あんハピ♬︎ 〜ANswer to HAPPIness〜 (綾月楓)
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Lucky.1 大波乱の序幕(プロローグ)

ATTENTION

この小説は『まんがタイムきららフォワード』にて連載されていた、琴慈先生作の漫画『あんハピ♪』の二次創作小説になります。原作漫画、アニメ、ドラマCDから多少の設定をお借りしていますが、それらの作品とこの物語はまったくもって関係がありません。
原作ファンの方はあ、これかぁとなるかもしれませんが、もしもこの小説で初めてあんハピを知った方がいるのならば、原作とはキャラクター設定が少なからず違うものになるのでそこら辺はご了承下さい。

以下参考資料
『あんハピ♪』原作コミック(一部)、アニメ(特に8話)、ドラマCD設定、アニメ公式エイプリルフールネタ


「やっぱり、今日はなんだか不幸よ、あたし……!」

 

 全速力で走りながら、雲雀丘瑠璃(ひばりがおかるり)は誰に言うでもなく叫んだ。

 

 彼女が今日から通う事になった天之御船学園(てんのみふねがくえん)は、地元でも相当な有名校だ。周りの人々がしていた話によると、勉強も運動も専門的に伸ばしてくれるらしい。特に秀でた才能がない自分が、どうしてこんなにあっさり受かってしまったのか。引っかかるものがなかったと言えば嘘になってしまうだろう。

 そんな彼女の懸念は、入学当日に担任からの一言によって、現実となった。

 

「あなた方七組には、クラス全員幸福(しあわせ)になってもらいます。ここにいる皆さんは、大なり小なり負を背負う『不幸』側の人間なんですよ!」

 

 自分の耳を疑った。……なに、このクラスにいる人が全員不幸?

 人から言われるほど、あたしは不幸じゃない――思わず立ち上がって言った。

 しかし担任は、学園前に調査を行っている。本当にあなたには心当たりがないと言えますか、と少しばかり不気味な笑顔でこちらを見つめてそう返した。

 

 ――心当たり、無いわけないじゃない。

 確かに彼女、雲雀丘瑠璃は()()()の『不幸』を背負っている。

 けれどもそれは、とてもクラスメートの前で入学初日から言えるような内容ではない。この『不幸』のせいでかなり痛い目をみていた彼女は、今度こそはこの事を隠し通し、普通の学校生活を送ろうと意気込んでいたわけなのだから。そんな事を言われてしまえば、なす術がない。

 正直馬鹿馬鹿しいけれど、ここは大人しく座っておいた方が賢明か。そう思った彼女は渋々だがこの状況を受け入れる事にした。

 

 ヒバリには、自分の不幸の度合いはよく分からない。というか、自分では言われるほど不幸だとは本当に思っていない。……傍から見ればその限りではないが。しかし、本当にこのクラスに所謂ツイてない、そういう人が集まっているのであれば、今日知り合った彼女(クラスメート)――名前は花小泉杏(はなこいずみあん)といい、ヒバリは最初の三文字を取り『はなこ』と呼ぶ事にした――の、今朝からの破天荒な不運っぷりにもなんとなく頷けた。

 

「ねぇねぇ、ヒバリちゃん。このクラス、確か40人だったよね……?」

 机に入っていた紙に書かれた数が少ないほどラッキーとしましょう、と担任が話を進め、ヒバリが開いた紙に書かれていたのは『28』だった。微妙だと思っていたら、はなこが見せてくれた紙には紛れも無く『49』の数字が記されていたわけである。ヒバリは訝しげにその紙を眺めた。

「いや、ありえないでしょ、こんな数……」

 死に苦とは。ただでさえ最下位確定なのに、余計に縁起が悪い。実際、はなこは今朝の登校時にも、犬を助けようとして自分が川に落ちたり、挙句の果てには助けた犬に手を噛まれて逃げられてしまっていた。同情を通り越して困惑と言った具合である。もっとも、それでもはなこは笑顔で私はすっごく()()()()、などと言っていたが。本当、悪霊でも取り()()()()()のかと疑いたくなる。

「そ、それは……はなこさん、数字の0の部分のインクが擦れて、9になっているのではないですか……?」

 おっとりと穏やかな声でそう言ったのは同じくクラスメートの久米川牡丹(くめがわぼたん)である。なるほど確かに、9の伸びた部分は掠れているように見える。

 ぼたんもまた、身体面での不幸を抱えているらしく、握手で骨にヒビが入ったと言っていた。虚弱体質というものだろうか。それにしても、極端である――このクラスは一体、何なのだろう?

