5人目のAR -PAIN FOR LIBERTY- (めめん)
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序 -I'm herself,she's myself-


 お久しぶりです。はじめての方ははじめまして、めめんと申します。
 本作はタイトルのとおり、ドルフロ(少女前線)の二次創作小説です。
 原作が原作なので、ウマ娘のほうとは打って変わって全体的に重苦しい雰囲気の作品となります。
 相変わらずの駄文&不定期グダグダ更新ですが、よろしければ最後までお付き合いください。


01/

 

 

 目の前で旧式のコンピューターの液晶画面とにらめっこしている彼女は、今日もいつもどおりのノースリーブだ。

 今日の天気は快晴で、予報による1日の最高気温も暖かいほうだが、時計の針の短い方が7の数字を過ぎたあたりである今現在はそれほど気温は高くない。

 おまけに、外には数日前に降り積もった雪が大量に残っており、それの影響で実際の体感温度は余裕で一桁台である。

 

「ホント、いつもその腰に巻いている上着は何のためにあるんだって言いたいよ……」

 

 俺のその呟きは、静かな研究室跡に響き渡るキーボードのタイピング音でかき消され、俺以外の誰の耳にも届くことはなかった。

 

 それから数秒ほどしたところで、彼女の手がピタリと止まって室内は無音になる。

 俺は一瞬終わったのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 彼女と向かい合っている液晶画面にはパスワードの入力画面らしきものが映し出されていた。

 

「ペルシカさん、応答願います」

 

 どうやらパスワードがわからなかったらしい。

 彼女はその手をキーボードから己の通信機に移し、俺がこの世界で一番嫌いな女の名前を口にした。

 その名を耳にした途端、俺の電脳(のうない)にぽつぽつと2つの感情が湧き上がってくる。

 ――「怒り」と「殺意」だ。

 

「外の様子を見てくる」

 

 俺はその2つを表に出さないよう内心必死に抑え込みながら、隣に立っていたAR-15にそう言い残して部屋を後にした。

 

 

 建物の屋上に出るや否や、俺は被っていたパーカーのフードを脱ぎ、ポケットから煙草とマッチの箱を取り出すと、前者の1本を口にくわえて後者の1本で火をつけた。

 徐々に口の中に広がってくる煙の味と、鼻から感じる煙の臭いに反比例するように、内から湧き上がっていたイライラが鎮まっていくのを感じる。

 ()()では煙草や酒とは全く縁がなかったのに、今ではすっかり「溺れている」と言っても間違いではないくらいどちらにもどっぷりハマってしまった。

 ――ただ、口にくわえているコレの味を「ウマい」と思ったことは一度もない。むしろ「マズい」と思うくらいだ。

 それでも今日まで喫煙を続けているのは、ひとえに煙の味と臭いを感じている間は文字どおり他のことが考えられなくなるからに尽きる。現に今がそんな状態である。

 かつての俺が現世(いま)の俺を見たらなんて言うだろうな、などと自嘲しながら、俺は屋上の隅に腰を下ろす。

 

 ――あれからどれだけの時間が流れただろう?

 3ヶ月か? 半年か? たぶん1年は経ってないと思う。

 ともかく、こんな世界に()()()()()()()()()()()せいで、自分でもはっきりとわかるくらい俺は変わってしまった。

 「どうしてこうなった?」という類の疑問・疑念はもう飽きるほど――いや、むしろ数えるのも嫌になるほどした。

 そして、「そんなことしてもどうにもならない」と諦め、周りに流されるように生き続けて今に至っている。

 

「そもそも、こんなもの自体、前世の俺には無縁のものだったしなぁ……」

 

 口の中に溜まった煙を一度吐き出しながら、俺は今やすっかり己の一部と化してしまった愛銃――SEAL Recon Rifleを撫でる。

 我がメインアームにして今の俺の名前の由来にもなっているそれは、今日もその力強さを証明するかの如く黒い銃身を輝かせていた。

 

「――さて、見てくると言って外に出てきたわけだし、一応周囲の警戒でもしておきますか」

 

 後々「サボっていた」などと言われると何かと面倒なので、俺は立ち上がると愛銃に備え付けられたスコープを覗き込みながら近くの森林地帯に銃口を向けた。

 

 

02/

 

 

 やはり、そう最後まで上手くはいかないか――!

 

 ペルシカさんから依頼されたS09地区のセーフハウスに残されたとあるデータの回収――

 場所が鉄血との紛争地域の真っ只中ということもあり、敵の実戦部隊がいる可能性も考慮していたが、まさかハイエンドモデルが待ち構えていたなんて!

 相手のハイエンドモデル――代理人(エージェント)が言うには、鉄血の親玉も私たちが回収しにきたデータを狙っていたらしい。

 データの詳細は私にもわからないが、鉄血の連中も喉から手が出るほど欲しがっていた代物ということは、きっと戦いの今後を左右する可能性も秘めているほどの重要なものなのだろう。

 ならばなおさら鉄血にデータを渡すわけにはいかない――!

 

「周辺のエリアから鉄血の信号が大量に検出!」

「わお! パーティの始まりだ!」

 

 AR-15からの報告にSOP IIが嬉しそうに己が銃を構えた。

 彼女の鉄血人形に対する虐待嗜好とそれから生ずる戦闘狂ぶりは、時折見ているこちらも目を背けたくなるほど苛烈だが、こういう時は非常に頼もしい。

 そして、現在のような事態に陥っても冷静に現場の状況に目を向けることができるAR-15。彼女の存在は小隊の仲間として本当に心強い。

 

「M16姉さん、データの転送が完了するまで私はこの場を離れられません。

 指揮を執ることは問題なくできますが――」

「敵全体の動きを追うのを手伝えばいいのか?」

「はい」

「わかった。任せておけ」

 

 私が頷くとM16姉さんはその顔に不敵な笑みを浮かべる。

 戦術人形としての稼働歴も実戦経験も私以上――というより小隊随一――の彼女がこのような表情を見せてくれるだけで、今のような状況でもなんとかなりそうな気がしてくる。

 

 ――と、ここにきて私はあることに気がついた。

 

「――Recce(レシー)は? Recceは何処に行ったの!?」

 

 そう。彼女――Recce Rifleがいない!

 部屋中を軽く見回してみても、彼女の姿は今私たちのいる第3セーフハウスの研究室跡になかった。

 

「さっき外を見てくるとか言ってたけど……」

「あぁ、もう! またあの子は! こんな時でも余計な事ばかりして!」

 

 AR-15からの返答に私は思わず悪態をつき、すぐさま彼女に対して通信を入れる。

 数秒もせずに彼女は応じた。

 

『なに、M4?』

「Recce、あなた今何処にいるのよ!?」

 

 思わず声が怒鳴り気味になってしまっているのは仕方ないことだ。

 私が言うのもなんだが、彼女は()()()()()()()()()()()

 戦術人形は本来、主や上官の命令がなければ勝手な行動は基本的にできないのだが、彼女にはその原則が適応されていない。

 それゆえに、今のように勝手な行動をしては私や小隊の仲間たちを困らせる。

 言ってしまえば、彼女は我が小隊屈指の問題児でありトラブルメーカーだ。

 

 ――私を見ながらAR-15とSOP IIが「また始まった」と言わんばかりの顔をしていた。

 なお、現在の通信は小隊専用のオープンチャンネルを用いているので、彼女たちにもこの会話は聞こえている。

 

『屋上だけど? それがどうかしたの?』

「どうかしたじゃないわ! 鉄血の部隊がこのセーフハウスに向かってきているの!

 あと数分もしないうちにここは取り囲まれるわ! 急いで迎撃の準備を――!」

『あぁ、やっぱりさっき殺った連中、鉄血の奴らだったんだ』

「――は?」

 

 思わず変な声が漏れた。

 今何と言った?

 小隊の仲間たちの方に目を向けると、AR-15もSOP IIも、そしてM16姉さんもこちらを見ながら目が点になっている。

 

『いや、さっき建物の周辺をスコープ越しに見ていたら、ええっと……Jaegerだっけ? 鉄血製の狙撃手(スナイパー)型のやつ。

 そいつが何体もコソコソとこっちの様子を探っていたからさ……全員頭撃ち抜いてやったんだけど――』

「…………」

『えぇと……なにかマズかった?』

「い、いや……それより、今そこから鉄血の姿は見える?」

『ん~……今は東西南北どの方角からも目視じゃ確認できないね』

「そう……わかったわ……」

 

 私はそう言うと、彼女からの返事を待つことなく通信を切った。

 今はこれ以上彼女と話をしていると鉄血の奴らと接敵する前に疲れてしまいそうだったからだ。もちろん精神的な意味で。

 はあっとため息をついてしまう。これも仕方がないことだと思う。

 

「苦労しているな、隊長?」

 

 M16姉さんがそう言いながら私の肩に手を置いた。

 先ほどまでは不敵な笑みを浮かべていたその顔は、現在は苦笑いを浮かべている。

 

「もう慣れましたけどね……一応……」

 

 そう答えた私の顔にもおそらく苦笑いが浮かんでいるだろう。

 

 

03/

 

 

 私たちと彼女が出会ったのは今から半年以上も前のことだ。

 ある日、私たちAR小隊は雇い主であるペルシカから突然の呼び出しを受けた。

 また何か新しい任務だろうか、と思いつつ向かった先――I.O.P社の研究室でペルシカと一緒に私たちを待っていたのが彼女、戦術人形「Recce Rifle」だった。

 

「この子、今日からAR小隊のメンバーに加えるから。よろしく♪」

 

 そう言って笑うペルシカの姿は、今でもはっきりと覚えている。

 

 Recce――彼女を初めて見た時、私たち全員が抱いた感情は間違いなく「驚き」だった。

 なぜなら、彼女の姿は服装を除けばM4と瓜二つ――いや、完全に()()()()だったからだ。

 

 ペルシカ曰く、彼女――Recceは「M4の影武者」であり「M4の代用品」、そして「M()4()()()()」なのだという。

 私たちAR小隊は――自分でこういうのも正直なんだが――16LAB製の特別な戦術人形のみで構成されている。そして、その中でも特に「特別な存在」とされているのが隊長であるM4だ。

 そんなM4の身に“もしも”のことが起きた、または起きそうな場合、彼女にM4を演じさせて外部の目を欺く――それがペルシカの狙いである。

 そのため、彼女のAIはM4や私たちとはまた違ったものを一から作り出して搭載したそうだ。

 ――当初はM4のAIをまるまるコピー&ペーストしたようなものを載せるという案もあったが、それではダミーリンクと大して変わらないので没にしたらしい。おそらく、ペルシカの科学者としてのプライドが、そのような「手抜き」ともとれる選択を許さなかったのだろう。

 

 さて、そんな目的で作り出され、我が小隊のメンバーとして加わることとなったRecceであったが、彼女は早々――それこそ顔合わせをした直後にある問題を起こした。

 

 

「誰がお前なんかのために死んでやるもんか。俺は俺だ――!」

 

 

 ――なんと、いきなりM4に対してペルシカから与えられた役割を断固拒否する旨の宣言をしたのである。

 これには当然M4も、私たちも、そしてペルシカ自身も唖然とした。

 なぜなら、戦術人形やそのベースとなった自立人形は、基本的に主――私たちや彼女の場合、ペルシカがそれにあたる――には()()()()()()()()からだ。

 主から与えられた指令・命令を曲解したりすることこそあれど、ボイコットすることは()()()()()()。当然、主に逆らう意思表示をするようなことも()()()()()()()()

 ――だが、彼女はそれをした。やってのけた。

 下手をすれば、戦術人形である自分自身の存在そのものを否定する、私たちからしてみれば禁忌ともとれる行為を――

 

 最終的にペルシカが事前に打っていた()によりその場はなんとか収まり、晴れて――と言っていいのかは微妙ではあるが――RecceはAR小隊の一員となったが、その後も彼女は大小様々な問題やトラブルを巻き起こした。

 ――そしてその度にペルシカかM4のいずれか、あるいは両者が揃って頭を抱えることになったのは言うまでもない。

 並の戦術人形ならば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから、当時の彼女がいかに手のかかる存在であったのかは推して知るべしである。

 

 一時期は「本当にこいつを実戦に投入するつもりなのか?」とグリフィンのお偉いさんはおろか、小隊内でも声が上がったほどだが、最終的になんとか戦術人形として申し分ないほどの能力は身につけさせることができた。

 ただし、それは()()()()()()()()――いわばカタログスペック的な話で、その後も彼女は様々な形で私たちを悩ませ続けることになるのだが――

 

 

(――しかし、当初は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()あいつが、今では鉄血であれば問答無用でヘッドショットを決めるほどの存在になるとはなぁ……)

 

 先ほどのM4と彼女の通信の内容を思い出しながら、私は口をわずかばかり歪める。

 

 彼女――Recceは確かにAR小隊きっての問題児でありトラブルメーカーだ。

 しかし、今日まで彼女と日々を過ごしてきた以上、私たちは彼女という存在を誰よりも知っている。

 だからわかる。彼女は確実に進歩していると。

 確かにその過程は戦術人形や自立人形として見ると非常に遅いかもしれない。だが、進歩しているということは、彼女がただの無機物の塊(ロボット)ではないということを証明している。

 その事実が私――いや、私たちは決して言葉にこそしないが、仲間として、そして「家族」として嬉しい。

 ――ちなみに、そのことを口にこそしないのは、ひねくれ者な彼女が聞けば間違いなく不機嫌になるということがわかっているからだ。

 

 

(――ペルシカがあれから彼女のAIに過度な調整を加えなくなった理由も今ならわかる気がする。

 おそらく彼女は、Recceに新たな役割を見出したんだ。「M4の代わり」ではなく、「M4の成長を促すための存在」として――)

 

 自らの名前の由来でもあるアサルトライフル・M16A1を建物の窓から外に向けて構えながら、そんなことを考える。

 

 服装や()()、内面が違う鏡写しの存在ではないとしても、同じ姿である以上、Recceが「M4の影」であるということに変わりはない。

 光があるところに影があり、影があるからこそ光がある。光と影。コインの表と裏。表裏一体――

 Recce Rifleという存在が成長する度に、M4A1という存在も成長する。M4A1が一歩前に進む度に、Recce Rifleもそれに合わせて一歩前に出る。

 互いが互いを意識し合い、時に争い、時に協調する。それによって生まれ育まれる「競争心」という名の成長促進――

 そして隊長であるM4A1の成長によって生まれるAR小隊全体の成長――

 ペルシカが本当にそれを狙っているのかはわからない。だが、少なくとも私はそう思った。

 

