人格者 (ヒトヨ)
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Prolog

ATTENTION!
この小説は初投稿ですので拙い文章ですが予めご了承ください。

※注意事項
物語上、過激な暴力表現がございます。
(グロなどR18G的表現が含まれます。)
苦手な方はブラウザバックをお勧め致します。


副隊長!どうか!どうか!

『うるさい』

副隊長、貴方しか頼れる人はーー!

『無理だ』

副隊長!副隊長!副隊長!副隊長!副隊長!

『黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ』

副隊長!!

『僕は、何も出来ないんだ、構わないでくれよ。』

 

ピピ、ピピピピ、ピピピピピピ

 

あぐぁぁ、うるせぇ...

眉間に皺を寄せ、手を適当に上下させ鳴いてる物を探す。

目は開けない、何しろまだ眠いのだ、悪い夢を見てた気がして全く寝れた気がしないんだ。寝かせろ、寝かせてくれ。

 

ピ....ッ

 

あ、押せたぁ...

「てことで、おやすみ。」

と眠りにつこうとすると、直上から真下に位置するであろう僕の耳に

「なーにーがーッ...」

と、声が聞こえてきて、頭が認識した時

「おやすみぃ...よッ!」

バシン!バサァ!!

うわ寒っ。

「...さむ。」

「起きて、昼よ?」

「えぇ、またまた、ご冗談を...」

苦笑いしつつ目線を先程まで鳴いていた機械に向ける。

んぅ?おかしいぞ?

なるほど、そうかそうか、これは。

「時間がズレてるね、これ。」

「そうよ、今更鳴るからこっちがビックリよ。」

なるほど、昼なのに鳴ったからビックリか、なるほど。

それよりも重要なのは眠気だ、非常に眠い。

野営で見張りしてる時くらい眠い。

「そうか、じゃ、おやすみ。」

どうでもいいから寝よう。僕が寝た所で何事にも差し支えないだろ。

「シレッと寝転がるなバカ!」

バシン!...痛てぇ

って僕に痛覚が残っていたなら言えたのだろうが、どうも痛くない。

「わかった、おきるよ...zzz」

「分かってないじゃん!?」

あぐぁあ、起きてもうるせぇじゃん。潔く起きてしまおう。

「ごめんごめん、今起きる。」

といつもの低いトーンの声で起き上がる。

「全くもう、らしくないわね。」

「そうかい?」

「.......。」

むむむ、尋ねたら呆れたような顔をされた。

一つため息をつき、隣にいる少女はメガネに軽く触れて位置を戻す。

ひとつ動作をすれば銀色の髪がふわりと軽く揺れ、ついつい目が奪われる。

少女は顔を俯きがちに上目で前に視線を送りまた一つため息。

目線の先に椅子に腰をかけ、新聞紙を片手に足を組み優雅な姿勢で珈琲を嗜むクールな男性の姿。

テーブルにはトーストとマーガリンが置いてあり、髪は若干クセがついてしまっている。恐らく彼も寝起きだろうな。

「ん、一夜、起きたか。」

少し頬を緩ませ、爽やかな顔を見せてくれる

「えぇブロードさん、おやすみなさい。」

「何を言っている、こんにちはだぞ?」

「ね゛ぇ゛えそういう問題じゃないでしょ?!」

「そうか?」

「そう?」

おや、偶然にもハモった様だ。

顔を見合わす、どちらも真顔。うん、いつも通りだ。

「2人とも寝坊よ?寝坊。」

そうか、寝坊か。

ブロードさんと目を合わせると、彼は首を傾げて片手の珈琲をテーブルに置く。カップがコトリと音を立てテーブルに立つと同時に珈琲に波紋が走って波が立つ。彼の顔を見ると凄く穏やかな顔だ。

その爽やかで穏やかな表情の彼は、スラリと綺麗に疑問を少女にぶつけて見せた。

「アイシャ、起きる時間は決まってないぞ?」

百里あり、グッドタイミングだ、隙は逃さん。

瞬時に頭で判断し、脊髄反射と同レベルの感覚で合いの手を入れる。

「確かに、てことで寝ますね。」

「あぁ、おやすみ。」

「なんでそんなにテンポ良すぎなの?!」

アイシャと呼ばれた少女はいつも通りのキレのあるツッコミ。

流石はアイシャちゃん、今日も元気がいいね。

「腹減った。」

おっと、まずい、思ってる事と真逆の事(ほんね)が出てしまった。

「一夜、アンタねぇ...」

「ふふ、一夜らしいな。」

「その人らしいって抽象的で良く分かんないですよ。」

冷蔵庫の戸を開けて袋に入っている山形の食パンを出す。目線の高さ程にあるオーブントースターの戸を開けてパンを寝かせる。美味しく焼けろと念を入れ、ダイアルを5にして加熱を開始する。

「一夜、マーガリンと高糖度ジェルA、どっちが良い?」

いつの間に冷蔵庫の戸を開けていたアイシャちゃんは、冷蔵庫の中から高糖度ジェルA(いちごジャム)とマーガリンがを取り出し、僕の方へ向き直る。

少し目を細めながら5秒程考えて、僕は頷きアイシャちゃんの問へ返答をする。

「いちごジャムで。」

甘いの、大好きなんだ。

アイシャちゃんはムムっと顔を顰めて左手に持っている高糖度ジェルA(いちごジャム)を見つめる。そしてまたため息。今日はため息多いな。

アイシャちゃんは俯きがちにプルプルと首を横に振る。銀色の髪がバラバラと感情的に揺れると淡い光がそれに反応してキラキラと光る。

髪の質が余程良いのだろう。少し羨ましい。

「私は認めない、これがいちごジャムなんて認めない。絶対に。」

なんの事でそんなに首を振ってるのかと思えば、そういう事か。品目の名称など些細な事だろうに。

そう思いつつ、少し子供じみたワガママに非常な現実を叩きつけてしんぜよう。...最低だな僕。

「ワガママ言わない、それはいちごジャムだ。」

「認めないわよっ!」

んぅ、予想外に必死で切実な声だ。僕には出せない。

アイシャちゃん、余程本物のいちごジャムが好きなんだろうな。

「こんなめちゃくちゃに改良されて自然の甘みが約25%程で残る75%が人工甘味料のジャムがいちごジャムなんて絶対に認めないんだからね!」

「まぁアイシャ、そう言わずに...」

宥めるブロードさんを背にしてトーストした食パンにジャムを塗ったくりかぶりつく。後ろからはブロードさんがムムムッと顔を顰めて膨れているアイシャちゃんの頭を撫でつつ何かを言って説得しているようだ。

僕としては、人工甘味料だろうが自然甘味料だろうが今じゃほとんどの味覚が死んでいるから変わらないんだよな。

僕は遠い目で澄んだ空を眺めていると、唐突に背後から気配を感じた。

「ーーーーッ」

「...フッ」

短く息を切る音が聞こえると耳にはドタンと激しく転倒する音。

視線は何故か上を向いている。

「???」

純粋な困惑、一体何が起こった?

視線をめぐらせると、すぐ右の方にブロードさんが立っているのが見えた。僕が見上げている形だ。

ブロードさんは少し呆れたような溜息をつき僕の方を見ている。

「危ないだろ、一夜。」

「...はい?」

「急に攻撃なんて仕掛けてくるもんじゃないぞ。ここにはお前と俺とアイシャの3人しか居ないんだから、何も警戒をするな。」

あぁ、なるほど。合点がいった。

僕は唐突に感じた気配に無意識に反応し右腕を使いその気配を消そうとしたのか。

だが、相手がブロードさんであったため技量が上なブロードさんが逆に僕をひっくり返したのだろう。

「すみません。」

「いや、俺は全然平気だ。」

こんな状況でもブロードさんは汗ひとつかかない。目が肥えているとでも言うのか。互いに経験は10年を超すが潜った場数がものを言うか。元特殊機動部隊である僕よりも元正規軍所属の部隊であるブロードさんの方が出撃頻度は高い。

そう考えると経験に差が出るのも無理はないか。

再び頭上のブロードさんにピントを合わせる。彼は眉間に皺を寄せ少し難しい顔をしていた。

「一夜、今日は少し様子が変だぞ?」

ブロードさんはふと思いついたかのように、目下の僕を見ながら尋ねる。

「はぁ、そうですか?」

「うむ、顔色も優れてないようだ。どこか悪いのか?」

僕は自分の調子を再確認するため、上体を起こしそのまま胡座をかいて目を瞑る。

僕の感覚神経はいつかの戦いを境に半分以上が一気にプツリと切れた。その日からというもの、自身の能力値が上がると同時にどこかの神経が欠落している様だ。例えば運動能力の上昇と共に味覚が狂ったり、反射神経の向上と共に痛覚神経が低下したりという感じだ。

どこが成長すればどこが無くなると言うのは決まっておらず、どこかが増えどこかが減るようだ。

それ以外特に何も無い。ブロードさんはこの事を知っているはずなので、僕はあえて何も言わず首を横に振る。

「んむ、そうか。」

と言いつつ疑いの目が僕を射抜く。

「そんな目で見たって何も無いものは無いですよ。」

素っ気なく答えて立ち上がった。

ブロードさんは尚も納得のいっていない表情だが、僕は気にせず背を向け次の戦いに備える為自室に向かおうとする。

しかし、ふと足が止まった。なぜ止まったのか自分でもよくわからない。

「...もしかしたら、夢を見たからかも知れませんね。」

何故か、そんな関連性があるかも分からないことを口からこぼしてしまった。その言葉の真意はわからない、けど自身の感覚からするにこれは今の自分の意思ではなくて、恐らくとうの昔に失った僕の感情のひとつが言わせたのだろうと。