 

「そうそう、もう一つ。簡単な宿題を出しましょう」

 担任はどこからか出した小さなかごを持ち、生徒達の机に一つずつ卵を置いていく。賞味期限は切れているのだそうだ。

「この卵を明日のHR(ホームルーム)までに割らずに持っていること! これが本日の宿題です」

 内容が高校生に出す宿題だとは思えない。卵を一つ割らないぐらい簡単じゃないかしら。しかし念には念を入れ、用心して丁重に扱おうと決めた。家に緩衝材の代わりになりそうなものはあっただろうか。とりあえず慎重にバッグの中に入れる。

 この後は授業もなく、そのまま解散だという。とにかくこの異様な教室から離れて、自分の気持ちを落ち着かせたい、そう思っていたヒバリには嬉しい知らせだった。

 

 学校の前の分かれ道で、用事があると二人には告げ、ヒバリは小走りで家とは逆の方向へと向かう。嘘はついていない。ただ、どうしても一人で来なければ行けない場所だった。地面を抉る、ガガガ、という金属の高い音が聞こえたら、目的地はすぐそこだ。周りを注意深く見回し、学生がいないことを確認する。彼女が物陰から見つめる先には、何の変哲もない工事現場があった。

 

「……あら?」

 

 とある理由から、ヒバリは度々工事現場に足を運ぶ。そんな彼女だからこそ、今日は何か様子がおかしい事に気がついた。彼女の求めるものは確かにそこにあったのだが、問題は場の雰囲気である。その場にいる全員に生気がないのだ。不審に思った彼女は、金属音の合間に聞こえる作業員たちの声に耳を済ませた。

「やっぱり、今日は朝から機械の調子が悪いな」

「なんだ、お前もか? こっちもしょっちゅう止まるんだ」

 ガッと鈍い音を立て、それきりドリルは沈黙してしまった。その場には数名作業員がいたが、その誰もが謎の不調に悩まされている。

 

 こんなことって、あるのかしら……?

 いや、なかった。今まで自分は工事現場を幾度となく見てきた。その回数に関しては、天之御船学園のどの生徒より多いと断言出来る自信が彼女にはある。

 だから、この工事現場ははっきり言って異常なのだ。

 嫌な予感がする、そう彼女の中の勘が告げている。まるで、ここから早く立ち去らないと、何か不幸に見舞われる。本能的にそれを察した彼女は、踵を返して家に戻ろうとした。しかし、

「ぎゃあぁぁっ!?」

 彼女のすぐ背後で作業員の悲鳴が聞こえた。あぁ、嫌な予感が当たってしまった。

 少し躊躇いながらゆっくりと振り向くと、兎の様な形をした、異形の生物が男達を見下ろしている光景が目に入った。

「な……何なのよ、これ……!」

 その光景を処理しようと唖然としていたヒバリだが、怪物が一歩をこちらに踏み出したところで正気に戻った。とにかく、この場から離れないといけない。

 何歩か後退りすると、身体を翻して家の方向へと走り出した。

 

「やっぱり、今日はなんだか不幸よ、あたし……! はなこを助けていたら入学初日から遅刻をしかけるし、しかも変なクラスに入っちゃうし。その上、よく分からないけど変な化け物に出くわすなんて……!」

 夢なら覚めて欲しいと思い、頬を思いっきり抓ったが、無慈悲なことに痛みは神経を通してきっちりと頭に届いた。今日は本当に、ツイていない。

 怪物の一歩は兎らしからぬゆったりとしたものであったが、歩幅はそれをカバーするほどの大きさだった。ヒバリはずば抜けて運動が出来るというわけではない。彼女が疲れてしまったら差が一方的に詰まるのは時間の問題だった。

 後ろを振り向くと、結構な近さに怪物はいた。止まったらどうなるか分からない。とにかく、休まずに走り続けていないと――

 

「痛っ……!? えっ、嘘、どうして……!」

 

