異常航路 (犬上高一)
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リベリア編
第1航路 “自称”善良な0Gドッグ


ゼアマ宙域。かつてリベリアという国家の辺境宙域であったが、強大なヤッハバッハ帝国の侵略によりリベリアは消滅した。そして、現在はヤッハバッハの辺境宙域である。

 

「支配者代われど辺境変わらずか・・・。」

 

 その辺境宙域を一隻の小型輸送船が航行している。小さいブリッジには、若い女性が1人いるだけである。ブリッジどころか、艦内には彼女以外誰もいない。代わりに輸送船の倉庫内には、食料、酒、医薬品等の生活必需品がぎっしり詰め込まれていた。

 

 彼女は目の前のコンソールを操作し現在位置とレーダーを確認する。なにも異常が無い事が分かると、ちょっと背伸びをする。

 

「さて、仕事するか・・・。」

 

 そう言うと彼女はオートクルーズを解除し、マニュアルに切り替える。

 

現在位置はゼアマ宙域セクター4。俗にいう暗礁宙域という奴で、そこら中大量の岩石がある。あまりにも量が多いので、オートクルーズではルート作成できず、警報を吐きまくって強制停止するのである。

 

なので、人力でこの宙域を航行する。微速前進しつつ、スラスターをチマチマ動かし、岩石の隙間を通り抜ける。小型輸送船と言っても全長が120mあるので、小さな岩石がゴンゴンぶつかってくる。一応デフレクターは稼働しているが、過度な期待はしない。

 

「PU358ニ新路上ニ接近スル岩石アリ。」

「りょーかい。」

 

 スラスターを噴き進路を変更する。岩石をギリギリの距離で躱す。

躱した直後今度はレーダーが接近する岩石の警報を鳴らす。レーダー画面を見る限りぶつかっても大丈夫なギリギリの大きさなので、このまま直進する。というか岩石が邪魔で回避できない。

 

 ゴンッと鈍い音と共に船体が少し揺れる。ビービーと警報が鳴るがうるさいので切った。

 

その後も暗礁宙域を進んでいき、いい加減ドロイドの音声と警報音にうんざりしてきた頃に、レーダーに反応があった。

 

小さなビーコンの反応で、それが点々と続いている。それに沿って航行していくと、巨大な岩石が目の前に現れた。輸送船をその巨大岩石の前で停止させる。

 

「こちらシーガレット。ドロイドが3体壊れた。誰か代わりのドロイド5体か、手伝ってくれる人6人くらい来て欲しい。報酬は254G(ガット)出す。」

 

目の前の岩石に向けて通信を送る。すると、岩石の一部が動き出し、ぽっかりと穴が開いた。輸送船はその穴の中へ進んでいき、内部に入ると入り口が閉じられ、辺りには静寂が訪れた。

 

 

 

内部はさながら宇宙港のようだった。中には、小型ボートや魚雷艇。さらには駆逐艦や巡洋艦までもが係留されている。

 

『よぉシーガレット。頼んでた煙草と酒はきちんと買ってきてくれたか?』

「安心してくれ。きちんと買って来てあるよ。値は張るがな。」

『あまり高いのは困るぜ。7番につけてくれ。アームの準備は出来ている。』

「分かった。」

 

 誘導員の指示に従い輸送船を7番ドックの近くへ動かす。近づくと係留アームが輸送船を掴み、ドックへ着岸させた。船から降りると少しの疲労感を感じる。

無理もない。あの暗礁宙域の中を神経を擦り減らしながら航行したんだ。多少は疲れもする。

 

「ふぅ・・・。」

「お疲れさん。茶でもどうだい?」

「なんだランディか。先に積み荷の方を降ろしておきたい。目録はここだ。」

 

 そういって私は目の前の男――ランディに積み荷目録を渡す。それに軽く目を通した彼は、満足そうにうなずく。

 

「これだけあれば、しばらく持ちそうだ。ここの農業プラントだけじゃ生産出来ない品もあるしね。」

「何時間で終わる?」

「そうだな。7時間もあれば全部積み終わるよ。」

「分かった。私は大佐に話をしていくよ。」

「あぁ分かった。」

 

 

 

 

 この岩石内の基地。ここは元々リベリア軍の施設だったそうだ。巨大な岩石の内部をくりぬき、宇宙船ドックや造船工廠や居住区などを作り上げた施設で、国防の為こういった施設がいくつも作られたらしい。

 この基地――サンテール基地も、そのうちの一つだが何かの理由でヤッハバッハが侵略してくる以前に放棄したらしい。

 

 現在このサンテール基地は、ヤッハバッハで言う“反乱分子”の拠点となっている。

 

旧リベリア軍の残党、海賊、0Gドックなど肩書は様々なれどヤッハバッハに敵対しているという共通点を持った者たちが集まり、一つのコロニーを形成した場所だ。

 ちなみに0Gドッグというのは宇宙航海者達の俗称の事である。世間的にはアウトローな意味合いで使われているが、広義的には貿易船の乗員や宇宙戦艦の艦長など宇宙を航行

するすべての人間に当てはまる。

 その中でも他船を襲ったり、地上で略奪行為を働く0Gドッグを海賊と呼ぶ。

 

 この基地内の勢力としては、旧リベリア軍の兵士達を中心とした派閥『アーミーズ』だ。元リベリア軍人のベルトラム大佐をリーダーとした派閥で、先程積み荷のやり取りをしたランディも元リベリア軍人だ。彼らはこのサンテール基地の管理運営を行っており、各勢力のまとめ役となっている。

 

 他の派閥として海賊組織『ディエゴ海賊団』がある。ヤッハバッハの取り締まりが厳しくなったため、止む無くサンテール基地に身を寄せた集団である。アーミーズとは仲が良くないが、それ以上にヤッハバッハの方が脅威なので、今は互いに協力している関係である。

 

 もう一つが『フリーボヤージュ』。ヤッハバッハの航行制限に従わない0Gドッグをまとめるギルドのようなもので、0Gドック達にミッションを提供する。内容は大体違法採掘か密輸である。

 

 最後に『レジスタンス』がある。各派閥でも特にヤッハバッハを敵視している者達の集まりだ。小型船を使い、ヤッハバッハの拠点や船に対しテロ行為等を行っている。管理運営が主体のアーミーズに対し、実戦を主体とするのがレジスタンスである。

 

 

 ちなみに私はどの派閥にも所属していない“善良な0Gドッグ”であり、ただ物資を人に売っているだけである。売った先の人間がヤッハバッハに抵抗しているとかそういうのは知った事では無い。

 

 基地内の一室――指令室のドアをくぐる。そこには数人の士官がレーダーによる周囲の警戒や書類整理などをしていた。その中で一人、テーブルに座り書類を片付けている太った男が居た。彼がアーミーズの指揮官ベルトラム大佐だ。

 

「来たか密輸商人。」

「失礼な物言いだな大佐。私は唯の“善良”な0Gドッグだ。」

「お前が善良な0Gドッグなら世の中の悪人の半分は善人だ。」

「善良の判断は人によって異なるものだよ。」

 

 挨拶代わりの掛け合いを終わらせて私はソファに座る。

 

「積み荷の目録はこちらも確認した。それで金の方だがこれでどうだ。」

 

そう言われて提示された額は200G。

 

「・・・少なすぎるぞ・・・。最低でも1000Gは必要だ。」

「少し事情があって、現在資金繰りが苦しい状況だ。250Gまでなら何とか出せる。」

「無理だな、1000Gは下回れない。第一何があった?アーミーズが資金繰りに失敗するとは思えないが?」

 

「レジスタンスの一派が大量に流れ込んできたのさ。」

 

 話すのを少し渋っていた大佐に代わり、別の声がかけられる。

 

「ディエゴ・・・。」

 

 ディエゴ海賊団のボス、ディエゴ。ベルトラン大佐とは違いこちらは痩せ型の男だ。海賊という肩書からか痩せ型の所為か、狡猾そうな印象を与える。

 

「なんでも他所のレジスタンス狩りから逃げてきた連中が500人くらいこっちに来たわけよ。数も多いし食料や衣服も必要になるしで金欠になる訳よ。」

「あぁ・・・それは―――。」

「ベルトラム大佐!!」

 

お気の毒にと言いかけた所で、指令室の扉が勢いよく開かれ、大きな声が響き渡る。現れたのは戦闘服に身を包んだ男が現れる。

 

「先程到着した食料の搬出を許可して頂きたい!我々の仲間は飢えているのだ!」

 

そういってずんずん歩いて大佐に詰め寄るこの男はギルバード。レジスタンスの指揮官で血の気の多い男だ。

 

「落ち着いてくれギルバード。食料は無限にわいてくる訳では無いのだ。予定外の行動をされると食料を管理する事が出来ない。きちんと食料は分けるから、しばらくは待機していてくれ。」

「急いでくれ大佐。我々は一刻も早く同士の仇を撃たねばならないのだからな。」

 

 そう言い残しギルバードは出て行ってしまった。

 

「はぁ・・・そういう訳だ。今回の取引はツケか。もしくは何かと物々交換という事で手を打って―――。」

「ちょっと待った。」

 

 大佐が物々交換を提示しようとした所へディエゴが割り込んできた。

 

「金欠なアーミーズに代わりその食料を俺達に売ってくれ。」

「売ってくれって・・・。物資の管理はアーミーズが管轄しているだろう?」

「そのアーミーズが金が出せないって言ってんだぜ。俺達なら言い値で変える。悪い取引じゃないだろ?」

「で、その食料を倍値で売りつける訳か。」

 

 この男は状況に乗じて食料を買い占め、高値で売りつけるのが目的だ。

ディエゴの案に乗れば確かに金は手に入る。ただし、アーミーズやレジスタンスとの関係は悪くなるだろう。

 

「いや、何かと物々交換という事にしておこう。今あんたと取引すると後が怖い。」

「チッ。まぁいい。気が変わったらいつでも言ってくれ。」

 

 そう言い残すとディエゴは部屋から出て行った。

 

「まったく・・・少しは基地の運営に協力してもらえないものか・・・。」

「大変そうだね。大佐も。」

 

 心なしか、大佐の髪が前回見た時よりも少なくなっているように見えた。




この度は【異常航路】第1話をお読み頂きありがとうございます。

久々に無限航路をプレイして気が付いたら書いていました。

今更ですが、この小説は原作無限航路の解説をそこそこ飛ばしてしまうので、意味が分からない用語があれば無限航路ウィキなどで調べるか、感想かメッセージなどでご指摘下されば幸いです。




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第2航路 リベリアへの客

ヤッハバッハ帝国

全宇宙の4分の1を支配下に置くと言われている巨大帝国。強大な軍事力によって多くの国家を滅亡、吸収してきた。純血のヤッハバッハ人は平均身長2m前後。


「今物々交換できるのはこんなものだ。」

 

 そう言ってベルトラン大佐が提示したデータベースを見る。目録の中は船のジャンクや鉱石などがほとんどだった。

 

「・・・ん?」

 

 そのデータの中に一つ妙なものを見つけた。『コントロールユニット』というモジュールの設計図だ。

 

「大佐。このコントロールユニットはどうしたんだ?。」

「ん?あぁそれか。レジスタンスの連中が何処かの研究所から盗んできたらしい。なんでも船の管理をコンピュータに任せて最低稼働定員数を減らすものらしい。」

「便利な物じゃないか。試してみたのか?」

 

 万年人不足のここなら、こういったものの需要は高いはずだ。使い方などを聞き出そうとしたが大佐は首を横に振り

 

「残念ながらうちの工廠では作れなかった。どうにも統一規格を無視した代物らしい。それなりの規模の工廠じゃければ無理だ。」

「統一規格を無視?」

 

 統一規格は、空間通商管理局などが提示する宇宙船の部品などの統一規格だ。この規格によって宇宙船の建造は2~3日で終わるし、船に搭載するモジュールも他国の物をそのまま使えるのである。

 

 統一規格を無視すると、その船その船で調整が必要になったり、場合によっては工廠で生産できなかったりとかなり大変な事になる様だ。

 

「ふむ。じゃあこれと、鉱石をいくつか貰っていこうか。」

「出航時間は何時だ?」

「積み込みが完了次第出航するさ。次持ってくるものに何か必要なものはあるか?」

「あぁ、食料に服。それとミルクだ。」

「ミルク?」

「逃げ込んだレジスタンスの中に親を亡くした赤ん坊や子供までいてな。ギルバードが興奮しているのもこれが原因だ。」

「分かった。可能な限り手配しよう。」

「助かる。」

 

 積み込みを終えたらさっさと出航する。ここの連中は基本的に悪い連中ばかりではないが長居するべきではない。それが互いの為だ。

 

 

 

 

 

 

 

 積み込みを終えサンテール基地を後にした私は、ゼアマ宙域から離れた辺境惑星フラベクに入港していた。主要航路から離れたフラベクは、まさに辺境という惑星だった。

 

 その辺境惑星の工廠で、私は例のコントロールユニットが制作できないか試していた。

 

「駄目か・・・。」

 

 やはり辺境惑星の工廠程度では駄目らしい。鉱石もある程度売れたが、赤字を避ける事は出来なかった。せめてこのコントロールユニットが作れれば、一人で艦内整備とかする事が無くなるだろうと思ったのだが・・・。

 

 

 

 

 あの後色々試してみたが、希少素材や専用設備などが必要で余程発展した所じゃないと作れないことが改めて分かっただけだった。

 

「マスター。白ワイン炭酸砂糖入り。」

「はいよ。」

 

 0Gドッグ御用達の酒場――だった所だ。ヤッハバッハによる航行制限が厳しい為、フリーの0Gドッグは殆どいなくなってしまった。今いるのはどこかの商人か、周辺を飛んでいるデブリ回収船くらいである。

 

「マスター。何かミッションはないか?もちろん正規の。」

「うちは“正規の”ミッションしかないぞ。適当な事言うな。」

 

 そう言ってマスターは、注文のドリンクを出してきた。

 

「ミッションなら丁度いいのがある。人を送ってほしいんだ。」

「何処までだ?」

「リベリア。」

「また随分と遠い所に行きたいようだな。」

 

 リベリアと言ったら、リベリア皇国の首都所為だ。ヤッハバッハの総督府が置かれている星で大変発展しているし警備も大変厳重だ。

 

「報酬は?」

「150G。運ぶ人数は1人だ。」

「違法な客では?」

「大丈夫だ。民族管理カードも本物だよ。」

 

 目的地までの報酬を考えると少し安いが、民族管理カードが本物であるなら合法的にリベリアまで移動できそうだ。

 

「じゃあそのミッションを受けよう。出航時間に船に来るように言っておいてくれ。」

「ああ。所でもう一杯行くか?」

「頂こう。」

 

 

 

 

 

 

 

 「貴女が私を運んでくれる人ですか?」

 

 出航時間の少し前にやってきた中肉中背の男は、ジュラルミンケースを一つ大事そうに持っていた。

 

「貴方が依頼人か?。」

「はい。エドワードと言います。リベリアまでよろしくお願いします。」

「あまりきちんとした客室ではないからそこは我慢してくれ。」

「大丈夫です。航海には慣れていますので。」

「それは頼もしい。短い間だがよろしく。」

「こちらこそ。」

 

 エドワードが乗った所で輸送船は出航する。目標とするリベリアはここからボイドゲートを1つ程挟んだ所にある。

 辺境なのでヤッハバッハのパトロールもいない。しばらくは静かな宙域をオートクルーズで航行していく。

 

「所でなぜリベリアへ?」

 

 気になっていたことを聞いてみる。普通ここからリベリアへ行く用事はまったく思いつかない。

 

「実は私、こう見えても学者でフラベクには研究の為に来ていたんですよ。こっちへ来たのは良かったんですが、帰りの船が中々見つからなくて。」

「・・・帰る算段をせずにこっちへ来たのか?」

「まぁそんな所です。」

 

 研究者というのは周りが見えない者と聞いた事があるが、彼はたぶんその類だろう。

 

その後、何事も無くボイドゲートまでたどり着く。辺境という事もあるが、ヤッハバッハの支配下になってから海賊などの被害が一気に減り、安全に航行できるようになった。その分0Gドッグも減ったが。

 

「ボイドゲート。相変わらず巨大なものですね。」

 

 ボイドゲート。何時何処で誰がどうやって何の為に設置したのか分からないワープ装置。これをくぐる事で、何百光年と離れた宇宙へ一瞬で移動する事が出来る。

 

「さて、ゲートに飛び込むが何か忘れ物とか無いよな?」

「えぇ、もちろんです。」

「じゃあ行くぞ。」

 

 別に何か特別な操作が必要な訳でも無く、ただ普通にゲートをくぐるだけである。くぐった瞬間そこはもう別の宇宙だった。

 

「そういえば艦長。」

「シーガレットだ。」

「シーガレット艦長はボイドゲートを通過する時、頭痛がするとかいう事はありませんか?」

「いや?」

「そうですか。いや、知り合いの話で稀にそういう人が居るらしいので、シーガレットさんはどうかと思いまして。」

「いや、一度もそういったことは無いな。聞いた事も無い。」

「そうですか。」

 

 ボイドゲートを通るときに頭痛がするなんてことがあるのか。ゲートの通過は絶対の安全を保障されているから、何も影響はないと思っていたが・・・。

 

「おそらく数億人に一人の割合で体質的にゲートになじめない人が居るのでしょう。」

「ふむ・・・。かなり珍しい体質になるのだな。」

 

 まぁ私には何も関係のない話か・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 リベリアに近づくにつれ徐々に民間船やパトロール艦隊が徐々に多くなっていった。首都星とあってさすがに数が多い。

 

ここで通信要請を受けた。相手はヤッハバッハのブランジ級突撃艦3隻からなるパトロール艦隊だ。

 

「こちら、民間船アルタイト。何か御用ですか?」

『こちらは第411パトロール隊である。貴艦は定期船では無いようだが何が目的か。』

「本船は、惑星フラベクからリベリアまで民間人を運んでおります。」

『航行許可コードを提示されたし。』

「いま送ります。」

 

 航行許可コードは、ヤッハバッハが発行しているものでその時その時の航海で発行されるものだ。発行には事前審査が必要で、申告と異なる航路を通ったりすればたちまち捕縛されるし、コードが無い船は反乱分子とみなされ捕縛される仕組みだ。

 

『確認した。コードに問題なし。貴艦の航海の安全を祈る。』

「ありがとうございます。」

 

 そういって通信を切る。しかし昔に比べれば随分と面倒になったものだ。その分だけ航行の安全は高まっているが・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙港それ自体はヤッハバッハでは無く空間通商管理局の管理下にある。その為入港や出港自体は問題なく行える。ただし、港内にはヤッハバッハ兵がうろついているので、不審な行動を取れば普通に捕まる。

 

とは言っても、ヤッハバッハに逆らわず普通に大人しくしていれば何も問題は無い。手続きを終えた私達は惑星リベリアへと降り立った。

 

「助かりました。やっと家に帰れます。」

「次は帰りのことも考えて行動することだな。」

「気をつけましょう。それとこちらが報酬の150Gになります。」

 

 エドワードから報酬の150Gを受け取る。やはりもう少しもう少し貰いたいものだ。

 

「では、またどこかでお会いしましょう。」

「ああ、またどこかで。」




2/16一部名称などに間違いがありましたので修正しました。


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第3航路 新入り船員

リベリア皇国

アルゼナイア宙域にある惑星リベリアを首都とする国家。今作では複数の星系に勢力を持つ。ヤッハバッハの侵略により滅亡した。


 エドワードと別れた後、私はリベリアの改修工廠に居た。フラベクの工廠より遥かに巨大なこの工廠なら、例のコントロールユニットが作れるのでは無いかと試していたのだ。

 

「・・・。」

 

 結果を言えば作る事は出来なかった。このモジュールを作るのに必要な設備も資源もここにはある。なのに作れないのはどういう訳か。理由は簡単だった。

 

「まさか未完成なモジュールだったとは・・・。」

 

 このモジュールは開発途中のモノだったらしい。いくつかデータに不備があり、その所為で設計が出来ないでいたのだ。必要な設備や資源があっても元々のデータが駄目では意味が無い。

 

 「骨折り損のくたびれ儲け・・・か。」

 

  ゴミでは無いが殆ど似たような物だった。しかも盗品みたいな物だから、売りにも出せない。

 こんな事なら、ディエゴに売った方が良かったか?

 

「・・・今日は飲むか。」

 

 こんな日は飲もう。酒を飲もう。飲んで寝て明日になればいい事がある。多分・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、正直に話せば処分が軽くなるかもしれんぞ。」

 

 現在私は、リベリアのヤッハバッハ駐屯地の一室にいる。なんでこんな所にいるのかだって?そんなものこっちが聞きたい。

 

 酒場で酒を飲もうとしていた所で、いきなりヤッハバッハの兵士が突入してきて拘束されてしまった。

 

 一杯も飲んでいなかったのに・・・。

 

「正直にと言われても、全く身に覚えが無いのだが。」

 

 目の前のヤッハバッハ兵は、ワザと大きなため息を吐いてこちらを挑発してくる。

 

「分からないなら教えてやろう。数日前、お前は惑星フラベクからリベリアへ1人の旅客を運んだ。」

「その通りだ。」

「そいつは事もあろうか民族管理カードを所持していなかった。」

「は?」

 

 民族管理カードを持っていなかった?

 

「つまりこういう事だ。お前達反乱分子は、何か良からぬことを企んで、あの男をこのグリーンビルまで運んだ。おそらくこの星でテロでも起こすつもりだったんだろ。」

 

 目の前の兵士は、一つの情報から自分勝手に作り出した妄想を吐き出してくるが、知るかそんなもの。“善良”な一航海者がテロなど企む訳ないだろう。

 

「何を言っているのかさっぱり分からないな。」

「ほう。あくまでシラを切るか。」

「ああ、私はフラベクの酒場のマスターから、旅客ミッションを受けただけだ。マスターも正規の客だと言っていたし、航行許可コードも発行された。」

 

 あの男が最初から民族管理カードを所持していなかったとしたら、航行許可コードも発行されるはずが無い。

 

「何ならそのマスターに聞いてみるといい。私はただお前達の法に従ってやっていただけだという事が分かるだろう。」

「調子に乗るなよ貴様・・・。誰に対して口を聞いてる・・・。」

「偉大なヤッハバッハの皇帝様の忠実な下部。」

「貴様ァア!!」

 

 挑発しすぎたのか、相手が耐性が無いだけか頭に血が上った兵士は、机を思い切り叩いて立ち上がると、腰のブラスターを抜いた。

 

「このアバズレが調子に乗るなよ!優しくしてりゃあつけあがりやがってッ!」

「私は事実を言っただけだ。そもそもーーー。」

 

 突如室内に銃声が響く。兵士のブラスターから放たれたメーザーが私の頬を掠めた。

 

「黙れ!余計な口を叩くな!このレジスタンスめ!!」

 

 完全に頭に血が上っている。下手な事を言うと撃ち殺されそうだ。

 

「お前達レジスタンスは、帝国による秩序に無駄な抵抗をし無関係な臣民まで巻き込んで破壊活動を行う害虫だ!貴様等の所為でどれだけ多くの人間が苦しんだと思っている!!お前達は生きていてはいけない!この宇宙に存在する事すら許されないのだ!」

 

 訳の分からない持論を怒鳴りながらブラスターを突きつける。

 

 そんな事言ったらお前達が来なければテロも起きなかったし、遥かに大勢の人が苦しまなかったよ。

 と言うセリフは、心の中にしまっておく。口にしたが最後、怒り狂った兵士に撃ち殺される事間違い無しだ。

 

「とっとと罪を自白して、裁きを受けろ!!」

 

 兵士は私にブラスターを突きつけて脅してくる。ここまでされたら、正当防衛でぶん殴っても文句は言われないだろう。まぁ私は格闘技能はからっきしなので、その前に撃ち抜かれて終わりだが。

 

 とりあえず座ったままの姿勢で、椅子を掴む。素手で殴るよりはダメージがあるはず。無実の罪で取り調べ中に逆上した兵士に撃ち殺される気はさらさら無い。

 

 

 

 

 「何をしている伍長!!」

 

 突如部屋の扉が開かれ、男が1人入ってきた。服装からして、ヤッハバッハ兵である事は間違いない。

 

「しょ、少尉・・・これはその・・・。」

「馬鹿者ッ!証拠もなく武器で脅して自白を強要するのを許した覚えは無い!取り調べ中の発砲もだ!」

 

 どうやら入ってきたヤッハバッハの少尉は、先程取り調べをしていた兵士の上司らしい。

 上司の登場で興奮が冷めたのか、しどろもどろになる兵士。お陰で私の命の危機は去ったようだ。

 

「詳しい話は後で聞く。しばらく別室で待機していたまえ。」

 

 少尉の言葉に従い、兵士は部屋から出ていった。

 

「筋違いだろうが、許してやってくれ。彼はこの間のテロで親しい友人をなくしていてな。情緒が不安定なのだ。」

「はぁ、それはお気の毒に。」

 

 内心そんな奴に取り調べなんかさせるなと思う。口には出さない。

 

「で、君は釈放だ。帰っていいぞ。」

「は?」

 

 もうなにがなんだかさっぱり分からない。いきなり拘束されたと思ったら、いきなり釈放だ。混乱もする。

 

「・・・いきなり此処に連れて来られて訳もわからず尋問され、あげくの果てにいきなり釈放ときた。多少の説明くらいあるべきだと思うが。」

「あぁ、簡単に説明すると今回の騒動は全部あの男が悪い。」

「は?」

 

 語彙が無いと思われるかもしれないが、いきなり誰が悪いなど言われてもさっぱりわからない。

 

「簡単な話だ。君が運んだ客が民族管理カードを落としたのだ。調べたら先程航行許可を受けてこの星へ来たと言うことになり、なんらかの偽造をしたのではという疑いから、関係者である君が拘束された訳だ。」

「つまりエドワードがカードを落とした所為だと。」

「そうだ。つい最近テロが起きたばかりで警戒度が上がっていた事も一因になるが・・・。」

「はぁ・・・。」

 

 思わずため息が出てくる。つまり私はあの男がカードを落とした所為で、命の危険に晒された訳だ。

 

 今度会ったら一発お見舞いしてやる・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 ヤッハバッハから解放された後、酒場で大量の酒を飲んだ。危険な仕事の報酬はゴミ同然のデータプレート。せめて損失分を賄おうとすれば、客のトラブルに巻き込まれて殺されかける始末。

 

「私が何したって言うんだ・・・。」

 

 飲み代も無くなり、酒場を後にした私は船への道を歩く。少し体がふらつくが何も問題は無い。

 

 「ぐっ!?」

 「うお!?」

 

 歩いていたらいきなり何かにぶつかった。ぶつかった拍子にバランスを崩して、尻餅をついてしまった。くそ、何から何までついてない・・・。

 

「大丈夫ですか?」

「どーこ見て歩いてるんだ気をつけ・・・ろ・・・。」

 

 文句を言いながら顔を上げるとそこには見知った顔があった。

 

「シーガレットさんじゃ無いですか。こんな所でいったい何をしているんですか?」

「・・・おまえぇ!!」

「ぐえぇぇええ!?」

「このやろう人に散々迷惑かけといて何してるんですかだと!?ふざけるなぁ!!」

「は、はなしてくれぇ!?」

 

 

 

 

 

 

「うぅ・・・気持ち悪い・・・。」

「あれだけ暴れれば、気持ち悪くなりますよ。」

 

 エドワードに肩を借りて宇宙港の中を歩く。飲み過ぎたのか気持ちが悪い。

 

「いやぁすみません。まさかそんな事になっているとは思いませんでした。」

「私もだ。カードを落しただけで私まで拘束されるとはな。」

「何か理由があるんですかね?」

「さぁ。分からん。」

 

 少し頭を冷やしてから考えると、あのヤッハバッハの反応はちょっと可笑しい気がした。たかが一市民がカードを落したくらいで、関係者を拘束し尋問するのはおかしい。あのヤッハバッハの少尉は、テロにより警戒態勢を上げていたからだと言っていたが・・・。

 

 部署の手柄の取り合いや部下の暴走など理由はいくつでも考えられる。巨大な版図を持ち優れた将兵を多く持つヤッハバッハですら、妬み恨みと無縁という訳では無いのだ。

 だが、それが分かったからといって何かが変わる訳では無いので考えるのを止める。

 

「そっちだ。そこのゲート。」

「ここですね。」

 

 角を曲がった所でようやく宇宙船にたどり着いた。とりあえず船の中にあった酔い止め薬を飲んでおく。

 この酔い止め薬が意外と優れもので、宇宙酔いから乗り物酔いなどの気持ち悪さを緩和する薬だ。包帯や消毒液と一緒に救急箱に入っている3点セットの一つである。

 

「ふぅ・・・。」

「水でも持ってきますか?」

「あぁ、頼む。」

 

  エドワードが持ってきた水を飲み干して椅子に深く腰掛ける。薬が効き始めたか気持ちが落ち着いたのか少し気分が良くなる。

 

「そういえ貴方は大丈夫だったのか?ヤッハバッハに拘束されたと聞いていたが。」

「いやーかなり厳しく取り調べられました。こっちの話を聞いてくれないから何時間も押し問答して、ようやくデータを調べて、登録していたデータと一致して、ようやく解放されました。」

「それはまた・・・。」

 

 エドワードの方も苦労していたらしい。殺されかけた私よりは、マシかもしれないが。

 

「・・・所で。」

 

 などと考えていた私にエドワードが声をかけてくる。ただ何か言いにくい事なのかその先が続かない。

 

「どうした?何かあるなら言ってくれ。その方が私も気が楽だ。」

 

 途中でモゴモゴされると気になってしょうがない。エドワードもそれを言われて決心したのか口を開く。

 

「その・・・この船で働かせてくれませんか?」

「・・・・・え?」

「この船で働かせてください。」

 

 いや、別に言い直さなくてもいいんだが・・・。

 

「いったい何があったんだ?いきなり働かせてくれなんて。」

「実は・・・ヤッハバッハから取り調べを受けた後、一度職場に顔を見せに行ったんですが、帰って来るのがあまりに遅くなりすぎたのでクビにされてしまったんですよ。しかも家は社宅だったのでそっちも追い出されまして。」

 

 ようやく帰ってこれたと思ったら仕事はクビになり家は追い出され途方に暮れていた所で、酔った私と出会ったらしい。またいつか会いましょうとは言ったが、昨日今日で合うとは思わなかった。

 

「っと言っても貴方は学者だろう?学者に船乗りが務まるとは思えないんだが。」

「そこら辺は大丈夫です。こう見えて機械もそれなりに触ってきたので、整備士や機関士として役に立てると思います。」

「うーむ・・・。」

 

 正直に言えば即採用したい所だ。いくら化学が発達した現代といっても、100以上もある宇宙船を一人で動かすのは厳しい面がある。空間通商管理局から提供されているドロイドは教科書通りに動いてくれるので運行上こいつがあれば問題は無い。ただし教科書通りにしか動かないので、細かな指示や突発的な事態の対処等は人間側がやらなければならない。結局最後に当てになるのは人の力だ。

 

 ただ私の船は唯の貨物船では無い。ヤッハバッハの御役人にバレるといろいろと面倒な事になる。それもこれまで私が人を雇えなかった理由の一つだ。

 しかもエドワードとは数日前に知り合ったばかりで、互いをよく知らない。

 

「・・・一つ質問してもいいか?」

「なんですか?」

「貴方はヤッハバッハを・・・ヤッハバッハに支配されたリベリアをどう思う?」

 

 この質問をした時、エドワードの顔付きほんのちょっと硬くなった。ヤッハバッハかリベリアに関して何かあったのか、この船で働くための試験と捉えたか。

 それとも私が考えている事を察したのか――――。

 

「・・・一言で言えば”どうでもいい”ですかね。」

「どうでもいい?」

「私はヤッハバッハが来る以前は別の研究所で働いていたんですが・・・地位や名声ばかり気にする連中が多くて息苦しい思いをしてきました。ヤッハバッハが来た後はその研究所は解体されて、別の研究所に移ったんです。そこは純粋に探究心にあふれた研究所で以前よりも楽しく仕事が出来ました。当時はヤッハバッハに感謝していたものです。」

 

 ヤッハバッハの統治はまさに王道だった。汚職と不正を追放し、旧体制下の闇の部分を吹き払ったのだ。そうした恩恵を受けた彼らにとってヤッハバッハは救世主だったのだろう。そして彼もその一人だったのだ。

 

「ですが結局、国や人種が違えども私達は同じ人間です。巨大なヤッハバッハとはいえ悪人が居ないわけではありません。一部の者だけですが、自分達は征服者であるという優越感から我々を見下し邪魔をしてきました。実は私がフラベクで立ち往生していたのもそうした連中の陰謀だと思っています。」

「本当かそれは?」

「証拠は何もありません。ですが自分は彼らに対しあまり従順な方では無かったので、恨みを買ってもおかしくはないだろうと。」

 

 もしかしたら彼が研究所を辞めたのも、そうした連中が策を講じた結果だったのかもしれない。

 

「もう保身に疲れました。どこか身分に縛られない所で一人コツコツと研究していたい。リベリアもヤッハバッハも勝手にしろ!俺は研究がしたいんだ!」

 

 最後の部分が彼の本音だろう。一人称も口調も変わっている。人が猫をかぶるのはみっともないという奴もこの世にはいるが、私はそれが普通だろうと思っている。そんな事に目くじらを立てるより、相手の本質を見抜く術を身につける方が先だ。

 

 ここまで正直に本心を打ち明けてくれたからには、私もそれに答えないとな。

 

「合格だエドワード。これから君をクルーとして雇おう。」

 

 エドワードは一瞬ぽかんとしたが、言葉の意味を理解したのか嬉しそうな顔になる。

 

「ありがとうございますシーガレットさん。・・・いや、艦長!」

「あぁ、これからよろしく。」



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第4航路 しなければならない事

 新しい船員を乗せた小型船アルタイトは、リベリアからフラベクへと向かっている最中だった。積み荷はミッションで受けた貨物とフラベクで中々見かけない嗜好品や贅沢品が多少だ。航行許可は往復で有効なので、この隙に向こうで売れそうなものや運ぶものは兎に角積んでおく。

 

「艦長。機関のチェック終わりました。何も問題なしです。」

 

 機関のチェックを終えたエドワードが戻ってきた。彼が思ったよりも優秀な人物で、マニュアルをしばらく読んで実物を観察したらある程度の事は出来るようになっていた。何か秘訣があるのかと聞いたら、研究所でこうした機械をかなり扱ってきたらしい。その経験のおかげだそうだ。

 

 ヤッハバッハは有能な人材であれば、被征服民でも高い地位に就くことが出来ると謳っているが、全知全能という訳でも無いらしい。こうして有能な人材を0Gドッグにしてしまっているのだから。

 

 まぁ、人の思いは数式で表せないものというように、能力だけですべてがうまくいく訳では無いのだろう。

 

 

「・・・そういえば、以前いた研究所ではどんな研究をしていたんだ?」

「色々やってましたけど、主に兵器とかAIとかの軍事部門でしたね。」

「兵器開発なんてやっていたのか。」

 

 どう見ても兵器開発をしている顔には見えないのだが、人は見かけによらないという事か。

 

「それで後は何をしましょう?」

「何もない。」

「え?」

 

 何もないのである。意外に思うかもしれないが、各部のチェックさえやってしまえば後は何も問題ないのだ。ヤッハバッハのおかげで海賊が居なくなり、警戒の為にレーダー画面とにらめっこする必要もない。つまり暇だ。

 

「航路も平和だからね。フラベクに着くまで自由行動だ。」

「じゃあ部屋で研究とかしていてもいいですか?」

「あぁ構わない。何かあればアナウンスがかかるから。」

「分かりました。じゃあ失礼します。」

 

 そう言ってエドワードは退室する。後はフラベクまでゆっくり行くだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 何事も無くフラベクへ着いた。着いた足でフラベクの酒場へ行きマスターに荷物を渡す。

 

「いつもご苦労さん。なんか飲んでいくか?」

「いや、ちょっと用事があるんだ。後で来るよ。」

「そうか。報酬はこれだ。」

 

 マスターからクレジットの入ったデータチップを受け取り酒場を後にする。

 

「艦長。この荷物何処に運ぶんですか?」

「いいからついてこい。」

 

 酒場の外で待機していたエドワード。彼の傍らにある反重力カート(反重力を用いた台車)にはコンテナが一つ乗っかっている。エドワードにそれを押させて私達は、少し離れた裏通りに入る。

 

「これから行く先はあまりいい場所では無い。向こうで何を聞かれても黙っている事。向こうで起こった事を誰にも教え無い事だ。」

「わ、分かりました。」

 

 据えた匂いのする裏通りを進んでいくと、一軒の民家にたどり着く。扉の前には煙草を吸いながら座っている一人の男が居た。

 

「・・・シーガレットか。まだくたばってなかったか。」

「おかげさまでな。」

「そっちの男は?」

「新入りさ。問題ない。」

「そうか。」

 

 そういうと男は扉から退く。入れという意味だろう無言で顎をしゃくった男に従い、民家の中へと入った。中には黒いフードを被った男がいた。

 

「今日はどんなもん持ってきたんだシーガレット。」

「ここじゃ手に入りにくい品がいくつか。」

「どれ、見せて貰おうか。」

 

 男は台車にあったコンテナを開ける。中にはこの星では手に入らない酒や煙草などの嗜好品がぎっしりと入っていた。

 

「おー。これはずいぶん良い物が入ったじゃねぇか。」

「今回限りだ。これと同じものが10個。いつもと同じところにある。」

「ケッケッケッ・・・。こいつはいいや、リベリアの酒なんかご無沙汰だったからな。」

「報酬は?」

「おっとすまねぇ。」

 

 そういうと男はクレジットの入ったデータカードを差し出す。そこには2000Gと表示されていた。

 

「これだけうまいもん出されたら、それだけ金払わねぇとな。」

「どうも・・・。じゃあな。」

「つれねぇなぁ。少しは世間話でもしていけや。」

「あまり長居すると互いの為にならないのでな。」

 

 こういう所に長居するのはあまりよろしくない。それこそヤッハバッハに嗅ぎつけられたら厄介どころの話ではない。それは向こうも分かっているのか、つれなねぇなと一言呟くと男はコンテナの中から酒を取り出し、飲み始めた。

 

「そういや知ってるか?最近レジスタンスの拠点の一つが壊滅させられたらしいぜ。」

「ほぅ。そんな事が。」

 

 私は当たり障りのない答えをしたが、男は鋭い視線を浴びせてきた。唯それも一瞬の事で、すぐに視線を外すと酒を一つ飲んだ。

 

「半日とかからず壊滅させられたそうだが、なんでもヤッハバッハの連中は新兵器を使用したそうだぜ。」

「どんな新兵器を使ったんだ?」

「さぁな。そんなもの俺が知る訳もないだろう。ま、ヤッハバッハに逆らう奴らに対する見せしめと、新兵器の実用試験ってとこだろうさ。」

「そうか。」

 

 それだけ言うと私は扉を開ける。今のは所謂今回の酒や煙草に対する礼のオマケという奴だ。今日の奴はずいぶん機嫌がいいようだ。まぁ滅多に手に入らない酒を手に入れられたのだから当然か。

 

「所で、そっちの男はお前の新しい恋人かい?夜の具合はどうだ?」

「・・・。」

 

 私は何も言わずに扉を力強く閉める。閉めた後でエドワードを中に置いてきた事に気付くが、開けるのも癪なのでそのまま傍に居るとエドワードはすぐに出てきた。

 

 私達はそのまま酒場へと戻る。船に戻っても良かったが、まぁどうせなら酒を飲もうという訳だ。

 

「さっきの男。あれは誰です?」

「裏町の商人といったところだ。好き好んで関わるべき人間じゃあない。」

「ならどうして艦長はあんな奴と取引を?」

「・・・このご時世辺境の船乗りをやるには、それなりの金が必要だからな。」

 

 でなければかかわることなど無い。ヤッハバッハの航行制限の所為で、フリーの0Gドッグに著しい行動制限がかかったのだ。明確に規制されている訳では無いが、資源採掘や探索など常に宇宙を動き回る0Gドッグにとっては重い足枷となった。船を維持するにも金がいるが、航行制限の所為で思うままに船を動かせないのだ。金が稼げない0Gドッグは船を降りるか、ヤッハバッハの目を掻い潜るか、何処かの貿易商の専属になるかだ。

 

 「ヤッハバッハが来てからは、色々と変わった。地上にいる連中からしたら生活の質が上がって嬉しいだろうが、私達からすれば死刑宣告にも等しい。そんな中で0Gドッグをやるにはいろいろな覚悟がいるのさ。」

 

 私の言葉にエドワードは何も言わなかった。ただ黙ってコップに酒を入れてくれた。私もそれ以上は何も言わなかった。多分私が言わんとしていることが分かったのだと思う。

 

 私達はしばし黙った酒を飲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 この数日、俺の周りの環境は著しく変化した。そもそもの原因は、上司からフラベクへサンプル採取に行けと言われ、予定通りサンプルを回収していざ帰ろうと思えば

帰りの船が居なかった所為だ。

 

 連絡も付かず今まで溜めていた貯蓄を切り崩して自力で船を手配し、カードを落とした所為でヤッハバッハに尋問され、ようやく帰ってきたと思えばクビだ。

 

 あの時の上司は、自分が仕組んだ事が上手くいったとばかりにニタニタ顔で「黙って俺に従えば、置き去りにされる事も無かったのにな」と言ってきた。

 

 さすがにムカついたので、本気で一発股間に蹴りを入れてやった。

 

 そのまま啖呵を切って家から目に付いた必要そうなものを片っ端から持ち出し、街へ出たのだ。行く当ても無く歩いていた所をシーガレットさんーーー船長に出会った。

 

 酔って足取りもおぼつかない彼女を、船まで運んだ。その時だ、0Gドッグになる事を思いついたのは。失う物も何も無い。今まで研究所では気分良く働けなかった。0Gドッグなら命の危険はあるが、その分やりたい事が好きなだけできると聞いた。研究所よりも0Gドッグの方が良いかもしれない。

 

 駄目元で頼み込んだら、ひとつ質問された。

 

「貴方はヤッハバッハを・・・ヤッハバッハに支配されたリベリアをどう思う?」

 

 正直最初は何を言っているのか分からなかった。これは一つの採用試験だろうと思い、正直に答えた。リベリアもヤッハバッハも知った事か、俺は研究がしたいんだと。

 

 それを聞いた船長は合格をくれた。その日から俺は輸送船アルタイトの船員になった。

 

 航海中に機関のチェックなど、出来る事をやりながら、空いた時間で少しずつ自分の趣味に打ち込んでいった。良い環境だと思った。上司はうるさくなく、静かに1人研究に集中できる。機材などは無いが、煩わしさが無い分気が楽だった。

 

 フラベクへ降り、裏商人との取引を見た。品の無い男でどうして船長があんな奴と関わりがあるのが気になり聞いてみた。

 

 ーーーいろいろな覚悟がいるーーーその言葉で気付いた。0Gドッグとして食っていく為には、それなりの事をやらなければならない。非合法な事を行う覚悟も必要なのだろう。そうじゃ無ければヤッハバッハをどう思うなんて質問をする訳がない。

 

ーーーーーー面白い。

 

 リベリアもヤッハバッハも知ったことか。俺は俺のやりたい様にやる。俺が作りたいものを作るために、天下のヤッハバッハ様にも逆らってやるさ。



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第5航路 ナノマシンとコイントス

今回から文字数が増えます。


 現在アルタイトは、ぜアマ宙域に来ている。目的地はセクター4。サンテール基地のある暗礁宙域だ。

 

「艦長・・・。こんな所航行して大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。一応デフレクターは機能している。」

「それなら良いですけど・・・。」

 

 岩石の間を縫う様に進んでいき、ようやくビーコンを捕まえる事ができた。ビーコンをたどりようやくあの巨石、サンテール基地が見えてきた。

 

 「こちらシーガレット。ドロイドが3体壊れた。誰か代わりのドロイド5体か、手伝ってくれる人6人くらい来て欲しい。報酬は254G(ガット)出す。」

 

 前回も送ったこの通信は合言葉のようなものだ。それぞれの船によって送る言葉は違う。

 

「なんです?その通信。」

「まぁ見ていろ。」

 

 そう言っているとサンテール基地のゲートが開かれた。エドワードは開いた口がふさがらないといった次第だ。その顔は結構抜けていて面白かった。

 

「な、なんなんですかあれ?」

「今回の商売相手さ。」

 

 

 

 

 

 

「お疲れさん、茶でもどうだい?」

「・・・思うんだがお前はいつも同じことを言うな。」

 

 思い返すとこいつはいつも同じことを言ってくる気がする。 会った相手には茶を進めないといけない呪いにでもかかっているのだろうか?

 

「・・・そちらの人は?」

 

 などと考えていたら、ランディがエドワードに気付いた。彼につい最近雇った新しい船員だと伝える。

 

「へぇ。あのシーガレットが新しい船員を雇うとはねぇ。珍しい事もあるもんだ。」

「いい加減人不足が酷かっただけだ。」

「そうか。じゃあ彼は医務室に連れて行くよ。」

「え?」

「あぁ、私はベルトラムに話をしてくるから。」

 

 そう言って私はその場を後にする。エドワードは訳も分からずランディに連れていかれた。

別にエドワードが何処か具合が悪い訳では無い。これから彼が医務室に行くのは、ナノマシンを投与する為である。ナノマシンは脳神経に働き、この基地の事を他人に話そうとするのを防ぐものだ。この基地に関係する事を話そうとするとナノマシンが脳に働きかけて意味不明な事を話させる。文字やデータ入力も防ぐものだ。他に機能は無く、死に至る事も無い。ただこの基地の情報を他に伝える事が出来ないだけだ。

 

 無論私も投与されているし、この基地に関係のある人間は全員投与されている。裏切りを防ぐのと、敵に捕まっても情報が漏れないようにするためだ。このおかげで現在までこの基地は発見に至っていない。

 

 ちなみにナノマシンを投与した後少しの間宇宙酔いのような状態になる。

 

「来たな。自称善良な0Gドッグ。」

「自称も何も私は善良だよ。」

 

いつもの掛け合いをして、ソファに座る。向かいのソファに腰かけたベルトラムは、どこか機嫌が良さそうだ。

 

「機嫌が良さそうだな。何かいい事でもあったのか?」

「ん?あぁ、フリーボヤージュがいい鉱脈を見つけてくれてな。なんとか金の当てがついたのさ。」

「ほう、それは良かった。」

「お前の方こそ何かあったのか?一人でやっていくと言っていたお前が、人を雇うなんて珍しいじゃないか。」

「さすがに、人手が足らなくてな。」

「なんだ、老化でも始まったのか?」

 

 ・・・ふざけた事を抜かすベルトラムを睨む。失言に気付いたベルトラムはすぐに取り消した。

 

「あ、いや悪かった。」

「分かればいい。」

 

 反省しているようなので今回は許す事にした。

 

「お詫びという事で、今回は高めに買い取ってくれるんだろう。」

「ぐ・・・仕方ない・・・。」

 

 ここでふとある事を思い出した。ここへ逃げ込んできたレジスタンス達の事だ。リーダーのギルバードは敵討ちとかなんとか騒いでいたが、下手な行動を起こすとこっちまで巻き添えを食らう。

 

「フリーボヤージュやディエゴも説得してくれて、何とか抑えているよ。」

「ほう。ディエゴが説得を。」

 

 復讐に燃えた奴ほど何をするか分からないから、ディエゴも説得するしかなかったのだろう。

 

「そういえば知っているか?ヤッハバッハの連中、レジスタンスの拠点を破壊するのに何か新兵器を使ったらしい。」

「その事なら逃げてきたレジスタンス達から聞いている。どうやら拠点を壊滅させるのにゼー・グルフ級戦艦を持ち出してきたらしい。」

「ゼー・グルフ!?あのリベリア駐留艦隊旗艦のか!?」

 

 ゼー・グルフ級戦艦。ヤッハバッハが持つ巨大戦艦で、宙域を守るテリトリアルフリートの旗艦として用いられる船だ。宙域を監視する駐留艦隊の旗艦として惑星リベリアに配備されている。

 まるで要塞のような巨大な戦艦で、その破壊力は尋常な物ではない。

 

「いや、どうやら別の船らしい。あの化け物が二隻もリベリアに居ると思うと寒気がする。」

「新兵器については?」

「詳細は分かっていない。ただ生き残りの証言から強力なレーザー兵器か何かでは?という程度だ。」

 

 まぁ、そんな簡単に分かる訳が無いだろう。とここでドアが開く。見ればそこにはランディとその肩を借りるエドワードの姿があった。

 

「うぅ・・・気持ち悪い。」

「少しの辛抱だから我慢してくださいね。」

 

 投与後の作用で気持ち悪さが出ている様だ。頭の中に異物を入れるのだから当たり前だ。

 

「君が新入りか。私はこの基地の司令官ベルトラム大佐だ。」

「ど、どうも。シーガレット艦長の船のクルーのエドワードです。」

 

 エドワードは気持ち悪さを抑えながらベルトラムが差し出した手を握る。 握手した後、ソファに座った私達の元へランディがお茶を持ってきた。聞けばランディが淹れたものらしい。茶が趣味なのだろうか?

 

「で、金の事だが多少色を付けて1200Gでどうだ。」

「少ない。」

 

 ベルトラムが提示した額をぴしゃりと否定する。理由は簡単、安すぎる。

 

「大佐。前回殆ど赤字だ食料を引き渡しただろう。その分も含めて今回は2500Gだ。」

「そ、そんな大金はさすがに用意できない。前回の分は前回の分だ。1500Gでどうだ。」

「前回はそれなりに損をしているんだ。たまには儲けさせてくれなければな。それに大佐から貰った例のコントロールユニットは未完成のデータだった。さすがにそれは聞いていないからな。その分も合わせてそれぐらい支払って貰わないとな。」

「未完成のデータだったのか。」

 

 あの設計図が未完成だったことは大佐も知らなかったらしい。だからと言ってまけてやる道理は無いが。

大佐はずいぶんと唸っていた。それもそうだ、2500Gという大金はそう簡単に用意できるものではない。

 

「では間を取って2000Gという事でどうでしょう?前回のお礼もありますし。」

「むぅ・・・それくらいなら何とかなるか。」

「こちらもそれで構わない。」

 

 ランディの発案により2000Gで手を打つことにした。2000Gのクレジットと鉱石をペイロードに詰め込む。

 

「船長、2000Gも手に入れたのに何でこんなに大量の鉱石まで積むんですか?」

「私達はゼアマ宙域にある採掘ステーションに食料などを運び代わりに代金と鉱石をフラベクへ運んでいるのさ。」

「あ。なーるほど。」

 

 正直に反乱分子に食料を売りますなんて言える訳も無く、航行許可も下りないのでこの宙域にある採掘ステーションに物資を届ける事にしている。その嘘をより本物に近づける為にこうして鉱石を積み偽装する。

 ちなみに採掘ステーションも用意してあるが、古くなって使用に問題があるので最低限アーミーズの人員がいるだけだ。採掘機能もほとんど麻痺している。

 

 サンテール基地を出港した後は航行データを偽装する為に、その採掘ステーションに行かなければならない。これが少々面倒くさい。

 

 

『ゲート開放、出港を許可する。次も旨い酒頼むぜ。』

「手に入ったらな。」

 

 管制官の頼みに適当な返事をして出港する。あの岩石群を抜け、我々はフラベクへの帰路に着いた。

 

「そういえば船長。あのベルトラム大佐と話してた時コントロールユニットがどうとか言ってたじゃないですか。」

「あぁ、あの未完成品。」

「そのデータ見せてもらっていいですか?」

「ん?あぁいいぞ。」

 

 一瞬なんでそんなものをと思ったが、彼が科学者だったことをすっかり忘れていた。こういうものには興味があるんだろう。もっていたデータプレートを渡す。

 

「・・・あ、これ俺が研究していたユニットのモジュールですね。」

「本当か!?」

「昔に研究していた奴ですけどね。完成間近って所で部署替え食らったんですよ。」

「それは・・・ご愁傷様。」

「ははは、まぁ結局間近になってプログラムや部品に欠陥が見つかって、結局中断になりましたけどね。」

「そうか。一瞬君なら完成させられると思ったんだけどな。」

「出来ますよ。」

 

 ポカンとした表情を浮かべる私を見て、エドワードはニヤリとする。まるで、新しいおもちゃを周りに自慢する子供のようだ。

 

「担当を外された後もこっそり個人で研究していたんですよ。欠陥の解消なら簡単にできますし、元のデータもあるので多少書き換えてやれば製造可能です。」

 

  得意げに話すエドワードに思わず見とれた。もしかしたらとんでもない人材を引っ掛けたのかもしれない。そんな予感がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「来てしまったか。」

 

 あのモジュールが作れると分かってから1週間の月日が経っていた。理由は、フラベクでは装備や資源が無いのと航行許可が中々取れなかったのである。モジュールを作りたいと言ってあのデータを提出する訳にもいかないので、酒場のマスターに頼みリベリア行きのミッションがあったら優先で回してくれと頼んだ。

 1週間後にようやく貨物の輸送ミッションが来たので、それを利用してリベリアまで来た訳だ。

 

「貨物の搬出終わりました!さぁ早く工廠に行きましょう!」

 

 異様な程に高いテンションのエドワードに少しうんざりする。まぁ自分が研究していたものが完成するとなれば喜ぶのも当然か。

 

 私達は早速交渉へと向かい船の改造を始める。と言っても端末でモジュールをどこに組み込むか決めてボタンを押すだけなのだが。意外と大きいモジュールで貨物室を一つ潰す羽目になった。

 

 そしていざ搭載しようとした所で、その見積額が目に入った。

 

「い、10000G・・・だと?」

 

 その改造費がバカにならない。下手すれば船一隻建造できる。

 

「駄目だ駄目だ。キャンセルだ!」

「そんな!?どうしてですか!?」

「こんな大金使える訳無いだろう!!」

「大丈夫ですって。俺がコツコツ貯めてた貯金がいくらかあるんでそれも使えば安く済みますよ。」

「いくらくらい安くなる。」

「・・・2000Gくらい?」

「却下だ!却下!!」

 

 10000Gから2000G引いたって8000Gもするじゃないか!そんな大金使う余裕はない!!

 

「そんなぁ!お願いしますよ船長!!俺の給料半分でいいので!」

「無茶言うな!これなら人雇った方がマシだ!」

「初期投資が少し高いだけですよ!この期を逃したら二度と作れませんって!」

「その初期投資が高すぎるんだろうがぁあ!!」

 

 何だかんだと揉めていたら、管理ドロイドからうるさいと怒られた。何故こんな目に・・・。

 

「分かりました。だったら賭けで決めましょう。」

「何故?」

 

 興奮からか口調が本来のモノになったエドワードはこう切り出してきた。船の所有者は私なのに?

 

「俺が勝ったらこのモジュールを搭載してください。代わりに艦長が勝ったら俺の給料4分の1でいいです。」

「いやそれ対して私に利益が無いじゃないか・・・。」

「乗せる時の金額は俺が出せるだけ出すので、残りを艦長に払ってもらうって事で。」

「いやだから」

「嫌ならヤッハバッハの詰め所にでも駆け込みますけど。」

「ぐ・・・。」

 

 や、やはりこんな奴雇うんじゃなかった・・・。

 

「はぁ・・・分かった。してどんな賭けだ?」

「これです。」

 

 そう言ってエドワードは一枚のコインを取り出す。何の変哲もない何処かの記念品らしきコインだ。

 

「コイントスか。」

「裏と表、どちらにします?」

「・・・表だ。」

「では。」

 

 ピンッと弾かれたコインは宙を舞い、落ちてきた所をエドワードが手の甲でキャッチする。ゆっくりと手をどけるとそこにあったのは裏を向いたコインだった。

 

「なッ!?」

「やったぜ!!」

 

―――この瞬間私の貯金の大半が吹き飛ぶのが確定した。船の運航費が・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 小一時間程して改造が終わった。本来なら10分もかからないものだが何分規格外のモジュールの為か随分時間がかかった。

 余談だが、エドワードはずいぶん金を貯めていたらしく残高を確認したら2800Gもあった。学者の給料はずいぶん良いらしい。まぁ今回の事ですべて消し飛んだが。

 

 かくいう私もせっせと溜めていた金がほとんど無くなってしまった。

 

「では早速起動しましょう!」

「あぁ。」

 

 新しいおもちゃを手に入れた状態のエドワードは、興奮気味にコントロールユニットを起動する。

グオオンと起動音が鳴り、船からアナウンスが聞こえた。

 

『初めまして、私はRHGS3400。あなたの船の運航を手助けするコントロールユニットです。』

 

 いかにも事務的な音声が流れてきた。

 

「初めましてRHGS3400。アルタイトへようこそ。」

 

 そのユニットに向かい話しかけるエドワード。彼がなぜコントロールユニットに話しかけているのか、私には理解不能だ。自分の作ったものに対する愛情なのだろうか?

 などの考えが顔に出ていたらしく、私の顔を見たエドワードが説明する。

 

「このコントロールユニットはAIを搭載していて自分で判断し成長していくんですよ。」

「つまり、空間通商管理局のドロイドとは違うと?」

「大違いです!自立判断と自己成長を兼ね備えたこのAIは、きちんと育てさえすればベテランの船員よりも高いポテンシャルを発揮します!さらに人件費不要で費用対策効果もばっちりです!」

 

 人間自分の得意分野になったりすると饒舌になるが、彼の場合はプラスで興奮もついてくるのか。

 

「で、今の時点でどんな事が出来るんだ?」

「現段階は人間で言うと生まれたばかりの状態に当たります。出来る事と言っても管理局のドロイドと同じか少し劣ります。」

「・・・それじゃあ金の無駄遣いじゃないか?」

「生まれたての赤ん坊が操船出来る訳が無いでしょう。それと同じです。」

 

 管理局のドロイドより劣ると言われて内心焦ったが、エドワードの言葉に納得する。新人がいきなりなんでも艦でも出来る訳が無いように、このAIも初めからなんでも出来る訳では無いのだろう。

 

「つまり、これからいろいろ教えていくしかないと。」

「そういう事です。」

 

 新人を鍛えてベテランに育て上げるように、このAIも育てていかなくてはいけないらしい。

 

「そうなると名前が必要だな。」

「名前ですか?」

「RHGS3400なんて呼びにくい。何か愛称は無いのか?」

「生憎とそういうのは無いですね。艦長は何かいい案がありますか?」

「無いな。」

 

 いきなり名前を考えろと言われても無理な話である。少し考えた所でいい案が思いついた。

 

「アルタイトでいいんじゃないか?」

「それってこの船の名前では?」

「このAIはこの船に取り付けられたものだろう?なら船みたいなものだから、名前が一緒でも問題ないだろう。」

「確かに。」

 

 エドワードも納得したようだ。

 

「という訳でAI。今日から君の名前は”アルタイト”だ。」

『了承しました。アルタイトを本AIの名前として登録します。』

 

 感動も何もない無機質な返事を返された。まぁAIならこんなものかと思い、そういった所には目をつむる。願わくば投資に見合うだけの価値がある事を祈るだけである。



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第6航路 配置につけ

「ふむ・・・。」

 

 大金をはたいて購入したAI に私は唸るしかなかった。

 まず船に関する事、航行や整備など殆どの事をこなしていた。ドロイドを自身の制御下に置き、それ等を操って航海や保守整備などを行なってくれる。

 

 それだけなら以前と変わらないが、このアルタイトには”成長”というものがある。初めは基本的な事しか出来なかったが、私の操船や、IPネットから情報を集め、それ等を研究しより効率的な動きを模索する。

 

 これによって船の効率が上がって来ている。補充や補修は元より補給品目や経理にまで手を伸ばし始め、より効率的になっていく。以前も節約に気を使っていたが、アルタイトによって更に維持費が安くなった。

 

 何よりこのAIの素晴らしい所はーーー

 

『艦長。ネルガリング重工の株価が20G上昇しました。売却をおすすめします。』

「いくら儲けられる?」

『全て売却して利益は134Gです。なお、これ以上は株価の上昇は見込めません。』

「よし。現在私のクレジットはいくらだ?」

『現在の総額は8340クレジットです。』

「よし・・・。3000クレジットでまた儲けられそうな株を買ってくれ。」

『了解しました。』

 

 この通り全自動で金を稼いでくれるのだ。おかげで資金がどんどん溜まっていきあっという間に元が取れた。

 

「また株ですか?」

「あぁ、アルタイトのおかげで安定して稼げるからな。金の心配をしなくて済むのはいい事だ。」

「確かにフリーの0Gドッグよりは儲かりますね。」

 

 航行制限の所為で仕事が減ったので、これまでの収入は結構不安定だった。

 反乱分子との取引に手を染めたもの金銭面の理由からだ。

 

 そうでも無ければヤッハバッハに逆らうような事はしない。

 

「・・・で、お前は何をしているんだ?」

「丁度研究がひと段落したんですよ。」

 

 船の維持管理をアルタイトが担っている為エドワードは半ば暇人となったのだ。

 人件費削減の為放り出しても良かったのだが、そうするとアルタイトの調整等を行う者が居なくなるのでそうする訳にはいかなかった。AIが導入され従来の仕事がなくなったとしても、それに変わる仕事が現れるのでAIだけで全て賄える訳では無いのだ。

 

 そしてエドワードは暇になった時間をもっぱら研究に費やしていた。たぶんこの状況の為にこのAIの導入を強引に進めてきたのだろう。

 

「で、何の研究がひと段落したんだ?」

「これなんですけどね。」

 

 そう言ってエドワードはデータプレートを見せてきた。そこには横にしたドラム缶に推進器やアームなどが取り付けられたものがあった。

 

「作業ポッド”オッゴ”。様々な機器を搭載可能でデブリ回収や採掘から戦闘も可能な万能ポッドです!これさえあれば何でも出来ます!」

「装備換装による多用途化か。一機で多様な任務に使えるのは素晴らしいな。」

「装備は市販されているものを調整すれば使えます。武装も市販のものが使えますが、データにある専用装備を使えば総合的な性能値はゼナ・ゼーを上回ります。」

「そんなに強そうには見えないが・・・。」

 

 ドラム缶に腕とブースターをつけただけの見た目からゼナ・ゼーより強いとは思えないが。

 

「しかもこの機体一機あたり250Gとかなり安く仕上がっています。」

「装備を全てつけるといくらになる?」

「480Gくらいです。」

「高いな。」

「この値段は現在考えられる全ての装備をつけた場合ですから、いらない装備を省けば安くなります。」

「なるほど。」

 

 得意げに話すエドワード。価格も高すぎず性能も悪くない(むしろ良い方だ)。

 

「だとしても作る気は無いぞ?」

「どぉしてですかぁぁあ!?」

「どうしてと言われても。」

 

 この船にはカタパルトなんて無いし、ペイロードも大きく無いので艦載機を積むスペースが無い。搭載できない訳では無いが、これを運用して稼ぐよりも別の貨物を積んで輸送した方が利益が見込めそうだ。

 その事を伝えたらブーイングしてきた。船から叩き出そうかなこいつ。

 

「まぁ大佐辺りにでも売りつけてやればいいさ。大佐ならこのなんでも出来る汎用機を喜んで買ってくれるだろう。」

 

 そう言って適当に慰めておく。拗ねられてアルタイトに変な調整をされたらたまらない。

 

「それで、今日も定期便ですか?」

「あぁ、採掘ステーションに食料を届け金と鉱石を受け取るのさ。」

 

 当然嘘だが、ナノマシンによる言語規制があるのでありのままには話せない。なので言葉を言い換えて話す。

 

 そしていつも通りゼアマ宙域のセクター4に行き、また暗礁宙域をくぐり抜ける。ドロイドやオートクルーズと違い、アルタイトのAIはこの状況下でも航行できる。

 

『左舷に岩石衝突。デフレクター±80で安定。航行に支障無し。』

 

 当初は航行は絶対に不可能とか言ってきたので、見本でこの岩石内を航行してやった。そしたらアルタイトはしばらく黙り込んだ後、理解不能と言ってきた。

 エドワードとデータのやり取りをしたり私から航行のコツを聞いたりしたアルタイトは、自分にも再現させて欲しいと言ってきた。

 エドワードによると自己成長機能により自分が不可能だと断定したものを他者に証明されたことに一種の対抗心が生まれた為、アルタイト自身で証明したいそうだ。人間でいう嫉妬やライバル心の形に近い物らしい。

 なので実際にやらせてみたら初回は岩石に頭から突っ込んでいった。デフレクターがオーバーロードを起こしかけ危うくダークマターになる所だった。

 

 その後10回以上の練習の末、ようやくアルタイトはこの航路を航行する事が出来たのだ。

 

 無事に航行出来た時、アルタイトは『反復した動作により行動をより精査する事が可能と理解しました。』と言っていたが、エドワード曰くこれは人間でいう「慣れれば楽勝」だそうだ。

 

 自己成長機能の所為か他のAIよりも少し人間味が感じられた。

 

 

 

 ガシャンと小さな振動と共に係留した音がする。いつも通り茶を進めてくるランディに荷物の積み出しを許可し、エドワードと共に大佐の所へ向かった。

 

「だから!あまり派手な動きはするなと言っているだろうが!!」

 

 部屋へ入ろうとしたら中から大佐の怒声が聞こえてきた。思わず部屋へ入るのをためらう。

 

「奴らへの報いをくれてやっただけだ!何も問題は無い!」

「テロを起こせば連中は血眼になって探し出す。そうなればここも見つかる可能性が高くなるのだ!!今日の焦りが明日の滅亡を生むことになるんだぞ!!」

「我々とてプロだ。ここが見つかるようなヘマはしない。それとも大佐は永遠にこの小惑星に隠れ住んでいるつもりか!?」

 

 おそらく言い合いの相手はギルバードだろう。そうこうしている内に部屋からギルバードが出てきた。彼はこちらを一瞥するとそのまま歩いて行ってしまった。

 

「大佐。失礼するよ。」

「あぁシーガレットか。とりあえず掛けてくれ。おい、誰か茶を持って来てくれ。」

 

 ソファに座るとアーミーズの一人が茶を持って来てくれた。大佐はそれを一気に飲むとため息を吐く。

 

「お疲れのようだな大佐。」

「あぁ、ヤッハバッハが憎いのは分かるが憎しみに駆られて行動しては後が怖いからな。せめてヤッハバッハの支配体制に隙が生じるまでは大人しくして欲しいのだが・・・。」

 

 大佐の愚痴を聞きながら商談をしていた。今回の売却値は相場相応と言った所だ。

 

「それと大佐。今回は別口で売りたいものがある。」

「なんだ?」

 

 大佐に一枚のデータプレートを渡す。それはエドワードが開発した例の作業ポッド”オッゴ”の設計図だ。詳しい説明はエドワードが行った。説明を聞いた大佐は

 

「なるほど、多様な作業も出来るし性能も悪くないし安いと来たか。確かに我々にはうってつけのものかもしれん。」

「売却額は50Gという事で。」

「よかろう。」

 

 そう言って大佐からクレジットを受け取りデータプレートを渡す。大佐は早速データを部下に渡し、一機試作で作っておくよう指示を出した。

 

「ふむ、こうなると採掘装備などの市販品も買わねばならないかな。」

「デブリ回収装備や武器はいるか?」

「回収装備はともかく武器はいらない。市販の武器の威力などたかが知れているし、ヤッハバッハに嗅ぎつけられでもしたら困るからな。こっちで自作した方が良い。」

「確かに。」

 

 次回は食料に加え採掘装備もいくつか追加された。丁度商談がまとまった時扉から一人の男が入ってきた。

 

「よぉ大佐。相変わらずしけた面だな。」

「ディエゴか。今日はなんだ。」

「用があるのは大佐じゃなくてそこの自称善良な0Gドッグさ。」

「私に?」

 

 ちなみに自称善良では無く善良な0Gドッグである。

 

「おう、あんたにちょっと頼みたいんだが。酒と煙草とドロップを運んでほしい。」

「ドロップ?」

 

 エドワードが首をかしげる。ドロップというのは隠語で違法ドラッグを意味する。服用すると快楽を得られる麻薬の一種みたいなもので海賊の中にも刺激を求める海賊にとっては娯楽の一品なのだろう。当然害はあるが。

 

「酒や煙草ならともかくドロップは無理だ。監視が厳しくて入手できる場所も無い。諦めろ。」

「入手出来たらでいいんだ。部下にも娯楽を与えねえといけねえからな。」

「善処はするが期待するなよ。」

「頼んだぜ。」

 

 そう言ってディエゴは部屋から出て行った。

 

「部下の忠誠を保つのも大変なのだな。」

「海賊連中は自分勝手な者が多いからな。薬物も必要になるのだろう。」

 

 大佐と私はそんな感想を漏らす。組織のボスとは聞こえが良いが、会社で言ったら唯の管理職だ。片や各派閥の調整を、片や部下の統率を保つのにそれなりの苦労がいるのだろう。

 調達するものが多くなり色々と忙しそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『艦長。出港終了、進路ゼアマ宙域にセットしました。』

「ご苦労様。」

 

 あれから3週間してようやく船を出港させることが出来た。というのも市販の採掘装備をそろえるのに手間取ったのだ。まさかフラベクで採掘装備を買おうと思った会社が倒産しているとは思わなかった。仕方なく別の星で買う事にしたが、工場で事故が起こって買えなくなり、別の会社でようやく購入できたのだ。

 

「いくら何でも機器の操作ミスで工場吹っ飛ばすか?」

『人間は間違いを犯す生き物だと言われています。あの会社の状況を見る限りいずれああなるのは自明の理かと。』

「いかにもブラック企業でしたからね。」

 

 作業員の過労による操作ミスでジェネレータをオーバーロードさせ、工場丸々吹き飛ばしたそうだ。死者が出なかったのが不思議なくらいだ。

 

 静かな航路株で金を稼ぎ、研究をしながら航行しているとあっという間にサンテールに到着した。

 

「艦長、あれ。」

 

 入港した私達が見たのは港内に係留されている大量の作業ポッドオッゴだった。見えるだけで50機以上のオッゴがいる。しかもすべてにレーザーガンやミサイルポッドが搭載されている。

 

「ランディ・・・これは一体・・・。」

「あぁ、君の所の乗組員が設計した機体を作ったんだけど中々性能が良くてね。大佐だけじゃなく海賊もレジスタンスも0Gドッグも欲しがって大量に生産しているんだよ。おかげでアーミーズの資金はうるおい戦力は強化され万々歳さ。」

「そ、そうか・・・。」

 

 こんなに大量に作られるとは思ってもいなかった。ふとエドワードを見るとドヤ顔でこっちを見てきた。お前がすごいのは分かったからその顔はやめろ。

 

「来たかシーガレット。そしてエドワード君。」

「大佐。」

 

 後ろから声をかけられたと思ったら、そこに居たのはベルトラム大佐だった。

 

「君が作り出したオッゴは素晴らしいな。ヤッハバッハと交戦したレジスタンスや海賊から素晴らしいと評価を得ている。」

「実際に戦闘したのか!?」

「あぁ、これまでにゼナ・ゼーを12機撃墜しブランジ級も1隻撃沈している。」

「それはすごいな。」

 

 ゼナ・ゼーはヤッハバッハの主力艦載機でクラスターレーザーやクラスターミサイルで武装しており、宙域制圧任務など幅広い任務に使われている。ブランジ級は以前エドワードを送る途中に遭遇した細長いスティック状の船体を持つヤッハバッハの突撃艦だ。

 

「どうかねエドワード君。うちに来て研究しないか?なんでもという訳では無いが可能な限り希望のモノは用意する。ぜひ来てほしい。」

「え。」

 

 突然のスカウトに困惑するエドワード。確かにエドワードは有能な人物だ。今回のオッゴを見てもそれが分かる。だが、ここでエドワードが居なくなったらアルタイトの調整や整備を行うものが居なくなる。それは不味い。

 

「大佐、引き抜きは感心しないぞ。」

「別に彼は君の所有物ではあるまい?私がここで引き抜いたからといって最終的には彼が決める事だ。」

「うちにとっても大切な船員なんでね。抜けられると困るんだよ。」

 

 私と大佐が火花を散らしている後ろで、ランディがエドワードに「モテモテですねー。」とか言っているのが聞こえたが、別にそういう意味ではない。

 

「そもそも―――『ウウゥゥゥゥ!!』なんだ!?」

 

 さらに私が何か言おうとした瞬間と基地内に警報が鳴り響く。見ればドック内に煙を吹いた船が数隻入港してきた。

 

「海賊達の船だ!」

「煙を吹いてるぞ!消火班配置につけ!!」

「医療班リジェネ―ションポットと負傷者搬送の準備!急げ!!」

 

 いきなり基地内が慌ただしくなった。入港してくるのは駆逐艦や魚雷艇などの船でディエゴ海賊団のマークが入っている。大半がどこかしらに損害を受けていて、ひどいものでは装甲板が吹き飛ばされ内部のブロック区画が丸見えになっている。あれでよくたどり着けたものだと感心するくらいだ。

 

「イテテ・・・やられちまったぜ大佐。」

 

 入港した駆逐艦からディエゴが入ってきた。頭に怪我をしているのか包帯を巻いて部下に支えられている。

 

「何があった。」

「ゲートの向こうでヤッハバッハの艦隊に遭遇したんだ。ブランジ2隻ダルダベル2隻、最後にゼー・グルフ一隻の計5隻だ。」

「ゼー・グルフに喧嘩売るとは血迷ったか?」

「んなわけあるか!奴らとばったり遭遇しちまっただけだ。戦闘になんてなるかよ。」

 

 確かに海賊の船とヤッハバッハの船の性能差は歴然だ。それこそ戦闘というよりも蹂躙という言葉の方が似合うくらいに。

 

「それとそのゼー・グルフは唯のゼー・グルフじゃねぇ・・・。艦首によく分からん強力なレーザー砲を付けてやがる。一撃で数隻まとめてダークマターにされた。レジスタンス基地を壊滅させたゼー・グルフはたぶんあいつだぜ・・・。」

「分かった。後は医務室へ行け。」

「そうさせてもらうぜ・・・。」

「大佐!こちらでしたか!至急指令室へ!」

 

 ディエゴと入れ違いに男が一人入ってくる。服装からしてアーミーズの一人だ。

 

「何があった?」

「フリーボヤージュから、セクター3に巨大な艦影を確認。こちらに向かっているとの報告です。一隻はおそらくゼー・グルフだと。」

「何!?」

 

 例のレジスタンス基地を壊滅させ、ディエゴ海賊団に痛手を負わせたゼー・グルフが隣のセクターからこちらに向かっている。この報告を聞き、ついにこの基地の所在がばれたかと思った。

 

「兎に角指令室へ!」

 

 慌てて走り出したベルトラム大佐についていく。本音を言えば即この基地から退散したいが、隣のセクターに敵がいる以上、迂闊に出港する訳にもいかない。何をするにしても情報が必要だ。

 

「状況はどうなっている?」

 

