That ID was Not Found【完結】 (畑渚)
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プロローグ〜記録No.3636〜

快速修復契約が枯渇したので初投稿です
実験的に今までとは書き方を変えてやりたいと思っていますので、指摘やアドバイス等ありましたらどうぞよろしくおねがいします。


IDを入力してください…

*******

認証中…

認証成功

静脈確認中…

認証成功

アクセス権限確認中…

確認終了

ようこそ、████さま

*********

記録参照コマンドを確認

アクセス開始…

記録No.3636には暗号キーによるロックがかかっています…

*******

確認中…

ロックの解除に成功

記録No.3636にアクセス可能

*****

再生コマンドを確認

権限を確認中…

IDを認証中…

認証完了

記録No.3636を再生します

 

 

 

 

 ____________________

 

(ノックの音)

 

「入れ」

 

(扉の開く音)

 

「失礼します。████隊長、およびでしょうか」

 

「████、落ち着いて聞いてくれ。新しい任務だ」

 

「はい、承知しました。詳細は」

 

(不機嫌そうにペンで机を叩く音)

 

「少しは内容を聞いてから判断しろ」

 

「隊長の指示とあらば例えどんな任務でも拒否することなどあり得ません」

 

「……まあいい。詳細はこの紙に書いてある通りだ。3分で全て暗記して処分しろ」

 

 

(3分間、紙をめくる音だけが記録されている)

 

 

「暗記しました。廃棄します」

 

(ライターで火をつける音)

 

「よし、任務内容を言ってみろ」

 

「人形の部隊に紛れ込み、影から彼女らのマインドマップを観察し、必要があればケアをします。条件は彼女らに人間とバレないことで期限は未定です」

 

「完璧だ。下がっていいぞ」

 

「失礼します」

 

(扉の開く音)

 

「ああ、最後に……人間とバレたならば––」

 

「わかっています。その場合は自害をもって責任を取ります」

 

「……死ぬなよ」

 

「わかっています、お義父さま」

 

(扉の閉まる音)

 

「お義父さま……ねぇ」

 

(ライターで火をつける音)

 

「まったく、冥土の土産には良い言葉だぜ」

 

(引き出しを開ける音)

 

(箱から銃弾を取り出す音)

 

(マガジンに銃弾を込める音)

 

(マガジンを銃に装填する音)

 

「世話のかかる娘だったが、お前を拾ったことには後悔はない。生きろよ」

 

(銃をコッキングする音)

 

「じゃあな、████。あの世で待っててやるから、数十年後にまた会おう」

 

(発砲音)

 

 

____________________

 

 

再生終了

*****

削除申請を確認…

データを削除します…

ダミーデータNo.405をロード中…

本当にデータを削除しますか?

***

記録No.3636にダミーデータを上書き中…

削除処置成功

記録No.████は完全に削除されました…

コマンドを入力してください…

*******

入力情報を確認中…

個人IDを削除しますか?

***

削除申請は受理されました

解答を待機中…

IDを削除しました。バックアップの後、端末を再起動します。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは

IDを入力してください…

*******

認証中…

該当IDは存在しません。IDを再確認してください。

IDを入力してください…

*******

認証中…

該当IDは存在しません。IDを再確認してください。

IDを入力してください…

*******

認証中…

認証失敗。該当IDに一致する兵士は登録されていません。

複数回の不正IDは入力を敵対行為とみなし、全データを削除します。

削除しました。




次回からは一人称です


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1.404小隊

慣れてない書き方はやはり難しいですね……


 私たちは廃墟街に身を潜めていた。初めのうちは順調な行軍だった。敵の施設に潜入し、破壊工作をする。私たちなら難なくこなせる任務だ。

 しかし工作後、順調に見えた任務は難易度が増した。工作には気づいていないようだが、突然警備の人形が増えたのだ。終いには四方八方を敵に囲まれ、接敵を免れないところまで追い詰められている。

 

「ねえ45、あなたこのルートなら接敵がないと言ったわよね?」

 

「それは違うわ。正確には"少ない"と言ったのよ」

 

 目の前の人形たちはその表情を豊かに動かしながら、口論を繰り広げている。まったく羨ましい。彼女たちのように口論する元気すら、今の私にはない。

 

「45姉も416もそのくらいにしてよ。またG11が寝ちゃった」

 

「ムニャムニャ……ングッ!ほっぺ掴まないでよ9!」

 

 手のひらに伝わる弾力は本当に人間を触っているかのようだった。そして、それを嫌がるように身を捩らせる目の前の人形も、人間のようだった。

 

「ねえ9、私の提案したルートと416のルート、どちらが良かったと思う?」

 

「45姉のルートに決まってるよ!実際にここまでは接敵も無かったし、いま目の前にいるのも小規模部隊のようだし」

 

「でも接敵してるじゃないの。私のルートなら完璧に敵と会わずに済んだかもしれないじゃない」

 

 完璧主義者である416らしい憶測だ。けれども、その選択を今更悔やんだところで、目の前の敵は去ってくれない。

 

「そうだね。416の言う通りかもしれない。でもとりあえずは目の前の敵を倒してからにしようよ。G11が起きてるうちにさ!」

 

掴んだほっぺをグニグニと動かし、ねぼすけ娘が眠らないようにする。人形のほっぺによる疲労回復効果について、という仮想の論文タイトルが頭をよぎった。

 

「起きてるから!引っ張らないでよぉ!た、助けて416!」

 

 416に私を止めようとする様子は無かった。むしろ肩をすくめている。

 

「自業自得ね」

 

「そんなぁ!」

 

「ほら、敵が来るよ!45姉!」

 

「わかっているわ。ところで一つ聞いて良いかしら?」

 

動揺が顔に出そうになる。しかし、表情を隠す訓練は十分に受けている。そんなミスはしない。

 

「どうしたの、45姉?」

 

「戦闘中でも笑っているけど、戦うのが好きなの?」

 

「ははは、なんだそんなことか」

 

どうやらボロが出たわけでは無いようだ。この笑顔は、私が人形に混ざるための仮面だ。この仮面さえ被っていれば、彼女たちは私が自分たちと同じ人形だと錯覚してくれる。

 

「戦いは好きだよ!45姉の命令なら特にね!」

 

初めはUMP45という人形に執着しすぎかと思っていたが、もはや何も疑われないくらいには溶け込めている。私は姉が大好きな人形、UMP9だ。今はそれ以外の何者でも無い。

 

 

____________________

 

 

「いつもの陣形で行くわよ」

 

「「「了解!」」」

 

 戦闘になればさっきの空気とは打って変わって、全員が真面目な表情を浮かべる。あのG11でさえ、しっかりと目を開いて敵を撃ち抜いている。

 

「9!そっちに行ったわ!」

 

「わかったよ45姉!」

 

 人形と戦闘するのは怖くない、と言えば嘘になる。当たり前である。人形が一般的に兵士に劣ると言われているのは、装備に差があるからだ。大昔の武器を使う人形もいるなか、兵士には最新鋭の装備が配給される。その結果が兵士の優勢という状況である。

 だが私には、弾を通さないボディアーマーも、一発で鉄をも撃ち抜く銃も、動きをアシストしてくれる外骨格もない。

 あるのは防弾生地のシャツに、UMP9という昔の銃に、生身の身体だけである。

 

「9!援護するわ」

 

「416!?了解!」

 

 後ろからも銃弾が飛んでくる。勘弁してもらいたい。ただでさえ前からの弾丸を避けるので精一杯なのだ。

 

 でもまあおそらく、完璧と豪語する彼女のことだ。私の動きなど予測して、当たらないラインで撃っているにちがいない。そうであってくれないと困る。

 

「9!榴弾を撃ったわ!」

 

「事後報告はやめてよ!」

 

 全力で後ろの物陰に退避する。爆風が頭の上を通り過ぎ、なにかの破片が降り注いでくる。

 

「もう!危ないじゃないの!」

 

「たかが榴弾の一発くらいダミー使って避けなさいよ!」

 

「9、416、そのくらいにしなさい。北の方向に穴が開いたわ、突破するわよ」

 

「了解だよ、45姉」

 

 腰から閃光手榴弾を投げて、無理やり突破する。

 

「9、合流地点にまた着いていないようだけど大丈夫?」

 

「遅れてごめんね、45姉。もうすぐで着くから」

 

 ポーチから応急処置セットを取り出す。傷口の血を拭き、肌と同色の包帯で傷口を隠す。その上から服を着れば、傷口がないように見える。

 

「おまたせ45姉!」

 

「損傷は……ないようね。それじゃあ行くわよ」

 

 UMP45ですら私の傷に気づかない。当たり前のように、他の人形もだ。

 

 私が人形では無いことは、誰にもバレていない。これまでも、そしてこれからも……。

 



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2.休息

いまいち文章に自信が持てません。助言等あればよろしくおねがいします。


「まったく、今回は大変な目にあったわね」

 

 私は416の言葉に内心頷く。もちろん、外面はいつもの笑顔だ。

 

「でも皆損傷無しで帰ってこれたでしょう?」

 

 椅子に座りながら45はそう言った。たしかに戦闘での擦り傷を除けば、ダミー一体の損害もない任務だった。

 

「45姉!装備置いてこようか?」

 

「ええ、ありがとう」

 

 45から装備を受け取ると、倉庫へと向かう。鍵を開けて中に入れば、最低限の荷物だけが収納されていた。

 

 私は奥へと進み、弾薬の詰まった木箱を引き寄せる。ここには私の秘密、床下への抜け穴が隠してあるのだ。床下には地下シェルターが隠されている。ここは小隊でも私しか知らない、私だけの部屋だ。

 

 ここに居られるのはほんの数分だ。しかし、この数分だけが、私がこの世界で唯一人間で居られる時間なのである。

 

 

__________________

 

 

「9のやつ遅いわね」

 

「あら、9のことがそんなに気になるの?」

 

「ええ、悪い?」

 

 私はコーヒーカップを傾けて、中の液体をすする。

 

「悪いわよ。私の大切な妹に手を出すのはやめてほしいわね」

 

