秘匿日誌 対象艦名:戦艦レ級 (三河葵)
しおりを挟む

8月2日――1日目
流れ着いたのは…


元は日曜日に二作品投稿という予定だったのですが、PCのファイル見て回ってたら二年前のネタを見付けたので投稿。なんとなく好きだったので勘弁して下さいorz
ちなみに、本作は艦これを割と知っている中級者向けに書いてしまったので、あんまり詳しくないという方は逃げて下さいお願いします!


これを期に提督に戻ってみるのもいいかも……


 

 8月2日。波止場のカモメが一際に穏やかに声を上げ、鎮守府では冷房、ところによっては団扇が扇がれる程に暑い風が流れている。綿を重ねたような厚い雲が流れているもの、その数は川の中の石のように点々と揺られるだけで、眩しい陽射しを隠すにはまるで心許ないものだった。

 その空の下、外を出歩く艦娘は風を招くようにぱたぱたと服を扇ぎながら、不可抗力な力に対して愚痴を零す。口調こそ穏やかなもの、バレッタで髪を後ろに束ねた少女が白旗を振らんばかりの気弱な声調を発する。

 

「今日はとっても暑いのです」

「本当にねー。電、体調は大丈夫?」

「司令官から麦藁帽子を借りているから大丈夫です」

「そう? きつかったら私を頼っていいからね」

「早く帰ってかき氷をかっこみたいもんだ……あぢぃー」

 

 傍目から見た三人は巷で唱えられる少女とまるで変わりないが、その実はまるで違う。彼女たちは在りし日の艦の記憶と魂を持った娘――艦娘という存在だった。同系である故に似通った部分が多い少女の出で立ちをした駆逐艦の雷と電、二人に比べて年端を進ませた軽巡洋艦・天龍。左目を覆った眼帯が目に付くが、当人は別段気にする仕草を寸分とも見せることなく、雷と電を連れて泊地内の警邏を行っていた。

 猛暑といかずとも、昨日一昨日と比べれば電を心配する雷や、団扇を扇ぐ天龍の発言もご尤もなほどの日照りだった。特に、電と雷は棒状の氷菓子を口に含んで暑さを凌ぐも、結局は急場凌ぎ。名残を惜しむように、二人は冷えた棒を咥えたまま離そうとはしなかった。

 実のところ、今日の三人に予定は無い。強いて言えば、遠征していた艦隊の帰還日と、別の艦隊の演習が予定が入っているが、昨日の今日で戦闘から戻り、外されている三人にはそこまで関係の無い話だった。艤装も整備中、現状は(いとま)を過ごすことになっている彼女たちは、持て余した時間を見回りに当てることに費やしていた。万一の敵襲等に備えて艤装も装着しているが、この気温においてその行為は自滅行為だった。熱を持った鉄材を身に付けているのだ、否応に熱気を共にして歩くことを強要される。

 連日の快晴と気温の高さで士気が落ちないかと言われると、それは否定出来ない。しかし、一方で楽しんでいるのもあった。少なくとも、勝利よりも重要視しているものを持っている電と雷は、純粋に海を好んでいた。色、音、揺らぎ、その近くにいるだけで気持ちが穏やかになるほどだった。

 ……その海で戦闘を行うことに抵抗感があるもの、戦争という現実が彼女たちの思想を無視している。その悲しい現実と向き合いながらも、彼女たちはそうありたいと望んで生きている。しかし、守りたいものだってある。鎮守府にはそれが多く存在する。だからこそ、そういった正義感も込めて、二人は巡回を買って出たのだった。

 

「良かったんですか? 天龍さんまで来ることは」

「バーカ。ひょっとしたら起きるから万が一なんだ。敵が来ないとは限らないだろ?」

「それはそうですけど」

「それに、オレも暇だったんだからな。ほらよ」

 

 言いながらも、天龍は自身に扇いでいた団扇を二人に向ける。二人分ということもあってか、自分に振っていた以上の勢いで風をばさばさと与える。この暑さだ、少しばかり涼しさを受けてもすぐに身体中に熱を持つ。火照った熱量を顔に出すことなく、天龍はふふっと二人に笑いかける。

 天龍の真意の部分を言えば、二言目の方が強いにしても、一つ目も嘘ではなかった。比較的情勢が落ち着いている鎮守府にしても、敵に狙われない可能性が無いとは言い切れない。駆逐艦二人ではもしもを対処出来るか不安だった天龍も志願しての警邏だった。日焼けを嫌がって上着を羽織っていたもの、内から篭ってくる熱量の大きさもあって、天龍の額や頬を流れる雫は、一つや二つとも足りない量だった。だが、彼女は快活に笑みながら二人に団扇を扇ぐ。

 

「フフフ、涼しいか?」

「わっ、涼しい」

「ありがとうなのです」

「しっかし気になるんだが、木曾とか叢雲とかと話してる時っておっかなびっくりしてるくせに、なんでオレとは普通に話せるんだ?」

「だって、天龍さんってお姉さんみたいなので」

「なんだか気楽に話せるのよね」

「……それ、暁の前で言うなよ」

 

 雷たちの同型であり一番艦(ネームシップ)たる暁は淑女(レディ)を自称するもの、未だに旗の乗った食事に目を輝かせるほどの幼さを見せるほどだ。目の前で自分以外の誰かを姉扱いしたら頬も膨らますのは明白。天龍に限らずその予感は非常に容易に思えたのだろう、雷と電はぷっと吹き出す。

 天龍が口にした通り、雷と電は軽巡の木曾や武勲を持つ駆逐艦・叢雲ともそう距離も無く話せるし、二人が優しいことも知っている。にも関わらず、特定の艦娘相手となると、少し落ち着かない態度が見え隠れするのだ。曖無く言えば、天龍と叢雲では纏っている空気というものが違うのだ。戦士気質の強い木曾に、基本的には高飛車な叢雲。総じて言えば、怖い雰囲気の人が苦手なのだ。要は苦手意識が拭えない、というだけの問題。

 だが天龍は違う。話し始めた当初こそ彼女たちと同じ類と判別されていたが、いろんな艦どころか、提督、妹に当たる二番艦の龍田にすらからかわれているほどだった。そこから見えてきた人格に加えて、慕い易い姉気質も備えていた。尤も、天龍本人は「なんか馬鹿にされている感が否めない」と複雑な心境だが。ともあれ、慕われている節が目に見えていることもあってか、抵抗することも少なくなっている。とは言ったところで、どうあっても威厳は求めている天龍にとっては、やはり課題のひとつとして未だに残っているのが辛いところである。

 

「……ん?」

「どうしたの天龍さん?」

「浜辺に誰かが倒れてる」

「そ、それなら行かないと!」

「お、おい待てよ電!」

 

 誰と構わず助けたいと願う電は、一目散に浜辺へと降りる。体躯の差もあってか、天龍が小柄な電に追い付くのは簡単だった。電が目的の場所に着く前に、既に天龍も横に並んでいた。

 ……少なくとも、漂流してきたものを見つけた瞬間、天龍には嫌な予感があった。浜辺に流されていたのが人の形をしていたのは間違いない。しかし、その色合いは黒や灰を基調とされている。見ていて嫌な気分になってきたのだから、あれが味方とは思えない。

 となると、アレはまさか……気温が低くなったような錯覚を覚えながら、流されてきたものを注視する。少し遅れて到着した雷も、漂流した主の姿に言葉をつまらせるほどだった。

 

「冗談、だよな……?」

「………戦艦、レ級……?」

「なんでこんなところに漂流を……?」

 

 煤で目立った汚れと継ぎ接ぎのように穴だらけの衣服、火傷を負った全身の肌、明らかに攻撃を受けた跡が強い。艤装も大破して、艦載機の収納部か艤装の装着部分か、判別に及べない尾の部分も損傷がひどい。とても攻撃出来る状態じゃないにしても、相手は戦艦レ級。提督間において悪夢の敵艦として一際名高い相手に変わりは無い。

 少しややこしい事情を言えば、この鎮守府は戦艦レ級のいる海域を突破するほどの戦力を有していない。だが、支援艦隊として知り合いの提督の戦線に参加した経験がある。あくまで支援艦隊としての参加、という体があって戦艦レ級を知っているのだ。

 だが、天龍はその支援艦隊に参加していたから、分かる。否、不参加に限らず映像や情報を回してくれたことで、その顔は鎮守府に知れ渡っているのだが、特に戦闘に関わった天龍だから分かる。こいつは偽者でも空似でも無い。その特徴は紛れも無く、あのレ級だ、と。黒い雨合羽を覆っているもの、少し肌蹴させた黒い水着、季節外れに感じる首に巻かれた長布、人型を象った深海棲艦特有の温度を感じない白い肌。見間違えるはずがない。

