない。

 

 響と俺の死神コンビで上手くやろう。コサックダンスの真髄を知らしめてやろう。

「ふっふっふ。楽しみだ」

 うきうき気分は醒めないけれど。今日は違う白露型の子が来てくれる。

 ふっふっふ。ここまで良い感じに接してくれている。良い感じ。あっそれ、提督の~ちょっといいとこ見てみたい!!

 

 だからこそ本日は。

「提督、お邪魔します! …じゃなくて、お邪魔するね。ふふ。何だか慣れないけど」

 白露型駆逐艦・3番艦。村雨が秘書艦になってくれるのだ!!

 

 薄茶色の髪をツインテールにして、仄かに紅が混じる茶色の瞳。今でこそ緊張で固くなってるが、ノリ良い雰囲気と合わさった柔らかな表情。

 うむ。村雨ちゃんキタ~!! いやっほう! 

 

 良いねえ。最高だねえ。時雨の儚さとは違う。白露の姉力とも違う。

 村雨の~ちょっといいとこ見てみたい!! それイッキイッキ!!

 などとやれば、後で白露に大激怒を喰らいかねないので自重。

「既に白露から聞いているだろうが、君達の緊張を解くのが本日の目的だ」

 

「う、うん」

 この時点でめっちゃ緊張してる。まあ良いけども。気にしてないよ。うん。

「気にする必要は無い。自然体であれば良い」

 

うむうむ。さて。これまで白露と時雨の魅力は語ったが、村雨の魅力を語らせて貰おうか。

 それは――からかい上手の世話焼きさん!!

 

 こう良い感じにからかいつつも、本気じゃない遊ばれ感も良く。それでいて、体調とかを気遣ってくれる感じ。

 偉そうに語ってるが、実際に見たわけではない。ゲームでの経験と、白露と時雨から聞いた話だ。

 

 と言っても、あの二人は姉だからな。

 …それこそゲームでは、妹的な雰囲気もなかったような? まあ、色々と違う世界。そんな事を言い出したら、俺が軍神とか言われている時点で狂っている。

 今更の話だろう。この世界を生きているんだ。



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懐柔作戦です

「それでその、私はどうすれば良いの?」

 村雨からの問いかけ。様子をうかがう様な上目遣いは、睨みとも違う感情の揺れが伝わる。これはアレだ。うむうむ。

 滅茶苦茶緊張している。薄ら恐怖すら見える。ぶっちゃけ涙目になってる。

 

 泣きたいのは俺の方だよ。泣いても良いっすか。自分、涙いいっすか。

 うん。時雨の落ち着きや白露の感じで忘れていた。あの二人はなんだかんだと言っても、大した実力の持ち主だ。白露のお姉さん力。時雨の許容性。

 完全に勘違いしていた。目の前で怯える村雨を見ろ。

 

『ぬ、脱いだら許してくれる…?』

 とか言いそうなレベルで怯えてるじゃないか。可愛いけど。ぞくぞくするけど。

 ぐひひ。一枚ずつ…ふう。落ち着こう。

 

 これは駄目だ。白露のガチ切れを想像してしまう。

『ねえ提督。――あたしの大切な妹に何をした』

 やべえ!! い、いや。そこまで怒らないだろうけど。怖い。

 

 時雨なんかは。

『提督には失望したよ』

 言い切られて見下ろされるだろう。興奮してきた。…落ち着け。興奮してない。誤射だ。

 

 それはそれとして。俺って、普通にしてても怖いんだった。

 顔立ちこそ若干マシになったが、雰囲気は怖いまま。村雨の性格は完全には分からないけど、日常の穏やかな感じが好きらしい。

 

 俺の雰囲気と真逆。笑えてきたね。嘘だけども。

 ううむ。どうしたものだろう。

 いやあ、最近、というか初めの二人は慣れてくれていたからな。

 ついつい忘れがちだが、俺は怖いのである。ふっふっふ。仕方ない。

 

 もうその反応にも慣れた。我に秘策有り、だ。

「とりあえずかけてくれ」卑猥な意味はない。本当だ。

「えっと。そうする?」

 怯えながらも俺の言葉を聞いてくれて、ソファーに座る。良い子である。

 

「うむ。仕事は終わらせてあるからな」

 どや!! 鍛え抜いた事務力を見るんだ。これぞ提督力である。

「ゆ、優秀なんだ」

 一々びくびくされると、さすがに傷つくのだけど。いや良いさ。秘策あるからな。

 

「お茶にしよう」

「あっ、私が淹れるよ」

「ここは俺に任せておくれ。お菓子の準備もあるんだ」

 そう! この軍神に不備はない。甘い物で心を緩ませるのだ!!

 

 今日の手作りお菓子はチョコケーキ。チョコのスポンジケーキを、これまたチョコクリームでコーティングした単純なお菓子だ。

 艶のある黒色のケーキは、豊かな風味を予感させる。

 

 飲み物はコーヒーを用意した。苦み少なく。香りを楽しむ豆である。

 しっとりとした出来上がりに自信はあるぞ。

「わあ、すっごく良い感じ!」

 緊張もどこかへいったのか。心底から嬉しそうに喜んでくれた。

 

「ならば良かった」

 いつもなら、ここから姉妹艦の話を聞くのだが。他二人から十分に情報は収集している。どうしたものかな。楽しみだぜ。



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気まずい会話です

 純粋に村雨と楽しもう。むしろ村雨を楽しみたい。なんかエロいな。落ち着こう。

 対面に座って、コーヒーを一口飲んだ。上手い。俺が手をつけたのを確認して、彼女も食べ始める。

「甘~い!」

 

 嬉しそうな声。目を瞑って、味わいながら食べている。可愛らしい反応だ。

 作った甲斐がある。良い。ニコニコと楽しそうに食べる様子を見ると、自然と笑みが零れた。

「ふふふ」

 声まで出てしまった。村雨がじっと見ている。警戒したネコみたいだ。

 

 猫耳村雨もありありだ。ちょう見たい。今の俺が提案したら…確実に拒絶されるな。

 最悪は怯えながらの了承だ。俺がネコミミ変態野郎と呼ばれてしまう。興奮はするが、ガチ切れされたら嫌な子達が増えすぎた。

 

 嫌われた状態での罵倒は良いけど、好かれてる相手から嫌われるのはなあ。ちょっと困る。どちらにせよ興奮はするからやばいね。変態であった。

「提督って、笑えるんだね」

 すごい発言だな、おい。俺だって心はあるんだぞ。

 

 等と凄んで見たとしよう。確実に泣かれる。想定通りになってしまう。

 ここはお茶目に対応しようか。

「こんな顔も出来るぞ」

 変顔をしてみれば。

 

「ぶふっ! ご、ごほごほっ!」

 吹き出してむせ込んでいた。勝った。何の勝負だろうか。はっはっは!

「げほっ、あ、ぅう。ごほ」

 完全に気管がやられていた。申し訳なさそうな顔をして、涙目になっている。

 

 やりすぎた。せっかくケーキを楽しんでいたのに、悪いことをしてしまった。

「だ、大丈夫か?」

 彼女の背中を優しくさする。セクハラと怒りもせず。静かに受け入れてくれた。

「ごめん、なさ」

 

 今にも泣き出しそうな謝罪だった。本当にやりすぎてしまったか。

 落ち着くまで背中をさすって、自然な流れで言葉を紡ぐ。

「気にする必要はない。ほら、コーヒーを飲むんだ」

 彼女のはミルクも混ぜている。仄かに甘めの良い豆だけど、なんとなく苦いのは苦手そうだったからだ。

 

 啜りもなく。音もなく綺麗に一口飲んだ。

「…良い香りね」

 ほっと一息ついて、穏やかに緊張を緩めてくれた。

 全然狙い通りなどではないが、彼女の緊張はマシになったらしい。良かった。

 

「淹れるの得意なの?」

 いれる……いれる。うん。卑猥な意味は一切ない。どうした俺の思考。

 いれてからも得意だぞ。と見栄を張る必要は無い。そういう意味じゃない。落ち着け。

 

 ちょっと暴走しているぞ。うんうん。気まずい空気から逃げたくて、下ネタに走り始めているぜ。駄目だ。仲良くなりたいし、落ち着いて対応しよう。

「お菓子と飲み物はセットに考えているんだ。自然と両方の腕が上がったのさ」

「なるほど」



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お誘いです

「「……」」

 滅茶苦茶気まずいぞ。まったくもって会話の種が見つからない。

 何だこの感じ。俺ってコミュ障だったか? 提督として頑張ってきたんだ。この程度の苦境なんぞ物の数ではない。頑張るぞ。

 

「最近どうだ」

 ようやく絞り出した言葉。なんだかお父さんみたいな発言である。俺の立ち位置が分からない。時雨との触れあいが影響して、どうにも気分が変だった。

 俺の言葉を受けて数秒。沈黙の時間が広がって。

 

「い、良い感じ」

 村雨が何とか絞り出した言葉は、妙に気まずい響きであった。ここに響がいてくれたら。

『……』

 駄目だ。彼女が流暢に喋る姿は想像出来ない。そこが良い所だけどね。

 

「そうか…」

 会話終了!! 以上閉廷解散!! ど、どうしよう。どうしようもないぞ。

 お菓子大作戦もむせて失敗した感じがある。考えろ。どうすれば。

『提督の! ちょっといいとこ見てみたい!!』

 

 などとからんでもらえるのだ!! 早く仲良くなりたい。ノリ良く生きたいのだ。

 滅茶苦茶酒が弱いので、一気飲みは勘弁してほしいけども。ノリを振られたら応えようとも。今後、白露型と飲み会があるかは、彼女とのやり取りにかかっている。

 それはそれとして、良い所は幾らでも見せたいのだがね。ううむ。

 

 ケーキを食べ終えて、する事がなくなった。気まずい空気もピークである。

 どちらとも相手を窺う感じ。隙を探りあっている。俺は好きを探り合いたいのだ。

「その、提督?」

 もじもじと俺を見ながらも、彼女から言葉を出してくれた。

 

 ここで慌ててはならない。下手に攻め込んで逃げられたら、今日を無駄にしてしまう。

「どうした」

 静かに問いかければ、何度も躊躇ってから答えてくれる。

「お散歩したい、けど。ね。どう?」

 

 えっ? お○んぽしたいって? 消される消される。落ち着け変態。落ち着くのだ。

 でも、さとちって似ているよな。深い意味はないぞ。うん。そんなものはない。

 そうだな。赤面しながらの涙目で、先程の言葉はあった。つまりはこうだ。

 

『お○んぽしたい…』

 ふう。深い意味はない。ないからな。うん。

 いやしかし。どう答えたものだろう。

 

 ちらりと彼女を見れば、不安そうに返答を待っていた。下ネタに走っている場合じゃない。誠実に向き合おう。思っていたより激しい展開はなさそうだ。

 時雨と違う。急激に爆弾をぶちこまれる事もなかろう。

 それにまあ想像してみたら、わりと楽しそうである。

 

「付き合おう」

「…うん!」

 邪な俺の考えが浄化されるほど、嬉しそうな笑みを見せてくれたのだった。



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ゆったり散歩です

 執務室から出て、無言のままに外へ出た。会話はないけど目的は同じ。

 せっかく散歩に誘ってくれたんだ。俺なりに楽しみたいね。

 無邪気で嬉しそうな彼女に連れられて、俺もゆっくりと歩き始めたんだ。

 のんびりと、二人で野外を散歩している。

 

 村雨につれられて適当に歩いていると、並木道へと進んでいく。

 森林を綺麗に伐採して、整った地面の道が先へと続く。自然と人の手が合わさった美。手入れの人がいるのだろうか? 美しい道が続いている。

 

「きゃっ! か、風が強いですね」

 風が流れて、彼女のツインテールがなびく。さらりと流れる艶髪は愛らしく。くすぐったそうに微笑む村雨は、素直に微笑ましい。

 

「風は嫌いじゃないな」

「ふふふ。涼しくて心地良いね」

 静かに微笑む姿。敬語が取れているのは、無粋な指摘だろうか。からかいたい。

 

 それにしても良い風だ。緑の香りが落ち着く。こうして歩いていると健康になれそうだ。大分調子は戻ったけども、こうしていると更に良い。

 今更ながらだが、この鎮守府は自然が多い。

 人里外れた森林道。桜は散ってしまったけど、そろそろ夏が訪れそう。

 

 とても良い空気だ。清々しい青空である。太陽が眩しい。寝不足が解消されてるおかげで、まったく目に沁みない。健康になっていた。

 良い天気だねえ。過ごしやすい一日で何よりだなあ。

 

「ふふ~ふーん♪」

 村雨が楽しそうな鼻歌。ここで俺がいきなり歌い出したら、彼女はどんな反応をしてくれるのだろう。

 またむせそうだな。ははは。美声を披露する機会はまた今度だ。

 

「楽しいか?」

 俺の問いかけに恐怖は見せず。気分良さそうに言葉を紡ぐ。

「私、こういうのが好きなんです」

 だろうな。俺への緊張を忘れるほど、自然で過ごすのが好きらしい。

 

 俺への恐怖が基準とか、自分で言っていて泣きそうである。

 まあアレだ。俺も自然が大好きだ。パソコンゲームも好きだけど、実は運動も大好きだったり。必要に駆られてもあるがね。軍隊行動の基本だ。

 

 村雨は…軍とかじゃなくて、暖かい日常が好きなのだろう。

 活発なイメージは白露の。どちらかと言えば時雨寄りだ。日常に笑う姿が似合っている。可愛い。とか言ったらさ、また怯えられそうなので黙っておく。

 

「誰もが忘れるような、通り過ぎる想いが好きです」

 強く心に刻まれて、気がつけばなくなる想い雨。まさしく村雨の在り方。

 うむ。格好つけて語ってみたが、俺のノリじゃないな。似合わんよ。

 ちょっとからかいたくなった。勝手に真剣な気分になって、酷い男と思うけど。

 

「敬語」

 意地悪く指摘してみれば。

「あっ! その、ごめんね」

 慌てて訂正してきた。可愛い。もっといじめたい。

 

 でも泣き出されそうだな。夕立並に泣きそうだ。嫌だ。

「ふふ。それが自然体なら構わないさ」

 村雨の敬語は嫌味な感じもなく。自然だから心地良い。

 皮肉が感じられないのだ。純粋に気遣っている。嫌いではないぞ。



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手つなぎドキドキです

 少しは緊張が解れてくれたのか、優しい表情で彼女はささやく。

「…白露姉さんから聞いたけど、提督は仲良くなりたいのよね?」

「ああ」

 ド直球で言うと変態だな。意味合いはエロスを含んでないけど、仲良くって。

 

『提督は村雨と仲良くしたいの…?』

 これを耳元で囁かれたら、俺は落ちる。仕方ないね。でもコレ系の囁きで一番ヤバいのは、阿武隈の声だと思う。あいつのボイスには神が宿ってるからね。

 

 さて。適当に頭をとろけさせつつも、どうしようか。

「深い意味はないのだがな。君達が俺を恐れていると聞いた」

「う、うん。ごめんなさい」

 

「謝る必要はない。これまで交流を避けてきたのは、俺の方だ」

 もっと言うならば、まともな雰囲気じゃないのも自業自得。

 俺の同期も俺並にアレな環境で戦ってたけど、もっと付き合い易い奴らだった。元気にしていると良いがね。っと、話が逸れてた。

 

「だからこそ、俺から触れ合いたいと思ったのさ」

「ふふふ。ありがと」

 嬉しそうな微笑みにこそ、俺はありがとうと言いたい。

 

 それにしても白露のナイスアシストであった。

 初めからここまでお世話になりすぎてて、彼女に頭が上がらないぜ。その内にお礼を考えておかないと。…ううむ。水臭いとも怒りそうだがね。

 

 今は村雨と真剣に向き合おう。そうしよう。

「じゃあさ。手、つながない?」

 仄かに照れながらの言葉。最高かよ。最高だよ。だがしかし。俺を舐めてもらっては困る。昨日なんて滅茶苦茶抱き合ったのだぞ。今更手つなぎで乱れるかよ!

 

「む? 分かった」

 そうして、躊躇いつつも彼女と手をつなげば。

「わっ大きい手…」

 

 すげえ!! めっちゃすべすべしてる。赤ちゃんの肌? きめ細かい彼女の肌質は、ただ握ってるだけで心地良い。ちっちゃな掌。壊れそうなほどに小さい。

「村雨の掌は小さいな。細くて、女の子の手だ」

 

 素直に変態な感想が出てきた。怒っていないか? 恐る恐る彼女の様子を見た。

「あ、ありがと」

 真っ赤な顔で俯いてしまった。微かに声が震えていたけど、恐れとかは感じなくて。

 

 照れている。手をつなぎ立ち止まる俺達。並木道に優しい風が流れた。

 その涼しさを強く感じる程度には、顔が熱くなっているらしい。恥ずかしい。

「「……」」

 やっぱり言葉が出てこない!! えっ? なにこれ。ちょう満たされるんですけど。

 

 何だよこれ。青春じゃねえか。俺が戦場に置いてきたトキメキを、今胸に取り戻しているぜ。ふっふっふ。先程までとは違う意味で涙が出そうだ。

「歩こうよ、ね?」

「うむ」



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てつなぎ散歩です

 先程よりも意識して、歩行のペースを合わせる。それが誰かと隣歩く意識付けになって、つないだ手の熱を強く感じた。暖かい。ぽかぽかと胸も温まる。

 良いね。手をつないで歩くなんて、響以来の経験である。

 

 アイツの手よりは、村雨の方が大きいな。駆逐艦でも響は小柄な方だ。白露型より小さい。ふふふ。こうして握っていると、何だか仲良しになった気分。

 まだ若干緊張が伝わるけども、悪くない雰囲気ではなかろうか。

 

「早足じゃないか? 辛ければ教えてほしい」

「ううん。気遣ってくれてありがと」

 愛らしい微笑み。から照れた様に俯きながら。

 

「提督の方こそ、手汗とか、その。大丈夫?」

「大丈夫だ」

 美少女の手汗とかご褒美だから。むしろヌレヌレの方が良いからな。

 

 ムレムレも良いと思います。ムラムラします。ここは譲れません。

 口に出したら引かれるから、絶対に言わない。しょうがないね。

「今日は良い天気ね」

 

 眩しそうに青空を見上げてる。それでも歩きが乱れない辺り、なんだかんだと艦娘だなあ。肉体性能が段違いだ。

「心地良く過ごしやすい日だ。嫌いじゃない」

 春と秋が好きだ。夏は露出が増えて興奮するけど、暑すぎてダレるのだ。

 

 冬は寒いし、こたつは定番アイテムだけども。やはり春と秋が良いね。変態は過ごしやすい季節が好きなのである。ふふふ。意味が分からん。

「ふふ。緑も良い感じ。妖精さんが手入れしてるんだって」

 

「日々生活を支えてくれている。頭が上がらんよ」

 料理もそうだけど、清掃からなにまで。日頃の生活は妖精さんのおかげだ。

 最前線でも随分とお世話になった。…まあ、手が足りない所もかなり多かったので。ここ程の快適さはなかったけども。言わぬが花であろう。

 

「綺麗に整えられた森林は、心の安定をくれる」

「ほんとだ。かなり良い感じ」

 静かに微笑む彼女の姿。よしよし。随分と恐怖が薄れているぞ。手をつないでおいてなんだが、距離を感じていたからな。良い傾向。良い感じだ。

 

「どこへ進んでいるんだ?」

「ん~? 大好きな場所!」

 ニコニコと笑って教えてくれなかった。なんだこいつ。めちゃくちゃ可愛いぞ。

 

 いやしかし。こうして手をつなぎながら歩いていると、何でもない森の道も幸せである。

 相手と物理的に繋がっているから、自然と気づかいが出来たり。悪くない。とても良い気分だった。

 

 良い匂いもする。仄かに香水の匂い。村雨はおしゃれだ。彼女の香りらしいと言えば、可笑しい気もした。ははは。俺は何を知っているのやら。

 これから知っていくのだ。うむうむ。



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武骨な昼食です

 そんなこんなで歩き続ければ、開けた場所にたどりついた。

 綺麗に整えられた草原。美しい草原だ。中央に一本だけ樹が生えている。木陰が涼やかで、過ごしやすい憩いの場としてあるのだろう。

 

 はっと目を奪われる。自然の美がここにはあった。

 癒やされる~! はああ。心癒やされるぜ。白露の膝枕に匹敵するね。魂が浄化冴えるレベル。

 

「綺麗だな」

「ふふふ。私の一番好きな場所」

 にこりと村雨が笑った。俺の様子を見て、嬉しそうにしてくれたんだ。

 なんだこれ。可愛すぎるだろ。ああやばいやばい。もう本当萌えキュンです。

 

 仄かに潤んだ瞳が良い。優しい微笑みも良い。妹属性と思っていたが、村雨もお姉ちゃんな感じであった。ふふふ。また一つ、彼女の良さを知った。

「少し休もうよ」

「ああ」

 

 心地良い日差しを浴びながら、適当に腰を下ろす。隣合って座っていると、妙に仲良くなった気分だ。

 実際、彼女の表情も強張ってない。ようやく恐怖がなくなったらしい。

 

「良い天気。お弁当持ってくれば良かったね」

「ただのんびりするのも悪くない」

「ん。そうだね」

 風が頬を撫でる。彼女のツインテールがなびいた。香りが届く。村雨の匂い。

 

 それだけじゃない。

 緑の香り。露を感じる静かな雰囲気。空を見上がれば、太陽が見守ってくれていた。

 暖かい。今日は日向ぼっこびより。もうすぐに夏が来る。暑い夏。

 

 プールとかも良い。海も最高だ。最前線に悪い気もするけど。この時代、海遊びほどの贅沢も早々ない。スイカ割りも楽しそう。ビーチバレーなんて最高だ。

 花火も見てみたい。線香花火。打ち上げはさすがに難しいか。

 

 のんびりと夏を満喫すれば、次は秋。そうして冬。明けての春が訪れる。

 四季豊かで色彩豊かな国。深海棲艦共を殲滅し尽くせば、この平和な日常がどこでも過ごせるのだろうな。

 

 目処もなく。そもそも、今の俺に出来るのは後方勤務位。

 いちゃこら楽しませてもらっている。ありがたい限りだった。

「昼餉と言えば、だが。軍用食ならあるがどうする?」

 

 懐から乾パン入りの缶を出した。いちごとブルーベリーのジャム付きだ。

 実は飲み物も懐に隠してあったり。水という武骨なチョイスだがね。備えあれば憂いなし。うむ。我ながら戦場を警戒しすぎかもしれない。

 

 艦娘が愛用する戦闘糧食とは雰囲気が違うが、これもまあ軍隊の食事だ。

 あまりこういう雰囲気には合わないけども。

「ふふふ。のんびり原っぱで食べると、不思議と美味しそう。良い感じね」

 

 ニコニコと笑いながら言ってくれた。この程度の用意で喜んでくれるなら、もっと頑張りたくなるぜ。次はクッキーとジュースでも入れておこう。

「お気に召したなら良かった」

 

 さて。手を合わせて。

「「いただきます」」

 お互いにジャムをつけて一口食べてみるが。

 

「…美味しそうだったけど、えっと」

「正直に言えば不味いな」

 口の中がぱさつく。水がなければ辛かったな。用意しておいて良かった。

 

「ちょっと残念な感じ」

「うむ」

 もそもそと二人で食べ進める。珍妙な光景であった。



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彼なりの許しです

 いやしかし。口のぱさつきとか、残念な味とかを抜きにすれば。

 楽しい食事だ。目の前で座る村雨を見れば、困ったような微笑みを見せてくれた。好き。やばいね。萌え力が高まりまくり。

 

 うむ。こうして微妙な経験を共有することで、何だか仲良くなった気がする。良いね。

 こぷこぷと水を飲み干して、再びのんびりと時間が流れる。

 

 あ、飛行機雲。これ以上は消されそうなので歌わないが。あれは名曲だと思う。

 ふふふ。寝ちまいそう。くっだらねえ事を考えている。なんて、言葉を汚くしてみた。ははは。ああ、いいねえ。

 

 笑っちまう位に平和だ。良いこと。維持出来るように頑張らないとなあ。

「…提督はさ」

 ぽつりと零れた言葉。続く想いを躊躇っている。

 

「うん?」

 意識的に優しい声で促した。安心したように、しかしどこか寂しそうな顔で言うんだ。

「退屈じゃない?」

 

「難しい質問だな」

 そんなにも泣き出しそうな瞳で聞くなよ。

 思ってみれば、ここまで村雨らしい感じが少ないぞ。ちょっといいとこなあんて。

 

 …戦争、だったからなあ。和やかムードとはいかなかった。

 じゃあしかたない。しかたないんだ。――なんてつまらないよな?

 俺は村雨に色っぽくからかわれたい! 飲み会を共にしたい!! 

 

 ふっふっふ。舐めるなよ。むしろ舐めまくれ。ぺろぺろされたい。

 どこか自責の念を感じる表情で、彼女は静かに俺を見つめている。

 真っ直ぐに見つめ返した。堂々と見つめる。

 

 だってそうだろう。何が悪いんだよ。平和を楽しんで何が悪い。

「退屈が良いんだ。退屈で良いんだ」

 劇的は要らない。激的な絶望なんざ求めてないんだ。

 

「かけがえがないから、前線が苦しんでいるから楽しむ事が悪い?」

 愛らしい君達と楽しい日々を過ごしたい。例えば村雨で言うなら、そうだな。

「違う。楽しめ。君達は兵器じゃない。英雄になる必要なんてないんだ」

 

 ノリノリで宴会をしたいし、今だって十二分に楽しんでいる。肉体的接触だけが楽しみじゃない。こうして過ごしているだけで、きゅんきゅん来ているんだ。

「今日の朝食は美味かった。明日は何だろう? ああ。なんて平穏な日々」

 

 愛おしい熱量。この尊さを俺は誰よりも知っている。二つの世界を知っている俺は、数多に分岐した艦これを知るから、彼女の自責なんて認めたくない。

 もっと笑っておくれ。宴会芸でも見せてみようか。

 

「退屈だ。そうだ。皆と遊ぼうじゃないか、なんて」

 何でも良いんだ。かくれんぼでも良い。時にはケンカしたって良い。

「そう思える位、平穏が当たり前にあってほしい。そんな日常を味わっていたい」

 

「望んでも、良いの?」

 彼女の顔が上がった。まさか俺から、軍神とか言われちゃってる俺から、こんな言葉が出るとは思ってなかったのかね。

 救われた。と感じてくれれば最上だけど。生憎だが俺はそこまで優秀じゃない。

 

 ただただ本音を言葉にするだけだ。

「俺がそうしてほしいんだ」

「…えへへ。そっか」

 

「こうして穏やかに過ごせる日々が、どれ程貴重な事か」

 実際、平和な日々は特殊である。深海棲艦は普通に生息している。その内にここらの海域に巣が出来るかもしれない。からこそ。

「だからこそ、楽しいと思える自分を許してほしいね」



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花咲く感謝です

 それでも尚罪悪感が消えないと言うのならば。殺し合いこそが使命であり、平和な世界にいると違和感があるのならば。

 仕方ない。だったら詭弁を使わせてもらう。

 

「平和を味わうからこそ、失いたくないと力を振り絞れるんだ」

 大切なモノの価値さえ知らないで、勝利に全てを捧げられるかよ。

 …ぶっちゃけ、俺がここまで戦ってこれたのも、元を正せば日常ラブだったからさ。

 

 ほしいものがあったんだ。今ここで願い叶っている。なら踊らなければ嘘だろう。

「心。心だよ。心さえあれば人はどこまでも強くなれる」

「――ありがとう」

 見惚れる程優しい微笑み。目を瞑り、深く噛みしめている姿。

 

 ああ。美しい。こうして見られただけで、ここまでの苦労が報われる。

 これで良いんだ。これが良いんだ。萌え萌えである。ふふふ。いやあ良かった良かった。村雨が日常を愛せて良かった。

 さあてどうしようかな。何だか眠いし寝てしまおうか。それも自由だ。

 

 いやしかし。折角の機会。エロエロじゃなくても、交流したいが。

「ねえ、提督」

「どうした?」

 俺の邪な想いを露も知らず。静かな微笑みで彼女は言う。

 

「本当にありがとね」

「気にするな。大した事も言えてないさ」

 あんまり口も上手くないからな。当たり前にしたい事を、素直な本音を語っただけ。

 

 もう少し口達者だったら、今ごろ村雨はぬれぬれだったろう。口べたな俺が憎い。

 まあでも、こうやって笑ってくれている。十二分だ。求めすぎも良くないぜ。

「私、駆逐艦として呼び出されたけどね。平和にいて良いなんて提督に言われたのは、初めてだったから」

 

 微笑みながら語られた言葉は、この世界では当然のことだ。

 貴重な戦力を遊ばせる理由はない。肉の楯にしてでも、活用しなければならない。

 外道に提督の適性はなく。ブラック鎮守府すらないのに、そうせざるをえない世界。

 

「…すまない」

 俺が、世界の在り方を決めたのかもしれない。俺というキャラが存在するから、こんな二次創作なのかもしれない。

 他の世界を知っているから、二次創作の広がりを知っているから。

 

 ふふふ。時雨に続き村雨の雰囲気も、どうにも色々と思い出させてくれる。 

 戦場の思い出に引きずられて、甘えベタだった時雨。

 日常の大切さに引きずられて、不安を抱ている村雨。そっくりじゃないか。

 

「なんで謝るの? 仲間を守れる力があって、優しい提督を守れる私でいられる」

 にこりと力強い笑みを見せて、とっても優しい声で言葉が続く。

「私、幸せだよ。勝手な感情で謝ってほしくないな」

 

「ふふ。ありがとう」

「どういたしまして!」

 花開く満面の笑顔で、彼女は俺へ応えてくれた。



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打ち解けあってます

 何をするでもなく。ただ二人で時間を過ごしていく。

 草原の香りが心地良い。このままずっといたら、融けてしまいそうな位緩んでいる。

 良い場所だ。彼女が大切に思っているのも、よく分かる。

 

「そういえばだけど。他二人はさ、どうやって過ごしてたのかな?」

 ふむ。当然だが、二人から詳しく話もしないか。

 今更恐れられているとは思わないけど、日常エピソードを紹介して、更に打ち解け合おうじゃないか。

 

「白露には膝枕をしてもらって」

「ひ、膝枕」

 顔が真っ赤に染まった。萌える。ふふふ。ぐふふ。ふう。落ち着いた。

 

「時雨は…言っても良いんだろうか」

 あえてじらしてみると。

「言っちゃ駄目な事をしたの!? し、時雨ちゃんを傷つけたら許さないから!」

 

 更に顔を赤く染めて、彼女が愛らしく怒ってきた。本当に可愛い。ふふ。

 からかい甲斐のある奴だ。リアクションが大きい。そんな所は白露にそっくりだ。下ネタへの包容力がないので、ある意味彼女よりからかうのが面白い。

 

 これが白露相手だったらなあ。適当にあしらわれそう。

「大好きな時雨姉さんなんだな」

「う、うん」

 はにかんだ笑み。姉妹仲睦まじくて何よりである。

 

「二人きりだと姉さんって甘えてる。迷惑とか言ってなかった?」

「可愛くて仕方がないと言っていたぞ。抱きしめられたのだろう」

 むしろ彼女の方が、自分を迷惑と思っていないかなんて。

 

 うむ。そっくり姉妹。意外と見た目は違うのだけど、中身が似ている。

 白露型共通の在り方なんだろうか? 分からないが嫌いではない。というか好き。いっぱいちゅき。

 

「えへへ。まあね」

 嬉しそうに笑ってまあ。時雨にも見せてやりたい。ああでも、そんな場面だと俺が蚊帳の外になってしまう。放置プレイは嫌いじゃないが、もっと仲良くなってからにしたい。

 

 いかん。どうしても下ネタに走ってしまう。何故だろう。響がいないからかな。

 心の欲を持て余している。なんとも気恥ずかしい。

「ちょっと気恥ずかしかったけど、とっても嬉しかったよ」

 

 思わぬ所で似たような心境になっていた。特に嬉しくもない偶然であった。

「で、提督」

 一転。とっても真剣な表情で俺を見つめている。仄かに責めるような眼差しは、素直に愛おしい。初対面時の緊張はどこへやら。

 

 こうやって可愛い反応をしてくれる位、気を許してくれている。

 もっとからかいたいけど、泣かれても困る。真面目に応えようか。

「時雨には言うなよ」

 

「もちろん!」

 とっても嬉しそうな笑い顔。愛らしく微笑ましい。

 時雨お姉ちゃんの甘え姿なんて、刺激的かもしれないが。さて。



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勢いがあります

 時雨の想い。どれだけ日常を重んじているか、君達を愛しているのかを伝えた。

 あの甘えぶりまで語りきる。最初は感動して泣きかけていたけど、赤面して俯いてしまった。

 なんだか妙な雰囲気の状態である。萌えるね。

 

「…そっか。時雨姉さんは守りたがりだからなあ」

 ぽつりと言葉が零れた。空気が照れくさいので、ちょっとからかってみよう。

「余計なお節介かね?」

 我ながらアレな皮肉だ。いやらしい言葉である。

 

「いやいや! もうっ、意地悪な言い方」

 ぷりぷりと怒っている。これに萌えているんだから、本当に我ながら業が深いぜ。

 でもしょうがないね。怒っている姿も可愛いから。うんうん。嫌われない程度にしよう。

 個人的には、ガチの軽蔑も嫌いじゃない。――いや、好きだ。

 

『…もう知らないんだから』

 ああダメダメ。相手が悲しんでいる系の怒りは駄目だ。

 もっと冷たい感じでって、妄想に浸っている場合じゃない。

 じ~っと彼女が見つめている。可愛い。言葉を返そう。

 

「ふっ。すまない」

 格好つけて謝罪してみた。

「むう。なにそのドヤ顔は」

 

 狙い通り、まだ仄かに怒っている。

 このやり取りが面白い。ちゃんと怒ってくれるのが嬉しい。マゾヒズムとかじゃなくて。純粋に、彼女との距離が近づいたのが良い。

 

 マゾヒズムとかじゃなくて。本当だよ。俺は嘘はつかない。これが何度目の嘘だったかな。ゴミ山に出荷されそうな言葉だ。

 ふふふ。からかい過ぎただろうか? 

「ちょっと良くない感じ。直さないと怒るんだから」

 

 良かった。愛らしくも微笑んでいる。柔らかいやり取りで終わった。

 相手を傷つけたくはないんだ。いや別に傷つきたいわけでもない。

 なんだろう。色んな表情を見たくて意地悪とか、小学生なのだろうかね。似たようなレベルか。そうだな。

 

 股間は大人だがね!! ……俺は何を考えているのだろう。

「善処しよう」

 春の陽気が悪い。眠たいし、変態力が活性化されている。気がする。

 春に失礼か。別に俺は冬でも変態だ。冬でも響のパンツを被りたい。暖を取りたい。

 

 さて。のんびりと二人で時間を過ごしていれば、沈黙の時間が訪れる。

 気まずくはない。話題を探さなければならない緊張は、もう感じていない。

 良い雰囲気だ。ふふ。白露の言う通り、ここまでは順調にいっているぜ。

「…提督は」

 

 静かに紡がれた言葉。平穏なのを壊さない優しい声。

「うん?」

 俺の返答も妙に柔らかくなった。わりと眠かったり。どうしたのだろう。

 

「村雨とはどうしたいの?」

 なにそのやらしい言葉。ああ、だめだめえっちすぎます。

「お、おう」

 間抜けな言葉が零れた。どうしたものだろうかね?



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勢いあまってです

「やっぱり、その。あれよね。順を追うごとに過激だから、その」

 真っ赤な顔で俯きながら、震える声で紡がれた言葉。確実に潤んでいる瞳。とくとくと加速する彼女の鼓動さえ、聞こえそうな百点満点な照れ姿。

 

 おいおいおいおい。俺は夢で見ているのか? 確実に夢精しちまうぜ。

「ちゅーとか…?」

 顔を上げた村雨の表情。頬が赤く。上目遣いの破壊力。

 俺を殺す気か? 良いのか? まじでちゅーするぞ。ファーストキスするぞ。

 

 って。いいわけがあるか。何を言っているんだ。唐突すぎてびっくりだ。

 まったくもう。からかいのレベルじゃないぞ。マジだったらいかんぞ。

「こら」

 額にデコピン。割と本気の力でしてみた。

 

「いたっ!」

 結構な手応え。ガチで装甲を発動していれば別だけど。こうしていれば脆いもんだ。

 …俺の指がじんじん痛む。訂正。かなり頑丈な額であった。

「乙女の柔肌に何するの!」

 

 泣き出しそうな表情での怒り。ごっつぁんです。うほほ。

 おっと。落ち着け。これがまかり間違って白露の耳に届けば、怒られてしまう。

『……信じてたのに。あたしの妹を…』

 ガチ泣き&怒りはやばいって! 俺のメンタルがやられてしまう。

 

 だからこそ、真面目に言葉を返そうか。

「乙女が簡単に色事を許すんじゃない」

 俺が言っても説得力がないけど、これが本音であった。

 ちゃんとケッコンする相手とするべきだ。

 

 もっと知り合ってから、きちんとした覚悟をもってするべきこと。

 ぶっちゃけよう。正直に言おう。ここでキスなんてしてみろ。

 止まれないわ。絶対に止まれない。俺は獣と化すだろう。草原に獣、慟哭す。新たな物語が始まってしまう。

 

 それは冗談にせよ…冗談だろうか? 俺は、俺の中の獣を抑えられるだろうか。

 ふふふ。もしもの時は響のパンツを想像すれば良い。どういうことだろう。うん。

「でもでも、経験は大事だと思うの」

 この世界観の艦娘が言うと、かなり重たい言葉なんですが。

 

 いや。分かるけども。でも男ってのはねえ、勝手でねえ。

 童貞は捨てたがるくせに、処女を求めるというか。難しいよね。 

「興味があろうと、ちゃんと心身共に向き合える相手と添い遂げなさい」

 なんて残酷な言葉だろうか。言っておいてだが、反吐が出そうだ。涙と共に。

 

「…そんなの待ってたら、いつか死ぬもん」

 ああ。こうなるだろうさ。そう言うだろうさ。俺が言わせた言葉だ。

 でも責任くらいは取れるよ。取ってみせる。

「時雨にも言ったけど、そうならない為に俺はいるんだ」

 

 だから普通にいちゃつかせて!! 膝枕とかね。最高だったよね。

 時雨の抱きつきも良かった。もう満足だった。でも戦争の雰囲気も強くて。

 真っ当ないちゃつきで良いじゃないか。まったく。

「逃げても良い。逃げた先にいる俺と響が、絶対に勝たせてみせる」

 

「…ありがと」

 嬉しそうに笑ってくれた。よしよし。妙な雰囲気は消せたぞ。

「どういたしまして」



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からかっちゃいます

「それはそれとして、そこまで言ってくれた村雨にはどうしてもらおうか」

 両手をわきわきと卑猥に動かして、彼女の羞恥を煽りまくる。めっちゃ煽る。

 ねえどんな気持ち!? どんな気持ち!? ちゅーとか言って俺を挑発して、羞恥にかられる今はどんな気持ち!?

 

 最高にうざい煽りを脳内に留めつつ、彼女の反応を見た。

「す、スケベなのは駄目なんだから!」

 顔が真っ赤。声が震えている。涙目だ。ぷるぷると体も震えている。

 ごちそうさまです!! もうその反応がスケベなんだよなあ。

 

「くくく」

 思わず笑みが零れてしまった。照れやらなにやら怒りに変換されて、拗ねた様にくちびるを尖らせている。ちゅーしたい。ふふふ。相手が乗れば逃げるのに、俺も我儘な野郎であった。でもしょうがないね。可愛いから。

 

「もうっ! やっぱり悪い感じ。提督の変態!」

 そっぽを向いて怒っている。少し怒らせすぎたかもしれない。

 ちょっと無言で待ってみれば。

「「……」」

 

 村雨も無言のまま。そうしつつ、ちらちらと俺の様子を窺っている。

 謝罪を待っているんだ。そうしないと許せないから。心情とかじゃなくて。やりとりとして楽しみ合いながら、じゃれ合っている。

 ああ。良いね。出会い頭の緊張はもう感じない。打ち解けてきた。

 

 もっと粘ってみよう。無言で彼女を眺めている。

 徐々に村雨の額が汗をかいていく。暑くはない。無言の威圧に耐えきれていない。

「…う、ううっ。あ、謝るなら今の内だよ」

 震える声で譲歩してくれた。ちょう可愛い。本当に可愛い子だ。

 

「この機を逃せばどうなる?」

 意地悪に問いかける俺はゲス野郎である。思っていたように、彼女は涙目を深めて言葉を続ける。

「嫌いになっちゃうから。私、もう提督を嫌いになっちゃうからね」

 

「それは困った。この通りだ。許しておくれ」

 手を合わせて謝罪した。満足したように微笑んでくれた。むふ~とでも言いたげな顔。くくく。またからかいたくなるだろう。

 ああ愛おしい。村雨はからかわれ上手でもあるのか。萌える。

 

「本当に反省してる?」

 今度は彼女がいじわるに笑う。俺をいじめようと心をうきうき。

 ここで俺がガチで泣いたら、かなり良い姿が見られる気もする。愉悦な気がする。

 でも傷つけたくはないんだよなあ。加減が難しいぜ。

 

「すまなかった。申し訳ない。金輪際、君に舐めた事は言わない。敬意を払おう」

 額に土触れる位深く頭を下げた。ほぼほぼ土下座であった。

「それも駄目! また意地悪を言ってるでしょ!!」

 大慌ての反応。からかい甲斐のある子だ。楽しいね。

 

「ふふふ」

「う~!」

 ああだめ。これ以上からかうと本気で泣きかねない。

 

 さすがにソレは駄目だろう。泣き顔も可愛らしいだろうけど、からかい過ぎて泣かすとか。人としてどうだ。俺は変態だが、超えてはならない一線を知っているぞ。

「この通りだ。からかいすぎたよ。ごめんな」

 

 真っ直ぐに彼女の潤んだ目を見つめて、真剣に謝った。

「…良いよ。許すから、変に気遣ったりしたら嫌いになるからね」

 機嫌を直し笑ってくれた。やり取りが心地良い。堪らなく愛おしい。

「了解した」



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村雨への欲です

「結局、提督はどうしてほしいの?」

 そうだなあ。今更、エロい気分にもなりづらいと言うか。

 例えばそう。乳枕をしてもらったとしよう。…罪悪感が来るよね。

 いや、下ネタに走ると決まったわけでもなし。素直な本音で彼女に望むこと。

 

 ――歌声。どうだろう。時雨から聞いた話だけど、彼女は歌が好きらしい。暖かい日常を楽しく歌うのが好きらしい。

 ちょうど良い天気だ。正直、俺の疲労も完全には抜けていない。昼寝といきたい。

 

「子守歌を聴かせておくれ。こんなにも天気が良いから、ゆっくり眠りたいんだ」

 驚いた様子もなく。というか、時雨から聞いたと察したのだろう。

 いたずらに微笑みながら、いじわるな声で問いかける。

「膝枕もつける? 提督は甘えん坊だもんね」

 

「したいのか?」

 堂々と問い返した。真っ直ぐに見つめて、彼女の逃げを許さない。

「…しないもん!」

 真っ赤な顔で耐えきれず。愛らしい反応をまた一つ。

 

 本当にからかい甲斐がある。良いリアクションを返してくれる子だ。

「くくく」

「また笑った! お願いしてるのそっちなのに、もう」

 

「すまんすまん」

 どうして村雨は、こんなにからかいたくなるんだろう?

 白露には甘えさせてもらって、時雨には甘えてもらった。純粋に考えるなら、村雨は時雨より甘えさせるのが、自然な流れだと思うぞ。

 

 楽しいから良い。そうだ。そうだろう。

「…正直、プロ並とかじゃ全然ないけど」

「俺が聞きたいんだ。君の声で聞きたいんだ」

 ごろりと横になって、ぐ~っと体を伸ばした。

 

 疲れがどろどろと出てくる。白露のおかげで、随分と軽くなった体。それでも芯に残った疲れは重く。まだまだ残っている。

 きっと、村雨の歌を聴いて眠れたなら楽になれる。

 

「草原に寝転がって日向ぼっこをするのも、悪くはない。そこに村雨の歌声があるなら尚更だ」

「そんなので良いの?」

 不思議そうな声。可愛いぞ。ふふ。君が愛する日常の尊さ。俺が愛する萌えの尊さ。

 

 似ているのだろうけども、さすがに正直な心を聞かせられない。

 熱意をぶつけて照れる彼女は眼福だろうが、白露から怒られそうな気もする。

 だからこそ、正直な想いを嘘にはしない。ただただ淡く伝える。

 

「そんなのが良いんだ。君の愛した日常を俺にも楽しませてくれ」

「ふふふ。なら村雨のちょっと良い歌声聞かせてあげる!」

 寝転がって顔は見えないけど、きっと村雨らしい得意げな微笑みなのだろうな。

 

「よろしくお願いする」

 目蓋を瞑り意識を世界に融かす。眠りに落ちる恐怖は薄れて、ただただ彼女の歌声を待ちわびていった。



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歌よ響け、置き去りにした想いへと。です

 ――歌が、歌が聞こえる。村雨の声が聞こえるんだ。

 耳にしみ入り心へと届く素敵な音。感情を上下に揺らして紡ぐ。

 とても優しい泣きたくなるような歌声。波打つ音。寄せては引いて、心が追いかけると音に包まれる。脳みそが包まれている。音色に包まれている。

 

 目蓋の裏に移る景色。海を進む村雨達の姿。

 時雨の儚くも強い在り方。白露の元気いっぱいな様子。今の俺が感受できたのは、仲良い二人だけだったけど。 

 

 彼女の愛する日常。相反する戦場の光景がとけ込んで、切なさを歌に紡いでいる。

 全身が仄かに震えているみたいだ。涙腺が緩む気配を感じる。

 泣き出すなんて情けない。そんな雑念すら流されていく。

 

 息を吐く。全身から力が抜けていく。

 息を吸う。この歌声を取り込むように。

 多幸感が意識に満ち溢れていく。魂が零れちまいそうだ。

 

 美しい声。俺の為に紡がれた歌。日常を愛する彼女の、切なく想う海へと捧ぐ鎮魂歌。揺り籠寝歌にしろとまでは言わないが、眠りにつくの意味が変わりそう。

 ああ。なんて切なくて、泣き出したくなる歌なのだろうか。

 正直に言わせてもらえば、軽いノリで彼女に求めていた。

 

 お遊びだったと言い換えても構わない。

 だが。

 この胸を満たす感情の熱さ。熱量の重みを感じてくれ。

 

 泣いている。もう駄目だった。涙が堪えられなかったんだ。駆逐艦としての在り方。戦場で戦い続けるが運命の、艦娘の在り方。

 いずれ訪れる別れを、命の終わりを慰める歌。

 

「…提督。泣いてるの? ふふ。それならこんな曲を聴いてほしいな」

 一転して。お祭り騒ぎみたいに明るい歌が始まった。

 陽気にリズム良く踊り出す。浴衣に花火に楽しい日々よ。踊れ踊れと笑いが聞こえて、ああ愛おしく胸に響く。

 

 最高の曲。きっと俺は此方の方が好きだ。それでも、今は彼女の切ない思いに融かされていたい。

「村雨。欲張りですまないが、先程の曲をお願いしたい」

 

「でも…」

 彼女の指が俺の涙を拭ってくれた。細く柔らかな指先。乙女の手のひら。

「少し涙を流したい気分なんだ」

 

「ふふっ。物好きだね。良いよ。村雨が、もっと良い歌聴かせてあげる」

 囁くように融け込む歌が始まった。運命の哀愁を想わせる。どこか、抗いさえ虚しくなる天上への祈りに似た……ああ。辛い事もあったなあ。苦しい想いもあったなあ。

 

 でも、平和にいられるんだなあ。は、ははは。やっぱり泣いてら。恥ずかしいぜ。

 意識が闇夜へ落ちていく。こんなにも哀切を想う歌声なのに。

 不思議と、眠りは安堵に包まれていた。



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村雨さんです
接触は恐る恐るです


 穏やかな青空。朝の涼しさを頬に感じてる。とっても良い朝。今日みたいな日は、夕立なんかと一緒にお昼寝したら、かなり良い感じなのだけど。

 今日は私が――違う。

 

 駆逐艦・村雨が秘書艦を担当する日。村雨の名に恥じない頑張りを、と考えてたけど。

 白露姉さんが言うには、いつもの私で良いらしくて。

 よく分からない。ふふふ。でも悪い気はしなかった。

 

 

 朝の準備を終えて、執務室に入室した。

「提督、お邪魔します!」

 あ、そうじゃなかった。

 

「…じゃなくて、お邪魔するね。ふふ。何だか慣れないけど」

 静かに提督の様子を見ると、満足そうに微笑んでた。

 良かった。けど、本当に表情が柔らかくなったんだ。二人から色々と聞かされてたけど、こうして見ると変化がよく分かる。

 

 ん。私は今の方が好きだ。柔らかくて、接しやすい。

「既に白露から聞いているだろうが」

 大げさな話し方で、姉さん達から色々と聞いてるんだ。

 

 えっちな人。愉快な人。優しい人。本当に色んな事を聞いてる。

 時雨姉さんはあんまり語ってくれなかったけど、提督は話を聴いてくれる人だって。 

「君達の緊張を解くのが本日の目的だ」

 

「う、うん」

 提督本人から言われると、尚の事気になっちゃう。

 まだまだ怖い雰囲気を感じる。戦場の臭い。真剣な表情はただそれだけで怖くて、どうにも近寄りがたい人。

 

 この人を見ていると、どうしても戦場を思い出しちゃう。

 勝手な言い草だけどね。う~ん。どんな風に接すれば良いのかな。

『はいは~い! 今日のお話相手は村雨にお任せね!』

 

 だめ。いつもの気分で言えばそうなるけど、緊張で言葉が出てきてくれない。

「気にする必要は無い。自然体であれば良い」

 言ってくれた言葉は嬉しい。結局だけど、これは私自身の問題だ。

 

 提督に迷惑をかけたくないな。落ち着いてがんばれば、きっと大丈夫よ。ちょっとずつでも良い感じにやろう。

「それでその、私はどうすれば良いの?」

 

「とりあえずかけてくれ」

「えっと。そうする?」

 言われた通りソファーに座った。

 

 あっ。良い座り心地。かなり上質なソファーね。ふふふ。寝転がってお昼寝したら良い感じね。

 さすがに駄目かしら。さすがに提督とお昼寝は想像出来ないな。

 

「うむ。仕事は終わらせてあるからな」

 なんだかドヤ顔をしてるような。いや、ないよね。子供じゃないんだ。

「ゆ、優秀なんだ」

 

 適当に言葉を返すと、更にドヤ顔をきめた気がする。

 …想像してたよりは愉快な人? まだ分からないけど、少しだけ気が楽になった。

「お茶にしよう」



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おちゃめなアクシデントです

「あっ、私が淹れるよ」

 さっそく出来そうな事が出来た。ここで頑張れば、提督も接しやすく思ってくれる?

 分からないけど、せっかくこうして会えたんだもの。もう少し普通にお話したい。

 仲良くなれるかな。不安だけど、だからこそ私も動くんだ。

 

「ここは俺に任せておくれ。お菓子の準備もあるんだ」

 うきうきとした足取りで、提督が自室へと入ってく。

 そのまま手際よく進めていって、お茶会の準備が終わった。

 

「わあ、すっごく良い感じ!」

 光沢が綺麗なチョコケーキ。香り豊かなコーヒーまで。私の分はミルクも混ざって、小さな配慮がとっても嬉しい。

 

 これが二人から聞いた手作りお菓子ね。女子として、ちょっとだけ誇りが傷つくけど。

 でも、確かにすごい出来。美しい作りで出来てる。ふふふ。私の為に作ってくれたのかな? だったら嬉しいな。ふふ。

 

「ならば良かった」

 提督の優しい微笑みに見守られて、一口食べてみると。

「甘~い!」

 しっとりと口で溶ける甘み。優しい生地がチョコと合わさってる。 

 

 素材も良いんだろうけど、上手に作られてるからこそ。うんうん。おいしい。

 大げさな言い方だと思ってたけど、時雨姉さんの言った通り。提督ってお菓子上手な人なんだ。

 

「ふふふ」

 笑い声が聞こえて見てみると、嬉しそうに彼が笑ってた。

 いたずらが成功した夕立みたいな笑み。したり顔での喜びよう。妙に愛らしい。思っていたイメージと違う。柔らかい雰囲気だった。

 

 …やっぱり。白露姉さんと関わってから、提督の雰囲気って変わったよね。

「提督って、笑えるんだね」

 言ってから気付いたけど、なんて失礼な言葉だろう。

 

 慌てて訂正する前に、提督から言葉が返ってくる。

「こんな顔も出来るぞ」

「ぶふっ! ご、ごほごほっ!」

 

 き、気管に入った…! なにあの変顔は!?

 表情ってあんな風に動くの? ていうか提督があんな顔して良いの?

 喉が灼ける様に痛い。せっかくの美味しいケーキだったのに。

 

「げほっ、あ、ぅう。ごほ」

 涙も出てきた。もうわけが分からなくて、ちょっと泣きそう。

 でも、思い出すとまた笑いそうになる。それだけ破壊力がすごかった。

 

「だ、大丈夫か?」

 提督の優しい手のひらが、柔らかく背中をなでてくれる。

 不思議と落ち着く。撫で方が良いのかもしれない。白露に似てる? 雰囲気は似ても似つかないのに、なんとなく。

 

 ……怒ったかな。悲しくなってないかな。せっかく作ってくれたんだ。

「ごめん、なさ」

 ようやく絞り出した謝罪の言葉は、大粒の涙と共に出そうだった。



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ぎこちなさの裏側です

「気にする必要はない。ほら、コーヒーを飲むんだ」

 暖かい気づかいに促されて、飲み物に口をつける。

「…良い香りね」

 鼻から抜ける優しい香り。ただ苦いイメージがあったけど、仄かに甘みを感じる。

 

 複雑なおいしさ。大人の飲み物なんて、飲みづらいから言われてると思ってたけど。この重なる味わいを言葉にするなら、確かに年齢が必要なのかも。

 ごくごく飲む感じでもなく。ほっと落ち着く暖かさ。

 

 ふふ。とってもおいしい。私、提督のコーヒーが一番好きかもしれない。

 緑茶にも良さはあるし、今までは紅茶派だったのに。不思議な程おいしかった。

「淹れるの得意なの?」

 

 この腕前はただ者じゃない。何で提督をやってるのかが、分からないレベル。

 町の喫茶店にいそう。それもすんごく人気店で、皆から慕われるほど。

 顔は怖いけど。そこは職人的なので。やっぱり怖いけど。

 

「お菓子と飲み物はセットに考えているんだ。自然と両方の腕が上がったのさ」

「なるほど」

 簡単に言い切ってるけど、いっぱい努力したんだろうね。

 手際も良かった。やっぱり少しだけ、女の子としてのプライドが傷つく。

 

 ふふふ。私も頑張らないと。秘書艦に指名してくれたんだ。

 よし。何か会話を。

「「……」」

 こ、言葉が出てこない。重苦しい雰囲気だけが重なって、全然和やかな気分にならなかった。

 

 散歩とか誘いたいし、食事の予定とかも聞きたい。

 二人と色々触れ合ったみたいで、私とどうなりたいのかも聞きたい。

 逆に、私はどうなりたいんだろう? この短いやり取りでも、提督の優しさは伝わってる。でも、それでも軍神の異名は強すぎて。

 

 何よりこの戦時中に、こんな平和に浸ってるのは。

 …ああ。駄目だ。私は皆程に強くない。強くないの。

「最近どうだ」

 

 ぼそりと紡がれた言葉。精一杯苦心して出されたのは、提督の表情を見れば分かった。

 応えたい。答えなきゃ。えっと。えっと。

 皆の笑顔。妹や姉達との日常。山風は泣きがちだけど、慰められる優しい環境。

 

 そのまま伝えたら、軟弱だと思われない? 二人の話は聞いたよ。二人共信頼してた。――それすら擬態で、罰する気持ちがないと何で言えるの?

 ああ最低だ。そんな風に疑う自分が嫌になる。

 

 そんなんじゃないって、ただ触れ合いたいだけだって。何となく分かってるのに。

 戦争の怖さに逃げてるんだ。平和を知る自分が怖くなってる。

 深海棲艦の怖さを知ってる。仲間が沈む絶望の声を聞いた記憶がある。

 結局の所駆逐艦は。だめ。落ち着いて。今はただ言葉を返そう。

 

「い、良い感じ」

 上手く紡げなかった。そういうしかなかった。

「そうか…」



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頑張って誘いました

 寂しそうな顔。しょんぼりとした雰囲気が、落ち込んだ夕立にそっくり。

 胸に切なさが宿った。彼女の落ち込んだ姿は、ほぼ双子に近い私でも甘えさせたくなる。それに似た、しかも提督の姿。妙に胸が痛むの。

 

 分かってる。分かってるんだ。二人から色々と聞いてるんだ。

『提督はさみしがり屋だから、村雨とはいっちばん気が合うよ!』

 白露姉さんは私との相性を教えてくれて。

『村雨。怯えなくても大丈夫だよ。だけど、不安を我慢出来なくなったら相談してね』

 

 そっと寄り添う形で、時雨姉さんは私の弱さを許してくれた。

 二人の姉さん達が、誰かを見誤る事はない。二人共とっても強くて、弱さを見せない人達なんだ。私みたく臆病じゃなくて、優しい人達だから。

 

 それに甘いお菓子だって用意してくれた。美味しいコーヒーも飲ませてくれた。

 話し合って柔らかな感じで、場を和ませようとしてくれたのに。むせた時だって、優しく背中を撫でてくれたじゃないか。

 

 私の為に考えてくれたんだ。私の為に動いてくれたんだ。

 怯えてるのは勝手な心。駆逐艦としての在り方に縛られて、軍神としての異名を押しつけて。威圧感に怯えながら、拒絶してるのは私じゃないか。

 

『提督の、ちょっといいとこ見てみたい!』

 さすがに、こうやって言えはしないけど。

 提督から行動してくれたのに、怯えて俯き続けるなんてやだ。

 

 もっと仲良くなりたい。私を知ってほしい。駆逐艦・村雨としてじゃない。

 ここにいる私として、貴方と知り合いたいんだ。

「その、提督?」

 気まずい空気の中、どうにか出した言葉。声が仄かに震えてた。

 

 ドキドキする。少しだけ不安が残ってるのに、楽しい思いだって確かにあるんだ。

 ケーキ甘かった。ふふふ。我ながら食い意地が張ってる。

「どうした」

 

 優しい微笑みで言葉の続きを待ってる。急かす感じもない。静かに待ってくれてる。

 ちゃんと見たら、怖くないじゃない。

 柔らかな表情と温かな雰囲気。日向みたいにほんわかとした人。

 

 何度も、何度も心は躊躇ってるけど。それでも触れたい。話し合いたい。

 私が愛する日常の一部。隣合って歩きながら、何の意味もなく過ごしたい。 

 不安だけど。だからこそ、私から勇気を出したいんだ。

「お散歩したい」

 

 言えた! 言えたよ! 怒られないかな? 拒絶されないかな。

 まだまだ怖い気持ちもあって、ゆらゆらと揺れてる。

「けど。ね。どう?」

 それでも、出した言葉は引っ込めなかった。どうかな?

 

「付き合おう」

「…うん!」

 静かな返答が何より嬉しくて、これからの時間に期待が膨らんだ。



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のんびりお散歩日和です

 提督と二人。いつものお気に入りの散歩コースを進む。

 整えられた並木道。美しい森林をきれいな土道が通って、このまま進むと草原にたどりつく。

 

 妖精さん達ががんばってくれた場所。少しでも、ここで過ごす皆の為にと。

 自然を強く感じるこの場所が好き。提督も気に入ってくれたかな?

「きゃっ! か、風が強いですね」

 

 強く吹いた風に髪が流れた。…スカートの中とか見えてないかな。ううん。見えそうだったら、提督から目を逸らしてるよね。エッチな人じゃない。

 それにしても、とっても良い風だった。ちょっと良い気分。

 

 こんな自然の空気も好ましい。緑の香りが良いの。

「風は嫌いじゃないな」

 目を細めて静かに微笑んでた。私と同じで、提督も自然が好きなのかな。

 

 良かった。これなら草原での時間も楽しめそう。ゆっくりしたい。それが私らしさ。私が好きな時間の過ごし方。

「ふふふ。涼しくて心地良いね」

 のんびり穏やかに流れる時間は、胸をくすぐる良さがあるの。

 

 

 そうして、二人きりで並木道を進んでく。

 緑が風に流れる音。青空の澄んだ雰囲気。仄かに差し込むお日様が心地良い。

 良い天気。お洗濯が捗るような。干したばかりのお布団はとっても良い。お昼寝も悪くないね。のんびり時間が素晴らしい。

 

 過ごしやすい一日だ。こんな日は散歩に限る。急な思いつきだったけど、我ながらいい感じの提案だった。

「ふふ~ふーん♪」

 楽しい気分をそのままに、鼻歌に乗せてみた。

 

 …ちょっと恥ずかしい。バカだと思われてないかな。

「楽しいか?」

 愛おしそうに笑ってくれた。嬉しいな。ふふふ。ちょっとずつ、本当にちょっとずつ近づいてるんだ。とっても良い気持ち。

 

 くるくると回りたい気分。もっと知ってほしい気持ち。

「私、こういうのが好きなんです」

 何でもない今日が好き。何でもなくないって、強く実感してるから好き。

 

 いや。深い意味じゃなくても、戦争なんか関係なくても。

 こうして過ごす時間の尊さ。確率とかの、難しい話は大げさだけど。

 絶対に取り戻せないんだ。今という時間はいつだってかけがえがなく。

 

「誰もが忘れるような、通り過ぎる想いが好きです」

 暖かい晴天。通り雨も美しく。…雨。雨の名前なんて素敵じゃない?

 きっと、美しい想いを込めて紡がれた名前。私の誇り。そう在りたいと、駆逐艦・村雨で在りたいと願ってる。

 

 ふふふ。なのに日常を愛してる。臆病者だけどね。

 でも、今は不思議と悪くない気分。隣で微笑んでくれてる人のおかげかな。

 あれだけ怖かったのに、徐々にでも良くなってる。ふふふ。良い気持ち。



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気になる感じです

「敬語」

 優しくて淡い指摘。微笑みながらの言葉は静かで、心地良い。

 きっと全然怒ってなくて。それでも体は恐怖を覚えて。勝手に涙目になる。

「あっ! その、ごめんね」

 

 慌てて訂正してみれば、愛おしそうに笑いながら言葉が返ってくる。

「ふふ。それが自然体なら構わないさ」

 すっかりと打ち解けてきてる。彼の表情が何となく分かるの。

 

 でもやっぱり、白露姉さんが言ったようなスケベさはないよね?

『提督も男の子だからね! あんまり近づきすぎると、お互いに困っちゃうから』

 深い実感が乗ってたけど、いやむしろその実感の方が気になったけど。

 今の所は、胸とかお尻にいやらしい視線も感じないし。

 

 どうなんだろ。個人的にはそういうのも興味がある……って、何を考えてるんだか。

 確かに、まあアレよね。提督しか身近な異性はいないけど。提督からしても、身近な異性は私たちだけね。

 それでも普通の人だと、怪力とかに恐怖が先立つらしい。

 

 う~ん。そんな考え方は提督に失礼かな。止めとこう。

「…白露姉さんから聞いたけど、提督は仲良くなりたいのよね?」

「ああ」

 言葉通りに受け取ると、なんだか面白い響き。

 

 仲良くなりたい。ふふふ。まさか恋愛じゃないよね。というか、多分響と提督はそんな仲だと思う。浮気なんてありえない。

 乙女としては、二人の関係も強く気になったり。我ながら、恐怖が薄れたら馴れ馴れしすぎる。それがなくても上下関係。調子に乗り過ぎたら駄目。

 

 なのに楽しいんだからずるい。何でこの人は、村雨に笑いかけてくれるんだろう。

 …戦ってない駆逐艦なんて。こんな言葉も、ただ平和から逃げたいだけのような気がして。段々とこうして提督と過ごす時間が、楽しくなってる自分がいる。

 

 ふふふ。いい感じ。ちょっとじゃなくていっぱい。いっぱい良い感じ!

「深い意味はないのだがな。君達が俺を恐れていると聞いた」

「う、うん。ごめんなさい」

 否定出来ない。実際、大分慣れた今でも仄かに怖いんだ。

 

 鋭い目つき。固い表情。身のこなしも隙がない。気配もそう。普通の人とは違う感じ。

 見えてる世界が違うのかな? 周りの把握能力が凄い。きっとだけど、私の足音すらしっかりと認識してる。特に索敵と認識能力が凄い。

 

 こうして、歩調を合わせて歩いてるからこそ、彼の感覚が少し理解できる。

 私の戦闘経験は薄いけどね。仮にも艦娘の私が、底知れないと思う程度には隙がない。

 

「謝る必要はない。これまで交流を避けてきたのは、俺の方だ」

 もっと正確に言うなら、仕事が多すぎたり。

 それでもお構いなしな子たちだっていたけど。初対面の時は怖すぎた。白露姉さんとのやり取りから、随分と雰囲気が柔らかくなってる。

 

 何があったのかな? 聞いてみたい。

「だからこそ、俺から触れ合いたいと思ったのさ」

「ふふふ。ありがと」



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わちゃわちゃ気持ちの手つなぎです

 触れあい。触れあいね。う~ん。唐突な思いつきだけど、のんびり二人で散歩してるんだからもっとこう、触れ合っても良いかもしれない。

 いやらしい意味じゃなくて。純粋な話。うん。うんうん。…誰に言い訳してるんだろう。

 

 腕を組む? いやいや。照れるし恥ずかしいよ。いっその事ハグしてみるとか。

 そ、そんなの駄目。抱きつくとか絶対に出来ない。初対面と比べれば、とっても気持ちは落ち着いてるけどね。どうしても無理。恥ずかしすぎる。

 もっと軽く。単純に距離をつめて歩くとか。照れない程度のが良い感じ。

 

 手をつなぐ? ……うん。良い感じ!

 だけど、これを言うのも恥ずかしいな。せっかくの機会。分かってるけど。

 緊張する。言葉がのどに張り付いたみたい。それと同じくらい――楽しみにしてる。

 

「じゃあさ。手、つながない?」

 い、言っちゃった。唐突すぎなかったかな。引かれてないかな。

 高鳴る心臓の音を自覚しながら、そっと提督の様子を窺うと。

 

「む? 分かった」

 何の動揺も感じない声色。いつもと変わらない自然な佇まいで、手を差し出してきた。妙に似合ってて不思議な感じ。

 ずるい。ドキドキしたり、緊張してるのは私だけなんだ。

 

 当然だけどね。分かってても、乙女としては複雑な気分。いや変に興奮されたりとか、そういうのは普通に怖い。でも、何かもっとあっても良いじゃない。

 とりあえず今は、気にしないでおく。こうして触れ合えるようになれたのも、純粋に嬉しい。それこそ今までだったら、挨拶すらまともに出来なかったんだ。大分前進。

 

 もっと良い感じになりたい。躊躇いながらも、そっと手をつなぐ。

「わっ大きい手…」

 武骨な手のひら。分厚い皮膚と鍛えられた感じ。

 

 少しだけ肌が変なのは火傷の痕かな。傷痕だらけの手だ。

 歴戦の軍人の手。だけど握り心地はとっても優しい。壊れ物を扱うみたいに、そっと握ってくれてる。

 

 ふふふ。レディの扱い! 暁ちゃんじゃないけど、一人前のレディーとして扱われてる。なんだか胸が温かい。優しい気づかいね。

 提督は紳士なのかもしれない。気恥ずかしいけど、乙女としては嬉しいね。

 

「村雨の掌は小さいな。細くて、女の子の手だ」

 真剣な言葉。本音だけで語られてる。聞きようによっては、ちょっとスケベにも感じるけど。あんまりにも真っ直ぐだから、拒絶とかできなくて。

 

 素直な嬉しさが言葉になる。

「あ、ありがと」

 

「「……」」

 お互いに黙ってしまう。自分の顔が赤いのは分かってる。ちらりと彼を見れば、仄かに赤面してる気がした。

 



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落ち着いてきました

 照れちゃってる。立ち止まってもいられない。

「歩こうよ、ね?」

「うむ」

 おずおずと出した言葉に従って、二人で再び歩き始めた

 

 

 提督と手を繋ぎながら歩いてく。さっきより、もっとゆっくりとしたペースで歩く。

 風が穏やかに頬を撫でる。涼しい反面、繋いだ手の熱と顔の火照りがよく分かる。

 歩くペースも深い気づかいを感じて、嬉しくてしかたない。

 

「早足じゃないか?」

 それでもこうして気遣ってくれた。紳士的でとっても良い感じ。

 妙に慣れた気づかい。やっぱり、普段は響とかと仲良くしてるんだろうね。

 

 …そう考えると、この状況って響は嫌なのかな。むう。難しい問題だ。

 まあ、今の私が二人を気遣ってもしょうがないや。私は私らしく接しよう。

「辛ければ教えてほしい」

 

 優しい言葉。暖かい声色。こうしてると、エスコートされてるみたい。

 実際は私が目的地に歩いてるんだけど、気分的にはお嬢様な感じ。ふふ。

「ううん。気遣ってくれてありがと」

 

 暖かな気づかいがうれしい。…だからこそ、乙女として気になる所もあったり。

「提督の方こそ、手汗とか、その。大丈夫?」

 彼の手のひらは冷たい。汗も全く感じない。多分だけど、火傷で汗腺が壊れてるんだと思う。

 

 逆に私の手の温度が伝わってる。私から、体温が伝わってる。

 汗とか大丈夫? 気持ち悪くないかな。…私は、提督のひんやりとした手は好き。大きくて、心地良い手ね。

 

「大丈夫だ」

 言い切って、嬉しそうに微笑んでくれた。

 なんだか表情が柔らかい。提督も手を繋げて嬉しいのかな? もしかしてこの感じが、白露姉さんがすけべって思った部分?

 

 なんだか可愛らしいような、私も似た所があるような。

 何にせよ、手繋ぎが嬉しいのは私もいっしょ。同じ気持ちで良い感じ! 

「今日は良い天気ね」

 

 こんな世間話を切り出せるなんて、ちょっと感動してる。

 応じて、特に深い感情を見せずに彼は語る。

「心地良く過ごしやすい日だ。嫌いじゃない」

 自然が好きなのは本当みたい。夕立風に言うなら。

 

『提督さん、自然が大好きっぽい!』

 ふふ。何となくだけど、この感じの提督って夕立に似てる。

 どこか無邪気で、誰かの笑顔が好きな感じ。でもでも、なんだろう。頼りがいもあって、不思議ね。

 

「ふふ。緑も良い感じ。妖精さんが手入れしてるんだって」

「日々生活を支えてくれている。頭が上がらんよ」

 食堂の手伝いとか、普段の生活で妖精さんの力は欠かせない。

 

あれだけ愛らしい小人達が、パワフルに動く姿。微笑ましくて愛おしい。

「綺麗に整えられた森林は、心の安定をくれる」

「ほんとだ。かなり良い感じ」



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手繋ぎのんびりつきました

「どこへ進んでいるんだ?」

 当然の質問。それが出ない程度には、私も緊張…あれ?

 提督からも言葉がなかったのは、お互いに緊張してた、とか。

 

 いやいや。何で提督が緊張するの。そんなわけない。でも少しだけ、気分が良くなった。

「ん~? 大好きな場所!」

 素直に言葉を返して、手を引きながら進んでく。きっと提督も気に入ってくれる。楽しみな感じ! 

 

 

 そうやって、二人で歩幅を合わせながら歩いて行くと。

 目的に辿り着いた。――美しく切り開かれた草原の光景。

 

 私の大好きな景色だ。風に小さく揺れる草原の美しさ。一本だけ、とっても綺麗に整えられた樹の佇まい。木陰は過ごしやすさと安らぎを、柔らかな草地は座り心地が良いの。

 

 ここでお昼寝をしたり、夕立とかと追いかけっこを楽しんだり。

 日常の象徴。私たちはここで日常を過ごしてきたんだ。

 貴方に見てほしい。徐々に近づいた感情が、提督の心を求めてる。

 

「綺麗だな」

 率直な言葉。素朴な響き。提督らしい言葉だと思った。

 そう。そうね。とっても綺麗な景色だと思うよ。

 

 日の光が暖かい開けた場所。森林の道を進んで辿り着いたから、余計に開放感を感じられる。妖精さんが考えたの? 素敵で心が躍る場所だと思う。

 元気な妹達と来たら、思わず遊びたくなっちゃう。偶にだけど、川内さんとも遊んだり。神通さんも付き合ってくれた。

 

 皆、この場所で日常を過ごしたんだ。本当に稀だったけど、響だって遊んだ事がある。

 だからかな。提督にここを教えたくなった。気に入ってくれて良かった。

 

「ふふふ。私の一番好きな場所」

 私が愛する日常の一部。もっと好きな場所がいっぱいあるけど、一番好きなのはここだよ。初日だから、ほぼ初対面に近かったから。

 

 私を見せるならここだって、頭の中では思ってたんだ。

「少し休もうよ」

「ああ」

 二人で草原に座り込む。シートでも持ってくれば良かったかな。

 

 …でも、不思議と汚れとか虫なんかはないんだよね。妖精さんのおかげ? 良い感じに過ごしやすくて、憩いの場としてかなり良い感じ。

「良い天気。お弁当持ってくれば良かったね」

 

 ぽかぽか陽気はお昼寝も良いけど、その前にお腹が空いちゃった。

 お腹が鳴ったら恥ずかしい。海の上なら全然空かないのに、ちょっと不思議な感じ。陸で過ごしてると、人間な感じが強くなってる。

 

 ふふ。…一応、区別的には人間じゃないんだけどね。可笑しな話。

「ただのんびりするのも悪くない」

「ん。そうだね」

 こうやって緩い時間を二人で過ごすのは、とっても貴重だった。



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味はなくとも胸は温かいです

 それはそれとして、お腹が空くから困っちゃう。

 のんびり陽気で気が緩む。風が気持ちよくて眠くなる。

 ふふふ。やっぱり今日も良い感じ。この場所は素敵だね。でもお腹空いたなあ。

 

 小さくお腹の音が鳴った。恥ずかしい。ちらりと提督を見れば、音は聞こえてなかったらしい。ちょっとだけ安心。乙女的に聞かれるのは駄目だよ。

 ただ、視線には気付いたみたいで。静かに口を開く。

 

「昼餉と言えば、だが。軍用食ならあるがどうする?」

 手品みたいに懐から出された物。見慣れた物資。乾パンが入った缶と、頑丈に作られた水筒。きっと中身は水。コーヒーとかの洒落た雰囲気はない。

 聞こえてなかったよね? 何の反応もなかったし。ただの気づかいだったのかな。

 

 顔が真っ赤になりそうだけど。なんとか我慢しよう。気付かれなかったら、とっても恥ずかしい感じ。触らぬ神に祟りなし。優しい軍神だからこそ駄目。

 内容は少しだけ残念だけど、せっかく出してくれた物。それに。

 

「ふふふ。のんびり原っぱで食べると、不思議と美味しそう。良い感じね」

 こうしてお腹が空いてる時に、それに和やかな時に見るとね。武骨なイメージのある軍用食も、ちょっとだけ馴染みやすく感じられる。

 

 海の上だと、妖精さん特性の艦装しか食べられない。いっつもおにぎり。嫌いじゃないけど、陸だと食べる気は出てこないよね。

 

 それにジャムもついてるから、きっとおいしい筈。うん。

「お気に召したなら良かった」

 

 微笑みながらも、少しだけ得意げな顔だった。顔は固いのに表情豊かな人。微笑ましい感じ。

 二人で声を合わせて、ごはんの時間を告げる言葉。

 

「「いただきます」」

 缶を開けて、乾パンを取り出した。何度か食べたこともある。

 特に戸惑いもせずジャムを塗って一口。

 

「…美味しそうだったけど、えっと」

 とっても口の中がぱさつく。味も酷い。小麦をブロック形にして、徹底的に固めた感じ。要約すると美味しくない!

 

 カロリーを取れれば良いって、そんな目的しか感じられない。提督がごちそうしてくれたケーキとは、似ても似つかない残念な味だった。

 でも、そのまま伝えたら傷ついちゃうかな。そっと様子を窺う。

 

「正直に言えば不味いな」

 苦々しげな顔で呟いてた。良かった…いや良くはないけど。

 

 提督の味覚もそこまで変じゃないらしい。ふふふ。お互いに嬉しくないのに、共有してると思うと嬉しい。変なの。

「ちょっと残念な感じ」

 

「うむ」

 二人で微妙な顔をしながら、食べてく。味はおいしくないのに、胸はあったまる。不思議な時間が進んでく。

 



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夢の語りです

 こうして、日常の中で軍隊の雰囲気を感じてると。

 目の前の人の異名を強く思い出す。軍神。ここまで来たら、さすがに提督の気質は分かってる。優しい人だ。涙が出そうな程にね。

 

 だからこそ、そんな彼だからこそ。こんなにも平和な日々を過ごすのは、寂しかったり辛くはないのかな。

「…提督はさ」

「うん?」

 

 とても、とても残酷な問いかけだと思う。

 私は何で聞くんだろう。何を許してほしいんだろう。分かってる。意味がないのは、分かってるんだ。

 

「退屈じゃない?」

 最低の言葉。駆逐艦が言って良い事じゃない。

 私は、尊いからこそ怖くなる。楽しいからこそ悲しいんだ。

 

 失いたくない。戦いたくないよ。この平穏が壊れる位ならなんて。

「難しい質問だな」

 困った様に彼が笑った。とても優しい笑みは、どこか泣き出しそうだ。

 

 …やっぱり、とても優しい人なんだと思う。この人がちゃんと笑ったら、どれだけ緩んだ顔なんだろう。暖かい笑顔なんだろう。

 彼の言葉は続く。天に呟くみたいな響きで。

 

「退屈が良いんだ。退屈で良いんだ」

 のんびりと歌うような言葉。静かな声色は凪いでいて、穏やかに心を許してくれてる。

 

 暖かい。ただ当たり前を教えてくれてる。

「かけがえがないから、前線が苦しんでいるから楽しむ事が悪い?」

 ただただ提督が笑みを見せる。格好良い笑顔。人間として、大人として見せる強い表情。

 

「違う。楽しめ。君達は兵器じゃない。英雄になる必要なんてないんだ」

 兵器じゃない。だけど、結果として私たちは戦う必要があるんだ。

 それでも尚、そうではないと。そんな状況が可笑しいのだと。胸を張って、平和を楽しむ私たちで良いのだ。

 

 むしろ、楽しむ私たちを知ってすらいる。確信めいた目の光が、真っ直ぐに私を見つめてる。駆逐艦・村雨じゃない。

 いっしょにごはんを食べて、こうして共に過ごす私を見つめてる。

 

「今日の朝食は美味かった。明日は何だろう? ああ。なんて平穏な日々」

 皆が楽しそうに過ごす時間。そんな幸せが当たり前にあって。

 …恋、とか。いずれは人々と深く接していくんだ。駆逐艦としてじゃない。人の一員として過ごして生きてく。

 

 ああなんて残酷な夢物語。信じたいと、そうなりたいと思えるからもっと酷い。

「退屈だ。そうだ。皆と遊ぼうじゃないか、なんて」

 からかいの笑みを浮かべて、心底から嬉しそうに語ってる。

 

 ありふれた日々と言えるのは、贅沢だと知っているからこそ。だから。

「そう思える位、平穏が当たり前にあってほしい。そんな日常を味わっていたい」

 噛みしめる様な言葉。暖かな日常の中にあって、戦場を象徴する響きだった。



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許しへの感謝です

「望んでも、良いの?」

 兵器として在り続けた私たちに、日常を歩んでほしいって。

 笑いながら、提督は言ってくれたんだ。言葉は続く。どこまでも優しい声で。

 

「俺がそうしてほしいんだ」

 どこまでも率直で、堂々と胸を張った姿。

 なぜだか世界への宣言にも聞こえて、不思議な感情が声に乗ってた。

「…えへへ。そっか」

 

 笑みが零れた。これまでのやり取りで分かってたけど、とっても暖かい感じの人。

 ここにいて良いんだ。こうして、誰かと笑い合うのを当然だと思っても良いんだ。

 暖かな日常を愛してる。ありふれた想いを捨てたくない。平和を楽しんでる。

 

 それに許しが加わって、胸がきゅ~っと切ない感じ。堪らなく嬉しい。

「だからこそ、楽しいと思える自分を許してほしいね」

 困った様に彼が微笑んだ。なんとなくだけど、言う資格がないとでも言いたげな。

 

 …私も大概だけど、提督だって妙に変な感じね。子供みたいに楽しそうなのと、大人の判断が合わさってる。ぎちぎちに固めた仮面を被ってるみたい。

 誰だって、表面を取り繕うのは当たり前だけど。私も辛い時だって、皆に心配かけたくない。元気を装うけどね。

 

 それでも違和感が酷い。窮屈そうに、それでいて面白そうに生きてる感じ。う~ん?

「平和を味わうからこそ、失いたくないと力を振り絞れるんだ」

 ほら。この言葉も、無理に戦場を否定しなくて良いって。私の逃げ道を作ってくれてるんだ。なのに、どこか彼自身は責めてる雰囲気。

 

 こうして許されて、いっしょにいて楽しいからこそ……ちょっともやもや。嫌な感じ。

 私の感謝が伝わってるのかな。白露姉さんだって、それこそ時雨姉さんだって。

 とっても楽しそうに、愛おしそうに貴方を語ってたんだよ。

 

 こうして話し合いながら知り合って、私だって嬉しい気持ちでいっぱい。

 ああ。だけど、本当に穏やか微笑みで言うから、口をはさめもしないじゃない。

「心。心だよ。心さえあれば人はどこまでも強くなれる」

 

 人、艦娘を人と言ってくれるんだ。いや絶対にだけど、提督にとっては本当に人間で。

 艦娘を、愛らしい少女だなんて言ってくれる。紳士に気遣ったり。白露姉さんの話だと、その、えっと…スケベだったり。

 

 提督の内心は全部分からないけど、絶対に罪悪感だけじゃない。絶対に提督だって喜んでくれてるから、もやもやも気にしないでいこう。

 

 胸に生まれた感謝の心と、これからへの期待も込めて。

「――ありがとう」

 とびっきりの笑顔で、感謝の言葉を伝えた。



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良い感じです

 しんみりと空気が流れてく。このまま黙って過ごすのも、とっても良い感じだけど。

 もっと、もっと感謝を伝えたい。この人の笑顔が見たいんだ。

「ねえ、提督」

「どうした?」

 

 何の気もなく。ただ自然体で佇んでる。きっとだけど、提督にとっては当然の言葉だったのかな。それは嬉しいんだけど、もっと特別に思ってほしかったり。

 欲張りになってる。でも悪い気分じゃない。不思議な感じ。

「本当にありがとね」

 

 結局、私は感謝の言葉を繰り返しただけだった。

 伝わってるかな。不安で、期待してる。矛盾した感情が心地良い。

「気にするな。大した事も言えてないさ」

 アレで大した事ないって、提督はどうすれば感動するの?

 

 ……なんとなくだけど。私たち艦娘が彼の為に何かすれば、きっと感動してくれる。なのに、自分の発言は軽んじてるよね。むう。ちょっと嫌な感じ。

 もっと、もっと伝えるんだからね。貴方のおかげで良い感じよ!

 

「私、駆逐艦として呼び出されたけどね」

 人間として、呼びされたわけじゃない。村雨を求められてた。

「平和にいて良いなんて提督に言われたのは、初めてだったから」

 戦いが当たり前だと思ってた。事実は変わらなくても、提督みたいに微笑んでくれる人がいるのは、救われた気分になれた。

 

 もうそれだけで良かったのに、貴方はそれが当たり前なのだと。ふふふ。

 これから、とっても素敵な日々を過ごせるんだ。皆といっしょに、提督ともいっしょに過ごせるんだ。

「…すまない」

 

 俯いて悲しそうに謝った。そんなのヤダ。優しい笑みが見たいんだ。

「なんで謝るの?」

 顔を上げて。泣き出しそうな顔なんてしないでよ。

 笑い合いましょ。楽しい日々を過ごして良いんだって、貴方が言ってくれたんだよ。

 

 なら、もっと良い感じに。提督の、ちょっといいとこ見せてほしい!

「仲間を守れる力があって、優しい提督を守れる私でいられる」

 戦う力がある事実を、幸せだと思えたのは初めてだ。

 周りに戦える人が多すぎて、こんな単純な事実すら忘れちゃってた。

 

 そうだ。私は守れるんだ。強くなりたい。強くありたい。そうすれば、日常に過ごすのを怯えずに済む。楽しい心で生きていける!

 全部、全部が良い感じ。さいっこうに良い感じ!

 

「私、幸せだよ。勝手な感情で謝ってほしくないな」

 提督も含めて皆がいてくれるから、この日常を続けてられるんだ。

 

「ふふ。ありがとう」

 とびっきりの微笑みで応えてくれた。

「どういたしまして!」

 思わず私も笑っちゃう位。とっても良い感じだった。



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甘い思い出語りです

「そういえばだけど。他二人はさ、どうやって過ごしてたのかな?」

 こうして接してると、気になってきたり。

 別段、嫉妬という程じゃないと思うけどね。どうだろ。気になる時点で嫉妬かな。

 

 独占欲とはちょっと違う。胸が切なくなる感じ。

「白露には膝枕をしてもらって」

「ひ、膝枕」

 

 すごい。さっすが一番艦だ。私では手の届かない領域に話が飛んでる。

 で、でもでも。うん。提督が望んだなら。いやどうだろ。

 とっても恥ずかしいしドキドキして、落ち着かなくてしょうがない。

 

 逆にしてもらうとか――きゃ~! もうだめ。それはだめなやつ。

「時雨は…言っても良いんだろうか」

「言っちゃ駄目な事をしたの!?」

 キスとか!? く、くち、くちびるの接触……あわ、あわわ!

 

 柔らかいのかな。暖かいのかな。愛おしいのかな!! でも、アレだよ。

 響ちゃんとの二股とか絶対にダメだから!!

「し、時雨ちゃんを傷つけたら許さないから!」

 いつも皆を守ってくれる姉さん。優しくて、とても儚げで愛おしい人。

 

 愛し合ってるなら良いけど、男の人のは違うのもあるって。もうわからないけど。

 そういうの、だめだと思う! 愛し合ってないとだめだと思う!

「大好きな時雨姉さんなんだな」

 

 とっても優しい微笑み。少しだけ落ち着けた。

「う、うん」

 みんな大好きだけど、私が一番お世話になってるのは、時雨姉さん。

 いっしょに食事したり、お昼寝もしてくれた。それこそ膝枕とかもしてくれたんだ。

 

 姉さんが甘えられたとかはうれしいけど。いや、変にもてあそんだりもないだろうけどさ!

 胸がもやもやする。大好きな二人に何かあったら。……あはは。

 

 そっか。もう私も提督に大好きって思ってるんだ。これだけ大切に言葉で語られて、接してもらって。うん。

 

 ふふふ。この人が幸せになってほしいなあ。不思議だけど、いい感じ。

「二人きりだと姉さんって甘えてる。迷惑とか言ってなかった?」

 きっと言わないだろうけど、疲れてるとか。

 

 時雨姉さんが皆に甘える姿を、思ってみれば見たことなかった。たま~にだけど。白露姉さんに甘えてたり。

 そういう時はいつだって雰囲気が重くて。う~ん。

 

「可愛くて仕方がないと言っていたぞ。抱きしめられたのだろう」

 暖かくて優しい思い出。時雨姉さんは、私たち姉妹の中で一番情が深い人。

 一度だけだけど、ぎゅ~って抱きしめてもらった。

 

 …あの時、震えてたのを覚えてる。忘れない。

「えへへ。まあね」

 それでも嬉しかったのは事実で、思わず笑みがこぼれちゃった。



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暖かな覚悟です

「ちょっと気恥ずかしかったけど、とっても嬉しかったよ」

 あんまり抱きしめたりとかないけど。柔らかな微笑みが似合う人。

 ふふふ。良い思い出。私も姉さんの支えになれてるなら、とっても良い感じ!

 山風とかも、もっと甘えてくれたら良いのに。難しい。

 

「で、提督」

 だからこそ、提督が何をしたのか知りたい。

 傷つけたとは思ってないよ。実際、幸せそうに時雨姉さんは語ってたもの。

 …ううん。それこそ、楽しそうだったから気になってる。

 

 私も提督を楽しませてる? 一方的に許してもらって、ここまで何も返せてないよ。

 お弁当とか作れれば良かったな。ふふ。嫉妬もあるのかも。

 胸がどきどきして、わくわくしてる。楽しみで不安だったりする。

 

 やっぱり、日常のお話が好き。こうして不安を楽しめるのが好きなんだ。

「時雨には言うなよ」

「もちろん!」

 

 それから、提督の話を聞いてく。とっても愛おしそうな微笑みと、慈しむ声で思い出が語られてく。姉さんもだけど、何より提督が嬉しかったんだ。

 甘えん坊になった姿。大切な人達を守りたくて、必死になって頑張ってる姉のお話。

 時雨姉さんらしい。芯が強くて、儚げに微笑む姿が焼付いてる。

 

 忘れないって良いながら、誰よりも先に消えてしまいそうな。淡く消えてしまいそうな人。

 どうして頼ってくれないの、とは簡単には言えない。 

 

 佐世保の時雨が背負う想い。背負ってしまう想い。少なくとも、日常を愛する私が口を出していい所じゃない。

 きっとだけど、そうして日常を愛する私や他の皆がいたから、時雨姉さんも頑張りたくなって。難しいね。平和だったら良かったのにね。

 

 だけど、とっても胸が温かい。困った。でも良かった。

 提督に甘えられたんだ。これからは、皆といっしょにもっと暖かくって。

「…そっか。時雨姉さんは守りたがりだからなあ」

 強くなりたい。世界最強だとか望まないから。私が愛して、私を愛してくれる人を守れる位。この日常が愛おしくて堪らない。

 

 ん。時雨姉さんだって、日常を愛してくれてるんだ。

 皆ゆれながらも、必死に生きてるんだ。強くありたいよ。

「余計なお節介かね?」

 

「いやいや! もうっ、意地悪な言い方」

 空気を変えようとしてくれたのは嬉しいけど、言い方を考えてよね。

 お節介なわけないでしょ。大切な姉さんの覚悟が、暖かくて力が出てくる。

 心。そうだね。心から力が出てくるんだ。暖かくて心地良い。

 

「ふっ。すまない」

 とってもいじわるな笑顔。どことなく自慢げで愛らしい。

 なんだか子供っぽい。意外な一面を見ちゃった。ふふふ。良い感じ。

「むう。なにそのドヤ顔は」

 



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デコピンの痛みです

「ちょっと良くない感じ。直さないと怒るんだから」

 嫌いじゃないけど。山風とかは、そういうのは駄目な子なんだ。

 …もっと私も甘やかされたい。いやいや。何を考えてるの。本音だけど。う~ん。

 

 複雑な感じ。流れてる風みたいに、柔らかくいられたら良いのにな。

「善処しよう」

 からかいの雰囲気は消さないまま、とっても優しい声で言葉が返ってきた。

 

 ずるい。私も提督をからかいたいよ。ふふふ。本当に、初対面から考えたらすごい進歩ね。このまま良い感じに今日が進むと嬉しい。

 それなら、そうね。もっと触れ合わないとなあんて。

 

 結局、私が触れ合いたいだけ。もっと知り合いたい。心を近づけたい。貴方を知りたくて、私を知ってほしい。

「…提督は」

 

 どきどきと心臓がうるさい。白露姉さんは膝枕。時雨姉さんは抱きしめ合って。

 段々と密着度が上ってるんだ。私は、私は…えへへ。緊張もするけど楽しみだったり。

 どうなるかな。私からはその、言えないし。提督に聞いてみる。

 

「村雨とはどうしたいの?」

「お、おう」

 若干固くなった提督の表情。雰囲気も強張ってる。

 

 何だろう。軽く引かれてる気がする。やっぱり変な質問だったかな。そんなつもりはなかったのかな。

 少なくとも、提督からは要望がなさそう。思ってみれば、姉さん二人も自分から言ってた。

 

 私から? いや、いやいやいや。緊張がすごい。言葉が出てこなさそうだ。

 でも、今更退けない。頬の熱さとか胸の高鳴りとか。もう限界が来そうだけど。

 勇気を出して、一歩踏み込むんだ。

 

「やっぱり、その。あれよね。順を追うごとに過激だから、その」

 抱き合う以上の事って言ったら。うん。私はえっちじゃないよ。そういうのじゃなくて。でも、そうなっちゃうよね。

 

 それに親愛の示し方でもあるもん。すけべとかじゃなくて。

 提督のくちびるを見た。そっと、自分のくちびるに触れる。触れ合ったらとても心地良い。きっとそうだ。もっと心も伝わって、とっても良い感じになれる。

 

 後は勇気を出して伝えるだけ。

「ちゅーとか…?」

 おずおずと提督の様子を見る。さすがに照れてくれるよね。

 

「こら」

 間髪入れずに、提督のデコピンが炸裂した。

「いたっ!」

 

 じんじんと額が痛む。ちょっと泣きそう。普通の人の威力じゃない。

 さすがに砲撃ほどじゃないけど。一応艦娘の私に、響くデコピンって人間業なのかな?