「手はださないわよ」

 

 416も何気なしに呟いただけなのだろう。すぐに本に目を戻した。

 

「まあ……私だって遅いのは気がかりではあるのだけどね」

 

 よくよく思い出してみれば、9はなにかと遅れる。特に戦闘の後だ。

 

「9なら外で猫と遊んでたよ」

 

 部屋に入ってきながらG11がそう言った。猫……か、9らしいと思った。きっと9なら、動物にも好かれることだろう。

 

「ね、猫?ここらへんじゃ珍しいわね」

 

「きっとまだ遊んでるだろうし416も見に行ったら~?」

 

「きょ、興味ないわよ」

 

 416はそう言うが、目は泳いでいる。まったく彼女はいつもこうだ。どうしてわかりやすい嘘をつくのか、私には理解できない。

 

「45~、猫に会いに行くなら416も連れて行ってあげてよ」

 

「いやよ。それに私は猫に会いに行くんじゃなくて9に書類を渡してくるだけよ」

 

「……嘘ばっかり」

 

 G11がソファに身体を沈めたのを横目で見て、私は部屋を出ていった。

 

 

 嘘ではない。実際に9に確認をとる必要のある書類はある。

 だから、私は嘘はついていない。急ぎの用事ではないことからは目を瞑った。

 

 

__________________

 

 

 濡らした布で身体を拭くと、少しはさっぱりした。こういったことは人形には必要ないが人間には必要なことの一つだ。人形の出す老廃物は、生体パーツの割合にもよるが人間の半分にも満たないと聞いた。まったく羨ましい限りである。

 

 

 着替えが終わり、私の人間の時間が終わりを告げる。疑似皮膚も貼り付けたので、例え裸にされようとも触られない限りは傷口がばれることはないだろう。

 

「にゃー」

 

 皆のいる部屋に戻る途中、建物の隙間から鳴き声が聞こえた。

 

「猫?こんなところに珍しい」

 

 人馴れはしていないようだ。しかし好奇心旺盛な年頃のようで、私に興味津々といった様子だ。

 

 手を伸ばしてみると、匂いを嗅いだ後ペロペロと舐め始めた。くすぐったくて、つい顔に笑みが漏れ出てしまった。

 

「9、何してるの?」

 

 突然後ろから声をかけられて、思わず飛び上がる。

 

「G11?どうしてここに?」

 

「昼寝場所の新規開拓の旅に出てる。……それって猫?」

 

G11は私の後ろへと顔を向ける。

 

「うん、どこかから迷い込んできたみたい」

 

「ふ~ん。それじゃあ私は寝るから、おやすみ」

 

「お、おやすみ……」

 

 笑顔でG11を見送る。すこし引きつってしまったのは仕方ないだろう。

 

 再び猫に向き合って見れば、私の足をコースにして走り回っていた。どうやらなつかれたらしい。

 

「9、ちょうど良かったわ探してたのよ」

 

「45姉どうしたの?」

 

 G11の次には45かと背中を汗がつたる。45の不気味な笑みはまるで嘘を見透かされているようで、いつも不安になる。

 

「ちょっとこの書類に目を通してほしいのだけど」

 

 そう言いながらも45の目線は足元の猫に釘付けである。人形であっても、猫好きという性格の者が存在するようだ。

 

「あっわかった。45姉ってばG11に猫がいるって聞いてきたんでしょ」

 

「そ、そんなわけないじゃない。私は9に用事があったから」

 

「そんな隠さなくてもいいよ、ほらっ」

 

 無防備な猫を抱きかかえ、45に近づける。

 

「えっあっ……か、かわいい」

 

 猫は45の撫でる手にくすぐったそうに身を捩らせる。銃を持ち敵を殺す404小隊長とはまるで別人のようである。

 

「持ってみる?」

 

「い、いいの?」

 

 45は書類を置くと、そっと猫を抱きかかえる。

 

「私、今猫を持ってる……」

 

「良かったね45姉」

 

「あっ」

 

 猫は45の腕から飛び出して、そのまま草むらへと入っていってしまった。

 

「猫、いっちゃったね」

 

「……コホン。それじゃあ9、本題にはいるけど」

 

 あくまで猫はついでであることを強調する45を見て、笑顔が漏れ出る。

 

「まったく、45姉はかわいいな」

 

「何を言ってるのか理解できないわ」

 

 45はごまかすように、咳払いをした。

 

 

__________________

 

 

 人形に睡眠は必要なのか、と昔考えたことがある。結論は必要だ。そもそも人間に必要である理由は、心身のメンテナンスをする時間だからだ。しかしそれだと、別途メンテナンスの時間をとっている人形が心身のメンテナンスをする必要はないように見える。

 

 しかし、いまや人形は人間の数倍もの情報を同時処理する能力が備え付けられている。結果、メンテナンスを必要としなくても情報処理をする時間が必要なのだ。彼女らはスリープモードに入ると、情報の削除や保存の最適化をするのだ。

 加えて、スリープモードであればエネルギーの消費が押さえられるので、結果的に長期的な活動が可能となる。

 

 

 私はこの仕様に感謝しなければならない。でなければ、一定時間の睡眠を必要とする時点でこの任務は失敗だからだ。寝てしまったが最後、人間と判明し私はこの世界から退場することになる。

 

「あれっ45姉?」

 

 そうである。私とて人間、寝ているときは無防備なのである。

 

「G11と416が今日は休んでていいって言ってくれたのよ」

 

 45はためらいなく服を脱ぎ、私の寝ているベッドに潜り込んでくる。ここにベッドがあるのはこの部屋だけで、ベッドも二人で寝るのも問題ないくらいには広い。

 

 ギシギシとベッドが軋む。今日が私の命日なのだろうか。

 

「どうしたの9?寝ないと明日に響くわよ」

 

「うん、でもちょっと考えることがあってね」

 

 もちろんこの窮地の脱し方である。今ベッドから抜け出すのはまずい。しかし、肌の接触を許してしまえば、勘の良い45なら違和感から私が人間であることを見抜くだろう。

 

「なに?悩み事?」

 

「ううん、大したことないよ」

 

 大したことである。なんていったって私の生死がかかっているのだ。

 その後も45と話しているうちに、眠気が限界に達してしまい、私は意識を失った。

 

 

 

 

 次の朝、いつもと変わらぬ様子で話しかけてくる45を見て胸を撫で下ろしたのは、言うまでもないだろう。

 

 

__________________

 

 

 今日はラッキーだ。なぜか416とG11が見張りをしてくれるらしく、久々にゆっくりとスリープできそうだからだ。

 

「あれっ45姉?」

 

 ベッドルームにはすでに9がいた。丁度よい機会だ。たまには姉妹水入らずで話すのも悪くないだろう。

 しかし、いつもと違い9は黙ったままだった。しかしスリープモードに入った様子もない。

 

「どうしたの9?寝ないと明日に響くわよ」

 

 返事は要領を得ない物だった。悩みがあるなら助けになりたかったのだが、どうやら一人で考えたいようだった。

 

 それでも私は引き下がらない。だって9は私の妹なのだもの。

 

 姉というのは妹の悩みに手を差し伸べるもの。そうでしょう、█████?

 

 

 結局悩みを聞き出せぬまま、9はスリープしてしまったようだ。どうやら活動時間が限界を越してしまったらしい。私もそろそろスリープしなければいけない。

 

「おやすみなさい、9」

 

 9の頭を撫でる。手入れの行き届いた髪は、月明かりを反射して綺麗だった。すやすやと寝息を立てる9を見ながら、私もベッドに身体を沈めた。




触っても気づかない勘の悪い45姉


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3.人体

評価が……ついている……!?
本当にありがとうございます。これからもがんばります!


 硝煙の臭いで鼻が曲がりそうになりながらも、サイト越しに的を見据える。

 

 人形の真似をする際に最も難関な課題だったのは、戦闘だった。彼女たちはASSTとダミーリンクにより、生身の人間とは比較にならない程の戦闘能力を得ることが可能となっている。

 

 しかし、私には銃と自分を繋ぐシステムやダミーをリアルタイム処理するシステムはない。

 

 ダミー人形はなんとかなったのだ。他のものとくらべ高性能なAIを積み、事前に何パターンもの戦術を組み込んでおけば戦闘においては変わらぬパフォーマンスを維持できるからだ。その分、私のダミー人形が損失すると出費が馬鹿にならないのだが。

 

 しかし、銃だけはどうしようもなかった。こればかりは、修練して命中率を上げておくしかない。

 

「あら、9。奇遇ね」

 

「416も射撃訓練?」

 

「ええ、すこし調子が悪くて」

 

 416はそう言うと、弾を装填して撃ち始めた。慣れた動きで的を変えながら引き金を引く。それは素早く、正確で、私には真似できない動きだ。

 

「心臓と頭部に全部命中……相変わらずすごいね」

 

「この距離なら当たり前よ。でも少し上にズレてるのよねえ」

 

 この完璧主義者様は、おそらく1cmのズレすらも許せないのだろう。側の端末でシステムを調整し、撃ってはまた調整しなおしと何度も繰り返す。

 

「9も訓練に来たのでしょう?撃たなくてもいいの?」

 

「うん、私の訓練は特殊だから他に誰かいると出来なくてね」

 

「……そういえば見たことがなかったわね。良ければ見せてくれないかしら」

 

「えっでも恥ずかしいよ。416みたいは当たらないし」

 

 できれば遠慮したかった。この訓練は私が人間であるから必要な訓練で、人形から見ればそこまで必要には見えないだろう。それに見せるほどまだ上手くできていないのだ。

 

「いいから見せなさいよ」

 

「……しょうがないなぁ」

 

 どうやら、416は私の訓練を見るまでここにいるようだ。仕方がない。断る口実も思い浮かばず、私は初めて他人に訓練を見せることになったのだった。

 

 

__________________

 

 

 始めはただの好奇心だった。9がいつも一人で訓練をしていることは知っていたけれど、その内容は45ですら知らなかったから、興味があったのだ。

 

