戦姫創造シンフォギア (セトリ)
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戦姫創造シンフォギア 編
全てのプロローグ


希望の光。

 

創られし希望は、未だ微睡む。

 

この世界は、愛と平和には程遠い。

 

雑音を消すは、戦姫の歌。

 

歌でしか世界を救えないと紡いで。

 

 

 

【戦姫創造シンフォギア】

 

 

 

 

 

 

満月に惑う、月華の劔。

雑音を切り払いて、唄う。

 

【絶刀・天羽々斬】

 

首掛けの青色の髪が一房揺れる。

戦の場に、咲き乱れる一輪の花。

 

雑音は、それを天敵と見做した。

天敵には、執拗なる攻撃を。それが雑音の思考回路。

 

しかし、考えが至るまで遅かった。

攻撃とは苛烈であり、鮮烈な一撃こそが足り得る。

 

戦姫は飛び上がり唄う。

 

【千ノ落涙】

 

上空から降り注ぐ劔の雨。

その一つ一つが殺意を持ち、雑音を消す。

およそ千の涙が落ちた跡には、一つも雑音は残ってはいない。

 

戦姫は終わった戦場に降り立つ。

 

高速道路のアスファルトは、溶けて独特な匂いを発している。

辺りに満ちるは雑音の死骸である、灰のみ。

 

戦姫はその戦の場を後にする。

 

自分だけが防人と信じて。

 

灰が舞う、月光が満ちる世界で。幾千の劔は鈍く蒼く紅く輝く。

 

 

 

 

私は拠点へと戻ってきた。

司令室には、図体の大きい赤髪の男性が椅子に座りモニターを睨んでいた。

私に気づいた男性は、戦姫の方へ椅子を回転させる。

 

「任務ご苦労。夜中に済まないな、翼」

「いえ、叔父さまこそ何をなさっているんですか?」

 

私はモニターを覗く。

そこには、私ともう一人の戦姫が映っていた。

 

「解析だ。二度とあんな惨劇を繰り返す訳にいかないからな」

 

男性は再生のボタンを押す。

すると映像の時が動き出して、過去が再現されていく。

 

【Are you Ready?】

 

元々会場らしき場所は地面が捲り上がり、姿も形もない雑音だけが蔓延る唄う戦場でそれは場違いな音声だった。

 

一人の戦姫。オレンジ色のロングヘアーが特徴的な、一振りの槍を構える人物が音声に一足早く反応する。

 

「誰だ! 出て来い!」

「奏......っ!」

 

言葉に反応したのか、雑音を吹き飛ばしながら謎の怪人は戦場に降り立つ。二人の戦姫に向かって鷹のようなトンプソン機関銃らしきものを構える。

 

【シュワっと弾ける! ラビットタンクスパークリング! イェイイェーイ!】

 

「......君達は誰だ?」

 

怪人の仮面の中から、男の声が聞こえてくる。

明らかに声色は暗く、疑っている感じだった。

怪人の質問にオレンジ色の戦姫が言葉を掛ける。

 

「先ずは、私の質問に答えるんだな。理髪店のポールみたいな色しやがって」

 

「理髪店って......あー確かに、まぁ、こちら側から名乗るのが筋ってものか。俺の名はビルド、作る形成するのビルドだ。以後お見知り置きを」

 

怪人はビルドと名乗り、武器を下ろす。

しかして、もう一人の戦姫は槍をビルドに向けたまま言葉を続ける。

 

「あんた、相当なお人好しだな。それで信用されたと思っているのか? 」

「奏! 何を!」

 

ビルドと呼ばれた怪人に向かって突貫するもう一人の戦姫。

怪人は人間離れした反射神経と跳躍力で宙返りをして回避する。

 

戦姫が持っていた槍の矛先は雑音を突き刺していた。

今になって思えば、試したという事。

戦場で敵に背後を狙われるというのは日常茶飯事であり、それを咄嗟に対処するというのは戦い慣れている証明。

彼らはこの短時間でそれを理解したという事だった。

 

「やっぱり、面白い。アタシの名前は天羽奏(アモウ カナデ)。アタシ達の戦いについて来られるか?」

 

天羽奏と名乗った戦姫は、槍を回転させて旋風を巻き起こし周囲の雑音を塵屑当然に消していく。

 

「Yesだ。このビルドを舐めるなよ!」

 

腰についた機械からドリルを呼び出して、その刃を回転させる。

撫で斬り、貫き、薙ぎ払う。その力強い動作で雑音を消していくビルド。

 

そして、

 

【Ready go!】【Vortex Blake!】

 

ビルドが赤色のボトル型アイテムをドリルの鍔に差し込み、破壊力を高めた武器を振るい、雑音をざっくばらんに滅していく。

 

その破壊力が高すぎたのか、映像を映す機械は壊れた。

 

映像が終わったのを確認した赤髪の男性は、映像を映すウィンドウを消して他の映像の一部をくり抜いた画像を数枚映す。

 

一つは、クリーム色のトレンチコートを着た男性がライブを観ている画像。

一つは、先程の鷹の意匠を用いた機関砲を持ち、雑音に攻撃を仕掛けている画像。

一つは、二つの分割された歯車に挟まれてる男性の姿。

 

「2年前、彼がビルドとして戦っている姿を我々は初めて目撃した。シンフォギアでなければ倒せないノイズを、未知の技術を使うことで倒してしまう快挙を成し遂げた」

 

赤髪の男性はこれまで分かっていた情報の再整理を始める。

私にはもう何度も聞いた考察だった。

私の興味は薄れていた、彼はビルドとして現れたのはこれが最初で最後だったから。

あの出来事の後、雑音討伐を私一人が背負うことになった一因だ。

憎むことはない、ただ無責任にも程があると落胆していた。

 

「彼の情報は、一つもないのでしょう。なのに、繰り返し繰り返し情報が磨耗しきるまで見て何になるというのです」

 

私は赤髪の男性へ問う。

これ以上は無意味なのではないかと。

探したところで見つかるのは虚無であり、喪ったものを取り戻そうとする醜態を晒すなど見ているだけで虫唾が走ると。

 

「彼は、ビルドは、英雄気取りの自己陶酔者です。私は彼を同じ志を持つ仲間だと思いませんから」

 

答えも聞く間も無く踵を返し、休憩室へ歩く。

一歩一歩が僅かに重く、その重みが自分に課せられた使命だと私には感じられていた。

 

 

File67 『ノイズとシンフォギア』

 

世間一般的に、ノイズと呼ばれるものが世に憚っている。

ノイズを一言で言うならば、生きる自然災害。

どこで発生するのか、まだ原理など分かっていない。

分かっていることは、人間を殺す対処不可能な兵器ということだ。

 

ノイズは、ある一定の範囲に居る人間を積極的に殺す。

殺害方法は単純だ。触るだけでいい。接触するだけでノイズ共々、人間が炭に変換されて殺される。

 

攻撃して抵抗すればいいという声もあるが、彼らには位層差障壁という絶対的防御を持っている。ノイズとこちらの次元がずれてすり抜けているということだ。

詳しく説明すれば、どっかの馬鹿が理解不能になるからここまでにしよう。

ま、攻撃が当たらないということ、もし当たっても微妙なものだ。

 

で、そのノイズに対する策ってのもある。

シンフォギア。正式名称FG式回天特機装束。

独自調査によれば櫻井良子氏が提唱した、「フォニックゲイン理論」の元設計された対ノイズ兵器。

基本的に聖遺物と呼ばれる、過去の凄い神秘的なものに適合する女性の人間が聖詠という起動キーを元に纏うものらしい。

 

因みに、俺が出会った槍と刀の二人のシンフォギア装者は、「ガングニール」「アメノハバキリ」の聖遺物だ。

 

ここまで調べるのにも時間がかかった訳だし、政府のデータベースにハッキングして潜り込むなんてことをしなければならなかった。

犯罪行為は二度とごめんだな。

 

......今回は、もうこれぐらいでデータを纏めておこう。

あれから、2年という月日が流れている。

俺はまたこの新世界を救うために戦う。

 

その為に、ビルドにはあるものを搭載しなければならない。

「シンフォニックトリガー(仮)」

ハザードトリガーの骨子を使った拡張型装置。フルボトルとの適合実験を越えれば、実戦投入出来るだろう。

 

レポート作成者 桐生戦兎



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決意のアウェイクニング

ライブ場跡地、ノイズ大災害の遺した爪痕が未だ癒えない場所。

誰にも近寄れない立入禁止区域として、国が指定した場所。

 

ここに封じ込められしは惨劇。

二度とそうなるまいと防人の誓いを立てたあの日。

大事な翼を喪った、片翼の鳥となったかの日。

 

私達が背負うべき12874人の魂がここには浮かんでいる。

 

何故救わなかった。

何故救えた筈の命を捨てたのか。

限りない命が灰として散った。

数多の人間の人生が狂わされた。

 

雑音を切り払っても、切り払っても止めどなく溢れる後悔。

 

「懺悔とは......私らしくない...........」

 

厳重に変装をしてまでここに来た理由は、分かっていた。

あいつの、ビルドの顔を見てしまったからだ。

 

奴は、英雄の皮を被った悪魔。シンフォギアと異なる、異端技術を用いてノイズを打ち払う狂った英雄だ。

 

奴が居れば、ノイズを殲滅せしめる事は容易い。

なのに、あのライブのみに力を振るったのだ?

 

その力があれば、これまでのノイズ災害時でも対処出来たのでは無いのか?

2年前に現れたきり二度と姿を見せなかった、力を持つ臆病者に語る術は無い。たとえ現れたとしても、私はーーーー

 

「......奴を、ビルドを殺してみせよう」

 

そうだろう? 奏。

仇を取ると決めたならば、この身修羅に堕ちようとも構わない。

 

「じゃあ行くね」

 

怨嗟渦巻くこの地での誓いは忘れる事はない。

未来永劫、防人の劔が折れぬ限り。

 

 

 

 

「......お前、ふうめいよくだな」

 

 

全てを黒で統一し、赤十字を描いた仮面を被っている謎の人物が出口に立ち塞がっていた。

声も変声機を使っているのか、不自然に低く掠れている。

 

風鳴翼(かざなりつばさ)は思考を戦闘中レベルまで鋭敏化する。

 

 

「......貴様は?」

 

 

この人物にわざわざシンフォギアを纏うなどと風鳴翼は思わない。

敵に対して情報を渡す道理など無い。ましてや、名前を盛大に間違える間抜けには特に渡すまいと、風鳴翼は考えを走らせる。

 

 

「......ん? あっ、お前、風鳴翼(かざなり つばさ)だな! シンフォニアを纏う者ってのは!」

 

 

唐突に何かに気付いたのか、早口で名前を訂正する謎の仮面。

台本の台詞を言い間違え、慌てて訂正する。その佇まいは大根役者だ。

 

シンフォニアとは、何とも奇跡的な読み間違えをしている。その様子に訝しむ風鳴翼だった。

 

 

「......私はシンフォニアなんてものを纏いはしない上、風鳴 翼という名でも無い」

 

 

そこで一つ、ブラフをかけることにした風鳴翼。

こんな簡単な引っ掛けにかかる馬鹿はーーーー

 

 

「えっ? ......えっ」

 

 

ここに居た。

 

 

変装用に被っている帽子とマスク、体型を隠す為の紺色のダウンジャケットが風鳴翼というアイデンティティを隠し、黒尽くめの人にバレていないことが功を奏している。

 

 

「......変わった人。名前しか分かっていない人物を呼び間違えた挙句に、とんでもない空想の話をしているなんて、痛いですよ」

 

 

シンフォニア、恐らくはシンフォギアと言い間違えた。

だとすれば、国家機密がどこからか漏れているということ。

それに装者である事を極秘にされている風鳴翼を狙っているとすれば、何処の組織、もしくは国が狙っているのか。

 

風鳴翼は相手の動向を気にしながら、懐に仕込んである投げナイフを手に移動させ機を伺う。

 

 

「もう一度言うけどよぉ......本当に、違うのか?」

 

「......ええ」

 

 

丁度、日が暮れる頃合い。

出入り口を茜色の陽光が差し込む。仮面の男の影は、風鳴翼の足元へ映していく。

 

 

「やっぱり......怪しーーーー」

 

「ごめんなさいね、こうするしかないから」

 

 

トン、と地面にカッターナイフが落ちた。その先には、仮面の男の影。

突如として現れた凶器に、男は反応できなかった。

 

日本の防人たる風鳴家に伝わる忍術。その一つである【影縫い】を風鳴翼は行使した。発動条件は相手の影に、何かを縫い付ける事。

そうすれば自分自身である影が動けないと錯覚させ、身体を金縛りにする妙技。

 

 

「ーーーーーーーーーー」

 

 

男の声にならない呻きが聴こえる。

風鳴翼は動けない彼の身体を探ることにした。彼の着ている服はマットブラックのパーカー付き男性用のジャケット、同じく黒色のジーンズパンツ。

 

 

「悪いけど、探らせてもらうわね」

 

 

ジャケットには口が広いポケットが付いている。

その中を弄ろうと風鳴翼は手を突っ込んだ。指先に硬い物がコツンと接触する。その物体を掴み取り、ポケットの中から取り出す。

 

 

「これは......!?」

 

 

風鳴翼はそれに眼を奪われる。

色が金という細部の違いはあるが、この物体の形状を彼女が忘れることは無かった。このボトルのような物体は、奴が使っていた。

 

 

「何故、これを持っている。貴様、ビルドと関係があるなッ!」

 

 

彼女が男の胸倉を乱暴に掴み、彼は再び呻いた。

それを風鳴翼は気にすることは無かった。

 

当然、あのビルドと呼ばれる者の手掛かりとなりえる人物。ここで逃してしまっては、二度と捕まえられない。二年という月日を経て尚も足取りが掴めなかった者の尻尾だ、掴まなければと風鳴翼は焦っていた。

 

だからこそ、彼女は聞き逃してしまった。

男の呻きの、単語を。

 

 

「..........来い..................ドラ、ゴン!」

 

 

機械的でどこか生物的な音が荒地に轟く。

小さい何かがこちらに突進してくる。

背後からの気配を感じとった風鳴 翼は胸倉を掴む手を離して、想定外の攻撃から回避する。

 

 

「ちっ.........」

 

 

数歩、彼女は引き下がり、突進した謎の物体を注視する。

箱型の胴体に、長い首と尻尾が備えられた、小さな翼で飛ぶ機械だった。

 

 

「ナイス、ドラゴン」

 

 

ドラゴンと呼ばれた物体は、咥えていた金色の小さいボトルを男に投げ渡し、男はそれを受け取る。

男の影に短刀と呼ばれるものは刺さってはいなかった。

 

その事実に風鳴翼は奥歯を噛み締める。

男は群青色のボトルをジャケットのポケットから、金色のボトルと入れ替えるように取り出した。

 

 

「......ビルドを知っているんだな。だったら、これも知ってるだろ?」

 

 

男はジャケットのチャックを下ろし、開く。

露わになった白無地に『最強、無敵』と黒字で銘打たれたシャツの腹部には、見慣れた物が装着されていた。

赤色のレバーに、複雑な歯車が特徴的な装置。ビルドが変身するための重要な役割を果たしている動力炉。

まざまざと見せつけられ、風鳴翼の逆鱗は撫でられる。

 

 

「改めて聞こう......貴様は、一体何者!」

「俺は、仮面ライダーだ!」

 

 

男はドラゴンの機械を無造作に掴み取り、箱型の胴体へ群青色のボトルを差し込み、首と尾を折り畳んで腰の装置に空いてる部分へ装填する。

 

【クローズドラゴン!】

 

歯車に光が灯り、採掘機の音にテクノポップ調の曲が重なった短いループメロディーが鳴る。

赤いレバーを乱暴な手つきで回し、鎧を形成する透明な枠組みが組み立てられていき、内容不明の液体が流し込まれていく。

ビルドと違うのは、分離した歯車のマークが無いのと鎧の色が紺であることだった。

 

 

【Are you ready?】

「.........変身!」

 

 

ビルドと同じ言葉を吐きながら仮面の前に両手を握り脇を締める男。

同時に鎧が一点に集中して噛み合い、ファイアーエフェクトが描かれた翼が覆い被さる。

 

 

【Wake up burning! get cross-z dragon! yeah!】

 

 

蒼炎がクローズドラゴンと呼ばれたビルドに纏わりつく。

ドラゴン、龍とも呼ばれる名称を使っていることから、名付けるならビルド ドラゴンフォームだろうか。

 

 

「俺は仮面ライダービルドだ! かかって来い!」

 

 

風鳴翼は衣服に隠していた円柱のペンダントをビルドに掲げる。

夕闇の朱に染まり、鈍い光沢を放つ。

 

 

「............その名を語ったからには殺される覚悟があろうなッ!」

 

 

彼女は一つの詩を紡いだ。

この地への鎮魂歌でもなく、友へ捧げる友愛の歌でもない。

ただ殺すという意味を込めて、胸の内を語り継ぐ。

 

 

【Imyuteus amenohabakiri tron】

 

ーーーー羽撃きは鋭く、風切る如く。

 

ペンダントが不自然に煌めき、風鳴翼という存在を楽譜のフィールドで全部包み込む。

 

何処となく、曲が、風鳴翼の胸に秘めた歌が聴こえてくる。

 

フィールドが弾け飛び、現れ出でるは歌を纏いし戦士。

否、殺しまいと虎視眈々と敵を捉えし蒼き羅刹が其処に居た。

 

 

「......()くぞッ!」

 

 

絶刀・天羽々斬。

不倒不滅の劔を以て、命を懸け、魑魅魍魎共を殲滅せしと覚悟を記す。

碧き龍を討伐せし力は此処にありと、刀を振り下ろす。

 

シンフォギアとライダーシステム。

護る為の力は今この時、使命を忘れてぶつかり合う。

 

 

 

 

とある地中の奥深く。

そこには人類をノイズから守る為の特務機関がある。

その名を特異災害対策機動部二課。

 

 

「仮面ライダー......ビルドだとッ!?」

 

 

その司令室にて、仮想投影モニターに映し出された映像に総司令官、風鳴弦十朗はつい語気を強めてしまった。

 

 

「......映像は翼さんの視覚補助モニターユニットからです。突然シンフォギアシステムが起動したと思ったら......」

 

 

オペレーターの一人が現状の報告を。

もう一方のモニターをモニタリングしていた女性オペレーターから、慌ただしく声を張り上げる。

 

 

「翼さん、聞こえますか? ......駄目ですね、依然応答がありません。風鳴司令、如何されますか? このままだと、ノイズの対応が!」

 

 

もう一つの仮想モニターに映し出される、町中の防犯カメラからの映像と町の構造を精密に描いた平面図。

 

映像には二十は下らないノイズの大群。

図には数を数えるのも億劫な程のノイズを示す赤い点が。

コンソールの金属フレームに二振りの拳が同時に振り降ろされる。

 

 

「たまさか面倒事を手繰り寄せるとは、運が無いな」

 

 

風鳴弦十郎は、この状況の不味さを以前から危惧していた。

ノイズが発生した際、現在一人しか居ないシンフォギア装者が何らかの理由で動けなくなり、対処出来なくなった場合。

 

彼らが出来る事は避難を指示することしか出来ない。

 

ノイズは人に触れることで炭と化す攻撃を持ちながら、こちらの火器を位相がズレることで無効化させる無敵といえる防御を持っている。

対抗するには対ノイズ用に設計された兵器シンフォギアとビルドと呼ばれる正体不明の鎧のみ。

 

 

「争っている場合じゃないんだ! 二人共! くそッ、今すぐにでも通信が直ればッ!」

 

 

オペレーターの一人が吠え立つ。

風鳴弦十郎はモニターから目を背け、出口のエレベーターへ視線を移す。

 

 

「あらぁ? 駄目よ、弦十郎ちゃん。余所見しちゃぁ?」

 

 

蜂蜜のように粘性の高い猫撫で声が風鳴弦十郎の鼓膜を小さく揺らす。

 

 

「......了子君。分かっている、総司令たる己が現場に赴く事は更なる混乱を引き起こしてしまう。そんな事は分かっているんだ」

 

 

了子と呼ばれた白衣の女性は、風鳴弦十郎の耳元から顔を離し蠱惑的な表情を浮かべながら、アンダーフレーム型の赤い眼鏡の鼻掛けを押し上げる。

 

 

「でも、でもでもッ! 行きたいんでしょ。頭ごなしに感情を押し留めても、カ・ラ・ダ・は正直よぉ〜?」

「......だとして、何か突破口はあるのか?」

 

 

彼女は対ノイズエネルギー、フォニックゲインを発見し櫻井理論を唱えFG式回天特機装束を創り上げた世紀の大天才。何かしらの策があるかと、僅かながらに期待をしてーーーー

 

 

「............ないわね。神に祈るしかないとか、科学者失格だよね〜」

「ならば、出来ることをやるしかないか」

 

 

ーーーー後手を選択する。それが今出来る最善の方法だ。

 

風鳴弦十郎は、手の平を見つめる。

握り込みすぎて爪が皮膚を傷つけ溢れる血。再び固く握りモニターを見つめなおす。

 

 

「総員、通信復旧を最優先とし、映像を記録せよ。友里、藤尭、ノイズ発生区域の生体反応を探し、座標をポイントしてくれ」

 

「分かりました、それくらいお安い御用ですよ」

「......じゃあいっちょやってやりますかッ!」

 

 

個々のコンソールを叩く音が忙しなく連鎖する。

モニターには、剣、ビートクローザーと呼称する武器を呼び出したビルドと鍔迫り合う天羽々斬が映っていた。

 

 

 

 

「はぁっ......はぁっ......」

 

 

何度、死ぬ事を覚悟しただろうか。

 

何度、生きる事を決意しただろうか。

 

回り回っていく循環が、あまり出来が良くない脳みそに襲いかかってくる。

そんなものは、とっくに考えないようにしたって。

自分に言い聞かせる。

 

 

「.........はっ、はっ、はっ」

 

 

動いていいのは自分の手と足だけ。後、背中の子供と。

命がある限りは、生きる。

死んでたまるか。あの人が言ってた言葉は、確か。

 

「生きろ。命ある限り、生きるんだって」

 

そうしたら、胸に歌が浮かんできた。

熱くて、苦しくて、痛みが全身を駆け巡っていく。

中から私というワタシじゃない何かに教えられた、その歌を口ずさむ。

 

 

ーーーBalwisyall nescell gungnir tron

 

 

その後のことは、信じられない事のオンパレードだった。

 

まず私は制服じゃない何か、ううん、シンフォギアっていうものを身に纏っていた。

すかさず迷子の女の子を救うために動いたら、とんでもない速さで貯水タンクにぶつかったり、闇雲に振り回した腕に当たったノイズが炭化したり。

 

その他にも驚きが多すぎて、私の頭はこんがらがっていた。

 

でも、それは物語の始まりに過ぎなかった。

今思えば、この時から仕組まれていたことだったかもしれない。

 

ナイトローグ。

 

彼が私と翼さんに出会ったこの日を忘れることは無い。

 

 

 




レポートNO.1ー1 聖遺物融合症例1号『立花 響』

聖遺物『ガングニール』との融合を果たした人間とも、兵器とも言えない特異な存在である。
2年前、風鳴翼と天羽奏のボーカルユニット『ツヴァイウィング』で起きた史上最悪のノイズ災害事件。
『立花響』はその生き残りであり、最大の被害者である。
ここでは割愛するが、様々な虐め、誹謗中傷、恨み辛みが彼女達、事件の生き残りに矛先が向けられたと言えば想像がつくだろう。

俺が特異災害対策機動部2課にハッキングを仕掛けて、得た情報から推測するにあの時の少女がガングニールの破片を事故とはいえ埋め込まれた。
ガングニールの破片は少女の身体を蝕み、造り替えることで後天的ながらも聖遺物の適合係数を上げていた。
ある一定の閾値を得るまで膨大な時間がかかる。
それまでは俺たちは動けない。そして、彼女を狙っている組織も探し出すことは出来ない。

ライブの裏で行われていた完全聖遺物『ネフシュタンの鎧』の起動実験。
その折に行方が分からなくなった『ネフシュタンの鎧』を、所持している何者かを探さないといけない。
特異災害対策機動部2課に見られたビルドの姿は使えない。
としたら、他の姿を使わなければならない。
この2年間はその為の道具作りに専念した。
スクラッシュドライバー、ビルドドライバー、トランスチームガン、ネビュラスチームガン。

それでも作戦を成功させるには幸運が必要だった。
それを成し得る為の人員も確保はした。

後は、『立花響』がガングニールを覚醒させれば計画は始動する。

レポート作成者 葛城巧


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歯車を動かすブレイズ

繰り返していく。

 

 

「俺が.....また、やった......のか?」

 

 

夕焼けに消滅していく誰かと抱き留める誰か。

気が遠くなりそうな痛みが脳を揺らす。もう一度、この光景を見る訳にはいかないと、俺は誓った筈だ。

 

 

繰り返していく。

 

 

現実は同じ様に。

塵一つも残さない。またそれが彼らの死に様と重なって。

気がついた時には何も残さない。

何も遺せない。名もない兵器として記憶にだけ残る。

 

 

「......ええ、あなたを許しません。決して」

 

 

繰り返していく。

 

 

方程式の答えはいつも残酷に、変わらない結果を齎す。

 

 

 

 

その朝は酷かった。

粘りついた汗を寝巻きの袖で拭い、気怠い身体を起こす。

 

 

「......嫌な夢だ」

 

 

変わり映えのしないマンションの一室。

記憶にあったのは、この部屋を5年程使っているという感覚だけだ。

家電なども最低限揃えられているし、部屋の大きさもそこそこな部類。一人暮らしをするぐらいなら、少し広い程度。

 

