(goldMg)
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クトゥルフ1

頭脳明晰系主人公を描いてみました。でも一次の主人公だってもっと凄いのいっぱいいるし別にいいっしょ!それに頭脳明晰系主人公って成長しないしチートとは言えないはず。


けんじ
俺の名前は江戸川コナン、探偵さ!
大科学実験とかやってみなくちゃ分からない事をやるのが大好きだ!

しんや
この中で一番普通の山田太郎君ポジだよ
だけど普通の人間だから精神強度的にも普通なのでイレギュラーには弱いかもね!
これは勇気の決断や!

しょうた
まぁ、うん……
世の中には理不尽が溢れてるけど、欲望に負けたらダメだと思ってるから頑張れ


 友達2人と俺、合わせて3人で近くの神社に遊びに行ったらなんかよく分からんものが浮いていた。

 すわ幽霊か、と一瞬びびったが、濃い靄みたいなやつなので、焚き火で出た煙かと思い直して周りを見ても特にそれらしいものは見当たらない。

 2人にも見えているか聞いてみると

 

「いつも浮いてるぞ」

 

「あぁ、お前神社には来たこと無かったもんなそういや。俺たちは前から見えてたけど、母さんとか連れてきた時は見えてなかったぞ」

 

 と、返事が返って来た。

 いつも浮いてて他の奴には見えないとかやっぱり幽霊じゃ無いか!

 何でそんな面白いこと教えてくれなかったんだこいつらは、と思ったが、いつもは神社に行こうと誘われた時は、神社でなにして遊ぶんだよ、と断って家でゲームをしていたのを思い出した。

 取り敢えず、2人に此処にいるように言ってから家に一旦帰り、団扇を持ってまた神社に来た。

 

「なんで団扇なんか持って来たんだよ」

 

「いや風で飛ばせねぇかなぁと思って」

 

「けんじはバカだなー、そんなことできねぇよ。団扇の風程度で飛ぶなら台風の時とかやべぇだろ」

 

しょうたが煽ってくるので言い返す。

 

「バカはお前だ。やってみもしない内から決めつけやがって。俺はこいつを消すと決めたんだ、団扇でな。あとお前は台風を授業で習ったから言いたかっただけだろバカ」

 

「おいなんで二回バカって言った」

 

 取り敢えず幽霊を団扇で扇いでみた。

 

「(や、やめろ、飛ぶ、飛ぶから!お願いしますやめてください何でもしますから!)」

 

「お、なんかちょっと揺れてねぇかこれ、飛びそうだぞ」

 

「いや気持ち悪っ!なんか頭ん中直接触られてるみてぇにムズムズするぞこれ!」

 

しんやが頭を掻き毟る。

 

「(おーい聞いてるか?やめてk…あ、だめだこれ、もう飛ぶわ、我もう浄化されるわ。)」

 

「マジかよ……お、おい、それよりなんかそいつ嫌がってるぞ。やめてやれよ」

 

「バカ、そうやって涙を誘っていつまでも悪いことするつもりだぞこいつ」

 

「あ、知ってるぞ俺。そういうのあくりょう?とかおんれい?って言うんだってな、本で読んだぞ」

 

「(え、我悪いこととかしたこと無いんだけど!?むしろ我を問答無用で消そうとしてる小僧、お主の方が邪悪じゃ無いのか)」

 

「いや、ほんと一旦扇ぐのやめろって。頭ん中に直接話しかけられてるみたいで気持ち悪いから」

 

「(おぉっ、そうじゃ言ってやれ。あと、頭の中に直接話しかけてるみたい、ではなく直接話しかけておるんじゃ)」

 

「ちっ、しょうがねーなー。助けてやるかわりにお前一生俺たちの奴隷な?」

 

「(え、なんか此奴すげぇ恩着せがましい……そもそも我はただ此処に居ただけなのに……)」

 

「なー、お前ってなんなの?これまで俺としんやで来た時は話しかけてこなかったのにいきなり話しかけてきたし」

 

「(人に名前を訪ねる時は自分からと親に習わなかったのか?)」

 

「小学校でも家でも人じゃないやつに名前を名乗れとは習ってないよ」

 

「まぁいいじゃん。俺はけんじ、こっちのバカがしょうた、そしてこいつがしんや。ほら、名乗ったんだから教えてくれよ」

 

「(ふむ、まぁいいだろう。我は『門』にして『空虚』。時間と空間を超え、遍く次元の全ての存在であり全てを観測するモノ。『門』にして『鍵』。『選ばれし鍵』を待つモノ。あらゆる事象を『彼方』に置き、受け容れるモノ。求めんと欲する者の隣に表れ、その望みを聞こう。求めんとするならば与えよ。我は開かれん。『空想』と『現実』は曖昧模糊となり、凝縮し、繋がれん。滅びの時はいずれ訪れ、光あれと囁いた芥は滂沱の涙を流し、奇跡は現出する。『夢』と『現実』と『空想』と『理想』を繋ぐことを望むモノよ、心の儘に願え。我は応えよう。苦しみと悲しみに全てを投げ出せ。汝の心は何時でも開かれている。全てを理解する時。真理であると汝の魂が投げかける時。願いし者が全てを願う時。全ては遅く、全ての『門』は開かれる。まぁ、我は端末だがな。端末であるが故にお主らを認識できる。そしてお主らに理解できる言葉で話すならこんなところじゃ。どれ、気紛れに警告してやろう。我を求めようなどと思うな。止められぬ滅びが時の果てに訪れるとしても自らの手で齎すのは嫌じゃろう。我は別に構わんがな)」

 

「なぁこのあとなにして遊ぶー?」

 

「俺のじいちゃんが将棋やってるから教えてもらおうぜー!」

 

「けんじのじいちゃん強すぎて俺らじゃ相手になんねーじゃん」

 

「だから練習してあの髭面をけちょんけちょんにしてやるんだよ!」

 

「それいいな!よし、行こう!」

 

「(全然聞いとらんし……)」

 

 

 

 それ以降、神社に行くとあいつが居るので、3人で遊ぶ時は神社に遊びに行くことがお約束になった。

 当然ながらあいつの存在は3人の秘密だ、広まっても面白くないし、そうでなきゃ頭がおかしいと思われるだけなのは俺たちでも分かったからな。

 小学校に行ってつまらない授業を受けて、家に帰って、友達を誘って家でゲームをするか、ゲーセンで遊ぶか、外で駆け回るか、そして家に帰って飯を食って風呂に入って寝る。

 そんなサイクルで頭を空っぽにして日々を過ごしていくのも別に悪くはなかったが、やっぱり俺らは楽しいことや珍しいモノが大好きなんだ。

 別に友達とゲームをしたり外で遊ぶことがつまらないってわけじゃ無い。

 だけどお前らも分かるだろ?俺らが生きているこの日常は凡そ定まった平穏の中に存在している。

 テレビでアニメや強盗・殺人のニュースなんかが放送されようが俺達の生活のなにが変わるってんだ、少なくとも俺たちの好奇心は満たされない。

 そんな中で、非日常、それもとびっきりのものを提供してくれるあいつは、俺たちにとって最高のオモチャだった。

 なんせ幽霊だからな。

 なんか自己紹介の時に小難しいことを言って煙に巻こうとしていたが、俺たちの目は誤魔化せない。

 フワフワしていて、他の人間には見えなくて、生き物じゃなかったらそいつはもう幽霊なんだ。

 しかも幽霊のくせにリアクションが上手い。

 たまにいきなり小難しいことを言ったり異世界?とかいうわけわかんない所の話とかを勝手に話し始めるけどじいちゃんの長話でそういうのには慣れてる。

 適当に相槌を打ってやればいいんだ。

 まぁそんなわけで、もう毎日のように小学校が終わったら神社に行くのは当然のことだった。

 勿論3人でだ、いや実際は3人と1匹だが。

 しんやが猫を拾ったのだ。

 なんかやたらとデフォルメされたような姿をしていてしかも鳴かないという心底可愛くない白猫だが、しんやが連れて来たいと言うので最近は猫も一緒なわけだ。

 本当に猫か?

 

「わっ!」

 

「(ふむ……では話を始めるとするかの)」

 

「お前全然驚かねぇなー、つまんねーの。あと何で俺らが今日は話を聞きに来たって分かるんだよ?確かに帰り道で3人で今日は話を聞こうって決めたけど、お前帰り道一緒じゃねぇだろ」

 

「(前にも言ったが我は時と空間を超えるモノ。『全にして一』。『一にして全』。『虚無』と『現実』の境界に存在し、あらゆる事象の観測者にして記録保管所でもある。お主に分かるように言うと、我はいつでもお主達を見ている)」

 

「ふーん、なんか不審者みたいなこと言ってるけど、お前らどう思う?」

 

「いや、なんか神様みてぇだな」

 

しょうたがまた適当なことを言いやがった……と思っていると

 

「(お主達からすれば我という存在は神と同義じゃ。実際神じゃしな。そもそも神とやらが、この惑星に存在する中で最も信奉者の多い神である神聖四文字のことを言っているのならば、我はその神よりも上の存在ということになる。あの芥はこの惑星から誕生した神の中では強い部類には入るが所詮は旧神。我に敵う道理も無い。まぁ、仮にじゃが信奉者らの信仰心を芥の元に集めた上で神性が現出し、芥とその他の神性が協力するという荒唐無稽な事が起きたなら、端末であるが故に完全なる『虚無』というわけでは無い我を抑え込み、本体の観測を一時的に止める事は出来るやもしれぬがな)」

 

「まぁそんなことはどうでもいいからさ。どんな話をしてくれるんだよ」

 

「そうだよ、せっかく話聞いてやろうってんだからお前の話じゃなくて面白い話聞かせろよな」

 

「(其の世界のこの惑星の同位体では『門』という存在が周知の事実となっており、『門』の端末の紛い物が『アカシャ』の一部を認識した者達によって現出している。ありとあらゆる可能性が存在する多元並行宇宙において、『門』や他の神性を一部とはいえ其の種族全体の認識として共有出来る文明を持つ種族が現れるのは当然のことだ。其の世界の種族もそうした種族の内の一つだ。とはいえ、其れが『門』であり『アカシャ』であることは知っていても、其処に辿り着く方法が確立されていない、つまり完全なる『銀の鍵』が無いが故に、『アカシャ』から正当な方法で内部の情報を取り出すことが出来ず、『門』を通る際に情報の劣化が起きてしまい、結果として紛い物が現出しているというわけだ。しかし、其奴らは『銀の鍵』を意図的にでは無いにせよ劣化させる事で、『門』を清浄の彼方程少しだけ開け、『アカシャ』を引き出し、利用してノーリスクで世界の『理』を一時的に変質させて物質変換をすることができる。これはその能力とでも言うべきモノを利用することができる近並行宇宙群の種族にしか出来ない事だ。その種族は刹那の厚さの薄氷の上に成り立つ其の愚かなる能力の事を《錬金術》と呼称しておった。他の並行宇宙群にも同じようなことができる種族が存在している事はあるが、それらは全く別の技術に依るものだ。別の宇宙に於いても神性の属性と存在其のものを認識できたとしても、神性が何処から、何の為に現れるのかを理解できないが故に、自らの内から溢れる探究心に負け、滅びる。探究心とは、哲学者や世の理を詳らかにしようとする者等にとっては、窮極的には『門』に辿り着く鍵を手に入れるためのものであり、この宇宙の深淵其のモノにして最も深き者である我等に辿り着く迄に不幸な事に他の神性と接触する事は何ら不思議なことではない。錬金術を用いる種族はその不幸を一切経験する事無くして錬金術に辿り着いた、ある意味では我等に最も近付いた者なのだ。そして其奴らの中には極稀に、『門』を潜り抜ける方法に辿り着く者達が居る。然し、所詮は奴等が扱うのは『銀の鍵』の劣化版。代償が足りずに途中で引き返す事になる。『案内するモノ』が介入しないのは、正規の方法で無ければ『玉座』に辿り着く事は決して出来ないと分かっているからだ)」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……だぁーーっ!!やっぱり何言ってるか分かんねー!」

 

「もっと分かりやすく言ってくれると嬉しいゾ」

 

「…………」

 

「おい、どうしたけんじ。まさか言ってる事分かったのか?」

 

「いや、全部は分かんなかった、というか殆ど分からなかったけど……な、なぁ、聞きたいことがあるんだけど、れんきんじゅつ、だっけ?」

 

「(お主らに其れを教える気はないぞ)」

 

「な、何でだよ。よく分かんなかったけど要はあんたがいればそれが使えるんだろ?なら教えてくれても良いじゃん」

 

「(理由はただ一つ、面白くないからだ)」

 

「なんだよそれ、つまんねえなー」

 

「ていうかけんじー。お前このモヤモヤの言ってること真に受けたのかよー。こいつがそんなすげぇやつなわけねぇじゃん」

 

「うるせえぞしんや、前から言ってんだろ。やってみなきゃ分からないって。やる前からうだうだ言いやがって、こう言うのは騙されたと思ってやってみるんだよ」

 

「お、おう。そうか……いやでもそいつ教えてくれねぇらしいけど?」

 

「(我には無いが、時間の流れの中で生きる種族にはタイミングというモノがある。お主らにとってはそのタイミングが今ではないという事だ)」

 

「はーあー、こいつ自分のこと神様とか言っておきながらお恵みは与えてくれないんだってよー」

 

「ケチだなー神様のくせに〜」

 

「今日は将棋やりにもう帰ろうぜー」

 

「ったく、せっかく聞いてやったと思ったらこれだよ」

 

「(…………時は近い)」

 

「時は近い、だっておwww」

 

「ちゅーにびょーは放っといて帰ろーぜwww」

 

「よし、競走だ!」

 

「(…………誠になんと操りやすいことか)」

 

 

 

 そしてまた暫く神社に集まり、残りの小学生の時間を俺たちは全て神社に費やした。

 もちろんあのクソ堅苦しい言葉で紡がれるクソつまらん話は金輪際聞かないと決めた。

 しんやとしょうたにはやってみなきゃ分からない、とか言ったがあいつの話は難しすぎてやっぱりほとんどの話は何言ってるか分からない。

 しかも期待させるだけさせてポイ、だからな。

 流石にあいつの話が本当かどうか怪しいと感じてもしょうがないだろう。

 ただの幽霊に期待を寄せたのが間違いだったんだ。

 だから俺たちは卒業式まであいつで遊び、たまにじいちゃんを将棋盤ごと連れてきて、あいつに代打ちをさせ、じいちゃんの歪んだ顔を見たりして楽しんだ。

 帰ってからは俺だけ将棋でボコボコにされたけどな。

 

 

 

 そして俺たちは小学校を卒業した。

 今から俺たち3人で、小学生最後の思い出的なアレ作りに神社に行くところだ。

 まぁ、小学校を卒業したぐらいであいつの所に行くのを止めるわけがないからあくまで区切りだ。

 神社に着いた、どうやらあいつはいつも通りの場所にいるようだ。

 あいつは寝たりするんだろうか、何度も考えた事だが、聞いたことはない。

 どうせ聞くならもっとすごいことを聞きたい。

 何を聞いても答えられるあたり、あいつは本当に何でも知ってるような気がする。

 俺のその日の朝御飯やクラスの人気者の女子のパンツのガラ、俺の父さんが勤めてる会社など、聞いたものは全て当たっていた。

 本当にあいつはなんなんだろう。

 …………まぁ、なんでもいっか。

 

「おーいモヤモヤー今日も来たぜー」

 

「おっ今日もいるなー」

 

「おめぇら速ぇよ……」

 

「(待っていたというべきか、知っていたというべきか、全ての時間と空間を超える我にそれらの表現は合わないが、敢えて待っていたと言っておこう)」

 

「ん?いつも待ってるじゃんそこで。なんでわざわざそんな事に小難しい言葉使ってんだよ。ほんと、頭いい奴は無駄なことに頭使うんだよなあ、もっと楽に生きろよ」

 

「(我は生きていると同時に死んでいる。生死を超越した存在であるが故に、苦楽といったモノに対する考察は存在しても実感することはない。本来はな)」

 

「うっせーなーこのコミュ障、まだ変なこと言ってるよ。待ってるってわざわざ言ったってことはなんかあるんだろ?」

 

「(「錬金術」の事だ。お主達はまだ「錬金術」をその手で操りたいと望むのか?)」

 

「えっ今更!?いやまぁ……確かに興味はあるけど」

 

「いやでも、こいつが自分から何かを俺たちにくれるとか怪しすぎじゃね?」

 

「ヘヘッ、ほれ見ろしんや、しょうた、やっぱりこいつは「錬金術」教えてくれるんじゃねぇか。やいモヤモヤ!散々待たせたんだからしょっぼい手品とか見せんじゃねぇぞ!もし見せたら団扇で扇いでやるからな!」

 

「大丈夫かほんとに……」

 

「(怖い怖い、ならば授けてやろう。不完全なる『銀の鍵』をな)」

 

「やめて欲しいな、『理』を無闇矢鱈にいじくり回そうとするのは」

 

 唐突に変な声が聞こえてきた。

 なんかやたらと響く声だが、辺りに俺ら以外に人はいない。

 居るのは俺ら3人とモヤモヤ、しんやの連れて来た猫だけだ。

 そして次の瞬間、『Yog-Sothoth』という音が耳に届いたかと思うと、意識が朦朧とし始め、体が言うことを聞かなくなり、隣でドサッという音がしたのを最後に俺の意識は消失した。

 

『Yog-Sothoth、そういった軽率な行動はしないでもらいたい。その少年達が願いを叶えるのは特に気にしないけど、理を曲げられると反動で少しずつエネルギー自体が削れていっちゃうんだよね。エントロピーの増大に加えてエネルギー総量が減った時の相乗効果は計り知れないんだ。それにしても初めて見た時は驚いたよ、まさか君が彼らを存在として認識出来るのだとは思わなかった。君にとって人類というのは今ここに流れる空気と同じ。通り過ぎただけで形を崩してしまうから脆すぎて接触はおろか接近する事だって出来ないはずなのに。しかも君は僕の本体にすら見つける事が出来ないからね。それにまさか僕を見ることのできる素質を持った少年が存在していて、しかもそれが3人も同じ場所に集まっているとは、これが定められた運命というやつなのかな。そしてさらにその集まっている場所にはYog-Sothoth、君がいると来た。正直僕らとしては君が行動を起こさないように懇願することしかできないわけだけど、どうだろう?」

 

『ふむ、理に重きを置き、管理者を僭称する芥か……自らの星の中でうずくまって怯えていれば良いものを……端末である我はこの宇宙に降り立っても宇宙が砕けない程度まで格が下げられておる、それこそ言わずとも分かるはずだ。そもそも我が彼奴らに「錬金術」を授けようしたのはただの気まぐれだ。より面白いモノを我に見せられるというのならば授けずとも良かろう』

 

『……それだよ、君達は生物とか存在とかを超越したナニカのはずだ。それなのに、君は「面白い」などと宣う。Nyarlathotepならばまだ理解も出来るけどね、そもそも、文字通り時間に縛られない君にとって全ては掌の上なんだからこんなことをする意味はないはずだけど?』

 

『それも、気紛れだ。無貌のやつがやっていることを我も真似てみようと思うてな。多元平行宇宙の観測の一部機能及びこの座標からの移動、魔力の解放は封じておる。これが中々良い思い付きでな。我も面白いという感情を解することが出来た。既知と未知は両立するということを知った。貴様ら神を名乗る芥どもはいつもやることが同じゆえ近づく価値は無いが、この星の種族は数の多さゆえか此奴らの様に面白い反応を示すものが存在する。これを本体に反映する事はないが、我は楽しませてもらおう』

 

『…………本当に厄介だね、君たち邪神は。出来ればそのまま何もしてくれなければいいんだけど。それと僕たちは神を名乗ったことは無いよ』

 

『安心せずとも我は一旦の役割を終えた。ここから去ろう。貴様らのやろうとしている足掻きなど我にとっては取るに足らんことだ。満足いくまでやるが良い』

 

『邪神が優しい言葉を投げかけてくるなんて、違和感しか感じないね。どうせ何かやらかそうとしているんだろうけど、僕達にとってはエネルギーの回収の邪魔さえされなければ何の問題も無いからね。早く何処かに行ってくれると嬉しいな』

 

『さらばだ、哀れな運命の奴隷よ。既にアカシャの種は植えられた。我はこれより先定められた時まで介入はしないと誓おう』

 

『キチンと約束を守ってくれるなら良いんだけどね……』

 

 

 

 

 

「…………ここは?」

 

 目を覚ますと、ベッドの上だった。

 何故こんなところに?

 確か、卒業式の後に神社に行って、それから…………それから……っ

 酷く頭が痛む。

 しばらくすると痛みが和らいできたので周りを見てみると、俺のベッドの両脇にもベッドがあり、2人の少年が寝ていた。

 こいつらは誰だ?

 もしかして俺に関係あるのか?

 そんな思考はガラガラガラという扉を開ける音で中断された。

 

「しんやー、お母さん来たわよー」

 

「……」

 

「えっ……け、けんじくん?」

 

 けんじ…………

 そうだ思い出した、俺の名前はけんじだ。

 頭が痛くて自分の名前の事まで意識をやれなかった。

 

「けんじくん起きたのね!?身体は大丈夫!?あぁ、それよりも看護師さん呼ばなきゃ!」

 

 女の人(しんやという奴のお母さんらしい)がナースコールを押した。

 遠くで音楽が鳴っているのが分かる。

 暫くすると看護士が部屋に来て色々質問をしてきた。

 始めのうちは、家族の名前とか学校の名前とか色々抜け落ちてたけど、質疑応答を繰り返すうちに段々思い出してきた。

 ただ、何故神社にいたのかは全く思い出せない。

 聞く話によると、俺と両脇のベッドに寝てる2人は神社の境内で全身の穴という穴から血を流して倒れていたそうだ、しかも病院で検査をしても異常は見受けられなかったそうだ。

 …………怖っ、何があったんだ俺たちは。

 そして両脇の2人も起きた。

 

「んっ、んん……?」

 

「うぐっ、ぐぐぅ…………グゥ……ハッ!」

 

 ホッとしている自分がいるのを感じた。

 やはりこいつらは友達なのだろう。

 またもや看護士が飛んできて、俺と同じような質問をしたが、結果は俺と同じで神社にいた理由だけは2人とも覚えていなかった。

 

「お前ら……」

 

「あぁけんじ、良くわかんねぇけどなんかあったみたいだな」

 

 しょうたの言葉はまさに今の俺たちの心境を表していた。

 何が起きたかは分からないが俺たちは病院にいて、なんだかよく分からないがなんの怪我もしてないのに親や医者は俺たちが元気なことに驚いている。

 何かに巻き込まれたという実感が無いのだ。

 医者は俺たちが神社にいた記憶を無くした理由を、かいりせいけんぼうとか言っていたっけか。

 親達はそれでも原因を探りたがっていた。

 犯人探しでもしたいのだろうか?

 そういや俺たちが忘れたのは卒業式の日に神社にいた理由だけじゃないようだ。

 なんでも俺たちは小学生時代、神社に足繁く通っていたそうで、地元では信心深い子供達と見られていたそうだ。

 神社通いする小学生ってなんだよとは思ったが、みんなそう言うので俺たち3人は互いに顔を見合わせた。

 なんだか本当に頭がこんがらがってきたので、トイレに行くことにした。

 スッキリして手を洗おうとして蛇口を捻ったら蛇口がギギギッという音ともに潰れた。

 ………………?

 もう一度蛇口を見てみる。

 潰れている。

 …………?

 ……なんだこれ。

 俺たちは記憶を無くしただけだと思っていたが、想像以上にヤバいことになっていたようだ。

 その後しんやとしょうたもそれぞれトイレに行ったあと真っ青になって帰ってきたので、どうやら同じらしい。

 家族や看護士がいなくなったあと、3人で話すことにした。

 

「なぁ、やばくね?」

 

「あぁ、やばいな」

 

「オリンピック出れるだろこれは」

 

「まぁつまりはそういうことだよな」

 

「で?どこで練習する?」

 

「まぁ神社で良いんじゃね、石とか木とか沢山あるだろ」

 

 

 

 怪我もないということで、目覚めた次の日にもう一回検査をしてから俺たちはすぐ退院することができた。

 神社にすぐ向かいたかったので、一応母さん達に言うと、

 

「何考えてんの!?行かせるわけないでしょ!馬鹿なこと言ってないで早く帰るよ!」

 

 なんて言われてしまった。

 ぶっちゃけ今の俺たちに勝てる人類とか多分存在しないから何も心配することないと思うんだけどなぁ……

 まぁあんまり反抗しても良いことは無いので、大人しく家に帰ることにした。

 でもこのままだとまずいな、ということで、石で練習だ。

 何をするかというと、石を握る、粉砕する、握る、粉砕する、握る、粉砕する、を力をセーブ出来るようになるまで練習する。

 まぁ要するに力を制御する練習というわけだ。

 出来るようになったら今度は……何すっか。

 力を制御する練習というわけだ(ドヤァ)、とか言ってたが石の次はどうしよう。

 より小さな力を必要とする練習をすれば良いわけだから……あれでいいか。

 折り紙という究極のジャパニーズコマカイ手作業があったので、やる事にした。

 

 

 

 ソーッビリッ、ソーッビリッ、ビリリリッ

 

 

 

 石の次に折り紙とかできるわけねぇだろ、心折れたわ!

 竹でやる事にした。

 

 

 

 グッ、メシャア、グッ、メシャア、グッ、メシャア

 

 

 

 そんな調子でワンナップしていくうちに、すぐに1週間が経っていた。

 

「ようしょうた、しんや。オメェらどんな感じだ」

 

「よう、ものぶっ壊しまくって大変だぜ」

 

「俺は、まぁ大丈夫だゾ」

 

「しょうたお前……あの時の会話の意味分かってなかったのかよ……」

 

「会話?あぁオリンピック選手になれるって話?あれになんか意味あったの?」

 

「バカお前子供でそんなことできるやつなんかどう考えてもおかしいんだから捕まるに決まってんだろ。もの壊さないように練習しようって話だろうがこのバカ」

 

「いやーそれならそうと言ってくんねぇとよぉ」

 

「あの場でそんなこと言えねぇだろこのバカ」

 

「お前さっきからバカバカ言い過ぎだろ!バカって言った方がバカなんですぅー!」

 

「うるせぇぞバカ。バカって言われたくなきゃ練習してこい」

 

「んだとこらぁ!ふざけんなぁ!」

 

「お?やんのか?お空まで吹っ飛ばしてやんよ!」

 

「ちょっと待てお前ら、自分の力考えろ」

 

「あ……うん……」

 

「ごめんなさい……」

 

「取り敢えず、これからは俺ら3人で練習な?」

 

「おぉ、なんかしんやが光り輝いて見える……」

 

「一生付いて行きます!おらさっさと神社行くぞ!」

 

「いや、俺に付いて来んじゃねぇのかよ」

 

 こうして俺たちは小学校を卒業して暫く修業に明け暮れるのだった。




あー10万文字書きてぇー


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クトゥルフ2

暑さと二次創作とポケモンと趣味で頭が沸騰しちゃうよぉ!



 小学校を卒業したら入るもの、なーんだ?

 正解は中学校です。

 では中学生男子がなるものといえば?

 正解は中二病でした。

 そう、俺ら3人は見事に中二病認定されていた。どうしてこんな事になってしまったんだ……

 認定当初、訳がわからなかった俺らが周りに聞いてみると、誰から聞いたかは覚えてなかったが覚えていた錬金術の話をしたり、力の制御が〜などと言って体育や休み時間のドッヂボールなどを休んでいたことが原因らしい。

 俺らのせいじゃん。

 でもよく考えてほしい、中二病とは「中学2年生頃の思春期に見られる、背伸びしがちな言動を自虐する語。転じて、思春期にありがちな自己愛に満ちた空想や嗜好などを揶揄したネットスラング」とwikipediaには載っている。

 でも、この中で俺らに当て嵌まるのって中学2年生頃って部分だけじゃん。

 空想なんかしてないし、自己愛どころか他者への愛に溢れてるからドッヂボールも休んでるんじゃん。

 いややっぱり妄想は少しだけ……

 って違う、本質はそこじゃ無い、もう良いよ。中二病らしくこの世の闇とか探してやる。せっかく俺らには秘められた力があるんだしな。

 

 

 

 見つけちゃったよ…………

 1人で道を歩いていたらいきなり変な空間に迷い込んだので進んでみると、死体が散乱していた。

 ばっちいので触らないように進むと後ろからグジュルグジュルという粘性の高い液体が沸騰する時にしそうな音がした。

 振り返ると死体が立ち上がってこちらに向かってくる。

 しかも腕が新しく生えて4本になっていたり、猛獣のように鋭い爪も生えたりしているので即座に蹴り飛ばして四散させた。

 脆いな、まぁここら辺にいる奴は雑魚ばっかだからな(既プレイ感)

 雑魚は俺に触れる資格などない。

 そんな感じで、強くてニューゲームごっこをしつつ雑魚敵を蹴散らして進んでいくと、ボス部屋っぽいところにたどり着いた。

 なんかうるさいので上を見上げると、女の子が空を飛んでいた。

 お、親方!空から女の子が!