 ……もう少し彼女を観察して見ると、頭部からの出血が酷いことに気付いた。にも関わらず、生きている。手の甲を通った蟹に対して、微かな反応を天龍は見逃さなかった。果たして二人が気付いたのかは定かでは無いが、これはどう考えようともろくなものじゃない。

 

「……二人とも先に戻ってろ。こいつは死んでる」

「天龍さんは?」

「なに、そこらの花でも拾って手向けてやるさ」

 

 嘘を言った。天龍は二人が見えないところで、レ級を沈めるつもりだった。放置すれば確実に脅威になるのだ。一瞬だけ、無意識に腰に差した剣に目を配ってから、天龍はしっしと二人を手で払う。

 

「嘘です! この人、生きています!」

 

 だけど、電は気付いていた。見落としていたのは雷だけで、その事実に気付くなり身体を一歩退かせてしまう。

 

「え、嘘っ!? 襲ってこない!?」

「そうなるかもってことだ! 離れろ電、そいつは」

「分かっているのです! だけど待ってください! この人は艤装も無いのです! 助けてあげたいのです!」

「なに言ってるんだ! そいつは敵だぞ!? 放っていたらこっちが危な」

 

 ……こと戦時中において電の口にした言葉は、希望的観測に過ぎない。時々彼女から発せられる「出来れば沈む船も助けてあげたい」という言葉は、聖人君子のような人物で無ければ到底言えないだろう。それが味方に向けられたものなら歓迎もされようが、敵艦にまで慈悲を向けられている。

 それが電の持つ優しさということは知っている。だけど、相手が悪すぎた。気さくな天龍であろうと、電のしようとする行為には反感せざるを得なかった。

 雷があたふたと二人を交互に見ながら、口論になり始めたその空気の中―――誰もが口を開いたまま凍らされた。

 

「い、生き返った……?」

「いや、起きただけだ」

 

 ゆらりと、木々のしなりを思わせるように身体を振らせながら、レ級は立ち上がった。立ち上がることすら億劫なのか、頭を抑えながら苦悶の表情を浮かべている。指の隙間から覗かせた獣のような眼光に、天龍は一瞬だけ、自分が殺された未来を幻視してしまった。 ……が、幸いにも彼女自身が見たものは、自身が砲撃により爆散したもの。今のレ級には使えるほどの艤装は無い。安堵によって軽く息を吐くが、一応に尾の部分に気を配りながら、天龍は剣を抜く。

 

「雷……電を連れて今すぐ逃げろ」

「でも天龍さん……!」

「なに、刺し違えてもお前らは守ってやるさ」

 

 無理矢理に口角を上げるが、天龍に算段は無かった。状態としては大破にしても、相手は戦艦レ級。加えて、覗かせた目の色から見るにエリート特有の赤い揺らぎが見えた。雷撃も艦載機も砲撃戦も対潜すらも手のもの以上を見せる怪物艦。その能力はどう考察しようと、その能力は戦艦が有するものじゃない。艦の常識を超えた存在として佇む非常識、それがこの戦艦レ級だ。単艦でこの状態であろうと、油断なんて捨てる他無い。天龍の頬をなぞる汗が増えたのは、気温の高さ以外の要因が勝っているからだった。

 

 ここからが、天龍を含めた三人の予想外の動きだった。

 

 

「ヨォ! 帰ッテ来タゾ、同胞!」

「…………は?」

 

 その瞬間、レ級は極めて活発的な笑顔で、意図の不明な陸軍式の敬礼をしてきたのだ。電と雷にすれば、それこそ天龍に似た笑顔で、挨拶を向けられたのだ。その声は艦娘のものとはまるで違う、声が重なったような、或いは反響したような、そも人とは違う響かせ方をしていた。

 特に天龍自身の戸惑いが強かった。支援艦隊として参加した自分が見たものは、自分以外を見下したような笑みと、その笑みに似つかわしい蹂躙の行為。残忍を形にした彼女が、心から人懐っこい笑顔を浮かべていたのだ。天龍が見た赤い揺らぎも、白昼の蜃気楼のように雲散している。

 なにより三人を動揺させたのは、少なからず敵と対峙している状態のはずなのに、彼女からは敵意がまるで無い。一切の疑問すらなく、好意的な眼差しを光らせている。例えでもなく、それは明らかに仲間を見ている視線だった。

 そんな軽い態度を取ってから一瞬、やはり怪我の影響は大きく、ふらついた身体が前のめりに倒れ、両膝を砂に埋める。

 

「済マナイ、入渠ドックニ連レテ行ッテクレ。身体ガ、キツイ……」

 

 この一連が虚勢であったことに、彼女たちは今気がついた。よく見ると息切れもひどく、今にも倒れそうな身体を支える腕すら、いつ力尽きてもおかしくないほどに震えていた。

 状況がまるで見えない。だが、ある予感はあった。天龍が尋ねる前に、雷は簡潔に、天龍の意図より遠いニュアンスで尋ねていた。

 

「…頭の傷、どうしたの?」

「コレハ…………ッ、……オカシイ、思イ出セナイ……」

「思い出せないって……」

「待ッテクレ、今思イ出シテミル………………」

 

 左手で支えながら、空いた手で頭を抱えながら逡巡させるが、レ級は唸る以上の答えを見せることなく、ただ視線を泳がせていた。探し物を必死で探すように、視線から焦りが見て取れていた。

 記憶を探る当人以外が感付いていた。深海棲艦同士での戦闘という可能性が無い以上、艦娘による砲撃が当たった影響で大破し―――どうやら記憶も無くしているようだと。不意を打つという選択が浮かばないほどか、彼女は急かされたように、独り言をぼやくばかりだった。

 その様子がしばらく続くが、その内レ級は

 

「駄目ダ、サッパリダ」

 

 途端に、声を上げて笑った。無理だと判断した割にその表情は明るく、あからさまなほどに割り切っている。だが、「クギャギャギャギャ!」とあげられた笑い声は、明らかに人の発するものとは違い、立ち会った天龍たちは不意に一つ後ずさってしまうほどの、薄気味の悪さを孕んでいた。やはりレ級は艦娘じゃないと改めて確信した瞬間だった。

 背筋を冷やしたその一方、三人は粗方に理解した。やはりどこか大雑把で分かり易い一方、判断や切り替えが早く、思い切りも良いほうのようだと。軽い調子で「参ったね」と同意を求めるように肩を竦ませるが、目の前の存在が敵か味方という問題において更に分からなくなり、三人は目を丸くして彼女を眺めるしか出来なかった。

 対して、呆然と見られているレ級は、自分が敵であることすらも忘れた状態であることすら知らず、ただ三人に対して首を傾げている。レ級にすれば自然にしているだけで目を開かれているのだから、向けられている怪訝に疑問を感じざるを得なかった。原因を気になりもしたが、自身の優先すべき事項を頭で整理してから、レ級は口を開いた。

 

「ソレハ今ハ良イトシテ、入渠ドックニ連レテ行ッテクレ。頼ム」

 

 この場で一番判断に困ったのは天龍だった。提督も今は離れているし、離れている時の提督代理も秘書艦たる叢雲に委ねられている。高飛車にしても割と意を汲んでくれる性格をしている叢雲だが、これは頭を抱える案件にしかならないだろう。だが、現場にいるのは三人。必然と練度の高い天龍に委ねられることになった。

 頭を掻きながら、天龍はどちらにも角が立たない方法を考えようとして―――我ながら驚くような速さで思い付いていた。

 

「……分かった。ドックに連れて行く。その前に空きを確認するから、ちょっと待ってろ」

「天龍さん? 今ドックは」

「叢雲に伝えてくれ。戦艦レ級の無力化及び鹵獲に成功、追って詳しい報告をするってな」

 

 怪しまれない程度に小声で、雷に伝える。合点と承知したように、雷は首肯してから、提督執務室へと走る。

 正直に言えば、天龍はレ級を助けること自体に困惑したが、相手のあまりの毒の無さに感化され、向けようとしていた剣も戻す。勿論記憶喪失を装って鎮守府を探る諜報艦の可能性も疑ったが、レ級の装備や手持ちの薄さを考えるとそれも無い、そう判断してのことだった。多少の抜けた行動はしても、ドックの空き状態の把握や無闇に敵を信用出来るほど、天龍は呆けてもない。怪我人を連れてドックに連れて行く分には、問題も無いだろう。どの道艤装は全て外してから入渠するんだ、怪我を癒す程度には問題無いはず。それから捕虜として扱うのが妥当だろう、それが天龍の算段だった。

