魔法科高校の副風紀委員長 (伊調)
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入学編 第一話

初めまして。伊調と申します。初投稿となります。
これは私が見たいシチュエーションの小説が無い、なら自分で書くか──という経緯で書き始めた所謂妄想の産物です。設定モリモリです。いざ書き始めると楽しくなってきました。
ご意見、ご感想や誤字脱字のご報告もお待ちしております。


──時は二〇九四年、冬。司波兄妹が入学する少し前に遡る

 

とある二人の生徒が組手……もといマーシャル・マジック・アーツにおける模擬戦をしていた。といっても、ユニフォームを着ているわけでもなく道着のままだったが。

 

「はぁっ!」

「くっ……!」

 

肩からの体当りで体勢を崩されたところに頭部を狙った回し蹴りが迫る。よろけた男は辛うじて腕を盾に防ぐが勢いを殺しきれず吹き飛んだ。押され気味なのはこの時はまだ一年生の沢木 碧(さわき みどり)。風紀委員会かつマーシャル・マジック・アーツ部に所属している。

 

「どうした?今日は調子が悪いのか?」

 

不敵に笑う男を沢木は見据える。

 

「言ってろ……!」

 

沢木も負けじと笑い返す。沢木には少し疲れの色が見えるが、もう一方の生徒はまだまだ余裕があった。

 

「さぁ、続けるぞ」

 

──

 

「勝負あり!」

 

審判をしていた一年生が声を上げ、二人の組手は終了した。壁を背もたれに片膝を立てて休憩する沢木の隣には、同じく先ほど沢木と組手をしていた相手方も腰を落ち着けていた。

 

「はぁ……汗かいたな、この季節でもここまで動くとかなりだ」

 

タオルを肩にかけまだ余裕を残してそう発言したのは、沢木と同じく風紀委員会とマーシャル・マジック・アーツ部に所属する現在一年生の柳生 芺(やぎゅう あざみ)である。

 

「全く、君は疲れを知らないな」

「そうでもない、これでも疲れている」

「そうかいそうかい」

 

と、笑みを浮かべながら談笑している二人は入学当初から同じ委員会かつ同じ部活ということで顔を合わせる機会が多く、仲が良かった。

 

「俺達ももうすぐ二年生か」

「そうだね、ついに後輩ができるけど気分はどうだい?」

「特にない、俺達は勧誘にはあまり携われないと聞いた」

「それもそうか、僕達は風紀委員会だからね」

「まぁ元々そこまで期待していない。デキる奴がいるとも限らないからな」

 

と言う彼の言葉の割には喋る調子に期待が見え隠れしている様子だった。

 

「あれ?そんな事を言っておきながら顔が綻んでるよ、やっぱり実は楽しみなんじゃないか」

 

少し冗談めかした調子の沢木。相変わらず端正な顔立ちだが、芺に()()()はない。

 

「もう一戦やるか?」

 

代わりにその語気には本気の二文字が滲み出ていた。それを感じ取った沢木はすぐさま身を引く。

 

「勘弁してくれ」

「……そこまで嫌そうにしなくてもいいだろ。確かに、少し楽しみなのは認めよう。特に委員会の方には期待している」

「それはどうしてだい?」

「あの部屋の散らかりようを思い出せ」

 

彼は呆れた顔でそう言った。

 

「そのうち片付けないとだね」

「って言いながら一年経ったんだぞ。まったく摩利さ……委員長は」

 

何を隠そう風紀委員回の委員長は渡辺摩利なのだが、未だに彼は委員長呼びに慣れていない。

 

「渡辺委員長に不満かい?」

「まさか、片付けができないこと以外は文句なしだ」

「そうだね……」

 

沢木は我らが風紀委員の部屋を思い出しため息をついた。

 

「なんにせよ」

 

芺はおもむろに立ち上がり沢木に手を差し伸べる。

 

「これからも頼りにしてるぞ、沢木」

「君がそんなこと言うなんて珍しいね、明日は槍でも降るのかな?」

「おい、ここぞとばかりにからかうな。そんなに元気あるなら本当にもう一戦やってもいいんだぞ」

 

と、二人が話していると

 

「おーい!お前ら!姐さんがお呼びだ!」

「辰巳さん」「辰巳先輩」

 

彼らを呼びに来たのは同級生の渡辺摩利をなぜか姐さんと呼ぶ辰巳鋼太郎。彼もまた接近戦のエキスパートであり、風紀委員という事で二人とは比較的交流が多かった。

 

「じゃ、行くか」

 

二人は審判を務めてくれた同級生に別れを告げ、風紀委員会の本部に向かった。

 

──

 

所変わってここはとある街の一角に佇む大きな日本家屋。それを含む広大な敷地の中には家屋の他に大きな道場が並んでいた。そしてその門を潜らんとする男が一人。その門の表札には『柳生』の二文字が刻まれていた。

 

「お帰りなさいませ、若」

「ただいま、竜胆(りんどう)さん」

 

この竜胆と呼ばれた男は柳生家に仕えており、主に芺の身の回りの世話をする使用人の一人である。

 

「相変わらず()呼びは慣れないな」

 

柳生家次期当主である芺は使用人や柳生家と関わりが深い一部の家の者からは“若”と呼ばれているが本人は組の若頭か何かか、と半分呆れている。

 

「……すいません、若が小さい頃からこうお呼びしていましたから、つい」

 

と、竜胆は少しはにかみながら返す。この会話からわかるように竜胆は柳生家に仕えて長く、芺が素で接することの出来る珍しい人だった。

 

「あら、帰ってきたならすぐに言ってちょうだい!」

 

と、少し頬を膨らませながら歩いてきたのは芺の母親、柳生 (かや)だった。彼女はれっきとした母親なのだが、普段の若々しい立ち振る舞いと姿に加え、年齢に対して童顔であるがために芺の年の離れた姉に間違われる事もしばしばある程の美人である。尚、本人はまんざらでもない様子。

 

「すみません母上、これからは気をつけます」

「もうそんな満面の笑みで謝られてもねぇ。あ、そうだ!夕飯は何がいいかしら?」

「何でも構いませんよ、母上の作る料理はどれも絶品ですから」

「それが作る側としては一番困るのだけどまあいいわ!まっかせなさい!」

 

と、本当に顔だけ見に来た茅は上機嫌で跳ねるように台所の方に消えていった。茅は芺の事を大層気に入っているのかいわゆる“親バカ”とも言われるような言動を見せることもあるが、少々過保護気味なのを除けば良い母親だった。

 

「本当に若々しいですね」

「竜胆さんもまだまだ現役だとは思うが」

「はっはっは、ありがとうございます」

 

と、竜胆は朗らかに笑う。

 

「それじゃ、着替えてくる。後で少し道場にも顔を出そう。父上は道場に?」

「はい、恐らくこの時間ならまだいらっしゃるでしょう」

「紫苑はもう帰ったのか?」

「ええ、恐らく既に自室へ」

 

紫苑(しおん)”と呼ばれたのは芺の弟である柳生 紫苑の事である。彼は才能に恵まれており、特に剣術の才能は父である鉄仙を持ってしても驚きを隠せない程だった。芺とは五歳離れており、歳が離れているからか喧嘩もなく関係は良好と言える。芺は魔法に重きを置き、紫苑は剣術に寄っているのでお互いが競い合うことでバランスも取れていた。尚、芺にはまだ勝利を収める事は叶ってはいないが、芺曰く“あと二年もすれば俺を超える”というのは本人の弁である。

芺はありがとうと言って言葉を切る。一通りの会話を終えた二人は別れ、芺は自室へと戻った。そこで学校の制服から道着への着替えを済ませながら彼は今日聞いた新入生の話に思考を巡らせていた。

 

(次年度の新入生に真由美さん達はかなりの期待を寄せているようだが……何か妙な胸騒ぎというかなんというか)

 

何とも言えない不安感に襲われていたが、考えても仕方ないと割り切った芺は道場へ向かった。

 

柳生家の道場では未だ複数人の門下生が芺の父親である柳生 鉄仙(てっせん)の元で稽古を続けていた。

 

「父上」

「帰ったか」

「はい、ただ今戻りました」

 

鉄仙は母である茅とは対照的に無口で無愛想であり、その特徴は芺にも受け継がれているようにも見える。だからといって薄情なわけでなく身内への情は厚く、稽古には失礼になるという理由で一切手を抜かない。厳しさの中にも実直さと優しさの見える剣士である。尚、抹茶と羊羹が好き。

 

「丁度いい、芺。こやつらの相手をしてやれ」

 

門下生からは驚きの声が上がる。それもそのはず、芺の実力は元は才気が見られなかったのにも関わらず、たゆまぬ修練のお陰で現柳生家当主であり彼の剣術の師でもある鉄仙をも凌ぐと密かに囁かれているほどだからだ。彼の物心ついてから中学時代後半に渡る血の滲むような稽古は門下生の間では有名である。それに加えこの道場内外で芺が次期当主となってからはどんな形であれ正式な試合で敗北を喫したのを見聞きした者はいない。

その実力に憧れ鉄仙ではなく芺に教えを乞う者も少なからずいる。彼の指導は周囲の人間に彼には教え導く才能があると言わしめるほど好評だった。ある一点を除いて。

 

「よろしいのですか?」

「構わん、今日は時間もあるだろう。あとは任せる」

「承知しました、そのように」

 

芺の質問には色々なニュアンスが込められていたのだが、鉄仙は特に拒否する素振りもなく承諾し、道場を後にした。

 

「さあ、父上の許可も出たことですし、早速始めましょうか」

 

薄く浮かべられた笑みと共に発せられた言葉にはただの高校生とは思えない凄みがあった。

 

「「「は、はいっ!!」」」

 

門下生が上官の命令に対し敬礼をするかのような勢いで返事したのだが、それには理由がある。それは前述した彼の指導はある一点を除いて好評だ、そのある一点にあたるのだが

 

「平静を保て、どんな時でも冷静さを欠くな」

「一つの型に頼りすぎるな!敵の構えを見て有利不利を考えろ」

「上手く出来たからと気を抜くな!その感覚を忘れないうちに頭に叩き込め!」

 

血は争えないとはまさにこの事。熱血指導を施す鉄仙の息子、芺もまた

 

「まだ時間はある。追加だな」

 

これが先程の『ある一点』であり、彼は剣術の指導においては父親に負けじとスパルタなのであった。

 

 

 




いかがだったでしょうか。右も左も分からない状態での投稿になり拙い文章で読みにくかったかとは存じますが、もし良ければ悪い点や改善案等あればご遠慮なく書き込んでやってください。よろしくお願いします。


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第二話

時は進み現在は二〇九五年四月。本日は国立魔法大学付属第一高校の入学式当日──

芺も朝早くに登校し、ほかの面々と共に入学式の準備に取りかかっていた。今回の入学式開始までの芺の主な役割は会場の準備、それが完了した後は校内の警備である。

 

「よいしょっ……と。摩利さん、この机はここで構いませんか?」

「ああ、助かる……それにしてもよく働くな、お前は。働きすぎで一年生が少し気まずそうだぞ?」

「こういう時には働いていないと落ち着かない性分なので」

 

と、公の場以外での委員長呼びを諦めた芺と風紀委員長である渡辺摩利が話していると

 

「摩利、あまり芺君をこき使っちゃだめよ?さっきから皆があまりしたがらない仕事ばかりしているように見えるけど」

 

自分の仕事は終わったのだろうか、生徒会長である七草 真由美が現れた。

 

「む、人聞きが悪いな、そんな事ないぞ?なぁ芺」

「ええ。先程摩利さんにも言いましたが、こうでもしないと落ち着かないんですよ。皆が働いているなら尚更です」

「そう?ならいいのだけど。貴方ってやっぱり頑張り屋さんなのね」

 

と、上目遣いで嬉しそうに話しかける真由美はとても愛らしく、その様子を見た某生徒会副会長も思わず作業の手を止める程だった。

 

「……素直にありがとうと言っておきます」

 

少し顔を逸らしながら応える芺を見て、真由美はしてやったりといった顔をして摩利にウインクを送っていた。そんな彼女を横目に芺は次の作業に入ろうとしていると、芺と親しい一人の男がやって来た。

 

「芺、先程から働き詰めだろう。その作業は俺がやるから少し休むといい」

「?そうか、妙に優しい気もするが助かる。ありがとう服部」

「おい!一言多いぞ!全く……」

 

服部刑部少丞半蔵こと、服部副会長が応援に駆けつけてきた。芺が進めようとしていた作業はまさに先ほど真由美が言っていた()()()()()()()()()()()()()()なのだが、急にその作業を手伝おうとしたのは濁りなき善意か……はたまた真由美の言葉なのか定かではない。

作業に入った服部を見送った後、真由美が思いついたように提案を持ちかけた。

 

「あ、なら摩利。芺君を借りてもいいかしら」

「んー……構わないが、なぜだ?」

「今から誘導に向かおうと思ってるのだけど、一人じゃちょっと心細いなぁ……なんて」

「そうだな……誘導も警備もそこまで変わらないし、お前を一人にするのもアレだしなぁ」

「もう摩利ってば!アレとはどういう事!」

 

完全に置いてきぼりになった芺は抗議の目線を送る。

 

「あら、私と見回りをするのが嫌なのかしら?」

 

芝居がかった口調で問う真由美。これで事実上、芺はこの誘いに乗る以外の選択肢を失った。

 

(摩利さんの許可も出てしまったし、息抜きにも丁度いいか)

 

「……そんな訳ないでしょう、俺は構いません」

「なら決まりね!行くわよ!」

「時間までには帰ってくるんだぞー」

 

(悪いな、服部)

 

服部の心中を察していた芺は心の中で彼に謝罪しつつ、生徒会長と副風紀委員長は巡回に向かうのだった。

 

──

 

入学式のリハーサルが始まる少し前、未だ二人は巡回を続けていた。

 

「あれ?よく見たらあなた、CAD持ってきてないじゃない!」

 

真由美の声が響く。彼女が驚くのも無理はない、なぜなら警備……何かあった際には力でそれを鎮圧するのを仕事とする彼が、魔法を使用する上でのある種必需品を装備していないのだから。

真由美の指摘を受け、少々痛い所を突かれた芺は言い訳を始める。この返答なら完璧だろう、そう思った彼は自信満々に

 

「先輩がいらっしゃるなら必要ないかと」

「本当は?」

 

駄目だった。観念した彼は正直に答える。

 

「忘れてきました」

 

“あのねぇ……!”と抗議したい気持ちを真由美は抑える。

 

「すいません、先程の作業で外した時に」

「すいません、じゃありません!もしもの時があったらどうするのよ!」

「俺はCADが無くともある程度魔法は使えますから、いざと言う時もなんとかなります」

 

確かに彼のCADを必要としない魔法は実戦において魅力的だ。それにCADを使用せずとも戦闘が出来る程度の速度で魔法を発動できるという事は、CADを使えば更に早い速度で魔法が発動可能という卓越した処理速度を持つことを示している。もう一つ要因があるとすれば彼の使用する魔法の多彩さと、C()A()D()()()()()()()()()を使えると言った点であろう。

いや、感心している場合ではないと思った彼女は言葉を発しようとするが、彼のなんとも思っていない顔を見て力が抜けてしまったようだった。

 

「芺君って変な所で抜けてるから心配になっちゃうわ……」

 

気が抜けた真由美はそこから普通の会話にシフトしていった。ただの先輩と後輩の他愛もない会話だった。少々おセンチではあったが。

 

「ついに私も三年生かぁ……」

「どうしたんですか、藪から棒に」

「どーしてそんなに興味無さそうなのよ!私だって寂しいのよ?」

 

と、少し悲しそうな顔をして話しかけた真由美は端末を操作しながら返事をする芺に少々不満気に抗議する。これは自分に非があると感じた芺はそろそろリハーサルの時間なので戻りましょう……などとは言えず、少し彼女の思惑通りになる事にした。

 

「卒業したっていつでも会いに来たらいいじゃないですか、俺はいつでも大歓迎ですよ」

 

ここまで素直に返事が来るとは思ってなかったのか少し間を置いて真由美は返す。

 

「……ふふ、ありがとう。ちょっと気を遣わせちゃったかしら」

「いえ、自分は本心で言ったまでです」

 

やっぱり気を遣わせたな、と少し自嘲気味になった真由美は照れ隠しか少し大袈裟に歩幅を大きくして歩き始めた。

 

「あーあー……先輩失格かなぁ私」

「そんなことはありません、真由美さんは頼りになる方ですよ」

 

自嘲気味だったのはどこへやら、隙ありと思った真由美は畳み掛ける。

 

「あら、今日はやけに素直ね、もう1回言ってくれないかしら!」

「そうですね、もうすぐ時間なのでそろそろ帰りましょうか」

「ちょっと!流さないの!」

 

取り合う気の無い彼にもー、と頬を膨らませた彼女は前に佇む新入生と思しき男子生徒を発見した。

 

「それじゃ、あそこにいる子に声をかけて帰りましょうか」

 

──

 

(さて……どうやって時間を潰そうか……)

 

入学式が始まるまでまだかなりの時間がある中、ネクタイを正しながらそう思案するのは今年度の新入生である司波 達也(しば たつや)だった。

 

「ねー、あの子雑草(ウィード)じゃない?」

「こんなに早くから?補欠なのに張り切っちゃって」

 

と、上級生であろう二人の女子生徒がすれ違いざまにわざと達也に聞こえるような大きさで会話していた。

 

この学校には入学式前の試験により、試験結果の優秀な一科生、そうでなかった者は二科生と区分される制度がある。その優秀な一科生のブレザーには八枚花弁のエンブレムが刻まれており、その意匠から一科生を『ブルーム』、そのエンブレムを持たない二科生を花の咲かない雑草『ウィード』と呼称するという悪習が根付いている。

二科生を『ウィード』と呼ぶのは規則では禁止されているものの、二科生自身までもが自分は補欠だと認識し、半ば公然たる蔑称として定着しているというのが現状であった。

 

“全く余計なお世話だ”そう切り捨てた彼に話しかける女子生徒がいた。

 

「新入生の方ですね?何かお困りの事はありますか?」

 

優しい口調で話しかけて来たのは達也にとって先輩であろう女子生徒、その傍らには恐らくこちらも先輩にあたると思われる男子生徒が控えていた。

あまり関わりたくない達也は一言断りを入れ立ち去ろうとする。

 

「いえ、なんでもありません」

 

と、頭を下げる。その際彼女の左腕に腕輪型のCADが巻かれている事に気がついた。もう一人の男子生徒は見える範囲ではCADを携行しているようには見えないが、その腕には風紀委員のものだと思われる腕章が巻かれていた。

学内でのCADの携行を許されているのは生徒会、もしくは風紀委員会等といった特定の委員会に所属する人間のみという事を知っていた彼は目の前に佇む二人の一科生に何とも言えない劣等感を感じた。

 

「そうですか、私は生徒会長を務めています……」

 

春の到来を知らせるような桜吹雪が舞い、それは彼女の美貌を一層引き立てた。

 

「七草 真由美と申します。七草と書いて『七草(さえぐさ)』と読みます。よろしくね?」

 

と、彼女はウインクを添えて自己紹介を終えた。

 

「そしてこちらは……」

 

彼女は傍らに控えている男子生徒に目を向ける。

 

「初めまして。風紀委員会で副委員長を務めている、柳生 芺だ」

 

『柳生』と名乗った男子生徒は美しい所作の一礼を伴って簡単な自己紹介をする。厳格な教育の元で培われたとひと目で分かる動きだった。

 

(数字付き(ナンバーズ)……しかも『七草(さえぐさ)』か。それに加え『柳生』の次期当主まで)

 

数字付き(ナンバーズ)とは優れた遺伝的素質を持つ魔法師の家系である。七草家(さえぐさ)はその中でも最有力とされる二つの家の内の一つであり、目の前にいる少女はその直系である事が予測できた。

そして『柳生』、こちらは数字付き(ナンバーズ)ではないものの魔法を使用した剣での近接格闘術──剣術において千葉家と並んで有力とされる名家。その次期当主というなら実力者なのは確かだろう。

両名ともエリート中のエリート、自分とは正反対……かもしれない。そういった苦しい呟きを飲み込み。彼は名乗り返した。

 

「俺……いえ、自分は司波 達也です」

 

「司波達也君……あなたがあの……」

 

なにか思い当たる節があるかのように頷く真由美。隣に立つ男子生徒も細い目を少し見開いたかのように見えた。

それもそうか、と達也は思う。新入生総代、首席入学の司波 深雪(しば みゆき)の兄でありながら二科生での入学となった落ちこぼれなのだから。

彼は礼儀正しい沈黙で答える。

 

「先生方の間ではあなたの噂で持ち切りよ、ね?」

「そうですね、俺も気になっていました」

 

と、真由美は自らあまり言葉を発することのない芺に含み笑いの後、話題を投げかける。

達也はどうせ兄妹での出来の違いが話題になっているのだろうと悲観的な予測を立てていたが、真由美の含み笑いからも、芺の目線からも嘲りのようなネガティブな感情は全く感じられなかった。

 

「入学試験、七教科平均が百点満点中九十六点。特に圧巻だったのは魔法工学と魔法理論、両方とも小論文含めて満点。この二教科の平均は……」

 

忘れてしまったのか、えーと……と真由美は顎に手を当て思い出そうとする。

 

「両方とも七十点に満たなかったかと」

 

芺がフォローを入れる。なぜ入学試験の結果が漏洩しているのか。おまけにそれを隠すつもりもないのかといった点については……達也は詮索を避けた。

 

「そうそう!とにかく前代未聞の高得点だって」

「ペーパーテストの成績です、情報システムの中だけの話ですよ」

 

と、彼は自らが落ちこぼれであることを象徴するかのように左胸を指差す。

その意味を生徒会長達が知らないはずもない。だが真由美は達也の予想とは裏腹に首を横に振って答えた。

 

「私ってこう見えて理論系は結構上位の方なんだけど、同じ問題を出されても達也君みたいなあんな凄い点数取れないだろうなぁ……芺君は?」

 

真由美は同じく定期試験で魔法工学等では上位に名を連ねる芺に尋ねる。

 

「彼と同じ点数を取る、という意味ならさすがに無理ですね。なんなら教えを乞いたいところです」

 

と、芺は目を瞑り少し肩を上げて答える。達也は二人の返答に面食らってしまった。真由美に差別的な思想がないのはともかく、今までの芺の口調と表情から、彼にまで賞賛されるとは思っていなかったのだ。

 

ここで芺が思い出したかのように端末を確認し、真由美に手首をトントンと叩きジェスチャーと共に小声で“そろそろ”と言う。ハッとした真由美は謝罪を述べた。

 

「ごめんね、司波君。私達はこれで」

 

大方リハーサルでもあるのだろうとあたりを付けた達也はこれを好機と感じた。もちろんそれを表に出すつもりは無かったが。

 

「いえ、こちらこそ。失礼します」

 

達也が背を向けて歩き出したのを見送り、真由美は会場に戻ろうとする。しかし芺は達也が去った方向を見つめて動かなかった。

 

「芺君?」

「あ、いえ。すいません、行きましょうか」

 

芺は適当に誤魔化し、真由美もそっか、と特に追求することも無く会場に向かう。その道すがら彼は明らかにこちらを警戒していたものの、それを表に出さなかった先程の新入生の事を考えていた。

 

──

 

幾分か苦手意識のある一科生の先輩二人に賞賛を受け少し気後れしていた達也は、先程の二人のうちの男子生徒の事を考えていた。

 

(さっきの柳生 芺という男……あの雰囲気は()()()()()者しか出せないものだ。生徒会と関わりがあるなら深雪にも接触することがあるだろう……いつか師匠に聞いてみるか。不安は払拭すべきだ)




私は何のプロットも無くただ妄想を書き出しているだけですので、設定を脳内で補完していると思われます。説明不足があれば答えられる範囲内でお答えします。あれば。閲覧者がいるか定かではない状態で後書きを書くのが恥ずかしくなってきました。それでは。


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第三話

「よし!リハーサルは完璧!後は本番だけね」

 

先程の新入生、司波達也に声をかけ巡回を終えた真由美と芺は会場に戻ってきていた。本来芺は会場の準備はもう終わっていたので、真由美を送り届けた後も暇つぶしに警備を続けるつもりだったのだが、なんでもリハーサルを見ていてほしいと真由美にお願いされていたのだった。見回りは生徒だけでなく職員もいるので人手は足りているといった判断から彼もそれを承諾した。

 

「どうだったかしら?上手く出来てたでしょ?」

 

真由美が自信ありげに聞いてくる。

 

「ええ、透き通るような声と心に深く刺さるお言葉の数々。どれをとっても完璧な挨拶でした」

 

芺にしては珍しい手放しの賞賛に少々驚く真由美。開いた口を手で隠す動作はまさに名家の子女らしい雰囲気だった。

 

「と、服部が言ってましたから間違いないでしょう」

「もう……そんなところだと思ったわ」

「おい芺!お前は何を!」

 

顔を真っ赤にして抗議する服部。文句を言うが芺はこういう所は可愛げがあるというか子供っぽいというか……などとぼーっと考えているのか取り合う気がない。

 

「はんぞーくん、ありがとね。あなたのお墨付きなら安心よ」

「はっ!はい!いえ、それほどでも」

 

真由美と話す時は相変わらず緊張がほぐれない服部を見て芺は

 

「何がそれほどでもないのか分からないぞ」

「さっきからうるさいぞお前は!仕事にもどれ!」

「俺の仕事は式が始まってからだ」

 

会場の準備は既に完了しており、外回りも終われば次の芺の仕事は式開始後の会場内の警備である。冷静さを欠いていたことに気付きぐっ……と怯む服部。真由美が見兼ねて間に入る。

 

「はいはい、芺君もあまりはんぞーくんをいじめちゃだめよ?」

「芺君は警備、はんぞーくんは進行!どっちも大事なんだからよろしくね?」

「「はい/はいっ!」」

 

───

 

入学式が始まる少し前、芺を含めた風紀委員会の面々は入学式の舞台袖で待機していた。

 

「芺、先程の警備にはCADを忘れていったようだが今はちゃんと持っているだろうな?」

 

風紀委員会を統べる渡辺摩利が問う。警備にCADを持たずに行くという本来なら咎められる行為をしていたのだ。当然の疑問だろう。尚、忘れ去られたCADは摩利が責任もって管理していた。

 

「はい、しっかりここに」

 

そう言って芺は制服を少し捲り、太腿の辺りを見せる。そこには丁度足の付け根から膝くらいの長さの刀剣型CADが携えてあった。

 

「いつものCADを付けてないから少し気になっていたけど、やはりそっちを持ってきてたんだね」

 

沢木が声をかける。そっちとはどういう意味合いかというと、芺は常日頃から学校には二つのCADを持ち込んでおり、今はその一つ『伸縮刀剣型CAD』を携帯していたからだった。ちなみにもう一方はメンテ中。

このCADは柳生と交流のあるとある家の協力の元制作されており、最大の特徴は本体が一般的な日本刀と同等のサイズに伸びることだろう。このCADには硬化魔法が刻印されており、想子(サイオン)が流れると硬化魔法が発動するという仕組みになっている。

 

「よし、それなら安心だ……よし皆!私達に仕事が生まれずに式が終了するのが最善だが、もし有事の際は速やかに行動に移れるよう、各自準備しておくように!」

 

彼らの入学式開始以降の仕事は、有事の際の鎮圧である。第一高校の入学式ともなれば大勢の魔法師の卵が一堂に会する事になり、そこを狙ったテロのようなものが起こる可能性もあるからだ。といっても第一高校は小国の軍隊なら単独で退ける程の武力を擁している。可能性が『ある』というだけで限りなく0に等しいのは明白だが、一応の保険という形だった。

 

───

 

「お疲れ、服部。いい進行だったぞ」

「フン、これくらい誰でも出来る」

「さすがは副会長様だったな」

「褒めてるんだろうなそれは」

 

入学式は滞りなく終了した。これといった問題もなく順調な進行だったが、一つ出来事を上げるとすれば新入生総代である司波深雪の答辞だろう。未だ差別意識が根付いているこの第一高校において反感を買いかねない際どいフレーズを多用していたからだ。どちらかと言うとそちらに対しての反発が懸念されたが……それも彼女の美貌からか彼女の答辞に対して風紀委員会が出張らなければいけないような事態は起こらなかった。

 

「このあとは片付けか?」

「俺と会長は新入生総代を生徒会に勧誘しに行くが、それ以外の人員はそうなるな」

「あぁ……たしか毎年そういった慣習があったな。総代は司波深雪さん、だったか?」

 

第一高校には毎年の新入生総代、いわゆる首席入学者を生徒会に勧誘する習わしがあった。

入学式が終了したあとは新入生にはIDカードの交付やクラスの発表などがあるのだが、それらは芺達の管轄外であり、服部や真由美といった一部の仕事のある人間以外は必然的に片付けをすることになっていた。

 

「あ、いたいた。じゃあはんぞーくん、そろそろ行こっか」

 

真由美が服部に声をかける。今から勧誘に行くのだろう。服部は小走りで真由美の元へ向かい、二人は芺と軽く挨拶を交わしてから校舎の方へ歩いていった。

 

──

入学式も恙無く終了し、自らのクラスを確認した司波達也は廊下でこれからクラスメイトとして関わるであろう二人の女子生徒と行動を共にしていた。

 

「ねー司波くん、ホームルーム覗いていかない?」

 

そう訪ねた少女の名は千葉(ちば) エリカ。苗字から見て取れるように数字付き(ナンバーズ)『千葉』の次女である。明るい栗色の髪で、十人が十人とも認めるだろう陽性の美少女だ。

それに対し妹と待ち合わせをしているという旨を伝えそれを拒否する。

 

「もしかして、妹さんって新入生総代の司波深雪さんですか?」

 

と、二人の関係性を言い当てたのは同じく達也とエリカのクラスメイトとなった柴田 美月(しばた みづき)である。彼女は魔法師の家系の生まれではないために魔工技師を志望していた。

 

「え、じゃあ双子?」

 

兄と妹が同じ学年に在籍している事に対しエリカは当然とも言える疑問をなげかける。

 

「よく聞かれるけど、双子じゃないよ。俺が四月生まれで、妹が三月生まれなんだ」

 

少し先で新入生に囲まれている妹を見つめながら達也は答える。

 

「それにしてもよく分かったね」

 

エリカの疑問に答えた後、次は達也が一目で自分と深雪が兄妹だと見抜いた美月に驚きを示す。

 

「ええ……雰囲気というか……」

 

それに対し美月は少しおどおどしながら返答する。

 

「お二人のオーラは凛とした面差しがとてもよく似ています」

 

その答えに達也は戦慄し、彼の中に幾ばくかの危機感が芽生える。

 

(この子……やはり)

 

「オーラの表情が読めるなんて、とても目がいいんだね」

 

その言葉に美月は目を伏せる。それもそうだろう、彼女は霊子放射光過敏症という病に悩まされており、明らかにそれを見抜かれたからだ。霊子放射光過敏症とは霊子放射光、つまり霊子の活動によって生じる非物理的な光に対し、過剰な反応を示す一種の知覚制御不全症。

予防のためには、霊子感受性をコントロールするか、それができない場合はオーラ・カット・コーティング・レンズを使った眼鏡を着用する必要がある。

霊子感受性は想子感受性と概ね比例しており、想子を認識し操作する魔法師にはそれほど珍しい体質ではないが、美月のように眼鏡を常時着用しなければならないほどの症状は珍しかった。

 

(霊子放射光過敏症……これ以上見られるのは危険だ。俺の秘密を……)

 

「お兄様!」

 

とても良い雰囲気とは言えない場面に救世主が現れる。達也と待ち合わせをしていた件の妹、司波深雪である。

 

「お兄様、お待たせ致しました」

「早かったね」

 

そこで達也は深雪の後ろから歩いてきた二人組に目を向ける。

 

「こんにちは、また会いましたね」

 

そう物腰柔らかに話しかけてきたのは入学式前にも遭遇したこの学校の生徒会長、七草真由美である。その傍らには入学式前とは別の男子生徒が控えていた。

達也が無言で一礼すると、次は深雪が口を開いた。

 

「ところでお兄様、早速デートですか?」

 

そう顔をこてんと傾げながら尋ねる様はとても可愛らしいものではあるのだが、深雪のその笑顔にはここで肯定でもしようものなら命の危険に晒されるような危うさがあった。

 

「そんな訳ないだろう深雪。この二人はクラスメイトだよ、そういう言い方は失礼だろ?」

 

と、達也は少し咎めるような口調で諭す。はっ、とすぐ自らの非に気が付いた深雪は慌てて二人に謝罪した。

 

「申し訳ありません。初めまして、司波 深雪です」

 

彼女は丁寧にお辞儀しながら改めて初対面である二人に挨拶する。

 

「柴田美月です。こちらこそ、よろしくお願いしますね」

「アタシは千葉 エリカ!エリカでいいわ。深雪って呼んでいい?」

 

初対面でありながら少々失礼な態度を取った深雪に対し少しも嫌な顔せず二人は挨拶を返した。

そんなエリカの提案を深雪は快諾する。

 

「ええ、どうぞ」

「ははっ!深雪って案外気さく?」

 

その様子を眺める生徒会長を見て達也が口を開く。

 

「深雪、生徒会の方々の用事は済んだのか?」

 

深雪は生徒会の二人の存在を失念していたのかはっとして振り向いた。

 

「大丈夫ですよ。今日はご挨拶させていただいただけですから」

「なっ、会長!」

 

隣に控えていた男子生徒が抗議するも真由美は意に介す様子なく続ける。

 

「深雪さん」

「はいっ……!」

「詳しいお話はまた、日を改めて」

 

司波くんも、と付け足した真由美に達也は驚きの表情を見せる。

 

「いずれまた……ゆっくりと」

 

 

そう言い放った真由美は少し頭を下げその場を後にする。それを見た隣の男子生徒が“会長……!”と何か言いたげな様子だったが真由美には足を止める気配は無かった。それを悟った男子生徒は諦め後を追おうとするが立ち止まり、達也達の方を向いて明らかに敵意ある眼差しで睨みつけた後、その場を去っていった。

二人が去った後、深雪が達也の方を向き口を開く。

 

「申し訳ありません、お兄様。私のせいで……」

 

心底申し訳なさそうに俯く深雪に達也は肩に手を乗せ励ましの言葉をかける。

 

「お前が謝ることじゃないさ」

 

達也はそう優しく語りかけ、深雪の頬に手をあてる。彼女はお兄様……!と先程とは打って変わって光悦とした表情で見つめ合い始めた。

とても血の繋がった兄弟とは思えないラブラブモードに入った二人にエリカは笑いながら呆れた様子で話しかける。

 

「あの……お二人さん?そろそろ帰らない?」

 

イチャつきはじめた二人を見て顔を真っ赤に染めた美月もウンウンと頷き同意を示したところで、達也一行は正門へと向かった。



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第四話

入学式の翌日、下校時間になり夕陽が辺りを照らす時間帯の校門に、真新しい制服に身を包んだ生徒達の人集りが出来ていた。

そこに流れる雰囲気は新入生同士の明るく仲睦まじい雰囲気……ではなく、それとはかけ離れた敵対心剥き出しのものだった。

 

「いい加減諦めたらどうなんですか!」

 

そう少し怒気を含んだ口調で抗議するのはなんと柴田 美月である。

美月はとあるグループの一年生と言い争っていた。そのグループとは胸に八枚花弁の刺繍が施された制服を纏う生徒、いわゆる一科生だった。

 

「僕達は彼女と相談することがあるんだ!」

「そうよ!少し時間を貸してもらうだけなんだから!」

 

その様子を少し離れたところで見ていたのは司波兄妹。深雪は怖がっているのかお兄様……と達也の袖を掴む。それもそのはず、一科生達が言う彼女とは司波深雪の事であり、この件の発端は深雪と達也が帰ろうとしたところを一科生達が無理矢理止めようとしたことだった。いや、それだけではない。この日の昼休み頃から達也や深雪達と一科生の間には確執が生まれていた。その理由は二科の生徒である達也やエリカ達と一科の生徒である深雪が行動を共にするのを、一科の一部の生徒が良しとしなかったためであった。

 

心配そうに自分を見つめる深雪に対し達也が声をかける。

 

「謝ったりするなよ、深雪」

「はい……しかし」

 

深雪がばつが悪そうに返すのも仕方がなかった。簡単に言えば自分を巡っての口論なのだから。そして彼女が見つめた先には大勢の一科生に対し、司波兄妹を守るように立ちはだかる三人の生徒がいた。

千葉エリカ、柴田美月、そして今朝から行動を共にするようになった西条レオンハルト、通称レオだった。

 

「とにかく、深雪さんはお兄さんと一緒に帰るって言ってるんです!何の権利があって二人の仲を引き裂こうっていうんですか!」

 

そう強い口調で一科生に抗議する美月。おっとりとした様な外見とは裏腹に芯は強く、思った事ははっきり言えるタイプのようだ。

そして二人の仲、と口に出した美月に深雪は反応を示す。

 

「み、美月ったら一体何を、何を勘違いしているの!」

 

と、頬を赤らめながらも笑顔な深雪に対して達也は疑問に思う。

 

「深雪、なぜお前が焦る」

「へっ……いや、焦ってなどおりませんよ?」

「そしてなぜ疑問形……」

 

渦中の人間を含めた二人がこんな会話をしている中、美月達と一科生の間ではまだ口論が続いていた。

そして、一科生のリーダー格がついにあのセリフを口に出す。

 

「これは1Aの問題だ!雑草(ウィード)如きが僕達花冠(ブルーム)に口出しするな!」

 

その差別的な発言に対しエリカとレオは敵意を露わにする。エリカとレオは朝から何かと衝突が多かったのだが、こういった所は似ているのかもしれない。

先程の差別的発言を受け、美月は声を震わせながらも力を振り絞るようにして反論する。

 

「同じ新入生じゃないですか、貴方達花冠(ブルーム)が今の時点で……一体どれだけ優れていると言うんですか!?」

 

事実、この発言は長い目で見れば的を射ている正しい考えである。なまじ実力があるもの程、この発言が間違っていないと判断できるだろう。だが、この場に関して言えば悪手と言わざるを得なかった。

まずいな……と達也は身構える。

美月の気迫に一瞬怯んだリーダー格の男だったが、何か思いついたように口角を上げて話し出す。

 

「どれだけ優れているか、知りたいか」

 

その挑発的な態度に対しレオは真っ向から受けて立つ。

 

「面白ぇ、ぜひとも教えて貰おうじゃねえか」

 

魔法師同士の戦闘が始まる、そう予感した者達が彼らの傍から離れる。

 

「いいだろう、だったら教えてやる!」

 

レオと対峙する一科生のリーダー格……森崎 駿(もりさき しゅん)から魔法発動の兆候が見て取れた。

 

「これが!才能の差だ!!」

 

そう言い放ち彼は拳銃型のCADを引き抜く。その際の彼の素早い操作技術は『クイックドロウ』と呼ばれ、『森崎家』といえば『クイックドロウ』と世間に認知されているほど有名である。

彼の家は本業は現代魔法の研究において、魔法そのものの技術よりCADの操作技術を研鑽することで魔法の発動スピードを上げることを試みている一族だった。また、副業として始めたボディガード派遣の警備会社のほうが認知され、一般社会でも魔法師社会でも高い評価を得ているという側面もある。

 

そして森崎の魔法の発動を皮切りに周りの生徒達が一斉に動き出す。

レオは持ち前の身体能力で森崎に詰めよろうとするが、そこにいつの間にか伸縮警棒を装備したエリカが割り込み森崎に攻撃を仕掛ける。

それに対して森崎の周りにいた男子生徒が魔法を発動しようとCADを手をかけた。

魔法の撃ち合いが起こることを察知した一科生のグループの一人の女子生徒はダメっ!とエリカと森崎達の衝突を阻止しようと目くらまし程度の閃光魔法を放とうと術式を展開する。

 

「ダメっ!」

 

それを見た深雪が危険を察知し場の仲裁に動き出すが達也はそれを“大丈夫だ”と制止する。

魔法とは、使い方を誤れば人の命を奪いかねない危険なものである。三者三様に動く中、怪我人が出るのは時間の問題かと思われた。

なぜ達也がこの場での仲裁に動かなかったのか、それは一科の女子生徒の魔法が安全なものであったこと、そして既に彼が何人かの人物の接近に気づいていたからである。

 

金属と金属がぶつかり合う甲高い音が鳴り響き、その後には一時の静寂が訪れた。

 

女子生徒が放とうとした魔法は遠方からの『サイオン粒子塊射出』により魔法式が破壊され発動されず、彼女は衝撃で倒れ込み後ろの生徒に支えられるという結果に終わった。

そして一方の森崎達は双方とも怪我はなく、物理的な衝突は無かった。なぜなら森崎達の魔法が発動されるほんの数瞬前にエリカと森崎達の間に視覚では捉えられないほどの素早さで男が現れ……先程の金属音はこれだろう。その手に持った刀剣型のCADでエリカの警棒を受け止めていたからだ。

 

───

 

達也は驚いていた。介入してくる事は分かっていたものの、ここまで驚異的な速さとは予測していなかったのだ。それに加えその男は入学式前に顔を合わせた風紀委員の男、柳生 芺であった。実力が未知数だった彼のスペックの片鱗を目にできたのは幸運だと思う反面、咄嗟の事で彼の魔法がどういった類のものか『視』る事が出来なかった事もあり警戒心も強めていた。

 

森崎の取り巻きは少し退いた位置にいたからか芺の横入りに気付き、その精神の乱れからか魔法は不発に終わっていた。しかし森崎は全く予想だにしていなかった意識外からの乱入。それに既に発動される寸前であった魔法が彼によりキャンセルされるはずもなく、彼は突然の出来事に思わずトリガーを引いていた。魔法はエリカの警棒を受け止めた何者かの背中に向かって放たれる──そう直感した森崎は焦りの表情を見せた。

 

(まずい……!)

 

しかし森崎のCADから魔法が発動することはなかった。

『領域干渉』……自分の周囲の空間を自分の魔法力の影響下に置くことで、相手の魔法を無効化する対抗魔法。

術者を中心とした一定のエリアを、『事象が改変されない』という魔法で覆うことにより、相手の魔法による事象改変を阻止するという魔法をその男が介入の前に森崎の周囲に範囲を絞り、発動していたからであった。

 

そして目もくれぬ速さでこの場に現れた男がエリカの警棒を受け止めた体勢のまま口を開く。

 

「エリカ……何やってる」

「え、芺さん?」

 

エリカが顔見知りの登場に驚いていると、そこに別の人物の声が鳴り響く。

 

「やめなさい!自衛目的以外での魔法による対人攻撃は犯罪行為ですよ!」

「風紀委員長の渡辺 摩利だ。事情を聞きます。全員着いて来なさい!」

 

芺に引き続き現れたのは生徒会長である真由美と風紀委員長の摩利だった。突然の三人の登場、明らかに自分達に非がある状況に深雪は小声でお兄様、と心配そうに呟く。

そこで達也はおもむろに摩利に近づき言葉を紡ぎ出した。

 

「すみません、悪ふざけが過ぎました」

 

その言動に摩利が警戒心を示し魔法発動の兆候を見せる。

 

「悪ふざけ?」

「はい、森崎一門の『クイックドロウ』は有名ですから、後学のために見せてもらうだけのつもりだったんですが……あまりにも真に迫っていたもので、思わず手が出てしまいました」

 

その発言──自分たちを庇うような──に対し森崎は驚く。

達也の発言を聞いて次に摩利は別の女子生徒を見て話を続けた。

 

「では、そこの女子が攻撃性の魔法を発動しようとしていたのはどうしてだ?」

 

達也は少し笑みを浮かべながら疑問に答える。

 

「あれはただの閃光魔法ですよ、威力もかなり抑えられていました」

 

その発言に対し摩利と真由美は疑いの視線を向ける。

確かにそうだった。発動さえしなかったが、例え発動していてもその女子生徒の魔法は目くらまし程度の効果しか生まなかっただろう。

しかしそれを知っているはずなのはその女子生徒のみ。発動しなかった魔法の効果をなぜ()()が知っているのか。その答えは1つだった。

 

「ほう、どうやら君は展開された起動式を読み取る事が出来るらしいな」

「実技は苦手ですが、分析は得意です」

「……誤魔化すのも得意なようだ」

 

摩利の言葉は鋭かった。彼女がそう言うのも無理はない。展開された起動式を読み取る……それには最低でもアルファベット三万字相当の情報を読み取らなければならない。芺もそんな人間離れしたスキルを持っている人間がいるとはすぐに信じることは出来なかった。

摩利の真っ当な疑いに達也は自らの肩、本来なら花の紋章が刻まれているはずの場所を指しながら言葉を返す。

 

「誤魔化すなんてとんでもない、自分はただの──二科生です」

 

彼はそう締め括った。

美しい桜の花弁が舞い散り、暖かい春の到来を知らせる。しかしそこに流れる空気は重苦しく、決して暖かいものではなかった。



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第五話

未だ達也が上級生二人の前で会話を続けている中、深雪が我慢しきれなくなったのか前に出る。

 

「ちょっとした行き違いだったんです、お手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした」

 

初日から問題を起こす人間とは思えない人物の登場に摩利は少し驚いた。その隙を逃すまいと沈黙を守っていた真由美が達也達と摩利の間に立つ。

 

「もういいじゃない、摩利。……達也君、本当にただの見学だったのよねー?」

 

と、ウインクを添えて確認をとる真由美。そこにはYESと答える以外の選択肢は残されていないようにも見えた。反論が無いことを確認し真由美は続ける。

 

「生徒同士で教え合う事が禁止されている訳ではありませんが、魔法の行使には細かな制限があります。魔法の発動を伴う自習活動は控えた方がよろしいでしょうね」

 

咳払いをした摩利が真由美に続いて口を開く。

 

「会長がこう仰せられていることもあるし、今回の事は不問にします。以後このようなことがないように!」

 

その言葉を聞いた真由美や摩利、芺以外の面々は一科生、二科生関わらず頭を下げる。

 

「行くぞ、芺」

 

はい、と短い返事を返した芺は摩利の元へ行く前にずっと蚊帳の外だった森崎に話しかける。

 

「森崎、俺が言いたいことは分かるな?」

 

その言葉に森崎は苦虫を噛み潰したような顔で答える。

 

「……はい」

 

芺は“ならいい”と少し笑顔を見せ、小走りで摩利の元へ向かって行った。

芺が来ると同時に摩利は歩き始めたが、徐に達也の方に振り向き口を開いた。

 

「君の名前は?」

 

達也は頭を上げ丁寧に答える。

 

「一年E組、司波達也です」

 

覚えておこう、と言い残し摩利は立ち去る。その後を真由美と芺が追い、この一件は閉幕となった。

一年生の元から帰る際に、摩利は芺に話しかける。

 

「さっきのは『領域干渉』か?知らないうちにあそこまで使いこなせるようになっているとはな」

「自分は基本的には想子の扱いくらいしか強みがありませんから」

「ふっ、謙遜だな」

 

芺はある特殊な体質の為に……と言うよりはその副次的な効果で想子の扱いが人並み以上に得意である。それ故に無系統は得意であるが、他の系統魔法は得意としている魔法の方が少ないレベルであった。

 

「それよりも摩利さん。寛大な処置、感謝します」

「なに、エリカもいたことだしな」

 

少し先を歩いていた摩利が振り返る。

 

「それに感謝を言うのはこちらもだ」

「と、言いますと?」

 

全く感謝されるようなことをした心当たりがない芺は首を傾げる。それを見た真由美が摩利の代わりに答える。

 

「だって芺君があそこで割り込んでくれなかったら森崎君か千葉さんのどちらかは怪我してたと思うわよ?」

 

確かに、あの場面ではエリカが早ければ森崎が、森崎が早ければエリカが怪我していたかもしれない。そんな事になれば尚更一科と二科の軋轢は深まっていただろう。

 

「その通りだ。全く……エリカのやつは」

 

芺は心の中ですぐ実力行使に訴えようとするのは摩利さんも同じでは。などと考えていたが、そんな事を口に出しては次の実力行使の標的が定まってしまうために大人しく摩利の意見に賛同するのであった。

 

───

 

摩利達が去っていく中、森崎は自分たちを結果的に庇った達也の方を見て悔しそうに口を開く。

 

「借りたなんて思ってないからな……」

「貸してるなんて思ってないから安心しろ」

 

達也の棘のある返答をものともせず言葉を続ける。

 

「僕の名前は森崎駿。『森崎』の本家に連なる者だ」

 

森崎は達也を指さしこう告げる。

 

「僕はお前を認めないぞ!司波達也!司波さんは僕達と一緒にいるべきなんだ……」

 

「いきなり呼び捨てか」

 

不躾なところを突かれた森崎は一瞬立ち止まるがすぐに他の一科生を連れて歩いていく。

司波兄妹が帰ろうとすると、そこに立ち塞がり声をかける二人の女子生徒がいた。

 

「光井 ほのかです。さっきはすいませんでした!」

 

隣の女子生徒も頭を下げる。

その女子生徒達の制服には、花弁が刻まれていた。他の一科生とは違うその態度に達也達の中には驚きを隠せない者もいた。

 

「さっきは庇ってくれてありがとうございました。森崎君はああ言っていましたけど、大事にならなかったのはお兄さんのおかげです」

「どういたしまして。でもお兄さんはやめてくれ、これでも同じ一年生だ」

 

高校生にしてはかなり大人びているとはいえ達也を距離感の近いお兄さん呼びする事に少し深雪はムッとする。

 

「分かりました、ではなんとお呼びすれば?」

「達也でいいから」

「はい!……それで、その……あの」

「なんでしょうか」

 

歯切れの悪い様子のほのかを前に深雪が出る。その問いに意を決したのか力強く答えた。

 

「駅までご一緒してもいいですか?」

 

 

 

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

──

 

一悶着終えた達也達は先程の面々に二人の一科生を加え、街の中を談笑しながら歩いていた。

まだ知り合って間もない彼らの間では色々な質問が飛び交う。

 

「じゃあ、深雪さんのCADを調整しているのは達也さんなんですか?」

「ええ、お兄様にお任せするのが一番安心だから」

「少しアレンジしてるだけだよ」

 

謙遜する達也に魔工科志望の美月が付け加える。

 

「それだって、デバイスのOSを理解できるだけの知識がないと出来ませんよね」

 

腕を頭の後ろで組みながら歩くレオも素直に賞賛する。

 

「CADの基礎システムにアクセスできるスキルもないとなぁ、大したもんだ」

「達也君、あたしのも見てもらえない?」

「無理。あんな特殊なCADを弄る自信なんて、俺にはないよ」

 

予想通りの反応を示した達也にエリカははっと笑いながら続ける。

 

「やっぱり凄いねー、達也君は」

「何が?」

 

検討のつかない達也は振り向いて尋ねる。

そんな達也に向けてエリカは自らの武装一体型CAD、伸縮警棒を取り出しながら嬉しそうに答えた。

 

「コイツがCADだって分かっちゃうってこと」

 

───

 

「刻印型の術式?」

 

売店近くのベンチで休憩しながら、レオは興味を持ったのか先程の質問の続きを始める。

 

「そうよー、だから柄以外は全部空洞なの」

「てことは、想子(サイオン)を注入し続けるって事だろ?よくガス欠にならねぇな」

「おっ、さすがに得意分野。でも残念、もう一歩ねー。振り出しと打ち込みの瞬間だけ想子(サイオン)を流してやればそんなに消耗しないわ。兜割りの原理と同じよ」

 

その発言にレオ達の間に沈黙が流れる。

 

「え、皆どしたの」

 

心底不思議そうにするエリカに深雪が説明を始める。

 

「エリカ、兜割りって秘伝とか奥義に分類されるものだと思うのだけど……想子量が多いより、よっぽど凄いわよ?」

「もしかしてうちの学校って一般人の方が少ないのかな?」

「魔法科高校に一般の人はいないと思う」

 

そう発言したのは北山 雫(きたやま しずく)。彼女は大富豪の北山家の長女で、かつて振動系魔法で名を馳せたAランク魔法師の北山紅音の娘。光井ほのかの小学校入学以来の幼馴染である。

雫の発言に一同が小さく歓声をあげる中、エリカの端末が震えた。

エリカが端末を取り出し画面を確認すると、そこには柳生 芺の名前と、先程の校門での出来事の詳細を尋ねるテキストが表示されていた。

 

「あ、芺さんだ」

「芺さん……というと」

 

深雪はえりかの口から反射的に出た聞いたことの無い名前に反応を示す。

 

「さっきの校門で森崎君とエリカの間に入ってきた人だよ」

 

と、深雪の質問に答えたのは意外にも雫だった。

 

「そーそー、あれ?貴方も知り合い?」

 

エリカは意外な繋がりを発見し驚く。

 

「うん、私達と芺さん達は家ぐるみの付き合いで……芺さんはウチの会社のCADも持ってるよ」

「へー、世の中狭いわねー」

 

ここで達也はふと思い付く。

達也は前々から柳生 芺という男を気にかけていた。達也は彼に対して言葉では言い表せないような何か妙なひっかかりを感じていたのだった。少しでもこの疑念を払拭したい彼は芺について質問する。

 

「あの人、かなりの手練のようだったけど、実際の所どうなんだ?」

 

少し挑戦的な笑みを浮かべながら問いかける。

 

「強いよ……多分」

 

実際に手合わせしたことが無い雫は人伝でしか彼の強さを知らなかった。それに応えるようにエリカも少し自信気に話し始める。

 

「そーねー。何回かウチの道場に来たこともあるし、手合わせをした事あるけど……結構強いよ。並の魔法師なら歯が立たないかもね」

 

雫はあまり詳しくないようだが、エリカは彼の実力をよく知っているようだった。

 

「そんなにか。お前とどっちが強えんだ?」

 

レオが興味深そうに呟く。

 

「んー、剣だけならともかく魔法ありきだと負けちゃうかなー。あの人同じ剣士相手にはめっぽう強いし。相手が魔法師なら尚更ね」

 

ま、勝てるかもしんないけど、とエリカは締め括る。

達也は考える、幸いにも彼の事を知ってる人間は多いようだ。“魔法師なら尚更”という発言も気になる。そんなことを考えている中、深雪が皆に声をかける。

 

「皆様、そろそろ日も落ちてきましたし帰りませんか?」

 

その発言を聞いた一同は各々同意を示し再び帰路についた。

 

(聞きそびれてしまった……明日、師匠にも聞いてみるか)

 

──

 

翌日、司波兄妹は毎朝恒例となっている九重寺での修行に来ていた。

達也は一通りの修行を終え朝食を摂る際に、同席している九重寺の和尚──九重八雲にかねてからの疑問を聞くことにした。

 

「師匠、藪から棒にすみませんが『柳生』についてもし知っていることがあればお教え願えませんか」

「本当に藪から棒だね、芺君と何かあったのかい?」

「何かあった、という訳では無いのですが……」

 

言い淀む達也を見て付き合いの長い八雲は手をポンっと叩きニヤケながら口を開く。

 

「ああ、深雪君が心配なのかな?」

 

その発言に達也は自分の考えのうちの一つを言い当てられ恥ずかしいのか閉口し、深雪は赤面しながらも自らの考えを述べる。

 

「お兄様、あの人はお兄様や皆の話を聞く限りそんな方ではないと思いますよ、それに……」

 

深雪は達也から芺の人物像を昨日のうちに朧気ながら聞いていた。兄を賞賛した芺の印象は良いようだ。

 

「九重先生は芺先輩とお知り合いなのですか?」

 

八雲の先程の発言の中に芺について知っている素振りがあったことに達也は気づく。

 

「いやー実はね、一時期ここに修行に来ていたんだよ。君のように体術の修行がメインではないんだけど」

 

君達とは来る時間帯が違うかったし、そこまで長期じゃなかったから出会うタイミングがなかったんだろうね─と付け加え八雲は続ける。

 

「そして達也君の質問だけど、具体的に何が聞きたい?あんまりペラペラ喋っちゃうと後が怖いから答えれる範囲にはなるけど」

 

「そうですね……家の規模と力の強さ、そして俺達に危害を加えてくる可能性について、でしょうか。柳生家の歴史は長いにも関わらず魔法師一族としては目立った情報がありません。何か隠しているようにしか思えないのです」

 

達也は事前にある程度『柳生』について調べており、その中で紛いなりにも魔法師の一族にしては何もこれといった事件も出来事もないという事だった。

八雲がそれを了承すると少し楽な姿勢を取りながら話し出す。

 

「達也君なりに頑張って調べたんだろうけど……少し君の認識と事実には相違がある。確かに柳生家は全くクリーンって訳じゃないけど、今のご時世どこの家もやってる範疇で収まってる。本当に何も悪どい事はしてないよ。それは分かってくれるかな?」

「……はい」

「何より今でもこの地で勝手な事をやるようなら、僕が黙ってないからね」

 

達也は詳細が聞けなかった事に少し納得いかなかったが、八雲に続きを促す。

 

「よし。そして柳生家─ひいては芺君が君達に危害を加える可能性は、君達が柳生家の身内に手を出したりしない限りほぼ0と言っていいだろう。彼らは非常に身内を重んじる。今まで身内を傷つけられない限り彼らは他家に強硬な態度で干渉なんてことはしてこなかったからね。次に規模だが……『柳生』の歴史は深い、魔法が体系化する何百年以上も前から続く古式魔法と剣道・剣術の家系だ。国家権力の中にも新陰流の教えを受けた──『柳生』の息のかかった者が少なからず存在する。やろうと思えば出来ることは多いだろうね。後は……そうだね、彼らは要人警護、所謂ボディガードを生業としている。他の名家や政府の要人の警護はプロとして『柳生』が配置されることは多い。百家支流や、名の知れた名家との内密な繋がりなんかも……あるかもしれないね」

 

達也は深雪に危害が及ぶ可能性は低いと理解したものの、少し拍子抜けだった。なぜ自分はあそこまで妙な引っ掛かりを感じたのか。

 

「とりあえず、俺達に危害が及ぶことはなさそうですね」

「そうでしょうお兄様。何故だかあの人には親近感を感じましたもの。きっとお優しい人ですよ」

「そうだね、仲良くしてくれると僕も嬉しいよ。なんたって僕からすれば達也君たちと芺君は弟子同士なんだからね」

 

八雲と深雪の擁護で達也も『柳生』に対する警戒心を薄め、上手くまとめた八雲は他に質問があるか達也に尋ねる。

 

「いえ、結構です。これで安心しました」

「そうかい、よかった。そうだ、今度芺君も呼ぼうか?彼は剣の家系に生まれながらも体術──八極の冴えも見事だよ」

 

『八極』という少し興味深い単語があったものの、そんな事にはなりたくない達也は丁重にお断りを入れる。

 

「勘弁して下さいよ、まだほとんど話したこともない後輩の修行に付き合わせるのも忍びないですし」

 

そりゃそうか、と頭をペちっと叩いた八雲に別れを告げ、司波兄妹は学校に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫だよ」

 

そう八雲が言うと下がらせておいた弟子達の輪の中から出てくる男がいた。

 

「……全く、冷や汗ものでしたよ」

「いやー、災難だったねー()君」

「変に動かずに正解でした。彼らは周りがよく視えている」

「もし魔法で隠れようとしたならバレてたかもしれないね」

「達也君は展開された起動式を読み取ることが出来るというのは事実ですか?」

「……事実だよ」

 

 

さっき柳生についてペラペラ喋った事への謝罪も含めているのか、思ったより簡単に達也についての情報を渡してくれた八雲。

“そうですか”と大きく息を吐き本堂から降りてきた芺は八雲に近づくやいなや、まるで地面が揺れたと錯覚するような力強い踏み込みから拳を握りしめ突きを繰り出す。

 

「それと、家や自分の事勝手に喋ったり変にけしかけるような真似は止めていただけますか」

 

しかし八雲はそれを予期していたかのように難なく受け流す。

 

「はっはっは、いやーすまないね」

 

そのまま二撃、三撃と加えるが全て上手く防がれた芺は手を引いて白旗を上げる。たった数瞬の攻防だったが、弟子達の中にはそれがどの程度のレベルの攻防なのか理解したのか感嘆の声が漏れる者もいた。

 

「やはりまだ九重先生には敵いませんね」

「よく言うねぇ、僕は君とはてんで()()()()()のに」

「……何のことだか」

 

お互い不敵な笑みを浮かべたあと芺が口を開く。

 

「それでは、自分も行ってきます。遅れそうなので」

「分かった、たまには顔を出してくれないと僕達も寂しいからねー」

「分かりました」

 

そう笑顔で返した芺は弟子達にも挨拶し、九重寺を後にした。

 



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第六話

その日の夕方、芺は風紀委員会本部で散らかった部屋を見て溜め息を漏らしていた。

 

「ちょくちょく片付けてはいるのですが」

「やっぱりあれは君だったのか、悪いね」

 

そう悪戯っぽい笑みを浮かべる女子生徒はこの風紀委員会本部を統括する渡辺摩利。彼女は片付けが苦手でこの本部の惨状を生み出す一翼を担っていた。

芺が机の上に散らかった物を端に寄せ書類の整理を始めようとすると、摩利が思い出したように“そうだ”と切りだす。

 

「今日の昼にな……えーと、司波深雪はわかるな?彼女を生徒会に正式に勧誘したんだが、兄も一緒にと言い出してな」

「はあ」

 

少し興味をそそられたのか芺が一瞬視線を向けた。その様子を見て摩利は楽しそうに続ける。

 

「生徒会には二科の生徒は任命出来ないから無理だ、となったんたが……それならと私が風紀委員会に勧誘したんだ」

「はあ……え?」

 

一瞬理解が遅れ驚いた芺の手から書類が滑り落ちる。期待していた反応が見れて嬉しそうな摩利に芺は散らばった書類を拾いながら尋ねる。

 

「何故彼を、それに本人は承諾したんですか」

「今から承諾させに行くところだ」

「はぁ……」

 

摩利さんらしいといえば摩利さんらしいか……と、少し呆れ気味の芺はとある懸念を伝える。

 

「しかし、二科の生徒を風紀委員会に加えるとなると服部はかなり反発すると思いますよ」

「そこで君の出番だ」

 

服部は魔法師としてとても優秀で、正式な試合では一度も敗北を喫していなかった。が、服部は極端なまでに実力主義であり、実力で劣る二科の生徒を差別している節がある。友人としてもそこは悩みの種であった。

そんな彼が二科の生徒が風紀委員会に所属する事を黙って見ていると思えないのは摩利も承知の上、そこで芺に手伝ってもらおうという事だった。

 

「分かりました。ですが何故そこまでして司波達也を?」

「追って話すよ、生徒会室に行くぞ」

 

あ、片付けは……と言おうとした芺の想いは届くことは無く、彼は黙って摩利の後に着いていくのであった。

 

───

 

達也は風紀委員会への勧誘を断るつもりで生徒会室の前に来ていた。

少々申し訳ない気持ちもあったが今日の実技も踏まえて自分の実力では不十分と判断した結果だった。

 

「失礼します──司波達也です」

「司波深雪です」

 

二人の来訪を待っていた摩利と真由美が歓迎する。生徒会室の中には先程より人が増えており、その中には昼には姿が見えなかった者もいた。そのうち一人は達也が気にかけていた芺であり、会計である中条 あずさが操作する端末を見ながら彼女の隣に立っていた。

 

「よっ、来たな」

「いらっしゃい深雪さん。達也君もご苦労さま」

 

二人は明るい口調で挨拶したが、それに引替え芺は気づいていないようだった。しかし少し遅れて気付いたのか、眉を少し上げた表情をしながら片手を少し上げて“お疲れ”と微笑をたたえる。彼も達也を歓迎しているようだった。

 

(そういえば、あの人も風紀委員だったか)

 

そして、もう一人の男。服部が司波兄妹の目の前にコツコツと歩み寄り新たな生徒会の一員である深雪に挨拶をする。しかし、隣に佇む達也には一切目もくれず言葉も交わさない様子を見て深雪は目を細めた。

摩利が説明のために達也を風紀委員本部に連れていこうとすると、予想通り服部がそれに対して待ったをかける。

 

「渡辺先輩、待って下さい」

「なんだ?服部刑部少丞半蔵副会長?」

 

それに対して服部は赤面しながら訴える。

 

「フルネームで呼ばないでください!」

「ならなんだ?服部半蔵副会長?」

「服部刑部です!」

 

と、自分の名前に関して思う所があるのか摩利と言い合いを続ける。このままなんの諍いもなく終わってくれれば、と芺は思っていたがそれも叶わず。服部は咳払いをして極めて真面目な調子で話し出す。

 

「その一年を風紀委員に任命するのは反対です。過去、二科生(ウィード)を風紀委員に任命した例はありません」

 

確かな差別意識を孕んだ発言。それを風紀を守る風紀委員の前で堂々と発した服部に芺は彼の方を一瞥し少々怒気を含んだ声で注意する。

 

「服部、二科生をウィードと呼称するのは禁止されている。それ以上は看過出来ないぞ」

「……芺、取り繕っても仕方ないことだろう。それとも全校生徒の三分の一以上を摘発するつもりか?」

 

芺の制止も届かず、服部は摩利の方を向きなおりまくし立てるように続ける。

 

「風紀委員はルールを守らない生徒を実力で取り締まる役職です。実力で劣る二科生(ウィード)には務まりません」

「確かに風紀委員は実力主義だが、実力にも色々あってな」

 

摩利は達也を指差し、服部に説く。

 

「達也君には起動式を直接読み取り、発動される魔法を正確に予測する眼と頭脳がある」

「まさか!基礎単一行程の起動式だって、アルファベット三万字相当の情報量があるんですよ!?それを一瞬で読み取るなんて出来るはずがない!」

「常識的に考えれば出来るはずもないさ、だからこそ彼の特技には価値がある」

 

信じられないと言わんばかりに服部は芺を見る。だが彼も“事実だ”と発し、言葉を続ける。

 

「彼の能力は今まで罪状が確定できずに軽い罪で済まされてきた未遂犯共に対し、強力な抑止力になる」

 

芺は事前に受けていた摩利の説明と八雲からの情報を照らし合わせ、服部を説得しようとする。

 

「その通りだ。それに私が彼を委員会に欲する理由はもう一つある。一科の生徒が二科の生徒を取り締まり、その逆は無い。この事実は一科と二科の溝を深める事になっている。私が指揮する組織が差別意識を助長するのは、私の望む所ではない」

 

服部は怯んだが、二人の発言を受けて尚姿勢を崩さない。

 

「会長!私は生徒会副会長として、司波達也の風紀委員会任命に反対します。魔法力の無い二科生に風紀委員は務まりません!」

 

兄を侮辱する発言に耐えきれなくなったのか深雪が声を上げる。

 

「待って下さい!確かに兄は魔法実技の成績が芳しくありませんが、それは評価方法に兄の力が適合していないだけなのです!実戦ならば兄は誰にも負けません」

 

随分と大きく出たものだ、と芺が考えていると服部は深雪に言い聞かせるような口調で喋り出す。

 

「……司波さん、魔法師とは、事象をあるがままに、冷静に、論理的に認識出来なければなりません。不可能を可能にする力を持つが故に、社会の公益に奉仕する者として自らを厳しく律する事が求められています。魔法師を目指す者は、身びいきに目を曇らせる事があってはならないのです」

「お言葉ですが、私は目を曇らせてなどいません!お兄様の本当のお力を持ってすれ……」

 

そう語る服部に深雪は興奮した様子で反論する。すっかりヒートアップしてしまった妹を達也は手で制し、ネクタイを正しながら服部の前に立つ。

 

「服部副会長。俺と模擬戦をしませんか」

「なに……?」

 

達也のまさかの発言に生徒会室の面々は驚きで目を見開いた。実技が不得意と自称する二科生が、成績優秀……もちろん実技も相当な実力を有するであろう服部に挑戦をしかけたのだ。当の服部は驚きのあまり声を震わせ怒りを露わにする。

 

「……思い上がるなよ、補欠の分際で!!!」

 

フッと笑う達也に服部は怒り心頭のまま“何がおかしい!”と声を荒らげる。

 

「先程、ご自分で仰っていたじゃないですか。魔法師は冷静を心掛けるべき、でしょう?」

 

達也の的を得た発言に目を細める服部を見て、芺は小声で“これは一本取られたな”の“これは一本”まで口に出してしまったが、あずさに無言で袖を引っ張られ口を閉じた。どうやら怒り心頭の服部には聞こえていなかったようだ。達也は続ける。

 

「別に、風紀委員になりたい訳では無いんですが……妹の目が曇っていないと証明するためには、やむを得ません」

 

服部からすれば明らかにこちらを舐め切っている達也の発言に眉を曇らせながらも勝負を受け入れる。

 

「いいだろう……身の程を弁える事の必要性をたっぷり教えてやる」

 

──

 

達也と深雪はCADを受け取りに行き、服部達は先に第三演習室に向かおうとしていた。

その道中に摩利がある事に気付き真由美に問いかける。

 

「ん?芺はどこに行ったんだ」

「それがね……分かり切った勝負を見る必要は無いので用事を済ませてきますってフラ~っと」

「懸命な判断でしょう」

 

と、服部は当然のように言い放つ。自分の勝利を揺るぎないものと信じているセリフだ。

 

「でも、録画を後で見せてくれとも言ってたのよね~」

「興味が無いのかあるのかどっちなんだ……」

 

真由美と摩利が頭を抱えていると、もう第三演習室の付近まで来ていた。

──既に、賽は投げられている。

 



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第七話

第三演習室の中でCADを受け取ってきた達也達を迎え、今まさに模擬戦が始まろうとしていた。

摩利から諸々のルール説明を受け、服部と達也は対峙する。生徒会の面々が見守る中、服部は試合展開を構想していた。

 

(魔法師同士の戦いは先に魔法を当てた方が勝つ。そしてCADによる魔法発動速度でブルームがウィードに負けるはずがない。ましてや相手はウィードの中でも特に実技が不得手と聞く。始まる前から勝負は着いている)

 

彼の観測はあながち間違ってはいない。むしろ今の状況で予測される限りでは正しいと言えるだろう。

 

「始め!!」

 

摩利の合図で試合が開始する。すぐさま服部は基礎単一系の移動魔法で達也を吹き飛ばそうとする……当然直ぐに決着は着いた。

 

──一方が魔法を受け、倒れ、意識を失う。その様子を見た摩利や生徒会の幹部達は目を見開いた。魔法師同士の戦いは服部の言う通り先に魔法を当てた方が勝つ。そのセオリーは今回の試合でも正しく適応された。それだけなら驚く必要も無い。しかし今回の模擬戦で倒れ伏したのは達也ではなく、服部だったのだ。

服部が魔法を発動するより速く、達也が目にも止まらぬ体捌きで服部の後ろに回り込みCADのトリガーを引いていた。

摩利は全く思いもよらなかった光景を目の当たりにした驚きから一瞬間が空いたが、判然と裁定を下す。

 

「勝者!司波達也!」

 

──

 

倒れた服部を壁に持たれ掛けさせ、摩利達は達也に先程の模擬戦の動きについて尋ねる。

 

「今のは、自己加速術式を予め展開していたのか?」

 

その問いに対し達也は“正真正銘の身体的な技術です”と答える。魔法と見紛うスピードに一同は驚きを隠せなかった。それに兄は忍術使い、九重八雲先生に教えを受けていると深雪が補足する。

そして服部を倒した魔法は、振動系で異なるサイオンの波を作り出し、それを服部の地点で合わさるように調整することで強い刺激を与えた船酔いの様な症状を与えたというらしい。

ここで生徒会の会計である市原鈴音の中に一つの疑問が浮かぶ。短時間で波の合成を指定した地点で起こせる程の処理速度があるならば、実技の評価が低いはずがない。との事だった。

 

「あの〜……司波君のCADってもしかして『シルバー・ホーン』じゃありませんか?」

 

その質問の最中に達也のCADについて尋ねたのはCADオタ……CADへの造詣が深い中条あずさだった。

 

「『シルバー・ホーン』ってあの謎の天才魔工師トーラス・シルバーのシルバー?」

 

真由美が思い出すように聞くとあずさは“そうです!!!”と嬉々とした表情で説明を続ける。

シルバー・ホーンとはトーラス・シルバーがフルカスタマイズした特化型CADであり、ループキャストに最適化されているとの事だった。

しかしそれでも疑問は残る。ループキャストは同じ魔法を連続で発動するものであり、達也が放った振動波の違う複数の波動は作り出せないはずだった。よっぽど座標、強度、持続時間、振動数までを変数化した場合を除いて。ここで市原はある可能性に気付く。

 

「まさか、それを実行しているの言うのですか?」

 

「多変数化は処理速度としても演算規模としても干渉強度としても、この学校では評価されない項目ですからね」

 

その言葉に一同が言葉を失っていると、後ろから服部の苦しそうな声が聞こえた。

 

「実技試験における魔法力の評価は魔法を発動する速度、魔法式の規模、対象物の情報を書き換える強度で決まる」

 

うっ……と頭を抑えふらつきながらも続ける。

 

「なるほど、テストが本当の実力を示していないとはこういうことか」

「はんぞーくん?大丈夫ですか?」

「はっ、はい!!」

 

真由美に心配された服部は姿勢をピンと正し答える。少々頬も上気しており元気な様子だった。

そして深雪の方を向き直り、少し言いづらそうに言葉を紡ぐ、

 

「司波さん……さっきは、その、身びいきなどと失礼な事を言いました。目が曇っていたのは僕の方でした。許して欲しい」

 

そう頭を下げる服部に深雪は同じく“生意気を申しました”と頭を下げる。そして服部は達也を見つめた後、この場を去っていった。

服部を見送り、摩利は明るい調子で話し出す。

 

「さて、色々と想定外のイベントが起こったが当初の予定通り、風紀委員会本部へ行こうか」

 

そう笑顔で語る摩利に連れられ、達也は風紀委員会本部へ向かった。

 

──

 

達也と摩利は風紀委員会本部へ到着し、ドアを開ける。

 

「少し散らかっているが……」

 

と、言いかけた摩利の言葉が止まる。なぜなら風紀委員会本部はここに来る前とは打って変わってかなり整理されており、CADがまだ少し棚に納まっていなかったり、備品がちらほら散乱していたりするだけで、まだ完全とは言えないが片付いていると評してもなんら問題は無い状態だった。

摩利が驚いていると、そこにいる男が少々自慢気に口を開いた。

 

「摩利先輩、お疲れ様です」

「どこいったと思ったら……ここにいたのか、芺」

 

達也と服部の模擬戦が始まる前に姿を消した芺だったが、そのタイミングで風紀委員会本部の掃除をしていたようだった。

摩利は片付いた本部をほー、と見回しながら芺に質問をなげかける。

 

「なぜこのタイミングで一人で清掃なんかしてたんだ、私にも声をかけてくればよかったのに」

「新しいメンバーを加えるのに本部があの惨状では風紀委員の面子が損なわれるかと思いまして」

「む……それはそうだが。いや待て、達也君が加わる事になったのはついさっきのはずだろう」

 

その疑問は当然のものだった。達也が風紀委員会に加わるには服部に模擬戦で勝利せねばならなかった。そして芺がいた生徒会室時点では達也の実力は不明瞭であり、勝負になれば服部が勝利すると思うのが一般的だろう。

 

「まさか君は元から達也君が勝利すると予想していたのか?」

 

芺は明言は避けたが無言の微笑で答えた。これ以上の質問は許容しないとばかりに話題を自分からずらす。

 

「服部はその後どうでしたか?」

「しっかり反省してるようだったよ」

「なら良かった。これであいつも更に腕を磨くでしょう」

「まさか芺……」

 

疑いの目を向ける摩利を横目に芺は達也の方に向き直り謝罪する。

 

「服部が君達兄妹に向かってとても失礼な態度を取ってしまった。彼の友人として謝罪させてくれ」

「いえ、服部先輩も反省してるようでしたので」

「そうか、そう言って貰えるとありがたい。えー……と」

 

芺が少し困った表情をしているのに気付いた達也は微笑みながら芺の心情を察して言葉を発する。

 

「達也、で大丈夫ですよ」

「……すまない。よろしく達也君。俺の事も芺で構わない」

「分かりました。よろしくお願いします、芺先輩」

 

達也は芺がこれから深雪とも関わる事もあると思ったからか、下の名前で呼ぶ事を提案した。

摩利はそう笑顔で挨拶を交わす二人を見て妙に仲が良さげだなと思いつつも声をかける。

 

「まぁ適当にかけてくれ」

 

達也に着席を促している間も芺はテキパキと片付けを続けていた。

 

「少々うるさいかも知れませんが、気にしないでください」

 

その様子を見て達也が芺に声をかける。

 

「自分も、お手伝いしてもよろしいでしょうか」

「助かるが……気にしなくていい、色々と話す事もあるだろうから」

「いえ、その……魔工技師志望としてこの現状にはちょっと」

 

と未だ乱雑に置いてあるCADを見て少しバツが悪そうに意見を言う達也に摩利が驚く。

 

「君ほどの実力があるのに?」

「魔法力の判定基準に君の実力は適していない、と言うやつか?」

 

芺が生徒会室での問答を思い返し問いかける。

 

「はい、自分の実力ではC級のライセンスまでしか取れませんから」

 

そう自嘲気味に笑う達也に芺は優しい口調で返す。

 

「……そうか、ならデバイス関連について今度教えてくれないか。最近興味があってな、詳しいんだろう?」

 

達也は少し驚いたが、快くそれを受け入れた。

 

「……はい、自分でよければ」

 

達也は思う。この人はやはり実力の判断が出来るのだと。下級生、それも二科生に教えを乞う事を躊躇わなかった姿勢が達也にとっては新鮮で、少し嬉しかった。

摩利も交え清掃を続け、一段落終わった際に摩利が口を開く。

 

「君をスカウトした理由は……そういえば、もうほとんど説明してしまったな」

「覚えていますが、二科生対策の方はむしろ逆効果ではないかと」

「どうしてそう思う?」

「二科生の上級生は同じ立場のはずの下級生にいきなり取り締まられる事になれば、面白くないと感じるでしょう」

「だが一年生の方は歓迎すると思うがね」

「一科生の方には歓迎に倍する反感があると思いますよ」

「反感はあるだろうさ。だが入学したばかりの今ならそれほど差別意識には毒されていないんじゃないか?」

 

その発言に達也は昨日の校門前での騒動を思い出す。

 

「どうでしょう。昨日はいきなり“お前は認めないぞ”宣言を投げつけられましたし」

 

その言葉に芺が反応する。

 

「……それも済まなかった。森崎にはよく言い聞かせておく」

「森崎とはお知り合いなんですか?」

「家柄上ボディーガードの仕事をする事もあってな、森崎家が同じ場にいることも珍しくなかった」

 

達也は八雲との会話を思い出し、彼が言っていたことの裏付けが取れたことに気がつく。

 

「そうだ、森崎で思い出したのだが」

「?なんでしょう」

 

それに対し芺は少し人の悪い笑みを浮かべ答える。

 

「先程通達が来ていた。教職員推薦枠で森崎が風紀委員会に所属することとなっている」

 

「え?」

 

そういって持っていた備品のCADを落とす達也を見て摩利が嬉しそうにからかう。

 

「君でも慌てる事があるんだな」

「そりゃそうですよ」

 

そのタイミングで風紀委員会本部のドアが開き、二人の男が入ってきた。

 

「はよーっす!」

「おはようございます」

 

その内の一人、辰巳達が摩利と芺の姿を確認すると口を開く。

 

「お、姐さん。いらしてたんですかい。それに芺も」

「委員長、本日の巡回終了しました。逮捕者、ありません」

 

そう報告したのは沢木。それに合わせ辰巳も姿勢を正す。報告が終わったのを確認し芺が口を開く。

 

「巡回お疲れ様です」

「君もお疲れ様」

「おー、ありが……ぶへっ!!」

 

辰巳が感謝を述べ終わるよりも早く摩利が細長く丸めた紙で辰巳をはついていた。

 

「姐さんって言うな!何回言ったら分かるんだ、お前の頭は飾りか!」

「そんなポンポン叩かないでくださいよ〜……」

 

ずっと叩かれっぱなしだった辰巳は、本部の片隅で整理をする見慣れない生徒について質問する。

 

「ところで委員長、そいつは新入りですかい」

「一年E組司波達也。生徒会推薦枠でうちに入ることになった」

「へぇ……“紋無し”ですかい」

 

達也の肩……本来エンブレムがあるはずの場所を見てそう言い放つ辰巳にすぐさま沢木が訂正を入れる。

 

「辰巳先輩。その表現は禁止用語に抵触するおそれがあります。この場合二科生と言うべきかと」

 

二人の少々差別的とも取れる物言いに摩利は机に腰掛け、忠告とも言える発言をする。

 

「お前達、そんな単純な了見だと足元を掬われるぞ?なあ芺」

 

話を振られた芺は一瞬間を置いて不敵な笑みを浮かべながら答えた。

 

「はい。ここだけの話ですが、先程服部が足元を掬われました」

 

その言葉に驚きを隠せない辰巳と沢木は思わず達也を見つめる。

 

「そいつが、あの服部に勝ったってことか?」

「ああ。正式な試合でな」

「なんと!入学以来ほぼ負け知らずの服部が新入生に敗れたと?」

「そいつは心強え」

「逸材ですね委員長」

 

達也は彼らのそのセリフに驚いた。またもやあっさり実力を認められたのだ、それも上級生の一科生に。

 

「意外だろう?」

 

摩利は自慢気にそう告げ、そのまま続ける。

 

「この学校にはブルームだウィードだとつまらない肩書きで優越感に浸り劣等感に溺れる奴らばかりだ。正直いってうんざりしていたんだよ、私は。幸い真由美も、部活連代表の十文字も私がこんな性格だって知ってるからな。生徒会枠と部活練枠はそういう意識の比較的低いヤツを選んでくれている。優越感がゼロって訳にはいかないが……実力の評価がきちんとできるヤツらだ」

 

芺はウンウンと頷いている。

 

「ここは君にとっても居心地の悪くない場所だと思うよ」

 

摩利が話し終わった後、辰巳と沢木が達也に近づき手を差し出した。

 

「3-Cの辰巳鋼太郎だ。よろしくな司波。腕の立つヤツは大歓迎だ」

「2-Dの沢木碧だ。君を歓迎するよ、司波君」

 

二人の好意的な態度に少し驚きながらも達也は差し出された手を握った。

 

「一年の司波達也です。こちらこそ……よろしくお願いします」



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第八話

四月六日──新入部員歓迎週間の初日となる今日、新しく二名の新人を加えた風紀委員会は本部に集合していた。

 

「今年もまた、あのバカ騒ぎの一週間がやってきた。有力な部員の獲得は各部の勢力図に直接影響をもたらす重要課題であり、その争奪合戦は熾烈を極める。殴り合いや魔法の撃ち合いになる事も残念ながら珍しくない。今年は幸い卒業生分の補充が間に合った。紹介しよう、立て」

 

その言葉を受け、新しく風紀委員会に加入した二名は立ち上がる。片方には八枚花弁のエンブレム、もう片方の制服にはその紋は刻まれていなかった。

 

「1ーAの森崎駿と、1ーEの司波達也だ。早速パトロールに加わってもらう」

 

そこで上級生の一人が少々侮蔑的な雰囲気を纏いながら達也を親指で指しながらボソッと呟く。

 

「役に立つんですか」

「心配するな、二人とも使えるヤツだ。司波の腕前はこの目で見てるし、森崎のデバイス操作も中々のものだ。他に言いたいことがあるヤツはいないか?」

 

他の風紀委員会の面子は無言の肯定で答える。

 

「よろしい、では早速行動に移ってくれ 出動!!」

 

摩利の号令に皆が胸に手を当て了解の意を示す。そして風紀委員達は適当な会話を挟みながらぞろぞろと本部を後にしていった。

 

「私は一旦生徒会に顔を出してくる。新入生二人は副風紀委員長の指示に従ってくれ。では頼むぞ」

 

そう言って摩利も他の面々に続く。

“はい”と短く返事を返した芺は森崎と達也に説明を始めた。

 

「まずはこれを渡しておこう」

 

そう言って芺は風紀委員会の腕章とレコーダーを机の上に置いた。

 

「レコーダーは常に胸ポケットに入れておけ、もし何かあればここのボタンを押して撮影を始めてくれればいい。……のだが、風紀委員の証言はそのまま証拠として扱われるから、そこまで撮影に重きを置く必要は無い。あくまで保険のようなものと考えてくれ」

 

二人が理解したのを確認して注意事項を続ける。

 

「それとCADについてだが、風紀委員会はCADの学内携行が許可されている。使用においても毎回誰かに確認を仰ぐ必要も無い。だが、不正使用が判明した場合は委員会除名の上、一般生徒より厳重な罰が課せられる……肝に銘じておくように」

 

最後のセリフはどこか森崎に向けられたようにも見えた。森崎も後ろめたいことがあるのか目を背ける。

芺が説明を終えると、達也が口を開いた。

 

「質問があります」

「何だ?」

「CADは委員会の備品を使用してもよろしいでしょうか」

 

芺はほんの数秒考えた後、先日整理したCADを見て答える。

 

「構わないが、アレは旧式だぞ」

「確かに旧式ですがエキスパート仕様の高級品ですよ、あれは」

「そういうことなら自由に使ってくれ。CADも使ってくれる方が喜ぶだろう」

「では……この二機をお借りします」

 

その発言に森崎は動揺を見せる。芺も興味を惹かれたようだ。

 

「ほう、二機か。お手並み拝見といった所だな」

 

そういう彼の言葉は皮肉などではなく純粋な期待が感じられた。

 

「他に何か質問はあるか?……よし、では二人とも巡回を始めてくれ」

 

───

 

新入生二人に説明を終えた後、芺は今まさに勧誘が最も盛んであろう各部のテントが並ぶ区間を警備していた。

そこで彼は見知った顔が多人数に囲まれているのを見つける。本来なら特に関わるつもりは無かったが、その勧誘は少々度が過ぎているように見えた。知り合いを見捨てるような事が出来る性質でもない彼は、囲まれている赤髪の少女に助け舟を出すことにした。

今にもはだけそうになっている赤髪の美少女を取り囲む部員達に魔法を発動する。

その瞬間彼らが認識したのは風紀委員会の腕章を着けた男であり、自分達が取り締まられる対象だと理解した彼らは無意識的に一歩後ずさった。

芺は非常識な上級生達の間をすり抜けエリカの腕を掴む。

 

「走れ、エリカ」

「え、ちょ」

 

そのまま人集りの無いところに避難させられたエリカだったが、いきなり走らされ息が切れたからか、まず最初に口から出たのは感謝ではなく悪態だった。

 

「芺さん、助けてくれたのはありがたいけど、なんで毎回、いきなり現れるんですか……」

「すまん、状況が状況でな」

 

まだ少し息が整っていないエリカに芺は悪びれもせずに返す。そう言いながら振り向こうとした芺を見てエリカは待ったをかけた。

 

「ちょっとストップ先輩!」

 

さっきもみくちゃにされた際にはだけた上着から、自らの胸がちらっと見えるようになっていたことに気づいたエリカは慌てて服装を正す。

 

「……見ましたか」

「……見ていない」

 

珍しく分かりやすい嘘をついた芺にエリカは一転、恥ずかしさを押し殺しながらニヤケ顔で脅しをかける。

 

