泣き虫なサイヤ人 (丸猫)
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少女の日常


悟空とラディッツって何歳差なんですかね。


 

「・・・・今日は、上手くいかなかったなあ。」

 

ぼやくような声と共に、一人の少女が歩いていた。白いドーム状の家の間を通る道を練り歩くように、とてとてと歩いている。腰まであるくせっ毛を無理やりに一つでまとめていた。

未だ、幼過ぎる小さく、非力な体に対して、その身に纏うのは仰々しい鎧であった。見た目に反して、軽いそれを、まるで新品のワンピースのように着こなしている。

それも当たり前の話だ。

何といっても、それは、少女が少なくとも一人前であるという証なのだ。

少女の顔や腕には、細かな傷跡があり、何かしら荒っぽいことをした後であることが察せられた。

少女は、家の中の一つに飛び込むようにドアを開けた。

 

「母さん!」

「ラディッツ、お帰り。」

 

家の中では、少女によく似た女がいた。女は、ギネは嬉しそうに少女、ラディッツを出迎えた。

向かい合った二人は、体格や身長、そうして髪型を除けばまるで双子の様にそっくりだった。

ギネは、少女の顔や手についた傷を見て頷く。

 

「ああ、今日も派手にやったね。訓練は順調かい?」

「うん、まあ、負けちゃうこともあるけど。」

「そうか、じゃあ、ご飯にしようか。」

「うん!お腹減った!」

「なら、その前にその汚れた服を着替えておいで。」

 

それに少女は自分のあてがわれた部屋へと向かう。そうして、その後ろを眺めていたギネは作った食事を温めるために台所へと向かった。

 

食事では、少女は今日あったことについてを忙しなく話す。母であるギネは、彼女への配膳をしながらそれをにこにことしながら聞いている。

戦闘種族サイヤ人。彼らの一族は、一般的にというのか、基本的にさほど情をもたない種族だ。戦いにおいて、生きるか死ぬかの環境ではそういった情はどうしても邪魔になる。そのために、家族間での愛情も又、薄いことが基本だ。

けれど、この母のギネという女は突然変異なのかどうなのか、平均から見れば明らかに悪く言えば甘く、よく言えば優しすぎる性をしていた。

戦闘能力もさほど高くなく、今では惑星ベジータで食料の配給員をしている。

ラディッツもまたその母に似たのか、情の深い性質であった。そう言っても、戦闘で手を抜くと言ったことはなかった。

少女は、下級戦士とはいえ、いくどもの戦闘を乗り越えサイヤ人でも一目を置かれる父のことを慕っており、父の様に強くなることを目指して日々鍛錬に励んでいる。

それでもやはり、親しい存在を前にするとギネに似た甘さというのか情の深さを出してしまうのだが。

 

「そう言えば、父さんは?」

「ああ、バーダックなら少し前に遠征に出ちゃったよ。当分は帰らないんじゃないのかな?」

「そうなのかあ。組み手の相手してほしかったのに。」

「なんだい、母ちゃんじゃ不満か?」

「だって母さん弱いもん。でも、父さんがいても、私の訓練に付き合ってくれたかなあ。」

 

ぶう、と口をとがらせる様は、本当に母親に似ていた。ラディッツの言葉に、ギネは生意気な、とじゃれ付くように少女の額を小突いた。

それに、ラディッツはくすくすと笑った。

その顔を見ながら、ギネは微笑んだ。

ラディッツは、バーダックが構ってくれるか不安そうであるが、何かと彼の男はこの娘に甘い。

その理由として、少女が彼にとって特別である母によく似ていることが大半としてあげられるのだが。

 

「まあ、いいや。そう言えば、母さん、今日は仕事は?」

「ああ、もう少ししたら出るけど。ご飯はしておくから、一人で食べてね。」

「うん。分かってる。カカロットと留守番してる。」

「あれ、いってなかったっけ?」

 

もごもごと食事をしながらのラディッツに、ギネは不思議そうに言った。

 

「カカロットなら、王城にいるよ。」

「え!なんで!?」

 

乗り出す様にギネの方を見たラディッツの口元についた食べかすを拭ってやりながら、答えた。

 

「忘れたのかい。今日は、王城で生まれた子供たちの戦闘力を確かめる日だよ。あの子も時期が来たんだから。」

「あ、それでかあ。会いに行けるかな?」

「うーん。たぶん、大丈夫だと思うけど。でも、人数がすごいから見つけるの大変だよ?」

「大丈夫、私、カカロットのお姉ちゃんだもの!」

 

うきうきとそう言って笑う少女に、ギネは本当によく似た顔で同じように微笑みかけた。

 

 

ラディッツは、とある施設の廊下をてとてと歩く。

すれ違う大人たちは、ラディッツを横目に見ながらもすぐに関心を失ってしまう。一応は、病院のような意味合いの施設だ。

ラディッツの傷だらけの様相を見れば、何となしに傷の手当てにやってきたことがすぐに察せられた。

王城に付随されたような形の病院は、ひどく広い。

ラディッツはそんな広い廊下の中で、赤ん坊たちが寝かされている部屋を探した。

本来ならば、こう言った時間も鍛練に当てたいという感覚はないわけではなかったが。それ以上に、ラディッツは弟に会いたいと思っていた。

何せ、初めての姉弟だ。

それに加えて憧れの父親によく似た、同じような顔の存在が他にいても、弟だ。ラディッツとしては、早く大きくなって鍛えてやれる日が来ることを心待ちにしていた。

 

「あ、ここか。」

 

少女は、とある大きな部屋にひょっこりと顔をのぞかせた。

そこには、大量の赤子用のベッドがずらりと並べられている。その多さに、確かにこの中から弟のベッドを見つけるのは難しいかもしれないとうーんと、頭をひねる。

そこで、部屋のどこからか大音量の泣き声がしてきた。

その声に、ラディッツは弟の居場所をすぐに察した。そうして、狭いベッドの間を練る様に歩き出した。

 

「ああ、カカロット、お前は本当に元気だなあ。」

 

ラディッツはひょっこりとベッドに顔を覗かせて、泣き喚く弟に話しかけた。弟はというと、唐突にベッドの端から顔をのぞかせた存在に驚いているのか、きょとりとしながらラディッツを見ている。

 

「まったく、泣き声だけは一人前だなあ。ほら、眠ってしまえ。」

 

ラディッツはそう言って、とんとんと、腹を軽く叩いてみる。いつか侵略しに行った星で見た赤子のあやし方をした。

サイヤ人が、基本的に赤子を保育カプセルに入れて育てる。そのためか、ラディッツは赤子のあやし方というものを知らない。だから、他の星で見たそれを真似してみた。

すると、カカロットは、それの何が気に入ったのかすやすやと夢の中に入ってしまった。

それを見ながら、ラディッツは、脳裏に何かが焼ける匂いと、爆撃の音と、そうして赤子を抱いて逃げ回る異星人の姿を思い浮かべる。

それに、ラディッツは、なんだか、という気分になる。それは、言い表すことは難しくはあるが、なんだか、という感覚だった。

けれど、それもすぐに頭の隅に追いやってしまう。

それよりも、少女は目の前の弟に夢中であったし、何よりもその感情が自分たちの種族には必要のないものであると何となしに察していた。

何よりも、彼女は目の前の弟に夢中であった。

頬をつんつんと突いてみると、驚くほどに柔らかい。によによと、思わず笑みを浮かばせていると、どこからか、微かな泣き声がしてきた。

本当に、微かな、弟と比べれば弱々しい泣き声。ラディッツは、その声に導かれるように辺りを見回した。

すると、よくよく見ればカカロットの隣りのベッドで愚図る赤ん坊の姿を見つけた。

それに、ラディッツは何となくその赤子が己の弟の声で泣かされたことを察した。

 

「ああ、ごめんな。うちの弟は元気過ぎるから。」

 

ラディッツはそう言いながら、その赤ん坊に体を向けた。弟に比べれば、本当に微かな声でひぐひぐと泣いていた。ラディッツは、赤ん坊の腹をとんとんと叩いてやる。

赤ん坊は、突然の闖入者にラディッツの顔を凝視した。それに、ラディッツは出来るだけ優しそうな声で、囁くように言った。

 

「ほら、大丈夫だからな。もう、何にも聞こえないだろ?大丈夫だ、大丈夫。泣くな、泣くな。」

 

そう言って、何時かに見た、どこかの星の母親の真似をして、ラディッツはその赤ん坊をあやし続ける。

赤ん坊は、その真っ黒で、大きな目でじっと少女の顔を見る。そうして、自分を泣かせていた声が聞こえていないことに、体の力を抜いた。

 

「よしよし、いい子だ。泣くなよ。大丈夫だ。お前はサイヤ人なんだから。きっと強くなれる。きっと、強くなる。ほこりたかいサイヤ人なんだから。怖いことなんて、なんにもないぞ。大丈夫だからな。」

 

ラディッツは、大人からの受け売りとそのまま言いながら、赤ん坊の腹をとんとんと叩いてやる。

赤ん坊は、腹を叩く一定のリズムのせいか、それともあんなにも響いていた泣き声が消えたせいか、うとうとと微睡み始めた。

 

「よしよし、そのまま寝ちゃえ。たくさん寝て、早く大きくなって、早く強くなるんだぞ。」

 

そう言って、ラディッツは、鼻歌を歌い始める。母親が、片手間にうたっていた歌だ。

よしよし、眠れと思いながら少女は微笑んだ。

そうして、すうすうと寝息が聞こえてくるのを確認すると叩いていた腹から手を離す。そうして、身を乗り出す様にしていたベッドから飛び降りた。

そうして、今度は暢気そうに眠っている弟の方を振り向いた。

 

「・・・・・よしよし、カカロットも寝たな。お姉ちゃんは帰るからな。明日も来るよ。当分は、ここにいなくちゃいけないだろうから。」

 

ラディッツはそう言って、そろそろと静かに部屋を出ていく。そうして、部屋を出ると、訓練場に向けて足を向けた。

もう少しすれば、弟も戦えるようになる。そうしたら、自分が彼らを鍛えてやるのだ。何よりも、弱い間ぐらいは守ってやらなくてはいけないだろう。

だから、もっと強くなろうと、ラディッツは意気揚々と足を速めた。

 



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無力な戦い

原作、というか映画の彼らがちょっと出てます。


ラディッツは、幼くとも立派な戦士だ。同い年ほどの子どもと共に、ナッパという大人が隊長を務めている隊に在籍している。

そんな中でも、ラディッツは平均よりも戦闘力を有した、将来の有望だと判断された子どもだった。

その日は、ラディッツの隊は当分休暇ということで、せっせと訓練に励んでいた。

ラディッツも、同期の存在と共に今日も今日とて訓練に勤しんでいた。

ラディッツは、目の前の存在と打ち合いを始める。

慣れたもので、突きと蹴りを交互に繰り返す。

ただ、お互いの実力が拮抗しているのか、なかなか決め手に欠けていた。そこで、相手方の少年が、突きと蹴りを止めて、少しだけラディッツから距離を取った。

それによってバランスを崩したラディッツは、前かがみによろけてしまう。そこに少年は、横から蹴りを入れた。

「ぎゃ!」

蹴られた方向にラディッツはごろごろと転がっていく。

訓練場には、丁度遠征の時期と重なっているのかラディッツとその少年しかいない。

転がったラディッツは、うううううと呻きながら立ち上がり、自分を転がした少年を見た。

 

「・・・・・ターレス、お前、また強くなった?」

 

転がされたのが嘘だったように、ラディッツは立ち上がった。ターレス、と名を呼ばれた少年は、ひどく不満そうに顔をしかめた。

その顔に、ラディッツは薄く微笑んだ。

ターレスは、彼女の父によく似ていた。その浅黒さを抜けば、本当に瓜二つでラディッツは己の弟のことも思い出した。

おそらくは、遠縁にあたるのだろう。

サイヤ人は、さすがに近親で子をなすことは避けようとするが、それでもある程度遠くなれば意識の外に置いてしまう。

元より、種族自体が少ないのだ。それ相応に、血の濃さは想像に容易いだろう。

 

「お前にそう言われると、嫌味に聞こえるぜ。エリート候補様?」

 

ターレスの厭味ったらしい言葉に、ラディッツは不思議そうに言った。

 

「でも、あくまで候補じゃないか。大人になる前に死んだら、候補のままだ。」

 

候補のまま死ぬよりも、大人になるまで生き延びる下級戦士の方が数倍ましだ。

 

ラディッツの言葉に、ターレスはまた顔をしかめた。

ラディッツは、時折変に辛辣なことを言う。少し、反応に困る類のものだ。

 

(・・・・・まあ、下級戦士になることが決まった俺と、エリートになることが決まっているこいつがこうやって訓練を一緒にしてることが不思議か。)

 

ターレスは、そんなことを思いながら、目の前で砂埃を払う同期に目を向けた。

ターレスがラディッツと初めて会ったのは、彼が今いる下級戦士の使う訓練場でのことだった。

遠征の時期によって混み合いも、はたまたがらがらにもなるそこで、それは一人で黙々と訓練をしていた。

ラディッツは知らないだろうが、ターレスはラディッツを一方的にだが知っていた。

何といっても、その両親は、少なくとも父親は下級戦士の間では有名過ぎた。

下級戦士といえども、幾度も戦いを乗り越え、そのためか皆に一目を置かれているバーダックは有名だった。

そうして、その子にして、高い戦闘力を見出され、サイヤ人らしからず穏やかな性質のラディッツは良くも悪くも同じように有名だった。

 

「・・・・お前、上級戦士のほうにはいかないのか?」

「うーん。あそこに行っても、下級戦士の子だからってうるさいんだよ。別に、あそこでもいいんだけど急に攻撃されたりするから、それはそれで訓練にはなるんだけど。いちいちそういうのもめんどくさいから。」

 

母さんのこととか、言われるし。

 

ぼやくような声でそう言った。

そうだ。こういうところが、ラディッツが変わり者と言われる要因なのだ。

サイヤ人は情が薄い。

けれど、ラディッツの母親は、甘い性格でなにくれと子供を気遣っている。ラディッツもまた、母親のことを気遣っている。

そう言うところが、エリート候補たちには気が障るのだろう。

 

「お前、母親との距離を置かないのか?」

「なんでさ。他人に言われたからって、自分のやりたいことを曲げるなんてやなこった!それよりも、煩い奴らが黙る様に強くなることを私は選ぶよ。というか、君こそ私とつるんでいいのか?」

「ふん、その言葉、そのまま返してやるよ。他人のことを気にするような玉じゃねえ。」

「それもそうか。」

 

納得したのか、ラディッツはうんうんと頷く。

それを見て、ターレスは目を細めた。

ターレスは、口に出す気はないが、ラディッツという存在を気に入っている。

最初は、エリートになるからと調子に乗っているのだろうと高をくくっていたが、蓋を開ければそれは甘かった。

喧嘩を吹っ掛けたターレスを、ラディッツは軽々といなしてしまった。そうして、あろうことか、戦闘への助言をしてきたのだ。

ターレスからすれば、屈辱であったが、それよりも先に驚きがやって来た。

 

こいつは、何を考えている?

 

エリート候補が、喧嘩をしかけた下級戦士の子どもである自分にそこまでのことをする?

揶揄われているのかと一瞬考えたが、それにしてはラディッツの助言は的確といえた。

思わず、何故助言などするのか問えば、どうどうと言ってのけたのだ。

 

「だって、お前には強くなってほしいんだ。君が強くなれば、私と一緒に組み手でもしてくれそうだし。それに、強い身内が増えるのはいいことだろう?」

「・・・組み手って。」

「君が強くなれば、私が強くなる。私が強くなれば、君だって強くなる。これで、ウィンウィンだ。」

 

えっへんと胸を張る目の前の存在に、ターレスは呆れる様な感覚で見た。

何なのだろうか、これは。

本当に、心から、その時のターレスは思ったものだ。

甘い、あまりにも甘い考えだ。それでも、ターレスがラディッツとつるむのを止めないのは、ひとえにその存在が彼にとって利をもたらすためだ。

事実、ターレスはラディッツと戦うことで実力自体は上がっている。

そうして、ターレスは、何だかんだでラディッツの向上心とも言えるそれを好ましく思っていた。

より強く、周りに何を言われても押し通せるほどに強く、と鍛練を欠かさないその価値観や、父が下級戦士の為かターレスと対等であろうという姿勢を好ましく思っていた。

 

「・・・・・ターレス、どうかした?」

「・・・・・いや、別に。」

 

少しの間考え事に耽っていたターレスは、ラディッツの声でそれから帰って来た。

 

「なら、続きでもやらない?」

 

にやっと笑って、構えを取ったラディッツにターレスは同じように微笑みかけて。同じように構えを取った。

 

 

 

 

 

 

「それでな、この頃、ものすごくいいことが多いんだ。」

 

ラディッツは機嫌が良さそうに、赤子に向けて話しかける。丁度、彼女がいるのは弟と、そうして泣き虫な赤ん坊の眠るベッドの間だ。

ラディッツは、弟を覗き込みながら、好き勝手に一人事を言う。弟のカカロットは、ラディッツの長い髪の一房にじゃれ付いている。

サイヤ人の赤ん坊は図太く、滅多に泣くことはないのでラディッツが一人で話していてもどれもがぐーすか寝入っている。

 

「うう・・・・」

 

そこで、ラディッツは丁度、己が背を向けているカカロットの隣りのベッドからそんな声がするのを聞いた。

それに、ラディッツは、またかと後ろを振り向いた。

そこには、以前にカカロットの愚図りに泣いていた赤ん坊がいた。

 

「お前も泣虫だなあ。」

 

ラディッツはそう言って、いつものようにその腹をとんとんと叩いてやる。そうすると、赤ん坊はラディッツの顔に視線を向けて来る。

大きな、黒い瞳がじっとラディッツの目を見つめる。

 

「ん、泣き止んだな。」

 

ラディッツはそう言ってまた弟の方に顔を向けようとすると、また赤ん坊が微かな声で愚図り始める。

 

「もー。」

 

ラディッツはそう言ってまた赤ん坊のほうに振り向いた。そうして、腹をとんとんと叩いてやる。けれど、赤ん坊はじっとラディッツを見て、小さく愚図ったままだ。

 

「・・・・・またなのか?」

 

ラディッツが思わずそう言うと、赤ん坊は待ってましたとばかりに、うーと言った。

それに、ラディッツはものすごく、微妙な顔をする。

言わずとも、顔にえーやるのか、なんて書いてあるぐらいに微妙な顔だ。

けれど、ラディッツが嫌そうな顔をしている間に、赤ん坊は目に涙を溜め始める。

 

「あ、わ、わかったよ!」

 

ラディッツはそう言いながら、そっと自分の尻尾を出した。赤ん坊は自分に差し出された尻尾に嬉しそうに手を伸ばし、きゃっきゃと笑う。

そうして、その尻尾に抱き付いた。ぐりぐりと自分の尻尾にじゃれ付かれるたびに、ラディッツはざわざわというか、ぞわぞわというか、体の力が抜けるよう感覚がする。

といっても、まだ赤ん坊のせいか、力が弱いのが幸いだろうか。

 

「あー、もう。やな癖つけたなあ。」

 

ぼやくようにラディッツはそう言って、赤ん坊のベッドに寄りかかる様にその様を見ていた。

何故か、この赤ん坊はラディッツの尻尾をやけに気に入る様になってしまった。尻尾であやさなければいいのだろうが、そうすると赤ん坊はずっと愚図り始める。

放っておいてもいいのだが、それはさすがに何かと忍びない。

この頃、弟の元に通うついでにあやしたり、構ったりしていた存在だ。甘い性格のラディッツはとっくに赤ん坊に情が湧いていた。そんな存在がずっと泣き続けるのは忍びない。

それに加えて、一度、そのまま泣かせていた時など、ベッドから手を伸ばして尻尾を自ら掴まれたのだ。おまけに、口にくわえてられてずっとしゃぶられ続けるという悲惨な目にもあった。

 

(・・・・あの時は、しばらく立てなかった。)

 

遠い所を見るような目で、ラディッツは宙を見る。それ以来、赤ん坊から要求があった時は出来るだけ尻尾を貸すことにしていた。

ラディッツは尻尾をおもちゃのようにしてじゃれ付く赤ん坊を見つめた。そうして、以前に何かの本で読んだが、サイヤ人と同タイプ、ヒューマノイド型の種族は赤ん坊のころは母親の乳房から母乳を吸って成長するらしい。

サイヤ人は、赤ん坊の間は育児用のポットの中で過ごすため、あまりラディッツには馴染みのない事実であったが。

その事を考えると、赤ん坊のころに何かに吸い付くというのは本能的に安心できるのかもしれない。

 

(・・・まあ、これも修行だと思えばいいか。サイヤ人は、尻尾が弱点だから。克服だと思えば。)

 

そう思えば、この乳児室通いもそこまで悪いことではないだろう。父親には、少し言われているが。

 

(・・・・・まあ、もうすぐカカロットも家に帰って来るし。ここに通うのも、もう少しで終わりかあ。)

 

そこまで考えて、ふと、少女は目の前で自分の尻尾にじゃれ付く赤ん坊に気が向いた。

 

「そうか、そうなると、お前にも会えなくなるのか。」

「う?」

 

赤ん坊はラディッツの言葉に反応して、彼女の方を見た。ラディッツはそれにくすりと笑って、頑張って尻尾に力を入れて赤ん坊の頬を撫でてやる。

それに、赤ん坊はきゃっきゃっと笑う。

 

「・・・・お前の名前、後で誰かに教えてもらおうか。なんたって、私があやしてやったんだ。十分に、弟分みたいなもんだし。うん、大きくなったら私がカカロットと一緒に鍛えてやろうか。たぶん、ここの担当の技術者か誰かに聞けば。」

「・・・・おい、どれだ?」

 

そこで、ラディッツは乳児室の出入り口に数人の大人が集まってきているのに気づいた。大人たちは、きょろきょろと乳児室を見回している。

ラディッツはそれを珍しいなあを眺める。

基本的に、サイヤ人はそこまで我が子に興味はない。というか、男は特にその傾向が強いだろう。

 

(・・・・遠征に出てる最中に生まれたのか?でも、子どもを見に来たにしても、大所帯が過ぎるな。あれかな、戦闘力の高い子どもが生まれて、仲間に自慢とかか?)

 

そう思っていると、大人たちは何故かどんどんラディッツの方に向かってくる。だが、ラディッツは自分には関係ないだろうと高をくくって赤ん坊に視線を向けた。

けれど、すぐにそれは自分に向けられる視線で邪魔された。

 

「・・・・おい、パラガスに娘がいたか?」

「いや、そんな記憶はない。」

 

ラディッツは自分を見る大人二人に訝し気に視線を向けた。

 

「・・・・まあ、いい。命令だから。」

 

そういうと、前にいた男がラディッツの見ていた赤ん坊の尻尾を握って持ち上げた。赤ん坊は驚いたのか、それともその反動でラディッツの尻尾を離してしまったためか、火が付いたように泣き始めた。

 

「おい!止めろよ、赤ん坊の抱き上げ方も知らないのか!?」

「・・・・黙ってろ、餓鬼!」

「お前には関係ないことだ。」

 

そう言って、去っていく大人に、ラディッツは眉間に皺を寄せた。そうして、ラディッツは今まで遠征を繰り返し、他の星を侵略し続けた経験から来る勘によって悟った。

この二人は、赤ん坊に害をなす気だ。

ラディッツは、赤ん坊の尻尾を握った男の膝に飛びかかった。体格差があるとはいえ、足から崩された男は倒れ込む、そうしてその拍子に捕まれていた尻尾が手から離れた。

ラディッツは倒れ込む男を足場に飛び上り、赤ん坊をキャッチした。

そうして、弟に危害を加えられることを避けるために、赤ん坊が寝かされていない部分にまで逃げる。

 

「っ、待ちやがれ!」

「この餓鬼!どうなるか、承知してんのか!?」

「どうなるもくそもあるか!いくら何でも、身内の赤ん坊を殺そうとしてる奴らに信用もくそもあると思ってるのか!?」

 

ラディッツはちらりと、出入り口に視線を向けると、そこには案の定誰かが立っている。

 

(・・・・・逃げるために、引き付ける必要があるな。でも、他の赤ん坊たちを傷つけないために、部屋の中で逃げられる部分は限られてるし。)

 

「バカが!俺たちは上の命令でやってんだぞ!?」

「そっちこそ馬鹿か!赤ん坊を殺すことは厳禁だって、サイヤ人なら知ってるはずだ!」

 

ラディッツの言葉に、大人たちは苦い顔をする。それに、ラディッツは目の前の存在に不信感を強めた。

惑星ベジータでは、基本的に赤ん坊を殺すことは禁じられている。

それも当然な話で、戦闘種族であるサイヤ人は、死亡率が当然高い。おまけに、遠征に出ている人間が多いため赤ん坊が生まれる確率も低い。もちろん、技術者などが残っているが、戦闘民でない人間の子どもは親の資質を引き継いで戦闘力が低いことが多い。

それでも、子どもの内に鍛えていれば下級戦士程度の力を持つものも出て来る。そのため、ベジータ王は子どもについては出来るだけ育てる様に、殺さぬようにという法を作ったのだ。

 

(・・・・やっぱり、こいつら怪しい。サイヤ人の赤ん坊って、高く売れるって、どっかで聞いた気がする。もしかして、それ目当て?)

 

眉間に皺を寄せて、警戒を強めたラディッツに大人たちは目くばせをする。そうして、周りの異様な事態を察したのか、ラディッツに抱かれた赤ん坊がううと愚図り始める。

ラディッツは、手を揺らして赤ん坊をあやす。

 

「・・・・大丈夫だからな。私が、守ってやるから。」

「くそ、おい!取り押さえるぞ!」

「騒ぎはおこすなよ!」

 

そう言って、二人が飛びかかって来るが、さすがにラディッツと誘拐魔二人は体格差がありすぎた。ラディッツのちょこまかとした動きを追い切れずにいた。

大人たちは、さすがに乳児たちに危害を加える可能性を考えてエネルギー波を使うことはなかった。

そうしてラディッツは、大人たちが自分に飛びかかってくる瞬間にタイミングを合わせて、高く飛んだ。そうして、上を取ると同時に一人の頭を思いっきり踏んづけて出入り口の方に飛んだ。よくよく見れば、出入り口を守っていたらしい仲間の男がこちらに向かってきていた。

 

(・・・・あいつを振り切ったら逃げられる!)

 

そうすれば、他の大人の所に知らせに行ける。

ラディッツは小回りのよさを生かして、騒ぎで倒れてしまったが乱雑に置かれた赤ん坊のベッドの間をすり抜けて、男を振り切ろうとする。

けれど、その前に、ラディッツの背中に重い衝撃が加えられる。

 

「あ゛・・・!?」

 

その拍子にするりと、ラディッツは赤ん坊を離してしまう。赤ん坊はごろごろとその場に転がった。ラディッツは、赤ん坊の元に走ろうとするがその前に誰かに尻尾を握られた。

急激に抜けていく力に、ラディッツは茫然とする。

ラディッツの尻尾を掴んだ男は、釣り上げられた彼女をじろりと睨んだ。

 

「・・・・たく。手こずらせやがって。」

「おい。これ以上騒ぎを起こすなよ!」

「は!?なんでだよ、視られてんだぞ?」

「よく見ろ、そいつエリート候補だ。少し待て。」

「・・・・こいつがブロリーか。」

「や、めて・・・・・」

 

ラディッツは逆さづりの視界の中で赤ん坊が尻尾を掴まれ、吊るされているのが見えた。

 

「悪いが、これも仕事だ。」

 

それに、ラディッツは、目の前の存在がその赤ん坊を殺すことをはっきりと理解した。

 

「やめ、て。なに、したって、いうんだ・・・・」

「命令だと言っただろう。」

「おい、そいつさっさと気絶させろ。」

「そうだな・・・」

 

そんな声の中でもラディッツの視線はじっと赤ん坊のことを見ていた。

 

止めろ

 

赤ん坊の泣き声が響く。ラディッツが、ずっと、聞いてはあやしていた、手のかかる、でも確かに可愛がっていた赤ん坊。弟よりも、手を掛けていたかもしれない、赤ん坊。泣虫な、赤ん坊。

 

「やめて、ひどいこと、しないで。おねがいだから、そいつに、なにも・・・・」

 

ラディッツは自分に助けを求める赤ん坊の顔を、じっと自分を見る黒い瞳を見て、手を伸ばす。けれど、首に受けた衝撃によって、意識はそのままふっと消えてしまった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・何?ブロリーを庇ったものが?」

 

ベジータ王は、報告をしてきた部下を睨むように見た。それに、部下の男は頷いた。

 

「それで、庇った者は?」

「はい、エリート候補だったため、処分は一旦は見送られています。どうも、ブロリーを殺そうとしたものを、誘拐犯か何かと勘違いした様で。」

「そんなもの、すぐに処分を・・・・」

 

そこで、ベジータ王は言葉を止めた。

エリート候補と判断されるほどの戦闘力を持ちながら、赤ん坊を庇うという特異さに興味を引かれたのだ。

 

「名は?」

「ラディッツ。下級戦士、バーダックの娘です。」

「・・・・・あれのか。」

 

下級戦士だというのに、飛びぬけた実力を持っているバーダックについては名だけ知っていた。

 

「ブロリーについては、反逆をした者の子だということにしてありますが。ただ、本人自体はブロリーについてショックを受けている様で、生まれたばかりの弟にべったりだとか。」

「ふん、甘いな。戦士には、向いていない。」

「ええ。何でも、技術者としてもやっていける程度に器用なようでしたが。戦闘力の面で高い能力を出したため、エリート候補に。」

「・・・・ふむ。技術者でもやっていける、か。」

 

ベジータ王は、それに少しの間考え込むような仕草をする。そうして、部下の男に視線を向けた。

 

「・・・・我が息子の入隊の件だが。その娘と同じところにするか。」

「処分は、見送りになるので?」

「ああ。サイヤ人でそう言った性質の者は少ない。」

 

ベジータ王は冷たく微笑んだ。

 

「息子の丁度いい手駒になるかもしれんな。」

 

 




ラディッツは一応上級戦士だそうですが、なんとなく子どもの頃は能力的に高くて大人になるにつれ伸び悩んだイメージです。


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サイヤ人の優しさ

びっくりするぐらいナッパとベジータが優しくしてしまいました。


ベジータが、最初にそれに会った時の印象は、暗く陰気な、それこそ月のない夜のような女だった。

いや、夜というのはあまりにも綺麗な表現であっただろう。

その女の漂わせる暗さは、強いて言うならば、部屋の隅に溜まる湿った、そんなものだった。

 

「・・・・どうも、王子。私は、ラディッツと言います。」

「ふん、せいぜい足を引っ張るなよ。」

 

ベジータが入った折に隊の編成が加えられ、彼と彼女以外の三人は成人した男が三人だけだった。

まあ、エリート自体が少ないのだから、隊の人数も少なくて当然なのだろうが。

ベジータは、暗い女だと思いつつ、物珍しい気分でラディッツという存在を観察した。サイヤ人は、女が少ない。戦闘種族な為、戦うことに向いている男が多いのは必然だろう。

そうして、女の殆どは非戦闘タイプで在り、戦士になるものは本当に少ないのだ。ただでさえ、全体的な数が少ないのだ。子どもを産み、育てる存在は多ければ多いほどいい。

例え、戦闘タイプの女がいたとしても、基本的に腕力的な意味で男に劣るものだ。殆どが下級戦士だ。エリートの枠に入る女というものがベジータには珍しかった。

けれど、その女、ラディッツは何ともサイヤ人らしくないものだった。戦闘種族であるサイヤ人の女は、どれもが苛烈というか、勝気な性格のものが多いのだが。

ラディッツは、良くも悪くも静かだった。

さすがに戦闘時においてはなかったが、いつも、どこか気もそぞろで心あらずであった。

ただ、ラディッツは便利な存在であった。

元々、器用な性質であったのか、遠征における面倒なことを彼女は多く引き受けていた。

器用且つ技術者としての教育も受けていたためか、簡単なスカウターの修理やメンテナンス。母が配給員をしており、その手伝いの延長として食料の配分など。

戦闘面では、正直言えば拍子抜けとも言えた。

それでも、女であることを考えれば及第点といえた。

少々火力不足な面はあったものの、小器用な戦い方をするというのがベジータの感想であった。

カウンターが上手いのだろう。敵の技を避けては、その力を利用するという戦い方をよくしていた。

だからといって、特に親しいわけではなかった。

チームにいれば当たり前のような会話はするものの、慣れ合うということも無い。元より、仲良しこよしなど御免こうむりたい。

ただ、ベジータ以外の隊員は何かとラディッツに構っていた。サイヤ人らしくないとベジータも呆れ、思わず苦言を吐き出すとナッパたちは何とも言えない顔をした。

 

らしくなさすぎて調子が狂うんだよ。

 

ぼやくような言葉にベジータは不機嫌そうに顔をしかめた。

ただ、ラディッツは、いつもどこか、ベジータたちから一歩離れた所にいた。戦いの中で、高揚したふうもなく、命じられたことだけを淡々とこなすような女だった。

そのくせ、時折かかってくるスカウターの連絡にきらきらと目を輝かせるのだ。どうも、母親からの連絡を心待ちにしているのだという。

そうして、ことあるごとに、弟だという存在の画像を眺めているのだ。

それがひどく鼻に着く。

ああ、サイヤ人らしくない。甘い、甘い、面汚し。

反吐が出る様な感覚がしながらも、それでもベジータがラディッツを害そうとしなかったのは、ひとえに、彼女が便利であったからで、そうして放っておいても死ぬと思ったからだった。

けれど、ラディッツはいつも不思議と生き残る。そのくせ、自分たちが星を侵略していく様を、嫌なものを見る様な目で顔をしかめるのだ。

それに、ベジータはいつも顔をしかめていた。

ああ、嫌なほどに、サイヤ人らしくない女だと。

 

 

ある時、ベジータは己の担当していた区域の侵略を終えて、集合地と帰って来た時のことだ。

そこには、一足先にラディッツが帰って来ていた。こういった時に一番に終わらせるのは珍しいと、ベジータは思った。

ラディッツは、落ち着かなさそうに地面を見て佇んでいた。そうして、ベジータが帰って来る折に、少しだけ頭を下げた。

 

「御帰りさない、王子。」

 

その、わざわざベジータを王子と呼ぶのも鼻についた。

 

「・・・珍しいな、お前がここまで早いとは。」

「運よく、あまり人の居ない区域に割り振られた様です。」

 

半分嫌味に近いというのに、ラディッツは心有らずにスカウターに映し出されている何かを見ている。

大方、また弟の画像を見ているのだろう。

ベジータはそれにため息を吐いた。そうして、その日は珍しく、本当に珍しいことにベジータはラディッツに向けて皮肉を込めて話しかけた。

 

「・・・・ふん、せいぜい下級戦士だろうに。飛ばされる餓鬼を気遣って何になる。」

 

その言葉に、ラディッツの肩が大きく震えた。

それに、ベジータは鼻で笑う。

ああ、こんなことで動揺するなんて、なんと情けないのだろうか。

 

「飛ばされても、そうなっても、大事に思うのは自由ですので。」

 

その声は、いつもの彼女にしては明らかに震え、そうして頼りなかった。

その、甘い考えが、よけいにベジータの鼻についた。彼は、無言でラディッツのスカウターを打ち抜いた。

 

がしゃん、という音と共にスカウターが崩れ落ちた。ラディッツは、それに目を見開いた。

 

「・・・・大事に?ふん、弱いお前が、その弟を守ることさえ出来んだろうに。」

「っ!」

 

ラディッツの顔が、絶望に染まる。ベジータはその顔に胸が空くような感覚を覚えた。

そうして、ここまで言われても何も言い返してこない少女を、しょせんは弱者と蔑む。

 

「大体、サイヤ人ならば、そんな甘い考えを持つな!弱いものは、死ぬ。それが俺たちだ!」

 

叱責する様にベジータがそう言うと、ラディッツから、本当に微かな声が発せられた。

 

「・・・そんなの。」

「ん?」

「そんなの、そんなの私の勝手だ。」

「・・・・なに?」

「甘い考えなんて知らない!私は、私がやりたいようにやるだけだ!王子には関係ない!」

 

それに、ベジータは無言でラディッツを殴り飛ばす。無様に転がったラディッツを、ベジータは見下ろした。そうして、彼女に向けてエネルギー弾を打つ構えを取った。

 

生きていて、何になる?

 

思ったのは、それだった。

殺そうとした理由には、反論した怒りが含まれていたが、それ以上にあったのは憐れみだった。

弱いサイヤ人が、生きていても何になる?