 残された天龍と雷は、邪気も敵意も無いレ級を肩で抱えながら、一緒に歩く。

 

「ドックは空いてるとよ。歩くのきついだろ? 肩貸してやるよ」

「オォ、アリガトウナ」

「良かったのです……! 助かって良かったのです……!」

「……ナンデ小サイノハ泣イテルンダ?」

「泣くなよ、生きてるんだからよ」

「出来ることなら、どんな人だって助けたいと思っていたので……」

「ドウイウ意味ナンダ?」

「……気にするな。色々抱えているんだよ」

 

 折角の穏やかな空気になったのに、なにをきっかけで思い出すのか分かったものじゃない。艤装が使えない状態なのが幸いにしても、この状態が保てるとは思えない。いつまでも、深海棲艦と仲間でいられるなんて、有り得るはずが無い。

 だけど、その夢のような瞬間を体験していることで、戦争に染まっている天龍も心地が良いと自覚はあった。なんであれ、いつか破れる状況にしてもそれは今じゃないようだと天龍も一息吐く。

 言ってしまえば、天龍は直前まで迷っていた。怪我が治ってからのレ級の扱い。或いは雷撃処分にしても構わないだろうとも考えていたが、それは電の流した涙を裏切ることになる。それに、これだけ密接している上に、自分たちを殺して艤装を奪うという行為すらしないんだ。

 ―――こいつは敵じゃない。根拠も証拠も無い、ただの直感でしか無いが、少なからず今の天龍はそう確信していた。

 

「なあ、見たところ記憶が無いようだが、傷治ったらどうするんだ?」

「治ッタラ……ソウダナ、腹ガ減ッタカラ、飯ガ食ベタイゾ」

「そうじゃなくて、鎮守府に戻るとか、元の場所に戻るとか、なんかあるだろ?」

「帰ル場所…………ソレダ、思イ出セナイノハ」

「……そう、なのですか?」

「じゃあ、なになら覚えているんだ?」

「名前、グライカ。戦艦レ級、ッテ言ワレテタクライシカ覚エテナイ。後ハ……ナニカト戦ッテイタトイウ覚エダケダナ」

「なにかって?」

「サア、分カラナイ。ダケド、戦ッテイタッテ覚エハアル」

「……聞いて悪かった。今は休んどけ」

 

 「オウ」そう返事してから、レ級は思い出したように眠気に委ねられた。すぴーと上げる寝息は暁や多摩を連想させ、天龍と電はぷっと笑った。

 あまりに砕けた態度のせいか、彼女がまるで深海棲艦であることを、数秒だけ忘れてしまっていた。浜辺ということもあり、抱えたレ級の体重分が足を砂に埋め、そして交差させる。この天気に加えて体力は奪われていく。必然、天龍と電の息はすぐに切らしせざるを得ない。

 

「天龍さん」

「どうした?」

「この人って、なにを食べるんですかね?」

「…………………知らね」

 

 間宮の食事を食べるレ級という絵が思い浮かべることが出来ず、天龍は短く返した。

 




最終的には100人程出そうな気がする……

でもこの話投稿時は僕もよく分からないし、出せてもグラーフ辺りまでになるかも…現役提督のみなさん本当すみませんです_| ̄|○


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

是か半か否か

一応のストックはあるので投稿! で、冒頭から謝罪します。


加賀提督のみなさん本当にごめんなさい


 

 ―――

 

 

「えぇーっと、天龍…………報告書読んだけど、これ本当に言ってるの?」

「マジだぞ。証人もいる」

「電も一緒にいたのです!」

「あぁいやぁそうじゃなくて……えぇっと、戦艦レ級の鹵獲なんて途方も無い報告を聞くのが信じられなくてね……」

 

 「どういうことなのよ……」実際叢雲もここに来てからのレ級の姿を見ているし、状態も分かっている。その上で天龍の報告書を紐解いたことから理解は示している。しかし、納得が追いついているかどうかはまた別の話である。

 執務用の机に腰をかけているもの、悩ましげな溜め息を吐くのはこの十五分以内にすでに八回目。完全に斜め上の事態に見舞われ、叢雲も対処に困っていた。こうなると本当に、提督に指示を求めるしかなかった。あくまで現状の話だが、一先ずのところでレ級は捕虜として扱うことが濃厚になっていた。

 

「こんな前例の無い状況、どう解決すれば良いのかしら……」

「なに、それを指揮官に問えば良いさ。別にお前が気負うことでも無いだろう?」

「それでも、私は叢雲なのよ! 糸口くらい見つけなくちゃ名折れよ!」

「やれやれ……」

 

 自尊心が強い叢雲から引く気は無いと感じたのか、隣で提案を投げた木曾は肩を竦ませる。羽織られたマントと歴戦を思わせる眼帯と沈着な態度が原因で、面識の薄い人物からはこっちが提督代理と思われるが、あくまで彼女は秘書艦補佐として隣にいる。五番艦たる末っ子に属しているもの、佇まいが凛然としすぎていることから、親しんだ鎮守府内でもしばしば間違われることは、木曾本人にとってはあまり歓迎していない話題だった。

 ……話を戻そう。叢雲が有能にしても、なぜ駆逐艦の彼女が提督不在時の代行まで務めているのかと、ここを訪れた提督に尋ねられたことがあるが、理由は至って単純。一番付き合いが長いのが彼女だからだ。それこそ、鎮守府に着任して最初に言葉を交わした艦である仲なのだ。提督は全面的に叢雲を信頼しているからこそ、この任を与えていた。

 相当以上の練度を迎えている叢雲と木曾。二度の改造を受けたことで当初の姿と変わっているが、それに伴った成長を見せている。二人は特にこの鎮守府において経歴が長いが、当然敵艦の鹵獲というのは初めて関わる案件だった。それも相手は戦艦レ級。根本的に、鹵獲という話すらも聞いたことの無いケースである以上、対処も極めて困難だった。表情こそ叢雲ほどで無いにしろ、拳に顎を乗せて唸る辺り、木曾にとっても深刻な悩みと言えよう。

 

「む、連絡だな。俺が出よう」

「お願いね」

 

 書類と睨み合う叢雲は、目もくれることなく短く返す。一見冷たいやり取りに見えるが、彼女は信頼している人間には必要以上に野暮を問うことはしていない。黒電話を取った木曾は、相手が既に分かっているように受話器を拾う。

 

「摩耶か」

『なんで分かったんだ!?』

「お前がマメなのは知っているからな。それで、入渠していたレ級の様子はどうだ?」

 

 威圧的とも捉えられかねない勢いで言い放ちながらも、電話の向こうで摩耶はんんっと咳を払う。態度のせいでしばしば誤解されるが、彼女は叢雲と似たタイプの素直じゃない性分だ。気取られない程度に木曾が笑う中、『それがな』と摩耶は神妙に切り出す。

 

『もう凄い勢いで絡んで来るんだよ。血色良い顔しているが大丈夫なのかって聞かれたの初めてで、それはもう困ったよ』

「ふふっ、そうか」

『あのさぁ、一応こっちは敵と入渠してたんだから、心臓に悪かったんだぞ?』

「それに関しては本当に済まない。で、他に入渠しているのは?」

『武蔵さんと山城さんだな。あと10分で皐月も入渠終了ってとこ』

「分かった。しかし、レ級だからやはり不安にはなるな」

『分かってくれてありがとな……ちなみにだけど、皐月とも打ち解けてたぞ。二人してぱんぱかぱーんだ。調子狂うったら無いよ』

「そ、そうか。連絡ありがとう」

 

 レ級の行動の悉くが、予想の斜め上を行っていることに、木曾ですらも重く息を吐いた。反応に困るに違い無いにしても、流石に敵としての印象が付きすぎているせいで、正直喜べないというのが木曾の本音だった。かくいう叢雲と木曾も支援艦隊として参加していたからこその心境だった。

 互いに悩んでいることが分かったのだろう。受話器の向こうの摩耶も、アンニュイな間を空けてから「おう、またな」と電話を終えた。

 

「なあ叢雲」

「なに?」

「あのレ級、お前はどう見てる?」

「……そうね。報告書を真に受けるなら、このまま軍備に属するのも悪くないと思うわ」

「戦力として、なのですか?」

「そうしたいところだけど、扱いが難しいのよね。捕虜として扱うことが妥当だけど、どうしても戦艦レ級だからねぇ……戦力として取り入れられたら、相当なのも確実なだけに悩むのよ」

 

 電の問いに、どうとも言えない表情を浮かべながら叢雲は答える。

 机に置かれていた紅茶にようやく手を付ける。金剛薦めの茶葉を使っているだけあって、匂いも味も程よい。その適温を喉に通したからか、叢雲の表情は幾分冷静に戻る。だからか、特殊な案件に対してやはり頭を悩ましている中、一個人として述べた叢雲のその一言には、余計な力も打算も無かった。

