異世界は後輩転生者のスマートフォンとともに。 (狩る雄)
しおりを挟む

本編前
転生、そして慣れ


 少し丈の高い草が生い茂っており。

 空は忌々しいくらいに澄み渡っている。

 

 かつて俺は15歳の誕生日を迎えた日本人だった。

 それが今は、10歳ほどの少年へと『憑依転生』している。顔は前世とは異なるが平凡なもの、髪は茶色、服装も庶民的なもの。そういう情報しか得られておらず、この身体の立場などわからない。

 

 なろう小説を読んでいたからこそ予想しているだけであって、いまだに納得はしていないし、運命を呪っている。

 

 なぜなら。

 

『グルル』

 そのイライラする音を何度聞いたか。どうせこいつも、俺の乾いた血の匂いを嗅いでやってきたのだろう。

 

「ッ!」

 

 身体を捻って回避するが、左腕に爪が掠る。

 

 鋭利な爪はもちろん、灰色の体毛は硬く、額から伸びる黒い角が特徴的な狼だ。極上のエサを見つけたようで、涎を垂らしつつ興奮している。それを見て冷静でいられる俺もこの残酷な世界にすでに染まっている。

 

 さて、手持ちの錆びれたナイフではかなり分が悪い。

 だがしかしこの世界には『魔法』が存在する。もちろんMPというか魔力消費というリスクは高いが、この狼ははぐれのようだ。俺しか使えないのか、世界に浸透しているのかは知らない。

 

「雷!」

 

 バチバチという音を立てながら、一直線に稲妻が狼に向かった。

 

 水道の蛇口を捻り、魔力を手のひらから無造作に出す感覚。魔力を使いすぎたのか少しフラっとしたし、自分でも下手な魔法の扱い方だというのがわかる。

 

 雷の速度に反応できなかった狼は黒焦げで、これでは食料にもならないだろう。また臭いや音で獣が現れても困るのでこの場から急いで離れる。

 

 それにしても、10歳にしてはこの身体は身軽だ。

紅く染まった傷口もすでに治癒している。これもこの世界    標準かどうかはわからないが、生きることに役立ってきたのだ。魔法や身体能力があるならそれでいい。

 

 『転生』させるならチートをよこせだとか、弱音はもう吐かない。ようやく甘えは捨ててこれた。

 

 住処にしている池のほとりにようやくたどり着いた。水で血を洗い流すと、すでに西洋人特有な白く綺麗な肌を見せる。

 

 比較的静かな場所で、近くに大人1人が入れるような洞穴がある。現実を受け入れられないときここで身を隠して自問自答を繰り返した。今ではこういう閉所でないと、ロクに眠れやしないから、いまだにこの森から出ることができていない。だから少しずつ散策しているところなのだ。

 

 その洞穴の入り口を塞ぐように拾ってきた荷物や物資が積んである。狼といった獣に襲われ死んだ冒険者たちの物だ。最初はその死体に対して吐きながら追い剥ぎをして、次第に慣れて、数ヶ月ほど漁ってきたらかなりの量だ。身の丈に合わないような武具も多く、すでに年季のあるものも多い。

 

 鬱蒼とした夕暮れどきでもう寝てしまおうかと思っていたら、人の声が聞こえた。

 

 第一村人ならぬ、第一現地民である。

 冒険者たちの残してくれた物資の文字は読めなかったのだが、言葉は理解できるようだ。

 

 中途半端に都合がいいものだ。

 さて。

 

「ぐはっ」

「くそっ、我々を王家の者と知っての狼藉か!」

 

 男の鈍い声や、怒鳴り声の方向に向かったが。

 俺は側の木の陰に身を隠す。

 

 鎧を纏いつつも動きやすそうな服装をした男たちと、筋肉質で大柄な男たちが争っている。

 

 槍を構えて1つの馬車を囲んでいることで兵士にはハンデがあるようだ。ここで正義感溢れる者なら、兵士を助けるために身を艇するのだろう。

 

 だが、1つしかない命を懸けることはそう簡単ではないのだと思い知った。むしろこの年齢では、盗賊たちに手を貸した方がいいのではとすら思ってしまう。彼らの庇護下に入れば数日、いや数年すら安全に過ごせるかもしれない。

 

 兵士たちを助けたとして、俺は身元不明の孤児でしかないし、感謝こそすれ孤児院に入らされ、窮屈な暮らしをさせられるだけだ。

 

 そんな、ここでも己への利得を追い求める自分にイライラする。

 

 それに、盗賊達も理由があって行っていることかもしれない。そんな言い訳で納得せようとする。

 

「ユミナ様だけは絶対に傷つけさせん。」

 

「そうか、国のお姫様がいらっしゃるのか。」

「そいつはいいことを聞いたぜ。」

 

 ジリジリとにじり寄っている盗賊たちに対して、兵士は歯ぎしりをするしかない。馬車の中にいるのはどこかの国の姫らしいし、盗賊にとってもかなりの利潤を得られるし、引くことはないだろう。兵士の失言ともいえるかもしれないが、どうせ盗賊達は立場など関係なく漁っていくか。

 

 ふと、翠色と碧色の瞳が目に入る。こちらへ『逃げて』と訴えかけるような、決意を固めた澄んだ瞳だった。

 

 ふわりと風に靡く月のような髪と、水色のドレスは、まさしくお姫様だった。

 

「私はどうなっても構いません。ですが、どうか兵士たちの命だけは。」

 

 馬車から優雅に降りた姫がそう告げる。

 10歳にも満たないだろうか。

 

「ユミナ様っ!?」

「なりませぬぞ!」

 

 ただの三門芝居だ。

 そう自分に言い聞かせる。

 

 だが、薄汚れた手のひらに力が入っている。

 

「いいのです。私1人の命で済むのですから。」

 

 彼女の命の価値は、国民でない俺でもわかる。

 

「そうかい、ならこっちに来な。」

 

 盗賊達は手招きする。

 彼女の命の価値は、盗賊達にとってはどうでもいいことなのだろう。

 

 誰も逃がすつもりはないだろうし、誰も助からない。

 お姫様には最悪の未来が待っているかもしれない。

 

 そんな風に考えられるほど、

 盗賊達のした『結果』を見てきたし、

 『シタイ漁り』で俺も手を汚してきた。

 

 どうせなら、最期まで抗ってくれ。

 逃げのびてくれ。

 

 そう思いながら、目を逸らしそうになるのを堪える。

 

「はい、わかりました」

 

 轟音で、続く言葉をかき消す。

 お姫様の行き先へ、雷を走らせた。

 

「泣くくらいなら無茶すんなっての」

 

 俺は勇者でも王子様でもないんだが、子どもが泣いてるの見て黙ってられるほど、非情には成りきれなかった。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

救済、そして懺悔





 どうやら予想以上にこの身体はよくできているみたいで、魔法の威力にビビってくれているようだ。武器の使い方なら何倍も大人たちに劣るだろうが、目で追いきれない魔法なら勝ち目がある。

 

 だが威力はあるが、コントロールに関しては下手くそなんだ。

 

「おっさんたち、ちゃんと姫様守ってろよ!」

 

 動揺してできた静寂の中で兵士たちがお姫様を囲むように動く。そのまま視界を塞いでくれていると嬉しい。

 

 対して、俺は盗賊達に向かっていく。

 

「強化!」

 

 身体強化魔法と言うべきだろうか。バケツをひっくり返したように、魔力を漏れさせるイメージで発動する。

 

「なんだこのガキは!?」

 

 雷を纒い、俺はこの小さな身体で巨体の懐に瞬間的に踏み込む。リーダー格の男を押し倒すように、全身でナイフを突き刺す。

 

「雷の、追加だ!!」

 

 焼け焦げていく身体に雷を直接撃ち込み、完全に動かなくなった身体からナイフから手を離す。

 

 こうして、機械的な動作は終えた。

 黒くなったものはゆっくりと倒れる。

 同時に、腹の奥からドロドロしたものを感じた。

 

 主に熊相手に使ってきたような必殺技なのだ。

 意表を突いたとはいえ、効かなければ困る。

 

「くそっ!なんだこの化け物!」

「引けぇい!」

「リーダーはどうする!?」

「放っておけ!」

 

 数にして7人ほど、1人を欠いた状態で森の奥に消えていく。俺がその1人だったものを憐れんでいることは間違っているのだろう。

 

 だから、俺はすでに『異常』なのだ。

 

 息を整えながら、警戒を今度は背後に向ける。

 

「ユミナ様、お怪我はありませんか!」

 

 定形文のように見えて、単純に心配している。

 仕事熱心な騎士だな。

 

「こいつ、まさか悪魔の類なのでは。」

 

 いまだ警戒を解くことはない。

 正義感溢れる人だな。

 

 身体強化を解かないまま、重くなっている巨体を担ぐ。

槍を構える音がしたが、それよりもお姫様の視界をちゃんと塞いでほしい。

 

「お待ちください!」

 

「なんでございます、でしょうか?」

 

 王族や貴族相手だし、一応敬語にしてみた。

 跪いたほうがよかったかもしれない。

 

「申し訳ございません!」

 

 優雅とは程遠く、勢いよく頭を下げた。

 さて、謝られる理由の候補はあれど、どれも確証はない。

 

「……はい?」

 

「その、私のせいで、あなたには辛いことをさせてしまいました。」

「いや、あんたの方が大変だっただろうに……。ていうか、あんま無理すんなよ。」

 

 思わず、ツッコミのごとく返答してしまった。俺はもう慣れてしまった『不快感』が彼女の顔には滲み出ている。

 

 もう兵士も武器を下げて睨んでいないし、どうせ一期一会だし、口調はもうどうでもいいか。

 

「あー、ともかく、長居はしない方が良いだろ。さっさとお家に帰りな。」

 

 お家というかお城でしょうかね。

 住む場所が違うという言葉は正しい。

 

「ですが、あなたの身に何かあっては困ります!」

「いや、むしろお姫様の身に何かあったほうが困るのでは?」

 

 俺よりも悲しんでくれる人ははるかに多いはずだ。

 

「あなたはどこに住んでいられるのですか?」

 

 堂々巡りになることを察してとりあえずは引いたようだ。話を聞かない系に思えて、本質的なことをちゃんと聞きだしてくる。まだ10歳にも満たない少女であるのに、かなりのやり手である。

 

「あんたに関係ないだろ。偶然通りかかっただけだし。」

 

「いいえ、関係あります! もしかしたら、この危険な森に、あなた1人で住んでおられるかもしれませんし。」

 

 図星なんだけど、ここって危険な森だったのか。

 まだ見ぬ外の世界に希望を持てた。

 

 ていうか、スタート地点がハードすぎる。

 

 さっさとこの森から出ることにしよう。

 

「あんたも子どもだろうに。ていうか護衛少ないな?」

 

「そうですね。そもそも私がお忍びで、珍しい竜を捜すべく、来てしまったことが問題でした。」

 

 竜もこの世界にいるのかよ。

 空にはいつも以上に気をつけないといけない。

 

「ですが、これは運命なのですね。 よろしければ、お城へ来ていただけませんか? お礼もしたいですし。」

 

「……は? いや自分で言うのもなんだけど、身元不明、単なる孤児だからね。」

 

 見た目や服装からも分かるだろう。

 一応、恩人とはいえ身分が違いすぎるだろう。

 

 

「私、男の子のお友達が欲しかったんです。気兼ねなく話しかけてくれるの同年代は従妹だけですので。もちろん。お父様にちゃんとお話するつもりです。」

 

 随分とお転婆でお優しいことだ。

 そんなに俺をこのままにしておきたくないのか、ちゃんと親に言うってことが一番伝えたいことらしい。このお姫様の国自体が豊かそうだが、それでも『不安』というものは拭いきれない。

 

「もしかしたら、さっきのやつらとグル、仲間かもしれないな? なんなら、この森に棲む化け物かもしれないぞ?」

 

 しかし久しぶりに会えた人だし、俺も内心嬉しいのだろう。勝手に口が動いてしまう。

 

 出た言葉は、皮肉だったが。

 

「私は『魔眼』持ちなんです。人の性質を見抜く力を持っているとでもいえばいいですかね。」

「そんな極秘そうなこと急に言わないでくれます!?」

 

 片手で額に当てる。

 その『魔眼』とやらで信頼してくれているのかもしれないが、口が軽いのは確かだ。

 

 確かに彼女の2色の瞳は透き通っていて、綺麗だ。

 

「とりあえず、一仕事させてくれ。」

 

「はい、わかりました。」

 

 お姫様の顔にはすでに不快感はなく、ニコリと微笑む。

 むず痒い気持ちのまま、彼らを先導する。

 

「わぁ、綺麗ですね。」

 

 そんな池を血で汚していたことは言うまい。

 馬車が通れないような道を兵士にお姫様を担いでもらって辿り着いたのは、俺の住処だ。身体強化かけたまま作業に取り掛かる。すでにいくつも用意している穴の1つに横たわらせ、土をかけていく。

 

 兵士たちも何も言わず手伝ってくれた。

 

 俺は手と手を合わせて。

 お姫様たちも両手を組んで黙禱を捧げる。

 

 命を奪った者だとしても、被害に遭おうとしていた者も、ただ彼の冥福を祈るだけだった。

 

 罪滅ぼしになるのではと思って。たとえそれが偽善だとしてもいくつもの墓を建ててきた。俺は冒険者や盗賊の残した物で、生き長らえてきた。

 そして今日、初めて人を殺した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

敗北、そして誓い

静かな夜がようやく明ける。

狭い洞穴の中で横たわることはなかった。

 

 

馬車から相変わらず優雅に降りてこちらに向かってくる。

 

「おはようございます。」

「おはよう。」

 

「よく眠れましたか?」

 

「それなりに。」

 

「噓ですね。」

 

その温かい微笑みから目を逸らす。

 

「そういえば、自己紹介していなかったな。名前は……イッキだ。」

 

名字、家名は言わないでおいた。

どこかの貴族だと思われても困る。

 

「イッキ様ですね。私こそ申し遅れました。ベルファスト王国第一王女 ユミナ・エルネア・ベルファストです。ユミナ、とお呼びください。」

 

予想はしていたが、長いな。

 

「よろしく、ベルファスト。」

 

「ユミナでいいですのに。それで、昨日の件なのですが。」

 

「この森からは出ようとは思った。」

 

パーっと顔が明るくなる。

そんなキラキラした瞳で見られると弱る。

 

それでも、告げる。

 

「だけど、王都に行くのは遠慮したい。」

 

「どうしてです?」

 

シュンとされても困る。

 

「その『魔眼』、俺が普通じゃないっていうこともわかるんだろう。」

 

『転生者』とは、この世界の人からすれば『未知』なのだ。未知の技術を求めて近づいてくるだろうし、軽蔑されたり崇めたりする場合もある。何気ない行動や言葉によって俺の『秘密』がバレたのなら、平穏な人生など送れはしないだろう。

 

 

こんな自分にイライラする。

このお姫様は直感的に違和感を視ているからこそ、誘っているのかもしれないと考えてしまう。温かい笑顔の裏に悪意があるのではと疑ってしまう。

 

 

「ごめん。ユミナも苦労してるだろうに、な...」

 

彼女も特別なのだろう。

その異能を持つ彼女は周囲から大切にされ、その周囲の人々の本質を視てしまうのだ。

 

利用価値、とでも言うだろうか。

それを求めて近づいてくるやつを意図せず知ってしまう。

 

 

静寂が流れた。

 

彼女は胸に手を当て、目を閉じている。

2色の綺麗な瞳が、温かく開かれた。

 

「イッキさんも、確かに強い力を持っていることは分かります。ですが、イッキさんなら使いこなせると、誰かのために使えるのだと私は心から信じています。これは『魔眼』によるものではありません。」

 

 

汚れた手を、白くて細い手が包み込む。

少しでも力を入れれば傷つけてしまうような指だ。

 

「だから、大丈夫です。」

「そうか。そうだといいな。」

 

根拠なんてないのに。

彼女を信じたい俺がいる。

 

 

「……ベルファストの名に、そして国に誓います。私たちはイッキさんには危害を加えません。」

 

つよい瞳だ。

その『魔眼』で様々な悪意を視てきている瞳は真っすぐだった。

 

「そうか。」

 

 

手を放してもらい、剣を抜く。

兵士たちは固唾を飲んで動かないでいてくれる。

 

「その約束を破るなよ。」

 

「はい、約束します。」

 

彼女は一歩も引かず、目を離さない。

 

 

奪ってきた中で一番質のいい長剣だ。

空に掲げる。

 

「つよくなってやる。」

 

彼女は守られるだけの存在ではないのだろう。

例えばジャンヌダルクのような、誰かのためなら身を捧げる覚悟がある。兵士たちも、見知らぬ俺ですらも庇おうとした、ユミナの肩はずいぶんと華奢だった。

 

 

次第に雲が晴れていく。

女の子は朝日に照らされた。

大人びているけれど、自然な笑顔だ。

 

 

「よしっ、行くか!」

 

剣を革の鞘に収めた。

この世界で初めて敗北を味わったが、悪い気はしない。

 

俺の物語はようやく始まりを告げる。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王都、そして褒美

大きな滝を背にそびえ建つ、白いお城と高い城壁。

『王都アレフィス』が前方に見えてきた。

 

ユーロパ大陸の西方に位置する、ベルファスト王国は過ごしやすい気候と国王様のおかげで豊かで平和な国らしい。主要な産業は縫製業で、のどかな雰囲気が漂っている。

 

 

「そろそろ到着ですよ。」

 

「お、おう。そうか。そうでございますか?」

 

「ふふっ、まだ緊張していらっしゃるんですね。」

 

「わるいかよ…。」

 

微笑みに対して、吐き捨てるようにつぶやく。

話相手になってほしいと馬車に乗せられたのだ。やはり目を引く馬車の中を興味本位に覗かれている。もちろん、カーテンで遮断させてもらったとはいえ、見られているという感覚はそのままだ。

 

話し相手といっても、俺がこの世界について教えてもらっていたことが多い。億劫になるくらい多数の国がそれぞれ大陸で領土を持っている。最近戦争はあまり起きていないらしいし、友好関係を結び始めたことには一安心した。元現代日本人だし、国同士の小競り合いにはあまり良い印象は抱かない。

 

ただ、メリなんとか山脈の向こうの、レグルス帝国とは不可侵条約に過ぎないらしい。もしかしたら、戦争が起きる可能性もあるのだ。このお姫様、姫騎士のごとく前線に行ってしまうのだろうと思うと頭を抱えそうになる。

 

 

「ユミナ様、お着きしました。」

 

馬車が止まった感覚がすれば、騎士から声がかかる。

 

「はい。」

 

ドレスの裾をつまみながら、騎士の手を取って優雅に馬車から降りる。優雅さの欠片もなく俺も続いて降りて前だけを見る。すでに開かれた扉の先は真っ赤な絨毯が敷かれている。ここでキョロキョロしないのはもはや意地だ。

 

どうせ服装や見た目で見下されるだろう。

 

「ユミナぁああああ!!」

「お父様!」

 

父親と娘が抱きつき合うという感動的な光景に兵士たちは涙している。

 

ていうか、この人が王様かよ。

肩の力が和らいだ。

 

 

「君がユミナを助けてくれたのね。」

 

月の色の綺麗な髪に、翠色の澄んだ瞳だ。

彼女とはよく似ている。

 

「いえ、俺は隙を作っただけですし。兵士の皆さんのおかげかと。」

 

「あらあら、できた子ですわね。ユエル・エルネア・ベルファストと申します。ユミナの母です。」

 

「イッキです。」

 

予想通りユミナの母親だったが、娘がいるとは思えない若々しい美貌だ。お姫様は母親似であるらしい。

 

 

「さて。」

 

どうやら感動的な場面は、母親と娘へと移り変わったようだ。

先ほどまでとは違い、キリっとした王様に俺も真剣になる。

 

涙の痕残っているし、あまり威厳はない。

 

「まずは我が国の王女を救ってくれたことへ感謝を述べよう。」

 

「もったいなきお言葉。」

 

片膝をつき、頭を下げる。

かつてサブカルで知ったような仕草や言葉をしてみただけだ。

 

騎士でもなんでもない平民がやっていいのかどうかは分からない。

 

 

「ああ、楽にしていい。これは1人の父親として言おう。イッキ殿、本当にありがとう。」

 

国王としてではなく、父親として頭を下げる。

この国の温かさの証だ。

 

「俺はきっかけに過ぎません。しかし無事であることを誇りに、いや嬉しく思います。」

 

「そうか。私個人としてできる範囲なら何でも願いを聞こう。さて、どうかね?」

 

「……じゃあ、とりあえず、読み書きを教えてほしい、そして働き先を紹介してくれますか?」

 

10歳程度の子どもが1人で生きるには厳しい世界だ。

たとえそれが温かい社会だとしても、この小さな手ではまだまだ何も成せない。

 

「わかった。」

 

フッと笑みを零した彼は、俺に何を感じていたのだろうか。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お茶会、そして魔法

 

名も知らぬ花が咲き誇っている庭園に赴く。

すでにメイドさんたちには伝わっているようだし、すでに恒例化しているし、ここへは顔パスである。

 

 

「ごきげんよう。」

 

お嬢様方のようにちょっと声を高くして言ってみる。

言ってみて、似合わないと自分でも思った。

 

「こほん、お待たせしました。」

 

言い直す。

 

「はい、お待ちしておりました。」

 

気にせず、ニコリと微笑む美少女に対して申し訳なさを感じた。

彼女は優雅に紅茶のカップを机に置く。

 

「ところで、やはり敬語は似合いませんよ。」

「やっぱりかよ ちくしょう!」

 

そう言いつつ、カップを片手で持つ。

メイドさんが淹れてくれた紅茶で喉を潤した。

もはや今となっては、優雅のカケラもない飲み方を誰も咎めることはない。

 

相変わらず、庶民にも良さがわかるような高級さだ。

 

 

「……それで、その魔石は?」

 

赤、青、茶、緑、黄、紫、そして無色透明、透き通った結晶が机の上に並べられている。魔法を使うときの補助になるアイテムで、その属性を使った魔具もある。例えば、シャンデリアには光の魔石が使われていて、城の電灯の代わりとなっている。

 

「今日は魔法のことをご説明しようかと思って。」

 

「感覚で使ってきたけど、下手な扱い方をしているのは自分でもわかる。ありがたい。」

 

「はい♪ では、早速始めますね。」

 

 

分厚い本を読めるような語学力はまだない。

ユミナの説明は上手いし、本腰を入れて聞くことにする。

 

 

「まず、魔法には『属性』がいくつかあります。火・水・土・風・光・闇・そして無の7つの属性です。」

 

なんていうか、厨二心が騒ぐような分類ですね。

 

 

「才能とでも言うでしょうか。誰もが個人差はあれど魔力を持ち、生まれつき『属性』は決まっています。」

 

「へぇ、薄々感じていたけど、全員が魔法を使えるんだな。」

 

「そうですね。1属性の方が多いのですが、宮廷魔術師には5属性をお使いになる方もいます。私は闇・風・土の3つが使えますが、他の属性は全く扱うことができません。」

 

人によって、『属性』の得意不得意がある。

食堂でも火や水の魔法を使っていたし、適材適所、互いに補い合うべきなのだろう。

 

 

「俺は雷と身体強化を使えるんだが、どうだ?」

 

「雷の魔法は風に属します。私も初歩の魔法とはいえ使うことができるので、お揃いですね。」

 

ドキッとしちゃうこと、このお姫様すぐに言うんだから。

意趣返しにドキドキさせたいが、いつもやられっぱなしだ。

 

 

 

「で、身体強化は無属性になるのか?」

 

そう言いつつ、無属性の魔石を手に取るが、何も起こることはない。

 

「はい。ですが無の魔法は特殊で、呪文は決まっていません。なので個人魔法とも言われますね。」

 

一度言葉を区切り、優雅に紅茶を飲む。

 

「治癒魔法である『キュアヒール』、身体の異常を取り除く『リカバリー』などがあります。あの、そういった類は思いつきませんか?」

 

無属性魔法は、ふと思いつくものなのだろう。

確かに『強化』も何となく使い始めた。

 

魔石を指で弄びながら、回復系のフレーズを考えるが思いつかない。

 

 

「悪い。無理そうだ。」

 

「いえ、そもそも同じ個人魔法を使える方はほとんどいませんし……」

 

「何かあるのか?」

 

特に『リカバリー』を使えるかどうかを期待していた気がする。

 

 

「イッキさんにも話しておかなければいけませんね。すでに1年ほど私の叔母がご病気に苦しんでおられます。少しずつ良くなっているとはお聞きしているのですが……」

 

完全な快調には至りそうにない、か。

その『リカバリー』の類の無属性魔法でしか治せない難病なのだろう。

 

 

「森に現れた『輝く竜』の爪でできた粉は『体力回復』の効果を持つという噂を、私は耳にしました。まだ幼い従妹のスゥの代わりにと、森へ向かった先でイッキさんと出会ったのです。闇属性魔法である召喚魔法が私の得意分野ですので、その竜と交渉できるのでは、とも思いました。」

 

「なるほど。」

 

「今となっては冷静さを欠いていた、と悔いております。」

 

危険を覚悟で森まで来たのだろう。

叔母や従妹のためにと、すぐに城を飛び出したことが容易に想像できる。

 

あの時、興味本位と言ったことは あくまで嘘だったか。

俺もそれどころじゃない状態だったし、ありがたい。

 

「まあ、だいたいわかった。」

 

「失礼いたしました、話を戻しますね。」

 

「いいのか?」

 

「はい。お父様も他国にまで呼びかけていますし、使い手が見つかる可能性は高いと思います。」

 

「そうか。俺もそれなりに探してみることにする。」

 

「はい、ありがとうございます。」

 

求めている『個人魔法』の使い手は、この広い世界のどこかにはいるはずだし、これから生まれてくるかもしれない。

 

 

 

「じゃあ、俺の適正を確認させてもらうけれど、どうすればいい?」

 

「魔石に魔力を注ぎ込んで、『光よ来たれ』というように詠唱してください。あっ、でも軽くですからね!」

 

「軽くって言われてもな。」

 

蛇口だのバケツだの水だの、

そういう大雑把な感覚でしか使ったことがない。

 

 

「イッキさんの雷の魔法は強力なんですよ。1詠唱であって魔法名もないのに、あの威力は魔力が高い証拠です。だからお願いしますね!」

 

念押しされる。

確かに今まで使ってきた雷の魔法でも、この庭園くらいは破壊しかねない。

 

 

そして、魔法名は口にした方がいいらしい。

これも何気なく思い浮かぶのだろうか。

 

 

「『光よ来たれ』」

 

恐る恐る魔力を籠めて、呟くように唱える。

手にした光の魔石には反応はない。

 

 

続いて、風属性と無属性以外を試していく。

 

 

 

「『火よ来たれ』」

 

勢いよく魔石が燃え出す。

少しビビった。

 

ちょうど手を覆うくらいの炎を纏っているが、熱さは感じない。

 

「火も合わせて、3属性か。後は練習あるのみだな。」

 

使える手札はそう簡単に増やすことはできない。

しかし俺が器用に多属性を使い分けられるとも思っていないし、1つ1つの魔法を極めていこう。

 

 

ちょっとだけ強くしてみたり、弱くしてみたり、

少しずつ火加減を調節する。

 

 

「イッキさん!服に燃え移ってますよ!」

 

ユミナが手をあたふたしている。

かわいい。

 

煙に気づいて、慌てて魔石から手を離す。

無事に鎮火したようだ。

 

「火傷はありませんか!?」

 

「特には。熱いとも思わなかったし。」

 

腕を擦ってもケガはない。

煙を立てて袖が焦げているくらいだ。

 

耐火性能のある服が欲しくなるな。

 

 

 

「本来、魔法によって引き起こされた事象は術者に影響するはず。報告によれば、直接使った雷魔法も彼自身には効かなかった。ちょっと君、私に火の魔法を使ってくれないかな? それに雷魔法を撃ってもいいかな?」

 

緑色、エメラルドとも言うべき綺麗な髪の女性がぶつぶつ言いながら話しかけてくる。

 

 

「どちら様で?」

 

「宮廷魔術師のシャルロッテさんです。」

 

件の5属性使いは研究者気質らしい。

なるほど、撤退しよう。

 

「あー、またの機会に。じゃあな、ユミナ。」

 

「はい、また来てくださいね。」

 

 

「えぇ!?協力してくれないのですか!」

 

そもそも転生者である以上、一番避けるべきことだろう。

いまだにユミナにさえ、秘密は伝えていない。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本編
帰還、そして出会い


本編に入っていきますが、修行?期間中の話も後日入れます。


ポケットの多い長ズボンと紺のパーカー、腰に帯剣という変わった身なりの冒険者がいる。

 

失礼だよな。

そもそも多種族、多文化がありふれている世界なのだから、人間というだけで奇異な目で見られることすらある。街行く人も俺よりは獣人に目を向けている。ちなみに彼らの種族の耳はどうなっているかが転生前からの最大の疑問だったが、2対ある。ヒトの耳と獣の耳を使い分けているらしい。

 

話を戻そう。

動きやすい普段着のように見えて、魔物の素材をふんだんに使ってもらった『魔具』である。丈夫さ、耐火性、洗いやすさなどなど注文をつけて金を積んで作ってもらったのだ。一般的な金属の鎧よりも防御力は優れている。

 

 

さて、冒険者として、かれこれ3年ほど旅をしている。

読み書き、剣術や魔法を身につけた俺はベルファストから飛び出した。

 

混沌としている世界を見て回ろうと考えたのだ。

この世界にはヒトもいれば、獣人や魔族といった亜人もいる。各種族ごとに領土を持っているとも言える状態であって、他種族への偏見も解消されつつあるが、いまだに迫害は残っている。恐喝、奴隷、国同士の小競り合い、俺は世界をこの目で確かめてきた。

 

まだまだ残酷な世界であることは確かだ。

それに、いまだに個人魔法の使い手を見つけることはできていない。どの国でも治療系魔法の使い手は重宝されているとはいえ、やはり魔物もいるこの世界ではケガの治癒が多い。本能的かどうかはわからないが、あまり医療方面に意識が向いていないのかもしれない。

 

 

「ふー、着いた。」

 

街の門を通り抜けて一息つく。

久しぶりにベルファストの王都まで帰ってきたのだ。1年ぶりくらいだし、今回もまた叱られそうである。この世界には携帯電話やスマホなどない。だから連絡を取る手段は手紙なのだが、いくつもの国境を越えて届かせるような力は平民にはないのだ。

 

 

「って、それスマホじゃねぇか!?」

 

「パーカーじゃないか… えっと、これのことですか?」

 

黒髪で瞳は黒い、日本人っぽい容姿。

今の俺の年齢()と同じくらい、高校生だろうか。

白シャツの上に黒ジャケットを着ているし、なんか日本の街中にいそうなやつである。

 

「そうだな。とりあえず場所を変えていいか?」

 

「はい。」

 

疑いもせず、裏路地の方向へ付いてきてくれる。

自分の実力に自信があるのか、信頼してくれているのか、はたまた人が良いのか。

 

 

「さて、自己紹介をさせてもらうけど、俺の名前はイッキ。今は冒険者をやってる。」

 

「僕は望月冬夜です。同じく冒険者をやってます。」

 

その名のイントネーションは、イーシェンか日本かだな。

 

「本題に入るんだが、あー、タメでいいからな。 転生者…だよな? 日本人?」

 

「そうだね。イッキは外国の人?」

 

まあ、確かに彼からすれば日本以外ってのは外国だよね。

 

「いや、日本人だ。憑依転生という形で5年ほど前から生きてきた。」

 

「へー。先輩になるのかな、僕は神様に転生させてもらったけど。」

 

勇者、なのだろうか。

しかし、あまりそれらしくない。

 