 額が何かにぶつかる。

 学校のすぐそばまで来ていたヒバリは、そこでかなり安堵しかけていた。しかしどういうわけか、見えない透明な壁に行く手を阻まれてしまったのだ。

「ちょっと待って、どういうこと……!?」

 叩いても壁はびくともしない。確かにすぐ近くに学生達の歩く姿が見えるのだが、なぜかこちらの惨状には全く気付いていない。

 もう一度、振り返る。怪物は彼女のすぐそばまで来ていた。絶体絶命の状況で恐怖の余り、へなへなと地面に座り込んでしまった。怪物の右足が上げられる。

 その動作が、ヒバリには妙にゆっくりと感じられた。

 

「すッ――スピネル・パンチマインド……!」

 

 突如、耳をつんざく様な激しい打撃音が聞こえた。それと同時に、怪物の身体が右後方へと吹っ飛ぶ。呆気に取られているヒバリの前に、フードを深く被った少女が現れた。ツインテールにでもしているのだろうか、そこから薄い金髪が垂れている。少女は巨大なハンマーを持っていたので、これが怪物を吹っ飛ばした武器なのだろうということはヒバリにも推測できた。

 

 少女が振り返る。綺麗な碧眼がフードの下からヒバリを見つめていた。か細い、呟きのような声がその口から漏れた。

 

「あ、あの……ボク……。ま、間に合った……?」

 

 この二人の出会いが、物語の始まり。

 不幸な少女達が、幸福への旋律を紡ぎ始める。



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Lucky.2 戦乙女は照れ屋さん

「ま、間に合ってる……と思うわ。多分……」

 

 目の前で広がった異様な光景に、暫く目をぱちくりさせていたヒバリだったが、先程の少女の声が自分に向けられていたものだと気づき、しどろもどろに答えた。ヒバリが頷くのを確認すると、少女は安堵した様に溜息を吐く。その息まで震えているように感じられた。

「よ、よかった……ボク、間に合わなかったら、ど、どうしようか、って……」

 少女の声は語尾に向かうにつれ、まるでラジオのボリュームを絞るみたいに小さくなっていった。今しがた怪物を吹っ飛ばした少女のものとは思えない。

 

「グ……ゴゴゴ……」

 沈黙していた怪物が再び動き出した。先の一撃は強かったものの、怪物を葬るにはパワーが足りなかったようだ。

「し、しぶとい……早く終わらせて、帰りたい、のに……」

 少女はハンマーを持って構えるが、その足元は携帯のバイブレーションの如く高速で震えていた。見ている方が不安になってくる。

「ちょっと、大丈夫なの?」

「大丈夫じゃない、けど……ボクにしか、できない、から……」

 少女は怪物に向かって、疾風の如く駆け出した。勢いそのままにハンマーを振るい、もう一度怪物の顔面へと重い一発を食らわせる。鈍い衝撃音が響き、再び怪物は後ろへと吹き飛ばされた。

「もしかして倒したの!?」

「ま、まだ……でも、次で決める――迸る『情熱』よ……ボクに、力を貸して……!」

 少女が左手を掲げると、その手の先に四つ葉のクローバーを象った、巨大な紋章が現れた。それと同時に、右手に持つハンマーに光が収束する。そのあまりの眩しさに、ヒバリは手で目を覆った。

 

 少女はその場から高く跳躍し、

 

「お願いだから、決まって……『バウンサー・インパクト』……ッ!」

 

未だ動けない怪物の胴体に、光を纏った一撃を食らわせる。怪物はそのまま真っ二つに割れると、黒い粒子になって霧散した。

「凄い……」

 鳩が豆鉄砲を喰らった顔で、ヒバリは指の隙間からその光景を見つめていた。

まるで本当に夢の中の出来事のようだ。自分も女子ではあるし、そういう変身ヒロインが出てくるアニメに興味が無いと言ったのなら嘘になる。けれども、そういうものはてっきり物語の中の世界の特権だと思っていたのだ。

「は、早くこっちへ」

 怪物を倒すや否や、少女が凄い速さでヒバリの元へと戻ってきた。すると、ヒバリの服の襟をむんずと掴んだ。

「えっ、いきなりどうしたのよ……?」

「は、早くしないと、結界が、消えちゃうから……人目のつかないとこに……」

 ヒバリには少女の声の小ささも合わさって、何を言っているのか分からなかったが、少女の尋常じゃない冷や汗のかき方から、急いで隠れた方がいい事は理解した。

「こ、こっち……! 早く……」

「分かったから引っ張らないで! 制服が崩れちゃうから!」

 少女に半分引き摺られるようにして、ヒバリは建物の物陰へと連れていかれた。不審者さながら辺りを風が鳴るようなスピードで周辺の安全を確認した少女は、その場で変身を解いた。