「カヤ様に言いつけちゃおっかな〜……」

「それだけは勘弁してくれ」

 

普段は凛とした姿勢を崩さず常に落ち着いている芺も、さすがに母親にこの事故を言い付けられるのは困るのか顔に少々の焦りが見えた。

弱みを握った事に嬉々としながらエリカは次の要求を告げる。

 

「なら、この後見に行きたいところがあるんですけど」

 

芺に断る権利が無いのは火の目を見るより明らかだった。

 

──

 

柳生と千葉は同じ剣術家として古くから親交があり、芺も千葉の道場には定期的に訪れていた。エリカは歳も近い上に自らの剣の腕前を色眼鏡なしに評価し、競い合ってくれる芺に懐いていた。最近は中々時間が取れず、芺が千葉の道場に行くことは少なくなっていたものの連絡は取り続けており、このタイミングで久方ぶりに面と向かって会話する事が出来ていた。

 

「にしても、初っ端から問題を起こさないでくれるか」

「う゛……それは」

「今に始まったことじゃないか」

 

つい先日も校門前で一科生と魔法の撃ち合い寸前……どころか防がなければぶっ放していたことを掘り返す。芺はエリカの周りを振り回すスタイルには慣れ切っており、同じく振り回されていた吉田家の長男にも機会があれば挨拶をしようと思っていた。そうこうしているうちにエリカお望みの場所に着く。そこでは剣道部の演習が行われていた。

 

──

 

「「おぉ……」」

 

剣道部の美しい面を見て観客の生徒は感嘆の声を漏らす。しかし芺の隣で頬杖をつく女剣士にはお気に召さなかったようだ。

 

「どうだ?」

「つまんなーい」

「そうか?デモンストレーションとしては綺麗だったとは思うが」

「そこですよ。見栄えを意識した立ち回りで予定通りの一本なんて、まるで殺陣じゃないですか」

「仕方ないだろう……武術における真剣勝負はそうおいそれと他人に見せられる代物じゃない」

「そうですけどぉ」

 

そう二階の柵に腰掛けて口を尖らせるエリカと芺の耳に人が倒れる音と男子生徒と思しき呻き声が聞こえた。

 

芺が無言で見下ろすと、そこには剣道部と剣術部が向かい合っていた。その間にはまさに一触即発と形容されるであろう雰囲気が漂っていた。

そして周りのギャラリーの中に見知った男……司波達也の姿を見つけた。芺はふと胸の奥底にとある期待を膨らませる。誰にも悟られることないように。

そんな中剣道部の女子生徒の声が鳴り響いた。

 

「剣術部の時間までまだ一時間以上あるわよ、桐原君。どうしてそれまで待てないの!」

「心外だな、壬生。あんな未熟者相手じゃ実力が披露できないだろうから協力してやろうって言ってんだぜ?」

「無理やり勝負をふっかけておいて……協力が聞いて呆れるわ!」

「先に手を出してきたのはそっちじゃないか」

「桐原君が挑発したからじゃない!」

 

「面白いことになってきましたね」

「風紀委員会からすればそうでもない」

「ウソ、どうせ悪い事考えてるでしょ」

 

エリカはそう言って階下の達也を指差してにへらと笑う。芺は自分の腹の中を暴かれ少々驚いたが、顔に出るほどではなかった。つまらなそうにするエリカに芺は質問をなげかける。

 

「あの二人、誰か知ってるか?」

「剣の道に生きる者として当然」

「だろうな。武明も壬生も仲良くして欲しいものなんだが」

 

剣道部の女子生徒の名は壬生紗耶香。一昨年の中等部剣道大会の全国二位。剣道部の男子生徒の名は桐原武明。一昨年の関東剣術大会中等部のチャンピオンであり、両名ともたまに部活動に講師の様な形で姿を見せる芺とは面識があった。特に桐原と芺は普段から親しい間柄である。

 

「おっと、始まるみたいですよ」

 

エリカが言い終わるかという内に、壬生と桐原が竹刀を構える。

 

「心配するなよ壬生、剣道のデモだ。魔法は使わないでおいてやる」

「剣技だけで私に敵うと思ってるの?魔法に頼り切った剣術部の桐原君が、ただ剣技のみに磨きをかけるこの私に」

「剣技だけに磨きをかけた、ねぇ。大きく出たな壬生。だったら見せてやる。身体能力の限界を超えた次元で競い合う、剣術の剣技をなぁ!」

 

その言葉を皮切りに二人は真っ向から詰め寄り竹刀を振り下ろす。双方とも竹刀を相手に直撃させたが、当てた箇所には大きな差が出ていた。

 

(さすがは壬生、見事な冴えと言っていいだろう)

 

芺は剣道部に顔を出した際によく壬生から手合わせを申し込まれていた。前々から彼女の腕と仲の良い桐原の腕を知っている芺はこの結果になる事が大方予想が着いていた。

 

「互角……?」

「いや、よく見てみろ」

 

エリカの独り言とも取れる問いに芺はキッパリ答える。その答えは当の桐原の悔しさを滲ませた顔を見れば明らかだった。桐原の竹刀は小手の辺り、それも浅かった。それに対し壬生の竹刀は桐原の袈裟を捉えており、例え浅かろうとも甚大なダメージを受ける事は剣を学ぶ者からすればすぐに分かることだった。

 

「真剣なら致命傷よ。私の方は骨に届いてない。素直に負けを認めなさい」

 

その突き放すような言葉に桐原の雰囲気が変わる。

 

「真剣なら……?ガッカリだぜ。壬生、お前真剣勝負が望みか?だったらお望み通り真剣で相手をしてやろう」

 

そう言いながら彼は新入生勧誘期間中は一般生徒にも携行が許されているCADを慣れた手つきで操作する。それは紛れもない魔法の不適切使用。風紀委員会であれば即座に対処すべき事案だった。

 

「先輩、止めないの」

「あぁ」

「……芺さんって案外悪い人だよね」

「そうか?」

 

全く気にかけない芺にエリカはため息を吐く。

実の所、階下の達也は一つ上の階に風紀委員会の先輩がいる事は分かっていたし、芺ももう既にバレてはいるだろうと察していた。それでいて傍観している理由も大方予測がついている。

 

(人の悪い方だ……)

 

そして目の前では魔法の不適切使用。それを見逃す達也ではなかった。達也は『精霊の眼』により桐原の発動する魔法を知覚する。

 

(振動系近接戦闘魔法『高周波ブレード』)

 

達也が理解するか否か、桐原は魔法を発動する。そして『高周波ブレード』特有の耳障りな音を上げながら壬生に斬りかかった。

壬生はすぐさまバックステップで回避するが、胸当てに大きな傷が入った。殺傷性ランクBの魔法を発動した桐原はそれでも留まる事を知らない。

 

「どうだ壬生。これが真剣だ」

 

そう言ってさらに襲いかかろうとする桐原。しかしその眼前に素早く達也が割り込み、二機のCADを使用して特定魔法への『キャスト・ジャミング』を放つ。この魔法は達也のオリジナル……と言っても偶然発見したのだが。この魔法は複数のCADを同時に使用したときに発生する起動式の干渉波を利用し魔法の発動をある程度阻害する無系統魔法。それにより『高周波ブレード』がキャンセルされた桐原は突然の出来事に怯み、その隙に達也に為す術もなく取り押さえられた。

突然の風紀委員会の乱入、それも前例の無い二科生の風紀委員の登場に体育館がざわめく中、剣術部の一人が声を荒らげる。

桐原だけが捕まるのは不当だというのが本人の弁だったが、魔法の不適切使用は彼の頭には入っていないようだった。ヒートアップする男に対しあくまで冷静に対応する達也に、男は“ウィードの分際で!”と吐き捨てながら殴り掛かる。

それを皮切りに剣術部の面々が次々に達也に襲い掛かり、一部の者はCADにも手を掛けていたが『キャスト・ジャミング』により発動を妨害されていた。殴り掛かる剣術部を反撃せずに受け流して対応する達也を見て芺とエリカは感嘆していた。

 

「あの桐原先輩を無傷で取り押さえた……」

「とても洗練された動きだった。あの真剣への対処は柳生(ウチ)の"無刀取り"に通ずるものがある」

「職務放棄した甲斐はあった?」

「ああ、では声をかけられる前に退散させてもらおう。エリカはどうする?」

「私は美月を待たせてるから」

 

大方“美月”と言うのは同級生か何かだろうと辺りをつけた芺はその場を後にしようとする。

 

「そうか、じゃ……」

 

しかしそう言ったタイミングで芺の端末に連絡が入る。

 

「第二体育館で殴り合いが発生、魔法の不適切使用者も見られるそうです。手の空いている風紀委員はすぐさま現場に急行してください」

「二年柳生、了解した。直ぐに向かう」

 

 

「どうしたの?」

「下らん騒ぎが起きたらしいから治めに行ってくる。じゃあまたな」

 

芺は笑顔でそう言い残し、得意とする魔法で現場に向かっていった。

 

「ちぇ……」

 

そのエリカの小さな呟きを聞く者はいなかった。



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第九話

翌日──新入生勧誘期間二日目となる今日も風紀委員会は大忙しだった。巡回を続ける達也に真由美の声で風紀委員会に対する連絡が入る。

 

「こちら生徒会です。第一体育館で乱闘が発生。手の空いている風紀委員は現場に向かってください」

 

「一年司波、了解しました」

 

任務の了解を伝え、達也は走り出す。

また別の場所で別の男も了解を示していた。

 

「二年柳生、了解しました」

 

そう言って芺は走り出す。事実、全力を出せばものの数秒で着くのだが、人が多い場所ではそうはいかなかった。

人気のない場所に差し掛かったあたりで目の前に新しく風紀委員会に加わった新入生、司波達也の姿を見つける。声をかけようとした瞬間、自らの右方向、木の生い茂る中に人の気配がした。目を向けるとそこには黒い服に身を包む男が達也に向けて魔法を発動しようとCADに手をかけている所だった。

 

「達也君!伏せろ!」

 

一方達也は魔法の発動兆候に気付いたが、咄嗟の芺の言葉に反応してしまい身を屈めていた。

魔法に対して伏せてどうにかなるものか、とコンマ数秒で思考し後ろを振り向いた次の瞬間、見えたのは太腿に装着された刀剣型CADを振り抜く芺の姿、そしてその切っ先から凝縮された想子が飛んでいくのを感じた。

芺が居合切りの様な動作で振り抜いたCADの先から剣のように伸びたように見える想子は、間違いなくこちらを狙っていた男の起動式を砕いていた。

男は一瞬怯んだが直ぐに走り出し、魔法で走り去って行く。すぐさま芺は追おうとするが、目の前の逃走する男から明確な敵意を感じ取り、自身にかけているベクトルの方向を横にずらした。すると先程まで芺がいた場所に向かって男の指輪のようなものから見た事もないような魔法が発動され、それは何とか避けたものの男は逃走を続ける。さらに追いかけようとしたがそのタイミングで達也から制止がかかった。

 

「何故止める。アレは魔法の不適切使用では済まない重罪だぞ」

「芺先輩、あの男の手首に何か見えましたか」

「ん?何か巻いていたように見えたが、それがなんだ」

 

違反者をみすみす取り逃した事に気が悪いのか少し言葉に棘があった。

それを窘める為にも達也は少しばかり芺に情報を共有する。

 

「なに?あのブランシュの下部組織だと?しかし何故それを達也君が知っている」

「……それは」

「まあいい、対応はこちらでも考える」

 

言いづらい事を悟ったのか余計な詮索はせずに芺は答え、少し悲しそうな雰囲気で話し出す。

 

「狙われていたのは君なんだぞ」

「はい、分かっています」

 

何の躊躇いも動揺もなく答える達也に芺は頭を抱えつつも本来の任務に戻って行った。

 

──

 

達也への襲撃を迎え撃って間もない頃、芺は人気のない場所でとある人物に連絡をとっていた。

 

「急に済まない彩芽、今少しいいか?」

「はい、どうかされましたか?」

 

電話に出たのは幾分か中性的な声をした女性、彩芽だった。彼女は柳生家に常駐しており、柳生家の諜報や実働を受け持つ一家の生まれだった。小さい頃から関わりはあったもののこれといって特別な感情は抱いてなかったが、過去に任務の際に生命の危機に陥ったところを芺に救われてから彼に個人的に尽くすことを決めた。しかし彼女の性格も相まって竜胆と同じく半ば使用人的な立ち位置に収まってしまっている。歳は芺の一つ上だが、彩芽は芺に対して敬語である。

 

「……仕事を頼みたい」

「はっ、若のご要望とあればこの彩芽、いかなる任務であろうとも」

「反魔法国際政治団体ブランシュの下部組織である“エガリテ”という組織について調べてもらいたい。最優先目標は潜伏場所、次に構成員だ。構成員は分かる範囲でいい、何でも第一高校にも構成員が紛れているようだ」

「承りました。本日中には成果を出してみせます」

「頼もしいな、ありがとう。だが無理はしないでくれ、危険と判断したら直ぐに退くように。単独行動も厳禁だ。いいな?」

 

芺の少し過保護とも言えるような様子に彩芽はクスッと笑う。

 

「若は心配性ですね」

「……悪いか。何にせよ頼んだぞ」

「はい。それでは」

 

そう言って彩芽は端末をしまう。そして早足で柳生家現当主鉄仙の元へ向かい出立の報告をする。

許可を得た後、直ぐに部下が集合する。彩芽達は特に認識阻害に優れた適正を有する一家であり、柳生家の教えを受けている事から戦闘も可能である。

あの後芺から一通のメールが来ていた。

“エガリテの連中は赤、青、白のリストバンドを付けている”

それをヒントに彼女等は端末で情報を集める部隊と、実働部隊で別れ行動を開始した。

 

──

 

芺が委員会活動と部活を終え、自宅に帰宅したところに彩芽が待っていた。

 

「お帰りなさい、若」

「ただいま。急に仕事を頼んで悪かった」

「いえ、お役に立てるならそれ以上に嬉しい事はありません」

「ありがとう。進捗はどうだ?」

 

彩芽は“それなら”と少し自慢げに芺を柳生邸の一室に誘う。そこは和風な様相からは想像もつかない程の電子機器が並ぶ情報室だった。

部屋に入ると芺の来訪に気づいた者達から“若!/芺様!”と声が上がる。諜報に勤しんでくれた彼ら一人一人に労いの言葉をかけていると、彩芽が端末を持ってきてくれた。一同の注目が集まる中彼女は芺の隣に座り、端末にUSBを挿し込む。写し出された画面には芺が欲する情報──エガリテの潜伏場所から沢山の構成員の名前──が集約されていた。

 

「……これは驚いた。さすがは彩芽達だ。君達に頼んでよかった」

「……っ、ありがとうございます」

 

と、手を合わせて嬉しそうに反応する中

 

「いやー!頑張った!」「あん時はバレるかと思ったぜ」「若のためならー!」

 

そう大声で口々に喜ぶ諜報班を見て芺は思わず顔が綻ぶ。いい仲間を持ったものだと芺は喜びを隠せなかった。

 

「まさか一日足らずでここまでの情報をかき集めるとは。相応の返礼を用意しなくてはな」

 

皆が喜ぶ中、彩芽は一人それにおずおずと返す。

 

「そんな、我々は若のお役に立てれば……」

「相応の働きには相応の報酬を出すのが俺のモットーだ。そうでなければ俺の気が済まないんだよ。だから受け取ってくれ」

 

彩芽の顔がパァっと明るくなる。

 

「はっ!ありがたく頂戴致します!」「今日は飲むぞー!」「さすがは若様ー!」「俺何もしてねぇー!」

 

かなり根を詰めた作業だったのか段々とハイになってきた諜報班を彩芽が諌める。

それを尻目に芺はバレないようにその場を去っていった。彼は喧騒は好きだがそこに自分がいる事を良しとしなかった。あまり密に人と関わってこなかった彼は未だ賑やかな場所に抵抗がある上に雰囲気を悪くする恐れがある……と本人はそういう場所にはいたがらなかった。

そんなことを考えながら芺は自室に着く。

 

(エガリテにブランシュか。何をしようとしてるかは分からんが、これ以上第一高校に手を出すようなら……)

 

──

 

新入生勧誘期間から一週間が経ち、一般生徒のCADの携行も制限されるようになったことで第一高校も徐々に平穏を取り戻していた。

そんな中、夕暮れの校舎にその平穏を叩き壊す事態が発生する。

芺があずさと会話しながら風紀委員会本部に向う準備をしていると、耳障りな音と共に校内放送から声が聞こえた。

 

「全校生徒の皆さん!僕達は学内の差別撤廃を目指す有志同盟です!僕達は生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します!」

 

なんの前触れもなく起こったイレギュラーな事態にあずさは混乱する。

 

「ど、どうしましょう!」

「落ち着け。恐らく放送室だな、俺は現地に向かう。あずさは生徒会の指示に従うといい」

「え、は、はい!」

 

芺は早口でまくしたて、勢いよく立ち上がり放送室に向かった。

 

「委員長!状況は」

「私も今来た所だ。十文字、扉は開かないのか」

「既に鍵が盗まれているらしい。マスターキーもな」

「立派な犯罪行為ですね」

 

そう冷たく言い放ったのは生徒会会計の市原鈴音だった。その発言に摩利は同調し、厳しい表情で放送室を見つめる。

 

「当然だ。芺、いけるか」

「少々手荒になりますが、二人までなら外傷は与えずに取り押さえられます」

「いえ、待ってください。だからこそこれ以上刺激しないように穏便に対処せねばなりません」

「なに……?」

 

意見の食い違いが生まれだした所に遅れて司波兄妹が現れる。

 

「すみません!どの様な状況ですか」

 

達也の参戦で一旦話し合いは終了し、達也への状況説明が始まる。

 

「電源をカットしたので、これ以上の放送は不可能だろう。ただ、連中は内側から鍵をかけて立てこもっている」

「外からは開けられないんですか」

「奴らは事にあたり、既にマスターキーを盗んできているそうだ」

「明らかな犯罪行為じゃないですか」

 

その言葉に市原が賛同を示し、摩利に意見を述べる。

 

「その通りです。だから私たちもこれ以上彼等を暴発させないように慎重に対応すべきでしょう」

 

摩利が少々不機嫌な様子で反論する。

 

「……こちらが慎重になったからといって、向こうの聞き分けが良くなるかどうかは期待薄だがな。多少強引でも早急な解決を図るべきだ」

 

そう言いながら芺に目配せをすると、彼も頷きで同意を示す。意見が対立する中、達也は十文字に所感を問うた。

 

「俺は、彼らとの交渉に応じても良いと考えている。元より言いがかりに過ぎないのだ。しっかりと反論しておくことが、後顧の憂いを断つことになろう」

「では、この場はこのまま待機しておくべき、と」

「それについては決断しかねている。不法行為を放置すべきではないが、学校施設を破壊してまで性急な解決を要する犯罪性があるとも思われない」

 

そのどちらとも言えない十文字の発言を聞いた達也は、何か当てがあるのかおもむろに通信端末を取り出し誰かに連絡を始めた。数回コールが鳴り、達也は話し始める。

 

「壬生先輩ですか、司波です。それで今どちらに?はあ、放送室ですか。それはお気の毒です。いえ、馬鹿にしているわけではありません。先輩ももう少し冷静に状況を」

 

達也の殆ど分かり切った問いと皮肉めいた口調に壬生は抗議しているのだろうか。そしてその突拍子もない行動に摩利達は声を漏らす。

 

「ええ、すみません。それで本題に入りたいのですが、十文字会頭は交渉に応じると仰られています。生徒会長の意見は未確認ですが……」

 

達也はそう言いながら市原に目を向けると、彼女は頷きを持って返す。

 

「いえ、生徒会長も同様です。という事で交渉の日時について打ち合わせをしたいのですが。いえ、先輩の自由は保証します。はい、では」

 

達也はそう言って電話を切り、摩利達の方へ向き直る。

 

「すぐ出てくるそうです」

「今のは壬生沙耶香か?」

「ええ、待ち合わせのためにとプライベートナンバーを教えられていたのが思わぬ所で役に立ちましたね」

「手が早いな君も」

「誤解です」

 

そんな会話の中で妹の深雪の様子がおかしくなっていることなど露知らず、達也は摩利に進言する。

 

「それよりも、態勢を整えるべきだと思いますが?」

 

完全に手荒な真似はせず交渉に移るつもりだった摩利は“態勢?”と訝しげな表情だ。

 

「中の奴らを拘束する態勢です」

「君はさっき“自由は保証する”と言っていたはずだが」

「俺が自由を保証したのは壬生先輩一人だけです。それに俺は風紀委員を代表して交渉しているとは一言も述べていません」

 

狡猾とも言える手腕に一同は驚きに目を見開く。芺も何故か嬉しそうに摩利に小声で囁く。

 

「やはり彼はイイ性格をしていますね」

「おい……!」

 

と脇腹を小突かれる。そしてそんなやり取りをかき消す様な冷ややかなセリフが達也の耳に飛び込んできた。

 

「悪い人ですねお兄様は」

「今更だな、深雪」

「そうですね……」

 

ここで達也は普段のじゃれあいとは違う深雪の雰囲気に気づく。そして深雪の人形のように白く美しい手が達也の制服を掴んだ。

 

「でも、お兄様。壬生先輩のプライベートナンバーをわざわざ保存していらした件については……後でゆっくりお話を聞かせてくださいね」

 

後日、とある副委員長は“明確な恐怖を肌で感じたのは久方振りだった”と述べていた。

 

そして達也の言葉通りに風紀委員会中心に態勢が整えられる。

 

「渡辺、柳生。出来れば手荒に取り押さえるのは控えてくれ」

「構わんが、向こうの出方次第では力ずくになりかねんぞ」

「中の奴らは恐らく司波の言葉で油断しているだろう。取り押さえるのは容易なはずだ」

「……分かった。そういう事だ、全員一人づつで構わん。丁寧に対処しろ」

 

そう言って摩利は風紀委員に命令を下す。そして周りに聞こえないように一言。

 

「芺、丁寧に頼む」

「……分かりました」

 

放送室のドアが開け放たれる。その瞬間風紀委員達がなだれ込み、芺も中の人間を捻り上げCADを取り外し、彼らは瞬く間に制圧を完了した。もちろん、壬生以外の人間を。

 

「どういうことなのこれは!私達を騙したのね!?」

 

自分だけの自由が保証されていると気付いていなかった壬生は達也に少々ヒステリックな様子で詰め寄る。そこに深みのある声が聞こえた。

 

「司波はお前を騙してなどいない」

「十文字会頭……」

「交渉には応じよう。だが、お前達の要求を受け入れることと、お前達の取った手段を認める事は別問題だ」

 

壬生が悔しそうな表情をする中、その発言に待ったをかける者がいた。

 

「それはその通りなんだけど……」

「七草」

「彼らを離してあげて貰えないかしら」

 

あずさを具して現れた真由美は壬生の元へ歩みを進める。

 

「だが……!」

「分かっているわ摩利。でも壬生さん一人では交渉の段取りも出来ないでしょう?当校の生徒である以上、逃げられるということも無いのだし」

「私達は逃げたりしません!」

 

声を荒らげる壬生に真由美は彼女を含めた周りの人間にとある決定を伝える。

 

「学校側はこの件について、生徒会に委ねるそうです」

「壬生さん、これから貴方達との交渉の打ち合わせをしたいのだけど、着いてきてもらえるかしら」

「ええ、構いません」

 

と、彼女らの打ち合わせが始まった。今はまだあそこまで大きな事件に発展することを予測していた者はいなかっただろう。



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第十話

その後生徒会と差別撤廃を目指す有志達の打ち合わせが行われたが、差別撤廃を謳う割には具体的な手段は学校側……ひいて生徒会側に委ねるという残念な意見に対し、結局週末に有志達と真由美で公開討論会を開く事になった。その後放送室から芺が出ようとすると摩利から呼び止められ、三人になった部屋にとどまっていた。

 

「それにしてもあの連中共と討論会とはな」

「そう言わないでよ。これが恐らく最善なんだから」

「十文字会頭の仰る通り、後顧の憂いを断つにはそれが一番でしょう。しかし、お一人で壇上に上がる真由美先輩が危険に晒される可能性があります」

「それなら服部を上がらせてはどうだ」

 

と、摩利が言った所で二人の女子生徒は気付いた。

 

「おい待て、今危険と言ったか」

「……?はい」

 

芺はキョトンとしている。何を今更と言わんばかりの顔だ。

 

「この一件、ただの一部生徒だけが動いている訳では無いのでしょう?それこそ、反魔法国際政治団体とか」

 

その言葉の裏に一部生徒の影で暗躍している組織への確実な心当たりがある事は明白だった。

 

「ちょっと!声が大きいわよ!」

 

真由美が人差し指を立てて静かにと合図を送る。生憎ここは放送室であり、防音設備はある程度成されているのだが。

 

「お前、どこでそれを」

「達也君づてに聞きました。彼も知っているなら会場の守りは盤石と思われますが……念には念を入れておくべきです」

 

そう言って彼は一本の記録媒体を取り出す。

 

「もうすでにご存知かもしれませんが“エガリテ”に所属している生徒達をリストアップしておきました。当日はコイツらに監視を付けるべきでしょう」

「よく分かったな……あとこのリストバンドは?」

「“エガリテ”の構成員が付けているものです。お陰で調査が捗りました」

 

少し準備が良すぎる芺に少々呆れ気味になりつつも、警備体制を詰めていく。

 

「やはり討論会の会場は守りを厚くすべきですが、そこには我々がいます。無理に人員を配置する必要はないかと。ですが、敵の狙いも規模も不明瞭です。ここは臨機応変に対応するしかありませんが……何せ体制を整えるにも時間がありません。各所に人員を配置するにも、監視にも人員を割かねばなりませんし……警備の方々との連携も重要になりますね……」

「ふむ、これは後手後手になりそうだが、仕方あるまい」

「ごめんなさい……私が急に決めたから……しくしく」

 

真由美はわざとらしい演技で謝罪する。摩利も芺もやれやれと言わんばかりの表情だった。

最後に人員の配置場所を決め、その日は一旦解散となった。

 

(もう少し情報を出すべきだったか……、いたずらに不安を煽るべきでもないが、安全が第一でもあるし……ある程度は摩利さん達も調査済だろう。考えても仕方ないか)

 

───

 

討論会の前日の朝に生徒会からその旨の発表があり、その日の夕方頃から有志同盟たちは二科生に対して討論会への参加を呼びかけていた。

その喧騒の中、二科の生徒である柴田美月もその勧誘をしつこく受けていた。歩いていた達也はそれを見つけるとすぐに止めに行こうとしたが、その必要は無くなったようだった。

 

「司先輩」

 

急に現れたその男の顔を見て、しつこく勧誘を仕掛けていた眼鏡の男、司甲(つかさ きのえ)は一瞬難色を示す。

 

「や、柳生君じゃないか。この前はその、助かったよ」

「いえ、自分のような未熟者でよければ」

 

この司という男は剣道部の主将である。ちなみにこの前というのは芺が剣道部に顔を出し、少しばかり組手に参加した時のことを指していた。芺はここ最近の調査の結果を踏まえて、司甲に一度接触しようと考えていた事もあり、このタイミングで話しかける理由が出来たことは都合が良かった。謙遜を含んで話しながら芺は続ける。

 

「それと、あまり長時間に渡る勧誘はお勧めしません。迷惑行為にあたるケースがありますから」

 

芺の暗に“それ以上は取り締まるぞ”という意志に気づいた司は汗を流す。

 

「そうだったな、すまない。柴田さん、僕の方はいつでもいいから気が変わったら声をかけてくれ、じゃ」

 

そう言って司はその場をそそくさと立ち去って行ってしまった。

 

(逃げ足が早いものだ)

 

一方美月はしつこい勧誘から救われた形となった為にお礼を言おうとするが、芺の鋭い目付きに少したじろいでしまっていた。

 

「……大丈夫か?」

「は、はい!大丈夫です!ありがとうございます!」

 

そう言って出来るだけ優しい声色で話そうとしているであろう芺には見た目とは裏腹に優しそうな印象を受けた。そして彼の腕には風紀委員会の腕章があり、決して怪しい人物では無いことに安心した。

 

「すまない、自己紹介が遅れてしまった。風紀委員会で副委員長を務める柳生 芺だ。もし差し支えなければ司先輩が何を話していたか教えてくれないか」

「い、いえ!一年の柴田 美月です!」

 

美月が名乗ると芺は少し思い当たる事があるのか少し目を開いていた。だが美月は特に追求することも無く芺の要求に応える。

 

「えーと……霊子放射光過敏症で悩む生徒達が集ったサークルに参加しませんかってお誘いを受けて……勉強で精一杯だって断ったんですけど……」

「なるほど、ありがとう。急に悪かった」

「いえ!お役に立てたなら光栄です」

「恐縮だ。にしても、何故この子を……」

 

目の前でふと何かを考え始めた芺に美月はおどおどしながらも声をかける。

 

「えっと、それはどういう……」

「あぁ、いや……俺も()()なんだ」

 

そう言ってポケットから眼鏡を取り出すこの行動は、彼自らが霊子放射光過敏症だということを知らしめるものだった。美月は少し驚いた。彼は自分がコンプレックスにしている霊子放射光過敏症についてなんの躊躇もなく告白したのだから。

 

「嫌じゃないんですか……?」

「何がだ?」

「その、霊子放射光過敏症です」

 

その悲しそうな表情を見せる美月を見て芺は後悔した。この子はこの症状についてあまり良い感情を抱いていないように見えたからだ。それが読み取れなかった、否、どうせこの先関わることはないだろうと読み取ろうとしなかった芺は目の前の悲しそうな少女を放っていくことは出来そうになかった。

 

(どこかで見た事があるような気がしたが、確かこの子はエリカの友人で間違いないだろうし、適当にあしらって去るのは後味が悪いか)

 

「気が回らなくてすまなかった。……それと、老婆心からのいらぬお節介だと思ってくれて構わないんだが……」

 

申し訳なさそうに語る芺を見て美月は顔を上げる。

 

「霊子放射光過敏症は確かに君に辛い思いをさせる事も多いだろうが……なんと言うか、あまり気負わない事だ。これも君の才能の一つであり他には無い力だ。いつか必ず役に立つ時が来る」

 

芺は静かだが、力強い調子で語る。目は真っ直ぐとこちらを捉え、どこか凛としたオーラを感じさせた。彼の口調は硬いが、優しさを感じるものであり、美月は目の前の霊子放射光過敏症を認めている人物に一種感銘のようなものを受けていた。

 

「もうやってるかもしれないが、霊子感受性のコントロールを鍛えてみるといいかもしれない。俺も昔は眼鏡が手放せなかった。それに今でも必要となる場面はある」

 

そこまで話した所で芺はしまった、という顔をして謝罪する。初対面にも関わらず出過ぎた真似をしてしまったと、すぐにその場を去ろうとした。

 

「悪い、くどくど喋りすぎてしまった」

「……いえ!ありがとうございます!」

「そうか、な「私感動しました!!」

「ん?」

 

突然美月は興奮した様子で声を張り上げる。今までは落ち着いていて大人しいイメージだった美月が急に声を張り上げた事に芺は驚いた。

 

「私は今まで霊子放射光過敏症という症状にとてもコンプレックスを抱いていました!でも、先輩は症状の度合いは違えど同じ病気を患っているのにも関わらずとても前向きでいらっしゃって……私、感激しました!!」

「……そうか、何か力になれたならよかった」

 

“初対面にも関わらず説教じみた事をした自分が言えることではないが、この子も中々だな”などと失礼にも考えながらどうやってこの場から去ろうか考えていた芺に助け舟がやって来る。

 

「美月、何またヒートアップしてんの?」

「エリカ」

「こんにちは、芺さん」

 

そこに現れた赤髪の美少女。そして彼女の言葉で美月は落ち着きを取り戻したのだが、それと同時に今までの自分を顧みることになってしまった。

 

「あああ……私ったらすみません……!」

「いや、いい。俺は仕事があるからこれで」

「あ、もう行っちゃうの。ばいばい」

 

“ああ”と短く返した芺は人の視線が集まるその場をさっさと離れていった。

 

「それにしても美月、アンタ芺さんと知り合いだったの?」

「いや、さっき知り合ったばっかりなのに……」

「それは……なんかドンマイ」

 

実は達也の目の前でも似たようなヒートアップをしたのだが……彼女は案外熱い女なのかもしれない。

 

───

 

討論会当日、壇上には真由美と有志同盟、その後ろに服部が立っている状態だった。生徒会と風紀委員会の面々は各自持ち場についており、芺や摩利、市原や司波兄妹は舞台袖にて待機していた。

 

「それは、各部の実績を反映した結果です。非魔法師的クラブでも、優秀な成績を収めた……」

「もはや討論会ではなく真由美の演説会になりつつあるな」

 

それもそのはず、差別撤廃を望むものの詳細は学校側で決めろと人任せ。討論の内容にしても全く練っていない陳腐なものばかり。きっちりと対策をしてきた真由美に敵うはずもなかった。

 

「それにしても、何をするつもりかは知らんが……こちらから手出しは出来んからなぁ」

「そうですねぇ、専守防衛と言えば聞こえはいいですが」

「お二人共、実力行使を前提に考えないでください」

 

その市原の言葉に二人は肩をすくめる。二人の言動はよく似ていた。

 

「分かってる。心配するなって。なぁ?」

「ええ」

 

そしてまだ続く討論中に、真由美は“ブルーム”と“ウィード”という言葉を出す。その発言に達也たちも含め会場はざわつき始めた。

 

「学校も生徒会も風紀委員も禁止している言葉ですが、残念ながら多くの生徒がこの言葉を使用しています。しかし、一科生だけではなく二科生の中でも自らを“ウィード”と蔑み、諦めと共に受容する。そんな悲しむべき風潮が確かに存在します」

 

真由美の言葉に声を荒らげる二科生もいたが、真由美は怯むことなく続ける。

 

「この意識の壁こそが問題なのです!私は当校の生徒会長として、この意識の壁を何とか解消したいと考えてきました。ですが、それは新たな差別を作り出す解決であってはならないのです。一科生も二科生も一人一人が当校の生徒であり、当校の生徒である期間は、その生徒にとって唯一無二の三年間なのですから」

 

彼女の演説にどこからともなく拍手が起こる。二科の生徒も同じく手を叩き、壇上に上がった有志同盟達の中にも目元を抑える者がいた。

 

「ちょうど良い機会ですから、皆さんに私の希望を聞いてもらいたいと思います。生徒会には一科生と二科生を差別する制度がまだ一つ残っています。現在の制度では、生徒会長以外の役員は一科生生徒から指名しなければなりません。この規則は生徒会長改選時に開催される生徒総会によってのみ、改定可能です。私はこの制度を解任時の生徒総会で撤廃することを生徒会長としての最後の仕事にするつもりです。人の心を力づくで変えることは出来ないし、してはならない以上、それ以外の事で出来るだけの改善策を取り組んでいくつもりです」

 

会場にいた生徒から大きな拍手が生まれる。有志同盟たちも全員目を瞑り、下を向いていた。

 

だがやはり、この公開討論会がこのまま平和に終わることは、夢物語だったのかもしれない。

 



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第十一話

拍手が鳴り響く。真由美に対しての歓声に包まれる会場で、それをいとも容易くかき消す大きな爆発音と揺れが発生した。窓ガラスが割れ、黒煙が立ちのぼる。

そして会場内がどよめきに包まれる中、手にリストバンドを付けたエガリテの構成員が動き出した。

それに気付いた芺は通信端末で監視していた者に号令をかける。達也や他の風紀委員達もすぐに動き出した。

 

「取り押さえろ!!」

 

(爆発音だと……?想定が甘かった。ここまでするか……!)

 

しかし後悔に苛まれている時間は無かった、外から多くの気配と精霊のざわめきも感じる。魔法師もいるようだ。想像以上に大規模らしい。

そう感じて次の一手を考えていると、会場の窓が割れ、そこから何かが投げ入れられた。それは地面に転がると煙を吹き出し始める。皆が口を塞ぐ中、一人の男が迅速に対応して見せた。

 

「煙を吸い込まないように!」

 

そう言って服部は咄嗟に気体の収束と移動の魔法を組上げ、ガス弾を外へ放り出した。

達也もそれを理解し、尊敬の眼差しを向ける。服部はこの程度当然だと言わんばかりにそっぽを向いていた。

芺も感謝の言葉を伝えようとするが、彼はこの会場に迫る気配を感じ取りそれどころではなくなった。彼は反射的にCADに触れずに魔法を発動する。彼の両腕にはまるで『篭手』のような物が装着されており、彼をよく知る者やCADに明るい者ならそれがCADだと分かるだろう。

 

「道を開けろ!」

 

彼はそう叫ぶと空いた道を人にぶつからないように飛ぶように抜けていく。その瞬間、会場のドアが開け放たれ銃を持った三人の男達が侵入してきた。

しかし会場に投げ入れたはずのガス弾は無い。それに加え侵入者達の目線ではドアを開けた瞬間、目の前にとんでもない速度の男が迫ってきていた。

芺は『縮地』──これは自分自身を対象として加速度ベクトルに干渉し、特定方向へ急加速させる魔法……だが、本来の体術である縮地と同時に発動される事も多いため便宜上『縮地』と呼称する。彼の場合一般的な加速術式より更に速度を増加させているので、その急激な加速によって自身にかかる負荷を打ち消すために慣性中和魔法を発動することで身体への負担を低減している。

この高速移動する技術と体術である縮地を同時に使用することにより、近距離では瞬間移動と錯覚する程の高速移動を可能にする魔法であり、元は古式である。

本来なら減速までをプロセスとするが、この魔法は『縮地』の際に生じた加速度をそのまま敵に逃がす形で攻撃を加える点までをプロセスとしており、加速における自らの肉体へのフィードバックをある程度低減できると共に、その後の打撃の威力が増加する。逃がす相手がいない場合や、威力を落とす場合は別に慣性中和魔法により自身への負荷を無くし、打撃の威力は変わらない代わりにある程度連続での高速移動が可能になる。

尚、片腕を前に、もう一方の腕を後ろに引く構えをとる事で『型』とし結印を代行させることで発動も可能だが、合計で約1秒程の溜めが必要かつ両足が接地していなければ使えない。

しかしこの形式で発動される『縮地』は速度と負荷を計算され尽くした完璧なバランスで発動されるため、CADを介したその場で構築される『縮地』よりも更に速く、鋭くなる。

 

この魔法を使用し、その速度のまま正拳突きを真ん中の侵入者に浴びせる。芺の突きを受けた侵入者は同時に発動されていた『振動波』も相まってボロ雑巾のように吹き飛んでいった。残り二人の侵入者は突然仲間の一人が吹き飛んだ事につい後ろを振り向いてしまう。それが芺相手では致命的な隙となってしまった。『縮地』の加速を相手に逃がした芺は更に慣性中和魔法で肉体を制御し、既に攻撃態勢に移っていた。

最後に侵入者が見たのは芺の迫り来る掌だった。

 

芺は侵入者の頭を掴み地面に叩きつけると同時に『幻衝』を発動する。実際の痛みと錯覚の痛みを併発した侵入者の脳は一瞬でパンクし、彼らの意識は地に落ちた。

その一連の対処を達也は分析していた。

 

(……知覚魔法でも使っているのか?侵入者がドアを開ける前にはもう行動に移っていた。それにアレが芺先輩の『縮地』か……周りに人がいたから加減はしていたろうが……にしても速い。至近距離なら視覚で捉えるのは厳しいかもしれんな)

 

第一陣を凌いだのもつかの間、摩利に一本の通信が入る。

 

「なに!?そっちにも侵入者だと!?」

 

どうやら他の場所にも大量の侵入者が入り込んでおり、銃火器に対しての攻防が始まっているようだった。そこにはロケットランチャーの爆発音も聞こえる。

芺は叩き伏せた侵入者を縛り、沢木と辰巳に事前の通達通りの場所へ行くように頼んでいた。そして達也も動き出そうとしていた。

 

「委員長。自分は爆発のあった実技棟の方へ向かいます」

「……頼んだぞ」

 

一瞬の間を置き摩利は了承する。深雪も当然着いていくようだった。

 

「芺、二人に着いていってやってくれないか」

「了解しました。達也君、構わないか」

 

達也も“心強いです”と返し、深雪も安心しているようだった。芺は他の面々に後の事を頼み、三人は爆発と銃声の中へ身を投じて行った。

 

───

 

「オラァ!」

 

基本的にCADは生徒会や風紀委員会といった一部の生徒にしか携帯が許されていない。そしてこの生徒もCADがないまま三人の男に囲まれながらも肉弾戦で対応していた。しかしそんな彼に一人の侵入者が魔法を発動する。

しかしその男の魔法式は背後からの想子の塊により砕かれ、その想子塊の直撃で彼自身も想子体にダメージを受け怯んだ。死角からの攻撃だったためか侵入者達は思わず想子が飛んできた方向を見てしまう。

 

(生徒を囲むように三人か……)

 

芺は想子を飛ばして攻撃した男を後ろから伸縮刀剣型CADで突き刺し、蹴り飛ばすように『縮地』を発動させる。『縮地』はれっきとした移動用の魔法。対象は自分以外でも何ら問題なく発動する。怯んでいた男は抵抗する間もなく今まで体験したことも無いスピードで目の前の侵入者に激突した。

目の前の光景に呆気に取られていた最後の侵入者もあっという間に切り伏せられる。

 

「怪我はないか」

「おう!助かったぜ。俺は西条レオンハルト。それにしても強えな、アンタ」

「恐縮だ。二年の柳生芺と言う。風紀委員会に所属している」

「なら達也の先輩かー……道理で強いわけだ」

「よしてくれ」

 

侵入者を殲滅した芺は襲われていた生徒の安否を確認し、一応の自己紹介を済ませた。

 

「芺先輩!返り血をお取りします」

 

そこに少し遅れて司波兄妹が到着し、芺が浴びた返り血を深雪が発散系の魔法で取り去る。芺が礼を言ったところで、一年生達は話し始める。

 

「レオ、大丈夫だったか」

「達也!これは一体何事だ?」

「レオー!」

 

そこに彼の名を呼びながら二人分のCADを持って走ってきたのは千葉エリカだった。

 

「もう援軍が到着してたか」

 

そういった彼女は急いで取りに行ったのか息切れしながらも安心しているようだった。

 

──

 

「テロリスト……?なら問答無用でぶっ飛ばしてもいいわけですね」

「生徒はそういう訳にもいかんが、侵入者であれば手加減無用だ」

 

芺に事の概要を聞いたエリカ達は建物の陰で情報のすり合わせをしていた。

 

「ところで、他に侵入者は見なかったか?」

 

先に現地でテロに巻き込まれていたエリカに達也は問う。だがエリカが答えるよりも先にどこからともなく現れたカウンセラーがそれに答えた。

 

「彼らの狙いは図書館よ」

「小野先生……?」

 

第一高校に勤めるカウンセラーである小野遥。自分はカウンセラーが本業だと言い張っているが、正体は公安の職員。『陰形』に特化したBS魔法師であり、認識阻害の精神干渉系魔法と同等。その気になれば税関をフリーパスで通り抜けられる。尚、芺とは同じ時期に九重寺で修行していた。

 

「こちらを襲ったのは陽動ね、既に主力は侵入しています。壬生さんもそっちにいるわ」

「後ほどご説明お願いできますか」

「却下します……と言いたいところだけど、そうもいかないわね。その代わり、一つお願いしてもいいかしら」

「なんでしょう」

 

やけに内情に詳しい小野遥に皆が疑問を抱くなか、話は進んでいく。

 

「カウンセラー小野遥としてお願いします!壬生さんに機会を与えてあげて欲しいの。彼女は去年から剣道選手としての評価と、二科生としての評価にのギャップに悩んでいたわ。私の力が足りなかったのでしょうね……結局、彼らに取り込まれてしまった。だから……!」

「甘いですね」

 

と、達也は一蹴する。

 

「行くぞ、深雪」

「はい」

「おい達也。少し冷たいんじゃないか」

 

達也は低い声で返す。

 

「レオ、余計な情けで怪我をするのは自分だけじゃないんだぞ」

 

その言葉に小野遥は目を伏せる。それを尻目に達也は言葉を待たずに走り出した。

 

「おい!達也!」

 

レオも悔しそうに走り出し、深雪も無言で後を追う。エリカも何か言いたげだったが、聞く耳を持たないだろうと思ったのか彼女も走り出した。

 

「芺君……」

「可能な限りは善処します。それに、達也君はああ見えて優しいですから」

「そうね……ありがとう」

 

芺も軽く頭を下げ、達也達を追いかけて行った。

 

──

 

達也達は図書館前に到着する。

 

「既に乱戦模様だな」

 

そこには生徒とテロリストが入り乱れ、達也の言う通り乱戦の二文字がこの場に最もあてはまっていた。生徒も各自で自衛行動に移っており、さすがは第一高校と言えるだろう。

そして達也一行の中から一人が飛び出す。

 

「うおおおおおおお!!」

「レオ!」

 

「『装甲(パンツァ)ーーーー!』」

 

彼はそう叫ぶと何と魔法が発動し、硬化した拳で侵入者を殴り倒す。硬化魔法『装甲』。これが彼の得意とする魔法だった。

 

「音声認識とはまたレアな物を……芺さん?」

 

(アレは……ローゼンのCADか……?)

 

芺は音声認識のCADを興味深そうに見つめていた。どことなく目が輝いていた気がしたが、エリカはそれを心の底に留めておいた。

 

「お兄様!今、展開と構成が!」

「ああ、逐次展開だ。十年前に流行った技術だな」

「アイツって魔法までアナクロだったのね……」

 

達也達が話している間にもレオは戦闘を続ける。また一人を倒した後、レオ目掛けて刀が振り下ろされる。それをレオはガントレット型のCADで受け止めてしまうが、そのCADは壊れるどころか傷一つ付かなかった。

 

「うっわ!よく壊れないわねぇ」

「CAD自体にも硬化魔法がかけられているのだろう」

 

達也が分析している間も戦闘は続く。刀持ちを倒したレオに向かってテロリストは魔法で石を高速で飛ばす。しかしCADで全て受けきり、テロリストを守るように発動された氷の盾も突破してみせた。

 

「つまりどれだけ乱暴に扱っても壊れないってわけね」

「レオ!先に行くぞ!」

「おうよ!引き受けた!さぁ、来い!」

 

──

 

達也、深雪、エリカ、芺は図書館に入り、物陰で隠れていた。そして達也は『精霊の眼』を発動する、彼は図書館の構造情報を読み取り、敵の位置を把握する。

 

「階段の登り口に四人。階段を登りきった所に一人、二階特別閲覧室に四人……だな」

「凄いね!達也君がいれば待ち伏せの意味が無くなっちゃう」

「全くだ。そこまで詳細に分かるとは……実戦では相手にしたくはないな」

 

二人の剣士は達也が敵に回った事を想定すると頭を抱えざるを得なく、少々呆れ気味だった。

 

「特別閲覧室で何をしているのでしょう?」

「恐らく、魔法大学が所蔵する機密文書を盗み出そうとしているのだろう」

 

そう達也が言い終わるか否かと言ううちに、エリカと芺は一瞬の内に顔を見合わせ物陰から飛び出る。

エリカは伸縮警棒、芺は伸縮刀剣型のCADを伸ばし、彼らに気付いたテロリストに襲いかかる。

 

「何者だ!」「止まれ!」

 

そう声を荒らげ、テロリストは武器を振り下ろす。しかしたかがテロリストの剣が二人に当たるはずもなく、エリカと芺はものの数秒で四人のテロリストを地に伏せた。急に飛びだした二人を追って司波兄妹も二人の名を呼びながら物陰から走ってくる。

そのタイミングで芺は外からの気配を察知した。

 

「達也君、外を見れるか」

 

その言葉に達也は『精霊の眼』を発動する。

 

「外から五人、こちらに向かってきています」

 

そう報告していると、階段上のテロリスト……いや、エガリテの構成員である第一高校の生徒が達也らに気付き真剣を振りかざし襲いかかって来た。

エリカがそれを受け止めると同時に、図書館の入口からテロリストがぞろぞろと入ってくる。

 

「ここは任せて!」

「……閲覧室を頼んでもいいか」

「ええ!/分かりました」

 

テロリストを二人の剣士に任せ、達也は跳躍、深雪は浮遊魔法を発動し、二階特別閲覧室に向かった。

 

エガリテの構成員と一度距離を取ったエリカは芺と背中合わせになる。

芺の目の前には五人のテロリスト。内一人が魔法師だった。

 

「取るに足らんな。行くぞエリカ」

「はい!」

 

───

 

特別閲覧室ではテロリストが情報を抜き出していた。その光景を手引きした生徒……壬生沙耶香は複雑な心境だった。

 

(魔法による差別の撤廃を目指しているはずなのに……どうして、魔法研究の最先端資料が必要なんだろう。これが、私のしたかった事なの?)

 

壬生が自分の行いに疑問を抱き始める。しかし思いを反芻する間もなく事態は進む。テロリストはやっとの思いでパスワードロックを突破し、記録媒体に最先端資料を移そうとしていた。

だがここで壬生は外の気配に気付くが、もう遅かった。固く閉ざされていたはずのドアが大きな音を立てて崩れる。そこに立っていたの司波達也と司波深雪だった。

 

「そこまでだ」

 

達也がそう言い放った瞬間、テロリスト達の記録媒体といった諸々の機器が全て部品一つ一つに分解されてしまった。

 

「お前達の企みは、これで潰えた」

「司波君……」

「クソっ!」

 

テロリストはなんの躊躇いもなく銃の引き金を引く。壬生は後悔した。私はこんな人達の味方をしていたのだ、と。だが銃から弾が発射されるより早く深雪の魔法でテロリストの腕が銃ごと凍結する。皮膚が変色する程の冷たさにテロリストは悶えることしか出来ない。

 

「愚かな真似は止めなさい。私がお兄様に向けられた害意を見逃すことなどありません」

「壬生先輩、これが現実です。誰もが等しく優遇される、平等な世界……そんなものはありません。才能も適正も無視した平等な世界があるとすれば……それは誰もが等しく冷遇された世界」

 

達也の言葉に壬生は恐怖を滲ませたような顔をしていた。達也は続ける。

 

「壬生先輩、あなたは利用されたんです。これが他人から与えられた耳当たりの良い理念の現実です」

 

壬生は声を震わせる。

 

「どうしてよ、なんでこうなるのよ。差別をなくそうとしたのが間違いだって言うの!?あなただって、出来のいい妹といつも比べられていたはずよ!そして不当な侮辱を受けてきたはずよ!誰からも馬鹿にされてきたはずよ!」

 

ヒステリックとも言える悲痛な叫びをあげる壬生に深雪は諭すように告げる。

 

「私はお兄様を蔑んだりはしません。例え私以外の全人類がお兄様を中傷し、誹謗し、蔑んだとしても……私はお兄様に変わることの無い敬愛を捧げます。確かに、お兄様を侮辱する無知な者共は存在します。ですがそれ以上にお兄様の素晴らしさを認めてくださる方達が存在するのです。壬生先輩……貴方は可哀想な人です」

「なんですって!?」

「貴方は、貴方を認めてくれる人達がいなかったのですか?魔法だけが、貴方を測る全てだったのですか?お兄様は、貴方を認めていましたよ。貴方の剣の腕を、貴方の容姿を」

 

壬生は自虐的になりながらも返答する。

 

「そんなの、上辺だけのものじゃない」

「それも先輩の一部であり、魅力であり、先輩自身ではありませんか。お兄様と先輩は知り合ったばかりなのですよ?そんな相手に何を求めているのですか」

 

テロリストが不穏な動きを見せる。そんな事に気付くはずも無く、壬生は目を伏せる。

 

「それは……」

 

「結局、誰よりも貴方を“ウィード”と蔑んでいたのは、貴方自身です」

 

核心を突かれ、動揺する壬生にテロリストが煙幕を使用しながらが命令を出す。

 

「壬生!指輪を使え!」

 

彼女は言われるがままに指輪を使用する。その指輪からは『キャスト・ジャミング』が発動された。

達也は深雪を守るように立ち、目を瞑る。そうすると、ガスマスクを装備したテロリストが煙の中から襲いかかって来た。しかし、達也は一人目を受け流し後頭部に肘打ちを決め、もう一人も腹に一撃を入れ対処する。そして壬生は達也がテロリストに対応している隙に煙幕に隠れながら閲覧室から逃げ出して行った。

深雪が足を止めようとするが、達也から制止がかかる。

 

「お兄様!拘束せずとも良いのですか」

「不十分な視界の中で無理をする必要は無い。それに、一階には誰がいると思っている?」

 



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第十二話

時は少し遡り、達也達が閲覧室に向かったあたりの事だ。

エリカは生徒と、芺は五人のテロリストと対峙していた。芺は通路の中程まで進み、伸縮刀剣型CADを構える。

 

「ハア!」

 

テロリストの一人が魔法を発動する。収束と放出系の雷を球状に射出する魔法だった。芺は何故かその場から動かない。当然着弾し、芺がいた所から雷撃が迸る。しかしそこに立っていたのは無傷の芺だった。

その後も魔法を発動するが、尽くを芺は無効化する。その種はただの障壁魔法なのだが、芺程度の干渉力があれば何処の馬の骨かも分からない一介のテロリストの魔法など恐るるに足らないものだった。

魔法が無意味だと感じたテロリストは持っていた武器で襲いかかってくる。

 

(警棒が三人、真剣が一人、拳銃が一人か……拳銃からだな)

 

芺に向かって一発の弾丸が発射される。だが芺は動じることなくその弾をCADで弾き、他のテロリストを飛び越えるように拳銃持ちに迫り、落下しながら斬りつける。その様子を食入るように見つめていた他のテロリストも武器を構え戦闘態勢をとった。

しかしそのうちの一人が構え終わるか終わらないかのうちに胴の辺りを薙ぎ払われ、返す刀で警棒ごと叩き斬られる。三人の警棒を持つテロリストのうちの一人は芺の緩急の着いた動きと一瞬で二人の命が失われた事実に一瞬身体が硬直してしまう。

戦場でそんな隙を見せればつけ込まれる他ない事はこの場の摂理である。また一人と血を吹き出しながら倒れ込み、警棒を持った最後の一人は情けない声を上げながら斬りかかる。芺は冷めた目で見つめながらそれをCADで弾く。警棒が浮き、丸出しになった腹部を芺は蹴りつける。ベクトルの力が乗った蹴りが直撃したテロリストは叩きつけられた柱で後頭部を打ち卒倒した。

最後のテロリストはというと、既に真剣を放り出し逃げようとしていた。それを横目に芺は何かを拾い上げる。その後大きな音─騒音が鳴り響くこの場では掻き消える程度だが─と共に、テロリストは倒れ伏した。

 

「いやー、芺さんは強いね」

「コイツらが弱いだけだ」

 

エリカが労いの言葉をかけてくる。当のエリカは早々に一人を無力化し、芺の動きを観察していた。手助けが必要な敵でもなかった上に、近接戦闘での咄嗟の連携は難しいので芺も何も言うつもりはなかった。

 

「……これは後始末をする方に申し訳ないな」

 

図書館は凄惨な有様だった。三人が斬りつけられ、一人は血を流しながら柱の側に横たわっている。

まーまー、とエリカが芺の背中を叩いていると、芺が何かに気付いたように後ろを振り向いた。エリカがどうしたの?と顔を覗き込んでくるが、芺はじっと同じ方向を見つめている。少し間を置いてエリカも気配に気づき、芺の隣に立った。

間もなく、閲覧室の方から壬生が降りてくるのが見える。

 

「柳生君……それにあなたは?」

 

壬生は降りてきた瞬間、同い年の剣士として一目置いている柳生と、見たことも無い赤髪の少女が目に入る。そして引きつったような顔を見せた。図書館には活動を停止した人間が数人、転がっていたからだ。

エリカはお構い無しに自己紹介を始める。

 

「初めまして。一年E組の千葉エリカでーす。一昨年の全校中学女子剣道大会中等部準優勝の、壬生沙耶香先輩ですよね」

「それがどうかしたの」

 

壬生は人懐っこく話しかけてくるエリカと不動の芺に警戒しながらも、得物がそばに落ちていることを確認する。

 

「いえ、確認したかっただけです」

 

エリカがそう言い終わると同時に壬生は落ちていた警棒を拾い上げる。

 

(本来ならば投降の勧告をすべきだが、今捉えようが後で捉えようが結果は変わらんし、遥先生の頼みも聞かなければな)

 

「エリカ、ここは任せた。俺は外を治めてくる」

「はーい」

 

エリカはやっぱり、と言う顔で快諾する。

壬生の悩みを芺は知っていた。一度相談を受けたりもしたのだが、彼女の望む答えを言うことは出来なかった。ここで俺が壬生を叩きのめしても何の解決にもならない。エリカと──千葉の教えを受けた剣士と戦ってもらわなければならない。そう考えた芺はこの場を後にする。

 

「壬生」

 

そう言うと芺はテロリストが持っていた真剣を壬生の方へ放り投げる。

 

「お前の実直な剣は尊敬に値するものだったぞ。……もちろん今もな」

「え……」

彼は去り際にそう言い残し、外に向かっていった。芺の褒め言葉に動揺を見せながらも、壬生はこの場から脱出しようと警棒を構える。

 

「……っ、そこをどきなさい!痛い目を見るわよ」

「これで正当防衛成立かな……元からそんな言い訳をするつもりは無いけど。じゃあ“真剣勝負”ってものをやりましょうか、先輩」

 

エリカも伸縮警棒を構え、二人の女剣士が対峙する。先に仕掛けたのはエリカだった。その速さに壬生は虚をつかれる。

 

「速い!」

 

エリカは壬生の裏を取るような動きで翻弄し、壬生は反撃もままならない状態だったが何とか初動を凌ぐ。

 

「自己加速術式……?渡辺先輩と、同じ」

 

術式を発動して迫るエリカに対して、壬生は『キャスト・ジャミング』を発動する。魔法が使えない純粋な立合いになり、二人は互角とも見える立ち回りをする。しかし得物の差か、はたまた腕の差か、壬生の警棒はエリカの一撃に中程から折られてしまう。その状態でエリカは芺の投げた真剣を見て言い放つ。

 

「拾いなさい。そして、貴方の全力を見せて。貴方を縛るあの女の幻影を、私が打ち砕いてあげる」

 

「……こんなものには頼らない」

 

壬生は少し逡巡した後、警棒を捨て、付けていた指輪を外す。

 

「私は自分の力で、その技を打ち破る。私には分かる。その剣は、渡辺先輩と同じものだ」

 

制服のブレザーを脱ぎ捨てノースリーブの動きやすい服装になった壬生は、目の前の赤髪の剣士に渡辺摩利の姿を重ねる。

 

「私の技はあの女のものとは一味違うわよ」

エリカも伸縮警棒を構えて言い返す。

女剣士二人は対峙する。双方が擦り足で体勢を整える中、エリカが自己加速術式を使用して仕掛ける。

エリカの動きに対応できなかった壬生の手から刀が滑り落ちる。

 

「ごめん先輩、骨が折れているかもしれない」

 

この勝負の結果は、エリカの勝利で終わった。うずくまって手元を抑える壬生が話し出す。その声はどこか震えているように聞こえた。

 

「……ヒビが入っているわね、いいわ。手加減できなかったって事でしょう」

「うん、先輩は誇っていいよ。『千葉』の娘に、本気を出させたんだから」

 

その言葉に壬生は驚く。

 

「あなた、あの千葉家の人だったの……!?」

「実はそうなんだ。ちなみに渡辺摩利はうちの門下生。あの女は目録で、私は印可。剣術の腕なら、私の方が上だから」

「そう……」

 

壬生は力無い声でそう呟き、前のめりに倒れる。が、エリカがすぐさま肩を掴んで止めたことで、地面に激突する事は無かった。

エリカは気を失った壬生を自分にもたれかからせ、彼女を優しい目で見つめていた。

 

───

 

一方その頃……剣道部主将である司甲は下校のため、校門に向かっていた。しかし、校門の前で突然誰かに呼び止められる。

 

「よお、司」

「何か用か、辰巳」

 

その声の主は辰巳鋼太郎だった。同級生の彼らは知り合いだったのだろう。お互い名前を知っていた。

木陰から姿を現した辰巳は立ちはだかるようにして言い放つ。

 

「お前さんに聞きたいことがある」

「ぼ、僕に?」

「あぁ、うちの委員長はちょっと感心しない特技を持っててな。複数の香料を気流を操作して掛け合わせる事で違法な薬物を使わずに自白剤を作っちまうんだよ」

 

後ろめたい事のある司には辰巳の言葉の真偽を確かめる余裕は無かった。彼の顔に徐々に焦りと恐怖が見えてくる。

 

「ネタは上がってんだよ!あの連中はお前が手引したってネタが!」

 

辰巳がそう言うと司は魔法……先日、達也を襲った者と同じ魔法を使用し一目散に辰巳の前から逃げ出す。辰巳が“司!”と呼び止めるが相手は聞く耳を持たなかった。

校門から逃げ出そうとする司の前に門の影から沢木が現れる。

 

「司先輩!大人しくご同行願います!」

「チィ……っ、クソっ!!」

 

自分の逃げ道を塞ぐ沢木に対し、司は腕を突き出し指輪から『キャスト・ジャミング』を発動する。魔法さえ防げば問題ない……とでも考えていたのだろう。

魔法を発動して走り去ろうとする司に、沢木は魔法を使わずに強烈な肘打ちを決める。鳩尾にめり込んだその一撃は、司の意識を飛ばすのに十分な威力だった。

 

「ふぅ……」

「いい一撃だったな」

「彼直伝ですから」

「ははっ、そうか」

 

──

 

夕日が昇る時間帯になり、校内に侵入したテロリストは鎮圧され、エガリテに加担した生徒諸共一箇所に捕えられていた。未だ煙が立ち上り、警察やマスコミで騒々しい事を除けば、とりあえずの平穏が訪れた。

司波兄妹、エリカにレオ、三巨頭に副風紀委員長といった面々は壬生に事情を聞くため保健室に来ていた。

 

「一年以上前から、司先輩は剣道部員達に魔法による差別の撤廃を目指すよう訴えかけていました。主将に連れられブランシュの支部に行った事もあります。お兄様が、日本支部の代表を務めているらしくて……」

 

その言葉に司波兄妹は顔を見合わせ頷き、芺も頼んでいた調査内容との一致を心の中で確認した。

壬生はその後も諸々の経緯を説明する中で、自分の受けた差別が摩利からだと告白する。

その言葉にエリカは目を細めるが、摩利は誤解だと説明し、その時の事を詳細に語る。

壬生は摩利に稽古を頼んだ際に、自分が二科生だから稽古をしてもらえなかったと勘違いしていた。しかし本当は摩利は“純粋に剣の道を修める壬生の相手は私では務まらない”と剣道においては摩利は自分の方が弱いという意味の発言をした、と。壬生は図書館でのエリカの発言も相まって、摩利の発言が事実である事を思い出した。

 

「じゃあ……私の誤解、だったんですか……?なんだ……私、バカみたい……勝手に先輩のこと誤解して……自分のこと貶めて……逆恨みで一年間も無駄にして……」

 

そう言って涙を流す壬生に、声を掛ける人物がいた。

達也だ。彼は言う。壬生の剣は中学の頃とは別人のように強くなったとエリカが言っていたと。その恨みや嘆きに毒される事無く、自信を磨きあげてきた壬生の一年が無駄であっていいはずが無いのだと。真っ直ぐに壬生を見つめて語る達也の言葉が嘘ではないという事は言うまでもない事だった。

その言葉を受けた壬生は……様々な感情が渦を巻く中、確認を取った上で、達也の制服に顔を埋めて泣きじゃくることしか出来なかった。

 



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第十三話

壬生が落ち着いてから、達也は話し出す。

 

「さて、問題はブランシュの奴らが今、どこにいるのかということですが……」

「達也君まさか、奴らと一戦交える気なの!?」

 

そうとも取れる達也の発言に真由美は問う。

 

「その表現は妥当ではありませんね。叩き潰すんですよ」

 

てっきり否定する流れだと思っていた芺は達也の方を懐疑と興味の入り交じった目線で見つめる。

一方、摩利達は達也の過激な発言に異を唱えた。

 

「危険だ。学生の分を超えている」

「私も反対よ。学外の事は警察に任せるべきだわ」

「そして、壬生先輩を強盗未遂で家裁送りにするんですか?」

 

「なるほど、警察の介入は好ましくない。だからといってこのまま放置することも出来ない。だがな司波、俺も七草も渡辺も当校の生徒に命を懸けろとは言えん」

 

今まで沈黙を守っていた十文字が口を開いた。彼の言葉は各組織のトップの意見を総括したものと言える。それに対し達也も続ける。

 

「当然です。最初から委員会や部活練の力を借りるつもりはありません」

「……一人で行くつもりか」

「本来ならそうしたい所なのですが……」

「お供します」

 

深雪は当然のように名乗り出る。

 

「私も行くわ」

「俺もだ」

 

続いてエリカとレオも参加を表明する。命の危険が伴う場所へ次々と周りの人間が赴かんとする事に耐えられず、壬生は達也に懇願する。

 

「司波君、もしも私のためだったらお願いだからやめてちょうだい。私は平気、罰を受けるだけの事はしたんだから。それより、私のせいで司波君たちに何かあったら……」

「壬生先輩のためではありません」

 

達也は壬生の懸念を一蹴する。

 

「自分の生活空間が……テロの標的になったんです。俺と深雪の日常を損なおうとする者は、全て駆除します。これは俺にとって……最優先事項です」

 

その度が過ぎたシスコ……狂気的とも言える妹との日常への想いに皆は口を閉ざす。

そんな雰囲気の中、次に口を開いたのは深雪だった。

 

「しかしお兄様、どうやってブランシュの拠点を突き止めればよいのでしょうか」

「分からないことは知っている人に聞けばいい」

 

達也は深雪の肩に手を置いてそう言った後、芺の方を一瞥してから保健室の入口に向かう。ドアの開閉ボタンを押すと、扉の向こうにはカウンセラー、小野遥が立っていた。

 

「小野先生……?」

「あっ、あの……九重先生秘蔵の弟子から隠れ遂せようなんて……やっぱり甘かったか……」

 

──

 

遥から情報を受け取った達也は端末を遥と壬生を除く面々に見せる。

 

「放棄された工場か……車の方がいいだろうな」

「正面突破ですか」

「ああ」

「車は俺が用意しよう」

 

その言葉に真由美は驚く。

 

「えっ、十文字君も行くの?」

「十師族に名を連ねる者として当然の務めだ。だがそれ以上に俺も一高の生徒として、この事態を看過する事は出来ん」

 

十文字の理念に真由美も“じゃあ……!”と同行する意志を見せる。しかし……

 

「七草、お前はダメだ」

「この状況で生徒会長が不在になるのはマズい」

「でも、だったら摩利。あなたもダメよ?残党がまだ校内に隠れているかもしれないんだから。風紀委員長に抜けられたら困るわ」

「それは……わかった。……いや待て」

「どうしたの摩利?」

 

突然思い出すように唸る摩利。

 

「いるじゃないか、適任が」

 

そう言って摩利は芺を指差す。そう、一言も発さず保健室の周りをうろつく人物の気配を探って暇を持て余していた芺をだ。彼は実力主義である風紀委員会の副委員長を務め、尚且つ荒事にはトップクラスで向いている。そんな摩利の提案に十文字も同調する。

 

「……柳生。頼まれてくれるか」

「……分かりました」

 

その時の芺は今までになく複雑な面持ちだったらしい。

 

──

 

十文字が車の準備を終え、芺も既に後部座席に乗り込んでいた。そこへ、刃引がされた刀を携えたある男が駆けて来た。

 

「会頭!……俺も連れて行ってください」

「何故だ桐原」

「一高生として、このような無法は見過ごせません」

 

十文字は桐原が盗み聞きしていたことには触れなかったが、その申し出には答えを返す。

 

「ダメだ、連れて行けん」

「会頭!」

「その理由では、命を懸けるには軽すぎる」

 

その言葉に“ぐっ……”と怯む桐原。十文字は目を逸らす桐原に力強い声で問う。

 

「もう一度聞く、何故だ」

 

嘘を見抜いていた十文字に、桐原は少し間を置いて話し出す。

 

「俺は、中学時代の壬生の剣が好きでした。人を斬るための俺の剣とは違い、純粋に技を競い合う剣を、綺麗だと思いました」

 

桐原は刀を強く握りしめ、続ける。

 

「でも、いつの間にかあいつの剣は曇っていました。俺はそれが気に食わなかった」

「だから乱入などという真似をしたのか」

「壬生の過ちを気付かせてやろうとか考えたわけじゃありません。ただ頭にきて、喧嘩を売っただけです」

「お前は過ちと言うが、壬生の意思ではないのか?」

 

その十文字の問いに桐原は今の会話の中で一番気持ちのこもった声で返す。

 

「違います!壬生の志は、あいつの剣は、こんなものじゃない……あいつの剣を変えちまった、汚染した奴が……今回の一件で、壬生を利用した奴がいるはずです。こんなのは壬生のためですらない、俺の八つ当たりです……お願いします、会頭!連れていってください!」

 

自分の思いの全てを吐露し、腰を直角に曲げ頭を下げる桐原。その前に腕を組んで佇む巌のような男。何時間にも感じられるような沈黙が流れたあと、十文字が口を開く。

 

「……いいだろう」

「会頭……!」

「男を懸けるには十分な理由だ」

 

桐原はとても嬉しそうな顔を見せたあと、再度腰を直角に曲げる。

 

「ありがとうございます……!」

 

同行の許可が下り、桐原は助手席に乗り込む。そして後部座席に座る同級生に声を掛けた。

 

「邪魔するぜ、芺」

「カッコよく参戦したつもりだろうが……盗み聞きとは感心しないな、武明」

「なっ……お前も気付いてたのかよ……」

 

くすくすと笑う芺。それを見て桐原は悪態をついて前を向く。

そんな二人だが仲が悪い訳ではなく、むしろよくつるむ友人だった。芺は剣道部に顔を出すこともあるが、どちらかと言えば彼は剣術に寄っているので、剣術部に呼ばれる事も少なくなかった。何度か剣術を競った事もあるらしいが、その結果は頑なに桐原が隠している。

そんな事もあり今ではそこに服部を交えたり交えなかったりして昼食を共にするくらいの仲であった。

 

その後は達也達も合流し、車に乗り込んできた達也に“司波兄”呼びで遅れた参加表明がありながらも、これといった問題もなく車はブランシュの拠点に向けて出発した。

 

その途中、真ん中の後部座席に座る芺は端末でブランシュについての調査をしてくれていた綾芽にメッセージを送る。

そのメッセージを受け取った綾芽は柳生邸で一人、頭を抱えていた。文面はこうだ。

 

『今からブランシュの拠点に攻め入る。まさか一高の生徒が提案するとは思いもよらなかったが、流れで同行する事になった。そのため、計画していたブランシュ壊滅作戦は忘れてくれ。皆を危険に晒す事が無くなって俺も嬉しく思う。この事はくれぐれも母上や父上にはバレないように。それでは休みを満喫してくれ。以上』

 

芺は昔から身内を守る事には余念が無いが、自らの安全については割合無頓着である。それも……“何かあっても俺一人なら大体何とかなる”という自負に裏付けられた自信なのだが、綾芽からすれば大きな悩みの種であった。仮にも芺は柳生家次期当主なのである。

 

「もう少し御身を心配して下さい……」




少々本文が短く申し訳ないのですが、キリが良いのでここで一旦区切らせていただきます。


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第十四話

空が夕暮れに染まる時間帯に、数名の一高生を乗せた車は山道を走っていた。運転を担う十文字が達也に声を掛ける。

 

「司波、お前の考えた作戦だ。お前が指示を出せ」

「はい」

 

テロ組織の拠点への侵入作戦における指示を一年生に任せるなど本来は避けるべきことだが、達也ならその程度お手の物だという判断もあるのだろう。達也も当然のように指示を出す。

 

「レオ、お前は退路の確保。エリカはレオのアシストと、逃げ出そうとする奴の始末」

「捕まえなくていいの〜?」

「余計なリスクを負う必要は無い。安全確実に始末しろ」

 

その指示はレオとエリカの戦闘能力を見込んでのことだろう。達也は淡々と指示を続ける。

 

「会頭は桐原先輩と芺先輩を連れて裏口に回って下さい。俺と深雪はそのまま踏み込みます」

「分かった。任せておけ」

 

十文字は運転しながら生い茂る木々の奥に見える廃工場を見据える。間も無く到着だった。目の前に固く閉ざされた門が迫る。

 

「今だ、レオ!」

「『装甲(パンツァー)』ーーーー!」

 

レオの硬化魔法により達也たちを乗せた車は難なく門を文字通り突破する。

ド派手な侵入を経て、達也達は彼の指示通り動き出す。芺は散開前に“エリカ”と声をかける。

 

「どうかしました?」

「……怪我はしてくれるなよ」

「心配し過ぎですよ、大丈夫です」

「西城君も、エリカを頼む」

 

レオも“おうよ!”と返し、それに頷いた芺は裏口に向かって走っていった。

 

───

 

正面から踏み込んだ司波兄妹。達也は大きな部屋を前にして『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』を発動する。

その部屋にはライフルで武装した大量の人間がいた。二人は臆さず進む。部屋の中ほどに至ったところで突然窓が開き、強い夕日が差し込んだ。そこには眼鏡をかけた学者風な見た目をした男性と、その背後に大量の武装した兵が待ち構えていた。

 

「初めまして、司波達也君。そして、そのお姫様は妹の深雪君かな?」

「お前がブランシュのリーダーか」

 

達也は深雪を守るように立ち、CADを構える。

 

「おお、これは失敬。僕がブランシュ日本支部のリーダー、司一(つかさはじめ)だ」

「そうか。一応投降の勧告をしておく。全員武器を下ろして、両手を頭の後ろに組め」

「アーハッハッハッハ!魔法が絶対的な力だと思っているのなら、大きな勘違いだよ」

 

司一がそう言って手で合図を送る。それに応じるようにライフルを構えた男達は達也達に照準を定めた。

 

「司波達也君、我々の仲間になりたまえ。アンティナイトを必要としない君の『キャスト・ジャミング』は非常に興味深い技術だ」

「壬生先輩を使って俺に接触したのも、弟を使って俺を襲わせたのもそれが狙いか」

 

そう、第一高校の剣道部主将である司甲と目の前の司一は兄弟なのである。ブランシュは恐らくそこから第一高校への侵食を始めていたのだろう。

 

「んん……頭の良い子供は好ましいねぇ……だが、そこまで分かっていてノコノコやってくるとは、所詮子供だ」

 

司一はそう言い放つとかけていた眼鏡を頭上へ放り投げる。そして彼は髪をかき上げ、隠れていた目を現した。

 

「司波達也!私の同志になりたまえ!」

 

その言葉と共に司一から魔法師なら可視化出来るであろう信号が発生する。その怪しげな信号は達也を包み込んだ。

完全に効いた、と司一は口角を上げる。

 

「意識干渉型系統外魔法『邪眼(イビル・アイ)』……と称してはいるが、その正体は催眠効果のあるパターンの光信号を明滅させ、相手の網膜に投写する光波振動系魔法。ただの催眠術だ。壬生先輩の記憶もこれですり替えたのか?」

「お兄様、では……!」

「壬生先輩の記憶違いは不自然なほど激しいものだったからな」

「この……下衆共」

 

自分の魔法が効かず、更に過去にしでかした悪事もあっさり見抜かれた司一は狼狽する。

 

「貴様……何故……」

「つまらん奴だ。眼鏡を外す右手に注意を引き付け、CADを操作する左手から注意を逸らさせる。そんな小細工が通用するか?起動式が見えていればその一部を抹消するだけで、お前のちゃちな魔法などただの光信号だ」

「そんな真似が……お前の対抗魔法は『キャスト・ジャミング』ではなかったのか」

 

達也は再度、CADの銃口を向ける。

 

「二人称は『君』じゃなかったのか。大物ぶった化けの皮が剥がれているぞ」

 

司一は狼狽えたまま部下に命令する。

 

「う、撃て、撃てーーー!」

 

部下がライフルを構えた瞬間、全てのライフルがバラバラに分解された。バラバラになったライフルのパーツが床に散乱する。

未だこちらに銃口を向けている達也のCAD。それを見た司一は顔に恐怖を滲ませ部下の間をかき分けるようにしてこの場から逃げ出した。

 

「う、うわぁぁあ!!うわああああ!!!」

 

大の大人が発するには情けない叫び声をあげて奥に逃げる司一を達也は追いかける。

 

「お兄様、追ってください。ここは私が」

「ああ」

 

達也は司一が逃げていった場所に歩み出す。司一の部下達は恐れからか達也の行く道を空けた。だが部下のうちの一人がナイフを取り出し、大きな声をあげて詰め寄った。

 

しかし、その男の刃が達也に届くことはなかった。深雪が手をかざすと、ナイフを持った男の足元から冷気が発生し、瞬く間に男の全身を覆う。凍結した男の手からナイフが落ち、男自身も前のめりに倒れる。

 

「愚か者」

 

この部屋から出る前に、達也はその様子を見て一言。

 

「程々にな。この連中に、お前の手を汚す価値は無い」

「はい、お兄様」

 

達也は司一を追う。深雪もこの連中を片付けるようだ。

 

「お前達も運が悪い。お兄様に手出しをしようとしなければ、少し痛い思いをするだけで済んだものを」

 

深雪はそう言い捨ててCADを操作する。その瞬間、男達の周りに冷気が舞い、足元から徐々に凍りついていく。

凍てつく男達が自らの運命を悟る中、一人の男が冷静に……という訳でもないが、魔法の知識があったのだろうか。意識が閉じる間際に恐怖を滲ませた声で言っていた。

 

「まさか、この魔法は……」

「祈るがいい。せめて命があることを」

「振動減速系広域魔法『ニブルヘイム』ーー!」

 

彼が言い終わるか否か、男達の肉体は凍りついていた。

その男達を見た深雪は目を伏せていたが、その様子を見る者はここにはいなかった。

 

───

 

一方、裏口ではブランシュの構成員がライフルを連射していた。対象はもちろん侵入してきた高校生に向かってだ。

しかし、そんな構成員の顔は焦りや恐怖といったものが表れていた。

何故ならその銃弾は全て十文字の『ファランクス』により防がれていたからだ。

 

「柳生、桐原!」

「はい!/おう!」

 

既に『高周波ブレード』を発動した桐原と伸縮刀剣型CADに想子を纏わせた芺が左右から銃弾を避け、弾きながら突撃する。しかし、眼前の構成員の奥から更にライフルを持った男が増援として駆けつけて来るのが見える。

 

「武明!前を頼む!」

 

芺はそう言って目の前の数人の構成員を飛び越えていく。その後ろから桐原が目の前の男のライフルを切断し、飛び膝蹴りを喰らわせる。

桐原は剣を使うこと無く数人の構成員を制圧していく。最後の構成員の腹部を殴り気絶させたところに剣を突き刺そうとするが

 

「桐原!」

 

十文字がそれを制するように鞘を投げる。

 

「行くぞ」

 

十文字は歩き始める。既に目の前は芺によって道が開かれていた。十文字は後始末の事を考えると出来るだけ殺害は避けて欲しかったのだが、まさか二度もその危険が生じるとは思っていなかった。

 

少し時間を巻き戻す。

奥から現れた増援もライフルや刀を持っており、敵意があるのは確実だった。後から現れた構成員達は目の前の芺と後方の桐原諸共撃ち抜こうとライフルを掃射する。しかし桐原は十文字の『ファランクス』により護られた。

方や芺は『縮地』による高速移動で銃弾を避け、構成員に肉迫する。問答無用で叩き斬ろうとするが、十文字から“芺!”と呼び掛けられ既のところで柄での殴打に切り替える。

芺は太腿の辺りにあるホルダーに伸縮刀剣CADを差し込み、篭手型CADが装着されている両腕で攻撃を仕掛ける。

銃弾を避けながらライフルを持った男を優先して狙っていく。鍛え上げられた肉体と技術で撃ち出される拳と蹴りは一撃で構成員を物言わぬ肉塊にしていった。

彼の体術は新陰流における『無刀取り』と八極拳に集約する。相手の得物の間合いの内側に入る『無刀取り』と至近距離での戦闘を得意とする八極拳は相性が良かった。

銃を持った男が全て倒された後、剣を持った四人の男達は芺に斬りかかる。しかしここは狭い通路であり、一度に二人程度までしか同時に攻撃を仕掛けられならなかった。真剣を持った男二人程度なら芺は余裕を残して対処が可能である。芺は振り下ろされる刀の間合いの内側に入り手首を捻りあげる。その隙に、と襲い掛かってくる別の男の刀を篭手で弾いた。

実はこの篭手はただのCADではない。詳細は後述するが、まず一点。この篭手には硬化魔法の刻印が刻まれており、想子を流す事で篭手ににのみ硬化魔法を展開出来る。想子の扱いが得意な芺にとって、兜割りの要領で想子を流し込むより敵の攻撃に合わせて想子を流す事は随分簡単な芸当だった。

力を込めて振り下ろした刀を弾かれた男はすぐさま腹部に強烈な蹴りを受け壁に叩きつけられる。芺は手首を捻りあげられていた男を解放するが、男は痛みに何もすることが出来ないまましゃがみ込んでしまい、側頭部に蹴りを受け卒倒する。

残りの二人もタイミングを合わせて斬りかかるが、振り下ろすより速く芺は懐に潜り込み掌底をアッパーのように繰り出す。そのまま更に踏み込み掌底を放った腕で肘打ちを鳩尾に決める。

約一秒の間にこの動作を終えた芺は、状況の理解が遅れている隣の男に身体を捻るようにして右腕を撃ち出す。当然吹き飛ばされ通路の壁に激突し、衝撃で脳が揺れた男はそのまま崩れ落ちた。

 

尚、ここまで約二十秒程である。

 

少し大きめなため息を吐いた十文字は二人の後輩を連れて先へ進んでいった。

 

───

 

深雪と別れた達也は既に司一を追い詰めていた。司一が逃げ込んだであろう部屋を『精霊の眼』で視る。中にはまだ武装した人間が大勢いたが、達也は部屋の外から魔法を発動する。すると中の人間のライフルがまたもやバラバラに分解された。それと同時に達也は部屋の中に突入する。

司一は驚き顔に汗を浮かべながらもニヤケ顔で手首に装着された『聖遺物』に触れた。それと同時に周りの部下達も同じく指輪から魔法を放つ。

 

「どうだい魔法師。本物の『キャスト・ジャミング』は」

 

(大量のアンティナイト。高山型古代文明の栄えた地にのみ産出される、軍事物資)

 

「パトロンはウクライナ・ベラルーシ再分離独立派。そのスポンサーは大亜連合か?」

「……っ、やれ!」

 

司一の言葉により部下はナイフを持ってジリジリと迫って来る。現時点で達也は『キャスト・ジャミング』の効果範囲内だ。魔法は使えないと思われていた。だが

 

「ぐわぁ!」「ぎゃああ!」「ああ!」

 

続々と手や足、肩を魔法で貫かれていく。

 

「なぜ、なぜ『キャスト・ジャミング』の中で魔法が使える……!」

 

司一は裏口に繋がる扉から逃げ出そうとする。そう、裏口である。

扉に手をかけようとした瞬間、そこから『高周波ブレード』が飛び出す。突然の出来事に司一は腰を抜かして震えることしか出来ない。

切り倒された扉の奥からまず最初に桐原が現れる。彼は構成員が転がっている様を見て達也に話しかける。

 

「やるじゃねえか、司波兄。……それで、コイツは?」

 

桐原は剣の切っ先を司一に向けて問う。達也は極めて簡潔に答えた。

 

「ブランシュのリーダー、司一です」

「コイツが……!?」

 

ブランシュのリーダーと聞いた桐原の形相が変わる。司一は立ち上がったものと“ひいぃぃいい!”と目の前の魔法師に恐怖し、咄嗟に『キャスト・ジャミング』を発動しようとする。しかし

 

「コイツか……壬生を誑かしやがったのはァ!!」

 

『キャスト・ジャミング』が発動されるより先に、桐原の『高周波ブレード』が司一の腕を斬り落とした。鮮血が迸り、本体から切り離された腕が力無く転がる。

 

「武明……」

「その辺にしておけ」

 

そう言って遅れて現れたのは芺と十文字である。十文字は魔法で司一の止血を行う。芺は桐原の元に寄って何か声を掛けているようだ。

 

「敵はこれで全部か」

「……恐らく」

 

達也は十文字に目で礼をした後、静かにCADを取り出し背後に向かって何らかの魔法を発動させていた。

 

───

 

もう既に空には月が登る時間帯になり、ブランシュの拠点の周りには大量の黒い服の男達が集まり、サイレンが鳴り響いていた。十文字が指示を出す中、深雪、エリカ、レオは出口の側にいた。

 

「これで全部終わりか……呆気ないな」

「せっかく来たのに出番無かったわね。つまんないのー」

 

完全にお留守番だったレオとエリカが語る。

 

「そう言うな。危険が及ばないのが一番だろう」

 

出口から芺が現れ、そう確かめるように言う。

 

「そーですけどぉ……」

「ま、会頭や達也が敵を打ち漏らすとは考えにくいしなぁ」

「しかもあんたとお留守番なんて尚更つまんなかったわー」

「なんだと……」

 

そのやり取りを見て芺はくすくす笑う。

 

「二人は仲がいいんだな」

「なっ……芺さん!私達はそんな……!」

「そうだぜ先輩。……ん?そのCADは……」

 

レオは芺の手に装着された篭手型のCADを見て反応を示す。

 

「ん、これは……」

「お兄様!!」

 

レオが芺のCADに興味を示したように見えた所で、深雪が声を上げる。

やっと出口から達也が出てきたのだ。深雪は達也を労うが、CADを握りしめ、どこか少し哀しそうだった。

そんな深雪に“大丈夫だよ”と達也は声を掛ける。時を同じくしてブランシュの拠点の中から構成員が運び出されてきた。深雪はその男の顔をよく覚えていた、自分が氷漬けにしたはずの男だったのだ。しかし、凍りついたはずの男は所々に凍傷が残る程度の症状で、命に別状はないようだった。

 

「お兄様……!」

 

達也は頷く。真実は定かではないが、達也が何らかの魔法を施したのだろう。

 

これを最後に、達也達の長い一日は終わりを告げた。

 



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幕間 第一幕

『外伝』と銘打って投稿させていただく話は原作とは関係の無い私の作ったオリジナルストーリー、幕間のようなものです。外伝の投稿はこれからも予定されていますが、時系列もかなり前後する場合もあるかと思います。

全て私の脳内で構成された物語ですので、矛盾点等あるかとは思いますが……ご了承ください。



皆が寝静まる午前零時。夜闇に紛れ物陰に潜む男がいた。その男は鼻元から下が隠れるように面を被っており、長いコートを見に纏っていた。これから仕事に入るはずの彼がそんな動きにくい服装をしているのは単に自分が持つ得物を隠す為だろう。

 

(あれが今回のターゲットか)

 

彼は標的を鋭い目付きで見据える。後衛部隊から周囲からの視界や音を遮る認識阻害の結界の構築が完了したという報告が入った。後は発動を待つだけである。

今回の仕事は至極簡単、標的の抹殺。その際の障害も例外なく排除して良いとの事だった。彼は今回の仕事に妙な違和感を感じていた。だがこれは彼が兼ねてからのある()()()()により回ってきた任務である、今更断る道理はない。それに今回の仕事に関しては元より報酬が目的ではない。(何なら報酬は前払いという怪しさ満点だった)危険性は承知しているが、大元の依頼主の素性や背後関係を探るのが彼の思惑だった。

 

「こちらは準備完了しました。仕掛けるなら今かと」

 

彼が報告したのは今回の大元の依頼主。この任務の不自然な点の一つがこの依頼主の同行だった。依頼主が現場を確認できる位置に待機すること、そして開始の際は必ず依頼主に連絡するということ、これが条件だった。

 

「ザザー─了解した。始め─くれ」

 

機器の質が悪いのか後衛部隊─この仕事を彼に持ってきた家の支援部隊─による電波妨害のせいか通信環境が悪い。それに今回の標的は香港系国際犯罪シンジケートの幹部だとか。それも本当かは怪しいところではあるが。

 

「承知しました」

 

依頼主との接続を切り、後衛部隊へ通信する。

 

「こちらウツギ─始めるぞ」

 

自らをウツギと呼んだ男の合図ともに結界が発動し、コートを脱ぎ捨てたウツギが隠し持っていた真剣を携え目標の前に降り立つ。

この真剣は紛れもないCAD、そして彼の腕には篭手型のCADも装備されていた。

 

「何者だっ……」

 

ボディーガードの一人がウツギの殺気に反応し存在を確認する。そして言い終わるか否か、ボディーガードは標的が乗ろうとしていた車に向かって吹き飛ばされ、衝撃で車のフロント部分は歪な形に成り果ててしまった。

それと同時に標的を含む周りの人間が真剣を携えた男を視認する。

 

「ひいぃ!なんだコイツは!お、お前ら!私を守れ!」

 

ターゲットが声を荒らげる。察しがいいのかどうやら標的が自分だと気づいたようだ。

数人の男が魔法を発動する。しかしボディーガード達の視界からウツギが消え、対象を見失う事で彼らの魔法は定義破綻を起こし発動しなかった。

 

「なっ……!」

 

ボディーガード達が怯んだのを見計らい()()()()()()()()()()()ウツギは自己加速術式を使用し、加速と停止を繰り返すことで残像が残る程の速さで移動しながら剣を振るう。首を刎ね、袈裟を斬り、胸に剣を突き立て、ボディーガードを屠っていった。

 

「がはっ……」

 

最後のボディーガードが心臓を貫かれ膝から崩れ落ちる。常人では目が追いつかない速度で移動しながら剣を振るい、次いで魔法が当たらないウツギに対し、経験があるとはいえ一介のボディーガードでは為す術もなかった。残るは冷や汗をかきながら地面にへたりこんでいる標的のみ。

 

「ご覚悟を」

 

ウツギは剣を構え極めて淡々とした調子で告げる。

目の前に明確な死が近づいてる最中、標的は考える。何故こうなったのか、どうすれば助かるのか。

 

(何で私が……!通信も出来んし……()()()の奴らめ!何が日本での会合は安全だ!)