ていうか、あの国の王様が世界征服を企んでいたら困る。

 

 

「聖剣とかなさそうなんだが。もしかして転生特典は、そのスマホか? 」

 

「そうだね。生活レベルを聞いて、こっちでも使えるように神様に頼んだんだ。」

 

「は? ……いや、まあ、『情報』は武器になるよな。」

 

この世界は文明レベル的には中世くらいだし、魔法に頼りがちなため機械製品は発達していない。代わりとも言えるのが魔石を用いた魔具であって、シャワーや電灯に似たような設備もあるにはある。

 

 

だが、それを第一に求めるのはリスクが高いのではないだろうか。

 

 

「他にも、一応身体能力も向上させてもらったけどね。」

 

なんていうか、至れり尽くせりだな。

これで世界を救うことを義務づけられた勇者じゃないという。

 

彼自身が魔王ともなれる才能を与えられたのだ。

しかし神様だし、ユミナのように彼の本質を視て判断したのだろう。

 

 

「だいたいわかった。もうチュートリアル?は終わっているみたいだけど、何か聞きたいことはあるか?」

 

転生当初の俺が求めていたことだ。

そう考えると、未知の世界に対して『情報』は欲しくなることもわかるが、完全に納得できたわけではない。

 

「うーん、じゃあ良い防具屋はないかな?」

 

「そんなことでいいのか。こっちだ。」

 

俺たちは裏路地から出ていく。

ていうか、もう少し人を疑ってほしいものだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転生者仲間、そして疑念

裏路地から出て、人で賑わう街を歩いていく。

行き先は貴族や騎士が御用達の場所であるし、王都の中心に向かうことになる。

 

「軽装の方がいいか? 鎧って動きづらいし。」

 

「うん。やっぱり機動力を重視するからね。」

 

ていうか、その私服ですでに戦闘してそう。

王都まで来たのにまだチュートリアル終わってなかったんですね。

 

 

 

「ちょっと待って。迷子かもしれない。」

 

「は? ちょ、どこ行くんだ。」

 

そう言い残して狐の獣人の女の子の所へ向かっていった。

 

彼と女の子のやり取りに目を向ける人が多い。心配そうに見守ってくれる人もちゃんといるが、ヒソヒソと憶測を述べる者や獣人に対して顔をしかめる者がいる。俺は辺りを見回して騎士を探すが運悪く見つかっていない。女の子を助けたいという彼の良心はわかるが、本質を見れない奴らがこの群衆の中にいるのだ。

 

 

手を繋いで女の子の言う待ち合わせの場所へスマホを片手に向かっていく。

 

俺はというと、周囲に警戒しつつ彼らの後ろを付いていく。

 

 

魔法屋の前。

無事に保護者の方に出会えたようで一安心した。

 

 

「なぁ、望月。もう少し警戒心を持った方がいいぞ?」

 

「え?」

 

「秘密が知れることで、どんなことが起きるかわからないし。」

 

「心配しすぎじゃないかな。」

 

杞憂だといいんだがな。

そんなに世界は甘くはない。

 

まあ、まだ転生したばかりだし、そういうことに遭ったことがないのだろう。

 

 

再び目的地に向かって歩き出す。

 

「そういえば、そのパーカーって魔力を纏っているの?」

 

「ああ。魔力付与した防具だからな。例えば、耐火性能がある。限られた職人しか作れないし、あまりそういう防具は手に入らないんだが、今から行く店には豊富にある。それなりの額はするけど奢るつもりだ。」

 

ていうか、転生したばかりでもう魔力を感じることができるのかよ。

 

 

「そうなのか。」

 

顎に手を当て、何かを考えこんでいる。

思慮深い奴で、そういう癖なのかもしれない。

 

「あー、オーダーもできるがどうする?」

 

「うーん、待たせている娘たちがいるし、できればすぐに買いたいな。」

 

「はいよ。 そろそろ着くぞ。」

 

冒険者仲間とは別行動しているのだろう。

目的の場所が見えてきた。

 

 

 

「いらっしゃいませ、ベルクトへようこそ。あら、イッキ様お久しゅうございます。」

 

最もレベルの高い防具屋の扉を開けば、顔見知りの店員で挨拶してくれる。

 

「様づけはやめてくれって。」

 

「いえ、ユミナ様のご紹介ですので。」

 

貴族や名のある騎士しか入れないような店に顔パスできるのはユミナのおかげだ。

 

 

だからといって、平民である俺にかしこまられるのはむず痒い。

ちなみにこの店員さんにも敬語は似合わないって言われた。

 

 

「それで本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

「連れの防具を見させてほしい。魔力付与の軽装で。」

 

「はい。こちらへどうぞ。」

 

店の奥には多種多様な商品が展示されている。

それぞれラベルがついていて、魔力付与が一覧化されている。

 

筋力増加や魔法反射など、個人魔法に比べれば弱いものだが、それらを使えない者からすれば重宝される。

 

 

ラベルを手に取って読みながら、1つ1つ確認している。

読み書きもすでにできるようだ。

 

 

「これがいいかな。」

 

襟と袖にファーが付いた白いロングコートに目をつけたようだ。

 

「あのー、こちらには少々問題がありまして。」

 

俺も望月も首を軽く傾げて、続きを促す。

 

「耐刃、耐熱、耐寒、耐撃、加えて非常に高い攻撃魔法に対する耐魔の付与が施されております。しかし耐魔の効果は、装備されたその方の適性にしか発揮しないのでございます。」

 

例えば、俺なら火魔法や雷魔法に耐性が生じる。

望月の魔法適正が何かはわからない。

 

属性限定とはいえ、耐魔は魅力的ではないだろうか。

 

 

「その、逆に持っていない適性のダメージは倍加するといった有様で……」

 

「は? いや、極端だな。」

 

倍ってヤバくね。

場合によっては即死コースだ。

 

「申し訳ございません。」

 

「いやこっちこそ難癖つけて悪いな。」

 

 

 

「それなら問題ありません。」

 

望月がさも当然のように、そう告げる。

 

「「は?」」

 

店員さんと声が被った。

望月は『イマジンブレイカー』でも持っているんですかね。

 

 

試着して、サイズも合ったようだしそのまま購入する。

最後まで遠慮していたが、金貨7枚を支払った。

 

金貨1枚分巻けてくれるとか、ユミナさまさまですね。

1枚で10万円ほどだ。

 

 

ちなみに基本的に世界は共通通貨である。

旅をしていた時ずいぶんと助けられた。

……貨幣統一って、そう簡単じゃないんだけどな。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

忠告、そして解決

次にやってきたのは魔法屋。

 

獣人の女の子を送り届けた場所で、また戻ってきたのだ。

魔具も売っているが、やはり魔道書が多い。

 

ちなみに、やはり魔法は自分勝手なイメージで扱ったり、魔力を水のように垂れ流して使うものではないらしい。無属性以外の魔法は、その魔道書から呪文を覚え、練習を繰り返して自分の物にしていく。そういう傾向は個人的にあまり好かないので、ここ数年で教科書的な魔法以外も取得した。魔法とはMPを消費した必殺技であると思っているのはゲーマー思考だと思う。自分に合った自由な発想こそが大切ではないか。

 

ていうか、一般的に周知されているものは遠距離攻撃魔法が多いので、隙を作りたくないソロにはキツい。これが最大の理由。

 

 

 

「なんで無属性魔法なんだ? 確かに思いつく可能性もあるから重宝されるが、百科事典みたいなものなんだが。」

 

店に入った瞬間にそれを立ち読みし始めた。

コンビニじゃないんだから、立ち読みはあまりいい印象は抱かれない。

 

「言ってなかったけど、僕は多分全部の無属性魔法が使えるみたいなんだ。」

 

「は?」

 

目を見開く。

うっそだろ。

 

個人魔法は似たような効果はあれど、同じものを扱う人はほとんどいない。魔法辞典も使い手のいる魔法を纏めたものにすぎない。有用な個人魔法を持つ者はすぐに国に取り立てられる。

 

つまり呆気なくバラしたその情報は、危険すぎた。

 

「ちょっと、こっちこい!」

 

「え?」

 

また裏路地まで戻ってくるとは思わなかった。

まずはヤバすぎることを懇切丁寧に説明し、もっと警戒心を持てと再度忠告する。

 

 

しかし結果としてはあまり真剣になっていないし、使えるものはどんどん使っていこうという気質なのだろう。どんな敵でも返り討ちにできるとでも思っているのか。

 

 

いや、それよりも俺たちにとっての希望が見えたのだ。

はやる気持ちはもう抑えられない。

 

 

 

「頼みがある。『リカバリー』っていう個人魔法があるんだ。それを使ってある女性の病気を治してほしい。俺にできることならなんだってやるし、場合によっては国王にも頭を下げる! だから……」

 

 

虫のいい話だろう。

彼の才能を知ったことで、俺自身が必死になっている。

 

本末転倒だ。

 

だが俺の評価なんて今はどうでもいい。

このチャンスを必ず物にしなければならない。

 

 

「えーと、それってもしかしてスゥのお母さんのこと?」

 

「は? ……いや、そうなんだが。」

 

頭をスッと上げる。

どうしてユミナの従妹のスウシィの名が出るのだ。

 

 

「えっと、王都に来る途中で魔物に襲われていたスゥに会ったんだ。」

 

「マジか。」

 

知らない間に、知り合いが命の危機に遭っていた。

そのことについても詳しく聞きたいが、今は堪える。

 

 

「で、そのまま護衛を頼まれて、屋敷に招待された矢先に、目の見えないらしいスゥのお母さんを教えてもらった『リカバリー』で治したんだ。」

 

「そ、そうか。救えた、のか…」

 

全身の力が一気に抜けることを感じた。

ここ数年、俺たちを悩ませていたことが意図せず解消されたのだ。

 

 

「うーん、そういうことになるのかな。」

 

あまり実感はないようだ。

本人的には、教えてもらった『リカバリー』を使ったにすぎないのかもしれない。

 

 

「いや、スウシィも助けてくれたみたいだし、マジでありがとう。」

 

今度はお礼を述べるために頭を下げる。

 

 

「う、うん。どういたしまして。」

 

かつてユミナがそうだったように、スゥシィも次第に治療法を探し回るようになっていた。その過程で魔物に襲われてしまったのだろう。護衛もいたはずだし、あいつらが無事かどうかも一刻も早く確認したい。

 

「じゃあ、俺は会いに行くから。 また何か力になれることがあったらスゥシィたちを通してでも呼んでくれ。」

 

「うん、またね。」

 

 

 

『強化』の魔法を使って、貴族の街を駆ける。

お昼時であるし、道はある程度空いていることが幸いだ。

 

 

 

 

屋敷の前には見覚えのある馬車が止まっていて、少女が足早に屋敷に向かっている。

 

「ユミナ! 聞いたか!?」

 

「イッキさん!」

 

久しぶりに会ったユミナに追いつき、並走する。

涙ぐむ使用人の方たちを横目に、2人して飛び込むように屋敷の1室に入る。

 

 

 

「よかっ…た…」

 

スゥシィにもケガはない。

スゥシィの顔を目に焼きつけるエレンさん、そして2人を抱きかかえるアルフレッドさんがいた。

 

 

「ああ、そうだな。」

 

口に両手を当て、涙ぐむユミナの背中を支える。

それが赦される行動かどうかなど、気にする余裕はなかった。

 

俺も久しく流していなかった涙を流していた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宴会、そして騎士

エレンさんの盲目が治ったという情報は瞬く間に広がった。

その手段については謎とされたままだが、やはり個人魔法と噂されている。

 

王であるトリストウィンさんも、王弟であるアルフレッドさんも、望月に関しては公表していない。国としては全力を揚げて手に入れたい人物だろうが、やはり恩人のことを第一に考えたのだ。

 

ともかく、ここ数年俺たちを悩ませた問題は解消されたし、連日お祭り騒ぎである。父親2名がはしゃぎたいタイプなのだから仕方がない。男たちは宴会で勝手に盛り上がっているだけで、女性陣は優雅なお茶会を楽しんでいるらしい。

 

 

 

「リオンさん、お久しぶりです。」

 

「イッキ、かなり背が伸びたね。」

 

月夜のバルコニーで、

酒の入ったグラスの音が鳴る。

 

「そうですかね。第一騎士団での活躍の噂、いろいろ聞いてますよ。」

 

「まだまだ父上には敵わないよ。それに、イッキだって相当腕を上げたようだ。」

 

「まぁ、それなりの場数は踏んできました。でも、剣も魔法もそれこそ、その辺の石でも使う、勝てばよかろうなのだって感じ。」

 

「はは、そうか。そろそろ敬語やめたら?」

「へいへい、俺には似合いませんよー。」

 

この城で働き始めた頃、俺へ嫉妬する者もいた。出自も謎だったり、明らかに平民だったり、王女様のお気に入りだったり。この国は豊かだから、予想より少なかったとはいえ窮屈な生活を送っていた。

 

まだ打ち解けていない状態で、ずいぶんと気にかけてくれた兄のような人だ。何度も剣を交わせたし、何度もレオン将軍に2人一緒に叩き潰された。

 

 

「君はやはり騎士にはならないんだろうな。縛られない生き方が似合っている。」

 

「好奇心を拗らせてるだけ。冒険者は気楽でいいですけどね。」

 

 

軽口を叩き合っても、酔うことはない。

 

グラスの紅に目を向ける。

俺たちはただ騒いでいるだけではないのだ。

 

かつて剣を交えた彼らにはもう会えない。

 

 

「……あいつらも、スゥシィ様を守れて本望だと思うよ。」

 

「もっと早く個人魔法の使い手が見つかっていたらって思うとな。」

 

望月が蘇生魔法すらも使えれば。

望月がもっと早く駆けつけていたら。

 

くそ、自分にイライラする。

 

望月は恩人だろうに。

それに、あいつがいなければもっとヤバいことが起きていたかもしれない。

 

俺に、望月のようなチートがあれば……

 

 

「あまり自分を責めるな。」

 

酒を飲み干す。

今与えられているもの、それが俺の才能なのだ。

それを信じないでどうする。

 

まだまだ、俺はよわいな。

 

 

「……なぁ、リオンさん、なんで騎士になったんだ?」

 

「父上への憧れもあったと思う。でも、やっぱり国を守りたいという気持ちなんだろうな。」

 

「漠然としてるな。」

 

この辺りが、転生者と彼らの価値観の違いなのだろう。

いや、俺自身が『生』への執着が強いのだろう。

 

王族を守るために、己の命を懸ける彼らに同感することができない。

 

 

「王たちのお姿を思い浮かべれば、体が勝手に動くってことなのかな。」

 

本能、使命、正義、呪い、一体どれが相応しい言葉なのだろう。

 

 

「まぁ、深く考えたことがないならいいんじゃないか、それで。」

 

「イッキにも守りたい存在ができたら、わかるんじゃないかな。好きな人とかね。」

 

「そうだといいけどな。」

 

とりあえず、明日からがんばる。

だから、今夜はみんなで飲み明かそう。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

個人魔法、そして爆発魔法

銀髪のロングヘアが姉のリンゼで拳闘志、銀髪のショートヘアが妹のエルゼで魔法使い。

 

そんなシルエスカ双子姉妹と、武士である九重が望月のパーティーメンバーである。王都で見かけた彼へ挨拶をした時に紹介された。ベルファスト王国のリフレットの町を普段は拠点としているが、より難易度の高い依頼を求めて立ってきたらしい。

 

今はお礼も含めてそれに同行しているわけだ。

なんていうか、美少女揃いだ。

 

 

さて、この世界にも『冒険者ギルド』があって、冒険者はここで仕事を受注する。冒険家というよりは、対魔物の傭兵として働いている場合が多い。商人の護衛や魔物討伐が主だったものである。『ランク』も段階的に用意されていて、俺は中間の青である。

 

 

「『炎よ燃やせ、焼却の息吹、ファイアブレス』」

 

教科書魔法を詠唱しつつ、魔力を籠める。

グローブを嵌めた右手を前へ突き出す。

 

 

魔法陣からは炎が噴きだし、ゾンビを焼きつくした。

強烈な臭いが発生しているので、この場から退く。

 

 

「望月の魔法か?」

 

向こうでは光の魔法が使われているのが見えた。

その方向へと向かう。

 

アンデット系には有効だろうし、いいチョイスだ。

 

 

この元王都だとかいう、廃城に住み着いた『魔物の殲滅』が今回の依頼内容である。アンデッド系が城内に、一角狼が庭を縄張りとしていたため、相性を考えつつ各個撃破している。

 

 

 

「マルチプル!」

 

「は? なんだあれ。」

 

聞いたことがないし、無属性魔法だろうか。

望月の周りに四つの魔法陣が宙に浮かび上がっている。

 

「『光よ穿て、輝く聖槍、シャイニングジャベリン』」

 

それぞれの魔法陣から、同時に4本の光の槍が飛び出しデュラハンを貫く。

 

1回の魔法を4回分にする効果でもあるのだろうか。

もっと増やせそうな気もする。

 

 

首のない鎧は、ゆっくりと倒れたまま動かなくなる。

 

 

 

「片付いたわね。」

「疲れたでござるー」

 

シルエスカ姉や九重がそう告げる。

物静かなシルエスカ妹もホッとしている。

 

 

周囲の警戒を欠かさないのは俺くらいだ。

 

 

「ていうか、九重の刀。刃こぼれしていないか?」

 

「あの大剣と切り結んでいたし、無理もないでござるよ。」

 

「そうなの、か……。望月、なにか良い魔法はないか?」

 

よく折れなかったな。

普通の刀で、大剣とあまり鍔迫り合いしちゃダメだ。

 

 

「わかった。まだ慣れていないんだけど、『モデリング』!」

 

望月の個人魔法がまたもや使用される。

刀は元通り、いやそれ以上に手入れされている。

 

「ありがとうでござる。」

 

魔法辞典に載っていたものだろう。

造型魔法の類だと思う。

 

 

 

「しかし、昔の王都って言ってもなんにもないな……」

 

「1000年前らしいし、ちゃんとした遷都をしたらしいしな。」

 

「そうなのでござるか。」

 

「王の隠し財宝とかあったら、面白いんでしょうけどね。」

 

「もしあっても、オーパーツとか墓とかじゃないか?」

 

骨が出てきても、反応にも対応にも困る。

 

「…おー、パーツ?」

 

ヤバい、口が滑った。

シルエスカ妹が不思議そうに尋ねてくる。

 

「あー、なんていうか…古きよき物のことだな。」

 

あてはまるべきいい言葉があったはずなんだが思いつかなかった。

 

「またあんたらの故郷の言葉?」

 

「そんなとこ。」

 

 

 

考えこんでいた望月が、徐に魔力を籠め始める。

 

考え込む癖があるんだよな。

そして、唐突に行動起こすこともよくある。

 

「『サーチ:財宝』」

 

「『サーチ』を使ったの!? どうだった?」

 

「少なくともこの近くに財宝はないね。」

 

某RPGの『とうぞくのはな』を超越する、

サーチエンジン付き検索魔法といったところか。

 

 

「では、オーパーツ、というものなら、どうでしょう?」

 

「そうだね。『サーチ:オーパーツ』」

 

 

使った本人の発言を待っていれば、

望月の表情がハッとしたものになる。

 

「……引っかかった。」

「「「え!?」」」

 

女性陣が望月へ詰め寄る。

3人ともかなり期待していたんだろう。

 

 

 

「だが、さっきのデュラハンとかも、ある意味オーパーツなんじゃないか?」

 

「いや、もっと大きなものを感じる。こっちだよ。」

 

それ、ヤバいオーラが出ていそうなんだが。

 

 

望月を先頭に、廃墟の中をゆっくり進んでいく。

今にも崩れ落ちそうな場所も全員が淡々と進めるのは、全員が冒険者だからだろう。

 

 

「この下か?」

 

立ち止まっている望月に尋ねると、頷く。

さて、この瓦礫をどかそうにも、慎重になるべきなのだろう。

 

天井が崩れでもしたら困る。

知識として知っている土魔法の中で、何か適するものがあっただろうかと俺は考え込む。俺は使えなくとも望月なら魔法名と効果を教えれば扱えるだろう。

 

さーて、

 

 

「『炎よ爆ぜよ、紅蓮の爆発、エクスプロージョン』」

「うっそだろ おい!?」

 

シルエスカ妹の爆発魔法が炸裂する。

ちなみにこの魔法自体、某中二病の『爆裂魔法』ほどの威力はない。

 

 

自然と額に手を当てる。

この廃城が崩れなかったのは奇跡ではないだろうか。

 

「上手くいったでござるな!」

 

ともかく大きい瓦礫を無事に吹っ飛ばした。

穏やかそうに見えて、無茶苦茶なことをする。

 

 

 

「あとは俺たちがやるか、慎重に。」

 

今度は、姉が強引に地面を勢い任せに殴りそうだ。

 

俺や望月が残った瓦礫を手でどかしていく。

なんか俺、すでに苦労人ポジション与えられてないだろうか……

 

 

 

「階段か。」

 

「深くまで続いていそうでござるな。」

 

明らかに隠されていた場所。

それなりのものが出てきそうだ。

 

 

「これはもしかしてお宝あるんじゃない?」

「でも、トウヤさんの『サーチ』では、財宝はなかったよ?」

「わ、わかってるわよ。」

 

 

期待に胸が膨らむのは分かるが、生き埋めの恐れのある地下はさらに危険だろう。

 

どうするべきか……

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺にできないこと、そして俺ができること

悩んでいたら、彼らはどんどん下に進んでいたのだった。

 

「あいつらもっと慎重になってくれ。はぁ……」

 

ため息をついて、俺も地下への階段を降りていく。

その先には、石で精巧に作られた通路が果てしなく続いていた。

 

「『炎よ来たれ』」

 

右手に炎を纏って、光源とする。

前を進むシルエスカ妹も光魔法『ライト』を使っている。

 

「な、なんか…気味悪いわね…幽霊でも出そう…」

「なっ…なにを言ってるんでござるかエルゼ殿!ゆっ、幽霊など出るわけないでござるよ、ね。」

 

2人とも望月のコートの裾を握って歩いている。

 

シルエスカ姉も九重も、苦手なら外で待っていてほしい。

遊園地のお化け屋敷ではないのだ。

 

言ったとして、これ以上冷静さを失くされても困るので、心の中で留めておく。

 

対して、シルエスカ妹は先頭に立って、意気揚々と進んでいる。

 

 

 

「なんだこれ…?」

 

大きな広間に出たと思えば 壁にびっしりと文字が描かれている。

望月のように、それは誰もが感じたことだ。

 

 

「誰も読めないのか。」

 

壁に書かれたのは古代の文字だ。

 

しかし『サーチ』で特に望月が反応したにしては、

オーラとかヤバさとか、この部屋にはそれらしいものはない。

 

 

カシャッっていう音。

今となっては懐かしいスマホのフラッシュが、急に焚かれる。

 

「おいおい……。」

 

「う!? なんでござる!?」

 

女性陣がビビった。

せめて、一言言ってからやってほしい。

 

「気にするな、そういうものだ。」

「そ、そうなのね。」

 

この世界の人からすれば異質な行動である。

彼女たちが納得してくれるのは、望月の謎行動に対する『慣れ』だろう。

 

 

「これ、魔石ですね。土属性です。おそらく魔力を流すとなにかの仕掛けが起動するのでしょう。」

 

「なにかって、罠だろうか?」

 

シルエスカ妹が壁に埋め込まれた魔石に気づく。

望月も近づいて確かめ始めた。

 

 

「……とりあえず、逃げる準備だけはしておこう。望月、後は任せた。」

 

「そうね。」

「わかったでござる。」

「…では、お願いします。」

 

「僕がやるの!?」

 

「だって土属性持ってるの、トウヤだけでしょう。」

「ていうか、仮に罠でも、お前ならなんとかなるだろう。」

 

望月と違って、彼女たちは逸脱していないのだ。

 

 

「まあ、仕方ないか…」

 

望月が魔力を流せば、壁は砂となって崩れ去る。

その向こうの部屋の中央には、2mほどの像が安置されていた。

 

 

「これは…なんだ。コオロギか?」

「ずいぶん機械的だけどな。」

 

折れているとはいえ6本の脚を持っていたのだろう。

縦長だし、仮にそう名付けよう。

 

「「「……?」」」

 

またも、女性陣は聞き慣れない言葉に首を傾げる。

 

「俺たちの国にいる、そういう虫だ。」

「こんなのがいるのね。」

「もっと小さいけどな。」

 

こんな2mほどの機械的なコオロギがいたら、俺も困る。

 

 

「あれ? 光が弱くなっているような……」

「……いや、確実に弱くなってる。」

 

シルエスカ妹の『ライト』のように、

確かに俺の炎の出力も弱くなってきている。

 

 

「冬夜殿!」

 

九重が指差した方向を見る。

コオロギの中にある赤い球体が光っていた。

 

 

「トウヤさん! 魔力がアレに吸収されています!」

 

「望月、脱出するぞ!」

 

「わかってる!『ゲート』!」

「え、なにその魔法!?」

 

全力で走って脱出しようとしていたのは俺だけだったようだ。

 

 

女性陣同様、俺も光の門に入れば地上に出る。

 

ワープ系の個人魔法なのだろう。

緊急事態だったし、ありがたい。

 

 

 

「っ! 『強化』!」

 

勢いよく地上に出てきたコオロギ、

その伸びてきた脚の1本を咄嗟に剣で打ち返す。

 

「重いし、堅いな。」

 

物理攻撃はそう簡単に通用しないだろう。

同じく打撃を加えた、九重やシルエスカ姉も途方に暮れている。

 

それなら魔法ならどうかとも思ったが、シルエスカ妹の火の魔法は吸収された。

 

 

前衛として時間稼ぎを行っているが、いつまで持つかはわからない。

こんなことなら盾も練習しておくんだった。

 

 

「『スリップ』!」

 

コオロギが横転する。

またもや望月の個人魔法だろう。

 

 

「『氷よ来たれ、大いなる氷塊、アイスロック』!」

 

引き起こされた事象、氷塊による衝撃は吸収されてはいないが隙はできた。

 

 

「『ブースト』……全ッ開ッ!」

 

身体能力を全体的に底上げするものなのだろう。

シルエスカ姉の、全力の蹴りによって脚を1本破壊できた。

 

 

「やっ、た......っ!?」

「……いっつ」

彼女ではなく、俺の右肩へ脚が突き刺さっている。

 

赤く発光した途端、脚が再生し伸びてきたのだ。

咄嗟にエルゼの前に飛び込んだ。

 

 

「ちょっと、あんた大丈夫!?」

 

魔力を右手に籠めて、握力で脚を割っておく。

しかし、またしても脚は再生しているな。

 

 

「そのうち治る。」

 

残った棘も無理やり引き抜けば、血が滴る。

無茶苦茶をするのは、彼らだけじゃないのだ。

 

 

 

「望月! 時間稼ぎをするから、何か対策を考えろ!」

 

それだけ告げて、俺は一度深呼吸する。

それなりの集中力が必要なのだ。

 

 

この憑依した肉体は、前世の時より丈夫で強い。

魔法だって使える。

回復速度も『異常』だ。

 

この与えられた手札でこの数年を生き抜いてきたのだ。

 

だから、

できないことじゃなくて、今できることを考えた。

 

 

ーーー代わりに強くなってやるって、誓ったからーーー

 

 

魔力を、水が溢れるように、捻りだす。

 

「『雷よ来たれ 炎よ来たれ 我が身を憑代に』、」

 

3属性の魔法を同時に使った能力向上。

雷や炎の事象に対して、自身の耐性がある、俺だけのオリジナル魔法。

 

「モード『雷炎龍』。」

 

各魔法を体内で暴発させて『強化』に変換させていく。

 

 

身体は熱を発し、蒸気を放つ。

もちろん制限時間がある。

 

 

スピードアップと打撃力向上、

瞬間的に、近づいて、

「吹っ飛べ!」

 

コオロギに対して、剣の腹で打撃を与えて吹き飛ばす。

 

だが、この程度で倒せるほど容易くはないだろう。

 

 

その場から離れると、地面に脚が突き刺さる。

魔力を多大に使用している俺を執拗に狙ってくれるようで、好都合だ。

 

 

斬ることはできず、それぞれの脚を叩き割っていく。

 

6本もの伸縮自在の脚や、再生には苦戦を強いられる。

 

さて、

勝つのは俺かコオロギか。

 

どちらのMP切れが早く起きるかによるだろう。

 

 

 

 

「『アポーツ』! 今だ、エルゼ!」

 

望月やエルゼが何かやってくれたらしい。

急にコオロギの動きが悪くなった。

 

手のひらに魔力を最大限に籠めて、雷と炎の拳で俺は本体を叩き割る。

 

 

 

「ふぅ……」

 

どうやらもう再生しないようで、俺も各魔法を解いていく。

それどころかガラスのように割れてしまったので、正体を確かめることはできないようだ。

 

 

 

赤く発光していた、コアとも呼べるべきものが一瞬で消えたし。

『アポーツ』という個人魔法で取り除いて、エルゼが破壊したのだろう。

 

彼らは張りつめていた緊張感によって地面に座り込んでいる。

 

 

「とりあえず、俺もさっさと帰って休みたい」

 

某RPGの『つばさ』が欲しくなった瞬間だ。

望月の個人魔法に頼りすぎるのも良くない傾向だろうし。

 

 

 




※「まるで将棋だな」の出番は、ちゃんと用意しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

事件、そして冒険者として

トリストウィンさん、ユミナ、ユエルさん、レオン将軍、シャルロッテさん、バルサ伯爵、国の錚々たるメンバーの中に俺がいる。アルフレッドさんは急用で来られないようだ。

 

 

ていうか、さすがに肩身が狭い。

城に来たら正装に着替えさせられて、この場に投げ込まれた。

 

 

なんで席がユミナの横なのだろうか。

今まで何度も同じようなことがあったとはいえ、こういう公式の場はいまだに慣れない。

 

身内だけのお茶会に呼ばれたときには、マナー違反を多発させる問題児の1人だ。つまり俺以外もはしゃぐということである。

 

 

「さて、知っての通り、我々ベルファストはミスミド王国と友好関係を結びたいと思っている。」

 

「お言葉ですが、王よ。民の皆がそれを望んでいるかは限りませんぞ。」

 

バルサ伯爵は反対派のトップとも言える人物だ。

 

確かに懸念もあるが、本日中には決定されるだろう。

そもそも、今日は最終確認みたいなものだ。

 

 

「ふむ。どう思うかね?」

 

トリストウィンさん、こっちを見ている。

俺じゃなくてユミナに聞いていると思いたい。

 

「イッキさん。」

 

囁くようにユミナに呼びかけられる。

やっぱり俺なのか。

 

背筋をさっきよりもピーンとさせる。

 

 

「私が街で感じたところ、完全に懸念事項を払拭できていないのは確かかと。」

 

「ふん、そうだろうな。」

 

鼻を鳴らす伯爵は、俺より行儀が悪い。

 

俺だって頑張って敬語を使っているのだ。

でももし間違っていてもスルーしてほしい。

 

「しかし、2国の子どもたちが手を取り合っている光景を、街で目にしました。間違いなく、友好への道を進んでいることを、私個人として進言いたします。」

 

「ほう。」

 

「加えて、自分は帝国にも、冒険者として踏み入りました。あの強大な帝国を牽制するためには、やはり急ぐべきかと。」

 

帝国とは20年前の戦争以来、不可侵条約を結んではいるが、いつ攻め込んできてもおかしくない。この平和な国よりも領土は大きいし、武力も互角以上だ。だから南のミスミド王国と同盟を結ぶことは、個人的にも必要不可欠だと思う。西の国とはすでに友好的だ。

 

だから戦力を東の国境にかなり集中させることもできるし、ミスミドに協力してもらえる可能性すらある。

 

 

「どうだ、バルサ伯爵。」

 

「…王の仰せのままに。」

 

 

密かに一息つく。

ありのままの事実とか個人的な主張とか言っただけなのだが。

 

ユミナもニコニコしてくれているし、これでよかったのだろう。

 

 

「ミスミド王国大使がお着きになりました。」

 

「お通ししろ。」

 

「はっ!」

 

オリガさんがリオンさんに連れられて部屋に入ってくる。

街で見かけたような気もしたが気のせいだろう。

 

護衛がいないのはベルファスト王国を信頼しているからだと思う。

 

 

そこからは形式的な流れだった。

ていうか、元々、お互いに確定していたようなことだし。

友好関係は正式に締結された。

 

 

 

「このようなおもてなしまで、ありがとうございます。」

 

「いやいや、そんなに堅くならないでくれ。」

 

「はい。」

 

食事の皿が運ばれてくる中、貧乏ゆすりをしそうになるのを堪える。

 

「もっと堂々となさっていいのに。」

「いや、場違い感がヤバいんだけど。」

「そうでもないですよ。」

 

またもやコソコソ囁き合ってしまうし、やはり誰から見ても俺は緊張しているのだろう。

 

 

 

「それでは乾杯といこう。」

 

酒の入ったグラスを掲げる。

注がれているのはミスミド王国からの贈り物らしい。

 

 

未成年でも飲んでもいい文化だと、一応言っておく。

 

なんか味がおかしい。

喉には少し痺れを感じたが、そういう酒なのだろう。

 

 

「うっ……」

 

は?

