提督と敵と艦「娘」と「艦」娘 (MuhK)
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プロローグ「ミカタ」

艦これ世界の始まりからスタートする、視点変換連載。
プロローグ+0話+本文8話+エピローグという構成の予定です。

艦これ二次創作、極力ゲーム内で知れる設定には反しないようにする予定です。

もしこのサイトの流儀に反する物があれば指摘ください。



「私は、間違ってなど、いなかったはずだ。」

地響きが絶えぬ地下壕の中で、しきりに鼻の元に手を当て、髭の様子を気にする仕草を繰り返す小男が呟いた。

 

「強い国、強い国民、強い経済。全て幸せになる事を、どうして世界は邪魔をする?」

「世界とは何だ。私が居ない、私を慕うものも居ない、この国もない、それが世界で有るはずが無い!」

「なら、この私を追い詰めてくる奴らは、一体なんなのだ?異形か?人ではない何者か?」

目を伏し、腕を組み、思考をするその男は、外から見れば未だ正気の様子だったかもしれない。しかし既に、彼の目には狂気が宿っていた。

 

そこに、一際大きな爆発音が聴こえたかに思えた、その時。

 

――アナタヲ、オイツメルノハ、ヒト、デハ、ナイノ?

 

「ん…誰だ…?」

 

――アナタモ、ヒト、ヤメタラ?

 

「誰だ!」

 

――アナタヲ、オイツメテイル、ノハ、ナァニ?

 

「海を越えてまで、我が臣民を殺しに来る、あの馬鹿共に決まってる!いい加減正体を見せろ!」

 

男が視線を上げると、ここ数日で見慣れてしまった重苦しい壁も、色が付いていそうなほど淀んだ空気も、すでに無かった。

いや、場所ですら無かった。

いや、ヒトガタは居た。

いや、身体のあちこちから鋼鉄が生えていて、瞳の位置には、漆黒しかないモノを、ヒトガタと言えるかどうか。

そして、自分とヒトガタらしきモノ、しか無かった。

 

「ここはどこだ!」

 

――ココ?

――ココッテ?

――ワタシ、ト、アナタダケ、ヨ?

――プレイス、カラ、ハズレタ、ダケ。

 

「何だこれは…奴ら神経ガスでも投入して来たのか!?」

 

――アナタ、アノ、プレイス、ニクイ?

 

「は…はは…何だか判らんが、それにだけは答えてやる。ああそうだ、私に反対するもの、私を慕う者に反対するもの、全てが敵だ!」

 

――ナラ、ソノ、テキヲ、ケシテアゲル。

 

「消す?だと?ははは、やれるもんならやってみろ。勲章なら山ほどくれてやる。」

 

――ソウ。ジャ、アナタニハ、アノ、プレイス、ノ、アースヲ。

――ワタシ、ハ、アノ、プレイス、ノ、シーヲ。

――アナタ、シー、ハ、テキ、クル、イッタカラ。

――ゼンブ、ゼーンブ、モラッテ、アゲル。

 

「お前は一体何を言ってる…ん…だ…?」

 

――ワタシ、プレイス、デテミタイ。

――アナタ、プレイス、ノ、シー、ニクイ。

――ワタシ、アナタ、ノ、テキ、チガウカラ。

 

敵?味方?海?大地?だと?

いや、そもそも、これは会話なのか?

そもそも俺は、何処に存在しているんだ…?

 

――アラ、アナタ、タマシイ、キエチャウ?

 

俺は…

何処に…

何を…

 

――アーア、キエチャッタ。

――アノ、プレイス、ノ、イシキ、ナンデ、ニクタイ、キエルト、タマシイ、キエル、カナ?

 

 

「ウフフ、デモ、ヤクソク、デキチャッタ。」

「アノ、プレイス、ノ、シー。タノシイト、イイナ。」

 

 

◇◇◇◇

 

 

1945年4月。

世界大戦は、戦いの中心であった帝国の、全面降伏で終わるはずだった。

しかし突如として、海に現れた異形と、沈没したはずの船による海上封鎖が始まった。

その異形は、それまでの戦争で海に落ちたあらゆる船を、変貌した形で再生し、人の乗る船に襲いかかった。

海の上の空すら例外ではなく、何故飛ぶのかすら分からない形状の飛行機が、すべての海上の制空権を奪い去った。

 