 

彼はすぐに仲間を通信で呼ぼうとしていたのだが生憎繋がらなかったようだ。そして次に彼は自分が命の危険に晒される前、会合していた連中の事を思い出す。香港系国際犯罪シンジケート、無頭竜(ノーヘッドドラゴン)。ウツギが請け負った仕事の標的が香港系国際犯罪シンジケートだったはずだが、果たして?

 

「ま、待て!貴様の目的はなんだ!何が望みだ!」

 

ウツギは答えない。ここで依頼主から通信が入る。

 

「奴の言葉に耳を貸すな」

 

ウツギは標的に近づき機械的で冷ややかな目線を向ける。

 

「まさか貴様!無頭竜の手の者か!交渉が決裂したからといってこの様な手段に出るとは!」

 

ウツギは心の中でほう……と目の前の人間が吐いた言葉からこの妙な仕事の意味する所を推測する。

 

(ほぼほぼ確定だな。今回の標的はただの名も無き交渉相手。依頼主の方こそが香港系国際犯罪シンジケート、無頭竜。)

 

依頼主からの催促の通信は無い。彼は目の前の震える哀れな男を見据え、こう言い放った。

 

「せめてもの手向けだ、楽に殺してやる」

「待っ……」

 

ゴトっ、と男の首が落ちると同時に血飛沫が舞う。ウツギが控えていた部隊に通信を入れるとすぐさま陰から人員が死体の処理にあたる。魔法のお陰で少々派手にやっても処理が出来るようになっていた。血を発散系魔法で弾き、あたりに散らばった人であったモノを処理する。もうじき処理が終わろうした時に依頼主を監視させていた部隊の人間から慌ただしい雰囲気の通信が入る。

 

「ウツギ殿、何者かが真っ直ぐそちらへ向かっています」

「なに……?なぜだ、認識阻害はどうした」

「ちゃんと機能しているはずなのですが……」

 

この認識阻害は聴覚や視覚だけでなく、人の意識をも阻害する。無効化するには明確に認識阻害の中にあるものを意識しておかなければならない。真っ直ぐにこちらに向かってくるという事はここに何かがあるとバレているという事だ。

 

「そちらに向かっている者の素性が判明……警察かと」

「よりによって……なぜだ」

 

彼は招かれざる客の出現に困惑の色を見せる。

 

「恐らく先程の依頼主が」

「そうか、奴はどうした?」

「それが……急に行方を」

「魔法か」

「はい、急に視界から……申し訳ありません」

 

 

 

(なるほど、だから同行を。認識阻害の類の魔法を破るには明確に位置を意識せねばならない。警察に座標を送ることによってそれをクリアし、俺達に衝突させ俺の追尾を抑制する腹積もりか)

 

「ウツギ様!警察の接近速度、急激に上昇!まもなく到着します!」

「こちらは任せよ、警察は引きつける。他の部隊の撤退を急げ」

 

(無頭竜……何を企んでいるかは知らんが面倒な事を。この借りは高くつくぞ)

 

そう心の中で毒づきながら彼は目の前に近づく正義の味方と対峙する。

 

(穏便に済ませたいところだな)

 

───

 

一般人ならほとんどが寝静まっている時間帯に通報を受け、現場に向かうとある警部は付人の警部補に愚痴を零していた。

 

「それにしてもこんな時間に普通通報するかね。それも座標付きとは」

 

真夜中の出動に気が乗らない彼の名は千葉 寿和(ちば としかず)。警察官でありながら剣術の名家、『千葉』の長男でもある。

 

「怪しいですけど仕事なんですから、真剣にお願いしますよ」

「分かってるって、稲垣(いながき)君は堅いなぁ」

 

彼と行動を共にするのは稲垣警部補。千葉道場の門下生で剣術家でありながら、リボルバー拳銃型武装デバイスを愛用している。

 

「さぁ、この辺だ。警戒を怠るなよ」

 

寿和の雰囲気が変わる。それもそうだろう、こんな夜更けに危険人物の通報だ。それに慌ただしい雰囲気を感じる。多数の人間がいた気配も濃厚だった。

 

「どうやら、何かあったってのは本当みたいだ」

「警部、あそこに誰か」

 

彼らの目の前には明らかに異様な雰囲気を放つ男が佇んでいた。

 

「あー、すいませんそこの方。少々お話を聞かせてもらってもいいでしょうか」

 

その男はゆっくりとこちらを向いた。彼の顔には夏祭りや縁日で見るような狐の仮面、そして手には刀剣に見えるCADが握られていた。

 

 

───

 

来たか、とウツギは声をかけてきた男の方へ体を向ける。

 

(相手は二人、出来れば穏便に済ませたいが増援を呼ばれるわけにも行かない。それに……よりによってあれは『千葉』か。念の為フルフェイスの面を持ってきていてよかった)

 

彼は普段から任務中は顔を隠すために鼻元から下を隠す面を付けていた。もっとも、全面を隠していないのは目撃者が残らない場合が多数だからではある。しかしこの状況なら少しでも怪しまれないためにも外しておくべきだったが、警察にはエリカの兄、千葉寿和がいる。彼とは顔見知りなので顔を覚えられている可能性を鑑みると背に腹は変えられず明らかに怪しい仮面の男となるしかなかったのだ。元より帯刀もしている上にこの見た目だ、今さら誤魔化す必要性も感じなかった。

 

「ここら辺で不審な人物を見たと通報を受けたのですが……何かご存知ありませんか」

 

千葉寿和が相手の出方を伺う。通報にあった危険人物は目の前の人間に間違いないが、一応形式ばった問を投げかけるのだった。

 

「知らない、と言えば帰らせてくれるのか?」

 

寿和はフッと笑いこう返す。

 

「そいつぁ無理な話だ」

「なら何で聞いたんですか……真面目にやってくださいよ」

 

稲垣がツッコミを入れるが、言葉とは裏腹に寿和は刀を、稲垣はリボルバーを構え臨戦態勢だった。

 

「こちらにはお前達と事を構えるつもりは無い。どうか去ってはくれないか」

 

仮面の男は両手を上げ交戦の意思は示さなかった。

 

「俺達も警察でね、さすがに見るからに危険人物のアンタをみすみす見逃すわけには行かないな」

 

寿和はここで確保するつもりだった。向こうはどうやら自分達との衝突が望ましくないようだがそうはいかない。この男はここで捕まえなければならない、そんな気がしていた。彼は小声で稲垣に話しかける。

 

「まず俺が斬りかかる。その隙に増援を呼んでくれないか」

「……構いませんが、なぜです」

「長年の剣士の勘ってやつさ、とにかく一筋縄じゃ行かない相手だ。俺達だけじゃ……多分無事で済まない」

 

頼むぞとつけ加え彼はCADを構え直す。

その様子を見てウツギは心の中でため息を吐いた。どこかで隙を見て離脱したいが生憎そんな隙はないように見える。彼は退く気のない二人に向けて最後の勧告と共に刀剣型CADを抜く。

 

 

「……これは一介の警察が手を出していい案件じゃない、どうか退いてくれ」

「それではいそうですかって引き下がるわけにもねぇ」

 

まぁ目の前の二人はただの警察では無いのだが、などと考えながら芺は作戦を練る。

 

(まず狙うのは後ろのリボルバー持ちの男。エリカの兄上との交戦中に奴をフリーにするのは色々と不都合だ)

 

ウツギはここで二人と交戦するのは仕方ないと妥協していたが、大っぴらに警察とやり合うのは家柄上避けたかった。

それに彼は自らの剣技でどこの家の者かバレる訳にはいかないために普段とは違うスタイルでの戦闘を余儀なくされており、状況は芳しくなかった。

 

(やるなら先手必勝だ)

(来るか……!)

 

寿和はすぐに先手を取られた事を察知し稲垣を守るように防御の構えに入ろうとする。稲垣もすぐに後ろへ退避しようとするが

 

「がっ……!」

 

それすらも凌駕する速度の魔法でウツギは稲垣に肉迫し、掌底と同時に『振動波』を叩き込む。

自らの体に強烈な衝撃を加えられた稲垣は数メートルの飛行の後、許容量を超えたダメージで昏倒した。

 

(まず一人……)

 

そう思い振り向いた瞬間、彼の目の前には寿和の持つ真剣が迫っていた。

 

刀と刀がぶつかり合う甲高い音が夜の街に木霊する。

幾度か剣を合わせた二人は一度距離を置き様子を伺っていた。

 

(想像以上に速い、さすが千葉家頭領。生半可な技では隙さえ作れないか)

 

仲間を倒され作戦が狂っても全く動揺を見せず襲いかかってきた寿和にウツギは賞賛を示していた。

相手に賞賛されているなど露知らず、寿和また目の前の男を分析していた。

 

(まさか稲垣君が狙われるとは……死んではないようだが。回避体勢に入っていて良かった。おまけにアイツからは殺気が感じられない。それにまだ余裕を残してる……となると向こうはやはりここから去るか時間稼ぎが目的か……)

 

寿和は刀を握りしめる。目の前の男の実力は正直言って達人級だ。数度刀を合わせただけで分かってしまった。稲垣を仕留めた接近を感じさせない体捌きによるまるで瞬間移動かのような移動を行う魔法もある。早々に勝負をかけるしかないと思った彼はある魔法を発動し、ウツギに斬りかかる。

ウツギは先程までと同じように受けようとするが、先程とは一線を画す速さで剣を振るう寿和に少々怯んだ。しかしその程度で打ち破れるほどウツギもやわな鍛え方はしていなかった。元より受けの剣技はウツギの十八番である。

 

(あれが千葉寿和の『斬鉄』か。あのサーフボードの様な移動魔法も厄介だ……仕方ない)

 

ウツギは自らの持つ『眼』のお陰か想子(サイオン)の操作が生まれつき得意だった。そんな彼が得意とする『断魔(だんま)』と呼称されるこの魔法は、刀身に干渉力を持った高密度の想子を纏わせ、文字通り魔を断つ。仕組み自体は割とオーソドックスな魔法だった。

寿和は『斬鉄』を用いた高速斬撃で攻めたていたが、全て受けきられていた。そしてまた剣を合わせた瞬間、寿和の『斬鉄』が吹き飛ばされた。

 

「なに……!」

 

ウツギは『斬鉄』が再発動される瞬間に『断魔』で寿和の剣を払うことで魔法を打ち消していた。そして急に魔法がかき消された上に剣を弾かれ体勢が崩れた寿和をウツギは逃さない。

 

「ぐおっ……!」

 

寿和は強烈な蹴りを受け地面を転がる。すぐに受身をとり立ち上がるが

そこに仮面の男の姿はなかった。

気配を探るが先程まであれほど激しい戦闘を繰り広げたにも関わらず仮面の男の気配は全く掴めなかった。それに仮面の男の移動速度は桁違いだった、もう追いつけはしないなと彼は歯を食いしばり悪態をつく。

 

「上になんて報告するか……」

 

寿和は既に後の心配をしながら稲垣を起こしに行くのであった。

 

───

 

警察から逃れたウツギは先程監視を務めていた部隊の人間に話を聞いていた。

 

「急に見失ったと聞いたが、その時の状況を詳しく教えてくれないか」

「はい……ずっと目を凝らして見張っていたんですが、ふと目を離した隙に姿を消していて……」

「それは貴方だけが?」

「いえ、それが何故か見張っていた三人全員が……」

 

ウツギは少し考えた素振りを見せた後、“ありがとう”と言ってその場を後にする。

 

(確定だな……『鬼門遁甲』だ。だがしかし、この魔法の術者が香港系国際犯罪シンジケートと言えど都合良くいるとは思えん……いや、協力者か……まぁいい、とりあえずは『無頭竜』だ)

 

ウツギは目下の標的に意識を向ける。

 

(しかし稀有な『鬼門遁甲』の術者が同じ場所に()()とは……珍しい事もあるものだ)



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九校戦編 第十五話

ブランシュ事件──後にこう呼称されるようになった出来事から数ヶ月後である七月初旬。

芺は真由美と摩利それに加え十文字と共に席を囲んでいた。各組織のトップ……それも上級生と同席する事に芺は少しばかり気が引けていた。

 

「そう構えるな、柳生」

「……申し訳ありません」

 

十文字と芺。お互い自らものを語る事は少なく、必要な時にきちんと意見を述べるタイプの人間なのでどうも会話が滞りがちである。といってもこの場には真由美と摩利がいるので幾分かはマシだったが。

 

「そうよ、ただ『九校戦』の出場種目を決めるだけなんだから」

 

そう、芺は本来真由美だけに伝えに来たはずなのだが、風紀委員会本部に寄った時に摩利に見つかり、彼女も真由美に用事があるらしく同行していた。それに加え生徒会室に偶然居合わせた─真由美と九校戦の参加者について相談していた十文字も交えることとなったのである。

 

「そうだ。二年生の中でも実技がトップのお前には選ばれた者として力を尽くして貰いたいと思っている」

「はい……重々承知しています」

 

その言葉に芺は神妙な面持ちで答える。

 

「ちょっと十文字君?そんな言い方じゃ芺君が怖がっちゃうわ。芺君、十文字君は当校の為にもあなたが最も活躍出来そうな種目に出てもらいたいって事を言ってるのよ」

「……概ね、その通りだ」

 

少々言葉足らずだった十文字のフォローをする真由美。

 

「芺はどの種目に出たいんだ?確か去年はモノリス・コードだった気がするが」

「はい、今年もモノリス・コードには出場させていただきたいと思っています。もう一つは……アイス・ピラーズ・ブレイクにと考えているのですが」

「ふむ……アイス・ピラーズ・ブレイクか。大丈夫なのか?」

 

その“大丈夫なのか”という言葉の意味は、芺の特性に由来するものである。芺は元よりあまり魔法の撃ち合いが得意ではない、と言うよりは遠距離用の魔法をあまり習得していないのだ。それにより、去年も成績優秀にも関わらず新人戦ではモノリス・コードのみの出場となっていた。今年に入ってからも三巨頭は実技ではトップクラスの実力を持つ芺の九校戦の種目は一つの悩みの種だったのだが、どうやらそれは解消されそうである。

 

「はい。自分も、いつまでも魔法の撃ち合いを避けていてはならないと思い立ちまして……近日中に対策を講じれるかと」

「なるほど、お前の事だ。それなりに勝算のある対策なのだろう。では、出場種目はモノリス・コードとアイス・ピラーズ・ブレイクで構わんな?」

「そちらでお願いします、会頭」

「七草も異論はないか」

「ええ、もちろん」

 

十文字は“わかった”と言って別の書類を出す。そこには他の実技の成績優秀者……すなわち『九校戦』出場候補者の名前が並んでいた。

 

「これから出場者の最終決定を行う。柳生、お前の意見も聞きたいのだが」

 

実は芺は十文字には少々慣れていない。もちろん魔法師としても人としてもかなり尊敬している人間の部類に入るのだが、とある出来事から未だ少し気が引けているのである。それを抜きしても芺にはこの誘いを断る術は持たなかった。

 

───

 

「それにしても芺、対策と言うのは一体なんなんだ。去年の様な『精霊魔法』でも使うのか?」

 

九校戦出場者の選出が終わったあと、真由美、摩利、芺の三人は会話を続けていた。

十文字は芺の能力や人柄への信頼からか言及はしなかったが、摩利は少し気になるようだ。そして『精霊魔法』という言葉。実は去年、芺はモノリス・コードに出場するにあたり、高機動と索敵スキルを元に敵のモノリスの鍵を強引にでもこじ開け撤退し、その後は撹乱に回る仕事をしていたのだが、その際に使用した魔法が『精霊魔法』なのである。

もちろん付け焼き刃の魔法で、威力は本来の精霊魔法師には遠く及ばないものの牽制には一役買っていた。むしろ、剣術家の芺が精霊魔法を使用してきたということで意表も突いていただろう。その際には感覚的に雷が使いやすいということで、よく『雷童子』を使用していたようだ。

しかし今回芺は『精霊魔法』ではなく別の魔法を使う気らしい。既に打ち解けた摩利と真由美の前で芺は手をまるで銃のような形にして一言。

 

「コレですよ」

 

──

 

九校戦出場者の選出から数日も経たない頃、芺はとある邸宅にお邪魔していた。使用人に導かれ、居間であろう大きな部屋へと招かれる。

 

「潮さん。ご無沙汰しています」

「やあ芺君。今日はよく来てくれたね」

「いえ、こちらこそ急なお願いをして申し訳ありませんでした。こちら、父上からです」

 

芺が父、鉄仙からの菓子折りを渡したのは中年の男性。彼の名は北山潮。北方潮というビジネスネームを持つ実業家でありホクザングループの総帥。財界のみならず政界にも強い影響力を持っている。名字からから分かるように第一高校一年生の北山雫の父である。

柳生家と北山家は古くから親交があり、今でも交流が続けられていた。なんでも、過去に北山家の要人をボディーガードする際に柳生家の人間が良い働きをした事が始まりだとか。

腕のいいボディーガードを数多く輩出する柳生家はこういった事例が少なくない。北山家もそのうちの一つだった。

 

「いやぁ、まさか芺君から直々にご依頼を承れるとはね」

 

潮はわざと仰々しい口調で喋る。ここまでだと性格の悪い人に見えるかもしれないが、その真逆でひょうきんとした人間で若々しく、尚且つ娘の才能への入れ込みは常軌を逸している。

 

「よして下さい……」

「はっはっは!すまない、困らせてしまったね。早速本題へ移ろう、こっちへおいで」

「では、失礼します」

 

芺は名門の次期当主に見合った品位ある一礼をしてから潮と使用人の後ろについて行く。芺からすれば自らの家と古くから付き合いのある──これまた名門かつ大きな権力を持つ家の主との対面なのだ。粗相のないように心がけていた。

リビングから出て二言三言の言葉を交わしているうちに、これまた格式高い部屋に着く。潮の先導でそこに入り、中心に置かれたソファとテーブルが置かれた場所へ招かれる。

 

「少し待っていてくれたまえ。そうだ、コーヒーは飲めるかい?」

「はい……その、よろしいのでしょうか」

「なぁに、実は最近いい豆が手に入ってね」

 

潮はそう言うと引き連れていた使用人にコーヒーを作らせ始めると、自分は奥の部屋へ入っていった。

使用人がコーヒーを淹れ、芺の元へ運ばれてくると同時に潮がアタッシュケースを持って帰ってきた。

彼は芺の対面に座ると使用人に少し席を外すように伝える。

 

「さて、遅くなってしまってすまないね。これが、ご依頼の品だ」

 

潮がそう言ってアタッシュケースを開けると、中には四丁の拳銃型のCADが綺麗に収められていた。

そう、芺のお願い─潮の言うご依頼とはCADの製造である。潮は娘の為に国内でもトップクラスの腕を持つ魔工師を雇っていたので、そこを頼らせてもらったわけだ。

 

「これは……!……触れてもよろしいでしょうか」

「もちろん。これは君の物だ」

 

芺は四丁のCADの内の一つを手に取る。初めて手に取るはずなのに、よく手に馴染むフォルムをしていた。このCADは特化型CADであり、デザインはシンプルだ。銃身は薄く、塗装は淡い銀色であり、グリップとリアサイトの間に黒色の半楕円の意匠が施されている。八月に開催される『九校戦』に向けて製造されたものである。

その為に規定に引っかからない程度のプロトタイプモデルと、普段使い用の完璧な性能のモデルが二丁ずつ用意されていた。このCADは前述の通り北山潮が有する国内でも指折りの魔工師により製造されており、性能は折り紙付きである。尚、値段も馬鹿にならなかったが、国内有数の優秀な魔工師に依頼出来ただけでも儲けものである。

 

「素晴らしいです。ここまでの出来とは……!」

 

芺は目を輝かせる。芺は高校に入学してから魔法工学に興味を持ち始めており、このCADの出来は想像を超えていた。CADの出来に少し取り乱したことを謝罪する。

 

「申し訳ありません……国内でも選りすぐりの魔工師に向かって」

「いやいや、彼も魔工師冥利に尽きるだろう」

 

そこで芺はあることに気づく。

 

「すみません、潮さん。このCADには既に起動式が組み込まれている気が……」

「はっはっは!気づいたかね。それは私からのプレゼントだ。と言っても一つは……今日はいないんだが、紅音が知っていたものなんだけどね」

「しかし……なぜ」

 

芺の疑問はもっともである。なぜプレゼントを貰ったのかはともかく……一番の疑問はなぜ芺が得意とする系統の魔法を知っているかということだった。

 

「あぁ、その事か。簡単な事だよ、前々から君の父上から遠距離での魔法戦闘の手札が少なくて困っていると聞いていたからね。去年の九校戦で君が使っていた魔法を元に得意系統を予測したわけだ」

 

そう自慢げに語る潮。確かにこのうちの一つはAランク魔法師にしか公開されていないはずの起動式だ。もう一方は一般に公開はされているが、戦闘においてはマイナーとされる魔法だった。しかし─

 

「そうだね、加重系の方は九校戦では力を発揮するだろう。もう一方は……ふふ、使う場面が来ないかもしれないが、もし使う時は気を付けてくれたまえよ」

 

まるで子供のようなイタズラっぽい笑みを浮かべ潮は語る。確かにこの魔法は扱いが難しい、しかし威力はトップクラスだった。場合によっては殺傷性ランクの規定に簡単に抵触しかねない程に。

 

「ありがとうございます。このCADを作ってくださった方々の名にかけて、必ずや良い結果を残してみせます」

 

「頼もしい若者だ。私も嬉しいよ。偏に今年は何の種目へ出るんだい?」

「今年はアイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードへの参加が予定されています」

「ほう……アイス・ピラーズ・ブレイクの方は初参加だね。早速僕が渡した魔法式が活躍しそうじゃないか?」

「ええ、存分に」

 

芺はここにきて力強く答える。

 

「はっはっは!本番を楽しみにしているよ」

 

潮はバンバンと芺の背中を叩く。思いの外時間が経っていた。稽古の時間が迫っているということでお暇しようと思った芺だったが、ここで一番避けたかった質問が飛んでくる。

 

「そうだ……九校戦には雫も参加するそうなんだがね……本音のところ……雫は……どうかな?」

 

“どうかな?”にはとてつもなく重い意味が込められているのだが、芺は少し肩を揺らした後、こう答えた。

 

「私は……これでも柳生家次期当主という身ですから、身の振り方は私の一存では決められないのです。過ぎた事を申しますが、もし潮さんのそのお言葉が真意であるというのならば、この一件は一度持ち帰らせていただきます」

「……確かにそうだ。またお父上とも話さなければな。はっはっは!」

 

また快活な声で笑う。そのタイミングで使用人から芺に迎えが来たと知らせが入る。芺は“では”と言って席を立つ。

 

(全く……油断も隙もないお方だ。本気ならそれはそれでとても面倒なのだが)

(全く……賢い子供だ。上手いこと避けられてしまった)

 

「本日は、本当にありがとうございました。代金の方は既に振り込んでありますので」

「分かった。それじゃあ、また来てくれ。父上にもよろしく頼むよ」

 

芺はアタッシュケースを下げて、迎えに来た竜胆の車に乗り込む。

 

「はぁ……」

「珍しくお疲れのようですね」

「潮さん、いい人なんだがなぁ……」



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第十六話

夏本番が近づく七月中旬……芺は十文字がトップに立つ部活連本部に足を運んでいた。

現在、ここには『九校戦』に出場する選手及びエンジニア─技術スタッフが集合し、会議のようなものが行われていた。

まず九校戦についてだが、これは全国魔法科高校親善魔法競技大会の通称であり、日本国内に九つある国立魔法大学付属魔法科高校の生徒がスポーツ系魔法競技で競い合う全国大会である。

例年富士演習場南東エリアの会場で十日間開催され、観客は十日間で述べ十万人ほどである。

参加人数は各校から新人戦選手男女十名ずつ、本戦選手男女十名ずつの四十名、作戦スタッフは四名、技術スタッフ(エンジニア)は八名が参加できる。

一人の選手が参加できる競技は二種目のみで、一つの競技にエントリーできるのは各校とも最大三人まで。新人戦は一年生のみで、本戦は学年制限なしである。

そして、その九校戦の出場選手の選出は実力優先のため、少なくとも第一高校では生徒会主導の元行われている。第一高校から出場する選手は十文字の協力の元決定していたのだが、エンジニアが一人不足していた。そこで白羽の矢が立ったのが達也である。しかし一年生がエンジニア入りすること自体が前例は無く、更にそれが二科生となると反発とは行かなくてもそれを否定的に見る人間が出てくるのは必然かと思えた。そこで現在、部活練本部にて生徒会は達也のエンジニア入りを推薦するという旨を他の九校戦参加者に伝えたのだった。

 

「生徒会は技術スタッフとして一年E組司波達也君を推薦します」

 

「二科生が……!?」「でも風紀委員なんだろ?」「CADの調整なんて出来るのか」

 

やはり一科生からは否定的な意見が散見される。

 

「達也さんの実力も知らないのに……」

「うん……私も達也さんに担当してもらいたいな」

 

達也のことをよく知る雫とほのかは達也のエンジニア入りに肯定的だった。もっとも、ほのかの場合は別の想いがあるかもしれないが。

 

「納得いかない者がいるようだが……司波の技能を実際に確かめてもらうのが一番だろう」

「具体的にはどうする」

「実際にCADの調整をやらせてみればいい。なんなら俺が実験台になるが」

 

司波の実力を知っている十文字は躊躇いもなくそう述べる。しかし、二科生への偏見を捨てきれない他の人間は簡単には承諾しないようだった。

 

「危険です!下手なチューニングでもされたら、怪我だけでは済みません!」

「では、彼を推薦したのは私ですから、その役目は私がやります」

 

責任感からか、はたまた達也への個人的な気持ちかは定かではないが真由美も名乗り出る。しかし

 

「いえ、その役目、俺にやらせてください」

 

立ち上がりそう言った男は、誰から見ても意外な人物であっただろう。達也からしても入学当初に一悶着あった人物なのだから。しかし、だからこそ達也からすれば少々嬉しい申し出だったのかもしれない。

 

(桐原……いい男気じゃないか)

 

───

 

「課題は、競技用CADに桐原先輩のCADの設定をコピーして、即時使用可能な状態にする。但し、起動式そのものには手を加えない……で、問題ありませんね?」

「うん、それでお願い。……どうしたの?」

 

達也から課題の確認を受けた真由美は、どこか乗り気では無いように見える達也に問いかける。実際、達也自身はエンジニアチームに入りたかった訳ではなく、偏に深雪にお願いされたからなのだが。

 

「スペックの違うCADの設定をコピーするのは……あまりオススメできないんですが、仕方ありませんね。安全第一でいきましょう」

 

その達也の言葉に真由美は首を傾げる。確かに、その言葉の意味を理解できた者は少ないだろう。

達也は端末を操作し始め、桐原はサングラスのようにも見えるディスプレイを装着し、端末に手をあてスキャンを開始する。直ぐにスキャンは終わり、その旨が桐原のディスプレイに表示されたところで達也から“外してもいい”と言葉をかけられる。

桐原がディスプレイを外すと、達也が端末を操作している姿が目に入った。当の達也はとてつもない手際で手打ち入力での調整を行っていた。その様子を見てほとんどの人間は懐疑的な目線を向けたが、一部の人間はその異常性に驚いていた。

 

「何やってんだぁ?アイツ」「今時キーボードオンリーなんて、古すぎるよ」

 

「へぇ……完全マニュアル調整か」

「啓、それって凄いの?」

「うん。けど、彼がやっている事がなんなのか、分からない人の方が多いみたいだ」

 

八割方の人間が同じような考えに至る中、紫髪の女子生徒に“啓”と呼ばれた美形の男性は答える。この男子生徒は五十里啓。刻印術式の権威である五十里家の直系である。芺やエリカのCADに組み込まれている刻印は五十里家の協力の元作成されていた。家絡みの付き合いもあることから芺とは仲の良い生徒の一人でもある。

そしてその隣の女子生徒の名は千代田花音。『地面』という概念を持つ対象にに強い振動を与える魔法を得意とする千代田家の直系であり、五十里啓の許嫁である。

 

「俺はこういった分野は齧った程度だが……確か、桐原のCADのスペックはそこそこに高かったと記憶しているのだが」

「ああ、スペックが異なるCADの設定のコピーは難易度が高い。それを全てマニュアルで行う技術は、高く評価されるべきだろう」

 

芺は記憶の擦り合わせ位のつもりで言ったのだが、まさか服部がそこまで達也を評価するとは正直思っていなかった。芺はそんな服部を見て小さく微笑んでいた。

 

「……なんだ」

「いや、お前も成長したな、と思ってな」

「フン……」

 

服部は当然だと言わんばかりに正面に向き直る。もう間もなく達也の作業は終了するかと思われた。

 

(達也君の存在は……まだ小さな影響力かもしれないが、確実にこの学校を良い方向へ向かわせている。一年生の彼が、まるで沢山の人の中心になりつつあるようだ。……とても、いい傾向だ)

 

芺がふとこんな事を考えていると、ちょうど達也の作業が終了したようだった。

 

「終了しました」

 

その言葉を待って、桐原は競技用CADを身に付ける。そして桐原は自らが得意とする魔法『高周波ブレード』を発動させた。

 

「桐原、感触はどうだ」

「問題ありませんね、全く違和感がありません」

 

その言葉に摩利と真由美は顔を明るくさせるが、とある男子生徒は未だ否定的だった。

 

「一応の技術はあるようですけど、いい手際とは思えないね」「やり方が変則的すぎる」

 

そんな意見が飛ぶ中、CADへの造形が深い中条あずさは力強い口調で喋り出す。

 

「私は司波君のチーム入りを強く支持します!彼が見せてくれた技術はとても高度なものです!全てマニュアルで調整するなんて私には出来ません!」

 

生徒会の会計でありCADの知識が豊富なあずさが達也を支持した事にそれについて否定的な生徒達は少し驚いたように見えたが、まだその姿勢を崩さない。

 

「確かに高度な技術かもしれないけど、出来上がりが平凡じゃ意味が無いよ」

 

そんな中、意外な人物が達也のチーム入りへの支持を示した。

 

「桐原個人のCADは競技用の物よりハイスペックな機種です。使用者にその違いを感じさせなかった技術は、高く評価されるべきだと思いますが」

「まあ、そう言えなくもないが」

「会長、私は司波のエンジニアチーム入りを支持します」

「はんぞー君……!」

 

そう、こちらも入学当初に達也と一悶着あった服部刑部少丞範蔵副会長である。生徒会副会長である彼が……二科生を差別していた彼がその言葉を発する意味はとても大きなものだった。もちろん、彼自身にとっても。

 

「九校戦は当校の威信をかけた戦いです。一年生とか前例が無いとか、そんな事に拘っている場合ではありません」

「俺も同意見です。彼の技術力は我が校にとって大きな力となる。それを示した今、彼をエンジニアチームに加入させる事が当校にとって最善かと思われます」

 

芺も一瞬の間を置いてから話し始める。達也の手腕を九校戦という舞台で見てみたいという個人的な欲求もあったために、出過ぎた真似かとは思いながらも彼は意見を口にした。

二つの組織のNo.2が達也のエンジニアチーム入りを支持した所で、最後のダメ押しが入る。

 

「服部や柳生の指摘は、尤もなものだと俺も思う。司波は我が校の代表メンバーに相応しい技量を示した。俺も司波のチーム入りを支持する」

 

この先の展開は定かではないが、恐らく十文字会頭のその言葉に反論する者はいなかっただろう。

これを経て司波達也のエンジニアチーム入りが確定とされた。

 

──

 

七月十八日の五限目に第一高校で九校戦の発足式が開催されていた。両名とも九校戦参加者ではあるのだが、司会を生徒会長である七草真由美が務め、九校戦参加者に配られるバッジを付け送り出す役目を新入生総代であった司波深雪が務めた。皆が一様に胸に花弁を付けた制服を着る中、二科生である達也も花弁が刺繍された制服を着用していた。

 

遂に、各魔法科高校の威信をかけた九校戦の開催が近付いてきた。しかし─やはりと言った方が良いだろうか。今回も何の事件もなく終える事は叶わないのかもしれない。

 



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第十七話

夏本番となった八月一日。一高生を乗せたバスは定刻から一時間半経っても未だ出発出来ずにいた。炎天下の中、律儀に外で出席確認をする達也と日傘を差す摩利は唯一まだ来ていない女子生徒の到着を待っていた。

 

「ごめんなさぁ〜い!」

「真由美遅いぞ、一時間半の遅刻だ」

「ごめんごめん!」

 

その女子生徒とは今しがた到着した七草真由美である。彼女は炎天下の中待たせた達也に謝罪する。

 

「ごめんね達也君。私一人のせいで随分待たせちゃって」

「いえ、事情はお聞きしていますので。急に家の用事が入ったとか」

 

七草真由美は高校生ではあるが、第一に苗字から察する通り『十師族』七草の長女である。その身分となれば急に外せない用事が出来てもなんらおかしくはないように思えた。

そんな真由美は達也の言葉には返事をせず、代わりに可愛らしいポーズと共にとある質問をなげかけた。

 

「ところで……これ、どうかな」

「とてもよくお似合いです」

「そう?ありがとう。……でも、もうちょっと照れながら褒めてくれると言うことなかったんだけど」

 

真由美は俗に言う小悪魔的な言動を見せる。相手がどこかの副生徒会長なら効果覿面、真由美も満足と言ったところなのだが、目の前の仏頂面にはあまり効き目が無いらしい。

 

「ストレスが溜まっているんですね……十師族、それも七草の仕事ともなれば気苦労も多いでしょう。さ、出発しましょう。バスの中で少しは休めると思います」

 

全く見当違いの解釈をした達也は頭を下げ、エンジニアチームが乗る車両へ歩み出す。

 

「ちょっと!あの……達也君!……何か勘違いしてない?」

 

一時間半遅刻した真由美を乗せ、選手を乗せたバスは走り出した。その後ろを達也や五十里といったエンジニアチームが乗る車が追いかけるといった形になっている。そう、選手とエンジニアは別の車両なのである。

バスが出発して間もない頃、真由美は愚痴……とまではいかないが、思い通りにならない後輩に向かっての気持ちを零していた。

 

「……達也君ったら、私をなんだと思ってるのかしら。席だって隣に誘おうと思ったのに」

「的確な判断です」

「え?」

「会長の餌食になるのを回避するのは、的確な判断だと申しましたが」

 

真由美に対し見方によれば不遜とも取れる発言をしたのは生徒会会計の市原鈴音。だが決して悪人ではなく、付き合いの長いじゃれあいのレベルである。あの真由美と長く付き合ってるだけのことはあり、たまに真面目な顔をして人をからかう様子も見られる。

 

「ちょっ!ひどい!」

「もっとも、司波君は相手の魔法を無効化する事が出来るとか。会長の『魔顔』も、彼には通用しないかもしれませんね」

「もう、知らない!」

 

そう言ってそっぽを向く生徒会長におずおずと話し掛ける人物がいた。その人物の腕には暖かそうなブランケットが収まっていた。

 

「会長……やはりご気分が悪いんですか」

「はんぞーくん!ええっと、別にそういう訳じゃ……」

 

真由美は取り繕ったわけでも嘘でもないのだが、服部副会長は勘違いというか……拡大解釈というか、なんにせよ大層真由美が心配な様子だった。

 

「我々に心配させたくないという会長のお心遣いは尊重すべきとは存じましたが……ここで無理をされてますます体調を崩されては……と」

 

ここまで語ったところで服部の目に飛び込んできたのは、憧れの人の夏本番の暑さによる薄着姿である。可愛らしい真由美のワンピースから伸びる綺麗なふとももを視界に捉えてしまった服部は顔を赤らめ、徐々にか細い声になっていった。

 

「服部副会長。どこを見ているんですか」

「わ、私は別に何も!」

 

情けない声を上げた服部はしどろもどろになりながらも当初の目的を果たそうとする。

 

「その、会長にブランケットとでもと……思いまして……」

 

服部が言い終わるのを待たずして市原は席を空ける。

 

「ではどうぞ」

 

そう言ってあざとい体勢で待つ真由美の方へ誘う。服部は名状しがたい声を出して“あっ、あ……“と酷い有様である。

 

「全く、何をしているんだあいつらは」

「全く、何をしているんだ服部……」

 

二人の風紀委員会のトップとNo.2は意味は違えどお互いに同調するようにため息を吐いていた。

服部の後ろに座っていた摩利は真由美が服部をオモチャにすることを少し気にかけてはいるが、気苦労が絶えない真由美の事を考えるとある程度は仕方ないか……とも思っている。

一方、服部の隣に座る彼の友人である副風紀委員長は頭を抱えていた。自らも服部をからかいはするが、少々コレは目に余ったのかもしれない。席に戻った服部の肩に置かれた手は優しさが感じ取れた。

 

ふと、摩利は隣に座る千代田花音がまるで意気消沈している事に気づく。

 

「花音?」

「はい……」

「宿舎に着くまでせいぜい二時間だろう。なんでそのくらい待てないんだ」

「あ!それひどいです!そのくらい待てますよ?でもでも、今日は啓とバス旅行が出来るって楽しみにしてたんですー……」

「はいはい」

 

摩利は千代田の五十里への惚れ具合に圧され適当に流そうとするが、千代田はとどまる事を知らず拳を握りしめ更に悔しそうに述べる。

 

「それに許嫁と一緒にいたいと思うのは当然じゃないですか!大体、なんで技術スタッフは別の車なんですか!このバスだってまだまだ乗れるし、分ける必要なんてないじゃないですか!」

「花音、いい加減にしろ」

「でもでもー!」

 

摩利はどんどんヒートアップしてきた千代田を諌めるが、彼女がこれで気が済むとは思えなかった。

 

───

 

安全運転を続けるバスと技術スタッフを乗せた三台の車。真由美も疲れからか目を閉じており、後は到着を待つだけかと思われた。

だが、そうは問屋が卸さない。突如として反対車線の一般車のタイヤがパンク。壁に激突しコントロールが失われた車はあろう事か大きく斜め上に吹き飛び、炎を上げながら反対車線の一高生を乗せたバスに目がけて突っ込んできた。

芺は取り乱すこと無くバスに対して魔法を行使する。バスの運転手は必ずブレーキを踏む、それを補助する目的で『慣性中和魔法』を使用し、急ブレーキで滑る車体を安全に停車させた。

しかし、他の生徒の中には芺のように冷静ではいられない者もいた。森崎、雫、千代田を始めとした生徒がバスに向かってくる車に対して魔法を行使する。

 

「消えろ!」「止まって!」「吹っ飛べ!」

 

しかし、同程度の干渉力に加えそれぞれが別の事象を引き起こす魔法を行使しようとしたため、魔法式の相克が起き事象改変は行われず、ひどい想子の嵐が発生した。服部も同じく魔法を発動しようとしたが、魔法式の相克が起こることを予測し魔法の発動を取り止めていた。

 

「バカ!やめろ!」

「皆!落ち着いて!」

「魔法をキャンセルするんだ!」

 

しかし二人の呼びかけは空しく魔法式の相克は起き続ける。

 

「十文字、押し切れるか」

「防御だけなら可能だが、想子の嵐がひど過ぎる。消火までは無理だ」

「私が火を」

 

そう名乗り出たのは司波深雪だった。実の所、その申し出は兄への信頼あってのものなのだが、現時点でそれを推測できた者はいなかったであろう。

 

「頼むぞ」

「はい!」

 

かといって、いくら深雪といえど今尚発生し続けている魔法式の相克により、車に対して魔法を作用させるのは不可能かと思われた。しかし、車に作用していた魔法式の全てが突如吹き飛ばされる。それと示し合わせたように深雪は魔法を発動し、車の炎は消え去った。

 

「はああああ!」

 

鎮火を待ってから十文字はお得意の対物障壁魔法を発動する。これらの生徒の活躍により車は鎮火され、バスに衝突する直前で停止した。

取り敢えず一難は去ったが、摩利は先程起きた不可思議な出来事──車に作用していた魔法式が全て吹き飛ばされた事に気が向いていた。

 

(一体何が起こったんだ……)

 

しかし深雪は確信を持っていた。誰が何をしたのかを。

 

(『術式解散(グラム・ディスパージョン)』……さすがはお兄様です)

 

───

 

一難去ってまた一難……とはならず、一高生を乗せたバスは一応の平穏を取り戻した。外では技術スタッフ主導で交通整理が行われている中、生徒会長である真由美が皆に声をかけていた。

 

「皆、大丈夫?十文字君もありがとう。お陰でバスは無傷よ。それに深雪さんも。素晴らしい魔法だったわ」

「光栄です、会長。ですが魔法式を選ぶ余裕が出来たのは芺先輩が『慣性中和魔法』で急ブレーキしたバスを止めてくださったからです」

 

隣に座る服部に先程焦らずに魔法を取り止めた事を褒めていた芺はまさか気付かれていたとは思わなかったが、その程度の予想外を表に出すことは無くこちらを覗き込むようして礼をする深雪に、少し振り向き軽く手を挙げて返答とする。

 

「芺君が……」

「それに比べてお前は!」

 

摩利はそう言って千代田の頭を小突く。

 

「森崎や北山はまだ一年生だから仕方がない。だが二年生のお前が真っ先に引っ掻き回すとはどういう了見だ」

 

耳の痛い言葉に千代田は肩をすくめる。

 

「無秩序に魔法を発動すれば、魔法が相克を起こしまともな効果が出ない事くらい知っているだろう」

「すみませんでした……」

 

「……緊急の時ほどまずは落ち着いて、コミュニケーションを忘れないようにしましょう!」

 

真由美が場を上手くまとめる中、摩利は外で交通整理を続ける達也を見て一つの推測を立てていた。

 

(あの魔法式を消したのは……)

 

───

 

九校戦の宿舎……と言っても軍の所有物でかなり豪華なホテルにも見える施設にバスとエンジニアを乗せた車両は到着した。

服部はバスから降りる際に先程の一件で素晴らしい働きをした深雪が達也の元で会話しているのを見かける。その様子を見て二人の男子生徒が声を掛けていた。

 

「どうした?服部」

「お前が真由美さん以外の女性を見つめるとは珍しい」

「なっ……何を言う!」

 

目を細めてそうからかう芺。桐原も小さく吹き出していた。

 

「で、何かあったのか。少なくとも好調には見えないが」

 

芺はすぐさま切り替え真面目な調子で問う。

 

「ちょっと……自信を無くしてな」

「おいおい、明後日から競技だぜ?こんな時に自信喪失かよ」

 

少々自嘲気味に語る服部を桐原は元気づける目的で少しからかうように言う。

 

「さっきの事故の時」

「ああ、ありゃ危なかったな」

「俺は結局、何も出来なかった」

 

服部は歩きながらも下を向いていた。

 

「バスの中でも言ったが、あそこで踏みとどまったのはお前の優れた行動力と判断力を示すものだったと思うぞ」

 

芺はお世辞でもなんでもなく、ただ本心でそう言った。しかし服部からすればそれは先程の事故で一役買った者からの言葉であり、正面から受け取ることは出来なかった。

 

「だが、お前や司波さんは正しく対処して見せた」

 

服部は自らの力を顧みて、冷静に分析をする。

 

「それに、多分単純な力比べでは俺は司波さんや芺には勝てないだろう。だが、魔法師としての優劣は魔法力の強さだけで決まるものではない」

 

服部のその発言に桐原は目を見開き、芺もほう?と少し嬉しそうな顔を見せる。

 

「その通りだ。現に俺は魔法の撃ち合いに限るなら俺はほとんどの人間に厳しい戦いを強いられる。それは魔法力の強さとは関係の無いことだ」

「そうは言うがな。魔法の才能どころか魔法師としての資質まで年下の女の子に負けたとあっては、自信を失わずにはいられんよ」

「まぁ、その辺は場数だからな。その点、あの兄妹は特別だと思うぜ」

 

桐原はそう言ってフォローを入れる。“特別“という言葉に服部も少し興味を惹かれたようだ。

 

「兄貴の方は……ありゃ多分()()()()な。なぁ芺」

 

桐原は低い声で司波兄妹に聞こえないように芺に話を振る。芺も少し呆れ口調で“十中八九な“と返した。

 

「やってるって……実戦経験があるって言いたいのか」

「雰囲気がな……四月の事件、覚えてるだろ」

「ああ……」

「桐原」

 

この四月の事件とは、あのブランシュ事件の事である。だが当事者である桐原や芺とそうでない服部達とはもたらされた情報に相違があった。それを踏まえた上で芺は名前で注意をする。この場ではあまりブランシュ事件の内容には触れないようにした方がいいという訳だ。桐原も“分かってる“と芺を制し、話を続ける。

 

「俺と芺はあの時現場にいた。司波の兄妹もな」

「本当か」

 

桐原の言葉の真偽を服部は芺にも確かめる。

 

「事実だ。達也君は……落ち着いていた。感情が介在するとは思えない程に、淡々と」

「確かに。兄貴の方、ありゃやばいな。海軍にいた親父の戦友たちと同じだ。いや、その何倍も濃密な殺気をコートでも着込むように纏っていやがった」

「司波さんもか」

「実際に見た訳では無いが、肌や感覚で判る事もある」

 

芺はこの場では伏せたが、ブランシュ事件の際に強力な振動減速系魔法の発動を感じていた。芺は霊子放射光過敏症を患っているが、それの副次的な効果で……九重寺での修行の成果でもあるのだが、比較的強い霊視力も持っている。それにより魔法による精霊のざわめきを感じとっていたのだ。

 

「しかし、魔法師の優劣は魔法力の強さだけで決まるではない。か」

「何が言いたい」

 

服部は少し怯みながらも問いかける。

 

「くくっ、さあな」

「おい桐原!」

 

そう言って桐原は笑う。それ以上は言う気が無いようだ。

 

「桐原は“もしそのセリフがお前の口から出たと知ったら会長は大喜びするだろうな“とでも言いたかったんだろう。それについては俺も同意だが」

 

芺はバスの中の時のように優しく服部の肩を叩く。憧れの人の名前を出され、赤面した服部は何も語らず宿舎の中へ歩いていった。その後ろを桐原と芺が並んでついて行く。

 

「ブルームやウィードだなんて、たかが入学前の実技試験の結果じゃないか。現に二科生の中にもデキる奴は少なくない。今年の一年生は特にな」

 

そう言って桐原は振り向き、今年度に入学した一年生の優等生と劣等生の兄妹を見据えていた。

 




今まで毎日投稿をしてきましたが、実はこの作品は不定期更新であるということをお伝えしておきます。元々、毎日更新するとは明記していなかったのですが、勘違いしている方もいらっしゃるかもしれないので一応という形でご連絡させていただきます。

ですが、自分のためにも可能な限り更新間隔は空けないようにしていくので、その点ご理解の程よろしくお願い致します……!


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第十八話

芺達が宿舎であるホテルの中に入ると、そこに芺には見覚えのある赤髪の少女がいた。ブランシュ事件の頃より少し髪の伸びた彼女はかなりラフな格好をしているように見える。

芺はその少女が視界に入ると、驚きと疑問で一瞬固まり、どうしようかと考えているうちに目が合ってしまった。

 

「あ!芺さん!ちょっと久し振りですね」

 

芺が知り合いと思しき少女に声を掛けられたのを見て桐原は

 

「先行ってるぜ」

 

と言って服部と共に先に進んで行ってしまった。小さなため息をついた芺はエリカにもっぱらの疑問を投げかける。

 

「エリカ、なぜここにいる」

「そりゃあ、皆の応援に」

「九校戦の開催日を勘違いしてないか?」

 

ここまで会話した所で、荷台を押す司波兄妹が入口からロビーに入ってきた。

 

「やっほー!」

「達也君、長旅お疲れ様」

 

意外な人物の登場に深雪は驚く。達也はそこまで驚きを表には出さず“先輩もお疲れ様です“と少し頭を下げた。彼はそのまま荷車を押して行った。

 

「深雪、先行ってるぞ。エリカ、芺さん、また後で」

「ええ」

「ああ、うん、ちょっと……ちぇっ、挨拶くらいさせてくれればいいのに」

 

達也の言葉に笑顔で返した芺はエリカを慰める。

 

「技術スタッフは忙しいからな、啓達が待っているんだろう」

「芺先輩の仰る通りよ。それにしてもエリカ、なぜ二日も早く……」

「エリカちゃーん、お部屋のキー……あれ、深雪さんに……こ、こんにちは!!」

 

深雪が芺も気になっていた疑問を投げかけると同時に、これまた何故か美月が現れる。芺と美月は勧誘の件以降あまり関わりは無かったが、顔は覚えていたのか頭を下げる。

 

「美月、あなたも来ていたの」

 

深雪は美月の服装を見て“あ……“と小さく声を漏らし、黙りこくってしまう。

 

「深雪さん?どうかしたんですか」

「……派手ね」

 

確かに美月の服装は少々肌の露出が多く“派手“と言えるだろう。美月は一応先輩の男子生徒もいることから少し恥ずかしがりながらも尋ねる。

 

「そ、そうでしょうか……エリカちゃんに堅苦しいのは良くないって言われたものですから……」

「エリカ……」

「〜♪」

 

芺と深雪から抗議の目線を受けたエリカはわざと拙い口笛を吹いて誤魔化す。

 

「美月、悪い事は言わないから早めに着替えた方がいいわ。似合っていて可愛いけど、TPOに合っていないと思うから」

「や、やっぱり……」

「えーそうかなぁー」

 

ここで去り時を失っていた芺は強引にでもこの場から離脱する決心をした。そういったものにはあまり関心はないが“派手“な服装に関してこれ以上目の前で会話されるのは避けたかった。

 

「……俺はここらで失礼させてもらう。人を待たせているのでな」

「はーい、懇親会楽しんでくださいね」

 

芺は小さく手を振ってその場を後にする。実の所、年下の女子生徒三名と同席している光景は傍から見ればどう見えるのかが心配だったのは秘密である。後に、この事について桐原あたりからかわれることになるのだが、それはまた別のお話である。

 

───

 

九校戦の二日前である今日の夜。九校戦宿舎では懇親会と銘打たれた立食会のようなものが行われていた。そこには九校戦参加者が全て集まるので、必然的に敵との顔合わせが起こる。しかしそれは水面下で起こることであり、基本的に生徒は懇親会を楽しんでいるであろう。

 

芺は一応身分としては古式魔法の名家の次期当主としての顔もあるので、他の高校の同年代の生徒には知り合いも少なからず同席していた。これは逆の立場からしても同じである。彼らは礼儀として挨拶はしなければならないが……ここに来ている時点で潰し合う敵同士である。芺は少々気が乗らなかった。

 

「あら、名家の跡取りさんはご挨拶がお嫌いなのかしら」

「……いえ、そういう訳ではありませんよ。七草嬢」

 

次は誰だ……と思えばこれまた名家どころか十師族の人間だったのだが、幸い彼女とは同じ学校の先輩後輩である。余り顔には出していなかったはずだが、付き合いの長い彼女は雰囲気で察して声をかけてきたのだろう。芝居のがかった調子で話しかけてきた真由美に珍しく芺も芝居のがかった口調で返す。

 

「挨拶も大事だけど、チームメイトとのコミュニケーションも大事よ?こっちにいらっしゃい」

「すみません。気にかけていただいて」

 

そう言って真由美は芺を一高生の人間が多いところに連れていく。芺はあまりこういう場は得意ではなかったが、世話になっている先輩方とは最後の九校戦である。摩利や真由美、辰巳達と談笑しているうちに、芺もこの懇親会を楽しもうとしていた。

 

「やあ芺君」

「やっほー!」

 

次に話しかけてきたのは五十里と千代田の許嫁コンビだった。千代田個人とはあまり関わりは無いのだが、五十里とは学校でも比較的仲の良い部類に入る人物だった。だが五十里と関われば必ず隣には千代田がいる。それが芺が千代田と少々の友人である所以であった。

 

「啓、調子はどうだ」

「良好だよ。サポートは任せてね」

「ちょっとー、私は?」

「聞かなくても元気そうだったからな」

 

千代田と芺は軽口を叩き合うが、五十里はニコニコしているままである。五十里は体格は華奢で更に中性的で美形でもあるため、他の男子から少しばかり接しづらいと思われていた。しかし芺はそういった事には無関心なため、五十里からすれば数少ない男友達であり、その友人が自らの許嫁と仲良くしてくれているのは嬉しい事なのである。

五十里達と別れ、芺が飲み干したジュースを補充しに行こうとすると……

 

「お飲み物はいかがですか?」

「はぁ……なら、頂こう」

 

芺は赤髪のメイドから飲み物を受け取り、少し口をつける。

 

「やけに早い到着だなと思えば、こういう事か」

「ご名答~♪」

 

呆れ顔の芺にメイド服姿のエリカはVサインを見せる。

 

「それにしても、なんでこんな所に。まさかメイド服でアルバイトが目的ではないだろう」

「えーと……それは、その」

 

エリカは言い淀む。エリカは言いたいが、言い出せなかった。芺は優しいのである。ここで“親の意向に従った結果だ”と不服そうに言えば彼はエリカの味方をしてくれるだろう。だがそれでは、エリカは自身が惨めに思えてしまうのだ。

 

「……まぁ、言いにくいなら詮索はせんよ。ほら、仕事は山ほどあるぞ」

 

この空気を変えたいと思った芺は飲み干したグラスを持つ第一高校の生徒の方へ視線を誘導する。その先には達也がいた。

 

「はいはい、分かってますよーだ」

 

エリカはそう言ってトレーを持って歩いて行く。芺はエリカが言いたがらない事なら大抵は親関係という事を知っているのでこれ以上この話を膨らませたくはなかった。

芺は皆の所に戻って、十文字と辰巳と会話していた。芺、十文字、辰巳はモノリス・コードの本戦出場者である。軽い作戦会議を終え、芺は少し何か食べようとして会場を歩いていた。そこで、見覚えの人物を発見する。

 

「幹比古君か……?」

「あえ、芺さん」

 

知り合いの人間が給仕姿でいる所を目撃してしまった。それも後輩であり、挨拶のタイミングを逃し続けていた吉田幹比古である。彼は驚きで変な声を上げながらもすぐに姿勢を正した。

 

「何してるんだ……」

「その……色々ありまして」

「君もか……」

 

芺と幹比古の二人は同じく古式魔法の名家の跡取りとして顔を合わせることが多かった。芺は幹比古が現在スランプに陥っている事も知っており、気にかけてはいたのだが今の今まで顔を合わせる機会が無かったのだ。

そしてまず第一になぜ幹比古がここにいるのか。それは先程九校戦の応援には早すぎる到着だったエリカがいた事に関係しているのは大方間違いではないだろう。

 

「実は、僕やエリカの父上に」

「幸比古殿と丈一郎殿か」

 

特にエリカの父である千葉丈一郎であれば、軍とのコネクションで特定の人間を施設内部に潜り込ませることくらいは造作もないことである。しかし、なぜ幹比古まで着いてきたのは分からなかったが、彼のスランプに起因しているのかもしれないということまでしか推測できなかった。

 

「まぁ、なんだ。この九校戦は君にとっていい刺激となるだろう。もし、何か力になれる事があれば言ってくれ」

「ありがとうございます。……でも、僕は」

「ミキー!」

 

幹比古は自らの父に“本来自分が立つはずだった場所を見てこい”と言われているために、芺の言葉は似たような意味に感じられてしまった。卑屈な言葉を言いかけたところに一際明るい声が鳴り響く。

 

「どうしたんだいエリカ」

「いや、深雪にミキを紹介しようと思って」

「そうか……って、僕の名前は幹比古だ!」

 

いつも通りのやりとりをしたところで芺からもフォロー(?)が飛ぶ。

 

「まあまあ、ミキ君もいい機会だから行ってくるといい」

「は、はい……って、僕の名前は幹比古です!」

 

先程より少し控えめに主張する幹比古。芺は今日は何だか雰囲気にあてられいつもより感情が豊かだった。

幹比古を連れたエリカは先程まで深雪がいた達也の元へ帰ってきたが、既に深雪は同年代の女子生徒の元へチームワークのために挨拶に行っていた。

エリカは深雪がいないと知ると幹比古には仕事があるぞと給仕に向かわせ、達也と二人きりで会話していた。

 

「少し手加減してやったらどうだ」

「……そうね、少し八つ当たり気味だったかな。ミキがこういうの苦手なのはよく知ってんだけど……でもね」

「怒らせたかったのか」

 

エリカは幹比古を仕事に向かわせた時とは違い、真面目な調子で語り始める。

 

「うーん、どうだろ。屈折しすぎていて見ていてイライラするってのはあるんだけどね」

「優しいんだな」

「よしてよ」

 

エリカは首を左右に振って答える。

 

「私もミキも、今日ここにいるのは自分の意思じゃない。親に無理強いされた結果よ。優しく見えても、それは同類が相哀れんでいるだけ」

「事情は聞かない。聞いてもどうしようもないからな」

「ごめん……そうしてくれる?……ねぇ、達也君」

「なんだ」

 

少し雰囲気の変わったエリカに気付く素振りのない達也は先程と変わらない調子で返す。

 

「達也君ってさ、冷たいよね」

「いきなりだな」

「でも、その冷たさがありがたい、かな。優し過ぎないから、安心して愚痴をこぼせる。同情されて、惨めにもならない。……ありがと」

 

エリカは達也をのぞき込むようにして礼を言う。そして彼女は手を振ってどこかに消えていった。

その様子を見ていた深雪は心の中で思う。

 

(お兄様は他人の好意に鈍感すぎます……!私がこうやって見つめていることなんて、気付いていない。いえ、視線には気づいているでしょうが、どんな気持ちかなんて……きっと)

 

前半の思いは先程のエリカの行動を見ての事でもあるが、後半は深雪が前々から思っていたことであった。

 

幹比古とエリカを送り出した芺はやっと同年代の男達の元へ現れる。懇親会開始から男女関係なく多数の人間と会話してきた芺に桐原は肩を組んで問い掛けた。

 

「おい芺、ぶっちゃけどの子が狙いなんだ?」

「おい桐原……!」

 

何故か服部が赤面したところで、芺は何一つ動揺することなく答える。

 

「悪いが、今の俺に下らん恋愛遊戯にうつつを抜かす暇は無くてな」

「けっ、釣れねぇ奴だぜ」

 

桐原は笑いながら離れていく。芺の言葉に嘘は無かった。他の人の恋愛を卑下する気持ちは全く無い事は明記しておくが、それは芺がそういったものに無関心だからである。少し棘のある言い方をしたのはじゃれあい程度の皮肉であり、それは二人もわかっていた。

芺の周りには絶賛『恋愛遊戯』中の服部や桐原、五十里がいる。芺は古式魔法と剣術に剣道の名家の跡取りであり、第一高校においては工学で優秀な成績を修め、実技ではトップの実力である。彼にもそういった憶測や噂が立つのは避けられない事ではあった。しかし

 

(今は自分の身の振り方を自身で決定する事は出来ない。それよりもやらなければいけない事が多すぎる)

 

剣術、剣道、魔法の鍛錬はもちろんの事。体術や魔法工学、委員会活動や部活動にも精を出す芺はかなりの多忙である。

少々センチメンタルになっていた芺の眼には、どこか強い決意が見て取れた。

 

(それに、『柳生』を悪魔から守れるのは……俺だけなんだ)

 

明るい雰囲気の周囲と対比され、芺の表情は尚更暗く見えた。

 

「芺……?」

 

服部が心配そうに声をかけるが、芺は“何でもない”と返す。それと時を同じくして、懇親会の会場に司会者の声が鳴り響いた。

 

「えー、今回の九校戦懇親会にあたり、多数のご来賓の方々にお越しいただいております。ここで魔法協会理事、九島烈様より激励の言葉を賜りたいと存じます」

 

司会者がそう言うと会場の明かりが消え、ステージのみが照らされる。しかしそこに現れたのは九島烈ではなく、見たことも無い女性だった。

芺は一瞬訝しげに目を凝らす。しかし芺は気付いた。精霊のかすかな移動と僅かな霊気の波動を。

 

(これは……精神干渉か。何が目的だ)

 

芺が精神干渉に気付くと、ステージに立つ女性の後ろに立つ老人が目に入った。その老人は見まごう事なき九島閣下であり、恐らく彼がこの大規模な精神干渉の術者だろう。

生徒達がざわつく中、達也もこの異変に気づいていた。

 

(何かのトラブルか……いや、違う。精神干渉魔法。会場の全てを覆う大規模な魔法を発動させたのか)

 

達也は自らの持つ異能『精霊の眼』により九島烈が発動した精神干渉魔法を察知していた。

少しの間を経て、九島烈が目の前の女性に声を掛けると女性は横にはけ、ステージ全体が照らされる。そうしてやっと殆どの生徒の目の前に九島老人は現れた。九島烈は自分の精神干渉に気付いた生徒の内の一人である達也に笑いかける。それは恐らく“よく気付いたな”と言う賞賛を込めたものであり、達也も目礼で返す。

 

「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する。今のは魔法と言うより手品の類だ。だが手品のタネに気付いたのは私の見たところ、六人だけだった」

 

各学校から優秀なメンバーが選抜されたのにも関わらず、気付いたのは六人。その内半数が第一高校の生徒だったのだが、それを知るのは九島閣下だけだろう。

 

「つまり、もし私がテロリストで毒ガスなり爆弾なりを仕掛けたとしても、それを阻むべく行動出来たのは六人だけだという事だ。魔法を学ぶ若人諸君。魔法とは手段であってそれ自体が目的ではない。私が今用いた魔法は規模こそ大きいものの、強度は極めて低い。だが君たちはその弱い魔法に惑わされ私を認識出来なかった。魔法力を向上させるための努力は決して怠ってはいけない。しかしそれだけでは不十分だということを肝に銘じてほしい。使い方を誤った大魔法は、使い方を工夫した小魔法に劣るのだ。魔法を学ぶ若人諸君。私は諸君の工夫を楽しみにしている」

 

九島烈はそう締め括った。どこからともなく拍手が鳴り響く。

 

(この国の魔法師社会の頂点に立つ。これが老師か……!)

 

達也の九島烈への感嘆を最後に、この懇親会は終了した。



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第十九話

「いよいよ全国魔法科高校親善魔法競技大会、通称『九校戦』の開幕です。今大会は例年通り本線と新人戦を5日ずつ、計十日間に渡って開催されます。今年の注目は、一高が三連覇を達成できるのか。それとも、三高が連覇を阻止するか……」

 

遂に、九校戦が始まった。初日は男女バトル・ボードとスピード・シューティングが行われる。芺の周りからはバトル・ボードに摩利と服部が、スピード・シューティングには真由美が出場予定だった。

芺も朝早くに起床し、摩利と服部の応援に向かっていた。別段摩利に心配はないが、自信喪失気味の服部が心配であった。予選開始前に芺は服部に声を掛ける。

 

「服部」

「ん、ああ芺か」

 

緊張しているのか自信が無いのか生返事だった。服部の隣に腰かけた芺は神妙な面持ちで語る。

 

「自信を持て服部。劣等感を持つことは悪いとは言いきれないが、それに苛まれるのはよろしくない。お前の実力はよく知ってる。これは世辞でもなんでもない……お前なら大丈夫だ、服部」

 

実の所、芺は人付き合いが嫌いではないがあまり得意ではない。中学の途中までほぼ全ての空き時間を稽古に費やしてきたからだ。とある出来事から芺は周りの人間としっかり向き合う事を始めたのだが、周りと比べればそれは些か遅かった。その為に芺は相談事の類が苦手だと零すこともあったのだが、そんな芺が正面から服部を励ましたのだ。あまり得意ではないはずのことを自ら進んでしてくれた事に服部は感謝を覚える。

 

「ありがとう、芺。行ってくる」

「ああ、真由美さんも頑張れと言っていたぞ」

 

普段の服部なら恥ずかしがるところではあるが、今日の服部はちょっと違う。

 

「任せておけ」

 

───

 

現在、芺はスタッフルームにて観戦していた。芺は今回の九校戦で新しいCADを使う予定だったので、その調整に付き添っていたかったのだ。それに加え、出番を待つ真由美の応援も兼ねている。それに彼は霊視放射光過敏症を患っているため、選手以外にも沢山の魔法が飛び交う会場を肉眼で長時間見続けるのは避けたいという思いもあった。

アナウンスが摩利の名を呼んだ瞬間、一高の女子生徒から黄色い声援があがる。

 

「相変わらずの女子人気ね」

「真由美さんも負けてはいませんよ」

「そうかしら。私は芺君からの人気の方が欲しいんだけど」

 

真由美もその美貌から男性からはもちろん女性からも人気が高い。一説では彼女の同人誌まで存在するらしいが、その真偽を確かめる気にはなれなかった。そんな彼女を芺はそう言って軽くからかうが、それを遥かに超える爆弾が送られてきた。

 

「すみません。減らず口が過ぎました」

 

芺本人はそこまでひどく馬鹿にしたつもりはなかったのだが、服部の姿を見つけると先程の真由美の発言に合点がいった。また服部の反応を見て遊んでいるのである。実は予選前のあの会話を真由美に教えたのだが、そのせいか彼は現在不貞腐れ気味だった。そんな服部を励ますためかもしれないのだが……真相は闇の中である。

 

「ほら、スタートするわよ」

 

このレースは予選第三レース。合計で六レース行われ、各レースの一位が予選突破となる。もちろん服部は見事一位で帰還し、準決勝へと駒を進めていた。

カウントダウンが鳴り響く。スターターのピストルを合図に一斉にスタートを切った。まず初めに動いた選手はまるで自爆するかのように大波を発生させるが、摩利はすぐさま持ち直しトップに躍り出る。摩利は自身とボードの相対位置を固定する硬化魔法、移動魔法、加速系・ベクトル反転術式、および造波抵抗を弱める振動魔法の中から常時三つから四つをマルチ・キャストしていた。多種多様な魔法の組み合わせは摩利の得意技である。

 

「何度見ても高度な技術ですね。それに魔法の応用の仕方がまさしく工夫されているといったところでしょう」

「その通りね、さすがは摩利だわ」

 

芺は懇親会での九島烈の言葉を引用して摩利を褒め上げる。摩利はまるで滝のようになっている箇所を降りる際にわざと大きく水しぶきを上げて後続に妨害を入れ、それもあって余裕の一位通過で予選を終えた。

 

「摩利さん、お疲れ様です。完勝でしたね」

「ありがとう。まだ気は抜けないがな」

 

帰ってきた摩利はまだまだ余裕を残している。先が危ぶまれることは無いだろう。

次のスピード・シューティングには真由美が出場する。こちらも心配どころか彼女なら全試合ワンサイドゲームになりかねない実力を有しているので安心して観戦することが出来た。予選を経た準々決勝の結果はパーフェクト。五校の対戦相手とはトリプルスコアという圧巻の勝利だった。

途中、芺はCADの調整をする梓の元へ向かう。彼女は芺のCADを明日のアイス・ピラーズ・ブレイクに向けての最終調整を行っていた。

 

「梓、順調か。何か用意して欲しい物があれば言ってくれ」

「大丈夫です……元々ある程度のチューニングはされていましたし、このCAD自体が高性能ですから……!」

 

集中しているのか答えになっていない返答なのだが、芺は一応飲み物と糖分になりそうな物でも持ってくるかと一度部屋を出る。そこでばったり司波達也ご一行と出くわした。

 

「芺先輩、お疲れ様です。何かお探しですか」

「梓に飲み物でも持って行ってやろうかとな。調整は任せっきりの上、俺には出来る事は少ないから」

 

申し訳なさそうに語る芺に、ここで達也は前々から少し疑問に思っていたことを尋ねる事にした。

 

「芺先輩は氷柱倒しに出場されるそうですが、CADは一体何をお使いになるんですか?」

 

達也からすれば芺は伸縮刀剣型CADと自らの体術を駆使した近接戦闘を得意とする魔法師である。そんな彼がどうやって氷柱を倒すのか興味があったのである。芺は本来は試合でお披露目するつもりだったが、別に隠すほどの事ではないために教えることにした。

 

「新しく拳銃型のデバイスを仕入れたのでな。あまりCADを操作する事には慣れていないのだが、だからといって避けて通れる道ではない。剣を振るうだけが戦いじゃないからな」

 

芺はそう言って今回の九校戦でも使うつもりなのか伸縮刀剣型CADをチラつかせた。このCADはギリギリ大会規定に引っかからない性能だったようだ。ここで達也は当初の疑問とは違うもう一つ別の疑問……と言うより芺のCADへのある推測がほぼ正解だった事に気づく。

 

「もし間違っていたなら申し訳ないんですが、先輩が普段から使われている篭手型のCADは『完全思考操作型』ではありませんか?」

 

芺は細い目を少し見開き驚きを示す。

 

「その通りだ。よく気付いたな」

「お兄様、どこでお気付きに?私にはさっぱり……」

「芺先輩の魔法は今まで何回か見た事あるけど、一度もCADを操作しているところを見たことが無かったからね」

「なぁ達也、さっき『完全思考操作型』って言ったよな?」

 

レオが達也の『完全思考操作型』という言葉に反応する。なぜならレオが使っているCADも音声認識であり、似たような構造をしているからだ。それに加え、レオはブランシュ事件の際に芺のCADを見ていた。その際に妙な既視感を覚えていたことを思い出す。

 

「もしかして芺先輩、あのCADはローゼンのやつか?」

「よく分かったな……君もCADに詳しいのか?」

 

レオの言う通り、芺の篭手型CADはローゼン・マギクラフト製である。ローゼン・マギクラフトとはドイツの魔法工学機器メーカーであり、業界最大手と言われている。

このCADはローゼンの日本支社の前社長がボディガードとして柳生家の人間を雇った際にその功績への返礼として贈られた物である。護衛の際にボディガードの中に紛れ込んでいた賊を見抜いた事と、その後の暗殺者の接近にもいち早く反応し守り抜くという目覚ましい活躍ぶりを見せた柳生家に対し返礼品として贈られたのだ。

その期間にローゼンで開発されていた完全思考操作型CADの試作品を篭手型に加工されたもので、技術の漏洩さえ避ければどのようにしてもらっても構わないという大盤振る舞いだった。

そしてその柳生家に贈られたCADは、激しい近接戦闘中にCADを操作するのは煩わしくて堪らないと零していた芺の手に渡ることとなる。

しかしこのCADは数ある試作品の内の一つという事で一部機能がダウングレードしてあったりオミットされている箇所もあった。しかしそれ以外は完全思考操作型CADとして完璧に機能していた。

このCADの完成品は特化型を予定されているはずなのだが、この段階では汎用型であり、更に汎用型にも関わらず保存可能な起動式は九つまでである。これは早期の研究段階で限界まで完全思考操作に性能を偏らせた結果である。特化型にする事も提案されてはいたが、汎用型の機能を切りつめた方がサイズが小さくなるためにこのよう構造になった。

更に芺は信頼出来る家系である五十里家にこのCADにも硬化魔法を刻印するように依頼していた。その際には柳生家が付き添い、CADの詳細も伝えずに刻印だけを施すようにさせる事で約束は守ったようだ。

そして何故レオがローゼンである事に気付いたのか、それはレオとローゼンの間に浅からぬ関係があるからなのだが……ここでは割愛させてもらう。

 

「いや、そういう訳じゃあないんだが」

「あ、芺君……」

 

レオが返事をしようとしたところに、怒りと震えが混じったような声が聞こえる。その声の主は現在芺のCADを調整していたはずの中条梓だった。彼女はわなわなと震えながら抗議の目線を向けて芺に詰寄る。

 

「なんでそんないいモノを持っていたのに教えてくれなかったんですか!ローゼンの完全思考操作型CADなんて私達からすれば垂涎物ですよ!?」

「すまない……聞かれなかったから」

「前々から気になってはいたんです!そんな形状のCADは見たことないし、司波君の言う通りCADを操作するところも見たこと無かったですから!」

「悪かった。悪かったから落ち着いてくれ。また九校戦が終わったらゆっくり見せてやるから」

「本当ですかぁ!?」

 

中条梓は先程とは打って変わって嬉しそうな表情に変わる。そして程なくして我に帰った彼女はコホンと咳払いをしてから芺に告げる。

 

「もう一度直前に調整はしますが、現時点で出来る事はやったつもりです!確認してもらってもいいですか?」

「ありがとう。もちろんだ」

 

そう言って芺が歩き出すとその後ろを達也、深雪、雫、ほのかが着いてきた。

 

「え、皆さんもご覧になるんですか……?」

「芺さんのCADがどんなものか気になりますし、中条先輩の調整にも興味があります」

「……私も、見てみたい」

 

意欲を見せたのはこの二人で、後の二人は完全に付き添いである。梓は観念した様子でそれ以上は何も言わなかった。

芺も“梓がいいなら”といったスタイルだったので、その四人は芺の新しいCADをお披露目より少し早く目にすることになった。

 

「素晴らしい調整ですね。芺さんにほぼ完璧に適したチューニングがなされています。さすがは中条先輩です」

 

銀色に光る拳銃型CAD、それを見た達也は端末に表示されている項目を見て素直に賞賛する。『トーラス・シルバー』である彼が言うのであればかなり高度な調整がされていたのだろう。芺のCADを目にした雫はやっぱりと言った顔で彼に話しかける。

 

「やっぱりこのCADウチのだ……芺さん、この前家に来てたでしょ。父さんは教えてくれなかったけど」

 

雫はそう言ってかすかに不満そうな顔を見せる。それが分かったのはほのかと芺だけだったが。

 

「すまんな、別に隠すつもりはなかったんだが」

「一言くらい声掛けてくれればよかったのに」

 

芺と雫は親同士の親交があったことから入学前から見知った仲であった。特にこのCADを作るにあたって雫の両親の協力があったために、芺は“ご両親と魔工師さんによろしく”と言ってこの話を締めくくる。

 

「うん、このCADを作った魔工師さんは国内でも五本の指に入るくらいなんだから。性能はバッチリだよ」

 

一年生は皆感嘆を示す。しかし……

 

「またですか……」

「どうした、梓」

「そんな凄い方に作ってもらってたのをどうして教えてくれなかったんですかー!」

 

デバイスオタクの梓は今日以上に自分が調整を担当した人間を呪ったことはないという。

後日、プリンで和解した。



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第二十話

九校戦一日目も終わりが近づく夜更けに芺はホテルの屋外練習場に一人、訪れていた。この屋外練習場はエリカが千葉家のコネを半ばヤケになって使い、手配したらしい。本来は達也らのために手配されたらしいが、芺が体を動かしたいとボヤいていたのを聞いたエリカが屋外練習場の事を伝えたのだった。

夜とはいえ夏本番のこの季節では上着は必要無く、芺はブレザーを着ていなかった。彼はその状態でしばらく体に染み込んだ新陰流の型に沿って剣を振るう。明日のアイス・ピラーズ・ブレイクで剣を使う訳にはいかないために、精神統一が目的と思われた。

少し汗をかいた芺は剣を置き、二丁のCADを取り出す。そして彼は棒立ちするダミーに対し照準を合わせ、魔法を発動した。しかし事象改変が起こる前に彼は魔法をキャンセルしたため、ダミーにはなんの変化も訪れなかった。

 

「動作は問題ない。さすがはあずさと言ったところか」

 

次に彼はもう一丁のCADを取り出す。そして彼は持ってきていたパチンコ玉程のサイズのアルミ製の球体を取り出し前方の空中へ放り投げた。そして彼はその球体に対し魔法を行使する。一瞬アルミ玉が光を放ったように見えたが、その時点で魔法をキャンセルしたためにその後何かが起こるというわけではなかった。

 

(こちらも問題なく使用可能か……だが拳銃型のCADというのはどうも慣れない)

 

芺は今までCADの手動操作自体を敬遠してきたため、今回の九校戦で使う拳銃型デバイスにまだ順応できずにいた。今までボタン操作タイプのCADは、今の完全思考操作型CADを手に入れるまで致し方なく使っていた物しか使用した事が無かった。おまけにその時代は『型』による結印にも頼っていたのだが、そんな事は言っていられない。あいにく身体は器用な方だ。九校戦に力を入れる周囲の人間のためにも出来るだけ良い結果を残さなくてはいけない。

そう考える芺ではあったが、実の所は余り自信は無かった。今まで芺は強制的に自分の領域で戦わざるを得なくするスタイルで生きてきたために、純粋な魔法の撃ち合いはそこまで経験が無いのである。

魔法の撃ち合いになっても、もし自分が好き勝手に動けるならまだ構わないのだが、アイス・ピラーズ・ブレイクはそうもいかないために少々後ろ向きな気持ちだった。

 

(服部に発破をかけておきながら自分がコレとは……気を引き締めなければな。俺は柳生家次期当主であり、魔法師としては恵まれた干渉力と処理速度がある。魔法力だけなら申し分無いはずだ)

 

芺の言う通り、彼の魔法力は干渉力と処理速度に寄っている。しかし懇親会で九島烈が述べた通り魔法は使いようによって強くも弱くもなる。魔法を上手く扱えば、負ける道理は無い。芺はそう考えて気持ちを整えた。

 

(しかし、もし順調に勝ち進んでしまえば……いや、取らぬ狸の皮算用というやつか)

 

彼は部屋に戻り明日の想定を立てた後、少し遅くはなったが眠りについた。

 

───

 

九校戦二日目となる日の午前、本番前に万が一体調に何かあってはいけないと作戦スタッフにオーラ・カット・レンズの着用を命じられた芺は予選が始まるまでの時間を精神統一に時間を費やしていた。魔法は使用者の精神状況に大きく左右される。心の隙を作るわけにはいかなかった。しかし、精神を落ち着かせる行動を取るという事は……

 

「もしかして、緊張してるんですか?」

「……そう見えたか?」

 

芺は心做しか驚いたような顔をして聞き返す。尋ねたあずさ本人もそんな芺に少々意外、といった風だった。

 

「はい、珍しいですね」

 

本番前にCADの最終確認をしていたあずさは芺を覗き込むようにして尋ねた。昨日は声を大きくすることもあった彼女だが、それを表立って引きずるような人間ではない。彼も年相応に大人なのだ。

 

「芺君なら大丈夫です!こんっなに高性能のCADもあるんですし、しっかり調整もしました!」

 

訂正、少々根に持っていたのかもしれない。あずさにはこういう一面もあるのか……と芺はそれを別に悪くは思っていなかったが、後日なんらかの方法でご機嫌を取ろうとしており、人としてあまりよろしくない思考の芺だった。

それよりも、自分が柄にもなく人から見えるほど緊張している事の方が気がかりであった。やはり不慣れな事をするのに心のどこかでまだ抵抗があるのかもしれない。そんなことを考えていた芺に芺は提案を持ちかける。

 

「試合にはまだ時間がありますし、今は一旦切り上げて観戦に行きませんか?気分転換にもなると思います!」

「そうだな、気を利かせてもらってすまない」

 

その提案を承諾した芺はそう言って外していた篭手型CADを腕に取付ける。持ち歩くのにはかさばるので、普段から装着している時の方が多かった。その様子をあずさはじっと見つめる。

 

「……また落ち着いたら見せてやるから」

「……約束だからね?」

 

本人は少し怒った顔をしているつもりなのだろうが小柄かつ童顔なためにあまり怖くない。芺がそれに“約束だ”と返すと“やったー!”と少しはしゃいだ後にしまった、という顔をしてから先に進む芺の後ろに着いていった。

 

芺はアイス・ピラーズ・ブレイクの一回戦は午前の部の最終試合に出場するため、午前の部の最初の方の試合は見ることが出来た。真由美のクラウド・ボール。十文字、千代田のアイス・ピラーズ・ブレイク……皆、圧勝だった。特に同種目で対戦相手に手も足も出させない十文字と最短時間で試合を終わらせた千代田の試合に芺は素直に憧れを抱いていた。

 

「そろそろ時間だな」

「そうですね……行けそうですか?」

「ああ、やれるだけやってみるさ」

「うん!芺君なら大丈夫です!!」

 

───

 

太陽が真上から照りつける時間帯に市原、摩利、そして決勝の対戦相手をストレートで下して帰還した真由美の三人は観戦席で芺のアイス・ピラーズ・ブレイクを見に来ていた。

 

「ふぅ、間に合ってよかったわ」

「大会運営もあそこまでの試合スピードは予想してなかったんじゃないか?」

「全試合ストレート勝ち。文句無しの優勝でしたね」

 

そう、真由美はクラウド・ボールの全試合を相手選手に一点も与えずに勝利した。決勝と言えどその例外では無いという事実は彼女の高校生離れした実力がたらしめるものであろう。

談笑もそこそこに会場に出場選手の紹介をするアナウンスが聞こえてきた。

 

「男子アイス・ピラーズ・ブレイク一回戦。第一高校 柳生芺さん」

 

第一高校の生徒から大きな歓声が沸きあがる。彼は魔法の撃ち合いに自信を持っていなかったが、第一高校の一般生徒から見れば二年の実技ではトップの生徒なのである。期待や一方的に知っている人も多く、会場の雰囲気にもあてられかなり盛り上がりを見せていた。

芺はホルスターに二丁のCADを収めており、服装は制服のままだった。アイス・ピラーズ・ブレイクは特に服装には指定がないため、各々が望む服を着用して試合に出ることが出来た。特に女子ピラーズ・ブレイクはそれが顕著である。

 

「始まるわね」

 

試合開始を知らせるブザーが鳴り響いた。それと同時に相手選手がCADを操作する。対して芺はCADを抜かずに自陣の氷柱に『情報強化』を施した。

 

「相変わらずの処理速度だな」

 

CADを使わずに実戦に耐えうるレベルで魔法を発動する芺の処理速度はもれなく一線級である。これに加え強力な干渉力を持ち合わせる彼は相手の防御を撃ち破る攻撃を素早く放ち敵を仕留める戦法が得意であった。

 

「しかし、アイス・ピラーズ・ブレイクではそうはいかないぞ……」

 

芺はホルスターから片方のCADを抜き、相手の氷柱に対して魔法を行使する。対戦相手は既に『情報強化』を施していたが、まるでそんなものは関係無いかのように氷柱は砕け散った。

 

「今のは加重系統の魔法の様だったが」

「そのようですね」

 

芺は自陣の氷柱の防御をCAD無しで行いながら、次々と敵陣の氷柱を加重系統の魔法でで叩き潰していく。本来攻撃と防御を同時に行うには持続性の高い魔法を行使するか、CADを二個同時に使用する高難易度技術であるパラレル・キャストを使用しなければならない。それらを行わずに攻守を両立させることが出来るのは大きなアドバンテージであった。

対戦相手は防御を強化したのにも関わらず次々と破壊されていく自陣の氷柱に焦ったのか、意識を全て攻撃に切り替える。しかし……

 

「ダメね、芺君の防御を突破出来ていない」

 

芺は常に加重系統の魔法で『情報強化』された氷柱を破壊しているのにも関わらず、自らの氷柱にも強い干渉力でもって防御を施していた。

 

「なんだ、案外やれるじゃないか。芺」

 

残り一本となった対戦相手の氷柱は為す術もなく崩れ去る。それと同時に試合終了を告げるブザーが木霊し、大きな歓声で会場が震えた。他の古式魔法師達は驚いたであろう。実のところ、古式の剣術使いと思われていた芺がアイス・ピラーズ・ブレイクに出場するだけでも意外性があったのだ。しかしそれだけにはとどまらず現代魔法のみで完全試合を成し遂げた。

観戦席の彼女達からは、初戦を完全試合で終えた芺は安心したのかため息を吐いたように見えた。

 

───

 

とある邸宅では仕事の片手間に九校戦を観戦する男が嬉しそうに画面を眺めていた。

 

「うんうん、渡した魔法は上手く扱えているようだね」

 

───

 

一回戦を終えた芺が下に帰ってくるとあずさが走り寄ってきた。

 

「一回戦突破おめでとうございます!始まる前は自信なさげだったのにパーフェクトなんて凄いですよ!」

「ありがとう。上手く作戦が決まっただけだ。CADの調整も完璧だったのでな」

 

素直に称賛を送ってくれたあずさに芺は決して自分の力では無いと言った風に答える。CADはそうだとしても作戦はれっきとした芺考案のものなのだが、それさえもきっかけは自分じゃないからと本気で思っていた。

芺は実際に自信家といった類の人間ではない。自らの強さへの自負は、扱う技──八極拳や新陰流といった技自体への信頼によるものである。彼は自らの扱う技術への信頼は高いが、自分自身の能力への自信はお世辞にも高いとは言えなかった。それは自らを客観的に見た評価であり、それこそが彼が鍛錬を怠ならない理由の一つでもあるのだが……

 

「芺君はもっと魔法師としての自分に自信を持ってもいいと思いますよ?」

 

芺はその言葉に珍しく表情に出るほどの驚きを示した。といっても他の人と比べれば小さい変化だが。しかし、直ぐに、一瞬だが……彼の表情に暗く陰が落ちたように見えた。

 

「……そうだな、ありがとう」

「えっ……」

「二回戦は午後だったな。一度スタッフルームにでも戻るか。千代田の二回戦の観戦くらいには間に合うだろう」

 

一瞬見せた表情とは裏腹な言動にあずさは動揺を見せたが、すぐにそれを振り払って芺の後ろに着いていく。未だ疑問が残る芺の表情だったが、一度それは棚に置き目の前の物事に集中する事にした。今、あずさは本番を控えた選手のエンジニアなのである。九校戦に置いてもトップクラスに重要な立場という事を忘れてはいけないのだ。

 

───

 

「やぁ、芺君。本番前の休憩かい?眼鏡なんて珍しいね」

 

再び眼鏡を着用した芺達がスタッフルームに戻ると、そこには司波兄妹に雫、五十里といった面々が揃っていた。恐らくこの四人もここで観戦するのであろう。スタッフルームに帰ってきた芺とあずさに最初に声を掛けたのは五十里。生徒会の人間である深雪も先輩であるあずさに挨拶をしていた。

 

「はい。芺君は『眼』の事もありますから、大事を取ってという形です」

 

芺に代わってのあずさの説明に芺の事情を理解している五十里は納得する。一方、一年生三人は眼鏡姿の芺に目をぱちくりさせていた。その内の一人である達也が気持ち目を見開きながら芺に問い掛ける。

今の世の中視力を矯正するために眼鏡をしている人間は少ない。眼鏡をかけている人間は伊達、もしくは特殊なレンズの眼鏡が必要となる病を患う人間のみである。

 

「芺さん、その眼鏡は……」

「言ってなかったか。生憎、俺は霊子放射光過敏症でな。そこまで重症ではないんだが」

 

達也は彼の告白にいくらか危機感を覚える。しかし今までの美月のことを顧みるに、彼女より症状が軽いならそこまで重要視しなくてもよいか、とすぐに危機感を和らげた。

 

「さ、そろそろ始まるよ」

 

五十里の言葉で皆が会場に注目する。試合開始を告げるブザーが鳴り響き、二名の選手はCADを操り、お互いに魔法を繰り出した。

 

「『地雷源』……」

「そう。『千代田家』は振動系遠隔固体振動魔法、その中でも特に地面を振動させる魔法を得意としているんだ」

 

当然千代田の事をよく知る五十里は彼女の魔法の解説を始める。

ステージでは攻撃を続ける千代田に対し、相手選手は負けじと『強制停止』を繰り出す……しかし

 

「防御を強化したみたいだけど、千代田先輩の攻撃に対応しきれてない」

 

相手選手の『強制停止』も空しく、氷柱は一つ、また一つと形を失っていく。状況を悪く見たのか額に汗を浮かべる相手選手はここで攻撃魔法を選択した。

 

「相手が攻撃優先に切り替えたようですが」

「ふふっ。思い切りがいいというか、大雑把というか……倒される前に倒しちゃえ!なんだ、花音って」

 

対戦相手の最後の氷柱が音を立てて崩れ去る。試合終了を告げるブザー、そして大きな歓声が会場を包み込んだ。

 

「いえ、まぁ……戦法として間違っていないかと」

 

千代田は最後に五十里に向けて笑顔にピースを添えてこの試合を終えた。二回目の観戦となった芺は感想を零す。

 

「千代田の豪快で迷いのない戦いを見たら少しは気が晴れたよ」

「ふふ、花音も喜ぶんじゃないかな」

 

芺の緊張が少し和らいだところで彼は部屋を出る。

 

「そろそろ行ってくる。もう時間も無いから早めに入っておかねばな」

「自信を持って。君なら大丈夫だ」

 

五十里の言葉は芺の自信のなさを見越しての事ではないだろうが、今の芺には嬉しい言葉であった。

 

「ああ、任せておけ」

「そ、それでは!」

 

試合直前の調整に付き合うあずさを伴って芺は部屋を後にした。




急な後書き失礼致します。ここから先も私が考案したオリジナルの魔法がちょくちょく登場していきますが、例によってガバガバな設定です。出来るだけ不自然がないように物理法則を調べたりはしたのですが、あいにく学のない自分では理解及ばずと言ったところでした。

ですのでその魔法使ったらやばくね?とかそれ物理的に不可能じゃね?などなど思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そこはSF物でオリジナル設定だからこの世界ではそういうものだと大目に見ていただければ幸いです。本当に申し訳ありません!!!!