うめき声が聞こえた方向を全員が向く。

 

「お父様!?」

「あなた!?」

「陛下!?」

 

慌ててユミナたちが駆け寄る。

 

誰もが、冷静さを欠いている。

ユミナも必死に呼びかけている。

 

 

俺は咄嗟に叫んでいた。

ここで死なせていい人ではない。

 

「マーク!ラウルさんを呼んでくれ。」

「わかった。」

 

それは王族の専属医師の名だ。

 

「ハックさん、城の出入口は任せた!」

「任せよ。」

 

犯人をこの城から出してはいけない。

たぶん実行犯は給士係の中にいるのだ。

 

 

俺もトリストウィンさんへ駆け寄る。

 

「緊急事態だ。勝手に飲ませるぞ。」

 

冒険者として常備している薬の1つを飲ませる。

対象者の自然回復力を向上させるだけの効果なので、時間稼ぎにしかならないだろう。

 

勝手に飲ませたことでお咎めがあったとしても、やれることをやっただけだ。後悔はない。

 

 

しかし毒は一体何なのだろうか。

専門外だし、下手に他の薬を飲ませるわけにはいかない。

 

 

「シャルロッテさん、ラウルさんへの引継ぎは任せた。」

 

「わかりました。」

 

 

 

動揺しているユミナの手を握って、落ち着かせる。

 

「ユミナ、落ち着け。召喚獣を頼む。銀狼だ。」

 

「は、はい。『闇よ来たれ、我が求むは誇り高き銀狼、シルバーウルフ』」

 

「レオン将軍、できましたか?」

 

「ああ。オルトリンデ様へ宛の手紙だろう。」

 

この人なら察してくれると思っていた。

望月への連絡なら、アルフレッドさんに頼むのが一番早いだろう。

 

ユミナの召喚獣で、最も速く走れる狼に手紙を任せる。

 

 

 

「オリガさん、とりあえず別室にて待機してほしい。この人は真面目すぎるくらいの騎士なんで。」

 

とりあえず、明らかに動揺している大使に話しかける。その様子からも、彼女は嵌められただけだ。

 

ていうか、酒自体に毒があったら、全滅しているし。

 

「その者こそが陛下の命を狙った者ではないのか。このミスミドの大使を捕らえろ!……おい、聞いているのか!」

 

「まだ、決まったわけじゃないだろうが。」

 

「くっ、この平民風情が。」

 

伯爵は化けの皮が早くも剝がれている。

昔からあまり良く思っていないのは、こちらも同じだ。

 

 

「オリガさんを客室へ。」

「どうぞこちらへ。」

 

リオンさんに連れ添ってもらう。

伯爵の命令に惑わされず、一番信頼できる人に任せることができた。

 

 

 

ぐったりとしたトリストウィンさんが運ばれていく。

 

まだまだ気は抜けない。

時間との勝負だ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

解決、そして片鱗

俺やリオンさんが、最後の扉を守る。

今なら騎士達の気持ちが少しはわかる。

 

言葉を交わすことはない。

無限とも言える時間が過ぎていく。

張りつめた空気は息苦しい。

 

強くなったはずの俺たちは、今は無力だった。

治療が成功するか、望月が来てくれるか、戦うことしかできない俺たちはそれに懸けるしかない。

 

胸が痛くなる。

聞こえるのは、部屋の中で呼びかけ続ける女性たちの声だけだ。

 

いや、足音だ。

足音が聞こえた。

 

 

「兄上は!?」

 

大汗をかいたアルフレッドさんが尋ねてくる。

 

「中に。」

「望月、頼む。」

 

深々と頭を下げる。

彼の個人魔法なら、助かる可能性は高い。

 

時は一刻を争う。

 

 

「う、うん。」

 

アルフレッドさんと望月が部屋の中に入っていく。

 

再びの静寂だ。

 

目を強く閉じて祈る。

今は望月を信じることしかできない。

 

 

『お父様!』『あなた!』

 

その歓喜の声が中から聞こえて、壁に寄りかかる。

そのままずるずると、尻を地面につけて座り込む。

 

 

「もうひと踏ん張りだね。」

「よしっ、気を引き締めていくか。」

 

初めて顔を見合わせる。

立ち上がって、背中を壁から離す。

 

「なんていうか、リオンさんたちの気持ち、少しは分かった気がします。」

「俺も、再確認したよ。」

 

これが、騎士の心構えなのだろう。

 

一度シャルロッテさんが出ていき、大使であるオリガさんとともに入室していく。ユミナもいるし、彼女の仕業ではないと確かめるためだろう。

 

 

 

 

 

***

 

 

あの時、現場にいた人全員が望月によって集められる。

場所は事件の起こった場所だ。

 

「へ、陛下! お身体の方はもうなんとも!?」

 

「おう、バルサ伯爵。この通りなんともない。ふむ、どうやら心配を、かけたようだな?」

 

皮肉を籠めてそう告げる。

ていうか、もう犯人を誰もが分かっている。

 

犯人は、俺やトリストウィンさんの様子を交互に必死で見ている。

 

 

「そう、ですか。それはそれは。何よりでございます……」

 

「それでトウヤさん。私たちを集めてどうするつもりですか?」

 

シャルロッテさんが代表して尋ねる。

 

「皆さんも知っての通り、国王陛下に毒が盛られました。現場はこの大食堂です。ここはそのときのままになっています。まあ、並んでいる料理は冷めてしまってますがね。で、この国王暗殺未遂事件の犯人ですが…………」

 

一度言葉を区切る。

この場で望月と俺だけが、このベタな展開を知っている。

 

「この中に犯人がいます!」

 

推理小説や刑事ドラマの影響だろう。

だがエンタメデュエリストはあまり好かれない傾向にある。

 

ていうか、初対面でよく王族の前で緊張しないな。

 

 

「まず、この毒の入ったワインですが。」

 

将軍に持ってきてもらったワインの瓶を手に持って指し示す。

 

「これはオリガさんの贈られたワインで間違いないんですね?」

 

「た、確かに私が贈ったものだが、私は毒など!」

 

「黙れ! この獣人風情が! まだシラを切るとは、恥知らずにもほどが……」

「「な!?」」

 

不覚にも伯爵と、俺の声が被ってしまう。

望月がいきなりワインをゴクゴクとラッパ飲みし始めたのだ。

 

どこぞの『自称女神』のように異世界をエンジョイしすぎなのか、前世でも酒をそうやって飲んでいたのか、そこまではわからない。

 

 

 

まあ、これでオリガさんが持ってきたワインに毒はないことが証明された。

 

「さて、ここに取り出したるは特別製法によるレア物のワイン。遥か東方で造られた、僕の知る限り最高級のワインですが……、このワインが犯人を見つけ出してくれます。」

 

レオン将軍にグラスに注いだワインを飲ませる。

演出へ乗ってくれた彼は、次に伯爵へと皆の意識を向けてくれる。

 

「ぜひ伯爵にも味の感想をいただきたいですね。」

 

またもやグラスに酒を注ぐ。

しかし望月は、あえて被害者の座っていた席のグラスを選んだ。

 

 

「いやっ、私は……!」

「……飲めませんか? では僭越ながら私が手伝って差し上げましょう」

「はっ!? ムグッ! うぐうッ!?」

「あれ、どうしたんですか?」

「う! うあ! うああ! た、助けてくれ! 毒が! 毒がまわる! 死ぬ! 死ぬうぅぅぅ!」

「あー、もういいですから。さっきのグラスね、アレ、新品のグラスですよ」

「……な、なに?」

「無理矢理飲ませたのは謝りますよ。でもなんで毒が入ってるって思ったんです?」

 

 

俺たちは一体何を見せられているのだろう。

もちろん犯人に同情する気はない。

ざまぁだ。

 

俺と同じように男性陣は、密かに目を細める。

バルサ伯爵も、最後に『一仕事』してくれた。

 

意図せず、有益な情報を得ることができたのだ。

『敵対した相手への容赦ない行動』、それは普段の彼からは想像がつかないことだ。

 

 

人の本質は、時と場合によって変わるのだろう。

ユミナも目を見開いている。

 

 

「く、くそっ!」

 

「悪あがきかよ。」

 

人のいない床へ勢いよく転がっていく。

ユミナに向かっていこうとする伯爵を、俺は蹴り飛ばした。

 

犯行がバレた理由が、『魔眼』にあるとでも思ったのだろう。

 

 

「とりあえず、協力者をさっさと吐いてもらわないといけないな。」

 

まだ仕事は残っている。

彼自身がグラスに毒を盛ったわけではないのだ。

 

 

「……すみません、気絶させてしまいました。」

 

失敗したな。

ユミナを標的にされてついカッとなってしまった。

 

 

 




注:『国の一大事』に、遊び半分で推理小説の真似事をしないでください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

痛み、そして想い

誤字報告ありがとうございます。





「第一騎士団からの報告があった。」

 

国の主要メンバーや望月がいる中に、やはり俺がいた。

正式な場ではないからリラックスしつつ、いつでも戦闘態勢を取れるようにしている。

 

まだ混乱している城中の一室で、俺たちは待機しているままだ。

 

「実行犯は給仕係と毒見役の二名。バルサの屋敷からはグラスに塗られていた毒と同じ毒が見つかったそうだ。本人がスゥシィを誘拐しようしたことも自供した。これで一件落着だな。」

 

トリストウィンさんが報告書を読み、そう告げる。

胸を撫で下ろし、各々が紅茶に手を伸ばす。

 

スゥシィたちを襲ったのも伯爵の仕業だった。

本気で玉座を狙っていたのか、獣人を排斥しようとしていたのか、そこまではわからない。

 

 

ともかく敵討ちができたのだ。

今度、あいつらに報告してあげよう。

 

 

「伯爵はどうなるんですか?」

 

「これは反逆罪以外の何物でもない。本人は処刑、家はお取り潰しだ。」

 

彼に妻子はいない。

獣人差別の傾向のある、親族及び関係者には圧力をかけていくだろう。もしかしたら裏では獣人の奴隷売買に手を貸しているかもしれない。最後まで反対していた理由も、この暗殺も損失防止のためなら頷ける。

 

 

犯行に協力的だったかにもよるが、使用人の人たちが路頭に迷わないかどうかは気になる。

 

まあ、トリストウィンさんも悪くはしないだろう。

 

「トウヤ殿には大変世話になったな。余の命を救ってくれたことへ報いたいのだが、なにか希望はあるかね?」

 

「いえ、どうかお気になさらず。僕はたまたま公爵のところに訪れただけです。それが国王陛下にとって運が良かった。その程度に考えて下さい。」

 

「相変わらず、欲がないな。」

 

アルフレッドさんも苦笑いする。

国の面子もあるし、恩人には何かしないといけない。

 

それも追々決めていくだろう。

『リカバリー』だけでも有能な人材なのだ。

彼個人と、国の長としてもお近づきになりたいだろうし。

 

 

「なんとも不思議な方ですね、あなたは。」

 

「そうだな。王都に来たのも、毒を検知したのも、個人魔法だと聞く。ああ、将棋も楽しませてもらっているよ。」

 

「将棋か、あれはいいものだな。」

 

将棋を作ったのか……。

アルフレッドさんたちも情報を引き出そうと画策しているが、もはや本人に隠す気はないらしい。

 

 

「えーっと、はあ、まあ。無属性魔法なら全部使えます。おそらくですけど。」

 

 

転生者のよしみで、報告しないでおいたことだ。

もうどうにでもしてくれ。

 

 

「全部…!? それが本当なら……と、とんでもないことですよ!」

 

『モデリング』を使ったフィギュア作成、

『リーディング』による古文書解読、

『エンチャント』による無属性魔法付与、

やはり彼はエンタメデュエリストでも目指しているのだろうか……

 

次々と個人魔法を見せてくれた。

大人たちは表面的に大喜びしてるが、内心冷や汗ものだろう。

 

俺やリオンさんも、そわそわしている。

ここまで不用心な奴は見たことがない。

 

 

 

さて、ユミナとスゥシィどちらと結婚するのやら。

胸にズキッと痛みを伴う。

 

 

 

 

「お父様、お母様、少しよろしいでしょうか?」

 

ユミナが口を開く。

胸の痛みはひどくなっていく。

 

「ん?なにかね。」

 

「こちらのトウヤ様と、一時期行動を共にしてもよろしいでしょうか。」

 

「ふむ。理由はなんだ?」

 

「はい。まずはトウヤ様、お父様を救っていただきありがとうございます。あなたは近い将来、国の架け橋ともなる存在となるでしょう。短い期間となるでしょうが、私が王族としてそのお力添えをしたいのです。」

 

「え、そんなことないと思うけど……。」

 

「いえ、心からそう思っております。もちろん、あなた個人と友好を築きたいという考えもあります。」

 

「うーん、そう言われてもな。どこの馬の骨ともわからん奴に一国の姫を任せていいんですか?」

 

「そんなに怪しい身分じゃないだろ。メダルを貰ったみたいだし、すでに公爵家の庇護下に入っているようなものだ。」

 

国のためなら、この痛みを抑えつけよう。

『どこの馬の骨』っていう言葉を補足しつつ、サポートをしておく。

 

 

「ユミナは『魔眼』持ちなんだよ。人の性質を見抜く力、直感と似たようなものだ。しかしユミナの場合 外れたことはない。」

 

トリストウィンさんがこちらからの情報を開示する。

さて、望月が考えこんでいるのは、『魔眼』についてなのか同行を悩んでいるのか。

 

 

国としての運命を分ける、静寂が流れる。

 

 

「自分の身は守れるくらいの修練もしております。それに、護衛の者にも来てもらうつもりなので。小数精鋭の者を選ぶつもりです。」

 

望月の、最後のひと押しをユミナが告げる。

もしものことがあったら、自分のせいにされそうとか思っていたのだろう。

 

「それなら……うん、わかったよ。」

 

望月は気分屋だ。

肯定する材料をかなり渡したけれど、断られる可能性もあった。

 

この嫉妬を覆い隠すには、

策略的なことを考えるのは、都合がよかった。

 

 

 

 

 

***

 

望月は一度『ゲート』で帰り、後日合流することにした。

ユミナもそれなりの準備がいるだろうし。

 

「ユミナも思いきった判断をしましたな。」

 

「ああ、さすがは我が娘だ。だが親としては、やはり心配だ。」

 

王や王弟に呼ばれる、しがない冒険者。

身内だけであるため、菓子をモグモグしながら会話している。

 

「ていうか、どこの王女様が冒険者やるんでしょうね。そういうのは創作物の中だけにしてくれ……。」

 

「誠にその通りだ……。」

 

「それなりの護衛、しかも少数精鋭を選抜しなければなりませんな。」

 

望月の性格上、多くの兵を街に駐屯させるのは嫌うだろう。

 

選抜はレオン将軍に任せるのだろう。

この際、レオン将軍単騎でもいい。

 

 

「ていうか、いいんですか? 望月、いやトウヤに誰かを娶らせなくて。」

 

それは王族の女性の務めである。

ユミナやスウシィも理解...いやそのように『教育』で理解させられているだろう。

 

有能な人材を手に入れるため、円滑な国交のため、いわゆる政略結婚というやつだ。

 

俺個人としては、絶対に賛同する気はない。

そんな風習、ぶち壊したいくらいだ。

 

 

「そうせずとも、彼は友人だ。万が一がなければ、大丈夫だろう。」

 

「2人ともトウヤの個人魔法にノリノリですし、奥様方が珍しく呆れるくらい。」

 

「「そうだったのか!?」」

 

この人たち、将棋に白熱して仕事をサボる。

家族のフィギュアを眺めることも多い。

もしユミナやスウシィに反抗期が来たのなら、この人たちは寝込みそうだ。

 

 

「ごほん、それにスゥシィはまだ幼い。そうすれば、他に候補はおらんしな。」

 

「……は? え、ゆ、ユミナって、こ、こんや、クシャ、いたん、です、ね」

 

うっそだろ。

いつかは、相応の身分の人と結ばれるとは思っていた。

 

いや、ユミナは王族だ。

他国の王子だったり、貴族だったり、嫁ぐ可能性すらある。

 

もしかしたらミスミド王国とか。

 

たしかにユミナってもう12歳だし。

それに、王族に男子がいない状態が続いているのだ。

 

早急になるのも、わかる。

わかりたくないけど、わかる。

 

「その様子なら、ユミナも安心だろう。」

「まだまだ若いな。」

 

「あー、すみません落ち着きますちょっとミスミドまで行こうとしていました」

 

この際、ユミナを拐ってしまおう。

もはや自己満足だ。

幸せのない政略結婚など、元日本人である俺には納得できない。

 

 

「……遠いぞ?」

 

「『龍化』すれば余裕ですし。」

 

「兄上、なにか聞き捨てならんことを聞いた気がするぞ。」

「ああ、そうだな。」

 

 

 

「さて、その話は後で詳しく聞くとして…。そろそろ話そうか、兄上。」

 

「そうだな。ユミナが婚約したのは9歳の時だ。」

「まじかよ。誰なんだよ、そのロリコン!」

 

机に両手を突き、勢いよく立ち上がる。

小3で、すでに運命を決められてしまうのか。

 

 

「ろりこ…...? それが何を意味するかわからないが。君だよ、イッキ。」

 

「俺はロリコンじゃない。わずか3歳差、前世含めても8歳差だ。」

 

「……その話も後で聞こう。」

 

 

この後一通り暴れたら、落ち着いた。

レオン将軍の拳で鎮圧されたともいえる。

 

 

身内へ、根掘り葉掘り説明させられていく。

黙っていたことを叱られるより、納得されたり感謝されたり。

 

少しも軽蔑されることはない。

 

秘密を言って、楽になったことは確かだ。

この国、この人たちが好きなのだと俺は実感した。

 

 

ともかく、ユミナへの想いはもう隠さなくていい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ユミナ、そして誓い

※冬夜の正妻だとか、私の嫁だとか、俺の嫁だとか、反論もあるでしょう。

それでも、ユミナはこの作品のヒロインです。もう1人の主人公です。




月に照らされた、月の色の髪は輝いている。

母譲りの翠色、『魔眼』による碧色、2色の瞳は透き通っているように相変わらず綺麗だ。

 

 

彼女とこの庭園で過ごすのは何度目だろう。

花の名前を聞いたこともあったが、いまだに覚えられていない。

 

身体が冷えないように、真っ白なドレスの上にショールをかけている。

 

 

「ほ、ほんじつはおひがらもよく」

 

「紅茶、零れそうですよ。緊張されているのですね。」

 

手の震えを抑えてコップを置く。

ていうか、これはカップか。

 

ニコリと微笑む、その少女にはいつも敵わない。

 

「面目ない。」

 

「いえ、意識してくれている証拠ですので。」

 

「その、いつの間に婚約を?」

 

「イッキさんがお城へ来て、間もなくのことでしょうか。」

 

読み書きの勉強のついでかと思っていたが、そういう教育も密かにされていたのだろう。そもそも現代日本の教養とはいえ元15歳なのだから、一般的な10歳よりは勉強ができる。この世界のことを知りたくて、意気揚々と学んでいた。

 

申し訳ないが、マナーはあまり身についていない。

 

 

「そうだったか。いや、実際のところ、実感が湧いていない。」

 

城に来てから、

リオンさんたち騎士や兵士、食堂の人、使用人、そういう人達と楽しくやってきた。

 

そこから気楽な冒険者をやっていたら、

すでに次期国王コースの履修中だった。

 

 

「……悪い。」

 

「いえ、急なことですし。イッキさんが冒険者として飛び出していったので、ご説明するタイミングを逃してしまったのでしょう。」

 

非常に申し訳ない。

 

 

「あれは若気の至りというか、好奇心旺盛だったというか。」

 

「それだけじゃないこと、知っていますよ。」

 

「だが。」

 

「事件での的確な判断、お父様たちも誉めてくださっていましたよ。」

 

「だが!俺は何も、できなかった...」

 

剣を振るえても、魔法を使えても、戦えても。

強くなったはずなのに、何度も無力感を味わってきた。

 

成果を得ることはできなかった。

事件を未然に防ぐことができなかった。

毒の治療を人に任せることしかできなかった。

 

あくまで、俺は冒険者なのだ。

いや、高校生だったのだ。

日本人なのだ。

 

王としての器なんて本当にあるのかわかるわけがない。

 

「お父様が倒れた時、私も動揺することしかできませんでした。イッキさんのおかげですよ。」

 

「レオン将軍だっていただろうが。」

 

「医薬品の数々を何度も届けてくれたのも、イッキさんなのですよね。」

 

「手当たり次第だった。」

 

「はい。それでも、イッキさんのおかげです。」

 

「まぁ、俺は少しでも役に立ったのか。」

 

しかし、ユミナの隣に相応しいかどうか確証は持てない。

 

 

「……あなた自身が、『輝く竜』だったのですね。」

 

対象者の自然回復力を向上させる回復薬。

その素材は俺自身のものだ。

 

その説明とともに、身内だけには『秘密』を教えた。

ていうか、混乱して口が滑ったことを詳しく説明させられただけだ。

 

「黙っててごめん。気づいたのは旅をしている時だった。」

 

「いえ。自分の力に恐怖すること、私も経験いたしましたので。」

 

「それは、どういう?」」

 

「イッキさん。私、この碧の眼が嫌いだったんですよ。」

 

今は嫌いではないらしい。

そうではなくなる、きっかけでもあったのだろうか。

 

「そう、だったのか?」

 

「はい。もちろんお父様たちはずっと好いていてくれました。ですが、『魔眼』の価値を求めている方、そしてオッドアイに不快を感じる方も稀にいます。」

「だれだそいつ?」

 

直接、文句を言いに行きたくなった。

それが文化や風習であっても、迷信なのだとぶち壊したい。

 

「ふふっ、そういうところに私は惹かれたんですよ。」

 

「そ、そうなのか?」

 

「『魔眼』の性質を教えたとき、『苦労してそうだな』って、言ってくれたことは今でも覚えております。」

 

 

人は常に善意や悪意を持っているとは限らない。

そもそも善悪自体、主観的だったり道徳的だったり、漠然としたものだ。

 

この温かい国でも、彼女の『魔眼』を知った時、『異質さ』を知った時、どう思われるかは簡単に判断がつかないのだが、彼女は嫌でも視てしまう。そのドロドロした何かは彼女にずっと絡みつくのだろう。俺よりずっとマシだとしても、彼女も『異質』なことは取り繕って嘘を述べるべきではない。

 

 

「もう、4年前のことだろうに。」

 

「初めてのことでしたから。それに、出会ったときからこの瞳が綺麗だと言ってくれますよね。」

 

「ていうか、どっちも率直な感想なんだが。」

 

「イッキさんは相変わらずやさしいですね。」

 

「いやそれ、ユミナの主観的なものだろ。」

 

「はい♪ そうみたいですよ。」

 

確証はないのだろうけど、彼女が心からそう言うなら信じたい。

 

ずいぶんと成長したな。

このお姫様が子どもっぽく笑うようになったのは、いつからだっただろうか。

 

 

 

「あー、上に立つ者の覚悟ねー」

 

背もたれに深く腰掛けて脱力する。

こうやって夜を人並みに過ごせるようになったのは、いつからだっただろうか。

 

 

 

「私もちゃんと支えられるよう、がんばりますね。」

 

「ユミナは気負いすぎるところあるからな? 俺と逆で。」

 

なんだかんだ、俺たちなら上手くいきそうだ。

とりあえず、朝になったらまた頑張ろう。

 

 

 

「『龍化』」

 

細長い体躯を持つ銀色に輝く龍。

東洋龍に近い。

鋭利な爪や、刃と化すことのできる鱗を持っている。

 

人によっては、恐れそうだ。

『龍化』した時の本質は、王もしくは神に近いものらしい。

 

 

「大丈夫ですよ。」

 

『ありがとう』

やはりユミナは守られるだけの存在ではない。

ユミナに何度も救われてきたし、まだまだ俺はつよくなるつもりだ。

 

 

可愛い手で顔を撫でられると、胸の奥に温かさを感じた。

魔力とか、安心感とか、好きだとか。

 

愛している

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初クエスト、そして緊張

リフレットの町。

王都とまではいかないが、多くの店が構えられている賑やかな町だ。有名な服飾店の本店もあるし、飲食店も多数存在する。そもそもこの世界では古着屋が主だったもので、富裕層が通うような服飾店自体がそう簡単には見つからない。つまり裕福な町であって、望月が最初に訪れた場所は当たりと言えるだろう。

 

 

そして、宿屋『銀月』

リフレットの町に存在する宿屋の1つを、望月たちは仮拠点としているらしい。平民としては十分満足できる場所とはいえ王女が泊まるような場所ではない。しかしユミナの性格的には大丈夫だし、慣れてもらうしかない。冒険者として同行するのなら、国によってはそれなりの場所で寝泊まりする場合もあるからだ。

 

 

俺とユミナは、

そんな宿で1つの屋根の下に寝泊まりした。

 

何もなかった、とだけ言っておく。

仮に何かあったら、義理の父親と叔父から、社会的にも物理的にも殺される。

 

「準備できたか?」

 

「むぅ……」

 

さて、ユミナが冒険者としてデビューする日だ。

綺麗な月の色の髪は三つ編みでひとつにまとめられ、動きやすいようにされていた。胸元にリボンをあしらった白いブラウスに、紫の上着を羽織り、白い胸当てを身につける。そして紺のキュロットに白いロングブーツを合わせている。

 

服装がシルエスカ姉妹に似ていることは、王女だとバレないようにする効果が少しはあると思う。

 

「似合ってる。」

 

「はい♪ 行きましょうか。」

 

俺がよく使う防具店に対して莫大な資金を渡し、豊富な素材をふんだんに使って、急遽作ってもらった装備だ。もちろん魔力付与を用いて防御面を極限まで強化してもらっている。両親も親戚も過保護だし、立場もあるし、冒険者稼業は危険を伴う場合が多いから、用心するに越したことはない。

 

 

後方支援職とはいえ、まさか人から借りた私服を着て、『国の唯一の王女』が魔物と戦闘を行うことはないだろう。

 

 

 

……えっ、まさかないよね

 

 

 

「それでは、本日よりよろしくお願いしますね、トウヤ様。」

 

「あの、姫様?  本当にギルドで依頼を受けるの? 危険なこともたくさんあるんだよ。」

 

宿から出て、この町のギルドへ向かう。

九重やシルエスカ姉妹ももちろん一緒だ。

 

「もちろんです。イッキさんもいますので。」

 

「そういうことだ。ヤバくなったら、抱えて全力で逃げてやるから。あと望月、姫様呼びは禁止な。」

 

しかしこうして身バレ対策をしているものの、美少女だし気品溢れているし、もはやバレる前提で注意を払うつもりだ。ギルドに向かっていく途中でも、美少女揃いのこのパーティーは視線を集めている。

 

俺や望月には、嫉妬の嵐である。

 

 

「ユミナって戦えるの?」

 

「はい。魔術師の方から魔法の手ほどきを少々。それに、弓も扱えます。」

 

すでに矢筒と矢を背負っている。

 

魔術師についてはシャルロッテさん、

弓術については女性騎士に教えてもらったらしい。

 

「確かに遠距離攻撃は助かるでござるなあ。魔法の属性はなんでござる?」

 

「風と土と闇です。最も得意とするのは召喚魔法なのですが、まだ3種類しか呼べません。」

 

「わたしは、水と火と光、なので。」

「ちょうど、リンゼが使えない属性なのね。」

 

「そういうことになりますね。」

 

「一緒に、がんばりましょう。」

「はい、よろしくお願いいたします。」

 

前衛には、俺とシルエスカ姉。

中衛に、望月と九重、

後衛が、ユミナとシルエスカ妹。

 

バランスのいいパーティーメンバーだ。

 

 

 

話をしているうちにギルドまで着いた。

『このすば!』とは違って、悪意のある視線もある。

 

俺の側を離れさせないようにする。

 

「ここがギルドなのですね!」

 

ざわついた雰囲気に対するもの珍しさ、

掲示板に貼られた数々の依頼書に目をキラキラさせている。

 

 

気分が悪くなっていないようで良かった。

本質を視てしまわないように、俺たちや掲示板に意識を向けている。

 

 

「んー、これとかどう?」

 

シルエスカ姉が一枚の依頼書を指差す。

 

「キングエイプ五匹か……。どんな魔獣だっけ。」

 

「ゴリラだろ。」

「大猿の魔獣、です。数匹で群れをつくり、襲いかかってきます。あまり知能はないので罠などによく引っかかったりしますが、そのパワーは要注意です。」

 

望月にしか伝わらない説明に対して、シルエスカ妹が詳しい説明を付け加える。

 

 

考えこんでいた望月が賛成したことで、キングエイプ討伐の依頼書を受付に持っていって受注する。

 

場所は南の方角の森で、かなり距離がある。

『ゲート』を使えばいいではないかとも思ったが、某RPGの魔法と同じく、その場所を思い浮かべる必要があるらしい。

 

 

借りた馬車に乗って向かうことになった。

 

「ねぇ、イッキやユミナって、馬を扱える?」

 

「それなりにですけど。」

「俺は無理だな。徒歩で旅していたし。」

 

「ほっ……」

 

できないことを告げて安心されるっていうのも、なんか癪だ。

今度練習しよう。

 

 

借りた馬の手綱を引くのは姉妹に任せている。

荷台には、望月と九重、俺やユミナが座っている。

 

 

「うーん、毎回馬車を借りるのもなぁ。買った方がいいのかなぁ。」

 

「馬車もピンからキリまであるでござるが、けっこうするでござるよ?」

 

「馬の世話をするのも大変だろうな。」

 

馬の召喚獣でもいればよかったのだろうが、そう都合よくいかない。

ていうか、遠出しても帰りはどうせ『ゲート』だろう。

 

 

片道3時間の道はかなり暇だ。

だが暇なことはいいことなのだろう。

 

ユミナは緊張しているし。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初戦闘、そして怯え

ようやく、出現場所付近までやってきた。

 

ここで『サーチ』の弱点が発覚する。

50m圏内らしい。よくオーパーツ見つけることができたな。

 

個人魔法も常に万能ではないということだろう。

 

「地道に探すしかないか。」

 

「でしたら、ここは私が。」

 

「どうするの?」

 

「召喚魔法です。」

 

「召喚…?」

 

 