自分たちはいつだって、踏みにじる側だ。いつだって、強者だ。

そんな強者の中に、弱者がいても苦しいだけだ。いつか、踏みにじってきた分に、踏みにじられるだけだ。

ラディッツは、いつか、踏みにじられる側に回るだろう。この、弱い、弱い、女は。

だから、ここで殺してやろう。

それは、憐れみだった。憐れみであり、そうして、冷酷なサイヤ人としての唯一の慈悲だった。

 

「・・・・・安心しろ。お前の弱い弟も、すぐに死ぬさ。」

 

ベジータが掌に力を込めていると、微かにラディッツは吐き捨てた。

 

「・・・・・取り消せ。」

 

ベジータの動きが止まった。それほどまでに、その声は、ラディッツらしくない。冷たく、覇気に満ちた、何かが崩壊したような声。

耳に突き、思わず聞かずにはいられないような、そんな声。

起き上がったラディッツは、膝をつき、手で己の体を押し上げた。ねめつける様にベジータを見上げた瞳からは、涙がぼたぼたと溢れていた。

 

ベジータは、思わず手に込めたそれを下ろした。

動揺してしまった。

ベジータは、その涙に動揺してしまった。

いつもならば、涙の一つ鼻で笑うだろう。けれど、幼い彼には、初めてだったのだ。

同族の存在が、泣くところなど初めてで。何よりも、泣くことなんて想像でさえしたことがなかった。

少なくとも、己よりもまだ年上の、それも戦士である女が泣いているところを見たのが初めてだったのだ。

 

「赤ん坊のころ、弱いのなんて当たり前だ!強くあることを誇りに思うなら、私たちはあの子たちが強く在れるように鍛えてやって、強くなるチャンスを与えてやるもんじゃないのかよ!何よりも、あの子は、あの子は、そんなチャンスだって与えられなかったのに!!」

 

ベジータは固まって、その言葉を聞いた。

それは、その言葉が血反吐を吐くような何かを含んだ声であったからではない。それは、ベジータのスカウターが示すラディッツの戦闘力が、格段に上がっているためだった。

 

「取り消せよ!!!」

 

その言葉と共に、ラディッツはベジータに飛びかかる。それに、ベジータは反応しきれなかった。

気づけば、ベジータは己の腹に深い一撃が入っていた。

口から空気と涎が吹き出る。

そのままラディッツはベジータに馬乗りになり、彼の顔を殴り続ける。

 

「うわああああああああああ!!」

 

ラディッツは涙と鼻水に塗れて、ひたすらにベジータを殴り続ける。頑丈なサイヤ人には傷になるほどではない、チクチクとした痛みにベジータは馬乗りになったラディッツを吹っ飛ばそうとする。

けれど、ベジータを抑え込むラディッツの腕力はいつもの比ではなく強い。

自分の頬にぼたぼたと垂れて来る、生温かい涙がひどく鬱陶しい。

抵抗していると、ふと、拳が止んだ。ベジータは、ラディッツを見上げると、そこには無表情の彼女がいた。

 

「・・・・あの子は、弱かった。赤ん坊だったから。でも、どうして、同族に殺されなくちゃいけない?親の罪?血族の情が薄い私たちが、どうして、あの子を殺す?どうして?あの子は、強くなるはずだった。聞いたんだ、エリートになれるほど、潜在的な戦闘力は高かったって。なのに、どうして、あの子は、殺されたんだ?」

 

その、がらんどうの瞳。

それもまた、ベジータが見たことがなかった。ベジータが知っているのは、もっと、単純で、分かりやすい、感情だけだった。

なのに、なのに、その、汚泥のような深く、暗い、その瞳に、ベジータは思わず、ひどく素直な気持ちで言葉を吐いた。

 

「それで、どうするんだ。貴様には、それが殺されるのを防ぐこともできなかった。お前が弱かっただけだ。全てが遅いだろうに。」

 

それに、ラディッツは目を見開いた。同時に、自分への力が急に弱まった。ベジータはそれをチャンスと、ラディッツの腹を思いっきり蹴っ飛ばした。そうして、立ち上がり、ラディッツにエネルギー波を放とうとした。

けれど、立ち上がった先、ラディッツの姿を見て、は?と息を吐いた。

そこには、まるでハリネズミの様に丸まって、わんわん泣きじゃくるラディッツの姿があった。

そうして、その口から出て来るのは、何とも間抜けな罵倒であった。

 

「わあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!!ぞんなごとじってるよおおおお!ベジータの、いんけん!まぬ゛げ!ばか!あほ!お゛だんごなず!!!」

 

お前はなんだ、それでもサイヤ人か、もっと罵倒するにもあっただろう。

怒りよりも、そんな呆れが湧き上がってくるような語彙の低さに、ベジータは殺す気もうせて来た。

こいつは、自分が殺さなくても、いつか死ぬ。というか、もうすぐ、適当な戦場で死ぬだろう。

何よりも、こんなやつをサイヤ人の王子である自分が殺すことさえも勿体ない気がしてきた。

 

「え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛んんん!!!ベジータのえむ゛じはげえええええええ!!!」

「誰がM字はげだ!!」

 

やっぱり、こいつ殺すか。

ベジータがそう思い直していると、ぐずぐずという泣き声に、微かに混じる声があった。

 

「ううう、ごめん、ごめんな。私が、弱いから。だから、守ってやれなかった。」

 

その声に、ベジータは無言でラディッツをげしりと踏みつけた。それに、ぐえと蛙の潰れた様な声がした。

ぐりぐりと先ほどのお返しにと足先でラディッツの背中を踏む。そうして、呆れながら呟いた。

 

「お前なんて、戦士を止めてしまえ。」

 

ラディッツは、丸まったまま動かない。

 

「弱い弱いと自分で嘆くなら強くなったらどうだ?嘆くだけなら、戦士を止めて惑星ベジータに戻ればいい。お前は女だ。赤ん坊の世話でもなんでも、出来ないことはないだろう。」

 

その言葉に、ラディッツはずびりと鼻を啜った。そうして、掠れた声で言った。

 

それでも、私はサイヤ人だから。

 

その言葉に、ベジータは一瞬虚を突かれて、そうしてため息を吐いた。

ああ、やはり、これは弱い。弱くて、愚かな、下らない女だ。

ベジータが殺す価値もない。

いつか、きっと、どこかで勝手に死ぬだろう。だから、放っておいても大差はない。これが、生きれるところまで、戦えるところまで、戦うだけだろう。

 

「なら、サイヤ人として、みっともない姿を見せるな。分かったか、泣虫ラディッツ。」

 

それに、ぐずぐずとした鼻声交じりで、ラディッツは、ごめんなさいと呟いた。ベジータは、それに、ふんと息を吐いた。

 

 

 

 

がん!と音がしそうな勢いで、ナッパは自分の後頭部に当たったそれに眉を寄せた。

思わず手でそれを振り払おうとしたが、その前に頭の上から騒がしい声がした。

 

「ナッパ隊長!前の遠征の時の報告書、早く出してください!!」

「・・・・・あー、ラディッツ、お前か。」

 

ナッパは自分の後頭部に張り付いている存在が誰かを察して、頭を思いっきりに振った。それに、ラディッツはくるりと回転して地面に降り立った。

ナッパが歩いていたのは、惑星ベジータの訓練場からの帰り道で、周りには同僚たちもおり、ラディッツに叱責されているナッパをくすくすと笑っていた。

 

「・・・・お前な、話しかけるところを考えろよ。」

「なら、さっさと出してくれ!ナッパ隊長だけだぞ、まだ出してないの!」

「ベジータもか?」

「ベジータは一番最初に出してたよ。別に書けないとかじゃなくて、めんどくさくてやってないだけでしょ?また提出遅れたら、減給になるぞ。」

 

ナッパは口煩いラディッツを煩わしくなるものの、これのおかげで大雑把な性格の多かったナッパの隊は報告書などの期限を守るようになったのだ。

 

「分かった、出しとくからそう口煩くすんな。」

「言いましたからね!後で、なんで言わなかったんだとか御免だからな!」

 

ラディッツはそう言って、ナッパのことを後にしようとした。そこで、ナッパが、何となしに彼女に声を掛けた。

 

「じめじめするのは、止めたのか?」

 

ラディッツは、それに立ち止まり、小生意気そうな顔に引き締めて、言い放った。

 

「今は、一旦、保留した。」

「保留だあ?」

「納得したとか、飲み込んだわけじゃないけど。どうせ悩むなら、それまで飲み込むことにしただけだ。頭の中に沈めとけば、いつか、そういう時も来るし。」

 

ナッパは、その考えをめんどくさいなあと思う。というよりも、ラディッツはいつだって回りくどくてめんどくさいのだ。

ナッパは、ラディッツのじめじめとした理由など知らないが、ラディッツの悩みなんていつだって考えすぎで、めんどくさいものばかりであることは理解している。

 

「お前、やっぱ戦士辞めたらどうだ?」

「やだよ。私、これでもサイヤ人だからな。」

「・・・・ま、足を引っ張んねえならいいけどな。」

 

その言葉に、ラディッツはその場から走り出した。

その後を眺めて、ナッパはため息を吐く。

ラディッツがある時からやけに静かになった理由を、ナッパは知らない。普段は、どこぞの小型の獣のようにきゃんきゃんと煩かったのだが、ふと、ある時からやけに暗い顔をしていた。

といっても、仕事だけはきっちりするのだから、あまり隊員たちは気にしてはいなかったが。

それでも、普段煩い存在が静かというのは、なんだか調子が狂ってしまうから時々構ってはいた。

 

(ベジータも、あいつのこと気にしてたが。なんかあったのか?)

 

その質問も、ラディッツが泣虫かというものでナッパとしてははなはだ疑問ではあるが。

 

(大方、あいつもラディッツの泣き虫の被害にあったのか?ラディッツの奴、泣くと妙に強くなるっつうのか。癇癪おこすと手が付けらんなくなるんだよなあ。)

 

かくいうナッパも幾度か、髪の毛を何房か引き抜かれた経験がある。

そこで、ナッパは思考を止める。

ラディッツが何に対して悩もうと、別段ナッパには関係ない。任務に対して影響があるならば喝の一つでも入れるだろうが。そう言った面では、ラディッツは安心だ。

例え、何かあっても、ラディッツが戦場で死ぬだけのことだ。

それでもナッパがラディッツのことを、少しだけ気にかけてしまうのは、彼女が泣き虫で、そうして戦場に立ち続けることを止めないためだ。

 

それでも、私は、サイヤ人だ。

 

少し前に、戦士を止めないのかというナッパの皮肉じみたそれに、彼女は変わらずそう答える。

死ぬまでは、まあ、気にかけてやるか。

死んだら、忘れてしまうだろうけれど。

ナッパにとっては、ラディッツというのはそういうものだ。

ナッパは、書き換えの報告書のために自室へと足を進めた。

 



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滅びたものと、残ったもの

バーダック「嫁に似た娘は可愛い。」


 

 

じろじろと、自分に向けられる視線にバーダックは苛々としていた。その視線の中には、何とも言えない生ぬるさと、そうして呆れがあった。

その視線の原因を、バーダックはしっかりと理解している。

 

「とーさん、どうしたんだ?」

 

自分の肩をよじ登り、ひょっこりと顔をのぞかせたそれにバーダックは顔をしかめた。

一瞬だけ、頭を掴んで放り投げてやろうかとも考えたが、その母親に似た顔できらきらとした目を自分に向けて来るラディッツへ厳しくする気が失せてしまう。

 

「・・・・お前、あんまりじゃれ付くな。降りろ。」

「えー。」

「えー、じゃねえ。」

 

バーダックの言葉に、ラディッツは不満そうに頬を膨らませて父親の肩から降りた。そうして、任務や訓練についての話を続ける。

それでも、生温さや呆れを含んだ視線はなくなることはないが、幾分かましになったことにバーダックが安堵する。

 

「なあ、父さん、いつまで家にいるの?」

「・・・・明日には別んとこに遠征だ。」

「え、そうなの。組み手、してもらおうと思ったのに。」

 

しゅんと、顔を伏せたラディッツに、バーダックはあやすように頭を撫でた。それに、少しだけ機嫌が直ったのか、彼女はニコニコと笑いながらバーダックを見上げた。

 

「そうだ、父さん!カカロットには会った?もうな、だいぶでかくなったんだ!母さんが、そろそろカプセルから出そうかって言ってたよ!」

「・・・・お前は、カカロットのこと、可愛がってるんだな。」

 

それにラディッツは、むすりと顔をしかめてバーダックから顔を背けた。自分の前を歩く、未だ成長する兆しもない、幼く小さな背をバーダックは眺める。

 

「何だよ、父さんも、私がカカロットに甘いとか、厳しくしろとか言うのか?」

「いや、そうは言わねえが。なんだ、誰かに言われたのか?」

「ターレスが、私は弟に入れ込み過ぎだって言って来たんだよ。」

「・・・・・ターレス?」

「そうだよ、父さんと同じ下級戦士の同期。組み手の相手してくれるから、せっかく私の弟がどれだけ可愛いか教えてやったのに。」

 

ぷんすかと怒るラディッツを見つめながら、バーダックはそっとターレスという、どうも娘と同い年ぐらいらしい少年の名前を胸に留めて置いた。

まあ、覚えておいて損はない。何をするにもだ。

 

「そう言う意味じゃねえよ。お前がカカロットを可愛がるのなんざ、お前の好きにすればいい。」

 

バーダックの言葉に、ラディッツはくるりと振り返る。そうして、キラキラとした目で、父親を見上げた。

 

「だよな!さすが、父さんだ。くどくど言わなくて、男らしい!」

「言ってろ。」

 

そう言いはしても、バーダックは少しだけターレスに対して妙な優越感を覚えた。

そうして、バーダックは、機嫌良さそうに自分の前を歩く娘を見つめた。

 

「カカロットのことは、好きか?」

 

好き、という言葉をバーダックが使ったことにラディッツは驚いた。普段なら、そんな言葉、絶対に使わないのに。

ラディッツは不思議に思いながらも、頷いた。

ラディッツは、好きだった。血縁のことを、好きだというと、皆が甘ったれだとか、可笑しいだとか、そんなことを言うから、表立っていうことはなかったけれど。

でも、ラディッツは、好きだった。

穏やかな母のことも、強い父のことも、幼い弟のことも、賢しいターレスのことも、父の同僚たちのことも。

好きだった。

非情で、他の者たちを虐げて、誰かの死体の上にて繁栄を続けるサイヤ人がそんなことを考えるなんておかしいのかもしれないけれど。

それでも、なお、ラディッツは好きだった。どうしようもなく、好きだった。

 

「うん、好きだよ。大好きだよ。」

 

ラディッツが、目を伏せて頷いた。

それに、バーダックは、どこか、痛ましいものを見る様に瞼を閉じて頷いた。

 

バーダックは、ずっと、己の子が哀れだった。

生まれ、そうして成長するにつれ、母親に似て、いや、母親以上に甘い性格をした娘のことが哀れだった。

サイヤ人らしく、戦闘を好み、強くなることを願う娘がけして、虐殺や侵略を好んでいないことはずっと知っていた。

 

(・・・・お前には、今の生活は、さぞかし生きにくいだろうな。)

 

憐れな娘、哀れな我が子、愚かな少女、弱い、弱い、サイヤ人。

 

(・・・・愛しい、娘。)

 

そんな言葉が浮かんできて、バーダックは心の底から己のことを嗤いたくなる。なんて、甘い考えが浮かんできたのだろうかと。

サイヤ人らしくないなんて、自分が言えた義理ではない。

こんなにも甘くなったのは、何故だろうか、ギネのせい?

いや、それもあるのだろうが。それと同時に、おそらく。

 

(・・・・こいつが生まれた時、からかもな。)

 

バーダックは、おもむろに立ち止まった。ラディッツは、立ち止まったバーダックを不思議そうに見上げた。

それに、バーダックはラディッツの身長に合わせる様に跪いた。

 

「・・・・ラディッツ、お前に姉として頼みがある。」

「な、なに?」

 

「カカロットのことを、守ってやれよ。」

「え?」

「それだけだ。」

 

バーダックはそう言って、立ち上がりまた家路を歩き出した。

それに、ラディッツは、ざわざわと心が騒ぎ立ち始める。

最後に、立ち上がる寸前にバーダックの顔に浮かんだ、柔らかな微笑みが、その不安を余計に煽った。

 

「・・・・父さん、どうしたの、何か、あったの?」

「何でもねえよ。」

 

それっきり、父は何も答えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「え、カカロットを飛ばし子に!?」

 

それは、丁度、次の星に移るための休憩時間の事だった。久方ぶりに聞く母の声に、ラディッツは高揚していると、まるで冷や水を掛けられたような心地でそれを聞いた。

 

「どうして!?体が育ち切るまでまだあるだろ!?それに、言葉は?他に、戦い方だって!」

「バーダックがね。あの子の潜在能力じゃ、そうなるからって。」

「そんな!大体、飛ばし子自体、生きるか死ぬか半々だよ!?大猿になれなかったら、その時点でアウトだ!それに、銀河パトロールに見つかったら・・・・」

「安心しなよ。カカロットの飛ばされたのは、地球っていう辺境の星だし。銀河パトロールもいないわ。それに、文明も戦闘能力も低いそうよ。それに、バーダックには、心配事があるらしくて。」

「しん、ぱいごと?」

 

それに、ラディッツは、少し前のバーダックの言葉が思い出された。

 

カカロットのことを、守ってやれよ。

 

ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ。

胸の奥、頭の中が、不安げに軋みを上げる。何かを、何かを、自分は見過ごそうとしている。分からない、何か、強烈な齟齬が自分には訪れている。

 

「か、母さん。わ、私、そっちに帰るよ。」

「え、でも、任務があるんだろ?」

「な、何とかする。体調が悪いって。」

「駄目だよ、そんなことしたらあんたの信頼が落ちるだろ?」

「でも!」

「大丈夫だよ。何にもないって。あんたがエリートに入って、誇らしいんだよ?」

「かあ、さん。」

 

ざわざわと、ラディッツの中で、強烈な焦りが生まれて来る。たまらなく、何かがざわつく。

 

「・・・・・ねえ、ラディッツ。」

「な、なに?」

「・・・・・もしも、バーダックが迎えに行けないなら。あんたがカカロットを迎えに行ってあげなよ。」

「え、な、何言ってるの。母さん?」

「そんなに焦らないでよ。ただ、バーダックが任務でいけないこともあるだろうから、そん時はあんたに頼むだけだよ。変なこと言ってごめんね?」

「・・・・・うん、分かった。」

「それじゃあね。怪我、しないようにね?」

「か・・・・!」

 

ギネは、スカウターの通信を切り、息を吐いた。

 

(・・・・これで、少なくともカカロットのことは大丈夫だ。)

 

ギネは、自分が生んだ最初の子どもである娘のことを思った。

子どもなんて、すぐに親のことだって忘れるよ。

そんなことを、同僚から聞いた。ギネも、それに頷いて、内心では残念に思っていた。ギネは、甘い。だからこそ、本音を言えば出来るだけ親子として付き合っていきたいとは思っていたのだ。

けれど、肉親の情が薄いサイヤ人では、それもまた夢のまた夢であろうと思っていた。

そうして、生まれて来たのは自分によく似た少女であり、そしてエリート候補にまで選ばれるほど高い能力を有していた。

誇りに思った。何よりも、安堵した。エリート候補にまで選ばれるのなら、娘の待遇は悪いものではないだろう。何よりも、下級戦士よりも、ずっと、死ぬ確率は低いはずだ。

娘は、大きくなろうとも、母さん、母さんと己を慕ってくれた。

自分と同じ、それ以上に、甘ったれな、穏やかな娘。そうして、自分よりも、ずっと、ずっと、強い娘。

 

「・・・・あの子なら、大丈夫だ。」

 

そして、弱い息子を、きっと守ってくれるだろう。

それは、サイヤ人らしくない考えだ。でも、ギネは、大事な子どもたちに生きてほしいと願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

惑星ベジータ、消滅。

 

スカウターから聞こえて来た無機質な音に、ラディッツは固まる。

 

「・・・・何だ、王になり損ねたか。」

 

丁度、二人は惑星ベジータに帰る前の雑用をこなしている時だった。丁度、良い値で売れそうな星があるのだが、大型の獣が闊歩しているためその駆除に勤しんでいたのだ。

それも終わり、星に帰るための準備をしていた時、その無機質な声がラディッツに伝えられた。

 

「・・・・ふん、接近に気づかなかったのか。まぬけめ。」

 

ベジータの、声が聞こえた。なのに、その声が、ひどく遠い。ラディッツは、スカウターを操作するために手をかけたまま固まる。

風の音が、ベジータの声が、物音が、自分の息遣いが、聞こえていたはずなのに。

まるで、ノイズがかかったように、ガラス越しに聞くように、二重にぶれているように、声が、遠い。

 

(ターレス、は?)

 

きしりと、どこかで音がした。

 

(王や、他のみんなは?)

 

ぎしり、ぎしり、と耳障りな、音がした。

 

(かあさんは?)

 

びきりと、そんな音がした。

 

(とう、さんは?)

 

がちゃんと、そんな、音がした。

 

「・・・・ふん、生き残ったサイヤ人は、俺たちのほかに数人か。惑星ベジータへの招集を無視したのが吉だったか。」

 

ベジータは、そこで、ふと、甘ったれがやけに静かなことに気づいた。

振り返った先、焦土の上に立つ少女は、ひどく静かにそこにいた。今にも、空気に溶けてしまいそうなほどに、微かな気配しかしなかった。

 

「おい、ラディッツ。返事ぐらいしろ!」

 

苛立ったベジータは、手をゆっくりとラディッツに向ける。けれど、エネルギー波を発射する前に、ゆっくりと、ラディッツが振り返った。

 

ラディッツは、泣いていた。

その、真っ黒な瞳から、ぼたぼたと涙をこぼしていた。

能面のような、感情の伺えない顔で、真っ黒な底なし沼のような瞳で。

いつものように、叫ぶわけでも、喚くわけでも、激情を発散するわけでもなく、ただ、ただ、静かに涙を流していた。

まるで、器から溢れかえった水の様に、壊れてしまった蛇口の様に。

 

 

ぐずぐずと、鼻を啜る音がする。

ラディッツは、ベジータに放り込まれたアタックボールの中で、茫然と霞んだ視界を茫然と眺めていた。

分からない、自分が、今、どうなっているのか分からない。

ぎしり、びきりと、耳鳴りのような音がしている気がする。

ただ、自分の中で、ひどく何かぐらぐらと揺れていることが分かった。ぐらぐらと、揺れて、何か、少しのずれで、どうしようもなくなる。

それだけが、分かった。

 

『・・・・・おい、いい加減鼻をすするのを止めろ!』

 

スカウター越しの声に、ラディッツは、とっさといえるレベルで聞き返した。

 

『ベジータは、平気なのか?』

『ふん。お前こそ、何をそこまで嘆いているんだ?』

『・・・滅びかけた一族の王族だろう。』

 

その声に、皮肉がなかったと言えば、嘘になるだろう。ベジータは、それに少しだけ黙り込む。けれど、すぐに鼻で笑う様な声がした。

 

『・・・・ふん。所詮は、惑星の衝突にも気づかなかった間抜けな同族だ。何よりも、死んだ者に執着して何になる。』

 

それは、ラディッツが、少し前に聞いたことだった。ラディッツは飲み込めなかった、重い塊に歯噛みした。

 

『まったく、生き残った連中もどれほどの奴なんだ?おかげで、弱虫ラディッツを使わなくちゃいけなくなるんなんてな。』

『ベジータは、強いな。』

 

思わず、そんな言葉が漏れ出た。

それに、スカウターの向こうで声がした。

 

『当たり前だ。俺は、サイヤ人の王族だぞ?お前も、せいぜい、俺の役に立つんだな。』

『君の、役に?』

『当たり前だ、大体、そのためにお前は俺と組ませているんだろう。星が滅びようと変わらん。俺は、ただ、強くなるだけだ。』

 

その言葉は、どれほどまでに、ラディッツにとって強く、輝かしく聞こえただろうか。

ラディッツは、弱い。同族や、両親や、故郷の滅亡に、簡単に精神が軋みを上げた。

だというのに、ああ、己が仕える王子は、こんなにも強い。

それは、実力として、力量として、精神的な意味として。それは、ラディッツのなりたいと思いながら、成れない、孤高という強さだった。

揺るがないという、冷酷であるという、静けさという強さだ。

ラディッツが、得なければと幾度も思いながら、得ることのできない強さだ。

 

知っているよ。知っている。

ベジータ、お前の事なんて嫌いだよ。冷酷で、乱暴で、陰険で、人使いが荒くて。

それでも、ラディッツは、ベジータという存在に憧れた。

誰よりも強く、頑なに、揺るぐことのない己の主である、ベジータという存在に憧れた。

自分は、そんなふうになれないと知っているし、なりたいなんて思わないのに。

それでもなお、どうしても、憧れた。

その強さに、憧れた。

 

『・・・・ベジータは、私に期待してくれるんですか?』

『ふん、したくもないが。手駒が少なすぎるから。せめて、使ってやる。』

『弱くて、ごめんね。』

『知っている、弱虫ラディッツ。』

 

酷い言葉だ。酷くて、それでも、その言葉は救いだった。

少なくとも、そこには、生きるための理由があった。縋りつくための、憧れが、手を指し延ばしたくなる星があった。

 

(・・・・死んでしまったものに、執着しても、しょうがない。)

 

そうだ、だから。だから、残ったものを支えにしよう。

 

父は死に、母も死に、故郷は滅び。

それでも、幼く、弱く、可愛い弟だけは、生き残った。

 

(・・・・カカロット、待っていて。)

 

きっと、迎えに行くから。

強くなって、迎えに行くから。今は、まだ、弱いけど。強くなって、君を守れるまでに強くなったら、きっと、迎えに行くから。

父さんと、母さんと、そう、約束したから。だから、待っていて。

 

ラディッツはゆっくりと、瞳を閉じた。溢れかえった涙はそれで終わった。

 

軋む様な耳鳴りはいつの間にかなくなった。

 

 

 





感想、ありがとうございます。励みになってます。

ここでいったんは、惑星ベジータ編というか、子ども時代は終わりです。
次回から、原作に入ってきます。


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降り積もった後悔

ちょっと場面が多いです。

誤字報告ありがとうございます。ありがたいです。





どたどたと、何か、騒がしい足音が近づいてくることを感じて、ベジータは顔をしかめた。

ベジータとナッパは丁度、とある惑星への任務のために、惑星フリーザの一つの基地にいた。廊下を歩いていたベジータはその足音の主に当たりを付けた。そして、丁度隣りにいたナッパの方を見ると、口を開けて、あ、という顔をしている。それに、ベジータは足音の原因がナッパであることを察して、ため息を吐いた。

 

「ナッパ隊長!!!」

 

大音量と共に姿を現したのは、戦闘服に身を包んだ女だった。

腰まで、いやそれ以上にある長いくせっ毛を無理やりに一つでまとめている。胴体から腰までにかけて戦闘ジャケットを身につけている。足はぴったりとした黒いタイツで覆われており、唯一手だけが露出していたが、何故か赤いアームウォームを身につけていた。

ヒューマノイド型の人間としては、お世辞にも女らしいとは言えない体をしていた。細身であるとはいえ、その体にはしなやかといえる筋肉がついていた。筋肉量は少ないが、使っているうちについたという体つきだ。

 

「・・・・・あー、ラディッツ、お前。」

「その顔からして、私がなんでこんなに怒ってるのか分かってるんですよね?」

「煩いぞ、ラディッツ。」

 

ナッパがそっと視線を逸らした。ラディッツと呼ばれた女は、ぴりぴりとした空気を纏っていた。べジータは心の底からめんどくさそうな顔をした。

それに、ラディッツは思いっきり顔をしかめた。

 

「ベジータは、黙っててください。」

 

ラディッツはがるると、唸り声を立てそうな勢いでベジータに噛みつく。ベジータは、それにため息を吐いて、ナッパを見る。

 

「ナッパ、お前また報告書の提出を忘れたのか?」

「あー、いや、今回は提出したんだが。」

「そうです、聞いてくださいよ!ナッパ隊長、報告書を提出したのはいいけど、星の様子についての動画情報提出するの忘れてて、さっき上から私が怒られたんですからね?!」

「ああ、悪かったって。そんなに怒るなよ。」

「怒るなよ、じゃない!!ベジータはおいといても、ナッパ隊長はすーぐにそういうの忘れるんですから。おかげで、なんでかお叱りが私の所に来ますし!」

「怒鳴るな!まったく、少しは黙れ!」

 

ベジータの怒鳴り声に、ラディッツは体を震わせた。そうして、次には、その黒い瞳が、うるうると涙を含み始めた。

それに、二人は思わず体を逸らす。

ラディッツが泣くことには、二人ともあまり良い思い出はない。

ベジータは泣いたラディッツに馬乗りにされて殴られ、ナッパは幾度か髪の毛を抜かれた。

中途半端に抜かれ、禿げてしまったせいで頭を丸刈りにしたのは自分だけの秘密だ。

そのせいか、どうしてもラディッツが泣くのを見ると、反射的に身を固くしてしまう。

 

「何ですか、そんなに怒らなくてもいいじゃないですか!ベジータの、馬鹿、あほ、まぬけ、おたんこなす!!ナッパ隊長のはげ!」

「こんのくそあま!!」

「もう、ナッパはちゃんと動画提出しといてくださいよ!あと、次の任務は私も行きますから!」

 

ラディッツの間抜けな罵倒にベジータの眉間に皺が寄るが、彼女はすぐにナッパの方をみるとそう言い捨てて、たったっと小走りで駆けていく

ベジータは、あっさりと走って行ってしまったラディッツにぶつけられなかった怒りをぶら下げて、呆れた顔をする。

ナッパはそれを見つつ、ラディッツに感心する。

かれこれ、それこそ十数年といえる年月を共にしてきたせいか、彼女は良くも悪くもベジータの怒るぎりぎりを見抜くのが上手い。

 

「・・・・くそ。本当に殺すぞ、あのあま。」

「まあ、気にするなよベジータ。あいつの癇癪はいつものことだろ。」

「その癇癪の原因は、なんだ?」

「・・・・悪かったって。」

 

ナッパはぼやくように頭を掻いた。

その様子を見て来ると、なんだか怒るのもばからしくなる。

ベジータはラディッツの走っていた方向に視線を向ける。

 

かれこそ、長い付き合いになる女は、すっかり大人の様相になりはしたが中身はてんで餓鬼のままだ。

それでも、やはり、年月が経てばそれ相応に変わるものだ。

 

(・・・・雑用押し付けてたらいつの間にか敬語が癖になり、技術部に駆り出されて戦闘に出られないなど、サイヤ人の面汚しめ。)

 

けれど、憎々しい思いはすれど、ベジータはラディッツを遠ざけようとは思わなかった。

ラディッツは、事実、あの日、己たちの星が滅びた日に言った通り、ベジータの役に立っている。

少なくとも、ラディッツはそれ相応の忠誠心というものをベジータに示している。

まあ、雑用をこなすせいで戦闘力があまり上がっていないことには呆れてしまうが。

 

「・・・・ベジータよ、お前けっこうラディッツには甘いよな。もしかして。」

「・・・・その下らん話を出してくるなら、貴様とてただではすまんぞ。」

「お。おお。分かった。」

 

ベジータは、時折言われる、ベジータがラディッツを憎からず思っているという話であると察してナッパに釘を刺す。

そんなこと、絶対にありはしないのだ。

ベジータは、今も昔も、泣き虫が大嫌いなのだから。それ以上に、弱虫は大嫌いなのだ。

 

 

 

 

 

 

「・・・・まったく、ナッパにも困ったものです。」

 

ラディッツは、弱いなりにフリーザ軍で癖になった敬語でそう呟く。

ナッパが隊長でなくなって結構な時間が経つが、時折隊長とつけて呼んでしまう癖は健在だが。

ラディッツは、すっかり癖になってしまった独り言を、スカウターを外して呟いた。

彼女は今、アタックボールの中で、ぼんやりと代わり映えのすることのない宇宙を眺めていた。

少しだけ体の向きを変えれば、ナッパやベジータの姿が見える。おそらく、二人はとっくに眠りについているだろう。

 

ラディッツは、大人になった。体は成熟し、ナッパには勝てずともべジータよりも背だって高くなった。

けれど、彼女は弱いままだ。

訓練を続けているとはいえ、べジータにもナッパにも勝てぬまま。宇宙の強者が集まったフリーザ軍の中でも、弱いまま。

 

「・・・・カカロット、お前は、今、どうしているのかな?」

 

弟を、迎えに行けぬまま、ここまで来てしまった。

 

宇宙の果て、その彼方にある地球という星に、彼女の弟はいる。父にも、母にも、迎えにいってやってくれと言われていた。

けれど、フリーザ軍の度重なる任務のために辺鄙な場所にある地球に行く機会を奪っていた。

何よりも、一年、一年と時間を重ねるごとに、ラディッツは恐ろしくなっていった。

本当に、本当に、カカロットは自分のことを、待っていてくれるのだろうか。

生きて、いるのだろうか。

 

「・・・・そんなことない、生きてる。あの子は、生きてる。」

 

自分で考えたそれを、振り払うようにラディッツは膝を抱えた。

信じていた。生きているのだと。きっと、自分を待っているのだと。

そう思うと同時に、ラディッツの中で、大きくなるにつれ、もう一つの考えが頭に擡げていた。

 

このまま、このまま、フリーザ軍のことなど知らぬまま、辺境の星で生きた方が幸せなんじゃないのか。

 

ラディッツは、フリーザ軍の中では弱い部類に入る。ならば、彼女よりも弱いカカロットはどうなる?

フリーザ軍は、一応は理性的な皮を被っているフリーザのおかげでそこまで内部が荒立っているというわけではない。それでも、宇宙の中で荒くれ者が集まった場所では、強さこそが正義だ。

そんなところに、あの子が来て、どうなるというのだ?

自分は、守ってやれない。盾になってやれても、その後はどうなる?

自分が死んでしまった後は?

それで、あの子まで死んでしまったのなら、ラディッツは耐えられない。

 

ラディッツは、怖かった。怖くて、怖くてたまらなかった。

喪うことが、恐ろしかった。

彼女は、昔、腕一杯に、たくさんの宝物を抱えていた。

けれど、それは、まず一つ彼女の目の前で無力を突き付けられて、奪われて。

二番目にふっと、まるで空をかくように、殆どが彼女の腕の中から転げ落ちてがちゃんと壊れてしまった。

亡くしたものを、忘れることは出来なくて。それでも、思い続けるには、あまりにも寂しくて。

どれもを、心の奥底に沈めて、目を逸らしていた。向かい合うには、あまりにも、それらは多すぎて。

ラディッツに残った、宝物は、本当にもう欠片のようなものばかりで。彼女は必死にそれを手で握り込んで、失くさぬようにと縋りついている。

 

カカロットは、彼女の、きっと心の一番の部分を担う宝物だった。

だから、このまま、たとえ一生会えることなんてなくても。

彼の知らぬところで、自分が死んでしまっても。

あの子が生き延びてくれさえすれば、それでいいと思っていた。

それが、どれだけ、サイヤ人として間違っていても。それでも、その願いだけが、祈りにも似て、真摯にラディッツの中で生まれていた。

 

「・・・・・カカロット。私は。」

 

どちらが正しいか、決められもせずに、ラディッツは今日も弟を想っていた。

 

「ああ、また、ベジータに叱られる・・・・」

 

戒める様な声は、まるで幼子の様に頼りない。

サイヤ人らしく、ベジータの様にありたいと、子どもの頃は思っていた。けれど、大人になっても、ラディッツはサイヤ人らしい存在になれていなかった。

それでも、ラディッツは、カカロットのことが好きな自分が嫌いではなかった。

 

 

 

 

 

 

びーびー、と自分のスカウターに通信が来ていることに気づいたのは、繰り返される任務の間の事だった。彼女は、とあるフリーザ軍の基地の一つで次の任務に備えていた。

誰からの通信かと、ラディッツはスカウターのスイッチを押した。

 

「え?」

 

口からは驚愕の声が飛び出た。

スカウターに表示された送り主の欄にはあんなにも、焦がれた名前が示されていた。

 

「か、カカロット?」

 

ラディッツは、スカウターに映し出されたそれを、茫然と眺めていた。

 

ラディッツは、少しの間茫然としていたが、すぐに気を取り直して送られてきたメッセージに目を通す。

今まで音信不通だったカカロットの宇宙船から通信ではあったが、内容があるわけではなく、空っぽのメッセージを送り続けていた。

 

「これは、どういうこと?」

 

考えられるのは、何らかの理由で宇宙船に衝撃があり通信が送られたのか、それとも。

 

「・・・カカロットが、私を呼んでいるのか。」

 

音にした言葉に、ラディッツはみぞおちを殴られたような感覚がした。

 

何故?

どうして、今更?会いに行っても、本当に良いのか?

いや、それよりも、自分は本当にあの子に呼ばれているのか?

 

ぐるぐるとそんな疑問が浮かんでは消えていく。そうして、その後に、ただ、思った。

 

会いたい。

 

(・・・・カカロット、なあ、お前は、どんな大人になっているかな?)

 

ご飯は食べているかな?お腹いっぱい食べているかな?病気をしていないか?怪我をしていないか?温かい場所でゆっくり眠れているのかな?強くなれているのかな?それとも、強くなるよりも関心のあることがあるかな?

楽しいことがあるかな?悲しかったことはどんなことがある?苦しかったことはあるか?怒ったことはあるかな?

なあ、優しい誰かが側にいたかな?

なあ、お前は、サイヤ人の力を何に使っているだろうか?

なあ、誰かを守っているのかな?

なあ、人を殺したことはあるかな?

 

なあ、ねえ、あのさ。カカロット、お前は、今、幸せかな。

そうなら、いいな。そうなら、いいな。

そうであるなら、いいな。

それだけで、それだけで、私は幸せなのに。

 

全ては、遠いことばかりだ。

過ぎていく時間に、いつの間にか、あの子を迎えに行くことも出来ないまま、立ち止まった自分にはそんなことを考える権利があるかも分からない。

それでも、ラディッツは弟のことを考えない日はなかった。

想像の中で、ラディッツはカカロットがどんな大人になるかを考えた。成長の遅いタイプだった弟は、どんなふうになっているだろうか。

もう、背は伸びただろうか。きっと父さんに似た男前になっているだろうなあ。

そんなことを考えるだけで、ひどく心が慰められた。

 

(会いたいなあ・・・・!)

 

じわりとにじんだ涙をラディッツは拭った。そうして、立ち上がった。

 

(・・・・・父さん、母さん、ごめんなさい。)

 

私は、未だに弱くって。生き残るだけで精いっぱいで。あの子を、守れるかもわからなくて。ずっと、ずっと、あの子を宇宙の果てに置き去りにしたまま。

それが、正しかったのか、それとも、間違っていたのかも分からない。

それでも、会いに行こうと思います。

それでも、迎えに行こうと思います。

ひどく、遅くなってしまったけれど。迎えに行こうと思います。

弱いなりに、あの子を守っていこうと思います。

一人ぼっちは、本当に、寂しくて。寂しくて、たまらなくて。

自分勝手な寂しさには、耐えられなくて。

 

そんな、謝罪の言葉を幾度も思った。届かないと知っていても、両親に謝罪の言葉を思った。言いわけだと分かっていた。

それでも、ラディッツは、もう、寂しくてたまらなかったのだ。

 

 

ラディッツは、アタックボールの中で、これから行く地球というものについて考えていた。

カカロットを迎えに行くということについて、ベジータとナッパには話してはいなかった。ただ、野暮用があると言って二人から離れた。

任務を放棄したラディッツを二人は何も言わなかった。ラディッツがいない分、暴れられることを喜んでさえいた。

二人が自分に興味がないことが幸いだったろう。

 

(・・・これで、カカロットに何の憂いも無く会える。)

 

もうすぐ星に、地球に着くためにコールドスリープから覚めた思考の中で、ラディッツは弟の居る星を心待ちにした。

アタックボールの中から、じっと地球の存在を待ちわびる。そうして、ラディッツの視界の中に、青が、広がった。

 

(・・・・すごい。綺麗な。なんて、綺麗な、星。)

 

青に彩られた、宇宙という闇の中にぽっかりと浮かんだその星の、なんて美しいことだろうか。

 

(・・・・ここが、カカロットの育った、星。)

 

ラディッツが、ずっといきたいと願った星。行かなくてはいけなかった星。行けなかった星。

ラディッツはその星に、ゆっくりと目を細めた。

 

 

 

 

 

大気圏に突入し、着陸の衝撃に備えた。

アタックボールに衝撃が広がった。ラディッツは、どきどきと、煩い胸を抱えて。アタックボールの扉を開けた。

 

「あーあ。すごいクレーター・・・・」

 

思わずぼやくようにそう言って、ラディッツはクレーターから飛び上った。

 

「・・・・・わあ。」

 

ラディッツの視界の中には、一面の緑の大地だった。

そよそよと、吹き抜ける風は植物と、土の匂いがした。

 

「わ、わわ!な、なにもんだ、おめえ!!」

 

声のした方を見ると、武器を持った男がいた。

それにラディッツは、星の様子と、そうして生きている人間の存在に、カカロットのことを察した。

 

(・・・あの子は、この星で、普通に、暮らしているのかもしれない。)

 

死んでいるという可能性は考えなかった。なんとなく、生きていると、確信した。

ラディッツは癖の様にスカウターで、その男の戦闘力を計る。

 

「・・・・戦闘力が、たったの5かあ。ベジータならゴミって言ってるなあ。」

「 な、何言ってるだ、お前。」

「いえ、すいません。何でもありませんよ。」

 

ラディッツはそう言い放つと、たん、と軽やかに飛びあがった。

 

「な、なななな!?」

 

下でそんな声が聞こえるが、ラディッツはそんなこと気にしていなかった。

 

「・・・・ここが、あの子の育った星。」

 

美しい、星だった。

宇宙から見た通り、真っ青な空。延々と続く、緑に覆われた大地。ラディッツの頬撫でる風は、切り裂くような冷気も、弄る様な熱風でもない。

心地の良さを感じる風は、まるでラディッツの髪を梳くように流れていく。

まるで、子どもをあやす、揺り籠みたいだと思った。

ただ、ただ、ひたすら優しくて、穏やかな、命を育む青い星。

 

「ここが、あの子の生きている場所。あの子の、育った星。」

 

ここで育ったカカロットは、いったいどんな子になっているのだろうか。人が滅びていないことを見ると、もしかすれば、自分に、というか母親に似てしまったのかもしれない。

けれど、そんなことはどうだってよかった。滅びていない地球の事なんて、どうだってよかった。

ただ、カカロットがどうしているかが気になった。

 

「・・・・・私は、会いに行っていいのかな。」

 

こんな穏やかな場所で育ったカカロットに、お世辞にも善人とは言えない所業をしてきた自分が会いに行ってもいいのだろうか。

きっと、ここで、平和に暮らしているだろうカカロットに会いに、いっても。

けれど、そこでラディッツは顔を振った。

 

「・・・・いや!そんなことを考えても仕方がない。ともかくだ、あの子を探さないと。」

 

それぐらいの覚悟はしたはずだ。

ラディッツはスカウターを使って、辺りを探る。下級戦士にランクされたとはいえ、カカロットもサイヤ人だ。

戦闘力三桁にはなっているだろう。

 

「・・・・ん。これ、かな。」

 

ラディッツは近くにいる大きな力の持ち主に向けて飛んだ。

ばくばくと、心臓の音が煩い。

 

(・・・・最初に会ったら、なんて言おう。なんて、どうやって、言えば。)

 

あの子は、自分を、赦してくれるだろうか。

ラディッツは短くなっていく距離と、ようやく肉眼で見えるレベルになった人影に息を荒くした。

そうして、見えて来たやけに顔色の悪い人間に、目を見開いた。

その男の前の前に降り立ったラディッツは、半分安心して、半分がっかりとした気分で息を吐いた。

 

「・・・・・カカロット、じゃない。」

「なにものだ、きさま。このオレに用でもあるのか!?」

 

どこか高圧的な印象を受ける言葉に、ラディッツは困ったように首を傾げた。

 

「・・・・いえ、すいません。その、弟を探していて。あの、私のような尻尾のものを見たことないですか?」

 

ラディッツは自分の腰に巻いていた尻尾を振った。それを見たとがった耳をしたそれは、目を見開いた。

 

「そ。それは!!」

「知ってるんですか!?」

「貴様、孫悟空の姉か!」

「そ?すいません。私の弟は、カカロットと、いうんですが・・・・・」

「ふん!誤魔化してもすまさんぞ。」

 

目の前のそれは、ぎろりとラディッツを睨んだ。ラディッツは、スカウターで戦闘力を計る。

 

(322、うーん。さっきのと比べたら格段に高いけど。でも、やっぱり弱いなあ。)

 

ラディッツがそんなことを考えていると、いきなり衝撃が走る。攻撃が加えられたのだと察したが、はっきり言って、ラディッツの頑丈さに関係がある者ではない。

 

「・・・・・けむい。」

 

立った砂埃にそうぼやいていると、目の前の存在の顔に驚愕が広がる。

 

(・・・・顔色が悪いと思ってたけど。この人、この色が素なのか。)

 

スカウターがまた反応を始める。目の前の存在よりも、ずっと大きな力にラディッツは顔を輝かせた。

 

「!これは。」

 

ラディッツは固まった存在を無視して、飛び上った。

 

「・・・・この星で、一番に大きな力。」

 

カカロット、会えるよ。

もしかしたら、怒っているかもしれない。嫌われて、いるかもしれない。

 

(・・・・私のこと、どう思っているかな。嫌われているかな。)

 

それでも、いいか。それでも、いいんだ。

嫌ってもいいから、一目でいいから、会いたい。

ラディッツはただ、一直線に飛んだ。

緑の大地を超えて、青い海を超えて、ひたすらスカウターの示す方向に急いだ。

そうして、等々、海の上にポツンと浮かぶ小さな小島を見つけた。

 

「あ・・・・・」

 

空の上からでも見えた。何よりも、まっさきに目に飛び込んできた。

着地した孤島で、ラディッツはじっとその青年を見た。

周りに誰かがいた。驚いた顔で、自分を見ていた。

けれど、そんなことは気にも止まらなかった。ただ、たった一人のことを見ていた。

 

「・・・・ああ、ようやく、会えた。」

 

思わず漏れ出たのは、そんな言葉だった。

掠れた声で、言った。震えていて、それこそ、今にも泣き出しそうな声だった。

記憶の中の、仏頂面の、ラディッツの憧れた父によく似た青年は、不可思議そうな顔で彼女を見返した。

 

 

 





ちょっと長くなりそうなので区切ります。

この時のピッコロさんって悟空に尻尾があったことしってましたよね?