可能な限り低間隔での投稿を心がけていましたが、やはり自分が納得出来るお話を投稿したいので少々更新が遅くなっています……重ねてお詫び申し上げます……


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第二十一話

「男子アイス・ピラーズ・ブレイク二回戦。第一高校 柳生芺さん」

 

芺の出場を告げるアナウンスが流れる。そして前回よりか少し大きい歓声が響いた。先程、自陣の氷柱を一本も倒させずに現代魔法によって勝利を収めた剣術使いには注目が集まっていたのだ。もとい、警戒心もだが。

他の高校からしてみればアイス・ピラーズ・ブレイクにおいて第一高校で警戒すべきは十文字克人である。もっとも、警戒したところで一般高校生徒でどうにか出来るレベルではないとも思われるが……それはさて置き、十文字だけに意識が向いていた生徒からすればとんだ隠し玉である。

今回の観戦者は帰ってきた千代田と五十里。司波兄妹に雫といった面々であった。

 

「確か司波君達は一回戦は見れてなかったんだよね」

「はい。芺さんのアイス・ピラーズ・ブレイクを見るのは初めてです」

「一体どんな魔法をお使いになるのでしょうか……」

 

一年生からすればアイス・ピラーズ・ブレイクにおける芺の印象は他の高校の生徒からのものと違いは少ないだろう。かといって五十里としても先程初めて見たのだが……それほど芺が純粋な魔法の撃ち合いをする事は珍しいのである。

 

「始まる……!」

 

歓声に負けない音量のブザーが鳴り響く。初動は二名とも同じく『情報強化』を選択。しかし相手選手はCADを操作し、やはり芺はCADを使わずに手をかざすだけである。

 

「特化型CADを使っているので仕方ありませんが……CADを使わずとも大会で通用する処理速度は流石ですね」

 

芺は特化型CADを使用しているため『情報強化』を他の選手の様に汎用型CADに登録することが出来ない。しかしその不利を打ち消して余りあるアドバンテージが芺にはある。

芺はCADを抜いて魔法を発動する。先程と同じように対戦相手の氷柱は『情報強化』されているのにも関わらず砕け散った。

 

「干渉力もさすがねー……『情報強化』も物ともしない」

 

千代田はそう言って感心する。確かに、傍から見れば芺は相手の『情報強化』を上回る干渉力で魔法を行使しているように見えるだろう。だが、芺はこの加重系統の魔法には()()()()()()()()()()()()()()

 

「千代田先輩。芺さんの魔法はそれほど干渉力は高くありませんよ」

「え、じゃあ相手の干渉力が弱すぎるってこと?」

 

達也は首を振って否定を示す。隣の五十里はニコニコしているのだが、恐らく彼は芺が一体どんな魔法を使っているのか検討がついているのであろう。

 

「お兄様、芺先輩の魔法はただの加重系統の魔法ではないのですか?」

「ああ、あれは加重系の『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』。あの魔法は対象のエイドスには干渉せずに直接対象物の圧力そのものを書き加えるんだ。だから『領域干渉』なら防げるが、『情報強化』では防げない」

「なるほど……」

 

流石は達也、この魔法の詳細は彼の言う通りである。加えて言うならこの魔法は『基本コード(カーディナルコード)』の『加重系統プラスコード』を利用しており、この『基本コード(カーディナルコード)』は現在『加重系統プラスコード』しか発見されていない。実はこれを発見した人物が今この会場にいるのだが……

 

───

 

「おいジョージ。あれは『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』じゃないか」

「……そうだね。まさかこの大会で僕以外の人が使うとは思わなかった。でも、安心して将輝。僕がいるからには三高の選手があれに悩まされることはないよ」

 

───

 

(この魔法の学術的な価値はさておき……戦闘においては比較的マイナーな魔法だ。それも相まって対処法を知ってる人は少ないだろうな)

 

いかにもその認識は正しい。いくら氷柱に『情報強化』を施しても意味が無いと感じた相手選手がとる行動は限られている。芺の『不可視の弾丸』が防げないのは干渉力の差によるものだと錯覚し、それならと攻撃に切り替えるのだ。幸い芺は一度に一つか二つの氷柱しか狙ってこない。攻撃速度で勝ろうと相手選手は攻撃に全てをかける。今回の選手も同様だった。

しかし先程の試合を忘れてはいけない、芺は攻撃と防御を並行して行っているのだ。おまけに攻撃にほとんど力を使わなくて良いため、防御に大きく力を割ける。この相手選手では単純に芺の『情報強化』を突破出来なかった。だが相手選手もそこまで馬鹿ではない。芺の『情報強化』を破れないのなら、氷柱に対して直接的に働きかけるのではなく間接的な攻撃を仕掛ける。

 

「でも、そんな簡単に芺君は崩せない」

 

ここに来て初めて芺の氷柱の一本がやっとの事で相手選手の『空気弾(エア・ブリット)』により破壊される。だが芺はその程度の反撃は意に介さない。ここでまた『不可視の弾丸』の説明に戻るが、この魔法は他の加重系統の魔法とは違い、圧力のみを改変するため魔法式が小さい。この特性により、特筆するほどの演算規模を持たない芺でも複数の対象に対して『不可視の弾丸』を行使することは容易なのである。

芺は残り六本となった敵陣の氷柱全てに『不可視の弾丸』を使用する。防御を捨てていた敵陣の氷柱は──この選手の場合していても関係無かったが──もれなく強い圧力によって砕け散った。

 

「凄い……」

 

ずっと見入っていた雫が声を洩らす。深雪と千代田もここまで芺がアイス・ピラーズ・ブレイクで強さを示すとは思っていなかったのか感心の面持ちだ。五十里はそんな様子を見て嬉しそうにしており、達也も顔にこそ出さなかったが芺がここまで魔法を撃ち合えるとは思ってはおらず驚いていた。

考えてみれば当然なのである。彼は国内でも優秀な生徒が集まる第一高校の二年生であり、その中で実技ではトップの成績なのだ。評価基準の世界ではあの千代田や服部よりも上という事になる。達也たちを始め、芺を剣士としての観点からしか見ていなかった人間はこの時点である程度彼の純粋な魔法師としての評価を改めたであろう。だからといってアイス・ピラーズ・ブレイクで千代田や服部と戦えば結果はどうなるかはまた別の話ではある。

 

二回目の試合でも意外性のある圧倒的な強さを見せつけた芺。帰ってきた彼の元にエンジニアであるあずさが駆け寄る。

 

「芺君!凄いです!ほんとに……」

 

“普通の魔法師としてもとても強くてびっくりしました”と言おうとしたのだが、先程の芺の表情を思い出し一瞬言い淀むあずさ。しかし芺は彼女がその後なにか言おうとしたことには気付かず礼を述べる。

 

「ありがとう。まだ慣れないのにここまでCADを使いこなせるのは偏にエンジニアの腕がいいからだ。感謝する」

 

そう語る芺の顔には試合前のような自信のなさはもう見れなかった。芺は自らの力を客観的に評価するタイプである。北山潮や作戦スタッフと共に考えた作戦と、これまた潮とあずさの協力で得たCADがあればここまで戦えることを理解した芺は決して慢心することなく新たに自負を持ったのだ。

面と向かって素直に礼を言う芺に対し、あずさはあくまでも謙虚であった。

 

「いえいえそんな……私は……こんな事しか出来ないから」

「?CADの調整が出来ることは素晴らしい能力だと思う。俺には不可能な上、座学では工学でも他の教科でもあずさには到底敵わない」

「いやいや!私はそんな大層なものじゃ……」

「あずさこそ、自分に自信を持った方がいいんじゃないか」

 

“はう……”といった調子のあずさは今日初めて芺が笑顔を見せたことに気付いた。まぁ、笑顔といっても微笑み程度ではあるが。しかしその程度の笑みでも試合の合間に見せたあの暗い表情は見間違いではないだろうかと思うほど今の表情とあの時の顔には差があった。

 

「今日はもうこれで終わりだったな。付き添わせてすまなかった。俺がある程度CADを触れればいいんだが……」

 

一応、芺も一般魔法師に比べればCADには明るい方ではあるが、それは知識だけであり実際にCADを調整……それも九校戦で使う様な物を不用意に触れるほどの能力は持っていなかった。なので当の本人の声もあり、競技には付き添ってもらっていた。もっとも、エンジニアが自分が担当した選手の試合に付き添うのはなにもおかしなことではなかったのだが。

 

「いえ!全然!」

 

あずさからすれば大好きなCADを……それもかなりのレアで高性能な物を触れるのである。魔工師ほど彼女に向いている職はないだろう。

 

───

 

九校戦三日目となる今日。芺はアイス・ピラーズ・ブレイクの三回戦と決勝戦。摩利と服部はバトル・ボードの準決勝、三位決定戦に決勝戦といった日程である。芺は服部と摩利のバトル・ボードは観戦したかったのだが、生憎時間が合いそうに無かった。

芺は朝早くから起きていた服部に声を掛ける。

 

「おはよう服部、CADの調子はどうだ」

 

服部は大会前に少し自信を失い安定しているといった精神状態ではなかったものの、芺の言葉である程度自信を取り戻していた。しかしCADの調整が上手くいっておらず、この二日間程は芺と同じく調整にはずっと付き合っていた。

 

「おはよう。まぁ、ぼちぼちといったところだな。エンジニアも頑張ってくれているから、後は俺次第だ」

「ここまで勝ち進んで来たんだ。お前はお前だ、服部。集中していこう」

 

そう言って芺は拳を前に突き出す。よく桐原がやっていたことを真似したのだが、服部は意外そうにこちらを見たあと、彼も同じく拳を突き出した。

 

「……お互い、ベストを尽くそう」

 

───

 

服部と別れた芺はアイス・ピラーズ・ブレイクに備えて早めに現地に入っていた。試合開始は早いので、試合展開によっては摩利さんのバトル・ボードには間に合うかもしれないのだが……今回の相手ではそうはいかなそうだというのが今の芺の見解だった。

 

「次の相手は三高ですか……」

「あそこにはカーディナル・ジョージがいるからな。ほぼ確実に『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』の対策はしてくるだろう」

「そうですよね……」

「だが、さすがに俺も一芸だけで勝ち進めるとは思っていない。別の手は用意してある」

 

そう言って芺は加重系統の魔法が登録されたCADとは別の、まだ使用していないCADを見せる。こちらは銀色の特化型CADとは違い、少し青みのかかった塗装がしてある点を除けば、黒い半円の意匠が施されているのは同様である。最大の違いは片方が特化型CADなのに対して、こちらは汎用型CADという事である。なぜ芺は汎用型CADを持っているのにも関わらずわざわざCADを介さずに『情報強化』を使っていたのか。それはCADが無くとも魔法を行使可能という事を知らしめるため。もう一つは、特化型CADしか持っていないと錯覚させるためである。こちらには北山潮から贈られた起動式のもう一方が入っており、これは今回のアイス・ピラーズ・ブレイクにおける芺の奥の手だった。

そうこうしているうちに芺の試合の時間になった。

 

「時間だな、行ってくる」

「はい!頑張ってください!」

 

───

 

芺の入場を告げるアナウンスが流れ、彼が試合会場に現れる。相変わらずの声援だったが、今回は相手も負けていない。対戦相手は三校、連覇を続ける第一高校に待ったをかける事が可能な唯一の高校なのだから。

今回の観戦席には司波兄妹に雫にほのか、レオにエリカに幹比古に美月といったいつものメンバーが並んで座っていた。

 

「今までの試合を見るに今回も芺さんなら楽勝よねー」

「……いや、今回の相手ではそうもいかないだろうな」

 

前に寄りかかりながら喋るエリカに達也は返答する。

 

「芺さんの使う『不可視の弾丸』……アレには明確な弱点がある。おまけにあの魔法の開発者は『カーディナル・ジョージ』と呼ばれる三高の一年生だ。必ず対策はしてくるはずだ」

 

(芺さんは一体どう出るか……見物だな)

 

エリカ達は魔法の開発を行うような人間が三高の一年生にいることに若干言葉を失う。実は近くのとある天才も近々それをやってのけるだが、彼らは知る由もない。

 

「芺さん……大丈夫かな」

「私達は見守る事しか出来ないわ。応援しましょ」

 

ブザーが青く光る。三つ数えた後、赤く光ったブザーは試合開始を知らせた。

 

三高の選手もCADを操作し始める。芺は今回は『情報強化』と並行してすぐさまCADを抜いて敵の氷柱に狙いを定める。狙った氷柱は三つ。それは特に妨害されることなく発動し、氷柱を砕く。しかし次の瞬間、フィールドに濃い霧が立ち込めた。

 

(やはり対策してきたか……)

 

「達也君、あれが対策……?」

「ああ、『不可視の弾丸』は対象物のエイドスを書き換えるのではなく、直接加重をかける都合で対象物を視認しなければ使えないんだ」

「だから霧……ですか」

 

視界を塞ぐ霧を発動した三高の選手は、芺が『情報強化』を駆使する事を知っていたためこれまた間接的な攻撃を仕掛ける。単純な電気を発生させる魔法だったが、芺の氷柱を砕くのには十分だった。劣勢かと思われた芺だったが、もちろんそのままでは終わらない。

 

(出し惜しみはしていられないな)

 

芺は銀色の特化型CADをしまうと、もう片方のホルスターから青色のCADを取り出す。そしてとある魔法を発動した。芺がトリガーを引くと、敵陣のフィールドの中に極小規模ではあるが美しい光のカーテンがかかる。それは正しく……

 

「オーロラ……?」

 

エリカが目を細めて三高選手の氷柱を覆う光を分析する。それは極小さなものだったが、それはどう見ても皆がよく知る極地の空に見られるオーロラであった。そして達也はその魔法を知っていた。

 

「まさか、『極光』を使えるとは思わなかったな」

「お兄様、あの魔法は……」

 

素直に感嘆する達也に深雪を始めとした面々が興味深そうに目を向ける。

 

「あの魔法は『極光』と呼ばれる魔法だ。一定の範囲以上の規模にならないよう定義した空間に高速のプラズマを発生させ、大気とぶつける事で大気を構成する酸素原子や窒素分子が励起し、電磁エネルギーを放出させる。その際のエネルギーや熱での攻撃が主だな。人体には有害だから使い所や相手を選ぶが……この場なら問題は無いだろう。あの光は電磁波や励起による発光現象だな。正しくオーロラだ」

 

この魔法は自然現象であるオーロラを発生させるもので、かなりの技術と適性が求められるが、芺は使用が可能だった。

実際のオーロラはとてつもなく大きなサイズでそれに比例する強大なエネルギーが発生するが、この魔法はその現象を魔法で制御することにより規模を操作して発動される。達也が説明した通り、オーロラの中には大きな電流とそれに伴う熱が発生する。もちろんこの熱は氷柱の周りを熱するので、氷柱への『情報強化』では防げない。

徐々に融解を始める自陣の氷柱を見て、三高の選手は防御を選択する。氷柱周りの空気に干渉しようと何らかの魔法を発動したのだろうが、全く効果は現れない。魔法が発動していないのだ。

三高の選手が防御に専念したからか、少し霧が晴れる。そこに青色のCADを構える芺。そのCADから発動される魔法は『極光』ではなく、無系統の魔法が選択されていた。

 

「さらに『領域干渉』……」

「どうやら、もう一丁のCADは特化型ではないらしい。汎用型で『極光』を使うとは……芺さんの処理速度あってのものか」

 

三高の選手の氷柱は芺の『極光』が発する熱と放電で既に九割が形を失っていた。三高の選手は何らかの手を講じようとするが、芺のフィールド全体を覆う『領域干渉』の前に魔法の発動を阻まれていた。

今まで『情報強化』と『不可視の弾丸』しか使わなかった芺は今回になって『極光』と『領域干渉』を披露した。もちろん相手も芺のもう一丁のCADを警戒していなかった訳では無い。三高は作戦スタッフがおらず、選手自身が作戦を決める形を採用していた。そこで彼らの認識はもう一丁のCADも特化型であり、無系統が登録されている可能性は少なく、防御は『情報強化』だけである。もし一方が汎用型ならわざわざCADを使わずに魔法を発動するはすがない。といったものだった。

まだ『極光』だけであればそのCADには『領域干渉』は入っていないのでいくら干渉力が強かろうと氷柱に間接的な攻撃を仕掛けることは可能である。だがそれは芺のCADが特化型と仮定した場合であり、見事芺の作戦は成功したと言えるだろう。

薄くなった霧の中で美しく輝くオーロラは、三高の選手の氷柱を全て無に帰した。大きな音を立てるブザーは試合の終了を、そして芺の勝利を告げるものだった。ひときわ大きな歓声が上がる。ホルスターにCADをしまった芺は静かに目を閉じていた。

 

───

 

所変わってとある邸宅。今日も今日とて一人の男が仕事の合間に九校戦を観戦していた。もちろん嬉しそうではあるのだが……

 

「おや、まだ渡した魔法は使()()()()()()ようだね……午後の試合が楽しみだ」

 

───

 

三回戦も勝利を収めた芺の次の試合は決勝戦である。決勝に勝ち進んだメンバーは第一高校の十文字と芺。そして三高生徒が一名の合計三名である。

午後からはこのメンバーが総当たり戦を行い、最終的な順位が決定される──アイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦の開幕である。



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第二十二話

九校戦の三日目となる今日。三回戦を終えた芺のアイス・ピラーズ・ブレイクは残すところは決勝リーグのみとなった。アイス・ピラーズ・ブレイクの決勝リーグは三名が出場し、総当たり戦で順位を決定する。つまり……

 

「決勝リーグ二回戦の相手は会頭か……」

 

当然勝ち上がってきた十文字。当初懸念していた……いや、恐れていた事態が起こってしまった。それとは別に芺は試合開始が早かったことと、想像以上にスピーディな試合展開となったために摩利のバトル・ボード準決勝の開始に間に合うだけの時間が辛うじて残っていた。

基本的に芺は一度の戦闘にかける時間は短い。特に長引かせる必要は感じない上に、芺は想子量は平均的であるからだ。それに加え、長時間魔法を視認し続けるといくらコントロールを修得したとはいえ霊子放射光過敏症のお陰で眼が痛むので、彼は素早く、最小限の力で、最大の威力を……といったスタイルを取るのである。そのため試合時間は短いとはいえ、フィールドを直視し続ける必要があるアイス・ピラーズ・ブレイクは眼に悪いのだった。という訳で作戦スタッフはわざわざオーラカットレンズの着用を命じたのだ。芺もそこまで眼に異常はないとはいえ、可能な限り現地で観戦したかったので眼鏡をかけたままだった。

一旦試合を終えた芺は一度テントに戻るつもりだったが、時間が時間なのでそのままバトル・ボードの会場に向かっていた。

 

「間に合ったんだね。さっきの試合は驚いたよ、お疲れ様」

「お疲れー、席空けといたわよー」

 

芺の姿を見つけると五十里は少し声を弾ませながら芺を労う。千代田は声こそ間延びしているが心の中では芺を褒めているだろう。少なくとも五十里はそう思っている。

 

「中条さんもお疲れ様。CADの調整が上手くいってるようでよかったよ」

「あ、ありがとうございます」

 

五十里は同じく今回の九校戦でエンジニアを担当するあずさにも声をかける。あずさも謙遜しながらもまた礼を述べて席に座った。芺達が席に着いてすぐにスターターの声が聞こえ、それに合わせて会場が静まる。

 

「オン・ユア・マーク……」

 

スターターのピストルで各選手は一斉にスタートダッシュを切る。中でも一歩先へ出たのは摩利。しかし七高の選手が背後に迫る。摩利とこの日高という七高の選手は昨年のバトル・ボードの決勝カードでもある。さながら開幕からデッドヒートだった。

 

「さすがに手強いね」

「海の七高、ね……」

 

許嫁二人が話している中、リードを保つ摩利は最初のカーブに差し掛かる。彼女はそこで減速し、方向を変える。七高の選手もそれに続くと思われたが……

 

「……!何をしている……!」

 

芺は思わず少し体を前に乗り出して声が出た。七高の選手が本来減速しターンを行う場所であろうことか更に加速をかけたのだ。加速した七高の選手は真っ直ぐに摩利の方向へと突き進んでいく。

それに気づいた摩利は咄嗟に加速をキャンセルし、魔法で半円上に回転する。そして七高の選手の乗っていたボードに移動魔法を、選手自身に慣性中和魔法をマルチキャストで発動し被害を食い止めようとした。その咄嗟の判断力とそれを可能にする彼女の能力は誇るべきだろう。だがしかし、摩利と七高の選手が衝突するかと思われた瞬間、少なくとも芺からは摩利の身体が不自然に沈み込んだように見えた。それにより慣性中和のタイミングが崩れ、猛スピードで突っ込んできた七高の選手と摩利はそのまま激突し、壁を突破ってコース外へ吹き飛ばされてしまった。

 

「摩利さん!!」

 

会場からは悲鳴が起こる。芺からも珍しく大きな声が出た事に驚く人間もいたが、観戦席に座る人達は皆ざわめいており、摩利を心配する声が飛び交っていた。

 

(今のはなんだ……七高の女がCADの操作を間違えたのか……?それになぜ慣性中和が発動しなかった。摩利さんのボードが不自然に沈み込んだように見えたが……)

 

芺は思考の渦に飲まれそうになったが、それを振り払って行動に移そうとする。

 

「とりあえず摩利さんの所へ行ってくる。状況を確認しなければ」

 

芺は普段と変わらず落ち着いているように見えたが、その言葉の調子には怒りと焦りが見え隠れしていた。

 

「待って下さい芺君!」

「なんだ」

 

感情を押し殺した声で聞き返す芺。普段のあずさなら怯んでいるところだが、ここでは引き下がらなかった。

 

「落ち着いて下さい!午後からは決勝リーグなんですよ?今ここで芺君がどこかに行っちゃったら困ります!」

 

あずさの意見はもっともである。芺は“摩利さんの安否と決勝リーグどちらが大事だ”と口に出さんばかりだったが五十里が口を開く。

 

「中条さんの言う通りだよ、芺君。少し落ち着いて。渡辺先輩の状況は僕達が責任もって確認してくる。必ず君には伝えるから、今は決勝リーグに」

「そうよ。まず目の前の事を片付けなさい」

 

少し強い声で語る二人を前に、芺は落ち着きを取り戻したのか少し俯く。

 

「……すまない。よろしく頼む」

「うん、決勝リーグ頑張ってね。行くよ花音」

 

そう言って五十里と千代田はこの事故の状況を確認しに現場へ向かっていった。残された芺は少し大きめのため息を吐いたあと、担当エンジニアに話しかける。

 

「非常時とは言え、不躾な態度を取ってしまった。その、すまなかった……」

「……大丈夫です。気持ちは分かりますから。難しいかもしれませんが、一度切り替えて目の前の試合に集中しましょう。一度テントに寄って行きますか?」

 

あずさは芺を咎めることなく彼を許し、話を切り替えるために別の提案をした。

 

「ああ、そうしてくれるか」

 

あずさは笑顔で返事をする。芺は彼女に心の中で惜しみない感謝を送り、作戦スタッフの待つテントへと向かった。そこにはテントで観戦をしていた市原が立っていた。

 

「柳生君でしたか。今はそんな気分ではないかもしれませんが、とりあえず決勝リーグ進出おめでとうございます。さすがですね」

「恐縮です。市原先輩、その事でご相談なのですが」

「なんでしょう」

「決勝リーグの十文字先輩との試合は辞退させていただこうかと思います。もちろん三高とは戦いますが、同校で潰し合う必要は無いかと」

 

その言葉の裏には一刻も早く摩利さんの安否を確認したいという思いがあったのだが、十文字とわざわざ戦う必要も無いと考えているのもまた本心であった。

芺が一息で言い切った後、市原は淡々とした調子で告げる。

 

「そちらに関しては既に十文字君から伝言を預かっています。……“かかってこい、柳生。苦手を克服するためにこの種目に出たのなら、俺との勝負は有意義な物になるはずだ”との事でした」

 

芺は目を見開いて固まる。伝言があった事よりも芺の考えが先読みされていた事への驚きの方が強かった。隣にいるあずさも十文字の性格は知っているので、この伝言は事実上の宣戦である事を理解した。

 

「渡辺委員長の事は心配でしょうが、表彰台を同一高が独占でもしない限り棄権はあまりおすすめは出来ません。士気にも関わってきますから。出場してくれますね」

「……はい。全力を尽くします」

 

そう言って芺は頭を下げる。何故か釣られてあずさも少し礼をした所で彼らは会場に向かっていった。

 

───

 

入場が始まる。芺は三高の選手との試合は可能な限り迅速に終わらせるつもりだった。二人の選手がフィールドに現われ、歓声が響く。先程あんな事故があったのにも関わらずひどい熱狂ぶりだった。しかしそんな事は芺の思考に影響を及ぼさない。彼の頭は今第一に次の十文字との試合。次に摩利の事である。

芺は先程の一件を落ち着いて考え直してみても不可解な点が多すぎる事に気が付いた。あの海の七高とも呼ばれるかの高校の選手が魔法の選択を間違えるとも思えない。それに摩利の足元が揺らいだのもどうも見間違いではないような気もしていた。七高の方はどうであれ、摩利さんの方は五十里達に話を聞いてからではあるが、どうも怪しさが拭いきれなかった。

そう声考えているうちにブザーに光が点る。試合の開幕だ。

 

(観客には悪いが、今回は面白味のない試合になりかねんな)

 

芺は今回は対策されてあるだろう『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』は使わず、もう一方の汎用型CADを開幕から抜く。選択した魔法は『極光』。対戦相手の氷柱を覆うそれは先程よりも規模が大きく見えた。それにより芺自身の氷柱にも影響が出ていたが、そちらは意に介す様子は無かった。その程度損害にはならないと考えているのだろう。

続いて『領域干渉』をフィールド全体に発動。『極光』との同時使用は規模的にギリギリであり、ステージの端は覆えなかったが今回の試合においては特に問題なかった。

魔法師の戦いにおいて干渉力の差は如何ともし難い。三高の選手の氷柱の瓦解はとどまることを知らなかった。相手選手は冷や汗を流しながらもCADを操作し続けるが、魔法は発動しなかった。芺は両方の魔法を行使し続ける。

結果、三高の選手の氷柱は全て原型をとどめておらず、芺の氷柱は自らの魔法による損失のみで終わるという形で、決勝リーグにも関わらず実質完勝を収めた。

 

「圧倒的」

「さすがは芺先輩ね」

 

新人戦ではあるがアイス・ピラーズ・ブレイクに出場する雫と深雪は自分が出る種目の決勝リーグという事でこの試合を観戦しに来ていた。

テントで作戦スタッフと共に試合を確認する市原はこれによりアイス・ピラーズ・ブレイクの優勝、準優勝を一高の選手で埋めることが出来たことに喜びながら、作戦スタッフの二年生と会話していた。

 

「凄いですね、彼。まさか私も柳生が準優勝するとは思っていませんでしたよ」

「そうですね。この試合に関しては勝ち目など介在しない事を見せつけたといえるでしょう。ですが、まだ準優勝と決まったわけではありませんよ」

「……失礼しました」

 

作戦スタッフは照れ笑いをするが、彼がそう考えるのも無理はないだろう。再三になるが、次の芺の試合相手は三巨頭の一角、十文字なのである。

 

───

 

芺は一試合の間を置いて十文字との試合であった。芺はその間に作戦を立てていた。この試合に関しては作戦スタッフの手を借りないつもりなのである。

 

「と言っても、勝ち目が見えないな」

「そうです……あぁ!ごめんなさい!」

 

同意を示してしまったあずさはそう言って凄い速度で頭を下げる。それに対して芺は笑いながら頭を上げるように言い、こう続けた。

 

「だが会頭が“かかってこい”と言ったんだ。確かにあの十師族と真正面から競える大切な機会だ。いい経験にさせてもらう」

 

そう語る芺の目は摩利の事など忘れて、胸踊る戦を待つ戦士の目に見えた。実際はそんなことはないのだが、少し振り切れて楽しみになってきたのも事実である。

大きな歓声が上がる。十文字が勝利したのだろう。ここでアイス・ピラーズ・ブレイクにおける一高の一位、二位独占が決定した。この時点で芺は相応の働きはしたと言えるだろう。そうこうしているうちに十文字が降りてきており、芺に声を掛けに来た。彼は芺の目の前に立つと、彼を見下ろし──そこに侮蔑はない──深みのある声で言い放つ。

 

「柳生、本気で来い」

「……はい。胸をお借りします、会頭」

 

十文字は不敵に笑うとすぐに入場に向かっていった。激励のつもりのはずが、完全にただの宣戦布告だった事は十文字の人柄と言うか天然な部分なのかもしれない。

 

「芺君、頑張ってね」

「一本でも倒せるかどうかだが、やれるだけやってくるさ」

 

そう言い残して芺も入場口に向かう。アイス・ピラーズ・ブレイク決勝リーグ最終試合の開幕であった。

 

───

 

九校戦の本戦の決勝リーグともなればそれはもう大盛況である。何を隠そう一方の選手はあの十師族の人間なのだ、それも頷ける。それに加えその相手はどちらかと言えば古式魔法や剣術家、マーシャル・マジック・アーツの世界で知られている人間なのだ。その男が現代魔法を駆使し真正面からの魔法の撃ち合いを余儀なくされる種目でここまで勝ち進んで来た。この九校戦で初めて彼を知った人間も多いはずである。いわば十文字の影に隠れていたダークホース的な存在な彼にジャイアントキリングを期待する人間もいたのだった。

 

「下馬評では十文字君の圧勝ですが、ここまでの試合を見て柳生君にかける人もいるようですね」

「そんなの会頭の勝利に決まってるじゃない。ねー?啓」

「どうかな、僕は芺君にも勝機はあると思うけどね」

 

花音は訝しげな顔をするが、それも一瞬である。啓がそう言うならそうなのだろう、と彼女は飲みこんで試合を中継するテレビに目を戻した。

先程のバトル・ボードでの事故にあたり二人は現場に向かったが、すぐに摩利は運び出されてしまい、その場は達也が主導している事くらいしか分からなかった。しかしこの後、達也と事故の録画を見て分析する事にもなったのでそこに芺も連れていくつもりだった。

その達也も摩利の事故において適切な指示を出し、病院に送り届けた後は会場に戻って観戦に来ていた。

 

「お兄様、この勝負はさすがに芺先輩とはいえ……」

「まぁ、十中八九そうだろうな」

 

(だが……)

 

達也は以前、芺のCADの調整にばったり出くわした際に彼のCADの調整内容を見ていた。その際に登録してある起動式も目に入ったのだが、芺の汎用型CAD──あの時点では分からなかった──に入っていた起動式の数は少なくとも二つだけではなかった。九つには満たなかったため特化型と勘違いする要因にもなっていたのだが、その事からまだ芺には隠している奥の手があると思っていた。それが十文字に通じるかはまた別問題ではある。

 

今日一番の歓声に包まれる会場──ランプに点された赤い光と共に試合がスタートした。

 

芺はすぐさまCADを構えるが、十文字はその動作を必要としないタイプのCADのため芺よりほんの数瞬早く魔法を発動する。その魔法はもちろん『ファランクス』……彼の代名詞とも言える魔法だ。十文字は『ファランクス』を自陣の氷柱を隠す壁の様に展開した。

芺は『不可視の弾丸』を選択するが、展開された『ファランクス』により氷柱を視認することが出来なくなり、不発に終わる。芺はすかさずもう一方のCADで『極光』を発動した。美しいオーロラが発生するが、それを防ぐように十文字はドーム状にファランクスを展開し直し、『極光』の影響を防ぐ。結果、芺が与えた影響はほとんど見られず、氷柱は一つも融解を起こさなかった。しかし今なら前方の氷柱を視認することが可能だった。芺は二つのCADを構える。魔法による相克現象を起こさないように片方のCADをサスペンドし、『不可視の弾丸』を行使しようとする……がしかし不発に終わった。『ファランクス』には『領域干渉』の効果も付随しているのである。

 

(厳しいな……)

 

芺は顔をしかめる。だがまだ諦めは見られなかった。現在の状況も大衆からしてみれば十文字は防戦一方なのである。実際は十文字が攻撃をしていないだけなのだが、諦めるにはまだ早い時間帯だった。

ここで十文字が動き出す。彼は自陣に『領域干渉』を展開し『ファランクス』で芺の氷柱を叩き潰し始めた。それに対して芺が講じれる手段は無かった。物理障壁を展開してもいいが、十文字の『ファランクス』……彼の空間における干渉力は芺より上である。芺の物理障壁は『ファランクス』に対して防御的な意味をなさなかった。

 

「やっぱり、力押しは通じないね」

「どういう事?芺君はあんな高度な魔法使ってたのに」

「確かに彼が使っていた魔法は高い技術が求められますが、やっていた事はそれによる力押しです。干渉力で捩じ伏せる戦い方では十文字君には勝てないでしょうね」

 

千代田の疑問に市原が答える。市原の言う事は正しく、今まで芺が取ってきた戦法は自分が相手より強い干渉力を持つことが大前提なのである。だが十文字は空間における干渉力が異常なまでに高い。他の魔法ならともかく、芺には『ファランクス』を正面から砕く事は不可能であった。

 

この攻防だけで、勝負は決したかと思われた。だが芺は特化型CADをホルスターにしまい、片手に汎用型CADを持つ。既に残り半数に到達しようとしている自陣の氷柱は頭に入れず、相手の氷柱を砕く事に集中する。

『ファランクス』が氷柱を砕かんとする瞬間に、芺から魔法発動の兆候が見えた。『ファランクス』は攻撃と防御の切り替えに一瞬のラグがある。そのため『ファランクス』は処理速度を補助するCADを必要とする魔法なのだが、芺はそこを突くつもりのようだった。しかし、自分の使う魔法の弱点を本人が知らないはずがない。芺が汎用型CADでの攻撃態勢に入ったことに気づき、十文字は上空を覆うように『ファランクス』を展開しようとする。『極光』への対策だった。同時に『領域干渉』の効果も発揮されるため、十文字の氷柱に何らかの魔法が飛んでくることも無い。そして芺の魔法発動より早く、十文字の氷柱の上に『ファランクス』が展開された。やはり無理か、と皆が一様に思う。

 

しかし、それこそが……芺の狙いだった。

 

芺は()()()()()に『縮地』を使用する。使い慣れたその魔法は一秒未満で発動し、芺の残り四分の一となった氷柱の内の二本が殺人的な加速を帯びて十文字の氷柱に向かって半ば吹き飛ぶように進む。

 

観客や達也達はその砲弾とも見える氷柱に目を釘付けにされた。十文字の氷柱に肉迫した芺の氷柱は、十文字の陣の中で大きな音と共に砕け散った。氷柱の破片が飛び散り、ここにきて初めて十文字の氷柱が破壊されたのか、と観客席からは熱狂的な歓声が上がった。

 

(いや……あれは)

 

達也はその一瞬で視えていた。十文字は咄嗟に『ファランクス』を氷柱の前に展開しており、砕かれたのは芺の氷柱のみだったのだ。

 

(……危なかった。もう少し反応が遅れていたら俺の氷柱は砕かれていただろう。だがここまでだ)

 

十文字はそう賞賛する。その上で芺は万策尽きた、とも十文字は推測していた。

 

(やはり届かなかったか……)

 

芺はこの展開を予測していた。否、予測していたと言うよりかは防がれてもよかったというのが正しかったのかもしれない。

 

(だが、一矢は報いさせてもらう)

 

──彼はCADを構えている。まだ芺の目は諦めていなかった。



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第二十三話

(──だが、一矢は報いさせてもらう)

 

『縮地』さえ発動すれば後の展開は必ず会頭が攻めに転ずる。チャンスはそこしかない─と作戦を立てていた芺はノータイムで魔法を発動する。いや、『縮地』を使った後には既に発動体勢に入っていた。十文字の『ファランクス』に激突し空中に舞い上がった破片の内、手頃な大きさのものを見極める。三つほどまだ氷としての体裁を保つサイズの氷片が空中を舞っていた。それを対象にして芺は十文字が攻撃に移るタイミングと同時に()()()()()()()()()()()()()()に対して魔法を発動する。芺のその行動は十文字、ひいてはほぼ全ての観客の意表を突いたであろう。

 

十文字の氷柱の周りを舞う、太陽の光に照らされた小さな氷の破片が一瞬煌めいたように見えた。

その瞬間、氷の破片は弾体と化す。弾体は()()()()により、人間が反応出来ない速度で目標へ到達し、その小さな氷の破片だったものは巨大な氷柱を穿つのには十分すぎる威力を有していた。決勝リーグの最終試合の終盤において、初めて十文字の氷柱は砕かれたのである。

 

会場からはとてつもなく大きな歓声が上がる。芺をよく知る人物のほとんどは驚き、淡い期待……というより“もしかして”と一抹の可能性を感じた者もいた。しかし、当の本人である芺は浮かない顔をしていた。

 

(五本……射角が甘かったか。潮さんには申し訳ないな)

 

芺が放った魔法……『電磁砲』は確かに十文字の氷柱を砕いた。余波で周りの氷柱にも影響は出ていたが、破壊判定にはならなかったようだ。おまけに咄嗟の発動、それに加え三つの欠片を対象にしたことで狙いが甘くなってしまった。だが例えしっかり狙っていたとしても全ての氷柱を砕くことは不可能だったとも思える。北山潮から渡された魔法を上手く使いこなせなかったことに少々反省しながら、芺は自陣の氷柱を見て思う。

 

(これが『十文字』……厚みが違うな。付け焼き刃では敵わないのは明白だったか)

 

残り少なかったのにも関わらずその数少ない氷柱を攻撃に使用した芺の最後の氷柱は、十文字の『ファランクス』により問答無用で叩き潰された。

 

──試合終了を告げるブザーが鳴り響く。九校戦 アイス・ピラーズ・ブレイク本戦の優勝者は十文字克人に決定した。

 

───

 

「お兄様、芺先輩がお使いになられたあの魔法は……?」

「……アレは恐らく『電磁砲』と呼ばれる魔法だ。起動式はA級魔法師にしか公開されていないはずだが……」

「もしかしたら、父さんかな」

 

雫のその発言で達也は合点がいったとばかりに少し乗り出していた体を背もたれにかける。そして先日のCADの調整に出くわした際のことを思い出した。

 

「確か芺さんのCADは雫のお父上が開発に携わられているのだったな。それなら納得がいく」

 

かの北山潮の妻はA級魔法師北山紅音なのである。その情報を仕入れていた達也は特に気になる所もなく理解したが、『電磁砲』自体には小さな疑問を抱いていた。

 

(しかし……あの魔法はその性質上、使用者は限られてくる。あれを使用出来たという事は……いや、杞憂だな。例えそうであっても何か問題が発生するということはない)

 

───

 

また別の場所では千代田が五十里に少しそわそわした様子で問い掛けていた。

 

「ねー啓!あんな魔法、見たことないんだけど」

「僕も実際に目にするのは初めてだよ。名前は確か……」

「『電磁砲』……ですね。弾体と定義した物体の通るコースにあらかじめ磁界を作っておき、その磁界から弾体へ及ぼすローレンツ力を利用する構造。もしくは線上に二つの電気を伝えるフィールドを定義し、その間に弾体を挟み、通電した際に発生する磁界から弾体に及ぼすローレンツ力を利用して射ち出すといった手順を魔法でもって行うものです。先程の柳生君の場合は後者を選択したのでしょう。ですが……」

 

市原は解説した後に考え込む。その横で五十里も感嘆していた。

 

「『極光』も大概だけど、この魔法も使用者は数える程しかいなかったはずだ。それをこの水準で使ってみせた事実は色々なお方の目を引くかもしれないね」

 

途中から市原の話は聞いていなかった千代田は“そうね……”と神妙な面持ちで言ってみせていた。

 

───

 

決勝リーグに相応しい並々ならぬ試合に大興奮の会場から、選手が退場する。十文字はもちろん十師族としての格の違いを見せ付けた上での優勝という完璧な結果を残した。

しかし……多くの人の頭にはほぼノーマークだったのにも関わらず決勝リーグまで勝ち進んだ柳生芺の名は殊更印象深かったとも言えるだろう。特に、芺を剣術家、マーシャル・マジック・アーツの選手として見ていた人間や、古式の人間として芺と関わりがあった人物は特にそれが顕著だったと思われる。

 

「芺くーーーん!」

 

帰ってきた芺にエンジニア用に用意された席から見ていたあずさが走り寄る。

 

「本当に凄かったです!概ね作戦通りでしたね!あ!準優勝おめでとうございます!!」

 

芺の立てていた作戦では元より勝利を目指していなかった。最後はほぼ諦め半分で勝ち目を探していたが、結局見つからなかったのだ。そのため当初から立てていた氷柱特攻からの『電磁砲』作戦に落ち着いたのである。『電磁砲』自体は最終戦まで温存するつもりは無かったのだが、使わずとも勝ち進む事が出来ていたのでそれも意表を突く事に一役買ったと思われた。

 

「柳生」

 

あずさが会場の熱気にあてられたのか芺を少々興奮気味で労っていると、そこに先程の対戦相手の声が聞こえてきた。

 

「会頭、お疲れ様です」

 

芺は頭を下げる。やはり何故か釣られてあずさも頭を下げた所で……ここでは下げてもおかしくなかったが。十文字は笑顔で語る。

 

「正直、ここまでとは思っていなかったよ。見くびっていた俺の非礼を詫びよう」

「そんな……もったいないお言葉です。それに自分は五本しか倒せませんでしたから」

 

十文字はその言葉に反応する。

 

「だが、()()だ。この俺から五本奪った事の意味する所は分かるな?」

 

十文字は極めて真面目な調子で問う。芺は突然の質問に少々固まってしまったが、十文字は芺の肩に手を置いて続けた。

 

「よくやった、柳生。モノリス・コードでも頼りにさせてもらうとしよう」

 

そう人の悪い笑みで言い残した十文字は芺の横を通って会場を後にする。芺は細い目でその後ろ姿を見ていたが、少しオロオロしているあずさに話しかけた。

 

「とりあえず戻ろうか。摩利さんの安否も気になる。啓達はどこにいるか分かるか?」

「あ、えーっと……多分テントですね。行きましょう!」

 

これにて芺のアイス・ピラーズ・ブレイクは準優勝という形で幕を閉じた。芺の次の出場種目は十文字の言葉から察するようにモノリス・コードである。こちらは出場経験がある上に、高度制限はあれど好きなように動けるのでアイス・ピラーズ・ブレイクほど苦手意識は無かった。

 

───

 

「お、芺君おかえり。準優勝おめでとう」

「おつかれー、あんな魔法使うなんて驚いちゃったわ」

 

芺がテントに帰ってくると、待っていたのか直ぐに気づき五十里達が声をかけてきた。他の選手や作戦スタッフからも労いの言葉を受けるが、芺はそれも程々に五十里に問い掛ける。

 

「それで、摩利さんは」

「肋骨が折れていたらしい。とりあえずは絶対安静だけど、それも一日だそうだ。命に別状もないし、魔法も問題なく使えるから安心して。との事だったよ」

 

五十里は現場に向かった後、真由美から聞いていたことを伝える。そして芺の耳元で周りに聞こえないように囁いた。

 

「それと、多分君も気になっていることは僕達も共通認識だ。今日の夜、達也君と一緒に調査するから、君も来てくれ」

「……わかった」

 

五十里は元の場所へ居直り、笑顔で改めて告げる。

 

「なんにせよ、準優勝おめでとう。凄い魔法だったね」

「ああ、ありがとう」

 

周りからも拍手が起こる。“まさか柳生が……”とか“モノリス・コードも貰ったな”などと口走る者もおり、皆が彼を賞賛していた。芺本人はあまり関心が無いが、彼はアイス・ピラーズ・ブレイク本戦での準優勝者であり、あの十文字の氷柱を唯一砕いた人物なのだ。勝利はしていないが大金星……と言った所だろう。

 

「そういえば服部はどうした?試合は全て終わったはずだが」

「そうだね、もうじき帰ってくるんじゃないかな」

 

二人が話していると、噂をすれば影というものなのか丁度少し俯き気味の服部が帰ってきた。彼は摩利と同じくバトル・ボードに出場しており、CADの調整こそ手こずっていたが……さすがは服部である。そんな状態でも見事準優勝を収めていた。

 

「お疲れ、服部。結果は?」

「準優勝だった。力及ばず、申し訳ない」

 

服部はそう言って目を伏せる。確かに準優勝はある意味敗者ではある。服部はなまじ実力があったからに優勝できなかった事を恥じているのかもしれない。そんな服部に芺は近寄り言い放った。

 

「……まぁ、お前はよくやったよ。気にするな、俺も準優勝だからな。一緒だ」

 

芺は不器用ながらも今彼が考え得る慰めの言葉をかけた。それに服部はハッとした表情で顔を上げる。そして少し恥ずかしそうな顔をした後、前を見て彼は言った。

 

「……そうだな。芺も準優勝おめでとう。生で見れなかったのは残念だが、後でゆっくり観戦させてもらう」

「勝手にしろ。俺もお前の負けっぷりを見てやらなくてはな」

「なっ……!」

 

服部は先程の恥ずかしそうな顔に加えて少し怒ったような表情で抗議する。それで雰囲気も和らいだのか、その場にいた選手やスタッフが服部を労い始めた。

そんな中、服部の背中にツンツンとした感触があった。彼が振り向くとそこには

 

「はんぞーくんお疲れ様。素晴らしい走りっぷりだったわ。準優勝おめでとう!」

「か、かか会長!あ、ありがとうございます!!」

 

そう言って顔の紅潮がMAXに達した服部は物凄い速度で頭を下げる。その様子に笑みを浮かべながら真由美は芺の方を向いた。

 

「貴方もお疲れ様。まさか十文字君に傷をつけるとはね」

「買い被らないで下さいよ。運が良かっただけです」

「謙遜しないの。芺君も準優勝おめでとう」

 

そう言って最後にウインクを添える真由美を見て芺は少し服部の気持ちが分かるような気がしたりしなかったりしたが、彼のようになる事はなく、それに対して落ち着いた礼を返す。

 

小さな祝勝会のようなものが終わって開放された芺は、人目のつかない所で端末を取り出しとある人物に連絡をかけていた。

 

(皆が俺と同じ認識というのなら、あの水面の揺らぎは間違いなく他者からの妨害だ。……誰かは知らんがよくもやってくれたものだな。俺の周囲の人間に手を出す事のリスクを理解させるのはともかく……この大会中に二度と俺の周囲の人間に手は出させない)

 

「芺だ。綾芽、頼みがある」

「はっ、何なりと仰せください」

「九校戦は見ていたか?俺の先輩にあたる選手が事故に巻き込まれたのだが……恐らく第三者の妨害があった。こちらでも調べはするが、そちらからも調査して欲しい」

「承知致しました。他に何かご用命等あれば」

「……そうだな。後ほど送るリストの人間に監視をつけて欲しい。それと会場の監視もだ。不審人物がいれば深追いせずに俺に教えてくれ」

「はっ!我々の威信にかけて」

「頼んだぞ。だが絶対に危険な真似はしないでくれ。九校戦に妨害工作をするような奴らだ。何をしてくるかわからん」

「重々承知しております。若様に心配はおかけしませんから……それでは」

 

芺はそう言って電話を切る。彼は少なくとも自分がよく知る人物には監視……もとい護衛を自らの手勢から就かせるつもりだった。しかし妨害をしてきた第三者に対しては情報が無さすぎるため、夜の調査を待ってから改めて連絡するつもりであった。他の人間も調べているはずなので、正体さえ分かれば後はどうにでもなるのだ。闇雲に動いても仕方ないと、冷静になった芺は次なる目的地に向かった。

 

───

 

夕暮れ時の裾野基地病院に真由美は訪れていた。ここにはバトル・ボードで事故に……というより陰謀に巻き込まれてしまった摩利が運び込まれており、その見舞いに来ていたのだ。幸いそのタイミングで摩利は目を覚まし、真由美から諸々の説明を受けていた。レースについて話していたあたりで、病室のドアがガラッと開く。

 

「真由美さん、お飲み物をお持ちしまし……摩利さん!」

 

摩利が目を覚ましていたことに驚き飲み物を零しそうになるが、ギリギリで踏みとどまる。飲み物を机に置いて芺は摩利に駆け寄った。

 

「摩利さん……すみません。俺がちゃんとしていれば……」

「おいおい、急にどうした。少なくともこの怪我はお前のせいじゃない。何を謝ることがあるんだ」

「……すみません」

 

芺は自分の目の届く範囲で身内が傷付けられた事にどうしようもない自らへの憤りを感じていた。事実芺に出来たことなど一つもないのだが、それさえも自らの力不足だと芺は自責の念に駆られていた。真由美は芺の背中を“まあまあ”叩いて励ました後、摩利の方を向き直り真面目な調子で訊ねる。

 

「摩利、その事なんだけど。あの時、第三者から魔法による妨害を受けなかった?」

「どういう事だ?」

「七高の選手を受け止める直前に摩利さんが体勢を崩したのは、第三者による不正な魔法で水面に干渉されたせいなのではないか、ということです」

「確かに……ボードが沈み込む直前、足元に不自然な揺らぎを感じたが、何故そう思ったんだ」

 

摩利がそう告げると芺は悔しさを滲ませた顔をして拳を握りしめていた。彼がここまで感情を露わにするのは珍しい事なのだが、今はそれどころではない。

 

「あの時、貴方が足元を取られた水面の動きは不自然だったわ。魔法による事象改変に特有の不連続性があった。でもあの時、七高の選手も九高の選手もそんな魔法は使っていなかった。残る可能性は第三者による魔法。これは芺君達とも同意見ね」

「達也君が大会委員からビデオを借りて水面の波動解析をするそうです。そこに自分も立ち会います」

「……そうか、すまない。しかし、一体誰がなんのためにこんな事を……」

 

───

 

とある暗い一室で画面の前に佇む男女が四名。彼らは今日のバトル・ボードの事件の調査を行っていた。

その部屋のドアが少々勢いよく開け放たれる。

 

「すまない、遅くなった」

「いえ、今から始める所ですので」

「おかえり」

 

その部屋に入ってきたのは摩利の見舞いから急いで帰ってきた芺だった。走ってきたのか達也の目には彼の動悸が早いように見えたが、一般人には分からないレベルだった。“よく鍛えている”と何だか調査には関係無いことを考えながらも達也は画面に視線を戻す。

芺がドアを閉め五十里達の横に立つと同時に五十里が話し始めた。

 

「それで何か分かったの」

「一通り検討してみました。やはり第三者の介入があったと見るべきですね」

 

それを聞いた芺は苦虫を噛み潰したような顔をしていたのだが、今は皆が暗い部屋の中で画面に集中していたので誰もその顔を見ることは無かった。芺は自分の表情に気付いたのかそれを振り払うように別の事を考える。

 

「仕事が早いな。さすがは達也君だ」

「しかし……予想以上に難しいね、これは」

「啓、どういうことなの?」

「花音も知ってる通り、九校戦では外部からの魔法干渉による不正を防止するため、カウンターマジックに優れた魔法師を各会場に配置すると共に、監視装置を設置している。てっきり僕はその監視網の外から何か仕掛けられたと思ったんだけど……司波君の分析では水面に働いた力は水中から発生しているんだ。可能性としては水中に工作員が潜んでいたとしか……」

「さすがに非現実的すぎるな……」

「よね……」

 

と、ここでピンポーンと来訪を知らせるベルが鳴る。芺は問答無用で開け放ったが、今度の来客はそうでもないようだ。

達也が“深雪”と声を掛けると彼女は返事をしてドアを開ける。ドアの向こうに立っていたのは二人の男女だった。

 

「ご紹介します。クラスメイトの吉田と柴田です。水中工作者の謎を解くために来てもらいました」

「えっと……よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

達也は芺とこの一年生二人の間には面識があることを知らないため、まるで全員と初対面なようか紹介をした事に二人は少し戸惑っていたが、芺がそれを達也には見えないように手で制す。それから二人は礼儀正しく頭を下げた。特に美月は深かったが、だからといって幹比古が失礼な訳ではない。

 

「知っていると思うが、二年の五十里先輩と千代田先輩。芺先輩だ」

「やあ」

「こちらこそよろしく」

「来てくれてありがとう」

 

芺はここで実はこの二人は知り合いなんだと関係の無いことを口走って時間を浪費するつもりはさらさら無かったので、ここでは初対面として振る舞うようだ。

一応の顔合わせが済んだところで達也は本題に入る。

 

「俺達は今、渡辺先輩が第三者の不正な魔法により妨害を受けた可能性について検証している。渡辺先輩が体勢を崩す直前、水面が不自然に陥没した。これはほぼ確実に水中からの魔法干渉によるものだ。コース外から気付かれることなく水路に魔法を仕掛けることは不可能だ。遅延発動魔法の可能性も低い。だとすれば、魔法は水中に潜んでいた何者かによって仕掛けられたと考えられる。しかしそう考えるのは荒唐無稽、現代魔法にも古式魔法にもありはしない」

 

五十里達は古式魔法に詳しい芺の方を向くが、芺は頷き肯定を示す。

 

「人間以外の何かが水路中に潜んでいた、と考えるのが合理的でしょう」

「達也は精霊魔法の可能性を考えているのか」

 

その言葉に疑問を浮かべる五十里と千代田に達也は改めて二人を呼んだ理由を説明する。

 

「吉田は精霊魔法を得意とする魔法師です。また柴田は霊子光に関して特に鋭敏な感受性を有しています。芺さん、その点では貴方にも協力して頂きたいと思っています」

「もちろんだ」

 

芺はそう言って美月の方に顔を向ける。今の彼女は普段とは違い力強く頷いてみせた。

 

「幹比古、数時間単位で特定の条件に従って水面を陥没させる遅延発動魔法は精霊魔法により可能か?」

 

達也の問いに幹比古は可能と答える。しかしそれでは意味のある威力は出せず、七高の選手のオーバースピードがなければただのイタズラ程度にしかならなかったとの事だった。しかし達也はこう告げた。

 

「あれも単なる事故であればな」

 

達也はそう言って画面に検証結果を映し出す。そこには本来減速すべき場所で加速した場合のルートが表示されていた。

 

「確かに不自然だ……」

「そして、九校戦に出場するような選手がこんな下らないミスを犯すとは考えにくい」

「その通りです。恐らく、CADに細工をされていたのだと思います」

 

達也は続けて減速の魔法が加速にすり替えられていた場合、間違いなく最初のカーブで事故が起きるであろうと言う。そして去年のラップタイムを見れば最初のカーブで優勝候補二人がもつれ合う事は容易に想像出来る、とも。

 

「確かに理屈は通っているけど……CADに細工なんて出来るのかい?もし細工したと言うなら一体誰が」

「七高の技術スタッフに?」

「その可能性をも否定できませんが……俺は大会委員に工作員が潜んでいる可能性が高いと思います」

 

一同にどよめきが走る。考えたくなかった可能性が当たってしまったのだ。

 

「しかしお兄様、一体いつどのようにしてCADに細工したのでしょうか。CADは各校が厳重に保管しているはずですが……」

「CADは必ず一度各校の手を離れ大会委員に引き渡される」

 

その言葉を聞いて皆が驚く中、芺は何か悩んでいる様子だった。達也は考える。

 

(しかし、どういう細工をしたのか。それがまだ分からない……厄介だな)



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第二十四話

摩利の事故の検証が終わった後、夜の帳はとっくにおりた時間にも関わらず、達也は芺に呼び止められていた。深雪に先に行くように言った達也は周りに誰もいないことを確認してから芺に問い掛ける。

 

「それで、何かご質問でしょうか」

「ああ。達也君の見解では大会委員がCADに細工をしたという事だったな。そしてそれに精霊魔法が使われたと」

 

芺は先程の予測を繰り返して確認する。達也は自分の検証中の発言を思い出して続けた。

 

「そうですね。俺はそう見ています」

「分かった。ありがとう。ではもう一つ質問なんだが……君は今回の一件について、どこまで知っている?」

 

達也は一瞬、芺の射抜くような目線に怯んだ。全てを見透かすような視線のように思われたが、それは芺の目付きが少々良くないだけであり、決してそんな異能は無いはずである。

言い方が悪かった事に気付いたのか芺は訂正しながら続けた。

 

「すまない、どこまで調べがついているのか聞きたかっただけだ。無用な心配を煽らないためにも隠しているのだろう?だが、聞かせてもらいたい。こちらでも調査を進めたいのだが、情報があまりに少なくてな。……俺が、眼鏡などかけずに観戦していれば摩利さんを妨害した魔法に対してももう少し情報が見えたんだが……」

 

達也は最後の方のセリフになるにつれ芺に後悔が見て取れることに気が付いた。確かに彼も霊視力は美月には及ばないものの、高い水準で保持してはいる。しかし、彼は普段から眼鏡が必要というレベルではない。そんな彼が珍しく眼鏡をかけている時に精霊魔法による事件が勃発したのだ。それにより近しい人物が大怪我を被ったとなれば彼の心情にも少しは理解が及んだ。

そして同時に達也は自分がある程度の情報を握っている事がバレた訳でもないが、大方アタリをつけられたとも感じた。事実、達也は今回の一連の妨害事件の犯人が『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』である事を知っているのだが、それを言ってしまうのは達也にとって非常に都合が悪いのでここでは断片的な情報を伝えることにした。芺も由緒ある名家の出身であり、八雲から家の力という観点で見てもある程度握っているという事を教えられていたため、彼自身情報が足りない事からも芺に少しばかり情報を集めてもらうつもりのようだ。

 

「実は、九校戦開幕の前日にホテルに賊が襲撃してきたんですが……」

「待て、聞いていないぞ」

 

突然告げられた新事実に芺は話を遮る。達也は一言で断りを入れて話を再開した。

 

「すみません。口止めされていましたから。そして、そいつらの素性に関してもある程度知っています。どうやら香港系の犯罪シンジケートらしいですよ」

「……かなり色々と言いたいことはあるが、情報には感謝する。君も隅に置けないな」

 

達也の謎の情報力に芺は賞賛を送るが、達也は芺が想像以上に勘のいい人物だと知ってこの先も発言には気を付けるべきかと感じた。“隅に置けない”発言に関しては無言で礼を返しておくことにする。剣士は皆、勘がいいのだろうかなどと考えていると、芺が口を開く。

 

「これだけ分かれば十分だ。これ以上、奴らの好きにはさせない」

 

芺のその言葉から伝わる強い意志に達也は“一種の強迫観念のようだな”と失礼な事を考えていたが、言葉ではそれに対して同意を示す。

 

「もちろんです。何か分かればまたお伝えしますので、情報は共有していきましょう」

「ああ、こちらも人員の動かし方を考えねばな。場合によっては……」

 

よく聞き取れなかった達也は疑問符を浮かべるが、芺はなんでもないといって笑う。芺の先程の強い意志から見て敵陣に攻め入るのかとも思えたが、さすがにこの九校戦中に本人が抜けていくことは考えづらい上に、手勢に任せるとしても危険だろうとその可能性を振り払った。芺は少し目を伏せるようにして少し頭を下げる。

 

「引き止めて悪かった。おやすみ達也君。忙しいだろうが倒れないようにな」

「お気遣いありがとうございます。先輩もお疲れ様でした。準優勝おめでとうございます」

 

達也は自分を労ってくれた芺に笑顔で返したあと、礼をして待たせていた深雪の元へ行く。

 

「すまない深雪。待たせたな」

「大丈夫です……何のお話をされていたのですか?」

「さっきの検証の簡単な擦り合わせだよ。後は労ってもらったくらいさ」

 

達也はここで全て本当の事を言って心配させる必要も感じなかったため、一応間違いではない事実を伝える。兄を疑う事を知らない深雪は最後の方の二人が笑顔で礼を交わしていた所も見ていたのですぐに納得する。

 

「それにしてもお兄様と芺先輩はどこか似ていらっしゃいますよね」

 

と、深雪は笑顔で語る。達也はそんなはずはないと言った顔をしていたが、深雪はその笑顔のまま口に手を当てて続けた。

 

「だって先程のお二人の動作、ほとんど一緒で……とても見ていて面白かったんですよ」

 

その通り、先程の二人の動作は鏡合わせかのように似通っており、傍から見ると絶妙にシュールな光景だったのだが、幸い見ていたのは深雪しかいなかったようだ。

司波兄妹がこんなやり取りをしている中、部屋に戻る最中の芺は達也の言葉を反芻していた。

 

(香港系の犯罪シンジケート……確か、過去にウチに報告に上がった香港系の犯罪シンジケートがいたが……名前は……『無頭竜』だったか。偶然とも思えん、過去の情報を漁らせるか)

 

───

 

もう遅い時間帯になって与えられた部屋に帰ってきた芺は彩芽に対して連絡をとっていた。

“今回の一連の事件は香港系犯罪シンジケート『無頭竜』の可能性が高い。監視についている人員はそのままに、調査部隊は『無頭竜』の情報を過去に集めていた分だけで構わないからまとめてくれ。これ以上追加の情報は必要無い。追って次の指示を出す”

この旨を文面として送信した芺は早急に新たな情報を別の筋から入手しようと画策していた。芺は彩芽達の情報収集能力を頼りにしているが、その過程で危険な目に遭わせる事に対して強い忌避感を持っているのでこれ以上の調査を続けさせたくなかったのだ。今年はこういった諜報任務を負わせるのはこれで二回目なので、彼は気を使いがちだった。そして彼は次にとある人物に電話をかける。

 

「もしもし……こんな夜更けにすみません。明日、お会い出来ますか。特に用事もないのでそちらの都合の良い時間で大丈夫ですよ。はい、ありがとうございます。ここまで来てくださるんですか?……はい、わかりました。では、そのように」

 

そう言って芺は電話を切る。相手は第一高校のカウンセラーである小野遥だった。二人は九重寺で八雲を介して知り合っており、芺が霊子放射光過敏症の件で霊子力をコントロールする訓練を九重寺で積んでいた時期に小野遥も修行に来ていたのである。芺は修行には来たが弟子では無いと主張しているが、八雲に気に入られてしまったがために弟子扱いとなっている。尚、達也、遥、芺では芺が一番の弟弟子となる。

ちなみに今回は芺はカウンセラー小野遥ではなく諜報員である彼女に用があり、連絡を取った。彼女の諜報の腕は『ミズ・ファントム』としてその世界では知らぬ者がいないほどである。

芺は最終日のモノリス・コード本戦まで基本的に暇である。彼にとってこういった空き時間は珍しいため、どうやって過ごそうか悩みながら彼は眠りについた。

 

───

 

九校戦も四日目になり折り返しとなった。今日から一年生のみが出場する新人戦もスタートする。そんな日の昼前に芺は私服で九校戦の会場近くのとあるカフェに来ていた。相手はもちろん……

 

「ごめんね、遅くなっちゃった」

「いえ、急にお呼び立てしたのは俺ですから」

 

昨日の夜に電話をしていた小野遥である。彼女は公安の人間ではあるが、一高のカウンセラーでもあるので九校戦の会場にいても特に不自然はなかったと言える。だがこのような場所を選んだのは今から話す内容が内容だからであった。芺は会話を挟みながら遥が注文した物がテーブルに来たのを待ってから、彼女の目を見て切り出す。

 

「では本題に入らせていただきます。小野先生、『無頭竜』について調べてもらえませんか。もちろん報酬は支払います。なんなら特別に前払いでも構いませんよ」

 

世間話の延長線上で滑らかに語った芺は端末にただの高校生がお使いの報酬として出すには莫大な金額を表示してテーブルに置く。その一連の言動に遥は驚いてむせそうになるが、なんとか抑え込んで口に人差し指を当ててこう言った。

 

「しーーーっ!声が大きい!……まずなんで芺君がそんな事を知ってるの。それになんの為に?」

 

遥はテーブルから乗り出して注意した後、周りを見渡して誰にも聞かれてないことを確認してから質問を返す。こういった少し大袈裟な所作はスパイらしからぬ点でもあるが、それが彼女の愛嬌でもある。

 

「家柄上です。それ以上はお答え出来ません。強いて言うなら仕事で必要ということでしょうか。それで、受けていただけますか」

「そんな……!……もう、ちょっと待って」

 

芺は質問をバッサリ切ってまくし立てるように話のペースを戻す。しかし遥はまだ悩んでいるようだ。確かにいきなり犯罪組織についての情報を調べろと言われたらこうなるのも自然かと思われた。

 

「……そうですね。手に入った情報をこちらに優先的に流してくださるなら、この金額から更に二割増でお支払いしますよ」

 

芺は人の悪い笑みを浮かべて語る。“もちろん前払いでも構いません”と後に添えて。

芺の引くことの無い姿勢に観念したのか、金に目が眩んだのか定かではないが、遥はため息を吐いてその提案を受け入れた。

 

「分かった。でも後払いでお願いね。もし情報が集められなかったらお得意様にも悪いから」

 

遥はツンとした態度でそう言い張るが、容姿が年齢の割に童顔で可愛らしい顔をしている上、華奢でもあるので些か可愛らしく見えた。

芺は満足した様子で端末をしまい、頼んでいたカフェオレを飲んだ。釣られるようにして遥も頼んでいたジュースを飲んだところで一つ質問をする。

 

「優先的にって言ったけど、具体的には誰より何を優先すればいいのかしら」

 

遥はこうは言ったものの、他に買い手がつくとも思えなかったために疑問に思ったのだ。芺はすぐに答える。

 

「もし他に俺と同じ情報を求めてる人間がいれば、そいつより可能な限り早く俺に情報を渡してください。それだけで十分です。情報が手に入り次第メールを送ってください。使いの者に取りに行かせますから」

 

芺の提示した条件はそれだけだった。遥からしてみればそれだけで報酬が二割増なのだから破格もいい所である。

 

「じゃあそうしましょう。……何が目的かは分からないけど、あんまり危険なことはしちゃだめよ」

「大丈夫です。俺に危険が及ぶことはありませんよ」

 

遥は何度目かのため息を吐いて飲み物を取ろうとするが、既に空っぽだった。

 

「頼んでもらっても構いませんよ、ここは奢りますから」

 

芺の申し出に遥は最初は遠慮しようと考えたが、目の端に美味しそうなパフェが目に入ってしまった。あまり借りは作りたくなかったが、欲望には逆らえない。

 

「じ、じゃああまりお腹も空いてないしこのパフェだけ貰おうかな~……」

 

芺は目の前に届いたそこそこの大きさをしたパフェを見つめて不思議そうな顔をしていたという。

 

───

 

新人戦二日目となる九校戦六日目。今日も今日とて暇を持て余していた芺は五十里らに連れられ深雪と達也の応援に来ていた。スタッフルームに訪れた許嫁コンビに生徒会長、風紀委員会の委員長と副委員長を見て達也はまず第一声に上司の体の心配をする。

 

「深雪さん、達也君!応援に来たわよ」

「応援に来ていただけるのは嬉しいんですが……委員長、寝てなくて大丈夫ですか」

「なんだ、君まで私を重症扱いするのか?飛んだり跳ねたりするわけではないのだから問題ない」

 

摩利は普段と変わらない様子で歩き、イスに座ってまるで子供のように言い張った。“君まで”と口にするということは他にも摩利を重症扱いする者がいるということである。それが誰か気になる人もいたかもしれないが、その疑問は一瞬で取り払われた。

 

「摩利さんは重症です。肋骨折れてたんですよ」

「だからもう大丈夫だっていってるだろこの~……!」

 

そう言って自分を労わる芺をポカポカ叩く摩利。芺はこの二日間ほど暇だったため、彩芽達からの情報に目を通しながらも摩利と行動を共にすることが多かった。それを横目に達也はもう一人の組織のトップにも訊ねる。

 

「会長も本部に詰めてなくてよろしいのですか」

「大丈夫よ。向こうははんぞー君に任せてきたから」

 

本部ではバトル・ボードでの敗北を帳消しにする勢いで服部は働いていた。芺も手伝っていたのだが()()の上司が応援に行くという事で心配でついてきたのである。彼は摩利の事件に大きな責任──再三だが彼が負うべき責任は無い──を感じていたのでやたらと過保護だった。

頼もしすぎる応援団に気後れせず、深雪はコンディションが良好なままアイス・ピラーズ・ブレイクの試合会場に入場する。相手方の選手はまるでソフトボール選手のような服装をしていた。対して深雪は上は白、下は赤の美しい袴を着こなしており、その可憐さに会場の人間の中にはその容姿の麗しさに思わず声が漏れていた者も多かった。

試合が開始すると同時に両名ともCADを操作する。しかし相手選手の魔法が発動するより早く深雪が魔法を完成させた。

 

「これはまさか……『氷炎地獄(インフェルノ)』……!?」

 

摩利達は深雪の使う魔法に目を奪われる。芺も深雪が魔法を使う所をしっかり目にするのは初めてだったので、彼女の魔法力に驚いていた。

それは相手選手にとっても同じであった。彼女は『氷炎地獄』の熱気か、はたまた焦りからか汗を流しながらも一生懸命CADを操作するが、そのまま為す術もなく全ての氷柱を一度に砕かれ敗北した。

 

(……とてつもない魔法力だ。俺では到底太刀打ち出来んな)

 

芺はスタッフルームから肉眼で観戦しながらそんな事を考えていた。



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第二十五話

九校戦六日目の本日にはアイス・ピラーズ・ブレイク新人戦の第三試合と決勝リーグが執り行われる。芺も自らが出場した種目ということで、見聞を広める為にも観戦に来ていた。もちろん何かあった際に気付けるように作戦スタッフには無理言ってオーラ・カット・レンズは外させてもらった。

試合の結果は第一高校の上位独占という快挙。決勝リーグは雫と深雪のエキシビションマッチという形になった。試合内容は『フォノンメーザー』という高等魔法に加え『パラレル・キャスト』という難関技術まで会得した雫だったが、深雪には遠く及ばなかった。彼女も『ニブルヘイム』からの『氷炎地獄』というA級魔法師でも発動が難しいとされる魔法を使いこなしていたのだ。

 

そして七日目になり、本日のスケジュールはミラージ・バットとモノリス・コードの新人戦が開催される予定であった。芺はモノリス・コードに関しては自らも出場する上、比較的関わりのある後輩の一人である森崎が選手という事でテントで観戦していた。彼はモノリス・コード本戦に向けてのCADの調整に付き添っていたが、そうしていると五十里が気を利かせて“観戦してきていいよ”と言ってくれたためにお言葉に甘えたのである。

 

「森崎は性格は……まぁはっきり言ってよくはありませんが、魔法に関しては優秀ですし技術の鍛錬も怠りませんからね」

「あら、貴方のお墨付きならこの試合も安心かな」

 

本部にいた真由美と同席する芺は、同じ風紀委員会と言うことで森崎の事は気にかけていた。魔法師としては能力は特筆すべき箇所はなくとも、積み上げてきた努力が成せる技術には一定の評価を与えていた。今回の九校戦にあたり芺は拳銃型のデバイスを使用したが、その際に森崎が持つ技術は修練の賜物──中々のテクニックが必要なものだと再確認したのである。後は差別意識がなくなれば言うことは無いのだが……などと考えている内に試合が始まった。

その瞬間、森崎達のいたビルに突然『破城槌』が行使され、崩れやすい廃ビルは一瞬のうちに倒壊した。芺は突然の出来事に目を丸くし、真由美は口に手を当てていた。そこからは大騒ぎである。芺も事実確認を大会委員に迫ったが、ろくな情報は得られなかった。

 

「ふざけた真似を……!」

 

芺は画面を睨みつけていた。また、何も出来なかったのである。もちろん今回も芺に出来ることはなかった。しかしまた芺の周囲の人物が一人、事故にあったのである。それに今回は明らかに人為的なもので事故というよりかは故意の不正な攻撃なのだ。少し状況が落ち着いたところでテントに達也が現れる。状況を訊ねる達也に芺と真由美が説明を始めた。その時の芺の顔は沈んでいたが、達也はそれに対して何か言葉をかけるような人物ではなかった。

 

「それで、森崎達は」

「……重症よ。市街地フィールドの試合だったんだけど、スタート地点の廃ビルの中で『破城槌』を受けてね……瓦礫の下敷きになっちゃったの」

「屋内に人がいる状況で使用された場合『破城槌』は殺傷性ランクがAに格上げされます。バトル・ボードの危険走行どころではない、明確なレギュレーション違反だと思いますが」

「その通りだ。到底、許容できるものじゃない」

 

そう言う芺は今すぐにでも四校のテントに乗り込みかねない雰囲気だったが、そんな事をするほど馬鹿ではない。

 

「しかし、状況がよく分かりませんね。三人が同じ場所に固まっていたんですか?」

「それが……試合開始すぐの事でな。なぜ場所がバレていたのか訊ねたいものだ」

「そうだよ!あんなの試合開始前に索敵を始めてなきゃ出来ないよ!『破城槌』はともかく、フライングは故意だと断言出来る」

 

雫も声を大きくして語る。彼女も四校が故意に不正な攻撃をしたという見解だった。

 

「なるほど、そりゃ大会委員も慌てているだろうね」

「フライングを防げなかったから……ですか?」

「それは大した問題じゃないよ。それより崩れやすい廃ビルにスタート地点を設定したことが間接的な原因と言えるからね」

 

芺は冷静な達也を見て少し落ち着いたのか、本当に四校の故意の不正なのか、そして達也の示した原因について少し考え込んでいた。

その達也は大会委員としてこのままモノリス・コード自体を中止にしたいと考えていると推測する。それもあながち間違いではないが、現在は試合は続行中だった。そして第一高校の新人戦モノリス・コードをこのまま棄権するかも十文字が折衝中だと。ここまで話したところで真由美がいつもの雰囲気で二人に声をかけた。

 

「ねぇ、芺君、達也君。ちょっと相談したい事があるんだけど……ちょっと一緒に来てくれないかな」

 

彼女はそう言って二人を奥の部屋へと誘い、話し始める。内容はこの事件も何者かの妨害工作か否かついてだった。真由美は犯人がブランシュの残党だと予想していたのだが、それは違う。達也は真由美に対して芺に渡した情報と同じ情報を開示した。ただの高校生とは思えない情報力に真由美は心配をしたが、当の本人は巻き込まれているだけと主張していた。話し合いが終わったところで、芺が達也に声をかける。

 

「達也君、ちょっといいか」

「はい、構いませんが」

「真由美さん、遮音障壁はそのままにお願いできますか」

「……分かったわ」

 

真由美は渋々と言った様子で部屋を出る。それを見送って芺は話し始めた。

 

「達也君、やはり今回の一件も香港系犯罪シンジケートの仕業なのか」

「俺はそう見ています」

「なるほど……早急に手を打たねばならんな」

 

芺の言葉に達也は反応する。

 

「手があるんですか?」

「少々家の人間に動いてもらう。強硬手段ではあるが……これ以上、俺の周囲に手出しはさせない」

 

その言葉の意味する所といえば、いわゆる裏で動かせる力を持っているということ。加えてそれを行使出来るという事だった。裏の権力に限っていえば『四葉』はトップクラスだが、それを行使することは達也には出来ないために行使可能な力を持つ芺が達也サイドにいるのは好都合だった。

 

「あまり危険な真似はしないでくださいよ」

「俺に危険が及ぶことはないさ」

 

達也は真由美に言われた事をそのまま芺に伝えるが、芺もまたこの調子だった。

 

───

 

その日の夜、芺は五十里のCADの調整に付き合っていた。五十里と自動販売機前で語らった後、二人は別れる。そして芺は人がいないところで彩芽に連絡をしていた。

 

「先程通達した通りだ、変更は無い。部隊の人間にも同じように伝えてくれ」

「はっ!既に完了しております」

「流石だ。頼んだぞ」

 

芺はそう言って連絡を切る。廊下に出ると何やら考え込んでいる様子のあずさを見つけた。何やら悩んでいる様子だったために芺はとりあえず声をかける。

 

「あずさ、何かあったのか」

「芺君……いや、その……ミラージ・バットは観ましたか?」

「あぁ、選手も優秀だったが……達也君の手腕も見事だったな」

 

そう、本日のミラージ・バット新人戦では達也の担当した選手が出場していたのだが、観戦の際にあずさは聞いたのだ。その選手を見て“まるで『トーラス・シルバー』じゃないか”と言う声を。そこであずさは達也の担当した選手が揃いも揃って高等魔法や常識を覆すデバイスを使用していた事について改めて考え直した。雫の汎用型に特化型CADの機能を載せる最新研究結果の応用、『フォノン・メーザー』。深雪の『氷炎地獄』に『ニブルヘイム』というA級魔法師にしか起動式が公開されていない魔法がプログラムされているということを。

 

()()()『トーラス・シルバー』なんかじゃない。この芸当は『トーラス・シルバー』しか出来ないんじゃないかって」

 

あずさの分析を聞いて芺は考える。確かに達也君の技術力は高校生のそれを遥かに超えている。彼が『トーラス・シルバー』と考えれば桁外れの技術力も高等魔法の起動式を知っている事も、最新の研究結果を使用できる事も……彼が『トーラス・シルバー』のCADを持っていた事も全て辻褄が合う。しかしそれだけで決めつけるのは浅はか……というよりも信じられない。というのが芺の見解だった。

 

「まだ達也君が担当する種目は残っている。彼が本当に『トーラス・シルバー』かどうか判断するのはその後でも遅くないんじゃないか」

「信じてくれるんですか……?」

 

あずさは自分の突飛とも言える推察に同意を示してくれた事に少し驚く。

 

「お前がそこまで確信に近いものを感じるのであれば可能性は高いんだろう。それに……」

 

芺は達也君のこれまでの言動を顧みて、こう言った。

 

「彼は……例え『トーラス・シルバー』ではなくとも、絶対にただの高校生じゃない」

「それは、どういう……」

「冗談だ。じゃあまた明日」

 

少し口角を上げてそう言った芺はその場を去る。思わせぶりなことを言い過ぎたかと考えたりしながら、彼は階段を下っていった。

 

───

 

「彩芽、準備はいいか」

「はい。お前達もいいな?」

 

彩芽は同じ部隊の人間に語りかける。既に日は落ち、暗くなった時間帯に彼らは黒い装束に身を包み姿を隠していた。ここは九校戦の会場である富士演習フィールドからはそう遠くない場所にある寂れた公園である。人はいなければ遊具もない。公園というよりかは散歩に適した場所だろう。

彩芽の通信機に再度連絡が入る。

 

「園内に対象を誘導した。これから仕掛ける」

「視認しました。いつでもどうぞ」

 

その通信の終わりと同時に、周囲からの認識を阻害する結界が張られる。しばらくここには誰かに誘導でもされないと侵入することは出来ない。彩芽はじっと、この任務を依頼してきた人物の事を考えていた。

 

───

 

九校戦七日目のスケジュールも終了し、大会委員に貸し与えられたホテルに帰ろうと帰路についたとあるスタッフ。彼は真っ直ぐ寄り道せず帰った……はずだった。

 

(ここは……どこだ)

 

もう七日目となる今日になってもう帰り道も慣れていたはずの自分が道を間違えたのか、そんな疑問を浮かべながら彼は周りを見渡す。公園のようだが、街灯もなければ遊具もない。何故こんな所に迷い込んだのか皆目検討もつかなかった。

彼は少々焦っていた。残念ながら彼は真っ当な人間ではなくとある犯罪シンジケートに手を貸す人間なのだ。やましいことがある彼は出来るだけそそくさと安心出来るホテルに帰りたかった。何なら今日も第四高校のCADに細工をして、ルール違反になる形で『破城槌』を使わせたのだ。

公園から出ようとすると、後ろでガサガサと草木が揺れた気がした。咄嗟に後ろを振り向くが……そこには何もいなかった。

 

(気のせいか……?)