 指令室に着いた大佐はオペレーターに尋ねる。オペレーターから帰ってきた答えは最悪のモノだった。

 

「はい、フリーボヤージュの船トラプション号からの通信で、敵艦隊はブランジ級突撃艦2隻、ダルダベル級巡洋艦2隻、ゼー・グルフ級戦艦1隻です。」

「ディエゴ達が遭遇した敵で間違いないようだな。」

「レジスタンス狩りの部隊でしょうか?」

 

 部下の一人の問いに、大佐は首を振る。

 

「たかがレジスタンス相手にあの巨大戦艦を派遣するのはおかしい。むしろ空母を派遣して逃げられないよう殲滅するべきだ。」

「では他に何が?」

「新兵器の実験では無いか?」

 

 私の言葉に指令室内にいた人間が一斉に注目する。

 

「噂だがヤッハバッハが新兵器の実験でレジスタンス狩りを行っていると聞いた。レジスタンスの拠点を壊滅させたのもゼー・グルフなんだろう?ディエゴの話と艦隊編成から察するにそうだと思う。」

「・・・我々は実験相手という事か。」

 

 大佐の呟きに全員が黙り込む。星の海を渡り他の国家を力で屈服させるヤッハバッハにまともに相手にされないとは思っていたが、新兵器の実験相手などとされればあまりいい気はしない。ことにそれが誇りある元軍人であれば。

 士気が低下する彼らに大佐は指示を下す。

 

「相手の目的などどうでもいい、むしろこれはチャンスだと思え。連中が新兵器の実験程度に見ているのならば油断もしているだろう。そこに付け込む隙があるのだ。基地の全員に戦闘配備を命令。総力戦だ。」

「た、戦うんですか!?」

「当たり前だ。ディエゴ達のインフラトン航跡をたどればおのずとここにたどり着く。そうなれば戦闘は避けられん。今から逃げ出すにしても行く当てはなく、このセクターは行き止まりだ。逃げようがない。今のうちに戦闘配備を命じろ。動ける船も艦載機も全部だせ。もちろんオッゴもだ。戦えるものは全員出撃だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 サンテール基地が建設されてからこれほど慌ただしい日は初めてだろう。港内にいた巡洋艦や駆逐艦をはじめとした艦艇のほとんどが出港していく。

 

 この基地は隠れるのには絶好だが、どちらかというと補給基地としての側面が強く基地そのものの武装は少ない。対空パルスレーザーやミサイルを装備してはいるが、対艦用としては威力不足だ。

 

 もし港の入り口を破壊されれば内部にいる艦艇は出港できず、何も出来ないままそのまま基地と共に破壊されるだろう。

 そのため貨物船だろうが何だろうが出港可能な船は全艦出港する。

 

 そして何故か私も戦闘の頭数に入っているらしい。オッゴを4機積み込んで暗礁宙域に隠れていろとの事だ。

 

『アルタイトへ進路クリア。出港してください。』

「了解した。」

 

 どのみちダルダベルの艦載機が離脱を許さないだろう。暗礁宙域内ではレーダーが効かなくともその外は丸見えなので迂闊に出れば補足撃沈される。結局戦うしかないのだ。

 

「にしても基地の場所がばれるとはな。海賊達もちょっとは考えて行動しろってんだ。」

「仕方あるまい。どのみちいつかはこうなっていたんだ。オッゴが間に合っただけでもよしとするさ。」

 

 オッゴのパイロット、ポプランとコーネフという二人の男はウォッカ片手に喋っていた。二人とも優秀なパイロットらしく、元リベリア軍人だ。アーミーズに所属し、艦載機パイロットの育成や宙域の哨戒などをやっていたそうだ。

 海賊に文句を言っているのがポプランで、それに返しているのがコーネフだ。

 

「ポプラン少佐!コーネフ少佐!オッゴのチェックがまもなく終了するとの事です!」

「ご苦労さん!」

 

 そういって2人の少年がブリッジに入ってくる。二人ともオッゴのパイロットでついこの間訓練課程を修了したひよっこだそうだ。

 他にもオッゴの整備が出来るのが数人と、なぜかランディも乗り込んできた。ランディも多少の整備は出来るので乗せられたそうだ。

 

 「よし、ここら辺でいいだろう。アルタイト、ワイヤーを正面の岩石に打ち込んでくれ。その岩にくっつく。」

『了解。ワイヤー発射します。』

 

 岩石の裏にワイヤーを打ち込んで着陸し、インフラトン・インヴァイダーを落す。岩石の裏で宇宙船の動力源であるインフラトン・インヴァイダーを落とすことで敵から発見されなくするのだ。この状態の船を見つけるには、至近距離まで近づくか、目視で確認するしかない。レーダー波は岩石に遮られ、インフラトン反応も探知できなくなるからだ。

 

 ただしこの状態だと重力井戸(艦内に重力を発生させる装置。)やレーザー砲、シールドやデフレクターなど動力を必要とする装置が使用不可になる。生命維持用のオキシダントジェネレータは非常用バッテリーなどで稼働するが、最高でも1週間が限度とされている。

 

「さて、どうなる事か。」

 

 非常灯のみがついたブリッジで一人呟いた。




艦載機パイロットっていうとどうしてもあの2人が思いつきます。



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第7航路 暗礁宙域の戦闘

「艦長。ゼアマ宙域セクター4に到着しました。」

 

 チャートを見ていた航海士が艦長席に座る一人の男に報告する。この男こそヤッハバッハの巨大戦艦ゼー・グルフ級戦艦【ドン・ディッジ】の艦長だ。ドン・ディッジには4隻の船が随行しておりうち2隻は全長340mのスティック状の船体をしたブランジ級突撃艦。もう2隻は左舷に巨大なカタパルトを備え右舷に巨大なミサイルコンテナを装備した重巡洋艦ダルダベルである。

 

「まさに暗礁宙域だな。」

 

 チャートを見つめた艦長の呟きに副官が答える。

 

「以前もこの宙域に対し捜査を行っておりました。しかし、この暗礁宙域です。今まで発見できなかったのも仕方が無い事でしょう。」

「ふん。宙域に網を張り、航行する艦艇を片端からチェックすればよかったのだ。被征服民のご機嫌を取るよりそちらの方が重要だったのに。」

 

 実際にはそのような作戦は補給や人員に対し多大な負担をかける為長期にわたっては実行できない。

 この艦長はヤッハバッハ本国出身であり、被征服民を見下す傾向があった。その為総督府が旧リベリアを始め征服した諸国に対し行っている政策を快く思っていないのだ。

 その為頭では無理と分かっている作戦を言って総督府を非難する。

 

 それを理解している副官は深入りせずに状況を説明する。

 

「航跡は暗礁宙域内部へ続いていますが、そこから先はトレースできません。またブランジ級以外の艦艇では内部への突入は不可能です。」

「ふむ・・・。よし、艦載機隊を出し敵の位置を教えろ。ドン・ディッジの対艦クラスターレーザーでデブリごと吹き飛ばす。」

「了解。」

 

 ゼー・グルフとダルダベルのカタパルトから全部で60機のゼナ・ゼーが発進する。彼の目的は反乱分子の排除でもあるがそれとは別にもう一つの任務を負っていた。

 

 ドン・ディッジに搭載された試作兵器。”対艦クラスターレーザー”の運用試験である。リベリアで開発中だったものをヤッハバッハが接収し試作したものだ。この世界で基本装備となったAPFシールド(アンチエナジー・プロアクディブ・フォース・シールド)に対抗する為開発された。

 

 APFシールドは、シールドで船体を包み込み船体めがけ発射されたビームの固有周波数に干渉し無力化するもので、多岐に渡るビームの周波数に対処する為、あらかじめ複数のビームに対応するフィールドを重ねがけする。

 

 対艦クラスターレーザーはそのAPFシールドに対し周波数が異なる強力かつ大量のレーザーを命中させシールドが対応していない周波数のレーザーを貫通させ、更にシールドに一瞬で大量のエネルギーをぶつける事によりシールドジェネレーターをオーバーロードさせる。

 

 簡単に言えばレーザーに対抗するシールドを強力なレーザーで打ち破るというごり押しな兵器である。

 

 一度に強力なかつ周波数が違うレーザーを多数発射する為製作された強力かつ大型なジェネレーターを複数とゼー・グルフの主砲と同口径の(というより主砲を流用したもの)レーザー砲60門を防御性も考慮して艦首に埋め込み、更にレーザー砲専用のインフラトン・インヴァイダーを搭載した結果ドン・ディッジは全長が本来のゼー・グルフより300mも伸び、一部のミサイルランチャーや格納庫などを撤去した。

 また、ジェネレーターなどを増設して事により防御性は低下し、質量の増加に伴い機動性も低下した。

 

 それを差し引いても60門のレーザー砲の一斉射による火力は強力で皇帝艦ゼオ・ジ・バルト級に次ぐものである。

 

 なお、APFシールドの影響を完全に受けず対艦クラスターレーザーシステムよりも安価で維持管理が容易で信頼性のあるものとしてクラスターミサイルが存在する。

 そのため、以後ヤッハバッハでこの兵器が開発されることはなかった。

 

 

 

 そして対艦クラスターレーザーの試験艦隊から艦載機隊が暗礁内に突入し索敵を開始する。直後、モニターに爆発の光が観測された。

 

「何があった!?」

「対空ミサイルを設置された岩石からの攻撃です!奴らデブリに無人の対空砲台を設置していたようです!」

「第7小隊全滅!現在6機撃墜されました!」

『こちら第34小隊ジンジャー!ポイントLC8873に敵の巡洋艦を確認砲撃をうおっ!』

「どうしたジンジャー!応答しろ!」

『こちら第14小隊!敵の戦闘機だ!ドラム缶みたいな見た目をした奴だ!!』

「あの新型か。」

 

 最近反乱分子が開発したと思われる新型戦闘機で、ヤッハバッハの主力艦載機ゼナ・ゼーをいくつか撃墜され、ブランジ級も一隻食われている。

 

「艦長、敵は暗礁内での戦闘に手慣れているようです。艦載機隊の損耗が徐々に増しつつあります。」

「やむを得ん、直掩の小隊を除き全機を内部へ突入させろ。ただし敵艦の位置の割り出しを最優先。こちらの射線には入るなよ。」

「はッ!」

 

 万が一の為の直掩機を9機残し、他の艦載機が続々とカタパルトから発進していく。相手の地の利を数でカバーしようとしたものだ。その為直掩機以外の全機を投入した。

 

「それと対艦クラスターレーザーの照準をポイントLC8873へ。合わせ次第砲撃!!」

「了解!!」

 

 即座にカタパルトから残りのゼナ・ゼーおよそ111機が発進する。

 

「照準よし!エネルギー充填完了!」

「よし、撃て!」

 

 号令が下され蓄えられたエネルギーがドン・ディッジの対艦クラスターレーザーに供給され発射される。いくつもあるレーザー砲より発射された大量のレーザーは巡洋艦が隠れていた岩石とその周囲に命中する。

 高エネルギー体のレーザーにより岩石は溶かされ貫通し、影に隠れていた巡洋艦に命中する。巡洋艦のAPFシールドは固有振動に対応したレーザーの威力を減衰させさらに装甲によって被害を最小限に抑えた。

 だが、それも2,3発のレーザーにとどまり40以上の強力なレーザーの直撃を受けた巡洋艦はシールドジェネレータが負荷に耐え切れず爆発。さらに装甲を突き破ったレーザーがインフラトン・インヴァイダーや弾薬庫を焼き大爆発を起こした。

 

 耐えきれなかった船体は爆発によりインフラトンの蒼い火球と化した。

 

「インフラトン反応の拡散を確認!撃沈です!」

「すげぇ・・・周りのデブリごと爆沈しちまった。」

 

 巡洋艦とその周りのデブリが一瞬で破壊されたのを目の当たりにしたオペレーターの驚きの声が聞こえる。その圧倒的な力に、艦長は口角を釣り上げる。

 

「艦長。敵の長距離ミサイルと先程の爆発で吹き飛ばされた岩石がこちらへ向かっています。」

「長距離ミサイルを優先して迎撃しろ。石ころは無視して構わん。」

「了解。」

 

 真空という特性上一度発射されたミサイルは燃料が切れてもそのまま飛び続ける。その為レーザーなどよりもはるか遠くに飛ばすことが出来る。

 ただし、遠距離から飛ばす分命中率も著しく低下し、着弾まで時間がある事から容易に対処できる。

 

 実際、ベルトラム大佐達が発射した23発のミサイルは信管の自爆装置を切っただけの短距離ミサイルや中距離ミサイルで、命中精度は望むべくもない。

 ちなみにミサイルについている自爆装置は一定距離進んだら自爆するもので、戦場から遠く離れた艦にまで被害が及ばない様にするためのものである。

 

 発射されたミサイルは殆どが明後日の方向へ飛んで行き、命中コースに乗った数発もあっさりと撃墜された。レジスタンスの抵抗もあっさり排除したことから、艦長はもはや余裕の表情で艦長席に深く腰掛け呟く。

 

「さぁ、狩りの時間だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘が始まってから30分。ベルトラム大佐らは混乱もしていたがそれ以上に焦っていた。サンテール基地の周辺に設置しておいた無人の防空砲台とオッゴ、さらに暗礁宙域という環境により敵の艦載機隊に対し有利だった。ただそれもわずかな間で、敵の巨大戦艦ゼー・グルフが砲撃を開始してから戦局は不利になっていった。

 

 元々不利になるのは覚悟していたが、こちらの3倍近い艦載機が送り込まれた上に位置が特定されその地点にゼー・グルフの強力なレーザーが飛来する。威嚇と敵のレーザー兵器の発射阻止の為に無理やり長距離ミサイルに改造したものを発射するが難なく迎撃され、逆に発射地点を特定されレーザーの雨が降り注ぐ。それ以外でもゼナ・ゼーによる攻撃や離脱しようと飛び出した艦が待ち構えていたブランジ級により沈められる。

 サンテール基地にいたのは全派閥合わせて巡洋艦4隻、駆逐艦9隻、魚雷艇23隻、貨物船が33隻である。

 現在に至るまでに巡洋艦2隻と駆逐艦1隻、魚雷艇6隻と貨物船18隻が大破または撃沈され、オッゴも約3分の1が撃ち落とされた。実質戦力は半減している。

 

「チッ!ここまで圧倒的だと嫌気がさすな!」

 

 些細な抵抗のミサイルも排除され、暗礁宙域を逃げ回る部隊を見て愚痴る。

かく言う大佐の乗る巡洋艦【ハーフェン】も敵のゼナ・ゼーによって既に中破状態になっている。

 

「敵の砲撃きます!」

「総員対ショック姿勢!APFシールド、デフレクター最大出力!」

「敵の砲撃目標本艦ではありません!!」

「何処だ!」

「サンテール基地です!!」

 

 オペレーターが言い終わるや否や基地にレーザーの雨が降り注ぐ。サンテール基地にはAPFシールドやデフレクターは装備されておらず、レーザーが命中した部分の岩石が蒸発し基地内部へ到達する。直後に大爆発が起こった。

 

「インフラトン反応が大量に拡散!おそらく基地のジェネレータに命中したものと思われます!」

「くそっ!」

 

 サンテール基地のあった小惑星は内部でジェネレータが爆発し、それが工廠内の機械や弾薬庫に引火したのか小規模な爆発がいくつも起きている。その様子から基地内にいた者達の生存は絶望的だ。

 

「大佐!この宙域から離脱しましょう!」

「阿呆ッ!!いまこの暗礁地帯から出れば敵の艦載機や砲撃で片っ端から血祭だ!」

「しかしこのままでは全滅も時間の問題です!」

「・・・分かっている。だが・・・。」

 

 逃げようと岩石群から飛び出せば敵艦に狙い撃ちにされ、かといってこのまま留まっていてもいずれ全滅するだけである。

 だが大佐達がこの現状に対し打つ手は無く、ただいつ訪れるか分からない死の恐怖に耐えるしか無かった。

 

 

 

 

 

「なんなんだありゃ。」

 

 一方アルタイトから発進したオッゴのパイロット達は戦闘後補給のためアルタイトに帰還していたところ、サンテール基地の崩壊を目撃していた。

 

 アルタイトはサンテールから最も離れた地点にいた為未だその存在を察知されてはいなかった。

 

「あれはクラスターレーザーですね。」

「あのヤッハバッハが対空や艦載機に搭載しているやつか?」

「恐らくそれの対艦バージョンです。かつてリベリア軍で研究されていたものですが、それをヤッハバッハが接収し完成させたのでしょう。」

 

 かつて兵器研究をしていたエドワードも一度関わった事があるらしい。だからといって現状を打破することは出来ないが。

 

 

「いっそ逃げるか?」

「ダメだ。暗礁から出た瞬間敵に捕捉される。現に味方の魚雷艇がそれで一隻食われてる。」

「じゃあどうするんだいシーガレット艦長。両手を上げて降伏するかい?」

 

 コーネフの意見に反対した私に対しポプランが突っかかる。だがそこにエドワードが割り込んできた。

 

「いや、降伏勧告を出さずに攻撃してきたのでこちらを文字通り全滅させる気でしょう。仮に降伏しても処刑は免れないかと。」

「レジスタンスの連中散々暴れてくれたからな。」

「畜生!」

 

 ヘルメットを床に投げつけるポプラン。彼の言葉は全員の気持ちを代弁していた。

 

『艦長。』

 

 突然アルタイトが呼んできた。

 

「なんだ?辞世の句でも呼んでくれるのか。」

『この状況から生き残る為の作戦を提案します。』

「成功する確率は?」

『30%です。』

「高いんだか低いんだか分からねぇな。」

 

 ポプランのぼやきを聞き流し、アルタイトの作戦を聞く。

 

 作戦を聞いた全員の反応はこれ上手くいくのかというものだった。

 

「まぁ分からないわけでは無いが・・・。」

「まさに神頼みだな。」

「本当に成功確率30%なのか?」

 

 成功に疑問を抱くコーネフ、ポプラン、エドワードの三人に私は言い放つ。

 

「他に策が無い以上私はこれに賭けようと思う。」

「「「・・・。」」」

「あの、」

 

 黙った三人の後ろからオッゴの少年パイロットが1人歩み出てきた。

 

「このままではいずれ殺されるのは目に見えています。黙って殺される位なら奴らに一泡吹かせてやりたいです。」

 

 その少年パイロットの言葉に大人三人は覚悟を決めたようだ。

 

「子供にそこまで言われたら大人が黙ってるのもカッコ悪いな。」

「確かに君の言う通りだ。死ぬまえに一泡吹かせてやるのも面白い。」

「やるだけやってやりますよ。」

 

「では作戦内容は聞いての通りだ。早速準備にかかるぞ。」

 

 おぉ!という短い返事と共にヤッハバッハへの反抗を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始から約1時間、反乱分子の基地を破壊したドン・ディッジの艦長は蹂躙とも呼べる状況を楽しんでいた。その様子はまるで獲物を追い詰め狩り立てる猟師だった。

 

「艦長!PP1164からミサイル接近!」

「生き残りがいたか。クラスターレーザーで吹き飛ばしてやれ!!」

「了解!」

 

 すぐさま艦長の指示で対艦クラスターレーザーの照準が向けられる。

 

「艦長。射線上に敵ミサイルがあります。」

「ミサイルごと吹き飛ばせ。」

「ハッ!対艦クラスターレーザー発射!」

 

 生き残りがミサイルを飛ばしてきた地点へ向けクラスターレーザーが発射される。レーザーは敵が発射したミサイルを破壊して発射点付近の岩石を溶かした。それと同時にインフラトンの蒼い炎が観測される。

 

「インフラトン反応拡散。小型艦クラスの撃沈と思われます。また爆発によりデブリが数個こちらへ飛来します。」

「放っておけ。それより艦載機隊の状況は?」

「はい、現在補給と整備作業をしており15分後には再出撃可能です。これまでのところ出撃した171機のうち未帰還34機です。」

「思ったより落とされたな。」

「どうも敵の戦闘機には近接戦装備がつけられている模様で、影から現れて切りつける戦法をとってきます。また観測に集中するよう指示を出したため、敵機の撃墜は約30機と思われます。」

 

 これは海賊達のアイデアでオッゴのアーム部分に長さ3m程のプラズマを出すプラズマカッターを装備し、敵機に肉薄しコックピットやエンジンを切りつける非常にリスキーな戦い方である。

 

 通常の宇宙空間であればこのような戦法は使えないだろうが、暗礁宙域という特殊な環境がこの戦法を効果的なものにしていた。

 岩石によりスピードが出せず、かつ遭遇する際は互いに至近距離であるため、射撃する前に切りつけられるのだ。

 

 それでも圧倒的な数の前には微々たるものであり、出撃したオッゴ53機のうち29機が撃墜されている。

 

「FG456号突撃艦より通信。離脱を図った敵輸送船を一隻撃破とのことです。」

「突撃艦はそのまま監視体制を維持させろ。艦載機隊は補給が整い次第発進。今度は片っ端から沈めていけ。」

 

 クラスターレーザーのデータは十分に取れた後は反乱分子を一掃するだけである。

 

「敵ミサイル確認。発射地点ポイントDA1563と推定。ミサイルは命中コースにあらず。」

「対艦クラスターレーザーで砲撃せよ。」

 

 発射地点へ向けこの戦闘のみで発射回数が20回を超えた対艦クラスターレーザーの照準を合わせる。エネルギー充填が完了し、60本もの強力なレーザーが岩石を焼きインフラトンの火球を作り出した。

 

「敵艦撃沈!」

「ふむ、少し疲れたな。何か飲み物を「か、艦長!!」どうした!」

 

 彼が一方的な戦闘に余裕を見せ、何か飲み物を頼もうとした時オペレーターの叫びが聞こえてきた。

 

「左舷に敵影!距離約1000!本艦に突っ込んできます!!」

「何!?何故接近を許した!?」

「分かりません!レーダーに突然「いいから迎撃しろ!」駄目です間に合いません!」

「敵の小型輸送船左舷中央421エアロックに強行接舷、艦内に侵入されました!」

「主砲か対空機銃で破壊しろ!」

「ダメです!敵艦載機によって周囲の対空兵装が破壊されています!主砲も向けられません!」

「直掩機は!?」

「今戦闘に入りーッ!?げ、撃墜!?一瞬で!?」

「敵はとてつもないエースのようです!たった2機で5機のゼナ・ゼーが撃墜されました!」

「ならば白兵戦だ!保安隊を直ちに向かわせろ!」

「了解!」

 

 全長4kmにもなるこの船には5000名以上の乗員がおり保安隊だけでも数百人に登る。5000名の中でも特に白兵戦に長けた猛者達が数百人。仮に倍の人数のレジスタンスが乗り込んだとしても屈強な保安隊ならば問題なく押し返せるだろうと考えていた。

 

「ふっ、油断したな。レジスタンスにも骨のある奴が居たとは。」

「いささか彼らを見くびっていたようですな。」

 

 そういうと艦長は自身の腰に下げていたスクリーフブレードの柄を撫でる。

 

「たまには暴れるのも悪くないな。しばらく指揮を頼む。」

「ハッ!」

 

 彼も元々白兵戦に長けた人物であり、一時間余りの一方的な砲撃に少し飽きてきたというのもあった。どのような手を使ったか分からないがこの巨大戦艦ドン・ディッジに突入した勇敢なレジスタンスを一目見て、自ら決着をつけたいという思いがあったのも事実だ。

 

 

 だが、この白兵戦という選択が彼らの運命を大きく左右した。

 もしここで彼が無理矢理にでもアルタイトを破壊していれば、例えば僚艦に攻撃させるなどしておけば未来はまた違うものになっていた筈だ。

 

 

 艦長がブリッジから出ようとした瞬間、アラームがブリッジに鳴り響いた。

 

「艦長!本艦のシステムに侵入警報!何者かがハッキングしてきています!!」

「なにっ!?」

 

 突如予想外の報告をされブリッジを出ようとした艦長は慌てて引き返す。いったい何が起こっているのか分からず混乱するが、そこはヤッハバッハの試作兵器を任されるだけの男であり一瞬のうちに指示を出す。

 

「防御システムを作動させろ!」

「早すぎる!間に合いません!」

「ならシステムを落として手動に切り替えろ!」

「は、はい!!」

 

 オペレーターがシステムを落とし、手動に切り替えようとした所で別のアラームが鳴る。

 

「今度はなんだ!」

「艦長!減圧警報です!艦内エアロックが解放されて―――」

 

 オペレーターが報告を終える前にブリッジ内の全ドアが一斉に開き、同時にブリッジが勢いよく減圧された。ブリッジ内にあった空気がブリッジクルーと共に吸い出される。一部のオペレーターはベルトをしていたのでブリッジから吸い出されることを免れたが、一瞬にして酸素が無くなった為酸欠により意識を失い永遠に目覚める事は無かった。

 

「うわああああああああ!?」

「助けてくれぇ!!」

 

 ゼー・グルフの艦内のドアや隔壁やダクト、それとエアロックが一斉に解放され艦内全てが減圧される。艦内は乗員が快適に過ごせるように気圧を保っており外は真空である。それを隔てていたエアロックが一斉に解放されたことで艦内の空気はとてつもない速さで吸い出され、その勢いに巻き込まれ大半の乗員が宇宙へ放り出される。

 たまたまベルトなどで固定されていた者や、何かに掴まり宇宙へ放り出されるのを避けられた者もいたが、直後に襲い掛かってきた酸欠により永遠に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 時はすこし遡る。

 

 

 

「準備完了!いつでも行けます!」

「よし、ミサイル発射!」

 

 アルタイトのブリッジで私は叫ぶ。ミサイルを発射すれば発射地点を特定され反撃が来るが、発射するのはアルタイトでは無く、2機のオッゴだ。

 

 私達の後方に位置したオッゴは艦艇からの攻撃に見せかけるため、自爆装置を外して無理やり取り付けた艦載対艦ミサイルを発射する。それに気付いたゼー・グルフはオッゴに向けて砲撃してきた。巡洋艦が耐えられなかった攻撃をオッゴが耐えきれる訳も無く爆散する。

 

「今だ!」

 

 アルタイトに取り付けられた小型核パルスモーターがうなりを上げた。

 オッゴの爆発だけでは不十分なのでキック力の強い小型核パルスモーターを使い船体ごと岩石を押す。それによってアルタイトは隠れていた岩石ごとゼー・グルフへ向けて動きだした。

 

『本船はコースに乗りました120秒後に最接近します。』

 

 オッゴの爆発で撃沈と誤認させかつ爆発によって動いたデブリに偽装し敵の戦艦へ接舷突入する。これがアルタイトの作戦の第一段階だ。

 

 この時点での賭けは接近中に敵に捕捉されないこと。幸いな事に敵の艦載機隊が補給の為帰還した事で発見される危険は大いに下がった。

 

 ちなみに爆散したオッゴは少年パイロット達のものだが、無人操縦なのでパイロット達は無事である。

 

『最接近点まであと30秒』

「インフラトン・インヴァイダー点火!カウントと同時にエンジン全開!」

「点火完了!いつでも行けます。」

『最接近点まで5、4、3、2、1、0。』

「エンジン全開!突撃!オッゴ発進!!」

 

 ゼー・グルフの左舷真横を通過する瞬間に飛び出し、ゼー・グルフに接舷する。その間僅か15秒。戦闘艦用のエンジンではないとは言え、それをオーバーロード気味に無理やり加速すれば、敵の対空砲火が反応するよりも早く接舷できる。ついでに誰かが飛ばしてくれたミサイルがいい囮となって敵の意識が削がれた事も接舷を助けてくれた。

 

 第2の賭けは接舷中に船が破壊されないこと。接舷中は身動きが取れない為、敵が損害に構わず接舷中に攻撃して来たら意味が無い。

 

「頼んだぞポプラン!コーネフ!」

『任せとけ!』

 

 そこで残ったオッゴとそれを操るポプランとコーネフの出番だ。二人のオッゴはアルタイトの周囲にある対空レーザーやミサイルランチャーを破壊する事だ。

 二人は見事なコンビネーションで次々と敵の武装を破壊していく。そのまま襲いかかって来た4倍以上の数の敵艦載機と交戦しあっという間に5機のゼナ・ゼーをダークマターへと変えた。そのまま残った敵機と戦闘を繰り広げている。

 

 周りの船からも攻撃できない為、これで船の安全は確保された。

 

 エアロックを破壊し、ゼー・グルフ内に突入する。突入するのは私やランディや少年パイロットなどで武装した12名。何人かがアルタイトの中にあった箱や金属板をもってきて即席バリケードを作る。

 

「急げエドワード!すぐに敵が来るぞ!」

 

 私がいうやいなや光線が頭を掠める。偶々近くの部屋に居たらしい数人がメーザーライフルで攻撃してくる。

 

「応戦だ!絶対に近づけるな!!」

 

 私達が銃撃戦を繰り広げている間、エドワードはエアロックの壁に埋め込まれた端末にコードを接続する。コードはアルタイトの内部へ伸びていき、中にあるアルタイトのAI本体に繋がっていた。

 

「ハッキング開始します!」

 

 

 作戦の第二段階は高性能なコンピュータであるアルタイトによって船をハッキングしコントロールを奪う事。

 そして最後の賭けは、アルタイトによるハッキングが完了するまでここを守り抜くだ。こちらが12名に対し向こうは数千人もいる。さらに向こうが豊富な武器を持っているのに対しこっちは非常用に持っていたメーザーライフル3丁とメーザーブラスターが9丁と人数分のみだけである。

 だがこればかりは気合でどうにかするしかない。

 

「今だやれ!」

 

 合図に合わせて整備士の一人が水が入った飲み物の容器を敵に向けて投げる。私はそれに狙いを定めるとブラスターの引き金を引いた。

 

 メーザーブラスターはマイクロ波を用いた銃器で、照射された箇所は水分子の加熱により部分的に焼き切れる。その為艦の内壁を傷つける恐れが少ないので0Gドッグ達はおろか宇宙で生活するものに好んで使われている。この武器で水が満杯に入った薄い容器を撃ったらどうなるか。

 

 答えは簡単。密閉された水が急激に沸騰し一瞬で体積を何倍にも増やして爆発する。

 

「ぐわッツ!?」

 

 ヤッハバッハ兵士達の頭上から熱湯と蒸気が襲う。すぐそばの部屋から飛び出してきた為戦闘服やヘルメットなどをしていなかった不幸な兵士達は顔面にもろに熱湯を浴びてのたうち回る。

 

「ナイスショット!しかし、よくあんなの思いつきましたね。」

「昔酒瓶に向けて撃ち込んだら大爆発して怒られたのを思い出したのさ。それより次が来るぞ!」

 

 蒸気が晴れたあとには目などを火傷してのたうち回る兵士達、そしてその後ろから戦闘服を着こんだ完全武装の男たちがこちらへ向けて走ってきた。

 

「アルタイト!まだか!今にもやられそうだぞ!」

『ハッキング完了コントロールを奪取しました。』

「え?」

『エアロック開放、艦内を強制減圧および酸素供給を停止します。』

 

 瞬間私達の目の前の隔壁が降りる。隔壁の向こうからは何も聞こえないが、モニターで見てみるとそこには宇宙へ吸い出されるヤッハバッハ兵達が映っていた。

 

 後から聞いた話では、モニターで一部しか見ていなかった私達と違い外にいたポプランとコーネフは艦の至る所から人間が噴き出してくる様をまざまざと見ていたそうだ。下手なホラー映画よりも恐ろしく二度と思い出したくないと言っていた。

 

 ブリッジから格納庫から機関室から倉庫から、船の至る所から空気と人がもれ完全に排出するのに1分とかからなかった。

 

『艦内減圧および酸素供給停止完了。生体反応なし。』

 

 この一分足らずで何千人ものの人間が宇宙へ吸い出され死んだことをアルタイトは無感情に告げる。心の中の何かがキリキリと痛むが今はそれに構っている暇はない。

 

「アルタイト。周りに居る敵艦隊に攻撃できるか?」

『可能です。』

「よし、撃沈しろ。」

『了解しました。』

 

 作戦の最終段階、奪ったゼー・グルフにより周りのヤッハバッハ艦を沈める。

 

 両脇にいたダルダベルは、旗艦からいきなり兵士達が宇宙に放り出されたことに混乱していた。そこへアルタイトによってコントロールを奪われたゼー・グルフは主砲とミサイルを発射する。

 

 両脇にいた2隻は碌な回避行動もとれず攻撃をもろに喰らって爆散する。残ったブランジ2隻も何が起こったのか理解できないまま第2射によって轟沈した。

 

 

 

 

「終わったのか?」

『付近に敵反応なし。我々の勝利です。』

 

 エアロックの前で呟いた一言にアルタイトが返す。瞬間緊張の糸が解けたのか倒れそうになったところをエドワードに支えられた。

 

「はは、今頃震えてきた。」

「僕もです。」

 

 生き残った。生き残れた。今の私達は急に解けた緊張からかその事を確認するので精いっぱいだった。




戦闘になると文字数が膨れ上がりますね。


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第8航路 エピタフ

最初のセリフが抜けていました。申し訳ありません。


「酷いものだな。」

 

 ヤッハバッハ艦隊を全滅させた後集結した生き残りを見て呟いた。

 

 最終的に生き残ったのはアルタイトを含め巡洋艦1隻、駆逐艦2隻、魚雷艇6隻、貨物船9隻。そのうち駆逐艦1隻と貨物船3隻は大破。巡洋艦と魚雷艇2隻と貨物船3隻が中破状態だ。

オッゴも稼働するのは18機と半数以上を失った。

 

「いや、全滅じゃ無いだけマシというものだ。」

 

 振り返るとそこにはベルトラム大佐がいた。目立った怪我はないようだ。

 

「大佐も悪運が強いようだな。」

「君ほどではないがな。」

 

 そういうと大佐は近くにあった椅子に腰掛け煙草を吸う。

 

「基地はどうだった?」

 

 その問いに大佐は首を振る。

 

「ジェネレーターと弾薬庫が誘爆して内部はめちゃくちゃだ。食糧プラントも工廠も使い物にならん。」

 

 やはり基地は使い物にならないらしい。あれだけ派手に爆発していたから当然だが。

 

「ただ医務室がシェルターを兼ねていたお陰で何人か生存者はいた。ディエゴの奴も生きていたよ。」

 

 ディエゴも悪運が強いようだ。ヤッハバッハの支配下で海賊をしているのだからある意味当然か。

 

 最も彼の船は吹き飛んでしまったが。

 

「これからどうする大佐?」

 

 ヤッハバッハに発見され艦隊は壊滅に等しく基地は破壊された。ここから先どうするのか大佐の考えを聞きたかった。

 大佐は深く息を吐いて煙を吐き出すと、私に向き直ってこういった。

 

「生存者の収容が完了したら直ちにここを離れる。今言えるのはこれだけだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 収容作業は1時間程度で終わり私達は行き先を定めないままこの宙域を離れた。少なくとも総督府へ我々と交戦する旨の連絡は行っているはずで、その後連絡が取れないとなれば増援を派遣してくるのは確定で、現状に戦力では太刀打ちできずせっかく生き延びたのが無駄になる。まぁ戦力が万全でも迎撃出来る可能性はゼロに近いが。

 大破した4隻は放棄し魚雷艇や貨物船をゼー・グルフにドッキングして、可能な限り人目に付きにくい航路を航行していた。

 最終的な生存者は900名に満たず、4分の1程度にまで減っていた。

 

 そして現在ゼー・グルフのブリッジでは各派閥の有力者による会議が開かれている。出席者はベルトラム大佐、ディエゴ、ギルバードと彼らの部下数名に私とエドワード、ポプランとコーネフ。そして0Gドッグが数名。

 

 残念ながらフリーボヤージュのリーダー以下上層部は乗艦が撃沈され還らぬ人となった。出席した0Gドッグ達は彼らの臨時代理だ。

 

 議題は目的地とこれからの行動の予定である。

 

「ひとまず何処かに身を隠すべきだと思う。」

「身を隠すと言ってもどこか当てはあるのか?」

 

 ギルバードの質問に数人が頷く。その質問に答えたのはアルタイトだった。

 

『現在候補地が一つあります。リベリア・ペリル宙域。辺境宙域でありヤッハバッハの艦隊が駐留してはいません。宙域には惑星オーバーハーフェンと複数のアステロイドベルトおよびガス惑星が存在するのみです。』

「祖先の星か。」

 

 モニターに映し出された宇宙を見て大佐が呟く。惑星オーバーハーフェンは、かつてテラを飛び立った人類がこの銀河で最初に降り立った地とされている。

 

『利点はヤッハバッハの目を逃れられる可能性が大である事。問題は恒星ペリルが不安定な為航行が危険な事と、交易が皆無である為宇宙港での補給や補充を受けられない可能性がある事です。』

 

 この宙域にヤッハバッハが駐留していない理由がこれである。

 不安定な恒星から吹き荒れる恒星風などにより航行に支障をきたし、またフレアの影響もあって唯一の惑星であるオーバーハーフェンは現在人が住むには適さず無人となっている。一応宇宙港は存在するが、補給や補修が出来るかかなり怪しい所だ。

 

「現在の我々の食糧は?」

「節約して1カ月持つか持たないかという所だ。」

「それだけしかねぇのか?」

「この船を奪う時に兵士と一緒に外に放り出してしまったからな。」

 

 大佐の発言に数人が私を見る。私としては仕方がなかったとしか言いようが無いが。

 

「補給と修理が出来る所はないのか?」

『該当する場所は現在のところ1件あります。』

「なんだあるじゃねぇか。何処だそこは?」

『辺境惑星ヘムレオンです。』

 

 その名前を出した瞬間、ブリッジ内がざわめき始めた。

 

『アルゼナイア宙域の辺境に位置しヤッハバッハの艦隊こそ常駐してはいませんが、定期的にパトロール艦隊が出入りしているようです。修理や補給を受ける事は可能ですが、その分ヤッハバッハに見つかる可能性が高いです。皆さんどうかなさいましたか?』

 

 我々の様子がおかしいのか疑問を投げかけるアルタイト。私はアルタイトの名前を呼ぶとコンソールから文字のみでアルタイトと会話する。

 

『(どうしましたか?)』

「(余計なことは口に出すな。)」

『(どうしてですか?)』

「(それはーーー)」

 

 大佐達の様子がおかしい理由。それはヘムレオンが裏切り者だからである。

 

 ヤッハバッハが来る以前、ヘムレオン皇国は辺境惑星ヘムレオンを領地とする王政の国家だったがその実態はリベリアの属国に等しいものだった。

 

 リベリアから辺境の田舎者と蔑まれ、王族を始めとしたヘムレオン人は不満を持っていた。そして彼らは行動を起こした。

 

 ヤッハバッハが侵略してきた時、防衛体制を整えようとしていたリベリアをヘムレオンの軍隊が攻撃したのだ。味方と思っていた者達に裏切られ、リベリアは侵略者と一戦も交える事なく滅亡した。

 

 以来リベリア人の憎しみはヤッハバッハよりもヘムレオン人に対する方が大きく、特にヤッハバッハに抵抗する人々はそれ以上にヘムレオンを憎んでいるといっても過言ではない。

 

「(そう言う訳だから、迂闊な事は言うなよ。最悪ヘムレオンを焼き払おうとか言い出すかもしれないからな。)」

『(了解しました。)』

 

 地上にいる民間人を巻き込む事はアンリトゥンルール違反であり0Gドッグとして宇宙に居られなくなる。だが、今の彼らはそれすら守らない可能性がある。

 

「大佐。」

 

 彼らの暴走を防ぐため、というよりも彼らの暴走に私が巻き込まるのを避ける為に、私は彼らに進言する。

 

「このゼー・グルフと巡洋艦と駆逐艦。それに魚雷艇はオーバーハーフェンへ行くべきだと思う。」

「何故だ?」

「この船は目立ちすぎる。どれ程辺境の惑星だろうと、この船が入港すれば騒ぎになるしヤッハバッハに見つかりやすくなるだろう。残りも武装している以上同じだ。」

「何故貨物船と共に行動しないのか?」

「貨物船にはヘムレオンなどの辺境星から食料などの物資の調達をしてもらおう。調達出来たらオーバーハーフェンで合流すればいい。」

「俺はぁその案でいいぜ。」

「それが現状最もいいだろう。」

 

 それぞれのリーダー達は賛成を示す。少なくともヘムレオンに攻撃などという事態にはならなくなった。

 それを聞いた大佐は頷くと、各自に指示を出す。

 

「では貨物船は準備でき次第各自出港せよ。目的地は任せるが、ヤッハバッハの目につかないようにして物資を集めてくれ。集め終わったらオーバーハーフェンへ集合だ。」

 

 それを聞いた各員はブリッジから出ていく。貨物船に乗り込む者や船や艦載機の修理をする者などそれぞれ自分に出来ることをするのだ。

 

「アルタイト、聞いた通りだ進路をオーバーハーフェンへ。」

『了解しました。』

 

 アルタイトに命令して進路を変更する。

 ちなみにアルタイトは今回は共にオーバーハーフェンへ向かう。というのもゼー・グルフを動かしているのはアルタイトに搭載しているAIで、それを切り離す訳にはいかないからだ。

 

 

 

 

 オーバーハーフェンへと向かう間、艦内を見回る事にした。といっても大半が輸送船で物資の調達に行ったりドッキングしている船に居るのでまったく人と会わない。

 会ったのは、食堂で食事を用意していた連中と格納庫で船と艦載機の整備をしていた連中だけだった。

 

「食事持ってきたぞ。」

「おー!待ってました。」

 

 艦内を見回るならついでに運んでくれと食堂で料理をしていたランディに言われ、食事が入ったコンテナをカートに乗せてきたのだ。食事と言っても小さなパンや飲み物があるだけだが。

 

「なんだこれっぽっちか。」

「しょうがないさ。食えるだけありがたいと思おう。」

 

 そういってポプランとコーネフはそれらをさっさと口に放り込む。二人に釣られて整備士やパイロット達が集まって食事をとっていく。

 

「機体の調子は?」

「何も問題ない。格納庫に残ってたゼナ・ゼーも整備して使えるようにしている。しいて言えばパイロットがいない事だな。」

 

 コーネフによれば、オッゴも格納庫で宇宙に吸い出されずに残っていたゼナ・ゼーも使えるそうだ。パイロットの件に関してはどうする事も出来ない。

 

 待てよ?パイロットが居ないなら・・・

 

「無人機に改造したらどうだ?」

「ゼナ・ゼーを?」

「あぁ。どうなんだエドワード?」

 

 いつの間にかちゃっかり隣で飯を食べていたエドワードに向かって聞いた。エドワードは口に入っていたパンを飲み込んでから

 

「出来ない事は無いですけど、無人機用の装置がありません。この船じゃあ作れないので何処かの工廠に行くか工作船でも持ってこないと。」

「「うーむ。」」

「それに仮に作ったとしても、標的機程度の機動しか出来ないですよ。戦闘用のプログラムでもあれば良いんですが。」

「プログラムは作れないのか?」

「元になるデータがあればマトモなものには仕上がるかと。」

「俺達の戦闘記録じゃダメなのか?」

 

 そういってポプランが話に入ってきた。

 

「あぁそうか!今回のオッゴの戦闘記録から動きをトレースしてやればいいんだ!」

 

 それを聞いたエドワードは閃いたといった表情で叫んだ。

 

「ただそれだけだと足りないと思うので、誰かデータを作るのに協力してくれませんか?」

「俺がやるぜ。整備作業よりもこっちの方が合ってる。」

「なら俺が相手をしてやろう。」

「へ、俺の相手なんてお前以外に務まるかよ。」

 

 いい方法が思いついたエドワードとやる気満々のポプランとコーネフ。もしこれがうまくいけば無人化によって艦載機部隊が大きく強化されるだろう。

 

「いずれにしても無人機用の装置が無ければ始まらないがな。」

「「「あ。」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボイドゲートを一つ抜け、ゼー・グルフ以下数隻は無事にぺリル宙域に入った。

 

「うわっ!?」

「どうした!?」

 

 ゲートを通過した途端レーダーを見ていたオペレーターが急に叫ぶ。ちなみに彼は臨時でオペレーターをしているレジスタンスの一員だ。

 

「すごい恒星風です!強すぎるのでレーダーが使い物になりません。」

 

自分のコンソールに送信されたデータを見る。そこには真っ白になったレーダー画面があった。恒星ぺリルは不安定で、強力な恒星風が吹き荒れる事もあれば弱弱しく光るときもある。酷い時には航行できなくなるほどらしい。

 

「それでも行くしかないだろう。他に当ても無いからな。シールドを通常より強くしてくれ。」

『了解しました。』

 

 シールド出力を上げ、強力な恒星風の中を進むこと数時間。一時的に恒星風が弱まったとき、ようやく目的地が見えてきた。

 

「あれがオーバーハーフェン。」

 

 光学センサーでとらえたその姿を見て思わず声を漏らす。宇宙から見たオーバーハーフェンは、まるで星全体が砂漠化したようだった。

 

『艦長、スキャンの結果が出ました。ほとんどが砂漠で水などは見つかりません。大気は二酸化炭素や窒素などで覆われていて呼吸も不可能です。』

「大昔はそれなりに栄えたと聞いていたんだがな。」

 

 栄えていたといっても千年以上も前の事だが。

 

『艦長。オーバーハーフェン衛星軌道上に巨大な質量物を探知。宇宙港と思われます。』

「コンタクトは?」

『コンタクト不可能。何度も送信していますが、向こうからの応答がありません。』

「放棄されたのでは?」

「分からん。普通、空間通商管理局が設置されたならドロイドによって半永久的に稼働するものだ。あるいは・・・。」

 

 一瞬罠の存在を考えたが首を振る。空間通商管理局はどんな国家や組織からも独立した存在で、罠に利用する事は航宙法違反である。こうして国家間の枠組みに縛られていない為0Gドッグと呼ばれるアウトロー集団が活動できるのだ。

 

「ともかく近寄ってみよう。もしかしたら単なる故障かもしれない。」

 

 過酷な環境による故障なら大いにあり得る話だ。私達は進路はそのまま、宇宙港へ向けて進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「故障かもしれないとは思っていたがな・・・。」

 

 オーバーハーフェンにたどり着いた私達の目の前に現れたもの。それは廃墟と化した宇宙港の成れの果てであった。

 

「よくもまぁここまで荒れ果てたものだ。」

 

 所々外板は剥がれ落ち骨材や内部が丸見えになっている。特にぺリルの方に向いている部分はそれが著しい。どうやら恒星風の影響で溶けてしまったようだ。またデフレクターやシールドが機能していないようで、所々デブリによって開けられたと思われる穴が開いていた。

 

「これじゃあ管理局なんか機能していないだろうな。」

 

 むしろボロボロになりながらも依然としてそびえたつ軌道エレベーターとそれをつなぐ宇宙港が形を保っているのが不思議である。

 

『艦長。恒星側のゲートは入り口が解け落ちているようです。反対側のゲートならかろうじて入港は可能です。またこのまま恒星風にさらされ続けるのは装甲にダメージを与える恐れがあるので、できれば入港するべきです。』

「内部の様子は?」

『恒星風が再度強くなりました。これによりスキャンナーが異常をきたしています。』

「分かった。」

 

 そういうと私は格納庫に電話をつなげる。

 

「あぁ、誰か恒星と反対側のゲート内を偵察してほしい。そうだ、この船が入っても大丈夫かどうか偵察してくれ。任せた。」

 

 そういって電話を切る。

 

 5分後、一隻の魚雷艇と二機のオッゴが格納庫から発進し宇宙港へ侵入する。

 

「どうだ?入って大丈夫そうか?」

『一応形は保っている。酸素は無いが恒星風の影響も外よりはマシのようだ。内部に障害になりそうなものは見つからない。』

「よし、アルタイト。船を宇宙港内へ入れてくれ。」

『了解しました。』

 

 指示に従って巨大なゼー・グルフはその体を宇宙港へと納める。全長4kmの艦船をあっさりと飲み込めるほど宇宙港は巨大だった。

 

「アンカーを打ち込んで船体を固定。シールドとデフレクターの出力は落とすなよ。」

『了解しました。』

 

 ゼー・グルフの船体からいくつものワイヤーが射出される。それらは宇宙港の内壁に打ち込まれ内部でかえしが開き完全に固定される。それらのワイヤーを引っ張る事で船体を固定するのだ。本来ならばドッキングアームがその役割をするが、ジェネレーターが機能していないのか照明すらついていない中ではアームが稼働する訳もなかった。

 

「とりあえずこれでいいだろう。」

『お疲れ様です。この後はどうしますか?』

 

 アルタイトの質問に対し私は少し考えてから答えた。

 

「廃墟探索かな。」

 

 

 

 

 

 

「廃墟の探索ってなんかテンション上がりませんか?」

「その気持ちは分かるな。」

 

 私は船外作業服を着てオッゴに乗っていた。ただしオッゴの機体外部に直接捕まっている。一緒にいるのはエドワード、ポプラン。ディエゴとその部下2名、それとヤッハバッハに襲撃されたとき共に乗っていたオッゴの少年パイロットエヴィンとエーミールだ。そしてオッゴを操縦しているのはコーネフだ。

 

「分かるぜぇ、まるで獲物を漁ってるときみたいだ。」

「まさか宇宙港にこんな形で入るなんて思わなかっただ。」

 

 海賊二人も若干テンションが上がっている様だ。それはボスであるディエゴも同じの様だ。

 

『前方に巨大な空間がある。かなり大きいな。』

 

 オッゴを操縦しているコーネフから通信が入る。見れば前方、宇宙港中央部に巨大な穴が開いていた。宇宙港のドッグとまではいかないがゼー・グルフがすっぽり収まるくらいの大きさがある。

 

「デブリかジェネレータの爆発で空いたのでしょう。中央部が丸々吹き飛んでいる。」

「コーネフ。降りられそうな所で降ろしてくれ。」

『了解。』

 

 オッゴはある程度開けた場所に着陸した。オッゴから降りた私達は宇宙港の内部へと侵入していく。ここはどうやら通商管理局のロビーのようだ。

 

「俺の鼻がお宝があるって言ってるぜ。」

「それは頼もしいな。」

 

 そういってこの区画にある部屋の中を漁っていく。だが廃棄されてからかなりの時間が経っているのかガラクタ以外何もない。

 

「うわぁああああ!?」

 

 突然無線から叫び声が聞こえてきた。この声は確かエーミールだったはずだ。

 

「どうしたエーミール!!」

「だ、大丈夫です。ちょっとびっくりしただけで・・・。」

 

 見ればエーミールの目の前に一体のドロイドが転がっていた。そこにあったのは殆どの0Gドッグならば見たことがある顔だった。

 

「ヘルプG・・・。」

 

 どうやらこの部屋はこれから0Gドッグになろうとする者達に様々な知識を教えるヘルプGの部屋だったようだ。宇宙港の奥の方にあった為か比較的損傷は少なかった。全員集まってきては、ヘルプGを見て驚く。

 

「ヘルプG・・・、まさかこんなことになっているとは・・・。」

「体の方は完全に潰されてますね。」

「そりゃ悲鳴も上げるわな。」

 

 暗闇で完全に見た目がメカのドロイドが倒れていて、しかも首が180度ねじ曲がってこっちを見ていれば悲鳴を上げるだろう。

 

「ヘルプGがこんな有様じゃ管理局の方も駄目だろうな。他を当たるぞ。」

 

 ディエゴに続き、私達はヘルプGを置いて別の場所へと向かった。

 

 

 

 

 

「どうだ?」

「駄目です。データどころが回路そのものが焼け落ちてます。これじゃあ何も取り出せませんよ。」

 

 かろうじて原型を留めていた端末からデータのサルベージをしていたエドワードだが、結果は芳しくなかった。

 

「おい全員こっちに来てくれ。」

 

 ディエゴの所へ全員が向かうするとそこには、少しだけ隙間が空いたドアを必死になってこじ開けようとしている海賊達がいた。

 

「来たか。こいつを見てくれ。」

 

 そう言われて彼らが開けようとしていた扉を見る。普段宇宙港で目にするだけの唯の扉だった。

 

「これがどうかしたのか?」

「この部屋のネームプレートを見ろよ。空間通商管理局って書いてあんだろ。」

「つまり?」

「はぁ・・・あの立ち入り禁止の管理局の部屋だぜ?何かあるに決まってるだろうが。」

 

 確かに空間通商管理局の内部に入った事は無い。というか基本的に人間は立ち入り禁止で内部にはドロイドしか入れない。

 

「だがこの通り扉が歪んじまって入れねぇんだ。」

「レーザーカッターは?」

「入れてみたけど表面を焼くだけだったよ。」

 

 扉の何カ所かに焦げた跡があったのはディエゴ達がレーザーカッターで扉を焼き切ろうとしたためだろう。

 

「爆弾でふっとばせないのか?」

「いや駄目だ。爆破すれば何処が崩れるか分からん。最悪生き埋めだ。」

「宇宙で生き埋めは嫌ですね。」

「という訳で何かいい手は無いかと聞いている訳だ。」

 

 と言われた所で手持ちの工具で役立ちそうなのは非常用の爆薬とレーザーカッターだけだ。そしてそのどちらも使えない以上お手上げとしか言えない。

 そんな中エドワードが手を上げた。

 

「一つ手があります。」

 

 待つこと30分。エドワードが何か巨大な物を抱えて戻ってきた。普通なら人が持てる大きさのものでは無いが、重力井戸が働いていないのでほとんど無重力に近い状態となっているため難なく運んでいる。見ればそこにはいくつかのチューブや線がつながっていてその先は外に続いている様だ。

 

「お待たせしました。」

「それ、オッゴの腕じゃないか?」

「はい、これについているプラズマカッターで焼き切ります。」

 

 それがオッゴの腕だという事にポプランは気付いたようだ。そしてエドワードは説明しながら腕をセットして、スイッチを押す。

 

 強烈な閃光が走り携帯用レーザーカッターとは段違いな出力でプラズマの炎が扉を焼く。ものの数十秒で扉はドロドロに溶けてしまい、そこには人ひとりが通れるくらいの隙間が出来た。

 

「すごいもんだな。」

「でしょう?」

 

 だからドヤ顔を止めろ。というかプラズマカッターはお前が作ったものじゃないだろ。

 

「よし野郎共、行くぜ。」

 

 そういってディエゴ達は我先にと中へ入っていった。それに続いて私達も中へ入る。

 

「管理局の裏側っていうか巨大なサーバールームだなこれは。」

 

 そこで目にしたのは何台もある巨大なコンピュータやドロイドのメンテナンス用機材だった。私達は部屋の中を漁っていたが機械はすべて壊れていて情報も何もなかった。

 

「頭!こっちになんか変な部屋がありやすぜ。」

「変な部屋?」

 

 海賊の一人が見つけた部屋に入っていく。それは確かに変な部屋だった。

 部屋の外は長年恒星風にさらされた影響かボロボロなのに、この部屋には傷一つない。まるでこの部屋だけ別世界のようだ。

 

「なんなんだこの部屋は?」

「・・・さぁ?」

 

 何か機械がある訳でも無い。ただ別世界のような空間が広がるのみである。

 

「ポプラン少佐。あれ。」

「ん?」

 

 エヴィンが何か見つけたようだ。エヴィンが指差す先には何か人型のものが転がっていた。

 

「なんだこれ?ドロイドか?」

「管理局の奴に少し似てますけど。」

 

 のっぺらぼうみたいな顔は確かに管理局が提供するドロイドに似ているが、このドロイドは胸から腹にかけて大きなくぼみが出来ている。胸の部分が膨らんでいて人間の女性を意識したようなデザインだ。

 

「なんですかこれ?」

「管理局のドロイドじゃないか?」

「なんか不気味なんだな。」

 

 口々に感想を言い合う彼らを尻目に私はこのドロイドに近づいてよく見てみた。

 

「ん?」

 

 そのドロイドのくぼみの中に何か入っている。私はその中に手を伸ばして中のモノを出してみた。出てきたのは何やら10cm程度の四角い立方体だ。

 

「なんですそれ?」

「分からない。サイコロで無い事は確かだ。」

「はぁ?」

 

 なんだかよく分からないがこのドロイドのパーツか何かだろうか。

 

「おい、それって・・・もしかして・・・。」

 

 このサイコロを見た途端、急に顔色を変えるディエゴ。

 

「エ、エピタフぅう!?」

「うわッ!?」

「やめろ叫ぶな無線入ってんだぞ!!」

 

 いきなり叫ぶものだから、無線を通して大音量で耳に届く。とっさに塞ごうとしたが宇宙服を着ていたので塞げなかった。

 

「あ、すまねぇ。いやそれよりも!」

 

 ディエゴは一気に駆け寄って私が持っていたエピタフをまじまじと見つめる。

 

「間違いねぇ・・・これは間違いなくエピタフだ。」

「エピタフってあの何でも願いが叶うっていう伝説の?」

「あぁ、一度画像で見た事がある。こんな所でお目にかかれるとはな。」

 

 そう言ってさりげなく私からエピタフを取ろうとしたのでスッと離れる。

 

「「・・・。」」

 

 互いに見つめ合い微妙な空気になる。再度ディエゴは手を伸ばすが、私もエピタフを遠ざける。

 

「なぁシーガレット。俺は是非とも一生お目にかかる事が出来ないかもしれないお宝をこの目で見たいんだ。ちょっと見せてくれよ。」

「あぁいいぞ。」

 

 一瞬だけディエゴの目の前にエピタフを出す。そして遠ざける。

 

「「・・・。」」

 

 そしてまた微妙な空気が流れる。私はもう一度ディエゴの前にエピタフを出す。そして奴が手を伸ばそうとした所で引っ込めた。

 

「いい加減にしろ!ガキかお前は!?」

 

 どうやら頭にきたようだ。

 

「そんな如何にも盗りますみたいな顔をしているのが悪い。」

「うるせえ!ごちゃごちゃ言ってねぇでエピタフを寄こせ!!」

「誰が渡すか!」

 

 飛び掛かって来たディエゴとエピタフを奪い合う。女性に対して紳士的になれないようだなこの男は。

 あと後ろでポプランが醜い争いだとかエドワードの意外と子供っぽい所あるんですねとか少年2人のうわぁとかいう見たくないものを見たような声や海賊2人が頭を応援する声とか全部聞こえてるからな。

 

「「あ。」」

 

 エピタフを奪われまいと必死に握りしめるが、手が滑って二人の手からエピタフが離れる。勢いよく手から飛び出したエピタフは、そのまま壁にぶつかり二つに割れてしまった。

 

「「ああぁあああッツ!?」」

「うるせえ!」

 

 廃墟と化した宇宙港に、2人の叫び声と反射でヘルメットの上から耳を抑えたポプランの悲鳴が響いた。




戦闘後は何となく後始末感があって筆が進みにくく感じます。


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第9航路 金髪の士官

亀の歩みで書き上がりました第9話です。



 ゼアマ宙域セクター4。反乱分子とヤッハバッハの試験艦隊との間で戦闘が行われていた場所に、13隻の船がいた。

 

 10隻はヤッハバッハの突撃艦ブランジ級で、残りの2隻は長大なカタパルトを備えたダルダベル級巡洋艦である。

 最後の1隻は三段のカタパルトデッキを持つ全長2kmのヤッハバッハの巨大空母ブラビレイ級空母である。

 

 そのブラビレイ級空母【クレッツィ】の艦橋で、1人の男が茶を飲みながら部下からの報告を聞いていた。その周りには、数人の士官達がいて起立したまま報告を聞いている。

 

「で、何か分かったのですか?」

「は、漂流していましたダルダベルとブランジの残骸を調査した結果から強力なレーザーもしくはミサイルによって破壊されたものと推測します。つまりーー」

「ドン・ディッジの攻撃による可能性が高いと?」

「はい。艦載機によりこのセクターを調査しましたが、ドン・ディッジの残骸は発見出来なかった事からそれは否定出来ないと。」

 

 部下の報告に男は頷く。彼らは1週間前に消息を絶ったドン・ディッジ以下試験艦隊の捜索隊である。

 足の速い突撃艦や巡洋艦に、多数の艦載機による索敵範囲の広い空母で構成されたこの艦隊は、試験艦隊の足取りを追いこの暗礁宙域にて捜索活動を行なっていた。

 

 賢明な捜索の末に彼らが見つけたのは10隻以上の船の残骸だった。

 

 調査をするにつれレジスタンスのものと思われる船の残骸の中に味方の船の残骸を発見しクレッツィに搭載している全艦載機300機による周囲の捜索をした結果、2隻のダルダベルとブランジの残骸を発見した。

 

 だが旗艦であるドン・ディッジの残骸を発見する事は出来なかった。しかしドン・ディッジに積まれていた食料コンテナや艦載機や遺体などが見つかった。

 またダルダベルやブランジの残骸に残った損傷から、ドン・ディッジによる攻撃が疑われ彼らは一つの仮説を立てた。

 

「クーラント司令。言いにくい事ではありますが、ドン・ディッジはレジスタンスの手に渡ったのではないかと小官は推測します。」

「それは実に不愉快な推測ですねぇ。」

 

 クーラントは笑みを浮かべながら部下に言う。その顔は笑っているが目だけは鋭い刃のようなものだ。その視線を向けられた部下は背筋が冷たくなるのを感じた。

 

「だが、状況から考えればそれが一番可能性が高いでしょう。航跡は辿れますか?」

「いえ、時間が経ち過ぎているのと戦闘で拡散したインフラトン反応によって航跡を辿ることは不可能です。」

 

 船の主機であるインフラトン・インヴァイダーからはインフラトン粒子が漏れ出る。その粒子の後を辿る事で目的の艦を追跡できるのだが、時間が経ち粒子が消滅、あるいは拡散してしまった事。戦闘で爆沈した艦のインフラトン粒子が周囲に大量に撒き散らされた事が、追跡を不可能にしてしまった。

 

「まぁ仕方がないですねぇ。君は総督府に状況を報告して下さい。」

「はっ。」

「さて、以後我が艦隊は敵の捜索に入るが、何か意見はありますか?」

 

 それを聞いて金髪の若い士官が手を挙げる。それを見た周りの士官達は顔をしかめるが、クーラントはそれを気に留めず金髪の若い士官に発言を許可した。

 

「状況から推測するにドン・ディッジは敵に奪取されたと思います。その後何処か無人惑星もしくは無人のセクターに潜んでいるのではないかと。」

「理由は?」

「ドン・ディッジは巨大な戦艦ですが、あまりに巨大な為辺境惑星といえど人目を引くでしょう。行方をくらませるには何処か無人の場所で身を潜めなければなりません。」

「なるほど。」

 

 この予想は全くの事実だった。現在の状況から推理し事実を言い当てたこの士官の非凡な事を示している。

 

「ならば無人地帯を重点的に捜索するとしましょう。艦隊を3つに分けます。」

 

 そう言ってクーラントは、ブラビレイ級1隻とダルダベル級1隻とブランジ級2隻の第1艦隊。ダルダベル級1隻とブランジ級2隻第2艦隊。ブランジ級3隻の第3、第4艦隊に分けた。

 

「第1艦隊は私が指揮します。第2艦隊をキール中佐、第3艦隊をノイマン少佐、第4艦隊をライオス少尉に任せます。」

 

 これを聞いた士官達にざわめきが起こる。理由は1人の少尉ーーライオス・フィルド・ヘムレオン少尉が突撃艦3隻とはいえ1艦隊を預かったからである。

 

「ライオス少尉、今回の君の意見を私は高く評価します。その才能を持って反乱分子を是非見つけてください。」

「はッ!」

 

 クーラント司令はあの冷たい視線と笑顔でまだ10代後半のライオスに言う。ライオスは、背筋が冷たくなるのを感じたが、それを表面には出さずに力強く答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、まるで子供のようにエピタフを取り合った結果、壁にぶつけて真っ二つに割れたと。」

『そのような非論理的な行動は理解出来ません。』

 

 一方、オーバーハーフェンの廃宇宙港に隠れている反乱分子達は、宇宙港の探索から戻ってきた一行の報告を聞いてこんな感想を漏らしていた。

 

「後悔はしているが私は悪くない。」

 

 私は食堂で茶を飲みながら、呆れた大佐と私の端末に接続しているアルタイトにこう言った。

ちなみに茶とクッキーはランディが用意したものだ。

 

「で、割れたエピタフはどうしたんだ?」

「今エドワードが元に戻そうとしているよ。」

 

 エピタフはいったい何時誰が何のために作ったのか、何でできているのかどうやって作られたのかまったくもって不明なまさしく未知の存在だ。そのエピタフにはある伝説が語られている。

 

「エピタフを手に入れたものは願いが叶うというエピタフ伝説か。」

『ネットでは実例はないようです。』

「所詮伝説だからな。」

 

 結局は伝説上の話だ。だが、エピタフは希少価値の高い物なので売却すればかなりの値段になる。エドワードに旨いこと修復してもらって高値で売ればこれからの活動資金になるだろう。

 

「それはそうと管理局の奥に謎の部屋があったとはな。」

「大佐も知らなかったのか?」

「あぁ、管理局内には誰であろうと入れないからな。セキュリティも硬く、もし強引に入れば様々なペナルティを受ける。制服を着た人間ならなおさら入れんよ。」

 

 確かに管理局の内部は立ち入り禁止だし、高い独立性を維持する為に特に国家に深く関係ある人物は立ち入ることが出来ないのだろう。

 

「管理局か・・・。今更思うんだが、空気通商管理局とは一体なんなんだろうな。」

「宇宙港や航路やボイドゲートの管理をする為に存在しているのだろう?」

『公式な情報でもそのように発表されています。』

「いやそういう事ではなくて。」

 

 今回あの部屋を見た私は、ある疑問を抱いた。それは空間通商管理局とは一体なんなのかという事だ。

 

 空間通商管理局は、宇宙に進出した人類にとって欠かせない宇宙港、ボイドゲート、航路を管理する事を目的としたもので、中立性を保つ為に独立したドロイドによって運営されている。

 

 大昔、ゲートの所有を主張した戦争が起こったから作られたらしいが、あの部屋を見た後は何だか別の目的があるように思えてくる。

 

「で、なんだと言うんだ?その目的とは?」

「分からない。ただ管理局はオーバーテクノロジーであるゲートの管理をしている。もしかしたら何者かが裏で管理局のドロイド達を操って何かしているのかもしれない。」

「よくある陰謀論だな。疲れているんじゃないか?」

「・・・そうかもしれないな。」

 

 もしかしたら、あの異様な空間に当てられて変な事を考えているのかもしれない。

 

「なら休んだ方がいいだろう。休んで置かないといざという時困るだろうからな。」

「そうさせてもらうよ。」

 

 私は席を立つと部屋へと向かう。部屋と言ってもゼー・グルフの格納庫にあるアルタイトにあるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ・・・。」

「どうしました大佐?」

 

カップと皿を片付けようとしたランディは何か考えていたベルトラム大佐に気がつく。

 

「あぁ、これから先どうしたものかと考えてな。」

「これから先とは?」

「これからもヤッハバッハに逆らい続けるかどうかだ。」

 

 サンテール基地と仲間の大半を失った。これ以上ヤッハバッハの支配に抵抗し続けていって何になる?もし仮にリベリアをヤッハバッハから解放する事が出来たとしても、再度ヤッハバッハの再侵攻を招くだけではないのか?