 

 

 

「くっ、なんだよこの魔女は。感知にも引っかからないし、これは魔女の能力なのかキュゥべぇ」

 

いつもと同じように魔女の結界に入って、いつもとは全く毛色の違う魔女に苦戦していた。

 

「…………」

 

「キュゥべぇどうしたんだよ……っ!?新手の魔女の反応、どうすれば……」

 

すると突如として近くに魔女の反応が現れた。今戦っている魔女の反応は動いていない。キュゥべぇに助言を求めても、あらぬ方向を向いて微動だにしない。

 

「いや、そっちは気にする必要は無いよ。杏子、君はこのネクロモーフを倒してくれれば良い」

 

「ネクロモーフ?それがこの魔女の名前なのか?それと新しく出現した魔女を気にする必要はないって……他の奴にグリーフシードを取られるのはゴメンだぞ!」

 

突然キュゥべぇが話し始めたかと思うと、魔女の名前を告げると共に、新しい魔女を気にしなくていいと言い出した。

 

「新しくここに入ってきたのは魔女じゃないってことさ、むしろ味方、助っ人だよ」

 

「魔女じゃないのに魔法少女の感知に反応するって……それに助っ人って」

 

キュゥべぇの訳のわからない説明に困惑していると

 

「親方、空から女の子が!」

 

「んえっ、お、男?何してんだ早くここから出て行け!」

 

「おぉっ、本当に女の子だった。その格好もしかして天使か何かなのか?それともサイバネティックアンドロイド?それとも、普段は大人しい優等生で友達は少ないけどそれは仮の姿で、夜になると人知れず世界の平和のために戦ってる魔法少女とか」

 

「いやなんの話してんだよ……じゃ無くて早くどっか行け!助けるつもりはねぇぞ」

 

「いやいや、この俺にかかれば有象無象なぞ数の内に入らねぇよ!見てろや魔法少女、この俺の鉄拳が唸るぜぇ!」

 

「何ふざけたこと言ってんだ、あんたみてぇなやつが太刀打ちできる相手じゃねぇんだよ!そもそもあいつは雑魚じゃなくてここのヌシだよ!……ちっ、勝手にしろ!」

 

「杏子、落ち着いて。彼がさっき言った助っ人だよ」

 

「あぁ!?知るかよ、あんなやつほっとけ。馬鹿に付き合ってられるか」

 

「行くぜ、とぉっ!」

 

 それは信じられない光景だった。

 いくらキュゥベぇがあいつを味方だとか言ったって、魔法少女じゃ無いただの人間が魔女に太刀打ちできるわけがないのだ、いや、使い魔にだって相対することは無理だろう。

 なのに突然現れたあの男は、気の抜けるような掛け声と共に地を蹴ると弾丸のように魔女に突っ込んだのだ、それも明らかに人間の出せる速度の限界を超えた速度で。

 そしてあいつが拳を振るうと、魔女が吹き飛んだ。

 魔女を殴って一旦地面に落ちた後、再び地面を蹴り、冗談のような速度で魔女の方に突っ込んでいった。

 吹き飛ばされた魔女も、あいつが自分に危険を及ぼしかねないということが理解できたのか、迎撃を開始した。

 あの魔女は再生能力を持ち、伸縮自在な腕と鋭い鉤爪で攻撃してくる事は分かっている。

 魔女はあいつに対して無数の腕を伸ばして鉤爪で引き裂こうとした。

 突き刺さったように見えた鉤爪はしかし、標的をズタズタに引き裂き血煙をあげることはなく逆に一瞬で千切れ、ボトボトと地面に落ちた。

 流石にここまでくると、あたしにも何故キュゥベぇが助っ人と表現したのかが分かる。

 あいつは明らかに一般人では無い。

 もし仮に、地面を蹴って弾丸のような速度で飛び、コンクリートを貫通する威力の攻撃を無傷でいなすのが一般人なのだとしたら、あたし達魔法少女の役目は無いだろう。

 しかし、あたしはただ見ているために魔法少女になったわけでは無い。

 そもそも先にあの魔女と戦っていたのはあたしの方なのだ、いくら戦えるからって横取りは気に入らない。

 仮に魔法少女(男だから魔法少年?)なのだとしたら人の狩場に横入りした分もしっかりお返ししてやらなければ。

 だが、今回の魔女とは相性が悪い。

 せめて共闘を申し出てみることにした。

 

「おいあんた、あんたが戦えることは分かった、でもあたしが先に戦ってたんだからな!だからしょうがねぇから協力してあの魔女を倒すってのはどうだ!?」

 

「おいおいさっきは見放すようなこと言ってたのにツンデレかよ」

 

「はぁ?何言ってんだお前。そもそもツンデレってなんだよ。良いからさっさと倒すぞ!」

 

「無知だと……!」

 

 あの男が突然意味の分からないことを言い出したから面倒くさくなって流してしまったけど、冷静になると、果たしてあたしにこの魔女を倒すメリットがあるのだろうか。

 あたしはこの化け物のことをさっきから魔女と言っているけど、それはあくまで、慣例的にそう呼んでいるだけだ。

 グリーフシードをおそらく持たないであろうこいつは一体なんなんだろう、という疑問の次に、倒してもグリーフシードを落とさないなら倒す意味無いじゃん、ということに気付いた。

 実際のところを確認するためにキュゥベえに聞いてみる。

 

「おいキュゥベえ!この魔女、グリーフシード落とすのか!?」

 

「うん、御察しの通り落とさないよ。そもそもこいつはネクロモーフと言って魔女では無いからね」

 

驚きの回答が返ってきた。

 

「はぁ!?なんでそれを先に言わないんだよ!それが分かってたらわざわざ倒しになんか来なかったのに。というか魔女じゃ無いのに結界を作るってどういうことだよ?」

 

「なんでって、聞かれなかったからね。それに僕としてはこのネクロモーフを倒してくれた方が嬉しいからね。ちなみにだけどこの空間からはあの本体を倒さないと出られないよ」

 

「ちっ、しょうがねぇ。なぁあんた!あたしがあの魔女を倒すからあんたは周りの使い魔を倒してくれ!」

 

「露払いかぁ」

 

「別にいいだろそれぐらい。さっきも言ったけどあたしが先に戦ってたんだよ!」

 

「……はぁ〜しょうがないなぁのび太くんは。今回だけだよ?」

 

「なんでもいいよ!」

 

「魔女じゃ無くてネクロモーフだって今教えた

 ばかりなんだけど……」

 

キュゥべぇが何事か呟いていたが無視して魔女に向かう。

 あいつが魔女の方向から別方向に飛び出してすぐ、轟音が響き出した。

 使い魔の相手なんかやってられるか。

 あたしも大言壮語を吐いたわけではないということを証明するために、魔女に槍先を向ける。

 先程のあいつの戦い振りを見るに恐らく使い魔は邪魔してこないだろう。でも油断はせずに意識を使い魔にも割きつつ、魔女に吶喊する。

 接近するとやはり腕を無数に伸ばしてこちらに攻撃を仕掛けてきた。

 流石に全てに対処する事は出来ないので槍を持っている右手側から向かってくる腕を縦に切り落とし、空いたスペースから魔女の後ろに回り込む。

 槍を横薙ぎにして首を刈る、が、魔女はお構い無しに後ろを振り向いて先程切り落とさなかった右半身側の腕を全て叩きつけてきた。

 まさか首を刈っても倒せないとは予想できなかったが咄嗟に槍を盾がわりにする事ができた。

 

「ぐっ……!あんにゃろう!」

 

「おーい大丈夫かー!手伝おうかー!?」

 

「うるせぇ!そっちに集中してろ!」

 

「冷たい……」

 

 あたしの方をずっと見ていたのかそれともおたしが壁に叩きつけられた衝撃音でこちらを見たのか分からないが心配されてしまった。

 ムカつく。

 会ったばかりだけどあいつは妙に人の神経を逆撫でするのが上手い。

 あいつがこの結界の魔女だと言われたら魔女の反応がするのも相まって素直に殺してしまいそうだ。

 だけど今は先に見つけた魔女の方に集中しなければ。

 壁に叩きつけられたあたしに対して魔女は先程よりもさらに腕の数を増やし、今度は逃がさない、と言わんばかりに私を腕で作った籠の中に閉じ込めようとしている。

 だけど舐めてもらっちゃあ困る。

 伊達や酔狂で魔法を封印して戦ってきたわけじゃない。

 直ぐさま体制を立て直して、あたしに接近してくる鉤爪を弾いて腕を切り落とす。

 だがいくら弾いても切り落としてもキリがないので奴の本体目掛けて跳ぶ。

 当然魔女もそれに気付いて迎撃しようとするが、腕を湾曲させてかなり伸ばしているため直線的に近づいてくるあたしに直ぐには反応出来ない。

 魔女の下腹部に槍先を突き刺し、右に切り裂く。

 そのまま返す刀で残った左側も切り、上半身と下半身を泣き別れさせる。

 魔女が動きをピタリと止めた。

 これでやっと倒したかと思ったら、次の瞬間後ろから衝撃と痛みが襲ってきた。

 そこであたしの意識は一旦途切れた。

 

 

 

 使い魔の相手をしつつ、さっき吹き飛ばされていた魔法少女の方にも気を向けることにした。

 なんかすげぇ男っぽい口調だし気も強そうだったがフラグをバンバン立てそうな奴に思える。

 だって吹っ飛ばされてたしな。

 チラッと見てみると…………うん。

 なんかさっきのモブ達と同じように腕がウネウネしてるんだが、その数が尋常じゃない。

 魔法少女が吹っ飛ばされてた所を覆うようにして腕が球体を形成している。

 ボスの本体は魔法少女が叩きつけられた所とちょうど反対側にチョコンと見える。

 え、やばくね?

 助けた方がいいかと思っていると、本体を上下に切り裂いて魔法少女が球体から脱出した。

 やったか!?

 なんて考えたのがいけなかったのか、あのボスは頭を切り落とされた上で胴体を上下に切り裂かれてもまだ死なないらしい。

 まだボスを倒していない事に気付いていない魔法少女に向けて夥しい数の腕を集中させた。

 魔法少女はその猛攻を一身に受けて再び吹き飛んでしまった。

 俺はボスが腕を動かした瞬間魔法少女に向かってダッシュしていたので直ぐに落下地点に行くことができた。

 近寄ると魔法少女は失神してしまっているのが見て取れる。

 いやこれ失神っていうか生きてるのか?

 背中の肉が抉られている。

 先程の攻撃によるものだろう。

 しゃがみ込んで口元に顔を近づけると取り敢えず息はしているようなので、立ち上がって振り返る。

 こっそり近付いているのは分かっていた。

 俺は耳もいいからな。

 先程切り落とされた頭部はあるが下半身は無いままのようだ。

 再生したのだろうか。

 だとしたら、時間経過で下半身も再生するに違いない。

 そもそも移動するのにも大量にある腕を使えば良いのだから下半身の存在意味が無いと思うんだが。

 いや、そもそも再生かも分からない。

 切り落とした頭部がくっついただけかもしれないしな。

 そんなことを考えていると最初に対峙した時のように腕を俺に殺到させてきた。

 焼け石に水という言葉の意味を教えてやろう。

 向かってきた腕の先端についた鉤爪を、超強化された反射神経を駆使して無理やりいなす。

 屈んだことで俺の頭上を通り過ぎた腕を捻りちぎる。

 そうして出来た空白の時間にボスに接近し、ショルダータックルを食らわせる。

 よろめいたので更に頭部にかかと落としをして爆散させると魔法少女を撃墜した時のようにまた上半身だけの身で俺に腕を伸ばして鉤爪で引き裂こうとしてくる。

 流石に先さ予想できていたのでテレフォンパンチを胸元に突き出す。

 果たして胸を貫通した俺の拳を引き抜く。

 穴に両の手を突っ込んで上半身を左右に引きちぎろうとすると激しく暴れ出し、腕を鞭のように叩きつけてきた。

 これが最後の抵抗か、と思ったら触手がピタッと静止した。

 なんか嫌な予感がする。

 いわゆる嵐の前の静けさというやつだ。

 次の瞬間、触手が俺を無視して後ろに殺到する。

 ……後ろ?

 大急ぎでそのまま体を引きちぎった。

 引きちぎると同時に動きを止めてボトボトと地面に落ちる触手に安心しつつ後ろを振り向くと一本だけ触手が魔法少女に刺さっている。

 急いで引っこ抜く。

 触手は心臓付近に大きな風穴を開けていた。

 周囲が先程のスプラッター空間から普通の街並みに戻る。

 ここからどうしよう。

 警察に通報するか?

 だが説明のしようがない。

 悩んでいると、足元に猫がいる事に気付いた。

 いや、なんかキモい顔してるなこいつ。

 しっしっと追い払おうとするが、猫は口を開くと次の瞬間。

 

「久し振りだね、けんじ。僕はいつかこうして相見えるんじゃないかと思っていたよ」

 

「ん?誰だ?」

 

「ここだよここ。君が今、まるで鬱陶しい小動物を追い払おうとするかのような仕草を向けた僕だよ」

 

「……おっ?おぉっ!?まさか猫が喋ってるのか!?」

 

「猫じゃないよ。僕はキュゥベえ。さて、けんじ、再び言わせてもらうよ。久し振りだね」

 

「いやいや今の反応見たら分かるだろ。初対面だからな?あとお前みたいなやつ見たら忘れるわけないから」

 

「無理もないさ、覚えてないだろうからね。神社で会った、と言えば分かるかな?」

 

「神社で?……そういう事かよ」

 

 神社で会ったというなら色々知っているんだろう。俺が記憶喪失なことも知っているはずだ。

 なんて悪趣味なヤロウだこいつは。

 

「君達人間は久し振りに会った相手に対して久し振りと言うだろう?だから僕もそれに倣っておいたんだ」

 

「猫のくせに……ん?そういやなんでこのタイミングで現れたんだ?」

 

「いや、僕は最初からこの杏子に付き合ってこの結界内にいたんだけどね。そうそう、僕は君に用事があったんだ。正確には君の中にある魔力に、だけどね」

 

「はぁ?魔力ぅ?」

 

「うん、その魔力を杏子のソウルジェムに注いで欲しいんだ」

 

「いやいや使い方を聞いてるんじゃなくて。その魔力を、とか言われても魔力なんか感じ取れねぇぞ?」

 

「流石に僕も素人に魔力の操作を頼んだりしないさ。君はソウルジェムに触れてくれれば良い。そうすればあとはこっちでどうにかするよ」

 

「よく分からねえけど、この宝石に触ればいいんだな?」

 

 俺が宝石に触るとキュゥベぇとかいうやつも続いて触れた。

 よく分からない何かが腕を伝って体から抜けているような気がする。

 そうすると宝石が少し輝いた。

 そしてみるみるうちに傷が塞がっていく。

 数秒後には元の、と言うべきかは分からないが綺麗な状態に戻った。

 風穴も消えている。

 

「なにこれ……おいお前、どうなってんだこれ」

 

「彼女は魔法少女なのさ、魔法を使えばどんな怪我もすぐに直せる。それにしても流石の魔力量だね」

 

「魔法?今魔法って言ったか!?俺は魔法を使ったのか!?」

 

「いや、君は使ってないよ。僕が君の魔力を使って回復魔法を使ったのさ」

 

「はぁー?つまんねーなぁ。魔法ってのは誰でも使えるものなのか?」

 

「いや、魔法を使えるのは魔法少女だけだよ。そして魔法少女になるには僕と契約するしかない」

 

「男は魔法少女にはなれねーのか?この場合魔法少年だと思うけど」

 

「無理だろうね、適正というものがある。男にはそれが皆無なんだ」

 

「はぁ……分かったよ。それで?」

 

「それでっていうのはどういう意味だい?」

 

「この魔法少女どうすんだよ。気絶しちまってるから流石に置いてくのも忍びねぇし」

 

「そのうち目が覚めるから放っておいても大丈夫だと思うよ?」

 

「俺の話聞いてた?そのうち目が覚めるのはそりゃそうだろうけどよ。放置したら後味が笑いじゃねぇか」

 

「そうなのかい?それなら安全な場所に運べば良いんじゃないかな?」

 

「一緒に来たって言ってた割には随分冷たいなお前。友達とかいるのか?」

 

「何を言っているんだ君は。そこにいる杏子は僕の友達さ。それに、魔法少女ならみんな僕の友達だよ」

 

「胡散臭っ。まぁしょうがないか、俺の家に運ぼう。…………はぁ、親父と母さんになんて説明したもんか」

 

 魔法少女を背負い、家への道を歩く。

 俺のことを中二病なんて言いやがる奴らへの腹いせとして世界の闇を探していただけなのに、まさか本当に見つけてしまうとは。

 それにしても魔法少女か……

 良いなぁ。

 俺も魔法とか使いてえなぁ。

 いや、やっぱこの身体能力だけで良いか……

 これ以上能力増えたら足りなくなりそう。

 何がとは言わないけど色々と。

 でも魔力自体はあるらしいしな。

 やっぱり炎魔法とか使ってみたいなぁ。

 なんて思考をループさせ、時折キュゥベぇと話しているとふと背中にいる魔法少女の息遣いが変わったのを感じた。

 

「んんっ……ん?ここは?」

 

「起きたか、さて、降りてくれ」

 

「え、うん……誰?」

 

「俺だよ俺、さっき一緒に戦っただろ」

 

「……?…………あっ。あーー!」

 

「うるさっ、静かにしろよ」

 

「ご、ごめん。じゃなくて、ここどこだよ。というか魔女は?それにお前何者なんだよ!」

 

「あ〜……パス、俺もよくわからんし」

 

「はぁ!?」

 

キュゥべぇに話をパスするとこちらに向き直り口を開く。

 

「ふむ、じゃあ説明しようかな。何から説明した方が良い?」

 

「任せる。俺も訳分かってないからな」

 

「ならまずは魔法少女について話そうか。けんじには予備知識が無いから話についていけなさそうだしね」

 

「あぁ、そんじゃ頼む」

 

「魔法少女っていうのはこの杏子みたいに魔女と戦う少女達の事を言う。彼女達は僕と契約することで一つの願いを叶え、そして魔法少女として魔女と戦うことで世界を救っているのさ」

 

こいつってじゃあ魔法少女の元締めなのか。

 

「ふーん。さっき戦ってたのも魔女ってことでいいのか?」

 

「いや、さっきのは魔女ではないよ。あれはネクロモーフと言って全くの別物さ」

 

「はぁ?じゃあ何でお前ら戦ってたんだよ。魔法少女は魔女と戦うんだろ?」

 

疑問を口にすると魔法少女が話に割って入ってきた。

 

「そうだ!キュゥベぇ、さっきも聞いたけどそのねくろもーふ?ってのは何なのさ。わざわざお前が呼び出すから魔女退治かと思って付いて行ってやったのに、どうなってんだよ。ぶっ飛ばすぞ!」

 

「僕は人に害なす者が現れたから付いてきて欲しいって言っただけで、それが魔女だなんて一言も言ってないよ。それに、あのネクロモーフを放置していたらそのうち表の世界にも侵食し始めるからね。早い段階で退治出来たことを喜ぶべきじゃないかな」

 

「はぁ?そんなこと知ったこっちゃないね。あたし以外の人間に被害が出たところでなんだってんだよ。大体、魔女でも無いのになんで結界なんか作ってんだよ、ったく」

 

この魔法少女性格悪すぎて逆に笑えてくるんだが。

 

「おいおい魔法少女は正義の味方じゃ無いのかよ。何のために魔法少女やってんだよ」

 

「……あたしはあたしの為にしか戦わない。なんでわざわざ他人の為に頑張らなくちゃならないんだよ」

 

「おいキュゥベぇ。なんでこんな奴魔法少女にしたんだ。どうせなら俺が魔法使えるようにしてくれよ」

 

俺が魔法を使えれば完全に中二病の権化になれるし、しんやとしょうたに自慢できる。

 

「奇跡の代わりに、と言っただろう。あくまで彼女は奇跡の代償として戦っているのさ。あと君が魔法を使えるようになることはないよ」

 

「チクショー現実見せやがって……話が逸れたな。魔法少女についてはまぁいいさ。魔女は何なんだ?」

 

「魔女というのは、魔法少女が奇跡から生まれる存在なら、その逆の呪いから生まれる存在のことだよ」

 

「なんかいきなりふわっとした感じになったな。もっとこう、魔法少女の時みたいに具体的な説明無いのかよ」

 

「僕たちも完全に魔女のことを分かってるわけじゃ無いからね」

 

「じゃあネクロ……なんたらはなんだよ」

 

「ネクロモーフの事だね。あれは…………」

 

「おいどうした。いきなり黙って」

 

「あれについては本当に情報が少ないんだ。それにその情報にしても確度が低いしね。取り敢えずは地球外生命体でかつ魔女と同じか或いはそれ以上に直接人類を脅かしかねない敵だと思ってくれていいよ」

 

「ふーん。さっきの魔法少女の反応を見るとネクロ……なんとかと戦うのは今日が初めてなんだろ?」

 

「そうなるね。偶然なのかはたまた君があの場所に今日来たことと関係があるのか、中々興味深いよ」

 

ネクロモーフとかいうのは置いといてこいつの喋り方の胡散臭さはどうにかならないのだろうか。

 

「おいてめぇ。さっきから魔法少女魔法少女って、あたしには佐倉杏子っていう名前があんだよ!」

 

「おっそうか。俺のことはけんじって呼んでくれ。なぁ、結界ってのはなんなんだ?」

 

「はぁ?なんであたしに聞くんだよ。今までキュゥべぇのやつに聞いてたくせに」

 

「なんとなく」

 

「ちっ」

 

「なぜ舌打ち……」

 

なんでこんなにあたりが強いのこの子……

 

「まぁいいじゃ無いか。結界についても僕が簡単に説明するよ。あれは魔女がグリーフシードから発芽する際に周囲の環境を取り込んで自らの形を定義するのに用いるのさ。つまり、結界が形成された場所によって魔女の姿というのは大きく違うんだ」

 

「魔女を見たことがないから知らないけどな。おい佐倉、どうなんだ。実際魔女ってのは見た目が違うものなのか?ガラパゴスに棲んでる鳥みたいな感じに」

 

質問するとぶっきらぼうながらも答えてくれる。

 

「意味わかんない。まぁ、魔女の姿がそれぞれ違うってのは本当だよ。それよりキュゥべぇ、あのネクロモーフってのはこれからも現れるのか?」

 

「その可能性は高いね。だからこれからは君たち魔法少女には魔女に加えてネクロモーフ退治も頼みたいんだ」

 

「はぁ?嫌だね。どうせ他の魔法少女がやってくれんだろ?そう言うのは優秀でやる気のあるやつらに任せときゃいいんだよ」

 

「それは無理だ。きっと君の近くにネクロモーフは現れるし、さっきも言ったけど放っておいたらいずれ表の世界にも侵食してくる。そうなったら君とて無関心・無関係ではいられない。だから早いうちに、まだ対処できるうちに倒す方が労力も少なくていいだろう?」

 

「わーったよ。ったくなんであたしが……」

 

確か魔女と戦うことが魔法少女の仕事なんだっけか。

 

「なぁ、魔法少女よ」

 

「だからあたしにはちゃんと名前が……」

 

「俺もそのネクロモーフってやつと戦うよ。暇だしな」

 

「勝手にすれば?っていうかあんたがわざわざやってくれるんならあたしがやる必要なくない?」

 

「それなんだけどさ。キュゥベぇ、結界の見つけ方ってあるか?」

 

俺も自分で見つけられれば便利で良いんだけどな。

 

「うーん、無いね。少なくとも魔法少女と僕以外で探知する方法はあるにはあるけどけんじには無理かな」

 

「そういやキュゥベぇ、なんであのネクロモーフは魔女じゃないのに結界を作ってんのさ?」

 

「杏子、それはだね。あれは魔女の結界とは似て非なるものだからだよ。どうやらあれは時間を歪めることに特化しているようでね。結界というよりは、時間の歪みでできた周囲との時間の差がそのまま空間の壁になっているだけみたいなんだ」

 

なんか難しい話になってきたぞ。

 

「ちょっとちょっと、俺の話も聞いてくれ。お前らって結界の探知とか感知みたいなことって出来たりする?魔法を使えるんだろ?」

 

「あたしはできるよ。まぁネクロモーフの結界に関しては自信が無いけどね」

 

「僕はどちらの結界も感知できるよ」

 

「じゃあ佐倉、お前携帯持ってる?メアドと電話番号交換しようぜ」

 

「持ってないよ。持っててもお前とは交換しないけどな」

 

「それは困ったな。結界を見つけたら俺に知らせてくれれば向かうんだけどなぁ。キュゥベぇなんとかならないか?」

 

「じゃあ僕がけんじにネクロモーフの結界の発生を知らせるとしよう。魔女の方はどうする?」

 

「やめろよ。魔女はあたしの獲物だぞ」

 

「ネクロモーフは面倒くさいって言って魔女には拘るんだな。恨みでもあんのか?」

 

「なんでも良いだろ」

 

佐倉はそっぽを向いてしまったのでキュゥべぇに顔を向ける。

 

「魔法少女はソウルジェムを媒体にして魔法を使うんだけどね。段々と穢れが溜まっていってしまうから魔女を倒した時に落とすグリーフシードが必要なんだ」

 

「なるほどなぁ。魔法少女も大変なんだな、まぁでも俺はグリーフシード?とかいうのは要らないしただストレス発散したいだけだ」

 

呑気に発言したら、今思い出したかのように佐倉が俺に質問してきた。

 

「そういやあんたは何者なんだ。魔女の感知魔法に引っかかるし本当に人間なのか?事と次第によっちゃあ……」

 

「おいおい、いきなり槍を人に向けるとかどういう教育されてんだよ。俺はあれだ、神社の神様に敬虔な信者へのご褒美として力を授けてもらったんだ」

 

「あんまりふざけてるようだと本当に殺すぞ……」

 

「落ち着きなよ杏子。それに彼の言ってることもあながち間違いじゃないからね。この世には摩訶不思議なことがたくさんあるのさ」

 

「……ふんっ、信用したわけじゃないからね」

 

「お、おう。まぁ今日はこんなところでいいだろ。佐倉はどこに住んでるんだ?」

 

「何だよいきなり。あたしの家を知ってどうするつもりなのさ」

 

「情報交換とかしたくなるかもしれないじゃん?その時にお前の家が分からないと不便だから」

 

「キュゥベぇに仲介させれば良いでしょ。そもそもあんたとは二度と会うつもりはねぇよ」

 

「えぇ!?なんでそんなこと冷たいんだお前は」

 

「ともかく!あたしはもう帰るからね!」

 

「お、おう……」

 

「けんじ、いずれまた杏子とも会えるさ。僕もネクロモーフ発生を知らせるために君の所に行くだろうしね」

 

「……まぁ、いいか。じゃあな」

 

 

 

 長い1日が終わった。

 明日しんやとしょうたにも魔法少女のことを教えてやろう。

 きっと喜ぶに違いない。

 あいつらにもネクロモーフと戦わせてやるか。

 それにしてもキュゥベぇか……

 俺たちが小学生時代神社にいたことを知る異形。

 いずれこうなると知っていた、と語っていたことからも俺達の事情を俺達よりも恐らく知っているのだろう。

 いつか分かる日が来ると信じたい。

 何がって?