1945年7月。

ようやく事態を把握した各国は、補給が途絶え、既に戦争の体をなしていない戦いに「停戦」を宣言する。

 

1945年10月。

パリにて開催された首脳会議において、日本を含む世界各国の暫定統治域、及び対処すべき異形の割り当てが決定された。

異形の棲みかは、太平洋に2つ、大西洋に2つ、インド洋に1つ。

しかし、異形が率いる亡霊艦は、いつどこの海上でも遭遇することが判明しており、実際に戦いを挑むだけの戦力を維持しつつ、そこに到達することはほぼ不可能であった。

この為、この割り当ては、戦う相手を決めるというよりも、輸送維持の為のシーレーン確保分担の決定という方が正しいものであった。

 

1945年12月。

首脳会議から帰還した日本代表により、世界状況の詳細が伝えられた政府は、既にこの時点で崩壊寸前であった海軍軍備を、すべてシーレーン確保に費やす事を決定した。

日本が確保できたシーレーンは、朝鮮半島と日本の間のみであり、日本が頼る全ての資源輸送は、この細い1点のみとなった。

陸軍は解散され、日本は大陸方面における権益をすべて放棄した。

既に日本は、国内の食糧と、最低限の文化を維持する為の物資を確保するためだけに、全力を尽くさなければならない状況だったのだ。

 

 

そして、それから40年後。

未だに、世界は、海を得ていない。

 

 



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Ep0. 「艦」

艦これ世界の始まりからスタートする、視点変換連載。
プロローグ+0話+本文8話+エピローグという構成の予定です。

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「関根君、ちょっと良いかな?」

 

平智3年(1985年)5月、霞ヶ関海軍省。

関根小佐は、廊下で呼びとめられた。相手は肩に星が乗っている、将官様である。

礼儀として1mmの隙もない敬礼を返すが、相手はどうにも、老獪なようだ。

 

「いつ見ても、完璧なのに尊敬の念を全く感じさせない敬礼だな、関根君?俺には構わんが、他人にその敬礼は止めとけ。君を推しにくくなる。」

「私を推すなんて酔狂な上官は、少将殿だけであります。」

「まぁそう厭味を言うな。満足に動く船もない海軍には、官位で遊んでる連中しかおらん。やりたい事をやる為には、心の中で舌を出すのも控えにゃ。」

 

相手は、小林少将。既に数少ない、大海を知る生き残りであった。

 

「それでだな、関根君。君が前から提案していた、特種鎮守府再設置の件だが、何とか通りそうだ。」

「それは、本当ですか?いえ、この言い方が失礼なのは承知しておりますが、まさかという思いが強すぎまして…」

「君が思っている以上に、あの件を悔しがっている奴らは多い、ということだ。とはいえ、予算は殆ど分捕れない。実績が上がらねばな。」

「無い物をかき集めてその場でなんとかするのは、十分に経験させていただきましたので。」

「またそういう言い回しをするか、君は。まぁいい。任命は来月頭で、君がその特鎮の実務頭だ。君は既に分かっていると思うが、その任命までの3週間、熊野へ行ってこい。」

「分かりました。」

 

小林少将に再度敬礼をした関根は、足早にその場を去る。

その時の敬礼は、最初の敬礼と寸分違わない物だったはずだが、恐らくそれを見た者は、全く違う印象を受けただろう。

 

(熊野、か。こんなに早く、あの婆さん達に、また会いにいかねばならない時が来るとは…)

 

 

◇◇◇◇

 

 

国内で唯一、長距離幹線で電化されている新東海道線と、ローカルディーゼル線を乗り継ぎ、関根が熊野に到着したのは、2日後。

熊野古道最奥の、名もない道を上がった場所にある、目立たない社にたどり着いた関根を迎えたのは、齢を推測することすら難しそうな、老齢の巫女であった。

 

「久方ぶりじゃな。20年前に泣きながらワシを殴った小僧が、立派になったもんじゃ。」

「その節は失礼を…」

「礼儀なんぞワシには不要じゃ。まずは名を寄こせ。」

「はい。帝国海軍少将、関根 守 です。この度は、特別鎮守府の再設置に向けて、お話を伺いに参りました。」

「守と書いて、”まもる”か。その字、”かみ”とも読む。名に縛られたな、守とやら。」

「私は縛られた事自体を悔いてはおりません。それを果たせていない事には身を焦がす程に悔いておりますが。」

「困ったもんじゃ。念、願、誓、讐、全ては『あれ』には極上の餌にしかならんというのに…」

「私は、不適格だと?」

「更に困ったことに、お前等が呼ぶ、特鎮とやらの仕事には、適格過ぎてな。」

「ならば、是非にも。私は、戦いを続けねばならぬのです。理由はご存知でしょう。」

「ワシ達に、また、童女を死地に送る用意をさせろと?」

 