ブロードさんは真っ直ぐ僕の背を見ている。その目は真剣だった。

ひとつ頷き、ブロードさんは歩を進める。

「一夜、良ければその話、聞かせてくれないか?」

「入隊当時のことです、面白くないですよ?」

「俺はお前がいつ入隊したのかは知らない、お前についても何もわからない。」

「知ってどうするんです?」

「理解するだけさ。お前という人間がどのような覚悟でその道を歩んだのかを。」

僕は悩む、できれば思い出したくない。

視線を彷徨わせ、アイシャちゃんを見る。

「.....。」

黙ってこちらを見ているアイシャちゃんの目からはブロードさんと同じくものを感じさせた。要は2人とも知りたがっているわけだ。

僕は、ため息をして両手をあげる。降伏の意を示すものだ。

「わかりました、2人には負けたよ。」

そうなんでもない風に答えて向き直り、2人に目で着席を促す。

2人とも頷き椅子に座って僕を待つ。

「じゃあ、聞いても後悔しないでくださいね?」

そう言いながら僕も着席する、その言葉は僕自身にも向けたものだ。

恐らく僕は話し終われば後悔するだろう。

そう思いつつ目を瞑り、僕は振り返る事を止めない。振り返らなければ、この先の戦いで心が折れるだろう。既に死んだようなものだが、まだ死ねないのだ。僕の戦いの全ては『あの人』との綺麗な思い出を守る為、その決意こそが今の僕の原動力だ。

その為なら僕は悪者にだってなれる。昔そう決意した時からそれは揺るがない。振り返り、自分の未熟さを再認識し第三者に教える事でさせることで、またひとつ変わるのだ。

目を開ける。目の前には僕の言葉を待つ2人。

僕は真っ直ぐ見つめ返し、胸を張る。

そして、ゆっくりと言葉を声という形にした。

「僕、一宮 優士(いちみや ゆうし)は、ある日を境に死んだんです。」

これは、僕の悔恨の記憶。




今回、初めて作品を投稿させて頂きました。沢山試行錯誤して作りました。お楽しみいただけましたら、引き続き今作品をよろしくお願い致します。


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第一章 Possibilities of unknown numbers
白イ天井/部屋


「僕、一宮 優士は、ある日を境に死んだんです。」そう切り出した青年は、ゆっくりと少年時代を語り始める。
目覚めた少年は、真っ白な部屋にて3人の大人と出会う。
そこから彼の絶望へと行く人生が幕を開けた。
これは、彼が如何にして死ぬかの物語。


目が覚めたら見覚えのない室内風景。

漫画とかでありそうな四角形の何も無い部屋。天井中央に丸型のLED照明があり室内を明るく照らしている。

キョロキョロと辺りを見渡しても何も無いが、唯一僕のそばに僕に繋がっているであろう点滴がある。それ以外はただ白いだけ。

「...どこ、ここ。」

どうしようもない不安感に襲われ、もしかしては自分自身が居ないのではないかという錯覚さえ襲ってくる。そんな理由からつい1人しか居ない空間で声を出す。時計も何も無いから時間がわからない。

今は何時だ、今は何年の何日だ。僕は一体何をしていたんだ。

僕は...誰だ?

頭で色々考える、しかし浮かぶのは疑問のみで答えなど全く出てこない。それにどうも動けそうな調子ではないし、どうしようもない時間を無駄に過ごすだけだった。

どれほど経ったか、どこかから聞きなれない機械音が響く。

なんと言うのだろう、扉が開く音か?

頭の悪い例えをするなら、カシューッと言う横にスライドしてそうな音だ。しかし、やはりそんなのを知っているような記憶は何処にもない。

「誰か、居るんですか?」

またも不安になり誰かがいるなら縋り付きたくて声が出た。答えは帰ってこない。誰もいないのか?

そう思った時、カツカツと硬い足音が3つほど。

視線をめぐらせる。右側の方に3人の人。

1人は女性、残る2人は男性だ。

男性の片方は白衣を着ており、眼鏡をしてスッキリとした顔立ちをしている。髪も綺麗な金髪で長すぎず短すぎずの程よいヘアスタイルでありながら、俳優にいそうな顔だ。体格から見るに、程よく鍛えられてもいるようだ。これでも既に印象は深いのだが手の甲から袖の内にかけてある長い傷が、分不相応と言うように目立つ。

もう片方の男は見た目的には年長者。中でも背は高く、身体付きも見た目年齢の割には程よく鍛えられて良い感じだ。口角が左に上がっており、僕でもわかるほど緩いオーラを放っている。髪は整っておらず肩あたりまで伸びてしまっている。それでも一応後ろで結っているらしい。顎には無精髭があり、イメージ的には適当そうな感じである。ここの制服であろう服も着崩している。

女性の方は、なんとも言えない厳しい目付きをしており。スレンダーな体型で立ち居振る舞いは堂々としている。隙が無さそうなイメージだ。髪は深い黒の中に淡い紫が微かにあり珍しい色合いをしている。背をきっちり伸ばして堂々としている故に厳格な意志を立ち姿だけで感じられるという錯覚すら覚える。

白衣の男が適当そうなおじさんに資料を見ながら何かを説明しているようだ。そのおじさんはヘラヘラしつつ頷いているが、どうも真面目に聞いている風には思えない。

一方女性は何も言わず何も聞かずただ一点を見ている。視線の先はおそらく僕に繋がれた点滴だ。何故見ているか、などの理由は見当もつかない。

話にケリが着いたのか、おじさんはヘラヘラとした表情を崩さずに白衣にひらひらと手を振りこちらへ歩みを進めてくる。

カツカツカツと足音が妙に響く。近づくにつれ鼓動が早くなる。

...怖い。どうしようもなく不安だ。

「もしもーし、起きてるかぁ?少年。」

「は、はい...」

恐る恐る、ゆっくりと返事をしてみる。

声を認識したおじさんは目を大きく開き更に胸を張った。

「おっ!起きてる起きてる!バイタルも安定してそうだな!よしよしよしよしっ!!」

「は、はぁ...」

な、馴れ馴れしい。予想以上に馴れ馴れしい。そしてうるさい...。

しかもなんか臭いんだけど。

「おーいセンセ、問題ねぇんじゃあないの?」

センセと呼ばれた白衣が顔を上げ眉間に皺を寄せる。仲悪いのかな?

「バイタルチェックはしっかりと規定通りに行わなければなりません。ましてや寝覚めの少年に対し無責任に判断を下すことは出来ません。貴方は今後少年の所属する部隊の『隊長』という立場で立会命令が出ているのです。本来はここには入れないのですから、少々慎んでください。」

「あーあー、長ったらしい説明ご苦労さん。全く耳にタコだぜ。」

「真面目に聞く気は無いんですか...っと言っても同じですね。」

はぁあ、と長い溜息をもらす白衣。声からすると30丁度か20後半と言ったところか、若々しい声だ。

「おっセンセーよく分かってんじゃないのー。」

このおっさんに関しては一挙一動一言一句その全てから真面目さを感じない。しかも先程からヘラヘラした表情を崩さない。

そう思った矢先、おっさんは藪から棒に白衣に問を投げる。

「タバコいぃ?」

「ダメです。」

白衣の即答。こうかはばつぐんだ!

「あ゛あ゛あ゛あ゛!」

「うるさいです、黙ってください。」

いやホントだよ。本当にうるさいなこのおっさん。ただでさえ音が反響する部屋で大声をあげるな。

「じょーだん。」

「忙しいので構ってる暇なんてないんです、次同じ事をしましたら追い出しますのでそのつもりで。」

「あいあい、わかりやしたよぉ...」

ボリボリと頭をかくおっさんとその近くで資料を確認している白衣。

2人は頻繁に言葉を交わしているが女性は無反応。ただ1人入口前に立っている。それに気づいた白衣は女性に強かに声をかけた。

「サレナ、貴女にも入室許可は出ています。これから教え子になるであろう少年のバイタルチェックは貴女にも最重要項目では?」

「私はここからでいい。声なら聞こえている。診断結果については後程資料を回してくれ。」

白衣は視線を下へ落として考える。対するサレナと呼ばれた女性は真っ直ぐ白衣を見つめたまま微動だにしない。まるで機械だ。

「.....わかりました。後に資料を回します。」

長考の末、白衣は渋々と女性に承諾をする。

女性は白衣に向き直り「申し訳ない」と綺麗な姿勢で頭を下げる。その動作に合わせて紫色の混じった黒髪がサラリと流れるように揺れる。停止しているだけでも目を奪われるのに、動作が加わるだけでそれはさらに目を引くほど綺麗に見えた。

そんな落ち着いた空気を乱すようにフラフラとおっさんが白衣の元へ歩んでゆく。

「ねぇまだぁ?早くしよーぜえ?」

白衣は顔を顰めておっさんを見る。奥にいる女性は無反応の様にも見えるが、一応眉間に皺が寄っているようだ。

「何にも話が進んでねぇぞお?」

「誰のせいだと思ってるんですか。」

「おいちゃん知らなぁい。」

あんたのせいだよ。と言わんばかりの形相をする白衣。意外にもユーモアのセンスはある様だ。

こちらとしては、この3人が目的を持って来たとは思えない。主にこの適当なおっさんのせいで。

白衣がこちらに歩み寄り寝転んでる僕の目を覗き込んだ。白衣の目はとても澄んだ空のような色をしており、僕は少しばかりその色に見とれる。

「具合はどうです?イチミヤくん」

「イチ...ミヤ...?」

聞きなれない名前だ。僕のことなのか?

白衣も少しばかり困った顔をして曲げていた腰を伸ばす。

「なに?どったの?」

おっさんの気の抜けた声がする。それを聞き流しながら白衣を見つめる。白衣は手を顎にあてて長考しているようだ。

「あの、どうしました?」

尋ねてみる。

白衣は視線を下へ向け僕を見る。

「君、自分の名前が分かりますか?」

...名前、そう言えば。僕ってなんて言うんだ?

