ソードアート・オンライン~黒の剣士と灰の剣聖~ (カノン・キズナ)
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プロローグ

2022年11月5日 土曜日

 

 

 

ある男の研究室に一人の少年が訪ねる

以前はナーブギアの試験運用のためによく訪れた場所へ

 

 

「すまないね、急に呼び出して」

 

 

「べつにいいですよ、特にすることもなかったし。でもいいんですか?明日から稼働で忙しいんじゃ…」

 

 

「それについては気にしなくてもいい、すべての作業は終わっている。あとは…」

 

 

「計画通りに…ですか?」

 

 

「そういうことだ。君を呼んだのはね一つお願いがあったからなんだよ」

 

 

その少年は少し驚いた顔をした。なぜなら今まで仕事関連で長い付き合いだが彼からそんなことを言われるのは初めてだったからだ

 

 

「珍しいですね、あなたがそんな事を言うなんて。ちなみに何度言われてもあなたの計画には賛同出来ませんよ」

 

 

「それは分かっているさ、だからこそ君に頼みたいことなのさ…計画を知っている君にね」

 

 

そう言うと男は少年にヘッドギア型のゲーム機と1本のゲームソフトを渡した

そのソフトの名は【ソードアート・オンライン】通称【S・A・O】

そのソフトを見た瞬間少年は少し顔を歪めた

 

 

「僕にもデスゲームに付き合えと?あなたに少しでも加担した報いだとでも?」

 

 

少年は少し語気を強めてそういった

 

 

「そうではない、前にも言っただろう私は私の作ったあの世界で、"システム"に制御されたあの世界でそこに

 囚われた人々がどんな可能性を見せてくれるかを知りたい」

 

 

「僕もその人々の中に含まれると?」

 

 

「君なら私への反抗心で面白いものを見せてくれそうだからね」

 

 

「あなたのその好奇心のために何人が犠牲になるかもわかった上で言っているんですか?」

 

 

 なんの罪もない大勢の人たちがこれから命がけの時間を過ごそうとしているのに

結局は自分の思い通りに物事を動かそうという男に苛立ちを覚えた

 

 

「間違ってもらっては困るな、これは決して何度死んでも生き返ることのできるような遊びではない」

 

 

 

「仮想現実であろうと、そこで生きて日々を全うする以上それは現実と何ら変わることはない」

 

 

「そこで暮らし、唯一つの命を燃やす現実だ」

 

 

 

 少年は少し考え込むように俯き男の目を見てはっきりと言い放った

 

 

「そこまで言うならわかりました。やりましょう」

 

 

「もう一つ私からの贈り物をナーブギアに入れておいた」

 

 

「なんですか?」

 

 

 

「一部GM権限を行使できるスーパーアカウントのデータだ」

 

 

 

「先生知ってますか、チートを使ってやる遊びほどつまらないものはありませんよ」

 

 

 

「もちろん分かっているさ、君がそういう物を使いたがらないのはな。だからこその保険だこれは」

 

 

「保険?」

 

 

 

「これを、君が使わなければいけない状況、己のためか、他社のためかいずれにせよそこに興味があるのさ」

 

 

 

「また先生の好奇心ですか。まあわかりましたそんな状況にはならないと思いますけどね」

 

 

 

「それはよろしく頼むよ、綾人くん」

 

 

 

 

「それではいずれゲームの中で会いましょう、茅場先生」

 

 

 

 

 

 

 



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第1話 はじまりの街

ナーヴギア(NerveGear)

 

 それは天才科学者、茅場晶彦が設計したフルダイブ型VRマシン。

 無数の信号素子が埋め込まれ、それが発生させる多重電界がユーザーの脳と直接接続する

己の耳や目ではなく、脳に直接送り込まれる情報を見て聞く。

 完全な仮想現実を可能にしたそれはまさに画期的な発明といえるだろう。

 

そんなナーブギアの新作ゲームタイトルソードアート・オンライン。

VRMMORPGというゲームジャンルの初タイトルでもあり世間ではかなりの注目を浴びていた。

この通称SAOと言われるゲームに彼"甲斐 綾人"はゲーム名カイトとしてはじまりの街に降り立った。

 

 

 

「これがSAO、試験の段階で知ってたけどここまで現実に近いなんて」

 

 

 ナーブギアの試験に参加していた俺はどのようなものかは知っていたが、実際にソフトを体験するのは初めてで、自分の体や周りを見渡して感覚を確かめていた。

 

 

 ――まるで本当に体を動かしているみたいだな。

 

 

 実際の体は病院のベッドでヘッドギアをかぶったまま微動だにはしていないはずなのに現実で生活している時と少しの違和感もない。

 これが仮想現実なんだと実感する半面これから起こるであろう事実に少し気分が落ちる。

 

 

 ――少し外に出て戦闘練習をしてみるか

 

 

 ゲームそのものの詳しい情報は持っていなかったが少なくともはじまりの街周辺には

非アクテイブのモンスターが多く練習するにはちょうどいいことぐらいはベータの資料を見て知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武器を振ってモンスターを倒すぐらい簡単に行くだろうと思っていた数分前の自分に少し苛立ちを覚えていた。いや武器は振れる、流石にそれくらいは出来る。だが問題はソードスキルがうまく発動できないことだった。何度か素振り行うのだがどうにもうまくいかない。どうしたものか悩んでいたとき近くから声が聞こえてきた。

 

 

「ぬぉ……とりゃ……うへぇぇ!」

 

 

「そうじゃないよ、大事なのは初動のモーションだ、クライン」

 

 

 赤みがかった髪にバンダナをした男と、黒い髪のファンタジーの主人公のような見た目の男がフレンジーボアを相手に練習戦闘をしているようだった。

 

 

「んなこと言ったってよぉ、キリト……アイツ動きやがるしよぉ」

 

 

 どうやら、キリトと呼ばれた黒髪の青年が戦闘のレクチャーをしているようだ

 初対面でいきなり声をかけるのも少し悩んだが、俺は思い切って彼らに声をかけてみることにした

 

 

「すいませーん、もしかして戦闘の練習ですか?良ければ俺もお願いできませんかどうもうまく行かなくて」

 

 

「いいよ、こっちで一緒にやろう」

 

 

 幸い簡単に受け入れてもらえて二人と合流し自己紹介からすることになった

 

 

「俺は、キリトだ」

 

 

「カイトって言います、ごめんなさい二人でやってたみたいなのに」

 

 

「なぁに、いいってことよこういうのは一緒にやったほうが楽しいからな、俺はクラインっていうんだ」

 

 

「よろしくおねがいします、キリトさんクラインさん」

 

 

 名前はあくまでキャラクターネームのため呼び捨てでも問題はないのだが初対面で少し遠慮してしまった

 

 

「キリトでいいよ、堅苦しいのあんまり好きじゃないしさ」

 

 

「俺も、クラインでいいぜ敬語使われるとくすぐったくなっちまうしよ」

 

 

 ソードスキルがうまく出来ないと話すとクラインもやっぱそうだよなと言い、アイツ動きやがるからよお

 とキリトにぼやいていた

 

 

「カカシじゃないんだからそりゃ動くさ、ちゃんとモーションを起こしてソードスキルを発動させれば

あとはシステムが技を命中させてくれるよ」

 

 ――モーション、モーション

 

 

 クラインと俺は呪文のようにブツブツ言いながらそれぞれの武器を振っていた。

 

 

「うーんどう言えばいいかなあ……1、2、3で振りかぶって斬るんじゃなくて少しタメを入れてスキルが

発動するのを感じたら、ズバーンといくんだよ」

 

 

 

 ――ズバーンか…

 

 

 キリトの言うように構えてからタメを作ると右手に何かがみなぎるような感じがした。

 ここだと剣を振り切ると心地よい効果音とともに片手剣基本技スラントを発動させ眼の前にいたフレンジーボアを1撃で倒すことに成功した。クラインもうまく発動できたらしく少し大げさ気味に喜んでいた

 

 

「なかなかいい感じじゃないか、その調子でもう少し勘がつかめるまでやるか」

 

 

「ったりめえよ!……と言いてえところだけど…」

 

 

 クラインの視線が少しずれるどうやら時計の確認をしているらしい

 

 

「そろそろ一度落ちて、メシ食わねえとなんだよな。ピザの宅配5時半に指定してっからよ」

 

 

「準備万端だな」

 

 

 呆れ声を出すキリトにおうよと胸を張り、思いついたように続けた。

 

 

「あ、んで、オレその後他のゲームで知り合いだった奴らと、はじまりの街で落ち会う約束してんだよな

どうだ、紹介すっからあいつらともフレンド登録しねえか?いつでもメッセージ飛ばせて便利だからよ」

 

 

「え……うーん」

 

 

 キリトは少々歯切れの悪い返事をした。もしかしたらキリトはあまり人と付き合うのが得意ではないのかもしれない。クラインは良いやつだが他のメンバーもそうとは限らない、だからこそどうしようか悩んでいるのではないかもしれない。

 

 

 かくいう俺も、正直迷っていた。人付き合いが苦手なわけじゃないけどすでに出来上がっている集団の中に入るというのがどうも二の足を踏ませた。

 

 

 すると俺とキリトのその様子に気づいたクラインがすぐに首を振った。 

 

 

「いや、もちろん無理にとは言わねえよ。そのうち紹介する機会もあるだろうからな?」

 

 

「なんだか悪いな、せっかく誘ってくれたのに」

 

 

「良いんだって、礼を言うのはこっちの方だしよ、この借りはいつか返すぜ精神的に!」

 

 

「そんじゃあ、これで落ちるわ。ありがとなキリト、カイトもこれからよろしくな」

 

 

 そういってログアウトの操作をしていたクラインだったが急にその手が止まった

 

 

「あれ、何だこりゃ……ログアウトボタンがねえよ」

 

 

 ――ついに始まったか

 

 

「ボタンがないってそんなわけ無いだろ、よく見てみろ」

 

 

 二人はお互い自分のウインドウを確認するがやはりログアウトボタンはなかった

 念の為俺も確認したがやはりログアウトボタンななくなっていた。二人がバグかもなどと慌てていたとき急に始まりの街の鐘が鳴った

 

 

 

 次の瞬間3人はシステムによる強制転移ではじまりの街の中央広場につれてこられていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第2話 チュートリアル

 

 突如としてはじまりの街の中央広場へと強制転移させられた俺たち。

 急な出来事に驚きつつ周囲を見渡すと、どうやら自分たちと同じような状況にあったのであろうプレイヤー達が各々に混乱や苛立ちの声を上げていく。ざわめきが大きくなる頃突如として空に赤い市松模様が現れた

 

 

 それを見た誰もが、運営から説明があるんだと一安心したことだろう

 しかしそれはそこから現れたフードをかぶった巨人によりあっけなく覆されることとなる

 

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

 

 その声を聞き俺はようやく現れたかとその後の言葉に耳を傾けた

 

 

『私の名前は茅場晶彦、今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

 

『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいていると思う』

 

 

『しかし、ゲームの不具合ではない。繰り返すこれは不具合ではなく《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』

 

 

『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることは出来ない』

 

 

 

『……また、外部の人間の手による、ナーブギアの停止あるいは解除もありえない。もしそれが試みられた場合…』

 

 

 

『ナーブギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し生命活動を停止させる』

 

 

 

 

 ――あの男は、現実世界でこれはゲームであっても、遊びではないと言った。

 

 

 

『そして十分に留意してもらいたい。諸君にとって《ソードアート・オンライン》はすでにただのゲームではない』

 

 

 

『もう一つの現実というべき存在だ。……今後ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に』

 

 

 ――それは一切の例外なく脱出することのかなわない

 

 

『諸君らの脳は、ナーブギアによって破壊される』

 

 

 ――デスゲームだ。

 

 

 

 そう今この場にいるすべての人間が視界左上に見えるヒットポイントが文字通りの命の残量これがなくなった場合ゲームからも人生からも永遠にログアウトすることになる

 それを逃れる手段は唯一つ…

 

 

『諸君らがこのゲームから開放される条件は、アインクラッド最上層、第100層までたどり着きそこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすれば良い。その瞬間生き残った全プレイヤーが完全にログアウトされることを保証しよう』

 

 

「で、できるわきゃねぇだろうが! ベータじゃろくに登れなかったって聞いたぞ!」

 

 

 近くでクラインがこう叫ぶ。確かに彼の言うことは正しい、事実βテスト中の記録を見ても全テスターが2ヶ月かかって10層の攻略すらいってないのだ。単純に計算しても100層までたどり着くのに数年はかかる計算だ

 

 

 そしてこの場の人間の多くが《本物の危機》なのか《オープニングイベントの過剰演出》なのかを測りかねている。

 そんなプレイヤーの考えを読んでいるかのように茅場晶彦はこう続けた

 

 

『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実である証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに私からのプレゼントを用意してある。確認してくれ給え』

 

 

 その瞬間全てのプレイヤーがメインメニューを開き、自身のアイテムストレージを確認すると《手鏡》というアイテムが表示されていた。そして誰もがそれを選択しオブジェクト化された手鏡を覗き込んだ。

 次の瞬間光りに包まれ光が消えたときには周囲の状況は一変した

 

 

 …いや違う、正確には周囲の風景は変わっていないが周りにいたプレイヤーの姿が変わっていた

 

 

「お前…誰?」

 

 

「おい…誰だよおめぇ」

 

 

 

 それはカイトの近くにいたキリトとクラインも例外ではなかった。当然カイト自身も

 

 

「お前ら、クラインとカイトか?」

 

 

「おめぇら、キリトとカイトか?」

 

 

 3人が周りを見渡すと先程までのファンタジーじみた外見の群れではなかった。それどころか男女比すら変わっているように思えた

 

 

 「そうかナーブギアが顔の細かな作りと初期設定のキャリブレーションで体格を再現しているのか」

 

 

 俺がそうつぶやくと、キリトたちも「なるほど、そういうことか」と納得していた

 

 

 つまりこれは限りなく現実に近い仮想…いやここにいる者にとっては仮想ですらなく、今現実世界でナーブギアをかぶっている自分も含め両方が本物なのだというあの男のメッセージなのだろう

 

 

 頭をかきながら両目を光らせクラインは叫んだ

 

 

「なんでだ!?そもそもなんでこんなことを………!?」

 

 

 

 それを聞いてキリトはすかさず真上を指さしながら

 

 

「もう少し待てよ。どうせそれも、すぐに答えてくれる」

 

 

 

 そういったキリトの言葉通り上空からまたあの声が響いた

 

 

『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。なぜ私は――SAO及びナーブギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか? これは大規模なテロなのか? あるいは身代金目的の誘拐事件なのか? と』

 

 

 ――違うあの男の目的はそんなものじゃない……

 

 

『私の目的はそのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。なぜならこの状況こそが私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を作り出し鑑賞するためにのみ私はナーブギアを、SAOを造った。そして今全ては達成せしめられた』

 

 

 ――そうあの男にとってすでにここは観察の対象、他人のゲームを鑑賞しているに過ぎない

 

 

『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る』

 

 

 そう言うとローブの巨人は静かに消えていった

 そしてこの時点になってようやく1万のプレイヤーが自体を飲み込みだしたのか反応を見せた。頭を抱える者、悲劇に泣き叫ぶ者など様々だ

 

 

 ――無理もないかいきなりゲームに囚われた囚人にされたのだから

 

 

 自身ですらこの状況に小さな恐怖を覚えていた、こうなることを知っていた俺ですらそうなのだ何も知らないプレイヤー達が混乱するのも当然だった。

 だがそんな中、隣りにいたキリトはこの状況をいち早く理解しようとしていた

 

 

「カイト、クラインちょっと来い」

 

 

 先程草原で練習していたときの姿とはうってかわって小柄でやや中性的な顔立ちのキリトは二人の腕を掴み足早に街路へ入り影に飛び込んだ

 

 

 

「ふたりともいいか、よく聞け。オレはすぐにこの街を出て、次の村へ向かう。二人も一緒に来い」

 

 

 この状況下で1万人の中で一番冷静な判断が出来ている。少なくとも俺はそう感じた。

 

 

「あいつの言うことが本当なら、これからこの世界で生き残っていくためには、ひたすら自分を強化するしか無い。ふたりとも知ってるだろうけど、MMORPGってのはプレイヤー間のリソースの奪い合いなんだ。システムが供給する限られたアイテムと金と経験値をより多く獲得したやつだけが強くなれる。……このはじまりの街周辺のフィールドは、同じことを考える連中に狩りつくされて、すぐに枯渇するだろう。モンスターのリポップをひたすら探し回るハメになる。今のうちに次の村を拠点にしたほうが良い。俺は、道も危険なポイントも全部知ってるから、レベル1の今でも安全にたどり

つける」

 

 

 初対面では人との付き合いが苦手そうに見えたキリトが随分長く、しかしおよそこの手のジャンルのゲームとしては重要なことをカイトとクラインに話していた。だがクラインは少し顔を歪めて

 

 

「でも…でもよ、おりゃ他のゲームでダチだった奴らと一緒に徹夜で並んで、ソフト買ったんだ。そいつらもログインして

さっきの広場にいるはずだ。置いて……行けねえ」

 

 

 

 その意見も間違いではなかった。おそらくこの男は陽気で人好きのする面倒見のいい男なんだろう キリトが少し俯き加減になっている。おそらくクラインの気持はよく分かるけどそれだけの人数を背負うと育成効率が悪くなり、何より自身で守りきれる保証はなくなってしまうだろう

 

 一歩間違えれば何人も死人が出るような重みを彼は背負うことは出来ないだろう。そんなもの俺にだって背負える物ではない。かといって見捨てて行くのも辛い、そんな顔をキリトはしている

 

 ――少し助け舟を出すか

 

 

「俺はついていくよ、キリト。クラインも一緒に行けないのは残念だけどいつか必ず生きて会おう、3人の約束だ」

 

 

「おおよ、いつかぜってぇお前らに追いつくからよ、そんときは一緒にクエストでも行こうぜ」

 

 

 そう言うとキリトは顔を上げた、先程より少し顔つきが楽になっている気がする

 

 

「もちろんだ、必ず生きて3人で再会する。約束だ!」

 

 

 もちろん明日死ぬかもしれないこの世界で約束という言葉がどれほどの力を持っているか分からない。けどいまいちばん大事なのは気持ちを押しつぶされないこと。毎日身体と心をすり減らしていくであろうこの状況で楽観的でも少しの希望を持つことが大事だろうと俺は考えた。

 

 「それじゃあ、俺達はもう行くよ。何かあったらメッセージ飛ばしてくれいつでも相談に乗るから。じゃあ、またなクライン」

 

 

「おう、お互いに頑張っていこうぜ!」

 

 

 

 そう言って二人はクラインとフレンド登録をして、次の村の方角へと駆け出した

 

 

 

「おい、キリトよ!おめぇ、本物は案外カワイイ顔してやがんな!結構好みだぜオレ!」

「カイトも、優しそうなイケメン顔で羨ましいくらいだ!」

 

 

 二人は軽く苦笑いしながら振り向き、声を合わせるように言い返した

 

 

「「お前もその野武士ヅラのほうが十倍似合ってるよ!」」

 

 

 

 そう言うと二人はまた駆け出した、後ろで「うるせぇよ!」という声を聞きながら

 

 

 

 

 そして二人は、広い草原と深い森を超えた先にある小村へと向かって走り続けた

 

 

 

 

 

 

 

                 

 

 



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第3話 ホルンカ村

俺とカイトは、はじまりの街を出て日が沈む前に次の拠点、《ホルンカ村》に到着した。日が沈んできており、夜になりつつあったが俺の頭には急いで次の行動を取らなくてはという思いがあった

 

 

「キリト、村についたけどこれからどうするんだ?」

 

 

「まずは道中で倒したモンスターのドロップ品を売って、それで出来たお金で防具と回復と解毒ポーションを買おう」

 

 

 そう言いながら俺はそこそこ防御力の高い茶革のハーフコートに手を伸ばした。

 するとそれを隣で見ていたカイトが不思議そうな顔で聞いてきた。

 

 

「あれ?鎧とかもあるのに、それで良いのか?」

 

 

「動きが少し遅くなるのが嫌でさ、それに避ければダメージはないし」

 

 

 というのは恐らくあまり説得力のある理由にはならない、実際は今のアバター…つまり自身の外見に綺羅びやかな金属鎧をつけている状況を想像すると猛烈な拒否反応が全身を駆け巡ったからだ。

 

 

「なるほどな、なら俺も同じのにするかな。武器は買わなくても良いのか?」

 

 

「武器はいらない、ここで売ってる《ブロンスソード》は初期装備の《スモールソード》より威力は高いけど、耐久が低くて壊れやすいんだ。しかもこの辺に出る植物モンスターの腐食液にも弱いから今のままのほうが良い」

 

 

「そういうものなのか、威力があればいいってわけでもないんだな」

 

 

「それにここには報酬で剣がもらえる片手剣使い必須のクエストがあるからな、剣はそっちでなんとかすればいい」

 

 

 俺は単純に少し強い次の街へ来たわけではなく、《森の秘薬》クエストを受けに来たのだ。このクエストをクリアすれば報酬として《アニールブレード》が手に入る。少なくともこれがあれば3層程度まではこれで事足りる

 

 

「剣が報酬のクエストかたしかにやっておきたいな」

 

 

「けどこれが結構面倒なんだ。クエストをクリアするためにはこの辺にいるネペントの花がついてるやつから落ちる《リトルネペントの胚珠》が必要なんだけど、この花つきが全然出てこなくて普通のネペントを倒して出現率を上げるしか無い」

 

 

「ということは、二人でひたすらネペントを狩って、花つきが2体出るまで粘るってことか」

 

 

「そういうこと。まあ慣れてくれば良いレベリングにもなるだろうし地道にやってこう」

 

 

そして俺達はクエストを受注するため、村の奥の民家に入ると、鍋でなにかを作っていたいかにもおかみさんみたいな見た目のNPCが話しかけてきた

 

 

「こんばんは、旅の剣士さん。お疲れでしょう、食事を差し上げたいけど今はなにもないの。出せるのは一杯のお水くらいなんです」

 

 

「それでいいですよ」

 

 

するとNPCはカップに入れた水を置いた

俺はそれを飲み干し、一息つくとおかみさんは再び鍋に向き直した

 

 

「気になったんだけど、鍋でなにか作ってるのに食事はないんだな」

 

 

「カイト、中々いいところに気づくじゃないかそれがヒントなんだよ。もうしばらくするとクエスト発生のマークが着くから」

 

 

そして数秒待つと、おかみさんの頭上に金色のクエスチョンマークが点灯し、それを見てすかさず俺は声をかける。

 

 

「なにかお困りですか?」

 

 

幾つかあるクエスト受諾フレーズの一つだ。するとおかみさんの頭上の?マークが点滅する。

 

 

「旅の剣士さん、実は私の娘が……」

 

 

このクエストの内容は、おかみさんの娘が重病にかかってしまい、それを治療するためには森の補食植物の胚珠からとれる薬がいるというものだ

 

 

クエストが進行し家からでた俺はカイトがクエストを受けるのを家の前で待っていると時鐘メロディが流れた、午後七時の知らせだ

 

 

ふと、現実世界はどうなっているのか気になった。少なくともまだ自分が生きているということは現実世界において自身のナーヴギアはまだ外されていないということだ

 

 

このデスゲームから生還するには百層にも及ぶ浮遊城アインクラッドを攻略し、ゲームをクリアするしかない。もちろん自分がそれを成し遂げてやろう、などという勇者的思考は持ち合わせていない。

 

 

今はただ強くなって生き残るだけ、せめて自分の命とついてきてくれたカイトの命だけでも…自分の手の届く範囲の命は守りたい。その先のことはそれからでもいい。

 

 

ーーごめんな、母さん心配かけて……。ごめんな、スグ。お前が嫌ってたVRゲームで、こんなことになって……

 

 

「スグ、っていうのは妹さんか?」

 

 

クエストの受諾が終わって家から出てきたカイトが声をかけた。

 

 

 

「そうだけど…ってもしかして、声に出てたか?」

 

 

 

「ごく普通にな。そうかキリトはお兄さんか」

 

 

 

「妹って言っても血は繋がってないけどな、正式には従兄妹だから」

 

 

 

 俺は10歳のときに戸籍の情報から自身が、母親の妹夫婦の養子になっていることを知った。それ以来周囲との距離感が分からなくなり、結果的にそれがゲームや仮想世界へ傾倒していった。

 

――もし、奇跡的にこのゲーム抜け出せたらしっかり顔を合わせてスグと呼んでやろう

 

 

 特に理由もなくそう決意した。

 

 

「さあ、カイトもクエストを受け終わったんだろ早速森に行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、1時間半ほど俺とカイトはネペント狩りをしていたが、なかなかお目当ての花つきは出てこない。すでにネペントの相手にも慣れ、レベルも俺が3になりカイトももうじき3に上がろうとしていた。二人的には完全に自分の運との戦いになりつつあった。

 

 

「流石になかなか出ないな、花つき」

 

 

「そうだな俺もさっきからサーチングしてるんだけど、全然見当たらない」

 

 

 

 SAOにはスキルシステムがありレベル1のプレイヤーがセットできるスキルは2つまで。一つは片手用直剣で埋め、もう一つをどうするかカイトと相談し俺は敵の周囲の状況把握のため索敵を、カイトは武器防御をセットした。

 

 

 本来安全性の高いパーティープレイに索敵スキルはあまり必要ないが、カイトがまだこの世界に不慣れなことを考えどちらかといえばソロ御用達の索敵スキルを取ることにした。

 

 

「今の感じならもうしばらくは無理なくネペントを狩れそうだししばらく頑張れるか、カイト?」

 

 

 

「問題ないと思う、なんていうか馴染んできた感じがするよ。辛くなったら言うからこの調子で頑張ろう」

 

 

 

 俺はほんの2時間ほど前に出会ったこの少年カイトに不思議な感覚を感じていた。最初にあったときは、動きも少しぎこちなかった。ゲーム用語で言うところのニュービー(初心者)なのは間違いない。

 だがその後は、恐ろしいほどの飲み込みの速さで今では、俺ともそれなりに連携できるぐらいには上達している。

 

 

 はじまりの街を出た頃は、カイト一人くらいなら自分でも守れると思っていたが、今ではそんな考えはすでになく、逆に今後ろを気にせず戦えているのはカイトのおかげだと思うほどだった。

 

 

 ――パーティーで行動するのも案外悪くないのかもな…

 

 

 β時代ソロプレイヤーだった俺らしくもなく、そう思いかけたときだった

 

 

 

「うわぁーー!!」

 

 

 

 急に叫び声がどこからか聞こえてきた。とっさの出来事に今の声が何処から聞こえてきたか必死に探したが、反応はカイトのほうが少し早かった。

 

 

「こっちだ!こっちの方から聞こえてきた」

 

 

 

 もしプレイヤーであれば文字通り命の危険があるがNPCの可能性も大いにありえた、β時代になかったクエストの可能性もある。だが俺達ははそこまで考える前に体が悲鳴の方向へ動き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第4話 紫の少女と鼠

 正直夜の森に、他に誰かいるという事は少し考えにくかった。今は俺も普通に戦闘をこなしているが、キリトがいなければこの時間帯にここにいることはなかっただろう。

 

 

 とはいえ、叫び声が聞こえたということは、誰かの身になにか起こっているのは間違いない。少しの疑いも持たず、俺達はは声のした方へ全力で走った。

 すると、索敵スキルをセットし俺より少し見える範囲の広いキリトが声の発生源を見つけた。

 

 

 

「あそこだ! モンスターが大量に群がってる!」

 

 

 

「ネペントがそんなに群がることあるか? 今までその気配は無かったけど」

 

 

 

 少なくとも1時間半ほど狩っていた中にはそんなまとまって来ることはなかった。こちらを見つけたやつが散発的に来ることしかなかったため、疑問に思った。

 

 

「とにかく、話はあとだ! 行くぞカイト!」

 

 

「ああ、任せろ!」

 

 

 二人はネペントの集まっているところに水平斬撃技《ホリゾンタル》で斬り込む。すると固まっていた影響もあるのかお互い2体ずつ倒し、ネペントの群れていた中心に一人のプレイヤーがいるのを発見した。

 

 

「大丈夫か!? カイト、ポーションを!」

 

 

「わかってる――大丈夫か?しっかりしろ」

 

 

 そういって倒れ込んでいたプレイヤーを抱えるように起こすと……俺はこんな状況だが一瞬目を奪われた、ネペントの群れに襲われていたのは紫色の髪の小さな女の子だった。だが今は悠長にしている場合ではない。詳しい事情は後で聞くことにして彼女にすかさずポーションを飲ませた。

 

 

 彼女の体力ゲージを見るとレッドゾーンに入っていた、かなり危なかったようだ。

 

 

 

「おい、大丈夫か?」

 

 

 

「う、うぅん…誰だかわかんないけどありがとう。助けてもらちゃって」

 

 

 

「その言葉はここを切り抜けてから聞きたいな、立てるか?」

 

 

 

 ひとまず体力がすぐに無くなることは避けれたが、モンスターに囲まれているこの状況は変わっていない。キリトがすでに3体ほど倒したようだが、周りを見る限りまだ15体近くは確認できる。

 

 

 

「うん、ありがと。助けられっぱなしじゃ良くないしボクももう少し頑張るよ」

 

 

 

「分かった、キリトこの囲い突破できそうか?」

 

 

 

「難しいだろうな、多分さっきまで実付きがいたんだろう。これだけの数のネペントがよってくるってことは」

 

 

 

「実付き?花付きとなにか違うのか?」

 

 

 

「ああ、実付きは所謂罠なんだ。実が破裂すると強烈な匂いを出して周りにいるネペントを集める。ちょうど今みたいにな」

 

 

 

「そういえば、ボクさっきちょっと違うやつを斬ったかも」

 

 

 

 お互い背中合わせに立ち近づいてきたネペントを順番に処理していると、彼女が気づいたようにそう呟いた。

 少し申し訳無さそうな顔をして、ごめんねボクのせいでと言いながら。

 

 

「こうなった以上、切り抜けられなければ3人共待ってるのは死だけだ、カイトとえっと…」

 

 

 

「ボクはユウキ」

 

 

 

「ユウキ、今はお互いの死角をカバーして確実に倒していくしか無い。行けるか」

 

 

 

「もちろん」

 

「ボクのせいでこうなっちゃったんだ、無理してでもやるよ」

 

 

 

「よし、行くぞ!」

 

 

 

「「おう!」」

 

 

 

 そこからの出来事ははっきり言ってあまり覚えていない、とにかく死に物狂いで必死にネペントを斬り続けた。ポーションを飲んでいる余裕もなくギリギリのラインで最低限の動きで攻撃を避ける、出来なければ待っているのは体力ゲージが無くなるまでの蹂躙だったからだ。

 

 

 

 俺が落ち着いて周囲の状況を確認できるようになったのは十数分後、粗方のネペントを倒し少し息を整える余裕ができてからだった。隣ではユウキと名乗った少女が膝に手を付き、同じく息を整えていた。

 

 

 ――キリトは何処だ?

 

 

 ふとキリトの姿が見えず、周りを見渡すとユウキが「さっき、そっちの草むらに入っていったよ」と教えてくれた。ユウキの言ったとおりキリトは草むらに身を隠し何やらサーチングをしているようだった。

 

 

「どうしたんだ、キリト」

 

 

「見ろ、あそこに花付きがいるそれも3体も。怪我の功名かもな最悪ゲガどころじゃなかったけど」

 

 

 キリトの言う方角を見つめると確かに先程まで文字通り飽きるほど見たネペントの頭に花がついているやつがいた。

 

 

「キリトどうする?一気に仕掛けるか?」

 

 

「そう…だな、恐らくさっきの騒ぎで通常種はほとんどいないはず。一気に行こう」

 

 

「ボクももうひと頑張りできるよ」

 

 

 小休止しこちらに来たユウキも参加し花付きとの戦闘が始まった。しかし結果は呆気ないものだった、予想外のネペントの大群との戦闘もあり二人のレベルは4へと上がりユウキとの息もあってきたことで1体ずつ確実に倒すことに何ら苦労はなかった。

 そして最後の一体がポリゴン体となって消滅し、ようやく3人の顔に安堵の表情が出た。

 

 

「おつかれ、グッジョブだ二人共」

 

 

「正直ニュービーにはかなりハードな数時間だったけどね」

 

 

「ボクも、もうへとへとだよ~」

 

 

「とりあえず村に戻って宿をとろう、ユウキに事情も聞きたいし、今日の出来としては上出来だろうし」

 

 

 

 

 

 

 

 村に戻り宿を取ろうとしたとき、ユウキが宿代分の所持金がないこと発覚し、俺達は部屋のとり方で頭を大いに悩ます結果になったのだが、当のユウキ本人が「ボク全然気にしないから良いよ」と言って結局3人部屋で宿を取ることになった。

 もちろん、俺達は気にするんだけどなと言う心の声を二人共声には出さず我慢していたが。

 

 

 

 3人は借りた部屋に入り、落ち着いたところでキリトが今まで俺も気になっていたことをユウキに聞いた。

 

 

「どうしてユウキは森のあんなところにいたんだ?クエストを受けてた様子もなかったし」

 

 

 さっき、クエスト完了の報告におかみさんのところに行ったとき、ユウキだけがクエストのことを知らなかった。その時点でβテスターの可能性は少なそうだ、かといって初心者に偶然たどり着けるような場所ではないことを俺は理解していた。

 

 

 

「実はね、信じてもらえないかもしれないけどさ、ボク別のゲームにいたはずなんだ。急に光に包まれたと思ったらあの森のなかにいて…」

 

 

 

「じゃあ、ここがSAOだってことも知らないのか?」

 

 

「SAO…これがそうなんだ、発売されるって噂くらいは聞いてたけど」

 

 

 

 全く違うゲームにいたということはナーブギアが発売されてから稀にはあった。混線などが原因で意図しない動きをする報告が僅かだが存在していたが、よりにもよってこんなところに飛ばされるとは。少し彼女に同情しつつ俺達は今自分たちに起きている状況をユウキに説明した。

 

 

「じゃあ、クリアするまではここから出られなくて、その間に体力ゲージが無くなっちゃったら現実でも死んじゃうってこと?」

 

 

 

「そういうことになる、茅場晶彦の言うことが事実なら」

 

 

 

 キリトがそう告げると、ユウキは少し俯きながら何かを考え込んでいるようだった。

 

 

「とにかく、悩むのもいいけど今日はもう寝よう、アニールブレードも幸いカイトたちの分も取れたしあとは明日から慣れていくだけさ」

 

 

 

 部屋を暗くし、ベッドに倒れ込んだカイトだったがどうにも寝付くことが出来なかった。あれだけの命のやり取りをした後なので疲労は間違いなくあったが、妙に目が冴えてしまっていた。まだ脳が興奮状態なのかもしれないなと思いながら15分ほど横になっていると小さい声ではあるが泣いているような声が聞こえてきた。

 

 

「…っく……ひっ……グス」

 

 

 

 キリト…ではない、部屋を暗くした直後にはもう寝息が聞こえていたので間違いない。となると、泣き声の主は一人しかいなかった。

 

 

「眠れないのか? ユウキ」

 

 

 

「あっごめん起こしちゃった?すぐ寝るから安心して」

 

 

 

 わかったしっかり寝ろよと、言ってこの場を流すことももちろん出来ただろう。しかしカイトは何故かユウキを放おってくことが出来ず、起き上がり彼女にたずねた。

 

 

「俺なんかじゃ力になれないかもしれないけど、話したほうが楽になることもあるぞ」

 

 

「…ごめんね、なんだか気を使わせちゃったみたいで」

 

 

「俺がしたくてしてるんだ、気にせず話してみろよ」

 

 

 

「…今になって急に怖くなってきちゃってさ……さっきカイトたちが助けてくれなかったら死んでたかもって思うと」

 

 

 ユウキの思いはある意味当然なのだろう。いきなり違うところに連れてこられ次の瞬間には死ぬかもしれないデスゲームに巻き込まれたのだ。もし見た目通りならユウキの年齢は俺の2,3は下になるだろう。そんな小さな子が突きつけられた状況としてははっきり言って重すぎる。

 どんな言葉も気休めにしかならないと感じた俺は座っていたユウキの正面からそっと頭を抱き寄せた。…昔姉さんがそうしてくれたように

 

 

「大丈夫……大丈夫だから」

 

 

 すると、少し落ち着いたのか小さな声で「ありがとね」という言葉が聞こえてきた。そして数分立たずに寝息が聞こえてきたので、カイトは起こさないようにそっとベッドに寝かせて、布団をかけた。

 

 

「おやすみ、ユウキ」

 

 

 

「おつかれ、カイト」

 

 

 

 寝ようとベッドに横になると、さっきまで寝ていたはずのキリトが声をかけてきた。

 

 

 

「寝てたんじゃないのか」

 

 

 

「まあ…そうなんだけど、な。明日も早いからカイトも寝た方が良いぞ」

 

 

 

 

「ああ、おやすみ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝目が覚めると、部屋にはユウキだけがいた。

 

 

 

「あれ、キリトはいないのか?」

 

 

 

「おはよう、カイト。キリトなら朝のウォーミングアップだとか言って出ていったよ」

 

 

 

「元気なやつだな、一人でレベリングか」

 

 

 

「少ししたら戻ってくるから朝ごはん食べようって言ってたよ」

 

 

 

「ゲームの中とはいえ、しっかりお腹が空いて眠くなるのは不思議な感じだな」

 

 

 

 

 外の様子を窓から確認すると、全く人のいなかった昨日に比べまばらにプレイヤーの姿が見えるようになっていた。だが恐らく今この村にいるプレイヤーの殆どは昨日からSAOを始めたビギナーはいないだろう。俺たちのようにβテスターのキリトについてきていれば話は別だが、どうもパーティを組んでいそうなプレイヤーはここからは見えない。

 

 

 

「ただいま、戻ったぞ。おはようカイト、起きてたか。」

 

 

 

「一人でレベリングなんて水臭いじゃないか」

 

 

 

「そうだよー、ボクも行きたかったのに」

 

 

 

「悪かったよ、前からの日課みたいなものだからさ、それに二人にも役に立つ人を見つけてきたから許してくれ」

 

 

 

「役に立つ人?」

 

 

 

「やーやー、はじめまして、おふたりさン。始めまして、オレっちはアルゴ、情報屋サ」

 

 

 

 キリトが二人に紹介したのは少々独特な話し方をする情報屋?のアルゴだった。フードを被り、はっきりと顔は見えないが恐らく女性プレイヤーなのだろう。背格好は小柄なキリトよりも更に小さくユウキより少し大きいくらいだ。

 

 

「始めまして、ボクはユウキ。よろしく」

 

 

「カイトだ、よろしく」

 

 

 

「フムフム、ユーちゃんにカー坊だナ。よろしくお願いするヨ」

 

 

 

「それでキリト、役に立つことってのは?」

 

 

 

 

「ああ、このゲームをする上で大事な物をアルゴが持ってるんだ、二人にもさっきの頼むよ」

 

 

 

 するとアルゴはメニューを操作し、アイテム欄から本のようなものをオブジェクト化しカイトとユウキに渡した

 

 

 

「それはナ、読んでもらえば序盤の動きはバッチリ、アルゴ印の攻略本サ」

 

 

「すごいねー、まだ二日目なのにもうそんなのがあるんだ―」

 

 

 