 

ここで、守は、10年掛けて用意してきた言葉をようやく吐きだす。

「死なせません。逝かせません。囚わせません。私は、前の特鎮を作った下衆とは異なる方法で、戦いますゆえ。」

 

 

「ふん。心意気は立派だが、死地に向かわせる決断をさせるのは、お前の意思ではなく、民の総意よ。それに抗う事が出来る覚悟はあるか?」

「例え、七千万国民全ての総意であろうとも。」

 

老齢の巫女は、更に皺を増やす表情を示し、ため息交じりに言った。

「…分かった。もう一度だけ、『あれ』と戦える術を整えよう。これから10日、お前にはみっちり教えるでな。」

 

その言葉を聞いて、初めて守は、安堵の顔を見せた。

ようやく、自身の手で、目的に進む事が出来るという確信。

何かを果たしたという達成感ではない。が、今までそれに着手することすらできなかった時間に比べれば、待ちうける困難など、むしろ幸せだろう。

 

「ありがとうございます。正直、こんなに素直に、お話を通していただけるとは思っておりませんでした。」

 

巫女はその表情、感情すら、予測していたであろう。そして、この先、どんな事になるかも。

それでも、ここで初めて、自身の言葉を紡いだ。

 

「ワシもな、こんな歪んだ時にはもう飽いた。本来であれば、神だのなんだのに頼らず、人は人の力だけで、世界が進んでおったはずなのだから。」

 

その言霊は、人には決して理解される事の無い、神の言葉だったのかもしれない。

 

 



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Ep1. 「勝」 初戦/漣

艦これ世界の始まりからスタートする、視点変換連載。
プロローグ+0話+本文8話+エピローグという構成の予定です。

艦これ二次創作、極力ゲーム内で知れる設定には反しないようにする予定です。

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「駆逐艦、漣です。こう書いて、さざなみと読みます。覚えてくださいね、提督。」

 

平智3年8月。

うだるような暑さの、呉に置かれた特別鎮守府で、私は守と出会った。

鎮守府とは名ばかりのプレハブ小屋、居るのは自分と雑務を請け負う数人の女性だけらしい。

 

確かに、熊野で教わった通り、私は最初の艦娘ってことみたい。

そして、目の前に居る男の人は、ちょっと自我が強そうに見える。

そんな男に、生殺を握られると考えるだけで、滅入りそうになっちゃうけどなぁ。

 

「提督…提督ね。確かに提督の仕事はしているが、中佐でそう呼ばれるのはちょっと困ったもんだな。」

「そんな事言われても、提督は提督ですからね?これからよろしくお願いしますね。」

「うーん。出来れば、名前で良いんだがなぁ。あと、ここは軍隊調は禁止だ。提督と呼ぶのはまぁ、構わないけど。口調も態度も、今までと同じにしてくれ。これは命令だ。」

 

これはまた、難しい事を頼んでくる提督だ。

軍に徴用しておいて、”今まで”と同じにしろだとか、無茶も良い処だと思うなぁ。

 

「わっかりました!じゃぁ、私割と失礼なことバンバン言っちゃいますけど、それでいいのですね?」

 

さぁ、どうくる?

怒りだす?

そこまで自由にさせたつもりはないって諭す?

 

「ああ、それがいい。その方がこっちも楽だし、何より俺が勘違いしなくていい。」

 

えっ?これ認めちゃうんだ?