「……しょうがないなぁ」

 

 9は珍しく嫌そうな表情を浮かべていた。彼女が笑顔を崩すとは珍しい。ますます興味がわいてきた。

 

 9はサングラスのようなものを手に取ると、射撃場内へと入っていく。SMGとはいえ近い的であればその場から撃ってもいいはずである。

 しかし9はどんどんと奥へと進み、場内の真ん中まで進んでやっと立ち止まった。

 

 

 動き始めは気づかない程に静かだった。すっと的に近寄ると、心臓の場所に一発撃ち込む。

 9は一度動き始めると止まらなかった。引き金を引くよりも早く、その顔は次のターゲットへと向いている。独特な脚さばきでくるくると体制を変えながら、近づいては撃ちを繰り返す。

 

 

 数分たって、ようやく9の動きは止まった。サングラスを外し、土埃を払う。

 

 「これやると汚れるんだよね。私は身体を拭いてくるからごゆっくり~」

 

 射撃場から離れていく9の背中を見て、私は唇を噛む。

 

 

 あんな曲芸じみた芸当、出来ても意味がないじゃない。

 

 

 サングラスを手に取り、射撃場内に入る。サングラスをかけ目を見開く。

 

 

 

 

 視界は何も見えなかった。これはサングラスではなく、視界を閉ざすためのメガネだった。

 銃を握る手に力が入る。

 

「わ、私にだって」

 

 的の位置を把握しなおし、再びサングラスをかける。歯を食いしばって、私は一歩を踏み出した。

 

 

 

「416、何をしてるの?」

 

「……なんでもないわ」

 

 薬莢や弾の残骸に足を取られ、私はすぐに転んでしまった。地面と仲良くキスをしていたところで、射撃場に来たG11に見つかってしまう。

 

「G11がここにくるなんて珍しいじゃない」

 

 服に着いた土を払いながら、銃を持っているG11に声をかける。

 

「たまには私も撃とうかなって」

 

「はぁ、明日は雨かしら。酷くならないといいのだけど」

 

「ひどい!私だってたまには訓練するよ」

 

 射撃場からでてきた私と入れ違いに、G11は射撃場に入っていく。入ってすぐに銃を構え、3発程撃ってから戻ってくる。

 

「よし、訓練終わり。それじゃあ416、おやすみ」

 

 そういってG11は足早に去っていった。私はその後姿を見た後、スコープでG11の撃った的を見た。

 

 その一番遠い的には、脳と心臓の中心に寸分の違いもなく撃ち込まれていた。

 

 

 私は再び、唇を噛んだ。

 

 

__________________

 

 

 射撃場を抜けたあと、私はストレッチをしていた。これも人形に不必要な行動の一つ。もちろん人気のないことを確認してから行っている。

 

 

 そう、人気のないことは確認していたはずだった。

 

「ストレッチ?珍しいことをするのね」

 

「よ、45姉!?びっくりしたぁ」

 

 いつの間にか45が側に居た。気配を消すのは得意分野と聞いたが、物音一つたてないとはさすがである。

 

「これをしてたほうが身体の動きが良い気がするんだよ」

 

 もちろん嘘である。人形にストレッチが有効という話は聞いたことがない。

 

「そんなことはないとは思うけど」

 

 45は私の身体を舐め回すように見て言葉を続ける。

 

「本当に効果があったりするのかしら」

 

 なにかを見つけたようで、じーっと見られる。何か違和感があったかと自分の身体を見るが、見当たらなかった。

 

「45姉もやってみる?」

 

「ええ、教えて頂戴」

 

 意欲的に取り組む45は珍しい。新しいことを試すような性格には見えなかった。これが私という異分子がいるせいでないことを願うばかりだ。

 

「それじゃあ45姉、いくよ」

 

「ええ、お願い。や、やさしくしてね」

 

 私は45の背中を押す。

 

「45姉、無駄な力は抜いて。ほら息吸って……吐いて……」

 

「う……んん……」

 

 45の声から息が漏れ出る。やはり人形でも苦しいと感じるのだろうか。彼女らにも呼吸というシステムがある以上、肺があってもおかしくはない。圧迫されれば苦しくなるはずだ。

 そして45の身体は、私が思っているよりも硬かった。当たり前である。彼女らは皮膚に柔らかい素材が使われているだけで、中身は硬い骨格のある人形なのだ。

 

「9、ちょっとくるしいわ。緩めて……」

 

「駄目だよ45姉」

 

「んんっ……」

 

 45が苦しそうにしているが、私は背中を押す力を強めた。ストレッチによって人形の身体が柔らかくなるのか興味もでてきた。

 

「ほら45姉、あと少しだよ」

 

「も、もう限界……無理ぃ」

 

 

 

 

「ちょっとあんたたち何してんのよ!」

 

 バンと大きな音で扉を開けて、416が乱入してくる。真っ赤だった顔は、自分が勘違いしていたことに気がついたのかさらに真っ赤に染まっていく。

 

「ふふふ、416ったら何をしてると勘違いしたのかしらねぇ」

 

「そうだよ!私と45姉が何してると思ったの」

 

「えっあの……じゃ、邪魔したわね!」

 

 乱暴に扉を閉めていく416を見て、45と顔を見合わせる。

 

「まったく、416ったら。……9?その手は何、えっ?」

 

「45姉こそどうしたの?次は開脚前屈だよ?」

 

 ストレッチの効果をみるには徹底的にやらねばならない。このあとにするメニューを説明していく度、45の顔が青くなっていく気がした。

 

「さあ45姉!脚を開いて?」

 

「い、いや……」

 

 このとき私は笑顔を浮かべていたらしい。

 その笑顔がトラウマになりそうだったと、後日45姉から聞かされた。

 



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4.大規模作戦

前作品群を完結させたので作者名を戻しました。この作品は前作品群とは関係のない世界の話です。
それと軽いネタバレを含んでいるのでタグ追加します。


「こらG11、起きなさい」

 

「あと5分~」

 

「もう起きなきゃ駄目だよ~」

 

「うう、ほっぺを引っ張らないで~!」

 

 G11のほっぺは今日も良く伸びる。しばらく引っ張っていると、目をこすりながらG11は身体を起こした。

 

「9、通信するからすこし静かにしてくれない」

 

「おっと、ごめんね45姉」

 

 静かになったことを確認して45は通信機のスイッチを押した。しばらくすると、通信機がホログラムを映し出す。片眼鏡をかけた気の強そうなこの女性は、PMCのG&Kの上級代行官のヘリアンだ。

 

「404小隊に任務を言い渡す。こちらで遂行中の大規模作戦に合流し、区域開放の援護をしろ。詳細は地図と共に送信している。以上だ」

 

 それだけ述べると、ホログラムは消えてしまう。

 

 大規模作戦であれば、ハイエンドモデルとの接敵も思慮しておく必要があるだろう。私はダミーのプログラムを書き換え、臨時操作端末を誰にもばれないように右腕に取り付けた。

 

「ねえ45、この任務っておかしくないかしら」

 

「……おかしくなんてないわ。それに私たちは与えられた任務を遂行するだけよ」

 

「とぼけないで」

 

「まあまあ落ち着きなよ416」

 

 憤って立ち上がった416をなだめる。45はどこ吹く風といったように、自分の装備を点検し始めた。

 

「9、あなただっておかしいと思っているんだしょう?」

 

 416は私へと標的を変える。こういったときはいつもの言い訳をつかうに限る。

 

「私は45姉の指示に従うだけだよ」

 

「……そういうと思ったわ」

 

 416も私の返答に呆れて頭が冷えたのか、座り直した。この言い訳はまだ使い道がありそうで助かる。

 

 

__________________

 

 

 ヘリが私たちを降ろしたのは、廃虚街だった。近くに敵の反応もなく、大規模作戦は比較的静かに開始した。

 

「ここからは別行動ね。私は左から、9は右から回り込んで合流地点へ。416とG11はまっすぐ進んで」

 

 45の指示に全員がうなずく。いや、若干一名うなずくように船をこいでいた。

 

「G11!任務開始だよ!」

 

「う~ん、敵が出てきたら起こして」

 

「ほら、起きて!」

 

「うう、引っ張らないでよぉ」

 

 いつもどおりの頬の伸縮性を確かめながら、私はどこか嫌な予感がしていた。虫の知らせだろうか、どことなく気持ちが落ち着かなかった。

 

 

 

 

 任務は途中までは順調に進んでいた。しかし、途中からは明らかに鉄血兵の数が増えていた。奴らがどういう理由で集まっているのかは検討もつかないが、この大群を相手するには私では火力不足だ。

 

「45姉、聞こえる?」

 

 私は敵から離れて通信機を繋ぐ。暗号化された通信は複雑な電波の波にのり、無事に45まで届いてくれた。

 

「どうかしたの?」

 

「目の前に敵の大群がいるよ。この規模は……ハイエンドモデルがいるはず」

 

「いまどの辺りかしら」

 

 地図を表示し位置座標を送信する。

 

「……まずいわね。416たちを向かわせるわ」

 

「その必要はない」

 

 私は敵の持つ通信機をにらみつける。

 

「誰よあなた!9、聞こえているなら返事を――」

 

 敵は通信機を放り投げた。最後に聞こえた45の声は相当な焦りを感じさせた。

 

「通信機もタダじゃないんだよ?」

 

「貴様……9といったか。投降するなら破壊しないでやろう」

 

 私は精一杯の笑顔で答える。

 

「そんなのお断りだよ!」

 

「そうか、ならば切らせてもらう!」

 

 ハイエンドモデルであろう彼女は、ボウガンのようなものからレーザーブレードを出す。そして次の瞬間には、私の目の前まで接近していた。

 

「ちっ、メインフレームは無傷か」

 

 とっさに動かしたダミー人形が身代わりとなってくれたおかげで私は無傷だった。しかし、身代わりとなったダミー人形は、バラバラに切断され再起不能となっている。一回の攻撃で二体も駄目にしてしまった。

 

「これはちょっと厳しいかもね……」

 