 

 しかも無表情!! 何の緊張もなく。淡々と叱られちゃった!

「乙女の柔肌に何するの!」

 ひりひりする。痕が残っちゃいそう。意地悪にしては痛かったよ!



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一欠片の灯火です

「乙女が簡単に色事を許すんじゃない」

 よくよく見れば、提督の顔も赤くなってる。照れてるのって私だけじゃないんだ。

 提督だって、慣れなくても楽しんでくれてるの? ふっふっふ。良い感じ。

 

 もっと踏み込んでみよう。そうして心を触れ合わせたい。

「でもでも、経験は大事だと思うの」

 そういうのを知らないまま死にたくない。いつか、なんて思ってたら、知らないまま死んじゃうよ。そんなの嫌だ。怖い所もいっぱいあるけどね。

 

 こうして提督と知り合って、信頼出来る人だとは思ってる。

 軽薄な行動なのは否定出来ないけど。お互いに、触れ合えるなら良い事でしょう。

「興味があろうと、ちゃんと心身共に向き合える相手と添い遂げなさい」

 

 そう言われちゃったら返す言葉もないけどね。実際、提督の趣味とか知らないし。

 お菓子作りの腕はすごいけど、だからって彼を知りきってるわけじゃない。

 日比生 創。提督って言葉を剥がしたら、彼の名前はこうなってる。

 

 は、創。なんて呼べるわけない。こうして心で呼ぶのも躊躇う位。口に出そうとしたら、舌が緊張しすぎて困っちゃう。

「…そんなの待ってたら、いつか死ぬもん」

 

 残酷な言葉だとは思うけど、これが大体の艦娘の本音だと思う。

 事実、提督と関係を持ってる人は多いらしい。この鎮守府でこそ話は聞かないけど、激戦区ではそういう専門の人もいるとか。

 

 でも、本当は愛し合っての方が素晴らしい。

 だってそうでしょう。命を繋いで先を望めるなら、誰だってそっちの方が良いに決まってる。生きていくを出来るというのならば、日常を歩みたいに決まってる。

 

 赤ちゃんとかさ。人生を背負い合って生きていきたい。

 その相手に提督が……う~ん。想像出来ないや。だから、提督だって嫌と言うんだろうね。ちょっと反省。

 

「時雨にも言ったけど、そうならない為に俺はいるんだ」

 軍神としての在り方。見惚れる程格好良い笑みを見せて、威風堂々と宣言している姿。

 

 強い。びりびりと肌に刺さる圧力を感じる。切磋琢磨された指揮能力が、物理的に力を発揮してるんだ。

「逃げても良い。逃げた先にいる俺と響が、絶対に勝たせてみせる」

 

 ふふ。やっぱり提督の相棒は響なんだ。張り合うつもりはないよ。お似合いだとも思ってる。でもちょっとだけだけど。ほんのちょっとだけど。

 悔しいって、思ってる私がいる。自分でも驚く心。

 

 胸に闘志が灯る時なんて、死ぬまでないと思ってたのにね。

「…ありがと」

 素直に零れた感謝を受けて、また優しい笑顔で言葉が返ってくる。

「どういたしまして」



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じゃれ合い触れあい笑い合いです

「それはそれとして」

 空気を変えるように笑いながら、彼が言葉を続けてく。

「そこまで言ってくれた村雨にはどうしてもらおうか」

 ほんっとうにやらしい笑顔で、わきわきと手を動かしてる。

 

 これが白露姉さんの言ってたやつだ。絶対にそう。すっごくえっちな目をしてる。

 でもでも、本当にはしないと思う。何だろう。…ちょっとどきどき。

「す、スケベなのは駄目なんだから!」

 自分の顔が真っ赤なのは自覚できた。心臓の勢いも増してる。

 

 緊張してるんだ。お、押し倒されたり? いやいや。そんなのって。

『村雨、俺の物になれ』

 そ、そんなのって!! あわわ。ちょっと、ちょっと許容範囲外な感じ!!

 

 嫌とかじゃないよ。分からないよ。どうしよう。ないだろうけどさ!

「くくく」

 とっても意地悪で、楽しそうに笑ってる。こんな私の姿が見たかったって、見れて嬉しいって全身で教えてくれてる。

 

 ……むう。ちょっとだけ嬉しいし、こうして触れ合えるのは幸せだけど。

 意地悪すぎる。怒った。怒ったもん。もう知らないからね。

「もうっ! やっぱり悪い感じ。提督の変態!」

 じ~っと見つめて、提督からの言葉を待ってみる。

 

 謝らないとだめだよ。私、ほんの少しだけ傷ついたり。真面目な話だからね。

「「……」」

 じっと見つめ合ってる。彼からの言葉はない。

 堪らない緊張感が広がってる。提督が楽しそうに微笑んでるからこそ、妙に言葉がつまちゃってる。謝る気配とかない。

 

 私に嫌われても良いの? とか、恥ずかしすぎて言えないよね。

 どうしよう。提督の我慢強さは知ってる。しかも、提督はこの状況も楽しんでる。絶対に自分からは破らない。

「…う、ううっ。あ、謝るなら今の内だよ」

 

 軽く泣きそうになりながらも、更に言葉をぶつけてみた。

「この機を逃せばどうなる?」

 悪戯な微笑。余裕のある姿。こうしていられると、相手の方が大人なんだってよく分かる。きゅ~って胸が切ないのに、楽しんでる自分もいる。

 

 精一杯の勇気を振り絞って、受け止めてもらいたくて。

 思いを言葉にするんだ。じゃれ合うように言葉を出す。

「嫌いになっちゃうから。私、もう提督を嫌いになっちゃうからね」

 

 なれるのかな? 我ながらすっかり好きになってる感じ。

 これで駄目だったら、本当に落ち込んじゃうよ。嫌いにまでならなくても、あんまり良い感じじゃないよ。

 

「それは困った。この通りだ。許しておくれ」

 どこまでも余裕がある姿だけど、真っ直ぐに小さく頭を下げてくれた。

 手のひらを合わせた謝る姿は、なんとなく柔らかい。ん。満足な感じだね。



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認識の相違です

「本当に反省してる?」

 意識的にジト目を作って、今度は私が提督をからかってみる。焦らしてみる。

 ふっふっふ。楽しい。ありえないと思うけど、提督が涙目になったら可愛いね。

 

『ごめんな。何でも言うことを聞くから、許しておくれ』

 そんな展開になったら、頭を撫でてもらおう。そうしよう。

 微笑みながら謝る提督も見てみたい。涙目な感じも新鮮だね。いっつも強くて頼れる感じだから、ふにゃっと緩くなるのも良い。

 

 ふふふ。今度こそ簡単には折れないよ! …でも傷つけたくはなくて、難しい。

「すまなかった。申し訳ない」

 深々と頭を下げてきた。土下座しそうな勢いだった。

 

 あ、あれ? 雰囲気が重たいよ。真剣すぎる。これだと軽くないし、和やかな感じじゃなくて。ちょっと苦しい感じ。

 どうしよう。私から何か言うのは変だよね? 

 

「金輪際、君に舐めた事は言わない。敬意を払おう」

 真剣な無表情。雰囲気が堅苦しくて、村雨への敬意が乗ってた。

 私に対してじゃなくて、艦娘への言葉づかい。暖かくない。厳かな軍人の言葉。

 

 こうして話し合うのもなくなるの…? ――やだ!!

「それも駄目! また意地悪を言ってるでしょ!!」

 こう言ってから、提督の顔を見れば分かる。楽しそうに笑ってるもん。

 彼からすればただからかってるだけでも、私からすれば重たい問題。

 

 …提督ってさ。どこか自分を軽く見てるよね。私にとって、それに姉さん達にとっても軽くはないのに。断言出来るよ。

 なのに、なのにさ。だめ。だめだよ。ちょっとだけ心が痛んでる。

「ふふふ」

 

 普通に笑ってる。怒りとかも混ざってきた。もう心がぐちゃぐちゃ。

「う~!」

 泣きそう。涙目になってきた。からかい返そうとしただけなのに、全然上手くいかなかった。むう。それで提督の心も見えたり。

 

 真っ直ぐ柔らかな微笑みは、どこか自傷的だって。時雨姉さんみたいな感じ。今にも消えそうな儚いイメージ。

 私の考えすぎなのかな? いやな感じだったかもしれない。う~ん。

「この通りだ。からかいすぎたよ。ごめんな」

 

 今度は真面目に謝ってくれた。優しい。暖かい。

 いやいや。そもそも提督からだよね。変に感謝するのもおかしい感じ。

 堂々と胸を張って、彼の目を見ながら言葉を返す。

 

「…良いよ。許すから」

 だからと言って甘い顔はしない。ここで甘くするとまた繰り返しちゃう。

「変に気遣ったりしたら嫌いになるからね」

 

 しっかりと釘を刺してみる。どうかな?

「了解した」

 大真面目に頷いてくれた。うんうん。良い感じに収まった。



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謙遜からの大頑張りです

「結局、提督はどうしてほしいの?」

 なんだかちょっとだけ偉そうな言葉。提督がからかってくるから、不安な感じ。

 むう。信じてないわけじゃないけどね。ふわふわしてる。

 

「子守歌を聴かせておくれ」

 意外な提案は、眩しそうに空を見上げながら続く。

「こんなにも天気が良いから、ゆっくり眠りたいんだ」

 よくよく見てみると、疲れきってるように見えた。

 

 そうだよね。これまで激務だったんだ。そもそもここに来る前だって、かなりの激務だったはず。後遺症とかないのが不思議な位。

 いや、私達には見せてないだけで、響とかは知ってるのかな。

 

 う~ん。嫉妬…とまではならなくても。うん。もっと信頼されたい。

『いっちば~ん!』

 なあんて笑いもしないけどね。ふふふ。頼りがいのある姉の姿が思い浮かぶ。

 

 よっし。それならもうちょっと勇気を出して、からかうように彼へ問いかける。

「膝枕もつける? 提督は甘えん坊だもんね」

 意識的にからかう笑みを見せてみれば。

「したいのか?」

 

 堂々と真っ直ぐに見つめ返された。格好良い顔立ち。

「…しないもん!」

 ずるいよね。そうやって微笑んでると、こっちまで嬉しくなっちゃう。

 

 怒りがないとは言わないけどね! あんまりからかってると、こっちからも容赦しないんだから。覚えてるから。

「くくく」

 でも、楽しそうに笑ってる姿は好き。ふふ。

 

「また笑った! お願いしてるのそっちなのに、もう」

「すまんすまん」

 尚も楽しそうに笑ってる。うん。良かった。こうやってふざけあってるのは、良い感じかな。

 

「…正直、プロ並とかじゃ全然ないけど」

 素直な話。趣味のレベルは超えてない。提督と違って、私は極めたりとかはしてない。遠征や訓練、演習とかで忙しかったからね。

 

 そう考えるとさ。アレだけのお菓子を作れる提督は、すごいよね。日常を大切にしつつも、ちゃんと仕事も疎かにしてない。

 からかってる時の微笑みと見てると忘れちゃう。ふふ。それもすごさかな。

 

「俺が聞きたいんだ。君の声で聞きたいんだ」

 どこか敬意すら乗った言葉。今度はからかいとかじゃなくて、真っ直ぐに私を見て言葉を伝えてくる。

 暖かい。今までのやり取りとは、少し種類の違う熱が灯ってる。

 

 認められてる。求められてる。真っ直ぐに誤魔化しなんてない。

 提督が横になった。結局、膝枕はなかった。ふふ。少し残念な感じ。

「草原に寝転がって日向ぼっこをするのも、悪くはない。そこに村雨の歌声があるなら尚更だ」

 

 とっても眠そうな顔を見下ろす。気が緩んでいる証拠だ。嬉しい。

「そんなので良いの?」

「そんなのが良いんだ。君の愛した日常を俺にも楽しませてくれ」

 

 自然な言葉。よし。いっぱいやる気が出てきた感じ!!

「ふふふ。なら村雨のちょっと良い歌声聞かせてあげる!」

「よろしくお願いする」



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想いを紡ぐ、愛おしき貴方へと。です

 息を吸う。お腹の底から、手足の先まで酸素が澄み渡るイメージ。

 一度だけ瞳を閉じた。脳裏が静かに揺れてく。心が緩んでいく。

 細く、鋭く、集中という名の力を伸ばす感覚だ。

 

 息を吐いた。息を止めてた分だけ体が温まって、脳から雑念が消えてった。

 体の準備は出来てる。心の用意も済んだ。さあ歌おう。

 こうして、優しく愛おしい時間をくれたこの人へ。私の全てを乗せて紡ぎ上げよう。

 

 歌を、歌を歌う。

 優しいこの人へ告げる。戦場の悲しさを響かせる歌。

 夜の海。静かに凪いでいる。全てを許す声よ届け。私たち艦娘が、いつか訪れる終わりを歌声に変えて魅せる。

 

 私が愛する日常の暖かさを、戦場が告げる果てもない哀切を。

 織り交ぜて、貴方の心に届いてほしいって。ゆらゆらと揺れる音色は柔らかく。お腹から全身に伝達する震動。息。いき。生きるを伝える。

 

 こうして向き合ってくれたから、どこまでも真っ直ぐに想いを伝える。

 ふふ。村雨の、ちょっといいとこ聞いてよね。穏やかに提督を見つめると。

 寝転がった彼から涙が出てる。それは軍神の涙と言うには弱々しくて、必死になって戦ってきた人の。

 

 でも駄目だ。そんな許し方を彼は望まない。なんて偉そうな言葉で。

 それを紡げる今の状況は、とっても良い感じ!

「…提督。泣いてるの? ふふ。それならこんな曲を聴いてほしいな」

 

 お祭り騒ぎの楽しい歌に変えた。陽気に明るく。私たちの姉妹で言えば、夕立が一番似合いそうな歌。ああ、そんな事を言っちゃうと、想像の白露姉さんが騒ぎ始めた。

 皆のやり取りを時雨姉さんが見守ってる。

 

 楽しい楽しい日常を強調して、ふふ、っと静かに微笑んでくれた。

 嬉しい。芝居かかったように声を意識しながら、私自身も楽しんで歌ってく。

「村雨。欲張りですまないが、先程の曲をお願いしたい」

「でも…」

 

 提督の泣く姿を見てると、とっても胸がざわついて。落ち着かない感じ。

 本当はぎゅってしたい。強く抱きしめたいけど、きっと許してくれないよね。

 なんとなくだけど。今の提督はからかう感じとかなくて、しなやかな在り方が見える。

 

「少し涙を流したい気分なんだ」

 真っ直ぐな言葉。忘れたくないって、戦場も己の一部だって。

 声に出てないのに、熱く伝わってきた。ん。そうだよね。

 

 艦娘としての在り方。戦う者としての在り方も、私たちの一部なんだ。知ってるよ。知ってるから、もっと強くなれる。

「ふふっ。物好きだね。良いよ。村雨が、もっと良い歌聴かせてあげる」

 心を込めて想いを紡ぎ。とても優しい微笑みで眠る彼と、一日を過ごしていった。



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春雨さんとの
働き者の彼女です


 村雨の美声に融かされてから、翌日。なんだかんだとここまで結構な日数が経過して、もう三人とも仲良くなっている。

 白露型の残り人数を考えれば、まだまだと言えよう。でも、良い感じだろう。

 

 さて。今日も今日とて白露型。……ちょっとだけ響が懐かしかったり。

『司令官。作戦命令を』

 あの落ち着いた声。揺れない佇まい。透き通る湖の様な瞳。

 

 せっかく来てくれる者達に失礼だけどさ。やっぱり響の安定感はすごいぜ。うんうん。ああ駄目だ。彼女に頼りっきりの自覚もあった。

 それも含めて、響に休暇を与えたんだ。

 

 ふふふ。それはそれとして楽しんではいる。ここまで良くしたもらった。

 特に白露と村雨のおかげで、肉体的な疲れは完全に消えてる。時雨の甘えっぷりで、心の充実も素晴らしかった。

 

 白露効果もあるのか、皆優しく受け入れてくれていた。嬉しいね。この調子で最期までいきたい。おっと。字を間違えた。最後までだ。

 そうして、四人目の白露型は。

 

 そう。4。この数字が表わすのは恋い焦がれた彼女の事。白露型で四番艦と言えば…!!

「春雨。入室いたします!」

 そう。白露型駆逐艦・五番艦の春雨である!! ははは! ……はあ。 

 

 嬉しいけどさ!! 春雨に失礼なのも分かってるし、彼女の良さは口から出まくるぞ。

 小柄で愛らしい姿。特徴的なピンク色の髪は、自然に似合っていて可愛い。

 

 サイドテールが少女の魅力を引き立てて、紅の瞳はくりくりと愛らしい。何よりも小動物的なのが魅力的だ。

 同じく落ち着いた白露型。そう。時雨の雰囲気を儚さと例えるなら、春雨の雰囲気は献身と言おう。

 

 どちらも落ち着いているけど、春雨は此方に尽くす感じが強い。

 小さな体でせいいっぱい働いて、尽くす形の頑張り屋。時雨の穏やかさと、夕立の忠犬のブレンド。

 

 ――などと言ってみたが、別に何も接してないからな!

『司令官、気持ち悪い目で見ないでください。口も開かないでほしいです。息が臭いので』

 徹底的に冷たい瞳で、こんな感じに言われちゃうかもしれない。興奮してきた。

 

 凄まじい妄想である。こういう愛らしい子に言われると、破壊力が強いな。妄想のダメージが酷かった。

「司令官…?」

 落ち着かない様子で俺を見ていた。揺れる眼差しも愛らしく。

 

 いやしかし。他の皆と比べれば、順当な滑り出して言えるのではなかろうか。

 一気に甘えてくれた時雨。出会い頭に危なかった白露。滅茶苦茶怯えていた村雨。

 三人と比べると、穏やかすぎる程の滑り出しである。さてはて。どうなる?

「何でもないんだ。とりあえずお茶にしようか」



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溢れ出るパトスです

「その、あの」

 言いづらそうにしながらも、俺の誘いに乗ってこない。

 ふふ。なるほど。詰んだな! とまあ、冗談は置いておくとして。

 

 しゃがみ込み、背の低い彼女と目線を合わせながら、ゆっくりとした言葉で問う。

「どうした? 焦る必要はない。落ち着いて話してくれ」

 最近、随分と柔らかくなった表情で微笑んだ。

 

 狙い通りにほっとしてくれた様子。白露とかに感謝。これまでだったら、まずここで泣き出していただろう。ふふ。俺の成長が怖いぜ。

「…お菓子、作ってきたんですけど」

 

 もじもじとした言葉は素直に愛らしい。入ってくる時に気にしてなかったけど、よく見なくても手荷物持参である。お弁当袋みたいな。愛らしい兎を模した袋。

 水筒だってある。紅茶か? 楽しみだ。

 

 ふ、ふふふ。――まじでか!!

 手料理って!! これは乙女ポイント高いですよしかし。

 ふう。興奮しすぎて意識が飛んでいた。いやまずいね。絶対に美味いだろう。そういう意味じゃねえ。手作りのお菓子とか堪んないね!!

 

 なにこの美少女ゲーム的展開。良いのか? 俺が惚れちまうぞ。本当に良いのか?

「よ、余計ですよね! ごめんなさい」

 いやいや何を言っているんだ!! ここで待てとかどんなレベルのプレイだよ。

『待ても出来ないんですか? 盛りのついたわんちゃんですねえ』

 

 興奮してきた。なんだろう。俺は春雨をそういう人にしたいのか。いじめられたいのか。

 いや、いじめられたいよ!! 見下した眼で、それも白い靴下を履いた足を!! 舐めさせられたい!!

 

『ご褒美ですよ。こういうのが良いんでしょう? …変態』

 ありがとうございます! ありがとうございます!!

 落ち着け。パトスが漲りすぎている。体の調子が良くなりすぎて、どうにも心が昂ぶっているぜ。ふっふっふ。絶好調が過ぎるね。やれやれだ。

 

 変態性は元からだけど、今日はやけに滾っていた。やったるで!

「ありがたくいただきたい」

「えっと、その」

 春雨、恐縮です! とか言い出しかねない恐縮姿である。

 

 どうしたものだろう。ちょっといじめたくなったり。涙目春雨も見たいぞ。

 溢れ出るパトス!! パトスの意味とか知らないけどな!! 

 さて。改めて。

 

 彼女の前へ大げさに跪いて。まるで騎士が姫君へ示すように、慌てる彼女の片手を取る。掌へのくちづけはしない。ていうか出来ない。

 そうして真っ直ぐに紅色の瞳を見上げながら、囁く声で言葉を紡ぐ。

「もし良ければ、君のお菓子をいただく名誉を俺に与えてはくれまいか」

 

「そんな、大げさですよ!」

 大慌てだ。仄かに涙目だった。ごっつぁんです。

「嬉しかったんだ。お茶も用意してくれて、本当に気が利く良い子だな」

「…えへへ」



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感動の瞬間です

 改めて、机を挟んで対面する形で座る。

 長テーブルには春雨お手製のお菓子。クッキーである。

 生地はオーソドックスにプレーン。仄かに感じるバターの香り。良いね。匂いが良いってのは最高だ。焦げたのも嫌いじゃないが、上手に出来ているのは素直に嬉しい。

 

「愛らしく作られているじゃないか」

 全部、うさぎ型に作られてて愛らしい。見た目にも可愛いのだけど、これが彼女の手作りなのが更に良い。

「うさぎが好きなのか?」

 

「子供っぽいでしょうか」

 どこか照れた様に、恥ずかしそうにはにかんだ笑み。まず此処で一度達した。嘘だ。

 精神的にはね。しょうがないね。元気が有り余っているからね。

「趣味は人それぞれだよ。ただ、そうだな」

 

 色々と状況を考えるに、俺はそろそろ死ぬかもしれない。ちょっと幸せすぎますね。白露型から、幸福を受け取りすぎているぜ。

「春雨の手作りで、しかもこれだけ可愛らしいと。飾っておきたくなる」

 

「…それは恥ずかしいので。食べてほしいです」

 困りつつも嬉しそうな微笑み。可愛いぜ。

「ふふふ。了承した」

 思ってみれば、手作りお菓子なんて人生で初めてかもしれない。

 

 自作の? そんなモノの何が嬉しい。相手が喜んでくれるならともかく、自分で喰う為だけに作るかよ。

 そもそも俺が菓子作りをしていたのは、皆が喜んでくれるからだ。まあ、那智にはウケが悪かったけど。アイツにはつまみが主だったか。

 

 阿武隈とかは作りたそうにもしてたけど、日々に疲れていたからな。

 ここに着任してからは、食事とかは響が用意してくれたけど。

 さすがにお菓子とかもないし。そもそも彼女は、お菓子作りの経験とかはなかった。

 

 女子力溢れる手製菓子。飲み物は紅茶で香り良く。不安そうに、それでいて期待した眼差しで見る春雨の姿も、この場のアクセントとして最高である。

 ますます、クッキーへの期待が高まるぜ。

「では、いただきます」

 

「は、はい! 召し上がれ、です」

 さくりと一口で一枚食べてみる。――美味い!!

 何かこう……さくさくしている。食感が良いね。そんな感じだ。

 己の糞雑魚グルメコメントに嘆きつつも、美味しいクッキーに大満足である。

 

 自分で言うのも可笑しな話だが、純粋な菓子作りならば俺の方が上手い。

 もう少し言葉を尽くすならば、大多数の人の好みを満たすだけなら、俺の方が優れている。

 いやしかし。このクッキーのうま味はそうじゃない。

 

 乙女の手作り。市販品とかならすぐに分かるさ。

 そうだ。プロレベルじゃないからこそ、ご家庭で作る感じの、それでいて乙女力で上手く出来てるからこそ。

 

 俺の胸に宿る感動を、喜びを紡ぎ上げてくれるんだ。

 ああ。良いね。良いぞ。これが美少女の手作りか!!

 万の言葉を尽くしても足りない。どう伝えれば、控えめな春雨が喜んでくれるのだろう。難しい。素直な感想を伝えよう。

「ありがとう。これで何も怖くない」「何の話ですか!?」



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切実な願いです

「ふふっ」

「よく分かりませんが、楽しそうで何よりです。はい」

 仄かに困惑しつつも笑ってくれた。可愛い。ぎゅっとしたい。

 

 小動物的愛らしさがある。娘的可愛さというか。だからこそ、いじめられると燃えるというか。逆にいじめてみたくもなったり。酷い意味じゃなくて。

 こう。ね。目の前でね。下品な音を立てて、麻婆春雨を啜り食べたい。

 

 ちょうやらしい眼で食べたい。

『…変態』

 って蔑まれたい!! それが涙目など尚良し!!

 ふう。いかんね。元気すぎるぜ。体調が戻った反動でハイになっている。

 

「素敵なプレゼントを頂いたお返しがしたい」

 手作りの菓子で返しても良いが、せっかくだ。初めて食べさせてもらった記念に、できる限りを尽くしたい。お、俺の初めてを奪った責任、取ってもらうんだから!

 

 うむ。気持ち悪い。

「何か望みはあるか?」

「あの、えっと」

 彼女らしく戸惑っている。強く望む心は薄かろうよ。

 

 そんな春雨だからこそ、俺もまた愛でたいと思うのだがね。愛でるって言葉エロいな。ふふ。よしよし。ちょっと格好つけて。

 真っ直ぐに彼女の瞳を見ながら、仄かに気取った声で言う。

「大丈夫だ。俺を不義理な男にさせないでくれ。格好つけてさせておくれ」

 俺の言葉を受けて、春雨もまた真剣な表情になり。

 

「――健康に生きてください」

 とっても愛おしい望みを口にしてくれた。

「ふむ?」

 

 胸がきゅんきゅんとしている。こうまで真っ直ぐに心配してもらえると、めちゃくちゃ嬉しいぜ。尊敬とか畏怖とかはあったけど、このレベルの献身なんてなかったからな。萌えはあったけど。

 

 娘的を超えて、愛らしい孫と接している気分だ。俺は何目線なのだろうか。

「姉さん達から話を聞いて、表情を見て」

 春雨の言葉は続く。控えめだけど譲る心はなく。底に秘められた想いが伝わる。

 

「皆、司令官を慕っています。私も、その」

 照れる姿も微笑ましい。許されるならば、抱きしめて頭を撫で回したい。

 テーブルが邪魔だ。いやいや。なくても出来ないけどさ。出来れば、隣に座った彼女から聞きたかった。

 

 それだと正面からじゃなくて、もったいなく。ままならんね。

「ありがとう。春雨は優しい子だ。司令官として誇りに思うよ」

「えへへ」

 

 嬉しそうに笑ってくれた。尊い。おっと、落ち着け。

「だがしかし。それは俺が気をつけねばならん事」

 案ずる心は素直に嬉しいし、なんなら元気百倍になったけども。

 

 それはそれとして、俺が春雨に贈りたいのだ。孫にプレゼントしたくなる爺の心が、今この瞬間魂で理解出来るね。うざがられようと、何か残したくなる。

 不思議な少女である。いや訂正。不思議な美少女である。

「春雨自身の望みはないか?」



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お仕事体験です

「…正直に言えば、難しいです」

 春雨らしい言葉だね。ふふ。逆に村雨だったら。

『ふふ。それなら、提督のいいとこ見せてちょうだい!』

 なあんて元気にはしゃいだかな。これもまた春雨の良さだ。

 

 静かにしっとりと寄り添う優しさ。愛らしさ。好ましい。

「そうさな。欲しい物でも良い。うさぎの人形とか、何でも良いぞ」

「えっと。その、あの…」

 本格的に困り始めた。仄かに泣きそうな気配も感じる。

 

 ううむ。プレゼントをしたいからと、彼女を傷つけては本末転倒だ。

 涙目は萌えるけど、泣き出されるのはさすがに心苦しい。

「いや。そうだな。春雨から望むのは難しかろう」

 

「ごめんなさい」

 しょんぼりと落ち込んでいる。それはいやだ。

「気にする事はない。俺が勝手にしたいだけなのさ」

 さあ、頭を回そうじゃないか。人一倍献身的で、真面目な彼女だからこそ。

 

 よく考えて、その日々の報いも込めて何かを贈りたい。

 真面目、献身……そうだな。こう言えば春雨も喜ぶだろうか?

「そうだ。今日一日、提督業務をやってみるか?」

 

「て、提督業務ですか?」

 さすがに困惑していた。いや、お礼に仕事を押しつけるとか、最低すぎるだろう。

 そうではない。提督として、位置づけるからこそよ。俺が奉仕しやすくなる。

 よし決めたぞ――今日の俺は春雨を徹底的に甘やかす!!

 

 ふにゃふにゃにとろける位、俺は春雨に尽くしてみせるぞ!

 むっふっふ。百八の絶技を持つと噂された男。それがこの俺である。按摩などの肉体的癒やしを極めて、お菓子作りとかの技術も持っている。

 

 さあて頑張るぞ~! まずは彼女をしっかりと誘わねば。

「うむ。仕事は少ないし、補助もしっかりとする」

 めっちゃ補助する。とってもご奉仕しよう。足を舐めろと言われれば、喜んで舐める。椅子になれと命じられれば、四つん這いになろうじゃないか!

 

 ふう。落ち着け。そういうのじゃなくてだな。春雨にお礼がしたいだけだ。

「春雨が慣れてくれればそうだな。俺が休みやすくなる」かもしれないね。

 休むつもりも早々ないけどな! だって提督じゃないと、提督してないと艦娘と触れ合えないし。休日とか何をして良いのか分からん。

 

 それに責任が重すぎる。命令一つで皆が死ぬのだ。背負わせて堪るかよ。

 まあ、補助的業務の一環として。

 提督の仕事の流れを知っていれば、俺が体調不良の時の繋ぎとかは出来るだろう。

 

 指揮こそ特殊な感じだが、事務仕事は本当に誰でも出来る。

「や、やってみます!」「よろしく頼む」

 元気いっぱいな返事を受けて、春雨の提督業が始まった。



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初めての事務仕事です

 提督用の椅子に座って、本日の業務が開始されるのだが。

「何をすればよろしいでしょうか?」

「大まかな仕事はすませてある。前日提出された報告書を打ち込んでくれ」

 今更だけど、パソコンとかはあるんだよな。不思議なもんだ。

 

 それこそ時代設定だって、色々と幅がある艦これ世界。便利だから良いけどね。

「はい!」

 元気いっぱい。これは仕事に期待が出来そうだ。

 …それでも大した仕事はない。例に漏れず、今日も俺が事前に仕事を片付けてある。

 

 だから、ゆっくりと教えながら進めるとしようか。

「この鎮守府の目的は分かるか?」

「はい。資材の回収ですよね」

 

「よく勉強している。偉いじゃないか」

「えへへ」

 照れる春雨可愛い。目の前で麻婆春雨を啜り食べて、涙目にしたい。

 落ち着け。さて。

 

 改めて、この鎮守府の任務は資材管理だ。大本営へ資材を供給し、最前線を支え続ける役目。時には最前線へ直接補給する役目もあるが、今の戦力では難しかろう。

 それこそ、響が単独で突っ込むか。最前線側から取りに来てもらうしかない。

 

「任務の消化と、その報告も仕事ですよね」

「うむ」

 所謂デイリーミッションとかも、他の鎮守府とは感じが変わってくる。

 

 例えば、そうだな。

 燃料を200納品しなさい。だとか。その報酬で大発を得られたり。大雑把な話し方だがね。大体そんな感じだ。

 もちろん。艦これ世界と違う艦装。或いは違う運用をしている艦装もある。

 

 ドラム缶改二だったり。まあ、この鎮守府の目的があるから、俺が見られるのは資材系統の艦装しかないけど。

 やはり、新しい物を見られるのは良い気分だ。

 

 反面、それらのデータがないのも困っている。厳密な数字管理こそ、艦これの醍醐味の一つなのかもしれないが、乱数とでも言えば良かろうか。安定しない。

 感覚と経験から出来た勘での運用が、主になっているのだ。

 

 ぶっちゃけて言うならば、遠征での数字すらも安定しない。

「おお、昨日の成果は良いですね」

「皆の頑張りのおかげだよ」

 

 こういったように、上方に変化していれば何よりだがね。当然だけど、下方へ落ち込む事だってある。それがモチベーションが落ちる理由にもなろう。

 戦えない。正確に言えば、戦うリスクが多い駆逐艦達。せめて資材管理をと思って、成果が出なければな。辛かろうよ。

 

 しかしまあ、ここまで安定させるのも苦労した。

 なんなら遠征の設定すらない。これまでに確認されたスポットへ、艦隊を組んで行ってもらう。敵が出る可能性もある。普通に失敗する事だってある。

 

 かといって常時指揮も、な。ちょっと特殊と言うか。面倒であった。

「えっと。この字は…暁ちゃんですね。はい」

 それはそれとして、一生懸命事務仕事をする春雨は可愛い。しょうがないね。



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小休止です

 それから数時間。いちゃつく雰囲気もなく。当然なのだが、真面目に仕事を体験してもらった。

 やる事は大きく変わらない。こうして経験したからこそ、彼女も分かってくれたと思う。時間的にそろそろ休ませたい。

 

 指揮を除外したならば、提督は誰でも出来る仕事なのだ。責任が重すぎるだけでな!

 …命を背負う誰でも出来る仕事。故にこそ人柄が重視される。もちろん、指揮能力やら妖精さんへの適性やら。色々とあるのだが。

 

 あるのだが、心優しい人が選ばれやすい。

 このクソッタレな状況で、尚且つクソッタレな在り方だよな。ははは。

 艦娘にとっても残酷だよな。この世界の人達は優しすぎる。

 

 さてはて。小休憩は良いのだが、どうしたものだろうか。

 今日は徹底的に甘やかすと決めたからな! 覚悟してもらおうか。

 そんな風に考えていると、お腹の音が鳴る。

 

「ぁ、う。ご、ごめんなさい」

 顔を真っ赤にして俯く春雨萌え!! やろう、飛び道具を出してきやがった…!

「よく頑張っているから気にするな」

 空腹は心身が結構な証拠。元気があって何よりさ。

 ふっふっふ。とりあえず昼餉にしようかね。

 

 

 普段通りの提督業の感じで、特に手間暇もかけず。間宮食堂からごはんをもらってきた。驚いた姿の間宮には悪いことをしたが、まあ良かろうよ。

 さすがに握り飯二つとかにはしなかったけども。長テーブルに食事を並べて、春雨と隣り合う昼食の時間である。ふふふ。距離が近くて良い香り。緊張してきたぜ。

 

 メニューは簡単な和定食。鮭の切り身焼き、みそ汁、ごはん、たくあん。これで良い。これが良い。

「「いただきます」」

 

 隣合ってのお昼ごはん、いつもよりずっと美味しい雰囲気。ははは。最近だと、一人で食事を摂る方が珍しかったか。我ながら大した贅沢である。

「あ、美味しいですね。はい」

 

 満足そうに微笑む横顔。あんまり見つめていると、照れてしまうかね。

 その姿も見てみたいけど、俺も食事を進めよう。一口、鮭の切り身に手をつけた。

 ほくほく塩味おいしいお魚。良いね。こういう簡単な調理にこそ、作り手の力量が現れるってもんだ。

 

「さすがは間宮達だ」

「ふふ。こう見えても、私も料理は得意ですよ」

 対抗意識でもないだろうけど、発言が可愛らしすぎる。なんだ。これはあれか。俺から望んだら見せてくれるのか? 麻婆春雨を作ってくれるのか?

 

 …特段、別に麻婆が好きなわけじゃないのだけど。彼女の名前が原因である。うむ。

「お菓子作りだけではないのか。頑張り屋さんだ」

「えへへ」

 

 融かされる~! 良いねえ。何かこう…良いねえ。俺の思いを分かれ!

 いやしかし。もっと先を求めるのが人の本音。もっと言えば俺の本音だ。

 昼休み。ちょうど良いタイミング。そろそろ攻めるぜ!



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怒濤の展開です

「実はだな」

 唐突に切り出す話の流れ。これにより相手の思考の隙をつける。

「はい?」

 ほら。狙ったとおりだ。根が真面目な彼女は、俺の発言に虚を突かれた。

 

 ここだ。もう少し言葉を巧みに使ったなら、甘えベタな春雨を甘やかせられる。

 その結果どうなろうと構わん! サドな彼女が目覚めたなら仕方ない。俺が責任を取るさ。

「秘書艦は提督の業務を支えなければならない」

 

「は、はい。そうですね」

 これは単なる事実。今は春雨が提督の位置にいるので、必然的に俺が秘書艦の役割を果たしている。仕事の補助。つまりは生活の補助。

 支え合い提督業を紡ぐ存在。それが秘書艦である。

「故にこそ。提督は秘書艦に甘えなければならないとも言える」

 

「どういう意味でしょう?」

 きょとんと小首をかしげている。愛らしい。頭を撫で回したいぜ。

 焦るな。それも捨てがたいが、今は昼食の時間だ。今だけ出来る事を優先するが必然…!

 

「つまりだな――あーん」

 一切の躊躇なく。彼女へ鮭の切り身を一口。箸でつかんで差し出した。

 我ながら発想の意味が分からない。つまりこれは、かの有名なあーんの儀式。バカップルか介護か。究極の二択でしか生まれない筈の状況。

 

 怒濤の展開だ。幾ら艦娘と言えど、動揺は隠せない。

「えっ、えっ!?」

 綺麗な紅色の瞳が、大きく見開かれたあーんを見つめていた。

 

 ふっふっふ。冷静になったら恥ずかしくなってきたぜ。それでも今更退けはしない。ここは譲れません! 

 舐めるなよ。俺は軍神と呼ばれた提督なのだぞ。最適な一手はいつだって、我が魂と共に!!

 

「嫌だったか…?」

 俯き。とっても寂しそうな声で言葉を紡ぐ。というか割と本音。

 だってアレだよな。白露とかならともかく。俺が唐突にやっても、違和感しかないし。調子に乗りすぎていた。

 

 鬱だ。死のう。ちょっと踏み込みすぎたみたいだ。ふふふ。最近上手くいきすぎていて、距離の詰め方を間違えてしまった。

 ただ違うんだ。俺の欲望だけじゃなくて。いっつも頑張っている彼女を、甘えさせたいと思っただけなんだ。やましくない。本当。

 

 春雨の口内が見たいとか、食べさせるって実質せ………だとか。そんなじゃない。

 等と思考の渦へ落ちていると、彼女が食べてくれる。

「ん」

 ほんわかとする感じ。川内の時も思ったが、誰かに食べてもらうって面白い。

 

 こう。胸が温かくなるのだ。少なくとも信頼を感じるし、普通に嬉しいぜ。

「…不思議と、食べさせてもらうと一層美味しいです」

 柔らかな微笑みを浮かべてくれた。俺も嬉しいね。

 

「うむ」

 ふう。良かった良かった。主に白露を参考にしたのだが、悪くない空気じゃないか。

 それだけ春雨が優しく。或いは俺の雰囲気も柔らかくなったのだろう。良きかな。

「ではその。司令官は逆に、秘書艦にご褒美を上げるべき。ですよね?」

 

「うむ?」

 妙に彼女が照れている。これはアレだな。

 俺の予想通り。今度は春雨から、お返しのあーんが与えられる。

「あ、あーん」愛らしい声。さて。



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紳士です

 仲良く食べさせ合い。楽しい昼の時間が終わって、食休みである。

 真面目な春雨は恐縮していたが、緊急時でもないのに、そこまで根を詰めても仕方ない。のんびりとお茶を飲みながら、二人隣に座り合って過ごしていく。

 

 何でもない時間なのだが、こちらをちらちらと見ている彼女。ただそれだけで妙に愛おしく。

 そうして、悪戯心を刺激してくれている。いや、やりすぎないけどね。

 

「俺の顔に何かついているか?」

 じーっと彼女の瞳を見つめる。紅色の両目。こうして見ているとルビーより煌めく。宝石を超えた、生物としての輝きが眩しい。

 

 美しい眼だと思う。俺の死んだ黒目とは大違いだ。

「い、いえ。その、はい」

 恐縮し俯いてしまった。愛らしい。若干頬が赤いのは気のせいではあるまい。

 出来る事ならば、わしゃわしゃ~っと頭を撫で回したいのだがね。今日は春雨を甘やかすと決めた。彼女の望みを叶えてあげたい。

 

「ふふ。今は春雨が提督なのだから、俺に気を遣いすぎる必要はない」

 頭で分かっていても、難しいだろうとは思う。

 しかし、それではもったいないじゃないか。楽しみ合おう。俺は全力で楽しんでいるぞ。

 

「望みがあるならば命令すると良い」

「えっと、その」

 顔を上げてくれたけど、仄かに涙が浮かんでいる。

 

 潤んだ瞳も美しい。熱の篭もった眼は、やはり宝石とは違う。

 暖かく。そうして心が乗っている。見ていて飽きない色合いだった。

「先程の食事もそうだ。提督は秘書艦に甘える。その代わりに仕事が出来る」

 などともっともらしく理由付けしたが、ぶっちゃけ俺の趣味だけどね!

 

 …まあ、実際響としたのだから、嘘ではなかろうよ。うん。

「そういうものですか」

「そういうものさ」

 

 そういうことになった。しょうがないね。

「では、その」

 だけど躊躇う春雨。うむうむ。彼女らしい。別に、無理に望めと言うつもりもない。

 

「何でも良いぞ。肩もみから買い出しまで」

 本当にそれだけだ。

『じゃあ視界の邪魔なので出ていってください』

 とは言われないと思うけど、言われたならば従おう。

 

 うむ。我ながら妄想が酷すぎる。持て余しているらしいぜ。ふふふ。

「今日一日全てを使って、貴女を支える紳士になりましょう」

 格好つけた言葉を紡いでみれば、彼女がぽつりと一言。

 

「…一日だけですか?」

 はい? 可愛すぎかよ。えっ。まじか。可愛すぎだよ。

「ふふふ。望むのならばいつまでも」

 

「じょ、冗談です! …はい」

 震え声。照れた顔が真っ赤だ。らしくない。とでも言いたそうな顔色。

「そうかね」

 あ、やばい。胸キュンポイントが凄まじい。危うく心臓が止まる所だったぜ。



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初期奉仕です

「それなら、その」

 遠慮がちにもじもじと、春雨らしい躊躇を見せながらも。

 どこか嬉しそうに微笑んで、彼女は愛らしい望みを聞かせてくれる。

 

「改めてお茶を淹れてきてほしいです」

 得意分野で何よりだ。ふふふ。こうして要望されると、全力で応えたくなる。

「承りました。紅茶と緑茶、どちらにいたしましょう」

 

「紅茶が嬉しいです。それと…」

 今度の言葉は躊躇わず。凜とした意志と、仄かに拗ねた雰囲気も乗せながら。

 俺の目を真っ直ぐに見つめて、強い要望が言葉になる。

 

「敬語はいやです」

 譲れないと眼が語っている。ふむ。真面目なのだろう。

 でも、それを言い出したら俺も敬語はな。砕けた春雨も見てみたい。

 

『つーか、まじ空気読めてないんですけど』

 これはギャル雨だ。いや、俺の中のギャルイメージがよく分からない。

 まあ良いや。紳士な感じも嫌いじゃないが、彼女の望み通りに動くとしよう。

「ん。それじゃあ淹れてくるよ」

 

 

 手早く用意を澄ませて、オーダーされた紅茶を用意した。

 そうして、ソファーに座る彼女の横へ控える。気分は執事である。

 お茶菓子は必要ない。彼女お手製のを食べたばかり。甘味気分は十分満たされていた。

 

「どうぞ」「ありがとうございます」

 嬉しそうに笑ってくれた。淹れ甲斐があるぜ。

 ……そう考えると、常に無表情だった俺と接していた響は、秘書艦として楽しんでくれていたのかな。倦怠期の夫婦でもないけど。

 

 パンツ位しか、大きな刺激もなかった。いや位ではないのだが。大きいけどさ。

 それでも、響からすれば与り知らぬ出来事だ。ううむ。

「わあ! とっても良い香りですね!」

 

 はしゃいでいる姿。…うん。今悩んでも仕方ない。精一杯春雨に尽くそう。

 彼女が喜ぶ様子は素直に可愛い。萌え萌えキュンであった。

「喜んでもらえたなら何より」

「何か淹れ方にコツでもあるんですか?」

 

「基本をしっかりと守ること。後は慣れだ」

 最低限の基本さえ守っていれば、後は経験がモノを言う。

 美味しくしたい。相手に満足してもらいたい。ちゃんと考えていれば、自ずとついてくるもんさ。

 

 春雨の献身的な在り方なら、俺より遙かに美味い紅茶を淹れられる。

「ふむう。職人技ですね」

 感心したように紅茶を味わってくれている。良いね。淹れ甲斐があるぜ。

「司令官も飲みませんか?」

 

 にこにこと楽しそうに笑っている。ふふふ。胸キュンだね。

 いやしかし。少し心苦しいが、喉は乾いていない。というよりか、自分の為にもう一つ用意するのが面倒だったり。

 

 お茶会が前提ならばともかく。今は春雨の接待みたいなモノ。

「俺は大丈夫だ」

「あ、そうですか」

 しゅんとなってしまった。何故だろう。そんなに俺と飲みたかったのか。

 

『春雨とのお茶が飲めねえのか~?』

 などと絡みたかったのか。だったら嬉しいけども。違うだろう。

 う~ん。先程との状況の差。なんだかんだと献身的な春雨。佇む俺の様子に、どことなく落ち着かなさそう。

 

 成程。そうなると。

「…しかし、立ちっぱなしも疲れた。隣に座っても良いか」

「もちろんです!」

 満面の笑顔で答えてくれた。予想通り。俺が立っているのは嫌だったか。

 

 再び横に座る。スペースの問題もあるから、少しだけ距離を離して。

「もう少し近くに座りましょうよ」

 お、おう。良いのか? 好きになっちゃうぞ。

 

 分かっている。俺の体が大きいから、窮屈じゃないかと思ってくれたのだ。惚れたりしないよ。勘違いしないんだから!

 何を言っているのやら。

 

「そうだな」

 静かに距離を詰めて、再び座り直した。肩同士が触れ合いそうな距離。

 春雨の匂い。少女らしい甘い匂い。仄かに甘み強く。彼女らしい良い香りだ。

 

 うむ。我ながら変態チックな感想であった。

「えへへ。良い距離感ですね」

 可愛い。おっと、口から漏れ出る所だったぜ。お口にチャックしておかねば。

 逆に彼女から気を遣わせてしまった。悪い気分じゃないけど、さて。

 

「次は、えっと」

 迷いつつも、段々と遠慮がなくなってきたのか。照れながら言う。

「か、肩を揉んで。なんて。あの、その。…はい」

「遠慮する必要はない。喜んで揉ませてもらうよ」



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肩もみです

「それなら改めて」

 座ったばかりでアレだけども。立ち上がって、彼女の後ろへ回ろうとすれば。

「いえ、えっと。座っててください」

 止められてしまった。

 

 春雨がもじもじと何かを躊躇っている。触れられるのが嫌だったのだろうか。

 或いはトイレか? 言葉にはしないけども。おもらしは……止めておこう。俺の性格を疑われかねない。春雨スープ――おっと。深い意味はないんだ。本当だ。

「む?」

 

 ぼけ~っと様子を見守っていれば、彼女が俺の太ももに座ってきた。

「よいしょっと。…重くないですか?」

「軽い位だよ。気にする必要があるとは思えない」

 ……ふむ。そういう事か。成程。なるほ、ど。――えっ? えっ!?

 

 弾力のあり、小ぶりで柔らかな尻の感触。スカート越しに伝わる春雨の体温。甘い匂い。華奢な背中がとても近くに見える。桃色の髪に手が届きそうだ。

 何より此方を振り返る春雨の瞳。紅色の潤んだ瞳。や、やばい。やばいぞこれは。

 

 どうした? 何があった!? 俺は悪魔にでも魂を捧げていたか。何をどうすれば、このような奇跡的状況に至れるというのだ。

「えへへ。ありがとうございます」

 

 嬉しそうな彼女の声が、とても近くで聞こえる。控えめで可愛らしい声色。こうして近くで聞こえると、胸をくすぐる切ない声音。

 ちょう萌えるんですけど~!! だめ、だめだめ。これは嬉しすぎる。幸せすぎて心臓が止まりかねない。

 

「うん」

 頑張れ俺。ちょう頑張れ。抱きしめたら駄目だ。あ~滅茶苦茶抱きしめてえ。抱きしめて頭を撫で回してえ。欲を言うならば。ああ。ああ!! 

 ……ふう。落ち着くんだ。大丈夫。いけるさ。

 

「それじゃあ肩を揉むぞ」「お願いします」

 改めて、彼女の肩を揉み始める。

 痛くならない様に気づかい。ツボに親指が当たり、そうして他の指で肩の筋肉をほぐすイメージ。

 

 ぐいぐいと力は込めない。点へと的確に力を込めて、流れで肩をさするだけ。

「あ、そこ、です。う~、あったかい。気持ち良い、です」

「うむ」

 春雨は俺の耐久テストをしているのか? 愚息よ。反応するな。

 

『司令官の方が凝ってそうですね。…変態』

 やべえ!! 落ち着くのだ。尻の感触を気にするんじゃない。そういうのじゃない。マッサージに集中しろ。

「司令官は、ほんとにがんばりやですねえ」

 

 とろけきった声での言葉。だからこそ、彼女の本音が聞こえるような。

「そうか?」

 嬉しいのだけど、頑張り屋とは言い難い。いやまあ、かつての仲間達の日々は財産であり。それらが成し遂げた功績位は、誇れる自分でいたいのだがね。

 

 故にこそ、賞賛を素直に受け止めきれないのかもな。

 …それはそれとして、色々と異名をつけた奴には話があるのだけど。なあ。

「私たち姉妹と、ちゃんと話してくれてます。嬉しいです。はい」

 

「俺も楽しいからな。だから、こうやって接しているんだ」

 現在進行形で楽しんでいる。楽しみすぎて逝っちまいそうだ。二重の意味で。

「良かったです」

「ん」



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真面目に肩もみです

「しかし、頑張り屋と言えば春雨もそうだろう」

 年齢と反して固まった体。任務とかの疲れもあるだろうけど、周囲を気遣って心が張っている証拠だ。ガチガチに固まっているからこそ、肩もみでとける位気持ち良いのである。

 

 頑張っているのだけど。ちょっとだけ心配だったり。余計なお世話だろうか。

「こんなに肩が凝る位頑張って、日々過ごしているのだろう」

 まあ良い。今はただ甘えてもらいたい。癒やされてほしい。……それにしても本当に良い香りだな! 真面目な雰囲気が長く保てないのだが。

 

「…そう、ですかね」

 不安そうな声。自信のない感じ。頑張りの裏返しは、自分への不信感なのだろうか。

 少なくとも、こうして落ち込んだ様子の彼女から、自愛は感じられない。もう少し生きやすく振る舞えないのだろうか。

 

 ああ。前線にいた頃の俺と似ている。そういう意味では、春雨も提督の素質があるのかもしれない。

「私は皆みたいな、強い意思がないので」

 違う。そうではないだろう。

 

 周りを気遣う優しい心こそ春雨らしさ。そうして振る舞える意思こそ、君の良い所であり。強さなのだと俺は信じている。

 のだが、今ここで言葉にしても伝わるまい。

 そも、駆逐艦への不遇もとい、適性にも原因がある。根の深い話だ。

 

「できる限りを、自分に許された狭い範囲を過ごしてるだけです」

 小さな体が更に縮こまって、消えてしまいそうであった。 

 許されるならば抱きしめ、ぎゅ~っと彼女の存在を許したいがね。

 

 生憎だけど、俺にそこまでの包容力はなかった。残念。ただ、ただただ。素直な心情を語れる程度には、今の俺は柔らかく。

 きっと、白露などに甘えさせてもらったから。少しだけ格好つけられるんだ。

 

「それが偉いんだ。誰だってそうだよ。許された範囲を過ごしている」

 ゆっくりと、嫌がられないように優しく頭を撫でる。

 ここにいていいのだと。春雨は頑張っているのだ。と。掌から伝わってくれ。

「だけれども、俺は春雨の頑張りが好きなのさ」

 

 俺の言葉だけで信じられないなら、それでも良い。重ねよう。

「君の姉達から色々と話は聞いている。春雨の活躍を知っているよ」

 知った風な口をきいて申し訳ない。それでもな。春雨へ僅かにでも慰めが届くなら、良いのだと俺は信じている。信じていたい。

 

「だから、甘えてくれたまえ。姉達だからこそ、遠慮する時もあるだろう」

 身近な人には強がりたいもんさ。彼女は特にそうだろう。献身的すぎるんだ。

「…良いんですか?」

「俺がそうしてほしいんだ」



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褒め殺しです

「…じゃあ、ぎゅってして」

「うむ」

 彼女の小さな体を抱きしめる。壊れないように、そっと力を込めるんだ。

 

 柔らかな感触が不思議と気にならない。春雨の弱さを、脆さを見せてもらったからだろうか。壊れてほしくない。ここにいて良いんだと伝えたい。

「ほめて。いっぱい頑張ったから、今日の為に頑張ったから」

 

 抱きしめている彼女の体が熱い。精一杯の勇気を振り絞って、俺へ望みを語ってくれた証拠。応えなければならない。何よりも俺が応えたいんだ。

「クッキー、美味しかったぞ」

 

 ぽつり、ぽつりと今日の思い出を語っていく。

 勝手な考えだけど、俺が思っていた感情を全て届ける。

「気遣ってくれたのも嬉しかった。本当に優しい子だ」

 

 健康祈願とかね。本当に萌えたよね。死ぬ予定もないけど、生きる活力が得られたぜ。

「提督の仕事も頑張ってくれたな」

 

 真剣な表情で書類仕事をする姿。春雨らしく。真面目に思い悩む姿、提督としても、俺個人としても好ましい。素晴らしい事なのだと思っている。

「皆を思って、仕事に取り組んでくれていたのを俺は見ていたぞ」

 

 本当にな。慣れてきた俺では出来ない仕事。最適化と言えば聞こえは良いけど、少しばかり冷たい人間になっている。自覚はあるがね。

 …出来事だけだと。この三つ位だ。もっと褒めたい。彼女の勇気に応えたい。

 

 オッケイ。恥ずかしいけども、滅茶苦茶恥ずかしいけど。本気で語ろう。

「小さくて可愛い」

「えっ!?」

 

 びくん! と、思わぬ動きで彼女が震えた。照れている。本当に想像してなかったらしい。ちょっと悪戯心。

 抱きしめる力を少しだけ強めて、逃げられない様に耳元で。

 

 ふっふっふ。――羞恥の心に落ちる道連れだ!!

「手入れの行き届いた桃色の髪が、撫で心地が良い」

 さらさらしていて気持ち良い。よく手入れされているぜ。良い匂いもする。

「ぁ、ぅ、その…が、頑張って手入れしてるから」

 

「ん。撫でて良いか?」

「…どうぞ」

 頭を撫でてみる。うん。やっぱり心地良い。良い髪質だ。

「くりっとした瞳が綺麗だな。ずっと眺めていても飽きないぞ」

 

 感情を伝える紅色の双眸は、宝石よりも煌めいている。

 欲情とかのエロエロは抜きにして、純粋に美しいと感じていた。

「司令官の目も綺麗だよ?」

 

「ありがとう」

 頭を撫でる手をそっと下へ移動し、目隠しするように手を移した。

 困惑する気持ちと、身を預けてくれている感じ。気を許してくれている。

 

 優しく目蓋を撫でてみた。眉毛、睫毛の感触も良い。な、なんだろう。ただ褒めているつもりなのに、妙に色っぽくないか? 気のせいか?

 ぺろぺろはしていない。セーフではなかろうか。

 

「声が良い。愛らしく、切なくなる甘い声色だ」

 褒めるのを続ける。俺の本音を続ける。

「い、いっぱいあるんだね!」

 限界が近そうだった。まだまだ。勝負の後は骨も残さない…!

 

「まだまだいっぱいあるぞ。そうだな」

「え、えっと! もう大丈夫! …はい」

 止められてしまった。残念。

「そうか」



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融かされた献身の先です

「司令官は褒める達人ね」

 振り返って、彼女は真っ直ぐに俺を見つめている。

 春雨らしくない。大人しい感じとは少し違う。

 

 妙に大人な、諦観と自虐の混じった空気。ああ嫌だ。悲しまないでくれよ。君達の幸せが俺は好きなんだ。

「春雨が尊いからさ」

 

「…口が上手なんだから、もう」

 やはり大人な対応。いつだって献身的で、控えめだった春雨の感じじゃない。

 微笑みが泣き出しそうな顔に見えた。穏やかな心。佇まいが変わっている。

「ね。私ってほんとに役立ってる?」

 

 どこか意地悪な眼で、妖しく潤んだ紅の瞳で。

 叫ぶような感情が込められた言葉を、甘く小さな声で紡ぎ上げていく。

「補給の大切さは知ってるよ。魂にしみ込んでる」

 

 護衛、輸送任務の記憶。艦船だった頃の名残であろう。艦種差や個人差はあるのだが、大体の艦娘は船の記憶を忘れない。

 だからこそ、弱い己を許せない。真面目で優しいからこそ、脆い己が許せない。

「でもね。今は、敵を殺せる者が必要」

 

 正しい。何度も、飽きるほど実感させられた通りだ。

 この世界で駆逐艦は脆い。弱い、ではない。故にこそ罪悪感が生まれて、献身的な彼女は、俺の本気の熱意を受けて、本音を見せてくれている。

 春雨という丁寧な仮面を剥がして、彼女個人の淀みさえ感じさせてくれている。

 

「どこまでいっても、私は改にすらなれない弱い者」

 現段階において、春雨の改は観測されていない。というよりか、駆逐艦全体がそんな感じだ。練度を上げるのは空母など。

 

 加賀の改二は実装されていたり。俺の知る艦これにはなかったのだがね。…まさしく圧巻の殲滅力を、加賀改二は見せてくれたさ。

 そんな状況も合わさって、春雨の大人しい性格はちょっと悪い方向にいっている。

 

 自虐と自嘲の二重螺旋。穏やかな微笑みと言うには、纏う雰囲気が昏い。

 褒めて欲しい、か。成程。そうして求めた言葉さえも、素直に受け入れられないのが現状か。ここまで褒められるとも思っていなかったのかね。

 

 さて。どう語ったものだろう。…俺程度が何を語るのだろう。

『いっちばーんなあたしが、貴方を提督と認めてるんだよ!』

『提督。甘えさせてくれてありがとう』

『提督のちょっといい言葉、聞きたいな~』

 

 ふふ。これまでお世話になった三人を思い出す。そうだな。俺は俺だ。

『司令官。此処で退くのはらしくないな』

 かつての仲間の一人。響だって。ああそうさ。少し戦場を思い出しすぎた。変な自虐はするべきじゃない。春雨に引っ張られたか?

 

 素直に言えば良いんだ。それだけでいい。格好つけるのも、それで格好良くっぽいのも俺らしくない。

 さてはて。俺が言いたい事は。



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かっこうつけてみました

「ならば俺が、俺達が強くしようじゃないか」

 運命的な台詞なんぞ言えない。ただただ、俺に許された狭い範囲で話を語るなら。

 こう語るしかない。どれだけ絶望的な状況でも、苦境に立たされようとも。

 強くなるしかねえんだよ。…おっと。些か乱暴な心が出てきた。落ち着こう。

 

「今弱いのだろう。戦場に呼ばれないのだろう」

 駆逐艦の性能からして、戦いに運用するのは危なっかしい。

 かといって、遠征などの後方勤務だけでは、彼女たちの心は安定しない。

 

 戦果が欲しいわけじゃない。自分達だけ安全な所にいるのが、認められないだけなのだ。ほぼ全ての者達が考える事。

 皆、個々人での悩みだけれど。艦娘全体の悩みとも言える。

 寄り添いは個人ごとに。解決は全体をイメージして。難しいね。

 

「だから、己が存在を認められないと言うのならば」

 俺は何度でも語り続けよう。君達の輝きを、艦娘の可能性を信じている。

 そういう意味では、夕立との関係はむず痒い。夕立改二は壮絶な攻撃特化型。主観こそあれども、駆逐艦最強に至るのは、彼女だと俺は考えているのだがね。

 

 響は不死身。不死鳥の名の通り。絶対に死なない。

 敵をぶち殺す夕立改二と、絶対に負けない響。両者の在り方は違う。

 とか言っておいてなんだけど、別に夕立の改二は確認されてないからな。うん。

 

「強くなれば良い。鍛えれば良い」

 本当にそうとしか言えない。生憎だが、俺に誰かを説得する力はない。

 偽りなく本音を話すしか出来ない。地道に鍛え上げることしか知らない。

 

 本当は俺だって欲しかったさ。圧倒的なチート、運命力、愛される力。全部ないよ。ないんだ。そういう艦これ世界なんだ。しょうがねえや。

「駆逐艦が強くなれるの?」

 

「響を見ろ。鍛え続ければ、戦い続ければ確実に強くなれる」

 劇的な進化なんてない。改に至れるかも分からない。それでも。

「一歩ずつ前に進もう。そうすれば、必ず先へ行けるから」

「…でも時間は待ってくれないよ。運命はいつだって残酷なんだから」

 

 成程。その通りだ。よく実感しているとも。ならばと。

 堂々と胸を張り、真っ直ぐに見つめる彼女へ。俺もまた力強い意思を込めて、これまでの経験すら込めて、圧倒するように言葉を紡ぐのだ。

 

「――その時は俺が全力で抗うさ」

 あえて傲慢に語ろう。俺だからこそ、運命を潰してみせる。

 深海棲艦共の巣が出来た? ならば響と潰してやる。イベント海域なんぞものともしない。此処まで戦い続けてきたんだ。

 

 いや、というかさ。まだ戦うのか? もう良いだろう。いちゃらぶで良いだろう。

 重すぎる世界観でなによりだ。ふぁっく。

「頼りにしてくれたまえよ」

 

「…頼りになりすぎますね」

 にこりと微笑んで、いつもの彼女を見せてくれた。

 これもまた劇的な解決なんて出来ず。ただ、ただただ彼女は歩み続けるだけ。俺はそっと寄り添っただけ。世知辛いね。

 

「これでも修羅場は潜ったつもりでね。抗う心は誰にも負けん」

 妥協はなしだ。なあんて、不思議な模様のマスクをつけそうな台詞だが。

 …妥協し続けてきた。最善を追い求めての妥協ってのは、心に傷をつけるもんだなあ。

 

「むう。私の悩みは、司令官への不信が原因だったのでしょうか」

 まあ俺に絶対的な信頼を寄せていたら、特に気にせず生きていたのかもしれないがね。

 春雨は彼女なりに生きているのだ。俺の盲目的な信者でもあるまい。

 

 当然の悩みであり、当たり前の流れでもある。しょうがないね。

「さてね。俺の語りで少しでも不安が晴れたなら、何よりだが」

「ふふ。ありがとうございます。はい」



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変化は小さく、されど着実にです

 彼女が俺から降りて、立ち上がり見つめてくる。

「ありがとうございます。司令官のおかげで、ちょっとだけ自分が好きになれました」

 改めてのお礼の言葉。姿勢良く。ぺこりと頭を下げてくれた。

 そのまま頭を上げれば、凜々しい表情の春雨がいる。

 

 小柄で愛らしい姿は美しきかな。柔和な微笑みが似合っている。

 歪みなく。淀みなき紅の双眼。美しい。凜としたその姿は、先程までの淀んだ雰囲気は感じられず。落ち込んだ様子は残っていない。

 

 静かに寄り添う春雨の、優しくも心強い佇まいを感じられた。

「こちらこそ。春雨の手助けが出来たならば良かった」

「はい!」

 うん。大した事も言えなかったが、少しは調子が戻ったらしい。

 やはり美少女には笑顔が似合う。春雨はとびっきり似合っているぜ。ふふふ。

 

 我ながら気障な台詞。絶対、口に出せない言葉だった。

「お礼と言っては変ですが、今日の夕食は私が作っても良いでしょうか?」

 窺う様な言葉。彼女らしい魅力的なお誘いだった。

 ふっ。俺の超人的料理技術は、まだまだ封印しておく事になりそうだな…! 

 

 などと、適当に思考を巡らせつつも。真面目に言葉を返す。

「ありがたくいただこう。期待しているぞ」

「お任せください」

 

 良いね。俺は春雨の丁寧さが好きだ。献立は何だろうな。楽しみである。

「ふふ。提督体験中なのに、やっぱり変ですかね」

「俺が作る時もある。気にすることはない。ただただ楽しみだよ」

 

「そ、そこまで期待されると不安だったり。がんばります」

 恐縮する春雨可愛い! これで料理が麻婆だったらね。しょうがないね。

「うむ」

「でも、でもでも。春雨に期待しててくださいね。――約束ですよ」

 

 困った様に笑う彼女。色々と意味が込められているのは、俺でも分かるさ。

 だからこそ堂々と、目を逸らさないで応える。

「約束するよ」

 駆逐艦・春雨。艦これ世界での在り方は、艦装の感じからして戦闘向けでなく。

 

 まあ、護衛や輸送が強調されているけど。たしか武勲も相当に優れていた筈。

 ならば、今彼女が憂いている問題も解決出来よう。練度が上がれば改二に至れるかもしれない。

 それこそ、加賀改二の前例だって在る。俺が知らない改二もあったんだ。

 

 春雨改二。どんな姿になるのやら。まだ改すら至っていないのに、話が早すぎただろうか。別に良かろう。心を咎める者なんていないさ。

「では、残りの仕事も頑張っていきましょう」「ああ」

 さあ、今日を終わらせよう。着実に一歩ずつ。強くなっていくんだ。



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春雨さんです
献身と丁寧の仮面です


 白露姉さんが、白露型の秘書艦作戦を提案してから三日目。姉さんの分も含めたなら、四日目が正しいのかな。

『今日の秘書艦は四日目っぽい!』

 ふふ。四番目と考えたら、夕立姉さんの方が良いんだろうけど。

 

 今日は私の日。駆逐艦・春雨の日が訪れてる。

 昨日の内から用意したお菓子と、水筒に淹れた紅茶を持って。私は執務室へと訪れてた。ドキドキとうるさい心臓を気にしつつ、がんばって大っきな声で入室する。

 

「春雨。入室いたします!」

 扉を開けて、部屋へと入った。

 出迎えるように司令官が佇んでいる。初めて見た時とは、似ても似つかない柔らかな雰囲気。静かで優しい黒目。どことなく力がある黒髪。

 

 一番印象が変わったのは、今も柔らかに浮かべる微笑。

 前見た時は、今にも死にそうな人だったのに。今では活力も感じてる。

 大っきな体は大樹みたいで、力強くも優しい佇まいだった。

 

 私個人としては、こういう雰囲気の人は好きだ。司令官としていてくれるのは、素直に嬉しい。

 だからこそ、無言で私を見てるのが気になった。なにかしちゃったかな?

 

「司令官…?」

 恐る恐る窺ってみれば、はっとしたように司令官が動き始めた。

 怒ってはいなかったみたい。良かった。自覚がない事で怒られたら、余計に傷ついちゃう。はい。

 

「何でもないんだ。とりあえずお茶にしようか」

 そう優しく言って、随分と慣れた様子で動こうとするけど。

 はい。実はもう用意してます。どう提案しようかな。

「その、あの」

 

 喜んでくれるのかな? 緊張と不安が言葉を続けさせてくれない。

 …臆病者ね。それこそ白露姉さんとかなら、元気いっぱいに言うだろう。

 私は、丁寧と言えば聞こえは良いけど。嫌われるのが嫌で、必要以上に固いだけ。

 

 ああもう。不安が出てきて、出せそうにありません。はい。諦めようかな。

「どうした?」

 司令官が、大っきな体をしゃがみ込ませて。私の瞳を見つめてくれる。

 

 幼子を安心させるみたい。ゆっくりとした言葉。落ち着いた声色は、浮かぶ不安を解消させる力があって。

 彼の大人な心を感じられた。暖かい。はい。姉さん達の言ってた通り。優しくて暖かな人みたいです。

 

「焦る必要はない。落ち着いて話してくれ」

 小さく笑み見せる姿は、私の緊張を解しきるには十分だった。

 一回だけ深呼吸して、用意してきた物を差し出しながら。

 

「…お菓子、作ってきたんですけど」

 クッキーと紅茶。話に聞いてたお茶会の品としては、貧相かもしれないけど。

 頑張って作って来ました。ほんとに頑張りました。どうかな。駄目かな。



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びくびくしてます

 仄かに出来た無言の間。司令官を見れば、どことなく呆けたようにしてる。

 虚を突かれた。と言えば大げさだけど。彼の予想してなかった行動なのは、何を言われずとも分かります。とっても気まずいです。はい。

 

 間違えちゃったかな。考えようによっては、司令官のお菓子を食べたくないからみたい。皆の話を聞いてるって、司令官も知ってる筈だよね。

 違う。違うけど……そう思わせてしまったなら私が悪いです。

 

 胸の傷むのを無視する。せっかく用意したけどなんて傲慢だ。悪いことをしたら謝らないと。このクッキーは後で適当に食べちゃおう。

「よ、余計ですよね!」

 司令官の目が見れない。恥ずかしくて、申し訳なくて消えちゃいそうだ。

 

 変に調子に乗ってしまいました。はい。もっと自重しなければ。

「ごめんなさい」

 慌てて頭を下げようとすれば、彼から言葉が返ってきた。

「ありがたくいただきたい」

 

 とっても嬉しそうな笑顔。思わず見惚れる程愛らしい笑み。なんとなくだけど、ちょっとだけ大人っぽい夕立姉さんみたいな笑み。

 無邪気の中に優しい雰囲気を。愛らしいのに強い笑顔。

「えっと、その」

 

 上手に言葉が返せない。今更だけど緊張してきました。

 これが美味しくなかったら、司令官は悲しむんだ。ちゃんと味見はしたけど、

『っぽい~』

 

 脳内の夕立姉さんもしょんぼりしてる。な、なんで夕立姉さんを想像しちゃうんだろう。現実逃避でしょうか。

 ここまで何も考えず。せっかくだからって作ってきちゃった。

 どうしよう。今更訂正も出来ない。失礼すぎるよね。

 

 迷う私に優しい微笑みを見せて――騎士がお姫様に跪くような。跪いて胸に手をつき、恭しい声で言葉が紡がれる。

「もし良ければ」

 

 にこりと優しい笑み。どことなくからかいの雰囲気も乗せつつ。私の瞳を真っ直ぐに見つめながら、司令官が真摯に言葉を紡いでくれる。

「君のお菓子をいただく名誉を俺に与えてはくれまいか」

 あ、あわわ! 似合いすぎです! きりっとした顔でそういうのは駄目です。はい。

 

 でも良い。こういうの好きです。はい。

「そんな、大げさですよ!」

 慌てて言葉を返してみれば、悪戯が成功したような顔で言うんだ。

「嬉しかったんだ。お茶も用意してくれて、本当に気が利く良い子だな」

 

 やっぱり夕立姉さんに似てる。こういう時の笑みがそっくり。

『春雨ってば可愛いっぽい!』

「…えへへ」

 色んな想いが重なって、不思議と胸が温かくなりました。はい。

 張り切って用意しましょう。司令官に喜んでもらいたいです。



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感想待ちの緊張です

 紅茶とクッキー。お皿にクッキーを盛り付けて、改めてお茶会の用意を済ませました。

「愛らしく作られているじゃないか」

 柔らかなニコニコ笑顔で、楽しそうにクッキーを見てます。

 

 ふふふ。形は満足してもらえたかな。はい。後はお味さえ気に入ってもらえたら、上出来と言える結果ですね。

「うさぎが好きなのか?」

 どことなく微笑ましいものを見るような、優しい目で聞いてきました。

 

 …胸がくすぐったい。ちょっとだけ切なくて、嬉しいような。自分の顔が仄かに赤くなるのを、羞恥と共に実感します。

 あんまりにも優しい声で、見守る人の顔で言われたからです。

「子供っぽいでしょうか」

 

 我ながら、どこか幼い趣味だとは思ってるけど。あの愛くるしいフォルムが好きです。はい。目の赤さもなんとなく共感だったり。

 思わず微笑んで言葉を返すと、大真面目な顔で返答してくれます。

「趣味は人それぞれだよ。ただ、そうだな」

 

 じ~っと、愛おしそうにクッキーを見ています。

 噛みしめる様に、心に焼き付ける強い眼差しです。

 司令官の深い感謝と喜びが伝わって、私も嬉しくなってきた。素直な喜びを受け取ると、贈った方も嬉しいんですね。一つ勉強でしょうか。

 

「春雨の手作りで、しかもこれだけ可愛らしいと。飾っておきたくなる」

 素敵な笑顔で、とっても愛らしい事を言ってくれました。

 だけど、食べてほしい。なんでしょう。ちょっとだけその、食べてほしいというのは。

 

 やっぱり何でもないです。努めて冷静さを意識して、言葉を返します。

「…それは恥ずかしいので。食べてほしいです」

「ふふふ」

 楽しそうに笑ってから、真摯な声で。

 

「了承した」

 言ってくれました。緊張が大分解けています。早く食べてほしくて、期待の方が上回った感じ。村雨姉さんじゃないけど。良い感じ。

「では、いただきます」

 

「は、はい! 召し上がれ、です」

 一口。司令官が嬉しそうに食べてくれます。

 さくさくと心地良い音が響きます。表情を見れば、苦みなどに顔をしかめる様子もなく。顔だけを考えるなら、失敗ではなかったと思います。

 

 ちゃんと、塩と砂糖は気にしてました。五月雨みたいなドジはありません。

 …時が引き延ばされているような錯覚。それでも、言葉が返ってくるまで緊張は解けきれなくて。ただ待っていると。

 ゆっくりと味わって、満足げに何度か頷いてから。

 

「ありがとう。これで何も怖くない」

 どこか消えそうな微笑みでお礼を言ってくれました。

「何の話ですか!?」

 思わず反応してしまうほど、妙に儚げな言葉でした。



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ささやかな望みです

「ふふっ」

 楽しそうにクッキーを食べてる姿。子供みたいに無邪気な、喜びを示す笑顔。

 どことなく。白露姉さんの言ってた事が分かる気がする。幼さを宿してる。素直な心が見える反応。

 

 胸をくすぐる。心地良い感じです。はい。…不敬かもしれませんが、無邪気に笑う司令官の頭を、優しく撫でてみたい。

 妹はいても、弟はいない。艦娘の在り方から考えれば仕方ないけど。

 ああ。そうだ。そういう意味では、お兄さんとしても。なんて。不敬すぎますね。

 

「よく分かりませんが、楽しそうで何よりです。はい」

 ニコニコ笑顔の司令官とお茶会を楽しんでると、唐突に。

「素敵なプレゼントを頂いたお返しがしたい」

 真っ直ぐ目を見ながら、暖かい声で言葉が続く。

 

「何か望みはあるか?」

「あの、えっと」

 ちょっと唐突すぎました。望み。望み…う~ん。

 姉妹艦がいなかったら、建造を望んでいたかもしれないけど。ありがたいことに、大切な姉妹達は全員揃ってる。川内さん達もいるし。

 

 何を望んでいるんだろう。いえ、私なんかが何を望んで良いのだろう。

「大丈夫だ」

 不安に落ちそうな私の心を、優しい言葉で解してくれました。

 

 いくら司令官でも、さすがに内心までは読んでないだろうけどね。でも、司令官の大丈夫はとっても暖かい。

 少しだけだけど。欲張りたがる私を許せそうです。

「俺を不義理な男にさせないでくれ。格好つけてさせておくれ」

 

 妙にきりっとした顔で、なんとも格好良い事を言ってくれた。

 最近、目元などが柔らかくなってるから。これまた妙に似合っていて。

 ふふふ。何でしょうね。ちょっと面白かったり。失礼かもですけど。

 

 ああ、そうだ。それならば。

「――健康に生きてください」

 柔らかな貴方のままでいてほしい。不敬かもしれません。軍神としては、認められないかもしれない。

 

 でも、それでもね。私は優しい微笑みが好きです。うさぎ型のクッキーを、楽しそうに食べてる貴方が好ましい。

「ふむ?」

 首をかしげる姿も微笑ましい。初めて見た時とは、本当に変わってます。

 

 やっぱり今の方が良い。接しやすいです。はい。

「姉さん達から話を聞いて、表情を見て」

 特に白露姉さんが一番。なんというか、わかり合ってると言いますか。

 

『いっちば~ん!』

 脳内の姉さんが暴走してます。はい。いっつも元気で大好きな感じです。

「皆、司令官を慕っています。私も、その」

 今日出会って、こうして受け入れてもらって。

 

 健やかに過ごしてほしいと願ってる。…私程度だけど。願ってるよ。

「ありがとう。春雨は優しい子だ。司令官として誇りに思うよ」

「えへへ」



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望みなくです。

 とても嬉しそうに微笑んでくれた。それを見る私も嬉しくなる。

 良かった。素直な心だったけど、失望されないで済んだ。…ああ。こうやって裏を考えてる時点で、私は悪い子なのでしょうけど。

 でも、本当に喜んでくれて良かった。

 

「だがしかし。それは俺が気をつけねばならん事」

 こほんと一つ咳払い。改めて、司令官が聞いてくれる。

「春雨自身の望みはないか?」

 

 私の望み。平和? どうだろう。求めても手に入らないなんて。思っている時点で、とっても寂しい願いですね。はい。

 愛情。姉妹達から受け取っている。友情。仲間達と共に紡いでいる。

 

 恋愛? それは、口に出すのも失礼すぎます。司令官と子を成したいかと言われれば、恐れや緊張で考えられもしません。

『春雨。好きだ』

 

 悲しいですけど。とても空虚な妄想でした。お互いの事を知らないのに、そんな言葉は虚しすぎます。なにかの代用品みたく、司令官を使うのは駄目です。

 考えても何もない。望みすらないのだから、やはり私は。はい。

 

「…正直に言えば、難しいです」

 ようやく出せた言葉は、折角の言葉を拒絶するようなものだった。

 幻滅されただろうか。いや、優しいから。きっとないのだろうけど。

 私は、私自身に幻滅し続けてる。

 

「そうさな。欲しい物でも良い」

 困った様に司令官が笑っている。ああ。気を遣わせてしまっている。

 申し訳ないなあ。適当に望みを出せたなら、それだけで場が収まるのに。本当に何もないんだ。ああ。恥ずかしいなあ。

 

「うさぎの人形とか、何でも良いぞ」

 クッキーの形だとか。考えてくれた優しい言葉に。

「えっと。その、あの…」

 

 望めない心が邪魔をしてる。頷けば良いだけなのに、色々と考えて立ち止まってしまう。

 いらないとは思ってない。絶対、もらえたら愛用する。愛らしい人形と一緒に寝てみたい。でも、でもでも。

 

 嫌になる。望んでしまうのが怖いんだ。

「いや。そうだな。春雨から望むのは難しかろう」

 迷い続ける私に理解を示し、とっても柔らかな声で許してくれた。

 仄かにすら落胆の感情が見えません。どことなく嬉しそうにも見えます。

 

「ごめんなさい」

 正直に言えばありがたかったです。これが村雨姉さんだったら、もっと上手にお話出来たんだろうな。やっぱり申し訳ない。

 

 献身的だとか、丁寧なんて言えば良い風に聞こえるけど。我欲がなさすぎるのも。

「そうだ。今日一日、提督業務をやってみるか?」

 唐突な提案。意図が分からない。ただオウム返しをしてしまう。

「て、提督業務ですか?」



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ゆらゆら心の提督業です

「うむ。仕事は少ないし、補助もしっかりとする」

 大真面目な顔での言葉。裏とかもなく。純粋に、今日を過ごすための言葉です。

 畏れ多いけど、興味深い提案。素直な気持ちを語るなら、司令官の仕事に興味はある。

 

 …出来る事が増えていけば、少しは価値が増えるんじゃないかなって。

 ああ自己嫌悪。司令官の好意さえ、善意さえ利用しようとするのだろうか。

 どうしよう。またどこか暗い思いが生まれてくる。どうしようもない。はい。

 

「春雨が慣れてくれればそうだな。俺が休みやすくなる」

 司令官の言葉は、渡りに船でした。

 昂ぶる期待と不安を胸に抱いて、おっきな声で返事をします。

「や、やってみます!」「よろしく頼む」

 

 

 改めて。司令官用の椅子に座って、執務が開始されます。

「何をすればよろしいでしょうか?」

 ドキドキと胸が高鳴る。椅子の質が秘書艦用と変わらなくて。何となくだけど、司令官の性格が出ています。…もしかすると、秘書艦の方が良い物かもしれない。

 

 特に意識もしないで。こうなってるんだから、司令官はそういう人なのだろう。ここまで話し合って、なんとなくは掴んでる。

「大まかな仕事はすませてある。前日提出された報告書を打ち込んでくれ」

 

「はい!」

 目の前のパソコンに、データを打ち込んでいきます。

 資材の変動。練度などの上昇。資材含めて、現在どれほどの戦力があるのか。

 それらの情報を打ち込み続けます。司令官の言葉通り。大した情報はありません。

 

 裏を返せば、ここまで安定するほど頑張った証拠。尊い結果を受け止めながら、静かに仕事を進めていきます。

 穏やかに流れる空気の中で、司令官から声がかけられます。

「この鎮守府の目的は分かるか?」

 

「はい。資材の回収ですよね」

 比較的平和な海域で、安定した資材の供給を目標としてる。

 それと平行して、戦力として駆逐艦を運用するべく。日夜訓練に勤しんでる。

 

 軍神と謳われる程の指揮能力。そうして、駆逐艦で唯一改二に至れた響。二人の特性を考えて、ここは駆逐艦の底上げも目的としてるんだ。

 今のところ、大きな成果は得られてない。誰も改二へ至れず。はい。

「よく勉強している。偉いじゃないか」

 

 だけど司令官は、焦りもなく無邪気に笑ってくれる。

「えへへ」

 だから私も笑い返します。褒められて嬉しい。我ながら単純な思考。

 

 調子に乗って言葉を続ける。

「任務の消化と、その報告も仕事ですよね」

「うむ」

 満足げに頷いてくれたのを見て、私も満たされながら仕事を続けてく。



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滲み出る欲です

「おお、昨日の成果は良いですね」

 二日前と比べれば、かなり増大してる。ドラム缶改二の影響? 新しい装備はやはり良いです。それとも皆の練度が上がってるからでしょうか。

 なんにせよ。成果が増えるのは良い事ですね。はい。

 

「皆の頑張りのおかげだよ」

 満足げに微笑む司令官も、どことなく上機嫌です。やはり、資材が増えるのは嬉しいです。ふふふ。私も頑張りたい。いえいえ。今は書類仕事を頑張りましょう。

 

 せっかく任せてもらったのだから、精一杯に応えたい。

 そうして、書類を処理し続けてくと。特徴的な字の物が出てきた。

 と言うより、率直に言えば汚い字。なのに丁寧な頑張りが見えて、レディとして振る舞おうとする彼女の姿が思い出せる。彼女もまた皆の為に。

 

 そんな頑張りを伝えたくて、小さく呟く。

「えっと。この字は…暁ちゃんですね。はい」

 司令官が微笑ましそうにしてる。良かった。ちゃんと伝わったみたい。

 

 

 そのままず~っと、仕事を続けていった。真剣に過ごしてたからこそ、どことなく司令官とも分かりあってきて。空気が緩んでく。暖かい。

 お昼前。自覚するより早く。私のお腹が勝手に鳴ってしまった。

「ぁ、う。ご、ごめんなさい」

 

 顔が熱い。恥ずかしくて消えてしまいそうだ。

 海の上にいる時はお腹なんて減らないのに、どうして、陸の上にいると減ってくるのかな。その、女の子特有のも。一月以上陸にいると出てくるし。

 

 …兵器と人間の在り方を混ぜ込んだ。歪な存在。それが艦娘です。

「よく頑張っているから気にするな」

 優しい司令官の微笑みが、なぜか少しだけ胸を痛めた。

 

 その後、お昼ごはんを持ってきてもらい。二人きりの昼食が始まりました。

「「いただきます」」

 声を合わせての食事。若い人には珍しく。真剣な表情で始まりの言葉を言っていました。文字通り、戦争経験が豊富な司令官らしいです。

 

 焼き魚の切り身を一口食べます。ほくほくな塩味が美味しいです。

 せっかく二人で食べているので、司令官に感想を伝えてみよう。

「あ、美味しいですね。はい」

 

「さすがは間宮達だ」

 それはそうなんだけど。ちょっとだけ対抗意識…なあんて。

 私らしくはありません。それでも、今は司令官の立場にいるのですから。少し位なら、らしくない宣言をしても良いのではないでしょか。

 

「ふふ。こう見えても、私も料理は得意ですよ」

「お菓子作りだけではないのか。頑張り屋さんだ」

「えへへ」

 狙い通りに褒められて、嬉しくも照れる感じでした。



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甘くとろけはじめてます

 ほんわか、ゆるゆると流れる空気。適当にお話したり、段々とお互いを許容しあうと言うか、本当に徐々に自然さが生まれてく時間です。

 そうして、のんびり暖かな食事を進めてると。

「実はだな」

 

 

 唐突に司令官が言葉を出してきた。

「はい?」

 さしこむような発言に、思わず呆けて問い返せば。

「秘書艦は提督の業務を支えなければならない」 

 

 神妙かつ真剣な眼差しでの言葉。どことなく重みも感じます。

 どうしたのかな? 何か大切なお話があったのかな。

 私も応えて、真面目な雰囲気で言葉を返します。

「は、はい。そうですね」

 

 改めて言葉にするまでもなく。当然だと思う。

 だからこそ今の状況が面白くて、どこか違和感もあるけど。悪い気分ではありません。ふふ。司令官デビューです。

「故にこそ。提督は秘書艦に甘えなければならないとも言える」

 

 言葉を変えるなら、今の私は司令官に甘えないといけない?

 だっこしてもらったり、ぎゅ~ってしてもらったり。――褒めてもらえたり。

 い、いやいや。それは曲解しすぎなような。ただの、私の欲望でしょう。

 

「どういう意味でしょう?」

 落ち着いて問い返すと。

「つまりだな――あーん」

 司令官が思わぬ行動を、所謂恋人同士がするみたいに。

 

 私に食べさせようとしてる。ああ、いや。はい。えっ?

「えっ、えっ!?」

 ようやく心が状況を教えてくれました。気付きました。

 

 今私は、司令官と変な感じになってます!

「嫌だったか…?」

 しょんぼりと落ち込んで、目が虚ろになってる。心底から落ち込んでて、これが演技じゃないのは一目で分かりました。

 

 う、ううっ。恥ずかしい。照れます。どうしてこんな事に。色んな想いはあるけど。

「ん」

 食べてさせてもらいました。…ああ。暖かい。同じ料理を食べているのに、何も素材は変わってないのに。

 

 とっても嬉しそうに笑う司令官を見てると、より一層美味しくなってる。

「…不思議と、食べさせてもらうと一層美味しいです」

「うむ」

 

 満足げに落ち着いてる姿。ニコニコと笑う顔は、無邪気な子供みたい。

 兄みたく、そうして弟のような矛盾した人。いやいや。司令官です。それは、分かってるのだけど。

 

 ちょっとだけ、ほんの少しだけ勇気を出して踏み込んでみよう。

「ではその。司令官は逆に、秘書艦にご褒美をあげるべき。ですよね?」

 我ながら大胆な発言でした。でも、今更止まれないし。

 

 何より自分自身が、初めて止まりたくないと思ってる。

「うむ?」

「あ、あーん」

 今度は自分から、司令官へと動き始めました。



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自己嫌悪の檻です

「あむっ」

 司令官が食べてくれます。なぜだか自然な反応。他に食べた事があるの?

 不思議。その姿は微笑ましくて、やっぱり弟みたいです。

「もっと食べます?」

「いただこう」

 

 食べさせ合う時間。緩んだ彼の顔は、生来の優しさと温かさが滲んでいる。

「美味い」

「ふふ。誰かの手で食べると、本当に味が変わりますね」

 

「…きっと春雨のおかげなのだろう」

 誇らしげで嬉しそうな言葉。ふふ。可愛いと思ってしまう。

「ですかね。ありがとうございます」

 

「こちらこそだな」

 本当に弟みたい。頭を撫でればどんな顔をするのかな。

『春雨姉さん』聞いてみたい。うんと甘やかしたい。

 

 不敬。だとかがどうでも良く。こうして触れ合ってると本当の家族みたいで。

 男の子の、いや男の人と言うべきなのでしょうけど。男の子の家族は初めてだ。

 ああそうだ。今は私が司令官なんだっけ。だから、もっと触れ合って良いんだったよね。はい。ふふ。さすがに頭は撫でないけど。

 

 この時間は、許されてるんだっけ。

 食べさせ合い。食べさせ愛なあんて。馬鹿みたいな思考が生まれてる。

 恋愛? 家族愛? それとも、性愛なんて。あはは。馬鹿みたいだ。本当に馬鹿みたい。

 

 私なんかが、こんなにも強い人に認められるわけない。

『本日を以て駆逐艦春雨は解体する』

 何度も夢に見た言葉。悪夢。無能な私は解体されて、ほんの僅かな資源しか残らない。燃え滓よりも意味がない。何も残せずただ消えるだけ。

 

 嫌だ。やだ。嫌だ! ここにいるよ。駆逐艦・春雨じゃなくて。ただの私が、艦娘の春雨がここにいるのに。

 どうして弱いの? どうして最前線で戦えないの? 大切な姉妹達がいるのに、こんなにも脆くて。改にすら至れず。改二なんて夢の又夢。

 

 時雨姉さんと違って、私には確固たる先が見えてない……ずるい。ははは。ああ。最低な気分。

 色んな喜びがあったからかな? こうして、軍神とまで謳われた人と、のんびりとした日常を送ってるからかな?

 

 今日は、どろどろと黒い気持ちが出てくる。嫌だなあ。良い子でいたいのに。

 必要とされたい。褒められたい。認めてもらいたい。ここにいるんだって叫びたい。

 駆逐艦・春雨。武勲こそあっても、艦娘としての在り方は補給の面が強く。

 

 これが白露姉さんなら。

『いっちば~ん!』

 笑いながら皆を守れる人だ。私とは違う。丁寧と言えば聞こえは良いけど。ただ臆病に竦んでるだけです。

 

 もちろん、大きな能力差はないんだろうけど。結局、駆逐艦止まりには変わらない。

 でも仕方がない。分かってる。分かってるんだけど。

 この日常が愛おしすぎて、仄かに狂い始めてる私に気付いてた。



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本音が見え始めて、です

 ゆるく流れる昼食後の時間。お腹いっぱいの暖かさと、仄かな眠気で微睡むような。

 とても穏やかな時間です。隣同士で座ってるので、なんとはなしに司令官の顔を見てしまいます。

 こころなしいつもより柔らかく。ちょっとだけ眠そうです。はい。

 

 可愛い。こうして落ち着いてると、本当に優しい顔立ちをしてます。

「俺の顔に何かついているか?」

 ニコニコと優しい笑顔。真っ直ぐに私の目を見つめてきます。

 

 曇りない黒目。奥底には陰りが見えるけど、初めて会った時より明るい眼差し。本当に司令官は明るくなりました。

「い、いえ。その、はい」

 

 上手に言葉を返せない。先程のやり取りもあって、妙に照れてしまいます。

 …司令官は唐突すぎるんです。なんて、責めるような気分になるのも。

「ふふ。今は春雨が提督なのだから、俺に気を遣いすぎる必要はない」

 そうです。私が司令官を担当してるから。はい。

 

 やり始めた頃よりは慣れましたが、まだ仄かに緊張が残ってます。

「望みがあるならば命令すると良い」

「えっと、その」

 目の前にいる人へ望んでも良い。そんな状況が初めてで、恐縮するばかり。

 

 大好きな姉妹達にもそうですけど、私は遠慮する事で生きてました。姉達は、たまに寂しそうでしたが。基本的にはそうしてます。

 でも、今は違う。甘えてこそだと彼は語る。どうしよう。

 

「先程の食事もそうだ。提督は秘書艦に甘える。その代わりに仕事が出来る」

「そういうものですか」

「そういうものさ」

 アレは違うような。若干、司令官の好みが入ってた気もします。

 

 悪い気分でもないけど、恋人っぽい。夕立姉さんならきっと。

『二人は仲良しっぽい!』

 と笑いながら騒ぎ始めるでしょう。愛らしい姉さん。

 

 ふふふ。今だけは姉さんの真似をして、素直に甘えられる自分でありたい。

「では、その」

 がんばって言葉を返そうとする私へ。本当に優しい笑顔で司令官が言います。

「何でも良いぞ。肩もみから買い出しまで」

 続く言葉は妙に気取ってて、なのに似合う格好良い表情で。

 

「今日一日全てを使って、貴女を支える紳士になりましょう」

「…一日だけですか?」

 今日が終わったら、また認められない日々が来るの? 司令官には褒められないの?