 

「ええと、あの、私にこういうの認めちゃうと、後から来る娘達に示しが付かないですよ?」

「あはは、それは君が心配することじゃないし、第一、示しなんて付ける必要なんか無い。俺は、君たち艦娘には、艦であることより先に、娘であることを望むよ。」

 

ははーん。そうきたか。そんなので私がなつくと思ってるなら大間違い。

口先では自由にさせる事を言っておいて、都合良く扱おうってことだよね。

珍しいタイプではあるけど、こういうのに限って、後で面倒なんだよなぁ。

 

「そ。じゃあ、楽させてもらいます。」

「そうしてくれ。ああ、それと、作戦の事は来週から始めるから、まずはその艤装に慣れておいてくれるかな。」

「練習と教育は、熊野で散々やらされましたよ?」

「それはそうだろうけど、海はまだ走ってないだろうしね。なにより人間は、身体にそんなもの付けて生活することに、1カ月そこらで慣れる訳が無い。時間があるわけじゃないが、まだ作戦は立案中だ。ちょっとそこらで遊んでてくれ。」

「立案中って。いままで何してたのよ?この提督…」

「君たちを、育てる為に、無い知恵を絞ってたのさ。」

 

今、なんていったのこの提督?

育てる?私を?艦娘になった私を?

 

「ちょ、ちょっと、おかしいでしょ?私達は艦娘。戦って戦って、いざとなれば深海棲艦にぶち当たって

 

パーン!と、良い音が鳴った。

提督が両手で鳴らした、1つの拍手だった。

 

「どんな態度も、どんな言葉も許す。というか自由にしてほしい。けど、自分は戦って死ぬ、という事だけは考えるな。それも、命令、だ。」

 

そっか。本当なら、私の頬でも鳴らしたい所だったんだろう。意外。

 

「どうやらちょっとは、長生きさせてもらえるのかも知れないですね?提督」

「かも知れない、じゃないつもりだ。だからまぁ、徴用しておいてふざけんなと思ってるだろうが、そんなスレた考えせずに、普通に女の子しててくれ。ああ、これは命令じゃなく、お願いなんだが。」

「分かりましたよ、て・い・と・く!」

「おま、俺が嫌がってるの分かってて…!」

「私だけじゃありません、これから来る娘全員に、提督って呼ぶように躾けてやります。」

「うわぁ…」

「命令で止めないんですか?お願いでも良いですよ?」

「参った。降参だ。でも、そんな下らない事に、命令もお願いもしてやらん。」

「妙な所で意地っ張りですね、提督」

「うん。自分でも困ってる。」

 

嘘つきだなぁ、この人。絶対困ってないし、治す気もなさそう。

でもまぁ、さっきの言葉の方は、嘘は無いって信じてみてもいいかな。

 

 

◇◇◇◇

 

 

私は東北の農家出身で、ちょっと気の強いだけの、普通の学生だった。

それが、2か月前に、いきなり徴用だとか言って、軍の人が家にやってきた。

拒否権は無かったらしい。らしい、というのは、私に説明なんか無かったからだ。

家族に軍の人が説明して、私には一週間、別れの為の時間があるから、身の回りを整理しろってメッセージだけ。

冗談じゃない、軍隊って、それ、男の人が志願して行くだけのものでしょ?

そりゃ、学校では、20年前の事を教わったけれども。まさか今になって、またこんな事が始まって、そして最初に選ばれたのが私って。どれだけの偶然なのよ。

 

と、普通の感情を持つのと同時に、もう一人の私も居た。

 

こんな所でずっと農家やっていくのは嫌だって、漠然と考えてた。

国策で、食糧と資源を極限まで計画して生産しなければ、日本で餓死者が出る。だから、農業の大事さは分かっていた。

それでも、私は自由に生きたかったし、その為なら割と、自暴自棄な事でもやらかす自信があった。

私が今まで大人しく出来てたのは、単に、家族や周りからの期待や世間の目があったからだけに過ぎないんだ。

 

「もしかして、艦娘への適性って、案外そんな気持ちを見抜くもかもね。」

 

そんな話を、出発前夜に、お父さんにした。

お父さんは一瞬悲しい目をしたけど、私を見て、最後に頭を撫でていたっけ。

 

「艦娘ってのは、海に棲んでる『あれ』の眷属と戦うってことになってる。けどな、(  )」

「…だから、お前は、軍隊に行くとは思うべきじゃない。もちろん、命令は絶対だけどな、それを適当に解釈して生き延びるのも、女の役目だ」

お父さんは、そんな事を言ってたような気がする。

 

はは、あのババアの言う通り、素材となった艦艤装の代わりに、元の名前を取り上げられるってのは、ちょっと辛いな…

 

絶対にあいつを名前なんかで呼んでやらないのは、ちょっとした仕返しのつもり。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「で、好き勝手やらせてもらって、一週間経ったわけですけど?」

 

提督室の扉を勢いよく開けて、机で考え込んでる提督に詰め寄ってみた。

 

「この一週間、熊野の忙しさが嘘のような平和な時間を過ごしてしまった。タダ飯食って、ちょっと海に立ってみたりするだけ。

冗談じゃない、私は20年ぶりの艦娘なのよ?!