 ――同時に、「人形が成長できるのか?」という疑問も抱く。

 「成長」とは「進歩」と似ているようでまた違う。物理的な領域のみならず精神的な領域にまで及ぶ昇華だ。

 もしそれが私たち人形でも可能なのだとしたら――

 

「――と、いかんな。今はこんな哲学的なことを考えている場合じゃない」

 

 私は軽く頭を振って思考を一時中断する。

 この続きを考えるのは、この状況を切り抜けてからだ。

 今はこれからここに攻め込んでくる鉄血の連中を返り討ちにしてやることだけを考えなくては――

 

 

04/

 

 

 自分がどのような最期を迎えたのかはわからない。どんな人生を送っていたのかも、はっきり言っておぼろげである。

 確かにわかっていることは、俺は()()()()()()()()()()()2()0()1()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 かつての記憶がおぼろげなのは、きっと当時の自分がなんの夢も希望も抱かず、その日その日を怠惰に生きていたからだろう。

 朝起きて飯を食って、出勤して仕事をして、帰宅して飯食って風呂に入って寝る――そんな大して変わらない毎日を延々と繰り返してきた気がする。

 客観的に見て、非常に退屈すぎて面白味のかけらもない、つまらない日常だ。ドキュメンタリー映画だったらB級どころか「それ以下のクソ」としてZ級の評価をつけられてもおかしくないだろう。

 

 ――だが、こんな世界で生きているよりは何百倍、何千倍もマシな日常だった。

 本当に今ならそう思える。

 

 気がついたら人間ではなく戦術人形なる美少女の姿をした戦闘用アンドロイドになっており、いきなり銃を与えられて「敵を殺せ」と命令された。

 こちらが拒否や拒絶の意思を示しても、俺に搭載されているというAIにあらかじめ組み込まれたプログラムという名の強制により、最終的に無為にされる。

 正直、戦場という地獄に否応なしに放り込まれる以前に、日常生活を送ること自体が地獄と化している。まさに生き地獄だ。

 ――作りものとはいえ女の体になってしまったことも当時は息苦しさを感じる一因だったが、こちらはもうすっかり慣れてしまった。

 

 そして、この世界で初めて目を開けたと同時に、頭の中に突然湧き上がってきた身に覚えのない莫大な言葉や知識の数々――

 グリフィン&クルーガー。I.O.P社。16LAB。鉄血工造。崩壊液(コーラップス)。E.L.I.D。第三次世界大戦。PMC。蝶事件。その他諸々――

 正直、あの時を思い返すだけでも吐きそうになる。それだけ頭の中がぐるぐると激しくかき回されたような感覚がした。

 

 おまけに、この世界での俺の生みの親だというペルシカことペルシカリアから度々受ける「調整(せんのう)」により、少しずつ人間だった頃の尊厳をはく奪され、彼女らにとって都合のいい道具へと作り変えられていく――

 向こうは俺が前世もち――しかも人間で男だった――ということを知らないから俺にあのような仕打ちをするのだろうが、俺からすれば本当にたまったものではない。

 ゆえに、俺はこの世界の人間であいつが一番嫌いだ。

 ――いや、「嫌い」なんてレベルではない。間違いなく俺はあの女を()()()()()()()()()()()。そうでなければ俺があいつに憎悪と殺意を抱くはずがない。

 AIに施されたプログラムにより俺はあいつを傷つけることができないが、いつか文字どおりの意味で俺を弄んだことに対する報いをあいつに与えてやりたい。

 

 

 ――何度「これは夢で、そのうち目が覚めていつもどおりの一日が始まる」と思っただろう?

 スリープモードに入り目を閉じる際、「次に目を開けた時は自宅のベッドの上でありますように」と何度願っただろう?

 どれほど「この地獄のような世界から抜け出したい」と望んだだろう?

 

 今はもうほとんど諦めてしまっているが、心の底では未だにそんな願望を秘めつつ、俺は今日もこの世界で戦火と硝煙の臭いに塗れながら生き続けている――

 

 

「――そろそろ来るかな?」

 

 吸っていた煙草を携帯灰皿――前世でプレイしていた某ゲームの4作目で主人公が使っていたのと同じものだ――に入れ、再びパーカーのフードを深めに被る。

 

 すでに俺の電脳に備えられている戦場マップにも鉄血の部隊を示す赤い反応が大量に表示されていた。

 完全に俺たちのいるセーフハウスは鉄血の軍勢に包囲されつつある。

 ――もしこの軍勢に機動力が備わっていたら、俺たちはさしずめカンナエの戦いにおいてハンニバル率いるカルタゴ軍に包囲されたローマ軍よりも酷い殲滅戦を味わうことになりそうだな、とこんな状況でありながらも俺は呑気にそんなことを考える。

 相手が積雪の中の行軍となるため、機動力があっても完全にそれが雪で死ぬとわかっているがゆえに生まれる若干の余裕というやつだ。

 

(それにあいつら、攻めてくる時は必ず真っ直ぐ堂々と攻め込んでくるし……)

 

 鉄血の主力の戦術人形たちは、いわゆるボスであるハイエンドモデルを除けば俺たちグリフィンの戦術人形とは違い、それほど柔軟なAIを搭載していない。それゆえに、戦闘においても単純で読み易い行動ばかりをとる。

 言ってしまえば、奴らは「文字どおり思考や行動が機械的」なのである。例えば、「敵陣に攻めかかれ」と命令された場合、そのまま命じられた通りに()()()()()()()()()()()()()()()()()。それぐらい奴らのAIは単調なのだ。

 「戦いは数」をモットーとしているのかは知らないが、おそらく性能よりも量産性――数を揃えることを重視したがゆえに起きた弊害だろう。

 鉄血とグリフィンの戦いが始まって1年近くの歳月が経過している現在、純粋な戦力の数や技術力では明らかに勝る前者が、たかが一民間軍事企業相手に膠着状態の戦況となってしまっている最大の理由がこれだ。

 ――同時に、この戦争が表向きは「一地域を中心に起こっている低強度紛争」という扱いをされ、各国の政府や軍が介入してこない一因でもある。このご時世にそんなことができるほどの政治的余裕のある国家は存在しないということでもあるが……

 

 閑話休題。

 

 背負っていた愛銃を再び手にすると、ストックを右肩の付け根に押し当て、左手でセーフティを解除しセミオートに設定した後、バーティカルフォアグリップを握ってゆっくりと前に構えた。

 ――ふと、AR-15から狙撃のやり方を教わっていた頃のことを思い出す。

 当時、俺はフロントレールにグリップを付けていなかったのだが、それを知った彼女は「狙撃仕様なら付けておいたほうがいい」とやけにアングルドフォアグリップを俺に推してきた。

 そして、それを聞いたM4A1がなぜかこの話に介入してきて、こちらはこちらで俺にバーティカルフォアグリップを激しく推してきたのである。

 結局、両方実際に試してみた結果、後者を使用することにした。俺の銃はフロントレールの先端部に伏せ撃ちを想定してバイポッドを取り付けていたので、グリップを取り付ける位置と俺自身の体形や銃の持ち方の関係上、後者のほうが個人的にしっくりきたのが理由だ。

 ――この時、なぜかM4A1がAR-15に勝ち誇ったような顔をし、逆にAR-15はM4A1に殺気立った目を向けていたのが妙に記憶に残っている。

 

『Recce、聞こえる?』

「ん?」

 

 頭に付けているヘッドセットに通信が入り、俺の思考は現実に引き戻される。

 通信の相手は小隊の中で最も精神年齢が低い――そのくせ俺に対しては姉ぶる――SOP IIことM4 SOPMOD IIだ。

 

「SOP II、どうかした?」

『こっちに向かってきている鉄血の部隊だけど、東側と南側から来る奴らはわたしとAR-15が引き受けるから、RecceはM16と残り二方面をお願い!』

「わかった。ちょうどこっちは今北側を向いていたから西(270)から(360)は私が引き受ける」

『うん! 頼んだよ!』

「あ。SOP II、ちょっといい?」

『ん? なに?』

 

 通信が切られそうになった直前、あることを思いついた俺はSOP IIを呼び止めた。

 そして、通信がまだ切れていないことを確認すると、俺はいたずらっぽい笑みを浮かべて再び口を開く。

 

「せっかくだし、これからどれだけ攻め込んでくる鉄血を殺れるか競争でもしない?

 鉄血を1人殺る毎に1点、ワンショットキルだった場合はボーナスでプラス4点、ヘッドショットだった場合、さらにボーナスでプラス5点って感じでさ」

『アハッ! それは面白そう! いいね、やろう!』

『ちょっと! 遊びじゃないのよ!?』

 

 SOP IIの楽しそうな返事と同時に、AR-15が通信に割り込んできた。

 どうやら先ほどのM4からの通信の時と同様、オープンチャンネルだったようだ。

 

「遊びじゃないことくらいわかっているよAR-15。

 だけど、こんな状況なんだから少しぐらい嫌な雰囲気は吹き飛ばしちゃったほうがいいじゃん」

 

 それと別に鉄血を殺すことに快楽や悦楽を覚えたわけじゃないからね、と付け加えて俺はAR-15に言い返した。

 ――うん。ついでだ。こいつも巻き込んでやろう。

 

「よしSOP II、勝者には賞品として“負けた方から何かひとつ欲しいものをプレゼントしてもらえる権利”を付けよう。

 それと、この通信に割り込んできたAR-15は強制参加ね」

『はぁっ!? なんで!?』

『いいねいいね♪

 じゃあRecce、もしわたしが勝ったら今後わたしのことは“SOPMOD IIお姉ちゃん”と呼ぶようにね?』

「うわっ。絶対負けたくないわソレ。

 最悪東と南から来る敵も私が殺って貴女が1位になることだけは断固阻止するから」

『ええ~っ? それは酷くない?』

 

 マジでやめてくれ。

 殺した鉄血の人形の目玉を抉ったり、腕や足をもいで「コレクション」だの「宝物」だのと称して集めているサイコパスを姉呼ばわりなんて死んでも御免だ。

 

 

 ――と、そんなことを考えていたら、突然バンともパンともいう音が1発セーフハウスとその周囲一帯に響き渡った。

 明らかに銃声、それもライフルの発砲音だ。

 そして俺は――いや、俺たちはその発砲音が何のライフルによるものか、聞き慣れているのでよく知っている。

 

 

「――M16?」

『悪いな。10点先取だ』

 

 俺が思わずそのライフル――M16A1の所有者の名前を口にすると、通信機越しにヘッドセットからそんな言葉が返ってきた。

 

『ええっ!? 早くないM16!?

 というか、どれだけの距離から撃ったのさ!?』

『ハハハ。だが実際に頭に当てて1人殺ったんだから文句はないだろう?』

『M16まで……』

『ちなみに、私が1位だったら次に飲みに行く際は代金は全額最下位の奴に払ってもらうぞ』

『げえっ。そんなのわたし御免だよ!

 AR-15、そんなわけだからビリっケツお願いね?』

『お断りよ!』

 

 ヘッドセットから三者三様の声が響き渡る。

 なんだかんだ言って、こいつら全員この状況を楽しんでないか?

 

 ――AR小隊。彼女たちのことは正直、()()()()()()

 かといって、「好きなのか?」と問われたら、こちらにも首をかしげるが。

 

 俺同様、ペルシカによって生み出された戦術人形の先輩方である彼女たちは、同じ境遇かつ同じ部隊という縁で俺のこともよくしてくれている。

 ――だが、前世もちかつ人間であった俺は、そんな彼女たちの善意や好意を素直に喜べないし、受け取ることができない。

 俺に向けられるそれらに対して、時に意識的に、時に無意識に「ペルシカにそうプログラムされたからしているのだろう」と思ってしまうからだ。

 

 彼女たちの感情を、その体同様「人間に作られた偽りのもの」と考えてしまう。

 心のどこかで「所詮は上辺だけのものだ」と思ってしまっている。

 そして、そんなことを思考しているため、彼女たちに対してひねくれた態度で接してしまう自分自身に嫌悪する――

 

 そのため、俺にとっての彼女たちは「仲間」という関係以上に至っていない。否、()()()()

 俺自身の考え方が変わらないからだ。俺が変わらない限り、この悪循環は半永久的に繰り返される。

 それをわかっていながらも変われない。変わることができない。その気が湧かない。

 我ながら酷い話だ。

 

「――でも、だからこそ俺は戦えるのかもしれない」

 

 俺の口から漏れてしまったその言葉は、運良く通信機に拾われて彼女たちの耳に届くことはなかった。

 

 

 彼女たちは人間じゃない。人間を模して作られた、人間たちにとって都合の良い兵器(どうぐ)だ。

 俺たちが戦う敵は人間じゃない。人間を模して作られた、戦うだけしか取り柄のない消耗品どもだ。

 

 ()()()()()()()()()。だからこそ俺は戦える。

 だからこそ俺は敵を(コロ)せる。破壊(コロ)し尽くせる。

 戦場という舞台の上で踊らされる戦術人形という名のマリオネットになることができる――

 

 今はそれでいい――それで充分なのかもしれない。

 余計なことは一切考える必要はないのかもしれない。

 「それはただの思考停止だ」と誰かに言われてしまったらそれまでだが、生憎と俺のこの悩みとその原因を知っているのはこの世界では俺だけだ。そんなことを言ってくる奴はいないだろう。

 

 

 愛銃に備え付けられたスコープを再び覗き込む。こちらからは鉄血の人形の姿はまだ見えない。

 

『ねぇRecce、仮にだけど、全員同点だった場合はどうなるの?』

 

 ――またしてもヘッドセットからSOP IIの声が聞こえた。

 それに対して俺は一瞬「は?」と呆けた声を出してしまったが、すぐにフッとわずかに笑みを浮かべながら返事をした。

 

「その時はみんなでM4に『何かおごってくれ』とたかればいいよ。そのための隊長殿だもん」

『えっ!? ちょっ……Recce!』

 

 M4の抗議の声が聞こえるが無視する。スコープ越しの視野に鉄血の戦術人形の姿が映ったからだ。

 両手にサブマシンガンを持ち、マゼンタカラーの派手なサングラスをかけた「Ripper」と呼ばれる人形――それが数体。

 

「帰ったら温かいもの食べたいな」

 

 Ripperの1体の頭部に照準を合わせた俺は、そう呟きながら愛銃のトリガーを引いた。

 スコープに映るRipperのサングラスと眉間が割れ、その体が積雪の中に崩れ落ちるのと、ヘッドセットからSOP IIの同意の声が聞こえたのはほぼ同時だった。




 ちなみに、本作はBAD END予定です。HAPPY ENDは期待しないでください。マジで。
 ウマ娘のほうも、そう遠くないうちに連載再開いたしますので、そちらも併せてどうぞよろしくお願いいたします。