 

 ――ぽつりと零れた言葉は、とっても恥ずかしい心を伴ってました。

「ふふふ。望むのならばいつまでも」

 き、消えてしまいたい。慌てて訂正します。

 

「じょ、冗談です! …はい」

「そうかね」

 見透かすような静かな黒目は、私の奥底すら見ているようでした。



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紅色のお茶です

 気恥ずかしさが言葉を滑らかに。お願いの躊躇いをちょっとだけ消してくれて。

「それなら、その」

 心から滑るように、小さな声で言葉が零れます。

「改めてお茶を淹れてきてほしいです」

 

 私の言葉を聞いて、司令官が恭しく礼を返します。

 まるで執事みたいで、心くすぐるのと同じ位。寂しい気持ちになってしまう。

 違う。そういうのじゃなくて、ふざけ合うみたいに。触れ合いたいだけ。

 

「承りました。紅茶と緑茶、どちらにいたしましょう」

 言葉もそうです。とっても距離を感じます。触れられるほど近いのに、仲良くなれたと思ってるのに。

 

 そういう接し方は、心寂しくて冷たく感じてしまいます。

「紅茶が嬉しいです。それと…」

 ここは譲れない。譲りたくない所。だから、堂々と目を見つめて言います。

「敬語はいやです」

 

 強い言葉なのは分かってるけど、司令官は微笑んで言ってくれます。

「ん。それじゃあ淹れてくるよ」

 柔らかな微笑を見せてから、するりと自然な動きで司令官が出ていきました。

 

 そうして、紅茶を淹れてくれて、戻ってきてくれます。

「どうぞ」「ありがとうございます」

 美しい紅のお茶。紅茶の名前通り。とても綺麗な色合いです。

 

 私の瞳みたい。なんて言うのは、少し自惚れが過ぎるでしょうか。姉妹の皆は、私の目を綺麗だと言ってくれたけど。この紅茶の方がきっと美しい。

 ふわりを香る湯気。花開く素晴らしい香気。澄んだ色合いは素直に心地良い。

 

「わあ! とっても良い香りですね!」

 匂いだけで味が分かる。鮮烈で、それでいて柔らかく響く香り。

 どうすればこんなに良い香りが出せるんだろう? 茶葉の質に変わりはないと思う。淹れ方だって、私なりに学んでる。

 

 でも、司令官が淹れた物の方が遙かに優れてる。う~ん。すごい。

「喜んでもらえたなら何より」

「何か淹れ方にコツでもあるんですか?」

 

 個人的にとっても気になります。私が出来るようになったら、姉妹達や皆にも振る舞える。ふふふ。

「基本をしっかりと守ること。後は慣れだ」

 

「ふむう。職人技ですね」

 積み重ねられた技術の結晶。尊い宝物ですね。…そう出来る生活の中でも、軍神とまで言われるほど強くなって。

 

 才能が違う。運命が違う。そう言い切ってしまえば楽で。今まで私なら、暗い思いは抱えつつも。丁寧さの仮面で隠せたのでしょうけど。

 こうして無邪気に笑う貴方を見てると、どうして、弟とか子供とかのにも見えて。

 

 ぎゅ~っと。胸が締め付けられる想いを感じるのでしょう?

 想いにうながされて、言葉が続きます。

「司令官も飲みませんか?」



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知らぬ内の勘違いです

「俺は大丈夫だ」

 優しい微笑みを浮かべたまま、自然な流れで断られた。

 とっても自然で、繋ぐ言葉が思いつきません。

「あ、そうですか」

 

 今の司令官の感じは分かります。でも、もっと近くにいてほしい。

 もっとお話ししたい。願ってしまうのは、私の我儘だよね。せっかく司令官がこうしているのに、どうして、今日の私はこんなに我儘なのでしょう。

 姉さん達の話が羨ましかったから? もっと、もっと望んでしまうの?

 

 これはいけません。いけないことです。そうでしょう。そうに決まって。

「…しかし、立ちっぱなしも疲れた。隣に座っても良いか」

「もちろんです!」

 

 こ、心が読めるのでしょうか。いえ逆に読んでくれたのならば、司令官からの気づかいです。嬉しい。えへへ。

 こんなに甘やかされて良いの? 不安と期待が膨れ上がって、どんどん胸が高鳴ります。暖かい。もっと。もっと、望む心が止まらない。

 

 司令官が隣に座ってくれる。でも、お互い端っこに座ってるから。ぽっかりと真ん中が空いてます。私から行っても良いけどね。今は、司令官から動いてほしいな。

「もう少し近くに座りましょうよ」

 大胆に言葉を出してみると。

 

「そうだな」

 特に動揺や躊躇もなく。司令官が距離を詰めてくれました。

 肩同士が触れ合うほどの近い位置。じんわりと彼の体温が伝わるみたい。

 息が聞こえます。耳を澄ませば、心臓の音すら聞こえる気がして。生きてる。そうだ。お互いに生きてる。

 

 ただ距離を近づけただけなのに。喜びが一気に増していて。

 我ながら単純だなって。笑いそうになる。

「えへへ。良い距離感ですね」

 思わず言葉が零れちゃいました。ちょっと恥ずかしい言葉です。変な発言です。

 

 恐る恐る司令官を見ると、仄かに照れた風な微笑み。ふふ。珍しい表情。なんとなく可愛らしくて、いじわるしたくなる。そんな顔。

「次は、えっと」

 もっと、なんて望んだのだから。精一杯の勇気を振り絞りましょう。

 

 この時間を与えてくれた彼と、この時間で得た想いを教えてくれた姉さん達。皆の心に、私なんかが望んでるのだから。

 緊張でぎこちなくなるのは分かってて、不安で、怖くて。でも。

 

「か、肩を揉んで。なんて。あの、その。…はい」

 恥ずかしすぎる甘えの言葉を出しました。我ながら、何様なのでしょう。

 司令官の方がお疲れです。何より、艦娘に触れるのなんて嫌でしょう。誰が好き好んで、己をあっさりと殺せる者に触れたがりますか。

 

 怖いはずです。軍神とさえ言われていても、司令官は人間なのですから。

 …でも、姉さん達は触れ合ってもらった。だから私も。

「遠慮する必要はない。喜んで揉ませてもらうよ」

 返答は期待を遙かに超えて、とても柔らかな響きが乗っていました。



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神業です

「それなら改めて」

 司令官が立ち上がろうとします。…距離が離れちゃう。貴方を近くで感じたい。

 なんて。どこか呆けた言葉ですね。それでもと望む心を、今度も無視はしたくないから。

 

「いえ、えっと。座っててください」

「む?」

 のんびりと座って待つ彼へ。精一杯の心を振り絞って、座る。

「よいしょっと」

 

 座った瞬間、ほんの僅かな間だけ硬直したけれど。すぐに受け入れてくれた。

 暖かい。がっしりとした体が、私の重みを受け入れてくれる。

 すぐ後ろで息が聞こえる。体温を強く感じてる。ふふふ。幼子が父に甘えるような。不思議で、妙な光景かもしれないけどね。

 

 とっても落ち着く姿勢。今日話したばかりなのに、もうすっかりと懐いてる。変だけど、悪い気分じゃない。

「…重くないですか?」

「軽い位だよ。気にする必要があるとは思えない」

 

 強がりには聞こえなくて、一応は乙女として嬉しかったり。

 ふふ。やっぱり今日は変な私です。いつもだったら、こんなに大胆な事はできないのにね。今日だけ。今日だけだから。

 

 誰に言い訳をしているんでしょうか。自分の心にですかね。

「えへへ。ありがとうございます」

「それじゃあ肩を揉むぞ」「お願いします」

 改まって、肩もみの時間が始まってくれます。

 

 司令官の両手が肩に添えられて、力が加わってきます――ふわあ。と、とける…! じんわりと熱がひろがって、あ、あ~、これ、これやばいです!

 何ですか! なんで司令官はこんなに癒やし上手なんですか! 錬磨された技術が、凝り固まった体をほぐしてく。

 

「あ、そこ、です。う~、あったかい。気持ち良い、です」

 脳みその奥底がとろとろになりそう。ふわ~っと安らぎが広がって、と~っても気持ち良いです。ああ…寝ちゃいたい。委ねて眠ってしまいたい。

「うむ」

 

 これだけの絶技を披露して尚、全然威張る感じもなく。

 ただただ自然体。当たり前に覚えたのでしょう。

「司令官は、ほんとにがんばりやですねえ」

「そうか?」

 

 きっとだけどね。司令官個人の技量を褒めても、素直に受け取ってくれません。

 軍神としての功績だとかは、受け取ってもらえるのでしょうけど。今、私が伝えたいのはそんなんじゃなくて。

 

「私たち姉妹と、ちゃんと話してくれてます。嬉しいです。はい」

「俺も楽しいからな。だから、こうやって接しているんだ」

 優しい言葉。体勢で見えませんが、絶対に微笑んでくれているだろうな。

 

 暖かい。肩もみだけじゃなくて、言葉でも暖めてもらいました。

「良かったです」

「ん」



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仮面は取れて、滲み出る弱さです

「しかし、頑張り屋と言えば春雨もそうだろう」

 優しくも力強く。司令官は肩を揉んでくれる。固まった緊張がほぐれて、全身の血液が喜んでます。とっても良い気持ちです。

 

 このまま時間が止まってしまえばなんて。ふふふ。そんなレベルの安らぎでした。

「こんなに肩が凝る位頑張って、日々過ごしているのだろう」

 強い肯定と仄かな心配が乗せられた言葉。彼らしい、とても優しさに満ちた声でした。胸が温かくなるのと同じ位、心が静かに痛み始めます。

 

「…そう、ですかね」

 私は、司令官に認めてもらえる程の頑張りが出来てるのかな。

 まさか強く否定もしないけどね。けど、自分ではよく分からないよ。

「私は皆みたいな、強い意思がないので」

 

 それこそ響ちゃんとかなら、強く凜々しい姿で佇んでる。

 私みたいにおろおろとはしてない。丁寧さと優しさを見せつつも、静かに揺れない強い人。きっと彼女は、戦うために必要な心を持ってる。

 

 私とは違う。違うんです。貴方に褒められるような艦娘じゃないの。

「できる限りを、自分に許された狭い範囲を過ごしてるだけです」

 とっても小さくて狭い範囲で、日々を過ごしているだけ。

 英雄と語られる司令官とも、不死身と謳われた響ちゃんとも違う。

 

「それが偉いんだ。誰だってそうだよ。許された範囲を過ごしている」

 どうして、そこまで褒めてくれるんだろう? 私が弱いからかな。褒められないと、認められないと駄目だって。思われてるのかもしれない。

 

 ああ。弱さが滲んできてる。そんなわけないのにね。しみ込んだ劣等感と、生来の臆病さが合わさってる。…兎は臆病者。逃げ惑うだけの。

 なんて。私は兎じゃないけれど。そんなに可愛くないもの。

 

「だけれども、俺は春雨の頑張りが好きなのさ」

 好き。好き。淡い言葉。信じるには、私の弱さが許してくれません。

 司令官も分かってるから、語りは力強く止まらない。

「君の姉達から色々と話は聞いている。春雨の活躍を知っているよ」

 

 姉さん達はそうでしょう。いっぱい褒めてくれます。妹だからです。

 可愛い妹達も、自惚れでなければ慕ってくれてます。嬉しくて、私も可愛がってます。でもね、それが司令官に認められる理由になるの?

 

 私は弱い。弱いんだ。

「だから、甘えてくれたまえ。姉達だからこそ、遠慮する時もあるだろう」

「…良いんですか?」

 

 弱さを見せて良いのだろうか。この奥底に眠る劣等感を、認めてほしい心を、貴方に見せても良いのかな。

「俺がそうしてほしいんだ」



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褒め殺しの極地です

 とても恥ずかしく。今までの私だったら、絶対に言えない言葉。

 おねだりする。恥ずかしくてたまらないけど、弱さを貴方に見せます。受け止めて…なんて言えないけどね。

「…じゃあ、ぎゅってして」

 

「うむ」

 応えてくれて、優しく包み込むように抱きしめてもらえる。

 司令官の体温を感じる。息づかいがはっきりと聞こえる。背中に、力強く鼓動が伝わってる。ああ嘘みたい。頭が熱い。ぼ~っとしてきた。

 

 こんなに力一杯褒められるなんて夢みたいで。段々と止まれなくなって。

「ほめて。いっぱい頑張ったから、今日の為に頑張ったから」

 頑張ったよ。いっつも頑張ってるの。認めて、褒めて。褒めてよ。

 いつだって怖いんだよ。戦うのは、生きてくのは怖いんだ。

 

 どうして私は、艦娘なんだろう。船の記憶はある。あるけど、確かにここで生きてるのにね。

「クッキー、美味しかったぞ」

 耳元から伝わる甘い言葉。くすぐったくて、でも逃げたくない愛しい言葉。

 

「気遣ってくれたのも嬉しかった。本当に優しい子だ」

 見てくれてる。私を認めてくれてる。嬉しい。嬉しくて、たまらなくて。

 胸が熱い。私の小さな体いっぱいに、嬉しいが広がってるみたいだ。

「提督の仕事も頑張ってくれたな」

 

 それは司令官が頑張ってる姿を知ってたから。私も、って頑張れたんだ。

「皆を思って、仕事に取り組んでくれていたのを俺は見ていたぞ」

 静寂に広がる褒め言葉。心に響く色を帯びて。ん。うん。ありがとう。

 

 そう返そうと思ったら。

「小さくて可愛い」

「えっ!?」

 全然予想してなかった言葉。可愛いって。わ、私艦娘なんだけど。

 

 あ、ああ。そうだよね。うん。大っきなクマさんも強いけど、よく見れば愛らしい気もするし。そういう感じかな。はい。

 抱擁が強くなった。逃げられない。…逃げるつもりもないけどね。

 

「手入れの行き届いた桃色の髪が、撫で心地が良い」

「ぁ、ぅ、その…が、頑張って手入れしてるから」

 なんか違う! 嬉しいけどね! ぐらぐらと頭が沸騰してるみたい。

 

「ん。撫でて良いか?」

「…どうぞ」

 司令官の掌が私の頭を撫でる。し、心臓が壊れそう――だけど、不思議と落ちつく。

 ふふふ。とっても優しい手のひら。暖かいなあ。

 

「くりっとした瞳が綺麗だな。ずっと眺めていても飽きないぞ」

「司令官の目も綺麗だよ?」

 夜の海みたいに落ち着いた眼差しは、宝石みたいで綺麗。

 

 姉さん達と接してから、一段と目の輝きが強くなってる。格好良いと思います。はい。

「ありがとう」

 さらりと受け流して。

 

「声が良い。愛らしく、切なくなる甘い声色だ」

 またまた褒め言葉が続いてく。これが虚飾だったら分かるけど、全部本気で真っ直ぐな言葉。

「い、いっぱいあるんだね!」

 

「まだまだいっぱいあるぞ。そうだな」

「え、えっと! もう大丈夫! …はい」

 これ以上聞いてると、羞恥で燃え尽きちゃいそうです。

「そうか」



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零れ落ちた本音です

 ゆだった頭。ぐらぐらに揺れる意識。心が蕩けていく。ああ、私は何を言おうとしてるのだろう。でも良いでしょう。もう良いでしょう。こんなに甘えきって、貴方は私を許してくれたから。

 だからこそ、私から本音を零しましょう。そうしたい。そうしたいの。

 

 振り返る。貴方の目をしっかりと見つめて、このドロドロな心を徐々に言葉へと。

「司令官は褒める達人ね」

「春雨が尊いからさ」

 何の迷いもない言葉。柔らかな微笑を乗せての、とっても優しい心。

 

 暖かい。嬉しくて笑いそうだけど、今は聞かせてほしいことがある。

「…口が上手なんだから、もう」

 嬉しくて悲しい心。本音を全て聞かせたら、貴方に全部問いかけたら。

 

 この時間が消えてしまうのかな。ああ。それはやだ。いやだけど、この時間に意味を持たせたい。

 笑う。精一杯の思いを込めて、小さな背にいっぱいの想いを込めて。

「ね。私ってほんとに役立ってる?」

 

 弱い艦娘。遠征に使うしかない艦種。駆逐艦の名前に劣って、戦場から駆逐された艦娘。

 正反対の意味になっちゃった。笑えない。笑えないよ。

 

 …もちろん戦えはするよ。雷撃戦では戦艦にだって負けないし、空母と違って、素の状態なら潜水艦とも戦える。川内さんじゃないけど、夜戦なら私たちに利が生まれる。

 それでも、脆いんだ。一撃貰えば動けなくなって、あっさり轟沈する程に脆く。

 指揮する司令官への負担が重すぎて、駆逐艦の運用は難しいと結論づけられた。

 

 駆逐艦でなければならない理由なんて、どこにもないんだ。

 …それこそ、かつての貴方みたいに。首席故の実験的な試みとして、響ちゃんと運命を共にする。とかでもなければね。

 

 私たちの活躍の場は少なく。意味は殆どないのかもしれない。

「補給の大切さは知ってるよ。魂にしみ込んでる」

 燃料消費とかを考えて、私たちは遠征にもっとも適性のある艦種。

 裏を返せば、出力が弱すぎるんだ。

 

「でもね。今は、敵を殺せる者が必要」

 そう。状況が許してくれない。自分を許してあげられない。

 目の前の貴方を見る。どこか困った様な、泣き出しそうにも見える。

 

 深く。静かに佇む黒色の瞳。夜の海みたく底が見えなくて、全てを受け入れる優しさが見えた。だからこそ、言葉は止まってくれない。

 止まらないで、終りまで続くんだ。

 

「どこまでいっても、私は改にすらなれない弱い者」

 空母や戦艦とは違う。貴方の戦いに役立てない。

 ねえ、聞かせて。神とまで謳われた貴方は、私に何を伝えてくれるの?



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力強い返答です

 とっても残酷な問いかけ。艦娘が、戦う者がしていい問いではない。

 失望されただろうか。それでも私は目をそらさず。貴方の瞳をまっすぐに見る。

 黒い目に強い光が宿るような。彼もまたまっすぐに私を見て。ただ淡々と。

 

「ならば俺が、俺達が強くしようじゃないか」

 強くなれるって、駆逐艦たちが強くなれるって信じてくれるの?

 …響とは違うんだ。そう言いたい。言ってもいいかな。今更、止まれないし止まりたくない。

 

「今弱いのだろう。戦場に呼ばれないのだろう」

 その通り。脆くて死にやすい私たちは、優しい人たちが戦いを認めてくれない。

 死にたいとは言わないよ。生きていたい。それでも、他ならぬ仲間に危険を押し付てまで、平穏にいたいとは思えない。

 

「だから、己が存在を認められないと言うのならば」

 言葉は続く。どこまでも自然な声色と、どこか諦観をにじませた顔で。

「強くなれば良い。鍛えれば良い」

 

 結びは単純な真理だった。うん。その通りだよね。一瞬で解決なんてできなくて、だから、私も尋ね続けるんだ。

「駆逐艦が強くなれるの?」

 

「響を見ろ。鍛え続ければ、戦い続ければ確実に強くなれる」

 不死鳥の名にふさわしい歴戦の猛者。凄まじい密度の戦闘経験は、彼女の死を許さない。弾が勝手に逸れていくほどの能力と、危険に対する嗅覚が優れてる。

 

 一度だけ演習を見たことがあるけど、隔絶した差を感じてた。

 そうして、彼女とは違う。と言いたい私の心すら抱擁するような、とてもやさしい笑顔で言葉は続く。

 

「一歩ずつ前に進もう。そうすれば、必ず先へ行けるから」

「…でも時間は待ってくれないよ。運命はいつだって残酷なんだから」

 ああ。これもまた残酷な言葉だ。嫌われてもおかしくはない。私自身が、自分を嫌いになりそうな位。

 

 なのに貴方は、どこまでも強く曇りない眼で言う。

「――その時は俺が全力で抗うさ」

 軍神の風格。思わず奮い立ってしまう程の雰囲気。

 一軍の長として、神にまで至ったと言われてる人なのだ。凄まじい。

 

「頼りにしてくれたまえよ」

「…頼りになりすぎますね」

 本当に。ここまでの優しい時間が、似合わないのではと思う強さ。

 

 それが悲しいと思えるようになったから、きっと、今日の一日はとても大切な時間だったのだろう。

「これでも修羅場は潜ったつもりでね。抗う心は誰にも負けん」

 

「むう。私の悩みは、司令官への不信が原因だったのでしょうか」

 そんなつもりはなかったのですが、結果としてそんな感じです。

「さてね。俺の語りで少しでも不安が晴れたなら、何よりだが」

「ふふ。ありがとうございます。はい」



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約束をここに、です

 とっても名残惜しくて、降りたくなくて、ずっと包まれていたくて。

 許されるならもっと座ってたいけど。

 …司令官のお膝から降りました。はい。

 ふふ、強くなるには自分の足で立たなくちゃね。

 

「ありがとうございます」

 もう一度お礼をつげて。続く言葉は仄かな躊躇いが残ってるけど。

 残ってる私も含めて、貴方にこの想いを伝えたい。

「司令官のおかげで、ちょっとだけ自分が好きになれました」

 

 弱い自分。揺れる考え方。丁寧な在り方もずっとは出来なくて、心が零れちゃった今日。

 でも、強くなれる。なりたいと思えたんだ。こんなにも甘えさせてもらえて、認めてもらえた。だから頑張れる。私は春雨を続けていられる。

 

「こちらこそ。春雨の手助けが出来たならば良かった」

 とても嬉しそうな司令官の言葉を受けて、私もげんきいっぱいに返事をします。

「はい!」

 

 ニコニコとお互いに笑って、のんびり過ごす時間も好きです。けど、時間は止まらないので、今日を進めていきましょう。

「お礼と言っては変ですが、今日の夕食は私が作っても良いでしょうか?」

 

「ありがたくいただこう。期待しているぞ」

「お任せください」

 私特製の、麻婆春雨をごちそうしましょう。ふふふ。びっくりしてもらえるかな。

「ふふ。提督体験中なのに、やっぱり変ですかね」

 

 司令官が作るのは良いのかな? でも作りたいな。

「俺が作る時もある。気にすることはない。ただただ楽しみだよ」

 きっと司令官手製のお食事も、とっても美味しいのだろう。

 

 お菓子作りであそこまで上手かったからね。はい。今日は私の頑張りです。

「そ、そこまで期待されると不安だったり。がんばります」

「うむ」

 ここでいつもなら会話が終わって、次の話題になってた。

 

 だからこそ今はさ。胸を張って堂々と、とくとく高鳴る鼓動を認めながら。

「でも、でもでも。春雨に期待しててくださいね」

 ずっとね。応えて魅せるから。強くなるから。貴方の笑顔が見たくて、私からとびっきりの笑顔を浮かべて。

 

 真っ直ぐに、司令官の真似をして本当に真っ直ぐに。言葉を紡ぎます。

「――約束ですよ」

「約束するよ」

 ああ。絶対に司令官の約束なら、破られる事はないのでしょうね。はい。

 

 強くなろう。弱い私を認めて、こんな私を愛してくれる皆に応えたい。期待してくれた貴方に応えたいから、もっと頑張ります。

「では、残りの仕事も頑張っていきましょう」「ああ」

 手始めに今日はお料理を頑張ろう。司令官のほっぺが落ちる位のを作るんだから。



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夕立さんとの
満を持しての登場でした


 春雨との誓いを超えて、翌日。今日も今日とて白露型との暖かな時間。

 さあ、今度は五日目。五と言えば、名前にも入っている通り。ドジっ子の極みにして、尽す系の可愛い彼女。そうさ。

 白露型駆逐艦・六番艦の彼女。五月雨が。

 

「夕立、入室します!」

 ――腰まで伸ばした黄色の髪。不安に揺れて涙がにじむ緑色の瞳。宝石みたいだ。すらりとした手足。緊張に竦んでも、どこかお嬢様みたいな柔らかな雰囲気。

 元気いっぱいの少女と知らなければ、深窓の美少女なんて言葉が似合いそうだ。

 

 しかし、色々と知る俺があえて他の動物に例えるなら、不安げに揺れるゴールデンレトリバー。それは俺が、彼女に艦これの夕立を投影しているからなのだろうか。

 ああ。ああ。…えっ!? ゆ、夕立だ。夕立だ!!

 夕立だ~!! い、いやね。皆が嫌だったわけじゃ絶対にない。ないんだけど。

 

 彼女は、夕立は別格過ぎる。俺が最もお世話になった駆逐艦娘で。響とかに悪いけど、この世界でも、いずれ最強の駆逐艦に至るとすれば彼女なのだと。

 確信しているんだ。それはまあ、前世の記憶も込みの話だが。こうまで戦い続けた一個人としても、彼女の内に眠る本能は期待している。

 

 というか、そんな実利を完全に無視しても。

『提督さん。ほめてほめて!』

 やばいやろ!! やっばいやろ!! あ~わしゃわしゃと頭を撫で回してえな。ゲロ吐くほど嫌いな戦闘指揮も、彼女の笑顔が見られるなら良いもんだぜ。

 

 ふふ。これが響とかなら。

『戦闘を終了した。帰還するよ。司令官、お疲れさま』いっぱいちゅき。

 ふう。彼女の事を思い出して落ち着いた。…響が恋しい心もあるらしい。

 

 いやしかし。ど、どうした。何があった。色々と問いかけたくなるのだけど。

 滅茶苦茶緊張している彼女を見て、俺から変に問いかけてしまうのは不味い。何度も失敗して学習した。俺も成長しているんだ。

 おっけい。クールになれ。落ち着け。自然な流れで行こう。

 

「今日はよろしく頼む」

「よ、よろしくお願いしますっぽ……」「ぽ?」

「ぽ、ぽ、ぽ」

 

 八尺さまかな? ああでも、夕立と白ワンピースってやばいな。破壊力がありすぎる。お日様が輝くひまわり畑とか。最高だ。いつか見てみたい。

 でもまあ、今の俺と夕立がそんな状況になるのは創造がつかないぜ。天地創造だぜ。わけが分からん。…俺としてはなあ。

 

『お願いするっぽい!』

 って、元気いっぱいに言ってほしいわけだがね。仕方ないね。

「ポメラニアンは可愛いですね!!」

 

 ぐるぐると模様が見えそうな程の混乱を乗せて、唐突な叫びが部屋に響いた。

「そうだな」

 夕立の顔が真っ赤に染まる。夕空模様の羞恥な感じ。萌えと不安が、俺の心にも混ざってきた。



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大粒の涙、戦場への決心です

「お、お仕事頑張ります!」「よろしく頼む」

 そうして、夕立のお仕事が始まっていく。

 ぎこちなく。体が緊張で固まりきった彼女が、恐る恐る仕事をしていく。

 

 滅茶苦茶失敗しながらな! 緑茶を淹れようとすれば、湯飲みを落としてしまい。書類仕事は字が悲しいレベル。パソコン使いも出来ず。

 幸いな事にケガこそなかったが、心はどんどんと軋んでいた。

 

 失敗を重ねるほど、彼女の体は硬くなっていく。怯え竦み。仕事はどんどん間違えて。

 もちろん、俺から怒りはしない。これ以上追い詰めたら可哀想で、何も言えない。そうして、俺が代わりにやってしまえば、彼女の自尊心は粉々に砕け散ってしまうだろう。

 

 どうしようもなく八方塞がりだ。これで打ち解けていれば別だが。未だ、彼女は俺へ恐怖を抱いている。

 秘書艦としての仕事としては、少し、その。言葉にするのも憚れる結果であった。

 

 まあ、俺は萌えているのだがね。きゅんきゅんきている。やばいね。

 涙目萌え、ぎこちなくも一生懸命萌え、ちらりと見えたパンツ萌え。うむうむ。

 そんな、馬鹿な考えが消し飛ぶような光景。――夕立が泣いている。

「ごめんなさい…! ごめんなさい!!」

 

 大粒の涙を流して、崩れ落ちたかのような座り方で。大声を上げながら、必死に泣いている。

「や、やく、たたずで…! 戦えなくてごめんなさい!!」

 

 成程。夕立の自己嫌悪は春雨よりも尚酷く。だって、彼女は戦闘に特化している。

 逆に言えば、戦えない己への自己否定は最も酷い子だ。

 無邪気だからこそ、どこまでも徹底的に己を許せない。

「夕立…」

 

 手を差し出し、頭を撫でようとすれば。

「ひっ!」

 当然の様に怯えられた。ははは。そうだな。幾ら姉達から話を聞いていても。

 

 いや、話を聞いて。親愛なる姉妹達が懐いているからこそ、自分だけが嫌われたらなんて。怖かっただろう。そうだろうさ。

 涙を流し、傷つき落ち込む彼女へ。俺が、ここまで戦い抜いた俺だからこそ。

 

 語れる言葉がある。示せる道がある。軍神として振る舞えるんだ。

 手が、これから提案する事へ震え始めた。恐怖と緊張。ゲロ吐きそうな位怖くて、嫌で、もう二度とやりたくなかったけど。イベントでもないのに。慰めるだけでも。

 

 勇気を出そう。他の者達に癒やされて、いちゃついて。とても幸せだったろう。

 俺なりに、彼女たちに返したい。夕立にもそうだ。無邪気に笑ってほしい。シリアスはいちゃつきへのスパイスなんてね。

 

 ようし。ジョークが脳みそに出る程度は、俺も何とかなりそうだ。

「大丈夫。大丈夫だ。…俺と共に戦おう。出撃準備を」

 俺は、再び戦闘指揮を執る覚悟を決めていた。



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絶望の残滓、希望へと繋ぐ。です

 改めて、戦闘指揮を語ろう。いちゃらぶの気配が消えすぎである。仕方ないね。

 様々な世界の広がり方を見せる艦これ。指揮だって、様々な考え方が存在していた。

 全て艦娘の意思に任せる。オーソドックスなやり方。船の操作の如く。提督が完全に操るやり方。珍しいので言えば何だろう。提督自身が艦娘に変身するとか?

 

 提督と艦娘の繋がりとして、最も分かりやすいからこそ。最も差異が出やすい所かもしれない。

 そうして、俺がいる世界の指揮とは――最悪な形での複合型。

 艦娘と意識を結合する方法。魂の一部、意識の欠片が夕立と接続する感覚。

 

 言葉にすると分かりづらい。最も近いのは、夕立を操作するコントローラーを握る感じ。これも若干違うのだがね。透明な力を操って…ううむ。説明しづらい。

 艦娘は俺で、俺は艦娘なのだけど。俺は俺で、艦娘は艦娘みたいな。意味不明だ。

 だがまあ、相手を殺す感覚を得る。戦いの恐怖を感じる。

 

 艦娘の心を感じて、反する動きをすれば邪魔になり。彼女たちが負傷すれば、ダイレクトにストレスが与えられる。

 ああまったく。大した設定だなクソッタレ。まあ、彼女たちの痛みを少しでも感じられるのだから、悪いことばかりでもないのだけど。

 

 何故、出撃する人数が限られているのか。どうして、狙った敵に必中しないのか。何で旗艦がやられると、撤退してしまうのか。

 この問題共の理由に、多少なりとも結論が出せる考えなのは認めよう。

 

 出撃可能人数は、純粋に提督の限界値だ。人間の脳みその限界とも言える。個々人を精密に操るわけではないのだが、出撃者全員を、意識しているのは変わらない。

 そうだな。コントローラーなんて例えも、かなり間違っている。ふんわりとした理解でしか語れない。感覚が全ての世界。

 

 次に語るとすれば。そうだな。

 あまりにも杜撰な狙いは、提督と艦娘の息が合っていない証拠。砲撃戦という精度が絶対の世界で、この指揮の在り方は酷すぎるのだ。

 

 旗艦負傷での撤退は、力が旗艦から流れているから。一応だけど。旗艦が負傷していなければ、契約を移せる。というと言葉が重たくて、わけが分からないか。

 コントローラーが壊れてなければ、操作は自由みたいな。そんな感じ。

 

 まあ、そんなのはどうでも良くて。理由なんざ適当に作れるのだけど。

 この指揮の在り方で最も残酷だと思うのは――提督の力量が、ダイレクトに結果へ繋がっている点だろう。

 

 そりゃあ、死に物狂いで鍛えるよね。でも沈むんだよね。どんなに頑張っても、沈む時は沈むんだ。徹底的にやった俺でさえ、一人沈ませてしまった。

『司令官さんなら、いつかきっと静かな海を取り戻せるから』

 

 絶望を前にしても尚、気弱で泣き虫だった彼女が。あの娘達逃げ切れたかな、なんて心配しながら。俺に遺した言葉を覚えている。

『生きて、どんなに泣きたくても、笑いながら生きて! 幸せになって!』 

 肉の盾作戦も、果てしなく残酷な考え方だったんだろうね。は、ははは。

 

 笑えねえ。笑えねえよ。いちゃらぶ日常が消えちまう。残酷な在り方さ。

 嫌だ。まったくもってつまらない。だから、俺は強くなったんだ。仲間達と共にね。

 それはそれとして、夕立との初出撃であった。気ばっていこう。



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会話のリズムに乗ります

 海に立つ感覚。憎たらしいほど、泣き出したくなる程。果てなき水平線が広がっている。

 夕立の視界が映ると同時に、俺もまた自分の視界があるのだ。それで酔わない。慣れているのもあるが、やはり説明は難しく。

 

 俺は彼女で彼女は俺だけど。俺は俺で彼女は彼女なのさ。

 それにしても美しい。やはり海は美しくて、此処より先が戦場なのだと。忘れてしまう輝きがある。帰ってきたんだ。帰って、これたんだ。

 

 吐血はない。幻覚や幻聴もなく。戦える。戦えるんだ。

 夕立と接続している感覚。いつもの俺ならば、ふざけたジョークを紡ぐのだけど。

『た、戦い。戦い…!』

 

 脳裏に響く夕立の声。こうした声も久方ぶりだ。本当に久しぶりの戦い。

 失敗のイメージが彼女に緊張を生んで、伝わってくる。影響して、謎の震えと吐き気で俺もヤバいのだけど。

 

 彼女が、ガッチガチに緊張しきっているのが、繋がりから感じられるんだ。さてはて。

 俺が完全に操作しきって、近海にいる敵駆逐艦を仕留めても良い。良いのだが、それでは夕立の自信は取り戻せなかろう。

 

 かつての仲間達曰く、操作される感覚はよく伝わるらしい。

 何より、俺一人で戦うなんて傲慢を背負う気はない。

 繋がる艦娘がいるから、俺は戦場に関与していられるんだ。忘れない。

 

「良い天気だなあ」

『ぽ、っぽい!?』

 いきなり俺の声が届いて、驚き跳ねたのが分かった。可愛い。海に潜って、夕立のスカートを覗きたい。

 

 おっと、欲望が漏れてしまった。仕方ないね。

『そ、そう思うっぽい!』

 さっきまでなかった特徴的な口癖が出ている。どうやら、それだけ余裕はないらしい。可愛い。ちょう可愛いっぽい~!!

 

「お日様があったかい。そう思わないか」

『…お昼寝日和っぽい』

「だなあ。ふ、わあ」

 

 意図的に欠伸を出した。俺が緊張しては意味がない。リラックスして、彼女にも伝えるイメージだ。過度な緊張は硬直を呼ぶ。

 平常心を取り戻せ。思考を止めるな。臆病すぎても、勇敢すぎても死んでしまう。

 

『提督さん。おねむっぽい?』

「ん~、そうだな。お日様を浴びると眠くなるだろう」

『夕立とお揃いっぽ…お揃いですね』

 ようやく口調が戻ってきた。寂しいが良い傾向である。

 

「ふふ。落ち着いたようで何よりだが、敬語は要らんよ」

『ぽ、ぽい~』

 困った様に漏れた声は、堪らぬ愛らしさを帯びていて。

「ふふふ」

 

 思わず笑みが零れた。戦場で油断しすぎだけど、気配も感じられない。そも、鎮守府から目と鼻の先程度なのだ。進行していない。

 もし何かあっても、仲間が直ぐに駆けつけられる地点。ここで無用な緊張を解す。

「水平線を見つめてごらん」

 

『とっても、とっても広くて…良い景色』

 太陽が昇り落ちていく場所。果てが見えない海の先。素直に美しい。

「ん。下を見てみると良い」

『綺麗な海色っぽい!』

 

 ここ一帯の巣は潰してある。海の色も正常なのだ。青空を映すような色は、生命の透明な輝きを感じられる。ぷかぷかと浮かんでいたくなる。

「新鮮なお魚も泳いでいるんだ」

 

『お魚?』

 こてんと小首を傾げる姿が見えるような。段々と夕立もリラックスしていた。

 もう少し会話を続けよう。ふふ。戦場で穏やかに話すなんて、俺も初めての経験だ。

 

「夕立はどんな魚料理が好きだ?」

『おいしいの!』

 迷わぬ返答。眩しい笑顔を感じている。白露を思い出すね。

 

 まあ、夕立の方がもっと無邪気で、弾けるような言葉だった。大人なギャップ萌えも良いけど、無邪気萌えもありだと思います。

 そういう事だ。

 

「ふふ」

 我慢しきれず笑みが零れた。

『ぽい?』

 当然、困惑したように声が返ってくる。可愛いぜ。

 

「いやなに。白露もな。同じような答えだったんだ」

『お揃いっぽい』

「だな。俺も美味しいのが好きだよ」

『提督も夕立達とお揃いっぽい!』



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戦への昂ぶりです

「帰ったら美味しい焼き魚でも食べよう」

『楽しみっぽい!』

 ニコニコ笑顔が見えるようだ。こうして指揮を執った甲斐もあろう。やはり、繋がっていると違うぜ。…繋がっているって何かエロいよね!

 

 落ち着くのだ。ふふ。俺も大分余裕が戻ってきた。よしよし。

「ようし。近海の哨戒任務を始めようか」

『よろしくお願いします!』

 

 そうして、のんびりと決められた海路を進んでいく。

 戦闘がないと良い景色なのだがね。彼女に搭載された電探が、本人より早く俺へと情報を伝達する。即ち敵の発見。このまま進み続ければ、開戦は避けられない。

 

「前方に敵発見、数は二。艦種は駆逐艦か」

 彼女へすぐに情報を伝える。身が強張る感覚。これが初陣ではない。遠征や演習で戦ってはいる。だが、今回は初出撃。俺と繋がっての戦いだ。

 

 緊張は分かる。そも、単騎で出撃する事なんてなく。自らが負傷すれば、提督へとストレスを与える状況。

 そうして、駆逐艦の脆さが彼女の緊張を深めている。自分が沈めば、どうなるかを知っているんだ。優しい子。さてはて。

 

「夕立。水平線をごらん」

『ぽい?』

「敵に目を向けると固まってしまう。それよりもだ」

 のんびり心地は維持しつつ、俺の方は集中力を高めていく。

 

「楽しい事を考えよう」

 意識が埋没していく。艦娘を操作するコントローラーを、纏う透明な力に、己が意識が融け込んでいく。

 細部まで広がる意思の力。夕立の中心から末端まで、邪魔なく補助する力への融解。

 

 俺が消えていく心を意識しながらも、会話は止めない。

「間宮のアイスでも構わない。伊良湖のモナカも美味いよな」

『甘くて幸せっぽい!』

「羊羹も捨てがたい。いや、どら焼きなんてどうだ?」

 

 次々と伝えていく言葉。夕立の緊張が解けていく実感があった。

『よ、よだれが出てきちゃう~』

 楽しそうな声。見えないのだけれど、幸せそうな表情をしているんだろうな。

 

 そんな愛らしい子を、戦場にぶち込むのが俺の仕事だ。ははは。うん…せめて俺の全力を尽そう。

「ふふふ。楽しいよな。面白いよな…だから、怖いんだ」

 

 失いたくない。生が楽しいからこそ、死を何よりも恐れている。

 自分が傷つけば仲間も悲しむ。今の状況ならば、俺へとダメージが伝わる。

 優しく無邪気な彼女が、どれ程恐れているかなんて。考えるまでもなく。

 

「良いかい夕立。怖いから笑うんだ」

 ガッチガチに固まった体を、強制的に緩ませる行動。

 恐えよ。俺の指揮一つで皆が死ぬ。もっと頑張っていたらとか。恐え。恐えよ。

「ぶるっちまう程の恐怖があって、そいつは裏に喜びがあるから生まれる恐怖で」

 

 楽しい日々があるんだ。俺は世界の広がりを知っている。平和な艦これを知っている。

「今君は、それと戦う場所に立っている」

 

 たった一人で戦場にいる。他の仲間達は今回いない。彼女の自信と、戦闘への強張りを解くための戦いだ。

「笑ってみると更に気付くよ」

 緩んだ心に浮かぶ想いは一つ。

 

「――死にたくない。生きたい。もっと楽しい明日が待っているんだ」

『ん。…怖い。怖いの』

 ぽつりと零れた言葉。戦いへの恐怖? まさか。それだけじゃない。

 

 戦えない現状への恐怖。もっと強くなりたい。日常を愛するから。

「此処で終わって堪るか。俺は、俺は願い続けた日常を生きていたい…!」

『此処で終わりたくないに決まってる! 夕立だって、戦えるんだって叫びたい!!』

 

 お互いの言葉が呼応する。彼女と魂が共鳴する。意図的に、ああ随分と俺も成長したもんだ。そうして、その成長を発揮させてくれる夕立がいてくれる。

 熱い。夕立から熱意が伝わってる――駆逐艦だからって、戦場を諦めたくない!!

 

「腹の底から熱が出てきて、恐怖が四肢に伝わって」

『お腹が熱いっぽい…!』

「ひひ。そうして脳髄が、どこまでも冴え渡るように」

 

 段々とギアが上がってきた。いいぞ。戦いの予感が魂を起こしてくれる。

「さあ笑おう。笑って、挑もうじゃないか」

「はは」『ふふ、あは』

 

「『はっはっは!!』」

 俺達の笑いがぴたりと止まって。既に敵影は眼前に捉えている。故に問おう。

「共に戦ってくれるか?」『任せて!』

 元気いっぱいな彼女の返事を受け止めて、いよいよ戦闘が開始された。



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初戦は楽勝です

 さて。改めて対峙する敵の姿を目に収めた。

『敵発見しました!』「…やはり駆逐か」

 魚雷を模した様なフォルムの、漆黒の駆逐艦。人型ではなく。まだ未発達とも見える異様な肉体だ。

 

 禍々しい歯が生えそろった口を開き、怪しく光る両目は丸く。ライトのようにぼんやりと光を発している。纏う瘴気もまだ弱くて。

 それでも、易々と人を殺せる化外の存在。口から砲弾と魚雷を放つ化物だ。

 

 深海棲艦の内で最弱の敵――駆逐イ級が二体現れた。

 良かった。勘は鈍っていないらしいぜ。予想通りの敵艦隊だった。

 これで戦艦とかが出てきてたら、全速力で逃げざるを得なかったからな。

 ありえないとは言えねえ。実際、響だけでもっと絶望的な状況も経験している。

 

「いけるな」『いつでも!!』

 さあて、始めるとしましょうか。

 敵艦隊見ゆってか! ははは!! 語る文字もなければ何もなく。無慈悲で無秩序な戦場に、ようやく戻ってきたぜ。

 

 駆逐イ級が二体とも、夕立へ砲撃を開始した。…甘え。その程度で俺達を沈めるつもりか? 舐めるな。

 敵の射線が見える。砲撃するタイミングが分かる。それ即ち、絶対に命中しない事実。

 

『安全な所が見える! こっちに避ければ良いっぽい!!』

 砲弾が嘘のように外れていく。当然だ。幾度となく戦い続けた俺の魂は、敵艦の心さえ読んでいる。

 殺気が漏れてんだよ、ど三流共が。調子に乗ってんじゃ……おっと。

 

 どうにも夕立の魂に引っ張られていた。響への指揮とは真逆の感覚だ。

 響が完全なる精密機械の動きなら、彼女は獣の如く。爆発的な熱量でぶれ動く。

 規則性のない暴れ馬。縦横無尽に敵へ突進する。良いね。見ていて面白い。

 

 練度差で今は響が出力勝ちしているが、これから成長していけば、もっと面白い事になりそうだ。

 あえて、操作で型に嵌めない。彼女の動きをフォローするように、世界への認知を広げるイメージだ。

 

 夕立に世界を見せろ。経験を補助し続けろ。理想の結果を導き出せ。型に嵌めるな。

 自然な動きを理想に当て嵌めろ。それが夕立をもっと輝かせる。

『今度はこっちの番かしら?』

 

 にやりと笑う彼女が見えた。良いぞ。恐怖が闘志を燃やしている。素晴らしい。

『そっちは行き止まり! 逃げ場はないっぽい!』

 敵の動線が見える。移動するタイミングが分かる。それ即ち、絶対に命中させる事実。敵に向かって砲撃するんじゃない。その一歩先へ。砲弾を置いておく!

 

『当たって!!』

 祈りを込めた砲撃は笑っちまう程呆気なく。一体に命中。轟沈。撃破完了。

『やった!』

「よくやった!」

 

『提督さんのおかげっぽい!』

「訓練の成果さ」

 そう。今回の俺はサポートしているだけ。補助しかしていない。

 

 普段から練習していたのだろう。理想の動きへ素早く適合して、無駄のない戦闘を展開している。

 演習と遠征の積み重ねが、夕立を成長させていたんだ。

「残りは一体だ。油断や慢心もなく。殲滅するぞ!」『ぽい!』



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浮かれ気持ちに冷や水です

 残る一体も魚雷で仕留めて、初めての指揮は完勝に終わった。

『大勝利っぽい!!』

 喜び跳ねる彼女を感じる。夕立の視界なので表情は見えないが、満面の笑みを浮かべているのは分かりやすく。

 

 勝利の実感が彼女の自信を取り戻し、とても良い結果を生んでいた。

 良いね。やっぱり笑顔が似合うぜ。ふふふ。飛び跳ねてる彼女の足下に寝転がって、夕立のパンツが見たい!! ――嘘だがね!!

 

 生憎だが、俺は夕立のパンツは見たくない。いや、見たくないと言えば嘘になるけど。

 こうして指揮を執って気付いた。夕立は無邪気な子、愛らしい艦娘。

 ふふ。見守る意思が強くなってるぜ。俺がパンツを見たい駆逐艦は、響ただ一人!

 

『司令官』

 冷たい瞳で俺を見つめる彼女の声が、聞こえた気がした。久しぶりに指揮を執っているから、響との感覚も思い出している。なんかエロいね。

 

「お疲れさまだ。負傷はないか?」

『掠りもしなかったぽい』

 元気いっぱい。疲れも感じられない。まだまだ無駄は多いのだが、一度も被弾しなかった。素晴らしい成果だ。頭を撫でたい。

 

 海にいるから仕方ない。もっと情熱的に褒めたい。ふっふっふ。

 もう少し俺側からの力を強めれば、装甲を操作したりとかが出来るんだけどな。後は夕立の枷をもっと外して、単純に速度を上げたりも出来る。

 

 ただ、夕立に負担がかかるし、俺側から変に求めてもいけない。

「ならば良し。良くやった」

 この言葉で締めくくる通りだ。今日は良い感じ。彼女の成長と強さを知れた。

 

『にひひ。このまま巡回も終わらせて、花丸仕事っぽい』

「ん。気をつけてな」

『はあい』

 

 のんびり調子で走行が再開される。始まったばかりとは違って、落ち着きと安定が増していた。良い傾向であった。

 それにしてもだが。本当に楽勝だったな。

 

 思っていたよりも遙かに、夕立の練度が上がっている。地道にコツコツ重ねているのは知っていたが、こうも違うものか。

 これならば深海共の巣が出来ても、十全に立ち回れるだろう。

 

 戦力が大分充実している。駆逐艦本来の強み。燃費の良さと回復の早さから、練度の向上が良いペースで進んでいるのだ。

 真面目な子達なのも良い。この調子で――敵艦隊を感知。これは。ああ。そうだな。

 

 一つ良い事が起きれば、揺り返しの如く困難が訪れる。嫌になるほど付き合い続けた。転生者としての、運命としか言いようのない展開。

 物語の喜びなんぞを求めて、作者(クソッタレ)が与える地獄。

 

「敵艦六体を感知、艦種は軽巡二、駆逐四」

『えっ…?』

 絶望的な数の差が、勝利に浮かれる俺達へ与えられた。



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窮地への我儘、覚悟の示し。です

二分割も考えましたが、ひとつにまとめました。
そんな感じです。


 兵数の差。ああ。艦隊の差と言い換えようか。戦力差は明白で、六対一の絶望的な状況だった。まだ開戦していない。始まってないんだ。

 今から逃げる? どこに? 無論、負傷を負いながらの逃走は可能だ。応援を呼ぶ事もできる。絶望に呑み込まれる。なんて言うには軽すぎる状況。

 

 どう対処しても良い。想定していなかった敵の数だが、想定外なんて想定している。

 何が起こっても可笑しくない。揺れぬ心と準備は入念にだな。それすら押し潰されるからこそ、世界ってのは残酷なわけだがな。

 

 だが、どくんと夕立の心臓が鳴った。もう一度言おうか。逃げる? どこに?

 鎮守府だって? は、ははは。大切な家族がいる所へ逃げるのか。何の為の艦娘だ。なあんて。俺は考えない。必要のない無理は論外だ。

 そも、リスクのある戦いなんて、するべきじゃない。

 

 そうだ。必要のない無理は――夕立の魂が熱く勝ちたがっている。

 価値を叫ぶために勝利を求めている。良いねえ。良い。魂の叫びってのは堪らない。

 作者の意図を狙う等と、くっだらねえ論理を展開しても。やる事は変わらない。

 

 戦って勝つ。それだけだ。それだけから逃げられない。

『…ごめん。提督さん』「勝ちてえ、よな?」

 繋がりから痛い程に伝わってくるんだ。こっちが燃えちまいそう。火傷しそうな熱い想いが、窮地に挑みたがる炎を燃やしている。

 

 必要のない無理はしないさ。だがどう考えても、必要のある無理なんだ。

 今まで不遇だった艦娘。他の姉妹達と違い、頭も良くはなく。提督代行は不可能。秘書艦も出来はしない。

 艦娘の価値として、戦いと勝利だけが全てだったと。言い換えても良い。

 

 どれだけ家族達が否定しようと、俺が否定しようとも。これまで辛かったんだ。

 ここでの勝利には価値がある。途方もないほどの輝かしい勝ちを、求めているのだ。

『ふふ。つーかーの仲っぽい!』

 とても嬉しそうな言葉だった。花咲く笑顔を浮かべているのだろう。

 

 見たいねえ。なら、勝利して帰ってきて貰うしかない。簡単な話だな、ははは。

「そりゃあそうだ。せっかく得られた勝利の輝き、潰されたら堪んねえっての」

 喜んでいた彼女の動きを覚えている。飛び跳ねるほどの喜びを、俺に想いを伝えてくれたんだ。ここで逃げたら台無しになる。

 

 戦艦や空母、二大戦力が相手にいたら諦めていた。戒めていたさ。

 だが、違う。相手取るは高々軽巡と駆逐程度だ。

 数に差はあるけれど、勝てない程じゃない。しかし、逃げたって構わないのだがな。

 

 戦いたいって望む彼女の我儘を、押し通さないほど俺は未熟じゃないぞ。

『魂が叫んでるの。強くなれる、勝ちたいって。先に進みたいって!!』

 初めて、俺へ素直にぶつけた魂の叫びだった。思わず笑みが零れた。獣の如き、牙を剥く覚悟を決める笑みが零れちまった。

 

 ああそう叫ぶなよ。いちゃらぶなんだってクソ。ほんともう止められない。

『我儘なのは分かってる。もし私が沈んだら、貴方に負担がかかるのも分かるの』

 轟沈のフィードバックは凄まじい。提督の自殺の主な原因だ。笑えねえ。

『それでも! …それでも私は艦娘だから。戦う為に生まれてきたから!』

 

 俺は艦娘に惚れ込んじまってる。分かる、分かるよ。勝ちてえ。逃げたくねえよな。

『戦えるのに、まだやれるのに!!』

 そうだ。絶望と呼ぶには甘過ぎる。まだ弾薬も燃料も十二分だ。勇気ある逃走と誤魔化すには、己の魂が許さない。ようやく戦えたんだ。

 

『ただ危ないからって、逃げるのなんてもうやだよ!!』

 おっけい。第二ステージといこうじゃないか。偶には中二臭い戦争のノリも良いもんだろう? 酔いしれて、軍神さまと気高い艦娘のダンスを。

 無粋な増援共に味わって貰おうじゃないか。

 

「なあ、夕立」

『っ!』

 撤退の言葉を予感し怯える彼女へ。最高に脳汁出まくってる俺が。

「馬鹿共に教えてやろうぜ」

 

 言葉で俺の想いが伝わったのか。夕立の身がぶるりと震えた。魂が震えていく。

「お前達がケンカを売ったのが、どれ程の相手なのかをよ」

 声が一音届く度に。彼女の鼓動が速度を上げて。脳髄に闘志が満ちていく。恐怖は消えず。負けるのはいつだって怖い。沈めば嘆くは己にあらず。

 

 ただ、ただただ。尚も戦場しかないと想い、鍛え続けた彼女が至る境地。

 俺が意図的に指揮を強めて、枷を一気に外していく。高まり続ける想いが力を紡いで、これまで重ねてきた練度が、進化を、改造を肯定し。

『…にひひ♪ それなら』「ああ」

 

 見えない。彼女の視界で海を見ている。見えないのに確信する。

 紅く。双眸が紅に染まった。犬歯が僅かに鋭く発達して、飢え狂う戦士の姿。

 首に白のマフラーを、不敵な表情は仄かに大人びた。笑みは恐怖を奥底に秘めて。勝ちたいと、素直に思っている凜々しい表情。

 

 ああ。本当に惜しいなあ。響の時もだけど、こういう場面を俺が直接目にすることはないんだ。それでも心が姿を確信させるのはさ。艦これが好きだから。

 そう。艦これで世話になり続けた、駆逐艦随一の高火力を発揮する姿を。

 

 夕立改二の姿を、脳裏に思い浮かべていた。

「『ソロモンの悪夢』」

 静かな響きは戦場へ広がって。意識変換と覚悟が力を発し。共に合わせて想いを紡ぐ。

「見せてやろうぜ!!」『見せてあげる!!』



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鮮烈な破壊力と、確かな技術です

 先程とは桁違いの速力で、敵艦隊へ接近。標的を発見した。そのまま殲滅し蹂躙出来れば良いがね。

 そこまで世界は優しくないし、易しい状況でもない。

 

『提督!』

 透き通る凜々しい強き声。分かっているんだな。良いぜ。

 六対一の地獄。二対一より三倍厳しいかと問われれば――その程度で収まらないと答えよう。

 

「楽しもうか!!」『ぽい!!』

 密度激しい砲弾の嵐。隙間なく。凄まじいレベルの砲撃が、夕立へ襲いかかる。

 魂の共鳴が理外の読みを構築して、全弾の着弾点を読み切っている。

 

 砲弾の動きがラインで繋がっているイメージ。発射前に、既に回避が終了している。

 舞い踊る天女の如き。躍動と無駄なき動きの芸術。頬を掠める砲弾に動じず。紙一重に近き回避を実行していく。

 

 堪らない緊張感で脳みそがぶっ飛びそうだ。心臓がうるせえ。ギリギリの綱渡りで避け続けている。

『見える……けど!!』

 

 どう考えても全ての回避は不可能だ。夕立改二の性能は、回避に特化していない。

 笑っちまう程の殲滅特化型。荒れ狂う暴走機関車の様に。出力の波があり。安定しない強みがある。

 

「安心しろ。俺が支えてみせる!!」

 ならば、その隙を埋めるのが俺の仕事だろう。――集中しろ。

 纏う装甲の力を認識。ゲーム内にて、駆逐艦が被弾しても小破で済んだのを参考にした技術。

 

『力が動くっぽい!?』

 命中する部位に力を集中して、駆逐の装甲で尚も壊されぬ防御術。

 読みを間違えれば、悲惨な結果に終わる技。気が遠くなる程の訓練を終えて、俺が掴んだ技術の欠片。駆使するは不断の覚悟によって。

 

『きゃっ!』

 それでも衝撃はあるが、今度は夕立の強みを活かす時だ。

『でも、まだ戦えるっぽい!!』

 当たる瞬間、覚悟を決めて。衝撃をくらいながらも攻撃へ転じる凶暴性。

 

 俺は無論理解しているが、彼女も本能が悟らせているのだろう。

 六対一と、五対一は全然違う。子供でも分かる算数の話。

『今度はこっちの番!!』

 攻撃に転じた彼女。砲撃に迷いなく。一切の躊躇も見せず発射。

 

 軽巡洋艦の一体に命中。鈍く、腹に響く衝撃音が響いて。うめき声すら許さず轟沈。

 まさしく駆逐のレベルを超えた砲撃で、あっさりと一体仕留めた。

『まだ手番は終わってないっぽい!』

 

 続く魚雷は言葉通りに、雷の如き速度で泳ぐ魚の如く。凄まじい爆音が炸裂して、軽巡をもう一体仕留めた。

「二体撃破。良くやった」

『頑張ったっぽい!』

 

 これで軽巡を全て仕留めきった。なんて、なんて凄まじい火力だろう。

 溢れ出る力を感じる。これぞまさしく改二の力。敵戦艦すら容易にぶち抜く。理不尽な破壊力を、夕立改二は宿している。

 

 その代わりに脆い。意識を集中して受けなければ、敵駆逐の一撃で大破してしまう脆さ。

 提督泣かせの駆逐艦だ。まったく、これだから艦娘は大好きなのだ。

 俺も頑張れば応えてくれる。これ程のやりがいは早々ない。

 

「さあ、俺を信じてくれ。俺も君を信じている!」

『任せて。素敵なパーティーにしましょ!』

 残るは駆逐艦が四体だけ。その程度で、今の俺達を止められると思うなよ!



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勝利の代償です

 理不尽な程の火力で応じ。尚も被弾し続けて、中破まで追い込まれて。

 頬に煤汚れ。衣服はボロボロ。艦装に傷が見られる状態まで至ったのに。

 彼女の笑みは消えず。不敵に獣の如く。牙見せながら笑う。そして、ラスト一体を殴り殺し。

 

 此処に戦闘が終了した。瞬時に意識を切り替えて索敵…良し。増援の気配は感じられない。

 平和な海域に現れたのは気になるが、一先ず危機は去ったと言っても良かろう。油断は欠片もしないが、帰還しても良い頃合いである。

 

 それでも、無粋な戦況分析を伝える前に。――全身で喜びに打ち震える夕立の姿。

 深い歓喜の心が胸底から滲み出て、噛みしめる様に目を瞑っている。熱く燃える戦場の熱とは真逆。じんわりと全身を伝わる。

 

 ここにいても良いんだって。生きているんだって。

 実感と安堵が存在を許す様子。この喜びだけは、繋がっている俺でも完全には分からない。

 

 彼女だけが得られた戦果。正直妬けるね。ふふふ。羨ましいぜ。

 まあでも、そんな夕立を見られる喜びを得られるのだって。俺だけの戦果。誰にも譲れねえさ。

 

 緊張からの解放で、軽く息を吐く。どろっとした淀みが、奥底から出てきたけれど。言葉には絶対乗せず。

「…夕立、お疲れさまだ」

『提督さんもお疲れさまっぽい』

 

 穏やかで落ち着いた喜びの返答。良いね。後は帰還するだけだ。帰るまでが戦場、無事に帰ってきてほしい。

「うむ。速やかに帰還してくれ。君の笑顔が早く見たい」

『全速力で帰りま~す!!』

 

 びゅんと急加速して、彼女が帰還し始めた。繋がりを抑えて意識を逸らし。連絡も待機状態にして、意識を完全に執務室へと戻した。

「さてはて」

 

 ――瞬間、強烈な吐き気と凄まじい目眩が俺を襲った。

「げぼおっ、お、ぼふっ、あ、ぁ、ぅ」

 我慢すら許さず嘔吐。前もって覚悟していたから、用意していたゴミ箱へ吐き出し切る。

 

「久しぶり過ぎて鈍っちまってたか。はっ。これで軍神とはな」

 ああくそ情けねえ。不安と恐怖で手の震えが止まらない。戦闘から解放されて、心のダメージが出てきた。

 

 本当に笑っちまうぜ。高々、一度の全力戦闘でコレか。無理出来る体なのは知っているが、イベント海域とか唐突に生えてきたら、疲労とストレスで死んじまうかもな。

 …戦闘指揮が原因なのではない。指揮に対し、トラウマになっている俺が悪い。

 

 でも、戦えた。久しぶりに戦えたんだ。良かった。また一つ、運命に対する力を取り戻せた。

「ふう」

 何はともあれ勝利を迎えて、これから帰ってくる彼女の笑顔を楽しみに。少しだけ瞳を閉じた。



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萌え萌え反動です

 夕立の帰還から十数分。修復と補給を済ませてから、駆け足で来る彼女の気配を感じつつ。

「たっだいま~!!」

 扉が勢い良く開いて、夕立が執務室へと戻ってきた。

「おかえり夕立「提督さん!」

 

 そのまま勢いが止まらず。佇み待っていた俺へと抱きついてくる。

「えへへ。思いっきり甘えてるっぽい!」

 うむ。これは……ノーブラだな!! ほにょんと柔らかい!! しかし、しかしなぜだ。

 

 何故俺は興奮していない。なんだろう。いや確かに素晴らしい感触。許されるならば、頬ずりしたいとさえ思ってしまう。とても、とっても良い感じなのだが。

 夕立の抱擁だと思うとなんだろう。邪な気持ちがマジで出てこない。

「ねっ、提督さん。その、褒めて」

 

 父性がめじゃめるの~! …どうしたどうした。俺の心は壊れたのか。違うだろう。

 でもマジ可愛いよね!! ふふふ。めっちゃ萌える。ああ。良い。良いぞお。

 始めがアレだったから余計に嬉しい。ふっふっふ。堪らんぞ。

「よしよし」

 

 彼女の金髪を撫で回すと、しっとり心地で気持ち良い。

「暖かい。優しい手。もっと、もっとほめて」

 嬉しそうに目を細めるのを見れば、こちらまで自然と笑顔が浮かんだ。

「出会った頃より甘えん坊だな」

 

 ぎこちなさが消えて素晴らしい。これぞ夕立。というか、イメージしてたのより強い甘えっぷり。

 やばいぜ。俺が融けちまうぜ。メルトアウトしてしまうぜ。わけが分からん。

 

「駄目っぽい?」

 それでも少しは残っている緊張の心。不安げに潤み始めた瞳を見て、一際強くわしゃわしゃと頭を撫でてから。

「嬉しいよ」

 

 素直な気持ちを伝えてみた。

「ほんと?」

 ぱあっと花開く笑みが嬉しい。もうほんと、可愛すぎませんかね。やばいやばい。達する達する!

 

 とか言いつつも、全然興奮してこない。正直勃起しない。…俺も大人になったのだなあ。

「ほんとにほんとだ。ぽいじゃなく、確実にそうだとも」

「甘えて良いんだ。そっか。うん。とっても嬉しいな」

 

 彼女の口癖を真似た俺と違い。今度は断言するように言った夕立。

 静かに微笑むその姿も、どこか彼女らしくて。好ましい表情だ。

「提督さん、もっと甘えて良い?」

 

「遠慮する必要はないぞ。今日のMVPは夕立だ。報酬があるべきだろう」

「ふふ。ん~」

 俺の胸に顔を埋めて、マーキングするみたいにすりすりしている。ぎゅっと抱きしめてみれば、応えるように彼女も抱き返してくる。

 

 とても甘えられている。ソレが心地良くて、出会った頃の距離感が消えたのを実感した。

 ああ~癒やされる。癒やされていくぜ。仄かに残っていた吐き気もなくなり。すっかりと、夕立に治してもらった。ふふふ。

 

 こういうのが良いんだ。物騒な空気なんてほしくないってのに。

 まあ良いや。今は、甘えてくれた夕立と語り合おうか。



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おいしいごはんで舌鼓です。

 のんびりと甘えられてから、約束通り焼き魚定食を用意した。

「このお魚、とっても美味しいっぽ~い!!」

 夕立改二の凶暴な雰囲気も消えて、すっかり元の夕立姿。

 何の為かは知らんが、此方の艦これ世界の改とかの在り方は特殊だ。

 

 常時ではなく。必要に応じて出力を変えるイメージ。ぶっちゃけ超サイヤ人である。

 同じ鎮守府に同艦が存在出来ないから? よく分かってない。

「ふっふ~、すっごい美味しいっぽい」

 今度はみそ汁を飲んだり。おにぎり、みそ汁、焼き魚。定番だぜ。

 

 彼女が、全身全霊で喜びを伝えてくれた。めっちゃ元気な彼女の声は、作りがいをこれでもかと与えてくれる。

 良いねえ。たんとお食べなんて微笑みたくなるぜ。

 

「おにぎりも絶妙っぽい! 提督さんって料理が上手っぽい」

「夕立は作らないのか?」

 自分で言っておいてなんだが、彼女に料理は似合わない。

 

 美味しそうに食べてる姿がばっちりだ。いや、勝手なイメージだけどさ。

「経験がないっぽい。白露とかは上手っぽい」

「料理でも一番だと言いたがりそうだな」

 

 人差し指を立てながら、高らかに宣言する白露が思い浮かぶ。ふふ。皆大好きな長女である。

「ふふっ。白露らしいっぽい。下の子達の笑顔が好きな、頑張り屋さんね」

「夕立はそうじゃないのか?」

 

「皆は好き。けど、夕立はそういうのが苦手っぽい」

 率先して張り合う姿は見えない。戦いの時こそ獰猛だが、普段はただ明るい子らしい。

 そうして、本当の意味での出撃も今までなかったから。どうにも。さてはて。

 

「ただ自然体で皆を愛しているのだな」

「難しいのは分からないっぽい」

「うむ」

 彼女らしい言葉で何よりだった。

 

「ごちそうさまでした~」「お粗末様でした」

 食べ終えて、のんびりと二人で茶を飲み始める。ソファーに隣在って座り。時間を共にしている。

 

 暖かい。良い気持ちになっていた。

 お茶菓子も用意してみたり。ぽりぽりと美味そうに金平糖を食べる姿は、やはり彼女らしく。出会ったばかりの時より、遙かに愛しい気持ちになっていた。

 

「提督さん、色々と聞きたいことがあるの」

「ふむ?」

 ちょっと真面目な雰囲気だった。何かあったのだろうか?

「えっとね。ぐわ~っとして、わ~ってなったんだけど」

 

 ああ。成程。俺の指揮が気になるらしい。

 それはそうだろうな。自惚れでなければ、世界で唯一人使えるのが俺だ。戦神とか呼ばれてる勝の馬鹿は、数十人同時出撃とか、もっと頭の可笑しいレベルの力があるのだけど。

 

 まあ、小技は俺の方が得意だったり。

「伝えたい気持ちは分かるのだが、とても抽象的な言葉だな」

「えへへ」

 誤魔化すような笑み。ごっつぁんです!!

 

「然程面白い話ではない…出来なければ死ぬから、出来るようになっただけさ」

 しかも死ぬのが俺じゃないときている。ふぁっきゅー。むしろ、ふぁっくみーであった。

 

 ま、そんだけ鍛え抜いても、どれだけ訓練しても。死ぬ時は死ぬんだけどね! くそ。

「とってもすごいっぽい。どうして、普段から出撃しないの?」

「攻略すべき海域もないからな。かといって、普段から俺が指揮を執っていると」

 

 今回は嘔吐程度で済んだが、一番ヤバかった時は半身麻痺とかだったからな。

 もう少し言うのならば、何て言おう。そう。客観的に意識が飛ぶというか。視界は確かに俺なのに、天井から俺を見下ろしている感覚。全身が凄まじく鈍って、動きたいと思えない感覚。

 

 不謹慎な例えかもしれないけど。鬱病、の最終形態みたいな。自殺する気力すらねえ。って感じ。

 それも乗り越えちゃったから、俺は主人公だね! くたばれ!!

 

「柔軟な対応力のない艦娘が出来上がるかもしれない」

 適当に言葉を濁しておいた。これも嘘ではない。

「まあ、枷を外し育てる力こそ本質なのだと。思ってはいるのだがね」



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決意と喜びです

 無論、客観的事実を言わせてもらうとするなら、俺の指揮は優れていよう。

 というより、こんだけ経験値を重ねれば誰だってそうなる。仲間達との思い出だってある。鍛え抜いてきた。努力出来るも才能と呼ぶなら、俺だって天才だと吼えたくなる位。

 

 自負はあるさ。だからこそ。

「素直な気持ちを言わせてもらえば、俺の指揮がない戦闘こそ価値があるのだと思う」

 代用品のない兵隊なんざ二流。誰もが一定の水準を超えれば、特化型なんていらない。

 

 英雄なんて要らない。俺もまた、軍神とかって呼ばれる化物だけど。

 一応は天性の才能がない中で鍛え抜いたからこそ、強く実感している。

「提督がいなくても戦える。ソレが理想像だ」

 個人への負担が重すぎるわけだ。ぶっちゃけ、とても歪な状態であろうよ。

 

 この世界の人達は優しすぎる。それだけでも世界の悪意を感じる程、黒く染まりきってない灰色の世界だ。ああ嫌だね。

「その為にも練度を高めていく。訓練と休息、二つの要素で戦士になるのさ」

 本当は日常だけを過ごしたい。そんな世界も知っているよ。

 

 そんな俺が、戦争に諦めちまっている。平和を諦めちまっている。

 なんて罪深い転生者。と、己を責めるには。この世界であった者達が好きすぎて。

 生きてと願われたんだ。ふふ。いや…どうにも。どうして夕立と接していると、こうもシリアスになるのだろう。

 

 力を求めて、価値を求めている姿が、かつての俺と重なったのかな? 分からんね。

「…駆逐艦は脆いっぽい」

 純粋な事実。それがネック。逆に言えばだが、それさえ乗り越えちまえば良い。

 

 そうなれたなら、駆逐艦は最強に等しい艦種とも言える。高燃費、回復の早さ、魚雷の破壊力。俺が知る今最も強い駆逐艦・不死鳥の最果てと語れる彼女の。

 改二に至った、信頼すべき姿は美しい。見惚れる程、泣きたくなるほどにね。

 

 なあんて。調子に乗りたいもんだがね。反則級の戦艦共も知っている身からすれば、なんとも言えない。

 最前線で価値を磨き抜いているのが、戦艦と空母である。張り合おうとするのはいけない。

 

「だが、夕立が今日手にした勝利と同じく。価値ある一勝を得られる」

 もう二度と、俯いて悲しむ者達を見たくないんだ。その為に無理が必要なら、俺はどこまでだって強く在れる。君達と共に。

 

「そうでなければ、駆逐艦の魂が腐ってしまう。俺は覆すためにいるんだ」

「頑張るよ」

 強い決意と楽しげな微笑みが同居して、とても良い表情を浮かべている。

 

 良いねえ。死なないの極限に近いのが響なら、勝利するの極限を目指すのが夕立。

 どちらの在り方も俺は好きだ。支えられる自分でいたいもんだ。

「無理をしない範囲でな」「ぽい!」



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尋常じゃない甘えっぷりです

「だから、今日一日は提督さんに甘えるっぽい!」

 一転、滅茶苦茶明るい声で宣言されてしまった。完全に緊張が解けている。良い傾向であった。

 

 俺もまた戦場の空気を捨てて、全身全霊で応えようじゃないか!

「ならば俺も司令官として、夕立を甘やかそうではないか!」

「ふっふっふ。夕立の甘えっぷりはすごいっぽい。降参するなら今の内よ」

 

 彼女が立ち上がる。俺も応え立ち上がった。

 じりじりと近づいてくる。あやしげな笑みを浮かべて、とっても愛らしい。

 むしろ俺が甘えたい。唐突に俺が抱きついたらどうなるのだろう。受け入れられそう。白露とは違う意味で、彼女も抱擁力がある。

 

「俺とて軍神と謳われし男。降参の二文字は、我が魂に在らず!!」

 嘘だ。降参もとい、逃げて良くなるならいくらでも逃げる。逃げまくっても、最後に勝てればそれで良い。

「よっし。こい夕立。ソロモンのなんかこう、良い夢見せてくれ!」

 

「ふふ、それならソロモンの、えっと。良い感じの夢、見せてあげる!」

 ここに戦闘が開始されて、まずは夕立から抱きついてくる。

「えいっ」

「初手はハグか!?」

 

 暖かく柔らかな体に抱きつかれて、素直に嬉しく気持ちが良い。

 あえて反撃はしない。夕立にされるがままだ。ふっふっふ。次はどうだろう。

「そして、すりすり~」

「くっ…! 夕立の額でこすられているぜ!!」

 

 ちょう可愛いんですけど!! や、やばい。これはやばすぎる。

 こんなに幸せで良いのだろうか。何だろう。唐突に地獄へぶち込まれないかな。怖くなってきた。

「更に」

 

「押し倒されただと!?」

 ソファに押し倒されて、馬乗りされてしまった。この構図は不味いですよ奥さん。

 ふぉっふぉっふぉ。しかし今の俺は不思議な悟りモード。エロい気分にはならないぜ! でも、正直この構図を白露とかに見られたら、かなり怖い感じ!

 

「そうして~もっとすりすり!」

「頬ずりもきたか! こいつは豪快だ!!」

 産毛すら感じない柔らかな頬が、幸せなすり心地を与えてくれた。

 

 とろとろに脳みそが融けそう。めちゃくちゃ幸せすぎて、もう、もうね!!

「えへへ、撫でて撫でて」

「よしよし。くぅ~、おねだりまでされちまったぜ!!」

 わしゃわしゃと撫で回してみる。頬ずり状態なので見えないが、とても嬉しそうな声が耳元で聞こえる。

 

「ふふ。提督さんって、とっても優しくてノリが良いっぽい」

「俺も大分変わったからな、はっはっは!」

 皆との付き合いが良かった。ここに来たばかりでこんな感じだったら、テンションの差が大きくて死んでいたぜ。

 

「白露のおかげ?」

「切欠はそうだった」

 彼女の抱擁力には随分助けられた。心もだけど、あの後不眠症が改善されて。

 体調もすこぶる良い。かつてと比べれば、雲泥の差である。

 

「時雨に甘えられて、村雨の願いを知って」

 想いを背負いながら。

「春雨の想いも知りながら、夕立に応えたくなった」

 願いを叶えられる自分で在りたいと思った。

 

「五月雨も良い子だから、期待するっぽい」

「うむ。後は改白露型の子達だが」

 愛らしい四人がいてくれるんだけどな。ちょっと暇がなくなってきた。

 

「今回は関わらないっぽい?」

「白露の影響力が及ばないからな。まだ怖い所もある」

 特に山風とは、ちょっとこう。相性が悪いかもしれない。

 

 滅茶苦茶好きだけどね。俺もパパになりてえな。

 無論それだけじゃない。考えないといけない事があるんだ。

「後はそう。気になる事もある」



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わくわく予定の言葉です

「敵の増援っぽい」

 安全の確立された海域で、不可思議な艦隊と遭遇している。

「うむ」

 問題が出てきた以上、探らないわけにもいかない。

 

 とはいえ、水雷戦隊だけで関わるのは怖いし。どうしたものだろうか。勝の奴に連絡を取るべきかね。

 …それもなあ。アイツの方が遙かに負担も大きいだろう。困ったもんだ。そろそろ、覚悟を決めるべきだろうか。

 

「難しい顔をしてるっぽい」

「そうでもないさ。ただ臆病なだけだ」

 考え込んでも仕方ない。でもさ、絶対にアレだよね。俺の物語に題名をつけるなら、艦これカッコガチだよね。

 

 いちゃいちゃ大好き提督日常とか駄目? 駄目だよね。知ってる。うん。

 ま、まあ良いや。今はいちゃつけてるもの。こうして夕立とじゃれ合えている。それだけで十二分。

 

 俺の運命が過激すぎるのは、この艦これ世界がちょっと過激すぎるのは、ようく知っているぜ。

 抗う力程度はある。その可能性は、艦娘が宿しているんだ。信じている。ソレしか出来ない俺の、精一杯の頑張りであった。

 

「努力あるのみ。結局、そこに行き着くのが結論だ」

「ふふふ。良い言葉っぽい」

 嬉しそうに微笑む彼女と違って、俺はあまりこの言葉を好きではない。

 

「だな」

 虚しいほどに正しい言葉だから、負けた時は結局ソレしか残ってなくて。

 でも、死んだ者達の努力が劣っていたとは言いたくない。感情の限界、などと格好つけてみたり。

 

 俺の表情を見て、とても優しい微笑で夕立は語る。

「…今日勝てたからね」

「うん?」

 

「夕立は提督を信じてる。提督も夕立を信じてくれたから」

 真っ直ぐな瞳で夕立が見つめてくる。薄らと紅色が見えて、夕立改二の雰囲気を示しながら、とても強く凜々しい瞳。

 

 目を離せない。戦う者として生まれた夕立の、強く優しい言葉があるんだ。

「もっと、もっと強くなれるよ」

 優しく心強い宣言だった。俺と共に強くなってくれると、君も言ってくれるのか。

 

 だから艦娘が好きなんだ。艦これが好きなんだ。俺もどこまでだって頑張れる。

「ん。ありがとな」

「ふふふ。ハンモックを張ってでも戦うっぽい!」

 馬乗り状態から、ぎゅ~っと抱きついてきた。

 

 そうして、楽しそうに俺の頭をわしゃわしゃとし始める。撫でると言うには手つきが乱暴で、彼女らしいじゃれつき方だ。

 応えて俺は夕立の髪を優しく梳きながら、楽しい思いを言葉に変えるんだ。

 

「ならば、そのハンモックを最高級品にしようじゃないか!」

 素直に帆を買い換えろという話である。冗談のやり取りであった。

「夏になったらキャンプも良いっぽい。皆でお祭り騒ぎにするっぽい」

 夏祭りも良いねえ。浴衣に花火のロマンは素敵だ。もちろんノーパンな!

 

「他鎮守府との交流も良いかもな」

 最前線は相変わらずだが、ここからの支援物資で、大分安定してきたとは聞いている。

 もう数ヶ月もすれば、もっと状況は良くなるだろう。

 

 なにせ俺より遙かに強い提督がいるのだ。

「交流戦もやってみたいっぽい」

 抱きつきを止めて上体を起こし、格好良い笑みを見せて言ってくれる。

「駆逐艦と軽巡洋艦の力を、見せつけたいっぽい」

 

 胸を張って仲間だと言いたいから、強くなった己を示したいんだ。

「ようし。楽しみだな」「楽しみっぽい!」

 じゃれ合い笑いながらも決意は新たに。今日が進んでいった。



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夕立さんです
考え込みです


 何にも考えないで、ただ戦って生きていられたらと。思う私がいる。

 それはあまりにも傲慢な願い。提督さんに負担をかける艦娘、それも駆逐艦が。口にするのもおこがましい願い。

「ん。朝っぽい」

 

 朝日が差し込む自室。時雨と白露は眠ってるっぽい。村雨はお散歩かな。

 平穏な日常にいると、泣きたくなるような違和感を覚えた。口から出る言葉とは裏腹に。私は、ちょっとだけ考え込む性格だった。

「…ただの妄想っぽい」

 

 ぽつりと口癖が零れた。まだ眠気が残っているのかしら。ぼんやりと微睡む心とは裏腹に、今日を迎える緊張がある。ぐっと体を伸ばした。ベッドの軋む音。

 提督さんとの一日。秘書艦を、私が努める一日。

 

「嫌われるっぽい」

 言葉にすると不安でどうしようもなくて。皆みたいに、戦い以外でも頼れる私じゃないから。言葉も揺れて曖昧で。っぽいと付け足さないと、不安になる私だけど。

 今日一日だけ。一日だけは、がんばって過ごしたい。

 

 皆を起こさないようにベッドから出て、手早く朝の支度を終える。

「ん。がんばりましょう」

 そうして、執務室へと向かってく。

 

 

 執務室の扉を前にして、うるさい程に心臓が鳴っていた。

 緊張してる。わざわざ考えるまでもなく。とっても緊張している。

 …他の皆から、提督さんのお話はいっぱい聞いた。優しい人だと思う。でも、夕立は艦娘なんだ。戦うことでしか貢献出来ない。いや、戦いこそがと言い換えたい。

 

 でも今は戦えない。駆逐艦は脆いから、戦えない。なら私はどうしてここにいるのかしら。ふふふ。頭が重たい。楽しいだけで良いのに。

 私らしくない。けど、どうしても考えちゃう。ず~っともやもやしてる。

 

「夕立、入室します!」

 せめて元気良くと執務室に入れば、提督さんが迎えてくれた。

「今日はよろしく頼む」

 

 短く整えられた黒髪。同色の瞳。力強く凜々しい眼光。顔立ちも整っている。厳しく固まっていた表情は柔らかく。とても優しい微笑みが見えた。

 初めて会った時より随分と暖かく。人間味のある雰囲気だった。

 

「よ、よろしくお願いしますっぽ……」「ぽ?」

 思わず零れかけた口癖。だめ。恥ずかしい。ど、どうしよう。

「ぽ、ぽ、ぽ」

 

 言葉が出てこない。小首を傾げて提督さんも待ってた。えっと。えっと。

「ポメラニアンは可愛いですね!!」

 空気が冷ややかになっていく感覚。提督さんも困った様に笑って。

 

「そうだな」

 静かに言葉を返してくれた。

 自分の顔が真っ赤に染まってくのを実感しながら、今日の一日が始まってく。



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決意の裏腹です

「お、お仕事頑張ります!」

 何はともあれ初めての秘書艦業務。全然、自信は出てこないけど。せいいっぱいの頑張りを見せたい。…全然、自身を出せなくたって。ぎゅっと胸の奥が痛んだ。こんな私で良いのかな。

 

 不安が頭を埋めようとして、段々と痛みも酷くなってる。

「よろしく頼む」

 真っ直ぐ優しい声で言ってくれる人が、見守っていてくれるから。

 怖くたって、緊張してたって。なんとか頑張れるんだって言いたいのに。

 

 

 お茶をいれようとすれば。

「あっ」

 手を滑らせて湯飲みを割ってしまった。よく使い込まれた高そうな湯飲み。思い出とか、お金に代えられない大切な物。それを私が割ってしまったんだ。

 

 視界が狭くなってく。割れた湯飲みの破片が、視界の全部になってく。失敗した。…やっぱり私は。

「大丈夫か!?」

 

「は、はひ、あの、その」

 身が竦むほど、真剣に心配してくれている。艦娘がこの程度で傷つくはずないのに、提督さんは真面目に心配してるんだ。

 ぎゅっと胸が痛んだ。最初の痛みと、他にもなにかが乗った痛みだった。

 

 美味く言葉が出てこない。違うよ。私、この程度の破片じゃ傷つかないから。提督さんの痛みを、ぶつけてほしいよ。私、艦娘だから。

 そう言いたいのに言えない。当然っぽい。…本当に? 自分でもくすぶる心があるんだ。

 

「ん。大丈夫だよ。後は俺が片付けておこう」

 泣きたくなる位に優しい微笑みで、それでも、とても愛おしそうに破片を集めてく。

 やっぱり思い出があったんだ。最前線の思い出? 絶対に大切だった物。なのにどうして、私を心配するの。

 

 次。そうだ。次があるんだ。頑張ろう。頑張るから。夕立を信じ……思うことすらおこがましいっぽい。

「これは、えっと」

 

 書類仕事。ぱそこん? を使って打ち込んでいくっぽい。よく分かんない。いっつも書類は手書きで作ってる。でも頑張りたい。頑張る。

「報告書に書かれた数字を、この項目に入力していくんだ」

「こ、こうですか?」

 

 おっかなびっくり。キーボードを人差し指で押してくっぽい。キーボード。うん。覚えた。

「ふふ。こちらの項目だ」

 

 でも、間違えてた。やっぱり駄目で、夕立は使えなくて。

「ごめんなさい…! ごめんなさい!!」

 何度も色んな仕事を失敗して、そのたびに提督さんが片付けてくれたんだ。

 

 

 ぎゅって、心が締め付けられる。視界が潤んで全然見えないや。夕立は出来ない。

 頭よくない。あんまり考えるの得意じゃない。戦い、戦うのは出来たのに。

 出来るけど脆いから、欠陥品の使えない兵隊だから。みんなと違って、夕立には他に何もないから。

 

「や、やく、たたずで…! 戦えなくてごめんなさい!!」

 ただ泣きじゃくるばかりで、なんて情けない姿。惨めっぽい。ソロモンに残した名前とは裏腹に、ちっぽけでどうしようもない夕立だけが残ってる。

 

 こんななら、艦娘として生まれてこない方が良かったのかな。

「夕立…」

 提督さんがそれでも頭を撫でようとしてくれた。――やだ。

「ひっ!」

 

 怖い。怖いよ。なんにもない夕立に、それでも良いってなるのが一番怖いっぽい。…戦いたい。ああだめ。

 それでも、提督さんは提督さんだから。真っ直ぐに。

「大丈夫。大丈夫だ。…俺と共に戦おう。出撃準備を」



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不安と緊張の螺旋構造です

 提督さんの指示を受けて、私は海に立ってる。

 艦装の力。海を滑る感覚。特殊なローラースケートを履いた気分。

 海に立って艦娘としてある時は、不思議と感覚が変わってる。

 こうして海面に立つと、強く実感するっぽい。――私達は人間じゃない。

 

 やっぱり艦娘は戦う者っぽい。私だけかもしれないけど、こうして海に立ってると血が沸き立つ。はやくはやくって、心の底が動いてるっぽい。

 

 だけど、今日は大きく違ってて。…提督さんとの繋がりを感じてる。

 緊張で視界が狭まってるのは自覚してた。心臓がうるさい。熱い。頭が熱くなってる。自分の息もうるさい。何もしてないのに、息が切れ始めてた。

 

 怖い。怖いよ。

 自分の被弾は怖くない。痛みだって怖くはない。

 戦えるならソレで良いっぽい。負傷なんてどうでも良いの。心配してくれる皆には悪いけど、私はいつ沈んだって構わない。

 

 多くの敵を沈めて落ちるなら、いつ落ちたって構わない。

 でも、私の負担は提督さんにもかかっちゃう。

 魂がつながってるっぽい。痛みが伝わるのは分かる。緊張も伝わってるっぽい。

 

 私が轟沈すれば、とんでもない負担になるの。皆からあれだけ愛されて、信頼されて。重要な鎮守府を任せられるほどの提督さんが、私のせいで傷ついてしまう。

 駆逐艦は酷く脆い。敵の砲撃を受ければ、簡単に大破してしまう。魚雷の破壊力と、消費の少なさこそ利点だけど。欠点が大きすぎるっぽい。

 

 大破した駆逐艦を庇って、戦艦や空母も負傷してしまう。そうして積み重なれば、戦艦だって危ないっぽい。資源だって無限じゃない。いつか底をつく。

 だから、駆逐艦は運用されない。平和な海域に配備されてしまう。今までは平和な海域はなかったけど、ようやく得られたここで活躍してる。

 

 もちろん、この鎮守府で練度を上げれば話は変わるっぽい。

 …その為に、提督さんに酷く負担をかけてしまう。今もそう。私が泣いてしまったから、提督さんに無理をさせてるんだ。

 

 いっそのこと、怒られた方が良かったっぽい。

 嫌いだって。もう要らないって言われた方が…そんなの嘘。嘘っぽい。

 だってそうでしょう。白露達の笑顔を見て、そうだ。なにより、あの時雨の笑顔を見て、思ったっぽい。

 

 ほめてほしい。認めてほしい。信じてほしい。

 夕立だってすごいっぽい。皆だけじゃないよ。夕立だってここにいるんだよって。

 言いたかったけど、駄目だった。海でも駄目なのかな。魂、夕立っていう艦娘の全部が、ぎゅ~って狭まってるっぽい。



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和やかっぽいです

「た、戦い。戦い…!」

 意識を埋没させてくっぽい。緊張なんてどうでもいい。提督さんに負担はかけられないの。戦う。戦うんだ。

 

『良い天気だなあ』

 ぽつりと聞こえてきた声。えっと、えと。あ、そうだ。提督さんの…。

「ぽ、っぽい!?」

 忘れてた!! 提督さんと繋がってるんだ。

 

 魂に響くような声。見守る暖かな心が伝わってる。なにか返さなきゃ。

「そ、そう思うっぽい!」

『お日様があったかい。そう思わないか』

 

 のんびりした声が戦場を忘れさせる。ゆるゆるとしてるっぽい。

「…お昼寝日和っぽい」

 自然と言葉が出てくれた。あんまりにも提督さんが柔らかくて、視界も広がってく。

『だなあ。ふ、わあ』

 またまた自然な欠伸。暖かい。のんびりした心地っぽい。

 

「提督さん。おねむっぽい?」

『ん~、そうだな。お日様を浴びると眠くなるだろう』

 お日様気持ち良いっぽい。あったかくて、のびる感じ。ふふふ。お昼寝はすてきね。

 

「夕立とお揃いっぽ…お揃いですね」

 言葉の変化にも今気付く位、緊張してたみたい。

 今更取り繕うのは嘘っぽい。とっても恥ずかしいわ。

 

『ふふ。落ち着いたようで何よりだが、敬語は要らんよ』

「ぽ、ぽい~」

 困っちゃう。でも、変に気にするのも失礼っぽい。

『ふふふ』

 

 嬉しそうな笑い声。皆から聞いた通りの提督さん。ん。頑張りたくなってきたっぽい。

『水平線を見つめてごらん』

 

 ――どこまでも広がってる海景色。果てが見えないのがとっても綺麗で、手を伸ばすけどぜったい届かない。

 どこまでも行けそう。平和な海域は、飛び跳ねたくなるほど澄み渡ってる。

 

「とっても、とっても広くて…良い景色」

『ん。下を見てみると良い』

 ゴミや汚れのない綺麗な海色。深海棲艦が現れて、消えた後は不思議な位透き通ってる。浄化って、皆は言ってたっぽい。

 

「綺麗な海色っぽい!」

『新鮮なお魚も泳いでいるんだ』

「お魚?」

 

 そういえば、お魚さんが泳いでるのを見たことがないな。皆で釣りも楽しいっぽい。

『夕立はどんな魚料理が好きだ?』

「おいしいの!」

 

 焼いたり煮たり揚げてみたり。いっぱい美味しいのがすてきね。

『ふふ』

 愛しそうな笑い声。どうしたのかな?

「ぽい?」

 

『いやなに。白露もな。同じような答えだったんだ』

「お揃いっぽい」

 白露は皆の為にがんばってるっぽい。駆逐艦だとか気にしないで、周りを気にしないで戦える人。夕立とは違う。

 

 夕立は戦いしかない。…こそばゆい言葉だけど、尊敬してるっぽい。

『だな。俺も美味しいのが好きだよ』

「提督も夕立達とお揃いっぽい!」



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決意の裏側です

『帰ったら美味しい焼き魚でも食べよう』

 にこにこと笑う提督さんが見えるみたい。愛おしそうに、夕立を認めてくれてる。

「楽しみっぽい!」

 だからね。敬語の仮面を被らなくても、何も考えなくても言葉が出てくれたっぽい。

 

『ようし。近海の哨戒任務を始めようか』

「よろしくお願いします!」

 そして、提督さんの指示通りに海を進んでく。風が涼しくて気持ちいい。海の、どこかまとわりつく様な風。駆逐艦としても、私としても嫌いじゃないっぽい。

 

 そうやってのんびりと進んでれば。…当たり前のように言葉が届くんだ。

『前方に敵発見、数は二。艦種は駆逐艦か』

 どくん! と心臓が高鳴ったのを感じた。緊張? 恐怖? どちらともっぽい。

『夕立。水平線をごらん』

 

 提督さんの声は変わらない。どこまでも落ち着いていて、暖かだった。

「ぽい?」

 まだ敵の姿は目視できないっぽい。電探には情報が伝わってるけど、それは提督さんが教えてくれたわ。何かしら?