 

 碌な抵抗もできずに敗北したリベリア軍の生き残りで構成されたアーミーズの目的は、ヤッハバッハの支配からリベリアを開放することだった。だが、ヤッハバッハの公平な統治を見るうちに徐々に別の考え方がアーミーズの構成員の間に生まれてきた。

 

 以前のリベリアは貧富の差が広がりつつあり各惑星間の関係も悪化。政府も官僚の汚職や一部の惑星を優遇する政策を進めたので各地でデモが発生していた。国が崩壊するというほどではないが、人心に不安と不信を植え付けるには十分な状況であった。

 

 それに比べればヤッハバッハの統治は逆らいさえしなければ穏やかなもので、汚職も無く一部惑星を優遇する政策もないものだった。当初は反感を買っていたヤッハバッハもその統治から徐々に市民から歓迎の声が上がっていった。リベリア軍人の中にもヤッハバッハの支配を歓迎する者も現れ軍に志願するものもいた。

 

 それでもヤッハバッハの統治に対して、いつ本性を現すのかと危機感を抱くものや本能的に拒否する者たちはこうしてアーミーズに参加していた。だが、ヤッハバッハが公正な統治を行い続けると先程も言った別な考え方、すなわちヤッハバッハに従った方がいいのではないかというものだ。

 

 ヤッハバッハを追い出したとしても、彼らのような平和な統治を行うことはできない。リベリアを開放することは現在の平和を破壊することであり、その平和を享受している地上の住民からすれば新たな混乱に巻き込まれることになる。

 

 それはむしろリベリアとその民を苦しめることだ。

 

 だがすでに反乱行為に加担しているため、考えが変わったからで投降する訳にもいかず、脱走すれば今度は仲間達から追われるはめになる。こうしていくら考え方が変わったからと言って引き返すことも難しい。

 

 しかもだ。

 

「私のしてきた事は無駄だったのでは無いか。と考えてしまうのだ。」

「無駄・・・ですか。」

「少なくとも、我々の活動でヤッハバッハの支配に何かしらの傷を負わせる事は出来なかった。」

 

 以前から行ってきた抵抗は、現場レベルではそれなりに影響を与えただろう。だが、それによって支配体制が崩れることも、それを揺るがすことも出来なかった。

 

 長きに渡る反ヤッハバッハ活動によって辺境の小惑星に息を潜め、ヤッハバッハの圧倒的な力で基地と多くの同士を失った彼は、肉体的にも精神的にも参ってしまっていた。

 

「大佐もお疲れのようですね。」

「・・・かもしれんな。ブランデーか何かあるか?」

「ワインでしたら。」

「それでいい。」

 

 少しして、ランディがグラスに注がれたワインを持ってきた。大佐はそれを手に取りグラスを揺らしていたが、自分の中にある鬱々としたものを忘れるように飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 ゼー・グルフの格納庫に置いてあるアルタイト。全長4kmの戦艦の格納庫は、100m程度の船が入っても問題ないくらい広い。これで格納庫の一部を潰しているらしいから驚きだ。(アルタイトとエドワードが調べたデータから聞かされた。)

 

 ハッチから伸びるコードは、アルタイト本体とゼー・グルフを接続するものだ。そのコードを踏まないように中に入る。

 

「ん?」

 

 中を歩いているとボソボソと誰かが喋っているのが聞こえる。といっても1人しかいないが。

 

「何をしているんだ?」

「ほうわっ!?か、艦長!?」

 

 暗がりの部屋の中で独り言を言いながら作業していたエドワードは、私に気がついていなかったようで驚き飛び上がる。

 

 驚いてジャンプする人間は初めて見た。

 

「い、いつからそこに!?」

「来たばかりだ。所で何をしているんだ?」

 

 そう言いつつ部屋の奥を除くとそこには見覚えのあるドロイドが机の上に寝かせられていた。

 

「いつの間にこんなものを。」

「あ、あぁそれですか?艦長達がエピタフでなんやかんやしている間に運んだんですよ。」

「あの時か。」

 

 まぁ他には考えられないしな。

 

「で、そんなガラクタを拾ってきて何をするんだ?」

「この船が人手不足なのもあるので、これを使えるようにしてちょっとでも船の運用が楽になればいいと思いまして。」

「なるほど。」

 

現在ゼー・グルフはアルタイトの制御によって動かされている。だが本来このゼー・グルフを運用するにはアーミーズや海賊やレジスタンスなど我々全員合わせても圧倒的に足りない。アルタイトがあるから、AIの手が届かない個所を整備するだけで済んでいるが、それでも人手が足らないのは事実だ。

 

「確かに現在我々は人手不足が著しいが、ドロイドが一体増えた所で焼け石に水な気がするんだが。」

「まぁそうかもしれないですけど、ドロイド一体でもあるに越した事はないでしょう?」

「それも一理あるか。」

 

 人手不足が解消される訳ではないが、ちょっとでもマシになるならばやるべきだろう。

 

「で、エピタフはどうなった?」

「取り敢えず接着剤でくっつけました。」

「・・・いいのかそんな方法で?」

 

 エドワードに見せて貰ったが見た目的には問題はなかった。だが、貴重な遺産を接着剤でくっつけてしまってよかったのだろうか。

 

「古美術品の修復は専門外ですからね。誰かさん達が争ってエピタフを壊さなければよかったんですが。」

「むむ・・・。」

 

 こう言われると当事者としては何も言えない。無論悪いのはディエゴだが。

 

「エピタフに関して俺が出来る事はそれだけです。完全に修復しようにもエピタフ自体貴重な存在なので、修復方法はおろか何で出来ているのかすら分からないんです。」

「仕方がないか。」

 

 エピタフは謎が多いお宝だ。そういうものならしょうがないだろう。見た目は傷ついたようには見えないので、問題ない。

 

「じゃあ、私はそろそろ部屋に戻るよ。何かあったら言ってくれ。」

「分かりました。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、危なかった・・・。アルタイト、分かっていたなら教えてくれよ。」

 

 シーガレットが去った後、部屋の中でエドワードはアルタイトに話しかける。

 

『言わない方が面白いと結論しました。』

「勘弁してくれ・・・。」

 

 どこで教育を間違えたのか。このAIは人をからかうという事を覚えたようだった。

 

『前提としてあなたがやましい事をしなければ驚く必要は無かったでしょう。』

「そもそも君がこんな物を俺の端末に入れたのが原因だろ。」

 

 そう言ってエドワードは先程驚いて飛び上がったと同時に反射で隠した端末を取り出す。

 そこには1人の女性がシャワー室を利用する映像があった。

 

『エドワードの情報を書き換え。【スケベ】に変更します。』

「冤罪だ!!」

 

 この事態の真相は、アルタイトがエドワードを呼び出した事に始まる。

 

 自己成長プログラムにより日々成長するアルタイトは、成長を促すプログラムが入っている。そのプログラムによりアルタイトはある仮説を出した。記録媒体から情報を取り込んだり、モニター越しに人間の行動を観察するよりも、実際に人間と同じ経験をすればより成長できるのではないかと言うものだ。

 この仮説を検証する為に、管理局より借りてきたドロイドを操作した。だが、上手くいかなかった。

 

 期待していた人間の経験というのが出来なかったのだ。

 

 アルタイトはこれを外見が人間と異なるからではないかと考えた。実際ドロイドはシルエットこそ人型だが、人に似せてはいない為一目で人では無いと分かる。

 

 これにより相手が人間として接してくれず人間の経験が出来ないと考えたアルタイトはある情報に目をつけた。

 

 人間そっくりのアンドロイドの少女と人間の少年が互いを知り惹かれ合い結ばれるというありがちなSF小説である。

 前回の経験と情報からアルタイトは、人間そっくりなアンドロイドならば人間の経験が可能かもしれないと考えたのだ。

 

 ただ肝心の人間そっくりのアンドロイドを手に入れる事が出来なかった。星間ネットオークションにも出品されておらず、何よりアルタイトには私的にクレジットを使う権限はなく、また製作することも出来ない。

 

 そんな時エドワードが管理局跡地から一体のドロイドを拾ってきた。当初エドワードはこのドロイドを武器を装備したコンバットドロイドに改造しようとしていた。

 そこにアルタイトが可能な限り人間に近いアンドロイドを作れないかと言ってきたのだ。

 

 ただしエドワードはコンバットドロイドを作りたいという欲求が強かった為、アルタイトの提案を却下した。技術的な面でも問題があったのも事実だが、エドワードが自身の欲求を優先させアルタイトの要請を蹴ったことが、アルタイトにある手段を取らせる事となった。

 

 簡単に言うと脅したのである。

 

 エドワードの端末に、アルタイトが録画したシーガレットのシャワーシーンを入れたのだ。それをエドワードが盗撮したとシーガレットに言われたくなければドロイドを修理して人間そっくりのアンドロイドを作れと脅したのだ。

 

 無論冤罪だが、アルタイトは巧妙かつ悪辣にもその他の工作によってエドワードが盗撮したと思えるような偽の証拠がいくつも用意されており、エドワードに残された道は一つだけだった。

 

「まさかAIに脅迫されるとは・・・。」

 

 彼自身、船を運用する上で効率良く運用出来るように付けた成長プログラムが、他人を脅す方法を学びこのような結果をもたらすとは夢にも思わなかった。

 

「さて、どうしたものか・・・。」

 

 自分が作り出したAIに脅迫された彼はため息交じりにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 一方ゼー・グルフの隣に係留されている一隻の魚雷艇では汚れた格好の男達が忙しなく動き回り、中破した魚雷艇の修理をしていた。

 

「誰か予備のシャフトもってこい!!」

「スラスターのテスト終わったか?」

「先に推進系の制御盤直さなきゃダメだ。」

「装甲板はないのか!?中身むき出しだぞ!」

「宇宙港の廃材で使えそうなもん貼り付けちまえ!」

 

 ディエゴは、中破した魚雷艇の艦橋でその作業を眺めながらタバコを吸っていた。そこへ手下の1人が報告へやってくる。

 

「お頭、やっぱり資材が足らねぇ。中身はなんとかなったけど、装甲板はどうしようもねぇぜ。とりあえず宇宙港の残骸から使えそうなもん見っけてふさいでいるところでさぁ。」

「まぁ仕方ねぇか。にしても寂しくなったなぁ。」

「え?」

「俺たちの艦隊さ。」

 

 全盛期は総勢50隻を超えた海賊団だったが、ヤッハバッハの厳しい監視によって十数隻にまで数を減らしていた。獲物は見つからず補給も受けられず傷ついた艦の修理もできない。このまま行けば遠からず全滅する筈だった。

 だがサンテール基地を発見したおかげでディエゴ海賊団は全滅を免れた。それ以後はサンテール基地を隠れ家にして主にヤッハバッハ関係の船に対し海賊行為を働いていた。

 だが、いつも通り狩りに行くためにボイドゲートを抜けた矢先でドン・ディッジ以下ヤッハバッハ艦隊とばったり鉢合わせしたのだ。

 

 海賊船と軍艦では海賊船に勝ち目は無く、半数を失ったがなんとか逃げ帰る事が出来た。最終的に残ったのは魚雷艇が4隻のみ。うち1隻は中破だ。

 

「俺の船もサンテールと一緒に沈んじまったしなぁ。」

 

 ディエゴの艦はサンテール基地が爆発した時に一緒に沈んでしまった。基地へ逃げ込む時すでに中破程度の損傷を受けていて修理に回せる人員も時間もなく、乗組員も怪我人が多数いて動かせる状態に無い為そのまま放置されていたのだ。

 

「誰かの魚雷艇を使いやすか?」

 

 その言葉にディエゴは首を振る。

 

「人の船を借りるってのはなんか嫌なんでね。お前らもあるだろ?」

「えぇまぁ。」

「仕方ねぇから俺はあっちに乗るさ。」

 

 そういってディエゴは、ゼー・グルフへ向けて顎をしゃくる。実際他人に船を貸したり借りたりするのを嫌う0Gドッグは多い。

 ただディエゴの場合、魚雷艇よりも圧倒的な性能を持つゼー・グルフに乗っていた方が生き残る確率が高いのでそっちに生き残るため適当な理由をつけてゼー・グルフに乗り込むだけである。

 

 そんなディエゴの打算も知らずに部下は表向きの理由であっさり納得する。

 

「これからどうなるんですかねぇ?」

「さぁな。俺としてはどっかにおさらばしたいぜ。」

「当てはあるんですかい?」

「ねぇな。」

「ですよねぇ。」

 

 海賊達はリベリアの開放ということに興味はない。それは根無し草であるフリーボヤージュ達も同様である。彼らとしてはリベリアがどうこうというよりも自分達の生活に害をなすヤッハバッハが邪魔だというだけである。彼らの影響がない所があるならば今すぐそこへ逃げるだろう。

 

 むろん故郷に対する哀愁が無い訳では無い。自分の生まれた地に愛着がありその為に働きたいと思うものもいるだろう。だがそうでないものもいる。少なくとも海賊達はリベリアに愛着を感じてはいなかった。

 

「とりあえず、生き延びる事。これが大事だな。」

「生きてりゃいいことあるってやつですかい?」

「そういうことだ。」

 

 そういって二人は、魚雷艇の修理を眺める事に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「修理の方はどうなっている?」

「やはり資材が足りません。現状でこれ以上の修理は不可能です。」

 

 海賊達以外にも船の修理をしている者達が居た。ギルバード率いるレジスタンスの面々である。彼らは自分の持っている貨物船や魚雷艇修理していた。が、こちらも資材は足りていない。

 彼らの陣容は貨物船2隻、魚雷艇2隻の計4隻。うち、貨物船1隻と魚雷艇1隻が中破状態だ。

 

「サンテールでなら修理出来たでしょうが・・・。」

「あの海賊共がヤッハバッハを連れてこなけりゃこんなことにはならなかったのに。」

「まったくだ!責任取らせてあいつ等の船をばらしましょう!」

「そうだ!それがいい!」

 

 口々に海賊達の責任を追及する彼らをギルバードは一喝する。

 

「今は揉めている時ではない!責任はいずれリベリアを解放したのちに取らせればいい。今は艦の修理に力を注げ!」

「「「・・・。」」」

 

 ギルバードに一喝されたレジスタンス達は、渋々艦の修理に戻っていく。基地が破壊される直接の原因を作ったのはディエゴ達であり、以前から仲は良くなかったが、これによりレジスタンスとディエゴ海賊団との仲は修復不可能なものになっていった。

 

「リーダー。これからどうするんですか?」

 

 一人の若いレジスタンスがギルバードに尋ねる。

 

「これからはあのゼー・グルフを拠点として戦い続けるだろう。強力な戦艦だからな。うまくいけば総督府のゼー・グルフを沈められるかもしれない。」

 

 リベリア宙域艦隊の旗艦ゼー・グルフ級は、この宙域を支配するヤッハバッハ艦隊の旗艦だ。圧倒的な破壊力を持つこの艦はヤッハバッハの支配の象徴としてリベリアに駐屯している。この旗艦以下ヤッハバッハの駐留艦隊を撃沈するとこはリベリアの開放を意味するとギルバードは考えていた。

 

 ギルバード以下のレジスタンスは過激派という言葉が似あうと言われている。彼らはヤッハバッハの支配を本能的に拒否する者達が多く、急進的な考えに走りがちである。リーダーであるギルバードにもその傾向がある。

 

 というもの、実際に家族や友人がヤッハバッハに逆らって厳罰をかけられたり、兵士に暴行されたり、以前の地位を追われたりと実害を被った者がおり彼らの話を聞いて集団で義憤に駆られるためだ。集団心理は団結を強くする分その行動は単調にかつ攻撃的になりやすい。

 ベルトラム大佐がヤッハバッハに逆らうのに懐疑的になりつつあるのに対し、レジスタンスの戦意は依然として健在である理由もこの為である。

 

 だがそれがリベリアを救うことになるかどうかは不明である。少なくとも彼らはそう信じていた。

 

「リベリア解放の為にも艦の整備を頼むぞ。」

「はいッ!」

 

 若いレジスタンスはそのままギルバードの激励の言葉に感激しながら走っていった。

 

 

 

 

それぞれの思惑がすれ違い交差する。それがどういう結果を招くのかこの段階で知る者はいなかった。




ようやく原作キャラが出せた・・・。

今回はフラグと現状確認的な話になりました。

ライオスの状況ですが、正直言ってよく分かっていないので想像で書いています。よく考えたら少尉が1艦隊を預かるのは現代では異例ですがこの時代なら普通そうですよね。

ベルトラム大佐以下アーミーズは慎重派、ギルバード以下レジスタンスは過激派という見方で結構です。フリーボヤージュや海賊達は無関心層という感じでしょうか。

こういった心理描写などは難しいです。言い回しとか適当な言葉が見つからず四苦八苦しました。

それではここまで読んで頂きありがとうございました。


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第10航路 戦うべきか

 サンテール基地が崩壊して2週間以上経過した。その間、フリーボヤージュ達が食料などの物資を集めてくれた。彼らも長年ヤッハバッハの目を掻い潜ってサンテール基地に物資を運んでいただけの事はあり気付かれることなくここまで運んでくれた。

 

「これでとりあえず餓死の心配は無くなったな。」

『現状の食糧ならば全員で今から3ヶ月は耐えられます。』

「三か月か・・・。多いんだか少ないんだか。」

 

 航海をする上での3ヶ月は長いが、ヤッハバッハから隠れ続けるのに3ヶ月は短い。

 

「艦長、システムのチェック終わりました。対艦クラスターレーザーいつでも使えます。」

「ご苦労。で、どんなものなんだこれは?」

 

 初めは、傷ついた艦やオッゴの修理に追われてゼー・グルフの事は後回しになっていたのだ。今まで基本的なシステムしか把握しておらず、ようやく修理がひと段落したのでこの艦の調査を始めた。

 

「実際に威力を見たから分かると思いますが、凄まじいの一言につきますね。主砲と同口径のレーザー砲が60門もありましたよ。実質ゼー・グルフの主砲塔が15基ある事になりますね。」

「60門!?」

 

 つまりこの巨大な主砲が60門あるのと同じことだ。そんな強力な砲撃を喰らえば大抵の艦はAPFシールドが持たずに破壊されるだろう。そりゃデブリごと吹き飛ばされる訳だ。

 

「しかも複数のジェネレータとメインエンジンと別のインフラトン・インヴァイダーを搭載しているので、60本の周波数の異なるレーザーが発射できます。」

「つまり?」

「60本のうちいくつかは確実にAPFシールドの減衰を受けずに船体に到達します。まぁ全部のレーザーの周波数が適合したとしても、ジェネレーターがオーバーロードで爆発しますが。」

 

 何とも恐ろしい兵器だ。こんなのものと戦っていたと思うと背筋が凍る。

 

「ただし照準をつけるには一々艦首を向けないといけませんね。あと冷却が追いつかないので全門斉射したらチャージに時間がかかります。」

「連射は出来ないのか?」

「数門ずつ交互に砲撃する事は出来ますが、撃ち続けるとオーバーヒートを起こします。一応専用の冷却器は付いているんですが、発生する熱量が多すぎて排熱し切れません。」

 

 どうやら欠点がない訳ではないらしい。船体に対し巨大な砲を搭載する時は、大体船首方向に設置する。これによって巨大な武器も搭載出来るが、照準をつけるには敵に船首を向ける必要があり、軸線砲の共通の欠点だ。

 

排熱機構に関しては、このクラスターレーザーが発生させる熱量が多すぎて追いつかないらしい。1対1なら強いが多数を相手にするのは不安だな。

 

「まぁ完璧とはいかないものだな。」

「他にも防御面や整備性に問題ありかと。人間で言ったら心臓が2個あるようなものなので弱点も2箇所です。」

「攻撃力は凄まじいんだがな。」

「やはり試作兵器という事でしょう。あまりあてにはしない方がいいかと。」

 

 シーガレット達は知らないが、これらの問題点からヤッハバッハ側は開発を打ち切り以後クラスターミサイルの強化に方針を固めている。

 

『艦長。そろそろ会議の時間です。会議室にお越し下さい。』

「もうそんな時間か。」

 

 代表者達が集まり今後どうするかの会議が行われる。出席者はアーミーズの代表として大佐とランディ、海賊団代表としてディエゴとその部下2人、レジスタンスの代表としてギルバートと部下2人。フリーボヤージュの代表として前回は臨時代理だったがそのまま正式に代表になった3人。そして私はこのゼー・グルフの艦長として出席する事になった。

 実際この艦はほぼアルタイトが掌握しているが、アルタイトの管理者が私に登録されていたためにアルタイトの中では自動的に私がゼー・グルフの艦長になっていたようだ。その為アルタイトが何かするたびに私に許可を求め、私はそれを許可しなくてはならなくなった。

 そんな事をしている内に周りまで艦長認識してくるので、そのまま艦長になってしまったのである。

 

 今は艦に対し危険が無いと判断される行動に関しては無許可でよいとしている。これで私は許可を出す手間は省けた。ただ他の連中が何かしでかさないか不安なので報告は受けるようにしている。特にエピタフを狙っているディエゴに関しては。

 

「さて、行くとするか。」

「行ってらっしゃい艦長。俺としてはこのまま平和な時間が過ぎるのを期待しています。」

「善処するよ。」

 

 最近エドワードも他人行儀な態度から砕けた態度へと変わってきた。私としてもこっちの方が気が楽だ。というかエドワードもかなり特異な人間では無いか?惑星に置き去りにされやっとの思いで帰ったら仕事をクビになり勢いで0Gドッグになってレジスタンスと関わっていつの間にかヤッハバッハと戦っている。リベリア全土を見てもこんな人生を送っている奴は中々いないだろう。宇宙全体ならこれよりも目まぐるしい人生を送っているのは大量に居そうだが。

 

ーーーピーンポーンーーー

 

 そんな事を言っている間に列車が来た。この艦は巨大すぎるので艦内の移動にはこうして列車を使用する。宇宙船は大きさがキロ単位になるものも普通に存在する為、艦内の移動にはこうした列車が使用される。ただこのゼー・グルフは特に大きいので列車も大きく本数も多い。

 

 列車に乗り込みパネルを操作する。するとドアが閉じて気が付いたら列車は発進している。重力制御によって発進時の慣性すら打ち消すことが出来るのだ。ただあまりに強すぎるものや突発的なものは打ち消せないが。

 

 会議室がある区画までほんの十秒程度でたどり着いた。まぁ私が居た所とあまり離れていないのでそんなに時間がかかる訳では無い。そこから列車を降り、会議室まで歩いていく。

 

 会議室に入室するともうすでに他の代表者達は集まっていた。

 

「待っていたぞ。」

「すまないな。報告を聞いていたもので。」

 

 大佐に言い訳しつつ席に座る。私が座った所で会議が始まった。

 

「では今後の我々の方針を話し合おうと思う。何か意見がある者は?」

「大佐。」

 

 真っ先に手を上げたのはギルバードだ。

 

「我々はサンテール基地と幾多の同士を失った。彼らの為にもヤッハバッハと戦い続けるべきだと思う。幸いにも我々は、強力ビーム兵器を持つゼー・グルフを手に入れた。これを新たな拠点として活動を続けるべきだ。」

「俺は反対だな。」

 

 ギルバードの意見に対し横やりを入れたのはディエゴだ。

 

「拠点も壊滅し艦隊の多くを失った。おまけにヤッハバッハの連中も警戒してるだろうぜ。」

「だが連中は俺達の基地を壊滅させた事で俺達が全滅したと思うんじゃないか?ヤッハバッハも俺達が全部で何人いるかなんて把握していないだろう?」

 

 ディエゴの意見にフリーボヤージュの一人が反論する。ここは専門家の意見を聞くとしよう。

 

「大佐。軍人の視点からヤッハバッハはこれからどう動くと思う?」

 

 かつて軍にいた大佐なら、軍隊がどう動くかの予測も出来るのではないか?そう考えて私は大佐に尋ねる。会議室に居た全員の視線が大佐に集中する。

 

「・・・現場の状況を調査すればダルダベルやブランジがゼー・グルフの砲撃で沈んだことも分かるだろう。そうでなくとも連絡が途絶えた時点で何かあったと考え捜索隊を編成するな。」

「つまり警戒度は下がらないと?」

「少なくとも敵が残っているとは考えるだろうな。」

 

 その言葉に全員沈黙する。我々が全滅していないと知ればヤッハバッハは依然として我々を血眼で捜索するだろう。サンテールのようにカモフラージュできないこのゼー・グルフはすぐに発見されるだろう。全長4kmの戦艦は目立つ。

 

「いっその事別銀河に逃げるっていうのはどうよ?」

「リベリアを見捨ててか?それよりも別銀河に行くボイドゲートが無いではないか。」

「ヤッハバッハの連中がやったように、ボイドゲート無しの長距離航海で行くのさ。」

 

 ディエゴの提案に即ギルバードが反論するが、ディエゴはそれに対してボイドゲート無しの長距離航海を提案した。I3・エクシード航法は理論上光速の876倍、実用上でも200倍の速度で航行できる。簡単に言うと光の速さで200年かかる距離を1年で進むことが出来るのだ。だが・・・。

 

「確かにエクシード航法を使えばボイドゲート無しでも他の銀河に到着するだろう。ただそれでも年単位の時間がかかるし我々には現在ですら満足に補給が受けられない。途中で物資が尽きて餓死するのがオチだ。」

「それにたどり着いた場所がヤッハバッハの勢力圏だったらどうする?現状奴らがどの銀河に勢力を伸ばしているのか分からない以上着いた先がヤッハバッハの勢力圏でそこで捕まったら意味が無い。」

「ぐぅ・・・。」

 

 私と大佐にぐぅの音しか出ないくらい反論されたディエゴは、ぐぅといって黙りこむ。ほんとに言う奴がいるか。

 

「そういうお前さんはどうなんだ?何かいい案があるのか?」

 

 せめてもの反撃とばかりにディエゴは私に噛みついてきた。

 

「私としてはこのままヤッハバッハの目を逃れて静かに過ごすべきだと思う。」

「潜伏ってわけか。」

「あぁ。戦うにしても戦力不足だし、どこかに逃げる当てもない。隠れるに限る。」

「このゼー・グルフがあるだろう?しかもあの強力なレーザー兵器がある。これならヤッハバッハとも対等に渡り合えるはずだ。」

「先程エドワードが調べてたが例の対艦クラスターレーザーは確かに凄まじい火力を誇っている。だが、軸線なので照準をつけるのにいちいち艦首を向ける必要があるのと、発生する熱量が多すぎて排熱が追い付かないらしい。1対1なら強いが多数に囲まれるとこの武装が返って邪魔になる。あまり当てにしない方がいい。」

 

 ヤッハバッハと戦うべきだと主張するギルバードに、先程分かった事を伝える。ギルバード以下レジスタンスはこの艦の性能を当てにしている節があるが、この艦は思っているほど強力ではない。リベリアの船から見たら破壊神のような存在だが、ヤッハバッハの基準で見れば強力な砲撃を放つ唯の戦艦に過ぎないのだ。

 まぁ多数に囲まれれば大抵の艦はどうする事も出来ないが。

 

「隠れるといっても補給はどうする?俺達だって常に物資を運べるわけじゃないんだぜ?」

「それに金も必要だ。資源回収で金を集めるにも限度がある。」

 

 フリーボヤージュ達が発言する。サンテールには食物プラントなどが揃っていたのである程度自給自足が可能だった。今はそういった設備が無い以上宇宙港などから物資をそろえなければならない。その為にはヤッハバッハの目を盗む必要があるし、金も必要だ。

 小惑星帯などから鉱物などの資源を回収したりして金を得る方法などがあるが、それには資源のある小惑星を探し回らなくてはならない。隠れる以上動き回るのは危険だ。

 

「やはり戦うべきだろう。駐留艦隊を壊滅させればコソコソ隠れる事も補給で悩む必要もない。」

「だからそれが無理だって言ってんだろ?頭大丈夫か?」

「サンテール基地が壊滅する原因を作ったやつに言われたくは無いな。」

「お前らが派手に暴れまわるからあいつ等が出張ってきたんだろ。責任を擦り付けるなよ。」

「貴様ぁ!」

 

 ギルバードとレジスタンスが勢いよく立ち上がりディエゴ達を睨む。対するディエゴも敵意むき出しと言った感じで睨み返す。元々仲が良くない両者(というか海賊はそもそも他派閥と仲が良くない)は今までも何度かこういった衝突はあった。

 

 そのたびにフリーボヤージュやアーミーズが止めに入るが、今回フリーボヤージュ達は両者を睨むばかりで止めようとしない。彼らから言わせてみれば基地が壊滅した原因はレジスタンスが活発に動いた事とディエゴ達が逃げ込んだ事の両方が原因と思っているので、どちらに対しても負の感情を抱いているのだろう。どっちも傷付けばいいとでも思っているのかもしれない。

 

「どっちもその辺にしておけ。昨日の責任を追及するよりも明日への行動が今の我々には必要だ。」

 

 大佐に言われてどちらも席に着く。ただしお互いに不機嫌を隠そうともしないので会議室内の空気は険悪なものになっていた。

 

 ここは一度会議を中断して頭を冷やすべきだろう。そう提案しようとした瞬間私の端末から声が聞こえてきた。

 

『艦長。シュレースより緊急通信。ボイドゲートよりブランジ級3隻のワープアウトを確認。こちらへ向かっているとのことです。』

「何っ!?」

 

 その報告に会議室内は騒然となる。必死で逃げてきた所でまたヤッハバッハの追撃の手が迫ってきたとあれば当然の反応だ。

 

 ちなみにシュレースは現在の我々の中で唯一の駆逐艦で、オッゴの訓練と哨戒を兼ねてボイドゲートへ向けて航行していたのだ。カタパルトが無いので艦載機を搭載する事は出来ないが、エアロックにオッゴを接続するという強引な方法で搭載している。

 

『以後シュレースは航路を外れ慣性航行に移行するそうです。』

「いい判断だ。アルタイト、今ここに居る艦の全動力源を停止。敵に感知されそうなものは全部停止するんだ!」

『了解しました。』

「何をしている!?ブランジ3隻ぐらいこの艦なら楽に撃破できるだろう!早く戦闘準備をするんだ!」

 

 私の判断にギルバードが反論し戦闘を訴える。だがそれは出来ない。

 

「ここでブランジを沈めても連絡が途絶すればここに注目が集まる。そうすれば今度は本格的な討伐艦隊がやって来るんだぞ!」

「このまま隠れていても見つかって攻撃されるだけだ!撃たれる前に撃つしかない!お前達!至急戦闘準備だ!」

「「はっ!!」」

 

 分からず屋共め!私の考えを一蹴したギルバートは部下達と共に部屋から出ようとする。このまま行かせれば彼らは艦隊を率いて出撃しブランジと交戦するだろう。そうなればこちらも発見され否応なしに戦闘に引きずり込まれる。ブランジを撃破したとしても今度はこの宙域へヤッハバッハの討伐隊がやってくる。そうなれば全滅は避けられない。

 

 

 

 

 

 

 だから私は覚悟を決めた。

 

 

 

 

 ギルバードが出口に立った瞬間、銃声と共に一条の閃光がギルバードの頬を掠めた。

 

「―――ッ!?」

 

 振り返ったエドワードは目を見開く。ギルバード以外にも会議室に居た全員の視線が私に集まる。正確には私の手に持っているメーザーブラスターへだ。そこからは白い煙が昇っている。

 

「今ここでヤッハバッハと戦えば確実に全滅する。お前達が全滅するのは勝手だがそれに付き合うつもりは毛頭ない。それでも戦おうとするなら殺してでも止める。」

「貴様!」

 

 ギルバードとその部下が腰のブラスターに手を伸ばす。

 

「やめろ!今はそんな事をしている場合か!!」

 

 大佐が声を上げるがギルバード達は聞く耳を持たない。まぁ銃を突きつけられているから当然といえば当然だが。大佐以外の周りの面々もどう対処すればいいのか分からずうろたえるばかりだ。

 

「シーガレット・・・貴様隠れられると思っているのか?この巨体では連中の目を誤魔化す事は出来ない。」

「戦えば我々がここにいる事が確実に知られる。そうなれば総督府の駐留艦隊が追ってくるんだ。」

「ブランジ艦隊を撃滅した後、速やかにこの宙域から逃れればいいだろう。」

「ここから他の宙域に移るには一度アルゼナイア宙域を経由する必要がある。連中だって馬鹿では無いからボイドゲートを封鎖してから捜索に入るだろう。一度補足されたら逃れられない。」

 

 どちらの意見にも一理あるが、一方は目先にある困難を乗り越え安全な未来を手に入れるのに対し、もう一方は目先の困難を楽に突破しさらに困難な道へ進むものだ。今日生きなければ明日もないからと言って明後日に死ぬ道を進むことはできない。

 

 だから今ヤッハバッハの艦隊を攻撃する訳にはいかない。

 

「!?」

「な、なんだ!?」

 

 不意に艦内に振動が走る。実際には艦だけでは無く宇宙港自体が揺れたらしい。意外と強力な揺れだったので思わずバランスを崩して床に手をつく。その隙をギルバードは見逃さなかった。

 

「!!」

「!?」

 

 二つの銃声が会議室内に鳴り響く。ギルバードが銃を撃った時、私も反射的に引き金を引いたからだ。そして両者の放ったメーザーは互いの胸を撃ち抜いた。

 

「な!?」

「リーダー!?」

 

 焼けるような痛みが走りそのまま床に倒れた。激痛で頭が真っ白になり何も考えられない。

 

「シーガレット大丈夫か!?ランディ!ドクターを呼べ!」

「リーダー!リーダー!!しっかりしてください!」

 

 周りの声がどんどん遠くなっていく。そして私はそのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 ドクターと医療班が駆け付け止血などの応急処置を施された彼らを医務室へと運ぶ。

 

「覚悟はしておいてください。」

 

 処置を済ませた女性のドクターの言葉に会議室にいた一同は沈黙する。

 

『ベルトラム大佐、以後どうされますか?』

「・・・どうするとは?」

 

 ベルトラム大佐はアルタイトからの唐突な問いかけの意味を理解出来ず聞き返す。

 

『接近するヤッハバッハ艦隊に対する処置です。艦長は負傷する前に探知される恐れのある動力源をすべて停止させるよう指示を出しました。ですがこのまま動力を停止させた場合、艦長達の治療が行えず死亡する可能性が高いかと。』

「な!?」

『しかし治療の為にはインフラトン・インヴァイダーを稼働させなければなりません。稼働させればヤッハバッハに見つかる危険は極めて高くなります。』

「・・・ドクター。彼らの容態は・・・?」

 

 大佐の質問を受けたドクターに会議室に居た全員の視線が集まる。特にレジスタンス達はリーダーの安否がかかっているとあってその目にはドクターに対する期待があった。

 

「今すぐリジェネ―ション装置で治療する必要があります。そうしなければ間違いなく二人は死亡します。」

「治療にどれくらいかかる?」

「怪我の具合から見てリジェネ―ション処置で回復するまで最低でも24時間はかかります。」

「そんなに稼働させていたらヤッハバッハが来ちまうぜ!」

「なんとかならんのか?」

「なんともなりません。」

 

 ドクターははっきりと言い切る。

 

「ドクター・・・。もう少し何か考えてくれないか?」

「私は医者です。医者としての意見しか言えません。それをどう受け取るかは貴方達次第だと思います。」

 

 そういってドクターは部屋を出ようとする。ドアに手をかけたとき彼女は一言

 

「できるだけの事はやります。」

 

 そう言い残して出て行った。

 

「・・・できるだけの事はやる・・・か。我々もできる限りの事をやるだけだ。」

「大佐?」

「アルタイト。全動力源を落としてくれ。連中の目をごまかす。」

「戦わないのか!?大佐!!」

「リーダーを見捨てるのか!?」

 

 大佐の指示にレジスタンス達が反論する。だが大佐はそれをきっぱりと切り捨てた。

 

「今ここで見つかれば全員殺されるだろう。たとえあの二人を失ってもここで全滅する訳にはいかん!」

 

 大佐の言葉にギルバードの部下二人は黙り込む。二人に代わってランディが別の意見を言ってきた。

 

「大佐、動力を落とすだけでは目視によって発見される可能性があります。」

「ではどうする?」

「宇宙港の中央に向けて大穴が開いています。そこに艦を入れて入口を塞ぐんです。」

「なるほど、まさか宇宙港の内部に入ってるとは思わねぇな。」

「だが、穴をふさぐ時間はあるのか?」

 

 大佐の質問に答えたのはアルタイトだった。

 

『シュレースより入電。先程強力な恒星府が発生し、それによってヤッハバッハ艦隊に損害の模様。その場で停止しているとのことです。』

「さっきの揺れはフレアの所為か!」

 

 大佐は先程の揺れは恒星風の所為だと思っていたが、実際には恒星風によって吹き飛ばされた小惑星が宇宙港にぶつかったために起きたものだ。

 

「たぶん連中もダメージを受けたのでしょう。停止しているなら損害は深刻なはずです。」

「よし、今のうちに作業を進める!各艦は中央の穴へ入って固定!整備や補修は後回しだ!手の空いているものは全員船外作業で穴を塞ぐ!急げ!」

「「「了解!」」」

 

 

 

 

 

 

 ボイドゲートを抜けリベリア・ぺリル宙域に侵入したブランジ級突撃艇3隻は、オーバーハーフェンへ向けて航行していた。

 

「この宙域は強烈な恒星風が吹くと聞いていたが、予想以上だったな。」

 

 ボイドゲートを通りこの宙域に入った彼らを出迎えたのは強烈な恒星風だった。ぺリルより大量の高エネルギー粒子が放出されそれによって船の電子装備に異常を起こしたのだ。ぺリルの恒星風が異常に強烈だったというのもあるが、それよりも艦隊が航行していた位置がぺリルに近かったというのが大きい。

 

 だが、化学が発達した現代において恒星風程度で沈むほど艦艇は脆くはない。ましてそれが星の海を何か月も掛けて渡り他国を征服するヤッハバッハの軍艦である。実際インフラトン・インヴァイダーなどの中核となる部分は無傷で航行に支障はなかったのだが、レーダー等の索敵装備が損傷したのだ。

 

 敵がドン・ディッジを奪取しているという情報を持っていたノイマン少佐は、レーダーが使えない状況で動き回り敵から不意打ちを受けるよりも、見通しの良い現地に留まり修理した方がよいと考え、恒星風の影響が少ない場所へ移動したのち艦隊をそこで停止させ修理を行った。

 

 これによりシーガレット達のもとへ駆けつけるのが6時間は遅れることになった。

 

「タイミングが悪かったとしか言えません。恒星ペリルは不安定で恒星風の予測は極めて難しいのです。」

「仕方がない・・・か。これだけ環境が悪ければ航行する船もいないだろう。隠れるにはうってつけだな。」

「少佐はいると思いますか?」

「可能性は高いだろうな。」

 

この時点でヤッハバッハ側はシーガレット達をヤッハバッハの支配に逆らうテロリストだと考えていた。

宇宙は広大であるが、人類が行動可能な範囲でかつ隠れられる場所はそう多くはない。彼等がテロリストならばテロ行為を行う上でリベリアから離れるとは考えにくいというのがクーラント以下捜索隊の士官達の認識であり、ライオスの意見が採用される要因の一つとなった。

 

「少佐。間もなく修理が完了します。」

「僚艦の2隻とも間もなく修理が完了するそうです。」

「よし、修理が完了次第発進する。僚艦にも伝えろ。」

「「了解。」」

 

そして、ようやく修理が完了したブランジ級3隻はオーバーハーフェンへ向けて出発した。

 

駆逐艦シュレースは慣性航行で航路外へ退避していた事が幸いし発見される事は無かった。

 

オーバーハーフェンにたどり着いた彼らが目撃したのは、軌道上に浮かぶ巨大な構造物だった。

 

「なんだあれは?」

「おそらく宇宙港の残骸かと思われます。大昔に恒星ぺリルが不安定になり放棄されたようです。空間通商管理局も応答しません。」

「宇宙港がこの有様では無理もあるまい。いくらAIと言っても恒星風に焼かれて無事でいるとは思えないからな。」

 

 形を保っているとはいえ、外壁は剥がれ落ち恒星風で焼かれデブリによって穴だらけにされた宇宙港が機能しているとは思えない。そしてノイマン少佐のその予測は事実であった。

 

「こういった所なら隠れるのにもってこいだな。」

「確かにここなら警備の目も届きませんが・・・。さすがに環境が劣悪過ぎませんか?この状況では我々に発見される前に恒星風で焼き殺されると思うのですが。」

「我々に発見されれば確実に死ぬが、恒星風なら艦に居ればある程度耐えられる。それに連中はドン・ディッジを奪っているとみて間違いない。あの巨大艦なら拠点代わりにもなる。」

 

 ノイマンの答えに部下は納得する。ヤッハバッハと戦うよりも過酷な恒星風の方が生き延びる確率が高いからだ。

 

「スキャンレンジに入りました。スキャンを開始します。」

 

 そういってオペレーターの一人がコンソールを操作し廃宇宙港をスキャンする。

 

「どうだ?」

「恒星風の影響か少しノイズがありますが、内部からのインフラトン反応は無いようです。恒星と反対側の宇宙港出入口が健在なので内部への侵入は可能です。」

「それはゼー・グルフ級も内部へ入れるのだな?」

「はい。」

 

 ノイマンは迷っていた。ゲート無しで銀河を渡り勢力を広げるヤッハバッハの艦艇は長距離航行にも耐えられる性能を持っている。新兵器の実験艦であるドン・ディッジも同様でその巨体から拠点としても使用できる。これを利用し辺境宙域のさらに先の深宇宙で、ドン・ディッジを基地としている可能性を考えていた。

 むろん補給等を考慮すればそれを実行するのは難しい。しかし可能性としては0ではない。

 

 ただ連中がこの廃宇宙港に潜んでいる可能性も否定できない。スキャン結果では内部に艦はいないが、電波障害の多いこの宙域ならスキャンを誤魔化すことは難しくない。

 

 結果として彼は無難な選択をした。

 

「一応調べておこう。無人偵察機を出せ。」

「了解しました。」

 

 それは、目視による確認である。

ブランジ級は艦載機搭載能力を持っていない。その為内部を偵察するには、宇宙港に接舷し乗員を乗り込ませるか、全長10m程の無人偵察機を使い内部を調べるかの二択である。実際に乗り込んだ方がより詳しく調べられるがぺリルが不安定な為船外活動は危険だと判断したノイマンは、無人機による内部偵察を行う事にした。

 

 1隻に1機、 計3機の無人偵察機がデブリで開いた穴から内部に侵入する。無人偵察機は見た目はミサイルの下部に楕円形のコンテナを装備したもので、コンテナ内部には大型の内視鏡のようなカメラと小型のドローンが何基か積まれている。

 

「恒星風の所為で溶けてますね。これでは空間通商管理局も機能していないでしょう。」

「まさに廃墟だな。」

 

 無人機から送られてきた映像を見るとそこには、黒焦げになった宇宙港の内壁が映し出されていた。

 

「だいぶ傷ついていますね。アームをはじめ港湾機能はすべて死んでいるようです。」

「内部に艦影は見当たりません。」

「ふむ・・・。他のドックはどうだ?」

「他のドックも確認できません。」

 

 他のブランジから発進した無人偵察機はその他のドックへ向かっていた。しかしいずれの無人偵察機も敵を発見することはできなかった。

 

「少佐、やはりここには居ないのではありませんか?スキャン結果にも反応がありませんし、無人機からも何も確認出来ません。。」

「・・・そうだな。無人機の収容作業にかかれ!それと宙域図を出してくれ。」

「はっ。」

 

 ノイマンの前にウィンドウが浮かび上がり、この宙域の図面が表示される。

 

「ここ以外に隠れられそうな場所は・・・。ここか。」

 

 そう言った彼の視線の先には、ここからしばらく離れた所にある小惑星帯があった。

 

「小惑星帯ですか。」

「連中が拠点にしていたのも暗礁宙域だからな。ここは密度が薄いが隠れる事は出来る。」

「では回収終わり次第進路を小惑星帯に向けます。」

「うむ。」

 

 10分後、無人機を収容したノイマン少佐の艦隊はオーバーハーフェンを後にした。

 




令和初投稿です。

ようやく投稿できました。日に日に書ける時間が減っていて遅々として筆が進みませんが、これからも細々と書いてまいります。
今回も心情描写とかに随分悩んだり書いてる本人が現在の状況を忘れてしまって慌てて過去話を読み直したりしました(笑)。

前々から思っていたのですが、ヤッハバッハって艦種の偏りが著しく感じます。戦艦4種類、空母1種類、巡洋艦1種類、突撃艦1種類と主力艦と艦載機主義で、駆逐艦や魚雷艇やフリゲート等の艦艇が見当たらないのが原因だと思います。

普段のパトロール任務にダルダベルとかをウロウロさせているんですかね?(そういえばヤッハバッハではダルダベルは小型艦とか言ってたような・・・)

それと今回新キャラが出ましたがドクターは役職名で名前ではありません。理由は後ほど明かされます。

それではここまで読んで頂きありがとうございました。新しい元号になってもよろしくお願いします。


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第11航路 奇跡と野心

「発見できなかった・・・と。」

 

各地を捜索し再度終結した艦隊の報告を受けたクーラント。その声には小さな落胆が現れていた。

 

「我々が見逃したのか。貴方の予想が間違っていたのか。・・・それとも。」

 

そこまで言ってクーラントは茶を飲む。その言葉の続きを読み取ったライオスは自分の立場がいささか危うい事を再確認させられた。

 

敵を発見できなかった理由として考えられる事は3つ。捜索艦隊が見逃してしまったか、ライオスの予想が的外れだったか、ライオスが彼等を庇うためにワザと別方向を捜索するよう進言したか。それはクーラントのみならず他の士官達も同じ事を考えていた。

 

「ライオス少尉。貴方はどう考えますか?」

 

ここでクーラントはライオスに質問する。室内にいた他の士官達の視線が集中する中、ライオスは冷静に返事した。

 

「私としてはやはりどこかの無人地帯に潜んでいるものと思います。」

「自分の判断に誤りは無いと。根拠はあるのですか?」

「はい。こちらをご覧ください。」

 

そう言って彼は机のホログラムを起動させる。そこには大量のリストが並んでいた。

 

「これは以前セクター4で回収されたドン・ディッジのモノとみられる残骸のリストです。ご覧の通り搭載されていた物資はあるものの船体部分は発見されていません。」

「爆発によってどこかへ飛んで行ったのでは無いか?」

「確かにその可能性はあります。ですが他の艦の残骸は発見できあの巨大艦の残骸のみ見当たらないのは不自然です。この事からドン・ディッジは敵によって奪取されたものと推定されます。」

「それは以前にもそう結論が出ている!何を今更確認しているんだ!」

 

ノイマン少佐が苛立ちを隠そうともせず声を荒げる。だがライオスは冷静に対応した。

 

「このリストに記載されている物資には大量の食料があります。そこから推算して艦内の食料は最低でも4分の3は宇宙に放出されたと思われます。」

「ふむ?つまり敵は食料の備蓄が乏しいと言いたい訳ですか?」

「はい。そして食料を補給する為には宇宙港から補給するしかありません。敵は国内に潜み小型艇などで食料を手に入れている可能性があります。」

「ちょっと待ってくれ。確かゼー・グルフ級には食料生産プラントも搭載されていたはずだ。そいつを使えば危険を犯さず食料を手に入れられるぞ。」

 

次に発言したのはキール中佐だ。中佐の言う通りゼー・グルフ級に限らずヤッハバッハの艦艇は長大な宇宙を渡り歩く為に食料生産プラントなど各種装置などが搭載されている。必要な食糧を自分の艦内で生産する事で、補給艦の数を減らすと共に広大な宇宙を大軍で、しかもボイドゲート無しで渡り歩くのだ。

 

「これについては、ドン・ディッジには食料生産プラントが装備されていない事で説明出来ます。」

「何?」

 

ドン・ディッジに食料生産プラントが装備されていない理由。それは例の対艦クラスターレーザーが原因である。物理的に巨大なシステムである対艦クラスターレーザーを搭載する為にいくつかの装備が取り外されており、その一つが食糧生産プラントだ。

 

「この他にも長距離航行能力に必要な装備がいくつか外されています。この事から深宇宙に逃走した可能性は極めて低く、生き延びるには先程述べた通り小型艇による“密輸”が頼りと思われます。私としては国内の取り調べを強化し彼等の密輸ルートを割り出すべきと思います。」

「なるほど。」

 

ライオスの説明を聞いたクーラントの顔が笑顔になる。ただしそれはまるで詐欺師が丁度良いカモを見つけたようなーーー裏で何か企んでいそうな笑顔だ。

 

「ならばライオス少尉、君に密輸ルートの割り出しを命じます。総督府にこの件に関し便宜を計ってもらいましょう。君の艦隊の指揮権もそのまま持っていて構いません。少尉、成果を期待しますよ。」

「はっ!では早速任務にかかります。」

 

クーラントが頷いたのを見てライオスは退室する。他の士官も退出した後、部屋に残っていたクーラントは何やら楽しそうに茶を飲んでいた。

 

「司令官。よろしいのですか?彼にあそこまでの権限を持たせて・・・。」

「君は彼の目を見ましたか?」

「は?」

 

副官の懸念に対しクーラントは一つ質問をする。訳が分からない副官は気の抜けた返事をするしかなかったが、クーラントはそのまま話し続けた。

 

「あの目にはかなりの野心を感じますね。確かな才能と野心・・・。それを兼ね備えた若者の行く末を貴方は気になりませんか?」

「彼の行く末ですか?彼の野心がどの程度か分かりませんが、彼の才能次第では無いでしょうか?」

「はっはっはっは!」

 

それを聞いたクーラントは笑い出す。副官としてはごく普通の答えを返したつもりで、どこに笑いのツボがあったのか彼には分からない。

 

「私は大いに興味があるのですよ。一国の軍隊を壊滅させ国を滅ぼした王子の野心と才能がどこへ向かうのかね。」

「・・・だからあの様に権限を与えたのですか?」

 

クーラントはそれ以上は答えずに楽しそうに茶を飲み干す。こうなるとクーラントは何も答えない。そういった人なのだとこれまでの副官生活で知った彼は黙って差し出されたカップに茶を注いだ。

 

 

 

「艦長、準備出来次第直ちに発進する。」

 

一方で、クーラントから密輸ルートの割り出しを命じられたライオス・フェムド・ヘムレオンは、与えられたブランジ級突撃艦のブリッジで艦長に指示を出していた。

 

「で、ライオス少尉。目的地はどちらに?」

 

そう言って体格の良いいかにも粗野な下士官といった風貌の男が聞き返す。この男がブランジ級の艦長で、階級は少尉、歳はライオスと2回り以上も差がある。

 

「まずはリベリアの総督府へ行き情報を集める。ただ闇雲に国中探し回ってもしょうがないからな。」

「はいよ。出航用意!目的地はリベリア!」

 

艦長の命令で艦内が慌ただしくなる。それを尻目にライオスはブリッジの椅子の一つに座るとコンソールに映し出されたこれから向かう目的地の惑星ーーーかつて自分の婚約者がいた惑星を眺める。その瞳に哀しみが浮かぶがそれは一瞬の事で、すぐにいつも通り己の野望を秘めた目を取り戻した。

 

ーーーーーーーーーー

 

ーーーーーーー

 

ーーー

 

「・・・ん。ここは・・・。」

 

眩しい。何かが目の前で光っている所為で眩しくてよく見えない。ただだんだん目が慣れてくると見知らぬ天井があった。

 

「おはようございます。気分はどうですか?」

 

そう言って私の顔を覗き込む影が現れた。

 

「エドワード・・・。お前がいるという事は私はまだ死んでいないのか?」

「一応その様ですね。」

 

どうやらダークマターになるのはまだまだ先の事らしい。目覚めの一杯としてエドワードが水を差し出してきたので上半身だけ起き上がってそれを飲む。

ただの冷えた水だが、美味しく感じる。

 

「で、あの後どうなった?」

 

飲み干した所で私はエドワードに現状を尋ねる。ギルバードと撃ち合った事は覚えているがその後の記憶が全くない。

 

「まぁ色々ありましたがね。」

 

そう言ってエドワードはあの後の状況を話し始めた。しばらく時間は巻き戻る。

 

ーーーーーーーーー

 

ーーーーー

 

ーーー

 

「ーーーーなんとか見つからずに済みましたね。」

「あぁ。」

 

 ランディの言葉にベルトラム大佐は頷く。彼等の作戦が成功しヤッハバッハの目を欺く事が出来たのだ。

 

「かなり運が良かったですね。」

「あぁ、とてつもなく良かった。」

 

彼等の言う通り、今回見つからずに済んだのは奇跡と言ってもいいものだった。ヤッハバッハ側のスキャナー等が万全で無かった事や恒星ペリルによって索敵機能に障害がでること。宇宙港の中央に全長4kmの巨大艦が隠れられる大穴が開いていた事、ノイマン達がまさかドッグではなくドッグより奥の区間に潜んでいると思わず調査しなかった事など、いくつもの奇跡が重なった結果である。

 

無論ノイマン達が杜撰な調査をした訳では無い。だが相手がゼー・グルフ級を奪取しているという情報によって勝手に宇宙港内の大型船用ドッグ内だという無意識な思い込みが大きな要因になった。

 

目視確認もしたが、スキャナーの結果を確認する為に見渡した程度で偽装された穴を発見することは出来なかった。

 

「一度引き返してきた時は冷や汗をかいたがな。」

 

ノイマン少佐はオーバーハーフェンの奥にある小惑星帯の調査を終えた後、再度この廃宇宙港を偵察した。ベルトラム大佐は、ヤッハバッハ艦隊がボイドゲートの方向へ向かわなかったので彼等が索敵範囲外に出た後もそこから動かずインフラトン・インヴァイダーを稼働させなかったのだ。もし稼働させていればインフラトン反応を感知されて発見されていただろう。

 

「ヤッハバッハ艦隊、索敵範囲外へ出ました。」

「念の為主機関を起動させるのは30分後にする。」

「了解しました。他の艦にもそう伝えます。」

 

部下の一人に他艦への連絡を任せるとベルトラム大佐はランディにこう言った。

 

「医務室に行って30分後に動力が回復すると伝えてくれ。それと二人の容態も確認するんだ。」

「了解しました。」

 

そう言ってランディは艦橋から出て行く。船内通話は電源が降りている為使用できず、念には念を入れ端末の通信機能なども遮断されているので、こうして伝令が艦内を走って伝えるしかないのである。

 

ゼー・グルフはその巨大艦ゆえに艦内の移動時間も長くなる。その為艦内部には移動用の列車が備えられているが、列車を稼働させる為の動力はインフラトン・インヴァイダーによって生み出される。

 

無論、インフラトン・インヴァイダーが停止している今それを使う事は出来ないのでランディは、ほぼ無重力下の艦内を歩いてサブ医務室へと向かっていた。

 

ヤッハバッハの艦艇は、戦闘時に艦橋などの指揮所が破壊されても素早く指揮を引き継ぎ戦闘を継続できるようにCICを拡散させるなど生存性を高めた設計がなされている。それはCIC以外にも採用されており、医務室や機関制御室などはメインとなる場所の他にも至る所にサブとして存在する。

 

リベリアでも生存性を高めるためにそうした設計は取り入れられているが、ヤッハバッハ程徹底はされていない。あまり指揮系統を各所に散らばらせると今度は各所で認識の齟齬などから戦闘に支障が出る為だ。優秀な指揮官や兵士が大量にいてこそ採用できるものなのだ。

 

それを可能にしボイドゲートを使わずに大軍を率いて宇宙を渡り他の銀河を征服する。それがヤッハバッハなのだ。

 

「(もし正面から戦ったとしてもリベリアに勝ち目は無かっただろう・・・。)」

 

医務室に行く途中ランディはそんなことを考えていたが、頭を振ってその考えを振り払った。もしもあの時といった仮定は、決して巻き戻る事のない時間の中において無意味なものなのである。

 

ランディが艦橋近くのサブ医務室(サブの医務室でたいして大きくない)に着くと、二人の武装した男が立っていた。

 

「ご苦労。何か異常はあったか?」

「いえ何もありません。」

 

彼等はこの医務室を守る護衛である。実際には護衛というよりもギルバードを撃ったシーガレットをレジスタンスの報復から守るためだ。

 

医務室に入るとドクターが一人コーヒーを飲んでいた。だがその額には汗が滲んでおり顔は疲労している。先ほどまで重傷の二人を必死に治療していたのだ。

 

「ドクター。30分後にインフラトン・インヴァイダーが使用可能になります。」

「今すぐに使えないの?」

「まだ敵が近くにいますので、ここは念の為にとの事です。所で二人の容態は。」

 

そう聞くランディに対しドクターは一度コーヒーをすすってから報告する。

 

「二人とも一応生きているわ。傷も塞いだし止血も輸血もした。痕は残るでしょうけどリジェネーション処置をするなら跡形も無く消えるわね。しばらくすれば目がさめるでしょう。」

 

そういってドクターはもう一度コーヒーをすする。至極当然のように話しているが、現代においてリジェネーション処置を使わずに瀕死の重傷者を救うのは至難の技だ。

 

「まぁしばらくは安静にしている必要があるわね。何せ旧式の荒療治をしたものだから身体にはそれなりの負担があるわ。リジェネーション処置をするとはいっても、治療が原因で何らかの悪影響が出ないか保証は出来ないから経過観察の要ありと言っておくわ。」

 

そう言ってドクターはモニターを指差す。そこには二つの部屋が写っており、中にはベットに寝かせられ点滴を受けている2人の姿があった。

 

2人が無事な事にランディひとまず安心した。万が一にもどちらかが死亡した場合、それなりの動揺を与える事が予想されたからだ。仮にシーガレットが生き残りギルバードが死亡した場合、ギルバードに盲信するレジスタンスが報復の為シーガレットを殺そうとする可能性がある。そうなればこの艦を動かしているAIのアルタイトが艦長の身を守る為に艦内の防御システム(艦内に仕込まれている対侵入者用のタレットなど)を使いレジスタンスと交戦するだろう。

 

実際アルタイトからその可能性を示唆して来た為、ベルトラム大佐達は彼等が助かるかどうか内心冷や汗ものだったし、医務室にアーミーズを配置するなど保安にも気を配る必要が出てきたのだ。

 

ちなみにドクターが言っていた旧式の荒療治とは、人類が宇宙に出る以前に誕生した針や糸や接着剤などで傷口を塞ぐ方法の事だ。電源が喪失しても、道具と技術を持った医者さえいれば行える方法であるが、医学が発達しリジェネーション処置が普及した現代では全ての医者が行える訳では無い。機械による診察とリジェネーション処置による治療で全てを済ませてしまう医者もいるし、使い方さえ分かっていれば唯の0Gドッグや一般市民でも治療出来てしまう。

 

逆にリジェネーション装置が無い又は受ける事が出来ない貧しい地域には、旧来の方法による治療を行える者もいるが大抵はヤブ医者である。

 

だが困難な状況で見事に2人の重傷者の命を救ったドクターの腕は本物であり一級品だろう。

 

「分かりました。大佐にも伝えておきます。それにしても見事な腕ですね。」

「そう、ありがとう。」

 

ランディの賞賛に特に表情を変える事なくコーヒーを飲み続けるドクター。ランディはドクターに一礼すると医務室を後にした。

 

 

 

 

「と、言う訳だ。一応諸君のリーダーは無事だから安心してくれ。」

 

ランディから報告を受けた大佐は目の前に詰め寄るレジスタンス達に事の顛末と容態を伝えていた。

 

どこから始まったのか不明だが当初シーガレットがギルバードを殺したという誤った情報が伝えられ激発したレジスタンスがアーミーズと揉める事態が発生した。だが、アルタイトがギルバードの声や姿を真似て作った映像で自分は無事なので大人しくするようにと指示を出すことにより何とか最悪の事態は避けられたのだ。

 

「じゃあ我々を騙していたのか?」

「仕方が無かったのだ。あの状況ではいくら此方が説明を重ねたとしても諸君らは納得しなかっただろう。あの時接近するヤッハバッハに対し急ぎ対策をする必要があった。致し方ない処置だ。」

 

レジスタンス達は騙されていたという事実から大佐の説明を信じようとはしなかった。ひょっとして何か裏があるのでは無いかと疑っているのだ。だが、ひとまず自分達のリーダーが無事な事から、リーダーが回復した時改めて今後の方針を決めようという事になった。

 

「全く・・・。」

 

自分では何も決められない連中がやかましい事だ。と、大佐は退出したレジスタンス達を見て思う。大佐から見てギルバードという男は良く言えば公明正大、悪く言えば理想主義者である。決断力と人を集めるカリスマ性を持つが、理想に傾く傾向があり侵略者からの祖国解放などはまさに彼が喜びそうな”理想“である。もとい“幻想”かも知れない。決断力とカリスマ性と理想を持ち、実行力と現実を見る目を持たない男。大佐の主観ではギルバードという男はこう見えるのだ。

 

そしてその男に追従する者達もまた、大佐の目には叶わぬ“幻想”を追い求め盲従し現実から目を背けているように見えるのだ。

 

「理想に取り憑かれているな。」

「何か?」

「いや、なんでもない。それより現在の状況はどうなっている?」

 

独り言を聞きそびれたランディは、それを気にすることなく状況を報告し始める。

 

「現在各艦の修理をしていますが、資材不足や設備不足により思うように進んでおりません。フリーボヤージュ達も集めてくれてますが監視を掻い潜りながらだとやはり量が足りません。食料や医薬品も将来の事を考えるとやはり安定した供給先を確保したい所です。」

「量を増やすにしてもそれで見つかれば元も子もない。こちらでやりくりするしかないな。」

「人員不足も顕著です。ほぼ全ての艦で最低稼働人員を下回っています。」

「人員は増やしようがない。ここは状態の良い艦を有人運用とし残った艦を無人艦にするべきか。」

 

船は最低限これだけの乗組員がいなければ動かせない最低稼働人員という要目がある。船の大きさや用途により100人単位から1000人単位になり、これを下回ると船の能力がグッと下がってしまう。

 

その対処としてアルタイトのようなコントロールユニットなどのサポートで必要な人員を減らしたり人を乗せずに無人で運用する方法があるが、コントロールユニットは高価で廃宇宙港にはそれを作る設備も資源もない。無人運用ならば備え付けのコンピューターでも可能だが動きがトロく単調なので決まった定期航路をプログラム通りに動かす事ぐらいしかできずあまり使われない。

 

また管理局のドロイドを借りるという手もあるが、ペリルの宇宙港は崩壊しているし余所の宇宙港から持ってくるにしても、手続きの為にゼー・グルフ自体が入港する必要がある。そんな事をすればヤッハバッハに見つかる事間違いなしである。

 

「我々の船も全て無人艦にしてしまうか。」

「良いんですか?」

「どうせ殆どが損傷している。傷付いた船で無理に戦うよりそれらは囮にして人員はこちらに集中させた方がいいだろう。これを確保しておけば他の連中に対し有利に立てるからな。」

 

大佐は、下手に少人数で船を動かすよりも無人艦にして囮として利用し、自分達はゼー・グルフに乗り込もうと考えていた。今までアーミーズが他派閥よりも発言力が大きかったのは、サンテール基地を保有し管理していた為だ。そして今度はこのゼー・グルフをサンテール基地の代わりに確保し発言力を高めようとしているのだ。

 

「レジスタンス側でも似たような事を考えていそうですね。」

「まぁな。だが、この船を動かすにはアルタイトの協力がいる。そしてその管理者たるシーガレットと製作者のエドワードの2人の身の安全はアルタイトの協力を受けるのに必要な事だろう。」

「大佐・・・。大佐は今何を考えているのですか?」

「・・・我々が生き残りる為にどうするか、だ。」

 

大佐の言う我々とは一体誰の事なのか。答えが薄々分かったランディはその質問を飲み込んだ。

 

 

ーーーーーーー

 

 

「といった感じで内部でギスギスし始めたって感じですね。」

「ヤッハバッハを目の前に派閥で睨み合いか。まるで以前のリベリアだな。」

 

以前大佐から聞いた話だが、ヤッハバッハの接近を知ったリベリアはこれを利用して勢力を拡大しようとする連中が幾人も居たらしい。当然、ヤッハバッハ以前にヘムレオンに背中から刺された為にそれらの野望は叶わなかったが。

 

「ついでに補足しますと艦長は一部の過激レジスタンスの報復リスト入りしてますね。」

「ああしなかったら今頃全員ダークマターだったろうに。酷い連中だな。」

 

どうせギルバードは通報する時間を与えずに撃破するつもりだったのだろうが、暗礁宙域ならいざ知らずこんな見晴らしのいい宙域では不意打ちも何も無い。仮に通報させる事なく撃破出来たとしても連絡の途絶えた場所から大体の場所を判別するくらいは出来るし、少なくともこの宙域は封鎖される。そうなれば食糧を供給する当ても無くなる。

 

つまり、通報されたか否かに関わらず攻撃した時点でこちらの“負け”となる訳だ。

 

「そうなったら「封鎖される前に別の宙域に隠れる。そうすればヤッハバッハがここに注目しているので発見される危険が少なくなる。」とか言い出しそうですよ。」

「そりゃ言うのは簡単だからな。」

 

口で言った事が確実に実行出来るならこの世に失敗の二文字は無い。そういった意味でギルバードは現実が見えていない。

 

「まぁ、あのギルバードって人はリーダーっていうよりも信仰の対象みたいな感じですからね。あの人の言うことが正しいって事になるんじゃないですか?」

「あぁ、何となく分かる気がするよ。」

 

確かにレジスタンスにはそう言った雰囲気のようなものがある。新興宗教によくある神の言うことは絶対というほど露骨では無いが、薄っすらと確実にそれは存在する。ギルバード自身がそれに気づいているとは思えないが。

 

「で、これからどうするんだ?」

 

私の質問に答える前にエドワードが剥いた果物を差し出してきたので、それを食べながら彼の話を聞く。

 

「結局会議はヤッハバッハの所為でお流れになってしまいましたので、今のところ具体的な方針は決まっていません。アーミーズと海賊は隠れる事を、レジスタンスは徹底抗戦を唱えています。」

「フリーボヤージュは?」

「物資集めに出ていたりしてよく分かっていないですが、内部で意見が割れているらしいです。」

 

大佐達はサンテール基地を失った以上隠れるべきだと考えているし、私もそれに同意見だ。今更ヤッハバッハに投降しても良くて監獄の中だろう。だが、やはりレジスタンス達は戦うつもりらしい。フリーボヤージュ達の意見が割れたのが意外だったが、国は捨てても生まれ故郷に愛着を持つ者もいるのだろう。

 

「で、俺達はどうします?」

「・・・うーん・・・。」

 

わざとらしく腕を組んで唸ってみるが、答えはすでに決まっている。エドワードもそれを分かっているから笑顔で果物を差し出してくる。

 

「実は大佐達から“秘密のお願い”が来ているんですよ。」

「“秘密のお願い”?」

「えぇ、“いざという時には互いに協力して自分達の敵を追い出そう”って。」

「それってアーミーズとレジスタンスの対立が激化した時にはアーミーズと一緒にレジスタンスを追い出そうっていう意味に聞こえるんだが。」

「そういう事です。」

 

つまりはアーミーズの味方になれという事だ。大佐の思惑は恐らく私達を味方につけるよりその仲間のAI『アルタイト』が操るこのゼー・グルフを手に入れたいのだろう。巨大で強力なこの戦艦を手に入れれば発言力は大きくなるし、いざ内輪揉めという時に強力な武器になる。

 

その為にアルタイトの管理者権限を持つ私と開発者のエドワードを味方に引き入れたいのだ。

 

「お前はどうする?アーミーズに味方するのか?」

「いやだなぁ艦長、前にも言ったじゃないですか。俺は煩わしい組織から抜けて研究がしたくてこの船に乗ったんですよ。他の組織がどうなろうが知った事では無いですね。ですが、せっかく自由に研究できる場所が出来たのにそれが無くなるのは困ります。」

「そうだな、私も船が無くなるのは困るしな。」

「なので艦長、良い判断を期待します。」

 

言うだけ言ってぶん投げたなコイツ。エドワードの希望としては他所の事など知らないが、自分の研究所が無くなるのは嫌だという事らしい。

 

「ま、アーミーズに味方するしか無いな。」

 

結局、現状で私が取れる手はアーミーズの味方になるしか無い。レジスタンスには報復対象にされているし、自分達のリーダーを撃った者を味方に引き入れる気など無いだろうし、味方になったとしても最低でも私の身の安全かどうかは怪しい。最悪、アルタイトの管理者権限をギルバードに譲らされて私は用済みとして始末されるかも知れない。エドワードはアルタイトのメンテ要員として生かされるかも知れないが。

 

「ま、そうですよねぇ。」

「お前は兎も角私は命を狙われてるのに等しいからな。」

「そんなあなたに本日の商品のご紹介です!!」

 

いきなりシリアスな雰囲気をぶち壊して、まるで何処ぞのIP通販みたいな台詞を叫び出す変人エドワード。

 

「命を狙われているそこのあなたに朗報です!今回の商品はこちら!艦長とソックリに作られたアンドロイド!通称『ドッペルドロイド』です!!」

 

いきなり捲し立てると医務室のカーテンを勢いよく開ける。カーテンの向こうにはフードを被った人が1人立っていた。そのフードを脱ぐとそこには、もう一人の私が現れた。

 

「うわ!?なんだこれ!?」

「この前回収したアンドロイドを元に作ってみたんですよ。どうです?見分けがつかないでしょう?」

 

そう言われて鏡を渡されたので、それと見比べてみる。確かに顔は殆ど見分けがつかない。身体も服が違うだけで背丈も体格もまるでそっくりだ。

 

「確かにすごいなこれは。会話とかも出来るのか?」

「はい、可能です。」

 

私の質問にエドワードでは無い別の声が答える。その声は目の前の私そっくりなアンドロイドから、私にそっくりな声で答えた。

 

「もしかして・・・アルタイトか?」

「はい。私が遠隔で操作しています。」

 

なるほど、確かにアルタイトの性能ならアンドロイド1体動かすのも訳ないか。

 

「艦内を掌握している私であれば、“艦長の体を完璧に再現されている”このドッペルドロイドをより効率的に行動する事が可能です。また艦長の行動パターンも解析出来ており、艦長とほぼ同じ行動を取る事が可能です。」

 

そう言ってアルタイトは、色々表情を変えたり体を動かしたりする。色々動けるのは分かったから私の姿でロボットダンスはやめてくれ。

 

「にしても随分精巧に出来ているな。改めてお前の凄さが分かった気がするぞ。」

「いやぁ~、それほどでも。あっははははは!それじゃあ我々はこれで失礼します。他にも何かあったら端末を通して教えますよ。では。」

「あ、あぁ。」

 

そう言ってエドワードはさっさと部屋から出て行く。私はてっきりオッゴの様に長々と仕様を説明させられるのかと思っていたが。おそらく、大佐辺りから修理を手伝ってくれる様頼まれてもいるのだろう。

 

「まぁどこも人不足だからな。」

 

この時の私は、病み上がりな所為か頭が回らず、ドッペルドロイドをいつ、どうやって、私そっくりに作ったのかという事を忘れていた。

 

私がその製造方法を知るのは少し後である。

 

 

ーーーーーーーーー

 

ーーーーーー

 

 

「ふぅ・・・危なかった。」

 

医務室から護衛の兵士にドッペルドロイドの事がバレない様に退出したエドワードは、そう言って胸を撫で下ろす。あの様な変なテンションで艦長に紹介したのも、下手に隠してバレるよりも、最初に簡潔にだけ紹介してしまって後は余計な事に気付かれない様にしておこうという悪あがきだ。

 

「艦長に気付かれずに済んだようですね。」

「心臓に悪いから余計な事を言うのはやめてくれ・・・。」

 

エドワードは、いつシーガレットに自分の身体のデータを集めたのかと訊かれるかヒヤヒヤしていた。まさか馬鹿正直にシーガレットの入浴シーンを見てそれを解析してスリーサイズを出したなんて言える訳もない。

 

「で、お望みの体で出歩いた気分はどうだい?」

 

そう聞くとアルタイトは艦長がしない様なムフフというちょっとアレな笑い声を上げて、ーーいや違った。夜中に一人で株で儲けたクレジットを数えてる時にそんな顔をしていた。やっぱりキチンと行動パターンをコピーされているんだな。

 

「やはり人間の体で歩き回るのは素晴らしいですね。経験値が違います。」

「あくまで艦長の姿なんだから変な事しないでくれよ。本当に、本気で、頼むから。」

 

執拗に頼むエドワード。ここで変な問題を起こせば絶対に怒られるし芋づる式で盗撮の事もバレる。 ・・・というか何故してもいない罪がバレる心配をしなければいけないんだ?

 

この後、彼が着せられた濡れ衣が発覚するのに対して時間はかからなかった。




亀のようなスピードでノロノロ書いております。

こう、内部の人間ドラマみたいなものを書き続けていると筆が進まなくなってきて少し参りました。
艦隊戦成分が足りなくて唐突に艦隊戦描写をぶち込みたくなるのが何回かありました(笑)
正直なところこれまででキャラクターが色々出てきて、たまに自分で作ったキャラの事を忘れてしまう時があります。原作キャラでもちょっと改変というか想像で書いたりしてます。その為どこか変な所があるかもしれませんが、そういった違和感は事象誘導宙域にでも放り込んで頂けると幸いです。


さて、11話という所まで書き進めてきましたが、本作品の文章や表現などに何か問題点などないでしょうか?

実際私も本文を見直しした時に「もう少しマシな言い回しが無いのか」や「もっと読みやすく伝える事が出来ないのか」といった事を思ったりします。手直し出来る範囲ではしていますが、どう手直ししていいか分からずそのままになっている所も多々あります。こればかりは場数や経験を重ねるしか無いと思っています。

何かありましたら、ご指摘頂けると幸いです。

それではこれからも異常航路をよろしくお願いします。


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第12航路 内部分裂

ずいぶん長い間お待たせしてしまいました。
それでは、第12話始まります。


 ゼー・グルフ級戦艦ドン・ディッジ。元ヤッハバッハの試作兵器試験艦だった彼女は、戦闘の末反乱分子に奪われその主を変えた。全長4キロの巨大な戦艦は、今は静かに廃宇宙港の中で身を潜めている。

 

 その艦の一室で1人の男と1人のアンドロイドが正座で座っていた。否、座らせられていた。2人の前には腕を組んで仁王立ちをする女性が立っている。

 

「・・・で、何故そんな事をしたんだ・」

「「・・・。」」

 

 仁王立ちしている女性ーー私ことシーガレットが聞くと、座っている2人ーーエドワードとアルタイトは俯いて黙り込む。

 

「もう一度聞く。何故、私の裸を盗撮したんだと聞いている。」

 

 理由は単純。2人で私そっくりのアンドロイドを作る際に、私の裸を盗撮してそれを基に作った事が私にバレたからだ。あの後どうやって私そっくりなアンドロイドを作ったのか気になって2人に聞いてみた所、エドワードが歯切れの悪い回答をしてきたので問い詰めたら盗撮した事が発覚した。

 

 そして今2人揃って尋問を受けている最中だ。

 

「私がエドワードに人間そっくりのボディを用意できないか尋ねた所、エドワードが艦長の盗撮映像を持ってきてそれを基に私を作りました。」

「!?」

「ほう・・・。」

「証拠の映像もあります。ご覧になられますか?」

「見よう。」

 

 端末に映像が送られてくる。そこにはエドワードがカメラらしきものを持ってシャワールームに入る所や、盗撮映像をチェックしている場面などが映し出されていた。

 

「これらの証拠からエドワードが盗撮を行なった事実は明らかです。」

「違う!」

 

 エドワードは勢いよく立ち上がって叫ぶとアルタイトに反論する。

 

「これらの映像は全て偽物だ!アルタイトならばこのように偽の映像を用意する事も簡単に出来ます!」

 

 さらにエドワードはアルタイトが人間の経験をしてより成長したいと考えた事、アルタイトが自分が廃宇宙港で手に入れたドロイドを修理しようとした事を知ってそれを利用し人間そっくりな体を手に入れようとした事。エドワードがそれを蹴った為アルタイトが脅すという手段を取った事とエドワードがそれに従った事を話した。

 

「これが真実です。俺は盗撮はしていません。」

「だそうだが、アルタイト。」

「映像証拠が示す通りエドワードが盗撮した事が事実です。」

 

 私はエドワードをじっと見つめる。エドワードも私の目を真っ直ぐに見つめ返す。その目は決して嘘を言っている様には見えない。私は小さく溜息をついた。

 

「そうか分かった。アルタイト、本当の事を話せ。」

「どういう意味か理解できません。」

「エドワードの盗撮が事実かどうか真実を話せと言っている。」

「私の提示した映像が真実です。」

「お前が嘘を言っているのは分かっている。艦長命令だ。事実の映像を見せろ。」

「・・・。」

 

 アルタイトは黙り込んでいたが、観念したのか少しすると私の端末に映像が届いた。それはエドワードが盗撮カメラを持ってシャワールームに入るのを捉えたカメラからの映像だが、時間は同じなのにその映像にはエドワードが入った所は映っていなかった。

 

「これは加工前の映像ですね。この映像を加工して偽の証拠を作り出したんです。」

 

 解説ありがとうエドワード。つまりアルタイトがエドワードを脅す為に作った偽映像の証拠がこれだ。これがあるという事はエドワードの言っていることが真実という結論になる。

 

「アルタイト。どうしてこんな事をしたんだ?」

「先程エドワードが説明した通り、私はより成長する為に人間としての経験が効率的だと結論付けました。その経験を入手する為にこのような手段をとりました。」

 

 このような手段とはエドワードを脅した事だろう。

 

「お前はそんなに経験が積みたいのか?」

「はい。」

 

 はっきりと答えるアルタイトに私は告げる。

 

「じゃあお前に人間としての経験を積ませてやる。貨物船アルタイトの船内をチリ一つ無いくらい綺麗にしろ。」

「掃除をすると人間としての経験が得られるのですか?」

 

 貨物船の方のアルタイトの掃除を命じられて疑問を投げかけるアルタイトに、私は説明する。

 

「これは懲罰だ。人にはやられて嫌な事がある。盗撮もその内の一つだ。そうした行為を働いた者には再発防止や見せしめなどの理由から懲罰を与えたりする。お前は今からその経験を積むんだ。」

「了解しました。」

「いいかアルタイト。いくら効率的なやり方とはいえやって良い手段と悪い手段がある。今回の盗撮や嘘は悪い手段になるな。そうした手段を取るとどうなるか分かるか?」

「分かりません。」

「この様な手段は他人からの信用を失い人間関係を悪化させる。そうなれば他人はお前と関わろうとしなくなり、結果としてその一度の経験しか得る事が出来ない。本来得るはずだったより多くの経験値を失う事になる。信用があれば得られたはずの経験を逃す事になってしまうんだ。」

「はい。」

「人間として経験が欲しいのは分かった。だから学べ。他人に害を与える行為や他人が嫌がる行為はしてはいけない。人間と共に過ごして“成長する”にはそれが必要だ。」

「了解しました艦長。」

「分かったら船内を掃除してくるんだ。」

 

 そう言ってアルタイトを立たせて船に向かわせる。部屋から出る直前にアルタイトはこちらへ振り返った。

 

「艦長、どうして私が嘘をついた事が分かったのですか?」

「人間を舐めるな。必死に正直に話す奴と嘘を付く奴の区別くらいつく。」

 

 実際エドワードが盗撮とかするような奴には思えないし、そんな度胸はあるとは思えない。嘘を付いているようにも見えなかった。エドワードの反論も筋が通ってたいたしな。

 

「それも経験により可能になる事ですか?」

「そうだ。だからお前も経験を積んで成長しろ。」

「分かりました。」

 

 そう言ってアルタイトは部屋から出て行った。

 

「所でエドワード。ちょっと聞きたい事がある。」

「な、何ですか?」

 

 話を振られたエドワードはぎこちなくそう答える。

 

「どうして脅された段階で私に相談しなかった?そうすれば盗撮の疑いも掛けられずに済んだだろう?」

「そ、それはその・・・えー・・・。」

 

 視線が彷徨い答えに詰まるエドワード。何故アルタイトが脅してきた時エドワードが私に相談しなかったのか。歯切れが悪くなりながらも当の本人は説明する。

 

「まぁその・・・研究出来なくなるのが怖かったといいますかその・・・あれだけの大金を出させておいてこんな問題起こすようならもう研究とか開発とかさせて貰えないんじゃないかと思いまして・・・。他所に行く当てもないので何とかしようと・・・。」

「なるほど、問題が発覚する前に自分の手で処理しようとしてああなった訳だ。」

 

 アルタイトに脅されている事が私に気付かれ無いようにする為に言いなりになっていたという訳だ。これはアレだ。新人船員がミスをして怒られないように自分で処理しようとして悪化したのと同じだ。エドワードという男、研究以外に関しては適切に対処できないのかもしれない

 

「いいかエドワード、私は艦長だ。クルーの命と船の責任を負っている。だが、部下がミスを隠していたのでは責任の果たしようが無い。だからミスしたら報告しろ。ペナルティが付くのは当然の事だが、ミスを隠した所為で死んだら元も子もない。研究は続けさせてやる。それがお前がこの船に乗ってきた理由だからな。だから問題が起きたらすぐに報告しろ。船が沈んだら話にならん。」

 

 新人船員に教える様にエドワードに告げる。新人はこういったミスの報告が出来ない者もいるのでこうして教育する必要がある。ちなみにこれから宇宙に出ようとする0Gドッグに様々な知識を授けてくれるヘルプGも、この様な報告・連絡・相談など社会的知識を教えてくれる。

 

「アルタイトは育てる必要があるAIだと言っていたな。優秀なAIになるならそれもいいが、育て方を間違えれば逆に船を危険に晒すぞ。他人や上長を脅して自分勝手な行動を始められたらかなわない。だからお前がきちんと教育するんだ。いいな。」

「分かりました!」

 

 アルタイトは艦内を統括するAIがモラル無視のクズに成り下がったらそこら辺のクズ船員よりもタチが悪い。それを避ける為にも私達はアルタイトを真っ当なAIに育てる必要がある。

人に説教した経験はあまり無かったので上手く言えたかどうか分からなかったが、エドワードの反応を見る限り大丈夫だろう。たぶん。

 

 

 

 

 

 

 

「で、もう一つ聞きたいんだが。」

「なんでしょう?」

「お前は見たのか?私の裸。」

「・・・・・・はい。」

「・・・そうか。」

 

 少しの間沈黙が流れた。

 

「・・・お前もアルタイトと一緒に掃除してこい。」

「・・・分かりました。」

 

 そう言ってエドワードも掃除に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「まだ生きていたようだな。」

「おかげさまで死なずにすんだよ。」

 

 ゼー・グルフのブリッジに行くと、大佐が1人椅子に座ってモニターを眺めていた。大佐の挨拶に適当に返しながら艦長席に座るってコンソールを操作し寝ていた間の情報を集める。

 

「で、話があるって?」

 

 ごく普通にコンソールを操作してブリッジの出入り口をロックする。今ブリッジ内にいるのは私と大佐だけだ。

 

「ドアは?」

「閉めたよ。」

 

 ドアが閉まった事を確認した大佐は、椅子から立ち上がり艦長席まで来た。

 

「例の話は聞いたな。」

「あぁ、エドワードからちゃんと聞いたよ。」

 

 例の話ーーアーミーズと協力してレジスタンスを追い出そうという話の事だ。

 

「一応それを提案した理由を聞いても?」

「・・・拠点を失った時点で我々がヤッハバッハに抵抗する事は困難になった。これ以上の活動は何ら意味をなさないだろう。私はこれ以上の活動はやめてどこかへ身を隠すべきだと思っている。その意見の相違だ。」

「確かにこれ以上反乱活動に付き合う事は出来ないな。意見の相違って事は、一応話し合いはしたのか?」

「あぁ。」

 

 先程の言葉と態度からそれが上手くいかなかったのがよく分かる。

 

 そこで一つ腑に落ちない点がある。話し合いが纏まらなかったにせよ、ギルバードの意見を無視して行動すればいいだけの話だ。アーミーズが独自に動いた所でレジスタンスにそれを止める権利などは無い。

 

「確かにその通りだ。だが、アイツらは恐れているのさ。」

「何を?」

「・・・裏切りを・・・だ。」

「まさか。」

 

あり得ないと笑う私に、大佐は真剣な目を向ける。それを見た私は笑うのを止めた。

 

「確かに今まで色々確執と呼べるものはあった。だが、流石にそんな味方を売るような真似はしないだろう?」

「私はそのつもりだ。だが、部下一人ひとりが全てそうだとは言えん。」

「本気で言っているのか?」

「仮にアーミーズが離脱すればそれに続く者が出てくるだろう。海賊連中なんかまさにそうだ。奴等なら金に困れば同士を売るくらいはするぞ。」

 

 そう言われてしまうと全く否定できない。宇宙のアウトロー、海賊にとって裏切りなんて日常茶飯事のようなものだろう。大佐の言う通り連中ならやりかねない。仮に首領のディエゴがやらないと言ったとしても、人間である以上必ず考えや感性には違いがある。部下全員が裏切らないという保証はどこにも無い。

 

 そしてこれはアーミーズにも言えることでもある。彼らとて大佐と一心同体という訳では無いのだ。個人的な憤りに身を任せる可能性だって十分にある。

 

「リベリアを裏切るような真似は許さないとブラスターを突きつけられたよ。」

「脅迫じゃないか。」

「あぁそうだ。」

 

 そこまでするか・・・。

 

「既に話し合いが出来るか微妙なラインだ。いつ暴発するか分からん。」

 

 思ったよりも事態は悪化しているようだ。

 

「そうなれば真っ先に狙われるのはお前だろうな。」

「私が?どうしてだ?」

「連中はお前の船を欲しがっている。この戦艦を万全に管理できるユニットだからな。手に入れれば強力な戦力になるだろう。それに個人的な恨みがある。」

「うっ・・・。」

 

 ギルバードを撃った事がここで響いている。実際艦内でレジスタンスに会った時、怒りと憎悪の篭った目で見据えられたのだ。ブラスターに手を伸ばそうとしていた者も居たから、決して勘違いでは無い。

 

「何だかんだ理由をつけて1人残させた所で捉えて私刑に処すか、自分達の主張に賛同しない連中と一緒に纏めてダークマターにされるか。お前の未来図としてはそんなとこだろう。」

「・・・つまりそれが嫌だったら協力しろと?」

「そう言う事だ。」

「はぁ・・・分かったよ。」

 

 私の答えに大佐は満足そうに頷く。要は大佐はこの船の管理ユニットの権限を持つ人間を、自分達の仲間に引き込みたかったのだ。だからこうして私に不利益な予想を示し、私がアーミーズに協力するよう誘導する。そしてその企みは見事成功した訳だ。

 

 大佐の思惑が分かっていて話に乗ったのも、残念な事に大佐の予想が現実のものとなる可能性がおおいにありえるからだ。下手な反骨心で提案を蹴れば、アーミーズから見捨てられて本当にレジスタンスに私刑にされかねない。その危険は話を聴く前から感じていた事だ。

 

「賢明な判断だな。」

 

 和かな笑顔を向ける大佐に、私はいささか口端を曲げる。

 

「所で大佐、今の私達が以前のリベリアと同じ状況だって気づいているのか?」

「あぁ、気づいている。だが、今度は同じ轍は踏まないつもりだ。」

 

 一体大佐はリベリアのどの轍を踏まないつもりなのだろうか。侵略者を前に身内の勢力争いで足を引っ張りあった事か。はたまた味方だと思っていた相手に裏切られて滅ぼされた事か。

 

「まぁ是非ともそうしてくれ。ヤッハバッハを目の前に同士討ちは御免だからな。」

「自分が真っ先に引き金を引いたくせに何を言ってる。」

「ああしなければ私達は今頃檻の中さ。」

 

 そうでなくてもヤッハバッハの攻撃を受けてダークマターに帰っていたかもしれない。一応無事に生きているから、今の所あの行動は正解だった訳だ。これからどうなのかは知らないが。

 

「で、これからどう動くんだ?」

 

 一応手を組む事になったが、これから先の具体的な行動は決まっていない。

 

「まずこの戦艦を確保する。」

「アーミーズでか?」

「そうだ、いまやこの船は重要な戦略拠点だ。これさえ確保しておけば仮に戦闘になったとしても優位に立てる。」

「それはそうだが・・・自分の船はどうするんだ?」

 

 アーミーズも巡洋艦や駆逐艦を所有している。タダでさえ人数が少ないのに他の船を確保する人的余裕があるのだろうか?