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番外編 宇宙の彼方の泣き虫について

短めの番外編です。


 

その幼子の生活は、過酷を極めていた。

自分を厳しく鍛える父親と、宇宙を放浪し続ける過酷な旅は、サイヤ人という強靭な肉体を持っているからこそ幼子でも耐えられたのだろう。

 

「ブロリー!」

 

父親は、よく自分の名前を怒鳴りながら幼子に稽古をつけた。幼子には、どうしてそんなにも父親が自分を鍛えるかは分からない。

強くなるのは、嫌いではなかった。

それは、本能に刻まれているのだろう。強くなるために、己を鍛え続けるのは、嫌いではなかった。

 

強くなるんだ、君は、サイヤ人なんだから。

 

遠いどこかで、誰かが言った気がした。柔らかで、穏やかな何かが、自分にそう言った気がした。

その声が、そういうから、幼子は強くなることが嫌いではなかった。その声がなんなのか、分からなかったけれど。覚えていないほどに、遠い場所にそれがいるのはわかった。

どこだろうか、どこに行けば、あるのだろうか。そんなことを、良く考えた。

誰かを傷つけるのは、あまり好きではなかった。

その声は、強くなれよと言ったが、弱いものを弄れと言っていなかった。大体、弱いものを弄っても、幼子が強くなることはないのだ。

幼子は、強かった。少なくとも、戦った相手で、負ける様なことはそうそうなかった。

何よりも、誰かを打ちのめすときの、赦しを請う声に、誰かの泣き声に、幼子は何か、心の奥ががたがたと揺らされる。

遠い昔、そんな声を、自分は聞いた気がした。

誰かが、必死に、そう叫んでいた。

だから、その声を聞くと自分がひどくやってはいけないことをしている気分になる。

それは、いつかに暗闇で聞いた恐ろしい声よりもなお、不愉快で、耳を塞ぎたくなるようなほどに嫌なものだった。

弱いものを弄ることは嫌いだった。きっと、あの柔らかなものは、それを嫌う気がした。

父親は、それを甘さと言った。そうして、甘さを出した息子をひどく叱った。

サイヤ人には、そんな甘さは必要ないのだからと。

 

父親は、幼子に幾度も言った。

自分たちは、いつか、惑星ベジータを追われた。その復讐を、何時かお前はするのだと。

幼子にとって、惑星ベジータなんてもの、知らないのだ。

追い出されたと言っても、幼子は、放浪の生活しか知らないのだから、惑星ベジータでの復讐と言われても困惑しかなかった。

それだけしか知らないのだから、憎しみも、怒りも、持てなかった。

ただ、惑星ベジータに興味は惹かれた。

幼子は、ずっと、ずっと、昔から、柔らかい何かを知っていた。

柔らかくて、穏やかで、温かい何かを知っていた。

父から与えられた記憶はとんとない。けれど、確かに、昔、遠い何時かに自分にそれを与えてくれた誰かがいた。いた、はずなのだ。

幼子は、それに明確な名を付けられなかったけれど、その、柔らかで穏やかな何かが大好きだった。

昔、遠い昔、自分はずっと恐ろしい何かに苛まれていた。恐ろしくて、でも、それはちっとも自分から離れてくれない。怖くて、恐ろしくて、けれど、いつだってその恐ろしいものから、柔らかな何かが守ってくれた。

柔らかいそれが現れると、その怖いものは不思議と鎮まった。ほっとした。だから、その柔らかい何かが来るのが、待ち遠しかった。

優しいものをくれた、温かい何かをくれた、守ってくれた。

自分を、黒い何かが見つめていた。

 

会いたい、会いたい、会いたい。

 

幼子の胸には、いつだって、くうくうと穴が開いたように空々しかった。

幼子に友達はいなかった、戦うことしか知らなかった。

幼子の父親は、幼子に甘さの原因だと、全てを禁じた。

平気だった。それを持ったことも無いのだから、ないことを辛いと思わなかった。

けれど、戦う楽しさと、父親以外で埋まるはずの何かが、いつだってくうくうと音を立てていた。

そうやって、胸の奥がくうくうと音を立てると、幼子はよく体を丸めて自分の尻尾を抱えた。そうすると、なんだかひどく心が穏やかになった。

いつか、そんなふうにしてもらったことがある。そうしていると、胸の奥でくうくうと唸るそれが鎮まるような心地がした。満たされる気がした。

 

復讐には、興味はなかった。けれど、復讐を遂げれば、惑星ベジータに帰ることができるのだとしたら、それでいいとも思った。

なんとなく、生まれ育ったそこに、自分が会いたいと切望する柔らかななにかがいることが察せられた。

待ちわびていた、いつか、帰る日が来ることを。

強くなることを止めなかった。強くなれば、帰る日が近づく。強くなれば、あの、柔らかな何かは自分を褒めてくれるはずだ。

幼子には、上手く言葉に出来ない。けれど、切望した何かをまた与えてくれると思った。

けれど、ある日。

自分たちが生きていると悟られぬようにと宇宙の果てを転々としていた自分たちに、あることが知らされた。

会いたいと思った、何かも知らないけれど、それでも会いたいと思った柔らかな何かに二度と会えないことを悟った。

 

それに、どこか、幼子のどこかで、何かが砕けた。

惑星ベジータが、滅びた。

それに、幼子は、自分があんなにも切望したものが、同じようになくなってしまった。何かが、崩壊した。

何かがあふれ出したと、悟った時、視界が黄金に染まった。

 



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望まなかった再会


悟空のシリアス度とギャグ度のバランス難しい。
シリアスな回になりました。

次回から分かりにくいので、地の文は悟空で統一します。


 

「・・・・か、カカロット。」

 

ラディッツは向かいあった青年を見て、名を呼んだ。けれど、青年は訝し気に顔をしかめた。

 

「あんた、何者だ?」

「え?」

 

ラディッツはその言葉を信じられないことを聞いたかのように目を見開いた。

 

「え?か、カカロット、何言って。」

「オラ、その、かかなんとかって奴じゃねえぞ?オラ、孫悟空っていうんだ。」

 

ラディッツは己が弟に拒まれたこと。そうして、あまつさえカカロットという名前を否定したことに頭に血が上った。

ラディッツは縋りつくように、カカロットに詰め寄った。

 

「どうして!?お、怒ってるの!?確かに、会いには来られなかった!でも、わざとじゃないんだ!ただ、私は・・・・・」

「だ、だから、オラ。」

「赦してくれ!カカロット!お姉ちゃんが悪かった!だから・・・・」

 

ラディッツの瞳から、膨多の涙があふれ出した。カカロットは自分に縋りついて泣く女に困り果てていた。ただ、そのあまりの必死さに振り払うこともはばかられた。

周りの、青髪の少女や坊主頭の男達は、唐突に現れた闖入者に困惑した顔をしていた。そんな中、一番の年長者の老人がラディッツに話しかけた。

 

「のう。お前さん。」

 

ラディッツは話しかけてきた存在に、顔を向けた。そこには、白いひげを蓄えた老人がいた。

 

「どうも、込み入った事情があるようじゃの。どうじゃ、せっかくなら、中で話さんか?」

「え?」

「ほれ、悟空。お前さんも、このお嬢さんがいっとることがどういうことなのか、知りたいじゃろ?せっかくじゃ、中で茶でも飲みながら、話したほうがよかろう?」

「お、おう。」

「うむ。それじゃあ、お嬢さん。中に入りなさい。」

 

そう言って、老人は家の中に入っていく。それに、連れられるように、外にいた全員が家の中に入っていく。ラディッツは、涙で霞んだ視界の中、ぼんやりとした思考の中で同じように家の中に入っていった。

 

 

家の中にあったダイニングテーブルに、老人とカカロット、そうしてカカロットによく似た子ども、そうしてラディッツが座る。

他の、女性と男性は座らずに立って様子を眺めていた。

ラディッツが天板の一番端、いわゆる誕生日席に座り、その横にそれぞれカカロットと老人が座る。カカロットの隣りには、子どもが座った。

老人は、亀仙人、女性はブルマ、小柄な男性はクリリン。そうして、カカロットによく似た幼子は、孫悟飯と名乗った。

ブルマとクリリンは、カカロットの友人であり、亀仙人は武術の師匠であると名乗った。

 

ラディッツは自分の前に置かれた茶をじっと見た。涙がにじんだ瞳は、未だにうるうるとしていた。

カカロットは、それにどこか居心地が悪そうに体を動かしている。それに、亀仙人はふうと息を吐き、ラディッツの方を見た。

 

「それで、お前さんが誰か、教えてくれるか?」

「・・・・その前に、あの、カカロットのことを。」

「ふむ、お前さんがカカロットと呼んでいるのは、その横にいる悟空のことでよいかの?」

「その、悟空というのは!?」

 

それに亀仙人は、カカロット、悟空が幼いころに頭を強く打っていることを話した。

 

「え!?」

 

ラディッツはそう声を上げると、悟空の頭に飛びついた。

 

「記憶がなくなるほどの!?大丈夫なんですか!?」

「い、いや。なんともねえよ!き、傷が残ってるけど。」

 

自分の頭をぐりぐりと撫でまわすように触られて、戸惑うようにそう言った。ラディッツは悟空の肩を抱いて念を押した。

 

「本当にですか?大丈夫なんですか?」

「お、おう。」

 

こくこくと頷いた悟空に、ラディッツは、力なく椅子に座った。

 

(・・・・・記憶が、ない?)

 

サイヤ人のことも、父のことも、母のことも、そうして。

 

(私の、ことも、忘れて・・・・・)

 

カカロットは、ここで生きていた。

 

それを、ラディッツは噛み砕くことが出来なかった。その事実を、自分の中でどうやって消化すればいいのか、分からなかった。

 

「それで、お前さんは?」

「・・・私の名は、ラディッツ。あなたたちが、悟空と呼んでいる存在の、姉になります。」

「で、でも、オラ、姉ちゃんなんて知らねえぞ?」

「・・・忘れて、しまっているんでしょうね。」

 

ラディッツの言葉に、亀仙人は以前、孫悟飯に聞かされた、悟空を拾った時の話を皆にした。

ラディッツはそう言って、改めて、悟空の顔を見た。

少々、気の抜けた様な表情ではあったが、その顔は本当に、憎いほどまでに父親に似ていた。

 

「間違えるわけがない。本当に、父さんに、よく似ていて。」

 

そう言って、女は悟空に微笑んだ。

目じりににじんだ涙と、まるで眩しいものを見る様に細められた眼に、ぎこちない微笑み。

悟空は、それに、なんだか不思議な心地がした。

それは、例えるならば、幼いころに幾度も読み返した絵本を久しぶりに本棚の片隅に見つけたかのような、そんな感覚であった。

悟空は、その不思議な感覚に胸を撫でた。

 

ラディッツは少しだけ目を伏せた後に、ゆっくりと視線を上げた。

 

「・・・・私は、この星の者でなく、違う星から来たもの。カカロット、君は、地球人ではなく、サイヤ人なんだ。」

「さい、や?」

「そうだよ。私たちの母星ベジータは、お前が生まれてすぐに隕石の衝突で滅びました。お前は、父さんによってこの星に送られましたが。昔から、勘のいい人でしたから。予感はあったのかもしれません。今日は、カカロットに会いに、来たんです。ようやく、会いに。」

 

繰り返す、会いに、という言葉を噛みしめるようにラディッツは唱えた。その様子は、何かを飲み込む様な息苦しさがあった。

 

「オ、オラ、宇宙人だったのか!?」

「お前にも、これがあったでしょう?今は、切ってしまっているようだけど。」

 

ラディッツがそう言って、腰に巻いた尻尾を振ると、悟空はそれを凝視した。

 

「孫君、宇宙人だったの!?」

 

ブルマがそう言って声を上げる隣りでクリリンがしみじみと呟いた。

 

「確かに、宇宙人なら、悟空の強さも納得かも。」

「・・・・まあ、尻尾がある時点で、確かにおかしいとは思ってたけど。」

「でもよ、ブルマ。それなら、天津飯とかどうなるんだ?」

「え、ちょっと、待って。それじゃあ天津飯も、宇宙人!?」

 

ラディッツは目の前で繰り広げられる騒ぎしいやり取りに、またゆっくりと目を細めた。

それは、穏やかな光景だった。それは、どこまでも平穏な光景だった。

 

(・・・・父さんが、遠征の仲間と、任務終わりにこんなふうに騒いでた。)

 

その光景に、今、目の前で起こっていることがだぶりそうな気がした。けれど、目の前のことと、昔のそれはあまりにも多くのことが違う。

それでも、ああ、なんだかひどく懐かしい。

その騒がしさに満ちた、この空間はまるでこの星の様だ。

どこまでも優しく、平穏で、穏やかだ。

そこで、ラディッツはふと悟空の隣りで体を縮ませていた幼子に目がいった。

 

「・・・・なあ、お前さん。悟飯、だっけ?」

「ぼ、ぼく?」

「うん。」

 

ラディッツが悟飯に意識を持っていたことで、悟空たちは彼女のことを伺った。

 

「今、幾つかな?」

「よ、四歳です。」

「そうか、四つか。だっこしてもいいかな?」

 

ラディッツがそう言って手を差し出した。悟飯は、それにちらりと父を見た。悟空は困っているのか顔をしかめていた。

それに、悟飯は自分に手を差し出している人をまた、見た。

臆病な気のある悟飯にしては、不思議と怖いとは思わなかった。

ラディッツという伯母の目が、なんだか、自分を見る時の母の目に似ている気がした。けれど、そうだというのに、その人は何故か泣きそうだった。今にも、涙が溢れてしまいそうな目に、悟飯は思わずラディッツに向けて手を差し出した。

ラディッツは、それに心の底から嬉しそうに微笑んで、そっと悟飯を抱え上げた。

 

「・・・・・うん。重いなあ。ご飯、しっかりと食べてるのか?」

「はい、えっと、きのうはおかあさんが中華まんを作ってくれました。」

「そうか、母は料理が上手いのか。」

「はい、おいしいです。」

「美人か?」

「はい、おかあさんはきれいです。」

「そうか。私の母、お前さんの祖母も、綺麗な人だったよ。料理も、上手だった。」

 

ラディッツはそう言って、己の尻尾を悟飯の尻尾に絡ませた。悟飯は、自分の尻尾に絡みついた感触に驚いたが、それがラディッツの尻尾であると知ると、不思議と安心した。

 

「・・・・しっぽ。」

「ああ、私にもあるんだ。お前の父親にもあったそうだが。」

「ぼくいがいの、しっぽがある人、初めて見ました。」

 

悟飯は自分の尻尾に絡まるそれを、興味深そうに見た。

己以外に、そんな存在がいなかったせいか、目の前の存在に妙な親しみが浮かんでくる。

しゅるりと、尻尾を遊ばせれば、同じようにしゅるりとやり返してくる。

悟飯は、それが、なぜか面白くてくすくすと笑った。

 

(・・・・・顔色、正常。体重と身長からして健康体。肌に傷跡も無い。鍛えてはいない。が、健康的だな。服も安物ではない。)

 

ラディッツは悟飯を抱き上げると同時に、素早く幼子の状態を確認した。それに、少なくとも、己の甥や弟が健康的な生活をしていることが察せられた。

 

(・・・・そうか。)

 

ラディッツは、悟飯の頬に手を添えた。

 

「・・・よーく、顔を見せてくれ。」

「え?」

「ああ、本当に、よく似ている。」

 

吐息のような微かな声。自分の頬に添えられた手は、お世辞にも柔らかとは言えない。その手は、どちらかといえば、父や祖父に似ているように悟飯は思った。

 

(・・・・父さんに、カカロットに似てる。あの子は、ここで子をなして。友がいて、師を仰ぎ。カカロットは、ここで生きている。)

 

そこには、何の欠けもない。

餓えることも、寒さや熱さに苦しむことも、弱さに苛まれることも、寂しさもあえぐことも無い。

見ていれば、分かる。聞けば、理解できる。

必要なんて、なかった。必要なんて、ない。

カカロットは、満たされていた。

 

ここに、ラディッツはいらない。カカロットの世界は、すでに満たされていた。

己の弟は、どうやら、喪った事さえ、忘れていた。

けれど、それは、不幸なのか?

 

「そうだな。」

「え?」

「そうだな。それでいいんだ。それで、よかったんだ。」

 

悟飯は、目の前の存在が何を言っているのか分からなかった。ラディッツは、ゆっくりと悟飯を抱きしめた。

温かかった。泣きたくなるほどまでに、その体は温かく、柔らかく、重い。

それに、ラディッツは自分が抱きしめてやれなかった。弟の、影を見た。

己が、迎えに来れなかったために知ることのない、弟の過去を見た。

置いてきぼりにした小さな宝物は、いつのまにか、ラディッツを追い越して、過去になって、交わっているのだという幻想はとっくに断たれていた。

 

(・・・・それでいい。これでよかった。)

 

きっと、迎えに来ないことが正しかったのだと、ラディッツは静かに悟った。

そう思っているはずのなのに、目からはやはり涙が流れ始めた。

 

 

 

 

 

 

「・・・・ありがとう。」

 

ラディッツは悟飯から体を離すと、元居た椅子の上にそっと戻した。

その瞳からは、涙が流れていた。けれど、不思議とのその表情は穏やかだった。

涙を流しながら、柔らかに微笑むその姿は、どこかちぐはぐとしていた。

息を飲んだ周りに、ラディッツはゆっくりと悟空に視線を向けた。

 

「・・・・カカロット。少しだけ、話をしませんか?」

「え?」

「少しだけ、二人で話したいんだ。嫌かな?」

「えっと・・・・」

 

悟空は困惑したように、周りを見た。彼は、目の前の女を、どう扱っていいのかほとほと困り果てていた。

 

「・・・・・行ってやりなさい。」

 

亀仙人の言葉に、悟空は少しだけ迷った後に、ラディッツに向けて頷いた。ラディッツは、それに悟飯に目を向けた。

 

「・・・少しだけ、父さんのこと借りていくね。」

 

ラディッツはそう言うとゆったりとした足取りで、カメハウスの外へと出て行った。悟空は困惑したような顔で、その後を追った。

 

 

 

ざーざー、波の音が響いていた。

さんさんとした日差しが、悟空とラディッツを照らしていた。ぷんと香る潮風が、さああと耳元を吹き抜けていく。

 

二人は、互いに隣り合うように海を眺めていた。

ラディッツは親指で乱雑に涙を拭った。

悟空はそれをちらりと横目で見ながら、姉だと名乗る存在をどう扱えばいいのかとほとほと困り果てていた。

隣りにいる存在は、悟空が今まで会った存在とは、どこか違った。

強いて言うのなら、ランチが一番に近いのかもしれないが、それともまた違った。

悟空は、目の前に広がる光景を気を紛らわせるように見た。

青い空、青い海、からりとした暑さはいっそのこと清々しい。

 

「・・・・・なあ。」

「お、おう。」

 

動揺の隠れていない返事に、ラディッツはくすくすと笑う。

 

「そんなに驚かないでくれ。別に、なにかしようってわけじゃないんだ。」

「ならよ、えっと、その。オラに、何のようなんだ?」

「・・・・・何のようか。そうだな。ただ、会いたかったんだよ。」

「え?」

「何だよ、姉が弟に会いたいって、遠路はるばる来るのがそんなにおかしいか?」

 

ふふふふ、と笑う笑顔は、ひどく朗らかだった。なのに、奇妙な暗さを感じた。

夕焼けの様だった。確かな、明るさはあるのに、暗闇を連れた。夕焼けのような笑みだと思った。

顔を見合わせて、ラディッツは悟空に微笑んだ。悟空は、その顔をじっと見た。

 

「・・・・カカロットの話を、聞かせてくれないか?」

「オラ、その、カカロットって名前じゃねえぞ?」

 

それに、ラディッツは悲しそうに微笑んだ。その笑みに、悟空は黙り込んでしまう。

そんな顔をされると、自分がまるで酷い人間のような心地がする。

ラディッツは少しだけ顔を伏せた。

 

「・・・・今だけ、だよ。私しか呼ばないんだ。少しだけ、その名前を大事にしてほしい。」

 

例え、お前が今まで孫悟空として生きても、それよりも前に、お前はカカロットなんだから。

 

そう言って、ラディッツは己の立つ浜辺の砂をじゃりと踏んだ。

 

「・・・・父さんと母さんが、唯一お前に残したものなんだから。」

「父ちゃんと、母ちゃんが?」

「そうだ。だから、そんなにも蔑ろにしないでやってほしい。少なくとも、お前を生かしたいと願ってここに送ったんだ。」

 

悟空は、自分の見たことも、考えたことも無い父と母というものをようやく、認識したような気がした。

悟空の世界は、義祖父だけだった。今では、自分も父になり、少しだけ、ぼんやりとだけ考えた父と母というものを、今、その瞬間、はっきりと自覚した。

 

「オラ、父ちゃんによく似てるんか?」

「ああ!見た瞬間、生き返ったのかって、驚いたよ!本当に、憎らしくなるほど、父さんに似てる。それに、声まで似てるんだもの。生き返ったって、そう思うよ。残酷なほどに。」

 

ラディッツは、そう言って、眩しいもののように悟空の顔を見て目を細めた。

その眼に、悟空は落ち着かないというように、体を震わせた。なんだか、体の奥が、むずむずするような。

なんだか、チチと一緒にいる時のような、まったく違う様な不思議な感覚だった。

 

「・・・・母ちゃんは?」

「母さんは、そうだな。私とそっくりだよ。髪を肩位までにしたら、本当に瓜二つだ。」

 

ラディッツはそう言って、くるりと悟空と向かい合うように立った。

 

「・・・不思議だ。父さんも母さんも死んだのに。鏡を見れば、それぞれ父さんと母さんに会える。互いを見ても、父さんと母さんに会える。不思議な気分だ。」

 

その言葉に、悟空もまた、不思議な気分だった。

悟空は、少なくとも、父のことも、母のことも知らなかった。けれど、ラディッツに自分たちの容姿の話を聞いて、まったく知らなかったはずの両親に会っている。

それが、血の繋がりというものなのかもしれない。

それは、なんだか、不思議な気分だった。言いようのない、落ち着かなさというのか、胸の奥がむずむずするような気がした。

 

 

「・・・・どんな人だったんだ?」

 

悟空の言葉に、ラディッツはやっぱり微笑んだ。そうして、少しだけ勿体ぶる様に顔を背けた。

 

「その前に、お前の話をしてくれないか?」

「オラの?」

「そうだよ。お前が、どんなふうに過ごしたとか、嬉しかったこととか、悲しかったこととか、素敵だなって思ったことを、私に教えてほしんだ。」

 

その話が終わったら、今度は、私が話をしよう。君が誰なのか。君の生まれた昔の話をしよう。

 

そう言って、ラディッツは悟空を見た。

悟空よりも少しだけ低い背のせいか、しっかりとあった真っ黒な瞳が、自分に似ている気がした。

 

 

悟空は、言われるがままに今までの話をした。

自分を育てたじいちゃんのこと、ブルマとあったこと、亀仙人に弟子入りして、クリリンと会ったこと。

ピッコロ大魔王という敵と戦ったこと。

そうして、チチと夫婦になったこと。悟飯が生まれたこと。

 

話すのが上手いとは言えない悟空の話を、ラディッツは根気強く、そうして心から嬉しそうに聞いた。

笑う時は、まるでブルマの様に騒がしく笑い、気になることはチチのように根気強く聞いてくれた。

そうして、一番に熱の入った戦うこと、強い奴に会った話を、ラディッツはキラキラとした目で聞いた。

それに、悟空は、目の前の存在の存在が自分と同じようにわくわくしていると察して、余計に話に熱が入ってしまう。

そんなふうに話していると、悟空は目の前の姉と名乗った存在が、なんだか良い奴のように思えて来た。

 

(・・・・こいつ、いや、姉ちゃんって呼んだ方がいいのか?後で手合せしてくれねえかな?)

 

ラディッツがカメハウスに来た時から分かっていたが、目の前の女は強い。それを察して、正直な話をすれば、手合せをしてくれないかと頼もうと思っていたのだ。

 

(・・・・・姉ちゃんも強いし。もしかしたら、もっと強い奴がいるのかもしれねえなあ。)

 

そんなことを思いながら、悟空はピッコロ大魔王と戦った話をした。

ラディッツは、戦いの次に、チチと悟飯のことを聞きたがった。悟空は、チチの、なんというか彼女の話をすると、そわそわと落ち着かなくなってしまうが、ラディッツの妙に静かな微笑を見ていると、罪悪感が湧いてて少しずつ話してしまう。

 

そうして、ふと、そんな話をしていると、ラディッツはあの、夕焼けのような笑みを浮かべている。

それに、悟空は、ほとほと困り果ててしまうのだ。

そんな表情をする存在は、今まで近くにいなかった。

目の前の存在は、誰とも違った。

彼の、おそらく一等近しい立場にいる女の中でも、誰とも似ていない気がした。

悟空は、そう思って、ラディッツの後ろに広がる、青い空と海を見た。

それに、悟空はブルマを思い出した。

ブルマは、夏のような女だ。少なくともブルマを表現するとしたら、悟空はそう思う。

チチのことを思った。彼女は、夏になりかける春のような女だ。

悟空にとって、一番に思い浮かぶのは、その二人で。

ラディッツも、ブルマやチチのように、はつらつとした騒がしさはあるのに、ときおりふと、妙な静けさを持つときがある。

 

(・・・・ああ、そうだ。)

 

目の前の姉という人は、終わりかけの夏に似ていた。

 

だから、どうというわけではない。ただ、そう思っただけだ。例えの様のないものに、漠然とした名を与える行為に過ぎない。

悟空は、そんなこともすぐに頭の奥に押しやってしまった。

曖昧なそれに名前が付いたとしても、悟空にとってどう扱えばいいかわからないのは変わらないのだ。

けれど、話していくにつれて、悟空は目の前の存在が好ましく思えて来た。元より、物おじしない性格だ。

どう扱えばいいのか分からなくても、同じように戦うことを好む存在は、少なくとも悟空にとっては新鮮で、楽しい存在であることには変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

「ドラゴン、ボール?」

「そうだ、すげえんだぞ。死人だって、生き返らせちまうんだ!まあ、寿命で死んだ奴は無理とか制限はあっけどな。」

 

悟空の話を聞いているうちに出て来たドラゴンボールというものに、ラディッツは思わず反応した。

けれど、すぐに、自分の頭に浮かんだ願いを打ち消した。

 

「どうしたんだ、姉ちゃん。」

 

すっかり呼び慣れた様子の呼び方に、ラディッツは首を振った。

生き返らせることは確かに魅力的だ。だが、生き返った理由をなんと説明する?それで、ドラゴンボールという存在が、ばれたら?

フリーザに、ばれたら?

 

きっと、この星は滅ぼされるだろう。

 

それはごめんだ。弟の平穏を踏み荒らすのだけは、ごめんだった。

ラディッツは、ゆっくりと、悟空の顔を仰ぎ見た。悟空は、不思議そうに、ラディッツを見ていた。

 

(・・・・たぶん、潮時だ。)

 

話は聞いた。カカロットの生きた世界を、ラディッツはようやく知れた。弟が、どんなふうに生きて、どんなものを築き上げたか分かることが出来た。

ふと、遠くを見れば、太陽がだいぶ動いていた。なかなかの時間、話し込んでいたのだろう。

 

(・・・・だから、潮時なんだ。)

 

ラディッツはそっとカカロットに手を伸ばした。そうして、両手でカカロットの顔を両手で覆った。カカロットは、それにびくりと体を震わせた。

 

「そう嫌がらないでくれ。顔を、見せてほしいんだ。」

 

苦笑交じりのその声に、カカロットは体を固まらせたままだったが、されるがままであった。

ラディッツは、その顔を、まるで焼き付ける様に凝視した。そうして、確かめる様にその顔をなぞった。

 

(・・・・・きっと、もう会えないだろうから。これで、これ、一度だけ、これで最後。)

 

ラディッツは頬に添えた手を離して、それをゆっくりとカカロットの体に巻き付けた。

カカロットは、びくりと体をまた震わせたが、されるがままにしていた。

彼としては、なんだかラディッツのただならぬ空気に黙り込んでいた。

幼いころ、赤子の頃に比べて、すっかり大きくなった体は、誇らしさと父への懐かしさと、寂しさと嬉しさがないまぜになる。

その体を、ぎゅーぎゅーと抱きしめて、ただ、唇をかみしめた。

 

カカロット、カカロット、お前はこの星で、幸せだったんだな。

父のことも、母のことも、そうして、姉である自分のことでさえ忘れ果て。

サイヤ人としての在り方さえ、忘れ果て。

 

(・・・・きっと、これでよかったんだ。)

 

カカロット、カカロット、お前は自由でいなさい。サイヤ人としてでも、フリーザ軍の者でもなく。

思う通りに生きていけばいい。

ああ、嬉しい。可愛いと、大事だと、そう思った弟は、なんの憂いも無しに生きていた。それが嬉しい。嬉しくて、たまらないのに。

泣きたくなるほどに、寂しい。

唯一残った形見の名さえ、否定する弟を薄情だとなじってやりたい。そう思ってしまうほどに、寂しい、

けれど、きっと、これでいい。これでよかった。

会いになんてこなければよかった。

そうすれば、きっと、こんな思いしなくてよかったのに。

自分と、サイヤ人としての在り方を教えなくてもよかったのに。

 

「カカロット、大きくなったなあ・・・・・!!」

 

漏れ出たのは、それだけだった。

本当は、もっといいたいことがあった。

幸せかいと聞きたかった。ご飯はちゃんと食べてたか?ちゃんと眠れてか?病気や怪我しなかったか?

仲間はいるか?伴侶はあるか?子どもは、どんな子だろうか?

優しい人にあったんだな。

お前は、奪う側じゃなくて、与える側になれたんだね。

寂しくなんて、なかったんだね。

よかった、よかった、よかった。

そう思うのに、たまらなく寂しくて。

それでも、きっと、これでよかった。

カカロット、私たちとは違う場所で生きていけ。私たちとは無関係に生きていけ。

きっと、お前は、誰のことも殺していないのだろうから。

お前は、きっと、天国には行くんだろうな。

 

私も、父さんも、母さんも、天国には行けないから。

 

きっと、これでよかったんだ。

 

 

 

ラディッツは、悟空から体を離した。

そうして、少しだけ距離を取ると、おもむろに腰に下げていた鞄から大きな袋を取り出した。

 

「これ、あげるよ。」

「え、な、なんだ?」

 

悟空は受け取った袋の中を見ると、そこには色とりどりに輝く石が入っていた。

 

「ね、姉ちゃん、これは?」

「・・・・この星では価値があるかは分かりませんが、他の星では価値があるとされる、まあ宝石です。」

 

 

それは、ラディッツが常備持ち歩いている非常用の資金源だった。けれど、カカロットにやることに憂いはない。

 

「は、そ、そんなの貰えねえよ!」

 

思わず突っ返そうとする悟空に、ラディッツは首を振る。

 

「いいんだ。子どもだって生まれてるし。これから、金がかかるだろう。サイヤ人はよく食べるから。それに、他の星でのことだけど、血筋に子どもが生まれると、祝いに金を払ったりするんだ。」

「でもよお・・・・」

「いいだろ。最後に、姉らしいことをさせてくれ。」

 

そう言って、ラディッツはあの夕焼けの微笑みを浮かべた。

それに、悟空は、ぴくりと反応した。

 

「最後って、どういうことだ?」

「・・・・・カカロット、私は、二度とこの星には来ない。もうすぐ、この星を立つ気だ」

「なんでだよ?チチにも会ってねえだろ?あいつ、喜ぶぞ?」

「・・・・そうだな。お前の相手には会いたかったけれど。無理だな。」

「なんかあんのか?」

「私は、ここにはいられないんだ。」

「どうしてだ?なんか、てえへんなことでもあんのか?ドラゴンボールで、なんとかなんねのか?」

「カカロット、最後に、お前には教えておかなくちゃならないことがある。」

 

悟空は、ラディッツの何か、異様な雰囲気にそう言った。けれど、ラディッツは悟空の言葉なんて聞いていないように、話し始める。

悟空は、やっぱり困り果てた様な顔でラディッツを見た。打ち解けて来た、姉が、唐突に言い出したことに混乱していた。

 

「・・・・きっと、教えない方がお前にはいいんだろうが。でも、分かっていた方が対処できる危険もあるだろう。自分のルーツっていうのは、時には面倒を起こすものだ。」

 

ラディッツはゆっくりと悟空から距離を取った。

 

カカロット、カカロット。

きっと、お前はこんなことを聞いたのなら、私や父さんや母さんのことを、嫌いになるかもしれない。

優しい、こんな場所で育ったお前は特にそうだろう。

・・・・嫌だなあ、嫌われたくないなあ。

でも、お前を連れてはいけない。そうして、自分は、あの場所から離れることは出来ない。

だから、さよならの準備をしよう。

 

「カカロット。サイヤ人のことを話そうか。」

 

ラディッツはそう言って、やっぱり夕焼けの微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「・・・・・サイヤ人というのは、宇宙一の戦闘種族だ。一族の皆は戦闘に長け、そうして、売れそうな星を略奪し、移住者に提供することを生業としていた。」

「りゃ、りゃくだつ?」

「・・・・もともといた星の人間を殺して、星を奪うんだ。」

「どうして、そんなことするんだ!?」

「どうして、か。そうだなあ。サイヤ人は戦うのが好きで。好きで、生活をしていくことと両立させようとして、そういうふうになっちゃったんだろうなあ。私は、なんでだろうなあ。それ以外に、生き方を知らなかったから、教えてもらえなかったからかな。」

「姉ちゃんは、悪い奴なのか?」

「・・・・そうだな。何人も、何人も、殺した。私は、悪い奴だよ。」

「でもよお、オラ、姉ちゃんがわりい奴って思えねんだ。」

 

悟空は、途方に暮れた様な気持ちになる。

ラディッツの言葉を信じるには、あまりにもその姉は、良くも悪くも善良さがあった。

それ以上に、信じられなかったのだ。

悟空は、話しているうちに、何となく、目の前の姉が弱いことを悟っていた。

いや、力量的な意味でなら、ラディッツはきっと悟空よりも強い。

けれど、悪徳を成すには、ラディッツの在り方は弱すぎた。

泣き虫には、悪をなすのは難しい。

 

ラディッツはそれに首を振る。

 

「いや、私は悪い奴だよ。幾人も殺して、幾つもの星を滅ぼした。サイヤ人とは、えてして、そう言うものだ。」

「・・・・・父ちゃんたちもか?」

「そうだな。父さんは、そう言った意味じゃあ、私よりも悪人か。でもな、カカロット。それでも、叶うなら、父さんと母さんのことを、嫌わないでくれ。生きてほしいって、確かに、お前にそう思ったんだ。」

 

悟空はそれに、泣きたくなる。

己にそっくりな父親という存在が、そんな悪い奴であったなんてことに少なからずショックを受けた。

いや、それよりも、自分がそんな恐ろしい種族の生き残りであることに驚いた。

本音を言えば、悟空はサイヤ人であることなんて否定して、地球人だと名乗りたいぐらいだ。

けれど、それを言うには、あまりにも目の前の姉は、善良なように見えて。弱く見えて。そうして、そんなこと言えば、またこの目の前の女は泣きだす気がして。

黙り込んだ、悟空に、ラディッツはぽんと頭を撫でた。

 

「・・・・・カカロット。私は、もう行く。お前は、このまま地球人として生きていけ。」

「え?」

「サイヤ人であることは、黙っていていい。いや、忘れていい。お前は尻尾も生えていないし。地球人でも誤魔化せるだろう。ただ、サイヤ人であることは知っていなさい。恨みなら、一生売り続けるぐらい売ってるからな。それで回避できることもあるだろう。」

「ね、姉ちゃん・・・・」

「さようならだ。カカロット。お前は、自由に生きていけ。何の憂いも背負わなくていい。サイヤ人としての業も、お前には無関係だ。お前には、姉はいない。悟空として、生きていけ。」

 

 

離れがたいと、悟空もそう思わないわけではない。

 

「姉ちゃんはここで暮らせねえのか?」

「無理だな。私の存在は補足されてる。逃げられない。」

「な、ならよ!オラが姉ちゃんにそんなことさせるやつぶっとばしてやる。」

 

その言葉に、ラディッツは顔をきょとりとさせたあとに、苦笑した。

 

「無理だよ。私の数百倍は相手が強いから。」

「いっ!?」

 

驚いたような声にラディッツは笑う。

 

「想像できるか?」

「できねえ。姉ちゃんの数百倍、か。ちょっと怖くなる。」

 

でも、会ってみてえな。

 

その言葉は、ラディッツにとってどれ程嬉しく、誇らしかったろうか。

 

(ああ、さっきまで強くならなくてもいいなんて思ってたのに。)

 

今、ここで、それでも、強さを求める弟が誇らしかった。

だから、その台詞を言わずにはいられなかった。

 

「…カカロット、強くなるんだよ。」

「え?」

 

奪うためではなく、勝つためでなく、強くなるために戦い続ける、サイヤ人。

ラディッツには、もう、遠すぎる理想だ。

 

ラディッツの静かな声に、悟空は、迷うように視線をウロウロさせて、そうして、幼子のように頷いた。

 

「・・・・カカロットって名前、覚えとく。」

「そうか、ありがとう・・・・・」

 

震えた声を誤魔化す様に、ラディッツはまた、悟空から距離を取った。

 

「さようならだ。本当に、さようならだ。カカロット、幸せにな。」

 

遠ざかっていく姉を、悟空は引き留めようとする。

ラディッツにこれ以上ひどいことをしてほしくなかった。

けれど、ラディッツはそれを振り払おうとした。

その時、けたたましく、ラディッツのスカウターが鳴った。

通信相手の名前を見て、ラディッツは咄嗟にそれを取る。

 

「・・・・・ベジータ、何の用ですか?」

「いやな、ラディッツ。面白い話をしてると思ってな。」

 

弟を見逃す気か?