 表紙には大丈夫、アルゴの攻略本だよと書かれていて中には1層に出てくるであろうモンスターやクエストの情報などが網羅されていた。確かにこれがあれば慣れていないビギナーでもそれなりに攻略を進められるだろう。ただ、それを見たカイトは一つ違和感を覚えた。

 

 

 

「でも、どうしてここまで詳細な情報がすでに出ているんですか? いくらなんでも早すぎじゃ…」

 

 

 

「それについては、オレっちからは話せないなナ。情報の入手方法は情報屋の命だからナ」

 

 

 

 そこで俺は一つの予想がたった、流石に昨日始まったゲームでここまで踏破したとは考えにくい。とすれば考えられるのはβテスト時の情報だということだ。彼女に情報提供したβテスターがいるのか、あるいはアルゴ自身がβテスターなのか。きっとそれをアルゴに聞いてもはぐらかされるんだろうが。

 

 

 

「それかラ、これはオネーサンからの忠告だけど…」

 

 

 

「情報を鵜呑みにはせず最後は自分の目で確かめること…ですか?」

 

 

 

「そのとうり、察しのいい子はオネーサン嫌いじゃないゾ」

 

 

 

 

「まあ、今回は初顔合わせということで、タダにしとくヨ。今度からは情報にはそれなりの対価をもらうからよろしくナ」

 

 

 

「おい、待てアルゴ。俺にはさっき500コルで売ってなかったか?」

 

 

 

 

 キリトが、アルゴに問い詰めようとした瞬間すでに彼女はその場にはいなかった。恐ろしいほどの逃げ足だ。

 

 

 

「すごいね、あっという間にいなくなっちゃったよ」

 

 

 

「やれやれ、どうやら噂は本当らしいな」

 

 

 

「噂?」

 

 

 

「鼠のアルゴと5分以上話すと100コル分の情報が盗まれるって言われてる」

 

 

 

「それはまた…妙に納得できるな」

 

 

 

「まあいいさ、持ちつ持たれつだろうし命がかかっている以上情報は大事だからな」

 

 

 

 

「朝ごはん食べて早くレベリング行こうよ、ボクお腹へっちゃった」

 

 

 

 

「そうだな、それでキリト今後の予定は?」

 

 

 

「とりあえずは迷宮区の近くにあるトールバーナを目指すことかな。まだ安全マージンは取れてないからレベリングしながらだけど」

 

 

 

 

 

 まだ先の見えない旅路だが俺達はアインクラッド第1層攻略に向けトールバーナを目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第5話 自分の生きた証を

「通常攻撃と違ってスキルキャンセルはかなりタイミングはシビアだから体で覚えるしか無いんだ」

 

 

 

「こう…か、違うなもうちょっとタイミングをずらして…」

 

 

 

「ボクもやってみたいなー」

 

 

 

「後でユウキにも教えてやるよ」

 

 

 

 SAOがただのゲームではなく、命がけのデスゲームと化して2週間が経過した。だがいまだに1層はクリアできず、死亡者は1000人程度になるという。βテスト2ヶ月の間に俺は10層攻略中、それ以外のテスターも8層程度まで行っていたことを考えるとペースはかなり遅い。

 

 

 その理由はいくつかある、死んだら終わりという状況でプレイヤー全体が慎重にならざるをえず、ペースが落ちていること。そして、今1層で一番の問題となっていることだがリソースの奪い合いとなる最初の状況で、βテスターがビギナーを置いていったため経験値効率の悪い状況での強化を余儀なくされていることだ。

 

 

 

 当然、そのβテスターには俺も含まれる。こうして毎朝カイトとユウキに色々と戦闘に役立つことを教えているのも彼らを守りたいという思いと、多くのプレイヤーを置いてきたことへの罪の意識が少なからずあるからだろう。

 

 

「やあっ!――ふう、だいぶ慣れてきたな」

 

 

「カイト少し休憩するか?」

 

 

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

 

「じゃあ、その間にボクも練習しようっかな」

 

 

 

 本来スキルキャンセルはあまり多用される技じゃない。本来なら片手剣使いは盾を装備できるからだ。けど俺も含めたこの3人はみんな盾を装備していない、所謂盾無しソードマンと言うやつだ。死なないということに置いて何より優先されるはずの盾を装備しないのには、スキルスロットの空き枠や資金的な理由もあるけど速度が落ちるのが俺の戦闘スタイルに合わないからだ。

 

 

 ただそうは言っても、スキルキャンセルは元々高等テクニックだ。タイミング、位置取りなどがかなり重要になるからだ。正直カイトの上達速度には驚かされた。すでにコボルト程度のモーションなら難なく合わせていけるだろう。

 

 

「こんなに早くスキルキャンセルを覚えるとは思わなかったよ」

 

 

 

「結構必死だけどな、でもダメージディーラー3人だから自分で攻撃を捌くすべは覚えておきたかったし」

 

 

 

「俺も、油断できないな。いつの間にかカイトのほうが強くなってるんじゃないか?」

 

 

 

「毎日朝と夜にレベリング行ってるくせに何言ってるんだよ。俺とユウキがまだレベル8なのにキリトもう10まで行ったんだろ?」

 

 

 

「まあそうなんだけど…多分レベリングはしばらく休憩かな、そろそろ経験値量も減ってきたし」

 

 

 

 100層あるアインクラッドは各層ごとに、敵のレベルも当然変わる。そしてそのレベルは別の層に行かなければ変わることはなくずっと同じ層でレベリングしていればレベルアップと反比例して取得経験値は下がる。およそその目安がフロア数+10、これは同時に安全マージンとも言われる。

 

 

 その層で難なく上げられるレベルのおよその上限、それを超えていれば不測の事態にも対応できる可能性が上がるというわけだ。

 

 

「やあやあ、朝から精が出るナ、3人共」

 

 

「なんだ、アルゴか何しに来たんだよ」

 

 

 

 フードを被り、ヒゲのフェイスペイントをつけたアルゴが訪ねてきた。

 

 

 

「ひどい挨拶じゃないカ、キー坊オネーサンは悲しいゾ」

 

 

 

「あっ、アルゴだこんにちはー」

 

 

 

「ユーちゃんはいつもいい笑顔だナ、キー坊にもこの1割でも優しさがあれバ…」

 

 

 

「無いものは出せない。出来れば、100コル分の情報が盗まれる前に帰ってほしいんだけどな」

 

 

 

「ニャハハ、まあそう言うナ。今日はキー坊たちにお願いがあって来たのサ」

 

 

 

「珍しいね、アルゴが頼み事なんて」

 

 

 

 たしかにカイトの言うとおりだ。いつも依頼することはあっても依頼されることは少ない…というか無い。情報収集も全て一人でやっているという話だし。

 

 

 

「ちょっと困ったことになっててナ、オレっちの名前を使って偽情報を流してるやつがいるらしイ」

 

 

 

「それはまた…面倒な話だな」

 

 

 

 鼠のアルゴといえば現状情報屋としては一番信頼できる情報屋なのは間違いない。だからこそ《鼠》の名を出せば疑う奴はいないだろう。

 

 

 

「それでどんな偽情報が?」

 

 

 

「西の森の洞窟に、隠れログアウトスポットが有るって情報が流れてル」

 

 

 

「西の森の洞窟…あそこには確かコボルトの巣があるだけだろ」

 

 

 

「そうサ、ログアウトスポットなんてものはなイ。けど状況が状況なだけに藁にもすがる思いで洞窟に向かうビギナーがあとをたたなくてナ」

 

 

 

 気持ちはわからなくもない。ゲームクリアするまで現実世界に戻れない状況でもしそんな情報があれば実際そこに何が有るか知らないプレイヤーは迷わず確かめようとするだろう。その後待っている事実には目を背けたくなるが

 

 

 

「もしかして、今もそこに向かってるプレイヤーいるのか?」

 

 

 

「そういうことダ。キー坊たちにはそのプレイヤーの救助の手助けをお願いしたいのサ」

 

 

 

「そういうことなら手伝うさ、代わりに一つ頼みたいことが有るんだけど」

 

 

 

「なんだイ?」

 

 

 

 俺はゲーム開始から2週間たち気になったことがあった。それは…

 

 

 

 

 

 

 

「死亡者の中にどれだけβテスターがいたか調べてもらえないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

――西の森

 

 

「ここに、隠しログアウトスポットが…」

 

 

 

 私、結城明日奈はさっき街で聞いた西の森の洞窟に隠しログアウトスポットがあると聞いて、街から1時間ほどかけ今その目の前にたどり着いたところだ。ゲームの中の映像とはいえいかにもな雰囲気と聞こえてくる風の音が不気味さを醸し出している。

 

 

 

 ――怖そうに見えるけどたかが、ゲームじゃない。早くこんなところから帰らなくちゃ

 

 

 武器を構えて、私は意を決して中へと入った。洞窟と言う割に臭くて生暖かい風が流れてきて正直あまり長居はしたくない。早くログアウトスポットを探さなくてはと思い、私は中に進もうとした時だった。

 

 ふいに、なにか柔らかいものが目の前にあることに気づいた。なんだろうと見上げたとき、そこにあったのは棍棒を振りかざす怪物の姿だった。いや正確にはどんな姿だったかはよく覚えていない、見上げた次の瞬間私はその怪物に殴られ吹き飛ばされていたから。そして見えるのはどんどん無くなっていく私の命の残量。

 

 

 その減り方を見て、ゲームは全く詳しくない私でも、これはまずいと思った。残った体力はわずか1ドット、逃げなきゃと頭では思っているが何故か体が動かない。

 

 ――動けない…死ぬの? 

 

 ――こんなにあっけなく?

 

 ――何も出来ずに?

 

 ――いやだ、私の人生を、戦い続けた15年が、こんなにも簡単に終わるのは絶対に…

 

 

『だあっ!』

 

 

 その時、何が起こったのか動けなかったのでよくわからなかったけど、確認できたのはポリゴン片となって消えた怪物と、剣を持った誰かの姿だった。

 

 

 

『終わったぜ』

 

 

『間一髪か間に合ってよかったな』

 

 

 

『やあやあ、ごくろうさン。まったくオレっちを騙ってデマ拡散たぁいい度胸ダ』

 

 

 

『情報屋も大変だな』

 

 

『ビギナーさん、生きてるカ? 生きてるナ、ヨカッタヨカッタ』

 

 

 

 情報屋と呼ばれた人が私に声をかけた。どうやら助けられたらしい。

 

 

 

『ホレ、回復POTダ、飲メ』

 

 

 サービスだヨ、と差し出されたそれを私は必死に飲み干した

 

 

『じゃあ、俺達は帰るよデマの犯人をとっちめるのは自分でやってくれ、オレンジは嫌だからな』

 

 

『わかってるサ』

 

 

『それと例の件よろしくな、んじゃ』

 

 

 

 

 

 

 それから、体力が回復するのを待っている間フードを被り情報屋と呼ばれていた人がそばにいたが、さっき私を助けてくれた剣士はすでに居なかった。こんなゲームの世界でも命を助けられたのでお礼くらいは言いたかったのだけど。

 

 

「落ち着いたかナ?」

 

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

「さっき情報屋って呼ばれてましたけど、情報屋ってなんですか?」

 

 

「文字通りの意味サ、情報を売買する仕事だナ。あらゆる情報を収集シ、対価に応じて提供シ、公理に叶えば拡散シ、場合によっては秘匿すル」

 

 

 そう言って彼女は「今の情報は10コルだヨ」と言いながら、ニヤッと笑った。その内容は私の知っている世間一般的な知識と変わらなかった。そうまるで―――

 

 

「ゲームなのに、まるで現実みたいですね」

 

 

「そりゃそうサ。今はココが現実だからネ…」

 

 

「…情報屋さん、隠しログアウトスポットデマなんですよね?」

 

 

「ごめんネ、そんなものはないヨ」

 

 

 頭の何処かでは分かっていた、そんなもの有るはずがないと。だってあればすでに1000人以上の犠牲を出すような状況にはなっていないはずだもの。このペースだと半年ともたずにゲーム参加者は居なくなってしまう。

 

 

 きっと、これはクリアできないのだ。あの茅場晶彦という男はこの状況を見て楽しんでいるに違いない。今日は助けられたけど、いずれ私も犠牲者の中に入るのだろう。でもどうせ結末は同じなのなら、今日みたいに何も出来ずに後悔して死ぬのは嫌だ。

 

 

「情報を売ってくれませんか?」

 

 

「何がご所望だイ?」

 

 

「どうすれば強くなれるか」

 

 

「…それは、死なないためかナ?」

 

 

「いえ…もう二度と後悔しないですむように」

 

 

 せめて、戦って戦い抜いて満足して死にたい。それが最悪の結果だったとしても。

 

 

「ふぅン、じゃあまずはこれかナ、SAO第1層の攻略本ダ。まあ参考書みたいなものだネ」

 

 

 特別にタダにしておくヨ、と渡されたそれはデータの出所などは曖昧な表現になっていたものの、武器の扱い方やスキルの使い方特徴、モンスターの情報までも詳しく掲載されていた。

 

 私が持っているのは確か細い剣、使い方はフェンシングと同じ要領でいいみたいね。初期スキルは…《リニアー》切っ先をひねるように意識して…

 

 

 すると、剣がエフェクトを帯び攻略本のとおりに突き出すと次の瞬間には体が半ば自動的に目の前に居たフレンジー・ボアに突っ込んでいた。そして技が当たり、モンスターはポリゴン片になりガラスのように砕け散った。

 

 

「なぁんだ、やればできるじゃない」

 

 

 拍子抜けするほど簡単で今まで自分が知らなかっただけなのだということが良くわかった。

 それを横で見ていた情報屋さんが少し目の色を変えてこちらを見ていた

 

 

「ビギナーさん、前言撤回タダは無しダ。情報料としてあんたの名前を教えてくレ」

 

 

「名前? …結城明日奈です」

 

 

「ゴメン悪かったビギナーさン!プレイヤーネームでお願いしまス!!」

 

 

 言われたとおり名前を言ったのに、慌てた様子でそう返された。プレイヤーネームもアスナなのでそんなに変わりはないのだけど、情報屋さんが言うにはゲームの中でリアル情報を出すのは危険らしい。どんな面倒事を起こすかわからないから今後注意するようにと言われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――2週間後、第1層迷宮区

 

 

 

 あれから私は、一心不乱にモンスターと戦い続けた。今も迷宮区で戦い続けて数日は経つ。どうせ、仮想の世界何日も寝なくても死ぬわけじゃないから街にはほとんど帰らず、予備の武器だけ持ってひたすら籠もり続けている。

 

 

 モンスターとの戦いもだいぶ慣れた。ここに居るコボルトってモンスターはリニアーを3回も打てば倒せる。フルダイブで頭しか使っていなくても疲れるのか、目眩がして少し危ないときもあるけど。

 

 

 そうして、何体目かも分からないモンスターを倒したとき、急に後ろから声をかけられた。

 

 

 

「今のは、オーバーキルすぎるよ」

 

 

 

 

 それが、彼との初めての会話だった。

 

 

 

 




プログレッシブの小説と漫画を織り交ぜた感じにしています。
最初はキリト目線にしようと思っていたのですが、グダってしまい漫画通りのアスナ目線になりました。

主人公カイトくんも当分は出番が少ないかも、しばらくはキリト視点多めになる予定です。


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第6話 流星のような少女

『今日16時かラ、第1層ボス攻略会議があるヨ』

 

 

全プレイヤーが待ちわびたその日がようやく来た。一般プレイヤーの最前線がようやくボス部屋を発見したという情報を、今朝俺達はアルゴから聞いた。

 

一般プレイヤーが、という表現には理由がある。何故なら俺達は2週間も前にすでに見つけていたからだ。本来ならすぐにアルゴを通じて公表し、攻略会議を開く必要があったのだろうけど、俺はそれをしなかった……いや出来なかった。

 

 

リーダーシップなど持ち合わせていない俺が、攻略組を率いるなんて事をしたくなかったのもあるけど、日が経つごとにβテスターヘの風当たりが強くなっていくなかで自分がβテスターだとバレるのが怖かったというのが本音だ。

 

 

アルゴも恐らくその事には気付いているだろう。ただわかってる上で何も聞かないのは、アルゴなりの優しさなのかもしれない。《鼠》の名はβ時代から聞いたことがあったし、あっちも俺がβテスターだと薄々気付いているはずだ。でも俺達はその事を確認しない、その行動に意味はないから。

 

 

売れる情報はなんでも売るが心情のアルゴが、唯一売らない情報がβテスターの情報だ。それが出回ればどうなるかを分かっているからこそ彼女はそれを秘匿し続ける。だからこそβテスター達は安心してアルゴに最前線の情報を伝える事が出来ている。

 

 

とにかくそんなわけで、俺達はそれ以来迷宮区でひたすらレベリングをしていた。第1層ボスは、βと同じならコボルト種になる。カイトとユウキにとっては初のボス戦になるからコボルトが大量に出現する迷宮区ならちょうどいい事前練習になる。

 

 

そして、俺が彼女を見たのはそんな迷宮区の奥深くでの事だった。

 

 

生まれてから今まで少なくとも記憶にある限り、一度しか見たことの無い流れ星をまさかこんな仮想世界のダンジョンの中で見ることになるとは思わなかった。

 

 

フードをかぶり、俺同様身軽な装備で恐ろしいほどの完成度を誇る細剣用ソードスキル《リニアー》、その一連の動きはまさに流星と呼ぶにふさわしいほどの鋭さと美しさだった。

 

 

「凄いな、あの細剣使い。細剣に詳しくない俺でもあの技のキレの良さは分かる」

 

 

「だよねー、今まで何人か細剣は見てきたけどあそこまでの人は見たこと無いよ」

 

 

細剣使いに見とれていると、一通り狩り終わったカイト達が横に来ていた。

 

 

「ああ確かに凄い……けど、なにか違和感があるんだよな」

 

 

「違和感?」

 

 

確かにあの細剣使いの技は一線級だろう、見た瞬間はもしかしたら自分以外のβテスターか、とも思った。

 

でも違う、しばらく見ていたら違和感の正体がわかった。あの細剣使いの戦いかたはあまりにも余裕がない、全力で引っ張られ続ける糸のようだ。いつ切れてもおかしくない危うさを感じる。

 

 

そう感じた次の瞬間には俺は、あのプレイヤーの方へと歩きだしていた。そして、細剣使いがコボルトをリニアーで倒した後、いつもなら初対面の人間に自分から声をかけることなど絶対しない俺が、思わず声をかけていた。

 

 

「今のは、オーバーキルすぎるよ」

 

 

しかし、目の前の細剣使いは言っている意味が分からないという感じで首をかしげた。至極ポピュラーなゲーム用語が伝わらない、もしかしたらこのプレイヤーはゲーム用語も知らない初心者なのではないかという気がした。そして、もしそうだった時のために噛み砕いて改めて説明を始めた。

 

「オーバーキルってのはモンスターの残りHP量に対して与えるダメージが過剰ってことだ。さっきのコボルトは、2回目のリニアーでニアデス…じゃない瀕死だった。だからわざわざもう一度リニアーを打たなくても軽い通常技で倒せたんだ」

 

 

「…過剰でなにがいけないの?」

 

 

 

驚いたことに、かすれ声だったけど聞こえてきた声はとても綺麗な女性の声だった。圧倒的に男性プレイヤーの多いSAOで女性プレイヤーは今までユウキも含めた数人しか見たことはない、しかも全員がパーティーに入っていた。ソロプレイヤーで、ましてこんな迷宮区の奥深くでは見たことがない。

 

 

 もしこの時、うるさいとかほっといてと言われたら、俺はすぐにそうですかと答え、この場を去っていただろう。だが、この細剣使いはそのどちらもすることなく、疑問形で返されたため、もう一度分かりやすく説明した。

 

 

「オーバーキルにデメリットはないしソードスキルは確かに強いけど、集中しないと使えないし、精神的な消耗も激しい。ここは街から遠いから帰ることも考えたら…」

 

 

「…別に街に帰らないから、問題ない」

 

 

「は? 帰らないって…ポーションの補給とか、武器の修理とか必要だし、睡眠だって…」

 

 

「全部避ければダメージは受けないしポーションもいらない、武器も予備の分も買ってある。休憩は近くの安全地帯でとってるから」

 

 

 それを聞いて俺は絶句した、β時代にダンジョンにこもってひたすらレベリングはよくやった。だがそれは、少々ミスをして仮に死んでも問題なかったからだ。でも今は違う、一つのミスが文字通りの死に直結する今の状況でそんな事はできない。しかも安全地帯は石敷きで冷たくモンスターの鳴き声なども聞こえてきておよそ宿代わりに使えるほど落ち着ける場所ではない。

 

 

 もし言葉通りなら、彼女はこもりっぱなしということだ。おそるおそる俺は彼女に聞いた。

 

 

「…何時間、続けてるんだ?」

 

 

 彼女が少し考え込むようにして答えた内容は俺をさらに絶句させた。

 

「……3日か、4日。……もういい? …そろそろ、この辺の怪物が復活してるから行くわ」

 

 

 よろよろと立ち上がりながら、本来軽いはずの細剣を重量武器のように重そうに持っている彼女の後ろ姿を見て、その言葉が事実なのだろうということを認識した。俺はフラフラと歩く彼女に半ば無意識で声をかけていた。

 

 

「…そんな戦い方をしてたら、死ぬぞ」

 

 

 俺自身、昔から人のやり方に口出しすることはなかった。当人が変えようとしなければ変わらないとどこか達観しているところがあったから。でも、本当になぜだかわからないけどこの時はそう言わずにはいられなかった。

 

 

「……どうせみんな死ぬのよ」

 

 

 振り返った彼女は、鋭い目線で俺を射抜きながら冷たい声でそう返した。

 

 

 

「たった1ヶ月で2000人も死んだわ。でもまだ、最初のフロアすら突破されてないじゃない。このゲームはクリア不可能なのよ。どこでどんなふうに死のうと、遅いか早いかの違い……」

 

 

 今までの抑揚の無い喋り方とは違い、感情のこもったその言葉は彼女の本心だったのだろう。だがそれを確認する前に、彼女は糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。俺は反射的に駆け出し彼女を抱きかかえた。

 

 

「おい!大丈夫か?しっかりしろ!」

 

 

 すかさず声をかけたが、反応はなかった。見たところ体力は減っていない、恐らく気絶したのだろう。そのことに少しホッとしたがあまり安心もしていられない。なにせここは迷宮区のど真ん中いつモンスターに襲われてもおかしくない状況だからだ。そんなところに彼女を置いていくことなど出来るはずもない。

 

「キリト、大丈夫か?その人どうしたんだ?」

 

 

「なにか、バッドステータスでももらったの?」

 

 

遠目で、この細剣使いと俺とのやり取り見ていたカイトとユウキが心配してこっちにやってきていた。

 

 

「いや、ろくな休息も取らずに迷宮区にこもりっぱなしだったから疲労で倒れたんだろう」

 

 

「どうする? ここは危ないし…安全地帯まで連れて行くか?」

 

 

 俺の予想だけど安全地帯まで運んでも、状況はあまり変わらないだろう。次に目を覚ませば、きっと彼女はまたダンジョンを突き進んでいくに違いない。死ぬために戦っているといった彼女を止めるだけの言葉を、さっきあったばかりの俺は持ち合わせていないしそんなことをしなければいけない義理も無い。でも何故か彼女のことを死なせたくないという感情が強く芽生えた。

 

 あるいは、このゲームはクリアできないと悲観していた彼女に、最前線にいながら自己防衛のために先に進もうとしていない俺の今までの行動に罪悪感を感じていたからかもしれない。明確な理由は正直俺にもわからない。ただ、死んでほしくないそう思った。

 

「迷宮区の安全地帯で休んでも疲れは取れないさ、フィールドまで戻ったところにある森で休ませよう。カイトにユウキ、悪いけど俺のストレージの荷物をいくつか預かってくれるか?このままじゃ彼女を運べないから」

 

 

 SAOには所持重量制限があり手持ちやストレージを含めて持てる重さが決まっている。人一人を運ぼうとした場合それなりにストレージを空けなければならない。

 

「でも人一人分抱えて運ぶだけの筋力はまだキリトにもないだろ?」

 

 

「確かにこのままじゃ運べないけど、寝袋に入れて引きずればなんとか運べるさ。それでも時間はかかるけど」

 

 

「わかったよ、いらなそうな素材を少し整理してストレージを空けるから少し待ってくれ」

 

 

「ボクも、空けるからちょっとまってね」

 

 

 

 その後、俺が彼女を寝袋に入れて運びカイトとユウキが周りの警戒をしながらなんとかフィールドまで戻ったところで、ちょど良さそうなところに彼女を寝かせた。もちろん安全地帯ではないので俺達も側にいるのだけど。

 

 

 それから、恐らく1時間ほど経ってからだろう、周りを警戒しつつも少しまどろんでいた俺はつい先程まで寝ていた細剣使いが起き上がるのを感じ、目を開けると少し苛立った様子の彼女が目の前にいた。

 

 

 「…余計な、ことを」

 

 

 恐らくその言葉は、どうしてあそこで死なせてくれなかったのか…ということなのだろう。正直助けた理由なんて未だにわからないし女性に慣れた男のようにキザなセリフを吐く度胸も持ち合わせてはいない。だから俺は一番当たり障りのなさそうな言葉でごまかすことにした。

 

 

「どこで有終の美を飾ろうとあんたの勝手だけど、あんたの持ってるマップデータも一緒に消えるのはもったいない。最前線近くに何日もこもってたなら未踏破エリアもマッピングしてるはずだ。――まあ相手が寝ててもやろうと思えば色々出来るけど…」

 

 

 俺と木を挟んで反対側にいたカイトが小さな声で「素直じゃないな」と呟いたきがした。ちなみに寝てても~というのは少しシステムの抜け道が有る。相手の手でメニューを操作すればマップデータを取り出すことも出来る…のだが、どうやら目の前のお方は少し違う意味に受け取ったらしかった。

 

 

「あなた、寝てる間に私の身体に何をしたの…?」

 

 

「し…してない!何もしてません!! ご尊顔を拝してもおりません!!」

 

 

 今までで一番感情の乗った…いや怒りに震えたような声が聞こえた。…武器を構え今にも俺の顔面にリニアーを打ち込みそうな剣幕で。背筋に寒気が出るほどの形相だった。まあフードで顔は相変わらずよく見えないけど。

 

 

「う、嘘おっしゃい!マップデータを探すふりをして私の身体を色々と…その…したんでしょ!!」

 

 

「濡れ衣だー!!」

 

 

 このまま寝込みの女性に不埒な行為を働いた危ないやつとして認定されてしまうのだけは避けないとと思った矢先後ろからカイトの笑い声が聞こえてきた。

 

 

「あはは、安心していいよフェンサーさん。そんなことしてないのは俺が保証するから」

 

 

 その声で初めて俺にパーティーがいることに気づいた様子だった。ちなみにその時ユウキは何故かカイトの膝枕で寝ていた。あいつが起きてればこんなややこしいことにならなかったのではないかと一瞬思ったけど。そして正面の彼女はあいにくまだ信用出来ないらしく、ものすごい疑いの眼差しでこちらを見ていたがその緊張はものすごい腹の音で一気に崩された。

 

 もちろん腹を鳴らしたのは俺ではなく、目の前の彼女。思わず俺も笑ってしまい、彼女は不覚を取った剣士のように頭を抱えていた。

 

 

「はははは、まずは腹ごしらえでもするか?」

 

 

「いらないわよ、別に食べなくても死ぬわけじゃないし」

 

 

「確かにそうだけど、あんたが倒れた理由は極度の空腹感が関係ないとは言い切れないだろ。最善を尽くすなら食事はとったほうが良いぞ、それにこれ結構美味しいし」

 

 

 そう言って俺は彼女に黒パンを渡した「なんだ、ただの黒パンじゃないあなたの味覚を疑うわ」と嫌味を言われたけど。

 

 

「もちろん、ちょっと工夫はするぞ。ほらこれ使ってみろ」

 

 

「なにこれ?」

 

 

 俺が彼女に差し出したのは、とある村で受けられる《逆襲の雌牛》というクエストでもらえる報酬で、食べるとクリームの味がする不思議なアイテムだ。今感じる味覚が電気信号の偽りのものだと分かっていても美味しく感じる心は変わらない。どうやら彼女もそれがわかったらしく、一口食べた後に、パン一個を一気に平らげてしまった。

 

 

「もう一つ食べるかい?」

 

 

「…いい、美味しいものを食べるために生き残ってるわけじゃないもの」

 

 

「じゃあ、なんのためなんだ?」

 

 

「私が私でいるため。――最初の街の宿屋に閉じこもって、ゆっくり腐っていくなら最後まで全力で戦い抜いて、そして――」

 

 

「満足して、死にたい…か?――――――――すまない」

 

 

 何について謝ったのかは、はっきりしないけど思わず口から謝罪の言葉が出ていた。けど恐らくそれは彼女に聞こえていたかは分からない、同じタイミングでトールバーナの鐘の音がなったから。

 

 

「何?鐘の音?」

 

 

「街が…トールバーナが近いんだ、3時の鐘だな。そろそろ行こう、カイト、ユウキを起こしてくれ」

 

 

「どこに行くの?」

 

 

 その鐘の音は今日一番重要なイベントが、後一時間後に迫った証拠だった。

 

 

 

 

 

 

 

「第2層に誰よりも早く。いよいよボス戦なんだあんたも来るか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




二人の出会いのシーンなのもあり少し長くなってしまいました。

原作ではキリトくんの心情は出ていませんでしたが、きっとこうであってほしいなと思いながら書きました。


さて次回はいよいよボス攻略会議です。
その後の一悶着も書くのでまた長くなるかも…




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第7話 フロントランナーの役割

 俺達パーティと、謎の女性フェンサーは連れ立って…とは少し言い難い微妙な距離感で森から街へ歩いていた。いや違うな…主に俺との距離が明確に空けられている。そのままトールバーナの門を超え、圏内に入った表示が出る。

 

 

「それじゃあな、ボス会議は4時からだそうだ」

 

 

 謎のフェンサーさんは黙って顔を上下させそのまま人混みの中に消えていった。まあああして反応した以上ボス会議までは圏外に出て無茶な戦闘はしないだろうと少し安心した。

 

 

「妙な女だよナ」

 

 

 いきなり背後から声が聞こえてきた。少なくとも今の所俺の索敵に引っかからずに背後につけるのは一人しかいない。振り返ると見覚えのあるヒゲにフードをしたアルゴが立っていた。

 

 

「すぐに死にそうなのニ、死ななイ、どう見てもゲーム素人なのニ、恐ろしく技はキレル、何者なのかネ」

 

 

 あからさまに、彼女のこと知ってるぞと言わんばかりの言い方だった。恐らくここで知ってるのかと聞くと、お金を要求される流れ…なのだが、このとき俺は反射的にそれを聞いてしまっていた。

 

 

「知ってるのか、彼女のこと」

 

 

 すると、予想通り彼女は待ってましたと言う表情で指を5本立てて

 

 

「安くしとくヨ、500コル」

 

 

「というか、あの女性フェンサーこの間アルゴに頼まれて助けた人じゃないか?姿がよく似てるけど」

 

 

 してやったというアルゴを超える回答を出したのが、カイトだった。

 

 

「言われてみれば、あんな格好だった気がする」

 

 

「ヤレヤレ、カー坊には勝てないナ。お察しの通りサ」

 

 

 ほんの数週間前に正真正銘のビギナーだったあのプレイヤーが今はあそこまで戦えているということに驚いた。

 

 

「まあ女性の情報を売り買いする趣味はないから、それぐらいにしておくよ」

 

 

「ニャハハ、いい心がけだナ」

 

 

 とまあ、ここまでは恐らくいつものからかいついでの挨拶のようなものだろう。恐らくわざわざ俺のところに来た理由は…

 

 

 

「で、今日も本業じゃない方の仕事か」

 

 

「まーナ、2万9800コルまで引き上げるそうダ」

 

 

「また随分上げたな、そこまでして必要なものなのかこれは」

 

 

「ニーキュッパときたか。…悪いけどいくら積まれても答えはノーだ」

 

 

 最近アルゴは本職の情報屋ではなく、伝言係兼交渉係として俺のところを訪れていた。今のアルゴの依頼人の狙いは俺の持ってる《アニールブレード+6》だ。確かに第1層でこのレベルまで持って来るにはだいぶ骨の折れるシロモノでは有る、加えて運も。

 

 とはいえ、あくまでもこれは『最序盤に手に入る武器』だ、残り強化回数もあまり多くない。3ないし4層では更新を迫られる程度のものだ。カイトの言う通りこの武器に2万9800コルも使う人間の真意がわからない。それなら防具を整えた方がよほど賢い。しかしその相手の名前もわからず推測することすら出来ない。

 

「口止め料は千コルだったか?」

 

 

「そーだナ、上積みする気になったカ?」

 

 

「うーん…1kかあ…うーん」

 

 

 今アルゴは依頼人から千コル前払いでもらい、俺に誰が交渉しているかを秘匿している。もし俺が千百コル払うといえば、今度は依頼人に上積みを確認するという寸法だ。つまりどちらに転んでもアルゴ的には儲かる仕組みなのだ。

 

 

「ったく、情報を売っても売らなくても商売になるんだから大したもんだな」

 

 

「それがこの商売の醍醐味だナ!誰かに情報を売るとその瞬間に《誰がなんの情報を買った》というネタが生まれるわけだからナ」

 

 

 

 まあ良くも悪くも、現在のSAOで最高で最低の情報屋であることは間違いない。敵に回したくない人間の一人なのは言うまでもない。

 

 

「もし、女性プレイヤーが俺のパーソナル情報を買った時はすぐに教えてくれ。言い値で情報買うから」

 

 

 もちろんそんなことが有るとは思わないが、希望くらいは持ちたい。まあアルゴはとっても愉快そうな笑い方をしていたけど。

 

 

「…知りたそうな人間が居ないわけじゃないけどナ、まあ依頼人には断られたと言っておくサ、この交渉は無理筋だともナ、ほんじゃまたナ、キー坊。カー坊にユーちゃんもまたナ」

 

 

 ひらりと、翻ると鼠らしい俊敏さであっという間に姿が見えなくなった

 

 

 

 

―――――――2022年12月2日午後4時頃 ボス攻略会議

 

 

 46人、今数えた俺達やさっきの女性フェンサーも含めてボス攻略会議に来てる人数だ。はっきり言ってSAOのフロアボスの仕様を考えると、少ない。ボス戦は1パーティ6人、8パーティで1レイドの数え方をする。本来なら2レイド準備して交代できるようにするのが定石なんだが、今回集まった数は1レイドにすら満たない。ほんの僅かなミスが命取りになる今の状況で、万全の戦いができる状態とは言い難い。

 

 

 

「すごい、こんなにたくさん――もしかしたら死ぬかもしれないのに」

 

 

 だが、どうやら俺から少し離れて座るフェンサーさんにはそうは映らなかったようだ。恐らくこの手のゲームに慣れていない人間は皆同じ反応をするのだろう。

 

 

「真面目なんだな、君は」

 

 

「どういう意味よ?」

 

 

「自己犠牲の精神でここに来てるやつはきっと少ないさ。俺も含めて殆どが遅れるのが不安なんだよ」

 

 

「遅れる?何から?」

 

 

「最前線からさ。死ぬのは怖いけど自分の知らないところでボスが倒されるのも怖いんだ。置いていていかれてる気がして」

 

 

 それは、恐らくゲームを嗜む人間なら誰もが一度は感じたことの有る感情だと思う。たとえ本当に死ぬデスゲームであっても、その部分の本質はきっと変わらないだろう。

 

 

「それって学年10位から落ちたくないとか、偏差値70キープしたいとかそういうのと同じモチベーション?」

 

 

 相変わらず、このフェンサーさんは俺の思いつかないような発想の仕方をする。少し考え込み、微妙な角度で彼女の疑問に頷いた。

 

 

「…まあ…たぶん……そうなのかも……?」

 

 

 すると、今まで固い雰囲気だった彼女が少しやわらかくなった気がした。かすかに聞こえてくるのは笑い声なのだろうか?さっきまでの状況を考えると少し意外だった。相変わらずよく見えない彼女の表情を思わず覗こうとしたのだが、それはよく通る叫び声に遮られた。

 

 

「みんな、今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!知っている人もいるだろうけど一応自己紹介をしておく。俺はディアベル、職業は気持ち的にナイトやってます!」

 

 

「このゲームってジョブなんて無かったよな」

 

 

 不思議そうに、カイトが聞いてきた。

 

 

「ああ、一部生産職は有るけど基本的にはそんなスキルはないから、心情的なものなんだろ。まあ個人の自由さ」

 

 

 少なくとも眼の前で進行しているあのプレイヤーは、これだけのプレイヤーを前にしても堂々と話を進めている。俺には持ってないものを持ってる。きっとああいう人間が大きいギルドを作るんだろうなと思った。

 

 

「今日、俺達のパーティが第1層のボス部屋を発見した!ここに来るまで1ヶ月かかったけどボスを倒して2層にたどり着きこのデスゲームをクリアできるってことを、はじまりの街で待ってるみんなに伝えなきゃいけない! それが今ここに居るトッププレイヤーの義務なんだ!そうだろみんな!」

 

 

 彼の演説に喝采が起きる、ここまで1ヶ月バラバラに動いていた最前線の人間のまとめ役をしようとしている。この調子なら俺の予想した問題は起きない…そう思った瞬間だった。

 

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

 

 そう言って喝采を遮ったのは小柄だががっしりしてサボテンのような変わったヘアスタイルの男だった。

 

 

「仲間ごっこもええけど、これだけは言わしてもらわんと気がすまん」

 

 

「意見は大歓迎さ、でも出来れば先に名乗ってほしいかな?」

 

 

「フン、わいはキバオウってもんや」

 

 

 キバオウと名乗った男は広場を見渡すようにして、会議前俺が一番恐れていた状況へ話を進めた。

 

 

「元βテスターの卑怯もん出てこい!こん中に何人かおるはずや、このクソゲーム初日に9000人近くのビギナーを見捨てて、金もアイテムもクエストも独り占めしくさった連中が!おどれらのせいで2000近くも死んだんや、ここでワビ入れて、貯め込んだ金とアイテム差し出してもらわな気がすまん!」

 

 

 さっきまで、和やかだった会議の空気が一変した。誰も彼の意見に反論しない、いや出来ないんだ。事実はさておきもしβテスターだと疑われれば待っているのは公開の吊し上げなのだから。言い返したい事はたくさんある、そもそも死んだ2000人すべてがビギナーというのはほぼありえない。

 

 

 以前、アルゴに調査をお願いしたβテスターの死亡率がわかったのだ。もちろんβテスターの特定方法はわからないので何処まで正しいかはわからないが、あの《鼠》の情報だ。信憑性はかなり有る。

 

 調査の結果は、恐らくこのゲーム参加しているであろうβテスターの数約900人に対し、300人は間違いなく死んでいるであろうという結論だった。最初から慎重なビギナーに対し、情報を持っているテスターの僅かな油断が大きな落とし穴になっているのだ。

 

 だが結局俺はそれを言い返すことが出来ない。アルゴの情報を出したところで証拠はない、それどころか彼女が

危うい目に合う可能性も否定できない。何より自身にこの場で敵意を向けられるかもしれないという恐怖があった。

 

 