「あれ……あなた、その制服って」

 普段の姿に戻ったであろう少女の服装は、紛れも無くヒバリが通っている天之御船学園の制服であった。

「あ……ええと、ああ……!?」

 ヒバリが意外そうな瞳で見つめると、少女は『しまった』という表情になり、おびただしい量の冷や汗をかきはじめた。さっきの運動神経から考えて、もしかして先生が説明していた体育クラスの子かしら? 目を奪われるような綺麗な金髪の少女は、見ればひと目で覚えられそうだ。ヒバリが思い出してみたところ、今日の教室にはそんな子はいなかった。つまり別のクラスの人で間違いないだろう――そんな結論に至った。

「え、あ、これはその、ええと……」

 目の前の少女はきょろきょろと瞳を泳がせ、ヒバリが目を合わせるのを許さない。先程も思ったが、あの大きな化け物を倒したとは考えられないほど挙動不審だ。

「……今日、ここで起こったことは、ないしょにして……! じゃ、じゃあっ」

「え、ちょっと!?」

 ヒバリの制止も虚しく、少女はそれだけ言い残し、隠れていた物陰から飛び出していった。後を追おうとはしたが、全く追いつける気がしなかった。少女は既に結構離れた場所まで逃げていた。どんな逃げ足だ。

「はあ、なんなのよ、本当に……」

 ヒバリはその場で頭を抱える。入学初日からこんなヘンテコな事件に巻き込まれて、身が持つ方がおかしい。はなこの今朝の行動をとんでもなく不幸だと思っていたヒバリだったが、自分も中々負けていない――いや、突飛だという点ではむしろ勝っていると考え直した。勝っていたところで、何もいいことはないのだが。いや、はなこだったら、こんな状況を珍しいとでも言って喜んだだろうか?

「……やめときましょう、ばかばかしい。あの子も黙っていてって言ったんだし、あたしがこれ以上考える必要なんて――あら?」

 立ち上がり、家へと戻ろうかと思ったところで、何かがヒバリの足に当たった。六角柱の、手に収まる程度の箱でできた何か。

「これって、さっきの子の落とし物……?」

 拾い上げても、特に音はしない。表面に四つ葉のクローバーのマークが描いてあり、底に小さな穴があるだけで、それ以外はなんの変哲もないただの箱だ。

「……もやもやするし、明日届けようかしらね」

 ヒバリはバッグに箱をしまおうとして、そこでバッグがないことに気がついた。慌てて先程来た道を戻ると、逃げる際に落としたそれが歩道に横たわっていた。

「あ……」

 ――その中から転げ落ちたであろう卵も、その場でぱっかり二つに割れていた。

 

◆ ◆ ◆

 

「おはようございます、ヒバリさん。たまご……どうでしたか?」

 翌日。バッグには卵ではなく謎の箱を入れたまま、ヒバリは登校した。

「おはよう。……ええ、色々あって割れちゃったのよ。こんなこと、簡単だと思っていたのに……」

「私も、昨日はなこさんと帰っている途中にですね――」

 そこまで言いかけたところで、先生が教室のドアを開けて入ってきた。ぼたんはヒバリに軽く会釈し、席へと戻る。ヒバリもそのまま自分の椅子に腰掛けた。

 先生は課題、と黒板に大きく書き、クラス中を見渡した。ヒバリはもしやと思い、周りを見回す。そう、卵を机の上に置いている生徒がいないのだ。ということは……そこで先生が口を開いた。

「全員、卵を割ってしまったようですね。これも想定内です♪ どんな状況で割ってしまったか、紙に書いて提出を――」

「せんせーい!」

 ヒバリの右隣から、元気な声が上がった。それは彼女も考えていなかった可能性で、絶対にこの子だけは一番最初に割ってしまうだろう、それぐらいに考えていたのに。

「じゃーん!」

 はなこだった。彼女は得意気な表情をして、割れていない卵を頭の上に掲げる。クラス中から驚きの声が上がり、先生もこれには驚いたという表情を浮かべた。はなこの席の周りに、クラスメートがぞろぞろと集まる。