 

それにラディッツは自分が、何か、ひどい間違いをしていたことを悟った。

 

 





めちゃくちゃ今回は長くなりました。


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地獄に落ちるは自分だけ

これから、一話の平均的な文字数、一万ぐらいになるかもしれませんがご容赦ください。
つい引き延ばす癖を直さねば。


 

 

「・・・・・・なんのことですか?」

 

その声は、驚くほどに平淡だった。けれど、ラディッツの頭の中ではアラームが鳴りっぱなしであった。

ラディッツは、スカウターに対してあまり気をやっていなかったのは、絶対的な事実があるせいだった。

 

ベジータとナッパは、ラディッツに対して無関心である。

それは、彼女が弱者である限り変わらない。もちろん、二人ともラディッツとは長い付き合いだ。それ相応で、話もする、互いのことを知っている。

けれど、ベジータとナッパから、わざわざラディッツに対して関心を向けることがない。何よりも、わざわざスカウターを外していたほうがおかしな感繰りをされるのではという考えのためだ。

 

『ふん、とぼけるな。お前、サイヤ人である弟をそのまま地球に残す気だろう。』

「・・・・弱いサイヤ人なんて、あなたは嫌いでしょう。連れて帰った方がずっと迷惑なはずです。」

 

そんな強気な発言が出たのは、理解していたからだ。

ベジータは、わざわざラディッツの嫌がらせのために、辺境の星である地球にやって来るような手間なんぞしないと。

ベジータにとって、ラディッツは、いれば便利で在り、いなくなればそれだけだったと忘れられる存在だ。少なくとも、ラディッツはそう思っていた。

そんなことをする前に、ベジータはもっと歯ごたえのある星への任務を選ぶだろう。

それは、ラディッツがよく知っている。

ラディッツが憧れる、強さを求め続けるサイヤ人として在り方を、ベジータは全うしている。必ず、ベジータは悟空のことを捨て置いてくれると、確信していた。

 

『そうだな。確かに、お前の弟なんぞに興味はない。』

「・・・でしょうね。私も、この子には二度と関わる気はありません。あなたにとっては所詮は、下級戦士でしかない。」

 

交わることのない存在を、ベジータは気にも留めない。それは、ナッパにもいえることだ。

 

『わざわざ、お前の嫌がらせのためにそんな辺境の星に行く気はない。弟のことは好きにしろ。』

 

その言葉に、ラディッツは、ほっと息を吐く。そうして、ラディッツは自分の異様な雰囲気に心配そうな視線を向けて来る弟を見た。

そうして、宥める様に微笑んだ。

 

大丈夫。

 

ラディッツはそう思った。

このまま、悟空は、この星で朽ちていく。死んでいく。

フリーザのことも、ベジータのことも、全部知らずに、生きていく。

それでいい。

こんな星で強くなることは、非常に難しいだろうが。それでも、死ぬよりましだ。

生き延びることこそが、父と母、そうして自分が彼に求める唯一だ。

 

『だがな。弟以外に、俺たちとしては気になることがあるんだ。』

 

その幻想を、ベジータはひどく気軽な声音でぶち壊した。

 

『ドラゴンボール、というものがあるそうだな?』

「・・・・なんですか、ベジータ。そんなお伽噺を信じるなんてらしくない。」

 

わざと、呆れた声を出した。ばくばくとなる心臓に、息が荒くなりそうになる。

 

『いや、お伽噺の可能性は低いだろうな。』

「何故ですか?」

『お前、覚えてるか?前に、ナッパの奴が星の情報を上に渡し忘れて、お前嫌に怒り狂ってただろう?その時、お前、言ったよな。今度から、情報は自分がスカウターに記録するって。』

「言いましたが。それがどうかしたんですか?」

『あったんだよ。その中の画像に、ナメック星人のものが。』

 

ラディッツは、それにぶわりと冷や汗が広がった。

ベジータの言ったことで、スカウターが新しく見た種族を自動的に記録していたことを思い出した。それだけならよかったのだ。

けれど、侵略時の情報収集のために、ベジータとナッパにもファイルへのアクセス権がある。

ナメック星人という言葉には、覚えがある。宇宙では有名な一族で、戦闘力が高く、且つ、魔法使いのような不思議なことを起こすことができると。

その言葉に、ラディッツは、自分がカカロットと間違えたやけに顔色の悪い男を思い出した。

 

とがった耳、血色のいいとは言えない肌。

 

(確かに、特徴としてはあってる。ターバンのせいで、触覚があるかは分からなかったけれど。)

 

ラディッツはそこまで思って、いそいで否定の言葉を口にした。

 

「ただの、顔色の悪い人間でしょう?だいたい、触覚だってなかった。」

『見えなかっただけだろう。』

「それだけで、わざわざこんな辺境の惑星に来なくてもいいでしょう?」

『いや、それだけじゃない。お前が送って来た画像の地球は、なかなかに環境の良さそうな星じゃないか?』

 

高値で売れそうだ。

 

言われずとも、スカウターの向こうのベジータが言いたいことは分かった。長い間、地上げ屋をやっていたラディッツも、地球の価値は何となしに察していた。

息を飲んだ、ラディッツに、ベジータは何の気なしに言った。

 

『お前も手伝え。そうだな、俺たちが着くころにドラゴンボールを探しておけば、弟の命ぐらいは助けてやってもいいぞ?』

 

貴様は、サイヤ人なのだから。

 

そう言って、通信が切れた。

 

 

 

 

ラディッツは、スカウターから手を離し、だらんとぶら下げた。悟空は、姉の様子になにかただならぬものを感じた。

 

「・・・姉ちゃん?」

 

恐る恐る、悟空は姉を呼んだ。ラディッツは、それに悟空へ視線を向けた。

 

どうする?

 

心配そうな弟の顔に、ラディッツが思ったのはそれだ。

 

(ベジータと、ナッパがここに来る?)

 

ドラゴンボールを目当てに来るのなら、別にいい。どんな願いをしても、ラディッツが気にすることはない。ラディッツは、ついて行ける所まで、二人の後を追うだけだ。

けれど、二人はこの星を、侵略する気だ。

この星を?

カカロットがいる、カカロットの家族の居る、友人の居る、師の居るこの星を?

 

ラディッツは、茫然と、目の前の弟を見る。

荒くなる息を、堪えられずに、ラディッツは叫ぶように言った。

 

「カカロット、君の、悟飯の母親はどこにいる?」

「チチか?パオズ山だけど。行くの、遅らせるのか?」

「違う、すぐに連れて来るんだ。」

「ど、どうしたんだ?」

 

「ベジータとナッパが来る・・・・・」

 

「べじ、な?なんだそれ。」

「・・・私とお前以外の生き残りだ。」

「サイヤ人のか?」

「・・・・・・ああ。」

 

悟空は、ラディッツの様子に、それがけして良い意味のことではないと察した。

 

「なんか、悪いことでもあんのか?」

 

ラディッツは、それに堪える様に目をつぶった。そうして、震える声で、呟いた。

 

「・・・・・この星を、侵略に来る。」

 

ラディッツは、悟空の罵倒や責め立てる言葉を覚悟に言葉を続けた。

 

「・・・・今までの、ことが、全てベジータたちに聞かれていた。二人は、ドラゴンボールを目当てに、やって来る。それに加えて、この星は、高値で売れる。だから、侵略に。私の、せいで。」

「・・・・そいつら、つええんか?」

「強いなんてものじゃない!戦闘力だけで言えば、ナッパは私の約三倍!ベジータは、私の十倍は強いんだぞ!?」

「いつぐらいに、来るんだ?」

「・・・・あと、一年後に。」

 

ラディッツは、スカウターで二人の位置を割り出し、大体のかかる年月を告げた。

 

「そうか。」

「そうだ。時間がない。」

 

はやく、早く、カカロットと悟飯、そうしてチチという相手を逃がさなくてはいけない。ラディッツは、素早く、三人を逃すための計画を考える。

 

(・・・宇宙船は、私と、あと、おそらくカカロットの乗って来たアタックボールが使えるはずだ。だが、さすがに四人はきつい。近くの星で、宇宙船を調達して。)

 

「おっし!なら、さっそく修行しねえとな!」

「は?」

 

思わずそんな言葉が漏れ出た。そんなことも気にせずに、悟空は宙を見た。

 

「姉ちゃんよりも、何倍もつええやつなんだろ?なら、やっぱりオラは戦ってみてえ。」

「な、何を馬鹿なことを言ってるんだ!?」

 

ラディッツは悟空に詰め寄り、彼の肩を掴んでゆすぶった。

 

「分かってるのか!?勝てるわけない。お前の戦闘力は四桁にさえなってないんだぞ!?それを、修行の一つで、しかも、一年だけで超えられるわけがない!!」

 

逃げるんだ。

 

ラディッツは、縋る様に悟空に言った。悟空は、姉の泣きそうな顔をじっと見る。

 

「・・・姉ちゃん、オラは。」

 

そこで外の騒がしさを心配したのか、悟飯たちが家の中から出て来た。

 

「どうしたのよ、そんなに騒いで。」

 

悟空はブルマたちを見ると、ラディッツの手を肩から外した。そうして、ゆっくりと四人に近寄る。

 

「・・・・みんな、聞いてほしいんだけどよ。」

 

そうして、悟空は、これから二人のサイヤ人が地球にやってくることを伝えた。

 

「な、なんですってええええええ!?」

「じゃ、じゃあ、悟空より強い姉ちゃんよりもはるかに強い奴らが来るってのか?

「そう言うことだな。」

「ちょっと!なんてことしてくれてんの!」

 

ブルマはひどい剣幕でラディッツに怒鳴る。ラディッツは、それに項垂れて、黙ってそれを受け止めた。悟空は、それに慌てて、割って入る。

 

「おい、ブルマ。姉ちゃんのことあんまり責めてやらねえでくれよ。わざとじゃねえんだから。」

「わざとじゃないで済む問題!?」

「そうだよ、悟空、どうするんだ!?」

「まあ、安心しろよ。オラが倒してやっから!」

 

あっけんからんとした悟空の言葉に、その場にいたラディッツ以外の全員が呆れた顔をする。けれど、すぐに、力が抜けた様な笑みを浮かべた。

 

「・・・・ま、大丈夫だな。悟空だし。」

「そうねえ。」

 

何となく弛緩したような空気に、ラディッツが叫ぶようにった。

 

「何を言ってるんだ!?」

 

ラディッツはその弛緩したような空気の中に飛び込み、再度悟空の肩をゆすぶった。

 

「勝てるはずがない!カカロット、逃がしてやるから!だから、この星から逃げるんだ!」

 

ラディッツの身勝手な言葉に、ブルマたちが不機嫌そうに顔を歪めた。けれど、それよりも前に、悟空がやんわりと、その手を取った。

そうして、柔らかな声で、ラディッツに囁いた。

 

「ごめんな、姉ちゃん。でもよ、ここがオラの故郷なんだ。」

 

ラディッツの瞳が大きく見開かれた。

 

「だから、オラたちだけ逃げらんねえ。オラ、ここで育ったからな。それによ。」

 

そんなつええやつとなら、ぜってえ戦ってみてえんだ!

 

悟空はそう言って、キラキラとした目でどことも知れない宇宙を見上げた。

それに、その場にいた者全員が、ああ、いつも通りだと呆れた。

ラディッツはそれに、少しの間黙り込んだ。

彼女は、ぼたりと涙を垂らしながら、うっすらと微笑んだ。

悲しそうな、それでも確かに柔らかで、優し気な微笑みだった。

それに、少なくとも、亀仙人以外は確かに彼女が自分たちに協力してくれると確信した。

そう、亀仙人以外は。

 

彼は、少なくとも数百年生きた経験から、彼女の黒い瞳の中にどろりと停滞した何かを見つけた。とっさに叫んだのは、ほとんど無意識であった。

 

「悟空、逃げろ!!」

「え?」

 

どご!!

 

打撃音が、周りに響いた。

悟空は己の腹部に叩き込まれた衝撃に、かはと喘いだ。口から飛び出した空気と唾液が見えた。そうして、自分の腹に拳を叩き込んだ存在を見た。

 

「ね、ちゃ・・・・・」

 

だらりと崩れ落ちた体を、ラディッツは抱えた。

 

「・・・・お前は、優しい子だね。でも、すまないなあ。私は、それを赦せない。」

 

ラディッツのしたことに、皆が茫然としている中、ラディッツはちょうど父親に駆け寄る形になっていた悟飯に手を伸ばした。そうして、彼を攫うように持ち上げると、亀仙人たちに背を向けた。

 

「お、おばさん?あの。」

 

悟飯は、始終無言のラディッツに怯えを見せるが、彼女は気にすることも無い。

飛び去ろうとするラディッツに、ブルマが叫んだ。

 

「ちょっと!孫君と悟飯君をどこに連れてく気!?」

「・・・・他の星に逃がします。」

「そ、それじゃあ、地球はどうなるんだよ?」

「一年後に、ベジータたちに滅ぼされるでしょう。」

 

あくまで淡々としたラディッツに、怒りの籠った視線が注がれた。そんな中、亀仙人がやけに穏やかで静かな声を出した。

 

「・・・・・そんなことをすれば、確実におまえさんは悟空に嫌われるぞ?」

 

それに、ラディッツの動きが止まった。亀仙人は、悲しそうにその後姿を見ていた。

 

「悟空は純粋じゃ。それゆえに、姉であるお前さんを憎むことになれば、相当に苦しむじゃろう。お前さんとて、苦しいはずじゃ。せっかく会えた弟なんじゃろ?悟空は、必ず強くなる。だから、信じてやってくれんか。悟空が勝つことを。」

「・・・・だから、何だっていうんですか?」

 

ラディッツはゆっくりと振り返る。その涙は、膨多の滴のように溢れていた。けれど、その瞳はまるで黒いガラス玉のように黒く、深い。

 

「勝つ?こんな平和な星しか知らない子が、どうやって勝てるっていうんですか?相手はこの子の数倍の力を持ち、おまけに日々戦いに明け暮れるプロですよ?元より、積み上げたものが違う。それで、この子が死んでしまったら、私は耐えられない。嫌われることもよりも、憎まれることよりも、この子が死んでしまうことが、耐えられない!」

 

可愛い、私の、宝物、カカロット。君が、君を生かすことができるのならなんだってしてやる。

例え、お前の、誇りも、思い出も、つながりも、故郷も、全てを踏みにじっても。お前を生かすことができるなら、それでいい。

 

その声は、まるで血を吐くような壮絶な感情を秘めていた。

湯だった、焼けつくようなその声に、皆が圧倒される。

 

ラディッツは、じっと亀仙人を見た。

 

「憎まれることにも、嫌われることにも、慣れています。私たちはそんなものだから。私の足もとには、幾多の死体と滅びが積まれています。憎まれたっていい。私は、それでも、この子を、守れれば、生きてさえ、くれれば。私は、悪党以下にだって落ちてやる。」

 

守るのだと、約束したから。

 

ラディッツは、それに、ただ、ただ、ぼたぼたと涙を垂らして、狂おしいほどの絶叫の中で亀仙人たちを見ていた。

それに、言葉を喪う。

目の前の存在は、自分たちとは違うどこかで生きていたのだと、空気で感じ取れたのだ。

ラディッツはまた、三人に背を向けた。

 

「・・・・叶うなら、憎むならば、私を憎んでください。」

 

ラディッツはそう言い捨てると、その場から飛び去った。

 

 

 

 

 

悟飯は自分が下ろされたクレーターでおろおろと困り果てていた。

カメハウスから飛び去り、ラディッツは適当な平地に降りると、何かの機械を操作した。そうすると、どこから玉状の何かが落ちて来た。

それは、何かの乗り物の様で、ラディッツはそれに気絶した悟空を押し込めていた。そうして、次にラディッツは悟飯に顔を向けた。

 

「おばさん?」

 

悟飯は、不思議と冷静であった。会話も少なく、情報も殆どないため自分が陥った状況が理解できていなかったが、それでも目の前の優しい伯母を恐れる理由はなかった。

幸いにも、ちょうど悟飯の目にはラディッツが悟空を殴った瞬間が入っていなかった。

ただ、叔母の切羽詰まった様子に、不安感があるのは確かだったが。

 

「あの、どうしたんですか?みんなと、なにかあったんですか?」

「・・・・悟飯、もう一度、顔を見せてくれるか?」

 

質問に答えてくれることはなかったが、ラディッツの言葉に悟飯は頷く。ラディッツは、悟飯の顔に手を添えて、じっと眺めた。

 

「・・・・お前も、大きくなったら、父さんそっくりになるのかなあ。」

「お父さんに、ですか?」

「そうだな、あと、お前の祖父ちゃんにも似るだろうなあ。」

「おじいちゃん?おとうさんのおとうさんですか?」

「ああ、そうだ。」

「どんな人ですか?」

 

何となしの好奇心によるものだった。母方の祖父は全くと言っていいほど似ておらず、そんなにも似ているという父方の祖父に興味を持ったのだ。

ラディッツは少しの間沈黙した後に、震える声で答えた。

 

「厳しい人だった。厳しくて、それでも仲間に慕われた人でな、そうして、強かった。幼い私にとって、父はこうなりたいという、理想だった。」

 

ラディッツはそう言って微笑み、そっと悟飯の頭を撫でた。

 

「悟飯、君は強くなるんだよ。」

「え?」

「大丈夫。お前は誇り高いサイヤ人であり、そうして、カカロットの息子で。バーダックの孫なんだ。お前は、きっと強くなる。」

 

悟飯は、一瞬だけ学者になりたいと口にしそうになったが、ラディッツの口調があまりにも願う様な、寂しいものであったから。

思わず、黙り込んでしまった。

 

「強くなって。そうして、お前さんも、自由に生きていけばいい。生きられれば、それだけでいいんだがなあ。」

「あの、おばさん、本当にどうしたんですか?」

 

悟飯の質問に、ラディッツは誤魔化す様に微笑んで、悟空と同じようにその丸い機械の中に入れた。

悟空の膝の上に悟飯を座らせると、ラディッツは無言でハッチを閉めた。

 

「おばさん!?」

「・・・・悟飯。私はこれから、君からたくさんのものを奪う。だから、憎みたければ、憎めばいい。大丈夫だよ、私の宝物。」

 

絶対に、君たちだけは生き延びるんだ。

 

ハッチに着いた窓にラディッツは両手をついた。

 

「おばさん!?ねえ、本当にどうしたの?」

 

その手と悟飯の小さな手が重なる。

ラディッツはそれに、何も言わなった。ただ、やけに目に残る柔らかな微笑みを浮かべていた。

 

ラディッツは、アタックボールから離れて、必死に歯を噛みしめた。

泣き叫んでしまいたかった。泣き叫んで、へたりこんでしまいたかった。

 

会いになんて、こなければよかったのに。

 

そうすれば、こんなことにならなかった。カカロットの日常を、友を、師を、当たり前を、奪わなくてよかったのに。あの子は、何も知ることなく、ただ、この平和な世界で、朽ちていけたのに。

きっと、当たり前のように、この成長を見守り、働き、老いて死んでいけたのに。

 

全て、ラディッツが奪った。ラディッツが、壊そうとしている。それでも、それでも、ラディッツには分かっていた。

それでも、ラディッツは、カカロットに会いたかった。

たった一人、たった一人だけ残った、ラディッツの家族。

生きるよすがないわけではなかった。けれど、生きたいと願える希望はたった一つだけだった。

幸せであると見届けたかった。生きているのだと、確信が欲しかった。もしも、死んでいるのなら、弔いをしたかった。

ただ、それだけだったのに。

今になっても、ラディッツはベジータたちを恨む気はなかった。

恨む資格も、ラディッツにはない。全ては、ラディッツだってやってきた。今のように、誰かの何かを奪い続けてきたのだ。

自分の番で、わめきたてる気はない。それでも、カカロットだけは、奪われたくなかった。カカロットには、奪われまいと抵抗する権利があるのだと、信じていた。

 

寂しい、寂しい、苦しい、悲しい。カカロットに嫌われるという事実に、心が軋みを上げる。けれど、これでいい。自分には相応しい罰だ。

平和に暮らしていたカカロットの生活を壊した、自分への罰だ。

地球で暮らしていた誰かのための、罰だ。

人を殺すことも、奪うことも好きではなかった。けれど、慣れていた。慣れていたのに、心が痛い。

せめて、せめて、奪うしかないサイヤ人でも、ここからだけは何も奪いたくなかったのに。

 

死ぬ覚悟なんて出来ている。それは、サイヤ人なら、当たり前のように、いつか血と泥にまみれて、ずたずたになって死んでいくのだと分かっていたから。

戦いの中で、最期まで血に濡れて足掻くことが、自分に与えられた唯一の、サイヤ人としての栄誉だった。

だから、もしも、ラディッツは犠牲になって何もかも大丈夫なら、死んだってよかった。けれど、確信を持って言える。

ラディッツが死んでも、二人を止められない。そうして、カカロットは二人へ抵抗して死ぬだろう。

それだけは、耐えられない。それだけは、耐えられないのだ。

 

 

(・・・・適当な、環境の整った星の市民権でも買おう。)

 

皮肉なことに、ラディッツは三人の身内を養っていけるほどの資金があった。

フリーザ軍は確かにフリーザの気まぐれで死ぬこともあるが、金払いは異様に良かった。命がけの忠義を求める分には、やり遂げた分の金は支払われていた。

ラディッツはサイヤ人だ。おまけに、フリーザの覚えめでたく、任務が逐一入れられるベジータの側近もやっている。

金はその都度、せっせと彼女の口座に入れられていた。おまけに、彼女は無駄な器用な性質で技術職の雑用も頼まれており、その分の手当ても入っている。

かと言って、戦闘が娯楽のサイヤ人の彼女が金の使い道があるわけも無い。おかげで、十分といえる資金が貯まっている。

 

(・・・・・まあ、ベジータやナッパの方が貯まっているだろうけど。)

 

フリーザは、星を売るというビジネスをしているが、彼自身あまり商売人というわけではない。というか、彼ほどの強さを持つならば、わざわざビジネスをせずとも、帝国を築けるだろう。それでも、彼が一介のビジネスというものをしているのは、ある種の暇つぶしを兼ねているのではないかと、ラディッツはよく考えていた、

 

全てが彼に従えば、それこそ力を振るう瞬間がなくなってしまう。

何よりも、彼のビジネスは少々先が見えすぎている。

これからも星は生まれるだろう。人が生きることのできる星は。けれど、星を買うほどの知能や資金を持った人は限られすぎている。

彼は、そういった侵略行為を繰り返すことで、自分の力をゆっくりと見せつけているような気がする。

 

(・・・・この商売に先が見えたら、フリーザはどうするのか。)

 

ラディッツは、考えても仕方のないことに背筋を震わせた。そうして、クレーターから上がる。

 

(ともかく、チチという人を探さないと。)

 

ぴこーんと、スカウターが震えた。それに、その方向を見ると、それは、ラディッツが見たナメック星人の姿だった。

 

 

 




腹に広がる鈍い痛みに、顔が歪んだ。それでも、狭い中に広がる息子の慌てた声に、意識が少しだけ呼び戻された。

小さな姿が、狭い中で唯一外と繋がる窓に縋っている。窓には、縋りつくように泣きそうな顔をする女がいた。

「・・・・・生き延びるんだ。」

掠れた意識の中で、その言葉だけを拾った。息子は、不安そうに、窓に着いた女の手に窓越しではあるが己の手を添えた。
大きな手を重なる、小さな、手。

どこかで、みたことがある。
遠い昔、覚えてないほど、昔、みたことがある。
ずっと、自分の中には、砕け散った絵があった。けれど、それをわざわざ組みたてる意味も、意識もしなかった。
じいちゃんや、クリリンや、ブルマたちがいたから、そこに向けるほどの意味はなかった。
けれど、その瞬間だけは、砕け散った絵たちが、自ら組み上がっていく。

カカロット、満月の夜は月を眺めるなよ。
この事はラディッツにも伝えておく。頑張って生きるんだよ!後で必ず迎えに行くからね!

そう言った、そう言ってくれた。自分を、心配していた。何か、祈る様に、じっと自分を見ていた。

知っている、その目を、その言葉の裏にある感情を、自分は知っている。ほんの少しの、邂逅で。ほんの少しのふれあいで。
名前だって知らないのに。それでも、自分がきっと、悟飯に向ける瞳によく似た目で、自分を見ている、二人。
自分によく似た、男。そうして、今、外から自分たちを泣きそうな顔で見ている存在によく似た女。
ああ、そうだった。
ただ、ふと、思った、心から、思った。
自分は、孫悟空だ。それ変わらない。
けれど、確かに自分は、カカロットでもあったのだと。


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それは憧れに似て


諸事情でネットに繋がりにくい環境にいくため、更新が遅くなりますのでご容赦ください。


 

 

「・・・・・何か、用でしょうか?」

「ふん。貴様に怖気づいたという事実を残していては、ピッコロ大魔王の名が廃るのでな。」「申し訳ありませんが、私にはその、ピッコロ大魔王が何なのか、まったく見当がつきませんので。私が、あなたに言えるのは、あなたでは、私に勝てないという事実だけです。」

 

二人は、互いに向かい合っていた。

ラディッツの目の前に降り立った、ナメック星人と思われるピッコロはそれに、歯噛みする。

ラディッツの言うことは事実だった。

ピッコロは、口惜しくなりながら、目の前の存在に勝てないと理解できていた。

けれど、戦いもせずに己の心が負けたと認めることだけは嫌だった。

 

「・・・・何よりも、そんな気分でもないので。今は、手加減が出来ませんから。」

 

死にたくないなら、立ち去りなさい。

 

ラディッツは短くそう言い捨てると、ピッコロから背を向けた。全くと言っていいほど、興味がないという様子に、ピッコロは大声で引き留めた。

 

「待ちやがれ!!それで済むと思ってるのか?」

「済むもすまないもない。お前に、私の行動を制限できる力も、権限もない。君は、私よりも、弱い。」

 

ラディッツの言葉も無視して、ピッコロは徐に来ていたマントとターバンを脱ぎ捨てた。

それに、ラディッツのスカウターが計測していた戦闘力が上がる。

マントとターバンが錘であったことを察した。

だから、何だという話でもない。目の前の存在は、ラディッツよりも弱いのだから。

 

弱いものは、悲しい。

 

それは、サイヤ人が抱える業のような、根に張り付いた価値観だった。

 

弱いものの末路は哀れだ、弱いものは全てを無くす、弱いものは奪われてばかりだ、弱いことは赦されない、弱くては生きていけない、弱くては、死ぬことだって寂しいばかりだ。

弱いものは、どんなふうに生きていくかだって決められない。

どうやって、死ぬかさえも決められない。

 

(・・・・羨ましいなあ。)

 

そう思った。

目の前の存在は、ラディッツよりも弱いのに、それでも彼はどこまでも自由に己の先を決めている。自分とは違う。

 

羨ましい、羨ましい、羨ましい。

 

そこにあるのは、一抹の尊敬だった。どうしようもない自分を顧みて、抱かずにはいられない羨望だった。

だから、ラディッツは、すっと体を動かした。

地面を蹴った瞬間には、ピッコロの後ろを取っていた、

 

「な!?」

 

彼が驚くころには、ラディッツはピッコロの背に殴打を入れた。ピッコロは殴られて前方に飛ぶ。そうして、地面に手をつき前転しながら、ラディッツに向き直った。

 

(なんて奴だ。しょ、正面にいたと思ったらいつの間にか後ろを取ってやがった!)

 

「お前は、頭が悪いわけじゃないでしょう。私と自分の間にある実力の差について分からないわけでもないだろうに。あと、一年後に、ここには私よりも強い二人が侵略のためにやってくる。」

「な、なんだと?」

「あと一年だけです。ならば、それまで、悔いのないように生きるのも又、手です。」

 

胡乱な瞳は、疲れ切った人間がベッドに潜り込むのを待ちわびるものに似ていた。

ピッコロはその言葉に驚愕しながらも、言う通りに出来ないことは分かり切ったことだった。

 

「・・・・私は、チチという女性を探さねばならないんですし。」

「チチ?お前、孫悟空のことを知っているのか?」

「・・・・お前、なぜ、カカロットのことを知っている?」

「その、カカロットが何かは知らんが。孫悟空は、俺が殺すべき存在だ。」

 

ピッコロがそんなことを口にしたのは、何となしの、時間稼ぎに等しかった。けれど、ラディッツにはその事実は反応せざるおえないものだった。

 

「ぴっ、ころ。そうか、君は、カカロットの言っていたピッコロ。」

 

ラディッツはそう言うと、首を振る。

 

「それならば、私はよけいにおまえを殺せないな。」

「どういう意味だ、それは!?」

「なにって、お前はあの子と遊んでくれたんだろう?」

 

ラディッツの言葉を聞いたピッコロは信じられないものを見る様に目を見開いた。ラディッツはそれに気づいてもいないように、目を柔らかく細めた。

 

「あの子も楽しそうだった。お前と戦うのは、とても楽しかったと言っていたよ。お前のことも助けてやりたいけれど、それだって難しい。」

 

ラディッツの言葉などピッコロは聞いていなかった。ただ、自分たちの死闘を、目の前の存在は遊びと呼んだ、

そうだ、自分等、目の前の存在にとってはその程度だ。

じゃれ付くのとを受け流す様に、戯れを宥める様に、先ほどの言葉は意味をなしていない。

 

(くそったれが、あの戦いが、こいつにとってはただの児戯だっていうのか?)

 

それに、余計に目の前の存在に己一人では勝てないとまざまざと感じる。ピッコロは、目の前の存在を睨み付けた。

勝たなくてはいけないのだ。

確かに、目の前の存在はピッコロと敵対しようとはしていない。ここで、逃げることも、確かにできるだろう。

けれど、逃げたところでどうなる?

一年後に、目の前の存在よりも強いものがやって来るのだ。

 

逃げてはいけない。

 

目の前の存在にさえ勝てなくては、これからやって来る敵にさえ勝てないだろう。

 

(・・・邪魔はさせん!我が野望、世界征服の邪魔だけはさせん!)

 

まだ、世界に己という存在を刻み込んでさえいないのだから!

 

けれど、目の前の存在に己一人では勝てないこともまた事実だった。ピッコロがどうするかと、足の位置をずらしていると、どこからかがたがたと何かが揺れる音が響いた。それに、思わず、二人は音の方に視線をやった。

音は、何故か二人の近くにあるクレーターからしていた。

 

「・・・・なんだ?」

 

ピッコロがそちらに気を捉えている間に、ラディッツはスカウターをいじる。

 

「戦闘力が、上がって。まさか!」

 

ラディッツが慌ててクレーターに駆け寄ろうとしたとき、何かの破壊音がした。その後に、何かが飛び出してきた。

 

「孫悟空!!」

「・・・・よう、ピッコロ。おめえ、なんでこんなとこにいんだ?」

「貴様こそ、どうしてここに?」

「うーん、まあ。色々あってよ。おめえも、姉ちゃんに用があんのか?」

「ね?こ、こいつはお前の姉だっていうのか?」

「おお!さっき会ったばっかだけどな。」

「・・・・・どうしてだ。」

 

隣り合った悟空とピッコロの前には、ラディッツが顔を歪めながら首を振っていた。

 

「カカロット、どうしてだ!どうして、お前は、私に守らせてくれない!」

「・・・・オラ、守ってほしいなんて言ってねえ。」

「やっとだ!やっと、会えたのに。どうして、お前は、お前まで、私を置いて行こうとするんだ!!」

「置いて行く気なんてねえよ。姉ちゃんには、チチともあってほしいしな。」

「だったら、どうしてだ!?どうして、私の言うことを聞いてくれない!?」

「さっきも言ったはずだ。オラにとっては、ここも故郷だ。じいちゃんが、オラを育ててくれた星だ。見捨てらんねえ。」

 

悟空はそう言うと、ゆっくりと構えを取った。そうして、隣りをチラリと見た。

 

「おめえがどうしてこんなとこにいんのは分かんねえけどよ。今は一緒に戦わねえか?」

「ふん、貴様と共闘なんぞ寒気がするが。いいだろう。乗ってやる。」

「あと、姉ちゃんは殺すんじゃねえぞ。」

「はあ?何を甘いこと言っている。」

「一年後に、姉ちゃんよりもつええのが二人来るんだ。頭数は多い方がいいだろう?」

「・・・・ちっ、その提案、乗ってやろうじゃないか。」

「よし、後、一つ言っとくが、弱点は・・・・・・」

 

二人がそんな内緒話をしている間、ラディッツは手で顔を覆い、ぐるぐると頭を回していた。

 

どうして?

 

それだけが頭の中で、回る。

ただ、自分は、弟を生かしたいのだ。弟からは、何も奪いたくないのだ。弟には、自分を置いて行ってほしくないのだ。

父も、母も、仲間も、宝物のように思っていた赤ん坊も、ラディッツを置いて行った。

どうして、分かってくれないんだ。どうして、逃げてくれないんだ。

死んでしまえば、終わりなんだ。カカロットは自由に生きていいはずなのに。なんの、業も背負っていないのに。

 

(分かってるんだ。カカロットだって、奪われたくないんだって。)

 

それでも、死なせたくない。戦ってほしくなどない。このまま、幸せなままであってほしい。

 

(許さない。)

 

ラディッツはゆっくりと構えを取った。

 

(分かったよ。カカロット。)

 

お前は、分かってくれないんだ。死んでしまうことの寂しさも、勝てない相手へ挑む無力感も、逃げることさえ叶わなかった滅びの虚しさも。

分からないから、ラディッツの言葉を聞いてくれない。

ならば、その意思を叩き折ろう。

 

「お前が、そう、望むなら。私は、それを否定する。」

 

ラディッツは掠れた声でそう言った。その瞬間に、悟空とピッコロがラディッツへと飛びかかる。

けれど、次の瞬間にはラディッツは二人の背後に立ち、その無防備な背中に拳を叩き込んだ。二人は左右に吹っ飛んだ。ラディッツは攻撃の手を緩めることなく、悟空が体勢を整える前にもう一撃横っ腹に叩き込んだ。そうして、それと同時に、ピッコロに向けてエネルギー波を撃った。

悟空と同じように体勢を立て直す途中だったピッコロは、這いつくばるような姿勢でそれを避ける。避けられたエネルギー波は、背後にあった山に当たった。

爆発音が響く中、ラディッツはゆっくりと悟空に近寄る。

 

「・・・・ほら、分かったでしょう。」

 

ゆっくりと、ゆっくりと、ラディッツは悟空に歩み寄る。

 

「私にさえ、こんなにも手こずるお前たちが、いったいベジータに何が出来る?ナッパにさえ、どうすれば勝てると思っているんですか?」

 

悟空は腹を抱えて、何とか立ち上がろうとしていた。けれど、無慈悲にも、その背をラディッツが踏みつけた。

 

「・・・・ベジータは、我らサイヤ人の王族、王子。ああ、でも、ベジータ王も死んだ。なら、王といってもいいのかもしれないなあ。」

 

王なのだ、王。戦闘民族サイヤ人が王、ベジータにお前では敵わない。

 

降参しろと、言外に言っているのだと悟空は察した。けれど、悟空には、ラディッツの言う通りにすることだけは出来なかった。

 

故郷を失うとは、どんな気分だろうか。

自分がカカロットと呼ばれていた故郷はすでに亡くなったらしい。それに、実感はわかない。悟空には、その星はあまりにも遠く、そうして他人過ぎた。

けれど、記憶の中で、自分を見ていた、微笑んで、名を呼んでくれたあの二人のことを思うと、もう、あの二人がいないと思うと、なんだかたまらなく心の奥底がくうくうとなる気がした。

踏みつぶされたじいちゃんを見つけて、一人で穴を掘り、埋めたあの日に味わったのと似たような気分だった。

目の前の存在は、きっと、自分にとってのじいちゃんや悟飯やチチが一気にいなくなったのと同じような気分なのだろう。

 

(・・・・なあ、姉ちゃん、つれえな、そりゃあよ。)

 

きっと、姉の胸にはもっと数倍くうくうとなっているのだろう。それを思うと、悟空はどうしても地球を見捨てて自分たちだけを助けようとするラディッツを恨むことが出来なかった。

胸の奥が、くうくうとなり続けるのは辛い。辛いから、自分たちを助けようとしてくれているのだろう。

けれど、悟空はラディッツと逃げてやれない。

チチから、悟飯から、故郷を奪ってしまうことは駄目だ。

自分は、喪いたくない。

じいちゃんと過ごした世界、ブルマに連れ出された世界、クリリンと出会った世界、亀仙人に教わった世界、ピッコロと戦った世界、チチと過ごした世界、悟飯が生まれた世界。

きっと、きっと、もしも、じいちゃんのことしか知らない悟空であれば、ラディッツの言うことに素直に従ったかもしれない。

けれど、すでに、悟空にとって地球は見知らぬ場所でなく、自分が生きている世界だと分かってしまっている。

さよならは出来ない。

だから、だから、抵抗しなくてはいけない。嫌だと、叫ばなくてはいけない。

誰にだって、奪われてはなるものか。

そうして、もう、これ以上に、姉が何も奪わなくていいように。

 

悟空は、ラディッツの足を抱える様に掴んだ。そうして、叫ぶ。

 

「ピッコロ!!」

 

その言葉と共に、背後で閃光が見えた。

けれど、ラディッツはそれに振り返ると両手で、ピッコロのエネルギー波を受け止めてしまう。

 

「な!?」

「・・・・だめだ、そろそろ、鬱陶しくなってきた。」

 

そう言うと、ラディッツは静かに己の手を掲げ、ピッコロに向けてエネルギー波を発した。ピッコロはそれをよけようとする。が、ラディッツはピッコロの動きに合わせて指を振る。それに合わせて、エネルギー波はピッコロを追っていく。

 

(・・・・・埒があかん!)

 

ピッコロは覚悟を決めて、少しだけ動きを止めた。

捉えた、ラディッツはそう思い、ピッコロにエネルギー波を当てる。

爆発音と共に、悟空の声が響いた。

 

「ピッコロ!!」

「・・・・く、そったれが。」

「なるほど、腕を犠牲に追尾を終わらせたんですね。判断としては、悪くないですが。」

 

ピッコロは肘からなくなった肩を抱いて、荒い息を吐いた。ラディッツがピッコロに意識を集中していると察した悟空は、彼女の尻尾に飛びついた。

 

「っ!?」

「へへへへ、尻尾、掴んだぞ。」

「でかし・・・・」

「はあ。」

 

悟空が握っていた尻尾に振り回されるように吹っ飛ばされた。悟空の手から離れた尻尾は、彼の頬を勢いよくひっぱたいた。

地面に転がる悟空に、ラディッツはため息を吐いた。

 

「・・・・カカロット、お前、その様子だと尻尾を鍛えていなかったな?今は、尻尾がないからいいが。弱点だと分かっている部分を放っておくのは感心できないな。」

 

ラディッツはそう言って、尻尾をぶんと振った。悟空は、地面に這いつくばりながら、ラディッツを見上げた。

 

「しっぽを、鍛えてたのか・・・・・」

「当たり前だ。まあ、私の場合は、鍛えられてしまう環境に少しいたのもあるが。」

(・・・・・く、孫悟空があの女の手の中。俺は、どうすれば。)

 

ピッコロはラディッツを睨んだ。

 

「ああ、だめだ。やっぱり、サイヤ人の血は、逃げることを赦さないなあ。しかたがない。」

 

ラディッツはそう言うと、地面に横たわった悟空に被さる様に屈みこんだ。そうして、悟空の右腕を掴むと、おもむろに力を入れた。

 

バキ!!