 私は額を流れる汗を、袖で拭った。

 

 

__________________

 

 

「9、聞こえているなら返事をして!」

 

 9からの通信は突然に途絶えた。最後に聞こえた謎の声には、小隊長である私だけに送信された敵のデータに含まれていたものと似ていた。

 

「ハイエンドモデル相手に9一人じゃ……」

 

 すぐに通信機のチャンネルを変更し、416に繋ぐ。

 

「こちら416、なにか問題?」

 

「9がハイエンドモデルと接敵したわ。場所を送るわ」

 

「了解。合流でき次第戦闘していいのね」

 

「いや、待って」

 

「ん?なによ」

 

「合流しなくていいわ」

 

「あきれた。あんた9まで犠牲に」

 

「9との連絡が取れないのよ?急行したって間に合うとは限らないわ」

 

 そう、だからこれは仕方のないことだ。ここで突撃したとしても、被害が増える結果につながる可能性が高い。

 

 だから……だから……

 

「お願い……耐えて……」

 

 私は腕章を掴みながら、最大出力で街を駆け抜けた。

 

 

 

 

「虫ケラが!」

 

 大群というだけあって、まだ9から送られてきた地点から離れているのに雑魚の鉄血兵がワラワラと群がってくる。

 こんな雑魚は私の相手ではない。素早く無力化して先へと進む。早く9のところへ行かなければ……

 

「9!」

 

 遠くの交差点でハイエンドモデルと戦う9の姿が見えた。

 

 よかった、間に合った。

 

 しかし胸を撫で下ろす暇すら無かった。脚をやられているのか9の動きは遅く、ハイエンドモデルは大技を出す準備をしている。

 

「45姉、一度退いて」

 

 9の手には通信機が握られている。404小隊の共有回線で9はそう言った。

 

「そんなことしたら9が――」

 

「了解したわ」

 

 私の言葉を遮ったのは416だった。

 

「行くわよ45」

 

 何故、416が私のすぐ後ろにいる?私は予測戦闘地点にほど近い場所で狙撃ポイントを探すように伝えたはずだ。

 

「待って!それじゃあ9は」

 

「あなたが言ったんでしょう。このまま突撃しても無駄よ」

 

 416が私の肩を掴み、無理やり引きずっていこうとする。私は出力を高めるが、416はびくともしない。

 

 ほら、こんなことをしている合間にも9が――

 

 

 

 

 ハイエンドモデルは目にも留まらぬ速さで9へと接近し、通り過ぎる。すぐさま反転し再び9の側を通り過ぎる。

 遅れて、9の正面に居たダミー人形がバラバラになり、9自身の背中から血が噴き出る。9は身体を前のめりにし、そのまま倒れる。

 

「9!お願い416!9が!」

 

「ばか!今のうちに逃げるのよ!」

 

 416は私を肩に担ぎ、走り出す。9は倒れたまま立ち上がらない。

 

「離して!離してよ!」

 

「もう子供みたいにゴネないで!」

 

 ああ、私は9までも失ってしまう。また、私は助けられない。大切な姉妹を、私は失ってしまうの?

 

 

__________________

 

 

 あぶなかった。

 

 あのまま45がこの場にいたらバレてしまったかもしれない。416には礼を言わなければいけない。

 

 まあ生きて帰れたらの話だが。

 

「貴様、人形ではないな。もっと脆い……まさか人間か?」

 

「はは、だったらなんだっていうのよ」

 

 鎮痛剤を打ち込み、目がチカチカするような痛みを和らげる。

 

「なに、貴様は価値がありそうだ。いまなら降伏を認めよう。なに、命は失いたくないだろう?」

 

「そうか、バレちゃったか~」

 

 私は起き上がる。ダミーは残り一体。私もいつまで動けるかわからない。

 

「貴様……笑っているのか」

 

「バレちゃったなら……何が何でも殺さないとね!」

 

 UMP9で牽制しつつ、近くの物陰へと身をひそめる。奥の手が残って入るが、ダミー人形一体だけでは心もとない。そして、その奥の手のチャンスも一回きりだ。

 

「ちっ、気狂いか?」

 

「まったく心外だなぁ!」

 

 準備が終わった私は物陰から出る。どうやら敵さんはこちらの様子を見るようだ。

 

「何故人間が人形の部隊にいる?」

 

「無駄口を叩いている場合?」

 

 UMP9ではハイエンドモデルに有効弾を撃ち込めない。だからこそ、私は対ハイエンドモデルの装備を持ち込んでいた。まったく自分の勘の良さには惚れ惚れする。

 

「たかが人間に負ける私ではない」

 

「これでも?」

 

 閃光手榴弾の光が、辺りを満たす。

 

「バカが、私たちのモデルにソレは効かない」

 

 知っている。彼女らハイエンドモデルには視覚以外から環境把握するシステムがある。だがしかし、この光は目を潰すだけの物ではない。

 

「交渉不成立だな。せめて痛みを感じずに殺してやる。動くなよ」

 

「ベーっだ。誰が避けないもんか!」

 

 突撃体勢をとった敵は、一度のステップだけでまっすぐに突っ込んでくる。そう、まっすぐだ。

 

 ダミーを盾にして一撃目を凌ぐ。ダミーの腕が吹き飛ぶが、なんとか無傷だ。

 

 そして二撃目。反転後は二撃目も、一撃目と同じくまっすぐに進んでくる。

 ダミーをその場に置いて、私は思い切り横へと飛ぶ。着地姿勢をうまく取れなかったが、これで攻撃コースからは逸れたはずだ。

 

 

 

 

 

 

「愚かだ」

 

 すでに反転し私がもともといた場所に踏み込み始めていたはずだ。

 

 なのにどうして二度目のステップを踏み、私の方へと方向転換をしているのだろうか。

 



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5.疑惑

評価ありがとうございます……!感謝……!


「やはり、人間というものは脆いな」

 

 敵はそう言いながら、私の右腕だった物を踏み潰す。

 

「しかし、貴様本当に人間か?普通ならとっくに気を失っていそうなんだが」

 

 私は止血帯で腕を強く縛ると、残った左腕で銃を構える。

 

「あいにくと私はただの人間よ。純度100%のね」

 

 口角が上がっているのを自分でも感じる。まだ奥の手は発動できていない。しかし、ダミー人形には最後の命令を送ってある。

 

「やめておけ。それ以上動くと本当に死ぬぞ?」

 

「どうせ死ぬなら一体くらい道連れにしないとね?」

 

「……ほんとうに人間というものは……狂ってる」

 

「はははっ、そうかもね。人間は狂ってる。それは否定しないよ」

 

 意識を保つことすら厳しくなってきた。おそらく次が最後になるだろう。

 

 だから、確実にここで決めるしかない。

 

「狂ってる。だからこそ生まれるものがあるんだよ」

 

「愚かな……。良いだろう、貴様は私が殺してやる」

 

 敵は再び突撃体勢へと入る。この溜めるような動作は、隙があるように見える。

 

 だから……このタイミングだ。

 

 敵が一歩目を踏み出したタイミングで私も動き出す。

 動き始めた私を見て敵は二度目のステップを踏み方向を転換する。

 

 敵はまっすぐにこっちへと突撃してくる。もういちど彼女の斬撃をくらえば、今度こそ即死してしまうだろう。

 だが、一度だけ、ダミー人形一体分だけチャンスがある。

 

 

 ダミー人形が私をかばうように前に飛び込んでくる。命令通りに動いてくれて本当に助かった。

 

 ダミー人形の背中を蹴り飛ばし、敵に当てる。敵は突然のことに戸惑いながらも、ダミー人形を切り裂いてそのまま真っすぐ私に向かってこようとする。

 

 ダミー人形を切り裂かせる。これが私の奥の手だ。敵のブレードは衝撃波をまとっていた。その衝撃波は、ダミー人形に満載された爆薬の起爆にもってこいだった。

 

 

 

 

 辺りを轟音が揺らす。私も無傷とは行かないが、ほぼ0距離から人形の破片付き爆弾をくらった敵は悲惨の一言に尽きた。

 

「うっ……爆薬?」

 

「今回は運が良かったわ。最後に残ったダミー人形がよりにもよってあの個体で本当に助かった」

 

「ちっ……覚えていろ。次はお前を――」

 

 殺してやるとでもいいたいのだろう。ボロボロの身体を動かし、私の方へと手を伸ばす。

 

 

 私はその腕にバングルをはめた。

 

「なんだこれは!」

 

「覚えていろ……ね。私は覚えていてあげる。でもね、あなたは忘れるの」

 

「システムにハッキング?馬鹿な!記憶領域に!?」

 

「あなたは私のことは忘れるんだよ。あなたが覚えていることは一つ。404小隊の恐ろしさをその身をもって体感したことだけ。たったそれだけ……」

 

 大穴が開いている腹部から銃口を心臓部へと向け、ためらわず引き金をひいた。

 

 

__________________

 

 

「45、通信よ」

 

 416が私の肩を揺さぶる。どうやらしばらく茫然自失となっていたようだ。通信機を取り出してみると、ヘリアンから着信が来ている。

 

「404小隊に次の任務を言い渡す。次は――」

 

「待って。今9が……UMP9がハイエンドモデルと交戦中で、それを救出した後ではだめかしら」

 

 きっと否定されるのだろう。そんなに甘い世界ではないことを私は知っている。

 

「UMP9からはこちらに連絡が来ている。合流できない程の損傷を負ったとのことだ」

 

「救援は?」

 

「もう送ってある。そろそろ回収しててもおかしくない頃だ」

 

「……そう。それでは次の任務を聞きましょうか」

 

 9が一人でハイエンドモデルを撃退したとは思えない。彼女は私よりも戦闘特化型ではあるけれど、SMGと閃光手榴弾では火力が足りない。何があったのだろうか……

 

 まあ、今度聞けばいい。9はまだ生きているのだから。

 

「UMP45、任務の内容は分かったか?」

 

「ええ、大丈夫よ。それじゃあ行きましょうか」

 