 

『楽しい事を考えよう』

 本当に優しい声で、戦場に似合わない楽しい声色が聞こえた。

 怒りはない。ふふふ。提督さんはのんびり屋さんね。きっと、ガチガチに固まる私より良いっぽい。

 

『間宮のアイスでも構わない。伊良湖のモナカも美味いよな』

「甘くて幸せっぽい!」

 疲れが飛んでく素敵な味。どっちも大好きで、誰かに食べさせてもらったら幸せ。

『羊羹も捨てがたい。いや、どら焼きなんてどうだ?』

 

「よ、よだれが出てきちゃう~」

 お腹が空いてきそう。っと、緩みすぎたらだめかしら。

 それなのに、提督さんの語り口は暖かくて。心が緩んでるの。

『ふふふ。楽しいよな。面白いよな…だから、怖いんだ』

 

 声が重たくなる。それは、私にだけ伝える言葉じゃなくて。

 繋がってるから分かる。多分、提督さんは気付いてないだろうけど。

 ――自分の恐怖すら忘れちゃうほどの、深い絶望と恐怖が提督さんを包んでる。

『良いかい夕立。怖いから笑うんだ』

 

 なのに、声には一欠片も乗ってない。私を、夕立の戦いを支える為だけに。

 提督さんが笑ってる。見えないのに見えた気がした。…今にも泣き出しそうな、必死な獣みたいな笑みが見えた気がした。

『ぶるっちまう程の恐怖があって、そいつは裏に喜びがあるから生まれる恐怖で』

 

 提督さんは戦いが好きじゃないっぽい。なのに、こうして戦いに適した提督さんになってる。泣き出しそうでも、泣かない提督さんになってるんだ。

『今君は、それと戦う場所に立っている』

 戦ってるのは貴方でしょう。命を背負わせられて、自分自身ではリベンジ出来ない。

 

 ただただ重みを、背負わされているのでしょう。

『笑ってみると更に気付くよ』

 拳を、自分の拳を握った。何だろう。恐怖とか緊張とかどうでも良くて。

 

 胸の内から熱いなにかが出てきてる。必死になって戦って、ここでも戦う覚悟を決めた人がいる。いるんだ。こうして繋がってるんだ。

 っぽい。っぽいぽい! もっとやれるっぽい。夕立は! もっとやれるっぽい!!

『――死にたくない。生きたい。もっと楽しい明日が待っているんだ』

 

「ん。…怖い。怖いの」

 そう思ってる貴方が伝わってくる。夕立は。もっと。もっと。

『此処で終わって堪るか。俺は、俺は願い続けた日常を生きていたい…!』

「此処で終わりたくないに決まってる! 夕立だって、戦えるんだって叫びたい!!」

 

 燃え滾る想いが叫びになったっぽい。だってそうでしょう。

 提督さんが必死になってるの。艦娘の私が、諦めるなんておかしいっぽい!!

『腹の底から熱が出てきて、恐怖が四肢に伝わって』

「お腹が熱いっぽい…!」

 

『ひひ。そうして脳髄が、どこまでも冴え渡るように』

 かちりと脳内の歯車が合わさったみたい。見えない力が私を包む。

 提督さんの真っ直ぐな信頼が伝わって、望んだ心も力に変える。

『さあ笑おう。笑って、挑もうじゃないか』

 

『はは』「ふふ、あは」

 声が合わさってく。魂が混ざってるっぽい。堪らない。ああ。今夕立が此処に在る。

『「はっはっは!!」』

『共に戦ってくれるか?』「任せて!」



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錬磨された意識です

 昂ぶりもそのままに。迷いなく敵艦隊へと進み続けた。

 そして、敵艦隊を発見。さあ、この昂ぶりを受け止めてもらいましょう。

「敵発見しました!」

 駆逐艦が二隻。イ級、最も弱い相手。二体いたとしても、絶対に負けない。

 

 提督さんの力を感じているの。負けられないっぽい。いや。

 勝ちたい!! 勝つんだ。勝って胸を張ってみせるんだ!!

『…やはり駆逐か』

 どこか安心した様な言葉だった。…戦艦でも相手取れるなんて、言えないっぽい。

 

 でも、とっても言いたいっぽい。がんばろう。

『いけるな』

 迷いのない声は問いかけですらなく。淡々と確信を与えてくれたから、暖かい気持ちが溢れてくるっぽい。

 

「いつでも!!」

 威勢良く言ったのは良いけど、相手に先制を取られちゃった。

 駆逐イ級の砲撃。いつもなら何とか避ける状況。でも今は――時が止まってる。

 

 未来が見える。どこに着弾するか確信してる。頭の奥底が疼いてる。提督さんの思考と融け合ってるっぽい。…気持ち、良い。

 お風呂に入ってるっぽい。リラックスして、とけてて。あったかくて。

 なのに、魂の奥底が冷えてる。戦い。ああそうだ。今、夕立は戦場にいるんだ。

 

「安全な所が見える! こっちに避ければ良いっぽい!!」

 落ちる地点が分かった砲撃を、わざわざ当たる必要はないっぽい。

 でも、提督さんの理想通りに動けないっぽい。出力が安定しないの。

 

 ふふふ。だからこそ、なんて傲慢かしら。短時間で提督さんを分かったつもりなんて。おかしいっぽい。

 でもね。確信してる。――そっちの方が面白い!!

 

「今度はこっちの番かしら?」

 攻撃に意識が切り替わった瞬間。敵艦隊の心まで読めるっぽい。

 どの方向に、どれ位の速度で動くか分かってれば。止まってる的に撃つのと同じ。

 

 それで外すほど柔な訓練はしてない。

「そっちは行き止まり! 逃げ場はないっぽい!」

 想いを込めて、熱く。一撃で壊しきる力を込めるよう。

 

「当たって!!」

 言葉と共に放たれた砲弾は、吸い込まれる形でイ級へと命中した。

 そうして轟沈。衝撃の響く鈍い音がお腹にまで届いて、呆気なく一体を倒した。

「やった!」

 

『よくやった!』

 私以上に提督さんが喜んでくれてる。ふふ。だったら、もっと頑張れるっぽい。

「提督さんのおかげっぽい!」

 

 あんな感覚は初めてだった。どう過ごせば、あそこまで集中出来るのかな。

 とっても気持ち良い勝利。なんだろう。ぞくぞくして、どこまでも到達できる気持ち。魂のその先を感じてるような。うう~分からないっぽい。

『訓練の成果さ』

 

 静かな言葉。つながりから、とっても喜びを感じるからこそ。なんだか可愛いっぽい。うきうきを隠す子供みたいね。ふふ。

 よ~し。がんばるぞ。絶対に勝って帰りましょう。

『残りは一体だ。油断や慢心もなく。殲滅するぞ!』「ぽい!」

 



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戦いへの在り方です

 魚雷を発射して、残りの一体も倒せたっぽい。

 澄み渡る空の色と海の匂い。敵の圧力も感じなくて、清々しい空気を感じる。

 一度だけ、勝利の余韻を味わうように深呼吸。その勢いのまま。

「大勝利っぽい!!』

 

 思わず跳びはねる位の勝利っぽい。提督さんの指揮で、完全に勝利した。

 ふふふ。良い気持ち。きらきらした心が広がってるっぽい。…駆逐艦だからって、もやもやしてたのが、この戦いで楽になったっぽい。

 

 早く帰って提督さんに姿を見せたい。提督さんの姿を見たい。褒めてくれるかな? 頭とか撫でてほしいっぽい。

 いっしょにごはんも食べたいっぽい。食べさせ合ったり。とにかく触れ合いたい。

 

『お疲れさまだ。負傷はないか?』

「掠りもしなかったぽい」

 着弾する所が分かってて、当たってあげるほど優しくないっぽい。

 これで相手の数がもっと多かったら困ったけど、二体位ならなんとかなったっぽい。

 

『ならば良し。良くやった』

 もっと褒めてほしいっぽい。う~ん。ふふ、そうだ。

 帰還したら抱きついてみようかな。提督さん、怒らないかな? 触れあいは嫌いっぽい? でも、他の皆は甘えられたっぽい。

 

 だから夕立だって、もっと甘えてみたいっぽい。すりすりしたいっぽい。

「にひひ。このまま巡回も終わらせて、花丸仕事っぽい」

 よし。頑張って甘えさせてもらいましょう。頭なでなでと、ぎゅ~って抱きしめてもらうっぽい。そしたら私も、ぎゅ~って抱きしめ返すっぽい!

 

『ん。気をつけてな』

「はあい』

 提督さんの優しい声を聞いて、もう一回進み始めてく。

 

 のんびりと海を滑る感覚。風を切る音が楽しいっぽい。艦娘だけが得られる特権っぽい。でもでも、提督さんを背負って、この喜びを共有したい。

「見るだけなんて、もったいないっぽい」

 

 どんな感じかは知らないけど、艦娘と提督さんは感覚を共有してるっぽい。

 海に在る時は、不思議な力が発揮される。今、私が見てる景色も見てるっぽい。

 良い景色。提督さんといっしょに見てると思うと、もっと嬉しい。

 

 そういう楽しい時に限って、やなことも訪れるっぽい。

『敵艦六体を感知、艦種は軽巡二、駆逐四』

「えっ…?」

 先程の戦闘とは桁違いの敵数。二が六になったなんて単純な事じゃない。

 

 普通なら、蹂躙されるだけっぽい。手も足も出ない戦いっぽい。

 でも夕立は、響と提督さんの伝説を知ってる。

 戦艦と空母で構成された敵艦隊を、2人のコンビだけで殲滅した話。

 嫉妬だとか、羨望だとか単純な話じゃないっぽい。

 

 響は響で、それなりに話した事もあるし。提督さんとお似合いっぽい。

 でもそれは、女の子としての話で。今の私は艦娘なの。

 魂の根幹が私も出来るって、叫びたがってる。伝えたい。聴いてほしい。



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進化、真価の発揮です

「…ごめん。提督さん」

『勝ちてえ、よな?』

 全て伝える前に、感情だけが熱く届いてくれたっぽい。

 勝ちたい。そう。そうね。夕立は勝ちたいの。逃げたくない。逃げたくないの。

 

「ふふ。つーかーの仲っぽい!」

 とっても嬉しい。繋がってる実感が出るっぽい。ああ。やっぱり勝ちたい。

『そりゃあそうだ。せっかく得られた勝利の輝き、潰されたら堪んねえっての』

「魂が叫んでるの。強くなれる、勝ちたいって。先に進みたいって!!」

 

 ようやく掴んだ勝利。ここで逃げたら同じ事。逃げたくない。

 いつか逃げる時は来る。最後に勝てばそれでいい。また来れば良い。

 間違いじゃないっぽい。でも! 逃げちゃ駄目な時もあるっぽい。

「我儘なのは分かってる。もし私が沈んだら、貴方に負担がかかるのも分かるの」

 

 …言葉にしないけど、繋がってるから本当に分かるっぽい。

 提督さんは戦いを恐れている。一方的な殲滅だけを求めてる。その為に、戦力を充実させてるの。本当は戦い何てしたくない。

 本当に強い人。だから、お願いします。そんな貴方と戦う名誉をください。

 

「それでも! …それでも私は艦娘だから。戦う為に生まれてきたから!」

 怖がらないで、夕立を信じて。いつか示した決戦のように、確信すら超えた無限の可能性を示すよ。

「戦えるのに、まだやれるのに!!」

 

 手足は動く。疲れも残ってない。燃料も弾薬もあるんだ。逃げたくない。

「ただ危ないからって、逃げるのなんてもうやだよ!!」

 全部伝えきった。通信は沈黙している。提督さんの心の動きが伝わってる。

 

 それでもまだ提督さんは怯えてる。表面には出してないけど、心底から怯えてる。

 そう、だよね。私を信頼するのは難しいっぽい。まだ組んで初日。まだまだ響には及ばないっぽい。わかってる。

『なあ、夕立』

 

「っ!」

 ああでも聞きたくないなあ。戦えって言ってほしい。どこまでもいけるよ。

『馬鹿共に教えてやろうぜ』

 あ、うそ。本当に? えへ、えへへ。良いんだ。怖いくせに。勇気を出してくれるんだ。

 

『お前達がケンカを売ったのが、どれ程の相手なのかをよ』

 提督さんの啖呵に心が躍った。魂の震えを感じる。熱い。心臓がうるさい。

 自分の怯えに気付いてないんでしょう? 戦い続けたせいなのかな。提督さん、とっても心が萎縮してるっぽい。

 

 経験と練度で何とかしてるだけで、提督さんの心は軋んでる。

 なのに、言ってくれるんだ。提督さんが言ってくれたんだ。

 戦えって、私と共に戦ってくれるって。――全部。っぽい。全部を見せる。私の性能全部で、もっと底からかきあつめて。

 

 応えて私の全て。夕立の全て。可能性を見せて。魅せるんだ。

 信頼してくれた貴方に報いたい。魂の果てを肯定するように変化。艦装が変わっていく。魂の総量が急激に増えていく。

 脳内が澄み渡ってる。海の流れ全てが見えるよう。出力が増大。

 

 視界が紅に染まった。首にはマフラーが巻かれている。びりびりと、脳の奥底の本能が疼いてる。気持ち良い。提督さんと繋がってて、とっても気持ち良い。

 提督さんの経験を喰らっているっぽい。魂と、軍神とまで謳われた…弱さすら許してもらえなかった人の、熱い技術の結晶が融け合ってる。

 

「…にひひ♪ それなら」

『ああ』

 今なら言えるよ。自信をもって言える。胸を張って堂々と。貴方と声を合わせて。

『「ソロモンの悪夢」』

「見せてあげる!!」『見せてやろうぜ!!』



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狂気に似た確信です

「提督!」

 溢れ出る熱気が血液を巡ってる。戦いたい。蹴散らしたい。

 全員逃がさないから。もうしらないっぽい。全部、全部解放するっぽい。頭が熱い。視界が真っ赤になってる。匂い。感じる。戦場の香りが心地良い。

 

 死と隣り合わせのスリルが脳髄を満たす。本能が、戦果を求めて荒れ狂ってる。

 戦いたい。ああそうだ。夕立はどうしようもない程、艦娘なんだって。

『楽しもうか!!』「ぽい!!」

 それでも指揮を執ってくれる提督さんがいるから、誇らしく進めるっぽい。

 

 格段に常勝した出力で敵艦隊と接近。それでも、相手の練度も高いっぽい。

 すぐに砲撃が開始された。先手はあっち。 

「見える……けど!!」

 避けられない。出力は上がってるのに、避けられるラインが見えない。

 

 受けるしかないの? …駄目。今の夕立の装甲は脆い。砲塔に強烈な力は感じるけど、その分、装甲が脆くなってるっぽい。――なら道連れにしてあげる。

 どくんどくんって心臓がうるさい。熱い。殺せって、壊せって魂が叫んでる。

 自分の安全なんて必要ない。燃え尽きたって構わないっぽい。ただ全員、あは、あはは!!

 

 さあ、当ててみせてよ。全員壊してあげる。

『安心しろ』

 提督さんの力強い声。怖くて仕方ないのに、経験と技量で超えると誓った人の声。

 …落ち着こう。身を委ねて、貴方を信じてるからね。夕立の力もみせたいんだ。

 

『俺が支えてみせる!!』

「力が動くっぽい!?」

 身に纏う装甲が、命中する部位に集中してる。こんな事ができるの? 

「きゃっ!」

 

 衝撃は響いたけど、全然痛くない。これなら夕立は止まらない。

「でも、まだ戦えるっぽい!!」

 相手の反撃は許さない。一方的に撃ってきたでしょう。それなら。

「今度はこっちの番!!」

 

 滑らかに砲撃。大きな反動が伝わるほどの砲弾は、あっさりと敵軽巡を一体沈めた。

 敵の動揺が伝わってる。迷いを感じるの。ふふ。止まってて良いの? 私はまだ動けるっぽい。

「まだ手番は終わってないっぽい!」

 

 匂い。心の奥底で狙いを定めての魚雷発射。照準を合わせる必要すらない。研ぎ澄まされた本能と、纏う提督さんの経験が結果を確定させる。

 回避を許さない雷撃が、もう一体を沈めた。残りは四体。

 

『二体撃破。良くやった』

 本当に嬉しそうな声。安心も仄かに感じられた。まだまだ、もっと出来るって言いたいけど。

「頑張ったっぽい!」

 

 褒めてほしくて言っちゃった。ふふ。褒めて褒めて。嬉しい。ぎゅっとしてほしいっぽい。

『さあ、俺を信じてくれ。俺も君を信じている!』

「任せて。素敵なパーティーにしましょ!」



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彼女は一人知っています

仕事が忙しいので頻度が落ちるかもしれません。ぼちぼちです


 何度も、何度も戦っていく。被弾の痛み。痛い、痛いのに楽しい。

 ボロボロになってく。その数だけ敵を倒していくっぽい。それが嬉しい。ああ。駄目。終わっちゃう。勝利を求めてたのに、終わってしまうのがもったないっぽい。

「あっ…」

 

 弾薬、なくなっちゃった。敵と見つめ合う。笑ってるの? ふふ。壊してあげる。

 ――まだ拳が残ってるっぽい!

 思いっきり殴り壊す。たまらない力を感じてるの。ああこれで。

「提督さんとの完全勝利っぽい」

 

 海に残るのは私だけ。提督さんとの繋がりが、ここでの安らぎを教えてくれる。

 静かな海は勝利の証っぽい。落ち着く。

 勝った、勝てたんだ。夕立ね。頑張ったよ。皆と頑張って努力したの。でもね駆逐艦だったから、戦いを許してもらえなくて。

 

 ずっと意味を見失ってた。私は艦娘。海で戦うために生まれた存在っぽい。

 ん。とりもどせた。勝利の意味を思い出せたから。

「ここにいられるっぽい」

『…夕立、お疲れさまだ』

 

 心底から疲れた声っぽい。つながりから、提督さんの強い疲労を感じてる。

 でも、とっても嬉しそうなの。安心してるっぽい。嬉しい。ぎゅ~ってしたい。頭なでてほしいっぽい。

「提督さんもお疲れ様っぽい」

 

 戦いに対するトラウマを感じるっぽい。なんだろう。夕立の艦装が変化してから、提督さんとのつながりが強まってるの。

 がちがちに震えてる心を感じる。今にも泣き出しそうな顔が見えるっぽい。

 

 気持ち悪さ、目眩、頭痛も感じてるっぽい。なのに、夕立に見せてない。…ちょっと悔しいっぽい。響になら見せたのかな? 甘えたっぽい?

 私は甘えさせてもらえるだけ。甘えては、くれないのかな。なんて。

 

 言えないっぽい。だって。

 甘えるの大好きっぽい! 提督さんに早く会いたい!! でも、でもでも。夕立だって甘えてほしいっぽい。

 

『うむ。速やかに帰還してくれ。君の笑顔が早く見たい』

「全速力で帰りま~す!!」

 変化した艦装の力で一気に帰る。途中で、提督さんからの繋がりが薄くなるのを感じる。

 

 どうしたのかな? 夕立の方から探ってみるっぽい。艦装が変化したおかげで探れるっぽい。ふふ。ちょっと嬉しい。

 …急激な吐き気。嘔吐、何度も咳き込む提督さんの声が聞こえた。

 

 やっぱり辛かったんだ。隠してたけど、必死になってくれたんだ。

 応えたい。ううん。応えるっぽい。強くなれた、強くしてもらったの。価値を思い出させてくれた、大切な人だから。

 いっぱい甘えて甘えられて、提督さんの疲れも癒やされてほしいっぽい!



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甘え上手な彼女の悩み

 帰還して補給を済ませたら、迷わずに提督さんが待ってる所へ全力疾走するっぽい。

 扉を壊さないように気をつけつつも、勢い良く入って。

「たっだいま~!!」

 

 提督さんの待つ執務室へ帰ってきたっぽい。とっても優しい微笑みで佇んでる。…顔色が悪いっぽい。夕立に気付かれたら、提督さんは悲しむの。

「おかえり夕立「提督さん!」

 

 顔が見えない様に抱きつく。ぎゅ~! 暖かい。提督さんの良い匂い。ちょっとだけ、その、酸っぱい匂いも残ってるけど。でも嬉しい。暖かくて嬉しいっぽい!

「えへへ。思いっきり甘えてるっぽい!」

 

 ぎゅって力を込めるの。夕立の胸と提督さんのお腹がくっついてるっぽい。幸せっぽい。触れあいは大切ね。ふふ。暖かい。優しく受け入れてもらってるの。

 もっともっと。提督さんが痛みに気付かない位、いっぱい甘えたいっぽい。

「ねっ、提督さん。その、褒めて」

 

 ちょっとだけ照れる。甘え過ぎっぽい? でもでも、素直な気持ちなの。

「よしよし」

 提督さんが頭を撫でてくれる。柔らかく髪を梳いてくれる。無条件で許されるような、ここにいて良いって伝えてくれてるの。嬉しい。暖かい。

 

「暖かい。優しい手。もっと、もっとほめて」

「出会った頃より甘えん坊だな」

 くすぐったそうに笑ってる。困らせたっぽい? それはヤダ。提督さんに笑ってほしいの。

「駄目っぽい?」

「嬉しいよ」

 

 わしゃわしゃと頭を撫でてくれる。優しい声と微笑みで見つめてくれる。お父さんっぽい。なんだか胸が痛くなる。夕立は艦娘、兵器だから。

 それでも人として愛してくれる提督さんがいるから、艦娘としても頑張れるっぽい。

「ほんと?」

 

「ほんとにほんとだ。ぽいじゃなく、確実にそうだとも」

 戦えるから甘えられて、甘えられるから頑張れる。提督さんとの出撃は、本当に楽しかったっぽい。皆いっしょだったら、もっと素敵だったっぽい。

 

 それは日常も同じ。時雨や皆といっしょに遊びたい。

「甘えて良いんだ。そっか。うん。とっても嬉しいな」

 甘え下手な姉妹もいるから、夕立が一番甘えてるっぽい。皆も許してくれるなら、幸せね。

「提督さん、もっと甘えて良い?」

 

「遠慮する必要はないぞ。今日のMVPは夕立だ。報酬があるべきだろう」

「ふふ。ん~」

 提督さんの胸に顔を埋める。すりすり~。ふふ、幸せ。暖かいなあ。心臓の音が聞こえる。提督さんの生きている音が聞こえるの。

 

 守りたいんだ。戦うのが好きだけど、危ないのが好きだけど。

 そんな夕立だから守れるんだって、証明したいんだ。貴方の心に甘えさせて。そうしたら、もっと強くなって応えられる。とりあえず今日はもっと触れ合うっぽい!



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素直な甘えの裏側です

峠を越えたので、再び物語らせてもらいます。
自分でもびっくりする位に技量が落ちていますが、色々と、人生において素晴らしいモノをいただけたので、愛情とか、それに恥じない自分でいようと思います。

とまあ、そんな前提は抜きにして。楽しんでもらえるとありがたいです。
改めてよろしくお願いいたします。


 提督さんが張り切ってお料理をして、暖かいごはんを用意してくれたっぽい。

 湯気がでてる焼きたてのお魚。豆腐のお味噌汁にほかほかのごはん。全部全部、とっても素敵で最高の料理っぽい。提督さんの深い愛情を感じるの。

「このお魚、とっても美味しいっぽ~い!!」

 

 ぱさぱさしてないっぽい。しっとりとしてる。幸せ~!

 提督さんをちらりと見ると――白露にも似た、切なげで愛おしそうに見守る人の笑み。ああ。夕立を愛してくれてるの。嬉しい。嬉しいなあ。ふっふっふ。

 

「ふっふ~、すっごい美味しいっぽい」

 不思議な位、提督さんは料理が上手ね。おにぎりを頬張ると、甘さと暖かさで胸がいっぱいになるっぽい。とっても素敵な料理なの。

 

「おにぎりも絶妙っぽい! 提督さんって料理が上手っぽい」

「夕立は作らないのか?」

 やったこともないけど、出来そうもないっぽい。絶対、変な形になったりすると思うの。

 

「経験がないっぽい。白露とかは上手っぽい」

「料理でも一番だと言いたがりそうだな」

 白露と触れ合って、提督さんはかなり元気になったっぽい。夕立も役立ててるかな? 甘えるしか出来てないや。ん~難しいのはだめっぽい。

 

 素直な私でいよう。きっと提督さんも望んでくれてるっぽい。

「ふふっ。白露らしいっぽい。下の子達の笑顔が好きな、頑張り屋さんね」

「夕立はそうじゃないのか?」

 

「皆は好き。けど、夕立はそういうのが苦手っぽい」

 あんまり複雑なのは出来ないの。皆笑顔がステキね。その為なら、夕立はどこまでも強くなれる。…提督さんといっしょになんてまだ言わないっぽい。

 

 艦娘としての私を認めてくれたから、もっと強くなりたい。なるんだ。

「ただ自然体で皆を愛しているのだな」

「難しいのは分からないっぽい」

 

「うむ」

 優しい微笑みはお父さんみたいで、えへへ。提督さんはとっても格好良いっぽい。…ぽいは失礼? 分からないけど。夕立らしいって笑ってくれるっぽい。

「ごちそうさまでした~」「お粗末様でした」

 

 おいしいご飯で幸せいっぱい。暖かい時間が流れてるっぽい。

「提督さん、色々と聞きたいことがあるの」

「ふむ?」

「えっとね。ぐわ~っとして、わ~ってなったんだけど」

 

 夕立が纏ってた力が、ぐにゃんと動いたっぽい。偶然砲撃を固い所で受けた事はあったけど、あれは意識的にやってたの。

 難しいのは大変だけど。皆にも教えてほしいっぽい。

 

「伝えたい気持ちは分かるのだが、とても抽象的な言葉だな」

「えへへ」

 愛おしそうな目に照れるっぽい。提督さんの優しさは、胸を暖めてくれるっぽい。

 

「然程面白い話ではない…出来なければ死ぬから、出来るようになっただけさ」

 仄かに残ってる繋がりから感じる、とっても大きな悲しみの声。

 …うん。夕立が気付いてるって知ったら、提督さんは困るっぽい。素直に言いましょう。

 

「とってもすごいっぽい。どうして、普段から出撃しないの?」

 なんて残酷な言葉。言ってて泣きそうな位恥ずかしい。

 こんなに追い詰められている人の…その言葉も最低っぽい。頑張ってる人を見て、哀れむなんて最低よ。

 

「攻略すべき海域もないからな。かといって、普段から俺が指揮を執っていると」

 一回言葉が止まった。弱さを見せたくないっぽい。ちょっと寂しいな。でもでも! 夕立は素直に甘えるっぽい。そうすれば提督さんも笑ってくれる…よね?

 

「柔軟な対応力のない艦娘が出来上がるかもしれない」

 難しい言葉ね。う~ん。提督さんに頼り切りは駄目っぽい。

「まあ、枷を外し育てる力こそ本質なのだと。思ってはいるのだがね」



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最強を願う心

 誇りと諦観、じんわり伝わる暖かい楽しさ。喜び。すっごく! …すっごく、複雑な思いっぽい。夕立が届かない所にある心。知ってしまうだけっぽい。なにも出来ないの。

 

 これまで歩んできた提督さんの、頑張れる人が軍神と語られるまでの道。響なら知ってるっぽい? でも、夕立が背負える重みじゃないっぽい。――嫌だ。やだ。

 

 ああ、強くなりたい。なれる。なるんだ。絶対に!

「素直な気持ちを言わせてもらえば、俺の指揮がない戦闘こそ価値があるのだと思う」

 

 それはだめ。そんな消えそうな微笑みで言わないで。悲しい。だめ。駄目だよ!

 指揮を執ってもらったから、提督さんの心との繋がりが残ってるっぽい。段々淡くなってるのに、それでもなんとなく分かる。それだけ相性が良いっぽい? 

 

 それなら嬉しいけど、分かんないっぽい!

「提督がいなくても戦える。ソレが理想像だ」

 あなたがいてほしいの。夕立を強くしてくれたあなたが、提督さんでいてほしいのに。

 

 死にたがりの笑顔っぽい。どこか私に似ている笑顔。見慣れてるから嫌だ。

「その為にも練度を高めていく。訓練と休息、二つの要素で戦士になるのさ」

 強くなりたいのに、強くなりすぎると駄目っぽい?

 

「…駆逐艦は脆いっぽい」

 ああ、だめ。甘えちゃった。困った顔してる。

 そうじゃないっぽい。強くなるって約束するから、提督さんがいてほしい。伝わってほしいけど、難しいっぽい。諦めないから。もっともっと強くなるんだ。

 

「だが、夕立が今日手にした勝利と同じく。価値ある一勝を得られる」

 そういうことじゃないっぽい。あなたといっしょだから! 勝利の価値を認められるっぽい。

 

 皆がいてくれるから戦うのが怖いんだって、守りたいから強くなりたいんだって。教えてくれたのは提督さんでしょう。

 なんでそこに提督さんがいないのを望むの?

 

 艦娘は戦争の為にもあるんだよ。戦える、戦いたいのが夕立だから。辛そうな顔しないでほしいっぽい。

「そうでなければ、駆逐艦の魂が腐ってしまう。俺は覆すためにいるんだ」

 

 まだいてくれるっぽい。だったら、提督さんが戦いを許せる位に、夕立はもっと強くなろう。

 笑っちゃう位に簡単でしょう。ソロモンの悪夢と語られた私の、夕立の強さで素敵な時間にすれば良い。最高ね。

 

「頑張るよ」

 改二に届いた魂と、背負う装備の力で超える。戦って、戦って、戦い続けた先にある所。今は、響が先に届いてる場所へ。夕立だって行ってみせるんだ。

「無理をしない範囲でな」「ぽい!」

 そうすれば、今にも泣き出しそうなあなたの微笑みも守れるでしょう。



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めっちゃめちゃ甘えます

「だから、今日一日は提督さんに甘えるっぽい!」

 提督さんも笑ってくれるっぽい。何より夕立が甘えたいの。提督さんは大っきくてお父さんっぽい。時雨も甘えたんだから、夕立はもっと甘えたいっぽい!

 

「ならば俺も司令官として、夕立を甘やかそうではないか!」

「ふっふっふ。夕立の甘えっぷりはすごいっぽい。降参するなら今の内よ」

 ニコニコ笑顔になってくれた。ふっふっふ。なんだか可愛いっぽい。

 

 夕立を好きなのがよく分かるの。私も提督さんが大好きっぽ…っぽいじゃなくて。大好き!!

「俺とて軍神と謳われし男。降参の二文字は、我が魂に在らず!!」

 

 とっても格好良い語りっぽい。でもでも、ふいんき? 雰囲気! がバカっぽい。

 楽しいノリ。良いんだ。提督さんの好きな所をまた一つ見つけたっぽい。

「よっし。こい夕立。ソロモンのなんかこう、良い夢見せてくれ!」

 

「ふふ、それならソロモンの、えっと。良い感じの夢、見せてあげる!」

 堂々と佇んでる提督さんに抱きつく。

「えいっ」

 

 筋肉質な体。ちょっと体温が低いっぽい? 鼓動が聞こえるっぽい。生きてるんだ。暖かい。胸が暖まる匂いっぽい。いっしょにお昼寝したら良い夢が見られそうね。

「初手はハグか!?」

 

「そして、すりすり~」

 提督さんの体に額をすりつけて、甘えてくっぽい。えへへ。暖かく受け止めてもらえてる。大っきな樹みたいに安定してて、それでも人の温かさもある。

 

 とっても素敵な抱き心地ね。やっぱりいっしょにお昼寝したいっぽい。

「くっ…! 夕立の額でこすられているぜ!!」

「更に」

 提督さんをとんと押して、ソファに倒すっぽい。そのまま倒れた所に馬乗りする。

 

 …ドキドキするっぽい? 変なの。提督さんの楽しそうな顔が良く見えるっぽい。

「押し倒されただと!?」

 大っきな声でリアクション。うん。楽しいっぽい。なら大丈夫。

 

「そうして~もっとすりすり!」

 ぎゅ~っと抱きついて頬をすり寄せる。提督さんの肌つるつるっぽい。柔らかくて気持ち良い。

「頬ずりもきたか! こいつは豪快だ!!」

 

 豪快っぽい? でも嬉しそうだから大丈夫っぽい!

「えへへ、撫でて撫でて」

「よしよし。くぅ~、おねだりまでされちまったぜ!!」

 とっても優しく、愛おしいと伝わる手が頭を撫でてくれてる。

 

 時雨が甘えた理由が分かったっぽい。この人は、艦娘をとっても愛してるんだ。夕立を愛してくれてるんだ。もっと提督さんを好きになってく。

 どれだけ甘えても良いのかな? 夕立にも甘えてほしいっぽい。

 

「ふふ。提督さんって、とっても優しくてノリが良いっぽい」

「俺も大分変わったからな、はっはっは!」

 心の底から楽しそうな笑い声っぽい。どこか白露に似てる。ふ~ん。二人は本当に仲良しっぽい。ちょっと嫉妬? ううん。嬉しいっぽい!

 

「白露のおかげ?」

「切欠はそうだった」

 噛みしめる様な表情が素敵ね。ぎゅってしたくなる。でも駄目。甘えるのが良いっぽい。提督さんを甘やかすのは夕立じゃないっぽい?

 

「時雨に甘えられて、村雨の願いを知って」

 甘えベタな時雨が頼れる人っぽい。心を隠すのが上手な村雨がさらけ出せる相手っぽい。

 

「春雨の想いも知りながら、夕立に応えたくなった」

 本音を言えない春雨が甘えられる人っぽい。夕立だっていっぱい甘えてる。

「五月雨も良い子だから、期待するっぽい」

 

 ドジを気にして落ち込んでるあの子を、提督さんに許してほしいのはワガママっぽい? でもでも、提督さんなら笑ってくれる。

 

「うむ。後は改白露型の子達だが」

「今回は関わらないっぽい?」

 とっても残念そう。笑っててほしいっぽい。けど、そういう表情を見せてくれるのも嬉しい。

 

「白露の影響力が及ばないからな。まだ怖い所もある」

 気にする必要ないっぽい。あの時雨が甘えられた相手っぽい。抱擁力がとっても素敵ね!

 

『…安心、する人だと思う』

 あの人見知りな山風が、仄かに求めてたっぽい。他の子達は言うまでもないっぽい。 

「後はそう。気になる事もある」



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これからを話しましょう

「敵の増援っぽい」

 ここら辺の海域だったら、駆逐艦しか見たことがないっぽい。軽巡が出てくるのはおかしいっぽい。

 

 となると、もっと奥には強いのがいるっぽい? 戦艦、空母、潜水艦――楽しみね。

「うむ」 

 

 ああ、駄目。提督さんが不安そうな顔してるっぽい。表面に出てなくても、怯えてるの。強くなりたい。もっともっと強さがほしいっぽい。

 自分の壊したい想い、壊れたい欲望すら超えて。強すぎる位に強くなりたい。

 

「難しい顔をしてるっぽい」

「そうでもないさ。ただ臆病なだけだ」

 それは嘘じゃないっぽい。…船の上の兵隊さんも、いっぱいの怖いと嫌だを抱えて戦ってた。それでも、死んでも守りたいモノがあるっぽい。

 

 提督さんの顔もそう。そうやって頑張り続けて、今の提督さんがあるの。

 応えたい。夕立は艦娘だから、戦うために生まれてきたから。

「努力あるのみ。結局、そこに行き着くのが結論だ」

 

「ふふふ。良い言葉っぽい」

 頑張れば報われるから良い言葉…じゃないっぽい。どんなに報われなくても、やるだけやり続けているんだって言う為の言葉っぽい。

 

「だな」

 それでも。

「…今日勝てたからね」

「うん?」

 

 優しく微笑むあなたの瞳を真っ直ぐに見つめて、ここに在る夕立の言葉を届けたい。

「夕立は提督を信じてる。提督も夕立を信じてくれたから」

 

 魂の底から溢れた改二の力と、これから歩み続ける道のりを信じてる。提督さんが素敵で、仲間や姉妹達も大好きで、だから。だからね。

「もっと、もっと強くなれるよ」

 

「ん。ありがとな」

 安堵したような、泣き出しそうな笑顔でいてくれた。…ん。嬉しいっぽい。でもでも、いつかは満面の笑みにするっぽい!

「ふふふ。ハンモックを張ってでも戦うっぽい!」

 

「ならば、そのハンモックを最高級品にしようじゃないか!」

 よく分からない不思議なノリで、お互いに笑顔っぽい!

「夏になったらキャンプも良いっぽい。皆でお祭り騒ぎにするっぽい」

 

 皆で仲良く山に行くっぽい。海も素敵ね。花火だって楽しめるっぽい。秋はいっぱいおいしいのがあるっぽい。冬は雪合戦!

 楽しみで楽しみで仕方ないっぽい~!!

 

「他鎮守府との交流も良いかもな」

「交流戦もやってみたいっぽい」

 絶対に勝つ。今まで戦艦と空母の皆に負担を押しつけてたの。だから、強くなれたって見せるんだ。

 

 皆のおかげで、駆逐艦や軽巡の艦娘も戦えるようになったって、精一杯をぶつけたいっぽい。

「駆逐艦と軽巡洋艦の力を、見せつけたいっぽい」

 

 その時の為にもっと強くなるの。ふっふっふ。提督さんがいてくれれば、強くなるまでの道のりも素敵ね。

「ようし。楽しみだな」「楽しみっぽい!」



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五月雨さんとの
爽やかな出会いです


五月雨さんからは、艦娘視点を挟まず提督視点で物語を進ませ切ってしまいます。
自分が納得いく終点まで到達したら、その時の私のモチベーションやらで艦娘視点を考えます。
お付き合いいただけると嬉しいです。


 夕立との楽しい一日を終えて、戦闘指揮の負担もすっかりと抜けた翌日。俺は執務室に一人で、ぼけ~っと次の展開を考えていた。

 ふはっははっはっは!! やばい、やばいぜえ。これはやばいぜえ!!

 

 改白露型とも、こう、なんか上手いこと話したかったのだが。もう本当魅力の限りを教えてほしかったのだが。

「そんな場合じゃねえな」

 

 下手をすれば、深海棲艦の巣が出来ている。斥候は既に響へ頼んである。彼女なら間違いない。

 確実に情報を仕入れて、絶対に無事な姿で帰ってきてくれるだろう。信じている。…そんな重たい思考が出る状況なのだ。

「ふむ」

 

 言葉を出した。手を何度か握って拳を形作る。夕立との戦闘で要領は思い出せた。俺が仲間達と育んだ技術は錆びず。魂に刻み込んだ直感も衰えていない。

 長期戦に不安は残るが、いける。

 

「いける? …笑わせる」

 出来るか出来ないかじゃねえ。やるかやらないかだろう。

「ここまでの甘い日常で浮かれたか? 酔ってんのか馬鹿野郎が」

 

 意識的に獣みてえな笑顔を形作る。奥底に残っている、戦場が与えた魂の淀みを奮い起こした。そうだ。それで良い。

 弱気なんざ欠片も必要ない。出来て当たり前だろう。

「不可能なんかねえと言って魅せろよ愚か者」

 

 作者を楽しませる道化だろう。なあんて、厳しく顔を歪める俺は好きじゃない。こんな俺を慕い命を預けてくれた仲間達がいた。

 響は側にいてくれる。愛らしい艦娘達がいる鎮守府なのだ。

 

「萌え燃えってなもんで」

 うん。俺に出来ないことはない。それで良い。それが良い。

 さて。今日は白露型が秘書艦をしてくれる最期の…最後の日だ。

 

 落ち着け。今日の俺は戦争のテンションが残ってる。落ち着けよ。

 ふう。それはさておき。今日来てくれる子は――ドジっ子五月雨である!! 

 掌握領域!! 超能力でスカートめくり!!

 

 おっと、こっちは惑星の方だった。艦娘の方の五月雨が来てくれるのだ。

「提督、お邪魔します!」

 透き通る程に鮮やかな蒼色の髪。腰まで伸ばした美しい長髪は、五月雨の清楚な雰囲気を引き立てている。同色の瞳は水面みたいだ。見ているだけで浄化される。

 

 すらりとした美しい脇が露出するタイプの、可愛らしいデザインのセーラー服。良い。堪らん。ぺろぺろしたい!

「本日、よろしくお願いいたします」

 澄み渡る青空に浮かぶ太陽みたいな明るさで、五月雨が入室してくれた。

 

 

 お互いの出会いに恐怖はない。俺が随分と変わったおかげもあるのだろうけど、彼女はとても明るく笑ってくれている。

 うん。これで重苦しい顔をしないでいられる。

 

 狙ったわけではないけど、今日を共に過ごすならば最も適した相手かもしれない。

 ドジっ子などと言う運命に負けず。いつだって前向きに明るく生きる五月雨が、今の俺にはありがたかった。



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戦場の予感です

「提督、今日はいかがいたしましょう!」

「うむ。俺の補助を頼む。今日は少しばかり仕事量が多くてな」

 不自然な増援のせいで、調査範囲が一気に拡大している。今の内に他の仕事を片付けておかないと、緊急時に対処出来ない。

 

 まあ、仕事自体はかなりのペースで片付いている。余裕を見ても良いのだがね。

 それで負けたらと思うと、絶対に楽しくない。不安を消してからでないと、俺は安心出来ねえ。

 

「昼食時と、そうだな。午後のおやつ以外はあまり休憩出来ないかもしれん」

 は~、せっかく五月雨が来てくれたのになあ。転んでのパンモロからの。

『お、お見苦しいモノを見せてしまいました…!』

 

 とか言われてえな!! もうね。堪らんよね。お見苦しくないよね。むしろ俺の顔面に乗る形で…おっと。年齢制限で消されてしまう。落ち着け。

 むしろ俺がリトさんのように……むふふ。ふう。落ち着いた。

「もし五月雨が望むならば、他の日でも構わんが?」

 

 むしろ俺は他の日が良い。巣を潰した後で甘いハプニングを与えてほしい。

「いえ、提督との仕事が楽しみです」

 やる気十分に明るい笑顔で言ってくれた。うん。良いね。良いけど。

 

「そうか。ありがとう」

 俺とのプライベートは嫌だとか? いや、待て待て。ネガティブになっている。

『変態な提督とは話したくないです!』

 うっ! ふう。色即是空、空即是色。つまりはそういうことだった。

 

 

 さて。今日はいつもより真剣に仕事を進めよう。

 書類仕事を手早く片付けていく。五月雨に仕事をお願いするまでもない。

 手持ち無沙汰にしているのは素直に申し訳ないが、今は俺に速度の優先したいんだ。遊びが少なくて嫌になる。

 

 昼前には電報で、響達の艦隊の報告が届いた。直接顔を合わせて話したかったが仕方ない。――深海棲艦の巣があったのだから。

 交戦はなし。さすがの能力と言えよう。経験の深みが違う。

 

『大丈夫かい?』

 響の声はいつもより真剣で、俺の身を案じくれていた。

「大丈夫だ」『…ん』

 この一言だけで互いに通じる。そういう関係性だった。

 

 電話を止めて、静かに天井を見上げる。軽く息を吐いた。

「提督、今お茶を淹れますね!」

「頼んだ」

 

 気を利かせて五月雨がお茶を淹れに行ってくれた。ありがたい。少し一人になりたかったんだ。

「頼りになるのはありがたいね」

 脳髄が痺れる感覚が、段々と深みを増していく。

 

 緊張と興奮、戦場が待ち受けている。心が、何度も繰り返し続けた魂が呼応するように昂ぶっていく。

 響の報告より。おそらく、特殊なトリガーは発生していないとのこと。

 

「艦種制限なし。奥にボスがいて、そいつを仕留めれば消える」

 単純な巣が出来ているだけだ。その規模だって小さい。戦艦がいたとしても、巣の中心に1~2程度だろうとのこと。

 

 空母がいるかは不明だが、艦載機の気配はなかったらしい。

「正直ありがたい」

 対空戦力は必要ない。これならば、今の戦力でも片付けられる筈。だがね。

 

「…練度は十分。八割を超える勝率が見込める」

 論外だ。十回に二回は誰かが沈むんだぞ。洒落にならん。

 応援を願いたい。そもそも戦艦相手に駆逐艦をぶつける理由がない。

 

「響レベルまで上がっていれば別だが、今は無理をする理由がなさ過ぎる」

 相手が水雷戦隊ならばともかく、戦艦や空母がいるなら避けたい所。ぴりぴりと脳髄が痺れるようだ。



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ドジっ子です

 最悪の場合、本当に最悪の場合は、響と俺で殲滅する。応援すら願えず巣が活性化し、鎮守府に危険が及ぶ場合などだ。こと巣の殲滅に関しては、長門がいてほしかった。

 響は生存に特化している。殲滅戦は向いていない。

 

 当然と言えば当然だが、駆逐艦は脆い。狂った様に練度を上げているだけで、響も駆逐艦だ。

 一発、まともに砲弾が直撃すれば辛い。それでもやるしかねえ。逃げるなんて論外。逃げ場なんてどこにもねえ。

 

 あ~あ嫌だね。どうしてこう、甘い日常だけで過ごさせてくれねえのやら。

 どうせ響と過ごすなら、のんびりと海を楽しみたかった。というか久しぶりに話すのに、全然いつもの感じじゃない。

 などと運命に愚痴ってもしょうがない。頑張らせてもらおうか。

 

「提督、お茶を…きゃっ!?」

 五月雨が転び茶飲みが宙を舞う。お湯が降り注いで俺のズボンを汚してしまった。かなり熱い。俺のおれが悲惨な目にあっている。

 

 ありがとうございます! ありがとうございます!! …じゃない。落ち着け。ふう。まったくもって違う。ふう。そんなモノ、このチャンスに味わう事ではない!!

 

 なぜか転んで、しかも四つん這いになっている彼女の姿。

 はからずも、何故か俺に尻を向けている。めくり上がったスカートが示す理は――水色パンツの奇跡である!!

 

 小ぶりながらもハリを感じる尻を、守るように、寄り添うように覆う神秘の布きれ。

 汚れ一つないその下着は、彼女らしい清楚な雰囲気を感じる水色で、尻の形に皺の寄った姿は、なんというかリアルな破壊力を伴っている。

 網膜と魂に刻まれる一瞬。瞬時に視線を外す。気付かれたら不味い。

 

 うっひょお!! ぱ、ぱんつ、パンツです!! 刻みつけろこの一瞬を! 焼き付けろ我が網膜に!! 燃えろ魂、我が軍神の誇りよ!

 本当に堪らんですばい。えっ? なんで薩摩? 

 

 いやもう。うひょひょ! どうでも良いぜ!!

 さあさ、いざいざ毘沙門天の加護ぞある! 日光よ照覧あれ!!

「っうう…」

 

 落ち着け! 痛がっている五月雨の前で発情している場合か!? 今だ。響のガチな罵倒を創造しろ。

『私のパンツの方が良かったよね?』

 ふぅ~!! 良いねえ。全然興奮を鎮める気がねえな!!

 

 いやでも、響が帽子を目深に被りながらさ。こう。赤面しつつよ。そんな事を言ってみろって。もうやばいって。もうやばやばだって!!

 ……やっぱりパンツを見られていた事に気付いているイメージで進むんだよな。不思議である。

 

「大丈夫か?」

 割と勢い良く転んでいたように見える。艦娘でも不意を打たれれば痛かろう。そもそも艦装を出現させていない。肉体の性能は違うが、やはり痛みは感じる筈だ。

 

「あ、その。ご、ごめんなさい!!」

 大慌てでわちゃわちゃとしている。軽く涙も見えた。余程、今回の失敗が堪えたらしい。俺も今回はフォローがしづらい。

 まさか馬鹿正直に、パンツが見えたのでOKですなんて言えない。

 

「ああっ、こんなに濡れちゃって。お拭きしますね!」

 ちょっ! そ、それはいかんぞ!! 俺のリトルボーイじゃなかった。ビックマグナムが暴発してしまう! ビックだから! 暴発しちゃう!!

「だ、大丈夫だ。それよりもケガはないか?」



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運命問答です

 上体を起こし、それでも立ち上がらず。五月雨はぺたりと座り込んでいる。

 疲れきっているようだ。今にも泣き出しそうなのに、困ったような微笑みを浮かべていた。

 

「…私、いっつもこうなんです」

 ぽつりと零れた想いは止まらず。泣き出しそうな激しさを伴って。

「気をつけてるのに、ずっと気をつけてるのに!」

 

 そうだろう。ここが甘い日常だけの世界ならば、彼女の個性は緩く流された。戦場だ。どうしようもなく戦場なんだ。

 時期も悪かったかもしれない。今の俺が張り詰めているのは、自覚している。

「なにもない所で転んで、確かに入れた筈の荷物とかもなくて」

 

 よくあるドジだ。しかしそれが、真剣に準備した上での結果だったら?

 涙目が深くなっている。零れ落ちそうな涙を拭って、彼女は笑いながら俺に言ってくれる。

「…神様に嫌われてるのかな、なんて」

 

 理不尽なナニカを思ってしまうのは、当然と言える。それでも明るく笑える五月雨が好きだ。

「えへへ。ごめんなさい。弱音を吐くなんて「――分かるよ」

 

 だから俺も弱さを隠さないで語ろう。涙を流す少女を前にして、格好つけてつき離すつもりもない。

「えっ?」

「神様ってさ、すんごい意地悪な野郎なんだ」

 

 眼に見えねえくせに心に巣くって、どうしようもない絶望ばかり与えてくる。

「糞みてえに難題を押しつけてきやがる癖に、でも責めることすら出来やしねえ」

「見えないからですか?」

 

「ああ」

 形がない。概念でしかない。己の心の中にしかない。神はいる、じゃなくて在るのだと語った宗教家もいたか。成程。その通りかもしれない。

「それを認めたら負けになる。俺を、頼り愛してくれる者達への裏切りになる」

 

 重荷を預ける者を責めはしない。そうして預けて出来た余裕で、他者に優しく出来るなら良い事なのだろう。物語としても、宗教の在り方はスパイスになる。

 ただ、俺は許せない。そんな逃げは許せない。

 

 俺は俺が全部味わいたいんだ。美しい者達との、この胸をときめかせる切ない感情を、萌えと燃えを味わっていたいんだ。

「全力でやったからだ。真剣に向き合って生きているからだ」

 五月雨の頑張りを、俺は彼女自身にすら否定させない。

 

 他の姉妹達だって五月雨の懸命な努力を知っていた。転んでも、立ち上がり歩み続ける彼女の強さと優しさを語っていた。

 まあ、俺はスケベだけどさ。パンツ最高! って感じだけど。

 

 それもひっくるめて五月雨だろうよ。

「神様のせいだなんて言ってみろ。俺を、俺達を愛してくれる者の心すら」

 絶対者を肯定してしまえば、あらゆる物事をしょうがないと言わざるを得ない。それも一つの生き方だと知ってはいる。だが俺は愚か者なんだ。

 

 全部ほしい。俺がほしい。それだけだ。

「神様のおかげになってしまう」

 奮起する為の言葉として世界は意識するさ。転生者だから、俺は作者を常に意識して生きていた。

 

 でも駄目だ。響の慟哭を覚えている。阿武隈の抱擁に許されている。龍驤のデカさに救われている。北上の強がりを知っている。那智の涙を拭っている。長門の弱さを認めている。

 ほら、これまで歩んできた道の全てが、俺が、胸を張る事実を刻んでいる。



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小さな答えです

「ならやっぱり、五月雨のドジはただの欠陥ですね」

 強がって笑う彼女は、今にも泣き出しそうだった。どれだけ悩んで生きてきたことだろう。ここは戦場だ。夕立とは違う意味で、五月雨も無力さに悩んでいる。どうにかしたいと想う俺は傲慢で、それでも素直な心だった。

 

 とはいえ嘘は通用しないだろう。下手な慰めなんて意味もない。

 いつも通りだ。戦争が待っていようとも俺は変わらず。いつも通り本音で言葉を紡ぎたい。

「それもまた違う」

「えっと…?」

 

 別に励ますための嘘ではない。下の話はしないが、真面目な意味で彼女のドジは欠点ではないと思っている。

 五月雨の笑顔を見せてもらった。そうして、他の姉妹達の語りで健気さと明るさを知っているんだ。

 作者なんて下らない思考をする俺が、君の在り方がどれだけ羨ましいことか。

 

「運命に抗う努力する心。そうして、失敗を知っているからこそ優しく在れる」

 それは自信の欠如に繋がるのかもしれない。巌の如き強さは得られないのかもしれない。

 だが、それがどうしたと言うのだ。完璧な人間なんていない。

 

 油断なく努力し続けた俺でさえ、絶対に完璧ではない。…というか割と変態である。めっちゃスケベである。五月雨のパンツを刻み込んでいる!

『…すけべ』って言われてえなあ!! おっと。落ち着け。

 

 そもそも愛らしい女の子のドジなんて、どう考えても萌えでしかない。戦時中に不謹慎だって? それなら俺の存在の方が余程不謹慎である。

 重たい状況で、しかめ面していりゃあ偉いのかよ。俺は笑顔の方が好きだ。ドジで、場を和ませてくれる五月雨が好きだ。

 

 なんて。ここに在る彼女を語りきるには、過ごした時間の長さも密度も足りないさ。だからこそ、今ここで味わった五月雨への素直な言葉を伝えよう。

「抗う克己心と無類の明るさ。二つをまとめる心の優しさは五月雨の長所だ」

 いつだって明るく笑ってくれる五月雨に、他の姉妹だって救われている。

 

 強くなるための、変わる為の努力をするなと言いたいわけじゃない。上昇志向は大切だ。強くなりたいと願う分には止めはしない。

 ただ泣かないでほしい。涙を流して自責するのは、あんまりだろうと言いたいだけだ。

 

「君が転んだ数だけ強くなっている」

 とても陳腐な言葉だ。もう少し格好良い言葉を紡ぎたいもんだがね。これが俺だ。どうしようもなく俺だった。

「ありふれた言葉だけど、意外と強さをくれるものだよ」

 

 泣きたくなる位にな! はっはっは!! …うん。

 よし。巣が出来たけど頑張ろう。同じく運命に悩む彼女が。

「はい!」

 

 とびっきりの笑顔で応えてくれたんだ。ここで頑張れなくてなにが軍神だ。

「それなら今日は目一杯、提督を支えますね!」

「よろしく頼む」

 明るく持ち直した素直な五月雨と共に、再び今日の仕事が始まっていった。



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戦場前の緊張です

 あれから奮起してくれた五月雨のおかげで、ドジを重ねつつも良い勢いで仕事が片付いた。久しぶり、というと少々語弊があるのだがね。真剣に仕事だけを処理していたのは、久方ぶりだった。

 今は昼食時。お昼休憩の時間である。

 

 愛らしい一口サイズのおにぎりと、暖かな大根のみそ汁。卵焼きなんかもついていて、デザートとしてレモン水を塗った兎カットのリンゴがあった。

 微笑ましい昼食である。五月雨の手料理だ。彼女のドジも考えて、執務室に隣接している自室で、二人で料理を楽しんだ。

 

 砂糖と塩を間違えず。焦がしたりもなく。

「提督といっしょに作っていれば、おいしいごはんの出来上がりです!」

「ふっ。ドジを抜けば、五月雨の手際も良かったぞ」

 

「えへへ。ありがとうございます!」

 自画自賛であるが、俺に匹敵するレベルで料理が上手かった。

 普段ドジを重ねているからこそ、純粋な技術が鍛えられたのだろう。注意深く、相手を想って歩む道こそ上達には最善なのだ。

 

 まあ、それはそれとして。何度かミスをしそうになっていたのだがね。しょうがないね。それも愛らしさである。涙目五月雨ぺろぺろ。

「「いただきます」」

 二人でのんびりと食事を進めながら、これからの予定を話していく。

 

「巣はどうするのですか?」

 目下の問題は、鎮守府近海に出来た巣である。おそらく空母はいなく、戦艦がいても数体程度とのこと。

 

 巣の広がりは鈍いのがありがたい。特殊な核が原因の発生ではなく、自然発生し、尚且つ強力なボスがいない証拠だ。

 大きく分けて解決方法は二つ。自力で殲滅するか素直に応援願いを出すか。

「応援を頼もうかと思っている」

 

 これも良い方法とは言えない。最良は、自力で殲滅する力を持っておく事だった。対空戦力がなあ、どうにも足りないんだ。

 軽巡、特に神通とかともう少し指揮練度を高めておければ、自信をもって戦えたけどな。言ってもしょうがない。

 

 俺の精神はポンコツで、慣らす時間もなかったのだ。夕立との戦闘指揮は、巣が出来たと知る前だったし。何よりほぼ確実に勝てると思い、女神を持たせつつ、尚且つ危険な状況になる前で撤退出来る位置だった。

 

 巣の攻略は違う。撤退可能かも分からず、響を疑うわけじゃないけど、相手の戦力なんて完全には読めないんだ。

 空母がいたら此方が殲滅される。蹂躙されて、何人かは沈むだろう。

 

 そうして仲間達が沈む姿を、冷淡に切り捨てられる響ではない。動揺し庇おうとして、彼女も沈んでしまうかもしれない。…吐きそうだ。

 だから、今の鎮守府の戦力でやるなら響単騎だ。

 それでもどうなるか分からないから、戦場は怖いんだけどな。

 

 与えられたカードを嘆いた所で、何も始まらない。

 それで出来る事を模索し続けるしかねえ。楽しむ余裕があれば良いのだがね。どうにも最近は笑えていない。

「…天龍さんが荒れるかもしれません」



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厳しい答えです

「天龍が?」

 ふふっ、怖いか? なんてイメージこそないのだがね。そもそも彼女とは報告の時しか見ていない。

『報告いたします』と真面目に、厳しい表情で佇む天龍だけしか知らない。

 

「天龍さんは人一倍責任感が強くて、とっても優しい人なんです」

 大切な姉でも紹介するような言葉だった。慕われているのだろう。

 快活で力強い天龍の笑みを思い出した。堂々として駆逐艦達を思う姿は、頼りになる姉貴分として慕われているのだろう。

 

 そうして、俺の中でも天龍さんである。凜々しい美人がガチの表情をしていたら、それだけで竦むのが童貞なのだ。

 ど、どどど、童貞ちゃうわ!! 誰に言い訳をしているのだろう。

 いや童貞だけどさ。悪いか。しょうがないね。

 

「だから、応援をお願いすると、その」

 言い淀んでいたが、言いたい事は分かる。彼女、ひいては彼女を慕う者達の士気も下がってしまうのだろう。

 改めて、俺が此処で出会った天龍の姿を思い出す。

 

 健康的な太ももが眩しい黒のミニスカート。豊満な胸に押し上げられている、黒色の、あれってブレザーと言うのか? ブレザーに似た制服。

 胸元の開けられた白Yシャツを下に着込んで、緩く結ばれた黒ネクタイが印象的だ。アメジストに似た艶のある紫髪を、短めに切り揃えた美女。

 

 内にある戦う者としての雰囲気が、表面に滲み出た凜々しい美人である。

 何よりも印象的なのは眼帯か。厳しく自分を責めるが如き、隈のくっきり残った目元があった。

 

 背筋伸ばし凜々しい軍人の在り方と、姿勢乱れぬ武人の佇まいがあった。

 それでいて目下の者への笑みを忘れず。愛情を注いでいた。愛が大きい艦娘であった。だからこそ。

 

 どれだけ鍛え込んだのだろう。どれだけ己を責め続けたのだろう。

 軽巡は駆逐艦とは違う。少なからず戦える艦種である。無論、戦艦よりは遙かに脆いのだがね。前線で活躍している軽巡もいないことはない。

『創くん。偶には私に甘えてね~!』

 

 阿武姉…阿武隈の、蕩けるような声を思い出した。アイツはその代表と言っても良い。高い能力を惜しみなく発揮し、空母のような派手さはなくても、確かに戦場の一部として阿武隈は戦える。

 

 その中で、戦場に出ていない自分を責める心。努力を重ねているからこそ、艦種という理由に逃げられないからこそ。

 天龍の心は、きっとどの駆逐よりも重たいのだろう。

 

 心なんて比べるモノではない。分かっているさ。

 それでも断言しよう。俺が艦これで見ていた天龍の、間の抜けた愛らしさは存在しない。厳しく自分を追い込んだ、そんな艦娘がいるんだ。

『ふふっ、怖いか?』

 

 そんな風に自信満々で、……前線にいた頃の俺が憧れた様な、無根拠でも大切な佇まいを見せる天龍はいないんだ。

 怖いねえ。戦場の臭いが消えやがらねえ。

 

 とはいえ俺は甘い運命を信じてはいねえ。命の危機に秘められた力が、とか。実はチート能力でしただなんて、甘~い運命は信じちゃいない。

 そういうのは、俺の人生に存在しなかった。

 

 あっても良いだろと心底から思うが、そこに命は乗せられない。取り返しがつかないからだ。

 ここは譲れない。絶対に譲れないんだ。

 …せめて軽空母でもいてくれれば、話は別なんだがな。

「天龍の自己満足の為に、艦隊を危険に晒す気はない」



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非情な判断です

 ここにいる皆の力で殲滅出来たのならば、多大な士気向上が認められる。それはそうだろう。

 しかし、俺は確実に勝てる方法を選びたい。必要のない無理なんて要らない。生死の賭けた戦いで、遊びなんて一切必要ない。

 

 俺が余裕を見せるのは必要だからだ。余裕と無駄はまったくもって別物だ。

「それは」

 息を呑むような表情だった。俺が意識的に圧力を高めているのもあり、竦むように戸惑っている。

 

「非道な言葉と笑うか? 冷酷と蔑んでも構わない」

 夕立の時とは状況が違いすぎる。天龍の自責がどれだけ重かろうと、死んでしまえば拭う時間も得られない。

 

 無論、天龍並びに他の軽巡の不満を放っておくつもりもない。

 彼女たちが十二分に強くなっているのは認めよう。そもそも、普段の任務はこなしてくれている。練度も十分。

 俺の指揮能力も随分と安定していた。殲滅出来るとは思っている。

 

 それでも、巣は怖い。…トラウマなんだ。最初にして最後の撃沈は、初めての巣の攻略だった。あんな思いは二度と味わいたくない。

 もしも川内型の誰かが欠けたら、白露型が沈んだら何よりも響が――耐えられるわけがねえだろう!

 

「君達の頑張りは知っているさ」

 訓練の報告だったり、遠征の成果だったり。彼女達の練度の向上は、よく知っているんだ。夕立含めて、何名かは改二に達している。

 

「…はい。仕事を共にして、私も提督が知っていることを知りました」

 嬉しそうに笑いながら言ってくれた。本当に嬉しい事を言ってくれる。この状況だと泣きそうだぜ。

 

 それなのに、彼女たちの強さを信じていないのか? と問われれば痛いがね。ああそうだな。ある意味ではそうだ。否定出来ない。

 俺は、何よりも俺を信頼していない。感情の矛盾だ。

 

 俺を信じてくれている者がいるから、俺は俺を信じているけど。それでも! …落ち着け。落ち着こう。

 必要ならばどんな状況でも超えてやる。だがな。それは徹底的にやった後の話だ。

 

 今この状況で、未知数の天龍を編成する理由はない。俺が指揮を執るならば、響単騎の方が確実に優れている。夕立改二ですら及ばない。

 俺と彼女の次元は、そんな領域ではないんだ。全幅の信頼を互いに置き合っている。

 

 もっと言おう。断言しよう。

 俺は、彼女にならば殺されても良い。彼女ならば殺しても良い。

 絶対的に悲しくて、死ぬよりも辛いのにそう願ってしまう。耐えられないと知っているのに、そういう程の信頼関係が在ってしまうんだ。

 

 信頼されていないと悲しませてしまうだろうか。蔑まれるだろうか。

 ふっふっふ。俺は変態だからな。冷たい眼はご褒美である。……俺への罵倒だけならばと限定するがね。

 

「知った上で俺が判断したんだ。頑張りが足りなかったとは言わん。君達は最良を尽くし、ただ俺が臆病だから理不尽に潰した。それだけだ」

 自己侮蔑に繋がったら嫌だ。俺が臆病者なだけなのに、彼女達が泣いたら嫌だ。侭ならんねえ。



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愛情の交差です

「――提督は私達が大好きなんですね」

「え?」

 思わず呆ける程の明るい笑顔。日向の如き柔らかな笑み。なんて暖かい。

 

 本当に嬉しそうな表情だった。照れながら、それでいて誇らしげに言ってくれていた。思わず自分の頬を人差し指で掻く。

 あまりにも都合が良すぎて、夢かと思った。

 

 これならば、なじられた方が楽だったかもしれない。最低の考えだがね。素直な本音でもある。返答が出来ず。黙りこくった俺へと彼女は続ける。

「成長の機会を奪いたくなくて、もしかしたら私達が傷つくかもしれないとまで思ってるのに」

 

 誇らしげで愛おしそうに語っている。小さな胸を張って、堂々と俺を語ってくれている。

「それでも、厳しい言葉を投げかける。真っ直ぐに、嫌われたって構わないって」

 ああ眩しい。真っ直ぐに見つめる瞳から、目をそらせない。

 

「それは自分の評価なんかより。私達の行く末が気になるから、幸せになってほしいから」

「それは」

 否定の言葉を出そうとしたけど、微笑みながら五月雨は言う。

 

「…お父さんみたい。なんて。甘えすぎでしょうか」

 あ、ヤバい。泣きそう。普通に泣きそう。ちょっと最近真面目すぎじゃないか? 勘弁してくれ。父と慕ってくれるのは滅茶苦茶嬉しいし、許されるなら抱きしめて頭を撫でたい位だけど。

 

 やっぱり俺は臆病者だ。戦争を考えている。勝利を追求して、この子の信頼に応えることで、人としての弱さになるのではと思ってしまう。

 娘を、我が子に死ねと言う父が何処にいる。戦場に向かえと命ずる父が何処にいる。

 

 時雨の甘えは許した。語った言葉に嘘はない。父として見られるのならば、本当にありがたいと思っているけど。

 俺は提督だ。どうしようもなく提督だ。ただまあ、沈み込むのも俺らしくない。

 

 沈み、軍神であれば良いと拗ねる俺なんて、格好悪すぎるだろう。素直な心に従っていたいんだ。…どうにもいかんな。巣が出来て心が揺さぶられている。まったく。もっとバカを言おう。

「お父さんと呼んでくれて構わないぞ?」

 

 出来れば甘い声で! お父さんって呼んでくれると最高だね! 

「お、お父さん…?」

 ぎこちなくも嬉しそうな顔だった。良いね。グッドだね。

「どうした?」

 

 堂々と言葉を返すと。

「…お父さん!」

 抱きつきながら大きな声で言ってくれた。

「お、おう」

 

 細く小さな体を抱きしめ返す。緊張しながらも抱きついてくれたのは、提督への信頼感もあるのだろう。五月雨の底抜けな明るさも関係している。

 ああ。だけど。おままごとみたいな感じでも。

「えへへ」

 

 何この子可愛すぎない? 大丈夫? 良いのか、俺修羅になっちゃうよ。本気で巣を撲滅しちゃうよ。いや元々そのつもりだったけど。

 とりあえず勝に応援願いだな。アイツ本人が応援に来るのは無理だろうが、空母系の一人は来てもらえる筈だ。出来れば龍驤が良い。久しぶりに会いたい。

 

 無論、他空母もありがたいがね。加賀とか赤城、蒼龍に飛龍。誰が来てもありがたい。皆改二に到達している規格外の猛者達だ。おっぱいも含めて考えれば、本当は正規空母の方が良いのかもしれない。

 だけど、俺にとっての最良は龍驤なんだよなあ。

『あはは! きばっていこうや!!』なんて快活に笑う彼女を覚えている。



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父性の発露です

「私達艦娘って、親がいないから新鮮です」

 素直に甘えてくれている。すっかりと気を許してくれている。…困った。いつものようにバカな感じになりたいけど、素直に言おう。

 滅茶苦茶癒やされている。やばい。

 

「だっこしてもらっても良いですか?」

 幼子の様な言葉。返答せずに、五月雨を抱きかかえて立ち上がった。

 傍目から見ればお姫様だっこである。不思議と興奮しない。言い方は悪いが、ペットを抱き上げているような、赤子を抱いている気分だった。

 

「わっ。大っきくてぶれないです」

 ぺしぺしと俺の肩を叩いてきた。小さな掌で叩かれても興奮しない。俺は変になっているのだろう。慈愛しかない。困った。

 

「鍛えているからな」

 俺とは対照的に、五月雨の体は細く小さかった。抱きかかえるような体勢は、恋人にも見えるのだろうか? 

「むふふ~」

 

 無邪気に甘える彼女を見ていると、恋慕よりも父性が勝った。

「ふっ。好きなように甘えてくれたまえ。俺もその方がありがたい」

 戦争の雰囲気で真面目になったおかげで、図らずも娘みたいな相手が出来た。むふ~と緩む五月雨の姿に性はなく。

 

 五月雨らしく。純な雰囲気で甘えてくれていた。愛おしい。

「…二人きりの時は、お父さんって呼んでも良いですか?」

「うむ」

 やはり、彼女は気づかいが出来て頭が良い。

 

 軍の風紀がある。俺への評判が落ちるのは自業自得だが、それによって鎮守府の評価が落ちるのは駄目だ。何より示しがつかない。

 甘えて良いと言っておきながら、大した縛りだ。

「えへへ。お父さんが出来ました」

 

 それでも五月雨は笑ってくれている。嬉しそうにしてくれる。

「親みたいな人がいたらって、建造された時に思ってました」

 …こんなにも小さく細い体でも、子供と変わらない重みしかなくたって。彼女は艦娘だった。

 

 幼さは許されず。子供として大人に甘えられない。吐き気がするなあ。ああ分かっている。俺も同罪だ。

 転生者なのに、世界を変える資格すらあるのになんて。

 幾度も迷い続けてきた。傲慢と思いつつも捨てられなかった。

 

 それでも、今の俺は五月雨を甘えさせられる俺でいられるらしい。ありがたい。誇りを胸に戦い続けられる。

「見守ってくれて、愛してくれる人がいたらなって」

 恥じるように頬が赤く染まっている。それは贅沢だと思っているのだろう。

 

「人間じゃない私が望むなんてと思ってました」

 五月雨の方が力はある。殺そうと思ったのならば、大抵の人類は殺せるだろう。それがどうしたの言うのだ。可愛いは正義なのだ。

 

 ブスは死ねというわけではないがね。そもそも美醜は絶対的に主観でしかない。ただ綺麗であってくれた五月雨に感謝をしよう。

「でも、提督は違いますね」

「どうだろうか?」

 

 艦これの予備知識もあるが、こうして生きて随分とお世話になっている。

 知っているという傲慢は言えないし、言わない。それでも甘くなってしまうのは自覚している。人間嫌いでもないけど、人と艦娘のどちらを優先するかと問われれば、艦娘になってしまう。

 

「なぜだか分からないんですけど、提督はずっと前から私を知ってるような気がします」

「ふむ」

 勘が鋭い。やはり俺と感性が似ているのだろうか?

 

 こうして触れ合っていているのだから当然だろう。どうにもいかんね。真面目になると堅物過ぎる。こう。う~ん。

 

 いやね。小さなおっぱいの感触とかあるんですよ。

 なのに興奮しないわけだ。俺は不能になったのだろうか。

「気のせいでしょうか?」



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それだけが尊いです

 こてんと首を傾げた姿が愛らしい。頭を撫でてみた。眼を細めて受け入れてくれる。気持ちよさそうだ。きゅんきゅんしている。

 愛おしい。困ったな。この数時間で互いに心を許してしまっていた。

 

 悪いことではないのだがね。しかし、俺が転生者であると気付かれるのは、かなり困ってしまう。きっと皆受け入れくれるだろうけども。

 俺が、嫌なんだ。

「今此処にある五月雨は他にない。それに、俺は他の五月雨とも出会っていない」

 

 これは本音だ。前世の知識だけで接することはない。天龍の変化だとか、確かに残念だと思って動いたとしても、押しつけはしないさ。

 あるがままを見つめて、自らの魂に従って生きていく。

「その上で言えるのは、他の白露型の姉妹達から話を聞き」

 

 ここまで出会った白露型の皆は、五月雨を愛していた。

 お姉さんな白露、皆を愛する時雨、可愛らしい村雨、甘え上手な夕立、頑張り屋な春雨。そうして、底抜けに明るい五月雨。

 素晴らしい姉妹達だと俺は想っている。

 

 改白露型に触れられないのが、残念でならない。彼女達の輝きも尊いモノだったろうにな。

「こうして共に仕事をして、提督としての在り方も考えて」

 

 提督として考えても、向上心がある者は好ましい。この鎮守府の艦娘は、努力を続けられる者達だ。

 正しい道と言えば傲慢だが、努力の道を効率よく出来る俺でいたい。

 

「娘の様に愛らしく思っている俺がいて、父と慕うほど信頼してくれる君がいる」

 尊い縁が紡げた。それに応えられる俺で在ろう。

 …エロスな雰囲気がないのは残念だがね! パンツは見たけどね!

 

 さすがに、いや本当にね。一緒に寝ようとかはない。俺はそこまで自分の理性に自信はない。というか滅茶苦茶美少女ですし。

『お父さん、一緒に寝ませんか?』

 こ、断れないぜ。出来れば言われない事を祈っていよう。

 

「それだけの事だ」

「とっても素敵なそれだけですね」

 噛みしめる様に呟いていた。ぎゅっと五月雨が強く抱きしめてくる。抱きかかえながらも、俺も抱きしめ返した。

 

「うむ。――この世界に生まれてくれてありがとう」

「えへへ。私を見てくれてありがとう」

「「……」」 

 互いに沈黙が流れていく。心地良い時間だった。

 

 なんだろう。やっぱり、ちょっと真面目すぎると言うか。いや本当に五月雨も健気なんだよなあ。

 白露型の娘達で、最も俺に似ているのは五月雨。というと語弊があるけどさ。

 

 運命の理不尽さ、物語染みたナニカを感じているのは、五月雨だった。

 しっかし、俺が父親ねえ。全ての艦娘にある種の父性は抱いているし、それはそれとしてどスケベだけども。

 

 ――良い。素直に感じたのはその感情だった。

『お父さん、私この人と一緒になります!』

 うびょろげぼろろろ!! は、はあ、はあ!

 

 い、いつか嫁に行くんだよ!! 世に生きるお父さん達はすげえよ。本当にすげえ。

 良いだろう。パ~パな関係も楽しそうだが、お父さんと呼ばれるのも最高に良い。

 さあ、そんな日常を続ける為にも戦争に勝利しようじゃないか。



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天龍さんとの
悲痛な訴えです


 五月雨との交流を経て翌日。手はず通りに応援願いを終えて、龍驤が明後日には来てくれる。とてもありがたい。彼女が来てくれたのならば、相手にどれだけ空母がいても大丈夫だ。

 報告にあった巣の規模ならば、いても一~二体だろう。確実に勝てる。

「ふう」

 

 思わず息を吐いた。これで良しだ。後は巣の殲滅まで心を休めて、勝利を盤石にするだけである。…極端な話、龍驤と響を組ませたなら、指揮を執らなくても勝てる。むしろ、俺が足を引っ張る可能性すらあるんだ。

 ただまあそこはアレだ。俺の意地である。譲れない。

 

 そうして気を整えていると、部屋に向かってくる足音が聞こえた。

 随分と賑やかな足音だ。音の響きから考えて、駆逐艦ではない。となると、軽巡か。川内はない。状況を考えれば一人だけ。

「どういう事だよ!!」

 

 勢い良く扉を開けて、天龍が執務室へと入ってきた。

 他の面子はいない。今日は誰も秘書艦をしていないんだ。萌えの気分でもなかったし、響は遠征の疲れを抜いてほしかった。

 一対一での対面。正直に言えば怖い。

 

 暴力とかはどうでも良くて、ただ天龍の心を抉るのが怖い。

「どうもこうもない。鎮守府近海に巣が出来たから、殲滅力に長けた応援を願う」

 天龍が悲しみを帯びた顔をしている。悔しさだけじゃない。己の無力さを噛みしめざるを得ない表情だ。

 

 何度も鏡で見た事のある表情だ。だからこそ、あえて冷たく切り捨てる。

「それだけの事だ」

 ヘイトが俺に向いてくれれば良い。憎まれた方がまだマシだ。

『オレの価値が分かんねえのかよ!』

 

 そうやって堂々と笑ってほしい。世界水準超えなんだろう?

「オレ達じゃあ力不足だって?」

 俯き泣き出しそうだった。止めてくれ。堂々と胸を張ってくれ。

 ああくそ。俺の我儘だ。分かっているさ。

 

「必要のないリスクだと言っている」

 そうだ。俺が臆病者なだけだ。お前達の努力が悪かったわけじゃない。必死になって重ねてくれただろう。

 でも、そう言ってしまえば天龍は認められない。

 

 もっとやれるって抗おうとするだろう。どう伝えよう。

「戦艦や空母に背負ってもらう必要があるのかよ!?」

「敵艦隊に戦艦や空母がいるかもしれない。ならば、同艦種で殲滅する」

 響単騎で空母と戦艦を相手取ったのは、そうしなければ死んでいたからだ。

 

 あんな芸当二度とやって堪るか。集中しすぎた反動で色々と危なかった。何より響が危険だったんだ。そんなリスクは要らない。

「それを、個人の悔しさから無用なリスクを負う意味がない」

 空母の殲滅力、戦艦の頑丈性と一撃の重さ。

 

 そのどれもが駆逐艦と軽巡洋艦にはない。一発当たれば此方は死ぬのに、此方の砲撃はクリティカルヒットでなければ通らない。

 理不尽すぎる。勘弁してくれ。遊びじゃないのにスリルは要らん。

「万が一にでも負けてみろ。死ぬんだぞ」

 

「艦娘は死なねえ! また建造すりゃあ同じじゃねえか!!」

「お前が、天龍として重ねてきた時間が消えるのだぞ!」

 これまで歩んできた道がなくなって、これから歩んでいく道がなくなるんだぞ!! 同じなわけがないだろうが!! 

 

「その巫山戯た言葉を、お前は仲間達にも言えるのか!?」

 俺が、俺が何の為に――落ち着け!! …落ち着け。

 天龍は怒声に驚き目を見開いている。薄らと涙が見えるのは、怯えだけではなく。自責の念すら感じられた。

 

 激情に駆られて思わず言ってしまったのだろう。呼応して怒ってんじゃねえ。落ち着け。

 相手に苛立ちをぶつけるな。過去、彼女が沈んだのは俺の自業自得だ。

 

 天龍がこうして燻っているのに、解決出来る力がないのも俺だ。

 忘れるな。それを忘れて傲慢に振る舞ってんじゃねえ。

「……オレに何の価値がある?」



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死にたがりの叫びです

「何?」

「空母や戦艦に守ってもらって、艦娘としての価値も出せねえ」

 遠征だけと割り切るには、天龍のプライドが許せない。

 資源を軽視しているわけじゃない。ボロボロになって戦い続ける仲間がいて、己の弱さを許せる性格ではないのだ。

 

「これが駆逐艦だってならまだ納得出来た」

 駆逐艦。この世界で最も脆い艦種だ。運用するにはあまりにリスクが大きい。そもそも、俺や戦神とか呼ばれた勝みたいに、前線で駆逐艦を運用するのは狂っているのだ。

 

 無論、俺の相棒の響や、勝が頼りにする清霜が弱いわけではない。

 ただ脆い。そういった領域を超えての話なのだ。

 まず前提として改二に至っている。その上で途方もない程の練度を築き上げてきた。血を吐き、決して美しい思い出だけじゃない。

 

 己の無力に怨嗟の声を上げながら、這い蹲って強くなった。

「チビ共を馬鹿にしたいわけじゃねえ」

 それはそうだ。彼女は他者を蔑んで、己の無力を帳消しにはしない。あくまでも自分を見つめて、心の侭に生きている。

 

 目を見れば分かる。天龍の眼は荒んでいても、濁ってはいない。彼女らしい…というと冗談みたいだがね。

 真っ直ぐに輝いている。嘆いても美しい。

 

「アイツらは子供だ。幼く生きても良いんだ。これから先があるべきだ。アイツらが重ねた時間が、これから歩んでく道が消えちゃあならねえ」

 天龍だってちゃんと生を分かってくれているんだ。

 そうだろう。世界に刻まれた時が無駄になるモノかよ。

 

「でもよぉ! オレは、オレは違うじゃねえか!」

「何が違う?」

 俺の言葉を睨み付けるように、事実至近距離で睨み上げながら叫ぶ

「片目もロクに見れねえ欠陥品! 改二にすら至れねえ!」

 

 叫びに俺への怒りはなかった。燃える様な隻眼は、今にも涙が零れそうだった。…いや。涙は見えない。だけど泣き出しそう。

 下手な言葉は返せない。慰めなんて無意味だ。

 

 そうだな。事実、同じ軽巡洋艦の中でも、彼女の能力は劣っている。神通改二が良い例だろう。大した能力はない。

 ただ数値で表わすならば、彼女は最弱の軽巡だ。

 

 だが、それはあくまでも個としての見方である。

 むしろ軍として考えるならば、俺は天龍の方がありがたい。

 嘘ではない。キャラとしての愛着でもない。

 

 そこにいるだけで士気を上げる天性の魅力。神通が孤高の最強ならば、天龍は鼓舞する者。愛される者、愛している者。

 天性の、強さの資格がないものだからこそ、奮い立たされる。

 ゲームに例えるならば、他の者達へのキラ付けが出来る性能と言える。

 

 勝率をパーセントで例えるならば、味方の勝率の底上げが成される。なあんて。現実はゲームとは違う。眼に見えないモノの方が遙かに多く。今俺が告げても、天龍の無力感を晴らす証明にはならない。

 

 駆逐艦とは違う。軽巡は諦めることすら許されない。

 軽巡洋艦とは、重巡洋艦にも至れず。駆逐艦でもあれない。

 事実一部の軽巡は前線でも活躍している。役割が違うと切り捨てられない。



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命の使い方です

「だったら、だったら使い捨ててくれよ!!」

 天龍単騎で巣への偵察を行えば、かなりの深さまで情報を得られるだろう。女神を積めば、最深部までいけるかもしれない。

 だが死ぬ。天龍がこれまで歩んできた道が失われる。

 

「せめて最期に一花とでも?」

「どうせオレは強くなれねえ。旧型のポンコツでしかねえ」

 可能性がないと確信していた。歯を強く噛みしめて、震える体で言葉を紡いでいる。諦めきっているんだ。

 

「だったら、ゴミみたいに使い捨ててくれ。オレを使うんならそうしてくれ」

「天龍だから慕う者も多くいるだろう」

「その慕う者達が死んじまうのを、そいつらを守れる自分じゃないって事実を、ずっと噛みしめろってのかよ…?」

 仲間達に庇われて一人生き残るなんて、彼女の誇りが許せない。

 

 まだそんな場面になってはいない。それでも可能性は高い。天龍を慕う駆逐艦が庇って、彼女一人が生き残る可能性はある。 

 想像したのか、ぶるりと天龍の身が震えた。

「オレは、オレは目の前で駆逐艦が死ぬのを許せねえ」

 

 下を庇護し愛する在り方は美しい。天龍型の長女の自覚もあるのだろう。白露と同じで、姉としての大きな心が見えた。

「なのに守る力がねえんだ」

 残酷な現実だ。彼女の性能は周りを鼓舞するだけ。

 

 一騎当千の力量は得られない。仲間と共に戦う在り方は、守りたい心が許してくれない。

「特別な武装もない。性能だって低い。オレは、天龍は強くなれねえ」

 それは違うと言うには、天龍を覆う絶望が深すぎる。

 

 実際、無力さに折れかけていた時の俺にそんな言葉は届かなかった。自分が嫌いなんだ。その自分を擁護する他者も憎い。

「精々が燃費の良さ位か? それもまあ、オレである必要はねえ」

 顔を上げて、困った様に笑いながら続ける。

 

「…アイツらはさ。強くなれるよ。オレが言っても信じられないかもしれねえけどさ」

 誇らしげに胸を張って、愛する者達への言葉を紡ぐ。

「強くなれる」

 

 それは純粋に未来を信じた言葉だった。ああそうだろう。駆逐艦も、他の軽巡洋艦も強くなれる。

「だから、オレは要らない。せめて死に様で」

 そこに天龍がいなくてどうするんだ。自信満々に、ふてぶてしく笑う君がいなくちゃ始まらないだろう。

 

「こんなオレなんかを慕ってくれる皆が、死に対して本気で覚悟してほしい」

 天龍が沈めば、他の面子は修羅になるだろう。死へ怯えて戦えなくなるかもしれない。それを許す男だと見抜かれている。

 そうだ。観察眼もあるのだ。

 

「だから頼む。何でもするから、お願いだから」

 天龍が深々と頭を下げた。ぽつりぽつりと雫が零れていく。隻眼から流れる涙は見せず。ただ真摯に頼み込んでいる。

 

 何でもねえ。はっ! そこに勃起しないのだから、随分と俺も真面目な雰囲気になっているらしい。

「オレに死に場所をください。この命を燃やさせてください」

「……」

 

 自分の無力さに嘆き、努力の限界を感じている。

 静かすぎる程の慟哭だった。涙すら流して懇願する姿は、かつての俺を見せつけられている様だった。

 だからこそ、かつて阿武姉が言ってくれた言葉を伝えたい。

「――死に逃げてんじゃねえ!」『――死ぬなんて絶対に言わないで!』



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矛盾し熱い彼の叫びです

「死んで楽になろうってか!? テメエを慕う者を守れねえから、全部から逃げて楽になりたいって!? ふざけてんじゃねえぞ!」『全部投げ出してでも生きたいって言ってよ!』

 死にたがりだった俺へ、かつて阿武隈が投げかけた言葉。

 

 そこに、俺が天龍へと抱く身勝手な激情を乗せて届けたい。

「お前に生きてほしいって思ってるんだぞ!!」『貴方と共に生きたいの!!』

 他でもない天龍を慕っているんだ。それはお前だって知っているんじゃないのか。どれだけ愛されていると思う。

 

 暁は無邪気に慕っていた。電は控えめに甘えている。雷は胸を張って誇りにしている。滅茶苦茶強くなれた響でさえ、天龍に敬意を示している。

 それは力にではない。どこまでも愛する彼女の在り方に、皆救われていると知っている。

 

「無様な姿晒してまで死に損なってどうするよ!?」

 天龍の叫び。自己侮蔑が故に、他者から受ける愛情を認められない。かつての阿武隈は、ただただ俺を抱きしめて許してくれた。

 俺にそんな包容力はない。ただただ俺の思いをぶつけよう。

「命を投げ捨てるのが潔いわけがあるか!!」

 

 たった一つしかない。絶対にいずれ終わる命だ。死にたくないと望んでも、殺してくれと望んでも終りは来る。

「全て燃やしきってこそ生き様、そうして世界に刻み込む事こそ死に様!!」

 燃えるように涙を流す天龍の眼を、真っ直ぐに見つめて続ける。

 

「愛された責任を取れ! 今お前が此処で生きているんだ!!」

 なんて理不尽な言葉だろうか。だが、俺やお前は自分の為にだけは生きられない。そこに焦点を置くと無力さで死にたくなる。

 でもさ、やっぱり愛されちまったんだ。認めろ。

 

「無様に生き足掻け、強くなりたいって願え!!」

 強くなるしかねえんだよ。己の役割を見出すしかねえんだ。

 人生に意味なんてない。価値なんてない。どれだけ認められようが、軍神と称されようが、あらゆる価値は主観でしかない。

 

 俺は俺が嫌いだ。俺の無力さが嫌いだ。無力と嘆く天龍を、一瞬で強く出来ない己が憎い。

 だけどそれでも愛してくれる人がいる。かつて沈ませてしまったあの子も、俺が無力が故に守れなかった両親や妹も、いた。

 

 だから駄目だ。折れる己が許せない。

「そうやってゲロぶちまけて泣きわめきながら、いつか終わる時まで足掻くしかねえんだよ!」

 俺やお前みたく、才能がないのに強くありたい心が捨てられない愚か者は、そうやって挑むしかないんだ。

 

 優しい言葉をかけるべきなのかもしれない。折れかけた彼女を、楽にしても良いのかもしれない。

 だがそれは、俺が知っている天龍に対する侮辱だ。

『ふふ、怖いか? 世界水準超えだからな!』

 

 なんて自慢げに笑える彼女があり得るのを、俺は知ってしまっている。

 なら駄目だろう。それは駄目だろう。ああ違う。駄目ってのは我儘すぎる。ただ俺がそう在ってほしい。

 

 力が全てじゃない。1番が全てじゃない。そこだけに価値を見出したってしょうがない。自分を認める事が、俺が見出した命の答え。

 より凄いヤツがいる。あらゆる物事全てにおいて、自分が最高なんてありえない。だからこそ、足掻き悩みながら命の答えを見出すしかないんだ。



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迷いながらの選択です

「オレは、オレは…!」

 やはり俺の言葉だけでは納得出来ないか。それはそうだろう。天龍からすれば、俺はただの強者だ。事実、立場も違い過ぎる。

 言ってしまえば、俺は強くなくても良いのだ。

 

 それでも言葉を受けてくれる彼女に感謝をしたい。

 だから、まあ。提督として出来る事をしよう。

「天龍」

「…なんだよ」

 

 拗ねた様に、泣き出しそうな顔で見上げてきた。

 彼女もまだ大人ではないのだ。俺が大人だとは言えないけど、それでも天龍よりは大人として振る舞わなければならない。

 静かに、先程零した激情を見せず。穏やかに告げる。

 

「遠征に行ってこい。ああもちろん、君を慕う者達と共に」

 暁、雷、電、龍田の編成になるだろう。響は…慕ってはいるが、今の天龍には酷すぎる相手だ。

 天龍は気にしなくても、響が気にする。

 

「何一つ遮るモノなき海で、仲間と共に本音を語り合ってきなさい」

 そう伝えると少しは落ち着いた様子だった。少しでも良いから、天龍の誇りを取り戻してきてほしい。

「メンバーは俺に言う必要は無い。資源を回収しなくて良い」

 

 もう少しで14時位か? 海が静かで心地よさそうだ。散歩には適している。包み隠さず本音で語り合ってほしい。

 どれだけ君が愛されているか知ってほしい。

「君達があるべき海で、大切な仲間達と語らってくれ」

 

「暴走されたら邪魔だもんな。鎖をつけて外に出すってか?」

 皮肉げな顔だった。吐き捨てるような言葉だった。

 微笑みながら目を見ていると、恥じ入るように呟く。

「分かってる。分かってるんだ」

 

 天龍は自身の髪をかき回しながら、揺れる心を隠し切れていない。全部さらけ出したから、俺相手にも隠していない。

 本音を見せてくれるのは、素直に嬉しいがね。さて。

「でもよぉ。オレは……ああくそっ!」

 

 一度、彼女は大きく息を吐いた。武人としての顔も見せながら、小さな声で言葉を紡ぐ。

「悪かった。仲間達と海に出て、ちょっと頭冷やしてくる」

「ああ。気をつけていくんだぞ」

 

 その言葉に返事をしないで彼女は出ていった。入った時とは別に、随分と静かに出ていったものだ。

「ふう」

 人知れず溜息が漏れた。疲れているのは自覚している。

 

 天龍の慟哭はよく分かる。俺もたった一度だけ、阿武姉にぶちまけた事がある。彼女から受け取った言葉を、全て伝えられたとは思えない。

「彼女ほどの抱擁力はない」

 

 そも、阿武隈が俺を想ってくれた言葉なのだ。俺が天龍を思って出した言葉とは違う。重みも愛情の強さも違う。全てを許す力はない。

 俺は天龍の無力さが酷く分かってしまう。死にたいと願う心も分かるんだ。

 

「はあ。遠征は駄目だったか」

 不安だが止まるわけにもいかない。さて。応援願いは出した。後は状況が悪化しないのを祈る――祈りね。反吐が出る。

 ふん。祈るばかりだ。

 

 

 天龍が出ていってから数時間。響が執務室へと来てから十分程度の時間が経った時。焦燥と痛みの音を乗せて、執務室の扉が開いた。

「お願い…天龍ちゃんを助けて…!」

 傷だらけの龍田だけが帰還したのは、祈ってから数時間の後だった。



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意識の切り替えです

 傷だらけの龍田の姿に、一瞬で意識が戦場レベルまで引き上げられた。傍らにいた響の雰囲気も変わる。脳髄にしみ込んだ経験が魂を研ぎ澄ませる。

「龍田、状況の説明を」

「待った。状況を詳しく聞く必要は無い。龍田さん、ポイントは分かるよね?」

 

 俺の言葉を制止して、響が位置情報だけを求めていた。考えるまでもなく意図は理解出来た。濃密な時間を重ねてきたんだ。

 響は焦っている。仲間思いな彼女らしいとは思うがね。

 珍しい。仄かに震えすら感じた。心底から焦っているのだろう。

 

 冷静に戦略を立てようと思う俺が狂っているのだ。分かっているさ。

「鎮守府近海域の、A―2…! わ、私も」

 ボロボロの体を引きずってでもついていきそうだ。下手に止めれば大変な事になるだろうが、響が冷静に言葉を返した。

 

「だめ。龍田さんは高速修復材で体を治してからにして」

 足手まといとはもちろん言わない。響は冷静や冷徹に見えて、内に激情を燃やしている。仲間達を愛している。

 龍田の思いを汲みつつ、状況の最善を示していた。

 

 二人のやり取りに口は挟まない。響が本気で焦っているのならば、止めた方が不味い結果を生むのだろう。

 とはいえ何だ。少しばかり不安だ。危機的状況は久しぶりだ。幾ら響といえども、多少の劣化は生まれているだろう。

 

 じくりと胸が痛んだ。戦場に挑む前の痛みなんて、久しぶりの感覚だった。麻痺していた心が緩んでいる。さて。

「……今は、徐々に退却している筈よ」

 既に大破状態の彼女は、それでも強い想いで言葉を紡ぎきった。

 

 響は受けて小さく頷き。透明に響く彼女らしい声で、俺の目を真っ直ぐに見つめながら言ってくる。

「分かった。私が先行する」

 了承を得る前に動き出しそうだった。慌てて止める。

 

「待て。だとしても俺が響の指揮を「司令官が指揮をするのは後続部隊の方が良い」

 しっかりと戦力を把握しつつ、冷静な判断で戦いに向かうべきだ。そんな事は分かっている。分かっているんだ。

 

 ――轟沈した響を想像した。目眩がする。苛立ちが生まれる。心臓がうるさい。俺の手が届かない運命で死ぬ彼女が見えた。

 嫌だ。嫌だ。嫌なんだ。でも駄目だ。我儘だ。

「とりあえず、速度重視の艦装で援護に向かうよ。…信じて」

 

 ちくしょう。一瞬でも、天龍達と響の命を天秤にかけた俺は糞野郎だ。どちらも守り切ってこそ。何より響を信じてこそだろう。

 くすりと、響が本当に愛おしそうな微笑みを見せてくれた。…あれだけ痛んだ心臓が落ち着いていく。冷静さを取り戻していく。

 

「その躊躇いを私は」愛している。なんて言葉はなく。だけど、愛情の篭もった静かな微笑みを浮かべながら。

「艦娘として誇りに思う」

 これだけ言わせて俺が止まれるかよ。俺を誰だと思っていやがる。

 

 俺は軍神だ。人としての我欲は今必要ない。あれだけいちゃいちゃを楽しませてもらった。艦娘の愛おしさを見せてもらえた。

 ならば良し。心を燃やせ。本気でやるぞ。

「頼んだ」「了解、響、出撃する」

 

 ゲームより遙かに優しさを含んだ声で彼女は出撃した。すぐにでも艦装を変えて、天龍達がいるであろうポイントまで向かうのだろう。

 さて。俺もまた直ぐに準備を終えて、彼女達への応援を向かわせないといけない。

「龍田。すまないが治療の前に状況の説明を頼む」



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軍神としての顔です

 緊急事態だが、満身創痍の龍田に語らせられない。応急処置だけ施して、茶を飲ませた。

 一息はつけなくとも少しは力を取り戻せたか、彼女の語り口は心配を含んでいても、しっかりと状況を教えてくれた。

 

「成程」

 いつもの元気がない天龍を心配して、暁が巣の調査を提案したと。

 天龍はそれを止めたが、泣く子には勝てなかったらしい。涙を流すほど心配されていて、動いてしまったのは仕方ない。

 

 実際、巣の広がりを確かめる為に調査する必要はあった。遠征について指定しなかったのは俺の責だ。こうした流れになったのも、自然と言える。

 軍神だとか言われているけど、別に俺は神ではない。…何もかも見通せるのならば、と願わなかった夜もないのだがね。

 

「…どんな罰でも受けます。だから、お願いですから皆を助けてください」

 深々と頭を下げて懇願している。いつもの俺であれば、さすがに胸が痛んだがね。今の俺はそんな顔もしていられない。

 奮起してもらわなければ困るんだ。

 

「何でもね。尻叩きでもするか?」

「あ、えっと」

 性を前に出した事で、怒りと嫌悪感から紅潮していた。それで良い。投げ捨てる己で誰かを守ろうなんて、傲慢が過ぎるぞ。

 

「ふん。簡単に相手へ全てを許すな」

 まあ叩きたいですけどね! 良い音しそうですけどね!!