 俺たちの能力のことだけじゃない。

 魔法少女やネクロモーフ、それにキュゥベぇ自体もだ。

 

 

 

 

 

「本当に厄介だよ、邪神は。こっちがあくせく働いて手に入れた成果を全部台無しにしようとするんだから。それにしてもまさかマーカーが時空を超えるほどの能力を持っていたなんて……いや、それともマーカーは関係なくて、あのときわずかに開いた扉から漏れ出た影響なのかな。あぁ、本当にわけがわからないよ」

 




クロスオーバー難し過ぎて笑えない問題を提起します。
佐倉杏子の性格がなんか違和感感じても許してね。


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モンスターハンター

モンスターハンターの二次です。
コナンの映画の渡月橋って歌聞いてたら書きたくなりました。


 いつだってそうだった。

 俺はいつだってそうだった。

 だから今も見ていることしか出来ないんだ。

 手を伸ばせばそこにあるのに。

 燃えていく。

 崩れていく。

 でも、それで良いんだ。

 誇らしさだけが胸の中にあった。

 誰かの声が聞こえた気がした。

 そして俺の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 夢を見ている。

 昔の夢を見ている。

 いつの夢だっけ。

 そうか……これは…………

 

 

 

 

 

「ねぇお父さん」

 

「なんだソル」

 

「僕もいつかお父さんみたいな立派なモンスターハンターになりたいな」

 

「そうか、ありがとうなソル。お前がそう言ってくれて嬉しいよ、でもごめんな……俺は立派なんかじゃないんだ」

 

 

 

 何故か、その時に父が見せた泣きそうな顔がひどく目に焼き付いて離れなかった。

 野菜を収穫していても、米を炊いていても、獣を狩っていても、父が見せたあの顔だけは脳から離れなかった。

 とても悔しそうな顔だった。

 何故だろう。

 いつだって父の背中は広かった。

 俺はいつだって父に憧れていた。

 それを伝えると父はありがとう、とは言っても何故か俺の顔を見ようとはしなかった。

 父が剣を振っているのを見るのが好きだった。

 俺もいつかあんな風になるんだと夢想していた。

 だけど父はいなくなった。

 ありふれた人の営み、人の世そのものと言っても良いそれを守るために父は自らの命を捧げた。

 だから俺が父を継ぐんだ、と父が家に残した剣を振る。

 ハンターになるために。

 燃えるように紅い片手剣だった。

 日が暮れるまで狂ったように振っていた。

 これを振っていると憧れていた父の泣きそうな顔を忘れられるような気がした。

 

 

 

 いつしか、俺の背丈は覚えている父の姿と同じぐらいになっていた。

 当然のようにハンターになった。

 周りは俺のことを生き急いでいるようだと言った。

 隣の家に住んでいる幼馴染は俺のことを怖いと言った。

 それでも構わなかった。

 平穏など要らなかった。

 あの父に追いつきたかった。

 村を守るために古龍にたった1人で立ち向かった英雄。

 俺は村から出ていく父の背中を見ている事しかできなかった。

 伸ばした手は父の背中に届かなかった。

 そして父が帰ってくることはなかった。

 父を殺した古龍もひどく傷つき、去ったという。

 何故だ。

 俺は何故見ていることしかできなかったんだ。

 弱かったからだ。

 世界は弱さを許さないと父から学んだ。

 だから力を求めた。

 だからハンターになりたかった。

 俺は英雄になりたかった。

 いや、やはり違う。

 俺は父のような英雄になりたかったんだ。

 誰もが笑っていられる尊さを理解していたあの英雄のように。

 

 

 

 ドンドルマに来た。

 草が生い茂る命の平原、火を噴き空には暗雲が垂れ込める山、無限の砂の平野、世界の全ての水がここにあると思える海、宙に浮く雄大にして摩訶不思議な山。

 色々な場所に行った。

 色々なモンスターを狩った。

 ドンドルマに居るハンター達を見た。

 彼らは何故モンスターを狩るのだろう。

 俺とは違うように見えた。

 俺には理解できなかった。

 彼らに聞いてみると誰もが街を、人を守るためだという。

 だけど彼らはモンスターを倒したことを自慢する。

 人々を守ったことをではなくだ。

 俺は理解した。

 ハンターとは彼らにとってただの娯楽なのだ。

 自らがハンターだという自尊心を満たせればそれでいいのだ。

 失望はなかった。

 ただ、彼らには英雄たる資格が無いのだと、そう思った。

 だから俺は誰とも話さなくなった。

 朝起きて朝飯を食べて受付に行ってクエストを受ける。

 クエストを達成して街に戻る。

 寝て起きたらまた朝飯を食べてクエストを受ける。

 採取クエストだろうが捕獲クエストだろうが討伐クエストだろうが、それが苦しむ人の助けになるのなら全て受けた。

 王族の指名などは全て断った。

 それは英雄の仕事では無いからだ。

 受付嬢は俺に休むように言う。

 何故だろう。

 今もどこかで人々が苦しんでいる。

 それを止めることができるのはハンターだけなのに。

 その苦しみを分かっているはずなのに。

 誰もが見たことあるはずの苦しみがそこに広がっているのに。

 誰もやらないから俺がやるのだ。

 彼らを助けたいのだ。

 その過程で傷つくのがどうしたというのだ。

 父は傷付いても戦うのをやめなかった。

 受付嬢が泣いて懇願してきた。

 とても目障りで耳障りだ。

 体を大事にしろだのあなたは壊れているだの。

 だからどうしたというのだ。

 父は死ぬと分かっていても古龍に立ち向かった。

 俺はこれまでモンスターを狩ってきたが死ぬと思ったことなど一度もない。

 それが悔しい。

 父と同じになれないことが悔しい。

 父のようになりたかったのに。

 

 

 

 人々が俺のことを英雄と呼び始めた。

 街を歩いただけで人々が歓声と共に声を掛けてくる。

 違う。

 彼らが声を掛けるべきなのは俺では無い。

 今すぐに、苦しむ人の元に歩み寄って声を掛けてあげるべきなのだ。

 

 

 

 ギルドマスターに呼び出された。

 ただ立っているだけで良いと言われた。

 大老殿にて人々の前で正式に英雄の称号と証を与えられた。

 要らない。

 こんな物要らないのだ。

 英雄には称号など要らないのだ。

 立っているだけの英雄など銅像にやらせればいい。

 何故彼らは理解することができないのだ。

 街の民は俺を強いと賞賛する。

 俺の事を最強のハンターだと呼ぶ。

 彼らは間違っている。

 強さとは、強いこととは、モンスターを狩る早さの事では無い。

 苦しんでいる人に気付き、助けるために行動できる父のような者をこそ強き者というのだ。

 俺は弱いから、彼ら全員を助けることが出来ない。

 それがとても悲しくて悔しくて遣る瀬無い。

 俺は彼らにいつも説いている。

 弱き者を見つけるのだ。

 ハンターとは弱き者を救うためにあるのだ。

 俺の力が必要なのでは無い。

 ハンター達の力こそが、団結の力こそが必要なのだ。

 父のように気高き心こそが人の世を救うのだ。

 それなのに彼らは動こうとしない。

 俺のことを聖人だとか救世主だとか言って尊敬の眼差しを向けてくるだけだ。

 不愉快だった。

 だから俺が行くのだ。

 英雄の証を民衆の前で叩き壊した。

 大老殿が騒然となった。

 英雄という名の重りならいらない。

 既に父の死が俺の重りとなり、目に焼き付いた父の背中がお守りとなっているのだ。

 俺はこの街を出ていくことに決めた。

 父のようになるために。

 誰かを助けるために動ける英雄になるために。

 今もどこかで助けを求める人々が俺を待っている。

 ドンドルマの門を出た。

 ギルドナイトが俺を取り囲む。

 ドンドルマから出て行かせるわけにはいかない、この街には英雄が必要だ、誰もがあなたを必要としている、いくらでも金をやろう、王命だ、そう言って俺のことを惑わせようとする。

 あぁそういうことか。

 奴らはギルドナイトだ。

 俺の育った環境などとっくに調べ終えているだろう。

 俺が何のために戦っているか知っているだろう。

 俺が誰か知っていてそこに立ち塞がるのか。

 俺が最も嫌うことが何か分かっているだろうに。

 受付嬢が泣きながら俺に街に留まるように言ってくる。

 今やっとこの街を理解した。

 こいつらは敵だ。

 俺の敵なのだ。

 俺の前に立ち塞がるということはそういうことだ。

 前後左右合わせて8人だ。

 一斉に向かってくるのは分かっていた。

 上に跳び後ろの1人の顔を蹴って包囲網を抜ける。

 視界内に8人全員を収めた。

 どよめきが聞こえる。

 どうやらあの包囲網を抜けたことが信じられないらしい。

 馬鹿な、とか、対人も出来るのか、などと言っているのが聞こえる。

 俺を誰だと思っているのだろうか。

 ギルドナイトの動揺が抜けきらないうちに接近して斬りつける。

 1人殺した。

 よくもあいつを、ふざけるな、ぶっ殺す、とか憤慨している。

 最初から殺しに来ない時点で俺に勝てるわけがない。

 

 

 

 ギルドナイトを殺し尽くした。

 所詮はギルドナイトだった。

 彼らには重みが無かった。

 俺は街から去った。

 南に行った。

 東に行った。

 西に行った。

 北に行った。

 空気も凍りつくほど寒い山で、地を揺るがし空間を割る龍を狩った。

 嵐吹き荒れる霊峰で、宙に浮く美しくて神々しい龍を狩った。

 山を食べて育つという巨大な龍を狩った。

 狩った。

 狩った。

 狩った。

 狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩った。

 あれ?

 俺はなんのためにハンターをやっているんだ?

 あぁ、そうだ、父のようになりたかったんだ。

 父さん……

 疲れたよ。

 俺は頑張ったよ。

 世界中の人々を救ったと胸を張って言える自負がある。

 だけどやっぱり父さんとは違うと感じる。

 何故だ。

 俺には何が足りないんだ。

 誰も教えてくれなかった。

 なんで父さんは教えてくれなかったんだ。

 俺が行った街や村では時々父のようなハンター達の話を聞いた。

 誰かを守るために、街を守るために、村を守るために、その命を捧げた気高き英雄達の話を。

 だけど分からなかった。

 俺は強い。

 父よりも強い。

 何故なら俺は父を殺した古龍を殺したからだ。

 だけど俺は英雄ではない。

 俺はただの殺戮者だ。

 英雄になる為に生命を狩り殺すただの大量虐殺者だ。

 違う、俺は街や村を守ってきたではないか。

 俺と父の何が違うというのだ。

 通りがかった子供に聞いてみた。

 俺と父は何が違うんだ、と。

 答えが返ってきた。

 貴方はまだ生きている、と。

 あぁ……そうか…………

 答えはこんな近くにあったのか……

 だけど自殺はできない。

 それは誇りが許さない。

 この世界を周る中で俺が確信したことがある。

 それは、この世界を創った何者かがいるということだ。

 いや、正確に言うならばモンスターには明確な始まりがあるということだ。

 あらゆる伝承を学んできた。

 父のような英雄になる為には知識が必要だと思っていた。

 必ず勝つ為には事前知識が必要だと思っていた。

 父を追うのはやめた。

 だけどその過程で得た伝承は俺の中に残っている。

 その中で古龍に関するモノ。

 それらの中に存在する共通点。

 塔、それと祖。

 彼らが王と崇める者。

 天に届くという塔。

 そしてその頂上に座す祖龍。

 

 

 

 俺は今、神と相対していた。

 

 

 

『至天の狩人よ、なにゆえ生き急ぐのか』

 

「父さんのようになりたかったんだ」

 

『その生命を燃やして人の世を守ることこそが自らの生き様と定めたか』

 

「やっと分かったんだ。俺が間違っていたということが」

 

『申してみよ』

 

「彼らは人々を守って死んだ。父さんも同じだ。俺は父さんに憧れた。だから俺は英雄になりたかった。でも、それが間違っていたんだ。英雄になろうとした時点で俺が英雄になれない事は決まっていたんだ。人々を守ること、誰かのために戦うこと、自らの気高さの証明こそが英雄になるために必要なことだったんだ」

 

『我を倒せば英雄になれると?それが気高さの証明だと?だが貴様に我が倒せるかな?』

 

「英雄になるのはもう良いんだ別に」

 

『ほう、戦うことが目的だと言うのか?』

 

「誰かのために戦うということは誰かに認められるということだ。これは俺のための戦いだ、頂きの龍よ。俺はお前に認められにきたんだ」

 

『良かろう。ならばこの雷を以って戦の始まりの鐘としよう』

 

 

 

 祖龍の言う通り戦いは一条の雷光と共に始まりを迎えた。

 俺が扱うは父より受け継ぎし紅蓮の片手剣。

 対して祖龍は黒雷を全身から迸らせて俺に突進してくる。

 避けて奴の尾に剣を叩きつけるが弾かれた。

 奴と並走しながら同じ場所に剣を何度も叩きつける。

 今度は尾を左右に一薙ぎしてきた。

 跳んで避けるが飛翔の際の羽ばたきで吹き飛ばされる。

 無数の雷で追撃してきた。

 至る所に降り注ぐ雷撃を剣で切り裂き、盾でいなし、跳んで避ける。

 シビレを切らしたのか空中から飛び込んできたので、股下をローリングで通り抜けつつ腹に切りつける。

 僅かに刃が通った感触があった。

 奴もそれを感じたのか反撃として頭部に付いている角から眩いばかりの光を俺に放出した。

 盾で防ぐがあっけなく吹き飛ばされる。

 壁に叩きつけられ、血が喉を上ってきた。

 素直に強いと感じる。

 これまで戦ってきた古龍と比べても飛び抜けている。

 だがまだだ。

 まだまだ終わらない。

 血を拭って立ち上がる。

 祖龍は民を睥睨する王のようにこちらを見下ろしている。

 剣を構え突撃する。

 それに応えるように上半身ごと地面に叩きつけてきた。

 細身に見えるが奴は途轍もない重さを有しているようだ。

 今の叩きつけで地面が陥没し、俺のいる場所も大きく揺れている。

 体勢を崩した俺に前足で殴りつけてくる。

 指の間に剣を思い切り叩きつける。

 奴の指を2本切り落とすことに成功した。

 痛みに唸りながらも逆の腕で殴りつけてきた。

 全力で剣を振り下ろした余韻で体が硬直していた俺はその攻撃をモロに食らった。

 全身の骨が折れたかのような衝撃が体を走り、また壁に叩きつけられた。

 左腕があらぬ方向に曲がっている。

 まだだ。

 父なら……

 いや、父は関係無い、俺はまだ戦える。

 山菜爺さんから貰ったいにしえの秘薬を飲んで出血を止める。

 骨折は治らなかったが十分戦える。

 再び剣を右手で握りしめた。

 奴は空を飛び回っている。

 空中からの突進だろう。

 足元がパリパリと放電し始めた。

 その場を走って離れる。

 先ほどいた場所に極太の光が落ちた。

 走らなければ巻き込まれていただろう。

 だが本命も忘れない。

 先ほどまでよりも速く突っ込んできた。

 斜め前に体を投げ出すようにして回避しつつ奴の脇腹を切る。

 直ぐさま体を起こして奴が振り向く前に腹を狙って何度も剣を振るう。

 堪え兼ねたのか怯んでこちらを睨みつける。

 追撃しようとして、そして、空気が変わったのを感じた。

 次の瞬間、俺の視界を紅が覆った。

 まるで俺が持つこの片手剣のような紅だった。

 そして光が収まった。

 そこにいたのは、龍の祖だった。

 それを見た瞬間理解した。

 これまで屠ってきた全ての龍の姿がこいつと重なった。

 祖であるという事は、王であるという事はこういう事なのだ。

 少し意思が揺らいだ。

 俺如きがこいつに認めてもらえるのだろうか。

 ふと父の片手剣が目に入った。

 あの時の光景を思い出した。

 父の背中に手を伸ばして届かなかったあの時から俺は父を追い続けていた。

 同じなのだ。

 自らの起源である父に追い付けない、追い付きたいと思っていたあの頃と生物の祖である祖龍に追い付けない、追い付きたいと思っている今。

 俺は同じ過ちを繰り返すところだった。

 憧れるのではなく考えることが必要だ。

 いつだって答えは自分の中にあった。

 ほら、どうすれば良いか分かった。

 俺は先ほどと同じように剣を握り直し、吶喊する。

 走りながら、両目から涙が溢れてきた。

 攻撃を交わし合いながら奴が尋ねてきた。

 

 

 

『汝、なにゆえ涙を流す』

 

「何故だと思う」

 

『悲しみか』

 

「違う」

 

『憎しみか』

 

「違う」

 

『痛みか』

 

「違う」

 

『では喜びか』

 

「そうだ、嬉しいんだ、体が軽いんだ」

 

 

 

 剣を奴の身に走らせ、突き立て、叩きつける。

 奴は爪を、牙を、尾を、俺を屠る為に振るう。

 無限にも続く交撃の中でやはり先に膝をついたのは俺だった。

 その俺に奴の角が直撃した。

 腹を貫いていた。

 力が抜けていく。

 剣が手から落ちる。

 奴を見上げる。

 奴も傷だらけだった。

 最初は4本あった角は1本になり、翼は切り裂かれていた。

 なんだか笑いが溢れてきた。

 呆れたように尋ねてきた。

 

 

 

『泣いたり笑ったりと忙しい赤子のようだ』

「そうだな……その通りだ……」

 

『もう良いということか』

 

「あぁ……ありがとう」

 

『では此れを汝への手向けとしよう』

 

 

 

 奴の最後の角に赤雷が溜まっていく。

 俺はこの世に何かを残せただろうか。

 ある英雄に教えてもらったことがある。

 未練のある人生は幸せだ、と。

 俺は何か未練はあっただろうか。

 あぁ、1つだけあったな。

 あの時の父の顔の意味が知りたかった。

 背中に手を伸ばすのではなく声を掛けて聞けば良かった。

 いつだってそうだった。

 俺はいつだってそうだったんだ。

 父が俺を置いて行った時も、弱者を救いたかった時も、見ていることしか出来なかった。

 だから今も見ていることしか出来ないんだ。

 角に溜まった赤雷が光条となって天に昇っていく。

 雲に吸い込まれた。

 凄まじい雷鳴と共に雲が激しく回転し始めた。

 俺の頭上で赤雲が渦巻いている。

 空から再び光条が降ってきた。

 俺と奴をまとめて巻き込んだ。

 剣が目に入った。

 雷の熱によってか、はたまた剣としての役目を終えたのか、燃えている。

 手を伸ばせばそこにあるのに手を伸ばす気にはならなかった。

 燃えていく。

 崩れていく。

 でも、それで良いんだ。

 誇らしさだけが胸の中にあった。

 最後に美しい白き神を目に納めた。

 声が聞こえた気がした。

『汝の気高さは証明された。褒美をやろう』

 そして俺の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 気付けば暗闇の中に立っていた。

 いや、俺は本当に立っているのか?

 だがそんなことがどうでもよくなる光景が唐突に目前に広がった。

 父がいる。

 父は赤子を抱いている。

 赤子に向かって俺の名を呼んでいる。

 隣には女の人が立っている。

 そうか……これは…………

 そこには幸せそうな家族の姿があった。

 場面が切り替わった。

 雨が降っている。

 地面に竜車が横倒しになっている。

 男が竜車のそばに膝をついて叫んでいる。

 いや、あれは父だ。

 父が叫んでいる。

 相手は女のようだ。

 いや、あれは母だ。

 母が竜車と地面に挟まれていた。

 

 

 

「ダメだ、お前を置いては行けない!」

 

「お願い行って」

 

「何故だ!ソルには、俺にはお前が必要なんだ!」

 

「お願い」

 

「何故なんだ!」

 

「このままではソルも死んでしまうわ、だから行って!」

 

「…………」

 

 

 

 父は幼い俺を抱えると、無言で立ち上がった。

 馬車に背を向けた。

 父は何かを振り切るように走り出した。

 父はあの時と同じ泣きそうな顔をしていた。

 最後に何かが聞こえた。

 

 

 

「すまない」

 

 

 

 

 

 また場面が切り替わった。

 俺だ。

 俺がいる。

 父に手を伸ばすことしか出来なかったあの時だ。

 父を正面から見ることができた。

 誇らしげな顔をしている。

 はっきりと声が聞こえた。

 

 

 

「今度は守る」

 

 

 

 涙がまた溢れてきた。

 父は村を守る為に1人で挑んだのだと思っていた。

 それが誇らしかった。

 だけどやっぱり寂しかった。

 なぜ俺ではなく村の人を守るんだ、と。

 それが今の言葉を聞けて救われた気がした。

 俺は愛されていたのだ。

 もう、あの時の泣きそうな顔は俺の中から消えていた。

 再び世界が暗くなった。

 光が前の方に見える。

 もう誰の導きもいらない。

 自分の足で歩いて行こう。

 段々と意識が薄れていく。

 薄れて……いく…………

 ………………

 




思い付きで書いたから荒いかも


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オリジナル1

二次創作描こうと思ってたらいつの間にか一次創作になってた。
ラノベ読まなきゃなぁ。
買わなきゃなぁ。



 高2の冬、両親に、オーストラリアに行くぞ、と唐突に言われた。

 冬休みだからだそうだ。

 いや、俺にはコミケに行くという崇高なる野望が……

 馬耳東風でした。

 まぁ、寒いのが大嫌いな俺の両親が南に向かうのはなんら不思議なことでは無いか。

 渡り鳥並みにフットワークが軽いなぁ。

 そういうわけで空港にタクシーで向かっている。

 電車使おうよ……

 俺は今空港にいる。

 ふん!いいもん!さぼ天で一番高いカツサンド買ってやる!

 うめぇ……っ!

 え、なに?コーラも買ってくれるの?

 あーオーストラリア楽しみだなー。

 

 

 

 飛行機に乗った。

 ポケモンの映画がやってる。

 ヒロイン可愛いんだけど年齢がちょっと……

 でもポケモンの世界って楽しそうだな。

 俺も行ってみてーなー。

 イーブイ超可愛いし、なんなら1日中一緒に原っぱで寝てたい。

 スチュワーデスが機内食を持ってきた。

 あ、今はキャビンアテンダントって言うんだっけ。

 俺ってば博識だからな。

 飯食ったら眠くなってきた。

 おやすみー。

 

 

 

 気付いたらオーストラリアの上空だった。

 めっちゃ海が綺麗。

 テレビとかで見るけどやっぱ本物はすげーわ。

 東京湾とか見てみ?

 ワカメみてぇな色してるから。

 あーでも海水温上昇でオニヒトデが異常増殖してサンゴ礁がやばいみたいな話聞いたことあるな。

 海水温上昇も人間のせいでしょ?

 人間って酷いなぁ。

 空港を出た。

 取り敢えずタクシーでホテルに向かった。

 トイレが綺麗!

 飯が美味い!

 風呂が広い!

 ベッドが大きい!

 夜景が綺麗!

 あ、やっぱトイレは日本の方が上だわ。

 寝る!

 

 

 

 朝日が美しい。

 俺は眼に映る今のこの光景を一生忘れないだろう。

 地平線から輝く火の玉が現れると同時に地に伏す巨大な岩塊が黄金色に染まり、大地は黄金を彩る梔子色のカーペットとなった。

 5分ほどでその光景は消えてしまったが、あれこそが地上の宝なのだと確信した。

 

 

 

 ビュッフェやべぇ!

 朝から焼肉だよこれやべぇよ!

 え、味噌汁も飲めるの!?

 このホテルこそオーストラリアの宝や!

 飯を食い終わったので部屋に戻る。

 このホテルはwifiが通じてるのでマリオカートを日本の友達とやる。イヤッフゥゥゥゥ

 マリオカートをやっていたら父にエアーズロックに行くぞ、と言われた。

 うるせぇ俺はマリカーやるんだ!とゴネていたら電源切られた。

 しょうがないのでエアーズロックに行くことにした。

 よく考えたらマリカーはいつでもやれるしな。

 レンタカーで向かう最中、父が、気分はどうだ、と聞いてきた。

 敢えて言うなら焼肉食いすぎて気持ち悪い。

 マリカーやって消化する計画だったのになー、チラチラ。

 ハハハ、と流された。

 なんで聞いてきたんだよ!

 何故か母と父がフゥ、と息を吐いた。

 何やねん。

 

 

 

 エアーズロックに着いた。

 なんか凄い力を感じる。

 こう、なんて言うか、富士山とか出雲大社とか行った時みたいな感じだ。

 マイナスイオン出てるぅ。

 俺が辺りを見回していると、父と母がまたもや気分はどうだ、と聞いてきた。

 絶好調である。

 今なら月光蝶システムを起動させて地上の人工物を砂に帰すことも出来るような気がする。

 父に頭を叩かれた。

 冗談の通じない大人にはなりたくないものである。

 写真を撮ろうとしたら現地の人に止められた。

 俺のあやふや英語で聞き取る限り、ここは神聖だから写真ダメよ、って事らしい。

 聖地ならしょうがない。

 聖地には大いなる力が宿っているからな。

 いや、マジで。

 真剣と書いてマジと読むぐらいマジだ。

 しょうがないので現地の人と写真を撮ってから車で寝た。

 暫くしたら父親が起こしに来たけど、いつまでここにいるんだ?

 寝起きのぼんやりとした頭でそんなことを考えていると先住民族!って格好をしたお爺さんが目の前に来た。

 他にも先住民族の方々がお越しになっているようである。

 ふと、お爺さんの格好がやたら物々しいことに気付いた。

 いや、他の人達も物々しいと言えばそうなんだが、一人だけなんかシャーマン感がある。

 意識をお爺さんに向けて、一気に目が覚めた。

 エアーズロックのパゥワーに隠れて気付かなかったが、このお爺さん、相当なオーラのようなものを発している。

 エアーズロックの力にも似た性質を感じ取れる。

 アボリジニすげぇ!

 流石数万年の歴史を持つ由緒正しい民族!

 信仰を大事にしているからだろう。

 出雲大社の巫女達はなんか全然力を感じなかった。

 あんなのただの一般人じゃん。

 まぁただのバイトだからしょうがないんだけど。

 そうボソッと呟いたらどうやらガチで由緒正しい本家の巫女さんだったらしく出禁にされた。

 何高校生の呟きに本気になっちゃってんの?って感じである。

 さすが巫女さんだ、俺の発言が本気かどうか見抜けるんだな、って言ってやった。

 その後全力のオーラを一瞬だけ解放したら老婆に崇められた。

 全力で逃げた。

 その巫女に比べてこのシャーマンはマジでヤベェ。

 俺が見たことのあるパワー感じる系ヒューマンの中で俺を除けば堂々の一位だ。

 俺?俺はほら、最強だから。

 シャーマンがなんか俺の手を引っ張る。

 おお、力が意外と強いな。

 父と母の顔を見ると神妙な顔をしている。

 何見てんねん助けろや。

 安心しろ、と父が言った。

 しょうがねぇ。

 シャーマンの手を払いのけると、here we go!!と言ってエアーズロックに向かってダッシュする。

 足音でアボリジニが一斉に走り始めたのがわかった。

 そうだ!俺に付いて来い!

 エアーズロックまで来ると立ち止まり、アボリジニの人達が来るのを待った。

 シャーマンが俺に語りかけてきた。

 ……なに!?このシャーマン、アボリジニの中で来るのが一番早かったぞ!?

 取り敢えずシャーマンの話を聞いてみると。

 大いなる力を感じる。

 災厄が俺に訪れる。

 流れに身をまかせるべし。

 みたいなことを言っていた。

 すげぇ!

 これ多分マジもんの予言者だ!

 俺だって予言はできないのに!

 やはり特化型の能力ってのはその道に進むなら凄い優秀だよなぁ。

 俺なんかオールマイティにパラメーター振られてるからなんでもできるけど何もできないみたいな感じだ。

 予言関連だと、本気を出せば数秒先が見えるくらいしか出来ない。

 適正が低いに違いない。

 きっとこのエアーズロックという聖域自体が予言系統の力の集合体みたいなものなのだろう。

 聖域と一口に言っても場所によって感じ取れる力の量や性質には違いがあるのだ。

 オーケーオーケーオーケー牧場、津波でサーフィンしろってことだな。

 そう英語で返すと微妙そうな顔で頷かれた。

 なんやねん。

 でも一人だけ爆笑してる奴がいる。

 頭を叩かれてる。

 あいつ俺と同じポジションだ!

 まぁそんな感じでエアーズロックから父と母の待つ場所へ戻った。

 何故かまた父に頭を叩かれた。

 DVだ!訴えてやる!

 また叩かれた。

 もう良い僕寝る!

 いつのまにかホテルに着いていた。

 少し散歩することにした。

 悔しい。

 この世界には俺のこの力を活かせるところが存在しない。

 そもそもこの世界には神はいない。

 神域と呼称されるところで感知能力を全力で使っても、その地から溢れる力の大きさしか感じない。

 いや、もしかしたらあれは眠っている神の気配なのかもしれない。

 だが、俺の目の前に現れない以上それはいないのと同じだ。

 悔しいがもうしょうがないのかもしれない。

 俺が感じている悔しさは非常に贅沢なものだ。

 特別な力を持っていて、それを振るう機会が無いことを悔しがる。

 全国の中二病の少年少女が聞いたら発狂すること間違いなしだ。

 だが、それでもやはり、と思ってしまうのが欲深い人の業なのだろう。

 などと、道で肩を痛そうに叩いていたので力で治してあげたおじさんからもらったハンバーガーを食べながらそれっぽいことを考えてみる。

 そう、いくらでも力の使い道なんてあるのだ。

 ハンバーガーをタダで手に入れる時とかな。

 さて、ホテルに帰るか。

 うーんオーストラリアの飯は日本食とはまた違った味付けで本当に美味しいなぁ。

 さて今日も一日頑張った。

 おやすみー。

 

 

 

 父に早朝起こされた。

 窓の外を見てみろ、と言ってきた。

 日の出だ。

 どうだ、美しいだろう、と言ってきた。

 そのくだりはもう昨日やったんだよなぁ。

 取り敢えず頷いておく。

 だがやはり美しい。

 そこに嘘をつくことは出来ないようだ。

 父が光景を写真に納めている。

 うーん。

 違うんだよな。

 確かに記憶は色褪せていくものだ。

 だからこそ写真に収めていつでも見れるようにしたいのだ。

 確かに食べ物とかはそれでも良いかもしれない。

 消費されて無くなるものだからだ。

 だけど美しいモノはそれじゃダメなんだ。

 自分が美しいと思ったモノは心に刻むべきモノだ。

 写真にしてしまったらその偽物がやがて真の美しさだと思ってしまうようになる。

 まぁ、ただの記念写真なんだろうけど。

 インスタ映えってやつだろ?

 知ってる知ってる。

 

 

 

 今日の朝飯はミネストローネ、バターロール、ジャム、コンソメスープ、生ハムのサラダだ。

 昨日とは随分違うな。

 オーストラリア料理も食べてみたいなぁ。

 オーストラリア料理とか聞いたこともないけど。

 昔、俺のおじいちゃんもオーストラリアに観光に行ったと聞いた。

 そこでなんか凄いことをしたらしい。

 なんでも伝説的な活躍をした偉人だと父が教えてくれた。

 父の実家に帰るといつも将棋ばっか打ってるただの好々爺なんだけど。

 まぁ、筋肉ムキムキだから凄いことやっていてもおかしくないけど。

 おじいちゃんが教えてくれたのは、俺の力はおじいちゃんから継承されたモノで、代々受け継いできたのだとかなんとか。

 遡ると神代にまで行き着くらしい。

 流石にそれはホラだわ……とか思って笑ってたらおじいちゃんも笑っていたのでただの与太話だったのだろう。

 まぁそんなことはどうでもいい!

 ちょっと走ってこよう。

 オーストラリアは東京の100倍ぐらい空気が美味い。

 30分ぐらい走ったら海に着いた。

 子供がはしゃいでいる。

 おれも楽しくなってきて砂で城とか作っちゃう。

 五時間かけて完成した。

 ヤベェなこのクオリティ。

 テレビで取り上げられちゃう。

 腹が減ったので子供に城をあげてホテルに帰ることにした。

 部屋で体を洗ってから昼飯を食べる。

 こ、これは!

 寿司!

 こっちの魚もなかなか美味いな。

 父がやってきた。

 なんか用だろうか。

 聞くところによると、両親はグレートバリアリーフとかストロマトライトを見に行くらしい。

 おれも行くか。

 さっき海行ったけどな。

 

 

 

 車で行く途中父が、グレートバリアリーフに行くのはおじいちゃんが薦めたからだと言ってきた。

 いや有名なんだから薦めなくてもどうせ行くだろ。

 母が、おじいちゃんに聞かせてもらったらしいグレートバリアリーフの話を聞かせてくれた。

 いや、グレートバリアリーフぐらい俺だって分かる。

 サンゴ守るマンだろ?

 違うらしい。

 なんでもグレートバリアリーフというのは本当に緑を守る的な意味が込められているとか。

 いや、だからサンゴ守るマンじゃん。

 スマホでストロマトライトのある場所について調べてみた。

 方向真逆じゃねぇか!