ユミナが目を閉じ、魔力を籠め始める。

それなりの数を呼ぶので、時間がかかっているようだ。

 

「『闇よ来たれ、我が求むは誇り高き銀狼、シルバーウルフ』」

 

5匹の銀狼が魔法陣から現れる。

うち4匹は子犬のように尻尾を振っているし、相変わらず懐いている。

 

「この子達に探してもらいます。離れていても私と意思疎通ができますので、発見したらすぐわかります。よろしくね。」

 

ボスの銀狼を撫でて、それに従う4匹とともに森へ入っていく。

 

「それって、闇属性の魔法、ですよね?」

 

「そうなりますね。」

 

「だったら、冬夜殿でも使えるのではござろうか。」

 

森の中を歩いていく最中、言葉を交わす。

もちろん、各々周囲に気を配っている。

 

 

「ていうか、望月って何属性使えるんだ?」

 

今まで何度か聞こうと思っていたが、個人魔法のインパクトが強すぎた。

 

 

「全部よ。」

「全部でござる。」

「全部、ですね。」

 

「「はい?」」

 

ユミナと声が被る。

望月って、もう人間やめているんではないだろうか。

 

「え、えっと、召喚魔法のことですよね。基本的には呼び出した者と契約さえできれば、習得できますよ。」

 

「へぇー。契約に条件はあるの?」

 

「はい。あの子たちは、お腹いっぱい食べさせてくれるかどうかでした。ですが、戦いを求めてくる魔獣さんもいます。」

 

「この依頼が終わったら、教えてもらいたいな。」

 

「はい、もちろんです。あっ……」

 

ユミナは目を閉じて、銀狼たちの様子を伺っているようだ。

 

「見つかったか?」

 

「そうですね。あの子たちが見つけたようです。7匹、でしょうか。」

 

「群れだし、誤差はあるだろうな。」

 

「やったろうじゃない!」

 

「一気に殲滅、の方がいいと思います。仲間を呼ばれる可能性も、あるので。」

 

シルエスカ姉妹の意見が述べられた。

パーティーのリーダーである、望月に俺たちの視線は向けられる。

 

「ユミナ、キングエイプたちをこっちにおびき寄せることってできる?」

 

「あの子たちなら可能です。」

 

「罠を張っておくんだ。落とし穴ぐらいなら土魔法ですぐできるから。」

 

内心、真っ向勝負を選ぶのだと思っていた。

ユミナ、望月がそれぞれ土魔法による罠をしかけていく。

 

 

そして仕掛け終わったところで、木陰に隠れる。

 

自然と誰もが物音を立てず、

意図して静寂が訪れる。

 

 

 

雄叫びが、やがて聞こえた。

地面にしかけられた落とし穴の手前で、銀狼たちは大きくジャンプして跳び越える。意思疎通がちゃんとできているし、賢い証拠だ。今日のご飯はいつもより豪勢なものになることだろう。

 

対して、大猿たちはまっすぐに向かってきて見事に落とし穴に落ちた。

 

 

 

「今だ!」

 

あらかじめ魔力を籠めていた魔法陣を起動させる。

 

「『炎よ来たれ、渦巻く螺旋、ファイアストーム』」

「『炎よ燃やせ、焼却の息吹、ファイアブレス』!」

 

俺とシルエスカ妹の魔法で這い上がろうとするゴリラ3匹を焼き尽くす。

同胞の生死に関わらず、残り4匹が遅れてこちらへ向かってきた。

 

望月、シルエスカ姉、九重がそれぞれの得物を持って立ち向かう。

ていうか、望月の武器も日本刀だったのか。

 

「『スリップ!』」

 

個人魔法によってゴリラが横転する。

咄嗟にユミナが矢を放ったが、当たることはない。

 

 

その震えた手で、望月達に対して誤射しなかっただけマシだ。

 

 

「ユミナ、いくぞ。」

「は、はい!」

 

「「『雷よ来たれ、白蓮の雷槍、サンダースピア』!」」

 

20本以上の雷の矢が次々と、1匹のゴリラに刺さっていく。

 

 

 

しかしその動きは止まることはない。

死に物狂いでこちらへ向かってくる。

 

「ひっ……」

 

ユミナは地面に尻をついてしまった。

その怯えた様子は、まさしくかつての俺だった。

 

 

剣を引き抜き、ゴリラの首を刎ねる。

その血しぶきを見て、ユミナはふわりと地面に横たわった。

 

 

 

 

***

 

 

「イッキ…さん…」

 

翠と碧の瞳は、いつもより弱々しい。

 

「気分はどうだ?」

 

ぬるくした水のコップを渡す。

 

 

「わたし、気を失っていたんですね。」

 

「まあな。」

 

「お役に立てませんでしたね。」

 

「初めてだったんだし。」

 

「でも、心配して止めてくれ、たのに……めい…わく..かけ...ちゃって」

 

綺麗な細い指で、

目の縁の涙を必死にぬぐう。

 

 

「召喚獣のサポート、罠の設置、まではよかったんだけどな。」

 

布団を濡らすユミナの頭を撫でる。

誰かのために頑張ろうって、迷惑かけないようにしようって、昔から人一倍思っているのだ。

 

 

静かに流れていた涙は、やがて嗚咽に変わる。

そこに優雅さなどはなく、年相応の女の子らしかった。

 

 

「俺の故郷には魔物なんていなくて、それこそ剣を握ったことだって一度もない。だから俺が最初に獣と戦った時は、それはもう無様だったぞ。」

 

「そう、なのですね。だから、あの時はあんなに……」

 

「言いそびれていたけど、あの時はありがとうな。」

 

ハンカチで涙を拭ってやる。

目元はまだまだ赤い。

 

 

「わたし、まだ皆さんと一緒にいたいです。まだ知り合ってばかりだけど、トウヤ様にも、エルゼさんにも、リンゼさんにも、ヤエさんにも。」

 

「ああ。俺からも頼んでみる。」

 

 

『魔眼』や身分、そういうものがあって、ユミナには同年代の友達が決して多くなかった。ユミナとして向き合ってくれる人はほとんどいなかったのだ。家族や親戚もできる限り時間を作ってくれていたが、それでも独りの時間が多かったのだろう。俺も冒険者として出ていってしまったし。

 

だから、召喚魔法を学んだのだ。

 

「イッキさんも、ずっと一緒にいてくれますか?」

 

「約束する。」

 

「ありがとうご…ざいま…」

 

それだけ告げて、ユミナは目を閉じる。

俺も一息つこうかとも思ったが、この手を放してくれないようだ。

 

あの時は俺にずっと付いていてくれたし、珍しく子どもっぽい寝顔をこのまま朝まで堪能することにしよう。

 

おやすみ

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

☆5確定ガチャ、そしてライバル

夜が明けたと同時に、羞恥で顔を真っ赤にしたユミナも見れた。

この時ほどスマホが欲しくなった時はないだろう。

 

何度も謝ってきたが、1日くらいの徹夜ならどうってことはない。

 

 

 

「闇属性の召喚魔法は、まず魔法陣を描き、対象を召喚することから始まります。」

 

そう説明しながら宿の裏庭で、ユミナは地面に大きな魔法陣を本を片手に描いていく。この『チョーク』は魔石のかけらでできたものだ。服装は昨日と同じものだが、胸当てや矢筒は部屋に置いていて、髪は解かれている。

 

「へぇー」

 

望月たちも心配してくれただけであって、パーティー追放などを告げられることはなかった。昨日のお詫びも含めて、望月には召喚魔法を教えるのだと張り切っている。ちなみに闇属性を持たない九重たちは各自、町で自由時間を過ごしている。

 

 

「何が召喚されるかは全くのランダムです。魔力や術者本人の『質』などに左右されるとも言われてはいます。ですが、初心者で高位の方を呼び出したという話もお聞きします。」

 

「ガチャか。ゴブリンを引かないことを祈るんだな。」

「それはさすがに困るなー」

 

「? えっと、召喚した者と契約できれば成功なのですが、昨日ご説明した通り、彼らから条件が与えられます。」

 

「戦うなら『ゲート』でどっか行けよ。」

「うん。『銀月』の裏でやることじゃなかったね。」

 

「いえ、もし戦うとしてもこの魔法陣の中になります。いきなりは襲ってこれませんので、ご安心ください。」

 

「そうなのか。」

 

「はい。結界も発動しますので、よほどの者でなければ大丈夫でしょう。」

 

☆5とかSSRだったら、ユミナを抱えて一目散に逃げよう。

 

 

「準備ができました。この上に立って、闇属性の魔力を籠めてください。」

 

「ありがとう。よしっ、やってみるか。」

 

望月と入れ替わるように、ユミナが俺の隣まで来る。

 

完成した魔法陣の前に立って、望月が魔力を籠め始める。黒い霧が魔法陣内部に充満していく。霧に包まれた黒い影が現れたと同時に、その召喚獣から途方もない圧力が迫ってきた。

 

ユミナを横抱きしていつでも逃げられるようにする。

 

「きゃっ」

「悪い。」

「い、いえ…」

 

「さて、ヤバそうだぞ。いきなりSSRか。」

 

久しぶりに、俺は冷や汗を掻いている。

同時に闘争心が湧いているという不思議な感覚だ。

 

魔法陣の中には大きな白い虎。

眼光と威圧感、鋭そうな牙と爪、そして魔力量も尋常ではない。

 

 

「まさか、《白帝》なのでは……」

 

『ほう、我を知っているのか?』

 

「あんまり睨まないでやってくれるかな。」

 

『お前は平然としているのだな。我を前にして立っていられるとは、面白い。』

 

「慣れればさほどでもないよ。で、《白帝》ってなに?」

 

 

「召喚できるものの中では、最高クラスの4匹、そのうちの1匹です。西方と大道の守護者にして獣の王、神獣です。」

 

「白虎らしいぞー!」

 

パーカーにしがみつきながら、もはや俺に説明してきた。

望月に対して、簡潔で最高の回答を渡す。

 

 

「なるほどね。それで、どうすれば契約してくれるんだ?」

 

『契約、だと? ずいぶんと舐められたものよな。』

 

「とりあえず言ってみてよ。」

 

『ふむ、しかし奇妙だな。お前からは異質な力を感じる。精霊の加護、いや、それよりも高位だ。だがあの者はどこかで感じた力だ。』

 

もしかして、これは確定ガチャだったのでは。

やっぱりもう人間やめているんではないだろうか。

 

俺はたぶん半分人間です。

 

「ユミナ、望月ってどうなんだ?」

 

「イッキさんのような、強大な才能を秘めておられることはわかります。しかしそれが何かまでは。」

 

「ありがとう。さて、戦うのかどうか。」

 

「あの、そろそろ、下ろしてもらえませんか?」

「断る。」

「あぅ…」

 

 

『よし、お前の魔力の質と量を見せてもらう。神獣である我と契約するのだ。生半可な魔力では使いものにならん。』

 

白虎の提案に俺たちはホッとする。

戦ったとしても望月なら勝ちそうだが、町が破壊されそうだ。

 

「魔力を?」

 

『そうだ。我に触れて魔力を注ぎ込め。魔力が枯渇するギリギリまでだ。最低限の質と量を持っているなら、契約を考えてやろう。』

 

 

「ていうか、優しいな。」

「そうですね。契約が成功したとしても、使役することにも魔力は必要ですので。」

 

神獣だし、膨大な量の魔力を持って行きそうだ。望月は俺たちより魔力の量がはるかにあるし、質も白虎的に認めているし、契約自体は成功するはずだ。某RPG風に言えば、大量のMPを消費して白虎が突進するという、一撃必殺技『白虎呼び』にでもなるのだろう。

 

 

「このまま魔力を流せばいいのか?」

 

歩み寄った望月が白虎の額に触れて尋ねる。

 

『そうだ。一気に流していい、お前の魔力を見てやろう。ただし魔力が枯渇して倒れたら、契約は無しだ。ほどほどにして諦めよ。』

 

「わかった、気分が悪くなったらやめるよ。」

 

 

『む…これは…なんだ、この澄んだ魔力の質は…!?』

魔力を籠め始めたらしい。

『ぬうッ! な…なにっ!?』

たぶんその量に驚いている。

『ふぐっ……こ、これは……ちょ、ちょっとま…』

そろそろ白虎はヤバそうだ。

『まっ……まってく…これ以上は…あううっ…』

もはや喘でいる。

『…も…やめ……お願……』

ユミナに見せたらダメな光景に見えてきた。

 

 

「トウヤ様! あの、そろそろ…。」

 

「え?」

 

一度こちらを見て、ヤバい状態の白虎を見る。

そこで魔力放出をようやくやめてあげれば、虎はぐらりと地面に倒れた。

 

「あれ? うーん、『光よ来たれ、安らかなる癒し、キュアヒール』」

 

回復させる個人魔法を使う。

顔色も悪くしていないし、まだ魔力は余裕がありそうである。

 

 

契約も成功しただろうし、ユミナを下ろして俺たちも少し近づいていく。

 

「望月、魔力の減りはどうだ?」

 

「ちょっとだけかな、もう回復したようだけど。」

「『は?』」

 

白虎と声が被った。

もしかしてMPが無限なのではないだろうか。

いや、魔力回復量が『異常』なのかもしれない。

 

『……お名前をうかがっても?』

 

「望月冬夜だけど。あ、冬夜が名前だからね」

 

『モチヅキトウヤ様…いえ、望月冬夜様。我が主にふさわしきお方とお見受けいたしました。どうか私と主従の契約をお願いいたします』

 

白虎が静かに頭を下げた。

 

『私に名前を。それが契約の証になります。この世界に私が存在する楔となりましょう。』

 

「名前か……うーん……」

 

「ユミナは名前をつけたのか?」

「いえ。神獣だから、でしょうか。」

「そういうことか。」

 

基本的にはこの世界に住んでいないのかもしれない。

 

ユミナの召喚獣は普段はどこかの森に住んでいるようだ。

定期的に餌を食べに来ているようなものだ。

 

「琥珀で、どうかな?」

 

地面に『琥珀』と書いて見せている。

たぶん日本とかイーシェンとかの文字だろうし。

 

ていうか、外国とか異世界の言葉で、名前を付けられるのはどうなのだろうか。

TOUYAって呼ばれるようなものだ。

 

「これが虎で、これが白、そして横にあるのが王という意味なんだ。」

 

『王の横に立つ白き虎。まさに私にふさわしい名前。ありがとうございます。これからは琥珀とお呼び下さい。』

 

「すごいです、トウヤ様、《白帝》様と契約してしまうなんて。」

 

『少女よ、もう私は《白帝》ではない。琥珀と呼んでくれぬか。』

 

「あ、はい。コハクさん。」

 

琥珀自身も心からその名前を気に入っているようだ。

 

「すごいな、ネーミングセンス。中二病だったか?」

「え、違うけど。」

 

真顔でそう答えられる。

自覚症状はないのか。

 

 

 

「トウヤ様はやはり世界を変えるお力を持っておられるのですね。」

「本人が平穏を望んでいるのが、何よりも救いだろうな。」

「そうですね。」

 

少し離れて俺たちだけで、そんなことを話す。

もし敵対してしまったのなら、そう考えるとどんなに恐ろしいか。

 

 

 

「かわいい……」

 

先ほどまでの白虎がマスコットサイズまで縮んでいて、望月へ抱きしめられている。そして、それをうらやましそうに見るのは俺の婚約者だ。昔からユミナへのプレゼントはぬいぐるみだった。

 

 

思わぬ強敵が登場した。

銀狼たち同様、モフモフされるライバルだ。

 

 

このままでは密かに狙っていたポジションが盗られてしまう。

それだけは阻止しなければならない。

 

「刮目せよ、これが1年の修行の成果だ。『幼龍化』」

 

「イッキさん!?」

 

いつもより縮んで、マスコット化すれば完成だ。

一応、魔力の消費もかなり節約化される。

 

かのディズ〇ー映画を見たことのある俺が、ぽっと出の神獣などに負けるはずはないのだ。

 

 

「もう、イッキさんったら。」

 

苦笑いしながら、

手のひらの上に乗せてくれる。

 

蛇っぽいからね。

その成長期のお胸に抱かれることはできないよね。

 

シュンとなる俺の頭を、やさしく指で撫でてくれた。

 

 

 




お待たせしました。
次回、『まるで将棋だな』の出番です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

里帰り、そして将棋

ここ数日、望月たちは依頼に赴くことはなく各々時間を過ごしていた。俺からすれば、3人それぞれとデートをしていたようにしか見えなかった。望月が朴念仁であることを俺に愚痴ってきたり、各自ユミナに恋愛相談をしたりすることが増えてきた。

 

俺たちはといえば、いくつかの魔物討伐依頼を受け、実戦経験を身につけていた。

 

 

 

「お父様!お母様!」

「おお、ユミナ。」

「おかえりなさい。」

 

今日は久しぶりの里帰りである。

『ゲート』で一瞬だった。

 

「リオンさん、久しぶり。」

「イッキ、元気そうで何よりだ。」

 

さて、この場には国王であるトリストウィンさんと、ユエルさん、レオン将軍、リオンさんやオリガさんがいる。オリガさんはミスミドの常駐大使としてこの城に住んでいるようだ。大使館を建てるまでにはまだ至っていないらしい。

 

そして、望月たちも一緒に来た。

 

「失礼した……久しぶりだな、トウヤ殿。」

「どうも。」

「後ろの方々がお仲間か。そう固くならんでいい、顔を上げてくれ。」

 

九重たちは見事な土下座である。

シルエスカ姉妹も土下座を知っているとは、意外だ。

 

 

俺はさっさと席に着いて、菓子に手をつけている。

ここの男性陣は基本フレンドリーだし、身内だけの場で堅くなる方が迷惑をかける。

 

 

しかし、義理の母には挨拶をしておかなければと思って、紅茶のカップを持って席を立つ。

 

「お久しぶりです。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。」

 

「お久しぶりですね。あなたはもう義息子なのですから、今はかしこまる必要はないんですよ。」

 

「そうします。」

 

ユエルさんは微笑み、優雅に紅茶へ口をつける。

テンションが上がった男性陣の行動にも、俺のマナー違反にも寛容だ。

 

「ユミナ、怪我はなかった? 辛いことはなかった?」

 

「はい、イッキさんはいつも気にかけてくださいますので。」

 

「あらあら。頼りになりますね。」

 

「傷一つ負わせるつもりはないので。」

 

「まあ!」

 

「イッキさん…」

 

赤く染まった頬を隠すように、少し俯く。

かわいい。

 

 

しかし背中に衝撃が走る。

こういうことは何度もあったし、すでに耐性がある。

 

「イッキ! 久しぶりにリオンと一緒に儂が鍛えてやろうか!」

「それ、ストレス発散の間違いだろうが。」

 

何度、その拳で吹き飛ばされたことか。

この人、将軍の書類仕事はちゃんとやるけれど、得意ではないなのだ。

 

「また今度ということで。」

 

「そうか! なら、トウヤ殿を誘ってくるとしよう!」

 

「シルエスカ姉、あー、髪が長い女性が拳闘士ですよ。」

 

「そいつはいいことを聞いた!」

 

相変わらず、嵐のような人である。

レオン将軍は拳闘士として名を馳せた武人でもあるし、シルエスカ姉は喜ぶだろう。

 

シルエスカ妹は宮廷魔術師であるシャルロッテさんと話したがりそうだ。

 

 

 

 

「で、どこまで聞いた?」

 

「えっと、やっぱり爵位は断ることにしたよ。王様と話したんだけど、授与式で冒険者として断るってことになってる。」

 

そもそも城に来た理由は、望月への褒美の話である。

俺も国の恩人に対してかしこまった方がいいのかもしれないが、望月は逆に嫌う。王候補としても長い付き合いをしなければならないし、個人的にも仲良くしたいし、『同郷』ということは最高のメリットだ。

 

「国としても、恩人には何かしないと面子が保たれないんだよ。」

 

「ぶっちゃけるね。」

 

「取り繕っても事実だしな。たぶんいくらか金をくれるだろうけど、辞退されたら困るからな。」

 

「うーん、まあ、貰えるんなら。」

 

「トウヤ様、そろそろ。」

「あ、うん。じゃあ、また後で。」

 

メイドさんに連れられて、部屋を出ていく。

たぶん明日の授与式で着る服を選ぶのだろう。

 

シルエスカ姉妹や九重はレオン将軍に引き連れられて、訓練所の見学に行ったようだ。たぶん参加させられる。

 

 

リオンさんもオリガさんを送り届けるようだ。

あの2人、雰囲気がいいな。

 

 

 

 

部屋に残ったのは4人。

ユミナはユエルさんへ、冒険談を楽しそうに話している。

 

トリストウィンさんが話しかけてくる。

 

「一局、どうだ?」

 

「お相手しましょう。」

 

俺たちは菓子をモグモグしながら、将棋を指す。

 

「ユミナはどうだ?」

 

「毎日が楽しそうですよ。まだまだ新米冒険者ですが。」

 

次々と駒を移動させていくが、相手は守りに徹している。

 

「そうか。それはよかった。」

 

動きに性格が現れている。

俺と違って、自分たちで戦略を編み出したのだろう。

 

「やはりイッキに任せて、正解だったのだろうな。」

 

定石でないことに、やりづらさを感じる。

 

「本当に俺なんかでいいんですかね?」

 

王を一度盤面から離して、また指し直す。

 

 

「与えた課題もこなしているのだろう?」

 

定期的に送ってくる宿題のようなものだ。

夜遅くまでやっているが、苦に思ったことはない。

 

「それはもちろん。」

 

かなりの勉強が必要不可欠だろう。

そして国を、人を、己を知ることもだ。

 

「不安か?」

 

「そうですね。」

 

さっきの一手が、ミスだと気づく。

自然と、口を手で覆い隠してしまう。

 

「養育相談所、そして職業訓練塾だったか。あれらはなかなか好評だぞ?」

 

「参考となる知識があっただけですよ。」

 

持ち駒から、盤面に指す。

 

しかし、それらは無作為に使ってはいけない。

数に限りがあるのではなく、負の影響も招きかねない。

 

「そうか。だが、イッキに任せたのは正解だと思ったぞ。もちろんユミナのこともだ。」

 

「俺にできることをやっているだけですよ。できないことはまだまだ多い。」

 

この将棋も、望月がもたらしたものだ。

個人魔法は俺にはできないし、ルールの周知も俺はあえてしなかったことだ。

 

 

「それでいいのだ。王は全知全能などではない。」

 

「そうか、それでいいんだよな。」

 

「ふっ、答えを得たか。」

 

 

金、銀、歩,……

役割の異なる、それらの駒を、王が動かすのだ。

 

「まるで将棋だな……。」

 

そして王のために、彼らは盾も槍ともなる。

王の首が取られないために犠牲をも厭わない。

 

この世界の人たちは、

それが王のためなら本望だと言うのだろう。

 

そう教育された国民のおかげで国家は成り立っている。

 

「それでも、犠牲にはさせませんよ。」

 

「む。これは…」

 

堅固な守りを、一手ずつ切り開いていく。

 

「王手。詰みですね。」

 

「ま、まってくれ!……なぜ勝てんのだ。」

 

「経験の差ですかね。」

 

まだまだこの人には敵わない。

ゆっくりと、もっと人脈を作って、いろんな経験を身につけていこう。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

姉妹、そしてミスミド王国へ

『ベルファスト王国第一王女 婚約!!』

そんな見出しの号外が国中を駆け巡った。

 

それと同時に、望月による『国王暗殺阻止』も報じられた。個人名や詳細な情報や解決手段などは伏せられたが、十分な報奨金と屋敷を褒美として与えられたことは周知されている。ちなみに王金貨20枚、日本円ならば2億円に相当する恩賞である。

 

あまり実感していないが、国を救ったことに等しいのだ。

俺にとっても大事な人であるので感謝の気持ちでいっぱいである。

 

 

「久しぶりですね、スゥ」

 

「こんにちわじゃ、ユミナ姉様。」

 

「久しぶり。」

 

「イッキも久しぶりじゃな。」

 

同じ月色の髪を持っているし、実の姉妹のようにも思える。そんなユミナの従妹とは久々に会う。今は亡きバルサ伯爵の命令によって、彼女は襲われたこともあったので外出は控えさせられていた。ここ最近、俺もユミナもバタバタした毎日を送っていたこともある。

 

さて、今何をしているかと言えば、望月の屋敷でお茶会だ。アルフレッドさんとスゥシィが訪れている。

 

もちろん、シルエスカ姉妹や九重も参加している。

ユミナたちとガールズトークをするだろうし、直に緊張も和らぐだろう。

 

琥珀は庭園で日向ぼっこをしている。

 

 

「トウヤ殿、兄上のことは重ね重ね、感謝を申し上げる。」

 

「いえいえ、何度も言いますが、運がよかったんですよ。」

 

菓子をモグモグしながら、互いに近況報告を行っていく。たとえ次期国王となったとしても、身内しかいない時のマナー違反はやめられそうにない。

 

「どうやら引っ越しも無事に片付いたようだな。」

 

「はい、なんとか。イッキやユミナもいましたし。」

 

望月やシルエスカたちも屋敷に住むことは初めてなので、サポートをお願いされた。

 

「いい屋敷なんですけど、まだ慣れないと言いますか。」

 

「ははっ、そうか。」

 

王都の中心から少し離れた、外周区にこの屋敷がある。

望月も落ち着いたところがいいだろうと、ここを選んだ。

 

「どういたしまして。屋敷の主人になったとはいえ、慣れてないだろうしな。」

 

俺やユミナは客人としてその屋敷に住まわせてもらい、まだしばらく行動を共にすることにしている。たぶんまだまだ他国の事情に、望月は巻き込まれそうだし。

 

 

「そうだ、使用人は足りているのか?」

 

「とりあえず、俺たちから何人か紹介を。メイド2人、騎士2人、庭師の夫婦、そして執事……まあ、少数精鋭ですかね。」

 

挙げてみたものの、まだまだ少ないことが再確認された。執事や、騎士であるハックさんやトマスさんもすでに高齢である。

 

アルフレッドさんも苦笑いだ。

 

 

「それで、今日は何か用があってきたんですか?」

 

「そうだな。そろそろ本題に入ろうか。みなもよいか?」

 

「はい。」

「わかったのじゃ。」

 

女性だけで楽しんでいた恋バナから、現実に戻される。

 

ユミナへの恋愛相談会はよくある光景である。

朴念仁には困ったものだ。

 

 

「実はな。同盟国であるミスミド王国との、会談の席を設けることになったのだ。」

 

「それが僕に関係が?」

 

「まあ、聞いてくれ。会談にはどちらかの王が、王都へ出向くのが一番なのだ。しかしそれには必ず危険が付きまとう。」

 

暗殺のこと、スゥシィが狙われたこと、帝国の不穏な動きもある。旅路に関して慎重になるのは自然なことだろう。

 

「俺が代理でサクっと行ってもいいんだけど、向こうの政治体制は一筋縄じゃないからな。」

 

「それはどういうこと?」

 

「ミスミド王国は数種類の亜人による連合国だ。獣人のトップ以外にも、それなりに誠意をちゃんと見せなきゃいけない。それに、ミスミド側の人たちを送り届けることにもなっている。」

 

妖精族の長とか、想像しただけで一筋縄ではいかなさそうだ。

 

「そこで申し訳ないが、『ゲート』の使用をトウヤ殿にお願いしたい。これはギルドを通した依頼として報酬ももちろん用意しよう。」

 

すでに潤沢な資金を持っていても、冒険者である望月は依頼なら引き受ける可能性は高い。

 

「でも、『ゲート』って確か…」

「一度、行ったことのある場所、だけなんですよね?」

 

「うん。そうだね。」

 

「一度、ミスミド王国まで行かないといけないのじゃな。」

 

「そうなるでござるな。」

 

「確か、馬車で10日ほどでしょうか。」

 

「なかなかかかるわね。」

 

「それと、これって強制じゃないからな。」

 

各々好き勝手に意見を出しつつ、望月に判断を任せる。

顎に手を当て考えこんでいる。

 

 

「わかりました、引き受けます。旅行みたいなものですし。」

 

「おお、引き受けてくれるか! そうそう、王都までは大使やその警護の者が案内してくれるそうだ。」

 

「オリガさんが帰国? 妹のアルマも一緒に帰るんですか?」

 

「ああ。おそらくそうするだろう。」

 

 

「あの、よろしいでしょうか?」

 

ユミナが少し手を上げて、何かを発言しようとする。

 

「あまり、『ゲート』を使えることは広めないようにすべきなのでは。」

 

「一理あるでござる。」

 

「え? そう?」

 

やはり危機感がなさすぎる。

どの国も、喉から手が出るほどの人材であることを自覚してほしい。

 

「何度か言ったと思うが、望月が個人魔法を使えることはそれなりに隠しているからな。例えば『リカバリー』とかバレたら、患者が殺到するぞ?」

 

「なるほど。確かにそうだね。」

 

ようやく、少し意識してくれた。

この段階までが長かったし、まだまだかかりそうだ。

 

「……なあ、制限付きの『ゲート』はできないか?」

 

「ふむ。イッキ、詳しく説明してくれ。」

 

「シャルロッテさんにあげた眼鏡のように、『ゲート』を『エンチャント』した魔具を渡すってことになりますかね。ただし、それぞれ専用の物の地点に移動できるようにする、とか。」

 

「なるほど。それぞれの城のみを繋げる『ゲート』ということか。」

 

「そうです。望月にしか分からないが、某RPGで言えば『旅の扉』だ。どうだ?」

 

「うーん、できる、と思う。」

 

確証はないことは確かなのだろう。

もしできなかったら、一度だけ顔を隠して『ゲート』役をしてもらうしかない。

 

 

いつでも『ゲート』を使える魔具を求めて、将来的に争いが起こっても困る。

 

 

「そういえば、出発はいつになります?」

 

「3日後を予定している。かまわないか?」

 

「はい。準備しておきます。」

 

了承してくれたようで何よりだ。

さて、一度城に戻って、俺も打ち合わせや準備をしなければならない。

 

 

 

「いいのう、わらわも行ってみたかった。」

 

「旅から帰ってきたらいつでも行けるようになるから、今度スゥも連れてくよ。」

 

「ホントか! やはりトウヤは頼りになるのう!」

 

護衛を増やすことを提案しておこう。

 

 

しかしスゥシィはずいぶんと懐いているようだ。

スゥシィの父の表情が寂しげだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

襲撃者、そして甘さ

 

総勢30人が馬車5台を使って移動している。

多いか少ないか、どう思うかは個人によって異なるだろう。

 

10日もの旅路は長いように思えるが、交通面の文明開化が起きていないのだから仕方がない。俺や望月以外は、この距離なら当然ことだと理解しているようだ。ユミナと2人きりの馬車の中で、覚えている創作物の話をして時間をつぶす。新米冒険者であるし、大海賊時代の話には興味津々だった。

 

 

望月もオリガさんの妹さんに聞かせるために、そういった話をしている。

たき火を囲んで大人たちも耳を傾けていた。

 

さっきのは『猫の恩返し』だろう。

 

「っ!……みなさん!」

 

兎の獣人が、音を聞いて敵襲を察知する。

気配を隠して囲むように動いているし、それなりに腕が立つようだ。

 

《主よ、確かに何者かがこちらへ向かっています。盗賊の類いでしょう》

 

そのマスコット化やめて、元に戻ってほしい。

声で緊張感を失いそうだ。

 

「結構多い。20は超えるな。」

 

「そんなに……。」

 

ここで意気揚々と突っ込むことは愚の骨頂だ。

それにまだ相手は散開している最中らしい。

 

ユミナを俺の隣に寄せていつでも逃げられるようにする。

優先順位を見失うわけにはいかない。

俺の命にも価値が生まれた。

 

 

リオンさんたちも警戒態勢に入る。

ミスミドの護衛5人もオリガさんたちを守るように動いている。

 