 G11をおぶった416は私を見て呆れた表情を浮かべたが、何も言ってくることはなかった。

 

 

 

 

 日が落ち、夜の時間帯となる。普段は夜戦でメインなのだけど、今回は他の部隊との兼ね合いで朝まで待機を命じられた。

 

「ねえ45、9のことなんだけど」

 

ランタンの灯りを囲み、416は私に話しかけてきた。私は顔に笑顔を貼り付ける。

 

「ええ、何?」

 

「本当にハイエンドモデルを倒したと思う?」

 

「ええ。9の戦果を疑っているの?」

 

「でもおかしいじゃない。9は普通の装備しか持っていなかったはずでしょう?」

 

「ええ。でも銃ではなくても倒しようはあるでしょう?」

 

 そんな方法があるなら教えてほしい、と自分の発言に自分で返す。ハイエンドモデルはそんな手先の器用さで倒せるような相手ではないことなんて百も承知である。

 

「はぁ、もういいわ。先に仮眠を取らせてもらうわ」

 

 そう言うと416は毛布にくるまってしまった。

 

 

 やれやれと空を見上げたときだった。通信機が連絡が入ったことをバイブレーションで教えてくれた。

 

「UMP45、ヘリアンだ。9の救援に向かわせた部隊からの報告だが、9の姿は現場に無かったらしい」

 

「っ!?」

 

「まあ待て。現場にはボイスメッセージが残されていた。UMP45宛のようだったからデータを送っておく。確認してくれ」

 

「わ、わかったわ。それで9は」

 

「捜索隊は、一応出す。だから404小隊は引き続き任務を――」

 

「そんなことできないわよ!」

 

 できるわけがない。重症の9が行方不明?

 

「捜索部隊はいらないわ。私たちで探す」

 

「待て、気持ちはわかる。だが、理解してくれ。404小隊の代えとなる部隊を私たちは持っていないんだ」

 

「……わかったわ。任務を遂行する」

 

「……すまない」

 

 通信はそこで切断された。歯をくいしばりながら端末を操作し、送られてきたボイスメッセージを再生する。

 

「”45姉へ。これを聞いているということは私は行方不明になっている、そうだよね?”」

 

 正解。あなたは今行方不明。

 

「”それでね、これは私からのお願いなんだけど、私のことは探さないで”」

 

 どうして?9は私の前から消えたかったの?

 

「”別に45姉が嫌いになったとかじゃないから安心してね”」

 

 ……

 

「”実をいうと設備がないと厳しいくらいの損傷を負っちゃったんだ。だから私は部隊を一時離脱する”」

 

 そんなに酷い損傷なら救援を待てばよかったじゃない。G&Kの修復設備を借りればすぐに復帰できるかもしれないのに……。

 

「”またすぐに戻るから、私のことは気にせずに任務に集中してね。それじゃあ”」

 

 ボイスメッセージはそこで終了だった。

 

 

 9はどうして私たちをハイエンドモデルから逃したのか。

 

 どうして重症を負ってまでハイエンドモデルを倒したのか。

 

 どうして、私の前から姿を消したのか。

 

 

 まさか……まさかね?

 

 

 9は私を姉と慕ってくれる可愛い妹だ。

 404小隊を家族といい、ムードメーカーとしていつも明るかった。

 訓練は人一倍頑張るし、任務中は誰よりも集中していた。

 

 

 そんな9が、私に隠し事をしているわけないよね?

 

 

 疑惑を一度持ってしまえば、全ての行動が怪しく見えてしまう。常に張り付いた笑顔。私に判断を仰ぎ自分では提案しないこと。ベースキャンプでは一人を好むこと。珍しい訓練をためしていること。

 

 

 

 

 いや、9が隠し事をしているかなんてどうでもいい。

 それよりも、9のあの笑顔が、45姉と呼ぶ声が、嘘であったならば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけがない。だって9は私の大切な妹でずっと昔から……

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔?私はいつから9と一緒にいた?



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6.復帰

「この傷……お嬢さんいったい何をしたんですか」

 

 医者は私の腕の写真を掲げる。綺麗な切断面は現実感がなかった。

 

「とりあえず処置はしました。義手をつけるなら紹介状を書きましょう」

 

「よろしくお願いします」

 

 そう言って私は頭を下げる。スラスラと紹介状を書いている青年を見つめると、こっちの視線に気がついたのか優しく微笑まれる。

 

 清潔感があり、医者として相応しい学力と財力もある。きっとこういう人物を良物件と言うのだろうな。

 

 

 まあ、彼の後ろに死体が転がってなければの話なのだが。

 

「はいできました。ここを出て左へ行ったところに人形屋があります。そこでこれを渡せば案内してもらえるはずです」

 

「ありがとうございます」

 

 紹介状を受け取ると、その病院もどきの建物から出る。ドラム缶で火を焚き暖を取っている人たちからの目線が突き刺さる。

 目立つのも仕方がない。少し派手な格好をしている上に隻腕である。周りは私の格好を見てぎょっとし、その後腕を見て二度見、そして再度格好を見るために三回も目を向ける。

 

……少し変装が派手だったかな?

 

 G&Kのカリーナという人から譲り受けた服だが、タンクトップは腕が目立ちすぎだった。これ以外の着替えはないし、血まみれのYシャツも捨ててしまった。

 

 

 

「いらっしゃい……冷やかしなら帰んな」

 

 迷わずに店は見つかった。ガラス戸を開くと、中からタバコの臭いが鼻をつく。

 店にいたのはスラリと背の高い女性だった。素晴らしいスタイルをもっている。だが右足が義足だ。鉄臭さが全てを台無しにしている。

 

「これを」

 

 紹介状を取り出すと、店員はタバコの火を消した。

 

「ほう、あいつの病院に行って生きて帰ってくる女がいたとはね」

 

 店員は一度奥へと行くと、木製の腕の模型を手に戻ってきた。

 

「わかった。右腕で良いんだよな?それとも全身機械にするか?」

 

「冗談を。私はできる限り人間でいたいわ」

 

「そうか、残念だ。それはともかく、注文を聞こうか」

 

「できる限り人間に近くして欲しいのだけど」

 

 私の言葉に店員は顔をしかめた。

 

「人形にでもなりたいのか?」

 

「……どういうこと?」

 

「わかってないのか。機械の腕ってのは不便だ。そしてそれは人間の形になるほどさらに不便になる。なにか目的にあったものをつけるのが一番良い。五本指で手首も動く腕なんて、コストも高く整備も大変なだけだぞ」

 

「それでも私は……」

 

「……わかった。幸い腕自体に在庫はあるから、一週間ってところだな」

 

「3日」

 

 店員は机を叩きつける。

 

「無茶だ。ただ形をあわせるだけじゃ済まないんだぞ」

 

「……」

 

「はぁ、わかった。だがこのデスマーチ、付き合ってもらうぞ」

 

 こうして、私と店員との謎の共同生活72時間が始まったのであった。

 

 

__________________

 

 

「よし、動かしてみろ」

 

 右腕を動かすイメージをする。しかしそれだけでは動かない。動かすイメージだけじゃだめだ。もう無くなった腕を動かすのではなく、新しく付いた腕を動かすことを考えるんだ。

 

「う、動いた」

 

 まだおぼつかないが、正確にすべての指、手首、肘が動いた。

 

「まったく、手こずらせてくれたよ。金はそこに入れておけ。私は寝る」

 

「ええわかったわ。ありがとう」

 

 札束を金庫へとねじ込み、ガラス戸を開ける。外はあいにくの曇り空だが、身を隠すには良い天気だ。

 

 通信機の電源を入れ、周波数を調節する。

 

「……誰?」

 

 通信機から聞こえる声に少し安心する。

 

「45姉、私だよ!」

 

「9!?無事なの?今どこに?」

 

 いつもからは考えられない慌てようにクスリと笑う。

 

「落ち着いて45姉。3日以内には合流できるよ」

 

「そ、そう。わかったわ、セーフハウスで合流でいいのよね?」

 

「うん、待っててね45姉」

 

 通信が途切れたことを確認して、私は別の通信端末を取り出す。足のつかないようにセーフハウスに戻るのは、本当に骨が折れる……

 

 

__________________

 

 

 合図を確認してセーフハウスの扉を開けると、9が立っていた。

 

「9!」

 

「えへへ。ただいま、45姉」

 

 笑いながら頬をかく9に思わず抱きつきそうになる。

 

 目の前の9が本物であることを確かめるようにじっと見つめる。9は視線に耐えきれなくなったのか頬をかいた。

 

「……9、右腕が」

 

「えっ?あっうん……完全修復には時間がかかるからね」

 

「そう。ちゃんと動くの?」

 

 鉄の腕をペタペタと触ってみる。

 

「うん、ここにくるまでにしっかり慣らしてきたから任務に問題はないよ」

 

「それは何よりね。でもしばらく任務は無いわ」

 

 G&Kはしばらく大きな作戦をしないらしく、私たちへの仕事も少ない。これを機に9の復帰まで休みをとることにしたのだ。

 

「わかった。それじゃあ416とG11にも会ってくるね」

 

 私の横を通り抜けて9がセーフハウスに入っていく。若干の汗の匂いとともに、9の匂いを鼻が感じ取った。

 

「ねえ待って9、少し二人で話をしない?」

 

 扉を閉めて後ろ手で鍵を締める。

 

「……うん、いいよ。なに?」

 

「ここじゃあなんだし、部屋にいきましょう?」

 

 9の笑顔が一瞬歪んだ気がした。

 

 まさか……ね?