 

彼はそう思って前を向く、しかし

 

「が……っ!」

 

何者かに首を掴まれた。必死にもがくものの全く解ける気配はしない。ぎりぎりと片手で絞められ続け、数分にも感じられる時間が経った後、ようやくその手が放される。事実数秒といった時間だったが、首を絞められていたために大会委員は咳き込み、体は酸素を求めているのか呼吸しかできず、大声をあげて助けを呼ぶこともままならなかった。そんな中、大会委員の首を掴んでいた男が首を開く。

 

「こちらを見ろ」

 

そう言われた大会委員の男は犯人の顔くらいは見てやろうと睨みあげた。そこには黒い服を身に纏う男が見下ろしており、その顔には縁日で見るような狐のお面が着いていた。断続的に起こった不可思議な出来事に大会委員の男は一瞬思考が止まってしまう。その際に狐の仮面の男の目と、隠されているはずの眼と目が合ったような気がした。その瞬間、大会委員の男の体は強張り、形容しがたい恐怖に苛まれる。全身から汗が吹き出し、ここから逃げ出そうとしても身体が全く動かない。狐の仮面の男はその様子を見て片膝をつき、また大会委員の首元に手を伸ばした。

 

「知っている事を全て話してくれるか」

 

───

 

「彩芽、一通りの尋問は終わった。こいつから聞き出せることはもうなさそうだ。この後は予定通りの場所へ行ってもらう」

「承知致しました。あ……ウツギ様、我々はいかが致しましょう」

「このまま共に撤退し報告をまとめよ。私も整理しておきたい」

「はっ!」

 

狐の仮面の男……ウツギはそう指示を出し公園から彩芽らと共に姿を消し、その際に大会委員……香港系犯罪シンジケートの協力者を一瞥していた。その男はというと、一瞥された途端に駆り立てられるように九校戦の会場方面に歩みを進めていった。“ごめんなさい、ごめんなさい、私が悪かったんです。『無頭竜』の幹部に強制されたんです”と支離滅裂にも思える独り言を繰り返しながら。その顔は青白く、全身がびっしょり濡れていた。

 

「大丈夫か、君」

 

声をかけたのはこれまた偶然にも帰り道の九校戦の大会委員の一人だった。彼は大会中の魔法による不正行為を防止するためのカウンターマジックに長けた人物であり、その道のプロである。そんな彼が人通りのない道で街頭に照らされる明らかに様子のおかしい男を見つけた。その男はどうやら同じく大会委員の一人のように見えたのだ。

その独り言を繰り返していた男は声をかけてきた男を見つけると足元に駆け寄って崩れ落ちた。

 

「あ、……あぁ、すみませんすみません私がやったんです九校戦で選手のCADに細工をして第一高校を妨害したのは私なんです」

 

と、涙ながらに自供する。様子がおかしいという話ではない。聞いても居ないことをつらつらと嗚咽混じりに述べ、顔がぐじゃぐじゃになったこの男の言動は異常と称する他なかった。彼は突然の出来事に驚いて固まっていると、その間も足元の男は涙を流しながら続ける。

 

「『無頭竜』が……『無頭竜』にやれと!全て私が悪かったんですだからお願いしますどうか命だけは、命だけは!」

 

そう言って懇願する様子は何かに酷く怯えているようだった。だがこの男の言うことは見過ごせない。言われてみればこの男は試合前のCADの監査を担当する人間だったはずだ。そして立て続けに事故に巻き込まれる第一高校の事が頭によぎった。

 

(もしこの男の言葉が本当なら……嘘にも見えん。私の一存では判断できん、一度本部に持ち帰るしか……)

 

「お、おい!とりあえず会場に戻るぞ。話はそれからだ」

 

彼がそう言うと嗚咽はぴたっと止まり、まるで引き寄せられるように九校戦の会場に向かって歩き始めた。その間もさながらの懺悔を繰り返していたが、一体何があったのか問うても全く答えなかった。彼は取り憑かれたように自分のした行いとそれへの謝罪をひたすらに続けていただけだった。

 

……その後、九校戦の大会委員本部に連れ帰られた男は尋問を受けた。まずは警察に突き出すのが最善だが、もしこの男の言葉が本当なら九校戦スタッフの中に工作員がいたという前代未聞の不祥事である。大会委員からしてみれば男の言葉が嘘であって欲しかった。

しかし現実はそうはいかない。本部に帰って話を聞くと男は質問に対してすらすら答え始める。やはり彼は『無頭竜』という犯罪シンジケートの工作員としてこの九校戦に紛れ込んでおり、第一高校への妨害工作を命じられていたそうだ。もちろん一人だけではなく他にも工作員はおり、その名前もはっきりと述べた。大会委員本部の人間が頭を抱える中、ここに連れてきたスタッフが尋ねた。

 

「なぜ急に自供した。何かにひどく怯えている様子だったが、それも関係しているのか」

 

今まで比較的落ち着いていた工作員はその質問を受けた瞬間、思い出したかのように顔から血の気が引きガタガタと震えだした。

 

「あぁ……あぁ……私が悪かったんです私が妨害工作などしなければ、罪は償いますだから助けて下さい助けて……助けて……」

 

今までの様子とは一変して大の大人が涙を流し、祈るような体勢になった工作員を見て、周りの人間は明確な異常性を感じた。()()に懇願しているようにも見えた。許しを乞うているようだというのは皆が思った事だろう。しかし工作員はその何かについて述べる事はなかった。それについて尋ねると、どれだけ落ち着いていたとしてもこの様子になってしまうのだ。仕方なく大会委員本部は工作員の仲間も拘束し、警察へ突き出した。可能な限り水面下で行ったが、やはり情報は漏れるもの。次の日にはちょっとした騒ぎにもなっていたがすぐに収まった。

最初に自供した工作員だったが、その後警察の取調べの際も()()について尋ねた途端にこの状況になってしまうために精神鑑定が行われた。その結果、一種の恐怖性不安障害と診断され精神病院への入院が決定したそうだ。しかしこの先彼の口から『何か』について語られることは無かった。長期的な治療の後ある程度の回復が見込まれたが、その怯えていた対象に対して工作員はこう言った。

“今でもとてつもなく恐ろしい。しかし()()()()()()()()

確かに恐怖による記憶障害は存在する。それにしても不自然なほどその()()についてはぽっかりと穴が空いていた。様々な可能性が示唆されたが、それを確かめる方法はもうなかった。



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第二十六話

少し時は遡る。九校戦七日目の夜に芺は宿舎となっているホテルの一室に来ていた。生徒会や風紀委員幹部。部活連の会頭に五十里や桐原といった面々が揃い踏みだった。今からここである人物に一つ交渉を持ち掛ける──このメンバーを揃えた時点で断らせる気は無い──のだ。その対象が真由美に引き入れられて皆の前に現れる。真由美は連れてきた男の方を向き直って口を開いた。

 

「達也君、今日はご苦労さま。期待以上の成果を上げてくれて感謝しています」

「選手が頑張ってくれたおかげです」

「もちろん、皆が頑張ってくれた結果です。でも達也君の貢献がとても大きいのはここにいる全員が認めているわ」

 

言うまでもなく芺もその一人だった。ついさっきあずさに達也が『トーラス・シルバー』である可能性を熱弁された所でもある。それに彼自身、達也の高校生離れした能力に大きな信頼を寄せていた。

 

「ありがとうございます」

「現時点での得点一位は第一高校。二位は第三高校で、新人戦だけで見た点差は50ポイント。モノリス・コードをこのまま辞退しても新人戦の準優勝は確保できます。新人戦が始まる前まではそれで十分だと思っていたのだけど……ここまで来たら新人戦も優勝を目指したいと思うの。三高のモノリス・コードに一条将輝君と吉祥寺真紅郎が出ているのは知ってる?」

「はい」

「あの二人がチームを組んでトーナメントを取りこぼす可能性は低いわ。だから達也君……モノリス・コードに出てもらえませんか」

 

真由美は達也を見据える。この場に皆が集められたのはこの交渉が目的なのだ。芺も最初この話を聞かされた時に訝しげな顔をしたが“達也君であれば問題ないか”とすぐに同意を示していたのである。それに加え芺は達也の戦闘センスに対してとても興味があったためにこの場に顔を出す事にした。

 

「二つ、お聞きしてもいいですか」

「ええ、何かしら」

 

達也はメンバーの入れ替えについて大会のルールに則っていないと主張する。しかしそれは特例で認められたらしく交渉を蹴る材料にはならなかった。そして達也はもう一つの質問をぶつける。

 

「では、なぜ自分に白羽の矢が立ったのでしょう」

「達也君が一番代役に相応しいからだと思ったからだけど……」

「実技の成績はともかく、実戦の腕なら君は多分一年男子の中ではナンバーワンだからな」

 

芺は心の中でその摩利の言葉には少々同意しかねるな、と思いながら話に耳を傾ける。彼が所属するマーシャル・マジック・アーツ部の一年生には一人大きな有望株がおり、いつか達也と戦って欲しいと芺は考えていた。入学当初は期待していなかったものの、中々の腕を持っていた一年生に芺は近接戦闘ならこの異質な高校生である達也と互角の勝負が出来る可能性を感じていた。

 

「モノリス・コードは実戦ではありません。肉体的な攻撃を禁止した魔法競技です」

「魔法のみの戦闘力でも君は十分ずば抜けていると思うんだがね」

「しかし自分は選手ではありません。代役を立てるなら一競技にしか出場していない選手が何人も残っているはずですが」

 

その言葉に摩利は口を噤む。

 

「一科生のプライドはこの際考慮に入れないとしても、代わりの選手がいるのに代役をスタッフから選ぶのは、後々精神的なしこりを残すのではないかと思われますが」

 

達也は正論を並べ立てる。それに一科のプライドに関しては真由美が一番触れてほしくない部分であった。達也はその二つでこの場を乗り切ろうとしたが、ここで思わぬ一撃が入る。

 

「甘えるな司波。お前は既に代表チームの一員だ。選手であるとかスタッフであるとかに関わり無く、お前は一年生二百名から選ばれた二十一人のうちの一人。そして今回の非常事態に際し、チームリーダーである七草はお前を代役として選んだ。チームの一員である以上、メンバーとしての義務を果たせ」

「しかし……!」

「メンバーである以上、リーダーの決断に逆らうことは許されない。その決断に問題があると判断した場合はリーダーを補佐する立場である我々が止める。我々以外のメンバーに異議を唱えることは許されない。そう、誰であろうとだ」

 

達也はそのセリフから言葉以上の意味を感じ取る。“誰であろうと”……達也は偶然とはいえその言葉に大きな衝撃を受けた。

 

「二科生であることを逃げ道にするな。弱者の地位に甘えるな司波。たとえ補欠であろうとも選ばれた以上、その務めを果たせ」

「……分かりました。義務を果たします」

 

快諾……とは行かなかったが、達也が申し出に応じてくれたことで彼らの間に笑顔が生まれる。張り詰めていた雰囲気が少し緩くなったようだ。

 

「それで、俺以外のメンバーは誰なんでしょうか」

「お前が決めろ」

「……は?」

 

達也は予想だにしていなかった答えにとても間抜けかつ失礼な反応を示してしまう。

 

「残りの二名の人選についてはお前に任せる。時間が必要なら一時間後にまたここに来てくれ」

「いえ、その必要はありませんが……相手が了承するかどうか」

「説得には我々も立ち会う」

 

その言葉の意味する所は“相手に否定はさせない”という事だ。十文字や七草を前にして説得に抗える人物は恐らくこの高校には存在しない。“相変わらず強引な人だ”と芺が思っていると

 

「誰でもいいんですか?チームメンバー以外から選んでも」

「ええ!?それはちょっ……」

「構わん。この件は例外に例外を積み重ねている。あと一つや二つ増えたところで今更だ」

「十文字君……?」

 

素晴らしく酔狂な発言が飛んできて横にいる服部の胃痛が心配になってくる頃合だった。

 

「では1-Eの吉田幹比古と同じく1-Eの西城レオンハルトを」

「おい司波!」

 

予想通り服部が抗議の声をあげる。彼の気持ちも分かる、九校戦のメンバーに選ばれていないということは実技の成績が優秀でないという事とほぼ同じと捉えてもおかしくないのだから。そんな服部を芺は手で抑える。

 

「いいだろう」

「達也君、その人選の理由を聞いても構わないか」

 

芺は服部を落ち着かせる為にも達也に説明を要求する。

 

「無論です。()()の理由は俺が男子メンバーの試合も練習もほとんど見ていないという事です。俺は彼らの得意魔法も魔法特性も何も知りません。試合は明日です。一から調べていたのでは作戦も調整も間に合わない」

「なるほど、今の二人ならよく知っているということか」

「ええ、吉田と西城については同じクラスであるということだけでなく、よく知っています」

 

芺もレオと幹比古が達也とよく行動を共にしていることも知っていたので特に不信感は抱かなかった。隣の摩利もそれについて同意を示した。

そして同じく彼らの事を知る芺はもう一つ、わざわざ達也が前置きに語った言葉について尋ねた。

 

「それで、()()()()()理由はなんだ?」

 

 

 

「──実力ですよ」

 

───

 

九校戦も八日目となり、終わりが近づいてきた。いつもと変わらない九校戦の会場だったが、どこかざわめいているような印象を受ける者も少なからずいたのは仕方の無いことだろう。

 

「まさか、大会委員の中に本当に工作員がいたなんて……」

「でももう捕まったみたいだね。これ以上被害が出なければいいんだけど」

 

五十里と千代田が話してるように大会委員に紛れていた『無頭竜』の工作員は全て逮捕された。可能な限り秘匿された逮捕だったが、力を持つ名家の出身が多い第一高校の生徒間では既に知っている者も多かった。

 

「全くだ。だがもうこれ以上選手のCADに細工がされる事はないだろう」

 

芺の言葉に許嫁コンビは同意を示す。事実、大会委員に紛れ込んでいた工作員は一人残らず拘束されたために彼の言う事は正しかった。そしてそう語る芺の姿を見つめている者が一人。

 

(よく言う……しかしさすがだな。昨日の今日で工作員を炙り出すだけでなく逮捕に持ち込むとは。さすがに警察が絡んでくれば『無頭竜』も手を出せまい)

 

達也は皮肉めいた笑みを浮かべつつ心の中で賞賛する。厳密に言うと達也の推測は完全な正解とは言えないが、概ね彼の考える通りだった。芺が自分の命で動かせる部隊を使ったのだから。

達也は深雪に降りかかる可能性のあった火の粉を振り払った事に感謝しながら、その行動力と成果に改めて賛辞を送り、モノリス・コードの準備に向かった。

 

───

 

芺はテントにて摩利と真由美と同席して達也達のモノリス・コードを観戦していた。達也は素早い身のこなしで敵に的を絞らせず、加重系統の魔法で敵のバランスを崩しその横を走り抜けていく。しかし相手方もまた、選ばれた者である。その選手は怯まずすぐに達也に照準を向けた。しかし達也が発した想子の砲弾により魔法式や起動式といった諸々は粉々に吹き飛ばされてしまった。

 

「あれは……!」

「恐らく『術式解体(グラム・デモリッション)』……でしょうね」

「ええ……まさかとは思ったけど達也君、使えたのね」

「二人とも、あれが何か知っているのか」

 

真由美が説明を始める。

この魔法は体内でサイオンを圧縮したのち、イデアを通じずに直接対象へぶつけるという文字だけでいえば簡単に見える魔法である。

このサイオンの砲弾(より厳密には強いサイオン流)をぶつけられた起動式や魔法式などのサイオン情報体は、そのサイオン構造を破壊され、魔法を発動することができなくなる。

射程が短いという欠点があるものの、実用化されている中では最強の対抗魔法とも言われてはいるが、一度発動するだけでも莫大な想子を要求されるために使用者はほとんどいないのが現状だった。

この説明を聞いて摩利はやはり初日のバスに向かってきた車両にかけられていた魔法を全て吹き飛ばしたのは達也君ではないかと確信に近いものを感じたが、確信には至らなかった。

 

───

 

その後、二高との試合を危なげなく終えた第一高校。達也は休憩を終えて、次に始まる三高──恐らく決勝で当たるであろう彼らのの試合を見に行くため、宿舎であるホテルを後にしようとしていた。

正午から始まる試合に余裕を持って見に行くため、深雪と共に会場に向かおうとしていた達也の耳に聞き覚えのある声が聞こえる。その声のする方に顔を向けると、そのには見覚えのある男女がいた。

 

「ご無沙汰しています、修次殿」

「ああ、久しぶりだね。芺君」

 

訂正をするとその内の一人にはあまり覚えが無いが、すぐにエリカの兄、千葉修次だと言うことが分かる。達也も彼の事は知っていた。『千葉の麒麟児』とも呼ばれる彼は三メートル以内の間合いであれば世界十指に入るとも言われる正真正銘の実力者でもある。

現時点で芺が勝ち切れていない剣士の内の一人でもあり、お互い門派は別だが、機会が合えば切磋琢磨し合う仲だった。

 

「お会い出来て嬉しくはあるのですが……確か今はタイに剣術指南のため出向中ではありませんでしたか」

「そうですよ!なぜ次兄上がここにいらっしゃるのですか。……まさか渡辺先輩のためにお務めを投げ出されたと……?」

 

エリカの言う通りここには彼女と同門の剣士であり、尚且つ学校では先輩にあたる渡辺摩利がいる。彼女はなんと千葉修次と絶賛お付き合い中だ。

そう。今芺にとっては学校で世話になっている先輩と、そのボーイフレンド、そしてそのボーイフレンドの妹(後輩)と同席中という世の中の狭さをしみじみと感じさせられる状況なのである。

 

「こらエリカ。あまり失礼な事を言うもんじゃないぞ。なあシュウ」

 

エリカの先程の発言に対して修次にフォローを入れる摩利。ちなみに“シュウ”というのは修次の愛称だ。

そしてエリカの質問に関しては芺も口に出したように疑問に思っていた。まさか千葉修次を呼び戻さねばならないような緊急事態が発生したのかと、悪い予想も立てていたが……

 

「……実は……その通りなんだ。摩利が怪我をしたと聞いていても立ってもいられなくなった」

「シュウ!?」

 

赤面する摩利。悔しそうに目を伏せる修次。若干の気まずさを滲ませる芺。目に見えて気まずそうなエリカ。一瞬、その場に絶妙に居心地の悪い空気が流れた。

 

「次兄上は渡辺先輩と付き合い始めてから堕落しました……これで失礼します。行きましょう芺さん」

「おいエリカ!?」

 

完全に呆れたエリカは芺を引っ張ってその場を後にしようとする。本来なら引き止めるべきだろうが、芺も今回ばかりは

 

「……すみません。修次殿、次お会いした時には是非お手合わせを」

 

そう言って芺もエリカと共にロビーから去っていった。

 

(千葉修次……やはり強いな)

 

──

 

モノリス・コードに出場することになった達也達も会場で第三高校の試合を観戦していた。達也は自分を真っ向勝負に引きずり出した吉祥寺真紅郎に対して賞賛を口にしていた。

 

「まいったなこれは」

「全くだぜ。なんだよあの防御力は」

「それに一条選手以外の手の内が全く見られなかったのも痛いね」

 

今までの第三高校の試合は全て一条将輝のワンマンアーミーだった。しかし吉祥寺真紅郎に関しては達也はいくらか予想がついていた。

 

「吉祥寺選手の方は大体予想できる。吉祥寺真紅郎が発見した基本(カーディナル)コードは加重系統プラスコード。出場した種目はスピード・シューティング。ならば得意魔法は『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』だろう」

「達也、それって確か……」

「芺先輩がアイス・ピラーズ・ブレイクで使用していた魔法だな。まぁ、偶然だろうが……」

 

その先は言うまでもなく、もし偶然じゃなければかなり人の悪い事をしていたという事である。(もちろん芺は北山潮から起動式を渡されたので偶然と言えば偶然である)

吉祥寺真紅郎からしてみれば偶然といえどいい迷惑だっただろう。自分の得意魔法を大衆の目の前で使われた挙句、対処法さえも既に提示してしまっているのだから。彼もさすがに自校の選手に教えない訳にはいかなかっために、三高のアイス・ピラーズ・ブレイクの選手は芺の『不可視の弾丸』に対して対策を講じれたのである。

 

「なんにせよ、俺達がまず気にするべきはカーディナルやプリンスではなく、九高との試合だ」

 

───

 

九高との試合を終え、帰還した達也は先程小野遥から受け取ったマントとローブをレオと幹比古に手渡していた。一通り説明が終わると、レオから使用用途に対しての質問が飛んできた。

 

「カーディナル・ジョージの『不可視の弾丸』には性質上、相手を視認しなければならないという欠点がある」

 

達也はそう言いながら芺の方を向く。真由美や服部、桐原と共にいた芺は“その通りだ”と返した。

 

「達也君、決勝ステージが草原ステージに決まった事は知ってる?」

「はい」

「遮蔽物のないフィールドで砲撃戦が得意な一条選手と対戦しなければならないけど……大丈夫?」

「司波、策はあるのか」

 

真由美と服部が達也に尋ねる。まさか服部まで自分を気にかけてくれるとは思ってなかったのか一瞬間が空いたが、すぐに答える。

 

「本来の戦い方をされると手も足も出なかったところですが……どうやら一条選手は過剰に俺を意識してくれているようですからね。接近戦に持ち込めれば、どうにか」

「格闘戦は禁止されてるぜ」

「触らなければいいんですよ、手はあります」

 

達也は桐原の問いに笑顔で答える。そして達也は外を指さして

 

「芺先輩、少し付き合ってくれませんか」

 

──

 

外に出た二人は構える。なんでも少し体を動かしたいとのことだった。芺も達也の体術の腕前がどれほどのものか興味があったのでそれを快諾した。

 

「試合前ですので、軽くお願いします」

「了解した」

 

達也が仕掛ける。達也の拳を腕で逸らした芺は左手で掌底を繰り出す。その掌を屈んで避けた達也はそのまま回し蹴りを放った。芺は右腕をクッションにして受ける。

 

「……軽くじゃなかったのか」

「自分はそのつもりですが」

 

達也は芺が基本的に冷静で落ち着いている事は入学してからの時間でよく知っていた。しかしそれと相反するように中々に好戦的な一面を持っていることも聞いていた。……主に上司の影響なようも気がするが。芺は挑発と分かった上でそれに乗る。芺は体術としての縮地で達也に詰め寄る。一片の無駄もない洗練されたその体捌きは最小の動きで最大の速度をもたらし、接近した事に一瞬思考が追い付かない程だった。達也も自分も似たような技術を駆使する者としてその完成度には感服しながらも拳を突き出す。

軽いスパーリングと聞いていた周りの生徒はそれにしてはハイレベルすぎる攻防に目を奪われる者が半分、呆れる者が半分だった。芺の強烈な肘打ちを達也は受け止める。

 

「達也君、今からでもウチの部活に来ないか。君がいれば大会の表彰台を今後独占し続けていく事も叶いそうなのだが」

「……申し出はありがたいんですが……その、あいにく忙しい身でして」

 

“今後”と言ったのは一年生のとある部員も負けず劣らず優秀であるからで、二人が切磋琢磨してくれれば言うことは無いと芺は思っていたからだ。だが達也も相手が本気ではないのは分かっていたのでやんわりと辞退する。そんなこんなしていると、この攻防の終わりを告げる存在がやってきた。

 

「お二人共、タオルをお持ち致しました」

「ありがとう」

「助かる」

 

軽い運動のつもりだったが随分と激しく動いてしまったなと達也は反省しながら冷たく冷やされたタオルで汗を拭く。汗こそかいているが達也はまだ十二分に体力を残していた。芺も達也の体力と実力を弁えた上で後に響かない程度の動きをしていたのだ。彼は礼を言った後そのまま手を挙げて去っていった。兄妹水入らずの時間を邪魔するつもりは無いようだ。

 

「ここらで十分だろう。達也君、楽しみにしているぞ」

「……はい」

「あ、芺先輩!お兄様にお付き合いいただきありがとうございました」

 

達也は芺の本心を隠さないエールに微笑をたたえて答える。深雪も兄の申し出に嫌な顔一つしなかった芺に礼を述べていた。

一方テントに戻った芺は真由美から絶賛抗議中に。こういった近接格闘を見慣れない彼女から見ればよっぽど本気の模擬戦にでも見えたのもしれない。一々説明するのも面倒な上に熟練者面するのも気が引けるので芺は素直に謝罪した。

 

「ちょっと!試合前にあんまり体力使わせちゃダメじゃない!」

「すみません。自分も軽いスパーリングで終わらせるつもりだったんですが」

「思ったより司波兄が強えから興が乗ったって顔だな」

 

桐原が笑みを浮かべながら呆れ顔で言う。芺は図星といった顔をしていた。

 

「全く持ってその通りだ。ウチの十三束ともいつか勝負してもらいたいものだな」

 

───

 

モノリス・コード新人戦決勝の結果は第一高校の勝利で終わった。あのクリムゾン・プリンスとカーディナル・ジョージを達也達が打倒したのだ。それだけならまだよかった。史上稀に見る大金星だろう。ただ試合の内容は達也は一般的な魔法師が一日かけて捻り出せるかどうか怪しいほどの想子を要求される『術式解体』を何十回も使用し一条将輝の『偏倚解放』の魔法式を撃ち落とし続けていたのだ。そして達也のプレッシャーに恐怖した一条が思わず発動したオーバーアタックが直撃した。しかし達也はそのまままるでダメージが無かったように起き上がり、一条の耳のすぐ側で指を鳴らし、その音を増幅することで鼓膜を破壊しあのクリムゾン・プリンスを打ち負かしたのだ。残るカーディナル・ジョージこと吉祥寺真紅郎は全力を取り戻した幹比古の精霊魔法の連撃に倒れ、残る一人も一条の攻撃を受けダウンしたと思われたレオからの一撃で地に伏した。

かくして達也達第一高校は第三高校から勝利を奪い、新人戦での優勝を勝ち取った。



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第二十七話

達也達がモノリス・コードで優勝した同日。もう日が暮れた時間帯に芺の端末に一件のメールが届いた……のだが、そこに差出人の名前は無かった。今の時代、差出人の記述は必須事項である。にも関わらず差出人の無いメールに芺は不信感を抱きながらもそれを開封してディスプレイに表示した。このシステムを欺くほどのスキルを持つ人間からのメールなのだ。何があるかは分からなかったが開いてみなければどうしようもない。内容はこうだ。

 

“柳生家次期当主様へ

 

突然のご連絡失礼致します。この度は貴方様が現在お調べになっている『無頭竜』についてご相談をお受け頂きたく考えましたのでこの様な形を取らせていただきました。近々そちらにお伺いしますので……その時はよろしくね

電子の魔女”

 

ハートの絵文字付きで締め括られたメールを見て芺はため息をつく。彼女に心当たりが無い訳では無い。電子の世界を通じてアウトゾーンスレスレのやり口で情報を集めている芺……ではなくとも『電子の魔女』という名は聞いたことがあるだろうからだ。それにこんな事は初めてではない。今までも数える程だが『電子の魔女』を名乗る人物からのメッセージを芺は受信していた。その度に何らかの依頼を受けたり受けなかったり、助言や警告も受け取っていたりもしていたのだが……今回はどうも雰囲気が違う。

 

(『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』が一体俺に何の用だ……)

 

───

 

八月十一日……九校戦ももう終盤に差し掛かったその日に芺は朝からとある嬉しくない報告を受けていた。連絡を掛けてきたのは彩芽。なんでも明らかな不審人物が二名だそうだ。サングラスにスーツを着た屈強な外国人が試合を見るでもなく会場の一角に佇んでいるということだった。

 

「監視は続けてくれ。だが手出しはするな」

 

そう連絡した芺は自らの眼で確認すべく行動に移す。工作員を排除してもまだ九校戦に安寧は訪れないようだ。

 

───

 

横浜中華街のとあるビルにて──

 

「17号から連絡があった。第二試合のターゲットが予選を通過した。もはや手段を選んでいる場合ではないと思うが……どうだろうか」

「どうする気だ」

「大会そのものを中止にさせる。ジェネレーターを使って会場の客を無差別に百人ほど殺せば十分だろう」

「実行は17号だけで大丈夫か?」

「武器は持ち込めなかったが、リミッターを外して暴れさせれば客の百や二百素手で屠れる……とは言え、万全を期す事に悪い事はない。18号も念の為、暴れさせる」

 

既に送り込んだ工作員の全てが何者かの手によって捕えられていた事もあり『無頭竜』の幹部達はここにきてやっと慎重になっていた。

 

「客が騒がないか。同業者はともかく兵器ブローカー共は厄介だぞ。奴らは祖国政府とも太いパイプを結ん……」

 

この『客』とは九校戦の客ではなく『無頭竜』が胴元の賭博の客である。優勝候補筆頭の第一高校を工作で優勝させないことで儲けを得ようとしていたが、第一高校の奮闘や達也達の妨害により大損しかねない状況に陥っており、そうなれば待つのは粛清だけなので彼らは焦りに焦っていた。

 

「客に対する言い訳はなんとでもなる!今我々が懸念すべきは何よりも組織の制裁だ……」

「……異議はないな?ではリミッターを解除する」

 

『無頭竜』によりリミッターを解除されたジェネレーターが通路から現れた。そして目の前を通る男に手刀を繰り出す。魔法も付加されたジェネレーターの腕は目の前の男を屠るには十分かと思われた。しかし、その男は突然の背後からの奇襲にも関わらずジェネレーターの手刀を掴み取りそのまま魔法を発動して会場の外に投げ飛ばしてしまった。

 

……そしてその反対側ではもう一体のジェネレーターのリミッターが遅れて解除された。そしてそのジェネレーターの足元に一枚のパンフレットが風に流されて飛んでくる。

 

「すみません!」

 

恐らくそのパンフレットの持ち主であろう……高校生だろうか、制服を着ている男子生徒が走り寄ってきた。その生徒はジェネレーターの足に引っかかったパンフレットを拾おうと腰を屈める。その生徒に向かってジェネレーターは問答無用で凶器さながらの威力を持つ腕を振り下ろした。

 

 

 

その頭上からの一撃を生徒は予期していたかのように篭手で受ける。そこに発動されていたベクトル反転魔法の効果でジェネレーターは大きく仰け反った。

 

(やはりただの観客ではなかったか)

 

「表へ出ろ」

 

ジェネレーターに襲われた生徒……といっても明らかに怪しい人物に襲われに行った芺は掌底と共に打ち込んだ『縮地』でジェネレーターを斜め上に吹き飛ばす。仰け反った体勢で魔法を受けたジェネレーターは抵抗出来ずにその身体は空を舞った。それを追うように芺も壁から外へ飛び降りる。

 

「彩芽、目撃者は」

「いません!」

「結界はそのままに、人を近づかせるな!」

 

壁から投げ出されたジェネレーターは地面と衝突する寸前に魔法を発動して何とか全身の骨が砕けることだけは避けることが出来た。しかし彼が顔を上げた瞬間、同じ高さから慣性中和魔法を使いながら降りてきた芺がジェネレーターを踏みつけるように蹴りを放つ。沢木直伝の鋭角に角度を付けた蹴りだった。ジェネレーターの顔面は無慈悲に地面に叩きつけられる。

しかしそれをものともしないかのように起き上がった。芺は少し感心しながらもジェネレーターから距離を取る。ジェネレーターは顔を手で抑えてはいるが、その隙間からは血が滴り落ちていた。かけていたサングラスは割れ、顔に破片が突き刺さっており痛々しい。ジェネレーターはそんな事もお構い無しと言った様子で芺に襲いかかる。その瞬間、ジェネレーターの視界から芺の姿が消えた。ジェネレーターは動きを止め咄嗟に防御姿勢を取ったが、それよりも襲いかかってきたタイミングで既に攻撃態勢に入っていた芺の方が早かった。

 

(ほう、()()は効くのか。やはり人間ではあるようだな)

 

芺は『幻衝』を蹴りと共にジェネレーターの側頭部に叩き込む。そのたった一撃で芺より身長の大きいジェネレーターはノックダウンされた。昏倒させたのは自分なのにも関わらず芺は叩き起して尋問を始めようとするが、そこに別の存在が近づいてきた事に感づく。認識阻害の結界を突破してくるという事は既にここに何かがあると分かっているという事だ。その男は芺の予測より数秒早く、芺に襲いかかってきた。

一撃、二撃と躱した所で芺は攻勢に出る。詰め寄る芺に対して襲いかかってきた男は足を開き、片腕を前に出した。その瞬間、彼の手首、胴、片足の膝あたりに魔法式が現れる。それを予期していた芺は難なくその腕を掴み自らの身体に引き寄せるようにしてもう一方の腕で肘打ちを放つ。

 

「我々の極意をそう簡単に外で使わないでいただけますか」

「全く。少しは手加減してくれてもいいだろう」

 

肘打ちを寸止めした芺に対し、あの状態から膝蹴りを芺の腹部に寸止めしていたこの男、柳連は呆れたように語る。

 

「ちょっと柳さん!!民間人に何を……」

 

ここまで言いかけた所で藤林響子は柳が襲い掛かった民間人を視認してため息をつく。

 

「心配せずともその大男を無傷で倒した挙句に柳君と殴り合えるその子はただの民間人ではないよ、藤林君」

 

中々に失礼かつ一応ただの民間人相手に軍人としてどうかと思われる発言をしたのは真田繁留。

 

「柳さん、この方たちは」

「同僚だ」

 

芺は一方的にこちらの事を知られている事に微妙に不快感を覚えながらも挨拶をする。

 

「お初にお目にかかります。柳生家が次期当主、柳生芺と申します」

「これはこれはご丁寧に。国防陸軍第101旅団所属の真田繁留と言う者です」

 

芺は聞いたことの無い所属に訝しげな顔をする。対して柳は呆れ顔だった。

 

「ちょっと真田さん!?」

 

色々とツッコミが追い付かない藤林はあたふたしていた。実は芺と柳は知り合いどころかかなり縁が深い人物でもあるのだが、残りの二人とは初対面だった。芺は柳は軍属であるとしか聞かされておらず、今初めて真田の口から所属部隊の名を聞いたものの、柳さんの同僚ならいいか、と警戒心を緩める。真田はいけ好かないとも思っている。

 

「それで、何の御用でしょうか」

「その男を預かりにきた」

 

芺は二度の襲撃に加え、見ず知らずの大人に囲まれるという本来なら落ち着いていられない状況下でも、年に相応しない冷静沈着な様子で尋ねる。

 

「この男は一体何者ですか。急に襲い掛かって来ましたが」

「……コイツは恐らく『無頭竜』の者だ」

 

その『無頭竜』という言葉に芺は反応する。それを見て藤林が芺に話しかけた。

 

「その事について、今日は貴方に話があります」

 

芺は話しかけてきた女性をよく観察する。そして一つの確信を得た後、それに応じた。

 

「じゃあ藤林君、また後で」

 

ジェネレーターを連れていく二人を見送った藤林は芺の方を向き直る。

 

「急にごめんなさいね。ちょっとお茶にしましょ」

 

───

 

「では貴方が今まで俺にコンタクトを取ってきた『電子の魔女』その本人で間違いありませんね」

「ええ、その認識で合ってるわ。改めまして、藤林響子と言います」

 

芺は丁寧なお辞儀で返す。今まで姿を見せなかった『電子の魔女』がまさか知り合い……それも柳の同僚だとは思わなかった。世の中は狭いものだなと考えていると、先程の砕けた口調ではなく丁寧な──こちらを一人の交渉相手として見る藤林が口を開く。

 

「今回貴方が追っている『無頭竜』について、我々も追っていました。大きな動きを見せた今、私達もすぐさま行動に移そうと思っています。彼らの所在は既に把握しています。ですから、私達の部隊の人間が彼らの排除に向かう予定です。早ければ本日中にも」

 

『無頭竜』の所在を把握しているの言うのは嘘だが、国防陸軍第101旅団の独立魔装大隊という部隊に所属する大黒という隊員が今日中に情報を手に入れてくる算段を立てているのでそれ頼りの虚偽である。

 

「……中々に急ですね。ただの犯罪シンジケートに国防軍が動く理由があるのでしょうか?それに加え、貴方達の部隊は少々特殊なようです。そして何故今になって接触を?おまけに秘匿義務は無いのですか、今までなぜ貴方は俺に協力を……」

「……ごめんなさい。順を追って説明します」

「……こちらこそすみません。ご無礼を」

 

芺はつい問い詰めてしまったことを謝罪する。芺からすれば全く意味の分からない状況なのだ。カフェで腰を落ち着けた今になって冷静に状況を分析すると、不可解な事が多すぎるのが彼の現状だった。

 

「まず我々が『無頭竜』を追っている理由についてですが、彼らは『ソーサリー・ブースター』という非人道的な製造方法のCADの供給源なのです。それだけで我々には動く理由となり得ます」

 

芺は頷いて再度藤林の目を見る。値踏みするような目線にも見えたが、それは続きを促すものと解釈したのか藤林は続ける。

 

「次に私達の部隊についてですが……込み入った事情があるので、詳しくは申せません。そこは了承してくれますね」

「……分かりました」

 

聞いても無駄だと感じた芺は潔く引き下がる。相手はあの『電子の魔女』だ。今の自分が簡単に情報戦をしかけていい相手ではない。少なくとも今までの自分の動きは彼女に知られているのだから。

 

「ありがとう。それで。なぜ貴方に接触したかですが……二つ理由があります。一つ目は我々の作戦への助力の依頼です」

 

その発言に芺は心の中で口角を上げる。少し興味をそそられる言葉だったのだ。

 

「『無頭竜』に対して作戦を実行する際に貴方にも協力してもらいたいのです。報酬は出しますし、何より貴方もそれを望んでいるはず」

 

芺からしても悪くない提案だった。一部隊と言えど国防軍に恩を売れる上に今まで借りてばかりだった『電子の魔女』に貸しを作れるのだ。それに彼は摩利と森崎を傷つけ、さらに妨害工作に及ぼうとしていた『無頭竜』をこのまま許す気はなかった。

 

「それに関しては前向きに検討しましょう。そしてもう一つは?」

 

芺が気になっているのはなぜ今まで柳生家ではなく芺個人に協力してきたのか。それに尽きた。

 

「ありがとう。情報の秘匿と今までの貴方への協力に関しては上官の指示に従ってきました」

 

芺はここまで聞いた所で一つ疑問が浮かんだ。情報を隠すように上官に命じられるのは何も不自然ではない。しかし自分への個人的な協力まで上官の命だとは思わなかった。

 

「なぜ、貴方の上官殿は自分に協力を?」

「……恥ずかしながら、それは偏に貴方に恩を売るためです」

 

予想だにしない返答にさすがの芺も不信感と疑問を露わにする。

 

「それは、どういった……」

「単刀直入に言うと……貴方に水面下で私達に協力する姿勢を見せて欲しいという事です。それが双方にとって大きな利益になる」

「“私達”と言うのは一体どこまでの範囲ですか」

「国防陸軍第101旅団に対してです。国防軍全体ではありません」

「ということはこのお話は国防軍を代表してではなく、その国防陸軍第101旅団という部隊からということでよろしいでしょうか」

「……その認識で構いません。依頼についてはまた連絡します。協力に関しては時間が必要でしょうし、何よりここでは話しにくいですので……また後日上官と共に再度お話に伺います」

 

芺は少し考える素振りを見せた後、長くない時間をかけて答えを出す。

 

「分かりました。その形でお願いします」

「お会計は私が」

「……ご馳走様です」

 

二人はカフェを出て別れる。芺は突然の申し出に驚いたが、概ね芺が思うように事が運んだためにこれでよしとする事にした。だがやはり問題はなぜ国防軍の特殊部隊が芺個人に固執しているのかだった。このタイミングの接触に意味はあるのか、そして次は上官を連れてくるということは相手方は中々に本気である。それにまだ大きな謎が残っていた。情報をの羅列によって最も聞き出したいことが聞けなかったことに芺は情報を引き出せなかった自分の交渉術の無さに辟易しながらも会場に戻って行った。その際に芺の端末が震える。内容は暗号化されていたが、そこにあるのは座標だった。

 

(小野先生には無駄足を踏ませてしまったな……)

 

この先協力するかは今は棚に置くにしろ、『無頭竜』討伐に関しては協力姿勢を取った芺としては個人的に『無頭竜』の所在を知る必要は無くなってしまったのだ。芺は試合を控えているにも関わらず無駄にハードなスケジュールを組んでしまったことに若干の後悔を覚えながら座標に示された位置に向かっていった。



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第二十八話

「深雪さんのミラージ・バット優勝と一高の総合優勝を祝して!かんぱーーい!」

 

真由美の言葉通り今年の九校戦も優勝し、三連覇を成し遂げた我らが第一高校のメンバー達はささやかな祝勝会を開催していた。ミラージ・バットは深雪の優勝、そして三年の小早川も表彰台に登ることが出来た。しかし……

 

「全く、芺の奴……体調不良とは。緊張する性質ではないだろうに」

「仕方ないわ。メンバーの二人は三年生だし、芺君とも仲の良かった二人なんだから」

 

摩利が愚痴るようにそこに芺の姿は無かった。

 

「芺先輩がご欠席とは……大丈夫でしょうか」

「あの人の事だから当日に体調不良なんてことは無いだろう。大方、明日の作戦でも練っているんじゃないか」

「まぁ!お兄様は大層芺先輩を信頼なさっているのですね」

「そういう事じゃあないんだがな……」

 

───

 

とある一室で二人の老練な男が向き合っていた。方や国防陸軍第101旅団所属。独立魔装大隊の隊長である風間玄信。方や『最高にして最巧』『老師』などと尊敬される退役軍人でもあり今の十師族をというシステムを確立した九島烈だ。

 

「本日はどのようなご要件でしょうか」

「なに。彼に興味が湧いてな」

「彼……?」

「司波達也君だよ。三年前、君が四葉から引き抜いた深夜の息子だ。わしが知っていても何の不思議も無かろう?一時期とは言え深夜と真夜はわしの教え子だったのだから」

「ならばご存知でしょう。四葉が達也の保有権を放棄していない事を。」

「惜しいとは思わぬか?」

「惜しい……?」

 

九島烈は達也が将来、一条将輝と並んでこの国の魔法師を牽引する存在になるということ。そしてそんな逸材を私的なボディガードにするのは勿体ないとも語った。

 

「閣下は……四葉の弱体化を望んでおられるのですか?」

「このままでは四葉は強くなりすぎる。十師族の一段上に君臨する存在になってしまうかもしれない」

 

どうやら九島烈にとって四葉が十師族の中でも突出した存在になるのは困る事らしい。

 

「四葉は魔法師を……自らを兵器として捉えすぎている。確かに魔法師は元々兵器として作られた存在だ。だがそれでは人間の世界からはじき出されてしまう」

 

それに対して風間は“閣下がこちらの事情を存じているように、自分も閣下の事情をある程度存じ上げている”と返す。それに加え九島烈が達也に興味を持つ理由もだ。続けて風間は達也は既に我が軍の貴重な戦力であり、一条将輝とは戦力としての格が違うとも語った。

 

「それに彼の魔法はいくつものセーフティロックがかけられている戦略兵器だ。その管理責任を彼一人に負わせる事の方がよっぽど酷というものでしょう」

 

───

 

“芺君へ

 

本日中に作戦行動に移ります。指定された場所へ迎えを送りますので、必要な人員をそこに配置しておいてくださいね”

 

メールの中にも差出人を書かなくなった『電子の魔女』からこのような連絡を受けていた芺はすぐにメールを予め説明していた実行部隊に転送し、その座標に向かわせた。今回芺が指揮する実行部隊に与えられた使命はビルに真正面から侵入し、『無頭竜』から情報を引き出し捕縛、もしくは排除というものだった。機械的なセンサー等はあの真田とかいう人間が無効化してくれるらしく、実行部隊は人の目さえ回潜れば侵入は容易という事だった。そしてそれは芺の動かす部隊の十八番である。

 

「あ……ごめんなさい、ウツギ君だったわね。乗り心地は悪いけど乗ってくれるかしら」

 

指定された場所に向かったウツギと彩芽達の実行部隊は藤林と胡散臭い男に連れられ現地に向かった。その車は最新鋭の設備……というより実験的な機器が多数搭載されているように見え、積載量も中々だった。

 

「具体的にはどうすればいい。我々は現地で動く実働部隊だ。好きに使ってくれ」

「彩芽さん達には認識阻害の結界を。ウツギ君はホテルに侵入し、最上階にいる『無頭竜』の排除を。可能なら彼らのボスの情報を手に入れて下さい」

「……排除という事は文字通りの意味で捉えてもいいんだな。後始末は?」

「それは私達が請け負いますよ。そういった魔法師も連れてきてますから」

 

胡散臭い男真田が口を挟む。どうやら真田達は後始末を担当する部隊も連れてきているらしい。それなら遠慮はいらなかった。

現地に着いたウツギはホテルの前に立ち通信機に手を当てる。

 

「こちらウツギ。任務を開始する」

 

そう告げたウツギは鼻から下を隠す仮面をつけ、正面のドアから堂々と刀を持って侵入し、階段を駆け上がっていった。そんな彼を認識出来るものはここには存在しなかった。

 

───

 

横浜グランドホテルの最上階では『無頭竜』の幹部が自分達の計画の尽くを妨害してきた(半分くらいは芺の仕業である)司波達也について話し合っていた。情報を集めさせたにも関わらず、パーソナルデータが全く判明しなかった達也の正体に全く見当がつかないといったものだった。そんな話をしていると、ジェネレーターの一人が口を開く。

 

「12号が沈黙しました」

「11号もです」

 

その二体は入口を守るジェネレーターであり、その死亡が何を意味するのか、幹部達の顔から血の気が引く。そして一人の男が確認に向かった。入口のドアを開けて廊下に出る。

部屋に残る幹部が聞いたのは悲痛な叫びだった。

 

「ひっ、ひぃ!なんだ貴様は……ぎゃあああああああ!」

 

その声と共に開け放たれた入口の先に鮮血が舞う。恐る恐るそちらを見た幹部が目にしたの三人分の血をまき散らした廊下と人の四肢だった。そしてそこに立つ鼻から下にかけて面をつけた男。それは紛れもない侵入者。だがここまでどうやって入ってきたのか。警報やセンサーはどうしたのか。そんな事の答えを探すより早く幹部は命じる。

 

「じ、14号!16号!そいつを殺せ!」

 

射程圏内にいる対象に二体のジェネレーターは襲い掛かる。ウツギは一体のジェネレーターが殴りかかってくるタイミングで片手を前に出し、体を少し開き片足を下げた。手首、胴、下げた足に魔法式が現れると、次の瞬間にはジェネレーターは元いた場所の壁に叩きつけられていた。『(まろばし)』と呼ばれる柳生家に伝わる古式魔法である。その隙にと別のジェネレーターがナイフを持って襲いかかってきた。しかしウツギは間合いで勝る刀を持っている。振り下ろされた刃を刀で上に弾く。そして首と胴体を狙って二度、刀を振った。ジェネレーターはウツギに返り血を浴びせながら地に倒れるが、『転』で吹き飛ばされたジェネレーターは起き上がり再度殴り掛かってくる。その拳を半身ずらして避けたウツギはその伸びた腕を切り落とした。そして痛みに怯んで空いた腹を横薙ぎにする。切り裂かれた肉体はそのまま倒れ込むようにして活動を停止した。

 

「ハロー。無能な『無頭竜』共。富士では世話になったな。ついてはその返礼に来た」

 

血を浴びながらどこかで聞き覚えのあるセリフを放ったウツギは入口を塞ぐように立つ。突然の出来事に『無頭竜』の幹部達は凍りついていた。使えるジェネレーターは二体。そして幹部の一人は既に惨殺されている。その状況に恐怖を顔に滲ませながらも幹部の一人がテーブルをウツギの方に倒して遮蔽物を作る。そして一人が狙撃銃を取り出し、他の幹部も拳銃を手に持った。全員が柱の裏やテーブルの裏に隠れる。そのうち一人が電話を取り出すが、生憎その電話はどこにも繋がらない。

 

「電話が繋がらんぞ!」

「クソっ!15号!13号!やれ!」

 

二体のジェネレーターはウツギ目掛けて突進する。それに対してウツギは手をかざした。何らかの魔法を行使したのかジェネレーターは糸の切れたあやつり人形のように慣性に従って倒れ込む。その動かなくなった二体の心臓にウツギは順に剣を突き立てた。ジェネレーターは二度と活動を再開することは無かった。

 

「な……」

「今のは催眠か……!?ジェネレーターに効くはずが……!」

 

そう言い終わるか否かのタイミングで幹部達の視界からウツギが消える。そして次に視覚と聴覚で得た情報は幹部の悲鳴といつの間にか柱の裏に移動していたウツギだった。

 

首を絞めあげられた幹部はじたばた暴れるが、すぐに大人しくなる。貫かれた心臓から横に斬り払われた幹部はそのまま投げ捨てられ、また一つこの部屋に死体が増える結果となった。ウツギは幹部達の方へ歩みを進める。もう既に出口が全く視界に入っていない幹部達の口から出た次の言葉はウツギへの恨み口ではなく、命乞いだった。

 

「ま、待て!何が望みだ!分かった!我々はもう九校戦には手は出さな……いや!日本からも手を引く!」

「お前にそんな権限があるのか」

「私はボスの側近だ!ボスも私の言葉は無視出来ない!」

「なるほど。なら、当然ボスの顔も知っているな」

「もちろんだ!私は拝謁を許されている」

 

ウツギは剣を下ろし、その側近……ダグラス=(ウォン)の方を注視していた。それを隙と見たのか、狙撃銃を持っていた幹部が引き金を引く。

 

「このっ!死ねぇ!」

「バカ!やめ……」

 

発射された弾丸は寸分の狂いなくウツギの頭目がけて直進し、その弾丸は幹部達が銃を取り出した時から発動していたウツギのベクトル反転魔法によりそのまま跳ね返り、銃を放った幹部の口の辺りを貫いた。舌も歯も吹き飛んだその男にウツギは詰め寄り、もう恐怖で地面を這う事しか出来ないその幹部に刀を振り下ろす。

 

「すまん。話の腰を折ったな。それで、ボスの名は?」

 

その質問に答えるという行動の意味する所は……考えるまでもない。ボスへの反逆行為、組織への裏切りである。もう二人しか残っていないこの部屋でダグラスは葛藤する。五秒ほど経った所でウツギはもう一人の方へ顔を向ける。

 

「お前は」

「わ……私……は」

 

ウツギに声をかけられた男は虚ろな目で続けた。

 

「ボスへの拝謁は許されておらず、本部に影響力もダグラス程持っていません」

「そうか、ご苦労だったな」

 

ドン!と銃声が響く。ダグラスが振り向くと、そこには拳銃で自らの頭を撃ち抜いた男の死体が転がっていた。それを見てダグラスは声を震わせる。

 

「……なぜだ。なぜだ!我々は命までは奪わなかった!我々は一人も殺していなかったではない……がはっ!」

 

ウツギはダグラスの腹部に強烈な蹴りを入れる。ダグラスは腹を抑えうずくまってしまった。

 

「そんなものは結果論だろう。死人が出てもおかしくない事をしでかしたのなら、相応の報復を受けるのも道理だ」

 

ウツギは未だ足元で這いつくばっているダグラスの頭を掴みあげる。

 

「ボスの名前を言え」

 

ダグラスはもう生き残る事を諦め、口をつぐんでいた。しかし何故か、ウツギのその言葉には反応してしまった。

 

「リチャード=孫……」

「表の名は?」

「孫公明……」

 

ダグラスは言い終わってから自分がとんでもない行いをした事に気付き更に青ざめる。顔面蒼白といった表現では生温い程だった。自分がなぜ口走ったのかさえ分からない。しかし今彼の脳内にあるのは見えてきた微かな生への希望だった。

 

「ほう。お前は確かに『無頭竜』のボス。孫公明の側近のようだ」

「……信じてくれるのか!ならば私は!」

 

ウツギは笑顔を見せる。と言っても鼻から下は仮面をつけているために見えなかったが。目が少し笑っているように見えたのは錯覚ではなく事実なのだろう。ダグラスからはそれが神の微笑みに見えたのかもしれない。

 

「ぎゃああああ!!」

 

ダグラスの足に鋭い刃が突き刺さる。立ち上がる力も逃げる力も失った彼はもう這いずる事しか出来ない。

 

「この……悪魔め」

「生憎だが、その称号は俺には相応しくない」

 

最初からウツギと幹部達の会話を通信機越しに聞いていた藤林達の耳に、今日何度目かの悲痛な叫び声が聞こえてきたのは言うまでもないだろう。



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第二十九話

八月十二日……九校戦最終日の今日にはモノリス・コード本戦が行われる。第一高校からは十文字克人を筆頭に単一系統の魔法に卓越した干渉強度を誇る辰巳鋼太郎、そして二年の実技でトップの成績を収める柳生芺といった布陣での出場だった。内外からの評価もよっぽどの事がなければ優勝。言うなれば十文字一人でも優勝出来る可能性さえあるというものだった。

 

「芺君。体調は大丈夫かい?」

「あぁ、万全だ。CADもよく馴染む」

「なら良かった。達也君にもお礼を言わないとね」

 

今回のモノリス・コードにおいて芺はとある魔法を使うにあたって行き詰まっていた所、達也が協力を申し出てくれたのである。試合前日ということで諦めていた改善の余地を一時間もかからずに完了してみせた彼の技量には芺も称賛の嵐だった。そしてその手際を見て頭をよぎったのは先日のあずさの言葉だった。司波達也はトーラス・シルバーその人であると。あの場では否定的な姿勢を見せた芺だったが、モノリス・コード新人戦前のCADの調整や昨日見せた技術力。そして司波深雪の飛行魔法の使用などを鑑みるとそうとしか思えなくなってきていたのだ。しかし今となってはそれはただの雑念でしかない。試合後にゆっくり考えるとして、芺は精神を集中した。

 

───

 

これは少し前の時間に遡る。モノリス・コード本線にあたっての作戦会議が行われていた。十文字、辰巳、芺に作戦スタッフ加えたメンバーで話し合いが進められていたが、結局作戦は十文字達選手に丸投げといった形となった。

 

「守りはもちろん俺が務めよう」

「お願いします」

「辰巳は遊撃を頼む」

「うっし!任された!」

「柳生は前衛だ。異論はないな」

「はい/おう」

 

十文字を主導に話し合いが進む。芺も十文字の立てる作戦には文句はなかった。次に各ポジション毎の大まかな動きを決めていく運びとなる。

 

「守りは言うまでもないが俺の『ファランクス』で十分だろう。前衛は柳生だが……」

 

芺は十文字の言葉を待つ。十文字は芺の実力をよく知っているため、この流れなら適切な指示が来ると思っていた。芺もあまり作戦の立案に関しては十文字と意見を出し合える程の経験がないために、彼の指示通りに動くつもりでいた。

十文字が辰巳の顔を見ると、辰巳も笑顔で頷く。三年生の二人の間ではある程度話し合いが進められていたのかもしれない。

 

「お前は好きに動いてくれて構わん。俺と辰巳で援護する」

「……好きにですか?」

「あぁ」

「……よろしいので?」

「もちろんだ。それとも、俺達にはお前の援護は出来ないとでも」

「滅相もありません!是非お願いします」

 

その少し焦ったような返事に十文字は口角を上げ、辰巳は笑いを堪えていた。好きに動くというのは簡単なようで難解なものである。全て自分で決定するということは、判断は全て現地で下さなければならず、臨機応変といえば聞こえはいいが、今の所実質ノープランである。とはいえ、このメンバーだとただの高校生レベルなら力押しが通じてしまう力量差になるので致し方ないとも思えた。

 

───

 

モノリス・コードの予選は一校あたり四試合行い、勝利数の多い四校のうちの一位と四位、二位と三位が準決勝で争う。そしてその勝利した高校同士で決勝戦。負けた高校同士で三位決定戦といった形だ。現在第一高校は予選第一試合の開始を待っているところだった。

 

「相手は七高か……大事無く勝ってくれるといいけど」

「さすがに十文字に辰巳や芺もいればただの高校生では太刀打ち出来んだろう」

「摩利ったら……油断しちゃダメよ」

「アイツらが敵に対して油断するようなヤツらだと思うか?」

「……確かに」

「始まりますよ」

 

市原の言葉で皆が観戦に集中する。今この場で観戦しているのは生徒会幹部に摩利を加えた四名だった。

ブザーの音が聞こえる。それは試合開始を知らせる合図だ。今回の試合は森林ステージ。見通しの悪い木々が生い茂るステージだったが、芺の知覚能力の前ではそんなものは無いに等しい。

芺は試合開始直後に『縮地』の連続使用で跳ぶように駆け出し、辰巳もその後を追う。十文字はその場で鎮座していた。芺は走りながら何らかの魔法の発生を感知する。

 

「辰巳さん。十一時の方向で何らかの魔法の発動がありました。一人ですね。落として来ます」

「了解!」

 

芺は精霊のざわめきにより魔法の発生を感知してその場に向かう。試合開始から直ぐに動き始めていた芺の接近は相手方からすれば想像以上に早いものだったであろう。

相手選手も咄嗟に足音に気付きその方向にCADを向ける。しかしその瞬間茂みから芺は太股の辺りに挿している氷柱倒し(アイス・ピラーズ・ブレイク)でも使用した拳銃型汎用CADを抜かずに引き金だけを引きながら相手の頭上を飛び越えるようにして姿を現した。そのまま空中で姿勢を変えて持っていた伸縮刀剣型CADを投げつける。その剣は相手選手の後頭部を直撃し、一撃で意識を刈り取った。

投げられたCADは芺の腕の動きに合わせて彼の手に戻る。会場からは歓声が上がった。

 

「今のは『舞踊剣』と呼ばれる古式魔法ですね。身体の動きに合わせて剣を遠隔で動かす魔法のようです。性質上、十回程の軌道変更で手元に戻さなければなりませんが……彼の場合それほどの回数を重ねなくとも相手選手を倒すのには十分でしょう」

「最初あいつが剣を持って走り出した時はどうなることかと思ったが……確かにあれならルールに抵触することも無い」

 

モノリス・コードは格闘戦は禁止されているが、芺のように質量体をぶつける分にはルール上問題は無い。レオの『少通連』を見てどうしても剣を使いたかった芺がこの魔法の使用を作戦を組み込んだのだ。

 

「それにあれは身体の動きを『型』として結印を代行させるタイプの魔法のようですが……」

「そんな動きしていたか?」

「いえ、恐らく『舞踊剣』を解析して現代魔法に落とし込んだのでしょう」

「五十里がそんな事をしていたのか」

 

その言葉にあずさが反応する。

 

「違うと思います。昨日の夜に達也君が五十里君と一緒にスタッフルームの中にいるのを見かけましたから……多分……」

 

彼女の言う通り昨日中に『舞踊剣』を芺のCADにプログラムしてみせたのだった。その手際からまたあずさからの確信めいた疑いは増したのだが。

相手選手を一人落とした芺はまた敵のモノリスに向けて走り出す……が、すぐに立ち止まり地面に向かって小石を放り投げた。するとその地面がまるで地雷が埋められていたかのように爆発する。条件発動型の遅延発動術式だったようだ。交戦前に感知した魔法はこれだったのだろう。芺はまた走り出す。既に彼は辰巳からの通信により敵のモノリスの位置を察知していた。

 

「俺が仕掛けます。もし取り零した場合は援護をお願いします」

「OK!いつでも構わねぇぜ」

 

敵のモノリスを挟むような形で芺と辰巳は陣取る。そして芺は近くの手頃な木に向かって移動魔法を行使した。根っこから浮き上がった木は芺の『縮地』により加速を帯びて相手選手の方へ飛んで行く。間一髪避けた所に芺の『舞踊剣』が迫った。腹部に硬いCADを横から叩きつけられた相手選手は堪らず吹き飛ぶが、まだ意識はあるようだ。そ

こに芺は容赦ない追撃を加え、また一人相手選手を戦闘続行不能に追い込んだのだった。

もう一方の選手に目を向けると、既に辰巳によって移動魔法で大木に叩きつけられており、意識を失っていた。

 

「悪ぃ。我慢出来なくてな」

「いえ、助かりましたよ」

 

芺は笑いながら礼を言う。そして大きなブザーが試合終了を告げた。

 

───

 

十文字達は順調に予選を勝ち進んでいた。十文字の何人たりとも寄せ付けぬ防御力と、それにより本来防御と攻撃を担う遊撃が攻撃に専念出来る点。そして類まれなる魔法発動速度と干渉力を持つ芺の攻撃力の前では、摩利の言う通り一介の高校生ではほとんど手が出せなかった。予選の最終試合を控えた第一高校の選手達は直前の最終確認を行っていた。

 

「芺。次の相手は多分『舞踊剣』はあんまり通用しねえぞ。いけるか?」

「問題ありません。切れる手札はまだありますから」

 

芺はそう言って二丁のCADを取り出す。そして太腿の辺りにポーチを取りつけた。こちらも既に大会委員の確認を通しているので中身共々使用可能である。

次の試合は草原ステージ。モノリス・コード新人戦の決勝と同じステージのため、あのような真っ向勝負を余儀なくされる場所だった。だがその場合、単純に力で勝る第一高校が大いに有利だ。それに見通しが良いのなら前衛にいても十文字の『ファランクス』による防御にも頼れる。

 

「よし。作戦は決まりだ。行くぞ」

 

何とも頼りになる後ろ盾だろうか。彼らの精神的支柱と言っても過言ではない十文字を先頭にステージに降り立つ。彼の放つプレッシャーは高校生離れしており、もし敵であれば萎縮することは避けられないだろう。

今回の芺のスタイルは二丁の拳銃型CADに一つの隠し球。伸縮刀剣型CADは背中側の腰の辺りにしまっているので、いざと言う時には使用可能だが、あまり使う気が無いことは一目瞭然だろう。既にここで相手校からしてみれば一つの誤算と焦りが生まれる。今までの試合における芺の『舞踊剣』とその身のこなしから完全に忘れていたが、彼はアイス・ピラーズ・ブレイクにおいてあの二丁のCADを使いこなし、かの十文字から五本の氷柱を奪ったのだ。彼の魔法力は剣を使わずとも十全に発揮されることを思い知らされる結果になるかもしれない。

 

「この試合では拳銃型デバイスを使用されるようですね」

「あぁ。芺さんならあのスタイルでも攻撃力においては差はないだろう。むしろ砲撃戦においては先輩の魔法力は脅威だからな。一度に一人しか狙えない『舞踊剣』を使わないのなら……試合時間が短くなりかねんな」

 

達也は呆れたように笑う。その会話に対してエリカは不服そうにしていた。

 

「ちえっ……剣使ってほしかったなー」

「どっちにしろ芺先輩の剣術が見れるわけじゃないんだから別にいいじゃないか」

「はー、ミキは分かってないわね」

「僕の名前は幹比古だ」

 

二人がいつも通りのやり取りをしている間に試合開始のブザーが鳴る。それと共に芺は走り出すが、三年生二人はここで待機するようだ。その位置から援護できるならば、わざわざ敵の射程距離に入る意味も無いからだと思われる。

とてつもない速度で迫る芺に相手選手達は魔法式の相克が起きないように魔法を行使する。さすがは代表に選ばれるだけあって、かなりの訓練を積んできたと一目でわかる練度だった。

芺に向かって飛んでくる様々な物体。走り続ける芺は防御姿勢が取れなかった。思わず笑みが零れる相手選手だが、すぐにその顔は驚きに変わることとなる。忘れてはいけない。第一高校には鉄壁の防御力を誇る彼がいるのだ。

芺を対象とした相手選手の魔法のその全ては十文字の『ファランクス』によって完全に防がれる。芺のスピードに追従する程の移動障壁を展開出来るのは彼を除けばこの世界でも数少ないだろう。芺は心の中で礼を言いながら相手選手の一人に対して魔法を行使する。選択したのは『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』。芺は自らの魔法により地面に押さえ付けられた相手選手のヘルメットをもぎ取り、その選手に戦闘続行不能という判定を突きつける。

芺に向かって再度魔法が発動されるが、やはり全て『ファランクス』により防がれた。そして辰巳が残った二人の敵に対して加重系統の魔法を発動する。抵抗出来ず膝をついた相手選手に対して、芺は二枚の呪符を取り出す。それに想子を流し込み、眼についた二体の精霊を呪符で支配下に置いた。あとは言うまでもないだろう。芺によって発動された雷撃は二人の高校生を戦闘不能に追い込むだけの威力は保持しており、相手選手は同時に戦闘続行不能に追い込まれた。試合終了と共に会場からは大きな歓声が上がる。

 

「吉田君。今のは……」

「うん。精霊をコントロールしていた。吉田家の『雷童子』とは似て非なる魔法だけど……概ね似たようなプロセスを辿っていたね」

 

と、幹比古は正しく分析するが、どこか気落ちしているように見えた。

 

「どうかしたのか、幹比古」

「芺さんがあんまり上手く精霊魔法を使うからちょっとショックだったのよねー?」

 

エリカがからかうように言う。それに対して達也は

 

「いや、あれは別に上手くもなんともなかっただろう。見様見真似の付け焼き刃だ。本人も恵まれた処理速度と『眼』がなければ使う事さえ出来ないと言っていたぞ」

 

そう言って達也は幹比古の方を見る。幹比古もおずおずと喋り出した。

 

「確かに達也の言う通りだよ。あれ以上に難しいプロセスを踏むとしたらそれこそ修練が必要になるから、多分芺先輩は簡単な『雷童子』もどきしか使えないんだと思う」

 

“まぁ、実用レベルで使えるだけでも凄いんだけど”と幹比古は最後に付け加える。

予選では最終試合となる四戦目はすぐに始まる。彼らはそのままそこで観戦を続けるようだった。

 

───

 

四戦目ともなればある程度相手校の出方は予測できる。それはこちらに対しても同じだった。

 

「次はどう攻める」

「決着を急がないのであればまだ見せていない技はありますが」

「なら、それで行こう。前衛の援護は辰巳に任せる。万が一こちらのモノリスに敵が来た場合は俺が迎え撃とう」

「では、その手筈で。次もよろしくお願いします」

「ああ/おう!」

 

芺が使う技に対しての質問がないのは彼への信頼からか、はたまた彼の実力ならば大体の魔法で敵を倒せるという判断からなのかは定かではないが、幸い次のステージは市街地である。一対一の勝負が多くなりがちなこのステージでなら芺の魔法は使いやすかったため、彼自身あまり心配は無かった。

 

試合が始まった。十文字はモノリスの手前で陣取り、辰巳と芺は動き出す。今回は屋内戦のため芺も『縮地』を連発することなく比較的ゆっくりと索敵を開始した。

芺は霊子感受性のコントロールを行い故意的にそういった光に対して鋭敏な反応をする状態になる。その状態で辺りを探るが全く感知出来なかった。

 

(これだと遭遇戦になりかねんな。もしくは待ち伏せか)

 

感覚を研ぎ澄ませている芺の耳に何か物音が聞こえたような気がした。

彼は通信機に手を当てる。

 

「辰巳さん。五秒ほど動きを止めてもらってもよろしいでしょうか」

「了解」

 

芺は目を閉じ、聴覚に全神経を集中する。

 

「辰巳さんは今何階にいらっしゃいますか」

「多分六階だな」

「恐らくこの上に何者かがいます。注意して進みましょう」

「分かった。助かるぜ」

 

辰巳はそれを聞いて足音を立てないように上の階へ進む。そして隠密行動に入った。歩みを進めるとモノリスと共に二人の相手選手が目に入った。今まで第一高校はモノリスに向かって進撃して来たために迎え撃つ算段だったのだろう。

 

「芺。お前の言う通りだったぜ。二人いるが、どうする」

「では自分の侵入に合わせて突っ込んでください。こちらに注意を引きつけますので可能なら撃破してもらっても構いません」

「よっしゃ。任せてくれ」

 

辰巳は芺の侵入を待つ。注意を引くという事はそれなりに目立つ行動をするはずなので、侵入のタイミングは逃すはずはなかった。辰巳は息を潜める。すると、窓の外に何らかの魔法の発生を感知した。それは相手選手も同じようで同時に窓を見る。その瞬間、大きな音と共に窓ガラスが破壊され、何者かがそこに降り立った。

 

「冗談キツイぜ」

 

───

 

「うっわー……まるで映画ね」

「『ファランクス』を足場にして窓から侵入か。突飛な作戦を考えつくもんだ」

 

エリカとレオが呆れ半分に語るように、芺は十文字の『ファランクス』を足場に窓から侵入した。辰巳達が発動を感じた魔法はこの『ファランクス』である。特殊部隊さながらの突入劇を敢行した芺は素手のまま二名の相手選手に襲い掛かる。その時点であまりにも意外な突入に目を奪われていた辰巳も参戦し、今度は芺が汎用型CADを抜いて発動した『幻衝』で相手の動きを止め、辰巳が移動系魔法で相手選手同士を衝突させてノックダウンさせた。

モノリスのある階の異変に気付いたのか攻めに出ていたはずの選手が魔法を発動しながら現れる。移動魔法に適性があるのかそこら中の物を飛ばしながらかなり速い速度で駆け上がってきた。

 

「辰巳さん!」

「おうら!!」

 

しかし単一系統の魔法勝負では辰巳に軍配が上がる。辰巳は硬化魔法をかけた柱で飛来した物体を薙ぎ払った。そしてその隙に芺は本来のプロセスを踏んで『舞踊剣』を発動する。相手選手の腹に直撃したCADはそのまま軌道を変えて相手選手にアッパーカットを決め芺の手元に帰ってきた。強烈な痛みに加え脳を揺らされた相手選手はその場に倒れ込む。盛大な歓声と共に第一高校の予選第四試合は勝利で幕を閉じた。



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第三十話

第一高校は予選を順調に勝ち進んでいた。次は準決勝、相手は第九高校だった。

 

「ふむ……柳生、いけそうか?」

「今回の相手は単純な力押しで攻めるには分が悪いですね」

「そうか?俺たちなら上から押し潰せるだろ」

「さすがにここまでくれば何らかの対策は講じてくるでしょう。彼らの魔法力を鑑みるに正面衝突するのは消耗が大きいです」

 

この会話から分かる通り九高の対策は少々難航していた。今年の九高にはそこそこの魔法力を持った選手が揃っており、何の策もない状態で突っ込めば無駄な消耗は必須。控える三高との決勝前にそんな無駄は避けたかった。

それに芺も全試合力押しで突破可能とはこれっぽっちも思っていなかったため、絡め手のプランを一つだけ立てていた。今年の九高はそこそこに手強い相手だった……といっても、彼らも消耗が大きくなるというだけで敗北すると思ってはいないのだが。

 

「そうですね、今回は岩場ですし例の作戦で行きましょう。どうせ相手方は殲滅戦を仕掛けてくると思っているでしょうから。会頭、お願いできますか」

「無論だ」

「心強いお言葉です。辰巳さんも構いませんね」

「おう!ちゃんと守ってくれよ、お二人さん」

 

作戦会議を終えた三人は競技服装に着替え、スタート地点に向かっていった。

 

───

 

今回の舞台は岩場ステージ。草原ステージの様に見晴らしはいいが、少々足場が悪い。名前の通り岩石が多く、移動魔法の使い手等は武器には困らないだろう。

試合が始まる。それと同時に芺と辰巳が走り出したのを見て九高の選手は作戦通りと笑みを浮かべて待ち構えていた。三人全員がモノリス付近で待機している形だ。

基本的に岩場ステージでも草原ステージの様に全員のぶつかり合いになる事がほとんどだった。今回もその例に則って試合が展開されると思われたが……

芺がCADを抜く。そして彼は防御を整えている選手ではなく()()()()に向かって魔法を行使した。

 

九高の選手の顔が一瞬固まる。芺の使った魔法は選手全員に配られているモノリスを開けるための無系統魔法だった。それはもちろんモノリス・コードの勝利条件の一つであるモノリスに隠されたコードの打ち込みを完了するためであり、それはこの場面では不可能と思われたからだ。モノリスが音を立てて開かれる。そこに向かって一直線だった芺と辰巳は相手が虚を突かれている間にモノリスに肉薄した。九高の選手がモノリスを背にする芺と辰巳を囲んでいる形である。

次に芺は空高く飛び上がり、辰巳はあろう事か端末を取り出しモノリスに隠されたコードの打ち込みを始めた。

 

「なっ……!ふざけやがって!」

 

最初は驚きこそすれ、現状は数的優位を保っている。九高の選手は目の前で隙を晒した敵に対して魔法を行使した。辰巳に向かって雷や岩石が降り注ぐ。しかしこの急展開だからといって忘れてはいけない。辰巳とモノリスを覆うようにドーム状の『ファランクス』が展開され、その全てはそこでシャットアウトされる。

しまった、と顔に出す頃にはもう遅かったが、さすがの判断力と言えるだろう。すぐさま術者である十文字に矛先が向くが、彼らの真ん中に先程飛び上がった芺が降り立つ。立っている場所はなんと十文字の展開した『ファランクス』の上。絶妙なバランスを保ちながら、芺はずっと組み上げていた魔法を行使する。

九高の選手全員に重くのしかかるような重力が襲う。『ファランクス』の付近のため少々時間がかかった挙句に単純な対象の範囲に重力をかける魔法だが、芺程の干渉力があればそう簡単には抗えるものではなかった。各々が魔法で対抗しようとするが、あえなく一人は膝をつき、残りの二人はほぼ対抗できずに地面に張り付いていた。CADを操作することも出来なければ『ファランクス』が近くで発動されているせいで満足に魔法を組み上げることも出来ない。せめてもの反逆で顔を上げてみれば、そこには悠々と打ち込みを続ける辰巳と『ファランクス』の上でこちらを見下ろす芺の姿が目に入るだけだった。目の前で行われている行為に全く手出しが出来ないまま、第九高校はここで決勝への道を閉ざされる事となった。

 

───

 

モノリス・コードも後は決勝戦を残すのみとなった。この試合を最後に九校戦の全種目が終了となる。三位決定戦も挟むことから第一高校には決勝戦まで少々時間があった。その間に選手達は休憩しており、十文字もシャワーを浴びて万全の状態で試合に臨もうとしていた。しかし──

 

「師族会議から通達が来たわ」

「ほう」

 

十文字はまだ水滴を拭き終わってもいないタイミングで呼び出され、真由美からこの報告を受けていた。

 

「一昨日、一条君が達也君に倒されたでしょう?」

「それで?」

「十師族はこの国の魔法師の頂点に立つ存在。例え高校生のお遊びであっても十師族の力に疑いを残すような結果を放置しておく事は許されない、だそうよ」

「つまり、十師族の力を誇示するような試合を求めているという事だな」

「ほんとバカバカしいったら……達也君が傍流であっても十師族の血を引いているならこんな三流喜劇に巻き込まれることもなかったのに」

 

そう恨み節で語る真由美に十文字は力強く“任せておけ”と残してその部屋を出ていった。

 

「……と、言うことだ。二人には……特に辰巳には申し訳ないのだが」

「ま、そういう事なら仕方ねえよ。もう俺は十分暴れたし、何より最後の九校戦を優勝で締められるなら文句もねえ」

「そう言って貰えるとありがたい。柳生もすまんな。今回は待機しておいてくれ」

「……十師族ともなれば色々と事情もあるでしょうから、お気になさらず。今まで防御に専念していただいた分、存分にお力を発揮なさってください」

「ああ、必ず勝利することを誓おう」

 

モノリス・コードの決勝戦になって仲間に待機を命じる事に少々罪悪感を感じていた十文字だったが、そんな十師族の勝手な事情に対して嫌な顔一つせずに受け入れてくれた二人には大きな感謝を込めて威勢よく言い放った。その言葉に疑いを持つ事は不可能だった。

試合会場は渓谷ステージ。対戦相手は第三高校。そして作戦は十文字()()。試合が始まると十文字は二人を残して敵の方面に向かって歩みを進めていった。

 

「これで俺の九校戦も終わりか……」

「来年は応援に来てくださいね」

「お、嬉しい事言ってくれるじゃねえか。可愛い後輩の頼みなら断れねえな」

 

二人が談笑していると森の奥で激しい戦闘音が聞こえてきた。芺が眼を凝らすと何やら移動魔法や『ドライ・ブリザード』の様な氷の礫を敵に飛ばす魔法、空気を圧縮して飛ばす魔法が発動されているようだった。

 

「あの分ならすぐに終わりそうですね」

「ああ。やっぱ強えよ、十文字は」

 

この認識は何一つ間違っておらず、会場のほぼ全員も同じ考えだっただろう。十文字は『ファランクス』で第三高校の選手の魔法を防ぎながら前進し、敵の前に立ちはだかる。そして『ファランクス』を腕の前に展開し、それを盾に三高の選手めがけて突進した。一人がボロ雑巾の様に吹き飛び、もう一人もすぐにノックダウンされる。空中に逃げた最後の一人は、そのせいで逃げ場が無くなり十文字の『ファランクス』を展開したタックルで戦闘不能に追い込まれた。

会場からは今大会一番とも見える盛り上がりと歓声が上がった。決勝戦で相手選手三人に対して一人で、それも正面から攻撃を全て受け切り、そのまま全員を真っ向から捻り潰すその様はまさにこの国の魔法師の頂点に立つと称される十師族の一員と言えただろう。

 

「以上を持ちまして──」

 

このアナウンスをもってモノリス・コード決勝戦並びに競技が全て終了した。

 

───

 

今年の九校戦も全ての種目が終了し、閉会式並びに表彰が始まった。各種目上位三名が表彰されるため芺も二つのメダルを授かることとなった。総合優勝を飾ったのはもちろん第一高校。最後には十文字が表彰台の真ん中に立ち、優勝旗を高く掲げて長い式は終わりを告げた。

 

───

 

大会前に懇親会が行われた会場で、また同じ様な立食会……言わば九校戦お疲れ様ダンスパーティが開かれていた。皆長い日程をこなしたにも関わらず、疲れを見せない様子で会場の真ん中にて男女ペアが手を取り合っていた。一部の生徒が美しい演奏も披露しており、とても華やかな雰囲気の会場となっていた。

芺も他校の生徒との挨拶も程々に学友と時間を共にしていた。摩利に真由美に五十里に千代田やあずさや市原。そして服部に芺といった各組織の幹部を主にした選手団が勢揃いだった。

芺もやはり三年生が最後の九校戦という事で少々センチメンタルになりながらも真由美や摩利に声を掛けていた。

 

「お二人共、本当にお疲れ様でした。お二人の尽力無くしては第一高校の優勝は成し得ませんでした」

「おいおい勘弁してくれ。まだ卒業する訳でもないんだしそんなにかしこまることも無いだろう」

「最近言葉遣いがはんぞー君に似てきてるんじゃない?」

 

摩利は言葉とは裏腹に少し照れている様子だった。風紀委員会二人がはにかむ中、生徒会長はいつも通りの調子なのは見ての通りだ。

 

「芺。お疲れ様。今大会におけるお前の貢献は大きかった」

「ありがとう服部。お前もお疲れ様。来年もよろしく頼む」

 

そこに服部が現れて芺に労いの言葉をかける。芺も礼を言いながら持っていたグラスを前に差し出した。二人は小さく乾杯し、入っていた飲み物を飲み干した。そこで芺は服部が会場の真ん中と真由美を交互にチラチラ見ている事に気が付いた。そこで芺はいらぬ下世話を発揮する事となる。

 

「摩利さん。せっかくですし少し踊りませんか」

「ん、まさかお前から誘われるとはな……よし、行こうか」

 

そう言ってふにゃっと笑った摩利と芺は二人揃って会場の人混みに消えていった。残された服部と真由美。真由美は意外そうに二人を見つめていたが、服部がどうなっていたかは言うまでもないだろう。服部は上気する頬をなんとか抑えようとしながら口を開く。心の中ではドキドキと芺に対する二重の意味での“よくもやってくれたな”といった気持ちで感情が渦を巻いていた。服部は雰囲気の後押しもあって意を決する。

 

「か、会長!!」

「なーに?はんぞー君」

「じ、自分と踊っていただけませんでしょうか」

「……ふふ、いいわよ。行きましょ」

 

真由美は笑顔で快諾し、手を差し伸べる。服部は心の中で膝をつきながらガッツポーズを上げていた。

 

「全く、お前も人の悪い事をする」

「これに関しては結果オーライでしょう」

 

芺と踊る摩利はもし結果オーライにならなかったらどう責任を取るつもりだと問い質したくなったが、それはやめておいた。服部が勇気を出すことも全て彼の中では織り込み済みだったのだろう。

 

「にしても……誘っておいてリードも出来んのか、お前は」

「……すみません。こういったものには縁がなかったものですから」

 

基本的にこういった社交ダンスや競技ダンスは男性がリードする事が多い。それは()()()だったり男のプライド的な面もあるかもしれないが。そして芺は今摩利に引っ張られていた。自分から誘っておいてとんだ体たらくである。

その後もちょくちょく誰かの視線に晒されながらも、真由美やあずさとのダンスを経てまた第一高校の皆がいる場所へ帰って行った。

しばらく経って最後の曲が始まった。この曲の終了と共に今年の九校戦も本当の終わりを告げる。芺も休憩していたのだが、ラストの曲だからという事で彼もまた少し達者に見えるようになったダンスをしていた。曲が終わればダンスも止まる。芺は目の前の人間に礼をして、彼の二回目の九校戦はここで終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

───

そして十月。とある二人の密航者の上陸を皮切りに、再び大きな悪意が第一高校を襲う事になる。




長かった九校戦編もここで終了となりました。
事後報告で申し訳ないのですが、第二十八話の一部描写をカットしました。具体的には風間大佐と九島烈の会話の一部なのですが、カットの理由としては九島烈の発言に彼の思惑との矛盾点が生まれてしまったためとなります。思い付きで書く事のリスクを再認識し、こういった大まかな編集は極力しないように今後気を付けていきたいと思います。ここまで読んでいただきありがとうございました……!


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幕間 第二幕

時は少し遡る──

部活動の勧誘期間が過ぎ少し落ち着いた頃に、新しく第一高校に入学した十三束 鋼(とみつか はがね)はマーシャル・マジック・アーツ部に入部していた。

新しい道着を纏い、新しい場所での部活動にまだ少し戸惑いを残しながらも十三束は持ち前の才能を発揮し、新入生の中では一目置かれる存在となっていた。

いつも通りの活動中に、部長が新入生達に集合をかける。

 

「おーい新入生!ちょっと来てくれー」

 

新入生が部長の周りに集まると、その隣には見慣れぬ二人の男が立っていた。

物珍しそうな目線を向ける新入生達に向かって部長が話し出す。

 

「実はまだ紹介が終わっていなかった先輩がいてな、二人とも頼めるか?」

 

その頼みに二人は快く承諾する。

 

「初めまして、風紀委員に所属している二年の沢木 碧だ。沢木と呼んでくれ。これからよろしく頼むよ」

「挨拶が遅れてすまなかった。二年の柳生 芺だ。沢木と同じく風紀委員会に所属している。よろしく頼む」

 

芺と沢木の名を聞き、新入生達はざわつきを見せた。それもそうだろう、二人はマーシャル・マジック・アーツ界隈では名の知れた男達であり、中学生時代でも大会で名を馳せていた。

 

「はっはっは!さすがに驚くだろうな。沢木は言わずもがな芺は中学生時代に……」

「部長、その話は勘弁してください」

 

二人の簡単な挨拶を終えたのを確認し、部長は補足を始める。

 

「聞いての通り二人は風紀委員でな。新学期が始まってからは忙しくて部活には顔を出せなかったそうだ。今日からは二人とも参加する。二人とも頼んだぜ」

 

一応の顔合わせが済み、各自軽い挨拶をしてからそれぞれ活動に戻った。

休憩中に十三束は同級生と先程の先輩達の事を話していた。

 

「なあ十三束、あの二人って……」

「うん……沢木先輩は中学生時代から表彰台の常連だし、芺先輩に関しては……」

「あの『分钟不要(yī fēn Bùyào)』の芺さんだよね……」

「え、今なんて言……」

 

と、芺の噂をしていると一人の男が現れた。

 

「芺君の噂かい?」

「さ、沢木先輩!」

「彼の前でその話はしちゃダメだよ、嫌がるからね」

「は、はい。分かりました」

 

沢木がその場を離れた後、新入生の一人が十三束達に疑問をなげかける。

 

「芺……先輩?ってそんなに有名なの?」

「当たり前……て知らないのもそうか」

 

質問した新入生はマーシャル・マジック・アーツを中学生時代から続けていた訳でなく高校からの入部のため、芺や沢木の事をよく知らなかったようだ。

 

「芺先輩、中学生時代は一回しか大会に出たことないんだけど、その大会で優勝したんだ。それだけでも快挙なのに芺先輩はその大会で試合にかけた時間が、()()()()()()()()()()()()()()

「一分……!?」

「文字通りの一撃必殺。それ以来は対策されちゃって滅多に見れるものじゃなくなったんだけど。それに決勝にその試合時間の八割を費やしてたから……」

「マジかよ……そりゃやべえな。そんな人がここに」

 

一年生達が芺の噂をしていると休憩時間が終わり、部長から集合がかかる。

 

「全員集合!唐突で悪いが今から実戦形式の練習を始めてもらう!」

 

その言葉に一年生は動揺を示す。

 

「まあどっちかと言うとデモンストレーションの色が強い。特に入りたての一年生にはそこまでやってもらうのは忍びないからな。どちらかと言うと一年生には見ていて欲しい」

 

そこにマーシャル・マジック・アーツの競技服装に身を包んだ二人の男が現れる。マーシャル・マジック・アーツのユニフォームは指貫グローブを着用しており、その親指を除く八本の指には幅広のリングが装着されていた。その指輪はマーシャル・マジック・アーツ用特化型CADの入力装置。一つのリングが一つのボタンに相当し、親指で押さえる、または想子を指に集中することにより起動式の選択をグローブと繋がった手首のCAD本体に伝達するという仕組みだった。

一年生はもちろん、二年生や三年生の者達からも歓声が上がる。むしろ一年生の中には驚きに目を丸くする者もいた。

 

「おい、芺先輩と沢木先輩って……去年の決勝カードだぞ!?」

「嘘だろ……こんな近くで見れるのかよ」

 

新入生達が口々に驚きを口に出す。

 

「沢木、中々に俺達は期待されてるようだ」

「恥を晒したくはないんだけどね」

「手を抜こうか?」

 

芺は挑発的な笑みを浮かべる。

 

「フフ、却下だ」

「そりゃよかった」

 

 

「二人とも、構え」

 

軽口を叩いていた二人だったが審判が声を掛けた瞬間、一気に緊迫した空気になる。

 

「……ルールは今から言う必要も無いな。くれぐれも怪我はにしないように……それでは」

 

一年生達は唾を飲み込む。

 

「始め!!」

 

審判の掛け声と共に両者は動き出す。そこで芺は挨拶代わりに散々噂になっているであろう技を披露した。本来の大会ならあまり使うことはなくなった開幕の『縮地』だが、ここでなら遠慮なく使うことが出来た。上級生一年生関わらず“おお……”と声が上がる。

常人ならここでノックアウトだが、沢木はマーシャル・マジック・アーツ界内外でも名を轟かせる実力者。三巨頭からの評価も高い彼が見慣れた芺の動きに対応できないはずが無かった。

沢木は鳩尾を狙った芺の拳を容易く受け流す。芺も爆発的な加速で突っ込んできたにも関わらず魔法で肉体を制御し隙を見せずにまた向かい合った。

 

「おっと、今のは新入生へのサービスかい?」

「まぁ、そんなものだ」

「僕からすれば余計なサービス精神と言わざるを得ない、な!」

 

そして沢木はお得意の魔法の『空気甲冑』を発動しながら『マッハ・パンチ』を放つ。衝撃波をも放つ拳を芺は正面では受けれないと知っているので受け流しながらも反撃を試みる。

芺は瞬間的な速度は目を見張るものがあるが、恒常的な加速はあまり得意ではなかった。それに加え体に高圧の空気の鎧を纏い威力を和らげる沢木に攻めあぐねていた。

しかし押され気味という事はなく、むしろ空気の鎧に阻まれているにも関わらず普段と何ら変わりないスピードで攻撃を放っており、かたや沢木も反撃しながらその鋭い一撃一撃を空気の圧でずらす事も並行して行っていて、素人目から見てもとてつもなく高次元の試合だということは一目瞭然だった。

 

「これが全国レベル……俺らこんなのになれるのか」

 

初めてマーシャル・マジック・アーツに携わる者はもちろん経験のある者さえ息を呑む中、中学時代からマーシャル・マジック・アーツ界隈では名を馳せていた十三束も目の前で広げられる攻防には目を奪われていた。自分の力に自信が無い訳では無い、それでも両者の動きは自分は井の中の蛙だと思い知らせるには充分だった。しかし、彼は同時に強い憧れも抱いていた。

 

(戦ってみたい……!この人達と!)