 は~俺もなあ。龍田のでかくて形の良い尻を叩きてえな。

「自分の誇りで戦え。楽になろうとするんじゃない」

 

 だが、これが俺の本音でもある。心を燃やせない戦士なんて、戦場には必要なかろうよ。

「それで龍田はどうしたいんだ?」

 状況は厳しいのは事実だ。

 

 敵艦隊、軽巡が三隻、駆逐が三隻だ。その内、軽巡の一体はflagship。俗に言う強化個体と来たか。

 戦艦と空母がいなくて良かったと考えよう。最悪の事態は免れている。

 

 不意打ちをくらった龍田が大破。龍田の撤退を庇いつつ、何とか凌ぐも撤退前に天龍が中破。電、雷、暁は無事だったが、今はどうなっているか分からないと。轟沈していなくても、仲間の負傷が重たい程、響も動きづらい。

「私は、全員で撤退したかった」

 

 龍田の本音だ。静かに燃える炎が見えるようだった。

「そうすれば全員が撃沈していた。天龍の判断は間違いじゃない」

 響が強く先行したがった理由も分かった。彼女は、大切な姉妹達の危機だと知っていたらしい。

 

 力不足を悩む天龍を気遣って、自分が同行しなかった責任も感じていただろう。この一件を無事に片付けたら、ゆっくり話すのも良いかもしれない。

 だが今は戦場だ。反吐が出る程に嫌いな、俺の居場所が待っている。

 

 今から編成してポイントに着くまでには夜戦が始まる。夜戦か。ふっ。響に続いて関わったのは、元気いっぱいな彼女だったか。らしい流れと言っても良い。

「説明ご苦労。すぐに治療をしてきてくれ。出番が近く待っている」

「…私が同行して良いの?」

 

「龍田。君は皆を助けてと言っていた」

「え、ええ?」

 理解していない。首を傾げている。可愛いなこいつめ。まあふぬけてもいられない。とっとと準備を済ませよう。

 

「天龍だけと言ったならば、俺は強く叱責しただろう」

「そんな…天龍ちゃんは大切ですけど。皆可愛いわ」

 どう考えても、そんな風に怒れる龍田も可愛いんだよなあ。

「ああ。そう言ってくれる龍田がいかなくて、どうするよ」

 

 必要のない無理はしない。だが、必要のある無理ならば俺はいくらでもしよう。どれだけ努力を重ねたと思っていやがる。

「――すぐに準備してくるわ。提督、ありがとう…!」



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人間としての顔です

 大破しボロボロになった体とは思えない速さで、彼女は入渠へと向かっていった。その背を見送ってから、一人残される。

「…ふう」一度息を吐いた。

 

 全身を倦怠感が包み込んでいる。朝の天龍とのやり取りもだが、緊急事態が過ぎると思う。

「まあ緊急なんだから突然来るわな」

 当たり前の言葉を呟く。吐いた言葉と共に気力まで零れそうだった。

 

 天龍の無力感はさ。例えば今日の遠征とか、いつかの交流戦で彼女の在り方を見せつけたいと思っていた。俺は、どれだけ彼女が練度を上げたか知っている。

 改二にこそ至っていないが、純粋な練度では神通すら及ばない。

 それでも神通改二に勝てないのだから、残酷だがね。重ねた努力だって、結果を残せなければ無意味と天龍は言うのだ。

 

 そのくせ、駆逐艦とかが努力していたら全力で認める。褒めるし、楽しそうに話せる。…まるで己を見ているが如く。

 かつての俺も、いや今の俺も大差はないのだが。

 力を、求めていた。全てを凌駕する力を欲していたいんだ。

 

「強さは大切だがね」

 戦艦に勝てれば凄いのか? 空母を凌駕すれば凄いのか? 各々の役割がある。なんて言葉では止まれないのか。

 訓練生時代の、響の言葉を思い出す。

 

『所詮、駆逐艦が戦艦に勝てる筈がないじゃないか』

 あの頃の響は、目元に深い隈を作っていた。今にも死にそうな顔をしていた。事実、自傷癖にも似た発作があった位だ。

 全力で向き合って、今此処にいる。

 

 きっと極まった戦艦には、俺と響では一生勝てなかろう。無才の努力と天才の努力は重みが違う。土俵が違い過ぎる。

 戦艦と空母を相手取った時の状況だって、極限まで集中し相手の練度を凌駕しただけだ。同程度の練度であれば敗北していた。

 

「さてはて」

 逆に戦艦はずるいのか? 空母は卑怯なのか?

 全部間違っている。と、俺は想う。ただそこに在るだけだ。

 それを美しいと思う者がいれば、醜い、脆弱と断ずる者がいる。

 

「結局主観でしかない」

 ただそれだけ。あるがまま、己であるしかない。だからこそ天龍は己を許せないんだ。とは分かっているのだけど。

 在り方に口を出すなんて、傲慢だと知っているけど。

 

「はあ」溜息が零れた。

 本当に侭ならん。俺を軍神と語った民衆に、解決策を聞きたい位だ。本当に俺が神だとするならば、どうして彼女達の無力さを一瞬で救えないのだろう。

「…弱音も吐いていられんか」

 

 五月雨とは運命との在り方を、そうして天龍とは、かつて俺も抱いた無力感を受け止めた。実感したあの頃よりは、少しは俺も大人になれたはずだ。

 強く、なれた筈だ。艦娘と共に戦える俺でありたい。

「畏れ多くも神の名を冠しているのだ」

 

 はっ。偉そうに俺がよく語る。だけれど、そうだな。

 時雨や五月雨には父になるといったからな。仕方あるまい。多くの艦娘が慕ってくれている。いちゃつきだって待っている。

 萌えだって待っているんだ!! ようやく掴んだ萌え萌え!!

 

 ぜ~ったいに守り切ってみせる。俺の全力で抗ってやる。天龍の無力感とかもそうだけど、純粋に考えて見ろ。

 誰かが轟沈したら萌えなんて言っていられるか!

「ならばこの戦いは、俺の全てを賭けるに値する」呟いた。

 

 弱気はここまで。弱音もここまでで良いだろう。

 命を賭けるは艦娘だ。魂を賭けるは提督の在り方。戦争だ。戦争を始めようじゃないか。



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出撃命令です

 この鎮守府にいる軽巡の全員を、動員出来るかと言われれば不可能と答えよう。今回の敵の面子では、潜水艦も編成出来ない。

 神通、那珂、川内、龍田、天龍。その内、天龍が出撃しているのだ。

 鎮守府を守る者はいる。緊急事態とは言え、全てを注ぐ事は出来ない。

 

 最悪、別働隊が来る可能性もある。練度の高い神通と、同じく川内型の那珂は置いておきたい。

 故に出撃メンバーは四名。龍田、川内、夕立、時雨。

 

 合流した時の負傷次第で、流れを変える。最悪の場合は響と共に無理をして殲滅してみせよう。響が落ちていたら? ――やってやるさ。

 覚悟は決まった。全体放送でメンバーを呼び出した。

 そうして、執務室に集めた四名を改めてみる。

 

「つく頃には夜戦っしょ? 夜戦なら川内にお任せってね!」

「ああ。期待している」

 川内は格好の良い楽しそうな笑みで、俺の不安を融かしてくれている。

 彼女は緊急事態でも変わらない。仲間の命が軽いわけじゃない。ただ、動揺する弱さの怖さを知っているんだ。

 

 この鎮守府では、響に次いで俺との付き合いが深い相手だ。彼女に期待すると同時に、俺もまた川内も守り切りたい。

「命に代えても守り切ってみせます」

「安心しろ。俺が死なせない。頼りになる仲間達もいるだろう」

 

 龍田は張り詰めた表情で、不安に揺れる声と共に気合いを入れていた。柔和でどこか闇の孕んだ妖艶さはなく。

 ただ姉妹を心底から心配し、そんな姉妹を心配してくれる者も守りたいと願っている。

 

「夕立が全部壊してあげる!」

「暴れすぎて倒れてくれるなよ」

 いつも通りの楽しんだ笑顔で、夕立は在ってくれる。

 天龍達が心配なのは揺れる眼から悟れた。川内ほどの静寂な心はない。それを超える程の心で、彼女はいつも通りを見せてくれていた。

 

「提督、大丈夫だよ」 

「ありがとう。信頼しているぞ」

 口数少なく。儚くとも力強い佇まいで時雨は微笑む。佐世保の時雨の名を背負い、強くなると誓った彼女の魂が、俺の心も奮い立たせてくれた。

 

「緊急性の高い状況が故に、今回は俺が全力で指揮を執る」

 全員の表情が緊張を増した。川内と夕立だけは、楽しさも深みを増している。信頼が重たいぜ。応えたいもんだ。

「旗艦は川内。負担はかかるがいけるな?」

 

「もちろん! いけるか? なあんて聞いてたら怒ってたね!」

「良し。艦装の準備は既に済ませてあるな」

 問いかけに全員が頷いた。準備は十二分。さて、後はどれだけの地獄が待っているからだ。

 

 最悪の場合、響以外が轟沈している可能性もある。天龍が沈み、残された電達も沈んでいる。そうして響が中破以上の負傷で、容易に状況を覆せない。

 …俺の悪い癖だな。最悪は、全員が轟沈している状態だ。

 

 そんな想定すらしておこう。動揺は見せられない。本当に響が沈んでいたのならば、彼女の仇を取らないとならないんだ。

 一度、深く息を吸いこんだ。腹から声を出しながら告げる。

「大切な仲間達に手を出した愚か者共を、蹂躙しにいくぞ!!」

「「「「はい!!」」」」



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戦場の川内さんです

 段々と日が落ちていく。夕焼け美しい海に立つ川内と、俺の魂が繋がっている。彼女が夕空を見上げている。雲一つない紅い空が美しい。

 その川内を通し他の者達とも繋がる感覚。こればかりは言葉で説明しようのない。魂の感覚を確信している。

 

 ――川内の鼓動が聞こえた。夜だ。夜が来る。

 魂の底から楽しさが弾けて、訪れる時をまだかまだかと待ち続けている。瞳が、瞳孔が段々と広がっていた。

 

 夜の匂いが静けさと冷気を与えてくれる。

「いくぞ」『いこう!』

 呼応するように、彼女の中の歯車を回すイメージで。引き上げるような力を纏わせた。

 

 奥底にあるギアから、全身へと動力を回していく。海を進む速度が徐々に上がる。上がる。上がり続ける――軽巡の常識すら遙かに超えて!!

『…あはっ! さっすが提督だね』

 ぎしぎしと軋む体を感じながら、それでも川内は誇らしげに行ってくれた。

 まだまだ。もっと俺は高められる。彼女と共に高みへといける。

 

「川内。もっと魂を委ねてくれ」

『やらし~』

 からかいの笑みを浮かべるのが見える様だった。視界共有しているので、残念ながらお目にかかれない。

 

「真面目にやりなさい」『は~い』

 装甲を意識的に前方へと集中。空気を切り裂きながら、川内の肉体の負担を減らす。大気を引き裂く音が聞こえる。

 そうして、川内から広がる他の者達への繋がりを利用。

 

『わわっ! み、皆と更に繋がってるね?』

 強引に引っ張り上げる形で、この高速を維持し続ける。あたかも四名が一体の大きな獣になったかの如く。

 もっとだ。もっとギアを上げろ。中途半端に止まる方が危険だ。

 

 徐々に回した歯車に、ブレーキをかけながらアクセルをかければ粉砕する。

 この高速を高め続けろ。それが、結果的に安全へと繋がってくれる。

 ……ああ、吐きそうだ。夕立との経験がなければ、意識が飛んでいたかもしれない。頭が痛む。背骨が痺れている。

 

『提督。私、夜が好き。この海が好き。だから大丈夫だよ。私は艦娘だからさ』

 ゆらゆらと揺れ始めた意識が、繋がる彼女の声を受け取った。

『らしい所が見たいんでしょ?』

 からかう言葉だった。いたずらに笑う川内が見えるようだった。

 

『夜戦に挑む私もらしさ。楽しく軽~いノリも好きだけどさ』

 川内はよく笑う。緊張感溢れる戦場でも笑ってくれている。それは、決して軽く見ているからじゃない。周りを見ているんだ。

 

 ぎちぎちに固まった体では、せっかくの夜戦を楽しめない。随分と彼女らしい答えに思える。そうして輝く彼女に、俺はどんな面を感じさせているのだろう?

『戦場で暴れるのも艦娘らしさだから、さ』

 魂が繋がっている。響に次いで、この鎮守府で時間を共にした相手だ。俺の心も感じてくれているのかもしれない。

 

 君達のらしさを愛させてくれ。と言った俺の在り方を、微笑み夜戦だと言ってくれたんだ。本当に格好良く、美しい子。

『私のらしさを楽しんでよ。それが提督のらしさでしょ』

「ありがとう」

 

『ふっふっふ。これでもお姉さんですから! …そろそろお話も難しい状況みたいね』

 川内の電探により敵艦隊を発見。予想通り夜戦へと突入する流れだ。

 そうして冷静に動こうと思っていた。視界の先に。ああ。

 ――中破した響の姿があった。



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軍神蹂躙…ではないです

 意識が、切り替わる。久しぶりだ。この段階まで意識がぶっ飛ぶのは久しぶりだ。もう声は聞こえない。感情が上限を壊した。

 殺す。脳みそが膨張する集中力が一気に凝縮されて、一つの目的へと最適化される。

 

 川内が改二へと変わった。皆の枷を外していく。魂が同調していく。彼女達が重ねた戦闘経験に寄り添い、俺に刻み込まれた激戦の経験を合わせる。

 限界を超える必要はない。徹底的に無駄を殺す。無駄をなくす――相手を殺す為だけになる。

 

 指揮する力で艦娘達を支配していった。強制力で操った。

 夕立も改二に至る。時雨、龍田は変わらない。改になるだけだ。元々改二に至っていた者を除き、激的な変化はない。今は要らない。

 戦場を俯瞰する。位置関係を認識しろ。

 

 前方に雷、電、暁。その前で庇うように天龍。それすら庇って響。その先だ。軽巡が二体、内一体はflagship。駆逐は二体。数は同等。響が何体か仕留めたのだろう。

 響、響…中破している。もう少しで大破していた。

 

 大破した先は? ああ。殺そう。

 天龍達が応援に気付いた。彼女たちが声を発する前に、意識の乱れで応援の感知を認識する。声は消失している。

 意思の光を視認するんだ。音より光の方が速い。最適化している。

 

 天龍達の意識が後退へと流れた。素晴らしい。訓練の成果だ。

 それを、敵艦隊が邪魔しようとした。殺気。砲撃のラインが見える。

 川内改二が牽制の砲撃を実行。相手の砲弾を狙ったように逸らす一撃。狙い通りに砲弾を弾けた。響達に一点のダメージも許さない。

 

 川内と龍田をやや前方よりに配置。川内の左後方に時雨、龍田の右後方に夕立が配置した。

 絶対に、後ろに攻撃は通さない。何より一瞬で殺してやる。冷静に脳みそが流れる。最適化している意識――声が届く。

 

『提督、笑って』

 それは無理をした声だった。当然だ。何故当然なのだろう? 俺が、繋がる先を支配しているからさ。

 この透き通るような、凜とした声は誰のモノ。覚えている。

 

 俺が、響に次いで付き合いの長い相手と言ったのだろう。

 夜に微笑む優しい彼女の名前を思い出せ。

「…川内?」

 そうだ。川内だ。川内と共に海へ来ている。彼女から流れて指揮を執っている。痺れる脳みそが意識を取り戻す。

 

『響もちゃんと逃げられた。貴方が憂う理由はない』

 本当に優しい声だ。楽しんでいる声だ。舞踏会へ誘う手が見えるよう。暖かく心強い。悪戯な微笑みも見えそうであった。

『だったら楽しみましょう』

 

 どくんと、川内の鼓動を感じる。俺の鼓動が重なる。適合率が上がっている。楽しんでいる。堪らない。高鳴っていく。

 良い。素直に好ましい感覚だった。

『ほら感じてよ提督。――夜が、夜が来る!』

 

 夕焼け赤は夜闇の紫へと変わっていった。静けさが深みを増していく。肌を撫でる冷気が心地良い。戦場に立つ緊張が弾けそうだ。

 ぴりぴりと神経が研ぎ澄まされている。夜闇を見通す眼が開いている。

 頬が緩んでいった。心底から楽しんでいた。

 

『私を見なさい。恐怖に竦んでたらもったいないよ』

 からかうような言葉は、愛おしき優しさと共に。

 誘うような想いは俺への親愛が込められていて。

『楽しみましょう。素敵な夜、夜の戦いと言えば?』

 

「…川内の見せ場だな」『その通り!』

 満面の笑みを見られない事が、堪らなく口惜しい。川内らしい。とても楽しそうな満開の笑顔が見られただろうに。

 帰ってきてから見せてもらえば良い。愛しき日常で味わえば良い。

 

「川内、ありがとう。やはり夜戦は、川内がいないと始まらないな」

 戦いを楽しもうなんて久しぶりだった。夕立との時とも違う。勝つか負けるかが混在する戦いで、楽しむなんて初めてか?

『当然よ。そんなに褒めなくっても大丈夫!』

 

 鼻高々な川内らしい反応だと思う。何故だか妙に懐かしい。彼女が、こういう言葉をかけてもらいたがっていた様な気がした。

 ふふ。良い。良いね。楽しもう。良いだろう。

「それじゃあ」『ええ』

 

 おそらく互いに笑い合いながら、心底から楽しみ合いながら。言葉を紡ぐ。

「『素敵な夜を』」

 響く声色は魂へと響き合い。挑む戦場への高揚を味わいながら。

「楽しもうか!」『楽しもう!』



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夜闇の支配者です

 改めて川内との魂の接続を実感する。

『夜に融け込みましょう』

 夜に昂ぶる心の在り方は、揺らめく夜海を想わせる。たゆたう魂、ああ、彼女はこの状況を心底から楽しんでいるのだ。

 

『ふふっ。相手は怯えてるね?』

 敵艦隊を見据えると、多少の怯えを感じた。

『提督が怖かったのかな』

 威圧を与えられたのは結構だがね。

 

 それで、川内達の良さを殺していては意味がない。さて。冷静になった頭で戦おうじゃないか。

『ああ。良い。夜が来た。――相手に朝は訪れない』

 夜の海を踊るように動く川内改二の在り方。気配が朧、ゆらゆらと蜃気楼みたいだ。そうして、戦闘が始まる。

 

 まずは敵艦隊の砲撃。flagshipに引っ張られる形で、大した練度での砲撃が成されている。

 迫り来る砲弾を肌で感じながら、緩やかに時が流れていく。

 集中の極まった世界で、彼女の声が聞こえる。

 

『堪んないね』

 酔いしれている。楽しんでいる。全てが静止しているようだ。

 命中するまでの軌道を、ラインで視認していた。当たる。何もなければ川内の腹部に命中する筈。だが。

 

『でも残念』

 砲弾はすり抜けて、海へと落下していった。

 敵艦隊の動揺が伝わる。それはそうだろう。眼に見えて、観測している相手へ砲撃しているのに、どうしてかすり抜けていく。

 

『夜はそれじゃあ当たらない』

 種も仕掛けもない。不可思議な力ではない。これは川内改二の特性と言える。

 速いんじゃない。無駄が完全にないのとも違う。

 

 類い希なる緩急が織り成す妙技。0地点からトップに至るまで、並幅が広いからこその幻惑する動きだ。

 夜闇が認識をずらしている。意識が敵の想定した速度からずれて、捉え所なく動くから結果として認識から外れる。面白い。

 

 響の無駄のなさとは違う。夕立の爆発力とも違う。これが川内の特性か。夜闇のカーテンに守られた、美しい彼女の在り方。

 味方艦隊が彼女の動きに引っ張られて、敵艦隊からの砲撃を避けていく。

 まるで相手がわざと外しているかの如き。異様な光景。

 

 夕立の爆発力すら抱擁する。時雨と龍田は川内に合わせきって、夜闇の揺らぎに守れている。

『ふふ♪ 夜は良いねえ。夜はさ』

 心地良い空間だ。本当に踊りを楽しんでいるみたいだ。

 

 密集された砲撃は雨粒を思わせるのに、一撃も掠りすらせず躱しきった。

『今度は私達の番だよね? 皆、いくよ!』

 そうして、今度はこちらの番だ。川内が砲撃体勢に入った。

 

 さすがはflagshipとでも言うべきか。射線から外れるように動き始める。大した速度だ。偏差射撃が必要だがね。構わず川内の認識の侭に発射。

 他の者達も、狙いから逸れての砲撃を実行した。

『その程度の動きで良いの?』

 

 敵艦隊からすれば随分と間抜けな姿だ。完全に狙いを外している。砲撃の隙をついて、雷撃戦と考えていたかもしれない。

 射線は避けている。相手は安心しきっていた。

 敵艦隊総員に直撃する。砲撃の衝撃音が夜の海へ響いた。

 

『良いねえ! 皆の火力が上がってる。夕立が特に良いよ!』

 楽しそうな声が聞こえた。ああ。俺も悪くない気分だ。

 静寂に広がる砲撃と命中の音は、悪くない心地よさを感じられる。

『夜に響く衝撃音。やっぱり堪んないね!』

 

 眼に見える砲弾を避けているのに、確かに命中する理不尽さ。真正面から不意を打たれた敵艦隊は中破している。大破は出来なかったか。狙いを研ぎ澄ませた一撃じゃないから、クリティカルまで持ち込めていない。

『物足りないって思ってるでしょ?』「さてね」

 

『生意気~! ま、じっくり楽しみましょう』

「油断はするなよ」

 ないとは分かっていても、楽しみきっている彼女を見ると言ってしまう。

『もっちろん! 私が夜戦にいるのよ。完璧に決まってる』

  

 彼女らしい答えだ。いやしかし。物足りなさね。

 表面上はともかく。心を抉る砲撃だったのは間違いない。意識していない攻撃は芯へと響くものである。

『あら?』

 

 敵艦隊が、動揺を隠せず無謀にも突撃してきた。

『無粋。もっと楽しみたかったけど』

「早く帰ってきてほしいのだが」

『提督が言うんじゃしょうがないわね。――おやすみなさい』

 川内が静かに微笑みながら、味方艦隊の一斉掃射で全滅させた。



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揺れ動く人の心です

 夜の海に静寂が広がっていく。敵艦隊の気配が完全に消えていた。

 終わってみれば完全勝利であった。味方艦隊に傷一つついていない。

『提督、後は私達だけで大丈夫。どうしても危なくなったら呼ぶから』

 とても優しい声色で気遣ってくれている。

 

 俺の心を分かってくれている。平等にとは思っているがね。やはり。

『響を迎えてあげて。心配でしょ?』

 ウィンクをする姿を見た気がした。

「…川内。お前は最高だ」

 

 よく気が利くし、最高に安心感のある戦いだった。

『まあね! 夜戦だからね!!』

 誇らしげな声であった。ちょっと調子に乗っている気もするけど、この勝利はそれだけの価値がある。

 

「後は頼んだ。どんな些細な事でも呼んでくれよ」『もっちろん!』

 川内との繋がりを弱めて、意識を俺へと戻してきた。

 目眩、吐き気が訪れるが落ち着いている。川内との相性も良かったのだろうが、前に夕立の指揮を執っていたからだ。体が指揮の感覚を思い出していた。

 

「さてと」

 一度息を吐いた。そうして、入渠場へと足を運ぶ。

 係の妖精に、響へ高速修復材を使う旨を伝えた。治療が済めば執務室まで来てほしいと、伝言もお願いする。

 

 胸が軋む。他の皆に修復材を使わないのは、資源の節約だけではない。というか、節約するならば響にも使う必要は無い。

「りょうかいしました!」

 ぴしりと敬礼をする妖精さんに違和感はあったが、深くは追求せず。重たい体を引きずって執務室まで戻ってきた。

 

 川内の気づかいは最高だったが、港で響達を迎えられない。

 響は傷だらけの姿を見せたくないだろう。ああ見えて、いやどう見えているかは俺次第だけど。彼女は誇り高い。

 俺も、中破した響の姿は見たくない。抑えが利かなくなる。

 

「我ながら弱すぎるがね」

 思いっきり抱きしめて、生きているのを確かめたくなる。あの小さな体に背負った全てを、温もりを感じさせてほしかった。

 でも駄目だ。ただでさえ、響に頼りすぎているんだ。

 

 訓練生時代はお互いに立場はなかった。前線にいた時も、立場としては軽かったさ。でも、今の俺は鎮守府をまとめる提督だ。

 感情のままに振る舞えない。スケベで割と変態な自覚はある。あるからこそ、重たい感情を響にぶつけたくない。

 

 死を命ずる場面は来るかもしれない。天龍達への応援でさえ迷った。確実に死ぬと分かる場面で、命を数量に置き換えられないのは駄目だ。

 これまで散ってきた命に申し訳が立たない。

「はあ」

 溜息をつくと控えめなノックの音が聞こえた。――響だ。



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重ね続けた熱い雫です

「入って良いぞ」

「失礼する」

 響らしい静かな音で入室してくれた。傷一つない。煤汚れなどもなく。美しい少女が目の前にいる。

 

 自然な雰囲気で距離を詰めてくれた。俺も立ち上がり、何故か対峙しているかのように佇んでいる。

 胸が痛む。心臓がうるさい。緊張していた。

 

 何故だろう。とは言わない。今の俺は酷く彼女を求めている。

「呼び出しなんて珍しいね。司令官、何かあったのかい?」

 響の澄んだ瞳は虚飾を許してくれない。下らない誤魔化しは通用しないだろう。或いは俺の心すら理解しているかもしれない。

 

 俺は響の心を理解出来ているのだろうか? 俺とだけ組んでいる彼女とは違う。俺は、他の艦娘とも組んでいる。

 まるで浮気した男のような気分だった。妻がいるのに、他の女と現を抜かしているような気分だった。

 

 下らない。それは駄目だ。駄目なんだ。提督として、一艦娘を贔屓してはならない。…でも今の俺は人で在りたいと思っている。

「ああ。いや、その。報告があるだろう」

「報告は天龍さんの方が良いよ」

 

 その通りである。あの響が中破していたのだから、相当に余裕がない状況だった筈。守られていた天龍の方が相応しい。

「久しぶりに私も本気で戦ったからね。守る事に手一杯で、状況は聞いてなかったのさ」

 

 補足するように伝えてくれた。感情の波が見えない言葉だった。

 いっしょにいたい。心配していた。愛おしい。守りたい。そう思っているのは、俺だけなのだろうか。

 あくまで響は、相棒としてしか見ていないのだろうか。

 

 だからこそ抑えられない。心がうるさい。どうしよう。どうしたい。もう良いのではないだろうか?

 川内が俺らしさを許してくれた。白露が俺の幸せを許してくれた。こんな俺を、父と慕う者達もいる。

 

 ならば素直に生きなくてどうする。しかめっ面して役割に縛られすぎるのは、あまりにバカらしい。

 エロエロな気分じゃない。素直に求めているのならば、そうすれば良い。拒絶はされてから考えろ。それでいい。

 

「それで、報告が用件ならもう良いかな?」

「…響」

 声が震えた。喉が渇いてくる。脳が軋む。指揮の疲労もある。馬鹿になっている。いつものノリとは違う。重たい心。

 

「どうしたのさ」

「こっちに来てくれ」

 声の震えは気付いているのだろう。怪訝そうな雰囲気だ。

「司令官?」

 

 小首を傾げて佇んでいる。俺からは踏み込めない。脚がもつれて転びそうだ。心臓がうるさい。死ぬのではないだろうか。

 何が拒絶されてから考えるだ。拒絶されたら多分死ぬぞ。

「頼む」

 

「分かったよ」

 ゆっくりと、だけど拒まずに近づいてきた。止まれと言わないから、徐々にだけど0に近づいて…抱きしめられる所で。

「それで何の用――むぐっ?」

 

 ただただ抱きしめた。小さな体。己のみぞおち辺りに響の胸を感じる。己の胸で彼女の頭を抱え込んでいる。愛おしい。

 匂い。仄かな甘み。脳がくらくらした。ほしい。

 体温。生きている。心がどろどろした。ほしい。

 

 ただ響がここにいて、抱きしめて、生きてくれていて、それを受け入れてくれている。幸せすぎて死にそうだ。絶頂しそうだ。

「し、司令官!?」

 驚き困惑している。拒絶の意は感じられない。

 

「…どうしたの?」

「どうもしない」

 言葉を発し息を吸うと、響の匂いを強く感じる。

 段々と濃くなっている。汗をかいているのだろうか? 

 

 甘い。汗が甘い筈もないのに、不思議と引き寄せられる香りだった。…今更だが、俺の体臭は大丈夫だろうか。

「どうもしないのに抱きしめるの?」

「悪いか?」

 

 迷わずに言葉を返し続ける。彼女が困っている。だけど。

「いや、悪い気はしないけどさ」

 そう言って、響らしい静かな仕草で抱きしめ返してくれた。

 無言のままに時間だけが流れていく。

 

 愛おしさは収まらない。鼓動がうるさすぎて鼓膜が爆ぜそうだ。お互いに融け合っていくほどの時間が経っている。

 だけど、相手を感じ続ける。この愛おしさを想い続ける。

「…創と話せてなくて、少し寂しかったと言うと嘘に聞こえるかい?」

 

 ぽつりと零れた言葉だ。もうそろそろ天龍が来るだろう。終りは近い。俺の零れた本音に、彼女もまた心を見せてくれている。

「君が、創が皆と仲良くなるのは嬉しいんだ」

 俺も響が仲間と幸せそうなのは嬉しい。

 

 いつか来るであろう平和な時が訪れたら、幸せになってほしいと思う。許されるならば、俺の全てを捧げたい位だ。

 無論、他を蔑ろにするわけではない。ただ素直に言おう。

 始まりの彼女はやはり特別なんだ。誤魔化せない。

 

「君に笑っていてほしい。幸せでいてほしい」

 俺から言葉は返さず。響の心を魂に刻んで。

「平穏があって、温かい心になってほしい」

 彼女から抱きしめる力が強くなった。

 

「それはきっと皆との交流が大切で、今はとても幸せになれる状況だ」

 すりすりと響が額をすりつけてくる。見上げてきた。瞳が潤んでいる。

「そうして恋仲になったり。もちろん普通の人とでも良いよね」

 声が震えていた。どんな想いが篭もっているのだろう。

 

 一言で割りきれるなら、こんな複雑な感情は抱かない。

「いずれは創と誰かの子供が生まれたりして、それを私がだっこさせてもらうんだ」

 俺が響の子を抱き上げることはあるのだろうか?

 なんて贅沢な妄想だ。堪らない。泣き出しそうな喜び。

 

「ああ。幸せだろうなって、尊い行いなんだって分かってる」

 潤んだ瞳のままに胸へと顔を押しつけてきた。表情が見えない。雫が胸に沁みてきている。…何も言わず。俺からも強く抱きしめた。

 

 お互いに痛みすら感じている抱擁だ。彼女の、小さな体を感じている。頭を撫でた。乱暴に撫でた。味わうように撫でた。

「祝福するべきなんだと思ってる」

 

 声に涙が混じっている。このまま押し倒して、響に傷を与えたい。俺のモノだと言い張りたい。…だめだ。だめ。

「でも寂しかった。不思議だね?」

 それが愛だと言えるほどの俺ではなかった。

 

「もう少し、もう少しだけこのままで」「…ああ」

 呟きは虚空へと消えて、二人だけの時間が流れていく。愛おしさがやむことはなく。また、つらつらと俺達は仄かに涙を流し合った。



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急転直下です

 響との抱擁が終り。彼女は無言のままに去って行った。顔が真っ赤だったのは気のせいではあるまい。

 一人残されて、執務室にて呆けている。

 まだ温もりが残っている。柔らかさを覚えている。

 

「…俺は何をしているんだろうな」

 分からない。ただそれで良いと思えた。今日は厳しい一日だった。こんな真剣な感じも、偶には良いのではなかろうか。

 毎日だと体が保てないけどな!

 

 そうやってぼーっとしていると、今度は少し強めなノックが聞こえた。

「失礼するぜ」

「天龍か」

 彼女らしく。どこか元気に入室してきたかと思えば。

 

「――勝手な遠征をしてしまい、申し訳ございませんでした!」

 一切の迷いなく深々と頭を下げた。天龍に責任があったのは否定しないけどな。俺もまた立ち上がり。頭を下げる彼女へと、同じ位に頭を下げた。

 

「いや詳しく指定しなかった俺の責でもある」

「あ、頭上げてくれよ!」

 そう言いつつも彼女の方は上げていない。気配で察したか。律儀なヤツ、というか割と礼儀正しい子である。

 

「それは天龍が頭を上げてからだ」

 言ってみると、苦笑しながら上げてくれた。俺もまた同じタイミングで頭を上げる。天龍の仄かな涙目。痛みではあるまい。

「生きる意味は見いだせたか?」

 

 からかうように問いかけると、頬を指でかきながら言う。

「…泣かれちまったらなあ」

 そういう天龍も泣いたらしい。愛情を感じられたらしい。良いね。初めて対話した時よりも遙かに、自尊心と誇りが見られる。

 

 誇りがある戦士は本当に強い。己の役割の侭に戦える。

 終われば良い結末であった。そう思っておこう。

「オレはやっぱり愛されてるんだな」

 愛されし者。彼女の危機に、暁達はどれ程頑張ったのだろう。

 

 見えないのがもったいない。だけど、それは彼女達だけの宝物なのだ。それでいい。それがいい。

「自覚出来たなら良い。今日は疲れただろう。詳細は明日にでも書類で上げてくれ」

 

「そいつはありがてえんだが」

 天龍の頬へ仄かに朱が差した。なんだ。どうしたのだ。

「なあ提督」

「どうした?」

 

 彼女らしくない歯切れの悪い言葉だ。余程、言いづらい事を言おうとしているのだろう。しかし、どうにも重たい雰囲気はない。

 なんだなんだ。悪戯でもしたのか。いやないだろう。

 

 これからの天龍ならばあるかもしれないが、ここまでの天龍ではないだろうさ。だから俺もマジでやったのだ。

「ほら!」

 

 どんと豊満な胸を突き出すようなポーズになった。…あの、えっと。俺も男なのですが。すけべなのですが。

 良いの? 食べて良いの? 揉みしだいていいのですか!!

 

 落ち着け!! ここまでの重たい感じで分かっただろう。もう戦場なのだ。しょうがないのだ。そうじゃないのだ。

 これは…あれさね。何かあるのさね。思わず口調が崩れてしまう。

「何だ?」

 

「揉むんだろ」

 言語が耳から脳へ届かない。意味が分からなさすぎた。

「何を?」

「――胸だよ胸!」

 

「は? えっ、いや何が?」

 思わず素になって言葉が出てしまった。

「響から聞いたんだけどよ。提督は胸が好きなんだろ?」

 

 いや好きですけど。というか何の話をしているんだ。

 えっ? というか割と真面目に抱擁したんだけど。響は俺とどうなりたいんだ。俺をどうしたいんだ。

 いやマジで。マジでさ。俺がすけべなの、響知っている?

 

 分からないけども。あ~! わけがわからん!!

「でよ。なんて言うか、オレは提督に全部晒したわけだ」

 そうだねプロテインだね。むしろステロイドかもね!

 状況を整理し「とりあえず揉め!」



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大爆笑です

 目の前には山と見紛う程のおっぱい。戦艦大和に匹敵する程の巨乳。制服に包まれし二つの胸は、触れる前から柔らかさを確信させた。

 おっぱい。絶対に柔らかいって。ノーブラだって。

 この間の思考は僅か数秒。神速の思考は軍神の証明か。

 

 えっ? どういう状況? 揉んで良いの? 

 考えろ考えろ考えろ。これは安藤の罠かもしれない。巨乳大好きと言わせることで、俺のカリスマを落とす狙いかもしれない!!

 でも断言するね! 巨乳大好き!!

 

 そうして、思考の海に落ちながら天龍を見つめる。

 まさしく自然体であった。仄かな紅顔もなくなっている。照れは感じられない。…俺のがちおっぱいがそれで良いのか?

 否! 断じて否!! 俺は絶対に妥協はしない!

 

「――お前は間違っている!!」「えっ!?」

 威風堂々。迷うな。魂で説き伏せろ。全力を見せてやる。

「女子のおっぱいと言うものは、そんな気軽に触れられるモノに非ず!!」

 学生時代の甘酸っぱい青春、大人になってからのほろ苦い恋愛。恋、愛を重ねて、或いは偶然でも良い。奇跡でも良い。

 

 おっぱいってのはそういうもんなんだよ!! 当たり前にあったら駄目なんだ!! 俺はそんなモノを求めて、ここまで戦い続けてきたんじゃない!!

「お、おう?」

 困惑している彼女の魂へと、本気で言葉を紡ぎ上げる。

 

「神聖不可侵にして絶対隔絶。心許す恋仲にのみその資格が与えられるのだ!!」

 だから良いのだ! というか、ただ触るだけなら風俗に行く!! そうじゃない。そうじゃないだろう!!

 

「恥じらいなきおっぱいなど唯の脂肪也!」

 そんなわけねえだろうが!! 俺だって揉みたいよ!!

 でも、でもさ。駄目じゃん。揉んだら駄目な感じじゃん! くそっ!! 俺がリア充だったら、陽キャだったらいけたのに!

 

 絶対に勃起する。揉んだら勃起するんだ! くそっ。くそっ!!

「それに触れさせようなどと笑止千万!! 片腹痛いわ!!」

 せめて表情には出さずに言い切った。断言した。

 この言葉を受けて彼女は。

 

「……ぷっ、く、ふふふ」

 耐えきれないとばかりに体を折りながら。

「はっはっは!!」

 全力で爆笑しやがった。

 

 狙い通りだけども。…うん。天龍はこうして笑っている方が美しい。重苦しいのはな。似合わなあいとまでは言わんけども。

 でもやっぱり、天龍はバカみたいに笑っていてほしい。

「高々胸の話で面白すぎだろ!」

 

 だって俺童貞ですし。ちゃんとおっぱいを揉んだこともないし。

「滅茶苦茶真剣な顔で! しかも迫力のある声で…!」

 体を震わせている。どんだけ楽しかったのだ。

「だっはっは! ぶっ、はっはっは!!」

 腹を抱えて大爆笑してやがった。



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意外と興奮しませんでした

「は~笑った! 本当に久しぶりに笑ったぜ。生まれて初めてかもしれないな」

 すっかりと邪気が消えている。天真爛漫で、格好の良い笑顔を浮かべていた。まったく。本当に可愛いヤツ。

「…そいつは良かったな」

 

 それはそれとして、俺は恥をかいただけだがな!

「拗ねるな拗ねるな」「ふん」

 からからとからかうような微笑みであった。

「あ~そのだな。提督」

 

「ん?」

 天龍が自然に俺の右手首を掴んで。

「ほい」

 豊満な彼女のおっぱいへと乗せた。

 

 ――それはおっぱいと言うには、あまりにも豊満すぎた。

 柔らかく、暖かく、汗の感じもあり、そうして重たかった。

 それは正に巨乳だった。

 

 うっひょ~!! た、谷間に俺の手がさしこまれている!! 

 ど、どうした。何があった!? 衛生兵! 衛生兵!! ティッシュを用意しろ!! 油断すればすぐにいっちまうぞ!!

「んなっ!? お、お前…!」

 

「離すなよ。好きなんだろ?」

 からかいを乗せた言葉は仄かに震えていた。どうしろと。なにか。ナニなのか。でも駄目だ。揉めないよ…。

 もう脳みそがパンクしそうだった。

 

「…なんて事はねえ。オレも提督も生きてるんだ」

 天龍の鼓動が掌から伝わる。手首を持っている彼女には、俺の脈動が伝わっているのだろう。めっちゃおっぱい柔らかい。

 すごいやわらかい。良いのか俺はこんなに幸せで良いのか。

 

「精一杯生きてるんだ」

 生きてるってかイキてるというか。やばい。まじやばい。

 あばば。脳内麻薬がどばどばしてる。これもう良いよね。ゴールしても良いよね。飛行機雲である。

 

「きひひ。それが胸への熱い情熱で分かるとは思わなかったけどよ」

 楽しそうだった。少しだけ理性を取り戻せた。情事の気配はない。でもちょっと酷いと思います。デリカシーが皆無だと思います。

「まだ強くなりたいか?」

 

「…強く在りたい」

 似て非なる言葉。力を追い求めて生きるんじゃない。生きているから、力を求めている者の言葉だ。

「恥知らずになりたいわけじゃねえ」

 

 弱さを認めながら。

「ただオレで在るというだけで、真っ直ぐに胸を張って」

 愛されるを認めながら。

「堂々とこの世界に生きていたい」

 

 良い言葉だ。多分、本当に良い言葉だ。良い言葉はなくならない。なんて。冗談を考えながらも。

「天龍は世界水準超えだからな」

「胸がか?」

 

 間髪入れずのからかいであった。

「お前ね」

「はっはっは! …うん」

 窺う様に俺を見つめながら、彼女は震える声で言う。

 

「揉まねえの?」

 なんだよもう。だめか。童貞がおっぱいに震えたら駄目なのか。

 良いぜ。ならば応えよう。俺を誰だと思っていやがる!!

 谷間へさしこまれた手に力を込めた――っ!?

 

「んっ! へへ、優しい手つきだな」

 や、やめろめろめろ。喘ぎ声っぽいのを出すんじゃない! ソロモンの悪夢ならぬ。ソウロウの悪夢になってしまう!!

 …すげえ。これがおっぱいか。

 

 思っていたよりは固い。ハリがあって、水風船みたいな感じだった。体温が良い。興奮より安心を覚えた。落ち着く感触である。

 止め時が分からんので、なけなしの理性を振り絞り手を抜く。手で抜くんじゃない。勘違いはイケ…いけない。

 

「あ~うん。もう休みなさい。疲れたろう?」

「おう。とりあえず飯食って休まないとな!」

 エロスな雰囲気も欠片も感じさせず。

「これからもよろしく頼むぜ」「ああ」

 とびっきり天龍らしい豪快な笑みを見せてから、彼女は執務室から出て行った。



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龍驤さんとの
かつての仲間です


 龍驤への応援要請を終えてから、翌日の夜には来てくれた。顔は合わせず体を休めてもらい。朝。

 執務室にて、久しぶりに龍驤と顔を合わせていた。

「久しぶりやな!」

 

 茶色の髪をツインテールにまとめた美少女。快活な笑みと明るい雰囲気が、彼女の親しみやすさを感じさせてくれる。

 右目に薄らと傷跡が残っていた。…俺達の戦いの痕。高速修復材を使おうと消えなかった。龍驤は勲章と言っていたがね。

 

 激戦を超えてきた戦士の証と、それでも本質変わらぬ龍驤らしい強さが見える。俺は彼女の傷痕が好きだった。

「ああ。元気にしていたか?」

「おうおうキミがいなくてちょっち寂しかったけど」

 

 ニコニコと笑っているので、本当かどうかは分からない。少なくとも俺は寂しかった。

 賑やかしという意味では、彼女を超える相手はいない。

 それでも俺には響がいてくれたがね。

 

「ま、元気にしとるで~!」

 からからと楽しそうに笑っている。再会を心から喜んでくれていた。素直に嬉しいぜ。かと思えば、妙にやらしい笑みで。

「ででっ、最近響とはどないなん?」

 

 肘で脇腹を小突いてくる。くすぐったい。なんなのだ。お前はお見合いを勧めるばばあか。ばばあ龍驤か。

 妙に似合っているのがなんとも面白い。

「どうもこうもない。今まで通りだ」

 

「ほ~ん」

 更にやらしい笑みを深めていやがる。まあ、彼女に隠し事は通用しないだろう。昨夜は響と就寝していたんだったか。

 それなりに語り合っていたのかもしれない。そう思うと照れてきた。

 

「何だよ」

 つっぱねるように、昔のような語気で返すと。

「べっつに~?」

 にやにやとしやがっている。まったく。本当に変わらないやつだ。

 

「…ふん」

「あっはっは!」

 遂には大爆笑だった。まあ、元気で良かった。

 彼女はいまだに戦場で戦い続けている。空母達が休めるように、小さな体で激戦を続けている。頑張っているんだ。

 

 他の軽空母達の指導もしていたはずだ。慣れていたとしても疲労は凄まじいだろう。少しは、今回の応援で休んでほしいがね。

 注意深く見てみれば、やはり疲労が見て取れた。

「変わりがないなら何よりやね」

 

 出す声も昔より元気がない。寂しかった、というのもあながち冗談だけではなく。心も弱っているのだろう。

 久しぶりの再会だ。もっと話し合いたいけれども。

「積もる話もあるがね。今は」

 

 戦場だ。この海も戦場になっている。巣が出来たんだ。

「ん――とっとと片付けようや」

 不安はない。龍驤と響がいれば過剰戦力ですらある。緊張も必要ない。ただ当たり前のように、なすべき事をすれば終わらせられる。

「久しぶりの出撃やね。元気にいってみよう!」「ああ」



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歴戦の軽空母です

 天龍、龍驤、響の三人を編成して、すぐに出撃した。今回は天龍の指揮を執っている。今の彼女ならば、二人の実力に折れない。

 深海棲艦の巣へと入ると、あきらかに空気が変質している。

 濃密な経験からくる直感で、中心へと進んでいく。

 

 最も索敵能力が高い龍驤が先頭。後ろに天龍、更に後ろで響が走行していく。隙のない陣形であった。

 天龍の目の前の彼女は鼻歌を歌っていた。余裕である。

 振り返らないので見えないが、きっと響は苦笑しているのだろう。

 

 そうして進み続けていくと――偵察機が敵艦隊を観測した。

 緊張は…ない。必要なさ過ぎる。

『ほな。片付けよう!』

 瞬時に龍驤が艦載機を展開する。震電改二、彗星、そうして彼女が最も頼りにする、零戦・潜水爆撃型。

 

 特殊な艦載機に乗り込むは、熟練という言葉すら生温い歴戦の妖精達。

 側にいる天龍の肌すら灼けるプレッシャーと共に、艦載機が放たれた。結果、行われるは圧倒的な蹂躙だ。

 天龍の電探もまた敵艦隊を捕捉する。

 

 駆逐艦が二体、軽巡が二体、戦艦が二体を観測した瞬間にロスト。

 激しさすらなく。一切の抵抗を許さず。血と硝煙の、戦場の臭いすら感じさせず。ただただ一方的に蹂躙が完了した。

 相変わらず凄まじい力だ。さすが龍驤である。

 

 彼女達が敵艦隊のいたポイントを通過する頃には、静かな海が広がっているだけだった。

『ま、こんなもんやろ』

 あっけらかんとした言葉だった。

 

 龍驤らしいね。気取らず、過剰な誇りもなく。からからと笑う親しみやすさと、裏付けされた練度が美しい。

『これが空母の力か…』

 呟きには驚愕が見て取れた。あえて問おう。

 

「折れたのか?」

『冗談! 胸はオレの方がでけえからな!!』

 腹から声が出ている。良いね。そう言えるヤツは嫌いじゃないぜ。

『聞こえてるで~!』『聞こえてるよ』

 

 なぜか響からも批難する声が聞こえてきた。まあ、響は良いだろう。抱きしめた時に柔らかかったし、問題ない。もーまんたいだ。

 龍驤もな。マジで言うなら気にする必要は無いと思うがね。しかし彼女の持ちネタでもある。しょうがないね。

 

『はっはっは!!』

 楽しそうに笑う彼女へ。少し真面目な話をしよう。

「龍驤は軽空母の一つの極みだ」

 裏を返せば、軽空母の限界とも言える。練度の高さを考えてみると、やはり正規空母には敵わない。

 

「加賀や赤城とは違う。殲滅力だけで言えば、龍驤の方が劣っているだろう」

 燃費の良さは龍驤の方が優れているがね。かつての天龍が求めた、圧倒的な力という意味では、絶対に空母は超えられない。

「だが、彼女の姿は弱く見えたか?」

 

『…堂々と力強く。支える幹が見えるみてえだ』

 良い目をしている。一つの眼しかないからこそ、天龍は観察眼が育っているのだろうか。

「龍驤が見出した答えを見つめろとは言わない」

 

 それは彼女だけの答えだ。俺と共に、最前線で無力さを噛みしめながら、血を吐きながら紡いだ強さなのだ。

 天龍は天龍として、強くなるしかない。強くなれると信じている。

「だがまあ、少しでも糧になってくれればありがたいね」

 

『…ありがとう』

 今度の言葉はからかいがなく。暖かい感謝に満ち溢れていた。さすがに照れるぜ。あんまり照れる空気は好きじゃないのだがね。

「それが俺の仕事だ」

 

『よっし! 礼は胸揉みだな! おっぱい大好きスケベ提督!!』

「今度その冗談を言ったらぶっ飛ばすからな!!」『はっはっは!!』

 豪快に笑う天龍を連れながら、龍驤と響が巣を蹂躙していった。



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複雑な心境です

 巣の殲滅を無事に終えて、静かな海が戻ってきた。特段、何も異常はなく。当たり前のように終了していった。

 三人が海から帰還する。天龍は補給を済ませて、訓練へと向かっている。

 大したモチベーションだ。良い傾向である。

 

 ぼんやりと、執務室のソファーに座って待っていると、残りの二人は戻ってきた。

「たっだいま~!」「司令官、帰還したよ」

 執務室に入ってくる二人の距離は近い。

 

 見慣れているけど、ここ最近は見ていない二人の揃った姿。かなり息の合った雰囲気を感じる。

 なんだかんだと、響と龍驤の付き合いもかなり長いのだ。

 

 阿武隈と響の次に、龍驤と響の付き合いが長いからな。激戦区で数年以上の付き合いである。凄まじい濃度の仲だ。

「疲れはないか?」

「あの程度は物の数にもならんね」

 

 これが強がりではないことは、他ならない俺が理解している。敵に空母がいなかったのもある。

 今回の攻略は一方的な蹂躙であった。いつでもこうありたいものだがね。

「龍驤さんがいてくれたから、随分と楽が出来たのさ」

 

「嬉しいこと言ってくれるやん。うりうり~」

 龍驤が響を抱きしめながら、撫で回している――僕のだぞ!!

 おっと。内なるグールが目を覚ましてしまった。落ち着こう。…百合も良いよね! 百合百合だね!!

 

「…さすがにこれは恥ずかしいな」

 響可愛い!! 響可愛い!! は~良い匂いするんだろうなあ。俺も抱きしめてえなあ。むしろ抱きしめられたいまである。

『甘えん坊だね?』

 

 って微笑まれたいぜ。

「照れるな照れるな。可愛いやんな。アメちゃん食べる?」

 どこからともなく飴をだしてくる。こいつは大阪のおばちゃんか。虎柄が似合いすぎるが、たしか出身は大阪じゃないだろう。

 

「いただくよ。ありがとう」

 ころころと美味しそうにあめ玉をなめ始めた。そうしていると、年相応の少女、間違えた。

 年相応の美少女に見えるから不思議だった。

 

「遠慮せんと好きに食べるんやで」

 からからと楽しそうに笑う龍驤へ微笑みつつも。

「ん。それじゃあ失礼する」

 穏やかに響が退出していった。

 

「ゆっくり休むんやで!」

「三人で話せば良いだろうに、何を気遣っているんだ」

 せっかく三人で話せる機会なのに、なんでわざわざ出ていくのだ。もったいない。俺と龍驤に気を遣いすぎだ。

 

「まだまだ乙女の扱いが分かってないなあ」

 意地悪な笑みで、俺の隣へと座ってきた。そのままのんびりと、だけど真面目な声で言葉を紡ぐ。

「創を独り占めにしてる罪悪感。うちにしか見せない一面を、見ざるを得ない状況」

 

 静かに語る言葉は、龍驤の本音でもあるのだろう。独り占めね。俺が響を独り占めしているわけでもあるんだが。

「響としては複雑やろ」

「む、う?」

 

 そういった点も含めて、響も思う所があるのかもしれない。…それでも抱きしめさせてくれた。さて。

「にっひっひ。前までならそんな嫉妬も感じさせなかったのになあ」

 それはそうだ。彼女は自分の心を隠すのが上手い。

 

 最前線時代も色々とあった。大切な思い出だ。

「時間が経つのはホンマに早いわ~」

 俺と響の出来事に深くは踏み込まず。全部を抱擁する大きさで龍驤は笑っている。昔からそうだ。彼女には敵わない。



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おっぱい談義です

 にまにまと笑う龍驤を流しつつ、茶を淹れた。

「おっ、ありがとさん」「ああ」

 そうして二人で茶を啜りながら、時間が流れていく。

 体の奥底の緊張が解けていく。落ち着いていた。

 

 久しぶりの感じだ。他の艦娘とは違う。龍驤にだけ感じる、実家に帰ってきたような安心感を覚えていた。

 抱擁力が凄まじい。小柄な体に収まらない心の広さだ。

 

 のんびりと時間が流れている。隣に座る龍驤も眠そうであった。このまま昼寝も良いかもしれない。偶には肩でも揉んでやろうか。

 そう考えた時、不意に彼女から声をかけられる。

「なあなあ創」

 

 少しだけ真面目そうな雰囲気だった。真剣と言い換えても良い。龍驤のこんな空気は、それこそ久しぶりだった。

 応じて、低い声で言葉を返そう。

「どうした?」

 

 言葉を返してから、茶を飲んだ。変な緊張を感じていた。本当に何だろう。

「男って、でかいおっぱいが好きなんか?」

「ぶほっ!」

 突然の言葉に耐えきれず噴き出した。いや、好きだけど。

 

 他ならない龍驤にそれを言われると、さすがに耐えきれないのだが。母親にエロ本が見つかったような気持ちになるのだが。

「あ~汚いやん。大丈夫なん?」

 優しく背中を摩ってくれる。小さな手だが心地良い。少し落ち着けた。

 

「いきなり何を言っているんだ」

 本当にな! ジト目で見つめると、決まりが悪そうに言葉が返ってくる。

「天龍のおっぱいが好きなんやろ」

「別にそういうわけじゃない」

 

 間髪入れず言葉を返した。今度は龍驤の眼がじと~っとした雰囲気を帯びる。嘘偽りは許さないと言いたげだった。

「嫌いなんか?」

 声も低い。割と真面目に問いかけられている。

 

「…す、好きです」

 自分の顔が赤い自覚はある。何を尋ねられているのだ。戦友との久しぶりの再会で、なんで性癖を語っているのだろう。

「じゃあ、おっきいおっぱいじゃないと駄目なんやな」

 

 ――否! 断じて否!! ネタにしているから弄っていただけで、俺はちいさい胸も大好きだ!!

 なぜ、小さな乳を貧乳と言うのだろう。まず言葉がおかしい。

 ちいさくてもおっぱいなのだ。おっぱい。おっぱい!

 

 貧しい乳? そうではない。小さな乳。子供乳、掴みきれない重量感のある巨乳は堪らんが、掌にすっぽりおさまるサイズも素晴らしい。

 そうして、鼓動が伝わるほどの小ささも愛おしい。

 何より大切なのは感度だ。いや、愛撫した事はないけどな!

 

 でもでも、小さい方が感度がすごい気もする! 何より垂れる心配性がない。いや、小さな乳も垂れるらしいけどさ。

 後ね。こう…やっぱおっぱいって良いよな!!

 揉んで良し、舐めてよし、こすりつけて良し!!

 

 小さければ、完全に口へ入れて羞恥を煽っても良し!! 最高じゃねえか!!

 そういう事である。この熱量で語ったら引かれそうなので、止めておこう。

「何か悩みでもあるのか?」

「いやな。そろそろ戦争が終わりそうなんよ」



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全て知る許しです

 戦争の終りを示唆されて、真っ先に感じたのは脱力感だった。

 すとんと、両肩に乗っていた重荷が消失していく。じんわりと胸に、くすぐったさにも似た不思議な感覚が広がった。

 嬉しいと一言で告げるには、あまりにも多くの事があった。

 

 正直に言えば、戦争を求める俺も存在するかもしれない。それだけ戦い続けてきたんだ。抗い続けてきたんだ。

 でも終わるのか。終わってくれるのか。

「……そう、か」

 

 ようやく絞り出せた一言は、不気味なほど小さく静かだった。

 龍驤は何も指摘せず。淡々と説明してくれる。

「ん。と言っても、まあ長ければ十年はかかるけどな」

 これから十年かね。長ければ、と言っているのだから、状況によっては数年もかからずに片付くのだろう。

 

 あえて長い時間で告げてくれたのは、俺の動揺を察している証拠だ。やはり龍驤は良い女である。

 なんて偉そうに言いつつ、お袋に甘えてる気分になるのだから、大抵俺もまだまだ子供なのかもしれない。

 

「後方からの資源供給が安定したおかげやね」

 資源が限界状態で、拮抗にまで持ち込む戦力だった。ならば、後方支援が完全に安定しているならば、勝利は必然である。

「で、後々駆逐艦しか通れん結界も出来るかも分からんし」

 

 かつて似たような結界、艦種制限がある海域も経験している。その頃は、そもそも俺の艦隊に戦艦はいなかったのだが、応援が不可能と知り覚悟を決めていたな。懐かしい。

 

 あまり良い思い出とも言えないが、確かに胸へ刻まれた戦場の熱。

「そういう意味では、まだまだ働いてもらわんと困るんやけどな」

 とんとんと優しく背中を叩いてくれた。まだ言葉を紡ぐ気力は戻っていない。なにかが抜け落ちている。

 

 しょうがない。それだけ必死にやってきた証拠でもある。

 龍驤の表情を見ると、彼女も同じように気の抜けた顔をしていた。ああ。疲れの見えた顔の理由が分かった。

 背負い続けてきたモノがある。ようやく降ろせたのだ。

 

 そりゃあ疲れが出てくるよな。俺と違って、彼女は未だに最前線で戦い続けてきたんだ。当然だろうさ。

「先が見えない宵闇の時間は終り」

 我武者羅に戦い続けてきた日々は終り。ようやく、俺が愛していた日常が、当たり前にある時が来るのかもしれない。

 

「夜明けを目指す道が見えたんや。良い事やろ」

 良い事だ。ああそうだ。多分最高に良い事だ。なのに、嬉しさだけじゃないのは不思議だった。

「だからな創」

 

 からかうように、だけどとても優しい微笑みを浮かべながら。

「おいで」

 両腕を広げて、抱擁を待っている。過去に一度だけ、本当にどうしようもない時。俺は彼女の胸で甘えた。

 

 龍驤が待っている。迷いもせずに、彼女の胸へと顔を預けた。

 仄かに感じる甘い匂い。小さくとも凄まじい抱擁力で、俺の全てを許してくれている。

「今までよ~く頑張ったな」

 

 小さな手で頭を撫でてくれた。心底から慈しむ掌だった。本当に昔、この世界に生まれたばかりの頃に、お袋に撫でてもらった事を思い出す。

 尊敬する父、優しかったお袋、大切だった妹。

 

 全て、深海棲艦に奪われた。俺が転生者だから、悲劇を生まされた。戦いへ挑む意味を見出された。

 俺のせいで、この世界の家族達は死んだ。…彼女の手のひらを感じる。ただ無心で感じ続ける。

 

「えらい。えらいで」

 ただ褒めてくれている。俺の背中に乗っている罪をひっくるめて、静かに認めてくれている。彼女の愛らしい声で存在を認めてくれているんだ。

「他の誰が何を言ってもうちが認めたる」

 

 きっと、他の誰とやらは俺自身も含めているのだ。龍驤は聡い人だから、ちっぽけな罪悪感を知っているのだろう。

「キミは誰より頑張った。えらい!!」

 それでも無邪気に褒めてくれた。胸がくすぐったい。

 

「…子供じゃねえんだからさ」

 いい歳の大人だ。前世も含めればおっさんである。

「艦としての時間も考えたら、まだまだ子供みたいなもんやろ」

 からからと笑うような声。全てを許してくれていた。



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本音零す時間です

「ま、創の大好きなおっぱいはないけどな~」

 涙が出てきそうな俺を気遣って、変に自虐していた。いつもの冗談ならば良いが、今は、そういう風に誤魔化したくない。

 こうまでしてもらって、ただ茶化して終わりたくはない。

 

「俺は龍驤が小さいと思った事はねえよ」

「ほ~ん」

 胸の話だけではなく。いや、確かに胸は小さいかもしれない。でもそれが彼女の魅力ではない。そんな事で龍驤の輝きは曇らない。

 

「というか、女性としてじゃなくてさ」

 龍驤を性的な目で見れた事はないぞ。胸が痛むし気持ち悪くなってしまう。好きだ。好きではある。心を許している。

 からこそ、そういうんじゃないのだ。

 

「こう、なんていうか」

 これを言葉にするならば、とてもくすぐったいけど。

「お袋的な?」

 …ああ。今なんとなく、俺を父と呼ぶ艦娘達の気持ちがよく分かった。

 

 こうまで受け入れてもらえると、自然とそう呼びたくなってしまうものなのだ。でっけえ生き方をしてやがるぜ。ありがたい。

「だっはっは! めっちゃデカイ子供が出来たやん」

「…迷惑か?」

 

 豪快に笑い飛ばしてくれたけど、本当はどう思っているのだろう。こんなにも臆病な問いかけをする俺の頭を、雑に撫で回しながら。

「嬉しいに決まってるやろ!」

 楽しそうに言ってくれた。俺も嬉しい。

 

「ああもう。可愛すぎるわ~」

 更にぎゅ~っと抱きしめられる。胸を突き抜けて、骨の感触もあるけれど。不思議と心は更に柔らかく感じられた。

 そうして、頭を撫でてくれながら彼女は更に踏み込む。

 

「で、結局響と何があったんよ」

 先程は流した問いかけ。再度の言葉だから、俺もまた静かに説明した。

「ふうむ」

 あの時の夜の話をすると、嬉しそうに言ってくれる。

 

「互いに腹をさらけ出したわけやな」

「…俺は弱かったら駄目だ。戦争なんだ。駄目だ」

 こうして龍驤に甘えてるからさ。正直に心根を語れるんだ。まともに顔が見えていると、やはり格好つけてしまう。

 

「全部守り切る~なんて言い切るにはな。創の性格的に難しいやろ」

 俺はそんなに強くない。楽観的には生きられない。

 力が欲しい。誰よりも何よりも力が欲しい。

「そこにきての終戦の予兆やったと。気も抜けるわな」

 

 響を幸せに出来ると言っても良いのだろうか? 俺もまた、彼女と愛し合い子を成したいと願っても良いのだろうか。

「ま、なるようにしかならんけど」

 それは真理だ。

 

「いつも通りに楽しんだらええやん」

 からからとからかうような声である。龍驤とは一緒にバカをやった機会も多い。漫才も楽しかった。

「響から聞いたで。仲良うやっとるんやろ」

 

 どんな日々を聞いているのだろう。そうして、龍驤はどんな日々を送ったのだろう。

「そうやって楽しんでいけばええんやで。しかめっ面なんてらしくない」

「…龍驤は俺を知っているものな」

 

 昔から心を見透かす人だった。本当に母親のような人だったんだ。

「誰より響が知っとるやろ」

 ふと、冗談めかして本音を語りたくなった。

「俺は実はどスケベなんだ」



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戦場の後遺症です

「知っとるわ。ていうか、それも響の方が知っとる」

「え? マジで?」

 思わず甘えるのを止める位に、衝撃的な事実だった。龍驤の顔を見つめると、いつも通りの楽しそうな笑顔で言う。

 

「だっはっは! 大体な」

 からかう雰囲気だけど、どこか真面目な感情を乗せて。

「女の子だってスケベな子もいるんや。響もむっつりスケベかもしれん」

「響が? 想像も出来ない」

 

 響も俺みたいに、はあはあと興奮していたりするのだろうか?

 いや、あの冷静な彼女を見ていると、どうにも想像出来ないのだがね。よしんば俺の下心を知っていたとしても。

『ふむ。生理現象と同じだろう?』

 

 なんて冷静に返す姿の方が想像しやすい。

『司令官。私のパンツを見るかい?』

 と、ぎらついた眼で言う響は想像出来ない。もしそうだったら滅茶苦茶嬉しいけどさ! でもなあ。想像出来んよ。

 

「むっふっふ。女の勘が怪しいと睨んどる」

「そうか」

 適当に流しておこう。本気にして響を傷つける方が嫌だ。

 察したのか、つまらなさそうに、困った様に微笑んでいる。やはり俺の心は分かっているらしい。照れるね。

 

「スケベと言えば、龍驤に男はいないのか?」

 普段なら絶対に聞かないが、この際だ。真面目に聞いてみるとしようじゃないか。

「いきなり何やねん」

 

「体型の事は本気で気にしているんだろう」

 いつものネタにする空気じゃない。というか、二人きりの時はあまり話題に出さない。誰かを笑わせる為ならば別だが、割と真面目な雰囲気の時に、龍驤は胸を話題にしない。

 

「…珍しく素直に甘えたかと思えば、こうして提督としての面も見せるんやから」

 彼女のトレードマークの帽子を深くかぶり直して。

「キミは良い男やね。まったく」

 

 噛みしめる様な声で言ってくれた。まあ、提督業も長いからな。甘えてばかりもいられないさ。

「ま、創といっしょの悩みやな」

「俺と同じ?」

 

 問いかけた龍驤の顔は、小柄な少女に似合わぬ重たい雰囲気を纏う。歴戦の古強者の表情。戦い続けたせいで、常在戦場の心が刻まれた顔。

「戦争が終わった後の事なんて考えてもなかった」

 俺とは違い艦これの知識はない。当然の様に戦場で、当然の様に地獄しかなかった。

 

 最前線でも日常の甘さはあったけど、死と隣り合わせだったのは間違いない。

「ずっと戦い続けて、その先で死ぬと思ってたんや」

 色濃く死の気配を感じながら生きている。未だ最前線にいる彼女は、尚そうだったろう。

 

「それがまあ…なんや。平和? 的なあれやろ?」

 どうなるのか。PTSDを煩った兵士みたいだ。不謹慎だろうか? …まだ、俺の悪夢は完全に消えていない。龍驤はどうだろうな。

「ほんまに分からん」

 

 悲しさすら乗せられない。ただ困惑するだけしか出来ない。

「男がほしいかって言われても、正直うちは性欲がなくてな」

 からからと笑っていているけど、割と深刻な悩みである。――誰かを愛する平穏が出来ないのだ。

「生々しい」

「はっはっは!」



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世界を見た事あるです

「創とのを想像してみたけど、吐き気の方が先にくるし」

 龍驤とのエロスか……おええ。吐き出しそうになってしまった。何か違う。違和感が酷い。いや、確かに魅力的だとは思うぞ。

 客観的に見れば美少女だろうさ。でも違う。

 

「男として恥ずかしい限りだ」

 だが実際、龍驤から言い寄ってきたらどうだろう。う~ん。嬉しいような悲しいような。本当にそんな感じになってしまえば、少なくとも今の俺ではいられない。

 お互いにナニカが壊れなければ、そうはならんな。

 

「ああいやいや。魅力的な男やとは思うで」

 フォローしてくれている。ありがたいね。

「顔も整ってるし、性格も良い。なんやかんや気も合っとる」

 俺の顔って整っているのか? まあひいき目もあるだろうな。うん。

 

 母親が子供をイケメンと言うような。そんな甘い眼で見てしまうのだ。

「ただ、相棒であり手のかかる家族なんよ」

 大分世話を焼いてもらっている自覚はあるがね。

「って真面目に語りすぎや」「そうだな」

 

 茶化すように笑いつつも、真剣な表情で彼女は続ける。

「何にせよ。平和になって人として生きて、誰かと愛し合う時」

 それこそが俺の悲願である。いい加減、萌え萌えの日々を送りたいし、かつての仲間達にも送ってほしい。

 

「うちは女っぽくないからなあ」

「…それを魅力と思う良い人と繋がると良い」

 別段、巨乳好きが殆どではあるまいよ。龍驤の抱擁力はロリコンには通用しないが、母性を求める者は絡め取れる。

 

 何より、彼女の良さを分かる人間ではなくては、愛し合う意味がないと俺は思うがね。龍驤がくすぐったそうに微笑む。

「いるかな?」

「絶対にいるよ」

 

 なにせ、そんな物語を読んだ事があるんだ。確かにそんな艦これも存在してくれたんだ。故に断言しよう。

 龍驤の大きさを愛する者は絶対に居る。

 彼女は幸せになれるんだって、他ならない俺だからこそ宣言出来る。

 

「ふふっ。決戦に赴く前もそやったな」

 ああそうだ。敗北エンドなんて真っ平御免だ。勝ちたい。勝つんだ。絶対に勝ってやるんだ。

「確信してる顔で、そう在ってもええやろと言いたげな顔で」

 

 色んな物語を見たからな。俺は諦められない。絶対に妥協はしない。

「創はいてくれるんやな」

 楽しそうに笑ってくれた。いつもの龍驤の雰囲気に戻った。

「――よっし。元気出た! ばりばりいってみよう!!」

 

「その意気だ」

 落ち込むなとまでは言わないが、落ち込む姿は似合っていないとは思うぞ。うん。こうして馬鹿みたいに笑える強さこそ、最も彼女らしい。

 元気になってくれて良かった。

 

「やから創も、しっかりと己の心に従うんやで!」

 …そう、だな。そう在りたいがね。

「ん。約束する」「ええ子や!」

 いつも通り快活に笑う龍驤と共に、のんびりと時間を過ごしていった。

 



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龍田さんとの
妙な距離感です


 昨日旅立った龍驤を見送ってから、今日。執務室にて、いつも通りの時間が流れていた。

 巣の残滓などを確認するために、響は遠征に出ている。

 今日も彼女は秘書艦じゃない。だけど不思議と寂しさはなかった。

 

 まだ彼女の温もりが残っている、というと酷く卑猥だがね。

 それにまあ、やはり素直な気持ちとして。他の艦娘と関われるのは滅茶苦茶嬉しい。響の言葉でもないけど、矛盾した本音である。

 

 だからこそ、今日来てくれた龍田が気になる。私、気になります!

 いやね。性的な意味じゃなくてね。

 今俺は嘘をつきました。龍田はエロいです。どエロいです。もう雰囲気がヤバいよね。エロエロだよね。

 

 素人は形の良い乳へと目を向けるだろう。愚かな。それは天龍の領域だ。上半身は天龍の神域だ。龍田の一番の魅力は――太ももと尻だろう!!

 むちむちした太ももと、形の良いエロスを与えるお尻。ハリのある尻は、撫で回したらさぞ良い感触だろう。

 

 そうだ。何より良いのは龍田のキャラである。そっと魅力的な尻へと手を伸ばした瞬間に。

『おさわりは禁止されてます~』

 なんて言われた日には暴発するね。確実に暴発する。

 

 …のだが。何故か彼女は執務室の入り口扉で佇んでいる。滅茶苦茶距離を感じる。じっと見てみると、照れた様に微笑んで首を傾げた。

 可愛いけども、さすがに遠くはなかろうか。

「た、龍田」

 

「どうしました~?」

 声も妙に緊張していた。本当にどうしたのだ。

「それは俺が聞きたい。どうして君はそんなに距離を取っているんだ?」

 これでは仕事もままならない。それが分からないはずもない。

 

「う~ん。色々とありましたから」

 まあ確かにな。龍田は俺の日常の顔を知る前に、

「その、ボロボロな姿も見られました。さすがに恥ずかしいです」

 負傷した姿を恥ずかしがる必要はないと思う。名誉ある、という言葉は嫌いだが、戦った証拠でもあるだろう。

 

「気が乗らないならば秘書艦は辞退してくれても良いぞ」

 艦娘が好きだからこそ、気乗りしないならば無理は駄目だ。別に天龍経由で仲良くなっても良い。

 仲良くなれなくても、龍田が幸せに笑える環境ならば良いのだ。

 

「いいえ~、これでも楽しみにしてたんですよ」

 緊張しながらもそう言ってくれた。そうして、龍田が徐々に距離を詰めていく。執務机に向き合い座る俺の隣で佇んでいた。

 

 その姿に嫌悪感は見られない。演技でなければ、彼女の言葉に嘘はないのだろう。ならば俺も嬉しいね。

「それならば良いがね」

「今日はよろしくお願いしますね~」

 

 のんびりとした龍田らしい言葉だった。

「よろしく頼むよ」

 ほわほわとした雰囲気の龍田と共に、一日が始まっていく。



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探り合いです

 妙に緊張している龍田と共に、仕事を始めていく。

 とはいえ、巣を殲滅したばかりだ。大した仕事はない。

 響達の帰還は夜を予定している。仕事は明日の方が多くなるだろう。そういう意味では、久々にのんびりとした感じなのだが。 

 

 気付かれないように、隣で立ち佇む彼女を見た。

 上の空でぼ~っとした姿。緊張していて、何より他の者達より物理的な距離を感じる。龍田らしくないとまで言うと、少し傲慢だがね。

 もう少し、余裕があっても良いと思う。

 

「龍田」

「は、はい。なんでしょう?」

 声が震えていた。恐怖はないみたいだけども、少し傷つくぞ。

「なんでもない」

 

「…そうですか」

 妙に気まずい間を感じ取れた。やはり距離を感じる。物理的にもそうだが、妙に緊張している。

 触れあいを避けているのか? そのわりにはちらちらと見てくる。

 

 興味はあるのだが警戒している。と言った様子だった。それ自体は構わない。龍田のそんな様子は珍しく、愛らしい。

 だが、龍田に警戒される理由が分からない。

 

 自分で言うのもなんだが、最近の俺は雰囲気が柔らかくなった。これまで秘書艦を努めてくれた、白露型の皆のおかげだ。

 特に白露とのやり取りで、俺の体は随分と癒やされている。表情も柔らかくなったのだ。

 

 無条件で怖がらせているとは思えない。どうしたものだろう。

 ん? 警戒もそうだが、顔が赤いな。ぱたぱたと手で扇いでる。暑いのか?

「冷房でもつけるか?」

 季節はもうそろそろ夏だ。俺は火傷痕の影響で感じづらいが、暑かったのかもしれない。

 

「いえ~、大丈夫ですよ」

 そういう龍田の額に汗はない。暑くないのに顔が赤くなっているのか。血色が良いのだろうか?

「そうか」

 

 またまた少し気まずい沈黙が流れていた。今、龍田の目と目が合っている。窺う様に、緊張した眼で俺を見ている。

 不思議と嫌悪は感じられない。緊張もあれど、何か言いたげな様子だった。

 言いだし辛いことか。それも龍田からね。う~ん。

 

 思いついたことを聞いてみるかね。

「風邪でもひいたのか?」

 秘書艦に任命されたのだ。体調不良は言いだし辛かろうよ。

「厳しい戦いだったからな。疲れが出たのも無理はない」

 

 川内に引っ張られる形で、他の皆にも負担をかけた。特に夕立は疲れて切っていて、確か今日は休んでいるはず。

 休日の夕立が、一度も顔を見せに来ていない。仲良くなってからは初めてである。相当、疲れていたのだろう。

 

 同じく龍田の負担も重かった筈だが、どうだろうか。

「大丈夫ですよ~」

 にこにこと笑いながら言葉を返してくる。本当に嬉しそうな笑みであり、龍田らしい艶やかさはない。ただ喜びを感じた。

 

「ふむ」

 強がりには感じられなかった。というか、心配されて嬉しそうにしていた。ではどんな理由だろう?

 不調を隠されていては嫌だからな。少し、踏み込んでみるか。



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ギャップに萌え萌えです

 椅子から立ち上がり、執務机から離れた。龍田が怪訝そうな顔で見ている。やはり恐れはない。ふむ。

 それならば俺も素直に確かめてみようか。

「龍田。来なさい」

 

 呼びかけると逆らいもせずに、とことことのんびりした足取りで来た。肩と肩が触れ合う横並び。互いに立っているので、妙な感じ。

 こうして近づいてくれるから、嫌われてはいないと思う。

 何だろうなあ。恋愛的な感じとも違うような。さて。

 

「…えっと。来ました」

 困った様に微笑んでいた。そんな龍田の額に手を乗せてみた。

「どれ」

「ひゃっ!?」

 

 びくん! と大きく身を震わせて、口が閉じられないほど驚いていた。

「ど、どうした?」

 さすがの俺も驚き問いかけると。

「は、はわわ!」

 

 電か? セーラー服龍田とか破壊力が強すぎるんだが。

 よし。少し冷静になってきた。それにしても……。

 額に乗せた掌から熱が伝わる。かなりの高熱なんだが、大丈夫なのだろうか。

「て、提督。う、あの」

 

「い、嫌か?」

 あまりのリアクションに手が離せない。窺う様に、涙目で見上げる龍田から目もそらせない。な、なんだろう。そこはかとなくエロスな雰囲気だ。

「いえ、そのえっと。お、おさわりは禁止されてます……」

 

 ガチ照れじゃん。余裕ないヤツじゃん。めっちゃ可愛い。

 思わず語彙力が消失してしまった。あれ? 龍田ってもっと余裕のある子じゃなかったか。こう、悪戯しても容易く受け流すような。微笑みながらさらりと流す感じ。

 

「「……」」互いに無言である。

 目の前の彼女は真っ赤な顔をして俯いている。でも拒絶はされていない。俯く彼女を見ると、潤んだ瞳と眼が合った。

 なんだろうな。胸がきゅんとして痛んでいるぞ。どうした。

 

 背中とか触ったら、無言のままに、でもめっちゃ照れて受け入れそうだな!!

 どんなリアクションを見せてくれるのだろうか? 想像だけで堪らんぞ。やっぱりサドな龍田も良いけど、受けの龍田も良い。

 何が良いって、ギャップだよね。想像の中にいた彼女と違って、リアルな感じが堪らんよね。

 

 …掌の離し時が分からん。このまま頭を撫でては駄目だろうか。良いのではなかろうか。むしろ掌を下に降ろして、胸を。ってそれは駄目だ。

 やべえ。やべえよ。なんだこの色気は、破壊力が凄まじいぞ。

 落ち着け。落ち着くのだ。ちょっと冗談にならない雰囲気である。

 

 そういうのは駄目だ。愛し合った者達が行うべきだ。勢い任せのスケベは駄目だと思います。責任が取れるのか?

 いや、取るけれども。――俺の胸には響がいる!

『司令官。さすがにそれは恥ずかしいよ』

 と罵倒する彼女がいる!! よし。



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軍神を尊敬です

 かなり名残惜しくはあったが。

「すまん。踏み込みすぎたな」

 そっと手を離す。

「あっ」

 

 手を離した瞬間に龍田が目を見開き、寂しそうに俯いている。そうまで落ち込まれると、普通に俺も心が痛むぞ。

 なんだろう。そんなに好かれる理由があったか?

 まさかイケメン過ぎたのだろうか。そういう事か。

 

「ち、違うのよ。そうじゃないの」

 …あ、うん。心を読んでの否定じゃないよね? 調子に乗るなって言外に伝えてないよね? そうだね。プロテインだね。

「どうした?」

 

 冷静に言葉を促すと、必死な様子で彼女が言葉を紡ぐ。

「えっとね。その、天龍ちゃん達を助けに行ってくれたでしょ」

 深い敬意と真っ直ぐな信頼を感じられた。あの時、俺が川内に助けられたみたいに、俺の迷いのなさで龍田も救われたのだろうか?

 

 成程。恋愛的な雰囲気でないのは、そういう事か。心を通わせ合うのではなく。提督として見られているのか。

 ある意味では新鮮な反応だった。父性としての側面も見つつ、素直に上官として慕われている。

 

「その時に川内さんからの指揮が伝わって」

 まあ、旗艦を通して繋がっているから、龍田の心に届いても可笑しくはない。

「やっぱり、軍神さんだな~って思ったの」

 そう嬉しそうに締めくくっていた。素直に愛らしいのだけど。

 

 結局どういう事なんだ? ――我こそは軍神。踊り狂う暴風!! とでも言えば良いのか。

 くっ。この右腕が疼く! 龍田の太ももに挟んでもらわないと、どうしようもないぜ! とでも言えば良いのか。

 

『…はい。分かりました』

 みたいな感じで、今の彼女に言うと、本当に挟まれかねないので止めておきます。はい。挟まれてえよ!! そりゃあ挟まれてえよ!!

 

 適度に肉が乗った太ももは柔らかく。そうしてハリがあるのだろうさ! あるのだろうさ!! でも違うじゃん。性欲だけじゃん。

 そうじゃねえ、そうじゃねえだろう。それはいかんよ。

 何がいかんって、俺は提督の強制力でエロい事はしたくないのだ。

 

 偶然でないパンチラとか、それもう犯罪だから。俺のシマではノーカンだから。

 いやしかし。この絶妙な雰囲気をどうしよう。心拍数がかなり上がっている。龍田はもじもじとしているし、俺も言葉が出てこない。

 

 じ~っと龍田を見つめる。困った様に彼女が微笑んだ。

 そうして、落ち着きながらも緊張した声で言う。

「ご、ごはんにしませんか?」

 

 時刻はすっかり昼食時。そう言われると腹が減っているような。腹の音が鳴る。

「ふふふ。可愛い音ですね~」

「おっ、おう」

 龍田が絞り出した提案に乗っかる形で、この窮地を抜け出した。



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手際よい料理です

 何故か張り切った様子の龍田が食堂へと向かって、すぐに執務室へと戻ってくる。お盆に料理を乗せている。二人分の食事を用意してくれた。

 肉じゃが、白米ごはん、みそ汁、卵焼き。デザートは大福だ。

「いっしょに食べましょうね~」

 

 食堂まで結構離れている筈なのだが、調理を考えても随分と早い戻りである。

「「いただきます」」

 二人で食事を始めていく。芋を一口食べてみると、ほくほくして美味かった。味のしみこみが足りない分、多少濃いめに味付けされたらしい。 

 

 手短に作りつつも、おいしく食べられる工夫を感じる。

 むう。龍田からは何も言わないが、彼女が作ってくれたのだろうか? だとすれば、時間を大切にしつつも、美味しくしたいと思ってくれたのだろう。

 

 そこだけを考えるならば、俺との時間を嫌だとは思っていないのではなかろうか。童貞の勝手な妄想だろうか。

「…提督、おいしくないですか?」

 とても不安そうな声で聞いてくる。一々可愛いやつだ。

 

「いや美味いぞ。龍田が作ってくれたのか?」

「天龍ちゃんで慣れてるので、肉じゃがは少し不満ですけどね~」

 嬉しそうに言っていた。可愛い。天龍の方が姉なのだがね。世話を焼くのは龍田の方らしい。創作でもよく見た光景だが、俺がいる世界でもそうなのだろう。

 

 とはいえ、天龍の姉御パワーは凄い。駆逐艦がよく懐いているのは、天龍の方である。双子に近い関係性なのかもしれないな。

 等とぼんやり考えながら食事を進める。俺も料理が出来るから伝わるのだが、すごく丁寧に作られていた。食べやすい工夫がされているのだ。

 

 例えば、食材が均等に切られていたり。火の通りをよく考えている。

「龍田は料理上手だな」

 そうして気づかい出来る人でもある。嬉しいね。

「慣れてますね~」

 

 のんびり口調で言いつつも、嬉しそうに照れていた。

 やはり敵意や嫌悪は感じられない。ほわほわとした雰囲気で分かりづらいが、嫌われてはいないと思う。

 だからこそ、よく分からんなあ。

 

 俺は別に恋愛感情が分からない天然ではない。とは思っている。

 いや。自意識過剰で悪いが、やはり龍田のソレは恋愛っぽくない。真面目な雰囲気を引きずっている

 なのに、妙に照れつつ緊張しているんだ。謎である。

 

「提督、おいしいですか?」

 期待の篭もった微笑みで問いかけてきた。可愛い。

「美味いぞ」

 率直に、あと柔らかな声で言葉を返す。

 

「えへへ」

 本当に嬉しそうな笑顔で受けてくれる。そういう龍田も美味そうに料理を食べていた。…俺との食事だから、も少しあるのかね?

 いやしかしまあ、何とも照れる雰囲気だった



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予想外の望みです

 食事も済んで、さっさと仕事を片付け終わってしまった。

 もう大した仕事も残っていない。そろそろ午後三時になる頃だ。俺は執務机に向かい、龍田は側で佇んでいる。

 腹も空いていないので、おやつにする必要もなかろう。

 

 相変わらず龍田も緊張しているし、妙に浮ついた空気だった。

 互いに無言の侭時間が流れていく。嫌われてはいないと思う。従順な気配だ。何を言っても、そのまま受け入れそうであった。

 良い事なのかもしれないがね。素直に言えば困っている。

 

 …窺う感じがなあ。怯えが見えると踏み込めない。ドロドロしたのも駄目だ。俺は健全にいきたいのだ。健全でいきたいのだ。おっと。間違えた。

 さて、どうしたものかね。

 のんびりと考え込んでいると、龍田の方から話しかけてきた。

 

「良いお天気ですね」

「ああ。青空が心地良い。そろそろ夕焼けが見える頃だろうか」

 今日は爽やかな日だった。もうすぐ夏が来る。大分、気温も上がっている。そろそろ浜辺で遊べるかね。

 

 海遊びが、今のご時世だと何よりの贅沢だ。楽しみである。

「はい」

「「……」」

 会話終了。というか、それ以前に絶対適当な感じだったろう。

 本命を隠しつつ、探るような会話の仕方だった。

 

 よし。面倒になった。俺が恥をかくだけならば構わない。踏み込んで尋ねよう。

「龍田」

「は、はいっ!?」

 不自然なほど緊張した言葉の返し方。あらためて彼女の目を見ると、潤んで揺れている。動揺していた。

 

「緊張するのは分かるが、遠慮はしなくて良い」

 軍神などと呼ばれているがね。畏れだけではつまらない。

「何か聞きたいことや想いがあるのならば、素直に教えてくれ」

 力になろうとも。俺はその為に提督をしているんだ。

 

「必ず実現するとは言わないが、責めたりはしない」

 血に飢えていても、ヤンデレでも。所詮個性でしかないのだ。付き合えるとは言えないが、否定はしないよ。

 俺の方が変態だからな!!

 

「あらゆる望みは個性なのだから、とりあえず話すだけでも楽になるぞ」

 少なくとも抑圧し続けるよりは、誰かに語る方が楽になるだろう。素っ頓狂な言葉だったならば、それでも良いがね。

 そうして彼女を見ていると、意を決したように語り始める。

 

「…お尻を、叩くんですよね?」

 ふ~!? ふ、噴き出さなかった俺を褒めてやりたい位だ。

 待て。落ち着け落ち着くんだ。というか天龍もそうだけど、何この感じ。

 ダイレクトにスケベな流れが生まれている!!

 

 ダメダメ。エッチすぎます。そういうのは恋仲だから良いんだって。プレイだから良いんだって。

 まず冷静に状況を分析しよう。クールになるんだ。

「龍田…」――声をかけようとして気付いた。

 

 潤み、今にも泣き出しそうな彼女の瞳。仄かに震えている。深い緊張が感じられた。

 恐怖もある。当然だ。けど、それでも罰を求めている。

 俺が、応えなくてどうする…!?

 

 勇気を出したんだ。胸を張って生きる為に、罰を求めて俺を頼ってくれたんだ!! しかも女性からの望みだぞ!!

 童貞だからどうした! 女の尻に触れるのが初めてだからどうしたと言うのだ!!

 

 そうじゃない。そうじゃねえだろう。エロスはともかくとして、龍田が望みを口にしたのだ!! 応えられる俺でいたい!

 正直に言えば尻叩きたい!! 変態だ!!

 良いだろう。ならば戦争である!



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極限の懺悔です

 子供の仕置きをするような体勢で、俺は龍田の腹を太ももに乗せている。

 太ももに龍田の重さを感じる。腹筋のしなやかな感触を、脚で感じていた。暖かい。目線を下にずらせば、鍛えられた背筋の美しいラインが見える様だ。

 更に眼を右にずらしていくと……形良く大きな尻がある。

 

 スカート越しの尻肉。蠱惑的で、酷く性的な盛り上がり。不思議と興奮してこないのは、待ち受ける行為がとても歪だからか?