 

「けど、単純に仲間として過ごせたら、それが一番嬉しいと思っているわ。艦娘と深海棲艦の友好のしるしとして、ね」

 

 

 ―――

 

 

「叢雲よ、俺はなにを見ている?」

「現実よ」

「……だよねー」

 

 外鎮守府との演習を終えて叢雲からの報告書を読んだ提督は、艦娘が感じた衝撃と同じ感情を沸かせながら、甘味処間宮に到着する。提督にとっては初めて、叢雲と木曾にとっては二度目に見るものだった。二人にとって二度が慣れのうちに入らないなと実感したのは、また新しいものを見せられたからだろう。

 

「美味イ、美味イゾ! コレハナンダ!?」

「パフェですよ」

「パフ、エ? ヨク分カランガ美味イナ! 天龍、オ前モドウダ?」

「静かに食べろよ。つーかオレも食べてるし」

「ソノ赤イノクレ!」

「あ、オレのイチゴ!」

「い、電のイチゴ食べますか?」

「オォ、アリガトウナ!」

「おい待て! これはオレのだ!」

「天龍さん落ち着いて下さい! 電のもう一つあげますから!」

「ちょっと、電のイチゴが無いじゃない! 私の食べる?」

「ありがとうなのです」

 

 ……なんだか、収拾がつかないというか、提督が目を擦るのも理解出来る光景だった。

 再三認識していることだが、戦艦レ級は敵艦だ。なのに、その敵艦が艦娘と一緒に間宮でパフェを食べている。イチゴの取り合いという幼稚なやり取り自体にも目を奪われてしまうが、どうしても同じ枠の中ではしゃぐ姿に、違和感を感じずにはいられなかった。

 イチゴを頬張るレ級、レ級の態度に悪態を吐く天龍、天龍のパフェにイチゴを乗せる電、またレ級にイチゴを食べられた天龍のパフェにイチゴを乗せる電と来て、最後は電の口にイチゴを放る雷。この甘味処が騒がしくなるのはたまにあることだが、こう『賑やか』ではなく『騒がしい』空気が流れるのは珍しいことだった。勿論悪い意味でだが。

 天龍自身は気付いていないが、自分より格上のレ級と自然に取っ組み合っていた。物怖じはおろか「テメェ!」と口にしている辺り割と本気のようだが、対するレ級がにこやかにしているせいで、この場が本当に騒がしい。奥のテーブルで同じものを食べている島風と雪風も顔を顰めるほどだった。

 しかし、見るほど不思議だった。記憶を無くしていると報告を受けている提督だが、まさかこれほど溶け込むとは思っていなかった。可能性の一つでしか無いが、彼女自身、深海棲艦としていた身からこういう性格をしていたのかもしれないと推理してみる。が、そも深海棲艦の素性も知らない提督たちには、途方も無い問題だった。 …現状答えを求めてもどうしようも無い。だから深く考えることを止めた。

 

「天龍、この時間から騒ぐなっ!」

「ちょっと待て提督! レ級に言わないのかよ!?」

「怖くて言えるか!」

「身も蓋もねーなおい!」

「提督も静かにして下さい。これ以上みんなに迷惑をかけるなら、パフェは出せませんよ?」

「ナニ!? 分カッタ、静カニスル。天龍、停戦ダ」

「先に仕掛けてよく言うぜこいつは……」

 

 時間にして昼の一時半ごろ。新参が連れてきた空気は、非常に賑やかなものだった。

 

 

 ―――

 

 

「ヒトナナマルマル。集まったな」

 

 騒動から時間が過ぎて、午後の三時。扶桑と山城と加古がレ級を部屋に案内している一方で、提督執務室にて重々しい表情で面々を合わせる。

 叢雲、天龍、木曾、摩耶、日向、加賀。当時の支援部隊を召集し、ある会合が行われていた。実際は入れ替わりでもう数人いるが、参加経験の多い艦隊を選出してこの六人が呼ばれることになった。会合と言ったもの、そう呼ぶにはあまりに殺伐とした空気が流れていた。

 

「率直に聞く。戦艦レ級の今後の処遇についてみんなに聞きたい。意見があれば遠慮なく挙手を」

「私は断固反対です」

 

 ……本来なら冷静沈着を保つ正規空母の加賀が、食い気味に挙手をする。一際低い声と細められた視線から、普段に増して表情が険しかった。険しい表情と語弊を招く表現をしたが、加賀は決して無表情ではなく、表情は豊かでは無いだけで易々と無礼を働かない。だが、それらが感情が背を押してしまう程に話題に触れていることで、彼女の語調には棘が垣間見える。

 

「過ぎたことを言いますが、捕虜扱いでも甘い裁量だと思います。提督、相手が諜報目的である可能性を疑わないのですか?」

「勿論視野に入っている。疑わないほど俺も阿呆じゃない」

「でしたら……!」

「加賀の意見も分かる。が、今は少し待ってくれ。みんなの意見も聞きたい。正直、加賀と同じ意見だっていうのはいるか?」

 

 まだ言い足りないのか、加賀は不服を表情にしながらも、指示に従う。半ば無理矢理に話を切られたからだろう、加賀の無愛想は明らかに呪詛を唱えかねないほどの睨みを見せていた。内心でゾッとしながらも提督は残る五人に目を配る。

 同意見、というよりは単純に疑問にあったのだろう、摩耶は「なあ」と挙手をする。

 

「一つ気になるんだけどさ」

「なんだ?」

「仮の話で、あのレ級が本当に諜報を目的にしてたら?」

「……敵だと断定次第、沈めるつもりだ」

「なっ……!」

 

 提督の意見に異を示したのは、天龍だけだった。提督以外が同じことを言っていたら、或いは胸倉を掴んでいたほどだったが、反射的に一歩踏み出したところで、摩耶はやれやれと言う様に言葉を続ける。

 

「じゃああたしは賛成、かな」

「は?」

「あっ、言葉が足りなかったな。あたし自身は正直歓迎出来ないけど、傷が癒えてからのレ級って駆逐艦と遊んだりしてるから、好いてる奴は好いてるって状態だって。要するに、変に反対して空気おかしくするよりは、溶け込ませて様子見るのが良いんじゃないかって話だけど」

「賛成、というよりは中立寄りか」

「そうそれ。ここで過ごせば否応にボロは出すだろうし」

「では私も中立とさせて貰おう」

「日向もか」

「尤も、私は摩耶よりは好意的にしているがな。あのレ級はどうにも、邪気が無さ過ぎる。粗方を言えばこうだが、個人的には()()()()()()()()()()()()()

「……指揮官寄りの考え? ということは」

「ま、まあ日向の考えは分かった」

 

 やや苦笑を浮かべている提督と、加賀とは違った達観した笑みを向ける日向。木曾の問いに答えないまま、提督は再び目を配る。やりとりの意味は分からないまま、梯子を外された天龍はつくっていた握り拳を緩めていた。

 しかし、天龍が落ち着いたもの、その不穏を早く察知した加賀と日向だが、緩和の為にと彼女は摩耶に続いたのだ。日向自体、天龍に意見を合わせたようにも聞こえるが、嘘は言わない彼女の性分を考えれば、真偽は明白だった。

 

「木曾はどうだ?」

「……正直、あまり気乗りはしないな。レ級相手だと、事が起こってからでは手遅れになる」

「そうか、流石に反対だよな。叢雲は?」

「私は賛成よ」

 

 紛れも無くその返しは、場をざわめかせた一言だった。答えの内容に驚かされたのも事実だが、答えるまでの間の無さこそが、提督を除いた全員を困惑させた。それに、彼女の表情には曇りが無い。考えがあってのことかもしれないと、誰しもが場の沈黙を守る。

 

「日向さんも言っていたけど、悪意どころか敵意すら全く無い。それに、摩耶も言っていたことだけど、基本的に食べ物の話と駆逐艦と遊ぶことしかしていないそうよ」

「そうして誤魔化しているのは明白よ」

「待って加賀さん。最後まで聞いて。彼女は艤装も大破され、入渠の後の身体検査にも応じたと聞いているわ。おまけにあっけらかんに工廠に壊れた艤装まで預けた。つまり、今の彼女には武装や通信手段はおろか、手荷物の一つも無い。それどころか、こっちに対して非常に好意的。私見ではあるけど、私は彼女を白と見ているわ」