「ちょっとあんたの言い分は乱暴すぎないか。キバオウさん」

 

 

 だからこそ、普段は穏やかなカイトが苛ついたようにそう返した時は驚きを隠せなかった。みんなの視線がカイトに向き、反論を続けた。

 

 

 

「確かに、サービス初日に始まりの街から居なくなったのは事実だし、結果としてビギナーを置いていった形になるのも間違いない。けどβテスター全員があんたの言うようなひどい連中だとは俺は思わない」

 

 

「なんでそう思うんや」

 

 

「少なくとも俺自身が、今までいろんなβテスターの手助けのおかげでここに居るからだ。最初に大勢を見捨てたっていう罪悪感があるからこそ、自分のできることをしようとしてる人達だっているんだ」

 

 

「せやかて、アイツラのせいで2000人も死んだんやぞ!」

 

 

「あんた、本当に2000人全員がビギナーだったと思うのか?βテスターが一人も死んでないっていうのか?あんたそれを確認したのか?」

 

 

「それは…してへんけど…」

 

 

 不思議と迫力のあるカイトの物言いにキバオウも少しトーンが落ちていた。

 

 

「俺はそうは思わない、あの中にはβテスターも含まれているはずだ。みんなだって知ってるだろ、βテストはあくまで試験運用だ。本サービスの段階で仕様が変わることはよくある。その僅かな違いに対応できずに失敗することも他のゲームじゃよくある。他のゲームであることがSAOでは無いとは言えないだろ」

 

 

 会議がまた静かになっていた。でもそれは恐らくさっきと少し違うだろう。みんながカイトの言っていることにも一理あることが分かっているからだ。そしてこの沈黙を破ったのはキバオウでもカイトでもなかった。

 

 

「俺も発言良いか?」

 

 

 低く張りのある声が会議場全体に広がった。チョコレート色の肌でスキンヘッドの随分と迫力のあるプレイヤーだった。彼は他のプレイヤーに一礼すると、キバオウの方へ向き直り続けた。

 

 

「俺はエギルだ、キバオウさん俺も彼の言うとおりだと思う。βテスター達は必ずしも俺達ビギナーを見捨てていたとは思えない、その証拠は《情報》だ」

 

 

 そう言うと、彼は俺も持っているあのアルゴの攻略本を取り出した。

 

 

「このガイドは、ホルンカを始めとした各町、村の道具屋に必ず置いてあった。それも無料でだ、みんなも世話になっただろう」

 

 

 あの野郎、カイト達どころか大勢に無料配布してたのか。今度問い詰めてやろうと思ったが理由を聞けば1000コルだヨと言われそうなのでやめよう。

 

 

「俺達ビギナーにとってこれほど役に立つものはない、だが俺はいくらなんでも情報が早すぎると感じた」

 

 

「早かったら何やっちゅうんや」

 

 

「俺はこれの情報提供をしたのは、常に先頭に居たβテスター以外ありえないと思っている。いいか情報はあったんだ、下手なアイテムやお金なんかよりこれほどあって嬉しいものはない。たしかにあんたの言うようにたくさんの人間が死んだ。でもそれはSAOを他のMMOと同じものさしで計り、引くべきポイントを見誤ったからだ。一方でガイドの情報に学んだ俺達は生きている、あの少年の言うようにな」

 

 

 もしかしたら、反論がカイトだけならそういうお前がβテスターなんじゃないのかと言われていたかもしれない。だが堂々とした態度で至極真当なことを言うエギルの援護で誰も文句を言えない状況になっていた。

 

 

「勝負あったわね。まったく…居るのよね不幸にあったらみんな一緒に不幸になろうっていう人。フロントランナーだけが果たせる役割も有るのに。ね、剣士さん」

 

 

 俺の、少し隣りにいた彼女がこっちを向いてそう言った。初めてまともに話しかけられた気がする。

 

 

「…後で、お礼言っておいたほうが良いんじゃない?あなたの友達がこの状況で声を上げたのきっとあなたのためなんでしょ?」

 

 

「わかってるよ、感謝してもし足りないくらいだから」

 

 

「そ、わかってるなら良いけど」

 

 

 正直この一ヶ月、俺の心境はカイトの言うとおりだ。そしてそれは、いつの間にかカイトにも伝わっていたのだろう。出会ってまだたった1ヶ月だけど、こいつとはいい友人に…いや仲間になれるんじゃないかとわずかながらに思った。そしてカイトが座ったタイミングで、俺は感謝の言葉を伝えた。

 

 

「ありがとな、カイト」

 

 

「気にするな、相棒を馬鹿にされた気がして少し腹がたっただけだから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




会議終わらなかった orz


そしてここまでかいてて感じたこと、ユウキを喋らせるタイミングが難しい…

せめて、ボス戦ではしっかり出番あげたい(願望



次は会議後半とお風呂のシーンがメインかな


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第8話 ボス戦に向けて

 
 


「おーい!鼠の攻略本のボス編が出たぞー」

 

 

 それは会議も終盤になった時のことだった。恐らくディアベルの仲間と思われるプレイヤーが、慌てて会議場に攻略本を持ち込んだのだ。

 

 

「さっき、NPCの露店に置かれているのを確認しました。もちろんいつもどおり無料です」

 

 

「相変わらずのすごい情報量だ。敵の名前は《イルファング・ザ・コボルトロード》想定されるHP量、攻撃を受けたときのダメージ量に周りに湧くセンチネルのリポップタイミングまで出てる」

 

 

 ディアベルが、周りにも伝わるように読み上げる。さすがアルゴだけあってかなりしっかりしてる。だけどやっぱり早すぎる、昨日今日偵察に行った感じじゃない。俺の記憶とも合致している当たり恐らくこれはβテストの情報そのまんまだ。裏表紙を見ると俺の予想を裏付ける文言があった

 

 

『このデータはβテスト時のものです。本サービスの移行により変更になっている可能性があります』

 

 

「こんな事書いたら、アルゴが…」

 

 

「おい、キリトこの一文は…」

 

 

「ああ、随分攻め込んだな」

 

 

 

 俺達3人は一様にその文書の意味を感じ取った。今までのアルゴのスタンスだった《誰とも知れないβテスターから情報をもらっている》とはかけ離れたものになってしまう。これでは何かあったときの矛先がすべてアルゴに向いてしまう可能性すらある。もしかしたらそれすら狙いなのかも知れないが。

 

 

「あの、鼠女やっぱり誰がβテスターか知っとるんや!いや、もしかしたらあの女自身がβテスター上がりかもしれん、これは一度話を聞かんとなあ」

 

 

 さっき同様キバオウが話を不穏な方向へと持っていく。するとそれに呼応するかのように周りの声もそれに賛同する形になっていた。

 

 

 まずい、このままだとアルゴに何らかの被害が出る可能性がある。曲がりなりにも今βテスターとビギナーの橋渡しをしているのはアルゴだ。彼女に何かあれば今後の攻略はもちろんまだはじまりの街周辺にいるビギナー達の育成にも影響が出る可能性がある。

 

 

 何よりあいつは大事な友人だ。アルゴに矛先が向けられるくらいなら、ここで俺がブラフでもなんでも使って標的を自分に向けさせよう。そう思った瞬間だった。

 

 

「…今は、感謝以外の何が有るというの?」

 

 

 俺は今日彼女に驚かされるのは何度目になるのだろう。いつの間にか俺の横に居たフェンサーさんがみんなに聞こえる声でそう言ったのだ。正直そんなことをするとは思わなかった、だって何より目立ってしまうから。フードをかぶっているのは、自分が女性だということがすぐにはバレないようにするためなのだろう。

 

 

 何度も言うが、圧倒的に男性率の高いSAOで女性というだけで好奇の目にさらされる。事実、今フェンサーさんは女性だと気づいた多くのプレイヤーの視線を集めている。俺がその視線に気づき、彼女を隠すように正面に立った時、今度はディアベルが話し始めた。

 

 

「彼女の言うとおりだ!今はただこの情報に感謝しよう。少なくともこれで偵察戦を省くことが出来るのだから」

 

 

「一番危険な偵察戦を省略出来るんだ。死亡者を出さないことも不可能じゃない」

 

 

 エギルもそれに続く形で話を前に持っていこうとしていた。

 

 

「いや、死人は出さない!もし情報に漏れがあったとしても、俺がみんなを護って見せる!――騎士の誇りにかけて!」

 

 

 みんながそれを聞き、納得したようだ。キバオウも特に反論する様子はなかった。

 

 

「おあつらえ向きに、お姫様もいるようだしね」

 

 

 そのお姫様は、油断したら風穴空けるような危ないお姫様だけどな、と思ったことは絶対に口には出すまい。

 

 

「それじゃあ、実務的な話に移ろう。まずはレイドの構成からだ。とりあえずみんな、自由にパーティを組んでみてくれないか?」

 

 

 ある意味ここで一番やっかいな問題、パーティ編成。基本的に今パーティの方向を決めているのは俺だ。カイトやユウキはそれに従う形になっている。しかしここで問題なのが俺が本来コミュニケーションとは無縁の人間だということだ。何処かに入れてくれというほどの勇気を持っていたら、きっとゲーム初日に最悪ソロプレイヤーでもいいかなどとは思わなかっただろう。

 

 

 そして、それがどういう結果を生むか。現在参加者は46人、ワンパーティ6人でフルレイドは8パーティつまり順当に行けば、7パーティ+4人。現在の余り…俺、カイト、ユウキ、そしてフェンサーさん。つまり俺達がパーティからあぶれたということだ。

 

 

「あ、あんたもあぶれた……わけじゃないですよね。分かってますはい、どうもすいません」

 

 

 隣のフェンサーさんに、途中まで話しかけたところでゴミを見るようなとっても鋭い目線が飛んできたため、思わずトーンダウンしてしまったが、俺達がパーティを組まないとどちらかはボス戦に参加できなくなってしまう。

 

 

「…もしよかったら、俺達と組まないか?レイドは8パーティだから、そうしないと入れなくなる」

 

 

 少し考えた様子だったが、直ぐに返事が帰ってきた。

 

 

「別に、そっちから申請するなら受けてあげないでもないわ」

 

 

 そうか?とつぶやきながら、俺は目の前のフェンサーさんのアイコンを選びパーティ申請すると、素っ気無い感じで彼女がOKを押すと視界の左上に4人目の体力バーが現れた。

 

 【Asuna】…アスナ?…変わった名前だな。いや、本名を縮めただけの俺が言えたものではないかもしれないけど。

 

 

 すると、レイド編成が終わったのかディアベルがこっちにやってきた。

 

「君たちは4人パーティだね。申し訳ないんだが取り巻きコボルト潰しをお願いしてもいいだろうか?」

 

 

 謙虚にも頭を下げてお願いしてきた。まあ穿った見方をすれば、ボス戦の邪魔はするなよということかもしれないが。でも隣のフェンサーさんが今にも噛みつきそうな雰囲気を感じたので、とっさにそれを遮った。

 

 

「フルレイドを組む人数が集まってないんだ仕方ないさ、それに取り巻き潰しだって大事な仕事だしな」

 

 

「そう言ってもらえると助かるよ。でもお姫様の護衛は騎士としては羨ましい限りだけどね」

 

 

「…ははは、重要な役目だな」

 

 

 後ろから羅刹のような視線を感じる気がする。いやきっと気のせいだ絶対に俺は後ろを振り向かないぞ。

 

 

「……何が大事な役目よ、取り巻き潰し専門なんてボスにも触れない雑用じゃない」

 

 

「仕方ないだろ、フルパーティ組めないんだし。ボス相手にスイッチでPOTローテするにはバランスも悪いし」

 

 

「…スイッチ?……POTローテって何?」

 

 

 そうか、このフェンサーさんは初心者だった。もしかすると今までパーティを組んだことも無いのかも知れない。

 

 

「分かった明日パーティ戦闘について説明する。練習用にいいクエストが有るんだけど、朝限定のクエストなんだ。今日のうちに一通り説明しておきたいから、そのへんの酒場で――――「嫌、一緒にいるの見られたくない」

 

 

 なんと冷たいお言葉。でもこれを説明せずにボス戦をさせるわけにもいかない。

 

 

「いやでも人目のつかないところってなると、NPCハウスは誰か入ってくるかもだし…そうだ、どっちかの宿の部屋とか?」

 

 

「絶対ゴメンだわ!何するつもりよいやらしい!」

 

 

「まだその誤解とけてなかったんですね…」

 

 

 俺が必死に彼女を説得していると、カイトとユウキがやってきた。

 

 

「ねえ、まだ帰らないの?ボクそろそろお風呂入りたいよ」

 

 

「え、ああそうだな良いんじゃないか、俺はこのフェンサーさんともう少し話があるから――」

 

 

 そこまで言ったところで、急にフェンサーさんに胸ぐらをつかまれた。

 

 

「今なんて言ったの??」

 

 

「え?何? 帰る?」

 

 

「そうじゃなくて!」

 

 

「君と話がある?」

 

 

「それでもなく!」

 

 

 そこまで言われてようやく彼女の食いついたわけがわかった。

 

 

「えーっともしかして、お風呂?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――キリト借り部屋

 

 

俺はさっきからアルゴの攻略本ボス編を見ながら自分の記憶との照らし合わせを行って…いるつもりなのだが、全然集中できない。扉の向こうが気になって本の内容が一切入ってこない。

 

 

扉一枚隔てた向こうにはさっきのフェンサーさんがお風呂に入っているのだ、嫌でも気になってしまうのは男の性だろうか。ユウキの場合はカイトの言うとおり妹みたいな感じなのであまり気にしたことはなかったのだが、彼女はぱっと見だが年は近い気がする。

 

 

「キリト、お前不思議な特技持ってるんだな。本を逆さまに持って読むとは」

 

 

「うるさいな、言わなきゃ分かんないだろ頑張って意識を集中させてるんだ」

 

 

「一体どこに集中させてるんだか…」

 

 

さっき相変わらずカイトの膝枕で寝てしまったユウキをベッドに運ぶと言ってこの部屋から脱出しようとしたので必死に道連れ…いや引き留めたところだ。こんな状況で一人でいたらあらぬことばかり想像するに違いない。

 

 

――――コン、コココン

 

 

そんな時、特徴的なノックが聞こえてきた。俺の予想が正しければこのタイミングでは一番来て欲しくない奴に違いない。そして、空けた扉には予想通り鼠顔のフードをかぶった情報屋が立っていた。

 

 

「よ…よう、珍しいなあんたがわざわざここまで来るなんて」

 

 

「ヤッ、アーちゃん…フェンサーさんはいるかい?」

 

 

 まさかこのタイミングで、ドンピシャな質問をされるとは思わなかった。

 

 

「なんでまた急に?」

 

 

「いやナ、会議場をふたり連れ立って出て行ったっテ、女日照りのゲームオタク共が恨みがましく教えてくれてナ。もしかしてもう連れ込んだかなト…」

 

 

 いやいや、ふたり連れ立ってってちゃんとカイトとユウキも居たからな!と思いつつなんとかこいつの追求から逃れなければ、アルゴのネタ帳に俺は初対面の女性を部屋に連れ込むプレイヤーとして記録され、明日には大勢の女性プレイヤーやら嫉妬に狂った男性プレイヤーに半殺しにされかねない。

 

 

「あの警戒心の強いフェンサーさんが、今日あったばかりの俺の部屋に風呂なんか借りに来るわけが…」

 

 

「フロ?  んンー?」

 

 

 …まずい、実にまずい。誤魔化そうとしたら余計に傷口がひどくなった気がする。その証拠に目の前の彼女はものすごい疑いの眼差しを向けている。

 

 

「いや…、途中まで一緒だったけどもう宿に帰ったんじゃないかな?」

 

 

「ふーン……まあいいカ、例の買い取り交渉の方でも話があるかラ、ちょっくらお邪魔するゾ。やア、カー坊ユーちゃんはもう寝てるのカ」

 

 

「いらっしゃい、アルゴ」

 

 

アルゴの興味が変なところに向く前に用を済ませて帰ってもらわないと。

 

 

「それで、依頼人はなんて?」

 

 

「3万9800コルまで、値をあげるそうダ」

 

 

 

「なっ!?」

 

 

「サンキュッパだと!おいおい、アルゴを侮辱する気はないけど詐欺の類いじゃないかと思われてもおかしくないぞ、今のアニールブレードの相場は大体1万5千コルでそこに3万コルもあれば俺と同じ状態に持っていける。あんたの依頼人は相場より5千コルも上乗せして買い取ろうとしてるんだぞ」

 

 

「オレっちも、3回はその説明したんだけどナ。まったク、わけがわからン」

 

 

俺が金を減らすことには納得はいかないけど、このままだと疑問がひとつも解決されずに気持ち悪さだけが残る。

 

 

「アルゴ、依頼人の名前に1500コル払う。依頼人に上積みするか確認してくれ」

 

 

「了解ダ―――――――――――――ン、教えてかまわないそーダ」

 

 

これまた予想外にあっさりと名前を教えても構わないという、もうなにがなにやらという思いでアルゴに代金を払う。

 

「たしかニ、まあキー坊も知ってるやつなんだけどナ。夕方にカー坊と言い合いしてたしナ」

 

 

「俺と言い合い?それって―――――――――――――」

 

 

 

「キバオウ、だな」

 

 

「そういうことダ、それじゃあ今回も交渉は不成立ってことでいいナ?」

 

 

「ああ、それでいい」

 

 

 

ますます分からなくなった。確かにキバオウは会議でβテスターを目の敵にしていた、俺はそのベータテスターだ。けど俺がβテスターだと話したことはないし、なによりキバオウと会うのはさっきが初めてだ。無理やりとも思える武器買い取りの理由が分からない。

 

 

「それにしても、広くていい部屋だナ。この手の賃貸情報で一儲けするのも悪くないナ。…ン?この部屋バスルームってことハ、この部屋風呂つきカ!こりゃ女性プレイヤーに人気が出るゾ、ちょっと中見ていいカ?」

 

 

「ああ、どうぞ」

 

 

「お、おいキリト今中には…」

 

 

わざわざ、4万コルも使って俺から武器を買い取りたい理由……ん?今アルゴ何て言った?ナカミテイイカ?

 

 

「まっ、待てアルゴ!よく考えたら修理中で使えないんだ!使えるようにするにはやたら面倒なクエストをやる必要があってな!」

 

 

「なんダ、なら仕方ない無いナ」

 

 

危なかった、考え事してたせいで空返事してた。危うく俺の命と今後の生活に支障がでるところ…

 

 

「なんてナ」

 

 と、油断した次の瞬間にさすがAGI極振りと言われるアルゴだと尊敬するくらいのすばやさでフェイントをかけられ、ついに開けると俺の色々なものが終わる扉を開けられてしまった。

 

 

「こりゃ、驚いたナ。―――――キー坊、短い付き合いだったナ」

 

 

 一瞬、下着姿の少女の姿が見えた気がした。まだ下着を着けていただけよかったのかもしれない、なぜかって少なくとも一晩意識をなくすだけですんだのだから。

 

 

 

「いやぁーーーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――翌日

 

 

 

 

「スイッチの説明はこんな所だ。…まあほとんどソロで倒してた気もするけど」

 

 

「何か言った?」

 

 

「いえ、何でもありません」

 

 

 翌日朝、カイト達はボス戦の準備に町の方へ買出しに行っている。俺とフェンサーさんは何故か着いてきたアルゴと一緒にパーティー戦闘のレクチャーもかねて朝限定のとあるクエストに来ていた。

 

「あ、何か報酬が出てる。…ウインドフルーレ?」

 

 

「少なくとも、店売りのレイピアよりはずっと使いやすいはずだ。軽くて正確性も高い」

 

 

「すごい…きれい」

 

 

 昨日のディアベルじゃないけどウインドフルーレを持って佇む彼女が本当にどこかのお姫様のようで、思わず見とれてしまった。そして、そんな俺をアルゴが隣でニヤニヤしながら見ていた。

 

 

「あとは強化だナ。あれだけ迷宮区に籠もってれば+4にするぐらいの素材は有るだロ、いい鍛冶屋紹介するヨ」

 

 

「ありがとうございます。お金の方は…」

 

 

「昨日のお礼ダ、タダにしとくヨ。…目立つことは避けたかったろうニ、ありがとナ」

 

 

 おそらく、昨日の会議終盤の攻略本の騒ぎのことを言っているのだろう。それにしても、あのアルゴが素直にお礼を言うなんて、珍しいものを見れた。

 

 

「ドロップ品の浮いたお金で他の装備も充実するべきじゃないかナ。どうですカ、先生?」

 

 

「そうだな、フェンサーはスピード重視だから必要以上の装備は足枷になるんじゃないかな」

 

 

「だってサ、やったねアーちゃんお金が余るヨ!」

 

 

 ふむ、アスナだからアーちゃんなのか?いつのまに親しくなっていたのか少し気になるところではあるが。

 

 

 その後町まで戻った俺たちは、鍛冶屋でフェンサーさんの武器強化を見守っていた。まああれだけの素材があれば+4は難しくはなく無事に強化も終わった。

 

「+4の具合はどウ?」

 

 

「だいぶ軽くなりました。ブレも収まったようです―――――これ+5にはできないの?」

 

 

「第1層では必要な素材は手に入らないんダ」

 

 

 先にアルゴに言われてしまったが確かウインドフルーレのこれ以上の強化は第2層のウィスプ系の素材が必要だったはず。

 

「そうですか、これが現状のベストということですね。。では、私は他に買いたいものがあるので失礼します」

 

 

「――――――なあ、アルゴひとつ依頼いいか?」

 

 

「なんだイ?」

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「キリト、こんな所で何してるんだ?」

 

 

「カイトか。ちょっと、アルゴ待ちなんだ」

 

 

 アルゴを待っていたら買い物が終わったらしいカイト達が合流した。

 

 

「どうだ、フェンサーさんの調子は?」

 

 

「とりあえず最低限必要な知識は教えたよ、まあ念の為フェンサーさんとは俺がコンビを組むさ。カイトはいつもどおりユウキとコンビを組んでお互い状況見てスイッチする感じだな」

 

 

「任せて、カイトはしっかりボクが援護するからさ」

 

 

 βテスト通りなら、このパーティは問題ない。怖いのは違った場合だけどこればっかりは明日にならないとわからない。

 

 

「キー坊、終わったゾ」

 

 

「どうだった?」

 

 

「アーちゃんなら心配ないサ、明日死のうとしてる人間があんな物買うもんカ」

 

 

「俺が頼んだのは麗しのフェンサーさんが、何を買ったか教えてくれって内容だったはずだけど…、まあいい報酬の千コルだ」

 

 

 

「確かニ、それじゃあなキー坊。明日頑張れヨ。2層をアクティベートしたってメッセージ待ってるゾ」

 

 

 そう言ってアルゴは人混みに消えていった。ひとまず心配してたようなことはなさそうでなによりだ。

 

 

「珍しいなアルゴから女性プレイヤーの情報を買うなんて」

 

 

「キリト、彼女のこと気になってるの?」

 

 

「そういうのじゃないからな、迷宮区のときみたいに無謀な戦い方をされても困るだけだから、その心配がないかを…」

 

 

「はいはい」

 

 

「そういうことにしておいてあげるよ」

 

 

 

 このふたりは全く…、別に他意はない。ただパーティメンバーに死んでほしくない、ただそれだけだ。そのはずだ、多分。

 

 まあ他にも色々と心配事はあるけど、今はとにかく無事に終われるように準備をして明日を迎えるだけだ。準備しすぎることはない、なにせ明日はSAOではじめてのボス戦になるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




遅くなりました。しかもまた長くなってる…

次回はようやく第1層ボス編です。見にくくなるのであまり同じ話中で視点を変えたくはないのですが、次回はキリト、アスナ、カイトそれぞれの視点を混ぜていこうと思います。

SAOでのそれぞれの目標が定まる部分でも有るのでしっかり分けて書きます。

戦闘シーン苦手だけど頑張ります。



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第9話 それぞれの道

 別にゲームだからといってボス部屋の目の前にワープできるはずもなく、普通にトールバーナから迷宮区まで行軍するのだが、幸い進軍途中に目立った被害やアクシデントはなく無事ボス部屋前の扉にたどり着き、今は決戦の前の小休止をしているところだ。

 

 

「ねえ、あなた他の…MMOゲーム?ってのもやってたの?」

 

 

「そうだけど、急にどうしたんだ?」

 

 

「他のゲームでも、こんな感じだったの? …なんていうか遠足みたいな感じ?」

 

 

 隣のフェンサーさんの表現は間違っていないかも知れない、ここに来るまでに会話や笑い声が尽きる様子がなかった。もし現実世界でこの様子を見れば、遠足かピクニックにでも行く集団なのかと思われたかも知れない。

 

 

「他のゲームは違ったよ、マウスとキーボードでチャットをするだけだからな。まあ俺はあんまりそういう輪の中には入らなかったけど」

 

 

「―――本物も、こんな感じなのかしら」

 

 

「へ、本物?」

 

 

 思わず意味がわからず聞き返した。

 

 

「もし、本当にファンタジー世界があったらその世界の人達はこういう戦いの前はどんな気持ちだったんだろうって話よ」

 

 

 彼女の考え方は本当に不思議だ。今までそんな事考えたこともなかった、けど今この時剣を握りモンスターと戦いダンジョンを攻略する俺達は、たとえそれが仮想であってもそういう世界の人間に限りなく近いのだろう。

 

 

「それを、日常として生きている人たちなら……多分、俺達が晩飯にレストランに行くときとの感じとそんなに変わらないんじゃないかな。今みたいに話したければ話して黙りたければ黙る、このボス攻略レイドもいずれはそうなると思うよ。ボス攻略を日常に出来ればね」

 

 

 俺がそう言うと、彼女は可笑しそうに笑った。

 

 

「ごめんなさい、でも変なこと言うんだもの。究極の非日常で日常なんて」

 

 

「確かにそうかもしれない、けど今日で丸4週間だぜ。仮に第1層を攻略してもまだ99層ある、俺はあと2年…いや3年はかかると覚悟した。3年もあれば非日常が日常になってるさ、いや…きっと日常にしなきゃいけないんだゲームをクリアするまでは」

 

 

 部分的に省略されていることも有るけど、毎日眠り食事をしている生活は現実のそれと大差はない。これは遊びではない、あの男はそう言った。現実と離れたところかもしれないけど現実とつながっている、だってここで経験して感じたことは現実世界に戻っても覚えているのだから。

 

 それなら俺は、戦い続けるだけじゃなくこのゲームから脱出出来るまでこの世界で生きていきたい。ゲームかもしれないけど、ここで過ごした時間は偽物ではなく本物だから。

 

 

「…強いのね、私には無理だわ…この世界で何年も生きていくのは。今日の戦闘で死ぬことよりも怖く感じるもの」

 

 

「上の層に行けば、もっと良いお風呂も有るんだけどなー」

 

 

「ほ、ほんと?」

 

 

 そう言った瞬間しまったという顔をしたと同時に一昨日のことを思い出したのか、キッと睨まれてしまった。

 

 

「良いんだよ、この世界で生きていく理由なんてなんでも。大事なのは、ゲームだからって自分らしさをなくさないことだと思う」

 

 

「…自分らしさ、か」

 

 

 

 

 しばらくして、休憩も終わり全員が隊ごとに整列した。もうじきディアベルの合図でボス部屋に入るだろう。

 

 

「いいかボスの取り巻きで出てくる《ルインコボルトセンチネル》は迷宮区のコボルトよりも強敵だ、全身を鎧で覆っているから君のリニアーじゃまともに攻撃は通らない」

 

 

「わかってるわ。攻撃は喉元一点だけ、でしょ」

 

 

「そうだ、俺が敵の武器を弾くからすかさずスイッチで飛び込んでくれ。カイトたちも基本は同じだ、カイトが弾いてユウキが飛び込む。1匹ずつ確実に倒していこう」

 

 

「わかった」

 

「わかったよ」

 

 

 

 そしてディアベルが静かに剣を掲げ、周りを見渡しながら頷いた。

 

 

「―――行くぞ!」

 

 

 

 俺的には、4ヶ月ぶりの第1層ボス部屋だったが以前に見たときと同じはずなのにずいぶん広く感じたのは、多分以前とは決定的に違うものが一つ存在するからなのだろう。

 

 全員が中に入ったところで松明に明かりがつき部屋の奥で巨大な玉座に鎮座する《イルファング・ザ・コボルトロード》の姿が現れた。

 

 

「グルルラアアアアッ!!」

 

 

 その姿は俺がβテスト時に見たものと同じだった。2メートルを超える体躯、赤金色の隻眼、そして巨大な石斧と盾、腰の後ろには俺の身長と大差ない大きさのタルワールが差されていた。

 

 

「ん?なんだか…違和感を感じるような」

 

 

 直に戦端が開かれようとしたときに、カイトがそう呟いた。

 

 

「違和感?なんだ、ラグでもあったか?」

 

 

「いやそういうのじゃないんだけど…、なんだろうあのボス何か引っかかるような…」

 

 

 カイトはβテスターじゃないから、コボルトロードは見たことないはずなんだけど…俺は気のせいじゃないか今は目の前に集中しようぜと、言った

 

 

 そして、コボルトロードが石斧を振りかぶりタンク隊がそれを受け止めたのが合図となり周囲に予定通りセンチネルが現れた。

 

 

「行くぞみんな!ここまでは予定通りだ、さっきの作戦どおりに行くぞ!」

 

 

 

 

 

――――SIDE アスナ

 

 

 迷宮区の奥から私を助け出した3人はたった3人であそこにいるだけの実力は有るのだろうと予想はしていた。事実カイト呼ばれていた少年とユウキって女の子はかなりの強さだと思う、パーティを組んで1月程度しか経ってないとは思えないほど、お互いの動きに隙がない。というよりお互いの隙を絶妙にカバーしている。

 

 

 でも、その二人すら霞むような強さをみせているのが私とコンビを組んでいる剣士の彼だ。いや強いという言葉だけでは説明しきれない何かが彼にはある。パワーやスピードといった尺度すらも超越した《先の次元》を感じさせるなにか。

 

 その何かは私にはまだわからない。けどすべての動きが最適化され、これしかないという動きでセンチネルの武器を弾いている。後は私が仰け反った状態のコボルトの喉元にただリニアーを打ち込むだけ。今なら最初に会った時彼が、私の戦闘がオーバーキルで効率が悪いといった意味がわかる。

 

 無駄を省いた事で余裕が生まれ、あの時迷宮区で一心不乱に敵を狩っていた時とはぜんぜん違う心構えで今は戦えている。また昨日彼に言われて新調した、ウインドフルーレも実に手によく馴染んで、まるで剣先までが自分の体の一部と錯覚するほどだ。

 

 

 これがこの世界での《戦い》なら、以前まで私がしていたのはぜんぜん違うものなのだろう。そしてその戦いにはまだ先がある。少なくとも隣で戦っている剣士はずっとずっと先にいる。偽物の世界であるにもかかわらず、彼は現実世界と変わらずに生きていくことが大事だといった。

 

 たまに気取った喋り方をしつつ、でもその言葉の端々に何処か優しさを感じさせる彼が見ているもの。彼の見ているものを私も見てみたい、出来ればその隣で。どうしてそう思うのかはわからないけど、偽物の世界で今感じているこの気持ちは間違いなく本物だ。

 

 

 

 

―――――SIDE カイト

 

 コボルト王との戦いは、かなり順調と言っていい推移を見せていた。本隊が今3本目の体力ゲージを半分ほどまで減らしたところだ、今の所目立った被害なし。あのディアベルというプレイヤーの指揮もかなり落ち着いて的確だ。

 

 そして、ひたすらセンチネルの相手をしているこっちも同じく順調だ。正直想定以上と言えるのがキリトとコンビを組んでいるあのレイピア使いのアスナの奮戦だった。一昨日迷宮区で遠目で見た時かなりの実力だとは思っていたけど、キリトの話じゃ俺達以上の初心者ということだった。

 

 それが今では、多少はキリトが彼女に合わせているところもあるけどそれを差し引いても遜色ないくらいの戦闘を見せていた。

 

「すごいね、キリトとアスナ」

 

 

「そうだな、キリトは最低限説明しただけだっていってたけど」

 

 

「それであれだけ戦えてればもう才能だよね。ボクたちも負けないように頑張らなくちゃ」

 

 

「まあもうじき、ボスの体力も最後の1本になりそうだから終わるまで油断するなよユウキ」

 

 

「任せといてよ。それに危なかったらカイトが助けてくれるんでしょ?」

 

 

「やれやれ、うちのパーティのお姫様たちはどちらも手強い」

 

 

 キリト達が、センチネルを一体倒し少し余裕が出たところで俺はさっき感じた違和感をもう一度思い出していた。キリトは気にするなっていったけど、やっぱり気になる。最初にボスの姿を見た時なにか感じたのは間違いない…それが何だったのかどうしても分からない。

 

 

 ――もう一度ボスの情報を思い出せ、取り巻きにセンチネル3体、ボスの見た目は情報通り、装備は石斧にバックラーそして腰に差されたタルワール…何も間違いはないはず

 

 

「難しい顔してどうしたのカイト?」

 

 

「やっぱりあのボスなんだか変な気がしてさ、でも何が変なのかわからなくてさ」

 

 

「ボクは特に感じなかったけどなー、だって石斧にバックラーは情報通りだし、動きも違いはないし――――そういえばボクよく知らないんだけどタルワールってどんな武器なの?」

 

 

「え?タルワールってのはイスラム圏の武器で先端が湾曲してる刀のことだよ、俺達が使える武器で一番近いのは曲刀かな」

 

 

「ふーん――あれ?でもさっきちらっと後ろ見た時曲がってなかったような気がするんだけど…」

 

 

「曲がって…ない?」

 

 

 俺はすかさずボスの方を見た、あいにく今いる角度からじゃ腰に差してる武器の先端部分はよく見えない。―と味方のパリィで偶然ボスの背中がこちらを向いた。

 

 ――――確かに武器の先端は曲がっていなかった、いやあれはタルワールじゃない!