一人暮らしをするならば。

 

 

「おっ、起きたか。お前大分と魘されてたけど大丈夫か?」

 

 

自分の声とは違う、いつものように心配をして、気を遣う声がする。

というより、開けっ放しの襖から見える居間でカップ麺にお湯を注ぎながらこっちを見ていた。

 

馬鹿っぽいその顔を見るだけで少し安心する。

世界が変わったとしても、変わらないものがあるのは、ある種の孤独感を薄れさせていく。

 

 

「いや、ちょっと昔を思い出した。......俺たちは兵器じゃないよな」

 

「何言ってんだよ。俺たちは兵器じゃねぇ、愛と平和を守るものだろ? 早く食べないと伸びるぞ」

 

 

二つ目のカップ麺がテーブルに置かれている。

寝床から脱出して、居間のソファに座る。テレビを点けて、適当なニュースを聞き流しながらカップ麺を啜る。

 

 

「......今日は、作戦の日だ」

 

「わかった、じゃあ本当に良いんだな」

 

 

麺を食べ終え、汁を捨てにキッチンへ向かう。

シンクに流して、燃えるゴミ用のゴミ箱に容器を捨てる。

 

 

「俺たちは自らの正義の為に、世界を守る。たとえ世界そのものを敵にしても、愛と平和の為に戦う。それが俺の信じているヒーローだからな」

 

「理解されねぇってのは、やりずれぇ世の中だな、全く」

 

「同感だ」

 

 

 

 

ー千ノ落涙ー

 

地を這う龍を仕留めんとアームドギアを、我が剣を細かなる形へ変え、流るる雨の如く攻撃半径を拡げ、一斉に降らす。

 

「貴様は、防人としてやってはいけないことをしたッ!」

 

意に返すこともなく、猪突猛進の勢いで迫るビルド。

あれだけの大技を喰らいながら傷一つ付かない装甲強度、風を置き去りにする尋常ではない速度を発揮する脚力。

その全てが奴の装備のお陰だとすれば、とんでもない力。

だというのに、

 

 

「力を纏った武士ならば、力を持たぬ者の命を守る義務があるッ! それをこれまで放棄し、2年間雲に隠れたッ!」

 

奴は臆病者だ。

 

「何故今頃になって現れたッ!」

 

奴は奏を殺した。

 

「貴様の力など要らぬ、このシンフォギアだけが有ればいいッ!」

 

 

このノイズを破壊する力だけが、奏の遺志を継ぐ。

ビルドなどという技術はこの世に存在してはならない。

 

「貴様の存在が私の過去を侮辱するッ!」

 

ビルドの剣が我が剣へ打ち据える。

乱雑で軌道が単純な剣筋。技術の介在しない素人の剣捌き。

乱打を全て見切り、受け流す。

剣に篭った剛力は流石だが、勿体無い。

 

「この必殺を以って、引導を渡すッ!」

 

シンフォギアのパワーアシストを最大限に利用し、後方へ跳び上がる。

身体にのし掛かる重力などなく、大気を裂いていく。

次第に勢いが無くなっていき、停滞する。

身体を丸め、右脚を伸ばし左膝を胸に関節の限界まで寄せて棒の如く身体を一直線にする。

狙いは、地上のビルド。

 

ー天ノ逆鱗ー

 

アームドギアを展開、刃の長さ15m超、刃の幅も10m超といった巨大な諸刃の剣を創り出す。その柄に蹴り出すと同時に自身の二つ、剣の六つ、合計八つのスラスターから推進補助のバーナーを吹かし、倍々に威力を重ね切れ味を最大限に高める。

 

衝突までは1秒もかからない。

 

ビルドの防御力は既存の兵器を超えているが、そうだとしてこの必殺を受け切れるものか。

 

 

【スマッシュスラッシュ!】

 

「お前の気持ちはよく分かった。だからな、俺はまだここで終わる訳にはいかねぇんだよ!」

 

 

ビルドの仮面の奥で、叫ぶ漢の声が聞こえる。

気がつくと、スラスターのバナーが消えていた。

自らの手で攻撃をやめた覚えは無い。ならば、ビルドの仕業で間違いない。

 

大剣から強い振動を感じる。

地面を突いた感触だ。

威力が減衰した一瞬を利用して、矛先を逸らし剣の影へ潜りこんだという訳か、ならばこの隙をビルドが見逃す訳がない。

 

 

【Ready Go!!】

 

剣が中腹からひびが入る。

アームドギアの強度を超える破壊力がそこに注ぎ込まれている。

狙いは体勢崩しか。

 

剣が破壊される前に柄を蹴り、空中へ身を放り投げる。

 

【Dragonic finish!】

 

刹那、龍が剣を喰い破った。

膨大なエネルギーが龍を象るなど、常々不思議な事。

常識外の者と戦っているということを再認識する。

 

ならば、非常識には非常識をぶつける迄。

 

崩れ去る大剣の隙間から覗く、双龍の頭。

仕留めんと二振りの小刀を投げつける。

 

一つ目は迎撃がしやすい、目立つ位置に。

二つ目はその影から息の根を止めるように。

 

 

「こんなもので」

 

狙い通り一つ目を弾かれ、二つ目が回避される。

 

【ヒッパレー、ヒッパレー、ヒッパレー!】

 

着地。

そして半ば折れた大剣が落下、砂埃を舞い上げる。

蒼く光り輝く影。視界が無くなった世界で、一番に目立つ存在を凝視する。

手に両手剣を召喚、歌によってフォニックゲインを高め、これから行う攻撃を強化する。

 

高まりきる前に、砂埃が晴れる。

先に動くのはエネルギーを溜め終えたビルドからというのは分かっていた。

 

 

先手は譲ろう。

 

 

「だああぁぁあっ!」

 

天に昇った龍が再びビルドの下に還り、右手に持っている剣へ宿る。

余剰エネルギーが蒼い焔となり、一際神秘を帯びる。

それを解き放たんとビルドは私に向かって走りだす。

 

【メガーーーーー

 

音が掻き消える。

いや、音は不要だと斬り捨て、空いた演算能力を次の一手に注ぎ込む。

 

後手には回らない。その程度の事を、予想出来ない訳がない。

 

地を蹴り出すビルドの脚。

僅かにつんのめり、姿勢がほんの少し乱れる。

 

必殺の剣閃が左上に逸れていく。

 

それこそが私の勝機。

 

足元のスラスターを吹かせ、ビルドの右側面へと加速を得た身体を屈め、大剣をビルドの腹部に全力を込め振り抜く。

 

速く、はやく、ハヤクーーー

 

私の左眼球に蒼い龍が天翔ける(映る)

カウンターの一撃が手許の剣を通じて、重くのし掛かる衝撃。真芯を捉える手応え。獲物を狩るトドメ。この剣こそが

 

ー蒼ノ一閃ー

 

 

ビルドは放物線に沿って飛び、5度地面を跳ね、纏う龍の鎧も霧散し、元の男性の姿へと戻っていく。

 

動く気配も無い事を目視し、男性の方へ歩を進めようとした。

ビルドには2年前の黒い姿や、擬似聖遺物について吐かせなければならない。

場合によって、処罰を下す準備もしないといけない。

真実を追い求める、私の正義感に突き動かされた脚は止まらない。

 

 

《ガングニール......だとッ!?》

 

私の耳に、聞き捨てならない言葉が入る迄は。

 

 

 

 

夜に差し掛かる夕暮れ時。

風の鳴る、何処かで人型の影は佇んでいた。

 

 

《ガングニール.....だとッ!?》

 

「遂に覚醒したか、立花響」

 

 

手にしている通信傍受装置から流れる音声。

確信を得て安堵し、静かに呟く影。

遠くに、黄金の光の柱が聳えている。

 

 

「作戦を開始する」

 

 

通信傍受装置をしまい込み、次いで取り出したのは注射装置にも似た小銃と、蝙蝠が紫色で描かれた小型のボトル状の物体。

小型の物体を影は手首のスナップを利かせて数回振る。

 

カチャ、カチャ、カチャ。

 

物体の内部に透けて見える蓄えられた紫色の固形物が、小気味良い音色を作り出す。

 

物体に取り付けられた、上部の蓋を回して絵柄と同じ向きに揃え、小銃のストック部の代わりに取り付けられているスロットへ物体を装填する。

 

【バット】

 

内蔵された機械音声がそのボトル状の物体の名称を呼ぶ。

恐怖を想起させるバックグラウンド、夜に蠢く怪物とも云うべき旋律(メロディー)が場を支配する。

 

「............」

 

影は静かに言葉を口にした。

それが引き金となり、機械音声がその行為をコールする。

 

 

【ミストマッチ】

 

 

銃口からドス黒い煙が吐き出される。

科学物質を含む有害な煙を模して、影を呑み込む。

 

 

【バット......バ、バット......FIRE!】

 

 

花火が黒煙の中から爆ぜ、散らしていく。

そこに在るのは羽を広げる、夜の蝙蝠の姿だった。

 

 

 

 

「高エネルギー体、ガングニールの装者へ急速に接近中!」

 

「翼さん、連絡がつきました。ガングニールの装者へ移動を開始。速度予測、5分で到着予定」

 

不報が一つ、吉報が一つ、風鳴弦十郎の耳に入る。

オペレーター室は今、目まぐるしい数の情報を処理する事で精一杯だ。

 

 

「おいおい、あの高エネルギー体、もうすぐガングニール装者の所へ着くぞ!」

 

モニターには、もう一つのガングニールがノイズを拙くも倒している姿が映っていた。素人らしく力に身を任せてがむしゃらに戦う少女。

 

そんなヒーロー映画じみた土壇場の応酬劇は、5mはあろうとしているノイズを頭上から急降下し一撃で仕留めた怪人によって幕が閉じられた。

 

 

《あなたは......誰なんですか?》

 

ガングニールの少女は恐る恐る問う。

対して怪人は機械で調った低い声で答える。

 

《ナイトローグ。お前達、シンフォギアを奪う者だ》

 

《何を言って......》

 

 

手に持っている銃を少女の顔に照準を合わせて、威圧し、言葉を遮る。

それは少女を含めた特異災害対策機動部2課を目的とした宣戦布告だった。

 

「いかん! 翼はまだか!?」

 

「後2分です! このままじゃやばいですよ!」

 

ガングニールの少女は初めての戦闘。右も左も分かっていないこの時を狙って、シンフォギアを奪う。

単純かつ効果的な手際の良い作戦に、風鳴弦十郎は奥歯を噛むしかなかった。

 

「これじゃあ八方塞がりじゃないか! どうすれば......ッ!」

 

一人のオペレーターが張り上げた声は不自然に途切れ、コンソールが高速で叩きつけられていく。

 

「どうした?」

 

風鳴弦十郎は、余りにも目立つ行為につい口を出してしまった。

 

「新たな生体反応あり! ガングニールの近くです!」

 

「何っ!?」

 

 

《おっと、それ以上はいけないかな?》

 

怪人の周りに火花が飛び散る。

硝煙が晴れると、ガングニールの少女の側に一人の男が立っていた。

 

「今の映像を元に、人物を照合完了。正面モニターに表示します」

 

紫色の銃を持った狐目の面長な顔つきの男の横に並べられたのは、個人情報。

名前は『葛城 巧』。城南大学に所属していた学生。

風鳴弦十郎は、次の一行に目を疑った。

 

「これはどういう事だッ!?」

 

20X X年 X月X日、ツヴァイウィングのライブにてノイズ事故に巻き込まれ死亡。

 

 

《貴様。邪魔をする気か?》

 

「死んだ者が蘇ったの? そんな事有り得ないわ」

 

《当然だ。幼気なお嬢ちゃん達を見過ごせる訳が無い》

 

「いや、実は生きていて死で隠蔽したとなれば、それも可能だろうけど......かなりの無理筋だ」

 

《ほざけ、変身出来ない貴様に俺やノイズを倒せるものか》

 

「あの場にノイズは大量に居た。天羽奏の絶唱が、全て討ち払った。けど、救えなかった命は決して少なくなかった」

 

《いや、俺は倒さないさ》

 

「その中で馬鹿げた奇跡を起こせる者が居たとしたら。それこそがあの存在だとするならばッ!」

 

 

オペレーター達の口々に紡ぐ推測が、一つの単語を浮かばせる。

ライブ事件にて乱入した命知らずの戦士。

擬似聖遺物【ボトル】の所有者にして、未だ謎多き人物。

 

その謎を解く鍵を持つ葛城 巧の周囲に居たノイズが、生命の匂いを嗅ぎつけて身体を紐状に変形させて突撃する。

 

《俺達が倒すからな》

 

【スマッシュスラッシュ!】

 

何者かによってノイズの紐は断ち切られていく。

けたたましい上空からのネイロ。龍の鼓動を掻き鳴らす戦士の名は。

 

「それが、ビルドかッ!」

 

《成る程仮面ライダーか......久しいな、その姿は》

 

 

蝙蝠が羽ばたく紋様を胸の装甲に刻み、黄色のバイザーが目立つ仮面を被ったナイトローグと呼ばれた怪人は、感慨深そうにビルドを見ている。

 

《よぉ、久しぶりだな。ナイトローグ、いやセント》

 

《その名もまた久しいな。仮面ライダーを受け継ぎし者、バンジョウ リュウガそして葛城 巧よ》

 

これまでの喧嘩腰の言葉の応酬は、ナイトローグの勢力と仮面ライダー、葛城 巧達の勢力が敵対している関係という事を示唆している。それが司令部の認識だった。

その様子を逐一モニタリングし、場に適している情報を収集していた一人のオペレーターが報告をする。

 

「風鳴司令、先程の会話に含まれていた人物名でしたが、戸籍情報を調べたものの『葛城 巧』以外の該当する人物はいませんでした」

 

「偽名......という事か?」

 

「それが、特殊な検索方法で暗部の方を調べてみた結果、面白い情報が出てきまして」

 

 

新たに一人の男性の顔写真がモニターに表示される。

明るい茶髪に三叉に編み込んだ後頭部が特徴的な髪型、太い眉毛にギラギラと闘争本能に従いそうな眼つき。アウトローという言葉が似合う顔だ。

 

「あら、弦十郎ちゃんに似て漢らしい顔付きじゃない。私は好きよ、こういうの」

 

真っ先に食い付いた櫻井了子女史。

「............まぁ、話したいのは顔の好みではありませんが」オペレーターは会話を続ける。

 

「彼は、ある場所でこう呼ばれているんです。1年半前から急に現れた超新星、荒々しい怒涛の攻めを駆使して、相手から勝利を捥ぎ取る。そのバトルスタイルと全勝無敗の記録から、最強無敵の龍『万丈 龍我』と呼ばれているそうです」

 

「名前は確かに一致しているが、言い切るという事は他にも根拠があるのだろう?」

風鳴弦十郎は確信を含んだ相槌を打つ。

 

「『葛城巧』の血縁関係を洗い出していたら、従兄弟と登録されていた『佐藤太郎』という男性の顔写真が髪の色以外一致していた。面白い偶然でしょう?」

 

「出来過ぎているな。綺麗な花の貌に、誘い出されているようだ」

 

「彼らは我々の生体センサーに反応しない速度で移動する技術を持っています。ここは翼さんに情報を伝え、慎重に行くべきだと私は思いますが」

 

「あぁ、俺も同意見だ。ここは、彼女に任せるとしよう。これだけの謎と鍵を揃えてきてくれたら、解くというのが筋だろうよ」

 

モニターには風鳴翼の信号が、工業地帯のすぐ側まで迫っていた。

 

 

 

 

工場地帯。

ノイズが少女達を襲っていたのは、ほんの数分前のこと。

今や場の主役は、二人の怪物と一人の科学者、そして二人の少女だけ。

周囲にはノイズがいるが、動き出す事はない。

動き出せば瞬く間に灰になることを、ノイズは分かっていない。しかし、ノイズは動き出せなかった。理由は単純明快だ。

 

仮面ライダービルドがボトルの力を解放した。ただそれだけの事だ。

半径20m程を断ち切り、安全な空間を展開すると同時にエネルギーの鎖が地面へノイズを地面に縫い付けている。

 

ナイトローグも地面から繋がれた鎖に手を胴体へ巻き付かれている。

 

「ビルド、その子を頼む。できれば安全な所まで」

 

「分かった。巧、例のサンプルだ、採取するの結構大変だったからな。後で何か奢れよ」

 

仮面ライダービルドは葛城巧に一つのボトルを投げ渡す。

それを受け取った葛城巧は興味津々な表情を作り出した。無邪気に口角が釣り上がり、後頭部を銃を持っていない手で頻りに掻く。

 

仮面ライダービルドがわざとらしく大きな咳払いをする。

葛城巧はその手を止めた。

 

「......考えておく」

 

申し訳なさそうに仮面ライダービルドへ目配せをする。

仮面ライダービルドはその目線を察して少女達へ近づく。

 

「いくぞ......えっと、少女Aと少女B」

 

仮面ライダービルドが少女達を両脇に抱え、超人的な跳躍力で工場の建物の上へと避難した。その際、ガングニールの少女が「私、立花響って名前がぁぁぁあァありィィィますぅう〜ってばァぁぁぁあ〜〜ゔぇっ」と絶叫していた。

 

 

「という訳で、話を続けようかナイトローグ?」

 

葛城巧は笑う。

科学者が見せる不気味な笑みでも無く、晴れ晴れとした屈託の無い笑顔がそこにはある。

 

『くくっ、たかがボトルが増えただけで、何が出来る!』

 

ナイトローグは嗤う。

この場に於いて、ただの人間は無価値だと。なのに、未だ戦意を此方に向けるのかと。

 

「出来るものがあるのさ。まぁ臨床実験は試してないけど」

 

葛城巧は透明感のある白に青色の歯車が大きく露出したボトルを、紫色の銃のスロットへ装填する。

 

 

【ギアブレイド!】

 

 

紫色の銃は手拍子に似た蒸気機関の音を発しながら、ボトルの名前を告げる。

 

葛城巧は先程と造形が似通ったボトルを懐から取り出す。仄暗い黒に極彩色の歯車と、細部が異なっている。

装填されているボトルを引き抜き、その新たなボトルを装填する。

 

 

【ギアノイズ!】

 

【ファンキーマッチ!】

 

 

銃から新たなボトルの名前を告げ、更に追加された音声を聞き、葛城巧は嬉々として頭を掻く。

 

「最っっ高だ! カイザーシステムとシンフォギアシステムのマッチングが成立した!」

 

ただの子供の様に喜んだ。

世紀の発見みたいに興奮を隠しきれず、葛城巧は呼吸を浅くしていた。

 

『それで』

 

ナイトローグは平静を保とうとしていた。

蝙蝠の鉄面皮から止め処なく溢れて出ていく罵倒が、彼自身止められそうには無かった。

 

『それで、俺を倒せるとでも思っているのか。たかがデッドコピーにしか過ぎない古ぼけたシステムで、どれほどの改良をしようとも、中身が悪ければ意味がない』

 

つまり、机上の空論。

言うまでも無い絶望を、ナイトローグは押し付ける。

 

葛城巧は未だ手拍子が鳴る銃をナイトローグに向ける。

その眼は、希望に満ち溢れたかの様に輝いている。

 

『くくっ、やってみるがいい』

 

「潤動!」

 

葛城巧は引き金を引いた。

 

【Fever!】

 

銃口から灰のような黒煙が放出される。

葛城巧の体を漆黒で包み込んで、全貌を隠していく。

蒼白の稲光が瞬き、否、一閃が黒煙を一纏めに吹き飛ばす。

 

【Perfect!】

 

そこに立っていたのは、全身を鉄と白と青に染め上げた人ならぬ異形。

両手足首から生える鋭利な刃は、ナイトローグの陰影を映す。

右腰部に備えられたガンホルダーに、紫色の銃を差し込む。

 

「ストレンジブレイザー、バージョンB(ビー)装着完了(コンバート)

 

側頭部に沿う形で後ろに反った翼のような二対の刃。

顔面部分に青と白にキッパリと縦半分に二分した歯車が取り付けられている。目に当たる部分から覗く赤い瞳。鎖を引きちぎる蝙蝠の羽が映り込む。

 

カチリと、肩装甲に嵌め込まれた歯車が動き出す。

上から青白黒に彩られた積層構造の胸部装甲の隙間から、反響して音を奏で始める。

 

「さぁ、実験を始めようか?」

 

 

旋律の名は、絶刀•天羽々斬。

 

 

 

 

 

 




レポートNO.1ー3 《カイザーシステムとシンフォギアシステムの融合》

この世界に来てノイズの存在が判明した時、ずっと考えていた事があった。
もし、ライダーシステムをシンフォギアシステムと融合出来たならと。
その方針の下、フルボトルから抽出した低量の成分で稼働するカイザーシステムを採用して実験と研究を続けていた。

風鳴翼のシンフォギアの破片を充分取り込んだフルボトルを解析した結果、生成出来た擬似フルボトル【ギアブレイド】を、かつて最上魁星が創り上げたカイザーシステムにネビュラスチームガンへ接続して、バイカイザーを強制的にバージョンアップさせた装備。

異物であるシンフォギアシステムのソフトを無理矢理捻じ込む為、起動実験の最中カイザーシステムにバグを起こし使い物にならなかった擬似フルボトル【ギアノイズ】を咄嗟に組み合わせてみた結果、バイカイザーの装備が呼び出される【ファンキーマッチ】が成立した。

その為、【ギアブレイド】に組み込まれたシンフォギアシステムが本来無い機能をバイカイザーに搭載している。
主に追加されたのは調律機能、バリアコーティング機能、アームドギア自動生成機能の三つ。どれも対ノイズ用に必須の機能だ。

しかしながら、この装備の最もポテンシャルを持っているのはシンフォギアシステムへの最適化機能だ。今は天羽々斬の【ギアブレイド】を使うことでVer.Bを使用可能だが、ガングニールの情報が得られれば新たな擬似フルボトルを使用してまた違う姿へ変化出来る。
ある意味ビルドシステムと似ている事がネビュラスチームガンで出来るのは、とても強みになる。

レポート作成者:葛城巧

追記:バイカイザーだと以前の世界融合事件を思い出す為、以後《ストレンジブレイザー》と名付ける事にしよう。

追々記:胸から流れる風鳴翼が歌う曲のインストゥメンタルから別の旋律に変えれるか、試しに電子ダウンロードした曲を入れて再生する実験を行うことにした。

まぁ、見事に失敗で終わったけど。

取り敢えず曲だけ入れておくだけ入れておこう。急に使えるかもしれない。




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異邦の来訪者(ストレンジャー)、特異災害対策機動部二課へ。

風を切って走る。

いつもならそれが心地良いものなのに、何でこんなにも胸が苦しい。

 

ビルド?

いや。

 

ガングニール?

いや。

 

あの男性?