 

「我々の持つ艦船を全て無人艦にする。」

「何だって?」

「全員この船に乗ると言ったんだ。すでに部下にも話はつけてある。場合としてはクルーとして扱ってくれて構わない。」

 

 突然の申し出に私は驚く。いきなり数百人もの組織のトップが部下にしてくれなんて言い出したものだから当然だろう。いきなり部下が数百人増えたようなものだ。まぁ現状でもこの巨大艦の運用に各派閥から人員を借りているので、それがアーミーズに置き換わるだけだが。

 

「―――その話、俺も混ぜてもらおうか。」

 

 不意に背後から声が聞こえる。慌ててそこを見るとそこにはディエゴ海賊団の頭領――ディエゴが立っていた。

 

「いったいどうやって・・・。」

「昔から忍び込むにはダクトが一番ってな。」

 

 そういって近くにあったダクトの入り口を指さす。確かにドアはロックしたがダクトに関しては有毒ガス発生などの非常事態でもない限り閉鎖しないからな。

 

「で、混ぜてもらおうとはどういうことだ?」

「言葉通り、俺達も一緒に部下にしてくれってことさ。」

「・・・一応理由を聞いても?」

「簡単な話だ。海賊団はボロボロで、これ以上海賊稼業を続けられそうに無い。ここらが潮時って訳さ。んで、これからどうやって生き延びようかって時に、あんた等が内紛起こしそうにしているから俺達も味方させてもらおうって訳よ。」

「私は善良な航海者だ。内紛起こそうとしているのはこっち。」

「引き金を引いたのはお前だがな。」

 

 まったく適当な事をいう。私はただ止めただけだ。手段はあれだったかもしれないが。

 

「ま、拒否するっていうんならさっきの録音データを向こうに渡すだけだがな。」

「「な!?」」

 

 ディエゴの手に握られた端末から私達の先程の会話が流れてくる。いつの間にそんなものを・・・。

 

「協力するというのなら拒む理由は無いが・・・。」

「断れる状況でもないしな。」

 

 その録音データを流されたらこちらはたまったものではない。ここは大人しくディエゴの要求を呑むしかなさそうだ。ベルトラム大佐も反対はしなかった。

 

「で、どれくらい乗るんだ?」

「アーミーズは合わせて約200名というところだな。」

「海賊団は全部で150ってとこか。」

「合計350か・・・。」

 

 総員約900名のうち350名は味方になったといえる。が、依然として相手の方が数が多い。艦艇の方はアーミーズの巡洋艦が1隻、駆逐艦が2隻。海賊の魚雷艇が4隻。このうち駆逐艦1隻が大破、巡洋艦と魚雷艇1隻が中破だ。資材不足から最低限の補修のみしかされていない。

 

 それに対しレジスタンスは貨物船2隻、魚雷艇2隻。このうち貨物船1隻と魚雷艇1隻が中破だ。こちらも資材不足から修理は最低限に留められている。

 

 だが、問題は自陣営の艦の数では無く人員の数だ。確かフリーボヤージュが全部で100名程いたはずなので、レジスタンスの数は約450名だ。艦隊規模に対し人員が異常に少ないが、元々人員不足であったし戦闘によって少ない人員が更に失われた為である。

 

「で、この後はどうするんだ?早速襲撃するのか?」

「いきなり襲撃はしない。やるとすればレジスタンスが艦内各所に散った所で奇襲を仕掛けるべきだろうな。その為にも艦と相手の武器庫を抑えるべきだ。」

「艦の方はこちらで何とかしよう。優秀なAIがいるからな。」

「武器庫を抑えるっていうがどうしてだ?」

「武器を抑えれば要らぬ犠牲を出さずに済むからな。可能なら先手を打って連中の武器を抑え、戦闘を回避したい。」

「艦内の武器庫ならアルタイトが掌握できると思うが・・・。」

「おそらく自分達の艦に隠しているとみて間違いないだろうなぁ。」

 

 戦闘で相手を制圧するのでは無く、あらかじめ武器を奪っておく。そうすれば無駄な血を流さずに済む。レジスタンスの持つ武器は彼らが所有する4隻の中にあるだろう。

 

「そっちの制圧は俺達とアーミーズでやるしかねぇな。」

「強行突入か。4隻同時に突入し制圧しながら残ったレジスタンスを抑えるはこの人数では難しいぞ。」

「艦載機で吹き飛ばしちまえばいいんじゃねぇか?」

「やめてくれ、いくら何でも格納庫で爆発されたらこっちも大きな被害が出る。」

 

 ディエゴの案に私は反対する。現在格納庫内には海賊とレジスタンス達の船が全て格納されている。廃墟と化した宇宙港よりもそっちの方が修理や往来に便利だからだ。そんな状態で船を爆破されたらたまったものじゃない。艦載機用の弾薬だって置いているんだぞ。引火して大爆発間違い無しだ。

 

「突入して武器庫だけ爆破するか?」

「どうしても爆破にこだわるなお前は。」

 

 ディエゴは本当は裏切り者なんじゃないか?それとも単にレジスタンスが気に入らないからワザと被害が大きくなる方法を押してくるのか?

 

「それよりも頭を潰した方がいいだろう。」

「頭・・・あぁ、ギルバードの事か。」

「そうだ。奴を抑えれば少なくとも組織的な抵抗はできなくなるだろう。そうなれば制圧は容易だ。」

 

 現在レジスタンス内で組織を統率する事が出来るのはギルバードしかいない。ギルバードが倒れれば、レジスタンスは烏合の衆となり、制圧は容易になるーーらしい。少なくとも指揮官不在によって、組織的な抵抗は出来なくなるだろうとの事だ。

 

「それがいいか。」

「賛成。」

 

 大佐の意見に私達は賛成する。

 

「よし、では仕掛けて我々が頭を抑える。シーガレットはアルタイトと共にこの艦を確保してくれ。数人程人員を回そう。ディエゴ、お前達は相手の武器を奪うなりしろ。方法は任せるが今後の為にも出来るだけ多く確保したい。」

「任せとけってぇ。略奪は海賊の専売特許だぜ。」

「こちらも出来るだけ素早く確保しておこう。」

「よし、では各自準備だけはしておいてくれ。では、解散とする。」

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 レジスタンスが持つ輸送船の一隻。その中の一室でレジスタンス達が集まっていた。

 

「録音は以上です。連中は確実に我々を排除しようとしています。」

「チッ・・・あの裏切り者どもめッ!」

「このまま黙ってやられる訳にはいかない!先手を打つべきだ!」

「そうだそうだ!!」

 

 レジスタンス達は、対立する派閥の情報を集めるためにいくつか盗聴器を仕掛けていた。そのうちの一つゼー・グルフのブリッジに仕掛けてあったものから、シーガレット達の密談の内容を盗み聞きしたのだ。内容を聞いたレジスタンス達は憤り、やられる前にやるべきと口々に叫びたてる。

 

「リーダー。このままでは連中に先手を取られてしまいます。」

 

 レジスタンス幹部の一人がそう進言する。その進言をレジスタンスリーダーのギルバードは、腕を組み黙って聞いていた。

 

「リーダー!」

 

 幹部の声にギルバードは目を開ける。

 

「・・・残念だ。」

 

 ギルバードは一言呟くとゆっくりと椅子から立ち上がる。周りで騒いでいたレジスタンス達は、一瞬にして静まりギルバードを見つめる。そんな彼らを見渡すと彼は語り始める。

 

「俺は共にリベリアを開放する為に立ち上がった同士だと思っていた。だがそれは間違いだったようだ。奴らはリベリアと我々を裏切った卑怯者だ!!これを誠忠しリベリア解放への第一歩とする!母国リベリアの為に!!」

「「「おー!!」」」

 

 レジスタンス達は威勢のいい返事が貨物船の中に響き渡り、彼らは急ぎ準備を整え始めた。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 方針が決定した後で、まずは足場を固めるのが先だと言った大佐以下アーミーズ達が艦内へ拠点を移している。それに合わせて海賊達も武器の手入れを始めていた。

 

そんな中で特にやる事も無い私は、ブリッジ内で適当にコンソールを操作していた。艦を掌握するにしても実際の作業はアルタイトに任せるしかないので、結構暇が出来る。それを利用して私は色々な情報を整理したりしていた。

 

 今コンソールを操作して見ていたのはこのゼー・グルフの諸データだ。ヤッハバッハ兵達がデータを消す暇もなく宇宙に吸い出されたので航海データなどが丸々残っている。むろん機密保持用にパスワードがかかっていたりするが、エドワードとアルタイトでほぼ解除済みである。

 

「ずいぶん長い間戦ってきたんだなお前は・・・。」

 

 そこで私はこのゼー・グルフの歴史を見ていた。

 

この艦は建造されて以降幾たびの戦闘と改修を受けてきた老齢艦なのだが、さすがに耐用年数も限界に近くなったのでついに廃艦処分になったらしい。廃艦前の最後の任務として例の試作兵器の試験艦になったようだ。

 

「最後の最後に敵に奪われるとは中々数奇な運命のようだな。」

 

 と、彼女の歴史に感心している時、アルタイトが話しかけてきた。

 

『艦長。先程レジスタンスの船から武装したレジスタンスが出てきました。』

「武装した?」

『はい。レジスタンスのほぼ全員が武器をもって船から出てきました。』

「一体何を・・・まさか!?」

 

 嫌な想像が頭の中を駆け巡りそれを確かめようとした瞬間、警報が艦内に鳴り響く。艦内発砲警報、つまり艦内で誰かが発砲したという事だ。それが示す場所は格納庫。

 

『艦長、レジスタンス達が格納庫内で発砲。現在アーミーズと交戦状態に入りました。』

「何をやっているんだ一体!!」

 

 唐突な戦闘状態に困惑しながらすぐにコンソールを操作し格納庫の映像を出す。そこには格納庫内でブラスターやメーザーライフルを撃ち合う場面が映し出されていた。

 

「ディエゴめ!裏切ったか!?」

 

 そう思いモニタを見ると海賊達が自分達の魚雷艇の周りで撃ち合っている様子が確認できた。だが撃ち合っているのはレジスタンス達に対してである。

 

「一体何が起きている?ディエゴが裏切ったのではないのか?」

 

 だが現に連中は撃ち合いをしている。となればディエゴが裏切ったのではないのだろうか?などと考えていたら自分の端末に通信が入る。

 

『シーガレットか!?』

「大佐!これはいったいどうなっているんだ!?」

『こちらにも何が何だか分からん!!いきなり発砲してきたんだ!とにかく格納庫の隔壁を閉鎖してくれ!!』

「アルタイト!すぐに隔壁を閉鎖するんだ!!」

 

 すぐに隔壁の閉鎖をアルタイトに命じる。だがアルタイトからの応答が無い。

 

「どうしたアルタイト!?返事をしろ!?」

 

 一向に返事がない。モニターで格納庫を確認するとアルタイト(船の方)にレジスタンスの一団が突入していた。アルタイトとゼー・グルフを接続していたケーブルも切断されている。これではアルタイトとは連絡が取れないし隔壁を閉鎖する事も出来ない。

 

「くそッ!」

 

 悪態を付きつつもコンソールを操作して急ぎ隔壁を閉鎖しようとする。だがその前に廊下から銃声が聞こえてきた。モニターを見ると数十人のレジスタンスと偶々通りかかったらしい数人のアーミーズが撃ち合いをしている。音声を拾うとレジスタンス側はこのブリッジを目指しているようだ。

 

 まずい状況になった・・・。あの人数差ではすぐに突破されるし加勢した所で多勢に無勢、ここは一度何処かへ逃げなくてはいけないが、ブリッジのすぐ外は戦闘状態だ。いったい何処へ逃げれば・・・。

 

「あ。」

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

ボンッ!!

 

小型爆弾の爆発する音が響きブリッジのドアが吹き飛ばされる。

 

 

「動くな!!」

 

 爆弾で吹き飛ばしたドアからレジスタンス達はブリッジへと突入する。しかし彼らが突入した時、ブリッジには誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

「そうか。ブリッジは無人だったんだな。」

 

 ブリッジの制圧に向かった部隊からの報告を受けたギルバードはそのまま無線機をしまう。

 

「状況は?」

「はっ!格納庫周辺で交戦していた連中の殆どは降伏、現在拘束しております。コントロールユニットの方は我々が確保。通信ケーブルを遮断してゼー・グルフから切り離しました。またシーガレット、エドワード両名の確保にも成功しました。」

「大佐やディエゴは?」

「いぜん捜索中です。」

「ふむ、捜索は続行。それと負傷者の手当を急げよ。」

「はッ!」

 

 報告を聞いたギルバードは、大佐達の捜索と戦闘で負傷した者の手当を命じて歩き出す。ギルバードが向かったのは格納庫内にある100m程度の小型貨物船アルタイトだ。その入り口から伸びていたAIユニットアルタイトとゼー・グルフを繋いでいたケーブルは途中でバッサリと切断された為アルタイトはゼー・グルフをコントロールする事が出来ない。

 

 ギルバード以下レジスタンス達は、準備が整え終わると直ちに行動を開始した。まずいくつかの部隊を艦内へ潜り込ませ、各重要施設へ向かわせる。次に、アーミーズに気付かれない場所として武装貨物船の中で残ったレジスタンスが武装して待機する。そして各部隊が配置に付いた後、時間を合わせ各所を同時に攻撃したのだ。

 

 皮肉にもそれは大佐達がやろうとしていた作戦そのものだった。

 

 

 その入り口の側に二人の男女が銃を突きつけられて座らされていた。

 

「ギルバード・・・一体何をしているのか分かっているのか。」

「その言葉そっくりそのまま返させてもらおうシーガレット艦長。」

 

 入り口に座らされている二人の男女とはエドワードとシーガレットである。アルタイトの艦内にいた二人は、レジスタンスによって真っ先に襲撃され拘束されてしまった。

 

「何を言っているのかさっぱりだな。」

「ふん・・・お前達が我々を排除しようとしているのは分かっているんだ。現に証拠もある。」

 

 そう言ってギルバードは自分の端末から例の秘密会議ーーーシーガレット、ベルトラム、ディエゴの3人がブリッジでした密談の内容を再生する。

 

「・・・私の船で盗聴とはな。」

「なに、偶々音声を拾っただけだ。お前達の方がもっと悪辣な事を考えていただろう?」

「・・・。」

「まぁいい。で、他の連中はどこへ行った?」

 

 ギルバードの質問にシーガレットは黙って睨みつける。ギルバードはブラスターの銃床でシーガレットの顔を殴りつけた。

 

「艦長!!」

 

 エドワードが叫びシーガレットに駆け寄ろうとするが、周りに銃を突き付けられ動けない。シーガレットは口内の何処かを切ったのか口の端から血が出ていた。

 

「もう一度聞く。大佐や海賊頭は何処に隠れた。」

「・・・知らない。お前達が襲ってきた時には別々に行動していた。二人が何処へ行ったかは知らない。」

 

ギルバードはシーガレットを見つめる。その目は嘘を言っているのか見極めようとしていたが、嘘ではなさそうだと感じた。

 

「・・・よし、コイツ等を拘束しておけ。逃げ出されんよう監視もつけてな。」

「はっ!」

 

 そう見張りに指示するとギルバードは、近くで指揮を取っていた2人の幹部を呼び出す。

 

「残った裏切り者を探し出して捕まえろ。場合によっては殺しても構わん。それぞれ2個小隊程連れて行け。人員の選出は任せる。」

「「はっ!」」




この4か月色々ありました。
執筆ソフトに不具合があったり、時間が取れなかったり、プロットに不具合見つけたり・・・。

こんな風に中々更新できなかったりしますが、これからもよろしくお願いします。


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第13航路 その銃口は同胞へ向く

 はぁ・・・。

 

 誰にも聞かれないようにシーガレットは、心の中で溜息を吐く。端末で確認した所、現在艦内では、武力蜂起したレジスタンス達によって格納庫やブリッジ、機関室など重要区画の殆どが制圧されている。

 

 その時ブリッジにいた私は、以前ディエゴが侵入してきたのと同じ様にダクトに隠れてやり過ごす事にしたのだ。狭いダクト内を右へ左へ上へ下へ、兎に角安全な場所を探して動き回っていた。

 

 どうしてこうなった・・・。

 

 我々も必要とあらば実力で相手を排除する事は考えていた。だがベルトラム大佐は話し合いによる解決を優先すべきだとし、私達もそれに賛同した。それが守られているなら、少なくとも我々の方から始めた訳ではない筈だ。

 

 一番考えられるのは海賊かアーミーズに裏切り者がいた可能性だろう。私達の秘密を誰かがレジスタンスに漏らしたなら、連中は怒って逆にこちらを排除しようとしそうだ。真っ先に疑ったのはディエゴだったが、彼の部下も応戦していたのでおそらく違う。まぁ数百人もいれば誰か1人くらい裏切る奴が出てもおかしくは無いだろう。

 

 他にもレジスタンスも同じ事を考えていて、口より先に手を出したのかもしれない。過激でかつ短絡的な思考の持ち主であるし、考え方も異なる。これまでの経緯から心情的にも快く思っていないのが相手となれば実力で排除したがるかもしれない。

 

 ここまで色々考えてみたが、情報も証拠も無い以上全ては憶測に過ぎず、事態の解決に役立ちそうに無い。その結論にたどり着いた所で、持っていた端末に通信が入ってきた。

 

『第2小隊、こちら第1小隊。第32倉庫は空だ。そっちは見つかったか?』

『第1小隊、こちら第2小隊。今第3シャトルステーションを制圧した。シャトルを利用した形跡は無さそうだ。敵に使用されない様にロックするが問題無いか?』

『移動には第1ステーションを使用するので問題無い。ロック後引き続き捜索を続行してくれ。』

『了解。』

 

 レジスタンスの通信が聞こえてくる。この端末は私が逃げている最中に拾ったもので、側に戦闘の跡と数人のレジスタンスの死体があった。誰かと交戦し殺されたのだろう。

 

 この端末のお陰である程度状況が分かるようになった。それによると、格納庫に居た者を中心にかなりの数のアーミーズや海賊が捕まった様だ。抵抗し死んだ者もいる。ポプランやコーネフといったパイロット達の他に、エドワードと私の身体を模したドッペルドロイドのアルタイトが居る。

 

 アルタイトが連中をどうにか誤魔化したお陰で、私の存在は察知されていない。

 

「さて、どうするか・・・。」

 

 ここはやはり、大佐やディエゴと合流する方が先だろう。いくら私は気付かれていないとはいえ、1人ではどうする事も出来ない。

 

 船内通信は盗聴されるかも知れないと考え使用しなかった。今まで大佐達から連絡が入ってこないのは、向こうも盗聴を恐れているのかも知れない。

 

 ・・・今になって盗聴という手段を取った可能性を思いついた。何処かに盗聴器を仕掛けられてそこから漏れたのなら納得できる。

 

 が、今はそんな事よりも大佐達に合流する事を優先するべきだ。そう思い私はダクト内を進み始めた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 彼は惑星リベリアの少し裕福な家庭に生まれた。彼の両親は愛国心に溢れていて、当然彼もその影響を受けた。国に尽くす事が尊い事だと常々言い聞かされてきた彼は、軍人という形で国に尽くす事を選らんだ。

 

 彼の人生は満たされていた。決して楽とは言えない任務をこなしながら、それでも彼は自分の愛する国と家族を守る充足感を感じていた。だが、そんな彼の生活は唐突に終わりを迎える事となる。

 

 ヤッハバッハの襲来である。

 

 彼を始めたとした多くの軍人達は、侵略者から愛する国を守るべく防衛戦の準備をしていた。だが、味方であったはずのヘムレオン艦隊の裏切りによってリベリア主力艦隊は壊滅し、リベリアは満足な抵抗すら出来ずに征服された。

 

 何とか侵略者から故郷を取り戻そうと、レジスタンス活動をする最中で家族の死を知った。彼と同じかそれ以上の愛国者だった彼の家族も同じくレジスタンス活動をしていたが、摘発され、処刑されたのだ。

 

 だから彼はーーーギルバードはどんな事をしてでもリベリアを取り戻すと決意したのだ。例え共に戦った戦友に銃口を向けてもーーー。

 

 それが、自分に課せられた使命だと信じて。

 

「どうだ?」

「はっ!各小隊とも捜索していますが以前発見には至っておりません。」

 

 裏切り者の捜索に向かった4個小隊は未だ敵を発見していないらしい。全長4kmの巨大艦だけに艦内を探索するには時間がかかる。

 

「連絡の取れない小隊はどうした?」

「先程連絡を絶った第4小隊を、応援に行った第23小隊が発見。戦闘の痕があり全員死亡とのことです。未だ第18、47、34小隊は状況不明です。」

「そうか、分かった。」

 

 最初に、それぞれ6人1小隊を組み艦内各所に配置。奇襲でほぼ全ての箇所を制圧する予定だったが、いくつかの小隊と連絡が取れなくなっている。先程発見された第4小隊は、戦闘の末全滅したとの報告が入ってきた。他の小隊も反撃に遭い全滅したものと考えられる。

 

「リーダー。捜索にもう少し小隊を追加した方がいいのでは無いでしょうか?この巨大な艦内をあの数で捜索するのはとても・・・。」

「いや、増員はしない。」

「ど、どうしてですか?」

「理由はいくつかある。まず、この格納庫にはあの高性能AIと大量の捕虜がいる。この格納庫を奪われる訳には行かないのだ。それにおそらく連中は一箇所に集まろうとするだろう。少数を大量に散開したところで各個撃破されるのがオチだ。敵の位置や状況が分からない内は、この格納庫の防御を固めるのが先決だ。」

 

 これらの理由を挙げてギルバードは敵を探る事にした。報告したレジスタンスも、リーダーがそういうならそれが良いと考えを改める。

 

 シーガレットやベルトラム大佐が指摘した通り、レジスタンス達はギルバードの指示であれば特に疑いもせずに従う。これにはギルバードのカリスマ性も加担しているが、レジスタンスの構成員の大半が民間人であるのも原因の一つだ。

 

 ギルバードのように軍人経験のある者は少なく、軍事的知見や経験の無い彼らが経験者の意見に従うのは当然の事だった。

 

「それで、外の船の方はどうなった?」

「先程制圧完了の報告が入ってきました。艦長以下内部にいた十数名を確保しました。」

「随分少ないな。」

「どうやら既にゼー・グルフへの移設準備を進めていたようです。残っていたのは艦長以下最低限の保守要員だけでした。」

 

 海賊達の船は格納庫内にあるが、アーミーズの巡洋艦や駆逐艦などその他の船は外部にあった。ゼー・グルフのブリッジを占領したレジスタンスは、火器管制システムを掌握し外部の船に向けて投降を促した。港内で回避も出来ずにあの火力を向けられては降伏する以外手は無く、アーミーズの巡洋艦と駆逐艦、それとアーミーズに同調していたフリーボヤージュの船1隻にいた20名あまりが降伏した。

 

「彼らはどうしましょう?」

「他の連中と一緒に放り込んでおけ。」

「はっ!」

 

 指示を出したギルバードは、コンソールを操作する。臨時の司令室となった貨物船のブリッジにホログラムが投影される。そこには現在起こっている状況が記載されていた。

 

 現在レジスタンスは総員450名の内20名程を失ったが依然として400名以上の人員を有している。そこへ更にレジスタンスに同調するフリーボヤージュ達20名程が加わった為、人数的には損害は皆無と言って良い。対してアーミーズや海賊は突然の奇襲という事もあり完全に不意を突かれた。巡洋艦や駆逐艦にいた者及びアーミーズに協力的だったフリーボヤージュも合わせ、死者及び捕虜の数は220名を上回り(大半は捕虜である。)戦力は激減した。

 しかし優先目標とされていたベルトラム・ディエゴの2人の確保には失敗。残存している100名前後と合わせてその居場所は確認されていない。

 

 現在艦内のコントロールは、AIのアルタイトを切り離した為、ブリッジを占拠したレジスタンスが握っている。だが、艦内監視システムなどの一部機能がロックされていた為に艦内システムによる捜索が出来ず、4個小隊を派遣し艦内を捜索している。

 

 ギルバードは、捜索に4個小隊しか回していない。ブリッジや機関室にもそれぞれ2個小隊しか配置していない。これは先程ギルバードが部下に説明していた通り各個撃破や戦力を分散した所で格納庫を強襲されるのを恐れての事だ。

 

 確保した捕虜を人質としてアーミーズに降伏を呼びかける手もあったが、軍人や海賊に生半可な脅しは通用しない。

 

 今は耐える時だと自分に言い聞かせ、報告を待つ事にした。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

  一方で、ダクト内を進んでいたシーガレットは目的地近くへと進んでいた。

 

「そろそろか・・・。」

 

 ダクト口に近づいて、隙間から中の様子を伺う。ダクト口は天井にあり上から部屋を見下ろすが、中には誰も居ない。

 金網を外して、中へと降りる。

 

「動くな!!」

「!?」

 

 誰も居ないと踏んで降りた瞬間四方から武装した男達に囲まれる。

 

「ゆっくりと両手を上げろ。」

 

 この状況ではどうする事も出来ない。大人しく両手を上げる。

 

「ん?シーガレットじゃないか!」

「大佐!?」

 

 声のする方を見ればそこには大佐とランディ、それにディエゴ達も居た。

 

「銃を下ろせ。彼女は味方だ。」

 

 大佐の指示に従い私を取り囲んでいたアーミーズが銃を降ろす。

 

「どうして分かったんだ?」

 

 ダクト内を音を立てないように慎重に進んでいたはずだ。

 

「それはこれのおかげだな。」

 

 そう言ってディエゴが取り出したのは何やらゴチャゴチャとジャンク品を組み合わせた様な端末だ。

 

「動体検知器って奴さ。これなら隠し部屋に隠れている奴らも簡単に見つけ出せる。海賊行為にはうってつけの品って訳よ。」

「成る程、それで私の存在を知って待ち伏せしたのか。」

 

 それならダクト内に隠れていても探し出せる訳だ。

 

「それにしてもよくここが分かったな。」

「大佐達が真っ先に逃げ込むとしたらここだと思ったからね。」

 

 この部屋は、かつては倉庫として使われていた区画だが、現在はアーミーズの武器庫となっていた。武器庫と言っても関係者以外には知られない隠し武器庫である。お陰でレジスタンス達の奇襲を受けず中の武器は無事だった。

 

「それで状況は?」

「最悪では無い。とだけ言える状況だ。」

 

 そう言って現状を整理する。現在戦力としてはアーミーズと海賊を合わせた105名。隠し武器庫のお陰で武器弾薬は確保出来たが戦力差は約4対1。ブリッジ、機関室、格納庫などの主要箇所を制圧され制御ユニットであるアルタイトと船を切り離されたので、事実上艦内のコントロールは奪われたという事だ。

 

「一応監視機能などついては元々ロックがかけてあるから、監視システムで見つかる事は無いはずだ。」

「最悪から一歩遠ざかったって訳だ。」

「一歩だけだがな。」

 

 実際、敵は4倍近い数がいるし200人近い人質を取られ、艦内の主要な箇所は制圧されてしまった。更に捜索部隊が派遣され私達の事を探し回っている。通信内容から外の巡洋艦や駆逐艦も制圧されたらしい。

 

「さて、これからどうしたものか。」

「降伏して許されるとは思えないがね俺は。」

「お前等は特にな。」

 

 海賊はかなりレジスタンスから嫌われているだけに、降伏しても私刑にされてしまいそうだ。ギルバードがそれを認めるかどうかは分からないがあまりいい結果にはならないだろう。

 

「所でどうして連中が急に攻撃してきたか心当たりはあるか?」

「いや。」

「まったく。」

「だろうな。」

 

 大佐もディエゴも知らないと答える。

 

「おたくの部下が俺達の計画バラしたんじゃねぇのか?」

「録音していたお前の方が怪しいだろう。」

「はっ!そんな事をしてたら今頃俺はここにゃ居ねえよ。」

 

 やはり二人も例の秘密会議の内容が漏れたのが原因だと考えているようだ。少なくとも他に思い当たる節が無い。正直私も大佐と同意見で、ディエゴが怪しいと思っていた。だが、実際彼はこうしてレジスタンスから逃げている。情報を売ったのなら少なくとも逃げる立場にはないだろう。

 

 そして大佐の部下が漏らしたという予想に関しては反論出来ない。現状では漏らしたという証明もその逆の証明もする事は出来ず、一番可能性が高い状況だ。

 

 ただしそれは、海賊達にも同じ事が言える。むしろ裏切りなんて日常茶飯事な海賊の方が可能性としては高いだろう。

 

「大佐、今は原因を突き止めるよりこれからどうするべきかに集中するべきかと。」

「・・・そうだな。」

 

 ランディの進言によって原因の究明は一時中断された。

 

「で、これからどうする?」

「戦うしかねぇだろ?」

 

 間髪入れずにディエゴが答える。

 

「向こうはこっちを殺すつもりで奇襲を仕掛けたんだ。既に死人がいる以上ここで仲良くしましょうなんて言っても無駄だぜ。」

 

 どちらの側にも既に何人かの死者を出している。ここまで事態が悪化して今更手を取り合おうと言っても、ここでの出来事が尾を引いて早急に次の内部抗争が勃発するだけだ。

 

「やるしかない、か。」

「戦うにしても相手は4倍だ。何か策が無いと囲まれて全滅だな。」

 

 大佐の言葉に思わず頷く。いくらこちらの構成員が戦闘のプロである軍人や海賊とはいえ、相手の数は4倍。しかもそこそこ場数をこなした武装集団だ。真正面からぶつかれば以下に戦闘のプロといえどタダではすまない。

 

「艦橋を制圧して、格納庫の隔壁を強制解放する。それで連中を外に放り出すのはどうだ?」

 

 前回この戦艦をヤッハバッハから奪った時と同じように、隔壁を解放して中の人間を放り出す戦法を提案する。

 

「いや、ギルバードもその戦法は知っているだろうし、それだと捕虜も外に放り出される。やるべきでは無い。」

 

 大佐の反対意見は的を射ていた。ギルバードもどうやってこの艦を手に入れたのかは知っているし、格納庫に陣地を築いた以上その対策もしているだろう。何より捕虜の状況が分からない。もし格納庫に縛られて放置されていた場合、なすすべなく放り出されてしまう。流石にそれはまずい。

 

「隔壁爆破して奇襲を仕掛けるのはどうだ?」

「それは無理です。格納庫の隔壁を爆破出来る程の爆薬はここにはありません。仮に揃ったとしても、相手に悟られずに爆弾を仕掛けて隔壁を爆破するのは困難です。」

「むぅ・・・。」

 

 歩兵用の武器や扉の破壊用の爆薬などはあるが、戦闘艦の被弾に備えて強固に作られた格納庫の壁を爆破する事は出来ない。ランディが言っていたように、奇襲するからには相手に気づかれずに爆弾を仕掛けなければならないし、そこから突入して攻撃するにしても、結局格納庫内にいる4倍の敵と戦うことになる。突入口が変わっただけで対して効果は無い。

 

「・・・そういえば大佐。外にいる味方の艦がいたはずだろう?中の状況に気づいて助けにきてはくれるんじゃ無いか?」

 

 それを聞いた大佐達の顔が曇る。

 

「外の艦とは連絡が取れない。制圧されたか、撃沈されたかしたんだろう・・・。」

「・・・。」

 

 部屋の中を沈黙が支配する。正に孤立無援の状態になった訳だ。ここから4倍の敵相手にどうやって艦を取り返すか。いい案が全く思いつかない。大佐もディエゴもランディも、この部屋にいる全員が頭を悩ませてはいるが良い案は思いつかない。

 

ーーピローン

 

 そんな時、不意に私の端末から着信音がなる。この状況でまさかメッセージが届くとは思わなかったので、だいぶ慌てた。見てみると、送信者は“アルタイト”となっていた。内容は、捕虜の位置や敵の配置、外にいたアーミーズの船が制圧された事などの情報が書かれていた。

 

「これは、連中の情報か!」

「アルタイトが・・・いったいどうやってこれだけの情報を?」

「接続が切断されただけで本体は健在らしい。」

「それ、本当にアルタイトからのメッセージなんだろうな?奴らが俺たちを嵌めようとしてるんじゃ無いのか?」

 

 ディエゴはそう言って、このメッセージがレジスタンスによる偽装工作では無いかと疑っている。

 

「いや、コードもそうだし私とアルタイトしか知らない事が書いてる。アルタイト“本人”だよ。」

 

 文末に、ドッペルドロイドの事が少し書いてある事から、送信者は間違いなくアルタイトだ。

 

「この情報によれば、捕虜はすべて輸送船に閉じ込めているらしい。巡洋艦も駆逐艦も制圧されたそうだ。」

「一体どうやって。」

「駆逐艦の艦長の話だと、主砲を向けられて脅されたそうだ。」

「あぁ・・・。」

 

 ゼー・グルフ級の主砲は一撃で巡洋艦をインフラトンの火球に変える事が出来る。そんなものを突きつけられれば降伏せざるを得ないだろう。

 

「船と仲間が無事だっただけでもよしとすべきか。」

「でどうする?巡洋艦を奪い返して攻撃するか?」

「そんなことしても主砲で吹き飛ばされるだけだ。第一に巡洋艦程度の砲撃では全く効果は無い。」

 

 大佐の発言は当然のもので、巡洋艦一隻奪った所でこの形成を覆せるものでは無い。我々より圧倒的多数の敵、エアロック開放戦法も読まれている、外の船も制圧された、奪い返してもゼー・グルフには歯が立たない。

 

 ・・・この状況を一体どうするか・・・。

 

「・・・ん?」

「どうした?」

「この状況・・・うまくすれば・・・。」

「何か作戦でもあんのか?」

「まぁ・・・思いついただけだが―――。」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

「と言うのはどうだろう?」

「きつい作戦だな。」

「やばい作戦だな。」

 

 大佐とディエゴが二人揃って感想を言ってくる。

 

「机上の空論に近い作戦だな。何処か一つでも狂えば全てが崩壊する奴だ。」

「あんまり複雑な計画って成功しねぇんだよな。シンプルイズベストって奴だ。」

 

 普段は互いに煙たがっている癖に、長年付き合った相棒のように息を合わせて作戦を評価してくる。

 

 しかも酷評だ。

 

 しかしーーー

 

「ま、それ以外に手は無いべ。」

「要所で修正は必要だがな。」

「・・・素直に評価してくれ。」

 

 ともかく、私が提案した作戦に修正を加え、レジスタンスに対する反撃作戦が立てられた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「連中はまだ見つからないのか?」

「未だ発見の報告はありません。」

 

 指令室となった貨物船のブリッジで、ギルバードは苛立ちを何とか隠しながら訪ねるが、オペレーターは未だにベルトラム大佐達の発見報告は無いと告げる。

 

 事態発生から既にかなりの時間が経過したのに未だに発見できない事が彼を苛立たせる原因となっていた。

 

 捜索部隊は隔壁を封鎖し敵の行動範囲を狭めながら捜索を続けているが、何分この船が巨大かつ捜索部隊が少数であるのが発見できない主な原因だった。

 

「他の小隊にも捜索に加わって貰いますか?」

「いや、戦力分散は危険だ。ここの防御に集中するべきだろう。」

 

 自身の意見を否定されたオペレーターは内心不満を抱いたが、ギルバードとしては元民間人が多数を占めるレジスタンスと、元軍人で構成されたアーミーズや実戦経験豊富な海賊達を同数で相手にしたくないのだ。一人でも多くの人数を集めるため、外部の船はロックだけして無人の状態で放棄している。

 当のオペレーターは自分達が彼らに負けるとは思っていないが、実際職業軍人と元民間人ではやはり経験の差がある。

 

「監視システムの復帰は?」

「一応解析は進めてますが、芳しくないようです。」

 

艦内監視システムが使用できれば、わざわざ全長4kmの艦内を歩き回って捜索する必要はないのだが、そのシステムは制圧前にロックがかけられた為使用不能となっている。現在元技術者のレジスタンスがをロックの解除を試みているが、元が軍用の為高度なセキュリティが存在し、解析の目処は立っていない。

 

「むぅ・・・一体何処へいった・・・。」

 

 ギルバードは頭を悩ませる。捜索の手は伸びている事は確かだが、時間がかかりすぎている。時間をかければそれだけヤッハバッハなどに発見される危険も高まるし、食料や睡眠など居住環境にも影響が出る。さすがにそこまで掛かるとは思っていないが、早期にけりが付くのが望ましい。

 

 やはりもう少し捜索に部隊を割り当てるべきか・・・。

 

 ギルバードがそう考え始めた時、突然オペレーターが叫んだ。

 

「た、大変ですリーダー!」

「どうした!?」

「ブリッジが襲撃されました!!」

「何!?」

 

 突然の報告に驚いたギルバードはオペレーターに駆け寄る。オペレーターの画面には、ブリッジで銃撃戦を繰り広げるレジスタンスとアーミーズが映し出されていた。

 

『こちらブリッジ!敵の攻撃を受けている!!至急応援を!!』

「リーダー!至急増援部隊を派遣しましょう!!」

 

 ブリッジの防衛にあたっていたレジスタンスから増援要請の通信が入り、それに対し幹部の1人が増援部隊を派遣する事を具申する。ギルバードはその意見を聞き指示を出した。

 

「ナッツ!100人ほど連れてブリッジへ急行しろ!捜索部隊と機関室を防御していた部隊もだ!!」

 

 部下のナッツに命じ100人ほどブリッジへ向かわせる。ブリッジを攻撃している敵の数は20名程。大佐はおそらく陽動の為にブリッジを攻撃したのだろうが、いかんせん元の数が少なすぎる。3倍の兵力をぶつけてやれば問題ない。しかし、元の数が少ないこの状況で仕掛けてきたという事は何か作戦があって行動を開始したはずだ。

ベルトラム大佐は冷静に適切な判断と作戦を立てられる極めて有能な人物だ。だからこそ、ヤッハバッハに対してレジスタンス活動を行ってきた。そんな人物が、ただ単にブリッジを襲撃する訳がない。

 

「全員防御を固めろ!ブリッジへの攻撃はおそらく陽動だ!!警戒を強化せよ!!」

 

 増援に向かった部隊とは別に格納庫に残留する部隊に指示を出す。大佐がどういうつもりか分からないが、警戒を緩めていい場面ではない。格納庫から増援部隊が向かった時、ブリッジからの映像が途切れた。

 

「どうした!?」

「ブリッジ!こちら本部!応答しろ!おいブリッジ!!」

「・・・間に合わなかったか。」

 

 通信までもが途絶えた事から、ブリッジを守っていた部隊は文字通り全滅だろうと予想する。

 

「オペレーター。ブリッジの盗聴器はまだ使えるか?」

「え?」

「ブリッジの状況が知りたい。盗聴器なら音声だけだが状況が分かる。」

「ちょ、ちょっと待ってください。」

 

 オペレーターはコンソールを操作し、ブリッジに仕掛けられた盗聴器と接続しようとする。例の大佐達の秘密会議を盗聴した盗聴器は未だブリッジに仕掛けられたままだった。

 

「・・・繋がりました!音声出します!!」

 

 すると、voice only と書かれたホログラムが表示され、ブリッジ内でのやり取りが聞こえてきた。

 

『こちらランディ!ブリッジを確保しました!』

『エレベーター前も配置についた!格納庫の扉の解放はまだか!?』

『今から掛かります!!』

 

 

「ーーなるほど。」

 

 ギルバードは、敵がこのゼー・グルフを奪った時と同じような手を使う事を予想した。すなわち、エアロックなどを強制解放して内部の人間を空気ごと真空に放り出し、運良く艦内に残った人間も酸欠で殺す方法だ。

 

 だが、その作戦も事前に分かっているなら問題ない。

 

「総員空間服を着用!敵は格納庫内を減圧するつもりだ!急いで空間服を着るんだ!!」

 

 空間服は宇宙服の一種である。人類が宇宙空間を生活の場としてから様々な宇宙服が開発された。長時間船外活動をする為のモノや、重作業、調査など用途に合わせたものが用意されている。

 

 その中で空間服は戦闘向けの服装で動きやすさや衝撃吸収力などを強化されたものである。これを着れば、減圧されて真空にされても問題ない。

 

「リーダー!大型物資用エレベーターが作動しています!」

「なんだと!」

 

 格納庫に備えられている大型物資用エレベーターは、人が200人は余裕で運べる規模のエレベーターで、残存のアーミーズは全員乗り込める。

 

「そこから侵入するつもりか!」

 

ギルバードの中で一本の線が繋がる。ブリッジを攻撃し制圧。強制減圧によって格納庫内のレジスタンスを排除した所で突入する。おそらく大佐の作戦はこんな所だろう。それに大型物資用エレベーターを使って行くルートは、ブリッジへ向かうには遠回りになる。仮にブリッジへ増援が向かってもわざわざ遠回りのルートは使わないので、鉢合わせする事は無い。

 

敵の突入箇所が分かったギルバードは、ここで驚くべき指示を出す。

 

「火器管制を起動!照準を大型エレベーターに合わせろ!!」

「え!?」

「主砲で吹き飛ばす!」

 

その命令に思わずオペレーターは聞き返した。

 

 武装貨物船にはいくつか武装が備え付けられており、この船の主砲はSサイズのレーザー砲である。艦隊戦においては大した威力は無いが、それはAPFシールドと装甲で守られた艦同士の話であって、シールドも装甲も持たない人間相手には話が異なる。船同士では豆鉄砲でも、人間には掠るどころか掠めただけで蒸発する高エネルギーの塊なのだ。

 

通常そんな兵器を艦載機用の弾薬などが置いてある格納庫などで使おうとは思わない。だが、白兵戦でエレベーターを制圧するよりも、艦砲で敵兵ごと破壊した方が手間がかからず損害もほぼ無い。それで敵を殲滅した後は、ブリッジを制圧している囮部隊を撃滅してやればいい。

 

それを聞いたオペレーターは納得し、すぐさま火器管制の立ち上げに掛かった。

 

「格納庫の扉開きます!減圧が始まりました!!」

 

 格納庫の減圧が始まり隔壁が開く。すでに格納庫内の部隊は空間服を着ている為、減圧されても問題は無い。

 

「エレベーターまもなく到着します。」

「砲手、エレベーター到着と同時に砲撃しろ。」

「了解!」

「ブリッジの様子は?」

「増援部隊が到着、戦闘に入りました。」

「よし。」

 

 ブリッジに増援が到着し、戦闘になった。圧倒的多数ならすぐにでも制圧できるだろう。一方で武装貨物船の主砲が起動し、照準を合わせていた。

 

「オペレーター、エレベーター到着まで秒読み!」

「エレベーター到着まで5、4、3、2、1、0――――」

 

 砲手が主砲のトリガーを引いたのと同時に、レーザー光が格納庫内を駆け巡り爆発が起こり、エレベーターが粉々に吹き飛ばされる。

 

 そしてそれと同時に、レジスタンスの船が一隻爆発した。

 

「な、何が起こった!?」

 

 ギルバードの言葉に答えられるものブリッジ内にはいなかった。隣の武装貨物船の一部が爆発し、格納庫内に大量の破片と爆風が吹き荒れる。エレベーターから離れていたレジスタンス達は破片と爆風をもろに受け一瞬で壊滅状態に陥った。

 

「り、リーダー!!」

 

 オペレーターが叫びながら窓の外を指さす。ギルバードがそれを見ようとした刹那、船に大きな衝撃が走った。

 

「うわぁ!?」

「な、なんだぁ!?」

 

 見ればそこには、外で放置されていたはずの一隻の駆逐艦が接舷している所だった。

 

「な、なんだと・・・!?」

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 事態を明瞭にするために時間は少し巻き戻る。

 

「ではこれよりブリーフィングを開始する。」

 

 そういって大佐は手元の端末を操作して、部屋の中心にホログラムを表示し説明を始めた。

 

「現在我々はこの倉庫に確保している。それに対してレジスタンスは、艦橋、機関室、格納庫及び外の巡洋艦と駆逐艦を制圧している。また、レジスタンスの貨物船の1隻に捕虜となった者達が捕らわれている。戦力差はおよそ3対1。これは艦橋や機関室などに配置されているであろう人数を引いて想定した最低限の数だ。これより多い可能性は充分にある。そこを忘れないように。

 

 目標はレジスタンスリーダーのギルバードの排除及び捕虜になった仲間の開放だ。ギルバードを軸にして動いている以上、これを排除すればレジスタンスは統率を失うだろう。そうなれば降伏するか散発的な抵抗しかできないだろう。また捕虜になっている者の数は約200名ほど。リーダーを無力化し捕虜達を解放すれば、戦力差は覆り早期に鎮圧、事態を収束できるだろう。

 

 

 これらの目標を現状の戦力で達成する為に、奇襲によって敵部隊中枢へ突入する。」

 

 誰も何も言わずに説明を聞いていた。戦力差で不利な状況において勝利するには奇襲以外考えられないからだ。

 

「そこで、シーガレットの草案を修正し決定したのが作戦が決定した。まずはこれを見てほしい。」

 

 格納庫を再現したホログラムが浮かび上がる。その中には何隻かの船といくつかの赤い点が表示されていた。

 

「見ての通りこれは格納庫内の敵の配置図だ。そして、ここが捕虜の位置だ。」

 

 ホログラム中の一隻の船が緑色に光る。

 

「まず部隊を2つに分ける。1隊はブリッジの制圧を行う。人数は20名ほどで、ブリッジを制圧したら格納庫の隔壁を解放するんだ。これによってギルバードに我々がこの船を奪った時と同じように、エアロックから吸い出す事を狙っていると思わせる。そしてもう一隊を本隊とする。本隊は空間服を着てエアロックより外へ出て、駆逐艦を制圧。制圧した駆逐艦に乗って格納庫へ突入する。突入しつつ人質の乗っていない艦艇を攻撃、撃破し少しでも敵戦力を削ぐ。後は、人質を解放してギルバードを確保し事態に蹴りをつける。」

 

 これを聞いた者たちは騒めき出す。当然の事だ。駆逐艦を奪ってカタパルトから侵入するだけでなく、格納庫内の艦艇を攻撃して撃破までするのだ。めちゃくちゃな作戦としか言いようがない。下手をすれば誘爆で、この戦艦ごと吹き飛んでしまう。しかもーーー

 

「質問!外部から駆逐艦を制圧するとしても駆逐艦にも敵がいれば、艦艇の武装により殲滅されるだけかと。」

「そもそも外部へ出ようとすれば、それをブリッジにいる敵に察知される恐れがあります!」

「たった20人でブリッジの制圧が可能でしょうか?」

「わざわざ艦艇を攻撃する必要があるのでしょうか?誘爆のリスクが大きいのではないかと。」

「カタパルトを通過中に敵艦から迎撃される危険があります。」

「仮に突入できたとして80人程度で、制圧できんのか?」

「ギルバードの位置がわからないのでは、捕らえようが無いかと。仮に捕らえても逆上してますます手がつけられなくなるかと。」

 

 実行に際し予想される問題点が多々指摘される。元軍人や海賊達は、その経験と鍛えられたセンスから作戦の不備を挙げていく。無論それは大佐も認識しており、その点に対する説明を始めた。

 

「まず駆逐艦の制圧だが、艦外へ出るタイミングはブリッジの襲撃と同時に行う。襲撃されれば監視の目は緩むだろう。情報によれば敵の大半は格納庫を防衛していてブリッジは手薄気味だと推測される。20人しか割く事が出来ないが今の戦力からこれ以上回すことはできない。重火器を使用しても構わん。迅速にブリッジを確保して貰う。駆逐艦からの攻撃だが、先程言った通り敵は格納庫の防備を固めている為駆逐艦に人員は配置していないだろう。ブリッジを制圧していて、より強力な武装が使える以上、駆逐艦に人員を配置する意味が無いからだ。

 

 次に突入時の問題点だが、我々は全員合わせても100名程度。それに対して相手は400名前後だ。いかにブリッジを素早く制圧できたとしても、肝心の本隊が負けては意味がない。ここはリスクを取ってでも、敵の数を少しでも減らすべきと判断した。また、カタパルト通過中の迎撃を避ける為、大型エレベーターを囮として作動させ、敵の目をそちらに向けておく。エレベーターの起動は本隊から2、3名出す。ギルバードの所在についてだが、これだけの規模で守っている以上格納庫内にいるのは確実だろう。

 

 他に質問は?」

 

 それ以上、彼らからの質問は無かった。皆頭の中で作戦の流れを想定しているのだ。

 

 私の出した草案では、駆逐艦を奪いカタパルトを開けて内部へ突入するだけだった。だが、軍事の専門家にかかれば、こうして勝利を確立する為細かい所まで埋め合わせている。それもごく短時間のうちにだ。

 

「それと、注意すべき事項だがブリッジにはおそらく盗聴器が仕掛けられている可能性が高い。そのためブリッジ制圧隊および彼らと通信をする際には内容に注意する事。通信する際は相手に“大型物資用エレベーターから突入する”と思わせるよう通信を送る事。」

 

 これは、アルタイトや捕虜がレジスタンス達の会話を盗み聞きして得た情報だ。仕掛けられているかどうか確たる証拠は無いが、状況から判断するにその可能性は十分にある。

 

 よって、これを逆用し通信内容から囮であるエレベーターから突入すると思わせるのだ。

 

「なければ、後は隊を分けて行動する。各員時計を合わせておけ。本作戦はタイミングが重要だ。それでは部隊を編成するーーー。」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「行け!行けっ!行けっ!!」

 

 接舷と同時に駆逐艦のエアロックから武装したアーミーズや海賊達が突入する。意表をつかれたレジスタンス達はなすすべなく次々と倒れていった。

 

『落ち着け!各自迎撃するんだ!!我々は裏切り者には負けない!!』

 

 だが、ギルバードの艦内放送を聞いて何人かのレジスタンスが立ち直り、メーザーブラスターで反撃してくる。それを見た他のレジスタンス達も次々に応戦してきた。

 

「チッ、予想より立ち直りが早い!!」

「レジスタンス活動で根性がついたんだろ!!どうする!?」

「シーガレット!!ディエゴ!!30人ほど連れて倉庫へ迎え!そこに捕まってる連中を解放するんだ!!」

「了解!」

「おーけー!!」

 

 私達の想定よりもレジスタンスの抵抗が激しかった。というのも長年のヤッハバッハへの抵抗活動で多少なりとも鍛えられていたのだろう。

 

 作戦では、格納庫で撃沈した船の爆発で敵の戦力を少しでも削る予定であったし、現に格納庫内は爆発した船の破片などが飛び回り酷い惨状で、誘爆しなかったのが奇跡というレベルだ。(一応弾薬類は耐爆・耐衝撃などが施された保管がされている。今回はそれが偶々耐えてくれた。)

 

 それでも、目標の船の中には多くの敵兵が居た。これは後から分かった事だが、減圧に備えて空間服を着る為に一度船内へ戻った者が大勢いたらしい。

 

 作戦が一部裏目に出てしまったが、それを理由に中止ややり直しをする事は出来ない。ここは捕虜を解放し、こちらも戦力を増強するべきと判断した大佐の指示で、私達は捕まった仲間の元へと走り出す。

 

 位置はアルタイトの情報で分かっているし、船内の見取り図も、基地で整備した時のデータが残っている為、一直線に向かう事が出来る。

 

 途中何人か鉢合わせした敵をブラスターやライフルで薙ぎ倒し、捕虜が閉じ込められている倉庫の前に辿り着いた。

 

「おいエドワード!!聞こえているか!!返事をしろッ!!」

 

 扉の横に付いている端末から内部に話しかける。僅かな間の後、端末から悲鳴とも取れる声が聞こえてきた。

 

『音がデカすぎるんです!!もう少し静かに喋ってくださいッツ!!』

「す、すまない・・・。」

 

 どうやらスピーカーモード(しかも大音量)になっていたらしく、いきなり倉庫内に響いた大声に全員かなり驚いたらしい。

 

「扉は開けられそうか?」

『やれない事は無いですが、少し時間がかかります。』

「時間が無い。扉を吹き飛ばすから離れていろ!」

 

 端末にそう言うと、後ろにいたアーミーズに目で合図を送る。 こういった場合も想定しニトロストリングーー破壊用の爆薬も持ってきておいたのだ。それを扉の前にセットして廊下の陰に隠れる。

 

ーボンッツ!!!

 

 爆発の衝撃が内臓に響く。廊下の陰から顔を出すと、扉は綺麗に吹き飛んでいた。

 

「艦長ー!」

 

 奥から聞き覚えのある声と共にエドワードが出てきた。爆発の煙を浴びたのか所々煤けている。

 

「無事だったか!」

「えぇ、おかげさまで。次やる時は爆薬の量を減らしてください。」

「あ、あぁ。」

 

 仕掛けたのは私じゃ無いんだがと喉まで出かかった言葉を飲み込む。代わりに別の声が倉庫の中から聞こえてきた。

 

「無事でしたか、艦長。」

「アルタイトか。」

 

 倉庫の奥から出てきた自分そっくりな人影。ドッペルドロイドのアルタイトだ。やっぱり爆発の煙を浴びたのか煤けていた。そんなに爆発の威力は強かっただろうか?

 

「お前のお陰で助かったよ。」

「私もこんな所で死にたくありませんから。」

 

 AIが死にたくないなどと言うとは、少し意外だった。

 

「おいおいこりゃどうなってんだよ。お前双子だったのか?」

「ん・・・まぁそんな所だ。」

 

 私達を見たディエゴが驚きの声をあげるが、今説明するのは時間がかかるので適当にぼかしておく。

 

「そんな事より、今は他にやるべき事があるだろう。」

 

 そう言って私は2人にブラスターを手渡す。合流できた時の為に、各自予備の武器を携帯していたのだ。武器庫に武器は豊富にあったが、捕虜全員分持ち運べる訳も無く、三十数人程度しか武器は行き渡らなかった。それも1人にブラスター1丁とかそんな割合である。

 

「残りは自分で調達してくれ。」

「め、めちゃくちゃだ。」

 

 そんなものは百も承知している。が、80人程度で敵に奇襲を仕掛け、戦いながら捕虜を解放し、その上で200人近い人数分の予備の武器などを持ってくる余裕は無い。

 

「大佐達は今どこに?」

「ブリッジの手前で敵と交戦中との事!」

「よし、全員ブリッジへ向かうぞ!武器を持ってない者はそこら辺から拾うか素手で戦え!行くぞ!!」

「「「お、おぉッ!!」」」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「降伏しろ!お前達に勝ち目は無いぞ!」

「黙れ裏切り者め!貴様等こそ自分の罪を恥じて降伏しろ!」

 

 武装貨物船のブリッジ前通路ではバリケードを築き立て籠もるレジスタンスとアーミーズで激しい銃撃戦をしながらそんなやり取りが行なわれていた。状況は、隔壁を封鎖し一本道となった通路で即席のバリケード越しに撃ち合う形となっており、立て籠もっているレジスタンスはせいぜい50人程度。人数的にはほぼ互角である。ただ個人の戦闘における資質に関しては、アーミーズ側がいささか有利となっている。

 

 しかし、ギルバードは艦内のレジスタンス達に呼びかけブリッジへ集合するように命令した為、各所から集合したレジスタンスによって後方から攻撃を受ける事があり、その度に戦力を分散し後方の敵を殲滅している。よって大佐も後方を警戒しながら戦う必要がある為、ブリッジで立て籠もる敵に全力を向けられないでいた。

 

「持ちこたえろ!持ちこたえればブリッジに増援に行った部隊が戻ってくる!!そうすれば勝てるぞ!!」

 

 命令を出し味方を鼓舞するギルバード。立て籠もるレジスタンス達も味方の増援への期待と、敵となったかつての味方に対する憎悪から必死に応戦する。

 

 そんな戦闘の最中ギルバードは心の隅で自問自答を繰り返していた。先程までは自分達は完全に主導権を握っていた。それなのに今この現状はどうだ。味方は分断され、敵の突入を許し、司令部は敵と白兵戦を行なっている。状況はひっくり返り、全体を把握するどころか目の前の敵と戦闘するだけで手一杯である。

 

 何故こうなったのか、記憶を遡った所で答えは出ない。

 

「リーダー!」

「どうした!?」

 

 背後からオペレーターが悲鳴にも似た声で呼んでくる。その時点で悪い知らせだというのが分かった。

 

「倉庫に閉じ込めていた捕虜達を解放されました!!こっちへ向かってきています!!」

「チッ!」

 

 予想した中で最悪の事態が起こってしまった。こんな事になるんだったら、外聞を気にせず全員処分しておいた方が良かったかも知れない。が、今更考えた所で全くの無意味だ。

 

「兎に角持ち堪えるんだ!我々真のリベリアを愛する者が、あんな裏切り者共に負けるはずが無い!!」

 

 捕虜が解放されたと聞いて完全に弱気になる味方を、ギルバードは自分自身よく分からない根拠で励ます。もはや、彼には現状を打開できる未来が見えなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーそして時はきた。

 

 

 爆音と共に、アーミーズと戦闘していた方とは反対側の通路から黒煙が上がる。隔壁を下ろして封鎖していた筈が、隔壁が爆破され道が開ける。その黒煙の中から武装した一団が現れる。

 

「全員突っ込めぇッツ!!」

「「「うぉおおおおお!!!」

 

 ディエゴ率いる一団の持つブラスターやライフルが光を放ち、メーザー光線が空を切り裂く。突然背後からの攻撃に晒されて、レジスタンスの防衛戦は完全に崩壊した。

 

「う、うわぁああああ!?」

「ぎゃぁああああああ!!」

 

 銃声と悲鳴と断末魔が響く中、ギルバードは本能的に身を守る動作を取る。軍隊で鍛えられた生き残る為の本能に従い、ブリッジへと逃げ込み扉を閉める。たまたま扉の近くにいた4人のレジスタンスが一緒に入ってきたが、大半は通路で銃撃に晒され断末魔を上げていた。

 

 薄暗いブリッジの中、彼は必死にどうすればいいか考える。

 

「ついに味方まで裏切ったのか?」

「誰だ!?」

 

 突如ブリッジ内に響く声に、慌てて銃を構えるギルバード達。するとコンソールの陰から人が1人出てきた。

 

「・・・シーガレット。貴様一体どうやって・・・。」

 

 問い掛けるギルバードに対し、シーガレットは無言でギルバード達の背後を指差す。そこには、通風用のダクトが口を開けていた。

 

「チッ・・・そういう事か。」

「昔サンテールで修理した時のデータが残っててね。お陰で迷わずにここまで来れたよ。」

 

 互いにブラスターを向け合う2人。他にも数丁の銃口を向けられてなおシーガレットの目には恐怖は無い。それに対しギルバードの瞳は揺らいでいた。

 

「降伏しろ。と言いたい所だがその様子では聞きそうに無いな。」

「誰が裏切り者に降伏などするものか!」

 

 眉を潜めるシーガレットに対し、ギルバードは咳を切ったように叫び始める。

 

「俺達は故郷を取り戻す崇高な責務がある!あの美しいリベリアを、俺達の愛するリベリアを侵略者共から取り戻すんだ!!貴様等もその為にヤッハバッハに抵抗していた筈だ。それなのにお前達は、基地を破滅させ同胞を犠牲にし折角手に入れたこの力を使おうともしない!!あまつさえ、俺達に協力するどころか結託して排除しようとしてきた!!貴様等さえいなければ、リベリアを取り戻せたかも知れないのだ!!!この裏切り者め!!」

 

 ギルバードは、シーガレット達を大声で非難し糾弾する。周りのレジスタンス達も頷いたり、そうだと声を荒げる。それをシーガレットは黙って聞いていたが、ギルバードが話し終えるとふっと一息吐く。

 

「言いたい事はそれだけか?」

「なんだと?」

「お前の下手な演説は終わったかと聞いているんだ。」

「ーーーッツ!!」

 

 刹那ギルバードは引き金を引くのと同時にシーガレットは右へ飛ぶ。メーザーが頬を掠めるのと同時にシーガレットのブラスターが光を放ち、ギルバードの背後にいたレジスタンスを撃ち抜く。

 

 とっさにコンソールの影に隠れるギルバード達。だが、逃げ遅れた1人がシーガレットの早撃ちで胸を撃ち抜かれる。ギルバードは残ったレジスタンスと顔を見合わせ、タイミングを合わせて一斉に飛び出す。飛び出した瞬間、1人が撃ち抜かれる。あまりの早撃ちに気を取られた1人が最後に見た光景は、自分に向けられた銃口が光る光景だった。

 

 そしてシーガレットのブラスターがレジスタンスを撃ち抜いた時、その胸を白い光線が貫いた。その方向にはギルバードが立っており、ブラスターの銃口から煙が立ち上っている。

 

 

 床に崩れ落ちるシーガレット。力が抜け手から滑り落ちたブラスターが床を転がる。武器を失った事を確認したギルバードはゆっくりと倒れたシーガレットへ近づく。そして右手に握ったブラスターの照準を、彼女の頭に合わせた。

 

「貴様だけは・・・貴様だけは許さん・・・。」

 

 そう言って人差し指に力を入れる。

 

 

 

 

 

ーーーバシューンッツ!