 まさしく、仕置きの体勢。彼女の表情は見えない。俯いているのもあるが、姿勢のせいで普通に見えない。本当になんともアレな状況だ。

 

「龍田」

「…はい」

 声が震えていた。心の奥底の嗜虐心は疼かない。どうも心苦しいけれども。まよいなく。

 

「叩くぞ」

 声をかけて――尻を叩いた。

「ひゃん!?」

 肉と肉がぶつかり合う音。布越しとは言え、尻の感触がしっかりと掌に伝わる。

 

 胸とは違う。筋肉の柔らかさだ。叩いた掌も痛んだ。おそらく、それ以上に龍田の尻は痛みを覚えているのだろう。

 思っていたより楽しくない。というか、普通に心苦しいぞ。どうしよう。

「提督…?」――促す声。良いだろう。

 

 叩いた。迷いなく布越しの尻を叩き続けた。

「っ! あっ、ひぃ、ぅ、痛い!」漏れ出る声が痛みを訴えているけど。

 続ける。何度も続ける。スパンキングの音が空間に響いている。

 顔が見えないのに、耳まで真っ赤だから表情が分かってしまう。

 

「ごめん、なさい! ごめんなさい…!」

 啜り泣く声。罪悪感を絞り出すような声だった。魂の奥底に溜った淀みが流れ出ていく。我慢していたのだろう。

 抑圧された感情が、異常な状況で吐き出されていた。

 

 成程。いやそうなのだろうけど。これは特殊なプレイとかじゃなさそうだ。思っていたより、尻って柔らかくないんだよね。って、そういう話でもなく。

 罰だ。龍田は罰を求めている。――ならば。

「龍田。めくるぞ」

 

「提督!?」

 スカートをめくった。紫の下着が艶めかしいが、興奮しない。今はそういう感じじゃない。下着もずらし、赤くなり始めた尻を晒した。

 全部は出さず。さすがにそれは出来ないので、尻肉だけを出している。

 

 そうして、加減は気をつけながらも叩いた。

「あうっ!?」

「どうした? 罰を求めたのだろう」

 いじめるように言葉を紡いで、彼女の心を剥いでいく。

 

「全て晒して、奥底に溜った膿を出したいのだろう」

 指揮と変わらない。魂を合わせる様に責めていく。

「ごめん、なさい…! ごめんなさい!!」

 最早謝罪の言葉は叫びと変わらず。彼女は大粒の涙と鼻水すら流して、涎も垂れ流していた。

 

 尿を漏らしていないのが不思議な位だ。龍田の心を晒していく。

 叩く。尻叩きの音が空間へ響いている。もう彼女の尻は真っ赤だ。俺の掌も熱い。叩き続け泣きわめく彼女。やがて。

「――あっ」かすれる声で気絶した。全て出し切っていた。

 

「…ふう」

 気絶した龍田の下着を戻し、スカートも戻した。

 そのまま彼女を動かして、膝枕の体勢にしてみる。こうして寝顔を見ていると、無邪気な少女にも思えた。



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吐き出した後です

 気絶した彼女が起きて、落ち着くまで数分。緑茶を入れて、隣合いながらのんびりとソファに座っている。

 ぽつりと龍田から言葉が零れる。

「私、全部あずけて叱られるの初めてで」

 

 泣き叫び気絶するまでに抑圧されていたのだ。余程、溜め込んでいたのだろう。吐き出す相手がいなかったというのは、なんとなく龍田らしいと思えた。

「幻滅しましたか?」

「いやそれはない」

 

 迷いなく言葉を返すと、嬉しそうに微笑んでくれる。

 別に嘘ではない。俺は変態だ。楽しくもなかったが、尻の感触を思い返すと中々に嬉しい。

「ただ君は女性だ。そうして俺は男なのでね」

 

 だからこそ、こういうのはよくないと思う。軍神として応えたけど、人間としての俺は普通に変態である。

「あまりこういった罰はよろしくないと思うぞ」

「優しいですね~」

 

 くすくすと笑っていた。どこか蠱惑的であり、少女にも見える笑みだった。龍田らしいね。

「他の提督は艦娘を抱く人も多いと聞きました」

 そう。戦場に赴く艦娘が望み、応え提督も相手を抱く。そこに愛はないとは言わないけど、大体は死を覚悟した艦娘から誘うのが定番だ。

 

 俺が艦娘と交わるのを避けるのは、そういう意味合いもある。女と男として、愛し合って至りたいのが本音であった。

 まあ、そんな交わりすら未経験である事が、ちっぽけな童貞の誇りなのかもしれない。

 

「状況によりけりだ。俺も相思相愛ならば問題はなかろう」

「恋人との、その、ぷ、プレイですか~?」

 顔を真っ赤にしてめっちゃ照れている。行動力はあるのに照れるとか。無敵かよ。

 

「おうとも。プレイだとも」

 胸を張って堂々と答えると、またくすくすと笑いながら。

「無駄に男らしい返答ね」

 さっぱりと言葉を返してくれた。すっかり緊張が解れていて、心の距離が近くなれた気がする。

 

「応えてくれる相手は響ちゃんかしら?」

「分からん」

 本当に分からんのだ。俺はどうなっていくのだろう?

「うふふ。楽しみですね」

 

 そうかもしれない。分からない方が楽しめる事は、意外と多いのだ。

「今日はありがとうございました」

 改めて龍田は俺と向き合い、頭を下げてきた。

「生まれて初めて、ちゃんと泣けた気がします」

 

 誇張ではない。あの涙は重みがあった。叫びがあった。

 受け止められる俺だった事に感謝を、おそらく阿武隈の影響が大きいね。…いや、阿武隈に尻を叩かれた事はないがね。

「少しお尻がひりひりですけどね」

 

 ふむ。せっかくだ。ここで冗談を飛ばして、龍田の感じを把握しておこうじゃないか。趣味ではないぞ。心苦しいのだがね。うきうき。

「望むならば尻を撫で回し、舐め回すが」

 あえてエロい笑顔で彼女を見つめて、手をわきわきと動かしてみた。

 

 くすりと龍田が微笑んだ。首を傾げて、じんわりと怖い雰囲気を滲ませながら――実に彼女らしい優しく甘い声で。

「おさわりは禁止されてます~その手、落ちても知りませんよ?」

 かつて聞いたボイスよりも遙かに柔らかく。親しみと親愛の篭もった言葉で返ってきた。

 

 噛みしめる様に俺も笑った。笑えた。これでいい。これがいい。

「ん。龍田らしい。良い解答だ」

「お父さんみたいですね~」

 静かに笑う彼女と共に、残りの一日を平穏に過ごしていった。

 



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暁さんとの
怒りの暁初対面です


 天龍や龍田との、刺激的すぎる一日が終わり。

 さすがに今日は心の平穏がほしかったので、秘書艦は響にお願いしようと思っていたのだけれど。

『すまない。…少し考えたいことがあってね』

 

 と、拒絶されてしまった――拒絶されてしまった!!

 うわああん!! ぜ、絶対抱きしめたからだ。抱きしめたからだろうさ!! でも、それ自体は拒まれなかったよな。

 う~む。ならばどうして、秘書艦を断ったのだろうか。

 

 顔は、赤かった気がする。初対面の時みたいな、世界すら拒む冷徹な表情でもなかった。

 照れた様な、愛らしい姿だった。滅茶苦茶可愛かったなあ。

 抱きしめるのを我慢出来た俺が素晴らしい。

 

 いやでもどうだろう。抱きしめたら、案外応えてくれたのではないか。引かば押せという境地だったのではないか。

 執務室にて考え込んでいると。響が手配した誰かのノックの音が聞こえた。…考え込むのは止めにして、とりあえず今日を過ごそうか。

「入ってくれ」

「失礼するわ」

 

 そう言って入ってきたのは、暁型の一番艦・暁であった。

 長い黒髪と灰色がかった黒目の美少女。響と同じセーラ服に身を包み、黒のストッキングが眩しい女の子だ。

 堂々と背筋を伸ばした姿は、暁の気の強さと凜々しさを感じさせる。

 

「暁」

 話しかけると。

「がるる」

 牙を剥いて威嚇してきた。レディがそんな顔をして良いのか?

 

 初対面から畏れられているのは慣れているが、敵意を向けられるのは初めてだ。そうやって警戒する暁も可愛いがね。

 こう。暁相手には、割と真面目に欲情しない。

 穏やかな一日を過ごす相手として、最高の人材かもしれない。

 

 仕事能力は普段の報告書を見るに、あまりなさそうだけども。それを補って余りある癒やし効果があった。

 これが響の警戒だったら。

『…私に触れるな』

 

 なあんて――おぼろろ!! や、やばい。想像だけで泣きそうだ。吐きそうだ。実際、初めて会った時の響はもっと警戒していた。

 何より拒絶していたのだ。この程度の反応は可愛いものである。

「…そんなに警戒してどうした?」

 

「どうもしないわよ!」

 怒りの声。一応、軍神と呼ばれる俺に物怖じしていない。良いね。

「そ、そうか」

 しかしその返答は、どうもしている者の声に思える。

 

 さて。思い当たるのは俺と響の関係と、天龍への態度。この二つ位か。後は、さすがにないとは思うけど、龍田の尻を叩いた件であったり。

 何が影響して、暁を警戒させているのかね。

 

 それを知るためにも、今日も一日を進めていこうか。

「今日はよろしく頼むぞ、暁」「ふんっ。よろしくね…!」

 怒っていても挨拶は返せる。そんな暁との一日が始まっていく。



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からかい混じりのかわいがりです

 早速仕事が始まっていく。とは言っても、大した仕事量は残っていない。不慣れな暁との仕事でもある。のんびりと進めていた。

 今、暁はソファに座り束の間の休息を過ごしている。俺も執務机に向かってはいるが、大して緊張していない。

 

 穏やかである。これが川内とかなら夜戦をせがんでいただろう。エロい。と油断して応えれば、普通にじゃれ合うだけだった。

 滅茶苦茶楽しかったけどね。そうして、緩やかな時間が流れていく中。

 警戒し、仄かな怒りを見せる彼女へ言葉を投げかける。

 

 

「暁。頭を撫でて良いか?」

「それは仕事じゃないでしょ!」

 ぷんすかと怒っている。更に警戒が深まった。いかんね。

 どうにも反応が良くてな。こういう事を言ってしまう。

 

 少し深く観察してみると、怒りはあっても悲しみはなさそうだ。この際、もっと遠慮を取っ払って、暁の本音を聞いてみようか。

 …まあ、からかうのが面白いと思っているのも否定はしないがね。

 こうして警戒されてばかりだと、気が滅入ってしまう。

 

「暁。だっこをしようか」

「子供扱いしないでよ!」

 む~っと拗ねた様な眼で見てきた。可愛い。こうして見ると、暁も美少女である。しかし興奮しない。

 

 基本、俺は響以外の駆逐艦で興奮しない。と言いたい。白露型はほら、実質軽巡みたいな体型だからさ。しょうがないね。

 だから、暁と接するのも微笑ましい気分になるものだ。

「飴ちゃん食べる?」

 

 龍驤が残していったおいしい飴を、ソファに座る彼女へ差し出してみた。

「りゅ、龍驤さんみたいね…いただくわ」

 困惑しつつも包装紙を剥がし、ころころと舐め始めてくれた。

「おいしいわね」「それは良かった」

 

 少しは機嫌を良くしてくれたようだった。俺も仕事に戻ろうか。

 彼女がまとめてくれた書類を処理していく。うむ。暁らしい個性的な字だ。悪くはない。癒やしを与えてくれた。

 ゆったりと仕事を進めていると。

 

「…司令官ごめんね」

 突然、暁が謝ってきた。

「ん?」

 視線をそちらに向けると、顔を赤くしながら震えた声で言う。

 

「字、汚いでしょ」

「ふむ。綺麗ではないな」

 読めなくはないが、形がよろしくない。素直な感想だ。

 むっとせず。恥ずかしそうに俯いた。それは嬉しくないな。

 

 天龍と同じく。堂々と胸を張る彼女の方が、俺個人は好ましい。からかうのも堂々としているからこそだ。

 面倒くさい変態みたいな感想を抱きつつ、本音を続けて語る。

「だが一生懸命やろうとしてくれている」

 

 これも事実だ。能力はないかもしれない。だが、必要最低限の結果は出してくれている。文句はないぞ。

 短い時間だが一緒に仕事をしていて、ひたむきに取り組む姿を見たんだ。俺のやる気を出してくれたさ。

 

「上司として、部下を預かる身だからね。努力する者は好ましい」

 そう言い切ると、大人びた表情で暁は問う。

「真剣にやって結果が出せないのと」

 誰のことを聞いているのかね。

「適当にやって結果が出せる人、どっちが良いのかしら?」



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戦場問答です

 大人びた暁の問いかけは、中々に難しいものだ。

 頑張る者と結果を出す者に、優劣はあるのか? とても残酷な問いである。それでも虚飾に塗れた答えはいらない。

 真っ直ぐに俺を見つめる彼女へ、優しい嘘なんていらないだろう。

 

 だから、俺も提督として考えを語ろう。これまで戦い続けてきた者として、迷い悩む暁へ答えを返すんだ。

「最小単位で考えるならば後者だろう」

 結果を出すのは大切だ。結果を軽んじ、過程のみに重きを置いては良い終りにならない。

 

 終わりよければ全て良し、なんて言葉もある。その位、結果を出すのは大切なのだ。俺個人もそう思っている。

「そう、よね」

 ショックを受けるというよりは、納得したように息を吐いていた。

 

 でもそこで考えは止まれないんだよな。これは慰めとかじゃなくて、割と真面目な話。やる気のない天才と、やる気しかない凡人を見るとだ。

 どう考えても後者の方が周りに受けいれられるのだ。

「しかし、あらゆる仕事は一人では完結しない」

 

 戦場も英雄だけの場ではない。一兵卒から大将まで、精鋭からそれこそ一般兵が入り乱れている。

 皆が英雄になれれば良いけども、現実的に無理なのだ。

 ならば、どこで優劣がつく? それは――努力でしかない。

 

「その者が全力で取り組む姿に胸を打たれて」

 よく努力は誰でも出来ると言われるが、大きな間違いである。

 自分の全てを絞り出し続けるなんて、まともな人間には出来ない。限界に挑み続けられるのは、一種の才能だ。

 

 そういう意味では、暁も天才なのだがね。今回は結果を出す云々と言われたから、あえて凡人とも言ったけれども。

「周りの者も頑張れる」

 今回、俺が微笑ましく思ってやる気を出したのと同じ。

 

 暁型の姉妹は暁を支えたがるし、他の艦娘も暁を好いていた。必死になり強く在ろうとする彼女を、馬鹿にする愚者は一人もいない。

 奮い立ち頑張ろうとする艦娘が、この鎮守府には大勢いるんだ。

「だから戦場では、真剣な者の方がありがたい」

 

 多くの敵を殺す英雄も大切だが、周りを生き残らせる者の方が俺は好きだ。命を預かる提督として、誤魔化しのない言葉だった。

「もっと言えば愛される者の方がありがたい」

「天龍さんみたく?」

 

 問いかけるような、そうして試すような言葉だった。嘘は許されない。

「そう。そうして暁のようにな」

 笑いかけながら言葉を返す。彼女は小さく頷き微笑んで、照れながらも言葉を返す。

「…ありがと」

 紡がれたお礼の言葉には、彼女らしい幼さと真摯な想いが乗っていた。



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贅沢なランチです

 それから少しの仕事を終えて、すっかり昼飯時になった。

「お昼にしましょ!」

 随分と明るい声だ。警戒心は消えているように見えた。素直な暁らしい。打ち解けた雰囲気が心地良かった。

 

 ふむ。それならば彼女の好物を作ろうか。暁の反応も楽しみだけれども、純粋に俺も食べたいのだ。

「俺が作ろう」

 そう言って執務室に隣接した、調理用の部屋へと移る。

 

 それなりの設備がある部屋だ。簡単な料理だったらここで作れる。…今更だが、そんな部屋を作ってしまったから、間宮食堂にお邪魔する機会が薄いのかもしれない。いずれは皆と飲み会もしたいのだがね。

 手早く調理を済ませて、彼女が待つ部屋へと運ぶ

 

「ありがと……って、お子様ランチじゃない!」

 並べた料理はお子様ランチであった。暁と言えばこれだろう。

「子供扱いしないでよね!」

 

 良いリアクションだった。それでも強い拒絶は感じなかった。良いね。ちらちらと食べたそうにしている。うんうん。

 期待以上の反応だった。愛らしいやつだ。

 

「好きなんだ」

 暁のリアクション狙いだけじゃない。俺は純粋にお子様ランチが好きである。

 なんとなく子供に戻れるような気がして、とても楽しく食事が出来るのだ。

 

 大人に憧れる暁の気持ちも分かるが、俺としては無邪気な子供時代は得がたいと思うのである。

「好きな料理を少しずつ食べて」

 チキンライスやエビフライ。タコさんウインナー、ハンバーグにからあげ。好物ばかりを揃えている。ほっと温まるコーンスープも素晴らしい。

 

 我ながらよく作り上げた。こうして作ると分かるけど、大した手間がかかっている料理だ。

「しかも最後は素敵なデザートだ」

 みかんゼリーを用意した。さっぱりとした甘みと酸味が良い。

 

「これ程の贅沢も早々あるまいよ」

 しかも今は実質戦時中だ。好物だけを選んで食べる最高の贅沢である。

「そうかしら?」

 意地を張る暁も本当は分かっているのだ。

 

 困った様に彼女は微笑む。…思っていたより、大人な印象を覚えた。ふむ。幼さは残しつつも、艦娘として成熟した部分もあるのか。

 いや下ネタじゃなくて。暁の水平線に勝利を刻む的な話じゃなくて。

 

 まあ、戦場を何度も経験しているんだ。大人びた部分があっても不思議じゃない。

「そうだとも」

 迷わずに答えると、小さく頷いてくれた。さて。

 

「「いただきます」」

 二人で声を合わせて食事を始める。一口、チキンライスを食べてみた。美味い。中々の出来だ。

「…ん。おいし」

 

 ほっと嬉しそうに暁が笑ってくれた。作りがいのある反応だった。これが世にいるお母さん、或いはお父さんの気持ちなのだろうか?

「そいつは良かった」

 胸が温まる時間を彼女と過ごしていく。



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素敵なカレーライスです

 仲良く昼食を終えて、再び仕事に戻っていく。

 そこからは大した会話もなく。ただ頑張る暁に触発されながら、いつもより気分良く仕事を片付けていった。

 皆の頑張りを直に知れるからか。暁も、真剣な顔ながらも嬉しそうにしていた。

 

 そうして夕方。そろそろ腹も減ろうかと言う所。彼女から提案してくれる。

「晩ごはんは私が作るわ」

 これは下手に邪魔をしない方が良いだろう。手伝わない方が良い時もあるのだ。

「包丁で手を切るなよ」

 

「子供扱いしないでよね!」

 ぷんすかと怒りつつ、少し嬉しそうに執務室から出て行った。

「…本当に期待通りの反応で」

 それでいて大層愛らしいやつだ。天龍にも似ている。

 

 愛される者として、日常でもありがたい存在だった。

「からかい過ぎて嫌われないようにしたいものだ」

 ぽつりとひとり言が零れる位には、どうやら俺も心が浮かれているらしい。下ネタギャグも出てこない。リラックスしていた。

 

 

 そのまま執務室で、彼女の料理を期待しながら待っていると、一時間が経過した。部屋に近づいてくる気配を感じる

「司令官~!」

 扉越しに声をかけてきた。両手が塞がっていて開けられないらしい。

 

「ああ」

 一言言葉を返してから、ゆっくりと扉を開ける。彼女が両手で持つお盆の上には。

「はい。暁特製ライスカレーよ!」

 海軍の代表的な料理。カレーが乗せられていた。

 

 机の上に料理を並べる。カレーライス、麦茶、ヨーグルト。もう最高だ。食べる前から美味いのが分かる。

 が、喰わずに見ているだけなんてあんまりだ。

「「いただきます」」

 

 食事を始める言葉を発してから、スプーンで一口。

「美味い!!」

 甘口カレーの美味さときたら、最高である。スパイシーなカレーも好きだが、子供舌でね。こういう方が大好きだ。

 

 うんうん。不揃いに切られた野菜や豚肉が、暁らしいじゃないか。火の通りは悪くない。楽しい料理だな。

「ほんと?」

 窺うような姿だった。調理時間も考えるに、あまり慣れてはいないのかもしれない。

 

 ならばと、迷わずに感想を伝えようじゃないか

「ほくほくとした芋。優しくほぐれる豚肉が最高だ」

 豚バラ肉かね。とろとろとして滅茶苦茶美味い。にんじんも入れている。苦手だろうに、美味くしようとする心が見える。

 

 これならば何杯でも食べられそうだ。ふふふ。何より美少女の手料理である。この俺が楽しめない筈もなかろうよ。

「料理上手じゃないか。作ってくれてありがとう」

「えへへ。まあね!」

 

 本当に嬉しそうな笑顔だった。感想を言い甲斐のある子である。無邪気なのだ。素直な喜びに俺も嬉しくなった。

「おかわりもあるから遠慮はしないでね」

「ありがたくいただこう」



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本音を零す瞬間です

 暁手製の料理をしっかりと味わいながら、二人で時間を過ごしていく。心地良い。初対面の時と比べれば、雲泥の差であった。

「美味かった。ごちそうさまだ」「お粗末さま」

 すっかりと腹一杯だ。少々眠くなってくる。

 

 ふふ。俺も随分と変わった。始まりは白露だったか。然程、長い月日は経っていないのに、もう大分昔の事に思えた。

 白露のおかげで、柔らかくなれたんだ。そうして重ねた変化のおかげで、こうして暁とも柔らかな時間を過ごせている。

 

 ……終戦か。強く渇望していたけれども、違和感が酷かった。だけど、日常を過ごせていたんだ。大丈夫だ。大丈夫。

 暁がいてくれるおかげで、ふと、姉妹であり俺の相棒でもある響を思った。

 彼女との関係も変わろうとしている。さて。

 

 ぼんやりと考え込んでいると、暁が呟く。

「…ねえ。司令官」

 消え入りそうな声だ。どうしたのだろう? 無言のまま視線を向けると――凜々しく佇む暁の姿。

 

 これは、真面目な話だ。彼女の大人な面が見えている。

「今日の私はわがままばっかりだったわ」

「かもしれんな」

 感情をぶつけられた自覚はある。らしい、とは思うけれども。あの天龍でさえ初対面では敬語だった。

 

 俺は嬉しいのだがね。

「上官に見せる態度じゃないし」

 そう。軍隊としては少々問題があった。ただまあ、周囲に人間がいないのならば気にしないさ。

 

 むしろどんとこいである。美少女の罵倒とかご褒美でしかないので。ふひひ。おっと。漏れ出てきた。

「罰があるなら構わない」

「俺は気にしていない。体面さえ保てるならば大丈夫だ」

 

 それに終戦が訪れようとしている。軍隊も解体される可能性があった。ふふ。艦娘が人として受け入れられる様に、尽力する同期もいるのだ。

 あのオタクは元気だろうか? …今は目の前の彼女に集中しよう。

「そうやって、司令官は受け止めてくれたわね」

 

 暁は決心したように微笑んで頷いた。

「だから…信じたいの。信じられるの」

 託すような、祈るような言葉だ。緊張が感じられる。

「暁?」

 

 思わず問いかけると。

「司令官、響拗ねてるからね!」

 真っ直ぐに想いをぶつけてきた。

「そ、そうなのか?」

 

 響が拗ねる…可愛すぎないか? だってあれだろ。

『司令官、私をちゃんと構ってよ!!』

 可愛すぎ~!! いやいや、マジで? ないだろう。そんなの萌えすぎるよ。だめだめエッチすぎます。

 

「もう! 大人なんだからしっかりしてよ!」

 割と真面目に怒られてしまった。でもどうだろう。俺もかなりの付き合いと自負しているが、なにせ姉妹だ。

 俺に見せない面を見せていても、不思議ではない。

 

 ちょっとどころかかなり悔しいがね。さてはて。

「そんなんじゃ立派な紳士になれないわ」

 ふふんと楽しげに笑っていた。

「暁みたいに、落ち着いたレディーをえすこーとしなくちゃ!」



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暁型の一番艦です

 ふふんと楽しげに笑ってから、一転。静かな微笑みを浮かべて、長女らしい大人びた雰囲気で続けるのだ。

「あの子はね。私たちの中でも一番我慢強いの」

 一人取り残された彼女の最期を知っている。

 

 初対面の時も、駆逐艦の無力さを嘆きつつも、周りに当たらない様に我慢していた。ぐっと歯を食いしばって、目元に深い隈を作っていた。

 眠れず。耐えて、耐えて、耐え抜いて。

 そんな響の生き方と共に俺は戦い続けてきたんだ。

 

「わがままだって上手く言えないし」

 他の誰かを優先してしまう。己の感情の侭には動けない。

 かといって、冷たいわけじゃない。内に秘める想いは誰よりも熱い。だからこそ響は辛いのかもしれない。

 

「甘え下手なんだから」

 そうだな。よく実感している。阿武隈にこそ弱みを見せていたが、俺含む他の面子には見せたがらなかった。

 抱え込んで、潰れるまで頑張っていたんだ。

 

 そんな所までそっくりだと、かつて阿武隈は笑っていた。

「司令官がしっかりとね。リードしてあげてほしいのよ」

 正直に言えば難しい。女性として向き合った時には、経験の薄さが出てしまう。怖いんだ。分からない。

 

「…響は傷ついているのか?」

 暁が怒っていたのだから、きっとそうなのだろう。響が俺との接近を喜んでいたのならば、暁だって祝福してくれた筈だ。

「隠してるけど、暁にはお見通しよ」

 

 困った様に笑っていた。深く傷ついているわけでもないのか。

 女心は難しい。正直に言えば分からなかった。

「こう、いっぱい心を持て余してるの」

 俺もそうだ。俺の場合は情欲も強いのだがね。そういう話ではないのだろうか?

 

 しかし、龍驤曰く響もエロいらしい。それは…その、素直に嬉しい。嬉しいけれども。まさか真正面から話題には出せない。

 一般的には、女性の方が貞淑な可能性が高い。

 いやでも。性欲は六倍強いらしいし。

 

「響はまだまだ子供っぽいのに、なのに甘えられてないのよ」

 ふざけた事を考えている場合ではなかった。うむ。

「だから司令官。お願いだから、あの子をしっかりと甘えさせてあげて」

「――任せてくれ」

 

 ずっと一緒に戦い続けた相棒。何より大事な女性を甘えさせられずに、何が大和男児よ。甘え合うのって最高だと思います!

 あのクールな声質で。

『創、だっこ!』

 

 とか言われてみろ。それだけで絶頂するね!

「暁と約束出来る?」

「ああ」

 真剣な表情で見つめる暁へと、真っ直ぐ眼を向けて頷いた。

 

「約束よ!」

 快活に、花開く笑顔で認めてくれた。今度からは義姉さんと呼ぼうか。うむ。怒られそうである。

「……あと一週間は待ってあげて」

 

 今まではほぼ毎日会っていたのに、か。分かっている。変わろうとしているんだ。

「そしたら、落ち着いてられると思うわ」

 今日一日で随分と暁の印象が変わった。こんなにも凜々しい少女だっただろうか。

 

 …天龍もそうだけども。やはり、俺が知っていたキャラとは違う。大人として落ち着いた面もある。素晴らしいね。

「それまでは私の大事な妹たちとも話してあげてね」

「よろしく頼むよ」

 

 一週間か。改・白露型の面々と交流するのも良かろう。

 さてはてどうしたものかね。

「今日はありがと」

 そう言って彼女がソファから立ち上がった。もう夜も深まっている。

 

 川内が元気になる時間帯だ。少しだけ眠たそうだった。

「こちらこそ」

「ふふ。司令官もお礼は言えるのね。偉いわ」

 にこりと優しい笑みを浮かべてから、暁は言葉を続けた。

「それじゃあおやすみなさい」「おやすみ」



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海風さんとの
再びの一番艦です


 暁との大切な一日から翌日。彼女に言われた通り、響が落ち着くまで日数を置こうと思っていた。

 そうして、既に深海棲艦の巣は完全に片付いている。

 かねてよりの予定だった白露型姉妹との、付き合いが始まろうとしていた。

 

「誰が来るかね」

 思わずひとり言がこぼれた。そうなのだ。誰が来るのか、今日は完全に分からない。思わぬ予定変更のおかげで、本当にランダムである。

 だがまあ、山風はまだ来ないだろう。

 

 それこそ切欠の白露のおかげで、随分と印象は変わっている。けれども、幼く引っ込み思案な彼女が、自発的に来るのは考えづらい。

 …なんか、そう考えると提督権限で無理矢理しているみたいだな。

「あながち間違いでもないか」

 

 執務室でのんびりと過ごしていると、綺麗なノックの音が聞こえた。それだけで丁寧な印象を覚えるものだ。

 江風や涼風は考えづらい。誰だろう?

「どうぞ」

 

「失礼します」

 入室してきた少女の姿。輝くような銀髪を編み込んだ一本を、後ろに流している。腰近くまであろう。美しい長髪だ。

 凜とした面立ち。静かな微笑み。何よりも翡翠色の瞳が印象的な美少女だった。

 

 そんな彼女の魅力を更に引き立てる服装。腋の出たノースリーブ型のセーラー服と、肘まで覆う黒の長手袋が素敵である。

 というか、すけべ過ぎない? なんでそんなに腋を強調しているんだ。

 最早あの腋はすけべの化身と言っても過言ではない。

 

『触ってみますか…?』まずここで一度達した。嘘だ。

 そもそも腋は触るものじゃない。くすぐる。舐める。挟んでもらう。そんな場所だ。俺を舐めるんじゃない。 

 でも指先でつんつんとするのも。

 

 落ち着け。落ち着くんだ。何を考えている。こほん。

「提督?」

 訝しげに俺を見つめていた。窺う眼差しは優しかった。意識が目の前の相手へと戻ってくる。

 

 そうして、当然の様に駆逐艦の領域を超えた巨乳。黒ソックスで飾られた美脚。凜々しさを前面に出しつつ、母性も感じる。

 えっ? 性的過ぎひん? 思わず関西弁だ。龍驤が乗り移っている。それでいて色気はなく。爽やかな魅力が溢れている。

 

「改白露型の一番艦、海風です!」

 そう。今日は白露型駆逐艦の七番艦。及び改白露型の一番艦、海風が来てくれていた。

「本日はよろしくお願いします」

 

 深々としたお辞儀は彼女らしく。丁寧で柔らかな印象を感じられた。結果的に強調される胸がやばい!

 おっと。落ち着け。そもそも俺は響に操を立てた身の上だ。

「よろしく頼む」

 

 クールに進めていこう。それこそ響の如く。表面上は冷静にいくのだ。

 絶対に海風の魅力に負けたりしない! ――やっぱりあの腋には勝てなかったよ……と、ならないようにするのだ。

 そんなこんなで、海風との一日が始まっていった。



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張り合い混じりの仕事です

 朝。出会って、改めて簡単に自己紹介を終えた。今日の仕事が始まった。

 凜とした美人な雰囲気とは裏腹に、海風は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。

「提督、お茶を淹れますね」

「ありがとう」

 

「ふふ」

 ただお礼を言っただけで、本当に嬉しそうな微笑みを見せてくれた。可愛い。

 白露とはまた違った世話焼き気質を感じられた。なのに、妙に張り合っているんだよな。一番として引っ張るという面では、やはり白露だと思うのだけど。

 

 海風はそれが嫌なのかもしれない。不仲とまではいかなくても、それなりに思う所はありそうだった。

 一口、緑茶を飲んだ。

「うまい」

 

 ふんわりと広がる香り。茶葉の甘みと旨味を引き出しつつ、変に後味が残らない爽やかな味わいだ。

 適切な温度と手順で淹れなければ、こうまで美味しくはならない。

「お茶を淹れるのは自信があります。…一番艦ですからね」

 

 自信ありげな微笑みは素直に愛らしいね。しかし。

「ふむ」

 白露への張り合いを感じつつも、一緒に仕事を片付けていく。

 そうすると、今度は彼女の高い能力に驚かされた。

 

 前日が暁だったのもあるが、格段に仕事を片付けていく。まあ、暁の良さは周りを奮起させる所なので、比べるのは駄目だけども。

 それでも、海風もまた素晴らしかった。

 とても綺麗な字。処理能力の高さ。日頃の努力を感じられる。

 

 実務だけではない。ふと眼が合えば優しく微笑んで、そこに媚びは感じられない。心の柔らかさを感じる。

 何より美人なのだ。面立ちだけではない。

 振る舞う所作全てに落ち着きと、柔らかさを感じる。

 

 表現は少し可笑しいが、母性のような感じだった。胸が大きいからな! 多分尻もエロいからな! …関係ないけども。

 一緒に仕事をしていて、随分と助かる相手だ。お礼を言おうと思った矢先。

「提督は仕事が早いですね」

 

 彼女から感心したように言われてしまった。本当に嬉しそうな笑みだった。

「それでいて丁寧です」

 うんうんと頷きながら、誇らしげに言われている。どうにも照れくさい。真っ直ぐな賞賛と尊敬を感じられた。

 

「海風には敵わんよ」

 素直に言葉を返すと、これまた誇らしげに豊満な胸を張って。

「ありがとうございます。ふふ。一番艦ですので」

 と言い切ってくる。一番艦。ううむ。

 やはり、白露への張り合いだけがらしくない。

 

 もっと言えば、少しだけ焦りも感じられた。まさか憎しみ? 嫌悪感?

 共に戦う戦友とは言っても、合わないのはしょうがないがね。

 ううむ。そういうネガティブな感じでもないんだよな。初対面だから張り切っているだけなら良いがね。どうしようか。



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張り合いすぎです

 そうして、海風と二人の時間が流れていく。昼時。そろそろ腹が減ってくる時間だ。彼女は当たり前のように察して提案する。

「昼食にしましょうか」

 静かに微笑んで、用意の為に執務室から退出した。

 

「…落ち着きもある」

 共に過ごしていて本当に思うのだが、気づかいが素晴らしい。

 喉が渇けばお茶を、少し疲れれば気づかいの言葉。俺が何を言うまでもなく。海風から提案してくれる。

 

 何より素晴らしいのは、押しつけがましくない所。本当に自然で慣れているから、素直に彼女へ甘えられるのだ。

 白露とは違った魅力を見せてもらえている。

「だからこそ張り合いはなあ」

 

 もったいないような。そうやってのんびりしていると。

「提督、扉を開けていただけますか?」

 海風が戻ってきた。声をかけてノックの代わりにしている。これが白露であれば、勢い良く開けて入っていただろう。

 

 それが悪いのではない。俺個人はそんな白露の快活さが好きだ。ただ海風の気づかいも愛おしい。それだけの事である。

 海風が用意してくれた昼食を並べる。

「作ってくれてありがとう」

 

「いえいえ」

 オムライス、デザートはオレンジゼリーだ。さすがにゼリーは市販の物だったが、オムライスは彼女お手製の料理であった。

「「いただきます」」

 

 さっそく、一口いただく。

「おいしいですか?」

 不安げに窺う海風へと。

「ああ。料理が上手だな」

 

 ふんわりと口の中で卵がほどけた。ソレに包まれたチキンライスが良い味を出している。バターの香りはしつこすぎず。

 鳥肉もしっとりとしている。下処理と火加減が完璧だった。

「ふふっ。海風型…失礼。改白露型の一番艦として当然の事です」

 

「ふむ」

「白露とは違いますので」

 ここまでの付き合いだけでも、滅茶苦茶対抗意識が強いぞ。見ていて微笑ましいような。少しだけ悲しいような。

 

 俺が、白露に思い入れが強すぎる自覚はある。川内がこの鎮守府で初めての相手ならば、白露は柔らかく緩ませてくれた初めての相手。

 大きな抱擁力と無邪気な人懐っこさで、俺の心を許してくれた。

 思えば、不眠が改善されたのも彼女が切欠だったのだ。

 

 そんな白露を悪く言う感じはいただけない。嫌な感じ! である。村雨である。

 さてはて。とはいえ、海風の気持ちも分からないではない。

 海風としては、自身が一番艦であると思うのは当然だ。

 

 ならばと、元になった白露を同じ一番艦として意識するのは分かる。

 何より白露も一番艦として、かなりアピールしている。

 彼女がよくいっちば~ん! と嬉しそうに誇らしげな姿でいるのを、俺は今までの付き合いで見てきた。

 

 まだこの鎮守府に来てから一年も経っていないけど、白露の事は事前知識とのすり合わせで随分と知った。

 その上で、海風が抱える心だ。俺が知っている艦これでは、もっと抱擁力がある子だった。

 

 現在、完全に戦争が展開されていて、武力が求められている状況。つまりは有能な者ほど、危険にさらされるのだ。

 優しい海風がどうあろうとするかなんて、考えるまでもない。

 まあ、その優しいイメージも押しつけにすぎないのだけど。どうしたものかね?



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抱擁タイムです

 昼飯を食べて、腹休めの休憩時間が流れていく。彼女の淹れてくれた緑茶を味わいつつ、ソファに隣り合って座っていた。

 あ~癒やされる。ただ黙って座っているだけで、海風から癒やしを感じていた。雰囲気が良いのだ。柔らかく落ち着く相手。

 

 そうしてのんびりと過ごしていると、彼女が口を開く。

「お疲れの様子ですね?」

「む?」

 仄かな心配を感じさせる声だった。何故だろうか?

 

 疑問の表情の俺へと、説明するように彼女は続ける。

「白露から提督の事は聞いてます」

「ああ。こびりついた疲れが取れていないのは事実だ」

 ここでの生活で随分と楽にはなっている。

 

 不眠も改善されて、幻覚は最早感じない。手の震えや吐き気も収まっている。

 鬱の感じも大分マシになっていた。自殺すら出来ない無気力感は、薄れているのだ。…それだけ抜き取ると重病人みたいだな。

 

 大したことじゃない。俺は、生きている。

「少しでも癒やせれば良いのですが」

「癒やし?」

 何をされるまでもなく。海風には癒やされているぞ。

 

 大体男というものは、美人が隣にいるだけで幸せなのだ。生産効率も大幅上昇なのである。そういう意味では海風は完璧。

 なにせ気づかい上手。何を言わなくても支えてくれている。俺に響という最愛の相棒がいなければ、やばかった。

 

 理性が飛んで甘えていただろう。搾乳プレイである。

『大きい赤ちゃんですね』

 と、慈母の微笑みを見せられたらもう大変であった。たいへんではない。へんたいであった。

 

「ええ。さあ海風にお任せください」

「うむ」

 ふふんと得意げな海風萌え。お姉ちゃん属性を宿しながら、こうして可愛げなある彼女。最高だね。イエスだね。

 

「白露に出来る事ならば海風にも出来ますので」

「そうか?」

 しかしここで張り合う。そうじゃない。白露と海風の良さは別物だ。白露は動的で活発な感じ。海風は真逆の良さ。

 

 包容力があるという点では共通しているけど、その発揮の仕方は別物である。逆に言えば、海風の方が行動力は低い。

 こうして比べ合うから駄目なのだ。むう。

「ふふ。彼女と過ごした流れを、海風が更に深くいたしますよ!」

 

 意気揚々と断言していた。いやあ。あの流れを再現しつつ、更に深めるとか。本当に搾乳プレイになりかねない。

「そ、そうか。だが別に張り合う必要は」

 残念だが止めなければ。

 

「…海風が信頼出来ませんか?」

 とても、とても悲しそうに俯いている。凜とした雰囲気は消えて、今にも泣き出しそうな少女がそこにいた。ああもう。

 姉属性と妹属性を有するとは卑怯なり!!

 

 滅茶苦茶恥ずかしいが仕方あるまい。正直に言おう。

「まず白露は俺の頭を抱える形で抱きしめくれたな」

「ふむふむ――えっ?」

 驚いてこちらを見ている。落ち込んだ雰囲気は消えていた。

 

「どうした?」

 あえて俺の羞恥心は見せず。堂々と問いかけた。

「い、いえ。提督も冗談を言うのですね」

 指で自身の髪をいじりながら、顔を仄かに赤めさせて言った。

 

 可愛いけどセクハラしている気分だ。悪くない。落ち着け。変態である。

「別に冗談ではない。嘘だと思うのならば彼女に確認すると良い」

「そうですか…」

 さすがにそれは出来なさそうだ。良かった。

 

 残念であるが、あの時は緊急事態だったのだ。距離感が近い子が多くて麻痺しているが、抱擁は普通しない。

 海外でもあるまいし…海外艦が来たら、相当刺激的なのだろうな。思いを馳せていると。

 

 困ったように海風が固まっている。仕方ない。

「無理をする必要は「無理などではありません」

 ソファから立ち上がり。彼女が両腕を広げて、俺の目の前に佇んでいる。

 

 思わず豊満な胸へと目が集中しかけて、必死に海風の眼を見た。潤んでいる。今にも泣きそうだけど、それは嫌悪だけでなく。

「ど、どうぞ」

 受け入れる想いも感じられた。



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たまらない抱擁です

 真昼を超えて二時位。異様なほどの静けさが執務室に広がっている。鼓動音が聞こえる。どこからだろう。考えるまでもない。

 今、俺の頭を抱きかかえている海風から聞こえる。

 豊満な胸に包まれていた。熱い。汗の匂いを感じた。

 

 仄かに甘い匂いだ。おかしい。海風の体温が伝わる。ぎゅっとした力は、布越しでも胸の柔らかさを感じる。制服、そこから先の下着。更に先の胸の感触まで、全てが俺の顔に伝わっている。

 とくん、とくんと聞こえる心臓の音が、俺の心を緩ませてくれた。

 

 あ~癒やされている。やばい。興奮しないぞ。いや確かにやばい感じなのだけども。普通に興奮しそうなのだけど。

 全てを包み込む抱擁力と、許しの感じ。

 

 なんだろう。この柔らかさと体温のコンボがヤバい。少し泣き出しそうだった。…こういう点も白露とは違うんだよな。

 彼女に抱きかかえられた時はヤバかった。

 海風の感じは違う。文字通り、甘えきっている。男女の仲とは違って、受けいれられている。

 

 大きさは違うけども、龍驤に似ていた。ああ。落ち着く。

「…提督も抱き心地が良いですね。山風を思い出します」

 とても優しく、愛おしさに満ちた声だった。彼女の姉妹達への接し方が分かる。愛情深い海風の声は、素直に好ましい。

 

「う、海風の抱擁はどうでしょうか!?」

 そうして照れる愛らしさもある。姉の如き抱擁力と、妹の如き愛らしさ。最強だ。海風は最も完璧に近い存在。

 落ち着け。落ち着こう。どうしたのだ。

 

 とりあえず返答しよう。

「あ、暖かいぞ」

 本当に暖かい。谷間って熱いんだな。谷間の汗の匂いも素晴らしい。変態だ。変態だとも。

 

 いやでも臭くはないのだ。何だろう。不思議である。戦場の経験で、女の子=良い匂いではないのは知っている。

 それはそれで堪らないのだけども。変態だ。悪いか。

「そうですか…えへへ」

 

 とくんと、一際高い心音が聞こえてきた。声だけでなく。心臓が海風の喜びを伝えてくれていた。

 滅茶苦茶照れるぜ。やばいな。抱擁ってこんなに良いものなのか。響にも俺の全てが伝わったのかな。

 

 うむ。こうして抱きしめられているのに、他の人と比べるなよ。変態ではない。最低である。

 ああ、暖かいな。なんでこんなに暖かくて、愛らしい子なのに白露と比べるんだ。海風だから良いんじゃないか。

 

「――白露が抱擁だけだったなら、海風は」

「海風…?」

 その発言はやばいって! 普通の男だったら襲われているぞ。これは誘われていると思われても仕方ない。

 

 ど、どうする。いやどうするじゃなくて、どう考えても暴走して。

「頭も撫でます!」

 はい。暴走していたのは俺の方でした。でもしょうがないね。童貞だからしょうがないね。



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あやすような抱擁です

 海風の小さく柔らかな手が、俺の頭を撫でていく。優しく梳いているような手つきだ。素直に心地良い。堪らない程の安らぎを抱いていた。

 しかも、胸に包まれているのは変わらない。最近の俺は幸福すぎないか? 揺り戻しで地獄が来るのだろうか。

 

 いやほんと、包まれているとしか言えない。すさまじい抱擁力。母性。まず香りが良い。体温が良い。布越しに感じる柔らかさが良い。

 全てが良い。もうやばい。語彙力が喪失する。

 受け入れる心が広すぎて、興奮も超えて気絶しそうだった。

 

 やっぱり、海風の谷間からめっちゃ良い香りするし。汗の匂いだと思うけど、心が揺さぶられる。

 理性が融けそうになる。興奮しない心とは裏腹に、泣き出しそうな切なさすら覚えた。

 

「提督の髪はふわふわですね」

 愛おしげな声だ。淫らな情欲は感じられない。ふと、少し冷静さが戻ってきた。年下の子へこんなに甘えて良いのだろうか。

「手触りが良いです」

 

 優しい言葉だ。どうしてこんなに甘えさせてくれるのか。それは、はたして白露への対抗心だけなのだろうか。

 自惚れたくなる。まあ、あれだ。海風は優しいから、きっと俺が我儘を言っても、困ったように受け入れてくれるのだろう。

 

 いやいや。この状況自体は彼女から提案したのだ。嬉しいけれども、俺が強く渇望したわけじゃない。かなり嬉しいけどな!

 海風の体温が伝わりきって、融け合っているようだ。

 互いに言葉を発せず。ただ時が流れていく。

 

 心地良い微睡みの時間。頭を撫でる手は止まらず。優しさと柔らかさで心底まで癒やされていた。

 ぽつりと海風が言葉を発する。

「…良い子、良い子なんて。えへへ」

 

 赤ちゃんになりゅう~!! …落ち着け!! 危なかった。突然爆弾発言をするんじゃない。理性が飛んで搾乳を所望する所だった。

 ふう。やれやれだ。油断出来ないぜ。変態だ。

 緊張で固くなった俺の体を察したのか、少し拗ねた様に言う。

 

「提督からも力を入れてください」

 落ち着け。そういうことではない。というか、本当に誘ってないよね? 愛がない関係は不味いと思います。

 いやね。快楽に素直なギャルとか大好きだし。

 

 清楚系と思って実は、なんて展開も大好物だけど。そういうのは二次元だから良いのだ。絶対に後悔する。

 この人が良い。この人じゃなきゃ駄目。それ位思えているならば、別れが来ても後悔はないけども。って考えすぎだ。

 

 海風はただ望んでいるだけ。こうして抱きしめ合うのは、それこそ時雨や白露とも経験していたじゃないか。

「嫌じゃないのか?」

「尊敬、してます。恥ずかしいこと言わせないで」

 

 顔が見えないけど、きっと今の海風は真っ赤なのだろう。

「可愛い事を言うじゃないか」

 思わず漏れた俺の言葉へ。彼女は呟くように。

「…いじわるな人」



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割と冷静な変態です

 あっ。だめだこれ。理性が融けるやつだ。艶めかしい雰囲気が混ざっている。ここで素直に暴走出来れば、俺はもっと楽しめるのだろうか?

 ふと、響の悲しむ姿が見えた。

『それは大事なことだよ』

 

 諭す彼女の声さえ聞こえそうだった。うん。冷静になれたぞ。勢いに任せて、何より海風のコンプレックスにつけこんでのエロスなど。

 変態の風上にも置けぬ所業。エロスは楽しみきってこそ。

「もう十分だ」

 

 少し偉そうな言葉だったが、吐き出して彼女との抱擁を解く。顔に涼しさを感じる。谷間の熱がなくなったからだろう。

「あっ、そうですね…」

 ちょっと残念そうにしている。やばい。ドキドキしてくるぞ。

 

 落ち着こう。海風の二属性の破壊力と、純粋に巨乳のパワーで融かされている。ふふふ。白露の抱擁の経験がなければ、もう駄目だったかもしれない。

 俺は艦娘達に支えられて、この場で我慢出来たのだ。なんて誇らしい事だろう。…俺もなあ。力一杯揉めたらなあ。

 

 おっと。本音が漏れてしまった。いかんいかん。精神が元気になった分、こうしてすぐに漏れてしまうのだ。

「どうでしょうか。海風は良かったですか」

「お、おう」

 

 その台詞は駄目だって! もう駄目だって! 次は直にだなって言いたくなるもの。誘っているのか。良いのか。大人の扉を開いて良いのか。

 勝負を挑んできた雌を相手に、退く雄がいるか?

 くっ。俺の内の範馬勇次郎が叫んでいる。

 

 強くなりたければ喰らえ!! うっ、ふう。落ち着こう。

 冷静に考えて、まず白露達との関係性は最悪になる。特に白露は、海風を気にかけている。それなのに俺が海風へ手を出せば、気まずくなるだろう。

 しかもその理由が、白露へのコンプレックスを利用してだ。

 

 そうして次の理由だが――俺は童貞だ。このまま流れで致せるのならば、童貞ではない。一人遊びと妄想だけが得意であり。

『提督、海風は準備が出来てます…』

 などと言われてみろ。それだけで達する。

 

 最後に、最大の理由だが……初めて位好き合った人同士でやるべきだ。俺が惚れているのは艦娘で、萌えである。

 響とか、かなり深く個人的に接してきた相手。偉そうな言い方だがね。俺はそんな相手は個人的に好きだとも。

 

 だが、海風は知ったばかりだ。もっと色んな表情があるのだろう。今まで生きてきたのだろう。そんな彼女を知らない。 

 運命の出会いは否定しない。必然と唐突な恋も否定しない。

 

 白馬の王子様も、曲がり角食パンも好きだ。。

 それでも、それでも俺は海風の初体験が良いモノであってほしいし、こんな流れでは嫌だと思う。

「駄目でしたか?」

 

 不安げに揺れる海風へと、素直に言葉を返す。

「良かったぞ」

「…えへへ」

 照れて嬉しそうに微笑んでいた。可愛い。

 

「それで、この後はどうなったんですか」

 うきうきとしている。純粋なのか。それとも裏があるのか。どちらも好きだ。裏があるビッチタイプはエロエロ、純粋は萌え萌えである。

 ふ~本当に艦娘は最高だぜ!!

 

「最終的には膝枕で癒やしてもらったな」

「な、ならば海風は…!」

 暴走しそうな雰囲気。そろそろ止めるか。

「――もういい。そういうのは駄目だぞ」



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焦りと不安の行く先です

「ですが」「良いんだ」

 落ち着かせるように、真っ直ぐ彼女の目を見つめた。綺麗な瞳だ。俺と違う。濁りなんて無い眼差し。今は不安で揺れている。

 自信満々とまでは言わないけど、少しは胸を張ってほしい。

 

「ほら、海風も座ってくれ」

「…失礼します」

 海風が隣に座ってくれた。ぽすんと沈む感じ。ハリのある尻が思われる。変態だ。今の海風だと本当に尻を撫でられそうなので、絶対に言わない。

 

 いやしかし。思っていたより海風が揺れている。どうしてそこまで気になるかね? どう考えても海風は美少女だ。

 戦場なんかの厳しい場所でなければ、俺はあまり比べる事はしたくない。だけれども、あえて言うのであれば。

 

 海風は他の子達より遙かに良い子だと思っている。それは見た目の愛らしさだけじゃないぞ。こうして実際に過ごしてみて、本当に癒やされているんだ。

 無理に性的な流れも良くないし、暴走されるのは嫌だ。彼女の魂に傷はつけたくないんだ。もっと自分を大事にしてくれ。

 

 大事にしているモノを委ね合うから、互いの価値と己の価値を認め合えるから、交わりは楽しいのだろう。

「…海風は、やはり駄目なのでしょうか」

 今にも消え出しそうな声だった。

 

「違う」

 不安げに俯いて泣き出しそうだった。焦りと不安で揺れていた。…これまでの駆逐艦の不遇と、一番艦として無理をしていただろう白露への心配。

 

 どうにも出来ない己への無力感。苛立ち、は海風の気質から少なそうだ。白露への嫉妬とも少し違ったらしい。

 あくまでも、己へ抱く劣等感が全てか。俺と白露型の触れあいを、少しは知っていたのだろう。

 

 相手にされないと魅力がないと、思ってしまう。その程度には今の海風は追い詰められていたのかもしれない。

 ううむ。どうしたものだろうか?

「その、白露ほどではありませんが」

 

 ぎしりとソファを鳴らして、誘うように彼女が四つん這いで迫ってきた。豊満な巨乳が強調される。緊張と不安で紅潮した顔が、どこか淡い劣情を覚えさせた。どくんと、俺の心臓が鳴る。

「や、止めろ」

 

 童貞にはきつすぎるでしょ!! 清楚系の彼女がそういう事したら、破壊力がありすぎるんだって!!

 お、落ち着け。落ち着くのだ。かつての俺とは違う。可愛い子耐性がなかった頃とは違うんだ。

 

 無防備な川内の脚を思い出せ。響のパンツを想像しろ。白露型の艦娘達との触れあいを脳内に呼び起こせ。

 まずここで一度達し――てない!! 俺は童貞。童貞だからこそ、誇り高く落ち着くのだ。

 

「…申し訳ございません」

 がっつり落ち込んでいるぞ! ぐ、ぬぬ。でもなあ。やっぱり駄目だよ。ここで変に応える方が海風に失礼だ。

 何より白露にも失礼だ。どうしたものかね。

 

「「……」」

 気まずい空気が流れる中。

「提督、お邪魔するよ~!」

 と言って、ぶち壊すように川内が入室してきた。

 

 四つん這いで迫る海風の姿。ついでに言えば、胸元が緩みエロい感じの衣装。入ってきた彼女からは、どう考えても情事の始まりに見える。

 一瞬、完全に空気が止まった。そうしてにんまりと笑って。

「お邪魔しました~」



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ゆるゆる空気です

「待て待て!」

「…すけべだねえ」

 心底から楽しそうに言いやがった。にやにやとしている。ある意味で信頼を感じるぜ。

 

「しみじみと言うじゃない」

「え~?」

 へらへらと笑いながら近づいてくる。対面のソファーに川内が座った。きしりと軋む音。相変わらず楽しそうな子だ。

 

 海風もようやく状況を認識したのか、慌てながら言う。

「川内さん、違うんです。私が」

 追い詰められた彼女の様子を見て、優しい顔で川内は答える。

「うんうん」

 

 白露とは別の意味で、川内も抱擁力がすごい。ただ頷いているだけで、不思議と落ち着く雰囲気があるのだ。

 にへらと川内が笑う。責める心は欠片もなく。問う。

「で、なんだって海風はそんな事をしてるのさ」

 

 当然の疑問だった。俺も聞きたい位だった。まあ、迫られてそんな余裕は消えていたけどね! しょうがないね。

「提督が好きなの?」

 ぶほっ! い、いやいや。そういう意味で好きなわけないし。

 

 だって俺だぜ? 俺を愛してくれる仲間達はいたし、此処の皆とも極力仲良くしたいけどさ。恋愛面は想像しがたい。

 …唯一の例外が響だったり。なんてな。俺は響にそういう意味で受け入れてもらえるのかな?

 

 実際恋愛として触れ合うのならば、半端なくすけべな俺の心も伝わるわけでさ。怖い。何を落ち込んでいるのやら。

 今は海風だ。しっかりと俺も聞いていよう。

「尊敬、してます」

 

 じんわりと胸が熱くなる声色だった。普通に嬉しい。あくまでも軍神としての評価だが、可愛い女の子に慕われて嫌な男はいない。

「ん。私も尊敬してるよ」

 川内から尊敬されていると思うと、不思議と照れる。

 

 なんというか、大分気安い仲になっているつもりだ。変に壁を感じるのは嫌である。我ながら強欲であった。

「尊敬してる相手に抱かれたいって、海風は思ってるの?」

 本当に率直な言葉だな。聞いていてむずむずしてきたぞ。

 

「それは…」

 困った様に俯いていた。仄かに頬が赤い。なんかエロい雰囲気だった。いやだめだ。童貞捨てるチャンスとか思っちゃ駄目だ。

 初めては好きな者同士が良いのだ。流れで捨てるなんて、童貞と、なによりおそらく処女の海風に失礼すぎる。

 

 それにしても、川内は随分と冷静に心を解き明かしているな。海風も落ち着きを取り戻していた。素晴らしい。

「まあ少し落ち着きなよ」

 川内がごろりとソファに寝転がった。魅力的な細くしなやかな脚をばたつかせて。

 

「提督、お茶~」

 完全に緩みきっている態度である。しかし、見慣れている姿でもあった。ここまで気を許してくれていると、本当に嬉しい。

「…川内さんはとてもリラックスしてますね」

 

「それなりの付き合いだからね」

 白露型と順番で向き合うまでは、ほぼ毎日顔を合わせていた。夜戦の為の昼寝も執務室でしていたのだ。

 その度に、俺は彼女の脚を見てしまっていた。

 

 …ふう。しょうがないね。でも触れることはもちろんできなかったね。もっとしょうがないね。

「軍を意識してない場だったら、緩んじゃうかな」

「俺は気にしてないぞ。嬉しい位だ」

 

 素直な言葉を返してみると。

「ね~」

 嬉しそうにニコニコと笑っている。可愛いやつめ。こういう無邪気な笑顔が、川内の一番の魅力なのかもな。

 

 いやまあ、最高の手触りだった髪とか。本当に魅力的な脚とか。意外とありそうな胸とか。エロい尻なんて。

 落ち着け。魅力が溢れすぎている。

「海風も気をつかいすぎず。川内に相談でもしてみたらどうだ?」

「で、結局海風はどしたのさ」



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一番艦としての言葉です

 海風が抱える想い。一番艦として、誰よりも前に立ち危険へ向かう白露への心。心配、不安、恐怖。自己嫌悪してしまうのだ。

 どうして守られてしまうのだろう? なんで、自分は一番艦じゃないのだろう。戦場で積もってしまった感情だった。

 

 しっかりと海風の話を聞いて、噛みしめる様に頷いた。だけど迷いなく。気負いもなしに川内は語る。

「でも、私が白露を見る限りさ」

 のんびりとした口調は優しい。俺では出せない。

 

 俺は艦娘じゃないのだ。提督として甘えさせられても、共に戦う仲間としてはいられない。しょうがないのだがね。

「彼女は一番艦じゃなかったとしても、頑張ろうとする子だよ」

 それはそうだろう。海風も本当は分かっているのだ。

 

 川内の言葉を聞いて、困った様に俯いている。さてはて。そんな海風の様子を見て、彼女も困ったように言葉を続ける。

「それこそ神通だって一番艦じゃないけど、私より遙かに強いし」

 神通は経験こそまだ薄いが、阿武隈に匹敵する能力だ。

 

 いやむしろ、最前線の経験が薄いのにそれだけの強さなのだから、本格的に死線を越えられれば、どれほどの戦士になるのやら。

 そんな神通は川内の妹艦である。

「先に生まれたかはあんまり関係ないと思うけどね」

 

 深い実感と諦観すら感じる言葉である。川内は川内で、少し思う所があるのだろうか? いつもは、欠片も出さない強さもまた彼女らしい。

「それでも私は…」

 諦められない。姉妹仲が悪いのではない。大切に思える相手だからこそ、守られたくない。

 

 戦える気質なのも影響している。海風は確かに、一番艦としての、姉としての在り方も強くあるのだ。

 それはそれとして、妹属性の海風も可愛いよね。…シリアスすぎて空気が緩まないぞ。どうしよう。

 

「言いたい事は分かるけどね」

 やはり困った風に笑いながらも、真剣な声で。

「結局、海風がどうしたいかによるとは思う」

 そうなんだよな。最終的には心が大切なのだ。

 

 周りを見たいかどうか。俺は月並みな言葉しか言えない。軍神とか言われても、所詮は人である。ちょっとスケベなだけだ。

 女の子の愛らしく魅力的な所が気になるだけなのだ。うむ。考えてみても変態の思考であった。

 

「でもね。その過程で、提督を困らせてもしょうがないよ」

 言葉を聞いて、海風が俺の方を見た。微笑みを返す。仄かに頬を染めて、また俯いてしまった。冷静になって、先程の振る舞いを思い出したのだろう。

 むしろ、そうして照れた方がエロい…じゃなかった。

 

 落ち着いてくれて何よりだ。うむうむ。

「白露より尽くしたからって、海風の心を通してくれるとは限らないし」

 それはそうだな。想いに応えようとはするけど。

「公私混同はしないタイプでしょ」

 

 しないのではなく出来ない。俺がこれまで失い続けてきたモノと、守り続けたモノに誓って、戦場で俺は人じゃいられない。

 軍神として戦う。最適化して戦い抜いてやる。

「良くも悪くもさ。引っくるめて背負ってくれてる」

 

 捨て切れない思いだってあるさ。矛盾しているけど、俺は人でもあるのだ。終戦、を素直に喜べるだけじゃないとの同じ。

「そんな人だから私は尊敬してるの」

 真っ直ぐな好意で川内が見てきた。彼女は微笑み、自信ありげに俺を見てくれていた。

 

「海風は違う?」

「…その通りです」

「あまり褒めてくれるな。さすがに照れるぞ」

 二人の純粋な敬意と好意に耐えきれず言ってしまった。

 

 川内がにひりとでも言えそうな笑みを浮かべて、立ち上がり俺の前に佇む。そうして愛おしそうに。

「へっへ~、可愛いやつめ」

 頭を撫でてきた。

「くすぐったいじゃないか」



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やはり、ありふれた言葉です

「私の手が受け入れられないの?」

 わしゃわしゃと手を強めてきた。それなのに心地良い。髪型が乱れるが、川内の親しみを感じて堪らない気持ちになれた。

 で、できればそんな手つきで股間を…冗談です。

 

 落ち着け。先程海風に誘われた感じで、どうにも心が乱れている。いつもの事か。変態だった。本当に落ち着こう。

「ふふっ。酔っ払いかね」

 俺が言葉を返せば。

 

「へっへ~」

 いたずらっ子な笑みで返してくれた。可愛い。同じ長女でも、白露とはまた違った感じなのだ。強いて言うならば悪友みたい。

 そう。白露はお姉ちゃんであり、幼なじみ的存在。川内は姉貴であり、悪友みたいな存在だ。

 

 何を真面目に考えているのだろう。シリアスな雰囲気が続きすぎて、少々心が壊れているかもしれない。いつもの事か。変態だ。

 まあ何にせよ、川内のおかげで海風も落ち着いた。良い事である。少し残念とは思っていないぞ。本当だよ。

 

「さ、さすがにそれは敬意が足りませんよ」

 わたわたと慌てる海風萌え。別に気にしないんだけどな。というか、滅茶苦茶嬉しいし。基本的に俺は艦娘という存在が愛おしく。

 何より、数ヶ月程度の付き合いがあり、尚且つ戦場を一度共にした相手だ。

 

 …ぶち切れた俺を落ち着かせてくれた恩がある。それに、共にいて気疲れしない相手なのだ。もう少し慣れ親しんでくれても嬉しいぜ。

「罰を与えちゃう?」

 にやにやとしていた。曇らせたくない笑みだ。

 

「さて、どうしたものかね」

 からかうのも捨てがたい。あえて、真面目な表情で言葉を返すと。

「や、やめて。私の体が目当てなのね!」

 くねくねとした動きで体を隠していた。面白い。

 

「…ふむ。どうしてくれようか」

 眼光鋭く。仄かに威圧感を出してみる。川内は楽しそうに笑ってくれたが。

「あの、その。川内さんは親しみで」

 海風が慌てて止めに来た。真面目にやると思われたのか。少しショックだ。

 

「うむ。分かっているぞ。冗談だから気にするな」

 空気を緩めると安心した様に息を吐いた。川内だけが、どこか不満げに言葉を返してくる。

「え~? 海風に迫られて鼻の下を伸ばしてたのに?」

 

「それとこれとは別問題だ。美少女に迫られて、動揺しない男はそういない」

「えっと、それは、あの」

 滅茶苦茶照れて顔を真っ赤にしていた。

「「可愛い」」

 

 思わず声が合う程の可愛さである。

「…ううっ」

 可愛すぎかよ。さてはて。真面目な話もしておこうか。

「まあ、今は軍規が必要な場面ではあるまい」

 

 逆に言えば、必要な場面ならば川内はしっかりと出来る。かなり信頼しているのだ。それはそれとして、海風の話だ。

「少し空気が緩んだからな。真面目な話もしておこう」

 天龍の劣等感とも違う。彼女の気質は柔らかい。

 

 ならば、ありふれた言葉を贈ろう。

「望んだ場にいたいのならば強くなりなさい」

 当たり前の事だ。しかし、これしかないのだ。

「それは純粋な力だけではなく」

 

 暴力だけが目的を満たすのではない。

「よく考え、欲し、努めて、ひたすらに進み続けなさい」

 何かを真剣に愛して、大切なモノを守れる己である。それが一番難しい。

「そうすれば求めたモノが得られなくても、何かは残るはずだ」

「…はい」



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戦場へ向ける心です

「すけべなのに偉そうだぞ~」

 にやにやと楽しそうにしている。だけど、どこか落ち着きも見られた。

「こらこら」

 あえて茶化すように言葉を返すと。

 

「ふふっ」

 花開くように海風が笑う。うん。良い笑顔だ。先程の誘う雰囲気も良かったけど、優しい微笑みの方が俺は似合っていると思う。

 改白露型の妹達を、その素敵な微笑で見守っていたのだろう。

 

「その笑顔はすてきだと思うがね」

「え、っと」

 顔を真っ赤にして俯いてしまった。言ってから気付いたけど、大した口説き文句であった。俺も真っ赤になりそうだ。

 

 違うって。そういう意味じゃなくて。でも照れている海風萌え。本当に可愛い子だ。姉属性だけじゃない。妹属性も合わさっているのだ。

 光と闇が重なり最強に見えるのだ。無敵である。

「格好良いこと言うね」

 

 けらけらと笑われてしまった。さすがに恥ずかしい。

「からかわないでくれ」

「ん~? ふふ。そうだね」

 本当に楽しそうな笑みである。可愛いからずるい。

 

「…本当に格好良いです」

 海風は真っ直ぐに言葉を返してくれる。えっと。これはあれかな。惚れさせてしまったかな。か~モテる男は辛いわ~!

「お父さんみたいなんて。不敬でしょうか?」

 

 あ、うん。そうだよね。そうなるよね。良いんだけど。別にハーレムとか、そういうタイプでもあんまりないんだけどさ。

 やけに皆、俺を父親みたく捉えているんだよな。

 父性があふれ出ているのか? まだ20代なのだがね。

 

「敬意がないというより、父と兄とかいてふけいだね。なんちゃって」

 空気が冷たい。

「川内…」「川内さん…」

「二人して冷たい目で見ないでよ!」

 

 川内にしては珍しく。顔を真っ赤にして抗議している。とても可愛い。こういう所が、彼女の本当に愛らしい所である。

「まあ川内程でなくてもだ」「お~い。提督~?」

 ぺちぺちと背中を叩かれつつ、海風の目を真っ直ぐに見る。

 

 これは、人としてというより。艦娘を束ねる提督として、軍神として伝えなければならない言葉。迷わずに言おう。

「思うがままに振る舞ってくれれば良いさ」

 どう在ろうが、全ての責任は俺にある。

 

「戦場で俺は公私混同はしないようにしている」

 しないと言うより、出来ないと言った方が正しい。最善と思った手段を使ってしまう。迷いは許されない。

 そこで迷ってしまうならば、かつて犠牲になった彼女はどうなる。

 

 迷うな。俺は、置き去りにし背負ってきた命があるからこそ、絶対に迷いは許さない。

「迷いが完全にないとは言えんが――死ねと命ずる時もあるかもしれない」

 これもまた本音だ。徹しきるには、俺には才能がないのだろう。

 

「恨み、焦り、憎しみは俺へ向けなさい」

 その程度の事しか出来ないのさ。だから、役割だけは全力で全うするぞ。

「己を責めるな。ただ努力すれば良いと思うぞ」

「はい!」



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艦娘への優しさです

 良い返事だ。少しは迷いが晴れただろうか? 完全にぬぐい去れたとは思えないけども、役に立てたなら嬉しいぜ。

 最後にもう一つだけ、恥ずかしいが本音を語ろうか。

「ただどうしても己を認められず」

 

 かつての俺は仲間達に許された。そうして、此処で戦場の淀みすら癒やされている。もう終戦すら考えられる状況なのだ。

 ああ本当に。ならば俺は救ってくれた艦娘達へ、少しでもと思うのは当然だろうさ。

 

「信じられないと言うのならば」

 続く言葉は素直に恥ずかしい。だけど躊躇わないで。

「俺は海風を好ましく思っている」

 真っ直ぐに目を見ながら言葉を紡いだ。

 

 …やっぱり、なんか恥ずかしいぞ。どうにもなあ。こういう所が俺は良くないのだろう。響にだって素直に好意を告げられていない。

 もう戦争は終わるのだ。俺ももっと変わらないといけない。

「君の姉妹達も確実にそうだろうさ」

 

 これは断言出来る。改白露型は海風が初めてだけど、他の白露型の皆は海風も慕っていた。本当に仲の良い姉妹である。

「ありふれた言葉だが、君が愛する者の信頼を信じてはくれないだろうか」

「…提督は優しいですね」

 

 ほうっと花開く笑みで言葉を返してくれた。うん。少しでも、ほんの少しでも彼女が自分を許してやれると嬉しいね。

「優しすぎるけどね~」

「そうでもないさ」

 

 優しい男ならば、そもそも海風の誘惑に心は揺れないだろう。今でも微妙に心臓がうるさい。だってねえ。あんなねえ。

 落ち着け。響の言葉を思い出せ。

『司令官』

 

 ああ~良いねえ。しかしまあ、なんかこう。艦娘の皆と接していると、本当に響のありがたさが分かる。

 文句があるわけじゃない。萌えや癒やしは皆と共有している。

 だけど、やっぱり俺にとって響は特別なんだな。

 

 ほら、海風が前にいるのに響も考えてしまう。俺はやはり優しくはないぞ。

「本当に俺が優しいのならば、きっと海風の悩みを消し去れたのだろう」

「そう思ってくれる事が優しさなんだって。ほら、良い子良い子」

 また頭を撫でられてしまった。

 

「くすぐったいぞ」「あはは!」

 そうして川内とじゃれ合っていると。

「…いいこ、いいこです」

 海風も控えめに俺の頭を撫でてくる。川内より随分と優しい手つきだ。

 

「う、海風?」

「駄目でしょうか」

 凜とした瞳で真っ直ぐに見つめてくる。微笑みは柔らかく。先程の誘惑と違い、澄んだ雰囲気が照れくさい。

 

 優しいお姉さんに認められている感じだった。やばい。普通に照れる。

「いや、その」

 言葉が美味く出てこなかった。先程までの格好つけはどこに消えたのだ。本当に何も返せない。

 

 くすりと、愛おしそうに海風が微笑む。川内が楽しそうに笑った。ずるいぞ! 二人がかりとか卑怯だからな!

「照れてるね。海風、好機だよ。夜戦だね!」

「川内~?」

 

「好機です」

「海風もか!?」

 楽しそうな二人の雰囲気につられて、じゃれ合いながら。一日が過ぎていった。



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山風さんとの
仄かに滲む心の淀みです


 海風や川内との一日が終わり。翌日。春がそろそろ終わりそうな、とても暖かな朝が始まっている。

 今日も今日とて改白露型との交流だ。今日は誰が魅力を見せてくれるのだろう?

 執務室で一人待っていると。

 

「ふ、ぁあ」

 思わず欠伸が漏れてしまった。春が終り、夏の近づきを感じる。体から疲れが出ているのだ。慢性疲労は取れきっていないか。

 数年間蓄積されて、この鎮守府でも最初は無理をしたからだ。

 

「…此処に来るまでも療養していたんだがな」

 ひとり言を紡ぐ。誰に聞かせるでもない。己と、作者にでも届けている言葉だ。愚かしい。ああ仄かに頭痛もする。

 大切な仲間の一人と、死別したのも夏だったか。

 

「いかんなあ」

 またひとり言が漏れた。そうしていないと心が駄目になりそうだった。

 頭を振り、誰かが来るのを待っていると、本当に控えめなノックの音が聞こえた。

「どうぞ」

 

 入室を促すと、これまた弱々しい音を立てて扉が開く。そろり、そろりと入ってきた少女。

 癖のある緑色の長髪。同じく、翡翠に似た美しい眼差し。不安げに揺れる瞳は、庇護欲をかきたてられる。

 

 病的な程に真っ白な肌が、腋だけ出たセーラ服と相性良く。魅力を更に引き出していた。とても小柄な美少女だ。儚く、少しだけ感じる淀みと自己嫌悪の心が、彼女の危うい魅力を出しているのだろう。

 白露型八番艦・山風が今日俺と共に過ごしてくれる。

 

「…よろしく」

 名乗りも挨拶もなく。ぽつりと言葉を零した。俺も意識的に微笑んで返す。

「よろしく頼む」

「ん」

 

 そうして、ほぼほぼ初対面のコンタクトが終り。一日が始まった。とりあえず仕事をしようかと、執務机に向かっていると。

「提督、ちょっと椅子を引いて」

「うん?」

 

 言われるがままに椅子を引いた。机と俺の体に距離が出来た。これでは仕事が出来ないのだが、どうしたのだろう?

 とことこ山風が近づいてきた。特に迷いも警戒心もなしに、自然と俺の腿へと座った。

 

 ふむ――えっ!? い、いやいやいや。どうなっている?

 春雨よりも更に小さな体だ。尻は大きめで張りがある。心配になる程軽い体は今にも壊れそうで、強く抱きしめたくなる儚さがあった。

 落ち着け。まず状況を把握しよう。

 

 山風が、俺の上に座っている。わけがわからない。ついに俺の転生者特典でも目覚めたか。ニコポなのか。微笑みで落としたのかね。

 そんなわけがあるかよ。落ち着け。

「山風」

 

「…なに?」

 見上げるように彼女が俺の目を見てくる。ゆらゆらと不安げな瞳は、だからこそ危うい美しさがあった。

 守りたくなる子だ。ううむ。しかし。

 

「どうして俺の腿の上に座る」

 初対面から距離が近い子ではなかろうよ。白露から、山風との付き合いに関しては色々と言われている。顔が怖かった頃は、絶対に笑うなと厳命を受けていた位だ。

 

 うむ。思い返してみると、どれほど俺の笑顔は怖かったのかね。それは置いておくとして、今は山風の事だ。

「重かった…?」

 不安げな瞳が色濃くなっている。少し泣きそうだ。

 

「いや軽い位だがね」

 心配になるレベルで軽い。小柄でかなり細身だからか、山風は本当に軽かった。それでいて尻が大きいのだ。すごい子である。

 でも、不思議とむらむらこない。リラックスしていた。

 

 これだけ無防備かつ無邪気だと、汚したくならないのだろう。娘を見ている気分である。ふふふ。本当に父性が目覚めている。

 余生を送っている気分だ。

 こんな言葉が出てくる辺り、俺の心の欠片は、まだ戦場に残っているのだろう。

 

「…海風姉や白露姉が、よくだっこしてくれて」

 その光景が目に浮かぶようだ。白露は構い過ぎてうざがられて、それでも山風は喜んでいる。海風は優しく抱擁して、山風は眠っている。

 

 良い光景だと思う。いやしかし。まさか、その二人と同じ位好かれているとは思えない。

「嬉しいって、言われたから…提督も嬉しい?」

 どうやら山風は、俺を喜ばせようとしてくれているようだ。

 

「ああ。ありがたいぞ」

 理由は分からないが嬉しい。微笑んで感謝の心を伝えると。

「ん。よかった」

 応える様に彼女も微笑んでくれた。



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共感です

「しかし理由は気になる」

「好きだから」「ごふっ」

 なんて真っ直ぐな好意だ! 邪な狙いも感じず。キャバ嬢の様な接待味も感じない。性的な熱も皆無である。

 

 あんまりにも透明で純粋な言葉だった。思わず息が漏れてしまったぞ。落ち着け。幼子が大人に好きだと伝えた。それだけの事だ。

 無論、嬉しい。嬉しいのだが、ここで変に動揺しては駄目だ。

「提督?」

 

 ほら。山風も困惑しているじゃないか。また不安げな色が濃くなっている。

「い、いや。その」

 上手く言葉が出てこない。しょうがないだろ! 滅茶苦茶良い匂いがする。暖かい。柔らかい。心地良い。

 

 心臓がうるさい。急にデレが来たから、魂が驚いているのだ。あれだ。大人になったらお父さんと結婚する的な。

 思春期が来たら冷たく切り捨てられるのである。そういうものだ。この程度で動揺するとか、童貞が過ぎるぞ。

 

 心が弱っている時期だ。少し感情を抑えないといけない。

「…迷惑だった?」

「そんなわけあるか!」「ひゃっ!?」

 思わず大きな声で反論すると、怯えたように身を竦ませている。

 

「お、おっきい声やだ」

 やってしまった。見上げる彼女の瞳が潤んで、今にも泣き出しそうだった。可愛いけど、山風が悲しむのは良くない。

「すまん…怖くない。怖くないぞ」

 

 好意を示されたので、自然と彼女の頭を撫でる。ふわふわな緑髪。引っかかる手触りはない。気持ちの良い髪質だ。

「あったかい手は好き」

 呟きは穏やかで、恐怖は消えてくれた様子だった。

 

「掌、傷だらけだね」

 撫でられる感触で気付いたのか、心配そうに言ってきた。

「火傷でな」

 もう痛みはない。大した事がないと伝える。

 

「見せて」

「ああ」

 撫でる手を離し、見上げる彼女へ掌を見せる。なんだか少し恥ずかしい感じだ。傷痕を見せつけているようだった。

 

「…手、上手く見えない」

 見上げる感じで首が辛そうである。

「ちょっと姿勢を変えるね」

 向き合い抱き合う形へと山風が動いた。かつて時雨とも同じ体勢で抱きしめ合っていた。

 

 俺は父性が強いのだろうか? 本当に甘えられている。とても嬉しいがね。唐突なのは心臓に悪いぜ。

 そうして改めて掌を見せると、これまた唐突に。

「がんばった、がんばった」

 

 優しく小さな手のひらで、山風が俺の右手を慈しんでいる。少しでも癒やそうと撫でる手は、不思議と心を温めてくれた。

「山風?」

 彼女らしくないと言えるほど、この世界で付き合いはない。

 

 だが、白露達からの話とあまりに違い過ぎる。

「…なあに?」

 困った様に微笑んでいた。まだ撫でてあげたいと顔に出ている。

 無理に止める必要もないか。滅茶苦茶嬉しいからな! 女の子の手は、なんでこんなにすべすべで心地が良いのだろう。

 

「いや」

 しばらく撫でられていると、彼女から言葉が出てくる。

「…提督は、あたしといっしょだから」

「いっしょ?」

 体の逞しい童貞と、儚げな美少女が同じとは思えない。

 

 そういう話ではないのだろう。知ってた。

「沈むのが怖くて、ぜんぶ、怖くて」

 ぞくりと、心の淀みが疼くのを感じた。…今日山風と一日を過ごすのは、はたして俺の心に良い事なのだろうか?

 

 それでも彼女の言葉を止められない。止めたくない。

「でも皆が沈むのも嫌で」

 沈ませてしまうのが嫌で、でも行動しないで沈まれてしまうのも嫌で。

「戦場から、逃げ切ることもできないの…」



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根底にある弱さです

 背筋が冷えていく。あまりにも共感出来ていて、いつもは隠せる弱さが隠せない。心が軋んでいるのだ。

 ああ。大変な時期に、弱さと共感してくれる子と過ごしている。

 どうにも頭が重く。山風の言葉が続く。

 

「あたしはね。本当に戦場が嫌い」

 悲痛な呟きだった。叫びと同じ程の想いを乗せて、それでも融ける呟きだった。相反する想いが続いて、守りたいを超えた恐怖があるんだ。

「絶対に沈みたくない」

 

 艦娘は、艦船として一度終りを迎えている者達が多い。その中でも山風の終りは、悲劇と呼べるものだった。

「真っ暗な、あの世界に落ちたくない…」

 沈んだ世界から再び生を得て、大切な姉妹達と出会ったのだ。

 

 死に怯える恐怖の心は、どれ程重たく苦しいものだろう。戦える力がある分、完全に諦めがつけられない残酷さだ。

 …提督になれる分、諦めて自暴自棄になれない残酷さ。

「皆が、と思うともっと怖い」

 

 俺の指揮で皆が、と思うとひたすらに怖い。守れるかもしれないの裏側には、常に失うかもしれないがこびりついている。

 戦い続けて押し殺し続けた心が、山風のどろりとした弱さに融かされて、段々と強さを増していた。

 

 軍神の在り方が保てない。臆病者の心が見えている。これから更に日常を過ごすにあたって、目を背け続けるわけにはいかない弱さだ。

「何にも考えたくない」

 ああだけど、彼女のその言葉もまた俺の本音だった。

 

「失う位なら一人でいたい…」

 捨てきるには重すぎる。だけど、捨てたいと思う俺がいないとも言えない。或いは好き勝手に、艦娘達を陵辱する俺もいたのだろうか?

 そうした世界線も知っている。

 

「でも、一人でいさせてくれない」

 かつての戦友達。共にいてくれる響。此処で出会えた艦娘達。その全てが、俺に格好つけさせてくれるんだ。

 軍神として、格好つけたいと思わせてくれるんだ。

 

「海風姉や江風はよく来てくれる」

 山風も愛されている子だ。白露型の者達から話を聞いている。甘え下手な愛らしい子だと言われていた。

「白露姉もそう。皆、あたしによくしてくれてる」

 

 それすら心を痛ませて、痛む己への自己嫌悪が重なっていく。普段は考えないようにしているけど、どうしようもない自分が大っ嫌いだ。

 龍驤は罪を許してくれた。かつて阿武隈は、俺へ生きたいと望んでほしいと泣いた。

 

 置き去りにした仲間は……ああ。そうだ。俺は万能ではない。失う。失い続けて、残った者を守りたいだけの愚か者だ。

「どうにもできなくて、ぐちゃぐちゃで」

 どろどろと山風の声が脳に沁みる。

 

 

「そんなあたしを、駆逐艦達を許してくれた…」

 柔らかな声でゆったりと重さを預けてきた。抱きつく形。ぎゅっと、彼女の胸が俺の胸へ押しつけられる。頬が合わさった。

 甘えられている。少しでも癒やされてと甘えさせてくれている。

 

「だから、好き――少しだけね」

「そうか」

 とろける様な声と言葉に、俺は上手く言葉を返せなかった。

「…頑張ってくれてありがとう」

 

 気づかいの言葉だ。甘い声が耳元に届いている。少しくすぐったい。興奮はなかった。俺の心の奥底に隠した、弱さがどろどろと出ている。

 大人として格好つけていた俺の、弱さが出ている時にちょうどよく。

「ぐーたらするのは得意だから…いっしょに休む」

 山風の弱さが寄り添ってくれていた。



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お世話好きな山風さんです

 ぼんやりと、山風をだっこしながら座っていると。俺の腹が音を鳴らした。くすりと優しい微笑みを浮かべて、彼女は言う。

「ごはんにしよっか」

「ならば俺が」

 

 立ち上がろうとする俺を押さえて、山風が立ち上がった。

「今日はあたしがお世話するの」

「ふふ、ならばよろしく頼む」

「頼まれたよ」

 

 嬉しそうに微笑んで山風が出ていった。おそらく、昼飯を用意してくれるのだろう。一人残された執務室で、息を吐いた。

「ふう」

 淀みが出ている自覚はある。どうにも疲れている。

 

 今日、山風との時間を過ごすのは危ないかもしれない。奥底に溜ったモノが、どろどろと心を満たしている。

 泣き出しそうな気分だった。笑わせる。

「…パパになる、ってか」

 

 山風の病的な可愛さから、多くの提督達は父性を感じていたのだったか。そんな小さく愛らしい子へ、弱さを見せている俺は赤子か?

 …香りが、山風の仄かに甘い匂いが残っている。

 自己嫌悪と侮蔑の心が落ち着く。彼女は俺を同じと言っていた。

 

「ならばそれを嫌うのは、山風を嫌うのと同じ」

 今日は弱さから目を逸らす事も出来ない。そんな一日の予感がする。

 そうしてぼんやり待っていると、山風が戻ってきた。

「はい。おにぎりと大根の漬け物。いっしょに食べよ」

 

 彼女が料理してくれたのだろう。少々歪ながらも、大したおにぎりがあった。

「「いただきます」」

 ソファーに横並びで座り、二人で静かに食べ進めていく。

 

 ふと山風を見ると、くちびるの端に。

「ご飯粒がついているぞ」

 そっと指で取って食べる。

「…ありがと」

 

 恥ずかしそうに微笑んでいた。可愛い。語彙力が欠如し始めていた。

「提督って、白露姉と海風姉に似てるね」

「そうか?」

 俺は白露ほどの抱擁力はない。海風ほどの柔らかさもない。

 

「ん。あったかい」

 それでも山風は笑ってくれた。他の艦娘達も甘えてくれている。

「ならば良いが」

 そうだな。それで良いんだ。

 

 

「おいしい?」

 不安そうに問いかけてきた。失敗しない料理であるが、やはり感想が気になるのだろう。

「美味い」

 

 形は歪だけどしっかりとおにぎりだ。中の梅干しも味わい深い。

「ふふ。そっか」

 簡単な俺の感想へ、本当に嬉しそうな笑みを返してくれた。

「「ごちそうさま」」

 

 食べ終えて、さあどうしようかという時。

「お昼寝しよ」

 彼女から素敵な提案をしてくれた。断りづらいのだがね。まだ今日は仕事を進めていない。大分先のモノまで片付けているけど、働けないわけじゃない。

 

「だが「今日一日は良いでしょ…」

 きゅっと山風が俺の右手を握る。幼子のような、真っ直ぐで素直な心が伝わった。

「目、ちょっと暗くなってる。しっかりと休んだ方が良いよ」

 

 そうしてじ~っと俺の目を見てくるのだ。翡翠の如き瞳は、嘘偽りを許さない透明さがあった。

「そうでもないさ」

「そうでもある。あたしと寝よ」

 

「ふ、むう」

 随分と強引な言葉だ。それでいて今にも泣き出しそうだった。こういう淀んだ気分の時に、あんまり甘い時間は過ごせないんだよな。

 特に山風は、俺の淀みと共感してしまう。俺が耐えきれないんだ。

 

「…頭、撫でたげる。白露姉直伝だよ。こんな機会、もう一度なんてないよ」

 本当に泣き出しそうだ。俺のちっぽけなプライドで、泣かせるわけにもいかないか。

「分かった。分かったから、世話になるとも」

「ん」



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甘やかしお昼寝です

 山風に手を引かれる形で、俺の自室へと入った。そのままベッドに二人で寝転がっている。

 向かい合い、抱きしめ合いながら寝ている。約束通り彼女の小さな手のひらが、俺の頭を愛おしそうに撫でていた。

 見方によっては、母親に甘える子供に見えるかもしれない。

 

 …とんだ笑い話だ。随分と図体の大きい男の子もいたものだろう。客観視すると死にたくなるのに、拒絶するほどの強さは、今の俺には残っていなかった。

 目を開けると、あんまりにも純粋な山風の瞳。

 仄かに甘い匂いがする。俺を抱きしめる細い腕が愛おしい。可愛いというよりは、少し美人の方が強いかも知れない。

 

 なにせ抱き合っている。彼女の、小柄な割りには大きな胸も俺の胸へと当たっていた。暖かさと柔らかさは、今の俺を興奮させない。

 受け入れられている。ただ安堵と安らぎがここにあった。

「あったかいね」

 

 かけ布団は使わず。厚めのタオルケットだけで十分な気温だった。相手の体温があるおかげなのだろう。

「もうすぐ夏が来る。やがて秋が来て、冬になるのだろう」

 夏は苦手だ。暑いからもあるけど、色んな思い出がある。

 

 深海棲艦共もなぜか夏の方が活発になる。冬は大人しいのだがね。あいつらは冬眠でもするのだろうか?

「今年は、夏祭りがあるみたい」

 ああ。完全に平和を取り戻せたのは、最近のことだったか。

 

 時期によっては夏祭りがない年もあったはずだ。祭りは好きだ。ただこの世界の祭りは経験した事もない。楽しみである。

「山風も行くのか?」

「あたしは良いよ。うるさいのは嫌い」

 

 少し面倒くさそうに顔を歪めての、らしい言葉だ。思わず微笑むと、彼女も微笑み返して言ってくれる。

「でも、お祭りは好きかな」

「意外だな」

 

 俺の言葉へ困った様に笑いながら、彼女は更に続ける。

「なんだろう。あったかくなるの」

 素敵な言葉だ。

「江風も元気になるからね。…手を繋いでの祭りは、嫌いじゃないかな」

 

 嫌いじゃないと言っているけど、とても愛おしそうな笑みだった。愛情を感じる言葉だ。

「提督は?」

 小首を傾げながらの愛らしい問いかけ。

 

「俺は、どうだろうな」

 思わず素直に言葉を返していた。前世の俺ならば、夏イベントが楽しかったけれども。

「今までそういう経験もなかった」

 

 この世界に来てからは、幼少期は勉学に励んでいた。家族を深海共に殺されて、艦これ世界と気付いてからはなあ。努力を、していた。

 間違っても軍学校に落ちないようにと、必死に努力していた。

 そこからは響と出会い、学び鍛えて鎮守府に着任したんだったか。

 

 そうして戦い抜いて、デカイ巣を潰し此処に至る。ううむ。我ながらつまらない人生だ。遊びが少ない。

「ああ。だけど、皆が楽しいのは見ていて嬉しい」

 愛おしい人々が楽しむ姿は、俺の心も満たしてくれる。

 

 何より浴衣姿が楽しみだ。いつも二次元で見ていた姿を、これでもかと見られるのである。ふふふ。弱ったテンションでなければ、暴走する位に楽しみだ。

「そっか。なら大丈夫だよ」

 撫でる手を止めて、強く俺を抱きしめながら。

「皆明るい子が多いから、きっと大丈夫」



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艦娘の抱える絶望です

「山風も楽しんでくれるのか?」

 少し意地悪な問いかけだろうか。だが、今の俺の素直な言葉だった。再び頭を撫で始められる。じ~っと、彼女が俺の目を見つめている。

 透明な瞳は考えているようだ。傷つけないようにだろうか?

 

「ん~…うん。努力は、するよ」

 案の定、困った様に微笑まれてしまった。彼女の優しさを感じる。柔らかな手が心地良い。思考がぼんやりとしてきた。

「努力するものでもないさ。山風が望むようにすればいい」

 

 優しい山風が無理をするのは嫌だ。騒ぐのが苦手ならば、静かに楽しめば良いんだ。俺はどうだろうな。騒ぐのは嫌いじゃないけど、今の俺は騒ぐ力も残っていないかもしれない。

 ああだけど、楽しみだ。本当に楽しみだ。

 

「ふふ。お父さんみたいだね。…ありがと」

 そうして二人黙り。静かに時間が流れていく。段々と睡魔が襲ってきた。でもまだ眠らない。この愛おしい時間を味わっている。

 ああこれは、白露の膝枕にも似た。

 

 山風の病的な雰囲気と、色白で、柔らかな体。優しい心、受け入れてくれている在り方。その全てが俺の弱さを隠させてくれない。

 泣き出しそうだった。涙は流したくないから堪えた。

「提督」

 

 ぽつりと彼女が言葉を発する。答える余力なく。ただ続きの言葉を待っていた。

「あたしは、駄目なのかな」

 強烈な自己嫌悪が乗った呟きだった。静かに消え入る声質は、それでも心に突き刺さる重さを感じさせた。

 

 否定は出来ない。簡単に口を出して良い言葉ではなかった。

 無言で山風の瞳を見つめると、優しげな光は薄く。彼女もまた泣き出しそうな弱さを見せてくれていた。

「臆病者だよね。艦娘なのに怯えてる」

 

 それは…否定出来ない。怖さを前面に出す艦娘は、この世界だと珍しい。皆恐怖を抱えつつも、戦うのは当たり前だと思っているのだ。

 無論、提督の強制力もあろうさ。解体という非情なシステムもある。

 それを抜いたとしても、皆戦意に溢れているのだ。

 

 しかし山風は、素直に恐怖を見せている。臆病だと卑下したくなる気持ちは、分からないでもない。

「でもね。沈むのってね。すっごく怖いんだ」

 絶望の乗せられた声だった。そんな心を見せてくれるほどに、彼女は俺へ共感してくれているんだ。

 

 静かに聞いている。山風の想いを聞かせてもらっている。

「海の、深い海の底まで沈んでくの」

 息一つ出来ない冷たさと暗闇。たった独りで落ちていく孤独感。全て、山風が嫌うものだ。

 

 頭を撫でる手が止まった。縋るように、彼女が俺に抱きついてきた。それでも癒やそうと、背中を優しく叩いてくれている。

 ……ああきっと、山風の隠したい弱さを見せてくれている。そうする事で、俺の弱さをも許そうとしてくれている。

 

「音一つない。何もない。冷たい水に押し潰されて」

 想像すらしたくない。大切な艦娘達が、そうして今も建造されていない者達が、そんな絶望を抱えて在るのだろうか?