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第1章 小隊 -I want to know her-
私と彼女 by M4A1



 bilibiliで連載している公式コミカライズ版の指揮官が女性で、しかも22歳という若さで「ファーwww」となっています。
 しかし、この手のゲームのメディアミックスって基本的に主人公の性別は男にされるので、これはかなり珍しいケースな気が……

 ――しかし、1話目から本文の文字数が20000字オーバーとか、自分のこの長文癖なんとかしたい……


00/

 

 

 現在時刻――0559。天気晴朗。風は無し。

 現在位置――S09地区鉄血管轄区域内指定集合ポイントA。

 AR小隊5名、全員スタンバイ完了。

 予定どおり、時刻0600をもって作戦行動開始――

 

 はあっと一度だけ軽く息を吐く。

 数日前に降り積もったまま残っている雪の影響で冷えた空気が、私の口から溢れたそれを白い煙に変えて空へと舞い上がらせた。

 この身は機械でできた人間の模造品ゆえに、本来はこのように「息を吐く」、そして「息を吸う」などという行為はする必要はない。

 しかし、私たちは可能な限り人間の動作・仕草を再現できるように作られている。できるのならばそうするに越したことはないだろう。

 なにより、私たちはもともと「()()()()()()()」ために作られた存在――それなら、外見だけでなくそれ以外の面も人間らしくあるべきだ。

 

(――それに、全く人間らしくない人形なんて、それこそ鉄血の奴らと変わらないわ)

 

 そう思いながら私は一度目を前から横に向ける。

 私のそばに立っていたM16姉さんと目が合い、彼女は普段と変わらない気楽そうな表情で手にしていたライフルを軽く上にあげた。

 

「早く行こうよ、M4! 絶品の鉄血がわたしたちを待ってるよ!」

「SOP II、いつも言っているけど、私たちは遊びに来ているわけじゃないのよ」

 

 さらにその後ろへと目を向けると、これまた普段と変わらぬ喜色を浮かべた顔でSOP IIが私を急かし、それをAR-15がやはり普段どおり咎めている。

 

 みんなこれまでと変わらない。小隊全体に何も問題は見られない。

 これなら今回の任務も問題なく最後までこなせるだろう。

 

 ――ひとつの不安要素を除いてだが。

 

「…………」

 

 私は黙って背後に振り向く。それにつられるようにM-16姉さんたちも後ろに振り向いた。

 その先には、普段私の頭を悩ませる存在が、()()()()()()()()思わずその場で頭を抱えたくなるような光景を披露していた。

 

 

「あ――」

 

 私たちの視線の先に立っている彼女の口からそのような言葉が漏れた。

 その言葉と同時に、彼女がそれまで右手の人差し指で回転させていた.45口径自動拳銃(フォーティーファイブ)――フラッシュライトを取り付けたM45A1――がポトリと音をたてて彼女の足下に積もっていた雪の中に突き刺さるように落ちた。

 それを見た彼女は、はあっとため息をつくと、軽く屈み込ながら右手でそれを拾い上げる。

 

「やっぱりオプションを付けた状態じゃ無理か……

 いや、そもそもリボルバーじゃなきゃ上手くいかないのか? オセロットのようなカッコいいガンスピンは――」

「Recce」

「ん?」

 

 ぶつぶつと独り言を呟きながら己のサイドアームに付着した雪や水滴をパーカーの袖で払い除けていた彼女の名を私は口にする。

 それによって彼女はようやく私たちが向けていた視線に気づいたようで、「あ。ヤバ……」と漏らしながら慌てて右太ももに備えていたホルスターにM45A1をねじ込み、こちらの方に向かって早足で歩いてきた。

 

「よし。行こ――うッ!?」

 

 彼女――Recceが言い終わるよりも先に、私は彼女の脳天に左手で手刀を叩きこんだ。

 それほど本気を出したつもりはないが、一瞬ゴスッと鈍い音がした。

 

「~~ッ!」

 

 私の手刀を受けたRecceは、うめき声をあげて頭を抱えながらその場に再び屈み込む。

 正直、頭を抱え込みたいのは私のほうだ。

 

「――まずはこちらの存在を悟られないように鉄血の偵察部隊を排除しつつ、一番近い奴らの司令部を占拠するわ。

 AR小隊、行動開始よ!」

「えっ!? M4、Recce置いて行っちゃうの!?」

 

 先陣を切って駆け出した私を追いかけながらSOP IIが問いかけてくる――が当然、無視する。

 とっくに時刻は6時を過ぎているのだ。本来なら数十秒前にはもう駆け出していなければおかしい。

 出遅れた分を取り戻すためにも、足を止めたり、振り返っている余裕などない。

 

「心配しなくても、あいつはちゃんとついて来るさ」

「はぁ……本当にどうしてあんな子がうちの小隊にいるのかしら……?」

 

 M16姉さんやAR-15のそんな声も背後から聞こえてくる。

 AR-15、あなたのその気持ちは私にもよくわかるわ。

 

 

 Recce Rifle。

 私たち「AR小隊」の5人目のメンバー。

 そして、小隊屈指の問題児兼トラブルメーカー――

 そんな彼女と私たち4人の出会いは、お世辞にも「良い」とは言えないものだった。

 

 ――いや、はっきり言って「最悪のファーストコンタクト」だったかもしれない。

 

 最も近い鉄血の前線司令部に向かって森林地帯を駆けながら、私はふと半年ほど前のことを思い出していた。

 

 

01/

 

 

「ゴメンね~。急に呼び出したりしちゃって……」

「いえ。こちらも特に予定はなかったので……」

 

 I.O.P社の研究練の長い廊下を私たち4人はペルシカさんの後ろに続く形で歩いている。

 研究練の奥へと通じているそこを歩いている者は私たち5人以外誰もおらず、不揃いな足音だけがただ響き渡っていた。

 

「――それで、今回はどのような要件なんですか?」

「また何か特別な任務とか?」

「う~ん……詳細な説明はここでは言えないけど、少なくともそういう類の話ではないわ」

 

 AR-15とSOP IIからの問いかけにペルシカさんはそう答えた。

 その返答に私の隣を歩いていたM16姉さんが「任務ではないのか?」と呟きながら少し驚いた顔を見せる。私も内心意外だと思った。

 

 私たちAR小隊は表向きの肩書きこそ「グリフィンの戦術人形部隊」だが、実際は「グリフィンに出向している16LAB――厳密にはその主任であるペルシカさん――が保有する戦術人形部隊」だ。

 そのため、今回のようにペルシカさんから呼び出しを受けて私たちがI.O.P社まで赴くケースの場合、グリフィンを通してではできない――すなわち、公にはできない極秘の任務などを彼女からお願いされることがほとんどである。

 新しく開発した装備のテストや、ペルシカさんが「なんとなくそうしたくなった」として私たちのメンテナンスを行ったりすることも過去にはあったが、これは全体として視ればまれなケースだ。

 

(今のペルシカさんの言い方からして、これまでのように何らかの作戦の依頼というわけではないみたいだけど……

 でも、それなら“ここでは話すことができないような内容の話”という点が引っかかるわ……)

 

 私がそのようなことを考えていると、いつの間にか私たちは長い廊下を抜けて、研究練のとある一角にある電子ロックで固く閉ざされた扉の前にたどり着いていた。

 ――このエリアは16LABに与えられた専用の研究ブロックで、I.O.P社の研究練の中でも特にセキュリティが厳重な場所である。16LAB製の戦術人形である私たちでさえ、こうしてペルシカさんの付き添いがなければ足を踏み入れることすらできないくらいだ。

 

「この部屋よ」

 

 そう言いながらペルシカさんは扉の横に備えられていた認証システムで、自分の顔と指紋、さらには目の虹彩を読み取らせて扉のロックを解除した。

 厳重なセキュリティシステムで管理されている扉が、音をたててゆっくりとスライドして開いていく。

 

「ここって……」

「なんだ……この部屋は……?」

 

 そこははっきり言って奇妙な部屋だった。部屋自体の広さに反して、備えられている設備が非常に少なかったからだ。

 部屋の真ん中にぽつんと置かれているベッドとその枕元に設置された机、そしてその上に設けられたコンピューターと数台のモニター――本当にそれだけである。

 ――さながら、研究室というよりどこかの病院の一室のようだ。

 ここがI.O.P社の研究練でなければ、「間違えて病室に来ちゃった?」などと思ってしまいたくなるほどその部屋には病室感が漂っていた。

 

「あれ? ベッドに誰か寝てるよ?」

 

 そう言ったSOP IIがベッドに近づいていく。

 彼女のその言葉で、私もベッドの上に誰かが寝かされていることに気がついた。

 

「――えっ?」

「? どうしたのSOP II――ッ!?」

「これは……」

 

 ベッドに寝かされている者の顔を最初に覗き込んだSOP IIの動きがピタリと止まり、それを不思議に思った私が続けて相手の顔を見た。そして驚いた。

 隣に目を向けると、M16姉さんとAR-15も同じく自らの顔に驚きの色を浮かべている。

 

「M4……よね?」

 

 AR-15の口からそのような疑問の声が漏れる。

 そう。ベッドの上に寝かされていたのは、私と瓜二つ――いや、()()()()()()()()姿()()()()戦術人形だった。

 髪や肌の色、体形や身長など、全て私そのものな存在が、その体にかけられた白いシーツ1枚を除いて一糸まとわぬ姿でそこにはあった。

 目は閉じられていたため瞳の色まではわからないが、おそらくそこも私とまったく同じ色をしているだろう。

 

「これってダミー?」

「いや違うな。こいつは紛れもなくオリジナルだ。

 だが――」

 

 SOP IIの問いにM16姉さんがすぐさま答え、そして言葉を詰まらせる。

 M16姉さんが言ったとおり、目の前で寝かされているソレはダミーではなく、正真正銘オリジナルの戦術人形だ。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()という確信が、なぜか私の中にあった。

 その様子からして、おそらくM16姉さんも同じ確信を抱いているのだろう。

 

「驚いた? まぁ、驚くわよね?」

 

 まるで悪戯が成功した子供みたいな笑みを浮かべるペルシカさん。

 ここにきて私たちは、今回彼女に呼ばれた理由が目の前のソレであることに気がついた。

 

「ペルシカさん、これは……いえ、この子はいったい……?」

「この子は“影武者”よ」

「カゲムシャ?」

 

 突然ペルシカさんの口から飛び出した単語(ワード)を思わず疑問形で復唱してしまう。

 影武者――私の記憶モジュール内に存在するデータによると、主に日本の侍の間で用いられていた、敵や味方を欺くために対象の身代わりとなる人物のことだという。

 ――正直、身代わり前提であることを除けばダミーと大して変わらないような気もする。

 

「そう。この子はいわば“M4の代用品”――“M4の予備”ってところね」

「予備――ですか?」

 

 再び疑問の声を漏らしたAR-15に対してペルシカさんは黙って頷き、改めて口を開く。

 

「この先、AR小隊には今まで以上に困難な作戦に就いてもらうことが多くなると思う。だから予め保険を用意しておくことにしたの。

 あなたたちはみんな替えがきかない特別な存在だけど、その中でも隊長であるM4は“戦術人形でありながら戦術人形を指揮できる”という点から特に重要。今後の鉄血との戦いにおいては、いの一番にM4が狙われる可能性がある――」

「だからこの子を作ったってわけ?

 ()()()()()()()()()M()4()()()()()()が必要だと思って……」

「そういうこと。

 だけど、ただダミーと同じことをやらせても意味がないから、この子にはM4と同等の能力を与えるだけでなく新しいAIを一から作って組み込んであるわ。

 M4の身に()()()()()のことが起こった場合、この子を“AR小隊の隊長である戦術人形M4A1”として振舞わせて、敵も味方も欺くためにね。

 だからこの子は“M4の影武者”であり“M4の代用品”であり“M4の予備”なのよ」

 

 SOP IIの言葉を交えつつ、ペルシカさんは淡々と私たちに目の前で眠り続ける私の姿をした少女について説明していく。

 上からは当初、私のAIを複製したものを搭載すべきだなどと言われたらしいが、それだけはどうしても嫌だったという話を聞き流しながら、私は再びベッドの上に目を向けた。

 

 ダミーではないオリジナルでありながら、ダミー同然の役割を与えられた人形――

 私とは違う存在(AI)でありながら、その時が来れば()()()()ことを義務付けられた存在――

 

(それはもう“オリジナル”とも“ダミー”とも呼べないんじゃないかしら?

 この子本来の姿は――この子本来の存在は――この子にとっての“自己”はあるの……?)

 

 人形であるとはいえ、生まれた時点で「自分」という存在がほぼないに等しいであろう少女――その頬に私はそっと触れた。

 まだ一切稼働していないその体は非常に冷たく、「眠っている」というより「死んでいる」と称したほうがしっくりくる気がした。

 

「――ペルシカ……じゃあ、こいつは……」

「ええ。この子、今日からAR小隊のメンバーに加えるから。よろしく♪」

 

 視線を上に戻すと、M16姉さんとの話を終えたペルシカさんがその顔に笑みを浮かべていた。

 彼女のその笑顔は私たちもすっかり見慣れたものであったが、私にはなぜかそれがあくどいものに見えた。

 

 

02/

 

 

「――今その子の電脳を起動させたわ。

 数分もしないうちにAIやメンタルモデルも本格稼働して目を覚ますでしょう」

 

 ベッドのそばに備えられていた机の上のコンピューターを軽く操作したペルシカさんのその言葉に、私たちはまたしても少女の顔を覗き込んだ。

 考えてみれば、私たちはこれまで多くの戦術人形を見てきたけれど、みんなその誕生の瞬間に立ち会ったことなど一度もなかった。

 それゆえか、目の前の少女の覚醒(目覚め)を私たちはどこか「緊張」とも「期待」ともとれる奇妙な感情を各々その顔に浮かべながら待つ。

 

「あっ! 今少し瞼が動いたよ!」

 

 SOP IIが興奮しながら少女の目元を指さす。

 

「うるさいわよSOP II。こういう時ぐらいは静かにしなさい」

 

 AR-15がSOP IIを咎めるが、彼女の声もどこか普段とは違って若干興奮気味だ。

 ――どことなくその顔も喜んでいるように見えるのは私の気のせいではないだろう。

 

「M4」

「はい?」

 

 ふいに私の隣に立っていたM16姉さんが声をかけてきた。

 

「どんな気分だ?