「とは言うけどさあ、通信手段が無いって言っても、こっちの通信室を使えば楽だろ?」

「そうでも無いぞ。皐月が言っていたが、入渠後にとにかく美味しい物が食べたいと言っていたそうだ。少し話をして興味を沸かせたのが、甘味処間宮と食事処鳳翔くらいらしい。そもそも、今後のことを聞かなかった辺り、自分がどうなるかを考えていないようだ」

「呑気だなあの馬鹿は」

 

 それについては初耳だった天龍は、思わずそう零す。

 擁護的に回る叢雲と日向に対して、疑問と反対意見を掲げる加賀と摩耶。このやり取りだけで、レ級に対する感情や思惑が隠れ見えてくる。

 ……しかし、これでは水掛け論だ。埒が明かない。視点を変えればレ級は敵と判断出来るし、頼もしい味方を得たとも言える。はずなのに、彼女はそう歓迎されていない。

 こればかりは仕方ないにしても、戦艦レ級と直接話した天龍にとっては、口惜しいものだった。否定派の意見も充分に理解出来ている一方、自分には日向や叢雲のような理論的な理由は薄かった。自分が見たもの――彼女は嘘を言っていない。大部分がそうである以上、天龍は口を開けなかった。

 

「しかし、意外に意見が割れたな。で、天龍は賛成派として」

「待て。オレまだなにも言ってないぞ?」

「報告書の書き方に出ていたぞ。まだまだ甘いな」

「ったく……」

「さて、反対意見もあるだろうが、俺から一つ折衷案を出したい。聞いてくれるか?」

 

 書き方に出ていた―――天龍が意図していなかったことにしても、自分が思っていたことが伝わったことに、嬉しさを覚えてしまう。本来なら頬を膨らます言葉だが、まさかそこまで汲まれるとも思っていなかったのだから、尚更に彼女は喜んだ。勿論、声に出せば自分が間抜けに見えるし、なにより恥ずかしいから、内心でどうにか留めることにした。

 本人に気付かれない様に柔らかく笑ってから、提督は一度眺め回す。提督だからというより、折衷案という言葉に興味が引っかかり、艦娘たちは静かに首肯する。

 

「ありがとう。俺としてはだが―――身体状況の経過観察を口実にレ級に演習を行わせる」

「演習を、ですか?」

「あぁ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な―――」

 

 その一言は、加賀で無くても目を見開くものだった。演習用ではなく実戦用の装備で演習を行うと言ったのだ。特に加賀にしてみれば、正気を疑われるほどに突飛な発言だった。

 

「実弾での演習!? なにを考えているのですか!? それでレ級が撃ってきたら」

「その時は迷わずに沈めて構わない。ただし、正直に的だけを撃てば、レ級は一先ず味方として受け入れるつもりだ」

「なるほど、状況を作るのか」

「あぁ。レ級にはあくまで三発と説明するが、実際は実弾二発だけの装填とする。レ級程の艦だ、一発撃てば実弾かどうかは分かるだろう。それに、艦娘と深海棲艦では艤装の作りも違うだろう。違和感を覚えられど気付かれはすまい」

「それ以降の動き次第で処遇が変わる、ということなのか?」

「そういうことだ。念の為に、艦隊同士での演習も予定している。仲間を考えているレ級が実弾を味方に向けるようなら、轟沈前提で攻めていい」

「なあ指揮官。一つ疑問だが、合同演習ということは、レ級以外全員が代用弾を使うことになるんだな?」

「いや、レ級以外の艦娘の艤装にも実弾を入れる。ただし代用弾は最初の一発だけだ。 ……念には念を入れて、もうひとつの策を用意している」

「もうひとつの策?」

「演習組と待機組で分けるつもりだ」

 

 「待機組?」天龍は首を傾げる。聞けば聞くほど、提督の考えることは博打そのものだが、炙り出すという意味で考えれば理にも適っている。極力好意的に考えれば、これくらいしないと相手も引っかからないのかもしれないが、艦一人の思惑を知るのにここまですることは、果たして如何と天龍は悩ましく唸る。

 

「そう。演習場から離れた演習中にレ級が怪しい動きを見せれば、実弾や艦載機を使って沈める。相手は戦艦レ級だ、空母を中心にした編成艦隊二つで迎撃する。極論だが、現場で戦闘を行えば待機組も発艦させて持てる火力を叩きこむ、という魂胆だ」

「……なるほど」

「ただしだ、待機組が動く条件は友軍と施設への攻撃行為が確認された時だけだ。基本的に現場の判断に任せるが、一応レ級の通信状況は俺と大淀で傍受し、怪しい言葉が出ても即時撃沈命令を出す。 ―――それが俺の折衷案だが、意見があれば遠慮無く言ってくれ」

「では一つ」

 

 予想していた提督にすれば、加賀の挙手はむしろ想定内だった。そして、なにを聞かれるかも、最初に考えていた通りのものとぴたり填まっていた。

 

「空母を中心にした待機組……私が旗艦を務めても?」

「無論待機組にお前を組み込むつもりだ。だが、旗艦は認めない」

「そう、ですか……」

「加賀、一つ約束してくれ。私情で弓を引くことはするな。いいな?」

「……心配いらないわ」

「……分かった、信用する。待機組の編成だが、旗艦は龍驤を推すつもりだ。編成については龍驤の判断に任せる。だから作戦中は旗艦の指示に従うように。一応だが、レ級にはあくまで艦載機を搭載させないから、索敵については心配しなくていい。あくまで動作確認と能力確認の名目だ。後の連絡は俺に任せてくれ」

「分かりました」

「私からも一つ聞きたいんだが」

「どうした日向」

「演習の予定日は?」

「そうだな…明日のヒトサンマルマルを予定する。今日は一先ず様子見だ」

 

 そのことは予想出来ていたのか、反応は薄く、日向のように「なるほど」と小さく頷くような挙動で終わった。

 その代わりに、提督は思い出したように両手を叩いた。

 

「ひとまず、俺からの折衷案は以上だが、なにか意見は?」

 

 ………時間にして約二十秒。その間は耳が痛くなるほど沈黙だけが流れていた。誰の声が響くこともなく、提督が提示した折衷案は可決された。一見にして危険な作戦なのは分かっているが、こうでもしないと相手は見せない。誰もが考えていたことである以上、反対は無かった。

 

「……なあ提督」

「なんだ提督。質問か?」

「個人的な意見を聞きたいんだが……お前は賛成派か? 反対派か?」

 

 反論は無い。だが、天龍には疑問があった。

 それは、この場の誰もが気になっていたことだった。事実作戦とは関係の無い、個人の思いを聞き出そうと言うのだ。口にすれば躊躇いだって生まれるかもしれない。それを敢えて無視して、天龍は本心を聞きたくて尋ねていた。

 重たげに溜め息を吐きながら、無造作に制帽を整えてから返す。

 

「……俺はお前らの提督として、全員の無事に出来るよう判断を下すだけだ」

 

 

 ―――

 

 

「全く、柄に無いことしたわね」

「俺も思ってる」

 

 会議が終わり、提督執務室内には提督と叢雲の二人だけ。重い荷物を下ろしたような安堵の息を吐いた提督を隣に、ふっと叢雲は笑う。

 

「提督としてみんなを無事にする判断、ね……レ級の真意を探る為に、演習に実弾使わせといてよく言うよ……」

「ここで沈めようとする辺り、あんたも馬鹿よね。普通なら、レ級を大本営に引き渡して昇格する、って考えもあったのに」

「あのレ級が俺たちの知っているものと同じだったら、それも考えてたよ」

 

 そう。会議中に日向が見透かした部分がそこだった。ここに引き留めようと判断した時点で、提督はお人好しだった。しかし、ここに置いた理由というのは、もう少し深い理由があってのことだった。

 

「生きた深海棲艦のサンプルというのが珍しいことは分かるが、大本営に売り渡せば、なにされるか考えたもんじゃない。粗方、解剖して生体の解明か、実験して艦娘への改造か……」

「なんにしても、碌なことは無いってことね」

「況してや、うちにいるレ級はあれだろ? アレじゃまるで、艦娘とそう変わらん。 ……しかし、まさか日向に気取られるとはな」

「日向さんとも付き合い長いんでしょ?」

「確かにそうだけどさ。となると、木曾も気付いてて黙ってたな、これは。全部バレたってのがなんか悔しいな。でも、俺の意図自体を汲んでくれた三人には感謝しているよ」

「三人? 日向と天龍と……誰?」

「お前だよ。ありがとう、叢雲」

 

 提督は悪戯半分の気持ちで笑みを向けながらも、我ながら力の抜けた自然な笑みを向けていた。

 こういった直球に弱い叢雲にすれば、タジタジと目を逸らすくらしか対応策が無かった。

 

「ば、馬鹿言っていないで、明日の演習の編成でも考えなさいよ!」

「違いない。さてと……」

 

 ここで困難なのが、演習組も待機組も、等しく強くなくてはいけない。幸運なことに、あくまで純然たる戦艦としての能力を測るという口実上、雷撃も艦載機も使われる心配は無い。少しばかりでも不安要素が外されているのが嬉しいが、天龍の報告書を信頼すればエリートの反応もあったということから、最低でも()()()()()()()()()()()()()()()()()必要性が高い。つまり、必然と熟練度の高い艦を演習組に備えないといけない。かといって、もしもの場合を想定しての待機組もそうでなくては話にならない。

 

「……資源回収よりは、まず鎮守府の存続だな。叢雲、遠征中の隊に即時帰還の指示を」

「戻り次第提督執務室にて会議、よね?」

「流石俺の相棒。よく分かってる」

「ま、真顔で変なこと言わないでよねっ!