いや。

 

違う、とても苦しいのは、自分の心。

あの時、何も出来ず、友を犠牲にした、自分の至らなさが認められない。

 

あの時力を持っていれば。

それだけで、違う未来が見られたのに。

 

私はあの時より強くなった。

けれど、過ぎ去った時間は戻らない。

 

心は鋼で、身体は剣。

そうだと信じて疑わぬよう、厳しい訓練を積んできた。

一人でもノイズを殲滅できるよう技を磨いてきた。

 

それなのに、神様は残酷だ。

 

それだけじゃ足りないという事を、ビルドとの戦いで思い知った。彼は、明らかに手加減をしていた。

 

私を倒す気だったなら、あの一撃で倒せた筈。

 

『翼さん、そのルートを真っ直ぐ行けば着きます』

 

私は貶められている。

なら、この屈辱は我が剣にて切り捨てるのみ。

 

私はこの身に宿る確かな怒りに、スピードを乗せた。

 

 

 

 

胸の奥から響く、声の無い音楽。

【ギアブレイド】、シンフォギアの力。

アームドギアはロックされている。

 

《ハザードレベル降下開始、現在6.7まで下がっています。規定の2.0まで低下する時間はおよそ5分です》

 

アンロック方法。

ネビュラスチームガンを腰部ホルダーへの装填。

 

《カイザーシステムを接続完了。シンフォギアシステムとの同期に約1分かかります。しばらくお待ち下さい》

 

『ではその力、拝見させてもらおうか』

 

ナイトローグは蝙蝠の翼を羽ばたかせている。

空中を制して、戦況を有利にする......か。甘く見られた物だよ。

 

「この天羽々斬をトレースした機動性を、舐めないでもらいたい」

 

脚部ブレードを補助翼として展開、脚部と後腰部のバナーを吹かせる。

ブルーフレア、完全燃焼している炎が俺を空中へふわりと浮かせ、ナイトローグの蝙蝠頭を穿とうと導いていく。

 

加速は十分。奴の脳天目掛けて腕部ブレードを思いっきり振り下ろす。

互いの防具が鳴り合わせる。

 

「この程度か?」

 

ナイトローグのトランスチームガンの銃口が輝く。

僅かなタイムラグの後、装甲に火花が飛び散る。

 

《現在、背面ブースター使用可能》

 

急速に背中が熱を持つ。

奴が翼を持っているとすれば、俺は翅を持っているのが道理だ。

 

先程よりも速く、いやもっと。

身体がGで引きちぎれそうでも、この鎧が有れば。

 

 

「開放、全開......っ! ぶっ飛ぶんだよ!」

 

 

闇、常夜灯、奴の身体。溶けて混ざって、一つの点になる。

手を握り締め、真っ直ぐに一直線でブン殴る。

アッパー気味の拳が摩擦の炎を纏って、(ローグ)を更なる上空へ弾き出す。

 

方向転換、上方へ。

引き千切れそうな意識を、歌が留める。

 

身体が空気の摩擦で熱となり、青い炎を全身に纏う。

辺り一面に広がる暗黒。ギラギラとした光の点。

夜空に輝く星を捕まえようとして、蝙蝠の翼膜が遮る。

 

「邪魔だぁっ!」

 

両手を突き上げ、風船が割れるような甲高い破裂音が鳴り響く。

眼前には半分に割った月の反射光。そして乱降下していく蝙蝠。

 

『同期完了。ブレイドライフルモード使用可能です』

 

ホルダーからネビュラスチームガンを取り外し、右腕のブレードを後ろのストック部分へ、左腕のブレードを銃口部分へ取り付ける。

 

【ブレイドライフルモード】【ファンキー!】

 

機械音声と共にグリップ部の下へ増設された、スチームガン程の全長を持った握り手を持つ。

これでフォニックゲインを高めた一撃、必殺技を放つ前準備は終わった。

 

薔薇の絵が描かれたフルボトルを銃のスロットへ装填する。

 

【フルボトル!】

 

フルボトルの成分が浸透し、刃が薄く紅く染まっていく。

身体を落下速度に乗せ、全てのブーストを吹かせる。グン、と胃がひっくり返りそうなGを感じながら、狙いを定める。

 

加速した摩擦熱で鎧が再び青い炎に包まれる。

熱い。幾ら頑丈な鎧だとしても、熱の耐性には上限がある。

それだけ無茶な事をしているのは分かっていた。

蒸し焼きにでもなりそうな温度がじわじわと蝕んでいく。だからどうした。

 

【ファンキーショット!】【フルボトル!】

 

ナイトローグは今ここで倒さなければ。

桐生戦兎(ナイトローグ)と称するなら、俺は葛城巧(ストレンジブレイザー)として破壊するしかない。

 

「葛城ぃぃぃぃぃいッ!」

 

【スチームブレイク!】【バット!】

 

過去こそ、今に繋げていくために。

今を未来へと創るために。

 

【ブレイドブレイク!】【Yha!】

 

乗り越えてみせる。

二度とあんな惨劇を引き起こさせはしない。

 

千の涙が落ちるように、無数の茨をフルボトルのエネルギーで創り上げる。

避ける道を塞ぎ、叩き込む為に。

 

無数の茨はナイトローグを貫き、そして地に縫いつく。鎖など比でもなく。

絡み付き離すことのない情熱が、執念が、熱情が、ナイトローグの鎧へ。

 

月光の照る刃は紅を帯び、一輪の花を咲かせる。

火が瞬く。飾り付けられた閃光に、高めたフォニックゲインを乗せる。

 

故に、この一撃は既存の物理法則を脱する。

縦に振り下ろした剣撃が宙へと放たれ、直線軌道でナイトローグへ降りかかる。

 

奴が放った巨大な蝙蝠の影は剣撃とぶつかり拮抗する。

その縦筋に横筋を加えるように、俺は武器(ギアブレイド)で直接斬りつける。

 

この一撃を名付けるならば、ブルーローズだろうか。

 

自然界には無い青色を生み出す為に、人工的に造られたあり得ない奇跡。

化学とは美しいものも、美しくないものも造り出す。人間が得られるメリットとデメリット。表裏一体のそれは、この今の状況とよく似ている。

 

そんな事を考えている内に、剣に伝わる衝撃がなくなる。

 

後は、地面に着地するのみだ。

二の足を突きだした数秒後にはアスファルトの削れる音と共に工場を数十メートル移動して、漸く止まった。脚には鎧の防御のお陰か、衝撃も何もかもが打ち消されていた。

 

『規定のハザードレベル以下になりました。スリープモードに移行します。速やかに変身解除又はシンフォギアシステムとの接続を切ってください』

 

「私はナイトローグ。このままタダでヤられる物かッーーーー」

 

そして、ナイトローグの絶叫とギアから響く音楽が止まった。

 

 

 

 

私はその戦場へたどり着いた時には、既に戦いは終わっていた。

工場の上空で花火と見間違う程の爆発が起き、その余波なのか付近に居たノイズ達が灰となって消えていく。

 

灰を辿っていき、バイクを走らせていく。

 

視界を覆い隠し、ヘルメットが無ければむせ返るような夥しい量の中心で奴は立っていた。

 

歯車を鎧に見立てた、両手両脚を青い刃に身を包んだ異形。

広げた翼にも似た仮面を此方に向けている。

 

《翼、周囲のノイズとナイトローグの反応は消えた。しかし、奴......ストレンジブレイザーと名乗った者と対話を......》

 

通信機の電源を切る。

どうせ、交渉しろと言うのだろう。私の叔父は、つくづく甘い。

シンフォギアを真似してノイズを倒す奴らを、仮面ライダービルド達を仲間に引き入れようとしている。

 

【Imyuteus amenohabakiri tron】(そんな事許すものか)

 

身体に私のシンフォギアが纏わりつく。

胸の内から戦う為の覚悟が記される。私の手の内には剣が存在する。

 

踏み込む。

 

シンフォギアによって増幅された脚力で、灰を空高く舞い上がらせる。

瞬時に詰め寄り、得意の間合いへと接近して剣を振るう。

 

ノイズを振り払うように。

 

固い物を切る感触が手に伝わる。

振り切ろうと力を入れるが、刃が動く気配が無い。

 

「もう戦いは終わった、もう争う理由なんて無いだろ!?」

 

それは仮面ライダービルドだった。

何故、其処に居るのかは明白だ。奴は仲間を守ろうとしている。

 

だとして。

 

「だとしてもっ! 貴様らは、奏を......」

 

「やめて下さい!」

 

その声に振り向くと、其処には奏が居た。いや違う。

 

「争わないで下さい! なんで争うんですか! どっちかどっち、状況が飲み込めないけど、それでも戦う理由にはならない筈です!」

 

知ったような口を利くな。

そう口にしたかった。だけど、なんで奏と同じシンフォギアを、何で貴方が纏っているの。

 

「......分かったわ。貴方に免じて、この場は刃を収めましょう。但し、今度は容赦はしない」

 

シンフォギアを解き、臨戦状態を解除する。

すると、仮面ライダー達も変身を解く。顔は見知らぬ男達だ。

 

「......全く、ヒヤヒヤしたぜ、巧」

「万丈、それ今言う言葉か?」

「るせぇ、でも、やられなくて良かったじゃねぇか! どうよ、俺のファイトプレー!」

「それを言うなら、ファインプレーな。これ以上戦ってどうするのよ」

 

和気藹々と会話している彼らは放っておこう。

私は後の事を考える。

ガングニールの事も、ビルドの事も何もかもが謎で分からない事ばかり。

だが、一つだけ言えるなら

 

「......私は防人だ。たとえ何があろうとも」

 

 

 

日本政府の制服に身を包んだ女性からコーヒーを頂いた。

 

「あったかいものどうぞ」

「......ありがとうございます」

 

みるみる内に封鎖用の障壁が作られ、清掃員がノイズだった灰を巨大な業務用の吸引機で吸い取っている。

俺はネビュラスチームガンを片手に、程よい高さの瓦礫に腰を掛けて遠目に眺めていた。コーヒー。飲んでみると程よい苦味が、戦いで疲れた身体をあっためてくれる。

 

「あったかいものどうぞ」

「あったかいものどうも」

 

女性が行く先を何気なしに目で追うと、ガングニールのシンフォギアを纏っていた少女の方にコーヒーを渡していた。

コーヒーを飲んだ少女は、漸く気が抜けたのかシンフォギアを解き、元の学生服に戻っていた。

あの制服は私立リディアン音楽院の制服だったような、風鳴翼と同じ学校か。

 

「このコーヒー美味いな、俺の今まで飲んだものの中で一番だ」

 

コーヒーを片手に、チビチビと飲んでいる万丈が隣に座る。

 

「確かに、今までロクなコーヒーを飲んでこなかったからな」

「......これからどうするよ」

「まぁどうにかなるでしょ」

 

なるようになれとしか、俺の頭の中にはない。

現に今目の前でガングニールの少女......立花響が手錠をかけられて、風鳴翼と黒服の男性の集団に拉致当然として車に詰め込まれている。

 

「貴方達も同行していただきますか?」

 

先程、立花響を詰め込んでいた黒服のリーダー格であろう茶髪の男性が声をかけてくる。

 

「葛城巧です。こちらのバカは万丈龍我と申します。同行する前に名前を伺っても?」

「おい、バカはねぇだろうよ」

「そうですね。申し遅れました、緒川慎次と申します。普段は風鳴翼のプロデューサーをやっております」

 

差し出された名刺を貰い、俺たちは手錠をかけられる。

これから行動するにしたっても、逃げた所で変わりは無い。ここは協力するのがベターだと思っている。

 

黒服に連れられ車に乗ると、終始無言のまま彼らの目的地まで移動していた。

横に乗っていた万丈が思いっきり寝ているのを見て、俺も身体に纏わりつく疲労感に身を任せて目を瞑り、意識を手放した。

 

 

ーーーあなたは、何者?

 

 

ーーーー良くも、まぁ生き残ったものだよ。

 

 

ーーーーー君の目的は何?

 

 

ーーーーーー大切な者を、救いたい。

 

 

ーーーーーーーイイね。お姉さん、応援しちゃうわ。

 

 

微睡の夢の中で、そんな懐かしい記憶を思い出す。

 

「おい、もう着いたぞ。起きろよ、巧」

 

揺られ目を開けると、かなり巨大な校舎が視界に入る。

どうやら、何処かの学校の近くらしい。

 

「ここは?」

「私立リディアン音楽院って所に着いたらしい」

「万丈、お前いつ起きてたんだ?」

「ちょうどお前が起きる数分前」

 

ちゃっかりしている万丈と共に、黒服に連れられ建物の奥に入っていく。

やがてエレベーターに乗せられ、高速で落下する。

 

立花響らしき少女の悲鳴を聞きながら、ガラス越しに見える景色を見る。

古びた壁画の上に描かれた、幾つもの模様。地層のように積み重なった極彩色の直線。異様だが、神秘的な景色が広がっている。

 

見惚れる間に最下層に辿り着き、エレベーターの扉が開く。

 

重々しくゆっくりと開く扉に万丈の喉が鳴る。

何が待っているのか。気を引き締めてかからなければ、この先の計画に支障が出てしまう。

 

ここはある意味伏魔殿なのだから、鬼が出るか蛇が出るかーーーーー

 

 

「ようこそ! 特異災害対策機動部二課へ!」

「へ?」

 

間抜けな立花響の声に間違えはなく、俺も思わず呆けてしまった。

万丈は「おおスッゲェ!」など、子供のように喜んでいた。が、「いや待てよ」と自分の中でツッコミをいれている。

 

天井付近に吊り上げられた横長の看板には「ようこそ、立花響様と仮面ライダービルド様、ストレンジブレイザー様」とデカデカと書かれていた。

 

「俺たちがあれを名乗ったのってちょっと前だよな」

「情報が早いことで......」

 

回収された立花響の鞄から、個人情報が抜かれていた事実を知った当の本人が変な声を出しているのを見て、心の中で手を合わせる。

 

「もういいのか?」

「ええ、ここまで来るまでの間、何もしなかったという事実さえ有ればよかったので」

 

俺たちの手錠を外す、緒川慎次という男。

何か裏がありそうな胡散臭さはあるものの、今のところは信用出来そうだ。

立花響に挨拶をしていた赤色のシャツのガタイの良い男性が近寄って来る。

 

「初めましてかな、私はここの司令を務めている風鳴弦十郎だ。よろしく、葛城巧君に、万丈龍我君」

「......すいません初対面で失礼ですが、本当に貴方は人間なんですか?正直、肉体の鍛え方が違い過ぎまして」

 

快活に大きく笑う風鳴司令。

爽やかな屈託の無い笑顔で、彼は答える。

 

「はははっ! そう初対面で見抜くとは、中々な観察眼の持ち主だなっ! 流石はあのストレンジブレイザーを造った科学者だ。私は至って人間と主張しよう」

「......この特異災害対策機動部二課の司令を務めているだけはありますね」

 

裏で白衣の女性にいじられている立花響を放っておき、並べられたケーキなどを見る。もう万丈の馬鹿が既に口に入れて頬張っていた。

 

「美味しい......もっちゃ、こんな、もちゃ、ご馳走久しぶりだ! 巧、食べないのか〜」

「食べながら喋るんじゃないよ。ほら、口元拭いてこいっての」

 

机に置いてあった紙ナプキンを指差して万丈を移動させたところで、風鳴司令は万丈を見る。

 

「あれが、仮面ライダービルドか。俺たちと変わらぬ、普通の人間だな」

「普通?」

「俺たちはノイズに対して無力な普通の人間だ。だが、そのノイズに対抗できるシンフォギア 、そして仮面ライダー。正直に言えば、その力は欲しいと思っている」

 

普通の人間では、なす術も無く触れるだけで炭化してしまう。

彼らは少女だけにノイズと戦わせ続けることを、ままならない気持ちで支援している。その重荷を年の瀬もいかない少女に背負わせるということが、嫌なのだろう。無意識に拳を握っている。

この司令は、心優しい。それでいて、屈強だ。

 

「仮面ライダーを構成するライダーシステムは、とある特別な資質を持っていなければ使うことすら出来ません。欲しいと思って得られるものでも無い、万人向けじゃないんです、この力は」

「そうだろうな。分かってはいた」

「落胆させて、すいません」

「いいんだ、葛城君。やれることだけをやる、それだけの事さ」

 

万丈は一通り食べ終わったのか、満足した顔で俺に近寄ってくる。

 

「巧、食べないとご馳走無くなっちゃうぞ」

「今行く。それでは、俺はここで」

「ああ、行ってくるといい。終わったら、話の続きをしよう」

 

風鳴司令に一礼をして、その足で白衣の女性......櫻井了子博士のスキンシップから解放された立花響の元へと向かう。

 

「君も来ていたんですね。立花響さん」

「あっ、えっと葛城巧さんでしたよね。危ない所を助けていただきありがとうございます」

 

皿を取り、サラダを盛り付けていく。

色と栄養のバランスを考えて、満遍なく綺麗に。

 

「ノイズを世界各地を巡って倒しているらしいですね。龍我さんが言ってましたけど」

「うん、そうだね。今後は東京が活動のメインになるだろう。俺達の目標は、ナイトローグの目論見を打ち破る事だ」

 

立花響の皿には、肉がてんこ盛りに積まれている。

育ち盛りはやっぱり、好きなものを食べたいのだろう。

 

「ナイトローグってあのテレビ番組のような怪人ですよね。シンフォギアを倒すとか言ってましたけど、何でそういう事言うのかなぁって、私、そんな大それたもの持ってませんよ......」

「大きな力を持っている自覚がないのは、まだ力を持った事がないからだよ。これから嫌という程実感するよ」

「うへぇ......私ってドジだし、不器用だから、皆に迷惑かけちゃいますよ」

 

消え入る声で俯せる立花響。

これからの事を思っているのだろう、これからシンフォギアの装者としてやらなければならない事を想像すれば、誰だって尻込みする。

今ノイズを倒せるのは、君と風鳴翼、そして俺たちだけだ。その上、ナイトローグという明確な敵が居る。

戦わなければならない。それがどれだけ覚悟が要ることか。さっきまで只の少女に腹が括れる事か。

だけど、一つ言えるなら。

 

「自分が大切にしている事を、これから想えばいい。そうすれば、これからだってきっとやっていけるさ」

「............葛城さんは、何を想って戦っているんですか」

 

戸惑う彼女は問う。

迷う者に一つの指標を与えるのは、俺たちの役割だ。

 

「LOVE&PEACEさ。愛する人々の為に、争いの無い平和な世界をつくる。それが俺たちの戦う理由さ」

「なにかなんだかわからないけど......でも、わかりました。それが葛城さんの信念ってヤツですよね。だったら私も......と言いたいですけど、これから見つけていきたいです」

 

俺と向き合う彼女の目の奥底に、光が見える。

太陽にも似た、強烈な光。そんな輝きを見たのは、アイツ以来だ。

 

「まだまだ時間はある。だから、焦って答えを出す必要は無い。じゃ、そろそろ食べないと状況を説明する時間が無くなるよっと」

 

立花響の皿に肉を更に追加する。

彼女の言い分を聞く前にその場から離れて、俺は平穏な食事を摂った。

 

 

 

 

 会議室。

 葛城巧、万丈龍我、立花響、風鳴翼、風鳴弦十郎、オペレーター数人。

今日日ノイズとナイトローグ撃退に関わった者達が揃ってテーブルを囲んでいた。

 先程の賑やかな空気とは違い、物々しさを感じる静かな雰囲気に転じている。

 

「まず初めに、シンフォギアシステムについて説明をさせて貰おう。了子君、お願いしてもいいか?」

 

「サクライ......リョーコ? 誰だそれ」

 

 万丈龍我の一人言に、弦十郎は白衣の女性に目線をやる。

 

「はいはーい! 私が櫻井了子でーす! この場で知らない人も是非名前を覚えてね!」

 

 今までの雰囲気を吹き飛ばすかのようなテンションの高い声と共に、眼鏡を整える女性ーーーー櫻井了子が、手元に持っていたタッチパネル式の機械を操作して空中の立体モニターに映像を出していく。

 

「これからシンフォギアシステムについて基本的な事を話していきますね! 分からなかったら、どしどし手を上げて質問してねー?」

 

「はーい」

 

 万丈龍我と立花響の返事に合わせて、櫻井了子はモニターの映像を切り替えていく。

 

「ではでは、シンフォギアを解説していきます。シンフォギアとは、簡単に言っちゃえばノイズを倒せる装備ってことね。シンフォギアは装者......つまり、装備している者の歌をフォニックゲインと呼ばれるものに変換し、ノイズの位相差障壁を調律して効率よく攻撃を与える事が出来るのです」

 

 過去の風鳴翼がノイズを剣で斬り裂き、次々灰にしていく。

 

「つまり......?」

 

「歌でノイズをこちら側に引っ張り込んでぶん殴る事が出来るという事だ」

 

 和歌とロックが調律されたメロディーに合わせて歌を口ずさみ、鬼気迫るような太刀筋で数百の剣を飛ばし串刺しにしている。

 

「成る程......? ん、じゃライーーーー」

「俺たちの事を入れたら面倒くさくなるから、一旦頭の隅に置いといて。この後説明するから」

 

 万丈龍我の上げようとした手を葛城巧が慌てて抑え込む。

 その横で立花響が手を上げる。

 

「フォニックゲインって何ですか?」

 

 櫻井了子はモニターの映像を切り替える。

 人体を簡易化した絵と心電図のような緑色の波形が描かれている。

 

「個々が持つ歌の力の総称ね。一人一人、波形が違うのよ。なので聖遺物が適合するのはとても稀少なのです」

 

 その上に、ペンダントの絵とオレンジ色の波形が映される。

 

「......聖遺物?」

 

「貴女が持っているガングニールや彼女の持っている天羽々斬といった、歴史上に残る古代遺物のかけらね。君や彼女の持っているペンダントの中に埋め込まれている。それを歌で増幅して起動させた姿が、あの姿って訳」

 

 ペンダントの波形と人体の波形が重なりあい、シルエットが切り替わり、シンフォギアと英語で表示される。

 

「............私の身体は大丈夫なんですか?」

 

「貴女の身体は健康そのもの!まぁ、気になるのはそこじゃないよね」

 

 また映像を切り替え、今度はX線で投影された画像が映される。

 

「これは......」

 

 立花響は、絶句する。

 そこに映し出された胸部は、心臓とそれに複雑に絡みつく物体だった。

 

「君の心臓に聖遺物が細胞レベルでくっついている。悪いけども、こうなっちゃってると取りようが無いのよ.........それに分かった事があるの。この聖遺物を調べた結果、天羽奏ちゃんのガングニールと一致したわ」

 

 映像を切り、櫻井了子は目を伏せる。

 立花響が呆然としている中、葛城巧は手を上げる。

 

「............天羽奏って確か、風鳴翼の相方だった人物。もしかして彼女も......シンフォギア装者だった?」

 

「ああ」

 

 苦虫を噛んだような表情をしている風鳴弦十郎に、葛城巧は自身が持っている機械を接続していいのかを聞く。

 

 了承を得た葛城巧は、バイクの畳んだような造形をした5cm程の厚さの携帯端末を取り出し操作する。

 

「では、ここからは巧ちゃんに変わろうかしら?」

 

「ありがとうございます。ここからは俺たちの事情を交えて、ビルドシステムの話をしましょう」

 

 モニターに映し出されるは歯車を半分に分割したマーク、その下にビルドシステムと英語で書かれている。

 

「......俺たちがビルドシステムを手に入れたのは2年前。あのライブ会場での惨劇のゴタゴタの最中桐生戦兎に連れ去られそして、人体実験を施されました」

 

 クリーム色のロングコートを着ている桐生戦兎と呼ばれた男性の画像がモニターに表示される。隣には、ナイトローグの全体像が並ぶ。

 

「人体実験?......もしかして、ビルドシステムを扱う為にか?」

 

「とある聖遺物から発生するネビュラガスと呼ばれるものを吸う事で、ビルドシステムは扱えるようになれる」

 

 風鳴弦十郎は、葛城巧の目を見て問う。

 

「......それは一般人が吸っても大丈夫なのか?」

 

「大丈夫じゃない。ネビュラガスに耐性のある人間じゃなければ、必ず炭化し死に至る」

 

 この場に居た全員が二人に注目する。

 その言葉が本当ならば、と。立花響は思わず声を上げる。

 

「......そんな、じゃあ万丈さん達は!」

 

「稀少な成功例という訳だ。俺たちが連れ去られた人体実験施設では、どれだけの灰を見た事か」

 

 葛城巧は目を細め、静かに語気を強めていく。

 

「そこから奴らが大切にしていた物を幾らか盗って、俺たちは抜け出した」

 

「それがあの機械と紫の銃、擬似聖遺物ボトルを持っていた経緯か」

 

 葛城巧は首を縦に振り、肯定して端末を操作する。

 映されるは白い色のパネル状の物体とボトル状の物体。

 

「奴らが言うには擬似聖遺物ボトルなんて名前じゃなくて、フルボトルと呼ばれるものです。白色のパネル状の物体......これは完全聖遺物パンドラパネルと呼称されています。この地球のエレメントを吸収し一つの容器へ圧縮させるものですね」

「つまり......擬似、いえ、フルボトルは聖遺物って事ね」

 

 櫻井了子の眼鏡が僅かに傾き、レンズから光が淡く反射する。

 次々に虎、タコ、機械、スマートフォンといった幾つもの絵柄が刻まれたボトルが連続してモニターへ浮かんでくる。

 

「成る程、強制的に聖遺物と融合する事でノイズに対抗出来る......か。響君と方法は違えど、似ているな」

 

 風鳴弦十郎は立花響と万丈龍我を交互に見て、腕を組む。

 

「一つ、欠点がありまして。どうやらネビュラガスとフォニックゲインは反発し合い中和して、ネビュラガス由来の能力が低下してしまう。桐生戦兎もそれが分かっているからシンフォギアを消そうとしている、彼の唯一の弱点だからね」

 

 先程のネビュラスチームガンを突きつけられた立花響の画像へ切り替わる。

 それを見た当の本人は僅かに息を呑む。

 

「桐生戦兎はナイトローグとなり、今後の障壁となり得る君達と我々を抹殺しようとした......か」

 

 顎に手を当て、目線を葛城巧に戻す風鳴弦十郎。

 何かに気づいたのか、身体を動かそうとして。

 

「だったら、先程対峙した仮面ライダービルドとは何だ!」

 

 遮る剣呑な大声に、誰もが立ち竦む。

 隙を逃さずその声の主、風鳴翼が葛城巧へ急接近して胸ぐらを掴む。

 

「盗んだ設計図の中にあった、ビルドドライバーのアップデート用アイテム【クローズドラゴン】を俺が改良して【仮面ライダーシステム】として造ったものだ......手を離してくれ、話がし辛い」

 

 葛城巧はそう抑揚を抑えた平坦な声で、風鳴翼へ語りかける。

 目は胸ぐらを掴み続けている彼女へ向けたまま、じっと見つめる。

 

「ただ、君と仮面ライダービルドを戦わせたのは俺の指示だ。過去にビルドと何かがあったのかは俺の知れる所では無かった。それでも、君の心を傷つけたのなら......すまなかった」

 

 掴まれたまま、不恰好ながらも頭を下げる。

 平坦ながらも、僅かに謝罪を述べる声が上擦る。

 

「......ッ」

 

 耐えられなくなった風鳴翼は手を離し、部屋の隅に移動する。

 何事も無かったように身なりを整え、葛城巧は話を続ける。

 

「ナイトローグと戦うにはパンドラパネル由来の力だけじゃないモノが必要だった。奴は5枚のパンドラパネルを自在に操り、フルボトルも俺たち以上に持っている。どう足掻いても、奴の多様過ぎる戦術に対応できない」

 

 モニターに青と緑が2枚づつ、そして赤のパンドラパネルが1枚映り、夥しい量のフルボトルが部屋中に散りばめられる。

 

「パンドラパネルが生成する空のボトルは、地球上のエレメントを何でも吸い込める」

 

 葛城巧は何も描かれていないフルボトルを取り出し、白紙の紙へ向ける。

 すると白紙の紙が粒子状になりフルボトルへと吸い込まれ、フルボトルは紙のような絵柄が彫られる。

 

「俺はこの特性を活かして、他の強力な力を取り込み新たな仮面ライダービルドとする計画を立てた。力を探すために国家機密のネットワークへハッキングし、シンフォギアを知った」

 

 葛城巧は風鳴弦十郎へ微笑む。

 嘲笑うでもなく、微笑む。その意味を理解した弦十郎は、ポツリと静かに語る。

 

「一度、国家機密に侵入の形跡があり既存の方法での追跡を試して、それでも尚正体を突き止めることが出来ず、捜索を断念した一件があったのだが......それが君達だったのだな。諜報専門である我々の追跡を逃れるとは大した技術力だ」