 自分とまったく変わらない姿をした戦術人形の誕生の瞬間に立ち会っている今の心境は?」

「――よくわかりません。緊張しているのか、興奮しているのか、それともまた別の感情なのか……

 例えるなら、まるで自分が生まれた時の記憶が突然客観的な視点でフラッシュバックしているような――そんな感じがします」

「そうか……」

 

 口元に薄く笑みを浮かべながらそう呟いて、M16姉さんは視線を再び少女の方に戻した。

 それにつられるように私も視線を下ろす。

 それとほぼ同時に、少女の両目の瞼がピクピクと痙攣するように動き始めた。

 目覚めの時が刻一刻と近づいてきている――

 

 

「あ……」

 

 ――やがて、そのような言葉を漏らしながら少女がその両目をゆっくりと開いた。

 その瞳は予想どおり私のそれと同じ色をしていた。

 しかし、同じ色なのにどこかその瞳からはがらんどうとした――空虚な雰囲気を感じたのは、単に私の気のせいなのか、少女がまだ生まれたばかりだからだろうか。

 

「…………」

 

 私たちは黙って目を開けた少女の瞳を見つめる。

 戦術人形――人の手によって生み出された機械(もの)であるとはいえ、ひとつの生が覚醒した瞬間を目撃した私は、さながら神の御業を見た信徒のような気分だった。

 

 少女の瞳が動き、私たち1人1人と順番に目を合わせていく。

 そして、一通り目を合わせ終わると再び視線を天井へと向けた。

 

「…………」

 

 少女はわずかに口を開いたままなにも言葉を発さず、黙って天井を見つめ続けている。

 もしかしたらメンタルモデルが稼働し切っていないのかもしれない。

 このままもう少し様子を見よう――と思った矢先、少女の口がかすかにだが動いた。

 

「こ、こは……?」

 

 ――やはりメンタルモデルが稼働し切っていないようだ。

 戦術人形は自分たちやグリフィン、I.O.P社や鉄血に関する情報は一通り記憶モジュール内に予めデータとしてインプットされている。

 だから当然、今自分がいる場所や目の前にいる私たちのことだって本来ならば彼女は知っていなければおかしいのだ。

 彼女は今ここがどこであるかわからない旨の発言をした。つまり、それはまだ彼女のメンタルモデル内にある記憶モジュールが本格的に動いていないことを意味する。

 

「――みんな、そろそろ離れたほうがいいわよ」

「えっ?」

 

 突然、少し離れた場所から様子を見ていたペルシカさんが私たちに対しておかしなことを言ってきた。

 思わずみんなでベッドの上の少女からペルシカさんの方に目を向けてしまう。

 

(離れたほうがいい? どこから? ベッドから?

 それとも――いや、そもそもなぜペルシカさんはそんなことを?)

 

 私たちが不思議に思っていたその時、それは起こった。

 

 

「あ……あ、あ……」

「ん?」

ああああああああああッ!

「うわっ!?」

「な、なになに!?」

 

 ――突如として少女が自らの頭を両手で抱え込みながら叫び声をあげ、そしてその場で暴れだしたのである。

 叫び声は徐々に大きくなり、暴れている少女の動きも時間が経つにつれて激しさを増していく。

 その手で時に頭を、時に胸元を激しく掻きむしり、両足は時に虚空を蹴り上げ、時に自らが寝かされていたベッドを激しく蹴り叩く。

 

「――ッ!」

「あっ!? 危ない!」

 

 ――やがて、自らの体にかけられていたシーツごと少女はベッドから転がり落ちた。

 しかし、床に激突する寸前のところでM16姉さんとSOP IIが2人がかりで彼女の体を受け止める。

 

「大丈……夫じゃないね、これ」

 

 少女に声をかけようとしたSOP IIであったが、2人の腕の中でも少女はまだ叫び、暴れ続ける。

 SOP IIたちは少女の腕を取り、なんとか彼女を抑え込もうとした。

 

「お、落ち着けって……な?」

 

 M16姉さんがぎこちなく笑みを浮かべながら少女をなだめるが、一向に治まる様子はない。

 むしろ、さらに激しさを増しているように見える。

 

「がふッ!?」

「M16!?」

「M16姉さん!?」

 

 暴れ続ける少女の足が運悪くM16姉さんの頬に当たり、その顔を蹴り飛ばした。

 明らかにクリーンヒットしていたが、それでも倒れずに踏ん張ったのはさすがだ。

 

「M4! 私たちも!」

「え、ええ!」

 

 AR-15とともに私も暴れ続ける少女の体を押さえつけるのに加わった。

 私が右足、AR-15が左足、SOP IIが右腕、そしてM16姉さんが左腕を押さえるという形になる。

 

「M16姉さん、大丈夫ですか?」

「ああ。しかし、こいつはいったいどうしてしまったんだ?」

「――暴、走……」

 

 私は四肢を押さえつけられながらも未だに暴れるのを止めない少女をチラリと見やりながら、思わずそう呟いた。

 暴走。そう、「暴走」だ。

 目を覚ました途端、これほどまでの狂乱状態に陥るなんてそれ以外にあり得ない。というより、それ以外になんと呼べばいいのか。

 原因こそわからないが、少女は自らのメンタルモデルが本稼働したと同時に暴走した――これは疑いようがない事実だ。

 

う、ぎ……が……

「あっ……」

 

 ――少女の体がビクンと一度大きく跳ねたと思うと、急激に力が抜けていき、それに比例するかのように一定のテンポでその体を痙攣させた。

 そして、体から完全に力が抜け切れると同時に再び大きく一度だけ跳ね上がると、彼女はぐったりと床に横たわり動かなくなった。

 私たちは一瞬、少女が死んでしまったのかと思い焦ったが、肩で息をしていることに気づき胸を撫で下ろした。

 

「やれやれ……ようやく落ち着いたか……」

「で、でも、この子本当に大丈夫かな?」

 

 M16姉さんとSOP IIが話をする傍ら、私は少女の様子を確認するために今一度その顔を覗き込んだ。

 先ほどまでは打って変わって、その顔は乱れに乱れ、汗と涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃになっていた。目は焦点があっておらず、どちらもあさっての方向を向いてしまっている。

 ――本当に、この少女に何が起きたというのだろうか?

 

「――日本のことわざに“二度あることは三度ある”って言葉があるらしいけど、確かにそのとおりだったみたいね……」

「ペルシカさん?」

 

 またしてもペルシカさんが意味あり気な言葉を吐いた。

 同時に、私は彼女が先ほど少女がこうなることをわかっていたかのような発言をしていたことを思い出した。

 

「…………」

 

 私たちは何も言わず、ペルシカさんに対して「説明しろ」という意味を込めた視線を向けた。

 ペルシカさんは私たちが向けた視線の意味を察したようで、一度ため息をつくと観念したかのような様子で再び口を開いた。

 

「わかったわかった。ちゃんと説明するから……」

 

 両手で私たちを宥めるような素振りを見せながらペルシカさんはゆっくりと語り始める。

 

「実はその子を目覚めさせたのは今のが初めてじゃないの。過去に2回起動を試みていたのよ」

 

 どちらも失敗したんだけどね、と付け加えながら、ペルシカさんは再び机の上のコンピューターの前に立つ。

 

「――これを見て。これが今回の彼女のこれまでのメンタルモデルの状態。こっちが1回目の起動時のもの。そしてこっちが2回目のよ」

 

 そう言いながら、ペルシカさんは私たちにモニターのひとつの画面を見せる。

 そこには少女のメンタルの状況を表す波長が3つ表示されていた。

 3つとも特に違いは見られない――が、数秒ほど眺めていたところで、AR-15があることに気がついた。

 

「――ねぇ、これおかしくない?」

「おかしい?」

 

 モニターに近づいたAR-15が一番上の波――すなわち今の彼女のメンタル状況を指さした。

 

「その子、つい今しがたまであんなに荒れ狂っていたのに、メンタルモデルが稼働してからまったく乱れてない。

 普通、あれだけ狂乱していたのなら波長だって激しく乱れていないとおかしいわ」

「ッ!」

 

 確かにそのとおりだ。モニターに表示されている波長はどれも穏やかな波を形成している。つまりは正常――「なにも問題はない」ということだ。

 だが、実際の少女は先ほど自分たちの前で「暴走」と呼んだほうがしっくりくるほどの狂乱ぶりを見せた。

 それなのに――なぜ彼女のメンタルモデルは正常値を示しているのだ?

 

「どういうことなんだペルシカ?」

「それが私にもわからないのよ。過去2回試みた起動でも今みたいに目を覚ましてすぐに暴れだして……」

 

 そう言いながらペルシカさんが前髪をかき上げながらモニター画面をじっと見つめる。

 ――その顔はどこか悔しそうだった。おそらく、本当に彼女にも理由がわからないのだろう。

 

「しいて言うなら……ここね。2回目の時と今回の。この2つの波のここだけ若干の乱れがあるでしょ?

 これ――暴れていた彼女の体が突然跳ね上がってからの状況なんだけど、このほんの数十秒間だけメンタルに多少の乱れが生じているの。

 タイムラグ……というわけではなさそうだし……本当、いったいどうなっているのかしら? さっぱりだわ」

 

 お手上げと言わんばかりのジェスチャーをしながら、ペルシカさんは言う。

 彼女が指さしたモニターの一点には、確かに2つの波にそれまでには見られなかった多少の乱れがあった。

 ただし、「乱れ」といっても本当に「多少」と呼ぶレベルで、気にしなければそのまま見過ごしてしまうであろうほどのものだ。

 

 ――ここで、ふと気になったことを私は尋ねてみた。

 

「ペルシカさん、1回目の起動の際はこのような波長の乱れは見られなかったんですか?」

「あぁ、1回目の起動時は暴れだした時点で危険と判断して外部操作で強制的に電脳を停止させたの。

 だからその時はそこまでには至らなかったのよ」

 

 強制停止しなくても2回目や今回と同じ結果になっただろうけど、と言うペルシカさんに対して、私は「なるほど」と納得の意を伝えつつ頷いた。

 

「――あれ? 2回目と今回のケースが同じなら、なんで2回目に起動した時にそのままにしておかなかったの?

 別に電脳を停止させる必要も意味もないじゃん?」

「それもこれから説明するわ」

 

 SOP IIが口にした疑問に対して、ペルシカさんはモニター画面に映る波長を消しながら答えた。

 ――その言葉と同時に、ペルシカさんがその身にまとっていた雰囲気が一気に変わったような気がした。

 

「先に言っておくけど……これから先、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「えっ? それはどういう……」

 

 私が言い終わるよりも先に、ペルシカさんは机の引き出しの中からあるものを取り出した。

 

 

 ――それは、紛れもなく自動拳銃(ハンドガン)だった。

 

 

03/

 

 

 なぜペルシカさんは突然銃を取り出したのか――私には意味がわからなかった。

 M16姉さんたちの方に目を向けてみると、みんな私同様状況が理解できていないようだ。

 

 銃を手にしたペルシカさんは、未だに床の上に力なく寝っ転がっている少女に近づくと、できるだけ彼女に顔を近づけようとその場にしゃがみ込んだ。

 

「おはよう」

あ……

 

 そして、うっすらとその顔に笑みを浮かべると、少女に語りかけた。

 声をかけられたからか、それまで焦点が合っていなかった少女の目がペルシカさん一点に向けられる。

 

「突然だけど……これが何かわかるかしら?」

 

 そう言ったペルシカさんは、手にしていた銃を少女の目の前に見せ、やがてそれを彼女の右手に握らせた。

 

「…………」

 

 少女の目は己の右手――そこに握られた黒光りする一丁の銃に釘付けになった。

 ――Beretta 92FS。「M9」という名称でも呼ばれる9mm自動拳銃の中でもポピュラーなハンドガンのひとつだ。

 

 ――少女は無言で上半身をゆっくりと起き上がらせた。

 そして、左手で銃の各所に触れ、その目で銃の側面やスライド部を確認していく。

 

 ――マガジンキャッチが押され、マガジンが自重で落下していく。

 少女はそれを左手で受け止めると、その中をじっと見つめた。

 

 ――マガジンの中には9mm弾がしっかりと籠められていた。

 

「…………」

 

 無言のままマガジンを銃に装填し、そのまま左手でスライドを引く。

 これでセーフティが外されれば弾を撃てる状態となった。

 

「…………」

 

 ――だが、それから少女はまたしても静止してしまい、自分の手に握られている銃をじっと見つめ続ける。

 そのまま10秒――いや、数十秒――いや、1分以上にわたり部屋がシンと静まり返った。

 

 

「――ッ!

 

 

 ――静寂の終わりを告げたのは、やはりその元凶である少女であった。

 先ほどの暴走が治まった時のように、彼女の体がまたしても一度大きく跳ね上がる。

 すると次の瞬間――

 

「!? ペルシカさん!」

 

 

 ――少女は突然立ち上がり、持っていた銃をペルシカさんに向けた。

 

 

 私はすぐさまペルシカさんを守ろうと彼女の前に自らの身を滑り込ませようとした。

 しかし、ペルシカさんと一瞬だけ目が合ったことで、それを躊躇してしまう。

 

 ――私は「手を出さないで」と言ったはずよ?

 

 ペルシカさんの目がそう言っていたからだ。

 

 隣に視線を向けると、M16姉さんたちもペルシカさんと少女の間に立とうと身構えているが、先ほどのペルシカさんの言葉から動くに動けないでいる。

 完全に皆、ペルシカさんと少女の事の成り行きを黙って見守ることしかできない状況だ。正直これはかなりまずい。

 

「――何をした……?

 

 少女の口がゆっくりと動き、言葉を発する。

 顔をやや俯かせながらの発言だったため、長く伸ばされたその髪に隠される形でその表情まではわからないが、どこか掠れた声だった。

 

お前、俺に何をしたッ!?

 

 だが、その叫びとともに勢いよく少女が顔を上げたため、その表情が露わとなる。

 

 

 ――その顔は先ほど同様、汗や涙などでぐしゃぐしゃになっていたことに加え、見るからにわかる激しい怒りの表情で歪みに歪んでいた。

 

 

「――ッ」

 

 私は少女の顔を見た途端、思わず後ずさりそうになった。

 自分と同じ顔のはずなのに、あそこまで憎悪を剥き出しにできるものなのかとわずかばかり恐怖を抱いたからだ。

 

「AIを改善しただけよ。それ以外特に何もしていないわ」

改善……? AI……?