 

 資源の回収が出来ないことに口惜しさを唱える場合ではない。提督は重い溜め息を吐いて叢雲に伝えた。遠征の失敗や未回収というのは、結果だけを言えば艦隊を動かした分の費用分はかさむ以上、極力避けたい事態なのだが、そうも言っていられない。別に提督は資源の無駄遣いを嫌う倹約家でも無いが、気持ちの問題として単に失敗したくないだけの話である。

 ――手札は多いに越したことは無い。戦艦レ級が絡んでいる以上、緩めればどこかで綻んでしまう。それだけは避けたい。赤面する叢雲の頭を撫でながらも、提督は明日の為に脳内を巡らせていた。

 




嫁のロシアンルーレットにならないよう慎重に書く次第です(決意表明)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

処遇監察

久しぶりに艦これやったらマップが最初からだったりマップ渡航中BGM変わってたりで本当ビックリしたどん! 艦これ二期ってそういう意味だったんですね! まだまだ気付いていない変化ありそうで楽しみですな!(超今更)


 

 ―――

 

「…来たか。入ってくれ」

 

そろそろ陽が沈みかけてきた夕刻時。時計の短針が真下を指した頃に提督執務室にノックの音が響く。あの話の後で呼び出したのは一人だけ、時間通り。どうやら彼女は軽い調子と裏腹に真面目な部分もあるようだ。そう理解しながら提督はノックの主を迎え入れる。

 

「オウ提督!」

「元気そうだな。調子はどうだ?」

「オ陰デコノ通リサ!」

「それはなにより」

 

 見た限りではあるが、レ級の言う通り、ふらつきや変わった様子も見られない。入渠に加えて高速修復も施工したことを鑑みても、支障が残った様子が無いのは奇跡的かもしれない。

 

「……むっ」

「ドウシタ?」

「頭の傷、塞がってないのか」

「アアコレカ。摩耶ガ言ウニハ、傷ガ古カッタカラジャナイカッテ」

「傷が古い、か……それもあり得るな」

 

 中破以上した艦娘を放置しての入渠なんて彼には経験が無いし、そんな報告というのも無い以上、初めての事例に他ならなかった。時間も大分経過しているのか、大分塞がっているにしても、切り傷のような、明らかな怪我の痕ははっきりと残っている。

…元よりレ級は、気が付けば浜辺に打ち上げられているところを発見されている。それを考えると、覆った肌にいくつかの傷がまだあるのかもしれない。並みの艦娘で無くても生存は怪しい程の傷だろうに…提督はなんとなしに溜め息を吐く。

 

「っと、そうだレ級。お前を呼んだのは理由があってな」

「ナンダ?」

「明日のヒトサンマルマルに、お前の演習を行う」

「演習…? イキナリジャナイカ」

「まあ最後まで聞いてくれ」

 

 …ここからが本題。レ級がどの程度の知識や知能があるかも把握出来ていないが、こちらの尻尾を掴まれることは避けたい。提督は思索を巡らせながら、レ級との談合を開始する。

 

「演習なんて言い方をしたが、単純な身体慣らしというか、だたの身体機能の状態把握だ」

「ダカラ、アタシハ別ニナントモ」

「少なくとも、こっちから見たお前は漂流してきたんだ。今日時点で発見したことを考えれば、前に戦闘したのがいつか分からず、それどころかお前の練度すらも分からない」

「…ナルホド。ソレナラオ互イ状態ヲ理解シナイトダナ」

「そういうことだ。急な話で済まないな」

 

 記憶の無い状況というのが働いたこともあり、話はどうにか無難に治まる。内心で安堵の息を吐く一方、話の意図を理解出来ている。つまり、レ級は快活で能天気な半面、頭も回ると来ている。下手を踏めば勘付かれるやもしれない。不安もあるが、こちらに好意的であり、装備も持たない以上は敵では無い。一先ずに安心を得て心穏やかに構える。

 

「でだが、明日は砲戦を想定した演習とするが」

「砲戦…? ()()()()()()

「それだけ?」

「自慢ジャナイガ、アタシハ雷撃モ航空戦モ出来ルンダゾ」

 

 否定しながらもふふんと胸を張るレ級。確かに記録上、戦艦レ級は砲撃のみにならず、雷撃や航空戦力の使用も確認されている。記憶が無いと言っていたが何故それを…? 提督は疑問に思わざるを得なかった。

 

「…覚えているのか?」

「ソウヤッテ闘ッテタッテダケ。ナニト戦ッテタノカハ覚エテナイケド」

「そうか……」

 

 自分を艦娘と思っている辺りある程度の戦闘能力があるだろうと予想していたが、まさかレ級が自身の性能を把握しているまでは思わず、提督は少し狼狽を示してしまう。

 

「? ナンデ変ナ顔シテルンダ?」

 

 提督にしてみればそうもなる事態に近付いていた。敢えて悪く考えれば、装備を増やすことでレ級自体の戦力が増強されることは、艦娘への被害も倍以上に増えるということに繋がる。今穏やかな内にその案は却下したいところだ、そう踏んで提督は口を開く。

 

「……病み上がりなんだ、そう慌てる事も無い。追い追い慎重にやっていくつもりだ。なにを慌てている?」

「ソッチコソ、ナンデソンナ顔シテルンダ?」

「そんな顔?」

「……ココニ来テカラソウダガ、ホトンドノ奴ガアタシト変ニ関ワリタガラナイ。アンタモソンナ顔シテル」

 

 温和で快活だった表情が次第に曇り、上がっていた口角すらも下がっている。レ級のその顔は正に、不快感を前面に出した疑念に滲んでいた。

 ……レ級のその物言いは、一日中感じていたからか声音にも陰りが現れている。気付かない程に能天気ということでも無いということらしい。提督はここで、レ級に対する自身の偏見や印象を改める。

 

「……そうか、それは悪かった。それに関しては言い訳しか無いが聞いてほしい」

 

 だが、ここで主導権を渡されたらまずいことになる。あくまで自分の主体で事を運びたいと提督は、前のめりにしていた姿勢を正してレ級と目線を並べる。

 

「…レ級、お前は気が付いたら浜辺にいた。そうだな?」

「アァ」

「言い方は悪くなるが、どこから来たのか分からないレ級のことをどう接したら良いのか分からない。それが本音だ」

 

 ……嘘は言ってはいない。流れ着いれたはぐれ者をおいそれに「仲間」と呼ぶことは難しい。人柄や性分がどうあれ、出会って日が浅いだけに信頼というものは未だに薄い。

 そも気取られている以上隠しても仕方ない。レ級の状況確認を兼ねて、提督は努めて冷静に発する。

 

「…要ハ余所者ダカラ信用出来ナイ、テカ?」

「……………」

 

 肯定を意する沈黙。ここまで核心を突かれた以上、誤魔化しは返って怒りを買うことは分かっているから、提督はなにも言わない。

 これでどんな反応をするのか……? やはり怒るか? どう怒るかも予想がつかないだけに、提督も然る対応の為に机の引き出しを開ける用意をするが、

 

「……ソレハ済マナカッタ」

「なに?」

「冷静ジャナカッタ。アタシガ同ジ立場デモ、簡単ニ信用ハ出来ナイ。何処ノ所属カ自分デモ言エナイ艦娘ガ、不審ニ思ワレルノモ仕方無イ事ダ」

 

 提督は目を丸くした。率直に、驚きを隠せずにいた。

 どこか好戦的とも思っていたが、その実冷静で沈着、状況の分析まで正確に行えると来た。部下として見るならこれだけでも有用極まりないのは明白だが、まさか自分の立場を分析まで出来ているとは、想定外に提督は呆然と見つめる。