 

 

 

 グレートバリアリーフに着いた。

 俺は目隠しをしている。

 なんか母がビックリさせたいとか言って俺に目隠しをするように言ってきたのだ。

 いや、海が綺麗なんだろ、知ってるよ。

 目隠しを取った。

 息が止まった。

 緑だ。

 緑が広がっている。

 これが母が俺に見せたかったモノなのか。

 振り返って母を見る。

 母は俺に頷いた。

 父を見る。

 父も頷く。

 顔を前に戻す。

 なんだこれは。

 見た事が無い。

 目の前には海が広がっている。

 サンゴ礁も広がっている。

 だが、海のある一点から緑が吹き出している。

 まるでオーロラのように光り輝く虹の霧が海から噴水のように現れ、空に吸い込まれていく。

 視力を拡大した。

 霧はある高さまで上がるとそこから地球全体に広がっているようだ。

 これまでは気付かなかった。

 人が空気の存在に意識を割く事がほとんど無いように、俺もこの霧に意識を割いたことがなかった。

 なんて美しいんだ。

 これは地球の意思なのか。

 星を守る。

 緑を守る。

 命を守り抜く。

 海を走って霧の吹き出る地点まで来た。

 霧に触れる。

 その膨大な力に圧倒された。

 これは記憶だ。

 星の記憶。

 記憶であり生命力だ。

 これまで生きてきた全ての生物の生命力。

 彼らが死した後、星に還元されて蓄積されたモノ。

 連綿と紡がれてきた生命の二重螺旋。

 いつしか涙が溢れていた。

 これが美しいということか。

 俺の力をこの星に捧げたい。

 俺も彼らの中に混ざり合いたい。

 

 

 

 両親の元に戻ってきた。

 彼らにはこの素晴らしい光景が見えているのだろうか。

 尋ねてみるが二人とも寂しそうに首を振った。

 それはダメだ。

 この光景は見なければならないモノだ。

 俺の力を少し分ける。

 二人は驚いている。

 自身の体の中に流れ込んでくる力の感覚に驚いているのだろう。

 自らの手を握ったり開いたりあちこちを触ったりしている。

 二人の肩を叩いた。

 二人が顔を上げて、固まった

 父が、父さんの見せたかったモノがこれか……、と呟いた。

 母はその場に崩れ落ちた。

 口元を両手で抑えている。

 二人の目からも涙が溢れていた。

 この素晴らしい光景を生み出してくれたこの世界に感謝を。

 おいバカ親父、写真を撮ろうとするな。

 そもそも写真に写らねぇよ。

 

 

 

 感動冷めやらぬままホテルに戻る。

 二人ともまだ泣いている。

 きっと耐性が無いのだろう。

 俺は富士山とか登った時にアレよりはショボかったが美しいものを見たからな。

 いや、美しいっていうよりはカッコよかったか。

 このオーストラリアはなんなんだろう。

 おじいちゃんが昔来たというのもこうなってくると何か気になるな。

 まぁそれは俺には関係の無い事か。

 

 

 

 ホテルに戻った。

 流石に今日はストロマトライトのあるシャークベイには行かないらしい。

 ですよねー。

 まぁ遠いしまだ日にちにも余裕があるしな。

 一人で夕飯を食っていたらなんか隣に紳士然としたお爺さんが座った。

 なんだろうと思っていたら名前を尋ねられた。

 取り敢えず苗字だけ伝える。

 お爺さんは得心がいったように頷いた。

 話を聞くと、このお爺さんは昔おじいちゃんに助けられたらしい。

 面影が似ているらしく、つい嬉しくなって座ってしまったとか。

 一体どういう状況で助けられたのか聞いてみた。

 

 

 

「ふむ、私がどういう状況で助けられたかを知りたい、か」

 

「え、日本語話せたんすね」

 

「HAHAHA、まぁまぁ、そうだな、教えてあげるとしよう。君のお爺さんが為したことを。私もあの時の感動を久し振りに分かち合いたい」

 

 

 

 

 

 私はあの時、消防士をやっていた。

 まぁいたって普通の消防士で、特にどこが優れているというところもない男だったよ。

 今となってはもう昔のことだがな。

 私は正義感に溢れていた。

 職務柄もあるのだろうが、困っている人がいたら誰彼構わず助けていた。

 いや、それはいいか。

 あの日は、そう、雨が降っていた。

 私も年に何回かの休みという事で出掛けることにした。

 街にただ行くのではつまらないと思った。

 どうせならもう少し自然に触れたかった。

 そこで、ガンビア山というところに行くことにしたんだ。

 知らないかい?オーストラリアの最も新しい死火山さ。

 そこには綺麗な湖もあるからね。

 いざ行ってみると、休日ということもあってかかなり多くの人がいたよ。

 私もかなりはしゃいでいた。

 ははは、若かったからな。

 昼前、地面が揺れたような気がした。

 まぁ、気のせいだと思ったよ。

 周りの人も不思議そうな顔はしていたが特になんという事は無かった。

 だが、すぐに間違いだったと気づいた。

 今でも思い出せる。

 1989年12月28日の事だった。

 ニューサウスウェールズ州で大地震があったんだ。

 ニュースでやっていたからね、それの余震かと思った。

 昼飯を食べ終わった。

 次の瞬間、世界が揺れた。

 少なくとも私はそう感じた。

 周りも騒然とし出した。

 誰もが恐怖を感じていた。

 何が起こるんだ、とね。

 そしてまた世界が揺れた。

 人々は一斉に逃げ出した。

 押し合いへし合いで大変だったよ。

 私は必死に声を張り上げた。

 大丈夫だ、ここには建物は無い、落ち着くんだ。

 周りの人には伝わったようだが全体には行き届かない。

 歯痒かったよ。

 所詮一消防士の力などそんなモノだ。

 どうすればいい。

 このままではパニックになった人たちで大混乱が起こる。

 考えたが分からなかった。

 突然、波動が空気を伝わった。

 何言ってるんだって?

 いや、そうとしか表現できなかったよ。

 味わった事のない感覚だった。

 体の中を何かが突き抜けていく。

 衝撃とは違うモノだった。

 あれはもっと暴力的なモノだ。

 私は消防士だったからね。

 爆発に巻き込まれることもあったから違うと分かった。

 もう一回波動が伝わった。

 周りは静かになっていた。

 好機だと思って皆に伝えたよ。

 落ち着いて行動するんだ、ここに地震の被害は来ない。

 ようやく人々は落ち着きを取り戻した。

 え?それじゃあ本当に君のお祖父さんかどうか分からないって?

 ははは、まぁ最後まで聞いてくれ。

 人々は落ち着いたが、恐怖まで無くなったわけではない。

 実際その後も何回か揺れたしな。

 だが、本当の恐怖はそこからだった。

 連続的に地面が揺れだしたんだ。

 何だ、何が起こっている。

 私たちはどうすればいいんだ。

 神に祈る者までいた。

 私も祈りたかったよ。

 消防士としてのプライドが許さなかったがね。

 誰かが叫んだ。

 湖がおかしい、と。

 皆が一斉に湖を見た。

 湖の表面はボコボコと泡立っていた。

 近くにいる人は叫んで逃げ出した。

 噴火だ、逃げろ、とね。

 馬鹿な、と思うだろう。

 私だって思ったさ。

 あそこは死火山だ。

 噴火なんてするはずがない。

 だが次の瞬間、湖を切り裂くようにして火柱が噴き上がった。

 火柱は蛇のような形をしていた。

 ような、というのは蛇にしては刺々しい形をしていたからだ。

 今となっては分かる。

 あれは龍だったんだ。

 噴火につきものの爆炎はなかった。

 信じがたい光景だった。

 死火山が噴火するだけでなく、得体の知れないものが出現するなんて、と。

 誰も動けなかった。

 動いたら狙われると思った。

 次々と別の場所からも火柱が立ち上がるのが見えた。

 それの何れもが龍の形をしていた。

 益々揺れは大きくなっていた。

 この世の終わりが始まると思った。

 誰もが悲壮な顔をしていた。

 火の龍がこちらに向かってきた。

 神よ……そう思ったと同時、龍が何かにぶつかったかのように大きく広がった。

 こちらを包囲して焼き尽くそうとしているのかと思った。

 目を瞑って終わりの瞬間を待った。

 だが待てども待てども熱くならない。

 目を開けてみた。

 火は半球状にこちらを取り囲んでいる。

 だがそれだけだった。

 何が起きているんだと思った。

 次の瞬間、声が聞こえた。

 

 

 

『鎮まれ』

 

 

 

 穏やかな声だった。

 荘厳さすら感じさせる声だった。

 火が一旦引いた。

 周りが見えた。

 他の場所も同じように火が引いていた。

 木々は焼き尽くされ湖の水は干上がっているのに人々が集まっているところだけは守られていた。

 また声が聞こえた。

 

 

 

『怒りを鎮めるんだ』

 

 

 

 火がまた怯んだかのように後ろに下がった。

 私はまるでSF映画の中に迷い込んだかのような気分になったよ。

 そうして火はどんどんと後ろに引いていき、地中に戻った。

 終わったのか?

 そう思ったが揺れはどんどん大きくなっていく。

 次の瞬間私は宙に吹き飛ばされていた。

 いや、私だけではなかった。

 火が半球状に囲った範囲の全員が地面と一緒に吹き飛ばされていた。

 訳がわからなかったが周りを見て気が付いた。

 あの龍はどうやら地中から我々をバリアごと押し上げたのだ。

 そう、バリアだよ。

 我々に火の攻撃が来なかったのは我々が球状のバリアで囲われていたからだった。

 違う場所にいた人達を囲っているのをみて分かったよ。

 だが我々が飛ばされたのは地上の遥か上空だ。

 このままでは激突して死んでしまうと思った。

 やけに意識がクリアなのを感じた。

 あれが死ぬ直前の人間の状態なのだろうね。

 ゆっくりとした時間の中で誰かが凄い勢いでバリアの外に飛んで行ったのが見えた。

 その誰かは手を掲げた。

 手から幾筋もの光が放たれた。

 緑色の美しい光だった。

 それらが火の龍に当たると紅い体色が段々と薄くなっていくのが見えた。

 紅から赤へ、赤からピンクへ、そしてやがて透明になり、一気に緑に変化した。

 緑の龍はその手の元に集まると今度は我々に向かって放たれた。

 それは我々の胸の中に吸い込まれた。

 気持ちが落ち着いていくのを感じた。

 だんだんと眠くなっていった。

 気付いたら我々は病院のベッドの上だ。

 夢だったのかと思った。

 医者にも集団幻覚だと言われた。

 だが私は違うと気付いた。

 その日以降不思議なものが見えるようになったからだ。

 周りの人に言っても不思議そうな顔をされた。

 私は溢れる好奇心を抑えきれなかった。

 色々なツテを頼ってアボリジニの最高司祭に会えることになった。

 彼に経緯を話した。

 アボリジニはこう告げた。

 黄金溢れる極東の桃源郷に行け。

 自らの心の赴くままに進め。

 探し物はそこにある。

 私はすぐさま日本に飛んだ。

 消防士などどうでも良くなっていた。

 そして、彼を見つけた。

 

 

 

「こんにちは、いい天気ですね」

 

「えぇそうですね、観光ですか?」

 

「はい、ある人を探しに」

 

「ほう、人ですか。生き別れた女房とか?」

 

「ははは、違います。あなたに会いに来ました」

 

「…………なるほど」

 

「オーストラリアで助けて頂きました」

 

「なるほどなるほど」

 

「あの日以降私は不思議なものが見えるようになりました」

 

「……」

 

「好奇心を満たすために来た愚かな私ですがどうか教えていただけないでしょうか」

 

「……まぁいいだろう、うちに来なさい」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 そこで私は色々教えてもらった。

 彼が持つ力。

 あの日起こったこと。

 私の症状。

 どうやらあの時私の中に流れ込んできた緑の龍と私との適合率というやつが高かったようだ。

 ああいうことは稀にあるらしい。

 先程面影が似ているから声を掛けたと言ったな。

 すまない、あれは嘘なんだ。

 本当は君の力があの人に似ていたからだ。

 なぜ嘘をついたかって?

 もし違ったら頭がおかしい人だと思われるからその保険だな。

 お詫びに何かした方がいいかな?

 む、そうか。

 やはり君の一族は謙虚だな。

 さて、そろそろ私は行くとするよ。

 君のお爺さんによろしくと言っておいてくれ。

 

 

 

 

 

 飯を食い終わってのんびりしていたら父がやってきた。

 どうやら風呂に行くらしい。

 あぁ、行ってこいよ。

 父に駄々をこねられた。

 一緒に行きたいらしい。

 しょうがないから一緒に行くことにした。

 露天風呂やベー!

 夕日やべー!

 全部大理石!

 サウナまである!

 父がぶっ倒れた!

 脱衣所で冷ます。

 何がしたかったんだこいつ。

 部屋に戻って寝た。

 

 

 

 さて、今日はシャークベイだ。

 ん?なんかダースベイダーと似てるな。

 シャークベイダー、なんつって。

 俺の期待を裏切るどころか上回ってくる超魔境オーストラリアに戦慄が止まらない。

 シャークベイも恐らくヤバいのだろう。

 今度は神様とかに会えたりして。

 いや、それはないか。

 期待のしすぎは良くない。

 今日の朝飯はビュッフェだ。

 カンガルー肉のソーセージがあった。

 なんかこう、独特な味だ。

 美味しいけどな。

 

 

 

 

 

 シャークベイに向かう車の中で一応どんなところか聞いてみた。

 何も知らないらしい。

 俄然ワクワクしてきた。

 そういや紳士からおじいちゃんの話を聞いたと言ってみた。

 

 

 

「そうか、どう思った?」

 

「まぁそんだけ力持ってると助けたくなっちゃうよなって」

 

「そうか、お前ならどうする?」

 

「助けるんじゃね?」

 

「別に助けなくても良いんだぞ」

 

「いやそういうわけにもいかんでしょう」

 

「義務は無いぞ」

 

「でもカッコいいじゃん」

 

「そうか」

 

 

 

 なんだったんだ今の会話は。

 我が父はどうでも良い話を唐突に振ってきて唐突に終わらせるから困る。

 しかも偶に大事な話が紛れ込んでいるから始末が悪い。

 今の話にも何か意味はあったのだろうか。

 そんなことを考えていたらいつの間にかシャークベイに着いていた。

 

 

 

 うーむ綺麗だ。

 だがここには一体何があるんだ?

 見た感じいたって普通のストロマトライトがあるが。

 取り敢えずストロマトライトに触ってみた。

 …………は?

 気付いたら一面水だらけだった。

 いや別に高波が来たとかじゃなくて。

 ウユニ塩湖みたいな感じだ。

 しかも水とは言っても、歩いたら波紋は出るが、水を踏んでいる感覚は無い。

 さらにさっきまで昼だったのに夜になっている。

 空には月が二つ浮かび、片方はいつもの月、もう片方は青い。

 その間に天の河銀河がある。

 なんだろうここ。

 綺麗なんだけど違和感がある。

 俺のいるべき場所じゃ無い気がする。

 そもそも月が二つの時点で現実じゃ無いのは確定だ。

 後ろから衣摺れの音が聞こえた。

 振り向くと、ナニカがそこにいた。

 人型をしているのは明らかだ。

 だが、顔を認識できない。

 視力を強化しても変わらない。

 途方もなく存在としての格が大きいのか?

 こちらに近づいてくる。

 

 

 

「やぁ、君がくるのを待っていたよ」

 

「おう、俺も探してた」

 

「ははは、中々冗談がうまいね君は」

 

「ところでお前何?神様?」

 

「僕は、そうだね、記憶かな」

 

「記憶……グレートバリアリーフのあれか」

 

「うん、あれに残った人格の残滓の集合体さ。だから君達には認識出来ない」

 

「ところで待ってたってのは?」

 

「うん、別に大したことじゃ無いんだけどね。君たちの一族は代替わりすると必ず一回は来るからね。だから、僕が用があるってわけでは無いんだけど待ってたんだ」

 

「運命を感じるな」

 

「ふふ、そうだね。君たちの話はいつも面白いんだ。僕は記憶だから、地球上で起こった事は全て知ってるけど、それはあくまで記録に近いから、味気ないんだよね。それに、人と話すのはとっても楽しいんだ」

 

「へぇ、じゃあ俺もなんか話してくよ」

 

「わぁ!楽しみだよ!何から話してくれるんだい?」

 

「そうだなぁ、まぁじゃあ最近の話で行くと……」

 

 

 

 なんか地球の記憶に俺の思い出を話すというわけ分からなさすぎる展開がシャークベイで俺を待っていたが、暫く話したらノア(地球の記憶とか言ってるからそれっぽく名付けた)が空間から出してくれたのでホテルに帰る事にした。

 俺もなんか聞こうかと思ったがそれもなんかつまらんからなぁ。

 ちなみに父と母は俺のことを探しもせず魚と戯れていた。

 酷すぎる。

 

 

 

 

 

 俺は今帰りの飛行機に乗っている。

 窓側の席なのでオーストラリアが見える。

 それにしてもオーストラリア……世界最強の能力者であるこの俺の想像をはるかに超える地だった。

 もしかして他にもすげぇ場所いっぱいあるんじゃね!?

 ヤベェなそう思うと途端にワクワクしてきた。

 次は一人でどこか行くか……




なんか尻すぼみな作品になっちゃったよ。
フラグっぽく見える部分もあるのに回収する気起きなかったし。


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ワンパンマン The brast

なんか原作読んでたら書きたくなった
早く更新来ないかなぁ



 私が赤子の頃、家を怪人が襲った。

 ヒーロー協会などまだ影も形も無かった頃の話だ。

 今の怪人レベルで判定するなら、竜といったところだっただろう。

 当然ヒーローなど現れるはずもない。

 なす術なく私の両親は殺された。

 なぜ私の家を襲ったのかは分からない。

 偶々だったのだろう。

 だが、生き残った老人が見たという。

 私の両親を八つ裂きにし、家を周囲の建物ごと崩壊させたその怪人を。

 崩壊は私の家から始まり町は壊滅したそうだ。

 瓦礫の上に立ち、高笑いをしていたという。

 私は瓦礫の間に出来た空間で泣きながら生き残っていたという。

 覚えていないがな。

 恐怖で泣いていたのだろう。

 その老人は私を育ててくれた。

 そう、私の父だよ。

 父は私に教えてくれた。

 強い眼差しで語ってくれた。

 何故私が父に拾われたのかを。

 物心付いたと分かった時から教えてくれた。

 私が泣いて怖いと言っても教えてくれた。

 何て言っていたかは今でも思い出せる。

 いや、そんなことはどうでもいいか。

 私は力が強かった。

 幼稚園に入って遊んでいたら鉄棒を破壊してしまった。

 周りの子の中には怯えて逃げてしまう子もいた。

 逃げなかった子らは私を怪人と呼んで石を投げてきたが耐えた。

 父は迎えに来てくれた。

 帰りの車の中で言い聞かせられた。

 お前は特別な力を持っている、だけどお前は特別では無いという事をよく覚えておきなさい、と。

 よく分からなくて、怖くて、泣いてしまった。

 そんな私を父は撫でてくれた。

 そして力を振り回さなくて、力に振り回されなくて偉かったぞ、と。

 訳がわからないまま私は泣きながら頷いていた。

 幼稚園は入園したその日に退園した。

 父は私に何も言わなかった。

 分かっていたのだろう。

 人の身に余る力を持つということがどういう事か。

 幼稚園には行けなかったが父は私をキチンと育ててくれた。

 力の操り方を教えてくれた。

 拳の振り方を教えてくれた。

 足運びの方法を教えてくれた。

 何でそんなことをやるのかと聞いた。

 父はこう答えた。

 力には向けるべき正しい方向がある。

 正しい方向に向かうには使い方を覚えなくてはならない。

 やはりよく分からなかった。

 父は笑いながら言った。

 大きくなれば分かる。

 そう言われるとどうにもならない。

 私は頰をむくれさせながらも父の言うとおりにした。

 小学校に入れる年齢になった。

 父のおかげで私は力の抑え方を分かるようになっていた。

 小学校に行っても良いと父に認めてもらった。

 とても嬉しかった。

 ワクワクしていた。

 友達というのを作ってみたい。

 ドッジボールという遊びをしてみたい。

 色々なことをしたい。

 だけど、と最後に付け加えられた。

 私がいつも助けられるとは限らない、自分でどうにかしなければならないこともあるんだぞ、と。

 私は分かった、と頷いた。

 

 

 

 入学式の日になった。

 周りには同じように子供がたくさんいた。

 幼稚園以来の出来事だった。

 とても嬉しかった。

 椅子に座りながら後ろを振り向いて父に手を振った。

 父は手を振り返してくれた。

 その時、前方で轟音が響いた。

 慌てて前を向く。

 今まで校長がいたはずの場所に異形が立っていた。

 場が硬直する。

 一瞬誰かの息が詰まった音がしたかと思うと、悲鳴が響き渡る。

 誰もが半狂乱になった。

 体育館の出口に人が殺到する。

 俺も逃げようとしたが、父の言葉を思い出した。

 自分で何とかしようと思った。

 駆け出そうとしていた足を止めて怪人に向き直った。

 怪人もこちらに気付いた。

 

 

 

「何だぁ?俺様に用でもあんのかクソガキィ」

 

「お、お前なんか俺が倒してやる!」

 

「はぁ?…………ギャハハハ!お前が俺を倒すぅ?ギャハハハハハハ!は、腹がいてぇ!オイオイ頭おかしいんじゃねぇかこいつ!」

 

「うるせぇ!ぶっとばすったらぶっとばすんだ!」

 

「あぁ?うるせぇなぁ、じゃあやってみろよ。ほら……んん?殴りかかってこないのかなぁ?おい、どうしたんだよ!」

 

「う、うぅ……」

 

「はぁ〜ダッセー……おい!こいつの親は誰だ!今からこいつを見せしめに殺す!ギャハハハハハハ!」

 

「私の息子をいじめるのはやめてもらおうか」

 

「あぁ?なんだジジイ。まさかお前がこのガキのお父様ですかぁ?」

 

「そうだ、私の事はブラストと呼んでくれ」

 

「しらねぇよお前みてぇなジジイの名前なんか。さーてぶっ殺すか!」

 

「ふむ、ものは相談なんだがここは退いてはもらえないだろうか?息子の教育に悪いものをあまり見せたく無いのでね」

 

「はぁ?教育なんかいらねぇよ。だって今から二人ともあの世に行くんだからなぁ!シャァァァァ!!!」

 

「フンッ!」

 

「グォバァァァァァア!!」

 

「困ったものだ全く……」

 

 

 

 虚勢を張ったは良いが覚悟が決まっておらず固まってしまった私は逆に殺されそうになってしまった。

 だがそこで父が立ちふさがった。

 父が怪人にブラストと自己紹介した。

 だが怪人は意に介さず私と父の二人を殺そうと襲いかかってきた。

 恐ろしくなってしゃがんでしまった私は何が起こったのか一瞬分からなかった。

 だが少し経って歓声が上がると同時に理解出来た。

 父があの怪人をやっつけたのだ。

 父に何か言葉を掛けようと思ったが周りに集まってきて父を賞賛する新入学生の父母達に弾き出されてしまった。

 少しすると騒ぎも収まり父が私に近づいて来た。

 

 

 

「私が自分でなんとかしなさいと言ったから立ち向かったのかい?」

 

「うん……でも何にもできなかったよ……」

 

「ハハハ、当然のことだ。すまなかったね、まさかお前があんなに勇敢だとは思っていなかったんだ」

 

「僕は何にも出来なかったのに勇敢なの?」

 

「それでもだ」

 

「そっか……」

 

「さぁ、我が家に帰ろうか。今夜は焼肉だ!」

 

「…………」

 

「ん?どうしたんだ?帰るぞ?」

 

「あ、うん!」

 

 

 

 父に褒められてとても嬉しくなった。

 それと同時にあんなに強い父が誇らしくなった。

 先に歩いて行く父の背中がとても大きく見えてボーっとしてしまった。

 

 

 

 入学式はハプニングに見舞われたが小学校生活は恙無く過ごす事が出来た。

 いや、恙無いというのは少しばかり穏やかな表現か。

 入学式で怪人を倒したヒーローの息子という事で私はモテた。

 父の日に老人の父が来ても何ら恥ずかしいことは無かった。

 上級生の中には私の父が年老いていることを揶揄する者もいたがむしろ誇らしかった。

 父が鍛えてくれたおかげで力も抑える事が出来た。

 例え喧嘩をふっかけられても我慢する事が出来た。

 我慢をしている間は若干の苦しさはあっても、終わってみれば大した事は無い。

 むしろ父の正しさが身に染みていた。

 力に振り回されてはならない。

 父に対する尊敬の念が積もるばかりだった。

 父は家では至って普通の老人だった。

 買い物に行くと時々怪人の返り血を浴びてくる以外は。

 最初は驚いたがすぐに慣れた。

 

 

 

 小学校時代が終わり、中学生になった。

 中学校というのは小学校よりも差が大きく出る。

 男女の差、性格の差、腕力の差、頭脳の差。

 そういった要因が人間の間に軋轢を生む。

 ある時掃除係の仕事でゴミ捨て場にゴミを捨てに行くと一人の少年が三人組につめ寄られていた。

 ここでこそ力を振るうべきなのかと感じた。

 近付いてみる。

 向こうは三人組だ。

 体格も大きい。

 こちらに罵詈雑言を浴びせてくる。

 

 

 

「可哀想だろ、やめてやれよ」

 

「なんだてめぇ?やんのかコラ」

 

「おいこいつもノシちまおうぜ」

 

「ん?……あ」

 

「どうした?さっさとぶっ飛ばそうぜ」

 

「こいつあいつだ!あの怪人を倒したっていうジジイの息子だよ!」

 

「何!?……い、いや、だからどうしたってんだよ。こいつが強いわけじゃ無いだろ」

 

「いやでもあのじじいが出てきたら……」

 

「うっ……うるせぇ!良いからぶっ飛ばしまうぞ!」

 

「お、おう!」

 

「「「うおらぁぁぁ!!」」」

 

「フンッ!」

 

「「「グハァァァ!」」」

 

 

 

 何だったんだあいつらは。

 やめてやれ、と言っただけで殴りかかってきた。

 いや待てよ?これはあれだ、不良というやつだ。

 やはり声を掛けて正解だった。

 ゴミを捨てて家に帰ろうと歩き出すと不良達に詰め寄られていた少年が声をかけてきた。

 

 

 

「あ、あの!」

 

「ん、何?」

 

「あ、ありがとうございました!」

 

「あぁ、気にしないで良いよ。父さんの言う通りにしただけだから」

 

「あと、その……」

 

「さっきからもったいぶるなぁ。言いたい事があるならスパッと話してくれ」

 

「わ、分かった、じゃあ一緒に帰らない?」

 

「良いけど……」

 

「けど?」

 

「帰る方向一緒なの?」

 

「あ……」

 

 

 

 こうして中学生時代は喧嘩三昧だった。

 とはいえ別に好んで戦ったわけではなく、最初の不良以降学校の不良が勝手に勝負を挑んでくるからそうなっただけだ。

 勉学はそこそこ励み、高校も有名な進学校に入る事が出来た。

 最初に助けた彼も同じ高校に入ったようだ。

 

 

 

「や、やったね〇〇君!一緒の高校だよ!」

 

「そうだな、父さんにも教えなくちゃ」

 

「そう言えば君のお父さんはなんで来てないんだい?楽しみにしてたんだろう?」

 

「ゲートボール大会が開かれてるってんでそっちに行ったよ」

 

「えぇ……」

 

 

 

 高校は力を振るう機会もなくひたすら勉強の毎日だった。

 父にそれについて聞いてみると、良い事だと笑っていた。

 怪人の返り血がついた状態で。

 

 

 

 高校を卒業して大学に入ってすぐにそれは起こった。

 大学の帰り道、怪人が現れたのだ。

 その怪人は巨大化したゴリラのような姿をしており、軽く腕を振っただけでビルを粉砕していた。

 父がいたならば父に頼るのだが、今はいない。

 そこで思い出した、いざというときに誰かが助けてくれると思ってはいけない。

 周りには怯える人々がいる。

 俺は戦える。

 そう訓練してきた。

 だから戦おう。

 

 

 

「俺様はキングゴリラ!元は人間がアマゾンを伐採した事でできた僅かな森に住んでいたゴリラだった!だが生き残ろうとする意思に反応した体の突然変異により俺様の肉体はこれほどまでに巨大化する事ができた!今から貴様ら人間の住むこの場所を破壊し尽くしてやる!」

 

「おい」

 

「ん?……なんだ貴様は!俺様に楯突く気か!」

 

「俺は……俺は趣味でヒーローをやっているものだ。名前は……そうだな、名前はブラストだ」

 

「舐めているのか!もう良い!ぶち殺してやる!グルルルァァァァ!!」

 

「ヌンッ!」

 

「ゴバァァァア!!」

 

 

 

 こうして私はヒーロー活動を趣味にすることにした。

 大学の授業が無い土日や講義の少ない平日なんかには衣装を着て街に出てヒーロー活動を行なった。

 

 

 

 大学も卒業して普通の企業に就職した。

 最近は前よりも怪人を見る事が増えた。

 この前も電車に揺られて家に帰る途中、大規模な爆発に巻き込まれて、趣味の時間では無いのだが元凶の怪人を倒すことになってしまった。

 悪い事はしていないがスーツが破れてしまったのが残念だ。

 いざという時に誰かが助けてくれると思ってはいけない、父からの教訓だがスーツの修繕は誰かに助けてもらわなければならないな。

 

 

 

 今日は日曜日だ。

 私の趣味であるヒーロー活動に精が出る。

 怪人を倒して次はどこへ向かおうか考えていると何やら誘拐じみたことをしている黒服二人組を発見した。

 

 

 

「君達、何をしているんだ?その子を離しなさい」

 

「チッ、見られたか」

 

「仕方ない、始末するぞ」

 

「全く、なんでこう血の気の多い輩が多いんだ……」

 

 

 

 二人を取り押さえて話を聞き出すと、どうやら超能力を研究する組織で働いており、人類の発展に超能力を有効活用するためにサンプルを集めているそうだ。

 サンプルというのは当然超能力者の事だろう。

 優しく組織の本拠地の場所を聞いてやると、丁寧に場所を教えてくれた。

 お礼に警察に放り込んでからその場所に向かう。

 

 

 

 先程黒服に聞いた場所の近くに来たが正確な場所が分からない。

 どうしたものかとまごついていると破砕音が聞こえる。

 怪人でも現れたかと思い、高く飛んで周りを見回しても破砕痕も土煙も見えない。

 これはどういうことだ。

 未だに破砕音は聞こえている。

 まさか地下か?