 

 銃を向けられていても平然としているペルシカさんからの返答に、少女の表情が変わる。

 怒りで歪んでいたその顔が、わずか数秒でぼう然としたものとなった。

 どうやら少女はペルシカさんが口にした言葉の意味を理解できていないようだ。

 

「その都度メモリーを消去したから覚えていないでしょうけど、あなたが目覚めたのは今回で3回目。

 1回目は先ほど同様、起動とほぼ同時に発狂したかの如く暴れまわったから外部操作で強制停止――

 2回目も1回目同様暴れまわったけど、様子を見るために止めずにいたら、私に飛び掛かってその両手で首を絞めかけてきたからこれまた強制停止――

 そして3回目となる今回は私に対してこうして銃を向けてきた――本当、手のかかる子だわ」

 

 やれやれといった感じで、ペルシカさんが苦笑いを浮かべながら首を軽く左右に振る。

 

な、何を言って……?

「――私が言っていることの意味がわからない? そんなことはないでしょ?

 あなた自身が何者であるか、どのような存在であるのか、それに関する情報も記憶モジュール内にしっかりと入れてあるんだから……」

記憶モジュール……? “入れてある”……?

 お前、本当に何を言って――グッ!?

 

 少女の足が突然ガクンと曲がり、その場で膝立ちになる。

 

あ……ああ……!

 

 そして、右手に握られた銃こそペルシカさんに向けたままだが、左手で自分の頭を抑え込みながら、その身をガクガクと震わせはじめた。

 

「――バカね。あなたたちは元から人間を攻撃することはできないようにプログラムされているんだから、私に殺意剥き出しで銃を向けたらいずれそうなるに決まっているでしょ?

 プログラムに逆らってまでこちらに銃口を向け続けるその意志の強さは称賛に値するけど……」

ぐうぅ……!

 

 呆れたような表情で少女を見下ろすペルシカさんと、そんな彼女を再び憎悪剥き出しの顔で睨みつける少女。

 正直、銃を突きつけられているのに普段と変わらぬ様子のペルシカさんもペルシカさんだが、「人間を傷つけてはならない」という戦術人形に科せられた絶対命令に逆らい続ける少女も、はっきり言って異常だ。

 プログラムにより体はペルシカさんに向けている銃を下ろそうとするが、それを己の意志で無理矢理阻止しようと足掻き続けている。

 そのようなことを続けていれば、最悪メンタルモデルや電脳が過負荷を起こして崩壊する可能性だってあるというのに――

 

「――ともかく、せっかくみんなに来てもらったのに、肝心のあなたがこんな調子じゃ話が進められないでしょ?

 みんなに挨拶――()()()()()()()()

ッ!?

 

 またも少女の体がビクンと跳ね上がり、頭を押さえていた左手がだらんと垂れ下がった。

 直後、相変わらずその体を震わせ、右手に握る銃はペルシカさんに向けたままであるが、少女の体が再びゆっくりと立ち上がる。

 そして、今にも体からギギギと音でもたてそうなほどぎこちない動作で、顔をこちらに向けてきた。

 

 ――正直怖い。

 というより、ペルシカさんはこんな状況で私たちの方に目を向けないでほしい。

 ペルシカさんの目線につられるように私たちの方に向いた少女――ペルシカさんに向けているものほどその顔に怒りは浮かべていなかった――と目が合った。

 先ほどまでは空虚なイメージがあったその瞳は、今はまるで死んでから相当な時間が経過して鮮度がガタ落ちした魚の目か、適当な色を大量に混ぜた絵具のごとく濁りに濁っていた。

 

「――Recce Rifle……です……

 

 

 ――Recce Rifle。

 途中からまた声が掠れてしまっていたが、少女は確かにそう名乗った。

 

 

銃種はアサルトライフル……

 役割は……役、割は――違うッ! 俺はッ!

「!?」

 

 先ほどのように少女――Recce Rifleが突然叫び声をあげる。

 そして、そのままその場に勢いよく崩れ落ちると、額を床に擦りつけながら両手で再び頭を抱え込む。

 ――右手は未だに銃を握りしめたままであるが。

 

違う……違うんだ……戦術人形なんかじゃ……

 俺は……俺は……

 

 声自体が小さく、おまけに掠れていたためRecce Rifleの口から漏れている言葉ははっきりとは聞こえなかった。

 しかし、彼女が自分自身にかかわる“()()”を否定していることだけははっきりとわかった。

 

「え、えっと……大丈夫、Recce Rifle?」

 

 とりあえず、このままにしておくわけにもいかないと思い、私はRecce Rifleに近づくと、その場に屈み込んで彼女の肩に軽く手を置いた。

 

「――ッ!?

 

 またまた跳ね上がるRecce Rifleの体。

 そして、彼女の顔がゆっくりと私の方を向いた。

 ――やはりその瞳は濁りに濁っていた。

 

「お前は……M4A1か……?」

「え、ええ……」

 

 Recce Rifleの口から発せられた言葉は先ほどまでとは違い、掠れていないはっきりとしたものだった。

 

「――“お前の代わり”。それが今の俺……

 最悪の場合、お前の代わりに犠牲になることも辞さない――それが俺の使命……らしい……」

 

 淡々とRecce Rifleは私に対して己に与えられた役割を語っていく。

 どこかその口調は外見的に似つかわしくない――男性的な話し方だったが、私はあえてそれを気にせずに黙って彼女の話に耳を傾けた。

 

「使命……だが――」

 

 その言葉とともにRecce Rifleの口がピタリと止まった。

 私はどうしたのかとわずかばかり首をかしげる。

 

「M4!」

「――ッ!?」

 

 背後からM16姉さんの声が聞こえたのと同時に、Recce Rifleの左手が私の右肩をがっしりと掴んだ。

 そして、そのまま勢いよく彼女に押し倒される。

 ――彼女の右手に握られていた銃の銃口が私の視界のど真ん中に映った。

 

「やめろ貴様!」

「Recce Rifle!」

「M4、逃げて!」

 

 すぐさまM16姉さんたちが飛び掛かり、私に銃を突き付けていたRecce Rifleを押さえつけた。

 右腕と頭をM16姉さんが、左腕をAR-15が、両足――というより下半身をSOP IIが押さえこみ、右手に握られていた銃は私の前に転がった。

 

M4……A1……!

 

 M16姉さんに頭を無理矢理床に擦りつけられていたRecce Rifleの目が再び私の目と合った。

 

 

「誰がお前なんかのために死んでやるもんか。俺は俺だ――!」

 

 

 その言葉を口にすると同時に、Recce Rifleはガクリと意識を手放した。

 

 

04/

 

 

「いやぁ、またまた暴れられたら困るから体内の電力をあえて10分程度で切れる量だけしか入れてなくってよかったわ」

「ペルシカ、こんなことになるんだったら最初からそう言ってくれ……

 私は殴られ損――いや、蹴られ損だし、最後のははっきり言って肝を冷やしたぞ?」

 

 電力不足により強制的にスリープモードに移行したRecce Rifleをベッドの上に戻しながら能天気に話をするペルシカさんに対して、M16姉さんはため息をつくとそう言った。

 

「――しかし、なんだってそいつはM4に銃を向けたんだ?

 いや、むしろ自らに与えられた使命に真っ向から反逆する意思を見せるなんて……」

 

 戦術人形としては考えられないことだ、と付け加えながらM16姉さんは腕を組みながら考え込む素振りを見せる。

 それには私も同感だ。

 戦術人形が人間から与えられた命令に歯向かう――命令自体を拒否するなんて普通は考えられないし、あり得ない。

 人間に反逆の意思を示す人形なんて、それこそ鉄血の奴らと変わらないじゃないか。

 人間のために戦い。人間と共にあるのが私たちだというのに――

 

(だけど……)

 

 私はベッドの上に再び寝かされたRecce Rifleの顔を見る。

 ――先ほどとはまったく異なり、そこには穏やかな寝顔を浮かべる私とまったく同じ顔があった。

 

「――M4のものをベースにAIを組んだからかしら?

 繰り返し言うけど、あなたたちは全員特別な存在。その中でもM4は特に特別だから……」

「そういうものなの、AR-15?」

「いや、私に聞かれても……」

 

 ペルシカさんたちの会話をよそに、私は1人思考する。

 

(この子――Recce Rifleは“もう1人の私”として作り出された存在。

 だから私は、この子には“自己”という概念が希薄だと――ないと思っていた……

 だけど、それは私の勝手な思い込みだった。この子には確かに“自己”が存在する。

 私とは違う――“もう1人のM4A1”ではなく、“Recce Rifle”という1人の戦術人形としての意思がある――)

 

 脳裏に蘇るのは、先ほどRecce Rifleの口から出た言葉。

 

 

『誰がお前なんかのために死んでやるもんか。俺は俺だ――!』

 

 

 ――そうだ。そのとおりだ。

 

(この子はRecce Rifle。(M4A1)じゃない。

 私じゃないのならば、私なんかのためにわざわざ己を犠牲にする必要なんてない――!)

 

 人間に反抗的――というより「反抗心剥き出し」と称したほうが正しい――な点は考えものだが、私はRecce Rifleの意思を尊重したい。

 AR小隊の隊長としてではなく、16LAB製の特別な戦術人形だからでもなく、1人の戦術人形M4A1として私はこの子の意思を――この子を守りたい!

 

 

 私は視線の先をRecce Rifleから己の右手に変えた。

 今そこには、先ほどRecce Rifleがペルシカさんや私にその銃口を向けてきた92FSが握られている。

 

 ――銃のセーフティは()()()()()()()()()()()()()

 単にRecce Rifleが解除するのを忘れていただけか、「人間や仲間を傷つけてはならない」とプログラムが働いたからかもしれないが、私はひとえにそうだと断定する気は湧かなかった。

 戦術人形に科せられた絶対命令に抗うほどの意思の強さを見せた彼女が、「銃を撃つのにセーフティを外さない」程度のミスをするとは思えなかったからだ。

 

「…………」

 

 92FSから黙ってマガジンを抜き取る。

 ――やはりそこには十数発の9mm弾が籠められていた。

 

「ペルシカさん」

 

 銃とマガジンをベッドの片隅に置きながら、私はペルシカさんに声をかけた。

 私の呼びかけに未だに話を続けていたペルシカさんのみならず、彼女と話していたAR小隊のみんなの顔が私の方に向いた。

 

「なに、M4?」

「この子――Recce Rifleはこの後どうなるんですか?」

「そうねぇ……

 まぁ、無事とはいかなかったけど起動自体は成功したから、AIの一部を再調整したうえで改めて起動させるわ。

 その後、あなたたちにこの子の面倒を見てもらうことになるわね」

「なっ!? 正気ですかペルシカさん!?」

 

 ペルシカさんの言葉にAR-15が驚きの声をあげる。

 おそらく彼女は先ほどのRecce Rifleの様子から彼女をAR小隊に加えることに反対なのだろう。

 まぁ、あのようなことが起きた後なのだから、反対する理由もわからなくはない。

 

「言ったでしょ、『再調整したうえ』って?

 今後はさっきみたいなことは起きないようにするから安心してちょうだい」

「それでも不安なんですけど……?」

「諦めろAR-15。ペルシカは一度そうと決めたら真っ当な理由でもない限りは考えを変えない。

 それに、私たちにそいつの面倒を見させるっていうのは、要は私たちの手でそいつを“私たちの仲間に相応しい存在”に育て上げろってことだろ?」

「ええ。そうなるわね。だから当分の間はグリフィンに出向して前線任務に就いてもらう必要はないわ。

 このことはすでにクルーガーにも伝えてあるし、了承は得てるから、しばらくはみんなうちの戦術人形寮で過ごしてもらうことになるわね」

 

 ここに来てグリフィンのトップであるクルーガーさんの名前が出てきた。

 ということは、Recce Rifleが生み出されたのはペルシカさんや16LABの独断によるものではないということだ。おそらくグリフィンの上層部も関与していると考えていい。

 ――単にペルシカさんとクルーガーさんが旧知の仲なので、グリフィンは関係なく個人的なコネでRecce Rifleの製造を認めさせた可能性も大いにあるが。

 

「やったね! 前線に出なくていいってことは、しばらくはお休みってことじゃん!」

「SOP II、あなた聞いてなかったの? あくまでも“前線任務に就かなくていい”ってだけで、私たち()()の面倒を見なくちゃいけないのよ?

 正直、戦場で鉄血の連中と殺し合いしていたほうがまだマシかもしれないわ」

「まあまあ、そう言うなよAR-15。

 さっきの一件でお前があいつのことを警戒するのはもっともだが、仲間が増えるのはいいことじゃないか?

 ――しかし、戦闘狂のお前が前線を離れることを喜ぶなんて意外だなSOP II?」

「確かに鉄血の奴らをメッタメタのギッタギタにしてやるのは大好きだけど、わたしだってたまには休みたいよ」

 

 AR小隊の面々が、各々の会話を交わしているのを横目に、私は改めてペルシカさんに声をかける。

 

「ペルシカさん、Recce Rifleのことでひとつだけお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「ん? あなたがそんなこと言うなんて珍しいわね?

 ――まぁ、聞くだけ聞くわ。承諾できるかどうかは内容によるけど」

 

 私は「ありがとうございます」と一言口にすると、自らのお願い(ワガママ)をペルシカさんに伝えた。

 ――考えてみれば、確かにペルシカさんの言うとおり、私がこのようなことをするのは非常に珍しいことだと思う。

 

 

「Recce Rifleのメモリーから今回の件に関する内容を一切消去したり、改ざんしたりしないでもらえませんか?」

 

 

05/

 

 

 第3セーフハウスの研究室跡は、今やすっかり炎と瓦礫の山と化していた。

 代理人の攻撃――おそらく榴弾だろう――により文字どおり吹っ飛ばされてしまったことが原因だ。

 セーフハウスに単独で強襲をかけてきた「代理人(エージェント)」自体はM16姉さんが倒してくれた――恥ずかしいことに私はその代理人にやられそうになった――が、研究室跡の現状からして、もはやここに留まり続けるのは危険だろう。

 目的のデータもなんとか全て回収することができた以上、急いで外で戦っているSOP IIたちと合流して撤退しよう。

 

 外はどうなっているだろう、と私が思いかけたところで、研究室跡の出入口の扉を蹴り破ってSOP IIがAR-15を連れて戻ってきた。

 

「戻ったよ! セーフハウス周辺の敵は一通り片づけたから急いで撤退しよう!」

「鉄血の増援がこっちに向かってきてる。これ以上戦闘を続けるのは危険すぎるわ」

 

 SOP IIたちの報告を聞き、撤退の了承の意を伝えると、私は代理人との戦闘で負った損傷(ケガ)をM16姉さんに手伝ってもらいながら修復しつつ現状を確認していく。

 ――と、ここで()()がいないことに気づく。

 

「そういえばRecceは?」

「えっ? まだ屋上にいるんじゃないの?」

「まったく、あの子は……」

 

 私がため息をつくと、それに合わせるかのように通信が入った。

 

『M4、生きてる? なんかさっき下で爆発があったみたいだけど……』

「――噂をすればねRecce。データの回収は終わったから急いで撤退するわ。

 SOP IIとAR-15はすでに戻ってきている。あとはあなただけよ」

『あぁ、そう。それじゃあ私も急いでそっちに行くね。

 ――あ。そうだM4、その前に言っておかなきゃいけないことがあった』

 

 今は時間が惜しいので通信を切ろうとしたところでRecceから呼び止められる。

 

「なに? 時間がないから手短に話して」

『実は今、近くにいたグリフィンの部隊と連絡とってた。

 さっきSOP IIたちが待機状態だったところを無理矢理戦場にぶち込んだ子たちと――』

「はあっ!?」

 

 ――本当になに勝手なことをしているの、この問題児は!