 

 

__________________

 

 

 まずい。非常にまずい。45が出迎えてくれるところまでは想定内だった。勢い余って抱きついてくるのではと警戒したが、右腕を触る程度だった。それで済んだから油断していた。

 

「ここじゃあなんだし、部屋にいきましょう?」

 

 45の表情は笑顔のままだ。しかし、なにか闇を抱えている気がしてならない。少なくとも、彼女は私について疑惑を持っている。それを突き詰めようとしているに違いなかった。

 

 

 45の部屋はとてもシンプルで、机の上に書類がある程度でほかはきれいに清掃されていた。

 

「それで話って?」

 

「まあ落ち着きなさいよ。ほら座って」

 

 45に言われるがままにベッドに座る。45は私の右側へと腰を下ろした。かすかに香る45の香りが鼻をくすぐる。距離が少し近い。

 

「ねえ9、9にとって私たちはどういう存在なの?」

 

 45は私の右腕を手に取りそう言った。

 

「家族だよ。みんな私の大事な家族。416もG11も、もちろん45姉も」

 

 冷や汗が背筋を伝う。45はいったいどこまで情報を持っているのか、それをまずは見極めたい。

 

「45姉は……私のことをどう思っているの?」

 

「9は私の妹よ。大事な大事な、唯一の妹」

 

 45の手に力が入っているのか、鉄の右腕を伝って45が震えているのを感じる。

 

「不甲斐ない姉でごめんなさいね。私がもっとちゃんとしていればこんなことには」

 

「そんなことないよ。この腕は私のミス。45姉が気にすることはないよ」

 

「いいえ、もっと戦況を見極めていれば9が一人で接敵することを避けられたわ」

 

「45姉は十分すごいよ。私以外はほぼ無傷だし」

 

「あなだだからよ!」

 

 45が突然声を荒らげる。

 

「45姉?」

 

「あなたは……取り返しがつかないから……」

 

 45は私の右腕を持ち上げる。動かす意図のないときはただの鉄の塊であるそれは、何の反応も示さなかった。

 

 45姉はうつむく。

 

「触覚センサー、動いてないじゃない」

 

 私は思い出した。人形に埋め込まれた触覚センサーは人に似せてあるため、触られた際には反射的に手が動くのだと。そのセンサーのせいで、止めることを意識しない限り人間のように動き続けることを。

 そして、そのセンサーは人形用の義手にも付いており、人間用の義手には付いていないことを。

 

「45姉、この腕は訳があって」

 

「それ以上言わないで。ねえ最後に聞かせて?9は……」

 

 私はゴクリとつばを飲み込む。

 

「9は私のこと……好き?」

 

「うん、もちろんだよ」

 

 笑顔を貼り付けて私は即答した。

 

「嘘をつかないで、本当の気持ちを話して」

 

 45は私の顔を覗き込む。その瞳は、ただの視覚デバイスのはずなのに狂気を宿しているように見えた。



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7.確信

「本当の気持ちって……私は45姉のこと好きだよ?」

 

 9は不思議そうにしながらそう答えた。

 

 嘘だ。9の嘘をつく時の癖がでている。そう簡単に本心が出てくるとは思ってないが、これは手こずりそうだ。

 

「ねえ、なんで逃げようとしてるの?そんなに私と話をしたくないの?」

 

「そんなことないよ?ただ少し疲れてるから今日は早めに休みたいなって」

 

「ふーん、そう」

 

 通信機のスイッチをいじり、416へと繋ぐ。

 

「416?買い出しに行って欲しいのだけど。ええ、G11も連れ出していいわ」

 

 これで邪魔が入ることはない。

 

「さてと、話の続きをしましょうか」

 

 私はにっこりと微笑んだ。

 

 

__________________

 

 

 この状況で逃げるという選択肢は無かった。だから退路を断たれているのは問題ない。

 

 しかし、頼みの綱である他人の介入が絶望的となってしまった。

 今後私がとれる選択肢は二つ、なんとか誤魔化すか、ここで任務続行を諦めるかだ。

 

「さてと、話の続きをしましょうか」

 

 45が不気味に笑う。背筋が凍りつきそうだ。緊張を隠す訓練は受けているが、そんなに得意な方ではない。

 

「45姉はどうして私を疑ってるの?」

 

「……思い出してしまったのよ」

 

「思い出した……?」

 

「9、あなたはいつから私の妹になったの?」

 

「な、なにを言ってるのかわからないよ、45姉……」

 

「何も知らないのよ。突然、あなたは私の妹としてこの部隊にいた。私はあなたのことを全く知らない。そのことを思い出したわ」

 

「そんな……その前の記憶がないってこと!?」

 

「ええ、無いわね」

 

 そんなはずはない。カバーストーリーが埋め込まれているはずだ。45には、ずっと昔から私と一緒に過ごしてきた記憶がインストールされているはずだ。

 

「ああ、少し語弊があるわ」

 

 不思議そうにする私に気がついたのか45が言葉をつなぐ。

 

「記録はあるわ。ずっとあなたと過ごしてきた記録はね。ただ、それは記録であって記憶ではないわ。恐らく外部から無理矢理ねじ込んだのね、まるで他人の記憶を見ている気分だわ」

 

 電子戦特化とは聞いていたが、そこまで突き止められているとは思わなかった。

 

 しかし、その記録を認識しただけならば……

 

「……気付いちゃったか」

 

 落ち込んだ表情を作り出し、静かにこちらを見る45へポツポツと語る。

 

「確かに45姉の言う通り、私はこの部隊ができて少ししてから加入したよ。違和感のないように全員に偽の記録と記憶改竄をしてからね」

 

「9、それじゃああなたは」

 

「私は45姉の妹として作られたんじゃないの。この404小隊に必要とされて作り出された人形なんだ」

 

「……そう」

 

 45がこちらの言葉を疑っている様子はない。

 先ほどの言葉は全て嘘というわけでもない。404小隊のメンタルケアとして9という人形の外見や内面は作られた。そのことに嘘偽りはない。ただ中身が人形ではなく人間であるだけだ。

 

「でも45姉、私は404小隊を家族のように思っているし、45姉のことが好きだっていうのも嘘なんかじゃないよ?」

 

「そう……わかったわ」

 

「45姉……?」

 

「疲れているんでしょう?シャワーを浴びてきたら」

 

「うん、そうするね」

 

 45は部屋から出て行く私を引き止めようとはしなかった。

 

 

__________________

 

 

 もう、9の言葉を信じられない自分がいた。家族?姉妹?いったいどこまでが9の本心で、どこまでがそう設計された性格なのかが分からない。

 

「まったく……我ながら嫌になるわ」

 

 何も考えずに9の言葉を信じていたかった。私を姉と呼び、小隊を家族と言う9のままで満足していたかった。

 

 でも、それはできない。できなかった。私にはそんな思考停止することなんて、できなかった。

 

 

 ふと、端末を開きG&Kの最深部へと侵入する。データベースをひっくり返し、本当に一部の人間しか閲覧できないものを表示する。

 

 そこにあるのは全人形のデータだ。G&K所属だけでなく、判明している全ての人形のデータがそこに収まっている。

 

 私は試しに自分のIDを検索にかける。すると、数秒も経たずに私のデータが表示される。そのデータのほとんどが黒塗りにされており、秘匿されていることがよくわかる。

 

 416やG11も試してみる。すると、やはり同じように隠されているデータが出てくる。

 

 最後に9のIDを打ち込み、エンターキーを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

“That ID was not found”

 

 

 

 画面にはそう表示された。

 

 そんなわけがない。9のIDを覚え違えているわけがないし、ましてや元から登録されていないわけもない。

 このデータベースに存在しないということは、9はグリフィンの施設を利用できないということだ。修復施設はもちろん、補給物資の認証システムすら使えない。そしてなにより、I.O.P独自の烙印システムも使えないはずだ。烙印システム無しで人形が戦えるはずがない。ましてやハイエンドモデルを撃退するなど、不可能だ。

 

「9、あなたはいったい……いったい何者なの……」

 

 G&Kのデータベースから痕跡を消して、他のデータベースに侵入してみる。しかし、ここでも9のIDは登録されていなかった。

 

 私は何度もハッキングを繰り返し、IDだけでなく容姿やメンタルモデルのタグから9のデータをほり出そうとしてみる。

 

 しかし、いくら人形のデータベースを探しても、9らしき人形のデータはダミー人形のもの以外、残っていなかった。

 

 

__________________

 

 

「……あら、もう朝だったのね」

 

 部屋のカーテンを開けると、朝日が部屋に差し込んでくる。眩しさに目を細めながら、コーヒーもどきを淹れる。独特の苦味が朝という自覚を私にくれた。

 

「徹夜しても結局は該当なしねぇ」

 

 端末には9に関するデータを徹底的に洗い出した跡が表示されている。

 

「データの削除跡すら無し。これはデータを消したというよりも、元から存在しなかったと考えるべきかしら」

 

 私たちは隠されてはいるものの、確かにここに存在している。データは隠されていても、確実にあるはずなのだ。それすら無いのであれば、9は一体何者なのだろうか。

 

 

 

 

 9の顔と適合するパーツを探し出すプログラムを組み上げ、範囲をさらに広げる。各データベースはもちろん、番組のアーカイブから新聞のバックナンバーまで含めて、起動のエンターキーを押した。

 

 

 

 

「嘘……でしょ?」

 

 表示された結果の中に、一つの新聞記事があった。そこには人間の街が崩壊し、難民キャンプで過ごす人々の特集をしていた。

 

 その写真の中に、9によく似た少女がいた。幼い容姿ではあるが、私は彼女が9と同一人物だとどういうわけか確信を持ってしまった。

 

 

 端末を操作して少女の個人情報を表示させようとした。しかし、そのデータは丁寧に消去されていた。暗号化やセキュリティがあるのではなく、ただ黒塗りに、データを読み取れないように消した跡だけが見つかった。

 

 

それは9に似た謎の少女が実際に存在し、そしてその存在を隠されたことを証明してしまっていた。

 

 

__________________

 

 

「45姉?どうしたの」

 

 扉の開く音が聞こえたので起き上がると、部屋の入り口に45が立っていた。うつむいており表情は見えない。

 

 無言のまま45は私のほうへと近づいてくる。

 

「45姉?なにかあったの?」

 

 45はベッドへ腰掛ける私のすぐ目の前へと立つ。そしてそのまま腕を私のほうへと伸ばして――

 

 

 

――私の首を思い切り絞めた。

 