 

 そっと目線を向けられた当の本人は澄ました顔で懐から青色に輝くフルボトルを机上に置く。

 

「計画を練ると共に、シンフォギアと共存するビルドシステムを構築する必要があったのです。その初期段階として、ビルドシステムの前身であるカイザーシステムとシンフォギアシステムを融合させる必要があった。だからこそ、天羽々斬のエレメントを獲得するために風鳴翼と一度戦わなければいけない」

 

 隣に青い歯車を横に見立て彫刻されたフルボトルと似た形状の物体と、同様に虹色の歯車が刻まれた黒い物体を置く。

 

「これは天羽々斬のエレメントを10分の1だけ移した擬似フルボトル通称【ギアボトル】と、分解したノイズの灰のエレメントを濃縮した【ノイズボトル】」

 

「なぜ【ノイズボトル】が必要なのだ?」

 

当然の疑問。

エレメントを活用するならば、ギアボトルで十分だと誰もが思っている。

ノイズボトルという異物を混入させる意味が万丈龍我以外には分からなかった。

 

「ネビュラスチームガンのシステム回路を改竄し、通常の手段では起動する事すら出来ないカイザーシステムへのキーとするためです。

他の物と融合して莫大な力を得る事を前提としたカイザーシステムに、見事に天羽々斬が融合出来ました。......しかし、対極にあるモノ同士の無理な融合なのかネビュラガスの中和が激しく、一戦使えれば良い方です」

 

切り札であり、奥の手である事を葛城巧は伝え、一礼をする。

 

「カイザーシステムを起動させる事、仮面ライダービルドを創り上げる事、そしてシンフォギアを運用している貴方達、特異災害対策機動部2課の元に辿り着く事を目標にこれまで行動してきました。全ては元凶であるファウストを倒す為に、俺たちのような人体実験の被害者が生まれないように」

 

風鳴弦十郎は軽めの音を立てて、拍手をする。

 

「......ここまで計画を練っていたとはな。感心する」

 

「ここに辿り着くまで2年かかったんです。当然ですよ」

 

風鳴翼の刺々しい視線を切って葛城巧は言い切る。

その他外野の二人は、話の内容を理解出来ず呆けていた。

 

「では、本題に入ろう」

 

 眼を細め、眼光を強めて葛城巧に改めて風鳴弦十郎は問う。

 

「葛城巧及び万丈龍我殿。我々と協力して、人々を脅かす存在から守ってくれないか?」

 

 対して葛城巧は飄々とした表情を崩さず、和かに。

 なんて事もなく、ただ当然と決め付けるように答える。

 

「そのつもりです。俺達はその為にここへ来たんですから」

 

 その言葉に、風鳴弦十郎は頷き。

 

「改めて、特異災害対策機動部二課へようこそ。仮面ライダービルドそしてストレンジブレイザー」

 

 大雑把なOKサインでの歓迎を締めに、約2時間程の会議が終了した。

 

 

 




音声ログ001

再生開始

「俺たちは何とか、特異災害対策機動部二課の協力を請う事が出来た」

「ストレンジブレイザーも実用段階に入り、ようやく次のステップへ進められる」

「......だが、これからの問題点はライブ事件の黒幕の目的だ」

「ネフシュタンの鎧も恐らくは既に黒幕の手に渡っているとすれば、次の目的は立花響だろう」

「聖遺物との融合を果たしている彼女を分析すれば、融合するメカニズムを理解してネフシュタンの鎧を十全に操る事が出来る」

「それまでに、二課の最深部に保管されているだろう例のモノを早く手中に収めなければならない」

「現在、万丈にはドラゴンのスクラッシュゼリーを持たせている」

「スクラッシュドライバーの最終調整には、まだ戦闘データが必要だ。フォニックゲインによるハザードレベル低下に耐える調整をするには時間がかかる」

「俺はその時までまだ生きれるだろうか?」

「......」

「...........」

「そんな事を考えている暇があるなら、俺自身に課せられた使命を果たせられないだろうよ」

「先ずは立花響の聖遺物ボトルの解析を急がなければ。2年前に得た天羽々斬、ガングニールのボトル、その解析に用いた技術を駆使すれば1日も掛からずにギアボトルなどに応用できる」

「それに、第二号聖遺物『イチイバル』の行方も気になる。この件で明らかになると良いが......余り期待しないでおこう」

「万丈龍我のハザードレベルも、あれの使用に耐えうる領域まで育てなければいけないのか......やることは山積みだな」

「......いいところに万丈が居る」

「万丈! お前、風鳴翼の名前間違えるなってーーーーー」

「えっ、仮面の中のメモに書かれた漢字が読めなかったって?ーーーーー」

「------ー」

再生終了



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雑音と不協和音、調律し奏でる歯車

私は失意の底に居た。

 

 

 

 

その手に持った花束は誰かのもの。

 

 

 

 

私は墓場に居た。

 

 

 

 

既に居なくなった者。

 

 

 

 

私は泣いていた。

 

 

 

 

たとえ、世界を救ったとしてもこんな結末じゃ。

 

 

 

 

私を土砂降りの雨が慰めている。

 

 

 

 

名もなき墓石に添えられた写真立て。

 

 

 

 

私は写真に写る、たった一人の大親友の名前を呼ぶ。

 

 

 

 

途端、雨が止んだ。

 

 

 

 

それはコンビニで売っているビニール傘。

 

 

 

 

何故ここにあるのかと私が振り向くと、傘を差している誰かと目線が合う。

 

 

 

「よっ」

 

 

 

 

 

 

 とても頭が痛い。

 今になっての事じゃないが、俺はこの現象に悩まされて続けている。目の奥から脳を掻き出されるかのような耐えがたい痛みは、断続して俺を蝕む。心配させないよう万丈には言ってあるが......大体この現象が起きる時は、過去を見た時だ。

 

 時、場所を問わずに突然過去に体験した場面がフラッシュバックした後、頭痛が起きる。

 

 とても厄介だ。

 戦闘中に起こったら取り返しのつかない事になりかねない。

 

 二課には持病の偏頭痛だと言ってはあるものの、この言い訳がいつまで続くか分からない。取り敢えず市販の頭痛薬は飲んだ......が、ズキリと痛みの程度が収まってきている頭を動かして、壁掛け時計を見る。針は夜の9時半。随分と夜更かしをしてしまった。

 

 頭痛のせいで止まっていた作業を終わらせようと、目の前にあるデスクトップPCの画面を眺める。複数のウィンドウが開きっぱなしの画面には、数式がびっしりと書き込んである。

 

キーボードに十の指を滑らせ、数式を更に繋げていく。

 

 最後にEnterキーを押して、PCに繋げていた機械へ内部データをアップデートする。これまでの一ヶ月に得た、戦闘データが書き込まれていく。

 

「これで完成だ」

 

 機械に付いていたケーブルを外して、俺は機械を腰に当てる。

 銀色のアジャストベルトが腰に巻き付き、機械が駆動し始める。

 

「計画がまた一歩進んでいく......待っていてくれ立花響」

 

 机に置いていた二課専用の携帯端末にコールが鳴った。

 それが示すのは一つ、ノイズの発生だ。

 

 

 

数分後。

 

 

 

「葛城巧、到着しました!」

 

 二課本部に着き、オペレーターに挨拶を交わして風鳴司令の元へと向かう。

 

「葛城君か。万丈君、立花君、翼は今現場へ到着してノイズの対処をしている」

 

「巧ちゃん、バイクでかっ飛ばして来たの?」

 

「法律は守りましたよ」

 

 風鳴司令は現場の図面が広がるモニターから目を離して現状を話してくれる。

 現在、俺は後方支援を任されている。変身が5分程しか持たないからだ。

 一方の万丈はクローズで前線の援護をしている。ビルドドライバーには試作のフォニックゲインキャンセラー機能を搭載、想定では1時間まで延長が出来ている。

 

「司令、あの二人は如何ですか?」

 

「一ヶ月経っても、噛み合わんな。万丈君が立花君をフォローしてくれているお陰で何とかなっているが、な」

 

 モニターには敵の攻撃から逃げる立花を、直撃しそうなものだけをビートクローザーで薙ぎ払う万丈。それを意に返さず、ノイズを殲滅していく風鳴。三者三様にバラバラに動いている。チームワークなんて無いに等しく、纏まっていない。

 

「纏まっていない理由は分かりますけどね。それを言ったとして、互いに理解し合う心が無ければ届かないでしょう」

 

 難しい顔をしている風鳴司令は、一つ溜め息を吐く。

 

「うむ、こればっかりは時間が解決するのを待つしかないか」

 

 ノイズの反応が消えたモニターを切り、作戦終了を伝えようと通信端末に手を掛ける。

 

『貴女と私、闘いましょう?』

 

「何をやっているんだ、あいつらは!?」

 

 恐れていた事態だ。

 立花が風鳴に......剣を向けて挑発している。しかも戦う気満々だこれ。

 万丈は止めようとしてるけど、風鳴のあまりの剣幕に圧倒されて止め切れてない。うん。司令も呼びかけて止めようとして拉致が開かない......あっ、通話が切れた。

 

 「あらぁ青春真っ盛りね」と櫻井博士が嬉しそうにしている。出口を確認すると出掛けようとした風鳴司令と目が合い、彼は只一言だけを発した。

 

「司令、どこに行くんですか?」

 

「誰かがあのバカどもを止めなきゃいけんだろうよ」

 

 説得力だけがある一言に、俺含めた周囲が押し黙ったまま見送る。いや、「こっちも青春ね」って櫻井博士......相当信頼しているな、こりゃ。

 

 まぁ、その後は想像通り。風鳴司令が出撃して事態は収束した。その過程で天然人間兵器というものを目にしてしまった訳だが......後に直接見た万丈へ聞いたら、「発勁で掻き消したって、何だよ......只の化け物じゃねぇか」と武者震いをしながら現場の様子を語ってくれた。

 

 様子を聞くに、大分と風鳴は思い詰めているな。立花は自分の意志を見出せないし、こりゃ先に立花へ話を聞いた方が良いか。

 

「サンキューな、万丈」

 

「おう。この後巧はどうするんだ? 俺はシュミレーション室に篭るけど」

 

「響のところへ行ってくる。......万丈、これ持っとけ」

 

 懐の天羽々斬のフルボトルを万丈へ投げ渡す。俺が持っていても、宝の持ち腐れだ。

 

「これ、良いのかよ」

 

「そろそろボトルの変化があっても良い頃だ。その為にもお前に預けた方が都合が良さそうだしな。それに必要なデータは取り終えた」

 

 ズボンのポケットに仕舞った万丈は、もう一つのゼリー飲料を入れるパウチの様な物体を取り出す。『ドラゴンスクラッシュゼリー』と英語で書かれたパッケージ。あれは新型ドライバー用に調整した、スクラッシュゼリーと呼ぶ物。

 

「じゃぁ、もう新型ドライバーは造れたのか?」

 

「まだ実戦に耐えれるかどうか分からない。それに万丈、お前ハザードレベル足りてないだろ」

 

 新型ドライバーには欠点が二つある。

 一つ、フォニックゲインキャンセラー機能が搭載出来ない。そもそもの戦闘データが無いからだ。

 新型ドライバーを扱うにはハザードレベルが4必要になる。本来なら万丈も使える筈なんだが、フォニックゲインによるハザードレベル低下で必要レベルをすぐ下回ってしまう。

 

 ある程度の時間使えれば、フォニックゲインキャンセラー機能を搭載しなくてもスクラッシュゼリーによる感情の高揚作用でハザードレベルは必要レベルを維持できるんだが......感情が爆発すればその分意識が暴走するリスクを背負う。これが二つ目の欠点だ。

 

「巧。俺は、覚悟出来てる」

 

「なら今は、その覚悟を胸に秘めておいてくれ」

 

「分かった」

 

 渋々と納得がいかない顔をしながら、万丈は足早にシュミレーション室の方へ去っていく。俺は見送り、立花響の居そうな場所へ向かう。

 

 

 

 

 目標の立花響は結構直ぐに見つかった。

 休憩室でコーヒーを手に持って、沈んでいる様子だった。近くまで来ても気付かず、心を何処かに置いてきているようだ。

 

「お疲れ様」

 

「うひっ! あ、あはぁ、い、いつの間にそこに居たらっしゃってるのですか?」

 

 一言彼女に挨拶を交わすだけで、目を白黒させてドキマギしている。

 

「ついさっきだよ。そんなに驚かなくても」

 

 その目元は腫れて、眼も血走っている。

 ......まぁ、彼女は優しいからあそこまで言われると凹んでしまうのはわかってはいた。

 

「............見ましたか?」

 

「いや、全く」

 

 乙女の涙なんて見たく無いし、そもそも誰かが泣いているなんてのは見たくないのが本心だけども。

 

「葛城さん、本当にアームドギアって有るんですか?」

 

 突拍子のない質問。

 アームドギアを出せなかった事が彼女に悔しさを与えているといったところか。そもそもアームドギアとはシンフォギアに搭載された、戦う為の補助機能。

 様々な武器を模しているのは戦う為の手段としているからだったか。それを彼女は出せないから、風鳴翼に戦う気が無いのかと言われた訳だけども。

 

「アームドギアか。立花さんは本当にそれが必要だと思っているの?」

 

「え? じゃなきゃ戦えないですよ」

 

 覚悟ってのは心に従って決めなきゃ意味がない。

 立花響の心は意志と本音が乖離してあやふやだ。

 

「建前じゃないの、そんなの。戦う事は絶対誰かを傷つける、相手や自分に関わらずに」

 

 守る為には、自分の身を犠牲に。

 攻撃するならば、相手の身を犠牲に。

 全てを守るなんて事は絶対に出来ない。神でない限り、付き纏う人の性。

 

「だったら、誰も守れない」

 

 その事実を彼女は目を逸らし、否定した。

 自分自身が納得出来る答えを持っていないから。

 

「ノイズを倒せないと人を守れない。なのに、アームドギアが出ない。翼さんにこんな足手纏いは要らない。まともに戦えない。私が......ここに居る意味って無いような気がしてる」

 

 絞り出された力の無い声に乗せられたのは、彼女の止め処ない弱音だった。

 重い一言一句。心が折れかけているのは、一目瞭然。

 

「居場所はあるよ。戦わない勇気って誰もが持っているものじゃない。アームドギアは戦う意志の体現なら、戦わない意志の体現は手を広げることだ。立花さんは手を広げたいのに、手を握り締めるなんて矛盾しているよ」

 

 ちょっと風鳴翼の言葉を借りて考え方のヒントを伝えてみる。

 これからどうすればいいか。そんな些細な事だ。

 

「戦わない勇気......でも、やっぱり戦わないといけない。そんな綺麗事が通用するなんて、世の中は甘くない............」

 

 コーヒーが入った容器を握る彼女の手が当てもなく動いている。

 つい最近まで、ただの一般人だった訳だ。突然戦禍に放り込まれて、心が追いつかないのは分かっている。でも、簡単な事を忘れている。

 

「だったらそんな綺麗事が通用する世の中にする為に、戦えばいいじゃん」

 

 自分らしく振る舞って、自分の歩幅で歩けば良いのだ。

 答えって案外近くにあるもの。俺がラブ&ピースを掲げているのも、結局はこういう事だ。

 

「誰かに言われた事でもなく、自分でやりたい事をやっていけば最終的に上手くいくもんさ」

 

 俺は自分なりに笑顔を彼女へ向ける。

 少し間を置いて、ポツリと彼女は喋る。その眼には覚悟が灯っているように見える。

 

「......私、ずっと今まで人助けをしたいって思ってた。奏さんが助けてくれたから、胸に刻んだ奏さんの遺志を引き継ごうとしていた」

 

 言葉を紡ぐ度に、彼女の暗かった表情が少しずつ和らいでくる。

 

「生きるのを諦めないでって......懸命な姿が今でも思い浮かびます。だからこそ、目の前の人々は助けたいって思ってるんです」

 

 弱々しい声に張りが出て、芯が通った声に変わっていく。

 

「私は......私がやりたい事をやってみますッ! だからこれからも見ていてください、葛城さんッ!」

 

 そうやって目が合った彼女は眩しさを伴い、記憶の中にある人物と重なって見える。大切な人、意志を強く持った覚悟ある人と。

 

「ならば、見てやるとも。立花響、君の行く末をね」

 

 俄然、立花響には期待を込める。

 計画にはやはり君が必要だから。

 

 

 

 

 

 

 沸き立つ破壊衝動。

 俺はそれを解消する為に、戦闘シュミレーション室で鍛錬を行う。

 

 クローズに変身すれば、その度に戦いを拳が求めている。

 ネビュラガスの副作用という事だろうか、そこら辺りの詳しい事は全く分かんないけれど。エボルトがフェーズ4に移行した時に暴走した感覚と似ている。

 

「まぁ、こうストレス発散がてら身体動かすのは気持ちが良いな」

 

 あんま、考え込み過ぎるのも嫌だしな。

 それにしても、さっきの風鳴のおっさんの震脚?だっけか、凄かったな。俺も試してみようかな.....よし、やってみよう!

 

「ふっ、はっ!」

 

 確か呼吸を整えて、吐き出すと同時に強く踏み出す!

 

「ふっ、はぁっ!」

 

 力入れ過ぎて足がイテェ。

 ......あっ、ちょっと地面が割れた。でも、こうじゃないよな。おっさんがやっていたのはこう、地面をガバァって捲り上げるような感じで。

 

「てぇい! やぁっ!」

 

 大地を感じて......全身の筋肉を踏みつける行為に使用する。

 振り上げた右足。その足に体重を掛けるんじゃなくてその足に繋がる脹脛、太腿、股間、丹田、背筋、腹筋を意識。踏みつけるという一点の行為に対して、肺の空気を全て吐き出す。

 

 そして、衝撃を地に伝える事を意識して踏みつける!

 

「破ぁっ!」

 

 グニャリとした不思議な感覚の後に轟く破砕音。

 そして、腰の所まで隆起した地面。震脚、成功したっぽい。足痛くないし。

 

「よしっ、じゃあ次はクローズで...........うん?」

 

 敏感になった感覚が人の気配を察知。シュミレーション室の入口へと顔を向けると、驚いている翼が居た。

 今の時間帯彼女が使う時じゃないのに......そっか、俺と似た理由で来たのかもな。あんなの見せられたら、居ても立ってもいられないもんな。

 

「よっ、翼。あんたも鍛錬しにきたのか?」

 

「貴方には関係ない。けど、似たようなもの」

 

 いつもなら気安く名前で呼ばないで、とか嫌がっているのに今回はそれを無視して部屋の中心にいる俺の反対側まで歩いていく。

 

 

「ビルドとは、私が忌むべき存在だった」

 

 一歩一歩、戦場に向かうかの様に戦意を込めている歩行。

 

「奏を奪った存在を忘れる事は片時も無かった」

 

 凛として、鈴の音色に似た声音は徐々に怒気を孕んでいく。

 

「皆、大切な人を守ろうと散っていった。大切な人を残して、自分だけを犠牲にして」

 

 自分の不甲斐なさを恥じ、無力さを、後悔を、自分に向けた怒りとしている。言葉から滲み出る寂しさは、きっとそうなのだろう。

 

「ビルド。貴方が幻ではないのなら、お手合わせをしていただきたい」

 

 深紅のギアペンダントを掲げて、翼は俺にそう志願した。

 ここで戦えと、でなければ心が死んでしまうと言っている気がした。

 

 なら、断る必要もない。

 

「いいぜ。吹っ切れるなら、身体を動かした方がいいからな」

 

 フォニックゲインを纏うシンフォギアの攻撃に対して、通常のクローズだと装甲が溶けて無力化されてしまう。もしシンフォギアと対峙する時があれば、こっちもフォニックゲインを纏う必要がある......だっけか?

 

 天羽々斬のフルボトルを軽く振り、キャップを開いて変身待機状態のクローズドラゴンに挿入する。腰に既に着けたビルドドライバーへ装填、レバーを回し、ファクトリーを展開する。

 

「......互いに天羽々斬、か。ゆくぞ、ビルド!」

 

【imyuteus amenohabakiri tron】

 

 澄み切った声に反応してギアペンダントが光り、彼女に天羽々斬のシンフォギアが瞬時に纏われていく。その間に、天羽々斬の成分で構成された青い鎧が完成。覚悟はあるか?(Are you ready?)と問う言葉に、俺は気合入れてファイティングポーズを取り、叫ぶ。

 

「変身っ!」

 

 ファクトリーが連動、前後から鎧を挟み込む様に動き、俺と一体化してクローズを創り上げる。今回は天羽々斬を使った為、本来オレンジ色のファイヤーパターンが描かれたドラゴンの翼が真っ白になっている。

 

【Wake up burning GET CROSSーZ Dragon year!】

 

【警告:シンフォギアフルボトルが装填されています。内部にフォニックゲインが浸透している為、フォニックゲインキャンセラー機能が無効化。ハザードレベルが低下し始めています。現在ハザードレベル5.7迄低下、変身可能時間は2分43秒です】

 

 長ったらしいシステムボイスが流れ。そして、聞き飽きた伴奏。彼女は太刀を構え、唄う。

 

(はやて)を射る如き刃 麗しきは千の花 

 宵に煌めいた残月 哀しみよ浄土に還りなさい…永久(とわ)に」

 

 動き始める様子はない。カウンター狙いか、それとも集中が切れる一瞬を狙う為にフォニックゲインを上げているという訳か?

 俺もビートクローザーにドラゴンフルボトルを装填、エンドグリップを3回引っ張り、現在出せる最大火力の必殺技を放とうと構える。

 

 ビートクローザーから流れるアップテンポの待機音声。剣に青い炎が灯り、剣全体を包む。

 

【警告:フォニックゲインの上昇により、変身可能時間が減っています。急速な減少に対応。新規のカウントを表示します】

 

 モニターのカウントダウンが1分を切っている。巧が言ってたな、聖遺物フルボトルは同じ聖遺物が近くにいると互いに増幅していくって。

 

「慟哭に吠え立つ修羅 いっそ徒然と雫を拭って 

 思い出も誇りも 一振りの雷鳴へと」

 

 試してみる価値はある。

 

「去りなさぁぁぁぁいッッ!」

 

 剣が動く。絶叫。軌道を見る限り、シンフォギアが引き上げる脚力に任せて、中段から真っ向に斬りかかるつもりだな。

 

 残り時間30秒足らず。

 

 俺もビートクローザーをその軌道にかち合わせるように振る。

 

 残り時間28秒。

 

 剣と剣がぶつかり合い、鉄塊を素手で殴ったみたいな反動が手に返ってくる。ただひたすらに重い斬撃。いなす事は出来ない。鍔迫り合いに持っていくのが精一杯だ。

 

 残り時間20秒。

 

 膠着して、牽制をする余裕すら無い。

 互いに一歩も引けない。ただ有るのは剣に乗せた想いのみ。

 

 残り時間15秒。

 

 剣から伝う感情は、心の根底にある悲しみの渦。彼女を闘いへ突き動かす覚悟はその中心から覗いている。

 

 残り時間10秒。

 

 一度目の闘いの最後、フォニックゲインがハザードレベルを下げて一時的に足が動かなくなったのを悟られないように気合で動かしていたけど、やっぱり手を抜いてる風に見られていたか。

 そんな事が関係していたとして、なんで死に急いだ顔をしている。

 

 残り時間5秒。

 

 俺がやるべき事が一つ出来た。

 救ってやる。お前の全てを。

 

「うぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 バキン。

 そんな音が聞こえてくる。どちらが折れた何てのは分かるモノか。手に重みが無くなったからと言って、負けたとはいわねぇ。今この時が勝負所じゃないか!