「っ、ああああああああああ!?」

 

悟空は何か、硬いものが壊れる様な音と主に右腕に広がる激痛に叫んだ。ラディッツは、すでに体力を消耗し、弱った悟空の体を抑え込む。

 

「カカロット、あまり暴れるな。治りが早くなるように、上手く折ってるんだ。」

 

その声音が、あまりにも穏やかで日常の中にある様なものであるからこそ、ぞわりと背筋に寒気が走る。

悟空は、ラディッツを見上げた。ラディッツはぼたぼたと、やはり涙を流しながら、がらんどうの目で悟空を見下ろしている。

 

「・・・・・お前は、父さんにそっくりだ。逃げてはくれないから。戦わずにはいられないから。でも、戦うための手も、走るための足も、折れていたら、もう、しないだろう。」

 

なあ、そうしたら、逃げて。一緒に、逃げてくれるだろう。

 

ラディッツはそう言って、今度は、悟空の右足に手を掛けた。

 

バキ!!

「ああああああああああああああ!?」

 

また、折れる音と、激痛が広がる。

痛みの中で、朦朧とする中、悟空はぼたぼたと振り落ちる温かい水滴に、呆れるような感覚がした。

どうして、姉ちゃんが泣いているのか。

可哀そうだと思ってしまう様な、悲しいような、不思議な気分だった。

 

 

 

 

 

「あああああああああああ!?」

 

悟飯は唐突に聞こえて来た父親の絶叫に、クレーターから上を見上げた。

 

「お、お父さん!?」

 

叔母であるラディッツに入れられた後、悟空は何かを決意したような顔でそれを壊した。そうして、悟飯の頭を撫でて言った。

 

「・・・・悟飯、こっから動くなよ。」

 

オラ、ちっと姉ちゃんと姉弟喧嘩してくっからよ。

 

その言葉の意味を教えてくれる暇も無く、悟空は飛び出してしまった。悟飯は仕方なく、ドアの壊れた宇宙船の中で体を丸めていた。

外から聞こえて来る怒号に、悟飯は体をぎゅっと丸めた。

 

(・・・・おばさん。)

 

幼い悟飯ではあるが、それでもラディッツが悪意を持って、自分たちを傷つけたいわけではないことぐらいは察していた。

けれど、そんな叔母と父がどうして戦っているのか分からなかった。

 

(・・・・あんなふうに、泣く人、初めて見た。)

 

悟飯の周りには、自分を除けばあんなにもあっさりと、簡単に、そうして静かに泣く人はいなかった。

だからこそ、悟飯の脳裏にはまざまざと、静かに、微笑んで、涙を流す女の顔が刻み込まれるようにあった。

妙な不安感をあおる泣き顔に、悟飯はほとほと困り果ててしまう。

恐ろしい、怖い。このまま、この中で戦いが終わるのを待っていたい。

けれど、それと同時に、あんなふうに泣く叔母と父親が戦っている事実に、落ち着かなくなる。

大丈夫なのだろうか。

何をどうすれば、大丈夫といえるかもわからないのに、そんな言葉がうまれる。

 

バキ!

「え?」

 

悟飯の耳に、父親の絶叫がこだました。

 

「え?え?おとう、さん?」

 

聞き間違いかと、そう思った。けれど、また、悟空の絶叫が響き渡った。

 

「あああああああああああああ!?」

 

聞いたことも無いような、そんな父の苦痛の絶叫に悟飯の体はクレーターの上へと動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

スカウターが、けたたましい音を立てた。

ラディッツは、悟空にかけていた手を止めて、その方向を見る。

 

「戦闘力が・・・・・」

 

がたん、と硬いものが揺れる様な音と共に、クレーターから悟飯が飛び出て来た。

 

「ご、悟飯・・・・・」

「せ、戦闘力が、どんどん・・・・」

 

悟飯は、ぐずぐずと鼻水と涙を流しながら、悟空を足蹴にしているラディッツを見た。

 

「やめてえええええええええ!!」

 

幼く、高い声が絶叫のように響き渡る。そうして、悟飯は地面を蹴った。

ラディッツは、悟飯が自分に向かってくると分かっていた。けれど、ラディッツは避けなかった。

それよりも、スカウターに映し出される戦闘力に目が向かっていた。

目にも止まらない速さで上がっていく戦闘力にラディッツは微笑みさえ浮かべていた。

 

(すごい、すごい!!)

 

悟飯の強さに、歓喜した。嬉しくて、嬉しくて、逃げることさえ忘れていた。

だって、その強さに、ラディッツは、父の影を見たからだ。

気づけば、自分の腹部に気を失いそうなほどの痛みや衝撃が走る。

受け身も取れぬほどのそれに、ラディッツは無様にごろごろと転がった。そうして、その隙を突くように、ピッコロのエネルギー波が追撃してくる。

体に、また走る追撃の中で、ラディッツは薄く微笑んでしまっていた。

 

悟飯は、きっと強くなるだろう。カカロットも、もしかしたら、もっと強くなるかもしれない。

父さんのように。あんな風に、強く、なるのかもしれない。

無様に地面に転がったラディッツは、そこまで考えて、違うと、頭を振った。

今は、彼らを逃がさなくてはいけないのだ。

ふらりと、立ち上がったラディッツの目の前には、起き上がろうとする悟空とそれにすがる悟飯、そうしてその横に立つピッコロの姿だった。

さすがに、痛む体を抱えて、ゆっくりと三人に歩み寄る。

 

「・・・・ほら、それでも、お前達じゃあ、私には勝てない。諦めるんだ。カカロット。」

「・・・・なあ、姉ちゃん。」

 

立つことは出来なかったのだろう、這いつくばる様な姿勢の悟空は姉を見て、言った。

 

「一つだけ、聞かせてくれ。」

 

オラの父ちゃんは、オラと同じ目に遭っても、逃げるなんて選択するのか?

 

その言葉に、ラディッツの動きが止まった。

大きく見開かれた瞳、固まった表情、石のように動こうとしない体。その全てが、彼女の動揺を表していた。

 

「・・・・少しだけ、思い出した。オラのこと、見てた。オラにそっくりな奴と、姉ちゃんにそっくりな人がいた。オラ、サイヤ人っつうのはあんまし好きにはなれねえけどよ。でも、サイヤ人がこんなことで逃げる様な奴らなのか?」

「・・・・どうして。」

 

ラディッツの瞳から、大粒の滴がぼたりぼたりと流れた。震えるような声で、ラディッツは、弟を見た。

 

どうして、どうして、こんなにも、お前は父さんに似ているんだろう?

 

分かってる。生き延びろと、父と母は願っていた。生きてほしいと、自分だって願っていた。

けれど、けれど、カカロットの選択は、どこまでも、サイヤ人として正しく見えて、そうして、あまりにも、ラディッツの憧れた父とダブって見えた。

ひたすらに、誇らしい。ただ、ただ、嬉しい。

戦ってなお、勝てぬと知らしめてなお、それでも戦う選択肢をする弟が誇らしくてたまらない。

父さん、母さん、見てよ。なあ、カカロットはこんなにも、誇り高く育ったんだ。戦い続ける在り方を、誰にも跪くのではなく、ただ、ただ、自由に強者との戦いを願う弟が愛おしい。

生き延びることは出来ずとも、座して負けを甘受することなく、拳を握るその姿は、ラディッツにとってなんて輝かしく映るのだろうか。

 

ラディッツは、父に憧れた。遠征に出てばかりで、あまり話したことも無く、大人に成り果てた今では、過去はあまりにも遠い。

セピア色に染まった記憶の中で、ただ、大きかった背中の事だけを覚えている。

嫌だと、思ってしまった。

ラディッツは、思ったのだ。

カカロット、どうか、父さんと似た、誇り高いままに死んでくれ。

生き延びてほしい、幸せになってほしい、なにも失わないでほしい。

そんな願いは、カカロットの戦い続ける意思に、魅入られて消えてしまう。

どうか、このまま、強くなること、戦い続けること、記憶さえ曖昧なままでも本能に刻まれた決闘への渇望を抱いて死んでくれ。

きっと、父さんだって、そうしたから。

父さんのように、死んでくれ。

 

(・・・・そうして。そうして、その横で。)

 

ああ、どうか、弱いままの私でも、その横で戦って死ねたなら。

サイヤ人として、ようやく生きたと言える気がする。

 

(・・・・・分かった。分かったよ。)

 

ラディッツは、一つだけ誓いを胸に、悟空に微笑んだ。

 

「・・・・戦うんだね?」

「おう。戦いてんだ。」

「分かったよ。勝ち目は少ないが、私も協力する。」

「本当か!?」

「ああ。約束する。」

 

嬉しそうに微笑んだ悟空に、ラディッツは流れ続ける涙を乱雑に拭った。

 

分かったよ、カカロット。きっと、私と君とでは、きっとベジータには勝てないけれど。それでも、一緒に死んで上げる。

お前は、きっと天国に行くのだろう。そうして、私は、みんなのいる地獄に行く。

それでいい。

違った道でも、行き先は違うとしても、途中までは一緒に行こう。

 

そんな覚悟が決まるだけで、ひどく楽になった。

ラディッツの胸には、そっと目を逸らした安堵が一つ。

ああ、よかった。これで、もう、一人ぼっちに怯えなくていい。

 

 

 





戦闘描写って難しいです。


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納得の別れ


本当は、もっとこの回はあっさり終わるはずだったんです。


 

「・・・・・話はまとまったようだが。これからどうするんだ?」

 

向かい合ったラディッツと悟空に苛立ったようにピッコロが言った。ラディッツはスカウターに手をやった。

 

「・・・・聞いてるかは、分かりませんが。ベジータ、ナッパ、すいません。」

 

短い謝罪を口にすると、スカウターを外して、電源を切った。

そうして、次に悟空の折れていない方の手を取り、彼に肩を貸して立ち上がらせる。

 

「・・・・そうですね、ともかくはお前を病院にですね。」

「え、へへへへ。すまねえ。」

「いえ、折った張本人は私ですから。悟空、病院がどこか分かりますか?」

「ああ、それなら。」

 

そこで、四人の頭上で何かのジェット音が響いた。上を見ると、小型の飛行機がこちらへと旋回しているのが見えた。

降りて来たジェット機からはブルマとクリリン、そうして亀仙人が乗っていた。

 

「悟空!」

「孫君!」

 

が、三人はぼろぼろの悟空を担いだラディッツに警戒の姿勢を取る。

 

「・・・みなさん、安心してください。もう、カカロットを連れて行こうとは思っていませんよ!」

「そうだぞお!姉ちゃんが味方だ。」

「ほ、ほんとか?」

「でも、ピッコロまでいるぞ?」

「あなた、怖がられてますけど、何したんですか?」

「・・・・さあな。」

 

ブルマたちは、警戒の姿勢を取っていたが、けろりとした様子の悟空たちに感化されたのかそろりそろりと近寄って来た。

そうして、悟空たちは今まで何があったのか、これからやってくるベジータとナッパのこと、そうしてラディッツが悟空たちと共に戦う決意を固めたことを話した。

 

「そ、そうか!それなら心強いな!」

「ベジータに比べれば、私が心強いなんて、口に出すのも烏滸がましいですよ。ですが、まあ、カカロットにも伸びしろはある。いえ、サイヤ人は戦闘において限界は恐らくないとは思いますが。死ぬ気で鍛えれば、何とかなるかもしれません。」

 

深くため息を吐いたラディッツに、クリリンと亀仙人が引きつった顔をする。ピッコロと悟空の二人を相手取ってけろりとしているラディッツの話は実感を持って伝わったのだ。

 

「ともかくは、カカロットを病院に連れて行かなければ。」

「その必要はない。」

 

唐突に聞こえて来たしわがれた声に、その場にいた全員が視線を向けた。

そこには、年老いたナメック星人の姿があった。

 

「・・・・ピッコロ、あなたの父親か何かですか?」

「その口、今すぐにもでも縫い付けてやろうか?」

「ちげえぞ、姉ちゃん。あの人は、神様だ。そんで、ピッコロは、神様と分離したピッコロ大魔王の子どもだ。」

「それほぼ、実子と言っていいのでは?」

「うーん、言われてみれば、そうなんか?」

「おとうさん?」

「おい!めんどくせえ誤解を生むな!!」

 

怒り狂うピッコロに、悟空とラディッツはどこ吹く風というように、ふーんと唸っている。その足元には、明らかに怯えている悟飯の姿があった。そんなやり取りを神は少しだけ冷や汗をかきながら眺めた。

少なくとも、この場の中で誰よりも強いのはその女なのだ。空の上から、今までのやり取りを眺めていたとはいえ、警戒心は確かにあった。

 

「あ、あの、神様がいったいどんな用で?」

 

クリリンが恐る恐るにそう問われ、神はこほんと咳払いをした。

 

「・・・・ラディッツとやら、お主の話は聞かせてもらった。」

「おや、盗み聞きとは趣味が悪い、なんて私の言えた義理ではないですね。元より、神というシステムはそんなものでしょうし。」

「他の星にも、神様っているのか?」

 

ラディッツの脳裏には、今まで滅ぼした星々を守護した神々のことを思い浮かべたが、すぐにそれを打ち消した。

 

「・・・・ある程度、神というものを概念として作りだされる文化水準は必要ですがね。信仰というものを糧として、星の守護をするものたちのことですよ。」

「がい、ねん?」

「・・・・まあ、人がいれば大抵は神様もいると思っておけばいいですよ。」

「ふーん、そんなもんか。」

「あー、話の続きをしてもかまわんか?」

「あ、すまねえ!していいぞ。」

 

悟空の言葉に、神は改めて咳払いをした。

 

「・・・・これから、おぬしの仲間がこの星にやってくるそうだな。そうして、それは、想像が出来ぬほどの強者であるという。」

 

その言葉に、現状を思い出した面々は押し黙る。ラディッツは顔をしかめて、神を見た。

神は、まっすぐと悟空を見た。

 

「だが、悟空、おぬしがより強くなる方法を知っている。」

「ほ、ほんとか、神様!?」

「・・・・ああ。ただし、悟空よ。そのためには、おぬしが一度死なねばならん。」

「・・・・いま、なんて言いましたか?」

 

ぶわりと、冷気のような何かが、その場に広がった。誰もが、それに怯える様に肩を竦めた。誰から、それが広がっているのかなんて見なくても分かる。

 

「・・・・誰が、カカロットを殺すと?」

 

神は、その純然たる殺意に、ひるみそうになる。けれど、彼が重ねた年月が崩れ落ちることだけは留めた。

真っ黒な、底の見えない瞳が神をじっと見ている。

皮肉なことに、そこには悪意などなかった。だからこそ、神は悟る。目の前の生物は、殺し殺されることを日常としてきたものであるのだと。

殺すということに、目立った戸惑いはなく、敵だと認識したものに容赦はない。

口を開こうに寒気を覚える、自分にとっての死を前に動きはぎこちない。

クリリン達はおろか、ピッコロもまた冷や汗を垂らしてそれを見守る。

がん。

そんな音と共に、その凍てついた空気は霧散した。

ラディッツは自分の頭を殴った悟空を驚いたような顔で見つめた。

 

「姉ちゃん、神様のこと脅しちゃだめじゃねえか。」

「ですが、カカロット・・・・」

「話しは最後まで聞かなくちゃダメだろ?」

「・・・・そうですね。」

 

納得しきれていない様子であったが、聞く体勢に入る。それに、ラディッツ以外の存在がほっと息を吐く。

神は重くなっていた口を慌てて開いた。

そうして、悟空をこれから界王と呼ばれる存在の元に連れて行こうとしていることを話した。

 

「・・・・界王?」

「全宇宙の神の上に立つお方だ。そこでならば、悟空も強くなる可能性がある。」

「待て。それで何故、孫が死ななくてはならない?」

「界王さまがいるのは、あの世の果てなのだ。死人でなければ、行くことはできんのだ。」

「どうにかできないのか!?」

 

ラディッツの激昂したような声で、神は頭を振る。

 

「でもよ、姉ちゃん。ドラゴンボールで生き返るんだぞ?」

「生き返ったとしても、死ぬのは変わらないでしょうが!!」

「で、でもよお。死んで、その界王って人に修行してもらえば、強くなれるかもしれねんだろ?オラ、強くなりてえし。」

「それならば、私が・・・・」

 

そこでラディッツは言葉を止める。

自分が、弟に修行を付けて、どこまで伸ばしてやれるのか。

己の考えに嘲笑さえ、浮かんできそうだった。

確かにここではラディッツは強者であろう。けれど、ベジータやナッパを前にすれば、自分は所詮弱者に過ぎない。

強くしてやろうなんて烏滸がましい考えだ。

 

(・・・・・私は、カカロットを殺したいわけじゃない。)

 

例え、共に死んでやるという覚悟が決まったとしても、この子が生き延びる手段があるのならどんな手でも取ってやる。

けれど、カカロットが死ぬという事実を認めることだけは出来なかった

自分が死ぬことは、どうだっていい。

ラディッツはサイヤ人としてはエリート側でも、特殊な個体の多いフリーザ軍では所詮は弱者側だ。

いつだって、彼女の生活には死が付きまとい、そうしてあまりにも身近であった。ラディッツが何をしても生き延びようとしたのはカカロットとの再会を望んだが故だ。

弟の幸福を見届けた今は、自分がどうなろうとどうだっていい。

 

「・・・・・なら、私が界王の所に行きます。」

「いや、それは無理だ。界王様の元に行けるのは、それ相応のことをしたものだ。おぬしは、完璧な悪人ではない。だが、善人とも呼べん。おそらく、行くことは認められんだろう。」

 

その言葉に、ラディッツはぐっと歯を食いしばった。

己のなしたことを、正しいという気はないがそれでも納得はしていた。

奪い続ける生き方とは、己が強者であるという宣言でもあったのだ。けれど、その時だけが、心の底から己の在り方を後悔した。

己は、弟の被るものでさえも肩代わりしてやれない。

 

「安心しろ、姉ちゃん!ドラゴンボールはちゃんと生き返らせてくれっからよ!そこにいるクリリンもドラゴンボールで生き返ったからな。」

「・・・・ドラゴンボール?そうだ、ドラゴンボールでベジータたちがこの星に立ち入らなくすることは出来ないか?」

「・・・・ドラゴンボールは、神の力を超える願いは無理なのだ。その侵略者たちを遠ざけるほどのことが可能かどうか。」

「・・・・そうですか。」

 

沈んだ顔の姉に、悟空は言った。

 

「姉ちゃん、やっぱしオラ、界王って人の所に行くぞ。」

「お前!」

「そうしたら、勝てるかもしれねえし。オラ、戦いてんだ。」

 

ラディッツは、その言葉に顔をしかめる。

まるで、熱湯を飲まされたかのようなしかめっ面だ。

 

(・・・・止められないって、分かってるんだ。)

 

先ほど、ベジータと戦うことを認めさせたのと同じように。きっと、この弟は自分を振り切っていってしまうと分かっている。状況は違うけれど、父や母、一族の皆のように自分のことなど置いて行く。

強くなるため、そんな枕詞がぶら下がっていればなおさらに。

ラディッツとてサイヤ人だ。強くなれるならば、なんだってしてやるという呪いにも似た願いは理解できた。それに向かって、振り返りもせずに走り出したくなる感覚も分かっていた。

けれど、止めずにはいられなかった。それが最善だとしても、あっさりと認めることは出来なかった。

 

「・・・・分かった。」

 

重い沈黙を破ったラディッツの返答に、誰かがほっと息を吐く。

 

「・・・・ただし、死ぬ前にチチさんに一言いってからだ。」

「え?」

 

 

「・・・・オラ、殺されるかもしれねえ。」

「よかったじゃないですか。死ぬのが目的なんですから。」

「姉ちゃん、なんか辛らつになってねえか?」

「腹が据わったんですよ。辛らつに関しては、今機嫌が最悪だからです。」

 

悟空は現在、骨折に関しての応急処置をされ、筋斗雲に乗っていた。その隣を、悟空の補助をするためにラディッツが飛んでいる。

神は、一旦はチチの説得のために待ってくれと、神殿に帰ってもらうことになった、

悟飯は安全のために、ブルマたちの乗っていたジェット機にいる。そうして、ラディッツの後ろを不満顔のピッコロが飛んでいた。

 

「・・・・何故、俺まで付き合わなければならない。」

「良いでしょうが。もう、ここまで来たらあなたも一蓮托生です!地獄の底までついて来てもらいますよ?」

 

据わった目でラディッツはそう宣言すると、空虚な笑い声を上げた。

 

ラディッツの宣言に、もちろん悟空は反対した。

事情を話して、自分が死んで修行しに行くなんてチチに言った日には、どれだけ怒られるか考えたくなかった。けれど、ラディッツはそれを一喝した。

 

「あほですか!何も言わずに死ぬ方が何倍も怒られますし、酷いに決まってるでしょう!」

「でもよお・・・・」

「悟空、お前の育ての親であった悟飯さんが死んだとき、どんな気分でしたか?」

 

悟空のしょぼけた顔に、ラディッツはひどく静かな顔でそう問うた。悟空は、それに目を見開いた。目に見えて動揺した彼に向けて、けれど、視線は空を見上げたまま囁いた。

 

「これから、チチさんが味わう感覚がそれです。例え、何時か己の元に戻って来ると分かっていても、欠けてしまった部分はそれまで空っぽのままです。」

 

どんな感情を浮かべていいかわからないという様な、そんな途方に暮れたような顔を悟空はしていた。その顔を見て、ラディッツはため息を吐いた。

 

「・・・・私が言えた義理ではないですが。お前はもう少し喪失というものを学んだ方がいいですね。生き返るとしても、生き返るまで断絶されていることを、喪われてしまっている意味を、お前はもう少し考えた方がいい。」

 

黙り込んだ悟空を見て、ラディッツはそう呟いた。

 

「・・・・あの、喧嘩してるんですか?」

 

足元から聞こえた悟飯の言葉に、ラディッツは薄く微笑んだ。

それに、悟飯はなんだか安心する。悟飯は、なぜか、目の前の伯母を恐れようとは思わなかった。

先ほども、なんだか寒いほど怒っていたというのに、悟飯は心のどこかで目の前の女性は安全であると心から思っていた。

 

「いいや。姉弟喧嘩はもう終わってますよ。安心してください。ただ、もう、おうちに帰ろうかと言ってるんです?」

「おうち?今日、おばさん、お泊りですか?」

「さあ、分かりませんが。そうなるかもしれません。お前は、ブルマさんたちの飛行機に乗せてもらいなさい。」

「え、ええ!俺たちも行くんですか?」

「悟飯を送ったらそれで結構ですからお願いします。あなたたちも、これからのことを色々と決めたいでしょうから。」

 

その言葉に、クリリン達は顔を見合わせる。それを確認した後、ラディッツは身支度を整えたピッコロに顔を向けた。

 

「君も一緒に来てください。」

「・・・何故、俺まで。」

「あなたも修行相手をご所望では?いちいちあなたを探すのも面倒ですし。まあ、嫌がっても力づくで引きずっていきますが。」

 

ピッコロはそれに大きく舌打ちをしたが、反論の声はなかったため、応じる気なのだろうとラディッツは納得した。

そうして、悟空をどうやって運ぼうなんて考えながら、それでも頭の中は全く違うことを考えていた。

 

(・・・・チチという人は、どんな人だろうか。)

 

カカロットの話を聞くうえでは、どうも中々に気の強そうな人であるようだった。

それに、サイヤ人らしい好みかもしれないとくすりと微笑んだ。

 

(きっと、嫌われてしまうだろうなあ。)

 

仕方がないことだ。しょうがないことだ。例え、望んでなんていなかったとしても、彼女にとって自分は疫病神だ。

それでも、やっぱり、少しだけ弟と共に生きるその人と仲良くしてみたかったなんて、そんなことを思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・ここが、お前の家か。」

 

山間の中に、ぽつんとある家を目視したラディッツは悟空に言った。

 

「にてる・・・・」

「え、何がだ?」

「あ、いや。惑星ベジータ、私たちの故郷の家も、あんなふうにドーム型だったんだ。まあ、ともかく、降りるか。」

「はあ、チチなんていうかなあ。」

「安心しなさい。御咎めは私が背負いますから。」

 

ラディッツと悟空、そしてそれに伴ってピッコロとブルマたちが降り立った。ピッコロは騒ぎになるのを嫌って物陰に隠れた。

家を前にして、ラディッツがふうと息を吐く。ジェット機が降り立つと同時に、その音で気づいたのか家の中からこちらにやってくる物音がした。

 

「・・・誰だべ?」

 

がちゃりと扉が開いた先には、悟空と同い年頃の少女が飛び出してきた。彼女は、悟空の様子を見て、血相を変えた。

それに、ラディッツは大きく、目を見開いた。

 

(・・・・神様。)

 

一言、心の中で呟いた。

 

「悟空さ!?どうしたんだ、その怪我!」

「あー、ちょっと色々あってよ。」

「色々って。それと、悟空さ、この人誰だべ?」

「ああ、これ、俺の姉ちゃんだ。ラディッツっていうんだけどよ。宇宙からオラのことを訪ねて来たんだってよ。」

「宇宙!?それって、いったい・・・・」

 

そこで、彼女は、チチはラディッツの異変に気づいた。

ラディッツは、目を大きく見開いて、チチを凝視し、その瞳からは膨多の涙が流れ落ちていた。

 

「え、ええと、悟空さの姉さまなら、オラの義姉様か?ラディッツ、さん?でも、どうしたんだ?どっか、痛いのか?」

「っ、違う、ちがうんだ・・・・」

 

ラディッツはそれだけを言い残すと、崩れ落ちる様に跪いて顔を手で覆った。悟空は家の壁に凭れ掛かって、姉を不思議そうに見た。

 

(・・・・・神様。)

 

ラディッツは、頭上から聞こえて来る懐かしい声に、幾度も胸の中でそう呟いた。彼女が呟いたそれは、先ほどあったナメック星人ではない。

ただ、よくわからない、絶対的な何かを呼ぶための名だった。

 

(・・・・神様、どうして。これは、何に対する、罰ですか?)

 

そう思った。だって、弟の特別だという女の声は、あまりにも、母に似ていた。

人の記憶は、声から劣化していくのだという。

ラディッツにとって、もう、ひどく遠くなってしまった記憶の中でぼやけていた光景は、目の前の存在によって急に色を取り戻した。

口調だって、色んなことが違うのに、その声を聴くだけでまざまざと脳裏に思い出された。

ああ、そうだった。こんな声だった。こんな声で、私の名前を呼んでいた。

カカロットと、話しているのを聞けば、もうだめだった。それは、ラディッツの無くした帰りたいと願った場所が、戻ってきたようで。

目を覆えば、父さんと母さんが、目の前の居る様にさえ思った。

 

「かあさん・・・・・!」

 

震えるような、囁くような小さな声でラディッツは蹲り、顔を覆って涙を流した。

目の前でチチが困っていると分かっている。泣き止もうと、嗚咽を噛み殺そうとしたが、喉の奥にある重い塊に、酸欠のように息苦しくなる。

 

「大丈夫か?」

 

己の背に乗せられた温度と、その声に、ラディッツは等々我慢が出来なくなり、彼女に縋りつくように抱き付いた。そうして、わんわんと大泣きをし始めた。

チチは、それに困惑していたものの、その泣き方がなんだか子どものように見えてしまったせいか、それとも夫の姉だと紹介されたせいか、その背を摩る手を止めることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・すいません。」

 

散々泣き喚いた後に、チチや悟空に促されて自宅に招かれた。ブルマたちは話し合わなくてはいけないと早々に悟飯を下ろして飛び去った。

チチは、ラディッツの前にお茶を出した。ラディッツは目を乱雑に擦りながら、それを見つめた。

 

「いや、そりゃあいんだけどな。悟空さ、いったいどうしたんだ、その怪我は?」

「いやあ、その・・・・」

 

悟空はちらりとラディッツを見た。それに、彼女は頷いた。

このままでは、覚悟が揺らいでしまいそうになる。その声を、聴いていると、嫌われようとした覚悟が折れてしまいそうになる。

その声に、その懐かしい声に、罵倒されてしまうと考えただけで、何もかもを放棄したくなった。けれど、仕方がない。

それは、きっと、罰だ。

静かに暮らしていた弟を、その血の業に引っ張り込んだ、自分に対しての罰なのだ。そう思えば、それだけで、少しだけ楽になる気がした。

 

「・・・・すいません、チチさん。それに関しては、私がお話します。」

「あ、ああ。」

 

ラディッツは気を引き締めて、チチに向かい合った。そうして、ゆっくりと口を開いた。

 

悟空の出生について、そうしてドラゴンボールについてを聞かれたことについて、それを狙ってやって来る存在について。

ラディッツは、カメハウスで話したことなどを、簡潔にチチに話した。話をしていくにつれて、チチの顔は青ざめていく。

 

「そ、それでどうなっちまうんだ?」

「・・・・この星の神が、カカロット。いえ、あなたにとっては、悟空でしたか。この子がより強くなるための修行先を紹介しています。」

「そっだあぶねえこと!ドラゴンボール、わたしちまえばいいじゃねえか!」

「・・・・おそらく、ドラゴンボールを渡しても、ただでは帰ってくれないでしょう。そうして、修行する先は神の上にいるという界王という方なのですが。その人に会うために、一度、死ななくてはいけないそうです。」

「はあ!?」

 

チチはおののくように叫ぶと、ぶんぶんと頭を振った。

 

「赦さねえからな!ご、悟空さが死ぬなんて!」

「でもよ、チチ。その、ドラゴンボールで生き返るし、な?」

「だめだ!だめだ!駄目に決まってる!なら、そいつらが帰るまでかくれるかにかすればいいでねえか!」

「・・・でもよ、チチ。オラ、戦いてえし、戦わなくちゃ、いけないんだよ。」

「なしてだ!」

 

チチに怒鳴られて、悟空は視線をうろうろする。

悟空の意思は変わらなかった。己よりも数倍強かった姉よりも、なお強いというベジータやナッパという同族に、興味とも言えるワクワクした感覚は抑えきれなかった。

それでも、チチに対して強く言えないのは、もちろん普段の関係性もある。けれど、それ以上に、ラディッツに先ほど言われたことが頭の中にあったのだ。

 

お前は、育ての親が死んだとき、どんな気分だった?

 

それを、チチが味わうと思うと、言うのには少しだけ戸惑いがあった。

今でも、覚えている。じいちゃんのぺったんこになった、動かなくなった姿を思い出した時の気持ち。一人で穴を掘り、じいちゃんを埋めた時の気持ち。

胸の奥が、くうくうと唸るようなあの感覚はお世辞にも気分のいいものではなかった。

悟空は、未だに、恋とかそう言ったものは分からない。

ただ、分かるのは、自分にとってチチと悟飯は特別なのだという意識だけだ。

出来れば、チチには、泣いてほしくなかった。怒っていてもらった方が数倍は気楽だ。

自分の故郷であったという場所は、すでにない。忘れてしまった場所だけれど、少しだけ思い出した男女の姿を思うと、胸の奥がくうくうという様な気がした。

 

「・・・チチ、さっき言ったけどな。オラの生まれた星、なくなっちまったんだって。」

 

それに、チチもさすがに悲しそうな、気づかわし気な顔をした。

 

「オラ、殆ど覚えてなかったんだけどな。姉ちゃんと会って、少しだけ、ほんとに少しだけ、オラの父ちゃんと母ちゃんのこと、思い出したんだ。故郷が、なくなるって、つれえよ。」

 

珍しく、なんだか、静かで湿った声をした悟空の声に、チチは黙り込んでしまう。

 

「やってくる奴らは、たぶん容赦ねえだろうし。地球だって、乗っ取られちまう。オラ、ここがなくなるなんて、嫌だ。悟飯と、チチ、オラの家が、なくなるのは嫌なんだ。」

 

だから、行かせてほしい。より、強く、負けないために、強くなるために。

 

珍しく、悟空が静かにチチにそう言った。ラディッツはそれを眺めた後に、ゆっくりと立ち上がった。そうして、外を指さした。

 

「・・・・すいません、チチさん。少しだけ、外で二人で話しませんか?」

「え?」

「少しだけです。少しだけ、あなたと話したいんです。私は、先に行っています。」

 

ラディッツはチチの返事も聞かずに、外に出て行ってしまう。チチは、ちらりと悟空を見た後に、恐る恐る、その後を追った。

 

 

 

「・・・・ありがとうございます。」

 

ラディッツは家の前で、空を仰ぎ見ながら佇んでいた。チチは、恐る恐るその背後に立った。そうすると、ラディッツは少しだけ弾んだ声を出した。

 

「なにがだ?」

「いえ、話してくれない可能性も考えていたので。」

「・・・話ってなんだ?」

 

つっけんどんになるのも、赦してほしかった。チチからすれば、ラディッツは義姉とはいえ、厄介事を運んできた疫病神なのだ。

 

「・・・・チチさん。これを。」

 

ラディッツは振り返り、チチに何かの小さな端末を見せた。

 

「なんだ、これ?」

「私の宇宙船のコントローラーです。」

「なして、こんなもんオラに見せるだ?」

「いいですか、これの使い方を教えるので、もしも、私やカカロットが負けた場合、悟飯を連れて宇宙に逃げてください。」

「え?」

 

チチは、ラディッツの言いたいことが一瞬理解できなかった。それでも、ラディッツは構うことなく続けた。

 

「きっと、カカロットは止まらないでしょう。勝てるのか、本当に分からないのです。だから、もしもの時は、悟飯を連れて宇宙に逃げてください。宇宙船の行き先に、移民の多い大型の星を設定しておきます。そこで、市民権を買って、まぎれて生きることは可能だと思います。お金に関しては、私の口座から出る様にしておきますから。これでも、溜め込んでいるんですよ?」

「どーして、そんなこと二人で話すんだ?」

「いいですか、私の用意できる宇宙船はこれだけです。ここは、宇宙での端っこで、ある程度文明が整った星は遠すぎる。だから、誰にもばれない様にあなただけに話しておきたかった。悟空や悟飯は、うっかり話してしまう可能性があるから。だから、いいですね。これは、あなたたちを逃がすためのものだ。しっかり聞いておいてほしいんです。」

「な、なら、もう、悟空さもつれて逃げればいいでねえか!」

「・・・・・それは、無理です。」

「どうしてだ!?」

「私も、最初、カカロットに一緒に逃げようと言いました。けれど、あの子は戦うことを選びました。」

「な、なしてそれなら!」

「その選択が、私には、どうしても嬉しかった。あの言葉で、私は漸く、あの子が私の弟なのだと。誇り高い、サイヤ人の末なのだと、嬉しかった・・・・!」

 

その言葉に、チチの怒りが爆発した。

 

「そげなことで悟空さがしなねばならないっていうのか!?悟空さがサイヤ人だからなんてかんけえねえべ!悟空さは地球人だ!あんたなんか、地球にこなきゃよかったんだ!」

 

強い口調で吐き捨てた後に、チチは、さすがに言いすぎた後悔をした。けれど、それでも、それ以上に苛立ちが強かった。

チチにとっては、多くのことが突然過ぎた。

旧友に会いに行く夫と息子が帰ってくれば、悟空は重傷で、おまけに地球を侵略してくる存在を迎え撃つために死んで修行しに行くなんて、わけのわからないことばかりだ。

チチは、地球が滅ぶなんて実感が湧かない。それ以上に、いや、妻として当たり前のように恋い焦がれた夫が死んでしまうことなんて許したくない。

死んでほしくない。例え、生き返るとしても、死んでほしいなんて思うものはいないはずだ。それに加えて、自分や悟飯までも危険な目に遭うかもしれない。

だからこそ、悟空がそんな目に遭う原因を作った、義姉でもあってもラディッツにふつふつと怒りが湧いて来た。

 

「ええ、でしょうね!会いになんて、来なければよかった!」

 

ラディッツは、チチの予想に反してやけに清々しい笑みを持って、空を見上げた。

そう言って、微笑んだラディッツにチチは黙り込んでしまう。

その声が、あまりにも、壊れる前の軋む音に似ていた。

チチは、チチにとって、その女は、悟空の姉というよりも、厄介事を運んできた存在というよりも、脳裏にありありと浮かぶのは幼子のように泣き叫ぶ姿だった。

己へと跪き、声を殺しながら泣く女の姿を、その声を、触れてしまった涙の温かさを、チチは知ってしまっている。

その姿を見ていると、チチには女がひどく弱いように思えた。

女は、なんだか、チチのことを、そうして悟飯や悟空のことを愛しいものを見るかのような目で見つめて来る。

優しい目だ、柔らかな視線だ、甘い瞳だ。

悪意を、敵意を、持つよりも前に、チチはラディッツの幼子のような嘆きを、弱さを、そうして己たちへの好意を知ってしまった。

チチの中で膨らんだ、怒りや敵意が萎んでいく。

嫌いになろうと思った。嫌ってしまおうと思った。けれど、目の前の存在の無防備な穏やかさを見ていると、それもしぼんでしまう。嫌いに、なれなかった。

それを察しているのか、ラディッツはチチの方を見ることも無く、呟いた。

 

「あの子が、この星に送られて。父と母に、迎えに行ってやれと約束しました。けれど、私は弱かった。あまりにも、弱かった。」

 

女は、笑う。どうしようもないという、諦めに満ち足りた笑みで、チチを見る。その声は、まるで弾む様な、劇の台詞のように朗々としていた。

 

「ヤクザ稼業ですからねえ。弱いあの子を抱えていれば、共倒れが関の山で。だから、ずっと、何時かを夢見ていました。どこかの星を滅ぼすために、揺り籠のような宇宙船で、夜空のような宇宙を眺めて、遠く、遠く、どこまでも夢を、見ていました。カカロットに会う夢を。でも、大人になって、体もある程度成長して、でも、私は怖かった。」

「怖い?」

「・・・・赤子のままこの星に送られたカカロットは、生きているだろうかと。蓋を開けて、真実を知るよりも、私は在りもしない夢を見続けることを選び続けてしまった。だから、罰だったんでしょうねえ。あの子は、私はおろか、父さんのことも、母さんのことも、覚えていなかった。」

 

薄情な弟だ。

 

ラディッツの声は、どこまでも明るい。どこまでも明るいから、ひどく寒々しい気分になる。

ラディッツは首を傾げて、踊る様にチチの方に体の向きを変えた。そうして、後ろ手を組んだ。

 

「察せられないわけじゃなかった。十数年です、十数年ですよ!生きていれば、変わるには十分な年月だ。私という存在が、それを害することを想像しないわけじゃなかった。」

 

それに、チチは、どうしてと言いたくなった。そこまで考えて、どうして放っておいてくれなかったのだと、そう言いたくなった。けれどラディッツの表情を、その顔を見ていれば、言われずともその理由が分かる気がした。

 

「それでも、会いたかった。約束を果たしたかった。一人ぼっちは寂しくて、たった一人の家族の、あの子に会いたかった。あの子が、どんなふうに生きているかを、知りたかった。不幸からすくい上げたかった、幸福を見届けたかった。でも、酷い奴ですよ!姉ちゃんの名前まで忘れてて、自分の、名前さえも忘れてて。」

 

後ろになっていくにつれ、声は震えていた。それでも、ラディッツは言葉を続けた。

 