「望月、行けるか?」

 

視界は悪く、リオンさんたちも動くことはできない。

俺たちは受け身になって、望月たちに任せるしかない。

 

「北に8人、東に5人、南に8人、西に7人。計28人だな」

 

「「「「はい?」」」」

 

当の本人はスマホを片手に敵の人数を述べた。

『サーチ』では50m圏内なのだが、スマホと合わせれば数kmへと強化されるのだろう。

 

「『エンチャント:『マルチプル』』。そして、『パラライズ』!」

 

個人魔法のオンパレードである。

緊急事態だから今回は何も言わないが、ミスミドの人たちには説明責任を問われそうだ。

 

「な、なにをしたんでしょうか。」

 

「麻痺の魔法を使いました。多分倒れて動けなくなっていると思いますよ」

 

「全員ですか!?」

 

「28人が全員ならね」

 

『サーチ』で盗賊だと判断された者に当たる、範囲魔法になったのだろう。

 

つまりマップ兵器である。

準備がかかるとはいえ、個人魔法の友好的な組み合わせ方だ。

 

「えー、もう終わりなの?」

 

「トウヤさん、すごいです。」

 

「呆気なかったでござるな。」

 

個人プレーすさまじいことはわかる。

だが今は、戦闘狂たちは黙っててほしい。

 

 

 

「マヒの効果はどれくらいだ?」

 

「半日くらいかな。」

 

もちろん縄で捕えておく。

そして、『パラライズ』を重ね掛けしてもらえばいいだろう。

 

「十分だ。次の町の衛兵に引き渡す。いいですか?」

 

「もちろん。ここはまだベルファストですので。」

 

彼らにも事情があって、襲ってきたのだろう。

願うことなら、罪を償って真っ当に生きてほしい。

 

ズボンのポケットに、汚れた手を入れる。

 

 

「『闇よ来たれ、我が求むは誇り高き銀狼、シルバーウルフ』」

 

最も足の速い、銀狼のボスが魔法陣から現れる。

ユミナは手紙の入った筒を首にかけて、次の町へ向かわせた。

 

 

「見張りは我々に任せて、皆様はお休みください。もちろんオリガさんたちも。」

 

「リオン殿、感謝いたします。」

 

「いえ、騎士として当然のことです。どうかお気になさらず。」

 

「はい!」

 

カッコいいこと言うじゃないか。

しかし、内心はバクバクだろう。

 

 

 

「じゃあ、任せるが、無理だけはするなよ。」

 

「「「はっ!」」」

 

「望月たちも休めよ。」

 

騎士や望月に挨拶をして馬車へ向かう。

ユミナが寝づらいだろうが、肩を貸せばいいだろう。

 

「ちゃんと寝るんだぞ。」

 

今夜も野営である。

初めは辛そうだったが、ユミナもこの旅で少しずつ慣れてきている。

 

「イッキさんが眠ったら、ですからね。」

 

悪いが、今夜は眠るつもりはない。

殺気に敏感であるとはいえ、完璧ではない。

 

 

誰一人として死なせない。

次期国王として『この甘さ』がいつか重大なミスを起こすかもしれないが、俺個人として譲りたくない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仲間、そして飛翔

6日かかってベルファスト王国の最南端の町『カナン』、そこから船に乗り込んで『ラングレー』までたどり着いた。大陸を分けるように海峡があって、それがミスミド王国との国境でもある。そして、どちらの町にもすでに人と獣人が共生している。露店も立ち並び、それぞれの国民にとっては観光地扱いのようだ。

 

途中、シルエスカ妹が船酔いになって『リカバリー』をかけてもらったり、リオンさんがオリガさんへアプローチをかけたり、望月がミネストローネもどきを作ったり、1度の盗賊の襲撃以外、特に大きなトラブルは起きることはなく順調な王都への旅を続けている。

 

まさかフラグだったか。

 

「どうかしました?」

 

「ちょっと気になってな。」

 

月が輝いていて明るい夜だ。

 

神獣である琥珀のおかげで野生の魔獣は本能的に襲ってこない。

だが今夜はいつもより静かすぎる。

 

はるか遠くの方で魔物が騒いでいる。

その喧騒が少しずつ広まっているのだ。

 

 

『主!』

「なにか大きなものが来ます……空です!」

 

琥珀や兎の獣人が一早く反応した。

突然生じた風が木々を揺らす。

 

耐えつつ、剣の柄に手をかける。

ユミナも手元に置いてあった弓をちゃんと構えている。

 

 

「竜だ!」

 

「まさか、こんなところに!?」

 

空の黒い影、いや黒竜。

俺たちの上空を悠々自適に通過していった。

 

「なんだ、こっちに来るかと思ったわよ。」

 

「ひやひやしたでござるよ。」

 

黒竜の影はどんどん小さくなっている。

どこかへ向かって飛んで行っているのだ。

 

しかし獣人たちは驚いているようだし、日常茶飯事なことではないようだ。

 

 

「どういうことです? 普通はここまで来ないってことですか?」

 

望月が彼らに尋ねる、

ミスミド王国には竜も棲んでいると聞くし。

 

「ドラゴンは普通、聖域で暮らしています。そこから出ることはほとんどありません。」

 

「まさか誰かが聖域に踏み込んだか。」

 

「いえ、そうとも限らないのでは。時に、若い竜が人里で暴れることがあると聞きます。」

 

「あの、その若い竜の強さはどの程度、なのでしょうか……?」

 

「王宮戦士中隊、100人もいればなんとか。」

 

「それは、やばいわね。」

 

「触らぬ神に祟りなし、でござる。」

 

ベルファスト側は冷や汗を掻いている。

 

飛行している相手には苦戦を免れないだろう。

この場に100人はいないし、あの竜を討伐することは悪手だ。

 

「どうしますか?」

 

「できれば戦いたくないな。黒竜の目的次第だけど。」

 

「あいつエルドの村にまっすぐ向かってるみたいだ……!」

 

スマホで、『サーチ』を『エンチャント』したマップ機能を使った望月がそう発言する。

 

 

こんなことを気にしている場合ではないのだが、

そのスマホのマップデータって誰がアップロードしたのだろう。

 

 

 

「なぜエルドの村なのだ?」

 

「家畜を狙っているのでは。」

 

人も家畜も変わらない捕食対象になりうる。

このまま放っておけば、1つの村が壊滅する。

 

「くそっ!」

 

たぶん獣人の護衛の1人の故郷なのだろう。

助けに向かいたいけれど、任務を放棄することもできない。

 

 

「どうします?」

 

リオンさんが尋ねてくる。

ここはミスミド王国であるが友好国だし、この緊急事態に対して独断で動いてもいいだろう。

 

「オリガさん、もし竜を討伐しても問題にはならないか?」

 

「はい。侵入者として扱われますので。」

 

条約をすでに結んでいるのだろう。

そこには多大な労力があったことが考えられる。

 

「わかりました。村の救援を考えさせてもらいます。」

 

思い詰めていた獣人の顔が明るくなる。

 

さて、

琥珀がパパっと倒してくれればいいのだが、たぶん空中戦向きじゃない。

 

「最善の手段、か……」

 

村へ向かっている黒竜に今すぐ追いつくこと。

それはこの場で俺以外にはできない。

 

だがユミナやオリガさんを危険に晒すことはできない。

次期国王として、本当に正しいのどうか。

 

揺らぐ。

そんな俺の、血を流すくらい握りこんだ拳を、柔らかい手のひらが包み込む。

 

「私も戦えます。もう、怯えたりはしません。」

 

「ユミナ...」

 

「だから、行ってください。」

 

ユミナはこの『甘さ』を好きでいてくれる。

後悔はしたくないし、俺にできることならやってやる。

 

 

「リオンさん、ユミナとオリガさんを必ず守れ!」

「誓おう!」

 

「死ぬなよ。」

「それは俺のセリフだよ。」

 

トリストウィンの懐刀がレオン将軍。

リオンさんは俺にとっての相棒だ。

 

 

「森から移動した魔物がいるかもしれない。ミスミドの人たちと協力して、村人の避難を頼む。」

「「「はっ!」」」

 

他の騎士達も見事な礼を見せてくれた。

しかし俺にとっては配下などではなく、切磋琢磨した仲間だ。

 

「お前らも、死なないでくれよ。」

 

「変わらないですね、次期国王様。」

「褒美は期待してるからな!」

「さっさとドラゴン倒してこいよー」

 

軽口を叩き合うのも久々だ。

次期国王となっても、俺の『異質さ』を知っても、変わらない関係がある。

 

 

「私たちも手伝うわよ!」

「お任せくだされ!」

「私も、微力ながら、ですけど。」

 

「サンキュ。村の方は頼むぞ。」

 

パーティーメンバーの存在も頼もしい。

 

 

 

「望月、遅れてもいいから援護に来てくれ。」

「うん。できる限り急ぐよ。」

 

 

「ユミナ、行ってくる。」

「はい、お気をつけて!」

 

挨拶は済ませた。

この『異質さ』を最大限に使う覚悟も決めた。

 

たぶん今、俺は獰猛な笑みを浮かべているのだろう。

久しぶりに、半分の血が騒ぐ。

 

「別に、アレを倒してしまっても構わないだろう? 『龍化』」

 

黒竜へ向かって飛翔する。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

銀龍、そして黒竜

この姿での戦闘経験はあまり多くない。

 

それでも、

秘めていた本能と闘争心を全力で解放するだけだ。

 

 

『グオッ!?』

弾丸となって黒竜にぶつかり、地に墜とす。

 

轟音が鳴り響く。

黒竜の巨体が森の木々を押し退けた。

 

 

『グッ、何者だ。我が享楽を邪魔するとは。』

 

「人間だ。」

 

『どこがだ!? まあよい、その身体を八つ裂きにしてくれる!』

 

巨大な爪を振り下ろす。

その衝撃波は木々をなぎ倒していく。

 

パワーは黒竜に軍配が上がるが、スピードで負けるつもりはない。

 

「おうちに帰れ!」

 

『うっとおしいぞ、この大蛇め!』

 

勢いよく息を吸って炎を吐き始める。

特性上、効かないが。

 

「無駄ァ!」

 

顔面に向かって、尾を振りかぶる。

黒竜は倒れ伏して地響きを鳴らす。

 

 

角が見事に折れた。

 

 

『グオオオオ!』

 

どうやら逆鱗に触れてしまったようだ。

炎を吐き続け、このままでは森が大火災になるだろうと焦る。

 

 

急に、黒竜が横転する。

 

たぶん『スリップ』だろう。

大きな隙ができたし、ありがたい。

 

大技にはそれなりの集中力が必要なのだ。

立ち上がるまでに時間がかかっている。

 

 

魔力を尾に籠める。

「『剣龍!』」

鋭利に、尾は剣と化す。

 

勢いよく振るって、

竜の右腕を吹き飛ばした。

 

 

その斬撃は地面まで斬り裂いていて、

黒龍はおびただしい血を流している。

 

人に使ったらヤバい技だ。

 

 

『…いってぇ、くそ!』

激痛に悶えている。

そして、自身の炎のブレスで傷口を塞ぐ、そんなことを躊躇いもなくできるのは彼が生粋の竜だからなのだろう。

 

 

 

その巨体をぶっとばすことで、向かってきた光の極太レーザーから救う。

 

 

望月の魔法だと思うが、黒竜に致命傷を与えるものだったと思う。

 

『ぐっ、なぜだ……』

 

「さあな。俺が人間だからじゃないか?」

 

『甘いな。』

 

「自覚してる。」

 

 

戦いが再開することはない。

そこへ赤い竜が空から降りてくるが、攻撃されることはないようだ。

 

『我が同胞が迷惑をかけたな。若き龍よ。』

 

威厳ある声の持ち主には、まだ勝てそうにない。

 

「どうも」

『けっ…』

 

『我は聖域を統べる赤竜。こいつを連れ戻しに来たのだ。』

 

『赤竜よ。《蒼帝》に言っておけ。自らの眷属ぐらいちゃんと教育しとけとな。』

 

マスコットから元に戻っている。

その漏れ出した威圧感に、琥珀よりずっと巨大な俺たちはビクっとする。

 

『貴方は《白帝》様!? なぜこのようなところに!?』

 

聖域の主である赤竜にとっても、神獣には頭が上がらないらしい。

 

『どうかご容赦を願いたく。この者の処遇は何卒温情をもって……』

 

『どうしますか、主。』

 

赤竜や黒竜はお口あんぐりである。

神獣が人間に仕えていることが驚愕なのだろう。

 

「あー、まあ、まだ村は襲ってないからね。でも今回だけだよ。二度とこんなことがないように若いヤツらに言い聞かせてよね。」

 

上から目線が凄まじい。

琥珀の威を借る人間様である。

 

「そっちのヤツの腕、治そうか?」

 

赤竜と違って、人語を理解できないようだ。

黒竜が俺に視線で尋ねてくる。

 

「俺が言うのもなんだが、腕を治そうかって聞いている。」

 

『いや、治さなくていい。これは戒めだ。』

 

「そうか。治さなくていいか。」

 

『また会おう、銀龍。次に会った時は、お前にリベンジしてやる。』

 

「ああ。また返り討ちにしてやる。」

 

『そんなお前にはキツいお仕置きが待っているぞ。』

 

逃げるように飛び立つ黒竜を、赤竜が追いかけていく。

その姿を見て、俺も『龍化』を解く。

 

 

 

 

「ふぅー……」

 

立ちくらみがする。

さすがに魔力を消費しすぎたようだ。

 

「イッキさん!」

「ヴェ!?」

 

ユミナに押し倒された。

 

「無事で...よかった..です…」

 

信じることと心配することは違うのだろう。

俺もユミナに怪我がないようで、ホッとしている。

 

矢筒の矢はかなり減っていた。

やはり村の方では逃げてきた魔物の討伐で忙しかったようだ。

 

「よくがんばったな。」

 

泣き崩れて抱きついてくるユミナを撫でながら、報告を聞く。

 

 

 

死者は0。

俺の仲間も全員無事。

負傷も避難中に起こったくらい。

 

 

もう日の出である。

王都へ着くのは遅れるだろうし、とにかく疲れた。

 

まあ、終わり良ければすべてよしだ。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

剣士、そして決闘

王都『ベルジュ』までようやくたどり着いた。

新興国であるし、真新しい建物がよく見られる。俺や望月にしかわからないが、街並みがインドによく似ている気がする。様々な種族が暮らしていてベルファストとは違った温かさがある。

 

 

「オリガ・ストランド、ベルファスト王国より帰還してございます。」

 

「うむ、大儀であった。」

 

雪豹の獣人であるミスミド国王に謁見だ。

シルエスカ姉妹や九重はいつも通りガチガチに後ろで控えている。

 

望月は堂々としている。

本当に同じ日本人かどうか、疑ってしまう。

 

「ガルン、そしてリオン殿。オリガの護衛を無事果たしてくれたことを嬉しく思う。」

 

「「はっ!」」

 

「ユミナ姫と婿殿も、よくぞここまで来てくれたな。長旅ご苦労であった。」

 

「いえ、ミスミドとの友好のためですので。」

 

「こちらが王からの親書にございます。ご確認ください。」

 

ちゃんと側近の1人に渡す。

ここでマナー違反するわけにもいくまい。

 

「……なるほど。前向きに考え、近いうちに答えを出そう。それまではごゆるりと我が宮殿でお過ごしくだされ。」

 

王同士の会合、その方法について書いていた。

望月が作成してくれた『鏡』で城に直接移動するのだ。

 

しかし、どちらが出向くかで揉めそうだ。

お互いに譲り合って。

 

 

「ありがたき幸せ。」

「ありがとうございます。」

 

現在進行形で学習中のマナーで頭を下げる。

もうすでに肩が凝りそうだ。

 

「と、堅苦しい話はここまでにして。先ほどから気になっていることがあるのだが……」

 

王の視線は後ろに控えている望月たち、いや琥珀に向けられる。

 

「そこの白虎はそなたたちの連れか?」

 

「はい。召喚獣ですね。」

 

『がう』

 

単に珍しいから聞いてみただけのようだ。

白虎自体が神聖な獣として扱われているだけで、神獣とは気づいていない。

 

マスコット化した白虎は珍しいのだろう。

 

「ふむ……して、黒竜を討ったのは?」

 

「イッキですね。」

 

さらっと言われてしまった。

話に箔がついているのか、あの黒竜を殺したみたいにされているし。

 

「ほう、婿殿が……。」

 

「討伐ではなく撃退ですが。」

 

「撃退であっても称賛に値することだ。……よしっ、儂と立ち合わんか?」

 

ちらりと側近に確認する。

申し訳なさそうに頷いてくれた。

 

「いいでしょう、望むところです。」

 

一介の剣士として、求められた決闘は断れない。

現国王や次期国王にあるまじき、獰猛な笑みを交わす。

 

 

 

 

***

 

王宮の裏手の闘技場に立つ。

正装から、いつものパーカーに着替えられて本望だ。

 

「いや、すまんな!」

 

どこから聞きつけたのか知らないが、お祭り騒ぎだ。

ユミナたちは特等席を用意されたものの、一般の観客で満員である。

 

「手を抜く気も、花を持たせる気も、ないですからね?」

 

「ほほう。それは本望だ。」

 

両手で木剣を構える。

木でできた剣と盾を渡してきたが、盾は断わった。

 

さて、

正装から着替えていてわかったが、筋肉がすごい。

凄まじい修練を積んできたのだろう。

 

「勝負は、どちらかが致命傷になりうる打撃を受けるか、あるいは自ら負けを認めるまで。魔法使用も可、ただし本体への直接的な攻撃魔法の使用は禁止とする。」

 

審判がそう告げる。

3属性同時発動による『強化』は、隙ができるかどうかだな。

 

「双方よろしいか?」

 

「いつでも。」

「始めてよい。」

 

「では、始め!」

 

 

その声と同時に、地面を勢いよく蹴る。

 

「ぐっ、重いな。」

 

両手剣の振り下ろし。

その一撃を盾で防がれたが、ギリギリだったようだ。

 

後退し、右手の片手剣の斬り上げを避ける。

 

「いやはや、危なかったぞ。」

 

そう言いつつ、盾を捨てる。

1対1なら、攻撃こそ最大の防御だとか思っていそうだしな。

 

気が合いそうだ。

 

「いい反応でしたね。」

 

観客の大歓声が巻き起こる。

応援する声も多く、王の人気が高いことがわかる。

 

完全にアウェイだ。

 

「さて、様子見をする必要はなさそうだ。『アクセル』!!」

「『強化』!!」

 

高速戦闘で剣を打ち合わせる。

 

個人魔法の使い方が上手い。

本来、あまり燃費の良くない魔法だ。

俺と違って常に発動するのではなく、瞬間的に発動している。

 

 

 

死角からの一撃に、なんとか喰らいつく。

 

「これも防ぐか!?」

 

もし俺が殺気に敏感でなかったら、一瞬で敗れていただろう。

全体的な能力アップとは違って、スピードに極振りしているので防戦一方になってきた。

 

 

レオン将軍並みの強さだ。

次期国王として名を上げる意味もこの決闘にはある。

しかしユミナが見ているので、カッコ悪いところは見せたくはない。

 

 

ていうか、剣士として敗けたくない!

 

 

衝撃を後退に利用して、魔力を籠める。

「『雷よ来たれ 我が身を憑代に』、モード『雷龍』!」

2属性の同時発動によるスピードアップ。

 

「うおおお!『アクセル』!!」

 

しかし、これでようやく互角のスピードだ。

互いに、魔力を湯水のように消費していく。

 

 

ーーー慢心していた。

誰よりも速く動けるのだと思っていた。

 

そうだ、まだまだ雷速には届いていないのだ。

 

もっとつよく、もっと速く、

限界を超えていくーーー

 

 

 

「見事。」

「後味の悪い決着ですけどね。」

 

全力を尽くした剣戟だった。

すでに悲鳴を上げていた木の剣が同時に粉々になる。

 

剣士として、武器の性能を言い訳にはできない。

 

 

「この勝負、引き分け!!」

 

俺はまだまだ強くなれる。

たぶんミスミド王も同じことを思っているだろう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

妖精姫、そして郷土料理

日の出だ。

 

頭が痛い。

二日酔いである。

 

決闘後に開かれたパーティーで、意気投合したミスミド王と大笑いしつつ酒を飲んでいたことまでは覚えている。ミスミドのドレスを着たユミナも脳内にちゃんと焼きついている。

 

そこからの記憶があやふやだ。

 

外に飛び出して決闘を始めたり、修行なのだと城内を全力疾走し始めたり、逆立ちで王都を1周したり、片手間に盗賊を捕らえたり、2人して素振りを続けたり。

 

そんなことをしていた気がする。

 

 

「なんだ、このクマ。」

 

俺の腹の上でぴょんぴょんと飛び跳ねている。

クマの身体が柔らかいので痛くはない。

 

その心地よい衝撃で酔いもさめてきた。

 

「あなた、こんなところで何をしているの?」

 

黄金色の瞳と、俺の目が合う。

背はユミナと同じくらい。フリル付きの黒いドレスに黒い靴、そして黒のヘッドドレス。銀色の髪によく合っている。無色透明な蝶の翅は朝日の光で照らされていて綺麗だ。

 

「ここ、宮殿だよな?」

 

「ええ、中庭ね。」

 

最後には宮殿までたどり着いていてよかった。

 

「ポーラ、怪しい人からは離れなさい。」

 

「この子、ポーラっていうのか。」

 

クマが降りてくれたので、上体を起こした。

まだ疲労感が残っている。

 

撫でれば気持ちよさそうにする。

 

「ああ、あなたが噂の。」

 

「噂?」

 

「第一王女の婿、それは龍なのだという噂よ。」

 

「おお、知名度が上がってて嬉しい。」

 

「あなた、おもしろいわね。着いてきなさい。」

 

名前も知らないその少女に着いていく。

たどり着いたのはたぶん自室だ。

 

 

 

ユミナの自室のように、動物の人形が多数置いてある。

 

「俺はイッキ。ベルファスト次期国王だけど、お堅いのは苦手なのでよろしく。」

 

「私は妖精族の長、リーンよ。こっちの子はポーラ。」

 

リーンの腕に抱かれているクマも手を上げて挨拶してくれる。

 

「いい子だな。生きているようにしか見えない。」

 

「……そうよ。クマのぬいぐるみだけどね。」

 

「へぇ、そうなのか。」

 

「少し見せてあげるわ。

『プログラム開始

/移動:前方へ二メートル

/発動条件:人が腰掛けたとき

/プログラム終了』」

 

個人魔法を使ったようだ。

やばい、元理系高校生としてドキドキしてしまう。

 

「その椅子に座ってみなさい。」

 

「……ヴェ!?」

 

椅子に座った瞬間、勢いよく振り落とされた。

ポーラがトコトコ歩いてきて心配そうに撫でてくれる。

 

「あら、速度の指定を忘れたわ。ごめんなさい。」

 

「このやろ……」

 

笑顔である。

明らかに謝っているような顔ではない。

 

「まあ、確かにそうだったな。奥が深い。」

 

「あら、そう思う? できることは簡単な動きくらいだけどね。」

 

「それなら、ポーラはどうなんだ?」

 

「何百年と『プログラム』をかけていたからよ。」

 

「なるほど。AIみたいなものか。」

 

「エーアイって?」

 

「人工知能のこと。もはや人工生命だな。」

 

ポーラの頭を撫でてあげれば、嬉しそうに身をよじる。

リーンは我が子のように喜んでいる。

 

「ていうか、何百年って?」

 

「昨晩トウヤにも言ったけど、612歳ってことにしておいて。」

 

望月にも会ったのか。

『プログラム』を教えてもらって、利用方法をすでに考え始めていそうだ。

 

 

 

「……600年生きるのって、どうなんだ?」

 

気づけば、悩みを口に出していた。

 

「どうって。何か悩みでもあるの?」

 

「いきなり、こういうこと言うのもなんだけど、ユミナって普通の人間なんだよ。」

 

「ベルファストの第一王女のことね。だいたいわかったわ。」

 

「理解が早いな。」

 

それだけで察してくれた。

リーンも何度か同じように悩んだのだろうか。

 

「たぶんだけど、俺は半分龍。寿命は人よりは長いと思う。」

 

「そうでしょうね。」

 

「悪い。まだ20年も生きていないのにな。」

 

「別に気にしないわよ。まあ、100年後。私が生きているうちは思い出話に付き合ってあげるわ。」

 

「ありがとう、かなり気が楽になった。だから、ユミナとの時間を大切にしなきゃいけないよな。ていうことで、仮眠してくる。」

 

「……そう。また今度、遊びに来てくれる?」

 

「ああ。またな、リーン。ポーラもお母さんと仲良くな!」

 

 

 

部屋を飛び出て、再び中庭まで戻ってきた。

 

背伸びをする。

気持ちのいい朝だ。

 

「あー、ねむ、い…」

 

 

 

***

 

 

 

 

そして昼まで、力尽きたように寝ていたのだ。

 

「ずいぶんと、昨夜は楽しそうでしたね。」

 

「ご迷惑をおかけしました。」

 

ユミナへ、見事な土下座とともに謝罪する。

同じようにミスミド王もこっぴどく叱られているだろう。

 

「あの、どうすれば許して、いえ赦してもらえるでしょうか。」

 

「じゃあお詫びに、街までエスコートしてください。」

 

「ぜひ!」

 

 

 

拗ねていたユミナも次第に機嫌が良くなっていった。

ベルファストとは異なる街の雰囲気にウキウキしているのだ。

 

護衛の2人が苦労していそうだな。

初めは腕を組んでいたが、今は腕を引っ張ってあちこちへ連れていかれる。

 

 

キュルル、という可愛い音が鳴った。

 

「何かリクエストはある?」

 

「そ、そうですね。ベルファストでは食べられないようなものがいいでしょうか。」

 

「それもそうだな。うーん、肉料理しか見当たらないな。」

 

多種多様な種族が住んでいても獣人の多い国であるし、香辛料を使って焼いた肉が多い。

 

「あっ、トウヤ様たちがいますよ!」

 

 

ユミナが指差した方向に、望月とシルエスカ妹がいた。

マスコット化した琥珀は抱えられている。

 

姉や九重はまた訓練所に行っているのだろう。

つまり、導きだせる答えは1つだ。

 

「2人してデートかよ?」

 

「違うけど。」

 

「そ、そうか…」

 

朴念仁にも程がある。

デート相手が、ぷくーっと頬を膨らませている。

 

「えっと、お二人はもう、昼食はお済みですか?」

 

「いや、まだだよ。」

 

「じゃあ、どこかへ参りましょう。」

 

ユミナがフォローして、4人でごはん処を探し始める。

 

「なにか郷土料理はないのか?」

 

「確か、カラエという料理が有名、です。」

 

「お、あれじゃない?」

 

望月が指差した店へ入る。

しかし、この香りにはどこか懐かしさを感じる。

 

メニューを見る。

ビーフカラエ、チキンカラエ、カツカラエ、……

 

ていうか、牛肉や豚肉は使っていいのだろうか。

家畜も見かけたけど。

 

「どれがいいのでしょう。」

 

「辛いかもだし、コルマじゃないか?」

 

「じゃあ、それにしますね。」

 

初めて食べる2人は甘めがいいだろう。

望月はカツカラエ、俺はあえてビーフカラエにした。

 

「これは。」

「まさか。」

 

出てきたものは、まさにインドカレーだった。

そして、ナンではなく米。

 

いい意味で意表を突かれて、俺や望月は目をキラキラさせる。

そんな光景、誰得だ。

 

「あっ、これ美味しいですね! ちょっと辛いですけど。」

 

「そうですね、こういうのは初めて、です。」

 

味わって食べている2人を気にせず、ガツガツと掻きこむ。

うますぎる!