 

十三束が目を輝かせる中、芺と沢木の攻防は続く。

二年生が三年生の一人と共に二人の試合を考察していた。

 

「やはり柳生の至近距離での体捌きは見事と言うしかありませんね」

「それに対応している沢木も凄いよ、俺じゃ十秒と持たない」

 

芺が得意な八極拳は超至近距離で効果を最大限に発揮する。八極拳特有の踏み込み“震脚”から放たれる拳や肘は全力でなら人体に何らかの障害を与えるレベルの威力だが、力加減が分からない未熟者のはずも無く、両者とも相手に怪我をさせないギリギリの力を入れていたのだった。

八極拳では肘や体当りも使用するのだが、沢木の『空気甲冑』と近距離では反応が遅れかねない『マッハ・パンチ』のおかげで勝負を決めきれずにいた。

沢木の拳を腰を屈めて躱す。そして防御を崩すために倒れ込むように体当りを繰り出した。耐え切れず沢木は吹き飛び、主に新入生は身を乗り出すように今後の展開を期待したが、両者共にそこで一度体勢を立て直した。

そこで一年生の一人が十三束に問いかける。

 

「今のは完全に防御崩れてただろ?なのになんで芺先輩は詰めなかったんだ?」

「確かに防御は崩れてたし本来ならあそこから追いかけるんだろうけど……沢木先輩はわざと後ろに吹っ飛んでた。距離を空けるためにね」

 

(『空気甲冑』で威力を殺された上に距離を空けられたか……やはり魔法ありきでは相性の悪い)

 

芺と沢木はたまに魔法を使わずにただ体術だけで試合をする事もあり、その場合は芺の方に分があった。しかし魔法を使い出せば超至近距離での高速戦闘をメインに置く芺は防御が硬く近距離では脅威となる『マッハ・パンチ』に悩まされていた。

 

(仕方ない、勝負を決めさせてもらおう)

 

距離を取っていた芺は今までとは明らかに速さの違う『縮地』で一瞬で距離を詰める。虚をつかれ『空気甲冑』と共に防御体制に入る沢木に対し発勁を繰り出す。

 

「でもあれじゃ沢木先輩の鎧は砕けない……!」

 

そう、本来なら鎧に阻まれるのだが、彼の攻撃はいつもとは一つ違う点があった。彼の掌には高密度の想子が込められていたのだ。

そしてトンと軽く当てられた拳が芺の全体重を乗せて放たれる瞬間、そこから奔流にも見える程の想子が迸る。

 

「なっ……!?」

 

『空気甲冑』を吹き飛ばされた挙句、体勢も崩れた沢木を芺が逃す理由は無かった。沢木も芺の動きを読み『マッハ・パンチ』を繰り出す。が、それさえも織り込み済みだった芺は身体を少しずらし紙一重で回避した。

そして、握りこまれた拳が沢木に迫ったところで模擬戦は終了を告げる。

 

「そこまで!!!」

 

その言葉で芺は固めた拳を開き沢木に握手を求める。

 

「いい勝負だった」

「……はぁ、全くしてやられてしまったな」

「俺だって対策くらいは考えてくるさ」

「アレはなんだい?大量の想子に見えたけど」

「その通りだ。高密度の想子を発勁の瞬間に解放し相手の魔法的な防御を文字通り吹き飛ばす魔法……と言うより技術に近いか。直に触れれば相手の干渉力が弱まるからな」

「なるほど、想子の扱いが上手な君ならではだね」

 

その後沢木が顎に手を当て思案しだす。芺が疑問に思って尋ねるとふとハッ!とした顔をして顔を輝かせる。

 

「なら『想子発勁』とでもするべきだね」

 

微妙な空気が流れる。まだ確信に至っていない、否、至りたくなかった芺は再度尋ねる。

 

「何がだ?」

「もちろんさっきの君の技さ。カッコイイだろう」

「……そうだな」

「よし、では着替えに行こう……どうした?」

「いや、何も無い」

 

沢木はそうか、といつも通りの爽やかな笑顔で皆の前から去る。その後ろを頭を抱えながら芺は着いて行った。『想子発勁』なんて彼の少し()()()()()()ネーミングセンスからしてみればマシな方である。実は自らの魔法に『マッハ・パンチ』と命名したのも沢木で、中学時代に芺を『分钟不要』と呼び始めたのも沢木なのだから。



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第三幕

ある日の昼下がり。生徒会幹部と司波兄妹、そして摩利といういつもの昼ご飯を食べる面々の中に一人、イレギュラーが混ざっていた。

 

「芺先輩は弁当なんですね。どなたがお作りになっているのですか?」

 

そう芺に訊ねたのは司波深雪。あまり関わることの無い顔だが関係は良好だった。なんせ深雪が妙に懐いており、達也も何か彼に近しいものを感じてきていた。達也の力を初期の頃から認めていた事や、CADに興味を持っていることから波長が合うのかもしれない。

 

「使用に……まあ、使用人だな、その一人が作ってくれている。特にこの玉子焼きは絶品だ」

 

モグモグしながら芺は答える。摩利に書類を渡すために生徒会に訪れたのだが、弁当箱を持っていたために真由美の提案でそのまま同席することになっていた。

 

「まぁ!女性の方ですか?」

「そうだ。小さい頃から世話になっている」

 

と、会話を弾ませていると達也がふと主に三年生に向けて訊ねる。

 

「そういえば、芺先輩は昔から皆さんと仲が良かったんですか?」

 

その“昔”というワードに摩利や真由美、梓が反応する。摩利と真由美はニヤケ顔、芺は何かに気付いたような苦笑いだった。

真由美は満面の笑みで語り出す。

 

「もーそれがね、芺君ったら最初の方は「ご馳走様です」ちょっとー!」

 

行儀よく手を合わせた芺はすぐに食器を片付けようとしていた。今すぐにでもここから離れたいようだ。

 

「まぁ待て。真由美を放っておくとあることない事吹き込まれるぞ?」

 

摩利は一見芺の味方ように振舞ってはいるが、内心芺に恥をかかせたいのか笑みが零れていた。

 

「確かに。いやだからといって……」

「あら?話しちゃダメ?」

 

そこで達也が深雪に何か小声で話しかける。それを深雪は笑顔で了承した。

 

「私も芺先輩の入学当初のお話にはとても興味があります」

 

深雪の可憐な声が通る。深雪も達也も芺の過去には少し興味があるようだ。

 

「そうよね深雪さん!」

 

その一言で完全にブレーキが壊れた真由美は芺の制止も聞かず昔の彼の事を話し出した。

 

「昔の芺君はね、とっても尖ってたのよ」

──

 

「柳生 芺君ね?少しいいかしら」

「申し訳ありません。今日は家の用事が」

 

芺は無愛想に返す。今の芺も無表情気味ではあるが、雰囲気は柔らかい。この時代の芺は雰囲気さえ硬かった。

 

「七日間連続で?」

「……自分は風紀委員会には入りません。忙しいので」

 

真由美はこのやり取りをもう一週間続けていた。目の前の芺という男は座学もそこそこに優秀だったが特に実技が非常に優秀で、何度か千葉家道場に来ていた彼を見た事のあると言う摩利の話を聞くに、実戦でもかなり使えるとの判断から風紀委員会にとっては即戦力だった。そしてその摩利も芺の勧誘に苦難していた。

 

「頼む、柳生。お前の力は我々にとって必要なんだ」

「申し訳ありませんが、俺は強くなりたいんです。そのためにそんな瑣末事に時間を浪費する余裕はありません」

 

その風紀委員会の活動を“瑣末事”と宣う芺のセリフに摩利は反応する。

 

「ほう、“瑣末事”か。我々の活動は自らを高める事には不必要だと?」

「そこまでは言いませんが。家で鍛錬を積む方がよっぽど」

 

芺からは自信が満ち溢れていたように見えた。それもそうだろう。彼は中学時代のマーシャル・マジック・アーツの大会では無敗を喫し、それに加えつい先日に実技でトップクラスの成績を誇る服部を非公式ではあるが模擬戦を行い一撃で下していた。

その挑発的とも言える態度に摩利は発破をかける。

 

「試してみるか」

 

芺が今までと違う興味を引かれたように顔を向ける。

 

「先輩方が、お相手していただけると?」

「え、私も?」

 

困惑する真由美に摩利は“私に考えがある”と耳打ちする。

 

「そうだ。その代わり、私達が勝ったら風紀委員会に入ってくれないか。君の勝利条件は……そうだな、()()()()()()()()()()()()。でどうだ?」

 

逆にかなり挑発的な誘いをしてきた摩利に芺は硬い声で返す。

 

「分かりました。胸をお借りするつもりで挑ませてもらいます」

 

──

 

後日、この試合結果は口外しないという条件で芺VS摩利そして芺VS真由美の対戦カードが組まれた。審判を務めるのは生徒会、風紀委員会といった組織のトップと肩を並べることになる十師族十文字家の十文字克人だった。

 

「それでは、柳生芺対七草真由美の模擬戦を開始する。ルールは先ほど説明した通りだ。ルール違反が見られた場合は俺が力づくで取り押さえるから覚悟しておくように」

 

たとえ芺といえど『七草』の力は甘く見ていなかった。芺はこのルールなら自分に分がある、開始早々『縮地』で近付いて『幻衝』を叩き込んで終わり。そう高を括っていた。彼の戦法は間違っていない、むしろ理にかなっている。

 

「始め!」

 

その掛け声で芺は『縮地』を発動する。勝った、自分の方が早い、そう確信した。その時だった。

彼の足元で精霊がざわめく。咄嗟に『縮地』をかけ直し横に逸れ間一髪だったが、先程まで自分がいた場所から氷の礫が無数に飛び出していた。

 

「あら、よく避けましたね」

 

芺は驚いていた。あのままいけばどうなっていただろうか、自分の腕が届いていたかは定かではない。しかし届いていたとしても自分は氷の礫に呑まれていただろう。そこまで理解が及ぶ程度の実力が彼にはあった。

 

「まだ試合は終わっていませんよ」

 

そう言うと真由美は素早くCADを操作する。その瞬間芺の目の前を覆い尽くすように魔法式が展開される。芺は理解してしまった。自分には防ぐ術がない。この広範囲では避けようも無ければいつもの様に防ぐ武器もない。そう考えているうちにも氷は発射される。しかし芺はそのダメージを負うことはなかった。氷は自分がいる所だけを器用に狙いを外していたのだから。

 

(とてつもなく高度で綺麗な魔法だった。想像以上だったな)

 

「……降参です」

 

「……勝者!七草真由美!」

 

部屋に沈黙が流れる。芺以外の人間は予想された結末に何も言うことは無かったのだ。

勝利した可憐な少女は敗北した少年に近づく。そうすると芺は真由美より早く口を開く。

 

「七草先輩……それに渡辺先輩……その」

「なんだ」

 

摩利は少しやれやれと言った調子で聞き返す。

 

「申し訳ありませんでし……」

「ストップ」

 

真由美は芺の口の前に人差し指を立て言葉を遮る。少し驚いた様子を見せた芺は後ずさりながら少し恥ずかしそうな顔だった。全て見抜かれていることを彼も察していたようだった。

真由美は明るい調子で訊ねる。

 

「何でさっきは避けなかったの?」

「分かったんです。避けようも防ぎようもない、と。武器もありませんでしたし」

「なら、武器があれば勝てていたと思うか?」

 

摩利の問いに芺は特に考える間もなく答える。

 

「いえ、例え防げたとしても七草先輩には勝利できなかったと思います」

「そうか、そうだろうな」

 

顔を伏せる芺に摩利は誘うにように声をかける。

 

「なら、私ならどうだ?」

 

その言葉に芺は素早く顔を上げるがすぐに目をそらす。

 

「い、いえ自分はもう敗北した身です。俺には……」

 

そこに体の芯に響く声で十文字が口を挟む。

 

「柳生。お前の勝利条件は七草か渡辺に一撃を見舞う事だったはずだ」

「はい、ですから……」

 

と言いいながら彼はすぐに元から用意していた言葉を発しようとするが、十文字の方が幾分か早かった。

 

「その通りだ。柳生、剣を使って構わん。十文字、武器の使用はいいな?」

「お前達の技量なら寸止めも可能だろう、許可する。このことは対外秘にしてくれ」

「との事だ。柳生、遠慮なくかかってこい」

 

摩利はそう笑顔で宣言する。それを受ける芺の目には曇はなかった。

 

──

 

「それでは、渡辺摩利対柳生芺の模擬戦を開始する」

 

両者ともCADを構える。先程とは違う緊迫した空気が流れる。

 

「よーい、始め!」

 

芺は先程の変わらず猪突猛進だった。それをなんなく受け流した摩利は彼女特製のの鞭に刃の付いたようなCADを伸ばして斬りかかる。

芺は落ち着いて刀剣型CADで受けるが、鞭のようにしなるCADが彼のCADに巻き付く。

 

(しまっ……)

 

そのまま芺のCADは彼の手から離れ摩利の後ろ側に放り投げられた。

芺はすぐに徒手空拳に構え直す。次は相手のCADを弾き飛ばすように受けてから突っ込むつもりだったが、飛んできたのは風の刃だった。少々怯んだものの左に避ける。しかし間髪入れずに次の刃が飛んできた。それも摩利を中心に回るように動きながら避ける。しかし次の瞬間、彼の足元がまるで小規模な地震かと思うような揺れを起こした。摩利の振動魔法だ。バランスを崩した芺は飛んできた刃を篭手で受ける他なかった。CADは硬化魔法で無傷だが、身体には相応の衝撃が来ていた。衝撃の瞬間に発生した煙が晴れると、そこには移動魔法で突撃する摩利の姿があった。とっさに防御姿勢をとるが、またも地面が揺れる。姿勢を崩した芺に剣が迫るが何とか篭手で受け、その勢いで回し蹴りを放つ、だが自己加速術式を使用している摩利は捉えられなかった。芺は距離を詰め剣の間合いの内で拳を放つ。摩利は避けに徹していたが、芺は明確な隙を見つけた。容赦ない捻り込むような拳が摩利に迫る。

 

(もらった……!)

 

しかし体に当たった瞬間芺の拳は弾かれる。芺は瞬時に理解した。

 

(硬化魔法か……!)

 

思わず怯んだ芺に不可避の蹴りが飛んできた。

ぐっ……と苦しい声を漏らし芺は転がる。すぐに起き上がったが、目の前には摩利の持つ剣の剣先が見えていた。芺は目を伏せていたが、どこか満足したような笑みを浮かべていたようだった。

 

「……完敗です」

 

「勝者!渡辺摩利!」

 

「ふう、危なかった。あの詰めようにはヒヤッとしたよ」

 

摩利はそう言いながら芺に手を差し伸べる。

芺は少し驚いた顔をしながらもおずおずとその手を握り立ち上がった。

 

「剣術だけかと思えばとても多彩で驚きました。そしてその魔法一つ一つの練度も高い。さすが十師族と並んで“三巨頭”と称されることだけはあります。素直に感服しました」

「む、随分と手放しの賞賛だな。少し照れくさいぞ」

 

そう素直に賞賛する彼は今までの無愛想な男とは違う、別人なような男に見えた。

 

「あら、私の時はあんまり褒めてくれなかったのに」

「七草先輩も精密な操作と美しささえ感じる魔法には脱帽でしたよ」

「あらそう?ありがとう」

 

先ほどと打って変わって和気あいあいとした雰囲気の中、十文字が問いただす。

 

「柳生。何故こんな事をした。本気で風紀委員会に入りたくなかったわけではあるまい」

 

皆が気になっていたことを正面から訊ねた十文字と当事者の芺に注目が集まる。

 

「……申し訳ありません。お手を煩わせたことについては深く謝罪します。恥ずかしながら、元より先輩方との模擬戦が望みでした。しかしただお願いしてもただの一生徒の意見がまかり通るとも思えず……」

「それでこんな回りくどい手を?全く、はた迷惑な話だな」

「それについては重ね重ねお詫びします。罪滅ぼしという訳ではありませんが……もし許しを頂けるなら、私は風紀委員会として力を尽くす所存です」

 

そう頭を深く下げて謝罪する芺に一同は目を見合わせる。そして摩利が彼の目の前に立った。

 

「これからはよく働いてもらうぞ」

「はい!喜んで」

 

───

 

「ってことがあったのよー!!いやー懐かしいわね」

「全く最初はまた問題児が……と思ったが」

「芺先輩は案外お茶目な所があるんですね」

 

当人の芺は頭を抱え、珍しく感情が表に出ていた。

 

「本当は会頭にも勝負を挑むつもりだった。一目見た瞬間敗北を悟ったが」

「今でもか?」

「俺にはあの『ファランクス』を突破する手段がありませんからね。今思えば本当に馬鹿な事をしたと思っています」

 

逃走も制止も諦めた芺が顔を手で隠しながら語る。普段より感情が見えていた彼を見て達也は“随分の人間味があったな”と少々失礼な事を考えながら彼もまた手を合わせた。



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第四幕

筆が乗ってしまった回です。完全にエリカ回です。特定の人物と親しげにする場面が苦手な方はお気を付け下さい〜!


「で、何でそうなった」

「今度近くに皆で遊びに行くから、その帰りにお伺いしようかな〜と。ダメですか?」

 

芺は基本的に他人の容姿についてとやかく思うタイプではないが、異性相手にはある程度意識をしてしまうものである。決して心象等にマイナスに働く事はなく、プラスにのみではあるのだが……それも男子高校生としては正常な反応とも言えるだろう。

そして現在。芺は年下の(一応)美少女に満面の笑みでねだられてしまっては彼女の申し出を蹴る事は出来なかった。

 

「……分かった。家の方には伝えておこう」

「やりぃ!」

 

そう言ってエリカは後ろの同級生達にVサインを送る。帰り際に芺の話をしていた所、丁度風紀委員として巡回中の芺と出会したのだ。

 

「じゃあ今度の土曜日に先輩の家にお邪魔するんで、お願いしまーす」

 

 

エリカは笑顔でそう告げる。他の面々は頭を下げる者もいれば、エリカの強引な手口に申し訳なさを浮かべている者もいた。

この話の発端は達也達が今度の土曜日に皆で出かける約束をした所、エリカがその目的地の帰りに芺の家──新陰流道場、柳生の本家があるという事をポツリと呟いたのだ。そろそろ久しぶりに挨拶に出向こうと思っていたエリカは丁度いいからと皆で柳生家に遊びに行かないかと提案を持ちかけたのだった。

 

「そうだ。どうせなら剣術勝負しましょうよ。最近やってなかったし」

 

その誘いに芺はニコリと笑う。いや、不敵な笑みと言うべきか。

 

「いいだろう。多少は強くなったんだろうな」

「やってみれば分かりますよ」

「ほう、期待しておく。来るのはエリカだけか?」

 

実は達也はこのお家訪問に余り乗り気ではなかった。深雪が行くと言ったから仕方なく着いていくだけだったのだが、エリカ対芺の対戦カードには少々興味を惹かれたのか“まぁたまには息抜きも必要か”と乗り気の姿勢を見せた。

 

「達也君が来るとは……その、意外だな」

 

失礼とも思える発言と共に何とも言えない表情する芺に達也達は特に意に介する様子も無く答える。

 

「深雪が行きたそうにしていましたから」

「まぁ。エリカと芺先輩が戦うと聞いて興味深そうな顔をされたのはどちら様でしょう」

 

達也は負けたと言わんばかりに反抗の意を示さなかった。彼のほんの少しの表情の機敏を察知するのは深雪にしか出来ない芸当だ。

そうすると本来興味の無いはずのほのかも少し気になる様子を見せる。もちろん、休日に達也と少しでも長く共に居たいという下心からなのだが、それを察した雫は

 

「私も良い機会だし芺さんのお母様にご挨拶しようかな」

「し、雫が行くなら私も行くからね!」

 

ご挨拶、というと捉え方によっては別の意味に聞こえるかもしれないが、今回はそのままの意味である。後はレオと幹比古という男子勢と美月だが……

 

「僕も行くよ。柳生家の皆さんにはご縁があるし、皆が行くならいかない理由もない」

「私も……皆が行くならお邪魔させてもらおうかな……」

「ま、俺もどうせ暇だし着いていくかー。先輩の戦いぶりも気になるしな」

 

レオが使うガントレット型の音声認識CADと芺の使う篭手型の完全思考操作CADは制作元を同じくする代物である。奇妙な縁だとレオは思いながらも、芺には助けられた過去もある事から好印象を持っていた。心中ではエリカが敗北する姿を見てやろうと思ったり思わなかったりしていたのだが、それを口に出す程レオも馬鹿ではない。

 

「決まりねー。この人数でお邪魔するんで、改めてよろしくお願いしますね」

 

───

 

「予定よりちょっと早く着いちゃったわね」

「ここが芺先輩の……柳生の本家ですか」

「ああ、大きいな」

 

深雪が驚くのも無理は無い。実は大きさは深雪が見慣れない程でもないのだが、街中にどでかい和風の屋敷があるから余計に大きく錯覚したのだった。

そんな話をしている内に門の前に到着する。そこには二名の警備員が門番として立っていたのだが、エリカ達の顔を見るとすぐに“話は伺っている”と通してくれた。

中に入るとそこにはいわゆる日本庭園が広がっていた。そしてそこには一人の男性が庭の世話をしており、エリカご一行の来訪に気付くと庭の世話の手を一旦止めて彼女等の前に走ってきた。どうやら案内を務めてくれるらしい。

 

「竜胆さん、ご無沙汰しております」

 

エリカが珍し……余り見せない育ちの良さを感じさせる立ち振る舞いを見せる。

 

「これはこれは千葉のご令嬢。こちらこそご無沙汰しております」

 

竜胆が頭を下げると達也達も同様に頭を下げる。彼らもほとんどが名家の生まれのためこういった動作には不自然さが無かった。

 

「エリカ、こちらのお方は……」

「ご紹介が遅れました。柳生家に仕えております、竜胆と申します。使用人のようなものですので、今日はご要望があれば何なりとお申し付け下さい」

「ご丁寧にありがとうございます。司波深雪と申します。以後、お見知り置きを」

 

深雪の自己紹介を皮切りに皆が挨拶を始める。これは達也のみ知り得た事だが、彼は一目見て……と言っても体つきからただの使用人では無いことを察した。仕えていると言うからには新陰流も修めているのかもしれない、と。彼は相応の実力者が放つ制御された気配というものを隠し持っていた。

一通りの初交流を終えた彼らは竜胆に連れられて屋敷の中に入る。

中に入るとそこそこの人数の使用人らしき者達が見えた。男女関わらず皆が動きやすそうな着物を着用しており、達也達を見ると皆会釈で返してくれた。古くから続く名家という事でもっと厳格な雰囲気かと勝手に想像していた一行だったが、どうやらそうでも無いらしい。

竜胆の先導で応接間に通されたエリカ達は急に現れた洋風な部屋にいくらかちぐはぐさを覚えた。応接間には一人女性の使用人らしき人がおり、竜胆と一言二言交わしていた。するとすぐに現当主の妻である柳生(かや)がお盆に飲み物を乗せて現れた。

 

「まぁ!もう来てくれたのね、嬉しいわ。エリカちゃん、雫ちゃん、幹比古君も久しぶりね」

 

芺の母親ともなれば四十に近い年齢のはずだが、それを感じさせない若々しさを見せる茅に皆が目を奪われる。あの四葉真夜も同じく年齢を感じさせない風貌だが、彼女は可愛い……と言うより美しいといった風であり、茅はどちらかと言うと幼さというか可愛らしさを残していた。

そして本来なら茅ではなく使用人が飲み物を運ぶべきなのだろうが、久しぶりの来訪者……それも息子の知り合いということで自分が用意すると張り切っていたのだ。茅はその体勢のまま言葉を続ける。

 

「あ、ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。柳生家現当主鉄仙の妻、柳生 (かや)と申します。よろしくね」

 

味方によってはまるで二十代後半にも見えかねない美貌を持つ茅に幹比古やレオは少々赤面しているように見えたが、それを押し殺して挨拶を始める。

そして……

 

「第一高校では芺先輩にお世話になっております。一年生の司波深雪と申します。よろしくお願いします」

「まぁ……まるでお人形さんみた……」

 

一人一人の挨拶を正面から見て応対していた茅は、深雪がそこまで言ったところで持っていたお盆を落とした。彼女は瞠目し、明らかに動揺しているように見えた。

 

「茅様!」

 

竜胆が走り寄る。陶器だったために割れた破片が散らばってしまったが、竜胆が素早く魔法でかき集める。達也は皆が驚く中、その手際にそこまでの魔法力を感じなかったが、技量だけに絞ればかなりのものだという印象を一人受けていた。

 

「ご、ごめんなさい……あんまり深雪さんが綺麗だったものだから、驚いちゃったわ」

「これが、正しい反応かもね」

 

雫の一言で空気が少し緩む。深雪の美貌は男女関わらず全ての人間が目を奪われるレベルだが、校内ではこんな反応を見ることも無く久しぶりだったのだ。竜胆が換えの飲み物を取って来る間に皆が席に着く。

 

「さっきは取り乱しちゃってごめんなさいね。まさか芺君のお友達にこんなに可愛い子がいっぱい居るとは思わなかったわ。そうだ、芺君を呼ばないと」

 

返答しにくい言葉をかけてしまったと察した茅は話題を変える。

 

「彩芽ちゃーん!芺君を呼んできてくださる?」

「はっ。直ぐに」

 

茅に声を掛けられた使用人らしき女性、彩芽が抜群の身のこなしで部屋を出る。その勢いには少々驚かされたが、それを口に出すような無粋さを彼らは持ち合わせていなかった。彩芽が芺を呼びに行った後、達也達が当たり障りのない雑談をしていると、コンコンと扉がノックされる。

 

「どうぞ」

「失礼します。すまんな、客人を迎えにさえ行けんとは」

「いえ、自分達が早く着きすぎたものですから」

 

そう申し訳なさそうに現れた芺は道着のままであり、どうやらついさっきまで稽古をしていたようだ。着席した芺は竜胆に冷たい茶を淹れてもらい、口を開く。

 

「今日はよく来てくれた。あまり寛げないかもしれないが、ゆっくりして行ってくれ」

「あ、そうだ!実は夕飯もご用意させてもらっているのだけど……どうかしら」

 

その言葉にエリカとレオが一番に喜びを示し、続いて雫やほのか、幹比古に美月が礼を述べる。そして深雪は達也に選択を任せるように彼の顔を覗き込んだ。

 

「せっかくだから今日はご馳走になっていこうか」

「はい……!」

 

───

 

“じゃ、また後でね”と満面の笑みで言い残した茅は跳ねるように台所に消えていった。

 

「元気な方だな」

「ふふ、そうですね」

「少しは淑女らしさというものを持ってもらいたいものだ」

 

芺は恥ずかしそうに苦言を呈す。目の前に弱冠十六歳にして淑女らしさを漂わせる深雪がいるのだから尚更だろう。

 

「では、夕食の準備が完了するまで自由にお過ごしください。若、特別に稽古場にも入っていいと許可をいただいております」

「分かった。ありがとう」

 

そうして芺を含めた達也達一行は綺麗に掃除された廊下を通って稽古場へ向かった。

目的地に着くや否や皆が思わず声を上げる。ついさっきまで稽古が行われていたのかまだ何人かの門下生と思しき人達が、表面に赤漆を塗り鍔が無い独特な竹刀……袋竹刀を振るっていた。

芺の来訪に気付くと皆が一斉に腰を曲げる。芺は“続けてくれ”とだけ発すると皆は稽古を再開した。

 

「ここが我ら柳生新陰流の道場だ。ここはその一つではあるが、中々に大きいだろう」

「ま、ウチもこんなもんですけど」

 

と張り合うように悪い笑みを浮かべながらエリカは言う。それを見た休憩中の門下生から千葉のご息女だ……といった声が聞こえたが、エリカに意に介す様子は無い。

『千葉』と『柳生』。どちらも魔法剣を駆使する一家だが、千葉は元より剣術を。柳生は新陰流を古式魔法として剣術に落とし込んだ点で相違点がある。そのため現代魔法を使う千葉流剣術の方が門下生は多く、警察内にもその数は多い。と言っても新陰流の一派も警察内に少なからず存在し、たまに千葉家の職権濫用に目を瞑るのを余儀なくされることもある。

 

「じゃあ、芺さん。早速やりましょうか。皆を待たせるのも忍びないですし」

「分かった。女性用の更衣室はそこにあるから使ってくれ。竹刀はこちらで用意しておこう」

 

柳生新陰流が使用する竹刀は一般の竹刀とは別物なのだが、この道場にはいくつか通常の竹刀も用意されていた。

そんな中稽古場に残っていた門下生達は柳生家次期当主である芺と千葉の娘が剣を合わせる事実にそわそわしていた。達也もよくよく考えてみれば芺が剣士と戦う場面を見るのは初である。剣術を修める者がいつ全力を発揮できるのか……それはもちろん剣術勝負をする時である。

道場の端っこで邪魔にならないように着席した達也達はエリカの登場を待っていた。門下生も後学のために……はたまた興味だけか……それは定かではないが続々と練習を中断し端に避けて行った。

すると、ここに通じる廊下からドタドタと走る音が聞こえたと思うと勢いよく扉が開かれる。そこには誰かの面影ある中学生位の男の子が立っていた。

 

「紫苑。廊下は走るな、危ないだろう」

「ご、ごめんなさい……兄さんが誰かと勝負するって聞いたから、つい」

 

端正な面立ちだがまだ幼なさが残る黒髪の少年は恥ずかしそうに俯く。彼は柳生 紫苑。芺の実の弟だった。彼は剣道に天賦の才を発揮し、幼少期から同年代とは大きな差を見せつけてきた。魔法に秀でる芺とは正反対だったが、お互いに高め合い足りない所を補う理想の兄弟像だった。

紫苑は見覚えのある……兄と同じ制服を纏った人がいるのを見つけると少しぎこちなさを見せながらも丁寧に頭を下げる。

 

「は、初めまして!柳生家の次男、柳生 紫苑です!よろしくお願いします!」

 

そう緊張しつつも元気に挨拶する紫苑を微笑ましく思ったのか皆も快く返答する。特に深雪を視界に入れた瞬間顔が真っ赤に上気したが、何とか平静を保って……はいられず、丁度エリカが帰ってきた所で何とか持ち直した。

 

「あれー?紫苑君だったよね、久しぶり」

「千葉エリカ様!ご無沙汰しています!」

 

(((……様って何だ?)))

 

何人かが心の中で同様のツッコミを入れる。

 

「じゃ、芺さん。準備はいいですか」

「ああ。紫苑、開始の合図を頼めるか」

「分かりました」

 

道着を纏った二人の剣士が相対する。普段制服しか見かけない二人の道着姿は些か新鮮だった。息苦しいと錯覚するほど空気が張り詰める。芺はあまり使ったことのない普通の竹刀だったが、そんな事をハンデとも思ってはないし、何かの言い訳に使う気も毛頭無かった。

 

「……では、はじめ!」

 

合図の瞬間エリカは『自己加速術式』を展開し突撃する。目にも止まらぬ速さだったが、芺は難なくそれをいなす。そのお互いの動作には一分の無駄もなかった。

ニヤリと笑ったエリカが連続で仕掛ける。彼女は『自己加速術式』で相手の裏を取るように移動しながら打ち込みを続ける……が、その全てを芺は余裕を持って対応し切った。目にも止まらぬ応酬に門下生やレオ達から思わず声が漏れる。

 

「芺さん」

 

一度距離を取ったエリカがおもむろに口を開く。

 

「なんだ?」

「……ちゃんと攻めてもらっていいですか」

 

エリカは心底面白くなさそうに語る。それも仕方の無いことだった。剣の打ち合いにおいて芺が防御に徹した場合、その様はまさに城と称される程の防御力なのだ。それも彼が修める新陰流に起因しているのだが、それを知っているエリカは“防御に徹しているだけじゃこっちは面白くない”と言ったのだ。

 

「分かった。来い」

 

芺はそう言って構え直す。素人目には先程とはさほど変わらない構えを取る芺のその姿、雰囲気に満足がいったのかエリカも再度、構えを取った。

 

「結局あれじゃまた芺さんは防御に徹する気じゃないのか」

「違います!新陰流は数々の構えを相手によって使い分けるのです!ですからあれは単なる待ちではなくてですね……」

 

レオの言葉を拡大解釈したのか、いきなり力説し始めた紫苑は急に恥ずかしさを覚えて前のめりになった姿勢を正す。

 

「すみません……でも、兄さんの、新陰流の真骨頂はここからですよ」

 

紫苑の言葉を聞いていたのかは定かではないが、丁度言い終わるタイミングでエリカが再度攻勢に出る。

芺はその場で不動の姿勢を取り、竹刀を構えていた。そして振り下ろされた刃に自分の竹刀を合わせたかと思うと、エリカの撃ち下ろした刃は難なく弾かれ無防備な腹を晒す。

ただの使い手なら横薙にされるところだが、芺にその気が無かった事、そしてエリカの速さは目を見張るレベルだったために空振りに終わった。

今のは愚直に正面から攻めてきた事への警告である。新陰流は正面の剣の打ち合いにおいて理論上、敗北する事がない。それこそが『必勝』と呼ばれる型の所以なのかもしれない。

 

「活人剣……」

 

エリカがぼそっと呟く。今の一瞬、本来ならば斬られていた事を理解する実力が彼女にはあった。自らの思考を落ち着かせる為にもわざわざ声を出したのであろう。

新陰流を修める彼らの剣は敵をすくませて力づくで斬り殺す『殺人刀』ではなく、敵の動かし、その動きに随って無理なく勝つ『活人剣』なのである。

 

「どうした、もう終わりか」

「……まさか!」

 

エリカは再度攻め立てる。次はもちろん正面からではなくフェイントを折り込んだ動きだった。達也の知る限り、エリカは最速の魔法師である。一つ断わっておくと、速さだけなら彼女よりスピードを出せる人間は存在する。十文字や七草、柳にだって可能だろう。しかし彼らがエリカ以上のスピードを出すと、肉体を制御しきれず非常に雑な動きになるか、戦闘中に致命的な隙を晒す事になる。芺でさえも『縮地』の連続使用をしている姿は見たことが無い。『自己加速術式』の連続使用を可能にしているのはエリカに授けられた天賦の才能のなせる技なのである。

しかし、その認識を改める必要があるのかもしれない、と達也は考えた。

今目の前では完全に裏を取って斬り込んで来たエリカの竹刀を半身で交わし小手を斬る芺の姿があったのだ。

彼の弟である紫苑は驚きもせずただ目を輝かせているのだからそう珍しい光景ではないのだろう。

 

「くうう……やられちゃったか」

「まぁ俺が言えた口ではないかもしれんが……確かに速く、鋭くなっている。前とは見違える程にな」

「ホント!?」

 

先程の勝負で完全に見切られていたのにも関わらず芺に褒められた事にとても嬉々とした表情で尋ねるその様子は、エリカが本当に剣術が好きなのだと思わせるのに十分だった。

 

「エリカったら、あんなに嬉しそうにして」

「芺先輩にあそこまで褒められたのならそれも分かるさ。とても見応えのある試合だった」

 

この試合は達也にとっても有意義な時間だった。昔から何かと意識しがちな存在である芺の実力の一端を見る事が出来たのは彼としてもありがたかったのだ。

 

「ねー芺さん!まだ時間ありますよね、もう一本!」

「望むところだ、かかってこい」

 

再度、二名の剣士は相対する。あまり感情を見せない芺が見るからに楽しそうにしている姿はとても新鮮だった。達也は薄々気付いていたが、芺はどうやら自分の力を振るう事も好きらしい。風紀委員会の先輩は血の気が多いな、と達也は沢木や引退した摩利の事を思い浮かべていた。

気配が凍りつく。二人の眼が、獲物を狩る剣士の眼に変わる。二人の醸し出す雰囲気は対極にあった。凄みのある剣圧で襲い掛かるエリカに対し、芺は逆に全く気配が読めないのだ。恐ろしい圧こそ無いものの、どこか末恐ろしさを感じる。そういった所はどこか達也と芺は似ているな、と美月は感じていた。

エリカが踏み込み、芺がいなす。エリカが肉薄し、芺が弾く。エリカが攻めあぐねていると、芺が流れるように接近し剣を振るう。

 

「新陰流は相手の動きに対して瞬時に有効打を叩き込みます。ですから、負けないんですよ」

 

紫苑のその言葉には全く淀みがなかった。自らが修める流派の強みを知っているからであろう。

 

「でもよ、相手が突っ込んでこなかったらどうすんだ?」

「新陰流には相手が動かない場合、それを相手の型として見なして対応する技もあります」

「なるほどなぁ……よく考えられてるぜ」

 

レオと紫苑が話している間にも二人の激しい攻防……といっても、血湧き肉躍る力と力の殴り合いといったものではなく、純粋な技と技のぶつかり合い。静かな稽古場に鳴り響くのは二人の足音と竹刀と竹刀が合わさった音だけだった。

エリカが剣を振るう。それに対し芺は上段に構えた。その瞬間、芺の四肢に魔法式が現れる。彼は右足で大きく踏み込み、敵の刀を打ち据える様に振り抜く。そして間合いを詰めた後エリカの刀を避けるように下段から鳩尾にかけてを切り裂いた。

しかし、エリカは既のところで自己加速術式で後ろに回避する。芺は一瞬眉を上げたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。

 

(兄さんの『村雲』を避けるなんて……エリカ様も凄い)

 

紫苑は兄の本気をギリギリとは言え避け切ったエリカを賞賛していた。あのバックステップでは実戦では隙が多すぎるものの、芺の一撃を避けた事の方が彼にとっては大きな出来事だった。

 

「今のは……」

「あれは『型』で結印を代行させて発動する魔法だな。発動した魔法は恐らく身体を移動魔法で制御して規定の動作を行う類のものだろう」

「えっ……」

 

紫苑は深雪の疑問に対して完璧に分析してみせた達也の碧眼に思わず声を漏らした。

 

「達也!他家の秘伝を勝手に分析しちゃダメだよ!」

「す、すまない……つい、な」

「驚きました……まさか、見ただけで」

 

由緒正しい古式魔法を使用する幹比古が達也を糾弾する。確かに今の行為はマナー違反とも取れる行動のため、達也も歯切れが悪かった。紫苑も紫苑で驚きで言葉が足りていない。

そんな事は露知らず、芺とエリカは斬り合う。下段に構え直した芺にエリカは一文字に竹刀を振り下ろした。大振りと判断した芺は半身で避ける。しかし芺は咄嗟の判断で一文字に振り下ろしたはずの竹刀の斬り返しに防御態勢を取った。その判断は正しく、空振って床に衝突したエリカの竹刀は跳ね返るように斬り上げられ、芺の首元を襲った。芺は咄嗟に篭手で防ぐが耐え切れず身体が横に飛ぶ。姿勢が崩れた芺にエリカは再度、剣を振るった。

 

しかしその剣は芺に届くことは無かった。エリカの竹刀は芺の手に掴み取られていたのだ。

エリカは不服そうな顔をしてグッと押し込もうとするが、ビクともしない。そして更に力を込めたところ、竹刀は耐えきれなくなったのかポッキリと折れてしまった。

 

「……ずる」

「何がだ」

「真剣だったら剣を掴み取ったり出来ないじゃないですか」

「生憎これは竹刀での勝負だ。それにその気になれば真剣だろうと掴み取れる」

「詭弁です!」

「詭弁だろうがなんだろうが得物を失ったエリカの負けだ」

「もー!なんでよー!」

「得物を壊すような技を使ったお前が悪い」

 

実はエリカの竹刀が壊れた理由はエリカ自身にある。いくら硬化魔法をかけたとはいえ、『山津波』のもたらす威力にただの竹刀では耐えきれなかったのだ。

 

「だが、俺も竹刀でなら『山津波』は使ってこないだろうと高を括っていた。あれがもし真剣勝負なら……俺が斬られていた可能性は大いにある」

「……ふーんだ。言われなくてもわかってますよーだ」

 

その言葉とは裏腹にエリカの顔は綻んでいた。やはり褒められるのは嬉しいようだ。二人が先程の攻防について意見を交換し始めた頃に、竜胆が稽古場に現れた。どうやら夕飯の時間らしい。

 

「分かりました。シャワーを浴びてくるので竜胆さんは皆を連れて行ってもらえると助かります。……彩芽」

「はっ」

「エリカにもシャワーを浴びさせてあげて欲しい」

「了解しました。ご息女様、どうぞこちらへ」

 

芺は竜胆と一緒に稽古場に姿を見せた彩芽にエリカを任せる。エリカと彩芽は軽く言葉を交わしながらシャワー室に向かっていった。もちろんこの稽古場にもシャワー室はあるのだが、どうしても男女比の問題から男性専用になりがちである。それもあって女性は隣の稽古場のシャワー室を使うのが暗黙の了解のようになっていた。

芺は竹刀を片付け、残っていた門下生に一言二言の言葉をかけてからシャワー室に向かう。どうやら一室だけ使用中だったが他は全部空いているようなので、適当な部屋に入りスイッチを入れる。今はボタン一つでシャンプーから何までほぼ全自動だ。自分はそれに合わせて部位を洗うだけでいい。夕飯前ということで素早くシャワーを済ませた芺は下着とズボンだけを履いて髪をタオルで拭きながら外に出た。

 

 

そして彼はその行いを深く後悔することになった。──目と目が合う。

 

「……」

「……どうしたんですか、芺さん。へー、先輩って細く見えますけど結構鍛えてるんですね」

 

シャワーを浴びたてなのだろう。まだ肌を紅くさせながら髪の毛をタオルで拭く()()はこちらを見ても別段反応を示さなかった。

芺も人並みには鍛えている。というか沢木の筋トレにたまに付き合わされる事もあり人前に出ても恥ずかしくない程度といったところだ。しかし問題はそこではない。

 

「……なんでお前がここにいるんだ」

「え、だってここシャワー室」

「彩芽の奴……」

 

どうやら彩芽がこちらに案内したらしい。天然なのかわざとなのか定かではないが、どちらにしてもいい迷惑である。後者なら覚えていろ。

それに向こうがこの事態を何一つおかしく思っていない事にも疑問を覚えるが、エリカが意識していないためにこちらとしてもそう振る舞うしかなかった。

 

「あ、そういえば」

 

エリカがそう言って後ろを向く。芺は反射的に顔を背けてしまった。

 

「……着てますって」

 

エリカは口を尖らせる。エリカの長髪とタオルのせいで確信が持てなかった芺は反射的に動いてしまったことにどんなからかわれ方をするか恐怖したが、如何せんその類の言葉は飛んでこなかった。

 

「悪い。髪を乾かしたら行こうか。待たせているかもしれない」

「うん」

 

二人は無言のまま髪を乾かす。水分を飛ばす魔法を使えるのならドライヤーいらずなのだろうか等とボーッと考えているうちに二人ともほぼ同じタイミングでドライヤーを置いた。エリカの方が早くシャワーを終えたために髪の短い芺とそこまで変わらない時間で乾かし終えたようだ。エリカの方を見ると何か言いたげな様子だった。

 

「……どうかしたか」

「別に。行きましょ」

 

エリカはスタスタとシャワー室を後にする。芺も後を追い、先程から言っておくべきか迷っていた事を口に出した。

 

「一応言っておくが、あまり他の男の前であんな事はするなよ」

「えっ……それはどういう」

「何されるか分からないだろう。アイツらも高校生だぞ」

「わ、分かってますよ!」

 

エリカは芺に蹴りを入れる。もっとも、回避が必要なレベルの威力でもなかったのでそのまま受けたが、エリカがこんな風にじゃれるのは珍しかった。芺が“そう言えば摩利さんはよくこんな事をしていたな”と思い出したように言うと、エリカはもう一度蹴りを入れた。次は痛かった。

 

───

 

豪華な夕飯を終えて達也達は帰路に着く。茅と芺と竜胆に送られて彼らは門に向かっていた。

 

「随分と遅くなってしまいましたね」

「うぅ……ごめんなさいね……」

 

実は帰宅予定時間より一時間弱程の遅れが生じていた。その理由は夕食の席で茅のお喋りが止まらなかった事に起因する。その内容はほとんどが芺の自慢話であり、当の芺はとても居心地が悪そうだった。エリカのちょっかいがありがたかったというのは本人の弁だ。

 

「そうそう、こんな遅い時間に女の子を一人でお返しするのは忍びないから、家から護衛を付けるわ」

「いえ、ご心配には及びません。自分がこちらの二名を送り届けますので」

 

達也はそう言ってほのかと雫の方を見やる。ほのかは分かりやすく頬を紅潮させた。

 

「でも、あとのお二人さんは……」

「大丈夫ですよ。幹比古、美月を送って行ってやってくれないか。レオはエリカを」

「えぇっ!ぼ、僕はいいけど……」

「私も大丈夫ですよ。吉田君、お願いします」

 

その光景を見てほのかとエリカを初めとする女性陣がニタリと笑う。芺も“ほう……”といった様子だ。しかし

 

「せっかく芺さんと手合わせ出来て美味しいご飯も食べてさぁ帰ろー!ってのに最後がコイツとなんて」

「あぁ?ならこっちだって願い下げだぜ。お前程護衛のいらねぇ女ってのもいないだろ。俺だってこの後やりてえ事もあるしな」

 

いつものが始まったという顔をする一年生達。芺は何故か先程と同じ顔をしている。

オロオロしている茅を見て達也が仕方なく思ったのか口を挟む。

 

「ならエリカはレオが護衛では嫌だと?」

「い、嫌ってわけじゃないけど」

「そしてレオもこの後用事があるんだな?」

「まぁ野暮用みたいなもんだけど」

「分かった。ならエリカ、柳生家の皆さんのご好意に甘えたらどうだ?」

 

その言葉を聞いてまごついていた茅が手を合わせる。

 

「確かに!まぁお二人共ご事情はあるみたいだから、芺君、エリカちゃんを送って行ってあげなさい?」

「は、はぁ……俺は構いませんが」

「エリカもそれなら文句は無いな?」

「そ、そりゃあ、芺さんなら本職だし?いいんじゃない」

「との事ですので、芺先輩。お願い出来ますか」

「……分かった。コミューターの空きが少ないな」

 

コミューターの空きがなくなるのは珍しい事でもないが、このタイミングではここに二車呼ぶのが限界だった。芺が端末とにらめっこしていると

 

「そう言えば芺君、バイク乗れるわよね?」

「ええ、まぁ」

 

芺が所持している免許は自動二輪と特殊二輪のみだ。自動二輪はもちろんバイクに乗るためだが、なぜ特殊二輪も持っているかと言うと、免許を取る際に手続きを竜胆に任せたところ、何故か特殊二輪の試験を受けさせられたのだ。本人曰く“どうせなら沢山乗れる方がよろしいかと思いまして……まさか水上バイクのみとは……申し訳ありません”との事だ。

その後はせっかくだからという理由で水上バイクの免許も取得し、程なくして自動二輪の免許も取得した。

 

「エリカちゃん、バイクでいいならすぐにでもお送り出来るけど……」

「あ、私は全然それでもいいですよ」

「ごめんねぇ。ということで芺君、あんまり帰りが遅くなっても千葉家の皆さんがご心配されるだろうから、バイクで送ってあげてね」

「……分かりました。鍵を取ってきます」

 

そう言って芺は小走りで玄関に向かっていった。達也の横を通り過ぎる際に何か言いたげな目線を向けていたが、達也は笑ってそれを無視した。彼は二人分の上着を持ってすぐに戻ってきた。

 

「エリカは門で待っててくれ、すぐにバイクを回す」

「はーい。じゃあ皆とはここでお別れかな、バイバイ」

「今日は来てくれて本当にありがとう。楽しかったわ。またいつでも来てちょうだいねー!」

茅の元気な別れの挨拶に皆が返す。そしてエリカを除いた一年生一行は彼女に聞こえないように少々下世話な会話をしながら各自家路に戻って行った。

エリカが門で待っていると、エンジン音が直ぐに聞こえてきた。すぐ前に付けた芺がエリカにヘルメットと上着を手渡す。彼女はそれを受け取ると芺の後ろにちょこんと座り、彼の腰に手を回した。

 

「……ちゃんと捕まっておけよ」

 

芺は妙な気恥しさを覚えながらも機体を発進させた。乗る事は余りないが随分と綺麗に整備されているように感じる。確か門下生の一人にバイク好きがいた事を思いながら芺はバイクを走らせていた。信号待ちの時に一言二言程度言葉を交わしながら芺とエリカは夜の街を走り去っていく。

柳生家と千葉家はそこまで離れているわけでもないため、体感的にはすぐに着いたと言っても過言ではないだろう。芺は千葉家の門の前でバイクを止め、ヘルメットを脱いだ。

 

「着いたぞ?」

 

着いたことに気づいていなかったのかバイクを走らせている時の体勢のままだったエリカに声をかける。エリカが降りたタイミングで芺も降り、一応入口までは送って行くことにした。遅くなったのはこちらの責任なので謝罪の意味も込めている。門付近まで行くと何度か顔を見た事のあるような男が立っていた。恐らくいわゆる『エリカ親衛隊』の一人だった気がする。

 

「お嬢様!ようやくお帰りになられましたか……して、もしや貴方様は」

「すみません。遅くなってしまったのはこちらの責任です。どうか彼女を叱らないであげてください」

「い、いえ!事情はお聞きしておりましたので!次期当主殿もわざわざご足労頂いてしまい申し訳ありません」

「千葉のご令嬢に何かあっては私も困りますから。では、確かに」

「はいっ!」

 

他家の次期当主に対して警察仕込みの敬礼をビシッと決める親衛隊の一人。かなりエリカに()()られているなと芺は同情に似た感情を抱いた。芺は確かに千葉のご令嬢を送り届け、その場を後にする。

 

「じゃあエリカ、またな」

「はい。おやすみなさい、芺さん。また手合わせして下さいね」

「もちろんだ」

 

芺はそう言い残してすぐに見えなくなってしまった。程なくしてバイクの発進音が聞こえる。

芺を見送ったエリカはどこか弾むような調子で家に戻った。

 

「おぉ?エリカ、夜遊びかぁ?」

 

家に帰ったエリカに真っ先に声をかけたのは兄の寿和だった。エリカは彼を疎んでいるが。寿和は何かと気にかけていた。どちらかというとちょっかいをかけてばっかりだったが。寿和も棘のある言葉が帰ってくる事を分かって遊んでいるのである。

 

「そうよ。悪い?」

「……え」

 

言葉自体は無愛想だが、今のエリカは普段とは違い、寿和を鼻で笑ってそのまま鼻歌を歌いながら部屋に戻って行った。本来なら罵詈雑言の一つや二つくらいは飛んできそうだったために寿和は拍子抜けしていた。

 

「明日は槍でも降るのかねぇ……」

 

そう呟いて寿和も赤い髪の頭をポリポリかきながら自室に戻って行った。




ご無沙汰してしまいました。伊調です。幕間を急に増やしてしまって申し訳ありません。筆が乗ってしまってこのまま供養するには惜しかったもので、完全にこちらの趣味全開の勝手なものてす。御容赦を……

次は本編を更新しますので、ご安心ください。それでは


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横浜騒乱編 第三十一話

九校戦が終了し、二日と経たない頃に独立魔装大隊の藤林の元へ一通のメールが届いた。それだけなら特筆すべき点もないのだが、そこには差出人の名は無く、魔法を使用したハッキングスキルを得意とし、『電子の魔女』という二つ名を持つ藤林に差出人不明のメールを送り付けるとは中々に挑戦的だという印象を彼女は受ける。藤林はウイルスの類を警戒して開封せずにメールを調べた。が、どうやらそういった工作とは無縁の物らしい。彼女は意を決してメールを開いた。

その内容は彼女には理解し難いもので、とりあえず上官の風間に指示を仰ぐことにした。そのメールの解析を進めていると、彼女はメールの出処を突き止めることに成功した。彼女の腕ならしばらく解析すれば分かる程度に情報が隠されていた。だがその内容は──

 

(『幻より』……私をおちょくっているのかしら)

 

彼女に心当たりのある幻と名乗る人物と言えば一人しかいなかった。

 

───

 

九校戦も過去の事となった十月の初旬。第一高校では組織の人員の交代が行われた。三年生が第一線から身を引き、新しく二年生と一年生が組織を運営していくのだ。生徒会では元書記の中条あずさが会長となり、副会長には司波深雪が就任。会計には五十里、書記にはほのかすが新しく加入した。

そしてメンバーの交代は風紀委員会も同様に行われる。これは交代が行われる少し前──九月頃の出来事である。

 

「本当に私が委員長でいいんですか?」

 

千代田花音は目の前の二人の風紀委員に向かって尋ねた。

 

「ああ。なんの為に急ピッチで根回ししたと思っている」

「でも、本来なら芺君がなるべきじゃ……」

「私も最初はそのつもりだったんだが……どうしてもコイツが首を縦に振らなくてな」

 

摩利は不服そうな顔で芺を親指で指す。当の本人は意に介さずと言った調子で弁明を始めた。

 

「俺は組織のトップに立つような器じゃありませんから。自分は使われる方が性に合ってます」

「まさか責任を逃れたいだけじゃないだろうな」

「……それは決して」

 

一応、芺のここまでのセリフは半分彼の本音である。そう、半分。少々置いてきぼり気味になった千代田が口を挟む。

 

「じ、じゃあなんで経験もない私が?」

「芺の推薦半分。私の推薦半分って形だな。この男と来たら経験の浅い花音に引き継がせるためにコソコソと資料も作っていたんだぞ」

「よくそんな暇があったわね……」

「その節は達也君に世話になった。彼の手際の良さは脅威と評する他にない。さすがは達也君だ」

 

芺はそう言いながら引き継ぎの際に役に立つ資料を千代田に手渡す。活動内容等が記された中々に分厚い資料だったが、芺が渡すタイミングで“読めよ”と念押ししておいたので大丈夫だろう。それでもダメなら五十里に頼むつもりだった。

 

「まぁ、今日はこんな所にしておくか。花音、来月に正式な引き継ぎを行う。改めて頼んだぞ」

「は、はい!精一杯務めます!」

「俺も副風紀委員長として可能な限りのサポートを行う。よろしく頼むぞ、委員長」

「き、気が早いわよ。全く……」

 

摩利は新体制となる風紀委員会に少々不安を抱いていたが、この二人を見ている内にその不安も薄れてきたようだった。

───

 

その日の放課後。部活動を休み、風紀委員会を早めに抜けて下校した芺は街中のとあるホテルの一室に招かれていた。目的地に辿り着くためのエレベーターを探してキョロキョロしていると芺は受付に一瞬止められそうになったが、向こうが顔を確認したのか頭を下げて道を開けてくれた。どうやら顔は伝えてあるようだ。

エレベーターの探索に戻ると、一人の若い女性が話しかけてきた。もっとも、ホテルの従業員ではなかったのだが。

 

「芺君。今日は来てくれて感謝するわ。案内するわね」

「お願いします」

 

芺は小さく頭を下げて案内に応じる。今日芺がここを訪れたのは、この藤林が所属する部隊、国防陸軍第101旅団が九校戦の折に彼に協力を求めてきたからである。国防軍が一高校生に協力を求めるなど常識を逸脱している。しかしそのために芺も興味を惹かれてここに来たのだ。どんな理由と条件なのか、それ次第では個人的に力添えをしても構わないと思っていた。

 

「こちらです」

 

丁寧な言葉遣いに戻した藤林がドアを開ける。そこには老練な男性が座っていた。軍歴が長いのか焼けた顔をしているが、年齢の衰えを感じさせない風貌だった。そしてその気配から芺はこの男の実力を肌で理解する。加えて、芺はこの男を知っていた。

 

(これがあの『大天狗』か。『電子の魔女』や柳さんの上官なのも頷ける)

 

「一応、初めましてになるな。国防陸軍第101旅団 独立魔装大隊所属の風間玄信だ。よろしく」

「お初にお目にかかります。柳生家が次期当主、柳生 芺と申します。こちらこそ」

 

その挨拶に藤林は少し驚いた様子を見せた。

独立魔装大隊(そこ)まで言うのかという顔だ。だが一般人相手にこの所属を言ったところで不思議な名前だという印象くらいしか与えないだろうとも考え、口を挟む事はしなかった。風間はこれから協力してもらう部隊の名前を告げておきたかったのかもしれない。

一方、芺は何かに納得したような表情を見せながらも幼少の頃から叩き込まれた礼儀作法に則って頭を下げ、差し出された手を握り返した。

 

「君の噂はよく聞いているよ。九校戦では大活躍だったな」

「身に余るお言葉です。……風間殿は過去に父上とご関係がおありだったとか」

「ああ、実は少しばかり君の父上に世話になってな。柳を軍に引き入れたのもその縁だ」

 

彼が言う通り柳連は元は柳生家に連なる家の生まれであり、彼も新陰流を修めていた。彼は新陰流の極意である心技において構えをなくし、攻めと守りを一つにした『無形の位』。それに通ずる『転』を会得し、それを自らの代名詞とした。彼の『転』のキレは芺をも上回っている。

 

「そうでしたか。話の腰を折るようで恐縮ですが、本日はどのようなご要件で?」

 

芺は本題に入るために分かりきった問いを投げる。風間もその気だったようですぐに話を始めた。

 

「もう大方予想していると思うが、君には我々国防陸軍第101旅団 独立魔装大隊に水面下で協力してもらいたい。君も色々と事情はあるだろうから、表立っての力添えは望まない。話は通してあるから、籍を作るのにも手間はかけさせないつもりだ」

「理由をお教え願えますか」

「理由……というと」

 

芺の短くシンプルな問いかけに風間は思わず反復するだけになってしまう。

 

「何故、貴方達は私個人に協力を申し出ているのでしょうか。そちらの少尉殿が私の手助けをしていた理由についてもお聞かせ願いたい」

「私が貴方に協力したのは先日伝えた事が真実です。この交渉の為に恩を売っていた。ただそれだけです」

 

その言葉に芺は興味を惹かれてしまった。

 

「交渉……ですか」

「当然です。何も無しに協力してくれ、とは口が裂けても言えません」

「その通り。我々は新開発された装備のテスト運用を担う部隊でもある。君が望むならその装備や……もちろん藤林君の諜報力も君に大きな力を与えるだろう。おまけに優秀な技術者も揃っているから、君の望むCADや装備を作成する事も可能かもしれない」

 

芺は思案する。正直に言ってありがたい話ではあった。協力という対価に対して最新鋭のCADに『電子の魔女』の諜報力だけでもお釣りが来る程なのだ。リスクと報酬を天秤にかける芺の姿を悩んでいるように見えたのか、風間はこの交渉における切り札を出した。彼はとある暗号─芺にとって意味のある数字─がプリントされた紙を差し出す。

 

 

 

 

 

 

 

「我々はこの暗号と君の関係を知っている。どうだい?悪い話では無いだろう」

 

少し脱線するが、この切り札は藤林に向けて送られたメッセージに内包されていたものである。

『電子の魔女』に対して送られてきたその()()のメールは怪しさ満点で半信半疑ではあったが、ここまでの好感触と藤林の解析から問題無いと判断した。彼らはその暗号と芺の関係は知らなかったものの、ここでブラフをかける。そして文字通り、この言葉が決め手となった。

 

「何のお話でしょう」

「信頼出来る筋からの情報だ。改めて、どうかね」

 

協力の具体的な内容を尋ねようとしていた芺は、風間の言い放った言葉に一気に意識を持っていかれた。風間は自分達の諜報力をダメ押しとしてプレゼンすると共に、ブラフである事を悟られないように自信満々に言い放つ。伊達に歳と経験を積んでいない彼の態度は嘘をついているという事実を微塵も感じさせなかった。この交渉は両成敗だった。嘘を見抜けなかった芺と()()()()()()()()風間の。

 

「なるほど。貴方達の諜報力を侮っていました。その力をお貸しいただけるならそれはとても喜ばしい事です」

「そうか……!ならこれに」

「ただ……そこまで分かっていて私に協力を申し出るとは、些か愚かだと言わざるを得ません」

「……どういう事だ」

 

書類を取り出した風間が予想だにしていなかった返答と芺の一変した態度に思わず出た台詞が失策だった事に気付くのに時間はかからなかった。“どういう事だ”と発したという事は自らの切り出した暗号について知らないという事実を述べている事と同義なのである。

 

「独立魔装大隊……十師族に頼らない。反十師族として設立された部隊ですね」

 

場が凍りつく。独立魔装大隊の名前を出したのは風間だが、その設立の背景を知られているという事は、既に彼に情報が漏れていたという事だった。

 

「貴方達があの数字を知っていた事と同じです。そして先程の問への答えですが、先程申しあげた通りです。そこまで知っていて私に協力してくれなどと……からかわれているのかと思いましたが、どうやらそれさえ疑わしい」

 

酷く冷徹な目線を風間に向けて芺は続ける。風間はその目線にどこか既視感を覚えたが、それが何なのかまで思考が至らなかった。

 

「私は貴方達に助力する事は致しません。公的な手順を踏めばその限りではありませんが、この先個人的にお力添えをする事は無いと思ってもらって結構です」

 

そう冷たく言い放って芺は立ち上がる。藤林の制止を振り切って彼は一言“失礼しました”とだけ述べて帰って行った。

 

「……すみません。私がいかにも怪しいメールを受け取ったばかりに」

「いや。あのメールを信じ切った私に落ち度がある。それにあのメールには交渉が成功する、とは一言も書いていなかったろう」

 

藤林はそこでメールの文章を思い出す。確かに()()()()()()()と書かれていた。文字通りの結果になったわけだ。悪い方向にではあるが。そのメールの内容はこうだ。

 

“柳生家の次期当主に擦り寄るなら、『二*十六』という暗号を出すといい。それが君達の交渉の決め手となるだろう”

 

「しかし……何故彼女がこんな真似を……」

「差出人は『ミズ・ファントム』ではなかったのかね」

「……本人に聞いてみるしかありません。近々直接聞き出してきます」

 

なんとも言えない空気感の二人は同時に溜息をついてこの部屋を後にした。

 

───

 

美味しい取引を逃す結果となった芺は少し俯き気味で考え込みながら歩いていた。芺が見抜けなかったのは風間の“信頼出来る情報筋”についてのみだ。彼の態度はその情報を流した主が信頼出来ないという事については少しも匂わせなかった。

しかし芺には風間達にあの情報を流したのが誰か、おおよその見当がついていた。元々知る人間さえ少ない情報のため、自ずと絞られてくるのだ。そして芺はなぜ故意に情報を漏らしたのか、それに加え情報を漏洩をさせた彼女の思惑にもアタリをつけていた。先程はそのご意向を汲んでかなり失礼にも取れる態度で退席したのだ。

 

(勝手に国防軍に接触するなという事か。お陰で藤林さんたちへの心象は最悪だろうな)

 

芺はしばらくは『電子の魔女』という素晴らしい諜報力に頼れない事に辟易しながらもゆっくりと帰路に着いた。




伊調です。
活動報告にスランプと書いてすぐに投稿するのは気が引けましたが、私はこれ以上31話に留まり続けて時間をかける事があまり良い気がしなかったので、ここで踏ん切りをつけ、大変お見苦しい内容での投稿を思い切りました。断腸の思いというものはこういったものを言うのだと一つ勉強になりました。
いずれこの物語がどこかで区切りを迎えたのなら、その際に可能な限りの改修を行いたいと思います。
伊調でした。


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第三十二話

「風紀委員だ。事情を聞く。全員大人しくしてもらおう」

 

新しくトップに千代田花音を迎え、新体制となった風紀委員会はしっかりとその役目を果たし続けていた。彗星の如く現れた千代田がそのまま風紀委員長のポストに座った事に対し、外部から何件かの問い合わせがあったがそれも落ち着き、一般生徒にもやっとその事実が浸透し始めていた。

時間が経つに連れて“柳生 芺は副風紀委員長”というイメージがしっかりと根付いていたのかもしれない。そんな彼も九校戦を経て内外の評価を伸ばし、風紀委員会の力はそんな芺と二年生の中でも五本の指に入る実力を持つ沢木、何だかんだ努力家でそれに見合う成果を出す森崎、そして内外からの評価は言わずもがな上級生からの信頼も厚い達也という面々が残ったお陰で、摩利や辰巳の抜けた穴を埋める事が出来ていた。

そして十月。九校戦が『武』の祭典とするならば、『知』の祭典である論文コンペティションの開催が迫っていた。その発表に携わる人間には必ず護衛が付けられ、芺も“ボディーガードは本業だろう?”とその一員に加えられる運びとなった。

そして達也も護衛に……ではなく、彼は欠員が出た論文コンペの発表者の代役に選ばれ、護衛される側になってしまった。元は平河小春という生徒が市原、五十里と共に発表する予定だったのだが、不幸にも事故に遭い全治二週間、最低でも五日は絶対安静という自体に陥ってしまったのだ。あと一週間である程度完成系にまで持っていかなければならない状況で復帰を待っていては間に合わない。そこで達也に白羽の矢が立ったのだった。達也も自らが研究を進める分野と密接な関係があることからそれを了承し、ここに新たな論文コンペティション発表チームが結成された。

 

───

 

達也がクラッカーによるハッキング被害を受けた翌日。彼は『ミズ・ファントム』こと小野遥に密入国事件が相次いでいるという情報を聞き出した後、同じく論文コンペティションのメンバーである五十里に同様の被害を受けていないか確認していた。どうやら五十里はそういった攻撃は受けていないようで、ひとまず安心といったところだった。

彼らが会話を続けているとその一室の扉が勢いよく開け放たれる。

 

「おっ待たせー!啓〜!」

 

満面の笑みで部屋に現れたと思えば五十里に抱きついたその女子生徒の名は、新風紀委員長に就任した千代田花音だ。それと共に現れたのは元風紀委員長の摩利、そして副風紀委員長の任を継続している芺だった。

 

「達也君、久しぶりだね」

「待たせて悪いな、啓」

「お久しぶりです」

「ううん……大丈夫」

 

風紀委員会を引退した摩利と現職の達也は、学年も離れているため顔を合わせるのはしばらくぶりだった。五十里も顔を擦り寄せてくる千代田を制しながら言葉を返す。

 

「それで、今日は何のご用ですか?」

「実は、論文コンペの警備の相談なんだ」

「警備……?もしかして風紀委員会が警備を担うのですか?」

「警備と言っても、会場の警備ではないよ。そっちは魔法協会がプロを手配する」

 

摩利はそう言って芺の方を見やる。今回の論文コンペティションにあたり柳生家にも警備の要請が出ていたのだ。彼らはそういった仕事にも駆り出される事がしばしばある。

 

「達也君に相談したいのはチームメンバーの身辺警護とプレゼン用の機器と資料の見張り番だ。論文コンペは貴重な資料が使われるからな。そのおかげでコンペの参加メンバーが産学スパイ共の標的になった事例も過去にある」

「例えば、ホームサーバーをクラックするとかですか」

 

芺は確認するように摩利の方を見る。彼自身にそんな心当たりは無いが、暗に“知っていますか?”と聞いているようだった。

 

「いや、そんな大それた真似をしでかした例は聞いたことが無い。むしろ警戒すべきは置き引きやひったくりだ。当校からも無論、護衛をつける。護衛するメンバーは毎年、風紀委員と部活連執行部から選ばれるが……具体的に誰が誰をガードするかは当人の意思が尊重される」

 

それも無理のないことだった。護衛と言うからには可能な限り付きっきりで過ごさねばならないのだ。プライバシーの観点からしても当然の処置と言えるだろう。

 

「して、達也君。問題は君の護衛なんだが……」

「必要ありませんよ」

「ま、そうだろうな」

 

達也は自分の実力を鑑みて驕りの欠片もない様子で言い放つ。それに対して不快感を抱く者はおらず、摩利も分かっていたのか呆れたようにフッと笑う。

 

「啓はー、私が守るから!」

「摩利さん、今からでも護衛対象の変更は可能でしょうか」

「達也君はこの調子だし、市原には服部と桐原が付いている。貴君は命令を果たせ」

 

摩利は芝居のがかった様子で芺の要望を却下する。その表情は笑顔満開だった。

達也はあのラブラブ許嫁コンビの間に挟まれる事になった芺に僅かな同情を抱いていた。

 

───

 

その日の帰り、芺は珍しく達也達一年生と帰路を同じくしていた。それも五十里が買い出しの関係で達也達と同じ方向に帰るためであり、護衛の彼は必然的にそれに着いていく事が求められるのだ。

 

「あ、芺君。それくらい僕が持つよ」

「いや、構わん。元々少し邪魔なくらいだからな。お前は一つ大きな荷物を背負ってるんだから、これくらいはやらせてくれ」

「はぁ〜!?何を〜!」

「ん?誰も千代田の事とは言ってないぞ」

 

千代田に対しては割と容赦のない(今回は千代田の自爆)芺とのやり取りを微笑ましく見ながら彼らは店を出る。そこで達也と千代田の手を抑える芺の二人ははこちらを見据える邪な視線を感じた。

 

「どうやら、こちらを監視している輩がいるな」

「そのようですね」

「監視!?スパイなの!?」

 

千代田が強い口調で訊ねる。彼女は一瞬監視者の方を向いた二人の目線の先を追い、そこに自らの纏う制服と同じ物を着ている女子生徒を発見した。

そして芺が制止する前に

 

「千代田、待……」

「待て!!」

 

こっそり尾行する気だった芺は“しまった”という顔をしながら千代田を見送る。残った理由は可能性は低いがこちらを監視していた生徒を囮に本隊が攻めてこられてはボディーガードの本分が果たせないためだ。

こちらを監視していた生徒はバレたと分かると一目散に走り出し、追いかけてきた千代田目掛けて閃光弾を投げ、スクーターに乗り込む。そしてすぐにアクセルを捻るがそれと背反するように車体は微動だにしなかった。いつの間にかタイヤに魔法が作用しており、その魔法はタイヤと地面の摩擦力を近似的に0にするものだった。一見地味な魔法だが、高等な技術が求められる魔法であり、五十里だからこそ咄嗟に使用できたといっても過言ではない。『伸地迷路(ロード・エクステンション)』と呼ばれるその魔法はジャイロ力を増幅する魔法も併用されており、監視していた生徒が乗っていたスクーターは倒れることも出来なかった。

逃げる“脚”を失った監視者を引っ捕らえてやろうと千代田が近付く。相手側からすれば万事休すといった状況のはずだが、彼女に諦めた様子はない。突如としてスクーターの後輪辺りからロケットブースターの様な物が現れ、その爆発的な─これは直喩である─スピードで五十里の魔法を無視してその車体は吹き飛ぶように発進した。その男心くすぐる仕掛けが施されていたスクーターは摩擦力を失っていたこともあって非常に速いスピードを記録し、すぐに彼らの視界から消えていった。

残されたのは髪がボサボサになった千代田だけだった。

 

───

 

達也が発表メンバーに加入して数日後、現在彼らは校庭で今回の論文コンペティションで使用するデモ機のテストを行っている。その装置は問題無く動作し、ギャラリー達も大盛り上がりだった。

芺も五十里の護衛のため、その場に同席し桐原や壬生と共に実験を見守っていた。実験も恙無く成功し、この場は無事にお開きかと思われたが……

 

「あの女……」

 

芺がポツリと呟く。その女子生徒は先日自分達を監視していた生徒で間違いなかった。顔は朧気だが、雰囲気を記憶していた彼は少しの時間をかけて確信に至る。

芺の呟きはこの喧騒の中では誰にも聞こえないような声量だったが、近くにいた壬生と桐原には聞こえたようだ。“どうかしたの?”と声が出る前に壬生の視界に見覚えのある機械を操作する女子生徒が目に入った。それは無線型のパスワードブレイカー、彼女はいち早く行動に出た。

 

「壬生、待……」

「桐原君、来て!」

 

壬生は桐原を連れてその女子生徒の元へ向かう。それに気付いた例の女子生徒は直ぐに逃げ出す。ただならぬ雰囲気を感じとったエリカとレオもその後に続いて行った。

誰にもバレないように誘導してこっそり捕らえようとしていた芺はまたも取り残され、護衛の任務を放棄した桐原の分も働くべく気付いていない振りをしていた。

 

───

 

どうやらあの女子生徒はすぐに捕まったらしい。帰ってきたエリカから聞いた内容ではレオがあの子に覆い被さって捕らえた事と彼女は保健室にいること。桐原と壬生、千代田もそこで話を聞いていて、件の女子生徒は催涙ガスを噴出させる矢を発射する武器も所持していたそうだ。

エリカから話を聞いた芺は現状の報告を五十里達に行い、とりあえずは実験を続けてくれと伝えた。芺がそのまま半分興味本位で実験の成り行きを見守っていると、彼にとって先輩にあたる男子生徒がエリカとレオに話しかけているようだった。珍しい組み合わせだな、と最初は思っていたが、到底穏やかな雰囲気とは言い難い様子が目に入る。彼は発表メンバーの集中を妨げる行為を阻止すべく動き出す……ところで千代田が帰還し、芺に状況説明を求めた。

 

「芺君、これはどういう状況なの」

「関本さんがエリカとレオ君に難癖をつけているようでな」

 

そこに余裕のない声が聞こえてくる。

 

「関本さん、その辺に……」

「うるさい、お前は作業に戻ってろ!大体さっきからなんだその態度は……部外者は引っ込んでろ!」

「えー、いいじゃーん。皆も見てるんだし」

 

千代田は明らかに疲れた様子で文句を言う。それも仕方ないことだった。

 

「はぁ……次から次へと」

「止めてくる」

 

芺は我らが委員長の心労を考慮し関本の元へ歩いていった。

 

「関本さん、どうかされましたか」

「柳生。いや、大したことじゃない。この二科生にうろちょろするなと注意していたところだ」

 

「二科生を“ウィード”と呼ばない程度には冷静さを残しているようだな」とは思っただけで口には出さず、芺はほんの少し呆れた口調で返す。

 

「一年生が後学のためにも実験を見学するのを止める理由はありません。それに、何か問題があれば我々護衛役が対処します」

「俺は風紀委員だが」

「論文コンペにおいては部活連や有志による警備隊が護衛や警備を務めます。ここは我々に任せてもらえませんか。二人も、今日は帰った方がいい。少々悪目立ちしすぎだ。ここは俺の顔を立ててくれないか」

 

芺がそう言うとエリカは素直に……ニヤニヤとはしていたが、“はーい”と返事をしてレオと共に帰路についた。

関本も睨みをきかせる芺がいるためかその場から退散し、千代田の端末に保健室からあの女子生徒が起きたという連絡を受けてその場に向かっていった。五十里も同行するようなので、芺も達也達に確認を取ってから彼らの後を追った。

 

───

 

その後保健室で彼女……平河千秋から事情を聞いた。芺はちょっとした“ズル”を使い千秋から本音を聞き出すことに成功していた。彼女はどうやら同じ二科生でありながらも魔法理論も実績も自らを凌ぐ達也にひどい嫉妬と敵愾心を抱いているようであり、今回の件も単なる嫌がらせだそうだ。なんとも拍子抜けの話だったが、気になる点が一つ。彼女に装備を提供した人物を尋ねるとかなり顔色が悪くなり、大事を見て保健室の安宿先生から質問は後日と言い渡された。芺は今日中に全て聞き出しておきたかったが、無理に言わせて何かあってはこちらの立場が悪くなるため今回は引き下がることにした。

 

その日の夕刻、芺は九重八雲に呼び出され九重寺に足を運んでいた。毎度恒例となった門徒達の襲撃を全て返り討ちにすると、奥から彼を呼び出した坊主が現れる。

 

「いやぁ、君は見る度に成長が見られて僕は嬉しいよ」

 

八雲はそう言いながら構えを取る芺に手のひらを見せて戦う意思はないということを伝える。どうやらそこそこに重要な話題のようだ。芺は本堂の一室に招かれ、八雲はそこで結界を構築する。やり過ぎに見えないこともないがそれに越したことはない。

 

「突然呼び出してすまないね」

「いえ、何かあればお知らせくださいと頼んだのは自分ですから。……して、何か」

 

芺は八雲に何か自分達の身に危険が及ぶ可能性があれば教えてくれ、という旨の依頼をしていた。もちろん()()ついたが迫る危険に対しては可能な限り早く対策が打てるのなら彼にとっては安いものだった。

 

「最近、気になる事は無いかい?」

「……第一高校の周りを見慣れない精霊がうろついているのを見かけます。直接的に何か仕掛ける様子はありませんが、ずっと監視されているような感覚を覚えました」

 

芺の言う通り、最近になって見慣れない精霊が第一高校の周辺を飛んでいるのをよく見かけた。それは彼だけではなく、八雲や美月も気づいていたことだった。しかし芺ではどうする事も出来ないため、歯痒い思いをしていたところだった。

 

「恐らくそれに関連する事なんだけど、最近密入国事件が相次いでいてね」

「まさか……他国の部隊ということですか?論文コンペも控えているというのに」

 

芺は恨み半分呆れ半分といった様子で語る。八雲も芺の指摘に無言で答えを示した。

 

「うん、論文コンペが標的になる可能性もある。それなりの()()は覚悟しておきたまえ」

「……分かりました。ご忠告、感謝します。それで、どこまで調べがついておいでですか」

「残念だが、どこの国の者達なのかしか僕も分かっていなくてね」

「それだけでも対策にはなり得ます」

 

八雲は細い目を見開いた。

 

「……大亜連合だよ。君もよく知っているね」

「はい……事に当たる際には()()を警戒しなければなりませんか」

「ああ。その通りだ。十分に気を付けるんだよ」

 

芺は深く頭を下げて九重寺を後にする。それを見送った八雲は空を見上げ、剃髪した頭をポンと叩いた。

 

「ちょっとアドバイスしすぎちゃったかなぁ……僕も焼きが回ったね」



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第三十三話

十月二十二日……第一高校の野外演習場において論文コンペティション会場の警備隊の士気を上げるための訓練が行われていた。しかし……

 

『ぐあぁ!』

 

テントでその様子を観戦する摩利と真由美の耳に今日何度目か分からない生徒の倒れる声が聞こえてくる。訓練の内容は『警備隊VS十文字克人』というものであり、十文字がもしただの生徒なら勝負にならず全く訓練にならないが、今回は逆の意味で勝負にならずに余り訓練になっているように見えなかった。

 

「十文字君……警備隊の士気を上げるつもりなんだろうけど……かえって自信をなくしちゃわないかしら」

「今のうちに後輩を絞っておきたいんだろう。今回あいつは警備隊総隊長だからな……もう七人やられたか」

 

 

「残ってるのは芺と……コイツは……」

 

かなりの人数が参加する警備隊だが、残ったのはこの訓練に助っ人として呼ばれていた芺と幹比古だけだった。

幹比古は地脈を通じて精霊を感知し、十文字の動きを探る。そして……

 

「!!」

 

突如として十文字に精霊魔法による雷撃が降り注ぐ。十文字も残っているメンバーが誰かは理解しているため、すぐに術者が誰なのかという思考に至った。

雷撃を『ファランクス』で難なく凌いだ十文字の背後から弾丸の様な速度で男が肉薄する。その生徒はもちろん柳生芺であり、十文字もすぐに対応するつもりだった。

 

(三……二……一……ここだ!)

 

十文字に雷撃が降り注いだコンマ数秒後、十文字の足下の地面に亀裂が入り、大爆発を起こした。演習場に生えている背の高い木々よりも高く土が舞い上がるほどの威力を持つ魔法だったが、問題はそこではない。その爆発に十文字は足下の防御を余儀なくされる。

この爆発は雷撃とほんの一瞬タイミングがずらされて使用されていた上、魔法の連続使用にしては早すぎる切り替えに加え威力が高すぎるように思えた。しかしその謎に対しては頭を回す程の余裕は、今は無い。芺は伸縮刀剣型CADを振るった。

 

『残念だが、その程度ではまだ俺は破れない』

 

いつの間にか立ち上がって観戦していた摩利と真由美達がいるテントに画面越しの十文字の声が聞こえた。二人は一寸の希望─十文字の打倒の可能性─を垣間見たが、それはすぐに泡沫へと消えた。

芺の刃は十文字が展開した楕円形のドーム状『ファランクス』に防がれていた。反動を魔法で軽減した芺はすぐに森林へと退却するが、この気を逃し、残る吉田と芺では十文字を倒せそうもなかった。

 

「すまん、幹比古君。しくじった」

「いえ……僕の術式の威力がもう少し高ければ……」

 

テントでその時間にして数秒の攻防を見ていた真由美と摩利は先程使用された魔法についての違和感を口にしていた。いや、もうほとんど答えは分かっていたのだが。

 

「あの精霊魔法の連続使用……どう思う」

「多分最初の雷は芺君のものでしょうね。じゃないとあれは吉田君の優秀な魔法力を考慮してもあの威力の魔法の連続使用は不可能なはずよ」

 

彼女の分析は概ね正解だった。最初に十文字を襲った雷撃はいわゆる芺の『雷童子』もどきであり、幹比古が放ったのは地面を爆発させた魔法だけである。この魔法は地雷を自分のタイミングで爆破させるような魔法のため、対象がその上を通る絶妙のタイミングで発動させなければならない。そのため吉田が魔法の連続使用をしていないという点は正解だが、他の魔法ならそれを可能にするだけの能力が幹比古にはあるということはここに明記しておく。

 

───

訓練が終わり、警備隊に参加した生徒は道場で引き続き訓練を続けていた。

 

「吉田君、今日は手伝ってくれて感謝するよ」

「いえ、十文字先輩の練習相手でしたらいつでも呼んでください」

「にしても、君は入学した時とは見違えたね」

 

第一高校屈指の実力者でもある沢木は、同輩である芺から幹比古の実力について話を聞いたことがあった。それもあって彼は他の名も知らぬ一年生よりかは気にかけていたのだが、入学当時の自信の無さげな様子とは打って変わって、それを克服し存分に実力を発揮している幹比古の事を評価していた。

 

「そんな……!ありがとうございます。それで、芺先輩はいらっしゃらないんですか?」

 

褒められた幹比古は恥ずかしかったのかすぐに話題を変える。

 

「ああ、彼なら“急いでいるから”ってどこかへ向かっていったよ。全く、少しくらい休んで欲しいのだけどね」

「そうですね……」

 

その後幹比古には美月との『不幸な出来事(超ラッキーイベント)』があったのだが、それは彼の名誉の為にもここには記述しない事とする。

 

───

 

第一高校の風紀委員会に所属する三年生、関本勲はロボ研の所持する施設に向かっていた。目的は……論文コンペティションの研究成果を盗む事だ。既に中にいた人間は催眠ガスで眠らせておいた。後は盗み出すだけだった。

彼は中に入ると端末に突っ伏す男を発見する。

 

「……司波、おい司波!眠っているのか」

 

彼はガスが問題なく機能したことを確認し、持ってきていたハッキング用の端末に接続した。その瞬間、暗かったロボ研の施設に明かりが点る。

 

「何をしてるんですか?」

「!?」

 

関本は間抜けな顔を晒す。そこに居たのは彼にとって風紀委員会の後輩にあたる千代田と柳生だった。呆れた顔をする千代田に対し芺は汚物を見るかのような冷ややかな視線を向けている。

 

「……まさか、関本先輩が産学スパイとは」

「関本勲。強盗の現行犯だ。大人しくご同行願おう」

「人聞きが悪いぞお前ら!僕はバックアップを取ろうしていただけだ!」

「ハッキングツールでですか?ありえないよね……司波君」

「馬鹿な!?ガスが効いていないのか!?」

 

関本が振り向くとガスで眠っていたはずの達也が起き上がっている。もう彼に逃げ場は無かった。

 

「関本勲!CADを外して床に置きなさい!」

「ち、千代田ーーーー!!」

 

関本は敵の名前を叫びながら風紀委員会には携行を許されているCADを操作する。しかし

 

「ごはぁ!」

 

彼がCADを操作し終わるより早く、芺が魔法を使わずに関本に接近し彼の鳩尾に痛烈な肘打ちを決めた。その身体的な技術だけで構成されているはずの一撃は、一介の男子高校生の意識を刈り取るには十分すぎる威力を保持していた。

 

「やり過ぎじゃない?」

「後遺症は無さそうですから、大丈夫ですね」

 

関本が倒れるその光景に別の方面への心配を抱いた千代田を達也は持ち前の『眼』を持ってフォローする。実の所二人とも芺が力加減を失敗するとは思っていなかったが、余りに関本が何の抵抗もしなかったため、とても綺麗に()()()事に対して咄嗟に出た心配だった。

その後、当然だが関本勲は犯罪者として収監される運びとなった。しかし、まだ事件は終わらない。

 

───

 

「摩利さん、関本勲が収監された鑑別所に襲撃があったとは本当ですか」

 

芺に風紀委員会本部へ呼び出された摩利は質問攻めに遭っていた。どこから嗅ぎ付けたかは不明だが、どうやら襲撃の件を知っていたらしい。芺相手なら隠す必要も無いか、と摩利も口を開いた。

 

「その通りだ。『人食い虎』とも称される呂 剛虎《リュウ カンフゥ》という男だった。……実は、平河の妹の病院にも奴が現れてな。その時はシュウがいたから何とかなったものの……」

「修次さんが仕留めきれなかったという事ですか」

 

芺は何度か千葉道場を訪れた事がある。それに柳生家は千葉家とは同じ剣術家として交流も絶えず行っており、定期的に新陰流の道場から門下生が千葉家の道場を訪問している。その逆も然りだ。そして、浅くない関わりがある千葉家の次兄である千葉修次の事も芺はよく知っていた。何なら手合わせした事もあるが、戦績は芳しくない。彼は『幻影刀(イリュージョン・ブレード)』の異名で呼ばれ、あの『人食い虎』とどちらが強いか議論される程だ。それに彼は三m以内の間合いなら世界で十指に入る達人との噂もある。そんな彼が仕留め損ねたというなら、かの『人食い虎』の実力は確かなのだろう。

 

「……そうだ。病院でシュウが呂 剛虎に深手を負わせてなければ鑑別所でも危なかったかもしれない」

「そこまでの使い手が……しかし、捕まったのならひとまずは安心ですね」

「全くだ。脱走でもされたらおちおち論文コンペなどやってられんよ」

 

芺は何か嫌な予感を覚えながらも摩利を解放する。それにこれでまだ事件が解決したとも思えなかった。八雲の言葉通り、論文コンペティションの当日に必ず何かが起こる。そんな言いようのない不安感を拭いきれず、芺は呂 剛虎という武人への思考に変えた。先程述べた通り芺は千葉修次とは手合わせをしたり自らの戦闘論を交換する程度には交流があった。実は芺が使う魔法の一つも彼から教えて貰ったものだ(もちろん千葉流剣術ではない)。そのお返しに芺は八極拳の技術を軽く教えたりもしていた。

修次は各方面の技術を高精度に吸収し、『千葉の麒麟児』とも呼ばれる強さを手にしている。そんな彼と実力を比べられる男に、芺は心のどこか奥底で、一人の武人として興味を抱かずにはいられなかった。しかし一つ心残りを述べるなら、呂 剛虎はもう既に獄中の身ということだけだろう。それも身内に危険が及ばないと考えれば何百倍もマシではあるのだが。

 

(もし、大亜連合がその日に何かアクションを起こすのであれば……『鬼灯』を持ってきてもらうか)

 

帰宅した芺は論文コンペティションの会場にプロとして招集を受けた新陰流の人間にメッセージを送っていた。

───

 

十月三十日……論文コンペティションの当日となった。警備隊である芺も朝早くから会場入りし、警備にあたっていた。会場では警備隊のリーダーは第一高校の十文字だが、共同警備隊として各校の有志が巡回を始めていた。

 

「十三束」

「あ、芺先輩!おはようございます!」

 

芺は同じ部活に所属する後輩の姿を見つけると声をかけた。芺は十三束を中々に気に入っており、部活内でも特に可愛がっていた。色々な意味で。その理由はもちろん彼が芺も驚くようなタイプの魔法師であり、近接格闘の腕も一年生の中でも一、二を争う実力を備えているからだ。十三束本人も芺に憧れているということもある。二人は理想の先輩後輩像とも言えるだろう。

 

「おはよう。今日はお互い警備隊として頑張ろう。して、君は確か……」

 

芺は十三束と恐らくペアで警備にあたると思しき生徒を見つめる。赤い制服に赤い髪。とてつもない魔法力を秘めた彼が誰なのか。魔法師の間では知らない人の方が少ないだろう。芺もそっちの方で思い出したのだが、当の本人はセリフの前半部分を強調するようにこう言った。

 

「第三高校一年の一条将輝です。今日はよろしくお願いします」

「……これは失礼をした。第一高校二年の柳生 芺だ。十三束は使える奴だから、良くしてやってくれ。無いことを祈るが、有事の際は頼りにしている」

 

十師族『一条』の次期当主。『クリムゾン・プリンス』の異名を持つ一条将輝も警備隊に参加しているようだった。そしてどうやら彼はその十師族の跡取りとして扱われる事を避けたかったらしい。

一通りの社交辞令を述べてから、二人はただの先輩後輩として会話を続けた。基本的に九校戦の話題だったが。

 

「先輩の事はジョージ……吉祥寺から聞きました。アイツ、『不可視の弾丸』を使われた事に驚いていましたよ」

「彼に名前を覚えてもらえているとは光栄だな。一人の魔法師として尊敬していると伝えてくれ。それと、衆目の前で『不可視の弾丸』の弱点を晒して悪かった。ともな」

 

その言葉に二人は笑みを零す。芺の言う通り『不可視の弾丸』には対象を視認しなければならならないという明確な弱点がある。弱点は隠したいものであることは言うまでもないだろう。しかし相手が使うのなら話は別だ。吉祥寺は第三高校の勝利のため『不可視の弾丸』の弱点を大衆の前で晒す事を余儀なくされた事から芺に対して好敵手に対する競争心の様なものを抱いていた。

 

「伝えておきます。来年度も同じ種目に出場されるおつもりですか?」

「競技種目の変更等といった特別な事情が無い限りはそうなるだろう。……もっとも、アイス・ピラーズ・ブレイクには出場したくはないが」

 

芺がこう語ったのも無理はないことだった。彼の目の前に佇む一条将輝はアイス・ピラーズ・ブレイクの新人戦において、殺傷性ランクの縛りを受けない状態で『爆裂』を使用し見事優勝をもぎ取った。その光景は十文字を何人たりとも寄せ付けない盾とするならば、一条は全ての敵を問答無用で貫く矛と言えるだろう。何故ならば一条は全ての試合を一発の魔法で終わらせていたのだから。試合開始と共に全ての氷柱が爆発する光景は彼が十師族の次期当主たる所以を見せつけられているようだった。

 

「楽しみにしています」

「お手やらわかにお願いしたいな」

 

不敵に笑う一条に芺も負けじと返す。こういった圧力はさすが『クリムゾン・プリンス』といった所かと芺は感嘆していた。ここで芺の端末が震える。どうやら新陰流の門徒からのようだ。

 

「すまない。自分はこれで失礼する。……二人とも、気は抜くなよ」

「……はい」

「は、はい!」

 

熟達した実力者同士が醸し出す雰囲気にあてられていた十三束もふと我に返り、一条も何か察したように頷く。芺も十師族の跡取り相手に態度が大きすぎたか心配だったが、一条の人となりを見る限りは大丈夫だろうと考えてその場を後にした。

その後彼は荷物を持ってきてくれた門徒と合流し、その荷物……芺が愛用する真剣の武装一体型デバイスを受け取った。剣帯を締め、真剣を携える。誰かに怪しまれれば武明のように“刃引きしている”と答えて何とか言いくるめれば問題ないだろう……と考えた芺は今後予想される展開に対応するため、このCADを持って来てもらうよう頼んでいたのだった。

黒い鞘に白い下緒。柄巻は白く、金色の鍔があしらわれたその刀は芺の愛用の武装一体型デバイス『鬼灯』だった。彼が依頼という形で個人的に請け合う任務の際もこのCADをよく使用しており、幾人もの血を啜ったこの刀は未だ輝きを放っている。

 

芺が『鬼灯』を受け取った同時刻、会場に来ていた『ミズ・ファントム』こと小野遥はとある女性に相席を余儀なくされていた。相手が相手なだけに断る事まで頭が回らなかったのだ。現れた女性……同じく諜報の世界で知らぬ者は無しとされる『電子の魔女』こと藤林は小野遥に一通りの忠告を行った後、少し不機嫌な様子で尋ねた。

 

「それで、先日私に『幻より』として差出人不明のメッセージを送ってきたのは貴方ですね?一体何であんな事を……いえ、それより何故私達の交渉が決裂するように仕向けたのかしら」

「え……?それはどういう」

「とぼけないで。あんな少し調べれば分かるくらいに送り主を隠したのもわざとかしら?」

「ちょっと待ってください!私はそんな事してません!貴方達の交渉?っていうのも分からないし、今の時代差出人の名前を記さずにメッセージを送るような真似は私には出来ません!」

 

藤林は驚きを隠せなかった。最初は隠し通すつもりかと思ったが、彼女の様子を見るに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「で、では、この暗号に心当たりは?」

 

藤林は『幻』名義で送られたメッセージに書かれていた……交渉決裂の原因ともなった暗号を見せる。

 

「これは計算式ですか……?こんなものは知りません」

 

全く動揺も見せず、そんな疑いをかけられるのは心外だという様子の小野遥に藤林はますます混乱した。

確かによく考えてみればそうだ。『ミズ・ファントム』は電子関係の諜報が余り得意ではないのは知っているし、何より差出人不明のメールなど自分以外にそうそう送れる人間は居ないはずだった。彼女があのメッセージの送り主ではないと仮定する。そうなれば浮き上がる事実は一つ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。十師族に頼らない勢力として創設された独立魔装大隊として十師族の血縁では無い上に相当の実力を持つ芺ともなれば、将来的にスカウトしたい人間として筆頭クラスである。そこまで思考が至った藤林はある可能性に行き着いた。

 

(十師族の何者かが我々と将来有望な魔法師との接触を防ごうとした……?そう考えれば辻褄は合うけど……十師族の中にもそんな技術を持つ家がいるなんて。だけどそれだけのためにあんな真似を……?)