「・・・・あの子が、戦うと言ってくれた時、嬉しくてたまらなかった。そう言った、あの子は、あんまりにも、父さんに似ていて。だから、ひどく、ほっとした。それでも、この子は、サイヤ人だって。私の、弟なんだって。嬉しくてたまらなかった。だから、止められなかった。」

 

ラディッツはそこで言葉を切り、チチにまた、微笑んだ。泣きながら、微笑んだ。

 

「会いになんて、こなければよかった。それでも、私は、ここに来てよかった。宙の果てで、微睡みのそこで、カカロットはどうしていると考えていました。それを、知ることが出来た。友がいて、師がいて、育ての親がいて。そうして、あの子は、父にとっての母のような存在を得ていた。それを、知ることが出来た。あの子が優しい人に会えたのだと、知ることが出来た。」

 

寂しくて、たまらないけれど。あの子は、ここで幸せだったと知ることが出来た。それだけが、それだけで、私の生は報われた。

 

女の微笑みは美しかった。どこか、破綻に満ちて、けれどどこまでも幸福そうなその微笑みは、なんだかひどく綺麗だと、チチは思った。

 

「ねえ、チチさん。きっと、あなたは私になんて会わなければよかったと思うでしょう。でも、私は、あなたに会えてよかったと思います。あの子が、あなたに会えてよかったと思いました。悟飯のこと、抱っこしました。重たくて、温かくて、服だって質の良いものでした。それを見て、安心したんです。ああ、この子たちは、きっと大事にされているんだろうって。優しい人に、愛してくれる人に、会えたんだって。嬉しかった!」

 

笑う、笑う、女は笑う。寂しそうだというのに、これ以上に幸福なことはないというように、笑った。

 

「・・・・あんたは、悟空さのこと、大事なのに。どうして、死んじまうのを認められたんだ?」

 

ラディッツに、チチはするりとそんなことが滑り出た。それにラディッツは顔を下に向けた。長い、髪の毛はラディッツの顔を覆ってしまう。

 

「・・・・私の一族は、傭兵のようなことをしていました。一族の者は、幼くとも戦闘に長け、私も十にも満たないころから戦場で生きて来ました。己の星を、恋しいと思ったことはありませんでした。けれど、母星がなくなり、唐突に帰るべき場所を喪ったあの日、ひどく、心細くなりました。帰る場所がなくなるって、思った以上に辛くて。私は、何もできなかった。星の滅びに、一族の滅亡に、何もできなかった。だから、あの子は、せめて、守れるならば守らせてやりたい。私のように、何も無くしてほしくない。」

 

あなたたちから、何も奪いたくない。

 

ラディッツは宇宙を漂って、行く果ても無い流浪の身に成り果てて、初めて、帰るべき場所が用意された幸福を知った。宙を漂うとは、まさしく、暗闇の中をさまようのにも似ていて。時折、故郷のことを思い出した。馴染んだ店、光景、昔なじみの同族たち。そんなものを思い出して、懐かしんで。

そうして、全ては失われたのだと、もう会えないのだと、どうしようもない喪失を知った。どれだけ懐かしみ、焦がれても、全ては失われたものを思う虚しさを知ってほしくなかった。

ラディッツは改めて、チチに向かい合った。

 

「・・・・チチさん、私の話はもう一つあるんです。カカロットがいない間、私は悟飯を鍛えようと思っています。」

「!そ、そんなこと赦さねえからな!?悟空さはともかく、悟飯がそんなことする必要ねえ!あの子はまだ、子どもだ!」

「もしも、宇宙に逃げる場合、あなたでは悟飯のことを守ることが出来ないからです。」

「オラが守ってやれば!」

 

チチがそう言おうとしたとき、少し離れた場所にいたラディッツがいつの間にか己の目の前にいた。そうして、その手はチチの首に絡みついていた。

 

「この程度が、避けられないのに?」

 

それにチチは口を噤んだ。ラディッツは、それにたたみかけるように言葉を続けた。

 

「私たちの一族は、悪行をなしました。幾つもの星を滅ぼし、そうして奪いました。あの子は、サイヤ人の子どもであると知られれば、怨みを抱えた者に襲われる。私が、今、出来るのは己の身、そうしてあなたの身を守るための力を付けさせてやることだ。」

 

チチは、何かを言おうとした。反論なら、いくらでも出て来そうだった。けれど、ラディッツの厳しい表情と、声音にまざまざと思い知られた。

己では、逃げた先でも息子を守る力がないのだ。

始めから、わけのわからないことだらけだ。

宇宙なんて、己の夫が異星人だなんて、チチにはピンとこない。全部嘘だと思って、目の前の存在なんて無視して、夫と息子の夕飯に意識を向けてしまいたい。

けれど、それをするには、あまりにも目の前の女の言葉も、表情も張りつめていた。

無視が出来なかった。

チチには、全てが分からなくても、その女から漏れ出た、自分たちに向けられる無念さだとか、後悔だとか、喜びだとか、情だとかを無視することは出来なかったのだ。

悟空の一族だというサイヤ人の話を聞いても、非難を向けようとは思わなかった。彼女の父親もけして褒められたことをしていたわけではないのだ。

戸惑いの中、それでも、目の前の女を信じたいと思ってしまう部分があった。

女は、心の底から、チチと悟空のことを祝福していて、息子のことを愛してくれていると察せられたからだ。

ラディッツは、ただ、真摯にチチに感謝していた。弟を、弟の息子を、愛してくれて、大事にしてくれて、出会ってくれてありがとうと。

ただ、ひどく遠い場所から旅をしてきた義姉を、どうしてもチチは嫌えなかった。

 

「・・・・サイヤ人の血は、戦うことへと駆り立てるでしょう。力の使い方を覚えなければ、辛い思いをするのはあの子だ。せめて、戦い方だけでも、いえ、強者からの逃げ方だけでも教えなくては。いつか、悟飯はサイヤ人の血に飲まれるでしょう。」

「あの子は、優しい子だ!」

「優しかろうと、力を持てばいつか誰かを傷つけます。」

 

ラディッツは悲しそうに、チチを見た。目を逸らすことのない、弱り切ったその眼はどこまでも真摯だった。

 

「・・・・この鎧の傷は、あの子が付けたものです。カカロットでも傷をつけるのは難しい代物ですよ?」

「そ、だなこと。」

「別に、あの子に戦うことを生業としてほしいわけではありません。ただ、使い方だけでも知ってほしいんです。私もカカロットも、それを教えられるか分からないんです。ベジータたちは容赦がない。負ければ、殺されるでしょう。」

「悟空、さもか?」

「・・・その時は、命に代えても、カカロットを生かします。無理にでも、宇宙船にねじ込みますよ。」

 

あなたたちのことだけは、私が生かして見せます。

 

硬く、決意に満ちた声に、チチは何でもいいから罵倒したくなった。

だから、叫んだ。嫌になって、叫んだ。

 

「・・・・オラ、どうすりゃいいんだ。」

「すいません。それの答えを、私は持っていませんが。どうか、怨むならば、私を恨んでください。」

 

途方に暮れた迷子のような、ひどく幼い表情をするラディッツに、チチはどんどん怒りをぶつける気が失せていく。

 

「あんたがもっと、嫌な奴なら、嫌って。ここで、無視しちまえたのに。」

 

チチは、ラディッツを嫌えなかった。無視できなかった。信じてみようかと思ってしまった。

ラディッツは、少なくとも、悟空と悟飯が大事で、死なせたくなくて、故郷を無くしてほしくなくて。

そうして、悟空に死んでほしくないのだと、それだけは分かった。

だから、目の前の存在を信じてみようと思った。

ラディッツは、チチの言葉に、申し訳なさそうに顔を下に向けた。

 

「・・・・すいません、あなたには、嫌われたくなくて。あなたは、カカロットの大事な人で。仲良くしたいなんて、今でも思ってしまっている。」

「そーいうところだよ。」

「え?」

 

チチはそう言って、くるりとラディッツに背を向けて、家の中に戻っていく。

分からないことだらけだ。けれど、ラディッツという義姉は信用できないわけではないことだけは分かった。

納得できないことも多くて、困惑していることも多くて。それでも、目の前の存在は、少なくとも信頼に敵いそうなことだけはわかった。

不安そうな顔で、チチはふうと息を吐いた。

 






はやくべジータたちに来てほしいのに終わらない。こういう描写を重ねてしまう人間なので、お許しください。


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番外編 とある弱者の決意

弱者であった彼の話です。
番外編になります。
感想、誤字報告ありがとうございます。いつも、励みになっています。


その少年は、幼いころからずっと弱者であった。

下級戦士に割り振られた折に、ただ、そう決まってしまった。彼は、生き残ってしまった。

庇護される期間を過ぎ、戦場で生き残り、ただ、生き残ってしまった。

特段、彼は強かったわけではない。それは、運がよかったとも、ただの偶然であるとも言えた。

ただ、事実は、彼が生き残ってしまっただけだ。

それでも、彼は、永遠と弱者なまま。

変わることなどありはしない。下級戦士は、下級戦士のまま。

使い捨てて、いつか、死にゆくだけの命。それが、サイヤ人の宿命だった。

少年は、いつか、と思っていた。いつか、自分の番も来る。けれど、そのままでい続ける気はなかった。

いつか、もっと、強く。誰にも蔑まれないほどに、強く。そう願っていた。

そう、願いはしても、変わることが叶わないのは、彼が一番分かっていた。それさえも、心の奥に押し込めて、目を逸らし続けた事実であった。

 

 

 

 

 

「てめえが、ターレスか?」

「は?」

 

その日、少年は丁度、任務を終わらせて家に帰るところだった。メディカルシステムに入るほどではない傷を抱えて足を進めていた。

その時の少年の脳裏には、彼のたった一人の仲間と言える存在があった。

少年は、短気と言おうか、戦闘以外では少々短慮すぎる気のあるサイヤ人の中では賢しい部類に入っていた。そのためか、あまり、親しいと言える存在もいなかった。

 

(・・・・ラディッツの奴は、王子につけられてフリーザのところだったか。上級も面倒が多いな。)

 

少年は、ラディッツという存在のことをよく考えた。それ以外に、考えるほど見知った存在がいないということがある。

けれど、それと同時に、ラディッツは少年にとってどうしても気になる存在であったからだ。

 

(バーダックの餓鬼、なんだよな。あいつ。)

 

それは、少年が幾度も考えたことだった。

バーダック、バーダック、バーダック。

その名前は、少年が己が弱者であると自覚したときから、ずっとどんな人物であるか気になる存在だった。

普通、下級戦士は下級戦士のままだ。

戦闘力は、生まれた時から資質は変わることがないのが当たり前だった。けれど、そのバーダックという存在は、下級戦士にして成長を見せたのだ。

少年にとって、バーダックとはまさしく憧れだった。

もしかすれば、なれるかもしれない理想だった。

あってみたい、言葉を交わしてみたい、強くなる方法を聞いてみたい。

そんなことを思いはすれど、仲間意識はあっても仲良こよしなど鼻で笑うサイヤ人だ。

話しかけることも、未だ大人になり切れない彼には無理な話だった。

そんな時に会ったのが、ラディッツだった。

ターレスは、ラディッツのことが最初は好きではなかった。いや、いっそのこと妬ましかった。

将来が約束されたエリート候補であり、資質があると認められ、そうして、彼の憧れたバーダックを父とするラディッツ。

下級戦士としていつかは使い捨てられ、誰にも認められることも無く、すでに死んだ弱い男を父とする己。

妬ましかった。それを、表に出すことはなくとも。

だから、勝負を仕掛けたのだ。

なにか、何でもいいからターレスは示したかった。目の前の存在よりも、己が、何かを持っているのだと、ただ、示したかった。

もちろん、少年は負けてしまった。

惨めだった。惨めで、苦しくて、何よりも弱い己が腹立たしかった。

けれど、ラディッツは言ったのだ。負けたターレスに、助言をしたのだ。

何がしたいのかと思った。

少年は、てっきり、ラディッツはそのままターレスのことを無視すると思ったのだ。

弱い奴だと、馬鹿な奴だと、愚かな奴だと、そう思って、視界に入れられることも無く捨て置かれるのだと。

けれどラディッツは、嬉しそうに言ったのだ。

 

「君は、きっともっと強くなる。」

 

それを、哀れみだと、怒りを感じなかったのはひとえに、その瞳にあったのが、素直な希望であったからだ。

 

(・・・・ああ、こいつは信じているんだ。いや、そうだと、当たり前のように思っているんだ。)

 

ターレスは理解した。目の前の存在に、呆れかえった。

ターレスが己が父が如く強くなるのだと。

それに、それで、少年はラディッツを嫌えなくなってしまった。だって、そうじゃないか。

初めてだったのだ、ターレスという弱者を認知したのも、そうして期待をしたのだって。

ラディッツが、初めてだった。

期待して、強くなれるようにと組み手をしてくれたのは、ラディッツが初めてだったから。

だから、嫌えなかった。

自分は下級戦士で、相手はエリート候補で。

互いの間にあるのは、あまりに大きく、任務を共にすることだってなかったけれど。それでも、確かに、ターレスにとってラディッツは仲間であり、同族であったのだ。

妬んで、卑屈になるのは簡単だった。嫌わないという選択肢よりは、ずっと安易で楽だった。それから逃げなかったのは、負けたくなかったからだ。

何かは、分からない。けれど、このまま妬みに身を委ねれば、何かに負けてしまう気がしたから。

最初は、気になる存在であるバーダックとの関わりを持てないかと期待していなかったと言えば嘘になるが。

今では、もちろん、ラディッツという存在の在り方を気に入ってのことだった。

 

(あいつ、ほんとにバーダックの餓鬼なんだか不思議だぜ。)

 

ターレスは、実際にバーダックと会ったことはない。もちろん、遠目に見かけたことはありはしたが。

ラディッツに頼めば、話すことは出来ただろうが。それをわざわざ頼むのもどこか気恥ずかしい。

けれど、その日、いったい何のようなのか、ターレスの会いたいと思っていた男は、何の気まぐれか話しかけてきたのだ。

家の立ち並ぶ往来で、男は、ターレスによく似たそれはねめつける様にターレスを見ていた。

 

「だ、だったら何だよ。」

 

動揺が表に出てしまったのも仕方がないだろう。なんといっても、目の前の存在はターレスの憧れなのだ。そんな存在に話しかけられて動揺しない方がおかしい。

 

「・・・・ふん。」

 

バーダックは、じろりとターレスを睨んだ後に、くいっと指で行き先を示した。

 

「少し、面貸せ。」

「は?」

 

バーダックはターレスを振り返りもせずに、さっさと足を進めた。ターレスはひたすら戸惑った。

けれど、彼はゆっくりとバーダックを追いかける。

もしかすれば、何か、酷い目に遭うかもしれない。もしかすれば、厄介ごとに遭うかもしれない。

けれど、それ以上に、ターレスは心が湧きたっていた。

 

(・・・・みて、くれた。)

 

憧れが、なりたいと思う人が、強者が、大人が、己を見てくれた。それは、誰にも顧みられることも無く、冷酷にも、薄情にもなり切れない少年には魅力的で仕方がなかった。

 

 

 

バーダックに連れてこられたのは、人のいない訓練場であった。

そうして、ターレスがどんな目に遭ったかというと。簡単に言ってしまえば、ぼこぼこに伸されてしまった。

ターレスはすぐに気絶してしまった。

次に目を覚ましたのは、全身に冷たい感覚を覚えた時だった。

仰向けに倒れたターレスを、バーダックを水が入っていたらしい容器を片手に見下ろしていた。

 

「・・・・何だよ、よええじゃねえか。」

「あたり、まえだろ。」

 

理不尽ではあった。けれど、ターレスにはバーダックに手合せをしてもらえて、喜んでいる部分があった。

 

「ラディッツの奴がやけに熱心にかまうから、どれほどのもんか期待してたんだがな。」

「・・・・ラディッツが、言ってたからか。」

 

それに、ターレスの気持ちが沈んでいく。

この男がターレスに構うのは、ラディッツに言われたがためなのだ。

自分に、男の気を引く部分など、何一つだってなかったのだ。

胸の奥が、くうくうといった。いや、痛かった。

 

「・・・そうか、ラディッツの奴か。期待に添えなくて、悪かったな。」

 

それは、なんだか、何でもいいから吐き出したくて、そう言った。

 

「・・・いや、餓鬼にしちゃあよくやったな。」

「え?」

 

ターレスは驚いてバーダックを見た。バーダックは、どこか探る様な目でターレスを見た。

 

「パワー不足を補うために、てめえの体の小ささの利用と急所狙いは悪くねえ。ただ、圧倒的に経験が足りてねえな。もう少し慣れりゃあ、見れたもんになんだろう。」

「ラ、ラディッツに、同じこと言われて。戦闘スタイル、変えたんだよ。」

 

ターレスは、胸の奥から湧き上がって来る、歓喜と呼べるそれを必死に押し殺す。

 

嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい!!!

認められた、褒められた、肯定してもらえた!!

その感情は、ターレスの中に麻薬のように広がった。頭の痺れる様な感動に、酔いしれそうになりながら、必死にそれを表に出さないように耐えた。

呆れられたくない、その一心でぐっと感情を噛み殺した。

頭の中にある処理しきれない感情に苛まれているターレスに、バーダックはしゃがみ込んだ。俗に言うヤンキー座りの男は、お世辞にも柄がいいとは言えない。

 

「・・・・てめえ、ラディッツとはどんな関係だ?」

「ラ、ラディッツ?強くなれるように、組手をしてくれてるんだ。あ、あんたバーダックだろ?」

「ああ、確かにそうだが。なんで、名前を知ってる?」

「あんた、有名、だからさ。」

 

ターレスは起き上がりながら、目をウロウロさせながら囁いた。

話したい。何か、何でもいいから、話したい。ここで、この繋がった何かを切りたくない。そう思って、話題を探す。

そこで、ふと、思いついた。

自分との間には、確かに、共通の話題があったじゃないか。

 

「ラ、ラディッツのやつ、俺の事なんて言ってるんだよ!さぞかし、ひでえことか!?」

「・・・・あいつ、家に帰っちゃあ、お前か王子のことばっかりだ。聞きなれねえ名前だったからな。少し、気になっただけだ。」

「俺なんかに構うなんて、変わってるよな。あいつなんて、俺の事、父親にそっくりだってうるさいぜ?だから、きっと、遠い親戚かもなとか言っててよ!お、俺みたいな、おれなんか、弱い奴が・・・・」

 

卑屈な事なんて言いたくないのに。呆れられて、見捨てられたくなんかないのに。それでも、そんな言葉が出てしまうのは、少年の中にある、根付いてしまった卑屈さが出て来た。黙り込んだターレスに、バーダックは一つだけ、問うた。

 

「・・・・お前、ラディッツのことを特別に思ってるのか?」

「はあ?」

「いいから、答えやがれ・・・・・!」

 

威圧感を含ませた脅しと呼べるそれに、ターレスは思わず答えた。

 

「と、特別、かもしれねえけど!でも、なんでそんなに苛々すんだよ!息子のこと、なんでそんなに気にかけてんだ!?」

 

ターレスの言葉に、バーダックは目を見開いた。そうして、げらげらと笑いだす。

ターレスは意味が分からずに、それを見つめた。笑い終えたバーダックは、にやりと口元をほころばせた。

 

「・・・・くだらねえ勘違いだったな。そこまでの間抜けなら、心配する必要もねえだろ。」

「何のことだよ?」

「さあな。こっちの話だ。だが、そうだな。詫びはしてやる。」

「詫び?」

「暇な時なら、遊んでやるぐらいはしてやるが。」

「え?」

 

驚いたような顔をしたターレスに、バーダックはにやりと笑った。

 

 

その日から、少年は来る日も来る日も、バーダックにじゃれ付いた。ターレスには、バーダックが何を考えているかは分からなかったが、どうでもよかった。

バーダックは、確かに、ターレスという存在を認識してくれた、肯定してくれた。

勝負を挑んでは、伸されて。また、勝負を挑んでは伸されて。

その繰り返しの中で、バーダックはけしてターレスを邪険にはしなかった。それは、その勝負にラディッツが交ざったとしてもだ。

彼は、けしてラディッツを特別に依怙贔屓しなかった。ラディッツも、父との間にターレスがいたとしても気にはしなかった。

ギネもまた、ターレスを街中で見つけると、食事をしているかなど何くれと気遣ってくれた。

三人は、ターレスに椅子を用意しくれた。

そこに、座ってもいい。いつか、立ち上がってどこかにいってもいい。

その椅子は、いつだって、ターレスが座るか立ち去るかを待っていてくれた。

いつぞやに、冗談交じりに血縁であると宣えば、バーダックはこんなにも可愛げのない餓鬼はいらないと笑い、ラディッツは父親はいるんじゃないのかと不思議そうな顔をする。

そんなふうにあしらわれても、ターレスはそこにいてもよかった。

拒絶しない場所、いつだって待っていてくれる場所、混じり込んでも赦される場所。

鍛え続けてくれる師匠、己に微笑みかけて来るその女、そうして、自分が強くなるのだと信じ続けてくれる、素直には言えなかったけれど兄弟分。

幸福だった。幸福な、日々だった。

それは、バーダックに息子が出来た時も変わらなかった。

ターレスは、少しだけ不安に思っていることがあった。

それは、自分は、彼らにとって息子や兄弟の代わりではないかということだった。いつか、バーダックやギネに息子が出来れば。いつか、ラディッツに弟が出来れば。

その席はなくなってしまうのではないかと。

そんなことを考えて。

ある日、キラキラとした目で、弟が出来ると言われたとき、ターレスの何かに芽生えたのは殺意だった。

 

奪われる。

 

自分がいた場所、自分の座ることが許された席。

サイヤ人とは、個人主義である。戦闘を最もとする生き方は、その在り方があっていたのだろう。

けれど、情がけしてないわけではない。

経験と生き方は、確かに彼らに情と関わりを植え付ける。

ターレスには、それがなかった。

物心がつく前に両親は戦死し、戦闘に出る様になってからはひたすらに一人で生きていた。

それは、誰もがそうだ。サイヤ人ならば、いつだって、誰もが最期は一人だと笑うだろう。けれど、サイヤ人でさえ、誰だって自分だけの席を持っていた。

ターレスは、サイヤ人という枠組みしか持っていなかった。下級戦士の、孤児の、弱者のターレスは、何も持っていなかった。

誰もが、どこかに席を持っていたのに。自分だけが、それを持っていなかった。

欲しいなあ。欲しい、それは、どうしても欲しい。

持っていなかったから、その渇望は一押しだった。

ようやくだ。ようやく、ずっと、ずっと、欲しかったものが手に入ったのに。

それを、自分は奪われる。ただ、生まれて来ただけで。生まれて来ただけ、それは自分の欲しかったものを奪っていく。

ターレスは、自分でも信じられないほどに、生まれて来る息子へのどろどろした何かが膨らんだ。

それに気づいていなかったのか、生まれて来る弟のことで頭が一杯だったのか。

ラディッツは心の底から嬉しそうに言った。

 

「ターレスも、カカロットのこと、一緒に鍛えてやろうな!父さんも、期待してるって!」

 

それに、あふれ出しそうだったどろどろした何かが霧散した。

思わず抜けた力に苦笑しながら、ラディッツの言葉にうなずいた。

大丈夫だ。大丈夫。

まだ、己には、席がある。奪われてなんていないから。

だから、そうだ、大丈夫。ターレスは、ここにいていいのだ。今度は、自分が、席を用意してやるのだ。弟分の席を、自分の中に用意してやるのだ。

 

「・・・・・三人で掛かれば、父さんに勝てるかなあ。」

「大人になって、三人がかりなら、何とかなんじゃないか?」

「戦闘力一万は、壁だもんなあ。カカロットも強くなるかなあ。」

 

そう言って、笑いあった。ターレスも、静かに微笑んだ。

自分たちの弟が強くなるかなんて言い合って。弟が、成長するまでバーダックが生きているのだと、二人は信じて疑わぬまま。

二人は、少なくともターレスは信じて疑わなかった。

バーダックは強いから。弱者のように死んでしまうことなんてないのだと。

自分たちが強くなる日まで、超えたいと願いながら、超えることなんてない、超えたくないと願う憧れの果て、手の届かない星。

もしも、もしも、バーダックが死んでしまったとするならば、それは誰かに負けた時だ。敗者になった時だ。

彼は、きっと華々しく死ぬだろう。戦って、戦って、戦い抜いて死ぬだろう。

その時は、バーダックに勝った相手を追い続けよう。その存在に勝てた時、自分はバーダックよりも強いのだという証明になるだろうから。

そんなことを考えながら、ターレスは無意識に思っていた。

自分よりも強いバーダックが、弱者である自分よりも先に死ぬことなんてありえないのだと。

 

 

 

 

その日、ターレスは壊れてしまった。

自分の母星、べジータが滅んだ日のことだ。

星が滅んだことを、悲しいとは思わない。例え、滅んでも、またどこかの星を奪えばいいだけなのだ。

けれど、けれどだ。代わりになるものがないはずのものが、すべてがちゃんと壊れてしまった。

バーダックが、死んだ。隕石の衝突に巻き込まれて、ギネを含めて死んでしまった。

その時、ターレスの中で、タガと言える何か、ネジが少しだけ取れてしまった。

ターレスはその時、遠征先で大けがを負い、メディカルポッドに放り込まれ、帰還が遅れてしまったために巻き込まれることはなかった。

 

(・・・・・ありえない。)

 

ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない。

 

ありえてはいけない。

 

強者であるバーダックが、弱者である自分よりも先に死ぬなんてありえてはいけないのに。誰よりも、サイヤ人らしい、戦士である彼が誰とも戦うことも無く、ただの偶然で死ぬなんてありえていいはずなどないのに!!!

バーダックとは立場の違うラディッツや、彼の息子であるカカロットは生き残るべきなのだ。彼らは、バーダックよりも弱くとも、彼が残すべきものなのだから。

けれど、自分は?バーダックよりも弱い自分はどうして生き残ってしまったのか。

 

「・・・・・しょう、めいを。」

 

ターレスは、思い立つ。

証明をしなくてはいけない。

バーダックは死んで自分はどうして生き残ったのか。それは、ターレスの方がバーダックよりも強いからだ。

バーダックはどうして戦いもせずに死んだのか。自分は誰よりも強くなり、戦い続けて、その先で戦わずに死んでやる。

 

証明をしなくてはいけない。

己の憧れの果て、追い続けた輝かしい星の終わりを、サイヤ人らしいのだと、強者の在り方だったのだと、証明をしなくてはいけない。

そのためには、強くならねばならない。

どんな手を、使っても。どんなことをしても。

ターレスは、己の強さを証明せねばならない。

バーダックの生を、肯定し、誇り高きサイヤ人であったのだと証明せねばならない。

そうして、ターレスは己の宇宙船とスカウターを破壊した。

ただの下級戦士の終わりを、誰も気になどしない。彼のきょうだい以外が、それを取るに足らないことだと斬り捨てた。

そうして、ターレスは、彼に用意された席を立ちあがり、遠く、遠くに走り出した。

強くなってやる。

どんな手を使っても、どんなことを成し遂げても、どんなものを使っても。

己は強くなるのだ、強くならなければいけない。

少年の立ち上がった席は、彼が置いてけぼりにした残った者は、ぽつんと、彼が帰るのを待ち続ける。

 




ターレスは、一度も泣虫のことを女と言ったことはない、はず。


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さよならまでの準備




だいぶ、おそくなってすみません。
色々と大変なもので。

早めに、べジータとナッパはだしたいですが、あと、二話ぐらい続きそうです。


「・・・・おかあさん、おばさん。」

 

重い沈黙の中、幼い声にラディッツとチチは振り返った。そこには、心細そうな顔で佇む悟飯がいた。

チチはそれに慌てて悟飯に駆け寄った。

 

「どうしただか、悟飯ちゃん?」

「あの、おとうさんが。」

「悟空さがどうしたんだべ?」

「いなくなっちゃって。」

「い、いなくなったってどういうことだべ!?」

 

慌てた調子のチチの声を聞きながら、ラディッツは家の方を見ながら叫んだ。

 

「ピッコロ!どうしてですか!?」

 

ピッコロ、という名前にチチが反射的に身を固くしている中、渋々という体でピッコロが姿を現した。チチは身を固くして、悟飯の体を抱きしめた。

 

「・・・・孫悟空なら、神のやろうと一緒にいったぞ。必ず帰って来ると言い残してな。」

「はあ!?」

 

後ろでチチが驚きの声を上げる中、ラディッツは何となしに予想していたためか額を手で押さえため息を吐いた。

チチは、思わずという形で自分に背を向けているラディッツの肩に縋りついた。

 

「な、なら、悟空さは!?」

 

ラディッツはどう伝えようかとチチの方を見ていると、そこに無愛想な声が割り込んだ。

 

「死んだ。」

 

ラディッツは無言でピッコロの腹に肘を叩き込んだ。

ぐふと、呻き声を上げてピッコロが腹を抑えた。

 

「てめ!」

「・・・・気遣いというものをお前は察しろ。」

 

ラディッツは怒気を含んだピッコロ以上の圧を込めて睨んだ。ラディッツは、茫然とした様子のチチの肩を抱いた。

 

「チチさん。」

「ご、悟空さが、死んだ、なんて・・・・」

 

チチは、己の肩を抱いたラディッツに縋る様に視線を向けた。ラディッツは、それに、にっこりと微笑んだ。

その、微笑みは、さすがは姉弟というべきかどことなく悟空に似ているようにチチには思えた。そうして、彼女は柔らかな声でチチに囁いた。

 

「大丈夫。ドラゴンボールがあるでしょう?」

「ど、らごんぼーる。」

 

チチはおうむ返しのようにそう言った。ラディッツは、それに、頷いてチチの瞳をじっと見た。

 

「必ず帰るとあの子は言った。だから、きっと帰って来る。生き返る算段もある。」

「で、でも・・・・」

 

チチの中には、生き返ると分かっていても、膨れ上がって来る不安感に飲まれそうになる。

夫がいない今、自分はどうしたらいい?愛しい息子を自分だけで育てていけるだろうか?宇宙からやって来る存在のこともどうすればいい?

チチは、自分の足に縋りつく息子に目を向けた。

そこに、柔らかな声が囁いて来た。

 

「・・・・生き返るって分かってても不安ですよね。」

 

チチは、その声に誘われるようにラディッツの方を見た。彼女は、己と同じように深い悲しみを湛えた目でチチを見ていた。

 

「死んでしまっている間は、会うことも出来ない。連絡を取ることも出来ない。悟飯のことだってある。きっと、不安でたまらないと思います。」

でも、私は、側にいます。

 

ラディッツはそっとチチの手を握った。

 

「きっと、カカロットは帰って来る。それまでは私が傍にいます。私が、何を持ってもあなたたちを守る。大丈夫です」

 

その、手の温かさに、わけも無く安心してしまった。そうして、気づけば、チチの瞳から腹に溜まった不安感があふれ出してきた。

恐ろしかった。大事な人が、たとえ生き返るとしても、死んでしまうという事実は十分に重いのだ。

ドラゴンボールで生き返る?けれど、もしも、もしも、ドラゴンボールが使えなくなることがあったら?何か理由があって。無理になったら?

可能性がないわけではない。

一人で悟飯のこと育てていくのだって不安で。途方に暮れてしまう。

どうしよう、どうすればいい?

不安で、怖くてたまらない。

そんな時にかけられた、ラディッツの言葉はその不安感の中でまるで冬のかじかんだ手をお湯につけたかのような安堵感があった。

じんわりと沁み込んだその温もりに、チチはどうしようもなくほっとした。

ぐずぐずと啜った鼻と涙をぬぐうチチを、ラディッツは静かにその背を撫で続けた。

 

(・・・・よかった。)

 

ラディッツは、ほっと息を吐いた。

弟の名を呼びながら泣く女の肩の細さに目を細めて、ラディッツはため息を吐く。

ああ、これは弱者なのだ。

そんなことをしみじみと思う。

もちろん、チチとて彼女を知る者たちからすれば十分に精神的にも肉体的にも強い部類に入る。

けれど、ラディッツからすれば、精神面では何も言えないがそれは十分に脆かった。

 

(これも、私の落ち度だ。)

 

察せられなかったわけではないはずだ。

自分たちが、どんな生き物かを分かっていれば、弟がどんなことをするのか予想できなかったわけではないはずだ。

ラディッツは、今、拒絶されていないことに心からの安堵をする。

 

(・・・今だけは、私はここにいていい。)

 

ここにいてはいけないのだと、そんなことはラディッツが一番分かっている。けれど、それ以上にここにいたいという感情があふれ出しそうになる。

ここは、この地球という惑星はあんまりにも居心地がよくて。あんまりにも、風は穏やかで。

 

(・・・・嫌われよう。)

 

いつか、この惑星を出ていくとき、仕方がないと笑えるように。

何もかもが終わって、奇跡が起きて、何もかもが上手くいって丸く収まった時に、居心地の悪さを感じられるように。

 

自分が、己に王に殺される時、未練などを持たぬように。

 

(よかった。)

 

ラディッツは、無意識に笑みを浮かべていた。

 

愛しい、愛しい、女よ。

母と同じ声で、弟を愛してくれた女よ。

愛しい、愛しい、幼子よ。

弟によく似た、弱い幼子よ。

君たちが生きていくために、必要なことを全てをしよう。

嫌われる覚悟は決まった。

君たちの涙を、頬の柔らかさを、その温もりを知った。だから、自分はこれで満足すべきだ。

 

お別れの準備はすぐそこだ。

 

 

ぐうううううう。

チチは流れていた涙が引っ込む様な感覚がした。音の方を見れば、そこには顔を赤くしたラディッツがいた。

 

「す、すいません。朝から何も食べていないので。」

 

気恥ずかしさが勝ったのか、ラディッツは慌てた様子で目をウロウロとさせた。

その、何とも言えない緊張感のなさに、チチはなんだかおかしくなって、ふふふふと笑ってしまった。ラディッツの足もとには、悟飯が不思議そうな顔で見上げていた。

 

「おばさん、お腹へったんですか?」

「う、うん。恥ずかしいけど。」

 

ははは、と軽く笑ったラディッツに、チチは少しだけ背筋を正した。

悟空はいない。あの、男前だが戦うことが何よりも大好きな馬鹿亭主は、遠くに行ってしまった。

薄情な奴め。そう言いたくなるけれど。それでも、空しいことにチチはどうしても悟空のことが好きだった。息子のことが好きだった。惚れた負け、そう言えばいいのかもしれないが。

だから、今は、こう思うことにした。

自分が今、しなくてはいけないことをしようと。

 

「義姉様、飯にするべ!」

「え?」

 

チチがしなくてはいけないこと、それは、遠路はるばるやって来てくれたらしい義理の姉をもてなすことだと、彼女は思った。

それは、きっと、起こっているらしい恐ろしいことから目を逸らすことだった。そうして、チチには想像も出来ないほどの遠い旅路を来た姉への、そうしてかあさんと泣いた女への柔い労わりでもあった。

 

 

 

「ほれ、たんと食ってくれ!」

「わあ・・・・!」

 

机の上には、チチの自慢の手料理が乗っていた。

肉団子のゴロゴロと入った酢豚に、アツアツの回鍋肉、たっぷりと肉とニラの餡の入った餃子に、ほかほかと湯気が立つ中華まん。

それが、具体的にどんなものなのか、ラディッツには分からない。ただ、鼻腔を刺激するそれらが確実に旨い事だけは理解できた。

とっさに飛びつきそうになるが、それをラディッツはなんとか理性で止める。

サイヤ人は、元よりカロリー消費が激しい。別段燃費が悪いというわけではないのだが、いささか消費のほうが際立ってしまうのだ。

机の上には、数人でも食べきることが出来ないだろうが、ラディッツの食欲では容易く食べつくしてしまうだろう。

何よりも、皮肉な話だがラディッツの躾役のようなことを担ってしまった、べジータから叩き込まれた行儀と言えるそれが料理に飛びつくのを赦さない。

 

(・・・・我慢!我慢するんだ!)

 

ラディッツは、必死に遠征先でのことを思いだす。

遠征先で、サイヤ人が何よりも気にするのは何か。

戦術?相手の戦力?天候?気候?

どれでもない。サイヤ人が気にしなくてはいけないのは、遠征先にすぐに摂取できる食料があるかどうかだ。

もちろん、食料が配られないわけではない。サイヤ人と付き合いの長いフリーザ軍では、彼ら専用の超高カロリーの携帯食料を配布している。

けれど、それにも色々と限界があり、彼らも大食いにも伴って結局は現地調達が何よりも早いのだ。

そうして、もちろん、毒があるかどうかもしっかりと把握せねばならない。

ラディッツは、どんなに腹が減っていても毒かどうかを調べる間の忍耐を思い出して、手を握り込んだ。

けれど、ラディッツの口からだらだらと素直さの塊が漏れ出ていた。

 

「義姉様、たべねえのけ?」

「そうだよ、おばさん、食べないの?」

「い、いや、私は。」

 

居間には、ラディッツと悟飯、そうしてチチしかない。ピッコロは仲良しなどする気はないと、席をはずしていた。

ただ、ラディッツに言われて近くにいることだけは確かだ。

ラディッツはそれに、迷うように料理とチチたちを交互に見る。それに、チチは呆れたように笑い、言った。

 

「安心しろ。悟空さの食欲のことは、オラがよーく分かってるだ。義姉様もしこたま食うんだろ?ちゃんと、おかわりは用意してるべ!」

「え。ですが・・・・」

 

ラディッツは躊躇する様に言いよどむが、それでもその視線は料理に釘づけだった。

ぐうううううと、腹の奥から聞こえて来る餓えにとうとう我慢が出来なかった。

ラディッツはおもむろに箸を扱えないからと用意されたフォークを手に取った。そうして、料理に手を伸ばそうとしたが、何故かチチに止められた。

 

「いただきますっていうだ。」

「い、いただきます?」

「そうですよ、おばさん。」

 

ラディッツには、その言葉の意味は分からなかったが。それでも、彼らにとって何かしらの意味を成す言葉なのだろう。

それと同時に、それ以上に目の前の食事を食べたいという欲求でラディッツはおなざりにいただきますと叫び、食事をかっこんだ。

 

美味しかった。

それが、どういった風においしいかを表現する言葉をラディッツを持つことはなかったが。それでも、宇宙中をさまよい続けた彼女が感嘆するほどに、その料理たちは美味であった。

あの子も、これを食べていたんだ。

こんなおいしいものを食べて、あの子はここで育ったんだ。

それは、今、この料理たちを食べていること以上に幸福だと思えることだった。

ラディッツに伴って、悟飯もその血を裏切らない勢いで食事をかっ込んでいく。それを、チチが嬉しそうに目を細めて見ていた。

 

それは、どうしようもなく、幸福な世界だった。噛みしめた料理は、きっと、昔に食べた母の料理と同じほどに旨かった。

 

 

 

食事を終えた後は、もっぱらラディッツがチチの話を聞くことになった

チチとしてもラディッツの今までを聞きたかったが、苦笑交じりに誤魔化されたため、黙っておくことにした。

話は尽きなかった。

チチは、悟空とのなれそめや今までの生活の話を湧き上がってくるままにラディッツに話した。ラディッツは、始終、弟がすまないと申し訳なさそうな顔で聞いていたが。

それでも、その顔は心底楽しそうだった、嬉しそうだった、幸福そうだった。

だから、チチも嬉しくなってしまう。

自分たちの生きる日々を、心底愛おしいと思ってくれる人の存在を嬉しく思うのだ。

そうして、さすがに眠らなくてはいけない時間になり、チチは一人で布団に潜り込んだ。隣には、夫の姿はないがそれでも不思議と大丈夫だと思った。

また、きっと、ひょっこりと帰って来るのだと思えた。

 

(・・・・明日は、二人に何を作ってやろうかなあ。)

 

チチは悟空とよく似た表情で食事をする二人のことを考えてくすりと笑い、瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

「・・・・おはよう。」

 

何故か、自分が硬いものの上に横たわっていることに気づいた悟飯は、疑問に思う。一瞬、てっきりベッドの上から転げ落ちたのだと幻想を抱いたのだが、くんと香る土の匂いに悟飯は気づいた。

起き上がって、慌てて周りを見るとそこは見覚えのない荒地だった。

そうして、自分の目の前には淡く笑う伯母とピッコロが立っていた。

 

「お、おばさん?あの、ここ、どこですか?」

 

少なくとも一人でないことに安堵して悟飯はほっと息を吐く。ラディッツは、それに淡く笑ってゆっくりと屈みこんだ。

 

「・・・・なあ、悟飯。これから、私よりも強い奴らが来るのは知ってるよな?」

「は、はい。」

 

周りの会話を聴いていた悟飯は現状をちゃんと理解していた。そいつらを倒すために、己の父親がどこか修行に行ったらしい。

ああ、寂しいから早く帰ってこないだろうか。

良くも悪くも向こう見ずで強い父親は悟飯の自慢であった。少々、泣き虫な気があるという自覚のある彼からすればいつも笑っている父親は憧れと言ってよかった。

母が泣いていた。悟飯は、それにどうすればいいのか分からなくて途方に暮れてしまったけれど、目の前の伯母は簡単に泣き止ませてしまったのだ。

きっと、父とは違う形で伯母はすごい人なのだろうと悟飯は思った。

そんな伯母とこんな荒れ地にいるの一緒にいるのだろうか?