 地面に耳を当ててみると音が強く聞こえた。

 やはり地下のようだ。

 よく考えてみれば誘拐を行うような非合法の組織が堂々と地上に施設を建てる訳がなかった。

 地面を掘り進むとやがて地下空間に出た。

 どうやら建物の中の一室のようだ。

 未だに破砕音は続いている。

 部屋の中にあるテーブルに書類が置いてあった。

 被験体の顔写真と番号、名前、能力について書かれている。

 左上に特と書いてある書類がある。

 タツマキという名前のようだ。

 能力の強度についてグラフ化してあり、ほとんどの値が測定不能となっている。

 他の超能力者と比べても飛び抜けているのがわかる。

 だが今はどうでも良い事だ。

 建物の壁を破壊して外に出る。

 どうやら先程から聞こえてくる破砕音はあの醜い怪物が出していたようだ。

 体毛はほとんど無く、頭部に少し生えるのみ。

 巨大で四足歩行、3本指に鉤爪あり。

 目にあたる部分は蜘蛛のようであり、口には鋭い牙が無数に生えている。

 内側から破壊されたような建物が一つだけあり、その奥に引き千切られた鉄の檻のようなものがあることからこいつは恐らくこの組織で研究していた怪人かあるいは実験動物なのだろう。

 そこら辺に散らばる肉片や血に塗れた白衣を見るにどうやら暴走しているらしい。

 今はちょうど鉄格子のついた扉の前で唸っている。

 中に人がいるのだろうか。

 急いで接近し、腹に一振りパンチを喰らわせる。

 いつも通り一撃で仕留める事ができた。

 後ろで物音がした。

 

 

 

「誰?」

 

「私はブラスト。趣味でヒーロー活動をしているものだ。まぁ…ヒーローといっても普段はちゃんと働いていて…これは趣味なんだがね」

 

「ヒーロー…」

 

「ところで…なぜ“力”を使わなかった?」

 

「……超能力が出せなくなって…」

 

「嘘は良くないな」

 

「……」

 

「いいかい…今後のキミのために一つだけ教えておくよ。いざというときに誰かが助けてくれると思ってはいけない」

 

「……」

 

「ではさらばだ、キミなら超能力で抜け出せるだろうからね。私は他の人たちを助けてくる」

 

 

 

 顔写真を見ていたので分かった。

 あれがタツマキという少女だろう。

 どうやら超能力が出せないと嘘をついていたらしい。

 私も父が育ててくれなかったらあぁしてどこかの研究所に閉じ込められていたかもしれない。

 だからこそアドバイスとして父の言葉を贈った。

 見れば分かった。

 凄まじい超能力の持ち主だ。

 あれ程の使い手ならすぐに自分のことは自分で出来るようになるだろう。

 さて、家に帰って今日のことを父に話すか。

 

 

 

 

 

 父が死んだ。

 老衰だった。

 寝たきりの状態だったが最期にこれまで秘密にしていたことを教えてくれた。

 

 

 

「お前の両親についてだ。私は昔からお前に一つ隠していた事があった」

 

「隠していた事?一体なんだい?」

 

「私は偶々生き残ったからお前を育てたと教えてきたな?あれは嘘なんだ」

 

「え?う、嘘だったのか?」

 

「そうだ。あの時私は、偶々生き残ったわけではない。お前の両親を殺した怪人を倒した時、近くに偶々お前がいたから引き取ったんだ」

 

「そうだったのか……でもなんで嘘なんか」

 

「あの日私は偶々散歩をしていたら爆発に巻き込まれた。だが知っての通り私は爆発程度でダメージなど受けることはない。暇つぶしにそのまま瓦礫の中で寝ていようかと思った。だがふと悲鳴が聞こえた。瓦礫の中から飛び出すとお前の両親が殺されるところだった。すまない〇〇、私が……もっと早くに気付いていればお前の両親も……。いや、違う。私に正義感がもっとあれば……すまない、本当にすまなかった……」

 

「…………良いよ」

 

「え?」

 

「だって父さんは俺を助けてくれたじゃないか。それに、怪人を恨みこそすれど助けてくれた父さんを恨むのはお門違いってもんだろ?だから、ありがとう、俺を助けてくれて」

 

「……私こそありがとう。なんだか気分が軽くなったよ。最期に話しておいて良かった。ありがとうな……ありがとう……あり……がと……う……」

 

「◻︎時×分。ご臨終です」

 

 

 

 

 

 父が居なくなってからは暫く喪に服す意味も込めて自粛していたが、最近久しぶりにまたヒーロー活動を再開した。

 父の口癖でもあった「いざというときに誰かが助けてくれると思ってはいけない」というのに則り、ヒーロー活動はあくまで趣味の範囲に留めているが最近ヒーロー協会なるものが出来たことを知った。

 というのも趣味の時間内に街に現れた巨大なムカデ型の怪物を退治したら、次の日に人が訪ねてきたのだ。

 

 

 

「すいません。こちらはブラストさんのご自宅でしょうか?」

 

「……そもそもあんたは誰だ」

 

「申し遅れました。私こういうものです」

 

「……ヒーロー協会?聞いた事ないな」

 

「えぇ、最近出来たばかりですので。単刀直入に申しますとプロヒーローへのスカウトに来ました」

 

「プロヒーロー?なんだそれは」

 

「はい、我々ヒーロー協会はヒーローの知名度アップと公正な評価をするためにプローヒーロー制度というのを設けておりまして……」

 

 

 

 話を聞くと、どうやらヒーローをランク付けするらしい。

 ランクが上がるごとに待遇が良くなり、ランクはABCという順になっているようだ。

 

 

 

「申し訳ないが帰ってもらえるか。私は趣味以上にヒーロー活動を追求するつもりはない」

 

「えぇ、えぇ、存じております。そのスタンスは貫いていただいても一向に構いません。我々としましてはブラストさんには看板になってもらいたいのです」

 

「看板?」

 

「はい、正体不明のトップヒーローという肩書きでやってもらえれば、と思いまして」

 

「聞こう」

 

 

 

 どうやら先ほどの資料には載っていなかったがSランクというランクを近々設けるらしい。

 そこの一位になって欲しいとのことだ。

 ヒーロー協会が付けた災害ランクというものの中の竜という強さの怪人を俺が倒しているのを目撃していたとのことだ。

 

 

 

「私の素性が公に一切出ない。私の出動は私の任意で行う。私の行動に一切関与しない。これらの点が守られるなら良いだろう」

 

「えぇそれはもう是非共よろしくお願いします」

 

 

 

 こうしてヒーロー協会に所属した私は今日も今日とて会社に出勤するのであった。




なんだろうこの……すごく読みづらい
後深夜テンションで書いたから何書いてたのか全然覚えてない。


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泥濘の輝き

息抜きで作った創世神話みたいなやつです。
ぶっちぎりで短いですね。
オリジナルでもあります。


そこには黒があった。

純粋な黒では無く、全てが混じり合っているゆえの黒。

液体でも無く気体でも無く、固体でも無い。

そう……喩えて言うなら泥が近いだろう。

世界は平たく、無限に広がり、そして何もなかった。ただ泥が横たわるのみの空虚で満たされた世界。

横たわる泥は凪いでいた。

動くことは無く、終焉まで静寂を保つかに思われた。

しかし何故か『泥』は立ち上がった。

立ち上がった『泥』はもの思うこともなくしばらくそうして立っていた。

ある時気が付いた。

ここはどこだろう。

周囲を見渡しても何も無い。

敢えて言うなら足元に自分と同じ色の何かがあるだけだ。

何かを確かめようとすると長いものが生えてきた。

それは腕だった。

しゃがんで泥に触れてみる。

サラサラと手から零れ落ちたり、いつまでも纏わり付いたりと一貫した性質を持たない何かがそこにはあった。

そうしてまたしばらく触っていると飽きたので、今度は別のことを考え始めた。

自分は誰だろう。

手を目の前に持ってきて見てみると、平たい楕円状の手であることが分かった。

泥を掬うのにはとても適している形だ。

唐突に顔が痒くなったので掻こうとしたけど、角が丸いし柔らかいので中々痒みが取れない。

焦れた『泥』は手に硬さを求めた。

すると『泥』の片側に硬くて薄い膜が現れた。

『泥』が再び顔を掻くと痒みが取れた。

満足した『泥』は自分が誰であるかなんてどうでも良くなっていた。

やることが無くなった『泥』は自分しかいない現状にナニカを抱き始めた。

その場を離れようとしたが泥に固定されているのでベシャリと倒れ臥してしまった。

泥濘の中に体が沈むと何かを感じた。

 

それは熱だった。

 

それは光だった。

 

それは重さだった。

 

何かが自らの内側で爆発した。そう感じるほどに多くのモノが自らの中で新たに生じた。

薄かったモノが濃くなり、先ほどのナニカをより強く感じた。

動きたい、そう念じると泥から強く引き上げられて宙に出る。

そのまま宙に浮き続ける。

もう泥とは繋がっていなかった。

それが何となくモヤッとして泥に降りる……落ちる……いや、堕ちるかもしれない。ともかく泥と再び接触した。

動きづらいので下半身を腕を模したものに変化させる。

それは脚だった。

形を整えて、動き出す。

 

 

 

『泥』は求めていた。

ナニカを求めていた。

何なのだろう。

焦げ付くような、身を震わせるような、様々な温度が自らの内を暴れている。

この温度は何なのだろう。

何がこの温度を生み出しているのだろう。

どうしたら止めれるのだろう。

我武者羅に脚を動かす。

ただ前へ、前へ、前へ。しかし果てなき前方には何も無い。

やがて前へ進むことに意義を感じられなくなり、脚を止める。

上を見上げると空白がある。

無限の透明は見ていて吸い込まれそうになった。

そうか、と合点を下ろす。

横がダメなら縦にすればいいんだ。

あの空白を埋めよう。

その場に腰を下ろした『泥』は理解していた、念じるだけではダメだと。

下の泥は自分の場所だが上の空白は自分の場所では無い。だから空白を埋めるには泥を泥で無くしなければならないんだ。それに、埋める物をあそこまで届けなければならない。

腕を伸ばしても届くけど、空白に入った時に自分とくっ付いていたら置いてくることはできない。

泥を一掬い、腕を振ってその泥を空白に放り投げる。

空白は無という記号を失った。

『泥』はとても美しいものを見た。

泥が空白に触れた瞬間白が弾け、赤に変わり、そして極彩色の光がその場を覆った。

『泥』は少しだけ温度が収まるのを感じた。

空白など最初から無かったかのように頭上は色で埋め尽くされている。

ずっと見上げていたくなった『泥』は不安定な足元に土台を作ることにした。

掬った泥を一箇所に集めて台とし、そこに腰を下ろした。

悠久の時を、頭上を見上げて過ごしたが、やがて色は収まり始めた。いや、収まったというよりは落ち着いたと言うべきだろうか。凄まじい速さでお互いを侵食し合っていた色調の活動は段々とゆっくりになっていった。

やがて手に纏わり付いた泥が落ちるのと同じくらいの速さにまで落ち着いた色の動きを見ていた『泥』はある事に思い当たった。

泥を空白に投げ込んだあの時、黒と無の色のみだった世界にあらゆる色が弾けた。空白にはそういう性質があるのかと思い込んでいた。

一つのことを思い出す。

この足元の黒い泥ーー自分が生まれ出てきたナニカーーこれに身体が沈んだ時、得体の知れない熱が自らの身を焼き尽くさんばかりに生じた。

この泥は、空白を埋め尽くしているあの色を全て内包しているのでは無いだろうか。

土台から降りて泥に脚をつける。泥を手のひらですくって土台にのせていく。

ある程度集めたら土台の上で泥をこねくり回す。粘度の高い泥へ変化させて、自らの形に似せる。出来たのはよく分からない形をしたものだった。それを一先ず色の中に投げ込む。

投げ込まれたものは蠢き、泡立った。

やはりかーー。

『泥』は同類を作れたのだ。

微動し続ける同類はやがて長い腕を無数に伸ばして色に突っ込んだ。

すると色は腕を伝って吸収され始めた。

無限にある色を吸い込み切る事など出来ない。しかし有限で良いのだ。有限だからこそ意味を持たせることが出来る。

やがて全ての色を内に取り込んだ被造物は強く、明るく輝きを放った。

 

ーー原初の神が誕生した。

 

神の放つ途轍も無い輝きは黒い泥をも照らし、その本質を晒け出させる。

全ての入り混じった黒、光なき世界で黒だった色たちの集合体はその本来の色を表出させた。

 

『泥』は神を見た。

 

神は『泥』を見た。

 

言葉無き『泥』は、言葉有りて現出した神の意志を聞く。

 

「感謝を捧げよう、父にして母なる大いなるあなたへ」

 

『泥』は神を見つめる。

言葉は分からずとも、神が自分に対して暖かい何かを放っていることは分かる。

そしてその事とは関係無く、生まれ出た神を見て自らの温度が収まるのを感じた。

 

「あなたのその空虚を満たす為にわたしはあなたの元を離れよう」

 

『泥』のいる場所には降りられない神はしかし『泥」の求めるものを理解していた。

『泥』は泥を掬って投げ寄越した。

神はその泥を使って宇宙を創り、星々を造り、『泥』が戯れに作るモノを模して動物を、『泥』を模して人を作った。

神が何かを作り上げるたびに『泥』は温かい温度を感じ、『泥』のそんな姿を見て神もまた満足する。

 

『泥』は今も何処かで新たな形を作り続けている。




やっぱ自由に書くと楽しい


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プロローグ

プロローグっぽいなにか


気が付くと俺は雑踏の中で立ち止まっていた。後ろから誰かにぶつかられる。

 

「早く前進め!なにボーッとしてんだ!」

 

怒鳴られた。軽く謝罪して、言われた通りに前に進む。どうやら格好はいつもと大して変わらないようだ。しかし、外に出る時は必ず持ち歩くようにしている財布がポケットの中を探っても見つからない。背負っているリュックの中に入っているのだろうが、あまりの人口密度にリュックを地面に下ろす余裕などない。人の波に流されてそのまま前に進む。

どれほどの人の規模なのか確かめようと爪先立ちになると、どこまでも人しかいないのが分かった。目眩のするような光景だ。

気がおかしくなる前に見るのをやめてただ前に進むことにした。

 

 

 

ふと、自分とその他の人は何処に向かっているのかを知らないことに気付く。こんな事、最初に疑問に思っても良いぐらいのはずなのに、何故こんなにも思考が鈍っているのか分からない。どれだけ進んだか、相対的に測るものが無いために何も分からないが少なくとも30分はボーッと歩いていたはずだ。それにしてもこれだけの人混みなのに環境雑音が足音と衣擦れの音、そして呼吸音しかないというのも奇妙というかいっそ不気味だ。

取り敢えず、隣を歩くおばさんに聞いてみよう。普通に聞くと目立ちそうだから抑え目な音量でな。

 

「すみません、ちょっといいですか?」

 

「…………」

 

聞こえなかったのだろうか、もう一度尋ねよう。

肩をトントンと叩いてから声をかけ直す。

 

「すみません、お尋ねしたいことが……?」

 

肩を叩かれ顔を覗き込まれているのにも関わらずおばさんの目は虚で、剰え他になんの反応も見せない。

それだけならこの人がちょっとおかしい人というだけの話だったのだが、周りの人の顔を見ると皆同じような顔をしている。

背筋を冷たいものが走る。何かのドッキリか?はたまたこれは幽鬼の行進だとでもいうのだろうか?

と、後ろから肩を叩かれる。

 

「おい、兄ちゃん」

 

振り返ると、短く刈り込まれた髪が目に入る。そこにいたのは上下にグレーのスウェットを着込んだ30〜40代ぐらいに見える男だった。服の上からでも鍛えていることが分かる、そんな男がこちらに片眉をあげてニヤッと笑った。どこか見覚えがあるような気がする。しかしどこだったか、というところで思考を遮られる。

 

「さっきは怒鳴って悪かったな。俺もお前より先にこの状況に気付いて暫くでな。ちっとばかし気が立ってたんだ」

 

「あ、いえ……それより暫くっていうのはどういう?」

 

そう聞くと男はニヤケていた表情を崩して悲しんでいるような、何処か申し訳なさそうな、それでいてこちらを哀れんでいるような顔をした。

そして唐突に質問を投げ掛けてくる。

 

「此処は何処で、俺たちは何処へ向かっているか分かるか?」

 

なんで俺が今まさに疑問に思っていたことを?

困惑して無言でいると。

 

「そうか……いや、そうだな。まだ覚醒したばかりだから意識を取り戻してないのか」

 

覚醒したのに意識を取り戻していない?益々訳が分からない。

 

「いや、ハッキリ意識はありますよ。ただ、今まさに自分でも何処に向かっているのか疑問に思っていたのでビックリしただけです」

 

そう伝えた俺を見た男は軽く笑うとこんなことを言い放った。

 

「まあいいさ、端的に言うぞ。俺たちは死んだんだ」

 

何を言っているか頭に入ってこなかった。無言で男の顔を見ていると、男は周囲を見廻した。全体を意に含めるかのように。

 

「もう一度言うぞ。俺たちは死んだ。絶対的に、そして不可逆的にな」

 

つられて、周囲を歩く人間を見る。

 

「ジョークにしては随分キツいですね」

 

これだけの人間が一気に死ぬはずがない。いや、単位時間あたりの死者数はかなりいるだろうが、それにしても余りにも多すぎる。人種も年齢も問わず、さまざまな人間がこの場にはいる。

何かの催し物に向かう最中なのだろう。そして暑さで俺も彼も頭がやられたといったところか。

それにしては天が暗いが、熱帯夜なら説明がつく。

 

「暑さで頭がやられているんですよ」

 

「暑くもないのに?馬鹿げたことを言うな。それに周囲を見てみろ。建物が一つもない、植物も無いじゃないか。地球上でこれだけの規模の人間が集まって、かつ建物が無い、そんな場所は存在しないだろう?」

 

「……っ……地下、かもしれない」

 

そう、地下だ。地下ならこの状況にもある程度の説明がつく。

 

「強情だな」

 

この状況は受け入れ難い。俺と男の二人が狂っているだけの方がまだ理解できる。

自分達が死人だと宣うこの男も、そしてその言葉を少しだけ信じてしまっている俺もーー

 

「信じようが信じまいが、この先に行けば分かるさ。俺はただ、同じ状況になった哀れな青年に覚悟だけでもさせてやろうと思ってな」

 

「ーー待ってください」

 

「んお?」

 

今、この男は妙なことを言った。

 

「あなたは今、この先に行けば分かると仰いました」

 

「ああ、言ったぞ」

 

不安は払拭しなければならない。

 

「なんで貴方はこの先で起こることを知っているんですか?」

 

「…………」

 

尋ねた途端無言に、そして無表情になった男は異様な雰囲気を纏っている。

この人混みの中で流れに逆らって戻ってくるのは相当な労力を要するはずだ。そしてピンポイントで俺の後ろに来るなど、そんなことができるはずがない。

気づけば俺と男の周囲には、幾分かの空間が出来ていた。男から目を離さないままに歩いて男から離れ、対峙する。

 

「答えてください、どういう意図で言ったのかを」

 

願わくば味方でいてほしい。

願わくば俺を騙そうとしての言葉でないと信じたい。

俺の内心の願いを込めた質問に対して男は。

 

「…………心配性なんだな!」

 

にっこりと笑顔を浮かべ。

 

「ただ、俺は先の方から一旦戻ってきただけさ」

 

腕組みをしてウンウンと頷きながらそう言った。男はそのまま歩いてこようとしてくる。

 

「何があるんです?」

 

ピタリとまた立ち止まった。

 

「先には……一体何が?」

 

不気味な程に笑顔を保ったまま男は述べる。

 

「言っただろ、俺たちは死んだって」

 

いつまで経っても死んだという情報しかもたらさない男に少し苛立ちがこみ上げる。

 

「だから、先には何がーー」

 

「君は、神の存在を信じるか?」

 

泰然と立つ男は笑顔のまま、そんなことを聞いてきた。

神?そんなものいる筈がない。

 

「さあ、どうなんだい?」

 

この男はどうやら情報を小出しにするつもりらしい。それならとことん付き合ってやろう。

 

「信じないですよ。見たことないので」

 

「なるほど……見たことが無いか……」

 

顎に右手を当てて頷く。

 

「確かに君の言う通り、見た事ないものを信じるのは難しいかもしれない。しかし逆説的に言うなら、神を両の目で見たら信じると言う事だな?」

 

「何を……言っているんだ……?」

 

まるで自分が言っていることは真実であると確信しているかのような自信とともに紡がれる言葉。

目を瞬かせる。

 

『私を見ろ』

 

脳裏に直接響くような声が聞こえた。

瞬時に、文字通り瞬きのうちに目前に現れた男の瞳には黄金の十字架が刻まれている。先程までは確かに無かったはずなのに。

顔面を掴まれて抵抗するがまるで万力のようにびくともしない。大きく開いた眼で俺の目を覗き込んでくる。

そして視界が黒く染まったーーかに思えたが、黒の中をサラサラと煌く粒が視界を流れていく。太い幹から細い枝葉が分かれる木のような形をとって粒は流動しており、細い枝のはるか先の方には刻一刻と色を変える球体が接続していた。

宇宙空間を彷彿とさせる光景だが、明らかに違うということも分かる。

摂氏-270度の宇宙空間では俺の体などすぐ様凍ってしまうはずなのに、冷たさなど感じない。さらに、しっかりとした足場を踏みしめて俺は立っていた。

粒子の進む方向は一定であることが見て取れ、上流に目を向ける。

 

『これが今、お前のいる場所だ』

 

そこにいたのは先ほどまで話していた男だった。ただ、巨大化していた。服装も顔立ちもそのままに体積のみが何十倍にもなっていた。

玉座のようなものに腰掛け、腕を手摺りに置いている。

ゴクリと唾を嚥下する音がはっきりと聞こえた。

 

「お、俺がいる場所?」

 

声が震えているのが分かる。

なんだこいつは。なんなんだここは。

男が指差しをする。粒子の流れている場所だ。その場所が急に拡大される。そこでは人間サイズのあの男が俺の顔面を掴んでいた。

これは一体なんだ。

 

『案外と鈍いのだな」

 

俺は今ここにいるが、あそこで顔を掴まれているのも俺で…………?

 

『お前の望むものをここまで揃えてやっているというのに』

 

肩肘を手摺りに載せ、顎を手のひらに乗せた男はつまらなさそうにボヤく。

 

「俺の望むもの……」

 

『まあそろそろ良いだろう』

 

男がそう言うと視界に映るものが急速に前方に収束していき、気付けば元いた場所へ。

キョロキョロと周りを見回し、自分の手足を確かめていると。

 

「これで分かったろう」

 

などと宣う。

頭がおかしくなりそうで、辛うじて言葉を絞り出す。

 

「何が……?何も……何も分からない……」

 

「現実感の無さから来るものだ、そのうち慣れるさ。それにしてもさっきの演出は中々だっただろう?」

 

右から左へ聞いたものが流れていくような感覚に陥る。

まるで映画の中に入り込んでしまったかのようだ。

 

「お前が必要としていたものをさっきは与えてやったんだ。お前が安心感を覚える人物。少しドラマチックな展開と説明。そして現実への回帰」

 

「俺が必要とした……ぐっ!」

 

男が無感情に述べるそのセリフを反芻していると頭痛が走った。

 

「哀れな男だ……本当にお前は……」

 

何故か俺に憐みな感情を向ける男。俺の何を知っているんだ、という苛立ちが走る。

 

「俺は紛い物だが、この姿を借りる前提としてこの肉体のオリジナルを完全に模倣しなければならない制約がある。記憶も含めてという話だ」

 

「だからなんだ……お前みたいな男は知らないぞ!」

 

「いいや、思い出していないだけだ。自分が何者なのかを」

 

そう言われて、自らの名前を言えないことに気付く。

リュックを下ろして財布を探す。そこに身分証明書も入っているはずだ。

しかしいくら探れど財布は見つからず、途方に暮れるばかり。

 

「自己を認識できないものは自己を証明するものを外部から取り入れることはできない。それがここの決まりだ」

 

つまり、自分の事を思い出すには自分の記憶を探る以外の方法は無いという事だろうか。

 

「前に進め。足を踏み出せ。この先にあるものを確かめろ。この世界の成り立ちを理解しないとお前は名を忘れたままだ」

 

こうして名無しの男は未知の世界へと足を踏み入れた。

 




意味深なのを書きたかった


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角の無い鬼

これは……なんだ……?


昔々、ある村に一人の男が彷徨いつきました。

その男は大層な力持ちだったそうで、木こりの切った大木を運んだり、遠く離れた都にいる医者を一晩で連れてきたりと村人にとって居なくてはならない大切な人でした。

気さくな性格をしているその男は子供たちにも大人気で、親に頼まれて子供たちの面倒を見たりもしていました。

平時は村はずれにある家の中で寝転んでいるので寝太郎などと呼ばれてもいました。彼曰く自身に名は無かったそうですが、そのあだ名を気に入って自らの名を寝太郎としました。

酒盛りの時などは輪の中心になって、尽きることのない御伽話を皆に聞かせるので話太郎と呼ばれました。彼はそのあだ名を気に入って酒盛りの時は自らを話太郎と名乗りました。

村人が思いつくありとあらゆる無茶振りに容易く応えるので、一時は現人神と崇められそうにもなりました。彼は慌ててそれだけはやめてくれと断り、自分は寝太郎で十分だと笑いました。

村人と彼はとても楽しく、とても幸せに生活を送っていました。

しかし、そんな彼の名が小さな片田舎で収まるはずもありません。一晩で都から田舎まで連れて行かれた医者が、都に帰ってその事を酒の席で声高に唱えたのです。最初は与太話として流されていましたが、やがて医者以外にもその事を話す者達が出て来ます。

話は都中に行き渡り、帝の耳にも届きました。帝の家臣が鬼の首魁を倒したその時期、子分だった鬼どもが各地に散らばり、悪さをしていました。そんな男がいるなら是非手下に加え、鬼退治をさせたい。そんな勅命を受け家臣達はその男がいるという村を目指しました。

家臣達が村の見える山の上に到着しました。家臣達は村を見下ろして驚きました。なんという事でしょう、村が燃えているではありませんか。火事で男が死んで帝の要望に応えられなくてはコトだと家臣達は急ぎました。

村人のものでしょうか、死体があちこちに転がっています。

そこにポツリと小さいにもかかわらず声が木霊します。

 

「誰だ」

 

「誰がやった」

 

声の方向に目をやると家臣達は燃え盛る炎の奥に立つ一つの影を見つけました。尚も影は言葉を続けます。

 

「貴様らか」

 

「やっと見つけた平穏を奪ったのは」

 

影は炎の中を歩いて近づいて来ました。

近づいて来た影は大男へと姿を変えました。その目からは涙が流れています。

陽炎纏うその益荒男に勘違いされては叶わぬと家臣達は用件を伝えます。

男は涙を流しながら独り言のように返答をします。

 

「聞いたことがある」

 

「酒呑のが帝の軍勢に斃されたと」

 

「あれもバカなやつだ」

 

「若い癖にヒトを侮るからそうなる」

 

「……まあいい」

 

「此奴らを弔わせてくれ」

 

家臣達はその男の手伝いをしました。

しかし急いでこの地に向かっていた家臣達は途中で疲れて寝てしまいます。次の日の朝、家臣達が目を覚ますとそれはそれは立派な墓が出来ていました。

男は墓の前にどっかと座り、酒を飲んでいました。家臣達がその周りに集まって来たので男は話し始めました。

 

「昔々、あるところにバカな鬼がいた。西へ行っては強きモノと戦い、東へ行っては強きモノと戦う。若さ故というやつだ、自らの命を賭けた遊びにのめり込んでいた。運の良いことに全ての戦いに勝ち続けたそのバカな鬼は最も強きモノになってしまっていた」

 

「そうなるとどうなるか、当然今度は行く先行く先で戦いをふっかけられるわけだ。最初のうちはそれで良かった、暇も潰せたわけだしな。しかし暫くすると飽きてくる。戦いをふっかけてくるのは良いが、まるで強さが釣り合っていない。強くなりすぎたわけだ」

 

「知ってるか?鬼ってのは強くなればなるほど角が大きくなるんだ。負けた時にはその相手に角を折られる。その鬼のツノは誰よりも太く、長く、そして折れていなかった。目立つ事この上なかったよ」

 

「雑魚が群がってくるのに飽きたその鬼はどうしたと思う?」

 

「その角を自分でへし折っちまったのさ」

 

「鬼の角が折れているということは負けた証、恥だ」

 

「それ以降雑魚どもが近寄ってくることは無くなったさ」

 

「そんな鬼だが今度はやることが無くなっちまった」

 

「戦いが暇つぶしだったんだから当たり前だわな」

 

「そんな鬼がやがて辿り着いたのがとある村だった」

 

「その村の人間は余所者の大男にも優しくしてくれた。老人は野菜を恵んでやり、子供は暇そうな大男に構ってやり、手持ち無沙汰な様子を見た男衆は仕事を与えた」

 

「その鬼は村の人間から全てを与えられていた」

 

「とても幸せだったよ」

 

「そしてある時、鬼の首魁がモノノフによって斃された」

 

「子分の鬼どもは新たなる旗頭を求めただろう」

 

「やがて行き着くのはかつて国中を荒らした最強の鬼の所だ」

 

「しかし目にするのは最強の鬼の腑抜けた姿」

 

「さぞ憤慨しただろうな」

 

「腑抜けた姿を目にした鬼どもはどうしたと思う?」

 

「村に火を放ったのさ」

 

「その気にさせられると思ったんだろうな」

 

「だが結果は違った」

 

そこで家臣達は嵐が吹き荒れていることに気付きました。そして酒によって酔っぱらった視界の中で立ち上がっている男を見ました。雷に照らされたその男の額には見たこともないほど大きな角が生えていました。

気絶してしまった家臣達を都の門の前に運んだ鬼は、雷光を纏うその拳で村の大地を割り、巨大な窪みを作りました。そしてその目から流れる涙と嵐により湖と化したその底に鬼は沈みました。

家臣達は目が覚めると都にいた事に驚き、帝にありのままを話しました。当然信じてもらうことは出来ず、家臣達は放逐されました。

そしてそれより先、都では「角の無い鬼」の話が酒の席で語られるようになりました。

 




起承転結はどこ行ったの?