 

思考の海に沈む藤林を見て、突然あらぬ疑いをかけられた小野遥はキョトンとしていた。



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第三十四話

論文コンペティションも開始され、芺や桐原、服部らを始めとした有志で構成される警備隊は巡回を行っていた。そんな中、昼食が欲しくなる時間帯に芺は招集を受ける。呼び出された警備室本部に入ると、そこには彼を呼び出した警備隊総隊長である十文字、そして桐原と服部が既に来ていた。どうやら二人も呼び出されていたらしい。芺は一番最後に来たことを形式的に詫びながら十文字の前に立つ。芺が来る前から話を始めていたのか服部が口を開く。

 

「平河妹や関本の狙いは論文コンペの資料です。本日改めて関本を尋問した結果、マインドコントロールを受けていたことが分かりました。関本達を利用した組織は過激な手段に出る可能性があります。十文字先輩には会場に目を光らせておいて欲しい、との事でした。七草先輩からお預かりした伝言は以上です」

 

そう締め括って服部は姿勢を正す。ずっとサンドイッチを頬張っていた十文字も腰を上げた。

 

「了解した。服部と桐原は会場の外周、柳生は引き続き各部を周って異常がないか巡回を続けてくれ」

「「「わかりました」」」

 

三人が声を揃えて了解の意を示す。これで話は終わりだと思って立ち去ろうとしたところ、三人は呼び止められ同時に“はい”と返事をした。

 

「現在の状況について、違和感を覚えた点はないか」

「違和感……ですか」

 

突然投げ掛けられた質問に桐原は思わず反復したが、服部は芺と一瞬目を合わせ、直ぐに答えた。

 

「自分は先週、会場の下見に来ていたのですが、その時より外国人の数が少し多すぎる気がします」

「服部もそう思うか……柳生も同意見だな?」

 

その問いに芺は短く肯定を示す。別に十文字は芺の心を読んだという訳でもなく、事前の目配せから察したことは分かり切っていたので芺も特に大きな反応は見せなかった。

 

「それに加えて……感覚的な話ですが、今日はこの会場含めた周囲一体の精霊のざわめきが普段より活性化しています。魔法師がここに多く集っている事も理由の一つかも知れませんが、それだけとは思えません」

「分かった。……桐原はどうだ」

「はい……俺も会場内より、街の空気が殺気立っているように思われます」

「ふむ……」

 

十文字は目を瞑り考えるポーズに入る。彼は数秒の間を置いて目を開いた。

 

「服部、柳生、桐原。防弾チョッキを着用しろ」

「「「分かりました」」」

 

三人が三度声を揃える。そして十文字は警備隊に繋がる通信機を手に取って通達を出した。

 

「一高の十文字だ。共同警備隊員に通達する。午後からは全員、防弾チョッキを着用すること。繰り返す。必ず防弾チョッキを着用して警備にあたること……」

 

警備本部から退出した芺達はこれから予測される事態に危機感を募らせていた。

 

「芺……来ると思うか」

「可能性は大いにある。無いことを祈るが、覚悟はしておかなければならんかもな」

「マジかよ……」

「有事の際は……二人とも、くれぐれも無理はしないでくれ」

 

芺は八雲からの忠告を受けたこともあり、今の会場含めその周辺の雰囲気からほぼ確実に一悶着起きる事を半ば確信していた。それにもかかわらず事前にその芽を潰す事が出来ないのは彼にとって大きな心労だった。彼も襲撃の可能性を聞かされた時点で敵の本拠地を暴き出して単身乗り込むくらいの事はやってのけるつもりだったが、生憎敵の本拠地が分からなければどうしようもない。八雲は知らないと言った上に知ってても教える気はないだろうし、『電子の魔女』は今頼むとまたお叱りが来ると思われる。『ミズ・ファントム』にも当たってみたが、これといった情報は無かったのだ。

今回は後手に回るしかないと理解していながら、彼は自分の力の無さに憤りとも言える感情を抱いていた。しかし今となっては後の祭り。彼に今できる事は自らの身内を、仲間を守り切る事である。彼は自らの武装に手を当てる。二丁の拳銃型デバイスと、篭手と刀剣型CADだ。芺は雑念を捨て、決意を更に強めた。

 

その後第一高校の発表は滞り無く終了し、大成功と言える結果に終わったと言っても過言では無いだろう。次は第二高校の発表の時間となった十五時三十七分──会場内に響き渡ったのは拍手ではなく、大きな爆発音だった。

 

───

 

芺は論文コンペの発表が行われるホールの一番後ろにて発表を見届けていた。最初は会場の入口で待ち構えるつもりだったが、プロの大人達に“下がっていろ”と言われたのだ。芺も本職ではあるが、同時に一介の高校生でもある。彼は大人しく引き下がった。それも身内に当たる人間を守るなら近くに居た方が都合がいいと思ったからだ。

そういった理由から芺は守るべき仲間が多く集うホールにて待機していた。警備隊に参加する者達はと聞かれると芺としては彼らも等しく身内であり仲間だが、警備隊に参加している者を警備していては本末転倒どころか意味が分からなくなるため、断腸の思いでこちらを選んでいた。おまけに警備隊に参加しているメンバーは腕利きばかりである。服部や十文字は言うまでもなく、沢木や桐原は同級生として鎬を削る好敵手であるし、十三束は芺が手塩にかけて育てている後輩である。おまけに共同警備隊にはあの『クリムゾン・プリンス』も参加しているのだ。そんな彼らが窮地に立たされるようならそれはそこまで大規模な侵攻を許したこの国に文句を言いたくなる。同時にそんな事はあってはならないし、阻止しなくてはならないとも強く考えていた。

そう思考を巡らせていると、不意に会場を包む空気が変わった。柳生家から出した警備員に連絡するよりも早く、爆発音が鳴り響く。一手遅れた─と悔やむ間もなく芺は素早く跳躍して一高生徒が多く集まる最前列付近に向かおうとするが、ここに近づく複数の気配を察知して緊急着陸した。下手に()()()いたせいで着地までの時間が発生し、侵入を許してしまう。やたらに大きな銃を持った兵士がホールに現れた。

芺はほとんど思考の時間無くして剣帯に携えた刀剣型CADに手をかけるが、兵士の持つライフルの銃口がこちらを向く。

 

「止まれ!」

 

芺に向かって銃弾が飛んだ。威嚇射撃のつもりだったのだろうかある程度狙いを外して放たれた弾丸は、回避態勢を取った事もあって芺の顔を掠めて背後の壁に大きな弾痕を残した。

これ以上は芺も兵士が一人や二人ならともかく、こうも人数が多くては下手に動いて相手方が生徒に発砲しては元も子もないため、大人しくせざるを得なくなってしまった。視界の端で三高の吉祥寺がCADを構えるが、それも一発の威嚇射撃によって防がれた。その一発で会場を揺らし、ホールの壁にめり込み大きなひび割れを作りだした銃弾の威力に芺は表情にこそ出なかったものの、驚きを隠せなかった。

 

(何だこのふざけた威力のライフルは……俺の対物障壁で防げるのか怪しいところだな)

 

始めて見るとてつもない威力のライフルを分析しているとテロリストが大きく声を上げる。

 

「大人しくしろ!」

「デバイスを外して床に置け!」

 

会場のほぼ全員がその指示に従った。当然である。だがしかし、従ったのは文字通りほぼ全員だった。最前列に佇む司波達也と深雪はその指示に従っていなかった。再三の指示に従わない様子を見せた達也にテロリストの一人は躊躇うことなく銃弾を放った。

しかし、その放たれた銃弾は達也の掌に吸い込まれるようにして『分解』され、達也がそのタイミングで手を閉じたため、傍から見ると達也があの威力の弾丸を素手で掴み取ったように見えた。一瞬間抜けな顔を晒したテロリストも怯まず更に三発の銃弾を放つものの、全て達也に握り潰された……ように見えた。

 

「化け物めっ!」

 

テロリストは至近距離で銃弾を合計四発素手で掴み取ったように見えた達也に、率直な感想を吐きながらナイフで切りかかった。もちろん達也にただのテロリストのナイフが当たるはずもなく、達也はテロリストの伸び切った腕を手刀で切り裂いた……かのように錯覚させる使い方で『分解』を使用し、テロリストの腕を切り落とした。次いで腹に重い一撃を打ち込みものの数秒で大の大人を昏倒させた。達也が浴びた大量の返り血を深雪が魔法で弾く。その様子に皆が釘付けとなっていた。

好機と見た芺は各生徒の意識を近くのほぼ放心状態のテロリストに向けさせる。そして

 

「取り押さえろ!!!」

 

彼はそう叫び目の前のテロリストに突撃した。『縮地』で詰め寄りそのまま一人の腹に体が浮き上がる程のボディブローを決め、もう一人は裏拳と共に打ち込んだ『幻衝』で昏倒させた。

芺の声を聞いた各校生徒は隙を見せていたテロリストに襲いかかり、誰一人怪我すること無く全員を取り押さえた。

近くの生徒にテロリストを任せ、芺は退路の確保へと会場の入り口へと向かった。芺は走りながら通信機でとある人物に連絡を取る。

 

「真由美さん」

「芺君。大丈夫だった?」

「問題ありません。自分はこれから避難経路の確保に向かいます。真由美さん方はこれからどうなされますか」

「とりあえずパニックを収めないと……あーちゃんに手伝ってもらわないといけないかな。その後は脱出経路を提示して各校の判断に任せるわ。情報が錯綜してるから、逐次連絡をちょうだい」

「分かりました。あずさ達を頼みます」

「もちろんよ。貴方もあまり一人で突っ走っちゃダメだからね」

「……了解しました」

 

絶賛単独行動中の芺は耳が痛かったが、入り口のテロリストの殲滅はどちらにせよ必要なためそこは大目に見てくれるだろうと割り切り、彼は『縮地』を発動した。後は上手くあずさを誘導さえ出来れば彼女の魔法でパニックにはならないだろうと予測された。

 

───

 

芺が入り口に着くと、プロの警備隊とテロリストが激しい銃撃戦を繰り広げていた。芺の姿に気付いた者はいなかったが、例えいたとしても今は彼に帰れと言える状況ではなかった。

芺も通路の壁に隠れながら状況を伺う。

 

(十人程度か……丁度いい。対物障壁が通じるかテストだ)

 

芺は隠れたままプロ達が展開する障壁の前に自らの対物障壁を展開する。そして数発の弾丸が芺の作りだした障壁に衝突した。

 

(……問題ない。少なくとも防御は可能だな)

 

彼らの使うライフルは魔法師の障壁を破るために採算を度外視して製造された代物である。しかしその威力を持ってしても芺の干渉力は破れなかったのだ。後は、簡単である。芺は刀剣型CADに手をかけた。

 

芺はプロを守るためわざと体を晒す。当然、芺に銃口が向くが、芺を捉えられた者は少なかった。一番遠くにいたテロリストは辛うじて反応したが、他のテロリストは素人目から見れば瞬間移動とも錯覚する移動魔法『縮地』に対応する事が出来なかった、

芺は何一つの躊躇い無くテロリストを文字通り両断し、返す刀で隣のテロリストを横薙ぎにした。ここまで接近すればライフルに意味は無い。精々使えても盾くらいだろう。彼らに対抗する術はなかった。

他のテロリストは芺にライフルを掃射するが、芺の移動速度に着いていけず、偶然当たりかけた銃弾も彼の対物障壁に阻まれた。魔法師の防御を破るために作られたライフルが魔法師に効かないことに驚きを見せ、更に仲間が真っ二つにされた事に思考と行動に一瞬のラグを発生させてしまったテロリスト達。それは生死を扱う場では致命的となる事を、彼らは死ぬ前にやっと理解する。

一瞬でテロリストに肉薄した芺は斬り上げて一人の首を飛ばし、そのまま振り上げた刀で一方を肩口から斬り下げた。その後も一人、また一人と斬り倒して行く。魔法師を貫くはずの銃弾を弾き、視覚で捉えられない速度で動きながら刃を振るう芺にテロリスト達は為す術もなかった。

敵の銃弾を避け、あろう事か弾き、両断していくその男の刃はどこか黒く点滅しているように視界に映った。

残り少なくなったテロリストは最後の足掻きと言わんばかりに銃を乱射する。だが、一瞬冷気が走ったかと思うと銃撃が止み、既に走り込んでいた第一高校の制服を身に纏う男が手刀でテロリストの身体を切り裂いた。

 

「あれー?もう終わっちゃってるじゃん」

「出番が無かったぜ」

「……はぁ」

 

芺はこの状況でその発言が飛び出した事に思わず溜息が零れる。そこに現れたのは達也に深雪、エリカにレオ達といったトラブルに巻き込まれがちな一年生一行だった。

 

「君達、なぜ避難していない」

「逃げるにもまずここの制圧は必要だと判断しましたので」

「いや、確かにそうだが……」

「でしょ?それに先輩も勝手に行動してるんだから恨みっこなしですよ」

 

エリカの言い分は正しい。達也達も芺も行動した理由は同じなのだから。芺には彼らを叱るには大義も名分も不足していた。芺が困っていると、深雪が前に出て端末を操作する。すると芺が浴びた返り血が綺麗さっぱり消え失せた。

 

「流石の腕だな。ありがとう」

「恐れ入ります」

 

深雪はわざとらしくスカートを持って恭しく一礼した。

話しているうちに芺の通信機に連絡が入る。芺は一言断りを入れてその通信に応じた。

 

「柳生です」

「私よ。こっちはあーちゃんのお陰で皆冷静に避難を開始したわ。一高はあーちゃんの先導で地下シェルターに向かわせてる」

「分かりました。こちらも逃げ遅れた者がいないか確認しながらそちらに合流します」

「ええ、気を付けて」

 

通信を終えた芺は一年生達の方を向く。

 

「君達も早く避難してくれ。俺は逃げ遅れた者がいないか確認してくる。すまないが、今は護衛には付けない。達也君、レオ君、ミキ君、皆を頼んだぞ」

 

芺はそう言い残して去っていった。“護衛には付けない”と言った部分にはかなりの逡巡が見られたが、彼も達也達の実力は知っているため、一応男性陣に声をかける事で踏ん切りを付けたのだろう。確認が終わればすぐに追いつくという意味合いにも取れる。

達也達も避難のため、状況を確認を目的に雫の提案でVIP会議室に向かって行った。




伊調です。ここ最近更新が遅くなったり、急に幕間に投稿したりして申し訳ありませんでした。
あまりこういう事は言わないようにしていたのですが、こんなに期間が空いたにもかかわらず沢山の方々に見ていただいたという事に驚きが隠せず……ありたいに言えばただ嬉しかったので……この場を借りて普段から閲覧して頂いてる方に感謝を述べたいと思います。
ただただ自分の妄想を書き連ねているこのお話に目を向けてくださりありがとうございます。
私の妄想のはけ口になっているこの小説が、ここまで見ていただいている事がどれだけ幸運な事か、それを今一度考えるとこうせざるを得ませんでした。
このお話が皆さんの娯楽の一欠片にでもなっているのなら、これ以上嬉しい事はありません。
まだまだ更新していきますので、私なんかの小説を見ている好事家の方はゆったりとお待ち下されば幸いです。長々とすみません。伊調でした。


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第三十五話

芺は会場内を走り回り逃げ遅れた者が居ないか探していた。正直に言って芺はこんな事はせずに先程の一年生か既に避難したあずさ達の元へ行きたかったが、どうやらこの会場内にも何人か残っているようだったため、どうするべきか悩んでいた。

芺は先程取ろうした通信を試みる。連絡先はこの会場にいるであろう柳生家のから派遣された警備員だ。

 

「芺です。今どちらに」

「若様、無事で何よりです。我々は現在エントランスにおります」

「すぐに地下シェルターへ向かって下さい。友人達が避難しているのですが、共同警備隊のほとんどがまだここに居残っているようですので、何があるか分からない以上、念には念を入れておきたいのです」

「承知致しました。直ぐに向かいます。柳生家の名にかけて若様のご友人方には指一本触れさせませぬ」

「お願いします」

 

芺はそう言って通信を切る。今日ここに呼ばれたのは柳生家の中でも特に護衛能力に優れた者達だった。彼らを向かわせるのは芺の精神的にも戦力の集中のためにも得策と言えるだろう。

芺は連絡を終えるとこの会場の見回りを命じた上司達がいるであろう国際会議場のステージ裏に向かう。そこはこの論文コンペに使用された実験器具が保管されている場所だ。どうやらここに残っている人達はデータの消去を行っているらしい。真由美からのメッセージを頼りにその部屋に行き着く。そこには想像以上の面子が残っていた。真由美に市原、摩利に五十里と千代田。桐原に壬生といった面々だ。幸い知り合いが多く残っており、避難していないことには心配したが目の届く範囲にいるのはありがたかった。

 

「芺君、お疲れ様。逃げ遅れた人はいなかった?」

「いえ、何名か。ですが避難を指示しておきましたので」

「よかった、ありがとう。データの消去をしてるから、ちょっと待っててね」

 

芺が言う逃げ遅れた人というのは先程見かけた一年生一行の事も含まれている。芺は真由美の言葉に短く返事をして待機していた。しばらくするとステージ裏の部屋の自動ドアが開く。

 

「何をしているんですか」

 

そう言って現れたのは司波達也率いる一年生一行だった。突然の質問に市原はさも当然かのように答える。

 

「研究データを盗まれないよう、消去しています」

「君達、避難しろと言っただろう」

「我々も実験データの消去に……七草先輩方は」

「私達だけ逃げ出す訳にも行かないでしょ」

 

真由美が体に染み付いているであろう可愛らしい仕草でそう言い張ったタイミングでステージ裏のもう一方の扉から三人の男が入ってくる。

 

「司波、七草」

「十文字先輩……」

 

そこに現れたのは十文字と服部、沢木の共同警備隊に参加していた三人の生徒だった。

 

「お前達は先に避難したのではなかったのか」

「データの消去をしているの」

「そんな大人数でか」

「他の生徒は中条に連れられて地下通路に向かった。お前達も……」

「地下通路?」

 

服部の“地下通路”という言葉に達也は思わず反応する。それに対して沢木が何かに気づいたように問いかけた。

 

「何かまずいのか?」

「あ、いえ。懸念に過ぎませんが……地下通路は直通ではありません。他のグループと鉢合わせする可能性があります」

「遭遇戦……!?」

「そうなった場合、地下通路では正面衝突を強いられる可能性があります」

「沢木、服部。中条の元へ向かえ」

「はい!」

 

沢木と服部が急いであずさ達の元へ向かう。芺は正直に言って安心していた。あずさ達を咄嗟に守れる位置にいないのは自分として歯痒かったが、沢木や服部が護衛にあたるなら彼らもそのまま脱出できる上に、あずさ達の守りも磐石になるはずだった。あとは向かわせた柳生家の者と連携さえ出来れば散発的かつ小規模なグループなら問題なく排除できると考えていた。芺はこの旨を伝えようとしたところで言い淀む。その後こっそり二人の端末にメッセージを送信しておいた。

 

“あずさ達の元へは既に柳生家の者が護衛に向かっている。連携して脱出してくれ。十三束の事も頼む”

 

可愛がっている後輩も気にしてやってくれという意味の一文を付け加えた芺がそのメッセージを送信したタイミングで十文字から新たな指示が発令された。

 

「俺は逃げ遅れた者がいないかもう一度確認してくる。桐原」

「はい」

「柳生は外周を見張っていてくれ。いつ新手が来るか分からん。対処は任せる」

「了解しました」

 

桐原は十文字と共に会場内の見回りを。芺は外で警戒の任を任された。と言ってもすぐに戻ることにはなるのだが、この有事の際に棒立ちさせるのには芺の性格上いてもたってもいられないため、それに対しての十文字の配慮なのかもしれない。

 

「司波君は別の部屋機器を頼めるかな」

「終わったら控え室に集まろう。そこで今後の方針を練る」

 

機器のデータの消去が完了したところで、見回りと外の警備に向かった十文字や桐原、芺は不在だが、とりあえずの方針を練るため残りのメンバーは控え室に集まっていた。

 

「さて、これからどうするかだが……」

「港に侵入した敵艦は一隻。海岸近くはほとんど敵に制圧されちゃってるみたいね」

 

その現状を聞いたエリカが“はぁ〜あ”と呆れ混じりの溜息を漏らす。それはおいそれとテロ行為を許した防衛組織に対しての気持ちが現れていたようにも見えた。もし国の防衛に警察が関与してなどしていればこの溜息は数倍にも大きくなったと予測される。

 

「陸上交通網も完全に麻痺。こっちはゲリラの仕業じゃないかしら」

「彼らの目的はなんでしょうか」

「横浜を狙ったということは、ここにしかないものが目的だったんじゃないかしら。厳密には京都にもあるけど」

「魔法協会支部!」

 

五十里の質問に答えに限りなく近い返答をした真由美。そして千代田もテロリストの狙いを察した。

 

「正確には多分……魔法協会のメインデータバンクね。重要なデータは京都と横浜で集中管理しているから」

「救助船はいつ到着する」

「あと十分程で到着するそうよ。でも人数に対してキャパが充分とは言えないみたい」

 

ここで端末の作動音が鳴る。音のした方を見ると市原が誰かから連絡を受けていたようだ。

 

「シェルターに向かった中条さん達の方は……残念ながら司波君の懸念が的中したようです。ただ、敵の数が少ない上に警備員の方とも合流したようで、もうすぐ駆逐出来ると、服部君から連絡がありました」

「警備員だと?自らだけ地下シェルターへと避難していたとでも言うのか?」

 

摩利が不信感をあらわにして問う。彼女の疑問はもっともの事だ。

 

「いえ、そういう訳では無いようです。どうやらその警備員は『柳生家の者』と名乗っているようですよ」

「アイツ……妙に大人しいと思えば」

「本来なら服部君達について行こうとするもんねぇ」

 

芺の手の速さに呆れ笑いを浮かべながらも摩利達は安堵する。そして咳払いをして言葉を続けた。

 

「状況は聞いて貰った通りだ。船の方は生憎乗れそうにない。こうなれば、多少危険でも駅のシェルターに向かうしかないと私は思うんだが」

「わ、私も摩利さんに賛成です」

 

風紀委員長でもある千代田も同意し、今後の方針も決定したかと思われた。深雪も最愛の兄に決断を仰ごうとしたところ、そこには背後を険しい目つきで見据える兄が目に入った。傍から見れば壁を見つめているだけなのだが、達也は特殊な「眼」を持っている。彼は徐に壁に向かってCADを構えた。

 

「お兄様!」

「おい!」

「達也君!?」  

 

何の説明のないままでは奇行にしか見えない行動をする達也に驚きながらも、異常を察知した真由美は達也のCADが向いている方向を『マルチスコープ』で確認する。

 

と、同時に会場の上で周りを見張っていた芺の目に一台のトラックが飛び込んできた。

 

(まさか、救援ではないだろうな)

 

芺がそう思考するや否や、トラックに硬化魔法が作用したのを彼は知覚した。彼の目には運転する男の姿も見える。芺は既に迎撃体勢に入っていた。

 

(大爆発が起こるかもしれんが、激突するよりかはましだろう)

 

芺が抜いた刀の銀色の刀身が光に照らされて黒く煌めく。そして振り下ろそうした瞬間、トラックに何らかの魔法が発動され、トラックは煙と運転手を残して霧のように消え去った。放り出された運転手がゴロゴロと転がり、気を失う。

 

「今、のは……」

 

芺は思わず声に出す。間違いなく、目の前からトラックだけが消え去った。あんな魔法は初めて見たが、どこか既視感を覚える。それに、なんとなく誰があの魔法を使用したのかわかる気がした。

 

「柳生」

「かいと……十文字先輩」

 

芺は思考の海に沈みかけたところで声をかけられ、会頭と呼びそうになった言葉をギリギリで抑え込んで走ってきた先輩の名を呼ぶ。今の会頭は服部なのだ。十文字の後釜ということで本人は劣等感に苛まれてはいたが、仕事は遜色なくこなしている。さすがは服部だ。

そして十文字が何かを口にしようとしたタイミングで、何かの発射音が耳に入った。二人が音のした方向を見やると、数発のミサイルがこちらに向かって飛んできていた。

 

「柳生!」

「打ち漏らした際はお願いします!」

 

芺と十文字は最低限の言葉だけで次の行動と連携を決定する。芺はすぐさま拳銃型デバイスを抜いて、照準を合わせた。

空中をこちらに突き進むミサイルは芺の『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』により、中程から圧し潰されほぼ全てが空中で爆散する。

そして残りのミサイルに対して十文字が『ファランクス』により完全な防壁を築き上げた。そして着弾するかと思われた瞬間、そのミサイルが光の尾を引いて爆発する。

 

「スーパーソニックランチャー……」

 

十文字の呟きと共に桐原の声が聞こえる。同時にどでかい武装デバイスを携えた男が装甲車の天井から体を出しながら向かってきていた。

その様子と武装を見た十文字が一番に口を開く。

 

「101の方ですか」

 

(あれは……独立魔装大隊の……)

 

「国防陸軍第101旅団 独立魔装大隊大尉 真田繁留であります。我々の事をご存じとは、さすがは十文字家ご当主。恐れ入りました」 

 

芺と十文字はわずかに表情を曇らせる。芺はいけ好かない奴が来たために。十文字は真田の放った言葉がただの言い間違いでは無いことを分かっていたためだ。二人とも理由は違えど目の前の男に対する印象の悪さは同じだった。やっと状況が全く飲み込めていない桐原が合流する。

 

「失礼。お互い無用な口は慎むべきでありましょうな」

「こちらこそ失礼をしました」

「それでは十文字家次期当主殿、こちらへ」

 

十文字の呼び方を正しく直した真田が会場内へ戻る事を勧める。十文字は戦火の舞う沖の方を一瞬見据えたが、それに従い、芺も桐原と後に付いて行った。

 

控え室ではトラックに『分解』を使用した達也と、その結果を『マルチスコープ』で見てしまった真由美の驚きに満ちた顔と凍り付いた雰囲気があった。そこにドアがガチャりと開く音がする。その来客の名はほとんどが知らなかったが、知っている者からしてみても意外な人物だった。

 

「もしかして……響子さん!?」

「久しぶりね!真由美さん!」

 

藤林の来訪に続いて、上官と思しき男も部屋に入り藤林の隣に立った。

 

「特尉……情報統制は一時的に解除されています」

 

そこにいるほとんどの者が彼女の言う"特尉"が誰なのか、それを知り得なかっただろう。そして特尉当人はそんなことは眼中にないと言わんばかりに規律正しい敬礼を返した。

そこに真田に連れられて十文字と芺、桐原が戻ってくる。彼らの目に入ったのはスクリーンの傍に立つ軍人に敬礼をしている司波達也の姿だった。

 

「司波……?」

 

そうつぶやいた十文字に向かって敬礼をしていた軍人は話しかける。

 

「国防陸軍少佐 風間玄信です」

「貴官があの風間少佐であらせられましたか。師族会議 十文字家代表代理 十文字克人です」  

 

ここでやっと達也は敬礼の姿勢を取っていた腕を下す。周囲からは声が漏れるのみだったが、それもただ状況についていけていないように見えた。

 

「藤林、現在の状況を説明して差し上げろ」

「はい」

 

藤林がそう返事をすると、スクリーンに表示されていた情報に加えて現在の友軍の動きを示すコマが追加された。

 

「我が軍は現在、保土谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見と藤沢より各一個大隊が急行中。魔法協会関東支部は独自に自衛行動に出ています」

「ご苦労……さて、特尉。現下の特殊な状況に鑑み、別任務で保土谷に出動していた我が隊も防衛に加わるよう、先ほど通達があった。国防軍特務規則に基づき、貴官にも出動を命ずる」

 

皆が、一様に息をのんだ。

 

(なるほど……そういうことか)

 

「国防軍は皆様に特尉の地位について守秘義務を要求する。本件は国防軍秘密保護法に基づく処置であるとご理解いただきたい」

 

皆はそれに返す言葉を持っていなかった。その沈黙を真田が破る。

 

「特尉。君の考案したムーバル・スーツをトレーラーに用意させてあります。急ぎましょう」

「皆様には私と、私の部隊が護衛につきます」

 

藤林の言葉が終わる頃には、説明責任を果たしたと思ったのか風間は控室から退出するところだった。

 

「すまない、聞いての通りだ。皆は先輩達と一緒にシェルターに避難してくれ」

 

達也はそう言い残して風間に続こうとする。彼に声を掛ける者は一人としていなかった。

 

「お兄様、お待ちください」

 

ただ一人を除いて。呼び止めた彼女は何か意を決したような表情をしていた。深雪はそっと達也のほ頬に触れると、達也は一瞬目を丸くしたが、すぐに何かを悟ったようにして深雪の前に跪く。それに対し深雪は、目の前に片膝をつく兄の額に、そっと……優しく……口づけをした。

 

その瞬間、嵐が吹き荒れた。

 

「お兄様──ご存分に」

 

そこには何かに解放された様な雰囲気を持つ達也の姿。芺の眼には朧げに……二人の間を繋ぐ線のようなものが見えたそうだ。

 

 

 

 



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第三十六話

桜木町駅地下通路──そこには中条あずさ生徒会長の先導の元、第一高校の生徒がシェルターに向かって避難を開始していた。

 

「あなた達が柳生家の方ですか」

「いかにも。若の命により参上しました。若のご学友には指一本触れさせませぬ」

「皆さんは我々の背後に着いてきて下さい」

 

服部の問いに二人の男性が人の良い笑みで返す。熟練の戦士である沢木には彼らが相応の実力者であることが伺えた。

二人の護衛はあずさと話をしながら進んでいく、曲がり角に差し掛かった所でカラン、と何かが転がる音が聞こえた。

 

「……!!」

 

あずさの視界の端に映ったのは間違いなく手榴弾の類だった。突然の襲撃に彼女は思わず目を瞑る。そして間もなく爆発音が聞こえた。

 

「……あれ?」

 

あずさは衝撃に備えていたが、それはいつになっても訪れなかった。代わりに目に入ったのは手榴弾の残骸とCADを構える二人の護衛だった。恐らくこの二人が手榴弾を何とかしてくれたのだろう─そう思い礼を述べようとした瞬間、それは大きな銃声にかき消される。

 

「生徒会長殿!お下がりください!」

「は、はい!みんな、落ち着いて後退してください!」

 

二人の護衛が対物防壁を重ね合わせる。厳密には一矢乱れぬコンビネーションで破壊された瞬間には別の防壁を出現させているのだが、全くその隙を感じさせなかった。

しかし二人は防御に手一杯だった。想像以上に敵の数が多いのだ。

その様子を見て沢木、服部、十三束が動き出す。

 

「柳生家の方々。我々が攻勢に出ます。援護を」

「いえ、ですが……」

「このままでは埒が明かないでしょう」

「……防御はお任せ下さい」

 

沢木の自信満々な言葉に二人の護衛は折れる。この二人も芺から沢木の強さを口酸っぱくなるほど自慢されていたのでその言葉を信頼することにした。

沢木の合図で沢木と十三束が走り出す。沢木は驚きの身のこなしで銃弾を避けながら突き進む。当たりそうになった銃弾は全て『空気甲冑』の厚い空気の壁に弾道を逸らされていた。十三束も柳生家の障壁に守られながら沢木の後に続く。

沢木は銃弾を逸らしながら壁を蹴り、体を捻りながら強烈な蹴りをテロリストにお見舞した。続いてもう一体も蹴り倒した所で彼に銃口が向く。しかしそのテロリストはまるで瞬間移動と見まごう程の速さで目の前に現れた十三束の掌底により吹き飛ばされた。

 

「貴様ァ!!!」

 

テロリストが叫び銃を乱射するが、全て護衛の対物障壁に防がれた。そして一秒も経たない内に服部の圧縮空気弾により部隊は撃退される。

 

「て、撤退ー!」

 

テロリスト達は魔法の威力と彼らの戦力に慄いたのか震え声で撤退を指示する。沢木はそれを追撃しようとする十三束を制止し、後ろで身を隠している生徒会長を呼んだ。

 

「中条!」

「は、はい!皆さん、シェルターはもうすぐですよ!頑張りましょう!」

 

保育園や幼稚園の遠足を彷彿とさせる雰囲気だが、現状は侵攻を受けている全く楽観視出来ない状況である。

柳生家の護衛二人を先頭に、あずさ達はシェルターに向かう。少し開けた場所に着くと、その先がシェルターである事が理解出来た。

この場にいる教師の一人である廿楽は柳生家の護衛と共に安堵の表情を見せる。侵攻軍との衝突こそあれど無事にここまで辿り着けたのだから仕方の無いことだった。どうやらあずさも同じ気持ちのようでトテトテとシェルターの方に走り出した。

柳生家の護衛達も()()()()()()には敵の気配を感じていなかったため、顔を見合わせ任務の終了を喜んだ。しかし──

 

 

轟音と共に大きな揺れが彼らを襲う。次に鳴り響いたのは護衛の叫び声だった。

 

「……!皆さん!伏せてください!」

 

突如として天井が崩壊し、そのほとんどが瓦礫として地下通路の者達に降り掛かった。しかしその瓦礫が避難している第一高校の人間達を押しつぶすことは無かった。

 

「皆さん、早くシェルターに!」

「我々も長くは持ちませぬ。落ち着いて避難を!」

 

護衛の二人は重力を制御し、夥しい数の瓦礫を食い止めていた。しかしサイズがサイズのため、長時間のこの魔法の使用は魔法師生命を脅かすものだ。それを理解するのは容易かった魔法科高校の生徒達は急いでシェルターに向かう。

何とか護衛が限界を迎える前に全員が避難した。彼らの迅速な対応のおかげで護衛達も疲労こそ残ったが、後遺症等の心配は無かった。

 

───

 

藤林達の護衛の下、芺達は駅のシェルターに向かっていた。その一行には生徒以外にも怪我をした市民もおり、生徒達が肩を貸しているようだった。

 

「駅までもう少しです……」

 

藤林が真由美に何か話しかけていたが、芺の意識は別の方面に持っていかれた。芺は混乱を起こさないように冷静な口調で深雪に助力を乞う。

 

「深雪さん、前方から戦車が来る。手を貸してほしい」

「分かりました」

 

前を歩いていた藤林と真由美は驚きで目を見開く。それは敵の接近とそれに気づいた芺に対してだ。

深雪と芺がCADを構える。深雪は端末型、芺は特化型の拳銃型デバイスだ。程なくして大亜連合の直立戦車が二機、彼らの行く手を阻むように現れた。しかし姿を見せた瞬間、深雪の魔法によって一瞬で凍結し、芺の発動した『破城槌』により瞬く間に押し潰された。

 

「行きましょう」

 

余りの手際の良さにまだ驚いていた藤林に声を掛ける。一瞬固まっていた藤林は先導を続けた。

五分程歩くと、一行はシェルターの入り口に到着した。いや、正しくはシェルターの入り口だった場所に。

 

「これは……」

「地下のシェルターは無事なの!?」

 

真由美が取り乱すのも無理はない。そこには恐らく爆発により瓦礫に埋もれた入り口があったからだ。

 

「会長達は無事です」

 

幹比古が呪符を通して遠隔視を行い、あずさ達の無事を確認する。

 

「でも、もうこの入り口からシェルターに避難することは無理そうね」

「如何なさいますか」

 

藤林が決断を仰ぐ。彼女は今はただの護衛だった。真由美は一度後ろを振り返り、すぐに次の方針を決める。芺は心の中で彼女の決断力に感心していた。

 

「父の会社のヘリを呼びます。逃げ遅れた人を乗せて空から避難しましょう」

「私も父に連絡してみます」

 

雫も名乗り出る。彼女の父親である北山潮は財界のみならず政界にも強い影響力を持っている程の人物だ。娘のためならばヘリを用意することくらいは容易いだろう。 

 

「では、部下をここに置いていきます」

「いえ、その必要はありませんよ」

 

皆が一斉に声のした方を見る。付き人を伴って現れたその男は

 

「警部さん!」

「和兄貴!」

 

刀を携えるその男は千葉家統領。同時に警察官でもある千葉寿和だった。彼は藤林の前まで歩いて口を開く。

 

「軍の仕事は外敵を排除することであり、市民を守るのは我々警察の役目です。我々がここに残ります。藤林さんは……藤林少尉は本隊と合流してください」

「了解しました。千葉警部、後はよろしくお願いします」  

 

藤林は寿和に敬礼を送り、寿和がそれに返すと、藤林とその部下はここを去っていった。本来の持ち場に戻るのだ。その後ろ姿を見て一言。

 

「いい女だねぇ……」

「あ、ムリムリ!和兄貴の手に負える人じゃないって」

「はぁ……俺にそんな口聞いていいのかぁ?エリカ」

「なによ」

「俺はお前に良いものを持ってきてやったんだぞ」

 

そう言って人懐っこい笑みを浮かべながら布に包まれた長物を取り出す。それを見ると布の上からでもそれな何であるか分かったのか、エリカは奪い取るように受け取った。そして可愛くフンと鼻を鳴らすのだった。

 

──

 

「お前達、分かっているだろうが、ヘリが来るまで敵は待ってくれない。防衛が必要だ」

「各道路に五、六人程がベストでしょう」

「そうだな、戦力を調整しながら配置を決める。急ぐぞ!」

 

彼らの配置はすぐに決まった。エリカ、レオ、幹比古、寿和、深雪のチーム。摩利、五十里、千代田、桐原、壬生、芺のチームだ。

 

「寿和殿」

「おお、これは柳生家の次期当主殿。どうかされましたか」

 

芺は千葉家統領である寿和に話しかける。二人は顔見知りといった程度だが、お互いの実力はよく耳にしていた。彼らの間柄は今は市民と警察ではなく、柳生家次期当主と千葉家の統領だった。

 

「此度のお力添え、誠に感謝致します」

「いえ、私は警察官ですから」

「寿和殿が防衛に加わるほど心強い事はありません。……それと、エリカ達、後輩達をお願いします」

 

芺は深く頭を下げる。寿和はわざわざ形式的な会話をしてまで話しかけて来た理由にすぐ合点がいった。寿和はビシッと敬礼をしてこう言った。

 

「私は警察官ですが、同時に百家千葉の統領であります。魔法師とは言え、まだ彼らは未成年の未来ある子供です。守るのは当然の義務であり、私が望むところでもあります」

「ありがとうございます。どうか、ご武運を」

「そちらこそ、お怪我のないように」

 

二人は薄く笑いあってその場を後にした。その様子を見ていたエリカが寿和に話し掛ける。

 

「何話してたの。珍しく真面目そうに話してたけど」

「お前は一言多いなぁ、全く。彼はエリカ達を頼む、と頭を下げてきたのさ。あの子からしてみればお前達が戦場に足を運ぶのも本来なら阻止したいんだろう」

「ふーん……ま、私達ならそんじゃそこらのテロリストになんか遅れはとらないのに」

 

年下の芺を“あの子”呼びした寿和はそういうエリカの本心は別の所にある事が分かったが、それを言ってしまっては反撃が怖いため心の中で思うだけに留めておいた。

 

防衛組が出発した後、ヘリの周りに残っていた面々は厳しい面持ちをしていた。

 

「ヘリはいつ頃到着の予定でしょうか」

「あと二十分程だそうです」

「あと二十分ですか……それまで、市民の皆さんとこの発着スペースを守らなければなりませんね」

「大丈夫よ、皆なら必ず撃退してくれる」

 

(でも皆……無理はしないでね)

 

───

 

防衛地点に到着すると、五十里が敵の接近を知らせる魔法を張り巡らせる。準備も万端といった所で、芺が口を開いた。

 

「皆さん、俺の後ろに下がっていてください。もし自分が取り零せばそれの対処をお願いしたいのですが」

 

芺は口調から分かる通り最上級生の摩利がいるため皆に敬語で語りかけた。その発言に摩利達をは異を唱える。

 

「まさかテロリスト達を一人で相手する気か?」

「そうだぜ芺。俺達だって毎日ボケっと過ごしてるわけじゃねえ。お前が身を呈してまで守る程、俺も壬生も弱くない」

「それはそうだがな……」

 

芺は“危険だ”と言う前に摩利に口を塞がれる。

 

「危険だ、などと言うつもりではあるまいな。そんな事は百も承知だ。我々も戦う」

「ですが!」

「はぁ……分かった分かった。芺、お前が先陣を切れ。それでどうだ?」

 

摩利は芺の性格をよく知っている。もちろん桐原や五十里もだ。芺は昔から周りの人間が傷つく事をやけに嫌う節がある上に、もし身内が見も知らない悪意に傷付けられでもすればひとしきり悔やんだ上に報復行動に移りかねない危うさがあった。恐らく四月のブランシュ事件でもあのまま放置しておけば一人でブランシュを壊滅させていたし、九校戦で摩利や森崎が怪我をした時にも珍しく感情を露わにしていた。裏で暗躍していた香港系の犯罪シンジケートの壊滅に手を貸したという信憑性のない噂も出ていたくらいだ。

そんな芺がテロリストとの戦闘に仲間を参加させる事をまともに承諾するはずがなかった。そのためこの問答が起きる事も予測していた摩利はサクッと結論をまとめる。

 

「分かりました。ですが可能な限り自分の前には出ないでくだ……」

「わーったわーった。隣なら文句ねえよな」

 

桐原が芺の肩に手を置いてニヤリと笑う。芺も堪忍したと言わんばかりにため息をついた。何か言おうと口を開きかけた芺だが、仲間に迫る悪意に芺は反応する。

 

「五十里」

「……うん、来たよ!」

 

芺が五十里に声をかけたタイミングで五十里の探知に大亜連合の直立戦車が引っ掛かる。全員が迎撃体勢に入った。

芺が腰に付けていたポーチから銀色の小さな球体を取り出し、斜め上方向に放り投げた。芺の視界には二つのアルミ製の小さな球と、奥に二体の直立戦車。芺が汎用型の方の拳銃型デバイスを抜く。芺がトリガーを引いた瞬間、芺が放り投げたアルミ製の弾は爆発的な加速を帯び、戦車を木っ端微塵に破壊した。『電磁砲』と言われるこの魔法は北山潮から提供を受けた魔法式、厳密に言えば彼の妻が知っていた代物だ。

その威力と速度を間近で目にした壬生や千代田は驚きを隠せておらず、摩利は半分呆れていた。

芺はCADを構えながら歩き出す。

 

「可能な限り、前に出ないでください」

 

得意げに言った芺だが、次に彼の視界に入ったのは全力疾走する桐原だった。

 

───

 

芺達の布陣は前衛に芺と桐原。中衛に千代田と壬生。その間に摩利を置き、後衛には五十里を配置しており、彼らの適性を考えると完璧な布陣だった。二人の剣士が目に付く歩兵と戦車を斬り倒し、摩利がその援護。千代田と壬生は主に中距離〜の戦車の戦力を奪い、五十里も後ろから指示と援護を飛ばしていた。

 

「うおおおおおおっーーー!」

 

『高周波ブレード』を展開した桐原が自分の二倍以上も大きな直立戦車に刃を立てる。芺からライフルの避け方、弾き方講座を受けた事のある桐原は率先して前衛を担っていた。

芺は今日はずっと使っている専用の武装デバイス『鬼灯丸』で直立戦車と歩兵を文字通り真っ二つにしていた。そのおかげで芺が残す肉片は中身を撒き散らしているものもあり、見るに堪えなかったが、芺は戦意を削ぐ目的でテロリストの身体を両断していた。

『鬼灯丸』を握った芺が得意とする魔法は『圧斬り』。細い棒や刀に沿って極細の斥力場を形成し、接触したものを割断するこの魔法を芺は容赦なく振るっていた。

離れた敵には刃を導線に直線に伸びるような斥力場を形成し、まるで『圧斬り』を飛ばすような形で対応していた。戦車に対しては『電磁砲』で遠距離からの攻撃を許さなかった。それに加え味方を狙う銃弾を弾く対物障壁も展開しているため、想子の消費が激しかったが、身内の安全とそれを天秤にかけるのであれば、芺は迷いなくフルパワーを行使するのは明白だった。

芺の黒い刃が直立戦車を両断する。飛び上がった芺はそのまま上空から、遮蔽物に隠れて対魔法師用に強化されたライフルを連射するテロリストに向かって『圧斬り』の飛刃を放つ。魔法的な防除を有さない彼らは抵抗する事もなく物言わぬ肉塊に成り果てた。

そして落下しながら芺はアルミ製の球体を投げ、視界の奥に捉えた直立戦車に向かい『電磁砲』を放った。青い閃光が輝いたかと思うと、回避も防御も許さない弾丸が直立戦車を穿つ。

 

「芺ィ!張り切ってんなあ!」

 

また一人テロリストを地に伏した桐原が楽しそうに呼びかける。正直なところ、桐原は剣術勝負で芺に勝てる事はほとんどない。しかし、芺と斬合う瞬間が彼にとってまさしく()()をしている時間だった。しかし彼も人間、嫉妬もするし憧れも抱く。桐原は芺に追い付こうとしながら、また単純な剣士としての憧れも抱いていた。そんな彼と背中を突き合わせ、共に戦場で刃を振るうことを彼は不謹慎にも楽しんでいるようだ。

 

「お前もな。こうでもしないとお前らを守り切れない」

「だからな芺、俺達は……」

 

芺は少し息を切らしながら返答する。元々トップクラスの想子量を持つ訳でもない芺は多量の想子を使用する『電磁砲』の連射で消耗していた。桐原が喋っている途中に銃弾が彼らを襲う。芺もかなり消耗してきているのか反応が遅れたが、持ち前の処理速度で芺が対物障壁を展開し、敵がリロードするタイミングで桐原が突貫する。奥からの直立戦車は千代田と壬生により事実上無力化され、桐原の『高周波ブレード』、芺と摩利の『圧斬り』により敵の前衛は壊滅した。

芺達の周りには多数の残骸が残っている。直立戦車や装甲車、そしてもちろんその中には人間も含まれている。かなりの数に達したが、侵攻軍の勢いはまだ止まない。

芺は前方を薙ぎ払うように最後の『電磁砲』を放った。二十個近く用意していたアルミ製の最後の一個を消費する。それに追随するように上空から氷の礫が広範囲を埋め尽くすように発射された。援軍が来たと分かった芺は堪らず膝をついた。

 

「はぁっ……はあっ……すみません。後は頼みます」

 

最低限の想子しか残っていない芺は敵の殲滅を援軍と桐原達に任せる事にした。芺が知覚する敵の数は残り六人。桐原や摩利達なら万が一にもしくじらない相手だ。

 

「あ、七草先輩からだ」

 

芺は千代田の気の抜けた声に一瞬思考が停止する。そして真由美の声と共にロープが降りてくる音が聞こえた。芺は回らない頭で思考する。千代田達の雰囲気は完全に()()()のものだ。芺は理解に数瞬の時間を要した。芺はまだ()()()()()()()()()()()。千代田達はまだ敵が殲滅しきれていない事に気付いていなかった。

 

芺の視界に対魔法師用に採算を度外視して作られた高威力のライフル六丁が一斉に銃口を向ける光景が映った。

 

「全員伏せろ!!」

 

芺は言葉に後悔と焦りを滲ませながら摩利を多少強引に突き飛ばす。そして直ぐに立ち上がりながら皆の前に立ち対物障壁を展開した。咄嗟に展開した出来の悪い対物障壁。しかしそれでも芺の干渉力を持ってすればいくらあのライフルでも芺の防御を突破できなかった。

同時に、芺は理解していた。あと数秒足らずで自分の想子は底を突く。芺の思考はやけにクリアだった。背後では恐らく桐原は壬生を、五十里は千代田を庇っているだろう。しかし遮蔽物のない今、芺の対物障壁が消えれば摩利達は銃弾の雨に晒される。

 

それだけは、避けなければならない。

 

 

そこからの芺の行動は早かった。芺はこの十数分の先頭の間の斬り心地から、直立戦車と装甲車では装甲車の方が防御が厚い事を理解していた。芺は道の両脇に転がる装甲車の残骸に彼が十八番とする移動魔法『縮地』を使用する。今回は攻撃の威力の上乗せのために停止するプロセスをカットしたバージョンではなく、停止までをプロセスとした『縮地』である。そして間もなく、半秒未満で発動した『縮地』は、問題無く動作した。

 

芺は自分の身体から何かが抜け落ちるような感覚を覚えた。それは想子の枯渇。魔法師なら無意識的に展開するエイドス・スキンさえ失った芺は、自分の対物障壁を超えて進む装甲車の残骸を確認した。

芺には特に後悔は無かった。今あるのは安心と諦観。強いて言うなら、今後彼らを守る事ができないと言ったことだろうか──

 

鮮血が舞った。

 

 

 

 

 

芺の対物障壁を砕くかのように速度を上げた装甲車の残骸が、摩利達の前で急停止する。遮蔽物を手に入れた摩利や桐原達は驚いたが、その精度から直感的に芺の魔法だと理解した。

そして聞き慣れない音と共に銃声が止む。遮蔽物から顔を出した彼らが見たのは

 

「芺!」

「芺君!」

 

大量の血の上に倒れる、肩口と腹を抉られ、右足を失った芺だった。

 

壬生は腰が砕けたように座り込んでしまう。五十里は思わず立ちすくみ、千代田も両膝をついて口を抑え青ざめた表情をしていた。

 

「芺、返事をしろ芺!」

 

摩利は血に濡れる事も厭わずに芺に擦り寄る。

 

(ダメだ……出血が多い、このままでは、間に合わない)

 

摩利が五十里に応急処置を頼もうとした所で、彼らはすぐ側で魔法の発動を感知した。

 

「よくも……よくも芺をぉっ!!!!」

 

桐原が感情に任せて走り出す。もちろん、標的は芺を撃ったテロリストだ。そのテロリストも未成年を死に至らしめる致命傷を負わせた事に正気に戻ったのか発砲を忘れていたが、明確な殺意をもって迫る桐原を見て再度銃口を向ける。

 

「桐原君……っ!ダメ!」

 

壬生が嗚咽混じりの悲痛な叫びを上げるが、桐原は止まらない。彼には今何も聞こえていなかった。しかし桐原の刃がテロリストを切り裂く事はなく、同時にテロリストの凶弾が桐原を撃ち抜くこともなかった。

上空から舞い降りた絶世の美少女が、テロリストを凍結させる。

突如として仇を討たれた事に桐原は立ちすくみ、背後にある信じ難い現実が彼を襲っていた。

ヘリから飛び降りた深雪は空に陸奥悲痛にも聞こえる声で助けを乞うように叫ぶ。

 

「お兄様!」

 

『ムーバルスーツ』を装着した司波達也が飛行魔法を操作して深雪の傍に降り立った。

事情を承知していた達也はヘルメットから顔を見せ、もはや風前の灯である芺の元へ足早に向かう。

追い付いた深雪が達也の腕に縋るようにして懇願した。

 

「お兄様、お願いします!」

 

その言葉を受けた達也が愛用のトライデントを芺に向ける。基本的に他人にCADを向けるという事は敵対行動に他ならない。

 

「達也君、何をする気だ!」

 

涙を堪えきれていない摩利が理解し難い行動に悲痛な声で達也に問掛ける。一刻を争う事態の芺のため、達也はそれを無視して魔法発動の兆候を見せた。

 

(エイドス変更履歴の遡及を開始…………っ!?)

 

達也は『精霊の眼』により芺のエイドスを読み取っていた。その過程で達也は驚愕により思わず表情を変えたが、それは深雪にさえ気付かれる事が無かった。いや、気付いてはいたが、それが驚愕であり、痛みではなかった事までは分からなかったのだ。

 

(……まずはこちらが優先だ……復元地点を確認。復元開始)

 

動揺を押さえ込んだ達也がCADの引き金を引く。芺の身体から淡い光が漏れたかと思うと、そこに有り得ざる『奇跡』が起こった。

 

芺がゆっくりと身体を起こす。彼の身体には傷一つ残っておらず、千切れた脚さえも元通りになっていた。

 

(復元、完了……)

 

当然だが芺は何が起こったか分からず、珍しく驚きをそのまま表情に出していた。芺は自分の身体を見回している、そこには穿たれた肩も腹も元通りになっており、千切れた脚さえも繋がっていた。芺は言葉を失って呆然としていた。

 

芺を文字通り『再成』した達也は深雪を抱き締めて労いの言葉をかける。そして直ぐに飛び立ち自らの持ち場へ戻って行った。

 

(まさか俺が()間違えたのか……?そんなはずはない、あの場面で情報の偽装が可能な人間はいなかった。もちろん死にかけていた芺さん本人もだ。しかし、それなら──)

 

(確認が必要だ。しかしまずは目の前の状況を打破しなければ)

 

普通の人間ならば動揺でそれどころでないはずだが、達也はその動揺と情報を確かめたいという欲求を捩じ伏せ、夕暮れの空をこの侵攻を終わらせるために速度を上げて飛行を続けた。



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第三十七話

芺はその後、自らの足で迎えのヘリに乗った。半ば呆然としていたが、足取りは確かだった。ヘリに乗った芺は摩利の支えを遠慮し、席についてシートベルトを締める。閑散とした機内で摩利がもっぱらの疑問をぶつけた。

 

「司波、さっきの達也君の魔法は何だ。治癒魔法なのか?」

「いえ、先程のお兄様の魔法は治癒魔法ではありません。魔法の固有名称は『再成』。損傷の受ける前のエイドスを最大で二十四時間遡ってフルコピーし、魔法式として現在のエイドスに上書きすることで、損傷を受ける前の状態に修復します」

 

深雪の信じ難い言葉に幹比古が質問を投げかける。

 

「じゃあ達也は、どんな傷でも一度で治せてしまうという事ですか?」

「一度で、ではありませんよ吉田君。一瞬でです。それに対象は生物に限りません、機械だろうと人体だろうとお兄様は一瞬で復元してしまうことが可能です。この魔法のせいでお兄様は他の魔法を満足に使うことが出来ません。魔法演算領域をこの神の如き魔法に占有されているため、ほかの魔法を使う余裕が無いのです」

「確かにそんな高度な魔法が待機していれば、他の魔法が阻害されるのも無理はない」

「だから達也君はあんなにアンバランスなのね」

「でもさ、それって凄いことじゃない?二十四時間以内ならどんな傷でも無かったことになるんでしょ?」

「そうだね、その需要は計り知れない。何千、何万といった命を救う事ができる」

「そうよ!それに比べたら他の魔法が使えないなんて些細なことだわ。そんな凄い力をなんで秘密にしてるの?」

 

千代田は何一つの悪気なくそう問い掛ける。それに対する深雪の答えは冷ややかなものだったが、それも仕方の無いことだった。

 

「ありとあらゆる傷を一瞬で復元してしまう魔法。そんな魔法が何の代償もなしに使えるとお思いですか?」

 

芺の身体が震える。彼はずっと深雪の話を聞きながらもずっと俯いていた。

 

「エイドスの変更履歴を遡ってフルコピーする際には、記録された情報を全て読みとっていく必要があります。それにはもちろん負傷した者が味わった苦痛も含みます」

 

芺は謝罪を口にしようとした。しかし彼の口からは誰も聞き取れない程度の音量しか出なかった。

 

「しかもそれが一瞬に凝縮されてやってきます。例えば、今回芺さんが負傷されてからお兄様が魔法を使われるまで約三十秒の時間が経過していました。それに対してお兄様がエイドスの変更履歴を読み出す際にかけられた時間はおよそゼロコンマ五秒。その刹那の間にお兄様の精神は芺さんが受けた痛みのを六十倍にも凝縮して体験されていたのです」

 

「アレの、六十倍……。本当に、すまない」

 

芺から悲痛な声が漏れた。その言葉からは後悔と謝罪の意が痛いほど見て取れた。

 

「芺さんが謝罪する必要はありません。お兄様はそれも覚悟の上で『再成』をお使いになったのですから。ですがお兄様は人の傷を治すために、この様な代償を支払っているのですよ。それでもまだ他人のためにこの力を使うべきと仰るのですか?」

 

お後半の言葉主に千代田に向けられたものだった。しかし芺も同様に、自分の失態のせいで後輩に途轍もない苦痛を味合わせてしまった事への後悔に襲われていた。

 

───

 

「──!?」

「どうしたの、美月」

 

ヘリコプターの静かな機内で美月が急に外を振り向く。

 

「今、魔法教会のあるベイヒルズタワーの辺りで野獣の様なオーラが見えたような気がして……」

 

美月の言葉を聞いて幹比古が遠隔視の魔法で魔法協会支部の広場を確認した。

 

「……敵襲!!」

 

───

 

「アイツは……!」

「あの時の人だね……呂剛虎……逃られちゃったんだ」

 

「呂剛虎……」

「エリカ、そいつが誰か知ってんのか」

「強敵よ」

「へえ……」

 

エリカは兄が苦渋を舐めさせられた男の名を聞いて目付きを鋭くする。レオも俄然やる気だった。

 

「摩利」

「ああ、あの男はは私達で倒す。エリカ、西城、お前達にも手伝ってもらうぞ」

「言われなくても」

 

摩利が真由美とレオ、エリカを連れて呂剛虎の対処に出向こうとする。しかしそれで彼が黙っているはずがなかった。

 

「摩利さん、自分も」

「いや、お前はダメだ。ここにいろ」

「何故です!実力不足かも知れませんが、盾くらいにはなります!」

 

珍しく反発を見せる芺。『再成』された事で傷も疲れもない芺は思わず名乗り出てしまった。周りの人間は何とも殊勝な評価だと思っただろう。

 

「芺……仲間を守ろうとするのはお前の美点だが、同時に一つ忘れている事がある」

「はい……?」

 

芺は“何故今そんなことを”といった顔だ。

 

「よく聞け、芺。お前が周りの人間を大切に思うように、周りの人間もお前の事を大切に思っている。もちろん、お前が死ねば、私も悲しい」

 

台詞だけで考えれば情熱的に見えるかもしれないが、摩利の顔は真剣で説き伏せるような面持ちだ。そして摩利の言葉の意味がわからないほど、芺は愚かでもなかった。芺は先程の戦闘で致命傷を負い命を落としかけた。否、落とすはずの命を他者の魔法によって『再成』されたのだ。客観的な事実としてはそれまでだが、周りの人間からすればそうもいかない。

先程の戦闘において芺は、少なくとも周りの人間を守るために、自らの身体を疎かにした。周りの人間からしてみれば、親しい人間が目の前で無残に撃ち抜かれた瞬間を見た上に、自らの安全は目の前の友人の犠牲の上に成り立ったということをまざまざと見せつけられたのだ。

芺は、言い返せなかった。

 

「ですが……」

「私が今言った事をよく考えろ。話はそれからだ。……行くぞ」

 

摩利はエリカとレオ、真由美に声を掛ける。彼らが去った後も芺は仲間を守りたいという欲求と、そのせいで周囲の人間に多大な迷惑と傷を残した事による板挟みの状態で、何も出来ずに剣を握り締めて立ちすくんでいた。

 

───

 

呂剛虎は配下を連れて、自らを先頭に魔法協会へ向かって突き進んでいた。敵の攻撃を全て弾きながら、間合いに入った協会の人間を片っ端から仕留めていく。魔法協会は眼前、といった所で目の前に見知った顔が見えた。鑑別所で自分を仕留めた女の顔だ。

呂剛虎はニヤリと笑う。任務を果たしながらも雪辱を晴らせる良い機会だった。

配下は遮蔽物の後ろからの援護に向かわせ、身一つで協会の人間を蹂躙する。彼は二度も撃退こそされたが、忘れてはいけない。呂剛虎は対人近接戦闘では世界でも十指に入ると噂されている実力者だ。同じく評価されている千葉修次との戦闘でも、千葉修次が捨て身に出なければ呂剛虎に傷を付けることは叶わなかっただろう。千葉修次の実力をよく知る摩利に油断も慢心もなかった。

 

呂剛虎が迫る。しかしそこに左右から襲いかかる人影があった。

 

「はあああああーーーっ!」

 

千葉エリカが自分の身長はあろうかという大太刀を振り下ろす。呂剛虎は突然の奇襲に両腕で防御したが、続いて僅か三日の鍛錬で『薄羽蜻蛉』を会得したレオが斬り掛かった。

 

「うおおおおおおーーーっ!」

 

堪らずエリカを弾き、レオの『薄羽蜻蛉』を避ける。続けて呂剛虎は持ち前の素早さでレオが攻撃態勢に入るまでに鋭い蹴りを放った。

しかしその攻撃は真由美の『魔弾の射手』により行動を阻害され、そこにレオの『薄羽蜻蛉』が迫る。

 

「『装甲(パンツァ)』ーーーーー!」

 

だがレオの卓越した戦闘センスを持ってしても呂剛虎は崩せなかった。レオの刃を地面と身体が平行になるまで反らして避けた『人食い虎』はその起き上がる反動を利用して容赦ない反撃をレオに加える。レオは抵抗出来ずにモロにくらい、血を吐きながら四輪駆動車に叩き付けられた。

 

「こんのーーっ!!」

 

エリカが飛び上がり、落下の慣性を乗せた振り下ろしを放つ。大振りと判断して既のところで避けた呂剛虎。しかし振り下ろしたはずの大太刀はまるで慣性を無視して再度下から迫って来た。その首を掻き斬らんとする『山津波』を自らの纏う呪法具と『鋼気功(ガンシゴン)』で寸前のところでいなして身体を開くように掌打を加える。華奢なエリカの身体は吹き飛ぶが、『慣性中和魔法』により大きなダメージは避けた。しかし直ぐに動ける容態ではない。

しかし彼らの攻勢はまだ終わらない。剛虎が憎き摩利の方を振り向くと、急に意識が揺らぐ。摩利の気流操作による薬品の効果だ。呂剛虎は前のめりに倒れ……ることなく踏みとどまった。胆力だけで薬品を無効化した呂剛虎は摩利に襲いかかる。摩利も三節刀で応戦するが、呂剛虎は三節刀を宙返りをするかのように避け、飛びざまに強烈な蹴りを摩利に加えた。

第一高校でも屈指の近接戦闘魔法師を圧倒した呂剛虎が次に見据えるのは後ろに控える真由美だ。

真由美は怯まずに『魔弾の射手』を放つ。しかし強力な情報強化の鎧『鋼気功(ガンシゴン)』と呪法具・白虎甲(バイフウジア)を装備する呂剛虎はその全てを弾き返した。そして突貫するが、呂剛虎は歴戦の戦士の“カン”か、それとも野性的、本能的な嗅覚か定かではないが、真由美の作り出した大きな氷塊からとてつもない危機感を感じ取る。それを掌打で迎え撃つつもりだった呂剛虎は、強引に姿勢を変えて後ろに翻りながらバックステップを行った。ふと、前を見ると先程までいた場所が低温度のドライアイスで埋め尽くされていた。もし、あのまま受けていれば体内に侵入したドライアイスにより酸欠に陥り気絶していただろう。そこまで一瞬で分析した呂剛虎は幸運に感謝しながら、目の前の華奢な敵魔法師に狙いを定める。

真由美は七草家の中でも屈指の実力者だ。もしや現段階では七草家では最強の可能性さえある。しかし、相手は『人喰い虎』。近接戦闘を仕掛けるには分が悪い相手だった。

 

「真由美!逃げろ!」

 

『魔弾の射手』を弾き返しながら獰猛な獣が一歩を踏み出した。エリカもレオも間に合いそうになかった。真由美は思わず予測される衝撃に目を瞑りながら、せめてもの抵抗で後ろに飛んだ。

 

 

 

 

そして彼女を凄まじい衝撃波が襲う。しかしそれは、()()()()()。真由美の目の前では苦悶の表情を浮かべながら上空からの刀を受け止める呂剛虎の姿があった。

 

───

 

遡ること数十秒──芺は、思考を続けていた。摩利の言い分は正しい。それだけに反論のしようも資格もなく、彼は動けずにいた。自分は先の戦闘で死にかけた命を拾ったという実感のない事実が彼にのしかかる。

自分はどうするべきなのか、芺は思案を続ける。もっと実力があれば良かったのか、もっと魔法力が高ければよかったのか……たらればの後悔が続いた。

そこに彼の眼にも再度野獣のようなオーラが活性化したのが目に見えた。恐らく呂剛虎なのだろう。摩利さん達は勝てるだろうか……無事だといいが……と考えた瞬間、彼は簡単な事に気が付いた。

自分の行動理念は身内を守る、ただそれだけだ。しかしそれで自分が傷付いていてはダメということをやっと理解した。孤高の強さには高くない限界があるのだ。いつか父も言っていた。“独りではやれる事に限度がある”と。

 

芺は仲間を護るため、再度剣を取った。芺はすぐさまパイロットの元へ向かう。

 

「すみません、ハッチを開けてください」

「ええ!?ですが……」

「お願いします」

「は、はあ……」

 

パイロットは芺の圧に押されてハッチを開く。芺は躊躇いなくそこに向かった。

 

「芺」

「……なんだ」

 

芺に声をかけたのは桐原だ。ずっとどんよりした雰囲気で誰も喋ることのなかった機内によく通る声が響いた。

 

「お前に守ってもらった俺が言うのもなんだけどよ……分かってんだろうな」

「当然だ。次こそは……いや、今回は頼れる仲間がいる」

「何だよ俺は頼れなかったってかぁ?」

 

少し不服そうに冗談半分で食ってかかろうとする桐原を抑えたのは、微笑と共に声をかけた五十里だ。彼は芺の変化に気づいていたのかもしれない。

 

「渡辺先輩には叱られるかもしれないけど、今はとにかく、気を付けてね」

「……ああ、任せてくれ」

 

芺は珍しく分かりやすい笑顔を残して飛び降りた。目標は、眼下の呂剛虎だ。

 

───

 

呂剛虎は魔法協会を守る生徒を吹き飛ばし、残る一人も仕留めようとしていた。敵の魔法を弾き、一歩、二歩と踏み出す。そして力を込めて踏み出した。その瞬間、彼は自分の情報強化をまるで無視するかのような重力を受ける。そして次の瞬間には()()()()()()()()()()()()()()。理由は分からない。しかしそれでよかったと、後から呂剛虎は考えた。さもないと、上空から迫る刃に対応出来なかったからだ。

 

呂剛虎は腕を十字にして『鋼気功(ガンシゴン)』を纏った状態で上空からの襲撃を防いだ。地面に亀裂を作りながらも耐え切ったが、その重さは想像を超えていた。まるで落下の衝撃を全て剣に集中したかのようなその一撃は呂剛虎の防御を打ち破り、鎧の下の彼の身体に看過できないダメージを与える。

苦悶の表情を浮かべながらも蹴り上げて距離を離す。そこに立っていたのは先程まで戦闘していた生徒と同じ服装の、日本刀を携えた一人の男だった。

 

「芺……!お前!」

「後からいくらでも説教は聞きます。今は、目の前の敵を。()()()()()()()()()!」

 

摩利は面食らった。意図して発言したかは不明だが、芺のそのセリフは摩利を再起させるのに十分だった。真由美もCADを構える。

 

「気をつけて。呂剛虎は強敵よ」

 

芺は分かったと言わんばかりに刀を構え直す。呂剛虎は腕の調子を確かめるように動かしてから、獰猛な笑みを浮かべた。そして、指をパチンと鳴らす。

その瞬間、芺達の周りに『化成体』が多数出現する。幻獣型から人型まで勢揃いだ。刹那の間に軍隊を作り上げた呂剛虎は目の前の剣士に襲いかかった。

 

「な……!」

「真由美さん!術者を探してください!摩利さんはその援護を!」

「お前はどうする!」

 

芺は発言する前に呂剛虎への対応を迫られる。協力を頼んだ手前気が引けたが、今はこうするしかなかった。これが最善だった。

突き出された拳を『圧斬り』を発動した『鬼灯丸』で弾き返し、こう叫んだ。

 

「こいつを抑えます!」

 

そして芺は『化成体』を摩利達に任せて呂剛虎に斬り掛かった。

 

───

 

芺は呂剛虎とギリギリの所で食らいついていた。切り結ぶ……相手は徒手格闘なのにも切り結ぶという表現になるのは、呂剛虎の硬い鎧と『鋼気功(ガンシゴン)』を破れずにお互いに弾き合っていたからだ。

 

(これは……皮膚の情報強化か……?)

 

想子の流れを読み取るのに長けている芺は呂剛虎の防御の種を分析する。そして芺はいつの間にか『化成体』が襲ってこなくなっていることに気づいた。術者が倒れた訳では無い。今も視界の端でレオやエリカが戦っていた。恐らく呂剛虎が指示を出したのだろう。

 

(好戦的で助かったな)

 

芺は可能な限り間合いを取りながら刃を振るう。飢えた獣の様な苛烈さで攻め立てる呂剛虎に芺は素手の間合いに入らせない事で対応していた。それでも芺が明らかに近接戦闘において格上の呂剛虎の鋭さに追いついている、否、互角の勝負を繰り広げている事に摩利達は驚きを隠せなかった。

 

「芺の奴……あそこまで」

「摩利!来てるわよ!」

 

『マルチスコープ』で幻影の術者を探す真由美は摩利に警告する。摩利は落ち着いて三節刀で『化成体』を叩き斬った。少し視界が開けた眼前では、光に反射して黒く煌めく刃を振るう芺が呂剛虎を抑え込んでいた。

芺に限らず、柳生家の魔法師は元は古式魔法を使用していた。むしろ新陰流の魔法は今でも古式の魔法が多い。古式魔法の明確な弱点は、その発動速度だ。そこで新陰流の魔法師達は自らの身体の動きを『型』として結印を代行させて魔法を発動させることで、近接戦闘におけるCADを操作する隙と、発動速度を何とかカバーする事に成功していた。

当然その技術は芺にも備わっている。むしろ優れた処理速度を持つ芺は古式魔法とは思えないスピードで新陰流の『魔法』を放っていた。

剣を構える芺。その身体の節々に魔法式が現れる。そして迫る『人喰い虎』に向かって放たれたのは目にも止まらぬ三連撃。その魔法で制御された動きは術者の肉体の限界ギリギリの速度で放たれる。一刀目で動きを止め、二刀目で体勢を崩す。そして最後の刃で致命傷を与えるのだ。

しかし最後の刃が首に迫った呂剛虎は自らの纏う情報強化の鎧を爆発させた。まるでカマイタチの様な風が吹き荒れる。

鋼気功(ガンシゴン)』の形態変化。芺は呂剛虎の想子が幾重にも重なり強固な鎧を形成しているのを感覚的に知覚した。先程から攻撃を防ぎ切られている芺だが、その顔に動揺や焦りは一切見られない。彼には余裕があった。

彼には『化成体』の術者が倒されるまで時間を稼げばいい、そうすればエリカやレオ達の力を借りられるといった精神的なゆとりがあった。それは決して油断ではなく、この場では限りなくプラスに働いていた。

芺は、この場に限っては一人で全てを片付けようとはせず、危険な戦闘に仲間を巻き込もうとしていた。それを無責任なやり方と取るか成長と取るかは人次第かもしれないが、恐らく彼の親しい友人は望ましい成長と受け取るだろう。

 

(見つけた!)

 

真由美は物陰に潜むテロリストの姿を発見する。間違いなくそれは幻影の術者だった。真由美はそこに座標を指定し『魔弾の射手』を放つ。術式の展開に意識を割いていた敵の魔法師は反応さえしたが対抗手段を講じることが出来ずに直撃を受け意識を失った。

それと同時に幻獣型の『化成体』が形を失い霧散する。真由美は思わずガッツポーズを浮かべた。しかし

 

「真由美!後ろだ!」

「え!?」

 

真由美は抜群の反応で背後に迫る()()の『化成体』を撃ち抜いた。

 

「そんな!術者は倒したはずなのに……まさか!」

「真由美、恐らくもう一人同じ類の術式を展開している奴がいる!」

「分かったわ!」

 

摩利は数こそ少なくなったものの、まだ行く手を阻むには十分な数の化成体に再度攻撃を始めた。

芺の黒く点滅する刃が素手の呂剛虎と火花を散らす。そして芺の身体に魔法式が表出し、鋭い縦振りが呂剛虎を叩き切らんと振り下ろされた。しかし芺の一刀は呂剛虎を捉えきれなかった。余裕を持って身を躱した呂剛虎は隙を見つけたと言わんばかりに振り下ろした格好の芺に肉薄する。

これは新陰流の剣術の仕組みに気付けなかった呂剛虎の落ち度である。振り下ろしを外す事が()()()()()()のその技は、魔法により強引に身体を動かす。攻撃するために形態を切替えた呂剛虎の身体に濃密な想子を纏った芺の刀が迫る。完全に的に変貌した呂剛虎の防御が、ここに来て初めて打ち砕かれた。芺の想子の刃が呂剛虎の魔法式を破壊する。

 

「ぬうぅ!」

「はぁ!」

 

しかし相手も近接戦闘において世界十指に数えられる手練中の手練。鍛え上げられた巨躯は筋肉だけで身体を後ろに動かしたが、未だそこは芺の間合いだった。

呂剛虎の肩口から赤い血が迸る。彼の纏う呪法具・白虎甲(バイフウジア)は芺の『圧斬り』による追撃に割断された。

この一連の攻防を決定づけた芺の剣術は『逆風』。この魔法は元より新陰流の剣技として古くから伝えられていたものを魔法に落とし込んだ種類の古式魔法である。

呂剛虎の雰囲気が変わる。肩から腕にかけて血を滴り落としている呂剛虎の顔が、獰猛で好戦的な笑みから冷徹な人を喰らう獣の顔へと変貌した。彼はとてつもないプレッシャーを放つ。ほとんど殺気を見せず気配を悟らせない芺とは対極の圧。殺気で敵を圧倒し、押し潰す。刀で言えば『殺人刀』と呼ばれるに相応しいオーラだった。

身体を大きく見せるような構えから呂剛虎は突進する。彼の身体は幾重にも重なる情報強化により防御されていた。

芺は警戒心を最大限に引き上げて待ち構える。その瞬間、呂剛虎の姿が視界から消え去った。驚いたのは一秒未満。芺はすぐにその種を見破った。しかし、その隙はこの戦闘において無視できない大きなものだった。

 

(これは、鬼門遁甲か……っ!)

 

突如として目の前に出現した呂剛虎の拳を、半端な体勢で受け止める。力を逃がし切れず隙が生まれたところに強烈な蹴りあげが迫った。これが芺本体を狙うものであれば強引にでも避けただろう。しかしそれは芺の身体を狙うのには遠すぎるように見えた。そのため身体に大きな負担をかける強引な移動魔法による回避を芺は咄嗟に取れなかった。

彼の目測は正しく、呂剛虎の健脚は芺の肉体を捉えなかった。しかし代わりに、芺の手から愛刀が弾き飛ばされる。剣士の魂である刀を落とされない訓練を積んでいなかった訳では無い。ただ呂剛虎の蹴りの威力が芺の力を上回っただけであった。

剣が芺の遠くでカランカランと音を立てて落下する。当然、バックステップを踏んだ芺の手には剣は握られていなかった。

その音は周りで化成体を倒し続ける摩利達の耳にも聞こえただろう。咄嗟に振り向くとそこにはもう既に笑みを捨てて目の前の剣士を打ち倒すべく鬼のような形相で突貫する呂剛虎の姿。そして得物を失った芺の姿があった。

摩利から声にならない声が上がる。

 

 

呂剛虎は生粋の軍人である。好戦的な側面こそあれ、彼は与えられた任務に全力を尽くす男だ。今回の侵攻においても彼は魔法協会を落とすべく最前線に加わり、防衛にあたる魔法師を蹂躙していた。

途中から現れた第一高校の生徒も全力の彼にとっては負ける相手ではない。敵の酸欠を狙った攻撃には肝を冷やしたが、掴んだ幸運に感謝していた。

しかし次に現れた剣士は他とは一線を画していた。魔法力はあの女子生徒と変わらないが、近接戦闘力がこの水準に達している子供がいる事には驚いた。楽しめる相手だと思ったが、一度完全に斬られた所で彼の認識が変わった。目の前の男は自分を倒し得る男だと。

隠し球の『鬼門遁甲』を使い勝負に出る。予想外の速度で勘づかれたが、敵の得物を落とす事に成功した。本体を狙わなかったのは確実に外堀から埋める必要のある相手だと判断したからだ。

もちろん剣を拾う隙など与えない。呂剛虎は再度拳を握り締め、目にも止まらぬ速さで殴り掛かった。ここで呂剛虎は勝ちを確信した。

 

 

 

芺は冷静だった。突き出される拳を弾く手段は無いにも関わらずだ。周りの仲間も何とかして助けに来ようとしているだろうが、もう間に合わない。

そして、その必要もなかった。

芺は眼前に迫る拳に対し、右半身を引きながらその勢いを利用して手前側に重心が向くよう呂剛虎の腕をはたき落とした。その際に芺は顔を顰める。呂剛虎の腕に触れた瞬間まるでカマイタチに触れたかのような裂傷を負ったからだ。(芺の篭手は剣道で使うような内側が空いているタイプである)

しかし、それで止まるような精神は持ち合わせていない。

防御体勢に入ると思っていた呂剛虎は虚をつかれ、反応出来ずに前のめりに倒れそうになった。次の瞬間、呂剛虎は顔面に脳を揺らす一撃を受けた。

芺は下がってきた呂剛虎の顔面に、引いた半身の分、地面を揺らすような踏み込みから身体を開くようにして強烈な掌底をお見舞したのだった。魔法の介在しない、単純な肉体と技術による一撃。それは呂剛虎に痛烈なダメージを与えた。

呂剛虎の誤算は相手が剣術だけを得意としているわけではなかった事。勝負を急ぐあまり可能性を無視した結果とも言える。

そして()の誤算は──

 

顔面に痛烈な一撃を受けたはずの呂剛虎はニヤリと笑う。それは思わず出てしまった捕食者の笑み。計算外と幸運の入り交じった複雑な心境が笑みとして表出したのだ。

芺は瞬時に悟った。今のは完全に()()()()()。大の大人さえ今の一撃で絶命もしくは致命傷を与える自信のある威力だ。しかしそれでも倒れなかったのは、単純な肉体のスペック。自分より一回り以上大きい熟練の軍人の鍛え上げられた肉体に芺は力で勝てなかったのだった。

 

(力負けか……!)