 

 

「おいキリト!ボスの持ってる武器がタルワールじゃないぞ!」

 

 

「え?そんなはず…」

 

 

 次の瞬間歓声が上がった、ボスの体力ゲージがラスト1本になったのだ。そして情報通りボスは石斧と盾を捨て腰に差してあった武器を抜く、情報のタルワールではなくそれは太刀だった。

 

 

「嘘だろ、あれは刀だ…もっと上層にならないと出てこない武器種だ!モーションがぜんぜん違う!本隊が危ない!――――――ディアベール!逃げろー!」

 

 

 キリトのその言葉を聞くと同時くらいにボスは刀専用の重範囲系ソードスキル《旋車》を放っていた。前線に居た全員が攻撃を喰らい、しかも同時にスタンを食らっていた。体力は見える人間だけでも一撃で半分は削れるほどの威力だった。

 

「くそっ!間に合え!」

 

 それを見た俺は、反射的にボスの方へと走り出していた。今までの敵の思考パターンを考えれば、次に待っているのは硬直が解除した後の追撃だからだ。もちろん刀のモーションなんて見たことはない、パリィや防御が出来るかは分からない。けどこのままじゃ間違いなく犠牲者が出る。それだけは我慢できなかった。

 

 

「ウグルオッ!!」

 

 

 そしてコボルトロードはディアベル目掛けて追撃の構えをした。間に合うかどうかは紙一重というところで俺はボスに向けてホリゾンタルを打ち込んだ。

 

 

 

 

――――SIDE キリト

 

 

 その場の誰もが…俺ですらあの状態で狙われたディアベルは死んだと思った。だがそうはならなかった。カイトが間一髪のタイミングでボスの攻撃を弾いたのだ。

 

 初見の武器モーションをただでさえタイミングの難しいスキルキャンセルを決める。その芸当の難しさは俺が4ヶ月ほど前に体験したことだ。10層迷宮区に出てくる《オロチ・エリートガード》がSAO初の日本刀を持った侍型のモンスターだった。

 

 俺はどうしても、そのモンスターの出るエリアを突破できず刀のモーションをようやく覚えたところでβテストが終わってしまったのだ。つまりこの中で…いやβテスターの中でも刀モーションを知っているのは恐らく俺だけだろう。

 

 だからこそカイトのやったことは衝撃だった、あいつは動きを知らない。だから敵の動きを見て条件反射だけで敵の攻撃を相殺している。だがいつまでも続く保証はない、だからこそ俺もカイトの援護をしないと。

 

 

 そう思ったところで、一つだけ迷いが出る。隣の彼女…アスナだけは絶対に死なせない。彼女には間違いなく才能がある、俺が僅かにアドバイスしただけですぐに適応してみせた。その才能の煌めきを花開く前に散らせることはこのゲームに魅せられたものとして容認できない。

 

 

 俺はカイトの元へ走り出す瞬間、彼女に後方で様子を見て危なくなったら逃げろと言うつもりだった。だが彼女は俺が口を開く前に、きっぱり宣言した。

 

 

「私もついていくわ、パートナーでしょ。それに、あなたの友達が命がけで頑張ってるのに一人後ろで見てられないもの」

 

 

「…わかった頼む」

 

 

「ボクも行くよ!」

 

 

「まて、ユウキはボスの攻撃範囲に入らない程度のところで待機していてくれ俺がカイトとスイッチしたらすぐにあいつのカバー頼む」

 

 

「わかったよ」

 

 

 周りを見ると予想外の事態とディアベルのピンチが重なり、皆が軽いパニック状態になっていた。このままでは今の状況から持ち直しても、ボスを倒すのもままならない。何かこの状況を一変させる物が必要だ、だがテスト時も基本ソロで通していた俺に大部隊を鼓舞するだけの言葉が見つけられない。

 

 

「うろたえるな!!」

 

 

 その激が隣の彼女だと気づくのにそう時間はかからなかった。今まで決して人前で外さなかったフードを外し更に続けた。

 

 

「幸いまだ誰も死んでない。ここさえ持ちこたえれば第2層も見えてくるわ!みんなもう一息力を出して!」

 

 

 俺も、彼女の素顔をはっきりと見るのは初めてだった。艷やかな栗色のロングヘアでアバター解除されてないのではないかと疑うくらいの美しい顔だった。まるで夜空に現れた流星のように。

 

 

「タンク隊、俺達に続け!ピヨった前線の人間を後退させるんだ!」

 

 

「わ、分かったでもお前たちはどうする」

 

 

 会議のときに、エギルと名乗った斧使いを始めとしたタンクの人間を何人か呼んだ。

 

 

「あいつと一緒にボスを引きつける! ―――行くぞアスナ!手順はセンチネルと同じだ!」

 

 

 名前を読んだ瞬間ちらりとこっちを見た気もするが、直ぐに視線を戻して応じた。

 

 

「解ったわ!」

 

 

 

 前方ではカイトと打ち合い繰り広げていたコボルトロードがバックステップした次の瞬間太刀を左の腰だめに構えようとしていた。

 

 

「………ッ!!」

 

 

 俺はとっさに剣を左腰に据え転倒寸前まで身体を倒し右足を全力で踏み切った。全身が薄青い光に包まれボスとの10メートルほどの距離を一気に駆け抜ける。片手剣基本突進技《レイジスパイク》だ。

 

 同時にボスが構えた太刀が緑に輝き、切り払われた。カタナ直線遠距離技《辻風》居合系の技で、今まで動体視力だけでなんとか捌いていたカイトでもあれだけは見てから防ごうとしても間に合わない。

 

 

「う……おおッ!!」

 

 

 咆哮とともに突き上げた俺の剣と、ボスの太刀の軌道が交差した。甲高い金属音を残して俺もボスも2メートル以上ノックバックした。そうして、生まれたボスの隙を俺の突進に迫るほどのスピードで追ってきたアスナが見事に捉えた。

 

 

「カイト!大丈夫か!?」

 

 

「ああ、いまユウキにポーションをもらった。もうしばらくいける」

 

 

「俺達であいつの攻撃を捌きつつタゲを取る。アスナは隙を見て攻撃を仕掛けてくれ、範囲攻撃が来るから包囲だけはするな!」

 

 

「分かったわ!」

 

 

「ユウキ!援護頼む!」

 

 

「任せて!」

 

 

 俺とカイトが交互にボスの攻撃を捌き、隙ができた瞬間アスナとユウキが攻撃を仕掛ける。そんな状態を続けつつ俺は頭の片隅でさっきのことを思い出していた。

 

 場の空気を一変させたアスナの力。この戦いを無事に生き残れば彼女はきっとアインクラッドに名を轟かすだろう。誰よりも早く、誰よりも美しい剣士として。いや剣士だけじゃない、きっとその流星の如き輝きで攻略者達を導く存在になる。

 

 見てみたい。いや側で見ていたい。そのためにも彼女は絶対に護ってみせる。

 

 

 

 

 その後数分続いた激戦でボスの体力はあと僅かまで減っていた。だが俺達の集中力もだいぶ限界まで来ていた。ボスの咆哮に対応できず俺とカイトが一瞬ディレイが入る。そしてボスの目線は同じ位置に居たアスナとユウキに向いた。

 

 次の一撃で決めないとまずい。そう思った俺はカイトに一瞬目配せをしてお互いに頷いた。

 

 

「「何処見てんだ木偶の坊、俺達のお姫様に……色目使ってんじゃねえぞ!!」」

 

 

 俺とカイトは同時に《バーチカルアーク》を放った。そしてコボルト王は力を失いガラス片となって身体を四散させた。

 

 

 

 そして俺の視界には【You got the Last Attack!!】という紫のシステムメッセージが瞬いていた。

 

 

 

 

 




というわけで終わりました。第1層ボス戦

構成上少々予定を変更してカイトくんの意思表明は次回に持ち越しです。

ディアベルは生存させました。少し迷いましたが


アスナの描写は悩みましたが、キリトへの恋心の種の意味も込めて少し表現変えました。


そして、最後の攻撃を同時にさせた意味。まあ恐らくバレバレだとは思いますがこの作品のタイトルの意味の一端が次回明らかになります。



そして遅ればせながらUAが1500を超えました。ありがとうございます
今後も頑張っていきます


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第10話 ビーター

 ボスの消滅に伴って、センチネルも消え去り薄暗いエフェクトだったボス部屋も、明るくなり涼しい風とともに激戦の熱を押し流そうとしていた。

 

 だが誰も、何かを話そうとはしなかった。恐らく終わったという実感が無いのだ、俺ももしかしたらまだベータと違う何かが有るのではと、疑心暗鬼にありまだ構えた剣を下ろせないでいる。すると小さな白い手がそっと俺の手をおろした。さっきまでの戦闘で俺に色々なものを見せてくれたアスナだった。

 

 

 改めてフードを外した彼女を見ると、あるいは男なら誰でも惹かれるのではないかという美貌をしていた彼女の顔を思わず見入り続けてしまった。だが彼女は今だけかもしれないが嫌な顔をせず軽く微笑みながら俺に囁いた。

 

 

「お疲れ様」

 

 

「ああ、ありがとう」

 

 

 その時ようやく俺は終わったんだと、実感することができた。1ヶ月間8千人のプレイヤーを苦しめてきた第1層がようやく終わったのだ。そして、それに呼応するかのようにシステムがアイテムとコルの配布を始めた。それを見て他のプレイヤー達からやっと終わったと歓声が上がった。

 

 

 そんな中、一人の大きな影が俺達のところに近づいていた。両手斧使いのエギルだ。

 

 

「…見事な戦闘だった、コングラッチュレーション今日の勝利はあんたたちのものだ」

 

 

 途中の英語を、流暢な発音で言ってのけた巨漢はニッと笑い拳を突き出してきた。

 

 

「俺よりも今日の一番はカイトさ。あの時あいつが居なければどうなってたか」

 

 

 気の利いたことは言えなかったが、間違いなく本心だ。あの瞬間カイトは最後まで諦めていなかった。だからこそギリギリのタイミングでスキルキャンセルも成功したのだろう。

 

 

「―――なんでだよ!」

 

 

 突然の叫び声が俺の背後で弾けた。怒りも含んだその叫び声で広場の歓声は静まり返った。

 

 

「―――俺達のリーダーは、そこで讃えられているべき人は、ディアベルさんだろうが!」

 

「――そいつらは、ボスの情報が違うことを知っててディアベルさんを見殺しにしようとしたんだぞ!」

 

 

 そう叫んだ、剣士の言い分はひどく言いがかりでしかない。確かに俺はカタナスキルを知っていたしボスの武器がタルワールじゃないことにも気づいた。けどそれは、直前になってカイトに言われて初めて気づいたものだ。

 

 

「―あいつ、パーティメンバーにボスの武器が違うと聞いて直ぐにカタナだって言ってた、きっと情報と違うこと知ってたんだ!」

 

 

 こうなるような気は薄々していた。その理由は戦闘前になる。昨日アルゴから聞いた依頼人キバオウは不思議な事に会議の時と装備が全く変わっていなかった。俺に4万コルも払う用意がありながら交渉が決裂して浮いたそのお金で装備を新調するということをしなかったのだ。

 

 

 そこで俺は気づいた。もしかしたらしないのではなく出来ないのではないかと。キバオウもまた誰かに依頼され俺との交渉役になっているのではないかと。そして戦闘中キバオウはさらに気になることを俺に話した。

 

 

―――戦闘中

 

 

「アテが外れたやろ。いい気味や」

 

 

 センチネルとの戦闘が落ち着いた頃後方で本隊のサポートをしていたキバオウが急に話しかけてきた。

 

 

「……なんだって?」

 

 

「下手な芝居すんなや。こっちは知っとるんや。あんたがボス戦に潜り込んだ動機っちゅうもんをな」

 

 

「動機って、ボスを倒す以外になんの理由があるんだよ?」

 

 

「だから、まさにそれが狙いやったんやろうが!」

 

 

 俺とキバオウの会話は恐らく噛み合っていない。俺が言っていることとキバオウが言っていることになにかのズレが有る。その核心を、キバオウは告げた

 

 

「わいは知っとんのや、ちゃーんと聞かされてんのやで――あんたが昔、汚い立ち回りでボスのLA取りまくっとったちゅうことをな」

 

 

「なっ……」

 

 

 LA、ラストアタックボーナスそれは各層のフィールドボスやフロアボスに最後に攻撃したものがもらえるボーナスアイテムだ。基本的にそのアイテムは激レアなユニーク品であることが多く、俺は確かにβテスト時にそういうスタイルだったことも確かだ。

 

 

 キバオウは俺がβテスターあることだけでなく、当時の俺の動きまで知っている…いや聞いている、でも誰から?

 

 

「……キバオウ、あんたにその話をしたやつはどうやってβテスト時の情報を知ったんだ?」

 

 

「決まってるやろ、えらい大金つこて鼠から買ったんや、攻略部隊のハイエナをあぶり出すんや言うてな」

 

 

 それは間違いなく嘘だ、あのアルゴが自分で決めている掟を破るわけがない。とすればこの中にいるんだβ時代の俺を知ってるもうひとりのβテスターが。

 

 

 

――――

 

 

 

 そこまで気づいたところで俺は、今この状況で俺から戦力を剥いで得をするのは誰かと考えた。仮にうまくいっても、4万コルも使うのだそれなりのリターンこの場合はLAになるのだろうそれがないと割に合わない。とすればいま一番可能性の高いのは、最前線でアタッカーもしつつ全体の指揮を執るディアベル以外にないのではないかと。

 

 

 恐らくキバオウとディアベルはグルだ。会議のときのあの騒ぎも予定の一つだったんだろう。カイトとエギルのせいで中途半端になってしまったが、恐らくボス戦の終わった後の反省会でまた吊し上げが行われるだろうと思っていた。

 

 

 広場の多くが、どうして攻略本にもないことを知ってるんだという空気になっていた。そしてその疑問に答えたのは俺の予想通りキバオウ―――

 

 

 

 ではなかった。戦闘の時とうって変わって彼は何かを我慢するように口を結んだまま立ち尽くしている。まるで言おうかどうしようか迷っているようなそんな感じがした。だが、彼の指揮するパーティの一人が俺を指さして叫んだ。

 

 

「俺知ってるぞ。あいつはディアベルさんにLA取られるのが嫌でボスの動きが違うことをギリギリまで黙ってたんだ。――図星だろ、《βテスター》さん」

 

 

――あいつ、ベータテスターだったのか

 

――LAボーナス欲しさに、ディアベルさんを見殺しにしようとしたのか

 

 

 そんな声が、周りから聞こえてきた。どう反応するのがいいのか考えていると周りの声を遮ったのは、アスナだった。

 

 

「待って!β時代の情報は私達も攻略本で得ていたわ。あのボスの情報について大きな差はなかったはず。ただβ時代と同じだと思い込んだ私達が窮地に陥りそうになった時、彼はもっと先で得ていた知識を応用して教えてくれた。そう考えるのが自然じゃない?」

 

 

「いいや違うね、アルゴとかいう情報屋とそいつはグルだったんだ。βテスター同士共謀して、善意のふりをして俺達を騙して、自分たちだけ美味しいところを掠め取っていこうとしたんだ」

 

 

 ――この流れは、まずい

 

 

「あの人はそんな人じゃない!! 誰が言ったの! 出てきなさい!!」

 

 

「あんたさっきから随分ベータ共の肩を持つな。もしかしてあんたもグルなのか…?」

 

 

 ――このままじゃ、事態は一番最悪な方へ進んでしまう。

 

 

「まてよ、それならボスの攻撃を捌いてた俺だってグルだってことになるけど」

 

 

「あんたも、あいつと同じパーティだった。その可能性は十分にあるよな」

 

 

 

 俺一人なら、どんな糾弾だって謗りだって受ける。でも今の状況は俺を助けてくれようとしたアスナやその助け舟を出したカイトにまで及ぼうとしている。――どうすればいい、どうすればこの状況を…。

 

 

 うつむいた俺に、まだ表示されたままのシステムメッセージが目に入る。獲得コル。そしてアイテム、LAボーナス……

 

 次の瞬間、一つの手段が思い浮かんだ。同時に今まで感じたことのないくらいの葛藤が頭をよぎった。もしそれをすれば俺は今後どうなるかわからない。命すら危なくなる可能性もある。

 

 

 しかし俺一人の犠牲でアスナやカイト、アルゴを守れるのなら…

 

 

「ハハハッ、冗談だろそいつらは正真正銘のビギナーさ」

 

 

 どんなに心無い言葉でも吐いてみせる。

 

 

 

――――SIDE アスナ

 

 

 

 誰が話しているのかわからなかったけど、そいつのあまりにもひどい言いがかりに思わず剣を抜こうとすらしてしまった瞬間、隣の少年はいつもの優しそうな顔つきとはぜんぜん違う冷笑を浮かべてそう言っていた。

 

 

 

「困るなぁ、フェンサーさん。そう懐かれたら仲間だと思われちゃうだろ?これだから世間知らずのユートーセーは、自分が利用されているなんてこれっぽっちも疑いもしない」

 

 

 その言葉に一瞬ショックを受けた。世間知らずなのは、私自身理解している。でも彼から利用しているという言葉は一番似合わないような気がした。

 

 あの日、私を助け色々なことを教えてくれた彼には間違いなくそんな思いはなかったはず。だとすれば今の彼の言葉は間違いなく、私や彼友人を助けるものだ。

 

 

「それに、元βテスターだって? 俺をあんな素人連中と同じにしないでほしいな」

 

 

「な、なんだと?」

 

 

「よく思い出せよ、βテストの倍率はとんでもないものだったんだ。運良く受かった連中の中で本物のMMOプレイヤーが何人居たと思う? 殆どがほとんどがレベリングの基礎も知らないような初心者だったよ。今のあんたらのほうがマシさ」

 

 

 彼と多く会話を交わしたわけじゃないけど、それが本心でないことは直感的に感じた。わざとらしい程の侮蔑的な物言いで周囲の空気は戦闘前の緊張のように冷たくなっていく。

 

 

「でも俺はあんな奴らとは違う。俺はβテスト中に誰も登れなかったところまで登った。ボスのカタナスキルもここよりずっと上の層でカタナを使うモンスターが居ることを知ってたんだ。他にも色々知ってるぜ、鼠なんか問題じゃないくらいにな」

 

 

――なんだよ、それ

 

――そんなのチーターじゃないか

 

――β上がりのチーターだ

 

――ベータのチーターだからビーターだ

 

 

 そんな声が多く聞こえてきた、彼はそれを意に介することもなくウインドウを触っていた。そして、今まで来ていたジャケットのような装備ではなく、黒いコートに装備を変えて言い放った。

 

 

「《ビーター》!いいねえその呼び名気に入ったよ、ラストアタックボーナスと一緒に俺がもらった! 間違っても今後はそのへんのテスター共と一緒にしないでほしいもんだな」

 

 

 私はようやく、彼がしようとしていることに気づいた。会議のときから根付いていたβテスターへの不満をビーターとして一身に受けようとしているということに。

 

 

「2層の転移門のアクティベートは俺がしておいてやる。あんたらは街に戻っておとなしくしてろ。よくいるんだよボスを攻略した勢いのまま次の層へ行って初見Mobに殺されるやつが」

 

 

 彼はそう言って、ボス部屋を出ていった。私の横には彼のパーティの二人とエギルさんが来ていた。

 

 

「…全くあいつは」

 

「ほんと世話がかかるね」

 

 

 このふたりは、彼の思惑に気づいているようだった。

 そしてそれはエギルさんも同様だった

 

「なあ、あれが本心じゃないって事は…」

 

 

「言われなくても分かってます!」

 

 

「君は残ったほうがいいかも知れない、あのバカと同じだと思われるかも知れないから。エギルさんもまた2層で会いましょう」

 

 

 そう言って、彼らもボス部屋を出ていった。

 

「残るのか君も?」

 

 

「言いたいことが色々有るから、彼と少し話してきます」

 

 

「…じゃあ、アイツに伝言頼めるよな?」

 

 

 エギルさんからの伝言を聞きボス部屋から出ようとした時だった。

 

 

「ちょい待ちぃ」

 

 

 そこにはキバオウさんと、ディアベルさんが立っていた。

 

 

「…伝言、ワイからも頼むわ」

 

「オレからもお願いするよ、しばらく会えなくなるだろうし」

 

 

 急にディアベルさんがそんな事を言いだした。

 

 

「どういうことですか?」

 

 

「彼らに命を助けられて、その上彼に全て背負わせるのはさすがにオレのナイトとしての心が我慢出来ないんだよ」

 

 

 

 

 

――――SIDE キリト

 

 

 

 ボス部屋を超えて2層への扉を開けるとそこには絶景が広がっていた。1層とはガラリと変わり、2層は岩山が連なり2層の入り口はその山の中腹にあった。下を見下ろすと、2層主街区ウルバスが見える。少しくらいはこの絶景に見惚れる時間くらい有るだろう。

 

 

 

「全く、あんな重いもの背負ってお前はどれだけ筋力値にステータスを振る気だ?」

 

 

「それで軽くなるなら喜んで筋力極振りにするよ」

 

 

「ムキムキのキリトかー、ボク想像できないなあ」

 

 

 なんというか予想通りカイトたちも上がってきた。心の何処かできっと来てくれると思ってはいたけど、いざ実際にそうなると少しうれしかった。

 

 

「アスナはどうした?」

 

 

「一応上がって来ないほうがいいとは言ったよ。まあ一応な」

 

 

 そう言うと、カイトはちらりと後ろを見た。そこにはフードを付け直したアスナが立っていた。

 

 

「来るなって言われただろうに」

 

 

「すぐに戻るわよ。あなたに言いたいことがあったから」

 

 

 そう言って彼女は俺の横まで来て俺と同じ景色を見て溢れるように呟いた

 

 

「綺麗ね」

 

 

「ああ」

 

 

「エギルさんとキバオウさん、それからディアベルさんから伝言」

 

 

 エギルはなんとなくわかる気がした、きっと彼も俺の言葉の意味に気づいている気がしたから。

 

 

「エギルさんからは、『2層のボス攻略も一緒にやろう』って、キバオウさんは…」

 

 

 アスナは小さく咳払いをしてから頑張って真似をしたのか下手な関西弁で再現を試みた。

 

 

「……『今日は助けてもろたけど、ジブンのことはやっぱり認められん、わいはわいのやり方でクリアを目指す。それからディアベルはんを助けてくれておおきに』だって」

 

 キバオウがあの時黙っていた理由がわかった気がする。きっと過程はどうあれディアベルを助けてくれた奴を告発するようなことをしていいのか悩んでいたんだろう。

 

 

「それからディアベルさんからは、『嫌な役回りを任せる形になってすまない、この謝罪と助けてくれたお礼はいつか必ずさせていただく、ナイトとして』だそうよ」

 

 

「謝罪はともかく、お礼はカイトの方にしてほしいな。俺はあの瞬間何も出来なかったから」

 

 

 その後少しの沈黙が続いて、俺はさっきのことを謝ろうと思った。

 

「ええと…その…あれだ、さっきは…その…ごめ―「ごめんなさい!」

 

 

 俺が言おうとしていたセリフを先に言われてしまい、俺は思わずえ?と聞き返してしまった。

 

 

「…私が余計なことをしたせいで、あなたに重荷を背負わせてしまったわ本当にごめんなさい」

 

 

「いいんだって、あれは俺が自分で墓穴をほったんだ。大した問題じゃない。それに君があの時みんなに檄を飛ばしてくれなきゃ、レイドが壊滅していた可能性だってあった。」

 

 

「だけど、私の力なんて…」

 

 

「…いや、多分君にはみんなを一つにする力がある。俺の剣技なんかよりずっと大切な力だ。俺なんかには真似できない貴重な力だ…。だからいつか信頼できる人に誘われたら、君はギルドに入るんだ。ギルドに所属しないソロパーティには絶対的な限界があるから」

 

 

 それは、カイトたちも同様だ。1ヶ月で俺にも引けを取らないプレイヤーに成長した。初見であれだけの剣劇をボスと繰り広げたカイトのあれもまた才能だろう、いずれ先陣を切って戦うだけの力がつく。その時俺の隣ではなく、アスナと一緒に大勢の人間の先頭に立つべきだろう。こんなビーターの横ではなく。

 

 

「今はまだ、そういう事は考えられないかな。初めてこの世界で目標が出来たの。いつかじゃなく、目の前の目標」

 

 

「へえ、なに?」

 

 

「内緒、いつかその時が来たら話してあげる」

 

 

「…もしかして、クリームパンとお風呂?」

 

 

「……」

 

 

 よこでカイトが吹き出したように笑うのと同時に、目の前にはアスナのレイピアが俺に向けられていた

 

 

「…いえ、なんでもございません…申し訳ないです…」

 

 

「というか私もあなたに教えてほしい事があるのだけど」

 

 

「は、はい?」

 

 

 そう言ってそっぽを向きながら彼女は苦情とやらを俺に言った。

 

 

「あなた戦闘中に私の名前読んだでしょ、どうせユウキに聞いたかアルゴさんから買ったんでしょうけど。そっちだけ知ってるなんてフェアじゃないわ」

 

 

「え?」

 

 

「え、じゃなくて……やっぱり利用してただけの人間には教える必要もないってこと?」

 

 

 そこで俺はようやく気づいた。初めてアスナとパーティを組んでから今まで、一度も名前を呼ばれていなかったことに。

 

 

「そういえばパーティ組んだことないって言ってたな」

 

 

「そうだけど、それが?」

 

 

「視界の左端くらいにHPゲージが見えてるだろ?そこに書いてあるはずだよ」

 

 

「左端…」

 

 

 どうやら、いまいちよく分かっていないらしくアスナの顔も一緒に左に動いたため反射的に彼女の頬を触って顔が動かないようにした。

 

 

「ほら顔を動かすと、HPバーも動いちゃうよ。視線だけを向けるんだ」

 

 

「こう?――何だこんなところにかいてあったのね。ええっと…」

 

 

 アスナの瞳がぎこちなく動き、文字列を捉えたようだ。

 

 

「…キリトくん?」

 

 

「…うん…」

 

 

「みてカイト知らない人が見たらこれからキリトがアスナにキスするんじゃないかと勘違いしそうだよね」

 

 

「そうだな、俺達一応後ろ向いておくか」

 

 

 そんな、ふたりのからかいで俺はようやく今の状況に気がついた。慌てて手を離し、逆方向に身体をひねった。

 

 

「そ、それにしてもいい景色だなあ!」

 

 

 恐らく俺は相当滑稽な動きだったろう。数秒後アスナがくすくすと笑いだした。

 

 

「ごめんなさい、言うことも言ったし聞きたいことも聞いたし、私そろそろ戻るわ」

 

 

「…わかった、またなアスナ。先に行ってるよ」

 

 

「ええ、すぐに追いつくわ」

 

 

 

 

―――――SIDE カイト

 

 

 

 アスナは、俺とユウキにも挨拶をしてボス部屋の方へ戻っていった。なぜだろう、戦闘中もさっきのやり取りを見ていたときもそうだけど、二人を見ていると不思議と気持ちがいい。説明しにくい感情では有るけど。

 

 それしかはまらないパズルのピースのように。まるで、ずっと昔からそうなることが決められていたかのように。ふたりの戦闘もほんのちょっとしたやり取りもなぜだか知らないけど心地が良い。

 

 俺はある予感がした。きっとこのふたりは将来このデスゲームの攻略をトップランナーとして引っ張る存在になるのではないかと。そしてこのふたりなら、先生の造ったこのシステムで定められた世界を変えるようなそんな可能性を見せてくれるのではないかと。

 

 

 もしそうなら、俺はこのふたりのこれからを見ていたい。そして、このふたりを側で護っていきたい。もちろん俺にはまだまだそんな力はないけど。アスナの言う眼の前の目標、俺にとってはこれがそうなのだろう。

 

 

「良かったじゃないか、キリトのことを理解してくれてる人は少ないけどたしかにいるんだ」

 

 

「ああ、今はそれだけで嬉しいよ。でも本当にいいのか?カイトもユウキも俺についてくると面倒に巻き込まれるかも…」

 

 

「むしろキリトって、自分で面倒に突っ込んでいくタイプだよね。ボクたちがついてあげなきゃ何処まで行くかわからないし」

 

 

「そうだな、それにビーターはともかくLAボーナスを持っていったのはお前だけじゃないぞ」

 

 

「え?」

 

 

 俺はウインドウを操作し、先程の戦闘で入手していた装備に変更する。それはキリトの黒いコートによく似た色違いの灰色のコートだった。

 

 

「カイト、それは…」

 

 

「《コートオブシルバーグレイ》、多分お前のコートの色違いだ、これで確実にお前のお仲間認定だな」

 

 

「知らないぞどうなっても」

 

 

「いいさ、俺がそう決めたんだから」

 

 

「わかった、もう何も言わないよ。それより早くアクティベートに行くとしよう。アルゴから早くしろって催促のメッセージが飛んできた」

 

 

 キリトに見せてもらうとそこには、『2層にたどり着いたのなラ、アーちゃんとイチャイチャしてないで早くアクティベートしてほしいナ』と書かれていた。

 

 

「なんでアスナがここにいたこと知ってるんだ。しかもイチャイチャって…」

 

 

「そこの扉で誰か覗いてたんじゃないか?エギルさんとか」

 

 

「あり得る。ん?追加でメッセージがきたな」

 

 

『随分迷惑をかけたみたいだナ、キー坊』

 

 

『お詫びに、なんでも情報をタダで売ってやるヨ』

 

 

「なるほど、でなんの情報を買うんだ?」

 

 

「そうだな、折角の機会だあのヒゲの理由でも聞いてみるか。前聞いたら『それは10万コルだナー』って言われたから」

 

 

 そういいながらキリトは、笑って返信をした。そして俺達は2層主街区《ウルバス》へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




休みなので一気にかきあげました。
ようやく1層終了になります。


そして、前回先延ばしにしたカイトくんの気持ち。それはキリトとアスナのこれからを側で見ていきたいという思いです。

カイトくんのこの気持は作品を通して一切ブレることはありません彼の行動の全ての原点はここになります。


そして、カイトくんが手にした、シルバーのコート。すいません分かりやすくて。今後キリト同様に彼はシルバーやグレーの装備を着続けることになります。タイトルの灰はここからきています。



さて次回はようやく第2層、強化詐欺事件をメインにやっていきます。




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第11話 再会

 第1層のボスが攻略されて、第2層にいけるようになって数日たった。今私は第2層主街区《ウルバス》の喫茶店でお昼の休憩をしていた。なぜかアルゴさんとユウキも居るけど。

 

 

「ここの料理美味しいねえ、ボクつい毎日食べに来ちゃうよ」

 

 

「いつも私がいるタイミングで食べに来てない?」

 

 

「あ、バレちゃった? アスナとお昼したくてさー」

 

 

 ここ数日どういうわけかユウキは一人で行動していることが多い。数日前まで同じパーティだった、キリト君とカイト君が居ないのだ。ユウキに聞いても、ちょっと野暮用なんだとしか答えてくれない。

 

「まあまあアーちゃん、良いじゃないカ。数少ない女性プレイヤー同士親交を深めるのモ」

 

 

 アルゴさんならなにか知っているかもしれない。

 

 

「…そういえば、あの人最近全然前線に出てこないんですけど、どこでサボってるか知ってます?」

 

 

「…ふーン…」

 

 

 そう言うと、彼女はニヤリと笑いテーブルに半身を預けるくらいこちらに乗り出してきた。

 

 

「気になル?気になっちゃったネ?教えてほしイ?」

 

 

「いや…別にそういうわけじゃ」

 

 

「教えてほしいんだネ?」

 

 

 相手が、自他ともに認める情報屋でなければあるいは知ってたら教えてくださいと言っていたかも知れない。だけど目の前の人だけは別だ。迂闊に知りたいと言ったら情報料を請求された挙げ句、明日には攻略組の女性プレイヤーに熱愛発覚なんて噂が独り歩きしかねない。

 

 

「お金は出しませんからね。ただ明日はフィールドボス戦だからどうしてるのか気になっただけで…」

 

 

「な・い・しょ・なノ」

 

 

 聞きようによっては、甘いセリフに取られそうな言い方でアルゴさんはそう言った。

 

 

「キー坊かラ、アーちゃんにだけは教えるなって言われてるからサ」

 

 

「どういうことですか?」

 

 

「さア、顔にヒゲでも生えテ、アーちゃんに見せられないんじゃないかニャ―」

 

 

 鼠が猫の真似をするというのもなんだか不思議な話ね。

 

 

「まあ、無事なことがわかればそれでいいです」

 

 

「なんなラ、アーちゃんの毎日の様子をキー坊に報告してあげてもいいヨ。今日アーちゃんが心配で仕方がないっテ、泣きついてきたヨみたいな感じデ」

 

 

「なっ!泣きついてなんかいませんし!心配も別にあんまりしてません!」

 

 

 少しホッとはしたけど…

 

 

「ニャハハ、ごめんごめン」

 

 

「あんまりしてないけど、心配はしてるんだね。アスナも素直じゃないねー」

 

 

「もうユウキ!」

 

 

 このふたりを放っておいたら、私はいつまでもからかわれ続ける気がする。なんだろうこのお転婆な妹に苦労させられる感覚は。私に妹は居ないけど。

 

 私がこのお茶のようなものを再び飲もうとした時、外から何かを叩く音が聞こえてきた。

 

 

「お、この音ハ」

 

 

「もしかして鍛冶屋さん?」

 

 

「みたいだネ、最近ようやくNPCじゃないプレイヤーの鍛冶屋が出てきたらしいんダ。しかもなかなかいいウデをしているらしイ」

 

 

 鍛冶屋か、私もそろそろ《ウインドフルーレ》を+5以上に強化したい。そのための素材が《ウインドワスプ》という大きな蜂型のモンスターが落とす素材なんだけど、これが確率が低いのかどうも集まりが悪い。明日のフィールドボス戦に参加しようと思っているのもボスを倒すまで、目的のモンスターが無限に湧き続けるからだ。

 

 

「ねえユウキ、明日のフィールドボス戦私とパーティ組まない?素材集めのために、周囲に湧くモンスターをたくさん狩りたいの」

 

 

「ボクは良いよ。…多分ふたりも間に合うだろうし」

 

 

「ん?なに?」

 

 

「んー、なんでもない。じゃあアスナ明日もよろしくね」

 

 

 

 

――――翌日

 

 

 

 攻略組の顔ぶれは1層とそんなに変化はない、唯一有るとすれば以前はリーダーだったディアベルさんがいないことだろう。今はリンドという人と、ボス戦の時私に伝言をお願いしたキバオウさんが主に攻略組の中心になっている。

 

 

「ジブン、相方はどうしたんや?2層来てから前線でも、よう見かけんが」

 

 

「知らない、そもそも彼は3人パーティだったし私はソロなの。誤解しないで」

 

 

 

 どうやらキバオウさん的には私とキリトくんはコンビなのだと思われているらしい。ユウキが言うには、とても組んだばかりのコンビには見えなかったよと言っていたけど。

 

 

「ほんならちょうど5人のパーティがおるし、話通しとこか?」

 

 

「言ったでしょ、ソロだって」

 

 

 さよか、と言ってキバオウさんは納得してくれたらしいがもうひとりの方はそうではないらしい。リンドさんがこちらに来ていた。

 

 

「あんな奴義理立てする必要もないだろう。ボス本体の攻略に参加したいならちゃんとパーティを組むべきだ」

 

 

 キリト君の気持ちも知らないくせにとも思ったけど、今ここで彼と言い合いすることになんの意味もないしそんなことをされてもキリト君が一番困るだろう。

 

 

「別にいいでしょ、私は雑魚狩りに専念するから。攻略本によるとボスを倒すまでは出続けるらしいから、アイツの素材を集めてる私にはちょうどいいの、それに手伝ってくれる人もいるし」

 

 

「ジブン以外に誰かおるんか?」

 

 

「この間彼と同じパーティだった女の子よ。昨日手伝ってくれるって話したし」

 

 

 ちょうどいいタイミングで向こうからユウキが来ていた。その横には数日見かけなかったカイト君を連れて。

 

 

「やっほーアスナ、ごめんね。ちょっと遅れちゃって」

 

 

「アスナ、お久しぶり」

 

 

「数日間も姿を隠して何してたわけ?それにあなたがいるってことはキリト君もいるんでしょ?どこ?」

 

 

「…さあ、さっきまではいたんだけど。どこ行ったんだろ…」

 

 

 一瞬カイト君の目が横の茂みの方を向いた、なるほどそこにいるのね。

 

 

「キバオウさん、蜂狩り私達以外に一人追加ね」

 

 

「どういうことや?」

 

 

 私は茂みの方へ行って、必死に姿を探した。

 

 

 ――いる間違いなく、姿は何故か見えないけど

 

 

「そこね!出歯亀の現行犯!」

 

 

 

――――――SIDE キリト

 

 

 

「なんでバレたんだ!?」

 

 

 おかしい、絶対におかしい。俺はわざわざ隠蔽スキルも使って茂みに隠れていた。ハイディング率は90%を超えていたはずだ。索敵でもなければ見つけられないはずなのに、アスナは何故かいとも簡単に見つけて見せた。

 

 

「覗き見してたバツとして、私の素材集め手伝いなさい」

 

 

「! ビーター!」

 

 

 俺が姿を見せてキバオウと一緒にアスナと話していた男がそう呼んだ。最初はディアベルかと思ったが姿は似ているが、彼じゃない。

 

 

「牛さんには手出しさせないから安心して。あなた達がしっかりしてる間はね」

 

 

「まあ好きにすればええんちゃうか?」

 

 

「ちっ、余計なことはするなよ」

 

 

 キバオウとあの男で若干反応が違うのが気になったけど、どうやら俺はボス戦に入ることを許されたようだ。アスナの手伝いで雑魚狩り専門だけど。とはいえ、今この場にいる人間の殆どが1層ボス部屋での一幕を知っている。

 

 

 どうにも俺には周りの目が好意的なものには見えなかった。よく見ると友好的にしてくれた、あの大柄な両手斧使いのエギルも居ないので余計に周囲の視線が痛い。

 

 

「あー、アスナ悪いんだけど小心者の俺としてはこの針のムシロはちと厳しいかと」

 

 

 それに、俺と一緒にいると彼女もビーターと疑われてしまう可能性もある。それだけは避けたい、と思ったのだがどうやら彼女にはそれすらもお見通しだったようだ。

 

 

「見くびらないで。―――あなたが進もうとしてる道に関しては何も言わない。けど私の意見も尊重してもらうわ、他人に何を言われようと私には関係ないこと。あなたの…仲間だと思われることが嫌なら、最初から声をかけないわ」

 

 

「恐れ入ったよ、全部お見通しとは」

 

 

「あなたがこのゲームのプロなら、女子校育ちの私は心理戦のプロよ。いくら偽物の身体でも相手の顔色を読むくらい朝飯前よ」

 

 

 フードの奥でアスナが微笑んだ。どうも彼女の笑顔は見慣れていないせいかつい見とれてしまう。

 

 

「だから言っただろ、アスナもいるから大丈夫だって」

 

 

「キリトがいない間、すごく心配してたしね」

 

 

「ちょっと、ユウキ!」

 

 

 まあ心配してたかどうかはさておき、どうやら俺は随分恵まれているらしい。少なくとも3人俺のそばに居てくれる仲間がいる。

 

 

『平均レベルはこっちが上なんや!四の五の言わんとアタックはわいらに任せい!』

 

 

 急にキバオウの声が聞こえてきた。見るとさっきも居たディアベルそっくりなやつと言い合いをしてるみたいだ。

 

 

『いいや!ディアベルさんの想いを受け継ぐ俺達《ドラゴンナイツ》が最前線に立つ!』

 

 

『なぁにがドラゴンじゃ寒イボ立つわ! 男やったら虎やろ虎!!』

 

 

 どうやらフィールドボス《ブルバス・バウ》の役割分担で揉めているようだ。

 

 

『格好だけディアベルはんと同じにしたからいうて、後継者気取るんはやめてもらおか。ディアベルはんの意志を正しく引き継いどるんは、ワイらの《アインクラッド解放隊》や!』

 

『ふん、大層な名前に見合った実力があるとは思えないがな』

 

 

 俺達が前線から離れている間に一体何があったんだ?いつの間にか妙な派閥みたいなのもできてるし。

 

 

「なあアスナ、2層に来てからずっとあんな感じなのか?ディアベルはどうしたんだ?」

 

 

 こっちを向いたアスナは少し呆れたような顔で反応した。

 

 

「なんにも知らないのね、本当にどこに居たのよ? ――ディアベルさんなら、1層に残ったわ」

 

 

「え?なんでまた」

 

 

 彼のあのリーダーシップは貴重なものだ。恐らく今こうしてあのふたりが揉めているのもこの場に彼が居ないからだろう。

 

 

「あの後、みんなに謝ったのよ。自分もβテスターでLA狙いだったって、ボスが太刀を持ってたことも気づいてたけど曲刀と同じだろうと油断してたって」

 

 

「…そうだったのか」

 

 

「それで、みんなを危険な目に合わせた償いも込めて、1層に残ってビギナー達のサポートに専念したいって」

 

 

「それが、彼なりの償いか。ナイトとしての」

 

 

 どうやらディアベルは俺の思っていた以上の男みたいだ。俺の妨害をしてLAを狙おうとはしたけど、それと同時にテスターとビギナーの仕切りを無くそうともしていた。

 

 

「で、そんなディアベルがいなくなった後の状況がこれか」

 

 

「お互い3層についたらあの名前でギルドを作るそうよ」

 

 

「うへえ、勘弁だな」

 

 

「そういえばキリト君この間言ったわよね、『ギルドに入るべきだ』って」

 

 

「うーん、そうは言ったけど…彼のところならともかくあそこはなあ」

 

 

 あの二人のギルドに入ってアスナが輝く未来がいまいち見えない。

 

 

「彼?」

 

 

「斧タンクのあの人だよ。今日は来てないみたいだけど」

 

 

「ああ、エギルさんね。トラブルがあって今日は来れないって連絡があったわ」

 

 

 心細いなあ、あの頼もしさがないのは残念だ。

 

 

 

「それで、そのかわりにいるのがあいつらか」

 

 

 俺は、見慣れない集団に目を向けた。5人のパーティみたいだが1層のときも含めて、見たことのない連中だ。だが全員の装備が恐ろしく高価なものばかりだ。

 

 

「カイト、下で見たこと有るか?」

 

 

「いや、知らないな。あんなに装備が豪華な集団見てれば絶対覚えてるし」

 

 

「攻略組に居てもおかしくないような連中が、一体どこでくすぶってたんだ?」

 

 

「そうね、レベルはあんまり高くなさそうだけど装備が良くて固いのよね。レベル+3くらいの底上げは有るでしょうね。前線で見るようになったのは最近だけど」

 

 

 随分良く見てるなと俺は感心していた。俺が不在だった間に結構勉強したのかもしれないな。

 

 

「それで、彼らにもなにか愉快な名前があったりするのか?」

 

 

 そう聞くとアスナは少し恥ずかしそうにこう続けた。

 

 

「れ、レジェンド・ブレイブス」

 

 

「ぶっ!」

 

 

 日本語に直すと恐らく、伝説の勇者たちとかになるんだろう。きっと形から入るタイプでレベルと装備があってないのはそういうことなんだろう。

 

 

『見事である!これで5回連続強化成功ではないか!』

 

 

 人だかりの有るところから、随分と張った声が聞こえてきた。

 

 

「あの人リーダー格の人よ。名前は確か…オルランドさん」

 

 

「随分キャラが仕上がってるな。キリトもあんなあ喋り方してみたらどうだ?貫禄が出るかも」

 

 

「えー、キリトがあんな話し方してたらボクちょっと近づきたくないなあ」

 

 

「その時は私の半径5mには近づかないでね」

 

 

 誰もやるなんて言ってないのにひどい言われようだ。

 

 

「そんなことより、あれ鍛冶屋か?こんな前線にいるんだな」

 

 

「アルゴさんの話だと、最近ようやく現れたプレイヤーの鍛冶屋だそうよ」

 

 

「へえ、そりゃあ人気もでるな」

 

 

 SAOはMMORPGだからもちろん生産職も有る。だけど手間がかかり面倒な上、みんなはどうしても戦闘職をやりがちになる事もあって、序盤は特に見かけないんだが。

 

 

『おーい、野郎どもー始めるでー』

 

 

 

「野郎じゃないのもいるんだけど」

 

 

「まあまあ、今日もよろしく頼むぜフェンサーさん」

 

 

「別にキリト君と組むのは一時的なものだから勘違いしないでよ」

 

 

 

――――――

 

 

 

「22!」

 

 

 正直ウインドワスプは強くはないが楽ではない。不規則に飛行するにもかかわらずこっちは長さの決まった剣しか使えないからだ。だからこそ隙を見極め、確実に攻撃を当てる必要がある。