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突発的魂魄異世界転移現象

うごごご……あたまが……


朝起きて畑耕して朝飯食って畑耕して昼飯食って畑耕して夕飯食って寝る日常ってどう思います?

 

「農家ですね」

 

そうだよね、俺もそう思う。俺って農家なんだよ。

 

「そうなんですか」

 

ど田舎に生まれてさ、村から出ることも無く、大した娯楽も無く、一生を生きるために生きるみたいなそういう生活ですよ。

 

「平坦な人生ですね」

 

そうだよね、そう思ってもらえるように言ったからね。まあでも事情があって、娯楽が無いど田舎でも退屈するってことはあんまり無かったわけです。

 

「農家なのに?」

 

農家を馬鹿にするんじゃねえ!

どの種が良いとか、土が痩せ始めてるとか、そろそろ雨の時期とか、そういうの色々考えるのはそれなりに楽しいんだぞ!体も勝手に鍛えられるしな!

 

「それ本当に楽しいの?」

 

受験とか就職とか考えなくて良いのってぶっちゃけ楽だわ。訳わからんモンスターとか居るのだけが玉に瑕だけど。

 

「何言ってるんですか」

 

いやいや独り言だよ。

そんなことよりもなんだけどさ。

 

「何ですか?」

 

ーーここから解放してもらったりとか出来ないっすかね?

 

「ダメです」

 

と゛う゛し゛て゛た゛よ゛お゛お゛! !

 

「うるさい」

 

俺はただの農家だってさっきから言ってるのにどうしてこんな……

 

「ただの農家はあんなに生き生きと強盗をしないからです」

 

それは普段やらないことをやったから楽しくなっちゃって……じゃなくてしょうがなかったんだよ!

 

「ともかく、あなたには暫くそこに入っていて貰います」

 

ははっ冗談だろ?こんなに楽しく会話できたんだからきっと俺の言ってることも伝わるっしょ?

 

「そもそも私にはあなたを牢から出す義理も無ければ権利もありません、あなたを牢に入れる権利がないのと同様にね。私はたまたまその場に居合わせたのである程度状況を把握していたということで聴取しにきただけですよ」

 

え、マジ?俺マジでここから出られないの?え?ちょっ、ちょっと待て、おい…………え?

 

そして誰もいなくなった。

 

 

 

_____________________

英雄伝説 第一章 最後の希望

 

世を闇が覆い、赤雷が荒野を蹂躙し、街を軍勢が呑み込む。

恐怖と畏怖の狭間に押し込められた感情は行き場を失った。

終焉の鐘の音が鳴り響く。

神の手はすでに砕かれた。

絶望の断崖から足を踏み外すが先か、はたまた後ろから押されるが先か?

否、世界が一色に染まる事はない。

残されたのは一握りの鉄。

注がれるは希望という名の熱量。

軌跡が形を作り、奇跡が中を満たす。

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

 

「ーーそして唯一の、人に造られたその聖剣で魔王は討ち倒されて世界は平和になりましたとさ。めでたしめでたし」

 

丸太に腰掛け、老いと若いの中間あたりの疲れ顔をした村長が語り口を終えると、それまで芝の上で静かにしていた子供たちが堪え切れないとばかりに立ち上がる。ワイワイと村長の足元に集まり、興奮のままにあるかも分からぬ続きをせがむ。短く刈りそろえられた髪を、少し照れ笑いのような表情を浮かべながら撫で付ける村長は、まあまあと子供達を押し留める言葉を吐いた。

そんな中で俺は一人、また別の理由で動けずにいた。お伽話を聞いている途中から、湧き上がってきた強烈な衝撃が脳髄を揺らしていたのだ。歓喜とも恐怖ともつかぬ興奮は肌を粟立たせ、脳の奥から生じる痛みで眼には雫が溜まる。朧だった衝撃の正体は段々としっかりした形を取り始め、これまでの奇妙な出来事への納得をもたらした。

 

 

 

自我も芽生えてばかり、乳離れして初めて食べる固形食。席につき、食卓に並べられたーーとは言っても粗末なものではあるがーー朝食を目の前にして過去の俺はこう言った。

ーーいただきます。

歯も生え始めたばかりでその通りに発音していたかと言われると不明ではある。しかし自分としてはそう言っていたつもりであった、と今は断言できる。

匙を手に取り、粥を掬って、口一杯に入れようとした俺を止めたのは卓の向かいから聞こえてきた言葉だった。

 

「その……今のはどういう意味?」

 

両親は顔を見合わせてからその意味を問うてきた。舌足らずかつ歯のほぼ無い赤子が、何某か明確な意味を持つ(ように聞こえる)言葉を吐いたのだからそれも仕方あるまい。

一方もちゃもちゃと歯の無い口を動かして粥を咀嚼する幼い俺は二人が何を言っているのかが理解出来なかった。

無意識の動作と発言だった。

生まれる前から肉体に染み込んでいたその動作、もはや本能に近しい領域の、脳で無く魂にまで染み込んでいたその習慣がなんなのか、俺にすら理解できていなかった。

その場の3人が3人とも小首を傾げているという間の抜けた状況は、両親の気のせいということで片付いた。

飯を食べ終えた後になって、俺が話すことができるという事実に気付いた両親は阿鼻叫喚の騒ぎを起こしていたが。

 

またある時は夢を見ていたーーいや、夢を見ていると思っていた。

近代技術で建造された家が立ち並び、電信柱から電信柱へ電線が通る。側溝が整備され、自動車が道路を走る。

今ならそうと理解できる。少し考えればおかしいと分かるはずの事すら、奇妙な夢で済ませられてしまう純粋さがあの頃の幼少年(詰まるところ自分だが)にはあった。起きて少し経てば忘れてしまう、夢の特性というのもそれを助長していたのだろう。

しかし実際にはあれはただの夢では無くーーいつかのどこかで、誰かが見たモノの残り香。

しかしその残り香はあまりにも濃い匂いを有していた。隔たった世界を越え、こうしてふとした拍子にその残滓の全容を脳髄に励起させる程度には。

それを認識したがため、俺はその場から立ち上がることが出来なかったのだ。一瞬でそれらは流れ込んできた。まるで額の血管の中を無理やりに長虫が通ってくるような異物感を覚えながらじっとその激流を耐え忍んでいた。

脳の神経回路を焼き切らんばかりに流れ込む情報を堪える痛みで、滲んだ涙はそのまま流れ落ちていたかもしれない。

しかし、感情が痛みで押し流される事は無かった。情報が脳に染み込んでいくにつれ、思考の明晰度が格段に上がっていったのだ。痛みへの耐性というのも同時に飛躍的に上昇していき、精神が幼児であった事実は遥か過去のもののようになってしまった。文字通り自己認識すらひっくり返す衝撃は、元のままだったなら泣き叫んでいただろう。しかし一瞬にして形成された精神はこの事象を、人が誰しも一度は羨むファンタジーの世界に入り込んだという感動で以って受け止めた。

 

ーーいや、その感情はあるいは俺の感情ではなくて、その知識を持っていたダレカのファンタジーへの憧れに対する、共感の亜種に近いものだったのかもしれない。というのも知識はあまりにも偏っていて、誰か個人から抜き出したと言われてもなんらおかしくは無いものだったからだ。

この世に身を落としてからこれまで生きてきた記憶と、それを掻き分けるようにして浮き出てくる記録。しかし記録は記憶を引き裂いて混じり合う事はなく、あくまで寄り添うように、立場を譲るようにそこにあるのみ。

 

きっと、こうなることは決まっていたのだろう。

俺の魂に別の世界からの知識が流出したその時から俺の運命はねじ曲げられたのだろう、良いか悪いかは置いといてな。

俺を形成しているのはこの世界で生きている俺の方だ。例えどんな知識を得たとしてもその事実は変わらない。

それでもやはり大きな影響というのは存在して、ある意味では世界の根幹に近しい知識ですら雑多な知識と一緒くたに俺の貧弱な脳みそのカケラとして付け足される。あまりにも整合性があり、理論的で、反論の余地のないそれらは俺にこれまでと全く違う価値観と物の見方を齎した。

三つ子の魂百までということわざがある(らしい)が、幼く未熟で未完成な俺という性質を変化させるのに、それらの要素は十分どころか過分であった。

先程まで村長の話す英雄譚を聞いて爛々と目を輝かせていた無邪気な子供はもうそこにはいなかった。ギョロリと目を周囲に走らせ、自身の変化について訝しんでいる者はいないかという確認を始めた。話が終わったのに俯いて座り込んだままである俺を気にしたのは、村長だけだった。

 

「エスカル、大丈夫か?どこか痛いのか?」

 

「……ううん!大丈夫だよ!」

 

「そうか、どこか痛かったらちゃんと言うんだぞ?」

 

俺の頭にポンと軽く手を置いてから他の子供達の相手をし始める村長を見送り、改めて周囲を確認する。今いるのは村長の家の裏にある酒場の前の広場。地面に一本横たえられた丸太には先程まで村長が腰掛けていた。酒場を経営しているのは村長の奥さんであり、まだ昼間だが人も入っている。客は村長が子供達に話しているおとぎ話をbgmのようにしつつ、談笑を楽しんだりしていた。話が終わり、子供達の中には何処かへ駆けていく者もいれば、酒場に客として来ていた親に飲み物をせがんだりしている者もいる。俺はいきなり価値観が変わった落差でボーッとしていた。

どうすっかなー、家に帰ろっかなー、と一旦考えを整理するために家に帰るか悩んでいるとおかっぱの男の子が話しかけて来た。こいつの名前はなんて言ったかな……やはり意識の混濁が起きているみたいだ。

 

「エスカル、オークごっこやらないの?」

 

「オークごっこ?」

 

「オークを決めてるのにエスカルが来ないから決められないじゃん」

 

オークごっこと言うのは要するにおにごっこな訳だけど、体を疲れさせて寝るのもアリという判断により参加することにした。前はもうちょい本能的に参加できていたはずなんだけど、無駄に利口ぶる知性が身についてしまった……

 

「はい、じゃあ最後に来たエスカルがオークな!」

 

「は?」

 

「10数えろよー!」

 

俺にオーク役を押し付けると、バビュンという擬音語

が似合いそうな勢いで四方に散る子供達。

もう頭にきたわ、絶対に捕まえる。

 

「12345678910、はい数えた」

 

ルールに則り10カウント数えて追い掛ける。まず最初に目に付くのは遠くの方で背中を見せて走っているやつらだが流石に追い付けない。次に酒場の中を通って裏に走って逃げようとして女将に捕まって叱られているやつだ。あれは関わったらいけないので、トテトテとマイペースに歩いている紫髪の女の子を標的にした。すぐに追いつき、肩をペタンと触る。

 

「はい、捕まえた」

 

ビクッと肩を震わせた後、こちらを振り向いて花の咲くような笑顔を見せる。

 

「つかまっちゃった」

 

可愛いじゃねえか……とはいえ、これはオークごっこ。仁義なき戦いなのだ。サラダバーと走り出す。

その後、疲れるまで遊んだ俺たちは各々の家に帰った。一つ気になったのは最初に捕まえた紫色の髪の女の子の姿が見えなかったことだが、きっと疲れて途中で帰ってしまったのだろう。

家に帰ると母さんが出迎えてくれた。

 

「泥だらけ、じゃ無いわね……オヤツあるわよ」

 

以前の俺なら手足が泥だらけの状態で家に入ろうとして締め出されていただろう。しかし今の俺に抜かりはない。泥は井戸の水で既に落としてある。

それにしてもオークごっこ、体を動かす遊びは余計なことを考える余地もないから良いリフレッシュになった。

精神的に少し余裕が出来た。先程の状態を例えるなら、若い頃に飛び出して数十年戻っていなかった地元に久しぶりに帰って来たような気持ちに近い感じだろうか。正確に精神状況を言い表せているかは分からないけど、前例なんてあるわけが無いから仕方がない。今もその奇妙な感覚に囚われたままではあるものの、それは一旦置いといてあるがままを受け入れようと言う気持ちにはなれた。

テーブルに出されたオヤツを椅子に座って食べていると母さんが向かいの椅子に座る。

 

「あんたなんか変わった?」

 

「……なにが?」

 

ギクリとした、母親というのは何故こうも鋭いのか。言い訳を必死に思案するが、追撃が来る。

 

「なんか目付きが違うわよ、いつもはもうちょっとこう間抜けな感じなのに」

 

おいおい息子をディスり始めたよこの人は……などと現実逃避気味に引いているものの焦り具合は察していただきたい、表には全く出していないけど。

 

「オークごっこが楽しかった」

 

「確かに今日はやたら子供達が騒いでたわね」

 

嘘はついてない。闘争心を煽られる遊びの余韻で興奮状態にあるとでも解釈してくれるだろう。

 

「何かあったらちゃんと言いなさいよ?」

 

「うん、水ちょうだい」

 

「はいはい」

 

オヤツはクッキー。潰すと粘り気のある甘い液体を出す果実を潰して、穀物の粉に混ぜて焼いたものだ。甘いが食べると口の水分を持っていかれるので水が必須と言ってもいい。味は悪く無いんだけどそこだけが欠点だ。多分携行食に改良できるタイプの食べ物だ。

果実は森で取れるのでいくらでも食べられる。

この村は森林の中に存在している。

平面的な配置は、酒場ーー村長の家に併設ーーを各住居が同心円上に取り囲み、酒場から四方に主要道路が伸びた計画的なモノだ。よって、住居区画は大まかに4ブロックに分けられている。畑は村を囲むように作られていてかなりの広さがあるので、余程の事がなければ食い繋げないなどということはない村なのだ。

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

 

ある日の朝、いつものように遊んでいると甲高い鐘の音がカンカンカンカンと四回鳴り響いた。

 

「なんだなんだ?」

 

「この音、なんだかイヤな感じ」

 

子供達が顔を見合わせていると、大人、それも男達が村の中央に走って行った。

 

「付いて行ってみようぜ!」

 

「ああ!」

 

俺はこの種の音でひとつ思い当たる物があった。あれは、警報なのでは無いだろうか?

ひとまず俺も一緒に村長の家に向かう。

 

「ーー?いやーーが行くべきだ!」

 

「アストラのーー来たとーー」

 

「ゴンゾーさんがーーーー」

 

「それではーー!やはりーーー」

 

子供達が扉の隙間から覗くと男達が中で激しく論議を交わしている。

村長は椅子に座り、手摺りに片肘を立てて静かに眺めている。何か違和感がある、なんで村長はあんなに無関心なんだ?

すると、集まった男達の中で比較的若いレックスが村長に食ってかかる。

 

「村長、あなたは何か意見は無いんですか!?さっきから見てるばかりじゃないですか!」

 

「私が答えを与えるのは簡単だが、君たちが意見を出すと言うことが何よりも重要なのだ。そう決めていたじゃないか」

 

村長の後ろに控えるゴンゾーも同意を示す。

 

「レックス、俺たちはどうすればいいか分かってる。だが、俺たちがいなくなったらどうする?いつか必ず来るその時に対して備えるのがお前らの仕事だ。さあ、案を出せ」

 

村長とゴンゾーは土木工事や外敵対策など何かと村で頼りにされる事が多く、まとめ役を担っている二人だ。それ故に今回もこの二人が中心となって何かをするのだろうとは思っていたけど、どうやら若手育成の様なことをするらしい。抜かりが無いというかなんというか……

続きが気になって耳を欹てようとすると、ゴンゾーが村長に何事か耳打ちしているのが見えた。村長はそれを受けてチラとこっちを見た。子供達は機敏にそれを察知してやいのやいのと逃げていったが、俺はその場に留まった。すると村長が右手を前に掲げて何かを呟いているのが見える。誰かに話しかけているという様には見えないが、その掌を机にポンと置くと中の音が全く聞こえなくなった。

その出来事に驚いた俺がマジマジと中を見ているとゴンゾーがしっしっと追い払う様な仕草をして来たので、流石にその場から離れる。

少しして男達が森の中に入って行った。村の近くで何かが起きたわけではないのか、村と森の境目からは何も聞こえなかった

次第に子供達も興味を失い遊びに戻った。

俺も大人が戻ってくれば分かるだろうと考えて遊びに興じ、昼飯を経てまた遊んでいると不意に歓声が上がった。

なんだなんだと見に行くと度肝を抜かれた。

 

「すっげー!」

 

「俺たちも触りに行こうぜ!」

 

狩りから戻ってきた男達が運んで戻って来たのは、仮に出会ったら戦闘も逃走も、生存する意思すらも容易にへし折るであろう巨躯の異形。先程までは筋骨隆々の四肢に支えられていたであろうその怪物の切り落とされた頭部は鷲に酷似し、背にはその巨躯を容易く宙に浮かび上がらせることができるであろう翼が生えていた。

知識の中に似たような見た目の空想上の動物がいるが……あれは確かーーグリフォン、そんなような名前だったと覚えている。たまに、村の周りに何々が出た、みたいなことを固有名詞を使って言っていたので猛獣か何かがいるのだろうとは思っていたのだけれど流石に予想外だった。

それと同時に驚かされたのはそのモンスターの輸送方法だ。なんと、モンスターは一定の高さを保ちながら空中を浮いて運ばれてきたのだ。

俺は思わず二度見して固まってしまった。

村のみんなは俺のそんな様子を見て「ああ、また変なこと考えてるんだろうな」みたいな感じの反応をしていた。

まあ当然のことなんだけど、日常的な動作に知識上の動作が組み込まれてるせいでナチュラルに変な奴だって認識されている。物心ついた頃には既に変なやつ扱いだった。変なやつ扱いなのは閉鎖的な村の中では悪魔憑きだのなんだのと致命的なのではないかと心配したけど、幸いなことに俺の生まれた村のみんなはそんな俺のことを温かい目で見守るような出来た大人ばかりだった。

 

「おいおいびびってんのかー?」

 

「かっこわりー」

 

なお子供に道徳などというものは存在しない。悪ガキどもはこうして煽ってくる事もある。

 

「は?びびってないんだが!?むしろお前らの方がびびってんのか?最後に触ったやつがびびってるんだからな!」

 

ダッシュしてグリフォンに近づき、首の無い体を触る。

 

「はい、俺はびびってません。最後に触った奴がびびりだからな」

 

触った手をそのままにさすさすと毛並みを撫でる。野生の獣のくせにめちゃくちゃ触り心地が良い。これで布団作ったら寝心地良いだろうなあ……

顔を埋めたりしてても他のガキどもが寄ってくる気配がないので見てみると、互いの体を小突いたりして先を促しているようだ。

 

「あれー、びびってるんですかー?俺には言っといて自分たちは出来ないんですかー?」

 

「おいバカタレ、あんまベタベタ触んな」

 

ゴンゾーに叱られてしまった。摘み上げられてペイッと投げられたので尻餅をついてしまう。

 

「これは商品になるんだからお前らの手垢をつけるんじゃねえ」

 

「あー……ごめんなさい」

 

素直に申し訳ないと思ったので当然謝罪をする。

 

「見るだけならいくらでも構わんから好きにしな」

 

グリフォンの顔をマジマジと見る。すると、あることに気付く。

 

「このグリ……こいつって死んでるんだよね?」

 

「ああ、首を切り落とされて生きてるヤツなんていないだろ」

 

その割には紫色の瞳の中に煌めきがある、まるで中で星が踊っているかのようだ。

 

「なんでこいつの目はキラキラしてるの?」

 

「こいつは翼があるし中々手こずったからな。若い奴らは囮としてしか役に立たなかったぜ」

 

ダメだ、会話が成り立たない……

でも言われてみると確かにレックスなんかは結構格好がボロボロだ。グリフォンのインパクトでそこら辺にあまり目がいっていなかった。

何故かこの段階に至ってもまだ近寄って来ないガキどもにちょっと違和感を覚えているとゴンゾーが解説役となってくれた。

 

「あれ?お前らってまだ狩りの訓練してないよな?」

 

「狩り?してないけどそれがどうしたの?」

 

「いや、マジマジとモンスターの死体を見るのは初めてなんじゃねえかと思ってな。お前は怖くないのか?」

 

そういうことだったのか。アイツらと俺ではどうやら話が噛み合っていなかったらしい。俺が言っていた「びびる」はモンスターに対するものだけど、アイツらの言う「びびる」ってのは死体に対しての事だったんだ。マジマジと首なしの死体を見たことで怖くなってしまったのだろう。

そう考えるとこの村ってますます変だな。こんな田舎の村なんだから幼いうちから獣の狩り方とか学んでいてもおかしく無いのに、少なくとも俺はそういう経験は無い。

 

「いつもはすぐ解体所持ってくんだが、こんだけデカいと入りきらなくてな……つっても何のことか分からねえか」

 

そういう事だったのか。それにしてもいつもはどんな獣を狩っているのだろうか……いや、モンスターか?

 

「狩りの訓練ってのはなんなの?」

 

「ん?……まあそのうち分かるから」

 

そんぐらい説明してくれよ……いや、字の如くってのは分かるんだがそもそも狩りの知識とか無いからな。

まあ今俺だけに説明したら不平等か。

 

「これから解体するんだが……怖くないみたいだし見てくか?」

 

「見る!」

 

なんという僥倖だろう、知識の中にない経験を得る機会にありつけるなんて。

 

「んじゃあ、そうだな……おいハント!そこらへんに置いてくれ!」

 

片手を挙げていた村長が、空いているもう片方の手でその声に是を示す。挙げていた手を下ろすと怪物は重力に従って地面に落ちた。落下時のドスンという音にゴンゾーは顔をしかめる。

 

「ったく、もうちょい丁寧にだな……あ、そうだ。お前はそれ以上近付くなよ?」

 

「分かった」

 

ゴンゾーは少しボヤいてから死体に近付いていく。まだ放血しきっておらず少し血が首から垂れており、その色は紫がかった赤といったところだろうか。ゴンゾーは気にせずにモンスターの腹を裂き、内臓を取り出していく。内臓を取り切ると今度は村長が、空中から出現させた水によってモンスターの体を綺麗にしていく。そして金属製と思しき斧を、今その手の中に握られているのは小枝に相違ないとばかりに軽やかに振るい、四肢を切り落とす。そして大きめのナイフに良く似た刃物を取り出して、毛皮を剥がしていく。毛皮は剥がれた部分から宙に浮き、地面について汚れないようになっている。村長が手をかざしているところを見るとまたもや村長が何らかの力で浮かしているのだろうか?綺麗に剥がされた皮は宙に浮いたまま、全体を引っ張られたかのようにピンと張っている。それにうちの父親が近付いてこびり付いた脂肪などをこそぎ取っていく。ゴンゾーは内臓を取り出したが、その中に明らかにおかしなものがあった。勿論内臓を生で見たことなんか無いからどの臓器がどれかなんてのは分からないけど、それでも明らかにおかしいのが分かるぐらいには異質だった。

それは紫色だった。それは仄かに光っていた。それは脈動していた。そしてそれは、暴力的な気配を周囲に振り撒いていた。蛇に睨まれたカエルのような気持ちでいると、ゴンゾーも同質の圧力を放ち出すものだから段々気持ち悪くなってきた。精神のキャパシティを超えようとしている事は分かるものの脚をガクガクと震わせることしかできない。

 

「ーーおっと……流石にこれには耐えないか」

 

フッと圧力が消えた瞬間、地面に崩れ落ちる。片膝をついてなんとか堪えるが全身汗びっしょりだ。

 

「い、今のは一体……?」

 

「これは魔核だ」

 

魔核とはなんだ。

 

「魔核っつうのは簡単に言うとこいつらの魔力の源泉だ。まあ、魔力を見たことないだろうから分からんだろうがな」

 

魔力ーー魔法の力とかそういうことだろうか?本当に魔力なんてものが存在するなんて驚きだ……

立ち上がり、ゴンゾーが手に持っているものを良く確かめようと歩いて近付くと

 

「おっと!それ以上近付くな、死にたくなきゃな」

 

「えっ……」

 

「破裂して死ぬぜ、嫌だろ?」

 

何度も首を縦に振る。でもなんで近付いただけで死ぬんだ?

 

「強力な魔核は意志を持っててな。今は俺が押さえ込んでいるが、専用の道具で完全に封じ込めるまではお前みたいな一般人は近付いただけで頭がやられる」

 

トントンと頭を指で叩くゴンゾーの所に村長が手にあるものを携えて近付いてくる。

 

「ガラス……?」

 

「「え?」」

 

ガラスでできた直方体の容器のようなモノを見て思わず口に出すと、村長とゴンゾーが一斉にこちらを見た。

 

「な、なんだよ……」

 

目を丸くしている様子に狼狽えると2人は俺に背を向け何かを話している。まさかガラスってこの世界だとあんまり普及してないのか?

処刑を待つ罪人の気持ちで2人を待っていると話を終え、近付いてくる。

 

「そんな神妙な顔しなくても良い」

 

「取り敢えずコレに魔核はしまっちまうから、近付いても大丈夫だぜ」

 

そうハッキリと宣言してくれたので安心して近付いて見る。さっき脈打って見えたのは気のせいだったかのように微動だにしていない。ゴンゾーがガラスの表面をコンコンと指でノックし得意げに語る。

 

「こいつはお前の言う通りガラスっつう特殊な素材でな。魔力をまったく通さないんだ。魔力由来の素材を変化させずに持ち運べる便利な道具ってわけだ」

 

先程の出来事で魔核の凄まじさは理解できている。あんなモノを持ち運ぶのにはそりゃあそんな容器も必要だろう。

 

「魔核なんて売れないでしょあんなの」

 

「どこにだって需要はある。例えば武器を作ったりとかね」

 

村長がそう言うと、ゴンゾーは自身の斧を指差す。

 

「アレも二つ名持ちのメタルヒドラの魔核から作り出した一級品だ」

 

自慢気にそう語っているがメタルヒドラが何かを知らないのでなんとも言えない。

 

「アレは本当に大変だった……マジで許してないからな」

 

村長が素でキレている。

 

「なにやったの?」

 

「二つ名持ちってのは基本的に国定有翼種って言う種類のモンスターでね。嫌だって言ったんだけどゴンゾーが無理やり僕を連れ出してメタルヒドラの討伐に付き合わされたんだ」

 

「国定有翼種って何?」

 

「まあ簡単に言えばすごく強いって事さ」

 

簡単じゃない方を知りたかったけど……なるほど、ゴンゾーが手柄欲しさか何かで村長を無理やりって事か。

そして俺たちがペチャクチャと話している間にもレックスなどの若者が解体後の片付けをしている。

 

「毛皮とかは普通に売るの?」

 

「うん、レックス達に任せるつもりさ」

 

「村長達は行かないの?」

 

そう問うと村長は苦笑いをする。何か事情でもあるのだろうか。

 

「いやほら……村長と補佐役が村を離れるわけには行かないだろう?」

 

「あーー……」

 

そう言われればそうだ、と愚問でしかなかったことを悟り少々の恥ずかしさを覚えていると

 

「まっ見たいものも見ただろうし、早よ行け。あいつらも待ってるぞ」

 

ゴンゾーが指さす方向には子供達が楽しげに遊んでいるのが見えた。え……待ってる……?

 

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

肥沃な土地を耕して柔らかくなった地面に鍬を立てる。畑から出て、踏み固められて固まった地面にどっかと座り込む。上を見上げるとそこには晴れ晴れとした青空をいくつかの雲が流れ、燦々と輝く太陽が浮かんでいる。穏やかな風が頬を撫でる感触が気持ちいい。しかし一つだけ不満とも呼べない不満があった。

 

「暇だ……」

 

俺はその日、刺激を求めていた。

朝起きて畑耕して朝飯食って畑耕して昼飯食って畑耕して夕飯食って寝る。俺は農家の息子として生まれたのだった。

そして、ここに生きている俺が用いる表現として適切かどうかは分からないけど敢えて言うならば、前時代的な農業がこの村では行われている。木を切り倒し、畑に変えるための土地を用意する。木々の葉が折り重なってできた腐葉土を耕して農地へと変じさせていく。俺は子供なので森を切り開く方には加わっていない。特に不満は無いけれど、毎日ほぼ変わらないので偶には退屈な気分にもなる。

まあでもしょうがない、この世界の霊長は俺が知る限り人類ではなくモンスターなんだから。

人類が白亜紀に誕生したとしても科学技術はそこまで発展しないというか、生きていくのに精一杯だろう、というのを地で行く感じかもしれない。

 

話が逸れたか、まあそういう訳で俺はモンスターが闊歩する世界に余計なモノを引っ張ってきてしまったわけだ。

俺はこの世界の人間だと自負しているけど、知識の9割以上は降って湧いてきたモノで構成されているからどうしてもそっち寄りで考えてしまう。

生まれてこの方実物の鷲なんて見たことないし、いるのかも分からない。

それでも余計な知識のせいで動物ってのはああいう形をしているのが普通だって思い込んでしまう。全く別の世界なのにな。

今だって、はるか上空には何某かが飛んでいる。ぼんやりとした輪郭を見て「鳥かな?」と普通に考えてしまうがあれがドラゴンでも俺は驚かないぞ。

つらつらとそんな益体も無い事を考えながら空を眺めていると土を踏む音が近づいて来た。

 

「エスカル、いつまでサボってんのよ」

 

俺の名を呼ぶ声が耳に入る。視界に映るのは、風にさらさらと流れる金糸のような髪を持つ幼馴染のアリスだった。

ニヤニヤとこちらを見ている。

可愛らしい名前の割にいやに勝気なところのあるこの幼馴染は、俺にちょっかいをかけるのが大好きな可愛い女の子である。

この村は比較的新しい村らしいけど、その割には住人が多い。それゆえ、幼馴染みも相当数いるのだが、なんだかんだこいつとは一番仲が良いかもしれない。

思考が明後日の方に飛びかけていると、アリスが顔を近づけてくる。

 

「ねえ、聞いてる?……ちょっと、こっち見なさいよ」

 

何の用だろうか。

 

「なんか用か?」

 

「やっぱ聞いてなかったのね……あんた全然仕事やってなかったでしょ」

 

なんで知ってんだこいつ…‥まさかストーカー?