 

ー蒼ノ一閃-

 

「何するものかぁぁぁぁぁ!」

 

【メガスラッシュ!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天井が見えた。

 俺の知らない無機質で覆い尽くされたそれは、視界一杯に広がっていた。

 

 何処までも一面に。

 でも、映っているのはそれだけじゃない。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 彼女の顔。

 風鳴翼の、戦士としての覚悟を決めた表情。半分に折れた剣で残心を取り、構えを解きシンフォギアが発光して元の制服姿に戻っていた。

 

「なぁ......ビルドをボッコボッコにしてスッキリしたかよ」

 

 無言で入口に向かっていく彼女。

 死角になって見えない顔にはどういう感情が芽生えているのか。

 怒り、悲しみ、憎しみ。どれか一つだけでも原動力となりえるものが渦巻き、自分では制御出来ないモノとなって知らずに暴走しているなら。

 

「また来いよ。お前に蔓延る幻を掻き消すんなら、何度だって手合わせしてやる」

 

 返事は無く。

 シュミレーション室から出ていく、彼女の背中を見送る。

 右手にある真っ二つに折れたビートクローザーを何気なく見る。これまでの戦いでも折れる事の無かった物。これからの戦いは、一段と厳しくなりそうだ。

 

「ぶっ壊してすまねぇな。戦兎............」

 

 

 




レポートNo.1ー4《創生の使者》

 かつての時代。

 宇宙からの使者がやって来た。

 この地球のどの生物とも似ついていない、我々ともかけ離れた姿をしていた。

 使者はこう言った。

「この星には自然が一杯あった、だというのにこの星にはまだ争いがあるのか?」

 我らはバラルの呪詛により、互いにすれ違い、諍いを起こしていた。

 争い、奪い合い、我々は誰かを犠牲にする日々を送っていた。

 森は焼かれ、川が消え、空は淀んで生きる物は尽く消え去っていた。

 そんな現状に使者は我々にこう言った。

「私が争いを無くし、自然を取り戻そう」

 そうして使者は我々の常識を超える力を振るい、争いを無くし自然を蘇らせた。

 この星は平和となり、蒼い星となった。

 我々は使者に感謝を込め、未来にこの歴史を残す。

 たとえ平和を忘れ争いが起きようとも、使者の名前を忘れなければまた平和が訪れるだろう。

 下記に使者の名前を記す。

 ベルナージュ


原文『皆神山遺跡壁画』

レポート作成者:葛城 巧

 


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機械の輪舞曲(ロンド)

《ラビット》《ドラゴン》

 

 左手には金。

 右手には銀。

 

《ベストマッチ!》

 

 有機物と有機物。

 本来ならベストマッチにならない組み合わせ。

 その法則を打ち破り俺は新たなベストマッチを生み出した。

 

《Vortex Attack!》

 

 そして、その力で諸悪の根源を撃破した。

 次元の狭間で根源は世界創生のエネルギー源となり、ビックバンを経て新世界が生まれた。

 

 というのに、新世界は平和では無かった。

 ノイズという超常災害、この星に施された呪い。貧困や差別による争いが尽きない世界が俺を待ち受けていた。

 更に追い討ちをかけた真実がある。

 猿渡一海(さわたりかずみ)氷室幻徳(ひむろげんとく)石動美空(いするぎみそら)石動惣一(いするぎそういち)滝川紗羽(たきがわさわ)内海成彰(うつみなりあき)。それ以外にも俺の知っている人間が、万丈龍我を除いて痕跡が残っていない。それは旧世界の戦いが、過去が全て無かった事にされている証拠だ。

 

 父さんが提唱した新世界は、皆が笑って過ごせる平和な世界を造ることだった。理想の世界がそこには有った筈だ。

 

 考えた答えは沢山あった。

 新世界を創る時に予期しない事が起きたのだろうと。可能性にゼロは無いと。旧世界と新世界の差異を感じる度に思っていた事だった。

 

 ライダーシステムの代わりに台頭しているシンフォギアシステム。

 異端技術である聖遺物を歌で起動し、身に纏う装着技術。エネルギー源であるフォニックゲインは歌う事で増幅する。だから歌いながら戦うって発想どうやって櫻井了子は思いついたのか。まぁ、変身時に騒がしい機械音声を取り付ける発想に至る俺もどっこいどっこいか。

 

「......シンフォギアか。人が持つ元来の力、フォニックゲインを糧にして動く鎧。現在ではガングニール、天羽々斬の二つしかこの日本には無い」

 

 痛む頭を和らげようと、市販の頭痛薬に手をつける。水道水で飲み込んだ苦味はどうにも好きにはなれない。

 

「最近はノイズの発生率が酷いな......俺の時間が潰されている。ノイズと出会う確率が通り魔に遭うより低いって言った奴は誰だよ......」

 

 普段、ノイズが出る時以外は元々の家......マンションの一室を借りてずっと篭って研究開発生活をずっとしている。運動不足で不健康な生活は染み付いた職業病と言って過言ではない。皮と骨と最低限の筋肉が付いたガリガリな腕を見て、万丈の鍛えられた感満載の上腕二頭筋を思い出した。

 

「......にしても、実験は中々成功しない。どうしてもネビュラガスがフォニックゲインで中和される。ネビュラガスは元々が毒みたいな物だからな......使い方を間違えれば消滅する」

 

 それでもネビュラガスの力は偉大だ。

 普通の人間を力を入れて押せば吹っ飛ぶ。間違えた力加減でマグカップを持てば粉々になる握力もある。それは人型の化け物と呼んでも遜色はない程には身体能力は上がっている。けれどもフォニックゲインで弱まるって事は、浄化されているって事なのだろう。その証拠に、成分を吸い取った時にフルボトルが直ぐ使える状態になっている。

 

「聖遺物。世紀前の先史人類が作った異端技術......現代では様々な伝承にて示されているだけだ。その上で様々な人間の憶測が、伝承を捻じ曲げていき本来の姿を隠している」

 

 上手い具合に二課にはパンドラパネルを完全聖遺物、フルボトルを聖遺物と勘違いさせている。向こうも未知の技術=異端技術=聖遺物という方程式を持っていたから出来た芸当だった。

 

「まだ誰も知らない真実を追い求める。人間というのは探究心の塊だ」

 

 二課の本部に降りる時のエレベーター越しに見えた壁画。あれは異端技術の結晶、カ・ディンギル。動力源は本部の最深部にあるサクリストD......デュランダル、あの完全聖遺物を使えば尋常じゃない消費エネルギーを補える。

 

「実際にそのものが在るなら、それが真実。伝承とは無関係で、無関係だからこそ物理法則を超えた物理法則を得る。常識であった筈の物をそんな事は無いと非常識が塗り替えていく」

 

 完成させる為の資金繰り、未覚醒の完全聖遺物を覚醒させるといった二つの問題で未完成な巨塔。それを完成させる為に黒幕が動くのだろう。国家お抱えの極秘組織である二課、それを牛耳る風鳴機関。彼等が怪しいとは思っているものの、この一か月ちょっと尻尾は出ていない。

 

「なら、矛先は何処に向かう。非常識を以て常識を壊すというのなら......俺は自分の矛盾を、非常識を、全力でぶつける」

 

 そんなこんなでPCでノイズの発生時点を集計してると、机の上にある携帯端末からアラームが鳴る。通話元は件の風鳴司令だ。

 

 

「東京地下駅構内でノイズが出た。現在翼と万丈君が現場に向かっている」

 

「立花響は待機ですか?」

 

「......幸い二人で十分対処可能な量だからな。響君には伝えていない」

 

 

 最近、ノイズを処理した後に大事な親友と見に行きたいんです!って息を荒くして話していたな。たしか、ついでに見せられたその記事にはーーーー

 

 

「彼女も偶には息抜きが必要ですし、何よりも今日ってこと座流星群の日じゃないですか」

 

「そうだったな。まぁ、彼女には彼女の生活がある。こういう時こそ気遣わなければな」

 

「ではその気遣いを無下にしない為にも、ですね」

 

「うむ、では至急本部へ向かってくれ」

 

 

 そうして通信が終了する。

 PCのモニターを見る限りどうやら風鳴翼は仕事でノイズの発生現場からはかなり遠い。現場に急行しているのは万丈のみ。

 

 仕掛けるならここか。

 ビルドフォンで奴を呼び出す。3コールも掛からない内に、その相手に通信が繋がる。

 

 

「葛城です」

 

 

 事前に練っておいた作戦は、もう相手には伝えている。これは決行の合図だ。甲高いいつもの女性の声がビルドフォン越しに聞こえる。

 

 

『お姉さんに任せて。安心して役割を果せるよう頑張っちゃうわ』

 

 

 

 

 金のかかった豪奢な建物が見えてくる。あれがリディアンだ。

 丁度放課後なのか、校門から女生徒が帰っている。私は手の中の物をカチャカチャと上下に振りながら潜る。

 

 

「ビッキー......今日のレポート大丈夫だったかなぁ...........」

 

「きっと、大丈夫ですわよ。何せ、未来さんが手伝ってくださってますし」

 

 

 女生徒はこちらを見向きもせず、横を素通りしていく。

 興味もなく、校舎に入る理由すら無い一般人が居る事にすら気付かない。

 私の顔なんて誰も見た事がないにも関わらず、顔パスで通行なんてのはあってはならない。しかしあってしまうこの異様な光景を私は楽しみ、校舎の中へ歩みを進める。

 

 

「未来ー! レポート受け取って貰えたよー!」

 

「良かった。これで約束も大丈夫だね」

 

「うん!」

 

 

 夕陽が西の空から橙色の光を落としてくる頃。

 リディアン音楽院の職員室前で二人の女生徒が話していた。立花響と小日向未来。確か親友同士だったことを、記憶している。

 

 

「カバン取ってくるね。響はそこで待ってて」

 

「えッ! いいよー、カバンぐらい持ってくるってー」

 

「レポート頑張った記念。直ぐ戻って来るから」

 

 

 廊下を走ってこちらの方へと向かって来る小日向未来。

 曲がり角で待っていた私を無視して、走り去ろうとしていた彼女に私は名前を呼ぶ。

 

「貴方は誰ですか?」

 

 面識の無い人間に、名前を呼ばれ警戒心を強める。

 金髪の長身美女なんてあり来たりな私の容姿は、ここでは浮いているのでしょうね。まぁ、これから楽しいことを始める為にも名を名乗っておきますか。

 

「イスルギ? 用事があるなら......ッ!」

 

 おっと、余りに疑いかかってくるからお姉さん怖い物取り出しちゃった。ま、いっても玩具みたいな見た目の銃じゃ迫力がないよね。

 

「警備員、呼びますよ」

 

 そんなに睨み利かせて見つめられたらゾクゾクしちゃうじゃない。

 なら君にはこれが必要だね。コブラのロストフルボトルだよ、君には何の物か判別つかないけどね。

 

【コブラァ.....】

 

 銃に装填すれば、人の濁った醜さを詰め合わせた認識音声が鳴り。

 

ーーーーー蒸血。

 

 彼が決めた台詞を吐き、玩具みたいな銃......スチームトランスガンのトリガーを引き黒煙をばら撒く。大気に漂うコブラの成分を含んだトランジェムスチームは規定の形に身体を包み瞬時に固結、高性能の鎧として定着する。

 

【コブラ......コ、コブラァ......fire】

 

 アジア風のBGMに合わせて変身用の電子音声が鳴り、電子パルスの花火が黒煙を散らしていく。この時の姿は、なんて言ったっけ.....

 

「............」

 

 おっと、走って逃げようなんて考えちゃ駄目よ。

 君は大人しく役割を果たしてくれればいい。

 

「......何をするつもりなのッ?」

 

 悪い事はしないさ。只、我々の計画を進める為の貴重な人材だもの。

 でも君を力づくで連れていくのは、私の個人的なポリシーが許せない。

 女性を丁重に扱うのは当然の事。

 

【スチームブレード】

 

 トランジェムスチームの残りを使ってパルプハンドルが付いた小剣を造る。オリジナルとは違って、恐るべき機能はオミットされている。第一、こんな所で騒ぎを立てるつもりはないからね。怪人を作り出すなんて馬鹿な事はしない。

 

【エレキスチーム】

 

 パルプハンドルを回し、人間が気絶する程度の電気を彼女の首元にそっと当てる。一瞬のスパークの後に、彼女は身体を硬直させて意識を飛ばした。

 

 前から抱き締め、スチームトランスガンの煙を辺りに散らす。

 これで立花響に異変を気付かれ、この場に突入してくるだろう。その前に一つの便箋を置き、最後のテレポートジェムを割る。

 

 足下に展開された転移陣。

 

 

「......未来ッ!?」

 

 

 全身を通過する間際に見えた、立花響の顔。

 

 

 大切な人が目の前で消えていく瞬間を目撃した顔。

 

 

 年相応に若い、瑞々しい輪郭が歪むのはいつ観ても

 

 

 

 

 

 

 震え上がるエンジン。熱エネルギーが転換して、運動エネルギーになる。連動し、暖まったタイヤがアスファルトを蹴りつける。そのエネルギーは膨大で、ぐんぐんと速度を高めて。

 寒気が和らいだ春風が頬を掠めていく。保護ゴーグル越しに見える空は、暗い色が殆どを喰らっている。

 

 二課から支給されたバイクは、高速道路の無人料金所を通過する。ノイズ発生の現場へは、信号も常に青に変えて最速で到着させる。心強い味方の存在へ心の中で「ありがとう」と呟き、通信装置を起動する。

 

「こちら、仮面ライダービルド。現場に到着しました」

 

《地下駅構内に複数のノイズ反応がある。そこは魔物の巣窟だ、気を引き締めてかかってくれ》

 

 二、三言の作戦概要を聴き、通話を終える。

 ドラゴンフルボトルを振って、既に変身待機状態のクローズドラゴンへ装填する。地下へ通じる階段を一段、一段降りていく。僅かに聞こえたノイズの鳴き声は、人の悲鳴に似ていて重苦しい気分になる。

 

【Wake Up!】

 

 スターターを押すと、この場にそぐわない軽い口調の機械音声が鳴る。

 ビルドドライバーを腰に当て、戦闘態勢を整える。

 

 階段を降り切り、駅構内を見渡す。

 照明は人気の無い空虚な空間を寂しく飾り、左右に広がる柱の電子掲示板は誰も居ない顧客へ宣伝している。

 

 そして地面のあちこちに、灰が飛び散っていた。再度、通信装置を起動。砂嵐じみた雑音のみ。直ぐ電源を落とす。

 

「......っち」

 

 より一層感覚を集中させる。

 救えなかった命。数える前に、元凶を見つけるのが先だ。今の所、ノイズの声は聴こえなくて嫌に静かで、焦ったい。

 

《風鳴翼、ニューシングル! 『Blue Rose』好評発売中!》

 

 誰にも向けられない宣伝文句を思考から流して、地下商店街を走り抜けていく。改札口の機械を飛び越え内部全体を見渡せる中央ホールへの長い長い階段。

 

 社会を営む為の往来がなくなり。何処かへ移動する楽しみがなくなり。此処へ帰ってくる手段がなくなり。誰かの日常を脅かす。

 

 一体、ノイズは何の為に人類を滅ぼそうとしている。意思を持たない兵器は、放置された不発弾と一緒に違いない。将来誰かを不幸にする。だから、俺が食い止める為、脚により一層の力を入れ光の無い暗部へ躍り出る。

 

 

 真っ暗な駅のホール。ノイズの気配がしない。

 大なり小なり灰がそこかかしこ有るだけ。

 

 

「ノイズが居ない.........誰かがやったのか?」

 

『ご名答』

 

 誰も居ない筈だ。

 そう決め付けていた思い込みは、強化されている視力で漸く薄ら見える向かい側から、見覚えのある金色の戦士が否定した。

 

【CROSSーZ Dragon】

 

 思い切りドライバーのハンドルを回し、クローズの鎧を形成する。

 右の握り拳を左の平手で胸の前に包み込み、闘気を高めていく。

 

【Are you ready?】

 

「変身っ!」

 

 ビルダーが前後からスナップして、仮面ライダーを創り出す。

 その数秒がとてつもなく煩わしい。

 

【Wake up burning get CROSSーZ Dragon!】

 

 蒼龍の雄叫びが吹き抜け、ハウリング。視覚が強化されて、昼間と同じ明るさになる。黄金の......かつての味方だったアイツは、右手に持っていたブドウの房を模倣したノイズの頭を持ち上げていた。

 

 

【year!】

 

『こんなところで会うなんてなァ、エビフライ頭ァッ!』

 

 

 人と共倒れで消えゆく存在に、お前だけが消えろと。

 グリスは手を離し、思い切り右足で踏みつけ地面に捻じ込ませた。燻っていた火を消す仕草に似たそれはノイズにとって残酷な仕打......意思が無い奴に残酷さを想いさえ無いけれど。

 

 それよりもギラつく闘気を纏う赤い瞳が

 

ーーーー万丈、一つ覚えておいて欲しい事がある。

 

『折角、ノイズが沢山いたからよ。クローズ、お前の代わりに全部やッておいたぜ』

 

 戦いを求めていた兵の金色の身体が

 

ーーーーお前をクローズって呼ぶ奴は警戒しておけ。

 

『......ん?何だその反応は?』

 

 いつも誰かを守ろうとしていた黒い鎧が

 

ーーーーそれも、ネビュラガス由来のシステムを使う奴は特にだ。

 

『おいおいおい、忘れたのかこの筋肉馬鹿』

 

 何処までも熱く、それでいて何処までも冷たい覚悟を纏い最期まで仲間の為に戦ったアイツがこんな所に居るはずが無い。

 

ーーーーそいつは十中八九ファウストだ。

 

 

 

「.....お前は誰だ!!」

 

『はははッ、戦いに三文芝居なんてのはいらねェ......俺の名前なんてとッくに分かりきッてるだろ?』

 

 

 仮面ライダーグリス。猿渡一海。

 アイツと断定出来るならいい。けど、俺の第六感はひしひしと違和感を感じ取っている。声、仕草は一緒だが、こいつは一海じゃないとーーーーーなら始めようじャねェか、戦いをよ』

 

 

 

 

 全てが暗闇から光に変わっていく。手前に物が吹き飛んでいく。腹と背中に強烈な衝撃が走り、景色が止まってようやく視覚モニターが攻撃を受けたサインを表示していた。

 

 強烈な攻撃のお陰で覚束ない手足は、僅かにしか動かない。

 喘鳴しか漏らせない口から、何とか絞り出せた言葉は何も意味を成さない。

 クローズの鎧で保護されている筈の身体は激痛と灼熱を灯している。

 

 何処までも翔べる龍の翼に重い枷がついて、どす黒いヘドロは胸の中でへばり付いている。

 

 

 あいつは味方だ。いや、違う。

 

ーーーー敵だ。

 

 あいつは猿渡一海だ。いや、違う。

 

ーーーー攻撃をしてきたんだ。認めろ。

 

 あいつは仮面ライダーだ。いや、違う。

 

ーーーーライダーシステムを悪用する、俺たちの敵だ。

 

 違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『......かつての仲間だからッて、隙を見せすぎじャねェのか』

 

 手足の悲鳴を無視して、立つ。

 眼前にはグリスが居る。そうだ、アイツはグリスなだけで、一海じゃない。

 

 敵だ。

 

 敵だ。

 

 敵なんだ。

 

【ビートクローザー!】

 

『......覚悟は決めたか?』

 

 グリスは右手の人差し指を軽く折り曲げ、手招きをする。

 俺はエンドグリップを二回引き、水平に剣を振る。

 

【ミリオンヒット!】

 

 空気中の音エネルギーが伝播、三日月型の斬撃となって飛んでいく。

 グリスの鎧に激しい火花が散る。けれど、何事も無く鎧の硝煙を払い俺を見据え、祭に血が沸き躍るのを隠さない声でグリスは叫んだ。

 

『かかってきな、仮面ライダァァぁッ!』

 

 

 




音声ログ004

再生開始

「本来ネビュラガスは人体に取り込まれると細胞が高速で増殖変異して、本来、人の持っている細胞と異なる性質を発露する。俺達はそれを怪人化もしくは『スマッシュ化』と呼ぶ」

「『スマッシュ化』した人間は自我を失い、見境なく暴れて周囲に甚大な被害を(もたら)し、やがて粒子状に分解され人間毎消滅する」

「この性質から、不特定多数の一般人を兵器化する計画も練られていた。倫理的にそれは如何なのかと、闇に葬られた。しかし新たな事実によって、計画は昇華する」

「耐性を獲得した人間だ。この事からネビュラガス耐性の強度を測る指標として『ハザードレベル』を定義、消滅する人間を1、消滅しない人間を2としている」

「ハザードレベルが2以上の人間は、スチームトランスシステム及びカイザーシステムが使用可能となる」

「ハザードレベルが3を上回るとライダーシステムを扱う素質があり、特定の遺伝子を操作する事で仮面ライダーに変身出来る」

「ハザードレベルが4を超えるとライダーシステムを発展させたスクラッシュドライバーを使用可能となる」

「と、人間を際限なく強化する事が出来るネビュラガスだが、ハザードレベルは一定の感情に反応して強化される事が分かっている。強化されたハザードレベルは下がる事は無いとされているが、ある条件で下がる事が実証されている」

「フォニックゲイン.....人から発生する未曾有のエネルギーを浴びるとハザードレベルが急速に減少していく。本来なら遺伝子レベルでの人体の強化に対して、遺伝子レベルで弱化を施していく......人間と逆さ戻って、不自然な在り方を自然な在り方にしていくような作用だ」

「ハザードレベルの下降速度は1レベルにつき約1分。各システム使用可能ハザードレベルを下回れば変身が即座に解除される」

「体内のネビュラガス自体は消えない上、耐性は1時間で元に戻るから問題無いが、その間の再変身は絶対に出来ない」

「継戦能力の無さを解決する為、二課から提供されたフォニックゲインの波形『アウフヴァッヘン波形』を解析、逆位相のフォニックゲインを人工的に造り出す装置をビルドドライバーに埋め込み、特定のフォニックゲインを無効化した。こうしてシンフォギアと共に戦う事が出来る様になった」

「まぁ、無制限に逆位相のフォニックゲインを出し続ける事は出来ないので1時間しか保たないし、ある一定の量を超えると機能しなかったり、直接シンフォギア関連のフルボトルを使用すると内部にフォニックゲインが侵食して無効化される弱点もある」

「その打開策としては二つ有る。一つ目はスクラッシュドライバーのハザードレベル強化。二つ目はシンフォギアシステムとライダーシステムの融合。前者は闘争本能を際限無く刺激して、一種の暴走状態になる事で上昇速度を高めて下降速度を上回る原始的な方法。後者は内部に周囲のフォニックゲインを集積させるギアペンダントを内蔵し、高濃度のネビュラガスをワザと中和させて無効化機能を補助するシンフォニックトリガー(仮)を作成予定だ」

「シンフォニックトリガー(仮)はそのまま使えば純粋な補助機構だが......聖遺物を励起させ融合する機構を取り付ける予定だ」

「強大なフォニックゲインを纏うには、ベストマッチの力が必要不可欠。単純にベストマッチをすれば良い訳では無く、特定のアウフヴァッヘン波形に合うベストマッチを探さなければならない」

「この仮説に至ったのはとある戦闘記録から得られた情報だった」

「クローズドラゴンにシンフォギアフルボトルを使用した時、万丈の体内に天羽々斬とアウフヴァッヘン波形が合うフォニックゲインが生成されていた」

「ネビュラガスから形成されたクローズの鎧は反発して、約1分で消滅した。その点を含めて、実験をするのが良いか。天羽々斬、ガングニール、その他の聖遺物を扱えるようになるなら、ライダーシステムは更なる高みに達する」

「にしても万丈が折ってきたビートクローザーを修繕した時、あいつホント嬉しそうだったな......次いでに機能追加しておいたけど、喜ぶだろうか?」

再生終了


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平和を謳う為の暴力(ピースオブバイオレンス)

 

 真っ白で何も無く、天と地も境目が曖昧。

 自分という自分がこう空気のような。

 

 大気に馴染んで広くなって。

 全てがボヤけて、溶けて混ざっていく。

 

 意思だけはハッキリとしているのに。

 動こうとしても、身体が無くて動けない。

 

《フェニックス》《ロボット》

《スーパーベストマッチ!》

 

 テンション高い男の声。漂っている身体がぐんと下に引き寄せられる。終着点には、一つの黒い孔があった。

 

 その孔は吹き荒れる風を伴って、大気を巻き込む。

 勢力は次第に増し、黒い孔の直径を拡げていく。

 宇宙の解説本にあったブラックホールみたいだった。遍く光を全て呑み、総てを重力の捻れで圧壊していく、宇宙の墓場。本はそう解説していた。

 

 私はなす術も無く、やがて大気は暗黒に塗り潰された。

 幸いにも摺鉢で全身の神経を摺られる拷問以上の苦痛は無く、代わりに人間の金切り声と大音量の爆発の音に私は意識を集中する。

 

 暗雲が空に、それすら穿ち高く聳え立つ山の麓にあるトンネルには、緑色の道路標識。『この先東京』と添え書きされた上矢印、その根本には白い怪人が蔓延る。

 高速道路のど真ん中で、車も乱雑に止まって沢山の人々が私の後に走っていく。

 

 耳が痛くなる程の悲鳴。

 

 今人々を襲っているのは真ん中が紫に染まった空色のツナギを着た頭真っ白の怪物。それが遠くに見えるトンネルから、白い塊と見間違えるような集団となってやって来る。

 

「く、来るなぁっ!?」

 

 私の手の届かない距離で、若い男性が白い怪物に首を掴まれる。

 途端、男性がプツリと糸の切れた人形みたく道路に倒れ込む。その様子を見て男性に興味を無くしたのか、ゆらゆらと千鳥足で人々へ進行する。

 

 ファンタジーにでも出てきそうな悪魔の顔。後頭部から生えた触角が目に突き刺さっているのは、生理的に受け付けない醜悪さだった。

 

 手には三叉槍が握られている。それを振り回せばどんな被害が出るなんて、想像してしまう。

 

 考える暇なんてない、今出来る事は人を救う事だ。

 私には救う力がある。奏さんから貰った大切な物を。今だからこそ使わないと!

 

【balwisyall nescell gungnir tron】(これ以上誰かを犠牲にするもんかッ!)