 

「「おかわり!!」」

 

「「えっ!?」」

 

ミスミドとの友好関係の締結、万歳と思った瞬間だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

水晶の魔物、そして懺悔

銃、自転車、冷やし中華もどき。

望月の知識チートは留まることを知らない。

 

それ以外の変化は、レネという孤児を住まわせることになったくらいだ。

 

 

 

ミスミド王国から『ゲート』でサクッと帰還して2週間ほど経った頃。

 

リーンがミスミド王国からやってきた。

もちろんポーラも膝の上で抱きかかえられている。

 

「まさかこっちに来るとはな。久しぶり。」

 

「ええ。そうね、久しぶりよね。」

 

リーンは城同士を結ぶ『鏡』でサクッと来たらしい。

そう度々『ゲート』使ってもらったり、龍化して飛んでミスミド王国に向かうわけにはいかない。

 

「はじめまして。ユミナと申します。」

 

「リーンよ。こっちの子はポーラ。よろしく、ユミナ。」

 

扉の開く音がした。

望月も遅れて部屋に入ってくる。

 

「トウヤも久しぶりね。」

 

「リーンじゃないか。なんでここに?」

 

「ちょっと調べ物にね。あとシャルロッテにお仕置きをしてきたの。」

 

「えっと、シャルロッテさんは無事なのでしょうか?」

 

苦笑いしつつ、安否を尋ねる。

 

「たぶん無事よ。気になるの?」

 

「ユミナの師匠らしい。」

 

「それも初耳ね。またひっぱたいてこないと。」

 

「程々にな。」

 

シャルロッテさんの師匠はスパルタだったらしい。

 

 

「さて、本題に入るわ。貴方たちが倒した『水晶の魔物』について聞きたいの。」

 

「「なんだって?」」

 

廃城の地下から現れたコオロギのことだろう。

思わず、今はもう傷口のない右肩を手で抑えてしまう。

 

「ミスミドにも出たのよ。始まりは、宙にできた小さな亀裂だったらしいわ。」

 

「そこから出てきたの?」

 

「そうね。大きくなった亀裂から『水晶の魔物』が現れ、1つの村が壊滅したわ。」

 

「そうか。」

 

儚げに紅茶に口をつけた。

その惨状を見た時の心情は、少しは察することができた。

 

ユミナも俯き、膝の上の手をギュっと握っている。

 

「俺たちが戦ったヤツは、物理耐性、魔法耐性、再生や伸縮能力持ちだ。」

 

「そんな魔物が……」

 

「こちらと同じだわ。」

 

「倒せたの?」

 

「なんとか、ね。土魔法で岩をぶつけたの。犠牲になった人は多かったけれど。」

 

魔法で引き起こした事象なら通じる。

その土魔法が頭部の赤いコアの破壊まで及んだのだろう。

 

「俺たちは、望月の個人魔法だ。コア自体を引っこ抜いた感じだ。」

 

「そうね。『アポーツ』は有効だわ。」

 

リーンの表情が陰る。

しかしそれは一瞬のことだった。

 

「そうだったのね。そうそう、シャルロッテに吐かせたわよ。貴方、無属性魔法全て使えるらしいわね?」

 

「あー、なんと言いますか、あまりバラさないでいただけると…」

 

しつけに耐えられなかったシャルロッテさんのせいでもあるが、まさか望月自身がそういうことを言うとは思わなかった。また少し俺たちの苦労が報われた気がする。

 

「そういうことにしてあげるわ。そうそう、こいつよ。」

 

ポケットから出した紙には、『水晶の魔物』が描かれている。

コオロギに対して、こいつは蛇だ。

 

望月が思い出しながら紙に描いて見せた。

 

 

「昔、私がまだ小さかった頃、一族の長老から聞いたお話があってね。どこからともなく現れた『フレイズ』という名の悪魔が、この世界を滅ぼしかけたとか。」

 

「その『フレイズ』とやらが、こいつら?」

 

「確証はないわ。長老もお伽噺と言っていたから。」

 

「ま、僕たちだけで考えても仕方がないか。なるべくなら二度と会いたくない類の奴等だけど、また現れたら叩くだけだな。」

 

「そうね。もう倒す方法はわかっているのだから。」

 

「軍やギルドには俺から報告しておく。」

 

廃城の遺跡特有の魔物かと思っていたのだ。

後手に回ってしまったし、急いで周知させるべきだ。

 

混乱を招きかねないが、その『水晶の魔物』を国民が見かけたらすぐに討伐に行くことができるようにしておきたい。

 

もし、救援に迎えていたのなら、、

 

「そう、助かるわ。」

 

ここで一息つく。

重い話だったが、その脅威がこれで終わる気はしない。

 

少し普段と違う紅茶の味にほっこりする。

俺よりは断然上手く淹れられているな。

 

「ところで私、オリガの代わりに今度ミスミド大使としてこの国に滞在することになったのよ。よろしくね。」

 

「それなら、会いやすくなるな。」

 

「ふふっ、そうね。」

 

「あの、シャルロッテさんのことは、あまり……」

 

「あの子次第ね。それとトウヤ、あなた『ゲート』はもう使えるのでしょう?」

 

「使えるよ。一度行ったところにしか跳べないのが難点だけどね。」

 

「それなら、無属性魔法『リコール』と組み合わせなさい。 他人の心を読み取って記憶を回収する魔法よ。」

 

シャルロッテさんの師匠であることは伊達ではないらしい。

ここにいる誰よりも魔法を使いこなすだろう。

 

「貴方に連れて行ってもらいたいところがあるのよ。その場所にある古代遺跡から、手に入れたい物があってね。」

 

「よくわかんないけど……どこに?」

 

「遥か東方、東の果て。神国イーシェン。」

 

「イーシェン?」

 

「確か、ヤエさんの故郷ですよね。」

 

「それは都合がいいわね。」

 

「いや、そうなんだけどね。」

 

「接触には口づけが一番良いわよ。」

「望月、さっさと行ってこい。男は度胸だ。」

 

リーンとは気が合いそうだ。

 

「ええっ!?」

 

年相応に顔を赤くしている。

まだまだ若いな。

 

「冗談よ。額を近づけたらいいはずよ。明日行くからそれまでにやっておきなさい。」

 

「う、うん。そうするよ。」

 

渋々、望月が部屋から出ていく。

かなり遠くにあるイーシェンまでサクッと行けるのだし、九重も顔を真っ赤にして喜ぶだろう。

 

 

 

「ちょっと、リーンと2人で話していいか?」

 

「……はい、わかりました。」

 

寂しそうに、

そして俺に任せるという意味も籠めて、微笑む。

 

ユミナにはポーラを抱きかかえて部屋から出てもらった。

そのポジションを譲ってやるのは今だけだ。

 

 

 

「次にあいつらが出たら、俺も力を貸す。」

 

「何を言っているのかしら?」

 

「慰めてるつもりだ。」

 

「それを先に言うのは、ちょっと卑怯な気がするけれど?……はぁ、まだ20年も生きていない子どもに見抜かれるなんてね。」

 

「ああ。だから、全部を理解してあげられない。それでも……」

 

「ちょっと肩借りるわよ。」

 

華奢な身体が、いまだ成長途中の俺の身体に包まれる。

 

 

潤んだ金色の瞳が見上げてくる。

 

「いいの? ユミナのことは。」

 

「ユミナも、リーンのことをよろしくってな。」

 

「そう。愛されているのね。」

 

その後、言葉を交わすことはなかった。

服を強く握りしめ、顔をうずめてくる。

 

これで少しでも気が楽になってくれると、うれしい。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イーシェン、そして雷龍

「日本だな。」

「日本だね。」

 

『ゲート』から出た瞬間にそうつぶやく。

町並みも和風だし、立派な城もそびえ立っている。

 

「ここが拙者の故郷、『オエド』でござる。」

 

九人の領主、島津、毛利、長宗我部、羽柴、織田、武田、徳川、上杉、伊達によって各地が統治されているらしい。

 

「聞いたことがあるな……」

「そうだね…」

 

この『オエド』は徳川が統治しているらしい。

知ってた。

 

なんだかこう、むず痒い気持ちになる。

 

 

「で、リーンが行きたい古代遺跡って?」

 

「『ニルヤの遺跡』。名前だけしか知らないわ。」

 

それなら『サーチ』を使ったとしても、検索対象があやふやだし、数㎞範囲内にないといけない。

 

「八重、知ってる?」

 

「聞いたことがあるような、ないような。父上なら知ってるかもでござるよ。」

 

「とりあえず、町まで行ってみましょうよ!」

「もう、お姉ちゃん……」

 

呆れたような顔を見せるシルエスカ妹も含めて、全員がウキウキとしてる。

 

 

 

城下町までやってくる。

すれちがう人は全員、着物や帯刀。

 

まるで江戸時代にタイムスリップしたみたいだ。

 

「なにアレ? 人がなんか担いでるわよ?」

 

もの珍しそうにシルエスカ姉が指差した。

 

ていうか、俺たちがもの珍しそうに見られている。

鎖国してなくてよかった。

 

「ああ。あの中には人が乗ってる。」

 

「駕籠屋だね。お金を払ってアレに乗るんだ。辻馬車の代わりだよ」

 

「なんでわざわざ、人が運ぶんですか?」

 

「ベルファストほど道が整備されてないでござるからな。馬はかなり貴重なものでござるし。」

 

土地に合った交通手段が発達しているらしい。

望月が創った自転車も、まだ歩行者や露店が多い王都では普及に時間がかかるだろう。

 

下駄、風鈴、箸、瓦版、

次々と来る質問に対して、九重を中心として3人で答えていく。

 

 

「あれでござる!!」

 

たぶん実家だろう

大きな屋敷の前までたどり着けば、九重が小走りで屋敷へ向かっていった。

 

「母上! 只今帰りました!」

 

「八重。よくぞ無事で、お帰りなさい」

 

九重と抱きつき合っているのは母親だろう。

久しぶりの再会に涙している。

 

「あなた方は?」

 

「拙者の仲間たちでござるよ。」

 

「それはそれは……、娘がお世話になりまして、ありがとう存じます。」

 

「い、いや、別に大したことではないです。こちらも世話になっているので、どうか顔を上げて下さい。」

 

見事な所作で頭を下げる母親に望月が慌てて声をかける。

未来の義母上への第一印象はばっちりのようだ。

 

「ときに母上。父上や兄上はどちらでござるか? 城にでも?」

 

「殿と共に合戦場へ向かいました……」

 

「合戦ですと!?」

 

久しぶりの里帰りだというのに、状況は穏やかではないようだ。

俺たちも気を引き締め直す。

 

「一体、どこと!?」

 

「武田です。『カツヌマ』を奇襲したのち、『カワゴエ』に向かって進軍する武田を食い止めに向かいました。」

 

川越か。

あの川越市か。

よくあることだ、と思うのは不謹慎だ。

 

 

「戦況はどうなの?」

 

「残念ながら……。相手の軍師による奇襲、そして死霊術。それさえなければ。」

 

冷静にリーンが尋ねたら、思わぬ情報が手に入った。

どうやら禁忌に手を伸ばしているらしい。

 

「イッキ、ちゃんと聞いた?」

 

「ああ。個人的にもイラっときてる。」

 

次期国王としてあまり他国の事情に踏み込みたくはないが、それなりの大義名分はありそうだ。

 

 

「くっ!」

 

今にも飛び出していきそうだったが、こちらへ勢いよく頭を下げる。

 

「どうか、お力を貸してほしい!」

 

「わかった。行こう。」

 

「1人で飛び出していくかとヒヤヒヤしたぞ。」

「仲間でしょう?」

「微力ながらお手伝いさせていただきます。」

「私も、です。」

 

「リーンはどうする?」

 

「まあ、ここまで連れてきてくれたお礼よ。」

 

ポーラもシャドーボクシングをしていることが微笑ましい。

 

 

次期国王ではなく九重の仲間として、このまま彼女の親族を見捨てることなどできない。

 

「かたじけない。」

 

さて、情報はなく、完全にアウェイでの戦いだ。

ぶっつけ本番、出たとこ勝負。

 

琥珀の無双を期待している。

 

「八重、その峠のことを思い浮かべてくれ。」

 

「わかったでござる。」

 

「『リコール』……そして『ゲート』」

 

再び、その光の扉へ飛びこむ。

 

 

 

 

 

転移すれば、すでに戦は始まっていた。

籠城戦か。

 

 

戦況はやはり劣勢に見えた。

何人か戦国無双をしているが、不死身の兵には手こずっている。

 

 

「お兄さんは無事みたいだよ。お父さんの方はわからないけど……」

 

「っ! 早く砦に向かわないと……!」

 

スマホで『サーチ』したのだろう。

 

本来『サーチ』の範囲は50mだ。

リーンがその仕組みを知りたがっているが、今は戦に集中するらしい。

 

「望月、とりあえず暴れてくる。そっちは頼んだぞ。」

 

策略とかは望月やリーンに任せた方がいい。

この場で俺にできるのは戦って注意を引くことだ。

 

「イッキさん、お気をつけて。」

 

「ああ。城に着いたらバンバン射撃してやれ。」

 

「はい!」

 

「ユミナのことは任せなさい。」

 

リーンの実力はまだ見たことはないが、シャルロッテさんよりはるかに強いだろう。

 

「ああ、任せた。『龍化』」

 

 

空を駆け、戦場の中央に降り立つ。

あまり長時間は持たないし、全滅させることまではできないだろう。

 

 

この異質な存在に対して、反応が鈍い兵が多い。

 

どうやらほとんどが鎧を着せられた死体のようだ。

術者を探すのが手っ取り早いだろう。

 

しかしそんな暇もないし、方法も思いつかない。

 

 

 

魔力を籠める。

「『雷よ来たれ 我が身を憑代に』」

雷の魔法を纏い、帯電する。

 

 

「『雷龍の鉤爪』!」

 

空を掻き切り、雷の衝撃波が屍兵を地に伏せていく。

 

 

帯電している状態で、戦場を暴れ回る。

一般の兵もいるし、出力を抑えている。

 

よって痺れを起こしているだけだし、やはり時間稼ぎに過ぎない。

 

 

『イッキさん、少し動かないでください。』

「うおっ!」

 

マジでビビった。

 

『トウヤ様が範囲攻撃を行うようです。』

 

ユミナから直接脳内への念話が来たのだ。

もう携帯電話要らずである。

 

たぶんそういう魔法をリーンから教えてもらったのだろう。

 

 

飛翔して、滞空する。

 

「なんだありゃ。」

 

空中に無数の魔法陣が浮かんでいる。

まるでかの『王の財宝』だ。

 

そこから飛び出す光の槍が屍兵を貫いていく。

数㎞範囲なら、望月は個人魔法の組み合わせでマップ兵器を使えるようだ。

 

 

屍兵の身に着けていた鎧が散らばる

その惨状を見て、慈悲を与えられた兵たちが散り散りになって逃げていく。

 

 

俺も『龍化』を解く。

城へ徒歩で向かおうとしたら、急に景色が変わった。

 

「上手くいったわね。」

 

「ありがとうございます。」

 

いきなり目の前にユミナやリーンが現れる。

 

いや、俺が転移させられたのか。

なんだか今日は驚かされることばかりである。

 

「召喚魔法の応用か?」

 

「はい、リーンさんから教えてもらいました。」

 

「心臓に悪いんだけど。」

 

「あら、おもしろい体験ができたようね。」

 

「確信犯かよ。」

 

不敵な笑みを軽く睨む。

ユミナがあたふたしているのがかわいい。

 

 

とりあえず、籠城戦には勝利したようだ。

まだまだやるべきことは多そうだが。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦国大名、そして妖精軍師

イーシェン編って、異世界スマホssを書いているのか不安になってくる。


「助太刀、まことに感謝いたす。」

 

徳川家泰、その人だ。

『オエド』の領主が深々と頭を下げる。

 

「いえ、敵方の死霊術には、個人としても感じることがありましたので。」

 

「うむ。同感だ。」

 

一応、大義名分を出しておいた。

もちろん日本人として、個人的にも許せない。

 

 

「して、姫君まで連れて、遠い異国からはるばる何をしにこられた?」

 

ちなみに、

そんな姫君たちには椅子を使わせてもらっている。

 

さて、『ゲート』なしだとかなりの距離があるのだ。

まさか観光に来たと言うわけにはいくまい。

 

「『ニルヤの遺跡』、その調査です。私たちはそこを目指しております。」

 

ユミナが助け舟を出してくれた。

 

 

「ほう。宝探しか。『ニルヤ』とな……?」

 

「殿。確か、島津の領地にあったかと。」

 

「おお、それだ。」

 

「しかし海の底だと聞いております。」

 

「「海の底!?」」

「へぇ。」

 

望月と同時に声を上げる。

リーンが言っていた遺跡にたどり着くのはなかなか骨が折れそうだ。

 

 

「話を戻しましょうか。これからの武田の動きについてどう考えます?」

 

「また、態勢を整えて攻めて来るやもしれんな。」

 

「そう思います。」

 

俺もこのまま引くとは思えない。

屍兵のおかげで、武田の最大兵力もわからない。

 

「しかし真玄公らしくない。あのような死霊術に手を染めるなど。」

 

「殿。やはり山本完助の仕業なのでは。」

 

「それしか考えられぬか。」

 

たぶん武田の軍師だ。

しかし日本の史実とは、完全に別人だろう。

 

ともかく、

そのイレギュラーが死霊術を使わなければ、国同士の拮抗状態は続いていてこの戦が起こることもなかったのだろう。

 

 

 

「それで、天井裏に誰かいますよね。襲ってくる気はないようですけど。」

 

侍たちが焦って刀の柄に手をかける。

側近たちはすでにわかっていて、動揺はしていない。

 

「御免。武田四天王がひとり高坂政信様配下、椿と申します。徳川家泰様宛の密書をお持ちいたしました。」

 

「高坂殿か。」

 

膝をつき、懐から密書を取り出して床に置く。

くノ一は一歩下がって。再び膝をついた。

 

敵地であるし、生半可な覚悟ではないだろう。

 

 

「……どうやら噂は本当だったようだ。武田軍は今や傀儡の軍と化している。」

 

書状を読み終わった徳川さんは、憤りの表情を見せた。

 

「真玄公はすでに亡くなり、武田四天王も高坂殿以外、地下牢へ投獄されているらしい。」

 

混乱を避けるために広めていないのか、あえて広めていないのか。

 

「願わくば、どうかお力をお借りしたい。」

 

微動だにせず、

膝をつき顔を伏せたまま、言葉を発する。

 

そこに意思はちゃんとある。

 

「正直に言おう。徳川は武田を救う義理はない。」

 

「そう、ですか…」

 

「だが。高坂殿の亡き主君への忠義、そしてそなたの度胸に免じて、力を貸すこととしよう。みなもそれでよいか!」

 

「「「御意に!」」」

 

この国も温かい。

徳川さんも国民に慕われてそうだ。

 

敵国に対して救援を出すことと等しいのだ。

 

 

 

「俺たちも手伝わせてもらいますよ。」

 

「ふっ、やはり猫を被っておったか。」

 

それならあなたは狸でしょうか。

たぶんユミナの魔眼でも、一筋縄ではいかない。

 

「礼儀正しくしていただけです。」

 

「そうか。続けてのお力添え、感謝いたす。」

 

 

 

「望月はどうする?」

 

「手伝うよ。ここで放っておくのも後味悪いからね。」

 

「サンキュ。……さてと」

 

捕まっているらしい武将もいるし、一般兵も多い。

正面から突っ込むのは悪手だろう。

 

「リーン、策はあるか?」

 

「そうね……。トウヤとツバキと潜入してくるわ。」

 

「そうらしいです。」

 

「あいわかった。」

 

他のメンバーは潜入には向いていない。

 

 

そして、3人を動きやすくするためには。

 

「残りは牽制。つまり武田軍の注意を引きつけておくべき、かと。」

 

「うむ。その通りだ、婿殿。」

 

褒めてくれた。

たぶん徳川さんもすでに考えていたことなのだろう。

 

「皆の者、戦の準備を再び整えよ。城を出て、陣を構えるぞ!」

 

「「「はっ!」」」

 

あとは、望月やリーン、椿さん次第だ。

リーンがいるなら安心だろう。

 

 

「リーン、ヤバくなったら逃げろよ。」

 

「ええ、ありがとう。ポーラやユミナのことはよろしくね。」

 

「任せろ。」

 

ユミナを見る。

いつのまにか、お留守番するポーラがその腕の中に抱かれている。

 

そのポジションはポーラにだけ、譲る。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

弔い合戦、そして泰平の世

 

俺にはスマホはないし、遠くを見る個人魔法もない。

だから、俺を含めて待機組は徳川の本陣から様子を見ていることしかできない。

 

夜中にも関わらず、両軍の睨み合いが続いている。

 

 

「殿。」

 

「半蔵か。」

 

「うぇ!?」

「何者でござるか!」

 

影が浮かび上がるように長身の男が現れた。

ユミナやシルエスカ妹は、俺や姉の背中に隠れる。

 

「徳川の忍です?」

 

武田には椿さんがいたので予想はしていた。

リーンたちにも付いていてくれたのだと思う。

 

「そうだ。姫君たちを驚かさせてすまぬな。」

 

「いえ。」

 

現れるまで気配を全く感じなかった。

 

格上だ。

真正面から戦わないと、勝てないだろう。

 

「武田の将。救出に成功したようで。」

 

「やったか。」

 

「そのまま、軍師を討たんと敵本陣へ。」

 

「そうか。引き続き、頼んだぞ。」

 

「では。」

 

それだけ告げて、森の暗闇に溶け込んでいく。

まさに洗練された動きだった。

 

「き、消えたでござる。」

 

「と、ともかく、トウヤさんたちは、無事みたい、ですね。」

 

「イッキ、どうするの?」

 

俺に聞いてきたか。

ガントレットを装備したままで、シルエスカ姉はうずうずしている。

 

「現状維持だな。」

 

「婿殿の言う通りだ。そなたも落ち着いて待っておれ。」

 

徳川さんにも言われ、苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 

血気盛んであることは、長所でも短所でもある。

戦線を切り開く前衛には相応しい。

 

「望月が心配なのはわかるけどな。」

 

「な、何を言ってるのかしら!?」

 

顔を赤くして否定された。

なるほど、これがツンデレか。

 

「……我儘言って、ごめん。」

 

「まあ、今は信じて待ってろ。帰った時には『心配したよ』って抱きついてやれ。」

 

ユミナがしてくれた時は最高だった。

その時のことを思い出して、顔を赤くして俯いていて、グッとくる。

 

「か、考えておくわ。」

 

「じゃあ、私がやろう、かな。」

 

「ちょっ、やらないとは言ってないわよ!」

 

やはり姉妹の仲が良い。

同じ人を好きになっているのにギクシャクはしていない。

 

 

「女心を分かっておるな。」

 

「秋の空ですけどね。」

 

「まっことその通りだな。それにしても、姫君も良き夫を得たようだ。これでベルファストも安泰だろう。」

 

海外進出でも狙っていたのだろうか。

 

「俺はまだまだ修行の身ですよ。」

 

「ははっ、そのようだな。婿殿は儂の技を見て盗んでおる。」

 

「とても参考になるので。」

 

陣の構え方、指示出し、諜報員の使い方。

上に立つものとして、学ぶべき点は多かった。

 

 

「おっと、マップ兵器か。」

 

戦況に動きがあった。

 

武田本陣の空中で多数の魔法陣が出現。

そこから光の槍が降り注ぐ。

 

 

「いやはや、凄まじい魔法よな。敵にしたくないものだ。」

 

俺やユミナに聞かせるようにそう告げる。

今回の事件、徳川さんとは友好関係を結ぶことに繋がりそうだ。

 

俺たちも戦国無双する武者とは戦いたくない。

側に控えている徳川の猛者は槍や刀で、うちの騎士に対して対等以上に渡り合うだろう。

 

 

「殿。死霊術による兵、次々と倒れていくようです。」

 

「手筈通り、前線を進めよ。武田軍前衛の後退を許すな!」

 

「「「はっ!!」」」

 

采配を下す。

待機していた騎馬隊が飛び出していく。

 

両左右から囲むような動きだ。

 

「見事な追撃だな。」

 

各小隊長を担う、武将の不足が大きいだろう。

武田四天王も全員いないし、隣には屍兵だ。

元々士気が低かった。

 

武田の一般兵は腰を抜かしたり、散り散りになってたり、もはや統制などされていない。

 

 

 

「イッキさん、リーンさんから合図です。」

 

ユミナが召喚獣を通して伝えてくれる。

 

「解決したようで。」

 

「よしっ、退き鐘を鳴らせ!」

 

勝てる戦だった。

徳川さんの決断に誰もが従っている。

 

 

「あの、どうしてなのですか?」

 

「亡き真玄公の弔い合戦。ただそれだけだったのだ、姫君。」

 

「そうなのですね。」

 

「息子の克頼殿が武田を継ぐであろう。これでまた、泰平の世に戻る。」

 

民を想ってこその決断なのだろう。

 

広すぎる領地はメリットにもデメリットにもなりうる。

もし武田の地を得たなら、再び戦国時代が訪れるかもしれない。

 

 

器の大きさを感じた。

この感覚を抱いたのは3人目だった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リーン、そして誓い

 

蛍雪などではなく、蝋燭の火だ。

それでも光の魔石に囲まれている生活だったし、風情はある。

 

背筋をグググっと伸ばす。

すでに誰もが寝静まった頃だろう。

 

「誰かと思えば、イッキじゃない。」

 

「リーン。……眠れないのか?」

 

本来なら視力低下待ったなしなのだが、今の俺は暗闇でも目が効く。

 

フリルのついたネグリジェで、髪は解かれている。

今は透明化されていない蝶の翅は暗闇でも輝いている。

 

なんだろう。

こう、グッとくるものがある。

 

「まあ、そんなところよ。」

 

「望月に付いていけばよかったのに。あいつら、さっさと『ゲート』で屋敷に戻ったし。」

 

イーシェンの生活様式は江戸時代より前。

 

布団を床に敷いて寝るというものだ。

この部屋も和風旅館に近い。

もちろん普段使っているベッドなんてものはない。

 

だから、隣の部屋で寝ているのは、ユミナと九重、ポーラくらいだ。

 

「なんだか負けた気がするから、いいわよ。」

 

望月に、そしてユミナに対しても。

 

「負けず嫌いだな。お茶でも飲むか?」

 

「ええ、いただくわ。」

 

茶飲みを渡す。

もちろんカップではない。

 

「ていうか、これ緑茶か。」

 

「なにこれ、薬草?」

 

俺からすれば懐かしいものだ。

しかし彼女たちには合わないらしい。

 

「イーシェン特有のお茶だ。」

 

「へぇ。それで、こんな遅くまでお勉強をしているのね。」

 

「まあな。」

 

政治の歴史とか、国のしきたりとか。

そういう本を読み漁っている。

 

今の俺に一番足りないものは国民の価値観だ。

日本人が外国に行って、その地で君主制政治をやろうとしているようなものだし。

 

 

「苦労してるわね。」

 

あれからもう4年以上経った。

その言葉を俺がユミナに伝えた時だ。

 

「ありがとう。昨日の敵地潜入のこともな。」

 

「いいえ、拍子抜けするぐらい簡単だったわ。」

 

「『インビジブル』だったか。透明化の魔法。」

 

「そうよ。まあ、それすら、いとも簡単に真似されたわ。」

 

「俺たちにできないことをサクッとやってのけるしな。」

 

技術、魔法、人望、どれも俺をすぐに超えていく。

身体能力や剣術はまだ勝っていると思う。

 

「ええ、そうね。」

 

リーンは俺以上に嫉妬しているだろう。

何百年も前から磨いてきた魔法なのだ。

 

 

「弟子にしなくてよかったわ。もっと自信なくしちゃいそう。」

 

今は魔法の使い方がより上手でも、あいつなら数年もあれば越えてしまいそうだ。

 

「ユミナのことは頼んだぞ。」

 

シャルロッテさんに続いて、2人目の魔法の師匠である。

 

 

「もちろんよ……」

 

リーンは俺を押し倒す。

華奢な身体なので、俺の上に乗っている。

 

 

「ふふっ、硬いわね…」

 

「誤解招くことは言わないでくれる?」

 

俺の身体をふわりとさすっている。

ユミナもリーンも、この硬い筋肉のどこが良いのだろうか。

 

「あら、誤解されてもいいわよ、わたし…」

 

「俺はユミナも裏切らないからな。」

 

「ふふっ、それを聞いて安心したわ。」

 

試してくるのだから油断ならない。

ユミナのことも、ちゃんとリーンは大切にしている。

 

「何人も愛せるほど器用じゃないぞ、俺は。」

 

「いいわよ、2番目でも。」

 

「努力する。2人のことが大切だから。」

 

「ありがとう。」

 

等しく接することなんてできないから、今までの2倍以上愛するしかない。

 

 

 

「でも、今日だけは私を見て。」

 

金色の瞳に、俺の顔が映る。

リーンの桃色に染まった頬は印象的だった。

 

「大好きよ。ポーラのこと、生きているって言ってくれた。そんなこと初めてだった。」

 

「率直な感想だけどな。」

 

「ええ、そうかもしれない。でも、イッキはちゃんと私たちのことを見てくれる。」

 

2人も俺をちゃんと見てくれる。

俺たち3人とも、溜め込みやすい性格らしいから。

 

「私たち、あなたを1人にさせないから...」

 

安心したのだろう。

気が抜けて、スヤスヤと眠り始めた彼女の背中を撫でてあげる。

 

 

普段は大人びているけれど、実は甘えたがりのようだ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海、そして水着回

日本で言うなら、鹿児島の南もしくは沖縄だろう。

イーシェンの南だ。

 

海を見るとやはり故郷を思い出す。

更衣室、ビーチバレーボール、ビーチチェア、ビーチパラソル、バーベキューセット、身内しかいないから自重していない。

 

ユミナ、リーン、ポーラ、望月、シルエスカ姉妹、九重に加え、ベルファスト王族とその護衛、そして望月邸全員。

 

まさに大集合である。

 

 

 

「行くぞ、皆の者!」

「兄上に続けー!」

 

レオン将軍、リオンさんや俺も岩場から飛びこむ。

 

男たちだけの競泳である。

日頃のストレスを解消するがごとく、はしゃいでいるようだ。

 

水着はなぜかこの世界でも普及している。

 

「敗けませぬぞーっ!」

 

こんな男たちに愛想をつかないし、本当に最高の女性たちを得られていると思う。

 

 

「「ぬわーーっっ!!」」

兄弟の悲鳴が上がった。

 

レオン将軍が2人を担いで、海から飛び出した。

やはりあの人は逸脱者だ。

 

俺たちも遅れて海から上がる。

 

「「あ、足がつった……」」

「「あらあら。」」

 

パラソルの下で悶えている兄弟が膝枕されている。

 

そのうち治るだろう。

明日は2人とも筋肉痛だな。

 

さて、

俺もリオンさんも、最愛の人を探す。

 

 

「イッキさん!」

 

フリルのついた純白の水着は、美白な肌を引き立てる。

 

月の色、そして翠と碧の瞳だ。

ユミナがくるりと回る。

 

「どうですか?」

 

「…あ、おう、ニアッテルゾ」

 

「ふふっ、ありがとうございます。」

 

見とれていた。

それはもう、どこかへ連れ去りたい衝動に襲われた。

 

 

ある部分が反応しないように平常心を保つことに努める。

 

 

「こういうの、あまり着ないのだけどね。」

 

モノクロの際どいビキニは、色気を引き立てる。

 

銀の色、そして金色の瞳だ。

黒い日傘を指したリーンが、ポーラと手を繋いでやってくる。

 

「どう?」

 

「……お、おう、イイトオモウゾ」

 

見とれていた。

それはもう、節操なしなことをしてしまいそうだった。

 

 

「し、しつれいしますね。」

「あら、ユミナったら初心ね。」

 

小さな、しかし確かにある、お胸に挟まれる。

こういうの、アニメとかラノベとかなろう小説とかの中だけだと思っていた。

 

 

聴覚とか触覚とか嗅覚とかが俺の本能を刺激する。

 

「意識、してくれてるんですね」

「私たちも緊張してるのよ、はじめてだから…」

 

目を閉じたら逆にヤバくなった。

これ、味覚まで反応したらヤバいやつだ。

 

 

天使と悪魔の囁きが同時に聞こえてくる……

 

「まっ、この辺にしておきましょうか。」

「うぅ、はずかしい…」

 

両腕が解放された。

 

「ぜぇぜっぇ、」

 

砂浜に膝と両手をついて、大量の汗を流す。

呑気にポーラが、背中に よいしょよいしょとよじ登ってきている。

 

「はぅ……」

ユミナは真っ赤な顔を両手で隠している。

 

 

この惨状で余裕があるリーンは大物である。

 

「トウヤ、こっちよ。」

 

「……イッキやユミナはどうしたの?」

 

こちらへ近づいてくるやいなや、俺たちの心配をする。

無性にこいつを同じ目に合わせたい。

 

 

「一時的なものよ。気にしないで。」

 

「うん……?」

 

「それで、どうだったの?」

 

「神殿のようなものはあったけど、息が続かなかったんだ。」

 

「完全に海の底ってわけね……。マリオンでも連れて来るしかないかしら。」

 

「マリオン?」

 

「水棲族の長よ。私の友達。でもあの子、人前に出たがらないのよね。」

 

「水棲族は基本的に水中で暮らすからな。」

 

「あら、なかなか早かったわね。」

 

「……で、どうする?」

 

はぐらかすに限る。

 

 

「イッキは水中で活動できたりしないの?」

 

「それなりにはできる。しかし、その神殿は封印付きの可能性が高い。俺にはぶっ壊すことしかできないぞ。」

 

「それもそうね。」

 

認められてしまった。

いや、確かに戦うことしか、あまり能がないのだけれど。

 

「ま、今日はこれぐらいにしときましょう。トウヤも遊んできなさい。」

 

「みなさんとちゃんと楽しんでくださいね。」

 

ユミナもようやく復活した。

 

「うん、そうするよ。」

 

望月にもさっきのドキドキを味わせてやりたい。

しかし、何人か料理をしていてその香りが漂ってきた。

 

 

まるで1日限定の海の家である。

噂のアイスクリームも食べてみたい。

 

あまり時間を2人のために使ってあげれていない。

復活してはしゃいでいる男たちのように、今日1日は遊ぼう。

 

 

 

「師匠、あのー、もしかして...」

 

大きすぎる。

ゆったりとした服の中はそうなっていたのか。

 

「あら、シャルロッテ。私たちのイッキを誘惑しないでくれない?」

 

「そのとおりです!」

 

「ヴェッ!?」

ちゃんとあるお胸で、目移りさせないようにするのはやめてくれ。危ないから。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不信感、そして揺れる血

一晩が経った。

白虎に引き続き、望月はSSRの玄武を召喚して契約に成功した。

『黒曜』と『珊瑚』と名付けられた、蛇と亀である。

 

マスコット化した2頭の神獣によって古代神殿まで望月が到達、そして『ゲート』でここまで連れてこられた。

 

「つまり『バビロン』という空中に浮かぶ島を貴女たちの生みの親、レジーナ・バビロン博士が5000年以上も前に造った。それが今はバラバラになって世界中の空に漂っているというの?」

「左様でございまス。」

 

長々とした説明をリーンがまとめてくれた。

シルエスカ姉も九重もようやく思考を再開する。

 

かくいう、俺たちもいまだ半信半疑である。

もちろん、まだまだ質問したいことが山ほどある。

 

「あー、それで、ここって何か役割があるのか?」

 

いやもう、突然のことで頭が痛い。

 

「博士の趣味で造られた『庭園』でス。」

 

とりあえず、ここは『庭園』であって、その管理人がフランシェスカ。黄緑色の髪を持った美少女である。それぞれ役割を持った歴史的建造物とも呼べる施設に人工生命体がいるらしい。