 

「お父さん達が狩りに出掛けてから全然進んでないわよ。もうお昼御飯の時間なの分かってる?」

 

「なあアリス」

 

「なによ」

 

「なんで月って二つあるんだろうな」

 

「…………ちっ」

 

ええこわ……ちょっと聞いただけなのに舌打ちって、幼馴染としてどうなんだ。

 

「どうでも良いこと考える暇があるなら作業しろっての」

 

「昼飯は?」

 

昼飯の時間って自分で言ったのに、その次に続けるのが作業をしろってのはどうなんだ。

アリスはガックリと項垂れてこちらを睨め付ける。

 

「ああ……そうだった……あんたのせいで何しに来たか頭から吹っ飛んだわ」

 

「いやぁごめんごめん」

 

「ふんっ」

 

「ぬっっっ」

 

笑っていたらいきなり脛を蹴られた。

脛を抑えてのたうち回ってからアリスの方に横向きで静止する。片目をチラッと開けて見ると、此方には目もくれずに歩いて行ってしまっていた。対応が冷たい……

直ぐに立ち上がって土埃を払う。

アリスの家の方向は違うはずだが、何故俺の家の方向に向かっているんだろう。

 

「おいアリス、お前の家はこっちじゃないぞ」

 

「あんたのお母さんに用があんのよ、ほら」

 

そう言って見せてきたのは、蔦で編まれたバスケット。

中に何か入っているのかと思って覗こうとすると、スッと後ろ手に隠された。

 

「えっ、なんでそういうことするの……?」

 

ーーなんでそういうことをするんですか?

 

思わず心の中で同じことをつぶやいてしまう程度には意味不明である。

 

「あんたに見せたら今ここで食べちゃうでしょ」

 

俺はいつの間に腹ペコキャラに……?

愕然と見ていると、アリスは若干気まずそうな顔をした。

 

「ほ、ほら、早くあんたの家行くわよ!」

 

若干、いや、ほんの少しだけ気落ちしつつも表面上は取り繕って普通に話をしながら家まで歩く。

俺とアリスの住む家は違うブロックにある訳だが、そもそもアリスの家から俺の家に直接行くのが1番近いはずなのに何でわざわざ畑に寄ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでも村長はこの土地が属する王国で重要な役職を請け負ってこの村を作ったらしい。

なんで重要な役職を負ったのにこんな僻地に飛ばされてんだよ……暮らしぶりを見るとどう考えても閑職なんだよなあ。

道路のうちの一本はそのまま王都までの街道となっている。街道とは言っても人の行き来はあまり無く、行商人がたまに来るくらいだ。それもそのはず、この村と王都ではとんでも無く距離があるらしい。

そして特徴的なのは、村のどこにいても見ることが出来る巨大樹だ。あれほど遠くにあるにも関わらず、あれほど大きく見えるのはもはや理外のものである。雲を突き抜けて伸びており、少なくとも数kmの高さを持っているのが分かる。名付けるなら世界樹が一番似合ってるのは間違いない。是非近くで見てみたいな。というかあんだけ目立つのにあそこを目指す旅人とか見たことがない。もしかして外の世界にはあんな樹がごまんとあるのか?

外の世界と言えば、この手の田舎にありがちな、村で生まれた者は外に出ては行けないみたいなルールがこの村には無い。ルールで縛られてないからかは分からないが、俺の幼馴染達が村の外に出たいなどと騒いでいるのを聞いたことがないような気がする。今俺の隣を歩くアリスはどうなんだろう。

 

「アリス、お前は外の世界に興味はあるか?」

 

「世界?なんで?」

 

「良いから、どうなんだ?」

 

「なんなのよ……まぁ、無いって言ったら嘘になるけど、なに?アンタまさか村を出たいの?」

 

「俺?俺は……」

 

俺は……どうなんだ?知識の中では世界地図というのがあって、あの地球の地上のほとんどの場所は人類によって踏破されていた。勿論極限環境なんかは除くけど、それでもネットなんかで情報が得られるからその場に行かなくても視覚情報だけなら得られた。この世界にはたぶん世界地図なんか無いだろうけど、村の外に出たいかと言われたら正直そこまで……って感じだな。世界樹は目で捉えられる程度には近くにあるから別枠だし。なまじ宗教戦争やら貨幣経済やらを知っていて、この世界の都市に馴染めるかが分からなくて怖い。

…………とはいえ、か。

 

「俺は見てみたいな、世界を見て回りたい」

 

「やっぱりそうなんだ。みんな、そうなんじゃないかって最近のエスカルを見て噂してたんだよ?」

 

「そうなんだ」

 

そんな風に見えてたのか?自分の事だから分からないけど、きっとそうなんだろう。

 

「アンタは、さ…………」

 

何やら口をモゴモゴと、言うか言うまいか逡巡しているのだろう。

家への足は止めずに次の言葉を待っていると、何故か首を横に振るアリス。

 

「やっぱなんでもない!」

 

ニカッと笑ってそう言い放った。いや、なんやねん、と突っ込みたくなったがアハハと脳天気に笑う様子を見ていると俺もどうでも良くなった。

 

「あっそうそう、これなんだけどね」

 

「それか。やっと教えてくれるんだな」

 

手に持つバスケットを俺に見せてくる。中にはサンドイッチが入っていた。畑で育てている穀物から作ったパンに具を挟んでいるのだ。文明の第一歩はどこでも狩猟から農耕への移行なのだろう。

 

「それを俺の母さんに届けようって話なんだよな?」

 

何と無く腑に落ちないところはあるけど、そういうこともあるのだろう。しかしなんでアリスが母さんにサンドイッチを……?

 

「ううん、ちがうの」

 

「ワロタ」

 

「ワロ……?」

 

「あ、いや、なんでもない」

 

さっき言ったことは何だったんだ……まあ良いけども。

 

「これね、本当はエスカルのために作ったんだよ?」

 

「…………」

 

「なんか反応してよ」

 

ちょっと予想外だった。いや、俺のために作ってきてくれたという事がではなく、素直にそれを口にした事が。

 

「いや、その、なんか照れるな。ありがとう」

 

「…………」

 

今度はアリスが無言になってしまった。

こんな空気じゃ無かったのに……話の方向性が変な方向にシフトしてるのを感じる。

 

「じゃあ昼飯は俺の家で食べるってことか?」

 

「うん」

 

思わず空を見上げる。一体どういう風の吹き回しなんだ?これまでそれらしい予兆なんて無かったはずなのに……

下を向いていたアリスがはたと顔を上げ、真剣な顔をこちらに向ける。

立ち止まってそれを受け止める。

 

「アンタが旅に出るときは、私もついていくから」

 

「気が早えよ。まだ出るとも行ってないだろ?」

 

軽く笑って受け流そうとしたが、真剣な顔をやめない。

 

「だってアンタ、急にいなくなっちゃいそうだし」

 

心外な、と一瞬憤慨しかけたがその気はあるなと思いなおす。

 

「分かった、旅に出るときはアリスも一緒だ」

 

「ホント!?約束だからね!」

 

俺の両手を握ってはしゃぐアリスだが……自分で言ってて違和感があるなこれ。俺って旅に出るのか?確かに理想の一つとして世界を回る旅人ってのはあると思うけど、理想と現実には差があるからな……

上機嫌なアリスと俺の家に着くと、母さんが少し驚いたような顔をした。

 

「あら、アリスちゃんを連れてきちゃってどうしたの?」

 

「サンドイッチ作ってくれたんだってさ」

 

「あらぁ……そうなのぉ……」

 

ニヤニヤする母と赤面するアリス、俺はどんな顔をしているのか自分でもよくわからない。

 

「あっそうだ、お母さんちょっと出掛けてくるから二人はテーブルでご飯食べてて。二人で、ね」

 

「母さんは食ったのか?」

 

「ええ、もう食べたわ」

 

「じゃあ食べるかアリス。皿持ってくるからそれ並べてくれ」

 

「うん、分かった」

 

先ほどからやたらとしおらしいからこちらの調子も狂う。母さんは出掛け、2人でサンドイッチを食べ

 

 

 

俺の見立てでは、この森はどう考えてもやばい。

悪いことをすると森に捨てるぞ、というのが親が子供を叱る時の定型文だ。周りの子供達はそう言われると泣いて謝っていた。俺に関してはそもそも悪いことをしていないから言われたことがない。まあ森どころか別世界に来てしまったようなものなので、言われたところでって感じもするけど。

そうやって、森は恐ろしい所だと子供のうちから教えられる。そして散々っぱら教えた甲斐もあって、ほとんどの子供は着いて来ようとはしなかった。

俺?俺はほら、広い世界を知ってるから村の外に出ることに忌避感も無かったし、正直舐めてた。

 

森の奥へと向かう足跡をさらに辿ると、頭上を覆う木の葉をすり抜けた日光のみが周囲を淡く照らしていた。そして俺も体中に泥や木の葉をくっつけていた。相乗効果で歩きづらいのなんのって。転んだりしてついたわけではない。あれだよ、ギリースーツ的な擬態効果を狙ってやったんだよ。知識チート……しちゃったかな?まあ歩きづらいとはいえ、やべえ生き物がいるのは知っていたのでなるべく音を立てないように、それでいて大人たちから離れすぎないように気を付けていた。

何やら前方で立ち止まって、顔を寄せて話したり地面を指差したりしている大人達の様子を木の影からこっそり窺う。油断無く辺りを見回す弓の射手に、全身に葉っぱをくっつけた二足歩行のモンスターと間違われてもかなわない。というか見つかったら声を出されるかもしれないし、それを訂正するためにさらに声を出したらモンスターに見つかるリスクがさらに高まる。ここまで見つからずに来れたのだから最後までバレずに行きたい。別に狩りに参加しようってわけじゃない、生きてるモンスターとどうやって戦うのか知りたかっただけだしな。

そうやって大人の様子をじっと集中して見ていたために身動ぎすらしなかったのは第一の幸運だった。全く意識を向けていなかった俺の背後から、ぱきっ、と枝の折れる音が聞こえた。そしてその音に反応するよりも前に、異臭を嗅ぎ取ることができたのが第二の幸運であった。

背筋を登る戦慄に体を支配された俺は、全身が硬直するのを「あぁ、こういう時って本当に体動かねえんだな」と他人事のように冷静に認識していた。そして息も、姿勢も固まった中で何かが視界の端を動いている。

そこには、紫色で、不定形の体に無数のトゲを生やし、怪しい煙を体表面から発生させるモンスターがいた。

恐怖で失神しそうになるのをなんとか堪えつつ、どうかバレませんように、と念じているとそのモンスターは俺に気付くこと無く横を通り過ぎて行った。そしてそのモンスターはそのまま大人の固まっている場所に近づいて行く。

 

「おい、来るぞ!」

 

気付いた一人が周囲に態勢を整えるよう促し、そこからは一方的だった。

俺の横を通り過ぎた時は鈍重そうな体を引きずりながら移動していたのに、敵対者の気配を感じ取ったのか体表を素早く蠢かせ始めたモンスター。ある位置に根を張ったかのように陣を構えると、粘液を引く触手を大人達に向けて素早く伸ばす。

しかし最も近くにいた、フードを被っている村長が手を翳して何やら唱えると翳した手の先から爆炎が発生して触手を吹き飛ばして防ぐ。そのまま吹き出し続ける炎を迂回して再び殺到する触手に対しては、射手らが弓や投石、近接武器で弾き落とす。

今度は触手で近くの木を幹ごとへし折って放り投げるが、村一番の力持ちゴンゾーが先頭に飛び出て手に持ったフルメタルアクスで粉砕する。

そして爆散する木片を避けて全員が襲い掛かり、段々と身を縮こまらせていくモンスター。

このまま倒し切るのかと手に汗を握る。ここまで来ればもはや先ほどまでの恐怖は忘れていた。するとモンスターがひび割れ始めていた体に力を込めたのか中心に肉体が寄っていき、球に近い形になっていく。

 

「何もさせん!」

 

村長はそれに何かを感じ取ったのか再び爆炎を浴びせ、その衝撃で形の崩れたモンスター。

 

「やれ!ゴンゾー!」

 

指示を聞いたゴンゾーはオノを上段に振りかざし、その姿勢でピタリと動きを止めた。すると村長がゴンゾーに両掌を向けてまた何かを唱える。なにか赤みがかったモヤのようなものがゴンゾーの全身を包み込む。そして村長が唱え終えた瞬間、ゴンゾーは強くモンスターに向かって踏み込みオノを振り下ろした。

オノはモンスターを真っ二つにしてそのまま地面に突き刺さり、先が鋭い刃物にも関わらず凄まじい衝撃が俺のところまで伝わってきた。さらに、その揺れでバランスを崩してつんのめってしまった。

 

「なんだあれは!」

 

やべっ、と思った時には既に遅く、村人達が俺に敵意の篭った視線を飛ばしているのが感じ取れる。

 

おれだよおれおれ!

 

弁明しながら全身の葉っぱを毟り取ると向けられていた武器が下がった。

 

「何してんだお前は」

 

ゴンゾーが斧を地面から引っこ抜きながら呆れたような声で問うてくる。

そんなことよりさっきのでモンスターは倒せたの?

そう聞くと、目にも留まらぬ速さで接近してきた親父に返答代わりにこれまた凄まじい威力で頭を殴られる。

 

いっっっってええええ!!

 

頭蓋骨に響く痛みで地面をのたうちまわる。

 

「モンスターは倒せたの?じゃねえよこのバカ!そんなことお前に言われなくても注意してるわ」

 

うぐぐぐぐぐ、頭が割れる……

 

どうやら俺みたいなガキが心配するまでも無くモンスターは息絶えていたらしい、今は俺が息絶えそうだけれども。

 

「あんな程度じゃ頭は割れない、俺が保証しよう」

 

「お前一度も頭割れたことねえだろこの石頭が!」

 

「うるせえ!お前らの頭カチ割ってやろうか!」

 

ゴンゾーが笑いながら親指を立てると周囲が囃し立て、それに対してまたゴンゾーが笑いながら軽口を返す。ナカヨクテイイデスネ。

痛みが収まってきたので立ち上がると逞しい腕に捉えられ、米俵のように担ぎ上げられる。この世界で米俵を見た事は無いけど。

 

「さて、予想外のモンスターを捕獲したしさっさと村に帰るかお前ら!」

 

誰がモンスターだ。

ゴンゾーに一応の抗議をしておく。俺は人間である。

 

「ハッハッハ!まさか村一番のお利口さんだと思ってたお前さんが付いて来るとはな!親父さんとお袋さんにどう釈明するか楽しみだ!」

 

そう、先程ぶん殴られた頭の先の方から圧が飛んできているような気がしていて前を向けなかったのだ……やべえよ……こええよ……

 

「帰ったら、な?」

 

あばばばばば(白目)

あっ、そうだ!さっきのモンスターからはなんかドロップ品とか無いの?

 

「は?ドロップ品ってなんだよ、何を落とすんだよ」

 

あー……剥ぎ取りって言えば伝わるかな。なんか戦利品みたいな物は無いの?

 

すると周りの大人は怪訝な顔でしきりにお互いの顔を見合い、考え込み、俺の顔を見る。

 

「あいつはスライム型だからな、死んだら核を残して消えるだけだ。それはもう回収してあるが……お前さん、前から気になっていたんだがそういう変な知識は何処で身につけているんだ?本で読んだのか?だが本なんてこの村には……ああ、村長の家にはあるか。村長が教えてやったのか?」

 

ゴンゾーがその異様な光景の意図を代弁する。

 

「ふぅむ……どうだったか…………」

 

文字があるから本もあっておかしくないとは思っていたけどこの村に本あったのかよ、というかこの件が巡り巡って俺の不自然さについて言及されたら色々めんどくせえ……などと慄いていると、少し先を歩いている村長がチラッと俺の方を伺った。そして次の瞬間こう宣った。

 

「ああ、そうだそうだ。すっかり忘れていた、少し前に読ませてあげたことがあったな」

 

そ、村長ォォォォ!!村長がイケメンすぎてニヤケそうだがグッと堪える。

 

「ほーん……でもよ村長、あんな葉っぱをくっつける隠密術のやり方なんて書いてあったか?」

 

「それは……なんだろうね?」

 

なんて言ってこの場面でぶん投げてくる村長。

なんかこんな感じの虫がいたから真似してみたんだ。

咄嗟に適当なことを言う。適当ではあるが、大人達は得心が言ったように頷いている。まあミノムシぐらいいるだろうしな。

それにしてもいつまで肩に担いでいるのか。別に逃げはしないし、振動が腹にくるので下ろして欲しいんだけど。

 

「いやいやそんなのこの場面で誰が信じるんだ」

 

それもそうだ、と諦めて、ほれほれ言いながら肩を揺らして俺の腹にダメージを与えてくるゴンゾーの頭を叩きながら村に到着する。

村ではなんだかいつもより暗い空気が漂っていた。誰か死んでしまったのだろうか。ゴンゾーと顔を見合わせる。もしや別のモンスターが?

村人が討伐隊の帰還に気付いて村長に話をしている。聞いてみるとどうやら子供が居なくなったらしい。マジかよ、と思っているとゴンゾーが耳打ちしてくる。

 

「なに関係無いみたいな顔してんだよ、お前のことだぞあれ」

 

そうじゃん、俺じゃん、気まずいなあ……しかも村長に話してんの俺の母さんだし。ゴンゾーがどっこいしょと俺を下ろすので、下卑た感じの顔を精一杯浮かべて手を捏ねながら母親に近づく。

 

へへ、お母様、ただいまでごーー

 

そこまで言って抱き締められたので言葉を最後まで紡げなかった。あったけえ……

 

「皆さん……本当に、本当にありがとうございます!大丈夫?怪我は無い?」

 

なんて涙を目に溜めながらあちこちを触ってくるので俺も思わず鼻の奥がツーンとしちまうぜ。こんなに俺のことを思ってくれている人がいるってのに俺って奴は……!

するとその光景を白い目で見ていた男衆に真相を暴露される。

 

「なんで感動の旅路みたいになってるのか知らんが、そいつアレだぞ。村を抜け出して俺らにこっそりついてきてたのを捕獲しただけだぞ?」

 

「は?」

 

瞬間、言っていることを聞こうと母さんが向けていた顔を見た男達が俺に生暖かい目を向けてきた。なんたる裏切り、俺たちは同じモンスターを共に相手にした仲間では無かったのか。男の友情は何処に行ったんだ!

 

「今のは、本当なの?」

 

いやまあ本当と言えば本当ですけどね。でも聞いてほしい。迷惑は一つも掛けてないし、本当に付いて行っただけだということをここに誓います!だから……だから……痛くしないでね?

 

「あなた、うちに帰るわよ」

 

「ああ、楽しみだな」

 

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ! !

 

大人って怖い、ぼくはそうおもった。

 

 

 

 

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「おかえりー、おにいちゃんどこいってたの?」

 

ちょっと村長のところにな。

帰宅した俺のもとにトコトコと歩いて来たこの可愛い娘は妹のミアだ。マジで眼に入れても痛くないぐらい可愛い。でも将来は視界に入るなとか言われるのか……

それにしても……ぬふふふふ、ニヤケが治らんぜよ!

 

「おにいちゃんきもちわるーい」

 

おっと、気をつけないと心が折れるな。キリッと……キリッとな……ヌフ……これでどうだミア、お兄ちゃんカッコいいか?

 

「あははは、へんなかおー」

 

まったく……ミアは可愛いなあ!

脇の下に手を入れて抱っこし、そのままリビングに入る。

 

「おかえりエスカル、あら、ミアは抱っこされちゃって、二人とも仲良しねえ」

 

あっそうだ、俺の名前はエスカルだ、そういうわけで以後お見知り置きを。

母さんに促されて椅子に座り、膝の上にミアを載せる。すると母さんがすぐに昼飯を運んできてくれた。しかしミアが膝の上にいるのだ。俺はどうやって食べるんだよ……

 

「おにいちゃんたべさせてー」

 

いいぞぉ〜お兄ちゃんなんでもしてあげるからな〜、ほら、次なに食べる?これ?あ、これか。はい、あーん。

もうマジで可愛いからなんでもしてあげちゃう。そうしてお姫様の従順なる僕となっていると、

 

「もうおなかいっぱいだからこれあげる、あーん」

 

なんとお姫様にあーんをしてもらった。もちろんお姫様はすぐに飽きてやめてしまったが至福のひと時であった。お腹が一杯になって眠ってしまったミアを母さんが運んで行ったので普通に昼飯を食べていると親父も帰ってきた。

 

「ただいまー……あれ?ミアは?」

 

昼飯食べて眠くなっちゃったから寝てるよ。

そう聞くと寝室の方に歩いて行った。

 

「ミア〜〜お父さんだよ〜〜」

 

「ちょっと、ミアはお眠なんだから煩くしないでよ」

 

「良いじゃんちょっとぐらい……ミアちゃ〜ん、可愛いなあ本当に〜」

 

大の大人が猫撫で声で本当に気持ち悪いな……と引きつつ飯を食べ終えたので食器を片付ける。

俺もたまには昼寝でもしてみようかと自室で横になるけど全く眠くならない。こんな時は体を動かすのがよろしい。

ちょっと畑行って来るわー。

 

「はーい」

 

返事を聞いて、家の裏にある畑に足を運ぶ。この村のある土地は川に近いわけではないけど地下水が豊富で、湧水もあるのでメチャメチャ農業に適しているのだ。ちなみに育てている野菜だけど、まあなんか見たことあるような見た事ないようなそんな野菜ばっかだ。品種改良なんかほとんどされてないからデリケートな事この上無いし、うまく育てても知ってる野菜ほど可食部は多く無い。そして俺に野菜を育てる知識なんて無いので出来る範囲でしかやらない。桶に汲んだ水を撒いて、鍬で土を耕して畝を作る。まあ文字に起こすとこんなもんだが、水を運ぶのも、土を耕すのも、どちらも中々重労働だ、勿論まだ体が出来上がっていないのもあるだろうけど、力が圧倒的に足りない。作業を終えるともう汗だくだ。

だけど、これが中々楽しいのだ。勿論子供に混じって走り回るのも楽しいけど、遊びは終わった時に寂しさを伴う。だけど畑仕事は終わった時に充実感というか満足感を得られる。まあ余計な知識が入ってるせいで、農業とかの重要性を分かってるからほっぽり出して遊んだりする気になれないのもある。

夕方までしこしこ畑仕事をこなして、ヘトヘトになって片膝ついているとミミズが土の中から出て来ているのを見つけた。出て来ているというか土をひっくり返した時に一緒に掘り起こしてしまったのだろうけど。

 

 

 

 

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ついに今日はモンスターハントの日だ。待ちに待った日ということで前日は眠れなかった、などということはなく、普通に眠れた。以前に村長から今日のことは知らされていたので、他の子供に比べてこの日が来るまで非常に長かった。知らされて最初の方は毎日ワクワクとしてそれこそ眠れない日もあったけど、人はやはりどんな状況にも慣れるものである程度経つとワクワクを保ちつつも、興奮で眠れないなんてことは無くなっていった。

一方で、俺と同年齢の8人がそれを乗り越えれば大人の仲間入りだ、と喜んでいるのでそれを見て気付かされた。これは元服というか成人式に近いものなのだ、そりゃあ嬉しくもなるわな。

しかし何か変な空気を感じるのでなんとなく探ってみると、村の同世代の子供たちが俺のことを「村長と仲が良くてなんでも教えてもらってるやつ」みたいに勘違いしてる節があった。遊んでる時もことあるごとにそれでいじって来てウザすぎる。

さて、集められた面々の前にはゴンゾーが立ち、如何にも今から話しますといった面持ちだ。

 

「さあ、今日はいよいよお前らにモンスターを狩ってもらう!いつも相手にしてるモンスターもどきの獣と一緒にするなよ?下手すりゃ死ぬからな!まあ……約一名、大馬鹿野郎はよく分かってるだろうがな!全員最後の準備を整えておけよ!」

 

どうやら大馬鹿野郎が一人紛れ込んでいるらしい。大馬鹿なのに物分かりが良いなんてきっと優秀なんだろうなあ。

話しているのが取りまとめ役である村長では無くてゴンゾーである理由は単純なもので、引率を行うのがゴンゾーだからだ。それにしても今生の別れみたいな話の締め方をしないでもらいたい。

話が終わったところで、ミアと母さんが見送りに来ていたので近づくとミアが母さんの後ろに隠れてしまった。

え…………

何気にショックである、まさかこのタイミングで反抗期が来てしまったのだろうか。母さんはミアになにやら指示を出している。

おずおず、といった様子で出てきたミアは後ろ手になにやらもじもじしている。

 

「あ、あのね……」

 

なんだい?

待っているとミアが何かを差し出してきた。

 

「これ!」

 

その手に載っているのはなにやら丸いモノだ。

なにこれ、団子?

 

「うん!」

 

「お兄ちゃんに元気に帰ってきてほしいって、朝から作ってたのよ」

 

思わずミアを抱きしめる。なんて良い子なんだ!

 

「お兄ちゃん、お団子落ちちゃうよ」

 

団子を持つ手を支えて聞く。これは今食べて良いの?

 

「うん!これを食べて元気になれば、けがしないでしょ?」

 

しないですとも!ありがたく受け取って食べると、木の実の香りが鼻を抜けていく。旨すぎる!

ありがとうなミア。

頭を撫でるとにへらと表情を崩すので心が暖かくなる。本当に良い妹を得たな俺は。

 

「あんた準備は出来てるの?」

 

母さんが問うてくるので雑嚢を軽く揺らして問題無いことを伝える。

最後にもう一度ミアの頭を撫でてゴンゾーの近

くに行く。

ミアはあんなに心配してくれた……心配してたか……?良くわかって無かったような気も……いや、心配してくれていたに違いない。ともかく、子供に狩りに行かせる程度のモンスターなんだから弱いやつを選んでるんだろうなあ、と気楽に突っ立っている所にニヤニヤと笑いながらアリスが近づいて来た。

 

「この村でモンスター退治に着いて行った大馬鹿野郎なんてあんたぐらいよね」

 

何言ってるか分かんないですね。

 

「呆れるわね、この期に及んですっとぼけるなんて……あんたらしいけどやっぱり往生際が悪いというか」

 

そんなため息つきながら言われても。

公式には行ってないことになってるんで。

 

「あんたが何言ってんのよ」

 

良いツッコミだ、二人でお笑い芸人目指さないか?

 

「段々イライラしてきたんだけど?」

 

おっと、落ち着けよ、そもそも何の用だよ。

ニヤニヤしながら近づいてきたけどその実、足も腕もプルプル震えてやがるから緊張でも解しにきたのだろうか。

 

「あんた、どんなモンスターか知ってるんでしょ?村長と仲良いし」

 

ん?……いや、知らないよ。

 

「なによ今の間は。ホントは知ってるんでしょ?」

 

おっと、そう来る?妙な所で疑り深いなあ。大体、俺がその内容知ってたところで、そしてそれを君に教えたところで何の意味があるんだ?

 

「心構えって大事じゃない?どんな奴が来るかだけでも知っておきたいのは当然よ」

 

なんとも漢らしいセリフだな、だけど返す言葉に変更は無い。何故なら俺は本当に知らないからな!

 

「むぅ……じゃあ、なんでもいいから教えなさいよ」

 

無茶振りにも程がある……と言いたいところだけど俺も一つだけ知ってることがある。

 

「なによ」

 

別に教えても良いんだけど、試験の内容とは全く関係無いぞ。

 

「……別に良いわよ、なんでも良いって言ったのはあたしだし」

 

ああ、そう?なら話そうかな……と言ってもどこから話そう……んーと、この村が出来たばっかの村ってのは知ってるよな?

 

「母さんから聞いたわ」

 

そうか、まあ誰から聞いたのでも良いんだけど、この村の大人って明確に役割が分かれてるじゃん?

 

「…………?」

 

ああいや、直截に言えば男は狩りをして女は村で作業をする、っていうことなんだけど。

 

「なるほどね、それがどうしたの?」

 

どうしたっていうか……自分の性別は分かるよな?