 

 

「24!」

 

 

 

 そんな蜂モンスターを主武装は大差なくレベルやスペック的にはこちらのほうが上であるにもかかわらずアスナは俺を超えるスピードで狩り続けける。比較的攻撃力の低いレイピアであれだけの速度が出せるということは、少ない手数で確実にクリティカルを出しているということだ。

 

 

 このゲームにおける正確さはある程度はプレイヤースキルでカバーできる。というかアスナの場合武器がすでに彼女の足を引っ張っている。あれだけのクリティカル率を出すのは本人のセンスと経験だ。武器の素材集めだと言っていたから、俺達が居ない間も彼女はひたすらあの蜂を狩っていたのだろう。

 

 

 その光景を見て、俺はなんだか嬉しかった。ほんの1週間前は死ぬために戦っているといった彼女が、今は強さを目指して戦っているからだ。その理由は教えてくれなかったが。

 

 

「ねえ、キリト君ひとつ提案が有るんだけど」

 

 

「ん?」

 

 

 蜂と戦っていた彼女が、おもむろに俺の背後に来て背を向けながらそう言った。

 

 

「次の街のレストランに有る《トレンブル・ショートケーキ》って知ってる?」

 

 

「なにそれ?美味しいの?」

 

 

 どこで話を聞きつけたのか、ユウキもこっちに来ていた。

 

 

「知ってるよ、うまいけどクソ高いやつな」

 

 

 一応ベータ時代にあった料理やデザートは一通り網羅しているつもりだ。その中でもあれはかなりの美味しさを誇るが、同時に美味しさをなくしかねない程の値段もする。

 

 

「もしかしておごり?」

 

 

 アスナはふっと笑って蜂に突っ込んでいった。とんでもない言葉を残して。

 

 

「負けた方のね!  27、28!」

 

 

「面白そう! カイト、ボクたちもやろう!」

 

 

「やれやれ、しょうが無いな」

 

 

「やったー」

 

 

 ユウキは楽しそうだが、俺は気が気ではない。今のペースだと確実に負ける、イコール奢りが待っている。

 

 

「27!」

 

 

「29!」

 

 

 全然追いつけない。慌てて次のを探していた時、一体奇妙なモンスターが居ることに気づいた。今ここで戦ってる俺達には目もくれずボスの方へと向かう蜂が居たのだ。

 

「何だアイツ、ボスの方へ飛んでいって一体…」

 

 

 そのまま見ているとボスの胴体に止まり尾の針を思いっきりボスに突き刺した。

 

 

「ンモオオオオオオ!!!!」

 

 

 あーあれは痛そうだ、などと呑気にしている場合じゃない。ハチに刺されたショックでボスが大暴れを始め、とっさのことで対応できなかった本隊が一気にピンチに陥っていた。

 

 

「アスナ!勝負は一旦お預けだ、牛いくぞ!」

 

 

「えー?もー!」

 

 

 

 俺達がボスのところへたどり着いた時ちょうどボスの突進をレジェンドブレイブスの連中が受け止めていたところだった。すかさず俺とアスナがボスの足へ切り込む。

 

 

「グッジョブ!スイッチだ」

 

 

「かたじけない!」

 

 

 こんな時も喋り方の崩れないオルランドが後退したのを確認しながらボスを引きつける。

 

 

「攻略本には弱点は頭のコブだって書いてあったけど―――あんなの届かないじゃない!」

 

 

 その背丈は1層のボスコボルトロードよりも大きく見えた、いくらなんでもあんなに高くはジャンプできない。

 

 

「私達みたいな軽装で、あの突進は受けられないわよ!?」

 

 

「本来は《投剣》スキルで戦うんだろうが、あんな趣味スキルこんな序盤で鍛えてないしなあ。仕方ないアレ試してみるか」

 

 

「あれ?」

 

 

 手がないわけじゃない、だがそれをするためには一撃でボスを倒せるまで体力を削る必要がある。

 

「突進中の頭には手を出すな! 回避できなくなるぞ、代わりに前足を狙ってダウンを狙う!向かって左を頼む」

 

 

「分かったわ」

 

 

「チャンスは通り過ぎる一瞬!レイピアならクリティカル必須!膝関節だ!」

 

 

「了解!」

 

 

 そしてボスが突っ込んできたのをかわし、俺が右足をアスナが左足を狙ってお互い一撃を繰り出す。だがアスナの方がわずかのにブレてダウンまではいかなかった。

 

 

「ごめんなさい!」

 

 

「いやここまで削れれば大丈夫だ、後は…」

 

 

 俺はボスの頭目掛けて思いっきりジャンプした。もちろんそれだけでは届かない。だからこそ俺はジャンプが最高点に到達するのに合わせ突進技《レイジスパイク》をコブ目掛けて突き出した。

 

 

「モッ、オオオオオオ!!!」

 

 

「よし!決まった」

 

 

 

 結局俺がまた後ろからLAをかっさらうという芸当をして、リンドとキバオウの顔が苛ついていたのは言うまでもない。

 

 

 

 




かなりの急ピッチの投稿になりましたがひとまずフィールドボス終了です。


強化詐欺編は出来れば3話くらいで終わらせたいなと思いつつ、長引く可能性も…

今のところは漫画版のプログレッシブをベースにしています。
小説ともにらめっこしながら、構成を考える日々

うまく合わせていけると良いなと思います




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第12話 壊れた愛剣

「何よさっきの」

 

 

「空中ソードスキルだよ。結構タイミングがシビアなんだけどうまくいったな」

 

 

「…また私の知らないスキルを」

 

 

アスナがそう文句をいうのを尻目に、俺は眼前に出たラストアタックボーナスを確認していた。

 

 

「あいつのLAはと、へぇこれは」

 

 

チャクラム?また随分変わったアイテムだな、投剣枠で投げた後に戻ってくるから実質弾切れを起こさないわけか。使えるやつが持てばかなり便利かもしれないな。俺は使えないけど。

 

 

「キリト、危ない!」

 

 

アイテム画面を凝視したいた俺は、カイトに言われるまで後ろから接近するウインドワスプに気づかなかった。

 

 

カンッ!という乾いた金属音と共に俺のアニールブレードが弾かれていた。

 

「あっ」

 

 

「あああーーー!」

 

 

アスナがそれを追いかけたが、くるくると飛んだ俺の愛剣はそのまま崖のそこまで落ちていってしまった。

 

 

「ありゃりゃ、落ちたか」

 

 

「落ちたかじゃないわよ!大事な武器じゃないどうするの!?」

 

 

「まあスナッチされた訳じゃないし、後で回収するよ」

 

 

「あとでって…、一体どうやって」

 

 

ここで実演して見せてもいいんだけど、なにぶん今いるのはフィールドのど真ん中だからさすがにちょっと危ない。

 

 

「まあ次の街に行こう、そこで説明するよ。―――おーいカイト行くぞー」

 

 

「まったく油断してるから、街に着くまで後ろに下がってろよ」

 

「わるいわるい、頼むぜ」

 

 

そして今までの事態で俺がすっかり忘れていたことをアスナがしっかり思い出させてくれた。

 

 

「キリト君、ちゃんと説明してもらいますからね。最後のソードスキルの事とか、LAボーナスの事とか、そもそもここ数日何してたのかとか―――デザートでも食べながらね」

 

 

「あ、勝負の事覚えてらっしゃったんですね」

 

 

俺の奢りが確定した瞬間だった。

 

 

 

 

―――――

 

 

 俺が、あのデザートのことを知ってるのは当然βテスト時に隅々まで調べたからだけど、まさか2層に来て数日でアスナがそのことを知っているとは思わなかった。やっぱりあれなのかな、女の子だからそういうのに興味がある的な感じなのだろうか。

 

 

「ちなみに、アスナはどうしてこんな穴場的なレストランの存在を知ってるんだ?」

 

 

「別に最初はデザート狙いだったわけじゃないわ。アルゴさんに人気の少ないNPCレストランがないか聞いたらここのことを聞いたのよ」

 

 

 なるほど情報源はアルゴだったか。まあ頻繁にアスナの話が出てきてたし仲が良さそうに見えたけど。

 

 

「まあアルゴは情報も早いし正確だけど、アイツの辞書に《依頼人の秘密厳守》って言葉は無いから気をつけたほうが良いぞ」

 

 

「そうだねえ、この間アルゴと話してたら『キー坊の情報は2千コルだナ』って言ってたし」

 

 

「ずいぶん安いなおい、ってかユウキはアルゴとなんの話してたんだ」

 

 

「意外と安いのね、試しに買ってみようかしら」

 

 

「ちょ、ちょっと待てよ! それなら俺だってアスナの情報を…」

 

 

 そこまで言ったところで、俺は口を紡がざるを得なかった。ものすご~く冷たい目でアスナに笑顔で睨まれたからだ。

 

 

「眼の前に私がいるにもかかわらず、アルゴさんに聞かないと分からない情報って何かしら?キリト君」

 

 

「いえ…なんでもないです」

 

 

 俺はアスナの鋭い視線をごまかすためと、さっき知りたがっていたことを教えるため話をそらした。

 

 

「そういえば、武器回収のはなしなんだけど今から実践するからちょっと見てろよ」

 

 

「えーと、こうやって…でもってここに入って…」

 

 

 俺がシステム画面を操作しているのを、アスナを含め3人は不思議そうな目で見ていた。そして操作が終わり実行するかどうかの画面になり俺は《YES》を操作する。すると床に大量のアイテムや装備などが乱雑にオブジェクト化した。

 

 

「な、なにこれ?」

 

 

「まあ見てろって」

 

 

 そして俺はその荷物の山を漁り、荷物の下の方にあったほんの数時間前まで俺の背中に背負われていた剣を見つけアスナに見せた。

 

 

「ほらあったぞ」

 

 

「???」

 

「一体何やったんだ?

 

「すごーい、ボクにも出来る?」

 

 

「今やってみせたのは、《所有アイテム全オブジェクト化》さ」

 

 

「はぁ…?」

 

 

 いまいちピンときていない様子のアスナにさらに説明する。

 

 

「ちょっとチート臭いけど、きっと開発者側の救済措置だろうね。そのかわり操作順はかなりややこしくしてあるし、装備中のアイテムで3600秒、所有してるだけのアイテムなら300秒以内でしか使えないんだよ」

 

 

「少し釈然としないけど、仮に落としても回収できるってことね?」

 

 

「まあもう一つ条件があって、武器の場合は同じ手に別の武器を持ち替えてないことが条件の一つだ」

 

 

「落としたからって別の武器を装備したらだめってこと?」

 

 

「そういうこと、まあフィールドのど真ん中だと中々そうもいかないんだけど」

 

 

 ちょうど説明が終わったタイミングで、本日のメインのデザートが登場した。

 

 

 

「わぁ、すごーい!アルゴさんの情報に『《トレンブル・ショートケーキ》は一度試して見る価値有るヨ』っていいてたのを聞いたときから興味あったんだ!」

 

 

 

「それは何よりです。そういえばカイトたちの方はどっちが奢るんだ?」

 

 

「引き分けになってな。ワリカンになった」

 

 

「羨ましすぎる…」

 

 

「諦めろ、こっそりあのスキルまで使って勝てなかったんだ。――それに、あの笑顔を見れれば男としては満足じゃないか?」

 

 

 眼の前にはケーキを一口頬張り、満面の笑顔を浮かべているアスナがいた。確かにカイトの言うとおりかもしれない、俺の財布的には大ダメージだが。ほんの1週間ほど前まで刺々しい空気をまとい絶望へとひた走っていたような彼女が、そこからは想像できないような笑顔でいるのだ。

 

 きっと、今のアスナが素のアスナなんだろう。それを見られただけでもこのケーキを奢ったかいがあるというものだ。

 

 

「なにキリト君?さっきからじっとこっち見て。そんなにケーキが欲しかった?」

 

 

 まさかアスナの笑顔に見とれていたなどと言うわけにもいかず、ケーキを物欲しそうに見ているように写ったことを否定できなかった。まあ実際食べたいけど。すると彼女は傍らのバスケットからフォークを取り出し、俺に渡しながら続けた。

 

 

「私もそこまで鬼じゃないわ。3分の1までならキリト君も食べていいわよ」

 

 

「それはありがたい。このままお預けを食らうのも辛かったんだよ。それじゃいただくとしますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、おいしかった」

 

「ボクもうお腹いっぱいだよ―」

 

「現実世界でもあんなに美味いもの食べたこと無いかも」

 

「βより美味しかった気がするのはなぜだろう…」

 

 

 

 それぞれ一様にお店の入口でさっきのケーキの感想を述べていた。それに味以外じゃなくβと確実に変わっていることがある。あのデザートを食べてから、HPバーの横に幸運判定ボーナスの表示が出ている。これは明らかに正式サービスで追加されたものだろう。あとで情報をアルゴに売りつけてやろう。

 

 

「うーん、今から15分じゃフィールドに出るには時間が足りないわね」

 

 

 どうやらアスナも同じことを考えていたらしく、肩をすくめた。

 

 

「たしかにそうなんだけど、せっかくのバフだしなあ」

 

 

 

 なにかこのバフを役立てられるものはないか一生懸命考えていたが、これと言って思い浮かばない。

 

 

「なあ、カイトなにかないか?運に頼れるようなこと」

 

 

「そうだなあ、カジノの類は上の層にいかないと無いんだろ?」

 

 

「ああ、7層まで行かないとないな。――いっそアスナに「付き合ってください」って懇願してみるか?」

 

 

 

「それが幸運バフのシステムアシストでうまくいくなら止めはしないけど」

 

 

 まあ無理だよなあ…。

 

 

「ねえキリト君。付き合ってくれる?」

 

 

「そりゃもう喜んで…………ん!?」

 

 

 何気なく言われたアスナの言葉にサラッと答えた後に頭が言葉を理解した。まさかアスナの方から……?

 

 

「この子の強化!」

 

 

「あ…そう…ですよね。うん分かってたけど…」

 

 

 アスナのお願いは男女として付き合ってほしいではなく、主武装の《ウインドフルーレ》の強化に付き合ってくれということだった。隣でカイトが必死に笑いをこらえてる、人の気も知らないで。

 

 

「くくくっ、残念だったなキリト」

 

 

「うるさい」

 

 

 

――――

 

 

 俺達は広場で鍛冶屋をやっているプレイヤー、つまり昼間にフィールドで見かけたあの鍛冶屋のもとへと来ていた。鉄床の方を見ていてこちらに気づいていないのか、アスナが声をかけた

 

「こんばんわ」

 

 

「こ、こんばんわ。いらっしゃいませ」

 

 

 ふと料金表の上に書いてある《Nezha's Smith Shop》を見る。そういえば昼間に見た時はネズハとか名乗ってたような気がするな。少し発音しにくい表記のような気もするけど。この手のゲームにありがちで名前はみんなアルファベット表記だから読み方は本人にしかわからないことも多い。

 

 

「へぇ、いい名前ですね」

 

 

 カイトが急に名前に感心しているようだった。何がそんなに惹かれたのかわからないけど。

 

 

「そ、そうですかね?」

 

 

「だって、その名前…」

 

 

「もう、カイト君後でいいじゃない。今は時間無いんだし」

 

 

「すいません、お急ぎでしたか。お買い物ですか?それともメンテでしょうか?」

 

 

 早く強化したいアスナに遮られカイトの話は中途半端に終ってしまった。後で聞いてみるか。

 

 

「武器の強化をお願いします。ウインドフルーレ+4を+5に、種類はアキュラシー、強化素材は持ち込みで」

 

 

 あれだけのクリティカル率で更に上乗せをしていくとか、クリティカル関係のステータスだけはアスナにすでに勝てない気がする。いや、俺はストレングスで攻めるんだクリティカルが低い分は力でカバーする。などと自分の脳筋宣言をしていると妙なことに気づいた。

 

 元々表情のいいネズハではなかったが、アスナに強化と言われた時一層困った顔をしたのだ。

 

 

「は、はい……素材の数は、どれくらい?」

 

 

「上限までです、鋼鉄版が4個、ウインドワスプの針が20個です」

 

 

 それを聞きながら、俺も脳内で間違っていないことを再確認した。これだけの素材があれば強化成功確率は95%になるはずだ。ネズハにとっても悪い話ではないはずなのだが……ネズハはさらに眉を八の字にした気がする。そんなに自身がないんだろうか?昼間の感じだと腕は良さそうだったけど。

 

 

「解りました、それでは武器と素材をお預かりします」

 

 

「お願いします」

 

 

 アスナがネズハに強化武器と素材を渡して、準備完了。ちょうど鐘の音が聞こえたから19時になったところか。この時点で幸運バフは残り4分ほど、まあシステム的に武器強化に幸運バフが関係してるのか分からないけど素材集めにも苦労したし、失敗すると強化値も下がるから少しでもすがりたいというのも分からなくもない。

 

 

 依頼の前段階を終え俺の左隣に来たアスナが反対側にいたカイト達には聞こえないような声でぼそりと囁いてきた。俺の薬指と小指を掴みながら。

 

 

「あ、あのアスナさん?」

 

 

「…あなたの分の幸運ボーナスも貸して」

 

 

「そ、それなら手を握ったほうがいいのでは?」

 

 

「私とキリト君そんな関係じゃないでしょ」

 

 

 じゃあ今の状況はどんな関係なんだよ!と内心思ったけど、まあ僅かながらでも女性に頼りにされるのは気分の悪い話ではない。

 

 

「どうぞご随意に」

 

 

 

 そしてネズハが作業を始める。最初に炉を強化用にしてから素材アイテムを炉に流し込む。すると真っ赤に赤熱しボッと火が上がった、そしてウインドフルーレを鞘から抜き刀身部分を炉に入れる。すると剣全体が光り輝きそれを見たネズハがすかさず槌で打ち始める。カァン!カァン!とリズミカルな音が鳴り響く。

 

 

「きっとうまくいくさ」

 

 

「そうね、それに失敗しても壊れるわけじゃないし。+3になるのは痛いけど」

 

 

「まさか、あれで失敗なんて有るわけ…」

 

 

『パァン!』

 

 

「えっ?」

 

「なっ!」

 

「うそ…」

 

「……」

 

 

 それは俺の予想を遥かに上回るものだった、悪い方向に。アスナのウインドフルーレ+4は切っ先から柄の部分まで粉々に砕け散ったのである。

 

 馬鹿なありえない! 武器強化は失敗して+値が下がることはあっても壊れることはβ時代にはなかった、そういうふうに説明までされていたくらいだ。かといってさっきの一連の作業になにか問題があったとは考えづらい。隅々まで見ていたが問題点はなかったはずだ。

 

 

「す、すみません! すみません! 手数料は全額お返しいたしますので……本当にすみません!」

 

 

 ネズハは申し訳なさそうに謝罪の言葉を繰り返すが、アスナは目を見開いたまま反応しない。

 

 

「ちょ、ちょっとまってくれよ。手数料の前におかしいだろう、武器強化には武器消滅はなかったはずだぞ」

 

 

 ゆっくり顔を上げたネズハは、こっちも黙りかけてしまうほど申し訳無さそうな顔をしていたが横でショックで言葉の出ないアスナのためにも黙るわけにはいかなかった。

 

 

「俺はβテスターだけど、その頃からプレイガイドにペナルティとして武器消滅はないって記載があったぞ、これは間違いない」

 

 

「あの、正式サービスでペナルティが追加…されたのかも知れません。うちも、以前に一度だけ同じことがあって…確率はすごく低いんでしょうが」

 

 

 正式サービスでの変更を持ち出されるとこっちとしては現状何も言えない。それを確認したわけでもないからだ。

 

 

「あの…本当に、なんとお詫びしていいか…。同じ武器をお返ししますといいたいところなんですが…あいにくウインドフルーレは在庫がなくて…、アイアンレイピアならお渡しできるんですが」

 

 

 アスナの方をちらりと見たら、少し俯き加減になっている顔が左右に動いたのが見えたので、ネズハに向き直り言った。

 

 

「いや、いいよこっちでなんとか出来ると思う」

 

 

「本当にすみませんでした……!」

 

 

 その悲痛な謝罪を聞くと、それ以上何も言えず俺はアスナの手を静かに引いてその場から離れた。

 

 

「どうする?キリト」

 

 

 俺同様深刻な顔をしているカイトがそう聞いてきた。恐らくその質問はこの後どうするかと、アスナの武器をどうするかという意味が含まれているのだろう。

 

 

「主武装がない状態で圏外に出るのは危険だ。とりあえず今晩泊まる宿を探そう、ひとまずはそれからだ」

 

 

 そして俺は手頃な宿を探し街を進んだ。その間もアスナは一言も話すことはなく、俯いたまま俺の手に引かれていた。さっきは手をにぎることに、そんな関係じゃないと否定していた彼女が今は黙って俺の手を握り返していた。俺の気のせいかもしれないが、握る力は弱々しく少し震えているようにも感じた。

 

 

 手頃な宿を見つけいつもどおり俺達の3人部屋とアスナの部屋をとって彼女を部屋の中へ連れていき、彼女をベッドのところへ座らせた。

 

 

「……その、ウインドフルーレは残念だったけど……でも次の街に行けばあれより少し強いのが店売りしてるんだ。もちろん少し値段はするけど、俺も予算稼ぎ手伝うからさ」

 

 

 何を言っていいかわからない状態で必死に絞り出した言葉がそれだった。そしてアスナは聞こえるか聞こえないかくらいのか細い声で答えた。

 

 

「でも、あの剣は……私あの剣だけは…」

 

 

 

 アスナの頬にふたつの雫が音もなく流れた。彼女と出会って1週間色んな顔を見てきたつもりだったが涙を見たのはもちろん初めてだ。アスナどころか現実世界でも女の子の涙を見たのは小学生時代の妹のものくらいだ。

 

 泣いているアスナに、かけていい言葉が見つからなかった。この時ほど自分の力不足を呪ったことはないだろう。

 

「…私剣なんて、ただの道具だと思ってた……でも1層で、キリト君がウインドフルーレと引き合わせてくれた時、悔しいけど、感動したの…羽のように軽くて、まるで自分の手足のように狙ったところに吸い込まれるように当たって、剣が自分の意志で私を助けてくれるように気がして…」

 

 

 その気持は痛いほど良くわかった。だって俺自身もそういうタイプだからだ。武器を自分の相棒のように扱い丁寧に手入れをして、道具以上の思い入れを持って扱う。だからこそあんなことがあったら悲しいし、俺も同じ目にあったら一晩はふさぎ込んでいるかも知れない。

 

 

「…この子がいてくれれば大丈夫だって、ずっと戦っていけるって…たとえ、強化が失敗しても絶対に捨てない…ずっとずっと大事にするって約束してたのに……」

 

 

 そう言ったアスナの頬には新しい涙が流れていた。どうすれば彼女を慰められるのか、その方法も思い浮かばず俺は立ち尽くしていた。

 

 

「……ごめんなさい。少し…一人にしてほしい」

 

 

「……わかった」

 

 

 カイト達に目で合図すると、俺達は部屋を出た。扉を閉めようとしたときもアスナは同じ体勢で、俺はようやく浮かんだ言葉をかけて扉を閉めた。

 

 

「…その、あのさ…これは自惚れかもしれないけど、置いていったりしないからな」

 

 

「……ありがとう」

 

 

 扉を閉めた俺は、もう一度さっきのことを思い出していた。

 本当にあれはペナルティなのか?何か原因が有る気がしてならない。

 

 

「キリト、さっきから考えてたんだけどやっぱりちょっと気になるんだが」

 

 

「カイトもか、俺もそうだ。何よりアスナのあんな姿を見てこのまま引き下がれない。絶対なにかある気がする」

 

 

「どうする今なら、まだ追えると思うけど」

 

 

 時間はあれから15分ほど経ったか。今ならまだ近くにいるはず。

 

 

「ユウキ悪い、待っててもらっていいか?アスナのことも気になるし」

 

 

「わかったよ、気にしておくからさ。二人共気をつけてね」

 

 

「ああ。行くぞカイト」

 

 

 俺達はさっきの広場へと急いだ。

 

 

 

―――――

 

 

 

 俺達がさっきの広場についた時、ネズハは店じまいの準備をしていた

 

 

「カイト、ここからは隠蔽スキルを使おう」

 

 

「わかった」

 

 

 そして、静かに路地の角から様子をうかがっている時だった。

 

 

「お待たセ」

 

 

 ここに来る前にメッセージで呼んだアルゴの声がした。のだが姿が見えない。

 

 

「? どこだ?」

 

 

「ココ、ココ」

 

 

 声はするが姿が見えない。

 

 

「ココだってバ」

 

 

 アルゴは俺とカイトの真後ろから姿を表した。

 

 

「さすが《鼠》だ。ハイド率高いな」

 

 

「全然気づかなかった」

 

 

「そりゃあこちとら、《隠蔽》も《看破》も大事な商売道具だからネ。片手間のスキルで見破ろうなんテ、10レベルは早いってもんサ」

 

 

「そんなことより、どうなんだ頼んだ件」

 

 

「…らしくないナ、熱くなるなんテ、随分苛ついてるみたいだけド?」

 

 

 

「そんな訳あるか!俺は冷静だ!」

 

 

 そうは言ったが、実際熱くなっていたのだろう。カイトに「少しボリューム落とせ」と注意されてしまった。

 

 

「…ごめん、それで調査の結果は?」

 

 

「この短納期に応えちゃうのは商売人として考えものだけド、状況が状況だし今回は特別だヨ」

 

 

 アルゴは表情を変え、続けた。

 

 

「この短時間に返事があっただけで7件、攻略組を中心にハイレベルのフロントランナーが主武装を失ってル。それも鍛え上げられたレア武器ばかりサ」

 

 

「キリトの予想通り…いや、予想以上か」

 

 

「まてよ、攻略組の戦力を殺いでなんになる?現実世界が遠ざかるだけだぞ?」

 

 

 すると少し考え込むように、応えた。

 

 

「殺ぐ…以外に理由があるのかも知れないネ。そもそも武器破壊なんてペナルティは強化には存在しないんだヨ。これは正式サービス後も変わっていなイ。ちゃんと検証済みサ」

 

 存在しない? だがあの時たしかにアスナのウインドフルーレは壊れた…

 

 

「実はネ、キー坊。武器破壊が発生する条件が一つだけあるんダ」

 

 

「それは?」

 

 

「…強化対象の武器が既に強化上限回数に達している場合…つまりエンド品の強化をしたときだけなんだ」

 

 

「なっ!アスナのウインドフルーレがエンド品とすり替えられてたっていうのか!?」

 

 

「声が大きいヨ、キー坊」

 

 

「でも、あの状況でどうやって…」

 

 

 あの時一部始終、確認してたはずだ。そんな隙なんて…

 

 

「よく思い出セ、キー坊。強化のタイミングでチャンスはなかったカ?」

 

 

「そんなマジックみたいなこと…」

 

 

「……!、有るぞキリト!みんなが剣から目を離した瞬間!炉の炎だ!」

 

 

 その時、俺の記憶をたどったが確かにあの瞬間だけは剣を見ていない。燃え上がった炎に目がいきあの時剣がどうなっていたか思い出せない。

 

 

「となると、剣はネズハが持ってる?」

 

 

「!! それならまだなんとかなる! カイト、今何時だ!?」

 

 

「え、えーと19時52分だな」

 

 

「まだ間に合う!急いで宿に戻るぞ!」

 

 

「お、おい待てよ!キリト!」

 

 

 

 それから俺は行きは8分ほどかかったルートを4分あまりで走破するという全力疾走を見せ、宿にたどり着いた。時間は19時56分。まだ間に合うがリミットの正確な時間がわからない。とにかく急いでアスナに!

 

 

 アスナの部屋の前にたどり着きノックをしている余裕もなかった俺は、扉を蹴破る勢いでこじ開けた。するとアスナはベッドで横になっていたのか起き上がる姿が見えた。

 

 

「…え?…だ、だれ…?」

 

 

 暗闇で俺だと気づいていないようだが、あいにく詳しい説明をしている時間も余裕も俺にはない。普段なら絶対にしないがベッドまで駆け寄り、アスナの両肩を掴み、叫ぶように呼びかけた。

 

 

「アスナ!俺だ!今は時間がない!言うとおりにするんだ!」

 

 

「ど、どうして…私、鍵…かけて」

 

 

「宿屋のドアは、デフォルト設定だとパーティメンバー解除可なんだよ!」

 

 

「そ、そんなの困る…」

 

 

「いいから早くウインドウを可視モードに! 時間がない!」

 

 

「は、はい…!」

 

 

 俺にも見えるように表示されたウインドウを確認し、アスナの武器装備欄になにもないことを確認した。

 

 

「よし!とりあえずいけるな! まずストレージタブに移動!」

 

 

「え…あ…う、うん」

 

 

「続いてセッティングボタン! サーチボタン! マニュピレート・ストレージボタン!」

 

 

 矢継ぎ早に俺が出す指示を、アスナが何が何だか分からない状態で進めていく。そして更に4つほど潜ったところでようやく目的のものが出てきた。

 

 

「それだ!《コンプリートリィ・オール・アイテム・オブジェクタイズ》!」

 

 

 そして、画面にイエス/ノーの画面が表示されると、俺は今までで一番の最大ボリュームで

 

 

「もちろん!イエーース!!」

 

 

 ボタンが押されると同時に、アスナが疑問に思ったことを呟いた。

 

 

「ん?これって確か…全アイテム、オブジェクト化?……全ってどこまで?」

 

 

 俺はやり遂げた、達成感から笑顔を浮かべながら告げた。

 

 

「コンプリートリィに全部…あらゆる、あまねく、なにもかも」

 

 

「はわぁー!」

 

 

 アスナのアイテム欄の文字が全て消え、そこに今まで入っていたものはすべて目の前に現れた。素材も、アイテムも、装備も、衣類に至る全てが。そこに現れた山は俺の想定よりかなり多かった、さっきレストランで俺がやったときの倍はスペースを使っていたかも知れない。

 

 

 それもそのはず、ゲームの世界であるにもかかわらず彼女のそれは現実世界の一般的な女の子と何ら変わりがないからである。アイテムの山の大半が大小の布装備、すなわち衣類と下着類である。さすがにこの山をかき分けるのは多少恥ずかしさがあったが、このときの俺はきっとアドレナリンがフルに出ていたのであろう。目的のものを探し山をかき分けた。

 

 

「…ね、ねえ…君…死にたいの?…殺されたい人なの?」

 

 

「まさか」

 

 

 恐らく、いま後ろにいる彼女は烈火のごとく怒り狂った顔をしているだろう。だが俺はあれを発見するまで彼女に怒られる訳にはいかない。そしてようやくブレストプレートなどの金属類までたどり着いた時、ようやくそれを探し当てた。

 

 

「あった!」

 

 

「??」

 

 

 俺の背中の武器に比べれば本当に羽のように軽い一振りのレイピア

 

 ――ウインドフルーレ+4

 

 

 それを彼女に差し出すと彼女は崩れるようにそれを抱えた。

 

 

「…うそ……なんなのよ、もう」

 

 

 

 

 

 




ということで、武器を取り戻したところまでです。

次回の予定は2層ボス戦手前ぐらいまでいけたらなという予定です。


そして順調にアクセス数も伸びておりありがたい限りです。
一応確認してはいますが、どうしても誤字脱字がありますので見つけたら報告いただけると直ぐに修正します。

本当にこんな書き方でいいのかという不安もありますので、感想などもあればどんどんお願いします。


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第13話 強化詐欺

 俺は、さっきの暴挙のお詫びに夜食を買いに行ったキリトをアスナの部屋でユウキも呼んで彼女と一緒に待っていた。その間彼女はいつもの服に着替え、キリトが探し出したウインドフルーレを抱えてベッドに座っている。

 

 

「…その、まだキリトのこと怒ってる?」

 

 

「思いっきり殴りたい気持ちが49%、感謝を述べたい気持ちが51%だわ」

 

 

 すごく複雑な心境らしい。まあさっきの状況を考えれば無理も無いけど。

 

 

「まあ流石にあれは、ボクも怒るかも」

 

 

 ユウキも苦笑いしながらしょうがないよねという表情を浮かべている。

 

 

「うーん…、まあ、あいつもアスナのために必死だったということは分かってくれると嬉しいかな。何せ時間がなかったんだ」

 

 

 はっきりとは覚えていないが、武器をネズハに渡した頃時鐘がなっていた。となるとリミットは20時頃ということになる。本当にギリギリだったのは言うまでもない。

 

 

「別にカイト君に言われなくてもわかってるわ。あんな真剣なキリト君始めてみたもの。色々と整理しきれないことも有るけど」

 

 

 

――コン、コン

 

 

「キリトです。夜食を買ってきたので入ってもよろしいでしょうか?」

 

 

 

 今まで聞いた事ないような丁寧な口調で、キリトが戻ってきた。

 

 

「入って」

 

 

「…失礼します、お夜食を買ってきました」

 

 

そう言ってキリトは俺達に肉まんのようなものを渡した。

 

 

「なに、これ?」

 

 

「この辺の名物らしい、《タラン饅頭》って名前らしいけど。牛ステージだから肉まんじゃないかなと思うんだけど、β時代にはなかったんだよこれ」

 

 

「うにゃあ!!」

 

 

変な叫び声が聞こえたと思ったら、アスナが顔から喉元までクリームまみれになっていた。

 

 

「なっ!クリームだと!――運営め図りやがったな」

 

 

よく確認せずに買ったキリトも悪いと思うんだが。

 

 

「まっ、待て今拭くものを出すから」

 

 

そう言いながらキリトがアスナの前に立ったとき、ノックと同時にしまっていた扉が開いた。

 

 

「キー坊頼まれた件おわったゾ。……キー坊…アーちゃんに一体何を……?」

 

 

今の光景、ベッドに座るクリームまみれのアスナ、そしてその正面に立つキリト、ふむ見ようによってはよからぬ事をしていたようにも見えるかもしれない。

 

 

「ご、誤解だ!何にもしてないぞ俺は!」

 

 

「まあ、原因はキリトだよな」

 

 

「カイト!」

 

 

 

――――

 

 

「そうカそうカ、武器を盗られ挙げ句にキー坊に白いクリームをぶっかけられたのカ。そりゃ災難だったナ、オネーサンが来たからもう大丈夫だゾ」

 

 

アルゴがベッドでアスナに寄り添い満面の笑みでピースサインをこっちに向けていた。きっとキリトにいいきみだナ、なんて思ってるのかもしれない。

 

 

「それで、頼んだ話はどうなったんだよ」

 

 

椅子に座りながらアルゴの煽りにイラついた様子でキリトが質問した。

 

 

「ン?何ガ?」

 

 

 

「ご自慢の《隠蔽》スキルとやらでネズハの尾行してきたんだろ? 結果は?」

 

 

「あのあと店を片付けて4人組のフードを被った連中と会っていたヨ。まあ、顔は見えなかったけどナ。何か荷物の受け渡しをしてる様子だったけド、随分焦った様子だったヨ。そのあとは特に何もなシ、宿に帰ったヨ」

 

 

4人組……それがネズハにあんなことをさせている連中なのか?