「ぎゅって、奥深くまで潰されちゃう」

 

 指一本動かせない束縛と、それでも意識が完全に消えきらない状況だ。どれ程の悲しみを抱えながら、山風はこうして生きているのだろう。

「なんにもないんだ」

 最後に紡がれた言葉は、ぽつりと零れる声色だった。



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無意味な虚勢の仮面です

 山風は弱さを語りきった。俺の言葉を待っている。拒絶、叱咤、或いは罵倒。どんなネガティブな感情も、今の彼女は受け入れる気がした。

 困った様に、泣き出しそうな顔で。

『そうだよね』

 

 と、山風への批難を受け入れるのだ。…俺の心も荒んでいる。どうにも、今日は弱さを隠しきれない。ああだめだ。そんなのは言い訳だ。

 艦娘が弱さを見せている。俺は提督だ。意地を張らないといけない。

「提督として答えようか」

 

 そうだ。軍神の顔を見せろ。人間の弱さなんて今はいらない。戦場を艦娘に押しつけて、弱さすら受け止められない俺は許さない。

「戦いたくないならば戦わなければ良い」

 これは、俺の本音である。無理に戦わせる方が危ないのだ。

 

「…良いの?」

 山風の瞳が若干潤んでいた。喜びではない。彼女は、困っているのだ。

「だが、これは決して優しい言葉でもなければ、甘い選択でもない」

「ん」

 

 少し怯えたような表情を見せる。それでも怒りは感じられない。きっと山風も分かっている事を、俺は愚かにも言葉にするんだ。

「俺を同じだと言ったな」

 そうなのだろう。彼女は的確に、俺が押し殺した弱さを見抜いた。

 

「戦いに怯えて、必死に恐怖を押し殺しているのだと」

「ん。…怒った?」

 悲しそうに怯えながらの言葉だ。ぎゅっと、彼女の抱擁力が強まった。山風の体温と匂いを強く感じる。素直に愛らしい。今度は俺から頭を撫でた。

 

「おっきい手、好き…」

 くすぐったそうに微笑んでくれた。俺も応え、ああだけど自嘲した微笑みを浮かべながら、言葉を続けるんだ。

「事実を指摘されて怒る程、俺は愚かではなくてね」

 

 実際山風には、俺の恐怖心が完全に見透かされている。臆病者の心を感じ取られているんだ。或いは、目の前の彼女は優しさと呼んでくれるかもしれないけど。

 これは弱さだ。

 

 同族、その言葉は間違いじゃない。…また、山風の手のひらが俺の頭を撫で始めた。とても優しい手つきだった。

 目を見ると、暖かな微笑みで応えてくれた。だけど俺は提督だから、言わなければならない事がある。

 

「だからこそ断言しよう」

 ああそうだ。この世界に転生して、艦これだと気付いてから、毎朝何度も自分へ刻み込んだ事実を、俺はこの少女に押しつける。

「無力感を抱えての生は、死よりも辛いぞ」

 

 そう言い聞かせて戦い続けてきた。俺の内から零れ落ちるモノを、恐怖とストレスを無視して戦い続けてきたんだ。

 果てに人を辞めて、軍神と謳われる程。

「自分の手の届かない先で、大切な仲間達が死んでしまう」

 

「…そうだね」

 心に届いていない。ああ。そうだな。この子は、俺の臆病心と酷く似ている。俺が隠してどうする。山風が弱さを見せてくれたんだ。

 俺も本音で語ろう。



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臆病者の言葉です

「――だけど怖いよなあ」

 ああそうだ。隠さない。隠せない。今俺は、完全に人としての言葉を吐き出している。弱さを見抜く幼い瞳へ。真っ直ぐに言葉を続ける。

「何が怖いって、戦うことだけじゃないんだ」

 

 死ぬのは怖いさ。山風が抱える重みは、想像すら許されない。それでも彼女は臆病だと言っていた。間違いではない。艦娘としては珍しい。

 だけど、当然だろう。普通に生きられるんだぞ。

 山風は子供だ。それも小さな女の子だ。平和に生きていられた筈なんだ。

 

 怖くないわけがないだろう。大人の男が、指揮を執っているだけの俺ですら、戦いの場は怖い。痛みは怖い。だけど、同族だと言ってくれた彼女の奥底は。

 きっと自分だけでなく。愛してくれる皆へも向いている。

「…弱っちい自分が戦ってしまうことで、もっと悪くなるんじゃないかって」

 

 響との出会いから俺の艦これは始まった。必死に努力してきた。仲間も増えていった。愛されていた。愛している。

 だから頑張れた。いつか来る日常を求めて、必死に戦い続けてきた。

 軍神と呼ばれ、常人離れした境地にたどり着けた。

 

 …裏側に、ちっぽけで臆病者な俺の心を残して。格好つけて、不可能なんかないと抗い続けてきたんだ。

 その弱さを見抜かれている。どろりと滲み出る疲労と、夏の訪れが俺の弱さを隠させない。

 

 言葉は続く。震えた声で続いていく。

「死ぬのが怖いのに、終わるのが怖いのに」

 怖いよ。なんだあの化け物共ふざけんな。人型の癖に滅茶苦茶怖いんだよ。砲撃が怖い。雷撃が怖い。艦載機なんてやってられない。

 

 痛み。皆が受けた苦痛が分かるのに、そこだけは共感してやれず。死のリスクがない安全地帯で、たた指揮だけをとる恐怖。

 戦いたくなんてない。誰かに押しつけて休んでしまいたい。逃げたい。怖い。怖い。

 

 それでも、逃げる方が怖かったから。転生者などという運命を押しつけられたから。戦った。努力をした。

「それを押し殺して戦ったのに、何も残せないのが一番怖い」

 俺だけが生き残ってしまうのも怖い。死ぬのも怖い。痛いのは嫌だ。

 

「必死になるのが怖い。愛するのが怖い。愛されるのが怖い」

 だって、完全にやりきったから。全力をかけて尚も届かなかったら、もうどうしようもないじゃないか。

 軍神として格好つけた言葉は言ってきたよ。

 

 だからって、この弱い俺が完全に消えたわけじゃねえ。ちっぽけでダサくて、ただスケベなだけの弱い人間が、なくなってねえ。

 どろどろと言葉が続く。山風は真っ直ぐに俺の目を見ていた。

 その瞳に映る姿はなんと滑稽なのだろう。今にも泣き出しそうな男がいる。

 

「なにもかもを捨てて、忘れて、投げ出したくなる」

 死ぬ事すら辛いからさ。全て投げ出して呆けていたい。何も考えないで、いつかくる終りを待ち続けているんだ。

「綺麗なモノなんて知らなければ良かった。生きているから、怖い」

 

 きっとその先は酷く楽だろう。何も考えずに死を待ち続けられたら、どれほど楽だろう。

 それでも、と望む俺がいる。それでもを望む俺がいるんだ。

「でもさ。俺は、ほしいんだ」

 

「…何が?」

 小さな呟き。俺の弱さを否定せず。寄り添い、それでもと彼女自身が問いかけている。ずっと見ないようにしてきた弱さへ。

 人として、俺の欲望を伝えよう。

 

「全て」

 諦められない。諦めきれない。――だって艦娘って可愛いから!!

 皆、皆個性的で、優しくて可愛くて愛おしい。弱さも、強さも全部萌えてしまう! そりゃあ男なら頑張っちゃう。

 

「愛したい、愛されたい。日常が好きだ」

 春夏秋冬があるんだぜ。しかもそこで美少女がきゃっきゃうふふしてるんだぜ。平和ってそんなに愛おしいんだよ。

 じゃあ萌えるしかねえじゃん。そりゃあしょうがない。

 

「こんな自分を愛してくれている。大切な相棒がいる」

 響~! 俺だ結婚してくれ!! …こんな幼子に甘えきった姿を見たら、幻滅されそうな気がするけどさ。

 俺は響が好きだ。軍神として必要にする相棒であり。人としてエロく見てしまう女の子。

 

「共に生きたい者達がいる」

 恋仲として強く望むのは響だけど、他の者達だって大事だ。ここで紡がれた縁の先が、良い結末を迎えることを望んでいる。

「だから怖いけど。怖いから戦うんだ」

 結局、臆病な俺もその答えを紡いでいる。



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艦娘への懺悔です

 こんな臆病者の俺だから、提督としての言葉を捨てるなら。

「無理に戦おうとは言わない。言えない」

 そこまでの恥知らずにはなれない。なりたいとも思えない。

 艦娘が心の底から戦いを拒絶するなら、人類は滅びるべきではないかとさえ思っている。

 

 でも艦娘は戦ってくれている。血を流し、煤汚れを身に纏っている。死への恐怖もあるんだ。仲間達を心配している。

 大切な姉妹を亡くす恐怖と戦いながら、何時だって艦娘は人類を守ってくれているんだ。

 

 そうして、この世界の者達も優しかった。恥知らずじゃなかった。ブラック鎮守府は存在しない。だからこそ解体や肉の盾の悲惨さが目に映る。

 俺は、他の世界を知っている。もっと酷い世界だったと言い張れるけど。

「…ごめん、ごめんなあ」

 

 提督が戦える世界を知っている。馬鹿な日常を知っている。本当に様々な二次創作があったんだ。

 その上で、この世界はあまりにも平等が過ぎる。

 艦娘が轟沈した際には塵一つ残らない。海へ消えていくんだ。

 

「戦わせてごめん。守ってやれなくてごめん」

 俺が戦えたら良かった。そんな力があればと何度も望んだ。それが出来なくても、圧倒的な指揮能力で蹂躙出来れば良かった。

 チートがほしい。物語を喜劇に変えられる、圧倒的な実力がほしかった。

 

「もっと、もっとな。日常が歩めたかもしれない」

 本当なら平和なんて普通にあるものだと。そう言い張れる程甘い世界もあった。…俺が、俺が転生者でなければそんな世界だったんじゃないか?

 俺が圧倒的な天才ならば、化物ならば甘い世界を創れたんじゃないのか。

 

 かつて長門に泣きながら殴られ、喧嘩になった傲慢な考え方だ。でも、しっかりと俺の目を見つめる山風がいてくれるから、弱さと淀みを隠しきれない。

「何も考えなくて、当たり前に楽しい日常があってさ」

 学校に通っても良い。恋愛を楽しんでも良い。姉妹達と遊んでも良いのだ。

 

 四季折々の萌えを、当然に楽しめる世界があったんだ。

「楽しく笑い合える時間があったかもしれない」

 俺は、転生者だから知っている。故に諦められないで、萌えの為に戦い続けてきた。

 

 だけど、山風は違うんだ。当たり前の平和を知らない彼女に、戦場を強要される彼女へ俺が何を言えるよ?

 同類と言ってくれたからこそ、ただただ。

「そうじゃなくてごめん。俺が戦えなくてごめん」

 

 山風の美しい瞳に、弱々しく涙を流す臆病者が映っている。嗚咽が生まれて言葉が出てこない。情けない姿。

 山風が俺を抱きしめ直した。横になる俺の頬へ彼女の頬が乗る。柔らかい。耳元でささやく形で、儚い声が紡がれる。

 

「全部、聞かせてくれてありがと」

 優しい手が俺の背中を叩く。心地良い熱。

「…好きだから。ちゃんと好きだから」

 小さく柔らかな鼓動が俺の胸へ届く。幸せなリズム。

 

「私も、艦娘だからね。怖いけど、とっても怖いけど」

 強い決意が声に込められていく。戦う意思が俺の魂にすら届いている。

「泣いてくれる人がいるって、教えてくれたから」

 ぎゅっと、力強く抱きしめてくれた。応え俺も抱きしめ返す。

 

 情けない姿をさらして、彼女もまた弱さを聞かせてくれて。同類と言ってくれた山風は、かつての俺のように。

「あたしを愛してくれる皆がいてくれる」

 彼女の体が震えた。ああそうだ。臆病だけど。

 

「――戦う。戦うよ」

 誓いの言葉は己へ刻み込むもの。また俺は艦娘へ戦いを押しつけるのに、その言葉を美しいとさえ思っている。愚か者だ。

「…手を離さないで、忘れないで」

 

「忘れるものか」

 こうして抱きしめてくれた同類の彼女を、臆病な心を忘れて堪るか。幸せになるために、愛してくれる者達の為に覚悟した山風を忘れない。

「そうしてくれたら頑張れるから」

 

 最後に優しく頬ずりをしてくれてから、彼女の体が離れる。愛おしく見守る母の様な目を見せて、甘える娘の様な声で言うんだ。

「今日一日はゆっくりしよ。…そしたら頑張れるよ」

 にこりと柔らかく微笑んでから、お互いの意識が落ちていった。



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江風さんとの
割と疲れています


 山風との重く弱さを見せ合う一日が終わって、翌日。どろりとした疲れが意識を埋めていた。

「あ~」

 死ぬほど間抜けな声が出た。身支度こそ整えたが、随分と悲惨な顔をしていた。

 

 深く、泥の様に眠りこけて出てきた目元の隈。頬は軽くやつれている。目が酷い。淀んでいた。心の奥底更に深くまで、蓄積されていた疲労が弾けたのだ。

 …得がたい一日だったのだろう。

 それはそれとして、今日はまともに触れ合える気がしない。

 

 しかし、そんな俺の事情はともかく。今日も今日とて改白露型の誰かが来てくれる。ぼんやりと待っていると。

 ノックもなしに、豪快に扉が開いた。

「よう提督。今日はよろしくな!」

 

 薄赤色を腰まで伸ばした美少女。愛らしい中にも、どこかワイルドな魅力を秘めた顔立ちと、悪戯な微笑みが可愛い。

 へそ出し腋出しのセーラー服が目に眩しく。ヘアバンドと合わさり、活動的な魅力に溢れている子だ。

 

 白露型駆逐艦の九番艦・江風が今日は付き合ってくれるようだった。

「ああ」

 内心では眩しい彼女の姿に感動しているけど、どうにも表面がついてこない。気力が沸いてこないのだ。

 

 は~江風のへそ舐めたい。落ち着け。なんだろう。馬鹿で臆病な俺が、どうにも混在している。ううむ。響への想いを自覚してから、自重しようとも思っているのだが。

 どうにも。奥底の淀みが溢れている。シリアスに思う事じゃないけどな!!

 

 は~江風の腋舐めたい。なんでこう、改白露型は皆腋を出しているのだ。舐めろと言うのか。これ以上私にどうしろと言うのですか!

 落ち着こう。何を考えているのやら。

「ただまあ、大した世話も出来ないから、どうっすかね?」

 

「そうか?」

「夕立の姉貴ほどでもないけど、事務能力も高くはねえ」

 江風に断言されるほど、夕立の事務能力は低いのか。うむ。低いな。そこが彼女の魅力ではないっぽい! 落ち着け。

 

「だけどさ、提督には恩もあるからな。何でも言ってくれ」

「恩?」

 身に覚えがなさすぎる。人類を代表して、艦娘に感謝しているのだがね。大げさか。大げさだった。

 

 は~響の響を舐めたい。落ち着け。それは江風に失礼だ。そういう問題でもないか。実際、響にそんな事は言えないよな。うん。

「駆逐艦、潜水艦、軽巡洋艦。全員が提督に感謝してる」

「む?」

 

「もちろん江風も同じ気持ちだ。駆逐艦に、戦いの場を与えてくれて感謝してンだよ」

 裏返せば、戦いの場を与えてしまったとも言えるのだがね。なんて、それはあまりにも艦娘を侮辱しているのだろう。

 

「だから何でも頼ってくれ。少しでも返させてくれよ」

 ふふんと楽しそうに彼女は笑っていた。いやしかし。何でもって、何でもって。

「ふむ」

 何でもは、何でもなんだろうなあ。ふひひ。

 

 落ち着け。海風の誘惑を冷静にしりぞけた俺は何処へ消えた。むらむらしすぎだ。俺は村雨か。むしろ叢雲か。天叢雲剣か。それは俺の股間だ。…神罰がありそうなので自重しよう。

「戦いや訓練がない時はどう過ごしているんだ?」

 

「…つまンねえけど良いのか?」

「江風の日常を知りたい。教えてくれ」

 そもそも俺は艦娘の日常を愛したいのだ。萌え萌えしたいのだ。燃え燃えは経験しきっているんだ。

 

 なんなら全身が燃えた事もあるぞ。全身火傷だぞ。

「――よし! じゃあ港に行こうか!」

 ぱしっと手のひらを叩いて、楽しそうに宣言してくれた。

「港? 何をするんだ」

 

「そいつは着いてからのお楽しみってな。準備があるから、先に行っててくれよ」

 ふよんと自身の美乳を叩いて、楽しそうにしていた。

「分かった」

 無論逆らうつもりもなく。気力もなく。ふらふらと港へ歩みを進めていく。



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波静かな日常です

 この鎮守府に建設された港。この鎮守府は遠征の為にある場所だ。

 漁を目的とした船はなく。ただゆらゆらと海が佇んでいた。のんびりと風が流れていく。そんな場所だ。

「ここで皆が出撃するのか」

 

 思えば、艦娘の出撃を見送った事がなかった。前の鎮守府ではそんな暇もなかったし、此処では皆と仲良くなっていなかった。

 完全に終戦が決まる前に、一度は見送ってみたいものだ。海へ進んでいく彼女達も絶対美しい。

 

「良い色だな」

 深海棲艦の領域が広がっていると、淀み黒色に海は変わる。

 それが祓われると、美しい色を取り戻すのだ。不思議と魚も戻っている。なんなら前より綺麗になっているくらいだ。

 

 …深海棲艦は世界の自浄効果だと、言った研究者もいたらしい。あながち間違いではないのかも知れない。

 

 そうしてのんびりと彼女を待っていれば、それほど経たない内に港へ来てくれて。持ってきた道具は――釣り道具だった。

 今、鎮守府の港で俺と江風は釣りをしていた。

 あまりにも緩やかに時が流れていて、夢の様な時間だ。

 

「波がゆらゆら。このご時世じゃ一番の贅沢だよな」

「うむ」

 漁に出るのも命がけだ。農業が盛んになった反面、新鮮な魚はそれなりに贅沢な品となっていた。

 

 大分、安定はしているらしいがね。それこそ艦娘が護衛についたりして、まったくとれないわけじゃないんだ。

 …それに、大勢死んだからな。食糧自給率は心配要らない。世界が優しくて結構なことだ。

 

 ははは。犠牲者の家族に聞かれたら、大変な事になりそうな思考だった。ううむ。また思考が淀んでいる。夏近い太陽が眩しかった。

「今日は釣れそうかね?」

 俺の呟きに笑いながら。

 

「分からねえから楽しめるんじゃン」

「それはそうだな」

 分かりきった結末なんてつまらないか。もっともな意見かもしれない。

 

 ゆらゆらと海が踊っている。楽しい。激しい想いはないけれども、荒れた心が落ち着く気がした。

「…戦い以外でも楽しみがあって良かったよ」

 思わず本音が零れた。そっと彼女を見ると、いたずらに笑っていた。

 

「ンだよ、江風を戦闘狂みたく言ってくれるなよな~」

 快活に笑う彼女はただの美少女だった。太陽が良く似合う。外を遊び回る。そんな少女の姿があった。

 戦場で砲撃をしているより、余程似合っていると思うがね。

 

 一度戦場に出れば、夕立の如き楽しそうな笑みで暴れ回るらしい。とはいえ、まだ激しい実戦は経験させていないのだがね。

「あながち間違いでもねえけどさ」

 戦いが好き、か。戦いこそが己の生きる場所と、覚悟が決まりきっている者達も多いのだろうな。

 

 特に戦艦や空母は、明日から終戦ですと言われて納得がいくのだろうか? 平和の為に戦い続けるからこそ、戦争がないと落ち着かない矛盾。

 解決するために世界全体で動いているのだがね。

「戦争、終わりそうなのかい?」



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終戦を控えてです

 唐突な言葉だ。冗談として紡ぐには重すぎるし、何より彼女の表情は真剣だった。あえて俺から問い返す。

「なぜ?」

「ん~…提督を深く理解してるつもりはねえけど」

 

 困った様に頭をかきながら、少し照れながらも真面目に言う。

「貴方は、戦争があればそんなに緩めねえ気がしたンだ」

「成程」

 どうやらほぼ初対面の彼女にも分かる位に、今の俺は酷い顔をしているらしい。

 

「責めるつもりはねえぜ。大なり小なり誰だってそうなるだろうさ」

 ああ。自覚はなかったけど、やはり終戦の予兆はショックだったのだろうな。良い事なのにさ。反動が出ているんだ。

 自分で考えているよりも、遙かに疲れていたらしい。

 

 いやまあ、山風に泣きついた辺りで分かりそうなものだけど。ううむ。…良い天気だなあ。青空が綺麗だ。

 疲れている心に沁みてくる。隣には美少女、江風の姿。のんびり釣りが心地良い。良い時間だ。

 

 だから、俺も気負わずに答えられる。

「深海共を絶滅はさせられないが、大まかな目処は立ちそうだと」

 そもそも深海棲艦の発生原因は分かっていない。海の淀みが原因と言われたり、それこそ深海に棲む謎の生物説もあったり。

 

 完全に絶滅出来なくても、広範囲の平和な海域を取り戻せそう。というのが現状なのだ。

「ふうん。艦娘はどうなる?」

「大勢死んだせいで働き口は多いからな」

 

 陸に上がれば少女に戻るとは言え、艦装を展開すれば怪力は使える。重機の代わりめいた事も出来るのだ。ただ陸に上がっていると生理もあるらしい。

 エロい意味ではなく。子を成せる可能性もある。深海棲艦と同じく。艦娘も謎が多い。

 

「それに、艦娘補助金が設立されている」

 反対する者達もいないではなかったが、そもそも艦娘がいなかったら人類は絶滅していた。多くの者達が賛成していたのだ。

「俺の同期の一人が、戦争が終わった後の艦娘の在り方を見据えていたんだ」

 

 そう。最初に言い出したのは同期の一人。おそらく転生者でもあるまいに、俺以上に艦娘オタクなヤツだった。

「金の流れ、人心、そもそもの需要を考えてシステム作りをしている」

 彼の相棒は那珂だったか。武道館ライブをしたり、娯楽として艦娘を売り出している。

 

 なんかそういう表現をすると風俗みたいだな。いや、実際にコスプレ風俗はあるみたいだけど。罰当たりな世の中である。

 …俺はリアルで触れ合っているけどね! ふはは!

「戦いに疲れた者が休める場所を、或いは戦いに取り憑かれた者が暴れられる場所を」

 

 戦争に狂う者達もいるだろう。空母、戦艦を筆頭に戦い続けたのだ。戦わなければ落ち着かないのも不思議ではない。

 戦場は完全にはなくならないし、模擬戦や大会などを予定しているらしい。

 賞金もそうだが、此処に艦娘在りと民衆に見せつける効果も狙っている。

 

「艦娘へ甘えきるだけじゃない。しっかりと日常を歩めるようにと努力している」

「ふうン」

 興味なさげだった。考えるのは好きじゃないようだ。

「俺には出来ない事だ。素直に尊敬しているよ」

 

 俺は戦争しか出来ない。鎮守府の運営しかできない。純粋に指揮能力で言えば、勝という同期の方が凄い。ダメダメだった。

「そいつに出来ないことを提督は出来るンだ」

 江風がジト目で見つめてくる。仄かに怒りが乗った声だった。

 

「ンで、その出来るが誰かにとってかけがえない事だったりする」

 言葉の裏に、江風にとって俺の行動がその、かけがえがないと伝えてくれていた。照れくさいけど素直に嬉しかった。

「肩落とすのは失礼じゃねえか」

 

 ううむ。真っ直ぐな好意だ。今までは父性やら親愛だったけど、軍神としてストレートに認められるのは、久々かもしれない。

「…ありがとう」

「おう」



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釣り竿揺れぬ穏やかさです

 のんびりと受け入れられている。ただ熱く、静かに江風は微笑んでくれていた。嬉しいような、自分が情けないような。

 まあ良い。今日はこんなにも穏やかなんだ。また少しだけ、自分を許してやれる。

 

 かつての戦友にも許されて、ここで会えた者達にも受け入れてもらえる。これ以上の喜びはないのだろうな。ふっふっふ。俺は本当に幸せ者だ。これで響が、俺の男すら受け入れてくれたらどうなろうのだろう?

 釣り竿は揺れず。魚は釣れなさそうだ。心が落ち着いていく。このまま一日を過ごすのも悪くはない。

 

「…あの山風がな」

 ぽつりと呟いた。想いが込められた一言は、続く言葉を待たせる重みがあった。

「強くなりてえンだと」

 本当に嬉しそうな笑顔だった。かけがえのない宝物を見せてくれていた。

 

 ううむ。眩しい。心がくすぐったい。…山風にも本当に面倒をかけた。いや、そういう言い方をすると本気で怒られそうだ。

 あ~日光で浄化される。うむうむそういうものだ。

 俺も強くなりてえな。軍神として在る時は堂々といられるのに、人の弱さが漏れるとこうなるんだからさ。

 

「平和を当たり前だって笑える位に、強くなりてえンだとさ」

 俺もそうなりたいもんだね。当たり前に平和がある世界を見ていたけど、経験した事がないんだ。

 頭の中で妄想しすぎているのである。そうだね。変態だね。

 

「可愛い身内が張り切ってるんだ。江風の戦闘狂で台無しにしたくないし」

 ぐっと、彼女が体を伸ばした。バランスの良いしなやかな肉体が素晴らしい。なんだか爽やかだった。青春の香りである。

「平和ってのをしっかりと楽しめるようにするよ」

 

「そう言ってくれると嬉しいがね」

 PTSDでもないが、戦場に囚われているのもな。そこにロマンや愛はあるのだろうけど、傷つき苦しむのは素直に辛いぜ。

 物語じみた輝きがなくても、穏やかな愛情を育んでほしい。

 

「きひひ。発散出来る場は作ってくれよな」

「同期の一人が頑張ってくれているさ」

 それが、艦娘に救われた人類の義務でもあろうさ。俺は本当に同期に恵まれている。俺より指揮能力が高いヤツ。俺よりオタクなヤツ。武器開発に特化したヤツ。

 

 あれ? 一番の落ちこぼれが俺じゃね? …冷静になったら死にたくなるので、止めておこう。一番幸せなのは俺だって言いきってみせるね。

 それで良いのだ。そこだけは胸を張って宣言出来るぜ。

 

「そン時は提督も付き合ってくれよ」

「良いだろう」

 やがて戦いを娯楽にまで落とせるのだろうか? いや、落とさなければならないのだ。そういう余生も悪くはないだろうさ。



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譲れない一線です

 真面目でしっとりと空気が流れていく。相変わらず魚は釣れないけど、悪い気分ではない。いや、良い気分だった。

 ぼけ~っと青空を眺めていると、江風が声をかけてくる。

「提督」

 

 仄かに声が震えていた。どうしたのだろう?

「ん?」

「江風と子作りしねえか?」「んっ!?」

「い、い、いきなり何を言っているんだ!!」

 

 大胆すぎるだろう! いやいや、妙に朝からスケベな俺もいたけど。正直江風の腋を舐め舐めしたいと思っているけども!

 展開が急すぎる。海風の時はもっと段階を踏んで…いや、段階を踏めばいいわけじゃないけども!

 

 ど、どうする。展開が急すぎて本当に思考が纏まらない。疲れきっていた頭に刺激が強すぎる。良いのか。俺は江風を腋を舐め回し、スタイルの良い胸をしゃぶって良いのか!?

 ――良い筈がないだろう!! 

 

 落ち着け。落ち着くのだ。そりゃあ、したい。俺だもの、ていとくお。だがまあ、アレだよ。どう考えても恋とかじゃないし。

 いや、ビッチ系も好きだよ。同人誌とかでも好きなジャンルだよ。でもなあ。それを受け止められる器がない。

 

 俺は童貞だ。確実に上手く出来ない。俺にそんな才能はない。いや試してないだけで才能はあるかもしれないけど。マジカルなぶつが俺の股間に宿っているかもしれないけどさ。

 でも、俺にとってエッチは素敵であるべきなのだ。

 

 恋心が必要なのだ。うむうむ。…へたれじゃないからな!

「きひひ。そう騒ぐなよ、魚が逃げるじゃン」

 へらへらと楽しそうに笑っていた。こいつめ。

「いやそれはお前が」

 

「冗談だって。半分だけな」

 手をひらひらとさせて笑っている。妙に落ち着いているが、顔を見ると仄かに赤らんでいた。可愛い。ううむ。素直にすけべです。

「白露の姉貴が、提督はすけべだって言うからよ」

 

 否定はしないけど白露は何を言っているんだ。膝枕の時に胸を見ていたからか。ごめんなさい。でも良いお胸でした。

「さすがに姉貴ほどではないけど、江風のスタイルはすっきりしてるだろ?」

 ぐっと伸びをしてスタイルを見せつけてくる。素直にすけべです。

 

 出来るだけ見ないように目を背けた。そうすると、意地悪な微笑みを浮かべて、俺に迫ってくる。素直にすけべです。

「提督相手なら悪い気もしない。だからとは思ったけど」

 にやにやと笑っている。こやつめ。反撃しようか。いや、俺の心臓が保たない。止めておこう。

 

「案外初心なんだな」

 馬鹿にされているぞ! お、男が挑まれたのに逃げるのか!? …挑発に乗るな。我、軍人である。提督である。軍神である! 月光蝶である!!

 じゃなかった。少なくとも今俺は唯の人だ。

 

「そういうのを考える間もなかったから、仕方ないだろう」

「きひ、取り繕ったりはしねえの?」

 楽しそうに笑っていた。ていうか距離が近い。良い匂いする。ここで勢いに乗れないから、俺は童貞なのだろうか?

 

「軍規を気にする必要ない場で、無闇に自分を大きく見せる必要があるのか?」

 軍神でない俺なんて、所詮は変態童貞だぞ。妄想力抜群だぞ。勃起しないように気をつけているだけである。

「…へえ。なるほどねえ」



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考え無しも必要です

 からからと楽しそうな笑顔を見て、俺の中の欲望も落ち着いてくれた。まったく。最近こういう流れが多すぎる。

 平和になった証拠かもしれんが、もっと萌えであってほしい

「大体、もっと自分の身は大切にしなさい」

 

 自己犠牲精神というか、刹那的というか。戦場が生んだ性質なのだろうけども、日常で歩むには切なすぎる。

「それこそ平和な日常が訪れるかもしれないんだ」

 愛を紡ぎ愛。子を成して、命を残していけるかもしれないんだ。

 

「江風だからと言ってくれて、その相手だからと言える相手と交わりなさい」

「へいへーい」

 あまり真面目な返答ではなかった。説教臭いのは嫌いなのだろう。少しだけ拗ねているようだ。可愛い。だが真面目に言おう。

 

「江風」

「分かってるって」

 拗ねの雰囲気が強くなった。これ以上押しつけても仕方がないか。別にビッチな感じは大好きだ。大好きだけど、俺、童貞だからさ。

 

 いや、キモオタ童貞に優しいギャル概念とか大好物だよ。初めてはリードしてほしい気持ちもあるよ。でもなあ。

「…でもよ、性的だからってあんまり拒絶するのもどうよ?」

「む?」

 

 痛い所を突かれてしまった。萌える感じは大好きだけど、生の女体は怖いのだ。そうさ。悪いか。どう事に挑めば良いのか分からない。怖いに決まっている!

 それもあって、俺は心底から弱さを見せられる相手がいいんだろうな。臆病である。

 

「女だから性的なのが駄目なわけじゃねえ」

「それは、そうかもしれんがね」

 スケベな俺が、誰かのスケベを否定は出来ない。ビッチなのも好物なのだ。清楚系ビッチも好きなのだ。創作ならばなんでもOKだ。

 

 黙りこくった俺を見て、落ち込んだと思ったのか。きまりが悪そうに彼女は言葉を続ける。

「まあなんだ」

 ぽりぽりと頭をかきながら、江風は言う。

 

「時には馬鹿になりきるのも良いンじゃねえのかな」

「うむう」

 我ながら考え込むタイプだとは思っている。本能的に生きられたら楽なのだろう。うむうむ。難しいぜ。

 

「すっげえ悩んだ顔してるな!」

 そう言いつつも悪い気持ちではなさそうだった。楽しそうに笑っている。拗ねは消えたのだろう。それもまた可愛い。

「きひひ。それが提督の良い所なのかもな」

 

 からかわれている気持ちになった。少しは言葉を返したい。意地を見せたくなった。なんて、そんなつもりはないのだけど。

「…秘め事は大事にした方が気持ち良いだろう」

「きひ! 良いね。江風好みの言葉だ」

 

 腹の底から楽しそうに笑っていた。釣り竿が、魚もなしに揺れている。良い時間だった。

「そうだな。あっさり終わらせちまったらもったいない」

 にひりと楽しそうに笑っていながら、堂々と言葉を紡ぐ。

 

「少し心情が変わったぜ。平和、無理しなくても案外楽しめるかもしれねえな」

「それならば良いがね」

 何はともあれ今を楽しもう。せっかくの時間だ。

「ひとまずはこの釣りを楽しませてくれないか?」「良い提案じゃン」



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涼風さんとの
涼やかに吹き抜ける風です


 江風との釣りを終えて、翌日。もうそろそろ夏が訪れる。そんな暑い日。日差しが執務室に入ってくる。徐々に暑い。良い日だ。

 昨日の釣りは結局何も釣れなかった。だが、ことある毎に悪戯してくる江風との時間は、中々に良いものだった。

 

「ふう」

 賢者タイムではない。さて、今日付き合ってくれる子は決まっている。なんだか風俗みたいだな。落ち着け。賢者タイムではない。

 のんびりと秘書艦を待っていると、勢い良く扉が開いた。

 

「今日はあたいの出番だ!」

 深みのある蒼色の髪が長く。二つに束ねて、毛先は青色に変わっている美しい髪色。腋の出た爽やかなセーラ服が眩しい。スタイルは…ロリだ。貧乳はステータスだとも!

 

「今日はよろしく頼むぞ」

 天真爛漫なんて言葉が似合う美少女、涼風との一日が始まろうとしていた。

「よろしくな!」

 元気いっぱいである。素直に可愛らしいね。

 

 ソファーに座る俺の隣へ、何の迷いもなく彼女が座った。にこにこと楽しそうに笑って、とんとんと肩を叩きつつ。

「なあなあ、昨日はどんなことをしたんだ?」

 滅茶苦茶可愛い問いかけ方である。可愛すぎる。ちょっと意地悪したくなった。

 

「江風に少し怒られてしまった。それにからかわれたかな」

 大分、語弊のある言い方である。あながち嘘でもないのが酷い。

「はっはっは! 江風の姉御は真っ直ぐだからな!」

 ばしばしと肩を叩かれてしまった。小さな手が心地良い。

 

「でも悪い人じゃないんだ。気にしないでほしい」

 ぽんぽんと肩を叩かれる。叩き方のバリエーションがすごい。心地良い距離感であった。

「楽しかったから気にしてないさ」

 

「なら良いけどな。で、あたいは何をすれば良いんだい?」

 楽しそうに、そうして頼ってほしそうに笑っている。頭を撫でたい。体型が幼い感じだからか、俺も父性が出ていた。

「涼風らしさを見せてくれ。君と日常を過ごしたい」

 

 俺としても、艦これ知識では涼風を知らない。かなり新鮮みがある。前世の知識を押しつけるつもりもないが、ファン感が出る時があるのだ。

 ある意味フラットで接せられる点では、涼風との時間は特別かもしれない。

 そう思うとワクワクしてきたぜ。どんな子なんだろうな。

 

「ふむ、ふむふむ――全力で提督と楽しめば良いんだな!」

 彼女らしい涼やかな声で、楽しそうに言ってくれた。がっしりと肩を組んできた。ちょ、ちょ、距離感近すぎるぜ!

 良い匂いがする。青春の香りがする! …このまま涼風の頭に鼻を押しつけて、匂いを嗅いだら駄目だろうか。駄目だ。

 

「頼めるだろうか?」

 いかん。無意識でお願いする所だった。そんな邪心に気付かず。むしろ俺の中の邪神が目覚めず。無邪気な笑顔で彼女は言う。

「よっし! あたいの得意分野さ」

 

「頼めるか?」

 俺の言葉を受けて。

「がってんだ! 涼風の本気見せたげる!!」

 堂々と宣言してくれた。さあ、楽しませてもらおうか。



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爽やかな追いかけっこです

「仕事は大丈夫なのかい?」

「既に済ませてある」

 艦娘と触れ合うためだけの人生である。今までの頑張りも含めて、全部萌えの為に注いできた。

 

「よしよっし! さすがは提督だねい」

 妙に江戸なまりであった。面白い。美少女の江戸口調って何で萌えるんだろうね。そうだねプロテインだね。

「そういやいっつも篭もりがちだっけ?」

 

「体が鈍りやすいのはあるな」

 日課の運動はあるのだけど、こう見えて真面目に仕事もしているのである。

 まあ、終戦の兆しが見えたおかげで、随分と安定しているのだがね。一体どうなるのやら。

 

 …今更だが、艦娘の終戦後は色々と制度を用意しているけど、提督の終戦後は用意されていない。

 提督の素質がある者は貴重だから、完全に廃業とはならない筈だがね。俺の同期も、俺含めて四人しかいないし。

 

「じゃあ今日はいっしょに体を動かそうか」「心得た」

 ぐるんぐるんと彼女が肩を回した。涼しそうな腋が魅力的である。ついつい視線がイキそうに、いきそうになって止めた。

 父性とのせめぎ合いであった。響への想いもあった。

 

 ううむ。それを理由に己の心を封じるのは響に失礼か。いかんな。意識しすぎている。今も楽しもう。涼風との時間も楽しもう。

 全力で楽しみきるのが俺の信条だろうよ。

「何をする?」

 

「まずは鬼ごっこでもしようか!」

「今からはじめな!」「お、おう」

 実は俺の名前は(はじめ)だったりする。ちょっとどきりとしたぞ。

「提督が鬼な!」

 

 唐突な声かけと共に涼風が走り出した。ふわりと動くスカートが素敵である。置いてかれないように俺も走り出す。

 執務室を勢い良く出て、廊下を走り抜けていく。

 途中、他の皆とすれ違うけども。挨拶もなしに走り抜けていく。

 

 幼い美少女を追い回す大男の構図。見方によっては俺が変態であった。今更か。

 けれど、すれ違う皆は微笑ましそうに見てくれていた。

 昼寝に向かう川内は眠たそうに手を振り、それに付きそう神通や那珂は、まだ緊張が残る様子で会釈をしてくれた。

 

 白露型の皆ともすれ違う。皆、らしい反応を見せてくれた。

 楽しい。ただ走って、涼風を追いかけているだけなのにとても楽しい。

 …それにしても普通に追いつききれない。大体、同じ位の速度を出していた。俺よりも遙かに小柄な少女が、俺と同じほどの速さで走れるのだ。

 

 艦娘としての身体能力を強く感じられる。

「あっはっは! 全力で走り回るのは楽しいな!」

 楽しそうに言葉を出す余裕すらあるのか。大したものだ。

 

 俺ときたら段々と息が切れ始めてきた。汗が心地良い。普段から運動をしているおかげで、楽しいが勝っている。

「ほらほら提督、あたいはここだぞ追いついてみな!」

 走りつつ振り向いて、爽やかな笑顔を見せてくれた。良いね。やる気が出てきたぞ!



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心地良い疲れです

 汗だくになりながら鬼ごっこを続ける。終わる頃には息も絶え絶えで、さすがの涼風も疲れていた。気付けば外に出て、浜辺で二人して座っている。

 砂の柔らかさが心地良い。青空が美しい。頬を撫でる風が心地良かった。

「提督、も、中々やるねえ」

 

 息を切らして汗だくで座り込んでいる。可愛い。こうしてみると、ちょっとやんちゃなだけの美少女である。

 それが大人顔負けの身体能力を宿しているんだ。艦娘を畏れる人の気持ちも、分からないではない。

 

 可愛いだけじゃないからこそ、俺もまた萌えるのである。

「涼風もな」

 スピードは涼風の方が優れていたけど、持久力と回復力は俺に軍配が上がっていた。日頃鍛えている成果は、多少体が鈍っていても出ているのかもしれない。

 

「提督なのに鍛えてんの?」

「提督だから鍛えているんだ」

 体力勝負の仕事である。この鎮守府こそ平和だけど、最前線は笑える程度にヤバい。まじヤバい。

 徹夜は心身共に摩耗するのである。耐えきる土台が必要だった。

 

「それがなくても体を動かすのは好きでね」

「汗を流すのは気持ち良いよな!」

 ぱっと花開く笑顔が眩しいぜ。元気いっぱい。活発的な子だ。可愛い。

「ああ」

 そんな眩しさに良い言葉も交わせず。呆けた声が出てきただけだった。

 

 いやしかし。何も考えず。頭を空っぽにするのは大切だ。

 重たく暗い何かが融けている。江風との時間とは違う感じで、涼風との時間もぼ~っとしていられる。

 のんびりと過ごすのも良いけど、こうして遊ぶのも好きだ。

 

「良い天気だ」

 爽やかな香りがする。夏が訪れている。良い天気だ。本当に心地良い。春の陽気とは違う。焦がれるような、動き出したくなる熱さがあるんだ。

 陽光に照らされた涼風は、素直に美しい。

 

「気持ちの良いお天道様だねえ」

 彼女が目を細めて空を見上げていた。妙に似合っている。

 ぼ~っと気持ち良い疲労を楽しめている。なんだか久しぶりに、子供に戻った気分だった。

 

 ただ全力で遊んで、疲れすらも楽しくて。家に帰ったら家族が待っているんだ。おいしいごはんに楽しい時間。一日の楽しいを家族と共有する。

 そんな、かつての俺が味わった時間。俺が、俺がもっと強ければ、この世界の家族は守れたのではないだろうか。悔やむ気持ちはなくならない。

 

 ああ。良い天気だ。太陽が目に眩しい。泣き出したくなる。

「…提督、飲むもんとってくるから」

 とん、と軽く俺の背中を叩いてから、涼風が立ち上がった。

「ちょっと休んでてくれい」

 

「ありがとう」

 一人残されて、耐えきれない想いが頬を伝う。思っているよりも今日は良い一日になりそうだった。



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かきこむ夏の味です

 一人泣き。涙が流れ落ちた頃に、涼風が戻ってきてくれた。

「待たせちゃったか?」

 気遣うような優しい表情だ。胸に沁みる。明るさと爽やかさを感じられた。

「いや…ありがとう」

 

 にこりと彼女が笑う。

「ん。ほら、しっかりと取ってきたよ」

 手にした袋からラムネ瓶を二つ。良く冷やされていて美味そうだった。

「いただこう。ありがとな」

 

「どういたしまして。それじゃあ涼風も」

 ことんと、指でガラス玉を押し込んだ。溢れ出る炭酸水が手を汚す。それも何だか楽しい。

 迷わずに飲む。喉を流れる炭酸が心地良い。どこか科学的な、それでいて爽やかな甘みが好きだ。

 

 一息で飲み干した。随分と喉が渇いていたのだろう。

 ころんと、独特な瓶の中に入ったガラス玉が鳴る。夏の訪れ。これもまた、夏の象徴の一つだった。

「か~! 暑い夏はやっぱりこれだね!」

 

 随分と美味そうに飲むものだ。愛らしくも豪快であった。

「そだ。昼食も持ってきたよ!」

「何から何まですまんな」

 つい謝った俺の背中をばしばしと叩きながら。

 

「水臭いこと言わないで。ささ、あったかい内に食べよう!」

 らしい言葉で励ましてくれた。小さな手のひらで叩かれるのが心地良い。変態だ。…いや、変態的な意味じゃないけども。

 涼風が持ってきてくれたのは焼きそば二つだ。一つは大盛り。俺の体格を気遣ってくれていた。大盛り焼きそばと割り箸を渡された。

 

 香ばしい匂いの焼きそばが、疲れた体を刺激する。たまらず腹が鳴った。彼女の細いお腹も鳴る。思わず二人で顔を見合わせて、笑った。

 それにしても良い匂いだ。食べる前から味が分かるぜ。

 

 …そうして、予想外と言えば失礼だけれど、本当に気が利く子であった。

「「いただきます」」

 二人仲良く焼きそばを食べはじめる。焼けたソース味。程良くのびた感じの麺が良い味を出している。豚肉とキャベツのアクセントが素晴らしい。

 

 これぞ屋台の味である。それでいて、しっかりと調理者の腕を感じる。まさに夏まっしぐらな良い焼きそばだった。

 黙々と二人で食べ進めて、食べ終わりはほぼ同時だった。

「「ごちそうさま」」

 

 二人で砂浜に座り込んで、のんびりと時間を過ごしていく。

「は~さすがは鳳翔さんだねえ」

 予想はしていたが、さすがに涼風が作ってはいないらしい。あまりにも料理になれた物の一品だった。

 

「良い味だった」

 食べ飽きないお袋の味。高級料理とはまた違った、何度でも食べたくなるあじだったんだ。

「うんうん。ああ言うのを熟練の味って言うんだろうさ」

 

 にこにこと楽しそうに笑いながら、彼女は言葉を続ける。

「で、どうする?」

「少し腹を休めたい」

 走り回って、お腹いっぱいに食べたんだ。少し疲れが出てきている。

 

「なら木陰で休もうか」

 二人で立ち上がり、日の差さない木の下で休み始めた。良い景色だ。自然を残しつつ、海の楽しさも満喫させてくれている。

 ここで海祭りなんかをしたら、滅茶苦茶楽しいだろう。

 

 その時は一般の人が来たりして、そこで艦娘との恋が始まったり。ふふふ。夏だからか。妙にロマンチックな俺が出ていた。

「…午後からはどうする」

 誤魔化すような言葉。もちろん涼風は気付かず。

 

「へっへ。実は水着なんて持って来てんだけど」

 悪戯な笑みを浮かべて、水着を見せてくれていた。やけに大きな袋だと思ったけど、本当に気が利く子だ。まったく楽しい提案をしてくれる。

「涼風と一泳ぎ。どう?」

 

「良い提案だ」

 お腹を休めたら楽しもう。深海棲艦を気にせず。本当に贅沢な遊びである。

「よしよし。じゃあもう少しのんびりしたら、贅沢な海遊びをしよう!」



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海遊び。爽やかな風です

 お互いに、いつの間にか出来ていた更衣小屋で着替えた。黒のトランクスタイプの水着だ。傷痕が多い体だけども、まだ引き締まっていた。

 さて。涼風を待たせすぎてもいけない。早々に小屋を出た。

 そこで待っていたのは。

 

「おっ、さすがに良い体をしてるねえ」

 にこにこと楽しそうに笑っている。涼風の姿。真っ白なビキニを着こなして、負けないくらい透明な肌が美しい。美乳、美脚。にひひと笑う顔が愛らしい。

 髪はポニーテールにまとめたようだ。美しい。まじで。良いのか俺。

 

 お、落ち着け。きゅんきゅんしている。なんて眩しい水着姿だ。無邪気な娘だと思っていたけど、意外とあると言うかね。

 まじか。…幸せになってほしいなあ。何だろう。成長した娘を見た気持ちになった。優しさを受けたおかげだろうか。

 

「さっそく遊ぼう! へへ、涼風の本気見せたげる!!」

 彼女に手を引かれて、この世界ではとても贅沢な海遊びが始まった。

「それ!」「うぉ!?」

 さっそく海水をかけてきた。無邪気な遊び方だ。海水が心地良い。

 

「やったな…!」

 彼女の手より遙かに大きな俺の掌で、水をかけ返した。

「きゃ~!」

 くすぐったそうに楽しんでくれた。楽しいぞ。これ、楽しいぞ!

 

 遙か昔、リア充共のこんな遊びが欠片も理解出来なかったが、こうして楽しい相手とやると、凄まじく良い気持ちになれる!

 ふ、はは! 海水が、ちょっ、意外とエネルギーがあるというか、割と勢いがすごい!

 

「楽しい。な、提督!」

「ああ」

 ただ全力で海水をぶつけ合っているだけなのに、本当に楽しかった。

 小一時間海水で遊んで、また砂浜に戻ってくる。ぺたぺたと素足で踏む感じが良い。肌が灼けているようだ。

 

「素足で踏む砂浜が堪らん」

「夏の醍醐味だねえ」

 ぼけ~っとしていると、また彼女から手を引いてきてくれた。

「ちょっと泳ごうよ」

 

 段々と海の深い所に進んでいく。俺の腰くらいの深さだ。涼風は胸くらいの深さである。仄かに浮かぶ美乳が美しい。

 姿勢をするりと変えて、軽く泳いでいる。滑らかな動きだ。

「泳ぎが上手じゃないか」

 

「艦娘だからね」

 ぷかぷかと海面に浮かんでいる。艦娘の力ではなく。力を抜いた自然体だった。背泳ぎの姿勢である。

「普段海に浮いているから、泳ぎは下手なのかと思っていた」

 

「そいつはないさ。他の子は分からないけど、涼風は好きだよ」

 くるりと姿勢を変えて、クロールの体勢。俺の視点からは尻が見える。ぷるりとした愛らしい尻だ。子供らしく、はりのある小振りな尻だった。

「ふふふ。本気の泳ぎ、見せたげる」

 

 音もなく滑らかに泳ぎを始めて、俺の周りを一周してくれた。再び立ちの姿勢に戻る。疲れた様子も見えない。

「滑らかに泳ぐ。余程泳ぎが好きなんだな」

「まあね。こうやって自由に遊べる海なんて、それこそ最近になってからだから」

 

 遠征と同時進行で、ここの平和を安定させた。艦娘が遊べる海としては、唯一に近いかもしれない。

「休みの日は大体海遊びをしてるかな」

 元気に泳いだり、案外静かに楽しんでいるのだろう。

 

「ま、疲れて寝てる時も多いけど」

 どの日常を過ごしていても、彼女らしく爽やかで楽しいのだろうな。目に浮かぶようだった

「提督のおかげで、めりはり? って言うのかな」

 

 にひひと楽しそうに笑っている。涼風らしい爽やかな笑みだった。

「遊ぶのがすっごく楽しくなったんだ」

 俺も笑えているだろうか。応える様に、静かに微笑めた気がした。

「これが私。涼風の歩んできた道。楽しかったし、今だって全力で楽しんでる」

 

「これが君の」

 涼風の歩む、愛している日常なのだ。他の子達と遊んでもいるのだろう。白露型の姉妹達からは、彼女の元気な遊び姿は聞いていた。

「提督はどう? 涼風の本気、楽しめてる?」

 

「…肌を撫でる海が心地良い。追いかけっこも楽しかった」

 彼女の流儀に付き合って、全力で楽しみ切れた。まだ一日は終わっていないけど、この先の時間も楽しみだけど。

 今が、終わるのが名残惜しい位に楽しんでいる。

 

「昼飯も美味かった。汗を流してのラムネは最高だったぞ」

 素直な感想を真っ直ぐに伝える。そうすると、楽しそうに俺の肩を叩きながら。

「提督も分かってるねえ! 海遊びの後は、冷えた麦茶も持ってきてるからさ」

 

 涼風らしい真っ直ぐな好意を伝えてくれた

「最高だ」

 二重の意味を込めた言葉に、彼女はおそらく気付かないけれど。

「よっし! もっともっと遊ぼうか!!」

 全力で、遊びに誘ってくれていた。



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ちょっと爽やかすぎるお誘いです

 久々に泳ぎを楽しむ。海の中が心地良い。滑らかに泳ぐ涼風を観ているだけで、それもまた面白い。

 ああ。良いな。良い時間を過ごしている。

 海の水は太陽で温く。だが心地良い。涼やかな時間を与えてくれた。

 

 一際大きな波が流れた。顔も頭もずぶ濡れになって、目と目が合った。示し合わすように微笑み合って、ゆっくりと海中から浜辺へと戻る。

 ぶるりと涼風が身震いした。舞い散る飛沫も美しい。そうして、持ってきた袋へ歩を進める。袋の中からタオルを二枚出した。

 

 片方を俺に渡して、簡単に水気を拭き取ったようだ。俺も渡されたタオルで体を拭く。海水のべたついた感じこそあるが、随分と楽になった。

 後はシャワーでも浴びれば、もっと良くなるだろう。

「本当に用意が良いな。ありがとう」

「んんっ。涼風の本気、楽しめた?」

 

 にこりと笑ってくれた。愛らしい子であった。ふふふ。海が俺を浄化している。ほぼ下着姿みたいな水着を見ても、性的に興奮していない。

 これが賢者モードか。違う。父性である。

「最高だったぞ」「へへ」

 

 砂浜に座り。のんびりと時間が流れていく。段々と日が落ち始めて、薄らと赤らんでいた。心地良い。夏の美しさだ。

 これが紫色に、夜闇の色に変わっていく。色彩が目に良い。 

「こういう時って、スイカ割りが定番だよね」

 

「持ってきたのか?」

「いやいや。さすがに入らないって」

 さすがにスイカは用意していないようだ。困った様に微笑んでいた。

 

「それにスイカ割りは皆でが良いもんさね」

 ああいう遊びは、大人数でやるから盛り上がる。いつか皆と遊べたら良いのだがね。これからどうなるのやら。大分、気持ちは楽になったけども。

 最近エロエロスイッチと言うか、俺の本能が落ち着いている。

 

 ふふふ。良い事なのだろう。こうしていても、ふと心のどこかで響を思っているんだ。我ながら重症であった。草津の湯ですら効かないのさ。

「ふ~いい汗かいた。次はいっしょに風呂だな!」

 あまりにも迷いなく言っていたので、きっと俺の聞き間違いだろう。聞き返そう。

 

「それはさすがに」

「なんだいなんだい。涼風との風呂は嫌だって?」

 ばしばしと背中を叩いてきた。面白い反応である。海風や川風の感じとは違って、本当に爽やかに誘っているんだ。

 

 少し考えすぎたか。やはり俺は変態なのだろうか。いや、今回は俺のせいではない。風呂はいかんよ、うん。

「は~寂しいねい。こんなに遊んだってのに。水臭いじゃないか!」

 泣き真似までして、本格的にからんでくる。

 

「ああいいさ。嫌ならいいとも。はああ」

 本気ではないけども、わりと落ち込んだ姿を見せている。ここまで遊んでくれたのに、確かに冷たい言葉だったか。

「分かった、分かったよ。俺が悪かった」

 

 お手上げとでも言うように返してみると、嬉しそうに目を輝かせてくれる。

「じゃあ…!」

 わくわくとした彼女へと。

「よければ俺と風呂に入ろうじゃないか」「おうさ!」



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仲良くお風呂です

 海遊びが終わり。運動後の水分補給を済ませて、少し体を休めてから。

 俺は涼風と風呂を共にしている。提督専用の浴場だ。艦娘が使う施設よりは小規模だけど、個人で使うにはかなり広い場所である。

 蒸気を全身で感じる独特な雰囲気。そこに――水着姿で一緒にいる。

 

 さすがに全裸は辛かった。いや辛くないけど。かなり嬉しいけども。俺の心臓が保たない。破裂してしまうのだ。

「そんなに涼風が魅力的かい?」

 からかうような言葉である。

 

「当然の気づかいだ」

「はいよ」

 大柄な俺が脚を伸ばしても余裕のある浴槽に、二人で仲良く浸かっている。彼女が俺の横に座っていた。

 

 さすがに俺の上に座ったりとか、過剰な甘えもない感じだった。

 それはそれとして、上気した顔であったり。海水とはまた違った、暖かい水で張り付いた姿。ぷりっとした尻が……中々目に毒な姿である。

 

 風呂場と海辺は全然違う。感じが違うのだ。ロマンであった。…とか言いつつも、不思議と興奮はない。落ち着いた時間を過ごせている。

「は~、いい湯だねえ」

 楽しそうに頬を緩めている。表情に少しが疲れが見えた。そうして眺めていると、彼女が欠伸を一つ。

 

 雰囲気とは違い。愛らしく、小さく口を開けていた。可愛い。

「さすがの涼風も疲れたのか?」

 からかうように言葉を伝えると、にやりと笑って返してくれる。

「楽しかった証拠さね」

 

「そうかもしれんな」

 思考が鈍っている。だけれど、爽やかな疲れだった。風呂が良い。体に溜った疲労を溶かしてくれている。たまらない湯加減である。

 

「それにしても」

「どしたの?」

 小首を傾げる涼風へと、ぽつり言葉が零れる。

「艦娘と風呂に入るなんて始めてだ」

 

 響ともそんな経験はない。当然、裸を見た事だってない。…厳密に言えばあるけれど、傷だらけでボロボロの姿だった。

 戦場の臭い。死の香りを感じながら。そもそも響は気絶していた。

 

 …うむ。思い出しても手が震えない。徐々に思い出と呼べる。そんな記憶になっている。ああ。今日は本当に良い一日だった。

「裸の付き合いってのは大事だろ」

 水着こそ着けていても、風呂場での裸の付き合いである。或いは水着がなくても、ただ良い時間が流れるのかもしれない。

 

「そうだろうか。経験がないから分からんよ」

 無粋な提案だったろうか。と、悩む俺の顔をじ~っと見つめて。

「さすがに水着はつけてるけどさ。いい湯だねえ」

 優しい声で言ってくれた。ありがたい言葉だった。

 

「それはそうだな」

 熱くも心地良い湯だ。全身が解れている。血行が良くなって、乳酸が除去されている。心地良い時間だ。

 考えている事全てが流れ出されている。ぼ~っと、たゆたう様に意識が緩んでいた。



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無邪気爽快、楽しい夏です

「なあんにも考えず、馬鹿になるってのも悪くないだろ?」

「そんなに俺は気を張っている様に見えるか」

 江風にも気遣われたけど、俺って余程悩み込む顔立ちなのだろうか。色男とまでは思っていないが、もう少し周りに愛される風貌が欲しいぜ

 

 最近は、本当に表情が柔らかくなってきたんだけどなあ。どうにも。そんな風にぼ~っとしていると、涼風が俺の両頬を両手で挟む。

 ぐにぐにと表情をほぐしてきた。小さな手が心地良い。…水着姿が近すぎる。目線を上に固定して、どうにか見つめ合う形。

 

「提督は頭が良いからなあ」

 にやにやと笑っている。楽しそうな笑顔だ。無邪気な笑みとは、涼風の笑い方を言うのだろう。戦場の淀みは一切感じられない。

 平和な日常が良く似合う。そんな笑みだ。

 

「いっぱい動いて、汗流してさ。腹いっぱいになって、ぐ~っと寝たら最高さね」

 けらけらと楽しそうに笑っていた。彼女が語るのは子供の過ごし方。無邪気な夏の過ごし方だ。

 

 そうして大人になって、働いて、家庭を紡いで。幸せを味わえたら最高だろうさ。分かっている。堪らない。

「…そんなに俺は酷い顔をしていたかね」

 

「大分マシになった。こうして見ると色男だねえ」

 じ~っと真っ直ぐに見てきた。さすがに照れる。一度目を逸らす。そうして見つめ直すと、嬉しそうに笑っている。

 なんだろうか。こう…母性? いや違うけども。

 

 気の置けない仲な感じだった。ちょっと良い感じ。いや、大分良い感じ! 思わず俺の心の村雨が暴走している。ムラムラが冷めているかだろうか。おそらく違う。ああ。どうにも下らない思考も戻っていた。

「へっへっへ。あたいは難しいのはよく分かんないからさ」

 

「考え知らずかね」

「馬鹿なやり方しかしらないんだ」

 その方が好きだ。しかめっ面で世を嘆くよりは、遙かに心地良い。そうして楽しい生き方だろうよ。

 

「でも、それで提督が元気になってくれたら嬉しいねえ」

 ぐにぐにとしていた両手で、今度はわしゃわしゃと頭を撫で始めた。小さな手のひらが、しっとりと水気を帯びた俺の髪を撫でる。

 優しさと気易さの篭もった掌だった。

 

 照れくさい。だけど、微笑む己を自覚しながら。

「ありがとう」「水臭いのはなしさ」

 にこにこと笑ってくれた。俺も応えて笑った。なんだか久しぶりに馬鹿な笑顔を浮かべられた。

 

「さあもっと涼風と楽しもう!」「ああ!」

 ばしゃりと湯船から互いに出て、風呂場から出て行く。楽しく夕食を過ごしたり、トランプなんぞで遊んだり。

 ドロドロとした淀みが消え去っていく。無邪気な涼風との一日を過ごしていった。



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雷電姉妹さんとの
雷電、賑やかな出会いです


 改白露型の皆との日々が終わり。さて、そろそろ響との決着を求めている頃。明日にでもと意気込んでいる俺へ、二人の艦娘が来てくれている。

「私達二人で秘書艦をするわ!」

「電の本気を見るのです!」

 

 暁型の姉妹艦。雷と電の二人が訪れてくれていた。響と同じセーラー服姿。茶色の愛らしい髪色で、二人ともそっくりな可愛い顔立ちをしている。

 雷は活発的な、それでいて明るい雰囲気を見せている。電は静かで、それでいて柔らかな雰囲気であった。

 

 二人とも元気よく。そうして楽しそうに来てくれている。俺も随分と疲れが取れていた。そうして、どこか幼げな二人を見ていると父性が出てきた。

 ふふふ。雷に母性を見出す者や、電に慈愛を見出す者。それらを否定はしない。俺も疲れていればそうなる。

 

 だが! 今日の俺はお父さんな気分。ふふふ。普通に意味が分からん。

「元気だな」

 皆から聞いた二人の様子より、遙かに活発でやる気に満ち溢れている。思わず言葉を出すと、二人が揃って胸を張りながら。

 

「まあね!」

「今日はがんばるのです!」

 可愛らしく答えてくれた。これはヤバいな。パパになってしまう。いやお父さんか。お父さんだ。

 

 パパはほら。なんかスケベな要素をはらんでいるし。ぱぱはセーフだけど、パパはアウトだよね。スケベだから。

 

「今日はよろしく頼むぞ」

「任せて!」「がんばるのです!」

 二人揃って元気な返事。良いねえ。元気いっぱいだ。大分気持ちが落ち着くぜ。ふふふ。

 

 そうして二人との一日が始まっていく。大した仕事もないのだがね。執務机に向かってみると。

「まずは私が司令官の肩を揉むわ」

 ふんすと楽しそうに雷が背後に回ってきた。小さな手のひらで、心地良い力加減の肩もみが始まる。

 

 あ~肩より心がほぐれていく。心地良い。もう一生これで良いかもしれない。駄目か。駄目だった。

「電はお茶をいれるのです」

 ことんと湯飲みが置かれた。いつの間にやら淹れてくれたらしい。中身は緑茶だ。良い匂いがする。

 

「ありがとう」

 一口飲んでみると、うむ。美味い。ほっとする味であった。

「良い腕をしている」

「特訓したのです」

 

 と、特訓か。気合いが入っているな。それにしても妙に頑張っている。どうしたのだろう。嬉しいけれども不思議である。

「電はごはんも用意するのです」

 やる気ありげに出ていこうとした彼女を、雷が止める。

 

「それは私がするのよ!」

 肩叩きを止めて電を止めに動き始めた。止めるのか。少し残念だ。

「取らないでほしいのです!」

 おや。段々と二人の雰囲気が荒くなっている。やる気が空回りだ。

 

「こらこら。良くしてくれるのはありがたいがね」

 本当にありがたい。ただ少しのやり取りだけで、滅茶苦茶癒やされている。

「ケンカはいけないよ」

 だからこそ二人が険悪になるのは耐えられない。

 

「「…ごめんなさい」」

 しょぼんと謝ってくれた。素直な反応である。ふふふ。暴走していても良い子達だねえ。さあ、今日を楽しもうか。



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深く強い絆と変態です

 わちゃわちゃと献身的な二人と時間を過ごしていく。朝、出会いを終えて仕事が進んでいく。

 意外にも、と言うと失礼だがね。二人ともかなり力になってくれた。

 雷は積極的に手伝ってくれて、電はそっと支えてくれる。

 

 喉が渇けば茶を淹れて、少し疲れたと思えば休憩を提案してくれる。そうした小休憩の時間で、彼女達は自分達の話をしてくれた。

 雷の元気なエピソード。電の優しさを感じる思い出。他の姉妹艦との仲よさそうな話。

 

 それでも、やはり雷電姉妹は特別な仲らしい。いつも一緒に過ごしている。仲良く助け合っているんだ。

「二人は仲良し姉妹なんだな」

 微笑ましい気持ちになれた。どちらもママみの深い艦娘だが、こうして話を聞いていると幼子に見えた。

 

 ふふふ。ほっこりしているぜ。父性が目覚めてしまうぜ。

「電には良く助けられているわ!」

 ふふんと小さな胸を元気よく張っている。雷らしい元気な仕草だ。

「雷のおかげで、いっぱい楽しい時間をもらっています」

 

 慎ましい胸を張らずに、静かな声で言っていた。電らしい愛らしい反応だ。

「私がやりすぎちゃった時も止めてくれるのよ」

 雷の暴走を止めたり。

「戦いが怖い電を庇ってくれるのです」

 電の優しさを認めている。

 

 そんな互いの優しさを、お互いが真摯に俺へ伝えてくれている。

「ふふ」

 二人とも本当に仲が良いなあ。可愛い。頭を撫でても良いだろうか。だめか。あまりにも突然すぎる。川内への様な運命力も感じない。

 

 …あの時の俺は変態だったなあ。過去形で言っているけど今もか。しょうがないね。川内美人だし、そりゃあムラムラくる。

 今の関係性だとエロスもあれだけども。ふふふ。本当に仲良くなったな。

『提督~おやつちょうだい!』なんて。かなり彼女とも仲良くなっている。

 

 そうして! 今日の俺は雷電姉妹にもエロスを感じない。やはり俺はロリコンじゃなかったのだ。響だけなのだ。

『私だけなんだ? 私の、こんな幼い体に興奮するんだ?』

 ふひひ! そう。そうだとも。あの細くしなやかな肢体。小さな手。

 

 俺は響の全てが好きだ。もしかしたら毛深いかもしれない。色とか! 色々とアレかもしれない!!

 だが俺を舐めるなよ。あれだけ深く関係性を築いた彼女が、そんな感じとか! 普通に興奮するだろうが!!

 

 ……ふう。落ち着け。落ち着こう。雷電姉妹が俺の父性を引き出したから、内に眠る変態性が呼び起こされている。駄目だ。落ち着こう。

「二人が深い絆で結ばれているのは分かった」

 俺と響の仲にも決して劣らない。強く深い絆を感じられた。

 

「だからこそ、いきなりつくそうとしてくれたのが解せない」

 やる気に満ち溢れていた。響や暁。後は天龍や龍田かな。皆から話を聞いていたとしても、かなり気合いが入っていた。

「何かあったのかね?」



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雷電姉妹の思いやりです

「…響がね。元気ないのよ」

「考え込んでるのです」

 ぽつりと呟くような言葉達。しゅんと二人とも落ち込んだ。

 

 雷は普段元気だからより一層目立ち。電は軽く涙を流しそうだ。真面目な雰囲気である。

 ふむ。まあなあ。姉妹艦と言うのは、他の艦娘との繋がりより強い。白露を意識する海風の様にだ。暴走することもあるだろう。

 

 無論史実が影響するのもあるけども。この世界では、そうして俺と過ごしてくれた響ならば、他三人の姉妹を深く愛している。

 だからこそ、規格外の強さを得た己に怯えている。

 何時かどうにかしたい。なんて、とても傲慢だけれど。鍛え合って、ひたすらに濃密な時間を過ごしてくれた。

 

 恩返しもしたい。愛し合いたい。想いが強い。心臓の音が聞こえる。雷電姉妹の、二人の暖かな思いやりが鼓動を加速させるんだ。

 ああ素晴らしい。深い絆が見えるんだ。心が震えている。

「電達に遠慮してるのです」

 

「怯えてるのよ」

 それは幸せに怯えている。己を祝福出来ない。強くなりすぎた。その為に戦い続けてきた。史実でも、この世界でも別れを経験した。

 愛し合いその果ての…命を残す行い。血を繋ぐ尊い行い。平和が怖い。そんなものを知らないから、怖い。

 

 俺だって感じている。だけど、平和な世界を知っていて、前世もあって、幸せや平和を知っている俺ですら、そう思っているんだ。

 別れと戦争しか知らない彼女が、ただの平和に耐えきれるのだろうか。恐怖に心は殺されないのだろうか。

 

「だから、私達が遠慮しないで司令官と向き合えば」

「きっと響ちゃんも素直になれるのです!」

 雷電姉妹が楽しそうに笑っていた。全力で平和と幸せを楽しみきって、そうして響をも許してくれている。

 

 俺と龍驤の関係みたいだ。はは。良いねえ。良い。愛おしい関係性である。俺とは別の意味で、響と深い関係だよな。

 ちょっとだけ嫉妬している。俺では絶対に築けない関係だ。

 

「最後は一人っきりにしちゃったから、大切な人との関係を増やしてほしいの」

 取り残されて、他の姉妹艦との別れを経験した。名前すら変えられて、最後は沈められた。笑えねえ。…幸せになってほしい。幸せにしたい。

 抱きしめたい。もう一度、深く抱きしめたいな。

 

「電達とは、次に繋ぐ命は生まれませんから」

 真っ直ぐに目を見つめられた。男として、真っ直ぐに目を見つめ返した。

「共に並び立つ姉妹として支えるわ。そこに変わりはないけど」

 優しく微笑みを見せられた。ただ迷いなく笑い返す。

「やっぱり、触れあい育むのとは違う関係です」



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裏側と気にしない心です

 育んでいく関係か。いやらしい話ではない。真面目な話である。俺と、響が愛し合えばそうなるだろう。…少し怖い。

 艶本とかで色々と妄想しているし、ムラムラしているけども。リアルは怖いよ。

 男の俺ですら怖いのだから、響はもっと怖いのだろうか。

 

『さすがにこれは、恥ずかしいな』響~!! 俺だ結婚してくれ!!

 落ち着け。落ち着こう。今、二人の真摯な想いを受けた。響を大切に思ってくれて心底から嬉しい。

「…ふ、む」

 

 二人の気持ちは本当に嬉しいのだ。俺以外との繋がりがあるのは、本当にありがたい事である。

 だがしかし。それはそれとして。義務感で仲良くされるのは複雑な気持ちである。面倒くさいのだ。俺は面倒くさい童貞だ。

 

 童貞は関係ないか。関係なかった。ううむ。

「だから俺と急速に仲良くしようと?」

 率直に聞いてしまった。普通に嫌なヤツかもしれない。案の定、二人とも軽くしょんぼりした。

 

 胸が痛んだ。ああ。二人に悪意があったわけじゃない。良くしてくれるのは嬉しいのだ。ただ彼女達が俺を怖がっているのなら、無理してほしくない。

 雷電姉妹の輝きが見たい。魅力を知りたい。二人も好きなんだ。響を思ってくれる姿は、素直に好ましいぞ。

 

「失礼でしょうか」

「司令官が嫌いなわけじゃないのよ」

 更にしょんぼりしてしまった。どう考えても俺が悪い。

「すまん。意地の悪い言い方だった」

 

 軽く頭を下げる。二人が慌てて。

「頭を上げてほしいのです!」「全然気にしてないわ!」

 わちゃわちゃと元気よく。言葉をかけてくれた。可愛い。ふふふ。闇を感じる萌え方であった。

 

「雷にもっと頼ってほしいのよ」

「電と、仲良くしてほしいのです。…傷つけましたか?」

「いやそうは思わない。ただ、無理をしてほしくないんだ」

 弱みを握って陵辱とか、二次元だけで十分ですし。創作だけでお腹いっぱい。いや、そこまでの話でもないけども。

 

 笑顔が見たい。楽しんでほしい。その輝きを俺は楽しむ。ふひひ。っと、少し変態が漏れた。落ち着こう。

「恩義を感じているのです!」

「もっといっぱい頼ってほしいんだからね!」

 

 にこにこと楽しそうに笑っている。それを見た俺もにっこにこだ。最近の俺は怖い笑顔ではない。きっと良い雰囲気だ。きっと。

「だけど、私達は響が大好きなの」

「可愛い姉妹なのです」

 

 響への気づかいがあるのだろう。ううむ。萌え萌えだな。落ち着こう。

「…嫌いになったかしら」「ごめんなさい」

 またまたしょんぼりしてしまった。ああ。俺も大人げない。

「嫌いにはならんさ。今はまだ大切な姉妹のためでも」

「そうして知ってもらった俺の魅力で、二人が家族と思ってくれれば良い」



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思い悩むも恋の道です

「ふふふ。義兄っていうやつね!」

「お兄さんなのです!」

 パパも良いがアニキ扱いも良い。電はお兄様、雷はお兄ちゃん。

 

 皆違って皆良いと思います。響なら。

『兄さん、なんて』

 ふふふ。表情は変えないけど、仄かに頬を染めた姿が思い浮かぶ。うっ、ふう。落ち着け。出してない。唐突すぎる。

 

 そういえば響のパンツを見た日…言葉にすると相当やばいが。彼女のパンツを見た日に、そんな話もしたか。

 やはり俺には年下に兄と呼ばせて、悦に浸る趣味があるのだ。でも嫌なわけがない。

 

 ふふふ。妹萌え。むしろ燃え。でも鳳翔さんは母枠かつ人妻枠。しょうがないね。雰囲気が熟成されている。

 そうして龍驤はお袋枠。よく分からんね。

 俺にとっての姉は、白露や阿武隈か。白露はともかく、阿武姉とは会えていない。

 

 そろそろアイツとも会えそうで、それはきっと、本当に戦場の終わりを意味する時で。

「そうなるかは分からんがね」

 心なんてどうなるかは分からない。

 

 深く、強く想い合っている自覚こそあるも、そこに性愛や情愛があるかも分からない。

 少なくとも俺は響で強く勃起するし、すんごく勃起するし、なんなら響という字を見ただけで勃起するがね。

 

「ただ、そうだな。いつまでも相棒のままでもいられんか」

「ワイルドすぎるのです」

「女の子との向き合い方には、ちょっと重すぎるわ」

 そうだ。その呼び方には戦場の臭いが残っている。ならば俺は、響とどうなりたいのだろう?

 

 なあんて。考える必要もない。

 俺は艦娘が好きだ。その魅力だけが俺の全てだった。

 そうやって戦い抜いた来た俺の隣には、いつだって彼女がいたんだ。

 

 響。透明な、透き通るような美少女。雪や、或いは鋼を思わせる美しい少女が、いつだって俺を支えてくれていた。

 もう迷う必要もない。ハーレムとか性に合わんし。いや、ハーレムも好きだけどね! 男の夢だよね!!

 

 ぺちゃぱいとでかぱい。両方を愛せてこそ、一人前の男だろうよ。…と、ふざけていないと怖くて泣きそうだ。

 だって、響はどうなりたいのか分からない。

 

 相棒の距離感が好きだから、心が揺れている可能性だってあるじゃないか。俺を傷つけまいと、嘘を言う優しさがあるんだ。

 昔はラブコメ漫画なんぞを見て、相思相愛なのにくっつかない二人に苛々していた。だけど、似たような感じになって初めて分かる。

 

 本当に、真剣に思っているからこそ、怖いんだ。一歩踏み出せないんだ。ふふふ。ラブコメの主人公にしては、俺の容姿や中身は優れていないがね。

 褒められるのは提督の能力位である。それもスケベありきである。



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終わり近づき、心は定まるです

 静かに悩む俺の姿を見て、彼女達は優しい声で告げる。

「司令官。響を信じてあげて」

「響ちゃんは残酷な嘘を言わない子なのです」

 嘘をついて、俺の欲には応えないだろう。今までの好意的な付き合いだって、嘘じゃないんだと信じたくなる。

 

 嘘じゃないことは分かっているのに、それでも迷ってしまう俺の心。解きほぐすような優しい言葉達だった。思わず笑みが零れた。泣き出しそうな顔に似合っていないだろうか?

「…ふっ。さすがは響の姉妹達だ。気づかいが出来る良い子だな」

 本当に優しい子達である。ありがたい限りだ。

 

「まあね!」「姉妹なのです!」

 ふふんと楽しそうに胸を張っている。不思議とドキドキしない。単純に微笑ましい。これが父性か。俺、お父さんになっちゃう。

 …響は、その、えっと。つ、つま的な? いや刺身についた細切り大根じゃなくて。――奥さん的な。うむうむ。

 

『創、今日はどうする?』名前呼び良いねえ。

『あなた、今夜はその』あなた呼びも最高だねえ!

『君がパパになるんだよ!』パパにされちゃう!!

 うひょひょ!! 良いぜ。良いねえ。幸せだ。

 

 そいつは本当に幸せなのだろう。俺は、そんな幸せに浸る俺を許して――阿呆が。

 龍驤は俺を許してくれた。ここで、艦娘達に許され続けている。いいかげんにしろ。俺だって頑張ってきたんだ。頑張れてこれたんだ。

 結果は、理想的とはいかなかったかもしれない。終戦だって、矢面に立つ形ではなかったかもしれない。

 

 それでも、頑張ってきたんだ。ここまで戦い続けてきたんだ。それは、俺にチート能力がなかったせい。

 そうして、能力がなかったおかげでもある。頑張ってきたと胸を張れる。俺の弱さにも感謝したい。

 

「ならば俺も向き合おうか」

 言葉にした。声はもつれず。ただ通るように口から出てくれた。迷いはない。躊躇いもない。不思議と爽やかな心が残っている。

 二人が笑ってくれた。電が前に出て、俺に右手を差し出す。

 

「約束なのです」

「約束だとも」

 電と指切りをした。少女との固い約束。そんな俺達を見ながら、堂々と雷らしく言うんだ。

 

「絶対だからね!」

「うむ。違えないぞ」

 雷へ誓った。少女との裏切れない誓い。ならばもう良いだろう。いい加減、踏み出そうじゃないか。

 

 自覚し一度は目を背けようとした先で、終戦と姉妹達の後押しがあった。何よりこれまで歩んできた、歩ませてくれた道が、全てを認めてくれる。

 向き合いを決めた心はしなやかに、ただ静かで心地良く。一日を終えていった。



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響さんとの、深くです
提督としての言葉、艦娘としての答えです


 雷電姉妹との一日を終えて、今日。俺は響と執務室にいる。時刻は朝。彼女は、入室してから一言も発していなかった。それは俺も同じ。

 …心臓がうるさい。それだけ暴走しているのに、鼓動が止まりそうな程の緊張感も覚えている。

 

「…やあ、久しぶり」

 先に口を開いたのは響だった。応ずるように、途切れそうな言葉で返す。

「久しぶりだな」

 本当に久しぶりだった。初めて会った時から、ここまでずっと一緒だったんだ。これだけお互いの顔を見なかったのは初である。

 

 きっとそれも緊張に影響しているけど、今回はそれだけじゃない。

「その、元気にしてたかい?」

 何かを探るような言葉だった。いつもは揺れぬ透明な瞳は、仄かに緊張を宿していた。可愛い。けど、緊張を悟られている。

 

「おかげさまでな」

「そうかい」

「「……」」

 妙に気まずい。やはり伝わっているのだろう。この心の全て。今から伝えようとしている思い。向かい合うように立ちながら、彼女の瞳を見つめながら。

 

「――響」

 呼びかけに返答はなかった。俺の言葉を待っている。待っていてくれている。改めて響を見た。

 水色の落ち着いた瞳。暁のおかげか、艶がある銀髪が美しい。少女の幼さを示しつつも、整った顔立ちが素晴らしい。

 

 雪の妖精。なんて言葉も似合う位だ。ちょう抱きしめたい。ぺろぺろしたい。むしろぺろぺろされたいんだ。ふひひ。

 いやいや。いかん。いつものエロい感じじゃなくて、ちゃんと真面目に言うんだ。

「これまで相棒として俺を支え続けてくれてありがとう」

 

 彼女には感謝してもしきれない。俺が鬱病でほぼ死んでいた時に、懸命に介護してくれたのも響だ。こうして、曲がりなりにも人として生きていられるのも、本当の始まりは彼女のおかげだった。

 素直に性欲はある。滅茶苦茶響で自慰をしていた。

 

 だけど、そんな俺だけど。こうして過ごしてくれた響へと。真っ直ぐに思いを伝えるんだ。綺麗な思いを伝えるんだ。

「これからの人生を、俺と共に歩んでくれないか?」

 プロポーズとしては情熱的ではなかっただろうか。胸が痛い。結果を待ち望んでいるのに、答えてほしくない俺もいた。

 

 怖い。怖いよ。時間が無限に引き延ばされていて……終わりは唐突だった。

「…ごめん」

 頭がまっしろになった。彼女の言葉が上手く聞こえない。

「司令官は好きだよ」

 

 頬を赤らめながら彼女は言う。照れと、それ以上の暖かい心で言う。

「心底から、愛している」

 ぼうっと伸びた意識が。ああ。綺麗だなと場違いな感想を紡いでいた。

「けど、正直想像がつかないんだ」

 

 反転。静かな、確かな拒絶。踏み込めない。それだけの壁があった。

「あの時私を抱きしめてくれたよね」

 語るまでもない。彼女の全てを覚えている。匂い、鼓動、熱。柔らかさだって、男としてああ。言えないな。

 

「嬉しかった」

 泣き出しそうな笑顔だった。俺はなぜ黙っているのだろう。まるで舞台を見守る観客のようだ。…どれだけショックを受けているのだ。

 相棒に、響にこんな事を言わせてる。己の愚かさが憎い。

 

「矛盾した想いも語ったかな」

 お互いの幸せを強く願っている。そこに互いがいなくても良い。誰かが望んだ。誰もが望んだ平穏で満たされてほしい。

「創が、皆と仲良くなるのに嫉妬する想いはあるんだ」

 

 俺もそうだ。彼女が他の男と語らっている。愛を語る。尊いと思い。幸せに祝福もあれど、どす黒い嫉妬がある。

「だけど、私なんかがって思いもある」

 ああ。俺もそうだった。本当に似ている。だからこそ、この言葉は捨て置けない。どれだけ俺が響に惚れていると考えているんだ?

 

「例えばそう。もっと魅力的な女の子達がいる」

 すぐに否定しようとしたが――真っ直ぐな瞳。生半可な想いでは、今の彼女の言葉を否定出来ない。綺麗に取り繕った言葉なんて、くその役にも立たなかった。

「だから、その」

 

 見透かした様に帽子を深くかぶり直した。瞳が見えない。涙が浮かんでいるのだろうか?

「ごめんなさい」

 声には、微かに涙が乗っていた。ああ。俺は彼女に何を言わせているのだろう。

 

「…仕事になれば、艦娘としては元に戻れるから」

 それは人としての交わりはないわけで。つまり俺は――彼女に振られたんだ。

「また相棒として会おう」

 そうして顔を上げた響は、不思議と初対面の時みたいで。前世で俺がイメージしていた、艦娘・響の顔で。

До свидания(ダスヴィダーニャ)

 一つの別れを告げ去って行った。



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始まりの出会い、そうして得た仲です

 胸に、胸に深い孔が開いていた。おそらく心臓の辺り。不思議と鼓動音が聞こえない。落ち着いていた。ひどく落ち着いていた。

「ふう」

 わざと言葉に出して息を吐いた。胸の孔からも何かが零れた気がした。

 ここはどこだろう。意識的に周りを見回す。

 

 執務室。そうだ執務室だ。最近は来客が多いから、家具が増えている。可愛い黒猫のクッションは川内の。彼女が愛用する黒ソファーの上に置いてあった。

 他にも、ここで過ごしてくれた艦娘たちの、思い出のかけらが部屋にある。世話になったという意味では、白露のミニ観葉植物が、何か大切な心を揺り動かしてくれた。

 

 胸の孔が、埋まった気がした。思考が戻ってくる。俺は執務室にいる。今の心境が自然と言葉の形を成してくれる。

「死のう」

 落ち着け。今死んだら響が気にするだろう。それだけか?

 かつての仲間たちもひどく悲しむ。同期だって悲しんでくれる。それだけじゃない。

 

 ここで出会ってくれた、艦娘たちが悲しんでくれるんだ。俺を父と慕う子供たちだっていた。死んでいる場合か。落ち着け。

 後十年は緩やかに外界から離脱していって、響や他の艦娘が幸せになる姿を見届けたら、静かに死のう。よし。

 

 死ぬぞ!

「提督、邪魔するよ~」

 ノックも無しに川内が入室してきた。そのおかげで更に意識が戻ってくる。俺は執務椅子に座っていたらしい。

 さすがに、今の俺は彼女の入室にツッコむ気力もない。

 

 だが動揺は見せられない。いつも通りに振舞おう。

「川内か。ふっ、今日も元気だな」

 白露や、それこそ川内のおかげで俺の表情も随分と柔らかくなった。自然と微笑みまで出てくれた。

 うむ。少し元気が出てきた。ふふふ…ふう。出るわけがないか。

 

「…どうしたの?」

 ――まっすぐな瞳。曇りがない眼差しから目が離せない。

「何がだ」

 ばれているとわかっても虚飾を張り続けた。

 

「……」

 無言のままに彼女が近づいてきた。机に乗り上げて、両手で俺の頬を挟んでくる。痛みはない。包み込む川内の優しさが伝わった。

「誤魔化さない。隠さないで」

 言葉に怒りはない。じんわりと頬に熱を感じる。彼女の手のひら。小さくやわらかで、暖かい川内らしい手。

 

「暇があれば一緒にいたんだから、さすがに分かるよ」

 落ち着いた瞳が、やはりまっすぐと俺を見つめていた。川内らしい微笑み。ああ。なんて優しい子なのだろう。

 逃げられない。逃げたくない。洗いざらいぶちまけて、いっそのこと泣き出してしまいたい。

 

 それでも黙る俺へ、本当に優しい声で彼女は続ける。

「怒らない。茶化さないから私に教えて」

 両手が俺の頬から離れて、今度はそのまま両手で頭をなで始めた。わしゃわしゃと。これも川内らしい。強くも荒々しくはない。

 愛情、なんて。そんな感情を抱く手のひらだった。

 

「それが難しいなら、響でも呼んでくる?」

 仄かに悲しそうだけど、それも悟らせないような笑顔の言葉。その音に誘発されて、俺の思いも言葉になってくれた。

「…ふられた」

 

「へ?」

 呆けた顔で見ている。言葉の意味を理解できていない。可愛い。ははは。川内って美少女だよな。ああ。何を考えているのやら。

 自分の愚かさがさらに誘発して、言葉が続いてくれる。

「響に告白したら振られたんだ」



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彼女なりの察し方です

「いや、いやいやいや!」

 なかば叫ぶような言葉だった。思わぬ川内の元気な反応で、俺も必要以上に落ち込まなかった。ありがたい。

 わしゃわしゃと撫でていた手が離れて、彼女が黒ソファーに座る。愛用しているネコぬいぐるみを抱えて、ほっと一息ついていた。

 

「と、とりあえず隣に座りなよ…」

 消え入りそうな声であった。どっと疲れている。先程の落ち着いたお姉さん雰囲気は消えていた。いつもの川内らしいけど、少し名残惜しくもある。

「ああ」

 

 簡単に返事をして、隣に座る。座り心地の良いソファーだ。肩と肩が触れ合う距離だけど、緊張はしない。その程度には彼女と仲良くなれた。

 ほっと一息ついてから。

「何があったのさ!?」

 再び彼女が爆発した。顔も赤い。わちゃわちゃとしている。

 

 ふふふ。元気で愛らしい。川内って、本当に真っ直ぐだ。真っ直ぐな心で、全力で楽しんでいる。それでいて姉力もある。

 これ以上の見栄は必要なかろう。彼女ならば語っても問題ない。

「実は」

 

 今朝あったことを端的に説明した。飾り立てるほど複雑でもなく。単純に振られただけなのだ。振られた、だけなのだ。

 ――うおおおん!! 思い出しただけで泣きそうだ!!

 振られた。マジで振られた!! 響に振らせてしまった!!

 

 絶対彼女は気にしている。表面上は冷静に見えるけど、かなり情が深い女の子なんだ!! このスケベ野郎が色気を出したから悪いのに、断ってしまって悪いとか思うタイプなんだ!!

 いたたまれない。まじで泣きそう。泣いても良いか。駄目だ。

 

 泣きたいのは響の方だ。それを抱きしめる資格がない俺のせいだ。だから泣けない。泣く資格がない。

 でもよく分からないのも事実。

「愛していると、言ってくれたのに」「振られちゃったと」

 

 これが分からない。そういう意味では好きじゃないと言われた方が、まだ理解出来る。いやそっちの方が辛いけども。

『司令官。私は短小包茎の童貞に興味がないんだ』

 おぼろろ! 想像で吐いた。俺のブツが小さいかどうか。それは主観の話。響がそうだといえばそうなのだ。

 

 …ふふ。頭の中でふざけられる程度には、元気が戻っているらしい。誰のおかげかなんで考えるまでもない。 

「はあ、成程ねえ」

 川内が深く息を吐いた。しみじみと言っていた。

 

 俺には理解できないところで、彼女は何かを察したらしい。どことなく焦れたような、仄かに嬉しさもあるような微笑み。

「…響の気持ちも分かるかな」

「そうなのか?」

 

 教えてほしいと見つめると、困った様に微笑まれた。珍しい表情だ。

「ううん。ただ言葉で言っても伝わらないよねえ」

「そうか…」

 少し残念。響の隠した心を、根掘り葉掘り探りたいわけじゃない。

 

 ただ、俺が分かってやれていないのならば、俺が知らない響がいて、それを知る事で少しでも何か変わるならと思ったけど。

「塩を送るわけじゃないんだけどさ」

「川内?」

 

 彼女が俯き何かを考えているようだ。そうして急に顔を上げて。

「今日は呑もうか!」

「お、おう?」

 いきなり酒の話になった。そういう気分じゃないと逃げられなさそうだ。

 

「前々から約束してたからね」

 ああ。そういえばそうか。川内型三姉妹と交流するって、いつかの時に話していたかね。色々とあってすっかり忘れていた。

「せっかく今日は川内型皆が休みだからさ。約束ついでに呑んじゃおうよ!」



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川内型三姉妹との酒盛りです

 川内に誘われるままに、俺は彼女達三姉妹の部屋へ招かれた。

「提督、入っても良いよ~」

 先に入室していた彼女が声をかけてくれ。軽くノックをしてから、扉を開いた。

 

 二段ベッドに、畳まれた敷き布団が一つ。川内が好む漫画が、本棚に整頓されて並べられていた。おそらく神通のおかげだ。

 詳細は知らないが、おそらく女性アイドルのポスターが壁に貼られている。

 川内の本棚とは別に、また一つ本棚がある。戦術本や、意外にも子犬の写真集など。愛らしい本も見られた。

 

 どことなく良い匂いがする。川内の静かな香りや、仄かに花のような。自然な甘い匂いがする。…変態な感想だった。

 軽巡三名の部屋だから、多少広めである。少なくとも、俺が入った程度では手狭と感じない。

「邪魔をする」

 

 そういって入室すると、待ち構えていた二人が起立して。

「あ、あの! 今日はよろしくお願いします!」

「提督、よろしくね」

 入室した俺へ挨拶をしてくれた。川内型姉妹艦の内の二人。神通と那珂。

 

 どことなく気弱だけど、戦場では誰よりも凜とする神通。明るく無邪気で、誰かを楽しませようと動く那珂。タイプの違う二人だが、どことなく雰囲気は似ていた。

「よろしく頼む」

 

 川内繋がりでからみがなかったわけでもないが、こうして腰を落ち着けて話した事はない。響に振られたショックも合わさって、妙に心が落ち着かなかった。

 それはそれとして、三名とも楽な格好へと着替えている。

 

 川内は黒色のパジャマ。どことなくネコを思わせるデザインだ。神通はオレンジの寝間着。愛らしい装飾なく。すらっとしていて、着心地が良さそうである。

 那珂ちゃんは…無意識のうちにちゃんをつけてしまう。落ち着け。那珂は、神通と同じパジャマを着ていた。意外にも落ち着いている。

 

 もっとフリルとかの装飾をイメージしていたが、そんな事もなかった。この世界線が鋼臭すぎるからだろうか。とりとめのない思考である。

「三人とも固いな~」

 この中で川内が一番リラックスしていた。いつものにやにや笑みで、静かに座っている。尻に敷くクッションが柔らかさそうだった。

 

「姉さんが緩んでいるだけです」

 そんな彼女の隣に神通も腰を下ろした。紺色の座布団だ。飾り気のない物が不思議と合っていた。

「ちょ、ちょっと緊張しちゃって」

 そういって那珂は神通の対面に座る。愛らしいキャラのクッションを尻に敷いていた。…俺は、空いている那珂の隣へ座った。

 敷物のクッションはない。床に敷かれたカーペットで十分だ。

 

 はからずも川内と対面の位置だった。彼女を見ると目が合って、にんまりと笑ってくれた。可愛い。横を見れば那珂、斜め前を見れば神通。

 女子会に入っているみたいだ。いや、みたいじゃない。

 

 今俺は女子会にいるのだ。かつて願った事が叶ったのに、興奮していないのは何故だろう。

 まだ心が弱り切っている。笑えるぜ。でも、また少しだけに楽になれた。川内のおかげだ。ふふ。いずれ恩を返したい。

 

「那珂はいつもみたいに歌でも聞かせてよ。アイドルなんでしょ」

「う~ん。提督、歌は嫌いじゃない?」

「賑やかなのは好きだ」

「きゃは! それなら那珂ちゃんのステージを楽しんでってね!」

 そうして酒が混ざり。ただの馬鹿騒ぎが始まっていく。



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良い酔い時間です

 那珂の歌や、茶々を入れる川内のおかげで酒が進んでいく。意外にも神通が一番呑んでいた。

 早々に那珂は酔いつぶれて、他二人はほんのりと顔が赤い。

 そういう俺はあまり酔わず。冷静に場を眺めている。ぐにぐにと俺の頬に川内がちょっかいをかけて、神通が慌てたり。

 

 そうして、いつもならば酔える量を飲んでいても、不思議と意識が醒めていた。楽しくないわけではないが落ち着いている。

 楽しくない、わけではないのだ。ただ、響は今一人なのだろうか。…下らない。川内達に失礼な考え方だった。

 

「あ、あの!」

 神通が顔を真っ赤にして言った。愛らしい。しかし、どうしてそこまで緊張しているのだろう? 畏怖されているのだろうか。

「どうした?」

 

「尊敬しています…」

「ありがとう」

 消え入りそうな声での言葉だ。それでも、深く強い尊敬の心が伝わった。

 神通が一番、俺を軍神として見てくれているかもしれない。良い意味で、今向き合っていて辛くない相手だった。

 

 軍神、軍神か。積み上げてきたモノの価値は分かっている。かつての仲間達が、ここで出会えた者達が、俺の価値を認めてくれている。

 それを、一番認めてくれていた少女がいた。いつだった傍らで、俺と苦楽を共にしてくれたんだ。

 

 壊してしまったのだろうか。本当に、艦娘と提督なんて関係に戻れるのだろうか。気安く話せていた時間を、取り戻せるのだろうか。

 考えても仕方のないことが浮かぶ。今、一番傷ついているのが響だからこそ。俺は俺自身が許せない。

 

 彼女に、俺を拒絶させてしまった。未熟な在り方が許せないんだ。もっと格好良く言葉を紡げなかったのか。どうして、どうして…!