悟飯の頭の上には、はてなのマークが浮かんでいた。

 

「実はね、私たちも彼らに対抗するために修行しようかと思うんだけど。君のことも鍛えようと思ってね。」

「え?!」

 

悟飯はおののく様に、一歩後ろに下がった。

 

「そ、そんなぼく戦った事なんてないよ!」

「だから戦い方を教えるんだよ。」

「で、でも、なんでぼくをきたえるの?おとうさんたちが戦うんじゃないの?」

 

「逃げる為だよ。」

 

ラディッツの言葉の意味が、悟飯にはよくわからなかった。ラディッツは、そっと両手で悟飯の頬を覆った。

 

「いいかい。悟飯、私や悟空は、これから君を守ってあげられないかもしれない。」

 

頭がその言葉の意味を理解しようとするが、混乱した頭がそれを拒絶する。

 

「ぼ、ぼくこわいよお。」

 

けれど、ラディッツはそれを気にすることも無く言葉を続ける。

 

「怖いから、逃げるんだ。」

 

いいかい、悟飯。もしも、私たちがいなくても君だけは生き延びるんだ。生き延びて、自由に生きるんだ。怖いものからなんて、逃げてしまえ。逃げて、何もかもを無視して好きに生きるんだ。

お前は、サイヤ人だ。そうして、チチさんの子だ。縛られることなんて、ないのだから。

 

分からないことばかりだった。分からなくて、意味不明で。

今、自分に何が起こっているのか全く分からなかったけれど、その言葉になんだか息のつまりそうな願いがあった。

悟飯は、どうすればいいのか途方に暮れる。

鍛えると言われても、戦ったこともなければ、そんなことをするのだって怖くて仕方がない自分に何が出来るのだろうか。

逃げろとは、何だろうか。

縛られるとは、何だろうか。

分からない、分からない、分からない。

それでも、その願いを叶えなければならないと思う。それは、何故かはわからないけれど、叶えなければならないという圧迫感があった。

そこで、焦れたらしい後ろにいたピッコロが簡潔にことを言った。

曰く、悟飯はこの砂漠の真ん中にあるオアシスで一人で生活することになっているのだという。

無理だという悟飯に、彼は無慈悲に告げる。

 

もしかすればお前の手を借りなくてはいけない。だからこそ、今は戦うために精神面を鍛えるためにここで生き延びろ。

 

単的に言われたそれに、もちろん悟飯は首を振った。

当たり前だ、自分がこんな所で生きていく術など持っていないのだから。

激しく拒絶する悟飯に、ラディッツは静かに手を掲げた。

 

「・・・・そうだね。試してみようか。」

 

そう言って、ラディッツはゆっくりと手を振り上げた。それと同時に、悟飯はぞわりと寒気が走った。

悟飯を見下ろすラディッツの瞳から、柔らかな穏やかさが絶え、寒気のする冷たさが辺りに広がる。尻尾の根っこがぞわぞわと震え出した。

 

駄目。

 

何かは分からない。ただ、わけのわからない警報のような感覚が広がった。

そうして、その拳が己に振り下ろされるのがゆっくりと見えた。

 

ぶつり、意識が断裂したような感覚と己の中から何かがあふれ出した。

 

「・・・・うん。やっぱりね。」

 

気づけば、悟飯はまるで隕石が落ちたかのようなクレーターの中心に立っていた。そうして、その声は己の頭上から聞こえた。

そこには、ピッコロを脇に抱えたラディッツが心の底から嬉しそうに微笑んでいた。

 

「それが、お前の力だよ。」

 

いつも通りの、柔らかな声が辺りに響いた。

 

「・・・・それがお前が一生をかけて付き合わなくちゃいけない力だ。」

「こ、怖いよ!」

 

ラディッツの言った言葉の意味を全て理解したわけではなかったけれど、それでも自分のなしたことに、なせることに悟飯はおののいた様に震えた。

ラディッツは、悲しそうに目を伏せて、首を振る。

 

「その力に私たちは縛られる。生きているだけで、誰かのこと傷つけてしまうことだってある。悟飯、いい機会だ。お前は、ここで少し自分の力を認識しなさい。そうして、覚悟を決めなさい。その力を付き合っていく覚悟を。それとも、使わなくても生きていける方法を考えなければいけない。誰かを傷つけるにしろ、誰も傷つけないにしろ。逃げられなんてしないんだから。」

 

お前は、サイヤ人なのだから。

 

やっぱり、その言葉の意味を正確に理解できなくて。

悟飯は、茫然と飛んでいく伯母を見送った。

ただ、恐ろしかった、途方に暮れた。どうすればいいかわなんて分からなかった。

けれど、悟飯は心の奥底で、少しだけ安堵したのだ。

己の持っている力を初めて認識して、少しだけ、ここならば誰も傷つけることはないのだと少しだけ安堵したのだ。

 

 

「いい加減、離しやがれ!!」

「ああ、ごめんよ。」

 

力を解放した悟飯から逃げるために、ラディッツに捕獲されていたピッコロはそう怒鳴って彼女の手を振り払う。

ラディッツは、苦笑交じりに手を離した。

二人は、チチに見つからないうちにと朝早く家を出て、悟飯を鍛えるために砂漠の中心にあるこの荒れ地に連れてきたのだ。

家には、簡単な事情を書いたメモを置いて来た。

 

(・・・・ピッコロが字が書けて良かった。)

 

ラディッツはそんなことを考えながら、悟飯に対して意識を向ける。

ラディッツは、悟飯のことに関してさほど心配はしていなかった。

何故ならば、悟飯はサイヤ人だからだ。その血は、相当のことがない限り、あの幼子を生かすだろう。それは、自分たちが弱者であることを赦さない。

そうして、家で混乱しているだろうチチへと意識を向けた。

 

「さて、私はこれからチチさんの所に悟飯のことを言いに行くから。お前は悟飯のこと見といてくれないかな?」

「・・・・置手紙だっておいて来た。過保護が過ぎるぞ。」

「まあ、いいじゃないか。これからやって来る存在のために悟飯を鍛える。それは、お互いの共通の方針だろう?チチさんも、心配してるだろうし。」

「何故、そんなことを気にするんだか。あの女が何を思おうと、どうだっていいだろう。そうしなければ、あの餓鬼おろか自分さえも死ぬというのに。」

「・・・・それでも、己の子を手放す親はそうそういないさ。まあ、人に依るかもしれないが。」

 

私は、これ以上に母親から子を引離したくないんだ。

 

ラディッツはそう言って、ゆるりと瞳を細めた。それに、ピッコロは苦々しい気分になる。

この女に会った時から、散々振り回されている。

もちろん、悟飯を鍛えるのには、賛成だ。

己では勝機が薄いのは自覚している。

だが、死ぬならばそこで仕方がないとも思っている。戦うとは、まず心が強くなければならないのだから。そうでないならば、戦う前に死んだほうがよほど幸福というものだ。

ピッコロは苛々とラディッツを睨む。

目の前の女は弱い。

それは、身体的な意味ではない。その心が、あまりに弱いのだ。だというのに、女はピッコロよりも数段強い。

それが、たまらなくイライラする。

ピッコロには何もない。ただ、遠い昔、彼の父親と言える存在に託されたそれだけだった。だから、それのために、己の力を鍛え続けた。

だというのに、強くなること以外に、たくさんのことを抱えても女は己よりも強い。

目の前の女が強いのは事実だ。だが、その女の弱さがたまらなく、ピッコロには腹立たしい。己より強者であるはずの存在が、そんなにも簡単に揺らいでしまうことがたまらなく嫌だった。

 

「・・・・大体、あの女も、あの餓鬼もあんな力を何故鍛えようとしないんだ?宝の持ち腐れだろう。」

 

不満げなピッコロに、ラディッツは苦笑した。

 

「そりゃあ、悟飯たちは人間だからだよ。」

 

その言葉の意味が分からずに、ピッコロは訝し気に顔をしかめた。それを見て、ラディッツは微笑んだ。

 

「どうやって生きていくかじゃなくて、どんなふうに生きていくかを選べるのは人の特権だ。あの子は、自分の力を使いたくないことを選ぼうとしていた。それだけさ。」

 

意味が分からないと思った。

ピッコロには、その言葉の意味がピンとこない。

ピッコロにとって、生きるとは託された願いを遂行することだった。悟飯の強さとて、せっかく受け継いだものを何故、高めないのか。

ピッコロの人生とは、彼の父の人生の補完のためのものだった。

賢しい彼には、分からないという感覚が心の底から不快だった。

そんな彼のことなど気にしていないのか、ラディッツは独り言のように呟いた。

 

「・・・・嫌われてしまうかな。」

 

悟飯にも、チチにも、カカロットにも嫌われてしまうなあ。そうなら、私は本当に一人ぼっちだ。

 

そんな言葉を聞いて、ピッコロは嘲笑うように息を吐いた。

 

「ふん。下らんな。」

 

俺は、生まれてから恐れられる存在だ。孤独であることを何故、畏れる。余計なものなどいらんだろうに。

 

その言葉に、ラディッツは心の底から嬉しそうに笑った。

 

「それは、嬉しいね。」

「はあ?」

「自分と同じものがいると分かると、なんだか安心するよ。」

 

一人ぼっちが二人いれば、寂しくないなあ。

 

そう言ってラディッツはくるりとピッコロに背を向けて、どこで修行するかなあ、などと呟いた。

ピッコロは、その後姿を驚きながら見た。

これから、一年間、目の前の存在に鍛えられる予定ではあるが。面倒なものに関わったことをひしひしと感じてため息を吐きたくなった。

 






次回は、もっと早めにあげられるように努力します。


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天国には行かない

 

ピッコロにとって、ラディッツとは鬼の一言に尽きた。

ラディッツは、ピッコロの予想通り良くも悪くも温和であった。けれど、いささか容赦というものにかけていた。

修行は、ただ、ひたすらにラディッツと組み手をするというものであった。

が、ラディッツは手加減というものが徹底的に下手であった。宇宙でも選りすぐりの戦士が集められたフリーザ軍では、ラディッツは弱者であった。そのため、手加減をするという機会がまったくといってなかったのだ。

ラディッツは実力のままにピッコロを弄り倒した。

大きな声では言えないが、数回ほどピッコロの手足がもぎ取れるという事件があったのだが。

 

「お前、手足が取れても生えて来るの!?よかった、手加減の心配しなくてもいいんだ!」

 

その時の心から嬉しそうなラディッツの顔を、ピッコロは一生忘れないだろう。ラディッツは悟飯を鍛える手加減のための練習をピッコロでしていたのがその非道さを一押ししていた。

チチをなだめすかした後、ラディッツとピッコロはブルマの元に向かった。何故かというと、ラディッツが重力操作の出来る環境を望んだせいだった。

曰く、サイヤ人はこの星の十倍の重力の中で生活していたのだという。

最初からそんな環境で生活していれば、それこそ地球なぞ温すぎる場所だろう。ラディッツに問われたピッコロは、そう言えばと思い出す。

悟空とつるんでいた水色の髪の女が優れた科学者であったことだ。

ラディッツはそれにピッコロを引きずってカメハウスへと戻ったのだ。そこには、予想通り科学者の女、ブルマがいた。

結論だけを言うならば、重力操作の機械は作ってもらえることになった。地球の危機だと、彼女も頷いた。

 

(・・・・あの女のはしゃぎようもすさまじかったが。)

 

科学者としてブルマはラディッツの持つスカウターに反応した。ラディッツも、警戒していた通信装置の部分は取り外していたため、彼女にスカウターを渡した。

瞬時にスカウターの仕組みを理解したブルマに、ラディッツは興奮気味に天才だと叫んでいたのはピッコロの印象にも残っている。

てっきり、強さだけに興味があるのかと思っていたが、そうでもないようだった。

 

「・・・・ピッコロ。続き、いいかな?」

「ちっ!分かっている!」

 

人気のない山奥にて、座り込んでいたピッコロは目の前の女を睨んだ。

それを見て、ラディッツは苦笑する。

自分が手加減が下手な事は重々承知な為、どうしても目の前の存在への扱いが荒くなってしまうことは申し訳なく思っているのだ。

 

(・・・・真面目な子だなあ。)

 

ラディッツのピッコロへの評価はその一言に尽きた。

ピッコロの目的が地球の征服であり、そのために悟空を殺そうとしていたことはブルマから聞いた。

それに、ラディッツは、ピッコロの気真面目さに驚いた。

ラディッツの、望んでいなかったとはいえ幾つもの星を征服してきた彼女から言わせれば、星を征服するのにそこまでの手順は必要ない。

征服とは、心を折ることであるとラディッツは考える。

フリーザ軍は、高い軍事力を持って住民の心をへし折る。もちろん、のちの怨恨などを理由に皆殺しが基本であったが。

ピッコロの願いというのは、侵略ではなく支配のようだった。

ならば、現在国というものを管理している部分を乗っ取り、システムを丸々使ってしまえばいい。それがだめなら、上だけを綺麗に壊して混乱に乗じて支配するというのも手だろう。

何よりも、わざわざ自分の脅威になる悟空と真正面から戦って殺そうとしているなんて気真面目以外の何物でもないだろう。

 

(カカロットが邪魔で勝てないなら、真正面から行く必要はない。人質でも取って、毒でも飲ませればそれで終わりだ。態々正面から行かなくてもいいのに。)

 

自分たちのように、強いものと戦うのが何よりの娯楽というのなら分かるのだが。態々、正攻法で戦って悟空を潰そうと修行を重ねるピッコロは、ラディッツの中で気真面目な印象がもたれていた。

ラディッツにとって、悪とはフリーザであった。それに比べれば、どうしてピッコロの悪徳とはぬるかった。

 

(・・・・悪い子じゃないんだよなあ。)

 

ラディッツは自分に向かってくるピッコロを殴り飛ばしながら、そんなことを考えた。

 

 

悟飯を回収し、修行を付ける時になってもその容赦のなさは相変わらずであった。というよりも、悟飯がラディッツに食いついて行けば行くほどに、彼女は嬉しそうに悟飯をぶちのめした。

それには、少しピッコロも同情してしまう。

ラディッツは、ピッコロと悟飯にまず気を出来るだけ自由にコントロールできるようにと指示をした。

 

「気を、ですか?」

「そうだね。戦闘力、悟飯たちから言わせれば気だっけ?あれのコントロールが出来る様になれば一番いい。はっきり言って、悟飯は資質があることは認めるけど、それを引き出す時間も足りないし、経験も積めない。なら、一瞬の爆発力にかけるのが一番だからね。ベジータは、どうしようもないけどナッパなら何とかなるかもしれないし。」

「・・・・そう言えば、やってくる奴らには弱点はないのか?」

「え?」

「やってくる奴らとは身内なんだろう?」

 

ラディッツは目を丸くし、きょとりとピッコロを見た。ピッコロはその様子を鼻で笑った。

 

「ふん、身内を売ることは出来ないとでもいうのか?」

「あ、いや。そんなんじゃないよ。うん、ただ。」

 

ラディッツはそこで言葉を切ったが、軽く首を振って口を開いた。淡く、哀とも喜ともいえない笑みを浮かべた。

 

「そうだな、まず、やって来るのは二人いる。一人は、ナッパ。あの人はまず耐久力がすごい。エネルギー波。そうだな、ピッコロが見せてくれた魔貫光殺砲だっけ?あれでもだめだろうなあ。私の戦闘力は1600ほど。ナッパは6000。単純な計算で四倍。急所を狙って少しずつ削っていくしかないかなあ。」

「お、まえの四倍だと!?」

「単純な計算でね。といっても、戦闘力っていうのは所詮は体内のパワーだとか体力だとか、そういった数値化できるものでしかないから、当人の戦闘技術とはまた別物だからなあ。」

「あの、ベジータって人はどれぐらい強いんですか?」

 

悟飯の言葉に、ラディッツは目をキラキラとさせた。そうして、高らかに宣った。

 

「ふっふっふ、よくぞ聞いたな、悟飯。いいか、まず、知っておくべきなのは、ベジータは私たちサイヤ人の王子、つまりは王様なんだ!」

「お、うさまですか?」

「そうだ!ベジータは、賢く、冷静で、残忍で、揺るがず、そうして何よりも強い!!」

 

まさしく、私たちの王に相応しい男なんだ。

 

ラディッツはそう言って、悟飯に目をキラキラとさせながらその、ベジータという男について語る。

 

「そりゃあ、ちょっと残忍だし、冷酷過ぎるし、薄情だけど誰よりもベジータは強いんだ!きっと、悟飯だって、きっと。」

 

気に入って。

 

その、最後の言葉はふっと空気に溶ける様に微かなものだった。

ラディッツは、茫然とした顔で悟飯を見つめた。そうして、気が付いたかのように、頭をがりがりと掻いて立ち上がった。そうして、申し訳なさそうな顔で微笑んだ。

 

「ベジータは強い。そうだな、だから、お前をそれぐらい鍛えなくちゃいけないんだなあ。難問だ。すまないな、変なことを言った。さあ、修行の続きだ!」

 

ラディッツは、そう言って、何もかもが平気というような顔をした。

悟飯には、それが嘘ではないと思った。けれど、なんだか、ひどく寂しそうだった。

 

 

 

 

 

 

修行が一段落した夜。

悟飯は、安全を考えた岩の上で丸まっていた。体は確かに疲れていたが、寝付くことが出来ずにぼんやりと考え事をしていた。

悟飯は、ラディッツとピッコロのことが嫌いではない。というよりも、好ましいと思っていた。

確かに、二人は、悟飯の望まない戦闘を強要した。

ラディッツは、悟飯を躊躇なく吹っ飛ばすし、ブルマという人が作った重力室に放り込んだりする。けれど、悟飯の攻撃が入った時など、まるで自分の事のように心から嬉しそうにしてくれる。

ピッコロは普段ラディッツよりも数倍厳しくあったが、悟飯の頑張りを確かに認めてくれた。元より、悟空に似たためか人を嫌うということが悟飯はあまりない。

戦闘技術だってサイヤ人の血を引く彼はみるみる吸収した。自分が少しずつ積み上げていく何かが、誇らしくなかったと言えば嘘になる。

組み手で一本取った時の達成感なんて言い表せないほどだ。

何よりも、少しだけ、憧れた父に近づける気がして嬉しくなる。

 

(・・・・・おばさんは、ベジータって人のこと、好きなのかな?)

 

ベジータという人のことを話すラディッツは、本当に嬉しそうだった。

ベジータという人を追い返すために悟飯はこうやって己を鍛えている。けれど、その顔を見た時に思ったのだ。

おばさんは、辛くないのかと。

悟飯は、そっと起き上がり、近くにいるはずのラディッツを探した。そうして、それを薄目を開けてピッコロが見送った。

 

 

「・・・・おや、悟飯。」

 

悟飯たちから少し離れた所に、ラディッツはいた。彼女は、岩を背に空を見上げていた。悟飯はそろりと彼女に近寄る。ラディッツは淡く笑いながら、自分の隣りをぽんぽんと叩いた。

座れという意味だと察して、悟飯はその隣に腰を下ろした。

 

「どうかしたのかい?」

「・・・・ううん。」

 

ラディッツはそう言って、優し気に微笑んだ。その顔は、父はもちろん、母にだって似ていない。けれど、その表情が悟飯は大好きだった。

 

「おばさんって、お祖母ちゃん似なんですか?」

 

何故か漏れ出たその言葉に、ラディッツは驚いたような顔をして、見るかいとスカウターを外した。

悟飯が自分に差し出されたスカウターを覗き込むと、小さなモニターに色味の少ない画像が映し出された。

 

「わあ・・・・」

 

そこには、父とよく似ているが少々目つきが悪く顔に傷のある男と、そうしてラディッツによく似た母と似た雰囲気の女性。そうして、父とよく似た少年が写っていた。

 

「ほら、こっちの男の人がお前のおじいちゃん。荒っぽいところもあったけど、母さんのことを大事にしてたよ。そうして、ものすごく強かったんだ!私の憧れだ。で、こっちはお前のおばあちゃん。料理上手な人だったなあ。優しくて、私のことを心配してくれてたよ。」

 

ラディッツはそう言って、指先で示しながら、悟飯に言った。悟飯は、自分の父とよく似た祖父だという男をじっと見た。

 

「おばさん、この人は?おとうさん、じゃないですよね?」

「・・・・ああ、こいつは、私の弟分です。」

「弟?」

「血が繋がってるわけじゃないんだけどね。ただ、家族みたいに一緒にいたんだよ。」

 

ラディッツはそう言って、その少年の顔を指先でなぞった。まるで、そこにいた誰かを思うように。

ラディッツの表情に、悟飯は何となく言った。

 

「今、どこにいるんですか?」

「分からない。」

「え?」

「・・・・君のお父さんがこの星にやって来てすぐに行方不明になってしまってね。きっと、死んでしまったと思うよ。よく、あることだったけれど。あいつは、しぶとさだけはあると思ってたんだけどねえ。」

 

ラディッツは、静かで、そうして寂しくなるような、雨の夜のような笑みを浮かべた。

 

サイヤ人なら、よくあることなんだ。明日も、またねなんて言葉ほど信用できない言葉も無くてね。あいつは、弱い方だったから。

 

そう言って、ラディッツは穏やかに微笑んだ。そこに、悲哀はなかった。ただ、何か、折り合いをつけてはあった。けれど、見ている者が寂しい、寂しいと、苦しくなるような顔でラディッツは微笑んだ。それに、悟飯は思わず言った。

 

「・・・・おばさんは、辛くないですか?」

「何がだい?」

「ベジータって人と戦うの、辛くないですか?」

 

ラディッツはそれに、一瞬だけ感情を消し、目を伏せた。そうして、無言で夜空を見上げた。

 

「分からない。」

 

一言だけの返事が、どこまでも本心の様だった。

 

「わからないんですか?でも、おばさん、ベジータって人と仲良かったんじゃないんですか?」

「うーん、悟飯。お前さんは少し勘違いをしてないか?私は確かにベジータと行動を共にしてたけど、あいつのことが好きだったわけじゃないからな?」

「でも、おばさんベジータって人のこと話すとき本当に楽しそうでした。」

 

そりゃあね、とラディッツは肩を震わせた。そうして、遠い昔のことを語る様な老いた表情をした。

 

「私にとって、ベジータはこの世そのものだったからな。」

 

悟飯は、その台詞の意味が分からずに首を傾げた。その表情にラディッツは申し訳なさそうにその頭を撫ぜた。

 

「ああ、ごめん。ちょっと分かりにくいか。そうだな、分かりやすくだね。私やお父さんの故郷の星が滅びたのは知ってるね?」

「はい。」

「その時、私は本当に、辛くて。どうやって生きていけばいいのかもわからなくて。ただ、ベジータだけが私に生きていく理由をくれた。」

 

例え、それがどれだけ身勝手で、ラディッツのことなんて考えていなくても、それでもその言葉は救いだった。

 

「そりゃあ、ベジータは冷酷だよ。でも、それでも、あいつは誰よりも賢しく、そうして強い。私にとって、ベジータはサイヤ人の象徴だった。どれほど、他の人からすれば酷い奴でも。それでも、私にとってベジータは希望だった。」

 

ほっとしたんだ。例え、私に何があっても、ベジータさえ生きていればサイヤ人の誇りは失われることはないって。だから、故郷が滅びた時思ってしまったんだ。カカロットのことを覗けば、私はいつかベジータのために死ぬんだろうって。

そうすれば、少しは、サイヤ人らしくない私でも、サイヤ人の誇りを守ることに繋がるんじゃないかって。

 

「まあ、べジータと戦うことに関しては本音を言えばね、勝てないだろうなって思うのと。あと、私はわくわくしてるんだよ。私にとって、ベジータは何を持っても優先し、そうして生き残ってほしいと思う憧れだった。そんな存在と、本気で戦うことに私は高揚している。怖くはあるけれどね。」

 

少し、破綻的に過ぎるかもしれないけれど。そう言って、彼女は笑った。悟飯には、ラディッツの言いたいことが全て理解できたわけではない。

それでも、ラディッツが辛がっていないことを察して悟飯は納得した。

それと同時に、もう一つ、心の中で思い浮かべていた疑問を口にした。

 

「おばさんは、本当に酷い人なんですか?」

「お前の言っている意味が、悪人であるかというなら是だよ。どうしてそんなこと聞くんだ?」

「だって、おばさんのこと、酷い人だって思えないから。」

 

悟飯の言葉に、ラディッツは虚を突かれたような顔をした。そうして、軽く首を振った。

 

「いいや。お前さんからすれば、私は十分に悪い人だ。」

「悪い人っていうけど、おばさんは何をしたの?それに、ぼく、おじいちゃんやおばあちゃんに、あと、弟だって人が悪い人って、思えないよ。」

「・・・・そうだなあ。それは、ちょっと言えない。」

「どうして?」

「お前に嫌われたくないから。だから、今は話せないけれど。そうだなあ。言い訳だけはさせてくれるか?」

 

悟飯がこくりと頷くと、ラディッツはありがとうと頷いた。

 

「私たちは、まあ、星からもともといた住民を追い出して、他に売るっていうことをやってたんだ。もちろん、もともといた住民たちからすればいい迷惑だろうさ。でもな、それに救われた奴らだっている。」

「救われる?」

「・・・・星を買う奴らの理由はそれぞれだ。金持ちが別荘だとかのために買うとか、実験なんかの為だとかな。そうして、自分が住んでた星が滅んだ奴。」

「星って滅ぶんですか?」

「ああ、惑星にも寿命はある。そりゃあ、ただの生き物からすればずっと長いが。文明が長く続けば、滅びに当たる世代は出て来る。他にも、隕石の衝突だとかもあるけど。けど、新たに住める星を見つけるのだって手間だし。全住民が生活できる規模の星に、住める環境がいる。特に、特殊な、例えば水の中で生活してるなんて条件だと新たな星を開拓するのも難しい。」

 

お礼をな、言われたことがある。

 

ラディッツは何とも言えない、表現の出来ない感情を湛えた瞳で、幾つもの星を見上げた。

 

「涙ながらにな。これで、誰も死ななくていいって礼を言われたことがる。誰かから奪った星だって承知の上でな。それでも、そいつらは生き残りたかった。死にたくはなかった。誰が悪いわけでもない。もしかしたら、フリーザ軍が星を売らずとも、救われる手段はあったかもしれない。けれど、私たちにもそいつらを救えたのだって本当だ。」

 

誰も死なせたくないから、誰も失いたくないから、奪った。

それは、悪いことなのか。

 

悟飯はどう思う?

 

ラディッツの言葉に、悟飯は途方に暮れる様な気持ちになる。

悟飯は、少なくとも、今の幼子には答えが見つからない。

誰かから盗るのは悪いことだ。

けれど、その人がものすごくそれが必要だったら?

例えば、悟飯がものすごくお腹が空いていて、目の前に食べ物があったら、それを悟飯は食べてしまうかもしれない。

悪いことかもしれない。それでも、悟飯だって、理由があれば悪いことをしてしまうかもしれない。

 

悩む悟飯を前に、ラディッツは薄く笑った。

目の前の甥っ子が悩んでいることは、答えを出すことが難しい面がある。

彼女がいたフリーザ軍は、確かに他からすれば悪ではある。

けれど、フリーザ軍にも他者への救済といえる部分があった。

フリーザ軍は、ある程度の強さや特技さえあれば、入隊を許可される。

入隊さえすれば、面倒な上下関係は在れど、衣食住は確実に配給される。

それは、スラムなどの貧しい環境にいたものでも同様に与えられる。その身一つで生活を保障されるフリーザ軍は持たぬ者にとってはありがたい救済措置だった。

何よりも、フリーザは己の力に絶対的な自信をもっていたこともあってか、才能のあるのものを好んでいた。

字を知らぬものがいれば、簡単な教育を受けられる。何かしらの才能があれば、それにあった教育を受けさせてもらえる。

ラディッツの記憶では、ギニュー特戦隊もその口だったはずだ。

ギニュー特戦隊は、確か孤児の中からフリーザが教育したものだったはず。幼いころからの教育の為か彼らの忠誠心はひどく高い。

手柄を立てれば、それ相応の見返りが返って来る。

 

(貧しさの中に善人がいないとは言わないけど。それでも、良心は豊かさの中にこそ持てるものだろうな。自分の命が危うい時、他の存在を優先できる慈悲深い奴なんてそうそういない。)

 

宇宙にも、もちろん正義と言える宇宙パトロール、警察のようなものもあった。けれど、それに入るには、それ相応の高等教育を受けていなくてはいけない。正しい側に行くには、豊かさが必要になるなんてひどい皮肉だろう。

それを持たぬものこそが、何よりも正しい救いの手を求めるものだろうに。

 

「まあ、深く考えんな。考えたって仕方がないからな。」

「でも、ぼく、おばさんたちがどんな人か、考えたくて。どうすればいいか、分からないんです。」

「ふむ、悟飯、お前さんは少し勘違いをしている。悪であるからと言って、情がないわけでは、誰のことも愛していないということはイコールではない。悪人だって、誰かのことを好きになったり、大事にすることはある。すべからく、誰にとっても悪というのはなかなか存在しないものだよ。」

 

悪や正しさというのは、所詮人の生活の中で必要になる倫理に敵っているかどうかだ。誰かのことを愛する悪人もいれば、一生誰のことも愛さない善人だっているだろう。愛情とは、知性を持った時点で誰にも纏わりつく楔だ。

ラディッツは、そう考える。

誰にとっての悪にも正義にも、なれることはないだろう。

ラディッツは、いつか地獄に行くだろう。天国には行けないだろう。

天国には、行ってはいけない。

それは、ベジータも、彼女の両親も同じだ。

けれど、サイヤ人が、人生の全てで悪人であったわけではないのだ。

彼らは、彼らなりに、優しさも慈悲も情も持っていたのだ。

 

「悟飯、お前には、少しだけ複雑すぎるから、もう少し大人になってから考えればいいさ。お前には時間がたくさんある。お前が、分かっておけばいいのは、一つだけだよ。」

 

私は、お前の幸福を祈っている。お前の、おじいちゃんもおばあちゃんもそう思っていた。お前のことを、愛しているんだよ。たとえ、どれほど私たちが悪党でもね。

 

その言葉は、どこまでも優しくて。

ただ、頭を撫でた手が、今まで酷いことをしてきたなんて信じられなかった。

だから、悟飯は納得することにした。

ラディッツは、酷い人であったらしい。けれど、けして、酷いことをしてきただけの人ではないのだと。

 

 

 





申し訳ない、またべジータたちまで辿り着けない。


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番外編 独りぼっちの幼子について


ピッコロさんって実年齢からするとたしか悟飯とそう変わらないんじゃなかったでしたっけ。
短めの番外編です。

感想、誤字の指摘、ありがとうございます。


 

 

「・・・・いい子だな。」

 

その声を聞いたのは、それこそ、修行という一方的な暴力で気絶していたときのことだった。誰かが、自分の頭を撫でていた。

それにピッコロは、今にも途切れそうな意識を繋ぎとめて、薄く目を開けた。

 

「ピッコロは、いい子だな。」

 

静かな声だった。まるで、散っていく花びらのようなそれはピッコロへと少しずつ降り積もる。

淡く微笑んだその顔と、そうしてじっと自分を見る瞳に映り込んだ感情は、ピッコロの知らないものだった。

 

 

「あの、ピッコロさん。」

 

隣りから恐る恐る聞こえて来たそれに、ピッコロは顔を向けた。

丁度、その時は夜になりかけ、修行も一区切りがついたころだった。ラディッツは、朝早くから神殿で指導を受けている組みを弄りに、いや、力を見極めに行っておりいなかった。

 

(・・・・似てないな。)

 

ピッコロは、その真ん丸な瞳をじっとみた。

幼子の瞳は、その資質と育ちの通り、澄んで無垢な目だった。

あの女とは違う。

ピッコロはそう思う。

一見して、ラディッツと悟飯は似ているように思えるかもしれない。けれど、根幹的にこの二通りは違う。

ラディッツは、人を殺すということを知っている。悟飯は、人を殺すということを知らない。

この両方は、絶望的なほどに齟齬がある。

女は、温和だ。女の瞳は穏やかだ。女の手は優しい。

それでも、女の瞳は人殺しのものだ。

どんなに笑っていても、瞳の奥は冷えていた。どんなに悟飯に向き合っていても、強張った体が解けることはない。

ピッコロは、今でもその幼子の扱いを心得ていなかった。自分よりは手加減が出来るからと、幼子の組み手の相手を務めることはあっても彼らの間にはラディッツが入る。

彼らは顔見知りであった、けれど、お互いが本当の意味でどんな存在かを分かっていなかった。

 

(・・・・ああ、不快だ。)

 

ピッコロは、悟飯の目が嫌いだった。悟空の目が、嫌いだった。

その、澄んだ目が嫌いだった。その、親愛に満ちた瞳が嫌いだった。

 

(ラディッツのほうがよほどましだ。)

 

ピッコロは、ラディッツのことが嫌いだ。

ピッコロは、ラディッツの前では、弱者に成り下がる。ピッコロは、ラディッツにとってただのどこにでもいる誰かに成り下がる。

まるで駄々をこねる子どもに成り下がる。

その女は、人殺しだった。そのくせ、彼女はどこまでも日常を生きる隣人を愛する人間の振りをする。

自分と同じ、独りぼっちのけだものが人のふりをしている様は、滑稽であり、そうして不快だった。

己だけは、綺麗なままでいるかのように振る舞うラディッツが嫌いだった。

けれど、目の前の幼子の瞳に映り込むよりもずっとラディッツの方がましだ。

ラディッツは、それでも血に濡れている。

どれほど、誰かを愛し、人を慈しみ、幼子に優しくしても、それはピッコロと同じだ。

善人にはなれない、天国には行けない、

その瞳を見ていると、胸の奥がむかむかとする。

その、最初から澄んだものしか見ていない瞳が嫌いだった。

 

「あの、ピッコロさん。一つ、聞いていいですか?」

「なんだ?」

 

ピッコロはそれに渋々答える。ちゃんと応えてやらなければ、ラディッツのやつが煩いのだ。何よりも、恐怖の大王であるピッコロに話しかけるなんて根性のあることをする悟飯を評価してやろうかという気もあった。

 

「ピッコロさんは、世界征服をするのが夢なんですよね?」

「そうだ。」

 

突然のそれにピッコロは面を食らいながら頷いた。

 

「どうして、ピッコロさんは世界征服をしたいんですか?」

「は?」

「だって、よく読む本で世界征服をしたいって人は、美味しいものを独り占めするとか、あとは宝物を集めたりとかしたいからだったりするけど。ピッコロさんはそういうのに興味ないでしょう?」

「・・・・俺は。」

 

ピッコロは、それに言葉を詰まらせた。

何故、世界征服を望むのか。その答えを、彼は持っていなかった。

何故なら、その願いは、彼を生み出した父と言える存在のものだったからだ。

世界征服を望む彼には、元より、欲と言えるものがないのだ。

美食を食すことも、見目の善い異性を侍らすための性欲も、キラキラとした宝を望んでいるわけでもない。

ピッコロと、己だけの名さえも与えられることのなかった幼い彼に残されていたのはそれだけだった。

それだけしか、持っていなかったのだ。

 

「どうしてですか?」

 

重ねられた問いに、理由などないというのは情けなさすぎる。ピッコロは、頭の中にばらけた思考の中から、思わず口から飛び出した答えを選んだ。

 

「ピッコロ大魔王という存在を、この世界に知らしめるためだ!誰も、俺を忘れることも、無視できぬようになるために!!」

 

口から飛び出たそれは、思っているよりも胸にしっくりときた。

 

(そうだ。俺は、世界中にピッコロという名を、俺を言う存在を知らしめる。)

 

誰も無視できぬように、誰もがその名を湛える様に、誰もが、自分を捨て去らぬように。

 

「でも、僕はピッコロさんのこと、知ってますよ?」

 

思考の端で、幼子がそう言った。ピッコロは、何を言われているのか分からずに悟飯を見た。悟飯は、目の前のピッコロの手を取った。

 

「そんなことしなくても、僕はピッコロさんのこと知ってます。ピッコロさんが、どんな人か知ってます。ピッコロさんのこと、忘れたりしませんし、無視だってしません。僕、ピッコロさんのこと、好きですよ!」

 

小さく、熱いほどの体温が、ピッコロの手を取った。

無垢で、澄んで、恐れることも、こびているわけでもない。

その瞳は、平凡だった、当たり前だった、つまらなかった。どこまでも、その瞳は人間だった。

 

「僕、ピッコロさんのこと、良い人だと思います。」

 

おばさんも、言ってました。ピッコロさんはいい子だって。

 

ああ、そうだ。

ピッコロは、その瞳が嫌いな理由をようやく理解する。

その眼は、あの時の、夢現に見たピッコロをいい子と言った女の瞳と同じだった。

優しくて、穏やかで、柔らかで、澄んだ、ピッコロからもっとも遠い場所にある瞳。ピッコロを、独りにする瞳。ピッコロを、置いて行く瞳。ピッコロには、どうあっても同じにはなれぬ瞳。

己と同じ、醜いけだものが、人に成り果てた時の瞳。

 

「黙れ!!!」

 

ピッコロは、悟飯の手を振り払った。悟飯は、初めてピッコロに拒絶らしい拒絶をされたことに驚いたのか、茫然とピッコロを見上げた。

ああ、あの目、あの良い子だと微笑んだ、あの女の瞳!

どうしてそんな瞳をする?悪徳なんて知らないという瞳をする!?どうして、お前までも善性に染まろうとするんだ!

善性を持っているんだ!

お前は俺と同じだろう?まるで、自分は善人という皮を被っただけの悪人だけのはずだ!

やっと、同じものが出来たと思ったのに!

お前まで、あの神を宣う、片割れを肯定するのか!?