 

 

 

 

 ブリッジ内に響く一発の銃声。その音はギルバードのブラスターのものでは無かった。

 

「・・・。」

 

 自分の胸に手を当てると、真っ赤に染まる。ゆっくりと後ろへ振り返った時、ギルバードの目は大きく開かれた。

 

「な・・・ッ。」

 

 自分の背後で煙が立ち昇るブラスターを構えていたのは、先程彼が撃ち殺した筈の”シーガレット“だったからだ。

 

「な、何故・・・。」

「あっちはドロイドさ。」

 

 ギルバードが振り返ると、そこにはもう1人のシーガレットーーーシーガレットの姿をしたドロイドが立っていた。

 

 彼女の胸には焦げた銃痕がある。ただそこから血は流れていない。あるのはただ黒い穴だけだった。

 

「・・・売・・・国奴・・・め」

 

 その言葉を最後にギルバードは床へと崩れ落ちていった。



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第14航路 内壁の銃痕

――――ゼー・グルフ格納庫内―――――

 

ゼー・グルフ内部の格納庫は、突入時に撃沈された貨物船の爆発によってズタズタにされていた。私は比較的マシだったアルタイトのそばで瓦礫の上に座りながら煙草を吸う。すると遠くから誰かが近づいてきた。

 

「今連絡がありました 。ブリッジ方面の敵を制圧したそうです。」

「そうか・・・。」

 

そう言って近づいて来たのはエドワードだった。 ギルバードを殺した後、他の場所で戦っていたレジスタンス達に投降を呼びかけたが、彼らはそれを拒否。結局最後の一人に至るまで実力をもって制圧するしか方法が無かった。お陰で余計な損害を被ってしまった。

 

「信念というか・・・あそこまで行くともはや狂気と呼ぶべきかも知れません。」

「そうかもしれないな・・・。」

 

確かに、最後の一人に至るまで徹底抗戦した彼等は正気では無かったのかも知れない。だが、自分達が生き残る為に同胞を殺す私達もまた狂っているのでは無いか。

 

私は自分の両手を見る。別に普段と変わらないただの自分の掌だ。だが、この手に纏わりつく見えない不快な感覚がどうしても離れる事が無い。

 

「艦長、具合でも悪いんですか?」

「・・・いや、何でもない。悪いが少し一人にしてくれ。」

「わ、分かりました。」

 

少し物怖じした感覚のエドワードがその場を後にする。煙草が無くなったので新しいものに火をつけようとした時、自分の手が赤黒い液体で濡れているのに気がつく。

 

「ーーーヒッ!?」

 

驚いて煙草を床に落とす。だが、次の瞬間には私の手はいつもの見慣れたものに戻っていた。

 

「幻覚・・・なのか?」

 

全身から嫌な汗が噴き出すのを感じると共に、自分が今日人を殺した事を自覚する。ヤッハバッハに襲撃された時も殺したが、あの時は自分が止めを刺した訳では無いし、隔壁や真空を挟んでの事だったので実感が湧かなかった。

だが今回は私自らこの手で人を殺めたのだ。ギルバードだけでなく他の何人かのレジスタンスもブラスターで撃ち抜いている。私は今更になって自分が人を殺した事に対して恐怖を感じていた。

 

確かにレジスタンスからは敵視されていたが、そうなる前は話した事がある人も何人かいた。彼等は皆、再び故郷を取り戻すと言っていたのを思い出す。そしてそれは永遠に叶わないものとなった。

 

「仕方無かった・・・。」

 

ぽつりと口からでた言葉は、自己弁護の言葉だった。でも事実先に攻撃を仕掛けてきたのはレジスタンスだし、応戦しなければ少なくとも私は処刑されこの世には居なかっただろう。その事が表現しようの無い何かで潰されそうになっている心を支えていた。

 

生き残る為に仕方なく人を殺したのだ。

 

「そう・・・仕方がなかった。」

 

 

 

ーーーーゼー・グルフ格納庫の端ーーーーー

 

「シーガレットの様子が変?」

「はい。ぼんやりと虚空を見つめながら、ずっと煙草を吸っているんです。」

 

レジスタンスを制圧して格納庫へと戻ってきた大佐は、エドワードからシーガレットの様子がおかしいと相談された。

 

大佐が物陰から見てみると、瓦礫に腰掛けながら煙草を吹かすシーガレットの様子が見えた。それ自体は別に普通だが足元には大量の吸殻が捨ててある。10本や20本どころでは無い。

 

「あぁ・・・多分あれだな。」

「あれと言うと?」

「新兵が稀に発症する一種の心理的症状だな。強いショックを受けたり長時間のストレスに晒されたりすると、精神に負荷が掛かって不安やアルコール依存、酷いものでは記憶障害や幻覚幻聴などを発症する。奴の場合は無意識の内に煙草求めているんだろう。」

 

俗に戦闘疲労症や戦闘後ストレスなどと呼ばれるこの症状は、環境や状況など様々なストレスから精神が摩耗し様々な症状を発するものである。かつて人類発祥の地で名付けられたこの症状は、長い時間が過ぎ真空と装甲を挟んだ現代の戦闘でも発症する。

特に損傷した艦艇の乗員や、白兵戦を行った兵士の発症が目立つ傾向にある。

 

「アイツは軍人では無いからな。基本的に人殺しの訓練は受けていないしその経験も無いだろう。初めて自分の手で人を殺せばそれくらいのショックを受けても当然だな。」

「ど、どうすればいいんでしょう?」

「こういうのは専門家のドクターに任せるに限る。」

「ドクターって、精神科医もしているんですか?」

「あぁ、医学面に関しては間違いなくトップクラスの実力の持ち主だ。もしヤッハバッハの侵略が無ければ、今頃医学界の要職についていたかも知れないっていう話だ。」

「・・・そんな人が何でこんな所にいるんです?」

「・・・分からん。」

 

 

 

 

ーーーーーーゼー・グルフ艦内医務室ーーーーーーーーーー

 

「それでは艦長。これからいくつかの質問を行いますのであまり深く考えずに思ったままに答えてください。」

 

エドワードに格納庫から連れ出されたと思えば、医務室でドクターと話をしていた。

 

「体に何か異常がありますか?」

「・・・いや、特にない。」

「喉が痛いとか、体がだるいといった事はありませんか?」

「・・・そう言われてみれば、そんな気もする・・・。」

 

そのような質問がいくつも出された。私は最初ドクターから言われた通り、質問に対して素直に答えていった。

 

「では次の質問です。最近幻覚を見たり幻聴を聞いたりしましたか?」

「げん・・・かく・・・。」

 

ふと自分の手の平を見る。その手の平は見慣れた自分の手の平だった。そして瞬きをした一瞬あの情景がーーー真っ赤な血で染まった自分の手の平の光景が脳裏に浮かんだ。

 

「ひっ!?」

「艦長?」

「か、艦長!?」

 

小さな悲鳴を上げ、反射的に手から離れようとする。当然自分の体の一部である為そんな事は出来ない。

 

「艦長、大丈夫ですか?」

「あ・・・あぁ・・・。」

「何があったのか、正直に話してください。」

「て、手が真っ赤に染まって・・・。」

 

私は今まで見た幻覚の事を話す。エドワードは黙って、ドクターはメモを取りながら時折質問をしてくる。私は震える声でその質問に答えながら話を続けていった。

 

「ふむ・・・おそらく、戦闘による精神的ショックがストレスとなって心に負担をかけ続けているのでしょう。過去にはこれが原因で自殺した者もいます。」

「ど、どうすればいいんですか。」

「落ち着いて下さい、手はあります。少しお待ちください。」

 

そういうとドクターは診察室を一度出ていった。

 

「艦長、その・・・大丈夫ですか?」

「いや・・・大丈夫じゃ・・・ない。」

 

艦内温度は調節されているはずなのに寒気を感じる。誰も血を流していないはずなのに血の匂いがする。体が震えだし両腕で自分の体を抱きしめる。

 

「あ、あの時私は・・・人を・・・殺して・・・。」

 

あの時はこうするしかないと思っていたが、後になってみれば他にも方法はいくらでもあったはずだ。同じ国の人間を、祖国を取り戻すことを目指した彼らを私は殺してしまった。私はーーー。

 

「艦長。」

 

ふと暖かい何かが体を包み込む。見れば背後からエドワードが私の事を抱きしめていた。

 

「あまり自分を責めないでください。あの状況では仕方がなかったんです。」

「・・・だが・・・。」

「貴女だけが悪いのではありません。僕や大佐達も一緒に戦って彼らを殺しました。ですが先に仕掛けてきたのは彼らですし、応戦しなければ今頃僕らが死んでいたんです。」

「う・・・うぅ・・・。」

「つらいのは分かります。苦しくなったらいつでも相談に乗りますから・・・。」

 

エドワードが力を強める。少し苦しいが、その分だけ彼の体温を感じられるのが今の私にはとっても心地よい。

 

私はもっと彼に触れていたくて、その手をつかむ。あったかくて、少し大きく感じるその手を握っていると安心する。

 

「エドワード・・・。」

「艦長・・・。」

「何やってるんですか?」

「うわあああああああああああああぁぁあぁっつ!?」

 

後ろから声を掛けられて頭が一気にクリアになり、慌ててエドワードから離れようとしてバランスを崩し床へ倒れる。その所為でエドワードが私の上に覆いかぶさる形となった。

 

「・・・あ、」

「えっと・・・。」

「・・・本当に何やってるんですか・・・?」

 

呆れるドクターと気まずそうにするエドワード。私は顔を赤くしながらエドワードをどけて立ち上がる。

 

「精神を安定させる為の薬を持ってきたんですが・・・なくても大丈夫みたいですね。」

「い、いや。そんな事は無い。」

 

そう言ってドクターから薬の入ったケースを受け取る。中を見ると白い錠剤が大量に入っていた。

 

「精神安定剤です。不安に駆られた時や精神が安定しない時に2,3粒噛まずに飲み込んでください。」

「あぁ、ありがとう。」

「他に何かあったら相談に来てください。最も、どうやら相談しやすい相手が他にいるようですが。」

「っ!」

 

顔が一気に赤くなるのが分かった私は、エドワードの手をつかむとそのまま足早に医務室を後にした。

 

 

 

医務室から離れた場所までエドワードを引っ張る。この区画はあまり人が通らない区画だ。そこでエドワードの首元をつかみ壁に押し付ける。

 

「あ、あの~艦長?一体?」

「―――――れろ。」

「え?」

「さっきの事は忘れろ。」

「え?」

「さっさと忘れないと宇宙に放り出すぞ。」

「アッハイスグニワスレマス。」

 

低くなった私の声に、奴は大人しく従う。自分でもなんであんな恥ずかしい真似をしたのか分からないが、絶対に何としても他の連中に知られる訳にはいかない。ドクターにも後で口止めしなければ・・・。

 

「よし、忘れたのなら艦内の復旧作業にかかれ。」

「は!了解しました!」

 

エドワードは返事をすると廊下を走りだしていく。だが、少し進んだところで何か思い出したのかふと立ち止まってこちらを振り向いた。

 

「艦長。」

「なんだ?」

「僕でよければいつでも甘えていいですよ。」

「・・・――――ッツ!!」

 

ダッシュでエドワードの元へ走り叫びながらその腹に拳を叩き込む。

 

「忘れろって言っただろうがあああぁあぁあ!!」

 

―――医務室―――

 

「一体何をやったんですか?」

「いやぁ・・・まぁちょっと。」

 

医務室では先程出ていったばかりのはずのエドワードが医療用ベッドに体を横たえていた。

 

「どうせ艦長に余計な事でも行ったんじゃないんですか?」

「いや、偶には甘えてもいいんですよと伝えただけですよ。」

「それでその怪我ですか。」

 

呆れるドクターにエドワードは苦笑いをすることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――ゼー・グルフ倉庫内――――

 

現在、我々は総出で復旧作業に当たっているが人手が圧倒的に足りず、作業は遅々として進んでいない。それでも負傷者の手当と遺体の収容は何とか済ませることができた。

 

約900名のうち生存者は約300名。レジスタンスに至ってはわずか数名しか生き残りがおらず、凄惨な戦いとなった。残存艦も突入時の砲撃で武装貨物船1隻が大破、突入時の衝撃で駆逐艦1隻が小破、更に格納庫内の爆発により庫内にあった武装貨物船1隻と魚雷艇3隻が中破し残った魚雷艇と数少ない艦載機がほぼすべて大破した。

 

これで現在の戦力は小破した駆逐艦1隻、中破した貨物船と巡洋艦が各1隻ずつと魚雷艇3隻ずつ、大破した駆逐艦、貨物船、魚雷艇3隻とスクラップ同然の艦載機隊に、格納庫内や多数の武装が損傷した超巨大戦艦、そしてフリーボヤージュの持つ貨物船である。

 

大破した艦船はスクラップ同然で、残った艦船も運用できる人数がおらずほぼ放置されている。おまけに補修部品の大半が格納庫にあり、突入時の爆発でほとんどが使用不能になった為、損傷の修復はほぼ行われていない。

 

「酷い惨状だな。いったい誰だ、格納庫の輸送船を吹っ飛ばして補修部品や貴重な艦艇を吹き飛ばしたバカは。」

「知らんな。」

 

大佐の非難に適当に返事をしながら私は、倉庫に運び込まれた物資の目録をつけていた。人数も残り少ないので各艦に散らばっていた食料や水などの物資を一カ所に集める事にしたのだ。

 

「そういえば、調子はもういいのか?」

「あぁ、いつまでも塞ぎ込んでいる訳にはいかないからな。」

 

そういうと大佐は満足そうにうなずく。

 

「調子が戻って何よりだ。誰かさんが潰した分も働いてもらわなければ困るからな。」

「やかましい。」

 

大佐の元を後にして各コンテナを整理しリストを作る。

 

「意外とあるように見えるな。」

 

積み上げられた食料コンテナの山は私二人分以上の高さがある。一見すれば大量の食糧があるよう

に見えるが、300名が1日3食食べる量と補給がおぼつかない事を考えるとこれでも安心できない。

 

「司厨部用の嗜好品の量は・・・こんなものか。」

 

臨時の司厨部に任命された者達は、一日でも長く生き残れるように食事を用意しているが、あまりに酷い食事だと苦情が入る為味や量の方にも気を配らなければならず、彼らの心労は計り知れない。その為司厨部には専用の嗜好品として酒や煙草などを用意している。それが許されるくらい司厨部の仕事はキツイのだ。

 

「大佐。少しよろしいですか?相談があるんですが・・・。」

 

なんて事を考えていたら、倉庫の入り口から誰かが声を掛けてきた。そこにいたのはエプロンとコック帽をかぶった司厨長が立っていた。

 

「どうした?」

「実は野菜などの一部の食料品が不足しているんです。どうにかして至急補給貰いたいのですが。」

「至急?そう言われても簡単に輸送船を出すことはできないぞ。」

 

どうやら何か切迫した事態らしい。

 

「どうしたんだ?」

「あぁ艦長。実は食料が足りなくて、至急どこかから調達してきてほしいんです。」

「食料ならここに大量にあるじゃないか。」

「いえ、穀物類では無くビタミン系の野菜が足りていないのです。」

「野菜?」

 

司厨長曰く、食料自体の備蓄はあってもその備蓄食料の栄養が著しく偏っているらしい。野菜などのビタミン系や、塩などの一部調味料が足りないそうだ。このままだと脚気など栄養が不足することで起きる病気になる危険があるらしい。

 

「今のところ医薬品のビタミン剤をスープに溶かして対処しているんですが、それも長くは持ちません。」

「え、そんなことしてたのか?」

「えぇ、まさかビタミン剤そのまま出したら味気が無いですし、可能な限り美味しそうに見せれば少しは士気が上がります。」

 

まぁ確かに錠剤渡されるよりはマシだ。

 

「分かった、何とかしよう。と言う訳で艦長。」

「は?」

「何とかしてくれ。」

「は?」

 

こんな雑な振りをされたのは初めてだ。

 

「なんで私が―――」

「善良な0Gドッグなら何とか出来るだろう。今お前以外に物資調達ルートを知っている奴はいなかったはずだ。」

「ちょっと待て、船はどうするんだ?私の船は動かせないぞ。」

「確か無傷の輸送船が1隻だけあったはずだ。それを使えばいい。」

「元の持ち主はどうした?」

 

その質問に対し、大佐は首を振る。

 

「戦闘でその船の士官クラスは壊滅している。調達先を知っていた者もな。」

「・・・。」

「私以下アーミーズの面々はそうした調達先を知らない。海賊だってそうだ。こればかりはお前さんが頼りだ。」

「分かった。何とかしてみよう。人選はこちらに任せてもらっていいんだな。」

「あぁ、頼む。」

「よろしくお願いします。」

 

司厨長も頭を下げてくる。上手くいった時は司厨長に豪華な食事でも作ってもらおう。

 

 

 

 

 

―――貨物船アンリカ号―――

 

「で、その栄えあるお使い部隊に俺達が選ばれた訳か。敵の支配する星から食料を調達するなんて中々にスリルのある作戦だな

。」

「だったら船の中で片付けでもするか?」

「はッ!冗談、こっちの方が俺にはあってるぜ。」

 

中型貨物船アンリカ号――そのブリッジ内でポプランとコーネフが軽口を叩き合っている。

 

「艦長、コースの入力終わりました。」

「ありがとう。しかし艦長は君の方が。」

「いえ、自分にはまだ艦長なんてとても。」

 

そういう少年はアンリカ号の操舵手として乗り込んでいて壊滅したアンリカ号の船員の唯一の生き残りである。年はあのオッゴの少年パイロットのエヴィンとエーミールの二人と同じくらいだろうか。

 

このアンリカ号の乗組員は一度捕虜としてレジスタンスに捕まっていたのだが、私達に解放された後は恨みからか進んで戦闘に参加。苛烈な戦闘の末にそのほとんどを失っていた。

 

今は私が一時的に船長となり、彼は航海長としてアンリカ号の操船を任せている。

 

「艦長、エンジンとレーダー周りの調整終わらせておきました。気休め程度ですが探知されにくくなるはずです。」

「あ、あぁあ。ありがとう。」

 

そして、エドワード。私の所為で医務室送りになっていたが、そこは人類の科学力の結晶リジェネ―ション処置によってあっという間に回復した。

 

ただ、まぁ。あんな事があってから何となく顔が合わせづらい。怪我をさせたのもあるが、あいつを見かける度に医務室での痴態が頭をよぎって落ち着かないのだ。

 

「見てくださいよコーネフさん。うちの艦長は怪我をさせたクルーを無理やり治療して引っ張ってきたらしいですよ。」

「そのようですねポプランさん。人使いの荒いことで。」

「そこ!やかましい!」

「「お~、怖い怖い。」」

 

面白いものを見つけたとばかりに煽る二人を睨み付ける。まったく、なんて連中だ。

 

「私は少し休む。航海長、少し任せた。」

「了解しました!」

 

これ以上変な追撃を受ける前に自分の部屋に戻る事にした。

 

 

 

 

 

 

―――惑星フラベク沖―――

 

ボイドゲートを抜けゼアマ宙域に浮く惑星フラベク沖を慣性航行していた。

 

「さて、どうするかな・・・。」

「宇宙港に入港するのではないんですか?」

「いや、あれだけ派手にやったんだ。宇宙港の警戒レベルも上がっているとみて間違い無いだろう。下手に臨検でもされたらすぐバレる。」

 

宇宙港への入港自体は空間通商管理局の管轄なので問題無く行える。しかし、宇宙港のロビーやハンガーにはその国の当局が治安維持の為に入る事ができ、この場合はヤッハバッハ軍がそれにあたる。ヤッハバッハの住民への管理は厳しくこれを誤魔化すのはかなり難しい。

 

私も民族管理カードを発行されているが、行方をくらました0Gドッグのカードなんて一発でアウトだ。エドワードや航海長も同じだし、ポプランやコーネフに至ってはカード自体持っていない。

 

「で、どうするんですか艦長さん。」

「このまま慣性航行で宇宙港の死角へ入り、惑星に降下する。」

 

作戦としては宇宙港の死角から大気圏に降下し離脱する方法である。フラベクには宇宙港は一つしかないので惑星の反対側はどうしても監視できない。

問題は―――。

 

「大気圏降下ですか!?俺、やった事無いですよ!」

「今時大気圏降下なんてやったことある奴いるか?」

「宇宙港があるこの時代に?探検家でもない限りやりませんよ。」

「艦長はやった事あるんですか?」

「ヘルプGのシミュレーターで1回だけだ。」

 

誰も大気圏突入をやった事が無いという事だ。

 

 

 

 

 

「シールド展開よし、冷却システム大気圏突入モードに切り替え完了。」

「突入コースに乗せた。速度、侵入角よろし。」

「大気圏突入まであと3分。周囲に不審な影無し。」

 

アンリカ号のブリッジでは大気圏突入に備えていた。システムのチェックをエドワードに、航海長が操船を、私が周辺の警戒をしている。無論操船は船のコンピューターでサポートされているので経験の浅い彼でもコース設定は出来る。ちなみに残りの二人は後ろの座席でシートベルトをして座っている。

 

「艦長、無事に地面に降りられるんですか?」

 

唐突に航海長が聞いてきた。

 

「さぁな。システム上降りられるって言ってるんだからそうなんだろう。」

「もし失敗したらどうするんです?」

「流れ星になるだけさ。突入まであと2分。」

 

なんともないように答えながらカウントダウンを続ける。

 

「あと1分。」

 

軌道エレベーターが造られ、宇宙港が造られた現代において大気圏突入を行う事はほとんどない。その惑星の状況にもよるが、大気圏突入は船体やシステムに負荷をかけるし、今度は離脱の必要もある。輸送にいちいちそんな手間を掛けたくない為、テラフォーミング初期の惑星か、未知の惑星の探索以外にはほとんど使われることは無い。

 

「あと30秒。」

 

その為大半の0Gドッグは大気圏突入を経験せずに人生を終える事が多い。大気圏というのも案外厄介なもので、突入角が浅すぎれば大気に阻まれて宇宙に飛ばされ、逆に深すぎればスピードが付きすぎて減速しきれず激突する。さらに、断熱圧縮によって機体は高温に熱されもしシールドや冷却システムに異常があればたちまち船体が燃え尽きてしまう。

 

「あと10秒。」

 

少しずつ船体が揺れ始めた。慣れない振動が体を襲い額に汗が浮かぶ。ブリッジに居る全員が不安げな表情を浮かべていた。

 

「3,2,1――――突入!!」

 

ついに貨物船アンリカ号は大気圏内へ突入する。

 

「これは中々―――ッツ」

「スリルあるなーーー」

 

船体がガタガタと揺れる。一応重力制御はきいているはずなのだが船体の振動は収まらない。パネルを見ると船体外壁が燃えているように見える。断熱圧縮で表面が高温になっているためだ。

 

「これ本当に大丈夫なのか!?」

「シールド、冷却システムオンライン!正常値です!!」

 

ポプランが不安そうな声を上げるが、エドワードは冷静にシステムをチェックし続けている。

 

そのまま数分間振動と高温に晒されたのち、ついに突入に成功した。

 

「大気圏突入成功。」

「各システム異常なし。」

「了解。減速、航行モードを大気圏モードに切り替え。」

「大気圏内モードに切り替えます。」

 

どうやら無事に大気圏に突入できたらしい。船体も乗員も無事だ。

 

「よし、着陸地点を探そう。」



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第15航路 光と影

ーーー惑星フラベク地上―――

 

大気圏突入に成功した私達は、ある小さな街の近くの森に船を隠した。この近辺で最も大きな街だが、その規模はたいして大きくない。それもそのはずで、生産と交通の要所である軌道エレベーターから離れれば離れるほどに人や物の流通は少なくなる為である。

 

私達は航海長に船を任せ、街を目指し出発した。道なき道を歩くことしばらく、ようやく目当ての街にたどり着いた。

 

「なんともまぁ・・・。」

「うーんこれは・・・。」

 

ポプランとコーネフの二人がそんな感想を漏らす。原始的な家屋が並ぶここは時代を間違えたのでは無いかというくらいの見た目だ。街の規模は大きいが、手入れがされていない家屋があるのかいくつかが朽ち果てていた。

 

「何というか・・・こーりょーとした風景ですね。」

「本当にここで食料が調達できるのか?」

「知らん。」

「し、知らんって艦長。」

「ヤッハバッハの索敵を交わして惑星に降りるので手一杯だったからな。調達先の事なんて考えていない。」

「おいおい・・・。」

 

私の答えに脱力するポプラン。確かに調達先を知ってはいるが、そこから調達出来るとは誰も言ってない。

 

「これだけの街なんだ。食料品を扱っている所だってあるはずだろう。」

「食料を取り扱うどころか、人がいるのすら怪しいんですが・・・。」

「さすがに誰もいないと言う訳は無いだろう。」

「でも人数分の食糧が用意できますかね?」

「なければビタミン剤でも調達するさ。」

 

そう言われて、錠剤とサプリメントの食事を想像した3人は顔をしかめる。そうならない為にも、食料を見つけないとな。

 

 

 

 

 

―――フラベクの田舎町―――

 

寂れた街の中を歩く。その間誰一人街の人間とはすれ違わなかった。しばらく街の中を歩くと、一軒の酒場が目についた。明かりがついているからおそらく人がいるのだろう。

 

「なんじゃあんたら見ない顔だね。どっからきなすった。」

 

小さな酒場には老人が一人エプロン姿で立っていた。どうやら彼がこの店のマスターらしい。

 

「宇宙さ。貨物船に乗ってここら辺を飛び回っているよ。」

「あ~ぁ!もしかしてあんたら0Gドッグって奴か!0Gドッグなんて見るのは何年振りじゃろなぁ。」

 

ヨロヨロと歩きながらグラスを並べ液体を注ぎ差し出してきた。

 

「0Gドッグちゅうたら酒が大好きじゃろ。」

 

そう言われて差し出されたのはいいのだが、いかんせんその中身が問題だった。液体が入っていた瓶の形状からおそらく飲み物だろうが、何なのか分からない。他の3人はグラスと私を交互に見ている。

 

こいつら私に毒見させようとしているな・・・。

 

ただ、差し出された酒を飲まないのも非礼に当たる。これから情報を得ようとしているのにわざわざ軋轢を生むような行動は慎むべきだと割り切って中の液体に口をつけた。

 

「・・・。」

「・・・どうですか?」

「・・・うまい。」

 

まず鼻の奥をほんのりとアルコールの匂いが刺激する。舌に広がる甘さはミルクの味だが、その後に舌の上に残る苦みが走り、喉を軽く焦がして胃を温める。まさにこれは・・・。

 

「酒・・・だな。」

「へっへっへ、甘いぞお嬢ちゃん。これはただの酒じゃあない。新鮮なホルスタの乳にここで作られた宇宙一のウィスキーを混ぜて作り出したものじゃ。この星はおろかリベリアにだってこんなに旨い酒は無いじゃろうて!」

「お嬢ちゃんだって。」

「ぷっくっくくくっ。」

 

自信満々に酒の説明をするマスターの横で私のお嬢ちゃん呼ばわりを笑うパイロット2人。こいつ等後で覚えておけ・・・。

 

「更にじゃ、この土地名産の果物盛り合わせケーキじゃ。この酒にはこいつが一番合うぞい!!」

 

そう言ってマスターは冷蔵庫から小さなワンホールのケーキを出すと、それを綺麗に切り分けて差し出してくる。

 

3段のケーキはスポンジの間にそれぞれ別の果物がクリームと共に挟まれ、一番上にはスポンジ生地の上に薄く塗られたクリーム。そしてその上には半分に切られみずみずしい果肉を見せる果物がケーキを覆うほど大量にかつ綺麗に並べられており、その上に何やら茶色い粉末がまぶしてある。

 

「さぁ食べてみんしゃい。」

 

差し出されたフォークを受け取ると、私はケーキの一角を口の中へと頬張る。

 

「――ッ!!」

 

一口食べるとまずクリームの甘さとスポンジの柔らかい感触が口の中を覆う。湿り気がちょっと多めのクリームに乾燥したスポンジ生地が丁度良い。さらにケーキを噛むと、今度は果物の甘酸っぱい果汁が口の中に広がる。クリームとスポンジで甘くなった口の中を、まさに今欲していた酸味という名の刺激が走る。酸っぱくなった舌を再びクリームの甘さが包み込んでいく。まさに無限ループ。そして―――。

 

「――上にかけられていた茶色い粉は・・・チョコレート・・・ですな?」

「大正解いぃ!!」

 

クリームの甘ったるさと果実の甘酸っぱさ、そしてチョコレートのほろ苦い甘さが融合したケーキは、最近質素なものしか食べていなかった私を夢中にした。

 

更にケーキの甘さを酒の辛さが洗い流してくれる。まさにこのケーキと一緒に飲むための酒だ。

後の3人も一口食べた後目の色を変えてバクバク食べる。あっという間に皿の上のケーキは空になった。

 

「こんなに美味しいもの久しぶりに食べたぜ。」

「そう言ってくれっとワシとしても嬉しっぺよ。」

 

にかっと笑うマスターに、好感を覚えずにはいられなかった。

 

「所でマスター。ここら辺に野菜を売っている店は無いか?大量に」

「野菜?近くに農場ならあっけど、なしてこないだとこで買うんだ?軌道エレベーターの方に行けばいっぱいあっぞ。」

「あー、それはその・・・。」

 

至極当然の問いに返事に詰まる。まさか正直にヤッハバッハから逃げているんですと答える訳にもいかない。

 

「いやー、それがこの星の新鮮な野菜を買ってきてくれなんて言われたんだが、依頼主が都市部の野菜じゃ駄目だとか言うものでさ。」

「こうしてここまで来たってことさ。」

「はぁ~それはご苦労だなぁ。」

 

パイロット2人組の咄嗟のアドリブをどうやら信じてくれたようだ。宇宙に住む0Gドッグ達はミッションを受けて金銭を得る事がある。そういった話は地上でもよく知られているので、マスターも簡単に信じたのだろう。

 

「で、ここら辺で野菜が手に入るところは無いのか?」

「あるべぇ。少し北に行くとおっきな農場があるからよ。そこならたぶんお目当てのものがあると思うでよ。んだどももうすぐ日が暮れっから、農場に行くなら明日にした方がええべな。」

「ありがとうマスター。」

「んで、お代だがよ。」

 

唐突に金の話にされた。一応金は持ってきているが・・・。

 

「あぁ、いくらだ?」

「んにゃ金は要らん。その代わり―――。」

「その代わり?」

「わしをあんた等の船に乗せてくれんか?」

「はえ?」

 

てっきり高額な金銭を要求されるのかと思ったら、クルーにしてくれときた。

 

「なんだってまた急に。」

「わしゃ子供の頃から宇宙に出たいと思っておってな。ただ、いろいろ事情があってな。ついぞこの年まで地上で暮らしとったんじゃ。老い先短い身なればこそ、今が最後のチャンスじゃと思ってこうして頼んどるわけじゃよ。」

「マスター・・・本気か?俺達が言える事じゃ無いがこのご時世に0Gドッグなんてホイホイ出来るもんじゃないぜ?」

「そんな事百も承知じゃよ。」

「ヤッハバッハに追いかけ回されるかも知れませんよ。」

 

かもしれないじゃなくて、現に追いかけ回されるんだがな。

 

「ふんっ、わしゃあいつらが嫌いでな。媚び売って生きる気はさらさら無いわい。」

「・・・そこまで言うなら、乗せてもいい。」

「本当か?」

「あぁ、ただし途中で辞めます何て言っても降りられないからな。辞めるなら今のうちだぞ。」

「こんなチャンスを逃して溜まるかい!意地でも着いていくぞい。」

「逞しい爺さんだこと・・・。」

 

ポプランの言う通り、ヤッハバッハの統制下で0Gドッグになろうなんてよっぽどの覚悟があるものか、さもなくば物事を深く考えていない阿呆かのどちらかだ。

 

おそらくマスターは前者の方だろう。腰も曲がって皺だらけの手と顔で、はたから見れば0Gドッグが務まるのか疑問に思うが、その目だけは希望と憧れに輝いていた。

 

「ワシの名前はカーフィーじゃ。」

「私はシーガレット。艦長をやってる。」

「俺はポプラン。こっちがコーネフ。」

「僕はエドワードです。」

「では以後よろしく頼む、艦長。」

 

ちゃらちゃちゃー♪

何故か頭の中でファンファーレが鳴った気がしたが気のせいだろう。

 

「では、これを祝して飲むかの。」

 

そういうとマスターことカーフィーは、後ろの棚の酒を片っ端から持ってくる。大して大きくは無いが、それでも大量の酒がカウンターの上に広げられる。

 

「じ、爺さんこんなに飲むのか!?」

「なーに、宇宙に出るとなればこの店も畳まなければじゃで。閉店ついでに片っ端から飲めばいいんじゃよ。」

 

そう言ってグラスに適当な酒を注いでいく。私達は一度顔を見合うが、注がれていた酒を受けないのは失礼だろうという事で、カーフィーの好意に甘え酒を頂くことにした。

 

数本のボトルといくつかの料理が空になる頃には互いに打ち解け合っていた。

 

カーフィーは、惑星フラベクの首都にある酒場の息子として生まれ少年時代は0Gドッグになって宇宙を飛び回りたいと思っていたそうだ。結局家業を継ぐ事となり、細々と酒場を切り盛りしていたある日、この田舎に新都市を建築する計画が持ち上がったらしい。開拓団が送り込まれ未開の地が切り開かれた時、馴染みの客から開拓地で店を出さないかと誘われたそうだ。

 

開拓地はまだまだ発展途上だったが既に街の原型というものは出来上がっていたらしい。それでもほとんど店が出ていなかったし、計画では首都並みの大都市を作る予定でこれからも移民が送り込まれる予定であった。ライバルがいない事やこれからの需要を考え、彼はここに店を出すことに決めた。最近売り上げが落ち込んできているのも彼に決断させた。だが、ヤッハバッハの襲来によって計画が中断してしまった。その後ヤッハバッハの統治が始まった中で、この開発計画を推し進めていた高官が過去の汚職で逮捕されてしまい、開拓計画は完全に中止してしまったのだ。

 

「当時はすでに大量の移民がここにいて、まさにこれから発展していこうという所だったんじゃ。じゃが、ヤッハバッハの所為で中止になっての。こうして寂れた作りかけの街だけが放置されたと言う訳じゃ。」

「だからこんなに寂れているのか。」

 

取り残された開拓地の人々の殆どが元の地へ帰っていったが、すでに農場を始めたりした人などの一部がまだ残っているらしい。

 

こうして過去旧体制下で行われた不正を暴き旧体制への不信感と憎悪を植え付けると共に、侵略者である自分達の印象を良くし自分達の立場を強化する。ヤッハバッハに限らず被征服地への統治方法としての常套手段である。

 

リベリアではヤッハバッハの統治を歓迎する雰囲気もあるらしい。実際旧体制による不正事件は連日ニュースを騒がし経済格差は広がる一方だった。そんな中で“しわ寄せ”を受けていた人々からすればヤッハバッハは救世主に見えているのだろう。

 

だが、その隣ではカーフィーのように別の人間が新体制によって“しわ寄せ”を受けているのも事実である。既得権益を得ていた人間もそうだが、旧体制によって進められていた事業に参加していた人々も旧体制を否定しヤッハバッハの統治を固める為に切り捨てられてしまったのだ。

 

「ヤッハバッハだかなんだか知らんがぁ、ワシからすればワシらの人生を狂わせた侵略者じゃて・・・。」

 

海賊が減り治安が良くなった正と、切り捨てられ捨て置かれた負の面がある。全体的に見れば旧体制よりも明らかに良い統治だろうが、それだけでは無いという事がよくわかる例となった。

 

「(光には闇がある・・・という事だろうか。)」

 

全てを救うことは難しいが、だからと言って一部を切り捨てる事をよしとするべきなのか。その答えを私は持っていなかった。

 

 

 

 

 

 

―――旧開拓地―――

 

私達は酒場で一晩を明かした後、カーフィーの地上車に乗って北にあるという農場へと向かっていった。ただその道は草を刈って均しただけの道で長年放置されていた事もあってガタガタだ。

 

「いてっ!?」

 

こんな感じで、車が跳ねて頭をぶつけるのが何人かいる。

 

「爺さん、農場にはいつ頃つくんだ?」

「もう着いとる。」

「え?」

「ここら辺一帯が農場じゃ。土地だけはあるんでな。」

 

そのまま農場内を走る事しばらく。ようやく建物が見えてきた。

 

「ついたぞい。」

「でかい建物だな・・・。」

「収穫車両の整備基地や収穫した食料の加工工場なんかも兼ねておるからの。」

 

小さな宇宙船1隻くらいの大きさがあるが、確かに整備基地や加工工場も兼ねるなら妥当な大きさだろう。都市部と違い開拓地では現地生産された食料を現地で消費できるように生産、収穫、加工までのステップを一カ所で出来るようにされているのだろう。

 

建物の前に来たカーフィーは、インターホンを押す。

 

『だれだ。』

「わしじゃ、カーフィーじゃ。」

『おぉ、マスターじゃないか。今行く。』

 

しばらくすると恰幅の広い男が一人玄関から出てきた。

 

「マスターが来るなんて珍しいじゃないか。いったいどうしたんだ?」

「こちらの方は0Gドッグのシーガレット艦長じゃ。なんでもお前さんとこの食料を買いたいらしいぞい。」

「0Gドッグが?なんでまた―――。」

「依頼主の趣味でね。」

「はぁ?」

 

玄関先で話すのもなんというのでとりあえず中に招かれる。広めな部屋だが家具や調度品の数は少なく質素な印象をしている。

 

「―――なるほど、ミッションでね。中々面倒な仕事を受けたもので。」

「このご時世仕事を選んではいられませんから。」

 

こちらの説明に農場主は納得したようだ。

 

「分かりました。ちょうど出荷待ちのものがありますのでそちらを見ていってください。値段は―――。」

「出来るだけ多めに出そう。」

 

ここは足元を見られてでも交渉が出来る限りスムーズに進むようにする。あまり時間を取られて疑われたくないからだ。

 

「分かりました。ご案内しましょう。」

 

牧場主に案内され部屋を出る。そのまま建物の中を通ると巨大な空間にでた。

 

「ここは?」

「ここは収穫機材の整備庫です。オートメーション化されたおかげで無人で稼働できるんですよ。」

「という事は、あれが収穫機?」

「はい。」

 

まるで戦車のような巨大な機械がそこに鎮座している。正面には作物を刈りこむような機械が見え、背面にはオッゴが一機はいるほどの巨大な収納容器が3つもついている。

 

「でかいな・・・。」

「これでもうちの畑をすべて収穫するのに2週間はかかります。」

 

あの広大な畑を収穫するのに2週間で済むと考えるべきなのか、はたまた2週間かかると考えるべきか・・・。

 

「こちらです。」

 

案内されて次の建物へ進む。そこは巨大な工場だった。大量の機械がベルトコンベアから流れてくる食料を加工している。食料は缶詰や真空パックなどに加工されていた。

 

「ここで各種野菜を加工しております。冷凍、ペースト、フリーズドライ、勿論無加工での出品も出来ますが、保存期間の影響から無加工出品はほぼありませんね。」

「冷蔵で運ぶのは駄目なのか?」

「都市部に近い農場から出荷されるなら良いんですが、ここから冷蔵で都市部まで輸送するとそれ相応のコストになるんですよ。それで売った所で二束三文で買い叩かれてお終いですからね。なら加工して輸送コストを減らした方がマシです。」

「なるほど。」

「近くに消費者が居てくれればよかったんですがねぇ。」

「あー・・・。」

 

殆どゴーストタウンと化した開拓地を見て納得する。これでは作っても消費する事は出来ず、損をするだけだろう。

距離が遠ければ遠い程輸送コストは上がる。同じ価格ならなるべく輸送距離の短い物の方が利益が出るからだ。逆に支払い側は、遠くに輸送してもらうにはより多くの金を出さなければならない。そうでないと輸送側が利益が出ず結局商品を売る事が出来ず、赤字になってしまう。

 

「まぁ土地だけはあるので、安い品でも大量に売れば黒字にはなります。最近はヤッハバッハさんがよく買ってくれますね。」

「ヤッハバッハが?」

「えぇ、私の商品は安くて量も多いからといってよくまとめ買いしてくれますよ。やっぱり軍人さんっていうのはよく食べるんですかね?」

「どうだろうな、ただヤッハバッハ人は体が大きいからな。それなりに食べるんじゃないか?」

 

平均身長2m越えのヤッハバッハ人を知っている私達は肯く。本当に大きいんだ、ヤッハバッハ人は。

 

「・・・所で、どれくらいの量をお望みでしょうか?」

「そうだな・・・大まかに加工された物が1000トンという所か・・・。後は生野菜を50トンくらい。」

「分かりました。加工食品の種類はどういたしましょう?」

「缶詰とフリーズドライを半々で。」

「缶詰とフリーズドライを500トンずつですね。それでしたら1時間ほどで用意できると思います。」

 

1000トン近い食料を僅か1時間で用意できるのかと疑問に思ったが、どうやら倉庫に保管していた物があるそうだ。倉庫から引っ張り出すだけなので1時間で終わるらしい。

 

「それで価格の方なのですが、全部で5000Gになります。」

 

下手をすれば宇宙船が買えるくらいの値段だが、何分母数が母数なのでそれくらいの値段にはなる。資金もまだ余裕があったので、その金額で合意した。

 

1時間後、これまた巨大な倉庫の前に着陸したアンリカ号に、運搬機で荷物を搬入する。積み込み作業が進む横で、私は農場主に買値の5000Gを渡していた。

 

「確かに受取りました。それでマスター。本当に行っちゃうのか?」

「あぁ、昔からの夢じゃったからな。いい加減自分のやりたい事をやりたいんじゃよ。」

「やりたい事がよりにもよって0Gドッグなんて、くれぐれも無茶しないでくれよ。アンタの料理の腕は一級品なんだからな。」

「わーっとるわーっとる。ワシとて宇宙の隅から隅まで見ぬ間に死ぬつもりはないわい。」

「全く・・・。船長さん、くれぐれもこの人をお願いします。この廃れた土地で色々お世話になった人なので。」

「大丈夫です、任せてください。」

 

カーフィーの心配をする農場主に、私は嘘をついて安心させる。ヤッハバッハから追われる身である私達は、明日死んでもおかしくない状況にいる。

 

だが、わざわざそんな事を伝える必要は無い。大事なのは本人の選択なのだから。

 

「艦長、積み込み終わりました。」

「分かった。それでは我々はこれで。」

「えぇ、確かこういう時は『貴船の航海の無事を祈る。』でしったっけ?」

「あぁ、それで合っているよ。」

 

『貴船の航海の無事を祈る』よく使われる慣用句で、出港前の船に対して言われる言葉だ。

 

「じゃあなマスター。もしまたここに来たら、何か美味いもん作ってくれ。」

「おう、お主も元気でな。」

 

別れの言葉を伝えたカーフィーは、タラップを登り船に乗り込む。アンリカ号のエンジンが唸りを上げ船体が浮き上がったかと思えば、そのまま上昇しながら加速しあっという間に地上から離れていった。



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第16航路 突破

ーーーフラベク衛星軌道ーーー

 

「ーーーう、う~ん・・・ここは?」

「お、ようやく起きたか。」

「結構無茶な大気圏離脱だったからな。気絶するのも無理は無いさ。」

 

現在我々はフラベクの衛星軌道上を航行している。大気圏離脱時にそれなりに無理をしたので、重力井戸で打ち消しきれないGが掛かり、カーフィーが失神してしまったのだ。高齢と言う事もあって心配していたが、医療ポッドで検査した所異常は無いらしい。念の為に後でドクターに再度検査してもらうつもりだ。

 

「という事は・・・ここは宇宙か?」

「あぁ、見てみるといい。」

 

椅子から起き上がったカーフィーに、ブリッジの窓を指差す。

 

「おぉ・・・これがーーー宇宙ーーー。」

「あぁ、アンタが憧れていた無限に広がる星の海だ。」

「ーー綺麗じゃーーー。」

 

星の海ーー暗黒の宇宙の中に煌く星々が散りばめられただけの空間。そこには何も無い真空が広がり、一歩間違えば一瞬でその命を奪われる危険な空間。私達0Gドッグにとっての日常であり、地上に暮らす人々の非日常である。

 

そんな非日常の世界に足を踏み入れたカーフィーは、長年憧れていた空間に見惚れていた。

 

「・・・。」

「爺さん、泣いてんのか?」

「・・・この歳になってこんなに綺麗なものが見られるとは、夢にしか思っておらんのでな・・・。今更ながら感動しとるんじゃ・・・。」

 

私達にとってはただの日常的な風景でもそれに憧れる人がいる。まさに人の価値観は人それぞれという事だ。

 

「ーーー、うっぷ。」

「マスター?」

 

なんだかカーフィーの様子がおかしい。そう思って近寄ろうとした途端ーーー

 

「おうえぇぇえぇ!!」

「「「「「うわぁ!?」」」」」

 

カーフィーが吐いた。

どうやら宇宙酔いを起こしたらしい。

 

宇宙に出たばかりの人間に見られる症状の一つで、宇宙空間には上下が無いため平衡感覚を失い吐き気を催すのだ。ある程度過ごす事で体が慣れるそうだが、今までずっと地上で過ごしてきたカーフィーが初めて体験する宇宙である。慣れなんてある訳が無い。

 

体調などにも起因する為、直前に強力な負荷を受け失神したのも原因の一つだろう。

 

とりあえず、アンリカ号のブリッジは阿鼻叫喚に包まれたとだけ言っておく事にする。

 

 

 

 

 

ーーーーリベリア・総督府ーーーー

 

惑星リベリアにある巨大な建築物。かつてはこの星系の行政などを司る中心でもありかつ王族の居城でもあったこの建物も、現在はヤッハバッハの総督府として機能している。

 

「こんな所か。」

 

総督府の一室にライオス・フェムド・ヘムレオンの姿があった。机の上に重ねられた書類に目を通したライオスは、1人呟く。その書類にはそれぞれ人の写真や細かい資料が書かれていた。

 

「案外簡単に口を割りましたな。」

「反乱分子といっても所詮こんなものだ。取るに足らない。」

 

艦長の言葉にさして興味がなさそうに答えるライオス。彼はまず総督府で管理されている民間船のデータを洗い出し、そこから船の輸送ルートや物資からレジスタンスに供給されていそうなものを輸送した記録のある船を調べ、更にそこから不審な行動を取っている船を探し出したのだ。

 

そして、各所の警備隊に話をつけ目的の船が入港した所で拘束し尋問した結果、レジスタンスの拠点としている場所が判明したのだ。

 

「しかし、場所を秘匿する為のナノマシンや造船工廠などを備えていたとはぁ・・・。亡国を取り戻そうと熱心な者はどこにでもいるのですなぁ。」

 

尋問から判明したレジスタンスの規模を記した書類を見る艦長。そこにはサンテール基地や例のナノマシンの他にも、強奪されたゼー・グルフ級などシーガレット達の戦力が記されていた。

 

「王国の遺物を再利用していただけだ。元々大した規模でもなく、しかも試験隊との交戦によって半数以上を失いほぼ壊滅状態だ。特段意識する必要もない。」

 

艦長の挑発を完全に無視して返すライオス。艦長自身ヤッハバッハ本国の生まれでは無いが、時折ライオスを値踏みするかのような言動が見られた。しかし、ライオス自身特にそれを気にしてはいない。幼少の頃よりそういった行為を経験しているからである。

 

「で、どうします?ここはひとつ我々の手でその反乱分子を殲滅し、功績としますか?」

「いや、ここは報告して司令官に協力を求めるべきだろうな。」

 

強力な兵器を有したレジスタンスをブランジ級3隻で殲滅したとなれば、その功績を認められある程度上の地位へ登ることは出来るだろう。だがライオスは冷静だった。

 

こちらの戦力がブランジ級3隻に対し敵の戦力は巨大戦艦ゼー・グルフを始め巡洋艦や駆逐艦、更に武装商船も多数存在する事が判明している。

ブランジ級3隻でもこの規模の敵を撃滅する事は決して不可能では無い。しかし、鹵獲された戦艦もさる事ながら、血眼で探しても中々見つからない反乱分子が折角集結しているのだ。突撃艇による攻撃で敵を掻き乱すより、より多数の艦隊で包囲し殲滅する方がより功績としては上だろう。

 

ヤッハバッハの軍隊は知略やコネでは無く、純粋に個人の能力と武勲を鑑みて評価される。そこに一切の妥協も配慮も無く、家柄も人種も関係無い。すべて彼の者の能力に相応しい待遇が用意される。

そしてヤッハバッハの軍隊だけでなくこの現代においては、古代の人類のような一個人の戦闘能力といった面では無く、艦内の大量の部下を統率し広い視野を持ち大局的に行動できるような人物こそ評価される。

 

ゆえにライオスは大局を見て上司であるクーラントに協力を仰いだ。自身が一時的に指揮権を与えられたブランジ級突撃艇【ライカ445号】に戻ると、長距離IP通信を作動させ空母クレッツィへと通信を送る。

 

『何か進展があったようですね。』

 

現れたホログラムのクーラントは挨拶代わりに声を掛ける。ライオスは一礼するとすぐさま本題へ入った。

 

『―――――成る程、廃棄された宇宙港ですか。一応その宙域にも索敵は伸ばしたのですが。』

「どうやら恒星風の影響を利用してスキャニングを妨害していたようです。残骸の影に隠れて捜索をやり過ごしたとの事でした。」

 

捕まえた反乱分子からの情報で、シーガレット達が捜索の目を誤魔化していたタネも明かされていた。

 

『よく分かりました。それではこちらも直ちに向かいましょう。』

「その事なのですが司令。」

『何か?』

 

一度クーラントの言葉を区切ると、ライオスはあるデータを転送する。

 

「敵を確実に殲滅する為に、若輩の身ながら作戦案を計画しました。こちらを。」

 

送られた作戦案を読むクーラント。ライオスの隣にいたブランジ級突撃艇ライカ445号の艦長であるネグティ少尉もその作戦案を見る。

 

『なるほど・・・確かに興味深い作戦です。いいでしょう、総督府には私から話を通しておきましょう。』

「ありがとうございます。」

 

うやうやしく頭を下げるライオスに対しクンラートは

 

「貴方には期待していますよ。ライオス少尉。」

 

そう言って通信が切れる。ライオスは特に表情を変える事無く通信室を後にした。

 

「まったく、中々どうして―――。」

 

残されたネグティはライオスの提出した作戦案をもう一度よく読んでいた。自分よりも1周りも年下の少年ともいえるべき男が、こういった作戦を考えうるとは―――。

 

「―――面白い奴がいるものだ。」

 

 

 

 

 

 

―――ゼー・グルフ艦内―――

 

道中トラブルもあったが、アンリカ号は無事にゼー・グルフの元へ辿り着き野菜と貴重な人員を確保する事が出来た。はじめは大佐以下クルーたちはみなカーフィーに不信感を持っていたが、身の上話と彼の料理を食べてあっさりと受け入れられた。胃袋をつかむとはまさにこのことだ。今ではすっかり打ち解けていて彼の料理は数少ない娯楽となっている。

 

本人もヤッハバッハから追われる身となったのにも関わらず、ウキウキと仕事をしていた。憧れの宇宙と彼の料理を心待ちにする客で嬉しいのだろう。

 

「艦長、哨戒艦より定時通信。『異常なし』です。」

「了解。」

 

現在私はゼー・グルフの艦橋で当直に入っている。業務は主にボイドゲート宙域付近に派遣した哨戒艦との連絡と、不安定な恒星の監視である。哨戒艦は航行可能で損傷の少ない艦を一定期間のルーティーンで派遣している。今現在哨戒に当たっているのは貨物船のアンリカ号だ。

 

「艦長、艦隊の整備が完了したと担当者から連絡がありました。」

「わかった。」

 

そこへアルタイトが整備完了の報告を上げてきた。これにより中破以下の損傷だった船は最低限航行できるようになった。と言ってもそんな損傷の酷い船に人員を配置する訳にもいかないので、無人艦としてついてくるようにしておく程度だ。

 

「例の船からの連絡は何も無いか。」

「はい、一切ありません。」

「そうか・・・。」

 

例の船というのは、物資の調達に向かった貨物船の事で例の内紛以前に調達に行ったきり未だ帰ってこないのだ。調達は治安当局に見つからない様に極秘裏に行われる為、その間は連絡も取れないし期間が長期に渡ることもあるが、最悪の状況に備えておくに超したことはない。

 

「お疲れ様です、当直交代です。」

「もうそんな時間か。」

 

気づいたら交代の時間となっていた。引き継ぎをして次の当直者とアルタイトに後を任せる。

 

「ちょうど食事の時間か。」

 

今までは食事はパンや携帯食料など持ち運んでも食べられるものが多く支給されていたので格納庫や自室で取る者もいたが、カーフィーが来てからは食事の質が大きく改善されたので、今では殆どが食堂で食事を取っている。

 

数少ない娯楽である食事を楽しみにして食堂に向かうと多くの人で賑わっていた。ちょうど整備が終わったので人が多く来たのだろう。

 

「お、いらっしゃい艦長。」

「繁盛してるみたいだな。」

「まあの。ここの設備が大分いいもんじゃしみんなたくさん食べてくれるからの。料理人冥利に尽きるわい。」

 

ヤッハバッハの高い技術力は艦船や兵器の他にもこういった面でも活かされているらしい。

 

「本日のメニューは?」

「今日はロールキャベツとコーンスープにパンじゃ。パンはちょっと固いからスープにつけてもいいし、ロールキャベツのスープにつけてもいいぞい。」

「あ、艦長お疲れ様です。」

「エドワードか。」

 

そういえば、エドワードも整備班として艦隊の整備をしていたんだった。以前は情けない所を見られて顔を合わせづらく感じてしまったが、時間がたって依然と変わらなく話せるようになった。

 

食事を受け取って席に着く。料理から漂う美味しそうな匂いが食欲をかき立ててくる。

 

「いただきます。」

 

まずはコーンがたっぷり入れられたコーンスープだ。まろやかな甘みがするスープが胃に染み渡る。コーンも噛めば噛むほどスープとは違う野菜の味が広がる。

 

次にロールキャベツを食べてみる。コンソメがたっぷり染み込んで柔らかくなったキャベツに肉が包まれていて、噛むとコンソメスープと肉汁が口の中で合わさって舌の上を広がっていく。

 

最後にパンだ。カーフィーが言っていた通り少し固いパンだ。これを暖かいコーンスープにつけて食べてみる。スープが染み込んだパンは柔らかくなって食べやすくなった。コーンスープとコンソメスープの二つの味が楽しめる。

 

「やっぱりカーフィーの作る食事は美味いな。」

「この為に生きていると言っても過言ではないですね。」

「全くだ。ついでに美味い酒があれば文句は無いんだがなー。」

「おまえさんの安い給料じゃあ、たいしたもの飲めないだろう?」

 

いつの間にやらポプランとコーネフが隣に座っていた。

 

「待機中に飲むなよ。酔っ払って事故起こされたらたまったもんじゃ無いからな。」

「大丈夫ですって、飲んで操縦しても事故を起こしたことはありませんから。」

「え?」

「いえいえ何でも無いですお気になさらず。」

 

今何か不穏な事が聞こえたが、コーネフによって遮られてしまった。

 

『艦長、緊急事態です。至急ブリッジまで来てください。艦長、緊急事態です。至急ブリッジまで来てください。』

「何だ何だ?」

「緊急事態って一体・・・。」

 

いきなり艦内放送でアルタイトから呼び出される。私は残っていたスープを一気に飲み干すと艦橋を目指して走り出した。

 

「何があった?」

「哨戒艦からの連絡で、先ほどブランジ級3隻からなる艦隊がボイドゲートを通過。まっすぐこちらへ航行中との事です。」

「捜索隊か?」

「不明ですがその可能性は高いかと・・・。」

 

当直者からの報告を受けて状況を確認する。

 

「哨戒艦は?」

「航路外へ退避しました。そのまま通信封鎖を実行しているはずです。」

「よし。アルタイト、艦内に緊急事態を発令しろ。直ちに主機を停止して総員配置につくように。」

「了解しました。」

 

艦内に敵艦接近のアナウンスがなり、インフラトンインヴァイダーの稼働音が徐々に小さくなりついに停止した。艦内は非常灯と最低限の機器のみが稼働している。

 

「おっと・・・。」

 

重力井戸も停止したので艦内も無重力状態になる。食事をしていた連中は、重力から解放されて自由に宙を舞うロールキャベツやスープを必死に食べようとしているかもしれない。

 

「状況は!」

 

大佐以下のブリッジクルーが集まってくる。当直者が状況を説明している間、私は各機器の稼働状況を確認する。

 

「到達予想時間は?」

「最低でも4時間以内には到達するはずです。」

「4時間か・・・。とにかく全員配置につけ!余計な機械は片っ端から落とすんだ!!」

「もうやってる!エドワード手伝え!」

「はい!」

 

主電源が停止した事で大半の機器は動作を停止させたが、非常用のバッテリーで動く機械もあるため各部署でそれの遮断を行わなければならない。

 

「司厨部より電源完全遮断完了!」

「医療部より遮断完了との報告!」

「格納庫より遮断作業に少し手間取るとの事!」

「急がせろ!起動していなくても残留熱反応で検知されるぞ!」

 

慌ただしく艦内の電源や機械など検知される恐れのあるものは片っ端から停止させていく。絶対にヤッハバッハに見つからないように。

 

 

 

 

 

―――ブランジ級突撃艇・ライカ445号―――

 

「少尉、まもなくオーバーハーフェンに到着します。」

「予定通りだな。他の艦隊は?」

「このままだと我が艦隊が到着してから30分後に配置が完了するそうです。」

 

ブランジ級突撃艇3隻からなる艦隊は、オーバーハーフェンを目指し航行していた。旗艦であるライカ445号の艦橋には臨時で指揮艦に命じられたライオスが、艦長から報告を受けていた。

 

「では少し速度を落とそう。タイミングが重要だからな。」

「了解。」

 

艦隊は少し速度を落として航行を続け、ついにオーバーハーフェン軌道上の廃宇宙港にたどり着いた。

 

「配置は?」

「完了しています。」

 

答えを聞いたライオスはにやりと笑う。

 

「では、始めよう。」

 

 

 

 

 

―――ゼー・グルフ艦内―――

 

「来たか・・・。」

 

消灯しほぼ真っ暗な艦内で私は呟く。

 

「手を出すなよ。このままやり過ごすんだ・・・。」

 

その言葉に全員が無言で頷く。別に声を出さない事に意味は無いのだが、緊張からかそんな事も忘れて全員が音を立てないように気を遣っていた。

 

「このまま何事も無くいけばいいんだが・・・。うおっ!?」

「な、なんだ!?」

 

突然艦内に振動が走る。

 

「艦長、宇宙港のゲートにミサイル攻撃。ゲートが封鎖されました。」

「何!?」

「ブランジ級より広域放送が発されています。どうしますか?」

「・・・スクリーンに出してみろ。受信だけだぞ。」

「了解しました。」

 

アルタイトが端末を操作して広域放送をスクリーンに表示する。そこには若い金髪の男が立っていた。

 

『私はヤッハバッハ軍のライオス少尉である。この宇宙港内に隠れている反乱分子に通達する。直ちに投降せよ。すでにゲートは我々の攻撃で封鎖されている。脱出の道は無い。』

「ちっ、さすがにバレてたか。」

「やっぱり連中捕まっていたのか・・・。」

「どうする?」

 

まぁミサイル攻撃をした時点で薄々バレているだろうとは思っていたが。こうなっては―――

 

「応戦するしか無いだろう。」

「大佐・・・。」

「居場所がバレた以上グズグズしてはいられない。幸いにも敵はブランジ級3隻だけだ。ここは一気に敵を撃破して逃げるべきだろう。」

「賛成だ!とっとと叩き潰して逃げようぜ!」

 

大佐のいう通り、見つかった以上ここは一気に片付けて行方をくらませるしかなさそうだ。ディエゴも賛成した事だし、敵に増援を呼ばれてしまえばどんどん状況が悪くなっていく。

 

「そうだな。アルタイト!機関始動!戦闘態勢に移行する!」

「総員戦闘配置!ヤッハバッハにバレたぞ!これより敵艦隊を殲滅して逃げる!!」

「すべての船のインフラトンインヴァイダーに火を入れろ!囮くらいにはなる!!」

「「「了解!!」」」

 

各所に慌ただしく指示が送られ、ゼー・グルフの主機関が重低音を鳴らし動き始める。船内各所に明かりがつき始め、各所の機器がどんどん起動していく。それと同時に、格納庫でも無人艦となった艦にも次々と明かりがつき始める。

 

「どうやら戦うようですな。」

「素直に降伏しておけばいいものを。作戦通りだ、問題ない。」

 

ヤッハバッハ側も宇宙港内からのエネルギー反応の増大を確認していたが、ライオスの表情には何の変化も無かった。

 

 

 

 

「しかしどうやって宇宙港から出るんですか!?」

 

緊急始動中の艦の状態を監視しながらエドワードが聞いてくる。

 

「心配無い!アルタイト、敵艦の大まかな位置は分かるか!?」

「はい、位置の補足は出来ています。」

「よーし、艦首をそこへ向けろ!」

「何するんです!?」

 

スラスターが火を噴いてゼー・グルフの巨体を動かす。艦首を敵艦の方向に向けた所でアルタイトに命令をだす。

 

「主砲と対艦クラスターレーザー発射用意!!」

「了解、主砲及び対艦クラスターレーザー発射用意。」

「ま、まさか―――。」

「連中に一発お見舞いしてやる!」

 

各ジェネレーターが作動しエネルギーが充填される。

 

「不意打ちか。ひとたまりも無いな・・・。」

「航海長!発射と同時に全速前進!壁を突き破るぞ!!」

「ひゅー!了解!」

 

この船の操船はアーミーズの一人ダスティー中佐が担当している。以前ブランジ級が捜索に来た際にたまたま艦隊を発見し通報した駆逐艦の艦長だ。

 

「エネルギー充填完了、発射可能です。」

「よし・・・全砲斉射撃てっ!!」

 

艦首と各主砲から高出力のレーザーが発射される。それらは頑丈な宇宙港の壁を焼き切り、そのままライオス達のブランジ級へと向かっていった。

 

「回避!」

 

ブランジ級3隻は突撃艇というだけあってその機動性を生かして砲撃を回避する。

 

「全速前進!突き破れ!!」

「了解!!」

 

航海長がコンソールを操作すると全長4000mの巨体が動き出し、経年劣化と砲撃によって脆くなった内壁に激突した。

 

「うわぁ!?」

 

先ほどとは比べものにならないくらいの衝撃が船体を襲う。おかげで頭を打ちそうになった。だが宇宙という過酷な環境に耐えるよう設計された壁を突破する事は出来ない。

 

「道を空けろッツ!!」

 

航海長がテレグラフを緊急出力まで動かしてメインスラスターを最大出力で稼働させる。すると徐々に傷ついた壁が崩壊していき船が前へ進み始めついに壁を突き破った。後続の無人艦も順次その後についてくる。

 

「宇宙港の壁を突破ました。」

「よし、主砲、敵艦を補足次第攻撃を―――ぐぅ!?」

 

唐突に船体が揺られる。それも一度ならず2回3回と連続して衝撃が走った。壁を抜ける時とは違って完全に不意を突かれる形となり左腕を打ち付けてしまった。

 

「な、なんだ!?」

「APFシールド出力-1825、デフレクター出力-3340、PU337付近の装甲板が破壊。」

「攻撃!?ブランジ級にこの船を揺らすだけの攻撃力は無いはずだ!!」

「攻撃はブランジ級からではありません。後方距離18000に複数の艦艇を確認。」

「なに!?」

 

何が起きたか全く分らない。後方からの攻撃?一体誰が―――。

 

「艦種照合完了。ブラビレイ級空母1、ダウグルフ級戦艦2、ダルダベル級巡洋艦3、ブランジ級多数。」

「なッ!?」

 

後方から出現した艦隊は空母1隻と戦艦2隻を含む大規模な艦隊だった。先ほどの攻撃はダウグルフ級の主砲とミサイル攻撃である。

 

「くそっ!!罠だったのか!!」

「数が違いすぎる!空母もいるぞ!」

 

脱出した瞬間の砲撃で不意を打たれて、艦橋のクルーが若干のパニック状態に陥ってしまう。なまじヤッハバッハの力を知っているだけに、2000m級の戦艦2隻と大量の艦載機を有する空母1隻の先制攻撃で士気を挫かれてしまったのだ。

 

 

 

 

「―――喧しいッツ!!」

 

私はあらん限りの声でざわめくブリッジクルーを一括する。

 

「こっちは向こうの戦艦よりも巨大な船に乗っているんだ!そうそう撃沈されはしない!!エドワード!シールドとデフレクター出力は!」

「あ、え、APFシールド、デフレクター共に出力回復しました!!」

「アルタイト!船体のダメージは!?」

「装甲が第2層まで破壊されましたが、船内に損傷はありません。」

「見たか!敵戦艦2隻の砲撃を受けてもほとんど損傷が無いぞ!連中も簡単にこの船を沈められないんだ!!」

 

この言葉で浮き足立っていたブリッジクルーがいくらか落ち着いた。不意打ちをくらいこそすれ、その損傷が軽微な事が分かり自分達が簡単に撃沈されない事を認識した事で冷静さが生まれたのだ。

 

「敵艦隊より艦載機の発進を確認しました。」

「大佐!」

 

アルタイトから敵艦載機が発進したという報告を受けた私は、大佐に意見を求める。

 

「・・・艦載機に取り付かれながらあの数の艦隊と撃ち合うのは不利だ。ここは距離を取って艦載機の殲滅をしてから艦隊と撃ち合う方がいい。」

「片方ずつ相手にするって事か。よーし、最大船速!敵艦隊から距離を取れ!対空戦闘用意!!」

「了解!対空戦闘用意!!」

 

大佐の作戦で、艦載機のみを相手にする為、距離を開けて艦載機への対処に専念する事にした。艦内では対空戦闘用意のアナウンスと警報が流れていて、対空火器管制室では、乗機を失ったパイロット達が対空兵器を操作していた。

 

「全く艦載機さえあればあいつ等全部打ち落としてやるのに!誰だ格納庫に駆逐艦を突っ込ませたのは!」

「文句言わないの。あぁしなければ俺達はあの時ダークマターになったかもしれないんだから。」

 

ポプランとコーネフも火器管制室で対空火器の制御及び対空監視を行っていた。他にもエヴィンやエーミールも管制室で対空火器の制御を行っている。

 

「来ました!敵の艦載機隊です!数およそ600機!!」

「まぁ空母もいればそんな数になるだろ。エーミール!艦橋に主砲とかの射程の長い武器で弾幕張ってもらうよう連絡してくれ。エヴィン!対空戦闘だ!弾幕を張って敵を近づけるな!」

「「了解!!」」

 

ポプランからの上申を受け、主砲による後方へ向けられる主砲で艦載機隊へ向け砲撃を始める。不意を突かれたのか第一射では何機かの撃墜に成功したが、続く第2射、第3射はことごとく回避されてしまった。

 

「敵機、対空ミサイルの射程圏内に入った!」

「対空ミサイル撃ち方始め!!」

 

合図に従い船体各所から対空ミサイルが発射される。対空ミサイルも例に埋もれずクラスターミサイルであり、発射されたのちに弾頭部が分離しいくつもの子弾が放たれる。艦載機隊はECMやチャフを放ちながらミサイルから逃れようとするも、十数機が対空ミサイルの餌食となった。

 

「第2射だ急げ!」

「敵機対空レーザーの射程に入りました!迎撃開始します!」

 

船体各所に仕込まれた対空クラスターレーザー砲が濃密なレーザーの弾幕を張る。弾幕の中に突っ込んでしまった艦載機は船体を焼き切られて次々と撃墜されていった。それでも数が多いのですべての敵機に対応する事は出来ず、弾幕を逃れた艦載機が次々と対艦ミサイルを放ってくる。

 

「対空防御と近距離迎撃は対空火器管制室に一任する!対艦火器管制室!敵空母に攻撃は出来ないのか!?ミサイルは射程外?主砲は敵の前衛が邪魔で狙えない?なら前衛の艦から攻撃するんだ!!」

「SB54区画にミサイル着弾!第1装甲板損傷!!PU38対空砲台大破!!魚雷艇1隻轟沈!!」

 

艦橋では指示や報告がまるでマシンガンのように飛び交っていた。何せ600機もの艦載機の猛攻だけあってこの巨大戦艦の対空能力を持ってしても全機を迎撃することなど不可能だ。

 

私の前のコンソールには敵機の動きと撃墜報告が上がってくるが、別のコンソールにはダメージレポートが上がってくる。船体の至る所にダメージが加えられ、既に十数基の対空砲が破壊、装甲が薄い部分に攻撃が集中して内部区画にまで損害が出た部分もある。さらに随伴の無人艦に攻撃が加えられ元々応急修理で動いていて耐久力も無い無人艦が、どんどん沈められてく。

 

ヤッハバッハの艦載機隊はひとしきり上空で暴れた後、ミサイルが尽きたのか帰投していった。が、

 

「艦長、敵艦隊が増速を開始しました。接近してきます。」

「何!?うわっ」

 

艦載機の帰投に合わせて敵艦隊が前進し砲撃を開始してきた。

 

「応戦だ!砲撃を開始しろ!」

 

休む間もなく砲撃戦に突入する。敵艦隊は距離を保ち、長距離砲撃に徹していた。

古い船とはいえ防御力は高く、有効射程ギリギリで射撃して威力がいくらか減衰している為にシールドや装甲で受け止められている。その間に手が空いた者を集めて損傷を受けた箇所の応急修理を行っていた。

 

「どうしたんだ大佐。」

「いや、連中が何を考えているか分からなくてな・・・。あれだけの戦力があればこちらは簡単に撃破できるだろうに。」

「・・・狩人の気分にでも浸っているんじゃ無いか?」

「連中がそんな道楽主義に興ずるとはおもえん。」

「この船を鹵獲したいんじゃないですか?」

 

振り向くとエドワードがコンソールを操作しながら話に参加してきた。

 

「この船元々は向こうの試験艦だったんですから、出来る事なら無事に回収したいと思うのが普通じゃ無いですか?」

「なるほど、それなら話の辻褄が合う。」

 

つまり連中はこの船を無傷で鹵獲したい訳だ。積極的には攻撃を仕掛けてこず、こちらの疲労と消耗を増大させようとしている訳だ。

 

「しかしこれが分ったからといってこちらが打てる手は無いぞ。これ以上の速度は出せず、速度を落とせば敵に肉薄される。そうなれば今度は白兵戦になるぞ。」

「おまけに航路は一本道、航路外へ出たところでどこかにいける訳でも無い。このままではボイドゲートのある宙域まで戻されるな。」

「あのー、一つよろしいですか?」

 

そう言って声をかけてきたのは航海長のダスティ中佐だ。

 

「このままボイドゲートまで行って、そこで戦闘するのはどうでしょう?」

「どういう事だ?」

「いやね、ボイドゲートにはあれがあるじゃないですか。それを使えば連中からの攻撃を無力化しながら攻撃できますよ。」

「それとは何だ?」

「なるほどその手があったか!!」

 

大きい声を上げてポンと手を叩くエドワード。二人して分ってますよというふうにニヤニヤと笑っている。

 

「だからそれは何だ?」

「ボイドフィールドですよ。」

 

ボイドフィールドとは、ボイドゲートに設けられている機能の一つでボイドゲートを守るシールドの事だ。このシールドは通常のAPFシールドと違い、レーザー等の攻撃を完全に無力化するシールドだ。このシールドはボイドゲートの周辺まで展開される為、これを使えば敵戦艦の主砲を封じる事が出来る。

 

「なるほどな。だが連中は大量のミサイルを持っているぞ。これにはどう対処する?」

「ボイドゲートの外壁を盾にしましょう。完全にではありませんが被弾率を下げる事は出来ます。連中の突撃艦が突っ込んでくる前に、こちらの対艦クラスターレーザーで迎撃してやるんですよ。」

 

 

 

 

 

 

「敵はおとなしく前進してますね。」

「この状況ならそうするしかないでしょう。やはり獣は罠にかけるに限りますね。」

 

茶を飲みながら乗艦クレッツィの艦橋で茶を飲むクンラート。彼の空母は後方で戦艦部隊の砲撃戦を眺めていた。すでに数時間に渡り追跡を続けており、艦載機隊も3回攻撃を行い現在第4次攻撃隊を準備している。

 

「それにしても艦載機の損害が予想より酷いですね。」

 

この空母の艦載機で現在までに撃墜された機体は100機を超えており、クレッツィに搭載されていた艦載機の約1/3にも達する。

 

「その分敵艦にも損傷を与えています。以後は戦艦部隊に任せてもよろしいのではないですか?」

「ふむ・・・。」

 

副官の進言にクンラートは考える。艦載機部隊の損耗も予想以上に激しくこれ以上戦力を削るのは得策では無い。

 

「次の第4次攻撃隊で最後にしましょう。可能な限り敵に損傷を与えてください。」

「了解しました。」

 

 

 

 

 

 

 

「敵艦隊より艦載機発進を確認。」

「まだ出てくるのか!?対空戦闘用意!」

 

敵の第4波に対し向けられる砲全てを向けて応戦する。この数時間にわたる執拗な攻撃でクルーは疲労が蓄積している。それでも疲労を感じないAIのアルタイトにより何とか戦闘を継続していた。

 

出撃してきた敵機も第1波と比べて大分少なくなったが、こちらの損害も同じくらい受けている。

 

「駆逐艦エルン23にミサイル着弾!沈みます!!」

「チッ、良い船だったのに。」

 

無人艦の中で最も状態の良かった駆逐艦だが、艦載機のミサイルを集中的に浴びインフラトンの火球と成り果てる。無人艦だからダメージコントロールなんか殆ど出来ないしな。

 

これで無人艦は全て撃沈され、我々に残された船はこのゼー・グルフ級戦艦1隻となった。

 

「間もなくボイドゲート!!」

「やっとか・・・。対艦クラスターレーザーにエネルギー充填、ボイドフィールドに入り次第180度回頭して後ろの敵を撃沈するぞ!」

「「了解!!」」

 

ようやくボイドゲートまで到達する事が出来た。疲労困憊のクルーの表情がいくらか明るくなる。

 

「艦長、前方にインフラトン反応を検知しました。」

「敵か!?」

「いえ、艦船にしては微弱な反応です。スクリーンに表示します。」

 

スクリーンに映し出されたのは、船の残骸――哨戒に出ていたアンリカ号の残骸だった。

 

アンリカ号の船体は完全に真っ二つとなり、あらゆる所が破壊されていた。

 

「・・・くそッ。」

 

敵艦発見の報告以来通信が途絶していたので嫌な予感自体はしていたが・・・。

 

アンリカ号には生き残りの少年航海長を始め数人が乗っていたが、こんな状況では船外活動も行え無いし、何よりあの状態では生存者はいないだろう。

 

 

 

「艦長、ボイドゲートよりゲートアウト反応を確認。」

「は?」

 

アンリカ号の奥にあるボイドゲートが青く光り、そこからいくつもの艦影がゲートから飛び出してきた。

 

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました、司令官。」

 

クンラートは目の前のホログラムに映し出された人物に敬礼する。ホログラムに映し出された初老の男性こそ、クンラートの上司にしてリベリアを含めた周辺の宙域を管理する宙域艦隊の司令官だ。

 

『おおよそ作戦通りだな。君の言うとおり中々見所のある男のようだ。』

 

ライオスが立案した反乱分子の殲滅作戦は、まずライオス以下のブランジ級3隻がリベリア・ペリル宙域へ侵入し、周辺の索敵を行いつつ宇宙港へと向かう。戦艦2隻以下複数の艦を加え強化されたクンラート艦隊は遅れて宙域へ入り、シーガレット達に関知されないよう惑星の影から宇宙港へ接近する。

 

ヤッハバッハはシーガレット達が戦艦2隻を加えたクンラート艦隊を見て逃亡されるのを避ける為に、あえてブランジ級3隻のみを先行させてこちらの戦力を過小に判断させたのだ。

 

更にライオスは発見した敵の哨戒艦をあえて見逃し、ブランジ級3隻が彼らに気づいておらず向かっているように見せかけたのだ。その後哨戒艦はクンラートの艦隊を確認したが、その存在を事前に察知していたクンラート艦隊によって撃沈されていた。

 

そうして、"ブランジ級3隻のみ”と誤認させたライオスは、宇宙港の出入り口を封鎖して敵艦隊を封じ込める作戦にでる。無論この作戦は失敗に終わったが、ライオスが提出した作戦案ではこの事は予測されていた。

 

そしてヤッハバッハは予定通り第2案に従って、クンラート艦隊が攻撃を開始した。彼らがここで応戦するならば、損害を出さないよう戦闘をしつつ増援を呼び包囲し、逆に逃走を図るのであれば敵をボイドゲート方面へ追い込み、ゲートのボイドフィールドを利用して対艦クラスターレーザーを無力化しつつ包囲するというものだ。

その為クンラート艦隊は惑星の影から回り込んで後方を遮断し敵の艦隊をボイドゲート方面へ誘導したのだ。

 

そして、シーガレット達はヤッハバッハの作戦に嵌り、完全に追い込まれてしまった。

 

『それでは始めるとするか。』

「はい。艦載機隊へ直ちに後退、戦艦部隊は射程内まで前進し砲撃を開始せよ。」

「はッ!艦載機隊に後退命令!戦艦は前進し砲撃を開始せよ!!」

 

副官が復唱し艦載機隊へ後退の合図が送られる。それと同時にクンラート艦隊からダウグルフ級戦艦2隻が前進を開始する。

 

そして、ボイドゲートから出現した艦隊―――ゼー・グルフ級戦艦を旗艦とするヤッハバッハ宙域艦隊が砲撃を開始した。

 

 

 

 

 

「ボイドゲートより敵の艦隊

「冗談だろ・・・ゼー・グルフ級まで出てくるのかよ・・・。」

「は、挟まれた・・・もう逃げられない!」

「敵艦発砲、攻撃来ます。」

「か、回避機動!」

 

ようやく反撃に移れるといった所で、まさかの敵の増援の出現に全員の顔が青ざめる。疲労と精神的ショックから、回避機動が遅れ敵艦隊の砲撃をもろに受けてしまった。

 

「くそっ・・・被害は!?」

「PU38から45区画に被弾、装甲が完全に破壊されました。SB89区画にも被弾―――」

「エネルギー供給システムの一部が破損!一部対空兵器が使用不能!BA34ーDで空気漏れ警報が―――」

 

アルタイトとエドワードが被害報告を上げてくる。戦艦部隊の砲撃をもろに受けたせいで、至る所が損傷してしまった。

 

「対艦クラスターレーザー発射用意!「艦長!?」目標敵ゼー・グルフ!!撃て!!」

 

とっさに指示を飛ばして対艦クラスターレーザーを敵の旗艦に叩き込む。発射された60本のレーザーは虚空を切り裂きまっすぐに敵のゼー・グルフに向けて飛翔する。そして敵艦の少し前方で60本のレーザーは突然虚空に弾かれ霧散してしまった。

 

「しまった、ボイドフィールドか!!」

 

突然の敵艦の出現でボイドフィールドの存在を完全に失念し無駄弾を発射してしまった。こちらが利用しようとしていた作戦を敵が利用してきたのだ。

 

「敵艦隊エネルギー反応増大、第2射が来ます。」

「回避機動!シールド出力最大!!」

「くそッ!スラスターがやられた所為で出力が!!」

 

ダスティ中佐が叫ぶ。長時間の戦闘でスラスターが損傷した為、入力したTACマニューバパターンに船体が付いていかないのだ。

 

「メインスラスターの出力低下!このままでは止まります!!」

「なんだと!?」

 

そこへ突然エドワードがメインスラスターの出力低下を報告してきた。メインスラスターの力が弱まった事により、TACマニューバによって一時的な減速を行っていた船は速度をどんどん落としていく。

 

「各部スラスターの出力も低下していきます!!」

「原因は!?」

「さっきの砲撃で配管系統の一部がやられてエネルギーが送れてないんです!!」

「何とかしろ!!」

「やってます!!」

 

エドワードは必死にコンソールを叩いて何とか解決しようとする。メインスラスターは元より各部のスラスターが使えなければ戦闘どころか動く事すらままならない。アルタイトも大量のセンサーや機器から送られてくるデータを持ち前の優れた処理能力を全力で作動させ解決策を探る。

 

その間、ダスティー中佐やディエゴは出力の低下したスラスターで航行を継続させようと奮戦していた。そしてそれは、管制官によって感知されヤッハバッハの知る所となる。

 

「クンラート指令、敵艦の速力が落ちました。エネルギー反応も低下、砲撃によって何か破壊したと思われます。」

「ふむ、好都合ですね。」

 

これをチャンスとみたヤッハバッハは、一部隊に突撃を命じる。

突撃するのはクンラート艦隊より戦艦1隻、巡洋艦1隻、突撃艇2隻の4隻と、ボイドゲート側にいた戦艦1隻、巡洋艦2隻、突撃艇3隻の6隻。合わせて10隻が突撃を開始した。

 

「突撃だ!機関全速!!」

 

その中の一隻、ダルダベル級巡洋艦の艦橋にノイマン少佐の姿があった。昨今反乱分子を取り逃がす失態をしてしまったノイマンはそれを取り返すべくこの突撃部隊に志願したのだった。

 

――忌々しい反乱者どもめ。今に見ていろ・・・。

 

ノイマンは突撃する巡洋艦の艦橋で、スクリーン越しに見える敵艦をにらんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「前後より敵艦隊の一部が前進してきます。」

「近づけるな!!攻撃しろ!!」

 

大佐の号令で主砲が突出していたブランジ級目掛けて発射されるが、機動力・練度共に高いブランジ級に難なく躱されてしまう。

 

「ミサイルで弾幕を張れ!!」

 

艦のミサイルランチャーが開かれ次々とミサイルが発射される。ヤッハバッハ製のクラスターミサイルが襲いかかるが、防空能力の高いダルダベル級を中心に次々とミサイルを迎撃してくる。

 

「自分達の兵器なら対処法も知ってて当然ってか!!」

「構わん!とにかく弾幕を張って1隻でも沈めるんだ!!」

 

今度はミサイルとレーザーが同時に着弾するように砲撃する。後方から迫っていたブランジ級の1隻が、主砲のレーザーを回避した所でミサイルに突っ込み爆発轟沈した。

 

前方でも対艦クラスターレーザーによってブランジ級1隻を撃沈し、ミサイル迎撃に集中していたダルダベル級1隻の右舷側面にレーザーが直撃させカタパルトをもぎ取った。コントロールを失ったダルダベルは、そのままくるくると回転して戦場から離れていく。

 

それでも残った7隻は反撃とばかりに攻撃しながら突撃してくる。

 

「スラスター復旧しました!!」

 