 ――落ち着け。慌てるな。今は、川内が許してくれたこの時間を味わおう。

 

「提督、話したいことがあります。いっぱいあります」

「お、おう?」

 それにしても神通の顔が真っ赤だ。緊張や照れだけでなく。酒気を強く感じる。

 

 酔いつぶれた那珂ほどでなくても、随分と酔っているらしい。そろそろ神通も潰れそうだ。ちらりと那珂の方を見ると、多少衣服が乱れている。

 いつもならば興奮するのだが、今は不思議と落ち着いていた。つまらない奴になったと思う。ふふふ…はあ。

 

「神通~緊張しすぎだって」

 にやにやと笑っている。川内らしい笑み。響やかつての仲間を除けば、彼女が一番俺を人としてみてくれている。

 等身大の相手として。弟分や父性などは見出さず。仲の良い相手として見てくれている。

 

 それは辛いのだろうか。つらつらと脳が回っている。酒に酔ってきたのかもしれない。

「でも」

「そこまで気を張らないでくれると嬉しい」

 

 素直に言葉を伝えた。軍神としての敬意はありがたいが、それで萎縮されるのはさすがに辛いんだ。

「提督…えへへ」

 

 無邪気な笑顔だ。こうしてみると、神通も確かに妹なのだろう。甘えの雰囲気が愛らしい。

「すぴ~」

 寝息を立てている那珂ちゃんは、もっと愛らしい。本当に純粋な寝顔であった。



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張り合いたい心です

「提督、提督」

 神通が頬を染めて語りかけてきた。酔いが深そうだが、真剣な瞳である。こうしてみると凜々しい美人であった。

「どうした?」

 

「私は強いですか? 頑張れているのでしょうか」

 漠然とした問いかけだ。中々返答に困る。ふと川内の方を見ると、優しい微笑みを返してくれた。少し真面目に答えようか。

「俺は頑張ってくれていると思っているぞ」

 

 日々の演習や遠征で神通の話を良く聞く。指導者としても真面目で、個人としても努力を尽くしていると聞いていた。

 多少、厳しすぎる面もあるらしいが、生き残ってほしいと思うからこそだろうよ。

 俺も艦娘に甘い性格だと自覚しているけど、訓練の時は厳しくしている。軍神として、一番シンパシーを感じる相手だ。

 

「何より成果として、軽巡の中では高水準だと確信している」

 遠征や哨戒での撃破数はトップクラスだ。何よりスペックに頼らず、無駄のない動きを心がけている。天龍とは違う所で、数値化出来ない素晴らしさがある。

「私よりも強いからね~」

 

 自嘲する様に語っていたが、自虐するような声ではなかった。良かった。

「阿武隈さんに勝てるでしょうか」

 これも難しい質問だ。勝てるかどうかと言われれば、可能性がないわけじゃないさ。正直な所、阿武隈も極端に性能が良いわけじゃない。

 

「単純な能力だけを考えれば、劣る所はない」

 正直な感想。ここでの努力と生来の性能は、十分阿武隈に迫っているさ。一対一で、よーいドンで戦えば勝てるかもな。

「だが、彼女は常軌を逸した戦闘経験がある」

 

 ――どんな状況でも己の最善を果たせる力。片腕がもげかけようと顔色一つ変えず。勝利、或いは戦闘続行に全てを注げる精神力。

 響が生き残ることに特化したのに比べて、阿武隈は勝利することに特化した。

『創くんも響ちゃんも、私が守るからね!』

 

 そういって笑う彼女の姿を、姉とすら慕わせてくれた姿を覚えている。かつての仲間達には重巡洋艦どころか、戦艦すらいたけど。最強は彼女だった。

 最高の相棒は響で、頼りにしてしまうのは阿武隈だ。それ位に特別な相手なんだ。

「反応ではなく。反射で最適解を選ぶ力、と言おうか」

 

 俺の指揮と合わさって、最早笑えるレベルで完成されている。そこに至るまでどれ程の血反吐をぶちまけたか。血尿や血涙を流して鍛え抜いたんだ。

「こればかりはやってみなければ分からないがね」

 そう。強さ=勝利ではない。状況が合わさればどんな相手でも負ける。

 

 いやだからこそ阿武隈って怖いんだけど。勝つことにすら拘っていないし。最終的に勝てるなら喜んで逃走するタイプだからな。

 ニコニコ笑える日常を守る為なら、何だってやるタイプだ。俺と似ているけど、俺では持ち得ない守る心がある。

 

 だから姉として慕っているんだ。阿武姉の甘い声を思い出す。

『甘えん坊だね。今日はいっしょに寝よっか』

 響を含めて三人で、川の字で寝た日々を思い出した。くすぐったくも愛おしい。懐かしいも思い出だった。

 

「十中八九負けそうでしょうか」

 しょんぼりと落ち込んでいた。可愛い。それに真面目だ。

「落ち込むことはない。勝てる状況に持ち込んで勝つ」

 例えば俺が阿武隈とやり合うならば、空母を揃える。絨毯爆撃で攻め続ければ、確実に避けられない攻撃があるものだ。

 

 負傷でスペックが落ちない精神力こそ脅威だが、あいつは軽巡である。戦艦と比べれば遙かに脆い。

 問題はそうさせてもらえない事だ。

 空母を相手が揃えると思えば、同士討ちになるように間合いを詰めてくる。あるいは奇襲で落としにくるだろう。

 

 阿武隈の本当に怖い所は、最終的な勝利の為ならば躊躇わないことだ。なんでもする。そうして確実に生き残ってやると考えている。

 仲間達を悲しませないために、生き残ってやると考える。

 

 たった二つの執念が、半端じゃなく恐ろしい相手。俺や響では持ち得ない、凄まじい思考力が彼女の最大の武器だった。

 ふふふ。酔いが思い出を滑らかにしているぜ。随分と阿武姉の事を思い出すもんだ。懐かしいなあ。

 

「結局はそれだけの事なのだろう」

「…えへへ。提督は凜々しいですねえ」

 にんまりと笑って、ゆらゆらと体を揺らしていた。今にも寝てしまいそうだ。

 

「川内、彼女は随分と酔っているようなのだが」

「気を抜いて良いって言ったのは提督でしょ。付き合ってあげなよ」

 にやにやと川内笑っている。

「それもそうか」

 まだまだ夜は続きそうだった。



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夜戦前です

 夜は深まり時は進む。やがては神通も意識がなくなり。静かに眠り始めた。那珂と神通を川内がベッドに寝かせて、俺達の酒は続いていた。

 時計の音がする。静かだ。いつも明るく楽しむ川内が、しっとりと微笑んでいた。こくこくと互いに酒を飲んでいて悪くない時間だった。

 

「…二人とも寝たか」

 なんとなく言葉に出してみた。どちらとも穏やかに寝息を立てていた。騒がしいイメージのある那珂も、寝言一つなく寝入っている。

「なんだかんだで緊張してたんだろうね~」

 

 神通は気を張っていたし、那珂もアイドルになりきれていなかった。ふふふ。それでも俺をもてなそうとしてくれて嬉しかったぞ。

「川内は疲れていないのか?」

 気遣うように彼女を見れば、穏やかに笑顔を返された。可愛い。こうしてみると本当に美人である。

 

 それを感じさせない位に、川内も独特な雰囲気の女の子であった。夜戦! 夜戦!! ふふふ。それが彼女の良い所なのだ。

「私は提督に慣れてるから」

「失礼な」

 

「ふっふっふ」

 楽しそうに笑ってくれた。こうして冗談を言い合える仲だ。それだけの付き合いがあった。思えば、俺が暴走しようとした時に止めてもくれた。

 礼を言った時に水臭いと笑って、肩を叩いた川内を覚えている。

 

「それに。夜はまだこれからでしょ」

 とはいえ寝入る彼女達に気を遣っては、楽しく会話もできなかろう。それは川内も思っていたのか。

「ちょっと場所を変えよっか」

 

 なんとはなしに提案してくれた。これが普通の美少女相手だと緊張したけど、川内だからなあ。ふふふ。本当に仲良くなれた。

「ならば俺の自室で良いだろう」

「きゃ~襲われる~」

 

 小声で叫ぶとは器用な奴め。そもそも俺が襲うとしても、艦娘には勝てんよ。いや提督権限もあるけどさ。そこまでするなら自室に誘わなくてもやれる。

 まあ童貞だからな! 入れる位置も分からんかもな!! …死のう。落ち着け。

「じゃあ行こっか」

 

 川内を伴って自室まで戻ってきた。あまり物はなく。適当にウィスキーやらを取り出して、チョコレートなんぞのつまみも取り出す。

 何度か自室に入った事のある彼女は、適当な座布団に腰を落ち着けた。

「相変わらず物が少ないね~」

 

 寝るためのベッド。シャワー室が隣接していて、後は本棚位か。簡易的な台所などもあるが、一般的な部屋みたいに飾り気はない。

「これでも増えた方だがな」

 来客用の座布団を用意したのだ。これだけでも変化である。

 

 すぐに酒やつまみを取り出せるように、ミニ冷蔵庫なども用意した。元々おやつなどは用意していたけど、人を招けるように増やしたのだ。

「あらためて」「ん。乾杯だね」

 キンッとグラスが鳴った。しっとりとした時間が流れは始める。

 

「ふう。今日は良い夜だね」

 艶やかに微笑む彼女は、酔いを感じ始めた俺に毒だった。心臓が破裂しそうだ。あれ? 不思議と緊張しているぞ。川内だからと思った俺はどうした

 普通に可愛い。いや、滅茶苦茶可愛いんだが。川内だからな。当然だ。

 

 ああくそ。普通に酔ってきた。ふふふ。楽しい。

「悪い夜があるのか?」

「――ないかな!」

 満面の笑顔で断言していた。川内だ。川内だった。

 

「だろうな」

「ふふ。やっとしっかり笑ってくれた」

 頬に手を当てると俺は本当に笑っていたらしい。ああ。どれだけ気を張っていたのだろう。落ち込んでいたのだろう。

 

 にやにやと彼女は笑っているが、安心したように気を抜いてくれていた。心配をかけていたんだ。

「…すまん」「気にしないでいいって。水臭いぞ~」

 ばしばしと頭をたたいてくる。心地良い力加減が愛らしい。

 

「大分酔ってきたね」

 ぱたぱたと彼女が手で扇ぐ。顔が真っ赤だ。随分と酔っているらしい。

「ね、提督」

「うん? …うおっ!?」

 

 いきなり川内に押し倒された!? う、馬乗りになった彼女が微笑む。なんて艶やかな微笑みだろうか。とろんとした瞳が俺を見つめていた。脳の裏側がじくじくとする。心臓がうるさい。情事の、情事の匂いがする。

「静かに。騒がしいと誰かが起きちゃうでしょ」

 

 そっと、羽が触れるような柔らかさで指が触れた。俺のくちびるに触れた。今にも壊れそうな川内の、美しい少女の指が触れている。

「夜戦、しよっか」



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逃れられない想いです

 熱に浮かされたように頭が動かない。ぼうっとしてく。甘い匂いがする。熱を感じる。そうだ。俺の上に乗る川内の体温を感じる。

 俺の脇腹を挟む彼女のももの感触。不思議な位に感じる重みは軽かった。じわじわと脳みそが現実を認識していく。

 

 今、俺は川内と情を交わそうとしている。匂い立つほどに膨れ上がった、彼女の情愛が脳みそを融かしてしまいそうだった。

「だ、だめだ」

 絞り出すように、かすれた声で言葉を紡いだ。

 

 何の説得力もない。もう俺のものは痛い位に張り詰め始めていた。

 目が、彼女の瞳からそらせない。

 仄かに嗜虐的な、それでいて魅力的な笑みを浮かべて、潤んだ目で俺を見つめている。頬が上気していた。川内も緊張している。それ以上に興奮している。

 それは、おそらく俺も。

 

「どうして?」

 からかうような聞き方だ。脳が痺れてしまいそうだ。

「そういうのは好き合っている者達が」

「私は提督が好きだよ」

 

 なんて、なんて真っ直ぐな告白だろうか。相手にどう思われるかじゃない。格好付けだとかそんなものもない。

 熱く。ただひたすらに真っ直ぐな好意。返答出来ない。

「もちろんエッチな意味でもね」

 

 くすりと微笑んで彼女の言葉は続く。

「真っ直ぐな瞳で私を見てほしい」

 仄かに潤み熱情を孕んだ瞳が、俺の目を見ている。真っ直ぐに見つめてくれている。それだけで達しそう。

「安定した声でいじめてほしい」

 

 耳元でささやく声は俺の脳を犯し。混じりけなく甘みを残してくれた。心臓が爆ぜそうだった。

「優しい熱を重ね合いたい」

 川内が上体をかがめて、俺を抱きしめる。

 

 胸と胸が合い、頬と頬が触れ合っている。心臓の音がうるさい。お互いに。伝わるほどの距離で抱きしめられている。

 壊れてしまいそうな、そんな彼女の体を抱きしめ返してやれない。

 

「武骨な掌で私の中をいじってほしい」

 ああ、もうなんだろう。俺はエロい夢を見ているのだろうか。夢精か。あほう。リアルすぎる。どくどくと熱が伝わっている。

 川内は俺に本気なんだ。俺なんかに本気なんだ。

 

 胸が張り裂けそうな切なさ。壊れちまいそうな程感情が高ぶっている。熱い。気絶しそうな程に血が燃えている。

 これが本気の想いだ。俺は、俺は。

「提督の、創の男で私の女をかき乱してほしいんだ」

 

「ぁ、あっ、えっと」

 間抜けな言葉しか返せなかった。川内が少しだけ顔を浮かせて、至近距離で見つめている。

 長い睫毛。彼女の黒髪が頬に触れた。そんなに近い。近い。もう狂いそうだ。

 とっくに狂っているんだろうか。

「……キス。したい。んっ」「んんっ!?」

 

 くちびる同士が融け合った。触れ合った。柔らかくて、でも奥に歯の感触もあって。滑らかに触れあい離れていった。

 これは、あれだ。あれだよな。どれだ。経験ないし。いやあったっけ。こんな衝撃はなかった。滅茶苦茶想いが届いてきて。

 

 俺を愛している川内の想いが届いた。

 そうだ。えっとこれはその、あれ、そう。うん。――キスだこれ!!

「あはっ! こんなに良いものなんて、信じられない」

「せ、川内…それ、えっと。大切にしないと」

 

「大切だからしたんじゃん」

 もっと上体を起こしまた馬乗り。固まった俺の右腕をとって、掌を自らの胸に押しつけた。

「鼓動が掌に伝わってる? これだけドキドキしてるんだよ」

 

 す、すごい柔らかい。えっと、その柔らかいです。本当に柔らかいです。

 めちゃくちゃ心臓の圧が、掌に伝わっている。でも柔らかいです。布越しなのがとても窮屈で、もっともっとと心は望んでいる。

 

 正直に言えば、本当に酷く正直に思えば、今ここで滅茶苦茶に彼女を抱きたい。川内と、エロいことをしたい。

 その心に嘘はない。でもそうじゃないと叫ぶ俺がいる。

 そうじゃ、ねえだろう。いつもみたく、相手に好意がないから、そういう想いじゃないからと逃げられない状況。ここで逃げれば、確実に川内が傷つく。

 

 彼女が、自らの貞操を大事にしていないわけがない。

 ここまで酔う状況でも、川内から仄かに緊張すら感じるんだ。それでも、俺を求めているんだ。求めてくれている。

 

 ならば何を拒む。応えれば良いだろう。エロエロ、萌え萌えを求めてここまで頑張ってきたんだろうが!! 必死こいてゲロ吐きながら、諦めなかったんだろうよ。

 

 それは誰と? 俺の心は、本当に俺が求めているのは、狂っちまいそうなほど想っているのは誰だろう。

 日常の萌えは得られた。愛おしい艦娘と触れ合えた。でも、こうして壊れそうな熱を交わし合いたいと願ったのは。

 

「…本気で止めないと止まってあげない」

 挑むように、答えを分かりきったように。それでも諦めないと、全てを愛していると夜に輝く川内らしさで。

「貴方の本気を聞かせて。貴方のやりたい事を教えて」

 迷う俺へと言葉を紡いだ。それが何を意味しても、後悔なんてないと笑っていた。



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いざ出陣です

「俺は、俺は」

 今、こんな瞬間にも思い描ける少女の姿がある。初めて出会った時から、この平和に至るまで、傍らで支え続けてくれた子がいる。

 俺はその子に格好つけた。本音を隠して、格好つけて好かれようとした。

 

 目の前の川内を見ろ。拒絶されるか怖いのに、ちゃんと自分の魂をさらけ出している。

 性欲だとか下劣な欲望だとか、隠していない。熱が篭もっている。本音をぶつけてくれたんだ。しっかりと愛情を見せてくれただろう。

 ここまで語られて、俺が誤魔化してなるものかよ!

「俺は響が良いんだ」

 

「私じゃダメ?」

 川内は好きだ。嫌いなわけがない。好んでいる。心は一つだけにならん。迷いがなくなるかよ。でも、それでも俺は川内じゃない。

「響じゃないと駄目なんだ」

 

 言葉は滑らかに出てくれた。躊躇は乗らなかった。決意が固まっていた。惜しむ心がないとは言わない。でも、それでもさ。

 今俺は響を抱きたい。響じゃないといやなんだ。響が良いんだ。

 ――響!! う、ぉ、お、おおおお!!

 

 燃えてきたあ!! ふは、ふははは!! ああそうだなんてことない。単純な理屈だ。俺は響が大好きなんだ。死んでいる場合か。落ち込んでいる暇があるのか。

 振られたからなんだ馬鹿野郎。じゃあ自分を磨け!!

 何度、何度も負け続けてきた。でもいつだって勝つために挑んできた。

 

 なのにへこんで、自暴自棄になって。しかも告白の時に取り繕ったりなんぞして!! このくそったれが!!

 今すぐこの熱い魂を伝えねばならん。燃え滾る心があると、俯き去って行った響に伝えてえ!!

 

「――良し! それが本音ならちゃんと言う!」

 彼女が俺の上から降りた。にひひと笑う姿はあまりにもいつも通りで、気遣ってくれているのは容易に見てとれた。

「川内すまな…ありがとう」

 

「ふふっ。ビンタしないで済んだね」

 にっこりと楽しそうに笑っている。川内らしい笑みだ。俺なんぞよりも遙かに強く。何より美しい少女の笑顔。

「でも最後に一度だけ。んっ」

 

 ゆっくりと静かに距離を詰めて、だけれども迷いはなく。口づけ。お互いに目は閉じなかった。そうしたいと思える位、今日の俺達は近づき合った。

 でもダメだ。交わらない。男と女を交わし合わない。

「振られたら付き合おうね?」

 

 悪戯な微笑みで見つめてくれる。ああ愛おしい。俺の心は一本気ではないのだろうか。こんなにも川内が好きだ。素直な心さ。嘘はつけない。

「ふふふ。どちらに転んでも、か」

 笑いながら、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめて応える。

 

「だが俺は諦めない。俺に出来ない事なんてないんだ!」

 愚者の言葉だ。相手を想うだとか、失敗だとか。そんなのを投げ捨てた言葉だとも。相手を傷つけるかもしれない。怖い。怖いよ。

 当然ながら、響にマジでその気持ちがなければ退く。それも怖いし、何より俺の下劣な欲望が、傷つけるかもしれなくて怖い。

 

 …川内だって、そう想ったに決まっている。でも本音だった。本音だったんだ。俺も伝えていない想いがある。

 ちっぽけで、弱っちくて、スケベな人間。それが俺の本音だ。ただただ愛おしすぎて仕方ない。それだけだ。

 この想いは伝えきってみせる!! もう自重はしない!!

 

 俺に、不可能なんざないぜ! わっはっは!!

「ふっふっふ。後悔するなよな~」「おう!」

 提督の格好付けを捨てて人間の笑みで、見せたくなる程に優しく笑う彼女に背を向けて。

「じゃあ、行ってくる」「いってらっしゃい」

 言葉と共に部屋を出て行った



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男としての言葉、少女としての答えです

 走る。走り抜ける。息を切らして響の元へ。暁型姉妹艦に割り当てられた部屋へと走りついた。扉の前に少女が一人。待っていた。

「暁か」

「あら? ふふふ。迷いはないみたいね」

 

 いつもと違った。あるいはいつも通りに大人な微笑みを見せていた。彼女は俺を認めてくれた。静かな目だ。響のお姉ちゃんの目だ。

「他の姉妹達はいないわ。ふたりっきりよ」

 静かな微笑みで、通り過ぎる時に俺の胸を軽く小突いてから。

 

「今度はちゃんと決めなさいよね」「おう」

 扉の前で一度深呼吸をした。この緊張感に覚えがあった。かつて駆逐艦に生まれた己を呪って、ふさぎ込む響の部屋に突撃した事がある。

 今の想いはかつてを超えて、熱く彼女への好意に溢れていた。

 

 迷わずに部屋へ入った。勢いのままに入った。そこには。

 天使がいた。天使は響だった。

 水色水玉パジャマに身を包んだ響が可愛い。いつもの帽子は外してる。美しい銀髪が見られた。突然入ってきた俺を見る瞳は、涙に腫れていた。

 その瞬間俺の枷が外れた。躊躇が消失した。

 

「創?」

「響――結婚してくれ!!」「ふぇ?」

 熱く。熱い。燃えているぜ。萌えているんだ!! 俺が、俺がどれだけ響を愛していると思っていやがる!! 舐めんじゃねえぞこの野郎!!

 

 ああ、もう知らん。もう知らないからな。知らねえぞマジで。本当に知らん。童貞だから!! 格好つけとか取っ払うから!!

「俺は響が大好きだ!」

 驚きに目を見張る彼女の姿も好きだ。段々と頬が染まっていく心を愛している。堪らない。

 

「しなやかな肢体。怜悧な瞳。それでいて情熱的な心」

 絶対に抱き心地が良い! めっちゃ良い匂いする!! というか抱きしめたときの思い出で何度も自慰をした!! 俺は! 自慰をした!!

 最高だったぜ…。

 

「全部全部大好きだ!!」

 儚く微笑む姿を覚えている。内に秘めた激情を知っている。日常を愛する優しさを、己の弱さを許せない心も感じていた。

 

 響と重ねた時間があった。ここで味わう日常だけじゃない。戦争を共にしてきた。或いは語れていないだろうか? 俺は、俺は刻み込んで生きてきた。

 その全てで響は、すぐ横で過ごしてくれたんだ。

 

「提督として、艦娘を求めているんじゃない」

 そんなものはどうでも良い。守る力が欲しいから戦っている。戦ってきた。平和に違和感を覚えようとも、俺はそもそも戦争は好きじゃねえ。

 

「俺という男が、男の全てが、響を求めているんだ」

 滅茶苦茶気持ち悪い告白だ!! 格好良くない。でも川内は晒してくれた。だから

俺は惚れた女に全てを伝えた。

 

 ばっさり切られるならば受け入れよう。そこから、惚れさせてみせるさ!!

 己の心情を全て伝えきる言葉を受けて、響は無言のままに止まっていた。顔が真っ赤だ。萌え。鏡がないけど、俺の顔も真っ赤だろう。

 

 震えている。仄かに涙目。さすがに泣かれるのは辛いけども。でも、しょうがないね。俺はそういう奴だ。取りつくろう軍神を取っ払ったら、こんなもんだ。

「…わ、私は」

 震える声。たっぷりと数分は間をおいて、次の言葉が紡がれる。

 

「創が思っているような子じゃないよ」

 またそれか! 俺がどれだけ響を好きだと思っていやがる。というか、俺が思っているような子ってなんだ。俺は響が好きなんだ。俺が見てきた響を愛しているんだ。

「じゃあどういう子なんだ!」

 

「私だってえっちな事を考えるし!」

 嘆くような恥ずかしい言葉。もう完全に顔が真っ赤で、最高だった。本当に最高の言葉だった。

「最高じゃないか!!」

 

「あ、うぅ」

 俯いて照れる響可愛い! 響可愛い!! ああ~滅茶苦茶萌えるんですけどお。

「…嫉妬だってする」

 

 じとっとした目も萌え。というか俺も嫉妬するし。普通に妬いちゃうし。浮気されたら? まかせろ。腰振りを鍛えてみせるさ!!

 響はそんな事をしないなんて押しつけないで。

 

「その夜は燃え上がるぞ」

 それすらも俺は燃え上がって見せようじゃないか。ふはは!!

「こんな小さな体だから」

 

「安心しろ。俺は滅茶苦茶勃起する」

 パンツ見たときに滅茶苦茶たってた。マイボーイも思わず爆発しちゃう。原爆級の破壊力だぜ。コレが本当のリトルボーイやかましいわ。

「変態!!」「変態だとも!!」

 

 でもソレが俺だからね。しょうがないね。だから、ちらちらと股間を見るんじゃない。まじか。響もスケベだったのか。

 えっ。ということはあれか。あのパンツって、まさか響が見せつけて――なんてこった、エロスの完全なる黄金比かよ! 達する達する!!

 

「歴戦の駆逐艦だって格好つけてたけど。いつだって不安なんだよ!」

 …もう涙は隠さずに、大粒の悲しみと慟哭を瞳から流して、彼女は叫び続ける。そんな透明な声の叫びすら愛おしいのだから、大概俺も変態だった。

「私は取り繕っていただけで! 君に相応しい艦娘なんかじゃない!!」

 

 それが、響の本音か。ふはは。何が相応しいだ愚か者め! 涙を流す必要なんてあるか。誰が必要かなんて、己で見定めるものじゃない。

 誰かにそうだって言ってもらえること。その繰り返しで決めていくこと。それに、自己否定の歴史は俺の方が深いっての!!

 

「俺だってそうだ。必死に、意地になって提督としてやってきたけど」

 まじでしんどかった。過去は宝物だけど、二度目は勘弁してほしい。それでも俺が頑張ってこれたのは、始まりに君がいてくれたからじゃないか!!

「俺はただ幸せにしたくて。何より初めて会った響に、君に笑ってほしくて戦ってきたんだ!!」

 

 駆逐艦の存在を無意味と、絶望に沈む姿があった。死に物狂いの訓練を超えて、演習で初めて、戦艦相手に勝利した時を覚えている。

 涙を流して、噛みしめる様な笑みで喜んでくれた。

 

 俺はあの瞬間から響を愛しているんだ。日常を楽しむ俺を見て、軍神なんて語られる俺を見て、勝手に身をひかないでくれよ。

「その先で艦娘との甘い日常を夢見ていたけど」

 

 全てを捨てなければ響と共になれないんなら、そのルールをぶち壊して生きてやる。俺が日常を捨てて生きようとすれば、愛おしい彼女は拒むから。

 何もかもを手にする。全て、諦めないで生き続ける。だからさ、最も大切な響を手に入れたい。ああそうだ。利己的な、我欲でちっぽけでスケベだとも。

 

 でも全ての本音は。

「何より響じゃなきゃ嫌なんだ!!」

 それだけだ。それだけである。

「俺は響を抱きたい。愛し合いたい。過ごしていたい」

 

 愛を交わし合う。情事を重ねて、堪らぬ時を共に過ごしたい。

「死が、終わりが俺達を別つまで」

 いつか来る終わりを納得するために、そう。納得したいから愛し合いたい。

「俺はただただ響と一緒に過ごしていたんだ!!」

 

 もう、涙が溢れて響の姿がぼやけてきた。堪らん。言葉が止まってくれない。熱く続いていく。止まるつもりもない!!

「響が、響自身を愛せないなら俺は語り続けよう」

 

 ちょう美少女! 気づかい上手! しかもスケベって最高やん。えっ。まじですか。童貞の俺の手に負えるんだろうか。

 リードされるのも良いよね! ふひひ。ああ愛おしい。もう本当に愛おしい。ぶっ壊れている。堪らん気持ちが突き動かすんだ。

 

「響が、俺を愛せないならば「そんなわけあるか!!」

 涙の霞すら超えて、真っ直ぐに俺の眼前へ顔を突き出す。真っ赤になって涙が溢れて、それでも響は美しかった。まじ天使。ああ愛おしい。

「私だって創が大好きだ!!」

 

 びりびりと震える程の声、想いが伝わってくる。熱く心臓が燃えている。体が震えた。つまりこれは、そのあれだ。どれだ。

 響もつまり俺が好きなわけで、俺も響が好きで。つまりこれだ。

 相思相愛だこれ!!!

 

「鍛えられた肉体が好きだ。負けない目つきが大好きだ!!」

 え、やだそんな目で見られてたの。ドキドキしちゃう! ふ、ふはは。ふはは!! 大分壊れてきたぜ!!

「いつか終わりが来るとしても、私はそれまでの時を君と過ごしたい!」

 

 激情のままに紡がれた言葉が脳にしみ入って。相思相愛の事実が魂に届いて、受けいれてくれた喜びで粉砕しそうだ。

 溢れんばかりの想いのままに、全力でガッツポーズをしながら。

「――よっしゃあ!!」

 最高の喜びを世界に吐き出してやった!! 恋人同士だ!!



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はじめてに繋がる時間です

 恋愛成就から数分後。告白を受け入れてもらえた喜びは醒めずとも、雰囲気が落ち着いてきた。嘘だ。俺の頭はお祭り状態だった。

 それはそれとして夜。もう深夜。人が起きている気配はない。

 お互いに少しは落ち着いて、立ったまま呆けたように向き合っている。

 

 ちくたくと、時計の音が響いていた。

 目の前には響の姿。パジャマ姿でもじもじとしている。まだ告白の名残が残っていて、仄かに頬を赤く染めていた。薄らと汗も見える。お互いに余裕はなかったのだ。

 何より、そう。匂い。お風呂上がりの女の子の、とても良い匂いがした。

 

 どくん! と心臓が鳴いた。徐々に俺の脳みそが現実へと戻ってきた。

 今俺は、自らが惚れた女と二人っきり。相手も俺を愛している。

 俺の、男を受け入れてくれている。受け入れたいと思ってくれている。

 …喉が乾いてきた。ああ本当に心臓がうるさい。どうしよう。どうしたい。

 

 触れたい!! 滅茶苦茶触れたい!!

 俺が響を求める心を、言葉だけじゃなくって体で伝え合いたい! しなやかで美しい肢体を舐め回したい。舐め合いっこしたい!

 落ち着け。落ち着くのだ。響を傷つけるのはノーグッド。

 

「創」

 響がただ俺の名前を呼んだ。熱に浮かされるように、一歩進んだ。

「響」

 俺が彼女の名前を紡いだ。応える様に響が一歩進んだ。

 

 これで、もう抱きしめられる位置だった。

 そっと抱擁する。

「あっ」

 響から声が漏れた。甘くて切ない音色だった。

 

 抱き隠せるほど小柄な体は、儚く柔らかい女の子のそれだ。響の頭に顔をつけた。匂いを嗅ぐ。脳いっぱいに響の香りが広がる。

 

「…それはさすがに恥ずかしいな」

「良い香りがするぞ」

 シャンプーの甘い香り。響を思わせる涼やかな、不思議な匂いだ。痛い位に興奮しているのに、なぜか安心すら覚える。たまらない。

 

 先程までの狂気にも似た心はなりをひそめて、静かに強く響を求めている。ほしい。だきたい。素直に思えていた。

 響も俺の胸を嗅いでいた。ちょっと恥ずかしい。

「臭くないか?」

 

「ちょっと酒臭いよ」

 響の頭から顔を離してみると、彼女は俺を見上げていた。透明な瞳は、じと~っと音が聞こえそうな心が見える。

 自然と体が強張った。全て見透かされている気がする。なに恥じることはない。

 

 川内は俺を愛していた。俺は響を愛していた。

 それだけだ。…ほんとだよ。いや川内が嫌いなわけじゃなく。んなわけない。というか好きだ。滅茶苦茶に好きだ。

 でも俺は響を選んだ。求めたんだ。うん。何も恥じ入る事はない。

 

「ああそれは」

「川内さんとかな」

 す、鋭い。鋭すぎる! 心臓につららを刺したみたい。響の瞳も澄み切った氷のようだった。

 

「…う、浮気じゃないぞ」

 あれ? おかしいな。背中に冷や汗が流れてきたぞ。それはなぜ。そうだ。俺が愚か者だから。あいむしんかーだ。

 

「ふ~ん。でも、うん。抱き合ったりしたよね」

「見ていたのか」

 よし。殺すならば殺せ。なんて冗談にもならない。何て言うか、普通に嬉しい。響が嫉妬してくれているのが嬉しくて堪らない。

 あんまりいきすぎると、単純にメンタルがやばい奴なので自重しよう。

 

「ううん。川内さんの匂いがするんだ」

 くんくんと俺の匂いを嗅いでいる。照れるぜ。可愛い。俺も響を嗅ぎ回したい。変態か。変態だった。

「ここでは一番いっしょにいた人だから」

 

 そういった言葉は静かな情が見えた。響も川内が好きなのだろう。快活に笑う彼女は、多くの艦娘に慕われている。しかしまあ。

 嫉妬心は別の話のようだ。

「キスもしたのかい」

 確信をもった瞳だった。いよいよもって物騒な輝きが乗った気もする。可愛い。へへへ。ちょう可愛い。この子俺の恋人なんすよ。

 

「…怒った?」

「怒ってないよ。うん。ただ、そうだな」

 目を瞑り考え込むように黙った。彼女の言葉を待つ。でも互いの体は離れない。体温が伝わる。

 とけあいそうな程の時が経った気がして、響がふいと目を開き、真っ赤に染まった顔のまま。

 

「今日から創は私のだから、私も創のだから」

 ぎゅっと響からの力が強まった。俺の胸に顔をうめてしまった。表情が見られないのが残念だ。最高に愛らしい顔をしていると思う。

「それだけは、覚えていてほしい」

 

「あ、ああ」

 えっ。やばい死んじゃう。幸せすぎて死んじゃう。脳内麻薬がだばだば出ている。もう融けちまいそうだ。心臓が停止している。いやそれは嘘だけど。

 また響が俺を見上げて。

 

「キスを、キスをしたい。創からしてほしい」

 そんな愛おしい言葉を紡いでくれた。

「んっ」

 迷いもなく。響のくちびるへ、くちづけた。

 

 そっと触れるような感触。柔らかい。微細な動きまで伝わるようだ。目を開いた。響も目を開いている。

 宝石のように透明な瞳には、情欲の潤みが滲んでいた。

 

 堪らない愛おしさが伝わってくる。俺が、強く響きを求めている心も伝わっているのだろうか?

 くちづけを離した。名残惜しさを感じる間もないほど、愛おしさが胸をうめている。

「ああだめだこれは」

 

 なぜかそんな言葉が俺から零れた。だめになりそうだった。素直な感想だ。

「そうかもしれないね」

 冷静に答えたような言葉は震えていた。仄かに涙が浮かんでいる。そういうことだった。堪らない事実だった。

 

 言葉もなく。もう一度、彼女にキスをする。

 最初よりは強く。唇同士の感触を味わうようなキス。ふっと離して、ついばむように短くキスを交わしていく。柔らかく。ゆっくりと触れ合っている。

 そうして舌を「だ、だめ」

 

「どうした?」

 彼女の拒絶に焦りはでなかった。そうなるようなキスだった。全て伝わっていて、静かに響の言葉を待っている。

 

「…はじめては、創の部屋が良い」

「ん」

 短く返答して手を差し出す。彼女が応えて互いの手を絡めながら、一歩、また一歩と。部屋への歩みも楽しみながら夜が更けていった。



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熱い夜を越えてです

ちょっと考えましたが描写は控えました。しょうがないね


 朝。窓からさしこむ日差しで目を覚ました。隣で眠る彼女を起こさないように上体を起こした。静かに目を向けると、穏やかに寝息を立てて響が目を閉じていた。

 脳がはじけた。物理的にではない。心が破裂していた。

「ふう」

 

 叫びたい衝動を無理矢理に押しつけた。今にも腹の底から雄叫びを上げそうだ。

 やべえ。幸せすぎてとろける。彼女が昨夜、俺の下で喘いでいたんだ。

 初めての快楽に身をよじらせ、深く深く絶頂していたんだ。最後は許しを求めて気絶していた。

「やりすぎたか?」

 

 しっかし最高だった。最高すぎた。案外大したことないと思うかも、なんて軽い気持ちで考えていた時の俺を殴りたい。

 まじでやばい。幸せすぎてやばい。

 ふう。――滅茶苦茶集中力が高まっている。

 

 脳みそのストレスが外れていた。脳内麻薬が異常な密度で出ている気がする。多幸感が全身に広がっていて、なにかしたくて堪らなかった。

 エロい意味でなく。そう。若さ。活力を取り戻している。今の俺は限りなく完璧に近い。素手で深海棲艦を殴り殺せそうだった

 

 などとふざけた事を考えていれば、ゆっくりと響の眼が開いた。アクアマリンもかなわない程に綺麗な水色の瞳は、深く熱い愛情を灯している。

 それだけで幸せだった。昨夜は快楽で潤んでいたのも最高だった。

「…おはよう」

 

「ああ。おはよう響」

 彼女も上体を起こし、一つのベッドで二人座っている。恥じらうように毛布で体を隠した。響は下着すらつけていない。

 昨日の熱を思い出して、段々とまた鼓動が早くなってくる。昨日の激しい感じも大好きだけど、この、情事の後の切なさも堪らんぜ。

 

 余韻に浸っていれば響と目が合った。彼女が本当に柔らかな微笑みを返してくれた。思わず俺も表情がゆるゆるになってしまう。

「昨日は、その。ありがとう。俺の人生で最高の夜だった」

 素直なお礼の言葉が響へ出た。本当にありがとうであった。

 

「ん。私も良かった」

 えっ!? むしろエッ!! いや辛抱堪りませんわ。こんな幸せで良いんですか!? 

「んっ」

 響からキスをされた。軽やかにふれる淡い口づけだった。

 

 昨夜、脳に刻みつくほど嗅いだ響の香りがふんわりと伝わる。愛おしい。ほう、っと落ち着く匂いだった。

 ゆっくりと淡くキスをして、そっと彼女が離れていく。

「ど、どうした?」

 

 心臓が破裂するかと思いました。はい。しょうがないね。

「可愛い顔をしていたから、我慢出来なかったのさ」

 照れた様に笑った。そんな風に言う響の方が可愛いんだが。どうしてくれるんだ。もう俺のリトルボーイが爆発寸前だ。

 

 むしろビックマムだ。わけがわからない。

「ふふ。また可愛い顔してる。ちゃんと司令官を出来るのかい?」

「問題ない」

 艦娘の生死が関わる仕事だ。欠片も手を抜くわけがない。

 

 多少色ボケしていようとも、執務に向かえば本気になれる。そう生きてきた。むしろストレスが消えて最高の気分だ。清々しい気分だ。

「その顔も凜々しくて好きだよ」

 にこりと笑ってもらえた。むむむ。言われっぱなしは趣味じゃないぜ!

 

「俺も響の優しい微笑みが好きだ!」

Спасибо(スパシーバ)

 冷静だ。そんな彼女は俺の前で乱れたんだ。俺の前だけで乱れたんだ。興奮してきた。

 

 しかし、今の俺には理解できる。ここで誘って交わろうとすると、冷たい目で断られるだろう。響は真面目なのだ。仕事を投げ出して求めれば悲しませる。

 それに俺も嫌だ。かつての戦友に助けられ、ここで出会った者達に支えられて今の幸せがある。守りたい。幸せに相応しい俺でいたい。

 さあ今日を頑張ろう。仕事をしてから今夜もハッスルだ!



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決戦です
決戦の予兆です


ちょっとだけシリアスです
そろそろ終わりが近いかもしれません


 魂から光があふれ出ているようだ。世界が輝いている。いつもの執務室がいつも通りではない。なんかもう輝いているぜ。

 鳩尾から指の末端まで、全身に凄まじい活力が漲っていた。いつもなら数時間はかける仕事が、僅か十分で終わってしまった。

 

「今日は早いね」

 ソファに座っていた響が微笑む。優しげに細められた眼が綺麗だ。抱きたいけど我慢。いつ誰が来るか分からない。その相手が川内だったら、気まずさが半端じゃない。

 

「紅茶を淹れてくるよ。お菓子はクッキーで良いかな?」

「頼んだ」

「了解。それじゃあ司令官、良い子にしてるんだよ」

 にこにこと笑いながら、彼女が寝室へと戻っていく。

 

 一人残された俺。仕事もなくぼんやりとした時間だ。

 これでは手持ち無沙汰である。むしろ手持ち豚さんである。

 響に豚野郎って詰られるのも良いな。

『こんなに幼い私になじられて、気持ち良くなってるんだ?』

 今夜はそれで、いやまてまて。逆に響をメス豚と。

 

『哀れな私にお慈悲をください』 

 落ち着け。落ち着くのだ。ふう。

 ――落ち着けるか!!

 こちとら童貞捨てたばっかじゃあ!! 今すぐにでも響が抱きてえ。抱きてえよお!!

 

 脳みそが我慢の炎で焼き切れそうだ。ふふふ。幸せの代償。堪んねえぜ!

 でも真面目にお仕事。俺の仕事が少しでも彼女達のリスクを減らせるなら、是非もないよね!

 ふう。とはいえ仕事がマジでない。どうしよう。

 

 …ならよくないか。執務室でとか最高じゃないか。机の下でとか逆に机の上でとか。扉の前でとか完璧じゃないか。完璧が過ぎる。

 落ち着け。落ち着くのだ。俺は猿か。ゲームでもあるまい。リアルにしてはいけない。

 

 ふう落ち着け。我、軍神ぞ。一応畏れ多くも神と謳われた英雄ぞ。それ位は耐えられ――でも神ってお盛んだよね。しょうがないよね。

 などと調子に乗っているから、忘れていた。物語は、運命ってのは、こうして調子に乗っている時にこそ訪れるのだと。

 

 電話が鳴る。非常時にのみ使う電話。音を聞いて魂が震えた。

 何かが変わる音。これを取れば、今までの日常が変わる。それでも迷わずに受話器を取ると。

 馴染み深い阿武隈の声が聞こえた。

『久しぶり。創ちゃん』

 

「ああ。息災か?」

『とっても元気だよ! ふふふ。色々と話したいけどね』

「…どうした」

 阿武隈の声色だけで、彼女がどれだけ重たい想いで電話をかけてきたのか分かる。

 

 阿武隈は激戦区で活躍していたわけで、彼女の性格を考えると、逃げるために俺を頼る事はないのだから。

『始めに謝っておくね。ごめん』

 声に悲痛な叫びは乗らず。阿武隈は強いから見せず。

 

 それでも不思議と電話口の彼女は、泣き出しそうな顔をしているのだと確信しながら。

『戦ってもらう必要が出来たんだ』

 いよいよ逃げられない戦場が来るのだと告げた。



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艦隊これくしょんです

 阿武隈の報告を受けて、俺と響が二人で執務室にいた。

 隣り合わせでソファに座っている。肩が触れ合って心地良い。

「阿武姉はなんて言っていたのさ」

「最後の決戦だと」

 

 阿武隈の報告より。深海棲艦共が最後の足掻きを始めたとのこと。

 駆逐艦と軽巡洋艦しか入れない結界を構築。残存戦力をそこに固めて、なんとかやり過ごそうとしている。

 

 結界を解除するためには、3つのポイントの敵を殲滅しなければならない。最奥の敵はそうしなければ殲滅できない。なんと分かりやすい話だ。

 それが、堪らなく辛い事だった。

 

「支援は?」

「ない。ここの兵力で片付けなければならない」

 阿武隈は来れない。彼女は最奥の敵と戦う戦力として数えられている。かつての仲間達は艦種が適応していない。

 

「そっか。…それは辛いね」

「ああ」

 この鎮守府に来て多くの艦娘達と触れ合った。俺に父性を求めてくれた者達がいた。俺が癒やしを求めた者達もいた。

 なにも考えずに楽しい日々を送れた。世界に生きている綺麗な輝きを味わえたんだ。

 

「3つのポイントを殲滅するなら、私と無茶も出来ない」

 一箇所を攻めている間に相手が対応する可能性がある。そもそも体が保たない。

「艦隊を分けて指揮をする必要がある」

 

「誰か死ぬかもしれないじゃないか」

 失われるかもしれない。俺に多人数の同時指揮の経験はない。

 あたかもゲームの艦これの如く。祈りしか許されていない。懐かしさすら覚える感覚だった。

 

 沈黙が広がった。陰鬱な重みが脳からしみ出て、全身を潰すようだった。苦い。胸の内が痛む。ふと窓を見ると曇天だった。

 雨は降らない。なんとなくそんな気がした。

 たっぷりと数十分は経過しただろうか。或いは数秒程度だっただろうか。

 

 となりにいる響の呼吸が聞こえる。耳を澄ませば鼓動も聞こえそうだった。重い沈黙があった。なんでもないように響は言う。

「逃げちゃおうか」

 笑みすら含んだ言葉だった。でも冗談ではなかった。冗談なんかじゃ、なかった。

「はっ、ははは。…どこまで?」

 

 応えて俺も笑いながら本気で問いかけた。隣の彼女の顔を見る。からかうような微笑みだった。響らしい格好良い微笑だ。

「後悔が追いつくまで」

「それは随分と短い旅になりそうだ」

 

 お互いに真面目である。ほんと嫌になる位本気で生きてしまう。絶対に耐えられない。俺はそんな強い人間じゃない。響もそうだ。

 置いてかれる悲しみは彼女の方が知っているだろう。耐えられるわけがないじゃないか。

「私といっぱいエッチをしよう」

 

 夢を語るように言葉は続く。

「デートして」

 思いついた幸せを語る。

「のんびりしよう」

 

 それはとても幸せなように思えた。尊い日々に感じた。そんな人生が歩めるならば、俺の物語の名前はいちゃいちゃ大好き提督日常と言えそうだった。

「皆も連れてハーレムだ。さすがは創だね」

「そいつは大したもんだな」

 

 どうだろう? 響という最高の女性を知って、俺は他の女を抱けるのだろうか。

 川内というまた最高の女性も知っていて、選んだ響以外に目を向けるつもりになれるだろうか。ははは。考えるまでもない。

 愛された己に恥じることは出来ない。それだけだ。

 

「実際、私一人だと満足してあげられてないし」

 気絶するまで責めたのを、ジト目で責められている気持ちになった。可愛い。今度は響に徹底的な責めをしてほしい。互いに遠慮はなしだ。

「絶対に楽しいよ。いちゃついた日常を歩んでいこうよ」

 

「でも、その道は後悔に続いている」

 返す言葉に後悔はなかった。続ける想いに嘘はなかった。

「俺は提督だからさ」

 どの口が言っているのだろうか。滑稽だ。それでも続ける。

 

「ようやく終わりが見えたんだ。終わらせられる」

「でも! …それでも酷い戦いじゃないか」

「ふ、ふふふ。そうだなあ」

 上を見上げた。天井が見えた。その先の空は見えない。神様なんているのだろうか?

 

「祈るしか出来ないなんて本当に酷いよな」

 最高の装備と編成をして、後は羅針盤と命中に祈りを捧げる。

 ははは。最後の最後でそれだ。まるで艦これそのものじゃないか。

 ――それで、良い。それが良い。俺は艦これを愛していて、だから道を歩み切れた。

 

 二十と数年ぶりの艦これだ。ああそうだ。どうしようもない現実だけど、物語のように運命なんて信じられない時間だったけど。

 それでも俺は提督で、この場所で出会った者達は確かに艦娘だったから。

「戦おう。響、側にいてくれるか?」

 

 俺の言葉に一度目を閉じて、開く時には彼女は響だった。初めて出会った相棒の笑みだった。

「それが創の望みならば」

「ありがとう」



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世界水準超えの叫びです

 戦うと決めてからは迷わず。まずは皆を作戦室に集めた。眼前にはこの鎮守府の艦娘全員が立ち俺の言葉を待っている。

 天龍型、川内型、白露型、暁型。響だけは俺の隣で佇んでいる。

 まだ深く関わっていない潜水艦と鳳翔や伊良湖。それに間宮もいた。

 

 この鎮守府に関わる全てだ。全ての者が此処に集まっている。

「もしかすると既に話を聞いていた者もいるかもしれない」

 俺の言葉を黙って聞いている。皆真剣な表情を浮かべていた。言葉はつまらない。喉が乾くような緊張はあっても、それでも俺は提督でいられた。

 

「深海棲艦が最後の悪あがきをしている」

 概要を簡単に伝えた。一度だけ、隣に立つ響の顔を見た。静かな面立ちだった。彼女らしい色。俺の心も波立たず。静かに凪いでいる。

 その上で、皆に繰り返し伝えるように。

 

「駆逐艦と軽巡洋艦だけを通す結界だ」

 潜水艦や軽空母すら通れない。そうして待ち受けているのは、恐らく敵空母や戦艦共だろう。

 その意味が分からない者達ではない。

 

「…敵側はこちら側のリスクを弁えているらしい」

 皆の表情の重みが増した。ゆらりと熱気が上がった。こんな状況なのに笑みが零れそうだった。ああ。良い顔をしている。

 俺が愛した、艦娘の顔をしている。

 

 だから伝えよう。彼女達の魂にふざけた言葉をぶつけよう。

「あえて言おう」

 堂々と背筋を伸ばして、腹から声を出して――伝える。

「逃げたければ逃げて良い。俺と響で殲滅する」

 

 みしりと空気が軋んだ。笑っちまう。なんて気高い表情を見せるのだろう。なんとなく山風の顔を見た。ああ。彼女も艦娘だった。

 春雨の顔も見た。睨み付けるような凜々しい眼差しだった。良い。

「君達の日常は壊させない。軍神の名にかけて責務を全うしようとも」

 

 更に言葉を続けようとして、遮る声が上がる。

「なあ提督」

 天龍だ。天龍が俺を見ている。たった一つの眼光が刃みたいだ。俺が萌えた、そうして燃えた彼女の眼だった。

 

 つかつかと歩みを進めてくる。俺を睨み付けている。かつて見せた自棄になった啖呵とは違う。淀みなんて欠片も存在しない。

 天龍が己を、皆を誇っているからこその怒り。良いねえ。

 

 鼻先すら付きそうな至近距離で、爛々と輝く隻眼のままに告げる。

「――舐めてんのか?」

 熱い。良い。たまらない。やっぱり天龍はこうでなくちゃな。

「ようするにアレだろ。相手さんは、駆逐と軽巡程度なら話にならねえと」

 

 そうだ。そう思っている。それは皆も分かっている。これまで激戦区には、駆逐艦や軽巡洋艦は出ていなかった。

 阿武隈なんかの例外はあっても、この世界の理はその2種に優しくなかった。

「オレ達だけじゃあ戦えねえと思われてんだろ」

 

 提督への負担。そもそも大破撤退も出来ない世界。彼女達は装甲が脆い。死なせる為に誰が出撃させようと思うか。それが許される程度には世界は甘かった。

「なら話は簡単だ」

 天龍が一歩退いた。彼女の後ろにいる艦娘達の姿が見えた。

 

 侮辱に怒りを燃やす者達がいた。戦へ怯えながらも、堂々と立つ者達もいた。逃げようと思う者達はいなかった。

 確かに彼女達も艦娘だった。

「オレ達の意味を思い出させてやれば良い」

 

「ほう?」

「戦場から敵を駆逐するからこその駆逐艦だって」

 夜戦時の駆逐艦の能力よ。戦艦を一発でぶち抜く火力と、燃費の良さを両立する最高の艦種だ。回避能力にも優れていて、極まれば最強に近い艦種。

 

「海上を軽やかに駆け巡るからこその軽巡洋艦なんだって」

 駆逐艦すら凌駕する爆発的な火力を発揮し、装甲も強化されて、落ちぬ速度が魅力的な艦種だ。弾は当たらず。当たっても装甲で弾く強さを備えている。

 

 そうだ。強くなれる。強くなれるんだ。この世界の提督の在り方で戦えなかっただけだ。彼女達は強い。ここで強くなったんだ。

「そんな事を忘れちまったこの戦場に、オレ達の意味を教えてやる」

 にやりと笑い堂々と胸を張る。豊満な胸である。うむ。

 

 天龍らしい格好良い笑み。

「それだけの話だろうがよ」

「そうかね?」

 からかうように言ってみた。彼女は応えるように笑った。

 

「おう! ふふ、怖いか? 安心しろよ提督」

 ど~んとでっかい胸を張りながら、バカまっしぐらな彼女らしい声で言うんだ。

「オレは当然世界水準超えだからな!」

 へへ~んとドヤ顔である。ははは!! 最高だ。

 

「んで、オレの後ろにいる奴らはもっとすげえ」

 誇らしげに後ろを指さす。そうさ。知っているよ。この鎮守府での彼女達の頑張りは、日常を歩みながら知っていったんだ。

「怖がる理由がないだろ?」



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それぞれの言葉です

「くくく。良いだろう」

 どうしようもなく愛おしくて笑った。目の前に佇む彼女達へ視線を戻す。

「他の者達も遠慮のない意見を聞かせてくれ」

 問いかけると、誰よりも早く一番に答えてくれるのはもちろん彼女。

 

「いっちばん格好良く戦うからね!」

 白露。初め癒やしてくれた一番艦の格好良い宣言だった。ああ。これだ。彼女らしい応え方に胸が熱くなる。

「だから提督。甘えても良いんだよ」

 

 にこりと笑ってくれた。傍らの響の視線も感じる。ふふ。ごちゃまぜになった感情が嬉しい。

「提督は前に、お願いをしてくれと言ってくれたよね」

 静かに微笑む時雨の在り方。かつての儚さは消えなくても、芯に強さを残した凜々しさと共に。

 

「なら願うよ。貴方に佐世保の時雨と語られた僕を頼ってほしい」

 かつての武勇も背負いながら彼女は穏やかに覚悟する。

 抱きしめ甘やかした幼子は残っていても、時雨はやはり艦娘だ。

 

 二人の姉の強い宣言を受けて、だけれど日常の柔らかさのままに彼女は告げる。

「頑張りすぎたらまた泣いちゃうわ」

 肩肘張らずにただのんびりと、どこかからかうように楽しげな笑みのまま。

「村雨達のちょっといいとこ見ててね!」

 

 続く彼女は変わらない。待ち受ける戦場を楽しみに、堂々と血をたぎらせて吠え立てる。

「前に言った通りっぽい」

 にやりと笑う姿は獣の如く。守りたいと願う心を見せて。夕立は熱い言葉で言ってくれるんだ。

「夕立は艦娘だから、戦うために生まれてきたっぽい!」

 

 4名の力強い宣言が響いた。いつも後ろに控えていた彼女だって、力強く拳を握って言うんだ。

「春雨に期待してほしいって言いました」

 じとりと春雨らしい縋るような、甘えるような目を見せながら。

「司令官のおかげで強くなれたので任せてほしいです。はい」

 

 なんて理不尽な運命だろうと、どれほど世界が舐めているのだと。言いたくなる時だからこそ、明るく彼女は抗う。

「運命に悩む私を認めてくれたじゃないですか」

 ドジっ子なんて性質に悩んだ五月雨だから、与えられた試練に笑って戦えるんだ。

「この程度の苦境に負けませんよ!」

 

 初めて出会った時の彼女は、一番艦に拘っていた。そのままだったら、この状況もあるいは武勲を示す場として言ったか。

「海風らしさで構わないと言ってくれました」

 違う。ここで静かに微笑む海風は違う。包み込む抱擁力と甘えられる心を宿して、声を紡ぐ。

「ならば海風をしっかりと頼ってください。それが今のらしさです」

 

 怯えの心は消えない。いつだって沈むのは怖い。逃げ出したくて堪らないくせに、それでも彼女は笑ってすらみせた。

「提督はあたし達のために泣いてくれたから」

 奥底にある絶望すらあっても、それでもと、俺を安心させたくて笑う山風は短く。

「守らせて。これで終わりにしよ」

 

 ぽりぽりと頭をかいて、困った様に笑いながら彼女は呟く。

「もとから江風の楽しみは戦場だっての」

 平和を楽しむ覚悟があるからこそ、己の在り方を偽らない。江風らしいさっぱりとした笑みで、俺の心を認めてくれる。

「遠慮すンなよな」

 

 残る彼女は何も考えない。いつだって全力だ。

「あたいは難しいのはわかんねえ!」

 堂々とした涼風の宣言だった。それが投げ出す意味を持っていないのは、一緒に体を動かした俺も理解しているんだ。

「ただここで逃げたくない。それだけさ!!」

 

 ふわりと愛らしい黒髪を後ろに流して、大人な雰囲気で少女は告げる。

「大切な妹を残していけないからね」

 それは、とんでもなく重たい心を愛情で包んだ暁らしい言葉だった。大人であり幼さを残す彼女らしい宣言だ。

「立派なレディーだもの。守り切ってみせるわ」

 

 二人の姉妹は手を繋いで、いつか響のために頑張ってくれた時以上の熱で、俺へと言葉を届けてくれる。

「もっと、も~っと頼ってほしい位よ!」

 雷らしい大っきく無邪気な言葉だ。

「戦争は怖いです。それでも守りたいのです!」

 雷らしい優しくも力強い心だ。雷電姉妹は支え合い進んでいく。見守る軽巡は大人の静けさのまま、より深く強く心を固めている。

 

 彼女らしい妖艶な笑みを浮かべて、ほんわかと言う。

「あらあら皆はりきって。ふふ。負けてられないわ」

 そう。龍田はいつだってしとやかで落ち着いていて、とんでもなく物騒に戦える。

「悪い子達には後悔させてあげましょうね~」

 

 そんな龍田の後ろに立っていた彼女は、この場の誰よりも凜とした雰囲気を纏っている。

「戦場に挑む為磨き続けた刃」

 この世界でひたすらに己を磨き続けた神通。最早それはただの戦士とも呼べず。研ぎ澄まされ切った言葉は、侍が振るう刃に等しい。

「振るう場を設けてくださり感謝いたします」

 

 とんでもなく鋭い魂と反するような、いつだって楽しむ彼女も言う。

「楽しいステージのためならどこまでも頑張れるよ!」

 ど~んと胸を張って、今にも踊り出しそうな那珂の雰囲気が好きだ。絶対に勝てるんだって素直に思えた。

「いつかは人々の前で踊りたいよね!」

 

 残るは彼女。この鎮守府で誰よりもお世話になった艦娘。

「ね。その先に二人の幸せはある?」

 本当に優しい声で、言葉で、愛情だった。響が言葉を出す前に、まず俺から川内に応えた。

「ああ。穏やかな日常を楽しめる」

 

 なにか運命がまかり間違って、いやある意味ではいつも通りに決戦の空気が出ているけど。ここを超えたら俺は日常を歩める。

 いちゃいちゃ大好き提督日常を楽しめる! ここまで十分楽しんできたけど! 

 最愛だって定めたんだ。ここからだ。ここから、俺は日常を歩んでいくと決めたんだ。

 

「きっとその先は幸せを求めて頑張っていける」

「川内さん」

 響は無駄な言葉なく。ただ名前を呼んで、万感の思いを乗せていた。一度、川内が目を閉じた。日常で見慣れた彼女の癖だった。

 

 そうして開かれた目は、夜戦ばかのソレ。にやにやと笑う。ニコニコとしてる。己の楽しいを、魂に刻み込んだ者の顔。

 なんて川内らしい。俺が本気で愛おしいと思えた、男として愛おしく思った。

 そんな彼女の顔。雰囲気。魂。

 

「そっか。なら迷いはないよ。まあ任せておきなよ」

 ぷらぷらとしたらしい感じで、一切気負わずに続ける。

「呆気ない位簡単に片付けてくるからさ」

 艦娘達が再び隊列を組んだ。一切の乱れがない姿だった。

 

 最後に伝えよう。出撃させてやる位しかできなくて、完全な指揮もとれないけど。でも俺は提督だから。ここまで続いたから。

「ここまで耐え抜き磨き抜いてきた君達へ伝えたい」

 

 胸を張って堂々と、皆の顔を心に刻んだ。告げる。

「この海の平和を取り戻してきてくれ!」

「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」

 十八の声が重なり。編成のままに三つの艦隊が出撃した。



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残された者達です

 ほとんどの艦娘が出撃した。残された面々。

 潜水艦達と、鳳翔や間宮などの非戦闘員がこの場に残っていた。

 戦いに向かった彼女達を思って、ここから動こうとしない。

 静かに重たい空気が流れていた。

 

 俺も意識を集中し三艦隊との繋がりを維持するも、今までの指揮とは完全に別物だ。

 負担こそ無いが、それぞれの戦場を把握することしか出来ない。

 羅針盤に祈りを託すような気分だった。ずいぶんと懐かしい感覚である。

 

 指揮を執る俺の邪魔をしないように。残された彼女達は問いかけてくる。

「司令官。イムヤは戦力にならない?」

 赤髪の彼女の真摯な問いかけ。答えが分かっている聡明さと、それでも言葉を出した心が伝わった。

 

「イクも戦いに出たいの!」

 無邪気なイクらしい言葉だった。純粋に、仲間達だけが危険なのはイヤだと言う。ある意味では子供らしいわがままだった。

 

「これじゃあ戦力外通告でち」

 どこか悟ったように、いじけたようにゴーヤは嘆く。ふふ。過労のイメージがある彼女が、この世界では一番の働き者なのだから愛おしい。

 

 伊168、伊58、伊19。この鎮守府における潜水艦達。

 今まで資源回収の花形は彼女達だった。運用するコストが、この世界でも低く。提督の指揮をあまり必要としていない。

 何より特出すべきはその生存能力か。

 

 この世界において最も重要な力である。斥候、資源回収、陽動など。提督の負担が少ない艦娘というのは、それだけでも大切だ。

 特にここでは重宝される能力だった。

 

 軽巡や駆逐達と比べると、戦場に役割があったと言い換えてもいい。

 そうだ。潜水艦は力があるんだ。

 今回は結界に阻まれようとも、戦う力があるんだ。

 

 今まではそれすらなかった軽巡や駆逐艦達よ。資源回収は潜水艦が活躍し、かといって前線は戦艦と空母の居場所。

 戦える力は、敵を轟沈させる力はあったさ。提督にとって最も負担になる。脆さと兼ね備わっていたからこその悲劇。

 

 出撃した彼女達には、どれ程の想いがこもっているのだろう。

 そうして立場変わり。戦場へ赴く者達を待つしか出来ない。そんな想いはどれ程なのだろう。

 

 考えるまでもない。ここに至るまで触れてきた想いが答えだ。

 今、ここに残っているのは今まで戦いを許された者と、そもそも前提として戦えない者だけだ。唯一鳳翔のみが、前線を知り悔しさに深みがあるか。

 そうだ。悔しい。悔しいに決まっている。

 

 だからこそ忘れず。待つことこそ彼女達の戦いなのだろう。今の俺はそれをよく知っている。この鎮守府で出会った艦娘達が、答えを教えてくれた。

「君達にとって、かつての皆は戦力外だったのだろうか。無価値な存在だったのだろうか」

 皆の顔が嶮しく歪む。怒りと、そう思わせてしまった己の弱さへの苛立ち。

 

 ふふふ。本当に愛おしい者達だ。あえて分かりきった言葉を続けよう。

「違う。違うだろう?」

 そうだとも。どんな者達にも役割があった。

「後ろに待っていてくれる者が、守ってくれる者達がいるから」

 

 帰れる場所があるか。待ってくれる家があるから。

「辛く苦しい海へと潜り。戦場へと進めたのではないだろうか」

 一度、潜水艦の指揮を執った経験がある。あれは怖いものだった。

 

 まさしく漆黒。塗りつぶすような暗闇が世界を覆っていた。特殊な感覚で動きこそ自由だったけど、正気を軋ませるストレスがあった。

「今は役割が違うかもしれない」

 戦場も終わる。艦娘なんてものも終わるかもしれない。

 

「それでも無意味じゃない。輪の外になんていないよ。守りたいと思っているのだろう」

 残された者達として鎮守府の守りを、戦い戻る彼女達の居場所を。

「待つことも戦いだ。…さあ俺達も戦おう」

「「「「「「はい!」」」」」」



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たとえ同じ艦種でもです

 まず初めにポイントへ辿り着いたのは天龍達だった。

 天龍、龍田、神通、雷、電、暁。戦力の偏りはなく。軽巡と駆逐の水雷戦隊。

 自らの弱さと置き去りにする想いを知る者達の戦い。

 

 対する敵艦隊は戦艦と空母の群れ。

 戦艦が四隻に空母が二隻だ。軽巡と駆逐艦で戦うべき相手ではない。

 でも恐れはなかった。怯えはなかった。

 あるのは必ず勝つという覚悟だけだった。

 

 戦闘が、戦争が始まる。

 敵空母の先制爆撃だ。降り注ぐ爆弾は暴風の如く。範囲内の全てを吹き飛ばし、生存を許さない殺戮の嵐。

 

 駆逐艦を庇うように軽巡が前に出た。そのまま庇うように受けきっていく。いくら対空砲で軽減しようとも、装甲が削られていく。

 肌は黒く煤汚れ。服は破れ、熱気が全身を燃やす様だ。

 

「ぎっ!」

 天龍から呻き声が漏れた。でも彼女は獣のように笑う。

「…甘く、ありませんね」

 神通はほぼほぼ無傷ながら、攻め込む隙を見いだせず。

 

「あらあら。どうましょう」

 龍田はのほほんと笑う。瞳だけが笑みを浮かべていない。

 後ろに控える駆逐艦達は、守られる苦しみを抱く。

 

 熱く。苦しい。

 いくら神通に優れた才能があり。環境を考えれば異常な練度と言えども。この爆撃を受け続ければいずれ轟沈する。

 

 今ならば、今ならば彼女と龍田が突撃すれば相手は殲滅出来る。

 敵艦隊は嘲笑を浮かべ油断していた。

 切り込めば、軽巡のレベルを超えた神通の火力と、龍田の補助があれば落とせるだろう。

 

 だけど、後ろに控える者達は落とされる。

 迷い。勝つために己は捨てられようと、仲間は見捨てられない。

 その様を見通すように、敵艦隊はこちらを笑っているのだ。

 悔しい。神通の歯ぎしりが聞こえた。

 

 状況が厳しいのは変わらない。このまま耐え続けても負けるだけだ。

 揺れ動く神通の横顔を見て、天龍は静かに語る。

「オレはお前みたくなりたかった」

 ぽつりと零れた言葉は不思議な程軽かった。なんでもないような言葉だった。

 

「戦艦や空母相手にも見劣りしない。軽巡洋艦最強の艦娘になりたかった」

「天龍さん…」

「でも、なれねえ」

 そうだ。天龍の性能は神通に及ばない。百回戦えば、百回敗北する。それだけの性能差がある。努力では埋められない。

 

「オレにあるのはちっぽけな刃。必死にかき集めた守るだけの力」

 片目は見えない。敵をぶち抜く火力もない。

「だけど。それでも守りたいと吼えるんだ」

 皆が天龍の言葉を聞いている。

 

 龍田は困ったように微笑んだ。雷と電は胸を張って気合いを入れていた。暁は背筋を伸ばし、堂々と佇んでいた。

 神通は――戦士の顔だ。戦う者の顔だった。

 

「行けよ神通。後ろは気にするんじゃねえ」

「信じています」「任せろ」

 神通は真っ直ぐに突撃を開始した。龍田は少し迷い。笑いかけながら問う。

 

「あらあら。私が残ってなくてもいいのかしら~?」

 いくらなんでも、天龍だけで守れるのか。

 さあて。少なくても皆信じている。それだけだ。

 

「任せろってんだよ。へへ、姉貴が信じられねえのか?」

「…いいえ~信頼してますよ。お姉ちゃん」

「はっ!」

 龍田らしい妖艶な笑みを浮かべながら、神通を追いかけていった。

 

 残された者達は爆撃の未来をひしひしと覚える。

 だからこそ、いつも通りにじゃれ合うんだ。

「天龍さんは電たちが守るのです」

「もっと私たちが頑張るわ!!」

「大人なレディーに任せてよね!」

 

 仲良し駆逐艦の思いだった。負けられない。

「頼りがいのあることで。まったく、しょうがねえな」

 格好つけた微笑みを天龍は浮かべた。

 

 彼女らしい自信に溢れた微笑だった。守る為の笑いだった。

「――来るぞ!! 構えろ!!」

 天龍の激と共に、敵艦隊の猛攻撃が開始される。



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不器用な大剣です

 力がほしい。弱いままならいっそ死んでしまいたい。常に全身を絶望が包んでいる。

 かつての天龍の考えだ。無様な己を残す位なら、一瞬で燃え尽きてしまいたかった。

 今は違う。

 

 後ろにいる大切な仲間たち。こんな自分なんかを、愛してくれる者達がいる。ふと、提督の事を思い出した。

「くくっ」

 思わず笑みが零れる。すけべで、馬鹿な男だった。

 乳を揉んで動揺していた。なんて面白い。

 

 …どこか似た目をしていたと。でも彼は幸せを選んだ。響と、愛らしい彼女と共に生きるんだ。

 ならより一層沈めない。

「きっとアイツも泣くんだろうよ」

 

 天龍と同じく。涙を見せないで泣くのだろう。

 無様でもいい。それしか出来なくて構わない。だけど。それでも

「オレも仲間も守ってみせる…!!」

 魂の奥底から無理矢理に力を引き出して、紡ぐは一筋武骨な大剣。改二としては遙かに弱い力。

 

 破格の火力などいらない。無様でも守り切れれば、それで構わない。

「オレの前に出るんじゃねえぞ!!」

 大剣を構えた。迫る爆撃を迎え撃つはなんと不器用な対空能力よ。

 剣を振るう。対空砲を乱れ撃つ。装甲を掠めボロボロになりながら。徐々に体が壊れていった。それでも、意地でも後ろには通さない

 

 駆逐艦達は逃げない。怯えもない。あるのは集中だけだ。天龍が、尊敬する天龍が凌ぎきった瞬間に雷撃を放つだけ。

「ぁ、が、ああ、お、らああ!!」

 雄叫びを上げた。喉が熱で焼かれている。肺が燃えているようだ。

 

 とっくの昔に限界は超えていた。旧式の肉体が、時代遅れの武装が悲鳴を上げていた。

 でも生きている。生きているじゃねえか。

 まだ守れる。絶対に死なない。そうだ。それだけで良いから。

「――それだけは譲らねえぞ!!」

 

 黒煙が視界を埋め尽くし、そうして晴れた瞬間に。

 天龍含む四隻は生き残っていた。当然の様に生きていた。

『馬鹿ナ!?』そうだとも。天龍は馬鹿だ。

 

 敵空母の動揺をよそに、突撃した者達は後方を一切気にかけていなかった。すでに射程距離として十分。

 さあ、殺し合いの間合いだ。

『ガァア!!』

 

 舐めるなと敵戦艦が吼える。当然だ。そこに。

『グギッ!?』

 炸裂する駆逐艦の魚雷。なぜ。あまりにも唐突に装甲を壊された。

 その疑問を解決する術も無いまま。神通の砲撃で敵戦艦共を轟沈。続く龍田の雷撃が、敵空母を半壊まで持ち込んだ。

 

 有無を言わせない一方的な展開。これが軽巡最強の神通が力。遊びなく無駄もなし。研ぎ澄まされた刃の如き。

『ドウ、シテ。性能は、ワタシ達の方が』

 呆然とするしかない敵を見ても感動はなく。

 

 淡々と神通が言葉を返す。

「適材適所。この距離ならば私達の方が優れていた」

 心の揺れが無い。問われたから返しただけなのだろう。

「それだけです」

 激しい感情もなく。神通の無慈悲な砲撃が、敵艦隊を轟沈させた。

 

 海の濁りは晴れて、空には太陽が浮かぼうとしていた。夜が明ける。なんて、なんて綺麗な光景なのだろう。

 ボロボロの天龍を支えるように、神通が肩を貸していた。龍田と駆逐艦達は、周囲の警戒をしているようだ。

 

 はからずも二人きりのようで、おそらく他の者達には言葉は聞こえてなくて。

 ぽつりと神通から言葉が漏れる。

「…私が実は天龍さんに憧れていたと言えば、皮肉に聞こえますか?」

「あん? ははっ!」

 

 なによりも天龍らしい格好良い笑みを浮かべて。

「なにせオレは世界水準超えだからな。当然だろ?」

「ふふっ。さすがは天龍さんです」

 二人の様子に気付いたのか、他の面々も心底楽しそうに笑うんだ。

 

「あんまり無茶は駄目よ~」

「いっつも先に中破しているのです!」

「もっと私達を頼ってもいいのよ」

 誰かが沈んでいたのならば、この光景はありえなかっただろう。眼帯の内に不思議な熱を感じた。

 

「…こっちの目に光はねえのにな」流れる液体なんざ無いはずだ。

 でも悪くは無かった。

「天龍さん。大丈夫ですか?」

「大丈夫だっての。他の奴らも大丈夫かね?」



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日常を愛しているからです

 2つめのポイントに着いたのは海風達だった。

 海風、白露、那珂、涼風、五月雨、村雨。

 大きな勇気を振り絞って。なんでもない日常を愛する者達の戦い。対するは北方棲姫率いる深海棲艦共が群れ。

 

 北方棲姫。深海棲艦特有の、塗りつぶしたが如き真っ白な少女。

 双眸は紅く。幼さこそあれど、浮かぶ風貌に弱さは感じられない。

 そんな彼女を守るように戦艦が三隻。数は勝っている。勝っているはずだ。

 北方棲姫と目が合った。

 

 ぶるりと皆の全身が震えた。

 ――なんというプレッシャーか。この中で最も小柄な涼風より更に小さな姫を相手に、魂の底から震える。脚が竦んだ。吐きそうだった。

 これが姫の圧力。艦種の壁を越えた、深海棲艦共が長の姿か。

 

 でも止まらない。負けない。負けるもんか。

 不屈の意志が体を突き動かして、今ここに戦闘が開始された。

 

 戦艦の激しい砲撃に晒されて、艦隊の皆が負傷していく。

 その中でも白露と那珂が、前に立って砲撃を捌いていた。軽巡の那珂はともかく。駆逐艦の彼女は随分とダメージを負っている。

 控えめに見ても中破。大破も遅くは無いだろう。

 

 白露のすぐ後ろで海風は言う。

「あまり前に出過ぎないでください」

「でも!」

 戦況が厳しい。那珂はともかく。他の皆は轟沈してもおかしくない。

 大切な妹達が危険にさらされるのだ。どうして白露が落ち着いていられようか。

 

 限界は近い? なら超えてやる。一番艦だ。守り切れないなら、生きていたってしょうがない。

 ごめんなさいと泣く提督を思い出す。

 妹達が沈めば彼は泣く。誰か一人でも落ちれば、耐えきれない。

 

 なら命を賭ける理由には十分だ。

 さあ、まだ戦え「いい加減にしてください!!」

 いつも落ち着いた海風からの叫び。戦闘中だと言うのに、思わず振り返った。

 泣いている。泣いて、いる。

 

 大粒の涙を流しながら、この極限状態が彼女を突き動かす。

「長女だからって無理されて、いつだって先頭に立って!」

 いつだって太陽みたいな笑顔を浮かべて、皆の幸せを望んでいる強いお姉ちゃん。そんな貴女を誰が守るの?

 

「そんなに私は、私達は頼りがいがありませんか…?」

 しなやかな寂しさが瞳を覆い。いまこの瞬間は時が止まっている。ぽつりと零れた悲しさのまま海風は呟く。

「…お姉ちゃん。お願い。貴女を守らせてよ」

 

「っ! ご、ごめん」

 二人の状況は落ち着いた。合わせて、那珂が元気いっぱいに言うんだ。

「皆、まだまだ踊れる!?」

 

「涼風の本気はまだまだこんなもんじゃないよ!」

 元気いっぱい無邪気な応え。

「この程度の理不尽なら慣れてます!」

 運命に挑み続けた少女の言葉。

「村雨のもっと良いとこ見せたげる!」

 いつも通りの強さを見せる子。

 

「ようし! さあ白露ちゃんも、海風ちゃんも」

 そして那珂は誰よりも明るく。楽しさすら滲ませて。

「にっこり笑って踊りきろうよ!」

「「はい!!」」



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平和への歩みです

 歌だ。歌が流れている。

 戦場に場違いな愛らしい歌声が、味方を鼓舞し息を合わせる。

 相手の威圧にも負けず。徹底的に連携をとる。

 

 各個撃破。絶え間なく続く砲撃の雨を受けて、尚も折れぬ心が敵を壊していく。 

 それぞれのぎこちなさは消えた。

 息をするように自然な連携が、敵の攻撃を捌いていく。

 生き物が如く。自在に放たれた魚雷が、敵戦艦の装甲を貫いた。

 

 火花散り。轟沈。水雷戦隊の強みを、徹底的に活かした戦い方。

 強い。強すぎる。残るは北方棲姫のみ。

 だと言うのに体が動かない。当然だ。

 疲労と負傷ですでに満身創痍だった。

 

「かはっ。あ、はは。那珂ちゃん限界かも」

 那珂の声は枯れている。先頭に立って戦い続けた結果である。

 皆も全身が鉛のようだ。手足の感覚は消え失せていた。

 

「でもまだ諦めきれないよね?」

「当然! まだまだ一番がんばれるよ!」

 那珂についでボロボロだが、白露の声に力はあり。

 

「無理は、だめですよ」

 白露を支えるように海風が応える。

「はいはーい。村雨もまだやったげる」

 楽しそうに笑う彼女はいつも通り。

 

「この程度。いつものドジに比べれば!」

 健気に抗う五月雨と。

「へへっ。あたいもまだいける!」

 応じる涼風は愛らしく。

 

 そうだ。まだ瞳の光だけが、弱々しくも消えていない。

『ドウシテ苦しむの?』

 ノイズ混じりの声が聞こえる。戦場に似つかわしくない。幼子の声だ。

 

『沈メバ、ラクだよ』

 言っている事に比べて、遙かに声は優しかった。

『ズット戦うなら、アナタ達も捨てられない』

 彼女は何を知っているのだろう。

 

『誰ニモ忘れラレナイ』

 ぽつりと零れた呟きは、戯言と捨てるにはあまりも馴染む。

 戦争が終われば、艦娘はどうなるのだろう。

 

 この世界の人々は優しい。優しいが、平和が続けば強大な力は恐れられる。ある意味それすら救いで、いつかは艦娘すらなくなるかもしれない。

『ソレデモ戦う?』

 

「誰もが艦娘を忘れないくらい。那珂ちゃんは輝くから…!」

「のんびり良い感じにすごしたいの!」

「兵器が必要ない平和が、いっちばんいいでしょ!」

「意地を張らないで姉妹達と過ごしたいんです」

「待ち受ける辛い運命なんかに負けません」

「バカ騒ぎすんのに戦場はいらねえさ」

 

 皆それぞれの答えながら、誰一人迷いはなかった。

 北方棲姫が微笑み。だけどそれは一瞬で消えて。

『――ソウ。ワタシを、超えられる?』

 艦上攻撃機が射出される。

 

 おぞましい程の数を揃えて、こちらを撃滅せんと迫り来る。放たれる爆撃の雨は、一つ一つが命を消し飛ばす力。笑える位に圧倒的な暴力。

 それでも諦めはなかった。

 

 声を上げて突き進む那珂を先頭に、味方艦隊が前へ突撃する。

 対空射撃で打ち落とすも、焼け石に水。雨と見まがう爆撃。

 最早、形振り構わぬ。集中しすぎて脳が爆ぜそうだ。掠り艦装が壊れて、緊張が心臓を蝕む。

 

 那珂を庇うように白露が大破した。続いて、姉を守り海風が大破。後ろは振り返らず。唯一の軽巡として彼女は進む。

 大破した二人を守りながら、涼風と五月雨は必死に戦う。

 速く。もっと前へ。砲撃、雷撃の届く所へ。

 

 足掻き煤塗れになりながらも止まらず。仲間は堕ちぬと信頼した姿を見て。

『…美シイ』

 眩しそうに目を細めながら、彼女は待つ。

 ついに撃ち出された魚雷と砲撃を受け入れて、北方棲姫が轟沈した。



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いざ死地へとです

 川内、夕立、江風、時雨、山風、春雨。

 最前線での経験少なくとも、戦い続けてきた者達と、怯えながらも運命に抗う者達の水雷戦隊。

 一切の不安はない。強い決意で戦場に挑む艦娘達の戦い。

 対するは絶望。――戦艦・レ級が二体。

 

 数で勝るからと油断はできない。

 戦艦・レ級。にこにこと明るく笑う幼子の様な少女だ。

 肌は不気味なほどに白い。両眼だけが、真っ赤に笑っている。黒のビキニを見せつけるように、胸の開いた黒ジャケットを羽織っていた。

 

 姿だけなら愛らしい少女。

 そんな印象を全て塗りつぶす異形の尾。

 レ級の太い尾っぽは、禍々しい口を先端に見せている。

 獲物を求めて涎を垂らす尻尾が、目の前の彼女が化物なのだと伝えていた。

 

 レ級の恐ろしさは見た目だけではない。

 駆逐艦を凌駕する雷撃、並の戦艦を超える砲撃。果てには空母すら及ばない航空戦力の高さよ。

 艦種の枠を超えて、あらゆる戦場を叩き潰す力だ。

 

 まさしく戦場の化身。絶望の具現化。

「とんでもない化物だね」

 川内の額に薄らと冷や汗が浮かぶ。

 戦い慣れた彼女だからこそ、目の前の化外の力量を肌で感じていた。

 

 二対六? 否。レ級は一隻で五隻以上の戦力を発揮する。

 それが二隻。単純に考えて十対六。戦力の優位なんて欠片も存在しない。

『タ、戦イ。タタカイ。ハ、ハハハ。アハハ!!』

 ノイズの走ったおぞましい言葉と共に、戦闘が開始された。

 

 嵐の如き先制雷撃。容赦など微塵も存在しない魚雷群は、一発でも当たれば大破までもっていかれよう。応ずるように艦娘達も雷撃を放った。

 それと同時に回避行動。

 レ級共は避けもせず。笑いながら砲撃をぶっ放す。

 

 冗談みたいな連撃だ。空からは爆撃が降り注ぎ、砲弾は押し寄せる雨粒の如き密度で放たれる。魚雷は津波か。

 それ以上の圧倒的エネルギーをもって、こちらを爆ぜ砕かんとばらまかれている。

 たった一隻で、戦場を支配する化物が二隻も存在する。

 

 なんの冗談。

「は、ははは! 素敵なパーティーね!」

 夕立が笑った。脳が震える程の恐怖で笑った。

 これだ。これこそが戦場だ。今、己は戦場にいると笑った。なのに。

「はっ、はっ」

 

 息が切れた。ぴりぴりと胸が痛む。脳裏に怯えが奔る。

 かつてない程の強敵が怖いんじゃない。それだけならば楽しめただろう。

 隣には大切な仲間達がいる。暖かな日常を歩んだ、歩ませてくれる仲間達がいる。

『怖いから戦うんだ』

 

 そうだ。提督の言葉も覚えている。

 だからこそ、負けられなくて怖くなった。

 段々と緊張で体が固まっていく。久しくなかった。

 或いは提督が忘れさせてくれていた。

 失う事への恐怖。

 

 不味い。直撃コースで魚雷が迫る。衝撃を覚悟した夕立を――引き寄せる誰かの手。

「ぽ、ぽい~!?」

 どうにか避けて体勢を直す。振り向くと。

 そっと、背中に触れる掌があった。

 

「大丈夫ですか?」

 春雨だ。にこりと微笑んでいる。震えながらも彼女は微笑んでいる。

 彼女がこの艦隊で最も弱い。なのに、なのに瞳へ宿る意志は誰よりも強く。恐怖に身を強張らせてない。

 

 自分はなんだった。なんと言ってこの戦場に来た。背中に宿る熱が心の火を灯す。

 ――夕立は艦娘だろう。思い出した。思い出せたんだ。

「春雨。いっしょにがんばるっぽい!」

「はい!!」

 

「時雨、まだ生きてる?」

 最も多くの雷撃を捌いた川内が、次ぐ数を凌いだ時雨へ問う。

 二人ともすでにボロボロだ。中破程度はしているだろう。大破していないだけ、轟沈していないだけですさまじい。

 

「なんとか、人の形は保っているよ」

 苦笑しながらの言葉だった。何が笑えるって、敵艦隊はニヤニヤと余裕を見せているのだ。今の嵐がただの攻撃。必死さなんてない。

「上等…!」

 

 余力を残しつつも冗談のような猛撃だった。生きているだけで上等だ。

「それならいける?」

「川内さんも提督に絆されて変わったのかい?」

 静かに時雨が微笑んだ。目は笑っていない。

 

「ん~?」

「僕は佐世保の時雨。できるかじゃない。やるかやらないかさ」

 静かに時雨は艦装を構える。さざ波一つ経たない凪いだ心。絶望はない。ただ覚悟だけがある。

「あはは! 格好良いね。よっし。じゃあ――やろうか」

「任せて」

 

「山風。怖いンなら後ろにいろよ」

「守るって決めたんだ」

 愛する姉妹艦が珍しくも奮起している。いつもならとっくに泣きがはいっている状況だった。

 

「はっ! 良いねえ。でも山風が沈んだら悲しむだろ」

 提督が山風と気が合っているのは、なんとなく分かっていた。…どちらも酷く優しい。臆病で、自分嫌いなのだろう。

「それは江風が沈んでもそう。なにより、その」

「あン?」

 

 照れた様にはにかみながらも、目を真っ直ぐに見つめて。

「江風が沈んだら、あたしも悲しい。とっても悲しい」

「は、ははは! …なら沈めねえじゃン」

 ぎゅっと江風の手を握りすぐに離す。

 

 一瞬だけど確かに伝わった熱。力。想い。

 誰も失いたくない。いつも感謝している。熱い心。

「がんばるから、ね」

「日常を守らねえとな。提督との約束なンだ」



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正直な心で止まらないです

 極限を超えた集中。あまりのストレスに鼻孔から血が零れた。脳が軋む。艦娘全員が、とてつもない世界へ意識を飛ばした。

 空から世界を見下ろしているようだ。肌そのものが景色を知覚している。

 普段は閉じられている感覚。

 

 膨大な情報量に脳みそが爆ぜそうだ。限界の向こう側に半歩踏み込んでいる。命が削られていく。死ぬ?

 その痛みをいつかの修練が超えさせる。

 その苦しみをかつての後悔が耐えさせる。

 

 尚も簡単には超えられない状況である。

 とんでもない量の砲弾が、爆撃が、魚雷が迫ってくる。見えるからこそ分かる。分かるからこそ認識する。

 

 地獄。針の穴一つない。全身全霊で殺しにかかってきている。

 皆、記憶が走馬燈として流れて、その中で川内が思い出したように笑った。

(あ~あ。やっぱり提督に抱いてもらえば良かったかな)

 夜を思い出す。この世界に生まれてから、一番嬉しくて傷ついた夜を、彼女は生涯忘れない。

 

 とても素敵な時間だった。何度やり直そうと、きっと川内は同じようにする。

 そう。なによりあの場面で、私を抱く提督は許せない。

 なのに抱いてほしかったと願う。矛盾した想い。でもそれが正直な気持ち。

 

 抱きしめたい。触れ合いたい。今でも強く願っている。

 そうだ。それが正直な心なんだ。

 やりたいようにやる。わがままだけど。

 それが己だと、川内の在り方なのだと思っている。

 

(ハーレムでも良いよね! なんて)

 また思い出したように笑った。望む心があるだけで、この地獄が苦に思えなかった。

(我ながら未練ありすぎでしょ。でも、それでも)

 帰りたい。帰って、あの二人の幸せを見たい。

 

 提督が望んでいないなら、響が許してくれないなら。この心は奥底に秘めるけど。

 それでも私は、二人が好きで、なによりあの人を愛しているのだから。

 永遠にも感じる絶望の時間。一度だけ、一瞬だけ目を瞑った。

(…ああ。くる。ようやく、ようやく)

 ――夜がくる!!

 

 極限の集中を超えて、時が止まった。それはまさしく闇夜の如く。音一つない。川内が愛する至高の時間。相手の砲撃のラインが見える。最適解を魂で実感する。

 川内に引っ張られて、他の者達も流麗に動き命を繋ぐ。反撃。

 一片の無駄もない砲撃が、雷撃が、吸い込まれるようにレ級へと叩き込まれ。

 一隻轟沈。

 

 ようやく一隻沈めた。残りは一。だがすでに満身創痍。相手はニタニタと不快な笑みを浮かべている。

 沸き立つ血潮。止まらない。

 鋭い眼光に見据えられ、初めてレ級に動揺が見られた。

 

『ソンナニボロボロで、ナゼ?』

 艦娘の本能か。それだけでここまで頑張れるのか。違う。

 あくまでも日常に戻りたいからこそ。ああそうだ。いちゃつく日常なんて夢見ているから。

「…きっと分からないよ」

 川内の優しい苦笑と共に放たれた砲弾が、戦場の終わりを告げた。



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全てを終えて
戦場終えて、歩み続けていく日常です


 響と二人。俺達は電車に乗って、気ままな旅を楽しんでいた。

 ゆっくりと景色が流れていく。窓から流れ込む風が良い。静けさと涼やかな香りが心を癒やす。

 季節は秋になる頃だろうか。なんとも気ままな旅心地だ。

「良い天気だね」

 

「ああ」

 俺達の会話ものんびりとしている。

 いつもクールな彼女の面立ちが、ふにゃりと緩んでいた。ほっぺがお餅みたいだ。食べたい。いや比喩だ。食べる気はない。

 可愛い。めっちゃ可愛い。

 

 良い空気だ。平和を味わっている。

「…戦争、終わったね」「そうだな」

 そうだ。終戦からもう数ヶ月は経ったか。

 今更こんな言葉が出るくらい。実感が遅れていた。

 

「ここまで皆との日常だったな」

「ふふ」

 白露を筆頭に駆逐艦達と賑やかな日々を過ごし。神通、那珂などの軽巡洋艦は平和を噛みしめていた。俺の父性が増したのか。存外慕われている。

 天龍と龍田は訓練艦として活躍。鳳翔、伊良湖、間宮は変わらず。食堂を切り盛りしている。

 

 そうして川内は、ああ。いつものように笑ってくれていた。

 距離は近く。だけど抱き合いもせず。

 

 ただ今までと大きく変わったこともあって。

 今彼女は俺のすぐ隣に座っている。

 頭を俺の肩に乗せて、甘えきってくれている。めっちゃ良い匂いがする! 

 

 それで俺も調子に乗り。優しく頭を撫でてみたり。とても手触りが良い。

 いつかの時。頭を撫でた時よりも、遙かに感触が良い。丁寧に手入れをしているのだろう。

 おそらくは俺のために。最高だぜ。

 

 彼女が甘えるように息を吐いた。エロいぞ。頭を撫でる手を、頬に下ろす。ぷにぷにすべすべ。いい。とても良い。

 なんて。なんて尊い日常だろうか。

「…川内さん。まだ創が好きだよ」

 言葉が零れた。さしこむような声だった。

 

「う、浮気はしてないぞ」

 惹かれているのは否定しない。まだまだ俺も精進が足りない。だけど! エロエロはしてないから! …うん。してないからね。しょうがないね。

「ふふふ。遊びじゃないなら、なんて」

 

 にやにやと笑っている。不安げな様子はない。えっ? ハーレムありですか。ありなのですか。

「ああでも構ってくれなくなったら」

 唇をとがらせて。

 

「…拗ねちゃうかもしれないな」

「響~!」「わふっ!?」

 思わず抱きしめてしまった。可愛い。他の乗客がいなくてよかったぜ。他の乗客がいたら、この子の可愛さで溶けてしまった筈。

 

 

 温泉宿に着いた。もちろん響と同じ部屋だ。

 窓から見える紅葉。綺麗な山景色である。

 そんな山々を見つめる響の横顔よ。たまらない光景だと思えた。

 彼女を抱きしめた。

 

「どうしたの?」

 困った様に。それでも嬉しそうに彼女は言った。可愛い。

 小柄な体が柔らかい。ふわりと甘い匂いがする。愛おしい。抱きしめながら、優しく頭を撫でてみる。応える様に。響もそっと抱きしめ返してくれた。

 

 とても、とても穏やかで平和な感触だ。互いの体温で暖まる。秋風で凍えた体が、相手の熱をより一層愛おしくさせた。たまらんぜ。

 どこからともなく口づけを交わした。

 ぷるりと柔らかく。瑞々しい唇が気持ち良い。

「…これ以上は温泉に入ってから。ね?」

 

 

 汗を流し夕食を終えて、夜闇を眺めるように二人。穏やかな時間が流れている。

 ぽつりと、響が呟く。

「幸せかい?」

「ああ」

 

 微笑むように俺は答えた。長く。長く戦い続けてきた。

 いつかみた世界を目指して、愛おしい日常を求めて歩み続けてきた。

 鎮守府は俺を受け入れてくれた。

 

 最愛の少女と、艦娘としての役割も超えて、愛し合えたんだ。

 これ以上ないと言うには、まだまだ日常は続けていくけど。

「幸せだよ」

 夜風が流れ身を重ねながら、愛情に満ちた時間が続いていった。




今まで本当にありがとうございました
拙いながらも続けられたのは
読者がいてくださったからです

あまり綺麗な終わり方ともなりませんが
一つの区切りとして
締めくくらせていただきます

本当にありがとうございました


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