「はなこは割れなかったの!?」

「すごいです♡」

 目を丸くするヒバリと、はなこを褒めるぼたん。はなこはそんな二人を見つめ返しながら、卵をゆっくりと撫でる。

「えへへ♪ 一晩中抱いて寝てたんだぁ〜!」

 そう言って、彼女がきゅっと卵を包んだ瞬間だった。

 ――ぱき、ぱきぱき。

「ピヨっ!」

 卵を割って、中からヒヨコが出てきた。ぴょーんと勢い良く飛び出したヒヨコは、そのままはなこの頭の上へと乗っかった。

「嘘でしょ……」

 ヒバリは呆然としてその光景を見つめた。か、かわいい! おでこが好きなの〜? などと言って喜び出すはなこを横目に、やっぱり一番残念なのはこの子なのかも、と思うのだった。



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Lucky.3 金髪少女を探して

「おかしいわ……見つからない」

 同日、放課後。簡単なオリエンテーリングのみの授業は午前で終わった。ヒバリは終礼が終わるやいなや教室を後にし、一年生のフロアを歩き回っていた。まだ生徒達は教室に残っているようで、あちらこちらから話し声が聞こえてきた。手に持ったバッグの中には、昨日拾った六角柱型の箱が入っている。謎の金髪少女が身に纏っていた服装は、確かに天之御船学園の制服そのものだった。しかし彼女の姿は、ヒバリがきっといると思っていた体育クラスにもなければ、勉学クラスにさえない。こっそりクラスを覗き込むのが怪しかったのか、帰りがけの生徒からくすくす笑われる始末だ。

(……こういう視線、ほんとに嫌)

 ヒバリは――本人の意思とは真逆に――周りから嘲笑されるような視線には、ある意味で慣れてしまっていた。慣れてしまったというか、慣れざるを得なかった。それは、彼女の好意を寄せる相手が、あまりにも特殊だったからで――

(ううん。バレないために、ここを選んだのもあるんだから。今度こそ、そんな風に見られないように、頑張って隠し通さないと)

 頭を横に振って、ヒバリは次に打つ手を考える。体育にも勉学にもいないとなると、上の学年……? そうなると、放課後を一回費やす程度では見つからないだろう。生徒のコスプレをした変人というわけでは、恐らくないだろうし。大体、金髪碧眼なんていったら、すぐ見つかると思って捜しに来ているのに……教室のどこにもいないこと自体が、ヒバリには予想外だった。金髪のあの子を素早く見つけて、このへんてこりんな箱を渡して、昨日のことは綺麗さっぱり忘れた方がいい。彼女の本能が、そう告げている気がした。

 

「ヒバリちゃーん?」

「きゃあっ!? ……って、はなこね……びっくりさせないでよ。どうしたの?」

「わわっ、ごめんね! ヒバリちゃんが帰りの会終わってすぐぴゅ〜っていなくなっちゃったから、何かあったのかなぁってついてきちゃった! 今日も一緒に帰れなさそう?」

 はなこはヒバリの顔をじっと見つめてくる。恥ずかしくなり、ヒバリはそっと目を逸らした。

「昨日とはまた別件なの。落とし物を返そうと思ってて、持ち主を捜してるんだけど……全然見つからないのよ」

「うーん……落とした人、この学校の生徒さんなの?」

「ええと、多分ね。制服は絶対にここのだったし、間違えようがないと思うわ」

「ん〜、もう帰っちゃったとか、今日は来てないとかなのかなあ……」

 ヒバリの隣でむむっと唸っていたはなこが、そこで急に顔を上げた。光った豆電球が頭の上に見えそうな、明らかに閃いた! という表情をしている。

「そうだっ! 先生に聞いてみるのはどう!?」

「先生に……? 確かに、それは思いつかなかったわ。ありがとう、はなこ」

 なるほど、生徒のことなら先生かとヒバリは思った。担任の小平先生が知らなくとも、同僚の誰かは知っているかもしれない。あんな目に遭った以上、この箱が直感的にこっそり渡すべきものだと思っていたヒバリは、無意識に一人でなんとかしようとしていた。しかし、生徒がいるかどうか聞くぐらいだったら問題ないだろう。ヒントを得られればそれでいい。