 

「良い人だと!?戯言を!俺は大魔王、ピッコロなんだ。人を恐怖で支配し、世界を掌握する!貴様が軽々と否定していい名ではない!大体な、ラディッツに阻まれているせいで出来ていないが、俺は貴様を殺したくてうずうずしているんだ!!!」

 

ピッコロの体から、ぶわりと殺気が漏れ出した。悟飯は払いのけられた反動で、ふらりと体をよろめかせた。傷ついた様に、自分を見つめるその顔にピッコロは顔を背けて、その場から飛び出した。

悟飯は、払いのけられた手を茫然と見つめた。

 

 

ピッコロは、とある岩の上に降り立った。

 

「くそったれが!」

 

ピッコロは、幾度も、そう罵倒した。

 

居心地がいいと、そう思ってしまった。

女と幼子との生活は、ピッコロの知らないものに溢れていた。

彼らは、当たり前のように、ピッコロと会話し、触れ、微笑み、食事を共にした。ピッコロは、孤独であることしか知らない。一人であったことしかない。

誰かと共に、いつだって遠巻きに見ていた世界に己が輪に入り込んだそこは、あまりにも居心地がよかった。

全てが、初めてだった。

自分に話しかけて来る幼子の存在も、そうして、自分よりもずっと血に濡れた女の、同じ存在にほっとした。

女は、部下ではなかった。女は、仲間ではなかった。女は、一族の者ではなかった。

それでも、女も幼子も、ピッコロに当たり前のように接した。

悪くない気分だった。

けれど、ピッコロは、それを赦してはいけないのだ。

ピッコロは、悪でなければいけない。ピッコロは善性を持ってはいけない。ピッコロは、孤独でなければいけない。

だって、そうでなければ、己にさえ切り捨てられたとある存在の悪の部分である父があまりにも哀れではないか。

ピッコロには、何もなかった。父から託された願いしか持っていなかった。

それを、捨てることは、己が己でなくなることに等しかった。恐ろしかった、自分の唯一のアイデンティティを捨てることは出来なかった。

 

「くそったれ、俺は、大魔王ピッコロなんだ。」

 

独りぼっちなのだ。自分だけは、そうでなくてはいけない。いい子であってはいけないのに。

大魔王ピッコロが、それを受け入れてしまった時、本当に一人になってしまう父を思って、ピッコロは歯を噛みしめた。

 

誰か、僕を見て。

 

誰かがそう言った気がした。

その言葉は、善と悪に別れてしまう前の、とある龍族の幼子の言葉だと、ピッコロが知ることはない。

 





神様の神として在り方と、ピッコロ大魔王の世界征服って両極端に走った承認欲求的なものを感じます。
彼らの、その願いは、地球という星で独りであった龍族の幼子の願いな気がします。


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誇りの在りか

ようやく、ベジータたちを出せました!
戦闘シーンは薄味です。


 

「・・・・ナッパ、あなた、そうやって挨拶して星の破壊してどうするんですか。売る時に価値が下がりますよ。」

 

呆れかえった口調に、ナッパは上げようとしていた手を止めた。

声のした視線に目を向けると、見慣れた女が自分たちを見下ろしていた。

 

「ラディッツか・・・・」

「そうやってド派手に壊して怒られるのはあなたですよ。」

「お、おお。」

 

思っていた以上に普通に話しかけてきたラディッツに、ナッパは思わず手を下げた。その隣で、べジータがラディッツを見つめた。

 

「おい、ラディッツ。」

「はい。」

「てめえ、こっちに着くのか?」

 

単的なベジータの言葉に、ラディッツは目を閉じて首を振る。

 

「私は、カカロットの味方です。」

「なら、俺たちに口出しする権利なんぞないだろう。」

「別にいいじゃないですか。この星を売るなら、無傷のほうがいいでしょう。」

 

ラディッツはそう言った後に、周りをちらりと見て、とある方向に指を向けた。

 

「ここも騒がしくなりましたし。ドラゴンボールのことが知りたいんでしょう?ナメック星人が待ってますからついて来てください。」

 

丁度、ナッパとベジータが着陸したのは都市の真ん中だ。周りでは、住民たちが突然やって来たナッパとべジータを見つめた。ラディッツはついて来いというように、飛び去った。

 

「ど、どうするんだ、べジータ?」

「・・・・ついて行ってやろうじゃないか。どうせ、罠だろうが関係ないしな。」

 

ベジータがそう言って、ラディッツの後を追って飛び立った。ナッパは、何となく気まずさを感じながらベジータの後を追った。

 

 

飛んでいる最中、始終無言の中、ナッパは妙な居心地の悪さを感じていた。元より、移動中に仲良くおしゃべりなんて柄ではなかったが、その無言の中には居心地の悪さしか感じられなかった。

 

(・・・・こいつらのことは、俺にはよくわからん。)

 

ナッパにとって、ラディッツとべジータの在り方は彼からすれば良くも悪くも複雑なものではあった。

きょうだいのような、王子と臣下のような、師匠と弟子のような、甘ったるいものはなかったが多くの名の付いた関係性がからまりあったそれは、正直ナッパには理解しづらい。

ただ、確かにベジータはラディッツに甘い。

地球に来ることだって、わざわざラディッツに先に宣言してから来てやっているのだ。普通であれば、準備もさせぬように勝手に侵略しにやってきているだろうに。

だからといって、ナッパとベジータは、地球を侵略することを止めないし、ドラゴンボールを奪う。

ラディッツと戦うのだろうなという漠然としたそれにナッパはあっさりと受け入れた。

 

自分たちとはそういうものだ。そういうものでしかあれないし、そういうものでしかない。

昔、何くれと気遣った少女を殺すことにナッパはためらいを持たない。サイヤ人にとって、道を違えたというのはそういうことだ。

 

けれど、その空気はやはり苦手だ。思わず気まずさに耐えかねて、ナッパは付けていたスカウターに手を掛けた。

ピピ、という機械音と共に表示された数値に、ナッパは驚いたような声を上げた。

 

「ラディッツ、お前戦闘力上がってるじゃねえか!」

 

スカウターに映し出されたその数値は、三千を超えていた。

 

「はっはっは!何だよ、泣き虫ラディッツが成長したじゃねえか!」

「そりゃあ、ここで一年みっちり鍛えましたからね。フリーザ軍じゃ、移動に結構な時間かけてましたから、時間をかけられるだけでもだいぶ違いますよ?」

「やっぱ、俺の指導の成果か!?」

「ナッパ、相変わらず聞いてませんねえ。」

 

じゃれ合うナッパとラディッツを、ベジータは横目に眺め、そうしてふんと鼻で笑った。

 

 

「おばさん!!」

 

ベジータたちが連れてこられたのは、砂漠の真ん中にあるまだ生き物が住める環境のオアシスだった。

そこには、彼らの目当てのナメック星人と、幾人かの地球人がいた。

ラディッツは己をおばさんと呼んだ幼子へと一目散に降りたった。

 

「おばさん、大丈夫でしたか?」

「ああ、大丈夫だよ。大きな被害が出る前でよかったよ。」

 

ラディッツの腰に抱き付く幼い少年とおばさん、という単語にベジータたちはそれがなんであるのかを察した。

 

「それが、お前の気に入りの弟の子か。」

「ひ!」

 

威圧感のあるべジータに睨まれ、悟飯は思わず怯えた様に体を縮こませた。その情けない様子に、べジータは苦々しく舌打ちをした。

 

「情けない。お前よりも泣き虫じゃないのか?」

「そうですか?前よりも、ずっと泣くこともなくなりましたよ。それに、この子の潜在能力は目を見張るものがあります。」

「どれだけ能力的に優れていても精神面で使い物にならなければ意味がないだろう。戦場で、一瞬の隙が敗北に繋がるんだぞ。」

「まだ、子どもですよ?」

「子どもだからと言って甘やかすな!貴様はいつもそうだ。弱者が弱者で赦されるほど、温い世界で生きていないだろうが。」

 

ラディッツはそう、和やかに笑って悟飯の頭を撫でた。それに呆れた顔で説教じみたことを言うべジータという構図に、その場にいた者たち、ピッコロやクリリン、そうしてヤムチャや天津飯に餃子は意外そうな視線を向けていた。

 

(・・・べジータたちを迎えに行くって言ってたけど、ほんとにあっさりと連れて来たよ。)

 

スカウターで宇宙船の着地点が分かるからと飛んでいったラディッツを見送ってから、寒気のするような気を感じた。

クリリンは、目の前で和やかとはいいがたいが、確かな気安さがある会話を意外に感じる。

悪い人ではない、というのがクリリンたちがラディッツに向けている認識だった。クリリンとしては、悟空を攫って行ったときのアップダウンの激しい気性をしているように思えたが、概ね穏やかな人間であった。

まあ、神殿に時折やって来てクリリンたちを鬼のように扱くことを覗けばだが。

このまま、穏やかに終わって戦わなければ一番いいのに。

そんなことを思っていると、本当に平淡な、当たり前のような声音でラディッツが、口を開いた。

 

「ところで、べジータ。」

「なんだ?」

「あなたは、私を殺しますか?」

 

それに思わずクリリン達はラディッツの顔を見た。ラディッツは、淡く微笑んでべジータを見ていた。

 

「お前が俺に逆らうならな。」

「そうですか。」

 

ラディッツは苦笑じみたそれとともに頷いた。己の目の前で繰り広げられるそれらには、けして、悪意はなかった。

悪意どころか、憎しみも無かった。

そこにあったのは、呆れと納得だ。自分たちは、まったく違う何かが目の前にいる様な、底冷えのような寒さがクリリンを襲う。

 

「・・・ラディッツ、お前、まじで逆らうのか?どうせ、そっちが束になっても俺たちには勝てねえぞ?雑用係がいなくなるのは何だしよ。」

「逆らいますよ。ようやく、自分の意思で、私は戦うことを選べる機会に恵まれたんですから。」

「・・・・てめえの甘ったるさは治らんな。」

 

べジータはそこで言葉を切った。

 

サイヤ人は戦闘種族だ。そんな甘さは赦されないと、分かっているのか。貴様に守るべき誇りはないのか。

 

べジータの言葉に、ラディッツは一瞬だけ、ひどく傷ついたような顔をした。まるで、本当に酷いことを言われたかのような顔をした。

けれど、すぐにその表情を消して囁くように言った。

 

「あなたの思うサイヤ人の誇りを捨ててでも、私はこの星を守らなくてはいけない。この子を、あの子の故郷を守りたいと思います。」

 

震えた声に、べジータはビキリと青筋を立て、ゆっくりと浮き上がった。

 

「いいだろう。」

 

てめえは、俺の手で直々に葬ってやる。

 

「ナッパ!お前は、こいつらを片づけて置け!」

 

そう言って飛び去るべジータの後をナッパはため息を共に見送った。

 

「・・・・ということで、私は行ってきますね。」

「だ、大丈夫なのか?」

「無理だろ。」

 

クリリンの言葉に被せる様にナッパが口を開いた。

 

「いいのかよ、ラディッツ。お前、まじで死ぬぞ?」

「いや、そんなあっさり言わなくていいじゃないですか。数ミリの可能性みたいなものに期待してくださいよ。」

「俺、そこまで優しくねえぞ。」

「まあ、それもそうですね。でも、まあ、いいですよ。決めたことを押し通そうとしてすることなら、まあ、納得できますし。」

「そうかよ。」

 

ナッパは、じっとラディッツを見た。

お世辞にも、情があったわけではない。ただ、気を使ってやっていたのは事実だ。短くはない時間を確かにともにした。幼かった、小さな体はすっかり大人になった。

それでも、弱いままでも、戦場で血と泥にまみれた少女を気に入っていたのも事実だ。どこまで、足掻くことを出来るかと、見物するのは嫌ではなかった。

それでも、道を違えたのならば、そこまでだ。

別れの言葉を交わすだけ、まだましだ。戦いの中に生きるとは、そういうことだ。

 

あばよ。

 

別れの言葉なんて、それで十分だった。ラディッツは、それに同じように、さようならと言った。

 

ラディッツは置いてけぼりにしていた面々に振り返り、申し訳なさそうな顔をした。

 

「すいません、一緒には戦ってあげられませんが。まあ、けっこう扱いてあげたんですし。助言も幾つかしてあげたんですから頑張ってくださいね?」

「・・・・適当だな。」

「言わないでくださいよ。一緒に戦うのだって、そうできたらの話でしたし。実際、どう転ぶかなんてわからなかったんですから。」

 

皮肉気なピッコロの言葉に、ラディッツはそう言って、不安そうな悟飯に背を屈めた。

 

「悟飯。私の言葉を、覚えてるね?」

「は、はい。でも・・・・」

「大丈夫。」

 

お前はちゃんと、強くなった。私は、それを知っているよ。

 

頭を、華奢な手が撫ぜた。見上げた女の安堵の笑みが、悟飯に眩しく見えた。ラディッツはべジータが去った方向に浮かんだ。

 

「ピッコロ、約束、破らないでくださいね?」

 

それに、ピッコロは、ラディッツから一方的にさせられた約束を思って舌打ちをした。それに、彼女は苦笑しながら、飛び去った。

 

 

 

 

 

「すいません。遅れて。」

 

先に、荒れた大地に乱立する岩の上に立っていたべジータに、ラディッツは少し低い位置に降り立った。

 

「構わん。最後の別れだ。」

 

べジータは、そう言うと軽く構えを取る。それに、ラディッツは同じように構えを取った。

互いに、生きたい方向をとっくに決めてしまった。道を違えてしまった。

だから、言葉はいらなかった。

 

 

地面を蹴った瞬間、まずラディッツの腹にべジータの蹴りが入る。それに、防御の体勢を取っていたラディッツは勢いのままに後方に吹っ飛ばされる。

それと同時に、べジータに向けてエネルギー波を打つ。ベジータは、それを軽々と手で払いのけたが、どうだっていい。

そのエネルギー波は、吹っ飛ばされた勢いを殺すためのものだ。そうして、勢いが死ぬと同時にラディッツは小さなエネルギー波をそこら中に撃った。

 

「狙いを定めろ!意味がないぞ!」

(・・・・狙いはそっちじゃない!)

 

ラディッツたちが戦っているのは、水気の少ない大地だ。周りにばらまかれたエネルギー波によって、土埃いや、軽い砂嵐が起こった。

 

(狙いは目つぶしか!)

 

ベジータは、とっさにラディッツの居場所を探すためにスカウターに手をかけようとした。が、そこにベジータの顔面へと衝撃が走った。

 

「・・・・・やりやがったな。」

 

ベジータに傷はない。が、彼の持つスカウターは砕け散った。

 

 

(・・・・・スカウターは、壊せたみたいだな。)

 

ラディッツは荒くなる息を整えながら、岩陰に隠れた。

ラディッツは、冷静にベジータと戦っても勝てないことを察していたし、理解していた。

 

(私の、今ベジータに切れる手札なんて、ここで覚えた気を探る術ぐらいだ。なら、物陰に隠れて、少しずつ削っていくしかない。)

 

そのために、ベジータのスカウターをまず壊さなくてはいけなかった。同じ手は通用しない。チャンスは一度きりだと、まず視界を奪ってからの距離を取ったうえで破壊したのだ。

 

「・・・・強いなあ。」

 

ラディッツは、荒くなった息の中、本当に囁くような声を出した。

ベジータの蹴りを庇った手は、今でも少しだけ痺れている。

組み手をしていた時の手加減なんて目程にもない。ベジータの本気を垣間見て、ラディッツはうっすらと笑った。

その状況で浮かべた笑みに、人はもしかすれば狂気を見るかもしれない。

ラディッツとて、分かっている。

たぶん、殺されるのだろうなと。

それでも、笑みを浮かべてしまうのは、この状況が夢のように思えてならなかったからだ。

ああ、だって、べジータが本気で戦ってくれることなんて絶対にないと思っていたから。

ラディッツにとって、べジータは憧れだった、追い続ける星だった。

同じ舞台に立つことなんて出来ないと思っていた存在と、敗北を知っていたとしても立てる高揚感がどれほどのものか知っているだろうか。

 

(悟飯のことは、心配ない。駄目だと思ったら、宇宙船に乗り込むようにピッコロに言っておいた。)

 

心の底から嫌そうな顔でも、ラディッツはピッコロのことを信用していた。

あの子は、約束を違えないだろから。それに、何だかんだで、悟飯を可愛がっていたことをラディッツは知っている。

ラディッツは、清々しく笑った。

楽しくて、嬉しくてたまらなかった。

だって、ラディッツは、誰よりもサイヤ人らしく生きているのだと確信を持てていたから。

 

 

がん、とさほどの威力はないが、確かな痛みとダメージを与えるエネルギー波が背後から襲う。

ベジータは、それに反応して後ろを振り返り、おそらくエネルギー波が放たれたであろう岩へ攻撃をした。

けれど、攻撃をしてきた存在はすでに移動しているのか、手ごたえはない。

 

「相変らず、細かいことだ!」

 

皮肉気であるが、その声音には微かな感心があった。

ラディッツは、まず、ベジータと比べて圧倒的にスタミナとパワー不足である。それ故に、彼女はそういった身を隠しながら、確実に削っていくことを好んでやっていた。

 

「早めに見つける必要があるな。」

 

大して効いていないとはいえ、苛々とする攻撃を長く受けてやるほどベジータは寛容ではないのだ。

 

焦れたベジータは、すっと手を掲げた。

 

 

その時、ラディッツは自分に何が起こったのか分からなかった。己に、というよりはその場全域に広がった衝撃と共にラディッツの足場は崩れ落ちた。

 

「む、無茶苦茶だ・・・・!」

 

ラディッツは粉々になり、自分に降って来た岩を押しのけて這い上がった。周りを見れば、周囲にあった岩が全て粉々に崩れていた。おそらく、ベジータがやったのだろう惨状に、珍しく荒い仕事をしたものだとラディッツは周りを見回した。

 

「無茶苦茶で悪かったな。」

 

その声と同時に、ラディッツは頭を掴まれ、引きずりあげられた。

そこから始まった接近戦はラディッツが一方的に弄られる形になった。最初は、ラディッツもべジータの繰り出す攻撃にフェイントを混じらせながら攻防を続けた。

ラディッツは彼女が、戦いを始めた当初から愚直に修行を繰り返していた。それでも、べジータの才能とそうして先天的な身体能力はあっさりとラディッツの努力を凌駕する。

血まみれになった彼女が、どさりとその場に横たわった。

ベジータはそれを見下ろし、そうして気づいてしまった。気づいたがゆえに、怒号のように叫んだ。

 

「何故だ。なぜ、貴様は笑っている!」

 

その言葉に、ラディッツは痛みと息苦しさの中で、自分が笑っていることに気づく。

 

(・・・だって、楽しいもの。)

 

そんな内なる声がべジータに届くことはない。ベジータは、無言でラディッツの胸座を掴んだ。

 

「どうしてそんなにも、お前が清々しく笑ってやがるんだ!?お前は、弱者だ。お前は、敗者だ!あんな、あんな、弱い餓鬼どものためにそんな甘えを出しやがって!いったい、どんな価値があるんだ!?恥さらしのお前が、守るなんて妄言に振り回されやがって!」

 

てめえの弟だっていう奴が、サイヤ人として価値のないそいつを守ることに、何の意味がある!?

 

ベジータの怒りを含んだ声に、ラディッツは目を見開いた。

守れたことも、ないくせに。守れたことなんてない。

知っている、知っている。けれど、ラディッツは、カカロットにサイヤ人として価値がないと判断されることだけは耐えられなかった。

ラディッツは、渾身の力を込めてベジータのその力を振り払った。

 

「なら、教えてくれよ!ベジータ!」

 

ボロボロの様相で、ラディッツは叫ぶ。

ずっと、黙っていたことがある。ずっと、疑問に思っていたことがある。

たった一度だけ、べジータに問うたことがある。その時、彼はひどく傷ついた顔をしていたものだから、だから、二度とその問いを口にしようとは思わなかった。

けれど、その時だけは、口を開かずにはいられなかった。

 

「今、そうやって、カカロットに価値がないっていう君は、どれだけサイヤ人としての誇りがあるっていうんだ!?」

 

放り投げられたラディッツの問いに、べジータは固まった。ラディッツは、それにずっと腹の中に溜まっていた汚泥のような思いを吐き出した。

 

「ずっと、ずっと、思ったよ!戦う意味もない弱い存在を殺して、フリーザの命令で、星に生きている存在を滅ぼして。そこに、サイヤ人の誇りがあるの!?サイヤ人の誇りって何?私は、私たちは、戦闘種族だ。戦うこと、強者と戦うことが何よりの喜びのはずなのに。私は、戦うことが好きだ!強い人と戦うことが好きだ!でも、絶対に負けない誰かを、人たちを、虐殺したかったわけじゃない!」

 

燃える様な、黒い瞳がベジータを睨む。

 

「カカロットは、あいつはさ、本当に自由なんだ!君のことを話したら、勝てないってわかっても、戦いたいって言ったんだ!ねえ、あいつはさ、自由なんだ!私よりも、君よりも、ずっと弱いけど、でも、自由なんだ!自由に、自分のために戦ってるんだよ!あの子は、私よりも、ずっと誇り高いサイヤ人として育ってくれたんだ!」

 

ねえ、べジータ、嬉しかったんだ。あの子を生かすだけで、私の生は報われるんだ。ねえ、教えてよ。

 

震える声で、ラディッツは、困り果てた迷子のような目でべジータを見る。

 

「ねえ、教えてよ。ベジータ。私は、君の元にいた時、ちゃんと誇りを持てていたのか?」

 

ベジータは、一歩だけ、本当に一歩だけ、ラディッツから後退った。

 

見るな。

 

ベジータの脳内には、とある光景が思い浮かぶ。

中途半端に成長した、ラディッツが、滅ぼした星の住民である幼体を抱えて、自分を見ていた。

 

なあ、ベジータ。サイヤ人の誇りって何なんだ?

 

じっと、自分を見る瞳。無邪気な、困り果てた、その瞳。

見るな、その目で、俺を見るな。

ベジータは、ぎちりと歯を噛みしめた。

 

 

ベジータは、分かっていたのだ。それこそ、幼く、戦闘に出る様になってすぐに。

今のサイヤ人には、誇りなどないのだと。牙など、とっくに抜けているのだと。己の父親はそれに少しでも抵抗しようとしていたが、所詮は弱者のあがきでしかなかったのだ。

サイヤ人は、強者との戦いを何よりも喜びとする。それは、祝福であり、呪いであった。

ベジータたちは、戦うために生きているのではない。

フリーザに殺されぬために、戦っているのだ。

そこに、誇りはあるか?いや、無いに決まっている。

サイヤ人たちは、フリーザたちに支配されるようになってから、あいつらへの媚を売るために、戦闘を目的ではなく、手段として扱うようになってしまった。

そこに、誇りなどない。そうして、自分たちに誇りなどないのだと認識しているサイヤ人のなんと、少ないことだろうか!

嘆かわしい、嘆かわしい。

だから、正直な話、惑星ベジータが滅んだ時、ベジータは何も思わなかった。そこに、価値を見出すことは出来なかったから。

残った奴らも、自分たちのしていることに気づいてさえいなかった。

ナッパは、戦闘力はそこそこあれど、そこまでの賢しさを持っていなかった。その享楽的な部分はある種、サイヤ人らしかったが。

けれど、誰も、ベジータの内に秘めた怒りを共有するものはいなかった。

その、誰よりも、弱い女以外は。

その女は、とある惑星の幼い遺体を持って、ある時ベジータに問いかけた。

 

私たちは、戦っていない。虐殺しているだけだ。この戦いに、サイヤ人の誇りなんてあるの?

 

その、瞳。その、純粋な、どうしようもない瞳。

ベジータに、自分の情けなさを突き付け、知らしめ、責め立てる瞳!

怒りに震え、そうして、こんなにも弱いものしか、サイヤ人の誇りを疑問に思わないのかと呆れた。

弱いくせに、愚かなくせに、甘いくせに。

それでも、ベジータは、ラディッツを生かしていた。

それは、何故か。

ベジータにとって、ラディッツ以上に、サイヤ人として生きてるものはいなかったからだ。

ラディッツは、弱い。弱いゆえに、彼女はいつだって、己よりも強者との戦いにありつける。

負けたくない、強くなりたい。

ラディッツの生き方は、強くなることに対して、どこまでも真摯であった。

どうしてだ。どうして、弱いお前が俺よりも、ずっとサイヤ人としての在り方を全うしている!?

認めたくなかった、分かりたくなかった。

それでも、根っこの部分で冷静で、そうして、賢しい彼は分かっていたのだ。

ベジータは、ラディッツに憧憬といえる感情を抱いていた。

 

お前のように、生きられたら。

強者との戦いで、己を磨き、そうして、自由に生きることが出来れば、どれほどよかっただろうか。

ああ、ああ、どうしてだ。どうして、弱いお前の方がサイヤ人としての在り方を全うしているのだ、そんな風に生きていけるのだ。

ふと、時折、思うことがある。

このまま、何もかもを投げ捨てて、フリーザに挑んでしまいたい。

そうしたなら、ようやく、ベジータはサイヤ人としての誇りを取り戻すことができるだろう。けれど、それは出来ない。

だって、ベジータはサイヤ人の王子だからだ。

彼は、王族だ、それゆえに彼にはサイヤ人の汚名を雪ぐ責任がある。例え、侮辱されようと、生き残るのは大将というものだ。

誇りを忘れたサイヤ人に情はなくとも、王子である自分にはその責任がある。

 

惨めだ。惨めではないか。このままでは、ベジータはフリーザには勝てないのだと分かっていた。

一矢報いなければならない。あの、いけ好かない野郎に、やり返さなくてはいけない。

だからこそ、ベジータはドラゴンボールに飛びついたのだ。

サイヤ人として、誇りを取り戻すチャンスなのだと。

 

ベジータは、ラディッツを生かした。その女だけが、ベジータと同じ共犯者だった。誇りのない己たちを恥じ、そうして取り戻そうと足掻いていた。

その、己へ問いかけた、腹立たしい瞳は、ベジータにとって自分への戒めだった、怒りだった、憎しみだった。

ベジータは、ラディッツへあったのは、侮蔑であり、呆れであり、そうして憐れみだけがあった。

情というには、少々歪なそれは、自分へ仕え、そうしてサイヤ人として誇り高く在ろうとする弱者への憐れみだった。

せめて、憐れんでやろう。

ベジータは、いつか、ラディッツが戦場で、戦って死ぬことを願ってやっていた。サイヤ人らしく死ぬことを願っていた。

 

「お前が、それを言うのか!?」

 

ベジータは、ラディッツへ対峙しながら叫んだ。

 

「己がサイヤ人として生きることよりも、サイヤ人として生きていると判断した弟を生かす貴様が言うのか!?お前だろうが、俺にサイヤ人としての在り方を問うたのは!?自由に生きるだと!?俺にさえ勝てない、弱者が自由になぞ生きていけるはずがない!価値など、あるはずがない!最後の最後に、お前はサイヤ人として生き方を捨てやがったんだ!」

 

ベジータの中にあったのは、怒りだった。

だって、こいつだけだったのに。

こいつだけが、弱くて、愚かで、泣き虫で。

憐れみはしても、情けもかけず、侮蔑の感情をもっていたとしても。

その女だけが、ベジータと同じように誇り高くいきたいと願ったサイヤ人だったからだ。

ラディッツは、それに叫んだ。心の底から嬉しそうに、叫んだのだ。

 

「いいや、捨ててない!だって、私は自由だ!私は、最後に、自分の意思で、ベジータと戦うことを選んだ!ずっと、追いつくことは出来なくても、それでも追い続けたベジータと戦って死ぬって決められた!私は、君よりもずっとサイヤ人として生きたんだ!」

 

その言葉に、ベジータはラディッツに手を掲げた。力んだ手に集まる光に、ラディッツは淡く微笑んだ。

 

(・・・・ごめんな。)

 

分かっている。ベジータがどうしようもないことを。

フリーザに挑むとしても勝てないだろう。けれど、そのまま犬死することは、彼のプライドが赦さぬだろう。

自分は、カカロットとベジータに、夢を押し付けて死ぬ。

悟飯のことも、放り投げてただ享楽に戦いを望んだ自分に呆れても、戦闘への湯だった思考ではそこまで気を回すことは出来なかった。

 

淡く微笑んだラディッツの顔に、ベジータは怒りの中に、安堵を覚えた。

殺そうと決めていた。

自分の臣下でなくなったラディッツに、価値はない。だから、味方にならないと宣言したとき、ためらいも無く殺そうと思った。

それでも、今は、心の底からラディッツを殺すことに安堵していた。

女は、ベジータの願った通り、戦いの中で死んでいく。

その顔を、きっと忘れることはないだろうと、妙な確信だけをベジータは抱えていた。

 




クリリンたちの辺が薄味になった感が否めないんですが。彼らにも焦点を当てた話を書きたいです。今回は、サイヤ人の彼らの話になりました。


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託す想い

お久しぶりです。短めになります。


 

 

「くそが!!」

 

ナッパはまるで衝撃波のような威圧感を持って叫んだ。けれど、そうしても彼の目当てのものが姿を現す雰囲気はない。

荒廃した岩地には、ナッパ以外の姿はない。

どしゅ、そんな音共に彼の背中をエネルギー波が襲う。大した威力はないものの、苛立ちは溜まっていく。

エネルギー波が飛んできた方向に、彼もまたエネルギー波を撃ったものの大した成果は得られなかった。

 

「・・・・ラディッツの野郎だな!?」

 

ナッパは舌打ちをする。こういった、それこそ強者へのチクチクとしたやり方はラディッツが好んでしていた戦い方だった。

ナッパは改めて、この場にいる人間がラディッツに鍛えられたことを理解する。

何よりもすでにスカウターは壊されてしまってる。ナッパは歯をかみしめた。

 

 

(いけるのかあ!?)

 

クリリンは物陰に隠れながら自分たちのことを伺っている大男を見ていた。クリリンの脳裏には、自分たちに散々に修行をつけた一人の女の言葉を思い出した。

 

はっきり言って皆さん弱いので、正攻法で勝てるとか夢見ないでください。

 

にっこりと笑った、無意味に整った顔立ちの女に言葉を失ったのは記憶に新しい。

ラディッツという女は、なんというか孫悟空によく似ているというのがクリリンの

密かな感想だ。

笑顔でものすごいことを言うとか、妙なところで似ているなあとラディッツにしごかれている折に現実逃避のように考えていた。

 

ラディッツは神の元で修行するクリリンたちの元を訪れては徹底的に扱き倒した。ラディッツはクリリンたちに気の扱いを徹底するように言った。

 

(ナッパだっけ?頑丈でスタミナ自慢か。)

 

ラディッツはナッパと戦う上である程度の作戦のようなものを用意していた。

まず、短気な彼を怒らせ、そうして削っていくこと。避けられない程度に削った後、首を狙ってとどめを刺す。

クリリンは、淡々とかつての仲間の殺し方についてを話すラディッツが恐ろしくなかったと言えば嘘になる。

クリリンもそれ相応に修羅場を重ねてきている。悪党にもある程度は会っている。けれど、何故だろうか。

ラディッツはそれらとはまた違う何かがあった。何か、もっと、自然で淡々としていて。

そのせいか、クリリンたちはどこか、ラディッツというそれが近寄りがたかった。

ヤムチャでさえも、どこかラディッツとは距離を置いていた。

最初、ラディッツの言う作戦さえも決行するかは迷ってはいた。けれど、クリリンはその話に乗ることにした。

それは、偏に、ラディッツの顔を見てしまったせいだろうか。

ラディッツは時折、ひどく優しい顔をする。それは、クリリンたちの口から悟空の話をするときだった。

その時だけは、なんだか、悲しくて、そのくせ優しい顔をする。だから、クリリンはその女を信用していいと思った。

その言葉を信じていいと思った。

クリリンは気によって辺りに散らばった仲間の配置を確認する。そうして、息をつき、覚悟を決めた。

 

 

チクリチクリとしたやり方に苛立ったナッパは思い切り辺りを吹き飛ばしてやった。それによって、いの一番に大柄な三ツ目人が見つかった。

それにナッパは笑い、足に力を入れた。

一瞬、ナッパの姿が消えた。そうして、一瞬でナッパは天津飯の前に現れた。振り上げた腕が見える。

が、それよりもクリリンたちの行動のほうが早かった。クリリンたちのエネルギー波がナッパに当たる。効いているとは言えなかったが、それでもナッパの集中力を乱すのには十分だった。

そのすきに、天津飯の前は空中へと回避する。

 

「この、くそがあ!!」

 

天津飯への攻撃が出来なかったことに苛立ったナッパはそう叫んだ。それに、狙ったかのように声がする。

 

「へ、へへ!どうした、腰抜け!」

 

その言葉にナッパの中で怒りが沸き立った。

 

 

それから先はひたすらなまでナッパへの罵倒と、続く限りのエネルギー波の嵐になった。

ラディッツはクリリンたちに、できるだけナッパを怒らせるようにと指示を出した。

近戦闘はできるだけ避け、ナッパを怒らせ、隙を作ること。

ナッパも戦闘的な技術がないわけではない。けれど、沸騰しやすい性格は、怒らせれば怒らせるほどに力押しの、雑な戦闘になっていく。

そうして、雑な戦闘は確実にナッパの体力を減らしていく。

 

ラディッツはそのため、組み手はもちろん、クリリンたちに攻撃を避けるための訓練を徹底した。

武闘家として納得が出来る戦いであるかと言われれば悩んでしまう。けれど、そのたびにラディッツはクリリンたちをたたきのめした。

 

私に勝てない程度で我が儘言わないでください。

 

そう言われてしまえば、何も言えなくなってしまう。正直に言えば、クリリンはニコニコ笑顔で自分を追いかけ回すラディッツの顔が少しトラウマになりかけていたりする。

 

が、ナッパもまたやられっぱなし、ということはなかった。

いくら苛立っていても戦い方だけは忘れなかったのだろう。クリリンたちの隠れられそうな岩場を集中して破壊された。そうして、戦闘経験の薄い孫悟飯が見つかった。

彼にエネルギー波を打とうとしたが、それを近くにいた餃子が庇う。

超能力を使うが、それも微々たるもので、咄嗟に天津飯がナッパに飛びかかった。

それに、ナッパは笑った。

獲物が自分から寄ってきたのだと。

天津飯はそのままあっさりとナッパに殺された。

 

「天さん!!」

 

餃子の悲鳴が辺りに響き渡る。そうして、次に狙いが定まったのはヤムチャだった。見つかった彼は、エネルギー波に襲われ、そのまま死んだ。

早々と、二人が死んだ。

 

「どうだ、さっきまでの威勢はどうした!?」

 

ナッパの笑い声が響き渡る。

ピッコロは、すでに隠れる場所も少なくなったそこで、歯がみをした。自分は、おそらく殺されることはないだろう。

サイヤ人たちは地球にあるドラゴンボールが望みなのだから。

けれど、とピッコロは後ろを見た。そこには怯えた悟飯がいた。その顔を見ていると、己を扱き倒した女の顔が浮かんできた。そうして、その頼みも。

 

 

「もしも、負けそうになったら悟飯とチチのことをよろしくお願いします。」

 

もしも勝てそうにないのなら。ラディッツはそう言った後、二人を宇宙船に放り込むように頼んだ。

二人をピッコロがラディッツと組み手をしたときのことだった。あまりにも身勝手な言葉にピッコロはあざ笑うように笑った。

 

「はっ!貴様、自分の身内だけ助かろうと思っているのか?」

「ああ、私にとってはこの星よりも、あの二人のほうがずっと重い。」

 

苦笑交じりに言われた利己的なそれにピッコロは思わず言葉を失った。なんとなく、それが人殺しだと理解してなお。

それの善性を信じている自分がいた。それ故に、あっさりと吐き出されたその言葉に驚いてしまった。

 

「俺に、それをする義理はない。」

「いいじゃないですか。私のおかげで強くなれたでしょう?借りぐらい返してくださいよ。」

 

おどけるうような声にピッコロの眉間に皺が寄る。

鍛えられている自覚はあるが、そうはいっても借りなどとはあまりにも無理矢理だ。不満を表すようにピッコロはラディッツを睨んだ。彼女はそれにまるで愛らしい子猫の威嚇を効くように目を細めた。

そうして、不躾にぐりぐりと頭を撫でた。それは、とても熱い手だった。運動した後のせいだろう。

その手は、熱くて。不躾で。けれど、不思議と、振り払う気も起きないものだった。

 

「・・・・ピッコロ、君は、死ぬのは怖いかい?」

「怖くなど、あるわけはないだろう。」

 

それは真実、ピッコロにとっては事実だった。死ぬのなど怖くない。本当に怖いのは、託された願いを果たすこともなく死ぬことだ。父に、失望されることだ。

それにラディッツは笑った。

 

「だね!」

 

弾むように、嬉しくてたまらないと言うように、それは笑った。そうして、座り込んだピッコロの前に、屈み込んだ。

 

「ピッコロ、私と君は死ぬかもしれない。でも、私は、今、嬉しいと思っているよ。」

 

君のような戦士と戦って死ねることが、私は嬉しい。

 

それは、心底狂っていた。本当に、心の底から、ピッコロはそれが狂っていると思った。だって、その、嬉しいという言葉が掛け値なしに真実であると、それぐらいはピッコロにだって理解できたから。

だから、思わず、それに問うてみた。

 

「なぜ、そんなにもあっさりと受け入れられる。死とは、恐れるものではないのか?」

「そりゃあ、私は兵士で。それが当たり前の生活だったから、というのがありますが。でも、そうですね。きっと、託せたと思うからでしょうか。」

「託す?」

「もっと簡潔に言うのなら。悟飯は私が死んでも、私を忘れないでいてくれるから。だからだと、思います。ええ、きっと、私が死んでしまっても。それが生きていてくれるだけで報われるものがあるんですよ。」

 

あなたのことだって、悟飯は忘れたりなんてしませんよ。

 

 

その言葉がやたらと、ピッコロの中に焼き付いていた。

わからない、わからないけれど、それでも、その言葉だけがピッコロの中に焼き付いていた。

その時の衝動は、ピッコロにはよく、表現できなかった。けれど、それでも、ピッコロの中で何かが決まった。

「おい!ちび!」

 

ピッコロの言葉に、餃子は己だと気づいたのか自分を見た。そうして、互いに覚悟の決まった眼に、それぞれの思惑を察しあった。

ピッコロは己の後ろにいた悟飯を見、そうして言った。

 

「・・・・いいか、悟飯。最後はお前がするんだ。」

「え?」

 

ピッコロはその言葉のままにラディッツに禁止されていた近戦に持って行く。

実力は圧倒的だった。それでも、ラディッツのフェイントまみれの面倒な戦いに慣れていたピッコロにはとってはまだましだった。

そうして、ナッパがピッコロに気を取られている隙に、背後に餃子が張り付いた。ピッコロはそれを理解すると、ナッパから距離を取る。

餃子は何の躊躇もなしに爆発した。けれど、それ自体がどれほどまでに効くのか、餃子も理解してのことだった。

ラディッツにも自爆の威力を聞き、ばっさりと効かないとだろうと切り捨てられていた。

けれど、餃子のそれは元より、隙を作るためのものだ。

ピッコロはナッパの背後に立ち、思い切り彼を地面にたたき付け、そうして、それと同時に背後から拘束した。

たった、一瞬の隙でよかった。ピッコロは叫んだ。切実に、それしかないと、そう思って。

 

「やれええええええええ!」

 

それは、魂から出すような、そんな声だった。ピッコロは、じっと悟飯を見ていた。

 

「悟飯、貴様が、お前がするんだ!」

 

たたき付けるような、その声に、彼は怯えるように、それでも気を練った。

 

ピッコロとナッパの胸が貫かれる。ピッコロの拘束が外れ、それと同時にクリリンの気円斬がナッパの首を吹っ飛ばした。

 

幼い子どもが自分に駆け寄ってくるのが、ピッコロには見えた。薄れていく意識の中で、子猫のように甲高く、己の名前を呼んでいる。

けれど、それは、不思議と嫌ではなかった。

ずっと、自分は、そんな風に誰かに名前を呼んで欲しかった気がした。それは、自分の父もだったのではないかと思う。

 

悟飯、悟空、俺は甘くなったんだ。お前たちのせいだ。ああ、父は、地獄で自分に何というのだろうか。叱られてしまうだろうか。

けれど、それでも、ピッコロと、誰かが名前を呼んでくれている。きっと、その名前を覚えていてくれる誰かがいる。

誰かに、生きて欲しいと、自分はそう願ってしまった。あの、幼い子どもに、自分は生きてと願ってしまった。

自分たちは、哀れではなかったのだ。誰とも同じように、きっと。

託すと言うことをした、父の気持ちが、少しだけわかる気がした。

 

そうして、薄れていく意識の中、自分を扱き倒した女の事を思い出した。あれは、自分を何というのだろうか。

けれど、すぐに、まあいいかと思い返す。自分は地獄に行くだろう。そうして、それはあの女もだ。

だから、きっと、自分はそれでよかったのだと、ピッコロは緩やかに微笑んだ。

 



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