目を瞑って長考する。一つ一つ、頭の中の記憶の引き出しを開けていく。出生、家族、友人、住まい、恋人...。ダメだ、何故か人との繋がり部分とそれに関連した記憶だけがぽっかり抜けてる。何もわからない。分かるのは...憧れの様な物。夢?理想?目標?...呪い?

あぁ、これ以上考えても無駄だ。何もわからない。

「いいえ、わかんないです...」

「はぁ、そうですか...参ったな。」

白衣は俯き手で顔を覆う。それを隣から見つめるおっさんと後ろから見つめる女性。なんかよくわからない状況で参ってるのはこちらなんだが、あちらの都合にこちらの意思は無関係なのだろう。

ツカツカと足音が鳴る。女性が歩を進めたのだ。

白衣は視線を音の鳴るほうへ向ける。

「ルーク先生、彼は記憶が無いのか?」

「名前が分からないとのことです。記憶自体は分かりません。」

「ふむ。」

女性は僕に向き直りこちらを見つめる。

「故郷はどこだ。」

「は、はい?」

唐突だったが故に認識が遅れ間抜けた声が出る。

しかし女性は依然として表情を変えない。

「もう一度言う。故郷はどこだ。」

「わ、わかんないです。」

「質問を続ける。考えず、直感的に答えろ。」

なんて無茶な事...。

けれど相手はジョークを言ってる風でもなく、有無を言わせぬオーラが感じ取れた。僕は渋々と首を縦に振る。

すると白衣が女性の向かい側に回り込み僕を支えながらゆっくりと上体を起こしてくれた。

「サレナ、確認は任せます。」

その言葉を確認した女性も頷き質問を続けた。

「家族構成は?」

「分かりません」

「生年月日は?」

「いつかの寒い時期だった気がします。」

「友人は?」

「覚えてません」

「恋愛経験は」

「わかりません。」

「通った学校は」

「歩く距離が長かったことしか、わかりません。」

「次が最後だ。」

「はい。」

「お前、人を殺したな?」

「ーーーーッ!?」

驚き女性を見上げる。

女性の目は僕の目をしっかりと捉えているが、まるでさらにその最奥を見詰めている感覚すらある。そして何故か確信めいた言葉。

僕が...人を?そんな事...。

そこで一つ、何かの記憶の欠片と思わられる断片映像が映った。

それは主観。自分か他人か分からないが、恐らく自分。

視界に移るのはこちらの膝元までに降り注いだ血、その血は手にも点々とある。右手にはSMG(サブマシンガン)が握られている。目の前には男のような体格をした影が倒れている。死んでいる。

なんだこれ。そんな言葉と同時に胃液が喉元までせり上がってくる。

途端に我に帰り、お腹と口を抑えモノが出ないように必死でこらえる。

白衣は慌てた様子で背中をさすってくれた。気休めではあるけれど、随分と心が楽になる。

「反応から見るに心当たりはあるようだな。少なくともお前の無意識にはあるようだ。」

吐き気を堪え涙で潤んだ目で女性を捉える。

「そ、れは...」

否定しようと必死に声を絞るも声は出ない。それ以前に声が出る前にモノが溢れそうだ。

「否定はできない。お前の今の状態が最もな証拠だろう。」

「そん...な、こと...!」

強かに否定しようと声を必死に絞るがやはり出ない。

そんな僕に、女性は容赦はしないと言った様子で告げた。

「いいや、違わない。否定しようもない事実だ。『お前は人を殺した。』これは決して揺るがない事実だ。認めろ。」

息を呑むと同時に頭の中で次々と別の映像が断片的に映る。

それは小さいながらに影たちに犯される少女。

それは吊るされる人間だった肉。

ぶちまけられる内蔵。錆びた鋸で腕を断たれ泣き叫ぶ少年。

主観、ナイフで抉られる左肩。とても痛くて泣き叫んだ。

楽しむ様に嗤う影。うるさくて。

怖くて。辛くて。苦しくて。

 

ーーーーーーー消えろ。

消えろ...消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろーーーー

ーーーキエロ。

 

ブツリッ。頭の中で何かが断線する。

真っ暗で何も見えない。怖い。

まるで知らない所で置いてけぼりにされたような大きな不安感。どこまでも広がる虚無が僕の心をさらに崩して行く。立っているのか、浮かんでいるのか、寝転んでいるのか。感覚も何も無くてわからない。このまま消えてなくなるのは簡単なんだろうな。

そう思うと、目の奥が熱くなって、ポロポロと涙が流れた。

怖いよ、誰か、助けて...こんなの、耐えられるわけが無いじゃないか...。

....突然、ふんわりと暖かく懐かしい感覚がした。いい香りがする。

そんな事を考えてると安心してきて、自然と言葉が零れた。

「...母さん?」

そう言って直ぐに違う人だと認識する。自身が質問をしていた女性に抱きしめられている。誰かに抱きしめられたのはいつぶりだろうか。

それも僕はわからない。けれど確かに感じた事のある温もりだ。

「男が泣いていいのは3回までだ。その1回をここで使うな。」

女性がゆっくりと優しく頭を撫でる、先程の質問時とは違った色の声。優しい色の声。暖かくてとても安心する響き。目を瞑り、しばらく全身の力を抜き身体を預ける。女性は優しく静かに「大丈夫、大丈夫だ...」と赤子を宥めるかの様に僕の身体を包んだ。

心が落ち着いてきた頃、男性の声が耳に届いた。

「サレナ、そろそろ。」

白衣のささやかで静かながらに強かな声だ。

「あぁ、わかった。」

女性はそれに返答し、僕に回していた腕を解く。

ほんの少しだけ名残り惜しさを感じたが、先程までは無かった確かな安心感は胸に残っている。

白衣は僕の目を見つめてからニコリと笑みを浮かべ頷いた。

「先程よりは精神状態は安定しているようですね。」

「えぇ、まぁ。」

「ふ、曖昧な返答ですね。しかし目を見ればわかる。」

「目を、ですか?」

「目は口ほどに物を言う、では無いですが、心の状態というのも割と現れるものなんですよ。」

「そうなんですか。」

「まぁ、あくまでも予測の域です。確実にわかるのなら苦労はしませんよ。」

白衣は苦笑いし溜息をつきながらメガネを押し上げ位置を戻すと背筋を伸ばし改めてと言わんがばかりの真剣な顔をする。

「だいぶ遅くなりますが自己紹介をしましょう。」

「あ、はい。」

白衣はゴホンとわざとらしい咳払いをしてから僕に目を合わせる。

「私はルーク。ルーク・アークレシス、と申します。君の担当医として選抜されました、今後ともよろしくお願いします。」

と、綺麗に頭を下げる。礼儀の見本と言うのはこんな感じなのかな。

「こちらこそ、よろしくお願いします。ルーク先生」

僕も負けじと頭を下げる。しかし、記憶が曖昧なため自己紹介までは出来そうにない。これはなかなか、もどかしい気もする。

「君の事は既に軍で調べさせてもらいました。自己紹介等々はせずとも構いませんよ。」

「え、軍?」

軍というあまり聞かないはずの言葉に疑問を覚える。

なぜ軍隊?子供一人くらい警察に預ければ良いのでは...?

一つ考えれば疑問はまた一つ生まれ更に疑問を深めた。

ダメだ、埒が明かない。とりあえず今は彼らから聞き出せる。疑問はいくらでもある。まずは...自分の情報が欲しい。僕は何者なんだ?

「申し訳ないですが、質問にはお答え出来ないのです。」

「は.....え?」

なぜ、まだ何も言ってない、考えただけだ。

単純に困惑した。予測?いや、予測ならそこまで確信めいた言い方はしない。いや出来ないはずだ。彼は今、僕が何を言おうとしていたのか知っていた?そんなことありえない。

「言いましたよね?目を見ればわかると。」

目?嘘だろ...?

「目を見ればわかると言うのは心の状態の事ではないんですか?」

率直に疑問を声にする。

「貴方は先程『目は心の状態が多少現れる』と言っただけだ。何も『目を見れば考えてる事までわかる』とは言っていないはずです。」

「ふむ、頭の回転は悪くは無いですね。」

ルーク先生は答えず、まるで遊んでるかのように明るい笑顔を見せる。流石に今見せられると何かムカつく。

「では、君の診察がてらその疑問に関することに対してはお答えしましょう。」

「.....そりゃ、どうも。」

またひとつ笑みを浮かべたルーク先生は伸ばしていた背を曲げて楽な姿勢を取った。論議は出来ると言うサインか?明らかに僕の言葉を待っている。それなら遠慮はしない。

「ではまずは、先程の『目』についての答えをください。」

相手は頷きわざとらしい咳払いをまたひとつ。

「私はコトワザと言うのが好きでしてね。多少かじっているんです。」

「...は?」

何が言いたいのか分からない。答えがそのまま返ってくる物だと思っていた。しかし相手は笑みを浮かべたままこちらを見ている。

...いや、観察しているのか。

「悩んでるようですね?頑張ってください、考えれば答えはすぐ出ますよ。」

なるほど、要は僕の記憶力を確かめようとしているのか。

良いさ、ならそれに答えてやる。

僕は目を伏せ、口元に掌をあてる。思い出せ、彼は先程なんと言ったか。

『彼は先程【コトワザが好き】と言った。コトワザとは、東洋のどこかで使われていたはずだ。それがどう【目】に結びつく?』

彼は未だに笑顔を崩さない。楽しんでいるのか?いや、そんな事はどうでもいい。僕にとってこれは無駄な時間にも思えるが、彼にとってはこれが『診察』なんだろう。

僕は外に逸らしていた思考を内側に戻す。

『東洋のコトワザ。目を見ればわかる。心の状態がわかると言った後か?いや...その前だ。【目は口ほどに物を言う】...!』

ハッと顔を上げる、確かに考えればすぐわかった。

「なるほど。【目は口ほどに物を言う】ですか。僕の考えが声として口から出る前に、貴方は僕の目を見て心の状態と自身の発言により思考を予測した。」

「ほう、それはなかなか至難の業ですよ?それが私にできると?」

疑問を口にしているだけなのに声色は楽しそうだ。

「ええ、貴方はそれが出来ます。」

彼の目を見る。口元は笑みを浮かべているのに目は鋭く真剣だ。

僕の言葉を待っているのだろう。

「僕は、貴方は軍医であり衛生兵でもあると考えるのです。」

「ほう、それはなぜ?」

「貴方の手の傷、それは戦闘行動によるものと推測します。少なくとも手術等でその傷は出来ない。」

もう一度彼の表情を伺うと雰囲気が少し明るく変わっていた。まるで大好きな物語を親に読み上げてもらっている子供のような明るい雰囲気。

心が踊っている?と言うのだろうか。

「ふむ、面白い。着眼点は悪くないし、推論もなかなか興味深いです。しかし、仮にこれが戦闘行動による負傷だとすると、どうなのですか?それは先の話と関連があるのですか?」