 

 

「……確かに4人だったんだな?5人じゃなく」

 

 

「そうだけド、5人だと何かあるのカ?」

 

 

「…いや、予想と少し違っただけだ」

 

 

「アルゴ、慌てた様子だったのは鐘が鳴った頃じゃなかったか?」

 

 

俺達の予想が正しければ慌てていた理由は……

 

 

「ん?ああ確かニ、20時になってからだったナ。よく分かったなカー坊」

 

 

「部分的に勘が外れたけど大筋は俺達の予想通りか、ご苦労様」

 

 

 

「いやいヤ、勿論武器が騙し盗られていた事がわかった以上このまま終わらせるつもりはないヨ。彼の背後関係は徹底的に探らせてもらうヨ。その手の仕事は任せてくレ」

 

 

まあ、アルゴの本業でもある数日もたてばその4人組の人間が誰かまでは行き着くだろう。

 

 

 

「それでどうすル?」

 

 

「どうって?」

 

 

 

アルゴは表情を変え続けた。

 

 

「結果一時的だったとはいエ、アーちゃんの武器が騙し盗られたことは事実なんダ。被害が増える前に公表すべきじゃないカ?」

 

 

アルゴのいうことにも一理ある。あの鍛冶屋の手際の良さそしてすでに7件は被害が出ている点から考えてまだ被害者はいるし、これからも増えるだろう。

 

「オレっちのルートを使えバ、1日で追い込めるヨ」

 

 

「いや、ここは慎重に行こう。向こうもアスナの剣が無くなってバレたことに気付いているはずだ。ここでやめておとなしくなる可能性もある。……それに必要以上に追い詰めるともっと厄介な事になるかも」

 

 

「どういう事だ?」

 

 

「考えてみろよ、武器を隠し持ってるなら謝って返せば済むかもしれない。けどもし売り払っていた場合……それは永久に失われたことになる。」

 

 

 

「もしそうなれば被害者の怒りを沈めるのは難しいナ。彼らが満足するようなペナルティはSAOには無いからナ」

 

 

確かになまじ命の掛かったデスゲームにおいて装備はその命を守るために一番大事なものだ。アスナのように思い入れをもって大切に扱っているやつもいるだろう。そんな人達に売り払った何て言った日には、命すら……

 

 

「……いやある、ひとつだけ絶対的な罰が」

 

 

キリトも同じ考えになったらしくこっちを向いて頷いた。

 

 

「そうだ、事が公になれば誰でも思い付く」

 

 

「罰としての《PK》カ」

 

 

そこまで聞いたところで今までアルゴのとなりで静かになっていたアスナが割り込んだ。

 

 

「《PK》ってなに?」

 

 

キリトは背もたれを前にして座っていた状態から座り直しアスナの目をしっかり見据えて説明した。

 

 

「プレイヤーキルっていうゲーム用語だ。意味は字の通りプレイヤーがプレイヤーを殺すことだ」

 

 

「そんな!だって……この世界でそんなことしたら……人殺し……」

 

 

「そうだ。だからそんなことは絶対に避けなきゃいけない。いくら恨みがあっても命を奪うことはやっちゃいけない」

 

 

ショックだったのか、アスナはまたアルゴに顔を埋めてしまった。

 

 

「そのためには真相を知る必要があるナ。強化詐欺のトリックに動機、盗られた武器の行方もナ」

 

 

「そして取り返しのつく形で償いをさせる。そうすれば被害者の怒りも少しは収まるかもしれない」

 

 

「とはいえトリックは難しそうだぞキリト。なにせ俺達4人がみんな気づかなかったんだ。まあみんなミスディレクションに引っ掛かったせいだけど」

 

 

「けどさあカイト、ボク思うんだけどあの人が好き好んでそんなことするような人には見えなかったよ」

 

 

ユウキのいうことも分かる、少なくとも彼に気弱そうな性格に見えた。

 

 

「私もそう思うわ、どうしても望んでやったとは思えないの」

 

 

「気持ちはわかるけど、彼の罪は動かしがたいとおもうぞ。それとも何か情状酌量の余地が有るって?」

 

 

「うん…もしかしたらだけど以前にあったことが有る気がするの、顔を見たわけじゃないけど…。アルゴさん調査のついででいいんだけどこれについて調べてもらえないかしら?」

 

 

 そういってアスナはストレージから投擲用のナイフを取り出した。

 

 

「これは?」

 

 

「2層でキリト君達に会う前に、一人の剣士とあったのその人が持ってたんだけど…」

 

 

「アーちゃんの頼みダ。片手間に調べておくヨ」

 

 

「でもあんまりこのことばかり気にしてるわけにもいかないな。フィールドボスは倒されたから明日には迷宮区の攻略が始まる。キリト明日の予定はどうする?」

 

 

 迷宮区到達まで5日、1層のことを考えるとかなりのハイペースだ。まあ1層が遅すぎただけなのかもしれないけど。

 

 

「そうだなあ、出来れば他の攻略組と会うのは避けたいから朝一番から迷宮区に行くとしよう。それにボスに備えた練習もしておきたいし」

 

 

「特に変更がなけれバ、相手はトーラス族だナ。ナミングが注意点だナ」

 

 

「ああ、まあ詳しいことは明日説明するよ」

 

 

 

 

――――翌日 SIDE キリト

 

 

 

 俺達は予定通り朝早くに迷宮区に入り恐らく誰よりも早いであろう迷宮区攻略を行っていた。β時代同様なら2層フロアボスはトーラス族、姿は神話に登場するミノタウロスに近いものであり、人の体に牛の頭がついているようなビジュアルだ。

 

 

 多少攻撃力は高いが、奴らの厄介な点は特殊技に有る。トーラス族全般が《ナミング》と呼ばれる広範囲スタン技を持っていてこれの対策を取らないとまともに戦えるものではない。

 

 

「奴らのナミングは威力が低い代わりに範囲がとにかく広い。キャンセルも一つの手だけど失敗したときのリスクが大きすぎるから距離をとってやり過ごすのが一番無難だ」

 

 

「なるほど、俺達の装備じゃ耐性も余り期待できなそうだしな」

 

 

「重武装で盾を持っていれば受けれるのかもしれないけど、あいにくそんな戦闘スタイルのやつはこのパーティにはいないからな」

 

 

「ほんとにボク達って防御を考えてないバーサーカーだよね」

 

 

 否定出来ないところがまた辛い。4人全員が回避主体の戦術というのも確かにアンバランスなんだけど、だからといってスタイルを変えるのも簡単じゃない。変えられない以上精度を高めていくしか無い。

 

 

「はあ…どうもやりにくいのよねアイツ」

 

 

 今日はずっとイマイチ調子の悪そうなアスナがついに愚痴をこぼしだした。

 

 

「そうか?普通のトーラス系なら攻撃は比較的シンプルだし…」

 

 

「そういうのじゃないの。キリト君にはわからないかもしれないけど、あんなほぼ裸みたいな格好セクハラだわ。ハラスメントコードで黒鉄宮送りにしたいわよ」

 

 

「な、なるほど」

 

 

 確かにトーラス族全般、特に低級トーラスは腰に布を巻いているだけの見た目のやつが多い。ほぼ裸のマッチョが襲ってくると考えると、女子校育ちらしいアスナ的には我慢出来ないのだろう。

 

 

「体つきだけならボディビルダーみたいだよね。キリトもあんな格好してみたら?男らしくなるかもよ」

 

 

「ユウキ頼むから恐ろしいこと言わないでくれ。俺があんなマッチョなんて想像したくもない。あまりにも似合わなすぎる」

 

 

 まあレアアイテムの中にはあれと同じ格好が出来る装備があったはずだけど…。きっとそれを来た日にはアスナに串刺しにされそうなので絶対着ない。

 

 

「まあビジュアルは2層にいる限り我慢してくれ。どうせボスもトーラス族だからな、それより3人共動きは覚えたか?」

 

 

「もう少しってところかな」

 

 

「そうね、あと2,3回も見れば大丈夫だと思う」

 

 

「ボクはもう大丈夫かな」

 

 

「ぞれじゃあ次のブロックに行くか。そろそろこの辺にも誰か来そうだしな」

 

 

 その後もしばらくトーラス狩りをしていた俺達だが、ちょうど吹き抜けになっていて下の階が見えるエリアに来た時下の階にいいた俺達以外のプレイヤーを今日はじめて発見した。

 

 

「見ろよキリト。あれって確か…」

 

 

「《レジェンドブレイブス》だっけ。随分早いなもう下の層まで来たのか」

 

 

そこには昨日のフィールドボス戦でも見かけた5人組のパーティーがいた。しっかりと動きを見るのは初めてだったがそれぞれの連携は良く装備の良さもあって危なげなくモンスターを倒していた。

 

 

「昨日のフィールド戦じゃ中々の戦いをしてたな。以外とあの牛を正面から受け止めるのは難しいんだけど」

 

 

「でも、名前負けしてるのに間違いはないでしょ?」

 

 

「アスナさん中々手厳しいですね」

 

 

 まあ確かに名前通り伝説の英雄とかの名前をそれぞれ名乗っているみたいだけどまだそれに見合った力はあるとは言えなそうだ…というよりも…

 

 

 

「それにしても…やっぱり違和感があるな。何でレベルと装備がチグハグなんだろう」

 

 

「どういうこと?」

 

 

「普通はレベルと装備は連動するんだよ。レベルが低いうちは育成効率も悪いからそれなりの装備で、レベルが高くなれば効率のいい強化ができるようになるから装備も充実してくる。これはSAOだけじゃないRPGというゲームの特徴なんだ」

 

 

「経験値効率が悪かった…だけじゃ説明がつかないもんな」

 

 

「彼らはレベルもスキル熟練度も見た所中の上ってところだろう。だけど装備品だけは攻略組の中でも最上品だ、そこの違和感がどうしても拭えないんだ」

 

 

 もし俺の勘が正しければその矛盾は全部解決するんだけど…。

 

 

「つまり、あの人達はあなたも知らないような高効率な財源を確保してるってこと?でもキリト君も知らないような財源なんて…。―――あっ!まさか強化詐欺への関与を疑ってるの!?あの人達が!?」

 

 

「流石に短絡すぎるかもしれないけど、でもアルゴの話じゃ武器が騙し取られる話が出た頃とあいつらが前線に出てくる時期が同じなんだ。偶然の一致にしては都合がいいような…」

 

 

「アルゴさんに彼らのことも調べてもらいましょう」

 

 

 そう言ってメッセージを開いたアスナが、急に手を止めた。

 

 

「……いえ、違うわキリト君、見て彼らの動き。確かにレベルは低いかもしれないけど今いる攻略組のパーティの中を見ても彼らほど連携のいいパーティーはそうはいない。どうして実力も装備も有るのに今まで最前線で見かけなかったんだと思う?」

 

 

 その時俺は、ようやく違和感の見方が違うことに気がついた。

 

 

「そうか!レベルと不釣り合いに装備がいいんじゃなくて、腕も装備もいいのにレベルだけが低いんだ!」

 

 

 でも、なんでそんなことが…、腕に見合った装備なのは間違いないなのにレベルが低いのは低効率の狩場にいたせいか?でもだとするとやっぱりあの装備はネズハの強化詐欺で得ている可能性が高い。

 

 

「色々見えては来るけどゴールにたどり着かないな。大体、俺の勘が正しければだけどなんでネズハはあいつらのために強化詐欺なんて…」

 

 

「……ネズハも彼らの仲間だろ?」

 

 

「え?」

 

 

 当然だろ?みたいな顔でカイトがサラリと言ってのけたことに俺達3人はしばらく反応できなかった。

 

 

「ちょ、ちょっと待てよどういうことだ?ネズハとあいつらが仲間だって?グルの可能性はあるけど」

 

 

「もしかして気づいてなかったのか?実はあの名前の綴りは他にも読み方があって――――」

 

 

 俺達はカイトからその話を聞いてようやく事件の背景が見えてきた気がした。だけどこれだけじゃまだだめだ強化詐欺の実際の手口がわからないことには問い詰めることも出来ない。

 

 

「動機まではカイトのおかげでなんとかたどり着いたけど、結局大事なのは武器すり替えのトリックか」

 

 

「もう一度確認するしか無いのかしら?」

 

 

「うーん…。お、下の敵を倒し終わったみたいだな。じきに上に上がってくるしおれたちも次のフロアに行こう。悪いけど今日はもう1フロア付き合ってくれないか?」

 

 

「良いけど、どうして?」

 

 

「実はさ《片手直剣》のスキル熟練度がもう少しで100なんだよな」

 

 

「は?」

 

「え?」

 

「100!?」

 

 

 3人共かなり驚いた表情だったので、俺は少し自慢げな表情を浮かべた。

 

 

「へ、へえそれはおめでとう」

 

 

「なんで俺達と同じパーティなのにそんなに早いんだよ…」

 

 

「それで?強化オプションは何にするの?」

 

 

 強化オプションとはスキル熟練度が50の倍数に到達した時獲得できる追加の補助スキルのようなものだ。50のときはソードスキルのクール時間短縮を選んだ身としては今回はそれなりに自由度が高くかなり迷う。アスナと違ってクリティカル率の低い俺としては《クリティカル率上昇》も魅力的だ。

 

 

「そういえば、この間蜂に剣をふっとばされた身としては《クイックチェンジ》なんかもいいな」

 

 

「なにそれ?」

 

 

「色々と便利だよ。例えば武器を落としたり取られた時、ワンタッチで再装備できるし」

 

 

「ふうん」

 

 

 アスナがなにか確認して画面を見ながらの返事だということに気づかず俺は説明を続けた。

 

 

「同じ種類の武器を持ってれば直前に装備していたものと同じものを再装備なんてことも…」

 

 

「へえ…」

 

 

「…ん?」

 

 

「「「それだ!!」」」

 

 

「えっ?な、なに?どうしたの3人共?」

 

 

 ユウキは気づいていない様子だったけど、恐らくカイトやアスナも同じ結論に至ったみたいだ。クイックチェンジを使えばみんなの目が離れた一瞬を狙って、エンド品の違う武器に変えることが出来る。

 

 …だけど、ネズハは鍛冶屋だぞ?職人に取得できるようなスキルじゃ…。

 

 

「キリトの言うクイックチェンジならあるいはってところだけど…鍛冶屋をやってるネズハにそれが取れるとは思えないな」

 

 

「……それなんだけど、解決できるかも知れない。確証はないけど…この間アルゴさんにお願いした件次第で…」

 

 

 そこまで言ったところで、タイミングを図ったかのようにアスナにメッセージが届いた。

 

「もしかして、噂をすればってやつ?」

 

 

「そうみたい。待っていま確認するわ」

 

 

 そう言って俺達は画面を食い入る様に見つめた……。

 

 

 

―――――

 

 

「初めて来たけど、動きにくくて慣れないな」

 

 

「仕方ないさ。普段が動きやすさ最重視みたいな装備だからな」

 

 

 俺とカイトはネズハの店に向かって歩いていた。目的は一つ強化詐欺の方法を改めて確認するためだ。そのためにネズハの手元が見える位置でアスナとユウキがアルゴと一緒に待機している。ただ俺達はこの間顔を合わせていてその晩に強化詐欺がバレたこともあって警戒される可能性もあるため全身鎧で身を包み、フルフェイス型の兜で顔を隠している。

 

 

「もう店じまいかな?」

 

 

 店にたどり着いた俺は、なるべく怪しまれないよう自然にネズハに話しかけた。

 

 

「いえ、大丈夫です。お買い物ですか?それともメンテですか?」

 

 

「……また、だな」

 

 

 カイトが、なにか呟いたような気もしたがここで聞き返すわけにもいかず俺はそのまま「強化を頼む」と告げた。

 

 

「強化…ですか」

 

 

 以前の時と同じようにネズハは困り顔をしつつ強化の方針を聞いてきた。

 

 

「種類は《速さ》、素材は料金込みで90%で頼む」

 

 

「それだと…2700コルですね。―――アニールの+6試行回数2回残しですか。内訳は《鋭さ》+3に《丈夫さ》+3……使い手を選びますが、凄い剣ですね。この上さらに《速さ》強化すれば……。では、始めます」

 

 

 そう言ってネズハは以前と同様に作業を始めた、素材を炉に入れエフェクトが出る。俺達の予想なら武器のすり替えが行われるのこのタイミングだ。こっそり武器を持っているネズハの左手を見たがちょうど陳列棚で手元が隠れていてお客側からは見えない。

 

 そしてエンド品にすり替えられた後で武器を打つ。すり替えられているはずだと分かっていてもやはり少し怖いものがある。俺だってそれなりに武器に愛着を持ってるし道具以上の思いはある。何より自分の命を常に守ってくれているものだ。

 

 ―――パァン!

 

 そしてネズハが10回打ち終わるとアスナの時同様アニールブレードは粉々に砕け散った。

 

「すみません!! 本当にすみません!!」

 

 

「いや、謝る必要はないよ」

 

 

 俺はお店の背後の建物の上の階でネズハの動きを逐一見ていたアスナの方へと顔を向ける。そしてアスナもそれに気づき静かに頷いた。予想通りだったという合図だ。

 

 

「…そうか、分かってみると――案外単純なトリックだな」

 

 

「残念ですよネズハさん」

 

 

 俺とカイトは装備をもとに戻しつつネズハにそう告げた。

 

 

「あ、あなた達は!? あの時の!?」

 

 

「悪かったな、騙すようなことをして―――《クイックチェンジ》」

 

 

 そして、俺の手元に戻ってきた《アニールブレード》を見てネズハは目を見開いた。そしてネズハの犯行の核心を告げた。

 

 

「あんたはこの強化オプションを使って《預かった武器》をストレージにストックしていた《同種のエンド品》にすり替えた。俺は今同じ手を使って、君のストレージから《現在装備中の武器》を取り返した」

 

 

「まさかこんなに早く、しかも鍛冶屋が武器スキルのオプションを習得してるなんて思いませんよね」

 

 

「しかもメニューウインドを商品の隙間に隠蔽して、発動時のエフェクトは炉の光と音で隠す。天才的な手口だ――――よかったら、署までご同行願おうか」

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで2層パート3終了です。
この調子だともう2話ほどでしょうか。ペースが遅くてすみません。


このペースで2層は最後まで漫画ベースの流れになりそうです。


4人喋らせるとだれが話してるかわかるようにするのが少し難しいですね
あまりにもわかりにくくなりそうなら会話の前に名前を入れることも検討中です
見にくそうなのであまりしたくはないのですが…


次回はフロアボス戦途中くらいまで行けたら良いなと思います


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第14話 エクストラスキル

「…要するに、騙し取った武器は全部換金してほとんど残ってないと――そういうんだな? ネズハ」

 

 

「はい…、申し訳ありません」

 

 

 俺達はネズハを連れ宿で事情聴取をしていた。彼の言い分を要約するとさっき言ったとおり、あくまで自分一人の罪だと言っている。

 

 

「攻略組の面々が文字通り命をかけて、死に物狂いで鍛え上げた武器を、私利私欲で浪費したと?」

 

 

「なんと…、お詫びをすればいいか…」

 

 

「やっぱりおかしいわよ。これ、以前にフィールドエリアで偶然会ったソードマンの忘れ物」

 

 

 頭を下げ、うなだれながらそう告げるネズハにアスナが反論した。そして以前にアルゴに調査を依頼していた投擲用の短剣を取り出し机に置いた。なんでも俺達と再会する前に《アニールブレード》を持った剣士を俺と勘違いしたそうだ。そしてこの短剣はその剣士の忘れ物らしい。

 

 

「アルゴさんに調べてもらったのだけど、プレイヤーメイドの特注品でどこのお店にも並んでいないものだった。つまり持ち主は作り主――今のSAOでこんなものを作れるのは、アインクラッド唯一の鍛冶屋であるあなた以外にありえないわ」

 

 

「戦闘職なラ、《クイックチェンジ》を習得していても不思議はないナ」

 

 

「それに前にあなたにあった時はそれなりに高価な装備で身を固めていたけど、私の見立てで予想される被害額とは桁が違うわ」

 

 

「だから…、それは…飲食や宿代に」

 

 

「それは無いナ、ココ数日の身辺調査で君の質素な生活ぶりはしっかり確認させてもらったヨ」

 

 

 アルゴの調査によると、日中お店に出ている以外は酒場によることもなく買い物も鍛冶屋として必要なものばかりだという話だった。とても事実上市場独占をしている人間の生活とは思えないほどに。

 

 

「現在君はプレイヤーで唯一の鍛冶屋として市場を独占している、それに加え強化詐欺だどう考えても計算が合わない。だから俺達はこう疑ってるんだ――君は、稼いだ金を誰かに貢いでいるんじゃないか?ってさ」

 

 

「…は、はは!そんな!一体誰に!? なんの根拠があってそんな…」

 

 

 どうしても自身以外の関与を認めないネズハに今まで黙って聞いていたカイトがネズハに決定的な事実を突きつけた。

 

 

「…根拠はあなたの名前だ、ネズハさん。―――いや、ナーザさんと呼んだほうが良いかな?」

 

 

「……!!!」

 

 

「そうあなたの名前《Nezha》のもう一つの呼び方だ。日本人にもわかる名前なら《哪吒》、《哪吒太子》とも呼ばれるかな。中国の小説に登場する少年の神、宝具と呼ばれる武器を持ち2つの輪に乗って空を飛ぶ…その筋じゃ有名な伝説の勇者――《レジェンドブレイブ》だ」

 

 ネズハはそれを聞いた瞬間項垂れるように頭を落とした。ようやく自分が逃げ場のない状況まで追い詰められていることに気づいたようだ。

 

 俺達もカイトがいなければ気づくことはなかったかも知れない。日本ではナーザという呼び方はあまりにマイナーな呼ばれ方だからだ。カイトは神話伝承が好きで詳しいらしいけど。

 

 

「…やっぱり、君が彼らの装備資金を稼いでいたんだな。だからこそ彼らはあんなに急激に台頭した。―――正直に話してくれナーザ!君たち6人の中でどうして君だけがこんなリスクを背負ったんだ?何か見返りを約束れているのか?」

 

「…そ、それは」

 

「彼らは…君たちはなぜこんな事ができたんだ!?」

 

 

「キー坊、それは今大事なことじゃア」

 

 

「いや大問題だ!今のペースで行けば彼らは攻略組の中でもぶっちぎりに強くなる!悪事を厭わない詐欺集団がだ!そんな奴らが圏外で襲われても返り討ちにすればいいと開き直るようになったら――」

 

 

 今は被害が武器だけで済んでいるかもしれない。だがこのまま行為がエスカレートすればいずれプレイヤーの犠牲が出てもおかしくない。一度悪事を働けばそれ以降は歯止めが効かなくなる。そんなことだけは絶対に防がなければいけない。

 

 

「待ってキリト君」

 

 

 ネズハを問い詰める俺を、アスナが止めた。

 

 

「きっと違うと思う。――ネズハさんこれを取ってみてもらえますか?」

 

 

 そういってさっき机の上に出した短剣を手渡そうとした――しかし、ネズハの手は短剣の手前で空振るような動きを見せた。まるで見えていないかのように。

 

 

「…やっぱり。あの時はてっきり眼帯をしていたからだとばかり思っていたけど、あなた片目が――」

 

 

「見えないわけじゃないですよ。ただナーヴギアを介すと分からなくなるんです――遠近感が」

 

 

「フルダイブノンコンフォーミングか!」

 

 

「あんたFNCだったのか」

 

 

 俺とカイトが同時に声を上げた。脳と直接信号のやり取りをするフルダイブマシンは本来使用者ごとに細かく機械を調整する必要がある。だがナーヴギアは初期設定時の接続テストやキャリブレーションで自動調整され2回目以降は即ダイブが可能になる仕組みだ。

 

 

 極稀に、その調整がうまくいかない人間がいる。それが《フルダイブ不適合》と言われる種類の症状だ。微小なラグ程度で済むものからダイブそのものが出来ない場合まで症状は多岐にわたる。

 

 

「なるほド、恐らく彼の場合両目の機能不全…奥行きを認識できないんだろウ。気の毒ニ…近接攻撃主体のSAOでは致命的ダ、ログインは諦めるべきだっタ」

 

 

「いや、気持ちはわかるよ。ゲーマーならこの世界を見れずに死ねないもんな」

 

 

 命が一つしか無いデスゲームということを除けばこのゲームは文句のつけようのないものだろう。背景を始めとしたグラフィック、無数にあるクエスト、何より現実で決して体験できないことがココでは出来る。多少不都合があっても体験してみたいという気持ちは否定することは出来ない。

 

 

「ん?まてよ―じゃあ彼らは、剣士としての君を見捨てて君の弱みに付け込んで汚い仕事を強要したのか?」

 

 

「違う!彼らはそんな事は!」

 

 

 俺の意見の遮ったネズハは初めて彼の意志の乗った声を聞いた気がした。

 

 

「多分逆じゃないかな」

 

 

「逆?」

 

 

「うん…きっと彼らは、この人を見捨てなかったのよ。SAO開始当初みんなが必死にリソースの奪い合いをしている時彼らはハンデを抱えた仲間のリカバーを優先した。だから実力はあったけど、レベルが低かったんだわ」

 

 

 非効率な狩場なら足留めされて当然…、はじまりの街で別れたクラインもきっと今安全マージンを取りながらゆっくり前に進んでいるはず。レジェンドブレイブスがここまで追いついたことも十分すごいことだ。最初に周りを切り捨ててでも自分を優先しようとした俺には到底真似できない。

 

 

「…みなさんのおっしゃるとおりです。僕は仲間の情けに縋り付いてみんなの夢を台無しにしてしまった。元々《レジェンドブレイブス》はそれなりに長くやってるチームで、他のMMOとかでもランカーになるほどのギルドなんです。そんな中フルダイブ初のVRMMOが出るというので、皆それはもう意気込んだんです」

 

 

「アインクラッドでトップになってやるんだって…。なのに!僕のFNC判定ですべてが狂ってしまった!――あの日以来仲間の中には僕の事をカバーしながら戦うやり方に不満を漏らした仲間もいました。でも、リーダーは…オルランドさんは違った。僕を決して見捨てず、一緒に戦っていこうと言ってくれたんです」

 

 

「だったら、どうしてこんなことを?」

 

 

「投剣スキルじゃこの先難しい事にようやく気づいて、僕が戦闘職を諦めた頃には最前線との差は大きく開いてしまっていました。――そんなときでした。《あいつ》が俺達にあの稼ぎ方を教えたのは」

 

 

 俺はアスナやアルゴと顔を合わせてそれぞれ首をかしげる仕草を見せながら聞いた。

 

 

「《あいつ》っていうのは?」

 

 

「顔も名前もわかりません。わかるのは黒ポンチョを着た男ということだけで…。それでその男が言ったんです」

 

 

『OK 話は聞かせてもらったァ、あんたが戦闘スキル持ちの鍛冶屋になるならすげぇクールな稼ぎ方があるぜ!』

 

 

 黒ポンチョの男…そいつがレジェンドブレイブスに強化詐欺を教え、あんな犯罪行為をさせたっていうのか?でも一体何のためにそんな…

 

 

「でも!勘違いしないでください!全部僕が!僕自身のために!勝手にやったことなんです!――だからっ!!」

 

 

「どこに行くつもりですか?この先には窓と崖しかありませんが」

 

 

 窓の方へ走り出したネズハをカイトが引き止めた。恐らくすべてを背負って自殺でもするつもりだったのかもしれない。だけどそんな事は許されない。

 

 

「どいてください!せめて償いだけでもっ…!」

 

 

「そのために自殺をするというのは見過ごせないですよ。今のアインクラッドで自殺はある意味詐欺より重い罪だ。このゲームをクリアしようとしている攻略組を裏切る行為です。それに僕の見立てではまだあなたには更生の余地はある」

 

 

「ど、どうしてそんな…」

 

 

「だってあなたは心の底から強化詐欺を望んでしていたわけではない。あなたはいつも『買い物ですか?メンテですか?』と聞いて強化の話は一切しなかった。まるでそれを避けるように…エンド品の武器を叩いているときもそうだ、あなたの叩き方はとても心がこもっていた。それは自分の行為で壊れてしまう武器を悼んでいたからではないですか?」

 

 

「……」

 

 

「ネズハさん、本当にこのままでいいの?周りに憐れまれたまま、見返すことなく後悔したまま終わっていいの?――そんなの絶対ダメよ!最後まで死に物狂いで足掻きなさい!《勇者》として!」

 

 

「で、でも…僕にはどうしたら良いか…」

 

 

 アスナがふとこちらを向いた。「キリト君どうにかしてあげられない?」そう言わんとする視線で。…だが正直かなり難しい、遠近感覚が判断できないなら近接攻撃は難しい。かといって投剣スキルはシステムアシストが効き攻撃は当てられるが現状ではタゲを取るのが精一杯だ…。――いやまてよ、そういえばこの間のフィールドボスのLAは…

 

 

「ネズハ、君はいまレベルはいくつだ?」

 

 

「え?10…ですけど」

 

 

「ならスキルスロットは3つだな。何をつけてる?」

 

 

「《片手武器作成》、《所持容量拡張》、《投剣》ですけど…」

 

 

「そうか。――伝説の勇者殿。今までの償いのために鍛冶スキルを捨てる覚悟は有るか?」

 

 

 

 

――――――翌日

 

 

 俺達は今ネズハを連れとあるところへ向かっているところだ。俺達の前で歩く女性3人は何やら楽しそうにおしゃべりに花を咲かせているようだけど、後ろの男3人は特に話し出す内容もなくただひたすら歩を進めるだけであった。こんな時もう少し世間話位できるコミュニケーション能力があればと思うのだが。

 

 

 そしてこの沈黙に我慢できなかったのはネズハも同じだったらしく、なんとか話を絞り出そうと俺に話しかけた内容がまた物議を醸しだすことになった。

 

 

「キ、キリトさん…」

 

 

「なんだ?」

 

 

「――アスナさんとはいつからお付き合いされているのですか?」

 

 

「…………なっ!!」

 

 

「付き合ってません!!!」

 

 

 後ろの声が聞こえていたのか、アスナが全力でネズハの質問を否定した。いや確かにアスナとはそういう関係じゃないけど、そんなに全力で否定されるのも結構ショックなんだけど。

 

 

「えっ?ああっ、すいません!まさか聞こえていたとは思わなくて、この手の話はお客さんともよくする世間話なので」

 

 

「ん?ちょっと待て!まさかそういう噂がたってるのか?」

 

 

「噂というか、2層に来ている人たちの間では有名というか常識ですよ。だってキリトさんいっつもアスナさんと一緒じゃないですか!同じ宿屋に入っていく姿もよく目撃されていますし」

 

 

 絶対その姿にはカイトとユウキの姿も有るはずなのに、なぜか俺とアスナがカップルのような扱いをされているようだ。もちろん男としてアスナのような美少女とそういう噂になっているのは嬉しくないわけはない…がこの場合はアスナにも妙な評判が立ってしまうのではないかと思いとっさに否定する言葉が出てしまった。

 

 

「そ、それはあれだ、たまたま!一時的に!仕方なく組んでいるだけのことであって!」

 

 

「―あらそう」

 

 

 ものすごく冷たい目線がアスナから向けられている気がする。

 

 

「それから、これはとある事情通の話なんですが――ある夜、そのプレイヤーがキリトさんの部屋を訪ねると浴室から一糸まとわぬ姿のアスナさんが出てきたとか!しかもその時目測されたスリーサイズや下着の色がとんでもない高値で売られているとか!」

 

 

 確かにそんな事もあった、思い出したら腐った牛乳飲ませるとまでアスナに言われたあの事件だ。だがそれを知っているのは俺達以外はカイトとここに居る情報屋の鼠さんだけだ。そしてこの場合どちらが言ったかは明らかで、俺とアスナはアルゴに鋭い視線を向けた。

 

 

「ニャ…ニャハハハ、ハ…反省してまス。で、でも大丈夫!誰にも売ってはいないかラ!それにアーちゃんは今巷で大人気の有名人じゃン」

 

 

「確かに!死の淵で恐怖する攻略組を鼓舞した姿はさながら戦場に降り立った女神のようであったと!」

 

 

「へ、へえ…そんなふうに言われてるんだ」

 

 

「何言ってるんだキー坊、そんな娘を独占しているんだゾ。自覚は有るのカ?」

 

 

「うるさいな今の被告はお前だ、誤魔化すんじゃない」

 

 

 

 このままじゃ目的地に付く前に俺のメンタルが悲鳴を上げかねない、なんとか話をそらさないと。

 

 

「ほ、他にはなにか話題になってることはないのか?」

 

 

「そうですねえ…。あ、カイトさんとユウキさんのこともよく話題に上がりますよ」

 

 

「へ?ボクたち?」

 

 

 まさか自分たちの話だとは思わなかったのか、ユウキは驚いた表情をカイトは怪訝な表情を見せていた。まあ内容はなんとなく察しはつくけど。

 

 

「おふたりもよく仲睦まじく街を歩いている姿が目撃されていますよ。まるで恋人同士のようだと」

 

 

「恋人同士なんてボク照れちゃうな」

 

 

「少しは否定しろよ。普通に買い物とかしてるだけだろ」

 

 

「むー、カイトは嫌なの?そういうふうに見られるの?」

 

 

「ん?…いや…そういうわけじゃ…」

 

 

 ユウキの質問に珍しく照れた様子のカイトが目線を明後日の方向へと向けていた。SAO初日からこのふたりと一緒にいるけど俺が見ても二人の仲の良さは中々だろう。そもそも夜になると眠くなっちゃったと言っていつもカイトの膝枕で寝だすのだ。

 

 最初これにはアスナも驚いて二人の関係を聞いたものだ。本人たち(主にカイト)は兄弟みたいなものだと言うが、俺と話している時もユウキの頭を撫でながら会話するその姿は恋人たちのそれにしか見えない。はっきり言ってたまに爆発すればいいのにと思わないこともない。

 

 

 

 

―――――SIDE アスナ

 

 

 

 私達はキリト君の案内で迷宮区の塔から少し距離のある小高い岩山の頂上に来ていた。彼の話じゃここにチャクラムを扱うために必要なエクストラスキルを取るためのクエストが有るらしい。そこは人間より少し大きいくらいのサイズの岩が沢山並んでいる不思議なところだった。

 

「ここがそのエクストラスキルの習得クエストの開始点なの?」

 

 

「そうだ、まあ…開始点というか…ずっとここでやると言うか…」

 

 

「??」

 

 

 キリト君が歯切れの悪そうにつぶやいていると岩の上に立った見るからに仙人のような格好をしたお爺さんがいた。そしてその頭にはクエストマークの?が浮かび上がっていた。

 

 

『フォフォフォ、なんじゃ小童ども入門希望か?』

 

 

 どうやら喋り方も見た目通りのようで、そのままクエストの説明を始めた。

 

 

『我が試練を見事果たせば、お主らに我が武の真髄《体術》を伝授してやろう。フォフォフォ』

 

 

「よ、よろしくおねがいします!」

 

 

 ネズハさんが頭を下げてクエスト受諾の意思を取ると、彼の目の前にクエスト開始の選択画面が出現した。そしてそれはこのクエストを受けていない私の前にも現れた。

 

 

『修業の道は長く険しいぞ?覚悟は有るか?』

 

 

「……ちなみに、何をさせられるんですか?」

 

 

「大丈夫、やることはシンプルサ。この岩を割るだけだかラ」

 

 

 アルゴさんがそう言って岩をコンコンと叩く。私も確認してみたけど恐ろしく硬そうだ、破壊不能オブジェクトの一歩手前ぐらいの硬さは有るだろうか?

 

 

「一応無理ではなさそうね。キリト君とカイト君はクリアしたのよね?」

 

 

「ま…まあな」

「い…一応な」

 

 

 二人共どうも歯切れが悪い。そんなに思い出したくないような苦しいクエストなのだろうか?少し気になって岩をじっと見つめていた私を横にいたネズハさんが見つめていた。あなたも一緒にやりませんかと言わんばかりの顔で。

 

 

「私はやらないわよ!確かに《体術》スキルは戦闘の幅が広がりそうだけど、今の私は少しでもレイピアのスキルを…」

 

 

『なんじゃおなご、逃げるのか?フォフォ、それが良かろうて。所詮惰弱なおなご如きに我が武の真髄を極めることは出来なかろうて』

 

 

「なんですって…」

 

 

 明らかにそれは挑発だと冷静な私なら気づいていたかもしれない。でもこの時の私はさっきのキリト君の物言いに苛ついていてあまり機嫌は良くなかった。

 

 

『なんじゃ不満か? それなら、ワシがもっとおなごに有用な《体術》を伝授してやろうかのぅ』

 

 

 そういいながら私のところに歩み寄ってきたお爺さんはおもむろに私の胸を指でつついた。その瞬間相手がNPCだということも忘れ私はレイピアを抜き思いっきり《リニアー》を打ち込んだのだが、ひらりと避けられてしまった。

 

 

『フォフォフォ、なかなか活きがよい。よかろう、我が武の真髄とくと授けてしんぜよう。手とり足とり順繰りにのう』

 

 

 完全に発言がエロジジィのそれに頭が沸騰しきった私は勢いでクエスト開始のボタンを叩きつけうように押した。後ろでキリト君が「バカッ!やめろ!」という声も聞こえずに。

 

 

「いいわ、取得したらまずはその頭ぶっ飛ばす! ほら!あなたもさっさとなさい!速攻で終わらせるわよこんなの!」

 

 

 あんな石ころ一つ私のウインドフルーレで簡単に砕いてやるわ!と息巻いていた私の思いはあっけなくエロジジイに逆に打ち砕かれた。

 

 

『フォーフォフォフォ、よかろう小童共。ならばこの大岩を一つ砕くのじゃ―――ただし、武器を使うことはまかりならんぞい?』

 

 

 そう言って私の背後を一瞬で取ったお爺さんは私の愛剣をあっさりと奪ってみせた。

 

 

『お主らが見事この試練を果たすまで無用の長物は預かっておくぞい。―――この試練はあくまで徒手空拳にて挑むのじゃ、拳を使おうと蹴りで砕こうと自由じゃ。なんなら頭を使ってもよいがの。あ、あとのう、大岩を割るまでこの山を降りることはならんぞい。じゃからお主らにはその証をたててもらうぞい』

 

 

 そういって懐から何かを取り出し私とネズハさんに何かをした。何をされたか先に気づいたのはネズハさんの方だった。

 

 

「ああ!アスナさんに…、おヒゲが!!!」

 

 

「な、なにこれ!ってかあなたにも付いてるわよ!」

 

 

『その証はお主らが見事大岩を割り修行を終えるまで決して消えることはない。信じておるぞ我が弟子よ。フォーフォフォフォ』

 

 

 ようやく、自分のしてしまったことの大きさに気づいた。もし岩を砕けなければヒゲを消すことはおろか、山から降りることすら出来ない。武器を取り上げられてしまった以上手ぶらでフィールドを歩くことも出来ず完全に八方塞がりになっていた。

 

 

「あ、アルゴさん…こ…これ、キャンセル…」

 

 

「ムリ! それがβテストでオレっちの《鼠》キャラが定着した理由サ。……慰めになるかわからないケド、今の情報量はいらないヨ」

 

 

「早く言ってよお」

 

 

「ナァ、元キリえもんからこの気の毒なお嬢さんにアドバイスを…」

 

 

 いつものキリトくんなら、ここでクリアのコツとかを優しく教えてくれていた。けど今回は違った今まで見たことのないような剣幕で…いや、私に初めて怒鳴りつけたのだ。

 

 

「バカーッ!! 何考えてるんだ!!」

 

 

「だ、だって知らなかったんだもの、しょうがないじゃない!」

 

 

「しょうがないですむか!!俺とカイトでも3日かかったんだぞ!2日後には攻略組がボス部屋にたどり着く!奴らは待っちゃくれないぞ!―――次のボス戦も一緒に挑むんじゃなかったのか!?」

 

 

 まだキリト君と出会って数日しか経っていない。だけど彼が意味もなく理不尽な理由で怒るような性格ではないことはなんとなく分かっていた。今回のことはたしかに私が悪い、謝ったほうが良い…そう考えた。だけど口から出た言葉はそれとは全く逆のものだった。

 

 

「べ、別にそんな約束した覚えありませんけど?それに私とは、たまたま?一時的に?仕方なく?組んでくださってたんでしょ?」

 

 

「…知らないからな、ガンガンレベル上げてボス戦でもLA取ってあとでたっぷり自慢してやるからな」

 

 

 ここまで来ると完全に売り言葉に買い言葉で今更自分の非を認められずもう引っ込みがつかなくなっていた。

 

 

「あらぁ?むしろ私の仲裁無しで仲間はずれにされたりしないかしら?心配――」

 

 

 その時のキリト君の顔がとても真剣で少し言い過ぎたかもと言葉が止まってしまった。そして少し俯いてキリト君は続けた。

 

 

「……そうさ、俺は君のそういう所をかっていたんだけどな。自意識過剰なリンドや視野の狭いキバオウに攻略組は任せられないが…君になら……いや今はやめよう。俺はもう行く」

 

 

「お、おいキリト良いのか?」

 

 

「な…何よ!言いなさいよ!―――っ!ボス攻略に間に合わせれば良いんでしょ!待ってなさい!」

 

 

 そのままキリト君は何も言わずに山を降りていった。アルゴさんはたまに様子を見に来るヨと言っていたけど。日も暮れて星もなく静かな岩山にネズハさんがひたすら岩を殴る音だけが響いていた。

 

 

「全く、屋根のないところで寝るなんて久しぶりだわ。せめて星でも見えればよかったのだけれど」

 

 

 迷宮区に籠もり無心でコボルトを狩っていた時以来だろうか?あの時キリト君に助けられてから必ず宿で休むようになって、お風呂にも入らず野宿するなんてことはなかったのだけど。

 

 

「すみません、僕のせいでキリトさんと…」

 

 

「なんでそこにキリト君が出てくるのか分からないわ」

 

 

「…やれやれ、思ったとおり荒れてるなアスナ」

 

 

「わざわざまた登ってきたわけ?カイト君」

 

 

 そこには昼間別れたばかりのカイト君が立っていた。

 

 

「ほら晩飯持ってきたぞ」

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

「…ありがとう」

 

 

 そう言ってカイト君はあの黒パンとクリームを渡してくれた。

 

 

「…初めて見たよ。キリトがあんなに怒ってるの」

 

 

「――確かに私の自業自得だけど…、だからってあんなに言わなくたって」

 

 

「アイツは君に期待してるんだよきっと」

 

 

「期待って…私なんかなんの力も」

 

 

 戦闘でまだまだキリトくんには全然及ばない。コンビを組んで戦闘しているけどキリト君が私に合わせてくれているのはよく分かる。私は足手まといにしかなっていない。

 

 

「そうでもないさ。言ってたろ?リンドやキバオウに攻略組は任せられないって。この間のフィールドボスの時の不和が続けば攻略組がバラバラの状態で戦うことになる。でも、アスナにならそれをまとめることが出来る――少なくともアイツはそう思ってる。だから君に出遅れてほしくないんだよ」

 

 

「…あれだけ熱心に色々教えてくれるんだもの、そうじゃないかって気はしてたけど」

 

 

「だったら素直に謝ればよかったのに。…それともキリトに一時的なパートナーだって言われたこと怒ってるのか?」

 

 

「なっ!ちが!……わない、か。だってあんな言い方されたらイラッときちゃったんだもん」

 

 

「本当に二人共素直じゃないな。――とにかく、キリトをがっかりさせないためにも早く岩を砕かないと」

 

 

「キリト君のためにってのが少し引っかかるけど…。でも、そうね。あんな顔をさせたまま引き下がる訳にはいかないわ」

 

 

 最後に見えたキリト君の顔は怒っているというより、落胆していた顔に見えた。私にこの世界で生きる道を作ってくれた彼に期待はずれなんて思われたくない。絶対に砕いてみせる。

 

 

「その意気なら大丈夫だな。まあ現実問題ボス戦に間に合わせるのはかなり難しいだろうけど…。応援してるよ」

 

 

 そしてカイト君は晩のうちに山を降りていった。何かあったら連絡すると言って。

 

 

 

 

 

 そして修行2日目、朝からひたすら岩をネズハさんは殴り私は蹴っていた。ようやく岩の中心辺りまでヒビが行くようになった頃、カイトくんからメッセージが届いた。それはタイムリミットの連絡だった。

 

 

 

 

 

『攻略組がボス部屋を発見した。明日正午ボス戦を開始する。必ず来ることを期待している。

PS.もし困ったら頭をつかうと良い、意外とあっさり割れるかも』

 

 

 

 

 

 

 

 




ボス戦までいきませんでした。orz

ですが次回で強化詐欺編を含む2層のストーリーは終了になります


今の所構想では口下手なキリトに変わりカイトがアスナにフォローする場面が多くなります。ふたりにとって何でも相談できる友人…そんな立ち位置をイメージして彼には動いて貰う予定です。

もう少しユウキとカイトの話も書きたい…。よく分からないうちに仲良くなっただけでは私自身が納得できません。でももう少し先になりそうです。





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第15話 伝説の英雄達

『ギルド《ドラゴンナイツ》のリンドだ!1番最初にボス部屋に到着したパーティの代表として、俺が第2層ボス戦攻略レイドのリーダーを務めることになった!』

 

 

 最初に到達したのなら俺達だけどな、という文句をいう気にもならず俺は腕を組みながら前回同様集まりの後ろの方からこれから始まるボス戦を待っていた。

 

 

 アスナと言い合いになりその不満を迷宮区攻略にぶつけてボス部屋にたどり着いたのが昨日の事、《体術》の修行的には今日で3日目。俺達があのクエストのクリアにかかった時間はちょうど3日。どれだけアスナに才能があったとしてもまともに考えれば俺達より早くクリアするなんてことは考えられない。

 

 

「アスナ達は来てないね」

 

 

「やっぱりふたりは間に合いそうにないか」

 

 

「当たり前だ、俺達の筋力ステータスでも3日掛かったんだ無理に決まってる」

 

 

 我ながらどうしてこんなに苛ついているのかもよくわからないけど、とにかく今は目の前のボス戦に集中するしか無い。そんな時見覚えのある巨漢の斧使いが話しかけてきた。

 

 

「よう、久しぶりだな3人共。1層のボス戦以来になるか?」

 

 

「そうだな、あの時は世話になった」

 

 

「お久しぶりです、エギルさん」

 

 

 いかつい風貌とは打って変わった笑みを見せながらエギルは続けて言った。

 

 

「それにしても…お姫様とコンビを組んだって聞いたんだが、どうしてそんな「実家に帰ります」って書き置きを見た旦那みたいな顔をしてるんだ?」

 

 

 どうやら、俺は相当に気難しい顔をしているらしい。自覚はないけど。

 

 

「別にコンビってわけじゃない。共通の目的があって一時的に組んでただけだ」

 

 

(おい、カイトあのお姫様と何かあったのか?)