「よ、45姉!なにを――」

 

「9。いえ、9ではないのよね。あなたは、あなたは一体なんて名前なのかしら、人間」

 

 その私を人間と呼ぶ声には、憎しみの念が含まれている気がした。

 

 

 私も精一杯の抵抗はしてみるが、戦術人形相手に力で勝てるはずもなく、私の意識はすぐに薄れていった。



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8.暴露

 私は人間の意識が無くなったことを確認して首から手を離す。

 

「本当に人間だったのね……」

 

 戦術人形であれば、首を絞められても意識を失うようなことはない。もし人間と限りなく近ければ幻の痛みを感じるかもしれないが、それで行動不能になるような作りにはなっていない。つまり目の前の彼女は、紛れもなく人間であった。

 

 9は結局、私の懸念どおり人間だった。私の妹であり、ずっと昔から私を慕ってくれていたUMP9という人形は存在せず、得体も知れぬ人間がいるだけだ。

 

「さて、どこで話を聞こうかしら」

 

 416とG11が帰ってくると厄介だ。9と二人で出かけたということにして、倉庫の中を使うのもいいかもしれない。

 

 意識のない彼女は思った以上に軽かった。当たり前だ。彼女は右腕以外生体の人間だ。銃の反動すら抑え込む私たちに、人間の女は軽すぎる。

 

 

 そういえば倉庫には尋問用の道具も置いていたはずだ。手荒な真似は得意ではないが、彼女の素性について知るためにはやむを得ないかもしれない。

 

 

__________________

 

 

 目を覚ますと、目の前が真っ暗だった。どうやら目隠しをされているらしい。手は後ろ手に縛られ、足も曲げた状態で太ももごと縛られている。まったく身動きができない。

 

 扉が開く音が聞こえ、一人分の足音が私の方へと近づいてくる。

 

「目が覚めたのね」

 

「45姉、どういうつもり?」

 

「少し話をしなければいけないみたいだからね」

 

「……話をする体勢ではないんだけど」

 

「人間ってすごく脆いって聞いたわ。だから丁重に扱わないとね」

 

 ガラス製の何かを机の上に置いた音がする。もしこれが自白剤のようなものであれば……

 

 どうやら私はここまでのようだ。歯に仕込んである毒薬を舌の上に転がす。

 

「おっとそんなことをしていいとは言ってないわよ」

 

「ングッ」

 

 こいつ、急に指を突っ込んできやがった。惜しくも薬は口の中から取り除かれてしまう。

 

「なにも自殺することはないじゃない」

 

「ねえ45姉、なにかの間違いだよ」

 

「そんな声で私を姉と呼ばないで!人間の分際で!」

 

 45の指が私の首に食い込む。

 

「おっと、ごめんなさいね」

 

「ゴホッゴホッ、まったく何が目的なの……?」

 

「それはこっちのセリフよ人間さん。なぜ人間が人形の部隊に紛れ込んでいるの?」

 

 私は口を閉ざした。

 

 小瓶の蓋を開ける音がした。

 

「そう……そうよね。まあ初めから素直に話してくれるとは思ってないわ」

 

 45の匂いを鼻で感じたあと、腕に針を刺された感触がする。

 

「自白剤を使うの?」

 

「うーん、そうね」

 

「……何を投与したの」

 

「フフッ、秘密よ」

 

 まだ意識ははっきりとしている。まだ、情報は漏らさずにすみそうだ。今はこの状況を長引かせることだ。

 長引けば416やG11が探しに来るはずだ。そうでなくても、小隊長である45に連絡が入るだけで、この尋問は終わるはずだ。

 

「それで、人間……呼びづらいわね。なんて呼べばいいかしら」

 

「いままでどおり9でいいよ」

 

「だからそれは――」

 

「紛れもなく私の名前だよ。404小隊に紛れ込んでいた人間、それがUMP9だよ」

 

「いったいなにを」

 

 45は私が人間であるということしか掴んでいないのか。だったら……

 

「だからこう言っているんだよ。初めからUMP9という”人形”なんて存在しないんだよ」

 

「そう……やっぱりそうだったのね」

 

 私の周りを徘徊する足音が聞こえる。

 

「それで、どうしてこんな手のこんだ偽装までして私たちに紛れ込んでいたの?」

 

「答える気はないよ」

 

「でしょうね」

 

 カチンと音がする。鞄かなにかを開いたようだ。

 

「面倒ねえ。人形だったら頭の中をハッキングすれば済むのに」

 

「人形じゃなくてごめんね、45姉」

 

 せめてもの抵抗として、私は満面の笑みを浮かべる。

 

「あなたねえ……あっこれなんか面白そうね」

 

 面白そうなんて理由で尋問方法を決められても困る……

 

「催眠……本当に効くのかしら」

 

「残念だけど私はそういうのも耐性をつける訓練をしてるよ」

 

「そう。ならどこまで耐えられるか実験できるわね」

 

 クスクスと耳元で45が笑う。その頭の奥まで響く笑い声にゾクリと背筋に冷たいものが走った。

 

 

__________________

 

 

「あなたの名前は?」

 

「私は……UMP9だよ……」

 

「はぁ、駄目ね」

 

 椅子に座り込んだのか、軋む音がする。コーヒーでも淹れているのか何かを飲んで一息をついているようだ。

 

 危なかった……もう少し長ければわからなかったかもしれない。

 

「さてと、再開しようかしら」

 

 まずい。非常にまずい。

 認めよう。私は今普段通りの意識ではない。なんとか我を保っているが、もうあと一押しされてしまえばおちていってしまいそうだ。

 

「あなたは9、なんでしょう?じゃあ姉である私に教えて。あなたの任務は?」

 

「に、任務……?」

 

「あら?一息ついたから忘れたのかしら。あなたさっき自分で言ってたわよ」

 

「う……嘘……?」

 

 話してしまったのか?それなら一体どこまで……

 

 

「ええ、嘘よ。だけどその反応を見るに、任務であることは間違いないわね」

 

 やってしまった。つい口を滑らせてしまった。

 

「任務ということはどこかの機関に所属しているはずよね。でも軍やPMCではデータは見つからなかったし……」

 

 ここまできたらもう話してしまったほうが楽かもしれない。そして――

 

 

 

 

――解放された後に45の記憶を消して、私は死ぬ。それが私の任務だ。

 

「もう、話すから……解放して……」

 

「あら、もうリタイアするのね。うーん、分かったわ」

 

 数時間ぶりの光に目を細める。怪しい笑顔を浮かべる45が私の顔を覗き込む。

 

「死ぬなんて考えないことね。じゃないと私、またあなたを拘束しないといけないわ」

 

「うん、わかったよ」

 

 手と足の拘束も解かれる。

 

「それで話を――」

 

 45の言葉を着信音が遮る。

 

「もしもし……ええ、わかりました」

 

「どうしたの?」

 

「任務よ。緊急のね」

 

 45は服を着替えると装備を点検し始める。

 

「おっと、あなたはここにいなさい」

 

「どうして?」

 

「戦場にきたらあなた、死ぬわよ?」

 

「それが本望だよ」

 

「そう……それなら」

 

 音もなく私に近づき、縄で再び縛り上げる。

 

「あの……45姉?」

 

「ダメよ9、小隊長としてあなたにはここでの待機を命じるわ」

 

「そ、そんな……」

 

「話は帰ってきてからね。それじゃあ行ってくるわ」

 

 そういうと45は部屋を飛び出していった。



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9.KIA(戦死)

「どういうこと?」

 

 相手が上司であるヘリアンだというのに、そんなことを忘れて私は聞き返した。

 

「だから言ったとおりだ。新しいセーフハウスを用意した」

 

「その前よ。セーフハウスが襲撃された?」

 

「ああ。空撮画像では完全に破壊され尽くしている」

 

「……セーフハウスに9が残っていたはずなのだけど」

 

「画像からは交戦の跡は見えない。おそらくは対処しきれずに……」

 

「そんなわけ!……いえ、そうね。そう考えるのが普通よね」

 

 熱くなりすぎた電脳を冷ます。彼女のことだ。きっと無事に脱出しているはずだ。

 

「9との連絡は途絶えている。捜索隊を派遣してはいるが、望みは薄いだろう」

 

「了解、それじゃあ新しいセーフハウスに帰投するわ」

 

 通信を切ると、シートに体重を預ける。

 

「45、あなたひどい顔してるわよ」

 

 バックミラー越しに416が話しかけてくる。

 

「うるさいわね。事故を起こさないでよ?」

 

「……おっと」

 

 急にブレーキを踏んで前のめりになる。

 

「ちょっと416!」

 

「違うわ!猫が飛び出してきただけよ!」

 

「またそんな嘘を……」

 

 窓から外を見てみれば、確かに猫が道路上に居た。真っ黒な猫はこちらの様子を伺うかのように立ち止まっている。

 

「45、どかしてきてくれる?」

 

「はあ、しょうがないわね」

 

 車から降りて猫に近づく。手を伸ばせば届きそうな距離になると、黒猫は私から逃げるように路地へと走っていった。

 

「猫にも嫌われるのね」

 

「うるさいわね」

 

「……泣いてる、そんなにショックだったの?」

 

「違うわ、目にゴミが入っただけよ。はやく出発して」

 

 これは目のゴミを排出するための機能が正常に動作しているだけだ。それだけだ。

 

 

__________________

 

 

 葉巻を楽しんでいると、部屋の扉をノックする音が聞こえる。入室を許可すると、ヘリアンが資料の束を抱えて入ってきた。どうやら頼んでいた書類を見つけたようだ。

 

「KIA?この男が?」

 

「はい。社長、知り合いなんですか?」

 

 ヘリアンから渡された資料を手に取ると、見知った顔が入っていた。

 

「こいつは……昔の戦友さ。しかし簡単に死ぬとは思わなかったが」

 

「このご時世、何が起こるかわかりませんから」

 

 資料に目を通す。明らかに不自然なそれには見覚えがあった。これは人が消えたのではなく消されたあとだ。やつは死んだのではない。任務のために死んだのだ。

 