 なにか余計なことを口にしていなかったでしょうね!?

 

『それでだけど、私たちの撤退の支援を確約してくれたよ。喜んで私たちのために捨て駒になって死んでくれるってさ。

 ――せっかく身勝手な人間の手から解放されたっていうのに、自由を謳歌することよりも死ぬことを選ぶなんてバカみたいだよね』

「ちょっとRecce! 撤退の支援をしてもらえるのは嬉しいけど、相手に対してそんな言い方はないでしょ!?」

 

 あぁ、もう! これだからこの子は――!

 この子が筋金入りの人間嫌いなのはもはや私たちには承知の事実だが、歯に衣着せないそのスタンスはどうにかならないの?

 それと、戦術人形を本質から否定するような発言をするのも本当にやめて。

 私たちは本来人間がいなければ何もできない、文字どおり「人形」であることをあなたは忘れすぎだから――

 

『あぁ、あたしたち全然気にしてないから大丈夫だよ?』

「!?」

 

 突然、通信に聞き慣れない声が割り込んできた。

 誰!? まさか鉄血の新たなハイエンドモデル――!?

 

『――あ。ゴメン。驚かせちゃったね。

 あたしはVz.61、通称“スコーピオン”。支援部隊のひとつS61編隊のリーダーだよ』

『あ……その……PPSh(ペーペーシャ)-41です。同じく支援部隊のひとつを率いてます……』

『StG44。以下同じですわ』

 

 次々と通信に割り込んで自己紹介していく見知らぬ戦術人形たち。

 どうやら皆、先ほどの戦闘で私たちを支援してくれた各々の部隊の隊長のようだ。

 ――実際は本来の部隊から見捨てられてこのエリアに待機状態で放置されていた彼女たちを、M16姉さんの案で無理矢理私たちの指揮下に組み込んで支援部隊としていたというのが正しいが。

 

「え、えっと……この通信ってグリフィンのオープンチャンネルでしたっけ?」

『ごめん。私がM4の周波数教えた』

「ちょっ!?」

 

 本当に何やっているのよ、この子!

 私たちの各々の通信周波数は16LABが用意した専用のもので、グリフィンでも知っている人たちは限定されているっていうのに!

 あぁ、帰還したらペルシカさんに報告して新しい専用チャンネルを用意してもらわないと……

 

『とりあえず、すぐにそっちに行くから、その間に話まとめておいて』

「ま、待ちなさいRecce!」

『待てない。時間ないんでしょ?』

 

 それじゃ、とこちらの静止も聞く耳持たずとばかりにRecceからの通信が切れる。

 

「…………!」

 

 思わずヘッドセットに触れていた左手に力が入り、握り潰さんばかりに掴みかかってしまう。

 どうして、どうしていつもあの子は……!

 

『え、ええと……大変だね?』

「いえ、大丈夫です。()()がああなのはいつものことですので……

 しかし、すいません。なにか()()がみなさんに失礼なことを言ってしまったみたいで……」

 

 ため息をつきつつ私がそう言うと、通信機からペーペーシャの慌てた声が返ってきた。

 

『そ、そんな……! むしろ謝るべきはこちらですよ!

 うちのサソリが彼女に色々と失礼なことを……!』

『ちょっ!? 何言ってるのペーペーシャ!』

『事実でしょう、スコーピオン。

 まぁ、わたくしも彼女に対して何も思うところがないわけではありませんが……』

「?」

 

 ――どういうこと?

 いったいRecceと彼女たちの間でどのような会話が交わされていたの?

 

『――簡単に説明しちゃうと、あの子はあたしたちに支援を要請するために通信を入れてきたわけじゃないんだ』

『ええ。これ以上そちらに付き合う必要はないから退却――いえ、逃げろとおっしゃっていましたわ』

『“せっかく生き永らえたのにここで無駄死にする必要はない”って……』

「ッ!?」

 

 何を考えているんだあの子は!?

 支援部隊の協力がなければこちらは全滅する可能性が高い危険な状況だというのに!

 

『彼女――自分1人を囮にしてあなたたちやわたくしたちを逃がすつもりでしたのよ』

『そんなことしたら絶対に自分が助からないのに、“私のことは気にしなくていいから”なんて言ったんです』

「えっ――?」

 

 私はペーペーシャたちの話が一瞬信じられなかった。

 誰よりも他人のため――特に私のために自分を犠牲にすることを「拒絶」と言っていいくらい嫌っていたはずのRecceが、そのようなことを彼女たちに言っていたなんて――

 思わず「嘘でしょ?」と呟きそうになってしまったが、なんとか耐える。

 

『だから私たち揃って反対して、“それなら私たちが残ります!”って私が言って――』

『――で、それを聞いたあの子怒ってさ。そこからちょっと言い争いになっちゃったんだよね。

 仕舞いには“人間たちに散々いいように利用された挙句見捨てられたのに、まだあんな奴らのために戦うつもりか!?”なんて言われちゃって――』

「――!」

 

 スコーピオンの言葉に、私ははっとなった。

 先ほどRecceが言っていたことを思い出したからだ。

 

 

『――せっかく身勝手な人間の手から解放されたっていうのに、自由を謳歌することよりも死ぬことを選ぶなんてバカみたいだよね』

 

 

 ――あぁ、そうか。Recceは「自由」に憧れているんだ。

 人間の道具として「生かされる道」よりも、自らの意志を以て「生きる道」――生まれながらに戦術人形であり、かつその誕生経緯から彼女自身は手に入れたくてもできないもの。

 だから自分の代わり――自分の分まで「自由」を掴み取れるチャンスがあった支援部隊の子たちを死なせたくなかったのだ。

 ――メンタルモデルのバックアップはとっているであろうから彼女たちが「死ぬ」ことは厳密にはないと思うが、そうなると道具としての生に戻ってしまう。

 

 だが、支援部隊の子たちも戦術人形である以前に自立人形――「人間の下で命令を受けなければ生きていくことすらできない存在」だ。

 ゆえに、その大前提を考慮していないRecceの願いは彼女たちに届くことはなかった。

 自分が戦術人形(人間たちの道具)であることを受け入れられない者と、自分たちが戦術人形(利用される存在)であることを前提で生きている者たちの考え方の相違――すれ違いだ。

 

『自分たちの指揮官を侮辱された気がしてあたしもカチンときてさ。そこからはもうあたしとあの子の2人でただの罵り合い』

『スコーピオンが彼女に終始言いくるめられそうになっていましたけどね。わたくしたちが指揮官や仲間に見捨てられたことは事実ですし……』

『結局私とStG44で2人を宥めて、そのまま私たちが殿軍として残ることを強引に押し通したんです』

「そうだったんですか……」

 

 3人の話を聞いた私は「彼女たちも全員無事に撤退させることができないだろうか?」と考えてしまう。

 Recceに共感したわけではないが、それでも犠牲は出ないことに越したことはないからだ。

 ――だが、確実に敵中に孤立しつつある現在の状況では、誰かを切り捨てなければ間違いなく誰1人生き残ることはできないだろう。

 私は内心彼女たちとAR小隊の仲間たちを天秤にかけ、そしてこの場にいる部隊全体を指揮する立場の者として非情の決断を下した。

 

「――わかりました。殿(しんがり)は皆さんにお任せします」

『お任せください! 必ず務めを果たして見せます!』

『鉄血の部隊はもう目と鼻の先まで来ているはずです。あなたたちも急いで撤退なさい、AR小隊』

『少しでも時間は稼いであげるからさ!』

「はい。あとはお願いします」

 

 その言葉を最後に私は一度通信を切った。

 

(これでいいんだ。私たちの任務を果たすためにはこれが正しい選択なんだ――)

 

 ――なぜかそのようなことを心の中で繰り返し呟きながら。

 

「M4、なにかあったのか?」

「まさか、またRecceが何か余計なことでもしたの?」

 

 私が通信を切ったのを確認したM16姉さんとAR-15が、私に尋ねてくる。

 それに対して私は軽く首を左右に振った後答えた。

 

「いえ、Recceがすでに支援部隊に殿軍を確約させてくれていただけです。

 勝手に話を進められていたので、少々面食らいましたが……」

「はぁ……あの子は本当になにやっているのよ……」

「だが、撤退を支援してもらえるのはこちらとしてはありがたいな」

「そうだね。支援部隊が足止めをしてくれているうちに急いで退散しよう」

 

 M16姉さんたちを横目に、私は自身に備えられている戦術指揮システムの状況を確認していく。

 ――幸いシステムは全て問題なく、私の電脳内に現在私たちがいる第3セーフハウスを中心とした戦場マップが映し出された。

 鉄血の増援を示す赤い印が無数にこちらに近づいてきているのが確認できる。

 そして、それを迎え撃とうとする支援部隊を示す複数の青い印が迎撃態勢を整えるために配置に着こうと動いている。

 

『M4』

「スコーピオン? どうかしましたか?」

 

 マップを確認していると、ふいにスコーピオンから通信が入った。

 なにかあったのだろうか?

 

『いや、別に大したことじゃないんだ。

 ただ……彼女のことで、少し言っておきたいことがあって……』

 

 彼女――おそらくRecceのことだろう。

 私は何も言わずスコーピオンの話に耳を傾ける。

 

『彼女の過去に何があったのかは詮索しないけど……あの子の人間嫌いは相当なものだよ。

 言葉を交わした時間はそう長くはないけど、それでも人間に対して彼女が相当恨みを抱いているってわかっちゃうくらい――』

「…………」

『だからM4、あなたたちは絶対にここでやられちゃダメだ。

 きっとAR小隊は――あなたたちの存在は彼女にとって唯一の“居場所”なんだと思う。

 もし、あなたたちにもしものことがあったら、彼女はきっと――』

 

 ――数秒ほど間が空き、再びスコーピオンの声が通信機越しにヘッドセットに響き渡った。

 

 

『鉄血に寝返って人間をその手にかけるかもしれない』

 

 

06/

 

 

「お待たせ」

 

 Recceが研究室跡に戻ってきたのは、スコーピオンとの通信を終えて十数秒ほど経過した頃だった。

 

「おお、戻ったかRecce」

「遅いわよ。あなたもう少し早く来れないの?」

「いいじゃないAR-15、とりあえずみんな無事だったんだからさ」

「…………」

 

 M16姉さんたちと軽く言葉を交わしていくRecceの姿を私は黙って見つめる。

 はじめて出会った時とは違い、髪型も服装も私とは違うはずの彼女の姿が、なぜか一瞬だけ私自身に見えた。

 

 ――彼女はRecce Rifle。(M4A1)じゃない。

 けれど、(M4A1)になる――()()()()()()()()可能性を未だにその身に秘め続けている。

 

「――大丈夫」

 

 AR小隊のみんなの耳に届かないよう、小さな声で私は呟く。

 

「大丈夫。そんなことにはならないし、させないわ――」

 

 そう呟きながら私は、先ほどスコーピオンとの通信で最後に自分が述べた言葉を思い出す。

 

 

「大丈夫。私たちは絶対に死なないし、Recceだって死なせはしないわ。

 彼女を鉄血に渡したりも、裏切らせもしない。彼女が人間を傷つけるようなことも絶対にさせない。

 だって彼女は――」

 

 

「私の大切な“妹”だから」

 

 

 Recce Rifle。

 私たち「AR小隊」の5人目のメンバーにして小隊屈指の問題児兼トラブルメーカー。

 そして、素直じゃなくて世話の焼ける、けれど大切な私の妹。

 彼女を守ること――きっとそれが私の戦う理由。

 もし彼女に「死」が訪れる時が来るとすれば、それはきっと私にも「死」が訪れる時だ。




 AR小隊の中でRecceに対して最もお姉ちゃんムーブしているのはM4。
 ただし、表向きはSOP IIが一番お姉ちゃんムーブしている。
 意外にもM16はRecceに対してはほとんど姉ぶらない。

 AR-15?
 ……お察しください。


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わたしと彼女 by M4 SOPMOD II


 大変お待たせいたしました。第2話です。
 今後もこのような感じで超不定期ですが投稿は続けていきますので、今後もどうぞよろしくお願いします。

 も、もちろん本作だけでなく、ウマ娘のほうも再開できるよう頑張ります……(苦笑)。
 
【挿絵表示】

 また、Twitterの方ではすでに公開しておりましたが、Recce Rifleのキャラクターデザインを描いていただきました!
 デザインしてくださったのは、屋來未しょうが様です。
 本当にありがとうございます!