 

(ちょっと喧嘩しちゃったんですよ、お互い意地の張り合いみたいな感じで)

 

(なるほど、お前さんも結構苦労してるみたいだな)

 

 

「そうそう、話しかけた理由なんだがお前たちパーティーはどうするんだ?俺達は4人だから3人共ってわけにはいかないが、俺達のパーティに入らないか?」

 

 

「いいのか?俺みたいなのを誘って?」

 

 

 仮にも俺はプレイヤーから恨まれるビーターを1層で背負った以上、ここまでサラリと誘われるとは思っていなかった。

 

 

「《ビーター》だからって?そんなふうに呼んで非難してるのはごく一部さ」

 

 

「じゃあお言葉に甘えるかな。あんた達の役割は?」

 

 

「俺達H隊はG隊と取り巻きモンスターの相手だとさ。ボスはリンド派とキバオウ派で独占されてる」

 

 

2層ボスは《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》取り巻きモンスターに《ナト・ザ・カーネルトーラス》がいる。この取り巻きモンスターが厄介で、中ボスクラスの力はあるため1層と違って強い雑魚モンスターを相手にするのとはわけが違う。

 

 

「2隊で大佐の相手は結構厳しいな。もう1隊はどこなんだ?」

 

 

エギルにそう聞いたとき後ろから随分と張りのある声が響いてきた。

 

 

「卿らが、我らとナト大佐の相手をするH隊であろう?よろしく頼む、《レジェンドブレイブス》のオルランドだ」

 

 

「あ、ああよろしく頼む」

 

 

「貴殿の事は覚えている。先のフィールドボス戦ではなかなかの武者ぶりであったからな、既に二つ名で呼ばれているのも納得の強さであった。由来は存じていないが確かビー…」

 

「ブラッキー、俺たちはそう呼んでるぜ」

 

 

オルランドがビーターと言おうとしていたところをエギルが遮った。しかしそんな呼ばれかたをしてたのか?

 

別に装備の色は1層ボスのLAボーナスが偶然そんな色だったからだし、一緒にボーナスをもらってるカイトはシルバーよりの灰色で俺があっちを着ていた可能性も……いや、多分似合わないな。むしろ黒は不思議と落ち着く、今後もなるべくは黒い装備を着ていこうと密かに決めた。

 

 

「よろしく頼むブラッキー殿。なに心配されるな!我ら《レジェンドブレイブス》にかかれば牛男ごとき将軍だろうが大佐だろうがこの宝剣デュランダルの錆びにしてくれようぞ!」

 

 

いやそれはただの《スタウトブランド》って剣なんだがと思ったが、それを言うのも野暮な気がした。

 

こうして話すのは初めてだけど、本当に彼らが強化詐欺に関与してたのか疑ってしまいそうになる。

 

 

「……話してみると、いい人たちそうに見えるんだけどな」

 

どうやらそれはカイトも感じたらしくエギルに聞こえないように俺に呟いてきた。

 

 

「そうだな、けどこれは間違いないことだ。どういう思いで関与してるのかは分からないけどな」

 

 

その後人数の関係もありカイトとユウキはエギルのパーティに俺は《レジェンドブレイブス》のパーティに入ることになった。そして各隊の準備が終わりいよいよボス部屋に突入することになった。

 

 

「よし!では俺達の勝利の扉を開けるとしよう!」

 

「ちょぉ、待ってんか!」

 

 

それを止めたのはキバオウだった。

 

 

「なんだ!」

 

 

「このままボスに挑むのもええけど、ワイらはあまりにも攻略本をあてにしすぎとちゃうか?ゆうたら悪いけどあれを作ってるんわ、ボス部屋に入ったこともない情報屋や。そんなもんより、この中に確実に自分の目でボスを見た奴がおるはずや、そいつに聞かん手はないな」

 

 

そう言いながらキバオウの視線は俺の方を向いていた。1層でβテスターを目の敵にしていた人間の台詞には思えなかったが、確かにあいつの言うことも一理あった。

 

 

「あー、少なくともβでは雑魚トーラスと攻撃パターンは同じだった。ただ、《ナミング》をはじめとしたデバフ攻撃を2重で食らうのだけは避けてくれ。《スタン》が2重掛けで《麻痺》になる。βでそうなったプレイヤーは……」

 

 

死んでいった、というのは口には出来なかったが皆察しはついたようだった。

 

 

「2発目は絶対回避。それを最優先にすればええってことやな。ほな始めよか」

 

 

「あ、こら!勝手に扉を!――皆いくぞ!」

 

 

 

 

「――どういうつもりなんだ、キバオウのやつは」

 

 

「少しは考え方が変わったんじゃないか?ゲームをクリアするためには利用できるものは最大限利用する、例えそれがβテスターでも」

 

 

―――『ワイはワイのやり方でクリアを目指す』

 

 

確か、アスナからの伝言はそんな内容だったはず。そういう意味では、いまだに俺への嫌悪感を隠さないリンドよりは柔軟なのかもしれない。

 

 

――――

 

 

「ナミング来るぞ!全員回避してデュレイ狙い!――アスナ!…はっ! とにかく回避だ!」

 

 

ここ数日アスナと連携戦闘していた癖が出るのか、つい背中にいると勘違いしてさっきから掛け声をかけること数回、なんなんだこのやりにくさは。

 

 

「どうした?背中が寂しそうだなブラッキー先生。相棒無しじゃやっぱりやりにくいか?」

 

 

ニヤニヤとこっちを見ながら、エギルが近づいてきた。

 

「あんなわからず屋知らないな!俺はソロが信条なんだ」

 

 

「いつもボク達とパーティ組んでるのにね」

 

 

「寂しいって言えない厄介な男心ってやつだよ」

 

 

カイト達のからかいは無視するとしてエギルの様子が前回と違うのにさっきから気になっていた。

 

「あんたこそ、あのばかでかいレア物の斧はどうしたんだよ?そんな店売りの中型装備して」

 

 

「ま、色々あってな。パフォーマンスは落とさないから心配するな」

 

 

エギルに関してはそんなこと心配してないけど、もしかしたら彼らも強化詐欺にあったのではという予想が俺の頭をよぎった。

 

 

今も大佐相手に戦い体力バーをラスト1本にした《レジェンドブレイブス》を見ながらこの戦いが無事に終わったあとの事を考えていた。

 

 

「あいつらなりだけじゃないな。実力もちゃんとある、負けてられないぞブラッキー殿」

 

 

「分かってるさ。でも問題は《大佐》の相手をしてる俺達じゃなく…本体の方だろう」

 

 

後ろをちらりと振り向き本隊の方を見ると、今もナミングで何人かがスタンにかかり麻痺の人間も何人か出ている状態だった。

 

 

「キリトこのまま本隊の方の麻痺者が増えると立て直しも撤退も出来なくなるぞ」

 

 

「そう…だな。ちょっとリンド達に話してくる、カイトこっち頼む」

 

 

「任せろ」

 

 

俺は後方から指揮を執っているリンドとキバオウに撤退を呼び掛けた。

 

 

「リンド!これ以上麻痺者が出たら立て直しができなくなる!一旦引き上げよう」

 

 

「なっ!?だってもう半分なんだぞ!ここで退くなんて…」

 

 

「たしかに惜しくはある。だけど…」

 

 

俺は麻痺になり回復を待っているメンバーを見た。スタンと違いほとんど身動きのとれない麻痺は回復に10分ほどかかる上、現状回復手段がポーションを飲むしかない。

 

これ以上麻痺者が増えればpotローテが追い付かなくなる。被害が出るよりは幾分も…

 

 

「…あと1人。あと1人麻痺者がでるまではがんばってみぃひぃんか?」

 

 

予想外にもリンドではなくキバオウがそう提案してきた。

 

 

「いいのかキバオウさん?撤退すれば次のリーダーはあんたに…」

 

 

「わーっとる。けどな皆タイミングは掴めてきてるし集中もできてる、士気も高い。ポーションもようけ使っとるしの。損すんのは嫌いやねん」

 

 

「…分かった、それで行こう提案ありがとう」

 

 

どうやらこの二人は俺が思ったよりいがみ合っているわけでもなさそうだ。案外気が合うところもあるのかもしれない。

 

 

「基準が明確ならそれでいいさ。ゲージがラス1になったら気を付けろよ!」

 

 

「じゃあかしぃ!分かっとるわ!」

 

 

案外こういうのも悪くないかもしれない。そう思いながら俺は大佐の相手をしてるカイト達の方へと戻った。

 

 

 

――――

 

 

あれから《将軍》の方も俺達《大佐》の方も危なげなく進みお互い体力バーラスト1本をレッドゾーンまで減らしたところだった。

 

 

「この調子ならなんとかいけるか」

 

 

「今の所特にβとの変更点もないこれなら…」

 

 

そう思っていたときエギルが何故か明後日の方向を向きながら俺に話しかけてきた。

 

 

「なあブラッキーさんよ、俺はずっと腑に落ちなかったんだが…1層ボスは《コボルトロード》つまりは《君主》だろ?…でもここのボスは《大佐》に《将軍》…どうして格下げされたのかずっと疑問だったんだが――」

 

 

そこまで聞いて俺の首筋にピリピリとした感覚が走る。今までの経験上この感じがしたときは大概ろくな時じゃない。

 

 

「――どうやら答えがお出ましのようだぜ」

 

――ボス部屋中央、本隊の退路にそれは悠然と現れた。

 

 

「《アステリオス・ザ・トーラスキング》!!」

 

 

「まずい!退路をたたれた!」

 

 

「俺達で新手の引き付けを!」

 

 

いや、距離的にまだ《王》は本隊から遠いまだ攻撃されることはないはず、それなら優先順位は――

 

「カイト、エギル!まだ本隊との接触に時間がある。俺達は先に《大佐》を倒して敵の数を減らす!G隊!H隊!まずは《大佐》だ!全員フルアタック!防御不要、回避不要、ゴリ押しで倒しきるぞ!」

 

 

速攻で《大佐》を倒し俺達はそのまま急いでボスのタゲをとろうとした、しかし《王》は本隊の方を向き息を吸い込むしぐさを見せた。

 

 

「まずい!ブレスだ!」

 

 

俺がそう叫ぶのとほぼ同時に、《将軍》の相手をしていた本隊にブレスが直撃した。後方にいた何人かがダメージをくらい麻痺になっている。

 

 

「H隊は麻痺者を安全圏まで運べ!パワータイプなら二人位抱えて走って見せろ!《ブレイブス》!カイト、ユウキ!俺達は《将軍》を討ち取る!ついてこい!」

 

 

我ながらかなり無茶を言っているのは百も承知だ。でもそうでもしないと、被害者を出してしまう。

 

エギル達が麻痺者を運んでいるのを横目で確認し俺達は次の《王》の攻撃が来る前に《将軍》を倒そうと突っ込んだが、身の丈が《将軍》より一回りも大きくレッドゾーンに突入し暴れまくっているトーラスを倒すのはなかなか骨がおれる。

 

 

「キリトまずい!《王》がブレスの構えを!」

 

 

ちらりと振り向くとまたもや息を吸い込んでいる《王》の姿が見えた。――ダメだ、間に合わない……!

 

 

そう思った次の瞬間、俺達とは反対側のボス部屋の入り口から走ってくる人の姿が見えた。《王》に隠れて誰かまでは見えなかったが、その人影はあっという間に《王》の体を駆け登り、ジャンプをして頭めがけて《リニアー》を打ち込んだ

 

 

「なっ、アスナ!?」

 

 

そのまま《王》の目線が上を向きアスナを捉えた。

 

 

「こんの!覗くな!」

 

 

そう叫び空中で《体術》スキルで後方宙返りをしながら蹴りあげる《弦月》を直撃させる。

 

本当に《体術》スキルを3日で習得するとは思わなかった。だがそんなことは今はどうでもいい。問題は今の状況だ。《王》に絶妙なタイミングで攻撃を仕掛けたためブレスはキャンセルされたがタゲをアスナが取る形になってしまっている。

 

 

「無茶だ!1人であんなのと……」

 

 

「よそ見するな!《将軍》の攻撃が来るぞ!全員防御!」

 

 

何より俺達も、《将軍》の相手をしている真っ最中だ。

 

 

「だがブラッキー殿!このままでは……」

 

 

「今そんなこと言ってる場合か!!」

 

 

オルランドの言いたいことは分かる。だけど今は《将軍》を倒すしか方法は…

 

 

「まずい!」

 

 

《王》に飛びかかって攻撃しようとしたアスナを尻尾でキャンセルし、そのまま無防備になった状態で殴り付けられ地面に叩き付けられていた。

 

 

「キリト前!」

 

 

フロア中央で倒れこむアスナに意識が行った刹那、前で《将軍》が武器を振りかぶっていた。

 

だがそれを受け止めたのは、カイトと《レジェンドブレイブス》だった。

 

 

「ブラッキー殿!」

 

「キリトアスナを!」

 

 

俺は剣すらも捨ててアスナの方へと駆け出していた。前方で見えるのはブレスの構えに入った《王》の姿。今の自分の体力から考えてもし直撃を食らえば、そのまま死んでしまう可能性もあった。

 

 

だがそんなことは関係なかった。俺は必死に手を伸ばしアスナに覆い被さるように飛びかかりブレスの射線から遠ざけた。

 

 

どうやら幸い直撃は避けれたようでアスナの体力にも大きな動きはなかった、だがお互い少しかすった様で《麻痺》マークが体力バーの上に点灯しているのが見えた。

 

 

「…馬鹿、なんで…来たの?」

 

 

自分の命も省みずにアスナを助けた理由。アスナを死なせたくない死んでほしくない、そんな思いだったのは確かだ。だけどそれがどんな理由から来るのかわからなかった俺は…

 

 

「…分からない」

 

 

そう、答えていた。

 

 

「…なんでだろ。キリト君なら来てくれる気がした」

 

 

アスナはそう言いながらボロボロになった顔で、微笑んだ。

 

 

だが、今の状態は絶体絶命と言える。二人とも麻痺になり身動きがとれず、なお後ろから《王》が止めをささんと歩み寄ってきていた。

 

 

「はなせ、ユウキ!」

 

「お前達も離すのだ!」

 

「無茶だよ!今からじゃ間に合わないよ!」

 

「そうですよ!オルランドさんも馬鹿な事はやめてください!」

 

 

あっちを見ることはできなかったけど、どうやらカイトとオルランドが俺達を助けようとしていたらしい。それをユウキと他の《レジェンドブレイブス》のメンバーが止めようとしているのだろう。

 

 

「冗談じゃない!このまま見殺しになんかできるか!」

 

「そのとおりだ!戦友や姫君の盾となって倒れるは騎士の本懐!今征かんでなんとする!!」

 

 

『そのとおりです!オルランドさん!』

 

 

 

その声と同時に、何かが《王》の頭へと飛んでいくのが見えた。あれは…

 

 

「チャクラム!?」

 

 

「…来るのが遅いわよ、まったく」

 

 

「すいません!遅くなりました!」

 

 

そこにいたのは紛れもなくナーザだった。しかもアスナ同様数日前に付けられたヒゲもとれていて、スキルの習得が終わっていたことを意味していた。

 

 

「おいおい…、俺でも3日かかったクエストを…お前ら一体どんなチートをつかったんだよ」

 

 

「誰か、ふたりを安全圏へ!他の方は《将軍》を倒してください。《王》は俺が引き受けます!」

 

 

――――

 

 

「ガラにもなく危なかったじゃないカ、キー坊」

 

 

俺とアスナはカイト達に運ばれ《王》と反対側の所で回復を待っていた。そこにアルゴも駆けつけた。

 

 

「まったくだよ。助けにいけとは言ったけど、あんな無茶して寿命が縮むかと思った」

 

 

「仕方ないだろ、あの時は…必死だったんだよ」

 

 

「まあいいじゃないカ、こうしてふたりとも無事だったんだシ」

 

 

ここで俺はさっきから気になっていた事をアルゴに尋ねた。

 

 

「一体どうやってふたりともあのクエストをクリアしたんだ?」

 

 

「あーそれはナ……」

 

 

開いた口が塞がらなかった、アルゴの話じゃアスナ達の所へ行く際珍しくハイドをミスして《トレンブリング・オックス》というあの辺によくいる牛モンスターをトレインしたらしい。

 

 

そして武器も持っていないアスナ達はどうしたかというと、なんとアスナのいつも着ているフードをさながら闘牛士のように扱い、牛を岩に激突させて割ったというのだ。

 

 

つまり岩を割ったのはアスナ達ではなく、アスナ達に誘導された牛モンスターだったと言うことだ。

 

 

「そんな裏技があったなんて…」

 

 

「まあアーちゃんがいなけリャ、誰も気づかなかったろうネ。キー坊にも見せてやりたかったヨ、あの時のアーちゃんの勇姿」

 

 

「もう、言い過ぎですよアルゴさん」

 

 

「ん?アスナはもう大丈夫なのか」

 

 

「ええ……助けてくれてありがとうキリト君」

 

 

アスナは、俺には顔を見せずにお礼を言った。

 

 

「あー…その……《パートナー》に死なれると困るんだよ」

 

 

ものすごく照れくさい事を言ってる自覚はあった。だけどそれが一番自分でしっくり来る理由だった。

 

 

「キリトは今日1日調子悪そうだしな。後ろに居てくれる人がいなくて」

 

 

「そうなの? キリト君」

 

 

カイトの奴余計なことを、という目線を送ったが『事実だろ?』と言いたげな顔をしていた。

 

 

「……しょうがないだろ、俺についてこれるやつは他にはカイトとユウキしかいないんだから」

 

 

「ふーん……、キリト君は私がいないとダメなんだ」

 

 

「そこまでは言ってないだろ!」

 

 

「はいはい。キリト君も回復終わったでしょ? 私が後ろにいてあげるから、早くボス倒しちゃいましょ。」

 

 

そう言ったアスナの顔は少し楽しそうというか、嬉しそうだった。

 

 

「ああ、もちろんだ!」

 

 

『おーい3人とも!早くこっちを手伝ってくれ!」

 

 

俺達の回復中に《将軍》を倒し本隊含めレイド全隊は《王》との戦闘中だった。

 

「いい?キリト君。私はちゃんと有言実行して3日で終わらせたんだから、ちゃんとあなたもLAとって見せてよ。私にとられる前にね」

 

 

「もちろんだ」

 

 

見ると、ナーザに来た《王》の攻撃を全員で受け止めていた。

 

 

「キリト!俺が弾くからその隙に決めろ!」

 

 

「分かった!任せる」

 

 

そう言ってカイトはタンクの盾を踏み台にして《王》の頭まで飛び突進技《ソニックリープ》をヒットさせた。その攻撃で《王》は怯みディレイができる。

 

 

「キリト!」

「ブラッキー殿!」

「やっちまえ!」

「また、あいつかいな!」

 

 

ここまでお膳立てされて燃えない俺じゃない。

 

「アスナ、おぼえてるか?同時に行くぞ!」

 

「もちろん、任せて」

 

 

俺とアスナは《王》の正面まで駆けて思いっきり踏み出しジャンプをする。そして同じタイミングで俺は《ソニックリープ》をアスナは《ストリーク》をうつ。

 

 

数日前のフィールドボス戦で俺が使った空中ソードスキル。アスナには説明しただけだったが見事に一発で決めて見せた。

 

そしてダメージエフェクトを確認し、俺達はボスの頭に乗り《弦月》を同時に繰り出す。すると今度は大きく怯んだ《王》に俺達は最後の一撃を繰り出す。

 

「これで!」

「終わりよ!」

 

 

俺の《レイジスパイク》とアスナの《リニアー》が《王》の頭にクリーンヒットし、そのままポリゴン片となって弾けとんだ。

 

 

「おつかれ」

「お疲れさま」

 

 

着地した俺達は、お互いに自分の武器にそう言っていた。アスナと顔をあわせてふたりとも吹き出すように笑いだして今度はパートナーを労う言葉を伝えた。

 

 

「おつかれ、アスナ」

 

「おつかれさま、キリト君」

 

 

皆のところへ戻るとカイトやナーザ、アルゴ達が祝福に来てくれていた。

 

「おつかれふたりとも」

 

「おつかれさま、最後のすごかったねえ」

 

「なんていうかさすがですね」

 

「息合いすぎだヨ、お二人さン」

 

 

「一番凄かったのは君だよ、ナーザ。まさかぶっつけ本番であそこまでチャクラムを使いこなすとは思わなかった」

 

 

「皆さんのおかげです。やっと自分のなりたいものになれた気がします。……これで、やっと…」

 

 

「お、エギルおつかれ」

 

 

「お疲れさん―――だけで、済ませたかったんだがな」

 

 

そういうと、エギルは顔を厳しいものにかえナーザ問いかけた。

 

 

「あんた、この間まで鍛冶屋をやっていたな?」

 

 

「……はい」

 

 

「なんで戦闘職に転向したんだ?そんなレア武器までもって、鍛冶屋ってのはそんなに儲かるのか?」

 

 

見ると大勢のプレイヤーが集まっていた。それが全員強化詐欺の被害者たと気付くのは容易かった。

 

 

「別に今さら恨み節を言いたい訳じゃない。――ただ皆俺と同じ思いをし、同じ懸念を抱いているみたいでな」

 

 

まずい、このまま公開裁判なんてことになったら……

 

 

「ま、待ってくれ!この武器は俺があげたんだ!―「いいんですキリトさん」

 

 

「皆さんのお察しの通り、僕は皆さんの武器をエンド品とすり替え騙しとりました」

 

 

「その武器はどうした?」

 

 

「すべて、お金に変えました」

 

 

「金での弁償は可能か?」

 

 

「いえ…もうできません。お金は全部飲食や宿代で使いました」

 

 

 その言葉を聞いた時、ナーザはすべての罪を一人で受け止めるつもりなのだと確信した。己に犯罪行為をさせた仲間すらかばって。そして我慢できず詰め寄っていた一人のプレイヤーが彼に怒りをぶつけた。

 

 

「オマエェ!分かってんのか!大切な剣を失くして!俺達がどれだけつらい思いをしたか!どれだけのもんを奪ったのか!…それを、うまいんもん食っただぁ!?部屋代に使っただぁ!?挙げ句に自分はレア武器仕入れてボス戦でヒーロー気取りかよ!! やっちゃダメだけどよぉ…俺は今、あんたをったたっ斬りたくてしょうがねえんだよ!!」

 

 

「わかります…、覚悟の上です。恨みもしません、どうかお気の済むように」

 

 

 あの時ナーザは、俺達への感謝の言葉の後に「これで…もう」と言った。最後まで聞き取れなかったが、もう思い残すことはない。きっとそういう意味なのだろう。

 

 けど、やっぱりそれだけはさせる訳にはいかない。もしここで彼が処刑されてしまうようなことになれば、ある意味合法的にPKをすることを許してしまうことになる…。ここまで考えたところでとある一つの結論が俺の頭をよぎった。

 

 もしかしたら、黒ポンチョの男の狙いはこれだったのではないか?同じような被害が同じ人間から出ていれば、いずれ嫌でもナーザのところへたどり着くそうなれば同じ結論になっていたはずだ。とすればそいつの狙いは俺達になし崩し的にPKをさせ、PKの心理的ハードルを下げることに有るのではないかと。

 

 

 ならばなおのこと彼を殺させる訳にはいかない。そう思い一歩前に出た俺をアスナが制止した。

 

 

「待ってキリト君、お願い。もう少しだけ様子を見て」

 

 

「だけどこのままじゃあ!」

 

 

『待たれよ』

 

 

 紛糾する場を静かにしたのは、《レジェンドブレイブス》のオルランドだった。

 

 

「貴卿らが手を汚すには及ばん―――この者は我らの…いや…こいつは、俺達の仲間です」

 

 

 彼らは全員でナーザと並び、全員に土下座をしながら続けた。

 

 

 

 

「――強化詐欺をやらせていたのは俺達です」

 

 

 

―――――

 

 

 俺達は、3層の転移門をアクティベートするために階段をひたすら歩いていた。

 

 

「…なんで俺に黙ってたんだよ」

 

 

 あの後、オルランドが自らに剣を突き立て命がけで贖罪を果たそうとした。それをギリギリのところでリンドが止め、「強化詐欺の首魁オルランドは今ここで死んだ」と何処かのアニメで聞きそうなセリフを平然と言ってのけ、みんなのことを納得させた。

 

 

 その後聞いた話だと、驚いたことにみんな事の真相を知っていたのだという。そのうえで彼らに罪を贖うチャンスを与えた…ところまでは良いのだが。俺はそんなことつゆとも知らなかった。教えてくれなかったのだ、今目の前で悠然と歩くアスナが。

 

 

「だってキリト君嘘苦手そうなんだもん。演技とか直ぐにバレそうだし。その点リンドさんとキバオウさんは悪くなかったわよ」

 

 

「カイトたちも知ってたのか?」

 

 

「うーん…まあな」

 

 

「でもボク達も結構ドキドキだったんだよ。もしかしたらってことも有るし」

 

 

 どうやら本格的に俺だけ除け者にされていたらしい。アルゴの野郎も今度問い詰めてやらないと。

 

 

「…ただ、アスナのやったことは結果的には正しかったかもしれないが、かなり危ない橋だったのは間違いない。出来れば今度からは相談してほしいなああいうことは」

 

 

 カイトが顔色を変え、アスナに忠告するように告げた。――そうアスナ達の予定ではオルランドの命がけの償いなど予定になく、あのまま終わっているはずだったのだ。

 

 

「ごめんなさい。それに関しては完全に想定外だったわ、もしリンドさんが機転を利かせてくれていなかったらと思うと…」

 

 

「まあその時はきっと、そこの黒い剣士が我慢できずにまた全部かぶってた気もするけど」

 

 

 あの直後、レイドメンバーの一人が急に強化詐欺の被害にあった人間の一人がその影響で弱い装備での攻略を余儀なくされ、モンスターにやられて死んだと告げたのだ。そうなると場の空気が一気に変わり、彼らの罪は詐欺から間接的なPK―殺人へと変わり、雰囲気が完全に処刑やむなしの空気になった。それをリンドがとっさの対応を見せオルランドの贖罪で事なきを得たのだ。

 

 

「……2人共、3層に行く前に少し大事な話がある。杞憂なら良いんだけど」

 

 

 カイトが急に、俺達の方へと向き直り話を切り出した。

 

 

「最初に気づいたのはユウキだったんだけど、さっき死人が出たって彼らを糾弾した奴がな――同じなんだ、1層でキリトのことをLA狙いのビーターだって叫んだやつと」

 

 

「もしそれが本当なら、偶然…にしては」

 

 

「ああ、出来すぎてる。もしかしたら例の黒ポンチョの男と同じ狙いなのかもしれない」

 

 

「………」

 

 

 みんなの空気が少し重くなった。恐らく今後も同じようなことが有るだろう、でもこれから起きるかもしれないことを今考えても仕方がない。そう思った俺は雰囲気を変えるために大きく手を叩いた。

 

 

「その事はまた今度考えよう。それに今は楽しい話をしようぜ。SAOは3層からが本番なんだから」

 

 

「…それもそうだな」

 

 

「ねえキリト君、3層からが本番ってどういうこと?」

 

 

「…それはなあ―――」

 

 

 俺は最近すっかりこの新しいパートナーさんの説明役になってしまったなと思いながら、3層への階段を登っていった。

 

 

 

 




ということで2層終了です。
中途半端な所で切るわけにもいかず、いつもよりさらに長くなってしましました。

原作小説的にも1巻が終わったところです。
そして本作的には《レジェンドブレイブス》はこれで終わりではありません。
今後大事な役割がある予定です。そこまではまだ随分先になりますが。

そして次回から3層ということであのダークエルフの彼女が登場します。
原作でも大きな影響を与えている彼女、しっかりと書いていきたいと思います。


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第16話 ダークエルフのNPC

 アインクラッド第3層は全体が森に包まれている。だけどそれは1層のホルンカ村の周辺などにあった森とは全然違う。例えるとあっちは現実世界でもよく見かける森だ。木々が生い茂る一般的な森。

 

 

 だが3層の森は少し違う、どれもが幹の太さが1mを超えるものばかりで大樹と呼ばれるような樹ばかりだ。そんな樹が埋め尽くす森というのは、とても幻想的な風景だまさにファンタジーの世界に出てくるようなそんな森で出来ているのが第3層になる。

 

 

「わあ……!」

 

「すごいねえ…!」

 

 そしてこの風景を始めてみたものは必ず感動の言葉が出てくる。それはアスナやユウキも例外ではなく、思わず走り回りこの森林を満喫している。

 

 

「驚いたな…!こんな風景が見れるなんて」

 

 

「ここまで来たかいがあるだろ?」

 

 

 相変わらずユウキと走り回っているアスナを見ていると、その美貌も相まって森の妖精か何かと勘違いしてしましそうだ。

 

「随分と見とれてるな、まあ気持ちはわからないでもないけど」

 

 

「…なんでお前はそう心を見透かしたようなことばかり言うんだ」

 

 

「分かりやすすぎなんだよキリトが。フルダイブの世界じゃ感情は隠しにくいとは言うけどお前は特に分かりやすいからな」

 

 

 なんだかいつまでもカイトには隠し事が出来ないような気がしてきた。

 

 と、いつまでも3層の風景に感動しているわけにもいかない。この層でも…いやこの層から出来るとあることのためにも、なし崩し的についてきたパートナーさんに確認することがある。

 

 

「えーっと、おふたりさんお楽しみの所悪いんだけどちょっといいかな?」

 

 

「ん?…なに?」

 

 

 諸事情で機嫌の悪いアスナの顔ばかり見ていた最近とは打って変わった笑顔を俺に向けながら返事をした。そして俺は人差し指を北の方に差しながら話を続けた。

 

 

「このまま北へ行くと主街区のズムフトがある。西に行けば次のむらがあるんだがまあそれは置いておいて、本当ならこのまま転移門へ言ってアクティベートを済ませるんだが、その役目はあとから来るリンド隊かキバオウ隊に今回は任せたいんだ」

 

 

「キリト君にしては珍しいじゃない。先にしておきたいことでも有るの?」

 

 

「察しが良くて助かるよ、実は西の森であるクエストを先に済ませておきたいんだ。ただあくまで俺の個人的な事情だし、補給やメンテを先に済ませたいならここでお別れってことになる」

 

 

「ふーん――まあ別に私はソロプレイヤーだしここで別行動を取るってのは間違いじゃないけど…」

 

 

 そういいながらアスナは俺の目をじっと見ていた。さっきのカイトの話じゃないけど俺の様子をうかがっているような気がする。

 

 

「キリト君はどうしたいの? もちろんあなたがどうしても私と別行動したいって言うなら仕方ないけど」

 

 

「俺は……、出来ればいてほしいと思ってるけど」

 

 

「そう――ならこのままついていくわ、それに君がわざわざ今行くってことは先に済ませたほうがお得ってことでしょ? 私、効率の悪いこと嫌いだからちょうどいいわ」

 

 

 ついていくと言われて少しホッとしていたのは間違いない。もちろんそれはこの間アルゴが言ったようなお姫様を独り占めしている愉悦感などではもちろんなく、なんというかアスナと行動するようになってから毎日が新鮮とでも言うのだろうか、そんな気持ちがここ数日確かにある。

 

 

 もちろんゲーム初心者と言うのもあるだろけど、これまでの俺なら考えつかないようなことを彼女はやってのける。そんな彼女に興味が出てきている、その発想や行動力はこれからも苦境が続くであろうアインクラッドにおいて重要なものだ。

 

 

 そんな事を考えながら、森をしばらく進み大体のクエストのスタート地点にはたどり着いた。

 

 

「さてと、ベータ通りならこの辺りなんだけどな」

 

 

「キリト君のやっておきたかったクエスト?」

 

 

「そういうこと。ただスタート位置がちょっとランダムなんだよな。アスナ、耳に自信ある?」

 

 

 もし目的の場所が近ければ剣戟の音がするからそう聞いたのだが、アスナの方を見ると何故か頬を少し赤くしながら耳を隠してこう言った。

 

 

「…キリト君そういう趣味だったの?耳フェチ?」

 

 

「なるほど、キリトにそんな趣味が…」

 

 

「なんでそうなるんだよ!この状況なら聴力のこと言うだろ普通」

 

 

 何故か俺の性癖の話にスイッチしそうだったので、慌てて話題を元に戻した。

 

 

「目的の場所から金属音、まあ戦闘の音が聞こえるはずなんだ。手分けして探そう、4人なら見つけやすいだろうし」

 

 

 そして俺達は耳を澄まし、周囲の音を必死に探った。この仮想世界はゲームとは思えないほど細かい所にまでこだわっていて、足音や葉っぱ残すれる音、小動物のさえずりに至るまであらゆる雑音が入ってくる。それを集中して金属音だけ探し当てるのはそれなりに大変だ。

 

 

「キリト、あっちから何か聞こえるよ。モンスターとかの音じゃなさそう」

 

 

 こういう捜し物をすると何故かいつも索敵スキルを持ってないユウキが見つけるのが実に不思議だが、俺達はユウキの言う方向に集中するとたしかにかすかに金属音らしき音が聞こえてくる。

 

 5分ほど音の聞こえる方へ走ると音がかなり大きくなっていた。更にもう少し行くとカーソルマークが2つ浮かび、目的地まですぐという所まで来たところで茂みに身を隠し他の3人にこのクエストの説明をすることにした。

 

 

「見ろ、アレが俺が探してたクエストNPCだ」

 

 

「へぇ…」

 

「凄いねえ本物みたい」

 

「ね、ねぇキリト君、あの人達ほんとにNPCなの?」

 

 

 アスナが驚くのも無理はない。そこにいたのはまるでプレイヤーと変わらない風貌で俺達より耳が少し長く尖った種族…RPGゲームではよく出てくるエルフ族だった。

 

 

 戦っているエルフ族は2人、片方は男性のエルフで北欧風の外見で剣と盾を持ちいかにも騎士のような見た目だ。そしてもう片方は対象的に褐色の肌を持つ女性のエルフで、こちらは盾を持たず曲刀を装備していた。

 

 

「NPCどころか厳密に言えば、俺達的にはモンスター扱いさ」

 

 

「あれ、エルフでしょ?」

 

 

「ああ、男のほうが《森(フォレスト)エルフ》、女のほうが《ダークエルフ》さ。2人の頭の上を見てみろよ」

 

 

「両方の頭の上にクエストマークが出てるわ。どういうこと?」

 

 

「簡単な話さ、このクエストはどちらのを受けるか選択するんだ」

 

 

 そう言うと、パーティ3人は揃って俺の方へと向き直った。

 

 

「選択型のクエストってことは、もしかして何らかの勢力系のクエストなのか?」

 

 

 察しのいいカイトは概要に気づいたらしい。今だにキョトンとしているアスナとユウキのために俺は詳細を説明することにした。

 

 

「このクエストは今まであったような単発型のクエストやシリーズクエストとは規模が違う。SAO初の大型キャンペーンクエストなんだ、層をまたいで続いていって完全クリアは9層になる」

 

 

「きゅ!……9層ってそんなにボリュームのあるクエストなの?」

 

 

 思わず大声を出しそうになったアスナは慌てて声を抑えたが、その顔は驚愕の表情になっていた。

 

 

「しかも、途中でミスっても受け直し不可。当然対立ルートへの変更不可。ここで選んだ方のクエストを9層まで続けなくちゃいけない」

 

 

「対立ルート?それってもしかしてあの2人のエルフの?」

 

 

「そう、今あそこで戦ってるエルフのどちらかを助け、もう一方と戦うんだ。まあ俺はβの時に一度クリアしてるから、どっちを選ぶかはアスナたちで好きに選んでいいぞ」

 

 

「好きな方ね…、心情的には女性を斬るのは気が引けるな」

 

 

「ボクもお姉さんの方に味方したいなあ」

 

 

「私もカイトくんとユウキに賛成だわ。それにキリト君がクリアした方を選んだほうが良いだろうし」

 

 

 どうやらみんなダークエルフの方に味方することで意見が一致したらしいが…

 

 

「俺がどっちに味方したか言ってないよな?」

 

 

「わからないとでも?」

 