 

 意思から溢れ出る力。暖かくて、それでいて強い光は私を導いてくれる。風よりも軽い足で白い塊の中心に突っ込み、適当な頭を思いっきり踏んづける。

 

 ガングニールを纏い、私は歌う。

 

「私ト云ウ音響キソノ先ニ」

 

 私の存在に気付いた怪人達は槍で一斉に突き刺しに掛かる。でも、スローモーションで見える槍の軌道は簡単に読める。

 

「突っ走れ 例え声が枯れても

 突っ走れ この胸の歌だけは......絶対たやさないッ!」

 

 腕の装甲の丸みと硬度を生かして攻撃の力を削いでいなし、装甲を腕に沿って開放展開する。露出した内部機構が回転を始め、激しく空気を巻き込み速度を増しーーー最大限に高まった事を確認、握り拳を怪物目掛けて振りかぶる。

 装甲に収納されていたナックルガードが拳と共に怪物の白い頭へ捻じ込まれていく。

 

「一点突破の決意の右手ッ!」

 

 止まらずに腕と腰の推進機構を点火。空へ飛んでいきそうな勢いを利用して白い怪人を何体も巻き込んで群れの外まで突貫、最後に身体を回し巻き込んだ塊を群れへ返す。

バラけて落ちていった塊は、怪人を下敷きにして足並みを崩し、進行を遅くしている。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 襲われていた先程の男性を見遣る。

 手を伸ばそうとした、後もう少しの瞬間だった。

 

「グアァグェッ!!」

 

 男性が不意に奇声を上げ、脚の力だけで起きる。

 上体がしなり、やや前のめりに態勢を変える。その眼は、虚で。すぐに白い悪魔のような顔へ変貌する。服も怪人と同じツナギへ変質していた。

 

 その光景に思わず息を飲む。

 

 怪人が触れて興味を無くした時点で気づくべきだった。なぜ彼らは人間を襲うのかを、もっと考えなければいけなかった。

 

 人間を襲うのは、仲間を作るため。興味を無くしたのは仲間になったから。集団で行動しているのはそうやって白い怪人が人間を変化させてきたお陰。

 

 今周りにいるのは、元々人間。

 

 女の子や男の子、青年や少女。男性や女性。大人、子供。尽く、人間から理性の無い怪物に成る。

 

「恐ろしくても 立ち止まれない 残酷に時は 未来へと刻んで」

 

 治せる手立ては思い付かない。

 この拳は、何も役に立たない。

 

 ブン殴る事しか、私の後ろにいる人々を守れないとしたら。さっきまで振るえた力を翳す気にはなれなかった。仇なす者も人間なんだから。

 

 さっきまでの攻撃を何も思わず、槍を構えて歩いてくる白い怪人達。

 

「真っすぐ......みつめる事が出来なくて

 ポケットへと しまいこんだ いい訳みたいな笑顔」

 

 胸の中から溢れ出る歌も、彼らを止める手段にならない。

 私が取れる手段は、歌での囮。シンフォギアは頑丈だから、奴らの攻撃なんて受け止めきれるかも。

 

 歯を食いしばって目を瞑る。

 来る瞬間が分からなければいつまでも踏ん張れる。痛みだって通り過ぎる物だ。耐えれば怖い事は無い。

 

 風切り音。

 予想した一点集中の鋭い痛みを想像して、腹部に鈍い衝撃が走る。肺から空気が漏れる。尋常じゃない熱さに、思わず目を開く。

 

 いたのは、中学校の頃の制服を着た女の子達。そして、黒板に、教卓。幾つもの学習机と椅子が端に積み上げられている。

 身に纏っていたシンフォギアは無く、代わりに中学校時代の制服を私は着ていた。

 

 右にも、左にも彼女達は私を観ている。

 嘲りを含んだ笑顔、軽蔑して失望している仏頂面、仇だと酷く憎しみを抱いている敵意。悪意が私を取り囲んでいる。

 

 一人が叫んだ。

 

「こいつ、他人を犠牲にして生き残ったってなぁッ!」

 

 死に物狂いで生きようとしたんだ。

 深く刺さった拳に、胃の中の物が逆流しそうになる。

 

「何を能天気にヘラヘラと笑って過ごしているんだよッ!」

 

 もう一人も叫ぶ。

 亡くなった人達の分も、一生懸命頑張って生きてるのに。

 太腿を蹴られて、体勢が崩れる。

 

「私達の大切な人を返せッ! この人殺しィッ!」

 

 勢いに乗せられた、誰かも叫ぶ。

 私は救われたんだ。だから、その為に戦おうとしていた。

 頬の骨が軋んで、視界が白と黒に染まる。

 

「死んで償って、地獄で詫びろよォッ!!」

 

 愉快と笑い、叫ぶ。

 チカチカと夥しい星が幾度も瞬き、瞼が次第に開かなくなる。

 未来と見たかった流星群がパァっと私だけの夜空に、光の筋をつけていく。

 

『おい、何をやっているんだ。そんなに人をタコ殴りして楽しいか?』

【KAMEN Ride FORZE】

 ふと、夜空にピンク色の星が間近で輝いた。

 不思議と優しそうな男性の声が星から聞こえる。

【Attack Ride Medical Module】

 右腕に一瞬鋭い痛みが走り、何かが注入されるのを感じる。

 

『それにだ......お前も何故抵抗しない』

 

 あれだけ開けなかった瞼が上がる。

 声の方に向くと、白い学ランを着た黒髪の男の子が、私を殴っていた女の子の首根っこを掴んでいる。

 スボンには黒い革ベルトじゃなく金属質の光沢に似た銀のベルトが通されて、バックルの部分には白い機械がベルトに接続されていた。

 

『出来ない理由は大体分かるが』

 

 視線に気づいた彼は女の子を突き放して、端正な顔をこちらに向ける。

 爽やかさは無いけど、何処か達観した橙色の眼。翼さんみたいな戦士の、戦う覚悟を決めている強い視線。

 

『絶望するな、この先には希望がある。掴みとる気があるなら、手伝ってやる』

 

 不意に差し出された手。

 単純な善意で、彼には何てことない行為だけど。胸の奥がほんのりと暖かくなって。それを絶やしたくなくて。

 私は迷いなくその手を掴んで立ち上がる。場所はまた、あの道路に戻っていた。

 

「あの人達を助けたいんです。どうしたら良いですか?」

 

『それだったら、うってつけのがある』

【KAMEN Ride EX-EID】

 彼は二枚のカードを懐から取り出し、腹の白い機械に入れる。するとピンク色の人の絵が描かれた黒い板が彼の身体を通過した。アニメで見た、姿が一瞬で別の物になるシーンが頭に思い浮かぶ。シンフォギアを纏う時は光って直ぐにそれがある感じだから、あんまり実感が湧かない。

【Form Ride EX-EID Maximum Gamer】

 ともかく、彼は先程の制服から一変して別の姿へ成っていた。

 漆の上品な黒から、現代風のショッキングピンクに染め上がった髪。蛍光グリーンの電子回路が張り巡った、黒いコートを羽織っている。時折風が靡き、地味なグレーのトップと、ド派手なオレンジのボトムスが覗く。

 

『......こいつじゃこうなるのか。いいか、良く聞け。ここはお前の精神世界だ』

 

 彼は白く縁取られたサングラスを装着して話を続ける。

 

『今、お前はネビュラガスに侵され自我を失いかけている。ガングニールとやらが意識を隔離して人格を守っている、それが今のお前の現状だ』

 

 ネビュラガス? そういえば巧さんが、フォニックゲインがネビュラガスをどーのこーのって言ってたような。

 

 ネビュラガス。そうだ。

 

 未来があの赤い蛇に連れ去られて、あいつが置いていたメモを頼りにして郊外の倉庫街に行ったんだ。けど、その先は思い出せない。

 

『このままじゃネビュラガス......この世界で言えば、あの白い怪人、ネビュラバグスターに倒されて人格を失う事になる』

 

「それって死んじゃうって事じゃ......」

 

『ざっくりそんなとこだ。それに怪人もお前の一部......人格を司る主格じゃないが雑多な記憶が象った物だ。無理に倒せば些細な約束事が思い出せなくなる上に、触れてしまうとお前のトラウマと感応してガングニールが強制的に解除されて無防備になってしまう』

 

 つまり、さっきの状況は彼が居なければ詰んでいた。

 自分の軽率な自己犠牲で自殺紛いな行動をしてしまうなんて、どれだけ愚かで滑稽だろうか。全身の血が引いて、悪寒が走る。

 

『完全に状況を理解出来たみたいだな。ここからは現状打破の手順を伝える』

 

「彼らを元に戻す方法は有るんですか?」

 

『ああ、リプログラミングを使えば戻せる』

 

 リプロプラミング?

 何を指す言葉? 

 専門用語......だよねェ?

 

「なんですか、そのりぷろナントカって」

 

『奴らをバグスターとネビュラガスに分離、再構成する事だ。只のバグスターになりさえすれば俺の力で助けられる』

 

 ネビュラバグスター。バグスター、ネビュラガス。

 私は考えるのをやめた。これ以上分からない言語を理解しようとしたら確実にオーバーヒートする。余計な情報は入れないでおこう。

 

「ネビュラ、ガスでしたっけ? それはどうするんですか?」

 

『お前が歌って、一つに固めて撃破する。簡単だろ?』

 

 さっきまで全然効いていなかったのに。

 分離した所で本当に効くのだろうか?

 

「でもここまで散々歌ってきましたよ。けど効いて無かったし......」

 

『無理を無理なくこなすのが俺の役目だ。準備しろ、そろそろ奴らも痺れを切らす所だ』

【Attack Ride GASHACON KEY SLASHER】

 白い機械へまたカードを入れて、(ケン)(オノ)(ジュウ)が一体化した奇妙な武器をどこからか呼び出した彼。

 構えずに足元へ切っ先を下し、何食わぬ顔で歩いていく。

 

 三叉槍の攻撃は僅かに半身へ寄せて躱し。空きの胴体へ斬り込まれた剣によって、横へ一文字(いちもんじ)にぶった切られていた。

 余りにも流麗な、無駄のないカウンター。

 振り切った剣先に居たのは白い怪人。白みかかったピンク色の光が一瞬にして迸り、貫いていく。そのまま彼は一文字の回転の勢いを利用して怪人を撃ち抜く。

 

 地面に転がる、六体の怪人。

 黄土色の煙を出し頭の色が変色して、鮮やかなオレンジ色になっていく。

 

 自分が攻撃をして通じなかった白い怪人を、六体。

 

『カウントダウンだ。お前の歌を、奴らに聴かせてやれっ!』

 

 数のハンデを物ともしない戦闘の技術は桁違い。

 私じゃ到底到達出来ない域に彼はいる。と、嫌でも肌から感じる悪寒に私の直感は恐怖を選択している。

 

 怖じけるな。へいきへっちゃらだ。

 今の私が出来る事を全力でやり通すまでッ!

 

【balwisyall nescell gungnir tron】(喪失へのカウントダウン)

 

 陽光に限りなく似た光が、私の内側から衣服を吹き飛ばし発した。

 私の影は、ギアペンダントから展開されたシンフォギアを着装する。紡ぐ旋律は影を引き寄せ、一糸も纏っていない身体と一体化。

 急所を護る機能性を重視したプロテクトスーツ、手足には強固な装甲。ノイズを倒す為に造られた盾と矛が装備される。

 

 アームドギアは無い。手を開いて戦わない意志を示す。けど、戦わない事が逃げる事だとは思わない。私はここに立って、困っている誰かを救う。たとえ私が傷ついても、それで皆んなが傷付かないならッ!

 

「思いを貫けッ! 3・2・1 ゼロォッ!」

 

 彼は再び動き始める。

 撫で斬り、回し斬り、一つ一つの動作で複数の怪人を剣で斬る。

 

「難しい言葉なんて いらないよ 今わかる 共鳴するBrave minds」

 

 真っ白なキャンパスに橙色の絵の具を塗り潰さんとピンク色の絵筆が軌跡を描く。彼は笑みを浮かべながら、数多の怪人を倒していく。

 

「その場しのぎの笑顔で 傍観してるより

   本当の気持ちで 向かい合う自分でいたいよ」

 

 撃ち抜いて。

 切り裂いて。

 割り開いて。

 

「Get to heart! Get to heart! 一撃よ滾れ」

 

 怪人の身体からどんどん溢れ出てくる黄土色の煙。あれがネビュラガス。私を蝕む悪の根源。彼は歌で鎮められると言った。

 煙の流れが丁度道路標識辺りの一点に集中してきているのを見逃さない。

 

 後はタイミング。彼が全ての怪人をネビュラガスと分離させた瞬間こそ、火力を叩き込むチャンス。ただ距離が遠すぎて、その位置に辿りつけない。

 推進機構を使えば行けるけど、その分威力が下がる。多分、最大威力じゃないとネビュラガスを倒すのは無理な気がする。

 

 何かいい方法は......

 

『ネビュラガス溜まりの場所は見えたか?』

 

「ひゃう!」

 

 とても自分から出たと思えないものが喉から漏れた。

 そりゃ、耳元で重低音が囁かれたら誰だってそうなる。絶対。

 

『なんだ?......もっと気を引き締めろ。で、ネビュラガス溜まりの場所は見えたのか?』

 

「【この先東京】って書かれた道路標識辺りに」

 

『きちんと見えているみたいだな。俺がお前の跳べる限界付近に足場を作成して、確実にぶん殴らせてやる』

【Attack Ride Jump kyouka,kousokuka】

 二枚のカードを入れていたのはちらっと確認していたけど、投げる素振りをしているのはなんで?

 投げる事で成立する......足場を作成......彼には武器がある。

 

「......まさか足場って、まさかのまさかですか?」

 

『それが一番手っ取り早い作戦......問題解決手順だな。バグスターも起き上がってくる、決めるぞ』

 

 ああッ!もうッ......さっきから強引だよこの人。やるならやるを押し通してくる。でも、やるっきゃないか。

 脚部パワージャッキを地面に、右腕部装甲を開放ーーーーよし。

 

「行きますッ!」

 

 風を切り、身体が跳ね上がる。

 猛烈な浮遊感を全身で受け止めながら、ぐんぐんと飛距離が伸びていく。

 

「解放全開ッ! イっちゃえHeartのゼンブでェェッ!」

 

 加速が終わり重力に引かれそうになる刹那、足元が黄色く光る。最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に。理想的な足場がこの瞬間にやってきた。

 

 再び、跳ね上がる。狙いはネビュラガス。

 

 全てのガスを吸い込み、朧げだった輪郭がはっきりとしていく。

 人型に象られた白を基本に黄のラインを各所に散りばめられ。

 手足は無く、他人を傷つける事が安易なパーツがぬらりと照るそれを見て、私は一目で兵器だと判る。

 

 右腕を構えて、内部機構を最大限に稼働。

 私の胸に宿る思いはただ一つ。

 

「こっから出て行けッ! 私の中からァアァァッッ!」

 

 ナックルガードが兵器に突き刺さる。

 柔らかく嫌な力が逆巻き、人の形を消し去っていく。フォニックゲインの奔流が、ネビュラガスを浄化する。破滅の嵐が、黄土色の霧を空中で散らして渦巻き、留まる事なく空高く中天を突いて、やがて消えた。

 

 そして訪れる衝撃波。ピンク色にも見えたそれは、心地良くそれでいて安心できた。何故なら、彼が起こしたモノだと確信をしているから。

 

 浮力を失った私の身体は引力に成す術もなく落下する。

 モノも、人間も、山も、全てが遠くへ、黒色に塗り潰されていく。

 

【Form Ride Wizard Hurricane Dragon Style】

 世界の崩壊。

 

 天も地も、境目は消えて。私は唯のガングニールへ還る。

 

 加速度を増す風景を背にして、緑色のタキシードを着た彼が私を見上げていた。ブラックホールに似た荒れる風に彼は身を任せて上昇している。

 

『終わったようだな。この世界での俺の役目はこれで終わりだ』

 

 深い溜め息を私は吐く。

 かのじょのしあわせを守れたコトに。

 

 上下が逆転する。

【Attack Ride HOPE】

 彼は見下げながら、私に眩い光を落とす。

 その光はとても暖かく、様々な希望を秘めているように感じる。

 

『そいつはどうしようも無くなった時に、新たな力をくれる魔法だ。使えるようになったら、また会おう。現実でな』

 

 遠くへと飛立つ彼。

 そういえばーーーー

 

「名前、あなたの名前はーーーーー」

 

『通りすがりの旅人だ。覚えておけ』

 

 それが本当なのか、夢なのかーーーー私には分からないけど。ありがとう、旅人さん。また会える日まで。

 

 




報告書No.10

作成日時:20XX/05/XX
作成者:角谷 純一

1
都内地下メトロに発生したノイズの掃討及び生存者確認の為、万丈龍我特殊戦闘員一名が2課より派遣。
掃討は概ね完了。生存者は0名。
付近の公園にて地下まで大穴が開き、半径1kmのクレーターが発生する被害はあったものの情報統制に支障は無い。

2
ノイズ掃討作戦と同時期、郊外の港にてノイズ発生。
葛城巧特殊戦闘員一名が2課より派遣。
掃討は完了したが、ノイズの攻撃により付近の引火性物資が爆発。
周辺の避難は済んでおり、人的被害は無い。
情報統制に影響無し。


【秘匿情報】
 葛城巧特殊戦闘員、生存確認できず。
 万丈龍我特殊戦闘員、戦闘能力喪失。



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ブレイクスルー・ポイント・ツヴァイアラウンド(過ぎ去りし残照を追って)

 
 理解が及ばない事があった。
 其れは、過去に打ちのめされる感覚。

 かつて、味方だった。
 かつて、敵だった。

 あいつは仲間を救おうとしていた。
 あいつは世界を救おうとしていた。

 その手から零れ落ちる命を掴もうとしていた。
 その手から零れ落ちた命に引きづられていた。

 彼は呪われていた。
 彼は英雄であろうとしていた。

 彼が彼である意味を無くしたくないから。
 仮面ライダーという心で在ろうとした。

 彼の苦しみを知る者は、一人だけ。
 誕生日を知っているのは、一人だけ。

 君の役割は誰も知らない愚者だ。
 君の役割は誰もが知る勇者だ。



 

 どれ程地下駅を吹っ飛ばされたのか。

 壁や床に激突した回数なんて覚えていない。

 僅かな隙を狙って攻撃を加えても、装甲の硬さに阻まれて通らない。その上で、あっちの攻撃は装甲の硬さをものともせず通る。

 斬撃飛ばしも、ロックフルボトルでの拘束も、剣撃に封印のエネルギーを直接乗せて装甲の弱体化作戦も、全て弾き返される。

 理不尽極まる暴力とはこういう感覚か。

 

『まだ終わっちゃいないよなァ』

 

 今にも力に屈して震え折れそうな脚にまだ力を入れる。

 吸収出来ず、自己再生も追い付かずヒビが入った装甲の下にある、生身の皮膚に食い込む血生臭さが神経を侵していく。

 杖代わりに剣を突き刺し、けれど剣が無かった事に気づかず空を切る。

 崩れたバランスをコンクリートの瓦礫を手繰り寄せて意地でも整える。

 笑う膝を叩いて、絶えない身体の悲鳴を飲み込む。

 

『痩せ我慢をした所で、何も事態は好転しない。そんなの分かっている筈だろ?』

 

 分かっている。

 ああ、嫌という程分かりきってるーーーだから逃げる訳にはいかない。

 

『もっとお前の本気を、心のマグマを見せてみろよォ!』

 

 金色の腕がブレる。よく観察しろ。さっきまでの攻撃を思い出せ。ラッシュから絡め防御姿勢を崩してから、トドメの右ストレートを相手は仕掛けるつもりだ。

 カウンターチャンスはそこしかない。レバーを一回転させて、必殺技のシークエンスを開始、両腕を前に固め防御する。

 

【Ready ーーー

 

 ベルトの電子音が半ば聴こえない程の質量を持って、黄金の拳が腕へ食い込んでくる。

 ショットガンみてえな乱打。一発一発は戦車砲の威力。それを際限なく重ねて、防御を突破するつもりだ。ボトルのエネルギーは後もうちょいで溜まりきる。

 拳に触れた腕部装甲が剥がれ、腕の感覚が麻痺してくる。

 

「負けてたまるかぁ!」

 

 腕、肩、胸、腹、丹田、太腿、脹脛、足。

 襲いかかる威力を順に伝え、地面に浸透させる。

 一発事に舗装された大理石が蜘蛛の巣状にひび割れていく。

 

『良いぜ!良いぜェ!良いゼェッ!なら我慢比べも終わりダァ!!』

 

 ガコン、ガコンと。

 グリスのドライバーの右側に取り付けられた黄色いレンチが下に、連動してスクラッシュゼリーの左右に付いている万力が中央へ向けて圧迫した。

 

【Scrap Blake!】

 

 トドメ。

 スクラッシュドライバーからの、無慈悲な終焉のコール。

 ドライバーへエネルギーを充填するのにそこまでかからない。油断とも呼べない僅かな隙。前に固めたガードの姿勢から、瞬時に腰に当てた右拳を振り抜く。

 

【Dragonic Finish!!】

 

 握った拳の中には、天羽々斬のフルボトル。灼けるように熱いエネルギーは、クローズの鎧を溶解させようと手の内をぐつぐつと煮えたぎらせて黒煙を吐いている。

 

 痛いという感覚を脳に伝えるには、全身の発するアラートが大きすぎた。

 諸刃を思いっきり鷲掴みにして相手の喉元に突き刺す蛮行を許す程に。

 

 フォニックゲインがネビュラガスを駆逐する。

 ネビュラガスを高純度にしたスクラッシュゼリーですら、その法則に抗えないと頭の片隅に置いて。

 

 全力を賭した一撃。

 たった一つのチャンス、顎を打ち抜くつもりの慣れないパンチ。

 ボトルエネルギーを乗せた、蒼龍の炎。牙という剣を突き立てようと右腕を捩じ込む。

 

 ドラゴンブレイズ、ボトルエネルギーで象った龍の幻影の口から振り抜く拳に向けて蒼炎を吐き出す。加速度を増し、元々纏っていた蒼炎を全身に点火させる。

 

 万物を融解させる熱を帯び、必殺は必殺足り得る威力を右拳に宿して、焦げ付く皮膚の嫌な臭いを掻き消して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 グニャリと、柔らかい弾力の手ごたえを感じた。

 

『ネビュラガス製のゼリーッてのはよ。こういう使い方も出来る』

 

 捩じ込んだ筈の拳は顎に到達する前に、頭の穴から流れ出た硬質化しきっていない赤銅色のゼリーの滝に阻まれていた。

 

「クソっ!」

 

 ハマりきった拳を引き抜こうと力を入れる。

 瞬間接着剤で張り付いたみたいに、1ミリもびくともしない。

 

『......これで終わりだ。良かったぜ、お前のその発想』

 

 滝がグリスの足先まで流れ、錆びて濁り切った液体を硬質化する。

 ゼリーを猛烈な勢いで噴射した音を感じた。

 

 強烈な、これ以上にもない浮遊感を伴って、背中から感じる硬いものがぶつかっては消えて、ぶつかっては消えて、明滅を繰り返す。

 やがて縦にブレた景色が地下鉄から星空に変わった。

 

 意識が遠のいていく。

 

 流れる流星群。

 

 暗くなる景色。

 

 最後に今までの比じゃなく灼けて熱く、穴が開きそうな衝撃が腹にーーーー

 

 

 

 

 痛い。

 

 痛い。

 

 痛い。

 

 加わる。暴力。嵐。

 

 黒く、塗り潰す。衝動。抑えきれない。破壊。

 

 歌が聞こえる。

 

 優しい。

 

 悲しい。

 

 彼女の全てを物語る旋律が聞こえる。

 

 誰かの悲鳴。拒絶する。

 

 俺は見ていた。

 

 

 

 

 目を開ける。

 大量の真っ白い鳥の羽が光り輝き、踊り舞う。

 何処からか、音楽が流れ始める。

 

「ここは?」

 

 答えるように青と橙のライトバーが辺り一面を埋め尽くす。

 見上げると透明な十字を繋ぐ柱から光が放たれ満ちていく。

 歓声が巻き起こる。それに乗じてステージ中央にスポットライトが当たり、空に文字がホログラムで映る。

 

 その文字は、葛城が教えてくれたかつての惨劇の舞台。

 

「ツヴァイ、ウィング」

 

 言葉と同時に二人の歌姫が特設ステージ中央へ現れる。

 纏うそれは、白く儚さが形になったような(ころも)

 一人は風鳴翼。

 もう一人はガングニールの前装者、天羽奏。

 二度と組め無い二人が歌い踊り始める。一曲目は逆光のフリューゲル。巧がよく聴いていた曲だ。

 

 夢でも見ている気分だった。実際、何処に居るんだ?

 手持ちにビルドドライバーも、フルボトルも無い。

 幻想、死に際に見せる走馬灯? それかあの世に近い場所なのか?

 

 

 ......考えても心当たりが無い。

 覚えている記憶を辿っても、グリスに負けた事位しか思い至らない。

 

 この景色は何を伝えようとしている?