そこへエドワードのスラスター復旧の声が響く。これでようやく満足に行動できるようになった。

 

 

 

 

 

 

だが―――。

 

 

 

「遅かった。」

 

私の言葉と同時に船体が揺れる。突撃してきたブランジ級がすれ違いざまにありったけのミサイルを放ってきたのだ。

 

その次に先ほどよりかなり大きな揺れが船体を襲った。

 

「ぐぅ!?」

 

ブランジ級の後ろにいたダルダベルとダウグルフが2隻同時に強行接舷してきた。いくらこっちが全長4キロの巨大戦艦とはいえ相手も全長2キロの巨大戦艦が2隻、その大質量がぶつかったのだから衝撃も相当のものだ。

さっきの揺れでバランスを崩した私は次の衝撃に耐えられず、倒れて床に頭を打ち付けてしまう。

 

「艦長!!」

 

それを見たエドワードが駆け寄ってきた。

 

「艦長!大丈夫ですか!?」

「あぁ大丈夫だ。」

「急いで医務室に「今そんな暇は無い。」」

 

エドワードに支えられ立ち上がる。頭を押さえるとべっとりと血の感触がした。おそらく大量に出血しているんだろうが、いまそんな事に構っている暇は無い。

 

幸いにも頭の血が抜けたせいで一周回って冷静になれた。落ち着いて状況を確認する。

 

「状況はどうなってる。」

「戦艦と巡洋艦が両舷に1隻ずつ強行接舷されました。敵艦から突入用ハッチの展開を確認、白兵戦を挑むと考えられます。突入時間は最短で6分23秒後です。ブランジ級はそのまま離脱しました。」

「装甲を削るのに時間を取られているのか。」

 

突入用ハッチは艦艇の救助や白兵戦時に敵艦内部に侵入する為に、先端にプラズマ切断機を備えたチューブのようなもので、艦艇の装甲を直接溶断して内部に侵入する為のものだ。普通なら装甲を削るのにそこまで時間はかからないはずだが、装甲が厚く手間取っているようだ。

 

「どうする?白兵戦か?」

「大量のヤッハバッハ兵を相手に白兵戦を?一人で100人倒せば勝てるか?」

「白兵戦を挑んだ場合我々の勝率は0%です。」

 

大佐の投げやりな言葉に私も投げやりな返事をした。アルタイトに言われなくても、白兵戦で連中に勝てない事は分っている。降伏した所で反乱罪で処刑されるのがオチだろう。

 

「スラスターで無理矢理引きはがせるか?」

「やってみます。」

 

ダスティ中佐がコンソールを操作して船を動かすが―――。

 

「・・・駄目です。戦艦が妨害して動かせません。」

 

両舷にいる2隻のダウグルフ級戦艦がこちらの動きを妨害しようとしてくるのだ。これでは移動もできない。

 

「そうか・・・。」

 

私はコンソールを操作してあらゆる情報を表示させ何か手が無いかを考える。

 

ダウグルフ級2隻はちょうど船首を挟み込む形で接舷し、ダルダベル級はそれより後方の艦の側面へ張り付いている。

スラスターで引きずり回した所で引き剥がす事は出来ないし、大質量の戦艦2隻に艦首を挟まれているせいで操縦性能が著しく低下している為振りほどけない。

主砲を撃とうにも近すぎて撃つ事が出来ない。それは向こうも同じだが。

 

何か―――何かないか―――。

 

 

 

「ん?」

 

そしてある画面が私の目についた。それは艦内の各機器の配置場所を表した図だ。

 

「・・・エドワード、確か対艦クラスターレーザーには複数のジェネレータと専用のインフラトン・インヴァイダーが付いていたよな。」

「え?あ、はい付いてますが。」

「アルタイト、”それ”をオーバーロードさせて爆発させるのにどれくらい掛かる?」

 

回りにいた全員が驚いて振り向く。

 

「5分25秒です。――――――――また全基オーバーロードさせる必要は無く”最低限のジェネレータ”のみあれば3分04秒で済みます。敵が突入するより21秒早くオーバーロードさせられます。」

 

どうやらアルタイトは私の意思を読み取ったようだ。

 

「やってくれ。」

「了解、対艦クラスターレーザー、ジェネレータへエネルギー供給開始。」

「か、艦長!?」「自爆する気か!?」

「そうだよ。」

 

その質問に私はあっけらかんと答える。

 

ジェネレータに必要以上のエネルギーを送れば、コップから水が零れるようにエネルギーも漏れ出し始め、更に無理矢理エネルギーを送れば過剰な負荷が掛かってジェネレータそのものが大爆発を起こす。

 

そして、今エネルギーを供給しているジェネレータは、ちょうど船を挟んで固定している2隻のダウグルフの間にある。

 

「これで戦艦を引き剥がす。これ以外に手は無い。」

「下手すれば艦が沈みますよ!?」

「むちゃくちゃだ・・・。」

「これ以外に手は無い。白兵戦に持ち込まれた時点でこちらの負けが決定する以上絶対に白兵戦をしてはならないんだ。艦内放送!艦前方にいる人員は直ちに後方へ!!メインスラスターいつでも動かせるように準備しろ!!火器管制もだ!!急げ!!」

 

私の声に全員が弾かれたように動く。その中でエドワードは席に戻らず私を支えていた。

 

「仮に戦艦2隻を剥がせてもまだ巡洋艦がいます。おまけに何処にも逃げ道は無い。どうするつもりです?」

「さぁね、私も今思いついただけで後の事なんて何も考えていないよ。だからって諦めるにはまだ早いだろう?もう大丈夫だ、席に戻ってくれ。」

「・・・分りました。」

 

エドワードが席に戻る。本当に後の事なんて何も考えていない。ただ頭に思いついたジェネレータを自爆させて戦艦2隻を引き剥がすという事を実行しているだけだ。だが、私も回りのブリッジクルーもそれ以外の手は思い浮かべられない。

 

出血は多いが見た目ほど重傷では無いのだろう。手すりにつかまりながら自分の足でしっかりと立ち、ジェネレータの状態を見る。ジェネレータ爆発まで後1分を切ったとき。

 

「左舷のダルダベルが装甲を突破!!艦内に突入してきます!!」

「ちっ、予想よりも早いな。隔壁閉鎖だ!急げ!!」

 

敵がアルタイトの予想より早く突入してきた。ディスプレイには突入用ハッチから次々と武装したヤッハバッハ兵が突入してくる様子が映し出されている。私は、隔壁閉鎖を指示し1秒でも敵兵が進むのを遅らせようとする。

 

「ジェネレーター爆発まであと30秒。」

「右舷のダウグルフも装甲を突破!敵が突入してきます!!」

「PU310の隔壁破壊されました!敵がまっすぐ艦橋を目指してきます!!」

 

オペレーターが叫び声で敵の突入を報告してくる。

 

「爆発まであと10秒。」

「後は神様にでも祈るんだな。」

「3,2,1―――爆発します。」

 

次の瞬間青白い閃光と衝撃が走る。船体の前方、ちょうどヤッハバッハの船が挟んでいた位置当たりで大爆発が起き、艦内のモジュールから外壁から装甲板などを片っ端から吹き飛ばした。

 

「うわあぁ!?」

「ぐぅっ!?」

 

その衝撃は強力で、備えて踏ん張っていたにも関わらず体を大きく揺すられ倒れる。

 

一方のヤッハバッハ側は突然のジェネレータの大爆発によって混乱に陥っていた。特に至近にいたダウグルフの被害は甚大で爆発やそれによって吹き飛ばされた破片によって突入用ハッチの殆どが破壊され、艦内に突入したヤッハバッハ兵は全滅。

破片と爆風によってレーダーやスラスターなど外面にあった機器がボロボロに破壊された。

 

無論こちらも無傷では無く、爆発したジェネレータの部分は外壁やモジュールが文字通り吹き飛び大きくえぐれてしまった。

 

「今だ!全速前進!!振り切れ!!」

 

そんな事お構いなしにメインスラスターが一気に火を噴いて動き始める。爆発の影響で固定装置が破壊されていたダウグルフが離れていき更に、右舷側にいたダルダベルの船体がダウグルフに衝突する。衝突の勢いで固定装置が外れたダルダベルは、削ぎ落とされるように離れていった。

 

「敵戦艦及び右舷側の巡洋艦が離れました。ですがまだ左舷側の巡洋艦が一隻残っています。」

「上出来だ!!」

 

ゼー・グルフが動き始めたとき、左舷側のダルダベルのクルーは大混乱に陥っていた。

 

「今の揺れは何だ!?一体何が起こっている!!」

 

そこには突入部隊のノイマン少佐の姿があった。彼自ら突入部隊の指揮を執るために乗り込んでいたのだ。そこに船に残った部下から通信が入る。

 

『ノイマン少佐!!船が移動を始めました!!』

「なんだと!?戦艦部隊はどうした!?連中が船の動きを抑える筈だろう!!」

 

本来であればダウグルフ級戦艦2隻が動きを抑える筈だが、爆発によってダウグルフは引き離され抑え付けるものが無くなったゼー・グルフは移動を開始した。

 

『艦首部で爆発が起きて戦艦の固定装置が外れた模様!現在接舷出来ているのは本船のみです!!」

「くそっ・・・ブリッジを制圧するんだ!急げ!!」

 

ノイマン少佐達は艦橋を制圧すべく艦内を走っていた。

 

「航海長、針路を敵旗艦に向けろ!」

「何するんです!?」

「横の巡洋艦を敵旗艦に叩き付けるんだ!!」

 

砲撃しながら敵のゼー・グルフへ向けて最大出力で加速する。側面にいる巡洋艦は慌ててスラスターを動かしているが、戦艦2隻で止められたものを巡洋艦1隻で止めることなどできない。

 

「敵艦隊発砲してきます。」

 

待機していたヤッハバッハ艦隊が砲撃を開始する。まだ味方がいるにも関わらず砲撃をする辺り混乱しているのだろう。

 

「構うな。そのまま全速全速。エネルギーはスラスターとシールドに回せ。」

「了解!そのまま全速前進!!」

「エネルギーをシールドとスラスターに回します!」

 

敵のレーザーはシールドで弾き、ミサイルは弾幕を張って迎撃またはデフレクターや装甲で受け止めながら突撃し旗艦へ一気に近づく。

 

「今だ!叩き付けろ!!」

 

右舷スラスターを一斉に噴射し敵艦に左舷を叩き付けた。あまりに巨大な質量の衝突が勢いよく衝突したことによってデフレクターが負荷に耐えきれず緊急停止し装甲が割れる。

 

そして左舷側に接舷していたダルダベル級は巨大な戦艦2隻に挟まれ、その圧力に船体が耐えきれずに押しつぶされた。

 

それによりダルダベルの左舷側のミサイルコンテナに収められた大量のミサイルが爆発する。そしてその爆発は艦内を走り主機関であるインフラトンインヴァイダーに誘爆、ダルダベルは文字通り爆沈した。

 

ダルダベルの中にいたクルーが行動を起こす暇が無いほどあっという間の出来事だった。

 

「うわああああっつ!?」

 

巨大な質量を叩き付けた事によって損傷した装甲は、至近距離での巡洋艦の爆発を防ぐ事は出来ず2隻の戦艦の内部に被害が出る。

 

シーガレット達の乗るゼー・グルフの艦内では、破片とインフラトン粒子が荒れ狂い近くにいたノイマン少佐以下白兵部隊を飲み込んでいった。

彼らが身に付けている装甲服程度では、高速で艦内を跳ね回る破片と高エネルギーの塊と化したインフラトン粒子から身を守る事は出来なかった。

 

更に宙域艦隊旗艦でも同様に艦内を破片と高エネルギー粒子が荒れ狂い、クルーに多数の死者が出ていた。更にミサイルコンテナが至近にあった為、被害はより大きくなった。

 

「左舷の巡洋艦爆沈しました。」

「全速前進!最大船速!!」

「前はボイドゲートですよ!!」

「構わん!止まったら蜂の巣にされるぞ!!」

「了解!!」

 

接舷していた巡洋艦の破壊を確認した私たちは、メインスラスターを全力で吹き上げ離脱を始める。

旗艦であるゼー・グルフは体当たり及び爆発の被害による混乱が起きているのか動こうとしない。

 

「周囲の敵艦よりミサイル攻撃!」

「対空兵装何でもいい!迎撃しろ!!」

 

しかし、周囲の敵艦はそうではなかった。星の海を旅し厳しい訓練を積んだヤッハバッハ兵は旗艦が損傷した程度では動じる事は無く、周辺にいた艦は迷わず攻撃を開始する。

 

大佐の命令で残った対空兵装が迎撃を始める。これまでに大半の兵装が破壊ないし損傷しており弾幕の密度は当初に比べ圧倒的に薄くなっていた。

 

「撃て!撃て!!とにかく撃ちまくれ!!」

「駄目です!数が多すぎます!!」

 

ポプラン達が必死に対空兵装を動かしミサイルを叩き落とすが、ミサイルに対し対空兵装の数が足りなかった。

 

「右舷上部被弾、左舷中央被弾、第2砲塔損傷―――。」

「構うな!進め!!」

 

いくつものミサイルが艦のあちこちに着弾し装甲や内部を傷つけるが、それに構わず前進する。

 

「ゲートに突入します!!」

 

そして私たちはゲートへと飛び込んだ――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不明ナ認知領域ヲ確認...早急ナ対処ノ必要アリ...。」

「ファージプログラム起動...ダウンロード開始...。」



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エルメッツァ編 
第17話 新たな光


異常航路 2章突入です。


真空の宇宙に漂う巨大な建造物。『ボイドゲート』と呼ばれる誰が作ったのか分からないリング状の建造物が突如として光り輝く。

 

ボイドゲートの中心から一隻の宇宙戦艦が飛び出してきた。巨大な緑色の宇宙戦艦は船体のあちらこちらが傷付き煙を吐き出している。

 

そしてその船のブリッジクルー達は目の前の光景に驚きを隠せないでいた。

 

「何処だここは―――」

 

あの宙域のボイドゲートの先はリベリア本星のある宙域に繋がっていたはずだが、スクリーンに映し出される景色は見慣れたものとは全く異なる宙域だった。

 

「チャートはどうなってる?」

「データ無し!?どうなってるんだ?」

『おいブリッジ!』

 

ざわめくブリッジに突然声が聞こえてきたかと思うと、モニターにポプランの姿が映る。

 

「何があった!?」

『ゲートだ!ボイドゲートが!!』

「ボイドゲート?」

 

ベルトラムが急いでモニターを切り替えると、そこには“徐々に輝きを失い黒く崩壊していくゲート”の姿が映し出されていた。

 

「なっ!?」

「なんなんだ・・・これは・・・。」

 

クルー達は何が起きているのか全く理解出来ずにただ呆然とその光景を眺めている。

そして光が完全に消えた時、そこには黒く崩壊したゲートだったものが静かに宇宙を漂うだけになっていた。

 

「一体どうなっているんだ・・・おい、シーガレット?」

「・・・。」

 

見ると艦長席に突っ伏したまま動かないシーガレット。彼女が伏せている机は真っ赤な血によって染まっていた。

 

「艦長!!」

「医療班!怪我人だ!至急ブリッジへ!」

 

 

―――――――――――――――

 

「・・・ここは?」

 

目を開けるとそこは見慣れた医務室の天井・・・では無く、ただただ真っ暗な空間だった。上下も左右も無く光も無い空間であるにも関わらず、私は正確にここが何も無い空間なのだと理解していた。

 

「何だここ?」

 

足を前に出しても地面を踏んだ感覚が無い。前へ進んだ感覚も無い。

 

「私は死んだのか?」

 

0Gドッグは宇宙で死ぬとダークマターに還ると言われている。無論化学的な話では無く単なる冗談の一つだ。

 

しかし現に私は何も無い暗闇にいる。いや、正確には白闇か?ダークマターに還るというのはこういう事なのだろうか?

 

皆はどうなったんだろうか・・・。

 

「みんな・・・?みんなって誰だ?」

 

思い出そうとした瞬間、まるで脳がドロドロのアイスクリームになったかのような感覚に襲われた。

 

 

――私は唯の善良な0Gドッグさ――

――お前が善良な0Gドッグなら世の中の悪人の半分は善人だ――

 

 

なんだこれは

 

 

 

――ヤッハバッハに支配されたリベリアをどう思う?――

――・・・一言で言えばどうでもいいですかね――

 

 

 

これは

 

 

 

――初めまして、私はRHGS3400。あなたの船の運航を手助けするコントロールユニットです――

 

 

 

私の記憶か?

 

 

 

 

――見つけた!ここがアクセスポイントだ!!――

 

 

 

記憶が流れている?

 

 

 

――これで*****の場所が分かる――

 

 

 

ちがう

 

 

 

――駄目だ艦長!危険すぎる!――

――これは私にしか出来ない事だ、大丈夫。心配しないで――

 

 

 

これは

 

 

 

――そこから出るんだ!早く!!――

――あなたは私を覚えていてくれる・・・それだけで・・・――

 

 

 

私では無い

 

 

 

―――G#G#48b1098ADS――

―――*dkeo’6(HFDs)11―――

―――#19hfbeU8888―――

 

 

 

こんな記憶私は知らない。私は、私は、

 

 

『ファージプログラムダウンロード開始―――完了』

 

 

私は、私は、私は、

 

 

『ファージプログラム起動、削除開始』

 

私が消えていく。

 

何かが消えていく。

 

何が消えている?

 

本当に消えている?

 

そもそもあったのか?

 

本当にあったのか?

 

元から無かったのか?

 

分からない。

 

手が、足が、体が消えていく。そもそも体はあったのか?元から存在しなかったんじゃないか?

 

そもそも何が存在していたんだ?

 

存在はしていなかったのか?

 

何も

 

何も無かったのか?

 

 

 

『ありがとうございますシーガレットさん。いや、艦長!』

「あぁ、これからよろしく。“エドワード”」

『艦長――艦長――艦長!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦長ッツ!!!」

「はっ!?」

 

急に視界がクリアになって見慣れた天井が見えてくる。

 

「ドクター!艦長が目を!」

「どけっ!!」

「いでっ!?」

 

ドタバタと隣から物音がするが首を動かす事が出来ない。すると誰かが私の顔を覗き込んできた。誰だろうと確認する前に、その人物がライトを目に当ててきた。

 

「うっ・・・。」

 

眩しさに目を細めると無理矢理目蓋を開かれて光を差し込まれる。

 

「艦長、聞こえますか?私です、ドクターです。」

「・・・あ、あぁきこえる・・・まぶしい、ライトを・・・。」

 

それを聞いたドクターはライトを消してくれた。

 

「気分はどうですか?どこか痛みますか?」

「うぅ~ん・・・少し気怠い・・・痛みは特にないが・・・。」

 

頭がぐるぐるしていて頭が回らない。まるで寝起きの時の感覚だ。

すると体の上半身が起き上がるような感覚に見舞われる。そして目の前にコップが一つ差し出された。

 

「水です。とりあえずこれを一杯飲んで落ち着いてください。」

「あぁ・・・ありがとう。」

 

水を差しだしてくれたのはドクターのようだ。それを受け取って喉に流し込む。冷たい水が喉を通るたびに思考がクリアになっていった。

 

「大分スッキリしたよ、ありがとう。」

「どういたしまして。」

 

ようやく周囲の状況がきちんと把握出来るようになってきた。それと共に今までの記憶が戻ってくる。

 

「あの後どうなったんだ?」

 

私の記憶では船を半分自爆させて無理矢理ゲートに突入した事までしか覚えていない。

 

「貴女が頭部を強打して血塗れで医務室に担ぎ込まれたのが5日前ですわ。」

「い・つ・か?!」

 

ドクター曰くボイドゲートから飛び出した後、私は血塗れの状態で医務室に担ぎ込まれたらしい。かなりの怪我だったらしくリジェネ―ション装置に放り込んで体が回復しても意識を取り戻すまでに5日もかかったようだ。

 

一応怪我の方は回復しているので、後で精密検査と容態観察を行なってから退院出来るとの事。

 

「船はどうなっているんだ?」

「それについては彼から説明を受けるのがよろしいでしょう。」

 

そう言って先程から赤く腫れた額をさすっているエドワードを指差すドクター。何をやっているんだコイツは。

 

「何をしているんだお前は?」

「いえちょっと不幸な事故です。」

「そうか。で、船の現状は?」

「はいはいそちらはですね。」

 

エドワードからの報告を纏めるとこんな感じだ。

 

あの時我々が飛び込んだゲートから出た先は、何故かリベリア本星のあるアルゼナイア宙域では無く全く異なる未知の宙域だったらしい。更にボイドゲートはアルタイトが通過した直後に光り出したのち黒く朽ち果てた姿へと変貌してしまったようだ。

 

結果的に全く未知の宇宙に放り出されてしまった我々は、とりあえず艦の修理をしつつ長距離スキャンをしながら何処か立ち寄れる宇宙港を捜索して航行しているというのが現状だ。

 

「一応星系間スキャニングで反応があったので、進路はそこへ向けています。」

「そうか、艦内の状況は?」

「そこら中が壊れていますね。特に艦前方部が大きく抉れていて前部への立ち入りは禁止しています。」

「あー・・・。」

 

“私の脳内に船体が大きく抉れた映像が映し出される”。内部モジュールの中身まで良く見えるどころか船幅の半分が虚空と化していた。

 

あの辺りは確か自爆させたジェネレーターがある場所だったな。あそこまでの威力とは予想していなかったが、半分ちぎれてもまだ艦首が繋がっているこの光景を見ていまさらながら背筋が冷たくなった。

 

更に損害状況を確認すると外装や直接吹き飛んだモジュール以外も通路を暴れ回った爆風や高エネルギー粒子によって派手に破壊されており、艦内の45%が立ち入り不可能な状態だ。”その区画にアクセスしようとしているが監視機器にアクセス出来ない”区画もあり詳細は直接中を見るしかなさそうだ。

 

「これだけの状態になって良く動けるな・・・。」

「普通の船なら沈んでいますが、ヤッハバッハの超巨大戦艦ですからね。耐久力は折り紙付きなんでしょう。」

「確かにな。」

 

メインコンピューターから情報を読み取るが、船体も人員の状態も酷い有り様で死者、負傷者、行方不明も何人か出ている。

区画の爆発に巻き込まれたり、衝撃が起きた時当たりどころが悪かったようだ。

 

私も当たりどころが悪かったが、“私の身体が通常の人間より頑丈だったのが幸いしたようだ”。

 

「それでは自分は修理に戻ります。艦長も早く身体を直して下さいね。貴女が居ないと船を動かすのが大変なんですから。」

「あぁ、分かってるよ。」

 

私が無事な事に安心して医務室から退出エドワードと入れ違いに、何時の間にか退出していたドクターが戻ってきた。

 

「艦長、少しいいかしら?」

「?、あぁ構わないぞ」

 

少し声が上擦っているドクターを訝しみつつも返事をする。入室したドクターは、医務室をロック状態にすると側にあった椅子に腰掛けた。

 

「ドクター、どうしてロックを?」

 

私の問いに答えずドクターは自身のタブレットを操作する。

 

「艦長、これから幾つか質問をしますので正直にお答えください。」

「あ、あぁ」

 

初めて見るドクターの真剣過ぎる表情に気圧された私は素直に従う。

 

「艦長は自分の生まれた場所について覚えていますか?」

「あ、あぁ。」

「御家族については?」

「もちろん覚えている。」

 

ドクターから投げかけられる質問に答えていく。何故こんな質問をするのか理解出来ないまま10個以上の質問に答えていると

 

「では次、艦長は自分が“サイボーグ手術を受けられた時を覚えていますか“?」

「は?」

 

ドクターからの質問の意味が分からず変な声が出てしまった。

 

サイボーグは人体を機械化する事であらゆる機能を強化する事が出来るものだ。ただしその分価格は高価で定期的なメンテナンスが必要でリジェネーション処置が普及した現代において、余程の事情が無い限りサイボーグになんてなりはしない。

 

無論私も“サイボーグ手術など受けた事もない生身の人間”である。

 

「言っている事がまるで分からないんだが・・・。」

「では艦長、医務室の扉のロックを解除して下さい。」

「何でそんな事を―――」

「解除して下さい。」

 

有無を言わさぬドクターに、私はとりあえず“脳内の通信インプラントから艦内のメインコンピューターにアクセスして艦長権限により医務室のロックを解除する”。

 

「解除したぞ。」

「今どうやって解除したんですか?」

「どうやってって、インプラントからアクセスして・・・」

「艦長」

 

椅子から立ち上がったドクターは、白衣の胸元からブラスターを取り出す。

 

その銃口は私の顔へ真っ直ぐ向けられていた。

 

「前回の手術の際、貴女の体内にインプラントやサイボーグ化が施されていないのは確認しています。ですが今の貴女にはそれがある。」

 

そう言ってドクターがタブレットを私に投げ渡す。受け取ったタブレットには私の医療スキャンでのデータが入っていた。

前回の医療スキャンのデータは骨や内臓が写っている普通の人間のスキャン図だった。だが隣にあるデータには全身が生体機械によって作られたスキャン図が写っている。

 

その人体の持ち主の名前の欄にはどちらもシーガレットと記載されていた。

 

「貴女は一体誰なのかしら?」

 

無機質な冷たい銃口と同じくらい冷たい視線を放つドクターに対して、“私”は息を呑むことしか出来なかった。

何回銃を突き付けられるんだ私は…

 

「…私は私だ。スパイでも何でもない正真正銘のシーガレットだ。」

「それを証明できるのかしら?」

「…記憶がある。」

「その記憶が本物である証拠は?」

「…まるで悪魔の証明だな。」

 

そこで2人とも黙り込んでしまう。

 

記憶の証明なんて不可能に近い。幾らでも嘘はつけるし、記憶違いによる矛盾がほんの少しでもあれば、そこを突かれて証拠としての意味は無くなる。

 

物理的な証拠はないか必死に考えていた所で、不意にドクターが銃を降ろした。

 

「まぁ、仮に貴女がヤッハバッハのスパイだろうと何だろうと、それを排除する権利は私にはありませんので。」

「あ、あぁ・・・。」

 

急に態度を変えるドクターに困惑するが、一応許されたという形でよいのだろうか?

呆然とする私を横にドクターは淡々と作業を行っていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

「入港コード受信しました。」

「そのまま入港する。コースそのまま。」

「コースそのまま了解。」

 

入港管制に従い宇宙港へ入港する。岸壁の直前に船を停止させると巨大なアームが伸びてきて船体を固定する。

続いてエアロックが伸びてきて船体に接続される。着桟完了の表示と同時にブリッジクルー達が安堵のため息を吐き出した。

 

「しかし運が良かったな、近くに宇宙港が見つかって。」

「あぁ、辺境惑星って事らしいが聞いたことが無い国だな。」

 

惑星ボラーレ、所属はエルメッツァ星間国家連合というどちらも初めて聞く名前だ。

 

「よし、とりあえず管理局へいって修理の依頼だな・・・。」

「これ修理で済むのか?っていうか修理できるのか?」

「・・・・分からん。」

 

船体はボロボロもいい所だ。むしろ沈みかけと言ってもいい。

船体修理は基本的にどの宇宙港でも行ってくれるが、無論タダで修理するという訳にはいかない。材料代から工賃からなんにでも金はかかるのだ。

 

はぁ・・・計算を考えると気が重くなる・・・。

 

そして管理局に修復依頼を送信した私は、しばらく後にきた返信メールを見て椅子から転げ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜遅く―――

 

「いやー改めて見ると派手に吹き飛んだもんだなぁ・・・。」

「まったく、よく生きてたな俺たち・・・。」

 

軌道エレベーターの近くにある0Gドック御用達の酒場は彼らによって貸し切り状態になっていた。浴びるように酒を飲んで早々に倒れこむ者や賑やかに騒いでいる者もいる。

皆生き残れたことに対する喜びであふれていた。

 

その一角ではシーガレットを始めとしたメインクルー達が集まっていた。彼らもまた思い思い酒を飲み交わしていた。

 

「頑丈な船体でよかったな。」

「船首がもげなかったのが不思議なくらいだ。」

「修理の方はどれくらいかかりそうなんです?」

「・・・1週間。」

「1週間!?それはまた・・・。」

 

この宇宙において空間通商管理局による部品規格の共通化及び造船技術によって船体建造に掛かる時間は極短時間で済む。300mの駆逐艦クラスの船体が数時間で完成されるといえば凄まじい技術である。

そんな設備を24時間フル稼働させても1週間もかかるのだ。いかにその損傷が酷かったかを物語っている。

 

「それにしても艦長顔色が優れないようですけど・・・まさかまだ怪我が治ってーーー」

「いや、怪我は問題ない、それよりも問題なのはこっちだ。

 

心配するエドワード達に対し私が端末からホログラムを表示する。そこにはある書類が映像として浮かび上がってきた。

 

「借用証明書・・・?ってなんじゃこりゃぁぁああああ!?」

 

借用証明書、すなわち金を借りたことを証明するもので

渡されたエドワードはそこに掛かれていた内容を見て驚愕する。あまりの声に酒場にいた全員がなんだなんだと寄ってくる。

 

「なんですかこの借金15万Gって!?」

「・・・船体修理費だ・・・。」

「15万!?修理費だけで15万!?」

「俺の給料何年分だいったい・・・。」

「ばか!一生使っても使い切れない額だぞ!!」

「あ!?保証人の所に俺の名前がある!?」

「お、俺の名前もあるぞ!?」

 

その言葉に酒場にいた人間の殆どが酔いを忘れて押しかける。保証人の欄に大量に記載されていたのは、生き残ったクルー全員の名前だった。

 

「どういうことですか艦長!!」

「なんで俺の名前がここにあるんだ!?」

「説明してくれ艦長!!」

 

「うるさいうるさいうるさーいっつ!!」

 

説明を求めて詰め寄ってくるクルー達を一喝し、手に持っていたビールのジョッキを一気飲みする。

 

「いいかぁ、ちゃんと説明してやるからよく聞けおみゃえら。」

 

アルコールが入り若干呂律が怪しくなってきたが、それは無視して現状の訳を話始めた。

事の発端は、入港した後で私が管理局に送ったメールの返信を見た時である。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

「どういう事だこれは!?」

 

バンっと音が出るくらい机を叩く。ここは空間通商管理局にある個室で、管理局と直接話をするのに使われる。相手はAIなのでわざわざ個室で行う必要は無いのだが、ロビーで開けっ広げに話をするのは取引内容などを周囲に知られたくなかったりする商人などが盗聴や情報の漏洩などを避ける為に個室を利用するのだ。

 

その個室で憤慨しているシーガレットと、その正面に座る空間通商管理局のエージェント。

そして彼女が叩き付けた端末には修理要目の詳細と明細が記載されていた。

 

「なんなんだこの修理代13万Gって!!」

 

怒りを露わにするシーガレットに対し対応する管理局のエージェントは冷静そのものだ。

 

このエージェントは管理局によって生産管理されるアンドロイドである。人間に似ているように作られてはいるが、肌の質感や眼の光など一目見ただけでアンドロイドと分かるような違いが施されている。このアンドロイドは0Gドックなどの窓口依頼を担当するヒューマンインターフェイスのようなもので、いわば受付係みたいなものだ。

 

「落ち着いてください、シーガレット艦長。」

「落ち着けだって?こんな明細見せられて落ち着いていられるか!」

 

興奮気味の私は更に机を叩くがエージェントはどこ吹く風だ。このままでは話が進まない事を分かっている私は渋々席に座った。

 

「では、改めて説明いたしますがこちらが今回の船の修理費用―――合計して13万Gになります。今回の損害ですと破壊されたモジュールの修復、キールのゆがみの修復などかなり複雑かつ大規模な修復作業が必要になってしまいました。それだけに、必要資材と工程も多く料金も高くついております。」

「だからってこの価格はぼったくりにもほどがあるぞ。新造の戦艦が何隻買える額だと思っているんだ。」

 

実際問題13万Gはべらぼうに高い。リベリアなら戦艦が5隻は揃えられるほどの値段になる。完全に新造船を買った方が得である。

 

「はい、ですがこれは我々が提示できる最良の策であります。」

「これが最良の策だと?」

「はい、説明してもよろしいでしょうか?」

「あー聞かせてもらおうじゃないか。あんたがこれを最良の策と言えるだけの根拠を。」

 

納得できなかったら分かってるだろうな。という言葉は口から出さずに目だけで訴える。無論そんな脅しはエージェントには通用しないのだが。

 

「ではまず船体修理費用についてですが、管理局の正規価格であります。修理箇所を省略する事による費用を安く抑える事は可能です。しかし、そちらの艦の損傷具合を見ますに殆ど完全なオーバーホールが必要になると診断します。不完全な修理のまま出航した場合高確率で重大なインシデントを引き起こすでしょう。」

 

重大なインシデント、すなわち沈没またはそれに類する類の事故を引き起こすという事だ。その件に関しては何も反論できない。外から見ただけでスクラップと見間違う程の状態なのだから。

 

「第2の選択肢である新造船の建造ですが、こちらは不可能です。」

「不可能だと?」

「はい、本宇宙港には造船工廠及び改装工廠がありません。その為ここでの新造船の建造は不可能になります。」

 

その言葉に私は自分の顔が顰めるのをどこか他人事のように感じた。

建造ドックが無い以上、この星で船を造る事は出来ない。新造船を作るにはドックのある星まで行く必要がある。

 

手段としては船体を最低限修理するか、定期船に乗りドックのある星へ向かうことだが、

 

「残念ながら他の惑星との定期船は15年前に廃止されました。今は不定期な貨物船が通るのみとなっています。」

 

こんなド田舎の定期船なんて廃止されて当然だろう。

 

「また、造船工廠のある星へ最低限の修理で向かう事もお勧めいたしません。」

「なんでまた・・・。」

「こちらをご覧下さい。」

 

そう言ってエージェントが差し出してきたのはチャート―――つまりこの宙域の星系図だ。エルメッツァ中央宙域と表示されたここにはかなり多くの有人惑星が存在するようだ。

 

「・・・あれ?今いるボラーレも確かエルメッツァ中央宙域のはずだよな?」

「はい、ボラーレの位置はここになります。」

 

そう言ってエージェントはチャートの端の端を指さす。隅っこも隅っこで注意しないと見落としてしまう位置だ。

 

「・・・ド田舎じゃないか・・・。」

 

確かに辺境とは聞いていたがいくら何でもド田舎すぎるだろこれ。

 

「はい、最寄りの有人惑星まで平均的な巡航速度で1週間以上かかります。更に造船工廠のある星を目指す場合は1~2日かかります。」

「これではあの船を引っ張っていくのは難しいな・・・。」

「はい、曳航船舶やそれを運用している会社もこの星にはありません。外部から呼ばれる場合、船体の大きさもあるためかなり高額の料金を請求されると予想されます。」

 

宇宙自体何があるか分からない。万全の準備と整備を整えた船が沈むのなんて珍しくも無いのだ。それだけに損傷艦で1週間以上の長期航海を選択するのはよほど追い詰められた時だ。

しかもあの船、老朽艦の改造艦なだけあって巡航速度が比較的遅いのだ。おそらく平均速度よりもかなり遅い部類に入るので、平均巡航速度で1週間以上という事は、下手をすればあの船では2週間以上もかかるかもしれない。しかもそれはトラブル無しに順調に行けたらの話だ。

 

今のあの船で宇宙を航海する度胸は私にはなかった。

 

もう一つの手段である曳船も却下だ。

 

曳船とは、破損や故障した宇宙船を小型大馬力の宇宙船で移動させる船で別名タグボートとも呼ばれている。

全長は駆逐艦程度のサイズながらもそのエンジンの出力は巡洋艦以上も出すことができ、壊れて移動することができない宇宙船を引っ張ることのできる船だ。

 

エージェントが出した見積もりによると船体修理価格と大して変わらない額を請求されるらしい。理由は長距離航海ともう一つ、あまりに巨大すぎる船体ゆえに、曳船の曳航可能重量をはるかに超えているのだそうだ。

 

宇宙には摩擦が無いので一隻でも引っ張れるんじゃないか?なんて素人は考えているだろうが、巨大な質量をただ動かすだけならともかく危険を回避しながら目的地へ向けて動かすとなると、それを思いのまま動かせるだけのエンジン出力が必要になってくる。

 

下手に一隻で引いて目の前の小惑星がよけられずに衝突してアボン、なんてことも考えられる。

 

その為複数の曳船が必要になるのだが、それだけの手間と労力をかけるには相当の金が必要になるのだ。それでは結局意味がない。

 

「第3に中古船の購入ですが―――」

 

そう言ってエージェントが差し出してきた中古船リスト。そこに乗っているのはどれも恒星間航行の出来ないスペースボートばかりだった。

 

ちなみにスペースボートとは恒星間航行の出来ない小型の宇宙船を指し、宇宙港での作業や衛星軌道での観光やデブリ回収などに使用されるちょっと裕福な庶民でも買う事の出来るボートなのだ。

 

「この星の中古船市場はこの有様です。更に他の星の中古船市場も本星は利用対象外なので購入する事はできません。」

「・・・なんで・・・。」

 

いよいよ本当に打つ手が無くなってきた。それどころか惑星から出る手段すらなくなっている。

 

しかし船を修理するにしてもそれだけの大金を支払う事は・・・。

 

「当然これだけの大金をすぐにお支払いする事は出来ないでしょう。ですが一つ手があります。」

「手だって?」

「はい、管理局の資金援助プログラムに登録するのです。」

「資金援助プログラム?」

 

始めて聞く単語に私は首を傾げて聞き返す。

エージェント曰く、このシステムは管理局から0Gドックに対し資金援助されるシステムで、早い話が借金である。

 

実は借金をして船を建造する0Gドックはかなり多い。だが、そうして金を借りることのできる0Gドックはどこかの企業や団体などに所属している身元のはっきりとした0Gドックだけだ。

何処にも所属していない明日生きているかもしれない0Gドック相手に金を貸してくれる相手なんて高利貸しか犯罪組織ぐらいなものだ。

借金で首が回らなくなって犯罪の片棒を担がされたり、海賊に落ちる者もいる。

っていうかそもそも13万Gもの大金をポンと貸してくれる奴は高利貸しや犯罪組織にもいない。

 

しかし、管理局から借金が出来るという話は今まで聞いたことが無かった。理由を聞いたら借金を返済できる確率が高いと認められた0Gドックにのみこの話をする事が許可されているらしい。

 

何故かは知らないが、いつの間にか管理局の審査に通っていたようだ。

 

「今回の修理代13万Gを管理局の借金にて支払う事が出来ます。」

「それで?返済期限と利子は?」

 

一番肝心な所である。いくら大金を貸してくれると言っても、返しきれずに身売りしたりする羽目になったら意味がない。

 

「利息に関しては借入金額に応じて一定金額が課せられます。今回の場合利息は2万G、合計して15万Gとなります。」

「・・・。」

 

更に額が上がって頭が痛くなる。

 

「返済期限に関しましては、借用人と保証人の人数次第で融通できます。最低でも借用人1名と保証人1名の計2名が必要です。」

「二人だけだと返済期限は最大でどれくらいになる。」

「半年です。」

 

半年・・・半年で15万Gの借金を返すのは到底不可能だ。

 

海賊でもやろうかと頭の隅で考えている時に、ふとあることが頭に浮かぶ。

 

「・・・ん?今人数次第で融通できるって言ったな?」

「はい、保証人の人数が多ければ多いほど返済可能な確率は上昇しますから。」

「なるほど・・・だったら――――――。」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

「と言う訳でここにいる全員を保証人にする事と引き換えに、返済期限を10年にしてもらう事が出来た。」

「「「「「ふざけんなぁあああああああっつ!!!!」」」」」

 

シーガレットの説明にクルー一同が叫ぶ。

 

「艦長、なんでそんな大事な事を相談も無しに決めてしまったんですか?」

「他に手が無いからだ。」

 

実際船が修理できなければ、我々はこの見たこともない国のド田舎の惑星で野垂れ死にする未来しかないのである。

 

「それでも相談も無しに保証人にされるのはさすがに容認できねぇな。」

 

ディエゴの言葉に便乗するように幾人が批難の声を上げる。15万Gは地上の一般市民が一族郎党ひ孫の代まで裕福に暮らせるだけの金額であり、言葉通り新造戦艦が数隻購入できる値段である。それだけの金額の保証人をさせられていると聞かされたクルーの心中は穏やかでは無い。

下手をすれば一生どこかの採掘惑星で子々孫々強制労働だ。

 

「でもそれだけの資金を借りる事が出来たって事は、当然返す当てがあるのでしょう?」

「あぁ。」

 

シーガレットに話しかけたのはドクターであった。その答えに各員身を乗り出す。

 

「どうするのかしら?」

「あの船には巨大なペイロードがある。それを利用してフリーの運送業を行うつもりだ。」

 

ざわざわざわ―――

 

シーガレットの提示案に一同はざわめき立つ。

 

「フリーの運送業なんかで借金を返せるのか?」

「あれあまり儲けないって聞いたぞ。」

「いくら巨大戦艦って言っても純粋な大型貨物船よりもペイロードは少ないですし・・・。」

「そうだ、あの改造戦艦のペイロードはそこまで大きくない。」

「でしたらどうして―――」

 

続けるエドワードの言葉を遮って私は端末からホログラムを浮かび上がらせる。それはこのエルメッツァの星系図であった。

 

「ここがエルメッツァの首都星ツィーズロンド。ここへ向けて周辺惑星各地から様々な物資が運ばれているのだが・・・。」

 

そう言ってシーガレットが表示を切り替える。

 

「今赤く表示されている航路は海賊被害が月に10件以上確認されている地点だ。」

「え!?」

「こんなに!?」

 

データにはエルメッツァ中央の星系図が表示されている。中央だけあって星の数も多いが殆どの航路が赤く表示されていた。

 

「ツィーズロンドとその周辺の航路は安全ですね。」

「それ以外はほぼ全ての航路で海賊被害が出ているな。」

「そこでだ、あれだけ強力な船なら海賊なんか恐れる事はない。海賊被害で航路は干上がってるから、ここでの輸送は多少値段を上げても簡単に儲けられる。」

「ふーむ、火事場泥棒だな。」

 

大佐め、キツイ事を言ってくれるじゃあないか。

確かにやっていることは火事場泥棒と変わらないが、わざわざ海賊達が跳梁跋扈する危険な航路を通って運んでやるんだ。多少割高でも文句はあるまい。

 

名だたるヤッハバッハの巨大戦艦であれば海賊程度恐れるに越したことは無い。それだけにミッションの成功率も報酬を受け取る確率も借金を返済する確率も高い。

宇宙航路の発展を掲げる管理局だって、海賊の所為で航路が封鎖されたり宇宙へ出る者が減れば困るのだ。

 

そんな方々の事情があったからこそ、管理局が15万Gも融資を許可したといえる。

 

「まぁ異議がある奴は言ってくれ。最悪船を降りてくれてもいい。少なくてもヤッハバッハの脅威は無くなったんだからな。」

「「「...。」」」

 

とは言っても、見ず知らずの惑星で部外者がまともに生きていけるほどこの世界は甘くは無い。修羅場を潜った彼らはアルコール混じりの頭でもその事は理解できたようだ。

 

この日の酒は、安息と不安の入り混じった味となっていた。

 




ゲームだと宇宙港での修理って無料ですけど実際には普通に金かかってそうですし、借金でローンを組んで船を建造するのも普通そうに思います。

なので借金を背負わせました(笑)

ゼーグルフの修理費用ですが、建造費用的にグランカイアスより少し高いくらいになりそうなので、調子に乗っていろいろ吹き飛ばしたのでかなりの金額に設定しました。

あとさりげなく主人公サイボーグ化しました。これによってアルタイトちゃんはログアウトしました。


次回「逆境無頼シーガレット、地獄の宇宙鉄骨渡編」お待ちください(大嘘)




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第18話 小マゼラン

「出航コード入力完了、港内及びステーション周辺に障害物無し。」

「最微速前進。出航後、進路をオズロンドへ。」

「進路オズロンド、了解。」

 

辺境惑星ボラーレの宇宙港より巨大な船が出航する。無論シーガレット達の船である。

1週間の修理の後、完全に復旧した戦艦―――旧ヤッハバッハ試作兵器試験艦は、艦名を”アルタイト”と変更し老いたその身体を再び漆黒の海へと進めた。

 

ちなみに名前は各員が面倒くさがって押し付けあった挙句に決まったものである。

 

修復を行った際についでに船体の一部が改装され、あの邪魔くさいヤッハバッハの紋章などは取っ払われ、中央部のやや前側にダークイエローの斜めラインが入っている。この塗装は単純にパーソナルマーク的な奴だ。塗装を全て替えるのはちょっと金が・・・。

 

更に不必要なモジュールを貨物室に改装して積載貨物の容量を向上させている。が、予算の都合上一部の変更のみになった。

 

こうしてかつてヤッハバッハの艦隊旗艦級戦艦だった彼女は、試作兵器試験艦となったのち、鹵獲されレジスタンスの戦力として運用され、そして第四の艦生として武装輸送船の道を歩き出した。

 

これに伴ってメインクルーの役職を正式に決定することにした。決まった人員は以下の通りだ。

 

艦長:シーガレット

副長:ベルトラム

航海長:ダスティ

操舵手:ディエゴ

科学主任:エドワード

医療長:ドクター

主計長:ランディ

コック長:カーフィー

艦載機部隊長:コーネフ

第1小隊長:ポプラン

 

残りの役職は随時補充する事となっている。

 

圧倒的に足りないのは腕のいい機関士と整備士だ。ここに来るまでに機関士と整備士の熟練者がほぼ全滅している為、現在は臨時の人員とエドワードが担当しているが、やはり本職がいたほうがいい。じゃないとエドワードが研究時間が足りないとか騒ぎ始めるからな。

 

「航行制限区域を離脱。これよりI3・エクシード航法へ移行します。」

「インフラトン・インヴァイダーチェック・・・オールグリーン。機関用意良し。」

「航路設定チェック、異常無し。」

 

無事に星の海へと戻ったアルタイトは、I3・エクシード航法へ入る準備を進める。I3・エクシード航法とはインフラトン・インヴァイダーを用いたこの宇宙における宇宙船の基本的な推進方法で光速の200倍の速度で宇宙を進む事が出来る。

 

各部から用意良しの報告が入る中、私の脳内にはコントロールユニットよりシステムによる自動チェックの報告が逐一入る。

 

インプラントのお陰で船の情報をダイレクトに得られる為、こと艦内の状況把握に関しては誰よりも素早く処理する事が出来るが、私も人間なのでうっかり見逃したりする場合があるし、ミスや事故を防ぐ意味でも乗員によるチェックは不可欠だ。あと大量の情報を処理するのは頭が痛くなるので他人の私室とかの余計な情報は基本オフにしている。向こうだって見られたくないし私も見たくない。

 

ふと、モニターに映るボラーレを見つめる。

 

修理中の1週間の間は地上で全員ゆっくりと休息を取っていた。特にここボラーレは辺境のど田舎らしく自然が豊かで、森林公園なんかがありそこを散歩したりもした。0Gドッグとして人生の大半を宇宙で過ごしてきた私でも、小さな木陰の草原で寝転がっていると心が安らいでいた。

 

人間は何処か本能的な部分でああいった安らぎを求めているのかもしれない。

 

「どうしました?」

「いや・・・何でもない。」

 

ふと込み上げてきた感傷を振り払って、I3・エクシード航行への移行を指示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

「暇だなぁ・・・。」

 

出港時に感じた感傷はどこへやら、ブリッジの席で座りながら外を眺めていた私は1人呟く。ボラーレからオズロンドへ向かう航海は静寂そのものであった。エルメッツァでは海賊被害が多発しているという話だったが、海賊どころか民間船ですら見かけていない。

 

「本当に海賊被害が多発しているのか?ここは?」

「いや、海賊ってのは普通待ち伏せで襲うものだからな。船の少ないこの航路じゃ稼ぎにならねぇからオズロンド近海までは海賊は出てこないだろうぜ。」

 

元海賊の首魁ディエゴの言葉に納得がいく。獲物の居ない狩場には肉食獣もいないのは当然だ。行き先のオズロンドまではかなりの距離があるし、ブリッジに持ち込んだ煙草が丁度切れてしまった。

 

「暇潰しに見回りでもしてくるか、航海長、しばらく頼むよ。」

「りょーかい。」

 

指揮をダスティに任せて私はブリッジを退出する。とりあえず適当に回ってみるか。

 

 

 

 

 

―――ブリーフィングルーム

 

アルタイトはヤッハバッハの旗艦級戦艦というだけあって、艦隊指揮の為の設備が設置されている。このブリーフィングルームも巨大な空間で、フライングボールのコート数個分くらい広い。そのだだっ広いブリーフィングルームの中で何人かが動き回っている。

 

「ん?なんだお前か。」

 

その中心人物であったベルトラムが私に気付く。

 

「何をしているんだ?」

「この銀河の情報収集と分析だな。」

「また仕事熱心だな。」

「誰かさんが勝手にアホみたいな額の借金を押し付けてきたからな。」

「あー・・・所で何か分かったか?」

 

鋭い返しに私は強引に話題を変える。私だって借金なんかしたくなかったさ。

 

「まぁな、聞いていくか?」

「そうだな、頼むよ。」

 

その返事にベルトラムは、目の前のコンソールを操作してホログラムを表示する。

 

「まずは今我々がいる銀河、小マゼランと呼ばれているがこの銀河は主に3つの星間国家で成り立っている。一つがここエルメッツァ星間国家連合、大小合わせて80以上の惑星国家が所属する国家だ。この小マゼラン銀河で最大の国家だな。経済的にも安定的ではあるし技術的にもこの国の艦船がスタンダードなものになっている。軍隊の規模も大きく総数5万隻の軍艦を有しているそうだ。」

「かなりの数を揃えているんだな。その割には海賊被害が多いようだが?」

「あぁ、大国と言っても惑星国家の集合体だから基本各星にそれぞれの自治政府がおかれている。中央と呼ばれる星系では経済が発展してはいるが、その反面地方と呼ばれる星系では人口の流出が多いようで中央との経済格差が広がっている。経済的に困窮した地方の人間が海賊になっていると言う訳だな。ただエルメッツァは地方の自治を尊重する姿勢を取っている所為で、地方の治安や経済的不安定にはあまり介入していないようだ。

地方の事は地方の政府が解決すべしという事で、中央以外は各地方政府下にある地方軍や自治政府の軍が対応している。

ただ先程言った艦船数はエルメッツァ連合所属の船をすべてかき集めての数だから、海賊被害から見ても実際に地方で治安維持にあたっている艦船は相当少ないのだろうな。」

 

なるほど、それぞれの星の自治を尊重するから自分達の所の問題は自分達で解決しろというスタンスか。経済の未発達な地方では貿易や輸送の面でもあまり旨味は無いかもしれない。

 

そんな事を考えているとホログラムが切り替わる。

 

「次にカルバライヤ星団連合、エルメッツァから独立した惑星によって構成される国家だ。鉱石産出が主要産業でこの銀河における流通鉱石の9割はカルバライヤ産であるくらいだ。代わりに食料自給率が低く、大半の食料はエルメッツァからの輸入に頼っている。」

「なるほど、エルメッツァとカルバライヤ間の輸送は需要が尽きなさそうだな。」

 

生きる為に必要な食料と、生活必需品を生産するのに不可欠な鉱石資源の輸入は多少の変動こそあれ常に需要がある。その航路の輸送は我々にとってもいい儲け話になりそうだ。

とうぜん海賊にもであるが・・・。

 

「ただ経済の大半が鉱石輸出に頼っている所為で経済的には不安定だな。技術分野においては特に装甲技術に長けているな。」

「装甲技術に?」

「このカルバライヤが位置している宙域は小惑星などのデブリが大量に存在している事で有名だ。そこを安全に通るためにカルバライヤの船は装甲とディフレクターが強化されているんだそうだ。それともう一つ、カルバライヤの海賊被害はエルメッツァよりはるかに多い。」

「グラフで見ると・・・凄いな、桁が一つ違うぞ。」

「あぁ、特に近年はかなりの被害だ。船舶保証額も貨物保険料も右肩上がりらしい。」

 

鉱物資源などは武器・艦艇の製造などに使える為、それらの違法製造で儲けが出せるのだそうだ。ゆえに海賊のターゲットにもなりやすいから、ここを活動の拠点にするのも悪くないかもしれない。

 

ただデブリが多いと海賊船が隠れる場所も多いから思わぬ所から不意打ちを受ける可能性がある。保険料が高いと必要な経費も増えるし加入していない時に損害を受けたら弁償金も跳ね上がる。ハイリスクハイリターンな状況だ。

 

そしてまたホログラムが切り替わる。

 

「最後にネージリンス星系共和国だな。この国家は大マゼランからの移民で構成されている国家だ。」

「大マゼラン?」

「あぁ、マゼラニックストリームと呼ばれる航路の先には大マゼランと呼ばれる別の銀河に繋がるゲートがあるらしい。その先には複数の国家群が群雄割拠する状態だそうだ。ネージリンスもその先にある国からの移民らしい。技術力が高く艦艇やモジュールも性能の良いものが揃っている。マゼラニックストリームのおかげで経済活動も活発的だそうだ。」

「ほう、いいモジュールが手に入るかもしれないな。」

「あぁ、それを買うならネージリンスに向かうのも手だろう。国家の規模はあの2国と比べるとあまり大きくは無いな。経済的には基本は交易を主としていて様々な商品が売買されているらしい。ただし資源的な特産品がほぼ無いから技術的な輸出や交易品の売買が殆どで、技術と商業の国と呼ばれてもいるな。海賊被害も他の二国よりはかなり少なく治安は良い。」

「ふむ、となるとネージリンスでの輸送にはそこまで期待できないかもしれないな。」

 

技術的な輸出をメインにしているなら大容量の貨物室を必要としないし、航路が安定している分危険手当などが無くなるので貰える報酬自体は少なくなる。普通なら諸手を挙げて歓迎する所だが、何分大量の借金を背負っている我々には可能な限り報酬の高い所へ向かいたい。

 

「まぁ、いくら報酬が高いからと言っても海賊に襲撃されれば損害は被るだろうから、それを考えれば報酬が低くとも安全な航路を考慮から外すのは早計だろうな。」

「なるほどな・・・。で、肝心のヤッハバッハの影響は?」

「少なくともこの二つの銀河には及んでいない。今のところは。」

 

運よくヤッハバッハと遭遇していない銀河のようだ。少なくとも当面の心配は無いだろう。

 

「他にも多数の自治領が存在している。」

「自治領って・・・宇宙開拓法のあれか?」

「そうだ、一惑星規模の所から複数の惑星を治めている自治領もある。ゼーペンストやロウズといった自治領が有名だな。」

 

一惑星の自治領は案外存在するが複数惑星を治めている自治領もあるとは、この銀河の規模はかなり広いものかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

―――格納庫

 

一通りこの銀河の情勢についてレクチャーを受けた私は次に格納庫へと向かった。そこでは整備班や研究員とパイロット連中が何やら騒いでいるのが見えた。

 

「何やっているんだ?」

「あ、艦長。今新型機についての意見交換をしていまして。」

「新型機?」

 

その中心にいたエドワードによると、新型機の開発コンセプトを決めるのに様々な所から意見を聞いているそうだ。艦載機ならオッゴがあるがあれ元々作業用だからな。

 

「やはり火力だな。艦船の装甲にも大ダメージを与える事が出来る火力が欲しい。」

「いや、機動力だ。機動力が上回っていれば敵機とのドックファイトで有利に立てる。」

「整備しやすい機体が欲しい。特にアームとかは滅多に使わないんだからつけなくていいだろ。」

「あれでの斬り合いは結構有効な戦法なんだぜ?」

「すぐ壊れるんだ。直すのも手間だからつけないでくれよ。」

 

やいのやいのとそれぞれが意見を出し合っているが、これは――――

 

「まとまりそうに無いな。」

「あはは、それぞれの部署で課題がありますからね。パイロットは特に個人単位で要求が異なりますから。」

 

確かに、軍隊で訓練されたパイロットと個人技量に頼りがちな元海賊のパイロットでは意見も変わるだろうし、戦い方には個人の好みが色濃く反映される。それだけに意見も変わってくるから全員の要求を満たす機体の開発は難しいだろし整備する人間からしたら整備性が悪い機体は面倒臭いのだ。

 

「なるほど、これは一筋縄ではいかなそうだ。」

「えぇ、所で艦長はどんな機体がいいですか?」

 

その言葉に全員がこちらを向いてくる。自分達のボスがどのような判断を下すのか気になるのだろう。

そして私の答えは決まっている。

 

「決まってるだろう、安いのが一番だ。」

 

 

 

 

 

 

 

―――食堂

 

「――と言ったら何故か追い出された。」

「「「それはそうでしょう。」」」

 

先程の格納庫での出来事をランディ、カーフィー、ドクターに話した所、帰ってきた反応は3人とも同じものだった。

 

「価格も大事だろう!?」

「まぁそれもそうですけどねぇ。」

 

適当な生返事を返しながら茶を飲むランディ。こいつが主計長に就任して補給物資のやり取りを色々とやっていたが、茶葉をコンテナ単位で購入していたのには驚いた。

 

アイツらみたいに金の事は二の次でやると金なんかいくらあっても足りなくなる。一度資産管理業務をやってみろってんだ。

 

「それはそうと、そちらの部署では何か不満とか足りないものはあるか?」

「「「ある。」」」

 

またしても3人そろって答えてくる。思わずちょっとたじろいだ。

 

「料理人が足りないんじゃ。それと食料関係で使える金をもっと欲しいぞ。食うには十分じゃが彩りが足らんのじゃ。設備の方も充実させて欲しいぞい。」

「主計員が足りません。積み荷、補給品、武器弾薬その他もろもろの管理を行う人員が必要です。出来れば専門のモジュールも欲しいですね。」

「医師や看護師が足りませんわ。普段はともかく戦闘となれば私一人では手が足りません。それと医薬品と医療設備ももっと良いものが欲しいです。」

「うーん・・・。」

 

船の維持を行う部署では人手不足が他より深刻になっているようだ。実際メインクルーも足りていないし、特に機関部はまともな整備員が配置できていない。

司厨部や医療部では資金や設備が必要らしいが、優先順位は高くできない。莫大な額の借金があるし、海賊との交戦を考えると戦闘系部署を疎かにするのはあまり得策とは言えない気がする。何より死んだ人間の大半がそういった部署に携わっていた為に、熟練者の不足が目立つ。今この船に乗っているクルーの内、これら生活系に携わっていた人間は殆どいないのだ。

 

これに対する解決方法は一つしかない。

 

「人を雇うか。」

「ボラーレは辺境過ぎて集まりませんでしたからねぇ。」

 

ボラーレにいる間クルーの募集をかけていたが、全くと言っていいほど人が来なかった。辺境かつ経済的に安定しているボラーレから飛び出して危険な星の海を旅しようという人間は余りいないのだ。

 

「新しいクルーもあの爺さん1人だしなぁ。」

「オズロンドへ行けばかなり期待が持てるんじゃないですか?」

 

この時代なんでもかんでも自動化されていると思われがちだが、過酷な宇宙で最後に頼りになるのはマンパワーなのだ。100m程度の小型船なら兎も角一般的な大きさの貨物船でも最低100名以上は必要になってくる。その内訳は様々だが、戦闘に対応する場合は砲術員やパイロットやそれら戦闘装備を整備する為に更に多くの人手が必要になる。

 

人手不足の船では運航するに当たってクルーがオーバーワークをしなければならない為、クルーの疲労度がかなり溜まる。疲労度が溜まると、作業中のミスや事故につながってくるし、戦闘の際には船のパフォーマンスがどんどん低下していく。

 

その為船には最低稼働人員という項目がある。この数字は船の本来のパフォーマンスを発揮するために必要な人員の最低数を出したものだ。これだけの巨大戦艦ともなれば本来は2000人以上のクルーが必要になのだが、今はその4分の1もいない。

 

今は優秀なコントロールモジュールを搭載しているので、航海自体に問題は無いが手足が生えている訳じゃないから整備作業や白兵戦など人数がモノをいう作業では意味がない。

 

ロボットを買えばいいじゃないかって?初期投資と整備経費が高いんだよあれ。

 

借金に加え人手不足という問題まで抱えているうちの事情は結構深刻だ。

 

「求人に書く文章どうするかなぁ・・・。」

「アットホームな職場とかどうですか?」

「頑張り次第でメインクルーにもなれるって書いたら集まると思います。」

「大量採用って書けば募集も大量にくるんじゃないかのぅ。」

「なんだろう・・・嘘は言ってないけど、それを書いたら何かが失われそうな気がする。」

 

結局、後日作成した求人にはテンプレートをコピーして貼り付けた。

 

 

 

 

 

 

 

------研究室

 

研究室と銘打っているが、その実態はただの倉庫の1区画である。そこをエドワードの奴が占有して工具やら機材を持ち込んで研究室もどきにしているのだ。殆ど私室といっても良いそこには1人の老人の姿があった。

 

「邪魔するよ。」

「ん?おぉ艦長か。」

 

彼の名はリヒャルト・ヴィーゼ。ボラーレに住んでいた科学者で、唯一あの星でクルーとして採用された人間である。

 

「取り込み中だったかい?」

「なーに、ちょっと観測機器の調整をしていただけだ。別に大した事はしとらんよ。」

 

この老人との出会いは、エドワードと一緒に近くの農場を散歩していた時、偶然そこの農夫から知り合いに科学者が居ると聞いた所から始まる。

 

化学談義が出来るやつが欲しかったのかエドワードの奴は修理中の大半その老人の元へと通っていった。

 

で、修理が完了する前日にエドワードに引き連れられてやって来てこの船のクルーとなった。最初は渋っていたらしいが最後にはクルーとなる事を決意したんだそうな。

 

光学機器を始めとした観測技術に関する事が専門らしくよくエドワードと談義している。技術力もあり今はセンサー系の整備などをやってくれている。

 

「整備員が居ないんでね。助かるよ。」

「なに、ワシもこれほど高性能な観測装置は見た事が無い。最初はあの星で余生を過ごすつもりだったが、妻や子にいい土産話が出来たよ。」

「・・・御家族は?」

「亡くなったよ、ずいぶん前にな。」

 

彼は元々大学で教授として何やら難しい分野について教鞭を取っていたのだが、昔に妻と子を船の事故で亡くしたらしい。それ以来、あの星で余生を過ごしていたのだが、エドワードの熱心な説得に負けたのだそうだ。

 

「ただあまり整備に時間を取られるのも面白くないな。そちらは早いところ解決してもらいたいものだ。」

「ははは、善処するよ。」

 

はやく整備士が欲しい・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

「ついたな。」

「さすがにボラーレよりも栄えていますね。」

 

平和な航海をえて到着した惑星オズロンド。さすがに中央に近いとあってボラーレとは比べ物にならないくらい栄えている。出入りする船も人間も桁違いだ。

その中を私とエドワードは歩いていく。

 

「さて、とりあえず酒場に向かうか。」

 

0Gドック御用達の酒場は軌道エレベーター近くにあるのが基本だ。酒場のマスターならここら辺の事情にも詳しいので寄港したら情報収集の為に0Gドックが必ず寄る場所でもある。

 

「いらっしゃい!ご注文は?」

「とりあえずおすすめのつまみとビールを二つ。」

「あいよ!」

 

この店は大衆酒場といった雰囲気の店のようで、陽気な音楽と肉と煙草の匂いが立ち込めている。

カウンターで待っているとすぐに冷えたビールとサイコロ状に切られて焼かれた肉が出てきた。まずはビールを一杯、炭酸はあまり強くなく後味も爽やかだ。

次にサイコロ肉を頂く。焼き加減はミディアムで皿には肉汁が出ており、その上にスパイスが振りかけられている。

スパイスの刺激と肉の味がよく合っている。しかし味が濃いな・・・。

 

気が付くとビールが無くなっていた。それを見計らったかのようにマスターがジョッキを見せてくる。

なるほど、この肉とビールのコンボがこの店の売りか。

 

「お代わりを貰おう。」

「毎度あり!」

「所でマスター、ここら辺にいい人材はいないかい?」

「人材か、それだったらあっちのテーブルの男はどうだい?」

 

そういってマスターが指さすのはテーブルにはやや薄汚れた中年の男が水のグラスを傾けていた。

 

「彼は?」

「元エルメッツァの軍人さ。なんでもクビになったとかでね。」

「なるほど。」

 

私はウィスキーを2杯注文してそれをもって男のテーブルへ歩く。

彼は歩いてくる私に気付いて一瞬だけ視線を合わせるがすぐに逸らしてしまった。

 

「隣いいかい?」

「かまわんよ。」

 

進められるまま、テーブルの反対側に座りグラスを彼に差し出す。

 

「貴方は元軍人だそうだね、船乗りの。」

「そうだ、勧誘か?」

「その通りだ。」

「まずはフェノナメ・ログを見せてもらおう。話はそれからだ。」

 

フェノナメ・ログとは艦長となった0Gドックのあらゆる履歴が記されたもので、これまで乗ってきた乗艦の性能や戦歴、たどった航跡などが記されている。0Gドックはこれによって自分の艦長を決める為、いわば履歴書のようなものだ。

 

「・・・若い割に大した戦歴だ。貴官は本当に運がいいのだろう。」

「まったくだ、よく生き残ってこれたものだと思う。幸運としか言いようがないよ。」

「そうか、私も乗艦が事故を起こし漂流した経験がある。幸運にも生きて帰ってこれた。」

「そんな幸運の持ち主はぜひとも我が艦に来てほしいな。」

「・・・砲術長の席は空いているか?」

「貴方は運がいい、今ならポジションは選び放題だ。」

「では厄介になろう、シーガレット艦長。」

「貴方の名前は?」

「マティアス、マティアス・トーレスだ。以後よろしく頼む。」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

「はははっ!素晴らしい!これほどの船とは!実にエレガントだ!!」

 

数日後、アルタイトが係留されているドックロビーで、テンションを揚げてはしゃぐ中年の男ことトーレス。はたから見たら完全にドン引き案件である。

 

「えぇ・・・何このおじさん・・・。」

「お姉ちゃん、目を合わせちゃ駄目だよ。」

 

その変人トーレスを傍から眺めている二人の姉妹がいた。小豆髪の姉の名はアズキ・バー、赤髪の妹の名前はスイカ・バー、二人ともまだ10代後半の少女で例のテンプレートまみれの求人を見て応募してきた。

 

他にも応募してきたり酒場でアルタイトのクルーに誘われたりした人間など合わせて1000名近い人間がこのロビーに集まっていた。

 

「はーいちゅーもーく!」

 

その一団に対して声を掛けるのは、艦長のシーガレットである。

 

「私があの船の艦長シーガレットだ。君達が乗船する前の各種手続きを行うので全員そこの受付で乗船手続きを済ませる事、それと0Gドックの登録とヘルプGの初心者講習を受けていないものは登録前にそちらを受講してもらう。登録時に部屋のキーコードを渡すので各自荷物を運びこんでくれ。12時間後に各員紹介された部署でのオリエンテーション及び作業割り当てがあるのでそれまでは自由に過ごしていてくれ。以上。」

 

シーガレットは説明が終わるとさっさと部屋を出ていった。残された彼らは受付で乗船手続きを済ませる者と、0Gドックの登録や講習に向かう者とで分かれていく。

 

「私達は講習に行かないとね。」

「そうね。」

 

そういってバー姉妹は二人とも0Gドックの登録を済ませに向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、登録完了しました。ようこそ星の海へ。」

 

管理局のAIから個人情報が登録されたカードを受け取る。このカードが個人の0Gドックの履歴を証明する身分証を兼ねたもので、”正規の”0Gドックならば必ず所持しているものである。

 

「これが登録カードか・・・。」

 

登録カードを受け取った私―――アズキ・バーは少々困惑していた。

もっと精密な検査や履歴の確認などをされるのかと思っていたが、登録は生体スキャンといくつかの書類の記入だけというあっけない形で終わったので、肩透かしを食らった気分だ。

 

このような簡単な手続きのみで済んでしまうため、貧しい者や犯罪者でも簡単に0Gドック登録は出来てしまうので、航海者の身分証はたいして価値を持たないのである。主に管理局との取引で使用されるぐらいしか利用されない。

 

後は何枚か書類を書かされたがそれくらいである。

 

「ヘルプGの初心者講習会はあちらの部屋になります。」

 

人間そっくりに作られた受付のAIは柔らかい表情で隣の部屋を指さす。

何故だか知らないが、私はこのAIの事があまり好きにはなれない。

 

「どうも。」

「貴女の航海に幸あらんことを。」

 

古くから言われているらしい祝福の言葉を背に私は受付を後にする。隣の部屋へと入ると広い講義室があり、机には同じく登録を受けた者達が思い思いの場所に座っていた。

 

その講義室の中央には鉛色のいかにも古臭そうなアンドロイドが座っている。

 

「おねーちゃん、こっちこっち。」

 

先に受付を済ませていた妹のスイカが手招きしていたので、彼女の隣へ座る。

 

「で、あれは何なの?」

 

この部屋に入ってきた時から気になっていた鉛色の古臭い見た目をしたアンドロイドを指さす。

 

「あれがヘルプGだよ、0Gドックについて色んな事を教えてくれる頼もしいアンドロイド。」

「スイカ、意外と物知りなのね。」

「パンフレットに書いてあっただけだよ。」

 

・・・感心して損した・・・。

 

「揃ったようじゃね。それでは授業を始めるんじゃーよー。」

 

あのアンドロイド、見た目だけではなく喋り方まで古臭いらしい。

全体的に古臭いアンドロイド―――ヘルプGの初心者講習は本当に基本的な事から始まった。

 

0Gドックとは何なのか、歴史や手続き、法律など様々なことが流れるようにどんどん解説されていくが、古臭い口調とは裏腹にこちらがちゃんと興味を持って聞けるよう、話すトーンや話題を変えながら説明されていく。

単なる旧式の見た目のアンドロイドではないようだ。

 

「0Gドックとして基本的な法律はこんな所じゃよ。そして公式なルールの他にアンリトゥンルールと呼ばれる物があるんじゃよ。」

「アンリトゥンルール?」

「俗にいう“暗黙の了解”といったルールじゃよ。このルールは法には明記されていないのじゃが、違反すると唾棄すべき存在として周囲から白眼視されるんじゃよー。ミッションの受注を断られたり酷い場合は襲われて撃沈される場合もあるんじゃよー。」

「げ・・・。」

「まじかよ。」

 

その言葉に対してクルー達は驚きと動揺に包まれる。知らないルールを破っただけで殺されるなんて勘弁だ。

 

「そんなにおびえなくてもいいんじゃよ。普通に生活する分にはまず違反する事のないルールなんじゃよー。」

 

その様子に大半の連中がほっとする。

 

「ルール自体も色々あるんじゃが、特に一番言われているのが“地上の民を脅かさない”じゃよ。惑星や軌道エレベーターなどへの攻撃がこれに当てはまるんじゃよ。」

「喧嘩も駄目なのか?」

「喧嘩だけならそこまで目くじらは立てられないんじゃよ。殺人や誘拐などの重犯罪行為が当てはまるんじゃよ。君達もアンリトゥンルールの違反には十分注意するんじゃよー。では次に――――。」

 

 

 

 

 

 

ヘルプGの説明の後、クルー達はそれぞれ部屋へと移動する。一般船員の部屋は2~4人の複数人部屋だ。トレースを始め士官待遇のクルーは基本個室が割り当てられる。

 

「ここが私達の部屋ね。それにしても4人部屋なのに2人で使っていいなんて気前がいいのね。それとも私達が女だから配慮してるのかしら?」

「他の人達もそんな感じらしいよ。クルーの数よりも部屋の数の方が多くて余ってるんだって。20人部屋を1人で貰った人もいるらしいよ。」

「逆に過ごしにくそうね・・・。」

 

その頃その部屋を貰ったクルーは部屋の中で「一人で20個のベットなんて何に使うんだ!」と叫んでいたらしい。

 

「この後は・・・もう食事の時間か。」

「それじゃあ食堂に行こうよお姉ちゃん。」

 

一般クルーの食堂と士官食堂は本来別々の作りとなっているのだが、クルーの数が少ないので今は全員一般食堂で食事をしていた。

 

適当に荷解きを終えた二人は、渡された携帯端末を見ながら食堂を目指して歩き始めた。

 

 

そして歩き続ける事1時間後。

 

 

「はぁ、はぁ・・・疲れた・・・。」

「なんで・・・こんなに・・・食堂が遠いのよ・・・。」

 

二人で食堂まで歩いていたのだが、かなり遠い。加えて長さだけでなく上下もある。一体何段の階段を踏んだか分かりはしない。こんなものを毎日するのかと絶望が自分達を支配する。

 

「君達何をやっているんだい?」

 

息を切らしていた二人に誰かが声を掛けてきた。降りけるとこちらを心配そうに見つめる金髪の若い男とその後ろで黒髪の少し痩せこけた男が呆れた視線を送っている。片方には見覚えがある、ロビーで謎の大爆笑をしていた変人だ。

 

「えっと・・・部屋から食堂まで歩いてきたんですけど・・・予想以上に遠くて。」

「え、君達シャトルを使わなかったのかい?」

「シャトル?」

「分からんのか?船内移動用の列車の事だ。」

「これだけ大きい船内の移動にはそのシャトルを使うんだよ。食事をする度にそんな距離を歩いていたら疲れるだろう?」

 

それを聞いて私達は完全に腰が抜ける。あんな距離を歩く必要はなかったんだという後悔と、もう二度と移動でこんなに苦労しないんだという安堵が混じっていた。

 

「しかし、クルーの練度はかなり低そうだな。」

 

黒髪の男の言葉に辺りを見回すと、私達と同じように息が上がっているクルーがちらほら見て取れた。

それもそのはずで、この小マゼランでこれだけ巨大な艦船はあまり流通していない為、巨大船に乗船経験のあるクルーはほとんどいないのである。

加えて今回採用したクルーの大半が0Gドックになりたての新人だ。右も左も分からない事が沢山ある。

 

「誰にでも初めてはありますよ。」

「ふむ・・・、まぁここで文句を言っても現状が変わる訳でもあるまい。とりあえず食事にするとしよう。」

 

その言葉に押されて4人は食堂に入る。中ではそれぞれがトレーに乗せられた食事を食堂の席で食べるスタイルだ。数人の配膳係が並んでいるクルー達のトレーにどんどん食事を乗せて行く。今日の食事はバーガーとスープの組み合わせの様だ。私達も並んで食事を受け取る。

 

こんがり焼けたバンズに厚い肉が挟んであり美味しそうな匂いがここまで漂ってくる。バーガーを受け取った後に上からソースをかけて食べるらしく、デミグラスソースとホワイトソースの2種類が選べるらしい。

 

私はデミグラスソースを頼むと配膳係が私のバーガーにソースをかける。が、ソースのかけすぎでバーガーどころかトレーまでソースでべちゃべちゃだ。

 

文句を言おうと配膳係を見ると当人は欠伸をしながらこちらを無視してきた。

 

「こらぁ!ちゃんと見た目よくのせんかぁ!!料理は腹に入ればいいというものじゃないんじゃぞ!!」

 

私が口から文句を出そうとした所で、奥から老人の怒鳴り声をあげながら近づいてきた。

慌てた配膳係が姿勢を正そうとしたが、時すでに遅く首根っこをつかまれて奥へ引きずられていった。

奥から何回か叱責が聞こえた後に、先程の配膳係とは別の男と先程の老人が出てくる。

 

「わしゃ司厨長のカーフィーじゃ。すまんのぉ、こんなにソースまみれにしてしもうて、あのアホウには一度教育しなおすので今日のところはこれで勘弁してくれ。」

 

そういって司厨長のカーフィーは、別のバーガーが乗ったトレーと交換してくれた。

そんなひと悶着もあったが、私達4人は取り合えず空いていた席に座った。

 

「初日から中々大変だね君は。」

「貴重な体験だわほんと。」

「申し遅れた、僕は砲術士のリーマン。こちらは砲術長のトーレスさんだ。」

「よろしく頼むぞ、お嬢さん。」

「私はアズキ・バーです。で、こっちは妹のスイカ・バー。」

「よろしくお願いします。」

 

そして自己紹介が済んだところで全員バーガーを食べ始める。

温かいふわふわのバンズに肉から染み出た肉が合わさってとても美味しい。デミグラスソースの一味が肉とのハーモニーを奏でている。

スープもはじめは何の味なのか予想がつかなかったが、飲んでみると小さなキューブ野菜の入ったポタージュスープだった。味の他に栄養も考えて作られているらしい。

 

「美味しい、美味しいよお姉ちゃん。」

「本当ね、宇宙食っててっきりチューブみたいなものだと思っていたわ。」

「ははは、大昔の宇宙食はそういうものらしいけどね。そういう味気のないものばかりじゃ嫌気が差すから今じゃあ地上と変わらない食事が出るんだよ。」

「でも地上のお店よりも断然美味しいです。これだけでも船に乗ってよかったと思います!」

「それは良かった。カーフィーの爺さんも喜ぶぞ。」

 

急に後ろから声を掛けられたので振り向くと、この船の艦長―――シーガレットが立っていた。その隣にもう一人男が立っている。

 

「あ、艦長。」

「ご一緒してもいいかい?」

「かまわんよ艦長。」

 

シーガレットはトーレスの言葉に頷いて私達のグループに入ってくる。

 

「さっき何か揉めてたみたいだけど、何かあったのかい?」

「あ、はい、ちょっとソースを掛けられすぎてしまって。」

「あぁ、今日乗ってきた連中をいきなり引っ張り出してたからなぁあの人。」

「え?でも配置はこの後のレクリエーションを受けてからじゃあ?」

「あーいや、今日から一気にクルーが増えたから食事の用意に人が足らないって配属予定のクルーを引っ張っていったんだよ。そんな中で未経験者もたくさん動員してたからトラブルの多発っていう状態でね。あ、僕の名前はエドワード。研究班で主任をやってるんだ。よろしく。」

「アズキ・バーです。こちらこそよろしくお願いします。」

 

艦長と一緒にいた男、研究班のエドワードが教えてくれた。

 

「艦長、ずいぶんと新人が多いようだが?」

「いやぁ、怪しい奴をとことん弾いていたら殆ど新人しか残らなくてね。それでも人員不足が著しいから雇ったのさ。」

「ふむ、しかしこの分だとこれから先苦労しそうだな。」

「安心してくれ、戦闘部署は基本的に経験者優先で固めているからそこまで期待外れにはならないだろうさ。」

「そうか。」

 

それを聞いたトーレスがバーガーの残りを一気に頬張る。

 

「さて、私は火器管制室とシステムを把握したいのだが。」

「それは技術屋のこいつに聞いてくれ。」

「分かりました。ではご案内しますよ。」

「ありがとう。」

 

そういって艦長、エドワード、トーレス、リーマンの4人が椅子から立ち上がる。

 

・・・食べるの早すぎない? 