「えへへっ、どういたしまして〜!」

「それじゃあ、ごめんなさい。一緒に帰るのはまた今度でいいかしら……?」

「うん、大丈夫! 持ち主さん、見つかるといいね! きっとその子も困ってると思うしっ」

 この木箱が何なのかは分からないが、ヒバリも心の中で激しくそれには同感した。あんなに挙動不審な子だったのだ、なくしものをしてあたふたと慌てている姿が、何故だかヒバリには簡単に想像できた。

「それじゃ、また明日ね、ヒバリちゃんっ!」

「ええ、また明日」

 はなこに手を振って見送り、ヒバリは生徒の数がまばらになった自分の教室へと戻った。幸い、小平先生はまだ教卓でなにやら資料の整理をしている。ヒバリはこの教師のことがあまり得意ではなかったが、目的のために思い切って声をかけた。

 

「あの……先生? 少しいいですか?」

「あら。どうかしましたか、雲雀丘さん?」

「その、諸事情あって、金髪で蒼い目をした女の子を捜していて。一年生にそういう見た目の生徒って、いますか……?」

「……!」

 ヒバリには、いつでもにっこり細目な女教師のその双眸が、ほんの一瞬だけ開かれたように感じた。だが、すぐに小平先生は普段の笑顔に戻った。

「それだけ特徴的な見た目なら、入学式の時点で目立ってもおかしくないと思うのですが……先生にも心当たりがありませんね」

「そう、ですか……」

「もしかしたら生徒ごっこをしている変態さんかもしれないですね♪」

 先ほど自分が可能性に挙げたことをズバリと指摘され、ヒバリはぶるりと震え上がる。この先生、なんだか底が知れないのだ。

「それでは、先生はこれから職員会議がありますから。また明日、教室で会いましょう〜」

「あ、はい、さようなら……」

 すたすたと去っていく先生を引き止めることもできず、ヒバリはこれからどうしたものかと考える。結局、謎の箱はバッグと共に自分のところにある。

「はあ……とりあえず、今日のところは帰るしかないわね」

 大半の生徒が下校した今、学園に残っていても意味がない。ヒバリは人気の少なくなった廊下に出た。そうして、昇降口に差し掛かったところだった。

(……っ!?)

 誰かに見られているような気がして、ヒバリは下駄箱の周囲を見渡す。生徒の姿はない。

 気のせいかしら。元々他人の目線には敏感な彼女だが、周りに誰もいないのに視線を感じることはそうそうない。昨日の今日で色々なことを気にしすぎているのかもしれない、早く家に帰りたい。彼女は不気味な現象から逃げるように、急ぎ足で校門を通り過ぎた。――その時だった。

「……!」

 ほんの一瞬だけ、視界がぐにゃりと捻じ曲がるような感覚があった。まるで立ちくらみでもしたかのように、風景が乱れたのだ。嫌な予感がして、ヒバリは数歩後ずさる。しかし、そこにない筈の透明な壁がまたもや彼女の退路を阻んだ。学校の方に逃げることはできない。

(さっきまではなかった壁ができてる……落ち着くのよ、あたし。二回目だし、学園にも近い。もし昨日のあの子が生徒だったら、異変に気付いてくれるはず)

 手元にこの木箱がある時点で、自分もこの不可思議な現象に巻き込まれてしまった当事者だという実感が、ヒバリにはあった。昨日は突然の出来事で逃げるしかなかったが、この壁際にいれば、どこから敵が来るのかも分かるはずだ。彼女の頭は驚くほどに冴え渡っていた。

(出た……!)

 ヒバリの通学路でもある橋に、その怪物は現れた。そばに数人、巻き込まれて逃げ惑う生徒が見える。昨日と同じ、ウサギのような姿をした怪物だ。それはぎこちなくその首を動かすと、ヒバリの方をじっと凝視した。目が合った。

 怪物は昨日と同じく、のっそりとした動きで歩みを始める。明らかに狙いは自分だということに気付いたヒバリは、透明な壁伝いに逃走を開始した。あの速度だったら、小走りで逃げられる。後はあの子が来るまで時間を稼げばいい。しかし、さっと逃げる方向に視線を向けたヒバリは、巻き込まれている生徒の多さに絶句した。透明な壁の先に進めず、押し合いの大混乱を起こしている。当たり前だ。学園はちょうど下校時間で、通学路のど真ん中に結界が出来てしまったのだから。

(これ、もしかしなくたってピンチなんじゃない……?)