 

『庭園』というよりは植物園だ。

その中には見たことのない植物もあって、種の保全的な意味合いがあるかもしれない。

 

まあ、単純にお茶会用の庭園かもしれないが。

 

「一体いくつ、このような浮き島があるんでござるか?」

 

「他には『図書館』、『研究所』、『格納庫』、『塔』、『城壁』、『工房』、『錬金棟』、『蔵』と当時は9つありましタたが、現在いくつ残っているのかわかりませン。」

 

『格納庫』とか絶対ヤバい武器がありそうだ。

戦闘機とか戦車とかミサイルとか。

 

いやもう、モビルスーツがあってもおかしくはない。

 

「私は『図書館』に惹かれるわね。」

 

「そうですね。5000年前の本には興味があります。」

 

ユミナやリーンはそこに反応したようだ。

 

『水晶の魔物』についての情報があるかもしれない。

他にも、多くの消された歴史が残されていそうだ。

 

ていうか、5000年も経っているのに、日本より発展していないのは魔法があるからなのだろうか。

 

 

「で、その『図書館』には行けないのか?」

 

各施設がワープゲートで繋がっていてもおかしくはないだろう。

 

「残念ながラ、姉妹とは現在リンクが絶たれていまス。」

 

「まあ、5000年だしな。」

 

「いエ、障壁のレベルが高く設定させていルだけでス。マスターが許可すれば『庭園』は変更できますガ?」

 

「いや、そのままでいいよ。」

 

望月が答えた。

つまりそういうことなのだろう。

 

「お前がマスターか。」

 

「そ、そうだね!」

「そうでス。」

 

望月が顔を赤くしている。

一体何をした。

 

「通信を阻害している障壁のレベルを下げるには、トウヤの命令が必要。でも冬夜は『空中庭園』のマスターでしかない、ってことね?」

 

「おっしゃる通りデ。」

 

「だから、結局は自分たちで地道に探すしかないな。」

 

「なるほどでござるよ。」

 

「そういうことよね!!」

 

「お姉ちゃん、本当にわかってる?」

 

それなりに理系科目を勉強してないと、理解はキツそうだ。

 

 

「それで、この後はどうしますか?」

 

ずっとこの場に留まっておくわけにもいかない。

 

「施設を探すべきなのは確かだ。だから地上に一旦戻る。どうだ?」

 

「うん。でも、海底遺跡のように苦労しそうだけどね。」

 

「まあな。」

 

『水晶の魔物』のこともある。

施設を探しておいて損はない。

 

秘匿性も高いようだし、望月以外の言うことには基本的に従わないだろうし。

 

 

「シェスカはどうする?」

 

「私はマスターと供にいたいと思いまス。おはよウからおやすみまデ。お風呂からベッドの中まデ」

 

リーン以外の女性陣の顔が真っ赤になる。

さすがにユミナと風呂に入ったことはない。

 

「あら。よかったじゃない、トウヤ。」

 

「責任はちゃんと取れよ。」

 

「何を言っているのかな!?」

 

 

結局、フランシェスカは望月の屋敷で暮らし始めた。

博士のおかげで露出魔であるらしいが、それは少しずつやめさせていけばいいだろう。

 

施設の探索。

そういう目的ができたことが大収穫だ。

 

 

 

****

 

 

扇風機、立体映像、温泉。

定期的に望月が知識チートするのが最近の悩みである。

 

どれも個人魔法を使ったものだ。

研究者気質というか、実践欲に飢えているというか、じっとしていられないというか、それとも故郷のことに執着しているのか。

 

案外、某博士とはよく似ているのかもしれない。

そんな博士が『未来視』で俺たちの行動を見て、メッセージを残したらしい。

 

件の『水晶の魔物』は、『フレイズ』。

それが5000年前の文明を一度リセットしたとのこと。

 

 

―――次々とフレイズが出現する可能性が高い

 

今できる対策は2つ。

俺自身が強くなることと、各施設を見つけること。

 

ミスミド王国と連携して、世界中の古代遺跡を探している。

ようやく今日、1つ見つかったのだ。

 

 

 

「望月、1つ見つかったぞ。 場所はサンドラ王国の南東にある、ラビ砂漠だ。」

 

「かつての調査なのだけどね。砂漠の中にあった古代遺跡に、六つの魔石が埋め込まれていた石柱があったそうよ。」

 

「ふーん、よかったね。」

 

朝食をゆっくりと食べつつ、そう告げた。

俺やリーンは、むっとしそうになるのを堪える。

 

もはや俺たちだけで行きたくなったが、博士と同じ7属性を持つ望月にしか封印は解くことはできないのだ。

 

「海の次は砂漠かよ……。あの博士、僕に嫌がらせしてるんじゃなかろうな……?」

 

「……そう簡単に見つかったら苦労しないしな。」

 

「それもそうか。」

 

「ああ。フレイズが出てくる前にできる限り探しておきたいんだ。」

 

「『図書館』でもあれば、詳しいことがわかるかもしれないわね。」

 

「うーん、そうだね。よしっ、行こうか。」

 

「酒池肉林、ウハウハですネ。」

 

「お前さんみたいなのがもう1人増えるのか……」

 

フランシェスカのように管理人がいる可能性は高い。

だからといって、面倒そうな顔はするのはムカつく。

 

 

各自準備を整えて、望月が『ゲート』を使った。

 

 

 

 

****

 

飛行艇として『庭園』を使っても、4時間ほどかかるらしい。

それでも、何日もかけて歩いて行くよりはマシである。

 

ユミナたちは庭園の隅の空き家を掃除している。

俺、リーンやポーラはというと、『庭園』にある機器をいじっていた。

 

5000年前のものとはいえ仕組みはわからない。

今は『庭園』の下の風景を呆然と見ている。

 

「さっきのことなんだけど。」

 

「……今までも何度かあった。やんわりとは指摘してきた。」

 

「そう。」

 

「転生してまだ1年も経っていない。本当にそれだけなんだろうか。」

 

「さあね。」

 

そう、それが俺の答えなのだ。

 

望月のことがわからなくなるときがある。

年相応な部分も確かにある。

 

平穏。

それを求めていることはわかるが、あくまで望月自身の価値観によるものだ。

 

 

「あら、遭難者かしら。」

 

リーンの声にはっとする。

どうやら思考の海に沈んでいたらしい。

 

「そうみたいだな。」

 

砂漠の中を10人ほどが歩いている。

ラクダも連れているが、何人か危険な状態だ。

 

「なにしてんの?」

 

「遭難者よ。」

 

望月がフランシェスカと様子を見に来た。

 

「遭難者なら助けないとマズいんじゃないか?」

 

「どうやって? 遭難者にこの『庭園』の存在を明かすの? もしあれが悪人やおたずねものだったら?」

 

「悪いが、発見したのも偶然なんだ。」

 

俺は正義の味方ではない。

ベルファスト国民ならともかく、ここはすでにサンドラ王国内だ。

 

フレイズの対策、今はそれが優先される。

1分すらも惜しい。

 

しかし、施設まで行くには望月さえいればいい。

 

「じゃあ、俺が……」

「急いだ方がイイかもしれませンよ。」

 

砂漠に棲む魔獣だろう。

牙が無数に生えた巨大なミミズだ。

 

「サンドクローラー、砂と一緒に獲物を飲み込む砂漠の魔獣だわ。」

 

「行ってくる!」

 

『ゲート』を使って、望月がさっさと行ってしまった。

同時にフランシェスカは『庭園』の移動を停める。

 

「行ってきなさい。まったくあなたも甘いわね。」

 

嬉しそうにリーンは微笑む。

俺個人として行こうとしていたのは、ばれていたようだ。

 

 

しかし、望月は人のために動いたことは間違いないのだろうが、どこか違和感があった。

 

 

 

「『龍化』。」

窓を開けて飛び降りつつ、銀龍と化す。

 

違和感を感じた。

―――理性を一瞬、失いそうだった

 

 

 

勢いよく降下し、止まって滞空する。

 

銃の弾丸に付与した『エクスプロージョン』ですでに満身創痍のようだ。

続いて、『アクアカッター』による水の斬撃で息絶えた。

 

「……心配いらないみたいだったな。」

 

ユミナを呼び出して、魔眼を使ってもらっている。

望月自身の屋敷で一度保護するために視てもらっているようだが、イラっとした。

 

 

しかし、あるものを見つけてしまう。

 

「やべぇ……」

 

空中に、避けるような切れ目だ。

『ヒビ』ともいうだろうか。

 

 

リーンの話の通りなら……

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

強敵、そして才能

 

「『炎よ来たれ 雷よ来たれ 我が身を憑代に』」

 

各魔力を強化に転換し、力として纏う。龍の身体からは熱を発し、かなりの負担となっていることは間違いない。『龍化』に加えて、3属性魔法の同時発動だ。

 

 

気を抜けば、各魔法が霧散してしまいそうな状態である。

 

 

「こいよ。」

 

全長30mものフレイズは、俺の全長に匹敵する。

水晶の魔物の特徴はそのままに、さらにエイのようなヒレが特徴的だ。

 

仮にマンタと呼ぼう。

 

『イッキさん!!』

「ユミナ、フレイズだ。しかもコアが2つ!」

 

ユミナからの念話に、そう返す。

 

2つのコアの同時破壊がベストだろう。

片方のコアが残っていれば、コアが復活なんてこともありうる。コオロギよりもはるかに強力な個体であるだろう。魔法無効、物理耐性、さらに再生能力もあるはずだ。たぶん『アポーツ』を使えるようなコアの大きさではない。

 

「っ!?」

 

咄嗟に避ける。

 

先にマンタが動き始めた。

コアが点滅し、高威力の光弾を発射した。

 

光魔法に近いが、この世界の魔力とは違った感じなので、その攻撃の兆候に気づくのは至難の業だろう。光弾が砂漠の上に当たったとき、轟音を鳴らして破裂した。耐魔力耐性のある俺でもどれほどのダメージを負うかどうか。

 

しかし、攻撃後にそれなりの隙はできるようだ。

近づきつつ、さらに魔力を籠める。

 

さらなる魔法の組み合わせに、身体は悲鳴を上げ、頭痛も生じる。

 

 

 

「『雷炎剣』!」

 

剣と化した尾は硬い外殻に阻まれてしまう。厳密に言えば、減り込みはしたけれども、切断するまでには至っていない。身体を捻って弾き返されるとすぐに、マンタにできた傷は再生し始めている。

 

 

 

―――俺にできる最大の技だった

 

意識を切り替え、後退する。

 

 

光弾が絶えず襲ってくる、

近づくことすらままならない。

 

 

「あいつら!?」

 

氷魔法によってできた大きな氷がマンタにぶつけられた。

しかし魔法による事象なら吸収されないとはいえ、シルエスカ妹の魔法に全く動じてない。

 

 

マンタが急に方向を変える。

尾は地上へ向けられ、攻撃の雨を降らす。コオロギのような脚の伸縮ではない。針と化した水晶を打ち出すという遠距離攻撃だ。衝撃による砂煙で辺り一帯は見えなくなってしまう。

 

狙われたシルエスカ姉妹は、身体能力を上昇させた望月によってちゃんと救われていた。

 

 

「覚悟ォォッ!!」

九重による『ゲート』による近接攻撃。

 

マンタに比べて、ずっと細く短い刀は食い込んだだけだ。

九重は再び『ゲート』で無事に回収される。

 

 

俺も防戦一方だ。

避けることに集中するしかない。

 

 

 

『イッキさん、今からリーンさんの言うことを伝えます。』

 

「なんだ?」

『土属性の魔力、これをイッキさんに送ります。それを『強化』してください。』

 

無茶なことを言う。

元々持っている、風と炎の1つずつでさえコントロールが大変なのだ。

 

 

『私もリーンさんも、信じていますから。』

 

そんなこと言われたら、やるしかないよな。

 

「いいぜ、2人とも頼んだ。」

 

 

3属性同時発動を解く。

 

――『トランスファー』――

――『土よ来たれ、我らが龍を憑代に』――

 

大切な2人の声が聴こえる。

初めて感じるタイプの魔力、それが俺に流れ込んでくる。

 

 

『強化』していけば、新たな水が溢れてくる感じ。

これは、初めて魔法を使ったときと同じ感覚だ。

 

受け入れられないものを受け入れて、あがいた。そもそも俺には無属性魔法しかなかったのかもしれない。平凡な日本人な俺にとって魔力なんて未知のもので、使うことすら自分なりに試行錯誤してきた。攻撃力を求めて火の魔力を、速さを求めて風の魔力を、身体の奥から引き出した。転生してからずいぶんと俺は俺に救われている。

 

この才能があるなら、俺はもっともっと強くなれる。

 

もう、失いたくはないから。

前世の繋がり、全てを捨ててここまでやってきた。

 

 

もっと硬く、もっと強く。今はもう独りじゃないから。

 

 

「『炎よ来たれ 我が身を憑代に』」

 

求めるのは威力だけだ。

炎魔法と『強化』、そして土魔法を重ね合わせる。

 

魔法の反発による痛み、マンタの光弾が身体に当たって痛み、それらを伴うとしても、この一撃を止めるつもりはない。

 

 

さらに速度を上げる。

 

「『炎龍の撃鉄』!!」

硬質化した龍の体当たりがマンタを貫く。

 

 

身体を翻して、警戒は解かない。

 

「やったか……」

 

再生する気配はない。

2つのコアもろともあの水晶の身体は風に吹かれて、塵となっていく。

 

 

俺は魔力を使いきったのだろう。

龍化も解けて、浮遊感を感じた。

 

 

召喚魔法によって引き寄せられた感覚、これは2度目だ。

目の前に大好きな2人が見えた。

 

安心して、意識を失った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2人の不安、そして動揺

ベッドに寝かされたまま、2人から話を聞いていく。

 

もうピンピンしているけれど、逃げられないように、両左右で挟まれている。『リカバリー』をかけてもらったとはいえ、疲労で1日くらい目が覚めなかったらしい。それまで付きっきりで看病してくれたのだろう。だから、はやる気持ちを抑えて今日は休むことにした。

 

 

「5000年前の通貨を持ち、あのフレイズ程度なら一撃で倒せる。さらにフレイズにも詳しく、あの馬鹿みたいな暑さの中でマフラーをしている。怪しさ大爆発でしょう?」

 

「たしかにな。」

 

エンデという少年が望月の前に現れたらしい。転生者かどうか、その正体はわからないが、敵ではないようだ。単独行動が好きそうなやつだ。しかし『図書館』が見つかる前にフレイズの情報を聞いておきたい。

 

 

「それで、今回は残念ながら『工房』だったらしいわ。」

 

「『格納庫』にあるという、フレームギア。それが対フレイズの兵器らしいですね。」

 

「どうせモビルスーツだろうな、それ。」

 

コオロギサイズならともかく、マンタサイズに対抗するには、それ以外考えられない。バビロンの科学力から考えても、博士が開発できる能力は十分持っていただろう。

 

「知っているの?」

 

「故郷の御伽話に出てきただけで、同じかは分からないぞ。」

 

「へぇ、どんなもの?」

 

「一言でいえば、乗り物だな。望月が使っている銃、それも巨大なやつが搭載されている、とかな。」

 

「あの大きさで、あの威力ですからね。」

 

「期待できるわね。」

 

望月はサクッと、またマスター認証されたのだろう。

どうやらこの『庭園』と、『工房』は合体しているようだ。

 

 

「望月は何をやっているんだ?」

 

「遭難者の働き先を作っているみたいね。」

 

「たしか、本を集めていたでしょうか。」

 

本屋でも開店するのだろうか。

助けた人たちをそのままにしておけないとはいえ、また気まぐれな行動か。

 

「まあ、金だけ渡して街で生活させるよりはマシだろうな。」

 

「そうですね。」

 

今度、その店の様子を見に行ってみよう。

 

 

「それで、身体は大丈夫なの?」

 

上半身を撫でてくる。危ないです。

ユミナも顔を赤くして真似しなくていい。危ない。

 

「もう大丈夫だ。」

 

「咄嗟のことだったとはいえ、無茶をさせたわね。」

 

「ごめんなさい。」

 

「いや、感謝してる。これから他の魔法もできるか試してみたいくらいだ。」

 

リーンの個人魔法『トランスファー』と、ユミナの召喚魔法を利用した、遠隔的な魔力譲渡。

 

 

この2人となら、俺はもっと強くなれる。

 

 

「私たちはもうイッキさんに倒れてほしくないんです。」

 

「でも、やるんでしょう?」

 

「……ああ。まだこれで終わるはずはない。」

 

マンタより強い生物はいくつも思いつく。

 

つまり、あれ以上のフレイズがいるのだ。

それに対しては件のエンデも手こずる可能性があるし、俺たちもまだまだ強くなる必要がある。

 

「フレームギアが見つかるには、時間がかかりそうだしな。」

 

使いこなすようになるのも苦労しそうである。

『こいつ動くぞ!』って言いながら、なんだかんだ動かせるのはあの男だけだ。

 

 

「……そう、ですね。」

 

「言いそびれていたけれど、フレイズを倒してくれた時、ちょっとすっきりしたわ。別個体だけどね。」

 

「ああ、駆逐してやるよ、フレイズを1匹残らず」

 

 

次は、どんな強敵に会えるのだろう...ナ...

 

 

 

 

 

 

****

 

読書喫茶『月読』

それが望月によってもたらされた元遭難者たちの働き口だ。

 

文字通り、置いてある本を自由に読むことができる軽食喫茶だ。防犯設備も完備されているが、あくまで望月の個人魔法頼りだ。望月は店主として、経営や本の仕入れを行っているらしい。

 

これを機に、この世界の文化を知ってほしいと思う。

 

 

 

想像以上に大盛況のようで、いまだ行くことはできていない。

それよりも、トリストウィンさんの呼び出しを優先した。

 

「元気そうだな、ユミナ!」

「お久しぶりです、お父様!」

 

親子が勢いよく抱きつき合う。

父親からすれば、ユミナが無事であるかいつも心配しているのだろう。

 

「イッキも、急な呼び出しでよく来てくれたな。」

 

「いえ、お気になさらず。」

 

席に着いて、紅茶と菓子で一息つく。

さっきまで2人と練習していて、報告を受けて急いで来たのだ。

 

 

「そして、リーン殿。海で会って以来だな。」

 

「そうですわね。」

 

そう言いつつ、ジト目を向けられる。

リーンも敬語が似合わないと思っていたことがバレたようだ。

 

「あの時は言いそびれたが、イッキとの婚約を歓迎しよう。」

 

「心より感謝申し上げますわ。」

 

「そう堅くしないでくれ。こちらこそ願ってもいないことなのだ。」

 

ミスミド王国との関係も深まることになる。

まあ、俺たち自体は恋愛結婚のつもりだから、副次効果的なものだ。

 

 

「なら、そうさせてもらうわよ。ユミナまで、そう思っているようだし。」

 

ユミナがビクッとする。

どうやら図星だったようだ。

 

 

「ははは、3人とも睦まじいな。あらためて、2人をよろしく頼む。」

 

「言われなくても。」

 

隣にいるポーラもポンと胸を叩く。

いやホント、この子は癒しだ。

 

 

「お父様、今日はなにか用件があったのでは?」

 

「おお、よくぞ聞いてくれたな!!」

 

 

この部屋に入ってから、ずっとニヤついた表情である。

何かしら朗報であることは理解していた。

 

「ユエルが身籠ったのだ!」

 

俺たちの時が止まった。

ユミナもリーンも俺の方を心配そうに見てくれている。

 

いつかは来るかもしれないとは思っていた。

しかし覚悟などできていなかった。

 

 

「おめで」

「至急、お伝えしたいことが!」

 

急に入ってきた兵士の声にお祝いの言葉はかき消された。

 

 

「なにがあった?」

 

彼は『エスピオン』の一員だったはず。

それはベルファスト国が持つ諜報部隊のことだ。

 

 

「レグルス帝国において、皇帝へのクーデターのようです。」

 

「なんだと!?」

 

迂闊だった。

フレイズのことばかりに、俺たちの意識が向いていたのだ。

 

レグルス帝国の戦力は騎士団と軍に分けられる。

特に軍の戦力強化が行われている報告は聞いていた。

 

 

「騎士団じゃなくて、軍か?」

 

「はい。首謀者は、東方軍司令 バズール将軍とのこと。」

 

ベルファストはレグルス帝国の西である。

すぐにはこちらへの影響はないが、用心するに越したことはない。

 

 

「レグルス帝国との国境警備隊への注意喚起、それでいいですか?」

 

「うむ、そうだな。……任せたぞ。」

 

「はっ。」

 

普通に扉から急いで出ていく。

別に、あの忍者のように消えることはなかった。

 

 

「3人ともすまぬな。」

 

続いて、トリストウィンさんも部屋から出ていく。

残されたのは俺たちだけだ。

 

 

「さて、どうするの?」

 

「……俺としては、クーデターを止めたいと思う。」

 

「イッキさん1人で、ですか?」

 

「ああ、そうだ。」

 

この2人にはそう簡単に隠し事はできない。

俺が冷静じゃないことくらい、自分でもわかってる。

 

 

「あの国には冒険者として行ったことがある。それに、徳川さんが武田に救援を出した時と…同じだ。」

 

首謀者であるバズール将軍は軍国主義を掲げるだろう。

そうなれば、隣国であるこのベルファストが戦火に晒される。

 

気づけば、そんな言い訳を口走っていた。

 

 

「止めても無駄でしょうね。だけど、必ず生きて帰ってきなさい。」

 

「……ああ。」

 

召喚魔法による転移、その距離がどこまでかはわからない。

戦場に単身飛びこむのだ、命の危険は十分にある。

 

 

「お父様には私たちから言っておきます。絶対に、悪いようにはさせませんから。」

 

「……頼んだ。」

 

完全な独断行動だ。

仮にも、次期国王第一候補だったやつがそんなことをするのだ。

 

―――それも過去のことだ

 

 

窓から飛び出し、魔法を使う。

「『龍化』」

 

いつも以上に暴れる魔力が、身体を駆け巡る。

 

 

銀龍が、東の空へ駆ける。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪魔、そして快楽

 

燃え盛る街が見えてきた。

軍服を着ている集団の真ん中、そこへ『龍化』を解いて降り立つ。

 

長距離移動に加えて、いつもよりずっと無駄の多い扱い方によって、魔力をかなり消耗している。すでにここは戦場なので気を抜くことはできないし、すでにスイッチは入っている。

 

 

「き、きさま、何者だ。」

 

『異質』なものを見る目、それが懐かしい。

 

槍や剣、杖を向けて警戒された。彼らの近接武器は紅く染まっていて、微かに残る銀色の表面は火によって照らされている。そんな武器が震えることなく、ちゃんと持つことができているのは訓練の賜物なのだろう。

 

 

しかし、こんなことに使ってほしくはなかった。

それが彼らにとって本望であるのなら、俺も価値観を押し付けよう。

 

 

「『雷よ来たれ 糸の呪縛 サンダ―ウェブ』!」

 

地面につけた両手から雷を発する広範囲攻撃だ。雷の威力を極力抑えることで可能としている、『パラライズ』の劣化版のようなものである。本来なら術者本人にも効くのだろうが、その事象には耐性がある。

 

 

得物を落とし、バタバタと倒れていく。

 

「さて。」

 

剣を引き抜き、戦場をこの足で駆け始める。

 

騎士団が防衛を行っているが、その数には差があった。軍は街のあらゆる方向から無差別攻撃している。逃げ惑う市民はどこに向かうのかさえわからず、ただ帝都の外を目指して走っている。

 

 

何人もの市民がすでに犠牲になっていた。

虐殺を行っている奴らはあくまで陽動であって、本命は帝都の中心部だろう。

 

 

 

剣の持ち手に力が入る。1人1人を救うことを俺は選ばない。道すがら、軍服を着ているヒトを雷魔法で気絶させていくだけだ。瓦礫の下へ必死に呼びかける声を無視して前に進む。

 

何度見ても慣れないし、日本人として慣れたくない。

亡骸を見て、自然の摂理などと思ってしまう気持ちもある。

 

 

「俺はまだ人間だ。」

 

そう何度も言い聞かせる。

 

剣を握った『腕』には力が入る。

もう片方の腕で、雷魔法を放つ。

 

 

高ぶる魔力を、抑え込む。

―――なんで抑え込む?

 

 

「待ってくれ!」

 

その声で、我に返る。

 

「ルクス・ロア・レグルスだ。どうか俺に力を貸してほしい!」

 

銀髪の青年で高貴な雰囲気だ。

すでに20歳を超えているだろうが、少し幼い顔立ちだ。

 

「あんた、レグルス帝国皇太子か。」

 

「ああ。君はベルファスト次期国王、だろ。」

 

騎士団の服は返り血や土埃で汚れていて、すでに戦った形跡がある。王族が騎士団所属なんて、帝国ならではだろう。剣を持って飛び出してきたとはいえ、正装のまま来てしまったのだから、聡明な者なら勘づくだろう。

 

 

「ただの冒険者だ。」

 

上着を脱いで、炎で燃やす。

 

「……なら、冒険者よ、協力してくれないか?」

 

「わかった。」

 

「ありがとう。ついてきてくれ。」

 

どうやら方向は城のようで、俺たちは戦場を全速力で駆ける。悲鳴があちこちから聞こえてくるが、それでも前を向き続ける。

 

 

「悪いが、走りながら説明する。」

 

「事情はだいたいわかってる。誰を一番守りたい?」

 

「……妻だ。サラ・レア・レグルス。できれば妹も。」

 

「わかった。」

 

「こんな俺は次期国王失格かもな。」

 

「いいだろ、誰かが継ぐ。」

 

「……そろそろだよ。」

 

 

すでに城内にも軍のやつらが攻め込んでいて乱戦となっている。様々な属性の魔法が飛び交って城は破壊されていき、そして怒鳴り合う声が耳に響く。あちこちにもう立つことはない騎士たちがいる。

 

彼の顔は、怒りと悲しみに満ちている。

それでも、脇目も振らず階段を駆け上がっていく。

 

 

魔法が次々とこちらへ飛んでくるが、前へ進むことで回避する。

 

 

「あの部屋だ!」

 

そう叫び、扉を開けようとした3人を勢いよく斬り伏せて部屋に跳びこんでいった。

 

 

「サラ!」

「ルクス様!」

 

その背後からの声を聞きながら、部屋の扉に守るように立つ。

そして、自分の手のひらを見つめる。

 

彼は優先順位を考え、そのためなら殺すことも厭わなかった。

 

―――俺は、なんて中途半端なのだろう

 

 

 

 

「すまない、待たせた。」

 

「気にするな。」

 

「あなたがイッキ様なのですね。ルクス様をお守りくださり、ありがとうございました。」

 

「成り行きだ。次はどうする?」

 

「妹や父上の部屋に行く。こっちだ。」

 

俺とサラさんを守るように、先導していく。

彼女のことは俺に任せるということだろう。

 

「覚悟ぉ!」

「邪魔だ。」

 

階段を駆け上がる足音は聞こえていた。

顔を勢いよく蹴り飛ばせば、ドミノ倒しに軍の奴らが落ちていった。

 

 

 

 

一際、豪華な部屋の扉を開いた。

皇帝がベッドに寄りかかって、傷口を抑えて苦痛に顔を歪めている。

 

「……は? なんでここに。」

 

「イッキじゃないか。」

 

件の妹と、その護衛の女性騎士と一緒に望月がいた。

ともかく、ルクスたちはまず各々の無事を確かめ合っている。

 

 

「皇太子夫妻まで生きていたとは。無能な奴らだ。」

 

「バズール将軍、貴方もここまでだ!」

 

敵の部下が将軍の前に出て、俺たちは牽制し合う。

 

 

「なんで、こんなことを!?」

 

「皇帝陛下は病にかかり、そのお心をも病んでしまわれた。ベルファストやロードメアとのを侵略することを躊躇うとは……、かつての陛下なら迷いなく決断したものを。」

 

皇帝陛下へ憐れむような視線を向けながら、呟くように告げた。

 

「いやはや、老いや病とは恐ろしいものだな。」

 

「それだけの、ことで!!」

 

「皇帝とは常に強くあらねばならないのだ!!……その資格を失った者には舞台から降りてもらう。無論、貴様にもその資格はない。」

 

「このっ!!」

 

「落ち着け、乗せられるな。」

 

今にも飛び出していきそうなルクスを留める。

 

「誰かと思えば、かの次期国王か。まさかこんなところにいるとは、我は運がいい。」

 

「通りすがりの冒険者だ。」

 

「口が達者だな。いや、さすが、姫君に上手く取り入っただけのことはある。」

 

「今は、関係ないだろ。」

 

「……ふむ。さて、そろそろ見せてあげよう、我が力を。」

 

 

 

溢れ出した闇の魔力は、今まで見てきたどの魔法よりもはるかに禍々しい。

 

「『闇よ来たれ、我が求むは悪魔の公爵、デモンズロード』」

 

壁一面の窓が吹き飛び、辺りが紫の閃光に包まれる。

 

 

 

月の光は、影に遮られた。

 

「あいつは、まさか……」

 

召喚されたのは城の外。

3階のこの部屋を見下ろすほど、巨大な悪魔だ。

 

「そ、そんな、あれほどの悪魔…。どれだけの代償が必要になるか。い、維持のための魔力だって……」

 

ルクスの妹がサラさんと支え合いながら、おそるおそるそう告げた。

 

 

それを聞いた俺たちは、悪魔の召喚者に威圧的な視線を向ける。

 

「ふっ、帝都の犯罪者どもを生贄に捧げたのだよ。」

 

「父上は反対していたはずだ!」

 

「だから甘いのだ、お前たちは!! 犯罪者の命ごときに悲しむ者などいないではないか。」

 

そう言いながら、軍服の袖を捲り上げ、赤い宝玉の腕輪を見せつける。

 

 

「この『吸魔の腕輪』は他人から魔力を吸い取る効果がある。そこのお前たちは、我のデモンズロードの極上の餌のようだ。」

 

 

俺たちは豊富な魔力を持っている上に、異常な回復速度を持っている。

 

しかし、ルクスたちはすでに膝をつき始める。

もちろん相手の部下たちもだ。

 

 

「『アポーツ』!」

 

将軍の周りに生じた障壁によって防がれる。

それさえ決まっていれば、勝ち確定だったんだが。

 

 

「ふむ。何を狙っていたかは知らんが、私に魔法は効かんぞ。デモンズロードの特性の恩恵だ。」

 

説明してくれるのは、圧倒的な自信からなのだろう。

望月が銃を向けたとしても、身構えもしない。

 

ゴムの弾丸は、障壁によって弾かれる。

 

「今度は飛び道具か? だが『防壁の腕輪』が我が身に対する物理攻撃は無効だ。もちろん魔力は消費するがな。」

 

その魔力は周囲から吸収し続ける。

 

 

「そこの部下たちのことはいいのか?」

 

「今の私は下位の悪魔を自由に呼び出せ、軍隊とできる。もはや必要はない。」

 

予想はしていたが、結局は自分のために起こしたクーデターなのだろう。国を発展させる想いなどそこにはない。従ってくれた部下も、何の罪のない市民も眼中にはない。

 

あるのは、野心だけだ。

 

 

「望月、みんなを避難させてくれ。」

 

「っ!? できるのか。君、3人を頼む。」

 

「了解。『ゲート』展開。対象・帝国皇帝、ルーシア姫、キャロルさんの三人。転移先は自宅の庭。」

『了解。『ゲート』発動しまス。』」

 

3人が光の扉に吸い込まれるように転移していった。

 

さっきスマホが喋った気がした。

しかし、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 

 

「貴様、転移魔法を使えるのか!? 忌々しい!!」

 

初めて余裕な顔が崩される。

思い通りに行かないことがあれば、逆上するタイプだろう。

 