「あります。相手を静かに観察するほどの集中力と予測の的確性。貴方の得意分野はさしずめ計算と言った所でしょう。そして計算能力に長けていてかつ戦地に送られた兵士の治療と防衛をする兵士と言うのは、軍と言う組織において必要不可欠では?」

「私は医者です故、集中力と予測能力は必要不可欠。何も兵士だからというのは無理があるのでは?」

「いいえ、そうでも無いです。少なくとも貴方の目は『人を治すためにあるものでは無い』のでは無いですか?」

また空気が凍る。そりゃそうか、いきなり突飛なことを言われたらそうもなるよね。仕方ないか。

周りを窺うと、女性は今まであんまり変えなかった表情を驚きの色で塗り替えている。おっさんは今にも笑いだしそうな顔だ。この人の辞書に真剣という文字は無いのだろうか。

言われた本人もだいたい女性と同じような表情をしている。ということは、少し度の過ぎた解でも通じているのか?

「私の目は、人を治す目ではない?どういう事ですか…?」

「さっき目を見て思ったんです。この目はどちらかと言うと『遠くにいる対象を見る目』だと。」

「はぁ...?」

「つまり、医者として表舞台にはいますが、衛生兵じゃなく医者として治療のため戦地に駆り出された時、貴方は敵から拠点の防衛をしなければならないはず、敵が気づく前に遠方からスナイプする方が余程向いているのではないかと。」

「...ほう、続けてどうぞ。」

「では。貴方のその演算能力は恐らくずば抜けている。周囲の状況を常に把握し空気の流れを常に感じ取る。様々な環境で気候や風向き、質量に合わせ標的の頭を的確に撃ち抜くのは正しく『至難の業』であり、そもそも熟練のスナイパーでもそれは難しいはず。」

ここでもう一度、慎重に相手の表情を窺う。

彼は笑顔で目を瞑り、静かに何かを考えている様子でそのまま僕の方へ声を出した。

「驚きました、寝覚めにしてその頭の回転と想像力。お世辞じゃなく、本当に素晴らしい。」

「という事は、正解ということですか?」

質問するとルーク先生は目を開け、笑顔のまま問いへの回答をする。

「いえ、正しいか正しくないかは論点ではないです。私が知りたかったのは君の頭の回転の速さですから。」

と、屈託の無い笑みをこぼすルーク先生。その答えに僕は唖然とし、伸ばしていた背を曲げて力を抜く。今までの問答は僕にとっては無意味であったということだ。しかし担当医である彼にとっては『少年の頭は通常生活に置いて特に支障がない』という大きい意味を持つ事になるのだと思う。

「ユニークな発想の推理、中々楽しかったですよ。...まぁ、私個人として言わせてもらうのは。『君が信じた答えこそが正解』ということです。」

「.....はい?」

「文字通りです、他意はない。」

と、またしても笑顔。その笑顔が語るのは本当に他意が無いということ。こんな笑顔を見せられたんじゃ、不満も出てきやしないと言うものだと、僕も釣られて笑みを零してしまった。

「...さっ、検診はこれで終わりにしましょう。」

「え?身体の健康とかそう言うのは...」

「ん?あぁ、終わりましたよ。君が推理を述べてる間にサレナがメモをしてくれたので。」

ルーク先生はイタズラをする子供のような無邪気な顔でメモを取るジェスチャーをする。やはり、ユーモアセンスは結構あるみたいだ。

そんなルーク先生の後ろから女性が歩み寄って来てメモ用紙を数枚渡す。疑問なのは機材を通さずどう見たか、と言うのだが。それも察知したのかルーク先生が説明を始めた。

「ええと、機材がないと言うよりはそのベットそのものがスキャニング機能を搭載しておりまして、レントゲンを撮るにしても身体の検診をするにしてもこのベッドひとつで十分なんです。」

「そうなんですか...って納得しにくいですが...。それ、一般にも普及してるんですか?」

「いいえ、していません。これは国連が試験的に運用しているものでー...」

「一々そんな無駄なこと話しても時間がダラダラすぎるだけだろぉ?!」

突然響く無駄に大きく締まりのない声。黙りこくっていたオッサンが高らかに声をあげたのだ。

「うるさいぞ!!」

すかさず女性がつっこみを入れ、バシンッと頭をはたきオッサンを睨み付ける。

確かにうるさいから僕もルーク先生もノーコメントで反応せず、無言のまま向き合う。

「まあまあ、落ち着けよみんな。俺はまともだぜ?」

「嘘つけ。」

「嘘ですね。」

ルーク先生と女性が声を揃えて静かに否定をする。

「俺の信頼なさスギィ!!」

だろうなあ、うん。

冷ややかな目で見つめられているオッサンは不服そうな顔をしつつ僕に歩み寄り、僕の横で立ち止まってニカリと明るい笑みを浮かべつつ腰に手を当て大袈裟に胸を張る。

「少年、君はこれから大きな選択をし、大きく成長してて行くことだろう!」

「はぁ、急に何でしょう...。」

「反応うっすいなおい。」

えぇ、なんだよホントに...。

僕が困惑の表情を浮かべていると、オッサンは頭をぼりぼりと掻きながら溜め息をつく。

「まあ、お前さんはこれから普通には暮らせないってこった。」

「まあ、そうでしょうね。」

キョトンとするオッサン。周りの人達も僕の言葉に興味を示しているようだ。そんな周りの反応に僕も思わず首をかしげる。

「え?だって先程ルーク先生が貴方に『隊長としてーー』みたいなこと言ってたじゃないですか。...違うんですか?」

「あ?え?あぁ、合ってる。俺がお前さんを世話する隊長、って言われた。」

えぇ、なんなんだこの人、気が抜けるなぁ。だ、大丈夫だよね?

不安になるようなオッサンの回答に周りの人も溜め息。

そんなこともにする素振りを見せず、のんきにあくびをするオッサン。本当に大丈夫だろうな...。怖いんだけど。

「まあ、そんなことより自己紹介よ!」

いや気にしろ、してください頼むから。などと心で思いつつ、オッサンの言葉を待つ。

彼はオホンッとわざとらしい咳ばらいを一つして、肩の力を少し抜いた。

「俺はレイヴス。レイヴス・シュヴァリエだ、よろしくな少年!」

「あ、はい。よろしくお願いします。」

あれ?意外と普通の自己紹介だ...。

「ふふん、意外とまともだと思ったろ?」

「...はい。」

「正直だなおい。」

「隠す必要がないですから。」

「むむむ、さてはお前さん、効率主義ってやつか?」

「知りません。」

「えぇ...まあ、いいや。あ、俺のことはまあ、タイチョーとかレヴィさんとか適当に呼んでいいからのぉ。」

「あ、はい。わかりました、隊長。」

「うむ!」

まあ、悪い人じゃないのは確かか。

隊長は意気揚々に女性へと向き直り「お前も自己紹介したらぁ?」とやはり気の抜けるような声で言う。

女性はムッと顔を少しこわばらせて眉間に皺を寄せる。

「...そう、だな。うん、そうする...。」

っと、少し考えるような間があったが、スッと決断する女性。

隊長は僕に手を振りながら離れていき女性と場所を交代する。女性は僕の横に立つと毅然とした態度で僕な目を見つめる。

ちょっと、怖いかも。

「私はサレナ。お前の指導員だ。」

「えと、よ、よろしくお願いします…。」

「うむ。訓練の日程は後でレヴィ隊長と共に私の所へ来てくれ。そこで詳しい説明をする。」

「は、はい、わかりました。」

「以上だ。これからよろしく頼むぞ。」

女性はくるりと背を向けるが歩を進めずに思いついたように立ち止まり、半身をこちらに向ける。

「わ、私のことは、教官と...さ、サレナさんとで分けてはくれないか?」

「...?えっと。」

「ここには、休みだって、しっかりある...。業務時間外は、その...な、名前で、呼んでくれまいか...。」

あ、なるほど。そういうことか。

しかし、妙に歯切れが悪いがどうかしたのだろうか。耳が少し赤い。...熱か?