 これだけ合理的に分析出来ているのなら、自分のこれからというのも或いは予想しているのかもしれない。レ級は申し訳無さそうにしながらも、その瞳は強い光が瞬く。 ……無機質な瞳。本来なら空虚で仄暗い――それこそ、海の底を思わせるような光の無い瞳。そこに不気味さがあるもの、意志を宿した光が宿っている。

 目は口ほどに物を言う。が、この戦艦レ級はどちらも達者。

 

「ソレナラ、明日ノ演習デ一先ズ示シテヤルサ。アタシガココノ味方ダッテ所ヲナ」

 誰かへの呪いを吐く事も無く、況してや弱音の類も見せず、言い切る。

 …提案した提督の方がバツが悪そうに表情が陰ってしまうもの、それは帽子を目深にかぶり直してから上手く隠す。上手い具合にレ級も「フム」と頷いていたこともあり、気取られることすらも無く、一連は自然に流れた。

 

「…そうだな。まずは信頼を得るところから始めなくちゃな」

「ソノ後デアタシノ処遇ハ決マル、トイウ事カ」

「そうなるな……さて、後の細かい事だが」

「クギギ、提督ハ優シイッテ言ワレナイカ?」

「その類なら言われるな。どうしてだ?」

「ソノ気ニナレバ、上官命令ト説キ伏セル事モ出来タダロウニサ」

 

 結果論になるが、提督自身にその考えはあった。少なからず、「艦娘」が相手じゃない以上行使すること視野にあったが、可能性の話をすればする気というのはあまり無かった。理由のひとつがレ級も言ったように、根がお人好しであるという部分。もう一つは

 

「…無駄に強権振って、意志を奪うことをあまりしたくない」

 

 …つまるところ、やはりお人好しに尽きる。

 

「クク、クギャギャギャ! アンタ最高ダヨ!」

「茶化さないでくれ…でだ、演習を行うことについてだが…異論はあるか?」

「本当ニ砲戦ダケカ?」

「そうだな……お前がどうしても気になるなら、雷撃も航空機の使用も許可しよう」

「本当カ!」

「ただし、お前がなんと言おうと病み上がりには変わらないんだ。内容は抑えたものにする」

「分カッテルッテ」

 

 にかっ、と快活な笑顔が再び浮かぶ。笑顔に対しても少なからず慄く節はあるが、それがまさか味方として向けられるとは……複雑ながらも提督は微かに口角を上げながら、細かな演習を内容を伝えていく。

 

 ―――

 

「……ということだ大淀。申し訳無い」

『本っ当にお人好しなんですから。 …一つ間違えば、友軍はおろかこの鎮守府への打撃も有り得るんですよ?』

 

 レ級とのやり取りが終えて十分後。入る気配が無いことを確認してから、この部屋のやり取りを通信室から傍受していた大淀と黒電話を繋ぐ。予定外の流れで主砲以外の使用も許可することになったので、軟化した態度にしても部下からのお叱りは当然ある。

 

「…それについては本当に済まない。 ……信じてくれないかもしれないが、あれは本気だったんだ」

『本気?』

「あぁ。本気で俺たちを味方だと思っている。少なくとも、俺を信用していた」

『裏の様な物は感じませんでしたか?』

「驚く程にな。敵意も邪気も無い。大淀から聞いて、レ級はどうだ?」

『私見で言えばですが―――信頼に足るかと』

 電話越しの向こうで、大淀は軽い調子で笑みを零す。

 

 ―――

 

 

「オォ! ココハ凄イナ!」

 

 記憶の無いレ級にとっては、その光景はひどく新鮮なものだろう。

 時間は既に黄昏時。七時という日も暮れ始めている時間ながらも、食堂内の雰囲気は艦娘の声と笑顔で賑やかに溢れていた。

 

「エエット……オォ天龍!」

「レ級か。提督の話はどうだった?」

「アア、ドウナルカト思ッタガ、纏マッタヨ。明日ハ身体慣ラシニ演習ダトサ」

「そうか。やる気があるのは良いが、怪我治ったばかりで動けるのか?」

「ソノ確認モ兼ネテルカラ問題無イサ。ヤバイト感ジタラスグ止メルサ」

「聞いたからな」

 

 流石に見知った相手、天龍となれば口も自然と軽くなる。レ級が演習を行うことは既に周知となっている事で緊張の必要もなく構えられるが、それにしてもと天龍は笑う。まさか敵として認知していた相手と仲良く談笑とは夢にも思わなんだ。記憶喪失が招いたこの状況にしても、珍妙な出来事に違い無い。こちらを味方と認識している以上、天龍は相手を無下にすることは無い。

 

「天龍さん!」

「ここにいたのね!」

「オ前タチハ確カ……」

「電と雷だ」

「改めてよろしくなのです!」

「よろしくね!」

「…ん? 暁はどうした?」

「連れて来た」

「ほ、本当に大丈夫なんでしょうね響!?」

「暁は見た目で判断しすぎる」

 

 旗の立った食事を両手にした暁を連れながら、銀の髪を揺らす2番艦の妹・響は静かに雷の隣に座る。

 響…否、厳密に言えば二段回改装――通称改二を施したことで名前自体も変わっているが、外見や記憶に変化が訪れた、ということも無い為に姉妹からは変わらず響の名前で通っている。

 

「初メテ見タ顔ダナ」

「ひび…Верныйだ」

「ベー……ナンダッテ?」

「ヴェールヌイだ。信頼できると言う意味なんだ」

「信頼……良イ名前ダナ! 宜シク!」

「よ、宜しく…」

 

 さしものヴェールヌイにしても、レ級の距離感の詰め方というもには戸惑いがあった。

 実のところ、雷や電の話で聞いた以上の情報しか持ち合わせることしか出来ず、納得に欠ける部分もある。それがヴェールヌイの真意であったが、実際言葉を交わしてみるとなんのことはない、無邪気で敵意が無い。二段階改装を行うまでの練度を誇る彼女なりの経験則や受けた感覚は……天龍と同じ結論に至らせた。

 

「…うん、天龍さんの言う通りだ」

「だろ?」

「ナニガダヨ」

「言うなよヴェル。こいつの恰好がつかん」

「ナンダヨソレ」

「内緒だ。ってお前、ご飯は注文したか?」

「アッ。ソレハ駄目カ?」

「こ、これは暁のなんだから!」

 

 反射的に暁は夕食を載せたトレイを手前に引く。勢いの強さから汁を零しそうになるもの、幸いにも波立たせた程度で事は済まされる。

 暁は冷静になってから、レ級の行為を拒否したという行為に緊張を覚える。駆逐艦たちとの仲が良好とは言え、「全ての」という話に至らないのが現状。そも人相や風貌からも自分たち違うことは明確だ。自分たちとは違う敵がどう反応するのか。暗夜の寝覚め以上の恐怖と向かい合い、心臓は早鐘を打っている。それは最早、警鐘とも言える色を前面に出している。

 

「怖ガルナッテ。冗談ダッテノ」

 

 脳内で自身の最悪の未来を巡らせて二秒程。暁の想像とは真逆の対応が返ってきた。「クキキ」と口角を歪ませながら、レ級はなぜか隣に座る電の頭をぽんぽんと軽く叩く。その加減たるや、痛みを与える類等とは遠く、むしろ褒める仕草や意味合い寄りの雰囲気を醸している。

 

「わっ! ビックリしたのです…」

「アア済マナイ。 …シカシ、ドウヤッテ飯ヲ頼メバ良インダ?」

「通りで手持ち無沙汰な訳だ…」

「はい、どうぞ」

 

 天龍が呆れて溜め息を吐いた直後に、柔らかな声調が入り込む。レ級の前には白米と味噌汁に加え、かき揚げの載った定食セットがことんと優雅に置かれたことで、レ級は思わずトレイを差し出した主に目を向ける。

 「口に合えば良いのですが」抑えた語調に比例してお淑やかに佇む彼女、鳳翔はレ級に対して穏やかに笑みを返す。当然ながら初対面同士。レ級が首を傾げるのも当然の反応だろう。

 

「あ、突然すみません。私は航空母艦の鳳翔と言います」

「鳳翔、ネ。宜シク!」

「宜しくお願いしますね。あ、やっぱり注文の仕方が分からないみたいでしたので、勝手ながらこちらで用意しましたけど」

「良イッテ、ムシロ助カッタ!」

 

 第六駆逐に限らず天龍が目を点にするのも無理は無い光景だ。重ねて説明すると、レ級と鳳翔はここで初対面。にも関わらず、二人は肩を組み交わせそうな勢いで言葉を向けあう。鳳翔が中立派であるにしても、基本的に寛容な性分なだけに余程の事をしない限りは睨まれることすら無い。

 

「……オイ、ソレッテ」

「あ、よく考えたら今日来たばかりだから知らないですよ。これは戦いによる痕です」

 