 もうすぐ曲が終わる。天井も開けて、夕陽が差し込んでくる。

 

 これから起きる事はあまり理解していない。

 巧自身もあまりこの事を語っていなかったから。

 ただ言えるのは、この先は様々な運命を変える出来事。他人口調でしか言えないのがもどかしいぐらい大事な出来事。

 

 歌が終わる。

 両翼を広げた鳥のような決めポーズを崩して、観客へ挨拶をしていた。

 

 一通り終わり次の曲に差し掛かろうとした瞬間、腹の底に響くような重低音を響かせて、地面を破裂させる。多大に秘めた破壊のエネルギーが呻き、舞台を観客ごと豪炎が食い破っていく。そして、ノイズの大群が爆発に乗じて出現する。

 

 ライブ、歌、二人のシンフォギア装者、フォニックゲイン。

 フォニックゲインを高め、一点に集中させて何をしようとしていたのか。

 

 ......風鳴のおっちゃんなら分かるかもな。翼がいる事だし、多分がっつり関わっているんだろう。

 

 ってそんな場合じゃない。ここにはシンフォギア装者だけじゃなく戦兎が来ている筈だ。

 

 大混乱して逃げ惑う観客達。人間を即死させる灰の死神がにじり寄る。

 絶え間ない悲鳴。その中に戦兎らしきベージュとホワイトのロングコートが目に入った。

 

「幻覚か?」

 

 それでも行かなきゃいけない気がする。予感が脚を動かしていく。幸い、人波に邪魔されず動く事が出来た。人間という存在を無視して通り抜けていく幽霊みたいに。

 

 ノイズと融合して崩れていく無機物の舞台。死に間際の断末魔。雪崩れて、潰れて死ぬ誰か。誰もが救われない地獄変。

 

「どこだ」

 

 走る度に命が消える。

 

「どこだ」

 

 どこからか歌が聞こえる。もう時間がない。

 

「どこだっ!」

 

 見つけた。ノイズに追われている。今にも追いつかれてしまう距離だ。それでも向かわずにはいられない。

 

『君は生きるべき人間だ。もう私が居なくても、大丈夫だろう?』

 

 奇跡が起きなければ届かない距離。

 届く筈のない手。伸ばしても擦り抜けていく手。

 ノイズが人を穿つために、体型を捻り鋭利に尖らせて槍と化して飛んでいく。

 矛先はライブ用Tシャツを着た女性。ボブカットのブロンドヘアーとくりっとした灰色の目には怯えが見えていた。

 

『待ってよ......ねぇ待ってよ! まだあなたとやりたい事がいっぱいあるじゃない! ライブを一緒に楽しもうよ......! こんな別れって無いでしょッ!?』

 

 それは死の絶望から来るものではないと、景色が否定している。

 身体に合わないサイズの白衣を着た、淡い青色をしたベリーショートの女性が射線状に立ちふさがっていた。

 

『もっと、キミと、楽しい時間を.......こんなに寂しい気持ちはいつ以来だろうね。でも、これは運命なんだ。君を守るための大切な事なんだ、わかってくれるね』

 

 白衣にノイズの槍が突き刺さる。

 いとも容易く生命を奪っていく兵器は、今この瞬間をもって簡単に彼女の生命を奪っていく。

 

『......なんであなたなの』

 

 ノイズが生命を消した証拠である灰が風に乗って舞う。

 そいつが生きていた骨も、肉も、身につけていたものでさえ全てを塵となって、陰からノイズの槍の2射目が発射される。

 

「何を見せようとしてやがる。この世界は!?」

 

 胸糞が悪い。こんな現実をまざまざと見せつけられ、手の届く範囲でさえ守る事、戦う事の手段が奪われて、ただ傍観するしか無い自分に。

 

 今だって生命が奪われるんだ。さっき見た姿が戦兎じゃなかったとしても、それを、今を傍観するだけの理由にならない。

 

ーーーーー俺は、俺である限り。万丈龍我という男は、こんな事でへこたれてたまるか。

 

 力強く叫ぶ。

 たった四文字しかない、覚悟と誓いの言葉。

 

 灰が流れ込んでくる。

 生命のかけらが、想いが、俺の中に創られていく。

 

 奇跡が創造される。

 

【Are you Ready?】

 

 

 灰に輝く赤と青の軌跡。

 瞬く間にノイズは散り散りと炭素に変換され、兵器の役割を放棄した。

 目の前で移り行く状況に追いつけず、腰が抜けてへたりこんでいる女性を見て赤と青の二色は「......大丈夫か?」と心配する。「ひっ」と彼女は返答した。

続けて手を差し出しても、彼女は震えて動かない。

 

 パニックを起こしている彼女の目には、奇妙な物体がノイズに見えていた。

 戦車と兎に見える二つの複眼には、初めて見るものに対して怯えている姿に見えていた。

 

 赤と青は恐怖を取り除く為に、腰に取り付けられた機械から二つ小さな部品を外す。全貌が赤と青の光に包まれる。

 数瞬の閃光。

 眩い輝きを晴らし赤と青を脱いだそれは、人間の男だった。

 クリームとベージュが不平等に散りばめられたロングコートを羽織った、不敵な笑みを浮かべる成人の男性だった。

 

「あなたの名前は?」

 

 男性は頭を軽く手で掻き答える。

 

「キリュウセント。君たちを救いに来た」

 

 そう名乗った男は何処からか銃を取り出す。

 濃い橙色のガンバレット、ガトリングに似た小型の回転砲身。銃口の上には砲身と同じ色をした鷹が赤い眼を睨ませていた。

 

 ホークガトリンガー。その名前を知るのは、もう彼しか居ない。

 

 ガンバレットを上から下へ勢いよく叩く要領で高速に回していく。

 回転砲身が連動して回り、10刻みで機械音声が読み上げる。

 

【ONE hundred full bullet】

 

 100と名打たれた特殊弾丸は、キリュウセントの手によってノイズに照準、発射が行われた。鳥のように自由自在に飛び、ノイズだけを貫通して炭に戻していく。

 

「早く逃げろ! 奴らが来る前に!」

 

 その声にやっと状況を把握して冷静さを取り戻した彼女が、安全な場所へ逃げていこうとする姿を横目にキリュウはコートから大型の缶を取り出す。炭酸清涼水に似たパッケージには、戦車と兎が向かい合い二つの眼に見えるデザインが施されていた。

 

 数回缶を振り、内容物を撹拌する。

 シュワ、シュワと場に似つかわしくない涼しげな音が周囲に響く。

 

「......多分中心の怪物を生み出している奴が心臓か。一気に叩く!」

 

 缶上部のプルタブを引き出し、内部に隠されていた赤と青のキャップを下部に押し出して露出する。内容物が励起して眼のデザイン部分が発光、炭酸の弾ける音が聞こえる。

 

 そして、腰の機械に空いてる場所二つを埋めるように缶を装填する。

 

【ラビットタンクスパークリング!】

 

 ベルトに内蔵された機械音声が高らかに缶の名前を叫び、変身待機状態に移行する。いつものように機械に取り付けられた赤いレバーを握りしめて回す。

 

 機械から生成された歯車の枠が右斜め半分に分かれてキリュウの前後を挟み込む。歯車の中心には気泡が入った液体が機械から人の型に流し込まれて固定されていた。

 

 前には赤い半身。

 後には青い半身。

 

 それぞれが噛み合う事を前提とした歪な形。

 

【Are You Ready?】

 

 形成が終了した事を告げる機械音声が鳴る。キリュウは握った右手を顔の横に、手刀の形に開いた左手を顔の前に持っていき半身に構える。

 

 戦うと決めた意思を表明する為に取ったポーズ。

 次にキリュウは理想の為に命を賭す覚悟を示す言葉を発した。

 

「変身!」

 

 歯車が動き始める。

 噛み合うのは、彼が兵器へと身体を変える鎧。

 

 赤い眼と青い眼。

 縁取り、隙間から漏れ出る白。

 手足、胴、顔を覆う赤と青と白の装甲。

 その合間を黒が覆い尽くす。

 

【シュワと弾ける! ラビットタンクスパークリング! イェイイェーイ!!】

 

 場違いな明るさの機械音声。

 右斜めに分断された歯車。それを繋ぐように一本の線が繋がり、キリュウが創り上げたシンボルマークになる。

 

 その意味はビルド。

 仮面ライダービルド。

 

 人々の平和を守り、人々の愛を胸に戦う者の紋章を背に、綺麗な歌が聞こえる中心部へと強化された脚力で跳んだ。

 

 

砂嵐の中。

 

痛み。

 

痺れ。

 

黒く、塗り潰される理性。

 

雑音、誰かの歌。

 

 

 目を開ける。

 LEDライトの冷ややかな白い光が視界の大多数を占めていた。

 

 鼻腔に酷く薬の無機質な匂いが通り抜ける。

 規則正しい電子音。左手に繋がれた点滴。右手の包むギプス。口元の医療用酸素マスク。

 

 グリスに負けた。

 この見る限りの身体の惨状は、グリスに負けたから生まれた事だと理解した。同時に誰かに救われてここに居るのだとも理解した。

 

 一体誰かが救ってくれたのかは、考える気にもならなかった。

 浮かされた熱に頭は普段よりも動いていない。

 

 眠い。

 とても眠い。

 

 また目を閉じて、傷ついた身体を癒そう。

 さっきまでの夢の続きを見よう。

 

 きっと今度こそは彼女を救えると信じて。

 

 

 痛い。

 

 痛い。

 

 痛い。

 

 加わる。暴力。嵐。

 

 黒く、塗り潰す。衝動。抑えきれない。破壊。

 

 歌が聞こえる。

 

 優しい。

 

 悲しい。

 

 彼女の全てを物語る旋律が聞こえる。

 

 誰かの悲鳴。拒絶する。

 

 俺はまた、見ていた。

 




 時代をゼロから始めよう。

 時は西暦2000年。
 新世紀に訪れるは、太古から蘇りし大いなる闇。
 地球に繁栄せしめる人間を殺し、世界を支配する為ヤツらは侵略を始めた。
 人智を超えた力を持つヤツらになす術も無く、人間は蹂躙される運命を受け入れる。
 否、たった一つの微かな希望の光が灯っていた。
 それを繰るのは一人の人間の青年。
 その名はゴダイユウスケ。

 またの名をーーーー時空騎士『空我(くうが)』。

 稀代の小説家「山堂(さんどう)賢利(けんり)
 空前の大ヒットシリーズ第一作、時空騎士空我(くうが)編。
 20年を超えて、カメレオン漫画家「新島(にいじま) (れい)」の手で今蘇る。

ーーーーーコミック版時空騎士『空我(くうが)編』上巻 あらすじより


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破壊と守護の二重奏(デュエット)

 

 凍りつく夢を見た。

 青いクワガタが初めに。

 次に黄色いフクロウ。

 最後は赤いお城が。

 

 全て凍りつく。

 

 生命は冷たく、鼓動することもなく。

 平等な終わりがやってくる。

 

 やがて、自分の身も凍りつく。

 間際に呼んでいた愛しきモノは、私の事を潤滑油と呼んでいた。

 

 何のための潤滑油か。

 

 新しい歯車を動かす為の潤滑油なのか。

 誰かの役に立つ為の潤滑油なのか。

 

 粉雪に吹かれ散る後悔や未練を、誰に報おうとしたか。

 

 不完全で未完成で不安定な愛しきモノを守る為に、そこまでして命を賭ける必要性はあったのか。

 

 目眩く過ぎる思考に頭が焼き切れそうだ。

 

 この夢を見た時に思うのは。

 私は死ぬ時に何を遺してきたのか、だ。

 

 

 

 

 夜の帷。蒼炎の輝きは落ちて。

 無残な姿となったクローズを、青く満たす陽炎が揺らぐ。

 

「......久しぶりの熱量を浴びた気がする」

 

 細かくスパークを繰り返し、ひび割れから黒煙を吐き出すクローズドラゴン。最早原型を留めていない龍の鎧。酷く損傷している腰の機械と例のフルボトルを握る右腕。

 多大なダメージを食らえば解除される筈の装備は、ビルドドライバー自身の深刻なダメージの影響で解除されていない。

 

 ゴムが溶けたような、鼻につく臭いが全身から漂う。蒼龍の複眼は左半分が失せて、合間から内出血で腫れ上がッた万丈龍我の素顔が見える。

 

 虫の騒めきも人々の営む喧騒も無く、静寂に包まれた公園。

 多少なりとも人がいる時間帯だが、ノイズ騒動のお陰で人気が全く無い。木陰に蛇の気はするが。

 

 芝生の真ん中からくり抜かれた穴を一瞥。タールのようなドス黒いスクラッシュゼリーがスコールのように猛烈に降り、過熱したスーツと陽炎を冷ましていく。

 

「回収して終わりッてのは呆気ないものだな」

 

 足元に転がる目的のロックフルボトル、ドラゴンフルボトル。

 そして、隠し持ッていたであろうドラゴンスクラッシュゼリーを拾い上げ、掌の穴へ粒子状に溶けてスーツに入ッていく。

 フォニックゲイン由来のボトルも持ッていけるなら、持ッていきたいが。クローズの鎧にもくもくと上がる黒煙を手で振り払う。

 

「もう一つのフルボトルは無理か」

 

 装甲の溶けきった右腕は皮膚が黒く焦げ、中の肉が剥き出しになり、所によッては骨の白い部分が露出している。腕の輪郭を維持できているのが奇跡だ。肉の形が崩れてフルボトルの位置を確認出来ない以上、無理に剥がして回収は難しい。

 

「......無茶をする。フォニックゲイン、胸の歌は俺たちには使いこなす事が出来ないのにな。命を賭ける事に戸惑ッていないのか?」

 

 風を切る音。

 皐月の夜はまだ春を過ぎていないようだ。装甲は僅かに熱を放出して蒸気が煙る。

 

「でだ、いつまで暗がりで傍観しているつもりだ。青銅の蛇よ」

 

 遠く、木陰で覗いていた影が月に暴かれる。

 青々しく生命に溢れた芝生が踏みしめられ、こちらに近づいていく。

 

「へぇ、アタシを知っているのか」

 

 ソプラノ。

 途轍も無く濁りきッた、幼さが抜けきれない不安定な声が聞こえる。

 

「あんたを知ッている訳じャない。その纏うものに因縁があるんだよ」

 

 露になッた体躯は常人に比較して小さい。

 成長期にまともな食事を摂れていなかッたのか、骨格が出来きッていない。

 だが幼さを残して、女性らしい一部分だけは豊かに育ッている。最近になッて栄養状態が良くなッたのだろう。

 

「ハッ、ならお前はハナからコイツ狙いか?」

 

 少女は親指で自身の纏っているものを指す。

 純白の鎧。胸の下部分だけを曝け出した上半身を守る防具。拳大サイズの紫の菱形が所々を装飾している。留め具もなく、分割線も無い。それでいて身体にフィットしている綺麗で完璧なフォルム。その上には毒々しく紫に反射している棘が背面から肩を通って垂れ、薄い水色の菱形が均等に散りばめられた無色に近い色調のタイツが鎧の守る場所以外を包む。

 

 恐らくはネフシュタンの鎧だろう。

 彼女がここにいること自体は何も不思議じャない。ガングニールを誘き寄せようと杖を利用し地下鉄で夥しい数のノイズを呼び、遠くから観察をしていたのだろう。

 悪いけれども、目論見は全て潰させてもらった。鎧と杖の回収も依頼の内だ、さッさと二つとも......

 

 ん? 杖はどうした?

 

「そうだ」

 

 色々を含めた返事に対して、少女の顔は歪んだ。

 額に掛けられた白と紫のヘッドギアから下ろされた翡翠のフェイスシールドから唯一見える薄く生気の灯った二本の紅い線は、三日月状に曲がっていく。

 曲線が上向く角度が鋭くなるにつれて、装甲越しの肌が粟立つ。

 あちらの中では俺が杖を盗んだ事になっているかもな。だとしたら好都合だ。

 

「かかッてこい。勝てたら、お前の欲しい答えを教えてやる」

 

 こんな挑発だけで、少女からの圧力が増す。

 無意識のうちに相当な力が入っているのだろう、肩部の筋肉が強張って痙攣している。

 

 爆発するのはもう直ぐ。

 いや、今直ぐだ。

 

「覚悟しやがれッ!」

 

 真っ白なガントレットに護られている両腕へ伝う無数の棘。

 妖しく色づくそれは、根本を持つ少女の手によって鞭となり空を裂いて伸び、噛み砕こうと左右から迫る。

 

 およそ20mは離れている距離をものともせず、しなやかに、音を置き去りにする。

 

 左前腕部のゼリー噴射口から液体を噴き出す。

 

【ツゥインブレイカァァ!】

 

 特殊なパルスを受けて既定の型に固定され、いやに巻き舌な自己紹介と共に硬質化する。

 二つの白い砲身、中央部に先端だけ見える金色の突起。それと、丁度二個分のフルボトルが入る装填口がある。

 左腕に着けられたそれへと粒子から実体化したドラゴンフルボトルを装填する。

 

【シィングルゥ!】

 

 蒼炎が仄かに漏れる。

 姿勢を前傾に、踏み込みを細かく、強くしていく。

 

 グリスの脚力を持ってすれば、差を詰めるのは一息だ。

 溶けて、踏みしめる前方の地面以外が線状に景色が引き伸ばされる。

 

 一つの鞭が低くなった頭上を掠る。

 もう一つの鞭は膝を抉ろうと地面スレスレに這う。

 

 タイミング的に跳躍すれば上の鞭に当たり、そのまま何もしなければ下の鞭に食い付かれる。

 

【シングルゥフィニッシュゥッ!】

 

 下に照準を合わせ、フルボトルに秘められた蒼炎の火力を絞り放つ。

 小さくとも確かな威力は、紫の縄を弛ませる。

 僅かにタイミングがズレ、挟み撃ちをするつもりだった上が先走り、下との隙間が出来る。

 

 横に捻り跳び、その隙間に身体を詰める。

 

【アァァタックモードゥ!】

 

 回転する視界の中、砲身を後方に可動させる。

 根本を軸にハの字にする事によッて、中央の金の杭が勢いよく20cm程飛び出す。

 パイルバンカー、釘打ち機。そう呼ばれる機械へと早変わりする。

 

【ツゥイン!】

 

 着地、そうしてまだ空いているスロットにロックフルボトルを装填する。

 金の杭が黄色の光に包まれ一回り大きくなる。蒼炎もコーティングされ焔の剣とも呼べそうな形態へと変形、伸び切ッた鞭に気を取られて隙だらけな右側面を叩きつける。

 

「くそッ!?」

 

 当たる一歩手前、慌てて手元に戻しただろう鞭が焔剣の軌道に割ッて入る。

 およそ金属同士のぶつかる音に似た重く低い擦過音が鳴り響く。

 蒼炎の火花に隠れて相手からロー気味の左蹴りが飛ぶ。腰を落とし右手で脛を狙い殴りつける。

 鈍い音が一つ。

 

「ッ!?」

 

 フェイスガード越しの悲痛な表情。脛に拳一つ分の痕。タイツ部分が大きく裂け、赤い飛沫が舞い散る。

 

「こんなもので終わりか?」

 

 堅牢な防御力を誇るネフシュタンの鎧も、ネビュラガスの前では無力。

 だが、青銅の蛇は装甲の硬さだけが取り柄じゃない。

 真価を発揮するのはここからだ。俺の付けた打撃痕(キスマーク)が癒えるその前に倒す。

 

「こんのぉヤロウがッ!」

 

 少女は両方の鞭を戻しこちらの武器と似た長さへ調節、直線に固定して両手を振るう。片側をいなしても、もう片側から攻めてくる。その攻撃は前腕部の分厚いプロテクターで防ぐ。

 幸い、装甲が硬く僅かに削られるだけで済んでいるが、相手はフォニックゲイン由来の物だ、ネビュラガス由来であるこの装甲は浄化されて無力化される可能性がある。その前に決着をつけるしか勝つ道筋は無い。

 

 互いの身に付けた鎧は意味を成さない。その事を念頭に置いての我慢比べ。無力化されて致命傷を負うか、攻撃を凌ぎきってカウンターをぶちかますかの二択。競り合いの熱気に茹だった方が負けだ。

 

 攻防の端々に舞い散る蒼。甲高く唄う鋼の歌声。燃え震える魂に、嗤いが止まらなくなる。

 

「あははッ! 闘争ゥ! 激闘ッ! 死闘ゥッ!! オレを満たすにはまだまだ足りねェぞ!!!」

 

 本能赴くままに、渇ききった喉を震わせる。

 生命の危機よりも戦いの歓びが大きくなるのを感じる。

 

「言ってやがれッ! こんのロボットヤロウがぁッ!」

 

 言葉をぶつけ合い、武器をぶつけ合い。

 いつ命取られるか分からない、この緊張感。

 

「ロボットヤロウじャねェ。グリスだ! 覚えておけ!」

 

 いつまで経っても忘れられない。

 脳が痺れて真っ白になりそうな、何もかもを忘れさせるこの感覚。

 

潤滑油(グリス)ってかぁ!? 笑わせてくれるッ!!」

 

 息を吸い忘れる。

 間隙。浅く、深く呼吸を繰り返し手足が制御の外側へ持っていかれそうになるのをどうにか舌を噛んで防ぐ。

 

「良いさ、笑いやがれェ! 存分になァ!!」

 

 沸騰間近の思考は更なる高みへ昇ッていく。

 攻撃を受け流した装甲がひび割れる。

 

「どいつもコイツも! 腹立たしいんだよッ!!」

 

 先に煮立ったのは相手の方だッた。

 単純な打ち下ろし。丁度X字で振られる単調な、工夫の無い安ッぽい一撃。

 交差点に武器を下から侵入させ、バイザーのボタンを押す。

 

【ツゥインッブレイィクゥ!!】

 

 黄が延び、蒼が煌めき。

 龍の息吹の如し勢いで広がる一撃はXを砕く。

 

 飛び散る紫苑。顆粒状にまで細かくなった武器を見て、我を失い呆然とした貌。極度に高まッた熱を冷水でかけられて霧散している思考の空白。

 

 それこそが必殺を捻じ込む絶好のチャンス。

 

 レンチ型のレバーを押し込む。

 ドライバーから抽出されたエネルギーを右拳に乗せて、ストレートを放つ。

 

【スクラップフィニィッシュ!】

 

 機械音声と共に拳が胸部の中心へ刺さる。

 エネルギーは鎧に接触した瞬間爆発的に威力を引き上げ、そこらの鋼鉄なら粉砕してしまう破壊力を宿す。

 

 相手の体を突き放すように体重を乗せて腕を振り抜く。

 とても重い動作を、軽々しくこの鎧のパワーアシストが可能にする。

 

「ぐっ......」

 

 拳越しに相手の肋骨が折れる音が伝わる。

 僅かな嗚咽の残響を残して地面を抉り木々を薙ぎ倒し、土煙が一直線を描いて立ち昇る。

 

 遠くに仰臥した少女の姿が見える。胸の鎧は中心から蜘蛛の巣状にひび割れ、どれほど有効な打撃を加えられたかを物語っている。

 

「......手札はより多い方が良いか」

 

 空のフルボトルを実体化。キャップを回して、そこらに散らばッたネフシュタンの鎧の欠片を取り込んでいく。十秒程で満ち、白く淡く輝く。【Nehushtan】と印字された翡翠のラベルがどこからか表出する。

 

「何処かで使えるとは......ん?」

 

 闇夜に紛れたスラスターの噴射音。聞き慣れているその音を、待ち焦がれた存在がいる事を聴覚センサーが捉える。

 空を見上げる。瞬く星の光。その一つが尾を引いて流れていく。流星にしては青く、太い。

 

 中心には一人の戦姫が居た。

 青い一房のサイドテールの長い髪。スレンダーな体型を包む、天羽々斬のシンフォギア。鬼神に似た眼差しで構え、身の丈の倍程の大剣を振りかぶる偶像。

 

【蒼之一閃】

 

 ネフシュタンの鎧の少女と俺の境目を丁度真ッ二つに蒼い剣閃が走る。

 砂埃が撒き上がり、視界が塞がれる。

 今一度ドラゴンとロックのフルボトルをツインブレイカーに再接続、蒼い焔剣を再構築する。

 

「よう、天羽々斬のシンフォギア」

 

「貴様は何者だ?」

 

 土煙が風に吹かれ、戦闘で荒れ果てた場が露わになる。

 月光に輝いた一刀を手に、足元のクローズを守るように構える青髪の女戦士。全身から研ぎ澄まされた純度の高い殺気が、静寂を支配する。

 

「あんたの足下に転がるお仲間の敵だよ」

 

「足下の仮面ライダーは仲間では無い」

 

 常人なら怯え、言葉を発するだけで精一杯な圧力。

 相変わらず口下手な奴だ。それはもう仲間という答えだろう。

 

「へェ、仲間じャ無かッたら、そいつはどういう関係だい?」

 

 粗方、あいつの伝達阻害を潜り抜けて、この戦場を嗅ぎつけ急いで来たという所だろう。殊勝な事だ。

 

「唯の守るべき人間だ。戦場(いくさば)で傷ついた者を保護する為に、馳せ参じたのみ」

 

 心が熱くなるねェ。俺も仮面ライダーの端くれだ。美しい愛というヤツに口を滑らせてやろう。

 

「......なら名乗らせてもらおう。俺はファウストの仮面ライダー、グリスだ。君達、ライダーとシンフォギアの両方を破壊する為にここに来た」

 

 殺気の濃度が高くなる。

 こう言えば、あんたは守るために戦わざるを得ない。俺はあんたの本気を見たいんだよ。

 

「ならば、言葉は不要か」

 

 こういう時にネフシュタンが居れば......居ないか。

 逃げ足は早いな。流石は蛇と言った所。あの傷じゃあ何処か付近で潜むのが精一杯だろうしーーーー

 

【蒼乃一閃】

 

 咄嗟に焔剣で、振り放たれたエネルギー波を断ち切る。

 

「ッあぶな!?」

「戦場にて余所事とは、舐められたものだな」

 

 油断をしたのが悪いなこれは。

 中心だけ断たれたエネルギー波は、遠くの木々を上と下へ鮮やかに分けている。

 

「別に蔑ろにした訳じャ無い、こッからはちャんと果たし合いだ」

 

 戦姫は大剣だったそれを刀に形を戻して一気に間合いを詰めてくる。

 淀みない突貫。速度は強化視力越しであッても、姿がぶれて視える。

 

 横に寝ている刀身は糸より細くて、軌道が読めない。

 ならばちョッとしたトリックを仕掛けようか。

 

「はぁッ!!」

 

 裂昂。気勢の乗った一撃に合わせて、肩のパウチ状装甲を動かして発射口を真正面に向ける。そして、ドス黒いスクラッシュゼリーを思いッきり噴射した。

 

「わぷッ!?」

 

 噴射した勢いを利用して後方へ身体を移動させる。

 不意に食らッたゼリーで目標を見失ッた剣はより一歩踏み込まれ、胸の装甲を軽く削る。

 

【ビィムモゥドゥッ!!】

 

 砲身を元に戻して、足元の地面を狙う。

 威力を絞る調整を一瞬で終わらせて、トリガーを押し弾く。

 

【ツゥインフィッニッシュ!!】

 

 金と青の混じッたエネルギーが着弾。反動で更に大きく後方へ飛ぶ。

 巨大な砂埃も舞い、十分な目眩しが出来る。シンフォギアにゴーグルは着いていないからな。

 

 不意打ちを噛ませても即座に対応してくるその戦闘センスには脱帽だ。

 この砂のカーテンも一時的な防護に過ぎない。姿が見えれば、そこを狙ッてくるのは間違い無い。なら、次に行うのは無差別広範囲攻撃。それをタイムラグ無しで行うのが天羽々斬のシンフォギアだ。