そう思いつつも、とりあえず返事をする。

「わかりました、教官。」

「うむ、助かる...」

区切りの良い所でルーク先生が椅子から腰を上げ、手を一つ叩き全員の視線を集める。

「さあ、今日の検査兼顔合わせは以上で終わりとしましょう。」

そう告げると、隊長の首がガクリとうなだれる。

何か嫌な予感がして緊張していると、ルーク先生も何かを察知したのか隊長から距離をとる。すると直後

「おうおう!そーしようぜぇ!!」

と、大きな声が鼓膜を破らんとするよう突き刺さる。

そう、隊長がいきり立っているモンキーのような大きな声をあげたのだ。

「レヴィ隊長!うるさいぞ!」

「サレナ、気持ちはわかりますが、貴女も相当声が大きいですよ?」

「む...す、すまん、つい。」

そろそろ怒りが沸点近くまで来ていたのであろう教官も大きな声を上げルーク先生から注意を受けてしまっている。

まあ、そうなるよね...。

教官をなだめ終わったルーク先生はこちらへ向き直り、淡々とした感じで僕に話を始める。

「君は明日からは正式な軍人としての扱いを受けることと思います。ので、レヴィから案内を受けて部隊の人との顔合わせとサレナからの訓練の説明を受けたらしっかりと休むようにしてください。軍人に自らなるというよりも強制入隊ということになりますが、扱いは変わりません。理不尽なことではありますが、どうか受け入れてください。でないと余計に苦労しますから...」

「はい、わかりました。」

「現在の時間は13時21分。活動停止時間まではたっぷりとありますので、慌てなくても大丈夫ですからね。」

「そうそう、まあ気を張らずに行こうぜ?気楽になぁ!」

「ということで、終わりにしましょうか。私はこのまま上層に検査報告をしてきますので、皆さんも各自での作業に戻ってください。」

そう言い終わるとルーク先生は返事を待たずに早足で部屋を後にした。

「相っ変わらずな仕事っぷりだこと...」

「だな。...では私も失礼しよう。」

「おう、おつかれちゃん。」

「あぁ、お疲れ様。」

ルーク先生同様、教官も真っ直ぐに出口へ向かい、部屋を後にする。

「さぁて少年、立てっか?」

「え、えぇ。多分...」

「おっしゃ!支えてやっから、ゆっくり立ってみようぜ?」

「は、はい。」

少し不安に思いつつも、隊長が差し出した手をおそるおそる掴む。そして、ゆっくり、ゆっくりとベッドから降りて行く。

足を床につけ少しずつ足に体重を乗せる、自然と手を握る力が強くなるものの隊長は何も言わずに優しく僕を支えてくれている。

ついた足からひんやりとした感覚が伝わり身体がブルリと少し震える。そこにまた体重を乗せる。

ベッドの軋む音と共に全身に力が入り、自然と目が閉じる。

「....よっし、よく頑張ったな。」

優しい隊長の声がした。足には重い感覚がある、懐かしくも感じる感覚。ゆっくり目を開けると、視線が人の首元を映していた。

視線を下げる、映ったのは床についてる僕の足。そしてようやく脳が立っているのだと認識する。

...あぁ、立ててるのか、僕。

喜びに少し頬を緩ませ、視線を上げ隊長と目を合わせる。

「...は、はい。ありがとうございます。」

「うん!良いってことよ!!」

隊長が笑顔で僕の肩を優しく2度叩く。

「さ、腹ぁ減ったろ?俺もペコペコだぜ。だから一緒に食い行くか!」

「はい!」

「よっしゃ!部隊のみんなと顔合わせも兼ねてたんと食べるか!」

そいじゃあ、と隊長はポケットから紙切れを出す。

「ほいこれ。」

首を傾げながら紙切れを受け取り、隊長に視線を戻す。

「なんでも、名前がわかんねえなら軍人としてのコードが必要だと、さっきサレナが考えてくれたそうだ。」

そう言うと隊長は下手くそなウィンクをして、開けてみろと僕に促す。

僕は頷き促されるまま、手にある紙を開く。そこには、僕の名前(コード)と思われる丁寧で流れるようにきれいな文字とその下に歪ながらに頑張って書いたような漢字があった。

僕は、それを愛おし気に読み上げた。

「...Ichiya,(一夜)。」

さらにその下には[The thirteenth special foces(第13特殊部隊) No.07]と記載されていた。

「てなわけだ、まあ、これから頼むぜ?...一夜!」

そうして隊長と共に部屋を後にする。それと同時に僕の軍人としての生活が幕を開けた。




プロローグ公開後色々見直しながら第一話書いていましたが、色々忙しくてなかなか納得の行く形で終われませんでしたが、遂に納得の行く形にできました。
大変時間がかかってしまい誠に申し訳ないです。
ここから本編となります、どうぞお楽しみください。


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道/記憶

鍵のかかった記憶、これからの道、これまでの道。
信じるべきは。


部屋を後にした僕と隊長は真っ直ぐに廊下を歩く。

20メートルほど進んだ地点で左右に分岐しており、それを左へ曲がる。そこにはナースステーションがあり奥にエレベーターがある、どうやらそれに乗り込むらしい。

隊長がボタンを押すとエレベーターが動き出した音がした。

「ここは国連基地第3重要棟って所でな普通の病院とほとんど変わらん、ただ最上階が第3棟役員室や手術室、監理室があるってな感じ。」

「はぁ、僕らが今いる3階はどう言った用途の...?」

「んっとな、3階は西側が集中医療室、東側が重要監視対象捕縛治療室で分かれててな。お前さんが居たのは第15番重要監視対象捕縛治療室っつーとこ。」

などと笑顔で語る隊長。こちらは聞いていて気が遠くなる...なぜ僕が重要監視対象なんだ。

疑問が湧いても答えなんて与えられない。先程の病室でも質問は受け付けないと言われたので、疑問は自分で解決しなければならない。

「重要監視対象...はぁ。」

自然とため息が出た、無理もないか。寝ていただけだが質問されたり推理ごっこをしたりと妙に疲れた。

隊長も疲れた疲れたと口では言っているものの見た目はそうでもなさそうに見える。やはり軍人は表に出さない面ってものがあるものなのか。

ポーンと変な音が鳴る。どうやらエレベーターがこの階に来たらしい。

「一夜乗るぞー。」

「は、はい。」

エレベーターが鈍い音を立て扉が閉まる。中では流暢な英語のアナウンスがゆったりと流れている。

「隊長、2階はどういった所ですか?」

「んー?2階は通常医療室が立ち並んでるぜ?」

「そうですか。」

「んで、1階も同じように通常病室があって、入り口前に受付カウンターだ。」

「なるほど、造り自体は本当に一般的な病院とあまり変わらないんですね。」

「まぁな、なんでも、ナイチンゲールっていう偉人がこの基準にしたとからしい。...うろ覚えで正しくねーかも知れねえから、信じるなよ?」

「は、はあ、わかりました。」

なるほど。ここは4階まであり3階までが出入り可能なスペースで4階が役員以外立ち入り禁止というわけだ。

南側に入口があり。真っ直ぐ行くと受付、その左右に廊下が伸び北側にエレベータースペースがあるということか。

僕が居たのは15番目の一番奥、廊下の突き当りと言うことか。

ポーンとまたしても変な音が響く。1階に着いたようだ。

「さて、行くぞぉ。」

「はい。」

エレベーターを出るとすぐに受付があり、隊長は少しばかり手続きをするようだ。

「よお、リサ!東15番、お目覚めだぜ。」

受付の奥に向かって隊長が呼びかけると。呼びかけた方面から若い女性が早足で歩いてきた。

ゆったりとウェーブのかかった茶髪は綺麗なつやを持ち、流れるように肩まで伸びている。細身で身長は僕とあまり変わらないようだ。

表情は柔らかく微笑んでいて、印象は穏やかな人、といった所か。看護婦と言う職業のイメージにぴったりな人だ。

「あら、レヴィ大佐、お疲れ様です。東15番室ですね?確認いたしますので少々お待ち下さい。」

柔らかな声でそう言うと僕らに背を向けまた奥へ。

「かわいいだろ?」

「は...へ?」

びくりと横にいる隊長に視線を向ける。隊長はにんまりといたずらを仕掛けた子供のように笑んでおり、目を細くしていた。

「いや、かわいいだろって聞いただけだぜ?」

「は、はあ...。」

「大佐〜?また女の子の話ですか〜?」

僕はまたびくりと身を震わせながら声のする方に勢いよく視線を向ける。そこには女性が立っており目が合ってしまった。

「おーリサ、おかえりィ」

「はい、お待たせしました。重要監視対象治療室、厳重捕縛対象ナンバー15。登録名[Ichiya]でお間違えありませんか?」

「おう!間違いねえぜ。」

「わかりました。ただ、厳重捕縛対象となりますので、上層の許可が必要となりますが...」

女性は中途半端なところでなぜか言葉を切り、目を逸らし長考する。2分ほど考えると女性は改めたようにこちらに笑顔で向き直る。

「まあ、『ゴミ箱』の隊長さんですし、別にいいですよね!」

「おう!かまわんぞお!!」

「わかりました、では。勝手にしちゃってください!」

「おう!そうする!」

「はい!では!」

「おう!じゃな!!」

「え、ちょ、ちょっと、どう言うことですかっ?」

テンポ良すぎて危うく止めそこなう所だった。

「ん?どした一夜」

「いや、説明もなく外に連れ出されるのもどうかと思いますが、僕って外に出たら、いえ、出したら行けないんじゃないんですか?」

「え、なんで?」

「なんでって、僕のセリフですよ、」

「まぁ気にすんな、気にしてたら禿げるぜぇ?」

「は、はげ、、」

「おら、口動かす暇あるなら足動かせー、上官殿が来る前になぁ!」

ガハハハハと大声で笑いながら意気揚々と歩いてみせる。そんな背中を見ながらやれやれと肩を竦めて見せるリサさんを後目に僕も隊長の背中を追って歩き始める。

自動開閉扉をくぐると眩しく暖かい光が降り注ぐ。僕には記憶が無い、いや、記憶が深層に隠れて鍵にかけられている様で、その『今までの僕』が歩んで来た道もあの太陽はずっと空から見ていたのだろう。そこにあって当たり前、だけど当たり前だったものが何かをきっかけに無くなってしまったみたいで、そこにある太陽を眺めていると、少しだけ胸がざわついた。