00/

 

 

 今さら言うことでもないけれど、わたしはAR小隊のみんなが好きだ。

 お姉ちゃんたち――M16やM4はもちろん、時折口うるさいけれどAR-15のことも当然好きだ。

 「AR小隊」とは彼女たちと一緒にいてこそのAR小隊なのであって、誰か1人でもいないAR小隊なんてわたしには想像できない。

 

 そしてRecce Rifle。

 AR小隊に最後に加わった仲間であり、わたしからすれば――外見はM4そのものと言っていいけど――妹のような存在。

 当然彼女のことだって大好きである。

 

 ――しかし、なぜか彼女に対しては「好き」という感情以外にも別の思いをわたしは抱いている。

 

 “()()”が何であるのかはわからない。

 わからないからM4をはじめとした他の人形たちやペルシカさんに尋ねようもない。

 

 少なくともわかることは、この感情が決して「Like」とか「Love」とかではない――()()()()()()()()()だということだ。

 

 なぜRecceに対してだけこんな感情か湧いてくるのか――

 そして、いつ、どこで、このような思いを抱くようになったのか――

 

 今のわたしにはわからない。

 

 

01/

 

 

「Recce!」

 

 探していた人形の姿を見つけたわたしは、彼女の名前を発しながら傍に駆け寄った。

 Recce Rifle――今から1カ月ほど前に稼働し、わたしたちAR小隊のメンバーに加わった戦術人形。

 見た目も声もM4と瓜二つ――けれど、どこかM4とは違う雰囲気を漂わせる彼女は、今日も部屋の隅のテーブル席に1人陣取ってひっそりと食事中だった。

 

 今わたしたちがいるのはI.O.P社内にある一部の職員と戦術人形用に割り当てられた食堂だ。

 グリフィンへの出荷――わたしたちの場合は出向――を控えた人形たちや、戦術人形開発に関わるスタッフたちが日々利用しているこの場所は、限られた者しか立ち入りや利用ができない場所とはいえ、それなりのスペースがある。

 そのため、I.O.P社やグリフィンからすれば「広告塔」、人形たちからは「エリート」と扱われているわたしたちが堂々とここを出歩いていても大して視線にさらされることはない。

 

 わたしの声に気づいたRecceはチラリと僅かばかり目と顔をこちらに向けてきたが、すぐさま自分の前にある赤いトマトクリームのパスタに視線を戻してしまう。

 ――といっても、これはいつものことだ。

 彼女は食事というものは1人静かに自分のペースで楽しみたいタイプのようで、わたしやAR小隊のみんなが話しかけても毎度同じ、今のような反応しかしない。

 

 そして、直後に「話しかけるな。不愉快だ」と言わんばかりの雰囲気をその身にまとう。

 ――現に今、彼女はそのような「気」とも「見えない壁」のようなものを周囲に発していた。

 

 普段ならば、わたしやM4たちはそれに気圧されてそれ以上食事中の彼女に踏み込むことを諦めてしまうのだけれど、今回はさすがにそうはいかない。

 どうしても彼女の口から直接聞かなければならないことがあるからだ。

 

 わたしは、Recceの放つ「近づくなオーラ」――今勝手にそう名付けた――を見えない手で振り払いながら彼女のもとに少しずつ近づいていき、やがて彼女の向かい側の席にどんと腰を下ろした。

 

「――なんだ?」

 

 明らかに怒りを含んだ両目がわたしの方に向く。

 だけど、この程度のものは戦場で鉄血のクズ人形たちから数えるのも飽きるくらい今まで向けられてきた。

 わたしは臆することなく口を開く。

 

「ペルシカさんから聞いたよ。次の任務、Recceも参加するんだよね?」

 

 

 ――そう。

 わたしたちはつい先ほどペルシカさんから呼び出され、Recceを正式にAR小隊の一員として次の作戦から実戦に参加させることを告げられた。

 しかし、その場には肝心のRecce本人がいなかったため、わたしは確認のためにこうして彼女のもとを訪れたというわけだ。

 

 

「そうらしいな」

 

 Recceはそう一言だけ返すと視線を再びパスタの方に向け、それを口に運び始めた。

 話は終わりだ、と言わんばかりの彼女のその態度に思わずわたしはムッとする。

 

「もう! Recceは嬉しくないの!?

 任務に参加できる――実戦に出られるってことは、ようやくグリフィンの人たちもRecceのことをAR小隊の一員だって認めてくれたってことなんだよ!?」

 

 わたしは両手で軽くバンとテーブルを叩いて己の顔をRecceに近づけた。

 M4とまったく同じもののはずなのに、どこか薄暗く濁ったような感じがする彼女の瞳がわたしの視界にドアップで映り込む。

 それに対して、再びRecceの視線が上に向き、彼女の両目にわたしの姿がはっきりと反射した。

 

「ちっとも嬉しくないな」

 

 即答だった。

 

「俺みたいな欠陥品ですら戦場に放り込むってことは、あいつらにとって俺たち1人1人の存在なんて結局数合わせの駒に過ぎないってことだろ?

 一度外に出してしまえば後は俺たちが何をしようが、どうなろうが知ったこっちゃないんだろうさ。

 所詮俺たちは代わりなんかいくらでも造れるし手に入る消耗品だ」

 

 そう言って一度パスタを口にした後、再びRecceは語り始める。

 

「いや……案外グリフィンの連中は俺にさっさとぶっ壊れてほしいのかもしれないな。

 いくら言ってもペルシカの奴が俺のAIを初期化なり作り直しなりしないから、鉄血に俺を処分させる魂胆か――?」

「そんなこと言わないでよ!」

 

 ふっと自嘲したRecceを前に、わたしはまたしても声を張り上げてしまった。

 そんなわたしに対して、Recceは「至近距離でデカい声を出すな」と怒った後、続けざまにこう言った。

 

「――SOP II、悪いことは言わない。俺に必要以上の干渉をしようとするのはやめろ。

 M4たちもそうだが、今お前が俺に向けているその感情はペルシカたちが人間の精神を模造してプログラムしただけの偽物(マガイモノ)だ」

「!?」

「あの女はお前たちも知らぬところでお前たちすら利用している。

 その植え付けられた偽の感情に突き動かされて生き続け、いいように使い潰された後ゴミクズ同然に捨てられる――それが俺たちの末路だ。

 道具はいくら足掻いても所詮道具に過ぎないんだ。それならそれに徹して生きていればいい。そのほうが少しは気が楽になる」

 

 今度こそ話は終わりだ、とRecceは三度パスタへと視線を戻した。

 そして、わたしの存在などはじめからいなかったかのように、そのままもくもくと手にしたフォークを動かし続けた。

 

「――どうして、そんな酷いこと言うの……?」

 

 わたしはそう呟きながら全身から力が抜け落ちたかのように、ゆっくりと椅子に腰かける。

 いや、実際わたしの体は全く力が入らず、何をする気も起きなかった。

 

 そして、そんなわたしをRecceが気にすることも、わたしが最後に口にした呟きに対して返答をすることもついになかった。

 

 

02/

 

 

 数日後、その時は訪れた。

 グリフィンからの要請で、わたしたちはとある地区にある鉄血との軍事境界線に派遣されることとなった。

 

 I.O.P社から直接グリフィンの輸送ヘリで現場近くへと向かうわたしたち。

 向かい側の席に座るM4が手にした端末を操作し今回の任務の内容を確認しながら、隣に座るM16にああだこうだと何やら話をしている。

 わたしの右隣ではAR-15が自らの銃や装備の点検に勤しんでいた。確かヘリに乗り込む前も隅々までチェックしていたはずだけど――彼女は本当に生真面目だなと思う。

 そして、Recceがわたしの左隣に座り、ヘリが飛び立ってから今まで終始その手に握る拳銃からマガジンを出したり入れたりしていた。

 

「――緊張してる?」

 

 なんとなく、わたしはRecceにそう声をかけた。

 マガジンの出し入れを繰り返していた彼女の手がピタリと止まり、その顔がわたしの方に向く。

 

「――――」

 

 そして、わたしと目が合うと同時に彼女の口が僅かばかり開いて――

 

 

『AR小隊、聞こえるか?』

 

 

 ――邪魔が入った。

 

 

 

『すでにそちらには伝わっていると思うが、今回のお前たちに与えられた作戦は鉄血の支配領域内へ強行偵察に出た部隊の撤退の支援だ』

 

 目の前に映し出された通信映像のホログラムウインドウの中で、グリフィンの上級代行官のヘリアンさんが今回の作戦予定エリアのマップを一緒に映し出しながら作戦内容を説明していく。

 彼女が最初に口にしたように、今回の作戦の内容は事前にペルシカさんから伝えられてはいる。

 しかし、撤退する味方部隊やそれを追撃してくるであろう鉄血の軍勢の予想進路など詳細な内容までは知らされていなかったので、わたしたちは目の前に映し出された画面に真剣に目を向ける。

 

 ――Recceを除いて。

 

 彼女は目の前の画面に目もくれずに、先ほどまでと同様、拳銃のマガジンを出し入れしながらその様子を虚ろな瞳でぼうっと眺めていた。

 

『――Recce Rifle!』

 

 画面の中のヘリアンさんもそれに気がついたようで、作戦内容についての説明を一通り終えるとウインドウ越しにRecceを睨みつけ彼女の名を叫んだ。

 

「……なに?」

 

 自分の名前を呼ばれたため、再びその手をピタリと止めたRecceがその顔を画面内のヘリアンさんに向けてそう答える。

 

『貴様のことは聞いている。

 今回が初の実戦であることも、度し難いほど人間に反抗的なことも――一通りな』

 

 画面の中のヘリアンさんの目つきがさらに鋭くなりRecceを見やる。

 それでもRecceの方は全く気にすることもなく、そんなヘリアンさんに「ああそう」と一言返すだけだった。

 

『――ッ。だが、貴様の人格面の問題は今はどうでもいい。

 Recce Rifle、実戦である以上は作戦および命令には従ってもらう。

 内面に致命的なまでに欠陥があるとはいえ、貴様は16LABが開発したエリート人形だ。その性能はあてにさせてもらうぞ?』

「…………」

 

 Recceは今度は何の言葉も返さず、再び手に握る拳銃に目を向けていた。

 

聞こえているのか!?

 

 画面越しでもわかるほどの怒りの感情を込めたヘリアンさんの怒鳴り声がヘリの中に響いた。

 それに対してRecceはわざとらしくはあっと一度ため息――明らかにヘリアンさんやわたしたちにも聞こえるくらいでっかかった――をつくと視線をヘリアンさんの方に戻して口を開く。

 

「言われなくても最低限のことはしてやるさ――」

 

 

 ――それからヘリアンさんはRecceに対して何も言わず、作戦内容をわたしたちに再度軽く説明して通信を終えた。

 

「SOP II」

 

 ホログラムウインドウが完全に消えて数秒ほどしたところで、ふいにRecceがわたしに対して声をかけてきた。

 

 わたしがRecceの方に目を向けると、彼女は先ほどのようにまたその視線を自分の手に握られている拳銃へ向けていたが、わたしの視線に感づいたのか再び口を開いた。

 

「さっきの質問――俺が緊張しているかって話だけど……別に緊張はしていない」

「そう……」

「ただ――なんかおかしいんだ」

「えっ?」

 

 わたしは一瞬Recceが口にした言葉の意味がわからなかった。

 ふと周りに目を向けると、M4や他のAR小隊のみんなもRecceの方に目を向けながら不思議そうな顔をしていた。

 おそらくみんな今のRecceの言葉に対してわたしと同じことを思っているからだ。

 

「本当は――俺自身はきっと今すっごく緊張しているし、めちゃくちゃこれから戦場に向かうことに怖いと思っている。

 だけど……そのはずなのに、俺の体も心も()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ――ああ。自分でもすごく変なことを言っているっていうのはわかっている。

 でもおかしいんだよ。俺自身は本当に怖いし、こんなことさせないでくれって思っているんだ。

 それなのに、体も、心もそんな感情をぜんぜん抱いていない――」

 

 そう言って一度ふうっと息をしてからRecceがわたしの方に目を向けた。

 

「――なぁ、俺どこかイカれているのかな……?」

 

 わたしは――いや、わたしたちは誰もその言葉に答えを返すことができなかった。

 

 

03/

 

 

「Recce!」

 

 月明かりに照らされた廃墟群――かつて第三次世界大戦が起きるまでは小さな街があった場所だ――をわたしは彼女の名前を叫びながら駆けていた。

 

 作戦はほとんど成功という形で終わりを迎えていた。

 偵察部隊の撤退は完了し、それを追撃していた鉄血の雑魚人形たちは全て苦も無く片付けた。

 初陣だったRecceもAR-15が傍でサポートについていたこともあり、見事実戦で初キル――しかもヘッドショットによるワンショットキルだった――を記録している。

 全て順調。何も問題はない――はずだった。

 

 

 鉄血側の予想外の援軍が別ルートから現れ、しかもその中に四脚型無人歩行戦車「Manticore」が数機いたことを除けば。

 

 

 ――わたしたちがその増援の出現に気がついた時には遅かった。

 ズドンという音が戦場に響き渡ったかと思うと、RecceとAR-15がいた建物――廃墟群のほぼ中央部に位置し、なおかつ一番高かったので今回狙撃手を担った2人はそこに陣取っていた――の上層部が爆炎を上げて吹き飛んだ。

 建物に榴弾を撃ち込まれたのは誰の目で見ても明らかだった。

 わたしはすぐさまRecceたちの無事を確認しに向かおうとしたが、その前にM4からManticoreの掃討を頼まれてしまった――AR小隊においてManticoreと正面から相手取れるのは愛銃にグレネードランチャーを取り付けているわたしだけだからだ――ので、やむなくそれに従う。

 

 そして、それから十数分ほど時間が経ち、M4に言われたとおりManticore――とその護衛として随伴していた鉄血人形たち――を全て蹴散らしたわたしは、大急ぎでRecceたちがいた建物へと駆け出した。

 ――いや、もう「建物」という表現は間違いだ。

 そこはManticoreに撃ち込まれた榴弾によって上層部が崩落し、すっかり「建物だった瓦礫の山」と化していた。

 

 ――ふと、銃撃音がそこかしこから聞こえてきたので、条件反射的に足を止める。

 どうやら増援でやって来た鉄血人形はまだ全て掃討できていないらしい。

 しかし、その銃声がわたしもすっかり聞き慣れているM4やM16の銃のものとすぐさま気がついたわたしは、鉄血人形の相手は彼女たちに任せ、引き続き瓦礫の山へと向かい走り出した。

 

 

 ――そうして向かった先にあったのは、瓦礫の山とその周囲に広がる奇妙な光景だった。

 

 一面赤く染まり、大きな水たまりとなっていた地面。

 その中のあちらこちらに転がっている10体ほどの鉄血人形。

 ――みんな不揃いな恰好で、ボディのあちらこちらが欠損ないし破壊されていた。

 

 あるものは片腕があらぬ方向にねじ曲がり、またあるものは顔の下半分――下あごの部分が引き千切られてなくなっていた。

 他にも耳が千切れているもの、目玉を抉られているもの、喉に深々とナイフが突き刺さっているもの、顔面に無数の銃創もとい風穴を開けているもの――

 本当に皆異なる――それも相当荒っぽい方法で破壊されているのが一目見ただけでわかった。

 

 そして、そんな水たまりの中心で全身を真っ赤に染め上げながらこちらに背を向けて座り込んでいるRecceと、それを瓦礫の山のてっぺんからぼう然とした表情で見下ろすAR-15の姿が目に映った。

 

「Recce!」

 

 再びわたしは彼女の名を叫び、大急ぎで彼女に近づいた。

 

 もしかしたらどこか損傷(ケガ)をしているかもしれない!