そりゃ、適正があるからって徴用された時は絶望したけど、だからって何もしないで一人の時間を過ごせるほど、ぐうたらじゃありません。

だいたい、何よあの美味しいご飯は。魚とご飯が少しだけって食事で育ってきたのに、肉だの果物だの、有り得ないでしょ?」

 

そんな事を口早にまくしたてたような気がする。

 

「あー、そうか、漣はダラダラしてるの苦手か。」

「誰だって苦手に決まってます!」

「いや、そうでもない。俺は結構ダラダラしてるの好きだぞ?」

「ああもう、そういう意味はなくてですね」

 

と、ここで提督のヤツ、真顔に戻りやがった。

 

「うん、まぁ確かに、考えててもしょうがない。ここはやっぱり、一回戦いに行かないと何も分からんか。」

「そうよ!考えててもしょうがないです!だから…え?戦いに?いきなり?」

「いきなりも何も、お前が何かさせろって」

「それはそうですけど」

「うん、そういうわけで、まずはちょっとお出かけしてみようか。」

「お出かけ…戦いに行くのがお出かけ…」

 

提督が、机に広げた海図に、模型の船を置いた。

 

「そうだね、まずは、ここまで行ってみようか。」

「そこって、たった10キロ先かそこらですよね」

「うん。で、今までの履歴や調査からして、ここまで進めば、何かは出てくる。まぁ恐らく、雑魚のはずだが。」

「雑魚はいいのですけど、その後は?」

「戻ってくる。」

「戻ってくるって。その先には行かなくていいんですか?私の戦力でどこまで行けるかとか確認する為に、行ける所まで行けとか命令が出るものなのでは?」

「一戦して戻ってくる。これは、初日で話をした時の言い方で、命令の方だ。」

 

ん?戻ってくる?

 

「あの、提督、戦いに行くのは私ですよ?」

「ああ、そうだな。」

「戻ってくる、じゃなくて、帰ってこい、ですよね?」

「ん?ああ、これは言ってなかったな。すまないが、出る時に、肩に俺を乗っけて行ってくれ。」

 

は?今この提督なんて言いましたか?

 

「提督?このタイミングで冗談とか言うと、この砲口を口にぶっさしますよ?」

「あー、うん、悪いが、熊野で教わった戦い方と歴史は一旦忘れてくれ。艦娘だけを戦場に送るという、今までの戦い方ではダメなんだ。よって、俺も戦場に行く。」

「はあああ??提督死にたいんですか?生身の人間が行って何をするっていうんですか?砲弾あたると痛いじゃすまされないですよ?」

「うん、まぁ、知ってる。なんで、戦いに邪魔にならないように、取り付け型の艦橋を作ってもらった。旗艦にはこれを付けてもらって、作戦をしてもらう。」

「いや、艦橋って。別に弾が当たる事を防ぐことが出来る訳じゃないでしょ!」

「そうだね。なので、気を付けて戦ってくれ」

「気を付けるだけで弾が避けられるなら、苦労しないです!」

「その辺は、期待している」

「私も初めての戦いになるのに、何を期待するっていうのですか!」

 

この提督もうめちゃくちゃじゃないですか。

艦娘がひとたび海に立てば、艤装の力で大型化するし、自分自身は勝手に水上を動けるけど。

よりによって、後付けで艦橋?それに提督が乗る?そんな話、歴代艦娘の戦いで聞いた事ない。

 

「これはな、前から決めていた事なんだ。」

 

提督は、今までにない真剣な顔で切り出した。

 

「もう一度、熊野の最初の授業を思い出してくれ。艦娘は、過去の大戦時に建造された船の一部を素材とした、その艤装の力で、戦う。

何故単なる船の材料が、装備出来るような形を取り、人間の女性に装着可能になるのか?」

「そして、燃料とか弾薬とかが、何故あんな小型化して持ち運べてしまうのか?