 

呂剛虎は掌底を食らった姿勢のまま芺の両手を掴む。呂剛虎の纏う『鋼気功(ガンシゴン)』が芺の腕に多数の切り傷を付けた。芺は痛みを精神から締め出しながら魔法を発動する。発動したのは『舞踊剣』。九校戦のモノリス・コードでも使用した魔法だ。芺は太腿の辺りに装備していた伸縮刀剣型CADを操作し、呂剛虎の顎目がけて速度の制限無しに飛ばした。この距離で芺の『縮地』並みの速度で飛んできた飛翔体にさすがの呂剛虎ともいえど反応出来なかった。硬い鎧に阻まれたものの、拘束が緩む。その間に芺は足の裏に斥力場を作り出し呂剛虎を蹴り飛ばした。呂剛虎はたまらず吹き飛ぶが、すぐに姿勢を立て直して頭から突進する。

蹴りの反動で後ろに下がった芺は、迫る呂剛虎に対して片手を前に、身体を開いて半身を下げる。そして呂剛虎と激突するかと思われた瞬間、芺の肘、胴、脚に魔法式が現れた。発動されたのは柳生家の秘伝である『(まろばし)』。相手のベクトルを反転させる魔法で芺は呂剛虎をとてつもない速度で吹き飛ばした。呂剛虎は停まっていた車に激突し大炎上を起こす。

しかし芺が一連の攻防で息を整える間に、炎の中から顔面から血を流した呂剛虎が現れた。

その視線の先には両手から血を流す芺。そしてその左手から篭手型のCADが滑り落ちた。どうやら腕と固定する部分が破壊されていたらしい。剣を取りに行くにも場所を把握していない。伸縮刀剣型CADは呂剛虎の方面だ。『舞踊剣』もこの局面では隙が多すぎる。そして徒手格闘で勝負しようにも篭手無しでは大きなハンデを背負う事は避けられなかった。

 

(やむを得んか……)

 

芺はまだ諦めを見せていなかった。傍から見れば空元気、覚悟を決めたようにも見えるその態度は呂剛虎を満足させるものだったのかもしれない。先程と何ら変わりない速度で呂剛虎は走り出す。芺はこれでもかなり消耗させている自信があったがそれを見せない呂剛虎に素直に感心を覚えた。突き進む呂剛虎に向かって芺は手をかざす。そして……

 

「はあああああーーーーっ!」

装甲(パンツァー)ーーーーー!」

 

二振りの刃が左右から呂剛虎を襲う。近接戦闘での連携は難度が高い。下手に連携して行動に遅延が生じるなら一人ずつの方が戦力が落ちなくて済むからだ。しかし二人は偶然か必然か見事なコンビネーションだった。芺はまたまた戦闘中にも関わらず感心しながらすぐさま援護の魔法を飛ばす。芺は特化型のCADを抜いて『不可視の弾丸』を放った。情報強化は意味をなさない圧力が呂剛虎を襲う。しかし呂剛虎はそれでは抑えられないのは分かっている。レオとエリカを後退させるためだ。二人はバックステップで芺の目の前に立つ。

 

「ごめん芺さん、遅くなっちゃった」

「大丈夫かよ先輩、その怪我……」

 

気が付くと周りにいたはずの『化成体』がほとんど消えていた。新たに追加は無くなってきている。どうやら敵の術者も消耗が激しいようだ。

 

「構わん。怪我は……楽観視は出来んな」

 

芺の言葉を聞いて溜息をつきかけたエリカが作戦を聞く。

 

「どう攻める?正直、私達だけで崩せる相手じゃない」

「どう攻めるったって……先輩なんかねぇか?」

 

芺は一瞬考え込む。二人の力を借りられるなら勝機がまだある事に気が付いた。それも彼の奥の手があってこそだが。

 

「もう一度大きな隙ができれば仕留めてみせる……しかし」

 

芺は自分の手と篭手を見る。呂剛虎は遠距離戦を不得意とする芺が遠距離戦で勝てる相手ではない。しかし近接戦闘を挑むには篭手のない左手を使えないのは大きすぎるハンデだ。痛みによる無意識的な行動の遅延は二重の意味で無視できるものじゃない。芺は数瞬ならそれも可能だが、勝負を決めるまで出来るかと聞かれると無謀な賭けだと言わざるを得なくなる。

その様子を見てエリカが簡単そうに一言。それに対し芺は懐疑的な表情で確認を取った。

 

「……いいのか?」

「まぁ俺は構わねえけどよ」

「じゃあ決定ね」

「エリカ」

 

芺がエリカに呼び掛ける。エリカが立てた作戦では一番危険なのはエリカだ。それは自己犠牲などではなく単純に勝てる作戦を立てた結果だが、同時に芺が心配するのは予測していた。エリカははいはい分かりました、というセリフを吐きかけて──

 

「お前ならやれる。頼りにしているぞ」

 

もしかしたらエリカは間抜けな顔をしていたかもしれない。嬉しそうな顔をしていたかもしれない。それを見せない為にもすぐにエリカは前を向いた。芺はそれをやる気に満ちた様子と受け取ったのか、何も言わず呂剛虎を見据える。レオは“なんでコイツこのタイミングで顔が赤えんだ?”と思っていたが、何故か口に出してはいけない気がしたため何も言わなかった。

 

「じゃ、後は任せます」

 

エリカは芺にそう言って『大蛇丸』を掲げて斬り掛かる。呂剛虎がこちらを意識しなくなったタイミングで芺はレオと共に()()に取り掛かる。存外すぐに終わり、前を見ると丁度エリカが吹き飛ばされている所だった。剣を盾にした事でダメージは少なかったようだが、芺はエリカに『慣性中和魔法』を使用し、ふわりと着地させる。礼を言いかけたエリカはそっと口を噤んだ。彼女の視界には呂剛虎の事だけを見据える、周りの人間を気にかけていない芺の姿があったからだ。しかしそれは見捨てた訳では無い。ここにきて芺が初めて真の意味で周りの人間の力量を信じた結果であった。

 

芺は右手で呂剛虎に殴り掛かる。それを受け止めた呂剛虎はニタリと笑い猛攻に出た。芺は避けながら機を伺う。防御に使っているのは右手だけのため、芺が押されているのは明白であった。──好機だった。

 

「『(シルト)』!!」

 

芺は呂剛虎の拳を、レオの硬化魔法の恩恵を受けた()()()()()()()()()()C()A()D()で弾き返す。

そして空いた腹。カマイタチの様な攻撃を受けない箇所に右の拳を当てる。対象に触れればその対象の干渉力は弱まる。芺は自分の卓越した干渉力でもって衝撃の瞬間に無系統のノイズとなる想子を送り込んだ。それにより呂剛虎が纏っていた情報強化の鎧は外からもたらされた歪な──外部からの想子によりボロボロの虫食いのような状態となる。

続いて芺は鋭い踏み込みと共に強烈な発勁を放った。高密度の想子を纏うその技は『想子発勁』。いずれ正式な技術として昇華させるつもりだが、今はこの名称を使っていた。

そして、この二連撃により、呂剛虎の防御は消え去る。歪な情報体に出来た穴に強烈な想子を流し込む事により敵の魔法を吹き飛ばし無に返す。芺がとある天才技術者の助けを借りて作り上げた魔法だった。その名も『術式歪曲(グラム・ディストーション)』。芺は『術式解体(グラム・デモリッション)』のような力づくで敵の防御を突破するような魔法は使えない。厳密には使えても想子の枯渇で戦闘続行不能になるだけだ。それを解決するために複雑かつ機会は限られるものの、防御を突破する魔法としてこの魔法を編み出した。元より無系統の想子の扱いは芺の十八番でもある。魔法式を頼りになる後輩に作ってもらったあと、習得するのに時間はかからなかった。

 

(達也君には世話になってばかりだな)

 

防御の為の魔法を吹き飛ばされた呂剛虎。しかし呂剛虎は相手の筋力では自分を仕留め切れないのは理解している。厳密に言えばあの怪我で再度あの威力の攻撃を放てば反動を無視できない。呂剛虎は戦闘のうちに芺の利き手が右手である事を察知していたため、篭手もない芺の攻撃を一度受けて反撃する心積りだった。

芺も分かっていた。先程と同じように攻撃をしても呂剛虎は仕留められない。怪我がある上に何より素手ではまた単純に威力が足りない。しかし、()なら可能だ。芺は叫んだ。

 

「『装甲(パンツァ)』ーーー!」

 

()()()()()()()()()を装備した芺は音声認識で分子の相対座標を固定する魔法を発動する。これは物体の強度を高める魔法ではないが、分子が動かないという事は即ち破壊されないという事だ。衝撃による反動は来るものの、今の芺にはそれ補って余りあるリターンがある。

ガントレットに覆われた芺の無骨な拳は呂剛虎の顔面を捉え、呂剛虎の身体は問答無用で宙を舞った。洗練された八極の踏み込みと、ガントレットを装備した芺の捻り込むような拳は呂剛虎の脳を揺らした。地面を転がる呂剛虎の意識は起き上がろうとするが、身体がそれを許さない。先程の一撃を受けてまだ気を保っているのには驚きを通り越して呆れるが、芺は最後の締めに入った。

芺は、地面に倒れているが気力だけで立ち上がろうとする呂剛虎の頭を鷲掴みにする。芺は奥の手(ズル)を使った。

 

(悪いな、呂剛虎)

 

周りの人間からは芺が何らかの魔法を放った事しか分からなかった。それは芺の()()()だった。想子の漏れがほとんど無い、完全に効率化された美しささえ感じる魔法。

その魔法を受けたであろう呂剛虎は、芺の手から滑り落ちるように地に倒れ伏す。まだ息はあるようだが、意識を失い完全に沈黙していることは簡単に見て取れた。

誰の目にも明らかな、芺達の勝利だった。

 

───

 

 

それとほぼ同時期に横浜ベイヒルズタワーの魔法協会支部では、深雪達が大亜連合軍特殊工作部隊隊長の陳 祥山(チェン シャンシェン)の『鬼門遁甲』を破り、彼を捉えていた。

 

これを最後に第一高校のヘリに乗っていたメンバーの長い一日は終わりを告げる。

彼らがその日、最後に見たのは、遠くの沖で大亜連合の艦艇を消滅させた戦略級魔法、『マテリアル・バースト』のもたらす破壊の光だった。

 

───

 

十月三十一日──『灼熱のハロウィン』として後世において人類史の転換点と評される事となったこの日は、軍事史の転換点であり、歴史の転換点とも見做されている。

機械兵器とABC兵器に対する、魔法の優越を決定づけた事件であり、魔法こそが勝敗を決する力だと、明らかにした出来事。魔法師という種族の、栄光と苦難の歴史の、真の始まりの日であった。

 




伊調です。アニメ準拠で始まったこの小説も遂にここまで来てしまいました。ここから先は来訪者前編〜中編までは漫画に、そこから先は原作(小説)に沿って話を進めていく事になります。

劇場版についても、春休みのお話ということで来訪者編の次に書こうと考えています。

来訪者編は、恐らくこの作品で一番の転機といっても過言ではない章になると思われます。生憎と言ってはなんですが、私の趣味全開の内容になるので、寛大な気持ちで見ていただければ作者が嬉しい気持ちになります。

それと、ここまで読んでくださった方にはこの場を借りて感謝を述べたいと思います。少しでも皆さんの娯楽や暇潰しの足しになっていれば幸いです。伊調でした。








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幕間 第五幕

これは本編より少し先のお話……二〇九六年一月某日──街中のホテルの影で一人の男が息を潜めていた。彼は今とある超法規的任務の最中である。国家に牙剥く魔法師を粛清する()()()()()ものだ。

 

「対象のホテル入りを確認しました」

「了解。通信を待つ」

 

鼻から下を隠す面を付けた男は通信機越しに返答する。夜の中で目立たぬよう黒い装束に身を包んだその男は不自然な姿をしているが、周りを歩く人々は誰一人として不審がらない。それどころか視界にさえ入っていないようだった。

 

「相変わらずの精度ですわね」

「恐縮だ、ヨル殿。どちらかと言えばそちらの『極致解散』の方が役立っていると思うが」

「……その呼び方はどうにかならなくて?」

 

話しかけられた男は至極当然といった様子で褒める。突然の賞賛に対応出来なかったヨルは話題を変えた。

 

()は立場が立場だからな。ご了承願いたい」

 

その男の傍に立つゴスロリ風の洋服を着た少女はフンと鼻を鳴らすようにしてそっぽを向く。

待機しているとサングラスと黒服に身を包んだ男が『ヨル』と呼ばれた少女に何やら報告をする。

 

()()()さん。標的が入室しました。その地点まで飛ばしますから、後はよろしくお願いします」

「了解した。いつでも構わん」

「殺しはダメですよ」

「ああ」

 

ウツギの言葉を待ってヨルは『擬似瞬間移動』を行使する。その瞬間、ウツギはまるで瞬間移動したかのように数十メートル上空のホテルのベランダの前に出現した。慣性を利用して身を翻し、ベランダに着地したウツギは素早く実行に動く。

部屋とベランダを隔てる窓は力づくで開け放たれる。それに気付いた粛清対象の魔法師も、自分の立場からいち早く状況を察知した。が、ウツギ相手に()()()()では些か速さが足りない。

ウツギは粛清対象の顔面を鷲掴みにして、床に叩きつける。

 

「眠れ」

 

それだけで粛清対象の魔法師はピクリとも動かなくなった。もちろん殺してはいない。気を失っているだけだ。しかし異変を察知したボディーガードらしき大柄の男二人が部屋に侵入してきた。その部屋に入って来た男が最初に視界に捉えたのは、こちらに向かって直進する鋭利なナイフだった。

眉間にナイフが突き刺さった男が後ろに倒れる。それをもう一人のボディーガードが払い除けた瞬間、目の前には鼻から下を面で隠した男が迫ってきており、その男が持つ刃は既にボディーガードの心臓を貫いていた。粛清対象者は生け捕りの命令だが、それの障碍となる人物には特に制限はない。ウツギは自らの得物に付着した血液を拭き取り、秘匿された信号を発信した。

程なくして数人の黒服が現れる。もちろん敵ではなく、後始末を行う部隊だ。少しの時間ウツギは待っていたが、それも彼の任務の遂行がスムーズすぎたためだ。

 

「ウツギ様。お疲れ様です」

「はい。後は頼みます」

 

任務中の仰々しさが抜けたウツギは、血を落として貰ってから普通に部屋から出ようとする。

 

「ウツギ様、どちらへ?」

「このまま入口から帰ります。ヨル殿と顔を合わせてからですが」

「は、はぁ……」

 

黒服はその格好で出歩く気かと問いたかったのだが、ウツギの能力を思い出してすぐに合点がいったような顔をした。

ウツギはそのまま誰にも認識されることなくホテルの入口から出てヨルの元へと向かった。

 

「キャッ!……びっくりさせないでくださる?」

「脱出するという趣旨の通信はしたはずだが」

「ベランダから飛び降りる手筈だったでしょう?普通に歩いてくるなんて聞いていませんわ」

「それは済まなかった」

 

ウツギは言葉ではそう言うがほとんど反省の色が見られない。

 

「はぁ……ですが任務は完璧でしたね。既に回収も済んだようです」

「さすがは『黒羽』だな。では、ご当主様にもよろしくお伝えしておいてくれ」

「はい。この後どこかへ?」

「ああ、少し調べ物をな」

「そうですか。本日はお疲れ様でした」

「ああ、亜夜子もお疲れ。文弥にもよろしく頼む」

 

黒装束を黒羽家の黒服に渡し、私服となったウツギはそのまま夜の海に消えていった──



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来訪者編 第三十八話

西暦二〇九五年 十月三十一日。それは日本近海で起こった。軍事都市と艦隊を一瞬で消滅させた大爆発。後世に『灼熱のハロウィン』として知られる歴史的大事件──これに多くの国が注目する。中でもUSNA(北アメリカ大陸合衆国)軍は、爆発が戦略級魔法師によるものとし、術者の正体を絞り込んだ。

驚くべき事にその容疑者の中には高校生が二人。魔法科高校一年、優等生(ブルーム)である司波深雪。そしてその兄、雑草(ウィード)と揶揄される二科生、司波達也である──

 

───

 

横浜事変──大亜連合軍の横浜侵攻と『灼熱のハロウィン』から数日、魔法科高校の生徒達の日常は難なく再開していた。

 

「よっ、芺。横浜ぶりかな」

「はい、摩利さんもお変わりないようで」

 

風紀委員会本部で委員長の千代田に代わって事務仕事を進めていた芺の元に現れたのは、元風紀委員長であり芺の先輩にあたる渡辺摩利だった。

 

「その、怪我の方は色々と大丈夫か?」

「はい、元より切り傷のようなものでしたから。ご心配をおかけしました」

「全くだ。今後はもう無茶はしてくれるなよ?」

「ええ、可能な限りは善処し……」

 

“そういうとこだぞ”と、芺のデスクに腰掛けていた摩利は資料を丸めて芺の頭をポンと叩く。

芺は適当に──と言っても親しみを残した様子であしらいながら、作業を続けていた。

 

「たっだいまーー!」

 

鼻歌を唄いながら勢いよくドアを開け放ったのは現風紀委員長の千代田。もちろん後ろには五十里が続いていた。

 

「ここは家じゃないぞ」

「げっ、なんで芺君がいるのよ。それに摩利さんも」

 

分かりやすく鼻歌を歌っていた上機嫌千代田は、キツイ言葉を放った反面恥ずかしかったのか顔を赤らめていた。

 

「ひどい言い草だな、花音。私がいちゃいけないのか」

「いやいやそんな!!」

「ちなみに俺は誰かさんが放り出している事務仕事をしている」

「うぐっ……」

 

千代田が大袈裟に胸を抑える。大分効いているようだった。そしてその様子をニコニコと眺めていた五十里に花音が縋りつくいつもの風景が目に入った。

 

「ふふっ、あんまり花音をいじめないであげてね」

「ああ、善処する」

 

今回は摩利からの一撃が来なかった事を確認しながら作業を続けていると、千代田は風紀委員長のデスクに座り、五十里も傍に椅子を出して座った。

 

「そういえば、芺君はもう怪我は大丈夫なの?」

「もうほぼ完治している。心配をかけたな」

 

先程、最大級の皮肉をプレゼントされた千代田が芺に問い掛ける。

 

「よかった。さすがは『虎狩り』ね」

 

その発言を聞いて芺は頭を抱え、その様子には五十里はクスッと、摩利はフッと噴き出していた。

 

「勘弁してくれ……」

 

お返しをしてやったと言わんばかりの千代田の顔はどこか摩利と似ていた。そして『虎狩り』というのは事情を知る一部の中で誰かが言い出した(芺曰く)センスのない二つ名である。もちろん芺の。

先の横浜事変において、千葉エリカは千葉の娘という看板も相まって、あの大太刀で数々の戦車を叩き斬った武勇を称えられていた。それはもちろん、九校戦の頃から一部の人間に何かと注目されがちな柳生家の次期当主も同様だった。あの『人喰い虎』を近接戦闘で打倒したとして、事変の詳細を知り得る国防関係者、治安関係者の幹部層から芺は『虎狩り』といつの間にか呼称されていた。もちろんそれは事件の当事者かつ大きな家の者にはどこかから伝わるのだ。芺はどうせならもう少しカッコイイ名前はなかったのかと考えた。他に異名を持つ魔法師といえば、それこそ『人喰い虎』呂 剛虎や、『幻影剣(イリュージョンブレード)』こと千葉修次。そして『極東の魔王』四葉真夜。身近なところで言えば『レンジ・ゼロ』の十三束や『エルフィン・スナイパー』七草真由美だろうか。その中にどうしても『虎狩り(タイガー・ハンター)』では名前負けしている感が否めない。いや、実際実力では異名を持つほとんどの人間には敵わないのだが……などと少し自虐的になった芺は弁明を始める。

 

「まず第一に呂 剛虎を倒したのは俺ではなく、俺とエリカとレオ君だ。それに摩利さんはよくご存知でしょう。呂 剛虎は二度も致命傷を受けた状態でしたから」

 

早口でまくし立てた芺はふと、もっと身近に異名を持つ人間がいた事を思い出したが、同時に『虎狩り』に対してやたらと好印象を持っていた沢木の存在も思い出し、芺は心の中で笑みを浮かべてから作業に戻った。

 

───

 

芺はその後部活に顔を出し、少し身体を動かしてすぐに下校時間になっていた。沢木や十三束と一緒に帰るつもりだったが、風紀委員会本部に忘れ物をしていた芺はそこで別れて一人で帰る事にした。

 

「あ、芺さんだ!こんな時間に珍しいですねー」

 

そう元いた一団から離れて芺に話しかけてきたのは千葉エリカ。その後ろには達也達一年生一行がいた。

 

「芺さん、お疲れ様です。今日は部活に行かれていたんですね」

 

皆が口々に挨拶する中、次に話しかけたのは深雪だった。

 

「ああ、忙しい身だが、自分の鍛錬の為にも後輩を鍛える為にも出来るだけ顔を出さなくてはな」

「素晴らしいお心がけです。さすがは芺さんですね」

 

芺は笑顔で感謝を返す。

 

「君達も部活帰りか?達也君は確か今日は当番だった気がするが」

「はい。俺の委員会が終わる時間帯に深雪達が合わせてくれていますので」

「なるほどな。いい妹さんと友人を持ったな」

「……よして下さい」

 

隣で照れ照れしている深雪を見て達也は少し恥ずかしそうに顔を伏せる。そのまま成り行きで──半ば引きずられるように一年生一行と帰る事になった芺だが、たまにはいいかという心持ちで帰路についた。

レオや雫、ほのかには怪我の心配をされたり、幹比古や美月には『眼』について意見を交換したり、達也や深雪とは単純に雑談をしながら帰る時間は、芺にとって珍しいものであり、傍から見てもとても微笑ましいものだった。

しかし、一人だけ、ずっと訝しげな顔をしている者がいた。今は司波兄妹と話す芺を半ば凝視するように見つめていた赤髪の美少女は、レオに声を掛けられて我に返り、そのまま芺が嫌がるのを知っていながら、最近付けられた異名で呼んで共に帰って行った。

 

───

 

二〇九六年元旦──羽織袴の達也は振袖姿の深雪と共に初詣に来ていた。神社に到着した二人を待っていたのは、洋服姿のレオと美月。そして振袖姿のほのかである。

 

「わっ!深雪さん綺麗ですね……!」

 

一番に声をかけてきたのは美月だ。完成された非の打ち所のない美貌を持つ深雪の振袖姿に美月は感激していた。同席しているほのかはもちろん達也の方に走りよっていく。美月も深雪ばかりでなく達也にも新年の挨拶をした。

 

「あけましておめでとうございます、達也さん」

「よくお似合いです!羽織袴……少し意外でしたけど……」

「あけましておめでとう。ほのかもよく似合っているよ」

 

達也の本心からの言葉にほのかはうっとりとした表情を見せた。どうやら頭の中で達也の言葉を反復しているらしい。

 

「でも意外ってことはやっぱり少し違和感があるのだろうか?」

「そんなこたぁないんじゃねぇの? 達也、良く似合ってるぜ。何処の若頭って貫禄だ」

 

達也が自分の姿を見ながら独り言のように呟く。それに対して別のところから声がかかった。

 

「でもどっちかって言うと達也君は与力か同心みたいなイメージだね。それに若頭と言うならあちらの方がそれっぽいと思うよ」

 

カウンセラー小野遥を伴って現れたのは、知る人ぞ知る高名な忍術使い、九重八雲だった。

八雲がニヤニヤしながら示した先には統一感のある和装に身を包んだ一団が闊歩していた。そしてその先頭を歩く三人の内、二人には達也達が知る人物であった。

 

「兄さん!くじ引きしてきてもいいかな!?」

「構わん、行ってこい」

 

「……」

「彩芽、綿菓子が食べたいなら好きに食べてくれて構わないが、まずはその手のりんご飴を食べてからにするといい」

 

「ん?竜胆さんはどこにいった?」

「はっ!現在射的に興じられております!」

 

「皆楽しそうねぇ〜!」

「はしゃぎ過ぎだ。帰ったらみっちり……」

 

その集団は、羽織袴を着た芺と、着物姿の茅、袴の上からでも分かるほどガタイの良い父親、鉄仙達を先頭に門下生や使用人数十名が後ろに付き添っていた。

 

「……確かにどこかの組って言われても違和感がねえな」

 

レオが半笑いで同意を示したところで、芺も後輩達に気付いたようだった。

 

「知り合いか、芺」

「はい。高校の後輩達です」

 

芺が淡々と答える。愛想が無いと見えるかもしれないが、この剣術家親子の会話は普段からこんなものである。

 

「司波達也君や深雪さんもいるわね」

 

茅はそう言いながら手を振っていた。

 

「芺、挨拶をしてきなさい」

「……よろしいのですか?」

 

芺の言葉は“家族で来ているのに構わないのか”という意味だったが、それを理解した上で鉄仙は挨拶に行くように言った。芺も無視するのは心象が悪くなると思ったため、柳生家の皆に一言断りを入れてから達也達の元へ歩いてきた。

 

「芺さん、あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございます」

 

歩いてきた芺に美しい、見惚れるような動作で新年の挨拶をする深雪。その様子には周りの参詣客が思わず振り返るほどだ。妹の挨拶に合わせて達也も頭を下げる。それに続いてレオや美月達も次々と新年の挨拶を交わした。

 

「ああ。あけましておめでとう。今年もよろしく頼む」

 

同じく腰を折っていた芺が顔を上げると、目の前には絶世の美女とはこういうものだと言わんばかりの美貌が目に入る。芺は達也とほぼ同じ程度の身長のため、どうしても深雪と目が合う時には彼女はある程度上目遣いがちになる。何度も見たことがあるとは言え、二年生である芺はレオや美月達ほど彼女の顔を拝むことが多くない。他人の容姿には特に興味が無い芺と言えど、振袖姿も相まって今日の深雪の笑顔は直視し続けるのには難易度が少し高かった。

 

「それにしても……とてもよく似合っているな」

「ふふ、恐れ入ります。芺さんの和服姿もとてもよくお似合いです」

「深雪くんは吉祥天もかくやという麗しさだからねぇ」

 

先程述べた通り、容姿に無頓着な芺でさえ少し困る程なのだから、一般人からしてみれば見つめざるを得ない深雪は、周りから沢山の視線を受けていた。

 

「しかし、周りとは違う視線を向ける者が一人」

「……達也君、心当たりは?」

「いえ、特には」

 

同じく気付いていた芺が表情を変えずに問い掛ける。

 

「芺君、どう思う?」

「そうですね……」

 

芺は小野遥の質問に一瞬頭を捻る。

 

「あくまでも()()ですが、戦闘の鍛錬を積んだ相応の手練だと思われます」

「え?まずそれよりも……」

 

小野遥がそう言うのも無理は無い。なぜなら……

 

「もう少し、何というか見た目が変だとは思わない!?」

 

達也達を見つめるそのブロンドの少女の服装は、戦前のギャル系ファッションをあべこべに組み合わせたようなもので、とてつもなく不自然だった。なのだが

 

「とても美人だと思いますが?歳も我々と近いですし……」

「いや!服装とか!」

「?若々しいとは感じましたが……」

 

芺は詰め寄ってきた小野遥に少し身を引きながら答える。皆が顔を見合わせた。この裏では金髪の少女を見つめていた達也の行動に嫉妬を覚えた深雪が冷ややかな冷気を放っていたが、達也の“お前ほどではない”という発言でいつもの熱々なムードに早変わりした。

芺のファッションセンスに大きな疑問が生まれたタイミングで、達也達を見ていたその金髪のファッショナブルな少女は食べていた綿菓子を食べ切り、こちらに歩いてきた。達也は思い出す。

 

──身の回りには気を付けなさい。既に『スターズ』は深雪さんと貴方を容疑者の一人として特定しています

 

真夜のこの一言を思い出しているうちに、件の少女は達也達とすれ違うようにして去っていった。



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第三十九話

冬休みも終了した一月上旬──交換留学に行った雫の代わりに、USNAからの留学生が第一高校にやって来ていた。彼女の名はアンジェリーナ・クドウ・シールズ。漆黒の髪の深雪とはまた違った美貌を持つ金髪碧眼の美少女だった。

その日の放課後、第二実習室において件の留学生リーナと、司波深雪の魔法力勝負が行われていた。棒の上に置かれている金属球を相手の方向へ転がした方の勝ちという単純明快なルールだ。結果は深雪の二つ勝ち越し。魔法の発動は僅かにリーナの方が早かったが、事象干渉力で深雪が上回ったのだ。しかしその勝負は全くの互角であった。

 

「まさかあの深雪さんと互角の勝負を繰り広げられる人物がいたとは思いませんでした」

「全くだ。司波と同年代で拮抗する実力の持ち主がいたとはな……」

 

その勝負の行方を、上から見ていたのは“信じられん……”と付け足した摩利、巡回中に休憩(サボり)に来た芺。そして余り面白くなさそうな顔の真由美だった。二人の指摘を聞いて、同意見の真由美はあまりポジティブな気持ちにはなっていなかった。

 

「何か、一波乱起きそうな気がするわね……」

 

その意見には芺も心中で同意せざるを得なかった。彼女の顔と雰囲気は、初詣の際に見たあべこべギャルファッションの少女と同じだったからだ。

───

 

翌日、放課後に芺が風紀委員会本部に出向くと、そこには件の留学生がいた。

ドアを開けると視界に飛び込んできた金髪碧眼の美少女は、あの深雪に勝るとも劣らない美貌を持っていることを芺は改めて確認する。だからといって何か対応が変わる訳でもないのだが。

芺は今でこそ九校戦での実績や、横浜の事変の際の活躍により二年生の中では認知されている方である。しかし知らない人間から見ると、彼は中々に取っ付き難い容姿をしていた。ポーカーフェイスではないが、表情は読み取りにくく、目付きは鋭い上にそこまで多く喋るタイプではないからだ。もっとも親しい人間とはその限りではないし、芺もここまで来てイメチェンする気はない。先輩に雰囲気が『細い十文字』と言われた事も気にしていない。

何が言いたいかと言うと、突然気配も感じさせずに現れた芺の方をリーナが思わず振り向いたのだ。本部の時間が一瞬止まる。微妙な雰囲気に千代田が噴き出した事で、止まった時間はまた進み始めた。

 

「心配しなくていいわよリーナさん。彼、見た目は怖いけど良い奴だから」

「驚かせてしまったのならすまない。風紀委員会で副委員長を務めている。柳生 芺だ」

「貴方がヤギュウさん……。初めまして、アンジェリーナ・クドウ・シールズです。よろしくお願いします……や、ヤギュウさん」

 

慣れない発音なのかリーナはとても呼びにくそうだった。それを見た()()()である芺は出来るだけ柔らかな雰囲気で話す。

 

「もし、柳生が呼びにくければファーストネームでも構わないが」

 

思いがけない気遣いにリーナは分かりやすく表情を変えるが、すぐに持ち直した。

 

「では、お言葉に甘えて。短い間ですがよろしくお願いします。アザミさん」

「こちらこそ。困った事があれば遠慮なく言ってくれ」

 

形式的な初対面の挨拶を交わしたところで、二人の会話を聞いていた千代田がリーナに尋ねる。

 

「ねえ、さっきの言い方だと芺君の事知ってそうだったけど。やっぱり有名なの?」

 

千代田はデスクにもたれながらリーナと芺の方を見る。芺も気になっていたことだった。それを聞かれたリーナは一瞬、目を見開いたかのように見えたが、すぐににこやかな笑顔で答えた。

 

「ええ、実はエリカが“強い人がいる”って、アザミさんの事を言っていたから……」

「そういうことねー、確かに芺君は強いもんねー、なんてったって『虎……』」

「千代田」

 

芺の射殺すような視線が千代田に突き刺さる。

 

「そう言えば生徒会への書類の提出が遅延していると聞いたが、どこで止まっているか知らないか」

 

芺は本当に心当たりがない様子(演技)で千代田に尋ねる。“この悪魔……”という呟きが聞こえたが芺は知らない振りをしていた。

そんなやり取りをしていると風紀委員会本部の扉が開く。そこにいたのは達也だった。

 

「芺さん。お疲れさまです」

「ああ、達也君もお疲れ。丁度いいな。巡回に出てくる」

「はい。お気を付けて」

 

千代田とリーナに挨拶をして芺は本部を出る。達也が委員長のデスクの方を見ると、机に突っ伏していた千代田が顔を上げて達也の方に歩いてきていた。今までの経験から、芺に言い負かされたのかとあたりを付けた達也は特にフォローはせずに千代田の発言を待つのだった。

 

──一波乱ありそうね。その言葉を思い出した芺は、先程リーナがなぜ()()()()()のか思案しながら、巡回を始めていた。

 

(上手く誤魔化していたが、嘘をついたのはひと目でわかった。しかしエリカから聞いたというのもあながち嘘ではなさそうだった。となると……『虎狩り(タイガー・ハンター)』の名の方だろうな。それなりの諜報機関がバックに付いているか、もしくは……軍属か)

 

そこまで思考が至った時点で、リーナが諜報員としては訓練をされた様子が見られないことからまた芺の考えは振り出しに戻るのだった。

───

 

その日の夜、宿泊──潜伏しているマンションの寝室で寝ていたリーナは、同居人兼スターズ──USNA軍統合参謀本部直属の魔法師部隊の惑星級魔法師(スターズは一等星級、二等星級、星座級といった風にコードネームが割り振られる)、『マーキュリー』であるシルヴィアに叩き起された。

その理由はスターズ第一部隊隊長、スターズの中でもトップクラスの実力を誇る実質的なNo.2、ベンジャミン・カノープスから緊急の連絡が来たからであった。寝間着姿のリーナは急いでディスプレイに走る。格好が格好のため、音声のみの通信ではあった。

 

「総隊長。お休みのところ申し訳ございません」

「構いません。一体何が起こったのですか」

 

あのカノープスが時間も憚らず緊急の通信を寄こしたのだ。リーナが焦るのも無理はない。

 

「先日脱走した者達の行方が分かりました」

 

スターズの総隊長であるアンジー・シリウス──リーナは、いわゆる『灼熱のハロウィン』を起こした術者の正体を探るために日本に来ていた。昨年十月に観測された戦略級魔法と思しき魔法。それを使用した容疑者して絞られた司波達也と司波深雪の通う魔法科高校への潜入捜査が今回の任務だった。

 

しかしその前にUSNAでも無視できない事件が起こっていた。USNA軍から十二人もの魔法師が脱走し、行方をくらませていたのだ。USNA軍は脱走した者たちの足取りを二人しか追うことが出来なかった。脱走し、行方不明となった魔法師には一等星コードネームを持ち、『パイロキネシス』を得意とする()()()()()()()()()()()()()()()も含まれている。

 

「……ベン、それはどこですか」

 

リーナは彼らの脱走に心を痛めていた。何故なら、次彼らと出逢えばその時には軍規に背いた脱走犯として彼らを処刑せねばならないのだからだ。嫌な予感を振り払う為にもリーナは答えを急いだ。

 

「日本です。……横浜に上陸後、現在は東京に潜伏しているものと思われます」

「何故日本に……しかもこの東京でですか?」

 

リーナは運命のイタズラとしか思えない出来事に声を震わせた。

 

「……統合参謀本部は追跡者チームを追加派遣することを決定しました。私も同行する可能性があります」

 

スターズの総隊長に加えて第一部隊の隊長まで派遣するとなれば、いよいよ事態は深刻である。

 

「日本政府は知っているのですか?」

「いえ、秘密作戦です。総隊長、参謀本部からの指令をお伝えします。アンジー・シリウス少佐に現在与えられし任務を優先度第二位とし、脱走者の追跡を最優先せよ──とのことです」

 

リーナの頭に過ったのは先程の嫌な予感。愛称で呼ぶ程の仲の同僚を、この手で始末する。彼女は通信越しのカノープスにその逡巡を悟られないよう、努めて冷静な様子で返事を返した。

 

「……了解しましたと、本部にお伝えください」

 

───

 

その翌日、一月十五日。第一高校を始めとした生徒間、否、社会全体ではとあるニュースが一面を飾っていた。

朝、いつもより遅くに登校した芺はとてつもなく厳しい目線でその『吸血鬼事件』と大々的に書かれた端末の画面を睨みつけていた。

 

「あの〜……芺君?」

「芺、何かあったのか」

 

二人の言葉に芺はハッと我に返る。芺は自分の表情を制御出来ていなかったことに気付いた。

 

「いや、すまない。何でもない」

「そうですか……?あ、『吸血鬼事件』……」

「衰弱死した全ての被害者から約一割の血液が抜かれているという事件だったか」

 

あずさが芺の見ていた画面の表示を覗き見る。朝から校内を賑わせているその事件について服部は知っている素振りを見せた。

 

「そうだ。それも都心で起こっている。二人とも、くれぐれも外出する時は気を付けてくれ。決して一人にならないように」

 

そう語る芺の言葉には有無を言わさぬ圧があった。芺は再三言うが、あまり気持ちを表立って表情に出すことは無い。芺が修める新陰流の教えの中にも、常に安定した心を持って、相手に応じて自在に変化、転化、対応する事を大事とするものがある。

それにより芺は比較的達観しており、物事を冷静に客観視し、常に落ち着いて余裕を持つことが出来ていた。しかし今の芺にその余裕はなかった。その点は未熟とも言えるが、彼はまだ十七歳。事と次第によっては余裕を保つことは難しかった。

 

「まさか、芺……」

「それ以上は言うな。この事件にもあまり関わらない方がいい」

 

悲しさと怒りをごちゃ混ぜにしたかのような芺の表情に二人は頷くことしか出来なかった。次の日、芺は学校を珍しく欠席した。

 

柳生家道場から門下生の一人が亡くなった事を知った芺は、自分の実力不足に異常な程の後悔を感じていた。

思えば、ずっと彼は後手に回っていた。いつも被害が起きてからしか動けなかった。突発的な殺人を一個人である芺が防ぐ事など不可能に近いと頭では分かっていても、心はそうはいかなかった。

最初は、家族を、身内を、仲間を護るために強くなると決意して血の滲む鍛錬に励んできたのにもかかわらず、彼の周りからついに帰らぬ人が出てしまったことに、芺は自分に対して強い憤りを感じていた。

それが自分の無力感への怒りだと分かっていても、それを捨てられずにはいられなかった。

 

翌日も、芺は野暮用を済ませてから夜の街に繰り出した。吸血鬼事件は都心でよく起きている。亡くなった門下生は、どれだけ低く見ても平均を優に超える戦闘力を有していた。実際によく教えていた芺が言うのだから、間違いはない。そんな手練が斃されたのなら、徒に人数を捜索に増やせば良いものでは無い──昨日、友人に一人になるなと言ったはずの芺は、自らの手で事件を解決したいという自らの心理に気付くことが出来なかった。

気配を消して歩いていた芺の眼に、歪なものが写った。まるで認識阻害のような空間が広げられていたのだ。精神干渉の類には稀有な耐性を持つ芺は、直感に従ってその領域に踏み込んだ。視覚と聴覚と触覚に全ての神経を注ぎ込む。

 

(……見つけた)

 

芺は太ももの辺りに装備している伸縮刀剣型CADを抜いて、気配のする方に走っていった。眼の痛みは気にならなかった。

 

───

 

ほぼ同時刻──

 

⦅また不適合か⦆

 

そう口を動かさずに話す者達の目の前には、ベンチに寝かされた女性がいた。彼女は意識を失っているようだった。血液の約一割を失って。

 

⦅ダメですね。定着せず戻ってきてしまいました。何か条件があるのかもしれません。それを突き止める為にも、もっとサンプルが必要です⦆

⦅ムッ!?我々のサイキックバリアを突破した人間がいる。三人……いや、四人か。……こちらは()()、退くか?⦆

 

撤退を提案した黒コートにシルクハットの覆面に、似たような格好の白い覆面はこう答えた。

 

⦅いえ、折角のチャンスです。このサイキックバリアを踏み越えてくる程の素質ならば今度は適合するかもしれません⦆

⦅なるほど、では私が行って相手をしよう。みんなもそれでいいな⦆

 

そういって黒覆面は虚空を見上げた。そこに悍ましい()()がいる事に一体どれだけの人物が気づけるだろうか。

どうやって返答を受け取ったのか不明だが、覆面達は会話を続ける。

 

⦅我々はここに残る。こちらに猛スピードで近付く者がいる⦆

 

そう初めてコミュニケーションを取ったのは覆面から金髪が見え隠れする覆面の黒コート。それに白覆面が頷いたのを見て、黒覆面は動き出した。

 

───

 

芺は最初に感知した公園の中に近付いていた。その途中で、見知った雰囲気を感じ取った。

 

(何故彼が……!)

 

芺は足を早めた。目が痛いのは気の所為だと思っていた。

──

 

「脱走兵 デーモス・セカンド!両手を挙げて指を開きなさい!」

 

路地裏に佇んでいた黒服面──デーモス・セカンドは、大人しくそれに従い手を挙げた。

 

「お前には発見次第消去の決定が下されているが、他の脱走兵の情報を提供するならば刑一等を減じるとも命令されている。十秒だけ考える時間をやろう」

 

「確か君はスターダスト捜索班(チェイサーズ)“ハンターQ”」

 

デーモス・セカンドは自分に消音機能付きの拳銃を向けるUSNA軍の女性に対してこう言い放った。

 

「そして、そっちの君は“ハンターR”だったかな。なるほど、CADによる魔法妨害のための『キャスト・ジャマー』か」

 

続けて背後から『キャスト・ジャマー』……USNAが開発したCADの機能を無力化する兵器。有効射程範囲は5m以内。使用には無系統魔法において高いレベルの魔法師が必要とされる魔法を発動する者の正体を一瞬で看破した。この魔法を、USNAの魔法光学技術を注ぎ込んだ強化魔法師の内、調整と強化に耐えきれず、数年以内に死亡することが確実視された魔法師により組織される決死隊『スターダスト』である彼女達は問題なく行使していた。

 

「だが、君たちに私は倒せない」

 

その言葉とプレッシャーにハンターQは容赦なく銃弾を撃ち込む。しかし

 

「うっ!」

「何っ!」

 

呻き声を上げたのはハンターRだった。デーモス・セカンドは手を挙げたまま、CADを操作するような動作は無かった。しかし、現実に銃弾は軌道を変えてハンターRの二の腕を貫いて行った。

 

「弾丸の軌道を変えた!?『軌道屈折術式』だと!?」

「お前はCADを使わずには魔法を発動させられないはず。『キャスト・ジャマー』が効いていないのか……?」

 

その問いにデーモス・セカンドは覆面の上からでもわかるようにニヤリと嘲るような笑みを浮かべた。

 

「いいや、『キャスト・ジャマー』は正常に作動している。ただ……私はもはやCADを必要としない」

 

そう言い終わるか否か、ハンターQがナイフで斬り掛かる。しかしそのナイフまでもが『軌道屈折術式』により狙いを外された。

 

「何故お前がそんな高度な魔法を使える!」

「分からないか。もう以前の私ではないと」

「ぬか……せ!」

 

体重をかけて振り下ろしたナイフは、デーモス・セカンドのコートを切り裂いた。

 

(アーマーの隙間を狙う……!)

 

その隙にハンターRが狙いを定めて接近する。

 

「小賢しい」

 

だが、デーモス・セカンドの『軌道屈折術式』により身体ごと投げ出された。大きく隙を晒すハンターRに向かって、デーモス・セカンドはスラリとしたナイフを取り出す。

 

「死ね」

 

デーモス・セカンドは、無抵抗のハンターRにナイフを振り下ろした。

しかしその刃がハンターRに突き刺さることは無かった。

 

「ベクトル反転術式!?この強度は!」

 

デーモス・セカンドの凶刃を全く寄せ付けない程の強度を誇るその魔法の術者に、彼は心当たりしかなかった。救世主の登場にスターダストの二人が思わず叫ぶ。

 

「総隊長!!」

 

分が悪いと思ったのか、デーモス・セカンドは迫り来るシリウスのナイフを軌道屈折術式で避け、壁を蹴ってその場から離脱した。アンジー・シリウスを挑発するような笑みを浮かべながら離脱したデーモス・セカンドを、シリウスは追いかけて行った。

 

──

 

昨日、夜中の渋谷で千葉寿和達とばったり出会い、吸血鬼事件について何か知らないか聞かれたレオは、何の因果か公園に来ていた。そして彼は膨れ上がった闘争の気配と、人間とは違う妙な感覚から吸血鬼がいる事を悟る。

レオは昨日教えてもらった寿和の連絡先に、現在位置の座標をつけて吸血鬼の所在を知らせた。そしてすぐに退散しようとしたレオの視界に、ベンチに横たわる女性が目に入る。

すぐさまレオは彼女に近づき、脈を確かめると、まだ生きてはいるが脈が弱い事が分かり、レオは冷静に救急車を呼ぼうとした。しかしそれは叶わなかった。

 

「レオ君!避けろ!」

「!?」

 

咄嗟のステップで背後からの奇襲は避けたが、連絡しようとした携帯端末を破壊される。

目の前には警棒を持った白覆面の黒コート。そして先程の声の主が誰なのか、もちろんレオはすぐに気がつく。

 

「芺先輩!」

 

レオがその名を呼んだ瞬間、彼の目には弾丸のような速度で斬り掛かる芺の姿が見えた。しかしその刹那の間に、芺の身体は炎に包まれる。レオは反射的に芺の名を呼ぼうとしたが、それは不可能だった。次は目の前の白覆面がレオに襲い掛かってきたのだ。

 

芺は見るからに怪しい黒コートと、何故か居合わせたレオの元へ向かっていた。最初は対話を試みるつもりだったが、レオに襲い掛かる白覆面を見て、会話の余地なしと判断し、一仕事終えて身体が温まっている芺は容赦なく刃を振るった。

その瞬間、芺は自らの周囲に対して発動された魔法を感知する。芺の身体の周りが急に燃え上がった。

芺はその場から『縮地』で一瞬の間に距離を取る。衣服は焦げ落ちている箇所があるが、公序良俗的にも肉体的にもさして問題は無かった。芺は自分の身体の心配はせず、後輩に呼びかける。

 

「逃げろ!レオ君!」

 

芺は再度自分に魔法を行使しようとしている黒コートが目に入った。そのタイミングで、先程から気になっていた眼の痛みに気が付いた。黒コートを視界に入れる度に眼が痛む。霊子感受性を無意識でコントロールすることにより事なきを得ているが、直視しようものならどうなるか分からない類の痛みである事をやっと理解した。

 

(何か仕込んでいるのか……?霊子を発する道具など聞いたことが……いや、まずはレオ君を逃がす)

 

覆面から金髪がチラつくその男性に見える体格の術者は、どうやら発火魔法(パイロキネシス)を使用するらしい。魔法の発動速度は目を見張るものがあるが、干渉力で芺に勝ててはいなかった。芺は自らの身体の周りに局所的な『領域干渉』を使用し、レオを逃がすために、彼と殴り合う白覆面を狙う。

白覆面はレオの腕を掴んでいたが、体勢的にはレオの方が有利に見えた。しかし、急にレオの身体がガクンと力を失う。芺は声を出すより早く、白覆面の横腹に飛び膝蹴りを加えて吹き飛ばし、レオを護る様に立った。

目の前には二体の黒コート。そしてレオの意識を奪った謎の攻撃にも警戒し、芺はレオの離脱を諦め脅威の排除に動いた。

 

突如として黒コート達の視界から芺が消える。芺は辺りを見回す白覆面の横を素通りし、金髪の黒コートに斬り掛かった。

芺のCADが、棒立ちの黒コートの腹をかっさばく。呻き声を上げる目の前の黒コートを、芺は後ろの大木を目がけて人体の破壊を躊躇わずに全力で蹴り飛ばした。足裏に斥力場を形成して蹴りを放った芺は、反動を利用して白覆面の方に襲い掛かる。白覆面はどうやら中国拳法のような武術を駆使するが、芺には得物があるために間合いに入りきれていない。白覆面は『流体移動魔法』で移動しているが、それでも芺の身のこなしには及ばなかった。

芺の刃が白覆面の肩口を深く斬り裂き、血を噴出させる。そして追撃を加えようとした芺だが、自らを囲う炎の檻に遮られた。本来ならこの程度の妨害が間に合う速度で動いてはいないが、どうも先程から眼の痛みが激しかったために、反応が一瞬遅滞した。

 

(しぶとい奴め)

 

先程の攻撃で意識を奪ったつもりの金髪の黒コートからの魔法に芺は驚いたが、気体の分子運動を不活発にする魔法──余り得意ではないが、発火魔法と対極の魔法を放って火を弱めた。

芺は弱まった炎の檻から『縮地』で強引に脱出する。そして二体の黒コートを視界に捉えた瞬間、眼と頭に無視できない痛みが走った。思わず目を抑える。何か、得体の知れない()()がいるような感覚を味わった芺は、目の前の者達の正体へ近づく足がかりを得た。

 

(これは……人間ではないな。肉体はそうかもしれないが、中身は既に……入れ替わったか乗り移ったか、どちらか)

 

芺は霊子放射光過敏症を患っている。そのデメリットは無視できないが、同時にメリットもあった。精霊の知覚や、霊的なモノに関しては芺は高い精度で認識することが出来る。

そして今芺を襲う痛みも、そういったモノを見た時と同様の痛みだった。この世ならざる精霊──それと同様の性質を持つ謎の生物と相対している事を芺は今、やっと理解した。その証拠に、先程腹を切り裂き、蹴り飛ばして内蔵の一つか二つを破壊した手応えがあった金髪の黒コートの傷が消えていた。治癒魔法ではない、明らかな肉体の機能的な再生。人体の自然治癒力とは比べるのもおこがましい程の再生力だった。白覆面も同様に、薄く煙を上げながら肩口の傷が塞がっていく。

芺は自らが危機に陥っている事を自覚した時点で、冷静な判断力を取り戻していた。

 

(レオ君を担いで撤退を──)

 

そう離脱体勢を取った瞬間、上空から魔法の発動を感知した。芺は咄嗟にレオと自分を護る魔法障壁を構築する。“新手か”そう考えて反射的に上空を見た芺の()に、得体の知れないものが映ってしまった。アレはなんだ──そう思考するよりも早く、芺の眼だけではなく全身に激痛が走る。肉体ではなく、神経に直接作用するような痛み。霊子を人よりも数倍知覚する芺が、その霊子(プシオン)の塊のような存在を視界に入れた瞬間、脳は許容出来る範囲を超えた。

精神が乱れる、身体を軋ませる激痛の嵐に意識を手放したくなる。同時に肉体に強い衝撃を受けた。白覆面の拳が鳩尾に直撃し、抵抗できなかった芺は吹き飛ばされる。

 

(また失敗するのか──ふざけるな)

 

芺は軋む躯を、悲鳴を上げる肉体を強引にねじ伏せる。痛覚をカットし、痛みで生じる無意識下の行動の遅延をゼロにする。

視界はほとんど機能していないが、五感のうち一つが潰れただけだ。まだ四つ残っているし、()()()にでも頼ろうか──芺は自分をそう誤魔化して、戦闘態勢を取った。

 

見るからに満身創痍の目の前の男が炎を振り払って突進してきた事に、黒コート達は驚きを隠せなかった。

 

⦅この男……!正気ですか!?⦆

⦅落ち着け。ただの人間だ⦆

 

白覆面は視界はこちらを捉えていないのにもかかわらず正確に拳を打ち込んでくる目の前の男に狼狽していた。金髪の方も言葉こそ冷静だが、驚きを隠しきれていない。

 

芺は地面を震わす踏み込みから、身体を開くように掌打を放つ。

 

⦅ぐっ……!⦆

 

カーボンアーマーを着込んでるのにもかかわらず、その上から感じる重たい衝撃。全身にビリビリと響くような威力を、この人間はいとも簡単に放ってきた。

 

⦅増殖は取り止めるべきかもしれません。この男は……ぐっ!⦆

 

足払いを受けて転んだ所に、先程の踏み込みと同様の威力を持った踏み付けが迫る。既の所で転がって避けたが直撃していれば顔の骨を砕かれていただろう。

黒コート達は苦戦していた。やられっぱなしという訳では無い。いくらか白覆面の攻撃は届いているはずなのだが、まるで痛みを無視したかのように反撃してくる。虫の息なのは明白だ。それなのにパフォーマンスがほとんど落ちない。

 

⦅本当に人間ですか……!この男……っ!皆さん!⦆

 

その瞬間、白覆面の呼びかけに応じるように、上空から圧縮された空気弾が多数放たれた。

それを身のこなしだけで避けていた男は、急に足から力が抜け、一発が直撃した。大木に叩き付けられる。骨の一本や二本は持っていったはず……だったが。

 

⦅驚きだな。だがもう死に体だ⦆

 

その男は立ち上がり、倒れ伏しているガントレットを装備した男の前に立った。気力だけでなんとか立っているその男は、金髪が発する赤い炎に包まれた。

 

───

 

(──まだだ)

 

芺は自分に叱責するように言い聞かせる。彼は十月に一度落とすはずだった命を文字通りの奇跡によって『再成』された。その命を無駄にすることだけは何があっても許されない。芺自身が許せなかった。しかし芺が今護ることが出来るのは、後ろに倒れるレオと女性だけ。だが芺にとってはもう取れる選択肢がこれしかなかった。芺はほとんど感覚のない身体で立ち上がり、ほぼ視力を失った眼を見開く。それと同時に朧気な視界が、真っ赤に染まった。金髪の黒コートの発火魔法だろう。しかしここで反撃しなければ、護れるものも護れない。

眼を起点とするこの魔法に、今の状態でどれだけの効果があるか不明だが、一か八かとは言えやらないよりかはマシだろう。そう考えた芺は、身体が限界を迎え、皮膚が焼け爛れる事も構わず、魔法を行使した。

 

(──眠れ)

 

芺が目に捉えたのは一体だけだった。厳密には視界に入ってはいたが、認識の度合いが低かった。しかしどうやら芺の魔法の余波は受けたようだ。そしてそれを最後に芺も意識を手放す。流れ込む情報に脳がオーバーヒートを起こしたのだ。意識を失う直前、芺が眼にしたのは、金髪の黒コートがその場に倒れ伏す光景だった。




伊調です。

以前、活動報告で述べたように、ここからが原作との一番の乖離点になると思われます。

独自設定と展開がモリモリになるため、どうかおおらかな気持ちで見てくだされば幸いです。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

伊調でした。


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第四十話

一部修正しました。6/27


ドサッと音を立てて芺は力無く地面に倒れ伏す。時を同じくして、突如として眠りについたかのようにその金髪に黒コートの魔法師はその場で()()に入った。それを視界に収めながら、必死にテレパシーで呼びかけていた白覆面も満足に身体を動かす事さえままならなかった。動きたいという意識とは正反対の、強烈な()()。上の()()も動きが鈍くなっていた。

 

⦅何をされた?⦆

 

白覆面は目の前の男が何をしたのか分からなかった。魔法を使った事は分かるが、余りにも無駄のない、周りに放出するノイズの少ない魔法。しかし目の前の剣士は精神的な負荷か、炎に焼かれたためか意識を失っているようだった。

白覆面は本来の目的のために、同胞の定着に取り掛かった。白覆面が、目の前の芺に何度もふらつきながら近づく。そして、手をかけようとした瞬間

 

「作戦開始」

 

そんな声が聞こえたような気がした。

 

白覆面が声にならない叫び声をあげる。今まで味わったことのないような激痛が白覆面を襲ったのだ。身体に外傷はない。しかし激痛は続く。白覆面は芺の捨て身の魔法の効果に加えて痛みに悶絶し、そこから逃れるように地を這いながらどこかに消えていった。

それを確認したのか、木の影から多数の()()が現れる。彼らは素早く芺と金髪が見え隠れする黒コートを、見かけ上の重さを軽くして担ぎ上げた。

 

「柳生芺と一体の『吸血鬼(パラサイト)』を回収致しました」

 

その黒服たちを先導する男が、携帯端末で返事を待たないただの報告をする。その男の両隣にはゴスロリ風の格好をした少女と、彼女とよく似た顔をしている少女?がものの数秒で終わった回収を見ていた。動きやすそうな服を着た少女?はナックルダスター型のCADを白覆面に向けている。どうやら白覆面を行動不能に意識を陥らせた魔法師は彼女?らしい。

 

「撤収だ」

 

しかし、そう簡単には終わらない。上空から素早いが、幾分か弱々しい魔法が放たれる。だがそれはただの障壁に防がれる結果となった。芺の魔法を受けていたその霊子の塊は、その程度の魔法しか行使できなかった。

リーダー格の男が、柳生芺を受け取る。そして金髪の黒コートを担いだ黒服もすぐに近寄ってきた。

 

「ヨル、頼む」

「はい」

 

ヨルと呼ばれたゴスロリ風の少女は『擬似瞬間移動』を発動する。数十メートル先に出現した彼らは、用意していた車に乗り込み、何人かの黒服を現場に残してその場を離脱した。黒服の集団は、途轍もない手際の良さで課されていた任務を完了した。

 

──

 

(まずい……!)

 

デーモス・セカンド……サリバンと呼ばれる黒覆面を着けた脱走兵を追っていたシリウスは、サリバンの他に大きな闘争の気配を察知したため、そちらに向かっていた。シルヴィ曰くノイズだらけでほとんど分からなかったが、微弱な吸血鬼(パラサイト)の反応があるそうだ。そして反応の内一つが急に弱くなった事、そしてもう一つも消えかけている事を伝えられた。

サリバンにかなり遠くまで引っ張られていたシリウスは、急いで反応があった地点に走る。しかし、その努力は徒労に終わった。

 

「……な!?」

「シルヴィ!?どうしました!?」

 

通信機越しにシルヴィ──シルヴィア・マーキュリーの驚いた声が聞こえる。

 

吸血鬼(パラサイト)の反応が瞬間移動!?出現地点から移動を開始しました!速度からして車を使っていると思われます」

「瞬間移動はありえ……いや、『擬似瞬間移動』の使い手が……」

 

現代の魔法師社会の常識として、真の意味の『瞬間移動』は不可能と言われている。『変身』も同様だ。しかしシリウスはそれに限りなく近い魔法を使えるし、『擬似瞬間移動』の術者はスターズの内部にも存在した。

 

「もう一体もその場から逃走……双方ともノイズが多く、移動基地からでは追跡は難しいかと思われます……」

 

シルヴィの冷静な分析が聞こえる。彼女が嘘をつく理由もない。シリウス自身も脱走兵の気配をほとんど感じられなくなっていた。

 

「……分かりました。今日の所は撤退しましょう。徐々に招かれざる客も集まってくるでしょうし」

 

現地でこれだけ派手に動けば、どこかの組織には気付かれる。ここらが潮時だった。

 

「総隊長……すみません。私の力不足で」

「いえ、貴方のせいではありません。元々バックアップが少ないのですから、これは本部の失態とも言えます」

 

自虐するシルヴィを、シリウスは慰める。バックアップの不十分さは本心から来ているが、同時に一つの懸念が浮かび上がった。

 

(でも……『擬似瞬間移動』を使える術者が脱走兵の中にいたかしら。隠していた、使えるようになった可能性もなくはないけど……)

 

シリウス──リーナは最悪のパターン(吸血鬼の強奪)の可能性を、頭から振り払うようにその場からそそくさと退却した。

 

──

 

一方、吸血鬼(パラサイト)を乗せて動き出した車内で一番最初に声を発したのは、白覆面を行動不能にせしめた彼女?だった。

 

「芺さんの様態は?どうなんですか!?」

「落ち着きなさい文弥。貴方が焦っても何も変わらないわ」

 

ヨル──亜夜子は女装している弟の文弥をたしなめる。その言葉は自分に言い聞かせているようにも聞こえた。芺の応急処置を行っていた黒服が答える。

 

「外傷は火傷と骨折、打撲のみです。しかしこの衰弱具合から脳か精神、もしくはその両方に多大な負荷を受けている可能性があります」

「大丈夫なんですよね?」

 

素人目から見ても明らかに衰弱している芺を見て、亜夜子が確認するように問う。

 

「……痕は残るかも知れませんが肉体は無事です。しかし……」

 

黒服は治癒魔法で簡単な応急処置を施しながら、言いづらそうに答える。

 

「専門的な治療を施してからではないと確実性のある治験は申せませんが……目覚めるかどうかも怪しい状況にあると思われます」

 

しんと静まった車内に、コール音が響く。助手席に座るリーダー格の男……黒羽貢は現場に残した黒服から連絡を受けていた。どうやら白覆面はそのまま撤退したらしい。警察も到着し、被害者二人も運ばれて行ったそうだ。もちろんパラサイトの本体もその場から消えたようだった。信号の採取も完了したらしく、結果は上々と言えよう。なんせパラサイトを一体捕獲したのだから。

黒羽家は一仕事終えた後、芺を尾行していた。厳密にはパラサイトを追うであろう芺を追いかける事で、パラサイトを捕獲しようとしていた。しかし途中から一向に姿が見えなくなり、合流した文弥がサイキックバリアを発見するまで芺を追うことが出来なかった。

そして発見して、散開した人員を集めて準備を整えている内に芺が倒れたというのが事の顛末だ。文弥と亜夜子は直ぐにでも加勢に行こうとしていたし、貢もそれを支持したが、今回の命令はパラサイトの捕獲。そしてそれは人員が完全に揃った安全な状態で決行しろというオーダーを受けていたため、それには至らなかった。

この命令を下した四葉家当主の真の意向は不明かつ、芺を大きな危険に晒すため、文弥と亜夜子は抗議をしたが、撤回は受け入れられなかった。

そのご当主様の謎のオーダーにより、芺は意識不明の重体に陥っている。芺を消したかったのか──そう考えた二人だったが、この後四葉の息のかかった病院で芺は治療を受け、肉体への応急処置がなされた後、本家の研究所に移送されるそうだ。そこで専門的な治療を行うらしい。もう既にそこまで準備が整っているのだ。

捕獲した黒コート──真夜がパラサイトと呼称していたこの生物も、同様に移送され研究されるという。

文弥と亜夜子……ひいては貢にさえ、四葉家当主 四葉真夜の真意は定かではなかった。なぜ火事を消すために火事起こすような真似をしたのか。そしてこの作戦においてはバックアップが完璧だった。カメラや想子センサーの妨害から何から何まで順調に次ぐ順調。まるで真夜の()()()()()に事が進んでいるような感覚。そんな謂れのない想像をしながらも、芺とパラサイトを載せた車は目的地に走っていった。

 

───

 

レオは病室で目覚めた。身体が重い。レオは出自の関係からかなり身体が丈夫な方だが、それでもすぐにまた目を瞑りたくなるほどだった。そしてレオは何故自分がこうなったか思い出す。

 

(確か殴りあってる最中に急に力が抜けて……俺が生きてるってことは、芺先輩が助けてくれたのか──先輩は無事なのか?)

 

交戦が始まってからすぐにレオは白覆面の謎の攻撃で意識を奪われたが、その少し前に一瞬見えた芺の顔は、彼にしては辛そうな顔をしていた。言い様のない不安にかられながら、レオはナースコールを押す。息も絶え絶えだが、会話は不可能じゃない。レオは慌てて駆け寄ってくるナースの足音を聞きながら、意識を閉ざさないように努力していた。

 

──

 

同日、エリカは朝から焦りと怒りで愚痴を吐きながら急いで出かける準備をしていた。

 

「あのバカ兄貴……バカに何やらせてんのよ!」

 

───

 

レオが中野の病院に運び込まれた翌日、一月十七日。朝が早い寿和はエリカにメールを送った後、赤く腫れた頬を擦りながら朝から来客の相手をしていた。

 

「千葉家統領殿。朝早くから申し訳ありませぬ」

「いえ。何やら重大な要件だとか。我々で良ければお話をお聞きします」

 

そう焦りを抑えてはいるが、結論を急ぎたそうにしている来客──柳生家の使用人、竜胆を前に寿和は自ら要件を尋ねた。千葉家は柳生家と親交が深い。もちろん統領である寿和は、柳生家の中でもトップクラスの実力を誇り、使用人の中でも次期当主の半ば側近という形で認知される竜胆の人柄をよく知っていた。

そんな竜胆が焦りを見せる──達人でもなければ分からない──ような自体に寿和は知らん顔はしていられないという心持ちだった。

 

「ありがたきお言葉です。実は……昨日から柳生家が次期当主、芺の姿が見えないのです。日付が変わっても帰らず、連絡もない。柳生家の手の者に探させましたが一切痕跡がありません。本職の方の前で言うのも憚られますが、監視カメラの映像を確認もしました。しかし若が通られたと思しき場所には都合よく不具合等が散見されたのです」

 

そう早口で語る竜胆の様子は落ち着きを払っているように見えたが、焦りと焦燥を抑えた結果ということは火を見るより明らかだった。

 

「……本当ですか。となると行方不明と……?それと監視カメラの件はお気になさらないでください」

 

寿和はそんな瑣末事は気にしないといった様子で続きを促す。

 

「ありがとうございます。我々も信じたくはありませんが、柳生家の次期当主の行方不明ともなれば、ただの警察に届け出る案件ではないと判断が下されました。身贔屓ながら、柳生芺の実力はただの誘拐犯や一介の組織の手の者等に倒される程度の実力だとは思ってはおりません」

「それは私も同意見であります。芺殿程の人物が戦闘不能に陥らされたともなれば、何らかの特殊な要因が考えられます。実は監視カメラの不具合について警察内で問題になっていました。直ぐにもみ消された事から、超法規的な組織が動いた可能性もあります」

 

寿和が言うことにも推測にも嘘はなかった。寿和は“上”の対応から、何らかの大きな思惑が動いていると、直観的に察知していた。

 

「左様でございますか……。前置きが長くなってしまいました。千葉家統領殿、折り入ってご依頼したい事がございます。どうか、柳生家次期当主 柳生芺の捜索に千葉家の力をお借りしたい!ご存知の通り、この吸血鬼事件で柳生家は犠牲者を出しています。それに加えて次期当主の失踪が続き、現当主の奥方は著しく体調を崩されております。その状態で自ら若の捜索に乗り出しかねない危うい精神状態に陥っているのです。どうか改めてお願い致します。奥方の為にも、千葉家の力をお貸しください……!!」

 

神妙な面持ちで、竜胆は深く頭を下げる。疲労と心配から、体格のいいはずの竜胆の体が些か小さく見えた。寿和は竜胆の方を意志のこもった力強い眼で答える。

 

「顔を上げてください。我々としても、行方不明となった未成年者を放っておくことなど、警察として、百家として、言語道断であります」

「でしたら……!」

「はい。千葉家は柳生家に対し全面的な協力を約束します。一刻も早い発見にお互い力を尽くしましょう」

 

寿和は二つ返事でその依頼を承諾した。理由は実際に述べた内容で間違いはない。単純に警察として、そして親交ある家の次期当主が行方不明となれば、かなりの一大事である。冷静を装ってはいたが、心中ではかなり驚いていた。協力しない理由もなかった。そして寿和個人的な気持ちとしても、芺が心配ということもあった。エリカが昔から芺によく懐いている事は知っている。()()()妹の為にも寿和は一肌脱ぐ事に決定した。

 

「して、竜胆殿。前日の次期殿の足取りは分かっておられるのでしょうか」

「推測にすぎませんが……若は恐らく『吸血鬼事件』を追っておられました。若も門下生が亡くなったことに大層心を痛めており、自分に何か出来るわけでもなかったと頭で分かっておりながら、自分を責めておられました。時期的にも柳生家は『吸血鬼事件』の線で調査を進めている所です」

「分かりました。我々もその線で調べると共に、監視カメラの不具合と並行して調査を進めていきます。何か分かれば、直ぐにご連絡します」

 

「ありがとう……ございます……!」

 

竜胆は感極まった様子で再度、深く頭を下げた。

 

───

 

竜胆を見送った寿和と付き人、稲垣はレオが入院している病院の事務室を借りていた。そしてそこのドアが勢いよく開けられる。そこに居たのは真剣な眼差しを向けるエリカだった。彼女は真っ直ぐ寿和の方へ歩いてくる。

 

「アイツが言うには昨日の運び込まれた夜、一緒に芺さんが居たんだって。だから詳しく聞こうと思ったら、芺さんに連絡がつかないの。他の子に聞いても、皆繋がらないって」

 

エリカは何かを悟ったような顔をしていた。同時にそれを信じたくないという顔も。寿和はもう一発裏拳を喰らう事を覚悟していた。その程度でエリカの気が晴れるなら構わないと思っていた。しかしいつになっても衝撃は来なかった。

 

「ねえ、和兄貴。芺さんは無事だよね……?アイツは弱いけど、芺さんは強いから、吸血鬼なんかに負けるわけないよね……?」

 

エリカはいつも気丈に振舞っている。彼女元来の性格もあるが、常日頃からエリカは強い人間だ。しかし、今目の前にいるのはただのか弱い少女に見えた。寿和はエリカの肩に手を置いて、優しく、力強く語り掛ける。

 

「芺君は現在行方不明だそうだ。今朝、お前が出た後に柳生家から使者が来て、調査への協力を申し入れられた」

 

エリカはそれを聞いて縋るような、そして睨み付けるような視線を向ける。

 

「そんな顔をするな。千葉家は全面的に柳生家次期当主の捜索に協力する。親父も事後承諾だったがGOサインが出た。芺君は、必ず見つける」

 

それを聞いたエリカは、“やっぱり……”と下を向いて、何かを我慢するようにボソッと呟いた。受け入れたくない現実が、真実味を帯びてきたからだ。しかし彼女は寿和の方をキッと見詰めた。半分睨みつけていたが。

続けてレオの病室に七草真由美と十文字克人が現れた事にも触れたエリカ。寿和曰く、レオと一緒に救出された女性はどうやら七草の人間らしい。そして……

 

「ここからは俺の推測なんだが……この吸血鬼事件で七草家は被害者を隠匿しているようだな」

「……つまり、死体を隠してるってこと?」

 

エリカは汗を流しながら寿和の推測をまとめる。そして魔法師が被害者をになってるなら隠す必要も無いはずだと尋ねた。

 

「さて、そこなんだよな。今回の事件が一筋縄じゃいかないような気がするのは。……実は芺君も裏で吸血鬼事件を追ってたらしい。そして消息不明。七草や十文字も出張ってきてるし、多分裏でもっと動いてる組織もいると思う」

「……まさか、芺さんも七草が……?」

 

エリカは軽蔑と疑念を露わにして呟く。寿和が“それはない”と否定してなだめると、エリカは少し考えたあと、こう言った。

 

「それだけ分かったならいいわ。レオはまだ万全じゃないから、質問するならちゃんと考えてやりなさいよ」

「お、おいエリカ。どこに行くんだ」

 

どこかいつもの調子に戻ったような雰囲気のエリカは、病室を後にしようとした。

 

「一旦家に帰る。それで準備を整える。放課後くらいの時間には戻ってくるかもだけど」

 

エリカが学校を休んでまで芺を探しに行く気なのは明白だった。本来なら止めるべきなのだろう──寿和はそう分かってはいた。しかしそれを言うことは彼には出来なかった。

 

「分かった。くれぐれも無茶はするなよ」

「当たり前よ。無茶するのはあの人の特権だから」

 

エリカはそう気丈に笑ってみせた。彼女は強い意志のこもった眼をギラつかせ、事務室を後にした。

 

───

 

まだ朝早くから届いたメールに、達也は思わず驚きと不安に表情を変えた。感情に乏しい達也がそんな表情を見せるのは珍しいため、深雪は何があったのか尋ねた。

 

「またエリカからメールだ」

「悪い知らせですか……?」

「どうやらレオが吸血鬼に襲われて病院に運び込まれたらしい」

「……冗談ではないんですよね?」

「事実だ。そんな嘘をつく必要も無い。……そして、レオは芺さんと一緒にいたと証言しているそうだ」

 

一気に流れ込んできた二つの事実に、深雪は口に手を当てて顔を青ざめさせる。

 

「そんな、芺さんは……」

「連絡がつかなかったな。エリカの謎の頼みはこういう事だったのか」

 

二人は先程来た脈絡のないエリカからの頼みを思い出す。芺さんに連絡がつくかという旨のもので、理由は告げられなかったため疑問に思っていた。

 

「レオは不幸中の幸い、命に別状はないらしい。見舞いに行くのは皆の都合が合う放課後でいいだろう。まずは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()に聞いてみよう。芺さんの失踪となれば、本家も動いているはずだ」

「……はい」

 

深雪は柳生芺という人物についての会話の中で、本家(四葉)の名が出る事に、未だ完全に慣れることが出来ていなかった。なぜそうなったのか──そのきっかけとなる出来事を、ふと深雪は思い出していた。




伊調です。

奇しくも四十話という節目において、“四”が動きだすこのお話を書くことに不思議な縁を感じました。(どちらかと言うと黒羽でしたが)
今回の展開に関しては予想出来た方も少なからずいらっしゃるのではないのでしょうか。

変則的ですが、次は追憶編のお話を挟みます。ここからオリジナル要素がかなり増えますので、可能な限り分かりやすく描写して行ければと思います。
再三ですが、ここからは私の好きな要素をふんだんに詰め込んだお話になります。好き嫌いが分かれるかとは思います。ですが、それでも構わんという好事家の方がいらっしゃれば、ぜひお付き合いいただけると私は嬉しい限りです。

ここまで読んでくださりありがとうございます。伊調でした。


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第四十一話

二〇九五年十一月六日──司波兄妹は武家屋敷調の伝統家屋……四葉の本家に招かれていた。兄妹揃って呼ばれるのは実に三年振りとなる。

深雪はその日に色々な事を思い出していた。深夜の事、桜井穂波の事、兄さんの事、達也の事、お兄様の事……そんな事を考えているうちに、今日の用事は終わってしまったようだ。同席していた独立魔装大隊の風間と真田に、しばらく達也との接触を避けるように言いつけた真夜は、その後達也以外の全員に退出を命じた。

 

叔母様とお兄様が二人きりで会話することなんて、今まで無かったのに──

 

───

 

「達也、学校を辞めなさい」

「学校を辞めて、どうしろと?」

「しばらくここで謹慎していなさい。深雪さんのガーディアンには別の者を差し向けます」

「ガーディアンの選定は、護衛対象の専決事項だと思っておりましたが」

「何事にも例外は付き物よ」

「まぁ、そうですが……お断りします」

 

達也は真夜の命令を拒否する。当然だった。どのような理由があれ、深雪の傍を離れる理由にはならない。

 

「私の命に、従わぬと?」

「俺に命令できるのは深雪だけです」

 

最高潮に高まる緊張感、時が止まってしまったかと錯覚するような緊迫感の中、世界が『夜』に塗り潰された。

 

闇に、ではない。闇に浮かぶ、燦然と輝く星々の群れ。

四葉真夜──極東の魔王の『夜』が、達也を襲う。万物を貫く不可避の光。その全てが、音も無く砕け散った。

 

「──随分と手加減して頂いたようですね」

「当然でしょう?貴方は私の可愛い甥なのですから」

 

達也の呟きに真夜は笑顔で答えた。二人のどちらにも傷はなく、室内に血の匂いは残っていない。

 

「まぁ、それを差し引いても上出来です。だから今回は、貴方のわがままを叶えてあげましょう」

「ありがとうございます」

「いいのよ。私の魔法を破ったことに対する、ちょっとしたご褒美なのだから」

 

そのまま真夜は、軽く一礼する達也を手を振って見送った。

 

───

 

その後、サンルームに兄妹揃って呼ばれた二人は、給仕に来たメイドに思わず声を上げそうになり、真夜からその素性を聞かされて絶句しかけた所だった。桜井穂波の()()()()の姪。調整体『桜』シリーズ第二世代の桜井水波だそうだ。どうやらこの先男性のガーディアンだけでは色々と不都合があるから、という名目で深雪のガーディアンにするつもりらしい。水波について一通りの問答が済んだ後、真夜は達也の方を優しく見つめた。

 

「達也さん、他に質問があるのではなくて?」

 

ふわりと笑う真夜。全てお見通しか──そう悟った達也は兼ねてからの疑問をここでぶつける事にした。

 

達也は先の横浜事変において負傷した者を『再成』により治療……否、復活させた。それには第一高校の生徒も含まれている。想子の枯渇により障壁が消滅し、テロリストの凶弾に倒れた芺だ。『再成』を行う際には対象のエイドスを読み取らなければならない。それにはとてつもない激痛が伴うのだが、それは今回は関係がない。そう、『再成』は対象のエイドスを読み取る点が重要だった。達也は芺を『再成』する際に彼の構造情報を読み取り、その内容に動揺を隠せなかった。それについて、今回は無理言って真夜に尋ねるつもりだった。達也はずっと下げていた頭を上げ、彼女の目を見据えて問いかけた。

 

「はい。折り入って質問がございます。『柳生』、ひいては柳生芺について叔母上が知り得るだけの情報をお聞かせいただきたいのです」

 

そんな質問は予想外だったという顔をしたのは真夜だけではない。深雪もだった。達也は深雪にさえ未だ説明をしていない。確信に至っていたが、認めたくない情報だったからだ。それだけ達也は芺のエイドスを視た際に知り得てしまった過去に対しての説明を欲していた。

 

「柳生家と言えば……千葉家と並んで剣術の名家とされる家でしょう?余り詳しくは知らないわよ?」

「叔母上、自分は先の横浜事変において重傷を負った柳生家次期当主に

対し、『再成』を使用しました」

 

達也はわざとそこで言葉を切る。それだけで十分だと考えたからだ。それは真夜も分かったようで、観念したような素振りを見せながら口を開いた。

 

「重傷を負わないようにきつく言いつけていたのだけど……芺さんが負傷した状況を教えてくれる?」

 

真夜の言葉に深雪は瞠目する。彼女の言い草からすれば前々から交流があったように聞こえる上に、自らの叔母が全く関係の無いはずの家の息子を呼ぶ声色が、まるで親しい親族を呼ぶような声だったからだ。達也は動揺を見せずに答える。

 

「はい。大亜連合の歩行戦車や装甲車、歩兵のほぼ全てを一人で捌き切り想子の枯渇直前まで戦い続けた後、回収のタイミングで潜伏していた歩兵のハイパワーライフルの奇襲から他の生徒を守るために対物障壁を展開しました。しかし想子の枯渇が目に見えていた芺さんは移動魔法で敵兵器の残骸を操作し、他の生徒の盾としました。そしてエイドス・スキンの分まで全て魔法に想子を回した結果、想子を使い切り障壁を維持出来ず腹部と肩部、右腕を撃ち抜かれました」

「分かりました。……それなら仕方ないでしょう。私達は身内には過保護ですからね」

 

達也は目を細める。“隠す気もないか”と彼は考えた。彼女はまごうこと無く柳生芺に対して“私達”と言った。それが全ての答えのように感じる。

真夜は可愛い姪を気遣った。

 

「達也さん、確認は取れたでしょうから深雪さんは下げてもらっても構いませんよ」

 

その言葉は“これから言うことは後で達也の口から語っても構わない”という意味だったが、達也は反応に困った。達也は芺のエイドスを視た時点で答えを得ている。しかしそれを深雪になんの脈絡も無しに伝えるのは大いに憚られた。だが同時にその内容は四葉真夜の姪である深雪にとって無視してはならない内容だということも理解していた。達也の一瞬の逡巡を理解したのか、深雪が強い意志を目に秘めて答える。

 

「叔母様。もし、差し支えがございませんでしたら私めにもお聞かせください」

 

深雪は頭を下げる。達也も諦めたような顔をしていた。

 

「分かりました。ではまず、簡単に結論から言います──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也さんも分かっているように……柳生芺、ひいてはその母親、柳生茅は四葉の血を引いています」

「……っ!」

 

深雪が思わず出そうになった言葉を口を手で抑えることで何とか飲み込む。

 

「柳生茅、旧名……四葉火夜は私と深夜の妹になるわね。そして火夜ちゃんが柳生家の現ご当主さんと結婚して、生まれたのが柳生芺さん」

「最初は四葉の娘が他の家、おまけに百家でもないただの剣術の名家に嫁ぐなんて言語道断といった声が多くて困ったのよ。でも、最終的には皆が納得してくれて良かったわ。やっぱり結ばれたい人と結ばれるのが一番の幸せよね」

 

達也は深雪を気にかけながら“納得させた”の間違いじゃないかと考えたが、それをここで言うほどの命知らずではない。

 

「……何故、納得されたのでしょう」

 

その質問に真夜はニッコリと笑う。

 

「良い質問です。そうね、もし柳生家が本当にただの剣術の名家というだけなら、皆を納得させるには至らなかったでしょうね」

 

その言葉に達也は考えたくなかった仮説が立証されかけていることに気付く。

 

(芺さんの卓越した魔法力。そして柳生という苗字……突拍子も無い仮説だと思っていたが、まさか……)

 

「柳生家はその中に今で言う『数字落ち(エクストラ)』の血を内包しています。過去に第八研に籍を置いていた『八牛』の血を受けいれ、それと同時に古くから続く剣道、剣術を伝える血筋。それが現在の柳生家を象っています」

 

達也の中ではここでまだ疑問が残っている。たかが数字落ち程度で皆の意見を覆したのかと。それを察したのか真夜が『八牛』について語り始めた。

 

「第八研の研究テーマは知っていますね?『魔法による重力、電磁力、弱い相互作用、強い相互作用の操作』です。『八牛』もそれに適した魔法的素質を持つ一家として研究所に招かれました。しかし『八牛』の中には稀に精神干渉系魔法に類まれなる才能を持つ者がいました。かつての第四研は……そこに目を付けました」

「他の研究所の魔法師を引き抜いたということでしょうか」

「……ええ、それも半ば強引にだったそうです。それが発覚した後、『八牛』は真面目に研究を進めていた者達もろとも研究所から居場所を奪われていきました。“第四研のスパイだ”“我々の研究を横流しした”などと難癖をつけられて」

 

深雪は完全に固まっていた。思考が追いついていないのか、はたまた追いついてしまって理解に苦しんでいるのか定かではないが、達也はまだ聞かせるべきではなかったと反省していた。

 

「恐らくそれも、あの時からあった『()』への恐怖がそうさせたのかも知れません。そして居場所を失った『八牛』は当主と親交が深かった新陰流を伝える、かつての柳生家の当主からとある申し出を受けました。

“我々『柳生』は学びたいと思う者を拒まない。もし貴方達が望むのならば我々は受け入れる”と。その裏には柳生家が第八研の研究テーマ……主に重力について興味があったそうですが、それを踏まえた上で『八牛』はその申し出を受け入れました。彼らには非人道的な実験に付き合わされた事による、研究所の魔法師への忌避も見られたそうです。それもあってその後の百家会議において、九島の立会の元『八牛』は名前を捨て、そのほとんどが『柳生』に性を変え、剣術家の道を歩みました。残りの方々は四葉に残った者もいれば、他の『八』に協力した者もいたそうです。ですが一旦、そこで『八牛』は解体されました。……大丈夫ですか?」

 

かなり長い時間話している事からの心配だったが、達也には無用の心配である。真夜の目線は深雪に向けられていた。

 

「問題、ありません。ご心配痛み入ります。ですが、それには及びません」

 

深雪はこの話を聞き届けねばならないと思っていた。深雪も馬鹿ではない。最初の言葉で、この話は逃げてはならないものだと分かっていた。

 

「では次に現代の話をしましょう。お気づきの通り、柳生茅は深夜の妹でもあります。貴方達の叔母ということですね。そして、その息子の芺さんは……」

「……私達の、()()()

「その通りよ、深雪さん」

 

再度突き付けられた真実に達也は表情を変えずにはいられなかった。今考えてみれば不自然な点はあった。深雪は妙に懐くし、自分も芺に対して謎のシンパシーがあったことは否定出来ない。彼の身内に対する過保護さも四葉の血を継いでいるなら合点がいく。そしてあの魔法力。深雪には及ばずとも第一高校で三巨頭と呼ばれる生徒の内、その二名を凌駕している事は達也は知っていた。彼は総合的に見ればその限りではないが、適正のある魔法においては『七草』を超える程の干渉力をただの剣術家が有していることに何も疑問を持たなかったといえば嘘になる。そして問題は彼が自分たちの血縁であるということ。血縁上で言う血の濃さで言うなら深雪や達也は芺と変わらなかった。

 

「その事を、芺さんは知っておられるのですか」

「ええ、過去に四葉家の任務に協力してくれた回数も少なくありません。そういう約束でしたから」

「分かりました。お時間をお取りした事をお詫びします」

「あら、質問は終わりかしら。これくらいの事ならいつでも構わないのよ。それと、芺さんとも仲良くね」

 

司波兄妹は深く頭を下げて、一旦その場から退出した。

 

司波兄妹は考えずにはいられなかった。もし、芺の母親……血縁上は叔母にあたる茅が柳生家に嫁いでいなければ。そうなれば芺は四葉家の次期当主候補として深雪と鎬を削っていた可能性さえある。しかし達也の考える芺の強さとは、何も魔法に限った話ではない。芺の強さは高水準の処理速度がもたらす高速移動と、相手の防御を撃ち砕く干渉力。そして高速移動に着いて行けるように鍛え上げられた肉体や体術による強力な近接攻撃。これが芺が剣術家やマーシャル・マジック・アーツの選手として名を馳せる理由だ。

もし彼が四葉家として育っていれば、今の彼は無い。ただただ優秀な魔法師として育っていただろう。そしてそれでは深雪には勝てない。()()()()()()()の魔法師など深雪にとっては取るに足らない相手だからだ。しかし、柳生芺は違う。彼は魔法師ではなく剣士──魔法以外の経験を磨いたのだ。その点では達也と似通っているとも言える。

そして最も懸念すべき事項は、彼が精神干渉魔法を使用できた場合である。四葉の魔法師は大きく二つの種類に分かれる。一つは深夜の様に精神干渉に特化した魔法師。もう一つは精神干渉は使えずとも何らかの異能に特化する達也の様な魔法師だ。ちなみに深雪は例外的にこの二つの特性を併せ持っている。そして芺も考えうる可能性では確実に何らかの異能に特化していると考えられた。『八』の血も受け継いでいる彼は、『極光』や『電磁砲』を扱って見せた。そしてこれらの魔法は第八研究所の研究テーマと一致する。恐らくこれが『四』と混じり合い『魔法による重力、電磁力、弱い相互作用、強い相互作用の操作』への適性が異能への特化という形で表出していると思われる。特に芺は『慣性中和魔法』や『圧斬り』、『不可視の弾丸』等の重力に纏わる魔法を得意としている節もある。てっきり柳生家の適性だと思っていたが、恐らく『八』の血が影響しているのだろう。

話が脱線したが、芺が精神干渉魔法を使用出来るかは不明瞭だ。まず使った事を見たことが無い。可能性としてはそれさえ誤魔化されているというものだが、そんな事を考え出すとキリがない。どこかで機会を待つしか無かった。

だが一つだけ良かった点がある。

 

柳生芺の性格上、彼が基本的に味方である……という事だ。そんな打算的な事を考えていた達也は、深雪の一声で我に帰る。

 

「芺さんは……私達が四葉家の者である事を知っておられるのでしょうか」

 

達也はそれについて失念していた事に気づく。今までそんな素振りは見せなかったが、知っていないとも限らない。

 

「分からない。だが、一度話す必要があると思う」

「私も、そう思います」

「俺がアポを取ろう。何なら向こうから話し合いの場を設けてくるかもしれない」

 

“そうですね……”と、力の無い声で返答した深雪を、達也は気遣いながらその場を去っていく。

 

「──フフ、四葉からは逃れられないのよ」

 

その室内に響いた、誰に言ったかも分からない独り言を聞く者はいなかった。

 

───

 

後日、四葉が所有するホテルのVIPルームに司波兄妹は並んで座っていた。もちろん、今日の来客は柳生芺だ。扉がノックされる。

 

「どうぞ」

 

ドアをゆっくり開けて入ってきたのは、紛れもない柳生芺。だが、改めて意識して見ると、彼から漂う雰囲気は達也達と似通っていた。何なら今まで芺が意識して隠していた可能性もある。何にせよ、彼は紛れも無く『四葉』の人間としてここに来た。ここのVIPルームには四葉の者しか入る事が許されていないのだから。

 

「済まない、待たせたか」

「いえ、約束の時間にはまだありますから」

「お茶をお淹れします」

 

深雪がそう言って席を立つ。芺は遠慮しようとしたが、達也がそれを手で制した。深雪は何か行動を起こす事で緊張をほぐそうとしていたからだ。芺の目の前に、湯気を立たせる美味しそうな紅茶が用意される。芺は出来るだけ普段と変わらない様子で感謝を述べた。一瞬の沈黙が流れるが、自分の方が歳上だという自負からか、芺が口を開いた。

 

「ご当主様から君達の事は聞いている。まさか、こんな近くに自分の縁者がいたとは思わなかった」

 

“ご当主様”と言うのはもちろん四葉真夜の事だろう。芺も真夜から達也達のことを知らされたのかもしれない。

 

「やはり、芺さんは……」

「そうだ。俺の母の旧姓は四葉であり、当然、息子である俺もその血を引いている。俺にとってご当主様は叔母上にあたるから、二人とは血縁上は従兄弟という関係になると思う」

「……っ、はい」

 

深雪は絞り出すように反応する。やはりまだ実感が湧いていないのだろう。突然先輩が実は従兄弟でした、などと言われたら誰だって困惑するものだ。

 

「いつからご存知だったんですか」

「俺が四葉の血を引いていることを知ったのは、確か小学生かそこらの時だった。あの時は驚いたよ。()()四葉が俺に何の用だとな」

 

芺は自嘲気味に笑う。今考えればただ叔母が会いに来ただけなのだから。

 

「その時に大体の事を聞いた。実は親が四葉で、俺に剣道の才能が無いのはその血が混ざっているから。『四』の性質が強く出ているのだとな」

「芺さんは、そんなにお強いのに才能が無かったのですか?」

「ああ、ご存知の通り俺は言わば『四』と『八』のハイブリッドだ。そこに柳生の血は濃く表れなかった。魔法を扱う剣術はどうにかなるが、魔法のない純粋な剣道では凡才もいいとこだった」

 

しかし達也達が知る芺の剣道、剣術の強さは共にトップクラスだ。剣を持つ芺が膝を着いた姿は見たことが無い。それが血の滲むような努力と鍛錬の末の強さだと言うことを改めて理解した。

 

「芺さんには確か弟さんがいらしたと記憶しているのですが」

 

達也と深雪は一度だけ柳生家にお邪魔したことがある。その時に見た柳生紫苑という少年は芺の弟だったはずだった。親が四葉なら、弟もその血を引いていると考えるのが道理だ。

 

「……この事は口外しないでもらいたいのだが。()()()()()()()()()()()()()()()