 

【千乃落涙】

 

 彼女の頭越しから、数多の小刀が囮の俺を針の筵にしている瞬間を見る。グリスの強固な装甲は貫通して、穴という穴から血が滴り落ちる惨い光景。何も対策をしていなければあれが正しく俺に降りかかっていると思うと、背筋が凍る。

 

「危なかったとでも、思ったか? グリス」

 

 欺くならばこのタイミングしかない。

 事前に借りていた忍者とコミックのフルボトルをツインブレイカーへ装填して、内包された成分を放出した。忍者はかつての忍術を全てフルボトル内へ満たされており、空想を現実に表現するコミックと合わせる事で想像もつかない使い方が出来る。

 

 その場に自身の姿形をした囮を置いて、相対する者の死角へ気付かれずに移動することなど造作も無い事。

 

 まァ、背面を取りにいくのはバレていた。絶好のチャンスだというのに俺の身体は指一本も動かせない。俺の身体から伸びる影には一本の刀が深く突き刺さッている。

 

【影縫い】

 

 厄介な技を掛けられている。一欠片の可能性すら潰していく無慈悲さに、俺はーーーーー

 

「これで終わりだ!」

 

 感謝をしている。

 

 

【ツゥインフィッニッシュ!!】

 

 

 真っ赤な飛沫が弾け、端麗な顔を紅く染め上げる。

 出所は俺の囮に仕込まれていた何の変哲もない液体だ。僅かな粘性を含んだそれが俺の影を侵食して、戦姫の目潰しとチャンスを齎らす。

 

【スゥクラッップフィニィッシュゥッ!!】

 

 ドライバーからの怒号に励起するエネルギー。

 右脚に溜まり切り、衝動を今か今かと、放つ瞬間を待ち構える。狙いは戦姫の頭部。背丈を超えるハイキック。虚と驚愕の狭間を縫うように、抑えられた衝動を解き放つ。

 

「はァァァッ!!」

 

 全身全霊。その一撃に殺意と破壊を込め、炸裂する。

 

 

 閃光。そして、全ての音が消えて天地が逆転した。

 

 

 天には両脚を剣と見立て振り下ろさんとする、青き戦姫。

 地には磔刑にでもされた身動き一つ満足に出来ない囚人。

 

 必殺を回避され、巧みな足技で蹴られたのはわかった。顎を揺らされ、酷い耳鳴りに、抗う力を奪われた。

 身体を上下逆さまに、脚部のアームドギアを活かす技【逆羅刹】。その応用を咄嗟に行うとは、素晴らしいじャないか。

 

【羅生門】

 

 両脚のブースターが点火、勢いついた槌は装甲ごと俺の意識を砕いた。

 

 

 

 

 

 





ラグナロクーーーーー開幕。

時空騎士なる者。通称、空我。
邪悪なる一族グロンギとの最終決戦から一年。
世界は戦いの傷を埋めるように平穏な一時を甘受していた。
だが、グロンギの撒いた争いの種は着実に芽吹いていく。
聖なる泉の加護が無くなる時、未知なる者が襲来する。

人々の平和を脅かす魔の手に、時空騎士は再び覚醒する。

山堂賢利手掛ける時空騎士シリーズ第二弾、龍の(アギト)編、始動。

ーーーーー目覚めよ、その魂。


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ー抗うー Call From The Past


 潮の匂い立つ倉庫。さざ波の穏やかな音色。
 様々な物資が世界と行き交い、国民の生活を日夜常に支えている。
倉庫いっぱいに積まれた配送用のコンテナ。厳重に閉ざされた密閉扉の一つが開いた。

 湛える月光は、倉庫の隙間から影を冒していく。
 血に濡れて乾き固まった体色の蛇が、翡翠の瞳を扉の間から覗かせていた。



 

 

『長旅ご苦労さん。プー、カー、サジェ?』

 

 どこか浮いた気だるい女性の声がした。傍には僅かに灰被った暗い髪質の少女が簡素なパイプ椅子に縄で縛りつけられている。

 

「その鎧のお陰で全く分からなかったよ。今はイスルギと名乗っているんだったな。」

 

少女に装着しているマスクに倒錯的な趣味が垣間見える。マスク経由で後ろのガスボンベにパイプが繋がっている。ネビュラガスを用いた尋問か、人質か。どちらにせよ、そういった手合いは嫌悪を抱いてしまうが……

 

 イスルギに意図しない無意味な行動なんてしない。長い付き合いの勘がそう告げている。

 

『この姿の時は……ごめん、やっぱり名前思い出せないわ。イスルギでいい』

 

 関係があるとすれば纏っている鎧か。傍目に見ても錬金術以上の、先史技術に匹敵する技術が用いられたそれを隠し持っていたとは、一度も記憶にはない。

 

「カッコいいねぇ? あーしも前だったら欲しがっていたわぁ」

 

 私の仲間がイスルギへ口々に疑問を呈する。

 得も知れぬ違和感は拭いたい。万が一敵になった時脅威となるのはシンフォギアだけとは限らない。だが前者は不気味なデザインの、後者は技術者としての興味なのだろうな。

 

「あれは異端技術、それも高水準のパッチワーク技術を持っている天才が造った一級品なワケだが、何処で手に入れた?」

『君の知識と観察眼に賛美を送ろう。確かにこれは君達のファウストローブと同等の機能を持った、既存の科学を超える万能の鎧だ。出処は残念ながら教えられないし、造り方も知らない。だから、そんな怖い目しないでくれよ、プー』

 

 ファウストローブと同等とは大きく出たな。

 挑発に憤る私の仲間に、手で制する。

 

「貴様が造った訳ではないのか?」

『こんな物、マッドサイエンティストにしか出来ないよ。この鎧を造るために、天文学的な確率でまろび出るノイズをどれだけ犠牲にしたか……一番めんどうくさかったの位相の調律だし』

 

 イスルギを唸らせる科学の天才か。錬金術の天才なら私も知っているが……

 つくづく嫌になるな。私には既存の技術を昇華させる才覚は無い。なぞることは出来たとして、十全に扱う事しかできない。その力を使い、大義を果たすしか能がない私には大それたものだ。

 

『それでサジェ。約束の物は?』

 

 持っていたアタッシュケースを机の上に置き、ロックを解除。上蓋を開く。

 中には赤々と煌めく容器が梱包材に均等にずらりと埋め込んでいる。

 

「テレポートジェム30個分だ。座標は何も設定されていない。好きに使うといい」

『毎度、お疲れ。どうもテレポートジェムを造るための資源が足りなくってね、主にこの鎧やらの関連した技術の開発にごっそり持ってかれてるし、資源回収も今はストップしてるから――――つまり、とても助かるって事』

 

 ……相変わらず読めない人だ。

 今、この東京では終末の巫女が活動している。そして、創星の戦士と異端の歌姫が手を組み奴の野望を打ち砕こうとしている。

 その戦乱に首を突っ込むつもりはないが、やがては立ちふさがる障害だろう。

私の大義と夥しい数の犠牲。人類を護ろうとしている彼らが許すはずも無い。無論、許しは全く持って不要だが。

 

『そういや、今回は何処を巡るんだい?』

「私もこの日本という文化が気に入っていてね。大阪を巡ろうと思う」

『大阪はいいよぉ。あそこのお好み焼きとたこ焼きは天下一品だから、是非堪能してくれ』

 

 今はそんな事は忘れて、息抜きがてら人の営みを感じよう。

 この日本の霊的資源は特殊かつ希少だからな。風鳴機関の目を盗んで調査できる機会をくれるイスルギには感謝をしている。

 

「では、私たちはこれで失礼する。また錬金術の支援を欲するなら、連絡するといい」

「バイビー、イスルギちゃん。今度会う時は悪趣味抜きね~」

「今更だが、彼女をどうするワケだ」

 

 イスルギは意識のない彼女の顎を持ち、髪をなでる。

 まるで大事な人形の髪を愛でる少女の様に。

 

『なぁに、こっちの用事。必要なファクターを回収して、今後の計画に活用したいからね』

 

 出口に足を向ける我々に聞こえるは、歌。

 名も知らない詩と旋律を背に歩く。

 

 貴方が救うべきもの、我々が救うべきもの。

 人々を救うべきものは一体何であるべきか。

 出口のない哲学が頭を巡る。その中に自らが思い馳せた正義があることを願い、歩を早める。

 

 

 

 

「何ッ!? それは本当かッ!?」

 

 特異災害対策機動部二課。

 司令部へ火急の知らせが来たのは、万丈龍我が地下鉄に潜った後。

 東京全域にて、原因不明の通信障害が発生。司令機能が麻痺。その対応に追われていたさ中だった。

 

「新型のドライバーの設計図が盗まれた、か。葛城君、私たちに隠していた理由を話してくれないか?」

 

 慌ただしく動くオペレーター達。通信妨害の出所は何処なのか。妨害がされているとはいえ、幸い機械類は動いているのか様々な手段で現場との連絡を取ろうと試みている。

 情報伝達という手足が失われた司令は何も出来ない。故に、風鳴弦十郎はどっしりと構えて報告の続きを待った。

 

 葛城巧は息を整え、告げる。

 

「単純な話ですよ、警戒していたのです。それ程に新型ドライバーは戦局を変える力を秘めている」

「私たちの組織を疑っていると?」

 

 風鳴弦十郎は目を細めて続きを促す。

 

「いや、誰にも渡ってはいけないものです。市井の人たちにも、組織にも……その時点でファウストの手に渡ってしまうことを避けられない。目的の為なら手段を問わないのが奴らの手口です」

 

 葛城巧は懐から濃い黄色に染まった『GUNGNIR´』とラベルが張られたフルボトルを取りだし、ビルドフォンのスロットに装填する。

【ビルドチューニング!】

 どことなくテンションが高い機械音声が自身の状態を伝えるかのように歌い始める。

 その音の羅列は立花響がシンフォギアを纏っている時の歌の旋律に似ていた。

 

「この妨害はファウストによるものでしょう。なら、彼女の特性を利用したフルボトルで無効化すればいい」

 

 風鳴弦十郎は疑問を呈する。

 

「ファウスト。首魁と目されるナイトローグはあの時、君が倒したはずでは?」

「ええ。組織としての動きが完全に止まり、倒したと油断していました。……この映像を見てください」

 

 葛城巧はまだ歌っているビルドフォンをモニターに繋ぐ。シームレスに映像が流れ始める。

 

「ファウストの動向を観察するために、奴らが変身に使用しているスチームシステムへバックドアをナイトローグに繰り出した最後の攻撃で仕込んだんです。奴らがシステムを使用している間だけでも、その視覚情報を共有出来るように」

「つまりこの映像がファウストの存在している証か」

「そうです」

 

 コンテナが積み上げられた倉庫。淡く青白い月光に照らされ、一人の少女が椅子に拘束されていた。目隠しとガスマスクのようなものに口が塞がれている。そして、マスクから太い管でボンベが繋がれている。

 

 少女を見た風鳴弦十郎の目には、動揺が灯った。

 

「小日向……未来ッ!? まさか、狙いはッ!」

「目標は立花響、その可能性を示唆しています」

 

 彼女に連絡する手段は潰されている。忠告も引き留めることも、この場では何もできない。

 

「連絡の要を砕いたのは、シンフォギア潰しを円滑に行う為に……か」

 

 葛城巧は更にマップを表示する。赤い点が一つ、表示される。

 

「赤い点が発信源です。恐らく立花響が向かっている目標地点もそこかと」

「東京湾の旧倉庫街……俺が全速力で行ったとしても、手遅れか」

 

 机へ強打する音が司令室に広がる。

 司令室の誰もが憤りや怒り、それに付随した感情を胸中に抱いていた。

 

「風鳴司令、この状況をひっくり返す作戦が一つあります。進言しても宜しいでしょうか?」

 

 ただ一人、葛城巧を除いては。

 

「何か良い案でもあるというのか?」

「ええ。今、ビデオ通話に切り替えます」

 

 歌い終わったビルドフォンを操作。映像が切り替わる。

 『新島(にいじま) (れい)』のラベルと目尻の吊り上がった三白眼が一杯に映る。

 

「新島……玲?何故、漫画家である彼女が君と繋がっているのだ?」

「昔、とあることで知り合いましてね。その時から長い付き合いなんですよ」

『初めまして、ですかね。風鳴弦十郎さん。軽く挨拶をば……』

 

 映像が大きく上下にブレる。

 今度は額と細く整った眉毛が映る。

 

『新島玲と申します。何卒宜しくお願い致します』

「特異災害対策機動部二課総司令、風鳴弦十郎だ。よろしく頼む」

 

 再び映像が乱れる。

 目鼻を通り過ぎて、薄桃色のリップが乗った唇ときれいに整った歯並びが垣間見える口内が映っていた。吐いた息が画面の一部を白く曇らせる。

 

「玲……もうちょっと離れてくれないか? 今画面が口で埋まっている」

『……マジで?』

「距離感を間違えたお年寄りになってる」

 

 何とも言えない空気感の中、そそくさとカメラの位置は直される。

 ピンク色の前髪が顔の上半分を覆い隠し、雑に左へ寄せて銀色のヘアピンで留め露出した紫陽花色の右目が目尻を下げていた。

 顔の全てが画面に収まり、頬を上気させた新島玲は話を始める。

 

『コホン。では、作戦の概要を説明しますね』

 

 彼女が話す作戦の内容は単純明快。

 葛城巧を立花響の場所まで送り、ファウストを倒し小日向未来を救い出す事。

 

『それには、テレポートジェムを使う必要がある』

「テレポートジェム?」

 

 葛城巧は血の様に赤く染まった、アンプル状の物体を掲げる。中に液体が透けて見え、中心には円、その内には規則的に並んだ模様が描かれていた。

 

「定めた点と点を繋ぎ、距離の概念を無視して空間を移動する道具。俺たちが立花響の覚醒時に駆けつける際にも用いた、便利なモノだ」

「初めて君たちが現れた時、生体反応が急に現れたカラクリって訳ね。成る程」

 

 科学とはかけ離れた技術の結晶の登場に興奮し、鼻を鳴らす櫻井良子。

 

「問題は今あるテレポートジェムがこれ一つだけと、座標を固定していないことによる転移事故が起きる可能性があるという事」

『ま、二課の使用している通信機に座標固定の目印を埋め込んであるので座標についてはクリアしている』

「しれっと国の最先端技術を詰め込んだ最新機器を改造してる……」

 

 オペレーターの呆れ声と相反して、自信満々で得意げな顔が画面いっぱいに広がる。

 葛城巧は軽く咳を払う。

 

「テレポートした後、彼女たちを保護するには二課の助力が必要だ」

『そうだね。極力少数精鋭で行きたい。隠密に長けている人材が欲しいね』

「……となると緒川か。しかし、連絡手段が絶たれている状態だ、援護要請は出来ない」

「ビルドフォンを司令に預けます。連絡はそれで大丈夫でしょう」

 

 「しかしな……」と言い淀む風鳴弦十郎。

 葛城巧は手に持っていたビルドフォンを風鳴弦十郎に差し向ける。

 

「分かりますよ。俺が犠牲になる危険性があると言っているもんですから」

『でも一番確実なのはこの方法なんだ。風鳴司令』

 

 ビルドフォンに伸ばす風鳴弦十郎の手は泳ぐ。

 硬く締めて、掴もうと開けばまた閉じる。

 

「また若者を、未来ある輝かしい希望を危険に晒そうとしている。それを防ぐために俺たちが居るというのに、何もできないのかッ……」

 

「なら、天羽奏を失った時どうしたんですか」

 

 極めて冷静な声が司令室に響く。

 僅かな静寂。風鳴弦十郎の口から答えが返る。

 

「二度とあんな事を繰り返させぬと誓った。あの子が守ったものだけはこの世界から消してはいけないと、持てる力を使って今の今まで守ってきた」

 

 二人の目が交差する。

 お互いの覚悟を測り、本気度を確かめ合うように。

 

「だったら守ってみせろよ! 今、天羽奏の残したものが踏みにじられるんだぞっ!」

 

 迷いのない目。限りなく澄み切った光を宿して、葛城巧はそう語る。

 

「……君に説かれるとは、俺もまだまだ未熟だ。臆病風に吹かれるなど、天国に笑われる。先に立たぬは後悔、ならば尽くすべき最善か」

 

 首を振って雑念を払った風鳴弦十郎は付近を見渡す。

 今もなお何とか通信設備を復旧させようと尽力するオペレーター達。ありとあらゆる資料を見て考察している櫻井了子。モニターの中で固唾をのむ新島玲。

 

 皆が、何かないかと足掻いている。

 ただ一つの、人々を守ろうとするための信念が渦巻いている。

 

 

 差し出されたままのビルドフォンを風鳴弦十郎は受け取る。

 

「司令として発令する。必ず立花響と共に小日向未来を奪還、そしてビルドフォンを取りに来い、分かったな」

「ラジャー。いっちょやってやりますよ」

 

 葛城巧は不敵な笑みを浮かべてテレポートジェムを地面に落とした。

 

 

 東京湾旧倉庫。

 かつてはここで全世界からの貿易の一端を担っていた。

 時代が進み貿易の流通量が増え、対応する為に新たな港が造られて、港が二つになったって聞いている。

 ここは確か政府主導、ヒヅィンだかの会社が委託管理しているって聞いてるけど。

 

「ここが……未来の居る場所」

 

 日が落ちかけて物陰が膨張していって影は広くなっていく。紙をポケットから取り出す。くしゃくしゃによれたそれに、均整な字で一文だけ書かれている。

 

『大切な人を失いたくなければ、日が落ちる前に東京旧第三倉庫へ一人で来い』

 闇はこれから訪れる。その前に、未来を救わなきゃ。

 

「おい、誰だあんた! ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」

 

 一歩踏み出そうとした瞬間。背後から話しかけられる。

振り返れば、怒り顔の作業服を着た中年の男性が詰め寄ってくる。

 ヤバい。

 我に返ってみれば当然の事だった。こんな所で制服を着た女の子を見たら誰だって不審に思う。

 

「えーっとぉ……」

 

 言葉に詰まってしまう。

 良い言い訳が思いつかない。一般人にシンフォギアを見せるわけにいかないし、かといって人が攫われたので助けに来ましたって言えるわけない。

 でも、ここで引くわけにはいかないんだ。

 

「……なんだ?」

「いやぁ、ランニングしていたら方向が分からなくなって……すぐ帰りますので……」

 

 バレないように走り抜けるルートを見る。

 心臓がバクバクする。背中に冷や汗が流れていく。

 顔からバレないように笑顔を作りながら、タイミングを伺う。

 

「そうか、最近は倉庫荒らしが出て大騒ぎになっているからね。もしそうだとしても、ここに迷い込むとはとんだ方向音痴だ」

「へへっ、面目ないです」

「もう遅い時間だから、正門まで送ろう。今度は不法侵入なんかするんじゃないよ?」

 

 一瞬従業員の目が別の所に惹かれた。

 

「ごめんなさい!」

 

 足に力を入れて、低姿勢で従業員の脇横をすり抜ける。

 ものすごく後ろ髪が引かれるけども、従業員の呼び止める声を振り切って確認したルートを全力で駆けていく。

 

「待て!」

 

 必死の形相で追いかけてくる従業員を、コンテナの影を利用して撒こうと何回か曲がっていく。目につく入り組んだところを幾つか越えていく。

 後ろに一瞬だけ振り返る。

 

「体力自慢の私が負けると思うなよ!」

 

 姿が見えなくなるどころか、さわやかな笑顔を浮かべて追い縋ってくる。

 不味い。

 相手がこんなにも粘ってくるなんて予想もしていなかった。このままだと、体力が持たない。

 ここはもう一回コンテナを曲がって―――――――

 

「こっちだ、立花」

 

 身体がありもしない方向に引っぱられて物陰に押し込まれる。

 

「呼吸を止めて」

 

 僅かに甲高い、聞きなれた声に思わず振り向く。

 私とすれ違いざまに現れた人に混乱を覚える。

 

「そこの御方。どうかされましたか?」

 

 葛城巧。

 どうして、あなたが居るの?と考える前に、息を止める。

 

「あなたは……失礼ですが、一体誰でしょうか?」

「特異災害対策機動部1課の葛城巧と申します。すみません、今この区域は特異災害出現区域となっておりまして、避難勧告を呼び掛けております」

 

 乱れた息の音が漏れてしまわないように袖を噛んで食い止める。

 足りない酸素の中、体勢を崩さないように保つ。

 

「……警報は鳴っていないですが?」

「今、東京全域で大規模な通信障害が起きておりまして。警報システムが麻痺しているんです」

 

 心臓の音がどくどくと脈打っている。

 バレたら一巻の終わりだ。

 

「!? なら、早く逃げないといけませんね。あの少女を見つけられなくて残念ですが、先ずは身の安全を確保しないといけません」

 

 早く、早く終わって。

 無理やり呼吸を堰き止めたせいで、頭がボーっとしてくる。

 

「お仲間方にも呼び掛けお願いします」

「分かりました。出来るだけ声を掛けて避難します。そちらもお気をつけて」

 

 駄目だ。

 もう、目の前が暗くなって手足に力が入らない。

 

「もう、大丈夫だ」

 

 背中に何かが支えられて、膝が折れる。

 近くにあったかい何かが居る。

 

「ゆっくり深く呼吸するんだ。ゆっくり、ゆっくり」

 

 その言葉に、頭へ酸素が行き届く。

 我武者羅に呼吸をする。

 自分がどういう風に呼吸をしているなんて分からない。

 ただ深く、だんだんとゆっくりすることだけを意識して、身体の欲するままに空気を取り入れていく。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 手足に感覚が戻る。

 巧さんの真っ直ぐ見つめる目が近くにある。

 二つの呼吸音。どくどくと脈打つ心臓の音がうるさい。

 

「……全くいつも無茶をするね。立花さん」

 

 語るその顔には普段と違った笑みが浮かんでいた。

 優し気な、どこか見たことがあるような懐かしさ。

 誰だっけ? 

 

「立てる?」

「なんとか……通信障害って本当ですか?」

「本当だよ。厳密に言えば、人々の相互情報伝達機能が阻害されている」

 

 ううん。

 それよりも、いち早く約束の場所に行かないと。

 

「歩きながら話をしようか。すぐそこに君の目的地が迫っているからね」

 

 もう闇が目の前にまで広がっている。

 潮の匂いに紛れて、何か淀んだ息の詰まりそうなモノが漂っている。

 この胸の妙な騒めきが、この先にあることを示していて。

 不吉なものを呼び寄せて、とても嫌な事が起きるような気がした。

この場から一刻も早く脱したい。

 

「未来を助けないと」

 

 それでも、私に選択肢はない。

 トレンチコートの背中。翳り裂くような光のように、巧さんは歩いていく。

 

「2年前の事、覚えているかい?」

「・・・うん」

 

 ちょっぴりの勇気を奮わせるように、巧さんは優しい口調で話を始めた。

 

「あの時、あの場所では、本当に沢山の出来事が起きた。数えきれない大切な者の死が、大勢の人生を狂わせてきた。君もそうだし、僕もそうだ。だから、救いに行こう。立花響さん」

 

 

 胸の痛み。あの人から貰った遺志。

 あの人が前に立って私を護ったように、今ここで私が未来を護るんだ。

 

「……はいッ! 一緒に、行きましょう!」

 

 歩く速度を速めて、分厚いシャッターの前に止まっていた巧さんの横に立つ。

 

 紙を見て、場所を再度確認する。

 第三倉庫。

 ここがアイツと未来が待っている場所だ。

 

「相手はファウストだ。用心していこう」

 

 独りでにシャッターがけたたましく重い音を響かせて、ゆっくりと上がっていく。

 胸に手を当てて、いつでもシンフォギアを纏えるように心を構える。

 

 血にも似た赤い陽の光に闇が払われていく。

 巧さんはいつも持っている紫の銃を、いつでも撃てるような態勢で前を向いていた。

 

 シャッターが上がり切る。

 まだ覆われている陰の部分が、どこか大口を開いた虎に見える。

 冷えた空気が頬を撫でる。まだ春先なのに、一段と低い温度。

 足を動かす。震えて全く言うことを聞かない。

 

「圧されるなっ! 意識をしっかりと保てっ!」

 

 大きく吸って、吐く。

 身体に発した熱を取り込んで、温めていく。

 凍り付きそうな胸の内を、戦えるように溶かす。

 

 もう、足は動く。一歩口内に踏み込む。

 

 歌が聞こえる。

 その旋律は寂しく、悲しみへ満ちているように感じた。

 

 暗がりから蛇が蠢く。

 その瞳は、明度の低い緑色に冷たく輝く。

 

「ようこそ、ワタシの領域へ。歓迎するよ、葛城巧、立花響ちゃん?」

 

 知っている。

 数十分前に見た、未来を奪ったアイツの姿が陽に当たる。

 流れ星の約束も、大切にしていた約束も。

 全部、全部、全部。台無しにした。

 

 憎むべき、人類の悪を。

 私はアイツを許さない。

 

 

「存分に、語り明かそうじゃないか」

 

 





 正しくあるべき悪があるならば。

 正しくあるべき善は何処にあるのか?

 未知なる者、外界たる神との聖戦で、時空騎士は人間の在り方を、可能性を示した。

 可能性とは多様性。

 それを信じ、聖なる泉を再び湧かせる為、地球の人々へ願いを託した。

 その願いは禁断の果実となり。

 甘美なる匂いに、新たなる戦いが始まる。

 楽園の蛇に拐かされた戦国時代が幕を開けた。

 山堂賢利手掛ける時空騎士シリーズ第3弾。

 乱世散華鎧武者編、開戦ーーーー


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