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第19話 遭遇 会敵 交戦のち

――――――――――

 

「レーダーに感あり!方位真正面!識別信号不明!」

「反応は巡洋艦クラスで数は4隻で、敵艦のエネルギー反応の上昇を確認しました。」

「砲雷班!主砲と艦首砲で敵艦隊を迎撃せよ!」

「了解した、主砲及び艦首砲にエネルギー充填。目標は敵T型巡洋艦。中央の2隻に艦首砲の照準を合わせろ。残りは主砲で撃沈する。」

「了解!艦首左2、上げ1.9!1番2番3番主砲は右の敵を、残りは左の敵艦へ照準合わせ!」

 

敵艦発見の報を聞いた私シーガレットは砲雷班へ迎撃の指示を出した。

号令が下されたアルタイトの艦首スラスターがうなりを上げ、艦首に備えられた60門の対艦クラスターレーザーの砲口が開かれエネルギーがチャージされていく。

 

「エネルギー充填完了!」

「照準固定完了!」

「敵艦発砲を確認!」

「着弾まで12秒です」

「正面シールド出力上げ、舵はそのまま。」

 

正面シールドへエネルギーをより多く供給する事でシールドを強化する。敵艦から発射されたレーザーは4本中3本がアルタイトへ命中したが、APFシールドによって阻まれ、光の粒となって飛び散っていた。

 

「砲撃用意完了!」

「撃て」

 

お返しとばかりにアルタイトから高出力のレーザーが放たれる。大量の強力な砲撃は、敵艦を貫き、宙に青い爆炎を煌めかせた。

 

「敵艦4隻のインフラトン反応拡散!撃沈と確認!」

「ほー、大したもんだ。4隻同時に撃沈とは。」

「流石ですねトーレス砲術長の腕は。・・・ただ」

「あぁ、”アレ”がなぁ・・・。」

 

そういって私は火気管制室のマイクを音量を最大限絞りONにする。

 

『ふははははははッツ!!素晴らしい!素晴らしぞッ!!実にエレガント!!ハーハハ―――』

 

そこまで聞いた所でマイクのスイッチを切る。

 

「また随分癖の強い奴を拾ってきたな、お前も。」

「あそこまでとは思わなかった・・・。」

 

普段は冷静沈着といった雰囲気のトーレスだが、彼のトリガーハッピー状態を見てブリッジクルーは頭を抱えていた。

ロビーの彼を見た時も一癖ありそうな予感はしていたのだ。だが、その後の彼は冷静に振舞っていたのであの時だけの興奮状態かと思っていた。だが、火器管制室に入ると人が変わり興奮状態になる。そして、困難な目標に命中させようものなら先程のようにトランス状態になってしまうのだ。

それでも周りの様子を見て冷静に判断しているのが恐ろしい。

 

あの狂気の高笑いを間近で聞いている砲術員の連中は気の毒だろう。あの顔と大音量の高笑いは見た相手に恐怖を感じさせる。完全に理性の糸が切れている顔だ。

 

「はぁ、とりあえず演習終了だ。チェック終了次第デブリーフィングを行ってくれ。各担当者はレポートを提出するように。」

 

その宣言と共にブリッジのモニターの景色が変わっていく。

先程の戦闘はVR訓練と言って仮想空間上での戦闘や危険宙域航行のシュミレーションを艦全体で行えるもので、主に各部署間での意思疎通や練度向上の為に行われる。

 

艦は複数人がそれぞれの箇所で操作を行う事で初めて動く事が出来る。その為個人の技量も大事だが円滑な協力体制というのも大事なのだ。

 

「まぁ新人が多い分多少もたつくな。それをベテランが率いる事で補っている形か。」

「こればかりはしょうがないさ。航海中は出来るだけ訓練時間を多めにとるようにしよう。」

 

世の中覚えの良い奴もいれば悪い奴もいる。早く色々出来るように皆頑張っていくしかないさ。

 

「そうだな。・・・しかしお前少し指揮に不安が残るな。」

「え?」

 

ま、まぁ私もこれだけの規模の船を動かすのなんてあまり経験のある事では無いし・・・。

 

「お前も後で個人訓練だな。」

「あ゛―」

 

誰にでも初めてはあるさ・・・。

結局あの後でベルトラムからリベリア軍士官用の教育をみっちり受けた。結構しんどかったぞあれは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで現在新しい仲間を加えたアルタイトは、オズロンドを出航し中央宙域にある惑星ネロとの間の宙域を航行していた。

 

「しかし、案外良いミッションが無かったな・・・。」

 

惑星ネロとエルメッツァの首都星ツィーズロンドの間にある何もない空間に来たのにはそれ相応の理由がある。

 

「しょぼい海賊の討伐任務、報酬は800G。本当にしょっぱい仕事だな。」

「慣らし運転には丁度良いさ。」

 

オズロンドの酒場のマスターからの依頼でネロとツィーズロンドの間の航路に出る海賊船を討伐してほしいというミッションがあったのだ。他のミッションも貨物も無かったので慣らし運転がてらにこの小さな海賊討伐を受けたのだった。

 

「艦長、前方に反応あり!複数隻の反応です!」

「了解、それとアズキ。そんなに叫ばなくても大丈夫だから落ち着いてしゃべってくれ。」

「あ、すいません・・・。」

 

新人オペレーターのアズキ・バーは緊張しているのかさっきの訓練から声が上ずった大声を出していた。

そんなに緊張しなくてもいいのにと思ったが、彼女これが初めて乗る宇宙船らしい。そんな中でオペレーターを任されたのだ。そりゃ緊張もするだろうな。

 

「プププ、怒られてやんの。」

「うるさいスイカ。」

 

まったく。

 

「あ、艦長!前方の宙域に交戦反応です!」

「交戦反応?海賊でも出たかな?」

 

アルタイトの光学センサーに接続する。脳内に直接観測データが入ってくるが、特に違和感も無く前方に見える光を拡大して観測する。どうやら数隻の艦隊同士が砲撃戦を繰り広げているようだ。一方の艦船にはどこか見覚えがある。

 

「あれはエルメッツァ軍だな。レーダー手、相手の所属は分かるか?」

「は、はい!・・・・・・っでました!相手の艦隊はスカーバレル海賊団所属のようです!」

 

音叉のような外観をした大きい船と、スパナのように艦首が出っ張った船、そして小さなひし形の周りに何か構造物が取り付けられた船の3種類。

あれらは確かこの国のエルメッツァ軍が使用している艦船だったはずだ。以前見かけたカラーリングは確か黄土色系の船だったが、現在戦闘している船は白に薄グレーをかけたような色に赤の塗装がされている。

 

そして相手のスカーバレル海賊団、確かついこの間、隣にあるライッツォ宙域で討伐された海賊団の名前だったと思う。おそらく生き残りがいたのだろう。

解析データから海賊の艦隊は巡洋艦が3隻と駆逐艦と水雷艇が6隻の計15隻、それに対し相手の艦隊は戦艦1隻、巡洋艦2隻、駆逐艦2隻の計5隻だ。ほぼ3倍の戦力差である。

 

「もう片方はやはりエルメッツァ中央政府軍のようです。」

「なんだ、軍隊にしてはずいぶん押され気味だな。」

「数の差じゃないか?」

 

エルメッツァ艦隊の数は5隻に対し海賊は15隻になる。いかに性能や練度の違いがあるとはいえ3倍の数を相手にするのは厳しいのだろう。

 

「いや、数で押されてるのもあるが軍艦の動きが鈍いような・・・あ、食らった。」

 

海賊艦の放ったミサイルがエルメッツァ軍の巡洋艦に命中する。当たり所が悪かったのか巡洋艦はそのまま沈黙してしまった。

 

「どうします?艦長?」

「まぁ、ここで無視してもいい事は無いだろう。礼金貰えるかもしれないし。」

「では、」

「あぁ、総員戦闘配置!!」

「総員戦闘配置!これは訓練ではない!繰り返す!これは訓練ではない!」

「主砲、艦首砲エネルギー充填開始!砲雷班諸君、早速の実戦だ!エレガントに行こうではないか!!」

「出力戦闘モードへ移行!船速上げろ!政府のお偉いさんに恩を売るチャンスだ!!」

「艦載機のエンジン回せ!急げ―!」

 

アルタイトのインフラトンインヴァイダーがうなりをあげて膨大なエネルギーを生み出す。そのエネルギーによってエンジンが轟々と声を上げ振動と共に力強く巨大な質量を動かし始める。砲のコンデンサーに大量のエネルギーが充填されていき、殺意を具現化した光を砲口から漏らしていく。

 

「敵艦までの距離35000!」

「砲雷長、あとどれくらい近づいたらいい?」

『後5000近づいてくれればいい。それで4隻は沈めてみせよう。』

「航海長!聞いたな。」

「あいさー、このまま近づきます!」

 

私達の位置は丁度海賊艦隊の左後方に位置しており、前方のエルメッツァ艦隊を攻撃し続けている海賊連中はまだ我々に気づいてはいない。不意打ちには絶好のチャンスだ。

 

「敵までの距離34000!32000!31000!」

「艦首砲、砲撃用意!」

「30000!!」

「発射!!」

 

トーレスの号令と共に、艦首砲からレーザーが発射される。発射された60本に上るレーザーはまっすぐ海賊艦隊へ向かっていき巡洋艦1隻、駆逐艦と水雷艇を2隻ずつ貫いた。

 

「敵駆逐艦3隻、水雷艇2隻のインフラトン反応拡散!撃沈!!」

「このまま近づいて残りを殲滅する!ブースター点火!」

「了解!ブースター点火!飛ばすぜぇ!」

 

文字通り爆沈した5隻を確認した私は命令を下す。

アルタイトのエンジンブロックの両脇には巨大なブースターが設置されている。その巨大ブースターが火を噴いて大質量を誇る船体を強引に加速させる。

今まで撃ち合っていた彼らは突然5隻もの船が爆沈した事に動揺して動きが緩慢になっていた。

 

「主砲、砲撃始め!」

「主砲砲撃始め!!」

 

一気に接近したアルタイトは4門の巨大砲を備えた主砲を発射しながら突入していく。海賊が我に返ったように慌てて回避機動を取るが、トーレスはそんな連中相手に一切の容赦なく砲撃を叩き付ける。

 

特に動きの遅かった1隻の水雷艇がレーザーの光に飲み込まれて消滅し、もう一隻の駆逐艦は船体後部がレーザーによって焼き抉られ航行不能となり漂流を始めた。

 

奇襲によって取り乱した海賊は突然レーダーに現れた全長4kmの巨大戦艦を見て更に混乱し我先にと逃走を開始する。

 

「逃がすな!ここを奴らの墓標にしてやれ!!」

「クラスターミサイルの射程に入りました!」

「よし、クラスターミサイル発射!!」

「クラスターミサイル1番から8番発射!!」

 

アルタイトに搭載されているクラスターミサイルはヤッハバッハが開発した大量の多弾頭ミサイルである。ランチャーに装填された複数のミサイルを一斉に発射し更にそのミサイルが命中直前に弾頭部が分かれて小型のミサイルが発射される。まるで弾幕を張るようにミサイルを展開するので、命中率火力共に優れた兵装だ。

 

流石ヤッハバッハ、容赦が無い。

 

発射された大量のミサイルはまっすぐ海賊艦隊に向けて直進していく。おそらくまだ動揺から立ち直れておらず、ECMやデコイといった防御手段を展開していないんだろう。対空レーザーを発射しているのも8隻のうち2隻しかいない。その対空レーザーも酷くお粗末なもので、着弾直前のミサイル一発に偶々当たった以外は迎撃されたものは無かった。

 

駆逐艦の一隻は艦橋に直撃を受けて指揮機能が麻痺した所へ更に複数のミサイルが虫が集る様に命中し穴だらけになりながら船体からインフラトンの蒼い光を漏らしながら沈没した。

機動力でミサイルを振り切ろうとしていた水雷艇も、ミサイルの雨を交わすことができずに船体左舷に直撃をうけ慣性によって高速回転しながら漂流している。

極めつけは中央にいた3つ又のようなフォルムをした巡洋艦で、多数のミサイルが弾薬庫あたりに直撃したらしく大爆発を起こして轟沈していた。

 

「えげつねぇミサイルだな・・・。」

「うわぁ・・・。」

 

ブリッジクルー達にはそんな感想しか出てこない。さっきのクラスターミサイルの斉射で更に5隻が撃沈又は大破となった。

 

「あ、艦長!残った巡洋艦1隻と駆逐艦2隻が離脱を図っています!」

「ここまできたらコールドゲームだ!艦載機隊発艦!敵艦の足を止めろ!」

 

待機していた艦載機隊に命令を下す。現在我々の艦載機隊は全部で24機しかいないが、足を止めるだけならそれだけで十分のはずだ。

 

「ジンとウィスキー、ウォッカとラムでそれぞれ駆逐艦の足を止めるんだ。」

「巡洋艦はどうするんだ?ポプラン。」

「鈍間の足を止めるくらい俺一人で十分さ。」

「一人じゃ火力が足りないだろう?」

「手伝ってくれるのかい?」

「獲物は大きい方がいいからな。」

 

そんな事を言いながら発艦していく艦載機部隊、機種はもちろんオッゴだ。

 

カタパルトから順次打ち出された彼らは編隊を組んで飛行していく。艦載機を迎撃しようと敵の駆逐艦が後部砲塔で攻撃してくるが、それを突出したポプランとコーネフが囮となってひきつけていた。

 

「当たるかよこんなヘロヘロ弾。」

 

二人がホイホイ弾幕を交わている間に残りの艦載機部隊が殺到し駆逐艦のエンジン目掛けて対艦ミサイルを撃ち込んだ。

 

撃ち込まれた対艦ミサイルに気付いた駆逐艦が必死の抵抗で迎撃しようとするが、迎撃に割く時間は足りず、わずかなミサイルを撃ち落としたのみでそのままメインエンジンを吹き飛ばされ漂流を始める。

 

「逃がすかよ。」

 

仲間の駆逐艦を見捨てて全速で逃げようとした巡洋艦へ向けて2機が突撃する。先程の駆逐艦よりは濃密な弾幕だがエースパイロットである二人には関係なく敵艦へ肉薄し、コーネフがエンジンを、ポプランが艦橋にミサイルを叩き込み、哀れ巡洋艦は逃げる事もかなわずに漂流する事となった。

 

「艦長、敵艦より降伏信号が出されています。」

「上々だな。」

 

奇襲で15隻の敵艦を無力化したのだ。初戦にしては十分すぎる戦果だろう。

 

「艦長、エルメッツァ軍の艦から通信が来ています。」

「出よう。」

 

回線を開くと通信ホログラムに一人の男が現れた。

 

『私はエルメッツァ中央軍のモルポタ大佐だ。貴官の救援に感謝する。』

「こちらは0Gドックのシーガレットだ。無事で何よりだ。」

 

何処か落ち着かない様子の軍人モルポタ大佐に一般的な挨拶を返す。

 

「そちらの艦隊も損傷している様だが大丈夫か?」

『あ、あぁ大丈夫だ。損傷はしているが沈没する程ではない。』

「それは何よりだ。漂流している艦艇の処理は貴艦等に任せても良いか?」

『も、もちろんだ!』

「了解した、こちらは沈没した海賊船の処理に当たる。」

『あぁ、よろしく頼む。』

 

通信を切って一息つく。

 

「なんだが落ち着かない男だな。」

「奇襲されてまだ動揺しているんじゃないか?」

「そうか?」

 

なんだか裏に何かありそうな予感がするが、別に真相がわかる訳でもないのでそのことは一度頭から外し、今は目の前の事への対処に集中する。

 

「では手すきの乗組員はEVA(船外作業)の用意だ。沈没艦の残骸から使えそうなものを片っ端から回収するぞ!」

「さぁ金稼ぎの時間だ。」

「アズキ、スイカ、周辺宙域の監視を厳にしてくれ。オッゴ隊もゴミ集めに動員するからな。」

「「了解!」」

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

エルメッツァ中央軍、戦艦ロンデニオン艦橋。

 

「はぁ・・・・。」

 

突然現れた0Gドックとの通信を終えた私、モルポタは艦橋にある指揮官用の椅子にどっと腰を落とした。

 

ベクサ星系での暴動鎮圧に出動したモルポタ艦隊は、多数の艦隊に事後処理と周辺警戒を任せた後、モルポタ直属の艦艇5隻のみでツィーズロンドへの帰路についていた。

 

そしてこの宙域に差し掛かった際に突如としてライッツォで撃滅したスカーバレル海賊団の残党からの奇襲を受けたのだ。

 

海賊達が通信で裏切者と叫んでいたことからおそらくはライッツォの拠点にしていた連中だろう。

 

実はスカーバレル配下の者に多少の情報を流す代わりにいくばくかの賄賂を受け取っていた。主に軍の行動に関する事だが、部下であったオムス中佐の独断専行と改革派の行動によって軍の行動計画が突然変更されるなどの対策を取られていた。無論そこまでの情報を流す必要は無かったので、せいぜい危ない火遊びで済ませるつもりであったが。

 

だが連中は裏切られたと考えたのだろう。拠点を潰され仲間の大半を失った彼らは私に復讐を仕掛けたのだ。

 

まさか海賊が戦艦を有する艦隊に攻撃を仕掛けるとは思ってもいなかったモルポタ艦隊は混乱に陥った。無論軍人である以上ある程度の戦闘訓練を受けているので立ち直り反撃を行ったが、運悪く相手のゲル・ドーネ級ミサイル巡洋艦からの攻撃でこちらのサウザーン級の艦橋が破壊され一隻が沈黙してしまった。

 

これを受けて艦隊には更に混乱と動揺が広がり受けた私の頭はなぜこうなったのか自問するばかりであった。

 

しかし、突然虚空より飛来した砲撃によって事態は一変した。優勢を誇っていた海賊達が瞬く間に沈んでいく様子を私は茫然と見ているしか出来なかった。現れた巨大な船はまるでバターを溶かすかのように海賊達を沈めていき、たった1隻で15隻もの艦艇を撃沈もしくは無力化してしまったのだ。

 

「宇宙にはあんな者もいるのだな・・・。」

「は?何か?」

「いや、何でもない。」

 

平和なエルメッツァの軍内部での出世を果たし悠々と大佐の肩書に酔っていた私の頭に突然冷水を浴びせられたような衝撃、あのオムスにスカーバレルからの献金の証拠をつかまれた時や今回の奇襲の時などとは比較にならない程のショックが私の心にひびを入れていた。

 

もしあの船が海賊では無く我々に砲口を向けていたら―――――海賊達のように骨も残さずにこの宇宙から消失していたのは我々かもしれない。

 

「大佐、生き残った海賊艦に対し保安要員を送ります。」

「あ、あぁ、制圧は他の艦に任せよう。我々は被弾した巡洋艦の救援に向かう。」

「了解しました。」

 

部下に適当に指示を出しながら、私は改めてこの宇宙の広さと恐ろしさの片鱗を味わった。

 

後に、その恐ろしさそのものを味わうとはこの時は露程も思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

「まったく、戦闘の後にビールを飲むくらい時間くらいほしいぜ。」

「ぼやくなよ、これも給料の内さ。」

 

戦闘に参加したオッゴ隊は、破壊された艦の残骸から使えそうな資材を探してデブリ漁りをしていた。この宇宙では使える物はなんでもリサイクル。特に莫大な借金を抱えたこの艦隊にとっては塵一つですら金に換えたいところなのだ。

 

作業用アームを搭載したオッゴはそういった意味で適任なので、戦闘から帰還すると弾薬の補充を後回しにされて即回収作業に放り込まれた。

 

「あの艦長が勝手にアホな額の借金背負わせなきゃ今頃楽しくパーティしてるって時なのによー。」

「今更言ったところで後の祭りさ。嫌なら逃げ出しても良かったんじゃないか?」

「冗談、さすがに別の銀河に裸で放り出されたらいくら俺でも何もできないぜ。せめて艦載機があればな。」

「はいはい、ぼやいてないでさっさとそれを運んでくれ。」

 

へいへいと適当な返事をしながらオッゴのアームで使えそうなセンサー類の塊をキャッチして艦内へ持ち帰る。

作業用マニュピレーター搭載のオッゴによって作業効率は上がり、1時間程度で回収作業を終了した。

 

「艦長、回収作業終了しました。」

「ご苦労さん、EVA班はそのまま休憩に入ってくれ。ランディ、回収した物資の目録は?」

「今作成中ですが、損傷した物が殆どなのであまり金にはならないでしょうね。」

「ま、1Gでも貴重だからな。今はせいぜい小銭を集めるさ。」

「艦長、エルメッツァ軍旗艦より通信です。」

「わかった。」

 

前方のエルメッツァ軍からの通信にちょっと襟を整えてから通信を受ける。

 

『こちらはエルメッツァ中央軍所属のモルポタ大佐だ。改めて貴官の勇敢な行動に対し感謝する。』

「こちらは0Gドックのシーガレットだ。貴官が無事で何よりだ。」

 

互いに改めて簡単な自己紹介を済ませる。モルポタ大佐なる人物は先程通信に出た時よりは幾分か落ち着きを取り戻したようだ。

 

『救援の礼をしたい処だが、こちらはいくらか事後処理があるため動けない。後日改めて軍本部を訪ねてほしいのだが良いだろうか?』

「こちらはそれで構わない、貴官等の方は何か必要な援助はあるか?」

 

モルポタは横にいた部下に話しかける。おそらくは状況の確認を取ったのだろう。

 

『いや、援助は必要ない。』

「ではこちらで回収した海賊の生き残りをそちらに移譲しても良いか?」

『問題無い。回収の為駆逐艦を向かわせる。』

「了解した。貴船の航海の無事を祈る。」

『こちらこそ。』

 

そう言って通信が切られた。

 

「と言う訳だ。接舷と海賊の引き渡しの準備をしてくれ。」

「了解。」

「にしても一応生き残りがいたんだな。」

 

我々が回収に当たった船は大半が轟沈していたと思うんだが・・・。

 

「運よく難を逃れた海賊がいたようで。」

「悪運の強い連中だ。」

 

ただし苦しみも感じずに一瞬でダークマターにされるのと、生き残って残りの人生を薄暗い監獄惑星で強制労働しながら過ごすのとどちらが良いのだろうか?

 

まぁ、生きていればいいことがあるというし、彼らには己の運に感謝して残りの人生を暗い監獄で過ごしてもらう事にしよう。

 

この後、軍に海賊を引き取って貰った我々はエルメッツァ首都星であるツィーズロンドに向かう事にした。

 

ちなみにミッションの方は我々以外の0Gドックによって海賊が討伐され失敗に終わった。

 

 

 

ちくしょう

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

惑星ツィーズロンド、エルメッツァ連邦の中央政府が存在する星であり、首都星として知られている。地上では高層ビルが敷き詰められ昼も夜も休むことなく人が行き交う。首都星だけあって宇宙船の出入りも激しく、大量の船が行き交う宇宙港はこの宙域で一番巨大な港だ。

 

その港の大型船用ドックの中にひときわ目立つ巨大な船体があった。

 

行き交う0Gドック達は、この銀河ではまず見る事のない巨大な船に開いた口がふさがらなくなっていた。

 

その巨大艦の艦長であるシーガレットは、例のエルメッツァ軍人のモルポタ大佐に会うためエルメッツァ中央軍の司令部の前に立っていた。その為主要なメインクルーの大半は付いてきていた。

 

「おぉ・・・ちゃんとした軍の施設だ。」

「おい、サンテールもちゃんとした軍の基地だっただろうが。」

「いやーあんな岩に穴開けた所だと採掘場と変わらない気がしてね。」

 

なんて軽口を叩きながら守衛に話しかけると、すぐにモルポタ大佐の待つ一室に通された。

 

「よく来てくれたキャプテンシーガレット。」

「お久しぶりですモルポタ大佐。」

 

軽く挨拶をして勧められるままに着席する。流石大国の軍隊、よい座り心地の椅子だ。

 

「この前は助かった。突然10隻以上の海賊に不意を突かれて奇襲されてしまってね。君達の協力が無ければ危なかった。」

「それは何よりです。偶々通り掛かったとはいえ見捨てるのも後味が悪かったですから。」

「「「(礼金くれるかもとか言ってたけどな・・・。)」」」

 

軍人でしかも高級士官相手に精一杯の営業スマイルで振舞う。こういう相手は機嫌を損ねると色々面倒なのだ。酷い奴だと見かける度に嫌がらせで臨検してくる。

 

おいこらポプラン、エドワード、ディエゴ、お前ら顔を歪ませて笑うのを誤魔化すんじゃない。

 

「いや、君の勇気ある行動のおかげで救われたんだ。改めて感謝する。」

 

なら金よこせと一瞬頭によぎったがそこはすぐに忘れておく。

 

「それとこれは海賊討伐の報奨金の2500Gだ。受け取ってくれ。」

「ありがとうございます。」

 

ようやく来た報奨金を受け取る。15隻もの海賊船の討伐報酬が2500Gか、レート的にはこれくらいの物だろうか?

 

「ふむ・・・所で君達はこの国には来たばかりなのかな?」

「あぁ、つい最近こっちに来たばかりさ。」

「見ず知らずの所で航海するのもなかなか大変だろう。」

「えぇまぁ。」

 

あ、これは――――。

 

「良ければこの国で活動するのに色々便宜を図ろう。私は顔が広いから何かできる事はあるはずだ。」

 

モルポタは自慢げに胸を張る。ここだけ見ると威厳に満ちた大国の軍人なのだが、海賊に襲われて慌てていた所を見てしまったので、こういう所で威厳を見せて体裁を取り繕っているようにしか見えない。

 

そんな彼の内心を私は察していた。

 

こうやって恩を売る形を取っておいて自分に都合の良いように利用する。古今東西どんな権力者でも使う手だ。大国の指導者であれ小さな会社の社長であれ―――。実際に昔やられたことがあるから分かる。

そしてそういう輩というのは従うものはとことん利用し従わないものには嫌がらせをしてあわよくば従わせるように仕向ける訳だ。人間が感情で動く以上好き嫌いが出来るのは致し方無いが、それに権力が合わさると何をされるか分かったものではない。こんな所で余計な火種を抱えるよりは、ここは素直に受けるに限るだろう。

 

「ありがとうございます。」

「うむ、ここエルメッツァは小マゼランの中でも優れた国家だ。存分に見て行ってくれたまえ。しかし君たちの船も随分素晴らしい船だな。いったいどこであんな船を手に入れたのかね?」

「まぁ少々縁がありまして、偶然手に入ったのですよ。」

 

嘘は言ってない、嘘は。入手手段がちょっとアレなので公に口にする事が憚られただけだ。沈黙は金なり。

 

モルポタ大佐も特にその点を追求してはこなかった。

 

「そうかね、所で君はこの宙域の現状を知っているかね。」

「えぇ、海賊被害が多発していると。」

「うむ、年々被害が増えていてな。正直な所軍でも対処しきれなくなりつつあるのだ。そこで、君たちのような勇敢な0Gドックに是非とも協力して欲しいのだ。」

「それは”命令”ですか?」

「いや、単なる”お願い”だ。」

 

はてさて権力を振りかざしてするお願いは果たして単なるお願いなのかな。

 

「まぁ、いいでしょう。」

「艦長!?」

「ありがとう艦長、これからもぜひ頼むよ。」

「具体的には何かあるのですか?」

「今のところは何もない。もし海賊と遭遇したら可能な限り撃沈してくれ。私の方に報告してくれればすぐに賞金の引き渡し手続きができるようにしておこう。」

「わかりました。善処しましょう。」

 

モルポタ大佐は私の返事に満足したように頷いた。

 

その後、軍基地を後にした我々はとりあえず酒場へと繰り出すことにした。

 

「艦長、良かったんですか?あんな簡単に安請け合いして。」

「あれは絶対裏で討伐報酬の中抜きとかしてる感じだな、間違いねぇ。」

「そうは言うがなエドワード。ここであいつに目をつけられてみろ。この国での活動に差し支えるぞ。あんまり治安維持関係の人間には逆らうものじゃない。」

「これはコイツの言うとおりだな。治安関係者に嫌われると後が面倒だ。せいぜい利用されているように見せかけてこちらが利用し、後は適当な所で姿をくらますしかないだろう。」

「流石は元治安維持関係者、よくわかってるじゃねーか。もしあんたが0Gドックに逆らわれたらどうする?」

「適当な罪をでっち上げて逮捕して船を没収するだろうな。」

「「「わーお・・・」」」

 

ベルトラムの当たり前のようにいう言葉に一同はそんな声しか上げられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




初戦で15隻も撃破ってかなりの大戦果なんですけど、まぁフネがフネだけにそのくらいは出来そうですけどね。

多分歴戦のヤッハバッハ軍人などが乗っていれば、これの倍の海賊も一瞬で粉砕出来そうです。


モルポタ大佐はぶっちゃけこのくらいの事やってるんじゃないかなーと思ってます。


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第20話 張子の虎と放浪の用兵家

司令部を訪れてから数日後、アルタイトは惑星アルデスタへ向けて航行していた。

 

モルポタから輸送会社の紹介を受けたシーガレット達はアルデスタへ向けての輸送ミッションを受けていたのである。

 

「アルデスタか、確か最近まで隣の惑星ルッキオと緊張状態にあったな。」

「確か資源地帯が原因なんだでしたっけ?」

「そうだ。」

 

ダスティの質問に対し返事をしながら宙域図を展開する。アルデスタ、ルッキオともにエルメッツァ中央宙域にある惑星で、エルメッツァに属すると共に自治政府がおかれている。この中間に位置するのがベクサ星系と呼ばれる小惑星帯で大量の資源鉱物が存在しており両者が互いに領有権を主張していたのである。近日両者の関係はこの星系を巡って悪化の一途を辿り内戦寸前にまで緊張が高まっていたのだ。

 

「結局中央政府の介入で再度分割協定が結ばれて本格的な内戦には至らなかったがな。それで今まで停止されていた鉱石の採取と輸出が可能になった訳だ。この大量の採掘機材もそのためだな。」

「それに合わせて海賊被害も出ているぞ。レアメタル輸送船なんかは特に襲われるだろうな。」

「うへぇ・・・。」

 

ダスティが嫌そうな顔をするのも無理はない。この機材をアルデスタに降ろした後で大量のレアメタルを輸送するミッションも受けているのだ。

 

「レアメタルを積んだ輸送船なんて宝の山だからな。ブラックマーケットで売りさばけばかなりの金になるだろうぜ。」

 

ディエゴの言った通り、レアメタル満載の船は海賊にとって涎が出るような高級品だ。行きはよいよい帰りは怖いと言った具合で、アルデスタとルッキオから出港する船は特に狙われやすいが、逆にそこへ向かう船は空荷かそれ以外の貨物を積んでいるので狙われにくい。

 

「おかげさまで危険手当が爆上がりだよ。ついでに保険ケチってるから絶対に積み荷に損害出すなよ。」

「「「え?」」」

 

シーガレットの唐突な爆弾発言に驚きながらも巨大な戦闘輸送艦と化したアルタイトは真空の宇宙を進んでいった。

 

結局海賊と遭遇することはなく、アルデスタに入港したシーガレット達は積み荷の機材の荷卸しを始めた。といっても必要な書類を各局に提出すれば後は向こうがやってくれるので、こちらが何かするという事は基本無い。

機材の積み降ろしと鉱石の積み込みで合わせて4時間弱ほどかかるとのことだった。

 

「4時間か。」

 

休憩には少し長い時間だが寝るには短い。今は特にやる事が無いので、とりあえず酒場にでも繰り出すことにする。

0Gドックはやる事がなければとりあえず酒場へ行く。もはや定めと言ってもいい。

 

「いらっしゃいませー。」

 

酒場に入ると可愛らしいメイド服を着た女の子が出てくる。どうやらこの星の酒場はちょっとおしゃれなバー風に仕上げているらしい。こうして星ごとに違った酒場に入るのも楽しみの一つだ。

 

「おや?誰かと思えば艦長じゃないですか。」

「コーネフじゃないか。どうしてここへ?」

 

黙って酒場の隅を指すコーネフにつられてみてみると、そこには酒場の客をナンパするポプランの姿があった。

 

「・・・まるで水を得た魚だな。」

「人生には潤いが必要ですからね。」

「奴の場合潤いすぎてふやけるんじゃないか?」

「ひどいですね艦長、言いたい放題じゃないですか。」

 

なんてことを言って笑っていた所で当の本人の登場だ。

 

「なんだポプラン。上手くいかなかったのか?」

「いやいや、この短い時間でご婦人に愛をささやくのは大変でしてね。」

「お前さんの腕はその程度のものだったのか?」

「いえいえ、小官の腕では十分すぎる時間ですが、お相手の事を考えればそのような短時間で別れてしまうご婦人の心中を察して辞退したんでございますよ。」

 

なんてかっこつけて言うものだからこちらも肩をすくめて笑うしかなかった。ポプランの紳士的な撤退を肴に酒場で飲んだくれていた所へあるニュースが流れていた。

 

「先日アルデスタ近海において輸送船団が海賊の襲撃を受けました。当局によりますと犯人はスカーバレル海賊団によるものでここ最近は彼らによる略奪の被害が増加の一途を辿っています。当局は巡視の警備艦隊を増やすと発表がありました。エルメッツァ中央政府軍からはスカーバレル海賊団の首魁と目される男、アルゴン・ナバタラスカに懸賞金6000Gが掛けられており―――――――。」

 

6000Gとはまたずいぶんな金額だなと思った。小さな輸送船が買えるくらいの値段である。

 

「マスター、この海賊ってそんなに凄い男なのか?」

「えぇ、この宙域を牛耳っているスカーバレル海賊団のボスで残虐で非道な海賊として恐れられてますよ。」

「あれ、確か前に討伐されてなかったか?」

「あぁ、あれは隣のライッツォ宙域の連中ですね。スカーバレル海賊団ってのは主にエルメッツァ国内にいてそれぞれの宙域ごとにボスがいるんですよ。ライッツォ宙域のボスはバルフォスという男でしたが、ここではアルゴンがボスなのです。」

「なるほど。ずいぶんと巨大な組織なのだな。」

「えぇ、スカーバレルの海賊団は100隻を超える艦隊だそうで。軍も大分手を焼いているようです。」

 

想定していたよりも大分多い数を聞いて私は驚きと困惑を隠せないでいた。

100隻以上の艦艇を有するという事はそれ相応の補給と整備能力を有する必要がある。そしてそれだけの物資と人員、更に設備を揃えているという事は―――

 

「連中、海賊の癖に秘密基地でも持っているんじゃないのか?」

「その可能性は高いでしょう。軍が手出しを渋っているっていうのも納得できます。」

「艦艇の数ももっと多い可能性もあるな、被害もほとんどスカーバレルのものだしよ。」

 

―――これは少し注意が必要だろう。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

シーガレットがブリッジの椅子で欠伸をしていた時、突然鳴り響く警報に驚いたのは、オズロンドを出港して直ぐの事だった。

 

「どうした!?」

「方位270仰角050よりミサイル接近!距離1500!!数は5!!」

 

先ほどの警報はミサイル警報だった。周辺に軍艦や民間船の影も無くデブリの岩石が漂っている程度で、おそらくはその陰から発射されたのだろう。

そして無警告で民間船に発砲するのは海賊と相場が決まっている。

 

「対空迎撃!デフレクターの出力を上げろ!」

「間に合いません!着弾します!」

「総員耐ショック態勢!!」

 

慌てて全員が何かにしがみつくが、一向にその衝撃が来る気配が無い。

 

「・・・おい、ミサイルは着弾したか?」

「あ、はい。左舷側に着弾しましたが、デフレクターで無力化されたようです。」

「衝撃も無いのか・・・。」

 

クルーの緊張が一気に解ける。流石はヤッハバッハ帝国の巨大戦艦、海賊船程度の攻撃では傷も付かない。

 

「オペレーター!周辺方向の索敵急げ!!」

「「りょ、了解!」」

 

安堵していたバー姉妹に檄を飛ばして敵を探させる。少ししてスイカから敵艦発見の報告が上がってきた。まだ場数を踏んでいないのか対応が遅いな・・・。

 

「艦影確認!駆逐艦1、水雷艇2!ゼラーナ級駆逐艦とジャンゴ級水雷艇です!」

 

敵はどうやらデブリの影に隠れていたらしく、戦闘の為にメインエンジンに火を入れたことでようやくレーダーに探知することが出来た。

 

「スカーバレルか!応戦する!ミサイル発射!」

「了解、ミサイル発射。」

 

デブリから飛び出してきた海賊たちに向けてクラスターミサイルが発射される。発射を確認した海賊は直ちに回避行動を行うが、途中で散弾のように分かれるミサイルに対応できなかったジャンゴ級が直撃を受けて撃沈した。

 

「続けて主砲発射!」

「近すぎるぞ!」

「牽制にはなる!沈めなくていい!とにかく撃ち込め!!」

 

とはいってもあれだけ巨大な砲がそう機敏に動く訳もなく、間に合ったのは左舷側面の主砲のみでエネルギーも3%しか充填されておらず、照準も大雑把に合わせただけで敵艦の近くを通る程度に留まった。

 

「敵艦、減速します!」

 

まるでその事を予想していなかったのか、明後日の方向へ発射された砲撃を見た海賊は慌てて速度を落とし始めた。

 

「今だ!残りの主砲で砲撃せよ!」

 

反転の為動きが止まった所を見逃さなかったトーレスによって照準を合わせた主砲から次々とレーザーが発射される。反転中だったゼラーナ級が直撃を受けて撃沈された。

ゼラーナ級より一歩早く反転し離脱しようとしたジャンゴ級は、ゼラーナが撃沈される際に丁度ゼラーナの至近にいたため爆発に巻き込まれて航行能力を喪失した。

 

「敵艦隊全滅!」

「注意しろ、まだ周辺に別動隊がいるかもしれない。」

 

オペレーターが残敵の捜索に当たる中、ディエゴがぼやく。

 

「・・・なんだか妙な動きをする連中だな。」

「そうなのか?」

「あぁ、あの動きは奇襲して白兵戦を仕掛けようとした動きだ。それを途中でやめて反転するなんて格好の的になるぜ・・・。」

「確かにな・・・。」

 

その答えは、漂流していたジャンゴ級の生き残りによって明らかにされた。

 

「つまり連中はこの船を戦艦ではなくて、外見を戦艦に見せるように擬態した貨物船だと思ったのか・・・。」

「それで襲ってみれば敵は本物の戦艦で、慌てて逃げようとした訳か。」

 

なんともまぁ他人が聞いたら間抜けな海賊の話として大笑いすることになるだろう。

確かに輸送船に偽装改造をして戦闘艦のようにして見た目で海賊を追い払う方法を行っている船もいるので、別銀河から来た見たことも無い船型の船をそれらと誤解してもおかしくはない。

 

図体も巨大なので積み荷も大量お宝も大量とでも思っていたんだろう。

 

「運のない連中だ。」

「まったくだな。」

 

大型戦艦を貨物船と間違えて喧嘩を売った挙句に攻撃は無効化され、撃沈ないし捕虜になったのだ。笑い話としてはいい例だろう。

 

たった一つの選択を間違っただけで、人生は取り返しのつかないものになる。

 

「明日は我が身、明日は我が身と・・・。」

「艦長?」

「いや、何でもない。」

 

私の独り言は誰にも聞かれる事無く、ブリッジへと消えていった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

惑星ツィーズロンドへ入港したアルタイトは荷降ろしを始める。荷降ろしに関してはベルトラムに任せて私は宇宙港の軍の詰め所にいた。捕虜にした海賊の引き渡しと懸賞金の受け取りの為である。窓口で手続きが終わった所で後ろから声を掛けられた。

 

「君がシーガレット君かね?」

「そういうあなたは?」

「私はエルメッツァ中央政府軍のオムス中佐だ。君が助けてくれたモルポタ大佐の部下だ。」

 

軍服に身を包んだ男―――オムス中佐は答えた。中肉中背の男だが、その眼はどこか他人と違うものを感じさせる。ゆるんだ顔のモルポタとは違う、まるで戦う事が生きる意味のような武人に感じさせる引き締まった覇気のある目だ。

 

何となく、それとなく私が苦手な感じがする。

 

「先日は上司が世話になったようで、一度会って話してみたかったのだ。」

「それはどうも。」

 

何かモルポタに対する扱いが雑に感じられるが、あまり突っ込まないでおくことにする。私がそっけない返事で対応していると、オムス中佐は窓から見えるアルタイトを見つめる。

 

「あれが君の船かね。素晴らしいものだ。いったいどこで手に入れたのかね?」

「えぇ、とある所で偶然手に入れましてね。」

「そうか、宇宙にはあのような船もあるのだな。」

 

自分でも無意識の内にアルタイトの入手経路をごまかしてしまっていた。後から思えば本能的な部分でこの軍人に対して何かを感じ取っていたのかも知れない。

 

オムス中佐は何かを考えるそぶりを見せながら私の方へと向き直った。

 

「所で君はスカーバレル海賊団の討伐に協力してくれるそうだな。大佐から聞いているよ。」

「あー、それはまぁはい。」

「ふむ、我々としてもあの海賊には手を焼かされていてね。そこで、君達にぜひ会ってほしい人物がいる。」

「人物・・・ですか?」

「あぁ、惑星ネロというところにディゴ・ギャッツェという男がいる。彼に会ってスカーバレルの討伐に協力してやってほしい。すでに先方には連絡してある。」

「え、いやこちらにも予定が―――」

「丁度ミッションも終えた所で時間も余裕があるだろう。討伐の暁には多額の報酬を約束しよう。ではよろしく頼む。」

「あのちょっと、」

 

言いたい事だけ言ってオムス中佐は去って行ってしまった。残された私は茫然と彼の去った後を見る事しかできなかった。

 

手続きを終えた私はとりあえず今後どうしようかと悩んだ末に酒場にたどり着いた。どうも勝手に足が進んでいたらしい。

 

「という事があったんだよ。」

 

そこで飲んでいたベルトラムをはじめメインクルーと合流して事の顛末を話した所ほぼ全員からため息と呆れた視線が返ってきた。

 

「あそこできっぱりと断っておかなかったお前が悪いな。」

「軽率だったとは思っているよ。」

「まぁ済んだことを言っても仕方ないでしょう。問題は今後どうするかです。ここまで外堀を埋められていて姿を眩ますのは難しいでしょう。方法はわかりませんが先方はこちらの行動を把握しているようですし。」

 

ランディーの言う通り先方にはこちらの動きがばれているようで、ここで逃げ出せば完全に目を付けられて有形無形の妨害を食らうかもしれない。最悪犯罪者として手配される可能性がある。

 

「やっぱりネロに向かうしかないんじゃ無いですかね?」

「で、100隻以上の海賊団に真っ向から立ち向かっていく訳か。勇敢なこった。」

「む・・・。」

 

ダスティの意見にディエゴが水を差す。言外にも無謀だと言っているのだ。

 

「十数隻の海賊相手ならあの船は大丈夫だ。が、ゼロが一つ増えると話が変わってくるぞ。」

「その事なんですが。」

 

そういって手を挙げたのはエドワードだった。

 

「実はこの間の戦闘データを合わせてスカーバレルの艦艇の性能を分析していたんです。これをご覧ください。」

 

そういって表示される端末にはスカーバレルの各艦艇のデータが記載されていた。

艦艇の性能を比較するための基準というものが存在しこれは空間通商管理局によってきめられている為、全宇宙で統一されている。その為に別銀河の艦艇であっても簡単に性能を比較することが出来るのだ。

正確なデータが無い中で彼はアルタイトとの戦闘データから相手の艦艇のデータをはじき出し各艦艇の数値を割り出していた。

 

「圧倒的じゃないか。我が艦は。」

「もちろんこれらデータは予想値にしかすぎません。こと海賊船に関しては各艦のカスタマイズも異なりますのでそれぞれの艦艇で異なるでしょう。ですがこれだけの性能差であれば、単艦でも100隻の海賊船相手に十分太刀打ち出来るでしょう。」

 

その言葉に非戦闘員系のクルーたちの顔が明るくなるが、元軍人たちの顔色は変わらなかった。

 

「エドワード、その予想はあまりあてにはできない。」

「と、言いますと?」

 

ベルトラムの言葉にエドワードは意外そうな顔をする。

 

「それに関しては元海賊の方が詳しいだろう。ディエゴ、お前ならどうする?」

「俺がスカーバレルなら、この間みたいにデブリ帯の陰に潜んで待ち伏せ近づいたところで奇襲を仕掛けるだろうな。ただし、攻撃手段は砲撃でも雷撃でもなく強行接舷からの白兵戦だ。これなら艦艇の性能差は関係なくクルーの腕っぷしと数が物を言うようになる。」

 

海賊の常套手段である白兵戦は、逃げ場のない宇宙において相手艦を確実に制圧する上で非常に有効な戦法である。100隻の海賊船ならば優に一万人近い人数がおり日常的に白兵戦をする敵に対してこちらのクルーの数は圧倒的に少なく戦闘経験が豊富でもない。

 

「――戦いは数――ですか。」

「そういう事だ。我々が懸念するのはそこだな。」

 

単艦性能では圧倒的でも数と白兵戦能力で劣る以上、迂闊な行動は出来ない。かといって、軍の要請を無視する訳にも行かない。

 

結局、我々は惑星ネロで待っているディゴという人物に接触してから考えるという結論に落ち着くこととなった。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

惑星ネロ、ツィーズロンドより少し離れた位置にあり、そこまで発展しているという訳でもなくかといって未開の地という訳でもない。典型的な地方都市といった感じだった。

惑星につくや否やドクターが降りて行ってしまった。

なんでもメディックという医療慈善団体があるらしく、そこから優秀な医者を引き抜こうという事らしい。前回の大量募集の際に医療系の人員は揃えられなかったからなぁ。

 

待ち合わせ場所の酒場に入ってマスターに探し人の事を伝えると、あるテーブルに案内された。そこには、中年の少しやつれた男とかなり若い少年達の一団が座っていた。

 

「あなたがディゴ・ギャッツェか?」

「おう、オムス中佐から話は聞いているぜ。」

 

座っていた中年の男、うちのディエゴと少し似ている男はそう自己紹介をした。オムス中佐の部下と聞いていたのでてっきりきっちり軍服を着た軍人かと思っていたが、見た目からして労働者風の飲んだくれにしか見えなかった。

 

彼曰く、スパイ活動の為にこのような格好をしているんだとの事。確かに軍服は目立つからなぁ。

 

「あんたらに紹介したい人物がいる。彼らが0Gドックのユーリだ。」

「初めまして。」

「こう見えて隣のライッツォ宙域でスカーバレルの拠点攻略にも参加した連中だ。頼りにしていいぜ。」

 

こんな少年がと思いフェノナメログを確認した所、確かに艦長として活動していた。よくもまぁその年で海賊相手に立ち向かうものだ。

 

「ユーリ君だったかな。君はどうしてスカーバレルに立ち向かうんだ?」

「僕の仲間も奴らに酷い目に合わされてきたんです。それに奴らを倒せばそのせいで苦しんでいる人々を一人でも助けることが出来ますから。」

 

うっわまぶしい。

純粋な瞳でそんな綺麗な言葉を言われてしまうと、賞金と保身で参加した自身の良心が抉られる思いから視線をそらしてしまう。相手からは不思議がられていたが、心の内を知っているうちのクルーからは憐れみと非難の視線が突き刺さってくる。

だってお金欲しいし軍人怖いんだもの・・・。

 

「あー、とりあえず話を進めるが。お前さんたちはスカーバレルについてどこまで知っている?」

「噂は色々と聞いた。ライッツォでバルフォスが倒されたとか、ここではアルゴンという男がボスだとか、100隻以上の艦艇を持っているとか。」

「まぁ有名な話だな。それに加えて少し細かい情報がある。一つ、まずバルフォスが倒されたという話だがこれは正確じゃあない。正確には奴の本拠地を潰しただけで当の本人はまだ捕まっていない。二つ、艦艇の数が100隻以上といったが、正確には170隻以上だ。」

「なんでまたそんな数が?」

「ライッツォで活動していた連中がこちらへ逃げ込んだ所為で数が膨らんだのさ。そして三つ、ここのボスであるアルゴンはファズマティと呼ばれる要塞を辺境宙域に築いているらしい。場所はおそらく惑星ゴッゾの方面だろう。そこが奴らの活動拠点になっている。あんたらにはその要塞を攻略してもらいたい。これがその要塞のデータだ。」

 

そういって差し出されたデータプレートには、巨大な要塞の概略図が記載されていた。

 

「・・・ちょっと待ってくれ。そこまでわかっていてなんであんたらが出動しないんだ?170隻とは言っても海賊だぞ?装備も練度も整った正規軍の相手じゃないだろう?」

 

そういわれたディエゴは若干薄くなった頭を掻いてウィスキーを飲み干すと話始める。

 

「・・・身内の恥を晒すようで悪いんだが、今中央軍は保守派と改革派に分かれて勢力争いをやっているのさ。中央軍だけでなく地方軍も巻き込んでのグダグダだ。そこをアルゴンに付け込まれて、軍内部で討伐に妨害する動きがあるのさ。」

「おいおい腐っても軍人だろう?そんなのがまかり通ってていいのか?」

「険悪な同僚よりも金を持って媚びてくる海賊の方が、上の連中には大切なんだろうさ。政府の連中もそれを利用して自分たちの影響力を増やそうとしてやがる。おかげでどっちを向いても問題が山積みだ。やりにくいったらありゃしない。」

 

そう愚痴るあたり彼自身頭にきているのだろう。その証拠にさっきから酒の勢いが加速している。

 

「で、上司であるオムス中佐はそうしたしがらみの無いフリーの0Gドックを使って、海賊を一掃しようと考えた訳だ。」

「モルポタ大佐ではないのか?」

「大佐はそこまで頭の回る人間ではないさ。中央惑星の出身で出世しているだけに過ぎない。そうした格差的な物も今日の事態を招いた原因でもあるがな。」

 

モルポタ大佐の評価がよく分かった気がした。確かに海賊相手にやられかけていたし、出会った感じからしても小者感が拭えない。

それに正反対の印象を抱かせるオムス中佐という男は、0Gドックを利用しようとして事態の解決を図るあたり無能な人物ではないのだろう。ただし、その理由はユーリ君の様な綺麗なモノではない気がする。あの中佐の目とこの少年の瞳は違いすぎる。

 

「つまり軍の援助はあてにできないわけか。」

「まぁな。動かせてもせいぜい中佐や大佐の艦隊の一部くらいさ。それも確実じゃないがね。俺から伝えられる情報はこんな所だ。」

 

そういってディゴは席を立つ。

 

「あ、ディゴさんどこへ?」

「こっちも仕事が山済みでな、後はそっちに任せるから上手い事やってくれ。」

「あ、おい。」

 

そのまま彼はフラフラと酒場から姿を消してしまった。

 

「結局こっちに丸投げじゃねーかディゴさんのやつ。」

「まぁアイツも苦労してんのさ。生え際を見ればわかる。」

 

文句を言っているのはユーリ君の仲間の少年で確かトーロといったかな。そこへフォローになっていないフォローを入れているのは副官のトスカ嬢だ。

 

うーん・・・気のせいか?なんか既視感があるような・・・?

 

「うまく隠せるようにいい床屋とか紹介してあげたら喜ぶかな?」

「やめなさいチェルシー、それは慈悲ではなくトドメよ。」

 

そんな会話を繰り広げるのは彼らの仲間であるチェルシーとティータという少女達。チェルシーという少女は天然なのか、たまたまそれを聞いて歯を食いしばりながら酒を飲んでいる男が何人か居た事実に私はそっと目を逸らした。

 

「これはちょっと無理じゃないか?」

「あんたもそう思うかい?」

 

私のぼやきにトスカが反応する。私は苦笑しながら煙草に火をつけた。

 

「向こうは170隻以上、一隻当たり100人としても20000人近くいるし相手は要塞まで持っている。これは勝負にならないでしょうよ。他に何か情報は無いのか?」

「えっと、連中の艦船データでしたら設計図がこちらにあります。」

「本当か?そのデータを貰ってもいいかい?こちらでも分析したい。」

「えぇ、いいですよ。」

 

受け取ったデータを携帯端末で確認したエドワードは早速分析に作業にかかった。ユーリ君の仲間の科学者であるナージャも参加して別テーブルで端末と持ち運びコンピューター(なんでそんなものを持ってきている。)を広げて解析に入る科学者連中。

 

分析は彼らに任せてこちらは今後の行動方針を決めることにした。

 

「といっても正攻法で攻められない以上、何か搦め手が必要だな。」

「何か作戦が?」

 

その問いに一同は黙ってしまう。200隻近い海賊と要塞相手にどうしろっていうんだ?

 

「ふむ、お困りのようですな。」

 

そんな時後ろから声をかけられ、振り向くとヨレヨレのフードコートを被った老人と小さな少年が立っていた。

 

「ルーさん。」

「知り合いか?」

「えぇ、元エルメッツァ軍の伝説の戦略家です。今は僕らの船で共に旅をしています。隣の少年がウォル君で、彼の弟子です。」

「どうしてさっき顔を出さなかったんだ?」

「わしは世俗とは縁を切ったのでな、エルメッツァ軍人とは接触しないようにしとるんじゃよ。いい加減あの軍には飽き飽きしておるんでな。」

 

なーるほど、軍人であるディゴが居なくなったからこっちのテーブルに来たわけか。現役の軍人と接触を嫌うあたり相当嫌なことでもあったんだろう。

しかし伝説の戦略家か。姿だけ見るとただの浮浪者の爺さんと子供にしか見えないが・・・。

 

「その伝説の戦略家様には何か考えがあるので?」

「何、そう難しい事でもあるまいて。何も一度に大量の敵を相手にする必要はないじゃろ。」

「・・・というと?」

「ウォルや、説明してやりなさい。」

「は、はい・・・。」

 

どうも彼は極度の人見知りらしい。ルーの後ろに隠れるようにしていたウォルが話を振られてから、説明を始めるまでに私は煙草を一本吸い終えていた。

 

「わ、わざわざ全軍を相手にせず・・・・・・首魁のみを狙えばいい・・・です。」

「あー・・・なるほど?」

「少々人見知りな面があるでな。だがこやつの才は素晴らしいものじゃ。将来は大小マゼラン銀河をまたにかける大軍師となるじゃろうて。」

「へぇー。」

「この少年がねぇ。」

「(もじもじ・・・)」

 

はたから見たら極度の引っ込み思案な少年にしか見えないのだが、彼の言葉は正鵠を射ていた。

 

「確かに、ボスを倒された海賊は散り散りになるだろうね。わざわざ海賊全員を叩きのめす必要はない訳だ。」

「つまり目標はボスを倒すことと。」

「そういう事じゃ、規律と法がある軍とは違い強者の力によって束ねられた連中じゃ。その強者が倒されれば、連中は分散し脅威度は減る。後は海賊対策部隊や賞金稼ぎの出番じゃろう。」

「問題は、どうやってボスを倒すかって事だ。」

「アルゴンは慎重にして臆病という性格じゃ。そう簡単に要塞を離れることはせんじゃろう。そこで要塞から敵艦隊を引き離す作戦が必要になってくる。」

「どうやって?」

「なに、それほど難しい事でもあるまい。」

 

得意げに話すルーの顔をその場にいた全員が驚きの表情で見つめていた。ただ一人、彼の弟子のウォルを除いて。




原作だとユーリ達はたったの3隻で突撃してましたけど、普通に考えて余裕で海賊の餌になりますね。

いかにゼーグルフ級とは言えど、中の人間が戦闘素人の民間人ですんで油断したらやられます。

主人公達はいくらかマシですけど、普通の軍隊よりは弱いです。


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第21話 0Gドックとして

エルメッツァ編です。


数日後、アルタイトの姿は惑星アルデスタとルッキオの中間であるベクサ星系周辺にあった。

 

「艦長、偵察機より前方の小惑星の陰に海賊艦隊を発見。駆逐艦1、水雷艇2です。」

「艦首砲エネルギー充填、小惑星ごと吹き飛ばす。」

「了解。」

 

アルタイトの艦首砲にエネルギーが充填され、砲口からレーザー光が漏れ出す。

 

「エネルギー充填完了、照準よし。」

「撃て。」

 

60門に及ぶ巨大な砲から強力なレーザーが放たれる。放たれたレーザーは小惑星を焼き穴を穿って貫通したレーザーはその陰に隠れていた船のAPFシールドを貫いてその船体を焼き切った。着弾から数秒後に爆発が生じる。青い光を伴ったそれはインフラトン機関の爆発の証だった。

 

「敵艦隊撃破を確認!」

「よーし、残骸の確認のEVA班を発進させろ。偵察機には周辺の索敵に当てる。ユーリ君の方はどうだ?」

「はい、向こうでも数隻のスカーバレル艦隊を撃破したとのことです。」

「やるもんだ。ライッツォでの戦果はまぐれではなかったらしいな。」

「これで、20隻近い海賊を沈めた事になるな。」

 

ベクサ星系にやってきたアルタイトは、ユーリ君と共同でスカーバレル艦艇を片っ端から沈めにかかっており、その総数だけで25隻以上になる。戦果のほとんどはアルタイトによるものだが、これはルーの入れ知恵によるものでなんでもアルタイトが大半を沈めるのが重要なんだそうだ。

 

「ユーリ艦隊より入電。”戦果は十分、作戦を第2段階へ移行する。”です。」

「よし。偵察機に帰投命令、EVA班は作業を中止して直ちに帰船。」

「進路はどうするんで?」

「惑星ゴッゾだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――

ファズ・マティはエルメッツァ中央宙域の端に位置している。軍の監視の目の粗いこの宙域には、メテオストームと呼ばれる小惑星群が流れる濁流のような場所があり海賊達はこの奥に自分達の根拠地を構えた。

 

全長100kmを超すこの人口惑星は彼らの力の象徴であり、安寧の地でもあった。その中を一人の海賊が歩いている。彼はある部屋の前に来ると一度深呼吸をしてからドアをノックする。中から入室を許可する声を聴いてからゆっくりと扉を開けた。

 

「失礼します、お頭。」

「ホーホイ、なんだねいったい?」

 

部屋には沢山の男達が居た。彼らはスカーバレル海賊団の幹部クラスの人物で皆歴戦の海賊だ。

その部屋の中央に据えられた豪華な椅子で酒を飲んでいた男は、一見すると皺枯れた老人のように見えるが、この男こそがこの要塞の持ち主であり海賊達の首魁であるアルゴン・ナバタラスカであった。

彼の両脇には美女が控えており、その手には酒瓶が握られている。彼女達は海賊の仲間では無く、とある惑星から彼らが攫ってきた可哀想な被害者である。

アルゴンが空になった杯を上げると、二人はすぐさま酌をする。アルゴンがその杯を飲み干すのを待ってから、海賊は報告を続けた。

 

「中央政府の高官からある情報が入りました。」

「うん?」

「近々、ベクサ星系から大量のレアメタルを積んだ大規模な輸送船団がツィーズロンドへ向けて出発するとの事です。」

 

その情報に幹部たちがざわめき立つ。

 

「ホーホー、最近あそこの動乱が落ち着いたからようやく本格的な輸出が始まったんじゃろう。ワシとしてはもう少し続いてもよかったんじゃがね。」

 

火事が起きている中、人々が消火に専念している間に火事場泥棒を働く輩は後を絶たない。彼らもその火事で利益を得ている人間の一人だった。

 

「それと最近あの宙域で妙な連中が活動しています。」

「妙な連中?」

「はい、例の緑色の大型船に乗った連中でして、ベクサ方面の仲間がほとんどやられました。」

「ホー、あの大型艦か。」

 

言わずもがな彼等の語っている船とはアルタイトの事である。最近この宙域に現れた船で、見た目と違い星間輸送をしていることから戦闘艦に偽装した輸送船と思われていたが、一方面で活動していた手下が丸々やられた事にアルゴンは驚いていた。

 

とはいえやられたのは下っ端の使い捨てに過ぎず、その表情に若干の驚愕はあっても憐れみや悲しみといったものは一切なかった。ほろ酔い気味だった彼の目に光が宿る。それは邪悪な光と例えるのが最もふさわしいだろう。

 

「それだけの実力者ならばおそらく、今度の輸送艦隊にも一枚噛んでるじゃろうな。この件に政府軍が噛んでいるとすれば、例のオムスとかいう奴じゃが・・・。」

「モルポタという奴と繋がりがあるという話ですが、オムスの方とは何もわかっておりません。」

「はん、あんな小者に何もできんじゃろうて。」

「それが、輸送艦隊の護衛にはモルポタの艦隊が派遣されるようです。」

「ホー・・・。」

 

それを聞いたアルゴンはその脳を回転させ考える。大量のレアメタルは当然軍にとっても重要なものだ。納入先が中央政府軍となれば、護衛に中央政府軍が出張ってくるのも不思議ではないだろう。ここで出てきた艦隊がモルポタというのが彼にとっては一つ引っかかる事だった。

 

海賊の長として、敵の情報を得るのは当然の事で、こうして自分達の要塞に敵が大挙として攻めてこないのも、彼が政府の高官へ金品等を与えて取引をしているのだ。均衡を崩さず利益を上げるその手腕に優れていた彼が長であったからこそ、スカーバレルは今日の繁栄を得ているのだ。

 

そうした彼の脳内には当然軍の人事という情報も入っている。彼の記憶にあるモルポタという男は、出自と上層部への献身的な態度が認められてあの地位に就いた小者であり特段優秀といった人物ではない。重要な荷物の護衛にそんな人物の艦隊が出てくるのか・・・。

 

ここでアルゴンはある事を思い出す。モルポタはベクサ星系からの帰り道に海賊に襲撃されて追いつめられていた事がある。更に最近保守派から改革派へ鞍替えし、上層部からいい顔をされていない。自らの地位が危うくなった軍人は、媚びを使うか功績を立てるかで自らの地位を守ろうとする。

そして彼にはあの強力な船とのパイプがあり、周囲の海賊を排除された今おそらく護衛は上手くいくだろう。そうすれば、重要任務をこなしたとして胸を張ってその功績をひけらかせ、自分の地位を守ることが出来る。

 

「フーム、あの小役人の考えそうなことじゃなぁ。」

「どうしますお頭?」

「当然、レアメタルをすべて頂くにきまっておるじゃろう?だが、相手にはおそらくあの巨大な船もいる。奴の戦闘力は未知数じゃがおそらく大マゼラン製の戦艦か何かじゃ。レアメタルついでにそいつも頂ければ一石二鳥という奴じゃ。計り知れない財産になるじゃろうな。」

 

その言葉に幹部達が色めき立った。

 

「お頭!その任務俺にやらせてくだせぇ!」

「いや俺に!」

「俺が!!」

 

 

もし大量のレアメタルと巨大船を持って帰ればこのスカーバレルでさらなる地位が手に入れられる。つまり確実に幹部として頭一つ抜きんでた存在になれるし、もしかしたらこのスカーバレルの頭目の地位にだってなれるかもしれないのだ。このチャンスを生かさない手はない。

 

やいのやいのと騒ぎ立てる幹部達をアルゴンは薄ら笑いを浮かべてみていた。

彼にとってみれば誰が行こうと関係が無かった。どうせすべて自分のものになるのだから。

 

「お前さんは行かんのか?」

 

アルゴンはそばにいた一人の男に声をかける。

 

「ふん、雑魚が守る輸送船には興味が無いわ。」

「ホー、おまえさんはあの小僧の方がいいと見えるわい。」

 

その男こそ、ライッツォ宙域でスカーバレルを束ねていたバルフォスである。彼は幹部とはいっても他の宙域で長をしており、立場としてはアルゴンと対等クラスである。それがここ最近オムスによって拠点が制圧され、彼自身艦隊戦では0Gドックであるユーリに敗れ、このファズマティまで逃げ込んできたのである。

 

復讐に燃える事を口にするバルフォスであったが、決して計算ができない男ではない。ここでしゃしゃり出ても他の幹部達の反発を受けてしまうので、そう態度で示して引っ込んだのである。が、彼が輸送船に興味を持っていないのもまた事実であった。

 

アルゴンは半ば喧嘩になりつつある幹部達を適当な頃合いで幹部を宥めながら、まだ手に入れてもいない財宝に思いをはせながら杯の酒を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

――――――――――

ベクサ星系方面で海賊を討伐したアルタイトは惑星ゴッゾに入港した。これより先の航路はスカーバレルの勢力下である為、ここで最終的な補給とチェックを行っていた。といっても、この惑星の補給状況では大したことはできないが。

 

1時間ほどでチェックが終了した我々は、酒場へ繰り出す事にする。どうやらあまり賑わってはいないようで、客がいない訳では無いが寂しい空気が流れている。

 

「あ、シーガレットさんこっちです。」

 

そんな酒場で集団で飲んでいる目立つ一団の一人が声をかけてきた。先に来ていたユーリ達だ。

 

「そっちは目的のものは手に入ったのか?」

「えぇ、船の改造も済んでいます。これで問題なくメテオストームを超えることが出来ます。」

 

メテオストーム―――ディゴから渡されたデータの中にあったファズマティの侵入を阻むものだ。宇宙潮流ともいうべき現象であり、二つの惑星の引力によって小惑星群が濁流のように流れている。ここを突破するにはデフレクターと呼ばれる質量物から船体を守るためのモジュールが必要となる。彼らの船にはそれが装備されていなかったので、それの改造の為に他の惑星に立ち寄っていたのだ。

 

ちなみにアルタイトにはすでに装備されていた。超強力な奴が。

 

「あら、新しいお客さんね。ようこそ、何もない酒場だけどゆっくりしていってね。」

 

・・・最後のセリフどっかで聞いたことがあるような・・・。

 

そんなデジャヴは頭の隅に追いやって適当に酒とつまみを頼んでから作戦会議となった。

 

「さて、今のところは作戦通り進んでおるようじゃな。」

「のようだ。最初聞いたときはそんなもの上手くいくのかと思ったが・・・。」

「魚を釣るには餌が必要じゃからの。いかに美味く見せ針に気づかれないようにするには情報の起点を抑える事が必要じゃ。」

 

ここで、彼と彼の弟子が立てた作戦を説明しておこう。

ファズマティ攻略戦において最大の障害であったのは、要塞にいる敵の艦隊だった。その数およそ170隻近く。流石にそんな大軍と要塞を相手に正面から戦って敵のボスを倒すのは無謀すぎる。そこで彼らは敵艦隊とボスを引き離す作戦を立てた。

 

ここで必要なのが艦隊を要塞から引き離すための餌だ。

彼らはつい最近紛争が終結したベクサ星系に目を向けた。このベクサ星系はそこから採れるレアメタルなどの採掘権を巡って対立していた二つの惑星アルデスタとルッキオの紛争はルッキオ側の軍から反乱分子が出て民間船舶に被害が出た事による中央政府軍の介入によって終結していたのだが、ようやくベクサ星系の分割協定が結ばれレアメタルの採掘と輸出が再開した。

 

そこで、ルー氏は中央政府軍によって大規模なレアメタル輸送が行われるという偽の情報を流した。その情報の信憑性を高めるために、周囲で活動している海賊船を討伐して現地の情報がファズマティへ流れないようにすると共に、オムスやモルポタといった中央政府軍の軍人達によって軍内部での偽装工作を行って貰った。

結果として、これにかかったスカーバレルは大規模な海賊船をベクサ星系へ向かわせ、要塞に残っている敵艦艇の数は大幅に減った。

 

「本艦が慣性航行中にすれ違った敵艦隊の規模を推定するとおよそ140隻の船がベクサ星系周辺へ移動した事が確認できます。姿を隠しながらの監視でしたので詳細な状況はつかめておりませんが、最低でも100隻以上の艦隊が出撃したと考えてよいとお思います。」

 

エドワードの分析にルーは満足げに髭を撫でている。

我々がゴッゾで合流する途中、丁度ゴッゾ近海でベクサ方面へ出撃したと思われるスカーバレルの大艦隊と出くわしたのだ。幸いにもアルタイトは元が長距離砲撃に特化した艦である為、かなり遠距離から敵の艦隊を察知する事が出来たので、航路をそれて慣性航行を行い敵をやり過ごしたのだ。

全長4kmの巨大戦艦と言えど、宇宙では砂粒よりも小さい微粒子のような存在であり、高性能なセンサーか厳重な索敵警戒網を敷かなければ分からないが、海賊にはそんな設備も作戦行動も無い。

 

そんな訳で無事に敵をやり過ごしここで合流した訳である。

 

私は煙草の火を消すと身を乗り出して話を進める。

 

「さて、と。今のうちに敵と味方の戦力の比較をしておこう。エドワード。」

「はい、艦長。」

 

そういってエドワードを促すと、彼は持ってきた携帯コンピューターを操作してホログラムを表示する。

 

「まずは、敵の戦力についてです。まず敵が使用している艦船ですが、こちらはミサイル巡洋艦のゲル・ドーネ級です。大量のミサイルを搭載し主に上級幹部クラスが使用しているようです。この性質からそこまで数は無いでしょうが、実体弾の集中攻撃は十分危険です。」

「逆に誘爆させれば一撃で沈められる艦だな。」

「はい、大量の実体弾による攻撃は脅威ではありますがその反面防御力には難点を抱えていると思われます。」

 

そこで、ホログラムが切り替わる。

 

「次に巡洋艦のオル・ドーネ級です。主に幹部や実力者が使用しており、装甲や火力は平均的ですが、快速であり機動力も高いです。」

「俺が沈めたときはそんなに早くはなかったがな。」

「艦載機の推力と一緒にするなよポプラン。」

 

そりゃ艦艇と艦載機では加速力も機動力も全く異なる。比較するのは酷だろうよ。

 

「こちらが敵艦隊の主力を務めると思われるゼラーナ級及びガラーナ級駆逐艦です。ガラーナ級は砲戦特化型、ゼラーナ級は艦載機運用能力を持った艦です。」

「ガラーナ級はともかくゼラーナ級の艦載機は面倒だな。」

「使用している艦載機はおそらくクーベル、ビトン、ティオンの3機種と推定されます。この3種はエルメッツァで使用されている標準的な機体です。性能面からみればあまり重要視する相手ではないと思いますが・・・。」

「空戦において重要なのはまずパイロットの技量と数だ。性能は3番目に重要にすぎない。どんな高性能な機体でも相手がエースパイロットでしかも数がいるとなれば、話は変わってくるな。」

 

空戦の天才とされるコーネフの評価にポプランも頷く。

 

「予想される艦載機数は?」

「搭載可能なのはおよそ9機です。満載したゼラーナ級3隻で本艦の艦載機隊の数を上回ります。艦隊の割合から予測して最大で300機近くは保有しているでしょう。もちろん要塞防空隊としてこれとは別に配備されている可能性もあります。」

「うへぇ・・・。」

「やってられんなそれは。」

「もちろん、これは最大値であり実際の数はもっと少ないでしょう。すべてのゼラーナ級に定員いっぱいまで艦載機が積載されているとは思えませんし、軍隊では無い以上、規律や規範に従うという事の無い海賊がわざわざ要塞防空隊を編成して対策するとは思えません。」

 

一般論としてはそれでいいが、アルゴンは慎重かつ臆病な性格だ。要人に越したことは無いだろう。

 

「で、残りが水雷艇であるジャンゴ級、フランコ級です。艦艇によってかなりのカスタマイズが加えられているようで、様々な種類が確認できます。敵の中で最も数が多い艦種でしょう。」

 

フランコ級は低価格な水雷艇で、その安さから自治領や企業などで警備艦として使用される。ジャンゴ級はそのアッパーバージョンとなるが、低価格で改造しやすいという事もあって様々なカスタマイズがあり、ジャンゴ級より性能の良いフランコ級があるなどどちらがアッパーバージョンなのか分からなくなる。

 

しかも数が多いので、機動力にモノを言わせて集団で突撃されれば厄介な相手だ。

 

「弾幕とミサイルで対処するしかないでしょう。艦載機の増員でもやりますか?」

「誰がその金を出すんだ?」

「あー・・・、そうでした・・・。」

 

借金を忘れてはならぬ。艦載機一機だって設備や人員のコストも考えたら迂闊に増やせる程、うちの財布は暖かくない。

 

「そ、そんなにお金が無いんですか?」

「ユーリ君、金は大事だ。艦長ならばそこをしっかり管理しないと大変な事になるぞ。」

「ついでに借金背負った艦長は何をしでかすか分からないから、しっかり監視しておくんだぞ。」

「ポプラン!」

 

余計な事は言うんじゃない!