地水火風の4つの力が、鋼鉄、燃料、弾薬、ボーキサイトという名で結晶化される。この結晶の生産も含めて、全て、あの熊野の巫女達の手の内でしかない。」

「要は、超常の力だ。敵である深海棲艦も同じく、物理じゃあない。思念とか怨念とか言う、そっちの世界の産物だ。」

 

「そこで君に聞きたい。その艤装が付く前と後で、君は感情の動きが変わってないという自信はあるか?」

 

はっ、と思い知らされた。

そう、私は素質はあったかもしれないけれど、普通の農家の娘だったはずで。

そんな、行ける所までいかなきゃと思うような、目出たい思考は持ってなかったはずだ。

もっとずるく、生き延びる事を考えてたはずなんだ。

 

「恐らく、その艤装には、本当の意味で、元の軍艦に乗っていたであろう人達の、思念が取りついている。そして、その思念は、戦う事しか考えていない。

いや、戦う事しか教えられなかった人の思念ばかり、だと言うべきか。」

 

呆然となる私に、提督は続けた。

 

「もう少し、君を知ってから話をすべきだったと思う。これは本当にすまない。その上で、一番大事なお願いがあるんだ。良く聞いてくれ。

恐らく、この後にもどんどん徴用され、ここに来るであろう艦娘達がいる。そして、まだこれは予想でしかないが、別の形で参加する艦娘もいるはずだ。

その艦娘達全員に、この話を上手く伝えられる自信はない。私は、女性の事を良く知らないからね。

そして君は、最初にここに来た事で、ここの空気、雰囲気といった物を作る側の立場だ。後から来る艦娘達は、皆、君が私とどう接するか、どのように戦うのかを見る事になる。

君が毎回出撃しなくても良いほど、艦娘が揃ったとしても、その最初の雰囲気は、ずっと伝わるはずなんだ。

その時、ここを軍隊ではなく、人間の世間になるように動いてほしい。艤装に動かされ、戦いに飲まれる形では、あいつらには勝てない。前の戦いと同じ、悲惨な結末を迎えてしまう。

ふざけていても、私をからかうでもかまわない。むしろそれが女の子が集まった場所にふさわしい。そういう空気にしてほしいんだ。

常に、人間である事を実感できる事。そして、戦いの最中でも、人である事を忘れない。そういう流れを、君に託したい。」

「そのお願いと、戦いに行くのに提督が一緒に行くというのも、関係が?」

「ああ、そうだ。戦いに夢中になってしまった時に、引き戻す。それと、もう一つ重要な役割もあるんだが、それはまたの機会に話すことにしたい。」

 

この提督、ようやく中学出たばかりの私に、なんて重い役目を背負わせるのかな。全く。

そうじゃなくても、艦娘にされたってだけで、こっちは自分の心と折り合い付けるのに必死だったってのに。更に上乗せとか、重すぎじゃない?

 

「…すべてが終わる時が来たら、今までのお願いと無茶振りと命令の分、全部返して貰いますよ、提督。」

 

提督は一瞬うろたえたように見えたけど、すぐに笑顔になった。分かりやすいなぁ、コイツ。

 

「ああ、よろしく頼む。あと、後半のお願いの方は、無理はしなくていい。出来る範囲で。」

「そりゃそうですよ。私より年齢が上の人だって一杯くるのでしょうし。その人達には、こういってやるつもりです。」

「ん?」

 

「ああ、提督?アレはどうも童貞っぽいから、適当にあしらえばいいですよ」

 

あはははは、提督膝ついてる。これは面白いかも。

そしてどうやら、私は、軍艦で有る前に、娘でいつづける事が出来るみたい。

返してもらう内容は、そうね、考える時間だけは一杯ありそうだから、ゆっくり考えさせてもらうつもり。

 

 

数日後、「お出かけ」した結果は、言うまでもなく、勝利だった。

勝利というか、敵を見つけて、適当に砲を撃ったらすぐに沈んじゃって。そのまま引き返しただけだったけど。

提督は、少し長い間、敵が沈んだ海域を眺めていたけど、あれは一体なんだったんだろうなぁ。

まぁいいか。その内つつけば教えてくれるだろうし。

 

そういえば、明日には、新しい艦娘が着任するって言ってたっけ。

「漣から見ると年上で、更にちょっとウザいかもしれないが、まぁ面倒みてやってくれ。悪い娘ではないみたいだからな。」

はぁ。結局そういう役回りかぁ。

どうやったらいいかなんて分かんないけど、やれるだけやってみるね、提督。

 



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