「もう、戻れないのかな。」

ふと心の声が口から漏れ出たのに気付かず空を見上げていた時、隊長がわざわざ戻ってきて僕の隣に並んで見せた。

「お前さんは難しく考えなくていいんだぜ?」

「え?」

「お前さんが戻るか戻らないかは確かに自分の意思で決める事だが、記憶が戻って俺たち大人がお前さんの居た当たり前の所を見つけ出して、帰れるように仕立ててやるってこった、だから何も心配すんなよ。」

「でも、僕は、記憶が戻っても、もう普通に過ごすことは出来ないんじゃないかって、思うんです。」

「それは杞憂ってもんだぜ?だって未来の事なんか誰もわからねぇし、記憶が戻った上で帰るか否かは自分が決めんだ、だから後悔しない方を選べばいいんだよ。」

「そう、ですね。」

「そうだよ、んじゃ飯だ飯!もう13時半だぜ?腹減ったわー!」

「はい、そうですね、ご飯、食べましょう。」

「おう!腹が減っては戦ができぬ?だっけ、そんな感じの言葉の通りだ!」

隊長は僕の方を振り向き見てニカッと笑って見せてくれた。それに釣られて僕も心のざわめきが無くなっていくのを感じた。

人を信じる事は決して悪い事じゃない、少なくともこの人に向けていた警戒心は解いても良いのだろうと、思う事にした。

「よっしゃ一夜!ダッシュで行くぜ!俺に続けぇええええ!!!」

「え?は!?ちょっと待ってくださいよー!」

背を追い走る、手を抜いてくれてるのかゆったりと走る隊長にすぐに追いつき並んで走る。

「走るのも良いもんだろ?」

既に息を切らしている僕の横で笑いながら隊長はニカリと笑う。流石軍人と言うべきか、全く息を切らさずペースも崩れていない。そんな隊長に返答しようとするが、呼吸が荒く声を出そうにも難しい。

「疲れたなー、歩くかー。」

わざとらしく大きな声で言うと僕の方を優しく2度叩くと少しずつペースを落として行った。それに合わせて僕もペースを落とし2人で1度立ち止まる。

膝をおり手を付き肩で息をする僕に対して、隊長は隣で胸を張って堂々と立っている。

「若いのに体力ないのな。」

「わ…悪かった…です…ね…。」

「いやいや、サレナの特訓はやりがいがあると思うぜ?」

隊長は僕がこんな状態であるにも関わらずニコニコと笑顔を崩さない。ここまで来ると貼りついてるようにしか思えない。

「隊長、笑顔が崩れないんですね。」

そう言うと隊長はガハハと大声で笑い空を見上げた。

「俺はな、立派な大人じゃねぇし、真面目な奴に真面目に激励してやる事は出来ねぇけど、誰でも元気にできる様な明るさを持ってる自信があるからな!」

「なる、ほど。」

空を見上げている隊長の顔を見る。その顔に貼り付けた様な笑みはなく何かを愛おしげに優しく微笑んでいる様で、その顔はまるで父親のような温もりを含んでいた。

「んお?隊長何してんの?」

声の方向を2人で見ると、そこには女性が立っていた。

銀色の綺麗な髪色が陽の光に当てられキラキラ光っている、質がいいのか風にふわりと揺れればまた淡く光を反射している。雰囲気はサレナ教官に酷似しているが髪は長くはなくサイドのみを伸ばしており後ろはバッサリと切っていてとても短い。

特徴的なのはその白い肌と深く赤い瞳だ。銀色の髪と白い肌で全体的に淡い存在感のようにも思えるが深紅の瞳がより一層際立っており、目を合わせた瞬間鋭い視線が射抜くようなイメージだ。全体的に見れば、まるでその鋭い目に集中させることを意図された様な感じがする。しかし左目の下に泣きボクロがあり鋭利なイメージをどことなく悲しげなイメージに変えてしまっている。

「んー?少年。私の顔になにかついているかな?」

「え?い、いえ、すみません。」

「気をつけたまえ、女の人に興味があるのは男である以上しゃーないけども、ジロジロ見てたら勘違いされちゃうぞぉ?」

「す、すみません。」

言葉遣いは、サレナ教官とは真逆でむしろ隊長の言葉遣いに似ている。外見のイメージを尽く覆され少し顔が引き攣ってしまう。

「よぉ副隊長、なんでここにいんの?食堂待ちって言ったような気がするんだが?」

「あ?あんたが遅せぇからわざわざ迎えに行ってやらんでもないなーって思って見に行ったら割とすぐ近くに居た。」

「あそう、そら悪ぅござんした。」

「はーーーー??ムカつくなぁ?1発殴っていい??」

「やぁだぁ、こわぁい、おいちゃんをいじめちゃいやぁん。」

「うっし、決定!1発殴るぅうう!!」

「きゃーー!!」

真面目そうなイメージの女性だったんだけど、この言動だけでわかってしまう、この人、隊長と同じ類の人だ。

「あの、人を待たせているなら早く食堂へ向かいましょうよ。」

「そうだぞ副隊長!こんな所で油打ってる暇ないんだぞ!!」

「どの口が言ってんだもういっぺん殴るぞ????」

「きゃー野蛮ー!」

この人達は多分どうしようもない人達だ。

心でそう思いながら、1人でモンキーのじゃれあいを見る。ここは動物園かな。

数分ふざけあっていた隊長と副隊長であろう女性が何故か肩で息をしながらボチボチ歩いていく。隊長によるともうすぐ付くそうだ。




・・・1年すね。前回投稿から。
失踪?、言い訳すると今後の展開の時系列確認と整理と、忙しい仕事とゲームが、ですね?
・・・すみませんした。


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新タナ風/出会イ

新たな出会い。2017年11月10日。少年に新たな風が吹く。


「はーーい!とうちゃーーーくっ!!」

「うるっせぇなオッサン静かにしろよ!!」

「いや、お二人共うるさいんですが、、」

食堂に入るや否や隊長と副隊長が叫び出し、食事を楽しみつつ談笑する兵士さん達がこちらを一斉に振り返る。何とも恥ずかしい事か。

その更に奥に面した一角、僕と同じように頭を抱える人達が居た。恐らく同じ部隊の兵士さんだ。

同じ所を見たであろう隊長がわざとらしい振る舞いでぶりっ子走りをここぞとばかりに繰り出す。

「んっもぅ〜!隊長が来たってのに落ち込まないでよぉ〜!」

「うっわきっっっっつ。」

どうやら効果はバツグンのようだ!

しかし周りの兵士さん達は大爆笑、隊長はいつもこんな事をしてるらしいと、周りの反応でわかってしまう。隣に立つのが恥ずかしい。

「おーい、一夜!早く来いや!」

隊長がこちらに大きく手を振る。大袈裟だ。

僕の隣に真顔で立っている副隊長が首を傾げて僕を見た。不思議がって目を合わせると副隊長がニヤリとイタズラな笑みを浮かべる。

「お呼ばれだぞぉ、少年?」

一言そう言うと僕より先に歩き出した。なんだか不思議な人だ。

副隊長の後ろを恐る恐る歩き奥の一角へ向かう。まだこの軍の制服すら受け取っていないからか、病院着である僕の存在感が際立っていると思うのは自意識過剰なだけなのか、とても不安になる。

到着すると1つ空けられた席があり、副隊長がそこに着席するようにと指さしで促してきた。

「し、失礼します。」

ボソボソと小さな声で着席する。さっきまでうるさかったはずのお二人が嘘のように静かなものでやけに気まずい。緊張で心拍が早くなり汗がじわりと額から滲む。こんな状態が長々と続いてみろ、死ぬぞ?

僕が俯いていると、左側から隊長のわざとらしい咳払い聞こえた。

「えー、ごほん。諸君、おいちゃんの頼みで食堂に集まってもらった事、感謝する!諸君らに紹介をせねばならない少年を連れて来た!上層の指示だけどな!!」

隊長のわざとらしい声がそこそこ響きはするが、今の状態の僕にとっては助けを出してくれた泥舟のような安心感だ。

「そこの病院服を着てる少年がそうらしいよ、私は正直頼りなさげに感じるけどね。」

副隊長の一言が刺さる、効果はバツグンです…。

「頼れる奴なんて最初から居ない!つーわけで我らがゴミ箱に7人目の仲間だ、みんな仲良くしてやってくれな!特にトップガン、お前さんに世話役させたいからよろしくな。」

「は、はぁ!?俺が、世話役?!」

トップガンと言われた青年が勢いよく立ち上がり即座に否定を重ねる。

「なんでこんなガキのお守りをしなきゃなんねぇんだよ、足手まといだろ、そう言うのはあんたや副隊長の方が向いてんだろ?!」

「トップガン、おめぇの実力は確かなもんさね。だがイマイチ協調性に欠ける。ゴミ箱部隊は確かに問題児の寄せ集めだが、協調性のねぇ奴程早死するんだよ、おめぇくらいになると分かるだろ?エリートさんよ。」

「だからって、俺である必要は無いはずだろ!」

「いいや、お前だからこそだ。いい加減分かったらどうなんだ。」

「ーーーッ!!」

正直僕も驚いた。隊長が明るい人だと思っていたばかりに圧を効かせた声を出すような人だとは思っていなかった。同じくその声に気圧されたのだろう、トップガンと呼ばた青年は何も言わずにゆっくり着席し机に頬杖をつきながら溜息をついた。