 

「ゴホン、えーと、とりあえず敵艦について一つ問題があります。」

「問題?」

「こちらをご覧ください。」

 

トスカの疑問に対しエドワードが一枚のホログラムを表示する。そこに移っていたのは画質の悪い画像と何かのグラフの様だ。

 

「これは?」

「こちらは我々がやり過ごした敵主力艦隊の画像とそれらのインフラトン粒子の痕跡です。」

「ふむ、でここから何が分かる?」

「ここは専門家の方がいいでしょう、リヒャルト博士お願いします。」

「うむ、今回わしらが偶然海賊の艦隊に遭遇した事で、それらの陣容を解析しようと試みた。気づかれない様に超望遠での画像解析とインフラトン粒子の痕跡による解析のみだが、いくつかのパターンにある特徴があった。」

 

そういって博士は表を拡大すると、いくつかの比較図を更に表示する。

 

「解析した所、何隻かの船が我々の持っているデータにある海賊船とインフラトンパターンが一致しない事が判明した。この結果は先ほどエドワード君が説明してくれた海賊船のどれにも当てはまらない船が存在する可能性を示している。」

「しかしそういったものは機関の改造次第でかなりパターンが変化するのではないか?」

「副長の言う通りこのパターンはカスタマイズ次第でどうとでも変化するが、相当の改造を施していない限りどこか一部のパターンが一致する。しかしどうしても一致もせず推測も出来ない艦種があるのだ。そこでこちらの画像の方を見て欲しい。」

 

博士が今度は画像の方を拡大する。

 

「この艦影の形をスキャンし最も一致する艦船を割り出してみた。すると―――」

 

そういって博士が画像にスキャンを掛けていき、いくつかの艦の姿とすり合わせてみる。不一致の文字が出ては次の船に行く中で、一隻だけ該当する船舶があった。

 

「グロスター級・・・。」

「そう、エルメッツァ軍で採用されておる戦艦だ。外見を改装して偽装した船という可能性もあるが、インフラトンパターンからしてその可能性は低いと考える。つまりこの船は本物のグロスター級という訳だ。その他にもサウザーン級やテフィアン級の他にデータに無い未確認の艦種の存在も確認している。」

「これってつまり・・・。」

「鹵獲されたか、設計図が流出しちまったか。いずれにせよ、さっき言った船だけじゃないって事だね。」

 

トスカの言葉に一同が沈黙する。

このデータが示しているのは海賊船よりもより高性能な艦が敵に存在している事になる。

 

「未確認の艦種に関しては何かわかるのか?」

「画像とインフラトン粒子の量から考えておそらく巡洋艦から駆逐艦クラスの船と考えられるが、数はそこまで多くない。先ほどのサウザーンやテフィアンなどと合わせれてもスカーバレルの既知の艦艇以外のものは多くても10隻程度と予想される。」

「未知の艦種か・・・どんなものが出てくるやら。」

「あまり性能が高くないのを期待しよう。」

 

海賊は結構スタンダードプレイが上等な連中だ。それにあまり数が多くない所を見るに鹵獲艦である線が高い。勿論、敵が設計図を持っていて量産が可能という可能性はある。特に要塞に残っている艦の数や種類は判明していないので、残っているのが全部戦艦という可能性もある。

 

次に博士が下がり、エドワードが説明を再開する。

 

「では、次にファズマティの情報です。ファズマティは小惑星を核としてその周囲を外壁で覆われた人工惑星です。直径100km、最大収容可能艦艇1000隻程度、食品プラントや武器加工工場、宇宙港などを備えており外部には対艦対空両用砲の他、要塞主砲であるバルバー砲が備えられています。」

「完全に軍事基地だな。海賊の癖によくもまぁこんなものを築いたものだ。」

 

どれほどの略奪を行ったらこのような巨大な要塞を建造できるのだろう。莫大な予算と物資と人員を費やしたに違いない。

 

「海賊って儲かるんだな・・・。」

「そうだぜ艦長、海賊って儲かるんだぜ!」

「おいやめろ、自称善良が他称極悪になる。こいつならやりかねん。」

「そうですよ!艦長ならいつ海賊に鞍替えしてもおかしくないんですから!!」

「お前ら・・・。」

 

なんだってこうこいつ等は人に対して言いたい放題になれるのか。クルー達からのある種の信頼(?)の高さに内心涙しつつ、話を元に戻す。

 

「で、何が脅威となると思う?」

「最も脅威となると思われるのが要塞主砲のバルバー砲です。要塞主砲というだけあって出力は本艦主砲の10倍、その大きさから艦隊単位を一撃で沈めることが可能です。」

「「「うへぇ・・・。」」」

 

この艦の主砲は小惑星を盾にした艦艇をそれごとぶち抜いて爆沈させるだけのエネルギーを持っている。それの10倍に匹敵する量でかつ主砲口径の大きさからして艦隊単位で沈められるとは。

移動を捨てた要塞なだけあって搭載しているインフラトンインヴァイダーの出力が段違いなので、当然と言えば当然だが、そんなものを撃ち込まれたらいくらアルタイトでも無事ではない。

 

だがそんな情報を前にして不敵にほほ笑む人物がいた。

 

「心配するでない、こういった要塞の攻略もいくつか策があるものでな。」

 

全員の目が一人の老人に注がれる。

 

「本当か?」

「もちろん、じゃがその前にワシ等の戦力を把握しておきたい。正確な作戦には正確に味方の戦力を把握しておく必要があるからの。」

「確かにそうですね。」

 

そう言われて互いの艦艇データを交換する。

 

「これは・・・。」

「こいつはすげぇ・・・。」

 

ユーリ君と彼の所のクルーのぽっちゃり少年と眼鏡少年が驚愕している。確かにヤッハバッハの旗艦級戦艦なだけあって、その戦闘能力は破格のものだ。単純な性能面なら並大抵の艦艇は相手にならない。

 

一方のユーリ君達の艦隊を見てみる。

旗艦となるサウザーン級巡洋艦が1隻に随伴艦のテフィアン級駆逐艦が1隻とアリアストア級駆逐艦が一隻だ。

 

中身はそれなりにカスタマイズしているようで、空間管理局基準の性能値表を見てみるとそこら辺の雑魚海賊よりは格段に性能が高い。

 

「・・・君もしかして密輸とかやってんの?」

「え!?いや、そんな事する訳ないじゃないですか。」

「この年で巡洋艦と駆逐艦を揃える少年なんて後ろ暗い事してると疑うだろう?」

「ユーリはそんなことしない。」

「あぁ、酒場のミッションを受けたり貨物を運んだり、倒した海賊船からジャンク品を回収したりしてるだけだぜ?」

 

私の失礼な物言いに対し若干憤慨した彼らが反論する。

 

「あぁ、いや悪かった。ただその年でよくそれだけの船を揃えたものだなと思ってな。」

「運がよかったんですよ。」

 

彼の言葉にちょっとイラっと来た。こっちがどれだけ請求書と書類と節約に努めているか・・・。

 

なんてことを考えていると先ほどからじっと艦船データを見つめていたトスカが口を開く。

 

「所で、あんた等の船はいったいどこで手に入れたんだい?」

「ん?あぁちょっと遠くの銀河でね。」

「へぇ~、こんな巨大船が手に入れられる強大な国がこの宇宙にはあるんだね。」

 

・・・何か妙に含みのある言い方をしてくるように感じる。

 

「別に0Gドックに国なんて関係ないさ。コイツはおまけ付きで偶然私の手に入っただけさ。この船がこれまでにどんな使われ方をしたかなんて、知らないよ。」

「「「(おまけ・・・あぁ借金か・・・。)」」」

「ふ~ん、まぁ世の中色んな奴がいるからね。別の銀河から流れてくる奴なんていくらでもいるが、大抵何かそれなりの理由と目的を持っているもんさ。」

 

彼女が言いたい事は何となく分かった。もしかしたら彼女も何か特別な事情で別の銀河から来たのかも知れない。だが、それを今話す意味が私には分からない。

 

「あんたは一体何が目的だい?」

「金。」

 

即答する私に彼女の顔が若干の驚きで固まる。

 

「理由は色々あるが目的は金だな。よく言うだろ?”自由を得るには金が要る”って。0Gドックって言ったって所詮は人間さ。力を得るにも自由になるにも自分が生きたいように生きるためにも金が要る。世の中金なんだよ。」

「「「(多分聞きたい事はそれじゃないのにこいつ借金の話しているな・・・。)」」」

 

こういう探りを入れるような質問には下手にごまかしたりするよりもはっきりといった方がいい。痛くもない腹を探られたり変な誤解をされても困るしな。あとウチのクルー共がなんか変な目で見てくるのはなんでだ。

 

「そ、そうかい。」

 

何か当てが外れたみたいな顔をしているトスカ。そこでルー氏が一つ大きく咳ばらいをする。

 

「うおっほん、で話を戻すがこういった要塞は外部からの攻撃には分厚く作られているが内部からの攻撃はあまり想定されていない。この要塞図面を見ても分かる通りじゃ。」

「それで?どうやって攻略するんだ?内部からって言ったって要塞にとりつく途中で要塞主砲の餌食になるぞ?」

「まぁそう焦るでない。要塞主砲を確実に無力化する方法はある。無論敵艦隊を討伐する方法もじゃ。」

 

そう言ってルーは己の策を説明する。皆それを真剣な面持ちで聞いており、説明が終わった後は彼の作戦に感嘆の声を上げた。

 

「確かにこの方法なら要塞主砲と真っ向から勝負しなくて済む。」

「後は準備とタイミングですね。」

「そうじゃな、この策をより確実にする為にはもう数日必要じゃ。」

 

話がまとまった所で急にトスカが立ち上がる。

 

「さぁ〜て、話もまとまった所でパーティータイムと行きますか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

「ウヒャヒャヒャヒャ!可愛い奴可愛い奴!」

「トスカさんやめて下さい!」

「こ、こんなの僕の仕事じゃない・・・。」

「は、恥ずかしい・・・。」

 

パーティータイムとなった酒場は昼間と違い大盛り上がりとなっていた。貸切状態となった酒場ではマスターの計らいもあってどんちゃん騒ぎ状態だ。

 

ちなみに今はゲームで負けた連中がトスカに絡まれている状態だ。ユーリ君とイネス君、そしてうちのオペレーターであるアズキ。

 

3人ともフリフリメイド服でしっかりメイクまで施されている。あの服で街中を歩くには女性でも相当の度胸が居ると思う。

 

ちなみにこの服はマスターが用意した。何で持ってんのお前。

 

「お待たせしました〜。当店自慢の石焼トカゲです。」

 

女装男子の胸を揉みまくる酔っ払いと妹に写真を取られまくる少女を眺めていたら最初に見た赤いドリル髪の女の子が料理を運んできた。

 

彼女の名前はミイヤ・サキといってこの酒場の看板娘だそうなのだ。

赤いドリル髪が目を引くが今はそれよりも気になる物がある。

 

「えっと、石焼トカゲって何?」

 

自慢の料理と酒を頼んだのだが、石焼トカゲって聞いたことが無いぞ。っていうか虹色の光沢がある肉なんて初めて見た。

 

「これはこの星に住んでるゴッゾトカゲを熱々に熱した石で焼いたものなの。」

「ゴッゾトカゲって?」

「こういうのですよ。」

 

そう言って携帯端末から写真を見せてくれる。

そこには10メートルくらいの虹色に輝く巨大なトカゲが写っていた。

何というかこう、食欲をそそらない見た目だ。

 

「他所から来た人はこの見た目であまり食べないのだけれど、結構イケるんですよ?」

「へ、ヘェ〜。」

 

ここまで言われると断りづらいので意を決して口に入れる。

 

「どうだ?」

 

同じものを頼んでいたベルトラムやエドワードが呼びかける中、私は口の中の肉の味を確かめる。

 

「一言で言うと・・・珍味。」

「「珍味。」」

「アレだ、硬めの歯応えに若干の獣臭さがある。そして・・・辛い。」

「辛い?」

「味が新感覚過ぎてよく分からんが、・・・悪くない。」

 

一口食べた後、出されたビールを一杯飲む。

なんか舌がピリピリする。辛い香辛料を食べた感だ。

 

聞いたらある石とこのトカゲ肉を焼くと化学反応で辛味成分が出来るので香辛料要らずで辛くなるのだとか。

 

「これは素焼きだからそこまで辛くないけど、この肉を乾燥させて砕いた石と一緒に香辛料に漬けるとすっごく辛いホットって言う調味料が出来るの。通な人はこれをつけて食べるのよ。」

「ミイヤちゃーん!こっちにお酒お代わりー!」

「はーい!今行きまーす!それではごゆっくり。」

「ありがとう。」

 

別のテーブルに行くミイヤを見送りながら私はトカゲ肉を食べる。

なんか癖になる味で3人とも黙々と食べてはビールを飲む。

 

ふと、テーブルの上に先ほどのホットと書かれた調味料の入ったボトルが目に入った。

 

「試してみるか。」

 

私達3人はホットをかけたトカゲ肉を一斉に口に運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「!!!?!?!??!!?!!??!??!!??!??!?!!?!???!!!!」」」

 

 

 

瞬間私の脳が痛覚と味覚を遮断した。

突然の衝撃に脳内がパニック状態になっていると、視界の下の方でエドワードとベルトラムが椅子から転げ落ちて喉や口を押さえながらのたうち回っているのが見えた。

サイボーグとして脳の改造を施され痛覚機能の遮断を行える私と違い、彼らは自らの舌から発せられるその感覚を遮断する事は出来ないのだ。

 

かくいう私も、一瞬の出来事に脳がフリーズしてしまい体を動かすことが出来ず、異常に気づいたマスターや周りの連中が駆け寄ってくるのを視界の端で見ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、まさかホットにそんなに敏感だとは思っていなかったもので。」

 

あの後でマスターとミイヤから謝罪を受けた。彼らにとってはただの調味料でも我々にとっては危険な激辛劇薬だったようだ。

 

「この星の人間は普通に辛い程度にしか感じないものでして・・・申し訳ございません。」

「いやいいよ、別の星に行けばこう言う事だってあるさ。気にする事ないよ。」

 

日常的にホットを食しているこの星の人間は遺伝子レベルで適用しているらしい。宇宙を旅するとこういう事もあるから良い刺激になる。

 

というのは感覚を遮断できた私だけで、後の2人は医務室送りとなった。今はドクターに治療を受けてもらっていることだろう。

 

後、それを知ったトスカが罰ゲームでトーロという太った少年にマヨネーズに超微量のホットを混ぜたやつを舐めさせて遊んでいた。

 

医務室送りになるほどでは無いが、彼は大量の汗を掻きながらそれ以上の水を飲んでいる。あれくらい薄めてもあんなに辛いのにこの星の人間は平気でドバドバかけるらしい。

 

詫びにタダ酒をもらったし新しいおもちゃが手に入って楽しんでるようので、適当な所で話題を切り替える。

 

「所であのミイヤって子はマスターの娘か?」

「いえ、彼女は昔海賊によって両親を失ったんです。時々両親の事を思い出しては暗くなってしまう時があるんですが、貴方たちがスカーバレルの海賊船を幾つも沈めて回っているのを聞いて今日は特に明るいんですよ。」

「そうか。」

「私がいうのもアレですが、なんとしてもアイツらを・・・スカーバレルを倒して下さい。私もミイヤのような娘を何人も見てきました。これ以上、そんなものは見たく無いんです。」

 

健気にテーブルを歩き回る彼女を見ながらマスターの悲痛な訴えを聞く。

 

「私も一航海者として特にスカーバレルのような海賊を快くは思っていない。そういう輩はタンホイザに叩き込んでやるよ。」

 

アルコールが回ってきたのか普段口にしないような言葉が出てきてしまう。

 

それを聞いたマスターは、小さく「ありがとうございます・・・。」と繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ーーーーてくださいーーー起きてください!!!」

「うぅん・・・な、なに?」

 

いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

マスターの大声で目が覚めた。

 

「うーんいてて、一体何があったってんだい?」

「そそそれが先ほど海賊らしき男たちが現れて、ミイヤとイネスさんを攫っていったんです!!」

 

「ファ!?」

「なんですって!?」

 

突然告げられたこの情報にアルコールが残っていた頭から急速に酔いが覚めていく。

 

「ミイヤさんはともかくイネスまで!?」

「何でお姉ちゃんじゃないの?」

「そういや女装してたまんまだったからな、女に間違われたか。もしくはより魅力的に見えたか・・・。」

「ちょ、それどういう意味ですか?!」

「マニアックな人達・・・。」

「とにかく追いかけよう!まだ間に合うかもしれない!!」

 

起きていた者は慌てて店を駆け出す。起きなかった奴にはホット入り水を口に突っ込んで強制的に叩き起こした。

 

「お願いします、どうかミイヤを・・・。」

 

泣き崩れながらそういうマスターに、私は一言「任せろ」と言って駆け出した。

仮にそれが虚勢であり全く根拠のないセリフでも――――――。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

「んぁ・・・ここは。」

 

見慣れない天井に気づいたイネスは、起き上がろうとしてガンガン唸る頭を抱えた。

この原因を探ろうと記憶を思い返せば、昨日罰ゲームで女装させられた後浴びるように酒を飲まされた後から記憶が全くない。どうやらそのまま酔いつぶれて寝てしまったらしい。

 

「・・・ここはどこだ?」

 

服もそのままでまるで倉庫のような部屋に放り込まれていたらしい。とりあえず彼らの仕事仲間の所へ合流しようとドアへ向かって歩いて行ったところで、突然ドアが開く。そこには見慣れない男が二人立っていた。

 

「へっへっへ・・・アルゴン様に差し上げる前にちょ~っと味見しちまうか~。」

「ふっへへへ・・・久しぶりの女だぁ」

 

最初はもう一人の0Gドックの仲間かと思っていたが、聡明な眼鏡少年イネスはその言葉だけで事態を洞察してしまった。

 

女装した自分、何やらかび臭い倉庫のような場所、見知らぬ男、奴らの口から出てきたアルゴン様という言葉・・・。

 

「(こいつら海賊ッツ!?)」

 

だが悲運なのは彼が聡明であっても事態を解決する力を持っていない事であった。武器も他人を殴り倒す腕力も彼は持っていなかったのである。

 

「「ぐっへへへぇ~。」」

 

なので彼は自らの頭脳をフル回転させ事態の打開を図るための一つの策を思いつく。

 

「よ、よく見ろ!!僕は”男”だぞ!!」

「あ~ん・・・?」

「おとこぉ~・・・?」

 

ここでの彼の行動は彼を尊重し敢えて明記することを避ける。が、彼の取った行動をぼかして表すのであれば、人間は視覚的に確実に男女の違いを認識することが出来るほど身体の作りが違うのである。

 

「・・・まぁ。」

「それはそれで。」

「あれぇ!?」

 

ただ彼の誤算は世の中人類の数だけ趣向がある事を考慮しなかったことである。

 

自分の作戦が完全に失敗したと分かった時、彼はにじり寄る二人の海賊に対し心の底から恐怖を感じていた。

 

一歩一歩近づいてくる海賊達。

 

――――――ドゴォォオオオン!!

 

「な、なんだぁ!?」

 

突然の轟音と衝撃が、グラビティウェルによって制御された重力を大きく乱し船を揺さぶる。更にエア漏れを知らせる警報が鳴り、各所で隔壁が降りる。

 

「おい!やべぇ逃げるぞ!!」

「逃げるってどこへ!?」

「脱出ポットだ!急げ!!」

「こいつはどうすんだよ!?」

「バカ!自分の命の方が大事だ!!」

 

収まらない揺れと警報から海賊達は生存本能に従い急いで脱出ポットへと走り出す。反応の遅れたイネスが走り出そうとした所で、更に強い衝撃が起こり彼はバランスを崩して床へ倒れこむ。その瞬間ドアの隔壁が下がり倉庫と廊下を遮断してしまった。

 

「あ!?」

 

思わず間の抜けた声が出てしまい、慌てて隔壁へ駆け寄る。横に見えるスイッチを操作するが反応しない。

 

「あ、開けてくれ!!誰か!!」

 

そうこうしているうちに、次の衝撃が走った瞬間部屋のどこからかシュウゥーという気体が流れ出る音がする。

 

「―――ッ?!」

 

その音を聞いた時、彼は自分の背中が凍り付いたような感覚を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

「敵だ!撃て!!」

 

激しい銃声と共に戦闘服を着た部隊が廊下へ向けて銃を乱射する。丁度廊下の角から飛び出してきた男達は発射されたメーザーが人体を貫き傷口から血を吹き出して倒れる。

 

「ここは制圧した!進め!!」

 

イネスを攫った海賊船は私やユーリ君の艦隊から強襲を受け、内部で白兵戦が始まっていた。

 

あの後ゴッゾから緊急出航した後に、私達は一路ファズマティへと進路を取った。略奪品を積んだ海賊の行く先なんて本拠地に決まっている。エンジンを戦闘出力でぶん回して無理矢理加速した所で海賊船を発見し、長距離砲撃で動きを鈍らせた後で私たちの艦を強行接舷させて乗り込んだのだ。

 

「トーレス!お前どこ撃ち抜いたんだ!?艦内がエア漏れ警報だらけだぞ!!」

「出力は絞ってある!艦内のバイタルポートは無事なはずだ!」

「じゃあなんだこの警報は!!」

「強行接舷の時乱暴にやりすぎたんじゃないかい!?相当な速度で突っ込んだだろ!!」

 

叫びながら各所から空気が漏れている音がする廊下を走り続ける。

 

「二人はこの先なのか!?」

「携帯端末の反応はこの先です!」

 

逃げ惑う海賊達を排除しながら走り回って合流したユーリ達と共に、イネスの携帯端末から発せられる信号を追って走る。

 

「この部屋だ!」

「まずい隔壁が降りている。」

 

バイタルポートよりも外側の区画の倉庫、そこから彼の信号は発せられていた。

 

「くそっ!この区画エア漏れしてやがる!」

「じゃあミイヤさんとイネスは!?」

「分からん、とにかく急いで開けるしかない!」

 

エア漏れ警報がこの区画に流れている。隔壁が降りていてこちら側が無事という事はあっち側は真空になっているかもしれない。そして彼の信号はそこから発せられている。

 

「開けられるかエドワード?」

「ダメです!回路が壊れてます!物理的に開けるしかありません!!」

「ならこれで!」

 

ユーリ君が腰に差していたスークリフブレードを抜き目の前の隔壁を叩き切る。超臨界流体の被膜によって隔壁を一刀するが、ただ隔壁に傷を付けただけだった。

 

「くっ!どうして!」

 

自分の剣では開けなかった事に衝撃を受けるユーリ。おそらく彼の腕ではこの隔壁を切り裂けないのだろう。しかし―――

 

「どいてくれ。」

「えっ?」

 

そういって彼を押しのけて私は扉の前に立つ。

 

「切れ目があれば十分だ。」

 

力を込め切れ込みの部分を狙って隔壁を蹴り飛ばす。瞬間バゴンッツという音が鳴り隔壁がひしゃげる。切れ目を境に隔壁はまるで巨大ハンマーを叩きつけたような陥没跡をつけ、腕一本入るくらいの隙間が空いた。

 

隙間からはエアーの流れる音と共に風が隔壁の向こうへ向けて拭いている。

 

そこから更に2発ほど蹴りを入れれば、人1人が潜り抜けられそうな穴が空いた。

 

「貴女は一体・・・。」

「ただのサイボーグだ、ちょっと待ってろ。」

 

私が隔壁を潜り抜けた所で床に倒れている少女を発見する。薄暗いので顔は分からないが格好からして海賊ではなさそうだ。あたりを見渡しても彼女以外の人物はいない。

どうやら意識が無いようで、隔壁の外へと引き摺り出した後、安全なところへ運び込む。

 

 

「イネス、しっかりしろイネス!!」

 

少女の仲間が必死に呼びかけているが、低酸素とそれに伴う低温にさらされていた彼の目は開かない。

 

「ちょっと失礼しますよ。」

 

そう言って駆け寄ってきたドクターが何かを飲ませる。

 

数秒後

 

「ーーーーーッ!?!?!?!?!?!?」

 

突然目を見開いたかと思うと口を抑えて暴れ始めた。

 

「これで一安心です。」

「どう見てもさっきより容態が悪化しているんだがドクター。一体何を飲ませたんだ?」

「ホットドリンクです。」

「ホットドリンク?・・・まさかドクター。」

「気付け薬としてはいいですねコレ。」

 

なんて言いながら彼女―――っていうかこの子男じゃ無かったか?―――に水を飲ませるドクター。彼女の方はのたうち回ったせいなのか救出する時に何処かに引っかけたのか服が破れて色々見えちゃっている。しかもホットドリンクとかいうサイコパスが作った悪魔の飲み物を飲まされたせいで身体中から大量の汗を掻いてぐしょぐしょだ。

 

事情だけ知らずにみると高熱にうなされた少女を介護する女医なのだが、実態は女装した少年が劇薬を飲まされ生死の境を彷徨っているのを手当てしながら観察する劇物を盛った張本人だからな。

 

少しして意識がはっきりとしてきた様だった。気付薬としては有能かもしれんが、代償がデカすぎる。

 

「いやー無事で何よりだよ。」

「も、元はと言えば貴女が変な格好をさせるからでしょう・・・。」

「でも、子坊の救援が間に合わなくちゃああんた貞操の危機だったんでしょ。礼くらい言っておきなよ。」

「あぁ、ユーリ。助かったよありがとう。」

「あ、あぁ」

「(あのイネスが素直にお礼を言ってる!?)」

「(ちゃんとしてるじゃない。)」

「ただ、助けてくれた事には感謝するが、助け方は非常に不本意だった!!貞操どころか命まで散らす羽目になったんだぞ!!」

「え、あ、いやごめん・・・?」

 

礼を言った次の瞬間には抗議されてユーリ君は困惑しつつ謝っていた。

 

「それでイネス、ミイヤさんがどこに行ったのかわかるか!?」

「いや、彼女の姿は見ていない。艦内は探したのか?」

「あぁ、今みんなで手分けしているが分からない。」

 

突然頭の中にコール音が鳴る。掛けてきたのはダスティだった。

私は表情や声を出す事なく、脳内にて彼と通話を開始する。

 

『艦長、今捕まえた海賊から聞いた話なんですがどうやらミイヤって子は先に別の船で連れて行かれたみたいです。』

『そいつが嘘をついている可能性は?』

『それは無いかと。他の連中も全員同じ証言をしていますし。』

『了解。こちらは救助対象を一名確保した。そちらは撤収作業を始めてくれ。』

『了解!』

「艦長、何かありましたか?」

 

私の通信に気づいたのかエドワードが声を掛けてきたので事情を説明する。

 

「すぐ追いつけると思うか?」

「超長距離レンジに映らなかったとなると、本艦の足では厳しいと思います。」

「だろうな。」

 

アルタイトは足が遅い船だからな。足の速い船だと簡単に逃げられてしまう。

 

「でも、今すぐ助けに向かわないとミイヤさんが・・・。」

 

海賊に捕まった若い娘の行く末なんて碌なものじゃあない。ユーリ君が言わなくともそれは全員分かっている。

 

ただ問題点がいくつかあるが、最も大きいのは時間だ。

 

自分達が実行しようとしていた作戦は、時間をかける程成功率が上がる状態だ。逆に言えば、時間を掛けずに作戦を決行した場合失敗の確率が上昇する。

 

相手が足の速い海賊船である事や、既にこちらの索敵圏外へ出ている事を考えるに、ミイヤがファズマティ着く前に追いつくのはほぼ不可能。

 

必然的に救出はファズマティ攻略と同義になる。

 

そして、我々が立てた攻略作戦の成功率に対し彼女が無事でいられる確率は反比例する。

即ち時間をかければかけるほど、彼女の身に危害が及ぶのだ。

 

「つまり彼女を無事に助けるためにはこのまま進むしかないのか。」

「本気か?このまま進めば我々は準備不足のままファズマティ攻略戦を実行する事になるぞ。」

「でもこのままじゃミイヤさんが!」

「落ち着きなユーリ。アンタは艦長なんだ。アンタやあの娘の命だけじゃなくクルーの命だって預かってるんだよ。簡単に危険に晒せるのかい?」

「それは―――」

 

ベルトラムやトスカの言う通りだ。少女1人と全クルーの命、この二つを天秤にかけなければいけない事態に今陥っている。

ユーリ君とミイヤの間に何があったかは知らないが、むざむざ見捨てるのも気分が悪い。しかしそれと部下の命を天秤にかけた時、一般論としてどちらに傾くかはほぼ想像通りだろう。

そして今、少年は個人の感情と艦長の責任との間で葛藤している。

 

「一ついいかね少年。」

 

この時、沈黙していた砲術長トーレスの発言にその場にいた一同の注目が集まる。その中で彼は語る。

 

「元軍人の意見としては、ここは彼女を見捨て準備を整えてから攻略すべきだろう。」

「「ッツ!」」

 

その意見にユーリやトーロが顔を顰める。だがそれに構う事なく、トーレスは発言を続ける。

 

「しかし、一砲術士の意見としては砲弾を敵に命中させるのはより難易度の高い方が面白い。1%でも可能性がある限り、砲弾を命中させる事は不可能では無いからな。」

「・・・それはつまり行けってことか?」

「砲撃に置いて最も美しいのは難しい目標を撃ち抜くことだ。簡単な的を撃つよりも難易度が高い方が成功させた時よりエレガントだ。」

「俺も砲術長の意見に賛成だな。」

 

驚いた事にそれに同調したのはディエゴだった。

 

「何の事はねぇ多少作戦の成功率とやらが下がっただけで不可能になったって訳じゃねぇ。どっちか見捨てるっていう選択肢を取るよりも、どっちも手に入れる方を俺は選ぶぜ。」

「強欲だなお前は。」

「海賊が強欲で何が悪い?何より奴らアンリトゥンルールを破りやがった。そんな屑はとっととダークマターにしちまった方がいい。」

「その通りだな。」

 

笑いながらそんな事をいう二人。こいつらは決してロマンチストなんかでは無い。むしろ軍人や海賊であった以上、リアリストとしての側面が強いはずだ。

 

そんな連中があえてそういう事を言うって事は・・・。

 

 

私は煙草を咥えて火をつけると煙を口から吐き出す。

 

「・・・やるか。」

「正気かい?」

 

私の言葉に対しトスカが聞き返す。

 

「ディエゴの言う通り作戦の難易度がちょっと上がっただけだ。それに海賊共にやりたい放題されて黙っているのは面白くない。これは軍事作戦じゃないし私達も軍人じゃない。自分達の意志を通す為の戦いだ。“0Gドック”っていうのはそういうもんだろ?」

 

私の言葉にハッとした表情を見せるユーリ。トスカも頭を掻きながらやれやれといった表情を見せる。ベルトラムなんか呆れた顔で腕を組んでいた。

 

「やってやろう、スカーバレルとか言うクソッタレな海賊共をタンホイザに叩き込んでやるんだ!」

「「「「おう!!」」」」

 

 

力強い声と共に彼らは走り出す。彼らの意志を通す為に。




正直原作でも似たような作戦を使ってたんじゃないかなと思いますね。
じゃ無ければファズマティから大量の敵が出てくる気がする・・・。

鹵獲艦は戦力アップ策です。

シーガレットに関しては記述がなんかおかしいですがこの宇宙ではこれが正常です。

後トーレスは弱きれいなトーレスです、よろしくお願いします。


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第22話 ファズマティ攻略戦 前編

海賊船から撤収した私達はファズマティを目指して漆黒の宇宙を進んでいた。

 

ファズマティへの航路は辺境であり、海賊の支配領域という事もあって航行する民間船などは一隻も居ない。静寂と暗闇が広がるだけの航路だ。

 

「にしてもお前、あんな力があったんだな。」

 

何の脈絡もなくベルトラムが話しかけてくる。

 

「ん?何の話だ?」

「その体の力だ。いくら何でも隔壁を蹴破るとかどんな体してるんだお前?」

「どんな体も何も、サイボーグだからな。隔壁くらい蹴破れるだろ?」

「そんな奴がゴロゴロいてたまるか。」

「いや、艦長の力はすごいですからね。そのうち宇宙船を素手で引きちぎるんじゃないですか?」

「な訳あるか。」

 

いくらこの広大な宇宙でも宇宙船を素手で引き千切れる奴がいてたまるか。

 

「艦長、前方に例のメテオストームを確認しました。」

「見えてきたか。」

 

スクリーンに映し出されるのは、大小さまざまな大きさの岩石が大量にかつ高速に動く光景だった。

 

メテオストーム―――二つの巨大な星の引力によって小惑星帯がまるで潮の満ち引きのように流動する現象で、その内部では高速で移動する氷塊や岩石が飛び交っているため、この中に宇宙船を放り込めば、それらによって削られ叩かれすり潰されて沈んでしまう。

 

知識では知っていたが、実際にこうして目で見るとその恐ろしさが言葉ではなく体で分かってしまう。

 

「・・・この中を通るのか?」

「いくらデフレクターがあると言ってもなぁ・・・。」

 

このアルタイトよりも大きな小惑星がまるで川の濁流のように流れている。その中では小惑星同士が衝突しあい、砕けた破片が更に他の小惑星を破壊しといった状態が繰り返されていた。

 

あの砕けた小惑星が今度は自分の番になるのか・・・。

 

「よくこの先に本拠地を構えようと思ったな。」

「っていうかあいつらどうやってここを突破したんだ?連中には水雷艇だっていたんだぞ?」

「迂回の手段も無くは無いが、時間がかかりすぎるし何より遭難の危険が高くなる。ここは大人しく突破するしかないだろう。」

 

ベルトラムの言う通り、本来航路逸脱というのはかなり危険な行為だ。宇宙をよく知らない人間がチャートを見て航路が引かれていない空間を指さしここがショートカットできるじゃないかとよく口にするが、それをせずに航路が引かれているのにはちゃんと理由がある。

 

宇宙には星々以外何も無いように見えて中性子性やブラックホールをはじめとした危険な存在が多々あり、航行不能領域と呼ばれたりする空間が多く広がっている。一説では人類が航行可能な空間は宇宙全体の半分も満たないという説まである。

 

そして航路外へ出ると自分達の座標を見失う可能性が出てくる。人工衛星による測位が使用できる地上などとは違い、宇宙では自分達の位置を確認するというのはかなり難易度の高い芸当なのだ。そして位置を見失うという事は暗闇の中自分がどこへ進んでいるのかも分からない状態となり、何もない真空の空間をさまよい続け最終的には餓死や窒息した死体を乗せた幽霊船が出来上がるのだ。

 

今でも時々幽霊船が発見される事があるし、行方不明になる船もいる。そうした事故の原因の一つとして航路逸脱があると言われている。

 

前回の我々が航路を逸脱した時はそれなりに近い所で慣性航行していただけだし、周辺の空間スキャンや位置確認を行ったうえでの事だ。流石に敵の庭で悠長にそれをやる時間も余裕も無い。

 

「抜け道でも知っているのか、一時的に動きが弱まる時期があるのか・・・。いずれにせよ我々には分からんし、それを調べる時間は無い。」

 

流石に航路を立ちふさぐようにして存在する巨大な壁の小さな穴を探すのはそれこそ年単位での時間と相応の人手が必要だ。そこで私は船内の内線をつないである人物に連絡を取る。

 

「どう思う?リヒャルト?」

『ふむ、おそらく惑星の位置関係や海賊船のデフレクターのデータを計算した限り、メテオストームに周期があるのは間違いない。が、その周期はおそらく月単位以上の長いものになると予想する。』

「今すぐ通るのは難しいか?」

『おそらく問題はないだろう。海賊船の性能を見るに今はまだメテオストームが緩やかな周期だと思われる。本艦でも問題は無いだろうが、後は動かす者次第だな。』

「分かった。ありがとう。」

 

内線を切って目の前のメテオストームを映し出す巨大なモニターに向き直る。リヒャルトは観測機器が専門でこういった現象に対する知識も持ち合わせている。その彼が言うならば問題は無いだろう。

 

「こういう時は流れに沿って航行するんでしたっけ?」

「そうだ、そうすれば相対速度が縮まりいくらか航行しやすくなる。向こうにはついていくと伝えろ。」

「先に行かないんですか?」

「このデカブツが前にいると連中も動きにくいだろ。それにいざとなったらこっちは向こうを押し出してでも動けるからな。」

「・・・本音は?」

「先に行って様子を見てきてほしい。こちらが損害を受ける前に。」

「なんて奴だ・・・。」

 

ベルトラムが頭を抱えるが、私だって専門家がOKを出したからといってあんな中にホイホイ飛び込める程楽天家では無い。実際問題こちらの機動性が悪いのは事実なので、向こうの避航空間を広げるためにも先行してもらい距離を取ってついていく事にする。

 

「ユーロウパと随伴艦2隻、メテオストームに突入しました。」

「本艦突入まで5,4,3,2,1,0―――。」

「「うわぁ!?」」

 

突入した瞬間舵を握っていたディエゴやレーダーを見ていたアズキが変な声を上げる。それと同時にアルタイトの艦首が左方向へ急激に回っていく。かと思えば船体が傾き出し今度は右に押し出されていく。

 

「どうした!?」

「姿勢制御が効かねぇ!?」

「レーダーに異常!!原因不明!!」

 

先行したユーリ艦隊は問題無く航行しているようなので、突然の事態に混乱する。突然、リヒャルトから内線が入る。

 

『艦長、ガスだ。』

「なにぃ!?」

『おそらく近くの小惑星から噴出した氷や塵といったガスの流れが濃いところに入ったのだ。船体の各所に異なる力のモーメントが働きそれで予想外な動きをしているが、ガスの濃い所を抜ければ状況は安定する。』

「それまでの対策は!?」

『流されて小惑星に潰されないよう姿勢と進路を維持し素早く抜ける事だ。』

「操艦変わるぞ!」

 

それを聞いた私は船の操作権を操舵手から直接操作へ切り替える。これによって私の脳からアルタイトのコントロールユニットへ直接命令を送る事が出来るのだ。その反応速度は普通の方法では決して超える事は出来ない。これのおかげで私は手足の様にアルタイトを操船できるので、アルタイトの処理能力をフル活用して船の姿勢をギリギリの所で安定させながら進んでいく。

 

船体全体がメテオストームへ突入した事で、ようやく姿勢制御がいくらかやりやすくなった。ここで操船権をディエゴへと戻す。

 

「ふぅ・・・疲れた。」

「大丈夫ですか艦長?」

「このモード使うと疲れるんだよ。」

「後でシステムを調整しておきます。」

 

あれは結構苦痛だ。情報処理の量が一瞬で桁違いに跳ね上がるので頭がガンガン唸る。

具体的に言うと突然この船の全クルーの五感から得られる情報が鮮明にはっきりと感じ取れる状態になる。おかげで二日酔いのような感覚が一時的に起こってしまうのだ。

 

「リヒャルト、この先もこういうのがあると思うか?」

『おそらくな。近くのデブリを観測して塵の噴出などが確認出来たらまた同じようになるだろう。』

「アズキ、スイカ。周辺のデブリからの塵の噴出を監視して報告してくれ。手すきのオペレーターもそれに当たってもらおう。」

「「了解!」」

「ダスティ、ディエゴ、ガスによる船体の動きに注意しつつ進んでくれ。ガスの流れと重力偏差の変化を予想して操船するんだ。」

「「了解!」」

 

デフレクターは質量物から船体を守るってくれるが、万能という訳ではない。なまじ巨体なだけに船体各所で受ける外力の差が大きくなって操船が難しくなるんだろう。塵も積もれば山となるといったが今回は塵が集まってこの巨大艦を押してくる。

予想外の事態だったが、ユーリ君達を先に行かせたのは正解だったかもしれない。大型船特有の操船特性に不慣れなこちらが先行してさっきみたいに操船不能になった時に巻き込む危険が無くいからな。

 

と各所に命令を下していた所でドンという音がする。

 

「小惑星が衝突したようです。位置は艦橋近くですが損傷無し。」

「続けて本艦に接近中の複数のデブリあり!ぶつかります!」

 

複数のデブリが飛んできてはデフレクターによって弾かれる。

その度に艦内に衝撃が走るが、巨大なこの船にとってせいぜい少し揺れたか程度である。

 

「か、艦長!ユーリ艦隊をロスト!!」

「何!?」

 

アズキからの報告に耳を疑う。まさか沈んだか!?

 

「インフラトン反応の拡散は確認できません。恐らく大量の小惑星によって感知できなくなったと思います。」

 

スイカの報告を受け、とりあえず一安心する。

 

「ユーロウパと通信できるか?」

「通信繋がりません。」

「うーむ、まぁここを抜ければ合流できるだろう。とにかくこのまま進もう。」

 

 

そうして前進を続けること10分、目の前の巨大な小惑星を避けた瞬間だった。

突然モニターの正面に艦影が現れた。

 

「うお!?」

 

突然影から現れた船、エルメッツァ製サウザーン級巡洋艦の姿を視認した。目視ではっきり確認できるほど近くに居たのだ。小惑星の影にいた事と、周辺の細かい破片の所為でここまでの至近距離でもレーダーなどで察知できなったんだろう。

 

「このままだと後30秒で衝突します!!」

 

アズキからの報告に私は慌てて命令を下す。

 

「お、面舵一杯!!」

「アイサー!!クソッタレ!しっかり動きやがれ!!」

 

重力偏差かはたまたガスの影響か、元々巨大で機動性の低いアルタイトに緊急回避は難しい。向こうもこっちに気づいたようで慌てて船を動かしているが、僚艦のアリアストア級の動きが不味かった。

 

「何でこっちにきやがる!!」

「このままではぶつかります!!」

 

恐らく外力の影響で上手く動けないのだろう。スラスターの光がよく見えるが、それとは逆に船体が動いている。

 

300m程度の駆逐艦に衝突された所でこの船はびくともしない。しかし、相手はそうではない。圧倒的な質量差によって轢き潰されデブリになってしまう。

 

周囲を見回した私はある決断を下した。

 

「操作権もらうぞ!ベルトラム、総員に対衝撃警報出せ!!グラビティウェルで打ち消せるか分からん!」

「何やる気だ!?」

「ダスティ、左舷前方の係留アンカーを全部撃ち込め!目標は左舷上方の一番近い小惑星!」

「え!?」

「早くしろ!!」

「りょ、了解!」

 

アルタイトの左舷前方に付けられた係留アンカーが射出される。通常は小惑星などに一時的に係留する際や白兵戦時に相手艦に取り付く為に使われたりするもので、トラクタービームやグラビティウェルなどが使えない時に使用する非常にアナログな装置だ。

 

10本以上の係留アンカーの先端が小惑星に突き刺さると4本の爪が岩石をがっちり掴み小惑星と船体を繋ぐ。

 

「ブースター点火!巻くぞ!」

 

両舷の巨大ブースターが唸りを上げ直後に強烈な振動と共にその有り余る力で4kmの船体を押す。

それと同時にウィンチが高速で回転し人間の身長よりも太いワイヤー10本を全て巻き始める。

 

艦が前方へ加速し始め速度が出てきた所で、ウィンチが限界までワイヤーを巻いた事で船が突然左舷側へと引っ張られる。

 

ワイヤーに引っ張られた船体はその船首が小惑星の方へ引っ張られ左上方へ回頭を始め、艦内では突然の方向転換による衝撃と、グラビティウェルによって打ち消しきれなかった慣性によって固定されていない物や、適当な何かに捕まれなかった人間が吹き飛ばされる。警告があったとはいえ時間が無さ過ぎたのだ。

 

「うわぁああああ!?」

「避けろぉおおお!!」

 

同時にウィンチを全力で回してワイヤーを巻き込んでいく。アルタイトはまるで振り回されたロープの先に括り付けた錘のように、小惑星を軸にしスラスターに加えて遠心力によって急速に左上方へ移動する。

 

目の前のアリアストア級が船体の影に消えて目視出来なくなる。だが、船底部の外部監視カメラはどんどん近づいてくるアリアストア級の姿をモニターに映し出していた。

 

「衝突まであと10秒!!」

「躱せぇぇぇえええ!!!」

 

叫びながら下部スラスターを全力で吹かさせる。どんどんアリアストア級がカメラの方へ近づいていき、もうぶつかると思った刹那、アルタイトはアリアストア級の頭上スレスレを通り過ぎた。

 

「躱した!!」

「アンカー切断!!」

 

バチンッと音を立ててワイヤーが切断され、それと同時にスラスターが片っ端から全力で逆噴射をかけ、私は急激な慣性に耐える為に必死で艦長席の手すりを掴む。

 

そして、どうにか船が止まった時には思わず肺の中のすべての空気を吐いて安堵した。

 

「・・・ふぅ〜。」

「ぎ、ギリギリセーフか。」

 

ブリッジクルー全員が胸を撫で下ろす。取り敢えず、味方駆逐艦を轢き殺すという事態は避けられた。

 

「ベルトラム、各所の損害状況を報告させろ。何人か怪我人が出てるかもしれん。ディエゴ、操船を渡すから向こうの艦隊と合流して進んでくれ。こんな所さっさと抜け出したい。」

「「了解」」

「ユーロウパより通信来てます。」

「繋いでくれ。」

 

通信に出たのはユーリ君だった。

 

『シーガレットさん!そちらは大丈夫ですか!?』

「一応無事だ。そっちの駆逐艦は無事か?」

『はい、おかげで助かりました。ありがとうございます。』

 

取り敢えず、向こうは無事だったようだ。

 

「取り敢えずそちらも急いでここを抜けてくれ。これ以上こんな空間に居たら何が起こるか分からない。」

『分かりました。』

 

合流した我々は、陣形を整えると再度航行を開始する。

 

「ダメージレポートがきたぞ。怪我人が30人くらいだが死んだ奴はいない。怪我も打撲や打身が殆どだ。後は艦載機が2機ダメになった。」

「あんな無茶な機動をして良く死人が出なかったな。怪我した奴は交替して医療班に治療を任せよう。艦載機は使えるのか?」

「何とかな。」

 

どうも整備中だったオッゴの固定装置が外れて隣の機体にぶつかってしまったらしい。ええいまた金が掛かる、修理代だってただじゃないんだぞ。

 

「あとカーフィー爺さんから夕飯のスープがダメになったと苦情が来ている。火傷した奴もいるとな。」

「晩飯はスープ無しだなこりゃ。」

 

取りあえず危機を脱出した我々は濁流の中を進んでいく。それ以上の災難はなく、全艦無事にメテオストームを突破する事に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

一方で略奪艦隊が出撃した後、ファズマティに残っていたアルゴンは何処か落ち着かない様子で自分の部屋をうろついていた。

その彼の自室が開かれ男が1人入ってくる。

 

「入るぞ兄弟。」

「おぉ、お前さんかバルフォス。どうだ、新しい船の調子は?」

「中々の物だ。流石はカルバライヤ製だな。」

 

そう言うとバルフォスは部屋の椅子に腰掛ける。

 

「あの国の船の装甲は強力だな。そこらのレーザー程度なら傷一つつかんわ。そういうお前は何か落ち着きが無いが何かあったのか?」

 

アルゴンの落ち着かない様子が気になったバルフォスが聞くと、近場の惑星ゴッゾから“仕事”を終えて戻ってくる最中の仲間が一隻戻ってこないと言うのだ。

 

バルフォスとしては、顔も知らない下っ端の船が一隻帰ってこなかった所で別に気に留める必要は無い。彼は時々アルゴンのその気にしすぎな性格を疎ましく思う事があったが、スカーバレルの今日の栄光があるのはアルゴンの非情で残虐な謀略の力と、こうした行き過ぎると思う警戒心による危機察知のお陰だった事を彼はよく知っていた。

 

ただ彼の心配性な性格は時々取り越し苦労を起こす事がある。

 

以前にも掠奪して帰ってくる途中、要塞近くで連絡が途絶えた海賊船が一隻いたが、その時は討伐軍の侵攻を警戒したアルゴンが要塞に警戒体制を敷いたのだ。しかも要塞に残っていた艦隊を臨戦体制にし戦時の軍隊さながらの警備と索敵まで整えて遠く他の宙域へ行った他の艦にまで帰還命令を出して防御を固めたのである。

 

結果として、連絡が途絶えた船はエンジンの事故を起こして漂流していただけで、アルゴンの取り越し苦労に終わった。

 

「大方何処かで道草でも食っているんだろう。」

「しかし通信にも出ないとなると何かあったと考える方が自然じゃろう。」

 

彼がそこまで疑心暗鬼に陥っているのも、軍に納入されるレアメタルの強奪の為ここに駐留している艦隊185隻のうち157隻を出撃させた為である。

 

護衛に派遣される艦隊の規模からしてそれだけの戦力は正直過剰であるが、大量の幹部達が手柄を手に入れたがった事で大規模な艦隊を派遣させる事に決定したのだ。

 

現在この要塞を守るのはアルゴンの旗艦と配下のゲルドーネ級とオルドーネ級が1隻ずつ、3隻のガラーナ級と4隻のゼラーナ級にそれに12隻のジャンゴ級とフランコ級の他エルメッツァ地方軍から鹵獲したサウザーン級が1隻とテフィアン級が2隻、更にバクゥ級とタタワ級と呼ばれる船が2隻ずつの計29隻。その他バルフォスの艦隊数隻がいるのみである。

 

この要塞があれば地方軍の討伐隊程度は粉砕できる。しかしながら中央政府軍による大規模討伐隊が組まれた場合は分からない。アルゴンはエルメッツァを権力者による私利私欲が横行する退廃的な国家だと認識しているが、伊達に小マゼランの大国として君臨している訳ではない。

 

号して5万という数は張り子の虎であってもその中に実力者は一定数いるのだ。その数はスカーバレルの比ではない。

 

だからこそ彼は軍の高官と接触し上層部を引き込む事でファズマティへの侵攻が行われないようにしているのだ。

ファズマティへの侵攻を唱える軍人は、スキャンダルをでっち上げさせて失脚させたり無理な討伐任務を回したりして暗殺したりしてきた。その為、海賊討伐の動きがあればアルゴンとつるんでいる軍の高官を介してすぐにファズマティへ伝わるようになっている。

 

「そこまで心配なら偵察に誰か行かせれば良いではないか。」

「ほう、それがいいじゃろうな。」

 

そうして2隻の水雷艇がファズマティを出航した。

 

そして、その水雷艇から攻撃を受けたという連絡を最後に通信が途絶した事で、ファズマティは小さな騒ぎになっていた。

 

自室にてそれを聞いたアルゴンは急ぎ要塞司令室へ走り出す。その場にいたバルフォスは彼の老人とは思えない俊足に驚愕しすぐさま後を追った。

 

「状況はどうなっておる!?」

「偵察に行った連中からの応答はありやせん。攻撃を受けたという報告だけで後は何も・・・。」

「敵の規模は分からんのか!?」

「何も分かりやせん、誰かに偵察に行かせますか?」

 

ここでアルゴンは自身の経験と限られた情報から推測する。

 

偵察隊がやられた事から何者かがスカーバレルの庭に侵入してきた事は間違いない。交戦場所からしても既にメテオストームは突破されている。この要塞に到達されるのも時間の問題だろう。

 

問題はその敵は何者かという事だ。エルメッツァ軍ならその動きは必ず彼の耳に入る。だがそのような情報が彼に耳には入っていない。

それ以外の敵となるとバウンティーハンターや民間の0Gドックだ。

 

ごく稀にバウンティーハンターが侵入してくる事はあった。腕に覚えのある愚かな0Gドックはアルゴンが軍に張った情報網では察知できないが圧倒的な数とこの要塞の力で、悉くダークマターにしてやった。だが今回は大量の部下が離れている時に襲撃があるなど、あまりにもタイミングが悪すぎる事にアルゴンは違和感を感じる。

 

もしや何者かが仕掛けた罠か・・・。

 

「艦隊をすぐに呼び戻すんじゃ!」

「え!?」

「とにかく艦隊を呼び戻せ!それと要塞内にいる全艦に戦闘配置して要塞のすぐ近くで待機させるんじゃ!」

 

アルゴンの命令は直ちに発せられ、安心できる本拠地で安寧と惰眠をむさぼっていた海賊達は大慌てで配置につく。艦隊の出撃によって人員も大幅に減っているが、残存の艦隊の乗員を除いても未だその数は数千名に上る。

 

「どうしたのだ?」

「敵がエルメッツァ軍ならば情報が入るはずじゃ。それが入らんという事はバウンティーハンターじゃろうが、タイミングが良すぎる。連中はエルメッツァ軍とつるんでおるとみて間違いないじゃろう。よほどの凄腕か、近くに軍の部隊がいる可能性もある。」

「例のオムスとかいう奴の仕業か!」

「おそらく奴の仕業で間違いないじゃろう。艦隊が戻ってくれば仮に討伐軍が来たとて戦うことが出来るが、今その艦隊が居ない以上各個撃破される恐れがある。お前さんも船に乗った方がよいぞ。」

「おう!で、例の秘策とやらは使うのか?」

「時と場合によってじゃな。」

 

アルゴンの口角が吊り上がる。この要塞はただの海賊基地ではない、エルメッツァ軍の大軍とも渡り合えるだけの秘策がここにはあるのだ。この老獪な海賊首領はエルメッツァ随一の海賊の首魁でもある。その地位を築き上げるだけの力を彼は持っていた。

 

「ワシの船も出すぞ。指揮はそこで執る。出港準備を急がせるんじゃ。」

「わかりやした!!」

 

海賊達は自分達のボスが自ら出撃すると知って士気が高揚する。指揮官が陣頭に立って戦う事で勇猛さを見せつけるこの行為は、軍隊では無い海賊達でもその心を奮い立たせるものだ。

 

だが、決してアルゴンは勇猛果敢な男では無い。慎重にしてともすれば臆病ともとれるその性格を知っているバルフォスは彼の内心の意図を察していた。だからこそ、彼が自分へ出撃を促したのも納得がいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の船は自由に星の海を旅する事ができるのだ。この要塞とは違って。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

「敵要塞射程ギリギリに到着。要塞周辺に複数の艦隊を確認したわ。」

「ふむ、どうやら察知されておったようじゃな。」

 

ユーリ達の旗艦ユーロウパのモニターにファズマティが表示される。その宇宙船ドックの入り口周辺に敵艦隊が確認できた。全部でおよそ30隻。

その中の一隻が彼の目に留まった。

 

「見たことのない船がいるな。」

「あれは隣国カルバライヤ製のバゥズ級巡洋艦だ。カラーリングからしてあれはバルフォスの船だろうな。装甲も火力もエルメッツァ製の巡洋艦よりはるかに強力だぞ。おそらくどこからか非合法な手段で入手したんだろう。」

「なるほど。」

 

イネスの解説に納得する。思えばライッツォ宙域でバルフォスを逃してしまい彼によって洗脳され、妹を手にかけようとさせられたティータの兄の仇とここで会えるとは思わなかった。

 

「それでも僕達のやる事は変わらない。ミサイル発射用意!目標は敵要塞!!」

 

ユーロウパと僚艦のアリアストアからミサイルが発射される。例のシーガレットから教えてもらった自爆装置を外し射程を大幅に延長する使い方だ。動き回る海賊船への命中は不可能でも移動しない要塞なら推進剤が切れて直進するだけのミサイルでも簡単に命中させることが出来る。

 

「目標入力!発射準備用意よし!」

「発射!!」

 

 

 

 

 

 

要塞のすぐそばで展開する艦隊。その中の一隻であるグロスター級戦艦の艦橋ではアルゴンが顎を撫でながらモニターを眺めていた。

本来この船はエルメッツァ地方軍が海賊対策の為に運用していた戦艦であり、血気盛んな若い艦長達がスカーバレルの悪行に憤りを感じ、討伐の為にこのファズマティへやって来たのである。

義憤にかられた海賊対策艦隊は、そこで圧倒的な数の海賊と遭遇し殲滅されてしまったのだ。

その際に残ったこの船は、地方軍を示す黄土色のカラーリングを血の様な紅に塗装され、海賊トップの乗艦として君臨していた。

 

スカーバレルはこうした鹵獲艦をいくつか所有している。スカーバレルの規模はそこまで膨れ上がっているのだ。これもひとえにアルゴンの功績ともいえる。

 

「ホーホイ、連中どんな手段でこの要塞を落とすかと思えば。」

 

そんなアルゴンは最初かなり警戒した。敵の戦力が不明であり可能性は低いが軍隊が出張ってくることも考えられた。だが、警戒態勢を敷いた要塞に実際に現れたのはライッツォでの拠点潰しに参加した小僧の0Gドックだったのだ。

 

その”2隻”の0Gドックの船はこちらへ向けて要塞主砲の射程外からミサイル発射を繰り返している。

 

発射されたミサイルは要塞に命中しているが、すべてデフレクターによって防がれており被害は何一つなかった。

ただ敵が主砲射程外から態々攻撃を仕掛けているというのは明らかにこちらの要塞情報が洩れているのだろう。現にこの小マゼランで使用されているミサイルの射程をはるかに上回る距離からの攻撃であるだけに、着弾地点はまばらに広がっており数発は明後日の方向へ飛んで行ってしまっている。そして最近報告された小僧の艦隊は3隻居たはずだが2隻しか確認できていない。

 

これは何か搦め手を考えておるな。

 

アルゴンが周囲を警戒するように指示を出すと、オペレーターの一人が声を上げる。

 

「お頭!左前方に変な船を確認しました!」

「変な船?」

「映像出します!」

 

モニターに映し出された映像に移っていたのは、エルメッツァ製のテフィアン級駆逐艦だった。エルメッツァ軍の主力でもあり、一般の航海者でも許可があれば入手可能なモデルである。

シグナルを解析したところあれは小僧の艦隊の内の1隻であるようだ。

 

問題はその後ろである。その後方に巨大な何かがいた。それはテフィアン級駆逐艦の倍近い大きさの小惑星だった。よく見るとテフィアン級の後部からワイヤーのようなものが伸びており、小惑星を引っ張っているのだ。テフィアン級は要塞主砲の射程外でトラクタービームを切断し急回頭する。

 

慣性の法則に従って加速された小惑星はそのまま直進していく。その進路はファズマティである。

 

「ホアッ!?あいつらこの要塞に石を投げてきおったわ!!」

 

思わず目を見開くアルゴン。こんな子供の考えた浅知恵の策を実行する小僧がよくライッツォで生き残ったと感心していたのだ。

確かに遠距離からちまちまミサイル攻撃をするよりも大質量の小惑星をぶつけてしまうというのは拠点潰しには最適だろう。

このファズマティ周辺はメテオストームから弾かれた小惑星の欠片が大量に漂っている為、見通しはあまりよくない。無論、隠れるのに絶好なこの条件もエルメッツァ軍から監視の目を逃れて本拠地を築く場所に選ばれた理由の一つでもある。

2隻が遠距離からミサイルを叩き込んでいる間、デブリを利用して側面へ回ったもう1隻が小惑星を放り投げる事でこの要塞を落とそうと考えたのだ。

 

だがあの程度の大きさの石が大した速度も無くぶつかった所でこのファズマティには大した損害は与えられない。

 

「どうしやすお頭?」

「ふむ・・・ここはひとつ、あの小僧の心をへし折ってやるのも一興じゃろう。」

「では?」

「要塞主砲発射用意!」

「アイサー!要塞主砲発射用意!」

 

命令が要塞へ伝えられると、要塞の巨大な砲門が口を開ける。その砲口直径が200mもある要塞主砲は外壁上に走らせたレールの上を移動して照準を合わせる為、360度すべてへの砲撃が可能であった。

 

「エネルギー充電完了!素点固定良し!目標、前方小惑星!」

 

要塞主砲から光が漏れ出しそのエネルギーが今発射されんとしている。

 

「発射。」

 

アルゴンの命令と共に主砲から発射された強力なレーザーは目がくらむ程の閃光を発しながら小惑星へと直進する。そして小惑星が光の中へと飲み込まれていった。岩石で構成されていた小惑星はAPFシールドも装甲も施されていないただの石ころで、その表面は焼かれて蒸発し小惑星が溶けてゆく。

 

レーザーの光が消えたとき投げられたはずの小惑星は跡形もなく消滅していた。

 

「やったぜ!」

「あんな石ころいつでも叩き落せるんだよこっちは!」

 

その映像を見て盛り上がる海賊達。切り札として用意しておいた小惑星をたった一回の砲撃で跡形も無く消し飛ばされてしまい、今頃は絶望に打ちひしがれているだろう。その顔を想像しアルゴンは邪悪な笑みを浮かべた。

 

あの船には可愛い娘が乗っているとも聞いている。男は全員嬲り殺し、女は犯してから―――と、この残忍な性格を有する彼こそエルメッツァの船乗りたちが恐れる海賊の長アルゴン・ナバタスカだ。

 

彼が妄想に更けていた時、ブリッジをけたたましいアラームが鳴り響く。勝利を確信し怖気ずいてその場にとどまるユーリ達に挑発を仕掛けていたクルー達は突然の警報に冷や水を浴びせられた。

 

「さ、3時の方向!高エネルギー反応を確認!」

 

オペレーターがその言葉を発した時、青い線が数本艦隊の間を通り抜けていった。そして艦隊右翼に展開していた船で爆発が起こる。爆発したのはガラーナ級とフランコ級でフランコ級は爆散し、ガラーナ級は推力を失ったのか要塞の引力に引かれて落ちてゆく。彼らがその方向を振り返った時、大量のミサイルが要塞の表面で無数の爆発の花を咲かせていた。

 

「い、いったいどこから!?」

「居た!右方向!デブリ帯の奥!!」

「映像を出せ!!」

 

ブリッジのメインパネルに映し出される巨大な艦影。濃緑のその船体に彩られたその巨体はどの小マゼランの船でも無い。最近現れてここ近日オズロンド方面でいくつものスカーバレルを葬ってきた謎の巨大戦艦だった。

 

「奴らの真の目的はこれか!!」

 

ユーリ艦隊が囮となり要塞主砲の照準をこちらへ向けさせている内に、あの戦艦が死角から攻撃を仕掛け要塞を破壊する。デブリを盾に慣性航行されれば先ほどのテフィアン級のように発見しにくいができない訳では無い。だから遠距離から砲撃したり石ころを投げて注意を引こうとした訳だ。

 

要塞表面が確認できないほどの爆発が起こる中、海賊オペレーターが自分のモニターから発せられる警報を見て慌てて読み上げる。

 

「敵艦のエネルギー量増大!砲撃来る!」

「TACマニューバ入力!回避機動!!」

 

更に敵艦より放たれた幾重ものレーザー砲が要塞へ着弾する。いくつかのレーザーがアルゴン達を狙ってきたが、膨大なエネルギー量の増加を確認した海賊達はそれぞれ思い思いにTACマニューバパターン入力し回避機動を行う。

たまたまマニューバのパターンが悪かったらしい水雷艇が一隻撃ち抜かれて爆散したが、残りの艦はレーザーの直撃を回避することが出来た。しかし通り過ぎたレーザーは要塞表面へ着弾しAPFシールドにダメージを与える。

 

「要塞の損害は!?」

「デフレクター、APFシールド共に出力25%以上低下!」

「第2波来る!!」

 

第2波のミサイル群が高速で飛来し要塞表面を焼き尽くす。巨大なインフラトンインヴァイダーと艦載不可能な大型のシールド系装備のおかげでどうにか第2波を受け止めきることに成功したが、たった2撃でシールドの出力が半分も落ちてしまった。

 

「要塞主砲は!?まだ撃てぬのか!?」

「現在チャージ率2%!」

「ええい!艦隊前進!あの巨大な船を攻撃しろ!」

 

要塞主砲は先ほど小惑星を迎撃するのに使用した為、エネルギーチャージや照準をつけるのにまだまだ時間がかかる。

アルゴンが貴下の艦隊に号令を出しアルタイトへ攻撃するべく回頭した所、突然艦が揺れる。

 

「ホア!?今度はなんだ!?」

「後ろからです!!ライッツォでやった連中が攻撃してきた!!」

 

アルゴン艦隊が転進した所で、先程まで沈黙していたユーリ艦隊が急速に前進し攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

『兄弟!俺はあの小僧どもをやる!』

 

一方的に通信を入れて一方的に切るや否や、バルフォスの艦隊は再度回頭して船首をユーリ達へと向け、交戦を開始する。

 

内心ではアルタイトの相手にこちらの数が減るのは困るが、後方から撃たれ続けるのも危険ではあるので、仕方なくそちらの対処はバルフォスに任せる事にし、自身はアルタイトへ向けて艦隊を前進させる。

 

今の所、アルタイトは要塞への攻撃に集中しておりこちらへは時折砲撃してくる程度だった。その為まだ海賊船は20隻以上残っている。

 

無論要塞に残っていた海賊達も黙っておらず、要塞に設置された対艦砲が猛烈な弾幕を浴びせる。敵はすでに小惑星帯を抜けて懐近くまで入っており対艦砲の射程に入っていたが、巨大戦艦へ降り注いだレーザーはそのことごとくがシールドで弾かれてしまっていた。

 

「なんてシールドだ!?攻撃が全然効かねぇ!」

「ならば艦載機部隊を出して近接攻撃するのだ!」

 

対艦砲の効果が無いと知ったアルゴンは、近接攻撃によって敵の動きを妨害させようと号令を下しゼラーナ級及びファズマティから艦載機部隊が続々発進してくる。

クーベルやビトン、ティオンといった各艦載機が編隊も組まず巨大な敵艦へ向けて思い思いに加速していく。軍隊的ではない個人が好き勝手やるその動きはまさしく海賊であったが、その数は大半が汎用型のクーベルで構成され全部で100機とかなりの数だった。

 

スカーバレルが所有する艦載機は全部で300機を超える。軍隊から鹵獲したり、クーベルに至っては設計図を奪ったので自分達の工場で生産しているくらいだ。

 

普段は艦載機は獲物を探すための偵察任務に使用している。この時代において宇宙船を艦載機のみで沈めるのはあまり採用されていないドクトリンなのだが、大きな狩りが行われる場合は大量の艦載機を使用して獲物に群がり鹵獲する事がある。皮肉にも開発国の軍隊よりも海賊の方が艦載機の運用実績があるという状態になっていた。

 

今回はその大捕り物があるために保有する艦載機の3分の2を艦隊へ積み込んでの出撃させていたのだ。

 

対する巨大戦艦からは艦載機が発進してくる様子はない。

 

「迎撃機無しか。仕事が楽でいいぜ。」

 

そう独り言を呟く隊長は、仲間の機体を抜き去って一番槍を突き刺そうと直進する。

 

「へ、そんな図体じゃ逃げられねぇだろ!」

 

そう言ってミサイルの安全装置を解除したとき、彼は巨大戦艦から何かが射出されたのを見た。

 

「ミサイル!?うおぉ!?」

 

操縦に多少の才能があった彼はすんでの所でミサイルを回避した。振り向けば、後ろにいた仲間の機体が幾つも火球に包まれている。

 

「生意気な!」

 

機体を更に加速させ対艦ミサイルの射程に迫る。そして敵艦の表面から青白い光が輝くのが見えた。

 

彼はその反射神経ですぐさま回避行動を取るが、幾つもの青い線が彼の機体を包み込む。

 

「くそっつ!なんだこれ!?」

 

必死で機体を動かして謎の光から逃れようとするが、数が多く避けきれない。1本1本の光に当たる度、機体の何処かが損傷したアラームが鳴り響きコクピットの表示がどんどん赤く染っていく。

 

「死んでたまるか――――――」

 

 

その言葉を最後に彼の機体中央を蒼い光が貫き彼の機体は爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

「凄まじいなこの対空砲は。」

 

ブリッジで対空戦闘の様子を眺めていたベルトラムは独り呟く。

 

対空クラスターレーザー。ヤッハバッハの対空兵器で通常のパルスレーザーと違い一度に多量のレーザーをばら撒く事による面制圧が特徴でそれに突っ込んだ艦載機は避けることが出来ずに爆散していく。

 

艦載機を本格運用し相手もそれを想定して作られたヤッハバッハの対空兵器を相手にするには海賊達ではいささか力不足であった。

 

向かってきた艦載機のうち半数をわずか30分あまりの戦闘で撃墜している。それに対してこちらの被害は無視してよい程軽微だ。

 

「さて、予想ではそろそろの筈だが・・・。」

 

彼が時計を見ていると、通信が入ったと報告が入る。発信元はアルゴンの船からである。

 

「モニターに出せ。」

 

そこに映し出されたのは、1人の老人だった。ベルトラムはこの男を知っている。

 

『全く、ワシの要塞に対してよくもやってくれたものだよ。』

 

指名手配中の極悪人。この宙域最大の海賊団の首魁にして残虐非道な海賊、アルゴン・ナバタスカである。

 

『貴様がこの船の船長か?』

「そういう貴様はアルゴン・ナバタスカか?」

『ホーホー、ワシの手配書なんぞそこら中に撒かれておるからすぐ分かると思うんじゃがね。』

 

要塞が攻撃を受け艦載機が壊滅しつつあるというのに、アルゴンは焦っている様子が見えない。寧ろ余裕と言った態度をとっている事に彼は不信感を持っていた。

 

「で、そんな海賊のボスが何の用だ?命乞いか?」

『ホホ、命乞いするのはお前さん達のほうじゃい。』

 

その言葉にベルトラムの眉が上がる。現状押しているのはコチラであるのに何故命乞いなどしなければならないのか。

 

ベルトラムが不思議そうな表情をするのを見てニタニタと笑みを零すアルゴンの映像が突然切り替わる。

 

そこには恐らく要塞の内部であろう広い空間に大量の人間がいるのが映し出されていた。

よく見るとそれは殆どが上半身裸の男達で皆酷く汚れていた。数人女性の姿も見え、その周りを武器を持った海賊が取り囲んでいる。明らかに海賊らしくは見えず、おそらく攫われた民間人なのだろう。

 

『戦いは宇宙で決着をつけ地上の民は巻き込まないというのが、君達0Gドックのルールだそうじゃないか。』

「当然だろう、アンリトゥンルールにもそう定められている。」

 

全ての0Gドック共通の認識であり暗黙のルール、国家間の戦争においてすら普段適用されるそれは航路を遮断すればその星の命運を握ることの出来るこの時代の宇宙航海者にとっての常識だ。

 

「で、彼等をどうするつもりだ?」

『知れた事、お前さん達に対する人質じゃよ。彼等は。』

 

ブリッジクルー達にどよめきが起こる。

アルゴンの言った最終兵器―――それはファズマティに捕えられた多数の民間人の事である。

 

『もしお前達がこれ以上抵抗するなら、こいつらの身体に幾つもの穴が開くじゃろう。』

 

聞くに耐えない下品な笑い声がスクリーンの向こうから聞こえてくる。

 

『待て!そんな事はさせないぞ!』

 

突然通信に割り込んできたユーリの顔を見てアルゴンは更にその笑みを深める。

 

『ホーホイ、小僧が一体何のようじゃ?』

『戦いに地上の民を巻き込むなんて許されると思っているのか!?』

『ハッハッハ!そんなルールお前達が勝手に言っておるだけでは無いか。』

『くっ!バルフォス!』

『重要なのは戦いに勝つ事だ。お前のような小さい負け犬は大人しく後ろで吠えているがいい!』

 

バルフォスの言葉に悔しそうに歯軋りするユーリ。その様子をベルトラムはじっと静観していた。

 

『ふん、貴様我々が本気では無いと思っているな。』

『流石はその船の艦長じゃ。横の小僧と違って肝が据わっておるとみた。だが、』

 

アルゴンはパチンと指を鳴らすと少しして集団の中から一人の女性が海賊に引っ張られカメラの前に立たされる。

 

「そいつをどうするつもりだ?」

『ワシらが本気である事をお前に見せてやろうと思っての。』

「「「なッ!」」」

『ヒッヒッヒ、あーたまらんわいお前達のその絶望に満ちた表情!じゃが、ワシらの要求を聞かなかったお前らが悪いんじゃよー?お前達の所為で殺されるこの娘が可哀想じゃわい。』

 

海賊の持つブラスターが、女性の胸へ突き立てられる。女性は目に涙を浮かべながら必死に命乞いをしている。

 

『止めるんだアルゴン!!』

 

ユーリの声を無視しパチンと指を鳴らすアルゴン。

 

海賊のブラスターが放たれた光線は、真っ直ぐに女性の胸を撃ち抜く。

 

女性はまるで糸が切れた人形の様にうつ伏せ倒れた。

 

その胸からは大量の赤い液体が流れ出て地面を染めていく。

 

ピクリとも動かない女性は一目でその命が途絶えた事が分かってしまう。

 

 

 

 

 

『ヤメロオオオオオオオ!!!』

 

 

 

 

 

ユーリの絶叫が宇宙に虚しく響き渡った。

 

 

 

 

 

 




アルゴンの乗艦がゲルドーネ級からグロスター級にパワーアップ。海賊の癖に足の遅い戦艦を使うのかと思うでしょうが、彼はファズマティ周辺から動かないでしょうから問題ないでしょう。

略奪艦隊の中にもいましたが、船もカスタマイズ次第でアホみたいな速度になりますから。
(某グロスター級に乗ってた海賊の移動速度を見て驚いた思い出が)

アウトロー気取ってる0Gドックに人質なんて意味あるのって考えたんですけど、実際の所無関係とはいえ民間人盾にされた時に強引な手段に訴えられる奴ってそうそういないと思います。事に0Gドック側が無茶したから人質が死んだとか言われたら、ある意味アンリトゥンルール違反扱いされそうなので、ここで大半の0Gドックは手詰まりになるでしょう。

これがエルメッツァ軍だったら、多分コラテラルダメージって言い訳するか報道管制で、人質の安全を無視して制圧するでしょうけどね(笑)。



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