 ヒバリの背中にたらりと冷や汗が垂れる。彼女があちらに逃げれば、生徒達は丸ごと巻き添えになるだろう。そう考えているうちにも、ウサギの怪物はヒバリへずんずんと距離を詰めてくる。ヒバリの足はすくんでしまった。動けない、逃げられないと思ったその時――

「スピネル・パンチマインド……っ!」

 何処からともなく、聞き覚えのある声がした。ヒバリの隣から颯爽と人影が飛び出し、怪物に向かって一直線の軌跡を描く。あの金髪少女だ。

「た、たぁぁぁぁっ!」

 巨大なハンマーを一振りし、少し情けない声を上げながら怪物の頭部を強打した。逃げ惑っていた生徒達は、謎の少女の登場に困惑し足を止める。

「え、あっ、人が、多い……!?」

 視線は一気に少女に向けられ、ヒバリにも分かるほど少女の顔は真っ赤に染まってしまった。怪物はそれを好機と見たのか、前足を大きく振るう。

「グガァァァァッ!」

「ふぎゅ……っ!」

 少女は咄嗟にガードしたものの、その威力を受けてまともに後方に吹っ飛んでしまった。ヒバリは彼女の元へと駆け寄る。

「ちょっと、大丈夫……!?」

「あ、キミは、昨日の……っ!? どうして、ここに……?」

 少女は驚いて目を見開く。ヒバリはバッグの中身から木箱をそっと差し出した。

「あなたを探してたの。……これ、あなたの落とし物でしょう?」

 箱を見た途端、少女は頭が取れてしまうのではと思うほどにぶんぶんと首を縦に振った。

「よ、よかった、シャッフラー……拾ってくれて、ありがとう……これでもう、先生に怒られなくて、済む……」

 助かった、というような表情を浮かべ、少女はその場にへたり込んだ。

「先生ってことは、やっぱりあなたも生徒なのね……って、前っ! 前見て!」

「え、わっ、ぁぁあっ!」

「グアアアアッ!」

 二人が話している間に怪物はすぐ側へと迫っていた。ヒバリは箱が壊れたらいけないと、咄嗟にまたバッグの中にしまい込んだ。少女は振り上げられた怪物の足をなんとかハンマーを構え直して受け止める。だが、あまりの衝撃に持ちこたえられそうにない。

「ぐ……っ、やっぱり、強い……! このウサギ、キミを、狙ってる……っ、キミが、きっと、すごい不幸の持ち主、だから……!」

 少女の言葉に、ヒバリはどきりとして唾を飲んだ。やっぱり、あたしを狙ってるんだわ。じゃあ、この怪物はあたしの『不幸』を狙っているってこと? ヒバリには事態が飲み込めていなかったが、少女の言うように自分はきっと不幸を抱えている。自分では認めなくない、けれど――

「な、何……!?」

 ヒバリが考え込むと同時に、ヒバリのバッグが急に輝き出した。違う、バッグが光っているのではない。その中身だ。あの、おみくじのような箱が光を放っている。

「その光、キミ、まさか……っ」

 少女が驚きの眼差しをヒバリに向ける。押さえ込んでいたバッグの中から箱が飛び出し、ヒバリの手元へと収まった。

「ま、待って、何か凄く嫌な予感がするのだけれど……」

「振って……!」

「えっ……!?」

「その箱、振って……! ボクひとりじゃ、倒せない……キミの力を、貸して……っ」

 ヒバリはもはや苦笑するしかなかった。この事は早く忘れた方がいい、そんな嫌な予感が当たってしまったのだ。なんとなく、この後の展開は読める。今の状況はどう考えても、ヒバリだってよく見ていた物語の勧誘場面で――これはもう、断りようのない運命だ。どちらにせよ、ヒバリには逃げ場がない。彼女は覚悟を決めた。

「もうっ……どうにでも、なりなさいよ……!」

 半分ヤケになって、ヒバリは箱を勢いよく振るう。瞬間、眩い光が彼女を包んだ。



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