 

「望月、行け。」

 

「……いいの?」

 

「回復魔法が使えるお前と違って、俺は必要ないだろ。皇帝陛下助けて、さっさと対策考えてこい。」

 

「くそっ、俺の完璧な作戦が!!」

 

デモンズロ―ド召喚に反対していた皇帝陛下なら、対策方法を知っているかもしれない。

 

 

「死なないでよね。『ゲート』」

 

まさか望月からそんな言葉を聞けるとは思わなかった。

言われずとも、死ぬことだけは絶対に避けるべきことなのだ。

 

―――転生したときから

 

 

「あんたは、行かなくてよかったのか?」

 

「国のこともだけど、イッキ君のことも、放っておけなくてね!」

 

気力だけで、剣を支えに立ち上がる。

もう1本の剣を抜けば、目には闘志が宿る。

 

 

たぶん魔力が元々少ないのだろう。

つまり、騎士として剣術を極め続けてきたのだ。

 

 

「ずいぶんとお人好しだな。」

 

「イッキ君もだろう?」

 

「自覚はないけどな。よく言われる。」

 

2つの腕輪、そしてデモンズロードの特性。

その3つが揃ってこそ、召喚主は無敵。

 

突破口は、

「「物理攻撃によるデモンズロ―ドの撃破。」」

 

俺たちの声は揃った。

 

 

「ふっ……ふっははは!!!……あー、笑わせてくれるな。人の身でありながらデモンズロ―ドに勝てるわけがなかろう。」

 

蝙蝠の翼を羽ばたかせ滞空している。

そのデモンズロ―ドの巨体に対しては俺たちの剣は小さすぎた。

 

 

それでも、勝つことを諦める理由にはならない。

 

 

「俺には魔法の才能はない。風の魔力しか俺にはなかった。だからっ!」

 

窓から跳び出していき、空を駆ける。

空中に漂う風を掴みよせているのだろう。

 

 

手に持つ双剣で、縦横無尽に切り裂いていく。

滞空しているデモンズロ―ドは、ハエを払うように手を振るう。

 

 

「しかし、あれでは勝てるわけがなかろう。」

 

剣戟による傷はあまりにも小さいけれど、少なからずダメージを負わせている。

 

 

「お前も行くのだろうが、忠告しておこう。大いなる力にはそれなりの代償がいる。ドラゴンと化す魔法、本当にノーリスクだろうか?」

 

俺は目を見開く。

袖を捲った将軍の右腕は、悪魔の物と少しずつ化している。

 

「俺にとっては人間をやめてしまっても本望だが、お前はどうだ?」

 

 

俺は震える『腕』を左手で抑える。

怒りを抑えこむように、本能を抑え込むように。

 

 

「……『龍化』。」

 

悪魔の嗤いから、まるで逃げたように思えた。

歯を食いしばって、デモンズロ―ドへ飛翔する。

 

 

「『炎よ来たれ 我が身を憑代に』」

 

魔力が乱れ、コントロールが上手くいかない。

いつもより大きい負担となっているし、効力も薄い。

 

 

尾の振り下ろし、その一撃は少し後退させただけに留まる。

咆哮とともに向かってくる巨大な拳を避ける。

 

 

生半可な一撃では、あの硬質な身体には届かないだろう。

ユミナやリーンがいない状態で、さらなる威力を得るには『龍』として戦うしかない。

 

「迷ってる場合じゃないよな。」

 

ルクスさんも少しずつはダメージを与えている。

しかし、さすがに動きが鈍くなってきている。

 

 

街の誰もが魔力を吸収されて、苦しんでいる。

それは市民や騎士団も、もう軍も関係ない。

 

 

―――龍よ来たれ 我が身に憑依せよ

 

 

意識を失いそうだ。

頭の中は闘争本能に埋め尽くされていく。

 

 

龍として、咆哮を放つ。

 

 

目の前の巨体に噛みついたまま、拳を避けることはしない。

その痛みに快楽を感じる。

 

 

これが龍なのか。

あの黒竜のことを思い出す。

 

戦うことに特化した種族だということを、実感してきた。

 

 

 

炎を吐き、雷を起こし、攻撃していく。

それが無駄なことは分かっていたはずだ。

 

 

ああ、タノシイ

 

 

「魔力を吸収、まさか大気中も!?」

 

 

悪魔は激昂している。

ヒトが勢いを失って落ちたが、もうどうでもいい。

 

地面に叩きつけられた、激昂する。

爪で魔力の刃を放つも、効かない。

 

 

空気を裂くほどの拳が、目前に迫っている。

 

戦いの果てに死ねるなら、本望だナ

こんな最期でごめん

 

 

―――風を、感じなくなった

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

失われた魔法、そして代償

クーデターの報告もあってから、城内は慌ただしい。

 

大使の任を解かれたとはいえ、ミスミド王国との連絡役を引き受けた。レグルス帝国と地続きになっていないとはいえ、隣国であることは間違いないのだから、気が休まることはない。停戦協定が結ばれていた帝国で、軍国主義を掲げる将軍によってクーデターが起きたのだから、領土を獲得せんと動く可能性が高い。しかも王都が混乱しているだけで、帝国の国境警備隊は独立を画策しているのだから、それも質が悪い。

 

帝国は、ミスミド王国とベルファスト王国の2国合わせたほどの領土を持っている。

 

「リーンさん!」

 

窓からずっと東を見ていたユミナが、部屋へ入ってきた私に気づいて駆け寄って来た。

 

 

ユミナの自室は広いが、必要最低限の家具しかない。

5匹のぬいぐるみが、女の子らしいところかしら。

 

ウルフ以外、見たこともない動物だけど。

たぶんニホンの生き物。

 

 

足元までやってきたポーラを抱き上げて、ソファに座らせてもらう。

 

「クーデターは、まだ治まっていないそうよ。」

 

「そう、ですか……」

 

心苦しいけれど、ユミナには真実を伝えないとね。

 

「デモンズロ―ドは知ってる?」

 

「……えっと?」

 

「禁忌の召喚獣よ、クーデターの首謀者が召喚してしまったらしいわ。」

 

「そんなっ……」

 

召喚対象者の魔力量や魔力の質にある程度依存する。

だから神獣クラスは一般的には、喚ぶことすら簡単ではない。一般人ならね。

 

そんなハイレベルな召喚を可能とするのが、魔法書と代償が必要となる召喚魔法。

 

 

「ずいぶんと昔から、帝国は召喚魔法の研究をしてきたようね。」

 

まあ、それはどの国も同じかしら。

単純に兵力を増やすことに長けている魔法であるのだから。

 

魔物と心を通わせることは、二の次。

 

 

「見つけてしまったのだと思うわ、『ロスト・マジック』を。」

 

「失われた魔法のことですね。」

 

「そうとも言われているわね。存在しているだけで危険と見られ、その使い手は世界を脅かす者として認識される。まあ、今となっては使い手はほとんどいないわ。」

 

個人魔法よりも多くの魔力を消費するけれど、その威力は絶大。

 

 

ただし、基本的には代償を必要とする。

……止めるべきだったかしらね。

 

 

「召喚魔法の『ロスト・マジック』、ということですか?」

 

「ええ。どれほどの代償を要するかはわからないけれど、100人は生贄となっているでしょうね。」

 

淡々と語れているのは、永く生きているからかしらね。

ちゃんと悲しんであげるユミナが羨ましいわ。

 

「それで、イッキさんは……?」

 

「わからないわ。」

 

首を振って答えた。

 

 

もちろん私も心配で、すぐに向かってしまいたい。

 

 

「デモンズロ―ド、その眷族を今は召喚している最中だと考えられるわ。生き残った人たちの魔力を使って、たった1人のための、悪魔の軍隊を作っているのでしょうね。」

 

「そんなこと! し、召喚魔法はそんなことのためにあるものじゃありません……」

 

「ユミナは優しいわね。でもね、魔法は、いえ力は、使い方次第で善にも悪にもなるの。覚えておいて。」

 

「はい。」

 

「よろしい。」

 

 

ドアをノックする音が聞こえた。

王が呼んでいるとのことで、私たちは女性騎士に付いていく。

 

 

場所は王家専用の医務室で、国王や宰相、トウヤまではいい。

帝国の皇帝と皇太子妃と姫君と護衛騎士がいることに、頭が痛くなる。

 

どうせ気まぐれに立ち寄った帝国で、気まぐれに救出してきたのでしょうね。

 

お互いに軽く挨拶を済ませておく。

 

 

「早速だけどトウヤ、イッキに会わなかった?」

 

「会ったけど。」

 

「無事なんですか!」

 

我慢ができなくなったユミナが、声を荒げる。

 

「えっと……、調べてみるか。マップ表示。レグルス帝国首都。」

 

たまに使っている四角い板の魔具から、いきなりマップを投影した。

 

「こ、これは……」

 

「帝都の地図ですわ……。それも細かく……。」

 

それ、かなり危ないことではなくて?

 

 

「僕の無属性魔法です。便利でしょ?」

 

光魔法の応用かしら。

その原理や、不注意な使用には、口を挟みたいけれど、今はイッキの安否が優先だわ。

 

「検索。イッキを表示。」

『了解。……検索終了。』

 

その魔具、話すの?

ポーラを抱きしめる力が強くなっていたことに気づいて、緩める。

 

そうよね、ポーラは魔具じゃない。

生きているもの。

 

 

「あれ? 王都にいないのかな?」

 

「そ、そうですよね、王都にいないだけ、ですよね……」

 

ポーラを下ろす。

そして、明らかにうろたえているユミナを抱えてあげる。

 

 

もっと包容力がある人だったら、よかったんでしょうけどね。

 

 

「あの、冬夜様。お兄様を探すことはできますか?」

 

「ルクス・ロア・レグルス、と言いますの。」

 

「よしっ、検索。『ルクス・ロア・レグルス』を表示。」

『了解。……検索終了。』

 

さっきとは違って、投影された地図に緑の印がつく。

 

 

「ロメロ将軍の屋敷だな。無事なようだ。」

 

そう告げる皇帝も、姫君や皇太子妃も、安堵の息をついている。

 

 

 

「首謀者はあくまでバズール将軍、そういうことかな?」

 

「そうなるな、ベルファスト国王殿。……これは、余の責任だ。」

 

「そんな……皇帝陛下はご病気に伏せておられたのですから。」

 

「今は、どうするべきか考えるべきではないか。我々ベルファストも力を貸そう。」

 

「……かたじけない。」

 

「なに、今後の友好のためだ。次代には、平和な世界で過ごしてほしい。」

 

「平和か、よいものだな……。はやく、その尊さに気づけばよかった。」

 

「教えてくれたのだよ、義息子がな。」

 

「そうか。」

 

剣を握ったことすらない、そう言っていたわね。

 

「……それで、デモンズロ―ドを止める方法は知らないの?」

 

「残念ながら、召喚の方法だけだ。正直、召喚できかどうかさえ疑わしいことだったのだ。」

 

そうなると、具体的な案は思いつかない。

トウヤが喚びだした神獣が、対抗できるかにかかっているわね。

 

それでも、敵はデモンズロ―ドだけじゃない。

 

 

「なら、僕が明日朝イチで帝都に乗り込みますので、この辺で。」

 

そう告げて帰ろうとしたトウヤに、視線が集まる。

 

「待ちなさい。あなた、血迷ったの?」

 

「デモンズロ―ドと、その眷族の軍団、どうするというのだ?」

 

「なんとかなりますよ。僕には仲間がいますから。」

 

 

私やユミナへ視線を向ける。

対して、ベルファスト国王は心配そうに私たちを見ていた。

 

 

「まあ、いいわよ。待っていても、埒が明かないようだし。」

 

「私も、行きます……行かせてください!」

 

「……必ず、3人で無事に帰ってくるのだぞ。」

 

「任せなさい、妖精族の長として誓うわ。」

 

イッキの妻としても、ユミナの師匠としても。

 

「うむ。レオン将軍を含む騎士達に、護衛を任せよう。」

 

国の最高戦力を出してくれるなんて、頼りになるわね。

 

 

「………余も、帝都に連れて行ってくれないか。」

 

「えっ、危険じゃないですかね?」

 

「余は……いや、私は息子をどこか見限っていた。生まれた時に魔力の素質がなかった、それだけだ。」

 

「お父様……」

「皇帝陛下……」

 

「そんな息子が、今もなお、国のために戦っているのだ。今の私では足手纏いにしかならないだろうが、見届けてやりたい。」

 

「まあ、いいですよ。レオン将軍たちもいますし。」

 

「よしっ、方針が決まったな。」

 

 

イッキ、絶対に無事でいなさいよ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いってきます そして、ただいま

魔法も、剣も、この才能も、俺の誇りじゃない。

 

この想いだ。

この意志だ。

 

愛する力を、2人は育んでくれた。

 

「いってきます」

 

 

****

 

 

時間は、朝か。

 

雨で鎮火したけれど、『惨状』はいまだ残されている。

魔力の吸収に苦しんでいる人には、もはや敵も味方も関係ない。

 

 

大音量の交響曲が、聞こえた。

タイトルはわからないけれど、かつて聞いたことのあるものだ。

 

「望月か、相変わらずだな。」

 

自然と、溜息が出た。

どうせスマホで再生しているのだろう。

 

 

少しずつ音楽は小さくなっていく。

魔法で投影されたスクリーンに、皇帝が映し出される。

 

『帝都民よ、聞いてくれ。私はレグルス帝国皇帝、ゼフィルス・ロア・レグルスだ。』

 

懇願するような声に、人々はゆっくりと顔を上げる。

 

『皆に迷惑をかけたこと、皇帝として深く謝ろう。だが、あと少しの辛抱だ。このクーデターもすぐに鎮圧される。どうか安心してほしい。』

 

この苦しみから解放されるのだと、大切な人が助かるのだと、今はそう思うだけだ。

 

『ただ今をもって、帝都奪還する!』

 

人々は、希望を見た。

 

 

「さて」

 

地面に突き刺さっていた剣を引き抜く。

無銘の剣に魔力を纏えば、俺だけの刃と化す。

 

メンテを欠かさなかったとはいえ、素材はありふれた鉄だ。

しかし今は、あの誓いの時の、輝きを取り戻している。

 

「よしっ、行くか!」

 

剣を鞘に入れて、戦場を駆ける。

 

 

上空から、見覚えのある光の槍が降り注いだ。

しかし悪魔の眷族すら、障壁で阻まれている。

 

それはデモンズロ―ドの特性で、魔法無効だ。

それも、どこまで無効にできるかはやってみないとな。

 

 

俺に気づいて向かってくる眷族の数は50ほど。

空中を飛ぶガーゴイルは槍を、地上に並ぶデーモンは鎌を持っている。それぞれがは通常の召喚獣より強力だろう。1体を喚びだすことにも、その活動のためにも、かなりの魔力を消費するはずだ。

 

 

まずは、空中のガーゴイルだ。

 

魔力を捻り出し、両手に炎を纏う。

そして、その2つを合わせれば、巨大な火球が生まれる。

 

「『火龍の 煌炎』!」

 

叩きつけるように、群れに投げ込む。

まずは障壁を焼き尽くし、守られていた身体を焼き焦がす。

 

「ただの力押し、だけどな。」

 

元々魔防の高いガーゴイルは焼け死ぬことはないが、魔力ダメージによって気絶して地に墜ちていく。

 

 

「リベンジマッチ、だ!」

 

デモンズロ―ドの2つの眼から、紅い熱線だ。

眷族を攻撃した俺に放ってきたそれは、人の身体を容易く飲み込んで焼き尽くすだろう。

 

 

両手を腰にひき、鳥の嘴のような構えをする。

水の魔力を、両手に集めれば、水が渦巻く。

 

そして、両手を上下に開いた形で前方に突き出し、掌から魔法を溢れ出させる。

 

「『海龍の 水流烈波』!」

 

海を思わせる水が、巨大な熱戦にぶつかる。

 

大量の水蒸気を発し、打ち消した。

武天老師様は素晴らしい技を編み出したと、やってみたら実感する。

 

 

「イッキ!」

「イッキさん!」

 

急いできたのだろう、肩で息をしている。

綺麗な瞳は、潤んでいた。

 

「心配、かけたな。」

 

「無事で、よかったです……」

 

「約束、守ってくれたわね。」

 

いまだデモンズロ―ドを前にしている。

しかし、生きていることを伝えられて、俺自身が安心してしまっている。

 

「終わらせるんでしょう?」

 

「よろしくお願いします。」

 

2人とも、少し離れて見守っていてくれる。

 

 

剣を抜き、両手で構える。

そこに纏わせる魔力は、風と火。

 

 

紅蓮の炎は、風によって爆炎となり、時を待つ。

 

迫ってくるのは巨大な拳だ。

 

その一撃に一度敗れた。

万が一避ければ、2人に当たる。

 

 

「これが俺の、『紅蓮 爆炎刃』!」

 

その刃は、悪魔の身体を斬ることはない。

その炎は、焼き殺すためのものではない。

 

敵の攻撃を防ぐことに重きをおく。

そして、その衝撃がデモンズロ―ドを、天へぶっとばす。

 

 

剣を、鞘に納める。

 

魔力がなくなる、それが召喚獣の最大の弱点である。

悪魔たちは元いた場所へ、ちゃんと還っていく。

 

 

 

「帰るか」

 

「はい!」

「ええ」

 

ほんの少し整理してきただけだ。

前世でやり残したことはまだまだいっぱいある。

 

この時間を大切にしたいから、今日も前を向く。

でも、ちゃんと忘れない。

 

 

 

 

****

 

バズール将軍は、すでに息を引き取っていた。

悪魔の力に耐えきれなかったらしい。

 

彼の遺書を読んで、皇帝が静かに涙を流した。

 

 

****

 

あれからすでに数日が経った。

いまだ城の中も、避難所として扱われている状態だ。

 

 

皇帝も、復興に尽力している。

平和な世界を作ることが、最後の仕事だと言っていた。

 

 

また、帝都の周囲の街から、物資と兵士が多く集められた。他にも、いわゆるボランティアに駆けつけた人たちがいる。光魔法の回復を使える人はもちろん重宝された。土魔法や水魔法で街の修復で、火魔法は生活において役立っていた。魔法を使わずとも、配給や運搬を手伝っている人もたくさんいる。

 

 

帝国は、確かに変わろうとしていた。

 

 

俺も冒険者として、慣れない治療に走り回った。

人一倍、魔力と体力があるし、この『甘さ』を好きでいてくれるし。

 

 

ベルファストの王宮と急遽繋げられた『ゲート』で、サクッと帰ってくる。

 

「イッキさん、お帰りなさい。」

 

「お帰りなさい。今日は早かったわね。」

 

ポーラも手を振って、労ってくれる。

 

「ただ...いま…」

 

こういうのは、まだ慣れない。

 

父も母も、婚約者ができたことには驚いていた。

そういう浮いた話、一度もなかったし。

 

 

 

ユミナが淹れた紅茶を飲めば、やっと一息つける。

リーンが用意しておいてくれた大量のパンにかぶりつく。

 

「またかなり魔法を使ったみたいね。」

 

「まあな。」

 

以前よりもずっと食事量が増えている。

 

 

「私も、光魔法が使えたらなって思います。」

 

「使えたとしても、数人を治療するだけで精一杯だわ。私も含めてね。」

 

リーンは闇以外の6属性で、ユミナは闇、土、風の3属性である。

 

 

「ほら、得意なことは人によって違うから。」

 

「また借りた言葉ね。」

 

「いい言葉ですね。」

 

俺って、真似が得意なフレンズだから。

魔法はイメージが大切なのだから、師匠とか目標の人がいる方がいいのだ。

 

 

「んで、何か進展はあったか?」

 

政治関連のことは2人を信じて、任せていた。

俺が復興を手伝うことなど、すでに予想されている。

 

 

「ルーシア姫が、トウヤの婚約者となることは確定ね。」

 

「それも、彼女自身が望んでいます。」

 

命の危機を救ってくれた白馬の王子様か。

まあ、これからそんな朴念仁を攻略してほしい。

 

 

「それで、どう言えばいいのか……」

 

「リンゼたちとも、婚約したみたいね。」

 

流石に焦ったのか。

ユミナによる恋愛相談会も行ったのかもしれない。

 

 

「スゥシィもです。」

 

好意を抱いていたのはわかっていたけれども、その行動力は父親譲りというか。

 

 

「あなたの生まれ故郷って、まさか一夫多妻じゃないわよね?」

 

「いや、法で罰せられる。」

 

「ト、トウヤさんなら、ちゃんと……」

 

さすがのユミナも、言い切ることはできなかった。

 

あいつってムッツリーニで、女性が好きだからな。

浮気したら、拳と刀と魔法が襲ってきそうだ。

 

 

「まあ、トウヤ次第ね。でも問題は、身分なのよね。」

 

「どうするんだ?」

 

2国の王族を娶るには、それなりの者でなければならない。

俺のように、誰かの義理の息子とするのだろうか。

 

「つくるのよ、国を。」

 

「……詳しく。」

 

マイクラやシムシティではないのだぞ、この世界は。

 

ゼロから国をつくるとか、俺は絶対に嫌だ。

ちゃんと学んでいるからこそ、その労力がわかる。

 

「ベルファスト、そしてレグルス帝国の国境にある領地、それを両国から譲渡することになりました。」

 

「譲渡って、確か……。」

 

「拝領、ではないから、その土地は個人のものね。」

 

「独立国家なのですが、2国の友好のための公国となりますね。」

 

あの気分屋を取り込むには、巧みな話術を使ったのだろう。

 

「国の名前は?」

 

「「ブリュンヒルド公国」」

 

やっぱり、中二病かな?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

廃城、そして材料

 

レグルス帝国は帝都の復興でいまだ大忙しらしい。

哀しみを乗り越え、平和な国への希望を持って尽力している。

 

数日で体制を立て直したため、周囲の国が動くことはなかった。また、独立に動いていた辺境や国境の軍も新体制に従っているらしい。軍国主義の家もまだまだ多いが、ベルファストとミスミド、リーフリースの同盟が締結されていることで力をつけることにしているようだ。

 

ベルファスト側としては、一件落着したわけだ。

 

だから、次代の国主としてもパーティーメンバーとしても、望月の様子を見にきた。

 

その予定地は、建物などは一つもなく、森や山に囲まれている場所らしい。自然溢れる場所なのだが、魔物が多くて、ベルファストとレグルスの国境の上にあって、そのために開発を行っていない土地らしい。

 

とりあえずは望月が『マップ兵器』で、魔物を駆除したらしい。

 

 

「『工房』を使って城を建てるから、豊富な材料が欲しい、というわけね。」

 

リーンも、望月の話を聞いてやれやれ顔である。

国造りのためにやることはまだまだ多く、まずは城を建てるらしい。

 

「城の設計図はできたんだけどね。材料が必要なんだ。」

 

「材料さえあれば……、できるんですね。」

 

ユミナも苦笑いである。

城なんてものは、公共事業として年単位かけて建てるものだ。

 

「……まあ、無から有を生み出せるわけはないしな。」

 

ていうか、公国の領地って東京より小さいよな。

それって、役割も含めて国境にある砦だ。

そもそも、国民がほとんどいない。

 

「今向かっているのは、使われていない城砦ですわ。それを使えば」

「完成するのじゃ!」

 

ルーシア姫も、スゥシィも、すでにパーティーメンバーとして馴染めているようだ。アクティブな女の子なので、外の世界にはワクワクしているらしい。神獣がいるから魔物は寄ってこないし、それにまだ戦闘には参加できないだろう。

 

2人とも少しずつ慣れていくしかない。

ユミナも、かつてはそうだったたし。

 

「あはは、3日くらいはかかるって言っていたけどね。」

 

それかなり早いよ?

 

 

「……幽霊、本当に出るん、でしょうか?」

 

「こ、怖いこと言わないでよ~」

 

シルエスカ妹は興味津々だが、姉はそうでもないらしい。

ちゃんと昼に来たのだから、マシだろう。

 

「斬れるで、こざろうか。」

 

暗闇が怖い侍も、覚悟を決めようと必死である。

そういう階段話は、オエドでも流行していそうだ。

 

「リーン、幽霊っているのか?」

 

「そういうのは会ったことはないわよ。アストラル系の魔物は別だけど。」

 

「た、倒せるんですか?」

 

「光魔法があれば、な。ちゃんと守ってやるよ。」

 

「はい!」

 

「あら、私もお願いしようかしら。」

 

「光魔法使えるし、俺よりずっと上手だろ。まあ、前衛は任せろ。」

 

「頼りになるわね。」

 

パーカーのフードに収まっているポーラが後頭部を撫でてくれる。

 

 

「おっ、あの城か。」

 

廃城だ。

窓ガラスはほとんど割れていて、人が住んでいた形跡などない。

 

以前コオロギと戦った廃城と違って、素材にはなるだろう。

 

「もう100年ほど経つらしいですわ。」

 

「盗賊とかいるのかな。」

 

「いえ、複数の領主が呪いに遭いましたので、根城にはできないかと。」

 

「それって、出るじゃない!」

 

「おもしろそうじゃな!」

 

「斬れる、でござろうか。」

 

「どうして、呪いが……?」

 

「妻を亡くされた、かつての領主が『死者蘇生』の研究を行っていたそうで。」

 

「ずいぶんと、無茶苦茶ね。」

 

この世界の個人魔法でも、蘇生はできない。

神にしか、理を捻じ曲げることはできない。

 

「はい。城に務められていた方はもちろん、領民も犠牲になったらしいですわ。」

 

「うぅ、聞きたくなかった……」

 

目の前にその城があるのだから、シルエスカ姉や九重の震えは悪化している。

 

「……ここで待つか?」

 

これ、俺が言うのかよ。

ちゃんと待っていたんだけどな。

 

「いや、克服するでござる!」

 

「そうね、足手纏いにはならないわよ。」

 

「じゃあ、分かれて見回ろう。なにかあったら、琥珀や珊瑚たちを通して連絡してね。」

 

中に盗賊や魔物がいるまま、資材としては持って行きたくないしな。

 

「リンゼとスゥとルー、それに琥珀は1階部分。」

 

「じゃあ、俺たちは地下行ってくるぞ。」

 

「うん。珊瑚と黒曜と、八重、エルゼは僕と上の階を回ろう。」

 

パーティーリーダーのおかげで方針は決まった。

ガンガンいこうぜ、な気質があるメンバーが多い。俺も含めて。

 

「ほ、ほら! いくわよ、トウヤ!」

 

「ま、待つでござる、エルゼ殿!」

 

「もう、危ないよー」

 

お化け屋敷に来たテンションな彼ら彼女らを見届けて、俺たちも中に入る。

 

 

城の中には光源はないが、外から入ってくる日光がある。

しかし俺と違って、ユミナやリーンは見えづらいだろう。

 

片手に、火を灯して地下への階段を探す。

 

「壊さないでね?」

 

「なぜバレた。」

 

地下への直通の穴を開けようとしただけだ。

 

「それにしても、魔物もいませんね。」

 

「そうだな。アストラル系はいるかと思ったんだが……おっ」

 

開けっぱなしのドアの奥に、地下への階段が見えた。

 

 

「これは、なかなか……」

 

「イッキさん。」

 

俺たちの表情が歪む。

近づいてきたユミナの手をそっと握り返す。

 

降りていけば多くの地下牢があって、『惨状』が残されているだけだ。彼ら彼女らがアンデッド化することはない。その表情はもはやわからないけれど、成り果てた姿で苦しみ続けている。

 

 

ユミナやリーンは膝をつき両手を組む。

俺はというと、手のひらを合わせる。

 

「南無阿弥陀仏……悪いが、これ以外の念仏は知らないんだ。」

 

俺を真似て、

ポーラも、ぽんっと両手を合わせた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フレイズ、そして危機

ベルファストとレグルス帝国、それぞれの城を参考にして3日でサクッとできたのが、ブリュンヒルデ公国の城だ。城が完成したと同時に1つの国家として樹立した。しかし個人としては領地が広大であるとはいえ、まだ国民は多くはない。また、望月の家臣となっている者は、使用人や武術方面に偏っている。

 

少しずつ新国家へ人が集まってきているが、政治体制などはまだまだ整っていない。

 

 

「『グラビティ』!」

 

重力魔法を唱え、ベルファスト公国公王が大剣を振り下ろせば、水晶の脚はいとも簡単に砕ける。蜘蛛のようなフレイズであって、コアは3つ。つまりマンタと同等の強さなのだが、俺たちが以前より強くなっているし、対策もすでに分かっている。

 

炎と土の魔法で『強化』している両手剣で、縦に並んだコアを斬り裂いた。

 

「あれがトウヤ様たちの力なのですね。」

「すごいのじゃ!」

「相変わらず出鱈目な強さでござるな。」

 

人外扱いされつつも、望月は5人の嫁に囲まれる。女性陣同士はかなり仲がいいのだから、取り合いとなることはないし、安心して見ていられる。パーティー内でギスギスはしてほしくない。

 

「お疲れ様。」

 

「他にフレイズはいないみたいですよ。」

 

警戒を解いてなかった俺も、剣を鞘に収めた。そして、ポーラが器用によじ登ってきてパーカーのフードに入ってきた。この場所が気に入っているらしいが、戦闘中には降りてくれる。

 

リーンは散らばった水晶の破片を慎重に拾って、ユミナと一緒に観察を始める。

 

「これ、硬そうには見えないわね。」

 

「どうですか?」

 

指に挟んで力を籠めれば、容易く割れる。

 

つまり、あの防御力の高さの理由が、材質の強度によるものではないということだ。

 

「そうだわ。イッキ、魔力を流してみて?」

 

「なるほどな。」

 

新たに拾った大きめの破片に魔力を纏わせて放り投げ、剣で叩けば甲高い音が鳴った。

 

「これよ! この水晶は魔石に似た性質を持っているのよ。魔力伝導率がいいし、術式転換効率が最高だわ!」

 

「よく考えれば、イッキさんがいつもやっていたことですね。」

 

師匠と弟子で生き生きと魔法研究を繰り広げている。

 

「あ、あのー?」

「ど、どういうこと……?」

 

「魔力を通しやすくて保存しやすくて、硬度が高まりやすいということよ。」

 

「もし、それで武器を作った、なら。」

 

「拙者たちも、ふれいずを斬ることができるかもしれんのでござるな!」

 

「まあ、魔力を物質に流すということは、それなりの魔法の使い手でないといけないけどね。」

 

望月が『ストレージ』で破片を回収し始める。

うきうきしながら、運用方法を考えているのだろう。

 

「マヲゴワ、ノエサツノネクモウノネコ、ノネク?」

 

「……なんだって?」

 

「『あの魔物を、狩ってくれたのは、お前か』って。」

 

ここ大樹海では、樹木が鬱蒼としていて湿度が高い。よって、褐色少女の服装は環境に適しているものとなっている。布面積がとにかく小さくて、いわゆるアマゾネスが思い浮かぶ。女性の身体を凝視するのは嫁たちが怖いし、それにフレイズによる惨状を見ればそんな気も起きない。

 

「ワタク、パム!」

 

勢いよく飛びこんできたので、躱す。

よそ見していたとはいえ、彼女の行動は予想していた。

 

「さすがの危険察知能力ね。」

 

「どういうことなのでしょう?」

 

「ラウリ族は、女性のみの戦闘民族なの。強い男を連れてきて、強い娘を産ませてもらうそうよ。そうそう、パムは族長の孫らしいわよ。」

 

「だ、だめですからね?」

 

そういう文化は、否定をしないが肯定もしない。そもそもの目的はフレイズの討伐なのだから、これ以上ここに留まる理由はない。復興を手伝ってもいいが、彼女たちの目が光っていて涎を垂らしているのだから、将来のためにも俺たちは協力できない。

 

「げ、『ゲート』!!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 25~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。