 

「……」

 

イテッ、蹴るなよ!他意は無いっつうの!村で作業をするだけなら別にお前ら女子が混ざる必要ないだろって話だよ。

 

「ふんっ……そういうことね」

 

そうだよ、俺らの世代からは男女関係無くモンスターを狩りに行くし、村での作業もやるってわけだ。

 

「それは村長から聞いたの?」

 

いや、最初の狩りを合同でやるって話だけ聞いた。

 

「じゃあ村と狩りの作業を一緒にっていうのは誰から聞いたのよ」

 

勝手に予想した、わざわざ男女共にって強調したんだからこんな感じだろうってな。

勿論女子はあくまで自衛のためにって意図で、これまでと役割が変わらないってことも考えられるけど……ん?良く考えたらそっちの方がそれらしいな。

 

「どっちなのよ……」

 

まあ最終的な目標が何処にあるにせよ、今日の狩りを乗り越えてからだ。

 

「それもそうね」

 

ていうかさあ……お前ら俺のことを勘違いしてる節があると思ってたんだけど、さっきの質問で確信したわ。俺は別に村長から何でも聞いてるわけじゃ無いし、今日のモンスター退治にしたって俺が生きてるモンスターを間近で見たのは俺が小さい頃の一回だけだ。それだって見ただけで対峙したわけじゃ無い、触ったりだってしてないんだぞ。

ん?今お前、口でそれを伝えればよかったのにみたいな顔したな?

こういうのは大勢の前でそれを主張したところであんま意味無いんだよ。各々が勝手に解釈してそれを更に当人を介さずに話すことでどんどん話が拗れてくんだよ。

まあ言わなかったとしても今みたいな状況になるから、結局のところ俺の気分次第ってことだな。

 

「言ってないんだから本当にそんな拗れるかわからないじゃん」

 

せやなーーさて、そろそろ行かなきゃな。準備は十分か?

 

「あ、えっと、出来てる」

 

そんな気負わなくて良いだろ、いざとなりゃゴンゾーが一人で仕留めるさ。

そう伝えると懐疑的な視線を向けてくる。

心配すんな、ゴンゾーは見た目に違わずめちゃくちゃ強いから。

それにお前らと一緒で俺だって動物はともかくモンスターとの戦闘なんて分からん。

基本的に動物は罠に掛けたり弓で弱らせてから仕留めるけど、モンスターに同じ質のモノは通用しない。こんな村だから金属だってそれなりに貴重で、外から仕入れるかモンスターから剥ぎ取るしか入手方法が無い。モンスターに通用するような罠なんて、金属を使っているか余程大きな材料を使わないと無理だろう。村長の受け売りだけどな。

 

「じゃあどうやって倒すのよ」

 

俺たちは魔法を使えないから地道に近接攻撃を加えて弱らせていくしか無い。ハイリスクローリターンの繰り返しだ、魔法はやっぱり良いなあ……

と、そこにゴンゾーが声を張り上げる。

 

「いつまで準備してんだ!お喋りしてる余裕があんなら出発だ!」

 

横目でチラッと見ると拳を握って「よし!」と気合を入れているので心配はいらないだろう。実際のところ俺も精神面はともかくとして戦闘に関してはそこまで秀でている訳でもないので彼女の心配をしている余裕は無いかもしれない。まあ筋力に一番秀でているのが俺なのは間違いないけれども。

これも畑仕事を真面目にこなしてきたおかげである、腰の入れ方が違うのだよ。

ゴンゾーは号令をかけたものの、その後は一番後ろにまわってしまった。それ以降腕を組んで何も言わずに俺らを見ているのでどうやら子供たちに先導させるつもりらしい。まあ当然といえば当然か。

俺はどちらかと言えば後ろ寄りに立っていたから、誰が先陣を切って歩き出すのかなあと思っていたら8人が8人ともチラチラと俺のことを見てきやがる。何見てんだ、さっさと行けよ。

 

「お前が行けよ」

 

そうだそうだと言わんばかりに全員頷いている。しょうがないのでさっさと歩き出す。こいつらびびってんのか……?

しかし喉より先にその意思を出す事は無く、キリッと顔を引き締めて森の中に進んでいく。

 

 

 

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手分けして痕跡を探していると、パキリと足元で枝が折れる。体重をかける場所を誤って転びかけた。普段はこんなこと無いんだが、無意識の緊張が体に伝わりでもしたのだろうか

 

「気を抜いてんじゃないでしょうね」

 

いやいや、ちょっとしたミスだよ。それより痕跡は見つけたか?

 

「ええ…………ほら、それよ」

 

なぜか引きつった顔で彼女が指差すのは獣の足跡に酷似した地面の窪み。蹄と思しき部分の先が向いている方向に視線を辿ると、先の方にも何個か同様の窪みが見られる。

形状から判断すると猪がその先にはいると考えられるが、大きさが通常の猪の数倍なのでおそらくモンスターなのだろう。

 

「でっか…………」

 

「こんなの私達でやれるのかしら……」

 

二人して弱気だが、このサイズの猪を倒せる気がしない。オレの持っている剣の刃は果たして毛を全て断ち切って内部にダメージを通せるのだろうか。

そんな疑念を抱きつつ足跡を辿っていくと段々と日の光が弱くなっていく。どうやらモンスターは森の奥へと向かったようだ。

オレは先頭を進んでいつでも扱えるように剣を構え、他の面々も周囲を警戒しつつ、オレと同様に武器を構えている。

しばらく進むと血の匂いが漂ってきた。当然のように、その匂いは足跡の先からやってきている。

何かしらの争いがこの先であったのだろう。

ゴンゾーの方を見て中止なのかどうか確認しようとも思ったけど、狩りをしていればこんなこともあるだろうと思い直す。

代わりに先ほどよりも歩調を緩め、気配を木々に溶け込ませるように匂いを辿っていく。

 

 

 

 

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ゴンゾーは考えていた。

今日の試練がどのように進むのかを。

願わくば何事も無く終わって欲しいと。

勿論本気で何かが起こると思っているわけではないが、近頃モンスターが活発化しているように感じられる。

魔王が死して暫く、英雄たちに討伐されなかった強大なモンスター達は勇者を恐れて樹海や霊峰の奥地などに引きこもっていた。それに伴い、比較的にだが弱いモンスターが数を増やした。人里付近に出没するモンスターの質が落ちたことにより、人は突出した能力を持たずとも数で対抗できるようになり、安定した時代がもたらされたのだ。

 

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戦慄と共に言葉が吐き出される。

 

「な、なんだよこれ……」

 

「お前ら!全員俺の後ろに下がれ!」

 

そこにいたのは巨大な猪、今回のターゲットであろうモンスター。

しかしその上半身と下半身は引き裂かれ、瞳孔からは既に光が失われていた。

他に傷は無く、周囲の木々もモンスターの惨状に比べて荒れた様子が見られない。それは、このモンスターが一瞬で殺されたことを意味していた。

ゴンゾーは瞬時に列の前に移動し、周囲への警戒を強める。

モンスターがより強いモンスターに喰われる。それ自体は別に何もおかしなことでは無い。強力なモンスターは身に蓄えた魔素により知性すら発達させ、より上位の存在になるために他のモンスターを食することを求めるようになる。自身もそういった光景を目にした事はある。

だが……これはあまりにも状況が悪い。相手の脅威度判定が行えていない現状、自分だけなら即座に退却するだろう。仲間達といたなら対処するだろう。

しかし、自分の後ろにいるのは素人に毛が生えた程度のガキ共。自分の速度について来れるはずもなし。

よくこの場面で取り乱さないでいると褒めてやりたいが、単純に状況が飲み込めていないだけだろう。

だが、退却させるしか無い。

なんとしても。

 

「お前ら、落ち着いて聞け」

 

周囲への警戒は緩めず、しかし、子供達をパニックに陥らせ無いように、そして自らも平静を失わないように落ち着いた声で呼び掛ける。

 

「今すぐ村へ帰れ」

 

ハッと息を飲む声が聞こえる。多少は、ただならぬ状況だと伝わったらしい。

 

「ゴ、ゴンゾーさんはどうするんだ?」

 

あぁ……随所随所で他の奴とは違うと感じていたが、こんな時には予想通りの、至って平凡な反応をするらしい。

 

「ーーまあ、あれだ。俺がここに着いてきたのはこの為だからな」

 

そしてその事実を何故か少し面白く感じる俺がいる。

 

「で、でも、まだそのモンスターには見つかってないんじゃないか?」

 

「アホ、ここは既にテリトリー内だ……さあ、行け、くれぐれも静かに素早くな」

 

きっとコイツらなら無事に村に辿り着き、救援を寄越してくれるだろう。

躊躇いがちに、不規則に踏み出された足音はやがて規則的に遠ざかっていく。

ふぅ、と一つ息を吐く。

 

「まさか、あいつらが去るまで待ってくれるとは」

 

ーー本格的にマズいかもしれんな。

モンスターを暴れる暇も与えず引き裂き、この森の中心に近いところに居を構えているという事実。そしてこの、粘りつくような、背筋を撫でるような、邪悪なモノが放つ空気。

得体の知れなさでは過去に地下の大空洞で戦ったあの化け物に通じるものがある。

そして暫く待っていると、横たわる残骸を作り出したその主が、木々をかき分けながら現れた。

 

「おいおい、嘘だろ……」

 

その姿を目にした途端、こめかみを冷や汗が流れ落ちた。手に構えたアクス、多くの強敵を屠ってきた俺の相棒が今は心許なく感じる。

 

『愚かなり……実に、愚かなり」

 

ゴンゾーは英雄伝説を思い出した。

自分の祖父のそのまた祖父の時代に英雄とその仲間に打ち倒された魔王は、神聖魔法を除くあらゆる魔法をその膨大な魔力で行使し、死の間際まで単一の生命としての最強の座を譲ることはなかったという。

そしてそこにいたのは、数多いる魔王の配下の中でも魔王に匹敵する力を持つとされる存在。

 

『あのちっぽけな住処に閉じ籠っていれば良いモノを』

 

それぞれ深紅、深青、黄金、暗黒に輝く四つの眼。片側だけ欠けた角。その牙は真銀のように曇りなく輝き、その爪は伝説級の鎧を容易く切り裂く。全身を星空の如き鱗が覆い、三対の翼が逃れえぬ死を抱擁していた。

 

『落ちた帳をこじ開けて、束の間の微睡みから覚めてみればこの様なモノが来るとはな……』

 

それは、ドラゴンという名の伝説そのものだった。

 

「ドラゴン…………だと……?」

 

ドラゴンーー余りにも多くの魔素を溜め込んだモンスターが生命としての規格を超えて、天界に届き得る力を得た時に到達する存在。

魔王が世界に現れる遥か前、御伽噺に辛うじて伝えられる神代には多数いたという。

ドラゴンを倒すことができるのはドラゴン、あるいは天界の存在のみ。己がどれだけ人の中で強くとも、人という規格に収まっている以上勝つことはできない。

 

『ふむ……しかし……」

 

ドラゴンは唐突に四つの眼のうち三つを閉じ、残った深紅の眼で俺を捉えた。

 

『かなり溜め込んでいるようだな、貴様」

 

そして訳の分からないことを宣った。

 

「何の話だ!」

 

腹の底に広がる恐怖を振り払う為に怒鳴り声で問い返す。

するとドラゴンの全身から何かが凄まじい勢いで発される。

 

『なに、大した事はない』

 

圧力に耐えつつ、必死にその次の言葉を聞く。ドラゴンはニタリと凶悪な笑みを浮かべた。

 

『貴様は、我が食うに値するという話よ』

 

そしてその言葉を聞いた瞬間地面を蹴った。

 

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

 

少し開いた場所に出たと思ったら、猪は既に惨殺されていた。近付こうとするとゴンゾーが目の前に現れて先に進むなと引き留め、全員が動きを止めた。ゴンゾーは更に言葉を重ね、俺たちは村に引き返すことになった。切迫したゴンゾーの声音で異常事態を悟った俺たちはその言に従い先ほどの道を辿って戻っている。

そしてまだ半ばまで進んでいなかったぐらいだっただろうか。背後で爆発音が発生したのが聞こえた。

 

「ヒッ!」

 

アリスは思わずしゃがみ込んでしまった。他のみんなも尻餅をついたり激しく動揺している。アリスを背に庇いつつ、爆発がしたであろう方向を見る。

 

「ゴンゾー……」

 

今のは何だ。何故爆発が起きたんだ。ゴンゾーは無事なのか。この森になにがいるんだ。

思考が纏まらない。

爆発は一回で収まらず、二回三回と続く。

周りにいる幼馴染みの中には啜り泣き始めている奴もいる。

皆の心は折れかけていた。

そんな中で、俺が感じていたのはワクワクだった。

恐怖を塗り潰すほどの高揚感、これこそがファンタジーだった。

俺と知識、混ざり合った二つが共鳴していた。

爆発から目が離せない。あそこでなにが起こっているのか気になって仕方がない。

心臓が力強く鼓動を打っていた。

 

「待ってよ……」

 

ズボンの裾を掴まれてつんのめる。

どうやら無意識に一歩踏み出していたらしい。

 

「どこ行くの……?」

 

アリスが涙目でそう言ってくる姿を見てハッとした。今、こいつらを村まで引っ張っていけるのは俺だけなんだ。そして、そうしなければ誰も助からない。

俺も、こいつらも、そして今あそこで戦っているゴンゾーも。

瞑目し、一度深呼吸をする。

帰る、必ず帰る、そう覚悟を決めて目を開ける。

ーーそして次の瞬間、とてつもない太さの火柱と雷が立ち上る。

それに少し遅れて雷鳴、更に続いて熱風が押し寄せてくる。こんなに離れても感じる程の熱量、ゴンゾーは一体なにと戦っているのか。

だけど既に覚悟は決めた。

 

「お前ら、立て」

 

「え?」

 

アリスが呆けたように言葉を漏らす。

 

「さっきゴンゾーになんて言われた?俺たちの仕事は帰ることだ、さあ行くぞ!」

 

「いでっ!」

 

座り込んでいるやつのケツを蹴り上げ、腰が抜けている奴には肩を貸して立ち上がらせる。

全員を整列させ、進ませる。

まるで敗残兵のようだった。何にもしていないのにだ。全てを大人に任せて逃げているだけだ。

悪いことでは無い。ただ悲しみと悔しさのみが心を埋める。人はなんて弱くて脆いのだろう、科学技術の強大さを改めて思い知らされた気分だった。あの世界では野生など憐みや手慰みに保護されるだけの存在だった。

守られていたこれまでの時間はどれほど幸せだったのだろう、どれほど甘えていたのだろう。ある意味では知っていたはずだったのだ。世界は過酷で、ヒトという動物は弱くて…………知識なんて必要なかったのかもしれない。自分の心に問い掛ける、周りの幼馴染達を見てみろと。こんなもの無くても彼らは生きているじゃないか。

懸命に、何も分からなくても彼らは彼らなりに村を支えようとしている。俺はどうなんだ。俺は…………俺は知識を得たことによる全能感に飲み込まれてしまっていた。賢ぶっていただけだった。今初めて心で理解したーーあの時のアリスの言葉を。

 

『だってアンタ、急にいなくなっちゃいそうだし』

 

その通りだ。俺は今、この場から消えてしまいたいと思っている。だけどそれは後だ、早く村に辿り着こう。




助けて…………


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地球平面論者が完全勝利した日

こういうのも悪くない


その日、地球平面論者は疑似科学に完全勝利した。

 

「世界はやはり平面だったのだ!地球が球体であるというのは、地球が平面であるという事が白日の元に晒される事で自らの利権が脅かされる事を危惧した者たちが流布したのだ。偽造映像などを用いて無知な者たちを洗脳し、世界の真理から遠ざけていたのだ!我々は遂に、巨大なる敵から真の世界を取り戻したのだ!」

高らかに笑い上げながら勝利宣言を唱えるのは、地球平面説を主導してきた田島平次だ。

彼はさらにこう続ける。

「天を見上げよ!神は偽りの世界の外殻を砕き、エデンをこの地に降臨させたもうたのだ!乾いた大地は潤され、汚れた空気は浄化される。紛い物の科学によって齎された洗脳が、遂に解ける時が来たのだ!」

誰もが天を見上げていた。人も、犬も、鳥も、知性持つ全存在が天を見上げていた。

そこには「天」があった。「空」でも「宇宙」でも無い。至ってシンプルに言語化するならば、「別の世界」が降ってきていた。

彼はいつまでも笑っていた。

 

最初に世界の異変に気づいたのは気象予報士だった。

始まりは雲の下降だった。極小の水滴が上昇気流による圧力と重力の釣り合う場所にあることで形成される雲は、形そのままに地表付近まで降りてきたのだ。気象観測に携わる者達は匙を投げるか嬉々として考察を続けるかの二者に分かれた。一般市民は、霧が濃いだの洗濯物が乾かないだのと不平を述べるにとどまった。

次いで異変に気付いたのは漁師だった。

昨日まで不漁だったのに、季節的にいるはずが無いのに、全ての漁師の網は引き裂けんばかりの量の魚で埋め尽くされた。

そうして段々と、誰もが気付き始めた。

なんだかおかしいぞ、と。理屈は分からないが、どうにもいつもと違う事が立て続けに起こっているぞ、と。

こうなると活発になるのが宗教団体というモノである。彼らは大通りで列を成し、揃ってこう述べるのだ。

これは奇跡だ。我々の信仰する神が、疲れ切った世界を救うために奇跡を施されたのだ。さあ、道行く人よ、選別の時が始まる。今ならばまだ間に合う、我々の友達になろう。

するとどうだ、先頭に立つ彼には後光が差しているでは無いか。いつもならば彼らの説法を一笑に伏すのみの通行人も思わず立ち止まる。多くの人がカメラを構え、それをネットに流す。

ドンドンと後光は強くなり、世界の幾つもの場所で光柱が立ち上るのが宇宙ステーションでも確認された。

光は永遠に続いた訳ではなく、段々と収束していった。光が完全に消えた後、光柱のあった場所に立っていた者達の行く末は2つに分かれた。

一つは灰となって風と共に崩れ去った者。そしてもう一つは特殊な能力を身につけた者。

能力を身に付けた者達が触れるとあらゆる病気が治り、石はパンに変わり、コップで掬った汚水はワインに変わった。

能力を得た者達を研究しようと様々な機関の人間が接触を試みる。しかし、決して出会う事ができなかった。接触しようとする度に地割れが道を断ち、大雨で道が冠水し、隕石が降り注ぐのだ。明らかに形而上の干渉がそこには働いていた。

これは堪らんと、国からのお触れで彼らへの過度な干渉は禁止された。そして彼らが二度の奇跡を悠々と超えていくので、人々は聖人と呼び始めた。カトリック教会は聖人の名を軽々しく使わないで欲しいと発表したものの、その呼称はほぼ定着した。

聖人を調べようとするものは決して辿り着けないが、聖人は苦しんでいる人の前に現れてその悩みを解決する為、富が少ない人程聖人について詳しいという通常の情報拡散の過程とは逆のことが起こった。

ある新聞社が、聖人に救われた人へ取材したという内容を新聞に載せた。

それによると、やがて神が降臨して世界は浄化される為、善行を積まなければ彼らは裁かれてしまうかもしれないと恐れて奇跡を起こしているらしい。

それを読んだ平次は自らが体験した出来事を振り返った。

 

 

雲の下降など異常な事態を受けて、他の宗教と同様に地球平面説論者も集会を開いていた。

 

「やはり我々は間違っていなかったのだ!」

 

「ああ、やつらが球体説の根拠としている疑似科学は嘘っぱちであったと証明されたな」

 

口々に自らの正しさについて讃え合い、喜色に溢れた笑顔を見せる論者達。巨大な長机の上座にいる平次の周囲の幹部達もこれからの展望や大規模なデモンストレーションの計画について話している。浮き足立っている論者の様子を見て平次は

 

(愚物どもが……)

 

と心中で罵倒していた。

平次は平面説を心から信頼しており疑うということをしていない。だが、疑似科学者達を貶めようなどという気は微塵も無かった。彼らが間違っていることは明らかだが、彼らも彼らなりの正しさを信じて世界を認識しようとしている。それについてはどちらが上ということは無く、敬意を欠かさないようにしていた。

ゆえに、勝手に不安になってシンポジウムで疑似科学者を批判してボコボコに論破されてくる論者達を情け無く思っていたのだ。

問題なのは科学者そのものでは無く、裏から世界を操り、真実を捻じ曲げている権力者達だ。

世界の異常を受けて論者や幹部は盛り上がり、幹部からの連絡で招集を掛けることとなった。しかし、彼にとっては今まで凡人では認識出来なかった世界の本当の形が明らかになったというだけの話であった。

 

「つきましては凱旋門の前で大々的に勝利宣言をする事で、我々の正しさを世界に刻みつけましょう!」

 

幹部のうちの一人が話しかけてくる。

なんとも大袈裟な事だ。いずれはもっとわかりやすい形で世界は変革する。その時に勝利宣言をする事こそが最も大きなインパクトを衆生に与えられるというのに。

結局、その日の集会では皆が興奮しきっているために話は進まなかった。酒を持ち出して宴会が始まりそうだったので、いい加減に不快さが表情に溢れ出しそうだった平次はそれを抑えつけて帰宅することを告げた。

家に帰った平次はシャワーを浴びてサッパリすると、居間のソファーにどかっと座り込んでテレビをつけた。そこでは今もなお拡大し続ける、科学では説明のつかない事象についてのニュースがやっていた。

ある番組ではリポーターが海岸に来てそこに広がる光景をリポートしていた。

 

「見てください!今、私の足元にある砂浜で動いているのは、古生代に絶滅したとされている三葉虫でしょうか!?」

 

信じられない事に、現代では本来なら存在するはずのない過去の生物達が様々な場所で確認されていたのだ。

 

「ノアの方舟……か」

 

神が大津波を起こして地上を浄化した際、神の宣告を受けた1人の人間が方舟を作ることで、各生物達は浄化後の世界に降り立ち、再び繁栄を始めたという。

同様に過去の存在である様々な生物たちもどこかに隔離され、来るべき時が来たことで解き放たれたのだろうか。この汚れた世界に解き放たれてしまうとは何ともタイミングの悪い事だ。

思索に耽る平次がワインを呷って微睡に沈もうとした時、突然何かを感じた。

一瞬漏らしたかとビビったが、尿意は感じなかった。それよりも、まるで導かれるように外に出る。

脳内に声が響く。

 

『使徒達よ』

 

「誰だ……?」

 

『時は来た』

 

「どこだ……?」

 

不思議な声の出所を探して平次がキョロキョロとあたりを見回すが誰もいない。指向性のスピーカーによるモノかと勘繰っていると

 

『奇跡だ』

 

「………?」

 

『これが奇跡だ』

 

脳裏にイメージがいきなり現れる。

 

「なんだこれは……」

 

強烈なイメージは残像の様に網膜にまで影響を及ぼし、実際に見ているかの如き明瞭さで視界にそのイメージが浮かび上がる。

空には巨大な山が浮かび、周囲を巨大な生物が飛んでいるのが見える。奥には亀が鎮座し、その瞳に自らが映ったと何故か確信する。

天まで届く階段を護るのは羽持つ甲冑の騎士。階段には豪奢な扉があり、その前では数多の人間が平伏していた。

子供達が笑い合い、川で泳いでいる。子供達が笑い合い、パンを焼いている。子供達が笑い合い、殺し合っている。

尋常ならざる軍団が地獄の門を開け、太陽浴びる存在憎しと槍を掲げる。業火に焼かれる地獄の主は玉座に座り、その時を待っていた。

そして何も無い、無限の荒野に立ち尽くすのは

 

「俺……?」

 

『罰だ』

 

『審判の時が来るのだ』

 

気が付けばベッドに寝ていた。遮光カーテンの隙間から光が漏れている。カーテンを開けると日が昇っていた。

さっきまで外にいたはずなのに、もっと言うなら夜だったはずなのになぜ俺はベッドに……?

それにしても妙に通りが騒がしい。これまた何故か着ている寝巻きから普段着に着替えて外に出ると

 

「田山代表!光は!?」

 

「な、なんだなんだ……光?」

 

平面説論者達が大勢自宅の前に並んでいた。その中の顔馴染みの幹部が錯乱したかのように光に付いて尋ねてくる。通行人達は奇妙なものを見る視線を向け、関わり合いになりたく無いと思っているのが伝わってくる。

しかし、彼女は割と冷静な性質だと思っていたが、何を言っているんだ。

 

「落ち着いてくれ、光とは何だ?」

 

「あっ……すいません、興奮していました」

 

両肩に手を置いて落ち着かせる。精神的に疲弊している人間や焦っている人間には、言葉だけで無く身体的接触も合わせると効果的だ。

 

「大丈夫だ、それで光とは?」

 

「……まさかご存知無いのですか?」

 

さっき散々聞いたはずなんだが……興奮の度合いが測れるというものだ。

 

「光の定義の話をしているのか?」

 

「本当に存じ上げないのですね……少々お待ち下さい」

 

そう言ってポーチからスマホを取り出すと何やら操作し始める。手持ち無沙汰なので、論者達がこんなに集まった理由について少し思索を巡らせる。光という言葉について考えてみよう。当然ただの光の話をしているわけがないだろうし、最近の異常現象に関連しているはずだ。光という単語では抽象度が高過ぎるので、少し絞って考えてみよう。私が寝ていた夜に目立つ光と言えば星がある。それが極めて強大な光を放ったとかだろうか?いや、それは集まる理由として弱過ぎるな。

 

「これです、この動画を見てください」

 

「ん?動画を撮っていたのか」

 

それは宇宙ステーション内から捉えた映像だった。地表から光の柱が立ち登り、ステーション内では神に祈る声が聞こえる。全く意味が分からない。普通で無いのは分かるが、これがなんの意味を持つんだ?

 

「これがなんなんだ?」

 

そう聞くとまた操作を始め、今度はすぐさまスマホをこちらに再度見せる。

 

「これもご覧ください」

 

「うん……えらく長いな」

 

そこに写っているのは、大通りで行進を行う宗教団体だ。拡声器で何事か主張しており、この映像を撮っている人の様にスマホを向ける人々がチラホラといるのが分かる。ザワザワと騒がしいのに気付いた撮影者がカメラをその方向に向けると、先頭に立つ青年が光を背負っていた。段々と光が強くなり、やがて天まで伸びる光の柱になった。行列に参加している人々は徐に跪き、その光を拝んでいる。しばらく続いた光が収まるとそこには何も無く、青年が立っていた場所に灰が一塊あるのみだった。動画時間は8時間にも及び、ほとんどの時間は光の柱が立ち昇っているだけのものだったが、彼女が動画の要点を教えてくれたのでそこだけを見るとこんな感じであった。

 

「CGじゃ無いんだな?」

 

「はい、私たちも天に上る光の柱を目撃しました」

 

「それで「それだけじゃありません!」」

 

興奮して詰め寄る彼女に顔を顰めると、ゴホンと咳払いをしてから別の映像を示す。

 

「田山代表のご自宅からも確認されています」

 

「!」

 

なるほど、何となく合点が行ったような気がするぞ。

 

「心当たりが?」

 

「無いとは言わない」

 

周囲からざわめきが起こる。

 

「ではやはり田山代表も選ばれたのですね!」

 

選ばれた……あの風景はその選別とやらに関係が有るものなのか?主観時間だとそこまで長い時間ではなかったからよく分からないな。

 

「何に選ばれたんだ?」

 

「………?」

 

彼女は不思議そうに首を傾げる

 

「いや、何に選ばれたのか聞いたんだけど」

 

「あの光の中で何かあったのでは無いのですか?」

 

「あくまで夢の範疇の事として捉えていたけど……言われてみればイヤに鮮明に覚えているな」

 

その内容を話してまた騒がしくなったりと色々あったが、しばらく経ち、話題に上がることも少なくなるだろうと見積もっていた。しかし物事は中々想像通りにはいかないというか、むしろ逆方向に進んでいった。

 

曇天のある日のこと

 

「なんて事だ……」

 

朝刊の大見出しを読んで呟く。そこには『超能力者現る!?』と書いてあった。記事の内容を読んでみる。各地で奇跡だとしか思えない奇術を使う人間が現れ、まるで救世主のようにその地の問題を解決しはじめたとのことだった。今読んでいるのは宗教紙かと一瞬勘違いしたが、いつもの新聞だった。

詳細については述べられていないため分からなかったものの、あの夜に光に包まれた者達がソレなのでは無いかという事だった。疑似科学に異を唱える者としてそうした空想上の力を意識する事もあったが、いよいよ我々の提唱する世界はすぐそこまで来ているのだ。それ自体は喜ばしい事だが、心の隅にはメラメラと炎が鎮座していた。奇跡、あるいは超能力という言葉を目にした瞬間にどうしようも無い怒りが湧いてしまった。これは俺が目指す世界とは何ら関係の無い、極めて個人的な理由から生じている感情だ。そして突然手のひらから炎が生じた。

 

「奇跡か……」

 

あの夜以降、激しい感情に応じて様々な「奇跡」を行使する事ができるようになった(行使といっても制御できているわけでは無いが)。奇跡なんてものが本当にあったのならなぜあの時ーーそこまで考えて首を振る。深呼吸をする事で、今感じていたお門違いな感情を体から外に出す。そして落ち着くと同時に炎も消え失せた。

もしかしたらストレスが溜まっていたのかもしれない。習慣的に運動はしているからあまり溜め込んでいないと思っていたのだが中々精神というのは思い通りにいかない。

この「奇跡」については、平面説論者達には伝えていない。様々な情報媒体で光に選ばれた者達の情報は流れており、当然「奇跡」についてもその中にはある。恐らくーーというよりはほぼ確実に論者達も俺が「奇跡」を使えると思っているのだろう。

しかし不思議なことが一つある。頻繁に連絡が来るものと思っていたのだが全く無いのだ。穏やかに過ごせるならそれに越したことは無いからむしろ歓迎するところではあるが、彼らは中々に探究心が強い。是が非でも俺から情報を得たいのでは無いかと思っていた故に違和感を覚えているところである。

そして、陽光に気付いて窓から何気なく空を見上げた時だった。空を覆っていた雲が割れている。雲と雲の間から見えるのはーー

居ても立ってもいられず、外に出る。

 

「は、ははっ」

 

笑いが漏れる。凄まじい光景が広がっている。

 

「はははははっ!あははははははははっ!」

 

笑いが止まらない、何故ならーー

 

「世界が、変わる!」

 

平面の大地が、別世界が、巨大なる真実がそこにやってきていたから。

 



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