「さー!気を取り直して自己紹介タイムだ!そんじゃーー俺は済ませたんで副隊長からぐるっと行くか!!」

「あいさー」

気の抜けた返事をする副隊長がジュースを1口飲み、向かいにいる僕を見据える。

「私はセリア。セリア・シュヴァリエだ。」

「え、シュヴァリエ?って…。」

副隊長が不思議そうに首を傾げながら、眉間に皺を寄せ隊長を見る。

「レヴィから聞いてないの?」

「え、はい、何も。」

「あーそう、んじゃ説明すると、レヴィは私の妹のお婿さんなの。で姓を『シュヴァリエ』に変えたのね、OK?」

「妹さんがいらしたんですか。」

「ん、死んだけどね。」

「あ…」

失言だ、何も考えずに聞いたばかりに言わせてしまった。

「その…。」

「あー、気にしなさんな、もう何年も前だかんな。私はレヴィより受け入れてる自信がある。」

「おいおい、言い過ぎだぜ義姉さん、俺も受け入れてるっての。」

「ふん、どうかね。」

お二人がやけに仲が良いのはそう言った経緯があっての事だったのか。

「はいはい!じゃー次あたしね!」

副隊長の横に座っていた女性が手を挙げ立ち上がり、こちらを見てニカリと歯を見せ笑ってみせた。

第一印象から明るい人のオーラを感じさせるボーイッシュな短い茶髪に少し焼けた肌。上着を腰に巻きつけ黒のタンクトップで動きやすそうな見た目ではあるものの、腰から下にかけて、何やら色んなものをくっ付けていて重たそうにも思える。彼女が動く度ガチャガチャと音が鳴ってるのはその装着物のせいらしい。

「おーい!少年!そんなにあたしのコレクションが気になるカい?」

「へ、あぁ、重そうだなって。」

「あはは!!重い重い!とても重いよ!」

何故そんなに元気なんだ。重いのにまるで重さを感じさせない程良く動き良く跳ねる。ガチャガチャと金属音がなるものの、どことなく心地良い音で不思議と気分は悪くない。重金属では無いようで中は空洞かのような音も稀に聞こえる。

「えーおほん!あたしの名前はカーネア・ツェルツィティ!発音難しいから名前で呼んでな!」

「はい、よろしくお願いします。」

「ちなみに、この重いのには食料しかしか入ってないよ!」

「食料ですか?」

「うん!私大食らいだから!あははははは!」

カーネアさんは大笑いしつつ先程のようにガチャガチャと音を立てて何度も跳ねる。食料と聞いたせいか先程は聞こえなかった液体音も聞こえる気がする。

「はい!じゃあ次はトップガンの番だよ!」

「わかったから、そんな大声を出すな、うるせえ…。」

トップガンと呼ばれる青年はぼやきつつ渋々と言った様子で自己紹介を始める。

「俺はユキト、ユキト・バスクエルだ。階級は大尉、一応隊長補佐を務めている。」

「…ユキト?」

日本人らしき名称に疑問を持ちふと声が出る。それに即座に反応してくれたのは副隊長だった。

「あー、トップガンは日系アメリカ人でな、父がアメリカ人母が日本人なんだよ。」

「そうなんですか。」

横目でユキトさんをチラリと見る。本人は話題の中心にいるも関わらずここではないどこか遠くを見つめており、その瞳はどこか哀しさを彷彿とさせる。彼は言葉も荒く常に眉間にシワを寄せているものの印象は全体的に瞳に宿る哀しみに似たものを感じさせる。僕では到底わからない経験をしてここにいるのだろう。

「イチヤ、とか言ったな?」

「は、はい。」

「俺は正規軍として訓練しある時能力に目覚めここに来た、俺はお前のように特別扱いでここに来たんじゃない。だから俺はお前に特別扱いをしない。まともに扱って欲しいなら実力を見せてみろ。まあ、民間上がりの坊やには不可能だろうがな。」

「……。」

そうだ、確かに普通じゃない。民間人の僕がこの場に兵士としているのは間違いだ。彼は間違ったことは言っていない。民間人はこの場にいては行けないんだ…。

「特別扱いしないのはイチヤだけじゃない、アンタもだイギリス軍からの編入兵。」

「は、っはひ!」

僕の隣にいる少女が肩をびくりと震わせながら咄嗟に返事をする。その返事を聞いたユキトさんがさらに眉間にシワを寄せ少女を睨みつける。

「何だ今の返事は、イギリスはそんな情けない返事を教えているのか?もう一度だ!マリア・ルスタリウス少尉!」

「は、はい!」

「ったく、初めからその声で返事しろ。緊張するなとは言わんが、呼ばれたときくらいまともに返事出来るくらいの余裕を持て。」

「は、はい、申し訳ありません…。」

「アンタの経緯は俺の経緯に似通う点が多いし互いに元は正規軍の出身だ。一兵士と同じくらいには扱ってやる、安心しろ。以上だ。」

「ご、ご厚意、感謝いたします!バスクエル大尉!」

言うべきことを全て言い切ったのかユキトさんは一つ溜め息を吐き椅子の背もたれに背中を預けて目を瞑った。

それを確認したユキトさんの隣の女性が立ち上がり僕たちの方を見る。

第一印象は何とも言えない不思議な雰囲気を纏った人、だ。

髪の毛を耳より下で結わえ、左半分の顔に髪の毛がかからないようにしていて、長い髪を耳にかけて避けている。その左耳にはまるで、野良猫の耳に付けられる様なV字の切込みがある。反面の右側は完全に顔を覆うほどの前髪が出来上がっている。まるでその下は見せたくない、と言わんばかりの髪ではあるけれど、隠しきれていない。その下にある少し釣り上がり気味の目とそれを強調する真っ赤な瞳がチラチラとほんの僅かな隙間から見え隠れしている。体型は全体的に細身で上着を腰に巻いている。上着で覆われていない上半身は何とも大胆にスポーツブラのみで肌がほぼ露出している。しかしその肌はカーネアさんのように焼けている訳ではなく、逆に透き通るような白だ、実に目のやり場に困る。

「やあ、新隊員のお二人、私はこの隊の工兵及び整備兵のリットゥ・アンセムスだ。よろしく、呼び方はリツで良いよ。」

それを言い終えると彼女は直ぐに着席し、わざわざ多くは語らないと言ったような素振りで目の前にあるティーカップを持ち口に運ぶ。それを見ていた僕は呆気に取られていたが慌てて声を出す。

「よ、よろしくお願いします。」

すると、僕の声に反応したリツさんがティーカップを机に置き口元を拭って僕を見る。

「ん、よろしく。」

短い。きっとこの人は必要以上の事をしない人、もしくは深入りを嫌う人なのだろう。それ以上を汲み取る事は僕には出来ない。

そんな事を考えながらリツさんを見つめていると、ふと目が合い一瞬硬直してしまう。リツさんはそれを見て口の端を上げて声を出した。

「少年、そういう年頃なのはわからんでもないが、見すぎると勘違いされるぞ?」

不覚、勘違いされている。いや勘違いじゃないのかもしれないが、多分勘違いだよこれ。僕が女性に興味あるみたいなニュアンスになってるよねこれ?良くない、それは良くないぞ…。

「ぁあ、いえ、違うんです、その…」

「弁解しようとする時点でアウトだ、勘違いが深まるだけだよ?」

しまった、確かにリツさんの言う通りだ。そうだな、うん、言い訳すればするほどそう思われる年頃、その真っ只中に僕はいる…ッ!!

「す、すみません…」

大人しくこう言うのがベストだろう…。一夜、年齢16歳、年上女性にあしらわれ恥ずか死しそうな今日この頃。死にたい…。

僕が俯いて自分の膝を見つめてると、隣からガタリと起立音が聞こえたので、ぱっと見上げる。とうとう、隊長補佐に叱られていた彼女の番だ。聞くところ彼女は元々から軍隊に所属しててここに移籍と言う形で来ているらしいが…。

彼女をよく見ないでもわかる、過度に震えている、遠くから見ても分かるほどの身体の震えだろう。マリア少尉、と言ったか、見た目年齢は僕とそんなに変わらない10代の見た目だが僕より年上なのは確実、であるものの恐らく僕よりも小心者。酷く怯えきった様子で今にも零れそうな涙が琥珀色の瞳を潤ませている。身体が震えてるせいか、ブロンドのロングヘアも小刻みに揺られ照明の光を反射してキラキラ光っている。

「あ、ぁの、わ、私、私は、その…」

懸命に声を出しているんだろうが、全て震えてしまって今にも消えそうなほど弱々しい。目も当てられない程共感してしまう。自分が発言してる訳でもないのに結構胸に来る。

見かねたのか、隊長が短く息を吐き立ち上がる。

「マリア少尉?ゆっくりで良い、深呼吸するんだ、良い?見てろよ?」

「は、はぃ…。」

消え入りそうなマリアさんの声を確認した隊長は笑顔で頷き大袈裟に両手を広げた。

「良し見てろ?こんな風にだ…ッッッスゥウウウウウウウッ!!ホォァアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」

うっわ無理だろこんなの。正直言うキモイ。息吐く時にホァアとか言う人初めて見たんだけど?僕がおかしいのこれ?

「普通にやれよ!?」

「いや、普通にしろよ!」

案の定、副隊長と隊長補佐のハモりツッコミが炸裂する。普段から漫才でもしてるのか、この隊は。

「んだよぉ、普通じゃん。」

隊長はあれを普通と思っているのか、どう考えても大袈裟だろうに。

「ふっ、くっ…。」

隣から何やら漏れ出る声が聞こえ、もしやついに泣いたかと勢いよく見上げる。そこには肩を震わせ縮こまっているマリアさんが見えた。

「ほぉーら、オッサンのせいで泣いちゃったじゃあんん!!」

副隊長の大声も原因では…。

「えっ…マジ?やっべ、初日で隊員泣かすとか俺クズ野郎じゃぁん…」

流石の隊長も焦り始める、まぁ、焦るよな。

「ふっく…くく…。」

「マ、マリア少尉?ごめんて、おいちゃんが悪かったよう、許して…」

「ふっふふ、ふぁくっくく、ふぁはっはは、ぁははっあははは…!」

あれ、笑ってる?