 

 ものすごく得意げな顔で言い返されてしまった。やっぱり俺って分かりやすいんだろうか…

 

 

「とにかく方針は決まったんだし、早くいきましょ」

 

 

「ちょ、ちょっと待った!もう一つ大事なことがある」

 

 

「なに?」

 

 

「ダークエルフに加勢するのは良いんだけど、あのエルフは両方7層で出てくるのエリートクラスの強さだから俺達じゃまだ勝てないんだ」

 

 

 倒せないと言われると倒したくなる。βの時にその思いに駆られ挑戦したものの全く刃が立たなかったのはいい思い出だ。

 

 

「勝てないって…私死にたくないわよ!?」

 

 

「それは大丈夫、俺達のHPが半分減ったところで加勢した方―今ならあのお姉さんが奥の手を使ってくれて倒せるから」

 

 

「――奥の手ってことはなにか使いたくない理由があるのよね?」

 

 

 流石に鋭いなと感心しながら、俺はこのクエストの顛末を説明する。

 

 

「―――自爆攻撃で相手のエルフと相打ちするんだよ」

 

 

「…なるほどそういうことか」

 

 

「…そんなの私イヤだわ」

 

 

「気持ちはわかるけど、こればっかりはどうしようも…」

 

 

 そういいかけたところで、アスナの横顔がえらく真剣になっていることに気がついた。こういう顔をしている時は大抵本気モードで一切の妥協を許さない傾向があることを短い付き合いながら理解していた。

 

 

「体力を削られずに倒せばいいんでしょ」

 

 

「その方がやる気は出るな。俺がアイツのタゲを取るからアスナ達は死角を狙って攻撃を仕掛けてくれ」

 

 

 カイト達は本気であの相当に強いエルフを倒そうとしているらしい。そんなやる気を見せられたらゲーマーの俺が黙ってみているのはなんだか癪だ。

 

 

「分かった分かった!倒せばいいんだろアイツを。仲間はずれはゴメンだからな」

 

 

「わかればいいのよ。それじゃいきましょ」

 

 

 

 

 

『人族がこんなところで何をしている!』

 

 

 と《森エルフ》の男

 

 

 

『邪魔立て不要! ここから立ち去れ!』

 

 

 

 と《ダークエルフ》のお姉さん

 

 

 正直逃げ出したい気持ちも多少はあるけど、強敵に立ち向かうという行動はRPGの醍醐味でもある。アスナ達とアイコンタクトを交わすと、俺達は《森エルフ》に剣の切っ先を向けた。

 

 

 すると《森エルフ》の顔つきがみるみる険しくなり、カーソルが危険を表す赤色へと変わる。

 

 

「愚かな…ダークエルフ如きに加勢するというのか」

 

 

「人族にも道理の分かる者たちが居るということだろう」

 

 

 βの時と少し会話内容が違うなと感じた。

 

 

「男として女性に剣を向けたくないしな」

 

 

「あなたに恨みはないけど、消えるのはそっちよDV男!」

 

 

 これがDVに当てはまるのかはとっても疑問だけど、そんなツッコミを入れる余裕はあいにく今はない。なにせ《森エルフ》のカーソルがどドス黒い赤色へと変わったからだ。分かって吐いたけど、とてつもなく強そうなその表示思わず「うへえ…」とため息が出てしまいそうだ。

 

 

 

「予定通りアイツのタゲは俺が取る、ユウキはカバー頼む。キリトとアスナはアイツへの攻撃頼む」

 

 

「分かったよ!」

 

「任せて!」

 

 

「盾持ちとの戦闘は初めてだから気をつけろ!」

 

 

 

 

 

――――20分後

 

 

「ば…バカな……」

 

 

 β時代3分ほどしかもたなかった対エルフ戦だったが今回は20分ももった上に相手を倒してしまった。もちろんダークエルフのお姉さんの強さも有るが、カイトのタゲ取りが的確だったおかげで俺達に攻撃が来ることがほとんど無く、時折あるスキルの硬直もユウキがカバーに入り危なげなく戦闘が進んだ。

 

 

 やはりカイトのパリィや武器防御のセンスは目を見張るものが有る。本格的な盾持ちは初めてだったにも関わらず、難なく捌いていた。

 

 

「ふう、やれば出来るじゃない」

 

 

「ほんとに出来ると思わなかった」

 

 

 普通は負けイベントなんだけどそれをこなしてしまう辺り、このパーティの強さを実感する。それと同時に俺はこれから起きることへの予想がたたないという、SAOではじめての事態になったことに若干の不安を覚えていた。

 

 

 

「助けられたようだな。感謝する人族達」

 

 

 

 なにせ、俺の知っているこのクエストでは彼女は既に死んでいたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




ということで3層導入部分になります。


少々リアル多忙に付き短めで切り上げています。


3層は小説版のストーリーで進めていく予定です。



来週は2話挙げられる予定です(そう予定)




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第17話 束の間の休息

「――礼を言わねばならないな。そなたらのおかげで《秘鍵》は守られた、感謝する。司令から褒賞がでるだろう、もしよければ野営地まで同行願えるかな?」

 

 

《森エルフ》を倒すという前代未聞の結果になり、一息ついたころ俺達が必死で助けた《ダークエルフ》は次のクエスト開始点になったようだ。本筋とずいぶん違うことをやっている気がするがそれでもクエストはしっかり続クことに安心した。

 

 

だがこのまま続けても大丈夫なのだろうか?この先は俺もまったく知らない展開だ。もしそれでアスナやカイト達に危険が及ぶようならやめるという選択肢もあるんじゃないか。

 

 

「大丈夫さきっと。本筋は変わらないはずだ少しルートが変わっただけで」

 

 

「そう…だよな」

 

 俺達の様子を見て、アスナが受けても大丈夫だと判断したのか一歩前に出て彼女に向けて言った。

 

 

「それじゃ、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 

 俺は少し息を呑んだ。もしこれが現実世界、あるいはプレイヤーとの会話であればこの返答に何も問題はないだろう。ただこの場合あのダークエルフはNPC…会話の判断をしているのがプログラムなのでYES/NOのどちらかで明確な返事でなければ反応してもらえない。

 

 そう思った俺は咳払いをし、改めて行こうと返事をしようとした時先に話しだしたのは、目の前のダークエルフだった。

 

 

「よかろう、野営地は森を抜けた先だ」

 

 

 彼女がそう言うとクエストログが進行し、パーティーメンバーに新たなHPバーが増えた。颯爽と歩きだす彼女にアスナとユウキがついていく。俺は数秒棒立ちになっていたがカイトに声をかけられ慌てて3人の後を追った。

 

 

 NPCにしては随分と柔軟な反応だったなと感じた。少なくともβテスト時はここまで会話能力はなかったはずだ。ある意味日本人特有のニュアンスを汲み取る会話を今目の前のNPCはやってのけた。本サービスになって自動応答プログラムが拡充されたんだろうか?

 

 

 正直会話だけではない。表情や動きが妙に自然なのだ、もしカーソル表示がなかったらプレイヤーと勘違いしてもおかしくないほどだ。まさか中に人が入ってたりしないよな?などという考えが一瞬よぎったが、デスゲームと化した今では運営側が操作しているのも考えにくい。

 

 

 今は考えても仕方ない。そうして思考を中断し一路野営地へと向かった。

 

 

―――――

 

 

 

 

「意外とあっさりついちゃったわね」

 

 

 野営地は森の南側にありその周辺は深い霧に覆われていて、β時代は相当たどり着くのに苦労したのだが案内人のいる今回は恐ろしくあっさりたどり着いた。

 

 

「そうでもないぞ。この周辺には《森沈みのまじない》がかけてあるゆえ、そなたたちだけでは容易にはたどり着けなかっただろう」

 

 

「そうなんですか?」

 

 

「だからこそ、この場所が敵襲に会うことはほぼ無い。安心して休息をとってくれ―――考えてみれば、まだ名前を聞いていなかったな」

 

 

「そうだったな、俺はキリト、こっちがアスナだ」

 

 

「俺はカイトといいます」

 

 

「僕はユウキ。よろしくね」

 

 

「ふむ。《キリト》、《アスナ》、それに《カイト》と《ユウキ》だな。発音はこれであっているか?」

 

 

 なるほど、今のは発音調整シークエンスらしい。疑いようもなく彼女はNPCで間違いないようだ。

 

 

「人族の名は複雑だな。それでは改めて―――私はキズメル。リュースラ王国近衛騎士団が一つ、エンジュ騎士団の末席に名を連ねるものだ。以後よろしく頼む」

 

 

「よっよろしくお願いします!」

 

 

 キズメルの佇まいの凛々しさに思わず背筋を正して、最敬礼をしてしまった。

 

 その後キズメルの案内で野営地の司令に事情を話し、結構なクエスト報酬をもらいキャンペーンクエストの第二幕を受け天幕から離れた。

 

 

「皆、次の作戦もよろしく頼む」

 

 

「いや、こちらこそ」

 

 

 気づけば夕日が当たり包む時間帯になっていた。確か以前はこの後…

 

 

「作戦の出発時間はそちらに任せる。もし人族の街に戻りたいというのであればまじないで近くまで送り届けるが、この野営地の天幕で休んでも構わんぞ」

 

 

 そうそうこんな感じの展開だった。確かにキズメルの言う通り主街区に戻る選択肢もあるが、天幕の寝心地は上等食事もけっこう美味しいうえ、両方タダなのだ。もちろんクエスト期間のみの限定だが、利用しないのは損というものだ。アスナが俺のそんな思考を見通したのかやれやれという表情でキズメルに応えた。

 

 

「お言葉に甘えて天幕をお借りします。どうもありがとう」

 

 

「なに礼には及ばないさ。何分私の天幕なのでな、5人だと少々手狭かもしれないが我慢してくれ」

 

 

 …そうだった。あの時は持ち主の死亡に伴って空いたテントだった。つまりキズメルのテントということになる。以前はパーティ3人(全員男)で間借りしたが、今回は状況がだいぶ違う。キズメルも入れて男女6人雑魚寝ということになる。

 

 

「…もしかして一緒に寝るの? そんなの野宿より危険よ!」

 

 

 失敬なと内心思いつつ、たどり着いたキズメルの天幕を見渡すと手狭と言っていたが逆にピッタリくらいの広さはあった少なくとも寝苦しくて不自由することはないだろう。

 

 

「すまないな、客人用の天幕の余裕が無いのだ。そのかわりこの天幕は好きに使ってもらって構わない。食堂に行けばいつでも食事がとれるし、簡易だが湯浴み用の天幕も有る」

 

 

「お風呂も有るんですね!」

 

 

「…一つだけだけどな」

 

 

「え?」

 

 

「混浴ってこと。それに天幕だから鍵どころか扉もない。まあ入り口は俺が見張ってるさ」

 

 

「そっちのほうが危険じゃない!キリト君には前科が有るんですからね!」

 

 

「ああ、そういえばそんなことも…」

 

 

 以前アルゴが突入していって…なんてこともあったな。

 

 

「まった!やっぱり思い出しちゃダメ!記憶から消しなさい!」

 

 

 俺達のそんなやり取りを見ていて、キズメルが横で吹き出したように笑っていた。

 

 

「フフッ、いやすまない。人族の夫婦を見るのは初めてでな。こんなに賑やかとは思わなかった」

 

 

「多分この2人が特別だと思いますよ」

 

 

「そうなのか?」

 

 

「違うから!夫婦じゃないから!」

 

 

「ふふ、そういうことにしておこう」

 

 

 

 

―――――

 

 

「すごい、ほんとにお風呂があるのね」

 

 

「レディーファーストということで、二人共お先にどうぞ」

 

 

「なんだ?人族は男女別に入るのか?」

 

 

「俺は別に一緒に入ってもいいんだけど…」

 

 

 そういいながら天幕に背を向けて座った俺に、アスナがキッと睨み向けてきた。

 

 

「だめに決まってるでしょ。ちゃんと見張っててよ。もし覗いたりしたら…」

 

 

「覗かないよまだ命は惜しいからな」

 

 

「カイトもいるから大丈夫だよ。ほら早く行こうアスナ」

 

 

 ユウキに連れられ、そそくさと中に入っていった。まあ、覗かないと言ったが何分今オレたちを隔てているのは天幕の布一枚。当然防音効果など有るはずもなく、しゅわんしゅわんという装備が解除される時の音までしっかり聞こえてくるのだ。つい色々と想像してしまうのは仕方のないことだと思う。

 

 

「何考えてるか丸わかりだな」

 

 

「この状態で平常心のお前のほうがむしろおかしいだろ」

 

 

 ここはカイトとの会話でなんとか意識をそらさなければ、正直この精神攻撃を食らったままであと30分近く過ごすのは辛い。

 

 

「そ、そういえばさちょっと不思議に思ったんだけどもうサービスが始まって1ヶ月ちょっとたつけど、今だにメンテナンスとか無いよな」

 

 

 俺は最近密かに疑問に思っていることをカイトに問いかけてみた。

 

 

「そうだな、ネットゲーム的にはあってもいい頃合いではあるよな」

 

 

「でも、実際どうなんだろうな。今の状態でサーバーメンテナンスとか出来るのかな」

 

 

「出来ないんじゃないかな。もし外部からの介入が出来たら俺達はもうここから脱出できてるだろうし」

 

 

「たしかにそうだな、でもだとすると…メンテいらずのシステムとか?どんなのか想像できないけど」

 

 

 今、茅場晶彦は何をしているんだろう。デスゲームが始まったあの日、目的はこの世界を作ることだと言った。こうして毎日俺達が必死に100層を目指している姿を何処かで見ているんだろうか?

 

 

 そんな事を考えていたらお風呂に入り終わったアスナ達が天幕の中から出てきた。

 

 

「お待たせ、門番ご苦労さま」

 

 

「随分ごゆるりと入られていたようで」

 

 

 正直考え事のおかげで雑念は飛んでいたけど、寒さは飛んでいってはくれず待っている間に体がすっかり冷えてしまっていた。こんなところだけ妙にリアルなのが許せない。

 

 

「悪かったわよ、天幕で一緒に寝ていいって言ったら機嫌直してくれる?」

 

 

「まじですか」

 

 

 なんだか急に優しくなったアスナに、頭の中では疑問符がたくさん湧いているがおとなしく承諾しておこう。流石に寝泊まりまで外に追い出されたらたまらない。

 

 

――――

 

 

 風呂に入った後、俺達は食事を取り天幕で睡眠を取った。その後目が覚めた時、どうやら7時間ほど寝ていたようでウインドウの時間表示は午前2時になっていた。こんなに寝れば随分頭がスッキリしているのも分かる。

 

 

 ふと周りを見渡したら、寝るときには一緒にいたキズメルが天幕の中に居なかった。もしかしたら先にクエストに向かったのかとも思ったが、NPCがそこまで自由な行動を取るとも考えられない。すっかり眠気も飛んでしまったし、隣で寝ているアスナ達にばれないように天幕を出てキズメルを探すことにした。

 

 

野営地をさっと見回ってみたが何処にも気配がなく、唯一立ち寄っていない司令部天幕の裏手を探してみることにした。天幕を通り抜け開けた所に出た瞬間俺は思わず目を奪われた。

 

 

 そこはβ時代は樹が一本立つだけの草地だったのだが、今はその根本に木材で作り出したオブジェクトが数本たてられていた。墓標…のようにも見える。そしてそのうちの一つの前にキズメルが静かに座っていた。月明かりに照らされたキズメルは思わず見とれてしまうほど絵になっていた。

 

 

 近寄ろうか少し迷ったが、ゆっくり歩み寄り少し距離を開けて立ち止まった。すると足音に気づいたのか、静かにこちらに振り返り囁くように声をかけてきた。

 

 

「…キリトか。しっかり休んでおかないと明日が辛いぞ」

 

 

「普段よりだいぶしっかり寝られたから大丈夫さ、天幕を使わせてもらってありがとう」

 

 

「気にするな、私一人には広すぎる」

 

 

 俺はキズメルに近づくと、彼女は静かに墓標の方へ顔を向けた。目を凝らしてみるとその墓標には【Tilnel】と書いてあるように見えた。

 

 

「ティルネル…さん?」

 

 

「妹だよ、双子のな。先月この層に降りてきて最初の戦で命を落とした」

 

 

「ティルネルさんも騎士だったのか?」

 

 

「いや、妹は薬師だった。戦場で怪我人を治すのが仕事で護身用のダガーしか持ったことのない子だったよ。だが妹もいた後方の部隊に《森エルフ》の鷹使いが奇襲をかけてな…」

 

 

 彼女の話も、運営側の造った設定なのだろう。だがそんな事すら忘れてしまいそうなほど今のキズメルは俺達が故人を悼むそれとなんの違いも感じられなかった。

 

 

 俺は掛ける言葉が見つからなかった。そんな俺の様子を見てキズメルは少し表情を和らげて言った。

 

 

「ずっと立っていないで座ったらどうだ。まあここには椅子も敷物もないが」

 

 

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 

 腰を下ろした俺達に、キズメルはさっきまで飲んでいた革袋を差し出した。礼を言ってそれを飲むと、とろりとした液体が喉を通り甘酸っぱさとお酒独特の喉を灼いた感触がした。少し咳き込むと、彼女は少し笑っていた。

 

 

「人族には少し強かったか? 妹が大好きだった月涙草のワインだ。驚かせてやろうと城から密かに持ち出しいていたのだが、一口も飲ませてやれなかったよ…」

 

 

 そう言いながら顔を伏せたキズメルの横顔を伺うと、頬に一筋の涙が見えた。それを見た時俺は昼間の自分の考えを心底悔やんだ。あの時、俺は《森エルフ》に心から勝とうとはしていなかった。仮に負けそうになってもHPが半分減ったら《黒エルフ》が自分を犠牲にして助けてくれるから大丈夫だ、と。

 

 

 だがそれは違う。たとえプログラムでもキズメルたちにとってはたった一つの命をかけて戦っている。デスゲームとなって命がけでアインクラッドを攻略している俺達と何ら変わりはない。先の展開がわかっていたとしても、俺は全力で戦わなきゃいけないんだ。

 

 

「…キリトはアスナと組んで数週間だそうだな?」

 

 

「まあな、組んだって言ってもほとんどなし崩し的になんだけど。長さだけで言えばカイトとユウキのほうが長いし」

 

 

「道理で随分皆息があっていると思った。まあキリトはアスナに合わせているところもあるだろうが」

 

 

「昼間のあれだけでお見通しか。でも無理をしてるわけじゃないんだ、なんというか合わせやすいんだよアスナは」

 

 

「そうか…そういう存在が居るということはとても貴重なことだ。人族も厳しい戦いをしているらしいが、アスナのことは大事にしてあげてほしい。私には出来なかったことだ」

 

 

 その言い方はプログラムの機械的なものではなかった。心の底からそう思っている言い方だ。あるいはアスナを妹と重ねているのかもしれない。そう考えた時点で俺はもうキズメルのことをNPCだとは思っていないのかもしれない。

 

 

「それと、早く素直になっておくことだ。伝えたいことを伝えられるときに伝えねば必ず後悔することになる」

 

 

 不思議と、心を見透かされているようなそんな気がした。キズメルの言葉が何を指しているのかいまいち分からなかったけど、意味は少し理解できる気がした。それは、妹を亡くしたキズメルだからこそ思うことなのだろう。

 

 

「カイトにもよく素直じゃないとは言われるけどな。まあ善処するよ」

 

 

「フフッ、アスナと同じ返しをする。――――キリト、そなたはアスナを護り抜けよ。私はそなたらを護り抜こう、進む道が分かれるその時まで」

 

 

 

 

 




ちょっと駆け足になった気もしますが3層編パート2です。

若干内容が薄い…
キズメル関連のストーリーをどこまで掘り下げるか迷っているところです
なにせ原作では結末がまだまだ先なので、落とし所を探すのが難しい

とはいえ、キズメルが与える影響というのも小さくはないのでそれなりにしっかり書いていきたいとは思います




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第18話 新たな力

 キャンペーンクエスト第3層編の《翡翠の秘鍵》をクリアした俺達は、続いて《毒蜘蛛討伐》を進めるためい森の中にある洞窟に来ていた。既に記憶と全く違う進み方をしている本クエストだがβ通りの内容ならばこのクエストは2段階方式だ。

 

 

 今探索している洞窟で黒エルフ偵察兵の遺品を探し出すのがパート1、そして改めて洞窟に赴き地下2階にいるクエストボスである女王グモを倒すのがパート2になる。というわけで遺品を探すべく洞窟を探し回っているわけだが、これが中々に手強い。

 

 

 迷宮区や建造物であれば適度に明かりがあり視界もきく、だが天然系ダンジョンはそうはいかずこの洞窟に至っては明かりは左手に持っている松明と僅かな発光ゴケのため何かを探すことにとても不向きな場所と言える。

 

 

「こんな時ヘッドライトとか有るといいよな。世界観ぶち壊しだけど」

 

 

「まったくよ、ほんとこういう天然系ダンジョン嫌いだわ」

 

 

「人族はこういう時不便かもしれないな。周囲の警戒は私がする君たちははぐれないようについてくるといい」

 

 

 現状、特に問題なく洞窟の探索を進めていられるのはエルフ族の特性で暗視能力に長けたキズメルのおかげだろう。

 

 

「ほんとキズメルが居てくれてよかったよね。ボクたちだけじゃ相当手こずってそうだもん」

 

 

「そうだな。それに幸いまだ他のプレイヤーにも出くわしてないし」

 

 

「あれ?ここはインスタンスじゃないのか?」

 

 

 あんまりシステムに関連する話をキズメルに聞かせるわけにもいかないので俺はカイト達に近づいて囁く程度の音量で説明した。

 

 

「ここはパブリックダンジョンだよ。《毒蜘蛛討伐》だけじゃなくて他にもいくつかのクエストのキーポイントになってるんだ。ペット探索クエストとか、主街区で受けられる…」

 

 

 そこまで言って俺は口を閉じた。後ろの方からなにか聞こえた気がして俺はとっさに振り返って暗闇の中を凝視する。気配はまだ感じない、だが金属音のようなものが確かに聞こえた。

 

 

「キリト君?どうかしたの?」

 

 

「アスナ、俺達が3層に来てからどれくらい時間が経ったか分かるか?」

 

 

「え?…そうね、一度寝てるから14時間ってところかしら」

 

 

「ちょうどそれくらいか。とすると気のせいじゃなさそうだ」

 

 

「なんの話?」

 

 

 俺は再度後ろを確認し、少し早口で説明した。

 

 

「この洞窟は主街区で受けられる重要クエストのキースポットなんだ。進行ルートが複数あるから確実にここに来るわけじゃないけど、大半のプレイヤーはここにキーアイテムを取りに来る」

 

 

 その時、再び金属音が聞こえた。と同時に、キズメルが足を止めた。どうやら間違いなさそうだ、険しい顔で周りを窺ってから俺達の方を見て言った。

 

 

「キリトも気づいたか。どうやら私達以外に訪問者が居るようだ」

 

 

「ああきっとプレイ…、じゃなくて人族の戦士だと思う。キズメル、ちょっと事情があって俺達は彼らと顔を合わせたくないんだ」

 

 

「奇遇だな私もだ」

 

 

 振り返りながらニヤリと笑ったキズメルは俺達を近くの壁のくぼみに連れていき俺達4人を壁に押し付けた。右も左も正面もおしくらまんじゅう状態で、キズメルの身体が俺の各所と接触し《ハラスメントコード》が発動するんじゃないかと一瞬ヒヤッとしたがキズメルから接近してきたので問題ないらしい。

 

 

「みな松明を消すんだ」

 

 

「でもキズメル、この隠れ方じゃ松明を照らされたら見つかっちゃうんじゃ…」

 

 

「案ずるな、我ら森の民は色々と手妻があるのだ」

 

 

 俺達はキズメルの言う通り松明を水たまりの方へ放り投げ、周囲が暗闇になったのを確認するとマントで俺達を覆った。すると驚いたことに、《隠蔽》スキルも発動していないのに視界の左下に《隠れ率》の表示が出たのだ。その数値はなんと95%で現状プレイヤーが使うことの出来る《索敵》スキル程度では絶対に見つけられない程《隠れ率》だった。

 

 

「ねえキリト君さっきの話の続きだけど」

 

 

 俺の左側で同じくキズメルに抑え込まれているアスナがボリュームをだいぶ抑えて話しかけてきた。何だったっけと一瞬考えそういえばクエストの話をしていたなと思い出し、口を開いた。

 

 

「今後ろから来てる連中がやってるクエストは、おそらく前線の連中が心待ちにしていた《ギルド結成クエスト》だよ」

 

 

「そういうことだったの…」

 

 

「静かに前を通るぞ」

 

 

 キズメルの警告で視線を前に戻した俺達は、口を固く結び状況を見守った。数10秒ほど経って金属音が大きくなり人影がいくつか見えてきた。視界に入っているだけでも3人ほど、それ以外にもまだ音が聞こえるのでおそらく5、6人は居るのだろう。そしてその中のひとりの叫び声が聞こえてきた。

 

 

「なんでや! なんで宝箱が片っ端から開けられとるんや!」

 

 

 特徴的な喋り方と聞き覚えのある声。ほんの15時間ほど前にレイドメンバーとして一緒に戦っていたキバオウの声だった。多分俺達4人はだれもが頭の中で「またお前かよ!」と思ったはずだ。これはいよいよ見つかるわけには行かなくなった、なにせキバオウが文句を言っている宝箱はさっき俺達が空けていったものだからだ。

 

 

 見つかればまた難癖つけられそうだ。そう思い目の前を通り過ぎる彼らを待っていると片手斧を装備していた男が急に足を止めた。どうやら俺達がさっき投げ捨てた松明に気づいたらしく、それを拾い上げ周りを探るようにキョロキョロしている。思わず俺達は息を飲んだが、向こうから「何してんのや、はよいくでえ!」というキバオウの声が聞こえると、そのプレイヤーはパーティーの方へと走っていった。

 

 

 数秒待ち気配が消えたことを確認したキズメルが、体を起こし広げていたマントを背中に戻した。俺とアスナは思わず同時にはーっとため息を吐きどちらかとなく顔を合わせた。

 

 

「…なんだかモンスターの相手より緊張したわ」

 

 

「同感、まあ見つかっても戦闘にはならなかっただろうけど」

 

 

「なんだか潜入みたいでボクはちょっとドキドキしたけどね」

 

 

「まあ余計な諍いがなかったんだ良しとしよう」

 

 

 俺達の会話にキバオウ達が去った方を見ていたキズメルが入ってきた。

 

 

「先ほどの小隊に知っている相手でも居たのか?」

 

 

「あー、うん…まあ……。あんまり友好的な相手じゃないけど」

 

 

「そうなのか? この城に住む人族は長く平和を保っていると聞いていたが」

 

 

「もちろん剣を向け合うほどじゃないよ。巨大なモンスターと戦う時は協力もするけど…、なんというか仲良しではないと言うか、そりが合わないと言うか」

 

 

 キズメルに俺達の関係を説明するのは難しく、少し曖昧な説明になってしまったがどうやら彼女には伝わったらしく少し苦笑いをしながら頷いた。

 

 

「なるほど。私の所属するエンジュ騎士団と、王都を警護するビャクダン騎士団のようなものか」

 

 

 どうやらキズメル達にも派閥争いのようなものは有るらしい。キズメルのエンジュ騎士団に入りたいとアスナが騒いでいたが人族の前例はないと言われ肩を落としていた。

 

 

 その後俺達はキバオウ達が下の階に行ったことを確認し、残りの部屋を探索することにした。最後にたどり着いた部屋に巣食っていたクモを倒した俺達は、部屋の奥でかすかに光る何かを見つけた。近づいてよく見てみると樹の葉をかたどった銀細工だった。

 

 

 ふとキズメルの方を見ると左肩のマントの留め具がちょうど同じようなものが付いていた。俺の拾ったものを見ると少し表情をキズメルが言った。

 

 

「エンジュ騎士団の徽章だ。この洞窟を調べていた偵察隊のものだろう。持ち主は…もう生きていまい」

 

 

「渡したほうがいいのかな」

 

 

 そう言って俺はキズメルに徽章を差し出したが小さく首を振った。

 

 

「それはキリトから司令に渡してくれ。一度報告に戻るとしよう」

 

 

 そう言ってキズメルは洞窟の外へと向かっていった。

 このキャンペーンクエストが始まり《黒エルフ》側の騎士を助けたあの時から俺の中でクエストやNPCという言葉の意味が変わりつつあった。仲間が死んだことを悼み、肩を落としているように見えるキズメルはとてもプログラム上のデータとは思えなかった。

 

 

 

 その後キバオウ達以外のプレイヤーと出くわすこともなく、俺達は野営地まで戻ってきていた。武装も一部解除し少し気が楽になったところで、キズメルが俺達の方を向いた。

 

 

「キリト、洞窟で見つけた徽章だが、そなたらから司令に届けてくれないか?」

 

 

「あ、ああそれはいいけど…」

 

 

「キズメルは来ないの?」

 

 

「命を落とした偵察兵は、司令の血族でな……。報告の場に立ち会いたくないのだ。我儘を言ってすまない」

 

 

 おそらくあの墓前で話していた妹さんと重ねてしまうからかもしれない。アスナもそれを察したのかキズメルの左腕にそっと手を重ねて囁いた。

 

 

「分かったわ。私達がちゃんと報告しておくから安心して。……キズメルはこれからどうするの?」

 

 

「私は少し天幕で休ませてもらうよ。もし力が必要な時はいつでも声をかけてくれ」

 

 

 そう言って少し微笑むと、一礼して野営地への奥へと去っていった。

 

 

「あの人を見ているとNPCだということをつい忘れそうになるな」

 

 

「ボクたちと全然変わらないよね」

 

 

 どうやらみんな思うことは同じらしかった。隣りにいるアスナも寂しさ半分不安半分のような表情でキズメルのさった方を見ている。その表情に黙ってみても居られずついフォローしてしまう。

 

 

「大丈夫だよ。また声をかければいつでもパーティーに入ってくれる…はずだから」

 

 

 もちろん確証はなかったが、その時はそう言わずにはいられなかった。

 

 

「そう…よね。……さあ、クエストの報告に行きましょう」

 

 

 

 野営地の司令に徽章を渡したが、大きく表情が変わることはなかった。もしこれが数日前の俺なら特に何も思わなかっただろうが、キズメルと長い時間を過ごしたあとだとこの無表情の奥にも深い悲しみが有るんじゃないかと思えてくるから不思議なものだ。

 

 

 報告も終わり、天幕を出た頃には夜はすっかり明け野営地を行き交うエルフたちも多くなっていた。

 

 

「どうする?いつでもキズメルをパーティーに誘えるけど」

 

 

「うん……、――もう少しあとにしよ。こんな事言うの変かもしれないけど、なんだか一人にしておいてあげたい気がするの」

 

 

「ボクもそう思うな、もしかしたら自己満足かもしれないけどさ」

 

 

「良いんじゃないかそういうのも。それにそろそろ3層の全体会議が有るみたいだぞアルゴから連絡が来てる」

 

 

 カイトがウインドウを見ながらそう言ったので、俺も確認してみる。確かに今日の夕方に主街区で全体会議が開かれるらしい。

 

 

「なら、一言挨拶でもして一旦街に行くか。それでいいかアスナ?」

 

 

「少し待ってもらえる?先に一つ用事を済ませておきたいの」

 

 

「用事?」

 

 

「武器作成よ」

 

 

 そう言ってアスナが向かったのは、この野営地に有る鍛冶屋だった。グラフィックの使い回しでどう見てもキズメルを助けた時に戦った森エルフと瓜二つだが。

 

 

「なんだかすごく私達に恨みの有りそうな顔つきしてるけど、大丈夫なのよね?」

 

 

「武器作成には失敗はないから大丈夫だよ」

 

 

 それを聞いてアスナは一歩前に出て、礼儀正しくエルフの鍛冶屋に声をかけた。

 

 

「すみません、武器の作成をお願いします」

 

 

「フン」

 

 

 返事は鼻を鳴らしただけの非常に愛想のないものだったが、アスナの目の前にはショップのメニューウインドウが現れた。NPCショップのメニューウインドウは言葉の伝達がうまくいかない場合のサポート的役割が多い。故に直接依頼することも不可能ではない。アスナは腰の《ウインド・フルーレ》を外しそれを鍛冶屋に渡しながらウインドウではなく直接音声でお願いをした。

 

 

「この剣を使って、武器作成をお願いします」

 

 

 さっきのように「フン」という返事が来るのかと思ったが、その予想は外れ丁寧にアスナの手から剣を受け取った。鞘から抜き刀身を確認した後背後の炉にそっと載せた。すると剣は光を放ちそれが収まる頃にはクリアな銀色に輝くインゴットになっていた。

 

 

 引き続き武器作成の手順に入り、必要な素材も渡していよいよメインの作業へと入る。素材を炉に入れ炎の色が変わったタイミングですかさずインゴットも炎に投入される。後は十分に熱して打ち付けるだけだ。

 

 

「ねえ、キリト君…。バフ、頂戴」

 

 

 カイト達にも聞こえないくらいの声で、アスナからそんな言葉が耳に届いた。と同時に、俺の右手の人差し指から薬指までが柔らかい掌に包まれた。

 

 あの時と違って、今は別になんの支援効果も掛かっていないしそもそも効果が移動することもなない。だがそんな心無い声は押し込めて、軽くアスナの手を握り返しいい剣が出来るように祈った。

 

 

 そんな俺達には目もくれず、エルフの鍛冶屋はスミスハンマーでリズミカルにインゴットを叩き始めた。強化の時と違い作成の時はこの叩く回数が非常に重要になる。なにせこの叩く回数は武器の性能に比例して増えるからだ。今素材にした《ウインド・フルーレ》ど同等の性能ならおよそ20回前後といったところだ。

 

 

 つまりそれ以上に叩く回数が多ければ今より強い武器が出来るということなのだが……、驚いたことに既に30回以上叩いている。俺のアニールですら確かそれぐらいだ。結局叩き終わったときには回数は40になっていた。

 

 

 叩き終わったインゴットがゆっくりと変形を始める。形がある程度固まり強い閃光を放った、それが収まるとそこには白銀に煌めく一振りのレイピアになっていた。

 

 

「……いい剣だ」

 

 

 「フン」以外も言えるんだなと思いながら見ていると、銀色の鞘を一つ取り出しレイピアをぱちんと収めてアスナへと差し出した。この時ようやく俺は思わず力が入りアスナの手をしっかり握りしめていたことに気がついた。慌てて手を離しコートのポケットに突っ込むと、アスナは軽く微笑みながらこちらを向き、

 

 

「ありがと、キリト君」

 

 

 そう言って鍛冶屋の方へと向き直した。

 

 

「ありがとうございました」

 

 

「フン」

 

 

 返事は、今度は「フン」だった。アスナは受け取った剣を鞘から抜き改めて刀身を確認し、すばやくタップして武器の性能を確認する。

 

 

「すごいねえ、とっても綺麗な剣だよ」

 

 

「ああ、見惚れるほどだな。性能はどうなんだ?」

 

 

 カイト達も新しい剣が気になるようだ。俺ももちろんご多分に漏れず気になる、なにせあんなに叩かれてるということは並の性能ではないはずだ。

 

 

「ちょっとまってね。名前は――《シバルリック・レイピア》っていうみたいね。騎士の剣みたいな意味かしら」

 

 

「どれどれ、強化試行回数は――――15!? なっ、まじかよ!」

 

 

 細かい攻撃力だの攻撃速度だのを見るまでもなくこの剣はとんでもなく強い。試行回数15回は俺のアニールが8回だからの単純に倍、強いってことになるおそらくこの試行回数なら5、6層くらいまでは全く問題なく使えるはずだ。

 

 

 とても3層程度で手に入るレベルの武器ではなく思わず俺は羨ましい半分恐ろしい半分といった感情が渦巻いていた。

 

 

「そんなに凄いの?」

 

 

「凄いなんてもんじゃない超強い」

 

 

「超?」

 

 

「うん超」

 

 

 まるで小学生のような会話に思わずアスナが吹き出すように笑っていた。

 

 

「きっとこの子となら、また戦っていける。そんな気がしてるわ」

 

 

「そりゃ良かった。それにしてもその武器は3層じゃありえないくらい強いな。どうしてこんな武器ができたんだろう」

 

 

「あの鍛冶屋さんの腕が特別いいとか?」

 

 

「いや、このインスタンスマップはβとそれほど変わってなかったしこの野営地はキャンペーンクエストを受ければ誰でも来られるんだ。そんなところでスペック上は2、3層上レベルの武器ができるとは考えづらくて」

 

 

 もし仮にそんなふうに仕様変更されているとしてもおかしい。3層の敵のレベルもβ時代からさほど変化がない。もしそんな状況で作成武器だけが強くなっていれば、バランス崩壊も良いところだろう。

 

 

「ならちょっと検証してみるか。今度は俺の武器を素材に武器作成をしてみればいい」

 

 

 俺が考え込んでいた時、カイトから提案があった。

 

 

「いいのか?」

 

 

「どのみちそろそろアニールも更新時期なんだろ? ならちょうどいいさ」

 

 

 今俺やカイト、ユウキが持っている《アニールブレード》は最大値の+8まで強化したところで、4層あたりでの更新を余儀なくされる。正直俺もいつまで使い続けようか迷っているとこでは有るんだが。

 

 

「今までありがとうな。―――鍛冶屋さん、武器の作成をお願いします」

 

 

 カイトが武器にお礼を言ってから鍛冶屋へ向き直り、武器を手渡して先程のように武器作成の依頼をした。

 

 

「フン」

 

 

 先ほどと同じように一言返事したNPCは同じようにインゴットにした後、それを叩き始めた。10回、20回と叩き30回も超えた。この時点でアニールと同等以上が確定している。経験上はせいぜい35回程度がいいところなのだが、先程同様その回数は40を超え結局45回叩いたところでようやく終わった。

 

 

 そうして出てきた剣は銀の刀身の剣だった。その剣を剣先までじっくり見て先ほどと同じように言った。

 

 

「いい剣だ」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「フン」

 

 

「名前は《シュバリティ・ソード》、強化試行回数は17――さっきより上がったぞ」

 

 

 ほんとにこの鍛冶屋の設定が上がったのかもしれないが試行回数的になんとも言えない。その後結局ユウキも武器作成をしたが強化回数は13、多少下がったがそれでも3層段階ではかなり強い分類になる。結局結論はでなさそうなのでアルゴに情報だけ流して調査してもらうことにした。

 

 

「キリト君はどうするの?武器更新」

 

 

「俺は…もう少しこいつで頑張ってみるよ。+8にすれば4層くらいまではいけるからな」

 

 

 その後俺はアニールを+8に、アスナたちは新調した武器を+5まで強化しその場を離れた。そしてキズメルに一言挨拶をして全体会議に向かうため主街区の《ズムフト》へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 




3層編パート3です。
少し時間が空いてしまい申し訳ありません。
年度前後ということもあり仕事が多忙で感覚が空いてしまいました


さてどの当たりまで書こうが少し迷いましたが今回は武器作成までにしました。
そしてカイト君の武器もアニールブレードから新調されシュバリティソードになりました。

まあまだ序盤なのであんまり強そうな名前をつけるわけにもいかず、無難な名前にしました


もうそろそろ3層編も終了になりますGWくらいまでには上げられたらと思います。


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