 談笑していたのも束の間、鳳翔の異様な体勢が気になっていたレ級はその違和感を目で追う。 …左脇に挟まれた木製のものが松葉杖と気付き、次第に目線を落としたことで、()()()()()()()()()()()()()()()辿()()()()

 

「…過去に敵の魚雷が直撃しまして。それからは戦線を退いて、こうして食事処の主として精を出している、と言ったところですね」

「………呑気シテ悪カッタ」

「いえ良いんです。こちらこそ気を遣わせてすみません。普段なら義足なのですが、何分調整していたので」

「気にするな、なんて言っても難しいかもしれんがお前は普通に飯を食ってくれ。それだけでも鳳翔さんが元気になれる」

「流石天龍さん、分かっていますね」

「茶化さないで下さいって!」

 

 身体の一部を失うという損失――艦娘という存在なら殊更深い意味を持つ差し引きを、彼女は笑顔を以って発する。戦う為の存在たる艦娘が戦力として機能しないどころか、食事の提供という一市井の場に身を置いている。極論ではあるが、それは提督にも出来ることだ。戦いと関係の無い場所で戦う人間と過ごしている事に、レ級は更に首を傾げざるを得なかった。

 

「…レ級さん。私がここにいることが不思議ですか?」

「エ、アア」

「単純な理由です。食事というのは人の士気に関わります。美味しいものを食べた後は気分が良くなる。そして腹が減っては戦が出来ない、という言葉もあるように万全に備える身支度の一つを快く差し出したいのです。それだけでも、戦地に赴く心の在り方は変われると思いません?」

「確カニ…」

「とは言いましたけど、ここにいるみなさんが好きだから一緒にいたい、というのが本音ですけどね」

 

「ふふっ」落ち着いた風貌と欠損した脚。不釣り合いな状態にも関わらず、鳳翔は温和に破顔する。

 

「レ級さん。提督から伺っていると思いますが、知らない場所から来た貴方に心開けない方もいらっしゃいます。ですが、レ級さんがみなさんの事を仲間として接してくれるのなら、私たちはいつでも受け入れるつもりですからね?」

 

 その言葉にどれ程の意味が込められているのだろうか。場にいる中、正確な理解が出来ていないのはレ級だけにしても、自分たちが思っている以上の想いが込められている。天龍と第六駆逐たちはそこまでの思案にしか至れない。だが、変わらず笑顔の鳳翔を見るに対して

 

「当タリ前ジャナイカ。アタシタチハ同じ艦娘、仲間ダロ?」

 

 実に即答。レ級も変わらずニッと笑う。

 

「…そうですね。話し込んでしまいましたね、食事の邪魔をしてしまってすみません」

「コッチハ良イッテ。ナア?」

「お前以外みんな食べ終えてるぞ」

「暁がまだよ」

「レディは食事を味わうものなの!」

「ヨーシ、アタシト競争ダ!」

「あ、おい待てレ級!」

 

 天龍がレ級を止めようとした理由は三つある。結果を言えば一つに行き着くが、四つの悪因を一瞬で行ったことで横合いを強める。

 一つ。白米とかき揚げを手で掴んだこと。

 二つ。口を開けて咀嚼したこと。

 三つ。食べ物を通して遊んだ事。

 四つ。「いただきます」という食事前の一言

 極めて残念なことに、それらの行為を調理した鳳翔本人の目の前で行為してしまっている。 …天龍は食べる前に止めようとした。その事自体は咎められる理由にならないし、むしろ賛辞を投げられるべきだろう。

 「………」色合いこそ変わっているが、尚も鳳翔は笑っている。だが、仲間として見慣れた天龍と第六駆逐の面々には恐々とさせている。気付かずにご飯を食べる手を止めないレ級以外は知っているのだ。

 

「――レ級さん」

「オウ鳳翔、コレ美味シイ……カ、顔、ドウシタ…?」

「どうやら食事の作法が全くなっていないようなので、食べ終わったら厨房に来てくれます?」

「ア、 アア…」

「待っていますね……では私は、自分の仕事に戻ります…」

 

 鳳翔は怒らせると一番怖い艦娘であると。

 なるほど。剣幕張った鳳翔さん相手なら笑顔も消えるようだ。場に居合わせた彼女たちは図らずも、また一つレ級の情報を得ることになった

 

 ―――

 

「本当に良いの~?」

「まあなんだ。俺も監督してないとだからな」

 

 時間は夜の十時。現状と先行きを鑑みてレ級の寝床は独房となっていたが、天龍が同室することを志願したことで、狭い部屋に二人分の布団が用意されている。レ級自身も不満が無い訳じゃない。しかし、自分自身ですら何者かも曖昧である以上、止むなく首肯せざるを得なかったもの、心細さは一層に感じなくなっていた。無論天龍を止める意見は多くあったもの、本人の頑なな態度が変わらない為に渋々の了解、というのが真相ではあるが。

 同室の艦娘であり天龍の妹に属する2番艦、龍田の間延びした語調は崩れない。むしろ応援するように、「真面目ね~」と枕を手渡す。

 

「…龍田。お前は反対してないのか?」

「なにを?」

「レ級の在中だよ」

「…天龍ちゃんって考えている割に、単純で感情的で行動的でしょ~?」

「俺馬鹿にされてねーよな?」

「けどね、勘の様なものは冴えてるの。だから私、天龍ちゃんの直感を信じてるということ~」

「龍田…」

「でもなにかあったら始末書お願いね~」

「龍田あぁっ!!」

 

 それだけを言い残して、龍田は手を振る。

背を見せて自室に戻る龍田に申し訳無さを感じるが、折角笑顔で了承したのだ。ならばと天龍も軽く手を振る。

 

「……ツッカレタ」

「だろうな。 …ていうか鳳翔さんからなにされたんだ?」

「飯ヲ食ベル時ノ作法ノ勉強ヲ……二時間ホド…」

「そ、そうか……」

 

 その疲労具合はレ級の挙動からも伝わるだろう。大の字に仰向けになったりうつ伏せになったりと、二人分の布団を転がって行き交うほどの乱雑を見せているとなれば、当然敷かれた天龍の布団に皺が入るのも自然とも言える。

 

「レ級お前俺の布団を!」

「フハー…ジャネ! 悪イ!」

「いやいいけどさ…寝れれば良いんだし」

「マアソウダケドサ」

「ちなみにだが、明日からは鳳翔さんに怒られないだろうな?」

「箸ノ使イ方マデ覚エタカラ大丈夫ダ。 …多分」

「不安になるだろうが! ああもう、明日一緒に食うぞ!」

「オウ頼ンダ!」

 

 我ながら不思議だと思えることに、天龍にはもう「クギャギャ」という笑い声に然したる恐怖心は持たなくなっていた。ただ楽しいから、ただ面白いから笑ってる。随分見てくれが違うだけで反応は同じ。レ級にとっては結局「ただ笑ってる」だけの反応。

 

「…? ドウシタ?」

「いや別に。さ、今日は寝るぞ。今日はあって色々疲れたろ」

「ダナ。 …天龍、今日ハアリガトウナ」

「…気にするなっての。電気消すぞ」

 

 こうも素直に感謝されては返って反応に困る。天龍は目を逸らしながらも、頬を指先でなぞって誤魔化す。

独房とは言え最低限のものだけは揃っている。少し色の薄い電球の光に対してふむっと頷いてから、天龍はパチッとスイッチを押す。代わりに部屋の中を薄く照らすのは淡い月の光。幕よりも軽やかに照らしていることから阻害にもならず、むしろ風情と感じるほどに整った綺麗さを醸していた。

……そうして訪れた静寂。騒がしかったレ級が静かになることもあるのかと奇妙な驚きはあったもの、冷静に考えが及ぶ。なによりこの状況に振り回されているのはレ級自身だ。記憶喪失は嘘、彼女は敵。ここに来て一日なのだ、その意見が無い方がおかしいだろう。けど、天龍の直感は変わらない。レ級は味方だ。波の音すら遠いこの場所、加えて艦娘のいる宿舎からも離れていると来た。そこで自分を嬲ろうと思えばいくらでも出来る。だが、レ級からその意思も気配も無い。感謝までされる程だ。信頼を得る為に振りをしている線が無いのか聞かれれば、無いという答えは嘘になる。だがそんな理屈以上の感覚が天龍に根付いていた。

 …考えても仕方ない。どうあれ明日の演習で腹の下を探れる。天龍は被った布団を整え直してから、意識を沈ませていく――




毎度投稿の度に誤字修正の報告が来ています。連絡してくれている読者の方本当にありがとうございますm(__)mフカブカ


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。