僕は咄嗟に周囲を確認する。どうやら全員呆気に取られて居る様子で、特に隊長は何が起こったのかさっぱりわからんと言うような、何とも面白い顔をしている。そう、例えるなら、驚いてる猿。

「ふ、ふふ、ごめんなさい、あまりに、隊長が面白くて、つ、ツボに…ふふ。」

「な、なぁんだ、よ、良かったぁ。初日で隊長が新隊員泣かすとか、俺人生においての汚点がまた増える所だったぜ…。」

流石の隊長も焦るものなんだな、初日にもかかわらず色んな顔が見れて新鮮だ。マリアさんの気持ちも分かるものだ。うん。

「すみません、改めまして。マリア・ルスタリウス、階級は少尉であります!得意分野は狙撃や衛生などの後方支援です!ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします!」

吹っ切れたのか、ハキハキと明るい声で元気よく自己紹介をしたマリアさん。それを見てるとなんだか、こちらまで笑顔になるような温かさがある。これはとても良い事だな。

と、楽観視して居られるのも束の間、次は僕の番だ。1番最後って何気に1番緊張するよね。えっ、しない?そう…、僕だけ??

そんな独り言を脳内で繰り広げながらも起立する。そしてゆっくりと周囲を見渡すとあら不思議、全員の視線が僕に集中しているだけなのにどんどん自信が消えてゆく。うーん、無理、この感覚嫌い。

「えっと、はい、初めまして。イチヤ、と申します。本名じゃありません、仮名です。年齢16歳、好きな食べ物も嫌いな食べ物も分かりません、生まれも育ちもよく分かりませんが、多分日本です。誕生日は多分日本の12月から2月にかけての雪が降る寒い時期、特筆点は無し、本当に技術も何も無い、子供です、よろしく、お願いします…。」

終わった…。ゆっくり着席し、俯く。涙でそうなくらい何も無い。本当にただの子供だ、なんでこんな所にいてこれからここで働くことになってるんだ?おかしいだろ。

僕が俯いて色々考えてる中、突然左からバシン!っと手を叩く音が聞こえたのでビクリと顔を上げる。そこには起立した隊長がいた。

「いやー、実に良い時間だったな!笑顔満点とは言わねぇが、互いを少しでも分かれる有意義な時間だった!こういう小さな積み重ねが今後の俺たちに重要になってくる、つまりは課題だな。」

一泊置いて当たりを見渡す隊長。部隊全体の目が向いてる事が確認出来たらしく、小さく頷き、話を続ける。

「俺たちは周りからゴミ箱と言われ、それを自分たちでも認識している。先月、この部隊でやってられるかって言って自己中心的な行動をとった挙句、死にやがった馬鹿が二人いた。そうなった原因はなんだ?さて、トップガン答えてみろ。」

「チームワークの欠落、コミュニケーション拒絶、自身が正しいという思い込み。」

「うむ、その3つも原因の内だ。死んだ馬鹿とは言ったが、アイツらはアイツらで馬鹿ではない、それなりの経験のあるエリートだった。だがしかし、そのエリートっぷりを発揮できていたのは何故か?それは環境だ、自分が信頼した部隊、メンバー、仲間。それと連携する事で自身の力をより強く明確に発揮することが出来た。しかし、このゴミ箱とかいうクソ貯めに捨てられた事で自暴自棄になって死んでしまっては犬死だ!なんの生産性も無い!いやあるな、悲しみが生まれるだけだ!どちらにせよ結果は最悪だ。俺たちに必要不可欠なのはそこ、トップガンは未だ全体と連携してるかと言われれば疑問点ではあるが、個の実力は間違いなくこの部隊で1番だ。副隊長、義姉さんもまだ独り善がりな行動が多々見られるが、連携できないわけじゃない。むしろ俺の方が出来てない説まである。こんな風に誰もが完璧じゃないが、歪だからこそピタリとハマるピースもある。俺たち各々が抱えるものは180度違うだろう、方向性も含め何もかもな。だが、歪だからこそハマるものもある。俺はそれが出来るメンバーだと思っている。特に、今回入ってきてくれた一夜!コイツは間違いなく万能なピースだ、可能性に満ち満ちている。今はまだ頭角を表せてないがきっとこれから、トップガンも安心して背中を預けれる人材になるはずだ。そして、来たる最大任務のためにこれからミッチリ我々は訓練せねばならない。みんな、分かってるな?」

「イラク戦争規模の戦闘…。」

副隊長がボソリと呟く。『イラク戦争』。戦争という響きはどこかで聞いた様な軽いものじゃない。ズッシリ肩にのしかかり次第に重みを増してゆく程の重たい言葉だ。

2003年3月20日に開戦したものだが、その発端は1990年にまで遡る。イラク軍がクウェート国に侵攻した事が事の始まりだったらしい。1991年アメリカによる多国籍軍投入により勃発した『湾岸戦争』も後の『イラク戦争』に繋がる原因の内となったもので、戦争が戦争を呼ぶ、と言う事例の1つにもなった。

それが2017年現在、起ころうとしてる?一般ならそんなの冗談でしょ、で済むのだろうが今僕の目の前にいるのは生粋の軍人達だ、冗談であろうはずがない。これは真実だ。

「当該任務の目標は肥大化したテロ組織『Is(アイズ)』の駆逐を仮目標としている。彼奴等が起こしたテロは今や戦争の火種となって現在進行形で我ら国連軍の正規部隊、国際連合防衛軍α‬軍隊と睨み合いが続いている。とメディアでは言ってるが実の所水面下では既に冷戦は砕かれて前線では大量の死傷者が出ている。ぼやぼやしてると俺ら国際連合攻勢軍β軍隊/人格者軍が出張る前に国連の敗走で幕を閉じるだろうよ。上層の見解ではテロ軍の筆頭共は間違いなく高レート帯の人格者共が居るとの事だ。つまるとこ、‪正規α‬軍ではこれ以上の太刀打ちは不可能、近いうち俺たち人格者軍筆頭のβ軍隊の投入作戦が始まる。その前に俺たちはチームワークを抜本的に見直して全体の流れを止めないようにしないとならん。その間一夜はサレナ教官と共に教官の教習プログラムスケジュールに基づいて動いてもらうが、間違いなく短期でぐんと伸びるプログラムだ、俺たちのことは考えずに強くなる事だけを考えろ。」

「は、はい。」

「良し、これで顔合わせは終了だ。各自自室に戻り次第今日のスケジュールをこなしてくれたまえ。一夜は俺と共にサレナ教官の部屋に行くから、ついて来なさい。以上解散!」

隊長の号令で全員が起立し敬礼する。僕はただそれを呆然と眺め、みんなが去る背中を見送る事しか出来なかった。

『戦争』…。その言葉だけが頭の中でグルグルと巡り続け、考えるだけで心拍が早くなる。『戦争』人が殺し合う生と死の狭間。地獄。巻き込まれるのは彼ら軍人だけじゃない、僕ら民間人も死ぬ。逃げ惑い、逃げ遅れ、捕まり見せしめに首を斬られる。頭を撃ち抜かれる。

弾丸が飛び交い、何処も彼処も爆散し、飛散物ですら殺人的な物が飛ぶ。どこかで聞いた、爆散した瓦礫が頭に当たり即死した人が居て、その人の格好は先程までと変わらない。足を組み背筋を伸ばし座っている。それだけ聞くと何の変哲もない日常の風景だ。しかし、それに『頭だけがない。』と付け加えると先程までの日常が崩れ去る。それが戦争。突如として起り避難できていなかった民間人たちが犠牲になる。惨たらしい現実の地獄。僕は今後、そんな非現実的で空想的な事象に巻き込まれるのか。そう考えると、鳥肌が立って身体が震える。怖い。ひとつ間違えれば僕が死ぬんだ。こんな子供が居ていい場所じゃない。逃げないと。

そう考えた矢先、後ろから肩を掴まれる。ゆっくり振り返るとそこには微笑んでいる隊長が居た。

「怖いよな、俺も怖えぇよ。」

「え…?」

「だって、俺まだ死にたくねぇし。俺の奥さんも戦死したしな。戦争には嫌な思い出しかない。だからお前に過酷な人生を歩ませることを俺自身も後悔してる。でも俺はお前の背中を押さなきゃならない。そんな自分をまた嫌うんだろうが、今はそうするしかないんだ。許してくれ。」

「隊長…。」

「俺は最低なクズ人間だ。子供を戦場に送るための訓練を受けさせ、その次は実践だって、否定権をお前に持たせてやれない。だが、俺はお前にこう言うしかないんだよ。」

隊長が俯く。それを見つめる僕は隊長が何を言わんとしているかが、何故だかわかる気がした。

「一夜、俺に命を預けてくれ。」

そう言って彼は僕に右手を差し出した。

僕はその右手に手を伸ばし、力強く握りしめた。

「ありがとう、その命、絶対に無駄にしねぇ。」

そう言うと隊長もまた、力強く僕の手を握り返した。

これは一種の契約だ。僕はこの時、民間人であることをやめ民間人たちを守る軍人となった。きっとこれから、僕の想像以上の絶望が繰り広げられる、そんなの簡単に分かるのに。僕はそれらから人々を守りたいと、不思議と自然と手が伸びた。

「全世界の人を守る。正義の味方…。」

ふとそんな言葉が漏れる。

すると隊長が不思議そうな顔をして僕を見た。きっと、変な事を言ったんだろう、不可能に近い理想、夢。…呪い。

記憶を失う前のジブンは、とんだお人好しに違いない。そんな言葉を頭に刷り込むほど優しい心の持ち主だったのだろう。僕はそれになれるだろうか。かつてのジブンに戻れるのだろうか。

隊長が歩き出す。その背を追って、僕も歩く。

…その一歩は、自分でも驚くほど強く軽く。何よりも重たかった。




眼前の絶望。体現される地獄。新たな風を背に受け歩く。
少年はその絶望の道を歩くことを選んだ。


『P.S.』
後書きは何かあれば作者の独白場にします。
遅くなってごめんね。(´・ω・`)


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