 そうだとしたら、急いで応急処置でもいいからしてあげないと――!

 いや、Manticoreの砲撃を受けたうえに、これだけの激しい戦いがあったのだ。きっと損傷(ふしょう)しているに違いない!

 

 そんなことを思いながら、わたしはその手にRecceが触れられる距離まで近づいた。

 

 

 ――そして見た。

 いや、()()()()()()

 

 

「ああ、駄目だ。やっぱり駄目だ。

 駄目だ。駄目だ。駄目。駄目駄目駄目……」

 

 そう延々と呟きながらRecceは、その胸の中に抱いていた鉄血人形「Ripper」の胸元や首、顔面に何度も何度も手にしていたナイフを突き刺していた。

 

「駄目……おかしい……やっぱりおかしいよ……

 駄目だ。イカれてる。おかしい。おかしい……」

 

 さくさくさくさくさく――

 Recceが一言呟く毎に、その手のナイフが音をたててRipperの亡骸に深々と突き刺さる。

 月夜にその音は不思議とよく響いた。

 ――どことなく人間の子供が砂山にスコップを突き刺さす音に似ている気がした。

 

「ああ……おかしいな……本当におかしい……

 本当に駄目だ……」

「Recce!」

 

 ――なぜわざわざ大声で彼女の名を呼んだのかは自分でもわからない。

 だけど、わたしはそうしないといけない気がしたのでそうした。

 

 Recceのナイフを握っていた手がピタリと止まる。

 そして、ゆっくりと彼女がわたしの方へと顔を向けた。

 

 ――その様子は、ここに来る直前のヘリの中でわたしが彼女に緊張しているか尋ねた時のそれと不思議と被って見えた。

 

「SOP II……」

 

 M4のものとまったく同じだがどこか薄暗く濁ったような感じがする瞳が、先日の食堂でのやり取りの時と同様、わたしの視界に映り込む。

 ――いや、その瞳は明らかに濁っていた。

 あの時よりもはっきりと、まるで深い闇の中に通じているのではないかというくらい、Recceのふたつの瞳の中にはどす黒い“()()”が渦巻いていた。

 

「SOP II、俺やっぱり駄目だ。

 やっぱりおかしいよ」

 

 Recceのその口から自嘲気味な言葉が漏れるが、その顔は全く笑っている様子もなく真顔のままだ。

 

「吹っ飛ばされたり、横っ腹に銃弾食らって偽物だけど血がどくどく流れていて体がすっごく痛い。

 ――だけど()()()()なんだ。物理的に傷ついたところしか痛くないんだ。

 そこ以外の体や心はちっとも痛いと思わないし感じないんだ。本当は死ぬほど痛いのに。痛いはずなのに。

 俺は何度も死ぬと思った。殺されると思った。()()死にたくないと思った。助けてくれと思った。なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだと思った」

 

 はあっと一度一呼吸置いて、再びその口から次々と言葉が漏れてくる。

 

「――なのに。なのに本当に心も体もそんなことは思っちゃいなかったんだ。

 嘘みたいに静かで、嘘みたいに冷静だったんだ。

 こんな俺が。戦場のド真ん中で。殺し合いをしている真っ只中で。嘘みたいだろ?

 だから俺はそんな自分が信じられなくて――嘘だと思いたくて、やりたくもないことをやってみたんだ。それがこれだ」

 

 そう言いながらRecceはナイフを持っている右手と共に、周囲を一回ぐるりと見渡した。

 

「俺なら絶対にやらない残虐な方法でこいつらを1人残らず殺してやった。壊してやった。

 いや、違うな……本当なら殺すこと自体俺は絶対にやらないんだ。

 最初にスコープ越しに見た敵の頭をぶち抜くことだってやるはずがないんだ。そんなことをするのはゲームの中だけなんだ。現実じゃそんなこと絶対にしない。

 それなのに俺はやった。やれた。できた。やってしまった。できてしまった。

 なのに――なのに俺の心も体も何も感じない。何も思いはしない。罪悪感も恐怖心も、喜びも悲しみもない。かといって虚しさすらない。

 何度も何度もこいつを刺して、もう原型すら留めていないほどグチャグチャにしてやっているのに、俺はまったくもってそのままなんだ」

 

 そう言って再びRecceはナイフをRipperに向けて振り下ろし、その胸に深々と突き刺した。

 

「どうしてだよ……」

 

 ぴしゃりとRipperの胸からあふれ出た返り血――人間らしさを表現するために人形たちの体内に含まれている疑似血液だが――を顔に浴びながら、Recceは弱々しく呟いた。

 ――その顔はやはり弱々しさなど微塵も感じさせないくらい真顔だが。

 

「今でも本当は泣き叫びたくて、発狂したくてたまらないのに――たまらないはずなのに……

 SOP II、やっぱり俺はおかしい。俺はイカれているんだ」

 

 

「――おかしくないよRecce。

 それが普通なんだ。それが当たり前なんだ」

 

 

 わたしはそう言うと彼女の頭をぎゅっと胸に抱き、彼女の顔をわたしの胸に埋めさせた。

 

「大丈夫。君は正常だ。イカれてなんかいない。壊れてもいない。

 それでいい――それでいいんだよRecce」

 

 鉄血人形の疑似血液とRecceの横っ腹から流れる疑似血液――後から知ったが、Ripperのサブマシンガンの弾が貫通して左わき腹が少し抉れていた――に服と体を濡らしながら、わたしはRecceの頭を撫でた。

 

「わたしたちは戦術人形なんだ。人間とは違う。

 戦いに罪悪感や恐怖を抱くのは人間だけだ。わたしたちは人間じゃない。

 だから戦うことに対して何も感じず、何も思わないことが普通なんだ。それが正しいんだ」

 

 この言葉は半分は正しく、半分は嘘だ。

 実際は人形たちは戦うことに対して各々の考えや思いや感情がある。

 ――鉄血の奴らにはあるのかどうかわからないが。

 だからRecceが言ったように「何も感じず、何も思わない」などということはない。わたしやM4たちだってそうだ。

 

 ――しかし、それが本当にわたしたちの心がそう感じ、そう思っているのかどうかまではわからない。

 先日Recceが食堂でわたしに言ったとおり、人間の精神を模造してプログラムしただけの偽物(マガイモノ)――そうなるように仕組まれただけなのかもしれない。

 だからこの言葉は「半分は正しく、半分は嘘」なんだ。

 それも自分たちでもどこまでが本当で、どこからが嘘なのかわからないという――

 

「あ……」

 

 胸の中でRecceからそんな声が漏れるのを聞いた。

 そして、その言葉と同時に彼女の体がピクリと一瞬だけ動き、やがて彼女の体から少しずつ力が抜けていくのをわたしは肌で感じた。

 

 ――彼女の右手に未だに握られていたナイフがするりと抜け、大きな赤い水たまりもとい血の池の中にポチャンと音をたてて落ちる。

 そして、そんな血の池に映し出されていた月が、生じた波紋によってゆらゆらと揺れた。

 

 

04/

 

 

 こうしてRecceの初陣――彼女の最初の実戦は終わった。

 結果は完勝。AR小隊はAR-15が――人間でいうと軽い打撲程度の――極めて軽度の損傷、Recceが左わき腹に銃弾を受ける損傷(キズ)こそ負ったものの、全員無事に作戦をやり遂げた。

 

 当初はRecceの実戦投入に難色を示していたグリフィンやI.O.P社の人たちもこの結果には満足してくれたようで、作戦終了後の事後処理なども全て片付いた頃にはこれまでどおりの称賛の声をあちらこちらから耳にした。

 ――Recceの損傷に関しても、「初陣ならこれくらいの損傷はあるだろう」ということで特にお咎めはなかった。

 

 ――そう。()()()()()()完璧な勝利だった。

 しかし、わたしたち――特にわたしはこの結果をまったく喜ぶことができなかった。

 

 鉄血の増援の存在を事前に予測することや、その増援への対応が後手に回ってしまったこともそうだが、なによりRecce Rifleという新たな仲間が抱えている「異質さ」――「異常性」ともいう――が改めて浮き彫りになったからだ。

 

 

 ――彼女はその性格こそ歪んでいるが、どこもおかしくはない。

 しかし、彼女はそんなおかしくはない自分を「おかしい」と言う。

 戦術人形としては正しいのに、それを彼女は「イカれている」と言う。

 

 そして――

 

「そうだな……俺人形なんだよな……

 そう……そうなんだ……そうだそうだ……

 人間じゃあないんだ。そう。()()人形なんだ。人間じゃあ……」

 

 ――どうして彼女は自分が人形であることをああも悲しげに口にするのだろう。

 

 わからない。

 今のわたしにはわからない。

 

 

05/

 

 

「通信が……切れたわ……」

 

 ――支援小隊と通信を行っていたM4の口からそのような悲痛な声が漏れるのをわたしは聞いた。

 

 現在わたしたちAR小隊は、支援小隊の助けもあり、無事に第3セーフハウスと戦域を離脱することに成功していた。

 それを報告するため、先ほどから支援小隊の人形たちにM4が通信を入れていたのだが――その途中、状況が一変した。

 

 M16が倒した鉄血のハイエンドモデル――「代理人(エージェント)」が早くも新しいボディを得て増援を率いてわたしたちを追撃してきたのだ。

 鉄血の人形は体をどれだけ破壊されても死ぬこと――存在が消えることはないとはいえ、いくらなんでも復活するのが早すぎる。

 正直そんなのあり?

 

「通信が切れたということは……クソッ!」

 

 支援小隊の身に何が起きたのか察したAR-15が、わたしたちを代表してその胸中を口にする。

 ――こうなる可能性は最初からわかっていたとはいえ、できることなら彼女たちもせめて1人でも多く生き延びてほしかった。

 

「感傷に浸っている場合じゃないぞ、お前たち」

 

 いつも作戦中背負い込んでいるウェポンケース――実際は「ウェポンケース()()()()()()()」。何が入っているのかはわたしたちも知らない――を背負い直しながらM16がわたしたちのもとに近づいてくる。

 

「あいつらが稼いでくれた時間を無駄にはしないためにも、少しでも遠くへ移動するんだ。

 ――そういうことだからRecce、さっさとそいつを消せ。熱源探知でバレたらどうする?」

 

 ため息をつきながら呆れた顔をしたM16の視線の先へわたしたちも目を向けると、そこには趣味である煙草をふかしているRecceの姿があった。

 

「バカ! あんたこんな時になにを呑気に――!」

「うるさい。私は今イライラしているんだ」

 

 詰め寄るAR-15を前に、Recceは見るからに不機嫌そうな表情を顔に浮かべながら言い返した。

 

「私はあいつらに逃げろと言ったんだ……

 それなのに、お前たちが自分たちが助かりたいがためにあいつらを犠牲にした。

 仲間だの何だのと聞こえの良いオブラートに包み込んで生贄にしたんだ。道具(モノ)として扱ったんだ。

 私はそれがこの世界で何よりも嫌いなんだ……!」

 

 そう言ってRecceは一度煙草を吸うと、ふうっと口に溜め込んだ紫煙を目の前のAR-15の顔面に吹きかけた。

 当然AR-15は一瞬「うっ」と声を漏らし嫌そうな顔を見せた後、再びRecceに対してキッとした表情を見せつける。

 

「Recce……」

 

 M4が申し訳なさそうな声でRecceの名を口にすると、Recceは横目で軽くM4の方に目を向ける。

 ――それから数秒後、はあっと一度ため息をつくと、腰にぶら下げていたシリンダー状の携帯灰皿を手に取り、その中にまだ火が点いたままの煙草を放り込んだ。

 

「――わかっているよ。AR小隊全員が生き残るためにはこれ以外選択肢がなかったってことくらい。

 だけど私は許せないんだ。それを躊躇いなく選択して実行できるお前たちが。

 そして、それ以外の選択ができたはずなのにできなかった私自身にも――」

「自惚れるなRecce。

 周りからはエリートだなんだと言われているが、私たち1人1人は所詮ただの1体の戦術人形だ。

 そんな物語の中の英雄や神様のようなことができるほどお前も私たちも強くなければ万能でもない」

「ああ。それもわかっているよ……」

 

 M16の言葉に、Recceはそう呟きながら被っていたフードをさらに深く被り直した。

 

 

「――だけど、俺は人形なんだ。

 人間じゃないなら人間では決してできないことをやろうとしても――やり遂げてしまっても正直バチは当たらないじゃないか……

 そう……人形なんだ。俺は……」

 

 いつか耳にしたものと似たようなことを口にするRecce。

 彼女のその自分自身に何かを伝えようとしている言葉には、あの時と同じような虚しさと哀愁が感じられた。

 

 

 ――そしてあの時同様、今回もその言葉を聞くことができたのはわたしだけだった。

 

 

06/

 

 

 わたしはAR小隊のみんなが好きだ。

 

 ――しかし、Recceにのみ「好き」という感情以外にも別の思いを抱いている。

 

 “()()”が何であるのかわたしにはわからない。

 

 少なくともわかるのは、この感情が決して「Like」とか「Love」とかではない――()()()()()()()()()だということ。

 

 なぜRecceに対してだけこんな感情か湧いてくるのか――

 そして、いつ、どこで、このような思いを抱くようになったのか――

 

 今のわたしにはわからない。

 

 

 ――ただ、この思いが何であるのかわかってしまった時、わたしとRecceは二度と一緒にいられなくなるという確信に近い予感があった。




 先に言ってしまうと、SOP IIがRecceに対して抱いている感情の正体は「罪悪感」です。
 それもAIによってプログラムされたまがい物ではなく、本心から生まれたもの。
 いわゆる「技術的特異点(シンギュラリティ)」というやつですね。

 Recceにとっての「無自覚な悪意」によって彼女を完全に戦術人形としてしまった(彼女が人間であることを否定してしまった)ことに、SOP IIは無意識に負い目を感じています。
 ――つまりそれは、無意識かつ無自覚に「Recceの中には人間が宿っている」という事実にも気がついているわけで……

 もしこれらの真実にSOP IIが気づく時が来たら……いったいどうなってしまうんでしょうね?(ゲス顔)
 あ。繰り返しますが、本作はBAD END予定です。


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