「いい飲みっぷりをするやつだったんだがな……」

 

「仕事に戻りましょう。死人は死人です」

 

「そうだな……。そういえば、こいつの家族はどうなったかわかるか?」

 

「家族ですか?データでは居ないとなっていますが」

 

 そんなはずはない。やつには義理だが娘がいたはずだ。よく懐いており、基地ではやつの側を離れなかったのを覚えている。

 

「いえ、娘がいるというデータもありませんが?」

 

「そうか、ならいい」

 

 昔を思い出すと手が止まる。こんなことをしている場合ではない。ただでさえ忙しいのに、さらに404小隊のセーフハウスへの襲撃だ。人手がいくらあっても足りない。社長の私が仕事をしないわけにはいかないのだ。

 

 

__________________

 

 

 新しいセーフハウスで落ち着かない日々を過ごして数日が経った。まだヘリアンから連絡はこない。日課としている訓練を終えてシャワーを浴びる。冷たいシャワーは私の思考を冷ましてくれた。

 

「45、ヘリアンから連絡よ」

 

「っ!」

 

「こらっ、体を拭いてから」

 

 シャワールームから飛び出そうとした私を416が押さえつける。

 

 少々冷静さを欠いてしまった。しっかりと服を着てから通信機を手に取る。

 

「45か?」

 

「ええ、それで9は」

 

「見つかった」

 

 つい足から力が抜けて座り込んでしまう。床はひんやりと冷たかったが、そんなことは気にもとめなかった。

 

「良かった……それで9はどこに」

 

「……UMP9は見つかった」

 

「UMP9は?どういうこと?」

 

「彼女の銃と右腕の義手、それから多量の血痕が見つかった」

 

「血痕?」

 

「鑑識の結果待ちだが、間違いなく彼女のものだろう」

 

「じゃあ9は戦闘を?」

 

「だろうな。付近に争った形跡はあった。ところでだが……」

 

 ヘリアンは言葉を言いよどむ。

 

「彼女が人間であることを、どうして隠していた?」

 

「なんのことだかわからないわ」

 

「虚偽の報告は契約違反だぞ」

 

「知らなかったのよ」

 

「……まあいい。それで9だが、KIAとして処理した」

 

「KIA?死亡は確認されていないはずじゃ」

 

「死体は見つかっていない。だが、あの出血量だとそれなりの機関で治療を受けない限り死亡しているはずだ」

 

 壁に背中を預ける。どうやら、私は妹まで失ってしまったようだ。もうUMP9は存在しない。いくら願おうとも、9と再開する日は来ない。

 

「っと今鑑識から連絡が入った。血は明らかに人間のものだが、……なに?これは本当か?」

 

「……どうしたの?」

 

「その人間のデータが存在しない。馬鹿な、登録されていない人間がまだ残っていたというのか」

 

「でしょうね……見つからないと思うわ。ただ登録されていないのではなく、消されたのよ」

 

「なにを――」

 

「彼女は何かの任務で404小隊に紛れこんでいたと言ったわ。小隊設立に関わった人物なら知っていてもおかしくないのだけど」

 

「私は知らない。だが……調べておこう」

 

「お願いするわ。それじゃあ切るわね」

 

 通信機を切ると、G11が近づいてきた。

 

「ねえ45?ど、どういうことなの?」

 

「なんでもないわ。なんでもね」

 

 不安そうな表情を浮かべるG11の頭を撫でる。

 

「9はどうなっちゃったの」

 

「大丈夫よ。きっと帰ってくるわ。きっとね」

 

 それが叶わない望みであることは十分にわかっている。

 

 そうだ。9は二度と帰ってこない。二度と……9には……会えない。

 




次回、エピローグ


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エピローグ

 その日は雨が降っていた。今にも雷が鳴り出しそうな空を見上げるようなことはしない。

 

 雨で髪が濡れ肌に張り付く。サイドテールにした髪を解き、水気を払う。

 

 

 目の前には墓石がある。名前は刻まれていない。当たり前だ。消された人間の名前をこんなところに残す訳がない。

 

「酷い……世の中……」

 

 家族のつもりだった。いや、家族だったといって過言ではない。私の残された唯一の家族だった。

 

 

 花束を墓石へと供える。驚くことに先客がいたようで、綺麗な花束が置かれていた。それに比べ自分が用意したものはみすぼらしかった。

 それでいい。私は目立ってはいけない。本来はここに来るべきでもなかった。でも、花ぐらい供えたかった。それくらい許されてほしい。

 

 

 雷で空が光る。

 

「さようなら」

 

 そう呟いて、私は墓石から顔を上げる。

 

 私は再び、髪をサイドテールに結んだ。

 

 

__________________

 

 

「社長、頼まれていたものです」

 

 書類の束を手渡される。それをパラパラとめくれば、優秀な分析官がびっしりと書き込んだレポートが目に入る。

 

「やはりか……」

 

 葉巻をくわえると椅子に深く腰掛ける。

 

「UMP9か、そういえば見たことがなかった」

 

 取引の関係上404小隊のメンバーは把握していた、と思っていた。しかしよく思い出してみれば、隊長の妹を名乗る彼女を見たことがなかった。

 

「さすがはやつの娘だ」

 

 印象に残らない技術を身に着けているのだろう。まったく親に似たといえばいいのか……

 

「残念だ。まさか会う前に死んでしまうとは」

 

 レポートの最後には、UMP9として404小隊に紛れ込んでいた少女についての考察が書かれていた。最後の一枚は近隣の病院への調査記録だ。近隣の病院ではUMP9らしき少女の目撃情報すらなかった。あの出血量ならば、どこかで倒れて死んでしまったと考えるのが妥当であると、レポートは終わっている。

 

「社長?」

 

 部下の一人が気を利かしたのかライターを取り出した。

 

「ん?ああ今日は吸わないと決めている」

 

 だから咥えるだけだ。あいつはタバコが苦手だった。だからやつの隣では、いつもこうしていた。

 

「まったく……二人とも死んじまって……」

 

 今日はあの酒を開けるとしよう。やつと、やつの娘と一緒に飲む予定だったあの酒を……

 

 

__________________

 

 

「どうして……ここが?」

 

 背中に当たる銃口に冷や汗をかきながら、それでも笑顔を浮かべて私は後ろを振り向いた。彼女も傘を差しておらず、そのサイドテールも濡れて元気がない。

 

「簡単なことよ。ええ、実に簡単なことね」

 

 その女――45は不気味な笑顔を浮かべながら私に端末の画面をみせてくる。

 それは発信機の電波を受信し、地図上に表示している。

 

 そしてその表示されている地点は、私が立っている地点だ。

 

「どこに!?まさか身体の中!いつの間に!」

 

 発信機を取り付けられるような物品は捨ててきた。選択肢は簡単に一つに絞れた。

 

「あのとき、注射器で打ち込んだのよ。さすがは人間ね、気が付かないなんて」

 

 額を汗か雨粒かわからない雫が流れる。たしかに人形であれば自分から発される電波に気がつけただろう。

 

「あら、奇遇にも髪型がおそろいね。姉の真似をするなんて可愛い妹ね、9」

 

「わ、私は9ではないわ」

 

「いいえ、あなたは9よ。私のたった唯一の妹、UMP9よ」

 

「だから私は……私は9だよ」

 

 銃で突かれて言葉を言い直す。

 

 しかしまったく目的が見えない。なぜ45は私を追跡して、しかもこんな脅す真似をしているのだ?

 

「いい子ね9、そのまま抵抗しないでくれると助かるのだけど」

 

「何が目的なの……」

 

「そんなのひとつに決まってるじゃない」

 

 45の頭が胸にあたり、ぐっと体重をかけてくる。

 

「おねがい、いかないでよ9」

 

「それは無理……それは無理だよ45姉」

 

「なんでよ!現にあなたは生きているし」

 

「いいや、私は、9は死んだんだよ。ここにいるのはただの残骸」

 

「それでも!私は9でなくても、あなたが居てくれるだけで!」

 

「いいや無理だよ45」

 

「なんで!」

 

「それは……私もここで死ぬからだよ」

 

 私は銃口つかみ、自分の心臓へと突きつける。

 

「さあ45姉。いや、UMP45、引き金を引いて」

 

 私は45と共に生きられない。そういう運命なのだ。9が死んだ時点で、私が人間だとばれた時点で、共に生きる道は閉ざされたのだ。

 

「そんなことできるわけないじゃない!」

 

「いいや、引かなきゃいけない。あなたはここで私と別れを告げて、9のいない生活を送らなきゃいけないの」

 

「そんな……だってあなた、死ぬのよ?」

 

「別れを言いたい人はもういない。私はこの世に未練なんてない」

 

 雨だか涙だかわからない液体が、45の頬をながれおちる。

 

「泣かないでよ45姉。416から笑われるよ」

 

「どうして!どうして私から離れてしまうの!」

 

「それが運命なんだよ」

 

「運命!?なによそれ!なんで私がそんなものに左右されなきゃいけないのよ!」

 

「落ち着いて45姉。いつもみたいにさ。あなたの任務はその引き金を引くことだよ」

 

 45の頭を抱えて背中を撫でる。涙を流す45はまるで子供のようだった。

 しかし、任務という言葉を認識したのか45の指に力が入っていった。

 

「さようなら、45。あなただけでも生きて」

 

 

 

 

 撃鉄が、落ちた。

 




 ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。皆様のおかげでこの作品も【完結】とつけることができました。
 最後は自分でも納得のいくエンドにもっていけず、力不足を感じました。ですのでわざと曖昧にして、あとは読者の想像にお任せしたいと思います。ここからすべてを崩してハッピーエンドにするもよし、余韻を楽しむためにバッドエンドにするもよしです。

墓:除名済みの軍人の墓。彼の墓に花を供える人物は二人。彼に背中を預けた戦友と、彼を義父と慕う娘であった。
↑こんなふうに裏設定を語りたいので、気になる点や伏線に見えるところがあればお気軽にご連絡ください。


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